Comments
Description
Transcript
PDF 登録日
教育相談 部活動における生徒の自主性をはぐくむ指導の一試み ― ソフトテニス部に対するコーチング実践を通して ― 名取市立第一中学校 概 薄井 康成 要 部活動には様々な教育的意義があるが,中でも生徒の自主性をはぐくむことは,将来 本人が直面する課題に立ち向かう上で重要である。しかし,これまでの指導実践では生 徒の実態把握や指導の曖昧さから,十分な成果を上げてきたとは言えなかった。そこで, 経験に頼ってきた実践面に,コーチングという視点を取り入れ,生徒が積極的に活動で きるよう支援しながら,集団の中で生徒の自主性をはぐくむことを試みた。 1 主題設定の理由 本校では生徒指導基本方針の中で部活動を, 「生徒の人間として調和のとれた育成を目指す」重要な 教育活動の一つであるととらえ,実践に力を入れている。部活動の教育的効果には様々なものがある が,中でも3年間の活動において培われた生徒の自主性は,その後の様々な発達課題に立ち向かう力 となる。 本校ソフトテニス部では,自主性に関連して次のような課題がある。①部員数 44 名の大きな集団の 中で,孤立を避けるためや技術レベルの違いによって小グループが形成される傾向にあること,②顧 問不在時、選手個人をはじめ部全体の練習に対するモチベーションが低下すること,③練習で培った 技術や能力を試合で十分に発揮できないこと,などである。これらは,生徒個々人と部集団としての 成長を妨げることにもなり,顧問として実態の把握と指導の工夫が必要であると感じていた。 そこでこのような課題を解決し,生徒が自信をもって積極的に活動する中で,個々の自主性をはぐ くむための方法として,コーチングを取り上げることにした。コーチングは,生徒との双方向のコミ ュニケーションを通して生徒の主体的な活動を促し,競技力向上と人間的成長を促すものである。 また,コーチングの視点を取り入れることは, 「短期的な結果を過度に重視することで技術的な指導 や教示的な関わりに偏った」指導, 「スポーツを通しての教育的プロセスを軽視した」 (北村,他 2005) 指導を見直す上で重要であり,これまで顧問としての経験に頼ってきた実践面を理論面から再構築し, 生徒及び集団の成長を目指す上で効果的であると考えた。以上により本主題を設定した。 2 研究目標 部活動における生徒の自主性をはぐくむ指導方法をコーチングの実践を通して追究する。 3 研究仮説 部活動において,生徒個々の活動状況を把握し,心的支援を重視したコーチング実践を行えば,生 徒及び集団としての自主性をより高めることができるであろう。 4 研究対象と方法 4.1 研究対象 名取市立第一中学校 女子ソフトテニス部 44 名(1年 18 名,2年9名,3年 17 名) 4.2 研究方法 (1) 部活動及びコーチングに関する文献や先行研究からコーチングの理論と実践について学ぶ。 ― YU1 ― 部活動における生徒の自主性をはぐくむ指導の一試み (2) 生徒個々の技術や体力,精神面,活動状況などの実態を把握し,コーチング実践の筋道をつける。 (3) 1・2年生については,コーチングの実践を通して生徒個々に対する支援を行い,3年生は心理 的スキルの実態把握のために特徴的な2名の生徒のみ抽出し,心理的競技能力診断検査を実施する。 (4) 事後調査や日常生活の観察から,仮説の検証と今後の課題について検討を行う。 5 研究の概要 5.1 研究主題,及び副題について 5.1.1 「部活動」について 文科省(2002)では, 「運動部活動とは,学校教育活動の一環として,スポーツに興味と関心をもつ 同好の生徒が教師(顧問)の指導の基に,主に放課後などにおいて自発的・自主的に運動やスポーツ を行うもの」(文献〔2〕)と定義している。また久保(1998)は,「わが国の『運動部活動』は,『教 育』的な意図と『競技』的な意図とが交錯する二重空間に成立している」(文献〔3〕)としている。 本研究における「部活動」とは,上述した「運動部活動」のことを指し,その目的を①生徒個々の能 力の向上と勝利を目指す活動,②生徒個々の人間的な成長を目指すとともに,生徒の自主性をはぐく む活動,という二つの側面をもつ学校教育活動としてとらえた。 5.1.2 「自主性をはぐくむ」について 「自主性」とは, 「他の人びとの主体性を尊重しながら,同時に自己実現することを基準にして,自 分の在り方を考えて自ら行動する」ことである。(文献〔4〕)部活動において「自主性をはぐくむ」 ことは,生徒の日常の練習への積極的な取り組み,試合における実力発揮や判断力,自己会話(文献 〔5〕)による行動や気持ちの修正につながる。生徒は自分の行動を意識化し,自己対話を積み重ねる 中で,周囲からの支援や影響を受け,行動の流れを確認することができる。そして意識化された行動 に励ましや自信が加わることにより,次の自主的行動への意識がはぐくまれていくと考えた。 5.1.3 「コーチング」について コーチングとは, 「対象者の主体的な取り組みによって自身の能力を伸ばし問題解決を図るための行 動を形成する作用力であり,教育的情報のやりとりの相互関係の中で文脈が再構造化され意味や価値 が生み出されるもの」(文献〔6〕)である。本研究では,コーチングを「教師が生徒との相互関係 のかかわりによって,生徒が自分の考えをとらえ直し,主体的に解決できるように,側面から心理的・ 教育的・技術的に援助すること」と定義し,この意味で教育相談に包含されるものと考えた。 これまでの部活動指導を顧みると,部全体としての目標設定や大会後のミーティングなど,集団に 対する指導が主であった。また,個人に対しては,技術面のアドバイスや短時間の悩み相談のみにと どまっており,指導の中で生徒の自主性をはぐくむという視点が希薄であった。その反省に基づき, 生徒個々の技術や体力,部での立場や学年の違いなど,個に応じた支援の工夫が必要であると考えた。 そのために,より効果的と思われるコーチングの理論を取り入れていくことにした。(表1参照) 表1 コーチングの考え方(「コーチングとは」北村勝朗,2005 より改) 関わり コーチングにより目指す指導 これまでの指導 育成スタイル 引き出す,相手が持っているものを引き出す 教え込む,こちらが持っているものを与える コミュニケーション・スタイル 双方向,個に応じて 一方的な指示,画一的 フィードバックの形 承認のメッセージを送る 叱責し,批判する コントロールの仕方 自主的・自己責任 管理する 正解の所在 考えて見つける 答えを与える 5.1.4 「コーチング実践」について 本研究では,生徒の自主性をはぐくむための「コーチング実践」と「生徒の活動過程」及び, 「コー チング理論」との関係を次のように考えた。(図1参照) ― YU2 ― 部活動における生徒の自主性をはぐくむ指導の一試み 自主性をはぐくむコーチングの実践 生徒の活動過程 本校ソフトテニス部におけるコーチング実践 コーチング実践のベースとなるもの 自己確認(技術・体力・精神面・チームの一員として) ・生徒個々の実態把握 目標・課題の設定 ・双方向のコミュニケーション ・寄り添う姿勢 積極的活動への阻害要因の確認 コーチングの3要素 練 習 ・ 経 験 〈意識化〉 〈熟達化〉 克 服 ・ 解 決 ・ 失 敗 評 価 ・ 反 ① 集 団およ び個に応 じた 練習の提供 ・ 基礎基本の徹底 ・ 個性を伸ばす援助 ② 多様な練習課題の提供 ・ 他の指導者の練習法導 入 ・ 合同練習会 (他校・男女・他競技) ・ 他競技を取り入れた練 習 (野球・バスケ・陸上) ③ パフォーマンス発揮に 必要なトレーニング ・ 体力向上 ・ メンタルトレーニング 省 達成感・自信・修正 部日誌・個人カードの記入 意識化 個人面談・声掛け 自己対話 ① 考える場面の設定 ② 練習内容理解のための 説明徹底 ③ 目標設定 (個人・集団・中期・短期) ④ ビデオ撮影によるフィ ードバック ⑤ 多くの試合経験 支 集団規範・ソーシャルサポート ① 心的支援 ・ 個人カード作成 ・ 個人面談 ・ ミーティング ・ 部日誌 ・ 規範獲得に向けた指導 ・ ルール作り ・ リーダー育成 行動過程の修得 振り返り・励まし・自信の獲得 自主的行動 援 ② 環境設定 ・ ともに活動する時間の確保 ・ 練習時間の確保 ・ 外部指導者の導入と 協力体制の確立 ・ 保護者との協力体制の確立 実践を支える コーチング理論 コーチの役割 コーチング実践の 3 要素 ・ パフォーマンス向上 〈熟達化〉パフォーマンスに関わる選手のスキル向上を目指した 一連の関わり ① 段階に応じたスキルの習得 ・ 基礎技術の習得 ・ 多様性の涵養 ② 創造性の伸長 ・ 個性に応じた育成 ・ 考える習慣育成 〈意識化〉選手がプレーへ向かう姿勢や思考力の育成を目指した 指導的関わり ① 必要性の認知 ・ 練習に対する意味付与 ・ 将来的ビジョンへのつながり ② 身体全体による専心 ・ 練習テーマへの没頭 ・ 多様な状況への対応 〈支援〉選手を取り巻く生活自体への支援プロセス ・ 心的支援 ・ 環境支援 ・ 人間的成長 コーチング実践 熟達化 意識化 図1 コーチング実践の構造図 (文献〔1〕〔5〕 〔6〕を参考に作成) 支 援 図1 コーチング実践の構造図 (文献〔1〕 〔5〕〔6〕を参考に作成) ― YU3 ― 部活動における生徒の自主性をはぐくむ指導の一試み コーチングにおいては, 「教育的なプロセスと同時に,技 表2 術的な育成もメンタルモデルに大きな影響を与える要素で ある」(文献〔1〕)とされる。このことから本研究では技 生徒の目標とするもの (生徒の個人カードの記述より) 個人に関すること 術面の指導に加えて,生徒が部活動において目標とするも ・サーブ,バック(苦手部分の強化) の(表2参照)と,教師側のこれまでの指導の反省から, ・膝を折る,動きを速く,きれいなフォーム 心的支援について次の二つに焦点を当てる。 技術の 一つ目が「メンタルトレーニングにおける支援」である。 向上 ・安定,スピード ・イメージトレーニング,観察,予測 これは,①指導者が「競技スポーツに関する心理学だけで ・練習,経験,試合慣れ,努力 なく,健康のために行われるスポーツ,スポーツ集団の運 ・練習メニュー,自主練習,工夫した練習 営法,技術の心理的指導,悩みを持った選手の相談などの ・勇気,強気,自分に勝つ,甘えをなくす 心理学やスポーツ科学一般の知識を学ぶ」(文献〔5〕)こ と,②双方向のコミュニケーションを通して, 「アセスメン 精神面 ・積極性,自主的,決断,集中力,自信 の向上 ・やる気,勝利意欲,あきらめない ト,プログラムの作成と技法の学習,振り返り・評価,フ ォローアップ」(文献〔5〕)をすることである。 二つ目が「個人カード・部日誌の作成と活用」である。 これは,①教師が生徒個々の実態を把握し,個に応じた支 援を行い,②生徒自身が自分の活動を意識化し,③生徒と ・よいイメージ,リラックス,平常心 その他 集団に関すること ・ボール拾い,声出し,当番,応援 規範 ・めりはり,きびきびと,けじめ 教師の信頼関係をより深めることをねらいとする。技術・ 体力・精神面の現状,個人や集団としての目標,積極的な 活動を妨げる阻害要因などを記入させ,相互の会話を通し ・コートマナー,学習との両立 集団 ・仲のよい,団結,優しさ,感謝,協力 づくり ・励まし合い,コミュニケーション て生徒の自主性をはぐくむために活用していく。 5.2 実態調査 5.2.1 実態調査のねらい 生徒一人一人の体力・技術の実態把握,心理的スキルに対する調査を実施し,部活動における生徒 個々へのコーチングの留意点を明確にする。 5.2.2 調査対象 名取市立第一中学校 5.2.3 女子ソフトテニス部 29 名(1年 18 名,2年9名,3年2名) 調査期日と内容 (1) 平成 18 年5月 25 日 新体力テスト(文部科学省) 生徒の体力の現状を把握し,運動生活の方向を見いだすために行う。握力・上体起こしなど8項目。 (2) 平成 18 年8月8日 心理的競技能力診断検査(文献〔7〕) スポーツ選手がもっている特性としての心理的競技能力(忍耐力・自信・集中力など 12 項目)を調 べるテスト。女子ソフトテニス部独自に実施し,新体力テストと併用して実態を把握する。 5.2.4 調査結果の分析と考察 (1) 新体力テストの結果について 本校ソフトテニス部と全国平均値を比較すると,「反復横とび」「ハンドボール投げ」の2項目が平 均を下回っていた。反復横とびの能力は,テニスのフットワークの敏捷性や瞬発力に直結する。ラダ ートレーニングやダッシュなどを練習メニューに取り入れるとともに,足の運び方や重心の確認,目 線の高さなど,試合における必要性を考えさせながら強化しなければならない。ハンドボール投げに ついては,日常生活において,肩を回すという動作が身に付いていないことが原因であると思われる。 投げる動作は,サーブやスマッシュに直結する。遠投やゴムチューブなどにより肩の筋力を鍛えると ともに,教師の動作をまねることやビデオ撮影によるフィードバックにより,動作自体を身に付けさ せる必要がある。 また,総合判定が下位群の生徒については,基礎体力の不足とともに,身体的な理由や成長段階, 栄養バランスなども原因として考えられる。部員全体のレベルアップを図るとともに,自分のペース ― YU4 ― 部活動における生徒の自主性をはぐくむ指導の一試み を守り練習させることや部の雰囲気作りなど,個に応じた支援や配慮が必要である。 (2) 心理的競技能力診断検査の結果について 検査の結果,特に「決断力」「予測力」「判断力」の心理的スキル(文献〔5〕)の不足が分かった。 (補足資料参照)これらのスキル獲得には,ビデオ映像を取り入れた認知的トレーニング(文献〔5〕) や試合本番を想定した練習において,指導者が何を予測・判断するのか,その結果が正しいのかとい った具体的なアドバイスや解説を与えることが必要である。 また,抽出した2名の3年生A・Bは,体力面ではほぼ同じレベルにある。技術面でも県大会出場 レベルであり,試合数もかなりの数を経験している。しかし,生徒A・Bそれぞれの試合前・試合中 の会話では,BはAより,緊張感を訴えたり負けを意識したりした内容が多かった。さらに,大きな 大会で,Bは自分の技術や能力を十分に発揮できないことが多かった。二人の心理的競技能力診断検 査の結果を比較すると, 「自己実現意欲」 「決断力」 「判断力」に大きな違いがある。1・2年生におい ても,この3項目の数値が低く,本校ソフトテニス部の心理的スキルにおける共通の課題と言える。 (3) タイプ別の事例について (1)(2)の実態調査の結果と技術面,部における立場の違いを基に,生徒の中から代表的な3名を事 例として抽出し,日常の部活動への取組について変容を探ることにした。(表3) 表3 タイプ別抽出生徒の8月における部活動への取組について 生徒のタイプ 新体力テスト 心理的競技能力 技術面 タイプ1 判定 C 判定3 A タイプ2 判定 A 判定3 B 部活動における取組など 部のリーダーとして期待される,「集中力」の支援が必要 集団への意識が低く本人の技術の向上が中心の活動,「自信」「判 断力」の支援が必要 タイプ3 5.3 判定 D 判定1 C 自己肯定感が低い,技術・体力・精神面ともに支援が必要 指導対策 研究仮説と実態調査の結果から,次のような指導対策を立てた。 5.3.1 生徒個々の実態把握について 女子テニス部 個人カード 生徒個々の実態把握を,技術・体力・精神面から行う。体力 面については新体力テストの結果を,精神面については心理的 年 組 番 氏名 ○ 心理面について 競技能力診断検査の結果を,それぞれプロフィール化し, 「個人 協調性 判断力 カード」 (図2)に記入させることで,生徒個々に意識化させる。 予測力 技術面については,毎日の活動における観察が大切である。共 忍耐力 20 15 10 5 0 闘争心 自己実現意欲 勝利意欲 自己コントロー ル能力 リラックス能力 決断力 自信 集中力 に活動する中で,支援のための実態を把握する。また,自分の 心理的競技能力の尺度別プロフィール 動作をイメージできない生徒が多い。ビデオ撮影を通して,生 徒個々にフィードバックしていく。 5.3.2 ○ 体力面について メンタルトレーニングのための支援について 握力 10 生徒の自主性をはぐくむために,生徒と教師双方向のコミュ ハンドボール投げ ニケーションを通して, 「熟達化」 「意識化」そのための「支援」 実践する。心理的競技能力の診断・目標設定・トレーニング・ 振り返りという流れから,生徒個々の心理的スキルを強化して いく。また,教師が個に応じた支援と生徒自身が活動を意識的 0 長座体前屈 50M走 反復横とび 持久走 を実践する。その中でも,前述したこれまでの教師側の反省と 生徒の目標を踏まえ, 「メンタルトレーニングのための支援」を 上体起こし 5 立ち幅跳び ○ 技術面について <自分のベストショットは> <ここを頑張りたい> 図2 個人カードNO.1 にとらえることができるよう,個人カードを作成し活用する。 5.3.3 個人カード・部日誌の作成と活用について コーチング実践にあたって,その指導のベースとなるものは,①生徒個々の実態把握,②双方向の コミュニケーション,③寄り添う姿勢であると考える。双方向のコミュニケーションをとるために, 部日誌の提出と個人カードを活用した生徒個々との個別相談を行う。部日誌は毎日の活動を意識化さ ― YU5 ― 部活動における生徒の自主性をはぐくむ指導の一試み せるとともに,自由に記入できる欄を設けることで,生徒個々の考えや思いを汲み取るものとして考 えている。個別相談は,個人カードや部日誌を基に実施する。心身の最適な状態が維持できるように, ストレス原因や課題と向き合い解決に向かうために,個々の相談を受ける。 6 具体的な実践内容とその経過 6.1 実践例1:メンタルトレーニングのための支援 (1) 生徒個々が自分のメンタル面について,どのような課題をもっているのかを個人面談によって確 認した。そしてメンタルトレーニングの動機付けを高めるために,その必要性を説明し,心理的競技 能力診断検査を行った。 (H.18.8.8) (2) 個人カードに,各自の心理的競技能力診断検査の結果を記入させた。その後個人カードに,具体 目標や達成に必要な練習内容,阻害要因などを記入させた。同時に,心理的競技能力診断検査の結果 において,その数値が低い生徒に対して個人面談を行った。また部全体に対しても,今後のトレーニ ングによって数値の上昇が可能であることを説明した。 (3) 心理的競技能力診断検査の結果から,生徒個々の優れている項目と鍛えるべき項目を個別相談で 確認し,トレーニングメニューを提示した。メニューについては,徳永(文献〔5〕)や猪俣(文献〔8〕) が提唱する中から,生徒が比較的取り組みやすく継続可能なメニューを選択した。(補足資料参照) (4) 第2回目の心理的競技能力診断検査を実施(H.18.11.22)し,その結果を個人カードに記入させ た。前回の結果と比較させ,これまでの目標設定とトレーニングについて自己評価させるとともに, 今後の目標設定について声掛けを行った。 6.2 実践例2:個人カードを活用した全体ミーティング (1) 実施期日 平成 18 年 10 月4日 (2) 実施内容 新人大会後,個人カード(図3)を記入させ,これまでの 練習や実践に対する振り返りを行わせた。同時に,新たな目 標を設定させ,部員の前で自己宣言(文献〔5〕)させるとと もに,全員で模造紙に各自の目標を記入し,部室に掲示した。 (3) 指導経過 自己宣言による部員の思いを基に,次の大会に向けて2年 生に練習メニューを作成することを指示した。2年生9人そ れぞれが日替わりで練習を計画した。計画者には当日,練習 内容を説明・指示することで,リーダーとしての役割を体 験 させた。 6.3 図3 実践例3:個人カード・部日誌を活用した個別相談 個人カード記入例 (文献〔5〕 〔7〕を参考に作成) 個人カード及び部日誌の内容を基に随時個別相談を行った。生徒に応じて,技術面・精神面・友人 関係や学習の相談など,本人が話し合いたいことが中心となった。また,コーチング実践における意 識化の「考える場面の設定」や「練習内容理解のための説明徹底」,これまで曖昧であった目標設定や 達成のための具体的な対策の検討などにも活用した。面談に当たっては,答えを与えるのではなく, 生徒が自分の考えをとらえ直し,主体的に解決できるように話し合うことを意識して行った。 7 結果と考察 7.1 事後アンケートの結果分析 7.1.1 生徒の自主性について 事後アンケート結果項目①から,全員が意欲的に活動しているという意識をもっていることが分か ― YU6 ― 部活動における生徒の自主性をはぐくむ指導の一試み る(図4)。自主性の第1段階である行動 の意識化では,生徒のコーチング実践に 対する自由記述項目③④から,個人カー ①部活動に意欲的である ドと部日誌の記入が効果的であった(表 ②他者の話を真剣に聞いている 4)。反面1年生の中には,顧問の説明不 ③周りを考えて行動している 足により,漠然とした記入になったり, ④自分の考えで行動できる 0% うまく活用できなかったりした生徒もい る。自主性における他者の主体性の尊重 については,図4項目②③から多くの生 20% 40% 60% A:思う B:やや思う C:やや思わない D:思わない 80% 100% 徒が意識していることがわかる。また, 項目④「自分の考えで行動できる」については, 図4 事後アンケート結果 半数以上がA・Bと回答しているが,意欲的活動に対する意識と比較すると隔たりがある。項目④に おいて,Aと評価した3名は,技術レベル上位生徒と学校生活におけるリーダー的生徒である。この 3人に共通することは, 「明確な個人の目標をもっている」という項目での回答がAである。このこと から,生徒の自主性をはぐくむためには,明確な個人の目標設定が重要であることが分かる。反対に C・Dと回答した生徒 10 人のうち6人は,「その練習が試合のどの場面に必要か理解している」とい う項目においても,その回答がCであった。そして,その6人のうち5人が「部日誌は役に立った」 という項目においてもCと回答している。このことは,双方向のコミュニケーション不足が原因とし て考えられる。 表4 事後アンケート自由記述 ①心理的競技能力診断検査に対する自由記述……精神面の弱い部分が理解できた・気付いた(11 人),自分自身を改めて知った(5人) よく分からなかった,生かせなかった(5人),次の活動に生かすことができた(3人) ②メンタルトレーニングに対する自由記述……弱点を克服することができた・良い方向に変わった(11 人) 結果がでない・試合で生かせない(5人),継続できない(5人),試合で生かせた(2人) ③個人カードに対する自由記述……自分の課題や目標がはっきりした(10 人),自分自身を改めて知ることができた(6人) 次の活動に意欲的に取り組める(3人),活用できなかった・実行できなかった(3人) ④部日誌に対する自由記述 その日の活動を振り返り,反省することができた(13 人),1 日の活動内容を理解することができた(4人),活用できなかった(3人) ⑤部活動で身に付けたこと,成長したこと 技術,体力が身に付いた(14 人),あきらめない・精神面の強化(10 人),協調性・周りのことを考えて行動する(6人) 自分で考えて行動できる(3人),積極性(1人),集中力(1人),時間の有効活用(1人) そこで,今後の指導において,生徒の思考の整理と確認が必要と考えた。また,C・Dと回答した 10 人のうち7人が, 「試合で自分の力を発揮している」 「テニスの技術が向上した」のどちらか,また は両方でCという回答であった。また,10 人のうち5人の自由記述には,「みんなに迷惑をかけない ようにしたい」 「団結力が必要」というものもある。このことから,技術や試合に裏付けられた自信と 他者を認め受容するチームづくりが,自主性をはぐくむために必要であることが分かった。 7.1.2 コーチング実践について コーチング実践のベースとなる「双方向の コミュニケーション」は,図5項目①から比 較的良好であることが分かる。Cと回答した ①顧問に自分の考えを伝えられる 7人のうち5人が1年生であることから,2 年生中心の活動方針を改めなければならない ②試合で自分の力を発揮できる 0% こと,生徒個々と接する時間の確保が今後の 課題と言える。 「メンタルトレーニングのため の支援」では,表4項目①②から,自己確認 と自己対話に対して有効であった。反面,図 20% A:思う C:やや思わない 40% 60% 80% B:やや思う D:思わない 図5 双方向のコミュニケーションについて ― YU7 ― 100% 部活動における生徒の自主性をはぐくむ指導の一試み 5項目②から,まだ試合における実力の発揮には至らず,今後も継続的なトレーニングが必要である。 「個人カード・部日誌の作成と活用」では,表4項目③④から,自己の内面を整理することに効果的 であった。 7.2 全体的な指導の成果 7.2.1 コーチング実践を通しての指導の改善点について コーチング研究は現在, 「優れたリーダーは必要な技術を学ぶことによってリーダーシップを発揮し ている,という行動理論の立場に移行している」とされる(北村,2001)。このことについて実践を通 し,指導者として次のことが必要であることが分かった。①個に応じた支援をするための調査に基づ いた実態把握,②育成スタイルを「教え込む」 「与える」という意識から,生徒自身に考えさせ「引き 出す」という意識への転換と,そのための練習の計画・実践,③メンタルトレーニングの支援など, 経験のみに頼らず指導者自身が学び続ける姿勢,④生徒自身が課題と向き合い解決に向かうために, 双方向のコミュニケーションを意識した言動,⑤集団づくりを意識した全体ミーティングと生徒自身 が考える場の設定,などが挙げられる。 7.2.2 生徒の変容について (1) 生徒の具体的行動(教師の観察から) 日常の部活動において,次のような生徒の変容が見られた。①昼休みの2年生の自主練習,②家庭 用練習メニューの作成,③試合におけるメンタルトレーニングの活用,④2年生による1年生の技術 指導と2年生同士によるアドバイス交換,⑤インターネットによるランキングプレイヤーのフォーム 研究,⑥生徒によるミーティングの実施,⑦生徒からの積極的なアドバイスの要求,などが挙げられ る。このことは,個人と集団において,毎日の活動や自分の課題が意識化されたこと。そして,そこ に評価や反省という振り返りが加えられ,次の目標や課題を設定するという意識がはぐくまれたと考 えられる。 (2) 生徒の意識の変容(個人カード・部日誌の記述から) 新人大会後の個人カード及び 10・11 月の部日誌から,生徒の自主性に関して意識の変容が現れた表 現に,次のようなものが挙げられる(表5)。 表5 生徒の意識の変容が現れた表現 個人に関すること 集団に関すること 自ら進んで行動,作戦を考える,頼らない,目標をもっと具体的に,率先して,自分で考えて判断,考えてプレー, 自分に合ったフォーム,プラス思考,家で黙想,地道な努力,人の良い所をまねる,粘るための持久力をつける 後輩の指導,互いにアドバイス,進んで球拾い,時間を無駄にしない,自分の仕事に責任をもつ,皆のために, 部活を盛り上げる声出し,日頃の練習を大切に,一つになる,チームワーク,部員としての自覚 これらの表現から,自主性をはぐくむための「自己対話」を生徒が行っていることが分かる。新人 大会という大きな大会での敗戦を通して,その内容もこれまでの技術面中心のものから,より自分と 集団の課題を意識化したものへと変化してきている。今後,その意識を継続するために,生徒個々へ の声掛けや励ましが必要である。 7.3 事例研究(タイプ別抽出生徒について) (1) 生徒タイプ1 ・「集中力」の強化のため「一点集中」と「セルフトーク」によるトレーニングの実施 ・8月の診断検査「集中力」の得点12,11月の得点13 メンタル面の支援 ・サイキングアップによる精神の安定やセルフトークの実践により大会に臨む ・本人・周囲の期待の結果が得られず,11 月の診断結果は前回とほぼ変化なし ・診断検査を基に,明確な目標を設定することができた ・(8月)試合になると自分のプレーができなくなる,上手い人に教えてもらう,できれば 個人カードから 県でも通用するような選手になりたい ・(11 月)考えてプレーできた,試合の流れを作れた,無駄な時間を減らす,自分から進 んで行動する ― YU8 ― 部活動における生徒の自主性をはぐくむ指導の一試み 部日誌から 事後アンケートから ・(8月)コーチが来てくれてたくさん練習できた,少しでも勝てるようになりたい ・(11 月)苦手部分を意識して,互いにアドバイスし合う,これからの課題について ・部日誌の活用(その日のことを振り返ることで,今後の目標を立てられる) ・上級生として皆をまとめる,自分から進んでやる,自主性の自己評価A ・技術,精神力を支える体力強化が必要。家でも毎日の筋トレに取り組むようになった。 教師の観察から ・自分の技術向上とともに,部のリーダーとしての自覚もはぐくまれ,以前より周囲への 声掛けが多くなった。 ・顧問との会話では,技術面とともにチームのまとまりについての話題が増えてきた。 12 月の大会でのベスト4進出,技術の向上も伴い,その言動に自信が増したように感じられる。ま た,事後アンケートの記述内容からも選手個人としてチームのリーダー的存在として,自主性が十分 にはぐくまれていることが分かる。 (2) 生徒タイプ2 ・「自信」と「判断力」の強化のため,「鏡を使った自己暗示」と「セルフトーク」によるトレ メンタル面の支援 ーニングの実施 ・「自信」の8月の判定1が11月は判定2に向上,判断力得点5が8に上昇 ・プレッシャーに対する弱さの自覚,鏡を使った自己暗示を毎日行うことを面談で決める ・(8月)プレッシャーに弱い,アドバイスをできたらする,自信がない 個人カードから ・(11 月)次は~できるように,人に頼らず自分から行動,アドバイスをする,きつい練習 をして自信をつける 部日誌から 事後アンケートから 教師の観察から ・(8月)練習は楽しいが試合は楽しくない,どうしてか分からない ・(11 月)練習内容が確認されている,きついが頑張れた ・個人カードの活用(自己確認),部日誌(1 日の活動の振り返り) ・練習メニューを考える,コートで打つ時間以外を有効に,自主性の自己評価A ・自分の技術向上中心の取組から,ペアで話し合い自主練習のメニューを作成する。 ・顧問との会話では,次第に体力面・精神面の向上を考えた内容に変化している。 個別面談を通して,活動への意識が個人の技術面だけにとどまらず,次第にペアや集団の向上へと 変化している。また,部日誌と個人カードの活用が,自主性における「意識化」に効果的であった。 (3) 生徒タイプ3 ・全項目尺度が低く判定1,「鏡を使った自己内言」によるトレーニングをアドバイス ・8月の総合判定1から11月の総合判定2に向上 メンタル面の支援 ・8月の診断結果を悲観的にとらえる。個人面談による心のケアと今後のトレーニング について相談 ・感情のコントロールが未発達,褒められる経験の不足やコミュニケーション能力の不 足を意識した対応 個人カードから 部日誌から ・(8月)緊張してお腹が痛い,素振りから頑張る,仲の良い部活 ・(11 月)ペアのカバーをする,少し緊張しなくなった,ちゃんと試合を見る ・(8月)・疲れたけどまじめに取り組めた,いい結果になるように ・(11 月)みんなで頑張った,最後までやれた ・個人カードの活用(自分のことがよく分かり,自分のだめな所を直したい) 事後アンケートから ・心理的競技能力診断検査の活用(はっきりと自分が分かった) ・ミスを引きずらない,もっと上手くなるために家でも練習,自主性の自己評価B ・自分の意見や考えを上手に表現できず,言いたいことを我慢していた。 教師の観察から ・時間を気にせず話合いをもつことで,次第に気軽に話し合えるようになった。 ・家での練習メニューを作成し修正を求める。ペアの協力もあり技術面も向上している。 ― YU9 ― 部活動における生徒の自主性をはぐくむ指導の一試み 双方向のコミュニケーションを確立するために,できるだけ多くの時間接することを意識した。ま た,褒めることや励ますことで,次の自主的行動へつなげたいと考えた。今後は,技術面における多 くの試合経験,体力面におけるやり遂げることへの励まし,精神面における一層のコミュニケーショ ンの確立が必要である。 3 人のタイプ別抽出生徒の事例から,生徒の自主性をはぐくむためには,双方向のコミュニケーシ ョンを通して,①明確な目標の設定をすること,②その目標を達成するための生徒個々の実態に応じ た方策を検討すること,③現在の自分と部全体を意識化することが大切であるということが分かった。 また,技術面・体力面・精神面において,生徒個々の実態と課題にも大きな違いがある。双方向のコ ミュニケーションを通して,①意識化された生徒個々の課題を整理すること,②個に応じたペースで, 自分の課題に取り組ませることが自主性をはぐくむために必要であると考える。 8 研究のまとめと今後の課題 8.1 コーチング実践の成果 (1) 部活動において,技術・体力・精神面について調査に基づいた実態把握をすることは,①顧問が 生徒個々に応じた目標設定やアドバイスなどの心的支援を行うために,②生徒自身が自己を確認し, 次の具体的な目標を設定するために有効であった。 (2) 心的支援を重視したコーチング実践において,①メンタルトレーニングにおける支援は,自主性 をはぐくむための「自己確認」 「自己対話」に対して効果があった。②個人カード・部日誌を活用した 個別相談は, 「生徒の活動過程の意識化」 「双方向のコミュニケーション」に効果があることが分かり, 生徒の積極的な活動の支援に有効であった。しかし,技術・体力レベルや学年の違いにより,自主性 の具体的な行動・意識内容に差が生じた。③個人カードを活用した全体ミーティングは, 「部員として の自覚や誇り」「よりよい集団の規範獲得」につながり,自主性における「行動過程の修得」「他者の 主体性の尊重」に有効である。 8.2 今後の課題 (1) コーチングの視点を取り入れることは,これまでの顧問としての経験に頼ってきた実践面を,理 論的な面から確かなものにするために効果的であったと言える。今後,更に実践を継続しながら生徒 の変容を考察し,より教育的効果を上げるための指導方法を追究していきたい。 (2) 個に応じた支援を通して生徒の自主性をはぐくむことを目指したが,部活動では個に対する集団 の影響は大きく,集団づくりが改めて重要であることを痛感した。今後,よりよい集団づくりを通し て,集団としての自主性をはぐくむ指導方法について追究していきたい。 主な参考文献 〔1〕北村勝朗,齋藤茂,永山貴洋:「優れた指導者はいかにして選手とチームのパフォーマンスを高め るのか ― 質的分析によるエキスパート高等学校サッカー指導者のコーチング・メンタルモデル の構築 ― 」 スポーツ心理学研究 〔2〕文部科学省: 「みんなでつくる運動部活動」 〔3〕久保正秋:「コーチング論序説」 〔4〕坂本昇一:「生徒指導が機能する教科・体験・総合的学習」 〔5〕徳永幹雄:「教養としてのスポーツ心理学」 第 32 巻第1号 2005 東洋館出版社 2002 不昧堂出版 1998 文教書院 1999 大修館書店 2005 〔6〕北村勝朗: 「 『教育情報』の視点による『コーチング』論再考 ~ ブラジル・プロフェッショナル・ サッカー指導者の指導実践を対象として ~ 教育情報学研究第2号 2004 〔7〕徳永幹雄:「ベストプレイへのメンタルトレーニング」 大修館書店 2003 〔8〕猪俣公宏:「メンタルマネジメント・マニュアル」 大修館書店 1997 ― 」 YU10 ―