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上部消化管における栄養素感知と輸送機構

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上部消化管における栄養素感知と輸送機構
京府医大誌
124
(4),251~263,2015. 粘膜による栄養素感知と輸送
251
<特集「消化管機能の新たなる展開」
>
上部消化管における栄養素感知と輸送機構
加治 いずみ,秋葉 保忠*
カリフォルニア大学ロスアンジェルス校医学部
ウェストロスアンジェルス退役軍人メディカルセンター
ブレントウッドバイオメディカル研究所
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抄
録
消化管粘膜に発現している栄養素受容体は,腸内分泌細胞および知覚神経を介して消化液の分泌や食
欲を調節するだけでなく,上皮細胞における栄養素輸送体の動態も制御することが明らかになってき
た.生理機能を調節する内因性物質─ホルモン,サイトカイン,神経伝達物質などの生理的作用濃度
は,数 nM~数百 nM(s
ub
μM)である.これに対し,管腔から上皮細胞を刺激する栄養素の濃度は
mMレベルであり,舌の味細胞が外因性の味物質を感知する濃度域と一致することから,腸管腔内は生
体にとって外部環境に近い.実際,上部消化管の上皮細胞は非常に高濃度(s
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)の化学物質に暴
露されており,管腔内物質の受容はホルモン受容体などに比べればかなり大雑把と言える.しかし,栄
養素以外の外来性物質や微生物,胃酸による粘膜への攻撃から身を守りつつ,必要な栄養素を最大限吸
収する機構は,大胆かつ巧妙に制御されている.本稿では,上部小腸において,管腔内栄養素が特異的
な GPCRを活性化し,上皮細胞の輸送体の発現を調節することにより栄養吸収を制御している例を紹介
する.
キーワード:栄養素濃度,GPCR,腸内分泌細胞,十二指腸.
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平成27年 3月 1日受付
*連絡先
秋葉保忠 Ya
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,CA90073,USA
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食後の十二指腸管腔内に存在する栄養素濃度
はどのくらいだろうか? 標準的な分量で作っ
た味噌汁は,およそ 205mMのナトリウム,28
mMのアミノ酸,うち 6mMの Lグルタミン酸
を含む1)2).pH1の胃酸は 100mMの H+ に相当
する.成分栄養剤(1kc
a
l
/
ml
)の浸透圧は 650
~900mOs
m/
kgなので,数百 mMの栄養素の混
合液ということになる.図 1の例が示すよう
に,上部消化管の上皮細胞は(内因性物質に比
べて)非常に高濃度(s
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)の化学物質に
暴露されており,管腔内物質の受容はホルモン
受容体などに比べれば大雑把と言える.しか
し,栄養素以外の外来性物質や微生物,胃酸に
よる粘膜への攻撃から身を守りつつ,必要な栄
養素を最大限吸収する機構は精密に制御されて
いる.十二指腸は,酸性環境の胃と栄養吸収を
担う小腸(空腸・回腸)とに挟まれた長さ 35c
m,
ラットでは 8c
m程の部位である.食後,幽門か
ら十二指腸へ断続的に吐き出される胃内消化物
は pH2まで下がっており,酸に対する重炭酸分
泌による中和作用によって,十二指腸管腔内
pHは 2から 7の間を数十秒単位で変化し続ける.
また,管腔内容物の通過速度はヒトで 10~28
c
m/
mi
n
,ラットで 2.
7c
m/
mi
nと,空・回腸に比
図 1 栄養素受容体および輸送体の基質となる栄養素の食品中および管腔内濃度
粘膜による栄養素感知と輸送
べて 10倍近く速い3)4)にも拘らず,栄養素を感
知する腸内分泌細胞および迷走神経知覚神経線
維は十二指腸粘膜に高密度で分布している5)6).
これらの事実から,十二指腸は生体にとって必
要量の栄養吸収を行うというより寧ろ,下部消
化管における吸収過程が効率よく進むよう,管
腔内容物を素早くサンプリングし粘膜防御機構
および栄養素輸送機構を制御する役割を担って
いることが予想される.十二指腸における酸の
受容と吸収は,知覚神経上の TRPV1活性化およ
び PGE2合成を介して重炭酸分泌,粘液分泌,お
よび粘膜血流の増加を引き起こす.さらに,食
後に管腔に存在するアミノ酸,脂肪酸,胆汁酸
といった栄養素・非栄養素も重炭酸分泌を促進
する7).これらの応答は粘膜防御に重要なだけ
でなく,血流増加とそれに伴うリンパ液輸送の
促進が管腔から吸収された栄養素を上皮細胞下
から運び去り,管腔内との濃度勾配を保つこと
で栄養素吸収を促進すると考えられる.十二指
腸は管腔内化学物質受容と粘膜防御に特化し
た,生体の“g
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”であると言えるだろう.
糖・炭水化物・甘味
スクロースによる甘味の閾値は 10mM程度
であり,甘味受容体であるヒト T1R2/
T1R3を
発 現 さ せ た HEK細 胞 が 10~200mMの ス ク
ロースによって濃度依存的な応答を示すことと
一致する8).清涼飲料水に含まれる砂糖は 4~
12%=120~350mMなので,唾液や胃液によ
る希釈後でも,味細胞および十二指腸粘膜の
T1R2/
T1R3を活性化させるのに十分な濃度で
ある.腸粘膜における糖の吸収は単糖輸送体を
+
‐グルコー
介し,細胞間経路を通過しない.Na
ス共輸送体として同定された SGLT1は,マウ
ス消化管の中で十二指腸における発現が最も高
く,上皮細胞の管腔側膜での能動輸送を担って
いる9).低スクロース食を 2週間与えられたマ
ウスの SGLT1発現量は mRNAおよび蛋白レベ
ルで高スクロース食のマウスに比べて約半分で
あるが,低スクロース食に低カロリー甘味料
(T1R2/
T1R3活性化剤)を加えることで SGLT1
発現を促進できる10).このような SGLT1の発
253
現変動は T1Rの下流にある Gαgustまたは T1R3
欠損マウスでは起こらないことから,T1R2/
T1R3活性が SGLT1発現を制御していると考え
られる10).SGLT1の空腸微絨毛における発現と
グルコース輸送速度は,腸ホルモン GLP2の静
注により 1時間以内に 2倍になる11).管腔内グ
ルコースによって血中 GLP濃度が増加する12)
ことから,栄養素受容体が腸内分泌シグナルを
介して標的栄養素の輸送体発現を調節している
ことが示唆される.ヒト SGLT1を発現させた
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eにおけるグルコース輸送の Km値は 2
mMである13)が,空腸ループにおける SGLT1依
存性グルコース輸送の Km値は 4~20mMであ
り,30~50mMで飽和する14).この差は単細胞
と,血流の保たれた臓器の中にある細胞とでは
細胞内グルコース濃度の飽和速度が異なるため
であると思われる.一方,受動輸送体である
GLUT2は 100mMでも飽和しない.空腸上皮
細胞の GLUT2は管腔グルコース濃度が低い時
には基底側膜に局在しており,30mM以上のグ
ルコースに 30分間暴露されると管腔側膜にも発
現する14).この高濃度グルコースによる GLUT2
の局在変化は,SGLT1阻害剤 phl
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neによっ
15)
て阻害される .また,低濃度グルコースに
T1R2/
T1R3活性化剤を加えると GLUT2の管腔
側膜への動員が起こるが,T1R2/
T1R3活性化剤
16)
のみでは起こらないことから ,SGLT1を介し
た上皮細胞の脱分極および T1R2/
T1R3活性化
の両方が GLUT2の局在変化および腸ホルモン
の放出を惹起すると考えられる.
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rに腸粘膜を装着し経上皮イ
オン輸送を測定すると,空腸および回腸では管
腔のグルコース投与は SGLT1による経上皮膜
電位を発生する.マウス腸管において SGLT1
の発現が十二指腸で高いにも拘らず,十二指腸
粘膜はグルコース吸収電位を示さなかった17).
我々の追試実験によると,十二指腸におけるグ
ルコース吸収電位は絶食後と食後では顕著に応
答の大きさが異なり,解剖時に胃内に餌が入っ
ている個体の十二指腸ではグルコースによる電
位変化がみられない.これは,一定時間管腔に
栄養素が入ってこない状態が続くと感度の良い
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だけが管腔側膜に残るが,連続して栄養素が流
入してくると非起電的受動輸送体である GLUT2
も管腔側膜に発現し SGLT1と競合する結果,
起電的応答が検出できなくなるためではないか
と考えられる.健常人ボランティアの十二指腸
ループにおける実験では,T1R2/
T1R3活性化剤
である s
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eの 150分間の灌流後に 30分間
の休憩を挟みグルコース吸収および血中 GLP1
濃度を測定したところ,生食を灌流した対照群
との間に差はなかった18).従って,十二指腸に
おいても SGLT1を介するグルコース吸収が存
在するものの,その調節機構は空腸とは異なる
ものと思われる.センサー機能重視の十二指腸
と吸収機能重視の空・回腸とでは栄養素受容体
の発現および局在の制御が異なることが示唆さ
れる.
アミノ酸・蛋白質・うま味
消化管上皮細胞は,オリゴペプチドまたは
アミノ酸を吸収する.遊離アミノ酸を感知する
T1R1/
T1R3
,mGl
uR1
,mGl
uR4
,Ca
SR,および
消化蛋白ペプトンを感知する LPA5
(GPR93/
92
)
が消化管に発現している.出汁のうま味物質と
して同定された Lグルタミン酸は必須アミノ
酸ではないが,食品中に最も多く存在するアミ
ノ酸の一つであり,ヒトの味覚における閾値は
2mM程度である.うま味受容体であるヒト
T1R1/
T1R3ヘテロダイマーを発現させた HEK
細胞の L-グルタミン酸に対する EC50は 3mM
であるが,0.
2mMのイノシン酸存在下では 30
倍も低下する8).また,ラット十二指腸管腔に
Lグルタミン酸やアスパラギン酸を灌流すると
重炭酸分泌が誘発され,イノシン酸の併用投与
によって増強される19)20).つまり,出汁のうま
味相乗効果として知られていた現象が分子レベ
ルで裏付けられ,味細胞と同じ受容体を発現す
る腸粘膜においても証明されたと言える.アミ
ノ酸輸送体はこれまでに 60近い分子が同定さ
れており,側鎖の違いにより性質の異なるアミ
ノ酸をそれぞれ輸送する.小腸でアミノ酸吸収
に関与する輸送体は,ASCT2
(SLC1A5
)
,B0AT1
ほか
(SLC6A19),EAAC1(SLC1A1),I
MI
NO
(SLC6A20
)
,PAT1
(SLC36A1
)が管腔側膜で,
TAT1
(SLC16A10
)
,+LAT2(SLC3A2
)
,GLT1
(SLC1A2
)が基底側膜上で機能していると考
pT1は様々なジ
えられている21).管腔側膜の Pe
ペプチドおよびトリペプチドを H+ と共輸送す
るが,アミノ酸は輸送しない.Pe
pT1発現は,
管腔内 Lグルタミン酸,フェニルアラニン,ア
ルギニン,およびリジンによって促進される22).
Ma
c
eらは,Lグルタミン酸によって Pe
pT1の
管腔側膜への移行が促進される際に GLUT2が
相反的に膜から離れること,また反対に,高濃
度グルコースによって GLUT2が動員される際
には Pe
pT1が管腔側膜から離れることを見出
し,両者は細胞内 PKCによって逆の制御を受け
ていることを示した23).輸送体の膜上への動員
に伴い,Pe
pT1によるジペプチド吸収および
GLUT2によるグルコース吸収速度は空腸ルー
プの灌流液を切り替えた 5分以内に変化し始
め,15分後にはピークに達する.管腔内栄養素
の組成に合わせて輸送体を素早く無駄なく入れ
替え,栄養を効率よく吸収する戦略だと考えら
れる.
低カロリー甘味料がグルコース輸送体の発現
を増加させ総カロリー吸収量を増加させる現象
は,離乳期ブタの栄養改善に利用されている24).
また,Lグルタミン酸は中心静脈栄養マウスに
おける絨毛萎縮を予防する25).これらは,腸管
における T1R活性化が栄養吸収を促進し肥満
を助長する一方,高齢者や拒食症,短腸症候群
や抗がん剤治療患者における低栄養の改善に応
用できる可能性を示している.
脂肪酸・脂質・
‘油脂味’
中性脂肪トリグリセリドは,2個の脂肪酸と
モノグリセリドに分解され上皮細胞に吸収され
た後,細胞内でキロミクロンに取り込まれ,リ
ンパ管へ輸送される.脂肪酸の受容と輸送機序
は,炭素数によって異なる.炭素数 13以上の長
鎖脂肪酸は Fr
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(FAT)
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CD36のリ
ガンドである.口腔内リパーゼによって遊離し
粘膜による栄養素感知と輸送
た長鎖脂肪酸を味細胞の FAT/
CD36および FFA4
が油脂味として感知することが示唆されてい
る26).炭素数 16,18,20の脂肪酸が動物脂肪中
に最も普遍的に存在しており,その中でも生理
活性物質の合成に必要な n3系および n6系不
飽和脂肪酸は必須脂肪酸とみなされている.ま
た,脂質のエネルギー係数が三大栄養素の中で
最も大きいことからも,生体が積極的にエネル
ギーを獲得するために油脂味を好ましいものと
して感知することは理に適っていると思われ
る.日本人は FAT/
CD36遺伝子の変異・欠損を
持つ割合が白人よりも高く,FAT/
CD36欠損者
は組織への脂肪酸およびコレステロール取り込
みに支障をきたすことから,この分子のメタボ
リック症候群への関与が示唆されている27).
FAT/
CD36は上部小腸絨毛の管腔側膜に発現が
高く,食餌中の脂質によって発現が上がる28).
しかし,FAT/
CD36を欠損させたマウスは,摂
食後 6時間のコレステロール吸収量が正常マウ
スに比べて低いものの,脂肪酸およびコレステ
ロ ー ル の 総 吸 収 量 に は 違 い が な か っ た29).
FAT/
CD36欠損マウスでは管腔内脂肪酸による
Se
c
r
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i
nおよび CCK分泌が阻害される30)こと
から,脂肪感知には関与しているらしいが腸上
皮細胞において脂肪酸の主要な輸送機構かどう
か は 不 明 で あ る.他 の 輸 送 体 候 補 と し て,
Fa
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(FTP)ファミリー
のうち FTP4のみが小腸に高発現し,HEK細胞
発現系では炭素数 10以上の脂肪酸を輸送する
ことが示された31).しかし,FTP4欠損マウス
の実験からは脂肪酸吸収への寄与が認められな
かった32)ことから,長鎖脂肪酸吸収を担う上皮
細胞膜の輸送体は今のところ同定されたとは言
えず,おそらく複数の経路が相補的・代償的に
関与していると考えられる.
炭素数 12以下の中鎖および短鎖脂肪酸を含
む脂肪は,ヤシ油や乳製品などに含まれてい
る.これらは,キロミクロンおよびリンパ管を
経由せず,直接門脈へ輸送されるため長鎖脂肪
酸よりも速やかに代謝される.炭素数 2~4の
短鎖脂肪酸は水溶性で揮発性脂肪酸とも呼ば
れ,FFA2および FFA3を活性化する.炭素数 3
255
以下の短鎖脂肪酸は天然の脂肪には含まれず,
発酵食品中に遊離脂肪酸またはエステルとして
存在する.酢酸,プロピオン酸,酪酸は腸内細
菌の最終産物であり,大腸内あるいは反芻動物
の胃内で合計 100mMにも達し,これらの組織
で吸収機構の研究が進んだ.上皮細胞の管腔側
+
膜では Na
‐モノカルボン酸共輸送体である
SMCT1または SMCT2を,基底側膜では pH感
受性の MCT1を介して上皮細胞を通過する33).
ヒトの口腔内細菌も短鎖脂肪酸を産生するた
め,一晩絶食した後の十二指腸液中にも 0.
55
mMの酢酸,0.
05mMのプロピオン酸,0.
01mM
の酪酸が検出され,唾液中にはそれぞれ約十倍
の濃度が含まれる34).また,市販の食酢は 4~
5%の酢酸であるから約 800mM,つまり酢の物
やドレッシング,すし飯にも数十 mMの酢酸が
含まれ,我々の口に入ることになる.さらに,
酢酸が経
胃排出機能を評価する際に用いる13C口摂取 10分後には 13CO2 に代謝され呼気中で検
出されることから,十二指腸において迅速な酢
酸吸収が起こることが予想される.ヒト FFA2
および FFA3は 0.
1~1mMの酢酸で活性化さ
れ,SMCT1の酢酸に対する Km値は 2.
5mMで
あるので,十二指腸でもこれらの受容体・輸送
体が存在する意義があると考えられる.我々
は,免疫組織染色によりラット十二指腸の腸内
分泌細胞に FFA2および FFA3が,それぞれ 5HTおよび GLP1/
GLP2と共発現していること
を見出した.また,ラット十二指腸ループに短
鎖脂肪酸を灌流すると,血中 GLP2濃度が増加
し重炭酸分泌が促進される.一方,FFA2作動
薬を灌流すると,AChおよび 5HTを介して重
炭酸分泌が促進されるが血中 GLP2濃度は変
化しないことから,FFA2および FFA3が各々の
経路で十二指腸の粘膜防御応答を惹起すること
が明らかとなった35).さらに,酢酸による重炭
酸分泌は MCT阻害剤によっても抑制され,
Us
s
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ngc
ha
mb
e
rに装着した十二指腸粘膜標本
+
および基底側膜 Na
Kにおいては,管腔側 Na
ATPa
s
e依存的な短鎖脂肪酸の吸収電位が観察
された36).以上の結果は,ラット十二指腸絨毛
の管腔側膜に SMCT1が,基底側膜に MCT1お
加
256
治
いずみ
よび MCT4が局在している免疫染色の所見と
一致し,十二指腸の栄養素受容―粘膜防御連関
における短鎖脂肪酸の重要性を示したと言える
(図 2
)
.
コレステロール
コレステロールはキロミクロンの構成成分と
して脂質輸送に貢献し,ホルモン合成の基質と
しても重要な脂質である.摂取量と必要量に応
じて生合成と排出が調節されるため必須栄養素
ではなく,日本人の栄養摂取基準で以前は設定
されていた上限(目標量)が 2015年版では削
除された.これまではコレステロール排出は胆
汁分泌が唯一の経路だと考えられていたが,胆
嚢摘出患者あるいは胆管ドレーンを施した実験
動物においても糞便中への非食事由来ステロー
ルが排出される.上部小腸の上皮細胞は食物中
のコレステロールを吸収するだけではなく,管
腔へ排出する機構も備えており,腸上皮コレス
テロール流出 Tr
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(TI
CE)が体内のコレステロール代謝調節に大
きく貢献していると考えられている37).吸収と
排出は,上皮細胞の異なる輸送体によって行われ
ほか
る.Ni
e
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nnPi
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kC1Li
k
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n1
(NPC1L1
)
は管腔から上皮細胞へ,Ab
c
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1は細胞内から血
漿へコレステロールを輸送し,管腔側膜の
Ab
c
g
5/
Ab
c
g
8ヘテロダイマーが上皮細胞から管
腔へコレステロールを排出すると考えられてい
る.マウスに無コレステロール高脂肪食を 2週
間以上与えると,これら全ての輸送体の mRNA
発現量が減少する.また,炭素数 18~22の長
鎖脂肪酸を経口投与後 6時間で同様の mRNA変
動が見られることから,食餌中の脂肪酸がコレ
ステロール合成および輸送体の発現を数時間単
位で調節していることが示唆される38).この輸
送体発現の調節にLXRは関与していないとされ,
他の調節因子の探索が行われている.Us
s
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ng
c
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rに小腸標本を装着し,管腔側にコレス
テロールアクセプターを入れておくと,血管側
に投与した LDLや HDLからコレステロールが
管腔側へ排出される.この積極的なコレステ
ロール排出はヒト小腸標本でも報告されてお
り,TI
CEを e
xv
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oで評価する実験系として期
待されている.Pr
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pe9
(PCSK9
)欠損マウスにおける TI
CE
は野生型マウスの約 2倍であり,PCSK9の静脈
図 2 十二指腸における受容体および輸送体を介した短鎖脂肪酸の感知・重炭酸分泌応
答の模式図
粘膜による栄養素感知と輸送
投与によっても TI
CEが増加する.また,この
応答は LDL受容体欠損マウスでは起こらない
ことから,PCSK9および LDL受容体が TI
CE調
節因子の一つであると考えられている39).上部
小腸で排出されたコレステロールが下部消化管
において脂質吸収と共に再吸収される割合は不
明であるが,管腔内コレステロールにも腸内細
菌に対する何らかの影響があるかもしれない.
カルシウム・マグネシウム
食品成分表に記載されている牛乳中のカルシ
ウムとマグネシウム量を単純に濃度に直すと約
30mMと 4mMになる.胃がつくる強酸環境は
2+
2+
および Mg
を食物から遊離させるため,
Ca
十二指腸内の両イオン濃度は高いと考えられ
る.どちらも 2価のイオンとして細胞間経路よ
り吸収されると考えられているが,上皮細胞の
特異的な輸送体も同定されている.従来,Caの
主な吸収部位は回腸であるとされていたが,近
年,十二指腸に Ca吸収を担う分子が揃って発
現していることが明らかとなった.十二指腸に
おける Ca吸収は,管腔側膜の TRPV5
(ECa
C1
)
および TRPV6
(Ca
T1
)
,基底側膜の Ca
ATPa
s
e
(AMCA1b
)を介している.上皮細胞内ではビタ
ミン Dにより発現量が調節されている Ca
l
b
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nd
nBP)と結合し,この発現量と Ca吸収速
D9k(Ca
度には正の相関がある4).ヒト食道から直腸ま
での消化管各部における mRNA量を比較した
報告では,Ca
l
b
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nd
i
nD9k発現は十二指腸に限局
2+
していた40).通常細胞内 Ca
濃度は nMレベル
に厳密に制御されている.従って,Ca
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n2+
濃度を増加さ
D9kの高発現は細胞内の遊離 Ca
2+
を輸送する手段であり,十二指腸に
せずに Ca
おける Ca吸収の重要性がうかがえる.また,
Ca
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(Ca
SR)が上皮細胞基
底膜に発現し,Ca
SR活性化が重炭酸分泌を促
進することから19),Ca吸収時にも粘膜防御機構
が 同 時 に 働 く よ う で あ る.下 部 小 腸 で は
TRPV5/
V6の発現がほとんどなく,膜電位依存
2+
1.
3チャネルを介して Caを取り込むこ
性 Ca v
と,この吸収は GLUT2を介したグルコース吸
収に連動していることが示唆されている41).ま
257
2+
た,L型 Ca
チャネル阻害剤によって Caのみ
ならずグルコース吸収も抑制されるため,降圧
目的で服薬される Ca拮抗薬による下痢の一因
なのかもしれない.
一方,Mgは管腔側膜のTRPM6およびTRPM7
,
基底側膜の CNNM4によって輸送されると考え
られている.TRPM6および CNNM4の発現は
十二指腸にはほとんどなく,回腸と大腸におけ
る発現が高い40).マウスの胃または盲腸のカ
テーテルから 45Caおよび 25Mgを投与し吸収量
を測定すると,Caは 0.
1~44mMで小腸におけ
る吸収量が多く,Mgは1.
6または10mMでは大
腸における吸収量が多いものの,44mMでは小
腸における吸収量が大腸を上回った.この結果
から,管腔内濃度が低い時には経細胞輸送体の
発現分布と吸収の部位差が一致し,濃度が高い
ときには細胞間経路が優位になると考えられ
る40).
2+
-
なお,鉄イオン Fe
やヨウ素イオン I
の吸
収も主たる場は十二指腸である.その他のミネ
ラルや微量栄養素の感知,輸送機構については
本稿では扱わないが,欠乏や過剰が疾患に直結
するだけに,興味深い分野でもある.
水
水チャネルであるアクアポリンファミリー
は,ヒトにおいて AQP0~11の 12個が同定され
た.各サブタイプの発現には消化管部位による
違いと動物種による違いが報告されており,複
数の AQPが代償的に機能していると考えられ
る.ヒト小腸上皮細胞には AQP3
,4
,7
,9
,10
,
11が見出されているが,細胞内局在および各々
の貢献度は議論中である.AQP5は唾液腺およ
び十二指腸腺に特異的に発現し,水分泌に関与
していると考えられている42)43).
+
およびグルコース吸収に伴っ
水吸収は Na
て起こるため,SGLT1を水分子が直接通過する
ことも提唱されている44).また,水吸収に十分
+
を管腔へ供給するために Cl
a
ud
i
n15
な量の Na
による細胞間経路の形成が必要であることが遺
伝子改変マウスの実験から示唆された45).ペプ
ト ン や リ ン 脂 質 を 感 知 す る GPCRの 一 つ,
加
258
治
いずみ
LPA5の活性化が上皮細胞の NHE3を管腔側膜
へ移行させ,回腸での水吸収を促進することが
報告された.マウスの実験では LPA5活性化
が,コレラトキシンにより 40%低下した水吸収
を正常レベルまで回復させることから,下痢の
治療に役立つことが期待される46).
腸内分泌細胞の役割
管腔内の栄養素は,腸内分泌細胞を刺激し
種々の腸ホルモンを放出させることで消化吸収
および代謝を促進する.ラットにおいて,成分
栄養剤によって分泌された GLP1
,および吸収
されたグルコース濃度は門脈血中に比べ腸間膜
リンパ液中で 5倍以上高い47).ペプチダーゼ活
性の低いリンパ液循環は,腸ホルモンの遠隔臓
器における作用の一翼を担っている可能性があ
る.Po
o
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らは,栄養素受容体を発現する外来性
の知覚神経線維がリンパ管内を走行し,取り込
まれた栄養素および腸ホルモンの情報を中枢へ
伝えているという“ne
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”システ
ムを提唱している48).
腸ホルモンは約 20種類が同定されており,胃
から直腸までの消化管粘膜に散在する腸内分泌
細胞は,消化管部位によって産生するホルモン
および分布密度が異なる.同じホルモンを産生
する細胞であっても,小腸から単離した細胞と
大腸から単離した細胞では異なる転写調節因子
が発現しており,発現する栄養素受容体も異
なっている49)50).また少なくとも小腸では,1つ
の腸内分泌細胞が,これまで I
,K,L,S,EC
細胞で分担されていると考えられてきた数種類
のホルモンを産生し51),十二指腸では 5HTお
よび CCKを両方含む細胞が,片方しか含まな
い細胞よりも多い52).以上の事から,管腔内
栄養素の感知および応答において消化管部位
により役割が分担されていると考えられる.
Ne
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n3という神経内分泌細胞の分化に
必須な転写調節因子は,腸内分泌細胞の分化も制
御している.腸上皮細胞の Ne
ur
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n3発現
を組織特異的に失くすと,全ての g
utho
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産生細胞が分化しなくなる.そのような遺伝子
改変マウスにおいては,腸内容物の輸送速度が
ほか
野生型マウスに比べて速く,小腸絨毛は短く,
上皮細胞膜上の消化酵素や輸送体の発現がある
にもかかわらず栄養不良を呈す53).重篤な先天
性の下痢と吸収不良のために中心静脈栄養に
頼っている小児患者にも Ne
ur
o
g
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ni
n3遺伝子
に変異があることが見出されている54).
管腔内の脂質やグルコースによって活性化さ
れる GI
P産生細胞は,十二指腸に集中してい
る.GI
P受容体を欠損したマウスは高脂肪食を
長期間与えても脂肪の蓄積が起こらず,インス
リン抵抗性を示さない55).全身の栄養管理は腸
上皮細胞の 1%を占める腸内分泌細胞が担って
いると言える.とくに十二指腸における栄養素
感知と腸内分泌の仕組みは,食事中の栄養素を
効率よく最大限に取り込むために発達したもの
で,現在の飽食の環境には適していないのかも
しれない.昨今の肥満手術 b
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よる十二指腸スキップが,肥満の改善に有効で
あることが,この仮説を支持している.また,
十二指腸における栄養素受容体活性化を介した
分泌増加は,同時に流入する胃酸に対する粘膜
防御だけでなく,その後の消化吸収の促進にも
役立っていると思われる.つまり,
「吸収のた
めの分泌」を担っていると言えるだろう.
お
わ
り
に
三大栄養素または三大エネルギー源(糖質,
蛋白質,脂質)を味覚受容体で見分けると,甘
味,うま味,油脂味(議論中)のもとであり,
その他の酸味,塩味,苦味を呈する物質は経験
的に無害な濃度であれば三大栄養素に風味(あ
るいは食べる楽し味)を添える一方,高濃度で
は危険を告げる物質だと考えられる.栄養素を
輸送体から見ると,六炭糖,アミノ酸・オリゴ
ペプチド,長鎖脂肪酸,コレステロール,モノ
カルボン酸は,それぞれに特異的な輸送体の基
質であり,受容体の活性化によって輸送体の発
現量および局在は短時間で変動する.栄養素受
容体による吸収の調節機構には,必要のないも
のは作らない生体の巧みさが表れており,これ
らの仕組みは低栄養・過栄養状態の是正に利用
できる可能性があるだろう.
粘膜による栄養素感知と輸送
259
開示すべき潜在的利益相反状態はない.
文
献
1)植田.市販味噌のタンパク質・水分・食塩含量およ
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2)柴田,渡邊,安原.組合せ材料(かつお節,煮干し,
昆布)による和風煮だし汁の呈味成分と食味との関
係.日本調理科学会誌 2008;41:304312.
3)Quo
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著者プロフィール
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歴:2007年 3月 静岡県立大学食品栄養科学部 卒業・管理栄養士
2012年 3月 静岡県立大学生活健康科学研究科博士課程 修了
2012年 4月 北海道大学大学院医学研究科・日本学術振興会 PD
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2014年 1月~現職
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最近興味があること:腸上皮直下の外来性知覚神経の役割;小腸絨毛の構造・機能を保
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著者プロフィール
秋葉 保忠 Ya
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歴:1991年 慶應義塾大学医学部卒業
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慶應義塾大学医学部内科学教室入局
1992年 慶應義塾大学大学院医学研究科(内科学;消化器内科)入学
1996年 慶應義塾大学大学院修了
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慶應義塾大学医学部内科学専修医
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1999年 慶應義塾大学医学部内科学助手(消化器内科)
2000年 慶應義塾大学学位取得(博士,内科学)
2001年 慶應義塾大学助手(医学部内科学)
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専門分野:上部消化管粘膜防御機構
最近興味があること:管腔内物質感知機構
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