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翻訳論プロジェクト

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翻訳論プロジェクト
ISBN
978-4-87762-173-5
SFC-RM2006-010
翻 訳 論 プ ロ ジ ェ ク ト2006年 度 論 文 集
A
Search
‐Challenges
into
Language
in
Translation
and
Beyond
Studies‐
慶應義 塾大 学
霜 崎 研 究室
翻 訳 論 プ ロジェクト 2006年
度 論 文集
A Search into Language
and Beyond
-Challenges in
Translation
Studies-
2007年2月
慶應義塾大学 霜崎研究室
まえが き
本 論 文集 は 、政 策 ・メデ ィア研 究科 大 学 院 の 「
翻 訳 論 プ ロ ジ ェ ク ト」お よび 学部 の 「
翻訳分析
演 習 」 の2006年
度 の研 究成 果 を ま とめ た もの で あ る。
構 成 は 、 第1部(共
同研 究)と 、 第2部(個
人 研 究)か らな る。 第1部
分 析 演 習 で 取 り上 げ た サ ン=テ グ ジ ュペ リのLe
Petit Princeと6名
で は 、今 年度 の 翻 訳
の翻 訳 者(内 藤 濯 ・山崎
庸 一郎 ・池 澤 夏 樹 ・藤 田尊 潮 ・河 野 万理 子)に よ る邦 訳6編 を言 語 資料 と して選 択 し、<誤 訳 と
そ の周 辺 〉 を巡 って 、共 同研 究 を行 った 。翻 訳 者 は しば しば 「
演 奏 者 」に喩 え られ る こ とが あ る。
原 典 を解 釈 し、自分 の な か に構 築 した 作 品世 界 を 、別 の言 語 に転 換 す る作 業 に携 わ って い るわ け
だ が 、特 に文 学 作 品 の翻 訳 に お い て は 、作 品 の意 味 世界 を移 行 す る のみ な らず 、作 品 の ス タイ ル
ま で も翻 訳 す る こ とが要 求 され る。この 意 味 で は 翻 訳 者 は 単 な る 「
黒 子 」と して の存 在 で は な く、
「
演 奏 者 」 と して の存 在 と して力 量 を発 揮 す る こ とが 求 め られ る の で あ る。 こ うした 立 場 か ら、
翻 訳 者 が と もす る と標 準 か ら逸 脱 した翻 訳 を行 って い る と こ ろ に 、そ の個 性 が 現 れ て い るの で は
な い か とい う想 定 の も とに 、い わ ゆ る誤 訳 も含 め て 、そ の 周 辺 を探 索 す る こ とに よっ て 、翻 訳 作
品 の 特 徴 を明 らか に し よ うと した もの で あ る。
第2部 は 個 人 研 究 の成 果 を ま とめ た もの で 、今 回 は4名 の執 筆 者 の 投稿 論 文 を掲 載 して い る。
菅原 論 文 「LePe ti t Princeと
そ の 英 日訳 に お け る 『視 点 』 の考 察 」 で は 、原 典 に お け る視 点 の
取 り方 が 、英 訳 と邦 訳 にお い て どの よ うに再 構 成 され て い るの か を 検 証 した も ので あ る。松 本 論
文 「日本 語 にお け る無 生 物 主 語 を伴 う他 動詞 表 現 一 『ヰ タ ・
セ ク ス ア リス』 を 中 心 に 一 」 は 、
森 鴎 外 の 作 品 を言 語 資 料 と し、無 生 物 主 語 の他 動 詞 構 文 の使 用状 況 を分 析 した も ので あ る。佐 伯
論文 「
『星 の 王 子 さ ま』 にお け る発 話 表 出方 法-邦
訳 と 日本 語 の 関 係 一 」は 、英 訳 と邦 訳 を言
語 資 料 と して 、発 話 表 出 理 論 に基 づ い て発 話 の分 析 を行 い 、邦訳 の特 徴 を 明 らか に しよ う と した
もの で あ る。 葦 沢 論 文 「
『星 の 王子 さま 』 の 日英 訳 にお け る会 話 表 現 の研 究 」 は話 法 の 違 い か ら
見 た 日英 語 の特 徴 を探 っ た もの で あ る。
論 文 と して の完 成 度 は必 ず し も十 分 とは 言 え ない も のの 、
執 筆 者 が 言語 と翻 訳 の 問題 に真 摯 に
向 き 合 い 、考 察 した 結 果 を ま とめ上 げた 点 を評 価 して いた だ けれ ば 幸 い で あ る。ま た 、未 熟 さゆ
え の 思 わ ぬ 思 い 違 い や 言 葉 足 らず の表 現 が含 ま れ て い る可 能 性 が 多 々 あ る が 、この 点 に つ い て は、
ご叱 正 を乞 う次 第 で あ る。
翻 訳 論 プ ロ ジ ェ ク トの論 文集 を過 去3年 にわ た り刊 行 して き たが 、今 回 で4冊 目の 論 文 集 と な
る。編 集 に あた り、政 策 ・メデ ィア研 究 科 大 学 院 修 士 課 程2年 の菅 原 久佳 君 と松 本 裕 介 君 、総 合
政 策 学 部4年 の鈴 木 陽 子 君 の 尽 力 が あ っ た。 ここ に記 して 、感 謝 の 意 を 表 した い 。
2007年2月
霜崎 實
目次
まえ が き
(i)
目次
(--)
第1部
共 同 研 究 Le
Le
Petit
Princeの
Princeの
邦 訳 に お け る誤 訳 と そ の 周 辺
佐伯 祥太
3
4
邦 訳 に お け る誤 訳 と そ の 周 辺
菅原 久佳
5
5
一
池 澤 訳 の特 徴 一
邦訳 に お け る誤 訳 とそ の周 辺
葦沢 大
田訳 の特 徴 一
Princeの
邦訳 にお け る誤 訳 とそ の周 辺
鈴木 陽子
3
8
Le-Petit
一
Princeの
3
7
Petit
-藤
河野訳の特徴 一
個 人研究
Petit」Princeと
そ の 英 日訳 に お け る 「視 点 」 の 考 察
P
O
2
1
松本 裕介
日本 語 に お け る 無 生 物 主 語 を 伴 う他 動 詞 表 現
一
菅原 久佳
QU
9
Le
松本 裕介
山 崎 訳 の 特 徴-
Petit Princeの
第2部
邦 訳 にお け る誤 訳 とそ の 周 辺
橋 訳 の 特 徴-
-Le、petit Princeの
Le
霜崎 實
5
3
Petit
一
邦 訳 にお け る誤 訳 とそ の周 辺
藤 訳 の 特 徴-
-倉
Le
霜崎 實
イ ン トロ ダ ク シ ョ ン-
-内
Le
邦 訳 に お け る 誤 訳 とそ の 周 辺
PD
一
Princeの
邦 訳 に お け る誤 訳 とそ の 周 辺
-払
-Le Petit
Petit Princeの
『ヰ タ ・セ ク ス ア リス 』 を 中 心 に-
佐伯 祥太
7
3
1
『星 の 王 子 さ ま 』 に お け る発 話 表 出 方 法
一 邦 訳 と 日本 語 の 関 係 一
葦沢 大
1
5
1
『星 の 王 子 さ ま 』 の 日英 訳 に お け る会 話 表 現 の 研 究
り引
6
1⊥
目 次(英 文)
3
6
-⊥
あ とが き
・・1
共同研究
∠ePetit
Pri〃oθ の 邦 訳 に お け る 娯 訳 と そ の 周 辺
一
AStudy
of Le」Pb漉
イントロダクション 一
肋ce
and
Introductory
霜崎 實
Its 15ranslation
Problems:
Remarks
Minoru
Shimozaki
義塾大学環境情報学部教授
慶應Professor, Faculty of Environmental Information,
Keio University
1-研 究 の 概 要 と目的
サ ン=テ グ ジ ュペ リのLe
Petit肋ceは
、 内 藤濯 訳 『星 の王 子 さ ま』 に よ って 長 い 間 日本 人
に親 しまれ て きた が 、2005年 に 日本 に お け る著作 権 保 護 期 間 が 切 れ た こ とで 、多 くの新 訳 が 続 々
と刊 行 され て い る。1こ の よ うな現 象 が 没 後61年
を経 て 日本 にお い て 出現 す る とは 、サ ン=テ グ
ジ ュペ リも想 像 しな か っ た こ とだ ろ う。 この作 品 は 『聖 書』、『資 本 論 』 に次 ぐ世 界 のベ ス トセ ラ
ー と言 われ て お り、多 く の言 語 に翻 訳 され て い る現 状 か ら推 察 す るに 、何 冊 か の新 訳 の刊 行 は 予
想 され た もの の 、こ こま で の出 版 ラ ッシ ュ に な る こ とは 出版 界 にお い て も特 筆 す べ き 出来 事 で あ
ろ う。
本 研 究 は 、 こ うした 特異 と も言 え る事 態 を前 に して 、素 朴 な 疑 問 か ら出 発 した 。つ ま り、原 典
に対 して これ だ け 多 くの 翻 訳 作 品 を刊 行 す る価 値 は どこ に あ る の だ ろ うか 、 とい う疑 問 で あ る。
この疑 問 に 対 す る答 えは 、ま さ に翻 訳 作 品 の 多 様 性 に あ る に違 い な い。翻 訳 者 は 、 しば しば 「
黒
子 」に喩 え られ る こ とが あ る。つ ま り、原 典 の著 者 の よ うに、無 か ら有 を創 り出 す役 割 で は な く、
原 典 の 意 味 を汲 み 取 り、自 らの な か に構 築 した原 典 の作 品世 界 を別 の 言 語 を用 い て 再構 築 す る の
が 翻 訳 者 の 役 割 だ と され て い る。 しか し、そ うは言 って も 、作 品 の 読 み 方 は 読者 の 数 だ け あ るわ
け だ か ら、い か に 客 観性 を重 ん ず る翻 訳 者 で あ って も、完 全 に 「
黒 子 」 に徹 す る こ とな どで き よ
うは ず が ない 。翻 訳 者 が 意 識 す る 、 しな い に 関わ らず 、作 品 の 読 み 取 りのプ ロセ ス にお いて 、翻
訳 者 の 個性 が 介在 す る。ま た 、別 の 言 語 を用 い て再 構 築 す る プ ロセ ス に お い て も、翻 訳 者 の個 性
が 介 在 す る こ とにな る。い わ ば 、原 典 は翻 訳 の プ ロ セ ス を通 じて 、二 重 の 意 味 にお い て 翻 訳 者 に
よ る フ ィル ター にか け られ る こ とに な る 、と言 って も よい 。 こ うした翻 訳 の プ ロセ ス は 、と き に
作 曲 家 が 書 い た 楽 譜 とそ の演 奏 との 関係 に喩 え られ る こ とが あ るが 、この 喩 え は ま さに正 鵠 を射
た も の と言 え る。同 じ楽 譜 で あ って も、演 奏 家 が異 なれ ば別 の作 品 世界 が 生 れ るの と同 様 に、同
じ原 典 を翻 訳 した も ので あ っ て も、翻 訳 者 が 異 な れ ば あ る意 味 で 別 の作 品世 界 が生 れ る こ とに な
る。
1
Le」Petit Princeの
邦 訳 に お け る 誤 訳 と そ の 周 辺-イ
ン ト ロ ダ ク シ ョ ン-
こ う した 考 え に基 づ き、 研 究会 で は英 訳3編
と邦 訳6編
を取 り上 げ 、作 品 の 間 に 見 られ る差
異 は どこ に あ る の か を研 究 して き た わ け で あ る。 翻 訳 者 は 自 らの表 現 の ス タイ ル を持 って お り、
そ れ は翻 訳 者 が原 典 を どの よ うに読 ん だ の か 、理 解 した の か の反 映 で も あ る。そ こで 、翻 訳 作 品
のス タイ ル を特 徴 づ け る言 語 的 要 素 を 特 定す る こ とに よっ て 、翻 訳 作 品 の ス タイ ル に お け る バ リ
エ ー シ ョン を 明 らか にす る こ とを 目指 して研 究 を進 め て き た が 、そ の 際 に 、ど こま で く踏 み 込 ん
だ 翻 訳 〉 を して い る の か が 、議 論 で 取 り上 げ られ る こ とが た び た び あ った 。
翻 訳 は 、原 典 の意 味 をそ こ な う こ とな く別 の言 語 に転 換 す る こ とを 目的 とす るが 、原 文 の 意 味
解 釈 は 固定 的 な も の で は な い 。 翻 訳 者 が 異 な れ ば 、 同 じ原 文 が 別 の言 語 表 現 に転 換 され るの は 、
例 外 で は な く、む しろ通 常 の 事 態 で あ る。翻 訳者 に は原 典 の 制 約 の なか に あ っ て も 、あ る程 度 の
表 現 の 自由 が許 容 され て い るわ け で 、そ の 自 由度 の なか で 自 らの力 量 を発 揮 す る こ と に な るの で
あ る。 しか しな が ら、そ の 「自 由度 」 は必 ず しも無 限 に許 容 され る わ け で は な い と こ ろ に、翻 訳
の難 し さが あ る。あ る一 定 の線 を越 え て しま うと、そ れ は 「
翻 訳等 価 性 」(translation equivalent)
の域 を 踏 み越 え、 「
誤 訳 」 の領 域 に入 り込 む こ とに な る。 しか し、 「
正訳」 と 「
誤 訳 」 は 、連 続 体
を な して い る も の で あ り、 とき にそ の判 断 は微 妙 で あ る。 多和 田(2006:171)は
この 点 に 関連
して 次 の よ うに言 う。
基 本 的 に は 、 あ らゆ る翻 訳 は 「
誤 訳 」 で あ り、 あ らゆ る読 解 は 「
誤 読 」 な の か も しれ な い と思 って い
ます 。 程 度 の差 は あ るで し ょ うが 、 そ れ が 基 本 的 に程 度 の 差 で あ る とい うこ とで 、 〈間 違 って い る 〉
〈正 しい 〉 とい う二極 に 分 け て 考 え る こ とは で きませ ん 。
わ れ わ れ は 、そ う した微 妙 な領 域 の な か に 、翻 訳 とい う言 語 転 換 の プ ロセ ス に 関す る難 し さ と面
白 さが存 在 して い る と考 え 、Le Petit Princeの 邦訳6点
に見 られ る誤 訳 とそ の周 辺 に つ い て 研
究 す る こ とに した。 明 らか な 「
誤 訳 」 に 限 定せ ず に、 「
誤 訳 」 とも 「
正 訳 」 とも い い が た い微 妙
な表 現 の世 界 に踏 み 込 む こ とに よっ て 、翻 訳 者 に許 容 され る 自由 度 と、そ こで発 揮 され る翻 訳 者
の創 造 性 に つ い て 考 察 して み た い 、 とい うのが 本 研 究 の 目的 で あ る。 また 、 この よ うな観 点 か ら
「
誤 訳 」を取 り上 げ る こ とに よ っ て 、翻 訳 分 析 の新 た な方 法 論 へ の展 望 が 開 け る こ と を期 待 した
い。
2.言 語 資 料 と研 究 分担
本 研 究 にお い て 使 用 した 言 語 資 料 は 、以 下 の通 りで あ る。なお 、分析 の 対 象 と した 範 囲は 原 則
と して 、 第1章 か ら第10章
ま で と した 。
【原 典1
Saint-Exup駻y,
Antoine
de.1946/1999.
Le
Petit
2
Prince.
Paris
Gallimard.
【英 訳 】
Ol
moans.
by Woods,
②Trans.
by
③Trans.
by
Katherine.1945.
Cuffe,
T.V.F.1995.
Testot-Fe皿
The
Little
The、 臨 孟1θ
肋ce.
ヱIrene.1995.
The
Prince.
London
William
London:Penguin
Little
Heinemann
Books
Ltd.3
Lt(1
Prince.
Lon
don:Wordsw0rth
】、[T訳
】 と表 記 す る。
E ditions
Limited.
な お 、 論 文 で は 上 掲 の 英 訳 を 、 そ れ ぞ れ[W訳1、[C訳
【邦 訳 】(出 版 順)
①
内 藤 濯(訳)2000.『
星 の 王 子 さ ま 』 岩 波 書 店.2
②
倉 橋 由 美 子(訳)2005.『
新訳
③
山 崎 庸 一 郎(訳)2005.『
小 さな 王 子 さま』 み す ず 書 房
④
池 澤 夏 樹(訳)2005.『
星 の 王 子 さ ま 』 集 英 社.
⑤
藤 田 尊 湖(訳)2005.『
小 さ な 王 子 』(新 訳 『星 の 王 子 さ ま 』)八 坂 書 房
⑥
河 野 万 里 子(訳)2006.『
星 の 王 子 さ ま 』 宝 島 社.
星 の 王 子 さ ま 』(新 潮 文 庫)新
潮 社.
なお 、研 究 担 当は 以 下 の通 りで あ る。
①
内藤 濯(訳)『 星 の 王 子 さま 』
霜崎實
②
倉 橋 由美 子(訳)『 新 訳 星 の王 子 さま』
松本裕介
③
山 崎 庸 一 郎(訳)『 小 さな王 子 さま』
佐伯祥太
④
池 澤 夏 樹(訳)『 星 の王 子 さま』
菅原久佳
⑤
藤 田尊 湖(訳)『 小 さな 王子 』
葦沢大
⑥
河 野 万 里子(訳)『 星 の 王 子 さま 』
鈴木陽子
【註 】
1.出
版順 に 列 挙 す る と以下 の通 り。内 藤 濯(岩 波 書 店)、 三 野 博 司(論 創 社)、 小 島 俊 明(中 央 公 論 新 社)、
倉 橋 由 美 子(宝
島 社)、 山 崎 庸 一 郎(み
社)、 藤 田 尊 潮(八
社)、 河 野 万 里 子(新
広(講
坂 書 房)、 辛 酸 な め 子(コ
潮 社)、 河 原 泰 則(春
談 社)、 石 原 理 通(石
2.1953年
に
す ず 書 房)、 池 澤 夏 樹(集
英 社)、 川 上 勉 ・廿 樂 美 登 利(グ
ア マ ガ ジ ン)、 石 井 洋 二 郎(筑
秋 社)、 谷 川 か お る(ポ
ラフ
摩 書 房)、 稲 垣 直 樹(平
プ ラ 社)、 野 崎 歓(光
凡
文 社)、 三 田 誠
原 書 店)
「
岩 波 少 年 文 庫 」 の 一 冊 と して 刊 行 さ れ た が 、 本 研 究 で は2000年
に 刊 行 され た 新 版 を 使 用
した 。
3.本
研 究 で はKathe血e
Eikoshaを
Woods,
trans.1966.
The
Little Prince.
Ed.
by
Rikutaro
Fukuda.
使 用 した 。
【参 考 文 献 】
多 和 田葉 子2006.「
あ る翻 訳 家 へ の 手紙 」岩 波 書 店 編集 部(編)『 翻 訳 家 の 仕 事 』 岩 波 書 店.
3
Tokyo:
Le
Petit Princeの
邦 訳 にお け る誤 訳 とそ の周 辺
イ ン トロ ダ ク シ ョ ン
4
Le Petit Princeの
一
AStudy
of Le
邦 訳 に お け る 誤 訳 とそ の 周 辺
内藤 訳の特徴 一
Petit肋oθand
Focusing
on
霜崎 實
Its Translation
Problems:
Naito's「hanslation
Minoru
Shimozaki
義塾大学環境情報学部教授
慶應 Professor, Faculty of Environmental Information,
Keio University
1.は じめ に
サ ン=テ グ ジ ュペ リのLe
Petit Princeの
で あ っ た。 と ころ が 、2005年
した 限 りで は17編
か ら2006年
邦 訳 と言 え ば 、つ い最 近 ま で 内藤 濯 訳 が 唯 一 の 邦訳
にか けて 新 しい翻 訳 が続 々 と刊 行 され 、筆 者 が確 認
の 邦 訳 が 存 在 す る。 多 くの 日本 人 の読 者 に とっ て 、 これ ま で 半世 紀 以 上 に わ
た っ て 内藤 に よっ て解 釈 され 、 翻 訳 され た 『星 の 王 子 さま 』 を通 して 、サ ンニテ グ ジ ュペ リの作
品 世 界 と接 して きた わ けで あ るが 、現在 、他 の 邦訳 との比 較 対 照 に よっ て 内藤 訳 を 相 対化 す る こ
とが は じめて 可 能 に な った と言 え る。 そ こで 、本 稿 で は 、内藤 訳 『星 の 王 子 さま 』の 言 語 世 界 が
どの よ うな もの な のか を 、そ の表 現 の ス タ イ ル に着 目す る こ と に よ って そ の 一 端 を 明 らか に した
い と考 え る。
本 稿 で は 内藤 訳 の表 現 ス タ イル の 特徴 を解 明 す べ く、倉 橋 由 美 子 ・山 崎庸 一郎 ・池澤 夏 樹 ・藤
田尊 潮 ・河 野 万 里子 に よ る邦 訳 を比 較 対 照 のた め に取 り上 げ る。 ま たKatherine
Cuffe、 Irene Testot-Ferryに
よ る英 訳3編
Wo0ds、 TEV
も適 宜 参 照 す る。 本 稿 にお け る翻 訳 分 析 の 手 法 と し
て は 、まず 、何 らか の意 味 で 内 藤 の解 釈 や 表 現 上 の嗜 好 性 が色 濃 く反 映 され て い る よ うな 表現 を
抽 出 し、そ れ を他 の訳 者 に よる表 現 と比 較対 照 す る こ とに よ って 、内藤 の表 現 ス タ イル の 一 端 を
解 明 して い き た い と考 え る。1ま た 、内藤 の解 釈 に問題 が あ る と思 わ れ る箇 所 につ い て も、若 干
の例 を取 り上 げ て誤 訳 とそ の周 辺 の 問題 につ い て も触 れ る。
以 上 が 本研 究 の 中 心 的 な課 題 で あ るが 、副 次 的 な課 題 と して 、英 訳 と邦 訳 を相 互 に比 較 す る こ
とに よっ て 、日英 語 にお け る翻 訳 の バ リエ ー シ ョンの 問題 につ い て も考 察 す る。フ ラ ンス 語 で 書
か れ た 原 典 を、言 語 的 に近 い 関係 に あ る英 語 に翻 訳 す る場 合 と、遠 い 関係 にあ る 日本 語 に翻 訳 す
る場 合 とで は 、 表 現 の多 様 性 の面 か ら どの よ うな違 い が存 在 す るの か を 検証 して い き た い。
以 下 、第2節 で は 時代 的 要 因 か ら内藤 訳 の 特 徴 を考 察 し、第3節 で は3.1語 彙 の選 択 、3.2音
声 重 視 の表 記 、3.3オ ノマ トペ の使 用 、3.4口 語 的 慣 用 句 の 使 用 とい った 観 点 か ら内藤 訳 に見 ら
れ る 口語 的 ス タイ ル の特 徴 を 明 らか にす る。第4節 で は 、イ メー ジ喚 起 力 に富 ん だ表 現 につ い て
具 体 例 を挙 げ て論 じる。第5節 で は原 文 に捉 われ な い 内藤 訳 の特 徴 を 、5.1補 足説 明 の 多 用 、5.2
5
Le Petit
Princeの
邦 訳 にお け る誤 訳 とそ の周 辺
一
内 藤 訳 の 特 徴-
柔 軟 な発 想 、5.3構 造 的 な転 換 の観 点 か ら考 察 す る。第6節 で は 、内 藤 訳 を 中心 に誤 訳 とそ の周
辺 の 問題 を取 り上 げ る。最 後 に第7節 で は、内藤 訳 ス の 特徴 を総 括 した うえで 、英 訳 と邦 訳 の バ
リエ ー シ ョン の違 い につ い て論 じ る。
2.時 代 的 要 因 に 基 づ く特 徴
内 藤 が サ ン=テ グ ジ ュ ペ リのLe
の1冊
Petit Princeを
と し て 刊 行 し た の は 、1953年
『星 の 王 子 さ ま 』 と題 し て
「
岩 波少 年 文 庫 」
の こ とで あ る。 戦後 間 も な く、 現 在 とは時 代 状 況 が ま っ た
く異 な る な か で 翻 訳 され た わ け で あ る 。 当 時 の 日本 語 の 語 彙 、慣 用 表 現 、言 い 回 し は 、現 在 の も
の と は 随 分 違 っ た も の で あ る こ と が 容 易 に 想 像 され る 。 加 え て1883年(明
内 藤 に と っ て 、 『星 の 王 子 さ ま 』 の 刊 行 は70歳
治16年)生
の と き の こ と で あ っ た 。 内 藤(2006:2)は
まれ の
、 「の
ん き 者 の 私 と して は 、我 な が らお ど ろ く ほ ど熱 が 入 っ た 。 作 の よ さが そ う し た こ と は 、言 う ま で
も な い 。だ が そ の こ ろ 、年 の せ い か 、 い う と こ ろ の 童 心 の あ りか た を しか と つ か み た く な っ て い
た こ と が 、 正 直 の と こ ろ 、 訳 業 の お も な 推 進 力 に な っ た 」 と述 懐 し て い る が 、 内 藤 に と っ て は 、
お そ ら く遥 か か な た に 過 ぎ 去 っ た 幼 年 時 代 の 自 分 を 思 い 返 し な が ら 、こ の 訳 業 に 取 り組 ん だ に 違
い な い。
こ う し た 翻 訳 の 時 代 的 要 因 と 内 藤 自 身 の 年 齢 的 要 因 も 関 係 し て 、現 在 か ら 見 る と 古 め か しい 印
象 を 与 え る 表 現 が 散 見 され る 。以 下 、そ の 代 表 的 な 例 を3つ
取 り上 げ る が 、他 の 訳 者 に よ る 翻 訳
と 比 較 す る こ と で 、内 藤 訳 の 表 現 特 性 を 浮 き 彫 り に して み た い 。 ま ず 、以 下 の 用 例 を 参 照 され た
い。
(1)
C原典1
[W訳
Un
】
boa
Aboa
c'est
tr鑚
constrictor
dangereux,
et un
is a very
駱hant
dangerous
c'est tr鑚
creature,
and
encombrant.(p.16)
an
elephant
is very
cumbersome
.
is very
cumbersome
.
(p.13)
[C訳
】
Boas
[T訳 】
Aboa
are
very
dangerous
constrictor
and
is a very
elephants
are
dangerous
very
creature
cumbersome.(p.10)
and
an
elephant
(p.14)
[内藤 訳]
ウ ワ バ ミ っ て 、 と て も け ん の ん だ ろ う、 そ れ に ゾ ウな ん て 、 場 所 ふ さ ぎ で 、 し ょ う が な い
な い じゃな い か 。
(p。13)
[倉橋 訳】
こ う い う 蛇 は 危 険 だ よ 。 そ れ に 象 は 場 所 ば か り と る 。(pp
仙 崎 訳]
ボ ア は と て も 危 険 だ し 、 ゾ ウ は ひ ど く 場 所 ふ さ ぎ な ん だ 。(p
[池澤 訳1
ボ ア っ て 危 な い 動 物 だ し、 それ に ゾ ウは とて も場 所 を 取 るで しょ。 ぼ くの と こ ろは す ご く
小 さい ん だ 。
.14・15)
.12)
(p.13)
[藤 田訳1
ボ ア は と て も き け ん な 生 き も の だ し 、 ゾ ウ は 大 き す ぎ る よ 。(p
[河野 訳]
ボ ア は す ご く 危 険 だ し 、 ゾ ウ は ち ょ っ と 大 き す ぎ る 。(p
6
.14)
.16)
原 文 の"tr鑚
dangereux"に
対 応 す る 英 訳 に 着 目す る と 、3者 と も に 、"very dangerous"と
い
う訳 語 を 当 て て い る 。 英 訳 で は 翻 訳 上 の バ リエ ー シ ョ ン が ま っ た く 存 在 して い な い の に 対 し て 、
日本 語 訳 は 、 「と て も け ん の ん だ 」(内 藤 訳)、 「と て も危 険 だ 」(山 崎 訳)、 「危 な い 」(池 澤 訳)、
「す ご く危 険 だ 」(河 野 訳)と
多 様 性 に 富 ん で お り、 な か で も 内 藤 訳 の 「け ん の ん だ 」 は 時 代 性
が 感 じ られ る 点 で 際 立 っ て い る 。
(2)
C原典1
C'est
[W訳 】
`
...It is very
[C訳 】
It is very
tedious
work,
[T訳]
It is very
tedious
work
un
travail
tr鑚
tedious
ennuyeux,
mais
work,'the
tr鑚
facile.(p.26)
little prince
but
it is very
but
also
very
adde
d,`but
very
easy.'ip.26)
easy.(p.20)
easy.
gyp.26)
[内藤 訳】
「… … 。 と て も め ん ど う く さ い 仕 事 だ け ど 、 な に 、 ぞ う さ も な い よ 」(p.28)
槍 橋 訳1
「… … 。 退 屈 な 仕 事 だ け ど 、 簡 単 な こ と さ 」(p.31)
[山崎 訳1
「… … 。 と て も 退 屈 な 仕 事 だ け れ ど 、 ご く 簡 単 な 仕 事 だ よ 」(p.22)
[池澤 訳]
「… … 。 手 間 は か か る け ど 、 別 に む ず か し い こ と じ ゃ な い よ 」(p.26)
[藤 田訳 】
「… … 。 め ん ど う な 仕 事 だ け ど 、 で も 、 と て も か ん た ん な こ と だ よ 。」(p.27)
[河野 訳1
「… … 。 お も し ろ く も な い 仕 事 だ け ど 、 と っ て も か ん た ん さ 」(p,30)
原 文 の"tr鑚
facile"の
英 訳 に 着 目す る と 、3者
が い ず れ も"very
easy"と
同 調 して い る 。 日
本 語訳 でも、 「
簡 単 な こ と さ 」(倉 橋 訳)、 「ご く 簡 単 な 仕 事 だ よ 」(山 崎 訳)、 「と て も か ん た ん な
こ と だ よ 」(藤 田訳)、 「と っ て も か ん た ん さ」(河 野 訳)な
し い こ と じ ゃ な い よ 」(池 澤 訳)と
ど は 、 素 直 な 訳 出 法 で あ る 。 「別 に 難
な る と 、や や 捻 っ た 感 じ を 伴 う が 、現 代 語 と して 自然 で あ る。
こ れ に 対 し て 、 「な に 、 ぞ う さ も な い よ 」(内 藤 訳)と
な る と、お そ らく現 代 の若 者 の 間 で は め っ
た に 使 わ れ な い だ ろ う。 「翻 訳 に は 賞 味 期 限 が あ る 」 と言 わ れ る こ と も あ る が 、 確 か に 時 代 的 要
因 は翻 訳 作 品 の 評 価 にお い て 重 要 な要 素 のひ とつ とな る。
(3)
原 典]
J'aurais
[W訳]
Iought
【C訳]
Ishould
have
judged
[T訳 】
Ishould
have
based
[内 藤 訳 】
あ の 花 の い う こ と な ん か 、 と り あ げ ず に 、す る こ と で 品 定 め し な け りゃ あ 、い け な か っ た
ん だ。
d負1a
to have
iuger
sur
judged
les actes
by
by
mv
deeds
her
deeds
iudgement
et non
and
not
and
sur
by
not
upon
les
mots.(p.35)
words.
her
deeds
(p.39)
words.
and
(p.31)
not
words.(p,38)
(p.42)
[倉橋 訳1
彼 女 の 言 葉 で は な く て 行 動 で 判 断 す る べ き だ っ た 。(p.48)
[山崎 訳】
あ の 花 を 、 言 葉 で は な く 、 し て くれ た こ と で 判 断 し な く ち ゃ い け な か っ た ん だ 。
[池澤 訳】
言 葉 じ ゃ な く て 花 の ふ る ま い で 判 断 す れ ば よ か っ た の に 。(p.39)
7
(p.32)
Le Petit
Princeの
邦 訳 に お け る 誤 訳 とそ の 周 辺-内
藤 訳 の特 徴
一
【
藤 田訳 】
こ と ば で は ん だ ん す る ん じ ゃ な く 、 お こ な い で は ん だ ん す る べ き だ っ た ん だ 。(p.42)
[河野 訳1
こ と ば じ ゃ な く て 、 し て くれ た こ と で 、 あ の 花 を 見 るべ き だ っ た 。(p.45)
原 文 下 線 部 の 動 詞"juger"に
対 す る 訳 語 と して は 、 倉 橋 訳 ・山 崎 訳 ・池 澤 訳 ・藤 田訳 に 見 ら
れ る よ う に 、 「判 断 す る」 が 最 も 典 型 的 で あ る 。 敢 え て 典 型 か ら は ず れ た 動 詞 を 当 て る 試 み を し
て い る の が 、 「見 る 」(河 野 訳)と
「品 定 め す る 」(内 藤 訳)で
あ る。 一般 的 に内 藤 訳 は、 子 ども
を 読 者 層 と し て 想 定 し た も の と評 され る こ と が 多 い が 、 こ の 用 例 に 限 っ て 言 え ば 、少 な く と も 現
代 の 子 ど も た ち に は 困 難 な 表 現 の 部 類 に 入 っ て しま うだ ろ う。
以 上 、 代 表 的 な 例 を3例
挙 げ た が 、 こ の他 に も 、 「
す る と 、 お と な た ち は 、 と ん き ょ うな 声 を
だ し て 、 〈 な ん て り っ ぱ な 家 だ ろ う 〉 と い うの で す 。」(p.22)、
ぱ な 絵 を か か な い か と ぼ く に す す め ま した 。」(p.28)、
ら い で す 。」(p.28)な
「… … ふ ん ば つ して 、 一 つ 、 りっ
「口 は ば っ た い こ と を い う の は 、 ぼ く 、 き
ど、 現 代 の 感 覚 か ら は や や 古 め か し い 響 き の す る言 い 回 し が 散 見 され る 。
こ う した 時 代 的 要 因 は 、 内 藤 訳 の 表 現 特 性 を 語 る 上 で 、 重 要 な 要 素 の ひ と つ と言 え る 。2
3.ロ 語 的 スタイル
内藤 訳 を特 徴 づ け る 大 き な 要 素 と して 、 そ の 口語 的 な ス タ イ ル が あ る。 も ちろ ん 、 『星 の 王 子
さま』は 、パ イ ロ ッ トが 一 人 称 で読 者 に話 しか け る とい う物 語 設 定 で あ るた め 、 口語 的 な語 り 口
調 を選 択 す る訳 者 が 多 い。 しか し、他 の翻 訳 と比 較 す る と、内藤 訳 で は 明 らか に独 特 の 口語 的言
い 回 しが 多 用 され て い る こ とが わ か る。 これ は 、内 藤 が 朗 読 運 動 に身 を入 れ てい た り音 楽 や 演 劇
へ の深 い 関 心 が あ っ た りした こ とか ら、人 間 の 声 とそ の リズ ム を重 要 視 す る よ うに な っ た こ と と
関係 して い る と思 われ る。3さ らに、 内藤 は 『星 の 王 子 さ ま』 を 「
声 の 文 学 」 と称 し、そ の た め
に翻 訳 に お い て も 口述 筆 記 とい う方 法 を とっ た との こ とで あ る。4そ
う した 翻 訳 姿 勢 か ら、『星
の 王 子 さま 』に お け る独 特 の 語 り口調 が 生れ た もの と思 わ れ るが 、 こ こで は、語 彙 の 選 択 、音 声
重 視 の 表 記 、オ ノマ トペ の使 用 、口語 的慣 用 句 の使 用 の観 点 か ら、内藤 訳 に 見 られ る 口語 的 ス タ
イ ル の 一 端 を考 察 す る。
3.1語 彙 の 選 択
本 節 で は、語 彙 の 選 択 に焦 点 を絞 って 、内藤 訳 の 口語 的 言 い回 しに つ い て考 察 す る。以 下 、そ
の こ とを示 す 典 型 的 な用 例 を2つ 取 り上 げ る。
(4)
[原 典]
J'aide s駻ieusesraisons de croireque la plan鑼e d'o
l'ast駻o
[W訳]
venait le petitprince est
de
B 612. (pp.20-21)
Ihave seriousreasontobelievethatthe planetfrom which the little
princecame isthe
asteroidknown as B-612. (p.19)
【C訳]
Ihave good reasonto believethat the planetfrom which the little
princecame isthe
8
asteroid
[T訳 】
known
as B 612.
Ihave
serious
reason
known
as B-612.
(p.14)
to believe that the little prince's planet
うの に は 、 ち ゃ ん と し た わ け が あ り ま す 。
[倉橋 訳 】 王 子 さ ま の 星 は 小 惑 星B-612だ
だ と 思 っ て い る の で す が 、 そ う思
(p.20)
と 思 う。 そ れ に は ち ゃ ん と し た 理 由 が あ る。(p.23)
仙 崎 訳 】 わ た し に は 、 小 さ な 王 子 さ ま の も と の 星 は 小 惑 星B612だ
と信 じ る だ け の ち ゃ ん と し た 理
(p-17)
ぼ く に は 、 王 子 さ ま が 来 た 星 がB612と
[池澤 訳]
the asteroid
(p.20)
[内藤 訳 】 ぼ く は 、 王 子 さ ま の ふ る さ と の 星 は 、 小 惑 星B・612番
由が あ ります 。
of origin was
い う小 惑 星 だ と 信 じ る ち ゃ ん と した 理 由 が あ る 。
(p.19)
1藤田訳 】 わ た し は 、 王 子 さ ま が や っ て き た 星 は 、 小 惑 星B六
一 二 だ と思 っ て い る が 、 そ れ に は じ ゅ
うぶ ん ま じ め な 理 由 が あ る ん だ 。(p.20)
[河野 訳 】 王 子 さ ま が や っ て き た 星 は 、 小 惑 星B612だ
る の だ。
ろ う と僕 は 思 う。 た し か な 理 由 が い くつ か あ
(p.22)
上 例 の 下線 部 の言 い 回 しは 、原 典 お よび 英 訳 で は 定型 的 な表 現 で あ るが 、これ を そ の ま ま 日本
語 に翻 訳 す る と、か な り硬 直 した表 現 に な ら ざる を得 な い。そ こで どの訳 者 もそ れ な りに 工夫 す
る こ とに よ っ て読 み や す さに 配 慮 した 表 現 を使 っ て い る。 と りわ け 内藤 訳 は 、 「… …そ う思 うの
に は 、 ち ゃ ん と した わ け が あ りま す 」 と転 換 す る こ とで 、 きわ めて 自然 な表 現 と して い る。 「ち
ゃ ん と」 の もつ 口語 的 な 響 き、そ して 「
理 由 」 とい う漢 語 を避 けて 「わ け」 と した と ころ に 内藤
訳 の特 徴 が 見事 に現 れ て い る。5
(5)
[原典1
Elles
ne
【W訳]
They
never
say
[C訳 】
Thev
never
sav:`..-Does
【T訳]
They
never
say
[内藤 訳 】
… … 〈チ ョウの 採
vous
disent
iamais:《
to `You,`...
Does
he
to m;`...
集
《。..Est-ce qu'Ll
collect
Does
he
を す る 人?〉
「蝶 の コ レ ク シ ョ ン を す る 人?」
[倉橋 訳1
he
collect
butterflies?'
butte㎡[ies?'
collect
「チ ョ ウ の 標 本 を 集 め て い る?」
[池澤 訳]
… …
「チ ョ ウ チ ョ を 採 集 す る 子?」
な ど とは 聞 か な い
[河野 訳】
「蝶
never
say
to you"で
あ り 、[C訳
(p.16)
、て ん で き か ず に 、… …(p.21)
と か 、 そ ん な ふ う に は け っ し て 言 い ま せ ん 。(p.18)
「… … チ ョ ウ チ ョ を あ つ め た り し て い る の?」
disent
(p.21)
butterflies?'(pp.21-22)
[藤 田訳]
ne vous
》
な ど と は 絶 対 に 訊 か な い 。(p.24)
… …
原 文 の 下 線 部"E皿es
les papi皿ons?》
(pp.20-21)
とか い うよ うな こ とは
[山崎 訳 】
の コ レ ク シ ョ ン を し て る?」
CO■ectionne
。(p,21)
な ん て ぜ っ た い き き や し な い 。(p
と い っ た こ と は け っ し て 聞 か ず 、 … …(p
jamais"の
英 訳 を 見 る と 、[W訳1[T訳
.21)
.23)
】 は と も に 、"They
】 も これ に 近 い 。 これ に 対 し て 日 本 語 訳 は 、 訳 者 間 に お け る 差
9
Le
Petit Princeの
邦訳 に お け る誤 訳 とそ の 周辺
一
内藤訳の特徴 一
異 が 大 きい が 、と りわ け 内藤 訳 と他 の 訳 の 違 い は 大 きい 。内藤 は否 定 を伴 う口語 的 な 副詞 「
てん
で 」 を用 い て い る の に対 して 、他 の訳 者 の場 合 、 「
絶 対 に 」、 「けっ して 」 とい った 一 般 的 な副 詞
を使 用 して い る。ち な み に 、池 澤 訳 は否 定 を強 め る表 現 を敢 えて 用 いず に 、簡 潔 に訳 出 して い る
が 、 これ は池 澤 訳 の特 徴 で もあ る。
3.2音 声 重 視 の 表 記
口語 表 現 独 特 の 語 彙 の 使 用 と 呼 応 す る よ うに 、内 藤 訳 で は 書 き 言 葉 で は 普 通 使 わ れ な い よ うな
表 記 法 が 使 わ れ て い る 場 合 も あ る 。 い わ ゆ る 「視 覚 方 言 」(eye(iialect)と
呼 ばれ る も の で 、 実
際 の 音 声 を 反 映 し た 表 記 法 で あ る 。例 え ば 、英 語 で 、"little"が"leetle"に
、"fe皿ow"が"feller"
に な る よ う な も の で あ る が 、 日本 語 で は こ の 種 の 口語 的 変 種 が か な り 自 由 に使 え る 。 こ う した 表
記 法 を 採 用 し た ひ と つ の 理 由 は 、す で に 指 摘 し た よ うに 、内 藤 が 口述 筆 記 の 形 で 翻 訳 し た こ と と
関 係 し て い る も の と 思 わ れ る 。あ た か も 子 ど も に 語 りか け る よ うな 口調 で 翻 訳 を し て い っ た と す
れ ば 、 そ れ が こ う し た 表 記 法 に 現 れ て い た と して も 不 思 議 で は な い 。 お そ ら く 内 藤 に と っ て は 、
『星 の 王 子 さ ま 』 は 子 ど も に と っ て の 読 み 物 と い うだ け で は な く 、大 人 が 子 ど も に 読 ん で 聞 か せ
る こ と を 想 定 し た 作 品 と 言 え る の か も しれ な い 。 以 下 、 視 覚 方 言 の 例 を2例
取 り上 げ る。
(s>
[原 典]
Il suffirait
de
pouvoir
aller
en
France
en
une
minute
pour
assister
au
coucher
du
soleil.
(p.29)
[W訳]
If you
from
[C訳
】
[T訳1
[内藤 訳 】
could
France
in
one
minute,
you
could
go
straight
into
the
sunset,
right
noon.(p.29)
If you
One
fly to
could
would
get
to France
just
have
.
(P.30)
to
in a twinkling,
travel
in
one
you
minute
could
to
watch
France
a sunset
to
be
able
right
to
now.(p.24)
watch
the
sun
で す か ら 、 一 分 間 で 、 フ ラ ン ス に い け さ え し た ら 、 日の 入 りが 、 ち ゃ 一 ん と見 られ る わ け
で す 。
(p.32)
槍 橋 訳]
だ か ら 一 分 間 で フ ラ ン ス に 行 け れ ば 、 日 没 が 見 ら れ る わ け だ 。(p.35)
[山崎 訳]
そ の 日 没 に 立 ち 会 う に は 、1分
[池澤 訳]
1分
[藤田訳1
だ か ら 一 分 間 で フ ラ ン ス に 行 く こ と が で き た ら 、 夕 日 を な が め る こ と が で き る 。(p.31)
[河野 訳]
だ か ら も し 一 分 で フ ラ ン ス ま で 行 け る な ら 、 そ れ で 夕 陽 が 見 ら れ る 。(p.34)
間 で フ ラ ン ス に い け れ ば い い ん で す 。(p.25)
間 で フ ラ ン ス に 行 く こ と が で き れ ば 、 夕 日 が 見 ら れ る 。(p.30)
も ち ろん 、 「ち ゃ一 ん と」 に相 当す る表 現 が原 文 で 存在 して い るわ け で は な い か ら、 これ は 内
藤 に よ る工 夫 のひ とつ 見 る こ とが で き る。こ う した 副 詞 的 要 素 を付 加 す る こ とに よっ て 、聞 き 手
で あ る子 ども との距 離 を縮 め る心 理 的 効 果 を狙 っ て い る もの と思 わ れ る0上 例 に 見 る 限 り、内藤
以 外 の訳 で こ うした要 素 を付 加 した も の は 皆無 で あ る。6
10
(7)
[原典 】
Le roid'ungestediscret
d駸ignasaplan鑼e,
lesautresplan鑼es
etles騁oiles.
(p.41)
[W訳]
The
king
made
a gesture,
which
took
in his planet,
the
other
planets,
and
all the
stars.
the
other
planets,
and
all the
stars.
(p.45)
[C訳]
With
a quiet
gesture
the
king
indicated
his
planet,
(p.37)
The
[T訳 】
stars.
king
made
a sweeping_gesture
taking
in his
own
planet,
the
other
planets
and
the
(p.44)
[内藤 訳1
王 さ ま は 、 お つ に す ま し て 、 じ ぶ ん の 星 と ほ か の 星 を 、 ず う 一 っ と 指 さ し ま し た 。(p.51)
【
倉橋訳】
王 様 は控 え め な 身振
[山崎 訳1
王 さ ま は 、 さ り げ な い 身 ぶ り で 、 自 分 の 星 、 ほ か の 大 き い 星 や 小 さ い 星 を 指 さ し ま した 。
り で 自 分 の 惑 星 と ほ か の 惑 星 と そ の 他 の 星 を 指 差 し た 。(p.56)
(p.38)
[池澤 訳1
王 様 は 控 え め な 身 振 り で 自 分 の 惑 星 と 、 そ の 他 の 惑 星 や 恒 星 ぜ ん ぶ を 示 し た 。(p.46)
[藤田 訳】
王 さ ま は 手 ぶ りで 、 自 分 の 小 さ な 星 を 示 し 、 そ れ か らす べ て の 小 惑 星 と ほ か の 星 々 を 韮匹
示 し た 。(p.51)
【
河 野 訳】
王 さ ま は さ り げ な い 身 ぶ り で 、 自 分 の 星 も 、 ほ か の 惑 星 も 恒 星 も 、 ぐ る り と ぜ ん ぶ を 丞L
ヱ竺 。
(P.54)
原 文 の 下 線 部 分 に 対 す る 日本 語 訳 に 着 目す る と 、 内 藤 訳 で は 、単 に 「
星 を 指 さ し た 」 とす る の
で は な く、 「
ず 一 っ と 」 と い っ た 副 詞 的 要 素 を 付 加 し て い る こ と に 注 意 さ れ た い0聞
子 ども が
き手であ る
「
指 さ し」 の 動 作 を イ メ ー ジ す る こ と が 容 易 に な る こ と を 狙 っ た 翻 訳 で あ る。 「
指差 し
た 」(倉 橋 訳)、 「
指 さ し ま した 」(山 崎 訳)、 「示 した 」(池 澤 訳)、 「
指 し示 し た 」(藤 田 訳)と
照 的 で あ る。 た だ し 、 「ぐ る り と … … 示 し た 」(河 野 訳)に
は対
関 し て は 、擬 態 語 を 付 加 して い る 点 で
は 内 藤 訳 と 共 通 して い る 。
3.3オ ノマ トペの 使 用
オ ノマ トペ の使 用 も 内藤 訳 を特 徴 づ け る要 素 の ひ とつ で あ る。も と も と 日本 語 は 人 間 の 感性 に
訴 え か け る機 能 性 が高 い言 語 で あ り、擬 音 語 ・擬 態 語 ・擬 情 語 とい っ た 一連 の オ ノマ トペ が豊 富
に存 在 す る。7こ の リソー ス を 『星 の 王 子 さま』の 翻 訳 に際 して最 も効果 的 に活 用 して い る の が
内藤 で あ り、 こ の点 にお い て も他 の訳 者 とは 対 照 的 で あ る。 以 下 は そ の例 で あ る。
(s>
[原典 】
Les serpentsboas avalentleurproietoutenti鑽e,
sans la m稍her.(p.11)
[W訳]
Boa constrictors
sw allowtheirprey whole,without chewing it. (p.7)
[C訳 】
Boa constrictors
sw allowtheirprey whole,without chewing. (p.5)
[T訳]
Boa constrictors
swallowtheirprey whole without chewing it...(p.9)
11
Le Petit
Princeの
[内藤 訳]
邦 訳 にお け る誤 訳 とそ の周 辺
ー
内藤 訳 の特 徴
上
ウ ワ バ ミ とい う も の は 、 そ の え じ き を か ま ず に 、 ま る ご と 、 ペ ロ リ と の み こ む 。(p,7)
[倉橋 訳 】 大 蛇 は 獲 物 を 噛 ま ず に 丸 呑 み に し 、 … …
(p.7)
[山崎 訳 】 ボ ア は 獲 物 を 噛 ま ず に 丸 ご と呑 み 込 む 。(p.7)
[池澤 訳 】 ボ ア は 獲 物 を ぜ ん ぜ ん 噛 ま ず に 丸 呑 み に す る 。(p.7)
1藤田訳 】 ボ ア は か ま ず に え も の を 丸 の み に す る 。(p.6)
[河野 訳 】 ボ ア は え も の を か ま ず に 、 ま る ご と飲 み こ み ま す 。 (p,7)
原 文 の 下 線 部 分 の 英 訳 を 見 る と 、 い ず れ も"swallow
their pray
whole"と
訳 出 され て お り 、
英 語 で は 表 現 の バ リエ ー シ ョ ン が 認 め られ な い 。 一 方 、 日本 語 訳 で は 、 「
丸 呑 み に す る 」、 「丸 ご
と呑 み 込 む 」 と い っ た バ リエ ー シ ョ ン が 認 め られ る だ け で は な く 、表 記 法 に お い て も 、平 仮 名 表
記 と 漢 字 表 記 に よ っ て 多 様 性 の 幅 が 一 層 拡 大 し て い る 。 と り わ け 内 藤 訳 の 場 合 、 「ペ ロ リ と 」 の
付 加 に よ っ て 鮮 明 な イ メ ー ジ が 喚 起 され る 点 で 際 立 っ て い る 。
(9)
[原典 】
[W訳1
[C訳]
[T訳 】
≪Celui-1瀑st
trop
vieux.
`This
one
is too
old
`This
one
is too
old
`This
one
is too
old
Je
veux
un
mouton
qui
vive
longtemps.≫
(p.16)
.
I want
a sheep
that
will
live
a long
time.'(p.13)
.
Iwant
a sheep
who
will
live
a long
time.'(p.11)
.
Iwant
a sheep
that
wi皿hve
for a long
t血e.'(p.15)
[内藤 訳]
「こ れ 、 ヨ ボ ヨ ボ じ ゃ な い か 。 ぼ く 、 長 生 き す る ヒ ツ ジ が ほ し い ん だ よ 」(p.14)
槍 橋 訳]
「こ の 羊 は 年 を と り す ぎ て い る よ 。 ぼ く は 長 生 き す る 羊 が ほ し い ん だ 」(p.16)
【
山崎 訳】
「こ れ 、 年 を 取 り す ぎ て い る 。 長 く 生 き る ヒ ツ ジ が 欲 し い ん だ 」(p.12)
[池澤 訳】
「こ れ は す ご く 年 寄 り の ヒ ツ ジ だ よ 。 ぼ く は こ れ か ら ず っ と 長 生 き す る の が 欲 し い ん だ 」
(p.13)
藤 田訳]
「こ れ じ ゃ 年 よ り す ぎ る 。 ぼ く は 長 生 き す る ヒ ツ ジ が ほ し い ん だ 。」(p.13)
【
河 野 訳]
「年 と り す ぎ て る よ 。 ぼ く 、 長 生 き す る ヒ ツ ジ が ほ し い ん だ 」(p
,15)
原 文 下 線 部 に 対 す る 英 訳 は 、"This one is too old。"と 完 全 に 一 致 して い る 。 一 方 、 日本 語 訳 で
は 若 干 の バ リエ ー シ ョ ン が 観 察 され る が 、 と りわ け 内 藤 訳 に お い て は 、 「ヨ ボ ヨ ボ 」 と い っ た オ
ノ マ トペ の 使 用 に よ っ て 、 「
年 と りす ぎ て い る 」 様 子 を 感 覚 的 に イ メ ー ジ す る こ とが で き る よ う
な 工 夫 が な され て い る 。
(lo>
[原 典 】
Le
petit
prince
devina
bien
qu'elle
n'騁ait
pas
trop
modeste,
mais
elle騁ait
si
駑ouvante!(p.33)
[W訳]
The
little prince
moving‐and
could
guess
exciting‐she
easily
enough
was!(p.36)
12
that
she
was
not
any
too
modestbut
how
[C訳]
The
she
[T訳1
The
little prince
was!
little
soon
guessed
that
this
flower
was
none
too
not
excessively
modest‐but
how
thrilling
(p.29)
prince
enchantine!
had
to
admit
that
she
was
modest
but
she
was
so
(p.36)
[内藤 訳 】 王 子 さ ま は 、 こ の 花 、 あ ん ま り け ん そ ん で は な い な 、 と 、 た し か に 思 い は し ま し た が 、 で
も 、 ホ ロ リ とす る ほ ど 美 しい 花 で した 。(p,39)
[倉橋 訳]
王子 さま は 、彼 女 の こ とを それ ほ どお し とや か で は な い と思 っ た が 、 で も 目が く らむ ほ ど
あ で や か だ っ た 。 (pp.44-45)
[山崎 訳】 小 さ な 王 子 さ ま は 、 花 が あ ま り謙 遜 で な い こ と を 見 抜 き ま した 。 し か し、 うっ と り と せ ず
に は い ら れ な い 花 だ っ た の で す!
[池澤 訳]
(p.30)
こ の 花 が あ ま り謙 虚 な 性 格 で は な い こ と に 王 子 さ ま は 気 づ い た け れ ど 、そ れ も 無 理 は な い
と 思 わ せ る ほ ど 彼 女 は 美 し か っ た!(p.36)
[藤 田訳 】 王 子 さ ま は 、 こ の 花 は あ ま りお し とや か じ ゃ な い な 、 と は す ぐ に 気 づ い た け れ ど も 、 な ん
と い っ て も 、 か の じ ょ は お ど ろ く ほ ど美 し か っ た ん だ!
[河野 訳]
(p.39)
あ ん ま り控 え 目 じ ゃ な い ん だ な 、 と 王 子 さ ま は 気 が つ い た が 、そ れ に し て も 胸 を 打 た れ る
美 し さ だ っ た!(p.42)
原 文 の"駑ouv
ante"(感
動 的 な)に
対 す る 英 訳 を 見 る と 、3訳
で は 、"moving"と"exciting"、[C訳]で
は 、"thrihnぎ'、
と も に 工 夫 が 見 られ る 。[W訳
そ し て[T訳1で
】
は 、"enchanting"と
い っ た 異 な っ た 形 容 詞 が 選 択 され て い る。 一 方 、 日本 語 訳 で は 、 「目 が く ら む ほ ど あ で や か 」(倉
橋 訳)、 「うっ と り とせ ず に は い ら れ な い 」(山 崎 訳)、 「お ど ろ く ほ ど美 し い 」 構 田 訳)、 「胸 を 打
た れ る 美 し さ」(河 野 訳)と
い っ た 具合 に そ れ ぞ れ原 文 の 持 つ ニ ュア ンス を表 現 しよ うと工夫 を
凝 ら し て い る 。 こ こ で と り わ け 対 照 的 な の が 、 内 藤 訳 と 池 澤 訳 で あ る 。 池 澤 訳 で は 、 「こ の 花 が
あ ま り謙 虚 な 性 格 で は な い こ と 」 に 関 連 づ け る こ と で 、 「そ れ も 無 理 は な い と思 わ せ る ほ ど彼 女
は 美 し か っ た 」 とす る 。 か な り理 知 的 な 訳 出 法 で あ る 。 こ れ に 対 し て 、 内 藤 訳 は 、 「ホ ロ リ とす
る ほ ど美 し い 花 で し た 」 と オ ノ マ トペ を 含 ん だ 表 現 を 巧 み に 用 い る こ と に よ り、読 者 の 感 性 に 訴
え る 方 法 を と っ て い る。8ど
ち ら が 成 功 し て い る と は 一 概 に 断 定 で き な い が 、内 藤 訳 の 特 徴 が 浮
き 彫 り に され る用 例 で あ る こ と は 確 か で あ る 。
ま た こ の 他 に も 、"Les flueurs
sont si contradictoires!"(p.35)に
っ た ら 、 ほ ん と に と ん ち ん か ん な ん だ か ら。」(内
藤 訳)の
対 し て 、 「花 の す る こ と
よ う に 、 も と も と オ ノ マ トペ に 起
源 を も つ 表 現 を 用 い て い る と こ ろ は 、 「花 の す る こ とは 矛 盾 だ ら け だ 。」(倉 橋 訳)、 「花 と い う
の は と て も矛 盾 し た 性 格 だ か ら ね!」(池
(河 野 訳)と
澤 訳)、 「花 っ て 、 ほ ん と に 矛 盾 し て い る ん だ ね!」
対 照 的 で あ る。 子 ど も に とっ て は難 しい
「
矛 盾 」 と い う語 を 避 け つ つ 、 感 性 に 訴
え る 表 現 を 効 果 的 に 使 っ て い る と こ ろ に 内 藤 訳 の 特 徴 が 認 め られ る 。
13
Le Petit
Princeの
邦 訳 にお け る誤 訳 とそ の周 辺
一
内藤 訳 の特 徴
一
3.4ロ 語 的 慣 用 句 の 使 用
内 藤 訳 を 特 徴 づ け る も の と して 、慣 用 句 が 頻 繁 に 使 わ れ て い る こ と も 指 摘 して お か な け れ ば な
ら な い 。 しか も か な り 口語 的 な 慣 用 句 が 使 わ れ て い る た め 、も と も と 日本 語 で 書 か れ た 作 品 で は
な い か と思 わ せ る 箇 所 も あ る 。 慣 用 句 を 見 る 限 りで は 、 内 藤 訳 は 目標 言 語 志 向 性
(target-language
orientation)が
性(source-language
高 い の に 対 して 、そ れ 以 外 の 翻 訳 に つ い て は 逆 に 起 点 言 語 志 向
orientation)が
高 い と言 え る。9こ
の 点 で も、 内藤 訳 は他 の訳 とは 一 線 を
画 し た 翻 訳 手 法 に 基 づ い て い る 。 こ こ で は 、内 藤 訳 に お い て 使 わ れ て い る 日 本 語 の 慣 用 表 現 の 中
か ら 、3例
を 抽 出 し 、そ れ ら を 他 の 訳 文 と比 較 す る こ と に よ っ て 、 内 藤 訳 の 特 性 を 考 察 す る 。 ま
ず 、 次 の 例 を 参 照 され た い 。
(il)
[原典 】
Quand
vous
l'essentiel.
[W訳 】
When
you
When
惣
[T訳]
parlez
d'un
nouvel
ami,
elles
ne
vous
questionnent
jamais
sur
(p.21)
tell
questions
[C訳]
leur
about
you
them
that
essential
describe
a
you
have
made
a
new
friend,
they
never
ask
you
any
matters.(p.20)
new
friend
to
them,
they
never
ask
you
about
the
important
…。 (P.16)
When
you
talk
to them
about
a new
friend,
they
never
ask
about
essential
matters.
(p.21)
[内藤 訳 】
新 し くで きた 友 達 の 話 をす る と き 、 お とな の 人 は、 か ん じん か な めの こ とは き き ま せ ん。
(p.21)
[倉橋 訳 】
新 し く で き た 友 人 の こ と を 話 す と き 、 大 人 は ほ ん と に 大 切 な こ と は 訊 か な い 。(p.24)
[山崎 訳1
新 し い 友 だ ち の こ と を 話 し て あ げ て も 、 彼 ら は 肝 心 な こ とは け っ して た ず ね ま せ ん 。
(p.17-18)
[池澤 訳]
新 し い 友 だ ち が で き た よ と 言 っ て も 、 大 人 は 大 事 な こ と は 何 も 聞 か な い 。(p.21)
[藤田訳}
た とえ ば あ た ら しい 友 だ ち の 話 を す る に して も、お とな た ち は け っ して い ち ば ん だ い じな
-こ と を き き は し な い 。
[河野 訳 】
(pp.20-21)
新 しい 友 だ ちの こ とを 話 して も、 お とな は 、 い ちば ん た い せ つ な こ と は な い も聞 か な い 。
(p.23)
原 文 の"1'essentiel"に
対 す る 日本 語 訳 を 見 る と 、 こ こ で も 内 藤 訳 が そ の 特 異 性 に お い て 際 立
っ て い る と 言 え る 。 「ほ ん と に 大 切 な こ と」(倉 橋 訳)、 「肝 心 な こ と 」(山 崎 訳) 、 「大 事 な こ と 」
(池 澤 訳)、 「い ち ば ん だ い じ な こ と」(藤 田 訳)、 「い ち ば ん た い せ つ な こ と 」(河 野 訳)は
すべ て
原 文 の 基 本 的 意 味 を 伝 え て は い る が 、 も う 一 歩 く 踏 み 込 ん だ 訳 〉 と は な っ て い な い の に 対 して 、
「か ん じん か な め の こ と 」(内 藤 訳)は
、 慣 用 句 を 用 い る こ と に よ り、 重 要 性 を 強 調 す る こ と に
成 功 して い る 。
14
(12)
..,,car
原 典]
brusquement
le
petit
prince
m'interrogea,
comme
pris
d'un
doute
grave:…
(p.23)
[W訳
For
】
the
For,
[C訳]
little prince
abruptly‐as
ーfor suddenly
[T訳1
【
内 藤 訳]
askedme
abruptly‐as
if seize d by
the
grave
little p血ce
if seized
doubts‐the
questioned
me
by
a grave
little prince
as if seized
by
doubt...
demande
(p.23)
d...(p.18)
a grave
doubt:_
(p.24)
とい うの は 、王 子 さ ま が 、ひ ど く心 配 そ うな顔 を して 、や ぶ か ら棒 に 、 こ う、ぼ く に きい
た か ら で す 。(p.25)
[倉橋 訳]
と い う の も 王 子 さ ま が ひ ど い 不 安 に 襲 わ れ て 、 塞 然 こ う 訊 い た の だ 。(p.28)
[山崎 訳]
小 さな 王 子 さま が 、 重 大 な質 問 に と ら え られ た よ うに 、雑
わ た しに た ず ね た の で す 。
(p.20)
[池澤 訳1
王 子 さま は 急 に 心 配 にな った み た い に 、 ぼ くに唐 突 に 聞 い た の だ
[藤田訳]
王 子 さ ま は な に か しん こ く な 疑 問 を 感 じ た ら し く 、 出 しぬ け に わ た し に こ う た ず ね た 。
(p.23)
(p.24)
【
河 野 訳】
不 意 に 王 子 さ ま が 、 心 配 で た ま ら な く な っ た よ う に 、 こ う 聞 い て き た の だ 。(p,27)
原 文 の"bmsquement"の
崎 訳)で
日本 語 訳 に 着 目す る 。 も っ と も 典 型 的 な 訳 は 、 「突 然 」(倉 橋 訳 、 山
あ ろ う。 「出 しぬ け に 」(藤 田訳)や
「不 意 に 」(河 野 訳)と
す る の も定 型 的 な 訳 の 部 類
に 入 る が 、 慣 用 表 現 の 「や ぶ か ら棒 に 」 を 使 っ た 内 藤 訳 は こ こ で も 傑 出 し て い る 。
(13)
[原典]
...et l'eau瀉oire
[W訳]
And
I had
[C訳 】
-and
【T訳】
.my
the
qui
s'駱uisait
me
so little drinking-water
low
drinking
reserves
water
craindre
left that
of drinking
was
faisait
water
running
out
le pire.(p.30)
I had
made
fast
and
to fear
me
the
fear
I could
the
only
worst.(p.30)
worst,(p.25)
fear
the
worst.(p.31)
[内藤 訳】
そ れ に 、 飲 み 水 も 底 を つ い て い て 、 手 も 足 も で な い こ と に な り そ う だ っ た の で す 。(p.33)
[倉橋 訳]
… …飲 料 水 も底 をつ い て最 悪 の事 態 を 思 わせ た
[山崎 訳]
… … 尽 き か け て い た 飲 み 水 が 最 悪 の 事 態 を 恐 れ させ て い た か ら で す
[池澤 訳]
飲 み 水 は 残 り少 な か っ た し 、 最 悪 の 事 態 も 覚 悟
1藤 田訳 】
そ れ に 、 の み 水 も も う な く な り か け て い た 。 わ た し は 、 さ い 悪 の じ た い も考 え て い た 。
。(p,38)
。(p,26)
し な け れ ば な ら な い 。(p.31)
(p.32)
[河野 訳]
原 文 の"me
… … 飲 み 水 も な くな りか け て い て
faisait craindre
le pire"は
、 最 悪 の 事 態 に お び え て も い た 。(pp.35-36)
、 【C訳 】 の"made
me
fear the worst"と
造 的 対 応 を 見 せ る 。 一 方 日本 語 訳 で は 、 倉 橋 訳 と 山 崎 訳 が"faisait"の
最 も近 い 構
使 役 性 を維 持 す る形 で 訳
出 し て い る の に 対 し て 、他 の 訳 者 は 他 動 性 を 弱 め る 方 向 で 訳 出 して い る 。こ の な か に あ っ て 、「手
15
Le
Petlt Princeの
邦 訳 にお け る誤 訳 とそ の周 辺
一
内藤 訳 の 特 徴 一
も 足 も で な い こ と に な り そ うだ っ た 」(内 藤 訳)は
、 他 の 訳 文 と 比 較 して 際 立 ち が 大 き い 。
こ の 他 に も 口語 的 な 慣 用 句 を 用 い た 例 と し て 、 原 文 で"_et
de tr鑚 pr鑚 cette brindi皿e qui ne ressemblait
ろ を 、 「そ して そ の 芽 は 、そ こ ら の 芽 と は
as aux
le petit prince
autres
あ る とこ
似 て も似 つ か な い 芽 な の で 、王 子 さ ま は 、そ の 芽 を 、
し じ ゅ う、 つ き っ き りで 見 ま も っ て い ま した 。」(内 藤 訳)と
し て い る の が 、 「似 て い な い 」(倉 橋
訳)、 「ち が う」(山 崎 訳 、藤 田 訳 、 河 野 訳)、 「ま る で 違 う形 の 」(池 澤 訳)と
照 的 で あ る 。 ま た 、 原 文 の"Elle
avait surveill
brindilles ."(p.33)と
choisissait
avec
soin ses couleurs
な ろ う か と 、 念 に は 念 を い れ て い る の で す 。」(内 藤 訳)と
い っ た訳 出 法 とは 対
."(p.33)を
、 「ど ん な 色 に
して い る の も 、 「
慎 重 に 」(倉 橋 訳)、
「念 入 り に 」(山 崎 訳 ・河 野 訳) 、 「よ く考 え て 」(池 澤 訳)、 「に ゅ うね ん に 」(藤 田 訳)と
比較 し
て み る と、 慣 用 句 の使 用 が 際立 っ て い る こ とが わ か る。
4.イ メ-ジ 喚起 力 に富 ん だ表 現
内藤 訳 の 特徴 の ひ とつ は 、感 性 に 訴 え る よ うな 表 現 が 多 用 され て い る こ とで あ る。この 点 に つ
い て は 、オ ノマ トペ の使 用 に 関連 してす で に指 摘 した と ころ で あ るが 、こ こで は原 文 に は存 在 し
な い表 現 を付 加 す る こ とに よっ て イ メ ー ジ喚 起 力 を 高 め て い る用 例 を3つ 取 り上 げ る。ま ず 、以
下 の例 を参 照 され た い。
(14)
[原典]
...alors
elles
seront
convaincues,
et
elles
vous
laisseront
tranquille
avec
leurs
questions
.
(p.22)
[W訳]
.then
they
would
[C訳]
.then
they
wi皿be
[T訳 】
.then
they
will
[内藤 訳]
… … とい え ば
be
convinced,
convinced
be
convinced
and
, and
and
leave
wi皿spare
leave
you
you
in
you
alone
peace
all
from
with
their
their
questions
.(p.21)
questions,(p.17)
their
questions
.
(p.22)
、お とな の人 は 、 〈 な る ほ ど 〉 とい っ た顔 を して 、 それ き り、 な に もき か な
くな る の です 。
(p.22)
[倉橋 訳]
… … とい え ば
[山崎 訳]
… … と言 え ば
[池澤 訳]
… … と言 えば 大 人 は拠
1藤 田訳]
… … とい え ば
[河野 訳]
… … と言 っ た な ら
、 大 人 は 納 得 し て 、 そ れ 以 上 何 も訊 か な い だ ろ う。(p
,26)
、 彼 らも納 得 して 、 あ な た が た を質 問ぜ め に しな くな る で し ょ う
。(p.18)
、 そ れ 以 上 よ け い な こ と は 聞 か な い 。(p.21)
、 お と な た ち は な っ と く して 、 う る さ く 質 問 した り しな く な る 。(p
、蟹
.22)
」∠ ⊆、 あ と は あ れ こ れ 聞 か ず に ほ っ て お い て く れ る だ ろ う。
(p.24)
原 文 の"seront
convaincues"の
る も の の 、 共 通 し て"be
には
英 訳 に 注 目 す る と 、 助 動 詞w0uldとw皿
convinced"と
の選 択 の違 い は あ
い う形 が 用 い ら れ て い る 。 日 本 語 訳 で も 同 様 に 、 基 本 的
「
納 得 す る」 と い う動 詞 を そ の 訳 語 に 当 て て い る が 、 た だ 内 藤 訳 の み が 、 「〈 な る ほ ど 〉 と
い っ た顔 を して」 とあ り、 そ の 特 異性 を発 揮 して い る。 「
納 得 す る 」 の は そ も そ も 心 理 的 ・認 知
16
的行 為 で あ るか ら、第 三 者 が 直 接 感 知 で き る こ とで は ない 。ま してや 子 ど もの 読者 を想 定 す る と、
そ の よ うな 動 詞 を用 い る よ りも 、具体 的 に納 得 した とき の顔 の 表 情 を描 写 す る ほ うが 理 解 しや す
くな る、 とい う配 慮 が 働 い た の か も しれ な い。
(15)
[原典]
Car ie n'aime pas Qu'on lisemon livre瀝a l馮鑽e.(p.22)
[W訳]
For
l do not want
[C訳 】
You
see, I do not want
[T訳]
For
l do
[内 藤 訳]
not
anyone
want
to read
my
my
book carelessly.ip.22)
m
story to be taken
book
to
be
read
(p.17)
lightly.
carelessly.
gyp.23)
ね
と い うの は 、 ぼ く は 、 こ の 本 を 、 寝 そ べ っ た りな ん か して 、 読 ん で も らい た く な い か ら で
二
重
二。 (p.23)
[倉橋 訳1
実 の と こ ろ 、 私 は こ の 本 を 軽 く 見 られ た く な い 。(p.26)
[山崎 訳 】 わ た し と し て は 、 こ の 本 を 軽 い 気 持 ち で 読 ん で も ら い た く は あ りま せ ん 。(p.18)
[池澤 訳 】 ぼ くは この 本 を い い か げ ん に 読 ん で ほ し くな い。(p.22)
[藤田訳]
で も、 わ た しは 、 わ た しの本 を軽 い気 もち で 読 ん で は も らい た くな い ん だ 。(p,22)
【
河 野 訳1
と い う の も 、 僕 は 、 こ の 本 を 軽 々 し く 読 ま れ た く は な い か ら だ 。(p.25)
著 者 サ ン=テ グ ジ ュ ペ リ は 、『星 の 王 子 さ ま 』 を い い か げ ん に 読 ん で も らい た く は な い 、 と い っ
た 意 味 合 い で こ の 文 を 書 い た で あ ろ うが 、 こ の 意 図 を 素 直 に 表 現 す る な ら ば 、 「軽 い 気 持 ち で 読
ん で も ら い た く な い 」(cf山
崎 訳 ・藤 田 訳 ・河 野 訳)と
す れ ば十 分 で あ る。 しか し、 内藤 訳 の
場 合 、 さ ら に も う一 歩 踏 み 込 み 、 「寝 そ べ っ た り な ん か して 、 読 ん で も ら い た く な い 」 と あ る 。
こ う し た 内 藤 訳 に つ い て は 、簡 潔 で 的 確 な 訳 を 理 想 とす る 翻 訳 者 に と っ て は 、受 け入 れ が た い 翻
訳 の ス タ ン ス か も し れ な い が 、確 か に イ メ ー ジ 喚 起 力 に 富 ん だ 表 現 で あ る こ と は 事 実 と して 認 め
ざ る を え な い だ ろ う。
(16)
[原典 】
Alors
[W訳]
So
je t穰onne
I
fumble
comme
along
ci et comme軋,
as
best
I
tant
bien
can,
now
good,
this
and
that,
as best
and
to the
que
mal.(p.23)
now
bad,
and
I
hope
generally
fair-to-middling.(p.22)
[C訳]
And
so I fumble
[T訳1
So
[内藤 訳]
そ う な る と 、 ぼ く は 、 闇 の な か を さ ぐ る よ う に して 、 ど うに か こ うに か 、 そ れ ら し い も の
I
eprsist by
along,
trial
and
waver
error
best
of my
I can.(p.18)
ability.(p.23)
に す る ほ か は あ り ま せ ん 。(p.24)
[倉橋 訳1
私 は で き る 限 り あ れ こ れ や っ て み る し か な い 。(p.27)
[山崎 訳]
で す か ら 、 あ あ だ こ う だ と 、 ど う に か こ う に か 、 手 さ ぐ り で 描 い て い る の で す 。(p,19)
【
池 澤 訳】
だ か ら ぼ く は 手 探 り で い ろ い ろ や っ て み る こ と に し た 。(p.23)
17
Lv
Petit Princeの
邦 訳 にお け る誤 訳 とそ の周 辺
一
内藤 訳 の特 徴 一
1藤 田 訳 】
そ うや っ て 、 あ れ や これ や た め し な が ら 、 ど うに か こ うに か 描 い て み た 。(p。23)
[河野 訳 】
こ ん な ふ う 、 あ ん な ふ う と 、 ど うに か こ うに か や っ て み る。(p.26)
こ こ で 、"t穰onner"(原
文 で は"tatonne")は
「
手 探 りす る 、 模 索 す る 、 試 行 錯 誤 す る 」 と い
っ た 意 味 合 い の 動 詞 で あ る が 、 英 訳 で は これ を"fumble
along"([W訳
】【C訳 】)と し た の は 、 い
か にも 「
手 探 り」 の 状 態 が 含 意 さ れ て お り、 適 訳 で あ る 。 前 後 の 文 脈 を 考 慮 す る と 、 日本 語 訳 に
お い て も概 ね そ の よ うな 含 意 が 訳 出 さ れ て い る と 思 わ れ る が 、 「闇 の な か を さ ぐ る よ うに して 」
と い う と こ ろ ま で 踏 み 込 ん だ 内 藤 訳 と 比 較 す る と、若 干 色 あ せ て 見 え て く る 。内 藤 訳 の イ メ ー ジ
喚 起 力 が 相 対 的 に 浮 き彫 り に さ れ て い る 例 で あ る 。
5.原 文 に捉 わ れ ない 訳 出 法
これ まで の 考 察 か らも推 測 で き る よ うに 、内藤 訳 を特徴 づ け る大 き な要 因 と して 、原 文 の 表 面
的 な 構 造 に捉 わ れ ない 訳 出法 が あ る。 こ こで は、補 足 説 明 の多 用 、柔 軟 な発 想 、構 造 的 な転 換 を
伴 う訳 出の 観 点 か ら、 こ の 問題 を考 え る。
5.1補 足 説 明の 多 用
内藤 訳 は 、基 本 的 に は子 ども を そ の読 者 と して想 定 して い る と思 われ る こ とか ら、原 文 をで き
るだ け 噛み 砕 い て 、具 体 的 に訳 出 しよ う とす る翻 訳 姿 勢 が 見 られ る。そ の た めか 、 も とも と原 文
に は な い要 素 を付 加 す る こ とに よ って 、理 解 を容 易 な もの とす る工 夫 が 随 所 に 見 られ る。これ は
前 節 で 取 り扱 っ た イ メー ジ喚 起 力 と も密 接 に 関 係 す るが 、どの よ うな要 素 が付 加 され て い るの か
とい う観 点 か らい くつ か の 具 体 例 を取 り上 げ て 考 察 す る。
(17)
原 典]
J'ai donc
【W訳 】
So
[C訳 】
Ihad
[T訳]
So
【
内藤 訳】
そ こ で 、 ぼ く は 、 し か た な し に 、べ つ に 職
then
d珣hoisir
I chose
to choose
I had
un
autre
another
et j'ai appris瀾iloter
profession,
and
career,
then,
a different
to choose
m騁ier
anotherjob
and
learned
to pilot
so I learned
I learnt
to pilot
h0w
des
avions.(p.12)
aeroplanes.(p.9)
to且y
aeroplanes.
aemplanes.
(p.7)
(p.11)
を え ら ん で 、飛 行 機 の 操
縦 を お ぼ えま した 。
(p.9)
[倉橋 訳]
そ こで 私 は絵 描 き 以 外 の職 業 を選 ぶ こ と に して 、飛 行 機 の操 縦 を覚 え た。 (p.9)
仙 崎 訳]
こん な わ け で 、わ た しは別 の仕 事 を え らば な けれ ば な りま せ ん で した 。 そ こで 飛 行機 の 操
縦 を覚 えま した 。(p.8)
【
池 澤 訳 】 ぼ く は別 の 仕 事 を選 ぶ こ とに して 、飛 行 機 のパ イ ロ ッ トに な っ た。(p。8)
[藤田訳 】 そ んな わ け で 、わ た し はほ か の 仕 事 を さが さ な けれ ば な らな く な り、飛 行 機 の そ う じゅ う
を 教 わ っ た 。(p.8)
18
【
河 野 訳]
こ う し て 、 ほ か の 職 業 を選 ば な く て は な らな くな っ た 僕 は 、や が て飛 行 機 の 操 縦 を 習 っ
た 。(P.9)
絵 描 き に な る 道 を 諦 め ざ る を 得 な か っ た 結 果 と して 、別 の 職 業 を 選 ば な け れ ば な ら な い こ と に
な っ た 、 と い っ た 意 味 合 い を 念 頭 に 置 い て 下 線 部 分 の 英 訳 に 着 目す る と 、[C訳 】[T訳1で
had
to choose"と
的 確 に 訳 出 さ れ て い る 。 一 方 、[W訳
は 、"I
】 で は 単 に 別 の 職 業 を 選 択 した こ と だ け
が 淡 々 と語 られ て い る に 留 ま る 。日本 語 訳 で は 、山 崎 訳 ・藤 田 訳 ・河 野 訳 は[C訳][T訳1に
倉 橋 訳 ・池 澤 訳 は[W訳
近 く、
】 に 近 い 。 さ て 、 こ こで も 内 藤 訳 は 独 特 で あ る 。 「職 業 を え ら ん で 」 と
軽 く 訳 出 し て い る と こ ろ は[W訳
に よ っ て 、 原 文 の"」'ai donc
】 に 近 い よ うで あ る が 、実 は 「しか た な し に 」 を 付 加 す る こ と
d珣hoisir"の
意 味 合 い を 的 確 に汲 ん で い る こ とが わ か る。
(18)
【
原 典】
Le
【W訳]
The
little prince
never
let go
[C訳 】
The
little prince
never
gave
【T訳1
The
little prince
never
let go of a question
[内藤 訳1
王 子 さ ま は 、 い ち ど 、 な に か き き だ す と 、 あ い て が 返 事 す る ま で あ き ら め ま せ ん 。(p.34)
[倉橋 訳 】
王 子 さ ま は 一 度 訊 き は じ め る と 、 け っ し て 諦 め な い 。(p.38)
【山崎 訳]
小 さ な 王 子 さ ま は 、 い ち ど 質 問 し た ら け っ し て そ の 質 問 を あ き ら め ま せ ん で し た 。(p.26)
[池澤 訳]
王 子 さ ま は1度
petit
prince
ne
renon軋it
jamais炒ne
question,
of a question,
up
on
once
a question
he
once
once
he
une
fois qu'il l'avait
had
he
had
asked
had
it.
it.
(p.30)
(p.31)
askedit.
raised
pos馥.
(p.25)
(p.31)
口 に し た 質 問 は 答 え が 得 ら れ る ま で 決 し て あ き ら め な か っ た 。(p.31)
1藤田訳 】 王 子 さ ま は い ち ど質 問 を は じ め た ら、 け っ して と ち ゅ うで あ き ら め る こ と は な か っ た。
(p.33)
[河野 訳1
小 さ な 王 子 さ ま は 、 一 度 質 問 し た ら 、 け っ し て あ き ら め な い 。(p。36)
原 典 の 下 線 部 分 の 英 訳 に 着 目す る と、[W訳1と[T訳1は"never
訳 】 は"never
gave
up on a question"と
let go of a question"、[C
あ り 、 い ず れ も 大 同 小 異 で あ る 。 日本 語 訳 で は 、 付 加
的 要 素 を 伴 う内 藤 訳 と 山 崎 訳 を 除 く と 、他 は 「あ き ら め な か っ た 」 と い う点 の み が 言 語 化 され て
い る 点 で 共 通 し て い る 。 も ち ろ ん こ れ で も 十 分 に 意 味 を 伝 え る こ と が で き る が 、 「あ い て が 返 事
す る ま で あ き ら め ま せ ん 」(内 藤 訳)、 「答 え が 得 られ る ま で 決 し て あ き ら め な か っ た 」(池 澤 訳)
の よ うに 説 明 を 補 う こ と に よ っ て よ り 明 確 に な る 。
(19)
[原 典 】
Ilavaitun brand aird'autorit (p.43)
[W訳]
He had a magnifienctairofauthority.(p.49)
[C訳
】
[T訳 】
He had a wonderfulairof authority. (p.39)
He had a magnificentairofauthority.(p.47)
19
Le
Petit Princeの
邦 訳 に お け る 誤 訳 と そ の 周 辺-内
藤 訳の特徴 上
[内藤 訳 】 王 さま は 、 どん な こ と も じぶ ん の 手 の うち に あ りそ うに 、 い ば っ た 顔 を して い ま した 。
(p.54)
[倉橋 訳 】 王 様 は 大 い に 威 張 っ て い た 。 (p.61)
【
山崎 訳 】 彼 は 威 厳 あ る 偉 そ う な 態 度 を 見 せ て い ま し た 。(p.40)
[池澤 訳l
そ の 声 に は 威 厳 が あ っ た 。(p.50)
l藤田訳 】 王 子 さ ま は 、 た い そ う け ん い を も っ て い る よ う な そ ぶ り だ っ た 。(p.55)
[河野 訳 】 威 厳 あ る 堂 々 と した 様 子 だ っ た 。(p.59)
これ ま で に も指 摘 して きた こ とで あ るが 、内藤 訳 に は く踏 み 込 ん だ 訳 〉が 散 見 され るが 、これ
もそ の ひ とつ で あ る。原 文 の意 味 は 、英 訳 か らも うか が え る よ うに、要 は い か に も権 威 を もっ て
い る か の よ うな雰 囲 気 を 漂 わ せ て い た 、 とい うこ とで あ るが 、内 藤 訳 のみ が 、 「どん な こ とも じ
ぶ ん の 手 の うち に あ りそ うに、 い ば った 顔 を して い ま した 」(下 線 部 分 が 付 加 的 要 素)の よ うに
補 足 的 な修 飾 語句 を伴 っ て い る。こ こま で踏 み 込 む 必然 性 が あ るの か ど うか 、特 に若 干 の疑 問 が
残 るが 、単 に 「
い ば っ た顔 を して い ま した」 とす る こ とで は 、十 分 に意 味 が伝 わ らな い とい う判
断 が あ っ た もの と思 わ れ る。
5.2柔 軟 な 発想
これ ま で の 考 察 か ら も明 らか な よ うに 、内藤 訳 の特 徴 は原 文 の表 面 的 な統 語 構 造 に と らわ れ る
こ とな く、そ の 奥 に あ る意 味 か ら出 発 して 日本 語 を紡 ぎだ して い る点 に あ る と言 え る。こ こで は 、
これ ま で の指 摘 と多 少 の 重複 が あ る こ と を恐 れ ず に、内藤 訳 を可 能 に した柔 軟 な発 想 を示 す 用 例
を取 り上 げ て考 察 を進 め る。
(20)
[原典]
J'aisaut駸ur mes pieds comme sij'avais騁馭rapp駱ar la foudre.(pp.13-14)
[W訳 】
Ijumpedto
[C訳]
Ileapt
[T訳]
Ijumped
【
内藤 訳]
ぼ く は 、 び っ く りぎ ょ うて ん し て 、 と び あ が りま し た 。
【
倉橋 訳]
私 は 雷 に で も 打 た れ た よ う に 飛 び 起 き た 。(p。12)
[山崎 訳]
わ た し は 雷 に 撃 た れ た み た い に 飛 び 上 が り ま し た 。(p.10)
[池澤 訳 】
僕 は 雷 が 落 ち た み た い に 驚 い て 、 す ぐ に 立 ち 上 が っ た 。(p,10)
[藤 田訳]
わ た し は と つ ぜ ん 雷 に う た れ た よ う に 、 飛 び お き た 。(p.10)
[河野訳 】
僕 は
my
to my
up,
雷
feet,
completely
feet, completely
completely
thunderstruck.(p.10)
thunderstruck.(p.8)
thunderstruck.(p.12)
(p.12)
に で も 打 た れ た よ う に 、 跳 び あ が っ た 。(p,11)
原 典 の 下 線 部 の 英 訳 を 見 る と 、い ず れ も"completely
日本 語 訳 の 「雷 に で も う た れ た よ うに 」(倉 橋 訳)が
20
thunderstruck"と
あ り全 く 同 形 で あ る 。
典 型 的 な 訳 で 、 山 崎 訳 ・藤 田 訳 ・河 野 訳 も
基 本 的 には 同 様 の 方 向性 で 訳 出 して い る。 池澤 訳 で は 「
雷 が 落 ち た み た い に驚 い て 」 と あ るが 、
実 際 に雷 に打 た れ た ら とび あが る ど ころ で は な い こ とを考 慮 した の か 、冷 静 な判 断 に基 づ く訳 で
あ る。 一 方 、内藤 訳 は 、原 文 の字 句 か らは ま っ た く離 れ 、柔 軟 な発 想 の も とに 「
び っ く りぎ ょ う
て ん して 」 と展 開 して い る。 これ は 、や は り読 者 と して子 ども を想 定 して い る こ とが 関係 して い
るの か も しれ な い し、あ るい は 、で き るだ け話 し言 葉 に近 い 表 現 を使 うとい う一 貫 した 方 針 に よ
る も のか も しれ ない 。
(21)
[原典]
...elles
[W訳]
They
would
[C訳 】
The
grown-ups
will
[T訳 】
...they
will
shrugtheir
[内藤 訳1
hausseront
les騫aules
shrug
their
merely
et
vous
shoulders,
and
shrug
their
shoulders
and
traiteront
treat
d'enfant!
you
like
shoulders,
will
treat
a child.(p.21)
and
you
(p.22)
treat
as
ifyou
you
like
were
a child.(p.17)
a child.(p.22)
・
な ど とい っ た ら、 お とな た ち は 、 あ きれ た顔 を して 、 〈ふ ん 、 きみ は子 ど もだ な 〉 と
い う で し ょ う。(p.22)
[倉橋 訳】
[山崎 訳]
… … な ど と い っ た り した ら 、大 人 は 肩 を す ぼ め て 、ま る で 子 供 だ な 、と い う だ ろ う。(p.26)
… … と 言 っ た と し て も 、 彼 ら は 肩 を す く め 、 あ な た が た を や っ ぱ り子 ど も だ と 言 う に ち が
い あ り ま せ ん!(p.18)
[池澤 訳】
[藤 田訳]
・と 言 っ て も 、 大 人 に は そ れ が ど ん な 家 か 想 像 で き な い 。(p.21)
・
・
な ん て 、 お と な た ち に い っ て も 、 か た を す く め て 、 子 ど も あ つ か い され る だ け さ!
(p.22)
[河野 訳]
… … と 言 っ て も 、 お と な た ち は 肩 を す く め て 、 あ な た を 子 ど も あ つ か い す る だ け だ ろ う!
(p.24)
原 文 の 下 線 部 の 英 訳 を 見 る と 、 い ず れ も"would[wi田shrug
their shoulders"と
訳 出 され て
い る 。 日本 語 訳 に お い て も 、 内 藤 訳 と 池 澤 訳 を 除 い て 、「肩 を す ぼ め て 」(倉 橋 訳)、 「肩 を す く め 」
(山 崎 訳)、 「か た を す く め て 」(藤 田訳)、 「肩 を す く め て 」(河 野 訳)と
実 で あ る 。 し か し 、 そ も そ も 「肩 を す く め る 」 と"hausser
shoulders")と
い っ た 具 合 で 、原 文 に忠
les 6paules"(あ
る い は"shrug
で は 、 必 ず し も 意 味 が 同 じ と言 うわ け で は な い 。 小 林(1992:619)は
で の 説 明 に 基 づ き 、 日本 語 の
one's
『大 字 林 』
「
肩 を す く め る 」 は 、 「寒 く て 肩 を ち じ め る 」、 ま た は 「
肩 身 が狭 く
感 じ られ て 小 さ く な る 」 を 表 す と して い る。 最 近 で は 、 欧 米 文 化 の 影 響 でshmggingを
する日
本 人 も 出 現 して い る が 、ま だ 日本 文 化 に 十 分 に 浸 透 して い る とは 言 い が た い 。 とす る と 、上 例 の
場 合 、 一 工 夫 が 必 要 に な る わ け で 、 池 澤 は 全 体 を 意 訳 す る こ と で 、 敢 え て 「肩 を す く め る 」 と い
っ た 直 訳 を 回 避 し て い る 。 一 方 、内 藤 は 原 文 の 慣 用 表 現 に と らわ れ る こ と な く 、 「あ き れ た 顔 で 」
と訳 出 して い る 。 内 藤 は 自 ら の 翻 訳 作 法 を 「印 象 訳 」 と称 して い た よ うだ が 、原 文 が 一 読 者 と し
て の 内 藤 に 与 え た 印 象 を し っ か り と受 け 止 め 、そ こ か ら新 た に 日本 語 の 表 現 を 探 り 出 す 姿 勢 が こ
こ に も 現 れ て い る の で は な い だ ろ うか 。
21
Le
Petit Princeの
邦 訳 にお け る誤 訳 とそ の 周辺
一
内藤 訳 の 特 徴 一
(22)
原 典】
Ainsi l'avait-elle
bien vitetourment駱ar
sa vanit騏n peu ombrageuse.(p.34)
[W訳]
So, too, she began very quickly to torment him with her vanitywhich
was, if the
truthbe known, a little
difficult
to dealwith. (p.36)
[C訳1
From
the beginning,
then, she began
to torment
him
with
her somewhat
touchy
vanity.
(p.29)
[T訳 】
Thus
it was
that she began
from
the outset
to torment
him
with
her demanding
vanity.
(p.36)
【
内藤 訳】
花 は 、 咲 い た か と思 う とす ぐ 、 じぶ ん の 美 し さ を は な に か け て 、 王 子 さ ま を 苦 し め は じ め
ま し た 。 (p.40)
[倉橋 訳 】 花 は や が て そ の 厄 介 な 虚 栄 心 で 王 子 さ ま を 悩 ま す こ と に な っ た 。(p.45)
【山崎 訳1
こ う し て 花 は 、ち ょ っ と気 む ず か し い そ の 高 慢 さ か ら 、彼 を 苦 し め る こ と に な っ た の で す 。
(p.30)
[池澤 訳 】
こ う し て す ぐ に 彼 女 は 猜 疑 心 と虚 栄 で 彼 を 悩 ま せ る よ うに な っ た 。(p.37)
[藤田訳 】
こ う して 、 ち ょっ と気 む ず か し くて うぬ ぼれ や の 花 は 、 じき に 王 子 さ ま の な や み の 種 に
な った ん だ。
[河野 訳1
(pp.39-40)
こ う し て 花 は す ぐ に 、や や 気 む ず か し い 見 栄 を は っ て は 、 王 子 さ ま を 困 らせ る よ う に な っ
た。
(pp.42-43)
原 文 の 下 線 部 分 は 意 味 解 釈 に お い て 少 々 厄 介 な 要 素 を 含 ん で い る 。"vanit
peu
ombrageuse"(少
では
し気 む ず か し い 、少 し猜 疑 心 の 強 い)が
(虚
栄 心)を"un
後 置 修 飾 し て い る の だ が 、 日本 語
「気 む ず か し い 虚 栄 心 」 と し て も 「
猜 疑 心 の 強 い 虚 栄 心 」 と し て も 落 ち 着 き が 悪 い 。 「ち ょ
っ と 気 む ず か しい そ の 高 慢 さ か ら 」(山 崎 訳)、 「や や 気 む ず か し い 見 栄 を は っ て 」(河 野 訳)も
同
様 で あ る 。 一 方 、 「猜 疑 心 と虚 栄 で 」(池 澤 訳)、 「ち ょ っ と 気 む ず か し く て うぬ ぼ れ や の 」(藤 田
訳)は
、修 飾 関 係 を 並 列 構 造 に 分 解 す る こ と で こ の 問 題 を 回 避 し て い る 。 「そ の 厄 介 な 虚 栄 心 で 」
(倉 橋 訳)は
、「
厄 介 な 」 と訳 出 す る こ と で 曖 昧 に ぼ か し て い る が 、 こ れ で は 十 分 に 原 文 の 意 味
を 伝 え 切 れ て い な い 。 さ て 、 内 藤 訳 は 、 「じ ぶ ん の 美 し さ を は な に か け て 」 と一 見 何 気 な く訳 出
し て い る 。 原 文 の 意 味 と 照 ら し合 わ せ て み る と 、確 か に 「虚 栄 心 」 の 意 味 合 い を 汲 み 取 っ て は い
るが、 「
気 む ず か し い 」 の ニ ュ ア ン ス は 伝 え ら れ て い な い 。 に も か か わ らず 、 こ の よ うな 訳 を 選
択 し た 理 由 は 、お そ ら く想 定 され た 読 者 で あ る 子 ど も た ち へ の 配 慮 な の で は な か ろ うか 。こ こ で 、
内 藤 は 原 文 に は 存 在 し な い 言 葉 遊 び を して い る 点 に も 着 目 し た い 。 「は な 」 に 傍 点 を ふ る こ と に
よ っ て 、「
花 」 と 「鼻 」 を 掛 け て い る の は 、読 者 に 対 す る サ ー ビ ス 精 神 の 現 れ な の か も しれ な い 。
5.3構 造 的 な転 換 を伴 う訳 出
5.2で 述 べ た こ と と関連 す るが 、 こ こで は 原 文 に捉 わ れ ない 翻 訳 作 法 のひ とつ と して 、統 語 的
22
な 構 造 転 換 に 焦 点 を 絞 っ て 、 内 藤 訳 の 特 徴 を 浮 き 彫 りに し て み た い 。Catford(1965)の
用 い る な ら ば 、Translation
Shiftが
術語 を
関 与 して い る も の で あ る 。
(23)
【
原 典]
Il avait
n馮lig騁rois
[W訳1
He
neglected
three
little bushes...
[C訳]
He
neglected
three
little bushes,
【T訳1
He
had
[内 藤 訳1
そ の 人 は 、 ま だ 小 さい か ら と い っ て 、 バ オ バ ブ の 木 を 三 本 ほ う り っ ぱ な しに して お い た も
neglected
の だ か ら… …
[倉橋 訳 】
arbustes...
three
(p.26)
(p.26)
and
guess
little bushes...
what
happened...
(p.28)
(p.28)
(p.32)
こ の男 は 小 さい 木 を三 本 抜 か な い で お い た ん だ … …
(p.22)
[山崎 訳 】 3本 の 灌 木 を ほ った らか しに した と こ ろ… …
[池澤 訳】 彼 が3本
(p.22)
(p.26)
の小 さな 木 を放 っ て お い た た めに … …
【
藤 田 訳]
そ い つ 、 バ オバ ブの 芽 を三 本 もほ うっ て お い た もの だ か ら… …
【
河 野 訳]
そ い つ 、 バ オバ ブ の小 さな木 を 三本 ほ っ て お い た か ら… …
(p.27)
(p.31)
原 文 の 下 線 部 分 に あ た る 英 訳 に 着 目す る と 、い ず れ も 構 造 的 同 一 性 を 保 ち つ つ 訳 出 され て い る 。
殊 に 、"trois arbustes"に
つ い て は 、い ず れ も"three
little bushes"と
固 定 的 に 訳 出 され て い る 。
これ に 対 して 、 日本 語 訳 で は 、数 量 詞 の 位 置 が 比 較 的 自 由 で あ る た め に 、 か な りの バ リエ ー シ ョ
ン が 認 め られ る 。 し か し、 こ こ で 問 題 と した い の は 数 量 詞 の 位 置 で は な く 、"arbustes"の
「小
さ さ 」 を ど の よ う に 言 語 化 し て い る の か 、 と い う点 で あ る 。 小 さ さ を 明 示 し て い る の は 、 「小 さ
い 木 」(倉 橋 訳)、 「
小 さ な 木 」(池 澤 訳)、 「バ オ バ ブ の 小 さ な 木 」(河 野 訳)、 そ して 内 藤 訳 で あ る 。
藤 田 は 「バ オ バ ブ の 芽 」 とす る こ と で 、お そ ら く小 さ さ は 含 意 さ れ た も の と判 断 し 、敢 え て 明 示
して は い な い。 ま た 、 山崎 も 「
灌 木 」 と い う こ と 以 外 に 特 に 言 及 し て い な い 。 さて 、 内 藤 訳 は 語
彙 の 選 択 の 点 で は 河 野 訳 に 近 い が 、 「ま だ 小 さ い か ら と い っ て 、 バ オ バ ブ の 木 を 三 本 ほ う り っ ぱ
な し に し て お い た 」 の よ う に 構 造 的 転 換 を 図 る こ と に よ っ て 、 「小 さ い 」 と い う事 実 と 「ほ う り
っ ぱ な しに して お い た 」 と の間 の論 理 関係 に焦 点 を 当 て て 訳 出 して い る点 が 異 色 で あ る。
(24)
[原 典1
J'ai
【W訳 】
Ilearned
appris
ce
d騁ail
that
new
this
new
nouveau,
detai
le
on
quatri鑪e
jour
au
matin,
quand
tu
m'as
dit...(p.28)
the
moming
of
the
fburth
day,
when
you
said
to
me:_
the
morning
of
the
fourth
day,
when
you
said
to
me:_
fburth
day,
when
you
said
to
me:_
(p.28)
[C訳 】
Ileamed
deta且on
(p.23)
[T訳]
Ilearnt
that
new
detai
on
the
morning
(p.29)
23
of
the
Le
Petit Princeの
[内藤 調
邦 訳 に お け る 誤 訳 と そ の 周 辺-内
藤 訳の特徴 一
ぼ く は 四 日 め の 朝 、 あ な た が 、 ぼ く に こ うい っ た と き 、 こ の 、 い ま ま で 知 ら ず に い た こ と
を 知 っ た の で す 。(p.31)
[倉 橋 訳 】 四 日 目 の 朝 、 そ れ に つ い て 詳 し い こ と が わ か っ た の は き み が こ うい っ た と き の こ と だ っ た 。
(p.4)
[山崎 訳1
わ た し が こ の 新 事 実 を 知 っ た の は 、4日
目 の 朝 、 き み が こ う言 っ た と き の こ と で し た 。
(p.24)
[池澤 訳 】
4日
目 の 朝 、 き み が こ う言 っ た と き 、 ぼ く は こ の 新 しい 秘 密 を 知 っ た
1藤 田 訳]
わ た し は 四 日 目 の 朝 、 く わ し い 話 を き い た 。(p.30)
[河野 訳 】
こ の 新 しい 話 を 、 僕 は 四 日 目 の 朝 、 き み が こ う 言 っ た と き に 知 っ た 。(p
原 文 の 下 線 部 分 は 、 形 容 詞 の"nouveau"が"d騁ail"を
英 訳 で は 、 これ を 単 純 明 快 に"new
deta丑"と
(p .29)
.33)
後 置 修 飾 して い る単純 な構 造 で あ る。
し て い る の も 当 然 す ぎ る く ら い で あ る。 日本 語 訳
に お い て は 、 「こ の 新 事 実 」(山 崎 訳)、 「こ の 新 しい 秘 密 」(池 澤 訳)、 「こ の新 し い 話 」(河 野 訳)
の3つ
が 構 造 的 に 原 文 お よ び 英 訳 に 近 い 。10ま
わ し い 話 」(藤 田訳)に
た 、 「そ れ に つ い て 詳 し い こ と」(倉 橋 訳)と
「く
ついては、「
新 しい 」 と 明 示 して い な い も の の 、 文 脈 的 に は 含 意 され て い
る と考 え られ る。 さ て 、 内 藤 訳 で は 、 こ こ で も構 造 的 転 換 を 図 っ て い る 。 「い ま ま で 知 らず に い
た こ と」 の よ うに 「
知 ら な か っ た 」 と い う点 を 強 調 し 、 そ の 部 分 を 節 と して 展 開 した 上 で 、 そ れ
を 名 詞 化 す る た め に 形 式 名 詞 「こ と」 を 置 い て い る 。 日本 語 で は 、 仏 語 や 英 語 の 名 詞 句 を 、 こ の
よ う に 節 と し て 展 開 させ る こ と が し ば し ば 認 め られ る が 、6人 の 訳 者 の な か で は 、 と りわ け 内 藤
に お い て そ の 傾 向が 顕 著 で あ る。
(25)
[原典]
Ilne comprenaitpas cettedouceur calme.(p .36)
[W訳1
He did not understandthisquietsweetness. (p.42)
[C訳 】
He couldnot understandthissweet composure ofhers.(p.34)
[T訳]
He did not understand this quiet sweetness .(p.42)
[内藤 訳]
花 が ど う し て 、 こ うお と な し く し て い る の か 、 わ け が わ か りま せ ん で し た 。(p
,46)
槍 橋 訳 】 花 が ど う し て こ ん な に お と な し く て や さ し い の か わ か ら な か っ た 。(p.51)
[山崎 訳]
相 手 の 穏 や か な 優 し さ が 理 解 で き な か っ た の で す 。(p
馳 澤 訳]
花 の や さ し い 静 か な 口 調 が よ く わ か ら な か っ た 。(p.42)
[藤 田訳]
こ の しず か な や さ し さが 、 王 子 さ ま に は 理 解 が で き な か っ た ん だ 。(p
[河野 訳]
こ の お だ や か な 静 け さの 意 味 が 、 わ か ら な か っ た 。(p
原 文 の 下 線 部 分"cette
を 形 容 詞"calme"(静
douceur
calme"に
,34)
,47)
着 目 す る 。"douceur"(甘
か な 、 穏 や か な 、 落 ち 着 い た)が
24
.45)
さ 、 優 し さ 、 穏 や か さ)
後 置 修 飾 して い る形 で あ る。 英 訳 で は 、
[W訳
】 と[T訳
】 が"this
quiet sweetness"と
訳 出 して お り、構 文 的 な 対 応 関 係 が 明 確 で あ る 。
【C訳 】 で は 、 も と も と形 容 詞 で あ る"calme"を
の 名 詞 句 の 中 核 を な す 名 詞"douceur"を
名 詞"composure"と
形 容 詞"sweet"で
して 訳 出 し 、 も と も と こ
訳 出 し て い る 点 で は 、他 の2つ
の訳
と は 異 な る 。 日本 語 訳 に 目 を 転 じ る と 、構 造 的 に 名 詞 句 と して 翻 訳 して い る も の と 、節 と し て 展
開 し て い る も の に 二 分 され る 。 「静 か な 優 し さ 」(山 崎 訳)と
「や さ しい 静 か な 口 調 」(池 澤 訳)、
「こ の しず か な や さ し さ 」(藤 田 訳)、 「こ の お だ や か な 静 け さ」(河 野 訳)が
前 者 で 、 「ど う し て 、
こ うお と な し く し て い る の か 」(内 藤 訳)、 「ど う して こ ん な に お と な し く し て や さ しい の か 」(倉
橋 訳)が
後 者 で あ る 。 た だ し、 内 藤 訳 で は"douceur
ca】me"を
類 義 的 な もの と して捉 え て
「お
と な し さ 」 に 融 合 させ て い る が 、 倉 橋 訳 で は 「お と な し く て や さ しい 」 と 訳 し分 け て い る 点 が 異
な る。
以 上 見 て き た こ と か ら 明 ら か な よ うに 、内 藤 訳 は 原 文 の 表 面 的 な 構 造 に 捉 わ れ る こ と な く 、そ
の 背 後 に 存 在 す る 作 品 世 界 か ら 出 発 し て 、適 切 な こ と ば の 選 択 を 行 っ て い る と こ ろ に 大 き な 特 徴
が あ る と言 え る 。 こ の 点 に つ い て は 、 第7節
で も う一 度 触 れ る こ と に し た い 。
6.誤 訳 とその 周 辺
これ ま で の翻 訳 分 析 か ら も明 らか な よ うに、内藤 訳 は 、原 文 に捉 われ な い 一種 の 大 らか さの よ
うな もの が感 じ られ る と ころ にそ の 大 き な特 徴 が あ る と言 え る。 しか し、そ の大 らか さの故 に 、
原 文 の 意 味 合 い を逸 脱 して い るの で は な い か と思 わ れ る箇 所 も散 見 され る。も ち ろん 、こ うした
用 例 に つ い て は 、訳 者 の 「
解 釈 」 を どの 程 度 許 容 す るか に よ って 、翻 訳 の評 価 も異 な っ て くる。
こ こで は 、筆 者 の主 観 的 な判 断 に 立 ち 、〈踏 み 込 み 〉の度 合 い が 一線 を越 え て い る と思 わ れ る も
の を 取 り上 げ る こ と にす る。11
(26)
[原典]
Il fait tr鑚
[W訳]
It is very
cold
where
[C訳]
It is very
cold
on
[T訳]
It is very
cold
here
[内藤 訳]
★こ こ
[倉橋 訳1
★あ な た の 星 は な ん て 寒 い ん で し ょ う一 一 全 く ひ ど い も ん だ わ
[山崎 訳1
★あ な た の と こ ろ
froid
chez
vous.
you
your
C'est
live.
planet.
where
mal
install
(p.37)
It lacks
you
(p.34)
live.
And
conveniences.
rather
(p.30)
uncomfortable.(p.37)
、 と て も 寒 い わ 。 星 の あ り 場 が わ る い ん で す わ ね 。(p,41)
、 と て も 寒 い わ 。 場 所 が 悪 い の ね 。(p.31)
[池澤 訳】
あ な た の 星 っ て 、 ず い ぶ ん 寒 い わ 。 造 り が 悪 い の ね 。(p.37)
[藤 田訳]
★あ な た の 星 は と て も 寒 い の よ
[河野 訳】
あ な た の と こ ろ 、 と て も 寒 い わ 。 設 備 が 悪 い の ね 。(p.43)
ま ず 、 原 文"C'est
と も に 、"mal
mal
insta皿,e"(設
。(p.46)
insta皿,e."の
。 い ち ど り が 悪 い ん で す わ ね 。(p,40)
英 訳 を 見 る と 、[W訳
備 が 悪 い)の
】 で は 省 略 さ れ て お り 、[C訳][T訳
直 訳 を 避 け つ つ 、 意 訳 し て い る 。 こ の 事 情 は1例
25
】
を 除
Lθ・
島 協 乃 盟 αgの邦 訳 にお け る誤 訳 とそ の周 辺-内
藤 訳 の特 徴 一
い て 日本 語 訳 で も同様 で あ る。 「
全 くひ どい もん で す わ ね 。」(倉 橋 訳)は 、 か な りぼ か した 翻 訳
で 、何 がひ どい の か 明示 され て い な い 。ま た 、星 の場 所 が悪 い と解 釈 して い る もの と して 、内 藤
訳 ・山 崎訳 ・藤 田訳 が あ るが 、 これ は 原 文 の 解 釈 と して は許 容 範 囲 を超 え て い る。一 方 、河 野 訳
の「
設 備 が 悪 い の ね 」は 一 見 無 理 が あ る よ うに思 われ る が 、
比 喩 的 に解 釈 す れ ば 理 解 可 能 で あ る。
これ を 「
造 りが 悪 い の ね 。」(池 澤 訳)と す る の は 、必 ず しも 的確 な 訳 で は な い か も しれ な い が 、
日本 語 と して の座 りが よい 。12
(27)
原 典】
Je croisqu'il rpoiita,
pour son騅asion, d'une migration d'oiseaux sauva ers.(p.36)
[W訳]
Ibelieve that for his escape he took advantage
of the migration
of a flock of wild birds.
(p.40)
[C訳 】
Ibeli-eve
that
fbr
his
escape
he
took
advanta
e
of
a伍11t
of
mi
ratin
wild
birds.
(p.32)
[T訳 】
Isuspectthatforhisescape,he took advantage ofthe migrationofwild birds. (p.39)
[内藤 訳1
★渡 り鳥 た ちが
、 ほ か の 星 に移 り住 む の を見 た 王 子 さま は 、 い い お りだ と思 っ て 、ふ る さ
との星 を あ とに した の だ とぼ くは 思 い ます 。(p.44)
槍 橋訳】 ★王 子 さ ま はふ る さ との 星 か ら逃 げ 出 す こ と を 、 渡 り鳥 の 移 動 か ら思 いつ い た に ち が い な
L、。 (P.49)
[山崎 訳 】 星 を 出 る に あ た っ て 、小 さな 王 子 さま は 渡 り鳥 の移 住 を利 用 した の だ と思 い ま す 。(p.32)
【
池 澤 訳 】 脱 出 の 機 会 を 得 る た め に 王 子 さま は 野 生 の 鳥 の 渡 りを 利 用 した の だ ろ うと ぼ くは 思 う。
(p.40)
[藤田訳]
王 子 さま は 星 か らに げ出 す の に 、 渡 り鳥 の 移 住 を うま く利 用 した の だ と、 わ た しは 思 う。
(p.43)
【
河 野 訳]
星 を 出 て い くの に 、 王子 さま は 渡 り鳥 の 旅 を利 用 した の だ と思 う。(p.46)
原 文 の意 図 は 、『星 の 王子 さま』 の イ ラ ス トに も あ る よ うに 、 渡 り鳥 に紐 を結 ん で 飛 ん で い く
とい うイ メー ジで あ る。内藤 訳 と倉 橋 訳 を除 く と、どれ も こ う した解 釈 に基 づ い た訳 文 とな っ て
い る。 「
渡 り鳥 の 移 動 か ら思 い つ い た 」(倉 橋 訳)で は 、実 際 に どの よ うな手 段 を使 っ て 星 か ら逃
げ 出 した の か が 不 明 で あ る。 ま た 、 「
渡 り鳥 た ち が 、 ほ か の 星 に移 り住 む の を見 た王 子 さま は 、
い い お りだ と思 っ て 、ふ る さ との星 を あ とに した 」(内 藤 訳)と い うの で は 、 実 際 に渡 り鳥 を利
用 して 星 か らの脱 出 を 図 っ た の か ど うか 不 明瞭 で あ る。こ こで も内 藤 訳 は 踏 み 込 み す ぎ て い る一
一 あ る いは 踏 み 込 み が足 りな い-よ
うに思 われ る
。
ー 剣 訳
伽 原 脚
J'entrevisaussit
tune luer,dans le myst鑽e de sa pr駸ence,...(p.18)
At
I caught
that moment
a Team
of light in the impenetrable
26
mvstery
of his
presence... (p.16)
[C訳]
Suddenly
I had
a glimmer
of understanding
into the mystery
of his presence
here,...
(pp.12-13)
[T訳]
Iimmediately perceived a ray oflightin the mystery of his presence...(p.17)
[内藤 訳1
★そ の とた ん 、王子 さま の 夢 の よ うな 姿 が 、ぼ うっ と光 っ た よ うな 気 が しま した。(p.17)
【
倉橋 訳】
王 子 さま の 不 思 議 な 出現 につ い て最 初 の 手 が か りを 得 た の は この と きだ った 。(p.19)
[山崎 訳】
とた ん にわ た しは 、彼 が こ ん な と ころ に い る謎 を解 く糸 口が 見 つ か った よ うに思 い ま
した 。
(p.14)
[池澤 訳 】 そ の 時 、 ぼ く は 彼 が こ こ に い る と い う謎 に 一 す じの 光 が 射 した よ う に 思 っ た 。(p.16)
[藤 田訳1
わ た しは 、王 子 さま とい うひ とのふ しぎ の ひ とつ が 明 らか にな った よ うに 思 っ た。(p.16)
[河野 訳 】 僕 は 、は っ と した 。 なぜ 王子 さま が こ こに い るの か とい う謎 に、 ひ とす じの 光 が 差 した よ
うだ っ た。
(p.18)
原 文 の 下 線 部 分 の翻 訳 に着 目す る と、 英 訳 で は どれ も解 釈 が一 致 してお り、 「
王 子 さま が こ こ
に い る とい う謎 に対 して 光 が差 し込 ん だ 」とい うの が基 本 的 な 意 味 合 い で あ る。 日本 語 訳 にお い
て も、微 妙 な ニ ュア ンス の違 い を考 慮 しな けれ ば 、内藤 訳 を 除 くす べ て の 訳 文 が この解 釈 を取 っ
て い る。内藤 訳 は 、超 自然 的 な 王子 さま の存 在 の 不 思 議 さ を強 調 して い る が 、こ こで は 踏 み 込 み
す ぎた き らい が あ る。
(29)
[原 典]
Il avait
fait
alors
une
grande
d駑onstration
de
sa
d馗ouverte炒n
congres
international d'astronomie.(p.21)
【W訳 】
On
making
his discovery, the astronomer had presented lt to the International
Astronomical Congress, in a great demonstration.(p.19)
[C訳 】
At the time, this astronomer made
a grand presentation of his discovery before an
International Congress of Astronomy.(p.14)
[T訳 】
At the time, he organised a great demonstration of his discovery at an International
Astronomical
[内藤 訳 】
★そ こ で
Congress.(p.21)
、 そ の天 文 学 者 は 、 万 国 天 文 学 会 議 で 、 じぶ ん が 発 見 した 星 に つ い て 、 堂 々 と
証 明 し ま し た 。(p.20)
【
倉橋訳】
こ の 天 文 学 者 は 世 界 天 文 会 議 で 自 分 の 発 見 を 公 式 に 発 表 し た 。(p.23)
[山崎 訳 】 そ の と き 彼 は 、 あ る 天 文 学 の 国 際 会 議 で 堂 々 と 自 分 の 発 見 を 発 表 し ま し た 。(p.17)
[池澤 訳 】
自分 の 発 見 に つ い て こ の 天 文 学 者 は 国 際 天 文 学 会 で 堂 々 と発 表 し た 。
1藤 田訳 】
か れ は こ く さ い 天 文 学 会 で 、 自 分 の 発 見 を 大 々 的 に ア ピ ー ル し た 。(p.20)
【
河 野 訳]
そ う し て そ の 天 文 学 者 は 、 国 際 天 文 学 会 議 で 、 自分 の 発 見 に つ い て りっ ぱ な 発 表 を お こ
な っ た。
(p.22)
27
(p.19)
Le
Petit Ponceの
邦 訳 にお け る誤 訳 とそ の周 辺
一
内藤 訳 の特 徴
上
こ こ で 問 題 と な る の が 、 原 文 の 下 線 部 分 の うち"une
内藤以外 は
grande
「
発 表 」 と解 釈 し て い る の に 対 し て 、 内 藤 訳 で は
"d駑onstration"の
多 義 性 が 関係 して い る 問題 で あ るが
d6monstrati0n"の
翻 訳 で あ る。
「証 明 」 と解 釈 して い る 。 こ れ は
、 文 脈 的 に は 前 者 を採 りた い 。
(30)
[原 典 】
Heureusement
peuple,
【W訳1
pour
sous
peine
Fortunatel
la reputation
de
mort,
however
fbr
de
the
de l'ast駻o
s'habi皿er
re
de
B 612,
un dictateur
turc imposa灣on
'europ馥nne.(p.21)
utation
of
Asteroid
B-612,
a Turkish
dictator
made
a
law that thissubjects,under pain of death, should change to European costume.
(p.20)
[C訳1
Fortunatel
fbr the re utation of the Asteroid B612, a Turkish dictatorordered his
subjects,
on pain ofdeath,to convertto European dress. (pp.15-16)
[T訳 】
Fortunatel
European
[内藤 訳 】
★さ い わ い
for
the
costume
、B・612番
re
utation
upon
his
of
Asteroid
subjects
の 星 の 評
判
B・612,
under
pain
however,
a Turkisll
dictator
imposed
of death.(p.21)
を 傷 つ け ま い と い う の で 、 トル コ の あ る 王 さ ま が 、 ヨ ー
ロ ッ パ 風 の 服 を 着 な い と 死 刑 に す る と い うお ふ れ を く だ し ま し た 。(p.21)
[倉橋 訳 】
★幸 い に もB・612の
[山崎 訳1
★さ い わ い
星 の評 判 は よ か っ た
。 トル コ の 独 裁 者 が 、 ヨー ロ ッ パ 風 の 服 を 着 な い
と 死 刑 に す る と い うお ふ れ を 出 し 、 … …
、小 惑 星B612の
(p.24)
評 判 の た め に 、 トル コ の ひ と りの 独 裁 者 が 、 国 民 に た い し て ヨ
ー ロ ッ パ ふ う の 服 装 を す る よ う に 強 制 し 、違 反 す れ ば 死 刑 に 処 す る と い うお 触 れ を 出 しま
し た 。(p,17)
[池澤 訳]
[藤田訳]
や が て トル コ の 独 裁 者 が 、 ヨ ー ロ ッ パ 風 の 服 を 着 な い 者 は 死 刑 に す る と い う法 律 を 作 っ た
の は 、 小 惑 星B612の
名 誉 の た め に 幸 運 だ っ た 。(p.20)
★で も 小 惑 星B612の
うわ さ の お か げ で
、 トル コ の 王 さ ま は 、 ヨ ー ロ ッ パ 式 の 服 を き な け れ
ば 死 刑 に す る と ひ と び と に 命 令 し た 。(p.20)
めいよばんかい
【
河 野 訳 】 そ の後 、」・
惑 星B612に
おとず
どくさいしゃ
、名 誉 挽 回 の 幸運 が 訪 れ た。 トル コの 独 裁 者 が 、 国 民 に ヨー
ロ ッパ 風 の服 装 を 強 制 し、従 わ な けれ ば死 刑 と決 め た の だ。(p.22)
原 文 の下 線 部 の箇 所 の解 釈 が 問題 で あ る。こ こで 明 らか に原 文 を的 確 に解 釈 し、ま た 日本 語 に
移 し変 えて い るの は 、池 澤 訳 で あ る。ま た 、河 野訳 は若 干 の 意訳 を伴 っ て い るが 、基 本 的 に は 的
確 な解 釈 に基 づ い て い る も の と思 われ る。 「
幸 い に もB-612の
は 意 味 を取 り違 えて い る よ うだ し、 「で も小 惑 星B612の
星 の評 判 は よか っ た 。」(倉 橋 訳)
うわ さ のお か げで 」(藤 田訳)は 、 前 後
の 文 脈 を広 く考 慮 に入 れ れ ば 、これ で も意 味 は 通 じるが 、原 文 の解 釈 か らは外 れ す ぎ て い る。山
崎 訳 で は 、 「さい わ い 」 が 「
強制 し」 あ るい は 「
お触 れ を だ しま した 」 を修 飾 して い る点 で 、構
文 解 釈 上 は 内藤 訳 と同 じ方 向性 を 向 い た 訳 文 で あ る。も ち ろ ん これ で も 、原 文 の 意 味 か ら大 き く
28
踏 み 外 して い る こ とに は な らな い だ ろ うが 、や は り、踏 み 込 み の度 合 い が 一線 を越 えて い る よ う
な 印象 を受 け る。
(31)
Il commen軋
[原典 】
donc
par
les
visiter
pour
y
chercher
une
occupation
et pour
s'instruire.
(p.38)
【W訳 】
He
began,
therefore,
[C訳 】
So
he
started
【T訳 】
So
he
started
by
by
by
visiting
visiting
visiting
them,
in order
these,
to find
some
them
to look
for
to add
occupation
an
occupation
to his
and
and
knowledge.(p.43)
to educate
to add
himself.(p.34)
to
his
knowledge.
(p.42)
[内藤 訳 】
★王 子 さ ま は
、 星 の 見 物 を は じ め ま し た 。 な に か 仕 事 を さ せ て も ら っ て 、 勉 強 し よ う とい
うの で し た 。
(p.48)
[倉橋 訳 】
★そ こ で こ れ ら の 星 の 巡 歴 を 始 め た 。 勉 強 に 精 を 出 そ う と い う の だ っ た 。(p.53)
[山崎 訳】
★そ こ で
、 仕 事 を 探 し た り 見 聞 を ひ ろ め た りす る た め 、 ま ず 、 こ れ ら の 星 を 訪 ね る こ と に
しま した。
[池澤 訳 】
(p,35)
そ こ で 彼 は す べ き こ と を 見 つ け た り 見 聞 を ひ ろ め た り す る た め に 、 こ れ ら の 星 の1つ
ず つ
訪 ね て み る こ と に し た 。(p.43)
1藤田訳1
★王 子 さ ま は ま ず そ れ ら の 星 を お と ず れ
[河野 訳 】
★そ こ で そ れ ら の 星 を 訪 ね て
こ こ で の問 題 は、原 文 中 の"une
、仕 事 を さ が し 、な に か 学 ぼ う と 考 え た ん だ 。(p.47)
、 仕 事 を さ が し た り 見 聞 を 広 め た り す る こ と に し た 。(p.50)
occupation"の
解 釈 で あ る。 これ を 「
仕 事 」 と解 釈 して い る
の は、 内藤 訳 ・山崎 訳 ・藤 田訳 ・河 野 訳 で あ るが 、『星 の 王 子 さま 』 の 全 体 的 な物 語 の流 れ か ら
考 えて 、単 に 「
や る こ と、活動 」とい った 意 味 合 い で 解釈 す る ほ うが 自然 で あ ろ う。倉 橋 訳 で は 、
【W訳1と
同様 に 「
仕 事 」 の 部 分 は 削 除 して 翻 訳 して い る の で 、 問題 は 一応 回避 した形 に な っ て
い る が 、や は り不十 分 で あ る。池 澤 訳 は 「
す べ き こ と」 と訳 出す る こ とで 、的確 に原 文 の意 味 を
捉 え て い る よ うに 思 う。
内藤 訳 の 『星 の 王 子 さま 』は 、他 の 邦 訳 に先駆 けて 刊行 され た とい うこ と も あ り、ま た 内藤 特
有の 「
印 象 訳 」の ゆ え に 、 さま ざま な 角度 か ら翻 訳 上疑 問 の 余 地 の あ る箇 所 や 明 らか に誤 解 に基
づ い た 箇 所 につ い て の指 摘 も行 われ て き た こ と と思 う。本 稿 では 、筆者 が 気 の っ い た 問 題 箇 所 の
一 部 を取 り上 げ て
、問題 の所 在 を 特 定 して きた が 、そ う した 問題 箇 所 と思 われ る と ころ に も、内
藤 流 の香 りが 感 じ られ る の は、 不 思 議 な感 覚 で あ る。
7.考 察
7.1内 藤 訳 の 特 徴
以 上 、原 典 、英 訳3編 、そ して 日本 語 訳6編 を相 互 に対 照 す る こ とに よ っ て 、内藤 訳 の 『星 の
王 子 さま』を 特徴 づ け る要 因 につ い て 、具 体 的 な 用 例 を 挙 げ なが ら考 察 を進 めて きた 。内藤 訳 が
29
Le Petit Princeの
邦 訳 に お け る誤 訳 とそ の 周 辺
は じめ て 出版 され た の が1953年
はす べ て2005年
か ら2006年
一
内藤 訳 の特 徴
一
で あ るの に対 して 、倉 橋 訳 ・山崎 訳 ・池 澤 訳 ・藤 田訳 ・河 野 訳
にか け て刊 行 され た もの で あ るか ら、 両者 には50年
余 の歳 月 が
介 在 して い る こ とに な る。 この 間 、日本 語 の 語 感 や 表 現 の多 様 性 も 大 き く変 化 して きた こ とは 間
違 い な い し、時 代 的 要 因が 内藤 訳 の特 徴 のひ とつ とな っ て い る こ とは 、本 稿 で 取 り上 げ た わ ず か
な用 例 か ら も十分 に 窺 え る。しか し、そ う した 時 代 的 要 因 に起 因す る ス タ イ ル は 古 臭 い 印 象 を与
え が ち で は あ るが 、同時 に 内藤 訳 に あ っ て は 古典 的 な香 りを放 ち つ つ あ る よ うに も思 わ れ る。そ
う した 時代 性 を感 じ させ る一 方 、内藤 訳 は現 代 で も十 分 に通 用 す る翻 訳 作 法 に厳 然 と して 裏 打 ち
され て い る こ と も明 らか に な っ た こ と と思 わ れ る。
内藤 濯 の 息 子 で あ る内藤 初 穂 は 、『星 の王 子 とわた し』 の 「
解 説 」(pp.235-6)に
お い て 、内藤
の翻 訳 姿勢 に つ い て 次 の よ うに 言 及 して い る。
父はかねがね 「
翻 訳 は 単 な る言 葉 の移 し替 え で は な い。 原 作 者 が思 い を こめ た言 葉 を 的確 な 日本 語 に
あ らわ す の は い うま で もな い が 、原 作 の リズ ム を も 日本 語 に伝 え、声 を だ して 読 む に 耐 え る もの に仕
上 げ な け れ ば な らな い 」 とい っ て い た。 詩 や 演 劇 の翻 訳 を手 初 め に フ ラ ン ス 文学 に踏 み こん で い っ た
経 歴 が そ う させ た の だ ろ うが 、 そ の翻 訳 作 法 を父 は 「
印 象 訳 」 と呼 び 、 『ル ・プ チ ・プ ラ ン ス 』 の 翻
訳 に も適 用 した 。
翻 訳 は 、あ る言 語 で 書 か れ たテ ク ス トを で き る だ け意 味 の等 価 性 の原 則 を維 持 しなが ら別 の言
語 に移 し替 え るプ ロセ ス で あ るが 、こ の プ ロ セ スが 単 な る言 葉 の移 し替 え で は な い と喝破 した と
ころ に、内藤 訳 の 真 髄 が あ るの で は ない だ ろ うか。お そ ら く、内藤 は原 典 の 『星 の 王 子 さま 』 を
何 度 とな く読 み 込 ん で い く こ と に よ って 、自分 の 内 的世 界 に お い て 内藤 流 の 『星 の 王子 さま 』の
世 界 を構築 した に違 い な い 。 しか も、この 世 界 にお い て 、内藤 は 王 子 さま の 心 情 を深 く理 解 しよ
うと努 めた に相 違 な い 。 こ こで 、再 び 『星 の王 子 とわ た し』 の 「
解 説 」(p.241)の
文 章 を 引用 し
たい。
も と も と 『星 の 王 子 さま 』 に は 、原 作者 サ ン ・テ グ ジュ ペ リの物 ご との本 質 を見 抜 く眼 が 凝 縮 され て
い る。 そ う認 識 す る父 は、 サ ン ・テ グ ジ ュペ リとい う人 間 の 内 面 に も ぐ りこみ 、王 子 の 投 射 す る光 に
導 か れ な が ら内 面 の 旅 をつ づ け る。
こ う した 内 藤 の 姿 勢 が あ っ た か ら こそ 、 内 藤 訳 の 『星 の 王 子 さ ま 』 が 生 れ た わ け で あ り 、そ れ は
確 か に 言 葉 の 移 し替 え と い う メ カ ニ カ ル な 作 業 を は る か に 超 え た も の で あ る。ま さ に 内 藤 の 内 面
世 界 を 通 じて 、原 典 の 『星 の 王 子 さ ま 』が 解 釈 され 、吸 収 され 、内 藤 の 血 と な り 肉 と な っ た 上 で 、
再 び 日本 語 と い う新 た な 表 現 媒 体 を 得 て 生 み 出 され た の は 、内 藤 訳 の 『星 の 王 子 さ ま 』 な の で あ
る 。彼 一 流 の 言 い 回 し は 、単 な る 言 葉 の 移 し替 え と は 無 縁 の も の で あ り 、彼 の 内 面 を 濾 過 し て 生
み 出 され た も の な の で あ る 。Nida(1964)は
(dynamic
equivalence)と
翻 訳 の あ る べ き 姿 と して 、 「ダ イ ナ ミ ッ ク な 等 価 性 」
い う概 念 を 提 示 し て い る が 、 これ こ そ 内 藤 が 『星 の 王 子 さま 』 の 翻 訳
30
実 践 を通 じて 求 め て い た 翻 訳 の 理 想 な の か も しれ な い。
翻 訳 は 、意 味 の等 価 性 を 追 求 して 言 語 の 転 換 を 図 るプ ロセ ス で あ るが 、と りわ け 文学 作 品 に お
い て は 、意 味 の 問 題 と劣 らず 重 要 な要 素 と して ス タ イル の 問題 が あ る。敢 えて 極 論 を言 うな らば 、
意 味 を伝 え る こ と にお い て 成 功 した と して も 、ス タ イ ル を移 行 す る こ とにお いて 失 敗 す るな らば 、
文 学 作 品 の翻 訳 と して は 、 よい翻 訳 と して評 価 され る こ と は ない で あ ろ う。そ の 意 味 で 、文 学作
品 の翻 訳 は 究 極 的 に はス タイ ル の翻 訳 の 問題 に 帰結 す る よ うに も思 う。 こ うした観 点 か ら、本 研
究 を捉 え る と、 ス タイ ル を創 り出す 複 雑 な 要 因 の ほ ん の 一 部 を取 り上 げ た にす ぎ な い0例 え ば 、
平 仮 名 と漢 字 の使 い 分 け、ル ビの使 用 頻 度 、人称 詞 の使 い 方 、文 の長 さ、文 の構 造 、パ ラグ ラ フ
の 分 け 方 、結 束 性 の 密 度 、冗長 度 、視 点 の 問題 な ど、本 稿 で は取 り上 げ な か っ た様 々 な 要 素 が 関
与 して い る と思 わ れ るが 、 こ う した観 点 か らの よ り包括 的 な 研 究 は 今 後 の 課 題 とな る。 た だ し、
こ こ で 指摘 して お きた い の は、こ う した 個 々 の要 素 とそ の組 み合 わせ が 、作 品全 体 の ス タイ ル を
決 定 す る極 め て 重 要 な要 因 とな る可 能 性 が あ る とい うこ とで あ る。
表 現 ス タイ ル を決 定 す る要 因 のひ とつ と して 考 え られ るの が 、
読 者 との 距離 感 の 取 り方 で あ る。
と りわ け 『星 の王 子 さま 』の よ うな一 人 称 語 りの作 品 の場 合 、語 り手 が読 者 に話 しか け る とい う
設 定 で 物語 が 進 ん で い くわ けで あ る か ら、どの程 度 読 者 の存 在 を身 近 に感 じて い るの か 、どの 程
度 読 者 に働 きか け よ う と してい る の か 、とい っ た意 味 で の翻 訳 者 の ス タ ンス は 、翻 訳 作 品 の ス タ
イ ル を構 成 す る重 要 な要 因 とな る もの と考 え られ る。こ うした観 点 か ら見 る と、読 者 と して 子 ど
も を想 定 し、子 ど もの感 性 と理 解 力 に配 慮 した表 現 を選 択 して い る 点 で 、内藤 訳 は読 者 との 距 離
が き わ め て 近 い と言 え る。 藤 田訳 も基 本 的 に は 同 じ路 線 に 沿 っ た 作 品 で あ る。 藤 田(2005:
135-36)は 、 以 下 の よ うに 翻 訳 動機 につ い て 語 って い る。
わ た しが この本 の 翻 訳 、出版 を思 い 立 った の は、 … … 最 近 、な にか とこ の本 が 「
お とな 」 の た め に あ
る か の よ うにい われ す ぎ て い て 、 当の 子 ど もた ち が 置 き去 りに され て い る よ うな 印 象 を持 っ て い た か
らです 。 サ ン=テ グ ジ ュペ リは 「子 ど もた ち 」 の た め に この本 を書 き ま した。 だ か ら、 ほん と うに 「
子
ど もた ち 」 が 読 ん で 、 よ くわ か る よ うな訳 が必 要 だ と思 っ た の です 。
これ と 対 照 的 な の が 倉 橋 訳 で 、 倉 橋(2005:152)は
読 者 と し て 大 人 を想 定 し て い る こ と を 以
下 の よ うに 明 言 して い る 。
世 の 中 に は、 「
童 話 」 と称 して 大 人 が子 供 向 き に 書 い た 不 思 議 な 作 品 が あ りま す が 、 これ は そ の種 の
童 話 で は あ りま せ ん 。 そ の こ とは 作 者 も最 初 に断 って い る とお りで 、子 供 の よ うに 見 え る 王子 さま が
主 人 公 だ と して も、 だ か ら子供 向 き の お 話 だ とい うこ と に は な らず 、 これ は あ くま で も 大人 が読 む た
め の小 説(そ
もそ も小 説 とは 大 人 の 読 み 物 で す)な の で す 。 私 もそ の つ も りで読 ん で 、 そ の つ も りで
訳 して い ま す。
同 じ作 品 を 読 ん で も訳 者 の理 解 の仕 方 が異 なれ ば 、当然 、読 者 の想 定 も異 な る。ま た 、読者 の
31
五θゐ 漉 乃 ゴhoθの 邦 訳 にお け る誤 訳 とそ の周 辺-内
藤 訳 の特 徴-
想 定 が 異 な る とす れ ば 、翻 訳 作 品 の ス タ イル も異 な る。 とす れ ば、こ の よ うな観 点 か ら翻 訳 作 品
の 分析 をす る こ とは 、翻 訳 のバ リエ ー シ ョン を考 え る とき に重 要 な視 点 を提 供 して くれ る もの と
思 う。
7.2翻 訳 の バ リエ-シ ョン
最 後 に 、翻 訳 の バ リエ ー シ ョン とい う観 点 か ら、本 稿 で の観 察 を ま とめ て お き た い 。翻 訳 理 論
にお い て 、Baker(1993:243-4)は
翻 訳 テ ク ス トに は普 遍 的 な 言 語 的 特徴 が 存在 す る とい う仮 説
を提 示 して お り、 これ を 「
翻 訳 普 遍 性 」(Translation Universals)と
呼 ん で い る。 例 え ば 、原 典
と比 較 して 翻 訳 テ ク ス トは よ り明示 的 に な る傾 向 が強 い 、 曖 昧 な表 現 が 回避 され る傾 向 が 強 い 、
あ るい は標 準 化 され る傾 向 が強 い 、な ど とい っ た もの で あ る。しか も こ う した 「
翻 訳 普 遍 性 」は 、
起 点 言 語 と 目標 言 語 が どの よ うな言 語 で あ っ て も、一般 的 な 傾 向 と して 存 在 す る も の と され て い
る。 「
翻 訳 普 遍 性 」 の 中 に翻 訳 のバ リエ ー シ ョ ンの 問題 が含 ま れ るか ど うか につ い て は今 後 の研
究 が 必 要 と され る が 、少 な く とも避 けて 通 る こ と ので きな い 問題 で は あ る。そ の 際 に 、本 研 究 は
考 察 す べ き重 要 な資 料 を提 供 して い る よ うに 思 われ る。本 稿 で は 、英 訳3編 お よび 邦 訳6編 を分
析 対 象 と した が 、翻 訳 の バ リエ ー シ ョン に 関 して は 、起 点 言 語 と 目標 言 語 の 関係 性 が極 め て重 要
な役 割 を果 たす 、とい うこ とが 示 唆 され た 。つ ま り、フ ラ ンス 語 と英 語 の よ うに言 語 的 に近 接 関
係 に あ る言 語 間 の翻 訳 の 場 合 、翻 訳 作 品 間 の バ リエ ー シ ョン は比 較 的 狭 い 範 囲 に 限 定 され る の に
対 して 、フ ラ ンス 語 と 日本 語 の よ うに言 語 的 に遠 い 関係 に あ る言 語 間 の翻 訳 の 場 合 、そ のバ リエ
ー シ ョンに は か な り大 きな 幅 が 存 在 す る、 とい うこ とで あ る。 この よ うな事 実 を踏 ま え た 上 で 、
「
翻 訳 普遍 性 」 の有 効性 を今 後 さ らに 検 証 す る必 要性 が あ る こ と を指 摘 してお き た い。
8.お わ りに
本 稿 で は 、内藤 濯 訳 の 『星 の 王子 さま』 の ス タイ ル の 一端 を解 明す べ く、〈踏 み込 ん だ訳 〉 に
焦 点 を 当て て 、倉 橋 訳 ・山崎 訳 ・池澤 訳 ・藤 田訳 ・河 野訳 との 比較 対 照 分析 を行 った 。そ の 結 果 、
内藤 訳 には 時 代 的 要 因 に よ る特 徴 が 存 在 す る一 方 で 、
現 代 に十 分 に通 用 す る極 め て 柔 軟 か つ ダ イ
ナ ミ ッ クな 翻 訳 手 法 を用 い て い る こ とが 明 らか に な った 。内藤 訳 の根 底 には 、起 点言 語 を通 じて
作 品 世 界 に 深 く浸透 した 上 で、い ざ翻 訳 す る段 にな る と、起 点言 語 の束 縛 か ら解 き放 た れ た 状 態
で 目標 言 語 に よ る新 た な翻 訳 作 品 の構 築 を試 み てい る姿 が 垣 間見 られ た よ うに 思 う。ま た 、今 回
は 、翻 訳 のバ リエ ー シ ョン とい う観 点 か ら、 フ ラ ンス語 か ら英 語 へ の 翻 訳(3編)と
か ら 日本 語 へ の翻 訳(6編)の
フ ラ ンス 語
観 察 を行 い 、 「
翻 訳 普 遍性 」 との 関連 に つ い て 考 察 を行 っ た。 こ
う した観 点 か らの研 究 は ま だ十 分 に進 ん で い な い領 域 で あ る が ゆ え に 、
今 後 の発 展 が 大 い に期 待
され る と こ ろで あ る。
32
【註 】
*
本 稿 の 執 筆 に あ た り、 フ ラ ンス 語 の 解 釈 につ い て堀 茂 樹 氏(慶應
義 塾 大 学 総 合 政 策 学部 教授)の
ご教
示 を受 けた 。 こ こに 記 して感 謝 の意 を表 します 。
1.本
稿 の な か で 、 しば しば 〈踏 み 込 ん だ 訳 〉 とい う言 い 方 をす る場 合 が あ る が 、 これ は 、 ま さに こ う し
た 特 性 を もっ た 訳 を 指 して 使 う こ と とす る。 ま た 、 意 図的 で は な く踏 み 込 み 過 ぎ た 場 合 、つ ま り、い
わ ゆ る誤 訳 の 問題 も こ う した観 点 か ら取 り上 げ る こ と とす る。
2.
内藤 初 穂(2006:387)で
、宮川 木 末 氏 が 興 味深 い 指 摘 を して い る。 以 下 引 用 す る。 「
濯 先 生 の 言葉 の 美
意 識 は 、 江 戸 時 代 か ら地 続 き だ と思 い ま す 。 明治 時 代 に概 念 の 言 葉 が み ん な漢 語 に され 、 漢語 が た く
さん 作 られ ま した け れ ど、 先 生 は 、そ れ が 日本 語 と して な じま ない と感 じ られ た。」
3.詳
4.
し くは 内 藤 初 穂(2006:377・8)を
参 照 の こ と。
口述 筆 記 に つ い て 、 内藤 初 穂(2006:379)の
解 説 は以 下 の通 り。 「… … 父 の 場 合 は、テ ー
一プ な しの完 全
な 口述 筆 記 で す 。 「
岩 波 少 年 文 庫 」 の 編 集 部 にい た か み さん が 、 お つ き あ い しま した。 まず 父 が一 節 ず
つ フ ラ ンス 語 で 読 み 、そ れ を 日本 語 に した の をか み さ んが 書 き取 り、読 み あ げ る。(中 略)か み さん が
一 節 ず つ 読 み 終 わ る と 、父 は も う一 度 フラ ンス 語 の 原 文 を読 ん で 、気 に 入 らな い と こ ろ に赤 を入 れ さ
せ る。 かみ さん を帰 した あ と も推 敲 をか さね た 。」
5.
「じ ゅ うぶ ん ま じめ な理 由 」(藤 田訳)と す るの は解 釈 上 、若 干 問 題 が あ る。 「
た しか な理 由 が い くつ
か あ るの だ。」(河 野 訳)は 適 訳 とい え る。
6.
7.小
8.
後 に 詳 述す る よ うに 、 内 藤 訳 に は 、原 文 に は ない 付 加 的 要 素 が しば しば観 察 され る。
阪(1999)は
、 オ ノマ トペ がい か に感 性 の領 域 と結 び つ い て い る か を実 験 的 に検 証 して い る。
「ほ ろ り」 とい う擬 態 語 は 、 「
一 瞬 、深 く感 動 して 思 わず 涙 ぐむ よ うす 」(『学 研 国 語 大 辞 典 』)と 定 義
され て い る よ うに 、通 常 、涙 との 連 想 が強 い 。 しか し、天 沼(1980:367)の
定義で は、「
幾 分 アル コー
ル 分 で酔 っ た り、何 か に よ って 感 情 が刺 激 され た り、 共 感 を覚 え た りす る様 子 」 とあ り、 必 ず し も涙
を伴 わ ない 状 況 で も使 われ る こ とが わ か る。
9.複
数 の翻 訳 作 品 を 目標 言 語 志 向性 と起 点 言 語 志 向性 の 尺 度 で評 価 す る試 み と して 、 霜 崎,他(2003)の
研 究 が あ る。
10.た だ し、池 澤 訳 にお い て は 、"d騁ail"を
「
秘 密 」 と訳 出す る こ とで 、 「
そ れ ま で 知 らな か っ た 」 とい う
意 味 が 含意 され て い る。
11.例 文 の頭 に付 した 星 印(つ
は誤 訳 等 の 問題 を含 ん だ 訳 例 で あ る こ と を示 す 。
12.想 像 を逞 しく して こ の箇 所 の解 釈 を試 み る。 も とも と 『星 の 王 子 さ ま』 の 世 界 で の 「
星 」 は 家 ほ どの
大 き さだ とい う説 明(cf.第4章
の 冒頭)が
あ る と ころ か らす る と、 お そ らくサ ン=テ グ ジ ュペ リの 発
想 は 、南 米 の サ ン=サ ル ヴ ァ ドル 出 身 の 妻 コ ンス ロが 、結婚 して 住 ん だ家 に つ い て この よ うな 不 満 を漏
ら して い た の で は な い か 、 と考 え る と納 得 しや す い。 「
星 」 の解 釈 に捉 わ れ る と、 「
設 備 が 悪 い 」 と解
す るの は 不 自然 だ が 、 著 者 が 「
家 」を 「
星 」 に 見立 て て い た と考 え る と、納 得 の い く解 釈 とな る。
33
Le
Petit Princeの
邦訳 にお け る誤 訳 とそ の 周辺
一
内 藤 訳 の 特 徴-
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34
Revisited"と
その 日
度 論 文 集 』慶應 義 塾 大 学
乙ePetit
Princeの
邦 訳 に お け る 誤 訳 とそ の 周 辺
-倉
AStudy
橋訳の特徴 一
of Lθ 」%が`肋oθand
Focusing
on
松 本
Its Tra皿slation
Kurahashi's
Translation
裕 介Yusuke
慶億義塾大学政策 ・
メデ ィア 研 究 科
Matsumoto
Graduate
Keio
Problems:
School
Unive
of Media
and
Govemance,
rsity
1.は じめ に
翻 訳 者 に よっ て 訳 出 の傾 向 が異 な る とい うこ とは しば しば あ る。そ れ は 、翻 訳 が 、機 械 的 な 置
き換 え に よっ て 実 現 され る も ので は な く、 翻訳 者 の解 釈 に よ って 実 現 され る も の だ か らで あ る。
当然 、翻 訳 には 、翻 訳 者 の個 性 が如 実 に反 映 され る こ と とな る。 しか し、そ の個 性 は 、良 い 方 向
に も悪 い 方 向 に も働 く。原 典 の難 解 な 表 現 が 明 瞭 な も のへ と磨 き上 げ られ て い る場 合 な どは 前者
で あ る場 合 が 少 な くな い だ ろ うが 、
誤 訳 や 不 必 要 な創 作 に準 ず る も の の 大 多 数 は後 者 と言 え よ う0
本 稿 は 、倉 橋 由美 子 訳 『新 訳 ・星 の 王子 さま』 を 、原 典 及 び 英 訳3点
、 日本 語 訳5点
と比 較 し
つ つ 、 先 に述 べた 「
後 者 」 の観 点 か ら、 「
王 子 さ ま」 の描 写 にお け る 曖 昧 さに着 目 して 分析 した
もの で あ る。そ して 、それ らの議 論 を踏 ま えた 上 で 、翻 訳 に つ い て 考 察 を行 うこ と を 目的 と して
い る。 なお 、分 析 範 囲 は 第10章
まで と した 。
な お 、本 稿 は 、あ くま で も、誤 訳 に焦 点 を 当 て つ つ 翻 訳 分 析 を行 い 、そ の結 果 を ま とめ た もの
で あ り、倉 橋 氏 の 訳 を疑 め る こ と を 目的 と した わ け で は な い こ とを こ こで 断 っ て お く。
2.暖 昧 な 訳 に つ い て
「曖 昧 な 」 と い う言 葉 に は 、大 ま か に 二 つ の 意 味 が あ る 。 言 い 換 え る な らば 、"ambiguous"か
"vague"か
とい う こ とで あ る
。 本 稿 で は 、解 釈 可 能 性 が 複 数 あ る こ と を 示 す"ambiguous"の
味 で の 曖 昧 さ で は な く、 漠 然 と し て あ や ふ や で あ る こ と を 示 す"vague"の
意
意 味 で の 曖 昧 さに 焦
点 を 当 て な が ら分 析 を 進 め る 。 予 め これ を 断 っ て お く。
「王 子 さ ま 」の 描 写 に お け る 曖 昧 さ に 焦 点 を 当 て る 理 由 を 述 べ て お き た い 。極 め て 残 念 な こ と
に 、 倉 橋 訳 は 、他 と比 べ て も相 当 に 誤 訳 が 多 い 。 ま た 、 先 の 意 味 で 曖 昧 な 訳 も 多 い 。 日本 語 と し
て 不 自 然 な 箇 所 も あ る 。 これ ら を 全 て 扱 う こ と は 、 紙 幅 の 都 合 上 、 難 し い 。 そ こ で 、 『星 の 王 子
さ ま 』 に お い て 最 も 重 要 な キ ャ ラ ク タ ー の 一 人 で あ る 「王 子 さ ま 」 の 描 写 に の み 限 定 し た 。
35
Le Petit
2.1「
Princeの
邦 訳 にお け る誤 訳 とそ の周 辺
一
倉 橋 訳 の特 徴
一
王 子 さ ま 」の 容 貌
以 下 で は
「王 子
さ ま 」 の 容 貌 に 関 す る 表 現 の 訳 を 分 析 す る 。
(1)
原 典 】
Alors
vous
r騅eill
【W訳]
Thus
imaginez
ma
surprise,
au
lever
du
jour,
quand
me(fr
when
I was
le
de
petite
voix
m'a
(p.13)
you
can
imagine
my
amazement,
at
sunrise,
awakened
by
an
odd
little voice.(p.10)
【C訳 】
So imagine
my
surprise
[T訳]
So you can imagine
[倉橋 訳1
そ こ で 、夜 明 け に お か し な 小 さ な 声 で 目 が 覚 め た と き の 私 の 驚 き も想 像 し て も ら え る だ ろ
my
to be woken
surprise
at daybreak
at sunrise
when
by a funny
little voice saying...(p.8)
an odd little voice woke
me
up.(p.12)
う。(P.8)
[内藤 訳 】 す る と 、 ど う で し ょ う 、お ど ろ い た こ と に 、夜 が あ け る と 、へ ん な 、小 さ な 声 が す る の で 、
ぼ く は 目 を さ ま し ま し た 。(p。10)
[山崎 訳]
で す か ら 、夜 明 け に 、 ふ し ぎ な 小 声 が わ た し を 目覚 め させ た と き の 驚 き は 想 像 し て い た だ
け ま す ね 。(p.9)
[池澤 訳]
だ か ら 、夜 明 け に お か し な 声 が し て 目 が 覚 め た と き 、 ぼ く が ど ん な に び っ く り し た か 想 像
し て も ら い た い 。(p.10)
1藤 田訳 】 だ か ら 、 夜 明 け に 、 お か し な 子 ど も の 小 さ な 声 で 起 こ さ れ た と き の お ど ろ き と い っ た ら 、
想 像 で き る だ ろ う。(p.9)
[河野 訳]
だ か ら 、夜 明 け に 、小 さ な 変 わ っ た 声 で 起 こ され た と き に は 、ど ん な に 驚 い た こ と だ ろ う。
(p.11)
「
お か しな小 さな声 」自体 は他 の訳 者 と特 に変 わ らない が 、単 体 で は 決 して そ の乏 し さは 目立 た
ない も の の、他 の 訳者 と比 較 して み る と、倉橋 訳 は最 も起 伏 に乏 しい こ とが分 か る。例 え ば 内藤
訳で は、「
す る と、 ど うで し ょ う、 お どろ い た こ とに … …」 と感 情 を 表す 表 現 が挿 入 され て い る
た め に、強 い イ メ ー ジが 喚 起 され る。他 も山 崎訳 を 除 い て全 て 驚 きを何 らか の 形 で 修 飾 して い る
(山崎 訳 は 「
小 声 が わ た しを 目覚 め させ た 」 と他 動詞 表現 に 転 換 す る こ とで 驚 き が表 現 され て い
る)。倉 橋 訳 に は この よ うな修 飾 が見 られ な い。 これ で は 「
王 子 さま 」 の存 在 が あ ま り際 立 た な
い よ うに思 わ れ る。
(2)
原 典】
Et j'aivu un petitbonhomme
tout瀁ait extraordinairequi me consid駻aitgravement .
(p.14)
[W訳1
And I saw a most extraordinary small person, who stood there examining me with
great seriousness.(p.10)
36
【C訳]
And
then
I saw
a most
extraordinary
little fellow, who
stood there
solemnly
watching
me.(p.8)
[T訳 】
And
I discovered
an extraordinary
little boy w atching
me
gravely.(p.12)
[倉橋 訳1
す る と 、 奇 妙 な 小 さ な 人 物 が と て も 真 剣 に こ ち ら を 見 つ め て い る の だ っ た 。(p.10)
[内藤 訳1
す る と 、 と て も よ うす の か わ っ た ぼ っ ち ゃ ん が 、 ま じ め く さ っ て 、 ぼ く を じ ろ じ ろ 見 て い
る の で す 。(p.12)
[山崎 訳]
そ し て 、 ひ ど く 風 変 わ り な ひ と りの 坊 や が 真 顔 で わ た し を み つ め て い る の を 見 た の で す 。
(P.io)
[池澤 訳]
と て も 不 思 議 な 子 供 が 一 人 そ こ に い て 、 ぼ く の 方 を 真 剣 な 顔 で 見 て い た 。(p-10)
【
藤 田訳]
ふ し ぎ な か っ こ うを し た 小 さ な 男 の 子 が じ っ と わ た しの 方 を 見 て い る ん だ 。(p.10)
[河野 訳]
す る と そ こ に は 、 と て も 不 思 議 な 雰 囲 気 の 小 さ な 男 の 子 が い て 、 い っ し ょ うけ ん め い こ ち
ら を 見 つ め て い る で は な い か 。(P・11)
他 と比 較 して 、倉 橋 訳 は 、曖 昧 で あ る のみ な らず 、か な り外 れ た描 写 にな って い る よ うに思 わ れ
る。 こ の 中で 最 も近 い の は池 澤 訳 で あ る が 、 「
奇 妙 な小 さな 人 物 」 と 「とて も不 思 議 な子 供 」 を
比 較 した とき 、 よ り適 切 に 「
王子 さま 」 を描 写 して い るの は 、 後 者 で あ ろ う。
(3)
[原典]
Mon ami sourit entiment avec indul ence:.(p.16)
[W訳]
My
friend
smiled
entl
[C訳]
My
friend
smiled
gently,
[T訳]
My
friend
said
[倉橋 訳 】
男 の 子 は や さ し い 、 甘 い 笑 顔 を 見 せ た 。(p.12)
[内藤 訳1
ぼ っ ち ゃ ん は 、 さ も 大 目 に 見 て く れ る よ う に や さ し く 、 に っ こ り し ま し た 。(p.14)
[山崎 訳】
わ た しの 友 だ ち は、 お だ や か に 、寛 大 な ほ ほ え み を浮 かべ ま した。(p.12)
[池澤 訳]
す る とぼ くの 友 だ ち は笑 っ て 、 ぼ くを傷 つ け な い よ う気 を遣 い な が ら言 っ た一(p.13)
1藤田訳]
わ た しの友 人 はや さ し く、 か ん だ い な よ うす で ほ ほ えん で い る。(p.13)
[河野訳]
男 の 子 は 、 こ ち ら を 気 づ か う よ うに 、 に っ こ り す る と 、 や さ し く 言 っ た 。(pユ5)
entl
and
and
indul
even
entl.(p.13)
indul
indul
egntly.(p.10)
entl.(p,15)
こ こ で も、倉 橋 訳 は 突 出 して 説 明不 足 で あ り、この 表 現 か らは曖 昧 なイ メー ジ しか 喚起 で き な い
と思 われ る。後 に 登場 す る 「
バ ラ」 の描 写 に お い て も、同 じよ うに 「
甘 い 」 とい う語 彙 を用 い て
お り、 これ が 更 に 曖 昧 さが 増 す 要 因 と な って い る(他 の訳 者 の場 合 は異 な る)。
(4)
[原典]
Il騁aitvraiment tr鑚irrit Ilsecouait au vent des cheveux tout dor鑚:...(p.30)
【W訳 】
He
was
rea■v
very
angry.
He
tossed
his
37
Bolden
curls
in
the
breeze,(p.32)
Le Petit
Princeの
邦 訳 に お け る誤 訳 とそ の周 辺
一
倉橋訳の特徴
一
[C訳 】
He
was
truly
[T訳 】
He
was
really
[倉橋 訳】
王 子 さ ま は 本 気 で 腹 を 立 て て い た 。 そ し て 金 色 の 巻 き 毛 を 風 に な び か せ た 。(p.38)
[内藤 訳1
王 子 さ ま は 、 こ ん ど は 、 ほ ん と う に 腹 を た て て い ま し た 。 そ し て 、 目 の さ め る よ うな 金 色
very
angry.
quite
He
angry.
was
He
shaking
shook
his golden
his
golden
locks
locks
in
in the
the
breeze.(p.26)
wind(p.32)
の 髪 を 、 風 に ゆ す っ て い い ま し た 。(p.35)
【
山崎 訳】
ほ ん と う に 彼 は 、も の す ご く 怒 っ て い ま し た 。金 色 の 髪 を 風 に な び か せ て い ま し た 。(p.27)
[池澤 訳】 彼 は ほ ん と うに 怒 っ て い た 。 金 色 の 髪 が 風 に な び い た 。(p.32)
[藤田 訳】
王 子 さ ま は 、 ほ ん と うに い らだ っ て い た 。 金 色 の 髪 を 風 に な び か せ な が ら 、 こ うい っ た 。
(p.35)
[河野 訳]
王 子 さま は 、本 気 で怒 っ て い た。 風 に む か って 金 色 に透 き とお る
を 揺 ら し な が ら。
(pp.37-38)
「
本 気 で 腹 を立 て て いた 」 の部 分 は 問題 無 い。 しか し、 「
金 色 の巻 き 毛 を 風 にな び か せ た 」 は 、
「
王 子 さま」 が 巻 き毛 で あ る とは語 られ て い な い以 上 、 も はや 誤 訳 と言 っ て も良 い 。
2.2「王 子 さま」の 感情
以下で は 「
王子 さま 」の 感 情 に 関す る表 現 の訳 を分 析 す る。先 に扱 った容 貌 と厳 密 な差 異 を設
け て い るわ けで は な い こ とを予 め 断 って お く。
(5)
[原 典1
Et
[W訳]
And
il me
in
repeat
answer
alors,
he
tout
doucement,
repeated,
very
comme
slowly,
une
as
if he
chose
were
tr鑚
s駻ieuse(p.14)
sneaking
of
matter
of erect
consequence(p.12)
[C訳
】
To
which
he
merely
repeated,
very
slowly,
as
thoueh
it
were
a
matter
of
erect
consequence.(p.8)
[T訳]
Whereupon
[倉橋 訳1
す る と そ の 子 は ひ ど く ゆ っ く り と 、 と て も 真 剣 に 繰 り 返 し た 。(p.11)
[内藤 訳]
す る と 、 ぼ っ ち ゃ ん は 、 と て も だ い じな こ と の よ うに 、 た い そ うゆ っ く り 、 く りか え し ま
he
repeated§g壇and
g幽:(p,14)
し た 。(p.12)
【山崎 訳 】
す る と 相 手 は 、 と て も 大 切 な こ と の よ う に 、 ゆ っ く り と 繰 り 返 し た の で す 。(p.10)
[池澤 訳]
そ れ に 対 し て 彼 は 、 と て も 重 要 な こ と を 告 げ る よ う に 静 か な 声 で 繰 り 返 し た 一(p,12)
[藤 田訳 】
で も 、 そ の 子 は 、 こ ん ど は ゆ っ く り と 、 と て も だ い じ な こ と で も話 す よ うに こ うい っ た ん
だ 。(P,12)
[河野 訳】
で も そ の 子 は 、 な に か 重 大 な こ と の よ う に 、静 か な 声 で そ っ と く り 返 す だ け だ っ た 。(p.12)
「とて も真 剣 に繰 り返 した 」とい う訳 語 の選 択 に も 問題 が あ るよ うに 思 わ れ るが 、それ を抜 き に
38
し て も 、倉 橋 訳 は 最 も 曖 昧 で あ る 。 ま た 、 「
ひ ど くゆ っ く り と」 と 「
繰 り返 した 」 と い う こ と は 、
か な り奇 妙 で あ る(内 藤 訳 も や や 近 い)。 ご く普 通 に 考 え る な ら ば 、T訳
や 河 野 訳 や 池 澤 訳 が適
切 だ ろ う。
(6)
[原典 】
Et
le petit
【W訳 】
An
d the
prince
eut
little prince
un
tr鑚joli馗lat
broke
into
de
rire
a lovelypeal
qui
m'irrita
of laughter,
beaucoup.(pp.17-18)
which
irritated
me
very
much.
(p.15)
[C訳 】
And
the
little
prince
broke
into
a charming
prince
broke
into
a
veal
of
laughter,
which
I found
greatly
irritating.(p.12)
[T訳 】
And
the
little
lovely
peal
of laughter
wick
annoyed
my
no
end.
(p.24)
[倉橋 訳 】
王 子 さ ま は そ う い う と 、 頭 に く る ほ ど 楽 し そ う に 、 大 声 で 笑 っ た 。(p.16)
[内藤 訳 】
王 子 さま は 、 そ うい っ て 、 たい そ うか わ い ら しい 声 で 笑 い ま した 。 笑 わ れ たぼ く は 、 と て
も 腹 が 立 ち ま し た 。(p.17)
[山崎 訳]
そ して 小 さな 王 子 さま は とて もか わ い い 笑 い 声 を立 て ま した が 、そ の 笑 い 声 はわ た しに は
気 に入
り ま せ ん で し た 。(p.14)
[池澤 訳】
そ う 言 っ て 王 子 さ ま が け ら け ら と 笑 っ た の で 、 ぼ く は 相 当 む っ と し た 。(p.17)
[藤田 訳]
王 子 さ ま は と て もか わ い ら しい 笑 い 声 を上 げ た の で 、 わ た しは ち ょ っ とふ き げ ん に な っ
た 。(p.16)
[河野 訳】
そ う して 王 子 さま は 、 とて もか わ い い 声 で 笑 い だ した が 、僕 の ほ うはか な り腹 が 立 っ た。
(p.18)
こ こ で も 同 様 で あ る 。 「楽 しそ う に 、 大 声 で 笑 っ た 」 は 曖 昧 模 糊 と して い る 上 に 、 か な り原 典 か
ら離 れ て い る 。 ま た 、 「頭 に く る ほ ど」 だ け で は 誰 に と っ て 頭 に く る の か が わ か り づ ら く 、 表 現
が や や 不 自然 とな って しま っ て い る。
(7)
原 典1
Le
【W訳 】
The
little prince
w as
now
white
[C訳]
The
little prince
was
now
guite
[T訳 】
The
little prince
was
now
pale
[倉橋 訳 】
今 や 王 子 さ ま は 怒 り で 青 く な っ て い た 。(p.38)
[内藤 訳 】
王 子 さ ま は 、 も う ま っ さ お に な っ て お こ っ て い ま し た 。(p.35)
仙 崎訳】
い ま や 小 さ な 王 子 さ ま は 、 怒 りの あ ま り ま っ 蒼 に な っ て い ま し た 。(p.27)
[池澤 訳1
王 子 さ ま の 顔 は 怒 りで 青 ざ め て い た 。(p.33)
petit
prince騁ait
maintenant
tout
with
pale
col鑽e.(p.31)
raie.(p.32)
p ale with
with
de
anger.(p.26)
anger.(p.32)
39
Le
Petit Princeの
邦 訳 に お け る 誤 訳 とそ の 周 辺
一
倉 橋 訳 の 特徴
一
1藤 田 訳 】
王 子 さ ま は 、 い ま や 、 い か り で 真 っ 青 に な っ て い た 。(p.35)
[河野 訳 】
怒 りの あ ま り 、 王 子 さ ま は ま っ さ お に な っ て い た 。(p.38)
「
怒 りで 青 くな る」は 確 か に 日本 語 で も用 い られ る表 現 で あ り、
使 用 例 も存 在 して い る。しか し、
筆 者 の感 覚 で は 、あ ま り一 般 的 で は な い よ うに思 われ る。少 な く と も、 日常 的 に使 われ る よ うな
定 着 した感 情 表 現 で は な か ろ う。 実 際 、Googleに
フ レー ズ 検 索 した と こ ろ、 前 者 は162件
12月18日
て 「
怒 りで赤 く」 と 「
怒 りで青 く」 の 両者 を
で あ っ た の に対 して 、後 者 は12件
で あ っ た(2006年
…
現在)。前 者 は大 部 分 が 直 接 的 に怒 りを表 現 した も ので あ っ た が、後 者 の12件
に は外
国 語 の解 説 や 、フ ァ ン タ ジー 小 説 にお け る特 異 な キ ャ ラ ク タ ー
一の変 色 な ど直接 的 に怒 りを表 現 し
た わ けで は な い も のが4件 含 まれ て い た。この よ うに 一般 的 で は な い 表現 で あ る に も関 わ らず 、
倉 橋 訳 で は あ ま りに説 明不 足 で本 当 に青 く変 色 して い るか の よ うな 印象 を受 け る。 「
真 っ青にな
る」 や 「
青 ざ め る」 な ど の慣 用 句 を用 い る ほ うが適 切 だ ろ う。
2.3倉 橋 訳 の 特 徴
こ こま で の例 を見 た だ け で も、倉 橋 訳 にお け る 「
王 子 さま 」像 が 、か な り他 とは 異 な る こ と に
気 付 か され る はず で あ る。 これ を 個性 と取 る こ と も可能 か も しれ な い が 、や は り、ポ ジテ ィブ に
評 価 す る こ とは難 しい。 特 に 、本 来 表 現 され る べ き情 報 を 削 り取 っ て しま う行 為 は 、 「
大胆」で
は な く(ちな み に、 倉 橋 訳 の オ ビに は 「"かつ て子 供 だ っ た"人 の た め に書 かれ た 永遠 の 名 作 。 そ
の 『謎 』 を解 く最 も大 胆 な倉 橋 訳 、待 望 の 文 庫 化!」 とあ る)、む しろ、 単 な る 「
大 雑把 」 で あ る
と思 わ れ る。 これ が 、物 語 の 主 要部 分 か ら外 れ る箇 所 で あれ ば理 解 で き るにせ よ、 「
王 子 さま 」
は 主 要 そ の も ので あ る以 上 、そ れ な りの描 写 が 必 要 に な るは ず で あ る。なお 、倉 橋 訳 の この 傾 向
は 「
王 子 さ ま」以 外 の描 写 に も見 出 す こ とが で き る。そ の た め、作 品 世 界 が 曖 昧 で ぼ や けた も の
とな っ て しま って い る よ うに筆 者 に は感 じ られ る。
対 して 、内藤 訳 と池 澤 訳 は か な り充 実 して い る。内藤 訳 に は誤 訳 も少 な くな い が 、そ れ で も な
お 独 特 の個 性 的 な表 現 で 「
王 子 さま 」が 描 か れ てい る。池 澤 訳 は 、誤 訳 が ほ とん ど全 く存在 せ ず 、
無 駄 の ない 簡 潔 な表 現 で 的確 に 「
王 子 さま 」が描 かれ て い る。倉 橋 訳 を この よ うに して 翻 訳 分 析
の 対 象 とす る こ とが 、他 の訳 者 を 際立 たせ る効 果 を も生 ん で い る こ とは 大 変興 味 深 い 。
3.お わ りに
最 後 に 、これ ま で の 議 論 を踏 ま えつ つ 、誤 訳 に焦 点 を 当 て な が ら、翻 訳 につ い て簡 単 に考 察 を
行 い た い。
翻 訳 に対 して も強 い 興 味 関 心 を抱 い て い た 三 島 由紀 夫 は 、『太 陽 と鉄 』 の 中で 「
現 実 と言 語 の
関係 とは 、エ ッチ ン グ にお い て 銅 を腐食 す る硝 酸 の関係 に等 しい 」 と述 べ た。 この 比 喩 を元 に考
え てみ る と、翻 訳 者 もま た 言 語 を 用 い た 表 現者 で あ る以 上 、 「
硝 酸 」 の使 用 に熟 達 して い な けれ
ば な らな い こ とに な る。精 緻 な文 学 作 品 の翻 訳 とも なれ ば 尚更 で あ る。 も し使 用 を誤 れ ば 、あ る
特 定 の部 分 だ け で な く、そ の周 辺 を も台 無 しに して しま い 、修 正 不 可 能 な傷 を残 す こ とに な っ て
40
しま う。 この点 倉 橋 氏 は 、遺 憾 な が ら、傷 を 多 く残 しす ぎ て 、作 品 の質 感 が 大 き く損 な われ て い
る よ うに 思 われ る。も っ とも 、この 点 に関 して は 、王子 さま の描 写 な らば挿 絵 が 理 解 の 助 け に な
る だ ろ うし、描 写 を省 く こ とに よ りす っ き り と読 み や す くな る と肯 定 的 に評 価 す る こ と も可 能 で
は あ るた め 、全 面 的 に倉 橋 氏 の方 針 が悪 い とい うこ とは で き な い。事 実 、イ ンター ネ ッ ト上 の 書
評 な どを概 観 す る と、 好 意 的 な 評 価 が 少 な くな い。 こ の こ とを こ こで付 記 してお く。
通 常 、翻訳 は原 典 よ りも長 く、説 明 的 にな る傾 向 が あ る と言 わ れ る。曖 昧 にぼ か す こ と は、 ど
ち らか とい え ば例 外 的 な 事 象 で あ る。起 点 言 語 に特 有 な慣 習 な ど、対 象 言 語 に は全 く馴 染 み の 無
い もの を訳 す 際 に は確 か に有 効 な方 法 で あ ろ う。 しか し、本 稿 で これ まで 見 て きた よ うに 、決 し
て そ の 必 要 が 無 い 箇 所 を 曖 昧 に訳 す の は 、例 外 の 中の 例 外 で あ る。本稿 は 限 定 した 範 囲 を扱 っ た
が 、これ を広 げ て 、訳 者 の癖 を超 え た と ころ に あ る 「
何 か 」を 明 らか に して い く こ とが で きれ ば 、
更 に意 義深 く有用 な こ とが 見 出せ るか も しれ な い。 これ を今 後 の課 題 と した い。
【参 考 文 献 】
平 子 義 雄1999.『
K
vecses,
Z.2000.
Cambridge
三 島 由 紀 夫1987.『
1959,『
大 堀 壽 夫(編)2004.『
翻 訳 の 原 理 一 異 文 化 を ど う訳 す か 』 大 修 館 書 店.
Metaph
or
Cambridge
an d
Emotion:Language,
University
Press.
太 陽 と鉄 』 中 央 公 論 社.
文 章 読 本 』 中 央 公 論 社.
認 知 コ ミ ュ ニ ケ ー シ ョ ン論 』 大 修 館 書 店.
41
Culture,
and
Body
in
Human
Feeling.
Le Petit Princeの
邦 訳 に お け る誤 訳 とそ の周 辺
倉橋訳の特徴
42
Le Petit Princeの
邦 訳 に お け る 誤 訳 とそ の 周 辺
-山
AStudy
崎 訳 の特 徴 一
of」 乙θ 」%漉
肋
Focusing
on
α}and
Its Translation
Yamazaki's「
佐伯 祥太
Shots
Problems:
恥anslation
Saiki
慶億義塾大学総合政策学部 Faculty of Policy Management,
Keio University
1.は じめ に
フ ラ ン ス語 を原 典 とす る 『星 の王 子 さま』は 世 界 中 の様 々 な言 語 に よっ て 翻訳 され 、世 界 中 の
人 々 に親 しまれ て い る。 つ ま り、 『星 の王 子 さま』 の 中 に描 かれ る 「
世界 」 が 、 世 界 中で 幅 広 く
受 け入 れ られ て い るの で あ る。
しか し、 『星 の 王 子 さま』 を読 む 人 が皆 フ ラ ン ス 語 に精 通 して い るわ けで は ない 。 例 え ば 、 多
くの 日本 人 は 『星 の 王 子 さ ま』 を フ ラ ンス 語 で は な く 日本 語 で読 む 。つ ま り、世 界 中 の 人 々 が そ
れ ぞれ 異 な る言 語 の 中で 『星 の王 子 さま』 と接 して い る の で あ る。
こ う した 意 味 で 考 え る と、『星 の 王 子 さま 』 の 「
世 界 」 を描 く上 で 、 目標 言 語 の 与 え る影 響 や
翻 訳 者 の 役 割 は極 め て重 要 で あ る とい え るの で は な い だ ろ うか 。
本 稿 で は、 日本 語 を 目標 言 語 と した 翻 訳 作 品 の一 つ で あ る 山崎 訳 に つ い て 、原 典 、邦 訳5点 、
英 訳3点
との比 較 を行 っ た 。 こ う した 比 較 に よ っ て 山崎 訳 の 特徴 を整 理 し、 山 崎 訳 に よ っ て描
か れ る 『星 の 王 子 さま』 の 「
世 界 」 につ い て の考 察 を行 う こ とが本 稿 の 目的 で あ る。
2.山 崎 訳 の特 徴
『星 の 王子 さま 』の 邦 訳 は 、数 が 多 く、それ ぞ れ 訳 者 の 個 性 が 現 れ た翻 訳 とな っ て い る。本 稿
で は 、 そ の 中 で も 山崎 訳 に着 目す る。 山崎 訳 を原 典 、英 訳3点
、 邦訳5点
と比 較 し、誤 訳 、 あ
る い は 山 崎 の 踏 み 込 ん だ 解 釈 が な され た訳 な どを抽 出 ・分 析 す る。
この節 で は 、山 崎 訳 の 特 徴 的 な翻 訳 を(1)踏み 込 ん だ解 釈 、(2)因果 関係 、(3)言い過 ぎ、(4)焦点 、
(5)論理 構 造 、(6)関係 性 、(7)日本 語 の7つ の観 点 か ら整 理 、 分 析 す る。
2.1踏 み 込 んだ 解 釈
山 崎 訳 の 中 に は 、原 典 か ら読 み 取 れ る文 脈 に さ らに 山崎 独 自の解 釈 を加 え た 翻 訳 が 見 られ る。
(1)の例 は誤 訳 で は な い が 、(2)の例 は踏 み 込 ん だ解 釈 が誤 訳 とな っ て い る。
43
Le Petit
Princeの
邦 訳 に お け る誤 訳 とそ の周 辺 一
山崎訳の特徴
上
(1)
源 典】
Quand
[W訳]
When
a mystery
is too
overpowering,
[C訳 】
When
a mystery
is too
overwhelming,
[T訳 】
When
a mystery
is too
overpowering,
【
山崎 訳 】
謎 め い た 印 象 が あ ま り に 強 す ぎ る と 、 言 う こ と を 聞 か ず に は い ら れ な い も の で す 。(p.10)
[内藤 訳]
ふ し ぎ な こ と も 、 あ ん ま り ふ し ぎ す ぎ る と 、 と て も い や と は い え な い も の で す 。(p.13)
[倉橋 訳 】
あ ま り に も 不 思 議 な こ と に 出 会 う と 、 い や だ と は い え な く な る も の だ 。(p.14)
[池澤 訳 】
あ ま り大 き な 謎 に 出 会
【
藤 田訳 】
あ ま りにい ん し ょ うの強 い ふ しぎ な こ とに 出会 う と、 ひ とはそ れ に さか らえ な い もの
le myst鑽e
est trop
impressionnant,
on
one
n'ose
you
dare
one
do
not
not
dare
pas
d駸ob駟r.(p.14)
disobey.
dare
not
gyp.12)
to question
it.(p.8)
disobey(p.14)
う と 、 人 は あ え て そ れ に 逆 ら わ な い も の だ 。(p.12)
だ が 、 そ の と き の わ た し も … …(p.12)
[河野 訳1
不 思 議 な こ と で も 、 あ ま り に 心 を 打 た れ る と 、 人 は さ か ら わ な く な る も の だ 。(pp,13・14)
こ こ で は 、英 訳 で"dare
not_"と
翻 訳 され て い る箇 所 の 邦 訳 につ い て 検 討 す る。 この部 分 の
邦 訳 は 、山 崎 訳 の 「言 う こ と を 聞 か ず に は い られ な い 」、内 藤 訳 、倉 橋 訳 の 「
い や と は い え な い 」、
池 澤 訳 、藤 田訳 、 河 野 訳 の
「逆 ら わ な い 」 「さ か ら え な い 」 の3種
類 に 分 け られ る 。 ま ず 、 「い
や と は い え な い 」 と 「逆 ら わ な い 」 「さ か ら え な い 」 は 表 現 の 差 異 は あ る が"dare
not"と
極め
て近 い 形 を 取 っ て い る。
そ れ に 対 し て 、山 崎 訳 は 一 定 の 解 釈 が 付 加 され て い る。少 し踏 み 込 ん だ 翻 訳 が な され て い る の
で あ る。 「い や と は い え な い 」、 「逆 ら わ な い 」、 「さ か らえ な い 」 故 に 、 「言 う こ と を 聞 か ず に は い
られ な い 」と い う状 況 に な っ て し ま う、と い う一 歩 踏 み 込 ん だ 解 釈 が 訳 者 に よ っ て な され て い る 。
(2)
原 典】
≪Ga
[W訳1
`That
down't
[C訳]
`That
won't
【T訳]
`lt wouldn't
ne
fait
rien,
c'est
matter
matter
matter
tellement
. Where
where
. Everything
petit
I live,
I come
, chez
everything
from
is
moi!≫(p.20)
so
it'
small
44
is
s so
very
where
so
sma皿!'(p.18)
small!'(p.13)
I live.'(p.18)
[山崎 訳 】 ★ 「そ ん な こ と し た っ て 無 駄 だ よ 。 ぼ く の と こ ろ 、 す っ ご く小 さい ん だ か ら!」(p.16)
[内藤 訳 】
「
だ い じ ょ うぶ な ん だ よ 。 ぼ く ん と こ 、 と っ て も ち っ ぽ け な ん だ も の 」(p.18)
[倉橋 訳 】
「ど こ へ 行 っ た っ て い い さ。 ぼ く の 住 ん で る と こ ろ で は 何 も か も 小 さ い か ら 」(p.21)
[池澤 訳]
「
別 に か ま わ な い よ。 ぼ く の と こ ろ は と っ て も 小 さ い ん だ か ら 」(p,18)
[藤 田訳 】
「そ ん な こ と な ん で も な い よ 。 ぼ く ん と こ 、 と っ て も 小 さ い ん だ か ら。」(p,19)
[河野 訳】
「だ い じ ょ うぶ な ん だ 。 ほ ん と うに 小 さ い か ら、 ぼ く の と こ ろ は!」(p.21)
こ の部 分 の訳 は 、明 らか に 山崎 訳 だ け他 の訳 者 とは 異 な っ た 翻訳 に な っ て い る。山 崎訳 以外 の
翻 訳 の差 異 は表 現 の差 異 で あ るが 、山崎 訳 は 翻 訳 され て い る意 味 内容 が踏 み 込 ん だ もの とな っ て
い る。
しか し、 こ こで の 山 崎 訳 は 踏 み 込 み が 誤 訳 に な っ て い る。 「
大 丈 夫 だ よ」 とい う表 現 と 「
無駄
だ よ 」 とい う表 現 で は 正 反 対 の 意 味 に な って しま う。
「
そ ん な こ と した っ て 無 駄 だ よ。」 とい う文 は 、「ヒツ ジ を逃 が した い 」とい う前 提 の も とで 解
釈 が 可 能 で あ る。 これ に 対 して、 「
大 丈 夫 だ よ。」 とい う文 は 、 「ヒツ ジを逃 が した くな い 」 とい
う前 提 の も とで解 釈 が 可 能 で あ る。 故 に 、 山崎 訳 で は 、原 典 と意 味 内容 が 異 な っ て しま うので 、
誤 訳 で あ る。
2.2因 果 関係
原 典 に お け る因果 関係 が 翻 訳 に よ って 崩 れ て しま っ てい る箇 所 が 見受 け られ た。この 箇 所 は 山
崎 訳 だ け で は な く、 内藤 訳 、 倉 橋 訳 、 藤 田訳 も 同 じ箇 所 が 誤 訳 とな っ て い る。
(3)
[原典 】
Heureusement
peuple,
[W訳l
sous
Fortunatel
pour la r駱utation de l'ast駻o
peine
de
however
mort,
de
for the
s'habi皿er
re
utation
de B 612, un dictateur turc imposa灣on
'europ馥nne.(p.21)
of Asteroid
B・612,
a Turkish
dictator
made
a
law that his subjects,under pain of death, should change to European costume.(p.20)
[C訳 】
Fortunatel
for the re utation of Asteroid B612, a Turkish dictator ordered his
subjects,on pain of death, to convert to European dress.(pp.14-16)
[T訳]
Fortunatel
fbr
the
re
utation
of
Asteroid
B・612,
however,
a Turkish
European costume upon his subjectsunder pain of death.(p.21)
45
dictator
imposed
Le
Petit Princeの
邦 訳 にお け る誤 訳 とそ の周 辺
[山崎 訳 】 ★さ い わ い 、 小 惑 星B612の
一
山崎 訳 の 特徴
一
評 判 の た め に 、 トル コ の ひ と りの 独 裁 者 が 、 国 民 に た い し て
ヨ ー ロ ッパ ふ う の 服 装 を す る よ う に 強 制 し 、違 反 す れ ば 死 刑 に 処 す る と い うお 触 れ を 出 し
ま した 。(p.17)
【内藤 訳 】 ★さ い わ い 、B-612番
の 星 の 評 判 を 傷 つ け ま い と い うの で 、 トル コ の あ る 王 さ ま が 、
ヨー ロ ッパ 風 の 服 を着 な い と死 刑 にす る とい うお ふ れ を だ しま した 。(p.21)
【
倉 橋 訳 】 ★幸 い に もB-612の
星 の 評 判 は よか っ た。 トル コの 独 裁 者 が 、ヨー ロ ッパ 風 の 服 を着 ない
と死 刑 にす る とい うお ふ れ を 出 し、そ こ で例 の天 文学 者 は 、一 九 二 〇 年 に 、 しゃれ た スー
ツ を着 て発 表 をや りなお した。(p.24)
【
池 澤 訳 】 や が て トル コの 独 裁 者 が 、 ヨー ロ ッパ 風 の 服 を 着 な い 者 は 死刑 に す る とい う法 律 を作 っ た
の は、 小 惑 星B612の
[藤 田訳1
★で も小 惑 星B六
名 誉 の た め に 幸運 だ っ た。(p.20)
一 二 の うわ さの お か げ で 、 トル コの 王 さま は 、 ヨー ロ ッパ 式 の 服 を き な
けれ ば死 刑 にす る とひ とび とに命 令 した。(p.20)
[河野 訳 】 そ の 後 、小 惑 星B612に
、名 誉 挽 回 の 幸運 が 訪 れ た。 トル コの 独 裁 者 が 、 国 民 に ヨ・
一
ロ ッパ 風 の 服 装 を 強 制 し、従 わ な けれ ば死 刑 と決 め た の だ。(p.22)
この 箇 所 で の 山崎 訳 は、「
小 惑 星B612の
評 判 のた め に」、「トル コの独 裁 者 が お 触 れ を出 した 」
と記 述 され て い る。つ ま り、 トル コの独 裁 者 が お触 れ を出 した の は、小 惑 星B612の
評 判 を守 る
た め とい う解 釈 が な され て い る。 しか し、3つ の英 訳 が 同 じ翻 訳 を して い る よ うに 、 トル コの 独
裁 者 が お 触 れ を出 した の は 、決 して小 惑 星B612の
評 判 を守 る た め で は な い 。偶 然 同 時 期 に トル
コの独 裁者 に よっ て 出 され た お 触 れ が 、 小 惑 星B612の
名 誉 のた め に幸 運 だ っ た の で あ る。
この 箇 所 の 訳 は 、池 澤 訳 が 自然 で あ る。内藤 訳 、藤 田訳 に 関 して も、山 崎 訳 と同 じ誤 訳 が 見 ら
れ る。 ま た 、 倉 橋 訳 で は 、 「B612の 評 判 は よか っ た 」 とい う記 述 が あ るが 、決 して そ の よ うな
内容 は原 典 に は 見 られ な い 。 河 野 訳 は 、 誤 訳 で は ない 。 しか し、 「
小 惑 星B612の
評 判」 と 「
独
裁 者 の お触 れ 」の関係 性 が あい まい に な っ てい る。文脈 か ら、山 崎 訳 な ど と同 様 に 「
小 惑 星B612
の評 判 の た め に 」、「トル コ の独 裁 者 がお 触 れ を 出 した」 と解 釈 す る こ とも不 可 能 で は な い。 よっ
て 、河 野訳 は誤 訳 で は な い が 、 読 者 に よ って解 釈 の 分 か れ る可 能 性 を含 む 訳 だ と言 え る。
2-3言 い 過 ぎ
英 訳 に お い て 否 定 が 用 い られ て い る箇 所 につ い て 検 討 した 。 山崎 訳 は、 英 訳3点
と比 較 す る
とよ り強 い否 定 が用 い られ て い るの が 特徴 的 で あ る。
(4)
原 剣
Mais, bien s皞, nous
qui comprenons
la vie, nous nous
46
mopuons
bien des num駻os!
(p.22)
[W訳
】
[C訳
】
[T訳 】
But
Of
certainly,
course,
But,
for
for we
of course,
us who
who
for those
understand
understand
of us who
life, figures
are
life, figures
are
understand
life, we
a matter
quite
ofindifference.(p.21)
unimportant.(p.17)
could
not
care
less
about
figures.
(p.22)
[山崎 訳1
★で も
、 も ち ろ ん 、 人 生 と い う も の が わ か っ て い る わ た し た ち は 、 番 号 な ん か ま っ た く軽
蔑 し て い ま す よ ね!(p.18)
【
内藤 訳 】
だ け れ ど 、ぼ く た ち に は 、も の そ の も の 、こ と そ の こ と が 、た い せ つ で す か ら 、 も ち ろ ん 、
番 号 な ん か 、 ど う で も い い の で す 。(p,22)
[倉橋 訳 】
し か し 、 人 生 が わ か る 人 間 な ら 数 字 の こ と な ん か ど う で も よ か っ た だ ろ う 。(p.26)
[池澤 訳】
だ け ど 、 ぼ く た ち み た い に 生 き る と い う こ と の 意 味 が わ か っ て い る 者 に は 、数 字 な ん て ど
う で も い い 。(P.22)
[藤 田訳】
★で も
、 も ち ろ ん 、 人 生 が わ か っ て い るわ た した ち に とっ て は 、 番 号 な ん て く だ らな い も
の さ!(p.22)
[河野 訳1
で も 、僕 らは も ち ろ ん 、生 き る とい うの が ど うい う こ とか わ か っ て い る か ら、 番 号 な ん て
か ま わ な い!(p,24)
W訳
で は"indifference'℃
訳 で は"unimportant"、T訳
で は 、"not care less about
figures"と
そ れ ぞ れ 翻 訳 され て い る 箇 所 に 対 応 す る 邦 訳 に つ い て こ こ で は 検 討 した い 。い ず れ の 英 訳 も 否 定
形 が 用 い ら れ て い る が 、 積 極 的 な 否 定 、 あ る い は 強 い 否 定 は な さ れ て い な い と解 釈 で き る。
つ ま り 、 内 藤 訳 、 倉 橋 訳 、 池 澤 訳 、 河 野 訳 の よ う に 、 「ど うで も よ い 」 「か ま わ な い 」 と い う類
の 消極 的 な 否 定 の翻 訳 が適 切 で あ る と考 え られ る。
し か し 、 山 崎 訳 は こ の 部 分 が 「軽 蔑 し て い る 」 と い う単 語 に よ っ て 翻 訳 さ れ て い る 。 原 典 か ら
は こ こ ま で 強 い 否 定 は 読 み 取 れ な い の で は な い か 。 「ど うで も よ い 」 か ら と い っ て 、 「軽 蔑 す る 」
と は 限 らな い の で 、 こ の 表 現 は 言 い 過 ぎ に な っ て し ま う。
藤 田 訳 は 、 こ の 部 分 を 「く だ ら な い 」 と して お り、 「軽 蔑 す る 」 ほ ど強 い 否 定 で は な い が 、 「ど
うで も よ い 」 「か ま わ な い 」 な ど と 比 べ る と や や 強 い 否 定 に な っ て い る。
2.4焦 点
原 典や英訳 において 「
友 だ ち 」に焦 点 の 当た って い る表 現 が 、邦 訳 にお い て はす べ て の 訳者 が
「ヒ ツ ジ」 に 焦点 を 当て て い る。 また 、 邦 訳6点
の 中 で も焦 点 の 当 て方 が 異 な っ て い る。 こ こ
で 取 り上 げ た 例 は誤 訳 で は ない 。そ れ は 、 日本 語 の 特質 上 、原 典 や 英 訳 の 「
焦 点 」 を正 確 に翻 訳
47
Le
Petit Princeの
邦 訳 にお け る誤 訳 とそ の周 辺
一
山 崎 訳 の 特徴
一
す る こ と は 不 可 能 だ か ら で あ る 。 しか し 、(5)の 例 は フ ラ ン ス 語 、 英 語 、 日 本 語 の 特 徴 を 考 え る
上 で 非 常 に興 味 深 い 。
(5)
原 典】
Il y a six ans
[W訳 】
Six
years
d駛瀲ue
have
mon
already
ami
passed
s'en
est
since
my
all饌vec
friend
son
mouton.(p.22)
went
away
from
me,
with
his
sheen.
(p.22)
[C訳]
Already
【T訳】
Six
[山崎 訳 】
あ の 友 だ ち が ヒ ツ ジ を 連 れ て い っ て し ま っ て か ら 、 も う6年
[内藤 訳]
あ の 友 だ ち が ヒツ ジ をつ れ て
six years
years
have
have
already
passed
elapsed
since
since
my
my
friend
went
little friend
away,
along
left me,
with
with
his
his
sheep.(p.17)
sheen.(p.23)
が た ち ま し た 。(p.19)
どこ か へ い っ て しま っ て か ら、 も う六 年 に もな ります 。
(p.23)
槍 橋 訳]
あ の 友 だ ち が 羊 を連 れ て ど こか へ 行 って し ま っ てか らも う六 年 の 月 日が 過 ぎ た。(p.26)
[池澤 訳]
ぼ くの 友 だ ちが ヒ ツ ジ を連 れ て行 って しま って か ら も う6年 に な る。(p.22)
[藤 田訳1
王 子 さ ま が ヒ ツ ジ と い っ し ょ に い な く な っ て しま っ て か ら、 も う六 年 に な る 。(p.23)
[河野 訳]
僕 の 友 だ ち が ヒ ツ ジ と と も に 行 っ て し ま っ て か ら、 も う六 年 に も な る 。(p.25)
この箇 所 で は 、 「
友 だ ち 」 と 「ヒ ツ ジ 」 の ど ち ら に よ り焦 点 が 当 た っ て い る か を 検 討 す る 。 ま
ず 、W訳
、 C訳
、 T訳
に お い て 、 焦 点 が 当 た っ て い る の は 、"my
friend"で
あ る 。"sheep"に
つ
い て は 、 後 に 付 加 され る 形 式 を 取 っ て い る 。 これ は 、3つ の 英 訳 に 共 通 し て 言 え る 。 し か し、 邦
訳 に つ い て は い ず れ も 「ヒ ツ ジ 」 よ り も 「友 だ ち 」 の 方 に 焦 点 が 当 た っ て い る よ う に 解 釈 す る こ
と は 困難 で あ る。
英 訳 と比 較 す る と 邦 訳 の 焦 点 は
「友 だ ち 」 よ り 「ヒ ツ ジ 」 に 当 た っ て い る 。 し か し 、 邦 訳6
点 の 中 で 焦 点 の 比 較 を 行 う と邦 訳 の 中 で も 焦 点 の 当 て 方 に 違 い が 見 られ る 。
山 崎 訳 に お い て は 、 「友 だ ち 」 よ りむ し ろ 、 「ヒ ツ ジ 」 が い な く な っ て し ま っ た こ と に 焦 点 が 当
た っ て い る よ う に 感 じ られ る 。 池 澤 訳 も 山 崎 訳 と 同 様 で あ る 。 ま た 、 「連 れ て い っ て 」 「連 れ て 行
っ て 」 とい う訳 が 両 者 に 見 られ る が 、 「連 れ て い く」 と い う動 詞 な の か 、2つ
の 動詞
「連 れ て 」
と 「行 く」 が 並 置 され て い る の か に よ っ て も解 釈 は 異 な る 。 仮 に 、 「
連 れ て い く 」 と い う動 詞 と
し て 使 わ れ て い る 場 合 、 焦 点 は 「友 だ ち 」 で は な く 「ヒ ツ ジ 」 に 当 た っ て い る と解 釈 で き る 。
内 藤 訳 と 倉 橋 訳 は 、 酷 似 して い る 。 「あ の 友 だ ち が 」 「ど こ か へ い っ て しま っ て か ら」 の 箇 所 が
メ イ ン に な っ て い る の で 、 山 崎 訳 、 池 澤 訳 に 比 べ る と 「友 だ ち 」 に よ り焦 点 が 当 た っ て い る 。
藤 田 訳 、 河 野 訳 に つ い て は 、 「い っ し ょ に 」 「と も に 」 と い う副 詞 を 用 い て お り 、 内 藤 訳 、 倉 橋
訳 よ り も さ ら に 「友 だ ち 」 に 焦 点 を 当 て た 表 現 だ と 言 え る 。
邦 訳 間 で の 微 妙 な 差 は あ る も の の 、英 訳 と 邦 訳 を 対 照 した 場 合 、 英 訳 は 「ヒ ツ ジ 」 が 付 加 的 に
訳 さ れ て い る の に 対 し、 邦 訳 で は 、相 対 的 に 「ヒ ツ ジ 」 に 対 す る 焦 点 の 向 け られ 方 が 強 く な っ て
い る 。英 語 の よ うに 、カ ン マ の あ と に 補 助 的 な 表 現 を 付 加 す る と い う 日本 語 表 現 が 存 在 して い な
48
い た め こ うした翻 訳 の差 異 が 見 られ る。した が っ て 、こ う した 焦 点 の 度合 い の差 を誤 訳 と して 指
摘 す るの は難 しい。
2.5論 理 構 造
(6)は、原 典 にお け る論 理 構 造 が 邦 訳 に正 確 に 反 映 され て い な い例 で あ る。 山崎 訳 は仮 定条 件
が正 し く表 現 され て い な い の で 誤 訳 だ と言 え る。
(s)
Et si la plan鑼e est trop petite et si les baobabs
[原典1
sont trop nombreux,
ilsla font馗later.
(pp.25-26)
[W訳
】
And ifthe planet is too small, and the baobabs are too manu, they splitit in pieces...
(p.26)
[C訳]
And ifthe lanet is too small
and if the baobabs
are too numerous,
they will finally
make the planet explode.(p.20)
[T訳 】
And ifthe
lanet is too _small
and
if there
are too manu
baobabs,
the planet
exploded.
(p.26)
[山崎 訳 】 ★あ げ く に は 、 そ の 星 が小 さす ぎた り、 バ オバ ブ の 数 が 多 す ぎた りす る と、 そ の 星 を破 裂
させ て し ま うの で す 。(pp.21・22)
[内藤 訳1
星 が小 さす ぎ て 、バ オバ ブ が あ ま りた く さん あ りす ぎ る と、そ の た め に、 星 が破 裂 して し
ま い ま す。 (p.28)
[倉橋 訳 】
★星 が小 さす ぎ る の で 、 バ オ バ ブ が繁 茂 す る と星 は破 裂 して ば らば らに な る。
[池澤 訳 】 小 さな 星 に バ オ バ ブ が あ ん ま りた く さん は び こる と、 星 は壊 れ て しま う。
[藤 田訳]
(p.30)
(p.26)
根 が 星 をつ らぬ い て 、 も し星 が とて も小 さか っ た り して 、バ オバ ブ が 多 か っ た りす る と、
バ オ バ ブ は 星 を は れ っ させ て し ま う こ と も あ る ん だ 。(p.27)
[河野 訳]
★星 は と て も 小 さ い か ら
、 そ ん な バ オ バ ブ が 増 え す ぎ る と 、 つ い に は 、 破 裂 し て し ま う。
(p.30)
49
Le Petit
Princeの
邦 訳 にお け る誤 訳 とそ の周 辺
一
山崎 訳 の 特徴
一
3つ の英 訳 か ら分 か る よ うに 、 こ こで 書 か れ て い る の は 、 「も し、星 が小 さい 、 且 つ 、 バ オ バ
ブ の数 が多 い 」場 合 に 星 が破 裂 す る と書 か れ て い る。つ ま り、「
星 が 小 さい」 こ と、 「
バ オバ ブ の
数 が 多 い」 こ との 両 方 が仮 定 と して示 され て い る。
山崎 訳 は 、 「
且 つ」 とい う条 件 が 書 かれ て い な い た め誤 訳 で あ る。 星 が小 さい だ け で は 、 星 は
破 裂 しない し、バ オバ ブ の数 が 多 い だ け で も星 は破 裂 しな い ので あ る。
また 、 も う1つ
の 山 崎訳 の 特徴 と して 文頭 の 「あげ くに は」 が挙 げ られ る。 この表 現 は 他 の
邦 訳 者 は用 い て い な い。 英 訳 で は 、 この部 分 は"and"と
訳 され て い るが 、邦 訳 者 は ほ とん ど省
略 して い る。山 崎訳 は 「あ げ くに は」を 文頭 に 置 く こ と に よ って 文 全 体 の意 味が 分 か りに く くな
っ て しま って い る。
(8)の例 で適 切 に表 現 され て い る の は 、 内 藤 訳 、池 澤 訳 で あ る。 英 訳 とま っ た く 同 じ仮 定 条 件
で 訳 され て い る。
倉 橋 訳 と河 野 訳 は 同 じ誤 訳 に な っ て い る。 「
星 が 小 さい 」 とい う一 つ 目の 条 件 が 、 仮 定条 件 で
は な く事 実 で あ るか の よ うに書 か れ て い る。これ で は 、
原 典 の 伝 え て い る 内容 と異 な っ て しま う。
藤 田訳 は誤 訳 で あ る とは言 え な い が 、 「
根 が星 を つ らぬ い て 」 と 「も し星 が とて も小 さか っ た
りして 、 バ オ バ ブ が 多 か っ た りす る と」 の順 序 に違 和 感 を 覚 え る。 ま た 、 「
た り」 の 日本 語 と し
て の 用 法 に も不 自然 さを感 じる。
翻 訳 に よっ て 、こ う した 論 理 的 な 矛盾 が 生 じる と明 らか な誤 訳 に な っ て しま う。こ う した誤 訳
に つ い て は 目標 言 語 の特 質 の差 は あ ま り影 響 しない はず で あ る。
2.6関 係 性
(7)では 、 邦 訳 にお け る接 続 詞 の役 割 につ い て着 目す る。 そ れ ぞ れ の訳 者 に よ って 節 と節 の つ
な ぎ方 が 異 な っ て い る。また 、そ う した 違 い が 登 場 人 物 の イ メー ジ に影 響 を与 え て い る の も非 常
に興 味 深 い。
(7)
[原典1
Et elle,qui avait travaill饌vec tant de pr馗ision,dit en b稱llant...(p.33)
【W訳 】
And,
[C訳 】
And
afしer workin
after labouring
with
all this
ainstakin
with such painstaking
50
recision,
precision
she
yawned
she merely
and
said: _.(p.35)
said with
a yawn:
(p.28)
[T訳 】
And havingworked
so hard and taken such care, she yawned
and said(p.36)
[山崎 訳 】
そ して 花 は 、 そ ん な に 気 を 配 っ て努 力 して き た くせ に 、 あ くび を しな が ら言 い ま した。
(p.29)
[内藤 訳1
な に ひ と つ 手 お ち な く け し ょ う を こ ら し た 花 は 、 あ く び を し な が ら い い ま し た 。(p.39)
[倉橋 訳1
念 入 りに支 度 を整 え てか ら、花 は あ くび を しな が らい っ た 。(p.44)
[池澤 訳1
彼 女 は 準 備 に と て も手 間 を か け て疲 れ た の か 、 あ くび を しな が ら言 った 一(p.36)
[藤田 訳]
花 は 、 一 生 け ん め い じゅ ん び を して つ か れ て い た の か 、 あ くび を しな が ら こ うい っ た。
(p.38)
[河野 訳】
そ う し て 、 す み ず み ま で 隙 の な い 装 い を 終 え た と い うの に 、 あ くび を し な が ら こ う言 っ
た 。
(p.41)
こ の部 分 は 、 「
花 の 化粧 」 と 「あ くび 」 の 関係 性 を 検討 した い 。
山崎 訳 に お い て は 、 両 者 に逆 接 の 関係 が あ る。 しか も、 「くせ に」 とい う表 現 を用 い る こ と に
よ っ て 、 か な りネ ガ テ ィブ な印 象 を与 え て い る。
山崎 訳 に 近 い 翻 訳 と して は 、河 野 訳 が 挙 げ られ る。河 野 訳 で も、両者 に逆 接 の 関係 が あ る。た
だ 、 「とい うの に 」 とい う表 現 は 、 山崎 訳 ほ どネ ガ テ ィブ な 意 味 は含 まれ て い ない 。
池 澤 訳 、藤 田訳 で は 、化 粧 の 「
疲れ 」が 「
あ くび 」 の原 因 にな っ て い る と解 釈 され る。 た だ 、
「
疲 れ た の か 」「
つ かれ て い た の か 」とい う表 現 か らは、100%の
原 因 と結 果 の 関係 は 見 られ ず 、
第 三 者 に よ る推 測 が 含 まれ て い る の も特 徴 的 だ。
内 藤 訳 、倉 橋 訳 につ い て は 、両 者 の 関 係 性 は薄 くな っ て い る。時 間的 に前 後 の 関係 で あ る とい
う以 上 の 関係 性 は な い 。
山崎 訳 、河 野 訳 と池 澤 訳 、藤 田訳 を比 較 す る と、翻 訳者 の 「
花 」 に対 す る イ メ ー ジが か な り異
な っ て い る こ とが 分 か る。 山崎 訳 、河 野 訳 で は 、 「
花 」 は 思 い とは 裏 腹 な こ とを言 っ て い る印 象
を与 え る の に対 し、池 澤 訳 、藤 田訳 は 素 直 に感 情 を表 して い る 印象 を 与 え る。内 藤 訳 、倉 橋訳 は 、
「
花 」 のイ メ ー ジ に印 象 を及 ぼ す 表 現 に は な っ て い な い。
2.7日
本語
(8)の 山 崎 訳 は 決 し て 誤 訳 で は な い 。 む し ろ 、 最 も 語 義"donner"に
忠 実 な 翻 訳 で あ る と言 え
る 。 しか し、 こ こ で の 山 崎 訳 は 他 の 邦 訳 者 と の 差 が 際 立 っ て い る 。 こ こ で は 、 目標 言 語 で あ る 日
本 語 の 使 い 方 に着 目 した。
51
Le、Petit Princeの
邦 訳 にお け る誤 訳 とそ の周 辺
上
山崎 訳 の 特 徴
一
(s>
原 典】
Il faut
[W訳]
One
[C訳 】
exiger
de
chacun
ce que
must
require
from
One
must
require
of each
[T訳 】
One
must
demand
[山崎 訳】
だ れ に た い して も、 そ の ひ とが 与 え る こ とが で き る も の だ け を 求 め な けれ ば な らん 」 と、
each
of each
chacun
one
the
what
each
and
every
peut
duty
donner,
which
is able
one
reprit
each
le roi.(p.42)
one
can
to dive,'continued
what
he
or
she
perform,(p.46)
the
is capable
king.(p.38)
of.(p.45)
王 さ ま は つ づ け ま し た 。(p.38)
【
内藤 訳 】
人 に は 、 め い め い 、 そ の 人 の で き る こ と を し て も ら わ な け り ゃ な ら ん 。(p.52)
[倉橋 訳 】
人 に は そ の 人 に で き る こ と を し て も ら わ な け れ ば な ら ん 。(p.58)
[池澤 訳 】
「そ う だ 。 余 は 臣 下 の そ れ ぞ れ に で き る こ と を 求 め な く て は な ら な い 」 と 王 様 は 言 っ た 。
(p.47)
[藤田訳 】
「… … ひ と に は そ れ ぞ れ で き る こ と を 要 求 せ ね ば な ら ん 」(p.52)
[河野訳1
「そ の と お り 。 人 に は そ れ ぞ れ 、 そ の 人 が で き る こ と を 求 め な く て は な ら ん 」 王 さ ま は
言 っ た 。(p,55)
こ の 部 分 で は 山 崎 訳 だ け 、 他 の 邦 訳 と翻 訳 が 異 な っ て い る 。 他 の 五 者 の 翻 訳 に お い て 、 「そ の
人 の で き る こ と」 「そ れ ぞ れ の で き る こ と」 と な っ て い る 箇 所 が 、 山 崎 訳 で は 、 「そ の 人 が 与 え る
こ とが で き る も のだ け を」 とな っ て お り、 「
与 え る 」 と い う動 詞 が 用 い られ て い る 。 山 崎 訳 と同
じ よ う な 翻 訳 と し て 、C訳
が 挙 げ られ る 。 C訳
に お い て も 、"give"と
い う動 詞 が 用 い られ て い
る。
こ こ で の 山 崎 訳 は 、誤 訳 だ と 断 定 す る こ と は で き な い 。 内 容 的 に 見 る と 、他 の 五 者 の 翻 訳 と一
致 し て い る と考 え る こ と も 可 能 だ か ら だ 。 し か し、 こ こ で 指 摘 した い の は 目標 言 語 で あ る 日本 語
の 問 題 で あ る 。 す ぐ 後 で 、 「求 め る 」 と い う動 詞 が 使 わ れ て お り、 「与 え る 」 と い う動 詞 と連 続 で
使 う と解 釈 が 難 し く な る 。 ま た 、 一 文 の 中 に 、 「だ れ 」 「そ の ひ と」 と い う代 名 詞 が 並 ん で 使 わ れ
て い る た め 、 動 作 主 を 特 定 す る こ と も 難 し くな っ て い る 。 こ の 部 分 の 山 崎 訳 は 誤 訳 で は な い が 、
一度 読 ん だ だ けで は 理解 す るの が 困難 な文 で あ る と言 わ ざ る を得 な い。
3.お わ りに
以 上7項
目8例
に わ た っ て 、 山 崎訳 の 特徴 的 な翻 訳 を整 理 して きた 。 こ こ に挙 げた 例 を全 体
的 に捉 え る と山崎 訳 の特 徴 は 「
は っ き り した翻 訳 」 とい う言 葉 に集 約 で き るの か も しれ な い 。も
ち ろ ん一 言 で 特 徴 を述 べ る の は あ ま りに 乱暴 で あ る が 、山崎 訳 の 「
は っ き り した翻 訳 」 とい う特
徴 は 上 に挙 げ たす べ て の例 に 共通 す る こ とで あ る。 つ ま り、 『星 の 王 子 さま 』 を読 者 と して解 釈
52
した 山崎 が 自信 を持 って 捉 え た 「
世界 」 を表 現 して い る と筆 者 は 感 じた 。
そ う した 「は っ き り した 翻 訳 」 は 、時 に は踏 み 込 み す ぎ 、言 い過 ぎ の よ うに感 じて しま うこ と
が あ る。2.1踏 み 込 ん だ解 釈 、2.3言 い過 ぎ は そ の顕 著 な例 で あ る と言 え る。確 か に、 こ うした
例 は原 典 のテ ク ス トの意 味す る もの と異 な っ て しま うこ とが あ る。 しか し、そ うした例 をす べ て
誤 訳 と して片 付 け る べ き で は な い 。逆 に 、そ う した 例 に こそ 、翻 訳 者 の作 品世 界 に 対す る思 い入
れ を感 じ取 るべ き な の で は な い だ ろ うか 。
2.6関 係 性 の例 に 関 して は 、接 続 詞1つ か ら、訳 者 の登 場 人物 「
花 」に対 す る捉 え 方 を 知 る こ
とが で き る非 常 に興 味深 い 例 で あ る。山 崎訳 は 登場 人物 や 場 面 に 近 い 距 離 を と り、個 々 の 人物 や
場 面 に対 す る訳 者 の解 釈 が 表 現 に現 れ て い る作 品で あ る。この よ うに考 え る と、『星 の 王 子 さま 』
を複 数 の 邦訳 で読 む とい う行 為 は 様 々 な 「
世 界 」 に触 れ る絶 好 の機 会 で も あ る。
『星 の 王子 さま 』 と 日本 人 の 間 に存 在 す る翻 訳 者 は 云 わ ば 両者 の 懸 け橋 で あ る。それ も、そ れ
ぞれ が 個性 を 有 した 懸 け 橋 とな って い る。原 典 か ら乖離 した 翻 訳 を誤 訳 と して 、す な わ ち 、壊 れ
た橋 と して 見 る こ と もで き る。 しか し、壊 れ た橋 を個 性 と して捉 え なお して 見 る こ と も、 『星 の
王 子 さま 』 の描 く 「
世 界 」 を理 解 す る手 掛 か りに な る の で は な い だ ろ うか。
【参 考 文 献 】
平 子 義雄1999.『
翻 訳 の 原 理 一 異 文 化 を ど う訳 す か 』 大 修 館 書 店.
53
Le
Petit Princeの
邦 訳 にお け る誤 訳 とそ の周 辺
山崎訳の特徴
54
Le Petit Princeの
邦 訳 に お け る 誤 訳 とそ の 周 辺
-池
AStudy
of 1ゑPb漉
澤訳 の 特徴 一
肋6θand
Focusing
on
Its Translation
Ikezawa's
Translation
菅原 久 佳
Hisaka
慶應 義 塾 大 学 政 策 ・
メデ ィア 研 究 科
Graduate
Keio
Problems:
Sugawara
School
of Media
and
Governance,
University
1.は じめ に
Ant0ine
de Saint-Exup6ryのLe
の 一 つ で あ る 。2005年
Petit Princeは
、 世 界 で 最 も読 み 親 し ま れ て い る 文 学 作 品
、 日本 で の 著 作 権 保 護 期 間 が 満 了 し た こ と に よ り、 以 後15以
が 出 版 され て い る(2006年11月
上の邦訳
現 在)。 翻 訳 分 析 を お こ な う上 で 、 これ は 真 に 稀 有 な 、 そ し て
幸 運 な こ と で あ る 。 本 研 究 会 で は 、2006年
前 期 に 、 英 訳3点
と 邦 訳6点
と を選 択 し、原 典 との
比 較 対 照 分 析 を お こ な っ て き た 。そ れ ぞ れ の 翻 訳 者 の 特 徴 が 明 確 に 見 え て き た い ま 、原 典 か ら の
乖 離 が どれ ほ ど あ り、 そ れ が も た らす も の が 何 か 、 と い う 点 に 着 目 し分 析 を 試 み る こ と に した 。
本 稿 で は 、 池 澤 夏 樹 に よ る 邦 訳 に 焦 点 を 当 て 、 そ の 特 徴 を 見 極 め る 。 以 下 、 第2節
誤 訳 に つ い て の 筆 者 の 主 張 を 簡 潔 に 、 第3節
において
に お い て 池 澤 夏 樹 の 翻 訳 の 分 析 と 考 察 を 、 第4節
にお い て結 論 を述 べ る。
2.「 誤 訳 」に つ い て
誤 訳 と は 何 か 。 こ れ は 、翻 訳 と は 何 か 、 と い う問 い に 等 しい で あ ろ う。 狭 義 の 翻 訳 と は 、 い わ
ゆ る 異 言 語 間 翻 訳 を 指 し 、た と え ば 「あ る言 語 で 表 現 さ れ た 文 章 の 内 容 を 他 の 言 語 に な お す こ と 」
(『 広 辞 苑 』1998)と
系 間 翻 訳 」(Jak0bson
定 義 され る 。 あ る い は 、 広 義 に は 、 「言 語 内 翻 訳 」、 「言 語 間 翻 訳 」、 「
記 号体
1959)の
す べ て を 包 括 す る も の で あ る と い う考 え 方 も あ る 。
筆 者 は 、 後 者 の 立 場 を 取 り 、 以 前 、言 語 間 翻 訳 の 定 義 と して の 「言 葉 を 原 作 か ら 読 み 取 り、 母
語 に 移 植 す る こ と」(北 御 門1978)を
拡 大 し 、す べ て の コ ミ ュ ニ ケ ー シ ョ ン に 関 して 「
翻 訳 は移
植 で あ る 」 と の 主 張 を お こ な っ た(菅
原2004a)。
さ らに、 「
翻 訳 」 と 「創 作 」 に 関 す る 多 和 田 葉
子 の 思 想 に 言 及 し 、 創 作 も ま た 翻 訳 で あ る と述 べ た(菅
原2004b)。
そ して こ こで は 、厳 密 に は
「翻 訳 は 創 作 を も 含 む 」 と い う考 え に 立 つ 。 こ の 概 念 に つ い て の 詳 述 は 別 の 機 会 に 譲 る が 、本 稿
の 前 提 と な っ て い る 「誤 訳 」に つ い て 要 点 を 述 べ る な ら ば 、「翻 訳 と は 創 作 を も含 む 概 念 で あ り、
正 訳 や 誤 訳 と い う括 り の 実 態 は 無 い に 等 しい 」、 と考 え る 。 異 言 語 間 で あ れ 同 言 語 間 で あ れ 、 表
現 さ れ た こ と が ら を 、個 人 が 自分 の 理 解 内 へ 持 ち 込 む 作 業 を お こ な う と き 、そ れ が 翻 訳 な の で あ
55
加 ∫b漉 翔hαgの
邦 訳 に お け る誤 訳 とそ の周 辺 上 池 澤 夏 樹 の 翻 訳 の特 徴 上
る。つ ま り、二 項 対 立 的 に あ る か の よ うな起 点 言 語 と 目標 言 語(同 言 語 で あれ ば 、発 信 者 の言 語
と受 信 者 の それ)と の 中間 地 帯 を彷 復 うこ とが 翻 訳(創 作 を含 む)な の で あ り、 そ こ には 無 限 の
広 が りが あ る。 逆 説 的 に言 うな らば 、 「
誤 訳 とい う荷 物 な しに旅 は で きな い 」、 「
訳 者 は絶 えず 決
断 を迫 られ 、一 つ 決 断 す る度 に少 し血 が流 れ る」(多 和 田2003)と
い うこ とで あ ろ う。 こ の考
え方 に立 ち 、 池澤 の 邦訳 に つ い て分 析 ・考 察 した い。
3.池 澤 の 翻 訳 の 分 析 と考 察
ーLePetit Princeの
池 澤 に よ る翻 訳 は 、原 典 世 界 を うま く再 現 して い る印 象 が強 い。 他 の翻 訳
と の比 較 か ら見 て取 れ る 池澤 に よる翻 訳 の特 徴 を5種
類 に分 類 し、 以 下 に述 べ る。 なお 、結 論
的 な こ とに な るが 、
本 共 同研 究 の根 幹 に 関 わ る こ とで あ る た め 、次 の 点 を こ こで 述 べ て お きた い。
池 澤 に よ る翻 訳 に は 、ネ ガ テ ィブ な 意 味 で の誤 訳 は 見 出 す こ とが で きな か った 。代 わ りに 、そ の
巧 み さが浮 き 上が っ た。よっ て 、以 下 に述 べ る こ とは 、池澤 に よ る邦 訳 の 「
際 立 ち」の箇 所 の数 々
で あ る こ とを最 初 に 断 っ てお く。ま た 、池 澤 以 外 の翻 訳 者 に よる翻 訳 に つ い て は 、そ れ らの咀 囑
不 足 や 不 自然 な訳 文 、あ るい は ま た い わ ゆ る一般 的 に 言 う 「
誤 訳 」 と呼 べ る もの が 多 々 見 受 け ら
れ るが 、 第2節
で 述 べ た よ うな 「
誤 訳 」 に 関す る主 張 を理 由 に、 敢 え て これ ら を指 摘 す る こ と
は しな い。
こ こで 、以 下 の 文 例 に 付 す 記 号 につ い て 説 明 す る。「_」:注
目箇 所、 「*」:誤 訳。 しか し、
上 述 した とお り、筆 者 に は 、誤 訳 ゾー ン を 引 く意 義 と勇 気 を感 じ得 な い た め 、本 稿 にお い ては 誤
訳 と して のマ ー キ ン グ はお こな っ て い な い。
3-1ダ ッシ ュ の 使 用 に よ る効 果
池 澤 は 、本 稿 が 対 象 と し た 第1章
か ら第10章
の 中 で 、42箇 所 に お い て 「
一
」を 用 い て い る 。
こ れ は 、 多 用 と 呼 べ る も の で あ り、 極 め て 特 徴 的 で あ る 。 原 典 で は 、 「:」が 用 い られ る 箇 所 の 一
部 で あ る 。1例
を次 に挙 げ る。
(1)
原 典】
On
【W訳 】
In the
book
it said_`...'
(p.7)
【C訳 】
In the
book
it said三`...'
(P.5)
【T訳]
The
【
池澤訳】
本 に は こ う 書 い て あ っ た _「
[内藤 訳 】
そ の 本 に は 、 「… … 」 と 書 い て あ り ま し た 一(p.7)
【
倉橋訳】
そ の 本 に は 、 「… … 」 と 書 い て あ っ たL(p.7)
[山崎 訳 】
そ の 本 に は こ う 書 い て あ り ま し た0
[藤 田訳 】
本 に は こ う 書 か れ て い たZ
[河野 訳 】
本 に は 説 明 もあ った≦
一
disait
book
dans
le livre三 ≪,.,》
》 (P,11)
stated_`...'
(p.9)
… …J(p.7)
「… … 」(p.7)
「… … 」、 と 。(p,6)
〈… … 〉(p.7)
56
池澤 が 「
一 」 を 用 い る 文 脈 は 、 文 例(1)や
後 述 す る3.2(5)に
見 られ る よ う な 「会 話(あ る い は
思 考)の 導 入 節 の 後 」 が 大 半 で あ り 、 「イ ラ ス トの 直 前 の 文 章 の 後 」 が 一 箇 所 見 受 け られ る(作 品
の 冒 頭 付 近)0原 典 に お け る す べ て の 「:」に 対 し て 「-」
を 用 い る の で は な く 、導 入 節 と会 話(あ
る い は 思 考 、 あ る い は イ ラ ス ト)と の 間 に 時 間 的 ・心 理 的 距 離 を 置 き た い と き 、 こ の 符 号 を 用 い
て い る よ うで あ る(3.3(6)参
照)。 そ し て 、 こ れ に よ り、 よ い
「間 」 が 生 ま れ 、 独 自 の テ ン ポ や
ム ー ドを 作 り 出 して い る 。
3.2語 義 と文脈 を反 映 した訳 文(1)一
すっきりまとめ ることに よる効 果
池 澤 の訳 文 に は 、
原 典 に お け る語 義 や 文 脈 を実 に巧 み に反 映 して い る と考 え られ る もの が 多 く
見 られ る。この うち 、こ こで は まず 、す っ き りま とめ る こ とに よ る効 果 が 際 立 つ もの を挙 げ た い 。
(2)
[原 典1
[W訳
】
《
《Tu vois
bien..,
`You
yourself
see
`Surely
[C訳]
you
ce
n'est
can
,'he
see
pas
un
mouton,
said,`that
for
this
yourself
c'est un
is not
‐that's
b駘ier.
a sheep.
not
Il a des
This
a sheep;it's
cornes_》
is a ram.
a ram.
It has
Look
》(p.16)
horns.'(p.13)
at his
horns...'
(P.io>
`Don't
【T訳】
you
see
that
is not
a sheep
, it is a ram.
It has
horns...'
(p.15)
[池澤 訳]
「わ か る で し ょ 、 こ れ は 普 通 の ヒ ツ ジ じ ゃ な く て 雄 ヒ ツ ジ だ よ ね 。 角 が あ る も の 」(p.13)
【
内藤 訳1
「そ う だ な … … こ れ 、あ た り ま え の ヒ ツ ジ じ ゃ な く っ て 、ツ ノ が 生 え て る も の … … 」(p.14)
[倉橋 訳 】
「
旦 分 ヱ も一
これ は ぼ く の ほ しい 羊 じゃ な い 。 雄 の 羊 で し ょ。 だ
っ て 角 が 生 え て る も の 」(p.15)
【山崎 訳]
「
わ か る よ ね … … こ れ は ヒ ツ ジ じ ゃ な い 籟 羅 だ 。 ほ ら、 鍔 が あ る … … 」(p.12)
[藤 田訳 】
「ほ ら ね … … そ れ は ヒ ツ ジ じ ゃ な い よ 。 牡 ヒ ツ ジ だ よ 。 角 が あ る も の 。」(p.13)
[河野 訳 】
「
ね え … … こ れ は ふ つ う の ヒ ツ ジ じ ゃ な く て 、牡 ヒ ツ ジ だ よ。角 が あ る で し ょ … … 」(pユ5)
原 典の 《
《11.i
vois bien...》》は 、 英 語 に 直 訳 す る な ら 、"You
see well..."で
あ る。 池 澤 の
「わ か る
で し ょ」 は 、 原 義 を 過 不 足 な く伝 え る ば か りか 、 文 脈 を も 損 ね な い 表 現 で あ る 。 つ ま り 、 こ の 発
話 の 前 で 、pilotはle
pilotに
petit princeと
対 し、 le petit princeは
衝 撃 的 な 出 会 い を す る わ け だ が 、不 時 着 して 困 慧 し て い る
ヒ ツ ジ の 絵 を描 く よ う頼 む の で あ る 。 当 惑 しつ つ も 、 pilotは
ヒ ツ ジ の 絵 を 描 く が 、le petit princeに
よ り何 度 も却 下 され る。何 度 目 か の 絵 に 対 して 、le petit
princeは
avec indulgence:"(3.3「
、"M0n
ami
sourit gentiment,
説 明 を 付 加 す る こ と に よ る 効 果 」 の 文 例(6)で
が 用 い られ て い る 。)で
語 義 と 文 脈 を 反 映 した 訳 文(2)
言 及 。 こ こ で も や は り 、3.1(1)同
記 述 され る よ うな 表 情 と心 境 か ら、 文 例(2)の
の で あ る 。 し た が っ て 、 こ こ で は 、le petit princeの
様 の 「」 」
発 話 をお こな っ て い る
屈 託 の 無 さや 、 し か し 同 時 に 他 人 へ の 気 遣
い を も 加 味 し た 言 葉 遣 い が 適 用 さ れ ね ば な ら な い で あ ろ う。池 澤 の 「わ か る で し ょ 、」は 、le petit
princeの
要 求 を譲 らな い 子 供 っ ぽ さ と、 同 時 に 大 人 を包 み 込 む 優 し さ、 さ らに は そ の 幻想 的 イ
57
Le Petit Princeの
邦 訳 に お け る誤 訳 とそ の周 辺-池
澤 夏 樹 の翻 訳 の 特徴 一
メー ジ を も醸 し出 して い る と言 え よ う。池澤 の翻 訳 に は 、この よ うにす っ き りま とめ た 訳 文 に よ
り、 文 章世 界 を膨 らませ る もの が 多 く見 られ る。
次 に 、 前 後 の 文 脈 を活 か し、 原 典 にお け る文 を大 胆 に割 愛 し作 成 され た 訳 文 を 見 た い 。
(3)
[原典 】
[W訳]
[C訳 】
[T訳 】
≪Alors,
`So you
`You
toi aussi
, too,
too
`So you
come
, then,
too
tu
viens
from
come
come
du
the
from
from
ciel!De
sky!Which
the
the
quelle
sky
is your
sky!Which
. From
plan鑼e
planet?'(p.15)
planet
which
es-tu?≫(p.18)
are
you
from?'(p.12)
planet?'(p.17)
[池澤 訳 】
「き み も 空 か ら 来 た ん だ!き
[内藤 訳]
「じ ゃ あ 、 き み も 、 天 か ら や っ て き た ん だ ね!ど
[倉橋 訳 】
「じ ゃ あ 、 き み も 天 か ら や っ て き た ん だ ね 。 ど の 星 か ら 来 た の?」(p.19)
[山崎 訳 】
「じ ゃ あ 、 あ な た も 空 か ら き た ん だ!ど
[藤 田訳]
「そ れ じ ゃ 、 き み も 空 か ら き た ん だ ね!き
[河野 訳】
「じ ゃ あ 、 き み も 空 か ら 来 た ん だ ね!ど
原 典 の"De
quelle plan鑼e
es-tu?"中
置 詞 で あ る 。 直 訳 す る な ら 、"From
に 表 さ な か っ た の は 、池 澤 訳 とW訳
aussi tu viens
み の 星 は ど れ?」(p.16)
こ の 星 か ら き た の?」(p.14)
み は ど の 星 か ら き た の?」(p.16)
の 星 か ら?」(p.18)
の"de"は
which
の 星 か ら き た の?」(P・17)
、英 語 の"from"で
planet
are you"で
置 き 換 え る こ と が で き る前
あ る 。 こ の"de"を
文 字 通 り訳 文
の み で あ る 。文 脈 を 見 る と 、こ の 発 話 の 前 半 に 、"Alors, toi
du ciel!"が あ る 。 英 語 な ら 、"So, you yourself
た と こ ろ か 。 池 澤 の 翻 訳 で は 、 「き み も 空 か ら来 た ん だ!」
also come
from
the sky!"と
言っ
で あ る 。 つ ま り 、 「∼ か ら来 た 」と い
う事 実 は こ こ で す で に 述 べ られ て お り、 池 澤 は 重 複 を避 け 、後 半 を 「き み の 星 は どれ?」
と訳 し
た と考 え られ る。 余 剰 の 削 除 に よ り、 こ こ で も ま た 、 的 確 な 、 そ し て 発 話 が 表 現 す る 世 界 を さ ら
に 広 げ る よ うな 効 果 が 出 て い る 。
同 様 の 手 法 で 、原 典 に お け る 完 全 文 を 、端 的 に 、 そ し て 過 不 足 な く 訳 文 化 した も の を 次 に 挙 げ
る。
(4)
L原典 】
Mais je ne suispas tout瀁ait certain de r騏ssir.(p.23)
[W訳 】
But I am not at allsure of success.(p.22)
【C訳]
But
[T訳 】
But I am not at allsure of succeeding.(p.23)
[池澤 訳1
で も 、 ち ゃ ん と描 け る か ど うか 。(p.22)
【
内藤 訳】
が 、 う ま く い く か ど うか と い う こ と に な る と 、 ど う も 邑捨 が も て ま せ ん 。(p.24)
[倉橋 訳】
……
仙 崎 訳】
で も うま く ゆ く 自信 は ま っ た く あ り ま せ ん 。(p.19)
I am
not
at a皿sure
of succeeding.(p.17)
、 うま く描 け る か ど うか 自 信 が な い 。(p.27)
58
協細 訳】
で も 、 う ま くい っ た か ど うか 自信 が な い 。(p.23)
[河 野 訳]
で も う ま く い く か ど うか は 、 あ ま り 邑鴇 が な い 。(p.26)
原 典 で は 、逆 説 の 接 続 詞 に始 ま り、主語 、否 定 辞 、動 詞 、 とい っ た 文 章構 造 を持 っ 一 文 とな って
い る 。 池 澤 は 、 こ の 中 の"tout瀁ait
certain
de"の
部 分 を大 胆 に割 愛 して い る。 で は 、 文 意 が
伝 わ ら な い か と言 え ば 、そ の よ うな こ と は 全 く な い 。 そ れ ど こ ろ か 、何 が 削 除 さ れ た の か 一 瞬 迷
うほ ど 、 完 結 性 を 持 っ て い る と さ え 言 え る 。 文 脈 は ど うか 。 原 典 に お い て は(そ し て 池 澤 訳 に お
い て も)、 比 較 的 長 い パ ラ グ ラ フ の 中 ほ ど に こ の 文 章 は 位 置 す る 。 こ の パ ラ グ ラ フ の 始 め で で 、
pilotは
、"Car
je n'aime
pas
qu'on
lise mon
livre瀝a
l馮鑽e."と
述 べ て い る 。 つ ま り、 「こ の
本 を い い か げ ん に 読 ん で も ら い た く な い 」 と 。 な ぜ な ら 、le petit princeが
て か ら6年
が経 つ が 、彼 の こ とを忘 れ ない た め に この本 を 書 い て い るか らな ので あ る。 物 語 の
冒 頭 に お い て 、pilotは
っ た 。 そ のpilotが
に は 、"Un
大 人 た ち か ら絵 の 才 能 を 否 定 さ れ 、 以 後 、 ほ と ん ど 絵 を 描 く機 会 は な か
、le petit princeを
りで あ る 。文 例(4)の
possible."と
い な く な って しま っ
忘 れ な い た め 、彼 の 肖像 を 描 く と 宣 言 す る の が こ の く だ
直 前 に 、"」'essaierai,bien s皞, de faire des portraits le plus ressemblants
あ る よ う に 、 「で き る か ぎ り本 物 ど お り に描 く つ も りだ 。」 と の 覚 悟 が 記 され 、 直 後
dessin
va, et l'autre ne ressemble
plus."と
あ り、 「1枚 は う ま く い っ て も 、 別 の1
枚 は 全 く似 な い か も しれ な い 。」 と 自信 の な さ を 露 呈 して い る 。 こ の 文 脈 に 沿 うに は 、 「こ の 本 を
読 む な ら真 剣 な 気 持 ち で 読 ん で も らい た い 。た い せ つ な 絵 を う ま く描 く つ も り だ が 、描 け な い 可
能 性 だ っ て あ る ん だ 」 と い うp且otの
複 雑 な 、 そ して 緊 張 感 を も備 え た 心 境 を描 写 しな けれ ば
な ら な い だ ろ う。 池 澤 の 「ち ゃ ん と描 け る か ど うか 。」 と い う訳 文 は 、 「自 信 が な い 」 と い う文 言
を 敢 え て 取 り払 っ て お り、 こ れ に よ り、 逆 にpilotの
ラ グ ラ フ 中 のp且otの
真 剣 さが浮 か び 上 が る。 同 時 に 、 長 いパ
思 考 内 容 が 、 過 剰 に 長 引 く こ と な く 、 文 章 間 に よ い リズ ム を 持 た せ て い
る。
次 の 文 例 で は 、す っ き りま と め つ つ も 、 ダ ッ シ ュ を 使 用 し 、池 澤 の 翻 訳 技 法 が 多 重 に盛 り込 ま
れ た もの とな って い る。
(5)
[原 典 】
J'騁ais
【W訳 】
As
into
[C訳]
Iwas
[T訳]
Iwas
irrit駱ar
for
mv
me,
I was
mon
upset
boulon
et
over
that
je
r駱ondis
bolt.
n'importe
And
quoi≪...≫(p.30)
I answered
with
the
first
thing
that
came
head二`..-'(p.31)
irritatedwith
annoyed
my
about
bolt,
my
bolt
so
I said
and
the
first
I answered
thing
with
that
the
entered
first
my
thine
head`...'(p.25)
that
came
to
m
mind`...'(p.31)
[池 澤 訳1
ぼ く は ボ ル トの こ と で 頭 が い っ ぱ い だ っ た か ら 、 適 当 に 返 事 し た-
[内 藤 訳 】
ぼ く は 、 ボ ー ル トの こ と で 、 気 が い ら い ら し て い た の で 、 な ん で も か ま わ ず 、 で た ら め に
答 え ま し た 。(p.34)
59
(p.31)
Le・Petit Princeの
邦 訳 に お け る誤 訳 とそ の周 辺 一 池 澤 夏 樹 の翻 訳 の特 徴 一
[倉橋 訳】 私 は厄 介 な ボ ル トの こ とで い らい ら して い た の で 、ろ くに 考 え も しな い で 答 えた
(p .38)
【
山崎 訳1
(該 当 す る 訳 文 無 し)(p.26)
[藤田訳 】
わ た し は ボ ル トの こ と で い らい ら し て い た の で 、 て き と う に 、 い い か げ ん な 返 事 を した 。
(p.33)
【
河 野 訳]
だ が 撰 は ボ ル トで い ら い ら し てL・た の で 、 て き と うに 答 え 鶴(P
原 典 の"n'importe
qu0i"は
.36)
、 決 ま り文 句 と し て は 、 「
何 で も 」、 「つ ま ら ぬ こ と 」 と い う意 味 を 持
つ 語 群 で あ る 。 こ の 三 語(短 縮 形 の た め 外 見 的 に は 二 語)の 感 覚 を ど の よ う に 移 行 す る の か 。 池 澤
は、 「
適 当 に(返
事 した)」
と、 ま さに
「三 字 」 で 表 現 し て い る 。(比 較 し他 の 訳 文 を 論 う意 図 は
な い が 、河 野 が 「て き と う に 」 と して い る も の の 、 ひ らが な 表 記 の た め 、や や 引 き 締 ま りに 欠 け
る 。ほ か の 訳 は 、あ ま り に 冗 長 で あ る 。そ し て 、そ の 簡 潔 性 を 緩 和 す る か の よ うに 、直 後 に は 「
一 」
で あ る 。原 典 を 軸 に 据 え た 上 で の 、言 語 か ら の 解 放 と は 、 こ う い う こ と を 指 す の で は な い だ ろ う
か。
3.3語 義 と文脈 を反映 した訳 文(2)一
説 明 を付 加 す ることに よる効 果
前 項 にお い て は 、語 義 と文 脈 を反 映 した 訳 文 の うち、す っ き りま と め る こ と に よ る効 果 が 際 立
つ もの を挙 げ論 じた 。次 に 、説 明 を付加 す る こ とに よ る効 果 が 見 て取 れ る も の を 挙 げ る。文 例(6)
の 池 澤 訳 で は 、原 文 にお け る副詞 句 を説 明 的 に 訳 しほ ど き、文 中 の ほ か の 箇所 の 訳 出 を やや 短 縮
して い る。 これ に よ り、 文 全 体 の意 味 合 い が 、 よ り繊 細 な心 墳 に至 り伝 え られ る。
(6)
L原典]
Mon
ami
[W訳]
My
friend
smiled
gently
and
[C訳 】
My
friend
smiled
gently,
even
[T訳]
My
little friend
【
池 澤 訳]
す る と ぼ く の 友 だ ち は 笑 っ て 、 ぼ く を 傷 つ け な い よ う気 を 遣 い な が ら 言 っ た 一(p
[内藤 訳]
ぼ っ ち ゃ ん は 、 さ も 大 目 に 見 て く れ る よ う に や さ し く 、 に っ こ り し ま し たO(p,14)
槍 橋 訳]
男 の 子 は や さ し い 、 甘 い 笑 顔 を 見 せ た0(p.15)
[山崎 訳]
わ た し の 友 だ ち は 、 お だ や か に 、 寛 大 な ほ ほ え み を 浮 か べ ま し た 0(p.12)
1藤 田訳]
わ た し の 友 人 は や さ し く 、 か ん だ い な よ う す で ほ ほ え ん で い る0(p
【
河 野 訳]
男 の 子 は 、 こ ち ら を 気 づ か う よ う に 、 に っ こ り す る と 、 や さ し く 言 っ た 。(p.15)
sourit
gentiment,
said
avec
gently
indulgence(p
indulgently.(p
and
.16)
.13)
indulgently.(p.10)
indul
egntly:(p
.15)
.13)
,13)
と こ ろ で 、池 澤 に よ る 翻 訳 の 特 徴 は 、符 号 の 使 用 や 表 現 の 簡 潔 化 だ け で は な い 。 量 的 に は 少 な い
が 、 て い ね い な 説 明 を 付 加 し、 文 意 の 紛 らわ し さ を 避 け る 工 夫 も 随 所 に 垣 間 見 られ る 。 文 例(6)
は 、3.2「 語 義 と 文 脈 を 反 映 し た 訳 文(1)す
っ き りま と め る こ と に よ る 効 果 」に お い て 、文 例(2)
の 文 脈 に 言 及 し た 際 に 引 用 し た 部 分 で あ る 。 原 典 の"avec
so
indulgence"は
、 英 語 な ら 、"with
indulgence"で
あ ろ う。 英 訳 の 三 者 が 共 通 して 、"and
る よ うに 、 直 前 の"sourit
gentiment"で
indulgently"と
副 詞 的 に訳 しほ どい て い
記 述 され る 、 le petit princeの
「
優 し く笑 っ た 」 とい
う ニ ュ ア ン ス の 表 情 と行 動 の 両 方 を さ ら に 説 明 す る 記 述 の は ず で あ る 。池 澤 は 「ぼ く を 傷 つ け な
い よ う気 を 遣 い な が ら言 っ た
に 翻 訳 して い る 。pilotに
」 と表 現 し、 原 典 の"avec
indulgence"を
て い ね い に説 明 的
気 を 遣 っ た 理 由 が 直 接 的 に 記 さ れ る こ と に よ り、 読 者 は 文 意 の 紛 らわ
し さ を感 じ る こ と な く読 む こ と が で き 、 同 時 に 、le petit princeの
子 供 っ ぽ さ(ヒ
ツ ジの 絵 を描
く よ う執 拗 に 頼 む こ と)と 裏 腹 に 、他 者 へ の 思 い や り を備 え た キ ャ ラ ク タ ー と し て 理 解 す る の で
あ る 。 文 例(6)全
体 を 再 度 眺 め る と、"sourit gentiment"に
せ て お り、"gent血ent"に
"sourit gentiment"を
つ い て は、 「
笑 っ て 」 と簡 潔 に 済 ま
相 当 す る訳 語 を 排 除 して い る と言 え る。 池 澤 は 、 文脈 を 読 み 込 み 、
簡 潔に
、 一 方 、"and
indulgently"を
て い ね い に 訳 出 し た と 考 え られ る 。
次 に 、説 明 を 付 加 す る こ と に よ り、原 文 が 表 現 す る 世 界 を よ りわ か りや す く 伝 え て い る 訳 文 を
挙 げ る。
(7)
[原典]
J'avais
ainsi
appris
騁ait炯eine
[W訳 」
Ihad
thus
prince
【C訳1
From
scarcely
[T訳]
Thus
scarcely
[池澤 訳 】
seconde
grande
qu'une
plus
une
learned
came
this
a second
from
was
I learned
bigger
I had
than
than
こ う し て ぼ く は2番
て 、 ふ つ うの
tr鑚
importante
c'est
que
sa
plan鑼e
was
that
the
planet
he
planet
d'origine
maison!(p.20)
fact
of great
scarcely
any
second
fact
a
importance
larger
than
of great
this
planet
the
little
came
from
was
of
orig血
a house!(p.18)
importance
the
a house!(p.14)
learned
larger
chose
a
second
very
important
thing.
T[hat
his
胆
旦
a house.(p.20)
目 の 大 事 な こ と を 知 っ た 。 王 子 さ ま が い た 星 と い うの は とて も 小 さ く
よ り ち ょ っ と 大 き い く ら い な の だ!(p.18)
[内藤 訳 】 ぼ く は 、 こ う し て 、 も う一 つ 、 た い そ う だ い じ な こ と を 知 り ま し た 。 そ れ は 、 王 子 さ ま の
ふ る さ と の 星 が 、 や っ と家 く ら い の 大 き さ だ と い う こ とで した 。(p.20)
[倉橋 訳 】
こ う して 二つ 目の 大 事 な こ とが わ か っ た 。そ れ は王 子 さま の住 ん で い る 星 がや っ と家 ぐ ら
い の大 き さだ とい うこ とだ っ た 。 (p,23)
[山崎 訳]
こ の よ うに して 、 わ た しは とて も重 要 な ふ た つ め の こ と を知 りま した。 つ ま り、彼 がや っ
て き た 星 は1軒 の 家 とほ とん ど変 わ りな い 大 き さだ とい うこ とです!(p.16)
[藤 田訳】
こ う し て わ た し は 二 番 目 に だ い じな こ と を 知 っ た ん だ 。 王 子 さ ま の 星 の 大 き さ は 、 ほ と ん
ど 一 け ん の お うち く らい だ っ て い う こ と さ!(p.19)
[河野 訳]
こ うして僕 は 、 とて も重 要 な ふ た つ 目の こ とを知 った 。 王 子 さま の 叢赫 の 星 は 、=麺
家
よ りほ ん の 少 し 大 き い ぐ らい で し か な い 、 とい う こ と を!(pp.21-22)
原 文 の"騁ait瀾eine
plus
grande
qu'une
maison!"は
61
、 英 語 な
ら 、"was
scarcely
any
bigger
Le Petit Princeの
than
邦 訳 にお け る誤 訳 とそ の周 辺 一 池 澤 夏 樹 の翻 訳 の 特 徴 上
a h0use!"と
い うニ ュ ア ン ス で あ る 。 つ ま り、 「一 軒 の 家 よ り ほ ん の 少 し大 き い か ど うか と
い う大 き さ 」 で あ り 、 「星 と し て の 小 さ さ 」 を 強 調 して い る の で あ る 。 池 澤 は 、 こ れ を 、 「と て も
小 さ く て 、 ふ つ う の 家 よ り ち ょ っ と 大 き い く ら い な の だ!」
小 さ く て 、」 と い う記 述 は 原 典 に は な い の だ が(そ
と説 明 的 に 訳 出 し て い る 。 「とて も
し て 他 の 訳 者 も そ こ ま で 付 記 して い な い が)、
こ れ を 付 加 せ ず 、 単 に 「家 よ り少 し大 き い 星 」 と い う の で は 、 か え っ て 焦 点 が ぼ や け 、 「な ぜ こ
こ で 家 な の か 」 と 読 者 を 惑 わ す こ と に な り か ね な い 。 ま た 、 「ふ つ うの 家 よ り… … 」 と表 現 し た
こ と に よ り、le petit princeが
住 む 星 が 、 読 者 が 想 像 し得 る標 準 的 な サ イ ズ の 家 ほ ど し か な い 、
と 明 確 に イ メ ー ジ で き る 。(「 一 軒 の 家 よ り 」 な ど と い う訳 文 で は 、 比 較 の し よ う も な い 。)
次 の 文 例 は 、原 文 の 簡 潔 さ と文 意 の 抽 象 性 の た め に 、理 解 が や や 困 難 で あ る。 し か し 、 池 澤 は
説 明 を 付 加 し平 易 な 語 句 を 用 い る こ と に よ り 、 わ か り易 い 訳 文 を 作 り上 げ て い る 。
(s>
C原典 】
La lecon que je donnais en valaitla peine.(p.26)
[W訳 】
The lesson which I pass on by this means is worth allthe trouble ithas cost me.(p.28)
[C訳 】
The lesson I had to pass on was worth the trouble ithas costme.(p.22)
[T訳]
My
【
池 澤 訳]
こ の 絵 に よ っ て 伝 え ら れ る こ と の 大 事 さ は 、 ぼ く の 努 力 に 見 合 う も の だ と思 う。(p.28>
[内藤 訳]
そ れ で も 、 こ の 教 訓 が む だ に な ら な い よ うで し た ら 、 ぼ く は 満 足 で す 。(p.29)
【
倉橋訳】
こ の 教 訓 は 生 き る こ と だ ろ う。(p.32)
[山崎 訳]
わ た しが 与 え る 教 訓 は 、 与 え るだ け の 価値 の あ る もの だ った の で す 。(p.22)
瞬i田訳 】
わ た し の ち ゅ う こ く は 、 一 生 け ん め い 描 く だ け の 価 値 が あ る と 思 うん だ 。(p.28)
[河野 訳]
こ の 忠 告 に 、 耳 を か た む け て 損 は な い 。(p.31)
原 典 の"La
pass
on
was
lesson
le輟n
was
queje
worth
worth
donnais
the pain."で
it.(p.28)
en valait
la peine."を
直 訳 的 に 英 語 に す る な ら 、"The
lesson
I
あ ろ うか 。 や や 観 念 的 な 表 現 内 容 で あ る 。 何 を 伝 え よ う と し て
い る の か 。 こ の 一 文 を 含 む 文 脈 を 見 よ う 。 こ の 少 し 前 の 部 分 で 、le petit princeはpilotに
バ オ
バ ブ の 話 を す る 。 す ぐ に 大 き く な っ て し ま う植 物 だ か ら 、 早 く 抜 い て し ま わ ね ば な ら な い と 。 そ
し て 、 子 供 た ち が 理 解 す る よ う に 、 バ オ バ ブ の 絵 を 描 く よ うpilotに
い たpilotは
aux
、 珍 し く 大 声 を 上 げ 、子 供 た ち に 注 意 を 促 す の で あ る 。"Enfants!Faites
ba0babs!"と
travaill馗e
。 文 例(8)は
dessin-1
"と
、 そ の 直 後 二 文 目 に 現 れ る 文 章 で あ る 。 間 に は"_,que
い う く だ り が あ り 、pilotは
あ る 。 つ ま り 、pilotは
attention
j'ai tant
、 子 供 た ち に バ オ バ ブ の 危 険 を 知 らせ ね
ば と 思 い 、 「手 間 隙 か け て こ の 絵 を 描 い た 。」 と 話 す 。 そ し て 、"La
la peine."で
言 う。 バ オ バ ブ の 絵 を 描
le輟n
que
je donnais
en valait
、 「こ の 絵 を 描 く に あ た っ て は 、 た い へ ん な 労 苦 を 伴 っ た 。
し か し 、 こ れ に よ り 伝 え ら れ る こ と の 大 切 さ は 、 自 分 の 努 力 に 見 合 う も の で あ る 。」 と 述 べ る わ
け で あ る 。 池 澤 は 、 「こ の 絵 に よ っ て 伝 え ら れ る こ と の 大 事 さ は 、 ぼ く の 努 力 に 見 合 う も の だ と
思 う 。」 と し 、"La
le輟n
queje
donnais"を
よ り 平 ら な 表 現 で 、"en
62
valait
la peine"を
よ り説 明
的 に 訳 出 し て い る 。 こ れ に よ り 、や や 理 解 が 難 しい か も しれ な い 一 文 が 、瞬 時 に 手 元 に 引 き 寄 せ
ら れ 、前 後 の 文 脈 に 自 然 に 溶 け 込 む の で あ る 。 こ の よ うに 、 池 澤 は 、 多 く の 簡 潔 化 の 一 方 で 、 必
要 な 付 加 説 明 を 加 え る 、 と い う工 夫 を 施 して い る こ と が わ か る の で あ る 。
3.4構 造 の 改 変 による効 果
池 澤 の 訳 文 の 特徴 と して 、 次 に、 構 造 の 改変 に よ る効 果 を 示 した い 。 言 語 間翻 訳 にお い て は 、
構 造 の変 化 は 多 々 起 こ るが 、池 澤 は 、大 胆 な 改 変 を しな が ら、か つ 、口調 や 文 脈 を損 ね な い た め
の 工 夫 を凝 ら して い る。 文 例(9)は
、原 文 にお け る命 令 形 を訳 文 にお い て どの よ うに転 換 す る
か で あ る。
(9)
[原 典 】
N'oubliez
[W訳
Remember,
】
pas
cLue j me
trouvais瀘ille
I had
crashed
in
I was
a thousand
the
milles
desert
de
toute
a thousand
r馮ion
miles
habit馥.(p.14)
from
any
inhabited
region.
(p.12)
[c訳1
Remember,
[T訳]
Do
馳 澤訳】
さ っ き も 言 っ た け れ ど 、 ぼ く は 人 が 住 む と こ ろ か ら1000マ
not
forget
that
I was
miles
a thousand
from
miles
all human
away
habitation.(p.8)
from
any
inhabited
region.(p.14)
イ ル も離 れ た と こ ろに 不 時 着
し た の だ 。(p.10)
[内藤 訳1
く ど い よ うで す が 、 ぼ く は 、 お よ そ 人 の 住 ん で い る と こ ろ か ら 、 千 マ イ ル も は な れ て い る
と こ ろ に い た の で す 。(p.12)
[倉橋 訳]
[山崎 訳]
し つ こ い よ う だ が 、そ こ は 人 の 住 ん で い る 地 域 か ら 千 マ イ ル も 離 れ た と こ ろ だ っ た 。(p,12)
わ た し が ひ と の 住 む あ ら ゆ る 地 域 か ら1000マ
イ ル も離 れ た と ころ に い た こ とを忘 れ ない
で く だ さ い 。(p.10)
[藤 田訳]
わ す れ ち ゃ い け な い 。 わ た し は ひ と 里 か ら 千 マ イ ル も は な れ た と こ ろ に い た ん だ 。(p,10)
[河野 訳]
な に し ろ 、 人 の 住 む 地 か ら 千 マ イ ル も の か な た な の だ 。(p,12)
原 文 中 の"N'oubliez
pas que"を
直 訳 調 の 英 語 に す る な ら 、"Don't forget that"で
あ る 。つ ま り、
「∼ す る こ と を 忘 れ な い で く だ さ い 」 と い う命 令 形 で あ る 。 池 澤 は 、 これ を 「さ っ き も 言 っ た け
れ ど 、」 と 、 独 立 した 文 章 と し て 訳 出 し 、 全 体 を 複 文 化 し て い る 。 物 語 の 調 子 やpilotの
キ ャラ
ク タ ー を 考 え る と き 、 こ の 表 現 は ま た 、極 め て 的 確 か つ 自 然 で あ る と言 え よ う。複 文 化 を して い
る 訳 者 は ほ か に も あ る 。 た と え ばW訳
とC訳
は 、"Remember,"と
い う命 令 形 へ の 変 形 の 結 果
の 複 文 で あ り、 内 藤 訳 の 「く ど い よ うで す が 、」 と倉 橋 訳 の 「しつ こ い よ うだ が 、」 は 、 述 語 的 に
訳 出 して い る も の の 、 こ の 物 語 の トー ン を 考 え た と き 、 日本 語 表 現 と し て や や 疑 問 が 残 る 。
次 の 文 例 は 、原 文 の 文 頭 に あ る 副 詞 句 を 、 ど の よ う に 訳 文 中 に 移 行 す る か が 問 題 と な る 。原 典
の フ ラ ン ス 語 と構 造 が 類 似 し て い る英 訳 で は 、そ の ま ま 副 詞 句 を 文 頭 に 持 っ て き て い る。しか し 、
邦 訳 で は 、多 く の 訳 者 が こ の 句 の 対 処 に 苦 心 し て い る こ と が 伺 わ れ る 。 あ る い は 、文 意 を 正 確 に
63
Le Petit Princeの
邦 訳 に お け る誤 訳 とそ の周 辺 一 池 澤 夏 樹 の翻 訳 の特 徴-
把 握 して い な い と考 え られ る訳 文 も見 受 け られ る。
(10)
L原典 】
Heureusement
peuple,
[W訳
】
sous
Fortunately,
law
[C訳 】
your
that
his
Fortunately
Fortunately
や が て
mort,
under
the
pain
costume
upon
should
Asteroid
612,
un
dictateur
turc
imposa灣on
change
pain
a
a Turkish
to European
Thrkish
dictator
made
a
costume.(p.20)
dictator
ordered
his
dress.(pp.14-16)
B-612,
under
B-612,
B612,
to European
of Asteroid
subjects
B
of Asteroid
of death,
of
de
'europ馥nne.(p.21)
reputation
to convert
his
l'ast駻o
s'habiller
pain
reputation
however,
a Turkish
dictator
imposed
of death.(p.21)
トル コ の 独 裁 者 が 、 ヨ ー ロ ッ パ 風 の 服 を 着 な い 者 は 死 刑 に す る と い う 法 律 を 作 っ た
の は 、 小 惑 星B612の
【
内藤 訳]
de
reputation
of death,
for the
de
for the
subjects,
for
on
European
[池澤 訳j
de
however,
subjects,
[T訳 】
peine
la r駱utation
名 誉 の た め に 幸 運 だ っ た 。(p.20)
さ い わ い 、B・612番
の 星 の簿 う
靴 を 蕩 つ け ま い と い うの で 、 トル コ の あ る 王 さ ま が 、 ヨ ー
ロ ッ パ 風 の 服 を 着 な い と 死 刑 に す る と い うお ふ れ を く だ し ま し た 。(p.21)
[倉橋 訳】
幸 い に もB・612の
星 の 評 判 は よ か っ た 。 トル コ の 独 裁 者 が 、 ヨ ー ロ ッパ 風 の 服 を 着 な い と
死 刑 に す る とい うお ふ れ を 出 し、 … … 。(p.24)
[山崎 訳]
さ い わ い 、 小 惑 星B612の
評 判 の た め に 、 トル コ の ひ と り の 独 裁 者 が 、 国 民 に た い し て ヨ
ー ロ ッ パ ふ うの 服 装 を す る よ う に 強 制 し
、違 反 す れ ば 死 刑 に 処 す る と い うお 触 れ を 出 しま
した 。(p。17)
1藤田訳1
で も 小 惑 星B六
一 二 の う わ さ の お か げ で 、 トル コ の 王 さ ま は 、 ヨ ー ロ ッ パ 式 の 服 を き な け
れ ば 死 刑 に す る とひ とび と に 命 令 し た 。(p.20)
[河野 訳 】 そ の後 、小 惑 星B612に
、署 蕃 號 箇 の 幸運 が響 れ た。 トル コの騒 裁暑 が 、国 民 に ヨー ロ ッ
パ 風 の 服 装 をち蚕う
諭'し、従 わ な けれ ば姥 荊 と決 め たの だ。(p,22)
原 典 の"Heureusement"は
、英 語 の"Fortunately"に
胆 に も 、 「(∼た の は … … に と っ て)幸
うな ら、"Heureusement
B612の
pour
相 当す る副 詞 で あ る。池 澤 は 、これ を大
運 だ っ た 。」 と 、 文 末 の 述 部 に 変 化 させ て い る 。 も っ と 言
la r駱utation
de l'ast駻o
de B 612,"副
詞 句 部 分 全 体 を 、 「小 惑 星
名 誉 の た め に 幸 運 だ っ た 。」 と 、文 章 の 述 部 と し て 表 現 し て い る。 こ の 一 文 の 訳 文 に は 、
原 義 を 咀 囑 し き れ て い な い も の も 多 く 、 ま た 、 表 現 言 語 の 不 自然 さ も 目 立 つ 。 し か し、 池 澤 は 、
原 文 の 意 味 を 把 握 し て い る こ と は も ち ろ ん 、構 造 的 に は 、原 典 の 単 文 構 造 を 維 持 し つ つ 、 冒 頭 の
副 詞 句 を 述 部 に 転 換 し文 末 に 持 っ て く る と い う技 を 用 い て い る。
次 の 文 例 で は 、池 澤 は 、原 文 の 他 動 詞 構 文 を 自 動 詞 構 文 に 変 え て 訳 文 を 作 る とい う ア ク ロ バ テ
ィ ッ ク な 転 換 を お こ な っ て い る。
64
(11)
[原典 】
Ilsecouaitau vent des cheveux tout dor駸(p.30)
[W訳]
He tossed his golden curls in the breeze.(p.32)
[C訳1
He was shaking his golden locks in the breeze.(p.26)
[T訳 】
He shook his golden locks in the wind(p.32)
[池澤 訳1
金 色 の 髪 が 風 に な び い た 。(p.32)
[内藤 訳 】 そ し て 、 目 の さ め る よ うな 金 色 の
かみ
を 、 風 に ゆ す っ て い い ま した 。(p.35)
[倉橋 訳]
そ して金 色 の巻 き 毛 を風 に な び か せ た
(p.39)
[山崎 訳l
金 色 の髪 を 風 に な び か せ て い ま した 。(p.27)
l藤 田訳】 金 色 の 髪 を 風 に な び か せ な が ら、 こ うい っ た 。(p.35)
[河野 訳]
風 に む か っ て 、 金 色 に蓬 き とお る髪 を癌 ら しな が ら.(pp.37-38)
原 典 の"Il
golden
secouait
hair
in the
au
vent
win(1"で
des
cheveux
tout
dor駸:"は
あ る 。 構 造 的 に は 、"Il(=le
、 英 語 化 す る な ら 、"He
petit
prince)"を
shook
his
主 語 に 取 る他 動 詞 構
文 で あ る。 さ ら に 直 訳 調 の 日本 語 に す る な らば 、 「
彼 は 金 色 の 髪 を 風 に な び か せ た 。」 と な り 、 倉
橋 訳 、 山 崎 訳 、藤 田 訳 は ほ ぼ 直 訳 と 言 っ て よ い 。 し か し 、"secouer"("secourait"の
原 形)は
、「
激
し く 振 る 」、 「
揺 す ぶ る」 とい っ た ニ ュア ンス を持 つ 語 で あ る。 これ を、物 語 の調 子 を損 な うこ と
な く 、他 動 詞 的 に 表 出 し よ う とす る と 、 日本 語 で は 適 当 な 語 彙 を 見 つ け る こ と が 困 難 で あ る 。 な
ら ば ど う す る か 。 池 澤 は 、 「金 色 の 髪 が 風 に な び い た 。」 と し 、 「
金 色 の髪 」 を主 体 と した
「自 動
詞 構 文 」 に 転 換 さ せ て い る 。 さ ら に 、 極 限 ま で 短 縮 化 し て い る 。 こ れ に よ り 、le petit princeの
金 色 の 髪 が 風 に 揺 られ る 姿 に 焦 点 が 当 て られ 、 そ の イ メ ー ジ が 鮮 明 に 映 し出 さ れ る 。 さ ら に は 、
こ の 短 文 化 に よ り 、 こ の 前 後 の 文 脈 か ら 自 明 の 、le petit princeの
こ と に な る 。 こ の 怒 り と は 、le petit princeが
を 投 げ か け る が 、pilotは
か し な い(3.2(5)参
度 に 対 す るle
に は 、le petit princeは"Tu
せ ず 、"Th
vraiment
confonds
parles
comme
と 言 わ れ たpilotは
tout...
tr鑚 irrit
"と
、 「バ ラ に は な ぜ ト ゲ が あ る の 」 とpilotに
自分 の 飛 行 機 の修 理 の こ とで頭 が い っ ぱ い な た め に
照)態
い な 話 か た を す る!」
「激 し い 怒 り 」 が 描 出 さ れ る
tu
m駘anges
petit princeの
les grandes
あ る よ う に 、le petit princeは
こ の 文 脈 を た ど る と き 、 文 例(11)の
personnes!"と
言 う。 「き み は 大 人 み た
続 け る(3.5.(14)参
[W訳]
(該 当 す る 訳 文 な し)
6tait
短 い 一 文 が 表 す べ き も の が 明 らか に な る 。 そ して そ れ を 、
(12)
mal
手 加 減
「ほ ん と う に 怒 っ て い た 。」 わ け で あ る 。
統 語 構 造 を 変 換 し 、 コ ン パ ク トな 訳 文 に 仕 上 げ て い る も の を 更 に 挙 げ よ う 。
C'est
princeは
照)。 そ し て 、"Il
池 澤 は 、 統 語 構 造 を 変 換 し た 短 文 に よ り、 み ご と に 表 して い る の で あ る 。
[原 典]
「
適 当 な返 事 」 し
苛 立 ち に端 を発 して い る。 そ してつ い
恥 ず か し い 気 持 ち に な る が 、le petit
tout!"と
疑 問
insta皿6,(P・34)
65
Le Petit Princeの
邦 訳 にお け る誤 訳 とそ の周 辺 一 池澤 夏 樹 の翻 訳 の 特 徴-
【C訳1
Itlacks conveniences.(p.30)
[T訳 】
And rather uncomfortable.(p.37)
[池澤 訳 】 造 り が 悪 い の ね 。(p.37)
【
内藤 訳 】 星 の あ り場 が わ る い ん で す わ ね 。(p.41)
[倉橋 訳]
ま っ た く ひ ど い も ん だ わ 。(p.46)
【
山崎 訳 】 場 所 が 悪 い の ね 。 (p.31)
[藤田訳 】 い ち ど りが悪 い ん で す わ ね
[河野 訳]
(p.40)
設 備 が 悪 い の ね 。(p.43)
原 典 の"C'est
mal
insta皿,e."は 、 英 語 に 直 訳 す る な ら、"It's badly
こ れ を 日本 語 に 直 訳 す る な ら ば 、 「そ れ は 据 え 付 け 方 が(設
installed."で
備 的 に)悪
あ る。 さ らに
い 」 で あ ろ う。 しか し 、
こ れ で は 意 味 を 成 さ な い 。 ま た 、 あ ま り に 無 機 質 な 内 容 の 一 文 で あ る た め 、 う ま く語 彙 を 選 択 し
な い と物 語 の トー ン を 損 ね る だ ろ う。 こ の 一 文 は 、le petit princeと
の 発 話 の 一 つ で あ る 。 会 話 を 交 わ す 中 で 、le petit princeは
バ ラ との や り と り 中 の バ ラ
、 こ の バ ラ が 気 位 が 高 く難 し い 性 格
で あ る こ と に 気 づ く。「鋭 い 爪 の トラ が 来 て も 、私 に は と げ が あ る か ら大 丈 夫 」だ と バ ラ は 言 い 、
le petit princeが
「トラ は い な い し 、 トラ は 草 を食 べ な い し」 と 言 う と 、 「私 は 草 で は な い わ 」
と 牽 制 す る 。 ま た 、 「冷 た い 風 に 弱 い か ら 、 つ い た て を 持 っ て き て 」 と い う よ う な リ ク エ ス トを
し、lepetit princeを
vous
me
mettrez
驚 か せ る 。そ して バ ラ は 、文 例(12)を
sous globe. Il fait tr鑚 froid chez vous.
含 む 次 の よ うな 発 話 を す る 。"Le soir
C'est mal
insta皿,e.L濺'o
jeviens..."、
つ ま り 、「夜 は ガ ラ ス の 鉢 を か ぶ せ て も ら い た い 。あ な た の 星 は と て も 寒 い 。"C'est mal install
"
わ た し が 前 に い た と こ ろ は......。
」 と い う く だ りで あ る 。 バ ラ の 気 の 強 さ と直 接 的 な も の の 言 い
方 を 表 す よ うな 、そ し て 立 て 板 に 水 の よ うな 発 言 の 流 れ を 壊 さ な い よ う な 表 現 を し な け れ ば な ら
な い 。池 澤 は 、 「造 りが 悪 い の ね 。」 と い う訳 文 を あ て て い る 。W訳
C訳
の"It
lacks conveniences."、T訳
の"And
rather
で は 訳 漏 れ が 見 られ る ほ か 、
uncomfortable."で
は、 焦 点 が あ て ら
れ る の が 「星 の 状 態 」 で は な く 、 む し ろ そ こ か ら人 間 が 受 け る 影 響 に あ る 。 河 野 訳 は 、過 度 に 直
訳 的 で あ る 。 池 澤 の 「造 りが 悪 い の ね 。」 は 、 「星 の 状 態 」 そ の も の に 言 及 して お り 、 も ち ろ ん 直
訳 調 で も な い 。 そ し て 、文 脈 に 沿 い 、バ ラ の 直 接 的 な 物 言 い と 、辛 口 の コ メ ン トが 四 っ 続 く 中 に
簡 潔 性 を 挿 入 し た 訳 文 に な っ て い る と考 え る 。
3.5同-の
、あ るい は 異 な る 二 つ の 記 述 の 対 比 に よる 効 果
さて 、 こ こま で 、 「
独 自 の 符 号 の 多 用 に よ る 効 果 」、 そ して 「語 義 と文 脈 を 反 映 し た 訳 文 」 と し
て 「(1)す っ き りま と め る こ と に よ る 効 果 」 と 「(2)説 明 を 付 加 す る こ と に よ る 効 果 」 に つ い て 述
べ た 。 本 項 に お い て は 、 「同 一 の 、 あ る い は 異 な る2つ
の 記 述 の対 比 に よ る効 果 」 につ い て言 及
す る 。 表 現 形 態 が 重 層 的 で あ る 場 合 の 、訳 文 に お け る 工 夫 の 仕 方 と そ の 効 果 を 見 極 め た い 。 文 例
(13)で
は 、 原 文 中 の 同 一 の 二 つ の 語 を ど の よ うに 訳 出 す る か で あ る 。
66
(13)
原 典1
≪...Quand
la
on
you've
toilet
of
`When
[C訳]
【T訳]
termin駸a
toilette
du
matin,
il faut
faire
soigneusement
la
toilette
de
plan鑼e...≫(p.26)
`When
[W訳 】
a
finishedyour
your
you
planet,
finish
own
just
so,
washing
our
planet...'(p.20)
`When
you
have
finished
toilet
with
great
care...'(p.20)
「朝 、
自 分 の 顔
を 洗
with
and
dress
[池澤 訳1
toilet
the
the
toilet
え を 済
morning
greatest
dressing
your
っ て 着 替
in
ま せ
the
た
it
is
time
to
attend
to
the
care...'(p.26)
each
in
, then
morning
morning
ら 、 す
, you
, it
must
is time
ぐ に 、 丁 寧
to
carefu皿y
attend
に 惑 星 ぜ
to
w ash
the
and
planet's
ん た い の 手 入 れ
を す
る 。 … … 」(p.26)
「
… … 。朝 の お け し ょ うが す ん だ ら 、悉 犬 り に 、星 の お け し ょ う し な く ち ゃ い け な い 。… … 」
[内藤 訳 】
(p.28)
[倉橋 訳 】
「… … 。 朝 、 顔 を 洗 っ て 着 替 え を す ま せ た ら、 星 の 手 入 れ を し な け れ ば ね 。 … … 」(p.30)
[山崎 訳]
「… … 。 朝 の 身 つ く ろ い が 終 わ っ た ら 、 丁 寧 に 星 の 身 つ く ろ い を し て あ げ な く ち ゃ い け な
レ、
。 ・
・
・
… 」 (P.22)
「朝 起 き て 、 身 じた く が 終 わ っ た ら 、 ね ん 入 り に 星 の 世 話 を し な く ち ゃ い け な い 。 … … 」
[藤田訳]
(p.27)
「朝 、自 分 の 身 つ く ろ い が す ん だ ら 、今 度 は 星 の 身 つ く ろ い を て い ね い に し て あ げ る ん だ 。
[河野 訳 】
・
・
・
… 」 (P ,30)
文 例(13)の
原 典 の"sa
toilette"と"la
toilette"と
の の 、 同 一 の 語 を 用 い た 表 現 で あ る 。 前 者 の"sa"は
持 つ 所 有 代 名 詞 で あ る。 後 者 の"la"は
は 、 名 詞"toilette"に
か か る語 が 異 な る も
、「
彼[彼 女 ・そ れ ・自分1の 」 と い う意 味 を
、 「そ の 」 と い う意 味 を 持 つ 定 冠 詞 で あ る 。 文 例(13)を
含 む 場 面 で は 、こ れ らの 所 有 代 名 詞 あ る い は 定 冠 詞 を加 味 し、あ る い は ま た 文 脈 か ら 、前 者 がle
petit princeに
つ い て 、 後 者 が 惑 星 に つ い て お こ な う行 為 を 指 す こ と が わ か る 。 ま た 、 そ れ ら の
す ぐ 前 に 用 い られ て い る 動 詞 、"termin (原
形 は"terminer")と"faire"(原
形 は"faire":
"fa
ut"は 原 形 が"falloir"で
不 定 詞 を 伴 う語)の
う ち 、 後 者 を 用 い た 表 現 と し て 、"faire sa
toilette"が
「化 粧 す る 」、"faire to且ette"が
sa toilette"の
動 詞 部 分 を"termin
て 、"(terminer)sa
「そ の 化 粧[め
princeが
toilette"は
に
「め か す 」が あ る 。文 例(13)に
お い て は 、こ の"faire
差 し替 え た も の が 用 い ら れ て い る わ け で あ る 。し た が っ
「彼 の 化 粧
【
め か す こ と】(を 済 ま せ る)」、"(faire)la
toilette"は
か す こ と】(を す る)」 を 意 味 す る と 把 握 す れ ば よ い 。 文 脈 か ら言 っ て 、le petit
化 粧 をす る とい う こ と、 あ るい は また 惑 星 に化 粧 をす る とい うこ とは考 え に く く、 こ
こ で は"toilette"の
ほかの意味、 「
身 じ ま い 」、 「
洗 顔 」、 「着 替 え 」 な ど を 選 択 す る こ と に な る 。
訳 出 の 仕 方 と し て は 、 二 つ の"toilette"を
、 た と え ば 「身 じ ま い 」な ど と し て 同 一 表 現 に す る こ
と も 不 可 能 で は な い 。 あ る い は 後 半 を擬 人 化 し 「洗 顔 と 着 替 え 」 な ど と し て 統 一 す る こ と も 可 能
67
Le Petit Princeの
邦 訳 にお け る誤 訳 とそ の周 辺 一 池澤 夏樹 の翻 訳 の 特 徴-
で あ ろ う。 実 際 、 多 く の 訳 者 が そ の 方 法 を 取 っ て い る 。 二 つ の"toilette"を
敢 えて 異 な る語 句
を 用 い て 訳 出 して い る の は 、池 澤 の ほ か 、 倉 橋 訳 と藤 田 訳 で あ る 。 倉 橋 訳 と 藤 田 訳 で は 、前 半 の
「
彼[自
分1の
」 と 後 半 の 「(星)全 体 を 」 が 省 か れ て お り 、藤 田 訳 で は 、 二 つ 目 の"toilette"に
「世 話 」 と い う 訳 語 が あ て ら れ 、 日本 語 的 に や や 不 可 解 な も の と な っ て い る 。 池 澤 は 、"sa
to且ette"に
は 「自 分 の 顔 を 洗 っ て 着 替 え(を
済 ませ)」、"la
手 入 れ(を す る)」 とい う訳 出 を し、"sa"と"la"と
toiette"に
は 「惑 星(ぜ
ん た い)の
の 対 応 関 係 を 示 し つ つ 、 同 じ"toilette"に
つ
い て は 訳 し分 け を お こ な っ て い る 。
こ の よ うな 訳 し分 け は 、 原 典 の 語 【群 】が 同 一 で あ る と き だ け で な く 、 似 た も の で あ る と き(文
例(14)参
照)や
、文 脈 的 に 対 比 を 見 る 語[群 】同 士(文
例(14)参
照)に
つ い て もお こな わ れ て い
る。
(14)
[原典]
(《Tu confonds
[W訳1
`You mix everything up together...You confuse everything...'(p.32)
[C訳 】
`You are confusing everything...you are mixing up everything!'(p.26)
`You
[T訳]
tout,..
tu
are confusing
m駘an
es
everything...
tout1》 》(p.30)
mixing
eve
hing
up.'(p.32)
[池澤 訳 】
「き み は ま ぜ こ ぜ に し て い る … … き み は ま ち が っ て い る1」(p
[内藤 訳1
「き み は 、 な に も か も 、 ご ち ゃ ご ち ゃ に し て る よ … … ま ぜ こぜ に し て る よ … … 」(p.35)
槍 橋 訳]
「き み は 何 も か も こ っ ち ゃ に し て い る … … ご ち ゃ 混 ぜ に し て る よ 」(p ,39)
【
山崎 訳 】
「あ な た は な ん で も こ ち ゃ ま ぜ に す る … … な ん で も い っ し ょ く た に す る!」(p
[藤田訳1
「き み は い ろ ん な こ と を い っ し ょ く た に し て い る よ … … そ れ じ ゃ 、 な に も か も こ ち ゃ ま ぜ
.32)
,27)
じ ゃ な い か!」(p.35)
[河野 訳]
「き み は ご ち ゃ 混 ぜ に し て る … … 大 事 な こ と も そ う で な い こ と も 、 い っ し ょ く た に して
る!」(p.37)
原 典 の"皿lconfbnds
tout...
原 形 は そ れ ぞ れ 、"confon
tu m駘anges
dre"と"m駘an
tout!"の
ger"で
、"confonds"と"m駘anges"と
い う動 詞 の
あ る 。 意 味 は そ れ ぞ れ 、 「混 ぜ る 、 混 同 す る 、
と り 違 え る 」、 「混 合 す る 、 と り 混 ぜ る 」 な ど で あ り 、 ほ ぼ 同 じ 意 味 を 持 つ 動 詞 で あ る 。 文 脈 を 見
よ う 。3.4(11)に
お い て分 析
・考 察 し た よ う に 、 こ の 場 面 でle
い く 。le petit princeはpil0tに
comme
Ies grandes
princeは
手 加 減 せ ず 、"TU
vraiment
tr鑚
irrit
の で あ る(3.4.(11)参
princeは
怒 り を 募 らせ て
「バ ラ に トゲ が あ る の は な ぜ 」 と 質 問 を す る が 、 pilotは
こ に あ ら ず 、 い い か げ ん な 返 事 を す る 。 苛 立 ち を 募 ら せ たle
parles
petit
personnes!"と
confbnds
Il secouait
au
言 い 、 pilotは
tout...
vent
des
tu
m駘anges
cheveux
tout
petit
princeは
心 こ
と う と う"Tu
恥 ず か し い 気 持 ち に な る が 、 le petit
tout!"と
dor駸:"と
照)。 こ の よ う な 文 脈 に お い て 、 文 例(14)に
続 け る 。 そ し て 、"Il騁ait
い う くだ りに な だれ 込 む
現 れ る、 意 味 が似 た 二 つ の
動 詞 を ど の よ う に 訳 出 す れ ば よ い の だ ろ う か 。 池 澤 訳 は 、 「き み は ま ぜ こ ぜ に し て い る … … き み
68
は ま ち が っ て い る!」
と 、 異 な る 訳 語 を あ て て い る 。 前 者 は 語 義 どお り 、後 者 は 語 義 か ら解 放 さ
れ 、強 い 見 解 と 口調 と を 表 す も の と な っ て い る 。 こ の よ う な 訳 し分 け を お こ な っ て い る の は 池 澤
ひ と り で あ る 。他 の 訳 者 に よ る 訳 文 は 、か ろ う じ て 異 な る 訳 語 を あ て て い る も の の 、差 異 が 不 明
確 で あ る と 同 時 に 、 く ど い 印 象 を 受 け る 。 池 澤 は そ の よ うな デ メ リ ッ トを 回 避 す る た め に 、敢 え
て 二 つ 目 を 「ま ち が っ て い る!」
le petit princeの
と 変 化 させ た と考 え られ る 。 そ し て 、 文 脈 を 見 て も 、 池 澤 訳 は
文 例(14)同
激 しい 怒 り を 最 も よ く表 し て い る 。
様 、異 な る 二 つ の 記 述 の 対 比 を す る と き 、訳 文 に お い て 強 弱 を つ け て い る も の を
更 に 挙 げ た い。
(15)
[原典 】
--Je
ne
peux
pas
m'en
emp鹹her
, r駱ondit
le petit
p血ce
tout
confus.
J'ai
fait
un
longvoyageetjen'aipas dormi...(p.39)
[W訳]
[C訳]
`Ican't
help
`Ihave
come
`Ican't
and
匝 訳】
have
`Icannot
and
[池澤 訳 】
help
it
.
on
I can't
a long
myself
not
help
I haven't
myself,'replied
journey
,'replied
slept.'
it
stop
the
I have
had
little prince,
little prince,
no
quite
thoroughly
embarrassed.
sleep...'(pp.43-44)
abashed.`I
have
had
a longjourney,
(p.35)
,'replied
slept
, and
the
the
at all...'
little prince
in confusion.`I
have
come
on
a long
journey
(p.43)
「が ま ん で き な か っ た の で す 」 と 王 子 さ ま は と て も 恐
縮
して 言 っ た 。 「
長 い 旅 を して き
て 、 あ ま り 眠 っ て い な か っ た も の で す か ら … … 」(p.44)
[内藤 訳 】
「が ま ん で き な い ん で す 」 と 王 子 さ ま は 、 ど ぎ ま ぎ し て 答 え ま し た 。 「ぼ く 、 長 い 旅 を し
て き た で し ょ う?そ
[倉橋 訳 】
れ に 、 眠 ら な か っ た も の で す か ら … … 」(p,49)
「が ま ん で き な か っ た ん で す 」 と 王 子 さ ま は 困 っ て 答 え た 。 「ぼ く は 長 い 旅 を し て き た し 、
そ れ に 全 然 眠 っ て い な い も の で … … 」(pp.54・55)
[山崎 訳 】
「あ く び を せ ず に は い ら れ な い ん で す 」 と 、 小 さ な 王 子 さ ま は あ わ て て 答 え ま し た 。 「長
い 旅 を し て き ま し た し 、 眠 っ て も い な い も の で す か ら … … 」(p,37)
[藤田訳]
「が ま ん で き な い ん で す 」 と 、 王 子 さ ま は こ ま っ て い っ た 。 「長 旅 で 、 し か も ね む っ て い
な い も の で … … 」(p.49)
[河野 訳 】
「が ま ん で き な か っ た ん で す 」 王 子 さ ま は 、 か し こ ま っ て 言 っ た 。 「ず っ と 旅 を 続 け て き
て 、 眠 っ て い な か っ た の で … … 」(p.51)
原 典 の"tout
confus"と``je
n'ai pas
dormi_"と
は 、一 見 、何 の 対 照 関 係 に も な い か に 見 え る 。
文 脈 か ら 見 よ う 。 こ の 場 面 で は 、 王 さ ま が 住 む 星 を 訪 れ たle
petit
princeが
い あ く び を し て し ま う。 威 厳 の あ る 王 さ ま の 前 で 、le petit princeは"tout
話 を す る 。 そ し て 、 な ぜ あ く び を し て し ま っ た の か 、 そ の 理 由 が"je
眠気 に襲 われ 、 つ
confus"な
n'ai pas
dormi_"の
で あ る 。 で は 英 語 の 直 訳 調 に 訳 出 す る と ど う な る か と 言 え ば 、 そ れ ぞ れ 、"quite
69
状 況 で発
部 分
confused"、"1
Le
Petit Princeの
have
邦 訳 に お け る 誤 訳 と そ の 周 辺-池
n0t slept_"で
澤夏樹の翻訳の特徴
一
あ る 。 つ ま り 「と て も 困 惑 し て 」、 「私 は 睡 眠 を 取 らず こ こ に い る 」 と い う
こ と を 言 っ て い る わ け で あ る 。 池 澤 訳 で は 、 「と て も 恐 縮 し て 」、 「あ ま り眠 っ て い な か っ た も
の で す か ら… … 」 と な っ て お り 、 前 者 は い か に もle
petit princeが
王 さ ま に 対 し畏 ま っ て い る
状 況 が 表 さ れ 、 後 者 は 「あ ま り∼ な い 」 と い う弱 い 否 定 の 意 味 合 い が 込 め られ て い る 。 後 者 に つ
い て 、原 文 で は 完 全 否 定 の 形 を 取 っ て い る の に 対 し、池 澤 が 弱 い 否 定 の 形 を 込 め た の は 、 文 脈 か
ら の 判 断 で あ る と 考 え られ る 。 つ ま り 、le petit princeは
王 さ ま に 対 し て 「と て も 恐 縮 して 」 い
る の で あ り、 そ の 彼 が 「全 然 眠 っ て な い の で す 」 な ど と楯 突 く よ うな 口 調 の 発 話 を す る こ と は 状
況 的 に 不 自 然 で あ る 。原 文 の 否 定 形 を 見 れ ば 明 らか な よ う に 、"n'ai pas
dormi"は
音 素 的 に も表
記 的 に も 、 英 語 や 日本 語 の 否 定 形 よ りむ し ろ 目 立 た な い 形 で 表 現 され る。 した が っ て 、 池 澤 は 、
原 文 の 完 全 否 定 で あ っ た も の を 、敢 え て や ん わ り と した 否 定 に 変 え る こ と に よ り 、物 語 の トー ン
な ら び にle
petit princeの
キ ャ ラ ク タ ー を 損 ね ず 訳 出 した こ と に な る 。 同 時 に 、 「と て も 困 惑 し
て 」 と い う語 句 が 表 現 す る 強 い 感 情 と 、 「あ ま り 眠 っ て い な か っ た も の で す か ら … … 」 と い う記
述 が 表 す 控 え め な 発 言 と の 対 比 を も 、 実 に 巧 み に 浮 き 立 た せ て い る の で あ る。
4.お わ りに
本 稿 に お い て は 、 筆 者 の 「誤 訳 」 に 関 す る 主 張 と 、 これ を 根 幹 と し た 、 池 澤 夏 樹 に よ る 翻 訳 に
つ い て の 特 徴 に つ い て 述 べ た 。 分 析 の 結 果 、 池 澤 の 特 徴 と し て 際 立 つ も の を 、5種 類 に 類 別 し考
察 を 加 え た 。 「ダ ッ シ ュ の 多 用 に よ る 効 果 」、そ し て 「語 義 と文 脈 を 反 映 した 訳 文 」 と し て 「(1)す
っ き りま と め る こ と に よ る 効 果 」 と 「(2)説 明 を 付 加 す る こ と に よ る 効 果 」、 「
構 造の変革に よる
効 果 」 「同 一 の 、 あ る い は 異 な る2つ
の記 述 の対 比 に よ る効 果 」 を 挙 げ た が 、 池澤 に よ る翻 訳 に
見 られ る特 徴 は これ 以 外 に も あ る 。総 合 的 に 、池 澤 に よ る 翻 訳 に お い て は 、独 自 の 符 号 の 使 用 や 、
語[群 】
や 構 造 の 選 択 が 、 文 学 的 に 極 め て 優 れ た 効 果 を 収 め て い る と い う こ と で あ る。 こ れ は 、 池
澤 が こ の 物 語 の 文 脈 を 読 み 込 ん だ 上 、 多 様 な 工 夫 を 施 した 結 果 で あ る 。
筆 者 は 、 冒 頭 に お い て 、 「誤 訳 」 に つ い て の 主 張 を お こ な っ た 際 、 「誤 訳 と は 何 か 」 と は 「翻 訳
と は 何 か 」、 「
創 作 と は 何 か 」 と い う問 い に 等 しい も の で あ り 、 「誤 訳 の な い 翻 訳 な ど な い 」 し、
「翻 訳 と は 言 語 間 を 彷 復 す る 中 間 地 点 な の で あ る 」 と い う こ と を 述 べ た 。池 澤 に よ る 翻 訳 も ま た
(他 の 翻 訳 者 に よ る 訳 文 も)、 そ の 意 味 で 、 フ ラ ン ス 語 と英 語 や 日本 語 と の 間 を さ ま よ う中 間 世 界
に あ る の で あ り、 も っ と言 え ば 、Le
Petlt、Princeと
実 態 の な い理 想 の英 訳 あ るい は 邦 訳 との 間
を ゆ らぎ続 け る も の な の で あ る。
【参 考 文 献 】
安 西 徹 雄,他(編)2005.『
別 宮 貞 徳1993.『
Jakobson,
R.
翻 訳 を 学 ぶ 人 の た め に 』 世 界 思 想 社.
誤 訳
悪 訳
O.1959."On
Cambridge/Mass.:Harvard
北 御 門 二 郎1978.「
欠 陥翻 訳
Linguistic
ベ ッ ク剣 士 の激 辛 批 評 』 バ ベ ル
Aspects
University
of
Translation."In
Press,
心 の 糧 を 与 え よ 」 『翻 訳 の 世 界 』6月
70
号:78,
・プ レ ス,
R.
Brower(e
d.)On
7}・anslation
.
鴻 巣 友 季 子2005.『
明治大正
間 島 一 郎(編)2005.『
翻 訳 ワ ンダ ー ラ ン ド』 新 潮 社.
だれ が 世界 を翻 訳 す るの か
ア ジア ・ア フ リカの 未 来 か ら』 人 文 書 院.
増 田冨 壽1985,『
誤 訳 と誤 解 』 早 稲 田大 学 出版 部.
中村 保 男2001.『
創 造 す る翻 訳一 こ とば の限 界 に挑 む』 研 究 社 出版.
新 村 出1998.『
広 辞 苑 』(第5版)岩
菅 原 久 佳2004a,「
波 書 店,
『移 植 』 と して の 翻 訳 ∼ 多 和 田 葉 子
『犬 婿 入 り』 とそ の 英 訳 版 か らの 例 証 ∼ 」
(未発 表)
2004b.「
翻 訳 ・創 作 にお け る 『移 植 』 概 念 の考 察-リ
ジ ェ ク ト2004年
多 和 田葉 子1999.『
度 論 文 集 』慶應 義 塾 大学 湘南 藤 沢 学 会.
文 字 移植 』 河 出文 庫.
2002,『
容 疑 者 の夜 行 列 車』 青 土社.
2003,『
エ ク ソ フ ォ ニー 母語 の 外 へ 出 る旅 』 岩 波 書 店,
2006,『
ア メ リカ ー 非 道 の 大 陸』 青 土社.
71
ー ビ英雄 を 中心 に 一 」 『翻 訳 論 プ ロ
Iie Peilt P-111Ceの
邦 訳 に お け る誤 訳 とそ の 周 辺一
池澤夏樹の翻訳の特徴
72
Le Petit Princeの
邦 訳 に お け る 誤 訳 とそ の 周 辺
一 藤 田訳 の 特 徴 一
AStudy
of Le
Petit」 ㎞oθand
Focusing
On
葦沢 大
Its Translation
Problems:
Fujita「S「 翫anSlatiOn
Masaru
Ashizawa
義塾大学総合政策学部
慶應Faculty of Policy Management,
Keio University
1.は じめ に
誤 訳 を研 究 す る こ とに どの よ うな 意 義 が あ るだ ろ うか?始 め に、本 研 究 の 目的 は 単 に翻 訳者 の
誤 訳 を指 摘 す る だ け で完 結 しな い 。誤 訳 と考 え られ る文 章 を 見 つ け 、観 察 す る過 程 を通 じて 、そ
れ ぞ れ の翻 訳 者 の文 章 を よ り深 く考 察 ・比 較 し、どの よ うな翻 訳 が 良 くて 、どの よ うな 翻 訳 が 誤
訳 とな るの か 、そ して誤 訳 とは そ もそ も何 か 。この よ うな 問題 意識 を 持 っ て 本稿 に取 り組 む 事 に
す る。一 つ 加 え る と、翻 訳 とは 原 典 とな る言 語 か ら言 語 転 換 に よっ て他 言 語 へ と変 換 され る行 為
で あ る。そ こ に は必 ず 原 典 作 品 か ら受 け継 ぎ 、守 られ るべ き点 と、変 換過 程 にお い て そ れ ぞ れ の
言 語 の 特 質 、代 替 で き な い部 分 が 生 ま れ る。矛 盾 す るか と思 え る この 双 方 の バ ラ ンス に よ って 翻
訳 は成 され て お り、意 味 が完 全 に 等価 とな る こ とは 不 可 能 で あ る。言 い 換 えれ ば 各 言 語 内で 存 在
す る言葉 は別 の 言 語 に翻 訳 す る時 、同 じ意 味 の 言葉 と成 りえ な い の で あ る。 しか し、完壁 な る等
価 は 目指せ な い に して も、言 語 間 で イ メ ー ジ ・意 味 を近 似 させ る こ とは 不 可能 で は な い 。完 全 に
重 な る とは 言 わ な くて も、重 な る 面積 を 多 くす る事 に よっ て 意 味 が 等 価 に近 づ く とい うイ メー ジ
を考 え て も らい た い 。逆 を言 え ば 、必 ず 違 う部 分 は存 在 す る わ け で 、そ の よ うに解 釈 す れ ば誤 訳
も理 想 の 翻 訳 も紙 一 重 の 関 係 で あ り、そ の違 い も絶 対 的 な もの で な く、時 に微 々た る もの で あ り、
個 々 の 解 釈 に因 る点 も大 き い と言 うこ とを こ こで述 べ てお く。本 稿 で は 藤 田尊 潮 氏 の 訳 を 中心 に
訳 者 の 個 人 的 な 特徴 を捉 えつ つ も 、
翻 訳 に とっ て重 要 な エ ッセ ンス と な る点 につ い て の示 唆 も加
えたい。
2.藤 田 訳 の 分 析 と考 察
研 究 手 法 と して は、藤 田訳 を含 め6つ の 邦 訳 、フ ラ ンス 語 原 典 、3つ の英 文 翻 訳 を用 い て比 較
対 象 を行 った 。筆 者 の都 合 上 、英 訳 と邦 訳 を中 心 に 取 り扱 っ た ので 原 典 へ の言 及 は少 な い か も し
れ ない 。 しか し英 語 と フ ラ ンス 語 の言 語 構 造 の類 似 性 を踏 ま え る と、概 念 的 な意 味 な どに 関 して
特 に両 者 に 関 して 大 き な違 い が な い と考 え る。 今 回 はLe petit Princeの 中 か ら6つ の例 文 を取
73
Lv
Petit Princeの
邦 訳 に お け る誤 訳 とそ の周 辺
一
藤 田訳の特徴
一
り上 げ て藤 田訳 の 翻 訳 の特 徴 、ま た翻 訳 全 体 を捉 え た 場合 の 重 要 な ポ イ ン トにつ い て触 れ て い き
たい。
2.1特
定の言葉の表現
ま ず 、 次 の 例 を 参 照 され た い 。
(1)
原 典】
C'est
ainsi
que
j'ai abandonn
'稟e
de
six
ans,
une
magnifique
carri鑽e
de peintre.
(p.12)
[W訳]
That
is why,
at the
age
of six,
I gave
up
what
might
have
been
a magnificent
career
as
apainter.(p.8)
[C訳
】
[T訳 】
[藤 田 訳1
So
it was
Thus
that,
it was
at the
that
age
of six, I gave
I g製a
★そ う い う わ け で わ た し は
up
magni丘cent
a wonderful
career
career
as a Dainter
as apainter.(p.6)
at the
age
of six.(p.11)
、 六 さい の と き、 しょ うらい せ い の あ る画 家 の仕 事 をや め て し
ま っ た と い う わ け な ん だ 。(pp.7・8)
[内藤 訳]
ほ ん と に 、 す ば ら し い 仕 事 で す け れ ど 、 そ れ で も 、 ふ っ つ り と や め に し ま し た 。(p。8)
[倉橋 訳]
そ ん な わ け で 、 私 は 六 歳 の と き に 絵 描 き に な る こ と を 諦 め ま し た 。(p,8)
[池澤 訳]
そ う い う わ け で ぼ く は 、6歳
【山崎 訳]
そ の た め に わ た し は 、6歳
[河野 訳]
… … とい うわ け で
の と き に 偉 大 な 画 家 に な る 道 を あ き ら め た 。(p.8)
の と き 、 画 家 と し て の す ば ら し い 将 来 を 諦 め ま し た 。(p.8)
、僕 は 六 歳 に し て 、画 家 と い う す ば ら し い 職 業 を め ざ す の を あ き ら め た 。
(p.S)
こ こ で は 二 点 に つ い て 詳 述 した い 。一 つ は 語 義 に 関 す る 点 と 、文 章 表 現 に 関 す る 点 の 二 点 で あ
る。 まず は 、 こ こで
「
仕 事 」 と い う語 を 用 い た 点 に 疑 問 を 持 っ た 。 「仕 事 」 と い う言 葉 の 語 意 に
は 職 業 や 業 務 が 含 ま れ 、 具 体 的 な 活 動 を 指 す 場 合 が 多 い 。 一 方 で"career"の
語 意 に は職 業 の 他
に 、 生 涯 、 道 、 発 展 な ど多 く の イ メ ー ジ を 付 加 し て い る 。 藤 田 訳 は 「し ょ う ら い せ い の あ る 」 を
用 い る事 に よっ て 「
仕 事 」 を修 飾 した表 現 に な っ て い る が 、た とえ組 み 合 わ さっ た 意 味 で も、原
典 ・英 訳 の 意 図 し て い る 意 味 と そ ぐ わ な い 。 二 点 目は 文 章 表 現 の 微 妙 な 違 和 感 に つ い て で あ る 。
他 の訳 者 が
「諦 め ま し た 」 な ど の 表 現 を 用 い て い る の に 対 し(内 藤 訳 を 除 く)、 藤 田 訳 は
「
やめ
て し ま っ た 」 と 訳 して い る 。 確 か に 「や め る 」 と い う表 現 の 中 に は 「諦 め る 」 の よ うな ニ ュ ア ン
ス が 含 意 され て い る が 、 「
仕 事 」 と結 び つ く と些 か 妙 な 文 意 に な る 。 「
仕 事 をや め る」で は現 在 就
い て い る職 を や め る と い う よ うに 受 け 取 りか ね な い 。 こ こ で は 、 「画 家 に な る 道 を 諦 め る 」 の よ
う に 将 来 の 進 路 に 関 し て 述 べ て い る の で 、将 来 を 見 越 した 判 断 とい う ニ ュ ア ン ス が 含 ま れ て な い
こ とか ら不適 当 な 邦 訳 と言 え る。
74
career
仕事
一 r一噛噂
'
、
、
、
、
、
、
、
、
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一'
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, '- - - 、 、
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勤 務 、労 働
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職 業 、業務
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ノ
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、
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、
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馳
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i
'
(2)
原 典]
J'avais
[W訳]
Ihad
thus
learned
[C訳]
From
this
I learned
a second
[T訳]
Thus
I had
learned
a second
[藤田 訳】
ainsi
appris
une
seconde
a second
chose
fact
fact
very
tr鑚
of great
importante...(p.20)
importance...(p.18)
of great
importance...(p.14)
important
thing.(p.20)
★こ う し て わ た し は 二 番 目 に だ い じ な こ と を 知 っ た ん だ
。(p.19)
[内藤 訳]
ぼ く は 、 こ う し て 、 も う 一 つ 、 た い そ う だ い じ な こ と を 知 り ま し た 。(p.20)
[倉橋 訳]
こ う し て 二 つ 目 の 大 事 な こ と が わ か っ た 。(p.23)
[池澤 訳]
こ う し て ぼ く は2番
[山崎 訳】
こ の よ う に し て 、 わ た し は と て も 重 要 な ふ た つ め の こ と を 知 り ま し た 。(p.16)
[河野 訳 】
こ う し て 僕 は 、 と て も 重 要 な ふ た つ 目 の こ と を 知 っ た 。(p.21)
目 の 大 事 な こ と を 知 っ た 。(p.18)
こ こ は 四 章 冒 頭 の 文 章 で あ る が 、 藤 田訳 だ け 異 な る 文 意 と して 受 け 取 られ る 。 「二 番 目 に 」 と
表 現 す る事 に よ っ て
訳 の"second
「大 事 な こ と 」 に 順 位 づ け を 行 っ て い る よ う に 読 み 取 る こ と が 出 来 る 。W
fact of great importance"に
見 られ る よ う に 、 「
大 変 重 要 な 二 つ 目の事 実 」 とな る
の で 英 訳 に お い て も 事 実 を 知 っ た 順 番 の 事 で あ る と解 釈 す る 事 が 出 来 る 。 こ こ で の 問 題 は 、 「大
事 な こ と」 に 関 す る 順 位 よ り も 単 に 知 っ た 順 序 を 示 して い る だ け な の で 、大 事 さ に 関 し て の 優 劣
は 考 慮 し て い な い と 考 え て も 良 い だ ろ う。
2.2表
現 の 簡 易 化 ・抽 象 化
こ こ で 、 次 の 例(3)を
参 照 され た い 。
(3)
[原 典]
軋venait
tout
doucement,
au hasard
des r驫仔xions.(p.23)
75
Le Petit
Princeの
[W訳1
邦 訳 に お け る 誤 訳 と そ の 周 辺-藤
The
information
would
come
田訳 の特 徴
very
slowly,
as
一
it might
chance
to fall from
his
thoughts,
(p.23)
【C訳 】
The
details came
very
[T訳 】
The
information
would
slowly, in the course
come
very
of conversation.(p.18)
slowly, following
the course
of the
little urince's
thoughts.(p.24)
[藤 田訳】
★な に か 考 え ご と を し て い る う ち
、 ぐ うぜ ん に ほ ん の 少 し ず つ わ か っ て く る の だ っ た 。
(p.24)
[内藤 訳1
★い き あ た り ば っ た り考 え て い る う ち に
[倉橋 訳】
王 子 さ ま の 話 を 聞 い て い る うち に だ ん だ ん と わ か っ て き た の だ 。(p.28)
、 しぜ ん 、 話 が わ か っ て き た の で す 。(p.25)
[池澤 訳】 彼 が そ の 時 々 に 考 え て い る こ と か ら 、 少 しず つ よ うす が わ か っ た 。 王 子 さ ま の 話 を 聞 い て
い る うち に だ ん だ ん と わ か っ て き た の だ 。(p.23)
[山崎 訳】
あ れ や こ れ や 考 え あ わ せ て ゆ く うち に 、 だ ん だ ん わ か っ て き た の で す 。(p.19)
[河野 訳】 ★王 子 さ ま が か た わ ら で あ れ こ れ 考 え る に つ れ て 、 自然 と僕 に も わ か っ て き た の だ 。(p.27)
こ の文 章 は文 脈 に 関連 す る 問題 で あ る の に伴 っ て 、そ の 語 られ て い る視 点 につ い て も触 れ な け
れ ばい け な い。初 め に 、この 文 は単 体 だ けで 文 意 を判 断 出来 る よ うな部 分 で は な い た め 、文 章 に
至 る ま で の文 脈 につ い て先 に述 べ た い と思 う。 池澤 訳 の前 文 を参 照 す る と、 「
一 日ご と に、 ぼ く
は 王 子 さま の星 の こ とや 、 そ こを 出 て き た事 情 、 それ に彼 の旅 の こ とを知 る よ うに な っ た 。」 と
書 か れ てい る。王 子 さま と語 り手 が 実 際 に出 会 い 、対 話 を繰 り返す こ とに よ って 語 り手 が 王 子 さ
ま の様 々 な側 面 につ い て理 解 し、推 測 で き る よ うに なっ て い る段 階 が こ の場 面 で あ る。そ して こ
の 部 分 は、王 子 さま に 関す る情 報 が どの よ うに語 り手 に露 わ に な っ て い くか を表 現 した 文 章 で あ
る。 こ こで 藤 田訳 を見 てみ る と、 「
考 え事 の主 体 が誰 か」 とい う部 分 と 「
作 者 は どの よ うに して
わ か った の か 」とい う部 分 が他 訳 者 と比 べ て 異 な っ た 表 現 を使 っ て い る と言 え る。前者 につ い て
は 主 体 が は っ き り しな い上 に 、
文 章 や 文 脈 上か らも ヒン トが読 み取 りづ らい。後 者 に お い て も 「
な
に か 」や 「ぐ うぜ ん に 」な どの言 葉 か らは 曖 昧 さや 偶発 的 な ニ ュ ア ンス が 読 み 取 れ る。 しか し文
脈 に沿 えば 、個 人 的 ・内 面 的 な 思 考 や ひ ら め き に よ って 何 か がわ か って くる とは考 え に くい。原
典 に"r馭lexions"や
英 訳 に"conversations"と
記 述 され て い る こ とか ら、 内省 や 対話 に よっ て
王 子 さ まの 素 性 が 明 らか に な って くる と考 えた ほ うが 自然 で あ る とい う点 も踏 ま え る と、
漠然と
して 内 面 か らふ と思 い つ い た とい う表 現 方 法 は適 切 で な い 。 よっ て藤 田訳 を 筆頭 に、内藤 ・河 野
訳 も誤 訳 と主 張 した い 。
一 点補 足 す る と、私 は こ こで の 主 体 が誰 で あ るか を 問題 意識 と して 捉 えて い な い 。どの 言語 で
も主 語 を省 略 す る こ とは あ り得 る し、文脈 に 沿 わ な けれ ば判 断 が容 易 で な い部 分 は 必 ず あ る。原
典 で の 主 体や 客 体 が 不 明 確 な場 合 、翻 訳 者 はそ れ を 明 らか にす る か しな い か は翻 訳 者 の ス タ イ ル 、
文 体 、文 脈 に よ っ て左 右 され て も 問題 な い。 しか し、文 脈 に沿 っ て読 み 取 る技 術 とい うの は誰 も
が 持 ち合 わせ るべ き能 力 で あ る と こ こで 述 べ た い 。 例 えば 、 「どの よ うに してわ か っ た の か」 と
い う部 分 は 前 文 の 文 脈 を しっか り反 映 した 訳 し方 で な けれ ば文 意 は大 分 変 化 して しま い 、間違 っ
76
た 解 釈 が うまれ る こ とに な る。逆 に言 え ぱ 、文脈 を しっ か り と考 慮 した 解 釈 、そ して そ れ を あ る
程 度 反 映 した訳 し方 をす る の で あ れ ば 、そ こか ら先 は作 者 の個 性 や 読 みや す さを 追 求す る工 夫 を
施 して も問題 は な い と筆 者 は 考 え る。
(4)
原 典】
Et
il me
fallut
un
grand
effort
d'intelli
egnce
pour
comprendre瀘oi
seul
ce
probl鑪e.
(p.24)
【W訳1
And
I was
obliged
to
make
a great
mental
effort
to
solve
this
problem,
without
any
assistance.(p.24)
[C訳 】
And
[T訳]
Ihad
【
藤 田訳 】
I had
to exert
★け れ ど も
た ん だ。
[内藤 訳 】
to make
a great
considerable
mental
effort
to work
out
the
problem
mental
effort
to work
the
problem
on
out
my
own.(p.20)
for myself.(p.25)
、 わ た しが 自分 ひ と りで そ の 問 題 を理 解 す る に は 、 た い へ ん な 知 恵 が 必 要 だ っ
(p.26)
だ か ら ぼ く は 、 うん と 頭 を ひ ね っ て 、ひ と り で そ の わ け を 考 え な け れ ば な りま せ ん で した 。
(p.26)
[倉橋 訳 】
私 は さ ん ざ ん 頭 を 使 っ て 自 分 で そ の わ け を 考 え な け れ ば な ら な か っ た 。(p.30)
[池澤 訳]
ぼ く は 彼 の 助 け を借
りず に こ の 難 問 を 解 く た め に 頭 を ひ ね ら な け れ ば な ら な か っ た 。
(p.25)
[山崎 訳1
そ し て わ た し は 、 こ の 問 題 を 自 分 ひ と り の 力 で 解 く た め に 、 す ご く頭 を 使 わ な け れ ば な ら
な か っ た の で す 。(p.20)
【
河 野 訳】
お か げ で僕 は 、 ひ と りで この 問題 を 理解 し よ うと、 い っ し ょ うけ ん め い頭 を使 わ な くて は
な ら な く な っ た 。(pp.28-29)
こ の部 分 にお い て も藤 田訳 以 外 は ほぼ 同 様 な訳 し方 を して い る。 問題 を理 解 ・説 くた め に は 、
特 別 に頭 をひ ね らな けれ ば な らな い とい う池 澤 訳 が こ こで は 最 も適 訳 か と思 う。だ が藤 田訳 で は
ここで 「
知恵 が 必 要 だ っ た 」 とい う表 現 を 用 い る こ とに よっ て 、主 に そ の能 力 に対 して 焦 点 を 当
て た 表 現 に な っ て い る。これ で は あた か も能 力 の不 足 に よ っ て理 解 で き な い と解 釈 す る こ とが で
き、 頭 の機 転 に よ る もの と は受 け 取 りづ らい 。(「知 恵 を働 かせ る」 とい う表 現 な ら 自分 が持 ち
合 わ せ て い る能 力 を活 用 す る とい う意 味 が 含 まれ るの で 納 得 で き る が。)
こ この ポ イ ン トは 王子 さま と語 り手 が 持 つ バ オ バ ブ と言 う木 に対 して の前 提 認 識 ・
経 験 の違 い
で あ り、絶 対 的 な 知 識 量 が 問 題 視 され て い る わ け で は な い。だ か ら頭 をひ ね り、 自分 の持 っ て い
る 固定 観 念 ・前 提 を覆 せ ば理 解 で き る 問題 な の で あ る。よ っ て こ こで の藤 田訳 は本 来 伝 え るべ き
文 意 を捉 え 間違 え て しま っ て い る とい え る。他 の 翻 訳者 の よ うに 「
頭 を使 う」 や 「
頭 をひ ね る 」
とい っ た慣 用 句 的 表 現 を使 う と文全 体 が 捉 えや す くな る の だ が藤 田訳 に は そ の よ うな 工夫 が 見
られ な い。慣 用 句 は そ の 対 象 言 語 独 自の 表現 で あ るの で 、単 純 に 直訳 す る だ け で は発 想 が浮 か び
上 が らな い。よ って 訳 者 の作 品 へ の介 入 は 強 ま るが 、そ の分 読 み 手 に とっ て は わ か りや す い 表 現
77
Le
Petit Princeの
邦 訳 に お け る 誤 訳 と そ の 周 辺-藤
田 訳 の 特徴
一
に な っ て い る の で あ る。
2.3文 脈 に 沿 った 文 章 表 現
以 下 の 例(5)を 参 照 され た い 。
(5)
[原 典 】
Et
un
jour
i
me
consei皿a
de
m'a
h
uer.a
r騏ssir
un
beau
dessin
our
bien
faire
entrer軋 dans la t黎e des enfants de chez moi.(p.26)
[W訳l
And
one
day
he
said
to
me:`You
ought
to
make
a
beautiful
drawing,
so
that
the
children where you livecan see exactly how allthis is.'(p.26)
[C訳 】
And one day he suggested that I set about marne
a beautiful drawine, so as to give
children on my planet a clearidea of allthis.(pp.20-22)
[T訳1
And
this
[藤田訳]
one day he advised me
upon
★あ る 日
the
children
where
to try and make
a beautiful drawing
so as to impress
all
I live.(p.26)
、 王 子 さま は 、 が ん ば っ て バ オ バ ブ の りっ ぱ な 絵 を描 い て 、 わ た しの 国 の 子 ど も
た ち が し っ か り お ぼ え て お く よ うに さ せ た ほ うが い い と 、わ た し に 助 言 し て く れ た 。(p.27)
[内藤 訳]
あ る 日 、 王 子 さ ま は 、 フ ラ ン ス の 子 ど も た ち が 、 こ の こ と を よ く頭 に い れ て お く よ う に 、
ふ ん ば つ し て 、 一 つ 、 り っ ぱ な 絵 を か か な い か と ぼ く に す す め ま した 。(p.28)
[倉橋 調
あ る 日王子 さま は 、私 の国 の子 供 た ち に教 訓 とな る よ うに 、ひ とつ が ん ば っ て立 派 な絵 を
描 い てみ た ら、 と言 っ て くれ た。(p.31)
[池澤 訳]
別 の 日に彼 は ぼ くに 、き み は この 地 球 に 住 ん で い る子供 た ちに も よ くわ か る よ うな上 手 な
バ オ バ ブ の 絵 を 描 くべ き だ と言 っ た 。(p.26)
仙 崎訳]
そ し て 、 あ る 日彼 は 、 こ の こ と を わ た し の 国 の 子 ど も た ち に し っ か り し み こ ま せ る た め 、
り っ ぱ な 絵 を1枚
[河野 訳]
、 精 を 出 して 描 き あ げ る よ う に す す め ま した 。(p.22)
あ る 日、 この こ とを僕 の 星 、 つ ま り地 球 の子 ど もた ち も、 よ く頭 に 入 れ て お け る よ うに、
い い 絵 を一 枚 が ん ば っ て描 い てお い た ほ うが い い と、 王 子 さま は す す め て くれ た 。(p.30)
この 文 章 に 関 して は 藤 田訳 のみ 誤 訳 と な って い る よ うに感 じた。一 つ は 全 体 的 に 間接 会 話 文 が
読 み に く く、下線 部 の よ うに 回 りく どい 部 分 が 見 受 け られ た か らだ 。他 の訳 者 で は 「
∼ た め 、∼ 」、
「∼ よ うに 、∼ 」な ど と 目的 を き ち ん と示 して か ら達 成 す るた めの行 為 を表 す が 、藤 田訳 の み 「
絵
を描 い て 、∼ 」 と伝 え な けれ ば な らな い 大 切 な 部 分 を後 ろ に残 した 表 現 とな って い る。伝 え るべ
き点 の イ ンパ ク トが 希薄 で あ る とい え る。よ って 文 意 的 に も藤 田訳 だ け異 な る解 釈 を行 い か ね な
い。他 の 邦 訳 と大 き く異 な る点 は 、バ オバ ブ の 絵 を描 く こ と の効 果 ・目的 が 明確 に 示 され て い な
い とい う点 だ 。
この 文 章 も文 脈 と関 連 して 述 べ られ な けれ ば い けな い 部 分 で あ っ て 、
前 文 に関 して の ポ イ ン ト
に言 及 しな が ら訳す 必 要 が あ る。つ ま り、前 文 ま で の 文脈 で はバ オバ ブ の 危 険性 とそ の 対 処 法 に
78
つ い て 王 子 さまが 語 り手 に 語 りか けて い る場 面 で あ り、 「この こ と」(内藤 、 山崎 、河 野 訳)を 地
球 の 子 供 達 へ 伝 え な けれ ば い けな い の で あ る。 しか し藤 田訳 で は 、 「
バ オ バ ブ の りっぱ な絵 」 を
覚 え させ る とい う読 み 方 が 出 来 て しま い 、子 供 達 へ 伝 え る こ とは何 か とい う点 に ま で言 及 して い
な い 。加 え て 、 「
覚 え る」 とい う表 現 も、記 憶 す る ・暗記 す る とい う意 味 合 い が感 じ られ 、 「
教訓
とす る ・わ か る ・しみ こませ る」の よ うな表 現 の方 が バ オ バ ブ の 危 険 性 や 対 処 法 を言 及 す る上 で
は 適 当 で あ る とい え る。言 葉 の選 び 方 、そ して 文脈 か ら導 か れ る文 意 につ い て の言 及 とい う両 点
に関 して 、藤 田訳 の 文 章 は 誤 訳 と言 え る。
頭 に 入 れ る 、教 訓 、
他邦訳者
藤 田訳
覚える
わ かる
o
o
(6)
[原典1
Il commen軋
donc
par
les
visiter
pour
y
chercher
une
occupation
et pour
s'instruire.
(p.38)
[W訳]
He
began,
therefore,
[C訳 】
So
he
started
[T訳 】
So
he
started
by
by
by
visiting
visiting
these,
to find
some
them
to look
for
visiting
them,
in order
to add
occupation
an
occupation
to his
and
and
knowledge.(p.43)
to educate
to
add
himself.(p.34)
to his
knowledge.
(p.42)
[藤田 訳]
★王 子 さ ま は ま ず そ れ ら の 星 を お と ず れ
[内藤 訳]
王 子 さ ま は 、 星 の 見 物 を は じ め ま し た 。 な に か 仕 事 を させ て も ら っ て 、 勉 強 し よ う と い う
、仕 事 を さ が し 、な に か 学 ぼ う と 考 え た ん だ 。(p.47)
の で し た 。(p.48)
槍 橋 訳]
★そ こ で こ れ ら の 星 の 巡 歴 か ら 始 め た
[池澤 訳]
そ こ で 彼 は す べ き こ と を 見 つ け た り 見 聞 を 広 め た り す る た め に 、 こ れ ら の 星 を1つ
。 勉 強 に 精 を 出 そ う と い う の だ っ た 。(p。53)
ず つ 訪
ね て み る こ と に し た 。(p.43)
[山崎 訳1
★そ こ で
[河野 訳]
★そ こ で そ れ ら の 星 を 訪 ね て
、 仕 事 を 探 し た り 見 聞 を ひ ろ め た りす る た め 、 ま ず 、 こ れ ら の 星 を 訪 ね る こ と に
し ま し た 。(p.35)
、仕 事 を さ が し た り 、見 聞 を 広 め た り す る こ と に し た 。(p.50)
79
Le
Petit Princeの
邦 訳 にお け る誤 訳 とそ の周 辺
上
藤 田 訳 の 特徴
一
(1)の例 と指 摘 す る ポイ ン トが類 似 して い るが 、特 定 の語 の意 味 に 焦 点 を 当て て み よ うと思 う。
この 部 分 は 王 子 さ まが 自分 の星 か ら出発 し、他 の 星 へ旅 立 って い こ うとす る シー ンで あ る。何 の
た め に王 子 さま が 星 を転 々 と巡 歴 す る の か とい う理 由 の部 分 は 今 後 の ス トー リー 展 開 に む け て
重 要 な 鍵 を握 るポ イ ン トの一 つ で あ る。こ こで の大 事 な ポ イ ン トとは 星 の 巡 歴 を始 めた 王 子 さま
の 目的 とは 見 聞 を広 め る こ と、世 の 中 の 知識 を養 うこ とで あ り、自分 の仕 事 を 探 す こ とが 最 終 目
標 で は な い 。仕 事 自体 は あ くま で そ の 手段 の 一 つ に も過 ぎ な い とい う捉 え方 で あ る。つ ま り、こ
こで は 目的 が 並 列 的 な表 現 方 法 で 二 つ 以 上 並 ぶ の で は な く、どち らか を 除 くあ るい は ど ち らか に
強調 をつ けて 述 べ る こ とに よ って 、王 子 さま の 巡歴 の 目的 が 明 確 に な る。藤 田訳 は 並 列 的 に配 置
され て い る こ とに加 え 、仕 事 か ら得 る学 び とい う繋 が りを 意識 して い て 少 し 「
仕 事 」が 中 心 に存
在 して い る とい う印 象 を受 け る。 次 に(1)の例 文 との 違 い を述 べ る と、 日本 語 で は主 に 一 貫 して
用 い られ て い る言 葉 が、英 訳 にお い て 異 な る表 現 を用 い て い る点 で あ る。(1)では"career"、
こで は"㏄cupation"と
こ
使 い 方 を 区別 して い る よ うに思 え る。 しか しど ち らも 「
仕 事 」 とい う言
葉 と(特 に この作 品 にお け る文脈 上)同 義 で は ない とい え る。"occupation"に も仕 事 とい う意 味
が 含 意 され るが 、こ こで は よ り広 い 意 味 で の 、物 事 に従 事 す る こ とだ と考 え る が ほ うが 、王 子 さ
ま の性 格 を考 慮 した 場 合 に よ り 自然 で あ る と考 え る。他 に池 澤 訳 は こ の点 を的 確 に捉 え て 、注 意
深 く訳 して い る。
3.お わ りに
藤 田訳 の総 評 と誤 訳 に 関す る考 察 につ い て述 べ る。全 体 を 総 括 して藤 田訳 に は主 に三 つ の特 徴
が 見 られ た 。一 つ は 文体 と して は 漢 字 が 少 な く、難 解 な語 彙 が な く、単調 な 文 章 が 多 い とい う傾
向 か ら、子 供 向 け に作 られ た 翻 訳 作 品 とい う印 象 を受 けた 。例 文 に お い て は あ ま り解 説 を行 わ な
か っ た が 、(3)の例 文 の よ うに詳 述 を避 け る傾 向 が あ る の は この よ うな 要 因 が あ るか ら と も考 え
られ る。 二 点 目に 、語 意 の変 換 に 際 して適 格 で な い 表 現 が 目立 った 事 が 挙 げ られ る。(1)、(2)に
関 して はそ の よ うな指 摘 を 中心 に記 述 した。意 味 を等価 に させ る こ とは 困難 で あ るが 、的 に も う
少 し近 づ か せ る こ とは可 能 で あ る と思 う。三 点 目は 要所 とな る所 で 文 脈 に 沿 っ た 翻 訳 に時 お り難
点 が あ る こ とで あ る。(5)、(6)な どは 文 脈 を掴 む か ど うか で 翻 訳 に大 き な違 い が 生 じて しまい 、
段 落 全 体 の 読 み 取 りに も影 響 を及 ぼす 。翻 訳者 は 作 品 の 第 一 読 者 で あ る とい う こ とは 、読 者 以 上
に 文 脈 に気 をつ け る必 要 が あ り、そ の 技 術 も要 求 され る0文 章 は 連続 して構 成 され て い る も の で
あ り、断続 的 に それ ぞれ の 文 章 が成 り立 って い る とい うよ りは互 い が 連 動 しあ っ て い る。そ の 一
貫 して 連 動 す る流 れ を文 脈 と言 うので は ない か と考 え る。よっ て 文脈 と文 章 は 表 裏 一 体 の 関 係 で
あ り、 そ の バ ラ ンス を考 慮 しなが ら翻 訳 を行 わ な けれ ば な らな い。
続 い て 誤 訳 の研 究 を行 っ た うえ で の考 察 で あ る が 、誤 訳 と は、単 純 に そ うで あ るか な い か と判
断 で き る もの で は な い と考 え る。なぜ な ら訳者 に よっ て構 文 や 表 出 方 法 が 違 った り、ポ イ ン トを
掴 ん で い て も何 か 抜 けて い た りな ど、そ こに は 様 々 な 判 断 材 料 が 考 え られ るか らだ。最 終 的 な 段
階 で は個 人 の 解 釈 や 価 値 観 に よ っ て誤 訳 か ど うか を判 断 して しま っ た事 は 否 め な い。 しか し、翻
訳 を行 う上 、ひ い て は 作 品 を読 む 上 で 誰 に も共 通 して 重 要 な ポイ ン トは あ る と考 え る。そ れ は 単
80
一 の文章でな く
、全 体 の流 れ を把 握 す る 文脈 力 で あ り、そ れ を文 章 に反 映 させ る能 力 で あ る。文
章 は個 別 で存 在 す る もの で ない か ら、そ の前 後 の 文脈 が揃 わ な けれ ば 全 体 を通 して 概 観 した場 合 、
違 和 感 が 出 る。今 後 は 段 落 な い しは章 の ポ イ ン トとな る文 章 に 着 目 し、そ れ が ど の よ うに訳 され 、
文脈 に反 映 され て い るか を考 察 してみ た い と思 う。今 回 の 誤 訳 研 究 にお い て 様 々 な翻 訳 者 の 立場
に な って 考 え る こ とが で き 、自分 も翻 訳 を行 っ てい る立 場 に な る こ とが 出 来 た よ うに感 じた 。反
省 点 と して は文 章 へ の意 味 に 固執 しす ぎ て しま っ た よ うに感 じる ので 、他 の視 点 に も 立 っ て誤 訳
に対 して考 察 を行 い た い と思 う。
【参 考 文 献 】
村 上 春 樹 ・柴 田元 幸2000.『
長 島要 一2005.『
翻 訳 夜 話 』 文 藝春 秋.
森 鴎 外 文化 の 翻 訳 者 』 岩 波 書 店.
81
Le Petit Princeの
邦 訳 に お ける 誤 訳 とそ の 周 辺
藤 田訳の特徴
82
Le Petit Princeの
-河
AStudy
of」 乙θ 、
飽 漉
Focusing
邦 訳 に お け る 誤 訳 とそ の 周 辺
野 訳 の 特徴」
舳oθand
on
鈴木 陽子
Its Translation
Kono's
Yoko
Problems:
Translation
Suzuki
義塾大学総合政策学部
慶應Faculty of Policy Management,
Keio University
1.は じめ に
-Le Petit Princeは
昨今 多 数 の 訳 者 に よ って 日本 語 に翻 訳 され て い る。 こ の よ うに次 々 と新 訳
が発 表 され る とい う事 態 は 、作 品 と して の原 典 の 素 晴 ら し さは さ る こ とな が ら、翻 訳 者 が 原 作 者
と読者 との 間 にお い て重 要 な 役割 で あ る こ と を如 実 に表 して い る よ うに思 われ る。 とい うの も、
翻 訳 とは 、翻 訳者 に よ って な され る主 体 的 か つ創 造 的 な行 為 で あ り、一 人 の訳 者 が 翻 訳 を行 え ば
それ で 済 む とい っ た類 の もの で は な い か らで あ る。 『星 の 王 子 様 』 の 中 で 「
大 人 もか つ て は 子 供
だ っ た 」 と語 られ る よ うに 、翻 訳 者 も かつ て は 一 人 の読 者 で あっ た 。 した が っ て 、翻 訳 者 が創 り
出す 翻 訳 は 原 典 テ キ ス トに新 しい解 釈 を 付 与 す る もの で あ る はず で あ り、この 意 味 にお い て 、多
数 の 訳 者 の 翻 訳(=解
釈)が 要 請 され る(平 子2003)。
本 稿 で は 、以 上 の よ うな観 点 か ら、 河 野
万 里 子 訳 に着 目す る。河 野 訳 に お け る誤 訳 ま た は誤 訳 とは 断定 で き な い もの の 表 現 や解 釈 に飛 躍
が み られ る箇 所 を取 り上 げ 、 それ らを原 典 と英訳3点
、 邦 訳5点
と比 較 す る こ と に よ って 、 彼
女 の翻 訳 の 特 徴 を 明 らか に して い き た い 。
2.河 野 訳 の 特 徴
本 稿 で は 、 河 野 訳 にみ られ る特 徴 を ① 主観 的 表 現 へ の 転 換 と ② 訳 文 の表 現 とい う2つ
の観
点 か ら整 理 し、 考 察 して い く。
2.1主 観 的 表 現 へ の 転 換
河 野 訳 の 特 徴 の一 つ に主 観 的表 現 へ の転 換 が 挙 げ られ る。これ は 、原 典 に お い て 第 三者 的 な 視
点 ま た は 客 観 的 に表 現 され て い る箇 所 を、 コ ンテ ク ス トの 中で の語 り手(多 くの場 合 パ イ ロ ッ
ト)の 視 点 か ら、よ り主 観 的 な感 情 や 評 価 を含 めた 表 現 で 訳 出 しよ うとす る試 み で あ る。ま ず は 、
次 の例 をみ て い きた い 。
83
Le Petit Princeの
邦 訳 に お け る誤 訳 とそ の周 辺-河
野 万 里 子 の 翻 訳 の特 徴 一
(1>
[原典】
Elle a bien besoin d'黎reconsol馥.(p.9)
[W訳]
He
needs
cheerine
【C訳】
He
needs
a lot of consoling.(p.3)
[T訳 】
(訳 な し)
[河野 訳1
… … な ん と か な ぐ さ め て あ げ た い の だ 。(p.5)
[内藤 訳 】
ど う して も な ぐ さ め な け れ ば な ら な い 人 だ か ら で あ る 。(p.5)
[倉橋 訳1
… … 慰 め を 必 要 と し て い る 。(p,5)
up.(p.6)
[山崎 訳 】 慰 め て あ げ る 必 要 が あ る の だ 。(p.5)
[池澤 訳 】 慰 め を 必 要 と し て い る か ら。(p.5)
[藤田訳]
な ぐ さ め て あ げ る ひ つ よ う が あ る 。(p.5)
これ は 冒頭 で の謝 辞 の部 分 で あ る。 そ の た め 、『星 の 王子 さま 』 の物 語 そ れ 自体 には あ ま り関
係 が ない と思 わ れ る か も しれ な い。 しな しな が ら、唯 一 この 箇 所 で 物 語 の 中の 登 場 人 物 で はな い
作 者 サ ン=テ グ ジ ュペ リ 自身 が 「
大 人 も か つ て は 子供 だ っ た 」 とい う概 念 を紹 介 す るの で あ り、
作 品 を理 解 す る上 で無 視 す る こ とは で き な い部 分 で あ る。こ こで 注 目 した い の は 、原 文 も含 め ほ
とん どの訳 が 著者 の友 人 と して の 「
彼 」の状 況 を第 三者 的 に 、す な わ ち 「
彼 」 を トピ ック と して
表 現 して い る が 、河 野 訳 の み が 「
な ぐ さめ て あ げ た い 」と して 作 者 か らの 視 点 で 訳 出 して い る こ
とで あ る。 確 か に 、 「
彼 が慰 めを必 要 と して い る」 こ との裏 の 意 味 と して 、 著者 の 慰 めて あ げ た
い とい う願 望 が あ る こ とは想 像 に 難 くな い。 しか し、原 典 にお け る表 現 が 「
彼 」 を トピ ック に し
て い る こ とを 考慮 す るな らば 、裏 打 ち され た 著 者 の こ の よ うな願 望 は あ くま で も 間接 的 に表 現 さ
れ る べ き で は な か ろ うか 。
(2)
[原典 】
Quand
[W訳 】
When
a mystery
is too
overpowering,
[C訳 】
When
a mystery
is too
overwhelming,
[T訳]
When
a mystery
is too
overpowering,
[河野 訳 】
不 思 議 な こ と で も 、 あ ま り に 心 を 打 た れ る と 、 人 は さ か ら わ な く な る も の だ 。(p.12)
[内藤 訳 】
ふ し ぎ な こ と も 、 あ ん ま り ふ し ぎ す ぎ る と 、 と て も い や と は い え な い も の で す 。(p,13)
【
倉 橋 訳1
あ ま り に も 不 思 議 な こ と に 出 会 う と 、 い や だ と い え な く な る も の だ 。(p.14)
[山崎 訳]
謎 め い た 印 象 が あ ま り に 強 す ぎ る と 、 言 う こ と を 聞 か ず に は い ら れ な い も の で す 。(p.10)
[池澤 訳 】
あ ま り 大 き な 謎 に 出 会 う と 、 人 は あ え て そ れ に 逆 ら わ な い も の だ 。(p.12)
1藤 田訳]
あ ま り に い ん し ょ うの 強 い ふ し ぎ な こ と に 出 会 う と 、 ひ と は そ れ に さ か ら え な い も の
le myst鑽e
est
trop
imQressionnant,
on
one
you
one
だ が 、 … …(P・12)
84
dare
do
dare
n'ose
not
not
not
pas
d駸ob駟r.(p.14)
disobey.(p.12)
dare
to question
it.(p.8)
disobey.(p.14)
(2)で
は 、 河 野 訳 は 原 典 の 前 半 部 分 に み られ る 無 生 物 主 語 を 「人 」 を 主 語 に し た 生 物 主 語 へ と
転 換 させ 、 さ ら に は"le
myst鑽e"の
属 性 と し て の"impressionnant"と
い う形 容 詞 を 「心 を 打
つ 」 と い う感 情 を 伴 っ た 表 現 に よ っ て 訳 出 し て い る 。 こ こ で 、 問 題 に した い の は 後 者 の
"impressionnant"の
訳で ある
。 原 典 にお け る無 生物 主語 の構 造 は 、 英訳 に お い て は ほ とん ど対
応 し て い る が 、 邦 訳 で は 河 野 訳 だ け で な く他 の 訳 者 に よ っ て も無 生 物 主 語 の 転 換 は され て い る 。
例 え ば 、 倉 橋 訳 、 池 澤 訳 、 藤 田訳 で は 「謎(ま
た は 不 思 議)に
主 語 を 捉 え 直 す こ と に 成 功 して い る 。"impressionnant"の
出 会 う」 と い う表 現 を 使 う こ とで
訳 に つ い て 言 え ば 、 こ の 語 を 「あ ま
り に も 」と しか 訳 して い な い 倉 橋 訳 を 除 外 す れ ば 、池 澤 訳 と 藤 田 訳 は 主 語 の 転 換 を 行 い な が ら も 、
"le myst鑽e"を
修 飾 す る もの と して維 持 して い る
。 一 方 で 、 河 野 訳 は 、 主 語 の 転 換 を行 う際 、
意 味 を 動 詞 に組 み 込 も う と した の だ ろ うか
、 「あ ま りに 心 を 打 た れ る と 」 と
"impressionnant"の
い う表 現 で 訳 して い る 。 し か し な が ら 、 「心 を 打 つ 」 と い う表 現 に は 「感 動 す る 、 感 銘 す る 」 と
い っ た 非 常 に プ ラ ス の 意 味 が あ り、実 際 に 人 が 不 思 議 や 謎 に 出 会 っ て す ぐ に 感 動 で き る も の か ど
うか は 疑 わ し い 。 む し ろ 、 原 典 に お け る"impressionnant"は"le
myst鑽e"が
持つ
「
通 常 の論
理 ・認 識 で は 理 解 で き な い 」 と い う特 性 を 強 調 す る た め に 用 い られ て い る表 現 で は な い か と 筆 者
は 考 え る。
(3)
[原典]
‐Oui
[W訳 】
`Yes
[C訳 】
`Yes
[T訳]
`Yes
, fis-je
modestement.(p.17)
,'Ianswered,
modestly.
,'Ianswered
,'Ireplie
demurely.
d
modestly.
gyp・15)
ip.12)
ip.17)
[河野 訳 】
「
そ うな ん だ 」今 度 は少 し鋪 葛に な っ て 、撰 は 答 えた 。(p.18)
[内藤 訳 】
「
そ う だ よ 」 と 、 ぼ く は 、 し お ら し い 顔 を して い い ま した 。(p,16)
[倉橋 訳 】
「
そ う だ 」 と私 は 神 妙 に 答 え た 。(p.19)
[山崎 訳]
「
そ う だ よ 」 と わ た し は 遠 慮 が ち に 言 い ま した 。(p.14)
[池澤 訳]
「
そ うだ よ 」 とぼ くは麹
1藤田 訳】
「ま あ 、 そ うだ 」 と 、 わ た し は ひ か え め に い っ た 。(p,16)
≦ー
答 え た 。(p.15)
こ の 例 に お い て も 、河 野 訳 は 、 同 様 に 、原 典 に お け る"modestement"と
い う語 を 「
少 し気 弱
に な っ て 」 と して 、 パ イ ロ ッ トの 心 情 を よ り強 調 す る よ う な 表 現 で 訳 して い る 。 原 典 を は じ め 、
英 訳 、そ の 他 の 邦 訳 は パ イ ロ ッ トの 答 え 方 の 態 度 に お け る 「
控 え め さ」に焦 点 を あ て て い る の だ
が 、河 野 訳 は パ イ ロ ッ トの 態 度 を そ の ま ま 描 写 す る だ け に と ど ま ら ず 、そ こ か ら想 像 可 能 な パ イ
ロ ッ トの 心 模 様 ま で も 表 現 し よ う と試 み て い る 。
(4)
【
原 典]
≪Alors,
toi
aussi
tu
viens
du
ciel!De
quelle
85
plan鑼e
es-tu?≫J'entrevis
aussit
t
une
Le Petit Princeの
邦 訳 にお け る誤 訳 とそ の周 辺 一 河 野 万 里 子 の 翻 訳 の 特 徴-
lueur,
[W訳
】
`So
dans
you
gleam
[C訳1
too
`So
come
de
from
in the
, then,
sa
too
in the
from
from
mystery
sky!Which
impenetrable
come
come
pr駸ence,...(p.18)
the
of understanding
you
light
[河野 訳]
, too,
of light
`You
glimmer
[T訳1
le myst鑽e
the
into
the
of his
sky
is your
mystery
of his
sky!Which
the
of his
which
that
moment
I caught
a
presence;...(pp.15-16)
planet
mystery
. From
planet?'At
are
you
presence
from?'Suddenly
I had
a
a ray
of
here,...(pp.12-13)
planet?'Iimmediately
perceived
presence...(p.17)
「じ ゃ あ 、 き み も 空 か ら 来 た ん だ ね!ど
の 星 か ら?」
僕 は 、 は っ と した。 なぜ 王 子 さま が
こ こ に い る の か と い う謎 に 、 ひ と す じ の 光 が 差 し た よ う だ っ た 。(p.18)
[内藤 訳 】
「じ ゃ あ 、 き み も 、 天 か ら や っ て き た ん だ ね!ど
の 星 か ら き た の?」
そ の とた ん 、 王 子 さ
ま の 霧 の よ うな 饗 が 、 ぼ う っ と光 っ た よ う な 気 が し ま し た 。(p.17)
【
倉 橋 訳]
「じ ゃ あ 、 き み も 天 か らや っ て き た ん だ ね 。 ど の 星 か ら 来 た の?」
王子 さま の不 思議 な 出
現 に つ い て の 最 初 の 手 が か り を 得 た の は こ の と き だ っ た 。(p.19)
[山崎 訳]
「じ ゃ あ 、 あ な た も 空 か ら き た ん だ!ど
こ の 星 か ら き た の?」
とた ん に わ た しは 、彼 が こ
ん な と こ ろ に い る 謎 を 解 く 糸 口 が 見 つ か っ た よ うに 思 い ま した 。(p.14)
[池澤 訳 】
「き み も空 か ら 来 た ん だ!き
み の 星 は ど れ?」
一 す じ の 光 が 射 し た よ うに 思 っ た
[藤田訳 】
そ の 時 、 ぼ く は 彼 が こ こ に い る と い う謎 に
。(p,16)
「そ れ じ ゃ 、 き み も 空 か ら き た ん だ ね!き
み は ど の 星 か ら き た の?」
わ た しは 、 王 子 さま
と い うひ と の ふ し ぎ の ひ と つ が 明 ら か に な っ た よ う に 思 っ た 。(p.16)
こ の 例 は 、河 野 訳 の 「主 観 的 表 現 へ と 転 換 す る 」と い う特 徴 を 最 も 強 く表 し た 例 だ と 思 わ れ る 。
こ こで は、 河 野 訳 のみ が
「
僕 は 、 は っ と し た 。」 と い う一 文 を 説 明 的 に挿 入 して い る の だ が 、 こ
の 一 文 は 原 典 に お け る"aussit6t"と
い う語 が 河 野 訳 独 自 の 手 法 で 訳 され た も の だ と 考 え られ
る 。 原 典 で は 時 に 関 す る 副 詞 で し か な か っ た 表 現 が 、 「は っ と す る 」 と訳 され る こ と に よ り 語 り
手 と し て の パ イ ロ ッ トの 心 情 が 付 加 され 、パ イ ロ ッ トの 立 場 か ら事 態 が よ り 主 観 的 に 捉 え 直 さ れ
て い る。
(5)
原 典1
Je m'efforcaidonc d'en savoir plus long...(p.18)
[W訳 】
Imade
【C訳]
Idid my utmost, therefore,to find out more.(p.13)
[T訳]
So I tried to find out a little
more.(p.18)
[河野 訳]
な ん と か し て 、 も っ と く わ し く 知 りた か っ た 。(p.19)
[内藤 訳]
で 、 そ の こ と を 、 も っ と く わ し く 知 ろ う と しま した 。(P・17)
[倉橋 訳】
… … も っ と詮 索 し よ う と した
[山崎 訳1
そ こ で わ た しは 、 も っ と 詳 し く 知 ろ う と努 力 し ま し た 。(p.14)
a great effort,therefore,to find out more on this subject.(p.16)
。(p.20)
86
[池澤 訳1
そ の こ と を も っ と聞 き 出 す た め に ぼ く は い ろ い ろ や っ て み た 。(p.16)
[藤 田訳】
だ か ら わ た し は も う ち ょ っ と く わ し く 知 ろ う と して こ う き い て み た ん だ 。(p.18)
(5)は
、(1)と
非 常 に 良 く 似 た 例 で あ る 。 原 典 に お け る"s'efforcer"と
い う動 詞 が 、 英 訳 で は
ほ と ん ど綺 麗 に 対 応 され た 形 で 訳 され て お り 、日本 語 に お い て も ほ と ん ど の 訳 者 が 表 現 に 細 か な
違 い は あ る も の の 、 「よ り多 く を 知 ろ う と し た 」 と い う本 筋 を 一 致 さ せ て い る 。 他 方 、 河 野 訳 は
"s'efforcer"を 全 く訳 す こ と な く
、「
知 ろ う と した 」 と い う行 動 の 描 写 を 「
知 り た か っ た 」 と して
よ り 主 観 的 な 表 現 へ と転 換 させ て い る 。
以 上 の よ う な 例 を み て く る と 、河 野 訳 で は 他 の 訳 者 と比 較 し て 、主 観 的 な 感 情 や 評 価 を 伴 っ た
表 現 を 多 用 し、訳 の 中 で 前 面 に 出 そ う と す る 傾 向 が 浮 き 彫 りに な っ て く る 。語 り手 の 視 点 に 訳 者
が 立 ち 、 よ り主 観 的 に 訳 出 す る こ と に よ っ て 、河 野 訳 は 語 り手 に リア リテ ィ ー を 持 た せ 、パ イ ロ
ッ トの 心 情 の 動 き を 細 か に 描 き 出 そ う と し て い る の か も しれ な い 。た だ し、 こ の よ うな 感 情 や 評
価 は 原 典 か ら推 測 す る こ と は 可 能 で は あ る が 表 現 と して は 存 在 し な い 。 した が っ て 、翻 訳 者 の 解
釈 が 語 り手 の 主 観 的 な 感 情 や 評 価 と い う形 を と っ て 訳 に 反 映 され て い る の だ ろ う。
2.2訳 文 の 表 現
翻 訳 とい う作 業 は 、 原 典 の解 釈(第 一 段 階)と 訳 文 の表 現(第 二段 階)と の 二つ の プ ロセ ス か
ら構 成 され る(平 子2003)。
こ こで は 、後者 に注 目 して 河 野 訳 をみ て い く。 河 野 訳 で は 、原 典 の
解 釈 の 上 で は それ 程 大 き な ズ レが な い ま で も、訳 文 の表 現 にお い て原 典 で使 わ れ て い る言 葉 の意
味 を上 手 く 日本 語 に再 現 で きて い な い よ うに感 じ られ る箇 所 が い くつ か 挙 げ られ る。
(6)
[原 典]
J'ai
ainsi
eu,
au
cours
de
ma
vie,
des
tas
de
contacts
avec
des
tas
de
gens
s駻ieux.
(p.12)
【W訳l
In the
who
[C訳 】
In
have
the
eo
[T訳]
As
course
of this
been
course
life I have
concerned
of
my
life
with
had
a great
matters
many
encounters
with
a great
many
epople
of consequences.(p.9)
I have
therefore
been
in touch,
had
many
dealings
with
many
important
le.(p.7)
a result
of which
I have
throughout
my
life, with
all lflnds
of serious
epople.(p.11)
[河野 訳 】
そ ん な ふ う に 生 き て き た な か で 、僕 は い わ ゆ る 査 熊 な ム 左 ち と 、ず い ぶ ん つ き あ っ て き た 。
(p.9)
【
内藤訳】
ぼ くは 、そ ん な こ とで 、そ うこ う してい る うち に 、 た く さん の え らい 人 た ち と 、あ き る ほ
ど 近 づ き に な り ま し た 。(p.9)
[倉橋 訳 】
こ れ ま で の 人 生 で 多 く の え ら い 人 に 出 会 っ た 。(p.9)
[山崎 訳1
こ う し て わ た し は 、 こ れ ま で 、 多 くの ま と もそ う な 人 び と と 多 く の 交 際 を 持 つ こ と に な り
87
Le Petit Princeの
邦 訳 にお け る誤 訳 とそ の周 辺-河
野 万里 子 の翻 訳 の 特徴 一
ま した 。 (p,8)
[池澤 訳 】 そ うや って 暮 ら してい く 中 で 、 ぼ くは た く さん の重 要 人 物 に会 うこ とに な っ た。(p.9)
[藤田訳 】 わ た しは 、い ま ま で の 人 生 で 、た く さん の ま じめ は ひ とた ち とた く さん の か か わ りを も っ
た 。(P.8)
"s駻ieux"は
こ の 作 品 の 中 で 頻 繁 に 登 場 す る 言 葉 で あ る 。 こ こ で 、 河 野 訳 は"s駻ieux"を
「有
能 な 」 と 訳 し て い る 。確 か に 重 要 な 人 物 の 中 に 有 能 な 人 は 多 い と考 え る こ と も で き る か も しれ な
い が 、 そ れ は 論 理 の 飛 躍 で あ る 。 む し ろ 、 河 野 訳 の よ うに"s駻ieux"に
能 力 に よ る基 準 を 付 与
す る こ と は 不 必 要 で あ る し、 こ の 作 品 に お け る キ ー ワ ー ドで あ る"s6rieux"と
混 乱 させ て し ま っ て い る 。 加 藤(2000)は
も キ ー ワ ー ドに な る"s6rieux"は
「大 人 」、"grande
本 作 品 に お け る"s駻ieux"を
「子 ど も 」つ ま り"enfant"の
personne"の
二 つ で あ る と述 べ て い る 。 例 え
ば 、 作 品 の 中 で 星 の 数 ば か り数 え る 実 業 家 は 自 ら の こ と を"Je
大 人 側 か ら の"s駻ieux"を
三 種 類 に分 類 し、 中で
側 か ら発 せ られ る"s駻ieux"と
側 か ら発 せ られ る"s駻ieux"の
び 、 王 子 さ ま は ひ つ じ と花 の 戦 い が"s6rieux"で
い う概 念 を 逆 に
suis un
homme
s駻ieux!"と
呼
は な い の か とパ イ ロ ッ.トに 尋 ね る が 、 前 者 は
、 後 者 は 子 ど も 側 か ら の"s6rieux"を
れ て い る の で あ る 。こ の よ う な 作 品 全 体 を 通 し た"s6rieux"の
意 味 し、二 つ が 上 手 く対 比 さ
意 味 を 考 え れ ば 、"s駻ieux"が
「有
能 で あ る か 、有 能 で な い か 」 と い う基 準 に よ っ て 議 論 され て い る 言 葉 で は な い こ と は 明 ら か で あ
る 。 そ の 後 の 訳 を み て み て も 、 多 く の 訳 者 が そ れ ぞ れ の"s駻ieux"を
で 統 一 させ て い る 一 方 、 河 野 訳 は 、 子 ど も 側 か ら の"s駻ieux"は
大 人 側 か ら の"s駻ieux"に
つい ては
「大 事 な 、 重 要 な 」 な ど
「大 事 な 、 重 要 な 」 と 訳 し、
「
有 能 な 」 と訳 して しま っ て い る。 こ の た め 、原 典 で は 作
品 の キ ー ワ ー ド と し て 意 図 的 に 同 じ語 が 使 用 さ れ て い る の に も 関 わ らず 、河 野 訳 で は こ の 語 の 意
味 が 煩 雑 化 し て し ま っ て い る。
(7)
[原 典 】
Un
boa
c'est
tr鑚
dangereux,
et un
駱hant
c'est
tr鑚
encombrant.
Chez
moi
c'est
tout
petit.(p.16)
[W訳 】
Aboa
constrictor
Where
[C訳]
Boas
I live, everything
are
everything
[T訳 】
Aboa
very
dangerous
is very
dangerous
and
creature,
and
an
elephant
is very
cumbersome.
small.(p.13)
elephants
are
very
cumbersome.
Where
I come
from
is tiny.(p.10)
constrictor
Everything
[河野 訳 】
is a very
is very
is a very
sma皿where
dangerous
creature
and
an
elephant
is very
cumbersome.
I hve.(p.14)
ボ ア は す ご く危 険 だ し 、 ゾ ウ は ち ょ っ と大 き す ぎ る 。 ぼ く の と こ ろ は 、 と っ て も 小 さ い ん
だ 。(P.14)
【
内藤 訳 】
ウ ワバ ミ っ て 、 と て も け ん の ん だ ろ う 、 そ れ に 、 ゾ ウな ん て 、 場 所 ふ さ ぎ で 、 し ょ う が な
88
い じ ゃ な い か 。(p.13)
[倉橋 訳1
こ うい う蛇 は 危 険 だ よ 。そ れ に 象 は 場 所 ば か り と る 。ぼ く の 住 ん で い る と こ ろ は 狭 い ん だ 。
(pp.14-15)
【
山崎 訳1
ボ ア は と て も 危 険 だ し 、 ゾ ウ は ひ ど く場 所 ふ さ ぎ な ん だ 。 ぼ く の と こ ろ は 小 さ い ん だ 。
(p.12)
[池澤 訳 】 ボ ア っ て 危 な い 動 物 だ し 、 そ れ に ゾ ウ は と て も 場 一 を 取 る で し ょ。 ぼ く の と こ ろ は す ご く
小 さ い ん だ 。(p.13)
[藤田訳 】 ボ ア は と て も き け ん な 生 き も の だ し 、 ゾ ウ は 大 き す ぎ る よ 。 ぼ く の と こ ろ は と て も 小 さい
ん だ 。(p.13)
こ こ で は 、"encombrant"の
訳 に 注 目 し た い 。"encombrant"と
は 、第 一 義 に 「場 所 を ふ さ ぐ 、
じ ゃ ま な 」 と い う意 味 が あ り、 第 二 義 に 「足 手 ま と い の 、 う る さ い 、厄 介 な 」 と い う意 味 を 持 つ
形 容 詞 で あ る 。河 野 訳 は こ の 形 容 詞 を 単 に 「大 き い 」 と い う表 現 で 訳 して い る が 、筆 者 に は こ の
訳 は 言 葉 足 らず な よ う に 感 じ られ る 。 と い う の も 、"enc0mbrant"が
持 つ 意 味 か らも 明 らか な よ
う に 、 こ こ で 議 論 され て い る 「大 き さ 」 とは あ く ま で も 場 所 な ど空 間 領 域 を 基 準 と し て 明 ら か に
さ れ る べ き 概 念 だ か ら で あ る 。 実 際 、 英 訳 で は 原 典 に お け る"encombrant"を
うけ て 、
"cumbersome"と
い う形 容 詞 が 使 わ れ て い る し 、 ほ と ん ど の 邦 訳 に お い て も 「
場 所 を とる」 な
ど場 所 と の 関 連 の 中 で ゾ ウ の 大 き さ が 表 現 され て い る 。 ま た 、"encombrant"と
い う語 は 場 所 と
い う基 準 を 導 入 す る だ け で な く 、同 時 に 、王 子 さ ま の 星 の 小 さ さ を 暗 に 意 味 す る と い う効 果 も 生
ん で い る 。 す な わ ち 、 「ゾ ウ が 大 き い 」 と い う考 え 自 体 は 地 球 に 住 む パ イ ロ ッ トに と っ て も 不 思
議 で は な い 考 え な の だ が 、"encombrant"と
い う語 が 使 わ れ る こ と に よ っ て 、 ま た そ の 後 に く る
"Chez moi c'est tout petit
."と い う言 葉 に よ っ て 王 子 さ ま の 星 の 小 さ さ が 強 調 さ れ る の だ 。原 典
にお い て 単純 に
「大 き い 」 を 意 味 す る"grand"な
と し て"encombrant"が
どが 使 わ れ て い な い こ と を 考 慮 す れ ば 、 翻 訳
持 つ 独 特 の 意 味 を訳 出す る こ とが重 要 にな る。 しか し、河 野 訳 さ らに
は 藤 田 訳 も こ の 点 が 大 き く欠 落 し て い る 。
(s>
原 典]
Elles
se
[W訳]
They
reassure
[C訳 】
]They
[T訳 】
They
[河野 訳 】
で き る だ け の こ と を し て 、 自 分 を 等 っ て る0(p.36)
[内藤 訳】
で き る だ け 心 配 の な い よ うに して る ん だ 。(p.34)
rassurent
reassure
reassure
comme
themselves
themselves
themselves
elles
as
as
as
peuvent.(p.30)
best
best
best
they
can.(p.31)
they
they
can.(p.25)
can.(p.31)
[倉橋 訳】 何 と か し て 自 分 を 安 心 さ せ た い 。(p.38)
[山崎 訳 】
自分 な りに 身 の 安 全 を守 っ てい る ん だ。(p.26)
[池澤 訳 】 で も 、 で き る だ け 自分 は 大 丈 夫 っ て 思 っ て い た い ん だ 。(p.31)
89
LθPb漉
翫hoθ
[藤 田 訳]
の 邦 訳 に お け る誤 訳 とそ の 周辺 一 河 野 万 里 子 の 翻 訳 の特 徴 一
自分 で 身 を ま も る こ と が で き る と 思 っ て 、 安 心 し て い る 。(p.33)
こ の 例 で は 、"rassurer"の
味 を 持 つ"assure"に
解 釈 に つ い て 考 え る 。英 訳 に お い て"rassurer"は
ほ とん ど 同 じ意
よ っ て 綺 麗 に 訳 され て い る が 、邦 訳 で は 訳 者 に よ っ て か な り表 現 が 分 か れ
て い る 。 こ の 箇 所 で 、河 野 訳 な ら び に 山 崎 訳 は 「守 る 」 と い う動 詞 を使 っ て 訳 出 し て い る 。 し か
し、"rassurer"や
英 語 に お け る"assure"が
「
安 心 させ る 」 とい っ た 内 的 な 心 の 動 き を 表 す 語 で
あ る の に 対 し 、 「守 る 」 は よ り 具 体 的 で 物 理 的 な 行 為 を 読 者 に 連 想 させ て し ま う よ う に 思 う。 ま
た 、 「守 る 」 と い う行 為 は 何 ら か の 相 手 が 想 定 され る が 、 こ こ で は 花 が 何 か ら身 を 守 ろ う と し て
い る か は そ れ 程 重 要 で は な い 。 した が っ て 、花 の よ り内 的 な 側 面 が 現 れ る よ う な 表 現 が よ り望 ま
しい よ う に 思 う。
(9)
C原典1
Ilspeuvent venir,lestires,avecleursgriffes!(p.34)
[W訳 】
`Letthe tigerscome with their claws1'(p .36)
[C訳 】
【T訳】
`Letthem come
, the tigers,with their claws!'(p.29)
`Letthem come , those tigerswith their claws!'(p.36)
【
河野調
「トラ た ち が 、 爪 を 光 ら せ て 、 来 る か も しれ な い で し ょ!」(p.43)
[内藤 訳】
「
爪 を ひ っ か け に く る か も しれ ま せ ん わ ね 、 トラ た ち が!」(p.40)
[倉橋 訳】
「
虎 た ち が あ の 爪 で 襲 って き て も大 丈 夫 よ」(p.45)
[山崎 訳】
「トラ た ち が 爪 で 引 っ か き に く る か も しれ な い わ!」(p,43)
【
池 澤 訳】
「
鋭 い 爪 の トラ が 来 て も 大 丈 夫 よ!」(p.37)
[藤 田訳】
「トラ が つ め を 立 て て や っ て く る か も しれ な い わ!」(p
.40)
こ の箇 所 で は 、倉 橋 訳 と池 澤 訳 が花 の挑 発 的 な態 度 を表 して い る 一 方 で 、河 野 訳 は花 が トラた
ち に怯 え て い る よ うな 印象 を 与 え る訳 に な っ て お り、解 釈 が 大 き く異 な っ て い る。筆 者 は この 点
につ い て 、二 つ の 理 由 か ら河 野 訳 の解 釈 に は間 違 い が あ る と考 え る。 まず 一 つ に は、 この 花 の発
言 が 紹 介 され る直 前 に は次 の よ うに 書 か れ て い るか らで あ る。
(io>
【
河 野 訳】
こ う し て 花 は す ぐ に 、 や や 気 む ず か しい 見 栄 を は っ て は 、 王 子 さ ま を 困 ら せ る よ う に な っ
た 。 た と え ば あ る 日 、 自 分 の 四 つ の トゲ の 話 を し な が ら 、 こ ん な ふ うに 言 っ た 。(pp,42・43)
こ の よ うな前 置 き か ら考 え れ ば 、 この後 に続 く花 の発 言 は 「
や や気 む ず か しい 見 栄 」を は っ て い
る こ との例 と して ふ さわ しい もの で な けれ ば な らな い だ ろ う。河 野 訳 の よ うにす ぐ さま トラ に怯
え て っ い た て を 要 求 して しま っ て は 、格 好 がつ か な い。ま た 、そ の後 の王 子 様 との 会 話 の 中 で 花
は次 の よ うに 言 っ て 自分 は トラ を怖 が って い な い こ とに念 を押 して い る。
90
(il)
[河野 訳]
「トラ な ん か ぜ ん ぜ ん こ わ く な い け ど 、 風 が 吹 き こ む の は 大 き ら い 。 つ い た て は な い の か
し ら?」(p,43)
こ の よ うに み て く る と、花 の本 心 は ど うで あ れ 、この 箇所 で は 花 が 王 子 さま に対 して見 栄 を は り
強 が っ て い る性 格 の 持 ち主 と して 描 か れ るべ き だ と思 われ る。す な わ ち 、倉 橋 訳 や 池 澤 訳 の よ う
な挑 戦 的 な発 言 と して 訳 され る のが 適 当 で は な い だ ろ うか。
3.ま とめ
主 観 的 表 現 へ の 転 換 と訳 文 の表 現 とい う二 つ の 視 点 か ら、 河 野 訳 にみ られ る特 徴 を み て きた 。
2.1で は 、原 典 の 中 で比 較 的客 観 的 な事 態 と して 表 現 され て い る箇 所 を よ り主観 的 な 表 現 を使 っ
て 訳 出 し よ うとす る河 野 訳 の特 徴 をみ る こ とが で きた 。必 ず しも表 現 や 言 葉 の選 び 方 が 適 切 とは
言 え な い が 、語 り手 の視 点 を重 視 し、そ こに あ る種 の感 情 や 評 価 を付 与す る姿 勢 を垣 間 み る こ と
が で き る。
2.2で は 、訳 文 の 表 現 に着 目 し、原 典 にお け る細 か な意 味 を考 え な が ら河 野 訳 に考 察 を加 えた 。
河 野 訳 に は"s駻ieux"を
始 め と して 、細 か い 語 の 意 味 が 日本 語 に上 手 く表 現 され て い な い ケ ー
ス が 目立 つ 。翻 訳 者 が フ ラ ン ス語 を専 門 に して い る こ と もあ り、フ ラ ンス 語 自体 の解 釈 に 問題 は
な い の だ ろ うが 、訳 文 の 表 現 を行 う際 に 「
なぜ こ こで こ の語 が 用 い られ て い る の か 」とい う視 点
が 欠 けて い る よ うに 思 われ る。 ま た 、文学 作 品 の場 合 、語 の 意 味 、 と りわ け頻 繁 に繰 り返 され る
"s6rieux"の よ うな 言 葉 の 意 味 は作 品全 体 の理 解 を通 して 初 め て 決 ま る も ので あ る
。河 野 訳 で は 、
この よ うな作 品 の鍵 とな る よ うな 概念 の 訳 文 が 上 手 く表 現 され て い な い た め、作 品が 伝 え よ う と
す るテ ー マ や メ ッセ ー ジ ぼ や けて しま っ て い る よ うに筆 者 に は感 じ られ る。
【参 考 文 献 】
加 藤 恭 子2000.『
星 の 王子 さま を フ ラ ンス 語 で 読 む 』 筑 摩 書 房
天 羽 均,他(編)1995.『
平 子 義 雄1999.『
クラ ウ ン仏 和 辞 典 』(第4版)三
省 堂.
翻 訳 の原 理 一 異 文 化 を ど う訳 す か』 大 修 館 書 店.
91
Le Petit Princeの
邦 訳 に お け る誤 訳 とそ の周 辺 一 河 野 万 里 子 の翻 訳 の特 徴
92
乙θ1七醒1隔 ηoθとそ の 英 日訳 に お け る「
視 点 」の 考 察
An
Exam血atk)n
and
of「Point
Its En磨
ofView'in
血and
菅 原
久佳
Hisaka
and
Japanese
which
are
translatic)ns.
mainly
narratjve.
former
making
an
important
A㎞stu(lied
tenses,
and
various
of thought'This
not
【キ-ワ
been
study
with
the
role
speeches,
iden{茄ed
shows
third
a distinction
is the
paper
of vievゾin
T㎞s
concerned
After
plays
language.
have
examines`po血t
relationship
concludes
well
the
as
with
School
French
whether
person
narratlve-Le
or not
narrative
and
what
the
existing
are
also
is called`groves
types
chat
vie㎡and
there
are
α ⊇and
theohes
its English
0f`point
adaptable
to the
of vievゾ
first
person
voice,'Icla血that
of expression'as
the
of`representations
a proposal
Govemanoe,
Petit」 肋
of view'and`narrative
between`point(f
the
of Media
University
between`point
in identifying
as
Sugawara
Graduate
Keio
paper
αg
Japanese'1㎞sla盛ons
子政 策 ・
メデ ィア 研 究 科
This
1ゑ 飽 漉 肋
use(f
the
found
personal
in
each
pmnoms,
of speech'and`representations
some
types
of`po血t
of vieW
whiCh
so far.
ー ド】
1.視
点(ipojnt(fview)
2.文
脈(oontexO
3.語
5.話
法(釦eech)6.発
話 の 表 出(representation(f串pe㏄h)7.思
thoughO
93
る 声(narrative
voice)
4.観
点 Φer叩 ㏄tive)
考 の 表 出(representation
of
Le
Petit Princeと
そ の 英 日訳 に お け る
「視 点 」 の 考 察
1.は じめ に
翻訳 を通 し、原 点と翻 訳作 品 とには、様 々 な レベル で の変化/変
形が見 られ る。そ して 、一つの原典
に対す る複数 の翻 訳作 品が存在す る場合 、それ ぞれの翻 訳者 の訳 文 にお いて もまた多様 な相違 点が表れ
る。そ の異 言語間/言
語 間にお ける相 違 こそ が、翻訳文/個
々の訳 文 を特徴 づ けるもので ある。で は、
た とえば仏英 日間翻 訳において 、 とくに、 「
視 点」の所在 には どのよ うな もの があ り、それ は文学作品 に
おい て どの よ うに表 され てい るのだ ろ うか。 また、それ は翻 訳作 品にお いては どの よ うに再構成 されて
い るのだ ろ うか。 そ して、視 点の変容 があ る とすれ ば 、原典 にお け る文脈 と翻訳 作品 にお いて再構 成 さ
れ る文脈 との間 には差 異が生 じていないの だろ うか。
翻 訳分析 をお こな う場合 には、無論 、多様 な言語 が対象 とな り得 る。本 稿 にお いて筆者 は 、母 語で あ
る 日本語 と国 際語 で ある英語 、そ して英 語の近接 語 と しての フランス語 を対 象言 語 と し、 これ らの言語
が持 つ特徴や 言語 間の差 異 を明確 に したい と考 え る。
ここで研 究の概 要 を記 してお きたい。最初 に、 「
視 点」 とい う概 念 とそれ に関連す る事 項 についての理
論 を概観す る。 そ こで は第 一 に、 「
視 点」 とい う術 語の定義 づけ を試 みる。英 仏語 と日本 語 とでは言語世
界 が異 なるため、視 点にまつわ る事 情も異 なる。 第二 に、 「
語 り」の種類 ・、すなわ ち、 「
一人称語 り」、
「
三 人称 語 り」 な どについて触れ る。既存 の理論 では 、三人称 語 りにお け る分析 に的が絞 られ てい る感
が あるが、筆者 は、 それ が一人称 物語 に応 用可能 で あるのか を探 る。第三 に、視 点を論 じる際 の重 要 な
指標 の一 つ とな る 「
話 法」 と、 これ を決 定す る 「【
非】人称[代 名1詞 」 と 「
時制」 に言及 す る。 これ ら
の出現 の仕方 に よ り、英 仏語 な らび に 日本語 にお け る視 点の様態 が類別可能 となる。 第 四に、文体 論か
ら見 る 「
視 点」 と 「
文脈 」 につ いて概観す る。 そ して 、文 学作 品にお ける 「
発 話 の表 出」 と 偲 考 の表
出」 の様 式につい て、英 語の場 合の類別 を確認す る。
次 に、 ここまで述 べて きた理論 を土台 に、加1%か 勃㎞oθ に焦 点 を当て例証 す る。 この言語資料 の選
択 理 由につい ては本論 の中で述 べ るこ とにす る。本 稿で は、対象言 語 を仏英 日語 に留 め、対 象分析 を試
み る。
その後 、分析結果 を基 に、原典 にお ける視点 と英 訳 な らび に邦 訳にお け るそれ とが どの よ うな対応 を
成 してい るの か、そ して、そ こに差異や 揺れが見 られ る とす れ ば何 が原 因 とな ってい るのか を考察 した
い。 言語 間のみな らず 、同言語 の訳者 間の差異や 揺れ につ いて も注 目したい。
最 後 に、考察 か ら、三 人称物語 を対象 と した既 存 の物語 分析 理論 が、一 人称物語 に どの よ うに貢献す
るか を示 した い。 そ して、言語 を特徴づ け るもの、そ して、それ ぞれ の訳者 の訳 文を特徴 づ けるもの と
して、文脈 を考 慮 した うえでの視 点か らの アプ ローチが いかに効果的 であ るかを示 し、結論 と したい。
2言 語 資料
本稿 にて取 り上げ る言 語資料 は、、
融、
ぬ漉 乃 血oθ とその英訳 と邦訳で ある。 原典が最初 に 出版 され た
のは1946年 で あった。その後 、本書 は世界各 国 で翻 訳 され るこ とにな る。 日本 で初 めての翻訳書 が出版
され た のは1962年 で あった。 日本 にお ける著 作権保護 期間が満 了 となった2005年 以 降、新 た な邦訳が
数 多 く出版 され てい る。 ベス ト ・ロング ・セ ラ・
一で ある本 書の 、複 数の新 しい邦訳 を リアル タイ ムで手
にで きる現在 は、稀有 のタイ ミングであ ると言 える。現 段階で確認 で きる英訳 と邦訳 の数 は、それ ぞれ4
94
と11、 合 計15種
類 で あ る。 筆者 は 、 この うち英 訳3と
邦 訳6を
選 択 し、 翻 訳 分 析 の 対 象 とす る こ とに
した 。 次 に記 す もの が 、原 典 と英 訳 と邦 訳 の 出版1青報 で あ る。
ロ 原 典
Saint-Exup駻y,
Antoine
de.1946/1999..乙
θ、
勘 漉 舳oa
Pahs:Gallimard.
ロ 英 訳
1Yans.
by
(Fukuda,
Woods,
Kathe血e.1943.
Rikutaro,
ed
監ans.
by
Cuf艶,
TV.
狂ans.
by
Testot-Ferry,
F
The.窃
1966.1乃
1995コ
励.Prince.
θ1漉 瀕g舳oa
乃θ1漉 詫
Irene。1995.
The
New
York:H㎜)urt,
Brace&Company
IIbkyo:Eikosha)
肋oaTrans.
Lond0n:Penguin
Little.Prince.
Books
London:Wordsworth
Ltd.
Editions
Limited.
ロ 邦訳
内 藤 濯1953.3.15/新
版2000.6.16第8刷2005.9.5『
星 の 王 子 さま 』(岩 波 少 年 文 庫001)
岩波 書店
倉 橋 由 美 子2005.7.11『
新 訳 星 の 王 子 さ ま』 宝 島 社
山崎 庸 一 郎2005.8.12
『星 の 王 子 さま 』 み す ず 書 房
池 澤 夏 樹2006.1.16『
星 の 王 子 さま』(集 英 社 文 庫)集
英社
藤 田尊 潮2005.10.25『
小 さ な王 子 』(新 訳 『星 の 王 子 さま』)八 坂 書 房.
河 野 万 里 子2006.41『
星 の 王 子 さま 』 (新潮 文 庫)新 潮 社.
3.視 点 と関 連 概 念 に つ い て の 理 論
本 項 で は 、 それ ぞ れ の 重 要 概 念 に 関す る理 論 を概 観 す る。 第 一 に、 「
視 点 」 とい う概 念 、 第 二 に 、 「
語
り」 の種 類 、 これ に 関連 して 「
視 点の 主 体 」 と 「
語 りの 主 体 」、 第 三 に、 「
話 法 」 とそ の 決 定 要 素 と して
の 「[非】人 称 【
代 名1詞 」 と 「
時 制 」、第 四 に 、文 体 論 か ら見 る 「
視点」 と 「
文 脈 」、 これ に 関 連 して 「
発
話 の表出」 と 「
思 考 の 表 出 」 に つ い て 、順 に 述 べ て い き た い 。
3.1「視 点 」とい う概 念
文 学 理 論 にお け る視 点 とい うと き、 通 常 、 あ る人 物 の 目を想 定す る 。 そ の 人 物 とは 、 三 人 称 語 りで あ
れ ば 登 場 人 物 で あ り、 一 人 称 語 りで あれ ば 語 り手 で あ る と考 え られ て き た 。 さ ら に 、 後 者 の場 合 は 、 登
場 人 物 全 員 を知 り尽 くす 全 知 の 語 り手 で あ る か 、 あ る い は 、 限 定 され た 言 質 を持 つ 語 り手 で あ る、 とい
う、 や は り二 項 対 立 的 な 定 義 が 主 流 で あ っ た 。 しか し、 文 学 作 品 にお け る視 点 の 表 れ 方 は よ り複 雑 で あ
る 。 ま た 、 文 学 作 品 と翻 訳 作 品 と を見 比 べ る とき 、 言 語 間 にお け る視 点の 様 態 に 差 異 が あ る こ と も否 め
な い 。 で は 、 な ぜ 、 上 述 の よ うな 短 絡 的 な 誤 認 が され るの か 。 そ して 、 視 点の 出 現 様 式 は 正 確 に は どの
よ うに分 類 で き る の で あ ろ うか 。
これ に 関 して は 、 英 語 の 三 人称 語 りの 文 学 に つ い て 、 言 語 学 者 の 間 にお い て 議 論 が な され て き た。 そ
の 一 人 、Genette(1980:186)の
主 張 を 引 用 す る。
95
Le Petit・Princeと
...most
そ の英 日訳 にお け る
of the
regret尤able
question
very
oon丘1sion
who
dj丑駻ent
question
theoretical
is the
works
on
between
what
character
this
subject(which
I
are
mainly
classifications)suffer
ca皿here」///.Ivolte,
wha…コe卿t{ofvieワ
questic)n勅o畜
who
「視 点 」 の 考 察
「伽
訪 θηaη ヨ如rク ーor,
a
吻 お
more
訪 θ η㎜
simply,
the
oon丘lskm
励
between
ρ岬
question
㏄ 伽
who
クAnd
the
the
speaks?
「
視 点 」(`point(fvieW)の
49)の
a
the
sees?And
上 記 の よ うな 誤 っ た認 識 が され が ち で あ る要 因 の一 つ は 、 「
誰 が 見 て い る のか 」(`who
voice)の
fi-om
問 題 と、「
誰 が語 っ て い る の か 」(`who speaksry)と
sees?')と い う
い う「
語 る声 」(na皿ative
問 題 との 鴎1」が 曖 昧 だ っ た 点 に あ る とい う。 ま た 、 これ とは別 の 要 因 と して 、 Fillmore(1981:
主 張 を挙 げ た い 。
..with
be
the
exception
of tenses
oontextuahzed丘om
the
and
po血t
pronouns,
of view
deictic
of
this
and
character
expressive
at
the
elements
po血t
in
in
the
the
time
text
are
hne
0f
to
the
narra伽e.
「
時制 と代名詞 を例外 と して、直示 的要 素 と感 情的要素 は、語 られ る時 間にお け る登場 人物の視 点か
ら文脈化 され る」とい う。す なわち、視 点のあ りか を考 え る際、「
過 去時制 と三人称代 名詞 」につい ては、
敢 えて触れ ない のが通常 になっていた。 この ことが、上記 の問題 の要因の一つ である と考 え られ る。
また 、文学 にお いては、 「
発話 」や 「
思考」 の表 出の形態 が複 雑化 してい るにも関わ らず、それ らの類
男1}や
、それぞれ の形態 にお ける 「
視 点」 と 「
語 り」の様 式の弁別 も、体系化 され ていない。 この こ とも、
要因 の一つで あろ う。
視 点の出現様式 について の認識 が不 明瞭 で ある原 因について 、上記3点 が考 え られ る。それ ぞれ の原
因 につ いて、次項以 降におい て さらに詳 しく述 べたい。 まず 、次項 で は、 「
視点」 と 「
語 り」 を鴎llして
考 え るた めに、 「
語 り」の種類 についての前 田(200の の理論 を概観す る。その上 で、 「
視 点」 とい う概 念
の意 味が曖昧 な形 で用い られ て きた要 因の解 消 を試み る山岡(2001)の
理論 を概 観す る。これ に よ り、視
点 とい う概 念 をい ま一度考 え直 し、 さらに 日本 語の文学 にお ける語 りの様 式の特徴 と英語 の文学 にお け
るそれ とを参照 してみたい。
3.2「語 り」の種 類
文 学 にお け る 「
語 り」 とは、物語 の叙 述 の仕方 の こ とで ある。 物語世界 を支 えてい るものは、 その 内
容 とい うよ りも形式 的 な要 素、す なわち 「
語 り」 とい う構 造的 な要素 と言 って も よいで あろ う。物語 の
構造 につ いて研究す るた めには、実験科 学 の よ うな帰納 的な方法 で はな く、言語 学的 撫演繹 的 な方法 を
取 らざるを得 ない。 無限 に増 え る文 学の記述 を し、分類 を して い くた めには、仮説 的 な理 論 を立 て、そ
れ が物 語 に合致す るか 否か を観 察す る しかない。そ して 、物語 理論 的な手法 を取 るために は、 「
語 り」の
タイプ を提示す る必要が あ る。最 も一般的 には、「
一人称 語 り」や 「
三人称 語 り」な どがそれ であ る(「語
96
り」 の翻1」に関 して の 筆 者 の立 場 につ い て は 、 註1を
参 照 い た だ き た い)。
次 項 で は 、 これ ら語 りの タ イ プ を念 頭 に 置 き、 「
視 点」 と 「
語 る 声 」 と の混 同 の 解 消 方 法 を 提 示 す る 山
岡(2001)の
主 張 を概 観 す る。
3.21「 視 点 の 主 体 」と「
語 りの 主 体 」
山 岡(2001)は
こ の 問題 に言 及 す るに あ た り、「
物 語 」とい う術 語 につ い て 、次 の よ うに 限 定 して い る。
「
物 語 」 とは 、英 語 の"narrative"に
対 応 す る訳 語 で あ る こ と、 「
物 語 」 と言 うと き 、基 本 的 に 、 三 人 称
物 語 の こ とを 意味 す る こ と 、 で あ る。 後 者 に 関 して は 、 日本 語 の 場 合 、 三 人 称 物 語 と言 っ て も 、 ほ ぼ一
人 称 物 語 と同 じ と言 え るた め 、 とい う点 を理 由 に して い る。 す な わ ち 、 三 人 称 物 語 と呼 ば れ る もの も 、
一 人 称 的 三 人 称 物 語 で あ っ た り、 三 人 称 を仮 装 した 一 人 称 物 語 で あ っ た り、 と、 そ の境 界 線 は 薄 い の だ
とい う。 一 方 、英 語 の 場 合 は 、 一 人 称 物 語 は 、 ほ ぼ 三 人 称 物 語 と同 じこ とが 言 え る た め、 とい う点 を 理
由 とす る。す な わ ち 、語 り手"r'と
意 識 の主 体"1"と
が認 め られ 、前 者 が 三 人 称 物 語 に お け る語 り手 に 、
後 者 が登 場 人 物 に 相 当す るた め 、 こ こで もそ の 区 別 ヒの 不 要 を前 提 と して い る。 この 主 張 に容 易 に 迎 合
す る か否 掴 ま別 の 問題 で あ るが 、こ こ で は 、山 岡 の 主 張 の うち 、有 用 と考 え られ る点 に つ い て 概 観 す る。
なお 、 筆 者 は 、 前 田(2004:108)に
よ る 三 つ の タイ プ の 「
語 り」(註1参
照)と 、 本 項3.2.1の
冒頭 に
お いて述べ た、 山岡に よる 「
語 り」 の 括 り と を、 慎 重 に対 比 して い く必 要 が あ る と考 え る。 ま た 、 これ
ら二 者 の ほ か の研 究者 の見 解 も参 考 に した い 。 これ に つ い て 、 本 稿 に お い て は 言 及 しな い が 、 くわ しい
議 論 は 場 を変 え て お こ な うこ と に した い 。
さて 、物 語 理 論 に お け る術 語 と して の 「
視 点 」 とい う概 念 の 意 味 の 曖 昧 さは 、複 数 の 研 究者 が 指 摘 す
る よ うに 、「
視 点」と 「
語 る声 」との 問題 を 混 同 して き た こ とに あ る とい え る。 この 混 同 の解 消 の た め に 、
新 た な概 念 を 用 い る な どの 試み が な され て き た ・が 、功 を 奏 して い な い 。 山 岡 は 、 「
視 点」 とい う術 語 の
出 所 に 立 ち 戻 る こ とに よ り、 問題 の所 在 を発 見 し、 解 消 方 法 を 提 示 して い る。 元 来 、 「
視 点」 とは 、 絵 画
理 論 の 術 語 で あ っ た 。 つ ま り、 「ど こか ら見 て 」、 「ど こか ら描 い て 」 い る か 、 の 問題 で あ っ た の で あ る。
これ を 、 物 語 理 論 に応 用 して き た わ け で あ る が 、 自明 な が ら、 絵 画 と物 語 とに お い て は 、 前 提 も状 況 も
異 な る。 まず 、 絵 画 に お い て 、 見 て い る 「主 体 」 は作 者 で あ るが 、 物 語 にお い て は 、 見 て い る 「
主体 」
は 、 登 場 人物 と語 り手 との 二 人 で あ る可 能 性 が あ る。 次 に 、 絵 画 に お い て は 、 見 て い る 「
位 置 」 が 問題
に な る だ け な の に対 して 、 物 語 に お い て は 、 物 語 世 界 を伝 達 す る 「
語 る声 」 が 問 題 とな る。 す なわ ち 、
物語 の場合 、 「
見 て い る主 体 」 が 問題 と な る と同 時 に 、 「
語 って い る主 体 」 も 問題 とな っ て く る。 「
誰 の視
点 か ら、誰 が語 っ て い る の か 」 とい う重 層 的 な 問 題 が 存 在 す る の で あ る。
な らば 、 「
視点」 と 「
語 る 声 」 との 混 同 を解 消 す るた め に は 、 「
見 て い る主 体 」 と 「
語 ってい る主体」
と を 区 別 す れ ば よい 。 「
見 る こ と」 と 「
語 る こ と」 とは 、 それ ぞ れ 、 「
視 点 を担 う主 体 」 と 「
語 る 声 を担
う主 体 」 か ら、別 個 に発 生 して い る と考 えれ ば よい の で あ る。 「
視 点」 と い う概 念 の 意 味 を 、 「
語 り手 の
語 っ て い る位 置 」 とい う意 味 で は な く、 「
見 て い る点 」 とい う意 味 と して 考 え る必 要 が あ る3。
で は、 「
語 る 声 」 の ほ うは ど うか 。 定 義 づ け を先 にす る な ら、 「
物 語 世 界 の 出 来 事 ・状 況 を読 者 に伝 達
す る 媒 体 と して の物 語 る声 」 と な る 。 そ して 、 こ の 「
語 る声 の 主 体 」 は 「
語 り手 」 で あ る。 語 り手 は 、
物語 内容 を 「
語 る声 」 を通 して言 語 化す る と同 時 に 、「見 る」 こ と も可 能 で あ る。当 然 な が ら、語 り手 は 、
97
Le
Petit Princeと
そ の 英 日訳 にお け る
「視 点 」 の 考 察
物 語 世 界 に は 登 場 で きな い。 す な わ ち 、物 語 世 内(Now2)か
ら 「
見 る」 こ とは で き な い の で あ る。 しか
し、 語 り手 は 、 登 場 人 物 同様 、 三 つ の意 味 合 い の 「
視 点 」 を担 うこ とは 可 能 で あ る。 す な わ ち 、 物 語 世
界 外(Now
1)か ら、 物 語 世 界 を見 る こ とが で き る。 語 り手 の 「
見 る」 は 、 登 場 人 物 の 「見 る」 と は別 の
も の で あ るた め 、 前 者 の
「
見 て い る点 」 を 「
観 点」(perspective')と
い う術 語 を あ て る こ と にす る。
以 上 の 概 念 定 義 を イ ラ ス ト化 す る と、次 の よ うに な る ・。
上記 のイ ラ ス トは モ デ ル ・パ ター ン で あ り、 い くつ かの バ リエ ー シ ョンが 考 え られ る。 「
物語世界外 の
発 話 時 点(N1)」 に い る 「
語 り手(S1)」 は 、と きに 「
物 語 世 界 内 の 発 話 時 点(N2)」 に 移 動 し 「
語 り手(S2)」
とな り、「
視 点」もそ こ に移 動 ナる こ とが あ る。 あ る い は ま た 、 「
物 語 世 界 外 の 発 話 時 点(Nl)」 に い る 「
語
り手(S1)」
は、「
登 場 人 物(C)」
の 「
視 点」 に移 動 す る こ とが 可能 で あ る 。 「
視 点」 と 「
物 語 を語 る声 」
の 移 動 パ タ ー ン に つ い て 、 次 項 に お い て 翻llを 試 み る。
3.2.2「視 点 」と「語 る声 」の 峻 別 に よる 伝 達 様 式 の 類 別
「
視 点」 と 「
語 る 声 」 との 峻 別 を 明確 に した と こ ろ で 、 これ を 土 台 に 、 日本 語 な らび に 英 語(仏
語も
同 様 の カ テ ゴ リー と捉 え る)に お け る伝 達 様 式 の類 別 を比 較 す る こ とに す る。 こ こで は 、山 岡(2001)の
理 論 か らそ れ を援 用 す る。 そ して 、 そ の 理 論 が 、 一 人 称 物 語 に どの よ うに応 用 可 能 で あ る の か を探 っ て
み た い 。 な お 、 本 稿 に お い て は 、誌 面 の 制 限 に よ り、 伝 達 様 式 の 類 別パ ター ン と そ の 説 明 に 留 め 、例 文
を 付 す こ とは しな い 。 同様 の 理 由 で 、 同 一 テ ク ス トとそ の翻 訳 と して の 、 日本 語 と仏 英 語 との 対 照 も、
場 を 変 え て お こな う こ とに す る。
日本 語 の 場 合
語 り手Slは
、発 話 時 点Now
1か ら、物 語 世 界 の 出来 事 ・状 況 を過 去 の もの と して 語 っ た り、そ れ につ い て 説 明
的 ・評 価 的 に語 っ た りす る こ とが で き る(1)。 次 に 、 語 り手S1は
Now2に
移 行 す る こ と が で き る。 そ して 、発 話 時 点Now2に
98
、 発 話 時 点Now
1か ら、 物 語 世 界 の発 話 時 点
移 行 した 語 り手S2は
、物 語 世 界 の現 場 で 目の 当 た
りに知覚 してい る出来 事 ・状 況 ・存在物 を、発話時 点Nowtで
語 る ことがで きる(II)。 さ らに、語 り手Slは
語 り手S2を 経 由 して、登場人 物Cの 視 点へ移入す る とともに発 話時点Now2に
、
も移行す るこ とがで きる。この
た め、登 場人物Cは
、物語世 界の現場 で 目の 当た りに知覚 してい る出来事 ・状況 ・存在物 を、登場人 物C自 身
が発話時 点Now2で
語 るこ とがで きる(III)。また 、登場 人物Cが 物 語世界で知 覚 ・思 考な どしてい るあ るい は
して いた こ とを、語 り手S2が 発 話時 点Now2で
語 る とい う伝 達様式が成 立す る(IV)。 これ らの伝達 様式パ ター
ンをイ ラス ト化 す る と、次 の よ うにな る。
〔穫 軸=時
〔護 軸 ・時点
聞 の 纏過
1下掻憩 ・視 点 巳三が 建2に 移 動
1左縦 軸 ・物 語 世 界 内の 発 話時 点 ・ 瀧
上積 顛 ・複 点 §豊 がeに
移 動}〕
右縦 顛 ・物 塾世 界外 の 発謡 時 点;N1}〕
)
ー
︽
(韮
り 《標 準 パ タン 鋤
-.
藤撫
.・
叢雛
蓼
,
驚i蔭,
Ψ-騨"
(iif)
(1助 《標 準 パ タン2》
・暴
』
澱
.
』i㌔..
、
¶¶.
レ
'羅.『
轡
・
,
仏英語 の場合
語 り手が 、物語世界 外の発話 時点Now
点N0w1か
1か ら 「
観 点」を通 して 「
見て いる」出来事 ・状況 を、語 り手が、発 話時
ら態度 ・意見 を交 えなが ら語 った り、あ るい は態度 ・意見 を交 えず単 に客観 的に語 った り、示 した り
す る(V)。 物語 文が登場人物 の視 点の支配 す る場 面に生起 し、過 去時制 が出現す る場 合、語 り手 は登場 人物の視
点 に移 入 して一体化す る ことが でき るが 、登場人物 の発 話 点には移動す る ことがで きない。登 場人物 が、物語世
界 内の発話時 点N0w2で
「
視 点」を通 して 「
見 てい る」出来事 ・状況 を、語 り手が、物語 世界外の発 話時点N6w1
から 「
観 点」を通 して 、態 度 ・意見 を交 えな が ら語 った り、あ るい は態度 ・意見 を交えず単 に語 った りす る(VI)。
物 語文が登場 人物 の視 点の支配す る場面 に生起 し、過去時 制が消去 され るか 、出現 しな い場 合、語 り手は登場 人
物 の視 点に移 入 して一体化す る とともに発 話時点 に も移動 ナる ことが でき る。そ して、登 場人物 が、物語世 界内
の発話時 点Now2で
Now2で
「
視s」 を通 して 「
見てい る」出来事 ・状 況 を、登場 人物 自身 が、物 語世 界内の発話時 点
語 る(VII)。 これ らの伝達 様式 のパ ターン をイ ラス ト化 す る と、次の よ うにな る0
99
Le Petit Princeと
そ の 英 β訳 にお け る
「視 点 」 の 考 察
〔
横 軸 昌時 闇o経 辺
〔縦 顛 ・ 埼 点
1下横 載 旨 概点 ξユが5§
ボ
皇碓軸 ・物 語 世 界内 の発 話 時 点 ・,r,
(V)
に 移豹
上娯 顛 言視点 説 が{三に 移酌 ナ=
右 縦軸 ・物 譜 士 異 外o発 話 時 点 ・》蔓)〕
(>i;《 標 準 バ タン};
`・
、--為
剛:_'"
藤
覧拶-讐1:
贈
`
`
{Viり 《稀 ねバ タ冷
磯難
璽---'-
r
〆
日本語 と仏 英語 の伝 達様 式の相違 点
二つ の相 違点が明 らかに存在す る。-つ には、語 り手S1が
Now2に
、発話時点Now
lを 捨 てて、物語世界 の発話 時点
移 行で きるか ど うか とい う点であ る。 日本語 の場 合 は、それ が可能で ある。一方 、英 語の場 合は、語 り
手 は物 語世界 に登場 できない とい う物語上 の規約が存在 す るた め、それが不可能 であ る。 二つには 、語 り手S1
が 、登場 人物Cの 発 話時点Now2に
移 動で きるか ど うか とい う点で ある。 日本語 の場 合は、それ が可能 であ る。
一方 、英語 の場合 は、語 り手S1は
、登場人 物Cの 視 点に移入 してはい けるが、登 場人物Cの
発話時 点Nσw2
へ の移 動はで きず 、それ は不可能 であ り、登 場人物Cが 知覚 してい ることを、語 り手S1が 語 るこ とにな る。な
お 、日本 語の物 語文 に典型 的な ものは、伝達様 式(II)、(III)で
ある。一方、英 語のそれ は、伝達様式(VI)で あ る。
日本 語 と仏英 語の伝 達様式 の共通 点
三つ の共通 点が明 らか に存 在す る。一つ には、日本語 と仏 英語の物語 文には 、それぞれ 、同 じ伝 達様式(1)が 見
られ るとい うこ とであ る。二つ には、 日本語 の伝 達様 式(IV)(=登
り手S2が 語 るもの)が 、仏英語 の伝 達様式(VI)(=登
場人物Cが 知覚 してい る出来事 ・状況 を、語
場 人物の 「
視削
と語 り手の 「
語 る声 」 とが並存 す るも
の)と して現 れる とい うことである。 三つ には、 日本語の伝 達様式(III)(=内 的独 白)が 、英 語の物 語文に度 々
見 られ る とい うことで ある。
以 上、 「
視 点 」 とい う概 念 を明 確 化 す る た め に、 「
視点 」 と 「
語 る声 」 との 醐1」に っ い て 論 じた 。 次 項
以 降では、 「
視 点」 と 「
語 る声 」 の 主 体 を 見 極 め るた め の重 要 要 素 で あ る 「
話 法 」 とそ の 決 定 要 素 に つ い
て述 べたい。
100
3.3「話 法 」とそ の 決 定 要 素
物 語 文 に お い て は 、記 述 文 のみ な らず 、様 々 な 「
話 法 」 が 出現 す る。 次 項 以 降 で は ま ず 、 「
話 法」の類
別 を した 上 で 、 それ ぞ れ の 「
話 法 」 を 決 定 づ け る要 素 と して の 「【
非 】人称[代 名 】詞 」 と 「時 制 」 につ
い て 言 及 す る。
3.3.1「話 法 」
物 語 にか ぎ らず 、発 話 を伝 達 し、 そ れ を発 話 者 の発 話 と して 文 脈 の 中 に組 み 入 れ る際 、 「
話 法 」 とい う
事 象 に直 面す る こ とに な る 。 これ は 、 統 語 上 の 問題 で あ る と同 時 に修 辞 上 の効 果 も持 つ 。 物 語 に お い て
は、 「
直 接 話 法 」 の ほ か に 、 語 り手 に よ る報 告 と して の 「間接 話 法 」 とい う形 式 が あ る。 間接 話 法 は 、登
場 人 物 の発 話 を 、 語 り手 が 選 択 し引 用 す る表 現 形 式 で あ る。 した が っ て 、 間接 話 法 は 、 構 造 上 、 語 り手
の 報 告 の 中 に組 み 込 ま れ る も の とな る。 主文 に従 属 す る従 属 文 、す な わ ち 副 文 と して 表 れ る 。 換 言 す る
な ら、 間接 話 法 は 、 独 立 した 機 能 を 持 つ こ と は な い 。 こ の話 法 の重 要 な機 能 は 、 語 り手 の判 断 に よ り、
発 話 を詳 し く再 現 した り、 あ るい は 要約 した りす る こ とが で き る点 で あ る。 話 法 は こ の ほ か 、 「自由 間接
話 法 」な どい くつ か の タイ プ に 翻1」され る。英 語 につ い て の 話 法 の タイ プ を列 挙 し、発 話 と思 考 とを 対 照
させ 、 これ らの表 出 形 態 を論 じた も の に 、Leech&Short(2003)が
あ る。 これ につ い て は 、3.4に お い て
概 説 す る。 こ こで は 、本 稿 にお い て 注 目す る話 法 が 、 「自 由 間接 話 法 ・偲 考)」 で あ る こ とを述 べ る に留 め
る。 そ して 、 第4節
の例 証 にお い て 、 こ の話 法/思
考 の タイ プ を例 示 し言 及 した い 。
次 項 で は 、話 法 を決 定 づ け る重 要 な 要 素 と して の 「[非】人 称[代 名]詞 」 と 「
時 制 」 につ い て 述 べ る。
3.3.2「[非]人 称[代 名]詞 」と「
時制 」
まず 、多 くの理論 にお いて言及 され て きた、記号 と して の 「
三 人称 代名詞 」な らび に 「
過去 時制」 に
つ いて 、筆者 が賛 同す る部 分につ いて触れ てお きたい。少 な くとも英 語の三 人称 物 語にお ける三人称代
名詞 は、登場 人物 を客観 的 に対 象化 して表す とい う記号的意 味を有す る もので ある。また 、過 去時制 は、
語 られ る出来事 が過 去で あ るこ とを知 らせ る とい う記号 的意 味 を有す る。したがって、両者 は、「
語 り手 」
の存在 を示
言語的特徴 であ る と言 うことが でき る。これ らが現 れ る とき、物語 文 にお ける出来事 は、「
語
り手」 に よる語 りで ある ことが 自明 とな るとい うことで ある。三 人称代名 詞 が現れ ない とき、語 り手が
登場 人物(三 人称代名詞 が指示す る人物)を 客観 的に対象化す るこ とを放 棄 し、そ の登場 人物 の視 点に移
動 してい る ことを意味す る。 また 、過去 時制が 出現 しない とき、 「
語 り手」は登場人物 の発 話時点 に移動
し、そ の登場 人物が 、その物 語 におけ る出来事 の 「
語 り手」 になる ことを意味す る。
なお 、この考 え方は 、英語 の三人称物語 につ いての理 論 である。英語の一人 称物語 につ いては、 「
語り
手 」 は登 場人物 の一人 であ り、体験 した ことや 観察 した ことな どを語 ってい くのが通 常で あ る。典 型的
な形 態 の一つは、自伝的 な回想 をつづ る小説 で、「
体験 す る私」と、それ を 「
回想す る私」との二人の 「
私」
が存在す る。 したが って、一人称 物語 におい ては、三人称 物語 にお ける 「
語 り手 」 と 「
三 人称代名 詞 」
が指示す る登場 人物 とが、それ ぞれ 、 「
回想 す る私 」 と 「
体験 す る私 」 に相 当す る と考 え られ る。 「
過去
時制 」につい ては、三 人称物語 と同様 に考 えて よいで あろ う。仏 語 につ いて は、英語 とほぼ同 じ理 論が
援用 可能 であ る と考 えて よい。
101
Le
Petit Princeと
そ の 英 日訳 に お け る
「視 点1の
考察
で は、 日本語 の物語 につ いては ど うであ ろ うか。 日本語 にお ける 「
『
主 語』不要論 」・の立場 に立つ筆
者 は 、 とくに 日本 語の物語 にお け る 「
三 人称 代名 詞 」の現れ 方 につ いて は、仏英語 のそれ と同等 の判断
基準 とはな り得 ない こ とを想 定 したい。 また、 日本 語において は、 「
視点 」が容 易 に移動 ずるた め、過 去
を表す 現在形 が頻 出す るな ど、 「
過去 時制」の現 れ方につい て も、や は り仏英 語 と同等 の基 準 とはな り得
ない ことを指 摘 してお きたい。 この こ とは、 日本語 の一人称物語 におけ る、 「
一人称代 名詞 」や 「
過去 時
制 」 の現 れ方 につ いて も当て嵌 まる と考 え られ る。 一人称物語 の場合 、英語 の物 語 につい て述 べた よ う
に、 「
体験 する私」 と 「
回想す る私」 とが存在す る。 日本 語 にお いて は、多 くの場 合、 「
主語 」 は出現 し
ない上、 「
視 点」は容易 に移 動 をお こな う 「
視 点」 が度 々移 行す るた め、英語 の三人称物語 の よ うな一貫
した 「
過去 時制」 の現 れ方 も望 めない。 このた め、 日本語の 一人称物語 にお け る 「
視 点」 の見 極 めは、
極 めて困難 である ことが予測 され る。 なお 、英語 の一 人称物語 、 日本 語の三 人称 物語 、そ して、 日本 語
の一 人称 物語 につ いての、 「[非】人称[代 名】詞 」と 「
時制 」の出現 の しかた につ いては 、別 の場 におい
て詳述 したい と考 え る。本稿 において は、 「
三人称代 名詞」、 「
過 去時制」 を、それぞれ 、 「[非】人称[代
名】詞 」 と 「
時制」 と言 い換 え、 さらに広範 な括 りを用意す るこ とに よ り、 「
視点」 につい ての分 析 な ら
び に考察 を試 みた い。
こ こまで は、視 点にまつわ る諸相 について 、統 語論 ・語 用論 ・意味論 の立場 か ら観 察 して きた。次項
にお いては、文体 論か ら見た視 点、そ して 「
文脈」 につ いて述 べる ことにす る。
3.4文 体 論 か ら見 る 「視 点 」と「文 脈 」
文 体 論 的 見 地 か ら英 語 の 物 語 世 界 に言 及 した研 究 者 と して 、 恥 ㏄hとShortの
著Style
ln Fiction(1981)(邦
訳 『ノ1・
説 の 文体 』(2003))か
功 績 は 大 き い。 そ の共
ら、視 点 と文 脈 に つ い て の記 述 を概 観 した い 。
そ して 、 こ の書 物 にお い て著 書 自身 が 力 を 注 い だ項 目で あ り最 も画 期 的 内容 と考 え られ る 「
発 話の表 出」
と 「
、
思考 の表 出 」 に つ い て も言 及 した い 。
..
らは 、 まず 、 文 体 論 に よ る文 体 的 価 値 の 範 疇 を 提 示 し(2003:9-15)、
規 範 とは 、大 別 す る と、次 の よ うな も の で あ る。(1)語 彙 範 疇 、 ②
例 証 を試 み て い る。 そ の
文 法範 疇 、(3)文 彩 、 ④ 結 束性 お よ
び 文 脈 、 で あ る。 これ らは 、 それ ぞ れ さ らに細 分化 され 説 明 が 加 え られ て お り、た とえ ば 、 ω
の結 束 性
お よ び 文 脈 は 、1)結 束 性 、2)文 脈 、 と二 分 され て い る。 こ こで は と くに 、筆 者 が 視 点を 考 え る際 に加 味
した い と考 え る文 脈 につ い て 垣 間 見 る こ とに す る。 一 般 に 、 文 脈 とい う場 合 、 一 つ の テ ク ス ト、 あ るい
は テ クス トの 一 部 分 と外 部 との 関係 が 考 慮 され る。 す な わ ち 、 作 者 と読 者 、 あ るい は ま た 登 場 人 物 ど う
しな どの社 会 的 関係 と 、そ れ らの 人 物 の 間 で の知 識 と想 定 の 共 有 を前 提 に した 談 話 状 況 が 扱 わ れ る の で
あ る 。 文 脈 を見 る際 の着 目点 を 挙 げ る と、 次 の よ うな も のが あ る。
a)作 者が読者 に直接的 に語 りか けてい る/い ない
b)虚 構上 の人物の言葉/思 想 を通 して語 りかけてい る1い ない
c)情 報 の発 信者/受 信 者 の関係 につ いて どの よ うな言語 上の 手が か り(一 人称 代 名詞 な ど)が あ るか!
ない か
d)作 者 は主題につい て どの よ うな態度 を灰 めか してい るカyいない か
102
e)登 場人物 の言 葉1思 想が提示 され る場合 、直接 的な引用(直 接 話 法)に よるのか、他 の方 法(間 接話法 ・
自由間接 話法な ど)に よるのか
O話
す/考
える人物 が誰で あるか によって、文体上 の変化 があるカyない か
これ らはす べて話法 の現 れ方 と関連 す るもので あるこ とがわか る。 そ こで 、次項 以降 にお いて、 「
発話 の
表 出」 な らびに 「
思考 の表出」 について見 てい くこ とにす る。
3.4.1英 語 に お ける 「発 話 の 表 出 」
3.3.1の
「
話 法 」の項 に お い て述 べ た よ うに 、話 法 に は 大 別 して 三 種 類 あ る と され る。 「
直接 話 法(djr㏄t
speech=DS)」
、「
間接 話 法(indirect
speech=IS)」
、 「自 由直 接 話 法(&ee
あ る。 リー チ らは 、 これ ら に、 「
発 話 行為 の 語 り手 に よ る伝 達(narrative
を加 え る ・。 そ して 、DSか
らISへ
の統 語 上 の 変 容(2003:236)や
につ い て説 明 して い る。FISの 基 本 姿 勢 と して 、DSに
indirect speech=FIS)」
で
report of speech act=NRSA)」
、FISの
統 語 上 の 特 徴(2003:238)
見 られ る語 り手 の 存 在 を示 す2要
素 のいずれ か、
あ る い は 両 方 を 取 り去 れ ば よい と述 べ て お り、この こ とは 、単 に統 語 上 の変 化 を述 べ る と同 時 に 、FISが
「
視 点」や
「
語 る声 」 の複 雑 さを持 つ 話 法 で あ る こ とを 予想 させ る。 さ らに 、NRSAに
つ い て は 、発 話
行 為 が 起 こっ た と伝 達 す るだ け で 、語 り手 が発 話 の 意 味 や 発 話 語 を伝 え る 責任 を負 わ な い 、と して い る。
つ ま り、NRSAは
、 間接 話 法 よ り間接 的 な 形 式 で あ り、 「
視 点」 や
「
語 る声 」 の 峻 別 の 見 極 め が 容 易 な
話 法 で あ る と予 想 し得 る。
さて 、FISと
い う話 法 は 、意 味 的 地 位 が 不 明 瞭 で あ る点 が 極 め て 特 徴 的 で あ る。 FISは
、 語 りに よ る
伝 達 とい う文 脈 に お い て 起 こ る の が通 常 で あ る。大 半 の物 語 は 、三 人称 の語 り手 が 過 去 時 制 で 語 る た め 、
FISに
よ る語 りは 、 語 りに よ る伝 達 形 式 に 一 致 す る と 同時 に 、 間 接 性 を 示 す 。 さ らに 、 自 由 さを 示 す 特
徴 も持 つ 。FISの
効 果 を軸 に 、話 法 の表 出 の様 式 を 図 式化 す る と、次 の よ うに な る(2003:264マ
ーキ ン
グ と コ メ ン トは筆 者)。
「
語 り手の伝 達 支配」 完全 ←
話法表出:NRA
NRSA
-部
←
基準
IS
[亟
DS
→ 「
語 り手 の伝 達へ の支配」無
國
←*登 場 人物 が、語 り手 を交 えず 、読者 に直接的 に話 しか ける効果
それ では、 「
発 話 の 表 出 」 に相 対 す る 「
思 考 の 表 出 」 とは どの よ うな も の で あ ろ うか 。
3.4.2英 語 に お ける 「思 考 の 表 出 」
19世 紀 以 降 の イ
稼
た ち は 、「内 的 発 話(internal
「内 的 独 白」(竃 意 識 の 流 れ)」 と同 義 で あ る。
speech)」 の描 写 に 関 心 を抱 い て きた 。内 的 発 話 とは 、
..
らは 、 話 法 と思 考 の 表 出様 式 が 、 形 式 的 に は 似 通 っ
た も の で あ る と指 摘 す る。 同 時 に 、 思 考 の描 出 は 、 最 も間接 的 な形 にお い て さえ 、 究 極 的 には 創 作 物 で
あ る こ と を忘 れ て は な らな い 、 と も述 べ て い る 。 思 考 の 表 出 は 、 「自由 直接 話 法(fee
FDT)」
、「
直 接 思考(direct thoughtニDT)」
direct thought=
、 「自由 間接 思考(free indirect thought=F皿)」
103
、 「間接 思
Le Petit
Princeと
考(indhl㏄t
NRTA)」
そ の英 日訳 にお け る
thought=皿)」
「視 点 」 の 考 察
、 「思 考 行 為 の 語 り手 に よ る伝 達(narrative
に 類 別 され る(2003:256)・
。 そ して 、 リー チ らは 、FDTとDTと
report(コf
thought
act=
の相 違 点 、FITとDTと
の相 違 点 を述 べ て い る。 「
発 話 の 表 出」で 指 摘 した こ と と同様 、こ こで もや は り、統 語 上 の 相 違 点 に 伴 い 、
「
視 点」や 「
語 る 声 」 の 所 在 の判 断 基 準 とな る もの が 示 唆 され る。 た と えば 、FITとDTと
で は、時制
の過 去 へ の移 動 や、一 人 称 代 名 詞 の 三 人称 代 名 詞 へ の変 換(間 接 性)、そ して 、疑 問形 と疑 問符 との 維持(直
接 性)な どで あ る。ま た 、皿 やNRTAに
つ い て も それ ぞ れ の 特 徴 を説 明 して い る。思 考 の表 出 の 様 式 は 、
発 話 の 表 出 の様 式 と 同様 に 、 文 法 ・語 彙 形 式 ・書 記 の3つ
FITの
の レベ ル に お い て 殴1」され る こ とが わ か る。
効 果 を軸 に 、 思 考 の表 出 の 様 式 を 図 式 化 す る と、 次 の よ うに な る(2003:264マ
ー キ ン グ とコ メ
ン トは 筆 者)。
基準
NRTA
思考 表 出:
皿
→
「
登場人物 の心 中」 へ と向か う動 き
國
DT
國
→*意 識 性/技 巧 的形式
前 項(3.4.1)に
お い て 図示 した 「
発 話 の表 出 」 の様 態 と、本 項 にお い て 図 示 した 「
思 考 の表 出 」 の様 態
とが 対 応 関係 を成 して い る こ と は 明 らか で あ る。 ま た 、 これ らの様 式 の 効 果 を 見 る と き、 「
視 点」 の存 在
と移 動 の様 子 が浮 き上 が っ て くる。 発 話 の表 出 と思 考 の 表 出 は 、 上 記 の 図 を縦 割 りに した 位 置 が 相 対 関
係 と考 え られ る。 と くに 、 視 点の あ りか や 移 動 の仕 方 は 、 この 位 置 に 沿 う形 で 、 あ る程 度 、 同様 の 変 容
を 見 せ る と考 え られ る。 す なわ ち 、 上 記 の 図 の左 側 に 寄 る様 式 ほ ど、作 者 の 介 入 が 大 き く な る 。 した が
っ て 、視 点の 主 体 と語 る声 の主 体 とは 、物 語 世 界 外 へ 向 か うで あ ろ う。 逆 に 、 右 側 に 寄 る様 式 ほ ど 、作
者 の介 入 か ら解 放 さる。 した が っ て 、 視 点 の 主 体 と語 る声 の 主 体 とは 、 物 語 世 界 内 の登 場 人 物 の 心 の 中
へ と 向 か うで あ ろ う。
上 記 の 図 か らわ か る よ うに 、発 話 の表 出 にお い て は 、DSが
基 準 で あ り、 一 方 、思 考 の表 出 にお い て
は 、 皿 が 基 準 で あ る。 発 話 の表 出 と、 思 考 の 表 出 、 そ れ ぞれ にお け る 表 出 の様 態 の 中 の位 置 と して は 、
DTと
皿
と は 中 心 か らそ れ ぞれ 一 つ 右 と左 に 寄 っ て い る。こ の こ とは 、発 話 と思 考 と い う行 為 を想 像 す
れ ば 、臆 に 落 ち る も の で あ る。 そ して 、ISとDS、
れFISとFITと
ITとDTと
い う様 態 が 存 在 す る 。 これ ら は 、ISとDS、
い う比 較 的 明確 な 様 態 の 間 に 、 それ ぞ
皿
た 後 に 、組 み 込 まれ た様 態 の 名 称 で あ る。 それ は 、FDSとFDT、
とDTの
区別 が 成 され る よ うに な っ
NRSAとNRTAに
つ い て も 同様 の
こ とが言 え る で あ ろ う。 これ ら後発 の様 態 の うち 、 発 話 の表 出 と思 考 の 表 出 の 様 態 を 表 す 上記 の 図 中 、
中 心 に位 置 す るFISな
らび にF皿
は 、 様 態 と して極 め て興 味 深 い も の で あ る ・。 なぜ な ら、 FISの
特
徴 と して 、「
芸術 的 叙 述 の た めの 話 法 と位 置 づ け 、読 者 の想 像 力に訴 え る」点 や 、「
感 情移 入 」(前 田2004)
が 可 能 な 点 を備 え るか らで あ る。FISと
は 、 文 法 的 ・文 体 的 形 式 を 見 る と、 直 接 話 法 と 間接 話 法 との 中
間 に位 置 す る話 法 で あ るた め 、 三 人 称 と過 去 時 制 と を用 い 、 間 接 話 法 と の 共 通性 を 見 る こ とが で き る。
ま た 、 語 順 に 関 して は 、 直 接 話 法 と の共 通 性 を 見 る こ とが で き る。 そ して 、 語 り手 の 叙 述 な の か 、 登 場
人 物 の発 話 な の か 、判 断 に迷 わ され る こ とが 多 い 点 も 、 このFISの
登 場 人物 の 「
視 点」 の境 界 を見 極 め に く くす る の が 、FISな
104
特 徴 で あ る。換 言 す れ ば 、語 り手 と
の で あ る。 FITに
つ い て も、 同 様 の 見 極 め
の困難 さを持 つ と想像 し得 る。そ こで、本稿で は、敢 えて、FISな
らびにF皿
とい う表出 の様 態に着
眼 し、次項以 降におい て例証 を試 み たい と考 え る。無論 、原 典 におい て、FISやFITが
ない テクス トであ って も、翻訳 作 品において 、FISやF皿
いは また、FISやF皿
用 い られ てい
が用 い られ てい る場合 も想定 され る。 あ る
であ るか否 か、判別 のつ きかね る もの も現 れ るで あろ う。 した がって、厳 密な線
引 きは控 え、FISな らびにFITを
中心 と して例証す る、 とい う表現 に留 め、論 を進 めたい。
なお 、留意 しなけれ ばな らないの は、 これ はす べて英語 の物語 に関す る観 察 であ るとい う点で あ る。
今 後 、異 な る言語 、 と りわ け筆者 の母語 で ある 日本語 に関す る観 察 を試み る必要 があ る。本稿 で は、便
宜上 、 ..
らの翻llに 沿い、仏 語の原典 と英 語な らび に 日本 語の翻訳 について検証す るこ とにす る。
上記 の理 論 を基 盤 と し、事項 では、特 定の物語 とそ の翻 訳か ら、視 点のあ りか とその移動 の様 子につ
いて例証 してい くこ とにす る。
4.例 証Le
Petit Princeと そ の 英 訳 な らび に 邦 訳 か ら
本 項 で は 、 実 際 の 物 語 とそ の 翻 訳 作 品 とか ら例 文 を 引 き 、 視 点 に つ い て 文 体 上 の い くつ か の 側 面 か ら
比 較 分 析 す る。[非】人 称[代 名 】詞 、時 制 、話 法 の 側 面 か ら検 証 した 上 で 、視 点に つ い て考 察 した い ・
・(な
お 、 例 文 につ い て は 、 原 作 者 お よび 翻 訳 者 の イ ニ シ ャル を取 り文 頭 に 示 す 。SE:Saint-Exup駻y、
W60ds、
C:Cu艶
、 TF:Tests)t-Ferry、
N:内
藤 、YK:倉
橋 、Y山
W:
崎 、1:池 澤 、F:藤 田 、MK:河
野、
を そ れ ぞ れ 示 す)。
例 文1.σhapter▽15血paragraph;6血-7th
SE:S'il
s'agit d'une
s'agit d'une
brindille
mauvaise
sentences
de
radis
plante,
ou
de rosier, on
peut
il faut
arracher
la plante
or the
sprig of a rose-bush,
la laisser
aussit
t,
one
would
pousser
d鑚
qu'on
comme
elle veut.
Mais
s'il
a su la reconna羡re.
(pp.24-25)
W
If it is only
a sprout
But
it is a bad
when
recognizes
C:
you
TF:
to be
But
must
destroy
it as soon
as possible,
the
wherever
very
it might
first instant
wish
that
one
If it is mere】.y a sprout
it should
of radish,
if it turns
or the
beginnings
out to be a bad
plant,
of a rose
you
must
bush,
you
root it up
can
leave
at once,
it to
the very
・
instant
it.(p.20)
be torn
of radish
out
or a sprig
at once,
as soon
of rosebush
,it can
be left to grow
as it wishes.
But
if it is a
as it is recognized.(p.26)
赤 カ ブ や 、 バ ラ の 木 だ っ た ら 、 の び ほ うだ い に 、 の ば して お い て よ ろ しい 。 だ け れ ど 、 わ る い 草 木 だ っ た
ら、 そ れ が 、 目に っ き し沿
YK:赤
one
a sprig
it wishes.
recognize
weed,
N:
plant,
let it grow
it.(p.17)
If this happens
wherever
of radish
・、 す ぐ に 抜 き と っ て し ま わ な け れ ば な り ま せ ん 。(p,34)
カ ブ ラや バ ラ の 種 だ っ た ら、 伸 び る に ま か せ て お け ば い い 。 しか し、 も しも悪 い 植 物 の 種 だ っ た ら、見
つ け 次 第 抜 き 取 ら な け れ ば い け な い 。(p.30)
Y:
カ ブ カyミ ラ の 芽 で し た ら 、そ の ま ま 伸 び 放 題 に し て お い て も か ま い ま せ ん 。で も 、悪 い 植 物 だ っ た 場 合 は 、
見 分 け が つ い た ら す ぐ 、.た だ ち に そ の 植 物 を 引 き 抜 い て し ま う 必要 が あ り ま/O(p.21)
105
.
Le Petit
Princeと
そ の英 日訳 にお け る
「視 点 」 の 考 察
1
それ がカブやバ ラの茎だ った ら、伸 びるまま に放 っておい て もいい。で もも しも悪 い植物 だった ら、それ
とわか った とたんにす ぐに蜘 ・
て しまわなけれ ばな らない。(p.29)
F:
それ が カブや バ ラの茎 だった ら、す きなよ うにのび るまま に してお けばいい。で も、わ るい木だ った ら、
見 つけた らす ぐぬ きとって しまわな けれ ばな らない。(p.26)
0:
それ が も し二十 日大根やバ ラの茎な ら、伸 び るまま に しておい て もいいだ ろ う。けれ どもし悪い植物 だっ
たな ら、見つ けた とた んに抜 かな くてはいけない。(か.29)
[非】人 称[代 名 】詞
4箇 所 の 【
非 】人 称 代 名 詞 を 、何 らか の形 で訳 出 して い るの は 、 英 訳W、C、
お い て は 、1、F、
MKが
み で あ る。 邦 訳 に
、第 二 文 の 初 出 の 非 人 称 代 名詞 の み を 訳 出 して い る ほ 羽 ま、[非1人 称 代 名詞
は 訳 出 され て い な い 。4箇 所 と もに 訳 出 して い る英 訳W、C、
(非 人 称 代 名 詞)、"one"(不
FTの
特 定 な 人(々)を
人 称 代 名 詞)に 最 も近 い の が 、wで
り、正 確 に は 一致 しな い 。TFは
訳 語 を比 較 す る と、原 文SEの"韮'
差 す 人 称 代 名 詞)、"∬'(非 人 称 代 名 詞)、"丑'(`o㎡'を 受 け る
あ ろ う。 cも
近 い が 、 第 一 文 の 初 出 の代名 詞 を"this"と
、4箇 所 とも"if'で
受 動 態 の形 を とっ て お り、原 文SEと
Frの
して お
統 一 して い る。 そ の た め に そ れ ぞ れ の 文 の主 節 は
は ニ ュ ア ンス を異 に して い る。
蜘
SEに
おい ては、仮 定法(条 件法)を 含 め、すべて現在 形相 当の時制で ある。英訳 の3名 、邦 訳の6名
の訳文 につ いて も、 同様 であ る。
謙
例 文 の前 後 は 、 一 見 す べ て 叙 述 文 に 見 え るパ ッセ ー ジ で あ る。 しか し、SEを
読 み 込 む と 、 単純 に 叙
述 文 と捉 え られ な い こ とが わ か る。こ の前 後 に お い て は 、pilotが 、情 報 の提 供 者 で あ るle petit p血ceの
話 を 自分 の言 葉 で 語 っ て い る。 そ して 、 例 文1の
箇 所 にお い て は 、pibtが
、 自分 の 思 考 に耽 り、 そ れ
を表 出 して い る形 で あ る と考 え られ る。 した が っ て 、 こ この 話 法 は 、 自由 間 接 思 考(F【Dの
表 出 と捉 え
る こ とも 可能 とな る の で は な い だ ろ うか 。
英 訳 に お け る話 法 は 、 ど うで あ ろ うか 。WとCに
指 す 人 称 代 名詞 が 使 用 され て お り、SEと
で あ る。SEに
よ る訳 文 に は 、"one"や"you"と
い う、 人 物 を
同 じ く、叙 述 文 とも 自由 間 接 思考 の 表 出 とも捉 え る こ とが 可 能
お い て 述 べ た理 由 か ら、 こ の 二者 に よ る訳 文 も、 FITで
あ る と考 え る。 TFの
み、三人
称 の 非 人称 代 名詞 のみ を 用 い て お り、人 物 の気 配 を消 し去 っ て い る。 しか しな が ら、話 法 は 、や は り、SE
や 他 の英 訳 者 と同 様 の理 由か ら、FITで
邦 訳 の6名
あ る と考 えて よい で あ ろ う。
の 訳 文 は すべ て 、 【
非 】人称 代名 詞 を用 い て い な い。 一 人 称 の物 語 の 場 合 、 「
見 て い る主 体 」
と 「
語 っ て い る主 体 」 とは 、 原 則 上 、 同 一 で あ る わ け だ が 、 これ は影 を潜 め て い る。 しか し、 日本 語 の
性 質 と して 、 これ らを 表 現 しな い こ とは 通 常 の こ とで あ る。 した が っ て 、 文 脈 や 文 の 調 子 か ら判 断 す る
こ と とな る。 こ こで は 、 それ ぞ れ の訳 文 に よ って 程 度 の 差 こ そ あ れ 、 「見 て い る主 体 」 あ る い は 「
語つて
い る 主体 」 の 存 在 を感 じ得 る。 ま た 、 す べ て現 在 時 制 に よ り記 述 され て い る。 した が って 、 邦 訳 の6名
106
の 訳 文 もす べ て 、FITで
あ る とす る。
鯨
一人 称の物語 であ るため、 「
語 っ て い る主 体 」 と 「
経 験 して い る主 体 」 は 、SEに
両 者 は 同 一 人 物 で あ る。 「
見 て い る主 体 」 も同 一 人 物 で あ る。 例 文1の
体」
と して のpilotが
そ して 、 例 文1の
SEと
、登 場 人 物 で あ るle
箇 所 に お い て は 、pibtが
petit p血ceの
前後 において は、 「
語 ってい る主
体 験 談 を 、 pilotの 言 葉 と して 語 って い る。
、 自分 の思 考 に 一 瞬 入 り込 む 形 とな る。
英 訳 な らび に邦 訳 す べ て にお い て 、 「
語 っ て い る 主 体 」、す な わ ち 、SEに
点 は 、 原 則 的 に は 現 在 で あ る。 で は 、SEに
お け る`je"で あ り、
お け るpibtの
お け るpibtの
発 話時
「
視 点」 と 「
観 点」 の 所 在 は どの よ うに な
っ て い るだ ろ うか 。
SEに
お い て は 、 第 一 文 と第 二 文 の条 件 節 は"IY'で
導 か れ て お り、 これ らに 関 して は 、 「
視 点」 と 「
観
点 」はいず れ も、 「
語 っ て い る 主 体 」 と して のpilotに あ る と言 え る。 それ ぞ れ の 文 の帰 結 に お い て は 、
"on"
、"建'と い う第 三 者 を 表 す 人 称 代 名 詞 が 用 い られ て い る が 、 これ らに 関 して も、 「
視 点」 と 「
観 点」
は、 「
語 っ て い る 主 体 」 と して のpilotに
あ る と考 え られ る。
つ ま り、伝 達 様 式 の翻1」に よれ ば 、(V)の パ タ ー ン とい う こ とに な る。物 語 世 界 外 の 「
語ってい る主体」
で あ るpilotが
語 る様 式 で あ るが 、 同 時 に 、pibtに
よ るmで
あ る た め 、 現 在 時 制 が 用 い られ て い る
点 、 見極 め が 困 難 で あ る。 話 法 との 重 層 的 な条 件 を加 味 した 、 「
視 点」 と 「
観 点」 の 所 在 の翻1」をす る必
要 が あ る の か も しれ な い 。
英 訳 に お い て は ど うで あ ろ うか 。wに
お い て は 、第 一 文 と第 二 文 の 条 件 節 は"iガ'で 導 かれ て お り、
これ らに 関 して は 、 「
視 点 」 と 「1観
点」 は 、 「
語 っ て い る主 体 」 と して のpibtに
れ の 文 の帰 結 にお い て は 、"one"と
あ る と言 え る 。 そ れ ぞ
い う第 三者 を表 す 人 称 代 名詞 が 用 い られ て い る が 、 これ に 関 して も 、
「
視点」 と 「
観 点」 は 、そ れ ぞれ 、 「
語 っ て い る主 体 」 と して のpilotに
あ る と考 え られ る。 Cに
おいて
は 、 第 一 文 と第 二 文 の 条 件 節 は 、 そ れ ぞ れ 、"t㎞s"、"if'で 導 か れ て お り、 これ らに 関 して は 、 「
視 点」
と 「
観 点」は 、 「
語 って い る 主 体 」と して のpilotに
あ る と言 え る。それ ぞ れ の 文 の 帰 結 にお い て は 、"yo㎡'
とい う第 二 者 を 表 す 人 称 代 名 詞 が 用 い られ て い る も の の 、 これ に 関 して も 、 「
視 点」 と 「
観 薫」は 、 そ れ
ぞれ、 「
語 っ て い る主 体 」 と して のpilotに
節 は"if'で
あ る と考 え られ る。 TFに
お い て は 、 第 一 文 と第 二 文 の 条 件
導 か れ て お り、 これ らに 関 して は 、 「
視 点」 と 「
観 点」 は 、 「
語 っ て い る主 体 」 と して のpilot
に あ る と言 え る。 そ れ ぞ れ の 文 の 帰 結 に お い て は 、"if'と い う非 人 称 代名 詞 が 用 い られ い るが 、 これ に
関 して も、 「
視 点」 と 「
観 点」は 、そ れ ぞ れ 、 「
語 っ て い る 主 体 」 と して のpilotに
ま り、伝 達 様 式 の 翻1」に よれ ば 、SEと
あ る と考 え られ る。 つ
同 じ く、(V)で あ る。物 語 世 界 外 の 「
語 っ て い る主 体 」で あ るpilot
が 語 る様 式 で あ るが 、 同 時 に 、pilotに よ るFITで
あ る た め、 現 在 時 制 が用 い られ て い る点 、 見 極 めが
困 難 で あ る。 仏 語 同 様 、 英 語 に お い て も、 話 法 を加 味 した よ り重 層 的 な 条 件 下 で の 、 「
視 点」 と 「
観 点」
の 所 在 の翻1」をす る必 要 が あ る と考 え る 。
邦 訳 は ど うで あ ろ うか 。6名 の 訳 文 と もに 、[非 】人 称[代 名】詞 は 現 れ な い。 した が っ て 、文 脈 や 文 調
か ら判 断 す る こ と に な る。SE、 W、 Cに
お い て 見 られ た よ うに 、 第 一 文 と第 二 文 の 条 件 節 に 関 して は 、
「
視点 」 と 「
観 点」 は 、 「
語 っ て い る主 体 」 と して のpilotに
107
あ る と考 え 得 る。 そ れ ぞれ の文 の 帰 結 に 関
Le Petit Princeと
そ の 英 日訳 に お け る
「視 点 」 の 考 察
して も、 「
視 点」 と 「
観 点」 は 、 「
語 っ て い る主 体 」 と して のpibtに
よれ ば 、 ①
とい う こ と に な る 。 仏 語 ・英 語 に お け る(V)と
準 パ ター ンで あ る。 しか し、 こ こ は 、pilotに
あ る 。 つ ま り、 伝 達 様 式 の翻1」に
は 種 類 が 異 な り、 これ は 日本 語 にお け る標
よ るF[Tで
あ る た め 、現 在 時 制 が 用 い られ て い る点 、や
は り見 極 め が 困 難 で あ る。 日本 語 にお い て も 、仏 語 ・英 語 同 様 、話 法 との重 層 的 な 条 件 を加 味 した 上 で
の、 「
視 点」 と 「
観 点」 の所 在 の類 別 をす る必 要 が あ る と考 え る 。
例 文2.σhapter
SE:
Vbus
V
18出paragraph;7血-9出sentenoes
vous
demanderez
gran(五 〇ses que
W
le dessin
r騏ssir:
Quandj'ai
Perhaps
you
impressive
des
dessin駘es
wi皿a6k
the
reply
baobabs
aセ 旺pas,
r6ponse
there
no
oe】jvre,
est bien血1ple:」'ai
j'ai 6t6 a血駱ar
are
dans
le sentiment
other
drawings
d'autres
dessins
essay駑ais
aussi
je n,ai pas
pu
de l'urgence,(P.26)
in
thB
bo6k
as
magnificent
and
of the baobabs?'
is simple.
drawing
n'y
baobabs?La
me,`Why
as this drawing
The
made
peut・黎re:Pourquoi
of the
Ihave
tried.
baobabs
But
I was
with
carried
the
others
beyond
I have
myself
by
not been
the
sucxessful.
insp血g
When
force
I
of urgent
necessity.(p.20)
C:
Perhaps
the
are
baobab
drew
TF:
you
You
drawing?
the
baobabs
may
ask
of baobabs?
success.
N:
as㎞g
The
I was
answer
I drew
answer
driven
yourselves:Why
The
When
yourselves:why
is quite
baobabs,
no
simple
I was
no
simple
on by a sense
are there
is quite
the
are there
other
I tried
drawings
with
the
in this book
rest, but
as magnificent
did not succeed.
as
When
I
of urgency.(p.22)
other
drawings
I have
tried
driven
by
but
in this bodk
with
a feeling
the
as impressive
others
have
not
as the
had
the
drawing
slightest
of urgency.(p.28)
ど うかす る と、 きみ たちは、<こ の本 た ら、 このバオバ ブの絵 ばか り、へん にす ば ら しくて、 ど うしてほ
かの絵 は、 りっぱで ないのか〉とふ しぎに思 うで しょ う。
その答 えは、たいへ んかん たんです。や って はみ たの です が、 うま くゆかなか ったのです。 な に しろ、
バ オバブ をかいた時 は、ぐず ぐず してはい られ ない と、一 生けん めいにな ってい た ものです か ら。(p.38)
YK:
「この本 には、ど うしてバオバ ブの絵 以外 には立派な絵が ないのです か」 と訊か れるか も しれ ない。答 は
簡 単芯
がんば ってみ たがほか の絵 は うま く描 けなかった。バオバ ブを撒 ・
た ときは、ぜひ とも必要 だ と
い うので必 死になってい たか ら芯
Y'
(p.32)
お そ らく、あなたが たは疑問に思 うで しょ う。 この本の なかで、バ オバブの絵み たいに りっぱな絵 が ほか
に見 当た らないの はなぜ だ ろ う?と 。そ の答 えはい たって簡単 です。 拠 ・
てはみた のです が 、 うま く描
けなか ったのです。バ オバブの絵 を拠 ・
た ときは、急 がな けれ ば とい う気持 ちにせ か されてい たのです。
(p.22)
1:
も しか した らあなた は尋 ね るか も しれ ない 一
「
なぜ この本 の中の他の絵 はバ オバ ブの絵 のよ うに堂 々
としていない んだ?」 と。答 えは簡単 、努力 してみた けれ ど、他 のは うま くいかなか ったの芯
を撒 ・
た ときだけば
F'
な に しろ ことが婁 慧 だ った ので
ぼ くにカカ覇 いた とい う械(pp
バオバ ブ
.32-33)
たぶ んみん なはふ しぎに思 うだ ろ う。ど うして この本 の中でバオバ ブの絵だ けが りっぱで 、ほかはそ うじ
1:
やない んだ ろ う?っ て。 こたえはか んたん さ。や ろ うと したけ どで きなかったん だ、バ オバ ブを拠 ・
てい
た ときは、早 く しな くち ゃ、 とあせ っていたのでね。(p.28)
MK:き
みたちは も しか した らこ う思 うか も しれ な暁
この本 に は、ど うして このバオバ ブ と同 じぐ らいi垂髪 と
した りっぱな絵 が、ほ掴 こないん だろ う、 と。
なんの こ とはない。や ってみた が うま くいか なかったの 芯 バ オバブ を撫 ・
た ときには、それ ぐらい
せ っばつ ま った気持 ちに駆 りたて られて いたの芯
(p.31)
[非】人 称[代 名1詞
SEで
は 、第 一 文 の2つ
の 主 語 は い ず れ も``vous"で
あ る。第 二 文 の 談 話 中 の 主 語 と、第 三 文 の2つ
の
主 語 は、 す べ て`je"(省 略 形 含 む)で あ る。 これ に 対 応 す る訳 語 は ど うな っ て い る の で あ ろ うか。
英 訳 か ら見 よ う。まず 第 一 の2つ
2っ め がSEと
は 、そ れ ぞ れ"you"、"me"と
は 異 な る 人 称 の も の が 用 い られ て い る。Cと
とな っ て い る。 これ は 、SEの
もSEに
の 主 語 に注 目す る。Wで
㎜
な って お り、
は 同 じで 、そ れ ぞ れ"you"、
yourself'
二 人 称 使 用 を考 え る と、 変 換 と して は近 い も の で あ り、 前 後 の語 彙 選 択
近 い もの に な っ て い る と想 像 され る。 で は 、第 二 文 の 談 話 中 の 主 語 と、第 三 文 の 主 語 は ど うで あ
ろ うか。三者 と も基 本 的 に は"r'を
用 い て い る。第 二 文 の 談 話 中 の2っ
一 文 中 の 最 初 の主 語 と同 一 の た め省 略 して い る
。 第 三 文 の2っ
初 の 主語 と 同一 の た め省 略 して い る。概 観 で は 、Wが
め の 主 語 につ い て はCとTFは
め の 主 語 に つ い て は 、Wは
や やSEや
、
一 文中の最
ほ か の二 者 の 訳 語 と異 な る と言 え る。
次 に 邦 訳 を 見 よ う。 人 称 代 名 詞 、 と く に 不 特 定 多 数 を 差 す 人 称 代名 詞 は 訳 出 しな い とい うの が 翻 訳 の
ル ー ル で あ るが 、 意 外 に も 、第 一 文 の 主 語 につ い て は 、YKを
除 き 、5名 が 訳 出 して い る。 こ この 人 称
代名 詞 を複 数 の 二 人 称 と して訳 出 して い るの は 、N、 Y、 F、 MKの4名
きみ た ち は(〈 ∼〉 とふ しぎ に 思 うで し ょ う。)」 、Yは
ょ う。 ∼?と 。)」 、Fは
た ち は(も
、 「(た
ぶ ん)み ん な は(ふ
で あ る。Nは
、 「(どうか す る と)
、 「(お
そ ら く、)あ な た が た は 擬 問 に思 うで し
しぎ に 思 うだ ろ う。 ∼?っ て 。)」 、 MKは
しか した ら こ う思 うか も しれ な い。 ∼ 、 と。)」
、 「き み
とい う具 合 で あ る 。 述 部 を 見 る と、 「
思 う」
とい うよ うな 訳 語 が 用 い られ て お り、 原 文 に あ っ た よ うな 間接 目的 語 と して の 人 称 代 名 詞 を伴 わ な くて
も よ い 文 章 を作 っ て い る。 こ こ で0が
る点 は 、SEの
人 称 代 名 詞 を伴 う主 節 を文 頭 に 出 し、談 話 を次 に持 っ て き て い
順 序 を 維 持 して い る。 これ は 、 意 識 して の こ とで あ ろ うか。 二 人 称 代 名 詞 を単 数 と して
訳 出 した の は 、1で あ る。 「(も しか した ら)あ な た は(尋 ね る か も しれ な い 一
「
∼?」
と。)」 とい う
訳 文 で あ る。 人 称 を単 数 形 に した こ とは 、 述 部 の 「
尋 ね る」 と い う訳 語 と も関 連 す る の で は な い だ ろ う
か。 す な わ ち 、 上 述 の4名
の 訳 文 の 中 の 述 部 と は異 な り、 間接 目的 語 と して の 人 称 代 名詞 を伴 い た くな
る述 部 の訳 語 を選 択 して い るか らで あ る。 も っ と も、 「
尋 ね る」 相 手 ま で 明示 して しま っ て は 、 こ の場 合
は ぎ こ ち な さ を残 す た め 、1は
"demandererに
近い
そ れ を して い な い が 。 こ の
。そ の ニ ュ ア ン ス を維 持 す る た め に 、1は 敢 えて 単 数 の 二 人 称 代 名詞 を訳 語 と して
選 択 した と考 え られ る。 人 称 代 名詞 を訳 出 しなか っ たYKの
い うも の で あ る。YKは
「
尋 ね る」 とい う述 部 の 訳 語 は 、SEの
訳 文 は 、 「∼ と訊 か れ るか も しれ な い 。」 と
、 ほか の 部 分 で も よ く削 除 をす る傾 向 に あ る。 こ こで は 、人 称 代 名詞 を訳 出 し
な い こ とで 、 更 に 客 観 的 な 口調 が 際 立 つ よ うで あ る。
109
Le Petit
Princeと
そ の英 日訳 に お け る
「視 点 」 の 考 察
醐
例 文2に
お い て は 、複 数 の時 制 が 現 れ る。SEに
は 、2つ の 文 章 が あ り、 そ れ ぞ れ の文 章 内 に 、 コ ロ
ン を伴 う文 章 が挿 入 され て い る。1つ めの 文 章 内 に は1つ
、2つ め の 文 章 内 に は2つ
章 を 、現 れ る順 に ① 、 ② 、③ 、 ④ 、⑤
お い て 、 それ ぞ れ の 文 の 時制 は 、単 純 未 来 、現
と しよ う。SEに
在 、現 在 、 複 合 過 去+複 合 過 去(複 文)、 複 合 過 去+複 合 過 去(複
で あ る。 これ らの 文
文)、 とな っ て い る 。 す な わ ち、 原 則 的
に現 在 形 で 語 って お り、 こ こで は 「
語 っ て い る主 体 」 の経 験 談 と して の ④ 、 ⑤ が 過 去 形 で 示 され る 、
とい う、 純 粋 に 時 間 軸 に沿 っ た 形 を取 っ て い る。
英 訳 は ど うな っ て い る で あ ろ うか 。Wは
現 在 形(こ の2つ
過 去 形+過
、未 来 形 、現 在 形(前 文 とは カ ンマ で繋 が れ た 直 接 話 法の 形)、
め の 文 章 は イ ンデ ン トされ て い る)、現 在 完 了 形+現
去 形 、 とい う形 で あ る。Cは
在 完 了 形 触 立 した2つ
、 現 在進 行 形 、 現 在形(コ ロ ンを 伴 うが小 文 字 で始 ま る文 章)、
現 在 形 、過 去 形+過 去 形(コ ロ ン を 伴 うが 小 文 字 相 当で 始 ま る と考 え られ る。 こ こ は"r'で
た め 大 文 字)、 過 去 形+過 去 形(複 文)、 とい う形 で あ る。TFは
形 、現 在 形 、現 在 完 了 形+現
の 単 文)、
開 始 して い る
、 現 在 形(可 能 性 の 助 動 詞 を 伴 う)、現 在
在 完 了形(複 文)、 過 去 形+過 去 形(複 文)、 と な っ て い る0
邦訳 は ど うだ ろ うか 。Nは
、① と② とが 一 文 化 され て い る。 ① と② に 相 当す る 一 文 が 現 在形(助 動
詞 的 表 現 を伴 う)、現 在 形 、 過 去 形+過 去 形(複 文)、 過 去 形+過
去 形(複 文)、 で あ る。 な お 、④ と⑤ に つ
いては 、それぞれ の文末 が、 「
た の で す 。」、 「
い た も の で す か ら。」 と い う、 「
語 っ て い る主 体 」 の 存 在 を
示 す 末 尾 とな っ て い る。 これ に よ り、 「
語 っ て い る主 体 」 が 存 在 す る時 制 は 現 在 で あ る こ とが 示 され る。
YKは
、N同
+過 去 形(複
様 、 ① と② とが 一 文 化 され て い る。 これ が 現 在 形(助 動 詞 的 表 現 を伴 う)、現 在 形 、過 去 形
如 、過 去 形+過 去 形(複
文)、で あ る。 な お 、⑤ に つ い て は 、 そ の 文 末 が 、 「
い た か らだ 。」
とい う、 「
語 っ て い る 主 体 」 の 存 在 を示 す 末 尾 とな っ て い る。 これ に よ り、 「
語 っ て い る主 体 」 が 存 在 す
る 時 制 は 現 在 で あ る こ とが示 され る。
Yは
、現 在 形(助 動 詞 的 表 現 を伴 う)、現 在 形 、現 在 形 、過 去 形+過
去 形(複 文)、過 去 形+過 去 形(複 文)、
で あ る。 な お 、 ④ と⑤ に つ い て は 、 そ れ ぞ れ の 文 末 が 、 「
た の です 。」、 「
い た の で す 。」 とい う、 「
語 って
い る 主 体 」 の存 在 を 示 す 末 尾 とな っ て い る 。 これ に よ り、 「
語 っ て い る主 体 」 が 存 在 す る 時 制 は現 在 で あ
る こ とが 示 され る。1は 、現 在 形(助 動 詞 的 表 現 を伴 う)、現 在 形(前 文 とは ハ イ フ ンで 繋 が れ 、 引用 符 を
伴 う直 接 話 法 の 形)、現 在 形(読 点を伴 う未 完 全 文)、過 去 形+過 去 形(複
幻 、過 去 形+過 去 形(複 文)、 で
あ る。 なお 、 ④ と⑤ にっ い て は 、 それ ぞ れ の 文 末 が 、 「た の だ 。」、 「い た とい うわ け。」 とい う、 「
語 って
い る 主 体 」 の存 在 を 示 す 末 尾 と な っ て い る 。 これ に よ り、 「
語 っ て い る主 体 」 が 存 在 す る 時 制 は現 在 で あ
る こ とが 示 され る。
Fは
、現 在 形(助 動 詞 的 表 現 を伴 う)、現 在 形 、現 在 形 、過 去 形+過
去 形(複
文)、過 去 形+過 去 形(複 文)、
で あ る。 な お 、 ④ と⑤ に つ い て は 、 そ れ ぞれ の 文 末 が 、 「
た ん だ。」、 「
い た の で ね 。」 とい う、 「
語 ってい
る 主 体 」 の存 在 を 示 す 末 尾 とな って い る。 これ に よ り、 「
語 っ て い る主 体 」 が存 在 す る時 制 は 現 在 で あ る
こ とが 示 され る 。MKは
、 現 在 形(助 動 詞 的 表 現 を伴 う)、現 在 形 、 現 在 形 、過 去 形+過 去 形(複 文)、 過
去 形+過 去 形(複 如 、 で あ る。 な お 、④ と⑤ につ い て は 、 それ ぞ れ の 文 末 が 、 「た の だ 。」、 「
い た の だ 。」
とい う、 「
語 っ て い る 主 体 」 の 存 在 を示 す 末 尾 とな っ て い る。 これ に よ り、 「
語 っ て い る主 体 」 が存 在 す
る時 制 は現 在 で あ る こ とが 示 され る。
110
謙
原文SEの2つ
の コロ ンを伴 う節 、すなわ ち、①、③ は、 自由 間接話 法 と捉 え られ る。 また、2つ の
コ ロンのあ とに くる節 、そ して 引用部分 の最終文 は、す なわ ち、② 、④ 、⑤ は、 自由間接 話 法 と捉 えて
よいで あろ う。① 、③ か らの繋 が りは コロンであ り、 カ ンマや ピ リオ ドの 中間の句読法 が用い られ て い
る。 引用符 はな い。1つ めの談話② の文 末は疑 問符で あ る。2っ めの談話④ の文末 は平叙文 の ピ リオ ドで
ある。それ に対 して、⑤ は、2つ めの の談話部 分④ を引き継 ぐ 自由間接 話法 であ る。 この部分 を、訳者 は
どの よ うな解 釈 を しどの よ うな訳 文 を作 ってい るであろ うか。
英 訳 の三者 を見 よ う。 ①、③ につい ては、 三者 ともに、 自由間接話 法 を維持 して い る。 また、談話 部
分 の② 、④ 、⑤ について は、C、 TFは
、 コロンな らび に文 末の疑 問符 や ピリオ ドも維 持 し、⑤ に至 るま
で、 自由間接話 法 の形 を再生 してい る。一方 、Wは
、② にお いて、カ ンマ と引用符 を用 いた直接話 法 に
変 えてい る。③ は三分 割 し、 さ らに 自由度 の高い 自由間接 話法の形 を取 り、⑤で は③ の談話 部分 と同 じ
調子 で 自由間接話 法 を用い てい る。
邦訳 は ど うで あろ うか。 引用符 を用い てい るの は、N、 YK、1の
三者 であ る。そ の うちNの ① と② に
相 当す る部分 、1の ① と② に相 当す る部分 は、 自由間接話 法 と捉 え るこ とがで きよ う。Nの
③ と④ に
相 当す る部分 は句 点に よ り分割 され てい るが、談話部 分 は 自由 間接 話法 を継 続 してい る。⑤ もまた 自由
間接話 法で ある。また、YKは ① と② に相 当す る部分 におい て、直接 話法 とも取れ る形 状な らび に 口調 の
訳 文に してい る。 ③ と④ は句点 で分割 し、 ここで は叙述文 の よ うな 口調 の訳 文 に して いる。⑤ も同 じく
叙述 文の調子 を継 続 してい る。Yは
、① と② に相 当す る部分 を二分割 し、談話部分 を 自由 間接話 法で表
してい る。 疑 問符 も維持 して い る0③ と④ に相 当す る部分 は二分割 され る ものの、談話部 分は 自由間接
話法 の響 きを持 つ。⑤ も同様 で ある。1は ① と② に相 当す る部分 には---と 引用符 を用い 、疑 問符 も維持
した 自由間接話 法 を選 択 してい る。③ と④ は、コロ ンを読 点に変 換 した 自由間接話 法の形 を取 ってい る。
そ して、⑤ も前文 の談話部分④ と同 じ調子 を維持 し自由間接話 法 を用 いてい る。1は 、形 は異 な るが三箇
所 とも工夫 を凝 らし、 自由間接 話法 の維持 に努 めて い る。Fは 、① と② に相 当す る部 分 を二分割 し、談
話部 分 は 自由間接 話法 の形 を とって いる。疑 問符 は維持 されて い る。③ と④ に相 当す る部分 も二分割 さ
れ 、コロンを句点 に変 換 した 自由間接 話 法で ある。そ して 、⑤ に も独 自に 自由間接 話法 を使 用 して いる。
MKは
、① と② に相 当す る部分 では コロンを句 点に変換 した 自由間接 話法 を用 いてい る。 前項2.2で も
触 れた が、最初 の文 の談話部分② の読 点の数 と位 置 が原 文 と一致 するのは この訳文 のみで あ る。③ と④
に相 当す る部分 は二分 割 され 、 コロンを句点 に変換 し談話 を 自由間接 話法で記 してい る。⑤ もこの流 れ
を引 き継 ぎ 自由間接 話法で ある。
謙
例文2で は、例文1と は異 な り、明確 な 自由間接 話 法が見て取れ る。 この事 実 と、人称代 名詞 の選 択
な どか ら、 「
語 ってい る主体 」、 「
経 験 してい る主 体」、登場 人物 の 「
見て い る主体 」の 間での視 点の移動
があ るか否 か を分析 す る。
SEに お いて、自由間接 話 法 と二人称代名詞 な らび に一人称代 名詞 を使用 してい る ことによ り、語 り手
が読み 手 に語 りかけ る調子 が作 られ る。① の最初 で、主語 と直接 目的語 に二人称代 名詞 を用 いる ことで 、
111
Le Petit Princeと
そ の 英 日訳 に お け る
「視 点 」 の 考 察
読 者 は 語 りか け と語 りか け の 問 い の 内容 とが 、 自身 に 向 け られ る こ とを感 じ る。 さ ら に は 、 二 人 称 代名
詞 を 二 度 、 一 人 称 代 名詞 を 四度 用 い る こ とに よ り、 リズ ム感 が 生 まれ る。 「
視 点」 と 「
観 点」 に つ い て 分
析 し よ う。 ① に お い て は 、 「
視 点」 も 「
観 点」 も、 「
語 っ て い る主 体 」 と して のpilotに
いては、 「
視 点 」 は"vous"に
「
観 点」もpilotに
あ る。 ② にお
移 る。 「
観 点」 は移 動 しない 。 ③ 以 降 は 、再 び 、 「
視 点」がpilotに
あ る。した が っ て 、伝 達 様 式 の 類 別 と して は 、② の み ㈲
で あ る と言 え る。 また 、例 文1同
様 、 この 例 文2は
戻 る。
で あ り、ほ か の部 分 は(∼ り
、「
語 っ て い る 主 体 」 に よ るFITで
あ る と考 え ら
れ る。 時 制 が め ま ぐ る し く変 化 す る こ とが 理 由 で あ る。 す る と、 「
語 っ て い る主 体 」 で あ るpibtに
FITの
よる
中 で 、 さ らに 、 自 由 間接 話 法 が 施 され て い る こ と に な り、 純 粋 な伝 達 様 式 の翻llに 当 て は め る こ
とが や や た め らわ れ る。 この よ うな伝 達 様 式 を 、新 た に 翻1北 す る必 要 が あ る可 能 性 が あ る。
英 訳 か ら見 よ う。Wは
、 ① に相 当す る部 分 にお い て 、 主 語 に二 人 称 、 直 接 目的 語 に 一 人 称 を 用 い て い
る 。こ のた め 、語 り手 の 語 りは読 者 に 向 け られ て い る も の の 、そ の 問 い は 読 者 が 自問す る とい うよ りも、
語 り手 に 回 答 す る こ と を求 め られ る よ うに感 じる。 ま た 、 そ の 直 後 の談 話 部 分 ② は 、 引用 符 を用 い た 直
接 話 法 が用 い られ る。 この た め 、 文 字 通 り、 直接 的 な 調 子 と な る。 続 く③ と④ 、 そ して⑤ で は 、 対 照 的
に 自 由間 接 話 法 を 取 り入 れ て い る。 と くに ③ と④ に お い て は 、句 点 を2つ
とに4つ
の 一 人 称 代 名詞 を使 用す る。数 の 上 で はSEの4つ
も付 加 し、 ③ と④ 、 そ して ⑤
と一 致 す る が 、 コ ロ ン の消 滅 、句 点 の 付 加
に よ り、 明 らか に調 子 は異 な る も の とな っ て い る。 さ ら に、 ① と② に相 当す る部 分 で の直 接 話 法 との 落
差 が 大 き く、視 点 に関 して も何 か 不 統 一感 す ら感 じ させ られ る。CとFrは
略 箇 所 も含 め)が 似 通 っ て い る。 自由 間 接 話 法 に つ い て も 、SEの
っ て 、2者 の 訳 文 は 、SEの
、 選 択 した 人 称 代 名 詞(省
そ れ の形 式 を維 持 して い る 。 した が
トー ン の移 行 、少 な く と も形 式 上 の そ れ とい う面 で 、そ して 少 な く と も この
箇 所 につ い て は うま く対 応 させ て い る。 それ に伴 い 、視 点の移 行 もSEに
近 い形 で お こな われ て い る。 こ
こ ま で の 分析 を 、 「
語 っ て い る 主 体 」、 「
経 験 して い る主 体 」、 登 場 人 物 の 「
見 て い る主 体 」 の 問 で の 視 点
の移 動 が あ る か 否 か とい う点 に つ い て整 理 して み よ う。3名 の訳 文 す べ て にお い て 、SEの
② に 相 当す る
箇 所 にお い て は 、 「
見 て い る主 体 」 は 、 「
語 っ て い る主 体 」 か ら 「
一般 の不特定 の人 【
々]」 に移 動 す る。
そ れ を指 す 人 称 詞 は 、SEの
① に 相 当す る箇 所 に現 れ る。 W、
C、 TFと
も に"y0u"で
あ る。 そ して 、
この 直 後 の邦 訳 に つ い て の 箇 所 で 述 べ る よ うな 、一 種 の 談 話 部 分 で あ る④ と⑤ に お け る、 「
語 ってい る主
体 」や
「
体 験 して い る主 体 」 の視 点の 移 動 は 見 られ な い 。 これ は 、 英 語 には 、 日本 語 にお け る 文 末 の述
部 に 付 加 す る末 尾 辞 が な い こ と に よ る。 した が っ て 、④ と⑤ にお い て は 、 「
視点」と 「
観 点」は い ず れ も 、
「
語 っ て い る主 体 」か ら移 動 して しま うこ とは な い 。伝 達 様 式 の翻llと して は 、 SEと
(VDで
あ り、 ほ か の 部 分 は(V)で
換 され て い る た め 、SEや
あ る と言 え る。 た だ し、 Wに
、英 訳 のCやTFと
同 じ く、② のみ
お い て は 、 ② の部 分 が 直 接 話 法 に変
は 、同 列 で は な い 。 ま た 、SEの
分 析 にお い て も述 べ た
が 、英 訳 につ い て も、例 文1同
様 、こ の例 文2に
お い て は 、時 制 が め ま ぐる し く変 化 す る こ と か ら、「
語
っ て い る主 体 」 に よ るFITで
あ る と考 え られ る。す る と、 「
語 っ て い る主 体 」 で あ るpilotに
よ るFIT
の 中 で 、 さ ら に 、 自 由 間接 話 法 が施 され て い る こ とに な り、 純 粋 な 伝 達 様 式 の翻llに 当 て は め る こ とが
や や た め らわ れ る 。 英 語 に お い て も 、 こ の よ うな 伝 達様 式 を 、新 た に類 別 ヒす る 必 要 が あ るか も しれ な
い。
邦 訳 につ い て は 、 例 文2の[非
】人称[代 名1詞
につ い て の 箇 所 で 述 べ た よ うに 、YKを
112
除き、第一 文
の1つ めの人称代名 詞 の訳 出があ るほか は、人称代名 詞 の訳 出は見 られ ない。唯一 の例外 が、第 三文の2
つ め にお ける1の 一人称代渚 詞 の使用 であ る。た だ し、 これ も主語 と して の位 置づ けで はない。 これ ら
の こ とか ら、邦訳 にお いては、お おむね語 り手が読 み手 に語 りか けてい る とい う感覚 は、第 一文 におい
て見 られ 、第 二文以降 において は薄 ま る可能 性が高い と想像 で きる。個 々 に見 てい こ う。
Nは
、第 一文 は引用 符 を用 いた 自由間接話 法 を とってい るが 、第 二文 は句 点に よ り分割 しな が ら談話
部 分 を 自由間接 話法 で表 してい る。 この部分 において は 「
語 ってい る主体 の視 点は、 「
きみ たち」へ と移
動 す る。第三 文は、前 文 を継 続 して 自由間接話 法 によ り表 してい る。 これ に よ り、 この部分 にお け る視
点 は一貫 して語 り手 にあ る感覚 が保 たれ る。YKは
第 一文 において 、直接 話 法 と捉 え られ る訳 文に して
い る。 この部 分 にお いては 、語 ってい る主体 の視 点 は、明示 され ない対象(不 特定 の人[々Dへ
と移動す
る。第二 文は句点で分割 し、叙述文 の よ うな 口調 の訳文 に、そ して第三文 も同 じく叙述 文で ある。結果 、
N同 様 、第二文以 降は、語 り手 に よる語 りとその視 点とが維 持 され る。Yは 、第一 文を二分割 し、談話
部分 に疑問符 を残 した形 の 自由間接話法 で表 してい る。この部 分 にお いては、語 って いる主体 の視 点は、
「
あ なた がた」へ と移 動 する。第 二文 は二分 割 され 、談話部 分か ら第 三文 にか けて も自由間接 話 法 とな
ってい る。YKと 同 じく、第二 文以降 も、語 り手の視 点が保 たれ る。1は第 一文 には … と引用符 を用 い、
疑 問符 も付 したま まの 自由間接話 法 を取 ってい る。 この部分 において は、語 ってい る主体 の視 点は、 「
あ
なた」 へ と移動 ずる。第 二文 は、 コロン を読点 に変換 した 自由間接 話法 の形 を、 そ して 、第 三文 も 自由
間接 話 法を用 いて いる。1は 、それ ぞれ形 は異な るが三箇所 とも工夫 を凝 らし、自由間接 話法の維持 に努
めて い る。 第一文 の1つ めの人称代 名詞 が単数 形で ある ことと、第三 文の2つ めの人称代 名詞 が一人称
単数 で ある ことか らも、語 り手 と読み 手 との吸引力が 強 く、第 二文以 降、視 点は語 り手 に委ね られ る。
邦訳 の中で は、視 点が最 も安定 してい る感 が ある。Fは 、第一文 を二分割 し、談話部分 は疑 問符 を付 し
た ままの 自由間接話 法の形 であ る。 この部 分におい ては、 「
語 ってい る主体 」の 「
視 点」 は、 「
きみ たち」
へ と移 動す る。第二 文 も二分 割 され 、 コロン を句点 に変換 した 自由間接 話法 であ り、第 三文 に も自由間
接話 法 を用い てい る。ただ、第一 文 にお ける、2つ の読 煮には さまれた節 は、会話 文その ものであ り、や
や唐 突 な感 じを受 け る。視 点は語 り手 にあ るが、第 三文 に至 って語 り手が一 人語 りを加 速 させ てい る よ
うな妙 な不安感 に さいなまれ る。MKは
、第一 文では コロ ンを句点 に変換 した 自由間接話 法 を用 い、第
二 文 は二分割 され 、 コロン を句点 に変換 し談話 を 自由 間接話 法 で表 してい る。第三 文 もこの流 れ を引き
継 ぎ 自由間接話法 で ある。 第二 文以降 、視 点は語 り手 にある。無駄 のな い語 彙選択 と客観 的な記述 に よ
り、視 点は一 定 してい る。 邦訳 にお いては、 「
語 ってい る主体 」 と 「
経験 してい る主体 」 との 間での視 点
の移 動 ではな く、例証 した箇 所 にお いては、 「
語 ってい る主体 」 と 「
不特 定の人[々hと
観 察 でき為
の間で の移動 が
また、視 点が語 り手 にある と言 って も、 その安 定度 は様 々であ るこ とも読み 取 るこ とがで
きる。 ここまで述べ た ことを整理 しよ う。6つ の邦 訳すべて にお いて、SEの ② に相 当す る箇所 において
は、 「
見 てい る主体」 は、 「
語 ってい る主体 」か ら 「
一般 の不特 定の人[々1」 に移 動す る。 それ を指 す人
称 詞 は、SEの
① に相 当す る箇所 に現れ る(YKを
除 く)。
Nは
(明記 してい ないが、 文脈か らその よ うに考 え られ る)、Yは
、「
きみた ち」、YKは
「
あな たがた」、1は
「
不特 定の人[々 】
」
「
あなた」、Fは
「
み
ん な」、MKは
「
きみた ち」、で ある。 さ らに、例文2の 話 法 につ いての箇所 で述 べた よ うに、④ と⑤ に
つ いては(YKは
⑤ のみ)、文末 が、 「
語 ってい る主体」 の存在 を示す 末尾 とな ってい る。そ して、 これ に
113
Le Petit
Princeと
そ の 英 日訳 に お け る
「視 点 」 の 考 察
よ り、 文 章 の 時 制 は 、 「
体 験 す る 主体 ← ・
一 人 称 物 語 で あ る か ら、 「
語 っ て い る主 体 」 と 同 一 人 物)」 が 存
在 す る過 去 を表 す 過 去 形 で あ っ て も 、 「
語 って い る 主 体 」 が 存 在 して い る時 制 が 現 在 で あ る こ と が 明 らか
とな る。 す な わ ち 、 「
視 点」 と 「
観 点」 は い ず れ も、 「
語 っ て い る 主 体 」 か ら移 行 して は い な い とい うこ
とが わ か る。 つ ま り、伝 達 様 式 の類 別 と して は 、② に お い て の み 、 「
視 点」 は 、 「あ な た 【
が た]」 な ど一
般 の 人 々 へ と移 動 し、 「
観 点」 は 、 「
語 っ て い る主 体 」 と して のpilotに
け る(VDで
あ る形 とな る 。 仏 語 ・英 語 に お
あ るが 、 これ と同 等 の形 は 、 日本 語 にお け る伝 達 様 式 の 翻1」と して は確 立 して い な い が 、確
か に 存 在 す る こ とが わ か る。 そ して 、 ほ か の 部 分 は ① で あ る。 と言 え る。 こ の伝 達 様 鵡 ま、 仏 語 ・英
語 に お け る(V)と
同等 の も の で あ る。ま た 、例 文1同
様 、この 例 文2は
、「
語 っ て い る 主 体 」に よ るFIT
で あ る と考 え られ る。 時 制 が め ま ぐる し く変 化 す る こ とが 理 由 で あ る。 す る と、 「
語 っ て い る主 体 」 で あ
るpibtに
よ るFITの
中で 、 さ らに 、 自由 間 接 話 法 が施 され て い る こ とに な り、純 粋 な伝 達 様 式 の 類 別
に 当て は め る こ とが や や た め らわれ る。 この よ うな伝 達 様 式 を、 新 た に 類 別化 す る必 要 が あ る と考 え ら
れ る。
例 文3.Chapter
sE二
En
VI;8山paragraph;1創
effet.
11suf舳t
W
Just
If you
C:
Just
TF'
Yes
could
indeed.
One
would
midi
pouvoir
a皿er
aux
en
Everybody-ows
could
so.
If you
Quand且est
de
so.
ト3叱entences
as
get
in one
to France
minute,
when
in
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it is midday
have
to
en
when
everyone-ows,
When
just
France
that
fly to France
For
Etats-Unis
travel
in
in
the
one
le soleil,
une
minute
it is noon
you
it is noon
you
pour
in
could
to
le monde
assister
United
straight
in the
watch
States,
minute
the
go
could
United
tout
the
France
su
into
to
the
right
as everyone
able
sun
sunset,
States
be
se
du
the
the
a sunset
sait,
coucher
States
United
sun,
le
to
couche
la
soleil.1
.29)
is setting
wer
right
sun
sur
firom
France,
France.
noon.(p.21)
is setting
over
France.
now.(p.24)
bows,
watch
is setting
the
sun
in
setting
France.
there.
(p.30)
N:
がっしゆうこく ひる
そ れ に ち が い あ りま せ ん。 ア メ リカ 合 衆 国 で 昼 の 十 二 時 の と き は 、 だ れ も知 って い る よ うに 、 フ ラ ン
ス で は 、 日 没 で す0で す か ら、 一 分 間 で 、 フ ラ ン ス に い け さえ した ら、 日の 入 りが 、 ち ゃ 一 ん と見 られ
るわ け で すOΦ.40)
YK:
な る ほ ど。 誰 で も知 っ て い る とお り、ア メ リカ で 昼 の 十 二 時 の とき に フ ラ ン ス で は 日没 蔑
で フ ラ ン ス に 行 けれ ば 、 日没 が 見 られ るわ け 芯
Y
そ うな ん で 免
だ か ら一 分 間
Φ.35)
合 衆 国 で正 午 の と き 、だ れ もが知 っ て い る よ うに 、フ ラ ン ス で は 日没 で す0そ の 日没 に立
ち合 うに は 、1分 間 で フ ラ ン ス にい けれ ば い い ん で す』(b.25)
1
そ うな の 芯 誰 で も知 っ て い る こ とだ け ど、ア メ リカ 合 衆 国 が 正 午 を迎 え る とき 、フ ラ ンス で は 日が 沈 む 。
1分 間 で フ ラ ン ス に 行 く こ とが で きれ ば 、 夕 日が 見 られ る。 Φ.34)
F'
じっ さい 、 ア メ リカ で 正 午 の 時 間 、み ん な知 っ て い る と思 うけれ ど も、 同 じ太 陽 は 、 フ ラ ン ス で は 夕 日な
ん芯
MKIそ
だ か ら一 分 間 で フ ラ ン ス に行 く こ とが で き た ら、 夕 日 を な が め る こ とが で き る。(p.31)
うだね
ア メ リカで正午 の とき、フランスでは 、み んな も知 って の とお り、 日が沈 んでい くわ け芯
か らも し「分 でフラ ンス まで行 け るな ら、それ で 夕陽 が見 られ る。(p.34)
114
だ
[非1人 称[代 名 】詞
SEで
は 、 第 二 文 に"丑'、"le monde"が
、第 三 文 に"H'が
用 い られ て い る 。 この うち 、 一 つ 目の"置'
につ い て は 、い わ ゆ る 「
時 間 を示 す 非 人 称 代 名詞 」で あ り、英 訳 の 三 者 も"lt"を
用 い て い る。邦 訳 で は 、
い ず れ の 訳 者 も訳 出 して い な い 。 この こ と は ご く 自然 な こ と で あ ろ う。 ま た 、"le monde"に
Wが"everyb戯
ゾ 、 CとTFが"everyone"と
い て も、Nが
「
だ れ も」、 YKが
MKが
つ いては、
して お り、 ほぼ 同 一 の 訳 語 で あ る と言 え る 。 邦 訳 にお
「
誰 で も」、 Yが
「
だ れ も が 」、1が
「
誰 で も」、 Fが
「
み ん な」、
「
み ん な も」 と して お り、 これ も ま た 大 差 な い と考 え て よい で あ ろ う。 した が っ て 、 こ こで は 、
第 三 文 の"皿'に
つ い て 考 え る こ と にす る。
英 訳 か ら見 よ う。WとCは"yo㎡'を
二 度 用 い 、 複 文 化 して い る。 TFは"one"を
け る単 文 構 造 を維 持 して い る。SEの"iY'は
的 な 面 で の 近 さか ら、TFが
用 い 、 SEに
お
非 人 称 代名 詞 と考 え られ る。 した が っ て 、 こ こで は 、構 造
最 も原 典 に近 い と言 え る。
邦 訳 は ど うで あ ろ うか 。 いず れ の訳 者 も、[非1人 称 【
代名 】詞 は 用 い て い な い 。 た とえ ば 、Nは
「
です
か ら 、一 分 間 で 、 フ ラ ン ス に い け さえ した ら、 日の入 りが 、 ち ゃ 一 ん と見 られ る わ け で す0」 と い う訳 文
を あ て て お り、 「
行 く」 や
「
見 る」 の 主 体 と して は 不 特 定 の 人 【
々】を想 定 して い る と考 え られ る。 構 造 的
に は 、 「(もし)∼ な ら、 ∼ だ ろ う」 と い う条 件 節 を伴 う複 文 で あ る。 た だ し、Yは
「そ の 日没 に立 ち 合 う
に は 、1分 間 で フ ラ ン ス に い け れ ば い い ん で す 。」と して お り、これ は 条 件 と帰 結 の 形 で は な く、む しろSE
の 構 文 に 近 い 形 で あ る。 見方 に よ っ て は 、Yの
み が 単 文 構 造 を 取 っ て い る と言 え な くも な い 。
賄
SEで
は、英語 の時制 を援 用す るな ら、第二 文が現在時 制、第 三文が仮 定法過 去形 と言って よいで あろ
う。 つま り、 いず れ の文 も基本 とな る時制 は現在 で ある。
英訳 の三者 、SEの
時制 を踏襲 して いる。
邦訳 の六者 の訳 文 も概 ね、第 二文が現在 時制 、第三 文が条件 節を伴 う現在 時制 の文章で ある。ただ し、
[非1人 称 【
代渚]詞 の項 において述 べた よ うに、Yの
み が、第三文 にお いて条件 と帰結 とい う形 を取 ら
ず、「
∼(た め)に は、∼(す れば)いい 」 とい う構 造を取 ってい る。
..'
引 用 箇 所 の み か ら は 、 こ れ が 純 粋 な 叙 述 文 か 、 そ れ と も 語 り手 に よ るFITか
、峻 別 が つ き に く い か も
しれ な い 。 し か し、 こ の 直 後 の 一 文 を 挟 む 二 文 に 亘 り、 語 り手 は 王 子 さ ま を 指 す"tゴ'、"te"、"ta"、"tu"、
"tu"を
立 て続 け に用 い
、 叙 述 を 続 け て い る。 こ の こ と か ら、 SEで
は 、 Frrが
用 い られ て い る こ と が わ
かる。
英 訳 は ど うか 。SEと
さ ま を 指 す"you"が
you
need
whenever
"But
do
you
on your
is mave
同 じ く 、 叙 述 文 かFITか
見 極 め に 迷 う が 、 直 後 の 箇 所 を 見 る と 、 明 らか に 王 子
用 い ら れ て い る 。 た と え ばWは"But
your
like..."を
tiny planet
chair
a few
steps.
You
on
can
your
see the
tiny
day
見 れ ば 朋 ら か で あ ろ う。 こ の こ と か ら、 FITで
, little prince,
you
had
only
115
to mwe
your
chair
planet,
end
and
my
little prince,
the
twilight
a皿
falling
あ る と 言 え る 。 た だ し 、 TFは
a few
steps. You
could
watch
Le Petit Princeと
そ の 英 日訳 に お け る
might fallwhenever
「視 点 」 の 考 察
you liked."と して お り、や や 叙 述 文 の色 合 い が 濃 い。パ ラ グ ラ フ の 最 終 の 二 文 で 過
去 形 を用 い 、 あた か も物 語 世 界 の 外 か ら、 過 去 の 時 点 を 回 顧 して 語 っ て い るか の よ うな感 さ え受 け る。
これ は 、 次 に述 べ る邦 訳 の うち のYと
で は 、 邦訳 を見 よ う。SEや
共 通 す る部 分 で あ る。
英 訳 同様 、叙 述 文 と もFITと
の語 りか けが あ り、 六者 と もFITを
も取 れ る が 、や は り直 後 に は 、 王子 さ まへ
維 持 して い る と言 え よ う。 た と え ばNは
「
だ けれ ど、 あ な た の ち
っ ぽ け な 星 だ った ら、 す わ っ て い る い す を 、 ほ ん の ち ょ っ と動 か す だ け で 、 見 た い と思 うた び ご と に 、
夕や け の空 が 見 られ る わ け です 。」と して い る。た だ し、Yは 、 「とこ ろ が き み の小 さな 星 の うえ で な ら、
数 歩 だ け椅 子 をひ けば よ か っ た の で す 。 そ うや っ て き み は、 見 た い と思 うた び に 夕 日を 見 て い た の で し
た … …」 と して お り、英 訳 のTFと
同 じ く、や や 叙 述 文 の色 合 い が 濃 い。 や は りパ ラ グ ラ フ の最 終 の二
文 で 過 去 形 を 用 い 、 物 語 世 界 の 外 か ら、過 去 の 時 点 を 回 顧 して 語 って い る か の よ うな感 が あ る。
襟
一 人 称 語 りの物 語 で あ る た め 、 「
語 ってい る主体」 と 「
経 験 して い る主 体 」 と は 、pilotで あ り、 両者
が 同 一 人物 で あ る こ とは 、例 文1に
っ て い る 主 体 」 と して のpilotが
て い る。 同 時 に 、F皿
後 述 す る が 、例 文3を
お い て述 べ た とお りで あ る。例 文3に
、 登 場 人 物 で あ るle
の 手 法 の 使用 に よ り、pibtの
含 むVIは
対 して 、pilotの 言 葉 と して語 っ
思 考 内 容 が表 現 され て い る。 た だ し、 くわ し くは
、その 「
語 り」の 様 態 が 極 め て 特 徴 的 で あ る ー-。
つ ま り、語 り手pilot
が そ の 思考 の 中で 、登 場 人 物le petit p血ceに
princeに
petit p血ceに
引用 した 箇 所 に お い て も 、「
語
対 す る距 離 感 を 取 り払 って い るの で あ る。それ は 、le petit
直 接 語 りか け て い る よ うで あ り、 あ るい は語 り手`je"の
「
内 的 独 白」 の よ うで も あ る。
で は 、原 典 と翻 訳 にお け る 「
視 点 」 の 所 在 に つ い て 見 て い こ う。
まず 、[非 】人 称[代 名1詞 に 注 目 し分 析 す る。 同 項 で述 べ た よ うに 、SEに
いて は、いわ ゆる 「
時 間 を示 す 非 人 称 代 名 詞 」 で あ り、英 訳 の 三 者 も"lt"を
お け る 一 つ 目の"∬'に
ず れ の 訳者 も訳 出 して い な い。視 点は 、SEな
は 「
経 験 して い る主 体 」 で あ るpilotに
つ
用 い て い る。 邦 訳 で は 、 い
らび に 英 訳 の三 者 に お い て は 、 「
語 っ て い る主 体 」あ るい
あ る と考 え られ る。 これ に、 用 い られ て い る時 制 が 現 在 時 制 で
あ る こ とを考 え合 わ せ る と、 「
視 点」 と 「
観 点」 は い ず れ も 、 「
経 験 して い る主 体 」 に あ る と考 え るの が
妥 当 で あ ろ う。 た だ し、 上 述 した よ うに 、 同 じパ ラ グ ラ フ の 後 半 部 分 で は 、英 訳 のTFと
邦訳 のYと
が 過 去 時 制 を用 い て い る。こ の こ とは 、視 点が 「
語 っ て い る主 体 」に あ る こ とを 意 味 す る。つ ま り、TFと
Yと
は 、 こ こ で意 図 的 あ るい は意 図せ ず に 「
視 点 」 の移 動 を お こな っ た と考 え られ る。 あ るい は ま た 、
例 文3に
引 用 した 箇 所 を 含 む この パ ラ グ ラ フ 全 体 の叙 述 部 分(会 話 以 外 の 部 分)は 、 す べ て 「
語 ってい
る主 体 」 の 「
視 点」 と 「
観 点」 か ら語 られ て い る が 、 引 用 箇 所 前 後 の 全4文(例
とそ の 直 後 の1文:全
て現 在時 制)は
文3に
引用 した3文
「
歴 史 的現 在」 と して の 現 在 形 が 用 い られ た と考 え る こ と も可 能
で あ る。 した が っ て 、伝 達 様 式 の翻1」と して は 、前 者 の 捉 え方 を す れ ば(こ れ が よ り妥 当か と考 え るが)、
仏 語 ・英 語 に お け る(V①
の稀 な パ タ ー ンで あ る 。 す な わ ち 、 日本 語 にお け る(皿)の
あ る 。あ る い は 、後 者 の捉 え方 をす るな らば 、仏 語 ・英 語 に お け る(V)で
あ る。 た だ し、純 粋 な(V)、
伝 達 様 式 のパ ター ン を翻1北
標 準 パ タ ー ンで
あ ろ う。 日本 語 にお け る ① で
あ る い は 、 ① で は な く、 「
歴 史 的 現 在 」 と して の 語 りを加 味 した 新 しい
す る必 要 が あ ろ う。
116
2つ
めの 【
非 】人 称 【
代 名 】詞"le monde"に
と して い る。 邦 訳 に お い て も、Nが
Fが
「
み ん な」、MKが
つ い て は 、Wが"everybodゾ
「だれ も」、 YKが
、CとTFが"everyone'
「
誰 で も」、 Yが
「
だ れ もが 」、1が
「
誰 で も」、
「
み ん な も」 と して い る。 「
視 点」 は 、 や は り 「
語 ってい る主体」 あるいは 「
経
験 して い る主 体 」 に あ る と考 え 得 る。 上 述 の1つ
め の"丑'に
関 す る分 析 同様 、 こ の 直 後 に 用 い られ て
い る時 制 が現 在 時 制 で あ る こ とを考 え る と 、 「
経 験 して い る主 体 」 に あ る と判 断 す る の が 妥 当で あ る と考
え る。 た だ し、 これ も 上 述 の"建'の 分 析 に お い て 述 べ た よ うに 、TFとYと
が こ の 箇 所 に続 く文 章 に
お い て過 去 形 を用 い て い る こ とは 、 この 二者 が 「
視 点」 の移 動 をお こ な っ た か 、 あ るい は 、 引 用 箇 所 を
含 む こ のパ ラグ ラ フ の叙 述 部 分 は全 て 「
語 っ て い る 主 体 」の視 点か ら語 られ て お り、引用 箇 所 前 後 の4文
に 「
歴 史 的 現 在 」 と して の 現 在 形 が 用 い られ た と も考 え得 る。 した が っ て 、 伝 達 様 式 の類 別 と して は 、
前 者 の捉 え 方 をす れ ば(こ れ が よ り妥 当か と考 え るが)、 仏 語 ・英 語 にお け る(Vn)の
る 。す な わ ち 、 日本 語 に お け る(皿Dの
な らば 、仏 語 ・英 語 にお け る(V)で
稀 な パ ター ンで あ
標 準 パ ター ン とい う こ と に な る。 あ るい は 、後 者 の 捉 え 方 を す る
あ ろ う。 日本 語 にお け る ① で あ る。 た だ し、純 粋 な(V)、
あ るい
は 、 ① で は な く、 「
歴 史 的 現 在 」 と して の語 りを加 味 した 新 しい 伝 達 様 式 の パ タ ー ン を翻lj化 す る必 要
が あ る と考 え る。
ま た これ に続 く2つ
め の"Irに
つ い て は 、英 訳 のWとCは"you"を
二 度 用い 、複 文 化 して い る。
TFは"one"を
用 い 、 SEに
お け る単 文 構 造 を維 持 して い る。 SEの"ll"は
こ こ で はTFの
訳 語 が 最 も原 典 に近 い感 が あ る。視 点の 所 在 は 、 「
語 っ て い る主 体 」 あ る い は 「
経 験 して
い る 主体 」 で あ る と考 え られ る 。 そ して 、 上 述 の1つ
めの"∬'と"le
非 人 称 代名 詞 と考 え られ 、
monde"に
関す る分 析 同様 、 用 い
られ る時 制 が 現 在 時 制 で あ る こ とか ら、 「
経 験 して い る主 体 」 に視 点が あ る と判 断 し得 る。 た だ し、 これ
も上 述 の2つ
の[非 】人 称 【
代 名1詞 の 分 析 にお い て 述 べ た よ うに、TFとYが
直後の箇所 において過
去 形 を 用 い て い る こ とか ら、 この 二 者 が 「
視 点 」 を移 動 させ た と考 え る こ と も 可 能 で あ る 一 方 、 引 用 箇
所 を含 む この パ ラ グ ラ フ の叙 述 部 分 全 体 が 「語 っ て い る主 体 」 の 視 点 か ら語 られ な が ら も、 引用 箇 所 前
後 の4文
には 「
歴 史 的現 在 」 と して の 現 在 形 が用 い られ た と考 え る こ と もで き る。 っ ま り、伝 達 様 式 の
類 別 と して は 、 前者 の捉 え 方 をす るな らば 、 仏 語 ・英 語 にお け る(V田
ち、 日本 語 にお け る(皿)の
英 語 に お け る(V)で
の稀 な パ タ ー ンで あ る 。 す な わ
標 準 パ ター ン とい う こ とに な る。あ るい は 、後 者 の捉 え 方 をす る な ら、仏 語 ・
あ ろ う。 日本 語 にお け る ① で あ る。 た だ し、 こ こか らもや は り、 純 粋 な(V)、
あ
る い は 、 ① で は な く、 「
歴 史 的 現 在 」 と して の 語 りを加 味 した新 しい伝 達 様 式 の パ タ ー ン を類 別化 す る
必 要 が あ る こ とが わ か る。
また、 「
時 制 」 の項 で 述 べ た よ うに 、SEと
験 して い る主 体 」、 す な わ ち 、SEに
英 訳 な らび に 邦 訳 す べ て に お い て 、 「
語 っ て い る 主体 」、 「
経
お け る`je"の
発 話 時 点は 、 仮 定 法表 現 を伴 うこ とを含 め 、原 則 的
に現 在 で あ る。た だ し、「
話 法 」の項 で 言 及 す る よ うに 、同 じパ ラ グ ラ フ内 の後 半 にお い て 、英 訳 のTFと
邦 訳 のYは
、 過 去 時 制 を使 用 して い る。 こ の こ とは 、 「
語 っ て い る主 体 」 へ の 視 点 の移 動 を意 味 す る も
の と考 え る こ とが 可 能 で あ る。 あ る い は ま た 、 上 述 の[非 】人 称 【
代名 】詞 に 関す る 分 析 にお い て す で に
述 べ た よ うに 、 同 じパ ラ グ ラ フ の 後 半部 分 で は 、 英 訳 のTFと
邦 訳 のYと
とか ら、 視 点が 「
語 っ て い る 主 体 」 に あ る こ とが わ か る。 っ ま り、TFとYと
移 動 をお こ な っ て い る と考 え られ る。 あ る い は 、例 文3に
117
が過 去 時 制 を 用 い て い る こ
は 、 こ こで
「
視 点」 の
引 用 した 箇 所 を含 む この パ ラ グ ラ フ全 体 の 叙
Le Petit Princeと
そ の 英 日訳 に お け る
「視 点 」 の 考 察
述部分(会 話以外 の部分)は 、す べて 「
語 って いる主体」の視 点か ら語 られて い るもの の、引用箇所 前後
の全4文(例
文3に
引用 した3文
とその直後 の1文:全 て現在 時制)は
「
歴 史的現在 」 と しての現在
形が用 い られ た と考 え るこ とも可能で あ る。つ ま り、伝達 様式 の翻 りと しては、前者 の捉 え方 をす るな
ら、仏語 ・英語 にお け る(Vmの
稀 なパ ター ンで あ る。 す なわ ち、 日本語 におけ る(皿)の 標準 パ ター
ンとい うことになる。 あ るい は、後者 の捉 え方をす るな らば、仏語 ・英 語 にお ける(V)で
語 にお いて は、 ① で ある0た だ し、上述 した こ とと同様 に、純 粋な(V)、
あろ う。 日本
あるい は、 ① では な く、
「
歴史 的現 在」 と して の語 りを加 味 した新 しい伝 達様式 のパ ター ン を翻1比 す る必 要が ある と考 え られ
る。
本稿 にお いては、以 上、三つ の例証 に留 め、次 項におい て考 察 をま とめたい。
5.考 察
3.2.2の
「【
非 】人 称 【
代 名1詞 」 と 「時 制 」 の 項 にお い て 、 一 人 称 物 語 の 場 合 、 「
体 験 す る私 」 と 「
回
想 す る私 」とが 存 在 す る と述 べ た 。第4節
ち 不 特 定 の 人[々]を
にお い て 見 た3つ
の例 文 中 の 「[非】人 称 【
代 名]詞 」の 総 数(う
指 す もの)を 整 理 す る と、次 の とお りで あ る。例 文1に
つ い て は 、SE:4② 、W:4② 、
C二4(2)、TF:4(0)、 N:0(0)、 YK:0(0)、 Y O(0)、1:1(0)、F:1(0)、 MK:1(0)、 例 文2に
W:6(1)、C:5②
、TF:5②
SE:3(1)、 W:4(3)、
、N:1(1)、 YK:0(0)、 Y
C:4(3)、 TF:3②
つ い て は 、SE:6(2)、
1(1)、1:2(1)、F:1(1)、 MK:1(1)、 例 文3に
、 N:1(1)、 YK:1(1)、
つい ては、
Y 1(1)、1:1(1)、 F:1(1)、 MK:1(1)、
で あ る。
す な わ ち 、仏 語 と英 語 に お い て は 、 「【
非1人 称[代 名]詞 」 は 明 示 され 、 内容 的 に は 、原 典 の仏 語 に あ る も
の を 、 英 訳 に お い て は 、 お お む ね そ の ま ま 英 語 に置 き 換 え て い る こ とに な る。 た だ し、 第4節
お い て 指 摘 した よ うに 、例 文1に
る。 原 典 な らび にWとCに
お い て 、TFは
の分 析 に
「人 称 代 名 詞 」で は な く 「
非 人 称 代 名詞 」 に 変 換 して い
お いて、 「
見 て い る主 体 」の 「
視 点」 は 、 「
語 っ て い る(回 想 して い る)主 体 」
と して の私 か ら、 一 時 的 に 、 これ ら不特 定 の人[々 】
へ と移 動 す る 。 一 方 、 ㎜
られ な い 。邦 訳 に お い て は 、1、F、 MKに
において は、その移動 は見
おいてそれ ぞれ一箇所ず つ出現す る 「
非 人 称 代 名詞 」 を 除 き 、
「【
非1人 称[代名 】
詞 」 は 出 現 して い な い。 した が って 、 文 脈 か ら判 断 す る ほ か な い が 、 「見 て い る主 体 」
の視 点 」 は 、 「
語 っ て い る(回 想 して い る)主 体 」 と して の 私 か ら、 これ ら不 特 定 の 人 【々】へ と移 動 して
い る と考 え られ る。同様 に 、例 文2に
邦 訳 は 、 例 文1同
名 詞 」 は 、YKが0、
お い て は 、英 訳 はす べ て 、原 典 同様 、 「
人 称 代 名詞 」を 用 い て い る。
様、 「
主体 」 は 明示 され な い箇 所 の ほ うが 多 く、 うち不 特 定 の 人[々 】を 指 す 「
人称 代
ほ か5名
は1と
い う数 で あ る。 これ もま た 、文 脈 か ら判 断 せ ざ るえ を得 な い。 例 文
2に お い て は 、 す べ て の 英 訳 、 邦 訳 につ い て(邦 訳 につ い て は 程 度 の差 が 見 られ る が)、 「見 て い る主 体 」
の 「
視 点」 は 、 「
語 って い る(回 想 して い る)主 体 」 と して の私 か ら、 一 時 的 に 、不 特 定 の 人[々 】
へ と移 動
して い る と考 え られ る。 例 文3に
お い て は 、 や や 異 例 的 で あ る。 原 典 に お け る 「[非】人 称[代 名 】詞 」
の総 数 と、うち不特 定 の 人[々1を 指 す もの の 数 が 、英 訳 で は 両者 と も に増 加 傾 向が 高 く、邦 訳 に お い て は 、
6者 とも に 大 き く減 少 し、 全 員 が 同数 の1(1)と
な っ て い る。 まず 、英 訳 につ い て は 、原 典 にお い て 「
非
人 称 代 名詞 」 で あ る もの を 、 「
不 特 定 の人 【々】 に変 換 して い る箇 所 が多 い こ とが特 徴 的 で あ る。 分 析 の
中 で 述 べ た よ うに、 文 例(3)の1つ
目の"11"に つ い て は 、少 な く と も 、TF訳
とY訳(Y訳
訳 で あ る が)に お い て 、 「
視 点」 の 移 動 が され て い る と考 え得 る。 さ らに 、"le monde"に
118
は 無 論 、邦
つ い て は 、英 訳
に お い て 人 を指 す 名 詞 へ の転 換 が 顕 著 で あ る。2つ め の"11"に つ い て も、W訳
とC訳
で は 、人 称 代 名詞
に 転 換 され て お り、 同 様 の傾 向 が 見 られ る。 これ はす な わ ち 、 仏 語 よ り英 語 の ほ うが 、 人 を 主 語 に据 え
る傾 向 が あ る と考 え て よい の か も しれ な い 。 本 稿 に お い て は 、 事 例 を3つ
挙 げ た の み で あ るが 、作 品 全
体 か ら、 こ の傾 向 を垣 間 見 る こ とが で き る。 一 方 、 邦 訳 につ い て は 、 統 語 上 の 主 語 の 大 半 が訳 出 され て
い な い た め、 上 述 の よ うな数 値 と な る。 「
視 点 」 に つ い て は 、 分 析 に お い て 述 べ た よ うに 、TF訳
とY訳
では、 「
語 っ て い る主 体 」 に移 動 した と も考 え られ る し、 あ る い は ま た 、 引 用 箇 所 全 体 の 「
視 点」 が 「
語
っ て い る主 体 」 に あ り移 動 して い な い と も考 え得 る。
以 上 、 「俳]人
称 【
代 名 】詞 」 と 「
時 制 」、 そ して 「
話 法 」 の 観 点か ら分 析 した と こ ろ 、 次 の よ うな こ
とが 言 え る。 まず 、 「[非】人 称[代渚1詞 」 を 辿 っ て い く と、仏 語 の 一 人 称 物 語 に お け る 「
見 て い る 主体 」
の 「
視 点」は 、 「
語 っ て い る主 体 」 と して の 私 か ら、不 特 定 の人 【々】へ と移 動 す る場 合 が 多 く見 られ る。
同 作 品 の 英 訳 にお い て は 、そ の 「
視 点」の 移 動 の様 態 が維持 され る場 合 と され な い 場 合 とに 二 文 され た 。
邦 訳 にお い て は 、 そ の 「
視 点」 の維持 度 は か な り高 い。 ま た 、 「
時 制 」 を分 析 した と ころ 、 仏 語 の 一 人 称
物 語 にお け る 「
語 っ て い る主 体 」 の発 話 時 点 は 、例 文1と
例 文2に
例 文3に
お い て は 、原 則 的 に 不 動 で あ るが 、
お い て は移 動 が 見 られ る。 同作 品 の 英 訳 に お い て は 、例 文1に
お い て は 維 持 され 、 仏 語 の複 合
過 去 形 に対 応 す る形 と して 、 現 在 完 了 形 と過 去 形 とい う異 な る形 が 出 現 し、発 話 時 点 は移 動 して い る と
考 え られ る。邦 訳 にお い て は 、一 見 、す べ て仏 語 と 同 じ過 去 時制 の よ うに見 え るが 、例 文2に
お いては、
厳密 には、文 末に、 「
語 っ て い る主 体 」 の存 在 とそ の発 話 時 点 が 現 在 で あ る こ と を示 す 末 尾 辞 を伴 っ て い
る。 これ に よ り、 「
語 っ て い る主 体 」 の発 話 時 点は 、大 胆 に移 動 を な して い る こ とが わ か る。 そ して 、 「
話
法 」 の 様 態 か らは 、仏 語 の一 人 称 物 語 に お い て は 、 「自由 間接 話 法(FIS)」
の 語 り手 に よ る伝 達(NRSA)」
か 、 あ るい は ま た 「
発話 行為
か 、 見 極 めが 困難 な も の が 多 か っ た 。 した が っ て 、 本 稿 に お い て は 、 こ
れ ら二 つ の様 態 を併 記 す る 形 を取 っ た 。 英 訳 な らび に 邦 訳 の 大 半 が 、 同 様 に 二 つ の様 態 の性 質 を備 え て
い た 。 た だ し、例 文1に
お い て は 、英 訳 の 冊
る様 態 を 取 っ て い た 。 また 、例 文2に
は 、 明 らか に 「
発 話 行 為 の語 り手 に よ る伝 達 」 と見 られ
お い て は 、英 訳 のWが
「
直 接 話 法 」 を 、 邦 訳 のYKが
「
発話 行為
の 語 り手 に よ る伝 達 」 と 「
直 接 話 法 」 とを選 択 して い た 。3.4.1の 英 語 にお け る 「
発 話 の表 出 」 の 項 で 見
た よ うに 、 「
発 話 行 為 の語 り手 に よ る伝 達 」 は 、基 準 よ り三 段 階左 側 、す な わ ち、 語 り手 に よ る支 配 が 高
い 。 一 方 、 「自由 間 接 思考 」 は 、 基 準 よ り一 段 階 左側 、 す な わ ち 、 語 り手 に よ る支 配 が よ り低 い もの で あ
る。 さ らに 、 「直接 話 法 」 は 、 基 準 で あ り、 よ り語 り手 に よ る 支 配 が 減 少 す る もの で あ る。 した が っ て 、
一部 の英訳 には
、語 り手 の 支 配 に委 ね る 「
発 話 表 出 」 の様 態 を選 択 す る傾 向 が あ り、 一 部 の 邦 訳 に は 、
語 り手 の 支 配 を逃 れ 、 読 者 に 直 接 的 に話 しか け る 「
発 話 表 出 」 の様 態 を選 択 す る傾 向 が あ る と考 え られ
る。例 文3に
お い て は 、基 本 的 に は 、原 典 と英 訳 な らび に 邦 訳 に お い て 、 「
視 点」 は 「
体 験 して い る主 体 」
に 固 定 され て い る と考 えれ ば よい 。 た だ し、TFとYと
体」 への
は、 「
体 験 して い る主 体 」 か ら 「
語 って い る主
「
視 点 」 の移 動 を お こ な っ て い る と考 え得 る。 あ る い は ま た 、 す べ て 「
語 っ て い る主 体 」 の 視
点 か ら語 られ て い る も の の 、 引用 箇 所 前 後 の 全4文
は 「
歴 史 的 現 在 」 と して の 現 在 形 が用 い られ た と考
え る こ と も可 能 で あ る。 ま た 、 話 法 は 、 原 典 と英 訳 な らび に 邦 訳 にお い て 、F皿
え て よい で あ ろ う。 た だ し、や は り、TFとYと
が 用 い られ て い る と考
は 、叙 述 文 で あ る色 合 い が 濃 い 。 例 文3に
つい ては、
総 合 的 に判 断 す る に 、 原 典 に お け る 「
視 点 」 の 移 動 が な い状 態 が 、 翻 訳 にお い て 維 持 され 、 話 法 も維 持
119
五θ」%漉 乃 盟oθ とそ の英 日訳 にお け る 「
視点」 の考察
され てい る と考 え るのが妥 当で あろ う。
6.お わ りに
本稿 では、原 点 と翻 訳作 品 にお ける 「
視 点」の所在 とその移動 の しかた につ いて、 「
視 点」 とい う概 念
の検分 か ら始め、 「
視 点」の周辺 にあ るい くつ かの概 念 につ いて概観 した。 そ して、特定 の物 語 とその翻
訳作 品か ら例証 し、分析 、考察 した0同 時に、英語 の三人称 物語 を対 象 とした理 論 が多 く存在す るが、
これ らは、一人称 物語 に どの よ うに適応 でき るの か、 さ らには、 日本 語の三人称 物語 や一人称物 語 につ
いて はいかな る貢 献 をな し得 るのかを考 えた。適 応 し得ない と考 え られ る事象 につい ては、筆者 な りの
主 張 を打 ち出 したつ も りであ る。これ はまだ 理論 としては脆 弱であ るた め、今後の課題 としたい。また、
本稿 にお いては、 スペ ー スの関係 もあ り、例証 は二つ に留めた が、 さらに数 を増や し論証 を してい きた
い。 これ も今後 の課 題で ある。
最後 に、無 論、訳 文 を特 徴づけ る要 因はほか にも多様に ある。語彙や 語句の選 択、文化 的背景 の理 解、
原作 の完成度 、原 作へ の愛着 、 トー ンの一貫性 、な ど表層 的な部分 か らよ り深層的 な部分 に至 るまで、
多岐 に亘 るで あろ う。 しか し、翻訳作業 の どの段 階にお いて も、文脈 を軽 ん じるこ とな く、語 り手 の視
点 を読み 取 り、それ を訳 文 に移行 す るこ とは肝要 であ る と考 え る。 それ は、容 易 な作業 で はないで あろ
う。 なぜ な ら、文脈 を加 味 し、視 点を把握す るた めには、原典 を文学作 品 と して分析す る文学力 が要 さ
れ るか らであ る。そ して 、皮 肉な ことに、そ の分析 は、必ず しも数値や 言語で 明示 され るものではない。
この ことが、文学 作品 の言 語学的分析 を偏 った ものに して きた理由 の一 つで あろ う。 さらに言 えば、そ
れ を した ところで、あ る一 つの文学 作品 につ いて のみ有 用な事 実で あった り、一 人の翻駅者 につ いての
み 該 当す るテーゼ であ った りす るか もしれ ない。 だが 同時に、 その蓄積 は何 らか の画期的 な発 見や 普遍
的 な結論 を生み 出す か も しれ ない。翻 訳作 業が、一語ずつ の吟 味か ら部分 や全体 の リズ ムの調 整 に至 る
まで膨 大な時間 とエネル ギー を要す るの と同様 に、翻 訳分析 もま た、際限 のない もので ある。本研究 は、
翻訳実 践 と翻訳理論 を研 究す るために、有用 な もので ある と考 える。
120
【註 】
1.筆
者 は 、「
語 り」の タ イ プ に つ い て 、前 田(2004:108)に
よ り普 及 した類 別 で あ る 「
一 人 称 語 り」 や
ω
よ る 以 下 の 類 別 を念 頭 に 置 く。た だ し、本 稿 に お い て は 、
「
三 人称 語 り」 とい う名 称 を暫 定的 に使 用す る。
「
語 り手 」 の 語 りに よ る物 語:三 人 称 小 説
(B)「 私 」の 語 りに よ る物 語:一
(C)「 映 し手 」 に よ る物 語:語
2.Morisette(1985:84)に
人 称 小説
り手 不 在 の 三 聯
」
・
説
よれ ば 、 「
視 点」 とい う術 語 を 最 初 に 定 義 づ け した人 物 は 、Henry
義 とは 、"post ofobservation"で
あ る とい う。James自
身 も、"the analogy between
Jamesで
あ り、 そ の 定
the art ofthe painter andthe
art of the n(Mehst is, so far as I am
able to see,00mplete."(1884:149,)と
指 摘 して い る。Walesも
とは 、 絵 画 理 論 か らの 類 推 に よ る と し、 物 語 世 界 の で き ご とが語 られ る とき な
どの"angle
、「
視軸
ofvision"(1989:362)を
3.σhatman(1978:151.152)の
figurative through
from someone's
な ら、 ①
4.三
述 べ 、 芸 術 家 と小 説 家 の 方 法 の 類 似 性 を
示 す と して い る。
分 類 は 更 に 厳 密 で あ る。 ①hteral:through
someone's
worldview(ideology,
interest-vantage(characterizing
「
人 の 目」、 ②
「
人 間 の 精 神 」、 ③
conceptual
someone's
system, Weltanschauung,
eyes(perception)、
②
etc.),3Q transferred
his general interest, profit,welfare, we皿 ・being,etc.)。換 言 す る
「
人 の 関 心 の あ る 立 場 」、 とい うこ とに な る。
人 称 物 語 の場 合 。 一 人称 物 語 の 場 合 は 、 「
視 点 を担 う主 体 」 と 「
物 語 る声 を発 す る主 体 」 とが 同一 。 ま た 、い ず
れ の 語 りの タ イ プ に お い て も 、 「
視 点 を担 う主 体 」 と 「
物 語 る声 を発 す る主 体 」 と は 、 イ ラス トに示 した 時 点 か ら
他 方 へ と移 動 可 能 で あ る。
5.ド イ ツ語 で は 「
体 験 話 法(erlebte
in曲
㏄t
direkte
6,こ
speech)」)、
Rede)」
こで 言 う
に よる
の
7.発
Rede)」 、英 語 で は 「
描 出話 法(represented
フ ラ ン ス語 で は
「自 由 間 接 話 法(style
と 呼 ぶ の が 通 例 で あ る(::
indirect
speech)」 あ る い は 「
自 由 間 接 話(free
libre)」 、 「
擬 似 直 接 話 法(Uneigengliche
:316-359)。
「主 語 」 と は 、 統 語 上 の そ れ を 指 す 。 ご く 簡 潔 に 述 べ る と 、 三 上 章 に よ る
「主 語 論 理 批 判 」、 柳 父 章 に よ る
「主 語 懐 疑 論 」、 そ し て 、 金 谷 武 洋 に よ る
「主 語 不 要 論 」 の う ち 、 筆 者 は こ
「
主 語 不 要論 」 に 賛 同す る も の で あ る。
話 の 表 出 」 の4種
類 を 例 文 に よ り変 換 す る と 、 次 の よ うに な る 。 一 つ のDSに
数 の 形 に 変 換 さ れ る こ と が 可 能 で あ り、 逆 に 、 一 つ のIS、
FIS、
NRSAに
対 し て 、 IS、 FIS、
対 し て 、 複 数 のDSの
こ と も可 能 で あ る。
DS:He
said,皿come
back
here
to see you
again
IS 1:He
said that
he would
return
there
IS2:He
said that
he would
return
to the hospital
FIS
1:He
said I'llcome
FIS2:`1'll
come
FIS3:r皿oome
8.「
「
主 語 不 要 論 」、 西 田 幾 多 郎
back
back
here
ba(:k here
N圏A1:He
promisedto
NRSA2:He
promised
思 考 の 表 出 」 の4種
here
tomorrow.'
to see her the
to see you
to see you
again
to see you
again
again
following
to see her the
day.
following
tomorrow.
tomorrow.'
tomorrow.
return.
to visit her
again.
類 を例 文 に よ り変 換 す る と、 次 の よ うに な る。
121
day.
NRSAは
複
形 に 変 換 され る
掬 」
施 漉 ・Princeと そ の英 日訳 に お け る 「視 点 」 の 考 察
FDT
Does
DT
she stilllove me?
He wondered,`Does
FIT
she stilllove me?'
Did she sti皿love him?
IT He wondered
NRTA:He
if she sbmoved
wondered
9.FISlF皿
him.
about her love for him.
の特 徴 や そ れ ら と 「
視 点」の 所 在 との 関 連 性 につ い て 、本 稿 に お い て は 、誌 面 の 都 合 上 、詳 述 しな い が 、
筆 者 に よ る修 士 論 文(2007)を
10.本 稿 に お い て 記 述す る3つ
11.例 文3を
含 むchapter
(2007)を
参 照 され た い 。
の例 文 な らび に分 析 に つ い て は 、 筆 者 に よ る修 士 論 文(2007)も
VIが
参 照 され た い。
、 「
語 り」 の様 態 にお い て 特徴 的 で あ る こ と につ い て の 詳 述 は 、 筆 者 に よ る 修 士 論 文
参 照 され た い。
【参 考 文 献 】
::
,
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Mimleapo】
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「視 点 」 の 考 察
124
日本語 における無生物 主語を伴う他動詞 表現
一
An
Analysis
『ヰ タ ・セ クス ア リス 』を 中 心 に--
of Jap
anese
Transitive
ACase
E琴pressions
Study
of
松 本 裕介
Vta
with
Inanimate
Agents:
Sexualis
Yusuke
Matsumoto
義塾大学政策 ・
メディア研究科
慶應 Graduate School of Media and Governance,
Keio University
The
expressions
purpose
are
linguistics.
which
inanimate
with
animate
created
【キ-ワ
1.無
4.メ
paper
is
inanimate
data
I have
nearly
a
results
I have
agents
by
consideration;and(3)it
was
this
to
find
agents
examined
thousand
in
out
the
conditions
Japanese
include
examples
Mori
of
under
within
Ogai's
Japanese
the
Vita
which
transitive
framework
Sexualis
of
and
transitive
cognitive
my
corpus
expressions
with
agents.
The
with
used
The
contains
of
under
0bta血ed
metaphor
is not
the
influence
are
or
the
followi皿g:(1)inanimate
metonymy;(2)levels
necessarily
of European
the
case
of transitivity
that
hterature
the
construction
translated血to
agents
must
under
are
be
associated
taken
into
consideration
Japanese.
ー ド】
生 物 主 語(inanimate
ト ニ ミ ー-(metonymy)5.名
agents)2.他
動 詞(transitive
詞 句 階 層(Silverstein
125
verbs)3。
hierarchy)6.構
メ タ フ ァ ー一(metaphor)
文(construction)
日本 語 に お け る 無 生 物 主 語 を 伴 う他 動 詞 表 現一 『ヰ タ ・
セ ク スア リ ス』 を 中心 に一
1.は じめに
無 生 物 主 語 とい う文 法 用 語 は 、今 や 頻繁 に使 われ て い る。こ の一 方 、特 に 日本 語他 動 詞 表 現 に
お け る無 生 物 主 語 につ い て は未 だ 研 究 途 上 で あ る。本稿 は 、これ に 関 して 、森 鴎外 に よ る 『ヰ タ ・
セ ク ス ア リス 』 を言 語 資 料 と し、そ の 使 用 状 況 を分 析 す る こ とを 主 た る 目的 と して い る。
2.理 論 的 基盤
無 生 物 主 語 の 最 も典 型 的 な捉 え方 は 、Lakoff(1980)の
よ うに擬 人化 メ タ フ ァー の 一 貫 とす る
も の で あ る と思 わ れ るが 、決 して それ だ け で 割 り切れ る もの で は な い 。ひ とた び 実 際 の 使 用 例 に
目を 向 けれ ば 、様 々 なバ リエ ー シ ョン が あ る こ とに気 付 か され る。以 下で は 、それ ら を概 観 しつ
つ 、 理 論 的 基盤 を 簡 単 に検 討 した い 。
2.1無 生 物 主語 の 諸 相
例 え ば 、 以 下 の 場 合 は ど うだ ろ うか 。
(1)東 京 を直 撃 した 地 震 が会 場 を襲 い 、一 時騒 然 とな りま した。
(2)彼 女 の 言 葉 は国 民 全 体 の不 安 感 を代 弁 して い る。
(3)漂
白剤 の塩 素 が た ん ぱ く質 を溶 か した。
これ らはTVに
お い て ナ レー シ ョン の形 で 発 話 され た もの で あ る。無 生物 主語 と聞 い て 多 く の人
が連 想 す るの は 、(1)の類 で は な い か と思 わ れ る。確 か に(1)な らば地 震 を 生物 化 して い る と捉 え
る の が 自然 だ ろ う。 だ が 、(2)の場 合 に は 、 「
言 葉 」 よ りもむ しろ 「
彼女」が 「
代 弁 して い る」 い
る は ず で あ る。 これ は 、(1)の よ うに 自然 現 象 で あ る地 震 を生 物 の領 域 へ と写 像 す る も の とは 異
な り、 同 一領 域 内 で の 焦 点 の移 動 で あ る。 つ ま り、 「
言葉」 は 「
彼 女 」 に対 して の メ トニ ミー と
捉 え られ る。(3)は 生物 化 メ タ フ ァー とも メ トニ ミー と も異 な り、 よ り抽 象 的 な因 果 関係 を 表 現
して い る もの で あ る。 無 生 物 主 語 を伴 う他 動 詞 表 現 は、 大 まか に この3種
へ と分 類 す る こ とが
で き る(後 に扱 うが 、 も ち ろん この3種 以 外 の もの も あ る)。
こ こで 三 点補 足 した い 。第 一 に、何 の 断 りも無 い場 合 、本 稿 にお け る 「
無 生物 主 語 」 は動 詞 の
動 作 主 の こ とを 、「
他 動 詞 」は ヲ格 を伴 う動詞 を指 して い る。 よ り抽 象 的 に言 えば 、 「XガYヲV
スル 」、 「YヲVス
ルX」(名 詞 句)と い う形 式 にお いて 、Xが 無 生物 で あ る場 合 を 取 り扱 う とい
う こ とで あ る。厳 密 な主 語 論 、他 動 詞 論 の構 築 を 目的 と して はい な い た め 、これ らの領 域 には 徒
に 立 ち 入 らな い 。第 二 に、筆 者 は 基 本 的 には 作 例 で は な く、実 際 の使 用 例 を用 い て議 論 を進 め る。
これ は 、 この種 の表 現 が広 範 に用 い られ て い る とい う事 実 を重 視 す るた め で あ る。 しか し、現 状
で は 、 この よ うな研 究 の 助 け とな る 日本 語 コー パ ス が 十 分 に準 備 され て い る とは言 い難 い た め 、
TVやWEB、
書 籍 や 会 話 な どか ら筆 者 自身 が集 め た例 文 をデ ー タベ ー ス化 した ミニ コー パ ス を
分 析 に 用 い て い る。 この た め、デ ー タが 偏 っ て い る こ とは 否 定 で き ない 。 とは い え、本稿 執 筆 時
点 で844例(46例
の 古 典 語 を含 む)に 達 してお り、 あ る程 度 の 客観 性 は確 保 で きて い る ので は
126
な い か と思 わ れ る。 これ らの点 を 付 け加 え て お く。
2.2メ トニ ミー に つ い て の よ り詳 細 な 検 討
メ トニ ミー と い う語 は 色 々 な 文 脈 で 用 い ら れ て い る 。混 乱 を 避 け る た め 、 こ こ で メ トニ ミー に
つ い て 整 理 を行 い た い 。
ま ず 、 佐 藤(1992)は
以 下 の よ う に 述 べ て い る。
お お ざ っ ぱ に単 純 化 して 言 うな ら、隠 喩 が 類 似 性 に も とつ く比 喩 で あ っ た の に 対 して 、《換 喩》 とは 、
ふ た つ の も の ご との 隣接 性 に も とつ く比 喩 で あ る。換 喩 に該 当 す る ヨー ロ ッパ 語 は メ トニ ミー(メ トニ
ミー)一 か た か な で は仏 語 ・英語 同 形 とな る一 。(佐 藤1992:140)
加 え て 、 隣 接 性 に 対 して 、 以 下 の よ うに も 述 べ て い る。
た だ し、 隣 接 性 とい う概 念 は 、 か な り広 い 意 味 に 、 ほ とん ど縁 故 とい う程 度 に 広 い 意 味 あい に理 解 しな
け れ ば な らな い 。(佐 藤1992:155)
こ の 隣接 性 は 近接 性 と も言 わ れ る概 念 で あ る。こ こで 注 意 しな けれ ば な らな い の は 、広 い意 味 で
の 隣接 性 に 基 づ く もの を全 て メ トニ ミー と称 して しま うこ とに は 問題 が あ る とい う こ とで あ る。
例 え ば 、谷 口(1993)の
よ うに 、 因 果 関係 や 種 と類 を含 む 部 分 ・
全 体 関係 を近 接 性 と捉 え る見 方
も あ る が 、 これ で は メ トニ ミー で な い もの を探 す 方 が 困難 に な っ て しま う(種と類 を近 接 関係 と
見倣 す こ とに は 無 理 が あ ろ う)。これ を避 け るた め、本 稿 にお い て は 大 堀(2002)に
倣い、 「
単一
の概 念 領 域 の 中 で 、プ ロ フ ァイル が移 行 す る こ と に よ って 成 り立 つ 捉 え方 」が 反 映 して い る表 現
を メ トニ ミー と呼 ぶ こ と にす る。な お 、メ トニ ミー の作 用 領 域 に 関 して は 、他 動 詞 の動 作 主 と し
て の 主 語 のみ に 限 定す る。 これ は 、 例 え ば 、 「
彼 女 の言 葉 は 国 民全 体 の 不 安感 を代 弁 して い る」
とい う一 文 全 体 で どの よ うな 意 味 を表 してい るか とな る と、い か よ うに で も理 解 で き る こ とに な
っ て しまい 、 際 限 が 無 くな るた めで あ る。
2.3無
生 物 主 語 を め ぐる 先 行 研 究
"Silverstein
Silversteinに
Hierarchy"に
関 連 した 角 田(1991)の
考 察 に つ い て 述 べ た い 。 角 田(1991)は
よ る 、 動 作 者 へ の な りや す さ 、 対 象 へ の な りや す さ の 度 合 い に 関 す る 階 層 を 用 い
て無 生 物 主 語 他 動 詞 表 現 を分 析 して い る。 以 下 が そ の 階 層 で あ る。
(代名詞)
1人 称
2人 称
(名詞)
3人 称
親族名詞
人間名詞
動物名詞
無生物名詞
左 に あ る も の ほ ど動 作 者 に な りや す く、右 に あ る ほ ど対 象 とな りや す い とい う。なお 、無 生 物
127
日本 語 にお け る 無 生物 主語 を 伴 う他 動詞 表 現一 『ヰ タ ・
セ ク ス ア リス 』 を 中心 に-
名 詞 を 角 田(1991)は
、 自然 の 力 の 名 詞 と抽 象 名 詞 、地 名 へ と分 類 し て い る(自 然 の 力 の 名 詞 の
ほ うが 階 層 上 は 左 側 と し て 分 類 し て い る)。
角 田(1991:48)は
、 日本 語 に お け る 無 生 物 主 語 他 動 詞 表 現 の 全 て が 不 自然 、 翻 訳 調 で あ る わ
け で は な く 、 階 層 上 の 概 念 に お い て 動 作 が 下 位(右
側)か
ら 上 位(左
側)へ
と向 か っ た 場 合 に は
不 自 然 と な り う る が 、 上 位 か ら 下 位 へ と 向 か っ た 場 合 に は そ うで は な い 、 と 述 べ て い る 。 角 田
(1991)に
よ れ ば 、 以 下 の(4)、(5)の よ うな 表 現 は 自 然 、(6)、(7)の
と に な る(便
よ うな 表 現 は 不 自 然 と い う こ
宜 上 、?マ ー ク を 付 与 した)。
(4)台
風 が 家 屋 を壊 した 。(角 田1991:48)
(5)雷
が 携 帯 電 話 の 電 子 回 路 を 壊 して し ま っ た よ う で す 。
(6)?風
が 私 の 心 を 悲 し ま せ る 。(金 田 一1981:209)
(7)?何
が 彼 女 を そ う さ せ た か?(金
田 一1981:209)
こ こ で 「自然 で あ る」 とは い か な る こ とか検 討 して お き た い 。 これ は 、換 言 す れ ば 、 ど の レベ
ル の容 認 性 に 問題 が生 じ るの か とい うこ とで あ る。(4)∼(7)を 比 較検 討 した と き、 文 法 的 に も意
味 的 に も全 て適 格 で容 認 可能 で あ る。 とな る と、談 話 、場 面 、文 体 とい った コ ンテ ク ス トが 関連
す る解 釈 可能 性 の 問題 とい うこ とに な る。確 か に 、何 の意 図 も持 た な い無 生 物 が 生物 に影 響 を及
ぼす よ うな 動 作 を す る こ とは 通 常 あ りえ ない 。無 生物 を動 作 主 と して捉 え るの が 日常 的 、一般 的
で な い こ とは 事 実 で あ ろ う。余 程 特殊 な コ ンテ クス トで な い 限 り、 日常 会 話 に お い て無 生物 主 語
が 生 物 主 語 よ り好 まれ る とい うこ とも無 い。 これ は 、小 説 等 にお い て も同 様 で あ る。 しか し、先
に も述 べ た よ うに 、(6)や(7)が意 味 的 に理 解 不 可 能 だ とい う こ とは決 して な い。 事 実 、 以 下 の よ
うに角 田(1991)の 基 準 に照 らせ ば不 自然 とな る も の も広 く用 い られ て い る。
(8)バ ラの 香 りが多 くの 人 を 引 きつ け る。
(9)こ の不 運 が こ の後 ロバ ー トを追 い詰 め る。
(10)利 章 の密 書 は た だ 忠之 主従 を驚 き あ きれ させ た ば か りで は な い。(森 鴎 外 『栗 山 大膳 』 よ り)
そ もそ も 、実 際 に何 の 問題 もな く使 用 され て い る表 現 を(そ れ も活 字 媒 体 のみ な らず 、ナ レー
シ ョン な どの形 に お い て さ え も)、不 自然 で あ る と認 定 す る こ と に どれ ほ どの価 値 が あ るの だ ろ
うか 。筆 者 は 、 この よ うな こ と に は価 値 が 無 い と考 え る。そ うで は な く 、他 動 詞 が 無 生 物 主 語 を
取 る場 合 に は どの よ うな 見 方 が反 映 され て い るの か を考 え る こ との 方 が 、 よ り生 産 的 で あ ろ う。
3.『ヰ タ・
セクスア リス』にお ける使 用
これ まで の 議 論 を踏 ま えた 上 で 、実 際 に表 現 を 分析 して み た い 。言 語 資 料 と して は 、先 に も述
べ た よ うに、 森 鴎 外 の 『ヰ タ ・
セ ク ス ア リス』 を用 い る。 これ は 、森 鴎外 の 文体 が 現 代 日本 語 に
与 え た影 響 の大 き さを鑑 み て の こ とで あ る。ま た 、青 空 文 庫 に て公 開 され て お り、誰 で も再 検 証
128
可 能 で あ る とい う利 便性 も考 慮 に入 れ て い る。な お 、本 稿 は 文 学 論や 文 体 論 を打 ち立 て る こ とを
目的 と して は い な い た め 、 この 点 に 関 して の詳 述 は避 け る とい うこ とを 予 め 断 っ て お く。
『ヰ タ ・
セ ク ス ア リス 』 で は、 合 計 で29例
の無 生物 主語 を伴 う他 動 詞 表 現 を含 ん だ文 が 用 い
られ て い た 。 これ を 多 い と見 るか 少 な い と見 る か で は意 見 が分 かれ る と思 われ るが 、 『徒 然 草 』
で は6例
、『お くの ほ そ道 』 で は俳 句 を含 めて8例
で あ る こ と、 『好 色 一 代 男 』 な どで は全 く使
われ て い な い こ とな ど を考 え る と、多 い と見 る のが 妥 当で あ ろ う。文 語 体 と口語 体 の端 境 期 にお
い て 、人 々 に広 く受 け入 れ られ て い た森 鴎 外 の 作 品 で これ だ け用 い られ てお り、な お か つ 、そ れ
が 現 代 に も伝 わ っ て い る こ とは興 味深 い。た だ し、古 典 で 全 く使 わ れ て い な い とい うこ とは な く、
漢 文 脈 の 文 章 や 和 歌 、俳 句 にお い て は多 くの使 用 例 が あ る 点 に は 注 意す べ きで あ る(確 証 は無 い
が 、こ こに は 、か つ て教 養 と され て い た 漢詩 で 度 々使 用 され て いた 山 な どの 自然 物 を主 語 と した
生 物化 メ タ フ ァー の 影 響 が 潜 ん で い る の で は な い か と思 われ る)。
3.1生 物 化 メタファ以 下 で は 、明 らか に 生 物化 メ タ フ ァー と解 す る こ とので き る も の を取 り扱 う。な お 、 ここ で の
生 物 化 メ タ フ ァー とは、一 般 に言 う擬i人化 とほ ぼ 同等 で あ る。本 稿 にお い て生 物 化 とい う術 語 を
用 い る の は理 由が あ る。端 的 に言 え ば 、意 図 を持 っ て他 者 に影 響 を及 ぼ す とい う、他 動 詞 の プ ロ
トタイ プ的 な行 為 者 に は 人 間 の み な らず 動 物 な ど もな り うるか らで あ る。 とは い え 、 「
生 物 とは
何 か?」 と問 い 始 め る と、そ の定 義 に は極 め て 大 き な 困難 が あ る こ と に気 付 か され る。 これ は 、
生 物 と無 生 物 の 中 間領 域 に 隔 た る 「
遺 体 」な どに つ い て 考 えて み て も分 か る。確 か に科 学 的 に は
死 ん でお り、現 実 的 には 動 作 主 に な りえ な い無 生 物 だ と して も、無 生 物 と簡 単 に割 り切 る こ とは
で き な い。 む しろ、 我 々 は 、 どち らか とい え ば 生 物 に近 い もの と して 扱 って い る。 こ の 「
遺体」
は こ こ で の分 析 と は 直接 的 に は 関係 しな い が 、筆 者 が主 張 した い の は 、つ ま る と こ ろ、生 物 か無
生 物 か の判 断 に は様 々 な複 合 的 な 要 因 が 関連 して お り、絶 対 的 な基 準 を設 け る こ とは 不 可能 だ と
い う こ とで あ る。 この た め、生 物 性 にか か る 問題 は 、い き お い 、筆者 自身 と身 近 な 協 力 者 達(日
本 語 を母 語 とす る大 学 生)の 主観 に基 づ くこ とに な らざ る を得 な い。 この 点 に関 して 、予 め 断 っ
て お く。
明 らか な生 物 化 メ タ フ ァ ー は2例 用 い られ て い た。
(11)そ の縁 の 、杉 菜 の 生 えて い る砂 地 に、 植 込 の高 い 木 が 、少 し西 へ い ざ っ た影 を落 と して い る。
(12)そ うして 見 る と、 月 経 の 血 が 戸 惑 を して 鼻 か ら 出 る こ と もあ る よ うに 、 性 欲 が絵 画 に な っ た り、
彫 刻 に な っ た り、音 楽 に な った り、小 説 脚 本 に な っ た りす る とい うこ と に な る。
(11)の 「
木 」 は 生物 か 無 生 物 か分 類 しづ らい も の で あ るが 、 「
木 が い る」 とは通 常 で は 言 わ な い
こ と を踏 ま え(こ の判 定 基 準 に は 異 論 も あ るか も しれ な い)、無 生 物 と見倣 した。(12)は決 して 典
型 的 な他 動 詞 的 な表 現 とは言 え な い。形 式 的 には ヲ格 を伴 っ て い る他 動 詞 表 現 と見 る こ と もで き
るが 、 こ こで の 「
月経 の 血 」 は 「
戸 惑」 に対 して 何 ら影 響 を及 ぼ して お らず 、極 め て他 動 性 が低
129
日本 語 に お け る無 生 物 主 語 を伴 う他 動 詞 表 現-『 ヰ タ ・
セ ク ス ア リス』 を 中 心 に一
い 。 も し、 「
戸 惑 った 月 経 の血 が 鼻 か ら飛 び 出 して辺 りを汚 した 」 の よ うな もの で あれ ば 他 動 性
も高 い が 、通 常 の現 代 日本 語 で は 「
月 経 の 血 が 戸 惑 って 鼻 か ら出 る」 と 自動 詞 的 に表 現 す る こ と
に な ろ う。 しか し、 「
戸 惑 をす る」 と 「
飛 び 出す 」 い う表 現 が あ る ゆ え に 「
月経の血」が生物化
され て い る と捉 え られ る とい うこ とは 注 目 に値 す る(特 に 、 「
戸 惑 をす る」 の は通 常 な らば 意 図
を持 っ た 生物 の み で あ る)。
これ と関連 して 、 以 下 の よ うな も の あ る。
(13)児 島 の 性 欲 の 獣 は眠 って い る。 古賀 の獣 は縛 っ て あ る が 、 お りお り縛 を解 い て暴 れ る の で あ る。
これ は無 生 物 主語 を伴 う表 現 で は な い。 しか し、こ こで 用 い られ て い る 「
性 欲 は 動 物(=生 物)で
あ る」 とい う概 念 メ タ フ ァー を応 用 し、 「
古賀 の性 欲 は縛 って あ るが … …」 と続 け た場 合 は ど う
だ ろ うか。 「
縛 っ て あ る」 と生物 性 を暗 示 す る修 飾 語 が あ る こ とには 注 意 す べ き だ が 、 この 場 合
には、 「
性 欲 」 とい う概 念 を 表す 無 生物 主 語 が 完 全 に 生 物 と して の 価 値 を持 ち、 い か な る他 動 詞
を も許 容 す る はず で あ る。
つ ま り、(4)にお け る 「
台 風 」 の よ うに予 め慣 習 的 に 生 物 に準 ず る扱 い が 周 知 され て い る わ け
で は な い無 生 物 で も 、一 度 メ タ フ ァー で 生 物 化 して しま え ば 、自 由 に他 動 詞 と結 び つ く こ とが で
き る とい う こ とで あ る。 先 に述 べ た よ うに角 田(1991)は(6)を 不 自然 だ と判 定 して い た が 、 こ と
に よ る と、 「
冬 風 は郷 愁 を歌 う詩 人 だ。 この風 も私 の 心 を悲 しませ る」 な ど とメ タ フ ァー を組 み
合 わ せ た 表 現 な らば 、不 自然 と判 定 しなか った ので は な いか と思 われ る。無 生 物 主 語 を考 え る 上
で は 、 コ ンテ ク ス トを十 分 に考 慮 す る必 要 が あ るの で あ る。
他 には 、以 下 の よ うな も の もあ っ た。
(14)御 殿 のお 庭 の植 込 の 間 か ら、 お池 の 水 が 小 さい堰 塞 を喩 して 流 れ 出 る溝 が あ る。
もち ろん 、 「
お 池 の 水 」 が 意 図 を持 ち うる生 物 の よ うに 「
堰 塞 を喩 す 」 と捉 え る こ と も可 能 で あ
る一 方 、この 場 合 は 単 な る静 的 な情 景 描 写 の域 を 出 ない も の で あ る とも筆 者 に は 思 われ る(生 物
化 して い るか 否 か 判 断 しか ね る も の も しば しば あ る のが 実 状 で あ る)。この よ うに捉 え る と、(14)
は 生物 化 メ タ フ ァー で も生 物 へ の メ トニ ミー で も な く、そ の 上 、因 果 関係 も表 さな い こ と に な り、
いわば 「
例 外 」 とな る。 現 状 で は 、 水 に 自分 自身 の視 点 を投 影 し、心 的 に 「自分 が堰 塞 を喩 す 」
こ とを 表 して い る と捉 え る のが 妥 当だ と筆 者 は考 えて い る が 、この よ うな 表 現 の 扱 い は 今 後 の課
題 で あ る。
3.2生
物 へ の メトニ ミー
以 下 で は 、 明 ら か に 生 物 へ の メ トニ ミー と解 す る こ と の で き る も の を 取 り扱 う。 な お 、 こ こ で
の 生 物 へ の メ トニ ミー と は 、主 語 と な る名 詞 そ の も の で は 無 生 物 と しか 見 倣 せ な い も の の 、背 後
に 人 間 な どの 生 物 が 想 定 で き る も の を指 す 。
130
明 らか な 生 物 へ の メ トニ ミー は10例
用 い られ て い た 。全 て を 引用 す る こ とは紙 幅 の都 合 上 許
され な い た め 、3例 ほ どか いつ まん で 引用 す る。
(15)し か しそ の 問答 の意 味 よ りは 、 浬 麻 の 自在 に東 京 詞 を使 うのが 、僕 の注 意 を 引 い た。
(16)そ して彼 の飽 くま で 冷 静 な る眼 光 は 、蛇 の蛙 を覗 うよ うに 女 を覗 っ てい て 、巧 に乗 ず べ き機 会 に
乗 ず る の で あ る。
(17)僕 の書 い た もの は 多 少 の 注 意 を引 い た 。
どれ も人 間 が 明 示 され て い る こ とか ら も分 か る よ うに、 人 間 の 行 為 全 体 や そ の 一 部 を 表 す 名 詞
(名詞 句)が 他 動 詞 の 動 作 主 と して の 役 割 を果 た して い る。 角 田(1991)は
言 及 して い な い が 、
この よ うに生 物 へ の メ トニ ミー とな っ て い る場 合 に は 、そ の 生 物 が 真 の 動 作 主 で あ る と考 え る の
が 妥 当で あ ろ う。 「
詞(言 葉)」 にせ よ、 「眼光 」 にせ よ、 「
書 い た もの(書 物)」 にせ よ、人 間 を離
れ て 存 在 で き る もの で は な い 。つ ま り、
無 生 物 で あ る よ うに見 え て も、生物 が 関 与 して い る以 上 、
そ の 無 生 物 が 生物 と変 わ らな い 価 値 を持 って い る の で は な い か 、 とい うこ とで あ る。
こ の種 の メ トニ ミー とな っ てい る も の は筆 者 の ミニ コー パ ス に も多 くあ る。実 際 、日常 で多 く
接 す る の も これ らで あ る。 スー パ ー マ ー ケ ッ トな どに書 かれ た 「
カ メ ラは あな た を見 て い ます 」
の ご とき 万 引 き防 止 のた め の記 述 な どは最 た る例 で あ る。メ タ フ ァー の場 合 と同様 、この メ トニ
ミー も 人 間 の 基本 的 な認 知 能 力 に基 づ い た も の で あ り、至 る所 で 発 現 して い る。無 生 物 主語 を伴
う他 動 詞 表 現 を見 る際 に は 、文 脈 とい う談 話 上 の コ ンテ ク ス トのみ な らず 、認 知 的 な コ ンテ クス
トも ま た 同様 に 考 慮 す べ き な の で あ る。
3.3抽 象 的 な 因 果 関 係 を 表 現 す る もの
以 下 で は 、生 物 化 メ タ フ ァ ー と も 生 物 へ の メ トニ ミ ー で も な く 、抽 象 的 な 因 果 関 係 を 表 現 して
い る 事 例 を 扱 う。 これ は 、 典 型 的 に は(3)の よ うな 表 現 で あ り 、 「XガYヲVス
に お い て 、 「X」 が 原 因 、 「YヲVス
ル 」 と い う形 式
ル 」 が結 果 を表 して い る もの の こ とを指 す 。
抽 象 的 な 因 果 関 係 を 表 現 し て い る も の は6例
用 い られ て い た 。4例 ほ ど か い つ ま ん で 引 用 す る 。
(18)そ こで 自然 が これ に愉 快 を伴 わ せ る。
(19)僕 の物 を知 りた が る欲 は 、僕 の 目 を、た だ 真 黒 な 格 子 の 奥 の 、蝋 燭 の 光 の 覚 束 ない 辺 に注 がせ る。
(20)自 分 は少 年 の 時 か ら、 余 りに 自分 を知 り抜 い て い たの で 、そ の 悟性 が 情 熱 を萌 芽 の うち に枯 ら し
て しま っ た の で あ る。
(21)女 は彼 の た め に 、 た だ 性 欲 に満 足 を 与 え る器 械 に過 ぎ な い。
これ らに共 通 して い るの は 、用 い られ る他 動 詞 の 多 くが 「
∼ させ る」を初 め と した使 役 動詞 や 「
変
え る」 の よ うな変 化 動詞 、 そ して 、 「
与 え る」 の よ うな授 受 動 詞 な どだ とい うこ とで あ る。 これ
は あ る意 味 で は 当然 の こ とで あ る。なぜ な ら、因果 関係 とは 状 態 の 変 化 を示 す も の だ か らで あ る。
131
日本 語 に お け る 無 生物 主 語 を伴 う他 動 詞 表 現 上 『ヰ タ ・
セ ク スア リ ス』 を 中心 に-
な お 、(19)と(20)は 生 物 化 メ タ フ ァー や 生 物 へ の メ トニ ミー と捉 え る こ とも 不 可能 で は な い が 、
ど ち らも明 らか にそ うだ とは言 え な い。(21)の 「
器 械 」 は 生物 化 メ タ フ ァー と捉 え られ る よ うに
思 わ れ るが 、この場 合 、む しろ生 物性 を 剥 奪 して い る。よ って 、これ らを 本節 で扱 うこ と と した 。
た だ し、抽 象 的 とは い え、 こ こで の 「
欲 」も 「
悟 性 」 も人 間 を 離 れ て 存在 す る こ とが で き ない も
の で あ る。 「
器 械 」 が完 全 に無 生 物 か とい うと、 そ うで は な く、 人 間 が意 図 を持 っ て 作 り出 した
以 上 、 あ る程 度 は 人 間性 が 反 映 され て い る。 これ らの扱 い に は再 考 の余 地 が あ るだ ろ う。
注 目に値 す る の は 、用 い られ て い る動 詞 で は な く、概 念 な どの 無 生 物 名詞 が 他 動 詞 の動 作 主 に
な る とい うこ とで あ る。一 見 す る と、何 の実 態 も持 た な い観 念 や 動 作 を及 ぼ しえな い もの が 何 か
に影 響 を及 ぼ す とい うこ とは 、普 通 で は な い。 ま た 、 日本 語 は 他 動 詞 を用 い ず とも 、「X(のせ い)
でYと
な る」 な どの形 式 で 因果 関係 を表 す こ とが で き る。 そ れ に も関 わ らず 、 こ の よ うな形 式
が 選 択 され て い る の で あ る。自動詞 に よ る表 現 と他 動詞 に よ る表 現 に はい か な る意 味 の差 、事 態
認 知 の差 が あ るか とい うの は興 味 深 い 問題 で あ る。これ らの解 明 に は 実験 等 を含 めた 心 理 学 的 な
ア プ ロー チ も必 要 に な る た め本 稿 で は扱 い きれ な い が 、重 要 な今 後 の課 題 の 一 つ だ と思 われ る。
3.4そ の 他
『ヰ タ ・セ ク ス ア リ ス 』全 体 で 無 生 物 主 語 を 伴 う他 動 詞 表 現 が 用 い られ た の は29例
こ れ ま で に 扱 っ た の が22例
で あ る か ら 、残 り の10例
で あ った 。
は 「そ の 他 」 とい う こ と に な る 。(14)は 既
に 検 討 した た め 、 そ れ 以 外 を こ こ で は 扱 う。
こ れ ら の う ち 、7例 は
「有 す る 」 を 用 い た も の で あ っ た(こ
れ ほ ど の 頻 度 で 繰 り返 し用 い られ
て い る も の は 他 に 無 い)。
(22)こ の 問題 はLombrosoな
ん ぞ の説 い て い る天 才 問 題 と も関係 を有 して い る。
(23)し か し恋 愛 は 、 よ しや 性 欲 と密 接 な 関 繋 を 有 して い る と して も、性 欲 と同 一 で は な い 。
(24)詞 が二 様 の意 義 を有 して い る。
ま た 、1例
は
「含 む 」 を 用 い た も の で あ っ た 。
(25)そ して こ の 瓦斯 を含 ん で い る もの を知 っ て い る か と問 うた。
「
有 す る」 も 「
含 む 」 も主 た る意 味 合 い は近 い。『ヰ タ ・
セ ク ス ア リス』 で は無 生 物 主 語 と伴 っ て
用 い られ て は い な か っ た が 、 「
持 つ 」 も ほ ぼ 同様 で あ る。 どれ も 、包 含 関係(所 有 関係 と言 っ て
も よか ろ う)を 表 して い る と言 え る。 通 常 、 この よ うな場 合 、 日本 語 で は 「あ る」 と 自動詞 で 表
現 す る こ と も可 能 で あ る に も 関わ らず 、 敢 えて 他 動 詞 を用 い てい る点 は面 白い。 この うち 、 「
有
す る」は 、古 典 にお い て 「
有 る」 と表 現 され て い た こ とを考 慮 す る と、 これ は翻 訳 に よっ て 生 ま
れ た 動 詞 を用 い た 、 自動 詞 表 現 と他 動 詞 表 現 の箋 界 に位 置 す る事 例 と言 え る か も しれ な い。
残 りの2例 は 以 下 の通 りで あ る。
132
(26)子 供 の 時 にHydrocephalusで
で もあ っ た か とい うよ うな 頭 の 娘 で 、髪 がや や 薄 く、色 が蒼 くて 、
下 瞼 が 紫 色 を帯 び て い る。
(27)傭 向い てそ の 目で僕 を 見 る と、 滑稽 を 帯 び た 愛 嬌 が あ る。
「
帯 び る」 の 意 味 合 い は、 「
有 す る」 や 「
含 む 」 と近 い包 含 関 係 で あ る。 「
有 す る」 とは異 な り、
「
梨 花 一 枝 、春 、 雨 を お び た り」(『枕 草 子 』)と い う事 例 が あ る こ とか ら、 「
帯 び る」 を無 生 物
と共 に用 い る の は、 か な り以前 か ら定着 して い た の で は な い か と思 わ れ る。
これ らの包 含 関係 を表 す 動 詞 群 に お い て 注 意 しな けれ ば な らない の は 、(12)もそ うで あ っ た が 、
形 式 的 には ヲ格 を取 っ て い て も、よ ほ ど特殊 な 文脈 で な い 限 りは 、受 身 の形 に転 換 で き な い もの
も多 くあ る とい うこ とで あ る。 「
有 す る」 に対 して 「
有 され る」(尊敬 の意 味合 い で は な い)、 「
含
む 」 に対 して 「
含 ま れ る」、 「
帯 び る」 に対 して 「
帯 び られ る」(尊敬 や 可 能 の 意 味 合 い で は な い)
は 存 在 し、Google検
索 で も事 例 を確 認 す る こ とが で き る も の の 、 こ こで扱 っ た 用 例 を 強 引 に 受
身 へ と転 換 し よ う とす る と、全 く意 味 合 い が 異 な って しま うか 、意 味 不 明 に な って しま う(「 紫
色 が 下 瞼 に よ っ て 帯 び られ た 」は 、筆 者 の 言 語感 覚 で は 、多 くの 日本 語 話 者 に は許 容 され ない よ
うに思 え る)。そ の 要 因 は他 動性 に あ る と思 われ る0他 動 性 が 著 しく低 い動 詞 は 、仮 に ヲ格 を 取
っ て い る と して も、他 動 詞 と して扱 わ な い 方 が適 切 な の か も しれ な い 。 とな る と、本 稿 で は これ
以 上深 く立 ち入 らな い が 、 「XガYヲVス
ル 」や 「YヲVス
ルX」 が 持 つ構 文 的 意 味 の 解 明 な ど
も 、今 後 は 必 要 に な る。 「
無生物」 も 「
他 動 詞 」 も複 雑 で多 岐 に渡 っ て い るの で あ る。
3.5ま とめ
『ヰ タ ・
セ クス ア リス 』1作 品 だ け を 分析 して も、 無 生物 主 語 を伴 う他 動 詞 表 現 の 多様 性 が 見
て 取れ る。名 詞 単 体 で は無 生物 で あ る よ うに 見 え て も メ タ フ ァー に よ って 生 物 化 され て い る も の
が あ る こ と、 生 物 へ の メ トニ ミー とな る こ とで 生 物 と同 等 の扱 い を 受 けて い る も の が あ る こ と、
形 式 的 には 他 動 詞 で あ っ て も 自動 詞 に近 い もの が あ る こ とな どは 、従 来 は 見 過 ご され て き た の で
は な い か と思 わ れ る。
こ こで 注 意 す べ き こ とが あ る。それ は 、無 生 物 主 語 を伴 う他 動 詞 表 現 とい う言 語 現 象 の原 因 を 、
金 田一(1981)の
よ うに明 治 期 の翻 訳 へ と求 め る だ け で は 不 十 分 だ とい うこ とで あ る。事 実 、 こ
れ ま で も述 べ た よ うに、 明治 以前 の 古典 作 品 に お い て も用 い られ て い る。 例 え ば、 「
嘆 け とて 月
や は 物 を思 はす る か こ ち顔 な る我 が涙 か な 」(百 人 一 首)や
「
遙 々の お もひ 胸 を い た ま しめて …
・
・
」(お くの ほ そ 道)な どは そ の最 た る もの で あ る。 この表 現 形 式 が 、 生 物 化 メ タ フ ァー と同様
に 漢 詩 にお い て度 々使 用 され て い る(そ の よ うに書 き下 され て い る 、 とい うこ とで あ る)こ と、
筆 者 が 見 る限 りで は 、万葉 集 を 初 め と した 現 存 す る うちで 最 古 に近 い も の にお い て は ほ とん ど用
い られ て い な い こ とを併 せ る と、も しか す る と、元 来 の 日本 語 で は 、あ る種 の言 語 の よ うに無 生
物 主 語 を許 容 しなか った か 、そ こまで 行 かず と も、極 めて 無 生 物 主 語 を伴 う他 動 詞 表現 が 稀 で あ
っ た と ころ に 、そ れ が 漢 詩 な どを通 じて も た ら され 、そ の 土台 が あ っ た ゆ え に 西洋 語 か らの翻 訳
を通 して更 に爆 発 的 に広 が っ た と考 え る こ と もで き るの か も しれ な い。この よ うな こ とは 検 証 不
133
日本 語 に お け る 無 生物 主語 を 伴 う他 動 詞 表 現一 『ヰ タ ・
セ ク ス ア リス』 を 中心 に一
可 能 で あ るた め妄 想 の領 域 を 出 ない が、 「
西 洋 語 の翻 訳 に よ っ て もた ら され た 形 式 で あ る」 と断
言 で きな い の は確 か で あ る。
4.お わ りに
何 度 も繰 り返 し述 べ て きた よ うに 、
無 生 物 主 語 を伴 う他 動 詞 表 現 は 多 くの バ リエ ー シ ョン に 富
ん で い る。ま た 、不 自然 で あ る とす る先行 研 究 が あ る一 方 、古 典 か ら現 代 に至 る まで 幅 広 く用 い
られ て い る とい う見過 ごせ な い 事 実 も あ る。試 み に、 日常 的 に接 す るTVや
広 告 や 雑 誌 、会 話 な
どを注 意 深 く聞 い て みれ ば 、想 像 以 上 に頻 繁 に用 い られ て い る こ とに気 付 か され るは ず で あ る。
と ころ で 、本 稿 で は 『ヰタ・
セ クス ア リス』を扱 った が 、森 鴎 外 は 『舞 姫 』、『うた か た の記 』、『文
つ か い』の 雅 文 体 に よ る ドイ ツ 三部 作 に お い て も、無 生 物 主語 を伴 う他 動詞 表 現 を多 く用 いて い
る。恐 らく、 日本 語 と無 生物 主語 を伴 う他 動 詞表 現 の関 係 は水 と油 で は な い の で あ る。何 の コ ン
テ ク ス トもな く切 り出 され た 一 文 を見 た ら不 自然 で 許 容 で き ない か も しれ な い が 、どの よ うな 表
現 で あれ 、実 際 の使 用 状 況 を剥 ぎ取 って しま え ば 当然 で あ る。言 語 研 究 を行 う上 で は 、様 々 な コ
ンテ ク ス トも加 味す る必 要 が あ る。
本 稿 で は 、抽 象 的 な 因果 関係 を表 す も の とそ の他 に つ い て は 、あ ま り立 ち 入 る こ とが で きな か
っ た。 メ タ フ ァー や メ トニ ミー の観 点 か ら説 明 で き る も の とは異 な り、これ らに は 、構 文 的 な性
格 が よ り強 く反 映 され て い る よ うに思 わ れ る。も しかす る と、具 体 的 な意 味 を表 す 語 彙 が 希 薄 化
され 機 能 語 へ と変 わ っ て い く文 法化 の よ うに 、具 体 的 な意 味 を表 す 表 現 形 式 が頻 繁 な使 用 や 翻 訳
の 影 響 を受 け て抽 象 的 な構 文 へ と変化 した もの な のか も しれ ない 。 しか し現 状 で は デ ー タの 質 、
量 とも に決 して十 分 とは言 えず 、この よ うに通 時 的 な 問題 とな る と、妥 当 な議 論 を積 み 重 ね る こ
とが 極 め て難 しい。今 後 は 、更 にデ ー タを 充 実 させ 、多 角 的 な検 証 が行 え る よ うな 土 台 を 作 っ て
い く こ とが 不 可欠 だ ろ う。
【言 語 資 料 】
森 鴎 外1995.『
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日本 語 に お け る 無 生物 主 語 を 伴 う他 動 詞 表 現-『 ヰ タ ・
セ ク ス ア リ ス』 を 中心 に一
136
『星 の 王 子 さま』にお ける発 話 表 出方 法
一 邦 訳 と日本 語 の関 係 一
Representations
The
Relation
between
of Speech血.乙
Jap
anese
佐伯 祥 太
θ、
飽 が`肋
Translations
Shota
and
αg:
Jap
anese
Saiki
義塾大学総合政 策学部
慶應 Faculty of Policy Management,
Keio University
This paper examines the representationsof speech in Le Petit Prince and its
English and Japanese translations.Ihave analyzedthe data based on the theoryproposed
by Leech and Short,focusingon the use ofNRSA(narrative reportof speech act),DS(direct
speech),FDS(fee
translations
DS
and
prefer the use of NRSA
FDS
more
characteristics
【キ-ワ
1.発
directspeech),and IS(indirectspeech). It isfound that the English
frequently.
of English
and
and
IS, whereas
It is claimed
Japanese,
the Japanese
that the differences
translations
are deeply
tend
to use
rooted
in the
respectively.
ー ド】
話 表 出 方 法(meth0d
接 話 法
(narrative
価ee
direct
report
of speech
speech)4.間
of speech
representation)2.直
接 話 法(indirect
acts)
137
接 話 法(direct
speech)5。
speech)3.自
由 直
発 話 行 為 の 語 り手 に よ る 伝 達
『星 の王 子 さ ま』 にお け る発 話 表 出 方法-邦
訳 と 日本 語 の 関係-
1.は じめ に
本 稿 の 目的 は 、 フ ラ ンス 語 を原 典 とす る 『星 の 王 子 さま 』 の3つ
の 英 訳 と3つ
の 邦 訳 を比 較
す る こ とに よっ て 、 邦訳 の 特 徴 につ い て 考 察 す る こ とで あ る。 『星 の王 子 さま』 の 大 半 を構 成 し
て い る の は 、登 場 人物 の発 話 で あ る。今 回 は 、 リー チ とシ ョー トの発 話 表 出 理 論 に基 づ い て 、発
話 の分 析 を行 い 、邦 訳 の特 徴 に つ い て深 め た い 。ま た 、分 析 にお い て 、英 語 と 日本 語 とい うそ れ
ぞ れ の言 語 の 特徴 に も留 意 した い 。
第 二 節 で は 、 リー チ とシ ョー トの発 話 表 出 理 論 につ い て 概 説 す る。 第 三 節 で は 、『星 の 王 子 さ
ま』に お け る発 話 表 出 方 法 をそ の使 用 頻 度 か らア プ ロー チす る。第 四 節 で は 、邦訳 の 特徴 的 な発
話 を 引用 し、 英訳 との比 較 を行 う。 ま た 、 そ こか ら得 られ た 邦 訳 の 特 徴 につ い て考 察 す る。
2.リ-チ とショー トの 発 話 表 出 理 論
本 節 に お い て は 、リー チ とシ ョー トの発 話 表 出選 択 理論 に つ い て 、言 語 資料 の 具 体例 を参 照 し
な が ら概 観 した い。発 話 表 出 とは 、小 説 中 に 出て く る登 場 人 物 の発 話 を作 者 が い か に表 現 す るか
で あ る。 リー チ と シ ョー トは 、発 話 表 出 方 法 を 大 き く5種 類 に分 類 して い る。そ の5種 類 とは 、
NRSA(発
話行 為 の 語 り手 に よ る伝 達)、IS(間 接 話 法)、FIS(自 由間 接 話 法)、DS(直 接 話 法)、FDS
(自由 直 接 話 法)で あ る。 それ ぞれ の発 話 表 出 方法 は 、異 な る特 徴 を有 して い る。 ま た 、 この 分
類 は 、作者 が 登 場 人 物 に よ る発 話 伝 達 の支 配 度 に影 響 を及 ぼ す 点 も非 常 に重 要 で あ る。今 回 の 分
析 の 焦 点 は 、 個 々 の発 話 表 出 が5種
類 のい ず れ に属 す る か で は な い。 英 訳 と邦 訳 の発 話 表 出 方
法 の特 徴 を 見 出す こ とが 本稿 の 重 要 な観 点 で あ る。 よっ て 、今 回 は紙 幅 の都 合 もあ り、IS(間 接
話 法)とDS(直
接 話 法)の 中 間 に位 置 す るFIS(自
由 間接 話 法)の 詳 細説 明 は割 愛 した 。 IS(間 接
話 法)とDS(直
接 話 法)の 中間 に位 置 す る発 話 表 出 に関 して は、 今 回 は形 式 に よっ て 、IS(間 接
話 法)とDS(直
接 話 法)の い ず れ か に分 類 を行 っ た。
2.1DS(直
DS(直
DS(直
接 話 法)
接 話 法)の
接 話 法)た
最 大 の 特 徴 は 、 会 話 に使 わ れ た 言 葉 を そ の ま ま 引 用 して い る こ とで あ る。
る 条 件 は 、(i)引
用 符 と 伍)導
る こ と で あ る。以 下 に そ の 例 を 示 す(以
そ れ ぞ れ 、[W訳
】、[C訳1、
(1)[T訳II國t・him・
下 、英 訳 の[Woods訳
DS(直
】 口It
日But
is a question
接 話 法)は
】、【Cuffe訳 】、[Testot-Ferry訳]を
【T訳 】 と表 記 す る)。
what_are
y・u
(2)[T訳lHe巨nswere司me:[垂)h!come,
(3)[T訳
入 の 働 き を す る 伝 達 節 が 両 方 と も 存 在 して い
d0ing
come![]as
of disciphne,□
here?日(P.14)
if this
the
was
self-evident.(p.25)
little prince
to me
、言 語 資 料 に も 多 用 さ れ て い た 。(1)、(2)、(3)の
満 た し て い る 。 伝 達 動 詞 は 、(1)、(3)で
に も 、"reply"、"add"、"exclaim"な
は"say"、(2)で
は"answer"が
later
on.(p.26)
文 は す べ て 条 件(i)、(ll)を
使 わ れ て い る。 そ の ほ か
ど 様 々 な 伝 達 動 詞 が 言 語 資 料 中 で 使 用 さ れ て い る 。 ま た 、(3)
138
の 文 の よ う に 、伝 達 動 詞 が 引 用 部 分 の 後 に 置 か れ た り 、主 語 と の 倒 置 が 起 こ っ た りす る こ と も し
ば し ば あ る 。DS(直
接 話 法)は
、登 場 人 物 の 発 話 を 忠 実 に 再 現 す る こ と が 特 徴 で あ る。そ の た め 、
声 の 質 や 調 子 、強 勢 を 表 す た め に 独 特 の 表 現 が な され る 。(1)の文 で は"_"が
、(2)の文 で は 、"!"
が 用 い ら れ 、 登 場 人 物 の 発 話 の 特 徴 が 表 現 され て い る。
2.2FDS(自
由 直 接 話 法)
FDS(自
FDS(自
由 直 接 話 法)は
由 直 接 話 法)は
引 用 符(ll)導
、 DS(直
、DS(直
接 話 法)よ
接 話 法)よ
り も 、 さ ら に 作 者 の 発 話 へ の 介 入 が 少 な く な る。
り も 制 限 が 少 な く 、DS(直
接 話 法)の
条 件 で あ る(i)
入 の 働 き を す る 伝 達 節 の 一 方 、 あ る い は 両 方 を 取 り去 っ て で き る 話 法 で あ る 。 以
下 にそ の例 を 示す 。
(4)[丁
訳]`But
we
must
`Wait
for what?'
`Wait
for the
(5)[T訳1`Asheep
sun
eats
`Even
flowers
`Yes,
even
`Then
(6)【T訳]`lf
the
Your
You
to set.'(p.29)
anything
with
flowers
for
are
with
wishes
example,
across.'
thorns.'
use
are
to be
order
they?'(p.31)
promptly
me
obeyed,
to be
gone
you
in less
should
than
give
a minute.
me
a reasonable
It seems
to me
order.
that
favourable...'(p.47)
由 直接 話 法)もDS(直
れ の場 合 も、(i)導
it comes
thorns?'
thorns‐what
Majesty
could,
conditions
FDS(自
wait-..'
接 話 法)同 様 、 言 語 資 料 に多 用 され て い た。(4)、(5)、(6)いず
入 の働 き をす る伝 達 節 が 取 り去 られ て い る。 こ う した 話 法 に よっ て 、仲 介
者 で あ る作 者 を 交 え る こ とな く、登 場 人 物 が 直 接 話 しか けて い る よ うに感 じ られ る。DS(直 接 話
法)同 様 に、声 の 質 や 調 子 、強 勢 を表 す 表 現 が 用 い られ る こ とが多 い。言 語 資 料 の 中 で は 、(4)、
(5)に見 られ る よ うに短 い 文 が 連続 して い る場 面 、 あ る い は(6)の よ うに一 人 の登 場 人物 が 長 い 文
章 を 話 す 場 面 のい ず れ か でFDS(自
由直 接 話 法)が 用 い られ て い た 。
2.3LS(間 接 話 法)
IS(間 接 話 法)は 、DS(直 接 話 法)の 形 か ら引用 符 が 取 り除 か れ 、 伝 達 され た 発 話 が伝 達 動 詞
に 従 属 させ られ る の が 特徴 で あ る。従 属 部 は 、従 属 接 続 詞"that"の
導入 に よっ て 明 白 に示 され
る。IS(間 接 話 法)の 効 果 は、 話 し相 手 と話 しをす る人 の 間 に作 者 が 解 釈 者 と して介 入 で き る こ
とで あ る。IS(間 接 話 法)は 、 述 べ られ た 内容 だ け に関 わ り、 そ れ を話 す の に使 われ た 語 の そ の
139
『星 の王 子 さ ま』 にお け る発 話 表 出方 法-邦
訳 と 日本 語 の 関係-
ま ま の形 に は 関 わ っ て い な い。 以 下 に そ の例 を 示す 。
(7)[T訳]..-and
asked
(8)[T訳1_,so
(9)[T訳
I told
】And
I was
them
the
proud
IS(間 接 話 法)は 、DS(直
if my
httle
drawing
frightened
chap(ahttle
to be
able
them.(p.10)
cmssly)ha
to tell him
hat
I did
接 話 法)やFDS(自
I could
not
know
how
to draw.(p.14)
fly.(p.17)
由 直接 話 法)に 比 べ て 、 言 語 資 料 中 で用 い られ
る回 数 は少 な か っ た。今 回 の分 析 範 囲 にお いて 、T訳 では 上 の3箇 所 だ けで あ る。(7)の例 で は、
従 属 接 続 詞thatが 省 略 され て い るが 、(8)、(9)の
例 で は明 白に用 い られ て い る。ま た 、本 来IS(間
接 話 法)に お い て は 、従 属 節 中 の1人 称 は3人 称 に 変 わ るが 、言 語 資 料 の場 合 、主 人 公 が作 者 と
一 致 してい る 「
私 小 説 」 な ので
、IS(間 接 話 法)に お い て も1人 称 は1人 称 の ま まで あ った と考
え られ る。T訳 に3箇 所 用 い られ たIS(間 接 話 法)の 日本 語 訳相 当箇 所 は 、非 常 に特 徴 的 な もの
とな っ て い る。 これ につ い て は後 で言 及 す る。
2.4NRSA(発 話 行 為 の語 り手 に よる伝 達)
NRSA(発
話 行 為 の語 り手 に よ る伝 達)の 特徴 は 、言 われ た こ との 最 小 限 だ けが 述 べ られ て い
る こ とで あ る。発 話 行 為 が 起 こっ た と伝 達 す るだ けで 、作 者 は言 われ た こ との意 味や 、そ れ を話
す の に使 わ れ た語 につ い て は責 任 を負 わ な い。 よっ て 、IS(間 接 話 法)よ りも、 さ らに 間接 的 な
表 現 で あ る と言 え る。 以 下 に そ の例 を示 す 。
(10)[T訳The
grown・ups
then
dvise
me
to give
up
my
drawings
of boa
constrictors,
whether...
(p.10)
(11)【T訳110inted
ou
churches,
(12)[T訳
】And
this
NRSA(発
one
upon
to the
little prince
that
baobabs
are
day
the
he
dvise
children
me
where
to try
and
make
a beautiful
but
trees
as
tall as
drawing
so
as
to血press
all
I live.(p.26)
、 DS(直
接 話 法)やFDS(自
言 語 資 料 中 で 用 い られ た 回 数 は 少 な か っ た 。分 析 範 囲 のT訳
out"な
伝 達 して い る 。 こ の 他 、 言 語 資 料 中 で はNRSA(発
"talk about"
、"r〔オect"、"hear about"、"warn"な
話 行 為 の 語 り手 に よ る 伝 達)の
由 直 接 話 法)に
の 中 でNRSA(発
所 確 認 す る こ と が で き た 。(10)、(11)、(12)の
よ うに は 見 え な い 。 し か し 、"advise"、"point
たNRSA(発
little bushes
and...(p.24)
話 行 為 の 語 り手 に よ る 伝 達)も
よ る 伝 達)は8箇
not
比べて 、
話 行 為 の 語 り手 に
例 は 、 一 見会 話 が行 わ れ て い る
どの 動 詞 に よ っ て会 話 が 起 こっ た こ と を
話 行 為 の 語 り手 に よ る 伝 達)の
ど が 用 い ら れ て い る 。 T訳
に8箇
動 詞 と して 、
所 用 い られ
日本 語 訳 相 当 箇 所 に つ い て も い く つ か 特 徴 的 な も の
が 見 られ る 。 これ に つ い て も 後 で 言 及 す る 。
140
2.5伝 達 にお ける作 者 に よる干 渉 の 漸 次 運 続 的 な変 化
以 上 、4種 類 の発 話 表 出 方 法 に つ い て概 観 して き た 。 こ う した 発 話 表 出方 法 は 、作 者 が登 場 人
物 の 発 話 の 伝 達 に大 き な意 味 を持 つ。
'
、
、
'
NRSA
"
IS
DS
'、
FDS
'"
,
'
陰
,
、
、
亀
、
、
、
、
、
、
,
'
'
'
'
'
'
、作 者 が 表 面 上
作者が表面上
作 者 が表 面 上
"
,'
完 全 に伝 達 を支 配 ノ
、
部分的に伝達を支配
/
\ま っ た く伝 達 を支 配 しな い
\
、
,"
3.『星 の 王 子さま』にお ける発 話 表 出 の 使 用 頻 度
本 節 で は 、前 節 で概 観 した リー チ と シ ョー トの 発 話 表 出 理 論 に基 づ いて 、言 語 資 料 で あ る 『星
の 王 子 さま 』(第一 章 ∼ 第 十 章)に お け る発 話 表 出 方 法 に つ い て 分 析 す る。 今 回 は 、『星 の王 子 さ
ま 』 の 英 訳3点 、 邦訳3点
を分 析 の対 象 と した。
3.1発 話 表 出方 法 の 使 用頻 度
『星 の王 子 さま』(第 一 章 ∼ 第 十 章)に お い て 、 それ ぞれ の 言 語 資 料 に登 場 す る発 話 表 出方 法
を分 類 し、 そ の使 用 頻 度 を数 値 化 した 。 それ が 次 の 表 で あ る。
表1.発 話 表 出方 法 の 分 類 と頻 度
[T訳]
[W訳]
[C訳]
[内藤 訳]
[池澤 訳]
[河野 訳]
DS
86
85
96
79
89
85
FDS
73
74
64
87
76
80
IS
3
3
3
0
2
0
NRSA
8
8
7
4
3
5
分 析 範 囲 に お け る発 話 表 出 は 、 計170箇
NRSAに
所 あ っ た 。170箇
所 の 発 話 表 出 をDS、
FDS、
IS、
分 類 した の が 上 の 表 で あ る 。
3.1-1全 体 の 特 徴
全 体 の 特 徴 と して 挙 げ られ る の は 、6人 の 訳 者 全 員 に 共 通 し て い る こ と だ が 、発 話 表 出 方 法 に
占 め るDS、
で は94.1%、
FDSの
割 合 が 圧 倒 的 に 高 い こ とで あ る。 T訳
内 藤 訳 で は97.6%、
池 澤 訳 で は97%、
141
で は93.5%、
河 野 訳 で も97%をDS、
C訳
で も93.5%、
FDSが
W訳
占 め てい る
『星 の 王 子 さま 』 に お け る 発 話表 出 方 法 一 邦 訳 と 日本 語 の 関 係 一
こ と が 分 か る。 こ の 特 徴 は 、『星 の 王 子 さ ま 』 と い う小 説 の 特 徴 に よ る も の で あ る 。 こ の 小 説 は 、
主 人 公 で あ る パ イ ロ ッ ト(一 人 称)と
王 子 さ ま の 会 話 が 中 心 とな っ て い る の で 、 ど の 訳 も原 典 に
即 して 訳 され て い る と言 え る。
3⊥2英
訳 ・邦 訳 間 の 特 徴
英 訳3点
と邦 訳3点
3箇 所 あ っ たISが
間 の 特 徴 と して 挙 げ られ る の は 、IS、 NRSAの
、 邦 訳 で は0ま
て い る。 ま た 、 英 訳 で は 、7ま
た は2箇
た は8箇
数 の 差 で あ る。 英 訳 で は
所 に 減 っ て い る。 これ は 、 明 ら か な 差 と な っ て 現 れ
所 あ っ たNRSAが
、 邦 訳 で は3ま
に 減 っ て い る の も 明 ら か な 差 で あ る 。 英 訳 で 、IS・NRSAだ
た は4ま
た は5箇
っ た 箇 所 は 、 邦 訳 で はDSやFDS
に置 き 換 え られ て い る箇 所 が 多 い 。 「
相 対 的 に 作 者 が 発 話 伝 達 を 支 配 す るIS・NRSA」
的 に 作 者 が 発 話 伝 達 を 支 配 しな いDS・FDS」
所
が 「相 対
に 置 き 換 え られ て い る 。 こ う した こ と も 英 訳 と 邦
訳 間 の 特 徴 と して は 非 常 に 重 要 で あ る 。
3」.3英 訳3点
英 訳3点
間の特徴
に お い て 、DS、 FDS、
と 比 べ て 、FDSが
IS、 NRSAの
少 な く 、DSが
て い る の を 除 け ば 、 英 訳3点
数 は ほ ぼ 等 し く な っ て い る 。 W訳
多 い 傾 向 が あ る 。 ま た 、 W訳
間で
者
され
が
「相 対
に 置 き 換 え られ て い る と い う現 象 は 認 め られ な い 。
数 値 の 微 妙 な 差 異 は 、 あ く ま で も 、DSとFDS間
邦 訳3点
所 、 NRSAがDSと
「相 対 的 に 作 者 が 発 話 伝 達 を 支 配 す るIS・NRSA」
的 に 作 者 が 発 話 伝 達 を 支 配 し な いDS・FDS」
3.1.4邦 訳3点
で1箇
は 他 の2訳
で の置 き換 えで あ る と考 えて よ い。
間の特徴
に お い て も 、DS、
め ら れ た も の の 、 邦 訳3点
FDS、
間で
IS、 NRSAの
数 は ほ ぼ 等 し く な っ て い る 。3点
「相 対 的 に 作 者 が 発 話 伝 達 を 支 配 す るIS・NRSA」
に 作 者 が 発 話 伝 達 を 支 配 し な いDS・FDS」
の例 外 は認
が
「相 対 的
に 置 き 換 え られ て い る と い う現 象 は 顕 著 に は 見 られ
な い 。 数 値 の 微 妙 な 差 異 は 、 あ く ま で も 、DSとFDS間
で の 置 き 換 え で あ る と考 え て よ い 。
3.1.5使 用 頻 度 か ら読 み 取 れ る こと
表1の
数 値 か ら 読 み 取 れ る こ と は 、 英 訳 ・邦 訳 間 の 差 異 で あ る。 つ ま り、6人
の翻 訳 者 個 々 の
特 徴 よ り も 、使 用 す る 言 語 に よ る 特 徴 が 現 れ て い る こ と で あ る 。 そ れ が 、最 も 顕 著 に 現 れ て い る
の は 、IS・NRSAの
使 用 頻 度 で あ る 。 次 節 で は 、 こ う し たIS・NRSAの
英 訳 ・邦 訳 間 の 対 応 を
具 体 的 な 文 を 引 用 し て 考 察 し て い き た い 。 ま た 、 こ の 他 に も 、英 訳 ・邦 訳 間 の 発 話 表 出 方 法 の 差
異 に つ い て も 、 分 析 ・考 察 を 行 っ て い き た い 。
4.『星 の 王 子 さま』の 発 話 表 出方 法 一 英 訳 ・
邦訳比較
本 節 で は 、言 語 資 料 中 の 具体 的 な 文 の 引 用 を行 うこ とに よ り 『星 の 王子 さま 』の 英訳 ・邦訳 比
較 を行 う。 特 に 、 邦訳 の発 話 表 出 に お け る特徴 へ の ア プ ロー チ を試 み た い。
142
4。1NRSA(英
訳)→FDS、
ま ず は 、NRSA(英
DS(邦
訳)に
対 応 して い るFDS、
DS(邦
訳)の
具体 例 を検 討 す る。
T訳
C訳
W訳
内藤訳
池澤訳・
河野訳
NRSA
NRSA
NRSA
FDS
FDS
DS
(13)[T訳]
The
grown・ups
whether
(14)[C訳l
The
the
boa
now
or
me
or the
to
give
up
outside,
and
to
my
drawings
devote
of
boa
myself
instead
boa
constrictors
constrictors,
to
geography,
grammar.(pp.10-11)
advise
the
me
to
outside,
give
and
up
devote
drawing
myself
instead
to
altogether,
geography,
history,
grammar.(p.6)
grown・ups'response,
constrictors,
to geography,
藤 訳]す
and
inside
and
advise
inside
arithmetic
arithmetic
The
the
grown-ups
from
(15)[W訳]
then
from
history,
(16)[内
訳)
whether
history,
this
time,
from
the
arithmetic,
was
to
inside
and
dvise
or the
me
to lay
outside,
and
aside
my
devote
drawings
myself
of
instead
grammar.(p.8)
る と、 お とな の 人 た ち は 、 外 が わ を か こ うと、 内 が わ を か こ うと、 ウ ワバ ミの 絵 な
ん か は や め に し て 、 地 理 と 歴 史 と 算 数 と 文 法 に 精 を だ し な さ い 、 と い い ま し た 。(p.8)
(17)[池
澤 訳1大
人 た ち は 、 ボ ア の 絵 を 描 く の は 外 側 も 内 側 も ぜ ん ぶ や め て 、 地 理 と歴 史 と 算 数 と 文
法 を し っ か り勉 強 し な さ い 、 と 言 っ た
(18)[河 野 訳]と
(p.8)
こ ろ がお とな た ち は 、
四 なか が見 え よ うが 見 え ま い が 、ボ ア の絵 は も う置 い とき な さ
い 口 と 言 っ た 口 そ れ よ りも っ と雌
英 訳 に お け るNRSAが
す べ てFDSま
野 訳 】の 中 で の 他 のDSと
た はDSに
や 、鱗
や 文 法 をや りな さい.口(P.8)
移 行 し て い る 。(18)は 、 DSの
同 じ用 い 方 が され て い る0こ
で あ る 引 用 符 が 取 り去 られ て い る た めFDSの
訳 に お け る"advise"を
や巌
れ に 対 し て 、(16)、(17)で
形 だ と 言 え る 。 邦 訳3点
は 、 DSの
邦 訳 と な るで
こ の 場 面 に 則 さ な い と 判 断 した た め 、 「
言 う」
を 用 い て 、DS、
FDSへ
用 い たNRSAの
使 用 に よ っ て 、 小 説 の 印 象 が 硬 く な る の を 恐 れ た の で は な い だ ろ うか 。
(19)【T訳]
の 移 行 が 行 わ れ た と考 え ら れ る 。 「
助言す る」 「
忠 告 す る 」 と い う単 語 を
T訳
C訳
W訳
内藤訳
池澤訳
河野訳
NRSA
NRSA
NRSA
FDS
FDS
FDS
Iointed
as
the
out
churches,
herd
条件
に 共通 して い る点 は 、英
い ず れ の 邦 訳 も 訳 出 して い な い と い う点 で あ る。"advise"の
あ ろ う 「助 言 す る 」 「忠 告 す る 」 を 用 い たNRSAが
形 を 取 り 、[河
would
to the
and
little prince
that
not
be
that
even
if he
were
able
to eat
up
143
baobabs
to take
one
single
are
not
a whole
little bushes
herd
baobab.(p.24)
but
of elephants
trees
with
as ta■
him,
『星 の 王 子 さま 』 に お け る発 話 表 出 方 法 一 邦 訳 と 日本 語 の 関 係 一
(20)[C訳
】
Ieminde
the
churches;and
would
(21)[W訳
】
that
even
succeedin
Ipointed
_ou
contrary,
trees
away
(22)【 内 藤 訳]バ
not
little prince
with
him,
if he
baobabs
took
dispatching
to the
as
herd
are
a whole
a single
little prince
as big
the
that
that
castles;and
would
オ バ ブ は 小 さ い 木 じゃ な い 、 教
herd
but
of elephants
baobabs
eat
sma■bushes
trees
home
the
with
size
him,
of
they
baobab.(pp.18-19)
that
not
not
were
even
if he
one
single
up
not
took
httle
bushes,
a whole
but
herd
on
the
of elephants
baobab.(p.23)
会 堂 の よ うに 大 き な 木 だ 、王 子 さ ま が ゾ ウ の 一 部 隊
をつ れ て い っ て も、 た っ た一 本 の バ オ バ ブ の 木 も たべ き れ な い 、 と 、 ぼ くは 王 子 さ ま
に い い ま した
(23)[池
(pp,25・26)
澤 訳 】 ぼ く はそ こで彼 に 、 バ オ バ ブ は 小 さな 木 じ ゃ な くて 教 会 み た い に大 き な 木 だ し、 ゾ ウ
の 一 群 を 連 れ て き た と こ ろ で 、 ゾ ウ た ち は た っ た1本
の バ オ バ ブ も食 べ きれ な い はず
だ と匿至墨(P.24)
(24)【
河野訳1僕 は王子 さま に匿≡恩
バ オバ ブは小 さな木なんか じゃな くて、教 会の建物の建物 み
た い に 巨大 だ か ら、ゾ ウの 群 れ を引 きつ れ て い った って 食 べ きれ や しな い 、と。(p.28)
英 訳 に お け るNRSAが
す べ て 邦 訳 で はFDSへ
と移 行 して い る 。 邦 訳3点
は す べ て 、 「言 う」
と い う伝 達 動 詞 を 用 い て お り、 引 用 符 が 取 り除 か れ た 形 な の で 典 型 的 なFDSの
形 で あ る と言 え
る 。 英 訳 で 用 い られ て い る"point
移行 す る こ とに
out"、"remind"と
い う動 詞 を 用 い ず 、FDSに
よ っ て よ り臨 場 感 が 表 現 さ れ て い る 。 こ の 場 合 も 、"point out"、"remind"の
邦 訳 とな り うる 「
指
摘 す る 」、 「気 づ か せ る 」 は 邦 訳 に 必 要 以 上 に 硬 い 印 象 を 与 え か ね な い の で 、FDSへ
移 行 し、全
体 の や わ ら か い 雰 囲 気 を 保 っ た も の と 考 え られ る 。
4.21S(英
訳)→FDS、
次 に 、IS(英
(25)[T訳]
(26)[C訳]
訳)に
DS(邦
訳)
対 応 して い るFDS、
DS(邦
訳)の
具 体 例 を検 討 す る。
T訳
C訳
W訳
内藤訳
池澤訳
河野訳
IS
IS
IS
DS
FDS
DS
Ishowed
my
frightened
them.(p.10)
Ishowed
masterpiece
my
masterpiece
my
masterpiece
to
to the
the
grown-ups
grown・ups,
and國them
and團
my
図my
drawing
drawing
fhghtened
them.(p.6)
(27)[W訳]
Ish0wed
frightened
to
the
grown-ups,
and
ske
them
hethe
the
drawing
them.(p.8)
(28)[内 藤 訳 】 ぼ く は 、鼻 た か だ か と、 そ の 絵 を お とな の 人 た ち に見 せ て 、[ヨこれ 、 こわ くな い?[ヨ
と1きき ま したL(p,8)
144
(29)[池 澤訳]ぼ
くは この 傑 作 を 大 人 た ちに 見 せ て 、 この 絵 、 怖 くない?と 國(p.8)
(30)[河 野訳 】 この 傑 作 を 、僕 は お とな た ち に見 せ て 、
口 この 絵 こわ い?口
英 訳 は 、3点
は、 「
僕(ぼ
と も 、`asked
them
if(whether)_'と
い う形 のISで
と1聞い て み た』(p.8)
あ る 。 これ に 対 し て 、 邦 訳
く)」 の 発 話 を 直 接 示 し 、 「聞 く 」 と い う動 詞 を 用 い たDSま
い る 。 引 用 符 の 有 無 の 差 は あ る が 、3者
て は 、3.2.4で
た はFDSへ
と も 似 通 っ た 訳 と な っ て い る((28)の
と 移 行 して
〈 〉 の用 法 につ い
言 及 す る)。 英 訳 を 直 接 邦 訳 に 移 行 さ せ る と 、 「∼ か ど うか 尋 ね た 」 と い うISが
然 で あ る 。 し か し 、 邦 訳 の 中 で こ う い っ た 硬 い 訳 は 馴 染 ま な い の で 、FDS、
DSへ
自
と発 話 表 出 方
法 の 変 化 が 起 こ っ た と考 え られ る。
4.3DS(英
訳)→FDS(邦
次 に 、DS(英
(31)[T訳
訳)
訳)に 対 応 して い るFDS(邦
T訳
内藤訳
DS
FDS
】
`Then
you
of all...'
`As
far
as
shall
I am
concerned,'Said
the
`1,`elied
(32)[内 藤 訳]
yourself,'answered
the
king」.`That
is the
most
difficult
thing
(p.46)
`Hum!Hum!'aid
`No,'said
judge
訳)の 具 体 例 を 検 討 す る 。
the
the
little
the
kin.`I
believe
rince,`do
not
little prince,`I
that
Iike
can
somewhere
to condemn
judge
myself
on
planet,...'(p.46)
my
anything
to death
anywhere...'
and...'(p.46)
king.(p.46)
「で は 、 お ま え 自 身 の 裁 判 を しな さ い 。 … … 。」(p.53)
「じ ぶ ん を 裁 判 す る ん だ っ た ら、 ど こ で で も で き ま す 。 … … 。」(p.53)
「え 一 と ね 、 わ し の 星 に は 、 年 と っ た ネ ズ ミ が ど こ か に い る よ う じ ゃ 。 … … 。」(p.53)
「ぼ く 、 死 刑 に な ん か す る の い や で す 。 ぼ く は 、 も う 出 か け ま す 」(p.53)
「い や 、 い か ん 」 と 、 王 さ ま が い い ま し た 。(p.54)
(31)の 英 訳 例 に は 、DSを
特 徴 づ け る伝 達 動 詞 が 、"answer"、"say"、"reply"の3種
類 、4箇
所 に 認 め られ る。し か し 、こ れ ら の 伝 達 動 詞 は 、(32)の 邦 訳 例 に お い て 、"replied the littleprince"
が 「と、王 さ ま が い い ま した 。」 と 訳 さ れ て い る 以 外 の 部 分 で は省 略 され て い る 。 こ れ に よ っ て 、
英 訳 で のDSが
邦 訳 に お い てFDSで
対 応 し て い る 。 こ う し たDS→FDSと
い う移 行 は 、 発 話 が
連 続 し て い る と き に 起 こ る 現 象 で あ る 。 こ う し た 現 象 が 起 こ る の は 、英 語 ・日本 語 間 に お け る 言
語 の 特 徴 の 違 い に 起 因 し て い る と推 測 され る 。 そ の 具 体 的 特 徴 を 以 下 に 整 理 し た 。
145
『星 の 王 子 さま 』 に お け る発 話 表 出 方 法 一 邦 訳 と 日本 語 の 関係-
① 日本 語 は 英 語 に比 べ て 、 立 場 に よ る発 話 の特 徴(終 助 詞 、 敬 語 な ど)が明 確 な の で発 話 が連 続 して も 、
登 場 人 物 を混 同す る こ とは な い。
② 英 語 は 主語 を必 ず 明示 す る が 、 日本 語 で は 主語 の連 続 した 明 示 は避 け る傾 向が あ る。
③ 英 語 に比 べ 、 日本 語 に お け る伝 達動 詞 「∼ と言 っ た 」 な どの 多 用 は避 け る傾 向が あ る。
こ の こ と に 関 して 、 金 田一 は次 の よ うに述 べ てい る。
日本 語 とい う もの は 、 そ の よ うな わ け で 、 言 葉 の バ ラエ テ ィー 一
文 体 の違 い 、 い ろ い ろな 地 域 に よ
る方 言 の違 い とか 、 身 分 ・職 業 に よ る違 い とか 、 あ るい は 、性 に よ る違 い とか 、 そ うい っ た 違 い が た
く さん あ る言 語 です 。 これ は 小説 家 の か た な どに は大 きな 便 宜 を 与 え て い る と思 い ま す 。 一 つ 一 つ の
セ リフ をい うだ け で 、発 言 者 が ど うい う人 で あ るか とい うこ とが よ くわ か るか らで す 。
(金 田一1991:35)
以 上 の英 語 ・日本 語 間 の言 語 の特 徴 が 、DS→FDSを
4.4邦
訳 の 特 徴 的な発 話 表 出方 法
本 節 で は 、NRSA(英
FDS(邦
引 き起 こ して い る の で は な い だ ろ うか。
訳)以
訳)→FDS、
DS(邦
訳)、 IS(英 訳)→FDS、
DS(邦
訳)、 DS(英
訳)→
外 の 邦 訳 に 見 られ る 特 徴 的 な 発 話 表 出 の 具 体 例 を 検 討 した い 。
(33)[内 藤 訳1と
こ ろ が 、 そ の 人 の 返 事 は 、 い つ も 、 図 そ い つ あ 、 ぽ う し だ 日 で し たっ(p.9)
(34)[内 藤 訳1す
る と 、 そ の お と な は 、[ヨ こ い つ あ 、 も の わ か り の よ い 人 間 だ[iヨと い っ て 、 た い そ う
満 足 す るの で した。(p.9)
(33)、(34)の 邦 訳 は 、 「
」 の代 わ りに 〈 〉 が使 用 され てい る の が特 徴 で あ る。 内藤 訳 に お い
て 〈 〉が 多 用 され てお り、 「
」 とは 区別 され て い る0特 定 され た 登 場 人 物 の発 話 以 外 の一 般
の 人 の会 話(例 え ば 、不 特 定 の大 人)な どに使 われ て い る。 こ う した 記 号 に よ る発 話 表 出 の 区別 も
効 果 的 で、 英 訳 で は 見 られ な か っ た差 別 化 の 方 法 で あ る。
(35)【内藤 訳1
「そ うだ ね 。 そ れ に 、 あ ん た が い い 子 な ら、 ぼ く、 綱 もあ げ る よ。 ひ る ま 、 そ れ で ヒ
ツ ジ を つ な い で お くの さ。 そ れ か ら、 棒 ぐい もね 」」
こ うい わ れ て1、王 子 さま は 、ひ ど
く気 に さわ っ た よ うで した。(p,18)
(35)の 邦 訳 にお い て は 、 「こ うい われ て 」 が伝 達 動 詞 の役 割 を果 た し、発 話 表 出 方 法 はDS
で あ る と言 え る。 「
∼ と言 っ た 」 とは 表 現せ ず 、 主 語 を省 略 してス ムー ズ に発 話 を つ な ぐ こ
とが で き る の も 日本 語 の 特徴 だ と言 え る。
146
(36)【T訳]`lt
is contrary
`Iforbid
to etiquette
to yawn
in the
presence
of a king,'aid
the
monarch.
it.'(p.43)
(37)【 内 藤 訳 】 す る と 王 さ ま が1い い ま し た 』
「王 さ ま の 前 で 、 あ く び す る と は 、 エ チ ケ ッ トに 反 し て お る 。 あ く びi駐
じ ゃ 」(p.49)
(37)の 邦訳 は 、(36)の英 訳 に対 応 した箇 所 で あ る。こ こで 注 目 した い の は伝 達動 詞 の位 置 で あ る。
英 訳 にお い て は発 話 の 間 に挟 ま る よ うな 形 で 挿 入 され て い る が 、邦訳 は伝 達 動詞 を発 話 の前 に移
動 させ 、発 話 を 一続 き に して い る。 日本 語 にお い て は も と も と(36)の よ うな 形 は 少 な い の で 、 日
本 語 の形 式 に発 話 表 出 が 変 換 され た 形 だ と言 え る。
(39)[池 澤 訳]す
る と彼 は そ れ をつ くづ く見 て か ら言 っ たE≡]
「だ め だ よ。 この ヒ ツ ジ は は じめ か ら病 気 み た い だ。 別 の を描 い て 」(p.13)
(40)[池 澤 訳]4日
目の朝 、 きみ が こ う言 っ た とき 、 ぼ くは この 新 しい 秘 密 を知 っ たE≡]
「ぼ く は 日が 沈 む の が好 き な ん だ。 これ か ら夕 日を 見 に 行 こ うよ」(p.29)
(39)、(40)の 池 澤訳 に お い て 特 徴 的 な の は 、発 話 の直 前 に用 い られ て い る一(ダ
ッシ ュ)で あ
る。 こ の表 現 は 、池 澤 訳 にお い て多 用 され て い る。 こ う した 表 現 の特 徴 も英 訳 に は 見 られ ない 特
徴 で あ った 。 こ う した 表 現 も 、発 話 と地 の 文 をス ム ー ズ につ な ぐ上 で非 常 に効 果 的 で あ る。
(41)[T訳
(42)[池
】
澤 訳]
`Of course,
I love
you,'the且ower國to
him.(p.41)
「そ う よ 、 わ た し は あ な た を 愛 し て い る わ 」 と 花 は 言
た
(p.42)
(42)の 邦 訳 例 は 、(41)の 英 訳 に 対 応 し て い る 箇 所 で あ る。 一 見 同 じ よ う に 対 応 して い る よ うに
見 え る が 、(41)の"to
him"に
該 当 す る 部 分 が(42)の 例 で は 省 略 され て い る 。主 語 だ け で は な く 、
目 的 語 の 省 略 も 自 由 に 行 え る の が 日本 語 の 特 徴 で あ る 。こ の よ うな 省 略 を 適 宜 行 う こ と に よ っ て 、
発 話 表 出 が ス ム ー ズ に行 わ れ る 。
(43)【T訳
】
...when
It國
(44)[河
野 訳]聞
an
odd
little voice
・`Pl・ase_・h・w
woke
me
up.
m・a・heep.'(P.12)
こ え て き た の は 、 に ん な 声 … … 。1
「お ね が い … … ヒ ツ ジ の 絵 を 描 い て!」(p,11)
(44)は 、非 常 に独 創 的 な表 現 が 用 い られ て い る。 こ う した 自由 な表 現 も 日本 語 の 特 徴 な の で は
な い だ ろ うか 。(44)に お い て は 、 伝 達 動 詞 が省 略 され て い る こ とが分 か る。 日本 語 に お い て は 、
伝 達 動 詞 の 主 語 、目的 語 、また 伝 達 動 詞 それ 自体 と もす べ て 省 略 が 可 能 な の で あ る。英 語 と比 べ
147
『星 の王 子 さ ま』 にお け る発 話 表 出方 法 一 邦 訳 と 日本 語 の 関係 一
て 、
自 由 な(曖
(45)[T訳
昧 な)日
】
本 語 が こ う した 発 話 表 出 方 法 を 生 ん で い る の で あ る。
`As
far
not
have
(46)[河 野 訳]
as
I am
concerned,'aid
to live here.'
the
little princ,`Ican
judge
myself
anywhere.
I do
(p.46)
「ぼ くは 」[互玉 至 亟L「
ど こ にい て も 自分 を裁 けま す。 な に も こ こに住 む こ とは あ り
ませ ん 」(p.58)
(46)に お い て も 、伝 達 動 詞 が省 略 され て い る の が特 徴 的 で あ る。 伝 達 動 詞 の挿 入 箇 所 は(45)と
同 じだ が 、伝 達 動詞 自体 は省 略 され 、主語 の体 言 止 め の形 に な っ て い る。こ う した表 現 も 日本 語
にお け るDSの
一種 で あ る と言 え る。
5.お わ りに-邦
訳 を特 徴 づ ける 日本 語
第 四節 で邦 訳 の特 徴 に つ い て 、個 々 の 引用 箇 所 を も とに考 察 を行 っ て き た。発 話 表 出方 法 の分
析 を行 っ た結 果 、邦 訳 の特 徴 が 明 確 に現 れ てい た 。そ の 特徴 と して 挙 げ られ るの は 、大 き く分 け
る と次 の二 つ の項 目で あ る。そ れ は 、 「NRSA、 ISに 比 べ てDS、 FDSが
好 ん で 用 い られ る こ と」
と4.4に 挙 げ た 「
邦 訳 の特 徴 的 な発 話表 出 」 の2点 に集 約 す る こ とが で き る。
一 つ 目の 「NRSA、 ISに 比 べ てDS、
FDSが
好 ん で 用 い られ る こ と」 は 日本 語 が よ り分 か り
や す い表 現 を 好 む こ とが原 因 な の で は な い だ ろ うか。 英 訳 に お い て 好 ま れ るNRSA、
ISは 、作
者 の解 釈 に よっ て介 入 が 起 こ り、 よ り抽 象 的 な 表 現 にな る こ とが 多 い 。 これ に 対 して 、 邦 訳 は 、
DS、 FDSが
FDSな
多 用 され 、発 話 の 内容 が 非 常 に具 体 的 で 分 か りや す い 。 日本 語 とい う言 語 は 、DS、
どの 直接 的 な発 話 か ら状 況 を把 握 して い く言 語 で あ る と言 え るか も しれ な い。
ま た 、二 つ 目の 「
邦 訳 の 特徴 的 な 発 話 表 出 」は 、 日本 語 の 自 由奔 放 さ、悪 く言 え ば曖 昧 さに 起
因 した特 徴 で あ る の で は な い だ ろ うか。最 も特 徴 的 な の は 、これ らの特 徴 的 な邦 訳 の ほ とん どが
省 略 に基 づ い て起 こる とい う点 だ 。も とも と主 語 を必 ず しも 明示 しな くて も良 い 日本 語 は 、伝 達
動 詞 、目的 語 な ど様 々 な単 語 が 省 略 可 能 で あ る。省 略 を好 む 日本 語 の 特徴 は 、一 つ 目の 「NRSA、
ISに 比 べ てDS、
FDSが
好 ん で 用 い られ る」 とい う邦 訳 の 特 徴 に も通 じる とこ ろ が あ る か も し
れ な い。
翻 訳 を行 う際 、 必ず 元 に な る原 文(text)が
あ る。 つ ま り、 翻 訳 を行 う翻 訳 者 も最 初 の段 階 で
は原 文 に対 す る 一 人 の読 者 で あ る。翻 訳 は 、そ の原 文 に則 した形 で な け れ ば な らな い 。翻 訳 され
た 文 章 にお い て 、翻 訳 者 の 介 入 が 目立 っ て はな らない 。 しか し、翻 訳 とい う作 業 にお いて 原 文 を
そ の ま ま の形 で他 言 語 に復 元す る こ とは 不 可能 で あ る。そ れ は、原 文 に用 い られ て い る言 語 と翻
訳 に用 い られ る言 語 が異 な るか らで あ る。こ う した事 実 故 に 、日本 語 が 邦 訳 を特 徴 づ け て い る の
だ。
翻 訳 者 の地 位 に つ い て 、 平 子 は 次 の よ うに述 べ て い る。
翻 訳 者 は 第 一 段 階 にお い て言 語 をテ ク ス トと して 「
解 釈 」 し、 第 二段 階 で テ クス トを言 語 で 「
表現」
す る。 そ の い ず れ も が主 体 的 な行 為 で あ る。 翻 訳 者 は と くに訳 文 の創 造 に よっ て 読 み 手 を支 配 す る と
.・
い う点 で 、 大 き な 権 限 を も っ て い る。(平 子1999:25)
今 回 の分 析 で は、 英 訳3点
、 邦 訳3点
を扱 った が 、 そ れ ぞ れ の翻 訳 者 に よ っ て 多様 な翻 訳 が
な され てい る こ とが 分 か っ た。筆 者 が 特 に注 目 した い の は 、同 じ言 語 の 中で 行 わ れ る翻 訳 の多 様
性 で あ る0つ ま り、 平 子(1999:25)の
述 べ て い る よ うに、 翻 訳 者 は大 き な権 限 を持 っ て い る た
め 、翻 訳 され た テ クス トに も、個 々 の翻 訳 者 の創 造 性 が 読 み 取れ る とい うこ とで あ る。今 後 、研
究 して い きた い の は 、個 々 の 翻 訳者 が ど の よ うな立 場 、ス タ ンス で 起 点言 語 を解 釈 し、 目標 言 語
へ の 表 現 を行 って い る のか とい うこ とで あ る。 ま た 、そ う した 立 場 、ス タ ン スが どの よ うにテ ク
ス トに表 現 され て い るか 、に も 関 心 が あ る。こ う した 観 点 を忘 れ ず に今 後 の研 究 に取 り組 み た い。
【言 語 資 料 】
Saint-Exup駻y,
Antoine
Trans.
by
Testot-Ferry,
Trans.
by
Cuffe,
moans.
by
Woods,
de.194611999,
Irene.1995.
T.V.F.1995.
The
Katherine.1945.
内 藤 濯(訳)2000,『
Le
The
Little
The
Petit
Prince,
Little
Prince.
Prince.
London
Little
Prince.
Paris:Ga皿imard,
London
Wordsworth
Penguin
London
Books
William
Editions
Limited.
Ltd.
Heinemann
Ltd.
星 の 王 子 さ ま 』 岩 波 書 店.
池 澤 夏 樹(訳)2005,『
星 の 王 子 さ ま 』 集 英 社.
河 野 万 里 子(訳)2006.『
星 の 王 子 さ ま 』 新 潮 社.
【参 考 文 献 】
ジ ェ フ リー ・N・リ ・
一チ!マ
平 子 義 雄1999,『
小 説 の 文 』(覧 壽 雄 監 修)研
翻 訳 の 原 理 一異 文 化 を ど う訳 す か 』 大 修 館 書 店.
村 上 春 樹 ・柴 田 元 幸2000.『
金 田一 春 彦1991.『
イ ケ ル ・H・シ ョ・
一 ト2003.『
翻 訳 夜 話 』 文 藝 春 秋,
日本 語 の 特 質 』 日本 放 送 出 版 協 会.
149
究 社.
『星 の 王 子 さま 』 にお け る発 話 表 出方 法
邦 訳 と 日本 語 の 関係
150
『星 の 王 子 さ ま 』の
AStudy
in Jap anese
and
日 英 訳 に お け る 会 話 表 現 の 研 究
of Speech
Enghsh
Representations
Tmnslations
葦沢 大
Masaru
義塾大学総合政 策学部
慶應 Faculty
of 1冶 、Rg漉 」P乞
血oθ
Ashizawa
of Policy Management,
Keio University
This
and
its
paper
Japanese
speech.
I
represent
examines
and
started
speech
Enghsh
out
in
the
ways
in
translations,
my
research
different
ways,
which
focusi皿g
based
and
speech
on
this
the
on
is
the
represented
use
assumption
of
assumption
direct
that
has
in
Le
Petit
speech
and血direct
Japanese
been
Prince
and
substantiated
English
by
the
presentstudy. More specifically,
I selecteda few examples and discussedhow the
differences
in therepresentation
ofspeechaffect
therestof thesentences.Ialsopointed
out
that
the use
contributes
【キ ー ワ-ド
1.直
of indirect
to the creation
in the discourse
of a particular
where
direct
speech
is predominant
rhythm.
】
接 会 話 文(曲
(communicative
speech
act)4.感
㏄tspeech)
情 表 現
2.間
接 会 話 文(in(血
(emotional
expression)
151
㏄t
speech)
3.伝
達 行 為
『星 の 王子 さ ま』 の 日英 訳 にお け る 会話 表 現 の研 究
1.は じめ に
本 稿 は 英 ・日 『星 の 王 子 さ ま』翻 訳 にお け る会 話 文 を 中心 に取 り扱 う。 まず 、直接 話 法 と間接
話 法 の 一般 的 特徴 を挙 げ 、話 法 の 違 い に よ って ど の よ うな 変 化 が現 れ てい る か を考 え る。次 に 『星
の 王 子 さま』 か ら具体 的 に 文 章 を 取 り上 げ 、間接 会 話 文 に お け る 日 ・英 両言 語 の 特徴 を探 る。そ
の後 、 同様 に言 語 資 料 か ら直接 会 話 文 を抜 き出 し、 両 言 語 の特 異 性 を探 し出す こ とを試 み る。
2.直 接 会 話 文 と間接 会 話 文
小説 にお け る発 話 の 表 出 様 式 は 、大 き くわ け て 二 つ あ る。誰 か が言 っ た こ とを伝 え る の に 直接
話 法 を用 い る と き は、使 われ た言 語 を そ の ま ま用 い る の に対 して 、間 接 伝 達 にお い て は 、言 われ
た こ と を 自分(作 者)の 言 葉 に 言 い換 えて 表現 す る。つ ま り、直接 会 話 文 ほ ど登場 人物 に焦 点 が
合 わ され 、間接 会 話 文 ほ ど作 者 の 視 点 か ら語 られ てい る とい う こ とで あ る。当然 言 え る こ とだ が 、
発 話 の 表 出様 式 は 作 者 自身 が 決 定 す る も ので あ り、両者 を 自 由に使 い 分 け る こ とが 出 来 る。 しか
し、使 い 分 け る とい うこ とは双 方 の 間 に違 いが あ り、及 ぼす 効 果 が異 な る と考 え て もい い だ ろ う。
だ か ら以 下 で は 次 の 疑 問 を解 くよ うに 『星 の 王 子様 』か ら具体 的 な事 例 を 取 り上 げ な が ら発 話 の
表 出様 式 に つ い て 考 察 す る。
① そ れ ぞ れ の 発 話 様 式 が 作 品 中 で どの よ うな効 果 ・影 響 を及 ぼ して い る だ ろ うか?
② 使 い 分 け の頻 度 や 形 式 は言 語 に よ っ て異 な る だ ろ うか?
2.1星 の 王 子 さま の 作 者 と語 り手
発 話 の表 出様 式 につ いて 詳 し く入 る前 に本 稿 で取 り上 げ た文 献 、『星 の 王子 さま』 に つ い て ま
ず説 明 した い と思 う。なぜ な ら発 話 表 出 に関 して 取 り上 げ る場 合 、そ の作 品 の 作者 が 語 る視 点 と
い うも のが 大 事 に な って くるか らだ。この 作 品 で 取 り上 げ るべ き特 徴 の 一 つ と して 、作 者 が 物 語
の 登 場 人 物 の一 人 で あ る とい う点 だ。 しか し、こ こで 注意 した い の は 作者 と想 定 作 者 の 区別 を明
確 にす る こ とだ。 上 記 の 特 徴 は厳 密 に言 うと、想 定 作 者(語 り手)が 登 場 人 物 とな る の で あ る。
も ち ろん こ の物 語 は フ ィ ク シ ョン で あ る か らに は実 体 験 と一致 しな い。とい うこ とは 、作 者 は 「
語
り手=自 分 」 とい う登 場 人 物 を作 り上 げ て物 語 を展 開 して い る の で あ る。 ここ で は 「
語 り手 」が
中 心 と なっ て 、物 語 の場 面 に実 際 登 場 して 会 話 した り、他 の 登 場 人物 同 士 の 会 話 を傍 観 した りす
る立 場 にい る こ とを理 解 す る必 要 が あ る。
2.2直 接 会 話 文 と間 接 会 話 文 の 形 成 要 素.関 連 性
次 に直 接 会 話 文 と間接 会 話 文 の 間 の 関連 性 に つ い て触 れ て み た い。っ ま り、互 い が も う一 方 の
形 に変 形 す る時 に 、どの程 度 代 替 可 能 で あ るか 、何 が含 まれ 何 が 除 かれ る か を考 察 す る。直 接 会
話 文 か ら間接 会 話 文 へ と変 形 す る例 を取 り上 げ る と、直接 会 話 文 の 特 徴 は 引 用 符 に よ って 登 場 人
物 が話 した 伝 達 情 報 を そ の ま ま の 形 で 忠 実 に 表 現 で き る こ とで あ る(他 に も伝 達 動 詞 が含 まれ
る な ども あ る が 、これ は 間 接 会 話 文 に も共 通 す る し、直接 会 話 文 で は 省 略 す る場 合 が 多 い こ とか
152
ら特 に論 じな い)。この 特徴 を裏 返 せ ば 、間接 会 話 文 に は 引用 符 が使 われ な い とい うこ とが 言 え 、
同 時 に発 言 者 の伝 達 情 報 が あ りの ま ま に示 され ない 。つ ま り間接 話 法 で は 話者 の 忠 実性 は 失 い つ
つ も 、 話 の 内容 は 同 様 に伝 達 され な けれ ば な らな い とい うこ とだ(真 偽 値 の 一 致)。 この真 偽 値
を替 え な い で 間接 会 話 文 に変 形 す る とい う点 が重 要 で あ り、言葉 を変 えれ ば 真 偽 値 が 変 わ らな い
範 囲 な らば 直 接 会 話 文 か ら様 々 な類 似 文 が形 成 可能 で あ る とい うこ とだ 。この 事 実 か ら二 点 の発
見 が 出 来 る。まず 一 つ は 、間 接 会 話 文 とは あ る程 度 直接 会 話 した 内 容 を 要 約 し、簡 潔 化 した発 話
形 式 だ と言 え る。二 点 目は 、間接 会話 文 か ら直 接 会 話 文 へ の 変 換 の場 合 に は そ の正 確 性 が 失 われ
るケ ー スが あ る とい うこ とだ。直 接 話 法 と間接 話 法 が一 致 しな い とい うこ とは 、発 話 表 出 の さま
ざ ま な型 を 、単 に 同 じ命 題 の 統 語 的 異 形 とはみ な しえ な い とい う意 味 は以 上 の よ うな こ と を表 し
て い る と考 え られ る。こ こで は 両者 の 間 に は 相 互 に 関連 性 が あ るが 、比 較 的緩 い 意 味 で の 関 連性
と定義 づ け るべ き で あろ う。
2.3間 接 会 話 文 にお ける特 徴
『小 説 の文 体 』 で は 間接 会 話 文 の形 成 方 法 と して 、伝 達 動詞 の位 置 づ けが 重 要 と論 じて い る。
これ は ど うい うこ とか とい うと、 英 語 の 間接 会 話 文 にお い て は伝 達 節(主 節)と 被 伝 達 節(従 属
節)と 明確 に分 かれ る(自 由間 接 話 法 の場 合 を 除 く)。下 記 の 例(1)の英 語 訳 文 で は 、"Itold"が 主
節 で 、that節 が 従 属 節 とな る。 要す るに 「
誰 々 か ら誰 々 に言 った 」 とい う伝 達 行 為 自体 が 文 の
主 部 に あ っ て 、そ の 内容 は そ の 伝 達 行 為 に従 属 して説 明 され る伝 達 内容 とい うよ うに区 別 され る
の で あ る。実 際 伝 達 され た 発 話 内容 は 、一 次 的 発 話 状 況 で あ る伝 達 動 詞 に従 属 され(二 次 的 な も
の にす る)、背 景 化 す る とい う こ とが 『小 説 の 文体 』 で定 義 され て い る。 しか し例(1)の 日本 語 訳
文 を 見 て み る と ど うだ ろ うか 。引用 符 が示 され て い な い他 は 特 に 日本 語 の 直 接 会 話 文 と変 わ りな
い とい う印 象 を受 け る(も ち ろ ん1.2で
言 っ た よ うに実 際 の発 言 内容 は 異 な り うる)。英 語 で は
主節 に従 属 節 の 内容 が組 み 込 まれ た(あ る い は含 意 され た)発 話 様 式 が イ メー ジ で き る一 方 で 、
日本 語 で は 直 接 会 話 表 現 と の 差 異 が 見 え に く い(以 下 、 英 訳 の[Woods訳1、
[Test0t-Ferry訳1を
そ れ ぞ れ 、[W訳1、[C訳1、[T訳1と
【Cuffe訳 】
、
表 記 す る)。
(1)
[原 典]
.et睡au
petit
bonhomme(avec
un
peu
de
mauvaise
humeur)queje
ne
savais
pas
dessiner.(p.14)
[W訳]
.and
I told
[T訳]
.so
I told
[C訳]
.so
I told
the
the
the
little chap(a
little chap(a
little crossly,
too)that
little crossly)that
little fellow(with
a touch
I did
I did
not
not
know
of irritation)that
know
how
how
to draw.(p.12)
to draw.(p.14)
I didn'_t_know
how
to
draw.
(P.io)
[内藤 訳]
そ こ で 、そ の ぼ っ ち ゃ ん に(す
こ し 、む っ と し な が ら)絵
[倉橋 訳】
… そ こ で そ の 子 に(少
し む っ と し な が ら)描
[山崎 訳】
… 坊 や に 向 か っ て(ち
ょ っ と 不 機 嫌 そ う に)絵
153
は か け な い 、 と い い ま し た 。(p.13)
き 方 が わ か ら な い と い っ た 。(p.14)
は 描 け な い と 言 い ま し た 。(p.10)
『星 の 王 子 さま 』 の 日英 訳 に お け る会 話 表 現 の研 究
【
池 澤 訳]
… … 絵 の 描 き か た は 知 ら な い の だ と(ち
[藤 田訳 】
… … そ こ で 男 の 子 に は こ うい っ た
ょ っ と 不 機 嫌 に な っ て)そ
の子に言
。(ち ょ っ とふ き げ ん そ う な よ うす で)こ
っ た 。(p.12)
う 、わ た し に は
絵 は 描 け な い ん だ よ 、 と 。(p.12)
[河野 訳】
… … そ の 男 の 子 に(少
し む っ と し な が ら)絵
は描 けな い
、 と告 げ た 。(p.14)
だ が 、 例(1)を よ り突 っ込 ん で分 析 して み る と新 た な発 見 も出 来 る。 まず 始 め に 英 日訳 文 の違
い か ら見 る と、英 語 の 三 つ の 訳 文 は ほ ぼ 定 型 化 して い るの に比 べ 、 日本 語 訳 文 で は 形 式 が 少 々異
な っ て い る。 この 要 因 と して は 、 日本 語 で はSVOの
それ ぞれ の部 分 が 並 び 変 わ っ て も不 自然 さ
が な い とい うこ とだ と思 う。日本 語 で は 、特 に小 説 の会 話 文 中 な どで は 特 定 の 文 法 規則 が 緩 い と
い うこ とが 言 え る。二点 目は言 語 を 問 わず 間接 会 話 文 に 言 え る こ とだ が 、前 の 文 章 と結 合 した 文
章 構 成 が 可能 とい う点 だ 。これ よ り前 に は 自分 は絵 が 描 け な い理 由 とな る根 拠 が 述 べ られ て い る。
つ ま りこれ は 思考 の 中 の 動 きで あ り、登 場 人 物 が 直接 会 話 を行 わ な い が ゆ えに 、会 話 伝 達 文 との
結 合 が 可能 に な る の だ。登 場 人 物 の 思 考 回 路 と伝 達 が 一 つ の文 に両 立 で き る とい う点 は 間接 会 話
文 の特 徴 の一 つ に挙 げ る こ とが 出来 る の で は な い か 。
2.4伝 達 内容 の 両 義 性
次 に例(2)の 間接 会 話 文 を 見 て も らい た い 。
(2)
C原典1
Je fis remarquer
arbres
grands
'鳬
[W訳]
t
au
petit prince
comme
des馮lises
que
les baobabs
ne
sont pas
et que, si m麥e'emDOrtait
des arbustes
, mais
des
avec lui tout un t ounea
,cetroupeaune viendrait
pas瀉out d'unseulbaobab.(p.24)
Ipointed out to the littleprince that baobabs were not littlebushes , but, on the
contrary, trees as big as castles and that even ifhe took a whole herd of elevhants
away with him, the herd would not eat up one singlebaobab .(p.23)
[C訳 】
Ireminded
the littleprince that baobabs are not small bushes but trees the size of
churches;andthateven ifhewould
[T訳 】
not
Ipointed
out
churches,
herd
succeed
would
to
in
and
not
the
that
be
, they
dispatching
little
prince
even
if
able
to
eat
a
that
he
were
up
one
[内藤 訳 】 バ オバ ブ は 小 さい 木 じゃ な い 、 籔 難
single
baobab.(pp.18-19)
baobabs
to
take
single
are
a
not
whole
little
herd
bushes
of
PIPnhants
but
trees
with
as
tall
him
as
, the
baobab.(p.24)
の よ うに 大 きな 木 だ 、 王 子 さま が ゾ ウの_轍
を
つ れ て い っ て も 、た った 一 本 の バ オバ ブの 木 も たべ きれ ない 、 と、 ぼ くは 王 子 さま にい い
ま した 。(pp.25・26)
[倉橋 訳 】 私 は 、バ オバ ブ は 小 さい 木 で は な くて 教 会 ほ ど も あ る大 木 だか ら、王 子 さま が 象 の 群 を連
れ て 帰 った と して もバ オ バ ブ ー 本 も食 べ きれ な い 、 と教 え て あ げ た。(p ,29)
154
[山崎 訳 】 わ た しは小 さな 王子 さま に 、 バ オ バ ブ は灌 木 で は な く、 教 会 堂 ほ ど あ る大 き な木 で 、た と
え ゾ ウの群 を そ っ く り連 墨
と して も 、そ の群 は 一 本 の バ オ バ ブ さ え食 べ つ くす こ と
は で き な い は ず だ と教 えて や りま した。(p.20)
[池澤 訳 】
ぼ くは そ こで 彼 に 、バ オ バ ブ は 小 さ な木 じゃ な く て教 会 み た い に 大 き な 木 だ し、ゾ ウの 一
群 を連 墨
とこ ろ で 、ゾ ウ た ち は た っ た1本 の バ オバ ブ も食 べ きれ な い はず だ と言 っ
た 。(p.24)
1藤 田訳 】 わ た しは 王子 さま に 、バ オバ ブ っ て い る の は ち っ ち ゃ な 木 じゃ な く て 、教 会 く らい も あ る
大 き な 木 で 、 た とえ ゾ ウの群 れ を そ っ く りそ の ま ま つ れ て きた と して も、一 本 のバ オバ ブ
の 木 を 食 べ きれ な い く らい な んだ とお しえ て あ げ た。(p.25)
[河野 訳1
僕 は 王 子 さま に言 っ た。 バ オ バ ブ は 小 さ な木 な ん か じゃ な くて 、教 会 の建 物 み た い に 巨 大
だ か ら、 ゾ ウの群 れ を一
っ て 食 べ きれ や しな い 、 と。(p.28)
例(1)よ りも伝 達 内 容 の説 明部 分 が 長 い こ とが 一 見 す るだ けで 理 解 で き るだ ろ う。 ま ず 英 語 か
ら見 る と、伝 達節 と被 伝 達 節 に分 かれ て い る こ とに加 え 、被 伝 達 節 の 中 も二 つ の 事 象 に対 して 説
明 して い る。 しか し、 この 二 つ の事 象 は 並 列 に位 置 され て い るの で 、関 連 性 とい うの は見 え づ ら
く な る。 一 方 日本 語 の 訳 文 を見 る と、そ れ ぞれ の訳 文 に 多様 性 が 見 られ る。 個 別 に見 て い く と、
池 澤 ・山 崎 訳 は 英 語 訳 と類 似 して い る面 が あ るが 、内 藤 訳 は 要 点 を さ らっ と述 べ るだ け に 留 ま り、
倉 橋 ・河 野 訳 は 「
だ か ら」 を組 み 込 む こ とで 二 つ の伝 達 内容 に 因果 関係 を 出 して い る。伝 達 内 容
が 二 つ と固 定 され て い る の で は な く、バ オ バ ブ の木 を 中心 に論 じる な ど伸 縮 性 が あ る こ とが 伺 え
る。
そ し て こ の 例 文 の 中 に も う一 つ 興 味 深 い 点 が あ る。英 ・日両 訳 文 と も に 二 重 線 を 引 い た 箇 所 に
注 目す る と 、 作 者(語
り手)の
語 る視 点 とい うもの が 見 え て く る。 まず この文 は前 の例 文 と同 じ
く作 者 か ら 王 子 さ ま へ の 伝 達 文 で 、一 字 一 句 は 異 な る と い え ど も 、伝 え る 内 容 の 真 偽 値 が 同 じだ
と仮 定 す る と 、 下 線 部 の 動 作 主 は 王 子 さ ま で あ る 。 下 線 部 を ま と め る と 、 英 語 は"take_with
him"、"took...home
with him"、"took...away
with h血"で
どれ も 日 本 語 の 「連 れ て 行 く 」、 「連
れ て 帰 る 」 と ほ ぼ 同 義 だ と い え る 。 一 方 の 日本 語 で は 半 分 の 訳 文 が 「
連 れ て く る 」 と 訳 した 。 そ
こ で ど ち ら の 訳 が 適 切 か と 考 え る と、 ど ち らで も 当 て は ま る と い え る 。 「連 れ て 行 く」 だ とバ オ
バ ブ の あ る 所 を 目 指 して と い う形 に な る し 、 「
連 れ て く る」 だ と象 を率 い る点 に フ ォー カ ス す る
形 に な る。た だ こ の 文 中 が 書 か れ て い る ペ ー ジ に 添 え て あ る 絵 は 王 子 さ ま の 星 を イ メ ー ジ した 図
で あ る の で 、 作 者 が 王 子 様 の 星 へ 象 を 連 れ る と 表 現 した か っ た な ら ば 、 「連 れ て 行 く 」 が 適 当 だ
と 思 う。た だ こ こ で 重 要 な の は 、間 接 会 話 文 で は 詳 細 ま で の 内 容 が 不 明 確 に な る と い う性 格 が あ
る の で 、 こ の部 分 を 直接 会 話 文 に 直 した 場 合 に この詳 細 が理 解 可 能 に な る とい うこ とで あ る。
155
『星 の 王 子 さま』 の 日英訳 に お け る 会話 表 現 の研 究
2.4登 場 人物 としての 場 面 の 解 釈
以 下 の例(3)を参 照 され た い 。
(3)
原 典1
Et
un
jour
軋dans
[W訳
】And
[C訳 】
consei皿a
de
la t黎e des enfants
one day
where
[T訳 】
il me
you
li
de chez
he said to me:`You
live can see exactly
were
to travel some
And
one day he advised
upon
the children
And
one
children
m'a
day
he
on my
uer灑騏ssir
ou
how
where
su
planet
to t
beau
dessin
, pour
bien
faire
entrer
moi.(p.26)
ht to make
a beautiful
all this is. That
day. Sometimes,'he
me
un
and
would
drawin,so
be very
that the ch丑dren
useful
to them
if they
added,`...'(p.26)
make
a beautiful
drawin
so as to impress
a皿this
I live.(p.26)
ested
that
I set about
makin
a beautiful
drawin
,so
as to give
a clear idea of all this.(pp.20-22)
[内 藤 訳 】あ る 日 、 王 子 さ ま は 、 フ ラ ン ス の 子 ど も た ち が 、 こ の こ と を よ く頭 に い れ て お く よ う に 、 ふ
ん ば つ して 、 一 つ 、 り っ ぱ な 絵 を か か な い か と ぼ く に す す め ま した 。(p.28)
[倉橋 訳]あ
る 日 王 子 さ ま は 、私 の 国 の 子 供 た ち に 教 訓 と な る よ うに 、 ひ とつ が ん ば っ て 立 派 な 絵 を 描
い て み た ら 、 と い っ て く れ た 。(p,31)
[山崎 訳 】そ し て 、あ る 日彼 は 、 こ の こ と を わ た し の 国 の 子 ど も た ち の 頭 に し っ か り し み こ ま せ る た め 、
り っ ぱ な 絵 を1枚
、 精 を 出 し て 描 き 上 げ る よ う に す す め ま し た 。(p.22)
[池澤 訳]別 の 日 に 彼 は ぼ く に 、 き み は こ の 地 球 に 住 ん で い る 子 供 た ち に も よ く わ か る よ うな 上 手 な バ
オ バ ブ の 絵 を 描 く竺
1藤 田 訳]あ
だ と言 っ た 。(p.26)
る 日 、 王 子 さ ま は 、 が ん ば っ て バ オ バ ブ の り っ ぱ な 絵 を 描 い て 、 わ た しの 国 の 子 ど も た ち
が し っ か りお ぼ え て お く よ う に させ た ほ う が い い と 、 わ た し に じ ょ げ ん し て くれ た 。(p.27)
[河 野 訳 】あ る 日 、 こ の こ と を 僕 の 星 、 つ ま り地 球 の 子 供 た ち も 、 よ く 頭 に 入 れ て お け る よ うに 、 い い
絵 を 一 枚 が ん ば っ て 描 い て お い た ほ う が い い と 、 王 子 さ ま は す す め て くれ た 。(p,30)
この例 文 に 関 して は 例(1)、(2)と は発 話 状 況 が異 な る。 まず 一 つ は 、 王 子 さま か ら語 り手 へ の
伝 達 文 で あ る こ と((1)、(2)は 両 方 と も作者 → 王 子 さま へ)、も う一 つ は 、そ のす ぐ後 に く る会 話
も続 け て王 子 さま が発 す る直接 会 話 文 で あ る とい うこ とだ。 ここ で は 、王 子 さ ま か ら語 り手 へ の
伝 達 文 で あ る に も 関 わ らず 、
作 者 が どの よ うに この状 況 を 間接 会 話 文 で 表 現 して い るか につ いて
考 察 して み た い。簡 略 して い えば 、語 り手 と して の作 者 と登 場 人物 と して の 作 者 の どち らの視 点
よ りな のか を ここ の文 章 か ら考 え る。
まず 英 訳 で の 特徴 は 一 人 の 訳 者(Woods)が
この 間接 会 話 文 を 直接 会 話 文 へ と変 換 して い る
点 だ 。 この理 由 と して は 、続 く文 が 再 び 王 子 さま の直接 会 話 文 とな っ て い るた め 、長 文 一 っ にま
と めた もの だ と考 え られ る。逆 に 間接 会 話 文 と直接 会 話 文 を ま と め ない原 因 と して は、提案 した
内容 とそ の 補 足 内 容 の双 方 を 区別 させ る働 き を して い る の で は な い か と考 え る。ま た英 訳 の 直接
156
会 話 文 の 下線 部 が"ought"と
表 現 され て い る よ うに 、 義 務 ・忠 告 の意 味 合 い が他 の 英訳 よ り強
め られ て い るの が 印 象 的 だ 。日本 語 訳 に移 る と、多 くが 下線 部 で 引 い た よ うな修 辞 疑 問 形 式 で 書
かれ て い る訳 文 が 目立 つ 。 視 点 に 関 して言 及 す る と、 英 文訳 で は"me"が
客 体 化 して い る こ と
か ら ど の英 訳 者 に も共 通 して 語 り手 視 点 か ら表 現 して い る こ とが わか る。 一 方 の 日本 語 訳 で は
「
す す めて くれ た 」、「
助 言 して くれ た 」な どか ら語 り手 か ら登 場 人 物 と して の作 者 の視 点 へ と移
動 が 見 られ る。 「くれ た」 とい う言 葉 が付 属す る事 に よ り、 自分 の た めに他 人 が そ の動 作 を し、
そ れ に よ って 恩 恵 ・利 益 を受 け る意 を表 す た め 、登 場 人 物 と して の作 者 が よ り前 面 に現 れ る効 果
が あ る と考 え る。英 訳 に お い て この 表 現 方 法 が 用 い られ て な い とい うよ りは この よ うな 効 果 を 表
す 言 葉 が な く、相 手 と話 し手 の 間 の 関係(損 得 の感 情 な ど)が 明確 に 区別 され る こ とが 日本 語 の
特 徴 と して挙 げ られ る と思 う。
3.直 接会 話 文 か ら見 る英 日翻 訳 の 特 徴
次 に 今 度 は 作 品 中の 直 接 会 話 文 に 目を 向 け て み る。直 接 会 話 文 はそ の名 の通 り、登 場 人 物 が 作
者 を 通 さず に登 場 人 物 同 士 で 直 接 会 話 を行 うこ とで 慣 用 句 や 文 脈 的 要 素 な どが 直 接 表 れ るの で
言 語 的 な特 徴 が 見 出 しや す い と考 え られ る。 例(4)は王 子 さま が 自分 の 星 に突 如 芽 生 え た 「
花」
と会 話 をす る場 面 で あ る。バ ラが 登場 す る事 で 語 り手 は 登 場 人 物 た ち に対 して初 め て客 観 的 な立
場 か ら語 る よ うに な る。
(4)
[原典]
[W訳]
[C訳]
[T訳]
≪Ils peuvent
venir,
`Let
the
tiers
`Let
them
come
`Let
them
come
les tigres,
come
, the
, those
with
avec
their
tigers,
tigers
leurs
griffes!≫
claws!'(p
with
with
their
(p.34)
.36)
claws!'(p.29)
their
claws!'(p.36)
[内藤 訳 】
「爪 を ひ っ か け に く る か も し れ ま せ ん わ ね 、
ト ラ た ち が!」(p.40)
[倉橋 訳 】
「虎 た ち が あ の 爪 で 襲 っ て き て も 大 丈 夫 よ 」(p.45)
[山崎 訳 】
「ト ラ た ち が 爪 で 引 っ か き に く る か も し れ な い わ!」(p.30)
【
池 澤 訳l
「鋭 い 爪 の ト ラ が 来 て も 大 丈 夫 よ!」(p.37)
l藤 田訳】
「ト ラ た ち が つ め を 立 て て や っ て く る か も し れ な い わ!」(p.40)
【
河 野 訳1
「ト ラ た ち が 、 爪 を 光 ら せ て 、 来 る か も し れ な い で し ょ!」(p,43)
こ こは花 が 自分 自身 の トゲ を示 しな が ら、
私 に は トゲ が あ る か ら トラ が来 て も大 丈 夫 だ とい う
よ うに 自分 を誇 示 して い る文 章 で あ る。 よっ て藤 田 ・山崎 ・河 野訳 は トラ が 来襲 す る こ と を心 配
した発 言 で あ る の で 不適 切 な 訳 文 と取 れ る。バ ラ の虚 栄 心 が 王 子 さま を 当 惑 させ る こ と にな るの
が 両者 の 関係 性 を考 え た 場 合 正 しい と考 え る。この よ うな 訳 文 が 複 数 表 れ た 要 因 と して 、一 つ は
文脈 上 十 分繋 が る こ とだ 。後 の 文 章 で 「
そ れ に トラ は草 な ん て食 べ や しな い 」と返 答 して い る こ
とか ら、一 見バ ラ が 不安 で あ るの で慰 め と して 王 子 さまが 発 した の で は な い か と考 え られ る。 し
157
『星 の 王 子 さ ま』 の 日英 訳 にお け る 会話 表 現 の研 究
か し 、よ り根 本 的 な 理 由 は 仏 ・英 語 に お い て 自 然 と 考 え ら れ る 表 現 が 、日本 語 で は 表 現 で き な い 、
ま た は し づ ら い ケ ー ス が 生 じ る と い う こ と だ(こ
them
come"つ
の 逆 も 同 じ こ と が 言 え る)。 英 語 で は"Let
ま り、 「トラ を 望 み どお り に 来 させ ろ 」 と訳 せ る が 、 こ の よ うに な ら な い の は 日
本 語 で 表 現 し た 場 合 に 不 自然 と 捉 え られ る か ら だ(も
ち ろ ん フ ラ ン ス 語 原 典 か らの 訳 文 で は あ
る が 〉。 不 自然 と な る 背 景 と して 考 え られ る の は 、 両 言 語 間 に お い て 相 手 に 「命 令 す る 」 こ と と
「
委 ね る ・頼 る 」 こ と へ の 考 え 方 に 違 い が あ る こ と だ 。 これ は ど ち ら が よ り適 切 か と い う議 論 で
は な く 、言 語 間 の コ ミ ュ ニ ケ ー シ ョ ン ス タ イ ル に 違 い が あ る が ゆ え に 生 じ る 差 異 と い う こ とで と
ど め る 。要 す る に 、上 記 の 翻 訳 例 文 は 日本 語 に お い て 直 接 訳 し に く い 表 現 で あ る が ゆ え に 、二 つ
の 解 釈 が 邦 訳 者 間 に お い て 生 じて し ま っ た とい う こ とで あ る 。 よ っ て 、 「トラ が 襲 っ て き て も 大
丈 夫 」 程 度 の 一 歩 く 踏 み 込 ん だ 訳 〉 を 日本 語 に お い て せ ざ る を 得 な い の で あ る 。
(5)
L原典 】
Horreur
petit
【W訳1
des
courants
d'air...
ce
n'est
pas
bad
luck,
de
chance,
pour
une
plante,
avait
remarqu駘e
prince.(p.34)
`Ahorror
of
draughts
‐that
is
for
a
plant,'remarked
the
little
prince,`...'
(p.37)
[T訳]
`Ahorror
of
draughts
...that's
really
bad
luck
for
a plant,'remarked
the
little
prince,`...'
(p.37)
[C訳 】
`Ahorror
of
draughts?That
is
bad
luck
, for
a
plant,'the
little
prince
remarked,`...'
(p.30)
[内藤 訳 】
〈風 の 嵌 い て くる の が こわ い な ん て … …植 物 だ の に ど うして だ ろ う。 こ の花 っ た ら、ず い
ぶ ん 気 む ず か しい な あ … … 〉 と王 子 さ ま は 考 え ま し た 。(p.41)
[池澤 訳 】 冷 た い 風 に 弱 い な ん て … … 植 物 な の に 困 っ た こ と だ 、 と 王 子 さ ま は 考 え た 。(p.37)
[藤田訳]
「
植 物 な の に 風 が き らい な ん て … … こ の 花 は 、 そ う と うふ く ざ つ だ な … … 」 と 、 王 子 さ ま
は 思 っ た 。(p.40)
[山崎 訳]
「そ と の 風 が 嫌 い だ な ん て … … 。 植 物 の くせ に 運 が 悪 い な 」 と 小 さ な 王 子 さ ま は 思 い ま し
たQ(p.31)
【
倉橋訳】
「
風 が 恐 い な ん て … … 植 物 な の に 困 っ た も の だ 。 な ん と も気 む ず か し い 花 だ 」 と王 子 さ ま
は 思 っ た 。(p.46)
[河野 訳]
〈風 が 吹 き こむ の は 大 き らい って … …植 物 な の に 、困 っ た もの だ な 〉王 子 さま は 、ま た気
が つ い た 。(p.43)
例(5)で は 英 日翻 訳 文 間 に お い て 文 構 造 が 異 な り 、 両 者 の 対 応 関 係 が 見 え に く い 状 態 に な っ て
い る 。 下 線 部 の"bad
luck"は
名 詞 形 な の で 直 訳 す れ ば"悪 い 運"だ が 、 邦 訳 の 中 に は 「
運 が悪 い 」
の よ うに 単 語 が 組 み 合 わ さ っ て 句 と して 表 さ れ て い る。 そ の 他 に も 「困 っ た も の だ 」、 「ふ く ざ つ
だ な 」、 「ど う して だ ろ う」 な ど 単 な る名 詞 で は な く 、 そ こ か ら派 生 し て 表 現 して い る と い う こ と
158
が わ か る。だ が 様 々 な表 現 方法 が 異 な る中 で 、それ らの表 す 意 味 内 容 の方 向性 は あ る程 度 同 じで
あ る よ うに 思 う。全 体 的 に 日本 語 訳 は 王 子 様 が 花 に対 して否 定 的 に 見 た り、花 の キ ャ ラ クタ ー性
を 強 く表 した りす る作 用 が 見 渡せ る。 「
な ん て 」 とい う表 現 も発 言 や 思 考 の 内容 を 軽 ん じ る気 持
ち を こ めて 示 す 場 合 が多 い 事 か ら同 じよ うな 効 果 を表 して い る とい うこ とが い え る。一 方 の 英 語
訳 で は あ る程 度 の キ ャ ラ ク ター性 を 出す も の の 、日本 訳 ほ ど強 く表 す 表 現 は 見 られ な い 。そ も そ
も この"bad
luck"も
日本 語 で 訳 せ ぱ 「
お 気 の 毒 に」、 「
運 が悪 い のね 」 とい うよ うな 同情 の 気持
ち の 面 が 多 分 に存 在 す る。この よ うに会 話 文 中 で の感 情 表 現 は 強 い 印象 を生 み 出す の だ が 、そ の
印 象 も 日 ・英 に よ っ て は 王子 さま や花 に 対 して違 っ た 方 向 性 で示 され て い る と感 じた(も ち ろ ん、
翻 訳 者 の影 響 も忘れ て は な らな い が)。
そ の他 の 特徴 と して は 、 日本 語 訳 に 限 っ て 、 「
だ な 」 な どの 表 現 が 会 話 中 に頻 繁 に使 用 され て
い る こ とか ら、登 場 人 物 の 心情 に入 り込 む場 合 が 多 い 。 こ こで も 「
」 を用 いず に 、感 情 表 現 を描
写 す るた め に 〈 〉 を用 い る こ と を して い る0一 方 、英 語 で は こ こは発 話表 現 と も感 情 表 現 とも読
み 取 れ る が後 の 文脈 上 を考 え る と、発 話 を行 っ て い る と考 え られ 、 日本 語 ほ ど心情 描 写 へ の変 換
が 少 な い とい え る。
(6)
源 典】
≪Le
d'o
soir
【W訳1
vous
je
`At
me
mettrez
viens...≫
night
l want
sous
globe.
Il fait
tr鑚
froid
chez
vous.
C'est
mal
install
L
(p.34)
you
to put
me
under
you
to put
me
a glass
globe
. lt is very
cold
where
you
live....'
(p.37)
[T訳 】
In
the
live.And
【C訳]
`ln the
lacks
[内藤 訳 】
evening
rather
evening
I want
under
a glass
dome.
It is very
cold
here
where
you
uncomfortable...'(p.37)
you
may
conveniences...'
place
a glass
dome
over
me.
lt is very
cold
on
your
planet.
lt
(p.30)
「夕 方 に な っ た ら 、 穫 い ガ ラ ス を か け て く だ さ い ね 。 こ こ 、 と て も 寒 い わ 。 星 の あ り 場 が
わ る い ん で す わ ね 。 … … 」(p.41)
[池澤 訳 】
「
夜 は ガ ラ ス の蘇 を か ぶせ て い た だ きた い の 。 あ な た の 星 って 、 ず い ぶ ん 寒 い わ 。 造 りが
悪 い の ね 。 … … 」(p。37)
[藤田訳]
「
夜 に は 、 ガ ラ ス の お お い をか け て 下 さい ま せ ね.あ な た の 星 は とて も熟 ・の よ.位 遜
り が 悪 い ん で す わ ね 。 … … 」(p.40)
[山崎 調
「
夜 は ガ ラ スの 覆 い の な か に 入れ て くだ さい ね。 あ な た の と ころ 、 とて も寒 い わ。 場 所 が
悪 い の ね 。 … … 」(p.31)
[倉橋 訳]
「日 が 暮 れ た ら ガ ラ ス の 覆 い を か け て く れ る わ ね 。 あ な た の 星 は な ん て 寒 い ん で し ょ っ一
ま っ た く ひ ど い も ん だ わ 。 … … 」(p.46)
【
河 野 訳】
「夕 方 に な っ た ら 、 ガ ラ ス の お お い を か ぶ せ て ね 。 あ な た の と こ ろ 、 と て も寒 い わ 。 置 備
が 悪 い の ね 。 … … 」(p.43)
159
『星 の 王 子 さま 』 の 日英 訳 に お け る会 話 表 現 の 研 究
こ の 訳 文 で の 注 目す る 点 は 語 彙 的 構 造 の 変 化 とモ ダ リテ ィ 表 現 で あ る 。こ こ で も 語 彙 的 構 造 の
変 化 が 見 られ 、 英 語 の"uncomfortable"や"lack
of conveniences"と
訳 され て い る の に 対 し、
日本 語 で は 「位 置 取 り 、造 り 、場 所 、設 備 が 悪 い 」 な ど ま た も 一 歩 く 踏 み 込 ん だ 訳 〉 文 が 見 ら れ
る 。英 語 で は 暮 ら して い る 星 自 体 が 不 便 だ と 述 べ て い る の に 対 し、 日本 語 は 寒 い と い う こ と に 関
して の 理 由 を 説 明 し た 訳 文 と な っ て い る 。 モ ダ リテ ィ 表 現 と は"must"、"can"、"may"な
可 能 性 、 許 可 、 意 図 を 意 味 す る助 動 詞 類 の こ と で あ る が 、Cuffeの
どの
訳 文 で は 命 令 し て い る よ うな
働 き を して い る 。 一 方 の 日本 語 訳 文 で は 、倉 橋 訳 が 英 訳 と相 対 的 に 近 い ほ か は 、お 願 い の 意 志 を
込 め た 表 現 に な っ て い る と い う こ と が い え る 。(4)の 例 文 で も 述 べ た 点 と 同 様 に 、 命 令 と お 願 い
表 現 の 間 に 価 値 観 の 差 異 が 生 じ る 結 果 で あ る と考 え る 。
4.ま とめ
本稿 は、 「
星 の王 子 さま」 の作 品 に お け る会 話 表 現 を 直接 ・間接 会 話 文 に分 け な が ら、 そ の発
話 様 式 が 持 つ 効 果 ・影 響 に つ い て 考 察 しつ つ 、 日 ・英 両翻 訳 文 の 特徴 を見 出 す事 を 主 な 目的 と し
た 。 ま ず 、小 説 作 品 に お い て会 話 文 の性 質(直 接 ・間接)を 使 い 分 け る こ とは 、作 品 に お い て独
自 の リズ ム 、緩 急 を 与 え る効 果 が あ るの で は な い か と考 え る。具 体 的 に言 う と、直接 会話 文 が 会
話 表 現 の多 くの割 合 を 占 め る段 落 にお い て 間接 会 話 文 が登 場 す る こ とに よっ て 、文 中 の 時 空 を一
時 超 越 した り、会 話 ・伝 達 内容 が 一段 階抽 象 度 を増 した りす る効 果 が あ る。 そ の結 果 読 む 際 に 、
独 特 の リズ ム が加 わ り、新 鮮 さが 生 ま れ る。伝 達 内容 にお い て抽 象 度 が 増 す こ とは 、簡 潔 に ま と
め る こ とで 短 く、内 容 をわ か りや す く把 握 す る効 果 が あ る反 面 、詳細 が把 握 出来 な い た めに 不 明
確 に な る 、あ るい は 推 測 しな けれ ばい け な くな る場 合 が あ る とい うこ と も発 見 で きた 。間接 会 話
文 が 表 れ る部 分 の前 後 に は ほ とん どの場 合 直 接 会 話 文 が 関連 して い る こ とを考 え る と、表 出 され
る こ とに よ る リズ ム の変 化 と同 時 に 、
英 訳 文 に お い て 見 られ た 直接 会 話 文 との 融 合 文 な ど も翻 訳
作 品 にお い て は行 われ る場 合 が あ る。
続 い て 日 ・英 翻 訳 を比 較 した 上 で の両 言 語 の 特 徴 につ い て 述 べ る。英 訳 文 で は 間接 会 話 文 か ら
直 接 会 話 文 の変 形 が見 られ た り、間接 会 話 文 に お い て は あ る程 度 の 共 通性 を訳 文 同 士 が 持 って い
た り して 、類 似 した 文 章 が 多 か っ た とい うこ とが わ か っ た 。 日本 語 訳 文 で は 訳 文 の パ ター ンの 豊
富 さか ら様 々 な言 語 的特 徴 に よ っ て視 点 の変 換 、訳 文 の ニ ュア ンス の変 化 が 感 じ取 れ た。ま た 会
話 文 中 にお い て 、そ の 言語 な らで は の 表 現 方 法 ・慣 用 句 な どが多 く見 られ た。そ れ を異 な る言 語
に翻 訳 した 際 に、直 訳 で は 違 和感 が あ る表 現 を如何 に訳 して い るか 、ま た それ を他 言 語 と比 較 す
る と両 言 語 間 の違 い か ら双 方 の特 徴 が 発 見 で き た。この場 合 の 翻 訳 は 必ず し も誤 訳 とは 判 断 しが
た く、 言 語 固 有 の 解 釈 に よ っ て特 徴 が 表 れ て い る と考 え る 方 が正 しい の で は な い か と思 う。
【言 語
資 料
】
Saint-Exupery,
Antoine
Trans.
by
Cuffe,
T.V.
Trans.
by
Testot・Ferry,
de.1946/1999.
F.1995.
The
Irene.1995.
Le
Little
The
Petit
Prince.
Prince.
London
Kittle
Prince.
160
Paris
Gallimard.
Penguin
Books
London
Wordsworth
Ltd
.
Editions
Limited
.
moans.
by Woods,
Katherine.1945.
内 藤 濯(訳)2000.『
London
William
Heinemann
Ltd.
星 の 王 子 さ ま 』 岩 波 書 店.
倉 橋 由 美 子(訳)
2005,『
新 訳
山 崎 庸 一 郎(訳)2005.『
池 澤 夏 樹(訳)
The Little Prince.
2005.『
藤 田尊 潮(訳)2005.『
星 の 王 子 さ ま 』 宝 島 社.
星 の 王 子 さ ま 』 み す ず 書 房,
星 の 王 子 さ ま 』 集 英 社小 さ な 王 子 』(新 訳 『星 の 王 子 さ ま 』)八 坂 書 房.
河 野 万 里 子(訳)2006.『
星 の 王 子 さ ま 』(新 潮 文 庫)新
潮 社.
【参 考 文 献 】
池 上 嘉 彦1995.『
〈 英 文 法 〉 を 考 え る 』 筑 摩 書 房.
ジ ェ フ リー ・N・リ ー チ ノマ イ ケ ル ・H・シ ョー一 ト2003.『
村 上 春 樹 ・柴 田 元 幸2000.『
長 島 要 一2005.『
翻 訳 夜 話 』 文 藝 春 秋.
森 鴎 外 文 化 の 翻 訳 者 』 岩 波 書 店.
161
小 説 の 文 体 』(箆 壽 雄 監 修)研
究 社.
Contents
Forward
Table
(i)
of Contents
Part I
(il)
Collaborative
Research
A Study of Lc Petit Prince
• Introductory
and Its Translation
Problems
Remarks
• Focusing on Naito's Translation
• Focusing on Kurahashi's
• Focusing on Yamazaki's
Translation
Translation
• Focusing on Ikezawa's
on Fujita's
• Focusing
on Kono's Translation
Part II
Shimozaki
1
Minoru
Shimozaki
5
Yusuke
Matsumoto
Shota
Translation
• Focusing
Minoru
Translation
Saiki
35
43
Hisaka
Sugawara
55
Masaru
Ashizawa
73
Yoko Suzuki
83
Hisaka
Sugawara
93
Yusuke
Matsumoto
Individual Research
• An Examination
and Its English
• An Analysis
Inanimate
of `Point of View' in Lc Petit Prince
and Japanese
of Japanese
Translations
Transitive
with
125
Agents: A Case Study of Vita Sexualis
• Representations
of Speech in Lc Petit Prince:
The Relation between
Japanese
Translations
• A Study of Speech Representations
English
Expressions
Translations
Shots
Saiki
137
and Japanese
in Japanese
and
Masaru
Ashizawa
151
of Lc Petit Prince
Table of Contents (English)
162
Afterword
163
162
あ とが き
ヒ ト固 有 の認 知 能 力 とは 、同 種 の 他 者 を、自分 と同 じ く意 図 を持 つ 存 在 で あ る と理解 で き る こ
とだ と言 い ま す 。そ して 、そ の 能 力 は 、言 語 の 利 用 に よ り顕 現 す る の だ と。人 類 の存 在 そ の もの
に 関 わ る言 語 とは、実 践 的 な道 具 で あ りなが ら、実 に捉 え ど ころ の な い魅 力 的 な もの で も あ りま
す。
私 た ち は 、翻 訳 分 析 とい う手 法 を用 い 、言 語 とい うもの につ い て考 え て き ま した。言 語 を利 用
し、文 学 作 品 や 翻 訳 作 品 を紡 ぎ 出す 創 作 者 た ち に も、思 い を馳 せ て き ま した 。発 見 や 疑 問や 問題
をぶ つ け合 い 、考 え込 み 、納 得 し、ま た 考 え る、 とい う一 年 間 で した。 本 論 文集 が 、そ の成 果 で
す。
論 文集 の 出 版 は2005年
度 に続 き4度
目に な りま した。今 後 の課 題 は 多 々 あ ります が 、来年 度
以 降 も、 よ り充 実 した 研 究 が な され て い く こ とを 強 く希 望 して い ま す 。
最 後 に な りま した が 、こ こ まで 導 いて くだ さっ た霜 崎 實教 授 、お よび 本 論 文集 出版 の機 会 を 与
え て くだ さ っ た湘 南 藤 沢 学 会 に 心 よ り感 謝 申 し上 げ ま す 。
2007年2月
菅原 久佳
163
執筆者
霜崎 實
慶應義 塾大学環境情報学部教授
菅原 久佳
政策 ・メデ ィア研究科修士課程2年
松本 裕介
政策 ・メデ ィア研究科修 士課程2年
佐伯 祥太
総 合政策 学部4年
鈴木 陽子
総合 政策 学部4年
葦沢 大
総合政策 学部2年
翻 訳 論 プ ロ ジ ェ ク ト2006年
A Search
into Language
度 論文 集
and Beyond-Challenges in
Translatlon
Studies-
発行 日
2007年3月22日
編集
霜 崎 實 ・菅 原 久 佳 ・松 本 裕 介
著者
霜 崎 實 ・菅 原 久 佳 ・松 本 裕 介 ・佐 伯 祥 太 ・鈴 木 陽 子 ・葦 沢 大
発行所
慶応 義 塾 大学湘 南藤 沢学 会
〒252-0816神
初版 発行
奈 川 県藤 沢 市遠 藤5322
義 塾 大 学 湘 南 藤 沢 キ ャ ンパ慶應
ス
印刷所
株 式 会 社 ワキ プ リン トピア
ISBN:978-4-87762-173-5
SFC-RM
164
2006-010
Fly UP