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時系列モデルを利用した動的資産配分
佳 作 佳 作 時系列モデルを利用した動的資産配分 ─政策アセットミックス見直しへの応用─ 島 井 祥 行 CMA 目 1.はじめに 2.政策アセットミックスの策定方法 3.伝統的4資産の時系列分析 次 4.動的資産配分 5.終わりに 年金基金の運用において、政策アセットミックスの決定は運用のパフォーマンスを決める上で最も重要な意思 決定と位置付けられている。いったん定めた政策アセットミックスは、5年程度は維持すべきものとされてきた が、最近はこうした運営に疑問が呈されており、ポートフォリオを市場や経済の状況に応じて機動的に変更する 動的資産配分という考え方が注目されている。本稿では時系列モデルを利用した動的アセットミックスの策定方 法を提案する。これは、VAR(1)・DCC-GARCH(1,1)という時系列モデルを利用して資産の予測期待リタ ーン・標準偏差・相関行列を定期的に導出し、それらに基づいて最適化を行い、アロケーションを動的に変更す る手法である。数値例としては、伝統的4資産(国内債券・国内株式・外国債券・外国株式)のヒストリカルデ ータを用い、時系列モデルを利用した動的資産配分の有効性をバックテストにより確認する。また、中長期にわ たり固定する従来型の静的アセットミックスと時系列モデルによる動的アセットミックスを合成した、折衷的な ポートフォリオ構築法についても議論する。 本経済は低迷しており、明るい材料はあまりない。 1.はじめに そのような中、多くの年金基金においては制度 多くの年金基金にとって資産運用の舵取りは非 の成熟化によってキャッシュフローが支出超過に 常に難しくなってきている。 市場に目を向けると、 なっている。少子高齢化の影響から掛け金が減少 リーマンショック以降もマーケットは十分に回復 する一方で年金給付は増加するため、資産の取り することはなく、欧州債務危機や東日本大震災、 崩しを行いながら運用しなくてはならない。厳し また福島第一原発事故などが起こり、全体的に不 い環境下でも給付支払に充当する原資を確実に確 透明感が漂っている。また世界経済、とりわけ日 保しなくてはならないため、年金基金のリスク回 島井 祥行(しまい よしゆき) 公立学校共済組合本部 財務部資産運用課 専門職(みずほ銀行より出向) 。2000年一橋大 学商学部卒業、第一勧業銀行(現・みずほ銀行)入行。市場営業部、みずほ投信投資顧問 (出向)等を経て、11年4月より現職。12年一橋大学大学院国際企業戦略研究科、 金融戦略・ 経営財務コース(MBA)修了。 ©日本証券アナリスト協会 2012 63 佳 作 避度は高まっている。資産を効率的に運用するだ 本稿では時系列モデルを利用した動的アセット けでなく、積立不足を回避するべくリスクを従来 ミックスの策定方法を提案する。これは、VAR 以上に抑えて運用することが求められている。 (1)・DCC-GARCH(1,1)という時系列モデルを またAIJ問題を受け、運用会社や信託銀行など 利用して資産の予測期待リターン・標準偏差・相 の受託者サイドのみならず年金基金など委託者サ 関行列を定期的に導出し、それらに基づいて最適 イドも、今後はより一層透明な運用を行い外部へ 化を行い、アロケーションを動的に変更する手法 きちんと説明することが求められるだろう。多く である。 の公的年金では数年前から、定期的にホームペー 本稿の構成は以下のようになっている。第2章 ジ上で運用状況を開示するようになったようだ では、最適化方法や動的資産配分など政策アセッ が、その頻度も増えるかもしれない。 トミックスの策定に関わる先行研究を整理し、時 年金基金の運用において、政策アセットミック 系列モデルを利用した動的資産配分の手法と比較 スの決定は運用のパフォーマンスを決める上で最 する。第3章では、短期資産と伝統的4資産を も重要な意思決定と位置付けられている。政策ア VAR(1)・GARCH(1,1)モデルに当てはめ、モ セットミックスとは、どの資産にどのような割合 デルに織り込まれた標準偏差(以下、インプライ で投資するかを定める資産配分の目標であり、基 ドボラティリティ)、および相関(以下、インプ 本ポートフォリオとも呼ばれる。これは、いった ライド相関)の時系列推移を観察し、政策アセッ ん定めたら5年程度の長期にわたって維持すべき トミックスの策定に利用できるかを確認する。第 ものとされており、背景には資産のリスクプレミ 4章では動的アセットミックスと静的アセットミ アムの分布は中長期のスパンで見ると変わらない ックス、およびその折衷的なアセットミックスの という考え方がある。また資産運用のリスクは、 パフォーマンスをバックテストにより計算し、ポ 9割は政策アセットミックスで定まると言われて ートフォリオのリターン特性や統計量を比較して いる。 どれが年金基金に適しているか議論する。第5章 しかしながら近年、世界経済の低迷や市場の混 では全体を総括する。 乱による投資家のリスク回避度の高まりを受け、 このように資産配分の割合を長期にわたり固定す る政策アセットミックス(以下、静的アセットミ 2.政策アセットミックスの策定方法 ックス、静的AM)に疑問が呈されている。ここ 本章では、まずポートフォリオ最適化の先行研 数年の間に、リーマンショックなどの100年に1 究を3つの最適化手法(シャープレシオ最大化、 度といわれる規模の金融混乱が複数回起こってい CVaR最小化)を中心に整理する。 大局的最小分散、 る。環境の変化が激しさを増す中、資産のリスク 次に動的資産配分に関わる先行研究を振り返り、 プレミアムの分布を長期間同一と考えるのは無理 本稿で提案する時系列モデルを利用した動的資産 があるであろう。そのような中、資産配分を固定 配分の手法と比較する。 せずに動的に変更する政策アセットミックス(以 下、動的アセットミックス、動的AM)も徐々に 最適化手法 注目されてきている。 最適化手法の最も知れ渡ったものは平均分散モ 64 創立50周年記念懸賞論文集 2012.10 佳 作 デルであり、多くの年金基金の政策アセットミッ ル株式を対象に大局的最小分散の実証分析を行 クスはこの手法に基づいている。平均分散モデル い、このような標準偏差を最小化させるポートフ は、各資産の期待リターンと分散共分散行列を、 ォリオ運用がシャープレシオ向上につながり得る リターンとリスクの尺度にすることにより、ポー ことを示している。 トフォリオ選択問題を2次計画問題として定式化 ただ、このような平均分散モデルを基本とした した理論である。効率フロンティア上でシャープ 政策アセットミックス策定方法についてはさまざ レシオが最も高くなる点を選ぶ方法がよく採られ まな議論が繰り広げられている。問題点を列挙す ている。 ると、①リターンの分布が正規分布であることを 年 金 積 立 金 管 理 運 用 独 立 行 政 法 人( 以 下、 前提にしている、②リスクの尺度を標準偏差に限 GPIF)が2004年に策定した政策アセットミック 定している、③資産の期待リターンの僅かな変化 スの例を取り上げる。これは、 「厚生年金・国民 に対して、ポートフォリオ構成比率が大きく影響 年金平成16年財政再計算結果、以下財政再計算」 を受ける、④期待リターンが上方にぶれることも における経済前提を踏まえ、実質的な運用利回り リスクとして認識する、⑤年金は長期運用である 1.1%(名目運用利回り3.2%)が確保されるよう にもかかわらず平均分散法は1期間のモデルであ 策定された。まず、有効フロンティアを導出し、 る、などに集約できる。これらは竹原[2005]、 この曲線上に位置している組み合わせの中から、 臼杵[2009]、甲斐[2006]、企業年金連合会[2010] 期待リターンが3.2 ~ 3.7 %となるような11通り のいずれかによって指摘されている。 のアロケーションを選択する。その際、①外国債 平均分散モデルのこのような問題点を受け、ポ 券<外国株式<国内株式、②短期資産=5%、の ートフォリオの下方リスクに注目した最適化手法 2つの制約を課している。次に、この中からシャ も開発されている。その中の1つとして、ダウン ープレシオが最大となるアロケーションを選び、 サイドリスク尺度として下方部分積率(Lower 端数調整を通して2通りの候補に絞る。さらに、 Partial Moments、LPM)に注目し、これを最小化 モンテカルロシミュレーションを行い、2029年 する方法がある。竹原[2005]では、リスク概 度末時点で年金積立金が計画水準を下回る可能性 念の再検討の必要性と、正規分布とは異なるリタ が低いものを政策アセットミックスとして採用し ーンの分布を持つ資産の評価を平均分散モデルで ている。 行うことの危険性を指摘した上、LPMの考え方 また、 これも平均分散モデルの一種ではあるが、 を整理し、政策アセットミックスへの応用につい 大局的最小分散という手法がある。これは、有効 て議論している。また、山口・小松原[2005]は、 フロンティア上で標準偏差が最小となる点を取る インフレ率を目標リターンに置き、LPMを最小 ものであり、リスク回避度が高まっている年金基 化するポートフォリオ構築方法を提案した。ダウ 金には受け入れやすい手法だと思われる。この手 ンサイドリスクを最小化するための株式と債券の 法は標準偏差と相関行列のみで最適化できるた 配分比率を、日米のリターンデータで検証してい め、期待リターンを推計しなくてもよいという技 る。 術面でのメリットもある。 その他のダウンサイドリスク尺度としては 山田・上崎[2009]は、日本株式やグローバ CVaR(Conditional Value at Risk)がある。これは、 ©日本証券アナリスト協会 2012 65 佳 作 損失がVaRを超える場合の平均的な損失を測るも 本ポートフォリオに戻すという動的アセットミッ のである。CVaRを最小化するポートフォリオ最 クスを提案している。ここでは、GARCHモデル 適 化 手 法 はRockafellar and Uryasev[2000] に よ を使って推定した標準偏差を基に、CVaRを計算 って提案されている(注1)。甲斐[2006]では、 したものをリスク尺度としている。 CVaRが、正規分布でないリターンを持つ資産を 動的資産配分という手法が脚光を浴びるように 内包したポートフォリオの最適化に適していると なった背景は、世界経済の低迷や金融市場の混乱、 言及しており、最適化の数値例が示されている。 リスク回避度の高まりを受け、静的アセットミッ しかし残念ながら、これらダウンサイドリスク クスの手法に疑問が呈されているからであろう。 尺度のアプローチも課題を抱えており、平均分散 静的アセットミックスを策定する際は、推計に モデルに完全に取って替わるわけではない。実務 かなり長期のヒストリカルデータを使うことが多 においては、平均分散モデルも含めた幾つかの最 い。そして、何らかのモデルを利用して期待リタ 適化手法に対して、いろいろなバックテストやシ ーン、標準偏差、相関行列を推計する。 ミュレーションを行い、その時々のマーケット環 再び、GPIFが2004年に策定した政策アセット 境に適合した手法を選択するしかない。第4章で ミックスの例を見る。国内債券の期待リターンに は静的ポートフォリオと動的ポートフォリオをバ は、「財政再計算」と平仄が合うよう実質長期金 ックテストによって比較するが、最適化の手法と 利の推計結果を利用している。国内株式には配当 してシャープレシオ最大化、大局的最小分散、 割引モデルを、外国債券、外国株式については、 CVaR最小化の3つの手法を用いることになる。 79年~ 03年の過去実績を用いて期待リターンを 推計している。また、標準偏差、相関行列は、 動的資産配分 73年~ 03年の過去実績によって推計している。 動的アセットミックスの手段としては、ポート 臼杵[2009]は以下のように指摘している。 フ ォ リ オ・ イ ン シ ュ ア ラ ン ス、TAA(Tactical 通常、政策アセットミックスは一度定めると5年 Asset Allocation) 、ロスカットの利用などが知ら 程度は変更しない。しかしながら、ポートフォリ れている。政策アセットミックスの策定に応用し オを中長期にわたって固定するのは必ずしも適切 ている例として企業年金連合会[2010]では、 ではなく、マーケット環境や経済情勢に応じて機 積立水準をリスク尺度と置き、このダウンサイド 動的に変更する方法もある。また徳島[2012]は、 リスクを最小化するような動的アセットミックス 中長期的な最適解である政策アセットミックスを を導入している。これは、その時々の積立水準に ある時点に1度に構築する必要は必ずしもないと 応じてアロケーションを変更するという動的資産 述べている。これらの主張の背景には、各資産の 配分のプロセスである。 ある資産が下落した場合、 分布は中長期的に一定ではなく時間と共に変動し その資産への投資ウェイトを上げるという逆張り ているという見方がある。 的な発想に基づく戦略になっている。また、 菅原・ 本稿では、期待リターン・標準偏差・相関行列 片岡[2012]では、トータルリスクが閾値を超 は時変であるという立場を取り、VAR(1)・DCC- えたらリバランスを行い、閾値を下回ると元の基 GARCH(1,1)という時系列モデルを利用した動 (注1) CVaR最小化については補論1を参照されたい。 66 創立50周年記念懸賞論文集 2012.10 佳 作 的アセットミックスの策定方法を提案する。前提 件付き平均を導出する。 となる期待リターン・標準偏差・相関行列を固定 自己回帰(AR)モデルの過程は、ある時系列 するのではなく、時系列モデルによって定期的に が時系列自身の過去に回帰された形で表現され 予測・推計することで、直近の相場変動をモデル る。ある時点における値は、過去の自身の値に依 の前提に織り込んでゆく方法である。 具体的には、 存することになる。これは、現在の値を入力する VAR (1)モ デ ル に よ り 期 待 リ タ ー ン を 予 測 し、 と将来の値が返されることを意味している。AR DCC-GARCH(1,1)により標準偏差や相関行列 モデルは将来の予測に役立つと言えよう。 を推計する(注2)。このようにリターンの分布を VARモデルとは、自己回帰モデルを多変量に拡 一定の時間的サイクルで更新することで、先に挙 張したものである。VARモデルを使う目的は、1 げた平均分散モデルの問題点も幾分は緩和され つ目は複数の変数を用いて予測精度の向上を図る る。 ことであり、2つ目は変数間の動学的な関係の分 析を行うことである。 3.伝統的4資産の時系列分析 5資産のリターンが、5資産の過去のリターン により説明できると仮定するのはそう不自然なこ 本章では、短期資産と伝統的4資産をVAR (1) ・ とではない。例えば日米の相互の経済的な影響力 GARCH(1,1)モデルに当てはめ、そこから割り などを考慮すると、1時刻前の米国の株式市場の 出されるインプライドボラティリティ(Implied 動きが日本の株式市場に影響を与えるという考え Volatility、以下IV) ・インプライド相関(Implied 方は実態に即しているであろう。VAR(1)モデル Correlation、以下IC)の時系列推移を観察する。 を用いることで、資産の条件付き期待リターンが ま た、 こ れ ら を ヒ ス ト リ カ ル ボ ラ テ ィ リ テ ィ 導出できるのに加え、将来リターンの予測も可能 (Historical Volatility、以下HV) ・ヒストリカル相 となる。 関(Historical Correlation、 以 下HC) と 比 較 す る 次の段階として、VAR(1)モデルを当てはめた ことで、政策アセットミックス策定に利用できる 結果として発生する残差に対してDCC-GARCH かを確認する。 (1,1)モデルを当てはめ、時変の標準偏差、相関 行列を導出する。 時系列モデル適用の手順 GARCHモデルとは、前期のショックの大きさ ・DCC-GARCH 5 資 産 の リ タ ー ン をVAR (1) と前期の条件付き分散が、今期の条件付き分散に (1,1)モデルに当てはめる手順を説明する。この 影響を与えるモデルである。多変量GARCHモデ モデルを適用することで、各資産の相互の影響を ルは、GARCHモデルを多変量に拡張したもので 考慮しながら、それらの挙動を動学的に捉えるこ ある。DCC-GARCHモデルは、分散に加え、相関 とができるのである。 にも動学的な依存関係を持たせたモデルである。 最初に、短期資産と伝統的4資産(国内債券・ 標準偏差が時間と共に変動している点について 国内株式・外国債券・外国株式)の合計5資産の は異論がないであろう。株式であれば、特に材料 リターンデータにVAR (1)モデルを当てはめ、条 がなく経済情勢が落ち着いている時は標準偏差が (注2) VARについては補論2、DCC-GARCHについては補論3を参照されたい。 ©日本証券アナリスト協会 2012 67 佳 作 安定している反面、ネガティブサプライズや金融 % 125 いる局面では標準偏差は一気に高まる。また、最 75 り一色となった。その結果、分散投資の効果は消 /0 3 12 /0 6 20 11 /0 9 20 10 /1 2 20 09 /0 3 20 09 /0 6 20 08 06 06 20 し、多くのプロダクト間の相関が一斉に高まり売 /0 9 -125 20 る。米経済への不安から世界的な金融危機に連鎖 BPI総合 TOPIX Citi世界国債 MSCI-KOKUSAI 07 -75 /1 2 -25 例がリーマンショック時のマーケット環境であ 20 25 う見方が主流になっている。これを示す典型的な /0 3 近は資産間の相関も時間と共に変動しているとい 20 不安により市場のセンチメントが急速に悪化して 図表1 VAR(1) モデルによる予測期待リターン (出所)筆者作成、以下同じ(図表5、6を除く) え多数のファンドが壊滅的な被害を受けたのであ 図表2 TOPIXのボラティリティ比較 る。 モデルによる伝統的4資産の分析結果 短期資産として無担保コールオーバーナイト、 国内債券としてNOMURA-BPI(総合) 、国内株式 と し てTOPIX( 配 当 込 ) 、外国債券として Citigroup世界国債(除く日本、円ベース) 、外国 % 100 90 80 70 60 50 40 30 20 10 0 TOPIX_IV TOPIX_HV 2006/03/31 2007/03/31 2008/03/31 2009/03/31 2010/03/31 2011/03/31 株式としてMSCI-KOKUSAI(GROSS、円ベース) を使う。これらは、年金基金が一般的に利用して ば、リーマンショック時には内外株式が大幅なマ いる伝統的4資産のベンチマークである。 イナスとなっており、相場の下落を予測している。 モデルによる伝統的4資産の分析には05/4/1 図表2は、DCC-GARCH(1,1)モデルによっ ~ 12/3/31までの週次のデータを用いた。モデル て導出された、TOPIXのIVとHVの推移をプロッ のパラメータ推定には、推定時点を基準として過 トしたものである。両者の動きは大きく異なって 去1年間(52週)のヒストリカルデータを利用 おり、IVは相場の材料に対して即座に反応して する。そして、VAR(1) により将来3カ月間 (13週) いる一方、HVは比較的なだらかに推移している。 の予測期待リターン、DCC-GARCH(1,1)によ IVは、11年3月の東日本大震災の時には50 %、 って3カ月間(13週)の標準偏差、相関行列を 07年8月のパリバショック時は80 %、そして08 導出する。この作業を、13週ずつローリングし 年9月のリーマンショック時は何と500%超(グ ながら逐次的に繰り返してゆく。 ラフの枠外)まで上昇している。一方、HVは各 図表1は、VAR(1)モデルにより推定された予 種イベントに対して反応しないこともあり、反応 測期待リターンの時系列推移である。横軸の日付 したとしても穏やかである。 に対して、その時点から将来3カ月間の予測期待 図表3は、DCC-GARCH(1,1)モデルによっ リターンの推移を年率換算で示したものである。 て推定された、TOPIXとBPIの間のICとHCである。 モデルに織り込まれたリターンは必ずしもプラス ICとHCを比較すると、IVとHVを比較したときと ではなく大きくマイナスになる局面もある。例え 全く同じ傾向が読み取れる。ICは、相場が落ち着 68 創立50周年記念懸賞論文集 2012.10 佳 作 図表3 BPI総合とTOPIXの相関比較 図表4 伝統的4資産の累積リターン % 40 20 0 -20 -40 内債-内株_HC 内債-内株_IC 2006/03/31 2007/03/31 2008/03/31 2009/03/31 2010/03/31 2011/03/31 -60 -80 -100 BPI総合 TOPIX Citi世界国債 MSCI-KOKUSAI 20 06 /0 3/ 31 20 07 /0 3/ 31 20 08 /0 3/ 31 20 09 /0 3/ 31 20 10 /0 3/ 31 20 11 /0 3/ 31 0.1 0 -0.1 -0.2 -0.3 -0.4 -0.5 -0.6 -0.7 -0.8 いている時はあまり変動していないが、07年8 月のパリバショック時や08年9月のリーマンシ トミックス、およびその折衷的なアセットミック ョック時は大きく振れている。それに対して、 スのパフォーマンスを06年3月末から12年3月 HCは案の定なだらかに推移しておりイベントへ 末の期間でバックテストする。また、ポートフォ の反応もやや鈍い。 リオのリターン特性や統計量を比較して、どれが このように、モデルに織り込まれた標準偏差や 年金基金に適しているか議論する。最適化手法と 相関を観察すると、過去データから単純に算出し し て は シ ャ ー プ レ シ オ 最 大 化( 以 下、Max- たものと異なり、マーケットの変化に対して即座 Sharpe)、 大 局 的 最 小 分 散( 以 下、Min-Var)、 に反応していることが分かる。これは、データを CVaR最小化(以下、Min-CVaR)の3つを用いる 時系列モデルに当てはめることで、未来の予測を ことにする。 目的にした変数間の動学的な関係を捉えることが バックテストにおいては、第3章で導出した結 できているからであろう。GARCHモデルは短期 果も利用する。すなわち、過去1年間のヒストリ 的視点で比較的検出の遅れが少ないと言われてい カルデータから将来3カ月間の予測期待リター るが、今回の分析結果はそれを支持している。紙 ン、3カ月間の標準偏差、相関行列を導出し、3 幅の関係でグラフは省略するが、国内株と国内債 カ月ごとにポートフォリオを最適化する。 券以外のペアにおいても、同じような分析結果が 図表4はバックテスト期間における資産ごとの 出ている。 累積リターンの時系列推移である。一見して分か る通り、この6年間は投資家にとって厳しい期間 4.動的資産配分 時系列モデルを利用した動的資産配分とは、 であった。国内債券はプラスを確保しているが、 外国債券はほぼプラスマイナスゼロ、国内株式と 外国株式はマイナスとなっている。 VAR (1)モデルに織り込まれた将来の予測期待リ ターンとDCC-GARCH(1,1)モデルから得られ る標準偏差・相関行列に基づき、ポートフォリオ 動的アセットミックスと静的アセットミック スの比較 最適化を行う手法である。 静的なアセットミックスと動的なアセットミッ 本章では、動的アセットミックスと静的アセッ クスのパフォーマンスをバックテストによって比 ©日本証券アナリスト協会 2012 69 佳 作 較する。繰り返しになるが、静的アセットミック をバックテスト期間中ずっと適用する。また、時 スとは、始めにポートフォリオのウェイトを定め 間の経過とともに実現ウェイトは最適ウェイトか それ以降は変更しないものである。 ら離れてくるため、定期的にリバランスを行う必 ここでは静的アセットミックスの代表例として 要がある。バックテストでは3カ月ごとにリバラ GPIFの現行の政策アセットミックス(以下、基 ンスすることにする。 本ウェイト)を取り上げ、バックテストに用いる 続けて、動的アセットミックスにおける最適ウ ことにする。これは国内債券を中心に分散された ェイトの導出法を説明する。まず、時間と共に変 ポ ー ト フ ォ リ オ で あ り04年 度 に 策 定 さ れ た 動する期待リターン、標準偏差、相関行列を導出 (図表5) 。 共済組合など他の公的年金においても、 する。具体的には、VAR(1)により将来3カ月間 政策アセットミックスは国内債券中心のポートフ の予測期待リターン、DCC-GARCH(1,1)によ ォリオになっているようである。また、GPIFが って3カ月間の標準偏差、相関行列を導出する。 前提に置いた各資産の期待リターン、標準偏差、 次に、それらの統計値に基づいて最適化して最適 相関行列を図表6に示す。 ウェイトを求める。その際、リスク性の低い短期 バックテストをするに当たって、静的なアセッ 資産への投資には0~ 10 %の制約を与える。こ トミックスにおける固定的な最適ウェイトの導出 のような、分布を更新し、最適化し直し、最適ウ 法について説明する。まず、基本ウェイトはシャ ェイトを導くというプロセスを3カ月毎に繰り返 ープレシオ最大化の手法に基づいて算定されてい し、リバランスするのである。 るため、シャープレシオ最大化のバックテストで 全てのバックテストを行うに当たって、リバラ は基本ウェイトをそのまま用いる。大局的最小分 ンスに係るコストは売買高に対して一律1%とす 散、CVaR最小化のバックテストでは、図表6の る。 1%のコストはやや過剰な見積もりであるが、 前提条件に基づいて最適化し、導出したウェイト マーケットインパクトや流動性リスクの問題を考 慮し保守的に設定した。年金基金がリバランスを 図表5 基本ウェイト (%) 構成比 乖離許容幅 国内債券 国内株式 外国債券 外国株式 短期資産 67 11 8 9 5 ±8 ±6 ±5 ±5 - (%) 国内債券 国内株式 外国債券 外国株式 短期資産 期待リターン 3.0 4.8 3.5 5.0 2.0 標準偏差 5.42 22.27 14.05 20.45 3.63 国内株式 外国債券 外国株式 短期資産 1.00 -0.29 0.25 0.05 クテストした結果である(合計6通り)。各種統 計値を比較する。シャープレシオ、平均リターン については、全ての最適化手法において動的AM が静的AMを上回っている。一方、標準偏差を見 ると、Min-CVaRで動的AMが静的AMより大きく 1.00 0.55 -0.03 (出所)GPIF、第19回運用委員会資料等 70 結果は図表7の通りである。静的AM(①)・ Min-Var、Min-CVaRの3通りの最適化手法をバッ 図表6 前提条件 国内債券 1.00 0.22 -0.05 -0.01 0.39 の問題には十分配慮する必要があろう。 動的AM(②)の各々のケースで、Max-Sharpe、 (出所)GPIFホームページ 国内債券 国内株式 外国債券 外国株式 短期資産 行う場合は金額が大きくなりがちであり、これら ボラタイルである。次に最小リターンを見ると、 1.00 -0.07 1.00 Max-Sharpe、Min-CVaRで動的AMが静的AMより 低水準であり、ダウンサイドリスクが大きいこと 創立50周年記念懸賞論文集 2012.10 佳 作 図表7 バックテスト結果(静的AM、制約なし動的AM) ケース 静的 制約 - ① 動的 なし ② 最適化 累積 平均リターン タイプ リターン (年率) Max-Sharpe 3.89% 0.65% Min-Var 6.28% 1.04% Min-CVaR 5.83% 0.97% 平均 5.33% 0.89% Max-Sharpe 12.88% 2.14% Min-Var 7.49% 1.24% Min-CVaR 10.07% 1.67% 平均 10.15% 1.69% 標準偏差 (年率) 4.96% 2.90% 3.10% 3.65% 4.80% 2.06% 4.16% 3.67% 図表8 累積リターンの推移(静的AMと制約なし 動的AM) % 15 静的_Max-Sharpe 静的_Min-Var 静的_Min-CVaR 動的_Max-Sharpe 動的_Min-Var 動的_Min-CVaR シャープ レシオ 0.13 0.36 0.31 0.27 0.45 0.60 0.40 0.48 最大 リターン 2.39% 1.43% 1.52% 1.78% 4.44% 1.42% 4.13% 3.33% 最小 リターン -5.43% -3.21% -3.44% -4.03% -5.91% -1.73% -5.60% -4.41% 歪度 尖度 勝率 -1.87 -1.78 -1.81 -1.82 -2.14 -0.60 -2.49 -1.74 12.69 12.95 13.17 12.94 29.56 7.19 39.84 25.53 55.6% 57.5% 57.5% 56.9% 59.4% 56.5% 58.5% 58.1% して、リターンなどの収益性やシャープレシオな どの効率性に関しては優位性があるものの、標準 偏差や最小リターンなどのリスクの観点からは必 10 ずしも優れてはいないと判断できる。これらの性 5 質は、リスク許容度の低下している年金基金には 0 受け入れ難いかもしれない。 -5 -10 2006/03/31 2007/03/31 2008/03/31 2009/03/31 2010/03/31 2011/03/31 時系列モデルだけを利用する動的AMを採用す るということは、「将来のリターンは過去の動き のみに依存する」と考えるのに等しい。これは完 全な定量運用を行うということに他ならず、仮に を示している。また尖度を見ると、Max-Sharpe、 バックテストやシミュレーションで申し分ない結 Min-CVaRでは動的AMが高水準になっている。こ 果がでたとしても、2つの理由から年金運用には れは分布の裾が厚いことを示しておりリスク管理 なじまない。 上は不都合である。 1つ目は、年金基金の場合、完全な定量運用で 図表8は動的AMと静的AMの累積リターンを は運用の説明責任を果たすのが難しいからだ。多 比較したものである。 両者の大きな違いとしては、 くの年金基金は運用実績を定期的に公表している 08年9月のリーマンショック時に静的AMは大き が、定量運用のプロセスなどを年金受給者に分か くマイナスになったのに対して動的AMのマイナ りやすく納得のいく形で説明するのは困難であ スは小幅に留まったという点であり、これが動的 る。ただでさえ運用の中身は門外漢には分かりづ AMのリターン優位に寄与している。一方、07年 らいのに、運用判断のより所が数式の羅列に立脚 8月のパリバショック時には逆の現象が起きてお していると説明されても釈然としないであろう。 り、静的AMはほぼ横ばいとなっている一方、動 内外マクロ経済やマーケット環境、そしてヒスト 的AMは大きく落ち込んでいる。時系列モデルに リカルデータ、ごく簡単なモデルを参考にした運 よる動的AMは基本的に順張型の戦略であるた 用判断(以下、このような判断を定性判断と呼ぶ) め、相場がトレンドと逆方向に向かうと大きな損 の方が明瞭である。 失を被ることを示している。 2つ目の理由として、年金運用においては完全 これらを総合すると、動的AMは静的AMに対 な定量運用で安定的なパフォーマンスを確保する ©日本証券アナリスト協会 2012 71 佳 作 のは困難だからだ。これは、投資ホライズンを中 1つ目の制約付き動的AMは単純であり、中長 長期に置き、基本的にはロングオンリーという制 期の見通しに幅を持たせて、その範囲内で最適化 約があるためである。それらの制約により、運用 する方法である。言い換えると、アロケーション するに当たっては、各資産の絶対的な均衡水準を の目標を1点に定めるのではなく、上限と下限を 導き出す必要があるため難易度は高くなる。 定めたレンジにする手法である。なお、政策アセ ちなみに、これに対して、完全な定量運用がう ットミックスにレンジを設けるということ自体は まく機能する例としては投資ホライズンが短いク 特段新しいプロセスではない。GPIFの政策アセ オンツ運用がある。一言にクオンツ運用といって ットミックス(図表5)の国内債券の例では、中 も多種多様であるが、ロングとショートを組み合 心値は67 %、乖離許容幅は8%であるため、59 わせ、相場の短期的なミスプライス解消にベット ~ 75%のレンジが設けられている。 するものが典型的である。短期運用であれば、原 このようなレンジをアロケーション制約とし、 因の判然としない相場の綾を取りにいくこともで 時系列モデルで導出した統計値を基に最適化を行 きよう。また、ショートが可能であれば、資産間 う手法が考えられる。この手法のメリットは、レ の相対的な割安割高が分かれば十分であり、中長 ンジの幅を調整することで簡単に定性判断もしく 期な均衡水準まで知る必要はない。 は定量判断を重視する割合を変更できることであ これらを考慮すると、年金運用には従来から行 る。レンジの幅を狭める(広げる)ということは、 っている多方面からの定性判断も重要になってく 時系列モデルの影響が小さくなる(大きくなる) るであろう。 ため、定性判断(定量判断)をより重視すること になる。 動的アセットミックスと静的アセットミック スの混合 もう1つの制約付き動的AMは、定性判断に基 づく分布と定量判断に基づく分布を適当に合成 今度は、定性判断に基づく中長期の見通しをベ し、新たな分布に基づき最適化を行うという方法 ースに、時系列モデルによる短期的な予測を組み である。ここでは、ブラック・リッターマン法(以 込んだ動的AMを2つ考える。これらは、最適化 下、BL法とも表記)を応用することでこれを実 する際に制約を与えることで具現化される。 現する。BL法とは、市場均衡に対して投資家が ⑴では、最適化する際に何の制約も与えていな 持つビューを組み込むことで、最適なポートフォ かった。そもそも、何の制約も与えずに最適化を リオのウェイトを導出する仕組みである(注3)。 行うと、その都度アロケーションが大きく変動す ここでは定性判断によって得られた分布を市場均 るという問題がある。多くの年金基金は巨額の資 衡とみなし、時系列モデルによって導かれた分布 金を運用しているため、流動性やマーケットイン を投資家のビューとみなす。BL法においても、 パクトの観点からドラスティックな投資割合の変 パラメータを調整することで定性判断もしくは定 更は困難である。無理やり実行しようとするとマ 量判断を重視する割合を変更することはできる。 ーケットを壊しかねないため、慎重な対応が必要 これらの手法が有効か確認するべく、⑴と同様 である。 の前提条件でバックテストを行う。レンジ制約を (注3) ブラック・リッターマン法については補論4を参照されたい。 72 創立50周年記念懸賞論文集 2012.10 佳 作 図表9 バックテスト結果(制約あり動的AM) ケース 動的 ③ ④ ⑤ 最適化 累積 平均リターン タイプ リターン (年率) 上下限 Max-Sharpe 8.71% 1.45% Min-Var 8.24% 1.37% Min-CVaR 9.28% 1.54% 平均 8.74% 1.45% BL Max-Sharpe 12.25% 2.04% Min-Var 7.90% 1.31% Min-CVaR 8.54% 1.42% 平均 9.57% 1.59% 上下限 Max-Sharpe 8.75% 1.45% +BL Min-Var 7.53% 1.25% Min-CVaR 7.62% 1.27% 平均 7.97% 1.32% 制約 標準偏差 (年率) 3.60% 2.74% 3.16% 3.17% 4.72% 2.13% 3.18% 3.34% 3.58% 2.82% 3.23% 3.21% 設けたもの(ケース③) 、BL法によるもの(ケー ス④) 、レンジ制約およびBL法によるもの(ケー ス⑤)の3つを取り上げる。 レンジ制約については、図表5にあるGPIFの 許 容 乖 離 幅 を 用 い る。 ま たBL法 に つ い て は、 図表6の前提条件による分布を市場均衡とみな し、時系列モデルによる予測期待リターン・標準 偏差・相関行列を投資家のビューとみなす。バッ シャープ レシオ 0.40 0.50 0.49 0.46 0.43 0.62 0.45 0.50 0.41 0.44 0.39 0.41 最大 リターン 1.73% 1.33% 1.66% 1.57% 4.11% 1.12% 2.63% 2.62% 1.84% 1.35% 1.50% 1.56% 最小 リターン -2.75% -2.75% -2.75% -2.75% -5.59% -1.75% -3.43% -3.59% -2.75% -2.85% -2.75% -2.78% 歪度 尖度 勝率 -0.98 -1.44 -1.19 -1.20 -1.80 -0.87 -1.43 -1.37 -1.02 -1.46 -1.10 -1.19 3.96 9.27 6.56 6.60 24.27 5.40 16.95 15.54 4.53 9.42 5.51 6.49 58.5% 59.1% 58.8% 58.8% 59.7% 59.4% 57.8% 59.0% 58.8% 59.1% 57.8% 58.6% 図表10 累積リターンの推移(ケース①~⑤の平均) % 12 10 8 6 4 2 0 -2 -4 -6 -8 静的 動的(なし) 動的(上下限) 動的(BL) 動的(BL+ 上下限) クテストの結果は図表9の通りである。 2006/03/31 2007/03/31 2008/03/31 2009/03/31 2010/03/31 2011/03/31 最初に、図表7における静的AM(①) 、制約 AM(③~⑤)の平均は制約なし動的AM(②) なし動的AM(②) 、図表9における制約あり動 の平均と比べてやや改善している。 的AM(③~⑤)の3つを比較する。制約あり動 次に視点を変えて、静的AM(①)と動的AM(② 的AM(③~⑤)の平均を制約なし動的AM(②) ~⑤)を比較する。平均リターン、シャープレシ の平均と比べると、リスク関連の指標である標準 オは、全ての動的AMの全ての最適化パターンで 偏差、最小リターンは格段に改善している。静的 改善している。また勝率に関しては、動的AM(② AM(①)の平均と比べてもこれらの指標は改善 ~⑤)の平均は静的AM(①)の平均と比べて上 しており、制約あり動的AM(③~⑤)の手法が 昇している。 3つの中で最も低リスクだと言えよう。シャープ 図表10は、ケース①~⑤の累積リターンの平均 レシオはケース③、ケース⑤の平均では制約なし の時系列推移である。1では、2007年8月のパ 動的AM(②)の平均と比べてやや悪化している リバ・ショック時に、制約なし動的AM(②)が が、静的AM(①)に比べると随分改善している。 静的AM(①)を大きくアンダーパフォームして 一方、ケース④の平均は制約なし動的AM(②) いた。ここでは、制約あり動的AM(③~⑤)の の平均と比べて改善している。これは、平均リタ 推移を観察しよう。ケース④では大きな落ち込み ーンは悪化するものの標準偏差が大きく低下して を見せているが、制約なし動的AM(②)ほどで いるためである。また勝率では、制約あり動的 はない。また、ケース③、ケース⑤ではマイナス ©日本証券アナリスト協会 2012 73 佳 作 の幅は相応に抑えられている。これらの結果は、 に高水準であり、収益性のみに着目するとMax- 動的AMに制約を与えることで、ダウンサイドリ Sharpeが最も高い。他方、標準偏差、最小リター スクへの頑健性が強まることを示している。 ン な ど の リ ス ク 項 目 に 目 を 向 け る とMin-Var、 これらを総合すると、動的AMを導入すること Min-CVaR、Max-Sharpeの順番に低リスクである。 で、平均リターン、シャープレシオ、勝率は改善 投資の効率性であるシャープレシオは、Min- しており投資の収益性・効率性の向上には結び付 Var、Min-CVaR、Max-Sharpeの順番に高い。驚く く公算が大きい。ただし、リスク関連項目である ことに、Max-Sharpeはシャープレシオ最大化で最 標準偏差や最小リターンは必ずしも改善しない。 適化しているにもかかわらず、シャープレシオは そのような中、アロケーションに何かしらの制約 3つのうちで最低となっている。 を設け、静的AMと動的AMを合成することで、 また、Min-Varの歪度が最も0に近く尖度は最 リスク関連項目も相応に改善することが認められ も3に近いため、Min-Varのリターン分布が最も た。このような折衷的な戦略は、昨今リスク許容 正規分布に近いと言える。これは、分析しやすい 度が低下している年金基金向けといえよう。 ことを意味しており運用者にとっては好都合であ ここで認識しておきたいのは、図表4をみれば る。 直ちに分かるように、バックテストの期間は「下 こ の よ う な 結 果 が 得 ら れ た の は、Min-Varは げ局面」であり、なおかつリーマンショックや震 Max-SharpeやMin-CVaRよりも最適化の精度が高 災、欧州債務危機などの急落局面を含んでいると かったからだと考えられる。ここで重要なのは、 いう事実である。この期間をアウトオブサンプル Min-VarはMax-SharpeやMin-CVaRと違い期待リタ としたバックテストで良い結果が得られるという ーンが最適化のための入力項目となっていない点 ことは、将来的に類似した「下げ局面」に遭遇し である。図表4にあるように、バックテストの期 たときにもポートフォリオの痛みを最小化できる 間が基本的には「下げ相場」だったため、全体的 可能性が高いということである。 に期待リターンの推計は難しかったのであろう。 その結果、期待リターンの入力を必要とするMin- 最適化手法の比較 CVaR、Max-Sharpeは最適化の精度がやや劣った 今 度 は 切 り 口 を 変 え、Max-Sharpe、Min-Var、 のかもしれない。 Min-CVaRの 3 つ の 最 適 化 の 手 法 を 比 較 す る。 Min-Varは、より少ない入力項目で最適化が可 図表11はケース①~⑤の結果を、最適化手法ごと 能なため、運用者としては扱いやすく便利な手法 に平均を取ったものである。 とも言える。ただし、「下げ相場」においては持 累積リターン・平均リターン・最大リターンに ち味が生かされるものの、 「上げ相場」においては、 ついてはMax-Sharpe、Min-CVaR、Min-Varの順番 Max-Sharpeなどに大きく遅れを取る可能性がある 図表11 バックテスト結果(最適化手法ごと) 最適化 累積 平均リターン タイプ リターン (年率) Max-Sharpe 9.29% 1.54% Min-Var 7.49% 1.24% Min-CVaR 8.27% 1.37% 74 標準偏差 (年率) 4.33% 2.53% 3.37% シャープ レシオ 0.36 0.50 0.41 最大 リターン 2.90% 1.33% 2.29% 最小 歪度 リターン -4.49% -1.56 -2.45% -1.23 -3.59% -1.60 尖度 勝率 15.00 8.85 16.41 58.4% 58.3% 58.1% 創立50周年記念懸賞論文集 2012.10 佳 作 点には十分留意したい。 ク許容度が低下していることを鑑みれば、このよ うな、時系列モデルによる予測を一部取り入れた 5.終わりに 動的AMの実務への応用は検討できるように思わ れる。 本稿では、VAR(1) ・DCC-GARCH(1,1)とい それから、バックテスト結果に基づき、Max- う時系列モデルを利用した、動的アセットミック Sharpe、Min-Var、Min-CVaRの3つの最適化の手 スの策定方法を提案した。 法の特徴について整理した。 伝統的4資産をVAR (1) ・GARCH(1,1)モデ 今後の課題としては以下が挙げられる。このよ ルに当てはめ、各資産の将来の期待リターンを予 うに、動的AMにおいて時系列モデルを利用する 測し、標準偏差、相関行列を推計した。時系列推 としても、パラメータ推定に使うヒストリカルデ 移を観察した結果、HV、HCよりも、モデルに織 ータの期間、アロケーションを変更するまでの期 り込まれたIV、ICの方がその時々の相場の材料 間などによって結果は変わってくる。これらの項 にビビッドに反応していることが確認できた。 目は、さまざまな角度から分析を行い慎重に定め GARCHモデルは短期的視点で比較的検出の遅れ る必要があるため一筋縄にはいかない。また、動 が少ないと言われているが、今回の分析結果はそ 的AMに制約を与える場合も同種の問題が発生す れを支持している。将来を予測するという目的に る。レンジの許容幅をどう定めるか、ブラック・ はHV、HCよりもIV、ICの方が役立つであろう。 リッターマン法を用いるにしても事前分布と事後 また、3つの最適化手法(シャープレシオ最大 分布のどちらをどの程度重視するかなどは簡単に 化、大局的最小分散、CVaR最小化)について、 定められない。結局のところ、完全な定量モデル 過去からの議論を振り返りつつ整理を行ってい と謳われていても、前提条件の定め方は多分に定 る。 性的にならざるを得ない。言うまでもなく、いか そして、これが本稿の最大の貢献だと認識して に最先端のテクノロジーを取り入れて高度化しよ いるが、資産の分布が時間と共に変動している点 うとも定量モデルには限界がある。 に着目し、時系列モデルを利用して定期的に資産 繰り返しになるが、年金基金を取り巻く環境は 配分を変更する動的資産配分の手法を提案した。 極めて厳しい。年金受給者への安定的な給付を実 静的AMと制約なし動的AM、制約あり動的AMを、 現すべく、リスクをなるべく抑制しつつ投資の収 06/3月末から12/3月末までの期間、アウトオブ 益性・効率性も追求しなくてはならない。なおか サンプルでバックテストを行いパフォーマンスを つ、ここにきて運用の透明性がより強く求められ 計測した。時系列モデルによる予測を利用した動 るようになり、従来以上に外部への説明責任を丁 的AMが、静的AMに比べて投資の収益性や効率 寧に果たす必要が生じるであろう。マーケット環 性を高めるという結果が確認できた。また動的 境は日増しに不安定化しており、今後はより一層 AMに、①レンジを設ける、②BL法を利用する、 運用の巧拙がパフォーマンスを左右する。本稿で ③レンジを設けBL法を利用する、などの制約を 提案する時系列モデルを利用した動的資産配分の 課すと標準偏差や最小リターンなどのリスク関連 考え方が、持続可能な運用を模索する中で少しで 指標も改善することが分かった。年金基金のリス も参考になれば幸いである。 ©日本証券アナリスト協会 2012 75 佳 作 CVaRはポートフォリオのリターンの損失がある確 subject to n ∑r jt 1 (1 − β )T T ∑z t t =1 x j + α + z t ≥ 0, (t = 1, ... ,T ) rp ≥ T −1 ∑∑ r jt x j , t =1 j =1 0 … σ Nt Qt = (1 − α − β )Q + β Qt −1 + αε t ε t n ∑x 0 Rt = diag (Qt ) −1 / 2 Qt diag (Qt ) −1 / 2 , z t ≥ 0, (t = 1, ... ,T ) , n , Dt = 0 0 と 表 現 す る。 こ こ で Rt は 相 関 行 列 で あ り、 σ jt , j = 1,2, … ,N は 1 変 量GARCHモ デ ル で あ る。 DCC-GARCHでは、相関行列 Rt が、次式のように動 ─ 的に変動する、つまり無条件の共分散行列 Q に回帰 するような変動構造を持つことを仮定している。 j =1 T D σ 2t … α+ Minimize R t t ( N ×N ) ( N ×N ) ( N ×N ) 0 … … … ションによって次の線形計画問題を解けば、CVaR最 小化による最適ポートフォリオを導出できる。これ はRockafellar and Uryasev[2000]によって示された。 Σ t = Dt 0 … 率水準 β を上回る時の平均損失である。シミュレー σ 1t … 補論1 CVaR最小化による最適化 j =1 , j =1 ′ ただし、 x j ≥ 0, ( j = 1, ... ,n ) . ε t = [η 1t / σ 1,t −1 … η Nt / σ N ,t −1 ]Τ rjt はパス t でのリスク資産 j のリターン、xj はポー である。 Rt が相関行列になるためには、Qt が正定値行列で トフォリオのウェイトを示す。 α はVaRの値、 β は信 頼係数、 z はスラック変数、 T はシミュレーション 回数、r-p はポートフォリオのリターンである。 ある必要があるが、a>0、b>0、a+b≦1のとき、 Qt は必ず正定値行列になる。 補論2 ベクトル自己回帰(VAR)モデル 補論4 ブラック・リッターマン法 ARモ デ ル を ベ ク ト ル に 一 般 化 し た も の で あ り、 VAR (p)モデルは yt を定数と yt 自身の p 期前までの過 ブラック・リッターマン法は、市場均衡と投資家 のビュー(主観)を組み合わせることによって最適 なポートフォリオのウェイトを導出する枠組みであ り、Black and Litterman[1992]によって考案された。 去の値に回帰したモデルである。 y t = c + φ1 y t −1 + … + φ p y t − p + ε t , ε t ~ W . N (Σ ). と表現できる。ここで、 c は n×1 の定数ベクトルで あり、 φ i は n×n 係数行列、εt は分散共分散行列Σの 期待リターンに関して市場均衡に不確実性がある と考えると、市場均衡は、 μ ~ N (π ,τ Σ ), ホワイトノイズである。 補論3 GARCHモデル 1変量GARCH(p, q)モデルは以下のように表現 できる。 σ t2 = ω + β 1σ t2−1 + … + β pσ t2− p + α 1η t2−1 + … + α qη t2−q . の分布に従うと考えられる。 μ は N 変量正規分布に 従うことになり、 τ が小さいほど μ は市場均衡に近い と見なすことができる。 τ は投資家の市場均衡の確信 度合を表しているのである。 次に投資家の将来の期待リターンに関するビュー を反映させる。投資家のビューは、 ここで、誤差項 η t の条件付き分散を、 σ t2−1 = Vart −1 (η t ) = E t −1 [η t2 ] と表した。 次に多変量DCC-GARCHモデルへ拡張する。DCCGARCHモデルは、変数間の動学的関係において重要 な役割を果たす相関係数を時変的に扱うモデルであ り、Engle[2002]によって考案された。分散共分散 行列は、 Pμ ~ N ( q, Ω ), と表現できる。Pμ も N 変量正規分布に従う。 Ω は投 資家のビューに対する確信度を反映した行列であり、 Ω が大きい(小さい)ほど投資家は自分のビューの 確信度を低く(高く)評価していると考える。ベイ ズの定理を用いてこれらを総合すると、 μ | q;Ω ~ N ( μ BL , Σ μBL ), となる。ただし、 76 創立50周年記念懸賞論文集 2012.10 佳 作 μ BL = ((τΣ) −1 + P T Ω −1 P) −1 ((τΣ) −1 π + PΩ −1 q) Σ μBL = ((τΣ) −1 + P T Ω −1 P) −1 である。 投資家のビューに対する確信度である Ω と市場均 衡の確信度である τ を調整することで市場均衡と投 資家のビューを重視する割合を定めることができる。 ブラック・リッターマン法を実務に応用する際、 Ω と τ をどう設定するかが問題になる。 菅原周一・片岡敦[2012] 「トータルリスクに基づく 動的資産配分戦略」 、 『証券アナリストジャーナル』 、 50(6). pp.6-17. 竹原均[2008] 「ダウンサイドリスクモデル再考―年 金基金の基本ポートフォリオ策定への応用」 、 『証 券アナリストジャーナル』 、46 (11・12). pp.99- 106. 徳島勝幸[2012] 「投資におけるタイムホライズンを 考える」 、 『証券アナリストジャーナル』 、50 (2). pp.48-52. 山口勝業・小松原宰明[2005] 「年金運用におけるダ 本稿の内容は全て筆者の個人的見解によるもので あり、その責任は全て筆者個人に帰属する。 〔参考文献〕 臼杵政治[2009]「いま、基本ポートフォリオ(政策 アセットミックス)を考える」、『証券アナリスト ジャーナル』、47 (9). pp.6-16. 甲斐章文[2006]「期待ショートフォールを用いたリ スクバジェッティング」、『第一生命の年金通信 特別レポート』、8月号. 企業年金連合会[2010]「政策アセットミックスの見 直しについて―ダウンサイドリスクモデルを使っ た積立水準に応じた動的資産配分モデル―」、企業 年金連合会ホームページ. ©日本証券アナリスト協会 2012 ウンサイド・リスク最小化のための最適アセット・ アロケーション」 、 『オペレーションズ・リサーチ』 10月号、pp.694-700. 山田徹・上崎勲[2009] 「低ボラティリティ株式運用」 『証券アナリストジャーナル』 、47 (6). pp.97-110. 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