Comments
Description
Transcript
西洋演劇史
15.1.13 1.世紀転換期から20世紀 反リアリズムへ 西洋演劇史 第11回:現代演劇(1) (1)神秘主義・象徴主義 (a)リヒャルト・ワーグナー(1813〜1883) ・総合芸術 世界の全ての情念を取り込む 神話・伝説を題材に、詩や音楽、舞踊で表現 ・バイロイト祝祭劇場 深く沈んだオーケストラピット→神秘的な音 ・代表作:『ニーベルンゲンの神話』、『トリスタンとイ ゾルデ』 (2)未来派(イタリア) (a)フィリッポ・トンマーゾ・マリネッティ (1876〜1944) ・未来派宣言(1909) 伝統文化を切り捨て、機械・速度・戦争を讃美 即興・ハプニングを重視(街頭パフォーマンス等) ・騒音芸術(ルイジ・ルッソロ) イントナルモーリ(自然の雑音を再現する楽器)の 使用 バイロイト祝祭劇場 1 15.1.13 (3)シュルレアリスムから残酷演劇へ (フランス) (a)アンドレ・ブルトン(1896〜1966) 初期・・・トリスタン・ツクァラと、「意味」の支配に挑 戦するダダイズム運動を展開 → 限界を感じ、深層心理、夢、無意識のような心 的事象のイメージ化へ ・シュルレアリスム宣言(1924) (4)表現主義から教育劇へ(ドイツ) (a)表現主義(第一次大戦後) 外部の印象に基づく現実の再現ではなく、内面や 主観の表出の追求 幻覚・激情・啓示・暴力等が渾然一体となった「ゆ がみ」の表現 (b)ベルトルト・ブレヒト(1898〜1956) → 後述 (b)アントナン・アルトー(1896〜1948) ・バリ島演劇の発見(1931) ・「残酷演劇」の提唱 シュルレアリスム運動に参加していたが決別。 (1931)バリ島演劇を発見し、「力」と「エネルギー」を 基に乱舞する身体(トランス状態)のイメージを称賛。 身体性を重視し、あらゆる限界を超えて押し進めら れる極限状態の表現として「残酷演劇」を提唱。 (5)構成主義(ロシア) 絵画・詩のような二次元だけでなく、工業製品(包 装紙・労働服・コップ・皿)や舞台装置など、三次元 のモノを通して表現 (a)フセヴォロド・メイエルホリド(1874~1940) ・ビオメハニカ 演出家の指示や、俳優の動作や身振りに俳 優の感情が即座に反応する身体訓練 2 15.1.13 (6)不条理演劇(フランス、他) (a)サミュエル・ベケット(1906〜1989)→後述 (b)ユージーヌ・イヨネスコ(1912〜1994) (1)ブレヒトの演劇観 アリストテレスによる悲劇の定義「(観客に)恐怖と同 情の念を起こさせ……最後にそのような感情からの 浄化(カタルシス)をひきおこす」(『詩学』)と真逆の 「叙事演劇」(異化効果)を提唱 アリストテレス的な 従来の演劇 ブレヒトの叙事演劇 観客は感情移入する。 観客は観察者となり、判断を 下す。 場面ごとに関連性がある。 場面、場面が独立している。 俳優は役に成りきる。 俳優は人物を単に示す。 → 反イリュージョニズム / 政治劇 2.ベルトルト・ブレヒト (1922)『夜うつ太鼓』 (1926頃~)マルクス主義を学び始める。 (1928)『三文オペラ』(音楽:クルト・ヴァイル) (1933)ヒトラーが首相に。ブレヒト亡命。(デンマークへ) (1940)『セツアンの善人』脱稿(初演は43年) (1941)アメリカへ。ハリウッド映画の脚本などを執筆。 (43 フリッツ・ラング『死刑執行人もまた死す』) (1949)東ドイツへ。劇団「ベルリナー・アンサンブル」結 成。『肝っ玉おっ母とその子供たち』 3.ブレヒトの主な作品 『三文オペラ』 (1)あらすじ 盗賊団の団長マックヒースとブラウン警視総監はか つての戦友。そのため、マックヒースの悪事をブラウン がもみ消したりしている。マックヒースは乞食ピーチャ ムの娘、ポリーを誘惑し、結婚する一方、ブラウンの 娘ルーシーも誘惑している。娘を盗賊に奪われたピー チャムはマックヒースの悪事を警察に密告。乞食のデ モ隊を組織し、ヴィクトリア女王の戴冠式にぶつける。 ブラウンもさすがにマックヒースをかばいきれなくなる。 マックヒースは一度はルーシーのてほどきで逃走する が再逮捕され、絞死刑になる……ところへ、大どんでん 返し。女王の使者がやってきて、恩赦により死刑がと りやめになる→ハッピーエンド。 3 15.1.13 演劇版の結末 マックヒースは一度はルーシーのてほどきで逃走 するが再逮捕され、絞死刑になる……ところへ、大ど んでん返し。女王の使者がやってきて、恩赦により 死刑がとりやめになる→ハッピーエンド 映画版の結末 ポリーがメッキーのため込んだ財産を元手に銀行 を買収。娼婦の手ほどきで脱獄したメッキーと合流 しブラウンを頭取に。そこへピーチャムもやってき て・・・ なぜそうであるか、どうしたらそこから抜け出せるか、 その力はだれの手にあるか、ということはこの作品で は触れられていない。しかしブルジョア社会が弱い者 を「苦しめ裸にし襲い絞め食う」ことによってのみ、「た だ悪業によってのみ」生きていること、そこでごたいそ うに振れまわられている道徳は、食うもののない人間 にとっては何の役にもたたないという根本の真実は、 ここではきわめてはっきりしている。 (千田是也「解説」『三文オペラ』、岩波文庫より) (2)解釈例 『三文オペラ』の根本思想は、ブレヒトも言っているよう に、「泥棒はブルジョアだが、ブルジョアは泥棒か? と いう方程式」である。異化的効果をもちいて――つまり、 世界を暗黒街におきかえることによって――ブルジョア 社会に鏡をかかげ、ブルジョアの情意生活や道徳が、 追剥や淫売の情意生活や道徳と同じであることを曝露 し、「裕福に暮らす奴だけが楽しく生きられる」この世界 のすべての人間関係の事物化と資本化を批判すること である。(中略)ブレヒトが一九五五年にイタリーの演出 家ストレーラーに自慢しているように、この芝居によって はじめて、「これまでオペラを見ようとしなかった若い無 産者が突如として劇場に来るようになった」のは、この 作品が資本主義社会の基本的な真実を生き生きと芸 術的に描き出しているからである。「ブルジョアジーの支 配がもっぱら犯罪を土台にして生れ、またたえず犯罪を 生み出している」ことを曝露するというブルジョア社会の タブーに勇敢にぶつかっているからである。 4.不条理演劇 (the Theatre of the Absurd) (1)サミュエル・ベケット(1906~1989) (1937)祖国アイルランドを出てパリに定住(エグザ イル) (1951)小説三部作発表(『モロイ』、『マロウンは死 ぬ』、『名づけえぬもの』) (1952)戯曲『ゴドーを待ちながら』発表。53年にパ リで初演。 (1957)『勝負の終わり』 (1969)ノーベル文学賞受賞 4 15.1.13 4.ベケットの主な作品 『ゴドーを待ちながら』 (1)あらすじ 荒野の一本の枯木の下で、ルンペンらしきウラジミー ル(ディディ)とエストラゴン(ゴゴ)が、約束した「ゴドー」 を待っている。いくら待っても、「ゴドー」は来ないし、「ゴ ドー」が何者かもわからないが、いずれやって来るだろ うと思っている。そこへ、奴隷(ラッキー)を引っ張った暴 君(ポッツォ)が現れるが、目的を失ったルンペンの二人 には縁のない人たちだった。最後に少年が現われて、 ゴドーは明日やってくる、と告げる。それを聞いて、がっ かりした二人は枯木で首をくくろうとするが、綱が切れて しまう。二人は結局、ゴドーを待たなければならない。 (永野藤夫、『世界の演劇』の記述を一部改変) あえて言うなら、誰かがなぜある行動をとったかは、実は当 人にもよくは分からないものなのである。 (中略)そこで 我々は、別の問題に気づく。人間には世界が認識しつくせる、 人間には人間の存在や行動の動機を確認することができる とするのは、近代リアリズム劇の根底にある考え方だが、こ の考え方は果たして正しいのかという問題である。実際に 我々が知ることができるのは、個々の事実だけなのだ。事 実と事実との間に何らかの関係を認め、たとえばある人間 のある行動をその人間の別の行動によって説明したりする のを、いけないという気はない。だが、関係だの因果律だの は、我々が現実に解釈を施した結果なのであって、それら が現実の一部であると考えるのは錯覚にすぎない。近代リ アリズム劇の根本的な誤謬は、これが錯覚であることに気 づかなかった点にある。人物がどんな存在であるかを突きと めたり、人物がなぜ特定の行動を選んだかを把握したりす ることなど、実際にはできないのに、近代リアリズム劇の作 者たちは、作品の中でそういうことをやってのけた。(喜志哲 雄、『英米文学入門』より) (2)解釈例 たとえば、「ゴドー」という名前には「ゴッド」が含まれて いるから、ゴドーとは「神」のことだとする解釈がある。あ るいは、「ゴドー」とは「死」のことで、それが人間の最後 の瞬間までやって来ないのは当然だとする解釈もある。 しかし重要なのは、ゴドーはあくまでも曖昧な存在でし かないという事実そのものではないのだろうか。考えて みると、我々は現実生活において遭遇するさまざまの 存在について、正体を突きとめ、納得のいく説明を手に 入れることは、きわめて稀である。我々は、程度の差は あれ、自分が遭遇する存在の曖昧さを受容れざるをえ ない。また、なぜゴドーは来ないのかとか、なぜエストラ ゴンとヴラジミールはゴドーを待ち続けるのかと問うの は、つまり、人間の行動の動機を問題にすることに他な らないが、我々が実人生において、他者の行動の動機 を完全に把握することなどないに等しい。 6.参考文献 〈書籍〉 ・喜志哲雄、『英米演劇入門』(研究社) ・永野藤夫、『世界の演劇』(中央出版社) ・ブレヒト(千田是也訳)『三文オペラ』(岩波文庫) ・ベケット(安堂信也・高橋康也訳)『ゴドーを待ちな がら』(白水社) 〈DVD〉 ・G. W.パブスト監督『三文オペラ』(ジュネス企画) 5