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猛禽類アセスメントの定量的評価法 - Raptor Japan 日本猛禽類研究機構

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猛禽類アセスメントの定量的評価法 - Raptor Japan 日本猛禽類研究機構
猛禽類アセスメントの定量的評価法
ー神話の世界から科学の領域へー
オオタカ等の生態系と保護対策
—猛禽類アセスメントの現状と新しい影響評価法—
2010 年 8 月 31 日
ラプタージャパン
(日本猛禽類研究機構)
阿 部
學
1
目
次
1,はじめに
2,猛禽類アセスメントの現状
3,保全策という名の愚策
4,目視調査と GPS 調査の比較
5,これからの猛禽類アセスメント
1)餌量からの定量的評価
2)生息環境解析に基づく評価
3)架巣環境解析に基づく評価
6,猛禽類との共存策
1)人工代替巣を用いた移転・誘導策
2)架巣環境の創造
7, 委員会設置に向けての提言
8,税金の有効利用に向けての提言
9,費用対効果
10、まとめ
2
オオタカ等の生態系と保護対策
—猛禽類アセスメントの現状と新しい影響評価法―
1, はじめに
各種事業現場近傍に「絶滅のおそれのある野生動植物種の保存に関する法律:
通称:種の保存法」の対象種であるオオタカ、クマタカ、イヌワシなどが生息し
ていると、事業者は事業の影響を予測・評価し、影響の軽減策と共存策を樹立す
ることとなっている。
現今、この目的を達成するために用いられている調査手法は、1996 年に環境庁
が監修して日本鳥類保護連盟から出版された「猛禽類保護の進め方」に準拠して
いる。その流れは,対象種の営巣地周辺域に人員を配置して,目視で猛禽類の飛
翔の軌跡図を描かせるというものである。その成果品として、地図上に事業個所
と営巣個所、飛翔の軌跡図が描かれたものができあがる(図-1)。
これを眺めながら猛禽類の専門家が事業の影響予測と評価を行い、対象種の保
全策を策定している。問題は僅かこれだけのデータの提示を受けた専門家が果た
3
して所期の目的を達成することが出来るのかという点である。答えはノーである。
他分野のアセスメントと対比するとき、決定的な相違点は,猛禽類分野のデー
タは定量化されていないことである。例示すると、水質、騒音、振動、大気質、
地質などはすべからく定量化されており、そのガイドラインに則って影響の予測
や評価が行われている。即ち、臨床試験などを通じて、その値を超えると精神生
活を阻害するとか、生理的な障害が発生するといったデータのもとに基準値が設
けられており、自ずとガイドラインの設定が可能となっている。
これに引き替え猛禽類分野では、上に示したように巣の位置と飛翔の軌跡図し
かデータがない。この箸にも棒にもかからないデータを眺めながら,ああでもな
い、こうでもないと想像を経巡らせながらの小田原評定が続けられ、その結果、
思い浮かんだ「よかれ」と思う保全策が提案されることになる。たとえ生きもの
分野を専攻した者でなくても、地図上に示された色とりどりの曲線から、どうし
て影響の強弱が評価でき、それに対する保全策が生まれるのか,疑問を抱く関係
者も多かろう。従って、仮に、同じデータを異なる専門家集団に示したとすると、
ある集団では,この事業は「重大な影響を与える」と評価するだろうし、またあ
る集団は、この程度なら「大きな影響はない」と評価するであろう。即ち、定量
化されていないデータであるが故に、いかなる解釈も可能であることを示唆して
いる。結論として、現今の猛禽類アセスメントはこのような実態のもとに莫大な
経費と時間を浪費しているのである。
当研修では、諸外国の話や他事例を引用しての話ではなくて、実際に自らがフ
ィールドで得たデータを中心にこれまでの猛禽類アセスメントがいかに実態とか
け離れていたかを具体的な事例を示しながら解説していくことにする。調査対象
とした猛禽類は、現時点ではオオタカとクマタカの成鳥と幼鳥で、それぞれに小
型 GPS 発信器を装着して人工衛星で追跡した成果である。イヌワシについては目
下、データの収集中であるため、米国における事例を引用した(図-2)。
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2, 猛禽類アセスメントの現状
ダム、道路建設など各種事業現場近辺に希少猛禽類が生息していると、事業者
が設置する委員会が設けられ専門家が招集されるのを常とする。演者は永年にわ
たって猛禽類の生態研究に携わってきたこともあってか、少なからぬ事業現場の
委員会に専門家として招請されてきた。しかし、演者は猛禽類の生態に関しては
他の委員よりは多少は詳しいかも知れないが、ことアセスメントとなると正直い
って「ズブの素人」である。というのも演者が育った時代には、アセスメントと
いう言葉もなかったので無理からぬ話である。とはいえ、世間はそんな事情には
お構いなく容赦なく事業の影響予測と評価を聞き出そうとする。さらには事業と
の共存を図るための保全策の策定までも求めてくる始末である。正直な話、初期
の段階では面喰らっていたがそれでは与えられた責務を果たすことができないの
で、その後、時間をかけ、試行錯誤を繰り返してようやくアセスメントが求めて
いる要件を満たすことができる幾つかの手法を編み出すことができたと考えてい
る。但し、飽くまでもアセスメントに必要な多くの要件の中の一部であることを
お断りしておきたい。
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さきの「猛禽類保護の進め方」に準拠して行われている各地の事業現場におけ
る猛禽類アセスメントで提示される猛禽類の飛翔の軌跡図とは、猛禽類が飛んだ
飛跡を地図上にパソコンのソフトを使って色とりどりに華麗に描いたもので、猛
禽類が存在することは確かであるが、それと地上で行われる事業の影響とを結び
つける接点は全くない。飛跡図は飛翔の全軌跡を地図上に示すので、探餌のため
の飛翔から、目的地への移動のための飛翔から、餌運び、子育て、なわばり争い、
つがい間の誇示飛翔、交尾、警戒行動などすべての飛翔が含まれている。しかも
それらを平面に描くので真っ黒になり何が何だか分からなくなる。
また、巣の位置にしても、事業地からある距離をおいた地点に巣があることは
確かではあるが、それが事業によりどのような影響を受けるかについては知る手
だてがない。結局、絶滅に瀕した希少な猛禽類を保全するためにどのような保全
策を講じるべきかについても皆目見当がつかない。
しかし、現実問題として事業者は猛禽類アセスメントを行うために専門家を招
集しているからにはその答えを求めるのは当然である。片や専門家に祭り上げら
れた御仁も「分かりません」ではメンツが立たないので何か答えなければならず、
影響の有無やその強弱を述べる仕儀となる。ところが素人目にも飛跡図と巣の位
置情報だけでは影響の有無やその強弱を判断するのは不可能であることは明白で
ある。それでも専門家はその役割を演じるために、「影響は大である」とか、「軽
微である」と,何の根拠もなくまことしやかに感想を述べることになる。
そもそもオオタカやクマタカは絶滅に瀕していると環境省が認めておきながら、
基礎的なデータの一つも収集しないで、どのように保護し、管理しようとしてい
るのか、常日頃、聞きたいと思っている。巷では、現行猛禽類アセスメントのマ
ニュアルと位置づけられ、全ての事業者が依拠している「猛禽類保護の進め方」
を紐解いてみると、22-23 箇所に亘って「専門家に聞け」とある。
我が国は敗戦後、復興と経済発展に貢献する分野は急速に発展したが、生きも
のの分野が経済や精神生活に大きく貢献するという事実に気づかなかったが故に、
不幸にして大きく取り残されてきた。その後、長きに亘って、生きものを専攻し
たのでは飯が食えなというのが定説となっていた。このような時代背景があって、
動物学を専攻した人材が極端に少ない時代が長く続いた。そこへ猛禽分野のアセ
スメントが急浮上してきたので、バードウォッチングを楽しんでいた人たちが全
国レベルで急遽、招集される仕儀となった。少なくとも猛禽アセスメントの専門
家は存在しなかったと信じている。その理由は、仮に、少数でも存在していたと
したら、十年も二十年もの間、現今のような稚拙な猛禽類アセスメントは続かな
かったはずである。
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今ひとつ、かかる情緒的な猛禽類アセスメントが続いてきた責任は環境省にあ
る。本来、猛禽類アセスメントの「原典」として使われている「猛禽類保護の進
め方」には、どのような調査項目をどのような方法で調査を行い、得られた結果
をどのように分析・解析して、それに基づいてどのような保全策を樹立するのか、
といった内容が示されるべきなのに、肝心な箇所に来ると「専門家に聞け」とな
っている。その結果、税金と時間を無駄遣いして上述のごとき支離滅裂な結果と
なった。
そもそも生きもの管理を所掌する官庁であれば、依拠すべき科学的なデータが
なければならない。たとえば、狩猟行政を行うにしても、対象種の増減傾向を把
握し、それに基づいて猟獲数を決めるというのが常道である。ところが研究機関
を持たないので、これが皆無と来ているから、トキ、カワウソに代表されるよう
に、絶滅するものは完膚無きまでに叩きのめされている。一方、増えるものはサ
ル、イノシシ、シカのように手が付けられないほどに増えているが、これは鳥獣
行政無策を意味している。
片やでは、我が国固有種の保護や生物多様性保全を目的として、「外来生物法」
を制定して、アライグマ、マングース、ブラックバスなどの外来種の根絶を図り
ながら、中国産トキの増殖・放鳥に年間、何十億円もの巨費を投じている。その
一方で、明日にも絶滅するかも知れない脆弱な固有種が目白押しにいることには頬
被りしている。
さて、本論に戻って、事業者は「影響がある」と聞かされた以上、それに対す
る対策を講じなければならなくなり、専門家に対してどのような保全策が必要か
を問いかける。これを受けて専門家は次に挙げるような保全策を提示するのを常
とする。
1)繁殖期を避け非繁殖期に工事を行う。
2)作業員が目立たないようにドームやネット等で隠蔽する。
3)トンネルの抗口には防音扉を設置する。
4)低騒音型・低振動型重機類を使用する。
5)重機類の塗色を目立たない色調に塗り替える。
6)繁殖期間中はヘリコプターの飛行を禁止する。
7)巣の直近は道路を迂回する。
8)道路上に目隠し・衝突防止用シェルターを建設する。
9)最近、希にオオタカの森を残すというのがある。
10)現場作業員に環境教育を施す。
などなど。
演者がこれまで永年にわたって遭遇した保全策は上記の通りで、それが奥地山
岳地帯に生息するイヌワシが対象であっても、人里離れた森林棲のクマタカであ
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っても、人間の土地利用が行き届いた里山に棲むオオタカであっても、あたかも
判で押したように同じであった。
すなわち、これの意味することは、年間数千万円から数億円をかけた現地調査
の結果が、絶滅に瀕した希少猛禽類のアセスメントに全く生かされていないと言
うことである。その証左は、飛跡図と巣の位置情報と上記保全策との間には全く
脈絡がないことで明らかである。すなわち、これらの保全策は頭の中で常識的に
「よかれ」と思いついた事柄でしかないのである。では年間数千万円から数億円
をかけた目視観察は何だったのか?これがダムのように事業期間が十年も二十年
にも及ぶ場合、桁外れの税金が浪費されることになる。第一、毎年、毎年、似た
ような飛跡図を描いても利用できないのだから全く無駄な話である。ならば 500
円ほどで保全策を羅列したゴム印を作っておいても同じであろうと言いたくもな
るというものである(図-3)。
あるイヌワシが生息するダム予定地では、巣の位置を特定するためにヘリコプ
ターを飛ばし、毎日、朝夕、ヘリコプターで調査員を峰々に送り届けて、寒いと言
えば寒さしのぎの建物を建てたという。結論は巣は特定できずじまいで、年間に
20 億円を浪費したと聞いた。
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さて、上記保全策の何が問題かというと、この目視調査により絶滅に瀕してい
る対象種を「どのようにして保全しようとするのかが提示されていない」という
点である。相手は絶滅に直面しており、それが事業によって「影響を受ける」と
評価したのである。ならば影響を回避したり、軽減したり、あるいは事業と共存
できる保全策を策定する必要があるが、上掲の保全策は何れも目立たないように、
静かに、こそこそと事業を進めるための消極的な「思いやり」対策でしかなく、
少なくとも事業完成後の共存を意図したものではない。
現今は飛跡が重なる個所を高利用域として、彼らにとって意味のある重要なエ
リアと位置づけて、事業実施時には慎重に行うか、繁殖期間中は一時、工事中断の
措置が講じられている。しかし、飛跡が重なってもそのエリアは単に上空を頻度
高く通過しただけで、地上との関係は読み取れないのである。例えば、巣と狩り
場の間を往来すると、その中間エリアは飛跡が真っ黒く重なることになるが只そ
れだけの話で、その下が仮に、湖沼の上などの場合は特別な意味のないエリアで
ある。事実、オオタカの事例では巣の周りが飛跡で真っ黒になったが、そこは巣
の出入りのたびに飛翔しただけで、実際の餌場は9km も先の河川敷に沿ったエリ
アであることが GPS 調査で解明されている(図-4)。
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3,保全策という名の愚策
この莫大な経費と時間をかけた調査結果を眺めながら,専門家が提案する保全
策を解剖してみよう。
1)繁殖期を避け非繁殖期に工事を行う
これは繁殖期間中は抱卵、育雛を放棄させる畏れがあるからこの時期を避け
て、子育てが終わってから事業を行おうとするものである。これは希少種の保全
策として一見、まことしやかに見える。すなわち、子育ての時期は温かく見守っ
ているが、ひとたび巣立ったあとに事業を行い、翌年の繁殖期に営巣地に戻って
みたら,生息環境が破壊され,営巣林が伐開されたり、餌場が消失したり、子育
ての場が分断されたりして、直近に道路やインターチェンジができており、とて
も棲めないほどに荒らされており、結局、営巣地を放棄せざるを得ないというこ
とである。分かりやすく説明するためにダムを例に取ると、古巣に戻ってみたら
餌動物が棲む環境、採餌場、子育ての場など生きていく上で必要な環境はすべて
水没しており、結局、子育てができない環境になっているのである。これが保全
策の第一位に位置づけられているところが大きな問題である。アセスメントの基
本である保全・共存という考え方からすると、明らかにその精神に反する行為で,
悪くいえば「騙し討ち」である。専門家はこの騙し討ちをまことしやかに,保全
策の第一位と位置づけているところが茶番である。
2)作業員が目立たないようにドームやネット等で隠蔽する
作業員を猛禽類から隠蔽するために作業現場の上空にドームを造り、トラッ
クの出入りのたびに扉の開閉を行ったり、通路側面にネットを張り巡らすなど、
無駄な浪費が目に余る。ネズミ、モグラからバッタのような小動物の動きも捕ら
えて捕食するほどの優れた視力を持っている対象種の目から人の動きを隠そうと
するところが稚拙である。ましてや目隠しネットに造花をちりばめるあたりは笑
止千万である。
3)トンネルの抗口には防音扉を設置する
トンネル工事の騒音がオオタカに悪影響を及ぼすという理由で、関東の道路
では3億円をかけて防音扉を設置させているが、上空を飛翔する猛禽類が坑内の
発破音に腰を抜かして墜落するほどの音量であれば、坑内の作業員は即死してし
まうだろう。実態はトンネル内の騒音よりもトラックやダンプカー、ジェット機、
ヘリコプターの音の方が遙かに大きいことは周知の事実である。馬鹿馬鹿しいに
もほどがある(図-5)。
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4)低騒音型・低振動型重機類を使用する
作業員や地域住民の健康保持のために開発された重機類であるものを,猛禽
類の保全策として便乗するものである。猛禽類がどの程度の音や振動を禁忌する
かも分からない現状で、それを保全策に位置づけるところが茶番である。先のト
ンネル坑内の発破音と同様に、猛禽類との因果関係は誰にも解らない。悪乗りも
いいところである。
5)重機類の黒と黄色の派手な色を目立たない色調に塗り替える
黄色と黒の警戒色にした目的は、作業員の安全対策である。猛禽類が果たし
てこの警戒色を危険と認識しているか否かの検証は全くない。猛禽専門家の発想
の豊かさには敬意を表したくなる。塗色の変更にしても,莫大な税金が浪費され
ることになる。
6)巣の直近は道路を迂回する
巣の直近は道路を迂回するというのがあるが、この一見まことしやかな保全
策は実は重大な欠陥をはらんでいる。すなわち、迂回先のことは全く念頭にない
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ということである。演者は生息環境解析や架巣環境解析なるものを行っているが、
これを行うことによって対象種がどのような環境を選好しているかとか、どのよ
うな環境に巣を架けるかということが明らかになる。道路の迂回はこれを行った
のちに判断さるべきものであって、闇雲に迂回させていいものではない。仮に、
迂回先に対象種にとって意味のある環境(巣造りの場、子育ての場、採餌環境な
ど)が複数あったとしたら、却って迂回させたことによる損失が大きくなる。そ
の上、迂回させるためには用地買収から地質調査まで莫大な経費と時間を要する
ことも念頭に置く必要がある(図-6)。
東北以西のイヌワシのように、断崖絶壁を特に好んで営巣する場合で、その行
動圏内に移転しうる適切な崖錘が存在しない場合、その営巣地は保全の対象とな
る。しかし、オオタカやクマタカのように立木を架巣の場として選好する種にと
っての架巣木は、その木である必然性はない。即ち、樹木は時として台風で倒伏
したり、害虫により枯損する。こうなったとき、彼らは他の樹木に架巣場所を変
更するに過ぎない。すなわち、現営巣木を死守する必要はないということである。
この迂回策は闇雲に目先の巣から道路を遠ざけることしか考えておらず浅智恵
としかいいようがない。
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7)道路上に衝突防止用シェルター(ドーム)を建設する
高速道路上でのオオタカやサシバと車両との衝突防止策や車両やライトを隠
蔽するためとしてのシェルター(ドーム)や道路を覆う植裁(覆緑という新語?)
が専門家により提案され,実施されている。日本道路公団はこれまで何十年にも
わたって路上で車両と衝突した鳥獣類の集計を行ってきたが、哺乳動物ではタヌ
キが1位で、鳥類では動物の死体を食いにきて衝突するカラスやトビが多い。こ
の中にオオタカの記録を見たことがない。にもかかわらず、専門家の提言で圏央
道の僅か 600mの区間に 6 億円の事業費を、今一つは 413mに 5.2 億円をつぎ込ん
でシェルターを建造している。光や音はどこにでもあり、衝突するかも知れない
恐れでこの対策は無駄を絵に描いたようなものである。しかも数十キロ、数千キ
ロ、数万キロを移動するオオタカ(後記)を対象としたにしては数十メートルや
数百メートルという長さも的はずれとしか言いようがない。
シェルター建造の目的は、巣へのライトや音を隠蔽する、車両と猛禽類との衝
突を防止するという意図があるという、関東一円で数百もあるオオタカの巣を護
るためにこの対策が必要であるというならば、いくら税金があっても足りない。
この論法からいけば、日本全国の道路上の殆どにシェルターを架けたり、覆緑し
なければならないことになる。この対策を講じていない数百を超えるオオタカは
関東平野ではとうの昔に絶滅しているはずである。今後ともオオタカと車両との
衝突は全くないというつもりはないが、衰弱して死ぬ寸前の個体が衝突すること
もなくはなかろう。このような万に一つのアクシデントのためにこれほどの事業
費をつぎ込む必要があったろうか?その浅はかさと税金感覚を嘆かずにはいられ
ない。費用対効果の観点からは、ドブに金を捨てるに似たり。
8)オオタカの森を残すという保全策がある
最近、希にオオタカの森を残すという保全策を聞いたことがある。これも一
見、的を射た保全策に見えるが、その森を指定する過程に問題がある。これまで
に見聞きしたオオタカの森保全は、最も野生的感性を失った人間が「山勘で」あ
の森がよろしい、と指定してきた。本来ならば真にオオタカが営巣可能な樹林地
と彼らが必要とする行動圏を含めて一体として保全すべきである。このためには、
オオタカが繁殖している 20−30 の樹林地を統計解析し、オオタカはどのような構
造の樹林地ならば繁殖が可能かを知った上でそれに該当する樹林地を選定すべき
である。当然、それと同時に必要とする環境要素と容量を備えた行動圏も含めて
保全すべきである。しかるに現今、行われている事例を見ると樹林地だけを保全
しているが、これでは周辺エリアが開発されて結局棲めなくなってしまう。
最近の事例では、首都圏新都市鉄道つくばエクスプレスの開発に当たって、駅
予定地の西方にあるおよそ 50ha の森林・通称「市野谷の森」に絶滅危惧種である
オオタカが生息していたところから、それを保護するシンボルとして近くの駅名
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を「流山おおたかの森駅」と命名した。この森はオオタカのみならず今は開発に
より近傍から姿を消した貴重な動植物が多数生息していたことから,この森を残
すために有識者が集って尽力した。演者も初期の段階で一度、呼ばれて講演した
ことがあった。その後、開発が進み,護る側と攻める側のせめぎ合いの結果、今
では 20ha 強が残されたに過ぎないという。そして聞くところによると、最近、オ
オタカは繁殖に成功していないという。
この問題に関わった多くの方々の努力があったことは認めるが、その時代にオ
オタカのつがいが繁殖活動を継続していく上で,必要な環境容量や要素が定量的
に把握されておれば、それに基づいて 50ha の樹林とある一定の餌の生産環境が残
されておれば繁殖を継続することが可能であるが、開発により樹林が 20ha 程度に
削減され、かつ採餌場や子育ての場が失われたなら、もはやオオタカは繁殖を継
続することができないとの定量的なデータを提示して,開発側と渡り合うことが
できたであろうと思う。その結果、世論が人間の利便性、快適性、経済性の面か
らオオタカはいなくなっても仕方がない、との結論に達したならそれを甘受しな
ければならないであろう。
今回のオオタカの森問題に限らないが、説得力のある定量化されたデータなし
に、「森を原型のまま残せばオオタカは住み続けることができるが、それが削減さ
れたなら棲めなくなる」といった想像による感傷論で論戦を挑むから説得力がな
くこの程度なら大丈夫だろうという開発側の論陣に抗しきれなかったものと考え
る。これを教訓に、今後は互いに定量化したデータに基づく論戦を展開したいも
のである。
9)繁殖期間中はヘリコプターの飛行禁止
「ヘリコプターが飛べば猛禽類が卵雛を放棄するので、営巣期間中は飛行禁
止」という保全策がある。猛禽の分野ではかかる曖昧な評価・提言がまかり通る
世界である。この飛行禁止にはガイドラインが全く示されていない。すなわち、
卵雛を蹴散らすほどの巣の直上を飛行することを指しているのか、30m上空なの
か、100m先なのか,全く示していない。生きもの分野の特質である定量化されな
い「ものさし」がまことしやかに横行している好例である。
もっと重大なことは、専門家集団がまことしやかに提言しているかかる保全策
がどのような根拠のもとに生まれてきているのか、という検証は誰もしていない
点である。現今の保全策のすべてと言っても過言ではないほど、科学的な根拠に
基づいたものは皆無である。その殆どが専門家の「想像の産物」である。ヘリコ
プターが飛べば「あの爆音と風圧で親鳥が驚き、卵雛を放り出して二度と巣に近
寄らなくなるだろう」、と想像した産物である。これが想像の産物であるという証
左は、アイダホ州では、毎年、時期を異にして数十のオオタカの巣の直上をヘリ
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コプターで飛行し親鳥を轟音と爆風で追い立て、巣内の卵数や雛数を数えて,産
卵数、孵化率、巣立ち率などの科学的なデータを収集している。
想像の産物といえば、かつてイヌワシの生息地近傍で開発が行われた時、発破
をかけたらその音に驚いて餌動物であるノウサギが幾山も越えて逃げたので、イ
ヌワシは餌不足に陥り繁殖に失敗した、という論陣を張った保護論者がいた。こ
の愚にもつかない論法を検証することもなく A 新聞が掲載したことがあった。こ
の新聞記者の浅学もさることながら、これを掲載したデスクも同レベルである。
演者は5年間に亘って群馬県の山中でヘリコプターによりカモシカの個体数把
握手法の開発に携わったことがあった。この時、低空飛行をするヘリコプターの
爆音と風圧に驚いてカモシカのみならずツキノワグマ、キツネ、ヤマドリ,カケ
ス、ノウサギ、リスなどが逃げ惑う姿が見られた。これらの動物は不意を突かれ
て隠れ家から飛び出したのであるが、元々危険だから穴の中や物陰に潜んでいる
のである。従って、一刻も早くどこかに逃げ込まないと人間を含む天敵に襲われ
てしまう。そこでヘリコプターから見ていると、ノウサギなどは一目散に走りな
がら風倒木や枯れ草などの僅かな間隙を見つけて飛び込んでいった。この行動に
示されるように、弱い動物は一刻も早くどこかに身を隠さなければたちまち天敵
の餌食になってしまう。ましてや一山も二山も走り続ける間抜けはとうの昔に絶
命している。
このヘリコプター調査の折、意外な事実に遭遇した。ある日、ヘリコプターで
追い出されたノウサギをカウントしていた時、ヘリコプターの後方から黒い影が
機体の下をくぐり抜けて、逃げ惑うノウサギをムンズとばかり捕まえた。驚いて
その黒影が何者かを確認するために降下してみた。驚いたことにそれはクマタカ
であった。クマタカは両脚でノウサギを掴み、両翼を広げて倒れないようにバラ
ンスを取って逃げようとするノウサギを必死に押さえ込んでいた。こちらは貴重
な証拠写真を撮ろうと、機体を地上すれすれにクマタカの左右に回し数十枚のシ
ョットを得た。その間、クマタカは動じることはなかった。その翌日から、クマ
タカは毎日、ヘリコプターの後方からノウサギやヤマドリが追い出されるのを期
待して旋回していた。この時、クマタカはヘリコプターを天敵と認識していない
ことが判明したばかりか、むしろ勢子役と認識・学習したに違いないと思ってい
る。
10)現場作業員に環境教育を施す
解説に値しない。
かかる馬鹿馬鹿しい保全策は枚挙にいとまがないが、共通している点はそのす
べてが実証試験を伴わないことである。すなわち、誰かが想像したり、思いつい
たりした愚策である。本来、アセスメントを行う背景には、絶滅危惧種の保全と
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いうのがあるはずであるが、このどれを取ってみても、事業との共存策や事業完
成後を視野に入れた保全策がなく、単にその場限りの取り繕いでしかない。
この財政厳しい折柄、今後、専門家が愚策を提言したとき、少なくともそれが
実証されたものであるのか否か、は検討すべきである。さきのシェルターに 10 億
円以上もかけて,一つがいか一羽の猛禽を護る価値がどこにあるのか、費用対効
果の観点から検証する義務がある。
真の専門家であれば、1羽や1つがいのために血の滲むような血税を浪費する
よりは、種族の保全のために不可欠な生態的な基礎資料の収集を提言するはずで
ある。日本全国で猛禽類のために費やされている税金は年間、数十億円、否、数
百億円に達するであろう。これだけの税金を浪費しておきながら、卵重や卵サイ
ズがいくらか、平均卵数(1腹卵数)がいくつか、孵化率はいかほどか、巣立ち
率は何割か、餌種と必要餌量はいくらか、営巣環境は、採餌環境は、行動圏面積
は、1つがいの必要面積は、その中の環境要素と容量はいくらかなどなど、対象
種を保全するために欠くことの出来ない基礎データの収集は皆無である。これら
のデータが揃って初めて対象種の動向が把握でき、減少傾向にあるのか、安定的
か、増加傾向にあるのかが判定できる。この結果を受けて、保全対策の強弱を決
めることができる上に、的確な保全策が構築できるのである。
現今は、一律に「絶滅に瀕している」との位置づけで、莫大な経費と時間をか
けてアセスメントを行っているが、地域によっては地域が持つ環境容量をオーバ
ーして飽和状態にあるかも知れない。仮に、そうだとしたら億単位の血税を投じ
てシェルターを建造したり、目視観察を行う必要はさらさらない。この弊害も基
礎資料の欠如に起因している。
この数百億円という税金が、全く使いものにならない、使う意図のない双眼鏡
によるバードウオッチングにつぎ込まれているのである。世界広しといえども双
眼鏡で絶滅危惧種を救った例を知らない。猛禽類保護を旗印に掲げている専門家
は、どうすれば彼らを救うことが出来るのかを、彼らの生息環境を直接的に改変
する事業者に対して具体的に提言すべきである。保全とはほど遠いだまし討ち的
な保全策ではなく、実効のある保全策に血税を使うべきである。事業者は希少種
保全の意図があるからこそ、専門家を招集して意見を求めているのである。これ
を有効ならしめていないのは、専門家側にその責がある。
3, 目視調査と GPS 調査の比較
これまで猛禽類の行動圏は、目視観察により描かれた飛翔の軌跡図から推定さ
れてきた。最近、テレメトリー法による行動圏の推定が行われるようになり、か
なり正確な行動圏が推定できるようになった。しかし、この手法を採用している
16
事業現場は希である。この方法は対象個体に小型の発信器を装着しておき、人間
が受信機で追跡してどこにいるかを確認して、これを総合して行動圏とする手法
である。
最近は行動圏調査法もより進化して、欧米では対象個体に装着した小型発信器
から発せられる電波を人工衛星で追跡する技術が発達している。しかも発信器に
は GPS 機能が備わっており、かつソーラーパネルを搭載しているので正確な位置
情報が得られるばかりか電池切れの心配がない。この手法は極めて省力的で、か
つ経済的で、ひとたび発信器を装着しておけば、あとは自動的に数年間にわたり
自宅のパソコンに位置情報を提供してくれるという優れものである。しかもその
位置情報は自動車の GPS の精度と同じで、誤差は数mである。したがって、その
位置情報(緯度、経度と高度)を地図上に落とす作業だけで、日々の行動が手に
取るように分かる。当然、正確な行動圏も把握が可能である。
GPS 発信器のメカニズムについては、GPS 衛星から送られてくる位置情報を対象
種が背負っている受信器が蓄積し、そのデータが任意に設定されたプログラムに
従って定期的にアルゴス衛星に送信される。そのデータはフランス基地局から毎
日ユーザーのパソコンに送信される仕組みとなっている(図-7)。
17
最近、演者は各地でオオタカやクマタカにこの GPS 発信器を装着しているが、
それによると、これまでにいわれてきた行動圏とはおよそ似て非なる結果が得ら
れている。極端な事例では、オオタカは青森から九州までの渡りを4年間に亘り
繰り返していることが明らかになっている(図-8)。
18
また、クマタカもこれまでの行動圏のイメージを覆す広さを移動していること
が判明している。すなわち、猛禽類の行動圏を目視で観察するのには限界がある
ことを実証した。
例えば、オオタカにしても慣れた人が双眼鏡で追跡したとしても、1km も離れ
たら追跡は無理であろう。ましてや行動圏の広いクマタカやイヌワシであれば、
双眼鏡による追跡は最初から無理難題である。その上、山岳地帯では周囲が高い
山稜により囲まれているので、その先は見える訳がない。事実、イヌワシやクマ
タカの飛翔の軌跡図を見ると、あたかもナイフで切ったように境界線が明確にな
っているが、それはそこに尾根が存在することを意味している(図-9)。
19
いくら野外観察のベテランであっても、千里眼ではないので稜線の向こうまで
は見えないことを如実に物語っている。
この事例が示すように、これまで目視観察に基づいて主張されてきた行動圏面
積は根底から覆されたことになる。さらに、これまで行われてきた猛禽類アセス
メントも根本的な見直しを迫られることになろう。さて、これを受けて今後どの
ような猛禽類アセスメントを行うべきかが大きな課題となる。
目視観察調査では対象個体のすべての行動が把握できないことが明らかになっ
た。すなわち、観察者から数百メートルも離れると見失ってしまうという事実が
ある。さらに、個体識別がされていないので、どの個体を見ているか分からない。
GPS 調査で明らかになった通り、行動圏はこれまでの見解と大きくかけ離れている
ことが証明された。また、全国規模で移動している個体もあり、眼前の個体が定
着個体か渡り途中の個体かの識別ができないという事実も明らかになった。事実、
オオタカの雌個体も大きな渡りをすることが判明した(図-10)。
20
傑作なことは、雌個体の留守中にもかかわらず、毎月、毎月、居ない雌個体を
探していることである。実態は、繁殖した雌個体は遠出をしているが、その間に
別の雌個体が侵入しているのである。ところが個体識別をしていないので、繁殖
した雌と信じているに過ぎない。かかる実態が解明されているにもかかわらず、今
後とも相も変わらず血税の無駄遣いを続けるのだろうか?
一方、GPS 調査の結果は対象個体が存在した地点が緯度と経度(誤差数m)で示
されるので、これを地形図や植生図と重ね合わせることによって、対象個体(つ
がい)がどのような環境を使っているか、彼らにとってどのような植生環境や地
形環境に意味があるのかといったことが明らかになる(図-11)。
21
GPS の点が落ちるのは行動圏全域に万遍なく分布するのではなくて、ある特定の
地点に集中的に分布することが明らかになっている(図-12)。
22
したがって、その林地なりエリアが重要地点として認識できるので、それらの
エリアに工事用道路を通したり、土捨場にしたり、工事ヤードとして、あるいは
原石山として改変しないような配慮をすれば生息環境の保全に貢献することにな
る。
現今は道路の線形は予め決められており、これを受けての影響評価になるとい
った本末転倒な在り方であるが、今後は猛禽類を含む生きものの分布や保全すべ
きエリアを掌握した上で,線形を決めるべきである。
関東地方における調査結果によると、オオタカはアカマツ植林地、次いで畑地
雑草群落、緑の多い住宅地の順で好んで利用することが判明している。一方、北
陸地方のクマタカはブナーミズナラ群落、次いでカスミザクラーコナラ群落、ヒ
ノキーサワラ植林の順で利用頻度が高かった(図-13)。
23
GPS の情報には緯度、経度のみならず高度まで示されているので、対象個体がど
の程度の高度を飛翔しているかとか、どの高さの樹で止まりをしているとかの情
報まで手に取るように解る。ある地域で目視観察で得られた止まりの位置と GPS
の位置情報を比較したことがあるが、無理からぬことではあるが見事にずれてい
た。飛翔高度が得られる利点は、たとえば、橋脚工事の際に資材運搬のために張
り巡らされるワイヤーと衝突する恐れがあるか否かの判定に使ったことがあった。
結果は、ワイヤーよりも遙に高い高度を飛翔していた(図-14)。
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5,これからの猛禽類アセスメント
これまで主流をなしてきた双眼鏡による猛禽類アセスメントは、事業の影響予
測はもとより評価にも使われていないことが明らかにされた。また、行動の範囲
も従来の定説を大きく覆す結果が得られている。これらの事実を受けて今後の猛
禽類アセスメントのあり方を模索してみたい。そのためにはまずデータの定量化
が求められる。
1)餌量の観点からの定量的評価
事業による猛禽類への影響評価軸として餌量を取り上げた。この
考え方の基本は、事業前の餌量と事業後の餌量との比較から事業の影響を評価し
ようとするものである。
このためにはまず対象とする猛禽類の食性を明らかにする必要がある。食性は
対象種の営巣中の巣にカメラを設置し、雛のために搬入される餌種を記録するこ
とによって知ることができる(図-15)。
25
この記録映像から雛に給餌される餌量を推定しておく。雛に搬入される餌量は
全て雛によって消費されるものではないが、一応の目安にする。
対象種の食性が明らかになったところで、行動圏内の環境別センサスを行い餌
現存量を推定する。その上で事業により改変される環境別の餌減損量を求め、事
業による対象種への影響を評価する。これまでの事例では,環境改変による餌減
損量は 1.3%という事例があった(図-16)。
26
2)生息環境解析に基づく評価
対象種が占拠している行動圏内に存在する樹林地、水田、畑地、
宅地、草地、池沼、河川、道路、放棄地、養鶏場、養豚場などの土地利用態様別
の環境要素を定量的に把握する。精度を高めるために同一地方に存在する20−3
0つがいの行動圏について同じように環境要素を定量的に把握する。こうするこ
とによって、当該地方の対象種の生息環境容量を定量的に表現することが可能に
なる。その上で事業対象エリア内に生息する対象種の行動圏内で事業により失わ
れる環境容量から事業の影響を評価する。例えば、各環境容量が平均値を下回れ
ば影響が懸念されるし、それと同等か植生復元によりそれ以上になれば影響はな
いか、少ないと評価できる。
この生息環境解析は、事業の影響評価に利用できるばかりか、保全策にも応用
が可能である。道路事業や宅地造成事業などのケースでは、計画地直近やそのも
のズバリ計画地内に営巣中の巣がある場合も珍しくない。そんな場合、保護団体
との間で開発の是非を巡って論争が生じ、何年にも亘って調査が繰り返される事
例が多々ある。しかし、現実問題としていくら調査を繰り返してみても所詮、双
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眼鏡による飛跡図を重ねるだけで、さきに例示した通り影響の有無は分からずじ
まいに終わってしまうことは火を見るよりも明らかである。結局、事業費を浪費
し、時間を無駄にするだけである。挙げ句の果てに時間切れで事業が進められ対
象種はどこかへ追い出されてしまうというのが通例であった。
今回提示する生息環境解析は、このような一見にっちもさっちもいかない案件
に遭遇した時の解決策としての利用が可能である。しかも対象種にとっても事業
者にとっても、さらに保護団体にとっても納得のいく解を与えてくれる。その手
法を説明すると、例えば、道路事業の場合、計画路線上に巣があるとする。この
ようなケースでは、道路の中心線から片側 10kmを対象として対象種が行動圏を
構えるに足る環境容量が存在するか否かを調査する。この時、上に示した解析結
果が適用される。すなわち、路線の両側 20km 圏内にメッシュを切り、そのメッシ
ュ内に対象種が行動圏を構え、子育てができる環境容量を備えたメッシュが存在
するか否かを検討する(図-17)
。
当然、それぞれには最適から不適までのレベルがあり、色別にランク分けして
おき、最適なエリアを移転・誘導の対象地とする。
この調査で重要なことは、対象種がなわばりを構えている行動圏のみならず、
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対照区として非営巣環境を抽出して調査を行う必要がある。このことによって営
巣環境と非営巣環境との差別化が可能となる。非営巣環境は一営巣環境に対して
20 個所を目安に調査を行うことが望ましい。
その移転・誘導対象地は、現存する対象種の行動圏内にあることが望ましいが、
なければ隣接地を移転・誘導の対象地とする。この時、移転・誘導対象地に他の
つがいがなわばりを構えているか否かを調査し、他つがいが占拠している場合は
当然、対象外となる。さらにその対象地が将来にわたり開発されない緑地保全地
域や市街化調整区域などにより営巣の継続を担保されなければならない。あの森
林が適しているから移転しろ、では無責任きわまりなく追い出しのそしりを免れ
ないであろう。
移転・誘導に疑念を抱く向きもあろうが、現実的に計画路線上に人家や工場な
どがある場合、移転地を斡旋するか補償という形で移転を促している。最悪の場
合、成田空港のように強制執行が行われていることを考えれば容認できる範疇で
あろう。ただ、注意を喚起しておきたいことは、生きものにも人間と同様に子育
ての場だけではなく生活を継続していける生息環境の補償(保証)をしてやる義
務があるという点である。
3)架巣環境解析に基づく評価
生息環境解析は、対象種が持つ広域的な行動圏内を対象としたが、
これに対して架巣環境解析の対象は営巣木を中心とした一辺が 10mの方形区を対
象としている。この方形区の中に存在する立木数、胸高直径、粗密度、葉群量、
樹種などを記録する。このような営巣木を 20-30 個所選択し同様の調査を行う。
これにより対象種が巣を構える環境が浮き彫りになり、さきの移転・誘導時の際
に架巣適地を知る上で貴重な資料となる(図-18)。
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この調査でも重要なことは、対象種が巣を架けている環境のみならず、巣を架
けていない環境も対照区として調査しておく必要がある。このことによって架巣
環境と非架巣環境との差別化が可能となる。非架巣環境は一架巣環境に対して 20
個所を目安に調査を行うことが望ましい。
この調査結果に基づいて事業の影響評価も可能になる。すなわち、現架巣木が
事業によって失われるような場合、残された樹林地内に架巣に適した樹林環境が
残されているか否かを検証する際に利用することができる。仮に、架巣に適した
営巣環境が存在しない場合は、さきの調査結果に基づいて樹林内の枝打ち、間伐
などの手を入れ最適架巣環境を創造することができよう。また、移転・誘導対象
地に適した架巣環境が存在するか否かの検証にも役立つ。架巣に適さない樹林環
境であれば、上記の手法で最適架巣環境の創造を行うと良い。
6,猛禽類との共存策
1)人工代替巣を用いた移転・誘導策
当初、事業地内に希少猛禽類が生息していないことを確認した上で、いざ事
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業を展開しようとした時、思いもかけずにどこからともなくやってきた希少猛禽
類が営巣を開始したという事例は少なくない。このようなケースでは工事が停滞
するのを常とする。さらに二繁殖期にわたり双眼鏡による行動圏調査が行われる。
しかし、いくら調査を行っても、さきに触れたように事業の影響評価はもとより
保全策も得られず、単に時間と経費を浪費するに過ぎない。ましてや解決策が得
られる訳でもない。
そこで解決策として浮上したのが、上に触れた対象種の移転・誘導策である。
営巣木を移転・誘導するに際してのステップについては既に述べた通りであるが、
その実際についての技術手法を記載する。
オオタカなどの猛禽類の多くは、複数の枝が同じ高さに複数本が突き出ている
個所や幹の先端部分が折れた個所に巣材を置いて巣造りをするのが常である。と
ころがこのような巣を架けるのに適した林内環境でかつ恰好な枝張りに出合うの
は希である。そこで人為的に人工の巣台を設置して最適な架巣環境を創造してや
ることにした(図-19)
。
これまでにクマタカやオオタカ用に 50 基以上の人工巣台を架設しているが、い
まのところそのうち 20 基ほどがオオタカによって利用されている。しかもこれら
31
のケースではもとからあった自然の営巣木は一本も伐倒していない状態で自主的
に移転してきた(図-20)。
註:最近、初めて営巣木を伐採した事例が発生した。その結果,対象つがいは生
息環境解析並びに架巣環境解析により選定した樹林地へ移動して繁殖した。
人工の巣台はアルミ製で二本の枝状の腕が出ており、これを自生している枝に
かけるタイプである。したがって、実質、三本の枝が生えているようになり、そ
の上に大小の枝などを乗せて完成させる。人工の巣台は耐久性や作業効率などを
考慮してアルミなどの軽量材質が適している。よく木の枝を用いるのを見かける
が、1-2 年で腐朽して落巣しているので耐久性を考慮することが肝要である。特に
事業地などで保全策として行う場合、巣台が腐朽して落巣する頃には事業が完成
しており、その後のメインテナンスが行き届かないので注意を要する。
2)架巣環境の創造
生息環境解析は広域な行動圏内の環境容量を扱っているのに対して、架巣環境解
析は営巣木周辺の環境容量を扱っているので、対象個体にとって望ましい生活空間を創
造するのは容易である。オオタカを例にとると、一般的に林内には飛翔を可能にするトン
ネル状の飛翔空間が存在するといわれている。これは架巣環境解析の結果、立木密度や
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葉群量として表現されている。そこで立木密度の高い林内では択伐や枝打ちで飛翔空間
を確保することができる。
このようにして対象種にとって不適な林内空間に人手を加えることによって快適な架巣
環境に変えていくことが可能になる。この事例のように対象種にとって望ましい架巣空間
を創造できるのも、先に述べた架巣環境解析に基づくデータがあるからである。
禁忌事項:
1)事業現場直近に巣があると、事業地から離れた場所に人工巣を架
設し移転・誘導を図ろうとする事業者が多いが、これは禁忌事項の筆
頭であることを銘記すべきである。
2)金に飽かして 多数の人工巣を架設すれば、どこかに移転するかも
知れないが、これを以て大成功とばかりに事業を推進するが、これで
は対象種がどのような環境に巣を架けるのかとか、どのような生息環
境を必要としているのかといった基本的な情報が不明のままに残され
るからである。
3)その結果、かつて佐渡で生き残った全 8 羽のトキを捕獲したまで
は良かったが、基礎的な情報がなかったので、産卵した卵をニワトリ
の孵卵器で孵化させたりして、ついに絶滅させてしまったという苦い
経験がある。まさに泥縄である。
この人工代替巣による移転・誘導策は、演者が最初に提案した共存
策で、その後、各地で実行に移されているが、その何れもが 上記、禁
忌事項を犯している。 対象種に関する基礎情報の蓄積なしの人工代替
巣架設は、確信犯的な「追い出し」のそしりを免れないことを銘記す
べきである。
7,委員会設置に向けての提言
これらの事実を受けて、今後、絶滅に瀕した希少猛禽類のアセスメントをどの
ように展開していくべきかを考える契機となれば幸いである。
猛禽類アセスメントを行うに際して実施する調査は、調査結果をどのように利
用するのかを明らかにした上で実行に移すべきである。これも決めないで、取り
あえず調査を行い、その結果を眺めながら、どのように扱うかを考えるのは本末
転倒である。
1)目視調査を行うのであれば、得られるであろう飛翔の軌跡図をどのように解
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析し、どのような手法で事業の影響評価につなげるのか?
2)対象種の巣の位置を踏査によって特定したとして、それをどのように影響評
価に使うのか?
3)事業と希少種の共存を目的とした委員会は、コンサルタントや調査会社が行
った調査結果を長時間かけて聞き置くだけが役割ではない。
4)専門家は、置かれた状況の中でどのような調査を行い、その結果をどのよう
に解析し、どのように評価するのか、これを受けてどのような保全策の策定を考
えるのか、といった議論を展開するのが各委員の役割である。
このような本来の使命を全うできる委員の選考を行うための参考として次のこ
とを提言しておきたい。
事業現場に希少猛禽類が生息しており、事業の影響評価を行い、必要に応じて
しかるべき保全策が求められる場合には、めぼしい専門家を一堂に招集してそれ
ぞれから調査項目、調査方法、得られたデータの解析方法、評価法、その結果を
受けての保全策のあり方についてプレゼンテーションを行って貰い、合理的な提
言を行った人材を委員として任命するという委員の選任方法を提言しておきたい。
門外漢の地方の名士では、絶滅危惧種の保全は望めないばかりか、時間と税金
の無駄遣いに終わることは火を見るよりも明らかである!
8,税金の有効利用に向けての提言
現行の猛禽類アセスメントで行われている現地調査(目視観察)は、本来の趣
旨である事業の影響予測や評価はもとより、絶滅危惧種の保全に全く貢献してい
ないことが理解いただけたと思う。とはいえ、毎年、毎年継続的に莫大な予算
(通常、一つがいに 1,000 万円と聞く)が投入されているという事実がある。か
かる事実を認識した上で、さらにこの愚を繰り返すとなれば、税金の無駄遣いの
誹りを免れないばかりか、真剣に絶滅危惧種の保全を考えていないといわれても
仕方がなかろう。巷では、環境省のマニュアルさえクリアーすれば、本来の趣旨
はどうあれ事業が推進できるとばかりにこの愚を繰り返しているとさえいわれて
いる。この愚を繰り返さないために、また、税金の有効利用を図る上で実行可能
な提言をしたい。
これまでの経験から、事業の影響の予測や評価ひいては保全策の策定には GPS
発信器の装着が最も有効な手段であると考えている。ただ、この手法をどの事業
地においても実行することは想定していない。地形や植生が異なる環境において、
例えば、県レベルや地方整備局レベルで代表的なモデル地区を選定し、そこで数
つがいを対象にしたモデル実験を行うことが望ましい。その結果を以て他の近隣
事業地における影響の予測や評価に援用することが可能となり、工期の短縮と莫
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大な経費の節減ができる。すなわち、同一地方に於ける事業現場では、調査をす
ることなしに,過去の蓄積により事業の影響予測・評価が可能となり、有効な保
全策を講じることが可能となる。
今回、提言した GPS 発信器による位置情報の猛禽類アセスメントへの利用は,
飽くまでも一手法であるが、これまでに行われてきた想像による影響評価とは比
ぶべくもなく優れものである。今後、並み居る専門家から実効性のある手法が提
言されることを期待している。
9,費用対効果
これまでの実績では、GPS 発信器の寿命は長いもので 10 年間というのがある。
これだけ長寿命であれば、事業開始前、事業中、事業終了後のモニタリングまで
居ながらにして行動はもとより利用環境までも把握することが可能である。GPS の
位置情報の取得経費は、年間数十万円であるから、仮に、10 年間のデータを取得
したとしても数百万円で済む(図-21)。
これは目視観察の、一つがいの年間経費よりも安価である。しかも位置情報は
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365 日、24 時間のデータなので、年間に数百点に及ぶ。一方の目視観察は月に一
度で、しかも視野範囲が狭いので比較にならないほど少ない。
10、まとめ
絶滅に瀕しているといわれている希少猛禽類のアセスメントの実態を忠実に再
現して述べたが、現行の猛禽類アセスメントは、事業との共存を図るという所期
の目的から遠く及ばない代物であることを明らかにした。その理由は希少猛禽類
の保全のためと位置づけられている保全策の全てが対象種の「生活:生息環境」
を保証する対策ではないからである。現行の保全策は密かに事業を進めるという
姑息な手段である。真の保全策とは、事業完成後もその地で生活ができるような
環境を保全する対策でなければならない。
そもそも絶滅に瀕しているということは、何らかの原因が介在しているからで
ある。その減少要因を除去してやらない限り絶滅の淵から救出することはできな
い。ところが現在、この原因究明はどこも行っていない。本来、この責務は野生
生物を管理する環境省にあるが、世論の理解がないことから研究機関さえ存在し
ない有様である。一方の事業者は、直接的に希少種の生息環境を改変するところ
から、国民(全世界)の共有財産であるそれらを保全する義務を負っているとい
える。
これまでの猛禽類アセスメントを検証した結果、明らかになったことは次のよ
うな点である。
1)現行の飛翔の軌跡図と巣の位置だけでは、事業の影響予測や評価ができない
ことを明らかにした。
2)影響の予測や評価を行うためには、評価のための「ものさし」がなければな
らない。ところが現在の猛禽類アセスメントは定量化が行われていないこと
から、ガイドラインが定まらず属人的な感性によって評価されているところ
に問題の根がある。
3)現行のアセスメント委員会は形骸化しており、実効性が低いことを認識し、
早急に改善する要がある。
4)専門家は、期待される責務を自覚し、その責務を果たすために実効性のある
影響予測/評価法を提言すべきである。
5)専門家は、これまでに提言してきた保全策を総括すべきである。たとえば、
「ヘリコプター」の例に見るように、実証試験を伴わない思いつきの保全策
で血税を無駄にしないよう心がけるべきである。
6)事業地と巣との距離で影響を予測したり評価するためには、統計解析に耐え
られる数の巣を対象として、一定距離ごとに重機を稼働させたり、作業員を
動員して、その結果、例えば、抱卵時間、給餌量、孵化率、巣立ち率といっ
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た繁殖生態と繁殖成績を対照区と比較して、影響を評価するのが正当な評価
法である。
7)事業の影響評価の手法として、餌量、生息環境、架巣環境などで例示したよ
うに、定量化は可能なので、想像以外の定量的評価法を編み出していただき
たい。
8)事業者は、提言された保全策が有効であるか否かを検証したのちに実行に移
して頂きたい。
9)目視観察が無駄と解った以上、これ以上の税金の無駄遣いを即刻中止してい
ただきたい。
10)GPS 発信器を使うことで、定量的、科学的なアセスメントが可能であることを
証明した。
11)この手法を全ての事業地において実行する必要はなく、地域を代表するエリ
アでモデル実験を行い、その結果を新たな地点で援用することが出来る
12)GPS 発信器の装着は、費用対効果の見地からも優れている。
13)事業との共存策として、人工代替巣による移転・誘導策を実行してきたが、
基礎資料の収集なしに実行することは厳に慎むべきである。
14)環境省は、全ての事業地において「猛禽類保護の進め方」に準拠した猛禽類
アセスメントが行われている実態を認識し、絶滅危惧種保全の見地から、ま
た税金の無駄遣い排除の見地から早急に有効なマニュアルを出版すべきであ
る。
15)環境省総合環境政策局環境影響評価課は、事業者から提出される猛禽類アセ
スメントの評価書をどのような視点に立って審査しているのか周知させる必
要がある。
最後に、演者は時代的に「アセスメント学」なるものを修めたことがなく、こ
の分野では素人であるため、畏れを知らずに見解を述べた部分が多々あったこと
を認めたい。了
37
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