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スイスの銀行機密~高まる圧力と、その影響

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スイスの銀行機密~高まる圧力と、その影響
保健医療経営大学紀要 № 8 1~ 14 (2015)
<原著論文(original article)>
スイスの銀行機密~高まる圧力と、その影響
Banking secrecy in Switzerland ~ The rising pressure and the effect
藤田 憲資 *
要 旨
本稿の課題は、スイスの「銀行機密」について、その概要、改革の現状、ならびに同改革がスイスに及ぼす影響を明
らかにすることである。このうち、本影響については、口座情報の共有が在スイス銀行の「匿名性」と、対外資金フロー
に及ぼす影響に焦点を当てる。その際、これまでよく指摘された想定を手がかりにしつつ、新たに検討が不十分であっ
た以下の諸点を明らかにする。
まず、在スイス銀行の「匿名性」への影響については、3種類の代替指標から検討し、また、同対外資金フローへの
影響については、流出入に加えて、地域別取引の側面からも検討する。併せて、口座情報の共有以外の要因による影響
にも着目する。
検討の結果、想定通りのケースは普遍的に認められるものではなかった。その理由として、口座情報の共有に向けた
取り組みがいまだ途上にあることや、リスク回避など口座情報の共有以外の要因による影響を指摘した。
Keywords:今次の一連の危機、税逃れ、在スイス銀行、口座情報、銀行の匿名性
This series of crisis, tax evasion, bank in Switzerland, the information on bank accounts,anonymity
on the bank
はじめに~課題、方法と意義
第 2 は、「銀行機密」に対する圧力の高まりについ
リーマンブラザーズの破綻や、それに続く欧州債務・
てである。ここでは、同圧力として口座情報の共有に
銀行危機を受けて、各国経済は大きな打撃を受けた。
焦点を当て、それに関する OECD の取り組みと、スイ
その結果、財政バランスの悪化した政府や、経済的困
スの対応を追う。その際、口座情報の共有として、相
難に陥った人々からは、多国籍企業や富裕な人々によ
手国からのリクエストに応じる「個別的」情報交換か
る税逃れに対する批判が強まっている。そして、そう
ら、「自動的」情報交換の受け入れに向けた動きに着
した批判は、ある部分、税逃れの要因の1つである「銀
目する 2 。
行機密」に向けられており、目下、それに対する改革
なお、本課題については、OECD の取り組みが、増田
が進められている。こうした動きは、堅固な「銀行機
(2011) をはじめとして、これまで多く指摘されてい
密」を有する国として有名なスイスに対してより大き
るのに比べて、スイスの対応についてはさほど指摘さ
な影響を及ぼすと考えられる。
れていないので、本稿の 1 つの意義と考える。
そこで、本稿では、スイスの「銀行機密」に焦点を
そして、第 3 は、そうした「銀行機密」への圧力が
当て、以下の3つの課題について取り組んでいくこと
スイスに及ぼす影響についてである。この点について
1
にする 。
は、以下に示すような、本影響との関係からよく指摘
第 1 は、スイスの「銀行機密」の概要についてであ
される想定を1つの手がかりにして検討する。その想
る。その際、スイスの「銀行機密」が投資家にとって
定とは、すなわち、口座情報の共有の進展が、在スイ
魅力的なものであると同時に、上記のように批判の対
ス銀行の「匿名性」の低下や、在スイス銀行から他国
象になっている理由についても併せて確認していきたい。
へのマネーの流出をもたらすというものである。
*
保健医療経営大学 非常勤講師 [email protected]
-1-
藤 田 憲 資
もっとも、かかる想定については、さしあたり、以
要因による影響も踏まえて論じることにする。その
下の 2 つの点で検討が不十分であると考える。
際、同影響として、ここでは、危機時における投資家
1つは、在スイス銀行の「匿名性」と、対外資金フロー
の動きに着目する。本稿の対象期間に含まれる危機時
への影響が、量的な裏付けをもって体系的に明らかに
においてはリスク回避に関連した動きも多いと予想
されていない点である。
され、また、スイスの持つ政治・経済の安定等の固有
まず、在スイス銀行の「匿名性」への影響については、
の魅力がそうした動きにさらなる影響を及ぼす可能性
たとえば、伝統ある守秘義務制度の終焉や、守秘義務
も高いからである。
なしでスイスの銀行が生き残れる保証はない、といっ
かくて、本想定について、これまで検討が不十分で
3
た表現に見られるように 、口座情報の共有がさしあ
あった点に新たな視角を加えて明らかにする本稿の試
たり非居住者が中心であるにもかかわらず、まるで全
みはその限りにおいて意義があることと考える。
ての口座情報が明らかにされるかのような指摘がマス
メディアの報道等で見受けられる。かかる指摘は、在
1. スイスの「銀行機密」の概要
スイス銀行の「匿名性」への影響が、量的な裏付けが
本章では、スイスの「銀行機密」について、その概
不十分なまま体系的に明らかにされていない1例と言っ
要を確認しておこう。まず、スイスの「銀行機密」の
てよい。
裏付けとなる法律は、1934 年に制定された「銀行お
そこで、本稿では、「匿名性」について、3種類の代
よび貯蓄銀行に関する連邦法」( 以下、「銀行法」) の
替指標から量的な裏付けをもって検討する ( 詳しくは
第 47 条である 6 。これに加えて、刑法第 273 条によっ
以下 3.1 を参照 )。その際、後に見るように、Helvea
てもまた、罰則を定めて厳重にこの「銀行機密」を保
(2009)、ズックマン (2015) 、T.J.N.(2013b)、T.J.N.
護している 7 。
(2015) などの先行研究では、各々、概ね、1 つの視角
次に、罰則について「銀行法」の第 47 条には、職
からアプローチしている。それゆえ、より幅広い視角
務上知り得た顧客機密を漏洩した者ならびに漏洩を教
から包括的に判断可能な点に本稿の1つの意義がある
唆した者は、最高 6 ヵ月の禁固または最高 5 万 ( 当初
と考える。
は 2 万 ) スイスフランの罰金に処すこと、また、過失
他方、在スイス銀行の対外資金フローへの影響につ
4
の場合でも、最高 3 万 ( 当初は 1 万 ) スイスフランの
い て は 、 想 定 に あ る よ う な 流 出 入 の 側 面 に 加 えて 、
罰金に処すこと、と定められている。同法は、1971 年
あまり取り上げられていない地域別取引の側面からも
に一部改定され、罰金の最高額が引き上げられた。ま
5
検討する ( 詳しくは以下 3.2 を参照 ) 。結果、本ア
た、刑法第 273 条には、過失か故意かにかかわらず守
プローチによって流出の「規模」のみならず「方向」
秘義務に違反する場合、3 年以下の禁固または 25 万ス
についても明らかになり、その相手国・地域から同
イスフランの罰金に処せられるとある。
資金フローに関する投資家の意図を探る手がかりと
田中 (2003) によれば、スイスの「銀行機密」の最
なる。 大の特徴は、このように刑法上の罰則まで定めて厳重
これまでみてきたように、想定は、口座情報の共有
に保護していることにあるという。結果、スイスの銀
の進展が起点となって在スイス銀行の「匿名性」と、
行は、この「銀行秘密」を1つの大きな武器にして周
対外資金フローの動向への影響を示したものである。
辺地域から資金を引き寄せた。C. シャヴァニュー・R.
しかしながら、実際のところ、ここで明らかにする在
パラン (2007) によれば、この第 47 条制定後の 3 年間
スイス銀行の「匿名性」と、対外資金フローの動きが
で管理する資産は 28%増大したという。
想定のように全て口座情報の共有に起因したものとい
ついで、「銀行法」の第 47 条で、「守秘義務」を成
うわけではない。かつ、口座情報の共有の進展に起因
文化させた背景について触れると、さしあたり、顧客
した影響のみを特定することは事実上難しい。そのた
の信頼維持に係る次の 3 つに対する不安を指摘するこ
め、口座情報の共有以外の理由で在スイス銀行の「匿
とができる 8 。第 1 は、政府の監視およびコントロー
名性」と、対外資金フローに及ぼす影響を併せて考え
ルの強化、第2は、フランスによる執拗な脱税追跡、
る必要がある。これが、これまで検討の不十分であっ
そして、第3は、国内の行員による情報の漏洩である。
たもう 1 つの点である。
最後に、かかる「銀行機密」に対する国民の支持を
にもかかわらず、口座情報の共有による影響を強調
見ておこう。
「銀行機密」に関する、以前の「国民投票」
するあまり、その他の要因による影響を踏まえて論じ
や、最近の世論調査の結果をみても、その維持に多く
ていないものも、(澤田、2009)など、これまで散見
の支持が集まっていることがわかる。多少古くなるが、
された。それゆえ、本稿では、口座情報の共有以外の
1984 年 5 月に金融業の守秘義務の乱用を是正すべき、
-2-
スイスの銀行機密~高まる圧力と、その影響
というテーマで国民投票が実施されたが、その時、賛
国際基準である、CRS[Common Reporting Standard:
成は 27%にすぎなかった。
共通報告基準 ] を完成させた。ついで、2014 年 9 月
もっとも、Swissinfo(2014a) では、銀行の守秘義
の G20 でその新たな基準を確認し、翌 10 月 8 日に、
務に賛成する人が 2011 年の 73%から 2013 年に 54%
先行して実施する国・地域は 2016 年にデータの収集
へと低下しているとの世論調査の結果を示しているが、
を開始し、翌 2017 年にデータの交換を開始すること
それでもなお過半の人々が銀行の守秘義務を支持して
が決まった。そして、同年 10 月 29 日のグローバル
いることがわかる。これは、他国に比べて国民投票を
フォーラムの会合で 51 の国・地域が自動的な情報交換
重視する国であるゆえに重要なポイントである。加え
に向けた多国間の協定である MCAA [ Multilateral
て、現在、下院第 1 党である国民党は「銀行機密」の
Competent Authority Agreement: 多国間の権限ある
維持に熱心であることも付加しておく。
当局間の協定 ] に署名した。
以上、スイスの「銀行機密」の概要を確認した。そ
この結果、これら参加国・地域は、非参加国を除い
の結果、厳しい罰則を背景に情報漏えいの不安が少な
た非居住者の口座情報について、「自動的」交換に向
いことや、国民ないし議会の強い支持を背景にその枠
けた手続きを進めていくことになる。
組みが容易に揺らがないことがわかった。このような
2.1.2 本取り組みの改善すべき点
特徴は、多くの投資家にとって魅力的なものである。
今見たような、口座の「自動的」情報交換に向けた取
そのため、なかには脱税を目的にした行動をとる主体
り組みが進行している一方で、いまだ不十分な点があ
も含まれることから、スイスの「銀行機密」が批判の
ることも否定できない。ここでは、そうした改善すべ
対象になっているのである。
き点として、さしあたり、参加国の数、情報提供の範
囲、タックスヘイブン諸国の持つ情報の中身、および
2.「銀行機密」への圧力~口座情報の共有
最終的な受益者の特定の4点に着目する。
本章では、「銀行機密」への圧力として、本稿で焦点
まず、参加国の数と、情報提供の範囲については、
を当てた口座情報の共有について、OECD による取り組
吉井・是枝 (2015) によれば、上記の自動的な情報交
9
みと 、スイスの対応を追う。
換に向けた多国間協定である MCAA に署名した国・地
2.1 OECD による取り組み
域は 2014 年 11 月 19 日時点で 52 の国・地域に限られ
本節では、OECD による取り組みについて、まず、
「個
ており 11 、とくに、米国がいまだ署名していないこと
別的」情報交換から、「自動的」情報交換へのシフト
は留意すべき点である。また、情報提供の対象外のも
を 2014 年の進展に着目して述べ、ついで、本取り組
のとして、フローでは給与所得、事業所得および譲
みの改善すべき点について触れることにする。
渡所得などが、また、ストックでは不動産や貴金属な
2.1.1 「個別的」情報交換から、「自動的」情報交換へ
どがあるという。さらに、志賀 (2013) によれば、ど
のシフト~ 2014 年の進展
この「タックスヘイブン」も、およそ情報などと呼べ
ここ数年、OECD は情報交換の枠組み作りに積極的
る代物は持ち合わせていないし、そもそも持とうとし
に取り組んでいる。その際、ターゲットは相手国のリ
ていないという。加えて、ダミー会社を通じた第 3 国
クエストに応じる「個別的」情報交換から、「自動的」
経由の場合、情報提供の対象となるその当該主体が最
情報交換へとシフトしている。その背景の1つとして、
終的な受益者であるか否かについては不明である。
たとえば、日本経済新聞 (2013) は、「個別的」情報交
その結果、得られる情報は限定的なものになり、か
換には必要な情報のやりとりに時間がかかることや、
つ、同情報の中身も実態を正確に捉えていないものも
複数の国を舞台にした脱税には対応できないといった
含まれるとなれば、量と質の双方で不満が残るものに
問題点があることを指摘している。以下、ここでは 2014
なる。それゆえ、今後は、同対策の実効力を上げるた
年に大きく進展した「自動的」情報交換に向けた取り
めに、上記の諸点を可能な限り改善することがカギと
組みについて見ていこう。
なろう。
まず、2014 年 2 月に、OECD の加盟国は、2015 年末
2.2 スイスの対応
までに「非居住者」の口座情報を共有する仕組みを作
本節では、上記の OECD による取り組みを受けた、
ることで合意した。同年 5 月 6 日には、スイスを含む
スイスの対応についてみていく。その際、まず、相手
OECD の加盟国ないしその他の国・地域が、「自動的」
国のリクエストに応じる「個別的」情報交換の受け入
に銀行口座データを共有するという目的を確固たるも
れについて簡単に整理し、ついで、「自動的」情報交
のにする旨の声明を公表した 10。さらに、同年 7 月 21
換の受け入れに向けた動きについて触れる。
日には OECD が「自動的」情報交換を実施するための
2.2.1 「個別的」情報交換の受け入れ
-3-
藤 田 憲 資
まず、「個別的」情報交換の核となるのは、OECD モ
7月に不合格と判断されたが、以下に示すような口座
デル租税条約第 26 条の受け入れである。増井 (2011)
情報の交換に関する国際基準の受け入れもあって、2015
によれば、この第 26 条は、権限のある当局間の情報
年3月に、第2段階へのステップアップが認められた。
交換を可能にする根拠条文であり、とくに、2005 年
その法整備として、二国間レベルでは、既存の二重
の改訂では、同条第 5 項を新設し、金融機関が保有す
課税協定の修正や、新たな租税情報交換協定の締結が、
る情報というだけの理由で、加盟国は情報の提供を拒
また、多国間レベルでは、「OECD/ 欧州評議会税務執
んではならない旨が明記されたという。
行共助条約」への署名がある。
しかし、スイスは、スイス法上で自由刑に服する詐
かくして、OECD の「グローバルフォーラム」による
欺行為があったといえる場合を除いて、単純虚偽記載
「リスト」の公開や、「ピアレビュー」に後押しされる
の場合は情報交換に応じないという立場をとり、OECD
形で、スイスは OECD モデル租税条約第 26 条に従うこ
モデル租税条約第 26 条を留保していた。かかる背景
とや、「OECD/ 欧州評議会税務執行共助条約」に署名す
には、スイスでは、他の主要国と異なり、脱税に関し
ることを決め、結果、「個別的」情報交換を受け入れ
て、それが意図的なものであるか否かで明確に区別し
ることになった。
ていることがある。そのため、楠本・勅使川原 (2010)
2.2.2 「自動的」情報交換の受け入れ
によれば、申告忘れや申告漏れは、罰金などの行政罰
こうして、スイスは、「個別的」情報交換の受け入れ
しか科されず、顧客情報は保護されるという。
を進める一方で、「自動的」情報交換の受け入れに向
そうした折、OECD の「グローバルフォーラム」は 12、
けた取り組みもまた進めている。その主な流れは、先
2009 年 4 月 2 日に、「国際的に合意された租税基準」に
記の OECD の取り組みに沿ったものであるので、ここ
対する 13、各国・地域のスタンスを評価した「リスト」
では、それ以外の部分について触れておこう。
を公開した。
スイス政府は、2014 年 10 月 8 日に「自動的」な情
同「リスト」は、次の3つに分類されている。すな
報交換に関する新たなグローバル基準の導入について、
わち、第 1 は、国際的に合意された租税基準を実質的
議会ないし有権者の賛同を得られれば 2017 年にデー
に実施している国・地域、第 2 は、同基準の遵守を約
タの収集を開始し、翌 2018 年にデータの交換を開始
束したが実質的にはまだ実施していない国・地域、第
することを発表した。ついで、スイス政府は、2014 年
3 は、同基準の順守を約束していない国・地域である。
11 月 19 日に、先記の税に関する自動的な情報交換に
それらは、便宜上、しばしば、
「ホワイトリスト」、
「グ
向けた多国間協定である MCAA に署名した。その後、本
レーリスト」、「ブラックリスト」と呼ばれる
14
。
協定は 2015 年 12 月 2 日に、下院に続いて上院でも可
スイスは、このうち、「グレーリスト」に掲載され
決された。(Swissinfo,2015) によれば、個々の国々
、本来は「ブラックリスト」への掲載が予定さ
との合意は議会で個別に批准する必要があるものの 16 、
れており、それを回避すべく「リスト」発表前の 2009
本決定はそれらに対する法的な土台となるものである。
年 3 月に OECD モデル租税条約第 26 条に従うことに決
その結果、在スイス銀行の非居住者に関する口座情報
めたと言ってもよい。Swissinfo(2009)によれば、
は、非参加国を除いて明らかになることになった。
これにより、スイスは、他国の当局が個々の案件につ
なお、国内の銀行顧客については、Swissinfo(2009)
いて具体的な理由をもって銀行顧客の情報を開示する
によれば、銀行の守秘義務は引き続き有効であり、脱
ことを要求した場合、それが申告忘れや申告漏れの場
税の判断に際して、これまでと同様に扱われるという。
合であっても応じることになるという。
とはいえ、Swissinfo(2014a) が指摘するように、最
加えて、OECD は、「ピアレビュー ( 相互審査 )」と
近、スイスにおいて、居住者に対しても銀行の守秘義
いう手法を通じて、「個別的」情報交換に係る法整備
務を撤廃しようとする政府の動きも見られる。それゆ
ないし実施状況をチェックした。この「ピアレビュー」
え、今後は、内閣の推進する「銀行機密」を撤廃する方
とは「グローバルフォーラム」参加国のすべてを対象
向に進むのか 17 、あるいは、「銀行機密」の維持に重
たが
15
に、情報の入手可能性、情報アクセス、および情報の
きを置く下院第 1 党の国民党を始めとする右派勢力や、
公開に係る 10 項目について、法・規制の枠組みを対象
「銀行機密」に根強い支持のあるスイス国民の抵抗に
にする「フェーズ1」を3段階で、また、その枠組み
遭って多少路線変更を求められるのか等がさしあたっ
が実際に効果的に機能しているかどうかをみる「フェー
てのポイントになろう 18 。
ズ2」を4段階でそれぞれ評価するものである。
以上、本章では、「銀行機密」への圧力として、本稿
スイスの「ピアレビュー」の結果をみると、
「 個別的」
で焦点を当てた口座情報の共有について、OECD による
情報交換の法整備をチェックする第1段階が 2011 年
取り組みと、スイスの対応を追った。その結果、これ
-4-
スイスの銀行機密~高まる圧力と、その影響
らの取り組みによって、たしかに、非居住者の口座情
向を示し、ついで、匿名希望者の利子所得を推計した
報については、共有が進んでいることがうかがわれる。
ものを提示し、最後に、匿名希望者の利子所得の比率
ただし、OECD の取り組みには改善すべき余地が残さ
を示すことにする。
れていることや、スイスにおいても居住者に関する口
まず、「報告」希望者の総数を見ると、2007 年から
座情報の取り扱いについて内閣と、議会の右派勢力と
2009 年にかけて減少し続けたが、その後は増加に転じ
の対立が未決着であることなど、いまだ口座情報の共
ており、とくに、2012 年から 2014 年にかけて顕著に
有に向けて改革の途上にあると言ってよい。
増加している ( 図1)。
図1. 在スイス銀行で「利子所得」を得たEU市民のうち、同所得の「報告」希望者数とその国別内訳
160000
3.「銀行機密」への圧力がスイスに及ぼす影響
140000
120000
本章では、「銀行機密」への圧力がスイスに及ぼす
100000
人
数
影響について、先記のごとく同影響によって在スイス
銀行の「匿名性」の低下と、対外資金フローの流出が想
80000
「報告」希望者数
60000
うちドイツの居住者
40000
うちその他EU加盟国の居住者
20000
定通りに見られたのか、という観点から検討する。
本節では、「銀行機密」への圧力が在スイス銀行の
「匿名性」に及ぼす影響について見ていく。
その際、ここでは、実態と、制度の両面からアプロー
2014年
2013年
2012年
2011年
2010年
2009年
2008年
3.1 在スイス銀行の「匿名性」に及ぼす影響 2007年
2006年
0
(出所)FDF(http://www.estv.admin.ch/insteuerrecht/themen/01319/01328/index.html?lang=de)<参照
2015-06-30>より作成。
注
1. 図中の「うちその他EU加盟国の人々」には、2013・2014年しかデータのないクロアチアと、個別に推移
を提示しているドイツを除く26カ国が含まれる。なお、ブルガリアとルーマニアについては加盟した2007年
からこれに含まれる。
図1A.各加盟国の「報告」希望者数の変化、2010年と2012年の差
チする。具体的には、OECD による口座情報の共有に向
10000
図1. 在スイス銀行で「利子所得」を得たEU市民のうち、同所得の「報告」希望者数とその国別内訳
9000「ドイツの居住者」は最大であり続け、かつ、
この間、
8000
けた取り組みが、在スイス銀行における非居住者の動
6000
人140000
近年、増加している。ここに、在スイス銀行における、
5000
数 4000
向と、情報の共有に関するスイスでの受け入れ状況の
2000
「ドイツの居住者」の重要性をうかがうことができる。
1000
100000
変化
双方に及ぼす影響を明らかにすることを試みる。さら
に、前者については、非居住者を EU(「非居住者 <EU>」)
160000
7000
3000
120000
人
数
0
「報告」希望者数
80000 ベ ブ デ ド エ フ フ ギ ア イ ラ リ ル マ オ オ ポ ポ ル ス ス ス ス チ ハ 英 キ
ただし、
「その他 EU 加盟国の居住者」も、近年、大き
ン国プ
うちドイツの居住者
60000 ル ル ン イ ス ィ ラ リ イ タ ト ト ク ル ラ ー ー ル ー ウ ロ ロ ペ ェ
ギ ガ マ ツ ト ン ン シ ル リ ビ アセ
タ ン ス ラ ト マ ェ バベ イ コ ガ ロ
ダ ト ン ガ ニ ー キ ニ ン うちその他EU加盟国の居住者
リ ス
リ ド ルアデアア
ー
ア
ン
40000 ー リ ー ニ ラ 結果、
ス ャ ラ ア ア両者はかなり接近してきている。
ニン
く増加しており、
ク
20000
アン
ア
ン
アブ
では、さしあたり、以下の 3 つの代替指標から検討す
る。すなわち、「非居住者 <EU>」の「匿名性」について
は在スイス銀行における EU 市民の預金を、「非居住者
< 全体 >」のそれについては、在スイス銀行における
非居住者のカストディーを、そして、スイスでの受け
入れ状況については、金融機密指数 <FSI: Financial
Secrecy Index> を、それぞれ代替指標として取り上
2014年
2013年
1. 図中の「うちその他EU加盟国の人々」には、2013・2014年しかデータのないクロアチアと、個別に推移
人 25000
危機に直面した南欧諸国が大きい
( 図1A)。
を提示しているドイツを除く26カ国が含まれる。なお、ブルガリアとルーマニアについては加盟した2007年
数 20000
2012年
的にどのように提示するのかという問題になる。ここ
2011年
40000
に次いでギリシャ、イタリアおよびスペインといった
2015-06-30>より作成。
35000
2010年
かかる課題については、「匿名性」という概念を量
(出所)図1に同じ。
2009年
注 図1における、各国の2012年から2010年の値を差し引いたもの。
年から
2012 年についてはドイツが最大であるが、これ
図1B.各加盟国の「報告」希望者数の変化、2012年と2014年の差
2008年
< 全体 >」) に大別して迫っていきたい。
2007年
ド
ド
…
0
これらについて、国別の内訳をみると、まず、2010
2006年
と、EU 以外の国々も含めた非居住者全体 (「非居住者
45000
(出所)FDF(http://www.estv.admin.ch/insteuerrecht/themen/01319/01328/index.html?lang=de)<参照
注
30000
15000
からこれに含まれる。
10000
図1A.各加盟国の「報告」希望者数の変化、2010年と2012年の差
5000
0
10000
9000 ベ ブ デ ド エ フ フ ギ ア イ ラ リ ル マ オ オ ポ ポ ル ス ス ス ス チ ハ 英 キ
8000 ル ル ン イ ス ィ ラ リ イ タ ト ト ク ル ラ ー ー ル ー ウ ロ ロ ペ ェ ン 国 プ
7000 ギ ガ マ ツ ト ン ン シ ル リ ビ ア セ タ ン ス ラ ト マ ェ バ ベ イ コ ガ ロ
人 6000
5000 ー リ ー ニ ラ ス ャ ラ ア ア ニ ン ダ ト ン ガ ニ ー キ ニ ン リ ス
ー
リ ド ルアデア ア
数 4000
アク アン
アブ
ン
3000
ア
ン
ド
ド
…
2000
1000
(出所)図1に同じ。
0
注 図1における、各国の2014年から2012年の値を差し引いたもの。
ベ ブ デ ド エ フ フ ギ ア イ ラ リ ル マ オ オ ポ ポル ス ス ス ス チ ハ英キ
ルル ン イ ス ィ ラ リ イ タ ト ト ク ル ラ ーールーウ ロ ロ ペ ェ ン 国 プ
ギ ガ マ ツ ト ン ン シ ル リ ビ アセ タ ン ス ラ ト マ ェ バベ イ コ ガ ロ
ー リ ー ニ ラ ス ャ ラ ア ア ニン ダ ト ン ガ ニ ーキ ニ ン リ ス
リ ド ルアデアア
ー
ン
アク アン
アブ
ン
ア
ド
ド
…
変化
変化
(出所)図1に同じ。
注 図1における、各国の2012年から2010年の値を差し引いたもの。
図1B.各加盟国の「報告」希望者数の変化、2012年と2014年の差
げる。
3.1.1 在スイス銀行の「匿名性」~「非居住者 <EU>」の
45000
このことから、かかる動きを説明する
1 つの要因とし
40000
側面から
30000
て危機におけるリスク回避が考えられる。ついで、2012
人 25000
ここでは、「銀行機密」への圧力が在スイス銀行の
年から15000
2014 年をみると、ドイツが顕著に大きいが、こ
10000
「匿名性」に及ぼす影響について、非居住者のうち EU
0
の他では、スペインが引き続き大きいことに加え、フ
ベ ブ デ ド エ フ フ ギ ア イ ラ リ ル マ オ オ ポ ポル ス ス ス ス チ ハ英キ
35000
数 20000
5000
変化
ルル ン イ ス ィ ラ リ イ タ ト ト ク ル ラ ーールーウ ロ ロ ペ ェ ン 国 プ
(「非居住者 <EU>」) の側面からアプローチする。そ
ギ ガ マ ツ ト ン ン シ ル リ ビ アセ タ ン ス ラ ト マ ェ バベ イ コ ガ ロ
ランスが急増しており、これら両国の増加が「その他
ーリー ニ
ト ン ガ ニ ーキ ニ
ニ
リ
の際、在スイス銀行における EU 市民の預金に着目する。
ア
アン
アブ
ル
アア
ン
EU 加盟国の人々」の大きな増加をもたらしたと言える
ア
ン
ド
ド
…
2005 年 7 月に発効した EU の貯蓄課税指令、ならび
((出所)図1に同じ。
注図1B)。
図1における、各国の2014年から2012年の値を差し引いたもの。
ク
に 2004 年にスイスと、EU が締結した第 2 次バイラテ
ラル協定を受けて、在スイス銀行に預金をしている EU
市民は口座内容を報告するか、または、報告せずに利
子所得に源泉課税を支払うか、を選択することとなっ
た 19 。以下、公表されている関連データを使って、ま
ず、「報告」希望者数と、報告希望者の利子所得の動
-5-
ラスャ ラアア
ン
ダ
リ ド
アデ
ン
ス
ー
10000
9000
8000
7000
人 6000
5000
数 4000
3000
2000
1000
0
変化
ベ ブ デ ド エ フ フ ギ ア イ ラ リ ル マ オ オ ポ ポル ス ス ス ス チ ハ英キ
ルル ン イ ス ィ ラ リ イ タ ト ト ク ル ラ ーールーウ ロ ロ ペ ェ ン 国 プ
ギ ガ マ ツ ト ン ン シ ル リ ビ アセ タ ン ス ラ ト マ ェ バベ イ コ ガ ロ
ー リ ー ニ ラ ス ャ ラ ア ア ニン ダ ト ン ガ ニ ーキ ニ ン リ ス
リ ド ルアデア ア
ー
ン
アク アン
アブ
ア
ン
ド
ド
…
変化
ベ ブ デ ド エ フ フ ギ ア イ ラ リ ル マ オ オ ポ ポ ル ス ス ス ス チ ハ英キ
ルル ン イ ス ィ ラ リ イ タ ト ト ク ル ラ ーールーウ ロ ロ ペ ェ ン 国 プ
ギ ガ マ ツ ト ン ン シル リ ビ ア セ タ ン ス ラ ト マ ェ バベ イ コ ガ ロ
ー リ ー ニ ラ ス ャ ラ ア ア ニ ン ダ ト ン ガ ニ ーキ ニ ン リ ス
ー
リ ド ルアデア ア
アク アン
アブ
ン
ア
ン
ル
ド
ド
ク
藤 田 憲 資
(出所)図1に同じ。
注 図1における、各国の2012年から2010年の値を差し引いたもの。
図1B.各加盟国の「報告」希望者数の変化、2012年と2014年の差
30
20
10
0
-10
-20
-30
1
0
0
万
ス
イ
ス
フ
ラ
ン
(出所)図1に同じ。
注 図2における、各国の2012年から2010年の値を差し引いたもの。
図2B.各加盟国の「報告」希望者の「利子所得」の変化、2012年と2014年の差
45000
40000
35000
30000
人 25000
数 20000
15000
10000
5000
0
1
0
0
万
ス
イ
ス
フ
ラ
ン
変化
ベ ブ デ ド エ フ フ ギ ア イ ラ リ ル マ オ オ ポ ポル ス ス ス ス チ ハ英キ
ルル ン イ ス ィ ラ リ イ タ ト ト ク ル ラ ーールーウ ロ ロ ペ ェ ン 国 プ
ギ ガ マ ツ ト ン ン シ ル リ ビ アセ タ ン ス ラ ト マ ェ バベ イ コ ガ ロ
ー リ ー ニ ラ ス ャ ラ ア ア ニン ダ ト ン ガ ニ ーキ ニ ン リ ス
ー
リ ド ルアデア ア
アブ
アク アン
ン
ン
ア
ド
ド
…
250
200
150
100
50
0
-50
変化
ベ ブ デ ド エ フ フ ギ ア イ ラ リ ル マ オ オ ポ ポル ス ス ス ス チ ハ英キ
ルル ン イ ス ィ ラ リ イ タ ト ト ク ル ラ ーールー ウ ロ ロ ペ ェ ン 国 プ
ギ ガ マ ツ ト ン ン シ ル リ ビ ア セ タ ン ス ラ ト マ ェ バベ イ コ ガ ロ
ー リ ー ニ ラ ス ャ ラ ア ア ニ ン ダ ト ン ガ ニ ーキ ニ ン リ ス
ー
リ ド ルアデア ア
アク アン
アブ
ン
ア
ン
ル
ド
ド
ク
(出所)図1に同じ。
注 図1における、各国の2014年から2012年の値を差し引いたもの。
(出所)図1に同じ。
注 図2における、各国の2014年から2012年の値を差し引いたもの。
このような、報告希望者の大きな増加は、各国居住者
における資産構成や、その 1 人当たりの金額の違い等
つづいて、匿名希望者の利子所得を推計したところ 21、
を留意する必要はあるものの、付随的にこれら人々の
2007 年をピークに近年減少が続いている(図3)。
20
「利子所得」の増加を予想させる 。
図3.在スイス銀行で「利子所得」を得たEU市民のうち、「匿名」希望者の「利子所得」と
その国別内訳、推計
実際、2013・2014 年はこれまでにない大きさになっ
5000.00
4500.00
ており、その際、「その他 EU 加盟国の居住者」の利子
1
0
0
万
ス
イ
ス
フ
ラ
ン
所得が近年顕著に増加し、2013 年にはそれまでトップ
を維持し続けていた「ドイツの居住者」の利子所得を
上回る規模に達している点は注目される ( 図2)。
3000.00
合計
2500.00
うちドイツの居住者
2000.00
うちフランスの居住者
1500.00
うちイタリアの居住者
1000.00
うちその他EU加盟国の居住者
うちドイツの居住者
うちその他EU加盟国の居住
者
2014年
2013年
2012年
2011年
2010年
2009年
2008年
2007年
2006年
0.00
図2.在スイス銀行で「利子所得」を得たEU市民のうち、「報告」希望者の「利子所得」とその国別内訳
1800.00
(出所)図1に同じ。
注 図1に同じ。
1600.00
1
図2A.各加盟国の「報告」希望者の「利子所得」の変化、2010年と2012年の差
1400.00
0
1200.00
0 40
この間の変化について国別の内訳をみると、2010
「報告」希望者の利子所得 年
1 30
万 1000.00
0 20
10800.00 年については、ギリシャやスペインなど南
から0スイ 2012
うちドイツの居住者
0
600.00
-10
スフ -20
欧諸国の居住者の増加が目立っており
(うちその他EU加盟国の居住
図2A)、また、
400.00
者
変化
スン 200.00
ベ ブ デ ド2014
エ フ フ ギ 年については、ドイツないしそれを
ア イ ラ リ ル マ オ オ ポ ポ ル ス ス ス ス チ ハ英キ
2012
年から
フ
ルル ン イ ス ィ ラ リ イ タ ト ト ク ル ラ ーールーウ ロ ロ ペ ェ ン 国 プ
0.00
ギ ガ マ ツ ト ン ン シル リ ビ ア セ タ ン ス ラ ト マ ェ バベ イ コ ガ ロ
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ー
リ ド ルアデア ア
アク アン
アブ
ン
ア
ン
ル
ド
ド
(出所)図1に同じ。
ク
ラ
ン
2014年
2013年
2012年
2011年
2010年
2009年
2008年
2007年
2006年
上回るスペインの居住者の大きな増加が目立っている
( 図2B)。
注 図1に同じ。
図2A.各加盟国の「報告」希望者の「利子所得」の変化、2010年と2012年の差
(出所)図1に同じ。
注 図2における、各国の2012年から2010年の値を差し引いたもの。
40
図2B.各加盟国の「報告」希望者の「利子所得」の変化、2012年と2014年の差
1 30
025020
1 020010
0 万150 0
-10
0 ス100
-20
万イ 50
-30
スス
ベ ブ デ ド エ フ フ ギ ア イ ラ リ ル マ オ オ ポ ポ ル ス ス ス ス チ ハ英キ
イフ 0
ルル ン イ ス ィ ラ リ イ タ ト ト ク ル ラ ーールーウ ロ ロ ペ ェ ン 国 プ
-50
スラ
ギ ガ マ ツ ト ン ン シル リ ビ ア セ タ ン ス ラ ト マ ェ バベ イ コ ガ ロ
フン
ベー
ブ デード エ フ フ ギ ア イ ラ リ ル マ オ オ ト
ポ ポ ルニ
ス ス ス チ ハ英キ
スー
リ
キニ ン リ ス
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ル ル ンクイ ス ィ ラ リ イ タ ト ト ク ル ラ ーリ
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ド
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ベイ コガ ロ
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ク
ー
リ ド ルアデア ア
アク アン
アブ
ン
ア
ン
ル
ド
ド
(出所)図1に同じ。
ク
2014年
2013年
これは、先に図2でみた「報告」希望者の利子所得が
変化
変化
近年増加に転じていることとは対照的な動きである。
国別にみると、
「 報告」希望者のケースと同様に、
「ド
イツの居住者」が大きいことがわかる ( 図3) 22。当初
は「イタリアの居住者」と同規模であったが、恐らく
イタリアで実施された税恩赦を 1 つの理由として 23 、
注 図2における、各国の2012年から2010年の値を差し引いたもの。
図2B.各加盟国の「報告」希望者の「利子所得」の変化、2012年と2014年の差
(出所)図1に同じ。
注 図2における、各国の2014年から2012年の値を差し引いたもの。
250
200
150
100
50
0
-50
2012年
(出所)図1に同じ。
注
1.図中の値は、スイスからEU各国への利子源泉税の税収分配額(図3付表)を、各時期における同税
率(2005年7月から15%、2008年7月から20%、および2011年7月から35%)、ならびに同税収のEUの取
り分(75%)で除して算出した推計である。
2.2005年、2008年、および2011年は、年の途中で税率が変わるため推計の都合上ここでは省いた。
3.図中の「うちその他EU加盟国の居住者」は、2013・2014年しかデータのないクロアチアと、個別に推
移を提示しているドイツ、フランス、およびイタリアを除いた24カ国から成る。なお、ルーマニアおよびブ
ルガリアは加盟した2007年からこれに含まれる。
図3付表. スイスからEU加盟各国への利子源泉税の税収の分配額
(100万スイスフラン)
送金額
2006年
2007年
2009年
2010年
2012年
2013年
2014年
ベルギー
21
22
16
16
18
18
9
ブルガリア
―
1
0
0
0
1
0
デンマーク
1
2
2
1
2
2
1
ドイツ
103
131
109
108
144
109
51
エストニア
0
0
0
0
0
0
0
フィンランド
1
1
1
1
1
1
1
フランス
50
62
52
47
71
77
40
ギリシャ
15
16
8
8
13
13
10
アイルランド
1
1
1
1
1
1
1
イタリア
103
125
123
57
82
74
73
ラトビア
0
0
0
0
0
0
0
リトアニア
0
0
0
0
0
0
0
ルクセンブルク
1
2
1
1
2
2
1
マルタ
1
1
1
0
1
1
1
オランダ
13
13
13
10
13
11
8
オーストリア
10
12
9
10
15
8
6
ポーランド
2
3
2
2
4
3
2
ポルトガル
6
7
6
6
7
5
3
ルーマニア
―
1
1
1
1
1
1
スウェーデン
4
6
5
4
7
6
4
スロバキア
1
1
0
0
1
1
1
スロベニア
0
0
0
0
1
1
0
スペイン
30
34
26
27
47
28
11
チェコ
3
4
2
2
3
3
2
ハンガリー
1
2
2
2
3
3
3
英国
32
40
18
18
25
12
7
キプロス
2
2
1
1
1
1
1
合計
402
490
401
324
462
383
238
(出所)図1に同じ。
注 表中のルーマニアおよびブルガリアは加盟した2007年から含まれる。
「報告」希望者の利子所得
イラ -30
2010年
1
0 1400.00
0 1200.00
万 1000.00
ス
イ 800.00
ス 600.00
フ
ラ 400.00
ン 200.00
2009年
2006年
1600.00
2007年
0.00
1800.00
1
0
0
万
ス
イ
ス
フ
ラ
ン
3500.00
500.00
図2.在スイス銀行で「利子所得」を得たEU市民のうち、「報告」希望者の「利子所得」とその国別内訳
万ス
4000.00
2009 年と、2010 年において「イタリアの居住者」の
「匿名」希望者の「利子所得」が大きく減少したこと
から「ドイツの居住者」がトップになった。その規模
変化
ベ ブ デ ド エ フ フ ギ ア イ ラ リ ル マ オ オ ポ ポル ス ス ス ス チ ハ英キ
ルル ン イ ス ィ ラ リ イ タ ト ト ク ル ラ ーールー ウ ロ ロ ペ ェ ン 国 プ
ギ ガ マ ツ ト ン ン シ ル リ ビ ア セ タ ン ス ラ ト マ ェ バベ イ コ ガ ロ
ー リ ー ニ ラ ス ャ ラ ア ア ニ ン ダ ト ン ガ ニ ーキ ニ ン リ ス
ー
リ ド ルアデア ア
アク アン
アブ
ン
ア
ン
ル
ド
ド
ク
は 24 カ国から成る「その他 EU 加盟国の居住者」と
ほぼ同じである。もっとも、その後、
「 ドイツの居住者」
(出所)図1に同じ。
注 図2における、各国の2014年から2012年の値を差し引いたもの。
-6-
スイスの銀行機密~高まる圧力と、その影響
と、「その他 EU 加盟国の居住者」が減少していく中、
「イタリアの居住者」は、両者に比べて減少の程度が
小さかったため、2014 年には「ドイツの居住者」を
抜いて再び最大となった。
3.1.2 在スイス銀行の「匿名性」~「非居住者 < 全体 >」
の側面から
ここでは、「銀行機密」への圧力が在スイス銀行の
「匿名性」に及ぼす影響について、EU 以外の国々も含
最後に、匿名希望者の利子所得の比率をみると、EU
めた非居住者全体 (「非居住者 < 全体 >」) の側面から
平均はピークの 2007 年には 84.1%であったが、その
アプローチする。その際、在スイス銀行における非居
後、低下を続けて 2014 年には 36.4%になった ( 表1)。
住者のカストディーの動向を見ていくことにする。
表1.各加盟国における匿名希望者の「利子所得」の割合
2006年
2007年
2009年
2010年
2012年
2013年
2014年
平均値 2007年と2014年の差
マルタ
60.8%
59.5%
51.1%
44.0%
26.3%
34.3%
10.9%
41.0%
-48.6%
英国
71.9%
70.8%
57.7%
65.7%
49.5%
31.0%
17.6%
52.0%
-53.2%
ドイツ
58.3%
68.9%
62.6%
59.1%
53.7%
42.9%
22.9%
52.6%
-46.0%
ブルガリア
―
80.5%
63.7%
51.7%
83.8%
29.8%
21.2%
55.1%
-59.3%
キプロス
81.7%
79.3%
32.5%
52.5%
55.3%
47.6%
39.3%
55.4%
-40.0%
アイルランド
87.8%
75.3%
62.8%
47.9%
44.0%
41.1%
41.0%
57.1%
-34.3%
オランダ
79.2%
75.4%
74.0%
65.9%
52.0%
49.3%
35.6%
61.6%
-39.8%
ポルトガル
94.6%
92.6%
87.1%
87.4%
48.3%
21.4%
14.2%
63.7%
-78.4%
EU平均
80.6%
84.1%
79.9%
74.6%
65.6%
52.4%
36.4%
67.7%
-47.7%
ベルギー
91.5%
86.5%
82.9%
78.1%
65.6%
55.1%
28.8%
69.8%
-57.8%
オーストリア
92.8%
88.8%
79.8%
83.3%
61.3%
46.4%
39.1%
70.2%
-49.7%
ポーランド
97.1%
93.1%
80.6%
83.1%
56.8%
44.5%
37.7%
70.4%
-55.4%
スペイン
98.7%
97.4%
95.7%
94.7%
80.1%
29.2%
13.7%
72.8%
-83.6%
スウェーデン
94.4%
92.3%
85.3%
77.9%
64.8%
57.6%
45.1%
73.9%
-47.2%
チェコ
94.9%
92.3%
83.4%
82.6%
59.1%
58.7%
46.4%
73.9%
-45.9%
ルーマニア
―
94.8%
82.6%
76.1%
78.9%
78.9%
48.3%
76.6%
-46.5%
ギリシャ
99.4%
99.1%
96.9%
94.0%
56.3%
53.3%
42.5%
77.4%
-56.6%
リトアニア
100.0%
97.6%
97.3%
93.0%
73.1%
50.9%
56.7%
81.2%
-40.9%
デンマーク
94.3%
93.6%
91.7%
90.6%
78.2%
69.2%
54.0%
81.6%
-39.6%
フィンランド
93.9%
92.0%
91.5%
91.6%
74.3%
72.1%
65.1%
82.9%
-26.9%
スロバキア
97.9%
97.8%
96.0%
89.6%
76.0%
75.2%
52.6%
83.6%
-45.2%
ハンガリー
97.7%
97.5%
92.5%
95.7%
84.5%
70.9%
64.0%
86.1%
-33.5%
ルクセンブルク
99.2%
99.2%
97.3%
97.4%
85.5%
81.1%
55.9%
87.9%
-43.3%
フランス
97.5%
97.0%
96.1%
91.6%
87.7%
87.0%
64.5%
88.8%
-32.5%
スロベニア
99.9%
98.7%
96.8%
98.7%
85.1%
83.5%
59.5%
88.9%
-39.2%
ラトビア
100.0%
98.6%
95.6%
92.5%
87.1%
89.6%
67.8%
90.2%
-30.8%
イタリア
98.9%
99.0%
97.9%
95.8%
91.1%
87.0%
82.5%
93.2%
-16.5%
エストニア
98.8%
96.0%
96.2%
99.4%
94.6%
96.4%
77.5%
94.1%
-18.5%
注
1.表の値は、図2および図3を使って「報告」および「匿名」希望者の「利子所得」の合計で「匿名」希望者の「利子所得」を除したものである。
2.表中のブルガリアとルーマニアは加盟した2007年から含められる。
3.表中の国は、平均値が小さいものから大きなものへと並んでいる。
まず、カストディーというのは、貝塚ほか (2007)
によれば、「銀行や証券会社等が顧客から有価証券を
預かって保管することで、証券業務に直接付随する業
務である」が、ズックマン (2015) は、そもそも、個
人にとってスイスの銀行に証券を委託する唯一の関心
事は昔から同じ課税逃れであり、その背景には、スイ
スの銀行が情報交換をしないことにあると指摘してい
る。仮に、それを踏まえて、非居住者による、在スイ
ス銀行におけるカストディーの動向をみると、2008 年
の急減、2009 年から 2011 年にかけての漸次的な減少
の後、2012 年から 2014 年にかけて増加を続けている
( 図4) 24 。
図4.非居住者による在スイス銀行への投資、カストディー
3500
-78.4%ととりわけ大きく低下している。その一方で、
イタリアは―16.5%、エストニアは-18.5%と比較的
匿名希望者の「利子所得」の割合が平均値で高い上位
2 カ国でもある ( 表1)。
なかでも、イタリアは、先に触れた匿名希望者の「利
子所得」が最大であったことと併せて、本比率の今後
の動向を見ていく上でポイントになる国の1つである。
2500
1
0
億 2000
ス
イ
ス 1500
フ
ラ
ン
1000
うち企業顧客
うち機関投資家
2014年
2013年
2012年
2011年
2010年
2009年
2005年
0
税問題に関する将来の協調に向けた新たな租税条約が
なお、「匿名」希望者の「利子所得」の割合が EU 平
うち個人顧客
500
その点で、2015 年 2 月に、スイスと、イタリアの間で
締結されたことは重要な一歩とみてよい。
非居住者
2008年
に小さな低下にとどまっている。のみならず、両国は、
3000
2007年
国別にみると、スペインが-83.6%、ポルトガルが
2006年
これは 47.7%もの顕著な低下である。
(出所)SNB, Banks in Switzerland 2014, Fiduciary transactions, by country, Time series
(http://www.snb.ch/en/iabout/stat/statpub/bchpub/stats/bankench/)<参照2015-06-18>より作成。
注
1.2011年と、2012年の間に時系列の切れ目がある。
均よりも低い国々をみると、概ね、税制面の優遇が手
厚いとされる国々が並んでいる ( 表1)。このことから、
このように、カストディーの流入が増加しているこ
これら諸国の人々が「匿名」を希望して利子所得に源
とは、この限りで言えば非居住者が在スイス銀行の機
泉課税されるよりも、「報告」して本国で比較的課税
密性を依然として信頼していることを示すものである。
額を小さくすることを望んだ可能性があることを留意
3.1.3 在スイス銀行の「匿名性」~情報の共有に関する
しておこう。
スイスでの受け入れ状況の側面から
以上のように、在スイス銀行における EU 市民の預
最後に、
「 銀行機密」への圧力が在スイス銀行の「匿
金について、報告希望者ないし同「利子所得」の増加
名性」に及ぼす影響について、情報の共有に関するス
と、匿名希望者の「利子所得」の減少などから、非居
イスでの受け入れ状況からアプローチする。その際、
住者のうち EU 市民の側面からは「匿名性」の低下が
ここでは、金融機密指数 (FSI) の動向を見ていくこと
うかがえる。もっとも、かかる結果の中には、OECD に
にする。
よる口座情報の共有に向けた取り組みによる影響のみ
本指数は、「タックスヘイブン」の問題に関する調
ならず、上記の EU との取り決めを受けた利子源泉課
査や報告を行っている著名な英国の NGO であるタック
税の税率上昇や、南欧諸国を始めとするリスク回避行
ス・ジャスティス・ネットワーク (T.J.N.) が導出し
動による影響が含まれていることも留意しておこう。
た値である。T.J.N.(2013a) によれば、その値は、税
-7-
藤 田 憲 資
関連情報の共有に関する各国の受け入れ状況を 15 項
Weight」は、上位の国々の中で目立って大きいものの、
目の指標から評価した「Secrecy Score」の 3 乗と、
「Secrecy Score」の値が小さいために 2013 年には第
グローバルな金融サービスの輸出における当該地域の
6 位であった。
シェアに基づく「Global Scale Weight」の立法根を
次に、金融機密指数の内訳でみると、スイスの「Secrecy
掛け合わせることによって導出されたものである。
Score」はともに 24 番目であるが、評価は 2013 年の
ここでは、最近の 2013 年と、2015 年の結果を見て
78 から 2015 年の 73 に低下している ( 表2B)。すな
いくと、まず、FSI の大きさはともにスイスが第 1 位
わち、比較的上位にあるものの、トップの水準にはな
であった ( 表2A)。前回の 2011 年に引き続いてトップ
く、スイスの機密性が絶対的なものではないことがわ
であったことから、様々な研究者が、この結果をスイス
かる。さらに、最近の結果では機密性が低下する動き
の金融機密が依然高いことを示す根拠の1つとしている。
も見られた。
なお、この他、上位には「オフショア金融センター」
さらに、「Secrecy Score」を構成する 15 項目のう
と呼ばれる国・地域が並んでおり、いわゆる先進国は
ち、本稿で着目している「銀行機密」の項目をみると、
あまり多くない。このうち、米国は「Global Scale
スイスはともに 15 番目であり、かつ透明性格付けの
水準も同じである ( 表2C)
表2.金融機密指数<FSI:Financial Secrecy Index>、2013年と2015年
A.全体 2013年
国・地域名
FSI-Value Secrecy Score Global Scale Weight(%)
第1位
スイス
1765.3
78
4.916
第2位
ルクセンブルグ
1454.5
67
12.049
第3位
香港
1283.4
72
4.206
第4位
ケイマン諸島
1233.6
70
4.694
第5位
シンガポール
1216.9
70
4.280
第6位
米国
1213.0
58
22.586
第7位
レバノン
747.9
79
0.354
第8位
ドイツ
738.3
59
4.326
第9位
ジャージー
591.7
75
0.263
第10位
日本
513.1
61
1.185
B.「Secrecy Score」
2013年
国・地域名
評価
第1位
サモア
88
第2位
バヌアツ
87
第3位
セイシェル
85
第4位
セントルシア
84
ブルネイ
84
:
第24位
スイス(他3ヵ国)
78
C.「Secrecy Score」のうち、「銀行機密」の項目
2013年
国・地域名
透明性格付け
第1位
モルジブ
0
第2位
マーシャル諸島
0.2
第3位 セントキッツ・ネビス
0.23
第4位
ブルネイ
0.27
ガーナ
0.27
:
第15位
スイス(他6ヵ国)
0.37
」を除したものである。
2015年
第1位
第2位
第3位
第4位
第5位
第6位
第7位
第8位
第9位
第10位
国・地域名
スイス
香港
米国
シンガポール
ケイマン諸島
ルクセンブルク
レバノン
ドイツ
バーレーン
UAE
2015年
第1位
第2位
第3位
第4位
国・地域名
サモア
バヌアツ
セイシェル
セントルシア
ブルネイ
:
第24位
2015年
第1位
第2位
第3位
25
。
FSI-Value Secrecy Score Global Scale Weight(%)
1466.1
73
5.625
1259.4
72
3.842
1254.8
60
19.603
1147.1
69
4.280
1013.2
65
4.857
817.0
55
11.630
760.2
79
0.377
701.9
56
6.026
471.4
74
0.164
440.8
77
0.085
評価
スイス
87
86
83
73
国・地域名 透明性格付け
アンドラ
0.23
バルバドス
0.27
バハマ
0.3
ルクセンブルク
0.3
マーシャル諸島
0.3
モンセラット
0.3
セントルシア
0.3
:
第15位 スイス(他6ヵ国)
0.37
(出所)Tax Justice Network. なお、2013年の表Aないし表Bは(http://www.financialsecrecyindex.com/introduction/fsi-2013-results)<参照2013-11-07>、表Cは、
(http://www.financialsecrecyindex.com/PDF/1-Banking-Secrecy.pdf), p.7<参照2013-07-22>より作成。また、2015年の表Aないし表Bは
(http://www.financialsecrecyindex.com/introduction/fsi-2015-results)<参照2015-11-02>、表Cは、(http://www.financialsecrecyindex.com/PDF/1-Banking-Secrecy.pdf), p.7<
参照2015-10-29>より作成。
注
1.表中の「FSI-Value」は15項目の指標に基づいて評価される「Secret Score」の3乗と、グローバルな金融サービスの輸出における当該地域のシェアに基づく「Global Scale
Weight」の立法根を掛け合わせることによって導出したものである。
2.2013年は82カ国・地域を、2015年は92カ国・地域をそれぞれ対象にした順位である。
すなわち、トップではないものの、「Secrecy Score」
途上にあるとみてよい。
の 24 番目よりは上位にあり、かつその水準を維持し
以上、本節では、「銀行機密」への圧力が在スイス
ている。
銀行の「匿名性」に及ぼす影響について、3 つの側面か
かくて、TJN は、スイスの FSI を第 1 位にして、総
らアプローチした。その結果、非居住者のうち、在ス
合的にスイスの金融機密が依然として高水準にあるこ
イス銀行における EU 市民の預金の側面から見ると、
とを示している。さりながら、その内訳を立ち入って
同「匿名性」の低下が見られた。しかし、その場合、
見ると、上記のごとく、「Secrecy Score」と、「銀行
OECD による口座情報の共有に向けた取り組みだけで
機密」はトップの水準にはなく、スイスの機密性が絶
はなく、EU との取り決めを受けた利子源泉課税の税
対的なものではないことがわかった。しかし、同時に、
率上昇や、リスク回避行動による影響にも留意する
両項目が、比較的上位にある中でその順位が変わらな
必要がある。他方、EU 以外の国々も含めた非居住者
いこともわかった。こうしたことからも、現状は、い
全体や、情報の共有に関するスイスでの受け入れ状況
まだ、情報の共有に向けた取り組みないしその影響が
からみた同「匿名性」については、各々、ここで代替指
-8-
スイスの銀行機密~高まる圧力と、その影響
標としたカストディーや、FSI の動向を見る限り低
いう取引パターンは、概ね、不変であるが、2008 年
下は見られなかった。かかる結果は、想定と現状の
のリーマン破綻以降に、「先進国」向けの資金フロー
違い、ならびに現状を 1 つの側面だけで判断するこ
が大きく減少している ( 図6)。
とに慎重であるべきことを示すものである。
3.2 在スイス銀行の対外資金フローに及ぼす影響
図6.在スイス銀行(地域別内訳データ保有行)の対外取引、ネット
本節では、先記の想定プロセスを検証すべくもう1
300000
つの対象である在スイス銀行の対外資金フローにつ
いて見ていくことにしよう 26 。では まず、在スイス
200000
銀行のネットの対外取引は、当初、流出超過にあった
100000
が、その規模は、2006 年をピークに減少に転じると、
リーマン破綻の 2008 年以降さらに大きく減少してい
0
1
0
0 -100000
万
ス
イ
ス -200000
フ
ラ
ン
-300000
き、2011 年からは流入超過に転じている ( 図5)。
図5.在スイス銀行の対外取引
150000
資産
欧州うち英国
うちその他
その他うち米国
オフショア
途上国
50000
-400000
0
全体
-50000
-100000
-500000
うち地域別内訳データ保有
行
-150000
-200000
2014年
2013年
2012年
2011年
2010年
2009年
2008年
2005年
2014年
2013年
2012年
2011年
2010年
2009年
2008年
2007年
2006年
2007年
-600000
-250000
(出所)SNB, Banks in Switzerland 2014, Geographical Breakdown of assets and liabilities shown in
the balance sheet(http://www.snb.ch/en/iabout/stat/statpub/bchpub/stats/bankench/)<参照
2015-06-18>より作成。
2500000
1
0 2000000
0
万 1500000
ス
イ 1000000
ス
フ
ラ 500000
ン
0
注
1.図中の「ネット」は、「負債」から「資産」を差し引いたものであり、プラスは在スイス銀行への流入超過を、マ
イナスは在スイス銀行からの流出超過を示す。
全体
これは、主に、同時期に「欧州」向けの資金フローが
大きく減少したためである。その1つの理由として欧
州債務・銀行危機があったとみてよい。
2014年
2013年
2012年
2011年
2010年
2009年
2008年
2007年
2006年
うち地域別内訳データ保有
行
2005年
負債
うち欧州
100000
2005年
1
0
0
万
ス
イ
ス
フ
ラ
ン
先進国
2006年
ネット
合計
このように、在スイス銀行の対外資金フローを見る
と、ネットでは、主として「欧州」向けの資金フローの
2500000
1
0 2000000
0
万 1500000
ス
イ 1000000
ス
フ
ラ 500000
ン
0
減少を背景にして流出超過から流入超過に転じている。
他方、グロスでは、とくに 2008・2009 年に大きな減
全体
少がみられ、これは上記のように、主としてリーマン
うち地域別内訳データ保
有行
以上、本節の検討から、たしかに、在スイス銀行か
2014年
2013年
2012年
2011年
2010年
2009年
2008年
2007年
2006年
2005年
破綻に起因した「リパトリ」とみてよい。
(出所)図中の「全体」は、SNB, Banks in Switzerland 2014, Assets and liabilities, domestic and foreign,
, Time series(http://www.snb.ch/en/iabout/stat/statpub/bchpub/stats/bankench/)<参照2015-06-18>
より作成。また、図中の「地域別内訳データ保有行」は、SNB, Banks in Switzerland 2014, Geographical
Breakdown of assets and liabilities shown in the balance sheet(http://www.snb.ch/en/iabout/stat/
statpub/bchpub/stats/bankench/)<参照2015-06-18>より作成。
注
1.図中の「ネット」は、「負債」から「資産」を差し引いたものであり、プラスは在スイス銀行への流入超過を、マイナ
スは在スイス銀行からの流出超過を示す。
らマネーが流出しているケースもあり、その中には、
在スイス銀行の「匿名性」に期待したマネーが上記の
情報交換の取り組みが進行したことを受けて想定のご
とく流出しているケースも含まれているであろう。
他方、グロスの資産、負債をみると、リーマン破綻
しかし、その一方で「匿名性」以外の理由で流出入
直後の 2008 年・2009 年に、在スイス銀行の対外資金
していると思われるケースもあろう 28 。とくに、ここ
フローが大きく減少していることがさしあたって注目
では、在スイス銀行の対外地域別取引の考察を通じて、
される ( 図5)。これは、おそらくリーマン破綻を受
今次の一連の危機を背景にしたリスク回避の動きに着
けて投資家がリスク回避のスタンスに転じ、「リパト
目した 29 。しかし、他にも、例えば、政治・経済の安
リ」、すなわち、本国への資金引き揚げを進めた結果
定等のスイス固有の魅力を受けた流入もあったとみて
であると予想される。
大過ない 30 。
27
このうち、ネットの取引における相手国をみると 、
「オフショア」からの流入と、「先進国」への流出と
かくして、「銀行機密」への圧力を受けて在スイス
銀行からマネーが流出するという想定通りの動きを
-9-
藤 田 憲 資
量的な裏付けを持って明らかにすることは、およそ部
イスにおける、情報の共有に関する受け入れ状況の両
分的には可能であったとしても、一般化することは難
側面からみた同「匿名性」については、各々、ここで
しいと考える。
代替指標としたカストディーや、FSI の動向を見る
限り想定とは異なって低下は見られなかった。かかる
まとめ
結果は、先記のごとく、想定と現状の違い、ならびに
以上のごとく、スイスの「銀行機密」について、そ
現状を 1 つの側面だけで判断することに慎重であるべ
の概要、改革の現状、ならびに同改革がスイスに及ぼ
きことを示すものである。
す影響について明らかにした。
他方、在スイス銀行の対外資金フローへの影響につ
まず、スイスの「銀行機密」の概要については、厳
いて言えば、在スイス銀行からマネーが流出している
しい罰則を背景に情報漏えいの不安が少なく、また、
ケースもあり、その中には、想定のごとく、情報の共
国民ないし議会の強い支持を背景にその枠組みが容易
有の取り組みが進展したことを受けて流出しているケー
に揺らがないことがスイスの「銀行機密」の魅力であ
スも含まれているであろう。しかし、それ以外にも、
ることがわかった。そして、その魅力ゆえに、脱税も
想定とは異なり、改革の進展に逆行する形で流入超過
含む様々な目的を持った投資家が引き寄せられており、
に転じるケースや、想定とは異なる理由から流出した
その点が批判の対象になっているとみてよい。
と思われるケースも見られた。これらについては、在
次に、「銀行機密」への圧力として本稿で焦点を当
スイス銀行の対外地域別取引の考察を通じて、今次の
てた口座情報の共有については、OECD による取り組み
一連の危機を受けたリスク回避行動が影響している可
と、スイスの対応を追った。その際、「個別的」情報交
能性を指摘した。
換から、「自動的」情報交換への動きに着目した。
かくして、「銀行機密」への圧力がスイスに及ぼす
その結果、OECD の取り組みによってたしかに、非居
影響について、よく指摘される想定を手がかりにして、
住者の口座情報については、各国で共有が進んでいる
これをこれまで検討が不十分であった新たな視角を加
ことがわかった。ただし、先記のごとく本取り組みに
えて検討したところ、想定通りのケースは普遍的に認
は改善すべき余地も残されている。加えて、スイスに
められるものではなかった。その理由として、次の 2
おいても、非居住者の口座情報の交換についてはおよ
つを指摘しておこう。
そ受け入れが決まったものの、居住者に関する口座情
1つは、口座情報の共有に向けた取り組みが、いま
報の取り扱いについては現在、内閣と、議会で最大の
だ途上にあることである。この点については、スイス
右派勢力との間で対立がみられる。かくて、口座情報
で非居住者に関する「自動的」情報交換を実施予定の
の共有に向けた取り組みは、いまだ改革の途上にある
2018 年までに先に指摘した改善点を完了すること、お
と言ってよい。
よび居住者の口座情報を共有することがポイントになる。
最後に、「銀行機密」への圧力がスイスに及ぼす影響
もう1つは、口座情報の共有以外の要因による影響
については、よく指摘される想定を手がかりにして、
である。とりわけ、本稿では危機時におけるリスク回
これをこれまで検討が不十分であった新たな視角を加
避の動きが在スイス銀行の「匿名性」ないし対外資金
えて明らかにすることを試みた。
フローに及ぼす影響に着目した。そうした場合、仮に
この場合、同想定とは、口座情報の共有の進展を受
上記の情報交換の取り組みが奏功しても、必ずしも想
けて在スイス銀行の「匿名性」が低下し、在スイス銀行
定のごとく在スイス銀行からのマネーの流出に直結す
からマネーが流出するというものである。他方、新た
るとは限らないということである。
な視角とは、同想定に関連してこれまで検討が不十分
以上、本稿での検討が、今次の一連の危機によるス
であった、在スイス銀行の「匿名性」と、対外資金フロー
イスの「銀行機密」への圧力の高まりと、その影響に関
への影響について、量的な裏付けをもって体系的に明
する理解に際して 1 つの参考になればよいと考える。
らかにすることである。
その結果、まず、在スイス銀行の「匿名性」への影響
注
について言えば、非居住者の中でも EU 市民の側面か
1.本稿は日本国際経済学会全国大会の 2012 年第 71
らみた同「匿名性」については、想定のように低下が見
回大会から 2015 年第 74 回大会にかけて報告した内容
られた。しかし、本結果については、先記のごとく、
の一部を加筆、修正したものである。紙幅の都合上、
リスク回避など OECD による口座情報の共有に向けた
捨象している部分もあるが、それら諸点については、
取り組み以外の影響も含まれていたとみてよい。その
各大会におけるフルペーパーを参照されたい (http://
一方で、EU 以外の国々も含めた非居住者全体や、ス
www.jsie.jp/ )。
-10-
スイスの銀行機密~高まる圧力と、その影響
2.増井 (2011) によれば、「個別的」情報交換とは、
取り組みを端的に言えば、おおよそ強制と恩赦という
ある国の要請に基づいて、別の国が課税情報を提供す
形で整理可能である。すなわち、EU 諸国は盗難データ
るものであり、「自動的」情報交換とは、個別的な要
の使用と、税恩赦という両面から口座情報の入手に努
請を待たずして、金融資産の出入りや法人の所有者な
めている。他方、米国は、FATCA [Foreign Account
どに関する情報を組織的・継続的に交換し共有するも
Tax Compliance Act: 外国口座税務コンプライアンス
のである。
法 ] を通じて在外米国人の預金者の口座情報を自動的
3.『日本経済新聞』、2009 年 3 月 17 日付。
に入手し、ついで、スイスの幾つかの銀行に対して脱
4.たとえば、( ブルームバーグ、2014) には、世界
税幇助の疑いで訴訟を起こして罰金と共に口座情報な
的な租税回避取り締まり強化の動きには逆らえず、顧
いし周辺情報を得ようとし、さらには、自己申告プロ
客の秘密を保護する法律を骨抜きにする方向に政府が
グラムを通じて、米国司法省が告訴しないことを条件
動いたため、欧州の顧客はチューリッヒやジュネーブ
にスイスの銀行から罰金および情報の協力を求めてい
から資金を引き揚げたとある。なお、( 福原、2004) は、
る。なお、本稿では紙幅の都合もあるので、これらに
スイスが情報公開すれば、スイスの外国人資産の 75%、
ついても詳しくは、先記の学会報告を参照されたい。
スイス人資産の 25%が外国に流れる可能性が高いとす
10.本声明に参加した国々の中にリヒテンシュタイン、
る試算結果を紹介しているが、この結果を見る上で、
英領のジャージーとガーンジー、ルクセンブルグ、お
本稿の対象期間には危機時が含まれることに留意する
よびシンガポールといったスイスに似た特徴を持つ国・
必要がある。
地域が含まれており、脱税可能な地域を減らすという
5.在スイス銀行からのマネー流出の相手先として主
側面からみると、このことの意味は大きい。
に指摘されるのは、シンガポールである。たとえば、
11.OECD(2016) によれば、その後 MCAA に署名した国・
( 澤田、2009) は、スイス政府が 2009 年に欧米からの
地域は 2015 年末には 78 ヵ国に増加している。
圧力に屈する形で、スイス伝統の銀行守秘義務を緩和
12.この「グローバルフォーラム」は 2000 年に OECD
すると発表したことを受け、スイスから外国人富裕層
の肝いりで設立され、加盟国のみならず主要な「タッ
の資金が逃げ出し、その行き先がシンガポールである
クスヘイブン」の国・地域も参加しており、正式には
と指摘している。なお、在スイス銀行と、シンガポー
「透明性と課税目的の情報交換に関するグローバル・
ルとの取引については、以前、先記の学会報告におい
フォーラム」という。
て、スイス所在銀行からの資金流出がとりわけシンガ
13.中島 (2010) によれば、ここでいう「国際的に合
ポールに向かったとする一部の指摘は実態を多少誇張
意された租税基準」とは、OECD モデル租税条約第 26
していることを述べた。
条または国連モデル租税条約第 26 条と実質的に同一
6. 田口 (1982) によれば、銀行の顧客の秘密を守る
の情報交換規定、もしくは OECD モデル租税情報交換
法律はこれ以前にもあったが、同法の規定は緩やかな
協定 [TIEA] と実質的に同一の TIEA を指す。なお、
ものであり、とくに罰則が無いに等しいものであった
2008 年 10 月に、国連税務国際協力委員会が OECD モデ
という。
ル租税条約第 26 条第 4 項、第 5 項を国連モデル租税
7.N. フェイス (1982) によれば、同規定は、もとも
条約第 26 条に取り入れたことで OECD 基準が明確に
と、一般に「スパイ法」として知られる「経済的、政
「国際的に合意された」租税基準となった。
治的スパイ」罪の創設を規定した法案の第 4 条に初め
14.これ以前の 2000 年 6 月に OECD の租税委員会が
て規定された経済的スパイ行為の罪、とりわけ「製造
「タックスヘイブン」に該当する国・地域の「リスト」
および取引の秘密」の漏洩にさかのぼるものであると
を公表していたが、これを「ブラックリスト」と呼ぶ
いう。
ことも少なくないので、両者の違いに留意されたい。
8.かかる見方は、C. シャヴァニュー&R. パラン (2007)、
15.「グレーリスト」には、スイスの他にも、欧州で
ならびに、B. ボンハーゲほか (2010) によるものであ
はベルギー、ルクセンブルクおよびオーストリア、ア
る。なお、これら以外に、ユダヤ人の資産保護も「守
ジアではシンガポール、そして、中南米ではカリブ海
秘義務」を成文化させた理由の1つに挙げられること
諸国など 38 カ国・地域が提示されている。なお、その後、
があるが、これについては見解が分かれる。たとえば
スイスは OECD モデル租税条約第 26 条と実質的に同一
石黒 (2014) は肯定的な見方をする一方で、徳田 (2008)
の情報交換規定を取り入れた租税条約交渉を次々と行っ
は否定的な見方をしている。
た。その結果、2009 年 9 月の G20 直前に「グレーリスト」
9.口座情報の公開、共有に向けた取り組みはまた EU
から抜ける条件である 12 カ国との同条約調印をクリ
諸国ならびに米国によってもなされている。それらの
アしたため、2009 年 9 月 25 日付進捗報告書で「ホワ
-11-
藤 田 憲 資
イトリスト」に格上げされた。また、この他の「グレー
が、その際、利子に対する源泉徴収率は当初の 15%か
リスト」の国・地域も、主だった国・地域は同様に「リ
ら、2008 年 7 月1日に 20%、そして 2011 年 7 月1日
スト」から外れ、2010 年 7 月時点における掲載国は 38
には 35%へと上昇していき、同税収の 75%を EU が、
から 14 に減少した。
残る 25%をスイス ( うち連邦が 22.5%、州が 2.5%)
16.スイスは、オーストラリアと、EU との間でそれ
が受け取る。
ぞれ 2015 年 3 月と、5 月に個別に「自動的」情報交換
20.この点に関連して、次の2つのケースについて少
をベースにした協定に署名し、議会での批准を待って
し触れておくことにする。1つは、図1と図2で、2007
いる状態である。
年および 2011 年における「ドイツ居住者」の動きを
17.Swissinfo(2014a)によれば、このような、内
みると、「報告」希望者の数が増える一方で、「利子所
閣による銀行の守秘義務撤廃に向けた姿勢が、近年、
得」が減少していることである。その確かな理由は不
税恩赦の利用を後押ししているという。この点につい
明であるが、可能性としては、為替の変動、もしくは
て、高田 (2013) は、以下のごとく指摘している。す
EU 貯蓄課税指令の対象で投資信託の一種である UCITS
なわち、税恩赦は、2008 年にスイス議会で可決され
[Undertakings for Collective Investment in
2010 年 1 月以降施行されたが、その特典として、た
Transferable Securities:譲渡可能証券の集団投資
とえば、通常、脱税額の 30%~ 300%に当たる罰金
事業 ] のリターンの低下に起因したものであるかもし
を科されるが、自己申告すると、初回に限りそれが免
れない。いま1つは、両図で、2007・2008 年における、
除される。そのため、自己申告の件数は、2010 年に
「その他 EU 加盟国の居住者」の動きをみると、
「公開」
3320 件、2011 年に 4247 件、および 2012 年には 2151
希望者の数がほぼ横ばいに推移する一方で「利子所得」
件と 3 年間で計 9718 件というかなり多くの申告がな
が増加していることである。その1つの理由として、
されている。
両年において金利が上昇した結果、それら国々の人々
18.さしあたり、最近では、以下のような衝突が両者
が得た「利子所得」が増えたことが考えられる。
に見られる。すなわち、「銀行機密」の維持に重きを置
21.本推計は、スイスから EU 各国への利子源泉税の
く人々は、右派の国会議員から成る委員会を立ち上げ、
税収の分配額を ( 図3付表 )、各時期における利子源
銀行の守秘義務を憲法に盛り込むよう求めるイニシア
泉税の税率 <2005 年 7 月から 15%、2008 年 7 月から
ティブを 2015 年初めに提出した。これに対して、内
20%、ならびに 2011 年 7 月から 35%> と、同税収の
閣は、2015 年 8 月に、議会に対して、本イニシアティ
EU の取り分 75%で除して求めたものである。この推
ブを拒絶するように求めた。さらに、内閣は、スイス
計方法自体は、先行研究において珍しいものではない。
の税当局が国内の銀行から情報を得ることを容易にす
たとえば、スイスの証券会社 Helvea(2009) は本報告
べく法律の変更を計画したが、これについては、2015
と同じ資料を使って 2006・2007 年を対象に推計を試
年 11 月に、一端、棚上げにすることになった。本イ
みている。
ニシアティブを提出した上記のグループによれば、内
22.1つの参考として、スイスの銀行におけるドイツ
閣によるこの変更は今後の方針に影響を及ぼさないと
人の預金は推計で毎日新聞 (2013) によれば 2000 億
いう。
ユーロ ( 約 26 兆円 )、また、東京新聞 (2013) によれ
19.EU では、2003 年に採択され、2005 年から施行さ
ば 3000 億ユーロあるとされるが、その相当部分が未
れた「貯蓄課税指令」において、個人が受け取る EU 域
申告であるという。
内のクロスボーダー利子所得について、当該個人の居
23. 居波 (2011) は、この 2009 年と、2010 年のイタ
住地国が効果的に課税できるように、利子の支払い者
リアによる税恩赦について以下のごとく指摘してい
の所在地国から、利子の受益者の居住地国に対して、
る。すなわち、これら措置の源泉分離課税の税率は、
自動的情報交換による課税情報の提供が求められてい
それぞれ 2009 年 9 月 15 日から 12 月 15 日までが 5%、
る。ところが、オーストリア、ベルギーおよびルクセ
2010 年 1 月 1 日から 2 月 28 日までが 6%、および 3 月
ンブルクといった加盟国は、これに応じず、結果、EU
1 日から 4 月 30 日までが 7%であった。もっとも、本
は、代替措置として、それら国々に対して、非居住者
措置は、海外蓄積の不正資金について申告した上でイ
の利子所得に源泉課税することを決めた。そして、こ
タリアに還流させれば5%の税率で源泉分離課税を支
れら3カ国と同様の妥協案が、EU とスイスとの間でも
払うだけで済んだ。つまり、延滞税も加算税も課され
2004 年の第 2 次バイラテラル協定において盛り込ま
ず、国外資産の真の所有者を明らかにしなくてもよく、
れた。この場合、スイスは、2005 年 7 月1日から EU
反マネーロンダリング法違反も含めて免除される、な
居住者の銀行口座に対して源泉課税の代理徴収を行う
ど罰則が緩いものであった。そのため大きな効果が見ら
-12-
スイスの銀行機密~高まる圧力と、その影響
れ、2009 年に約 1045 億ユーロがイタリアに還流した
そうしたリスク回避マネーの流入が抑制される可能性
が、そのうち半分を超える 600 億ユーロがスイスから
もある。
であるとされる。
30.たとえば、Swissinfo(2014b) によれば、アラブ
24. 図4で、投資家の内訳をみると、機関投資家が最
の富裕層にとってスイスの銀行の魅力は政治の安定に
も大きく、かつ、2012 年から 2014 年にかけて大きく
あり、そこには、それら国々の政情不安が背景にある
増加しているが、Zuckman(2013) によれば、この「機
とされる。なお、それら国々は概して税率が低いか、
関投資家」の中には、データの分類上の特性により、
無いため脱税目的でスイスに資産を持ちこむ顧客はい
ダミーの子会社を使った「民間の顧客」も含まれて
ないという。
いるという。
25.両年における評価を、T.J.N.(2013b) と、T.J.N.
(2015) からみると、いずれも積極的な評価を下してい
引用文献
るが、その表現方法は微妙に異なるものであった。す
1.日本語文献
なわち、2013 年は、スイスは銀行機密を十分に縮小し
石黒一憲、2014、『スイス銀行機密と国際課税-国境
ていないという評価であり、他方、2015 年は、スイス
でメルトダウンする人権保障-』信山社。
は部分的に銀行機密を縮小しているという評価であった。
貝塚啓明・中嶋敬雄・古川哲夫編、2007、『第六版 国
26.この在スイス銀行の対外地域別資金フローにつ
際金融用語辞典』銀行研修社。
いては、為替換算レートの変化による影響も留意す
楠本 博・勅使川原 明 監修、永井隆昭編、2010、『ス
る必要がある。なお、当該時期における、在スイス
イス銀行』日刊工業新聞社。
銀 行 の 対 外 資 金 フ ローパターンの全容や、リスク回
澤田克己、2009、「『守秘義務』緩和で資金流出―スイ
避マネーの相手国等に関する検討の詳細については先
ス銀行モデルの終焉」
『エコノミスト』6 月 16 日号、
記の学会報告を参照されたい。
76-77 頁。
27.なお、グロスの取引における相手国をみると、流
志賀 櫻、2013、『タックス・ヘイブン-逃げていく
出入ともに「先進国」との取引が大きく減少している。
税金』岩波書店。
なかでも、2008 年・2009 年の米国ないし英国への流
高田昌孝、2013、「スイスの税務行政及び税制の概要
出と、2008 年・2009 年の米国ないし 2009 年の英国か
-基本的概要と情報交換を巡る最近の動向-」『税
らの流入とりわけ大きく減少している。ただし、この
大ジャーナル』 21 号、191-212 頁。
場合、「リパトリ」に加えてドルおよびポンドに対する
田口憲一、1982、「実録・スイス銀行」草柳大蔵 田口
スイスフランの増価による影響も考慮する必要がある。
憲一 厚田昌範 神谷紀一郎 M. ニューマン 『スイス
28. (EY,2016) によると、在スイス銀行 120 行を対象
銀行の怪』大陸書房。
に、ここ 1 年で、「銀行機密」、税の透明性、ならびに「自
田中文憲、2003、「スイスにおけるプライベート・バ
動的」情報交換に関連した動きが外国人顧客の資産流
ンキングの発展」、『紀要』( 奈良大学 ) 第 31 号、1
出を招いたか、という問いに対して、2014 年には 69%、
-16 頁。
2015 年には 66%の銀行が同資産の 2%以上の流出は
徳田郁生、2008、「スイスとリヒテンシュタイン-2つ
見られないと答えている。
の不思議な小国について」『ファイナンス』 9 月号、
29. 本来、リスク回避マネーは一時的なものであるが、
36-43 頁。
当面の間、「欧州」を始めとして、世界的に政治・経済
中島隆仁、2010、「OECD のタックス・ヘイブン対策-
的リスクは高いと予想されることから、同流入が続く
租税目的の情報交換に関する最近の動向-」
『税大ジャー
とみて大過ない。もっとも、スイスでは、最近、中央
ナル』 14 号、141-155 頁。
銀行の預け入れ金利や政策金利、民間銀行の預金金利、
福原直樹、2004、『黒いスイス』新潮社。
さらには 10 年物国債の利回りにもマイナスのケース
増井良啓、2011、「租税条約に基づく情報交換:オフ
がみられる。たとえば、クレディスイスは 2015 年 1 月
ショア銀行口座の課税情報を中心として」『金融研
18 日に、大手法人顧客から預金手数料を徴収すること
究』 第 30 巻第 4 号、253-312 頁。
を発表し、また、UBS は 2015 年 1 月 28 日に口座の残
吉井一洋/是枝俊悟、2015、「国際租税回避への対応
高が多い法人と、機関投資家の預金に料金を課すと発
と金融証券取引~金融口座の自動的情報交換と BEPS
表した。他方、スイス国債の 10 年物利回りは、1 月に
プロジェクトを中心に~」『大和総研調査季報』 新
は既発債で、また、4 月には新発債でもマイナスになっ
春号 Vol.17、78-111 頁。
た。そのため、これらの点を嫌った投資家が増えれば、
-13-
藤 田 憲 資
2.外国語文献
Ernst
&
Young,
< 付記 > 本稿の作成に当たってレフェリーの方から有
2016,
EY
Bank
Barometer
益なコメントをいただき、この場を借りて感謝申し上
2016(http://www.ey.com/Publication/vwLUAssets/EY_
げます。
Bank_Barometer_2016_Presentation_EN/$FILE/EY-Bank
-Barometer-2016-Presentation-EN.pdf).
Helvea, 2009, Swiss banking secrecy and taxation:
Paradise Lost ?,
May(http://www.safehaven.at/wordpress_cms/wp
-content/uploads/2010/03/Helvea-Studie.pdf).
Zucman,G., 2013, “The missing wealth of nations :
Are Europe and the U.S. net debtors or net
creditors?,”The Quarterly Journal of Economics,
July, pp.1321-1364.
(邦訳)
C. シャヴァニュー&R. パラン『タックスヘイブン』
( 杉村昌昭訳 ) 作品社、2007 年。
G. ズックマン『失われた国家の富-タックス・ヘイブ
ンの経済学』( 林昌宏訳 ) NTT 出版、2015 年。
N. フェイス『秘密口座番号』( 斉藤精一郎訳 ) 日本
放送出版協会、1982 年。
B. ボンハーゲ、P. ガウチ、Y. ホ―デル、G. シュプー
ラー、『スイスの歴史』 ( スイス文学研究会訳 ) 明
石書店、2010 年。
3.新聞 『東京新聞』、2013 年 5 月 5 日付朝刊
『日本経済新聞』、2009 年3月 17 日付朝刊
『日本経済新聞』、2013 年6月 15 日付朝刊
『毎日新聞』 、2013 年5月 28 日付朝刊
4.ウェブサイト ブルームバーグ < ホームページ >
http://www.bloomberg.co.jp/
:2014( 参照 2014-01-14)
OECD
:2016<http://www.oecd.org/tax/automatic-exc
hange/international-framework-for-the-crs/>
( 参照 2016-01-09)
Swissinfo< ホームページ >
http://www.swissinfo.ch/jpn/index.html
:2009( 参照 2009-03-13)
:2014a( 参照 2014-12-12)
:2014b( 参照 2014-08-20)
:2015( 参照 2015-12-02)
T.J.N.(Tax Justice Network)
:2013a<http://www.financialsecrecyindex.com/
introduction/fsi-2013-results>( 参照 2013-11-07)
:2013b<http://www.financialsecrecyindex.com/
PDF/Switzerland.pdf>( 参照 2013-11-07)
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