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不動態皮膜による TiNi 形状記憶合金の腐食疲労寿命
111 不動態皮膜による TiNi 形状記憶合金の腐食疲労寿命向上 ○正 松井 良介(愛工大) Ryosuke MATSUI, Aichi Institute of Technology, 1247 Yachigusa, Yakusa-cho, Toyota 470-0392, Japan Key Words: TiNi alloy, Shape Memory Alloy, Passivity Film, Corrosion Fatigue, Rotating bending fatigue, corrosion resistance 2.供試材および処理・実験条件 供試材は Ti-49.7at%Ni の組成を有する株式会社古河テクノ マテリアル製 TiNi SMA ワイヤとした.直径は 0.7mm で表面 に黒い皮膜(黒皮)が付着する伸線材であった. TO 処理は以下の手順で行った.まず,上記伸線材の黒皮 をエメリー紙による研磨およびバフ研磨によって除去した. その後窒素と酸素の体積比を 8:2 に制御した雰囲気下で熱処 理を行った.熱処理温度は 672K とし,この温度で 1 時間保 持後炉冷した.以下,この処理で得られた材料を TO 材と表 記する. 通常 TiNi SMA に回復後の形状を記憶させる場合,所望の 形状に拘束したまま 673 から 773K で 1 時間程度保持する形 状記憶熱処理を行うが,本研究では TO 処理がこの熱処理を 兼ねている.記憶させる形状は直線とした.なお,比較のた め黒皮を除去せずに大気中で TO 処理と同一の温度パターン で熱処理した材料(以下 HT 材)および HT 材の皮膜を TO 処理の前処理で行った研磨と同様の方法で除去した材料(以 下 HT-P 材)も用意した. 上記 3 水準の材料のそれぞれについて算術平均粗さ Ra を 測定した.測定には株式会社キーエンス製レーザー顕微鏡 VK-X200 を用い,各材料について円周方向に 55 箇所測定し, 平均を求めた. 各材料の耐食性はアノード分極試験で評価した.対極には Pt 線を,参照電極には飽和カロメル電極をそれぞれ用い,北 斗電工株式会社製オートマチックポラリゼーションシステ ム HSV-110 を用いて 50mV/min の掃引速度の下で電位の走査 を行った. なお, 電解質水溶液には 3%NaCl 水溶液を用いた. 腐食疲労寿命は 10%NaCl 水溶液中で回転曲げ疲労試験を 行い評価した.繰返し速度は 100cpm とした. 2.実験結果および考察 2.1 表面性状 TO 材の表面をレーザー顕微鏡で観察した結果を図 1 に示 す.表面は材料全体にわたってほぼ一様であり,薄い黄金色 の皮膜が生成されていることを確かめた.また,各材料の Ra の平均を図 2 に示す.この結果から,研磨で平滑にされ た表面が TO 処理によってやや粗くなっており,外部拡散(5) が進んだものと考えられる.しかしながら HT 材と比較する と TO 材においても良好な表面性状を保持していることがわ かる. 10m Fig. 1 Surface texture of TO material 0.6 0.5 0.41 0.4 Ra [ μm ] 1.緒言 形状記憶合金(shape memory alloy,以下 SMA)は大きく 変形させても加熱または除荷で元の形状に戻る性質を持つ (1). 中でも TiNi 系の形状記憶合金は形状回復ひずみが大きく 疲労特性も比較的良好であることから最も普及が進んでお り,近年では自己拡張型ステント(2)や脳ベラ等の医療器具へ の適用が本格化してきている.特にステントへの応用におい ては血管中に長期間留置されるため,一種の腐食環境である 血液中での疲労寿命が重要である.TiNi SMA のステントへ の適用についてはこれまでに幾つかの報告がなされている (3)が,網目形状の検討が中心であり,腐食疲労寿命について の検証はほとんどなされていない.そこで本研究では TiNi SMA の腐食疲労寿命を明らかにし,さらに菅原ら(4)が提案す る高温酸化(thermal oxidation,以下 TO)処理を施して表面 に不動態皮膜を生成させることで腐食疲労寿命の更なる改 善を図った. 0.3 0.2 0.10 0.1 0.05 0 HT Fig. 2 HT-P TO Surface roughness Ra for each material 2.2 TO 処理の耐食性への効果 TO 材,HT 材および HT-P 材のアノード分極曲線を図 3 に 示す.図から TO 材の電位は比較材と比べて高く,耐食性に 優れていることがわかる.ここで,腐食開始電位を電流密度 0.2A/cm2 での電位と定義すると,TO 材,HT 材および HT-P 材の値はそれぞれ図中に示す通りであった.これらの結果か ら,TO 処理で生成される皮膜は不動態皮膜であり,耐食性 の向上に寄与することが明らかになった. 日本機械学会東海支部第 65 期総会・講演会講演論文集(’16. 3. 17-18) No.163-1 10 0.6 0.346 Strain amplitude εa [%] 0.4 TO 0.3 0.2 HT-P 0.1 0 HT -0.1 -0.3 -0.4 0 0 Fig. 3 HT-P TO 1 HT In Air f = 100 cpm 0.1 10000 104 -0.191 -0.248 -0.2 100000 105 1000000 10000000 7 10 106 Number of cycles to failure Nf 0.002 2 0.004 0.006 4 6 Current density [ μA/cm2 ] 0.008 8 0.01 10 Anodic polarization curves for each material 2.3 腐食疲労寿命 TO 材,HT 材および HT-P 材の空気中における回転曲げ疲 労試験結果を図 4 に示す.なお,本研究では 106 回繰返し変 形を与えても破断しなかったひずみ振幅を疲労限とし,試験 を打ち切っている.このプロット点には矢印を付して表示し ている. いずれのひずみ振幅においても,HT 材と比較し HT-P 材および TO 材の疲労寿命がやや長く,これは図 2 でみた表 面粗さが関係している.HT-P 材および TO 材の Ra は HT 材 対比小さく,疲労き裂の発生を遅らせる効果をもたらしたた めであると考えている. TO 材,HT 材および HT-P 材の 10%NaCl 水溶液中における 回転曲げ疲労試験結果を図 5 に示す.図から,HT-P 材の疲 労寿命が最も短いことがわかる.これは材料表面に皮膜が存 在せず,腐食の影響を強く受けたことによる.一方,TO 材 の疲労寿命は比較材に比べ特に低ひずみ域で長いことがわ かる.これは試験に要する時間の影響によるものと考えてい る.低ひずみ域ほど試験に要する時間が長いため腐食の影響 をより強く受け,不動態皮膜の疲労寿命に及ぼす効果が強く 現れた結果である.これらの結果は,TO 処理で生成された 不動態皮膜は 1%以上の曲げ変形を受けた場合でも剥離し難 く,母材と電解質水溶液との接触を適切に遮断していること を示唆するものである. 3.結言 本研究では TiNi 形状記憶合金に高温酸化処理を施し,得 られた皮膜の表面性状,耐食性への効果および腐食疲労寿命 向上への寄与を明らかにした.得られた主な成果は以下の通 りである. (1) 高温酸化処理によってマクロ的に均質な不動態皮膜が 生成される. (2) 高温酸化処理した材料では 10%NaCl 水溶液中での疲労 寿命が大気中で熱処理した材料より長く,これは特に 低ひずみ域で顕著である.これは 1%以上の曲げひずみ を繰返し受けても不動態皮膜が剥離しないことを示唆 している. Fig. 4 Fatigue life curves for each material in air 10 Strain amplitude εa [%] Potential [ V vs SCE ] 0.5 TO HT 1 HT-P In 10% NaCl f = 100 cpm 0.1 Fig. 5 10000 104 100000 1000000 105 106 Number of cycles to failure Nf 10000000 107 Fatigue life curves for each material in 10% NaCl water solution 謝辞 本研究は JSPS 科研費 15K21477 の助成および公益財団法 人内藤科学技術振興財団の研究助成によって為されたもの であることを付記し,謝意を表する. 文献 (1) Funakubo, H. (ed.), Shape Memory Alloys, (1987), Gordon and Breach Science Press. (2) Stoeckel, D., Pelton, A. and Duerig, T., Self-expanding nitinol stents: material and design considerations, Eur Radiol, (2004), Vol. 14, No. 2, pp. 292-301. (3) Hsiao, H.M and Yin, M.T, An intriguing design concept to enhance the pulsatile fatigue life of self-expanding stents, Biomed Microdevices, (2014), Vol. 16, pp. 133–141. (4) Sugawara, H., Goto, H and Komotori, J, Effect of Thermal Oxidation Treatment on Surface Characteristic and Corrosion Resistance of Ti-Ni Shape Memory Alloy, Journal of the Society of Materials Science, Japan, (2006), Vol. 55, No. 10, pp. 965-970. (5) Mizutani, M., Kikuchi, S., Hirota, Y., Komotori, J., Ohmori, H. and Katahira, K., High precision grinding and surface modification of Ti-Ni shape memory alloy ground by a new electrical grinding technique, Proceedings of M&M2009, (2009), OS0409.