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『持続可能な開発目標』の視点 - 産官学・NPO など協働を
2016 年 3 月 21 日(月)日本経済新聞「経済教室」 国際協力機構 理事長 北岡伸一 「 『持続可能な開発目標』の視点 - 産官学・NPO など協働を」 ポイント ○日本提唱の「人間の安全保障」と相通じる ○革新的技術が持続可能な社会実現に必須 ○ODA は費用対効果を踏まえ集中投入を 現代の世界には、テロが広がり、紛争が絶えず、難民が増大し、ナショナリズムが高ま って、陰鬱な気分にさせられることが少なくない。 一方、国際協力の動きも高まっている。国連サミットで昨年 9 月、 「持続可能な開発に向 けた 2030 アジェンダ」が採択された。2016~30 年に国際社会が協働して取り組むべき地 球規模の開発課題を「Sustainable Development Goals(SDGs) 」としてまとめたもので、 17 の目標(表参照)と 169 のターゲットで構成される。 昨年 12 月にパリで開かれた第 21 回国連気候変動枠組み条約締約国会議(COP21) では、 すべての国が責任を負う「パリ協定」が結ばれた。極めて重要な合意だが、気候変動は SDGs にも含まれており、SDGs の一部具体化ということもできる。 SDGs は、2000 年に定められた「ミレニアム開発目標(MDGs) 」に続くものだ。MDGs は、極度の貧困と飢餓の撲滅、普遍的初等教育、幼児死亡率の削減、妊産婦の健康など、8 つの開発目標と 21 のターゲットを定めた。当初、実現可能性を疑問視する見方もあったが、 この 15 年間、極度の貧困に苦しむ人口は 3 分の 1 となり、乳幼児死亡率や妊産婦死亡率は ほぼ半分となるなど、大きな前進があった。 しかし、残された課題も多い。第 1 に、アフリカのサブサハラ(サハラ砂漠以南)など 一部地域では、母子保健や安全な衛生施設へのアクセスなど、MDGs で未達成の項目が依 然ある。第 2 に、数値上(または数値的)に改善が進んだ国でも、地域間、男女間、民族 間、障害者など国内の格差はむしろ拡大してきた。そして第 3 に、気候変動や自然災害な ど、かつて想定されていなかった重要な課題が顕在化してきた。 それゆえ MDGs を引き継ぎつつ、さらに新たな課題を加え、途上国のみならず先進国も 加えた目標として、SDGs はつくられたのである。 SDGs は、日本が長年推進してきた「人間の安全保障」と相通じるところが多い。日本は 1990 年代後半からこの概念を提唱し、99 年には国連に「人間の安全保障基金」を設けて推 進してきた。12 年 9 月の国連総会決議では、加盟国間で「人間の安全保障」の共通理解が 形成され、 「人々が自由と尊厳の内に生存し、貧困と絶望から免れて生きる権利」と定義さ れた。 1 SDGs の中に「人間の安全保障」という言葉はないが、「人間中心」ということがうたわ れており、また「誰も取り残されない」という人間の安全の保障の原則が明示されている。 また SDGs では、貧困から脱出した人が、災害、失業、事故などで再び元の状態に引き 戻されないよう、セーフティーネット(安全網)の整備や能力の強化(エンパワーメント) を図ることが重視されている。これも人間の安全保障と近い考え方である。 日本では、人間の安全保障は、03 年改定の政府開発援助(ODA)大綱で重要な視点とし て取り入れられ、昨年 2 月改定の大綱でも中心概念となっている。要するに、日本は「人 間の安全保障」の実現をテコとして、SDGs 達成への取り組みでも国際社会をリードしてい く立場にある。 SDGs 達成では、国家以外に多様な組織・関係者の参加が必須とされている。人間の安全 保障や MDGs でもパートナーシップが重視されていた。SDGs ではさらに明確に、政府や 国際機関、援助機関のみならず、企業、非政府組織(NGO) ・NPO、大学・研究機関、自 治体などが様々な形で協働するパートナーシップが重要であると強調されている。 SDGs では、温暖化ガス排出削減や感染症ワクチン開発、食糧の確保、水質浄化などの課 題解決に向け、科学技術イノベーション(革新)の役割が強調されている。とりわけ注目 されるのは企業の持つ高い技術だ。SDGs には多くのビジネスチャンスが眠っている。本業 における企業の技術が課題解決に貢献する可能性が高いとみられる。 LIXIL がケニアで取り組む「無水トイレ」の実用化や、ソニーが開発した非接触 IC カー ド技術方式(フェリカ)の都市公共交通機関への導入などがその好例だ。フェリカシステ ムは国際協力機構(JICA)の協力を通じ、バングラデシュの国営バス会社にも導入された。 人材や資金力に限りのあるベンチャーや中小企業でも、革新的な技術により、持続可能 な社会の実現に貢献していくことが可能となる。 日本企業への期待は海外での事業にとどまらない。SDGs は先進国も含めたすべての国が 達成に向けて取り組むユニバーサルな目標であり、日本国内での取り組みが他国の目標達 成にも貢献するとの視点も必要だ。ここでも企業は、消費者や投資家、従業員、関連企業 などとの連携を通じ、SDGs 達成への取り組みの結節点となり得る。 例えば食品廃棄問題は、12 番目の目標「つくる責任、つかう責任」のターゲットの一つ に挙げられている。ほかにも「化学物質と廃棄の管理・排出削減」「廃棄物の削減」 「持続 可能なライフスタイル」などが目標に含まれる。 加えて、小中高校や自治体の活動、住民主体の地域振興、環境保全活動、消費者運動な ど、国内で展開される取り組みの多くはグローバルな課題とも関係する。SDGs は私たちの 日常生活と密接に関連しているのである。 国連貿易開発会議(UNCTAD)の推計によれば、SDGs 達成に必要な年間投入額3兆9 千億ドルのうち、発展途上国独力で調達可能な資金は 1 兆 4 千億ドルしかない。一方、先 進国の ODA 総額は 1372 億ドル(14 年)にすぎない。限られた資金を有効に活用するため、 これまで以上に革新的な工夫が求められる。 2 デンマークのシンクタンク「コペンハーゲン・コンセンサス・センター」は昨年、SDGs の各目標の費用対効果の分析結果を発表した。費用対効果が最も高く ODA を集中投入すべ きターゲットは 19 項目に絞られ、そこには未達成の MDGs が多く含まれる。アフリカの 低所得国で保健、教育など MDGs の積み残し目標の早期達成にまず注力すべきだと提言す る。また、女性に対する暴力の撲滅、女子教育、ジェンダー平等の実現も優先項目に含ま れる。いずれも日本が人間の安全保障で重視してきた分野だ。 今年 5 月には伊勢志摩サミット、8 月には第 6 回アフリカ開発会議(TICAD)が開かれ る。日本政府が提唱してきた「ユニバーサル・ヘルス・カバレッジ」 「女性が輝く社会」 「質 の高いインフラ・パートナーシップ」「アフリカ開発」は、費用対効果の観点からも優先度 の高い課題だ。 日本はこれらに戦略的に ODA を投入することで、 SDGs 達成に貢献できる。 90 年代には日本は世界1位の ODA 大国だったが、過去 16 年間、ODA 予算は減り続け た。今や支出総額で世界4位、国民総所得(GNI)比で 18 位と、経済協力開発機構(OECD) の開発援助委員会(DAC)メンバー国の中で低い水準にある。今年の政府予算では、わず かながら増加に転じた。SDGs をリードして成果を挙げ、さらに ODA を増やして、もう一 度世界に誇れる援助大国となるべきだ。それが、国際社会で名誉ある地位を占める(日本 国憲法前文)ゆえんである。 以上 3