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2009 年度 日本 OSS 推進フォーラム 組込みシステム部会 提言

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2009 年度 日本 OSS 推進フォーラム 組込みシステム部会 提言
2009 年度
日本 OSS 推進フォーラム
組込みシステム部会
提言
2010 年 5 月 20 日
組込みシステム部会・部会長(ソニー株式会社)
上田 理
[email protected]
■ はじめに ■
2008 年 4 月に発足した組込みシステム部会は、昨年度に引き続き様々な企業、団体から多数の参
加をいただき、組込み OSS の更なる発展に向けた有意義なディスカッションを繰り広げることが出来
た。特に 2009 年度は 10 月に Kernel Summit ならびに Japan Linux Symposium に伴い世界各国
からリナックス及びその周辺 OSS 開発の中心的な開発者が集まり、組込み関連開発者も交え極め
て有意義なディスカッションが展開された。組込みシステム部会はこのイベントを組込み OSS の視
点から協力し、成功に導くのに貢献できたと信じる。期間中さまざまな傾聴すべき話を多方面から聴
く事ができた。その内容も踏まえ、組込みシステムを支える重要な基幹技術として OSS を揺るぎない
ものに位置づけ、さらなる発展を目指した提言をまとめる。
なお、ここでは情報家電機器関連を中心とした組込み機器開発を主眼におく。以下に述べる提言は
情報家電業界、ならびにそれを支える半導体技術業界、ソフトウエア関連業界ならびに経済産業
省をはじめとする関連団体に向けたものである。これ以外にも多岐に拡がる組込みソフトウエアを基
盤とした各業界にも参考になれば幸いである。
■ 複写等に関して ■
この文書は複写等の制限を一切設けません。少しでも多くの組込み OSS 開発に関連する方々のお
役に立つことを祈ります。
© 2010 日本 OSS 推進フォーラム
※ この文書に記載されている会社名、システム名、製品名は一般に各社の登録商標または商標
です。なお本文中では、TM、®マークは明記しておりません。
※ Linux は、Linus Torvalds 氏の米国およびその他の国における登録商標または商標です。
-2-
■ 提言 ■
日本 OSS 推進フォーラム、組込みシステム部会は、OSS 技術を積極的に活用する情
報家電組込みシステム開発にかかわる各社が、オープンコミュニティーの場で繰り広
げられる先端 OSS 開発の場に今後も継続的に参画しコミュニティーと協調した開発に
貢献する事を重要な技術戦略の一つとして捉え実行する事を提言する。
情報家電領域に於いては OSS が組込みソフトウエア基盤技術として確立しつつある。
OSS は多種多様な商品で既に積極的に活用されており、それらの商品を魅力的にす
るさまざまなソフトウエア資産が OSS を基盤技術として構築されている。そのような資
産を更に発展させるためには、その構築の土台となるソフトウエア基盤の、
1) 先端的なテクノロジーに対する対応すること
2) 将来に渡る安定的な利用を可能にすること
は不可欠であり、情報家電業界各社に共通した大きな戦略的意義を持つ。
この実現のためには組込み領域に根ざす OSS 開発者が国際的に展開するオープン
ソース開発コミュニティーへ積極的に参画することが必要不可欠である。関係各社各
団体に於ける施策の実施を期待する。
組込みソフトウエアの基盤技術として、リナックスやその周辺のオープンソースソフトウエア(OSS)を
活用することは、今や一般化した。例えば Android や MeeGo など情報家電(モバイル)機器構築の
ためのプラットフォームもリナックスやその周辺の OSS を活用することで実現している。他にもさまざま
な魅力的なフィーチャーがリナックスやその周辺の OSS の上に構築されたソフトウエアで実現し、情
報家電機器をより魅力的なものにしている。これらの資産の継承は各社の今後の展望を実現する上
でも極めて重要となっていると想像できる。それらを構築する礎としてリナックスやその周辺 OSS の
役割は極めて大きく、今や情報家電業界共通の高度な技術戦略価値を持つに至った。そのような
状況下、ソフトウエア基盤技術として OSS を長期に渡って、折々の最新技術に対応しながら安定し
て利用し続けられることは、企業の壁を越えた共通の願望である。
一方、リナックス開発者コミュニティーなど、OSS 開発者コミュニティーの多くは地球規模に拡がり極
めてダイナミックで活発な活動を展開し続けており、技術の急速な進化を日常的に繰り広げている。
幸い組込みシステム開発にも重要な数多くの要素技術がコミュニティーに採用され進化の過程に
入っているのも事実であり、リナックスやその周辺 OSS は組込みシステム開発にも使いやすいものに
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着々と進化し続けている。この基調を維持しさらなる発展を目指すためには、組込みシステム開発
の現場に立脚したコミュニティーへの参画が不可避である。
同時に、コミュニティーの場では技術の退化も日常的に起きている。積極的な開発関与が誰からも
ほとんどなされない技術は進化の系譜から脱落するのである。例えば仮に組込みシステム開発に携
わるわれわれがこれら OSS を完成したものと捉えコミュニティーと協調した歩みを停めたとしたら、そ
の時がまさに退化が始まる瞬間である。すると、近い将来、現在享受しているリナックスやその周辺
OSS の恩恵が薄れ、さまざまなリスクが急増する危険性を伴う事を深く認識しなくてはならない。その
リスクは、ソフトウエア技術基盤に於ける開発コストの急激な上昇、品質低下、最新のデバイステク
ノロジー利用の機会喪失などが想定される。これらは、情報家電業界全体の競争力に深刻な影響
を与えかねない。世界に先がけて OSS の活用を積極的に先導してきた日本の情報家電組込みシス
テム関連企業は、今やその利点の促進と共に、その永続や発展を阻害するリスクも正視する時期を
迎えている。このような事態を防ぐ手段も、組込みシステム開発の現場に立脚したコミュニティーへ
の参画以外に有効なものはない。
ところで、OSS 開発コミュニティーに於けるイノベーションモデルは組込みシステム関連業界がこれ
まで体験してきたものとはだいぶ異質である。もちろんソースコードの開示を許し、企業や地域等の
壁を超越した協調関係が実現していることはその典型である。しかし異質な点はそれにとどまらない。
例えばイノベーションが日夜問わず連続的に起き続けていること。実際リナックスカーネルにいたっ
ては約二ヶ月半毎にメジャーリリースが行われ続けている。英語で地球規模に拡がる人々によって
極めて高水準な技術ディスカッションがインターネットを通じて間断なく続いていること。このようなス
ピード感に果たしてついて行けるだろうか。
組込みシステムならではのハンディキャップもある。たとえば多くの情報家電機器では最新のリナック
スカーネルを使う例はまれである。おしなべて3年、あるいはそれよりさらに過去にリリースされたリナッ
クスカーネルを使用している。そこから最新のリナックス開発に参画するには技術的ギャップが無視
できない。とは言えそのような情報家電機器でも数年後にはさまざまな新ソフトウエア技術やデバイ
スサポートなどが盛り込まれたより新しいリナックスカーネルを使う事になる。その時に組込みシステ
ム開発に深刻な影響を与える退化がリナックスカーネルに起きていたことに初めて気づくのでは手
遅れである。
OSS 開発コミュニティーへの参画の本質は新たなイノベーションモデル、すなわちオープンイノベー
ションに対する適応への挑戦とも言える。それには経営陣の理解と支援も不可欠である。開発研究
の組織の在り方、開発者の評価やモチベーションの与え方、その他、各社各団体等の中でそれぞ
れのビジネス判断のもとに考慮すべき点は多岐にわたる。特に留意すべきは、技術標準策定団体と
OSS 開発コミュニティーとのスタイルの違いである。前者は技術標準に関する参加各社のコンセン
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サスが得られればその時点でそのミッションの大半は完結する。それに対して後者の OSS 開発コミュ
ニティーは世界中に拡がる様々な価値観、多様性に支えられイノベーションが連綿として続く。リナ
ックスカーネルなど、その多くは当分の間、完結を見ることはまずあり得ないであろう。コミュニティー
という名の技術の生存競争の場で技術の進化と退化がダイナミックに繰り広げられ続ける。その中で
いかにして組込み機器関連業界が OSS 開発コミュニティーと協調して価値を生み出すか。この事実
を再認識しつつ、組込みシステム関連各社、各団体においては具体的な行動を引き続き展開すべ
きである。
併せて、このようにして地球規模で拡がり極めて優れた多数の人材を包含するコミュニティーの場は
秀でたソフトウエアエンジニア、すなわち人材を育てる揺籃であることも忘れてはならない。この場
を通じて育つ日本の組込みシステム関連産業を背景に持ちつつ世界に通用する人材は、その成
果と相俟って日本の組込みシステム産業の将来をより盤石なものとするのに大いに貢献するであろ
う。これは一民間企業、業界を越えた長期的な産業ビジョンを構築するための重要な要素として捉
えるべきである。
これらを踏まえ、2009 年度を締めくくるにあたり、日本 OSS 推進フォーラム組込みシステム部会は、
情報家電業界、ならびにそれを支える半導体技術業界、ソフトウエア関連業界ならびに経済産業
省をはじめとする関連団体に向けて提言をまとめた。リナックスやその周辺 OSS の安定的、かつ発
展的な活用を続けるために、各企業の経営陣や、経済産業省・情報処理推進機構をはじめとする
業界を支援する方々にもこの重要性を再度認識し、このような活動を繰り広げる開発者や OSS 開発
コミュニティーに対する支援を引き続き期待する。
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■ 提言の背景 ■
この提言をまとめるにあたって、2009 年度組込みシステム部会に於いてなされたディスカッションの
内容をまとめる。挿入した図表は組込みシステム部会会合の折りにに使ったプレゼンテーション用
資料から抜粋した。(プレゼンテーション資料のデータは申し出ていただければお渡し致します)。
(1) OSS 開発コミュニティーに依るイノベーションの特質と組込み OSS の課題
1-1 二重螺旋構造モデル
数年、あるいはその先の技術
動向を注視した技術開発と、
現実の商品開発のバランス
は、組込みシステム関連業
界に於いても技術戦略の最
重要課題である。仮に、テク
ノロジーとエンジニアリングと
いう二つの言葉を以下のよう
に定義づけると:
テクノロジー
商品開発の現場で発生する問題点や課題を解決するために商品開発に先行してあらかじめ開
発された技術要素。たとえば組込みシステム関連企業における将来の技術動向を見据えた研
究開発(R&D)の成果など。
エンジニアリング
商品開発の現場において発生する技術的な問題点や課題に対して解決策を与える行為。テク
ノロジーはエンジニアリングのための要素として極めて重要。
テクノロジーとエンジニアリングは二重螺旋で表現できる関係を持つ。すなわちエンジニアリングの
現場から見える将来への展望、それに基づいて開発されたテクノロジーのエンジニアリングの現場
への適用、この密接な関係が適切なテクノロジー(イノベーション)を産み、それはエンジニアリング
の効率や水準をより高いものへと導く。
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コミュニティーの場に於け
るリナックスやその周辺の
OSS 開発は、このテクノロ
ジー開発の場と捉えるこ
とが出来る。最先端のソ
フトウエア技術やネットワ
ーク技術の開発、最新の
デバイスのサポートなど
が組込みシステム関連
開発者も含め多くの領域
から参集する高い技術を具備する開発者たちによってなされている場がコミュニティーの場である。
これはまさに先端的なソフトウエアテクノロジーのイノベーションが起きる成長点である。
そのような場に対して、エンジニアリングの現場からの要望や願望を伝え、適切なテクノロジー開発
が出来る事は、近い将来そのテクノロジーを利用する段階に好影響を与える。逆にテクノロジー開
発の場とエンジニアリングの場の乖離が起きた場合、テクノロジー開発の場、すなわちコミュニティ
ーにおける方向感の欠如によるモラル、モチベーションの低下を来たす。続いて、近い将来、エン
ジニアリングの場では適切な
テクノロジーの欠如による開
発効率や品質などの低下の
懸念が拡がってしまう。
このような事態を避け、コミュ
ニティー効果の極大化を目
指す上で、エンジニアリング
の場すなわち商品開発の現
場と、先端テクノロジー開発
の場すなわち OSS 開発コミュ
ニティーの場の意志疎通が
欠かせない。そのためにはそれらの近接立地は望ましい環境であると言える。組込みシステムの観
点で見た場合、日本、及び一部アジア地域は世界の組込みシステム商品開発の最先端を走って
おり、この近接立地の可能性が最も高い地域である。
この観点からも、日本からこれら商品開発エンジニアリングの背景を持つテクノロジー先端開発者が
OSS 開発コミュニティーに積極的に参画する事は技術戦略上も極めて理に適っている。その結果、
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将来に渡って日本の組込みシステムを支える要素技術が望ましい形でコミュニティーとの協調の上
で実現する事は、日本の組込みシステム関連業界にとっても大いに意義深い。
1-2 連続型イノベーションモデルと離散型イノベーションモデル
組込み機器業界がこれまで体験してきた企業の壁を越えた連携の代表例は、技術標準策定に関
するアライアンスである。しかし、リナックスをはじめとする OSS に関するコミュニティーの場に於ける
開発をこの技術標準策定団体への対応と同様に考えるのは不適切である。技術標準策定にまつわ
るイノベーションモデルと、活性化したオープンコミュニティーをベースにしたイノベーションモデルで
は本質的に異なる事がある。その適切な理解はコミュニティーと連携し適切な成果を分かち合うた
めに極めて重要である。
今日特にリナックスやその周辺 OSS の組込みシステムに於ける利用が日常化する中で、もしこのコミ
ュニティーとの連携を、技術標準策定団体との関与のしかたと同様に捉え、これら OSS 技術を完成
したとみなしコミュニティーへの参画を止めるような事があると、それは憂慮すべき事態を招く。
リナックスやその周辺 OSS 開発を支えるコミュニティーに於けるイノベーションは連続的である。The
Linux Foundation がまとめた統計資料(参考資料1)に依ると、例えばリナックスの中核にあたるカー
ネルのリリースは近年、81 日毎にメジャーリリースがされている。しかもそれぞれのリリースには革新的
な新機能の追加や、旧来の機能に対する大幅な見直しが含まれる。これらのリリースの間隙に於い
ても極めて活発なメール等のやりとりが行われ、ありとあらゆる開発が多数の優れた技術者による協
調関係のもと絶え間なく
展開されている。まさにイ
ノベーションが同時多発
的にかつ、連続的に展
開している。しかも計り知
れないダイナミズムを伴
っている。このような連続
型イノベーションモデル
は組込みシステム業界
にとってはこれまで接した
事の無い斬新なものであ
る。
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一方、情報家電業界がこれまでに体験してきた企業協調を前提としたイノベーションモデルは離散
的である。例えば、音響システムでは、蝋管、アナログレコード、オープンリール型アナログ磁気テー
プ、コンパクトカセット、コンパクトディスク、デジタル記録型磁気テープ、ミニディスク、半導体記録
素子、と、いった形でイノベーションが離散的に出現している。イノベーションの具現化に先立ち、そ
の標準策定のための業界内連携が形作られる。各社はその標準の中に例えば業界標準化の後の
ライセンス収入などの実利を期待しつつそれぞれの持つ特許技術等の採用を強く働きかけるなど
が熾烈に行われる。そのための専門組織が各社内に置かれ、猛烈な活動が繰り広げられる。その
活動は標準が決定した段階で、沈静化し、対応組織も縮小するのが通例である。一度策定された
技術標準がリナックスで見られるような形でダイナミックに更新される事は希有である。
リナックスやその周辺の OSS を開発するコミュニティーとの連携を目指すときに、従来型の技術標準
策定に係わる企業連携にその範を取るのは思わしくない。特に以下に関しては充分に留意すべきで
ある。
■ コミュニティーとの連携を継続的に行う、そのための組織対応など
コミュニティーとの連携は、永続的に、継続的に行う必要がある。その連携が途切れるタイミング
は既にコミュニティーと共に進化の過程にあるさまざまな組込みシステム開発にも役立つ技術の
退化に即座につながる危険がある。ただし、この継続的な関わりを持つためのリソースは技術標
準策定に係わる際のリソースとは一般に遙かに小規模でも実現可能である。
リナックス開発コミュニティーからは、例えば Andrew Morton 氏は、2008 年 4 月の CE Linux
Forum 主催カンファレンスに於いて、「たとえ数人でも良い、コミュニティーとの連携をミッション
にした人材を確保する事は各組込みシステム関連企業に於いてもコミュニティー、各企業相互
の利に適う」と、指摘している。昨年度版、「組込みシステム部会報告と提言」でも提言した通り、
このミッション専任では無くとも、例えば、「業務の1割をコミュニティーとの連携に充てる」といった
方針で望む事も、それが連続性を伴うのならば充分に価値ある事である(「2008 年度版、日本
OSS 推進フォーラム組込みシステム部会活動報告と提言」参照、参考資料2)。
実際にこの任に当たる組織や開発者の処遇等を考える上でも、Andrew Morton 氏の指摘や、2
008年度版、日本 OSS 推進フォーラム組込みシステム部会活動報告と提言が役立つであろ
う。
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■ コミュニティーと共同開発としての取り組み
技術標準制定に際しては、その制定団体には各社かなりの水準で開発が進行した、あるいは進
行の目処のついた技術を持ち込む事が多い。しかし、コミュニティーとの連携を目指す際は、こ
のようなアプローチは望ましくない。コミュニティーから、その技術を持ち込んだ自己にのみ都合
の良いソリューションを押しつけられるような印象を持たれる危険がある。むしろ、開発着手早期
段階からコミュニティーに対してアプローチし、何を目指しているのかを明示し、コミュニティーの
中からも連携可能な開発者を求める姿勢が望ましい。
もちろん言うまでもなく、これはコミュニティーの最高水準の開発能力との早期からの連携を意
味している。それは、例えば下記のような効果も充分に期待できる合理性もある。
◆ 既に求める解決策がコミュニティーの中に存在しているにも係わらず、それに気づかなかっ
た場合は、開発行為をせずに求める成果が得られることとなる。
◆ コミュニティーの中にある既存技術の改良で、求める成果を得られる可能性もある。
◆ 仮に全面的な開発が必要な場合も、広範な知見に基づいた適切な成果が期待でき、更に
その成果の維持、発展に対する将来に渡る協力者なども求めやすくなる。
■ コミュニティーとの協調関係を構築し、成果として結実するまでの時間
コミュニティーとの良好な連携関係の構築の成果は、上記のような技術開発手段としての合理
性にとどまらない。例えばソフトウエア利用許諾ライセンス上適切性を欠く行為を意図せずにお
かした場合、穏便に、早期に指摘を受けられる可能性など、非技術的な領域にまで及ぶ可能
性すらある。しかし、これはすべてコミュニティーとの相互の信頼関係の上に成り立つものである。
コミュニティーとの協調関係を構築し、その上で成果が出てくるまでには期間がかかる場合があ
る。即効性を期待するのは適切ではない。
1-3 最先端テクノロジー進化と組込みシステム開発現場の乖離がもたらす問題
ところで、現在リナックスはオープンソース開発コミュニティーの場では Version 2.6.33 が 2010 年 2
月 24 日にリリースされ、2.6.34 がリリースに向けて開発が進んでいる。一方、情報家電組込み領域で
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は、Version 2.6.20~2.6.23 近辺が最もよく使われている様子がうかがえる。また、中には現在も
Version 2.4 を利用し続けているケースもある。ここで、2.6.20 が 2007 年 2 月に、2.6.23 が 2007 年 10
月にリリースされたリナッ
クスカーネルであること、
さらには 2.4 に至っては
2003 年以前にリリースさ
れたものであることに注意
したい。2~3 年、あるい
は 7 年も前にリリースされ
たリナックスを使っている
のである。
組込みシステムではシス
テムの安定 性を目指す
上で利用実績を積み重
ね「枯れた」技術を使う傾
向が有る。また、アプリケーションソフトウエア、デバイスサポートなど周辺の都合から旧版のリナック
スを使わざるを得ないケースもある。それらはやむを得ない事である。現在の組込みシステム部会
員の知見の及ばぬところではあるが、産業機器や社会システム制御関連の組込みシステムに於い
て使われるリナックスは情報家電組込みシステムよりも更にこれらの傾向が強いとも聞く。また、IT 系、
エンタープライズサーバ系で使われるリナックスも組込みシステム関連程では無いにしてもリナック
ス最先端開発と実際に使われるリナックスとの間には乖離がある。しかし、古いバージョンの OS 等ソ
フトウエア基盤を使い続け
るのは、システムセキュリ
ティーの確保や新規デバ
イス、ネットワーク技術、ま
たはソフトウエア技術の活
用に対する阻害要因となる
事は容易に想像できる。こ
れは組込みソフトウエアシ
ステムに於いても例外では
ない。
この乖離はさまざまな弊害
をもたらす危険性を孕んで
いる。たとえば:
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▲ 組込みシステム開発に於ける重要技術が最先端のリナックス開発の場でおろそかに扱われ「退
化」してしまう。
▲ リナックスや OSS の最先端開発者の組込みシステム関連開発促進や既に開発された技術の維
持・発展に対する貢献のモチベーション低下。
▲ ソフトウエア開発全体の効率低下と、品質低下。より新しいバージョンの OS やその周辺のような
ソフトウエア基盤に移行する際に、それらの非充足点の手直しなどに手間がかかる。それは例
えば開発コストアップの要因になり、また、品質低下の要因にもなり得る。
▲ 半導体デバイス提供企業や CPU アーキテクチャ提供者の疲弊。最先端に先ず対応。それとあ
まりにかけ離れたリリースのサポートは困難。それを無理強いするとこれら関連企業の技術開発
のリソースの浪費につながる。これらはデバイスの供給を受ける側のコストアップの要因になる
可能性がある。あるいは品質低下などの懸念が発生する可能性も否定できない。
▲ ディストリビュータのコストアップ。半導体デバイス提供企業と同様に、ディストリビュータ、すなわ
ちリナックスや関連する OSS を実用に供する形に整えて供給する企業も事業効率の低下の要
因になる。これもそのようなソフトウエアパッケージやサポートの供給を受ける側のコストアップの
要因になる可能性がある。同様に品質低下やサポートの充実に対する懸念が浮上する可能性
がある。
このような弊害を避け
るために、リナックス
や関連する OSS の利
用を組込みシステム
に先立って大々的に
展開している IT シス
テム業界では、現実
に使われるリナックス
の整備と併せて、リナ
ックス開発コミュニテ
ィーに於ける最先端
開発の場にも積極的
に参画し、現実に使
われるリナックスから
の改善点を最先端リナックス開発に反映させ、後日その最先端リナックスを実際に使うことになる時
に備えている。それを IT システムベンダーのみならず、ディストリビュータと言われる現場で使われ
るリナックスを整備しリリースする企業も極めて積極的に行っており、ディストリビュータの供給するリナ
ックスの利用者もそのような行為も含めて適切な対価を支払う事を通じてリナックスを将来に渡って
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発展的に継続して利用し続ける事に備えている。まさに、このような生態系(エコシステム)が完成し
ていると見ることも出来よう。
この姿は、組込みシステム業界も範として見るべきである。組込みシステム開発の現場で産まれ
OSS 開発コミュニティーと共有しさらななる進化を目指すことが望ましい技術は最先端の開発の場に
も報告し、技術を提供する努力を払う。またそのような活動も積極的に展開する関連事業者に対し
てはそのための費用を適切に評価し支援する。それは組込みシステム関連に於いても上記の弊害
を避けるにとどまらずリナックスや関連する OSS の将来に渡る発展的な継続利用に直結するという極
めて大きな価値を産み出す。
2009 年 10 月に東京で開催されたリナックス主要開発者に依る国際会議、Kernel Summit 2009 でも
組込みシステムに係わる問題点として、あまりに離れているコミュニティー最先端開発と実際に使わ
れるリナックスの問題点が、コミュニティーとしても改めて認識されている。2010 年 11 月に開催される
次の Kernel Summit ではこの問題点の解決に向けた施策をコミュニティーと共に求める場になるで
あろう。
また、日本 OSS 推進フォーラムはこのような先を進む日本国内の IT 系企業に直接ふれあい高次元
の知識交換をする場として組込みシステム関連業界にとって有意義な場である。IT 系各社の率先
垂範に敬意を表すると共に、このフォーラムの場で引き続き適切な助言等を頂ける事を期待する。
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(2) OSS 先端開発がもたらす経済的価値
組込みシステム部会では、OSS に依る先端開発がいかなる経済的価値をもたらすかに関するディス
カッションも行った。併せて Japan Linux Symposium に於いて Linux 開発コミュニティーの中心的
存在である、James Bottomley 氏も OSS の経済的価値について講演をした。その内容も紹介しなが
ら OSS に依る先端開発が組込みシステム関連業界にもたら経済的価値を考察する。
いずれにせよ、経済価値の発揮、その全ては組込みシステム開発者が OSS 開発コミュニティーに参
画することから始まる。
2-1 “Delivery Support for the Innovation” の合理的な開発
リナックスカーネル開発コミュニティーの中核開発者の一人、James Bottomley 氏は 2009 年 10 月に
開催された Japan Linux Symposium の Closing Keynote Speech の中でリナックスやその周辺の
OSS の経済的な価値について述べた(参考資料 3)。商品技術の高度化、複雑化の進行はとどまる
所 を 知 ら な い 。 Bottomley 氏 は こ の よ う な 時 代 に 於 け る 商 品 開 発 プ ロ ジ ェ ク ト を 、 「 Unique
Innovation 」 、 「 Delivery
Support for the Innovation」
そ
し
て
「
Commodity
Platform」と類型してその中
で OSS の経済的価値を指摘
した。
例えば、ボルトやナット、半導
体チップ、その他さまざまな
電子部品の多く、これらは皆
Commodity Platform として
外部から調達する。これらの
技術要素の開発費用は、それらの単価の中に組み込まれる。その結果開発費はその共通部品を使
う企業に分散負担(Shared Cost)されることとなる。
その対極にある「Unique Innovation」は価値(value)を生み出す。それは商品の競争優位に貢献し、
お客様に与える価値の代償として利益を産む構造になる。言うまでもなく商品開発に於ける最重要
点である。この部分の開発コストは、価値となり、商品の販売を通じてお客様から対価をいただける
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部分である。
さて、その両者の間にある、「Delivery Support for the Innovation」の部分はどうなるか。今日の情
報家電機器はこの部分なくしては Unique Innovation を現実のものとは出来ない、いわば不可避な
重要技術である。しかも、高性能で Unique Innovation の性能をいかんなく引き出す事のできるもの
であり、さらに極めて安定した動作を約束する高品質が求められる。ソフトウエア技術に於けるオペ
レーティングシステムやその周辺技術はまさにその典型である。もしこの部分を自社で独自に開発し
た場合はその部分はコストになる。この部分は Unique Innovation とは異なり Value を産むわけでは
無く、商品競争力を直接優
位にする要因では無いため、
お客様に与える価値の代償
としての収益を産むことはで
きない。
こ の Delivery Support for
the Innovation の領域に、オ
ープンソースソフトウエアを
適用すると:
◆ コストを、開発協力する企業間で分散負担出来る。つまり Commodity Platform 同様、
Shared Cost とする事が出来る。そのため大幅なコストダウンが期待出来る。
◆ 同時に、開発に参画する企業は、それぞれの Unique Innovation 実現のために適する形で
の Delivery Support for the Innovation を実現できる可能性がある。
と、いったアドバンテージが産まれる。まさに不可避な重要技術でありながら、それ自体では Value
を産み出しにくい Delivery Support for the Innovation を実現するのに経済的な合理性のある手段
として、オープンソースソ
フトウエアとその開発ス
タイルを挙げることが出
来る。
さらに、James Bottomley
氏は、せっかくオープン
ソースソフトウエアを採
用しても、ある時点から
特定の企業や業界、企
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業群がコミュニティーから離反し、独自の発展を目指す展開をした場合。その部分は Shared Cost
ではなく、その企業、業界または企業群自ら負担を強いられるコストになってしまう事に注意を払うべ
きとした。これらは、組込みシステム業界としても傾聴する価値が充分にある。
2000 年代前半から日本の情報家電企業はこの Delivery Support for the Innovation の部分にリナ
ックスやその周辺の OSS を活用することに踏みだし、今日大きな成果を上げるに至っている。今や
Delivery Support for the Innovation としてリナックスやその周辺 OSS 等は組込みシステム開発に
とって必要不可欠なものになった。改めて言うまでもなく、高度化し複雑化し、さらに今後ますますそ
の度合いを高める組込みシステム開発において Delivery Support for the Innovation の重要性は
一層高まる。
今後、この Delivery Support for the Innovation をさらに広範に捉える事も可能であろう。例えば
Google の提案する Android、Apple の OS 戦略、Intel と Nokia が連携して提案する MeeGo 等はそ
の代表的なものである。情報家電領域にとどまらず、日本の組込みシステム産業から、今後 OSS を
活用して世界に通じるソフトウエア基盤の提案ができる可能性はまだまだ有る。
2-2 関連するソフトウエア技術資産の保全と発展
既に述べた通り、特に情報家電機器組込みシステムではそのソフトウエア基盤に OSS を活用するケ
ースが一般化している。その結果、組込み機器を構成するさまざまな要素の中にこれら OSS を前提
にして最適化を果たした技術要素が資産として構築されている。それは恐らく各社の中で巨大化し、
充実したものに成長しているであろう。仮に何らかの理由で、このソフトウエア技術基盤が利用困難
になり、別の技術基盤に移行せざるを得なくなるような事態が発生すると、それはこれらの技術資産
の再構築を迫られることとなる。それに係わる新たな人的投資に依るコストアップ、時間のロスに依る
機会損失、品質低下のリスクなどネガティブな経済インパクトは計り知れない。情報家電組込みシス
テム開発は、今やこの事も充分に勘案しなくてはいけない段階まで OSS の利用が進んでいる。
また、Delivery Support for the Innovation の領域に限定される前提ではあるが、新しい技術のアイ
ディアを速く、的確に、高品質で実現しようとしたときに、それを企業の中の限られた人材で閉じて開
発するのと、世界中の高水準な開発者と共に、その技術の周辺に存在する関連する開発者も交え
て開発するのでは後者が効率的であることが容易に想像出来る。もちろんこれはコミュニティーの意
向との合致が前提となる。もし、コミュニティーとの連携を日常的に展開するスタッフが居るのならば、
この経済価値の発揮の可能性は更に高まるであろう。これは組込みソフトウエア開発のツールを提
供するベンダーにも同様に経済価値をもたらす。
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2-3 人的資産の保全と発展
人材は一朝一夕には育成できない。ま
してやコミュニティーとの信頼関係を持
つまでの高レベルな人材は、日本という
言語等のハンディキャップを考慮すると
希有なものであろう。
幸いなことに組込みシステム開発の現
場には、リナックスやその周辺の OSS を
使いこなす人材が多数育成されつつあ
る。中にはコミュニティーとの貴重な人
的信頼関係を築いた技術者も現れだし
ている。これはおよそ10年にわたって情
Embedded Linux Conference 2009
報家電業界が OSS に対して取り組んで
きた成果とも言えよう。
海外の先端開発者に混じって技術ディスカッションを繰り広げる
日本の組込みシステムエンジニア
しかも、これらの人材は OSS を離れアプリケーションソフトウエアの構築やミドルウエア、デバイスドラ
イバーの開発などにも深く浸透し、それらの成果達成に高く貢献している。このような事が出来るのも
OSS に依る組込みシステムのソフトウエア基盤技術が確立している事が何よりの大前提である。もし、
このような人材がさらに一層の OSS 開発コミュニティーとの共存共栄関係を築き、世界最先端の技
量を持つ人々と共にソフトウエア技術基盤を発展させ続けるとしたら。さらにそのようなソフトウエア
技術基盤を日本の情報家電業界が世界に先がけて最大限に活用して商品作りをするのなら、それ
は日本の情報家電商品の商品力そのものを押し上げる原動力となる。
さらに OSS は組込みシステムに限らず広く使われている事にも着目するべきである。組込みシステ
ム開発以外の場で活躍していた人材が、組込みシステム開発に即戦力として活かせるケースある。
優秀なソフトウエア開発者の不足に悩む組込みシステムにとって、このことはもう一つの人的経済価
値の存在を暗喩している。これは組込みシステム以外でも広く利用されているリナックスやその周辺
OSS に特に顕著である。
このように優れた人材を育成し確保する点からも OSS の経済価値は強く認識されるべきである。
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2-4 関連する半導体技術資産の保全と発展
情報家電組込みシステム向け半導体デバイスはそれらを優先的に対応し安定に動作させるターゲ
ット環境に OSS を位置づけているであろう。リナックスならば最新に近いリリースに先ず適応させ、他
のシステム構成要素との相互関係による動作不安定を広くさまざまな開発者と共に分析し対策して
高品質を目指すのは既に一般的に行われている。これも大きな経済価値を産んでいる。
コミュニティーの場を構成する多様な人々の中には、近い将来そのデバイスを実際に使うであろう
潜在的ユーザーも含まれる。ユーザーの意向を先取りしより的確なデバイス開発につなげられるの
ならそれももう一つの経済的価値を半導体企業にもたらす。さらに適切なデバイスがより早く入手で
きるのならばそれはセットベンダーにも恩恵となる。
2-3 企業の品格として
上記の通り、組込みシステム業界に於けるオープンソースソフトウエアの利用、ならびにその開発コ
ミュニティーに対する積極的な参画は、経済的な合理性を大いに伴うものである。組込みシステム
業界がオープンソースコミュニティーから多大な支援を受けている現状下、この恩恵に何らかの形
で応えるのは人々から敬意をもって迎えられる企業像を目指す上でも重く考慮すべきである。
今後ますます国際的な事業展開が進む情報家電機器業界は、リナックスをはじめとする OSS 開発コ
ミュニティーからも一層注目される存在となる。その際に、われわれが彼らの成果の上にただ乗りして
いるだけの存在(Free riders)と見られるような事は決して思わしくない。
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(3) OSS 先端開発に参画する方策例
3-1 自社で OSS コミュニティーと連携した先端開発に従事するスタッフを置く
日本国内の組込みシステム関連企業の中でも一部実際に OSS コミュニティーの場でソフトウエア基
盤技術の先端開発に当たらせるスタッフを置くケースが出てきている。このようなスタッフを置くこと
は理想型に一層近いものであろう。組込みシステム部会ではその詳細を知るところでは無いが、下
記のソニーの例、ルネサスソリューションズの例は、実際にコミュニティーの場から推察するにこのよ
うな対応を既にしているものと思われる。憶測の域を出ないが、それぞれの社内で様々な効果を生
んでいる可能性がある。例えば、半導体デバイスをはじめとするハードウエアアーキテクチャ設計、
アプリケーションシステム設計等に、これらのスタッフの知見が活用できるならば、リナックスやその
周辺の OSS を活かしきった優れたものをデザインできる可能性が容易に想起できる。
3-1-1
自社で先端開発に従事するスタッフを置いている例(ソニー株式会社)
ソニーはアメリカ西海岸シリコンバレー(サンノゼ市)にある先端技術開発拠点にリナックス先端開発
スタッフを配置し、コミュニティーとの連携、情報収集等の任に当たらせている。また、東京本社に
OSS 技術活用に関する戦略スタッフを置き、総合的なコミュニティー連携の方策を講じている。
開発成果をリナックスコミュニティーに還元する事も考慮をしている様子が伺える。例えば、組込み
システム関連技術情報の蓄積と技術の向上を目指す国際的な wiki サイトである、e-Linux Wiki に
は積極的に情報を投稿し、コミュニティー効果の発揮を目指している。また、CE Linux Forum の活
動に積極的に参画する事も重視しており、業界内の互恵関係の発展と自社の課題解決を、調和を
もって実現しようとしている。
3-1-2
自社で先端開発に従事するスタッフを置いている例(株式会社ルネサスソリューションズ)
ルネサスソリューションズ(株式会社ルネサス テクノロジ、現・ルネサス エレクトロニクス株式会社
のグループ会社)は、同社が持つ CPU アーキテクチャ「SuperH」に関して、そのリナックス対応にリナ
ックスコミュニティーへの参画を極めて積極的に行っている。数人そのためのエキスパートを採用し
て活動にあたっている。このグループから約三ヶ月おきにリリースされるリナックスカーネルに対して
毎回多数の改良パッチがコミュニティーに送られ、受け入れられている。これは日本で開発された
CPU アーキテクチャが基盤ソフトウエアの観点から世界に受け入れられていると捉える事もできる。
また、SuperH アーキテクチャの長期にわたる基盤ソフトウエアの安定した維持と継続的な発展に直
結する。この上でリナックスを利用しシステム構築をするカスタマーに朗報である。
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3-2 ディストリビュータや CPU アーキテクチャ供給者を支援する
上記ルネサスソリューションズの場合に見られるように、CPU アーキテクチャ供給者がリナックスコミ
ュニティーに積極的に貢献し、コミュニティーからの支援を受ける体制を取ることは、将来にわたって
安定的に最先端技術を含んだソフトウエア基盤を得る見地から理に適っている。また、同様に組込
みシステム開発の現場でより効率的に活用できるようにリナックスや関連 OSS を整え供給するパッケ
ージ(ディストリビューションパッケージ)を供給する業者、ディストリビュータもリナックスコミュニティー
に積極的に貢献し、コミュニティーからの支援を受ける体制を取ることは、将来にわたってディストリビ
ューションパッケージを効率的で、高品質、低コストで供給し続ける上で極めて有効である。
これらは、確かに直近の組込み商品開発には効果を実感する機会は少ないかも知れない。しかし
将来その商品をさらに発展させて行く際にはかならずや大きく貢献する。なぜなら、それらは最先端
の基盤ソフトウエア技術に容易に手が届く事が想定できるからである。またそのような最先端の技術
を品質的にも利用しやすさでも真っ先に向上させることも期待できる事も忘れてはならない。このよう
なオープンソースコミュニティーに於ける開発行為を積極的に展開する半導体ベンダーやディストリ
ビュータ等を積極的に選択し、そのような活動に理解を示す事は最終商品を作り上げる企業にも
先々恩恵がある。
実際にエンドユーザー商品を作り市場に送り出す事を生業とする企業とそれを支える半導体事業者、
ソフトウエア関連事業者などが相互に共棲する関係が出来てそれぞれが発展できるエコシステム
が出来るならば、それらの業界も含めて全体の発展にも貢献する。
3-3 CE Linux Forum を活用する
CE Linux Forum は 2003 年に松下電器産業株式会社(現・パナソニック株式会社)とソニー株式会
社の日本国内二社が発起したフォーラムで、世界各国の情報家電関連企業の参画を得て今に至
っている。このフォーラム開設の目的は、情報家電業界に於けるリナック
スをはじめとする OSS 利用促進と、コミュニティーとの協調し相互に貢献
し合いながらこれらのソフトウエア基盤の組込み用途としても、発展をは
かることである。IT 産業に比較して、ソフトウエア開発の歴史の浅い組
込みシステム関連企業では、このような活動を単独で行うには成熟度が
足りない。それを各企業連携して行おうとしたのがこの CE Linux Forum
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である。OSS 先端開発に参画する際にこのような団体を活用するこ
とも有効な手段である。
現に、CE Linux Forum では以下のような活動を行っている。
● コミュニティーで活躍する開発者と組込み開発者の直接対話
を実現するイベント。アメリカ(Embedded Linux Conference)、
欧 州 ( Embedded Linux Conference Europe ) 、 及 び 日 本
(LinuxCon Japan、The Linux Foundation のイベントの支援
を通じて目的を達成)を毎年実施しており、アメリカ、欧州では
毎回極めてレベルの高い技術ディスカッションが繰り広げられ、
様 々 な 成 果 を 出 し て い る 。 ま た 日 本 で は 昨 年 秋 の Japan
Linux Symposium で組込み関連からも積極的な参画が見られ、
引き続き今年秋に開催されるその後継イベントでも昨年以上の
Embedded Linux Conference
発展が期待されている。
Europe 2009 にて
● 組込み開発者相互の企業や組織の壁を越えた連携を目指すイベント。「ジャンボリー」と称する
イベントを日本、韓国で展開している。言語の障壁などからなかなか国際コミュニティーの場へ
と展開しにくいこれらの地域では、まずは地域内での相互連携をはかることも行っている。ここか
ら国際コミュニティーの場へ飛躍する開発者も散見されている。日本では既に32回を数えており、
毎回各社から多数の開発者が参加している。その多くは極めて高レベルな技術力を持つ。この
場では国際的なコミュニティーからも着目される技術ディスカッションが繰り広げられる事もかな
りある。韓国でもこれまで6回開催されている。
Japan Technical Jamboree
毎回企業の壁を越えて高水準な技術ディスカッションが繰り広げられる
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● コミュニティーに於ける開発プロジェクトに対する出資。CE Linux Forum はコミュニティーに於い
て今後組込みシステム開発に有望と思われる技術の開発に対して出資をするプログラムを実
施している(参考資料 4)。
これらのように、なかなか組込みシステム企業それぞれ単独では実施しきれない事をこのフォーラム
は行っている。これらのうち Embedded Linux Conference やジャンボリーの場では各社から集まった
高水準の技術力を持つ人々どうしの切磋琢磨や、潜在能力のある人材がそのような人々と触れ合う
事を通じて人材の育成もはかられている。
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(4) 2009 年度のトピックス
4-1 Kernel Summit 2009 ならびに Japan Linux Symposium 2009
4-1-1 Kernel Summit 2009
リナックス開発者コミュニティーは特に開発貢献レベ
ルの高い人々約 80 人が毎年一度一堂に会して様々
な課題や将来展望を話し合う招待制の会議、
Kernel Summit を開催している。過去に於いてはカ
ナダの首都、オタワで毎年7月に開催されてきたが、
2007 年からオタワを離れリナックスの発展に寄与し
ている地域に毎年会場を移して開催されるようにな
った。2007 年はイギリス(ケンブリッジ)で、2008 年は
アメリカ(オレゴン州ポートランド)で、そして 2009 年
は初めて欧米を離れ東京で開催された。開催前に
Linux の産みの親、Linus Trovalds 氏
一部の主要コミュニティーメンバーから、東京で開催
(中央・Kernel Summit 2009 にて)
する意義の一つとして組込みシステムという新たなリナックス活用シーンに直接触れることに対する
期待が有るとの話もあった。コミュニティーは組込みシステムから起きるリナックスやその周辺 OSS の
新たな進化に大いに期待を寄せている。
今年の Kernel Summit では組込みシステム開発の現場からゲストを招き、その現状をコミュニティ
ーが理解しようとするセッションも設けられた。このセッションは、コミュニティーに依る最先端の開発
シーンと実際に組込みシステムで使われているリナックスとが3年以上の乖離をもっている事が改め
て浮き彫りになる結果となった。Kernel Summit の参加者の中では、これをやむを得ぬ現実と受け
止める気配と、日本の組込みシステム開発の現場からリナックスの進化に対する貢献を絶望視する
落胆も有ったのは事実である。しかし、これは何も組込みシステムだけが抱える問題では無く、程度
の差こそあれ、エンタープライズサーバシステムで使われるリナックスなどにも同様な問題はあり、こ
の問題をコミュニティーもユーザーと共に解決してきた事である。今年度、改めてこの問題認識をコ
ミュニティーと共有できた事は、組込みシステムに係わる者にとって新たな問題解決に取り組むスタ
ートラインに立ったと理解したい。
なお、2010 年度は 11 月にアメリカ(ボストン)にて開催される Kernel Summit に先立ち、組込みシス
テム開発の視点からコミュニティーに接する人々を中心に事前会合を開き、問題解決の施策の整
理とその実行を Kernel Summit の場で訴え、コミュニティーとの新たな次元の関係構築を目指す。
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各社、各団体ともこの動きに対する理解と支援を期待する。
4-1-2 Japan Linux Symposium 2009
Kernel Summit に引き続き開催され、この場には
Kernel Summit に世界各国から参加したリナック
スの中核的な開発者も多数参加した。また組込み
システム領域からの発表も多数あり、積極的なデ
ィスカッションが繰り広げられた。
2010 年度はイベント名を「LinuxCon Japan」と改
め 9 月下旬に同様なイベントが開催される。引き
続き組込みシステム開発の領域からも積極的な
参画を期待する。
Japan Linux Symposium 2009
組込みシステムセッション
4-2 情報家電系を含め、14 社が BusyBox 開発者から GPL ライセンス違反で訴追される
Software Freedom Law Center (SFLC) の発表に依ると 2009 年 12 月 14 日、リナックスに関連して
組込みシステム構築に使われる事の多い重要な OSS の一つである、BusyBox の開発者が SFLC と
共に情報家電系も含め 14 社を GPL ライセンス違反で訴訟を起こすに至っている模様である。(参
考資料 5)
SFLC の主張は、その Web サイトに依ると、これらの各社は SFLC 並びに BusyBox 開発者からの GPL
ライセンス違反に関する指摘に対して迅速な対応をとらなかったため訴訟に至った、としている。組
込みシステム部会としては事実関係を知るところでは無い。しかしながら、コミュニティー側からの指
摘に迅速かつ適切に対応出来なければこのような訴訟を受けるリスクもあり得る事には改めて留意
すべきであろう。
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■ 2009 年度、組込みシステム部会メンバー ■
(敬称略)
ソニー株式会社
上田 理(部会長)
アイビーエム
浅井 信宏
ウインドリバー株式会社
若山 朱美
株式会社 SRA
山崎 善道
株式会社 SRA
海津 辰雄
株式会社 NTT データ
原田 季栄
キヤノンITソリューションズ株式会社
野原 智
キヤノンITソリューションズ株式会社
今給黎 道明
サンマイクロシステムズ株式会社
梶山 隆輔
シャープ株式会社
生駒 孝夫
シャープ株式会社
熊谷 典大
ターボリナックス株式会社
森蔭 政幸
ターボリナックス株式会社
久保田 淳
株式会社東芝
野末 浩志
日本電気株式会社
堀 健一
日本電気株式会社
柴田 次一
パナソニック株式会社
梶本 一夫
パナソニック株式会社
池崎 雅夫
パナソニック株式会社
加藤 慎介
株式会社日立製作所
桑本 英樹
株式会社日立製作所
鈴木 友峰
株式会社日立製作所
橋本 尚
株式会社富士通コンピュータテクノロジーズ
長谷川 賢一
株式会社富士通ソフトウェアテクノロジーズ
山本 英雄
モンタビスタソフトウエアジャパン株式会社
木内 志朗
リネオソリューションズ株式会社
二木 健至
株式会社ルネサスソリューションズ
宗像 尚郎
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■ 謝辞 ■
さまざまな助言・ご支援を頂いた経済産業省、情報処理推進機構ならびに日本 OSS 推進フォーラ
ムステアリングコミッティー及び各部会、会合等に於いて積極的なディスカッションに参画していた
だいた部会会員各位に感謝いたします。
■ 参考文献、資料 ■
(1) “Linux Kernel Development”
How Fast it is Going, Who is Doing It, What They are Doing and Who is Sponsoring It:
An August 2009 Update
Greg Kroah-Hartman, Jonathan Corbet, Amanda McPherson
http://www.linuxfoundation.org/publications/whowriteslinux.pdf
(2) 「2008 年度版、日本 OSS 推進フォーラム組込みシステム部会活動報告と提言」
http://www.ipa.go.jp/software/open/forum/download/EmbeddedSysProposal2008.pdf
(3) “How to Contribute to the Linux Kernel, and Why it Makes Economic
Sense”
James Bottomley
(2009 年 10 月 23 日に東京で行われた講演)
http://events.linuxfoundation.org/jls05 (概要)
http://events.linuxfoundation.org/images/stories/slides/jls09/jls09_bottomley.pdf ( 講 演
資料)
http://video.linuxfoundation.org/video/1655 (講演を採録したビデオ)
(4) CE Linux Forum Open Project Fund について
http://elinux.org/CELF_Open_Project_Proposal_2010 (告知文)
(5) SFLC (Software Freedom Law Center) 発表文
http://www.softwarefreedom.org/news/2009/dec/14/busybox-gpl-lawsuit/
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