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Page 1 京都大学 京都大学学術情報リポジトリ 紅
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アフリカ宗教研究の動向と課題 ―周辺化理論と近代化
論の限界をこえて―
石井, 美保
人文學報 = The Zinbun Gakuhō : Journal of Humanities
(2003), 88: 83-98
2003-03
https://doi.org/10.14989/48614
Right
Type
Textversion
Departmental Bulletin Paper
publisher
Kyoto University
『
人文学報』 第 8
8号 (
2
0
03
年 3月)
(
京都大学人文科学研究所)
アフ リカ宗教研究 の動 向 と課題
- 周辺化理論 と近代化論の限界をこえて -
石
井
美
保
Ⅰ は じめに
Ⅱ
アフ リカ宗教 の周辺化理論
-
剥奪理論 と象徴的抵抗論
1 悉依現象 と剥奪理論
2 独立教会 と象徴 的抵抗論
3 周辺化理論 の問題点
Ⅲ アフ リカ宗教 の近代化論
1 ポス ト植民地期 のペ ンテ コステ派教会研究
2 近代化論 の問題点
Ⅳ
おわ りに
Ⅰ は
じ め
に
本論 の 目的 は, サ- ラ以南 ア フ リカの宗教実践 を対象 とす る人類学 的研究 につ いて,主 に
1
960年代後半以降 の研究動向を整理 し, その問題点 を指摘す るとともに新 たな視座 の可能性
を提示す ることで ある1)。 大 まかにまとめれば, 従来 のアフ リカ宗教研究 の問題領域 は次 のよ
うな変遷 を遂 げて きた。 1)地域社会の伝統宗教 とコスモロジー, 2)植民地化 と近代化 によ
る伝統社会 の崩壊 と新 たな宗教運動 の形成, 3) ポス ト植民地期のアフ リカ社会 における宗教
現象の グローバル化。
以上 のよ うな研究対象 の変遷 に伴 い, アフ リカ宗教研究 の主流 を占める理論的枠組 み もまた,
伝統宗教 の構造機能的解釈 と象徴分析か ら,新 たな宗教運動 の政治的意義 の理論化 を経 て,世
界 システム論 に依拠 した宗教現象 の近代化論へ と移行 して きた2
)
。 本論 は, 上記 の理論的潮流
960年代以降のアフ リカ宗教研究 のなかで も,つ ぎの二つの問題領域 に焦点 をあて
に連 な る 1
て検討す る。 第一 に,社会的周辺部 にある人 々を主体 とす る宗教実践を,不平等 な権力構造 と
の関係 か ら分析 した一連 の研究 であ る。本論 で はこれ らの議論 をアフ リカ宗教 の 「
周辺化理
論」 と呼 び,伝統社会 と植民地状況 のそれぞれを対象 とす る代表的な周辺化理論 を検討す る。
-8
3-
人
文
学
報
第二 に,現代 アフ リカ社会 における宗教実践 を,国民国家形成 と近代化, グローバル化 との関
係か ら分析 した一連 の研究である。本論 ではこれ らの議論 をアフ リカ宗教 の 「
近代化論」 と呼
び, ポス ト植民地期のアフ リカ社会 を対象 とす る代表的な近代化論 の特徴 と問題 を考察す る。
本論 の第 2章 で は,代表的 な周辺化理論 と して,伝統社会 にお ける恵依現象 を悉依者 の構
[
Le
wi
s 1
9
6
6] の剥奪理論
造的周辺性 とい う点か ら機能的に分析 したルイス
(
de
pr
i
va
t
i
on
t
he
o
r
y) と,独立 教会 の実践 を披抑 圧 者 の象徴 的抵抗 と して分 析 した コマ ロフ [
Comar
of
f
1
9
85
] の研究 を と りあげる。 また,周辺化理論 に付随す る問題 として,構造的弱者 の宗教実践
をめ ぐる解釈 の問題 を指摘す る。 第 3章 では, ポス ト植民地期 のアフ リカ社会 におけるペ ンテ
コステ派 /カ リスマ教会 の発展 を分析 したギ フォ- ド [
Gi
f
f
or
d1
9
9
4, 1
9
9
8
] を中心 に, アフ
リカ宗教 の近代化論 を検討す る。 また, アフ リカ社会 の宗教実践 を ローカルな伝統宗教か らグ
ローバルな世界 システムと宗教への発展的移行 とみなす近代化論 の前提 に対 して, レンジャー
[
Ranger1
9
9
3] に基づ き代替的な見地 を示す。 第 4章で は, 従来 の周辺化理論 と近代化論 の
問題点 をふ まえ, アフ リカ宗教研究 に求 め られ る新 たな視座 の可能性 を模索す るとともに,今
後の貝体的な研究課題 を提示す る。
Ⅱ ア フ リカ宗 教 の周 辺 化 理 論
-
剥奪理論 と象徴的抵抗論
1 潰依現象 と剥奪理論
本節で は,惑依現象 の意味を伝統社会 における構造的不平等性 とい う点か ら機能的に分析 し,
周辺化理論 の基礎 を築 いたルイス [
1
9
6
6
] の剥奪理論 と,後続 の研究者 による剥奪理論 の批判
的展開を紹介す る。
ルイスはまず, エ リア-デ [
El
i
ade1
9
51
] のよ うに惑依現象 をパ フォーマ ンスと してのみ
分析す るので はな く, む しろエヴァンズ-プ リチ ャー ド [
Evans-Pr
i
t
c
har
d1
9
37
] がアザ ン
デ (
Az
a
nde
)社会 の妖術研究 において行 ったよ うに,潰依現象の社会機能的側面 に着 目すべ き
であると主張す る。 この視座 に基づ き, ルイスは北東 アフ リカの ソマ リ女性 を主体 とす る恵依
現象 を分析 してい る。 父系 ムス リム社会である伝統的な ソマ リ社会では,女性 はイスラーム教
の教団か ら排除 されてお り,かつ一夫多妻婚や離婚 などの様 々なス トレスに晒 されている。 女
性のス トレスは精霊惑俵 と して発現 し,悪依 された女性 は精霊 の要求 と して男性か らの贈 り物
や配慮 を獲得す る ことによ って一時的に 日常的な抑圧状態を解消す る。つ まり, ソマ リ社会 の
憩依現象 は,男性 中心的な社会構造 において周辺的存在である女性 の欲求充足手段 として機能
しているとい うのが, ルイスによる剥奪理論 の骨子である。
以上 のよ うに, ルイスが提起 した古典的な剥奪理論 は,中心 と周辺 の不平等 な関係性が比較
-8
4-
アフ リカ宗教研究の動向 と課題 (
石井)
的明確で安定 して いる静態的な社会構造 についてよ くあてはまる。 しか し,社会変化が激 しく
アノ ミー的な状況 にある社会 においてはどうだろうか。後続 の研究者 はこの見地か ら,社会変
動期の潰依現象を分析 している3)。 そのなかで もケニ ョン [
Kenyon1
995] は, スーダンの恵
Za
a
r
) を都市化 に伴 う社会変化 との関係か ら検討 している。 ケニ ョン
依 カル トであるザ ール (
は,憩依現象 を社会的周辺部 にある女性 にとっての治癒的な吐 け口とみる従来 の剥奪理論 に対
して,精霊恵俵 は女性 による知識 や メタ言語 の積極的な伝達手段であると述べ る。 1
97
0年代
以降のスーダンで は男性 の出稼 ぎが増加 し,地方 に取 り残 されて経済的に困窮 した女性 たちは
都市へ と移住 した。都市への移住 と多民族の混交 という新たな状況におかれた女性 にとって,
ザール ・カル トは女性同士の連帯 と相互扶助 の場を提供 した。 日常生活の困難や社会変化 に伴
う新たな問題 をザールの言葉で解釈 し,伝達す ることによって,女性たちは独 自の知識 と経験
を共有す る新 たな共同体を形成 しえたのである4)0
同 じく,都市化 と近代化 との関係か ら悪依現象を分析 した研究 として, マダガスカルを調査
地 とす るシャープの研究 [
Shar
p1
990] が挙 げ られる。 シャ-プは, 就学 のために都市へ単
身移住 した女子学生の間で生 じた精霊悉俵 について,彼女たちの民族的周辺性や経済的不安定
さ,孤立 と疎外体験を惑依発現の社会的要因 として挙 げている。 またシャ-プは,伝統的な憩
依形態であ る トロ ンバ (
t
r
omb
a) と新 たな悪依現象であ る ンジャ リニ ンツ イ (
Nj
ar
i
ni
nt
s
y) 杏
比較 し,歴史的人物 による既婚女性への患依である トロンバには特定の儀礼 と社会的尊敬が与
え られるのに対 して, ンジャリニ ンツイを解釈す るための社会的 コンテクス トは確立 されてお
らず,犠牲者である患者の治療 のためには親族の協力 と励 ま しが不可欠であると指摘 している。
ここまで,悉依現象を主題 とす る周辺化理論を概観 してきた。ルイスの提起 した剥奪理論 は,
構造的弱者の宗教実践を抑圧状況の一時的解消手段 として機能的に分析す る理論的枠組みを用
意 した。 また,不可逆的な社会変化 と宗教実践の動態性を考慮 した近年 の研究では,惑俵 の主
体を社会的周辺部 に位置づける新たな要因 として,伝統社会の権力構造 にかわ って都市社会 に
おける疎外状況が指摘 されている。 ただ し, このときケニ ョンのように恵依現象 の意味を抑圧
か らの脱却手段 と して積極的に評価す るにせよ, あるいはシャープのよ うに新 たな抑圧状況の
表出として解釈す るにせよ, 「
悠依現象がなぜ, この集団において生起す るのか」 とい う根本
的な疑問について は,やはり当該集団の社会的周辺性 という点か ら機能的に説明 されている。
したが って,流動的な都市社会を対象 とす る近年の研究 もまた,依然 として剥奪理論 の枠組み
の中にあるといえ る。
2 独立教会 と象徴的抵抗論
伝統社会を対象 としたルイスの剥奪理論 に対 して, より歴史的かっマクロな政治的視座か ら
周辺化理論を発展 させた重要 な研究分野 として, 1
95
0年代か ら 1
96
0年代 に興隆 したメシアニ
ー8
5-
人
文
学
報
ズムと独立教会研究 [
Bal
andi
e
r1
95
5;Lant
e
r
nar
i1
9
6
3;cf
.Wor
s
l
ey1
9
6
8] が挙 げ られ る。
さらに 1
9
80年代以降 には,植民地状況 における宗教運動 の政治的意義 を論 じた先行研究 の流
れ を 継 承 しつ つ,象 徴 や 儀 礼 行 為 の もつ 潜 在 的 な抵 抗 と して の意 味 に着 眼 した研 究
[
Comar
of
f1
9
8
5;Lan1
9
85;St
ol
l
er1
9
95;cf
.Taus
s
i
g1
9
8
0,1
9
87
] が発展 した。 本論で は,
構造的弱者 の宗教実践 を支配権力 に対す る象徴的な抵抗 と して分析 した一連 の議論 を 「
象徴的
1
9
85
] を中心 にその論理展開 と問題点を検討 したい。
抵抗論」 と呼 び, コマ ロフ [
1
9
85] は,南 アフ リカ共和国の独立教会を対象 と して,抑圧状況 にある民衆が癒
コマ ロフ [
し(
he
a
l
i
ng)や儀礼, ダンスなどの宗教実践 を通 して社会を変革す る主体性 を形成 してい く過
程を論 じている。 彼女 はまず, 南 アフ リカ共和国の ツイデ ィ (
Ts
hi
di
)社会 について, 前植民
地期 の社会形態を描写す ることか らは じめる。 伝統的なツイデ ィ社会では年長男性 を中心 とす
る父系 の政治 システムと,女性 を中心 とす る家空間に表 され る母系性が調和 を保 っていた。 ま
た, コマロフは割礼や歌,踊 りの象徴分析 を行 い, ツイデ ィ社会 における 「
男 /女
」「乾 /湿」
「
社会 /野生」 といった二項対立的な コスモロジーを提示す る。 彼女 によれば, 伝統的なツイ
デ ィ社会では種々の儀礼 はコスモ ロジーと整合 した社会秩序を具現化 し,個人 の社会集団への
統合を可能 と して いた。
つづいて コマロフは,植民地化 による社会変化 と旧秩序 の崩壊過程 を描写す る。宣教団の侵
出と新 たな漕概農 法の普及 による生産様式 の変化,賃労働 の開始 と原住民 のプロ レタ リア化,
そ して市場経済化 とい った一連 の社会変化 によって, ツイデ ィ社会を支えて きた伝統的な コス
モロジーと構造のバ ランスは崩壊 の危機 に晒 された。 この危機的状況への対抗手段 と して, コ
Zi
o
n)教会の台頭 に着 目す る。 彼女 によれば, 癒 し
マロフはツイデ ィ社会 におけるザイオ ン (
や食物禁忌,制服 の着用 をは じめ身体性 を重視す るザイオ ン教会 の実践 は,近代的な言語 と伝
統的象徴 との混清 によって失 われた社会秩序 と権威 を回復す る手段である。 コマ ロフはザイオ
ン教会で使用 され る衣服や色彩,儀礼 の象徴分析を行 い, これ らの実践 を高度 に暗号化 された
Comar
of
f1
9
8
5:1
9
5] 。
象徴的抵抗 の表現 として論 じている [
コマ ロフの議論 に代表 され るよ うに, 1
9
8
0年代以降 に発展 した象徴 的抵抗論 は次 のよ うな
論理展開を特徴 と している。 1) 一貫 した社会秩序 とコスモロジーを有す る伝統社会 の存在,
2)宣教 と植民地化,市場経済化 を契機 とす る伝統社会の崩壊, 3)伝統文化 と西欧文化 との
混清 による伝統的秩序 の創造的な回復 と抵抗。
以上 の論理展開 を もっ象徴的抵抗論 は,社会変化や抑圧状況 において宗教実践が果 た しうる
柔軟で革新的な可能性 を提示 している点で きわめて重要である。 しか し,象徴的抵抗論 は歴史
変化 と宗教 の動態 性 を重視 しなが らも, あ くまで文化 的 ・象徴 的な形態 を とるとされ る 「
抵
抗」 の存在基盤を示すために,共時的な象徴分析 に依拠せざるをえない。 また,近年 の悉依研
究 と同 じく象徴的抵抗論 もまた,新 たな社会状況 に対す る民衆 の対応 を積極的に評価 している
-8
6-
アフ リカ宗教研究の動向 と課題 (
石井)
が,人 々の宗教実践を 「中心 一周辺」 という構造的不平等性 に基づいて機能的に解釈 している
という点で, ルイスの提起 した剥奪理論を継承 しているといえる。
3 周辺化理論 の問題点
ここまで, ルイスの提起 した剥奪理論 とコマロフによる象徴的抵抗論を中心 に,周辺化理論
の論理展開を概観 して きた。本節では,周辺化理論 に付随す る問題点を考えていきたい。 もっ
とも重視すべ き問題点のひとっは,構造的弱者の宗教実践 に対す る分析者の解釈をめ ぐる問題
である。
まず,ルイスによる精霊憩依の分析をぶ りかえ ってみよう。 彼 によれば,社会的周辺部 にあ
るソマ リ女性 は恵俵を通 して男性か ら贈 り物や配慮 を得 ることで 日常的なス トレスを解消 して
いる。 しか しこの とき, ソマ リ女性 と男性の相互交渉 は観察者 による多様 な解釈を可能 にす る
ことに注意すべ きだろう。 精霊潰依 は一方で,男性中心の権力構造に対す る女性の間接的な抵
抗であ り,権力関係を操作す る手段 として とらえ ることがで きる。 この場合, ソマ リ女性 は日
常的な現実の分節化 とは異 なる 「
超 自然的な現実」 の位相を示 し,そこに集団で参与す ること
によって間接的に 日常 の権力構造を批判す る。 この解釈 はコマロフをは じめとす る象徴的抵抗
論 に通底す るものであ り, さらに都市ザール ・カル トを対象 とす るケニ ョンの分析 は,象徴的
な抵抗が組織化 され,抑圧的な状況を改変 してい く可能性を示 している。
しか し他方,超 自然的な宗教実践 は個人的で 自己充足的な傾向をもつために,社会構造 の根
本的な改革 にはつ なが りえないとも考え られ る。 たとえば,意依 された女性 に贈 り物を与える
という男性 の行為 は必ず しも女性への譲歩を意味す るものではな く,男性 は女性の不満を解消
する安全弁 として悪依 と贈与 のサイクルを保っ ことによって,戦略的に男性優位の権力構造を
維持 しているとい う解釈が可能である。
以上 のよ うに,抑圧状況の一時的解消を可能 とす る宗教実践 の存在その ものが,結果的に不
平等な権力構造 の維持 に貢献す るという問題 について, ショッフェラー [
Schof
f
e
l
eer
s1
9
91
]
によるコマロフ [
1
9
85
]への批判を もとに考えてみたい。彼 はザイオン教会 における癒 しの重
視 と政治活動の回避 という特徴の相関性 に着眼 し, コマロフの問題点をっ ぎのように整理 して
いる。 1) コマロフが主張す る 「
抵抗」の適用範囲 は広す ぎてほとんど意味をな していな い。
彼女が 「
象徴的抵抗」 として解釈 している衣服や色彩 などの使用法は,西欧文化への迎合 とし
て読み取 ることも可能である。 2)ザイオ ン教会信者の抵抗 は他のアフ リカ人同胞に も向けら
れていた。 3) コマロフはザイオ ン教会 と南 アフ リカ共和国政府 との明かな協力関係 について
言及 していない。 4) たとえザイオ ン教会の実践が政府 に対する文化的抵抗を含んでいたにせ
よ, その ことは政府 と教会 との政治的な協力関係を排除す るとは限 らない。 つまり, 「
敵意 あ
ー8
7一
人
文
学
報
る協調」 とい う関係があ りうる。 5) コマロフは癒 しの もつ両義的な効果 に配慮 していない。
癒 しはた しかに象徴的な抵抗 とな りうる一方で, よ り実効的な政治批判力や政治活動を減退 さ
せ る。
シ ョッフェラーの提起 した批判点 の うち, とくに最後 の点 は構造的弱者 による宗教実践の両
義性を指摘 してい る点で重要である。 ザイオ ン教会 は一般 に政治 との関わ りを避 け,政治活動
か らの撤退 を正当化す る傾向にあったが, ショッフェラーはこれについてザイオ ン教会の 「
敬
度な性質 (
pi
et
i
st
i
cc
har
act
er
)
」 という点か ら説明を試みている。 彼 によれば, 癒 しの行為 は
様 々な問題を個人 の次元 に還元 し,非政治化す る傾向を もっために,癒 しを重視す るザイオ ン
教会 は政治的役割 か ら遠 ざか っていたのである。 またシ ョッフェラーは,疾病の診断 とラベ リ
ングによる社会的排除 と,癒 しによる社会への再統合機能 に注意を促す。つまり,何 らかの問
題が疾病 という 「
個人的異常」 として認識 され,患者の社会適応 と再統合が目指 され るか ぎり
において,社会構造 自体 の矛盾が問題化 され ることはない。 したが ってザイオ ン教会や恵依 カ
ル トが行 っているよ うに,身体的な不調 や異常 と して発現 した諸問題 を個人的な 「
疾病」や
「
信仰」 の次元で処理 し, 政治社会状況 に関わる語嚢 と区別す ることによって, 当の問題を生
みだ した社会構造 は温存 され うるのである。
先述 したように,古典的な剥奪理論 は構造的弱者 を主体 とす る宗教実践を機能的に説明す る
説明原理を提供 しえた。 また,植民地期の宗教運動研究の流れを くむ象徴的抵抗論 は,構造的
弱者 の宗教実践が もつ潜在的で柔軟 な抵抗の可能性を提示 した。 しか し,以上 の周辺化理論 に
は, 宗教実践 の意味 と主体の立場をめ ぐる解釈学的問題が常 に付随す る5
)
。 さらに重要 な問題
として,構造的弱者の宗教実践 に現状改革 と抵抗 の可能性をみる近年 の周辺化理論 は,分析者
自身が宗教実践 の 「
周辺性」 に着 目 し,実践の主体 を 「
構造的弱者」 と意味づけることを通 し
て,常 になん らか の絶対的な権力構造 と 「中心 -周辺」 のカテゴ リーを設定 し, あるいは分析
者 自身が創造 して しまうという循環論的な矛盾 に陥 っている6
)
。
以上 のよ うに,周辺化理論 はアフ リカ社会 における宗教実践の理論化 に多大な貢献を果たす
一方,機能的分析 に常 に付随す る,宗教実践のカテゴ リー化 と意味づけをめ ぐる解釈学的問題
を解消 しえていな い。 この周辺化理論の視座 にかわ って, ポス ト植民地期のアフ リカ宗教研究
は新たな展開をみせている。すなわち, アフ リカ社会の宗教実践 を国民国家形成 と近代化, グ
ローバル化 との関連か ら説明す る近代化論である。
-8
8-
アフリカ宗教研究の動向と課題 (
石井)
Ⅲ ア フ リカ宗教 の近代化論
1 ポス ト植民地期のペ ンテコステ派教会研究
近年, ポス ト植民地期 のアフ リカ諸国 におけるペ ンテコステ派 /カ リスマ教会 の急速 な成長
が報告 されている。 新 たな教会運動 を主題 とす る研究 には,従来 のアフ リカ宗教研究 とは異 な
る傾向がみ られ る。 すなわち,民衆 の宗教実践 を伝統社会の成員 に共有 されたコスモ ロジーの
表現 と してみ るのではな く, あるいは構造的弱者 による抑圧 の解消や象徴的抵抗 の手段 として
解釈す るので もな く,国民国家形成 と近代化, そ して グロ-パル化 との関係か ら分析す る傾向
である7)。
本論 で はアフ リカ宗教 の近代化論 について, ギ フォー ド [
1
9
94,1
99
8] を中心 に検討す る。
は じめ に, ア フ リカ諸 国 にお け るキ リス ト教会 の現状 を マ クロな視野 か ら比較検討 したギ
フォー ド [
1
998] を参照 したい。彼 は, なぜ現在 アフ リカ社会でキ リス ト教が発展 しているの
か, また教会 はどのよ うな公的役割 を果 た しているのか とい う問題を中心 に社会経済的な分析
を試みている。
ギ フォー ドはまず,多 くのアフ リカ国家の特殊 な成立状況 を指摘する。すなわち, アフ リカ
諸国の国家形成 は植民地主義 の遺産であ り,国境 や民族集団 は人為的に線引 きされ, 中央集権
型 の支配構造 が形 成 された。以上 の成立経緯 を もっ ア フ リカ国家 の特徴 は,「
新 一世 襲主義
(
れe
o
-pat
r
i
moni
al
i
s
m)
」[
Gi
f
f
or
d1
998:5] である。 ヴェ-バーの示 したよ うな合理的 ・合法
的権威 と しての近代国家 モデル と比較す ると,多 くのアフ リカ国家 は近代国家の体裁 を とりつ
つ も, その内実 は公私 の区別が きわめて唆味であ り,中央政府か ら地方共同体 にいた るまで賄
賂 とコネが横行 している。 西欧の近代国家が歴史的 ・経験的に獲得 されて きたのに対 して,多
くのアフ リカ国家 は実体的な機能 を十全 に果 た していない。 こうした国家 の機能不全 を背景 に,
アフ リカ諸国では教会 を筆頭 として宗教組織 の果 たす社会的役割が重要化 している。
つ ぎにギ フォー ドは, ガーナをは じめ とす るアフ リカ諸国の教会活動 を比較検討す る。 ガナでは宣教団 を中心 とす る主流派教会が衰退す るにつれて, 信仰福音 (
Fai
t
h Gos
pel
) に基づ
き現世利益 の追求 を提唱す る新 たなペ ンテコステ派教会が興隆 した。鉱山開発 によって白人 の
入植 と都市化 が進んだザ ンビアでは, ペ ンテコステ派宣教団 と政府が連携す る傾向にある。 カ
メルー ンでは, キ リス ト教 と して最大 の規模 を もっ カソ リックとムス リム ・エ リー トとの桔抗
関係がみ られ る。
またカ ソ リック, プロテスタン ト, ペ ンテコステ各教派 を比較 した場合, カソ リック教会 は
宣教団の果 たす役割 がいまだに大 きく,使節 の交換や欧米 のエージェン トを通 した人権教育や
民主化教育 な どの開発支援 ・近代化 ・啓蒙活動 を行 っている。 主流派 プロテスタン ト教会 は北
- 8
9-
人
文
学
報
米やニュー ジ- ラ ン ドの教会をスポ ンサーと して活動 している。 とりわけ冷戦後 の注 目すべ き
現象 は, アメ リカ合衆国 に拠点を もっペ ンテコステ派宣教団の目覚 しい活動である。 この現象
につ いてギ フォー ドは,合衆国 と結 びついた宣教団 による福音主義 の もた らす 「パ ラダイム推
par
adi
gm-enf
or
c
i
ngpower
)」 [
Gi
f
f
or
d1
998:31
6] の効果 を指摘 している。 すなわち,
進力 (
多 くのアフ リカ社会 においてキ リス ト教徒 と して習熟す ることは社会的地位 の上昇 に結 びつ い
てお り,一部 の教会 は ビジネス学校 としての機能 を果 た している。 このよ うに経営戦略 と規模,
マーケテ ィング等 の商業的要素 に還元 されたキ リス ト教 は,西欧的な価値観 と合衆国文化 の浸
透 を促 している。
教会活動 の実利性 と信者の上昇志 向 とい う特徴 に加 えて, ペ ンテコステ派 /カ リスマ教会 は
先 にみたザイオ ン教会 と同 じく,現行 の政治経済 システムの不平等性 を糾弾 しないとい う傾向
を もつ
。
信者 の抱 える困難 は 「
悪魔,聖霊,救済」 などの宗教的語嚢 によって解釈 され,信者
は政治経済的な改革を求 めるよ りも,む しろ既存 の権力構造 を肯定 した上で社会的地位 の上昇
を果 たす手段 を画策す る。 この意味で現代 アフ リカにおけるペ ンテコステ派 /カ リスマ教会 は,
現世 の否定 と崩壊 による救済を求 め る千年王国運動や終末思想 とは異 な り, よ り個人主義的な
傾向を示 している。
以上 の問題 と関連 してギ フォー ド [
1
99
4] は, 1
990年代以降 ガーナの首都圏で発展 してい
る新 たなペ ンテコステ派 /カ リスマ教会 (
New Char
i
s
mat
i
cChur
c
he
s:以下 「
新カリスマ教会」 と
呼ぶ)を対象 に, 教会 の社会的機能 をよ り ミクロな視点か ら分析 している。 彼 によれば, 新 カ
リスマ教会 の主 な活動 と特徴 はつ ぎのよ うにまとめ られ る。① 成功 を可能 にす る近代 的な 自
己イメー ジの確立, ② 教会 メ ンバ ー同士 の結婚仲介, ③ 著書 やテープ販売 など各種 メデ ィア
を利用 した宣伝活動,④ 欧米 を中心 とす る海外 との結 びつ き。
新 カ リスマ教会 の指導者 はいずれ も音楽 を重視 した礼拝 を行 い,信者 に対す る福祉やカウ ン
成功 と健康 と富」 の実現 を目指す観点 か ら信
セ リングを実施 している。 新 カ リスマ教会で は 「
仰福音が説かれ,聖書解釈がなされ る。 また,新 カ リスマ教会が主張す る 「
救済」 は実利的で
現世利益的な意味 を もち, 教理 の中で 「自信 と誇 り」「
想像力 と技能」 のよ うに, 社会経済的
成功 を実現す るための近代的 メ ンタ リテ ィが伝授 され る。 さらに,新 カ リスマ教会 は信者 の海
外渡航 を支援 す る役割 を果 た してお り,教会 の特長 と して国際性 と近代性が喧伝 されている。
ファン ・ダイク [
van Di
j
k1
997] もまた, ガーナの新 カ リスマ教会 による国際的なネ ッ ト
940年代か ら5
0年代
ワークの形成 と信者 の欧米移住 との関係 を分析 している。 彼 によれば, 1
は宣教団 に基礎を もっキ リス ト教が 「アフ リカ化」 された時代であ り,教会の実践 において精
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pi
r
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t
ualhe
al
i
ng) や祖先崇拝,土着的象徴が重視 され るとい う混清的な状況 が生 じ
神的癒 し (
た。 1
970年代 にな ると, 「カ リスマ的」 と呼ばれ る新 たなペ ンテコスタ リズムが起 こったが,
この とき教会活動 の中心 とな ったのは中産階級 の社会経済的成功 を支援す ることであ った。 や
-9
0-
アフ リカ宗教研究の動向 と課題 (
石井)
がて新 カ リスマ教 会 は,国際的なネ ッ トワークを介 して人 ・物資 ・情報が移動す るチ ャンネル
としての機能 を果 たす ことになる。 ファン ・ダイクはガーナ とオ ランダの新 カ リスマ教会 にお
ける信者 の 「
送 り出 し」 と 「
受 け入れ」 の機能 を次 のよ うに分析 している。
① ガーナのペ ンテ コステ派教会 で は, カ リスマ的な指導者 による儀礼 や祈藤 に基づ く問題
解決 と病気治療が行われている。 また,パ スポー トや ビザの取得祈願をは じめ個人の海外渡航
に必要 な準備 の支 援活動 が行 われている。 ② ガーナ人移民 によ って形成 されたオ ランダのペ
ンテコステ派教会 は,新 たなガーナ人移民 の受 け入れ と世話 を請 け負 っている。 教会 は新移氏
が西欧の国民国家 に適応す るよ う支援 し, ビザや証明書 の取得,職業斡旋,警察 との折衝 など
を代替す る。 ペ ンテコステ派教会 は移民 を斡旋す る仲介役 と して機能 してお り,信者 の保護 と
アイデ ンテ ィテ ィを保証す る巨大 な 「ペ ンテコステ家族」 を形成 している。
最後 に, ガーナ とナイ ジェ リアのペ ンテ コステ派教会 によるメデ ィアの利用 を分析 したケッ ト [
Hacket
t1
998] の研究 を参照 した い 8)。彼女 は, ペ ンテコステ派教会が利用す る各種
のメデ ィアは信者 によって消費 され る一種 の大衆文化であ り,宗教的な公共空間 として機能 し
ていると述べ る。 ガーナとナイ ジェ リアにおける新 たなペ ンテコステ派教会 の発展 の背景 には,
経済危機 と構造調 整政策 の影響がある。 - ケ ッ トによれば, ペ ンテコステ派 /カ リスマ教会 は
世俗化 に抗 して宗教的権威 を維持す るために再生 (
bor
nagai
n) の意義 を強調す る一方, 「
進歩
と近代化」 を旗印 とす る目的合理主義的主張を掲 げ,伝統 と因習を否定す ることによ って都市
エ リー ト青年層 の圧倒的な支持 を得 た。 さらに, ペ ンテコステ派教会 はテ レビや ラジオを利用
t
el
e
vange
l
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s
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) を通 して信者 の増加 をはか り, メデ ィアによ って媒介 された
した宣伝活動 ('
「
宗教的大衆」 とい う幻想 の共同体 を形成す ることに成功 したのである9
)
。
2 近代化論 の問題点
以上 みて きたよ うに, ペ ンテコステ派 /カ リスマ教会 を主題 とす る近年 の研究 は, ポス ト植
民地期 の アフ リカ社会 にお ける宗教実践 の新 たな動 向 と社会的役割を示唆 している。 す なわ
ち, ファン ・ダイ クや- ケ ッ トが指摘す るように, ペ ンテコステ派 /カ リスマ教会の活動 は地
域 レベルの宗教実践 と世界 システムとの密接 な関連 を示 している。 また重要 な点 として,宗教
実践 の担 い手 にみ られ る変化 を指摘す ることがで きる。 つ ま り,新 たな教会 の発展を支え る都
市中流層 は,伝統 的 な宗教体系 を所与 の もの と して継承す るのではな く, あるいは外来宗教 に
対 して伝統的秩序 とコスモロジーの再構築 による象徴的抵抗 を試 みるので もな く,む しろ旧来
の 「
伝統」か らの脱却 と社会経済的成功 の手段 として, グローバルな紐帯 を もっペ ンテコステ
派 /カ リスマ教会へ の参与 を積極的に選 びとっているのである。
しか しなが ら, ペ ンテコステ派 /カ リスマ教会研究 を従来 のアフ リカ宗教研究の流 れに位置
づけてみた とき, その理論的な偏向に気づかざるをえない。大 まかにまとめれば, これまでの
一
一
・9
1-
人
文
学
報
アフ リカ宗教研究 は, 1)伝統的地域社会 における農耕 ・牧畜民の民間信仰 と儀礼, 2)社会
経済変化 に晒 された地域社会 と都市的状況 における小農 と賃労働者 の宗教運動, 3) ポス ト植
民地期のアフ リカ諸国における新興 エ リー ト層のグローバルな教会活動 とい うように,対象 と
なる地域 と集団の規模,および社会階層を推移 させてきた。以上 のような研究対象の変遷 は,
た しかに多 くのア フ リカ社会がたどった政治経済変化の一部を反映 してお り, アフ リカ宗教 の
近代化論 はその最新局面 に対応 しているといえる。
しか し,伝統社会の構造機能的分析か ら近代化論 に至 る先行研究の主題 と対象領域の変遷 そ
の ものが, アフリカ宗教研究の多 くが共有 してきた理論的前提の問題性を露呈 している。 その
前提 とは,静態的 な地域社会の伝統宗教か ら植民地化 による伝統宗教 の破綻 と象徴的抵抗 によ
る再創造を経て,西欧を首座 にお く近代世界 システム/宗教への参画 に至 るアフ リカ宗教の発
展的移行 モデルで ある。 それでは,先行研究が暗黙の うちに前提 として きた発展的移行 モデル
を乗 り越えるため には, どのような視座が必要 とされるのだろうか。
この問題 について, レンジャー [
Range
r1
9
9
3] は新 たな考察の可能性 を指 し示 している。
彼によればアフリカ宗教研究 の多 くはこれまで,前植民地期のアフ リカ社会を小規模で閉鎖的
な伝統社会 として想定 して きた。 この見地では,祖先崇拝 と親族構造 によって結 びついた静態
的な 「ミクロコスモス」 としての伝統社会 に対 して, グローバルで動態的な 「マクロコスモ
ス」 としてのキ リス ト教が介入 した ことによって,伝統的な社会 システムは崩壊 したとされる。
以上の 「ミクロな伝統宗教」対 「マクロなキ リス ト教」 というモデルに対 して, レンジャーは
この構図を逆転 させ る可能性を提起す る。
レンジャーはまず, 20世紀以降の南部 アフ リカ社会において, 宣教団が地域社会 と 「
伝統」
宗教を創造 したという可能性を指摘す る。彼 によれば,前植民地期の南部 アフ リカでは共同体
の境界 は流動的で あったのに対 して,宣教団の多 くは布教 の対象 として特定地域を指定 し, と
くに辺境を志向す る傾向にあった。 また,宣教団 は在来社会の多様 な宗教的実践のなかで も宣
教師が 「
宗教的」 であると認 める実践を選別 し,分類 した。 さらに宣教団 はイギ リスの王室 シ
ステムにな らって王や首長の役割を固定化す るとともに,住民を 「
部族」のカテゴ リ-へ と囲
い込み,集団の境界を越える運動を弾圧 した。 こうした固定化 と弾圧 によって,宣教団 と植民
地勢力 は 「ローカル化 された宗教 と共同体の存在を想像 したのみな らず, これ らを創造 した」
のである [
Ranger1
9
9
3:7
2]。
つづいて レンジ ャーは,前植民地期のアフ リカ社会 と宗教 に内在す る動態性 と開放性を指摘
する。彼 によれば,植民地化以前の南部 アフ リカ社会では民族同士の境界 は流動的であ り,氏
族的帰属を自在 に変えることも可能であった。 また,交易や狩猟を目的 とす る長距離の移動 に
伴 って多様な集団が常 に交流 し,中心都市か らフロンテ ィアへの移動が行われていた。 こうし
た頻繁 な移動 と集団間の交流を通 して,次のような複数のネ ッ トワークと宗教共同体が形成 さ
-9
2-
アフ リカ宗教研究の動向 と課題 (
石井)
れた。 a) 家族や地域社会 を中心 とす る祖先崇拝 カル ト, b) 遠距離の聖地 を結ぶ ネ ッ トワー
ク,C) 狩猟者 のカル トとギル ド, d) 隊商の交易 ルー トと結 びついた潰依 カル ト。
したが って,前植民地期 の南部 アフ リカで は個人の宗教的帰属やネッ トワークは地理的な広
が りを もち,特定 の支配圏内に収 ま らない重層的な ものであ った。 この状況 を彼 は 「アフ リカ
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伝統宗教 の もっマ クロ ・コス ミックな潜在力 (
」[
Ranger1
993:7
9] と呼 び, 1
9世紀以降の独立教会運動や妖術撲滅運動 にみ られ
r
e
l
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gi
on)
る拡散性や混清的 な傾向 は,先行研究が主張す るように植民地化への反応 と して生 じたのみな
らず, アフ リカの在来宗教 に独 自の特徴であると指摘 している。
レンジャーの考 察 によ って,近代化論 を は じめ とす る多 くの先行研究 が前提 と して きた,
「
静態的で ミクロな伝統宗教か ら動態的でマ クロな世界宗教へ」 という発展的移行 モデル とは
異 なる分析 と理解 の可能性が示 された。すなわち,辺境 を志向 し地域社会 と住民 の固定的な統
合を試 み る宣教団 に対 して,政治経済活動 と連携 して広汎 に流通す る混清的な在来宗教 とい う
構図である。 従来 のモデル とは逆転 した この構図を念頭 において現代 アフ リカの宗教現象 を考
1
998] の報告 して い る新 カ リスマ教会 の発 展 や, ゲ シェー レ
察 して み る と, ギ フォー ド [
[
Ges
chi
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e1
997] の述べ る 「
近代的」 妖術現象 の興隆について, 先行研究 とは異 な る解釈 の
可能性 が現 われて くる。つ ま り, ポス ト植民地期 のアフ リカ社会 における実利的で グローバル
な宗教現象 の発展 は,在来宗教 の発展的移行の最新局面 とされ る世界 システム/宗教 への参入
と同化 としてのみな らず, アフ リカの宗教が本来的に兼ね備えた 「マクロ ・コス ミックな潜在
力」の発現 と して考え られ るのである10)。
Ⅳ
お
わ
り に
本論 で は,1
960年代以降 のア フ リカ宗教研究 において重要 な理論的潮流 を形成 して きた周
辺化理論 と近代化論 を中心 に, その論理展開 と問題を検討 した。最後に, アフ リカ宗教研究 の
今後 の課題 を述べて本論 の結 びと したい。
先述 したよ うに,構造的弱者 の宗教実践 を対象 とす る周辺化理論 は, アフ リカ宗教 の機能的
分析 と理論化 に貢献 す る一方で,宗教実践 の意味 と主体の立場 をめ ぐる解釈学的問題 を繰 り返
し浮上 させて きた。 また, ポス ト植民地期 アフ リカ社会 における宗教実践 を近代化 とグローバ
ル化 との関連か ら論 じた近代化論 は,現代 アフ リカの宗教 と世界 システムとの密接 な関係 を明
らかにす る一方で, ローカルな伝統宗教か らグローバルな世界宗教へ とい うアフ リカ宗教 の発
展的移行 モデルに依拠 している。
周辺化理論 に付随す る解釈学的問題 に対処 し,かつ近代化論が前提 とす るアフ リカ宗教 の発
展的移行 モデルを超克す るためには,少 な くとも次 のふたっの方向か らの検討が必要 であると
19
3-
人
文
学
報
考え られる。 第一 に,植民地化以前か ら現在 に至 るアフ リカ社会 と宗教の変容過程 を,局所的
な政治経済変化 との関係を含 めて歴史的に検証す ることである。 第二 に,地域 や世代, ジェン
ダーや社会階層 による差異 と格差をは じめ,現代 アフ リカ社会 における宗教実践の多様性 と内
c
f
.Range
r1
9
8
6] 。 このためには,次の三っのテーマが重
的差異を比較検討 す ることである [
要 となると考え られる。
第一 に,村落住民や女性,都市貧困層を主体 とす る流動的で拡散的な宗教実践の検討である。
従来の周辺化理論 では,女性や貧困層 による宗教運動 は社会経済的優位 にたっ首位文化 に対す
る対抗文化 として,閉鎖的かっ画一的に描かれ る傾向にあ った。 また,近年の近代化論 は国家
政治 と結 びついた都市中流層 の宗教運動 に焦点をあてているために,やはり近代化やメデ ィア
の影響下 にあるはずの村落住民や女性,都市貧困層を主体 とす る宗教実践の展開については十
1
9
95
] による都市ザール ・カル トの
分な検討がなされていない。 しか し, たとえばケニ ョン [
1
9
97
] の報告 している監獄内の妖術者 ネ ッ トワークの形成 にみ られ るよ う
事例やゲ シェー レ [
に,都市中流層の教会活動 にか ぎらず, より多様 な レベルで越境的な宗教共同体の形成 と,個
人の宗教的帰属の選択や転換が生 じていると考え られる。 また,都市部のみな らず村落部で も,
個人的な移住や出稼 ぎ,巡礼などによって住民 は複数の社会的 ・宗教的共同体 に帰属 している
可能性がある。 したが って,社会的 ・宗教的帰属 の選択可能性を もっ 「
近代的個人」の存立条
件 と して都市化 と近 代 資本主 義経 済 へ の完全 な参 入 を前提 とす るの はな く, レンジ ャー
[
1
9
9
3] の指摘す る意味での 「
重層的な個人」 の形成 と変容 について, 出自 ・ジェンダー ・世
代 ・生業等 による個 々人の差異 に留意 した総合的な検討が必要 とされる。
第二 に,宣教団 を母体 とす る主流派教会 と独立教会,および新 たなペ ンテコステ派 /カ リス
マ教会をは じめとす る教会間の関係の再検討である。 アフ リカ社会 における宣教団の役割 につ
いてはこれまで,啓蒙 と教育を通 して現地住民を従属状況 に馴化せ しめる植民地主義の先兵 と
す る見方が一般的であった。 また, 1
97
0年代以降 は霊性を重視す る独立教会 に対 して, 宣教
団を母体 とす る主流派教会を近代合理主義精神の代弁者 とみなす見地が主流を占めて きた。 し
か し,現代 アフ リカにおける教会宗派間の関係 は,従来 の二項対立的な図式 にはあてはま らな
い複雑 な状況 を示 している。 たとえば近年 のペ ンテコステ派 /カ リスマ教会の活動 についてみ
ると, アフ リカ人 の信者が高等教育や欧米渡航の機会を求めて教会 に参入す るのに対 して,欧
。し
米出身の宣教師はむ しろ強固な千年王国的終末思想を抱 いているという状況があ りうる11)
たが って,現代 ア フリカにおける教会宗派問の相互影響 と差異 について,宣教団を母体 とす る
主流派教会,村落部 に支持基盤 を もつ伝統的な独立教会,都市部の新たなペ ンテコステ派 /カ
リスマ教会, そ して欧米資本 に依存 した新たな伝道教会のそれぞれを注意深 く比較検討す る必
要がある。
第三 のテーマは,先 に述べた二つのテーマに関連 している。 すなわち,妖術 や精霊悉依 を
一9
4-
アフ リカ宗教研究 の動向 と課題 (
石井)
は じめ とす る在来 の宗教実践 と教会活動 の双方 を現代 ア フ リカの文脈 において総合 的 に検
討す ることである。 たとえば妖術 と教会 との関係 についてみ ると,近年の妖術研究 [
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Ges
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e1
996;Ges
chi
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e1
997] の指摘す る 「
近代的」妖術発生の社会的背景 は,新 たなペ
ンテコステ派 /カ リスマ教会勃興の理由 として多 くの研究者が指摘する社会的要因 と重複 して
いる。すなわち,脱植民地化 と都市化,資本主義経済化である。財の利 己的蓄積 と経済格差の
拡大 に伴 う社会的緊張 は妖術への恐れを増大 させ る一方,新たなペ ンテコステ派 /カ リスマ教
会 は妖術への対抗手段を提供す るとともに利己的な蓄財を正統化する機能を果た している。 ま
た現在,新たなペ ンテコステ派 /カ リスマ教会 と妖術 はいずれ も実利的な力を獲得す る手段 と
して,地域や民族 の境界を越えて大規模 に展開 している。 したが って現代 アフ リカ社会 におい
て,妖術 と教会 は互 いに括抗 し強化 しあいなが ら,人 ・財 ・情報 の広汎 な流通 に乗 じて拡張を
つづけていると考 え られる。以上の関係が示すように, ポス ト植民地期のアフ リカ社会 におけ
る宗教現象の動向 と相互影響 を理解す るためには,在来宗教 と教会を単線的な時系列上 の異 な
る点 に位置づ けるのではな く,常 に影響 しあいなが ら変化す る移行状態 として分析す る必要が
ある。
以上述べて きたように,今後のアフ リカ宗教研究 にとって重要 となるのは, アフ リカ社会 と
宗教実践 の歴史的変化 と多様性を重視 し,異 なる歴史的深度 と起源をもっ宗教実践を総合的に
比較検討 した実証 的研究である。 このような視座 こそが,従来の周辺化理論 と近代化論 の限界
をこえて,常 に変化 しつづける重層的な宗教現象 の活力を十全 に理解 し表現す るに足 る, マク
ロ ・コス ミックなアフ リカ宗教論を構想す るための新たな展望をひらくと考え られる。
謝辞 :本論 は, 2002年 に京都大学大学院人間 ・環境学研究科 に提出 した博士論文の一部 と, 1
999年
に同大学院文化人類学講座 に提 出 した博士課程調査 予備論文 に基づいている。 1
999年 か ら現在
に至 る調査研究 は日本学術振興会 の研究助成 によ って可能 とな った。 また,京都大学人文科研究
所共 同研究班 「フェテ ィシズム研究の射程」 および国立民族学博物館共同研究会 「ポス トコロニ
アル ・アフ リカ :その動向 と課題」 の口頭発表で は,各研究会の代表者である田中雅一先生 と竹
沢尚一郎先生 をは じめ,多 くの先生方か ら貴重 な ご意見を賜 った。 ここに深 く感謝 申 し上 げます。
注
1) 本論が問題 とす る学問領域 は人類学であ るが,以下 の文章で は 「
サ- ラ以南 アフ リカの宗教実
践 を対象 とす る人類学的研究」 の意味で,便宜的に 「アフ リカ宗教研究」 とい う語 を用 いる。
2) 本論 で は検討 の対象 と しないが, アフ リカ社会 を題材 に象徴分析を行 った代表的研究 と して
Dougl
as [1966], Tur
ne
r[
1
967,1
969] が挙 げ られ る。 象徴分析の近年 の展開 につ いて は va
n
hof
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l
e
e
r
s [1985],Range
r [1986:5]参照。
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-9
5-
人
文
学
報
3) 静態的な社会構造の存在を前提 としたルイス [
1
9
6
6
] と不可逆的で大規模な社会変化を重視す
1
9
9
5
] らの中間に位置す る議論 として,地域社会を対象 とす る可逆的な動態社会論
るケニ ョン [
が挙 げ られ る。 たとえば Tur
ne
r[
1
9
57
] は宗教儀礼 による秩序の一時的解体 と再生 を基軸 とす
る動態社会 モデルを提出 した。同 じく社会構造 と宗教実践の循環的な変遷 を指摘 した研究 として
Be
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del
man [
1
9
71
],Ri
gby [
1
9
7
5
]参 照。 こ の よ う な 可 逆 的 動 態 社 会 論 へ の批 判 と して
Range
r[
1
9
8
5
]参照。
4) 同 じく精霊感俵 は男性中心の権威への抵抗ではな く,女性の価値の積極的提唱であるという観
l
e
s[
1
9
87
]参照。
点か ら剥奪理論を批判 した議論 として Gi
5) 周辺化理論のみな らず,民族誌記述 における解釈 と翻訳 に伴 う問題を指摘 し, これに対す る解
釈学的批判 を試みた議論 としてマーカス [
1
99
6:33
3-3
36
]参照。
6) ただ し,抵抗形態の変容が権力構造の漸次的な転換の過程 を明 らかにす る場合がある。権力構
造の移行状況 における抵抗形態の変容 に着眼 し,分析者 による一義的な 「
抵抗の ロマ ン化」を批
1
9
9
0
]参照。
判 した議論 として Abu-Lughod [
7) アフ リカ宗教の近代化論 に連なる研究 として,本論が とりあげたペ ンテコステ派教会研究 に加
えて, 妖術や憩依現象を近代化 とグローバル化 との関連か ら論 じた研究
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7;Be
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99
9
]が挙げ られ る。
8) -ケ ッ トによれば, ガーナでは 1
9
7
0年代か ら 80年代 に 「ペ ンテコステ派」教会が形成 され,
1
9
7
0年代 以降 は 「カ リスマテ ィック」教会 が普及 したのに対 して,ナイ ジェ リアで は現在 も
「ペ ンテコステ派」 という名称が一般的である。
9) また-ケ ッ トは, アフ リカ諸国の教会支部 に対す る欧米教会の影響力を指摘 している。すなわ
ち,欧米の教会本部 にとってアジア ・アフ リカ諸国 は宗教的な商品の市場 として重要 な位置を占
めている。 また,欧米 に拠点を もつ教会の布教 と宣伝活動 は後期資本主義の国際的な情報 システ
ムによって管理 されている。
1
0
) ただ しギ フォー ド [
1
9
9
8:3
3
5
] は レンジャーと同 じく, 新 カ リスマ教会の特徴 と伝統宗教の
実利的傾向 との共通性を指摘 している。
ll
) 植民地期 アフ リカと母国 における宣教師団の両義的な立場 とジレンマを指摘 した研究 として
Meye
r[
1
9
9
9
]参照。
参 照 文 献
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『黒 ア フ リカ社会の研究 -
植民地状況 とメシアニズム』井上兼行訳 :紀伊国屋書店)
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