...

NSF の 10 のビッグアイデア

by user

on
Category: Documents
11

views

Report

Comments

Transcript

NSF の 10 のビッグアイデア
NSF の 10 のビッグアイデア1
遠藤 悟
国立科学財団(NSF)の France Córdova NSF 長官は 2016 年 5 月 6 日の国家科学審議会(NSB)で
「未来の投資のための NSF のアイデア(NSF Ideas for Future Investment)
」と題されたスライドによ
り、将来の NSF の取り組みについて報告を行った。この報告については、5 月 10 日付けで Science 誌
が報道しているが、その内容にはデータの活用、人間と技術のフロンティア、生命のルールの理解、次世
代の量子革命、新たな北極航海、宇宙の窓、の 6 項目の研究に関するアイデアと、コンバージェンス研
究、中規模基盤、NSF2050(共通基金)の 3 項目の業務の手順に関するアイデアの計 9 項目が含まれて
いるとしている。
http://www.sciencemag.org/news/2016/05/nsf-director-unveils-big-ideas-eye-next-president-and-congress
この内容は、2016 年 5 月 24~26 日に開催された NSF 大規模施設ワークショップ(National Science
Foundation Large Facilities Workshop )に お ける NSF Future Investments, NAPA Report, and
Evolving Oversight(5 月 25 日)の講演の資料にも掲載されているが、こちらのスライドにおいては
Córdova 長官の発言の一部が添えられている。
https://www.nsf.gov/attachments/137508/public/nsf_future_investments.pdf
さらに、Córdova 長官の発言記録は、American Institute of Physics の以下のサイトにおいても紹介
されている。
https://www.aip.org/fyi/2016/nsf-director-c%C3%B3rdova-proposes-nine-big-ideas-foundation
これらの資料は、
5 月 6 日の国家科学審議会の発言に関するものであるが、
NSF のウェブサイトの NSF
& Congress の Toolkit のページにおいては、この内容を再構成する形で、
「将来の NSF の投資のための
10 のビッグアイデア(10 Big Ideas for Future NSF Investments。以下、「10 のビッグアイデア」と記
載)
」が掲載されている(注:5 月 6 日の国家科学審議会資料では 9 項目となっているが、こちらでは
「NSF INCLUDES:多様性を通した科学と工学の向上(NSF INCLUDES: Enhancing Science and
Engineering through Diversity)が加えられ、10 項目となっている」)
。
http://www.nsf.gov/about/congress/toolkit.jsp (Toolkit のページ)
https://www.nsf.gov/about/congress/reports/nsf_big_ideas.pdf(
「10 Big Ideas」のページ)
これら諸項目は、既に NSF の事業として公募が行われているものを拡充するもの、新たな支援の枠
組みを設けるもの等様々であるが、NSF のウェブサイトにおいては以下の説明が添えられている。
「我々は今後数十年を展望し、大きな問いかけが何かを構想することにより NSF の長期的な研究ア
ジェンダを導き出さなければならない。その問いかけへの対応は、未来の世代が基礎的な科学工学研究
から継続して利益を得ることを確かなものとするものである。これが「10 のビッグアイデア」の背景に
ある理由である。
」
以下においては、NSF のウェブサイトに掲載された 10 項目について紹介するが、その構成としては
「NSF 大規模施設ワークショップ」で使用された 9 項目のスライドに添えられた Córdova 長官個人のコ
メントの訳を添えたうえで、6 つの項目についてはその発言の参考となる説明を書きこんだ(この説明は
1
「米国の科学政策」ホームページ 2016 年 8 月 24 日掲載
1
筆者個人の観点によるものであり、必ずしも本文の記述に沿ったものではない)
。
◯ NSF INCLUDES:多様性を通した科学と工学の向上(NSF INCLUDES: Enhancing Science and
Engineering through Diversity)
<「米国の科学政策」ホームページ筆者の補足>
INCLUDES とは、
「Inclusion across the Nation of Communities of Learners of Underrepresented
Discoverers in Engineering and Science という名称の各単語の頭文字により付されたプログラムの呼称
である。INCLUDES は既に 2016 年 2 月に公募が発表されたプログラムで、同年 4 月にパイロットプロ
ジェクトの事前申請が受け付けられている。米国の科学技術工学数学(STEM)の発見とイノベーション
における主導的地位を向上させるため、社会における全ての分野の人材を開発するとし、人口に比して
少数派となっているグループとして、女性、人種・民族において該当する者、障がい者、そして低い社会
的・経済的地位にある者の参加拡大を目的としている。この公募における予算額は 1250 万ドルを予定し
ており、2 年間の計画・開発パイロットプロジェクト採択数は 30~40 件としている。
「10 のビッグアイデア」においては、民間企業、慈善団体、連邦政府、学協会との連携によるネット
ワーク化の試験的運用や地域における連携の拡大などの期待にも言及されている。
◯ NSF 2050:統合的国立科学財団基金(NSF 2050: The Integrative Foundational Fund)
<Córdova 長官のコメント>
対象において幅広く、特性において革新的で、特定の部局の枠の外において創出され、長期間の関与
が必要となる困難な基礎的な研究上の疑問に対する投資を行うため、NSF はこのイニシアチブにより
新たに(2018 年度?)
、特別な基金に注力する。
“With this initiative NSF would dedicate a special fund now [FY18?], to invest in bold foundational
research questions that are large in scope, innovative in character, originate outside of any particular
directorate, and require a long-term commitment.”
<「米国の科学政策」ホームページ筆者の補足>
「10 のビッグアイデア」においては、NSF のプログラムは個々の局(Directorate)と課(Division)
により実施される一方、横断的(crosscutting)プログラムは単年度の予算サイクルの下で実施されるた
め対象が限定的となる可能性があるといった状況の中で、基礎的な問いかけを明らかにする大胆で長期
的な研究を支援し、また、NSF の 100 年に向けた科学工学のブレークスルーの場を設けるものであると
書かれている。また、既存の科学的な構成や標準的な運営手順を超越したものであり、個々のプログラム
の「ボックス」に収まらないフロンティアにおけるリスクを取る探求を可能とするとしている。
なお、このようなシステムは国立保健研究所(NIH)における所長の共通基金(Common Fund)に見
られる。
「10 のビッグアイデア」においては NIH の共通基金の関連性についての記述はないが、Science
誌は Córdova の発言として、NIH の共通基金は議会の支持を得られたこと、NSF 2050 は NSF のいず
れかの局の所管となると考えられるといった内容を報道している1。また、American Institute of Physics
に掲載された発言記録では、
「NIH と同様に、NSF 2050 は長期的なプログラムの開発にコミュニティー
からのインプットを招じ入れ、重要なステークホルダーの創造力を把握する」とある。
http://www.sciencemag.org/news/2016/05/nsf-director-unveils-big-ideas-eye-next-president-andcongress
1
2
◯ 生命のルールの理解:表現型の予測(Understanding the Rules of Life: Predicting Phenotype)
<Córdova 長官のコメント>
「生命のルール」を理解するためには、生物学、コンピューター科学、数学、物理科学、行動科学お
よび工学を横断する研究のコンバージェンスが必要である。
コンピュテーショナルのモデリングとインフォーマティクスの手法が、複雑な生命体システムの予
測に必要なデータの統合を可能とするのか?
“To understand the "rules of life" will require convergence of research across biology, computer science,
mathematics, the physical sciences, behavioral sciences and engineering.”
“How can computational modeling and informatics methods enable the data integration needed to
predict complex living systems?”
◯ 新たな人間と技術のフロンティアの形成(Shaping the New Human-Technology Frontier)
<Córdova 長官のコメント>
急激に技術が発展する世界において、人間と技術のフロンティアに対する研究は最重要事項となっ
てきた。我々は、これまでの機械学習と、認知能力と適応能力のある効率的な工学的システムへの投資
を基盤として(この研究を)構築する。
“ In this emerging techno-world, research examining this human-technology frontier becomes
paramount. We would build on foundational investments we’ve made in research in machine learning
and efficient engineered systems with cognitive and adaptive capabilities.”
◯ 中規模研究基盤(Mid-scale Research Infrastructure)
<Córdova 長官のコメント>
あなたは現在、数百万ドルと 1 億ドルの間の費用における資金配分機会に関し、我々の主要研究機
器施設建設(Major Research Equipment and Facilities Construction: MREFC)の手順に限界がある
ことをよく理解している。
MREFC の支出額の閾値を適切な修正手順を経て低下させることは、機関全体において行われる卓
越した科学への柔軟性を向上させる。
“You are now familiar…with the limitation of our MREFC process with respect to funding opportunities
that cost between several M$ and 100 M$.”
“Lowering the threshold for MREFC expenditures, with appropriate modification of processes, would
increase the flexibility for excellent science to be done across the agency.”
<「米国の科学政策」ホームページ筆者の補足>
NSF の事業実施に関連した予算は、
「研究および関連活動(Research and Related Activities)」、
「教
育および人材(Education and Human Resources)
」
、
「主要研究機器および施設建設(Major Research
Equipment and Facilities Construction)
」に区分される。このうち「主要研究機器および施設建設」の
予算額は 2 億 31 万ドル(2016 年度見込み)で、全 NSF 予算額 74 億 6349 万ドルの約 2.7%を占める。
その内訳は、Daniel K. Inouye 太陽望遠鏡(Daniel K. Inouye Solar Telescope: DKIST、大型シノプテ
ィックサーベイ望遠鏡(Large Synoptic Survey Telescope: LSST)、全米生態観測ネットワーク(National
Ecological Observatory Network: NEON)の建設予算である。
「主要機器および施設建設」予算は、1995
年に設けられた項目で、NSF の各局の年間予算の 10%を超える場合あるいは 1 億ドル以上の機器・施設
3
の建設が対象とされている1。この予算により機器・施設が完成した後の運営にかかる費用は、NSF の研
究および関連活動予算等、他の財源から捻出される。
「10 のビッグアイデア」においては、
「主要機器および施設建設」予算の対象とならない 1 億ドルを下
回る規模の機器・施設について問題としている。各局に割り当てられる「研究および関連活動」予算によ
り支出することができる機器や施設の上限が 2000 万ドルであるため、この 1 億ドルと 2000 万ドルの間
の規模の機器・施設について資金配分を行えるメカニズムが無いことに対応するもので、一つの単純な
方法としては、
「主要機器および施設建設」予算の下限を下げることとしている。
◯ 宇宙の窓:多様な観測による宇宙物理学の時代(Windows on the Universe: The Era of Multimessenger Astrophysics)
<Córdova 長官のコメント>
我々は宇宙の理解における特別な瞬間に至っている:我々は電磁状態、粒子状態、そして重力波状態
におけるミステリーを初めて探求することが出来る。NSF はこれを地上の観測施設により行うことが
出来る類例のない機関である。
発見のための大きな潜在性があることから、我々はこれらの観測施設が生産しているビッグデータ
の探求と、これらと他の地上の施設の感度の向上に関し、米国の多数の潜在的な利用者に向けた投資
を行わなければならない。
“We have come to a special moment in understanding our universe: for the first time we can explore
its mysteries in the electro-magnetic regime, the particle regime, and the gravitational wave regime.
NSF is the agency that uniquely can do this with ground based observatories…”
“ With so much potential for discovery, we must increase our investment in the large number of
potential U.S. users, in exploiting the big data that these observatories are producing, and in increasing
the sensitivity of these and other ground-based facilities.”
<「米国の科学政策」ホームページ筆者の補足>
「10 のビッグアイデア」においては、Córdova 長官の「電磁状態、粒子状態、そして重力波状態にお
けるミステリーを探求」に関する具体的な施設名の記載はないが、American Institute of Physics のウ
ェブサイトでは、同長官の発言として以下の施設への言及があったことが記されている。
・アタカマ大型ミリ波サブミリ波干渉計(Atacama Large Millimeter/submillimeter Array: ALMA)
・アイスキューブ・ニュートリノ観測所(Ice Cube Neutrino Observatory)
・レーザー干渉計重力波望遠鏡 Laser Interferometer Gravitational-wave Observatory, LIGO
なお、米国の天文学および宇宙物理学研究は宇宙における観測は航空宇宙局(NASA)、地上における
観測が NSF が支援を行うという棲み分けがあるが、双方の関係を含む天文学および宇宙物理学研究施設
建設の全体像については 2016 年 7 月 12 日に開催された下院科学宇宙技術委員会の宇宙小委員会と研究
技術小委員会の合同公聴会の NASA、NSF そして研究者による証言により知ることができる2。
NSF: Use of Cooperative Agreements to Support Large Scale Investment in Research (p21)
http://napawash.org/images/reports/2015/NSF_Phase_2_Comprehensive_Report.pdf
2 https://science.house.gov/legislation/hearings/joint-space-subcommittee-and-research-andtechnology-subcommittee-hearing
1
4
◯ 新たな北極航海(Navigating the New Arctic)
<Córdova 長官のコメント>
NSF は、生物学的、物理学的そして社会的な変化を文書化するために北極全体にわたる移動あるい
は固定のプラットフォームとツールの観測ネットワークを創設し、この変化するエコシステムとその
地球惑星におけるより広範な影響に関する更なる理論化、モデル化およびシミュレーションへの投資
を行う。
“NSF would establish an observing network of mobile and fixed platforms and tools across the Arctic
to document biological, physical and social changes, and invest further in theory, modeling and
simulation of this changing ecosystem and its broader effects on the planet.”
<「米国の科学政策」ホームページ筆者の補足>
2017 年度大統領予算案においては、管理予算室(OMB)による予算書の分析的観点の「Ⅰ.第 19 章
研究開発の優先順位(I. Priorities for Federal Research and Development)
」として示された 13 項目の
ひとつに「海洋および北極のより高度な管理運用への知見の提供(Informing Better Stewardship of the
Ocean and the Arctic)
」が含まれている。海洋と北極における持続性のある管理運用に必要な研究開発
予算として、海洋大気局(NOAA)の海洋大気研究プログラムの 5 億 2000 万ドルに加え、NSF には北
極研究プログラムとして 6300 万ドル計上されている1。
「10 のビッグアイデア」においては、他の連邦政府機関の参加も得て、急激な生物学的、物理学的、
化学的そして社会的変化について文書化するための可動あるいは固定のプラットフォームやツールを設
置し観測ネットワークを形成させるとしている。
◯ 21 世 紀 の 科 学 工 学 の た め の デ ー タ の 活 用 ( Harnessing Data for 21st Century Science and
Engineering)
<Córdova 長官のコメント>
基盤的なデータ科学研究、研究データのサーバー基盤、そして 21 世紀のデータの能力のある労働力
開発を目的とした全国規模のイニシアチブを開発する。
サイバー基盤のエコシステムは、頑強で、オープンで、科学が主導し、我々の大規模施設から提供さ
れるデータに対するマイニングが可能であるものでなければならない。
“…develop a national-scale initiative aimed at fundamental data science research, research data
cyberinfrastructure, and the development of a 21st century data-capable workforce.”
“The cyberinfrastructure ecosystem must be robust, open, and science-driven, and capable of mining
data delivered by our large-scale facilities.”
◯ 飛躍的進歩:次の量子革命への展開(The Quantum Leap: Leading the Next Quantum Revolution)
<Córdova 長官のコメント>
新たな量子革命は、新たな精密センサーと、より効率的なコンピュテーション、シミュレーション、
コミュニケーションを可能とするために、重ね合わせ、もつれ、スクイージングといった量子現象を活
用することである。NSF は、物理学者、数学者、工学者が参加する量子状態の操作と物質と光の相互
作用の研究に投資を行う。
1
https://www.whitehouse.gov/sites/default/files/omb/budget/fy2017/assets/ap_19_research.pdf
5
“The new quantum revolution will exploit quantum phenomena like superposition, entanglement, and
squeezing to enable the next wave of precision sensors, and more efficient computation, simulation, and
communication. NSF would invest in research that addresses the manipulation of quantum states, and
the control of material-light interactions, involving physicists, mathematicians and engineers.”
◯ NSF のコンバージェンス研究の拡大(Growing Convergent Research at NSF)
<Córdova 長官のコメント>
コンバージェンスとは、人々がグランドチャレンジに対応するために分野を基盤とする知識を統合
させるという比較的新しい発想法である。
コンバージェントなアプローチは、その開始において困難な研究という枠組みを設け、疑問への取
り組みにおいて成功に必要な協力を促進させるものである。NSF はその科学と工学の全分野にわたる
強固な連携により、コンバージェンスを促進するための適切な位置づけにある。
“ Convergence is a relatively new way of thinking about bringing people with their disciplinary
knowledge together to address grand challenges.”
“The convergent approach would frame challenging research questions at inception, and foster the
collaborations needed for successful inquiry. NSF is well-positioned to foster convergence because of its
deep connections to all fields of science and engineering.”
<「米国の科学政策」ホームページ筆者の補足>
「10 のビックアイデア」においては、現在のグラントチャレンジ、すなわち人々の健康、水に関連す
る諸問題、宇宙の探索などは単一の分野において解決されるものではなく、多様な分野の知識を統合す
ることによりイノベーションや発見をもたらすコンバージェンスを必要とするものであるとしている。
なお、コンバージェンスについてはナショナルアカデミーズの米国研究会議(National Research
Council: NRC)の地球・生命検討部会(Division on Earth and Life Studies)生命科学評議会(Board
on Life Sciences)に設置されたコンバージェンスと健康の主要なチャレンジ分野委員会(Committee on
Key Challenge Areas for Convergence and Health)が 2014 年に「コンバージェンス:生命科学、物理
科学、工学、そしてその先の分野を超えた統合の促進(Convergence: Facilitating Transdisciplinary
Integration of Life Sciences, Physical Sciences, Engineering, and Beyond)
」報告書を発表している。
「10 のビッグアイデア」においてはこの報告書への言及は無いが、当該ページの画像にはこの報告書の
表紙が描かれており、同報告書の提言を事業に組み込むものであるものと推測される。
6
Fly UP