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インドの事業環境と参入ノウハウ
講演データ ● 2008年9月12日(金)15:00∼17:00 三菱総合研究所ビル1F AVルーム インドの事業環境と参入ノウハウ インドにおけるビジネスチャンスと成功要因 島田 卓氏(株式会社インド・ビジネス・センター 代表取締役社長) 中野正也(三菱総合研究所 海外事業研究センター 主席研究員) 2008 年 9月12日、三菱総研倶楽部月例セミナーが開催された。第 1 部の特別講演では、 株式会社インド・ビジネス・センター社長の島田卓氏が、豊富な事例を織り交ぜつつインド ビジネスの現状を紹介。続く第 2 部では、インドの制度・政策に関する調査結果を踏まえ、 インフラ整備や人材育成など、インドにおける事業環境の動向について、当社主席研究員 中野正也が講演を行った。 を象徴する出来事だ。単にインドの旧宗 特別講演 インドビジネスの現状と 成功の要諦 島田 卓氏 株式会社インド・ビジネス・センター 代表取締役社長 主国イギリスの名門ブランドを買収した ということだけではない。米国(フォー ド)が持ちこたえられなくなった事業を、 アジア(インドのタタ財閥)が買い取っ たのである。 イ ン ド で は 2005 ∼ 06 年、実 質 GDP 1 ビジネスの中心はアジアへ 巨大市場インドも急成長 07 年度の成長率は 8.7%と予測されてい ビジネスの中心がアジアへと移りつつ る。しかし、インドに進出している日本 あることは、さまざまな数値からも明ら 企業は、今年 1 月時点で 500 社にも満た かである。報道によれば、世界最大の建 ない。一方、中国には数万社、タイやシ 築機械メーカーである米キャタピラー社 ンガポールにも 1,000 社以上の日本企業 は、サブプライム問題にもかかわらず、 が進出している(図表 1) 。 今年 4-6 月期に売上高・純利益とも過去 インドのソフトウェア業界の収益力は 最高を記録した。アジア・太平洋地域での 非常に高い。日本でトップをいく I T ベン 売り上げが増えているからである。キャ ダーの売上高純利益率が 1%に満たない タピラー社の経営陣は「ビジネスの中心 のに対し、インドでは 20-30%である。 が中国とインドに移るなかで、新たな経 また、インドは世界第 2 位の二輪車市 済成長の時代に入った」と話す。 また今年 3 月、インドのタタ・モーター 34 (国内総生産)の成長率が 9%を上回り、 場であり、世界最大の二輪車メーカーも インドにあるホンダの子会社だ。日本の ズが、米フォードグループ傘下にあった 二輪車の販売台数は、ヤマハ、スズキ、 高級車ブランドのジャガーとローバーを カワサキ、ホンダを合わせても年間 80 買収したことも、ビジネスの潮流の変化 万台程度だが、インドではホンダの子会 200811 講演抄録 社だけでその 5 倍の 400 万台。ちなみに た。第 1 期 生 60 人 を 募 集 し た と こ ろ、 インド人には、まがい物は買わないとい 5,000 人の応募があったという。同校で う国民性ともいえるプライドがある。 は日本と同じ研修用機械を使っている。 乗用車ではスズキの子会社(マルチ・ カリキュラムは、朝の 5 時 45 分から瞑 スズキ)が頑張っており、インドにおけ 想(精神訓練)を行った後、知識と技術 る 07 年度の販売台数は 71 万台と、前年 の授業。夕方には肉体トレーニングがあ 割れの日本(67 万台)を逆転。2 年後に り、その日学んだことを英語のレポート は 100 万台に乗せる計画だ。マルチ・ス にまとめるという宿題も毎日ある。 ズキの売り上げは、スズキ全体の 2 割に インドに進出する際、ぜひ考えていた 満たないが、連結純利益の 6 割(約 500 だきたいのは、合弁会社でも独資(100 億円)を占める。その収益力がいかに高 %出資子会社)でもない第 3 の方法「合 いかがわかるだろう。 弁独資(人的合弁・資本的独資)」だ。こ 2 の方法では、資本は完璧に握ったうえで、 日本がアジア各国と 共存共栄の道を歩むために インドの人材を活用・登用する。 「現地 2025 年の人口動態予測によると、日 法人のトップは日本人でなければならな 本では 20 ∼ 24 歳の人口が 600 万人なの い」という考えに固執せず、優秀な人材 に対し、インドでは 1 億人。単純計算で、 が現地に数多くいることに留意していた 日本人 1 人がインド人 17 人を相手にし だきたい。 なければならない時代が迫っているとも 日本の企業も、本当の意味でボーダー いえる。インドは世界有数の人的資源 をもつ国として注目されているが、この 図表 1 ● 拡大するインド市場と進出日本企業数 巨大な就労人口は諸刃の剣だ。うまく 06 06 07 年度 が「demographic nightmare(人 口 の 悪 年度 05 155万台 年度 2,864.3 (百億ルピー) 年度 「demographic dividend(人 口 の 配 当)」 2,612.8 ●実質GDP 138万台 8.7% ※1 年度 稼 働 し な け れ ば、イ ン ド に と っ て の 9.6 % 9.4 % ●GDP成長率 07 乗用車販売台数 実質GDP成長率 夢) 」に変わる危険性もある。インド中 650万台 549万台 たのは 30 万人。問題は、それ以外の若 デスクトップPC販売台数 カラーテレビ販売台数 2 億 6,109 万人※2 者にいかにして雇用機会を与えるかだ」 INDIA インドは雇用拡大のために日本の製造 業を誘致しようとしている。インドの職 ても初任給は月 3 万円程度にすぎない。 そうしたなか、トヨタ自動車は昨年、 を日本国外では初めてインドに開校し 携帯電話加入者数 進出日本企業 業訓練学校は設備も古く、3 年間勉強し 3 年間・全寮制の「トヨタ工業技術学校」 年度予測 年度 06 07 06 07 る。 「誰もがインドは若い国だとほめて くれるが、去年 I T 企業に直接雇用され 1,340万台 年度 1,200万台 年暦年 央銀行の前総裁であるレディ氏はこう語 ※1:インド政府予測 ※2:2008 年 3月末現在 2006年1月 2008年1月 326 438 社 社 資料:インド経済白書、SIAM、 TRAI、IDC、 TV Veopar Journal 講演抄録 200811 35 インドの事業環境と参入ノウハウ─インドにおけるビジネスチャンスと成功要因 レスなグローバル企業に変わらなければ を渇望する国に提供していくのだ。そう ならない。世界に誇れる「ものづくり力」 することで日本企業は、アジアの各国と を、外交政策とからませつつ、そうした力 共存共栄の道を進んでいく必要がある。 2 つ目の事業インフラについては、物 講演 流インフラ、工業団地、電力供給のいず インドの事業環境の 現状と課題 れも、まだ十分でないが、整備は進みつ つ あ る。物 流 で い え ば、全 長 1,450km 中野正也 三菱総合研究所 海外事業研究センター 主席研究員 の壮大な産業ベルト地帯をつくろうとい う「デリー・ムンバイ間産業大動脈構想」 がある。工業団地の整備も、各州で活発 1 事業展開先として高い関心 インフラ整備も進行中 当社におけるインド関連のプロジェク ト実績を見ると、これまでは「官熱民冷」 の感があったが、今年に入り、民間のプ ミルナド州ではガイダンスビューローと いう機関 1 カ所だけで、すべての手続き ができる体制を整えている。 電力インフラは未整備な側面が残っ ロジェクトが顕著に増えはじめている。 ており、電力供給量は必要量に対し数 また、国際協力銀行が毎年、海外で事業 %不足しているなどの課題がある。こう 展開する企業を対象に行うアンケートに したなか、政府は電力改革を進めてお よれば、3 年ほど先を見据えた場合、イ り、民営化が他地域に先行して進んだ ンドは中国に次いで 2 番目に有望な事業 デリーでは送配電ロスが低減した。ま 展開先とされた。しかし、10 年くらい先 た電力供給増強のために、400 万 kW 級 を照準とした場合、インドは今年初めて、 の石炭火力発電所を 9 カ所建設する計 中国を抜いて最も有望な事業展開先と 画「UMPP(Ultra Mega Power Project)」 なった(図表 2) 。インドに対しては、優 もある。 秀な人材への期待が大きい半面、インフ 2 ラの未整備が最大の課題として挙げられ ている。 流出した頭脳がUターン ASEAN含む巨大市場も 3 つ目のポイントである人材には、2 今なぜインドなのか。これには大きく つの側面がある。世界トップクラスの高 4 つの理由が考えられる。 「マーケット」 度 I T 人材と、低コストで層の厚い人材 「進展するインフラ整備」 「人材」 「展開可 能性」だ。 1 つ 目 の マ ー ケ ッ ト だ が、イ ン ド は プールだ。 まず高度 I T 人材だが、インドには現 在、理科系の大学生が約 360 万人おり、 2025 年に総人口で中国を逆転すると見 優秀な人材を確保しやすい。インド工科 られている。また、中間層が台頭してお 大学(IIT)デリー校とインド科学大学 り、新規消費市場が出現している。 36 に進んでいる。誘致は非常に熱心で、タ 200811 講演抄録 (IISc)の卒業生を対象に、進路に関す 図表 2 ● 事業展開先としてのインドへの関心の高まり 中期的(3年程度)事業展開見通しの推移 100 % 93% 91% 80 % 82% 80 % 77% インド 89% 86% 87% 中国 77% 85% 68% 60 % 60 % 47% 36% 40 % 33% 24% 14% 2003 年度 (490社) 2004 年度 (497社) 50% 40 % 35% 2005 年度 (483社) 2006 年度 (484社) 70% 67% 67% ロシア ベトナム ブラジル タイ 米国 30% 26% 28% 74% 55% 41% 26% 23% 18% 9% 9% 20 % 0% 長期的(10年程度)事業展開見通しの推移 100 % インドネシア 20 % 0% 2007 年度 (503社) 2001年度 (318社) 2003年度 (407社) 2005年度 (399社) 2007年度 (403社) 資料:国際協力銀行「わが国製造業企業の海外事業展開に関する調査報告」 (各年版) より三菱総合研究所作成 図表 3 ● 韓国企業の事例─現代自動車 るヒアリングを行った結果、約半数が渡 米するという。しかし、近年は海外に行っ た後、インドに戻る学生が増えている。 そうした人材は従来、大学などの教授職 進出年度 現代自動車 大宇自動車 1998 1995 現地工場 チェンナイ デリー周辺 出資方式 完全子会社 DCM TOYOTAの持ち分を引き受けして進出 生産モデル Santro(1000cc)→Accent(1500cc)→Sonata(250) <1000ccの市場開拓> 1Matiz(800cc)→Cielo(1500cc) F/S 本社からのプロジェクトチーム派遣などによる 自ら関与した現地調査・需要予測 現地調査・需要予測の現地任せ に就いていたが、最近は半数が企業に就 職している。インドの経済水準の上昇と 資料:三菱総合研究所 導入モデル 新型モデルの投入+製品の現地化 旧式モデル (2∼3年以前のモデル) ともに、多国籍企業の研究機関が多数、 販売方式 Exclusive Dealer System + Hyundai Motor Plaza 現地ディーラーを利用 需要見通しに大幅なずれ発生 立地するようになり、就職口が増えてき 開発戦略 投資を抑えた労働集約型工場 部品協力業者との同時進出 自動化率の高い生産工場 部品は輸入、現地調達で対応 たことなどが、そうした変化の背景にあ るようだ。 層の厚い人材プールについていえば、 インドにはさまざまな層の人材が豊富に 3 韓国企業に学ぶ インド進出成功の秘訣 インドにおけるビジネスチャンスを、 存在している。たとえば日本企業が現地 どう獲得すればいいのか。韓国の現代自 で求人すると、数十倍以上の応募があり、 動車はインド進出で成功を収めた企業の 人手の確保に困ることはないという。 1 つだが、独資で進出する一方、事前の 最後に展開可能性に関しては、インド 市場調査にも関与し、不良在庫を抱えず は今年 8 月、ASEAN(東南アジア諸国連 にすんだ。また新型モデルを投入し、エ 合)との自由貿易協定(FTA)締結に合 アコンやサスペンションの強化といった 意。12 月に調印し、来年 1 月から発効す 改良も加え、製品の現地化も進めた。進 る。これにより、インドの約 11 億人と 出に失敗した大宇自動車が、市場調査を ASEAN の 4 億人弱からなる巨大市場が 現地企業に一任し、旧型モデルを投入し 形成される。こうした動きを受け、日本 ていたこととは対照的だ。 企業のなかには、アジアでの生産拠点戦 LG 電子(現 LG エレクトロニクス) もイ 略を全面的に見直す動きもあるという。 ンドで存在感を高めた企業だ。LG も独 中東、アフリカ、欧州への事業展開の玄 資で製品の現地化に努め、販売では直営 関口として、インドが世界の生産基地化 のブランチオフィスを展開するなど、現地 する可能性もある。 に根づいた活動を意識的に行っている。 講演抄録 200811 37