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第一テーマ Bブロック
平 成 26 年 度 「 証 券 ゼ ミ ナ ー ル 大 会 」 第一テーマ 5 Bブロック 「日本において今後必要とされる金融リテラシーについて」 10 目 15 次 第1節 金融教育の目的・目標と金融教育の高まり p .1 第2節 欧米諸国の金融教育の目的・目標、その実態 p .11 第3節 日本の金融教育の現状・問題点と各段階での金 融教育の内容と範囲(幼稚園・小・中・高・大・ 社会人)―金融知識を定着する方法を含む― p .17 20 第4節 金融教育への行政、金融機関、NPOの役割分 担―誰が金融教育を行うか、各機関が金融教育 を行うことによるメリット・デメリットを含む― 25 第5節 わが国の金融教育の新しい方向―『行動経済学』 を参考にして― 30 p .23 p . 32 大阪学院大学 有馬ゼミナール 0 第1節 金融教育の目的・目標と金融教育の必要性の高まり 1.本節の概要 日 本 の 個 人 金 融 資 産( 家 計 部 門 の 金 融 資 産 残 高 )の 合 計 は 約 1,500 兆 円( 名 5 目GDPの約3倍)あると言われている。この莫大な個人貯蓄を、個々人の生 活を支える資産形成のため、ひいては日本経済の発展のため、さらに悪質な金 融被害に会わない判断力向上のためにも、 「 金 融 リ テ ラ シ ー 」を 身 に 着 け る 必 要 性について考えていきたい。 金融リテラシーとは、「金融に関する適切で健全な意思決定を行い、金融 10 面 で の 個 人 の 良 い 暮 ら し (Well-being)を 達 成 す る た め に 必 要 な 、 金 融 に 関 す る 意 識 ・ 知 識 ・ ス キ ル ・ 態 度 及 び 行 動 の 総 体 」 (OECD)と さ れ て い る 。 2.金融教育と投資教育について 金融リテラシーの中でも、重要な位置づけにある「金融教育」は、お金や金 15 融の様々なはたらきを理解し、それを通じて自分の暮らしや社会について深く 考え、自分の生き方や価値観を磨きながら、より豊かな生活やよりよい社会づ く り に 向 け て 、主 体 的 に 行 動 で き る 態 度 を 養 う 教 育 で あ る 。 そ れ に 対 し て 、 「投 資教育」は投資に関する知識、技術とともに金銭管理能力と経済社会に関する 知識に関する教育である。言い換えるならば、金融教育で金融に関する知識を 20 正しく取り入れ、投資教育はその知識を実際に運用していくものといえる。 この2つは二律背反なものでなく、金融教育の一環として投資教育があると 位置づけられる。本論文では投資教育も金融教育として考察していきたい。ま た本論文では、金融教育で「金融リテラシー教育」を意味することにしたい。 25 3、 金 融 教 育 の 目 標 と 4 つ の 分 野 金融広報中央委員会の「金融教育プログラム」によれば、第1図に示されて い る よ う に 、「 生 き 方 や 価 値 観 の 形 成 ( よ り よ い 生 活 と 社 会 づ く り へ の 取 り 組 み )」 を 実 現 す る た め に 、「 経 済 や 金 融 の し く み に 関 す る 分 野 」、「 生 活 設 計 ・ 家 計 管 理 に 関 す る 分 野 」、「 キ ャ リ ア 教 育 に 関 す る 分 野 」、「 消 費 生 活 ・ 金 融 ト ラ ブ 30 ル防止に関する分野」の4分野における金融教育の目標が示されている。 1 第 1図 出所 金融教育の目標と4つの分野 「 金 融 教 育 プ ロ グ ラ ム 」 貯 蓄 広 報 中 央 委 員 会 ( 2007 年 ) 4、 金 融 教 育 が 重 視 さ れ る よ う に な っ た 背 景 (1)アメリカの対日要求 「 金 融 教 育 」 が 政 策 課 題 と し て よ り 重 要 視 さ れ る よ う に な っ た の は 、 2000 5 年代初頭になってからである。第2図に示されているように、日本の家計金融 資 産 の 構 成 比 率 は 、 2001 年 で 「 現 金 ・ 預 金 」 54.8% 、「 債 券 」 3.7% 、「 投 資 信 託 」2.3% 、 「 株 式・出 資 金 」7.3% 、 「 保 険・年 金 準 備 金 」26.9% 、 「 そ の 他 」5.1% となっていた。 第 3 図 に 示 さ れ て い る よ う に 、2014 年 第 2 四 半 期 時 点 で 、リ ス ク 資 産 が 三 分 10 の 二 以 上 を 占 め る ア メ リ カ に 比 べ る と 、 日 本 の 金 融 資 産 構 成 は 、「 現 金 ・ 預 金 」 2 第 2図 <出所> 日本の家計金融資産の構成比率の推移 金融庁資料 3 第 3 図 日 米 欧 家 計 金 融 資 産 構 成 比 率 比 較 (2 01 4 年 Q 2) 出所、金融庁資料 5 の 安 全 資 産 が 過 半 数 を 占 め 「 債 券 」、「 投 資 信 託 」、「 株 式 ・ 出 資 金 」、「 保 険 ・ 年 金準備金」等々のリスク資産は約 4 割であった。そこでアメリカは、リスク資 産の運用でビジネスチャスを得ている自国金融関連企業のため「 、貯蓄から投資 への転換を推し進めるために、郵政民営化を推進すべきだとの対日要求」を行 った。これを受けて、当時の小泉政権は、持論の郵政民営化への着手促進と、 10 貯蓄から投資への金融教育の重視政策を行った。アメリカは、日本国営の郵便 貯金があるために、リスク資産への投資が妨げられていると考えたのである。 郵 政 事 業 民 営 化 が 2007 年 10 月 に 実 現 し た あ と 、 第 2 図 に み ら れ る よ う に 、 日 本 の 現 金 ・ 預 金 の 比 率 が 2007 年 第 3 四 半 期 に は 50.2% に な っ た 。し か し リ ー マ ン シ ョ ッ ク 後 は 、 再 び 55%台 に 戻 っ た 。 15 このように一時的動きはあったものの、貯蓄から投資への大幅な変化は見ら れなかった。すなわち安全資産である現金・預金が、家計金融資産の半分以上 を占めている状況に大きな変化がなかったといえる。 4 と こ ろ で 2013 年 第 1 四 半 期 以 降 は 、預 貯 金 の 割 合 が 55% よ り 減 少 し 、2014 年 第 2 四 半 期 に は 53.1% と な っ て い る 。 こ れ は 、「 ア ベ ノ ミ ク ス 」 の 第 一 の 矢 で あ る「 異 次 元 の 金 融 緩 和( マ ネ タ リ ー ベ ー ス を 従 来 の 倍 の 270 兆 円 ま で 拡 大 し 、 物 価 上 昇 目 標 を 2 % に す る 政 策 )」 に よ る 「 円 安 ・ 株 高 」 の 出 現 や 、 NISA 5 (少額投資非課税制度)等により、現金・預金から株式へのシフトがみられる ためである。 株 式 投 資 は 、 日 本 の バ ブ ル の ピ ー ク で あ っ た 1989 年 の 翌 年 の 1990 年 に は 19% で あ っ た も の が バ ブ ル が 崩 壊 し た 後 の 2002 年 に は 6.2% に 落 ち 込 ん だ 。 そ の 後 2005 年 ~2007 年 第 1 四 半 期 ま で は 1 1 % 台 で あ っ た が 、2008 年 の サ ブ 10 プ ラ イ ム ロ ー ン 証 券 大 暴 落 後 は 、 2009 年 第 1 四 半 期 に 5.6% ま で 低 下 し た 。 そ の 後 徐 々 に 回 復 し て い る も の の 、2014 年 第 2 四 半 期 で 9.1%で 、バ ブ ル 期 に は 、 はるかに及ばない。 しかし、今後の日本経済の発展のためには、株式への投資を増大させる環境 整備を行い、企業が成長資金を安価に調達できる金融構造に誘導する必要が大 15 き い と い え る 。ま た 少 子 高 齢 化 社 会 の 進 行 と と も に 、 「 年 金 支 給 額 」も 抑 制・減 少は避けられない。自己の金融資産の実質価値を維持するためにも、金融リテ ラ シ ー を 十 分 に 理 解 し 、「 リ ス ク 資 産 」 へ の 投 資 も 必 要 と な っ て い る 。 (2)金融リテラシー欠如による詐欺被害の増大 20 第 4図 特殊詐欺に占める金融商品取引名目の被害 5 第 4 図 は 、近 年 拡 大 し て い る 特 殊 詐 欺 に 占 め る 金 融 商 品 取 引 名 目 の 被 害 額 の 推 移 で あ る 。2008 年 9 月 15 日 の リ ー マ ン シ ョ ッ ク 後 、い っ た ん 減 少 し た 被 害 は、また拡大している。これは金融リテラシー、とくに金融知識の欠如につけ こまれた被害が大きな比重を占めている。 「 絶 対 儲 か り ま す よ 、損 は さ せ ま せ ん 5 よ 」と か 、 「 年 率 10% や 15% の 利 益 が 上 が り ま す 」、 「名板貸しで訴訟になれば、 高額の罰金を払をなければなりません」とかの、脅しでお金を騙されるケース は、金融リテラシー教育でかなりの割合で防止できるのでは無いだろうか。こ のような時代背景からも金融リテラシーの重要性が、再認識されてきていると いえるだろう。 10 5.学習教育指導要領等における金融教育の現状 日本の預貯金の比率は他国よりも高いことを述べたが、投資の仕方、投資と のつきあい方が十分理解できていないのが現状である。学校教育での金融経済 教育は、文部科学省が作成する教育課程の基準である学習教育指導要領等に基 15 づ い て 行 わ れ て い る 。具 体 的 な 内 容 と し て は 、 「 学 校 段 階 に 応 じ 、社 会 や 公 民 科 、 家 庭 科 な ど の 関 係 教 科 等 」で 、金 融 の 働 き や 市 場 経 済 の 考 え 方 、家 庭 の 経 済 生 活 や消費、金銭の大切さなどを指導する授業が必須となっている。しかし、学校 教育で個人の自己責任で生活設計や金銭管理などライフプランを考え金融資産 を運用する知識を、現実味を帯びていない状況で学習させても、将来有効な知 20 識として活かせられないのが現状である。 6 、 中 学 ・ 高 校 段 階 に お け る 金 融 経 済 教 育 調 査 ( 2013 年 12 月 ~ 2014 年 1 月に実施) 日本証券業協会が事務局を務める「金融経済教育を推進する研究会」の『中 25 学 校 ・ 高 等 学 校 に お け る 金 融 経 済 教 育 の 実 態 調 査 報 告 書 』( 2014 年 4 月 ) に よ れ ば 、 よ り 最 新 の 実 態 が 明 ら か に な っ て い る 。 こ れ は 同 研 究 会 が 、 2013 年 12 月 ~ 2014 年 1 月 に 全 国 の 中 学 高 校 32,220 校 ( 回 収 数 4,462 通 ) を 対 象 に 行 っ た「 金 融 経 済 教 育 に 関 す る ア ン ケ ー ト 」で は 、第 5 図 に 示 さ れ て い る よ う に 、 金 融 教 育 が「 必 要 で あ る 」 ・ 「 あ る 程 度 必 要 で あ る 」と す る 回 答 が 中 学 校 で 95% 、 30 高 校 で は 96.5% に 上 っ た 。 6 第 5図 中学・高校における金融経済教育の必要性 < 出 所 > 5~ 8 図「 金 融 経 済 教 育 を 推 進 す る 研 究 会 」の『 中 学 校 ・ 高 等 学 校 に 5 お け る 金 融 経 済 教 育 の 実 態 調 査 報 告 書 』( 2014 年 4 月 ) 第 6 図 中 学 ・高 校 での金 融 経 済 教 育 の実 施 状 況 7 第 7図 中 学 ・高 校 の金 融 経 済 教 育 の時 間 の確 保 状 況 し か し 第 6図 に 示 さ れ て い る よ う に 、 金 融 経 済 教 育 の 実 施 状 況 は 、 中 学 で 5 40.3% 、 高 校 で 45.4%に 過 ぎ な い 。 こ れ は 第 7図 に 示 さ れ て い る よ う に 中 学 ・高 校 の金 融 経 済 教 育 の時 間 の確 保 状 況 が難 しいためである。 さらに、金 融 経 済 教 育 に ついて、第 1表 のように、中 学 校 、高 校 では、「生 徒 に理 解 させることは難 しい」が33.2% 第 1表 金融経済教育実施の困難な点 10 <出所>「金融経済教育を推進する研究会」の『中学校・高等学校における 金 融 経 済 教 育 の 実 態 調 査 報 告 書 』( 2014 年 4 月 ) 8 と33.3%、「実 践 事 例 集 や教 材 が不 足 している」が30.1%と27.8%、「内 容 が専 門 的 なの で教 えられる先 生 が少 ない」が14.1%と17.9%などとなっている。 大 まかにいえば中 学 校 と高 校 では、選 択 された回 答 の順 位 は一 致 し、回 答 の比 率 も ほぼ同 じ結 果 である。また第 8図 のように大 学 の専 攻 による専 門 知 識 不 足 の認 識 度 も異 5 なっている。 第 8図 大 学 の専 攻 別 専 門 知 識 不 足 の認 識 度 2004年 以 降 、今 回 のような中 学 ・高 校 の大 規 模 なアンケート調 査 は実 施 されてこなか った。とくに金 融 庁 では2004年 以 降 、初 等 中 等 教 育 段 階 におけるアンケート調 査 が 実 10 施 されてこなかった。これは当 時 の「貯 蓄 から投 資 への方 向 転 換 」を強 く主 張 した金 融 担 当 大 臣 の交 代 により、実 施 されなくなったのではないかと考 えられる。 しかし、2013年 の証 券 業 協 会 等 の調 査 にみられるように、金 融 教 育 へ の ニ ー ズ は 高 いものの、実際に学校で実施するには、受験競争やゆとり教育の反動等々で事 業時間の確保が難しい状況であった。今後,如何にして学習指導要領での扱い 15 を見直し、授業時間を確保することが課題となっていると思われる。 6.金融教育の必要性 以 上 の よ う に 日 本 に お け る 金 融 状 況 と 、そ の 教 育 の 現 状 を 簡 単 に 概 観 し た が 、 9 現在、金融教育の必要性について盛んに論じられているのは、経済、ひいては 各企業が成長するためには、企業に対する個人投資が重要になってくるからで ある。 現 在 の 日 本 の 個 人 金 融 資 産 の 合 計 が 約 1,500 兆 円 で あ る と 冒 頭 で 述 べ た が 、 5 この約半分が貯蓄として眠っている現状から、個人がリスクを恐れず投資志向 に移行していき、国内の金融の流れの活性化を生み出す必要がある。学校教育 における金融経済教育から始まり、金融リテラシーの普及により、金融につい ての必要な知識を、実際に活用していかなければならないのである。 私たちは日々めまぐるしく変化していく金融の実態を把握し、幼児期から退 10 職世代に至るまで、こうした金融教育を通じてお金の大切さを学ぶべきではな いだろうか。金融教育が自分自身のみならず、国の経済発展を生み出すために も貢献することが、金融教育の目的であるといえる。 そして、家計構成員全員が金融や経済に関する知識を習得し、金融への判断 力を高める金融リテラシー教育を推進することは、①経済人としての更なる自 15 立を促し、②証券投資の活用が容易となることで、より効率的なライフ・プラ ンニングを可能とし、③金融詐欺の被害者となることを防ぐ等々の効果をもた らすことになるであろう。 20 25 30 10 第2節 欧 米 諸 国 の 金 融 教 育 の 目 的 •目 標 と そ の 実 態 1. 本 節 の 概 要 近年、先進国において、金融イノベーションの進展等に伴う金融商品・サー 5 ビスの多様化・複雑化の中で、金融教育に対するニーズが高まりつつある。米 国、英国などの国々では、近年金融教育に関する国家戦略を策定し、国家レベ ルでの活動目標の決定や金融教育機関の連携体制の整備などに積極的に取り組 んでいる。また、欧州委員会もEU(欧州連合)加盟国に対して金融教育の普 及を奨励している。このように日本よりも進んでいる欧米諸国の金融教育の実 10 態を明らかにしながら、金融教育について考えてみたい。 2. ア メ リ カ の 金 融 教 育 に つ い て ア メ リ カ に お い て は 、 1990 年 代 ま で は 経 済 教 育 に 重 点 が 置 か れ て き た が 、 2000 年 頃 か ら 、金 融 教 育 に よ り 力 を 入 れ て い る よ う で あ る 。こ の 背 景 に は 、若 15 年世代の学力低下や、貯蓄の意義やクレジットカードの上手な利用など家計管 理に関する知識の欠如等による個人破産の増加等があるものと考えられる。ア メリカ型金融教育は、投資学という考えに基づき、多くの主体が綿密に連携し な が ら 金 融 教 育 を 行 っ て い る 点 に 特 徴 が あ る 。 特 に 大 き な 出 来 事 と し て 、 NPO 法 人 へ 支 援 を 行 う 経 済 教 育 法 の 成 立 や 、2003 年 に「 金 融 リ テ ラ シ ー ・ 教 育 委 員 20 会」が設立された。これにより国が政策レベルでの金融教育の促進・調整を行 う よ う に な っ た ほ か 、一 般 人 向 け の 金 融 知 識・教 育 に 関 す る 窓 口 が 設 け ら れ た 。 さらにアメリカの金融教育では若年層の教育に力を入れている。 (1)学生や一般人に対する金融教育 25 学校では 7 つの州で金融教育関連の科目が必修となっていることや、高等学 校段階では金融政策についての授業がカリキュラムに組み込まれており、選択 履 修 と な っ て い る 金 融 の 授 業 を 全 米 の 高 校 生 の 20% が 履 修 し て い る 。実 践 的 な 教育の手法を用いて、金融取引の疑似体験などを教育の中で行っているため、 投 資 教 育 に 近 い 金 融 教 育 と い っ た イ メ ー ジ が あ る 。ア メ リ カ の 取 り 組 み は 、様 々 30 な主体が連携し合いながら、学校教育での投資学に基づく金融教育に力を入れ 11 て取り組んでいる。 さらに、企業による従業員向けの金融教育もかなり一般的になっている。そ の形態は、従業員向けのセミナー、企業年金制度の概要を紹介したパンフレッ ト類、従業員向けのニュースレターなど様々である。学校組織や企業組織でカ 5 バーされない人々への金融教育の機会も豊富に用意されている。退職者や女性 であっても、自ら望めば十分な教育を教授することができる。 また、少数人種やガン患者などの特殊な境遇の人々は、一般と異なった経済 的ニーズを抱えているため、一般的プログラムでは対応しきれない。しかし、 アメリカでは、こうした特殊ニーズに対応しようとする動きが自発的に現れて 10 い る 。 こ の よ う に ア メ リ カ で は 、 教 育 現 場 と NPO、 政 府 等 と の 相 互 の 連 携 ・ 協 力体制が充実している。 (2)アメリカにおける金融教育の推進活動 アメリカの経済教育・金融教育は、民間の非営利組織が中心となって行って 15 い る 。ま た 、教 育 は 州 の 専 管 事 項 で あ る こ と か ら 、連 邦 政 府 で は 州 の 経 済 教 育 ・ 金融教育を後押しするための法律の制定等を行っている。 ① 民 間 ( 非 営 利 組 織 ( NPO) ・ 個 別 銀 行 ・ 業 界 団 体 ) の 取 組 み 全 米 経 済 教 育 協 議 会 「 NCEE」 、 ジ ャ ン プ ス タ ー ト 個 人 金 融 連 盟 「 Jump$tart」 等 の 非 営 利 組 織( NPO)が 、教 材 の 開 発・配 布 、教 員 研 修 等 の 活 動 を 積 極 的 に 行 20 っ て い る 。 銀 行 界 の 取 組 み を み る と 、 個 別 銀 行 で は 、 例 え ば 、 CITIグ ル ー プ は ホ ー ム ペ ー ジ 等 を 通 じ て 10代 向 け に 金 融 教 育 教 材 の 提 供 等 を 行 っ て い る 。ま た 、 バ ン ク ・ オ ブ ・ ア メ リ カ は NCEEへ の 資 金 援 助 や 教 材 の 提 供 等 を 行 っ て い る 。 ま た 、 業 界 団 体 で あ る 米 国 銀 行 協 会 (The American Bankers Association)が 創 設 した財団では、中高生が貯蓄について学ぶための教材提供や、「子供に貯蓄を 25 教 え る 日 」を 設 け 貯 蓄 の 意 義 を 訴 え る 活 動 等 を 行 っ て い る 。な お 、CRA( Community Reinvestment Act) と の 関 係 で は 、 銀 行 は 、 地 元 の 学 校 に 行 員 を 派 遣 し 、 貯 蓄 やクレジットカード等の基礎的な教育を行い、金融リテラシーの指導ができる よう教師の再教育に協力する活動を行っており、こういった活動に積極的に対 応 す る こ と は 、地 域 社 会 に お け る 銀 行 の 評 価 を 高 め る と と も に 、CRAの 評 価 に も 30 つながっている。 12 ② 連邦政府の取組み 財 務 省 は 金 融 教 育 を 推 進 す る た め 、 2002年 5 月 に 金 融 教 育 室 (the Office of Financial Education)を 設 置 し て い る 。 同 室 で は 、 全 て の 米 国 人 が 個 人 金 融 管 理の全ての分野で、特に、貯蓄やクレジットカード管理、住宅保有、退職計画 5 について、より賢い選択をする手助けとなる金融教育教材へのアクセスを促進 するための活動を行っている。なお、金融教育室の取組みについては、後述す る金融リテラシー教育委員会との間で調整を行っている。 そ し て FRBは 、経 済 教 育・金 融 教 育 を 推 進 す る た め 、専 用 ホ ー ム ペ ー ジ( Federal Reserve Education) を 開 設 し 、高 校 生 、大 学 生 、一 般 人 向 け の 教 材 提 供 や 、教 10 員 向 け に NCEEや Jump$tartが 作 成 し た 教 材 の 提 供 を 行 う な ど の 活 動 を 行 っ て い る。 (3)サブプライムローン証券大暴落問題と金融教育の新たな課題 2008 年 9 月 の リ ー マ ン ブ ラ ザ ー ズ 証 券 の 破 た ん に よ り 、ア メ リ カ の み な ら ず 15 全世界に保有されていたサブプライムローン証券大暴落問題を契機に、アメリ カでは金融教育に対する関心が一段と高くなった。その一方で、金融教育関係 者にとってサブプライムローン証券大暴落問題の拡大は、金融教育の恩恵に余 り あ ず か る こ と が で き な か っ た 消 費 者 が 、モ ー ゲ ー ジ( 住 宅 抵 当 証 券 ) ・ロ ー ン の不適切な利用に巻き込まれてしまったことを意味しており、アメリカ国民全 20 体の金融リテラシーの向上という金融教育の目標が十分には達成できていなか ったことを示した、ともいえる。このような事態を改善していくために、アメ リカ金融教育の主な課題は、教育コンテンツの新規開発などから、情報を必要 としている消費者に対して効果的・効率的にアプローチしていくという問題へ とシフトしつつある。言い換えれば、金融教育によって、金融情報を単に「提 25 供」するに止まらず、情報をいかに必要な消費者に「送り届ける」かに関心が 移ってきているともいえる。 3. イ ギ リ ス の 金 融 教 育 に つ い て イ ギ リ ス で 行 わ れ て い る イ ギ リ ス 型 金 融 教 育 は 、金 融 サ ー ビ ス 機 構( FSA)が 30 「 金 融 に 関 す る 消 費 者 教 育 」 の 中 核 的 役 割 を 担 っ て お り 、 FSA を 中 心 と し て 他 13 の官庁や民間団体と連携し合いながら、金融教育活動を行っている点に特徴が ある。イギリスでは、金融経済教育は一般教養に分類し、消費者教育といった 形 で 行 わ れ て い る 。 イ ギ リ ス の 取 り 組 み は 、政 府 が 主 導 の 下 に 一 般 教 養 と し て 、 幅広い年齢層に対して消費者教育を行っており、特に社会人に対する消費者教 5 育は充実している。 (1)学生や一般人に対する金融教育 2002年 9月 か ら は 正 式 に 学 校 教 育 に 取 り 入 れ ら れ て お り 、14歳 ~ 16歳 の 学 生 は 金融システムのあり方を含む経済の授業が必修となっている。また、イギリス 10 の消費者教育は、学校での教育だけではなく、社会人に対しても教育が行われ ている。これは学校教育での消費者教育に限界があることや、すべての人に消 費者教育を施すためである。主にウェブサイトや消費者向けの刊行物を発行・ 配 布 す る こ と で 社 会 人 に 対 す る 消 費 者 教 育 を 行 っ て い る 。さ ら に 最 近 で は 、 「政 府 と 金 融 当 局 が 協 力 し 、 総 額 2千 750万 ポ ン ド ( 約 58億 円 ) を 投 じ て 学 校 で 金 融 15 知 識 を 学 ば せ る 3カ 年 計 画 を 導 入 す る と 発 表 。住 宅 投 資 や ク レ ジ ッ ト カ ー ド な ど で個人が抱える過剰な借金が社会問題化しており、社会人になる“心得”とし て 4 ~ 19歳 ま で 年 齢 に 応 じ た 金 融 教 育 を 施 す 。 学 校 外 で 一 般 消 費 者 が 家 計 管 理 や 資 産 運 用 な ど で 基 本 知 識 や 助 言 を 得 ら れ る 体 制 づ く り を 目 指 す 。」と 言 っ た よ うに、消費者教育の強化を図っている。 20 (2)イギリスにおける金融教育の推進活動 ① 教育技能省および学校における金融教育の取組み 金 融 教 育 の 起 源 は 、2000年 7 月 に 日 本 の 文 部 科 学 省 に 相 当 す る DES( 教 育 技 能 省)が、学校向けガイドブック「個人金融教育による金融能力」を発行してお 25 り、学校では、すべての学年において、このガイドブックにしたがって金融教 育 を 実 施 す る こ と と さ れ て い る 。な お 、ガ イ ド ブ ッ ク で は 、児 童 ・生 徒 を 年 齢 に よ っ て 4 つ の キ ー ス テ ー ジ に 分 け 、段 階 に 応 じ た 金 融 教 育 の 実 施 を 定 め て い る 。 金 融 教 育 を 行 う 教 科 と し て は 、数 学 、情 報 通 信 技 術 科( ICT)、個 人 ・社 会 ・健 康 教 育 ( PSHE) 、 シ チ ズ ン シ ッ プ な ど が 挙 げ ら れ て い る 。 30 そ し て 2002年 8月 か ら は 、12歳 ~ 16歳( キ ー ス テ ー ジ 3お よ び 4、中 学 生 )に お 14 いて、「シチズンシップ」が必修科目となったが、この「シチズンシップ」の 教育内容に「金融教育」が含まれているため、金融教育が必修科目とされた。 ま た 2008年 か ら 、 「 金 融 教 育 」 を さ ら に 充 実 さ せ る と の 方 向 が 打 ち 出 さ れ て い たが、サブプライムローン問題発生により、金融教育は促進された。 5 ② 財 務 省 の 取 組 み ~ 子 供 信 託 基 金 ( The Child Trust Funds) 子 供 信 託 基 金 ( The Child Trust Funds) は 、 政 府 ( 財 務 省 ) が 設 け た 長 期 の 貯 蓄 と 投 資 イ ニ シ ア チ ブ で 、 2002年 9 月 1 日 以 降 に 生 ま れ た 子 を 対 象 と し 、 子 が成年期に達したときに財政的に有利な機会を与えるとともに、お金をどう利 用 す る か に つ い て 学 べ る よ う に 設 計 さ れ て い る 。子 ど も 信 託 基 金 の 基 本 構 造 は 、 10 財務省が、一定の要件を満たした家庭(低収入または生活保護受給)の子に対 し て 250ポ ン ド ( 約 6 万 円 、 1 ポ ン ド = 245円 ) を 支 給 し 、 支 給 を 受 け た 子 の 親 は、子のために市中の金融機関に預金口座を開設するとともに、その預金口座 を 管 理 ( 運 用 方 法 の 選 択 ・変 更 等 ) す る も の で あ る 。 ま た 、 1 年 間 1,200ポ ン ド ( 約 30万 円 、 換 算 レ ー ト 同 じ ) を 限 度 と し て 、 新 た に 追 加 し て 預 け 入 れ る こ と 15 も で き 、 運 用 益 に つ い て は 非 課 税 扱 い と な っ て い る 。 子 が 成 長 し 、 16歳 に な る と 預 金 口 座 の 運 用 を 引 継 ぎ 、 18歳 に な る と 引 き 出 す こ と が で き る よ う に な る 。 引き出したお金の使途は問われない。 ③ 英 国 FSAに お け る 取 組 み 英 国 の FSA は 、2002 年 に「 金 融 知 識 向 上 グ ル ー プ 」( Financial Capability 20 Steering Group) を 発 足 し 、 「 金 融 能 力 に 係 る 国 家 戦 略 」 ( National Strategy for Financial Capability )を 策 定 し た 。こ の 国 家 戦 略 は 、FSAが 中 心 と な っ て 、 政府、金融サービス産業、および非営利団体等と協力して、国民の資産運用の ための知識と理解を促すことを目的としている。 ④ NPO法 人 に お け る 取 組 み 25 英 国 で は 、 金 融 教 育 の 取 組 み に お い て 、 NPO法 人 も 重 要 な 役 割 を 担 っ て お り 、 学 校 教 育 に お け る 金 融 教 育 に お い て は 、 PFEG: Personal Financial Education Group( 個 人 向 け 金 融 教 育 グ ル ー プ )が 中 心 的 な 役 割 を 担 っ て い る 。PFEGは 、小 学 校 向 け( プ ラ イ マ リ ー ス ク ー ル 、5歳 ~ 11歳 )、中 学 校 向 け( セ カ ン ダ リ ー ス ク ー ル 、 11歳 ~ 16歳 ) 、 高 等 学 校 向 け ( 6 thフ ォ ー ム 、 16歳 ~ 19歳 ) の 教 材 の 30 提供やコンサルティングサービスの提供などの一元的な窓口となっている。 15 ⑤ 英 国 銀 行 協 会 ( BBA) に お け る 金 融 教 育 の 取 組 み そ し て 2006年 11月 28日 、 BBAは 学 校 に お け る 金 融 教 育 に つ い て 、 PFEG等 の NPO 法 人 を 通 じ て 支 援 す る こ と を 発 表 し た 。こ れ は 、英 国 下 院 財 政 委 員 会( Treasury Select Committee)が 、金 融 教 育 に 取 り 組 む PFEG等 の NPO法 人 へ の 補 助 金 支 給 を 5 決定したことに賛同したものである。 4. 日 本 と の 比 較 上記からわかるように、アメリカ、イギリスともに行政が金融教育に深く、 かかわっている。日本では文部科学省や金融庁、金融広報中央委員会、銀行や 10 証券等々で行われている。しかし金融教育を体系的に実施するための指針や、 学習段階別に目標を設定したカリキュラムもない。そのため、独立で金融教育 を普及させようとする関係団体は、その内容が統一されておらず、消費者のニ ーズや知識レベルが合致していないのである。必ずしも欧米のやり方がうまく いくとは限らないが、国際社会の中で日本が生き残っていくためにも国家レベ 15 ルでの金融リテラシー教育の必要性を真剣に考えていかなければならない。 20 25 30 16 第3節 日 本 の 金 融 教 育 の 現 状・問 題 点 と 各 段 階 で の 金 融 教 育 の内容と範囲―金融知識を定着する方法との関連に おいて― 5 1.本節の概要 社会情勢の変化に伴い、十分な成長資金確保のためにも、「貯蓄から投資」 への切り替えの必要性が高まっている。貯蓄尊重から投資重視へ政策の力点を 置 き 換 え て 総 合 的 な「 証 券 市 場 の 構 造 改 革 」が 進 め ら れ る 必 要 が あ る 。そ こ で 。 日本の金融教育とくに投資教育の現状・問題点や各段階での金融教育の内容と 10 範囲について述べていくことにする。 2. 日本の金融教育の現状 (1)社会情勢の変化 戦後の日本は、経済全体の成長が大きく、大企業を中心に、年功序列・終身 15 雇用の雇用環境が広く浸透していた。地域や家による相互扶助が減退する代替 として、老後や医療に関する福祉制度は年々拡充された。また、経済全体、特 に金融制度は、行政が厳しく規制を行っていた。 戦 後 に 大 幅 に 増 加 し た「 正 規 雇 用 者 」あ る い は 「会 社 員 」の 典 型 的 な モ デ ル は 、 1つの企業に「就社」し、安定した雇用と給与を得つつ、業務内容と業務地は 20 社命に委ねる雇用形態である。会社員は、給与以外にも様々な福利厚生サービ ス(社宅、保養所、医療など)を享受し、規制金利商品で貯蓄に励み、住宅ロ ーンを組んで自宅を購入し、退職金と企業年金で老後を過ごすことが典型的な 成功モデルであった。このような環境においては、経済や金融について自己責 任で選択をする認識は希薄であった。 25 1990年 代 の バ ブ ル 経 済 崩 壊 以 降 、 不 動 産 価 格 は 右 肩 上 が り に 上 昇 す る と す る 土地神話は崩壊し、中途採用や非正規雇用の増加によって雇用形態は流動化し た。少子高齢化と財政悪化を背景に社会保障制度の見直し(給付の切り下げ) が必要となった。同時に民営化を含めた経済の規制緩和の進展や世界経済のグ ローバル化によって、多様な商品とサービスがあふれ、その価格は自由競争の 30 結果、極めて柔軟に変動するようになった。個人は、各々の持つ資源(時間、 17 資金、労働など)を有効に使って、職業を選択し、同時に消費者として様々な 商品やサービスを選択することに直面するようになった。すなわち、経済社会 の中で自由と責任を持つことを個人に強く意識させる時代になった。 5 (2) 日本の金融資産の現状 日本の金融システムは、資金需要者と最終的資金供給者の間に金融仲介者が 仲介して、本源的証券は金融仲介者ガ取得し、最終的資金供給者は当該仲介者 の 発 行 す る 間 接 証 券 を 取 得 す る「 間 接 金 融 」で あ る 。1985年 9月 の「 プ ラ ザ 合 意 」 以前は、金融の中心が銀行を経由する「間接金融」であり、株主から直接資金 10 を 調 達 す る「 直 接 金 融 」を 取 り 入 れ て い こ う と す る 考 え が 少 な か っ た の で あ る 。 つまり、企業は銀行に支配されており、上場企業でさえも銀行の顔色ばかり伺 っており株主はほとんど無視してきたのである。しかし、上に挙げたような社 会情勢変化の中で、今までのような間接金融の下で、銀行が金融リスクの大半 を受け持つのは困難になってきている。 15 そのため、銀行の支配形式が崩れ、間接金融から直接金融への移行により、 金 融 に 伴 う リ ス ク を 、最 終 的 資 金 供 給 者 で あ る 投 資 家 が 負 う よ う な あ り 方 へ と 、 方向転換されるようにすべきだという時代的要請が出てきている。 平 成 不 況 、資 産 デ フ レ が 約 15年 続 き 1990年 に 603兆 円 あ っ た 東 証 第 1 部 の 株 式 時 価 総 価 が 2003年 4月 に は 230兆 円 と 半 分 以 下 に な っ た 。 こ の 当 時 、 日 本 の 高 い 20 現 金 ・ 預 金 保 有 率 は 結 果 的 に は 有 効 で あ っ た が 、 2006年 8月 に 520兆 円 ま で に 回 復 し 、 全 国 の 地 価 は 1990年 以 来 16年 ぶ り の 上 昇 と な り 、 「 脱 ・ 土 地 デ フ レ 色 が 濃く」悲惨な状況からまともな環境へと回復し、個人にとって預貯金が魅力的 な個人商品ではなくなってきたようにみえた。 し か し 2008年 9月 15日 の リ ー マ ン シ ョ ッ ク に よ り 引 き 起 こ さ れ た 「 100年 に 一 25 度 の 大 不 況 」に よ る 株 価 暴 落 に よ り 、現 金・預 金 は 55.8% に 増 大 し 、株 式 は 5.6% へと急落し、資金調達にゆがみが出てきた。 その後紆余曲折を経て、「アベノミクス」の第一の矢である異次元の金融緩 和政策による「円安・株高」で、株や投資信託への「リスク資産」への投資が 増 え て い る も の の 、2014年 10月 に は 、身 近 な 危 険 と し て 受 け 止 め ら れ て き た「 エ 30 ボラ出血熱」や、アメリカ以外の日本、欧州、新興国等の世界的先行き不安の 18 中 で 、 株 や 為 替 相 場 の 乱 高 下 が 発 生 し て い る 。 ま た 10月 31日 に 公 表 さ れ た 「 日 銀の追加緩和策」により、日本をはじめアメリカやヨーロッパの世界同時株高 が発生したものの、株式市場の不確実性は大きく膨らんできており、リスクも 高まってきているといえるだろう。 5 3、金融リテラシー教育の取り組みの現状と課題 (1)各段階の取り組みマップ 金 融 リ テ ラ シ ー 教 育 の 各 段 階 の 取 り 組 み に つ い て は 、2014年 6月 に 公 表 さ れ た 第 2表 階層別金融リテラシー・マップ 10 19 <出所>金融経済教育推進会議『金融リテラシー・マップ~最低限身に付ける べ き 金 融 リ テ ラ シ ー の 項 目 別 ・ 年 齢 層 別 ス タ ン ダ ー ド 』 2014年 6月 5 「金融経済教育推進会議(事務局:金融広報中央委員会)」の『金融リテラシ ー・マップ―「最低限身に付けるべき金融リテラシー」の項目別・年齢階層別 ス タ ン ダ ー ド 』が 良 く 網 羅 さ れ て い る 。こ れ は 第 2表 に 示 さ れ て い る 。基 本 的 に はこのマップに沿って、金融リテラシー教育を進めていこことが、成果が上が るのではないかと考える。 20 (2)各段階の取り組みの歴史 これまでに貯蓄増強運動、金融ビッグバン、小泉構造改革、リーマンショッ ク、アベノミクスの実施等々の社会情勢の変化とともに、金融教育の各段階 (小・中・高・大・社会人)においての重要性が高まってきた。各段階につい 5 ての実施状況の歴史を概観してみたい。 ① 初等・中等教育での投資教育 みずほフィナンシャルグループでは、小・中学校における金融教育の授業を サポートするための教育用ツールの開発に成功した。まず、基本テキストとな る 冊 子 と と も に 、用 語 集 を 作 成 し た 。ま た 2007 年 に は 、テ キ ス ト に 準 拠 し た 内 10 容の教員向け指導案も作成した。その他、教育関係者の方々を主な対象とした 公開講座や、みずほの社員がゲストティーチャーとなっての小・中学校での実 践授業などの実施している。教育関係者に正しい金融知識を理解してもらうこ とで学生たちも正しい金融知識が定着しやすくなった。 ② 高校生への投資教育 15 高校では生きた経済・社会について触れる機会を設け、他人や社会とのかか わ り や 仕 事 を す る こ と の 意 味 に つ い て 、し っ か り 学 ん で お く こ と が 重 要 で あ る 。 経済問題について出来る限り実践に基づいて、経済・金融も含めた社会生活の 原理原則を十分に理解することが大切である。 野村証券グループは、高校生向けに教材を制作した。実際の会社の運営方式 20 に準じて活動を行うので、会社の仕組みや経済の動きを学ぶことができる。し かし、単なる起業家養成や金融知識の普及が目的ではなく、活動を通じて、課 題分析や問題解決能力・判断力や意思決定力・結果に対する責任・他人と違う 意見を述べる勇気、異質の意見に対する寛容性など実生活上で役立つ基本的資 質 の 育 成 を 目 的 と し て い る 。テ キ ス ト 等 の 表 面 的 な 金 融 知 識 を 学 ぶ だ け で な く 、 25 経験を積んだほうがより金融知識を役たせることができるからである。 ③ 大学生・社会人への投資教育 日本証券業協会や東京証券取引所などの証券団体は、金融経済教育の普及活 動 に 積 極 的 に 取 り 組 ん で き た 。ま た 、野 村 グ ル ー プ が 全 国 の 大 学 で 開 催 す る「 証 券教育講座」のように、大学での専門教育への協力など個別の証券会社による 30 試みがみられる。内容的は経済や金融全般の基本は含むが、証券市場を中心と 21 し た 投 資 家 教 育 の 性 格 が 強 い 。そ し て 近 年 金 融 教 育 の 普 及 の た め ,「 投 資 と 学 習 を 普 及 ・ 推 進 す る 会 」 ( NPO エ イ プ ロ シ ス ) 、 「 証 券 学 習 協 会 」 な ど が 、 投 資 ク ラ ブ ( 全 国 600 余 り 存 在 ) の 設 立 支 援 や 株 式 投 資 講 座 の 開 催 、 金 融 知 識 に 関 する通信教育などを手がけている。このように社会人などのある程度金融につ 5 いての知識を持っている人達に理解を深めてもらう活動に重点を置いている。 (3) 金融教育の取り組みの問題点 ① 「 金 融 教 育 」と す る と 、消 費 者 や 学 校 教 育 の 現 場 で は 、あ る 種 の 偏 見 か ら 消極的となりやすい。 10 ② 経 済 教 育 ~ 金 融 教 育 を 体 系 的 に 実 施 す る た め の 指 針 や 、学 習 段 階 別 に 到 達 すべき内容を示したカリキュラムが従来なかった。 ③ 関 係 各 団 体 が 、統 一 化 さ れ て い な い の で 独 自 の 内 容 で 、普 及 活 動 や 教 育 活 動を行ってきた。 ④ 関 係 団 体 の 活 動 が 、消 費 者 の ニ ー ズ や 、知 識 レ ベ ル に 合 致 し て い な い 場 合 15 が多かった。 20 25 30 22 第4節 金融教育への行政、金融機関、NPOの役割分担 1、 本 節 の 概 要 我 が 国 で は ア ベ ノ ミ ク ス の 第 3 の 矢 の 成 長 戦 略 の も と で 、「 貯 蓄 か ら 投 資 へ 」 5 のスローガンのもとに、個人投資家が金融市場に参加する機会を増やそうとし ている。 例 え ば 、NISA( 少 額 投 資 非 課 税 制 度 )を は じ め と し て 、イ ン タ ー ネ ッ ト の 普 及に伴うインフラの整備、証券会社のみならず銀行での投資信託販売の自由化 などの金融商品・株式委託手数料の自由化等々サービスの多様化といったこと 10 により、以前に比べると個人が投資という選択をすることが容易になってきて いる。また確定拠出年金を導入する企業が増加してきたこともあり、個人はま すます投資と向き合わなくてはならない時代になってきている。 し か し 、金 融 広 報 中 央 委 員 会 に よ る「 家 計 の 金 融 行 動 に 関 す る 世 論 調 査 」[二 人 以 上 世 帯 調 査 ] (2 0 1 3 年 ) に よ る と 、元 本 割 れ を 起 こ す 可 能 性 が あ る が 、 15 収益性の高いと見込まれる金融商品の保有について、「そうした商品を保有し よ う と は 全 く 思 わ な い 」 が 82.6% と 最 も 高 か っ た が 、 前 回 の 2012年 ( 84.5% ) 対比では低下した。他方、「そうした商品についても、一部は保有しようと思 っ て い る 」 は 14.1% と な り 、 前 回 2012年 ( 12.5% ) 比 上 昇 し た そ し て 金 融 資 産 の 保 有 目 的 で は 、 「 老 後 の 生 活 資 金 」 が 65.8% と 前 回 2012年 20 ( 64.7% )比 上 昇 し 、最 も 高 く な っ た 。次 い で 、「 病 気 や 不 時 の 災 害 へ の 備 え 」 が 63.8% と な っ た が 、 前 回 2012年 ( 67.2% ) 比 低 下 し た 。 ま た 金 融 資 産 保 有 世 帯 に お い て 、現 在 の 金 融 資 産 残 高 が 、1 年 前 と 比 べ「 減 っ た 」 と 回 答 し た 世 帯 は 30.1% と 前 回 2012年 ( 40.1% ) 比 低 下 し た 。 他 方 、 金 融 資 産 が 「 増 え た 」 と す る 回 答 は 25.6% と 前 回 2012年 ( 19.2% ) 比 上 昇 し た 25 2、各セクターの相互関係 上述の世論調査においては、株式投資を行うつもりのない主な理由の一つに 「知識を持ってない」ことが挙げられている。学校教育のみならず、家庭、行 政や金融機関、NPOも参画して、投資教育について取り組みを強化していく 30 ことが必要だといえるだろう。これらの団体の取り組みによって証券市場への 23 投資家の裾野の拡大、経済の発展、そして豊かな社会の創造につながることに 期待したい。 このような関係を図示したのが、第 9 図である。これは金融庁のホームペー ジ に 掲 載 さ れ て い る も の で あ る が 、家 庭 、学 校 、地 域( 行 政 )、関 係 機 関( 金 融 5 機関)といった各セクターの相互関係について簡潔にまとめられている。 第 9 図、各セクターの相互関係 <出所>金融庁ホームページ 10 金融教育の大きな担い手としては、まず家庭が挙げられる。家の手伝いをす る、お金の使い方について一緒に考える、家の収入はどこからくるのかを教え る、家庭の収入や支出について知る、自分の将来について話し合う、親の生き 方 や 職 業 観 を 学 ぶ な ど 、家 庭 に は 金 融 教 育 の 題 材 が ふ ん だ ん に 用 意 さ れ て い る 。 15 保護者はそうした場面を意識的に活用して、子どもたちにどうお金と付き合っ ていくべきかを考えさせることができる。 また、学校において金融教育を進める上でも保護者が学校の方針を理解し、 24 積極的に協力することが、金融教育を有効で実りあるものにするために極めて 重要である。学校側でも家庭の協力が得られるよう積極的な働きかけが必要で ある。 さらに地域の支援も大切である。地域は子どもたちが触れる最も身近な社会 5 である。そこで子どもたちは親や教師とは違う様々な人とふれあい、その人の 生き方や社会のしくみ・はたらきを知る。また、学校において金融教育を進 める上で、子どもや教師より現実の経済をよく知っている地域の人たちが協力 してくれることは、教育内容に実感をもって伝える上で大いに寄与する。さら に学校において職場体験等を実施する際には地域の協力は不可欠の条件となる。 10 金融教育を進める様々な機関や団体の協力も、大きな力となる。特に金融と いうやや専門的な分野に関しては、そうした専門家のサポートは現場の教師が 自信をもって教えていく上で大きな支えとなる。 本 節 で は 、 と く に 我 が 国 に お け る 金 融 教 育 へ の 学 校 、 行 政 ( 地 域 を 含 む )、 金融機関やNPOの役割分担を見ていきたい。 15 3、金融教育・証券知識の普及活動 (1)金融教育の核としての学校教育 金融教育に取り組む場として核となるのはやはり学校である。その第1の理 由は、学校では教育の専門家により体系的に教育が行われるからである。教育 20 の専門的な技術と児童・生徒・保護者の信頼関係の下で、最も効果的・総合的 に教育を行うことのできる場は学校教育をおいて他にない。 第2の理由は、学校は社会に出る前のすべての児童・生徒が教育を受ける場 であるからである。金融教育は、お金を適切に扱う知識や技能を知り、トラブ ルを未然に防止するとともに、合理的で豊かな選択と意欲をもって生きる力を 25 養うものである。そうした教育は、すべての子どもたちが社会に出る前に受け ておくべきものであり、そのためには学校教育によることが必要となる。 (2)金融教育への行政の役割 ① 30 我が国における金融教育の取り組み 現在、我が国の行政が金融教育に関する働きとして行っていることは大きく 25 3 つに分けられる。それは①学校教育、②生涯学習、③イベント等である。そ の中で最も重要とおもわれるものが学校教育である。学校教育は金融教育を国 民に普及させる第一段階として、政府が主導で行っていく必要があるものであ ると考えられる。 「 金 融 証 券 知 識 の 普 及 に 関 す る N P O 連 絡 協 議 会 」と「 証 券 知 5 識普及プロジェクト」が共同で行った「学校における経済・金融教育の実態調 査」によって「確かな学力育成」のために「経済・金融」教育の必要性に関し て は 、 全 体 の 90%が 必 要 性 を 認 め て い る 。 しかし、これだけ必要性を感じながらも実施できてないところが全体の半分 もある。それはなぜだろうか。既述の第 7 表や第 1 表に示されているように、 10 投資教育を含む金融教育を行う上での問題点として、教育現場からは「時間的 余 裕 が な い 」、「 余 裕 が な い 」 な ど の 授 業 編 成 、 カ リ キ ュ ラ ム な ど 制 度 上 の 問 題 点と、 「 教 員 が 学 ぶ 機 会 が な い ま た は 少 な い 」、 「 利 用 可 能 で 適 切 な 教 材・指 導 書 がない」など周囲によるサポートの不足感も大きい。 ま た「 教 育 関 係 者 の 問 題 意 識 が 広 が っ て い な い 」と い う 点 も 指 摘 さ れ て い る 。 15 つまり、この状況の中でも授業に取り組んでいる教員はあまり多くなく、現場 で時間繰りや自らの教材工夫などによってなんとか行っているのが実態である 。 ② 学校における金融・経済教育の実態調査の総括 そこで、今後金融・経済教育を推進していくにあたり、以下の二つの課題が 20 挙げられる。一つは、文部科学省を中心とする金融・経済学習を実施する体制 の 整 備 で あ る 。現 場 で 個 々 の 教 員 が 行 っ て い る 工 夫 に 頼 る 方 法 で は 限 界 が あ り 、 逆に自由な工夫により授業を行っていることが学習指導要領を形骸化させると の懸念を持たれかねない。そのため、高等学校公民科の中に『金融経済』の新 設ないし、現代社会の中での金融経済分野の充実や、中学校社会科での公民的 25 分野での金融経済教育の充実が求められる。文部科学省がそのリーダーシップ をとることで、教員の金融・経済教育に対する必要性の認識に対処することが できるとともに、カリキュラム全体を組み直す過程で「時間がとれない」とい う問題も緩和されることになろう。 金融・経済教育の確実な実施のための具体的案としては「金融・経済を必須 30 科 目 と し て 独 立 さ せ る 」と か 、 「 具 体 的 テ ー マ を 指 導 要 領 に 入 れ る 」、 「金融理解 26 の 研 究 制 度 を 設 け る 」な ど が 挙 げ ら れ る 。そ の 際 に 留 意 す べ き こ と は 二 つ あ る 。 第1に、投資教育(ただ投資を促そうとする教育)として教育するのではな く、あくまで金融教育として教育することである。つまり、ただ個人投資家を 増やすために、投資のメリットばかりを強調してしまうと、拝金主義を助長す 5 る結果に繋がりかけない。ゆえに、小学校時代から金融全般に関して、長いス パンで段階を踏んで教育し、最終的に、個人の資産保有の手段として貯蓄だけ でなく株式や債券などがあることを、それぞれのメリット・デメリットと共に 教育しなければならないと考える。そのような知識を十分に与えたうえで、個 人が自己責任のもと、自分の判断で自己の金融資産の保有形態を選択できるよ 10 うになることが、金融教育の義務化のゴールであるといえる。 第 2 に 、 英 語 教 育 の 二 の 舞 を 踏 ま な い よ う に す る こ と で あ る 。 平 成 14 年 か ら、英語教育改革が盛んに叫ばれてきた が、現状では中学・高校と 6 年間英語 を学習しても、英語教育自体が実践に即していないため、いざ英語を喋れとい わ れ て も 、喋 れ な い 人 々 が 大 多 数 で あ る 。 「金融教育を施しても個人投資家が増 15 えない」では全く意味がないので、その英語教育での失敗を踏まえたうえで、 より実践に即した教育を考案しなければならない。具体的には、ケーススタデ ィを多く取り入れたり、ゲームやシミュレーションなどの体験教材を導入した りして、子どもたちに考えさせる機会を十分に与える等々が考えられる。 このように国語や数学と同じように金融・経済などの金融教育を受けられる 20 制度を作ること。各省庁などと協力して国民が学習できる場を設けること。そ の他に個人投資家が信頼を持って利用できるインフラを整備することが政府の 役割でないかと考えられる。 (3)金融教育への金融機関の役割 25 これまで金融業界の団体などでは金融知識の普及・情報提供に取り組んでお り、金融広報中央委員会などとのネットワークを生かし活動を展開してきた。 しかし、業界団体などの金融教育は、個々人のニーズや知識レベルに必ずしも 適合したものにはなっていないとの指摘がある。 金融教育の普及・情報提供の社会的意義・重要性が一層高まっているのは間 30 違いないが、これまでの様々な試みは未だ一般消費者に周知できるレベルには 27 達していないというのが現状である。その中での各種団体、証券会社の取り組 みは以下の通りである。 ① 証券団体 証券団体では、第 3 表に示されているように、学校教育だけでなく一般消費 5 者に対して、投資教育や証券知識普及啓発活動を行ってきている。たとえば、 広く一般・社会人を対象に、イベントや各種セミナーの開催、講師派遣になど 第 3表 10 証券団体等の金融教育啓発活動 (資料)日本証券業協会「投資教育・証券知識普及啓発活動のポイント」 の実施を行うなどして、証券投資に関する知識習得の機会を幅広く提供してい る。さらに、入門・基礎講座や初心者のための相談窓口の設置、広報活動の充 実(パンフレット、ホームページなど)を行い、わかりやすく証券投資の知識 28 を伝えている。 また、学校の先生や児童を対象として、学校教育から生涯教育までを視野に 入れ、経済・金融・証券市場の仕組みと役割を理解し、株価を通じて政治や経 済 社 会 へ の 関 心 を 高 め る た め に 株 式 会 社 ゲ ー ム や 、W e b 教 材「 証 券 ク エ ス ト 」 5 を提供し、株式学習ゲーム説明会(教員対象)の開催などを行っている。また 教員に経済・金融教育の重要性への理解を喚起する機会を提供するためにイン ターンシップや夏期講習会などを行い、多角的に証券知識の普及・啓発活動を 推し進めてきている。このように証券団体では、小学校から社会人までをカバ ーした取り組みを行うとともに、あわせて教員向けの支援も行っている。 10 ② 金融団体(銀行、信託協会、生命保険センター、日本損害保険協会) 銀行では、3 大メガバンクを中心に、ホームページ等でライフ・プランニン グや確定拠出年金等々金融教育について広報している。 また信託協会では、信託の仕組みや信託商品などをわかりやすく紹介したパ 15 ンフレットを提供しているほか、大学への「信託法」の寄付講座や講師派遣、 教員の研修の受け入れを行っている。 保険関係では、生命保険文化センターが、生命保険の歴史や役割解説のパン フレット、ビデオ教材を提供しているほか、高校生向けに将来向けの生活設計 や経済社会の仕組みや消費者としての自覚の学習を目的としたパンフレットを 20 提供している。 日本損害保険協会は、損害や事故への備えや損害保険の仕組みについて解説 したパンフレットを提供している。なお、生命保険文化センター、日本損害保 険協会とも、大学や高校への講師派遣を行っており、それぞれ生活設計と生命 保険、損害保険の基礎などをテーマに講義を行っている。 25 以 上 の よ う な 取 り 組 み を 行 っ て い る が 、メ リ ッ ト も あ れ ば デ メ リ ッ ト も あ る 。 メリットとしては、やはり実務経験を持った専門家がより実践的な教育を実 施することであろう。金融機関自体にも、いろいろなメリットがある。積極的 に金融教育に取り組むことで、地域社会におけるCSR(企業の社会的責任) の面での評価を高めるだけでなく、将来の顧客開拓にも繋がる可能性がある。 30 また、地域産業の理解や職場体験を通じた職業観の育成などから、創業や起 29 業 に 発 展 す る 可 能 性 も あ り 、地 域 経 済 の 活 性 化 に も 寄 与 す る こ と が 考 え ら れ る 。 デメリットとしては、金融教育啓発活動に熱心に取り組んでいる証券会社が 中心になることが多く、そのために株式投資へ誘導させているように連想させ てしまう傾向がある。 5 とはいえ金融機関の金融教育は、政府が主体として行っていない社会人や主 婦などの消費者を対象とした教育を中心となって行いながら、政府の活動をサ ポートしている面がある。政府が主導して、金融教育に熱心な諸団体に対する 支援、中小企業の資本市場参加の仕組みづくりや子ども基金などを設立し、参 加しやすい市場を作る必要がある。 「 貯 蓄 か ら 投 資 へ 」に 続 く 、新 た な ビ ジ ョ ン 10 の提示といった新しい金融経済教育に対するビジョンを提示するといったよう な役割が金融機関にあると考えられる。 (4)金融教育へのNPOの役割 NPOによる金融教育の特徴としては、現在、証券業経験者やファイナンシ 15 ャル・プランナー、教授などが中心となり設立した団体が多いためか、一般の 人を対象としたものが多い。具体的な形式は、講演会や講師派遣などが多い。 「 日 本 フ ァ イ ナ ン シ ャ ル・プ ラ ン ナ ー 協 会 」 ( N P O )で は 、消 費 者 向 け の 行 事(FPフォーラム、講演会など)を開催やFP講師の紹介、さらには{これ なら分かる生活設計の手引き」という家計管理ベースに生活設計が出来る解説 20 書を配布したりしている。 ま た 、「 証 券 学 習 協 会 」( N P O ) で は 、 一 般 投 資 家 を 対 象 に 独 自 の 「 証 券 教 室」を開催したり、地域や団体の要望で株式や投資信託などの講師を派遣した り、 「 投 資 す る リ ス ク と し な い リ ス ク・証 券 の 知 識 」と い う 冊 子 を 配 布 し た り し ている。 25 「金融知力普及委員会」 ( N P O )で は 、金 融 の 知 識 が 身 に 付 け ら れ る 通 信 講 座を運営しており、レベルに合わせて 3 ステージに分かれ、必修科目と選択科 目の両科目で所定の単位を満たすと金融知力検定試験にチャレンジできるとい う仕組みになっている。 {金融財政事情研究協会」 ( 社 会 法 人 )で は 、実 務 に 密 着 し た 実 践 的 な カ リ キ 30 ュラムの通信講座を用意している。 30 「 投 資 と 学 習 を 普 及・推 進 さ せ る 会 」 ( N P O )で は 、証 券 取 引 等 に 精 通 し た 証券界のOBを中心とした証券カウンセラーや投資クラブ相談員を地域のコミ ュニティーやカルチャーセンター、投資クラブに派遣し、講義や質問を受け付 けるなどしている。 5 こ の よ う に 、N P O が 主 体 と な っ て 教 育 を す る 場 合 、 ( ⅰ )N P O 自 体 が 教 育 を す る 方 法 と 、 (ⅱ )N P O が 小 中 高 な ど の 仲 介 役 と な っ て 専 門 家 や 知 識 人 を 派 遣する方法があると考えられる。 前者の(ⅰ)の場合、やはり組織する人間は、教授や証券会社OB、ファイ ナンシャル・プランナーなどが多くなると思われるが、メリットして専門知識 10 を 持 っ て い る と い う 点 で 信 用 性 が あ る と い う 利 点 も あ る 。デ メ リ ッ ト と し て は 、 教育を受ける者の内情が理解しづらかったり、講演会などの形式を取る場合は 多数を相手にするので、つながりが一時的または希薄なものとなってしまうこ ともあるだろう。 後者の(ⅱ)の場合は、経済・金融の分野に絞らず、就業や人権の教育など 15 幅広く扱うことで、学校側のニーズや運営の面でも存在意義があるだろう。独 自のプログラムを作成したり、その地域の実情に合わせて講師を選択する力を 持ち合わせている場合が多いようである。 上述のNPOの活動を見る限り、NPOは金融機関と同じように、政府では 行いきれないような面をカバーしているように思われる。またファイナンシャ 20 ル・プランナーを通じて、金融経済教育において必要な実践の場へと導いても いる。このような役割がNPOにあると思われる。 25 30 31 第5節 わが国の金融教育の新しい試み ―「行動経済学」を参考 にして― 1.本節の概要 5 この節では、金融教育の新しい方向として、「行動経済学」を分析視点にし た考察を進めていきたい。 2、金融教育への「行動経済学」の応用 日本においても、従来の発想とは異なった金融教育への新しい試みが行われ 10 よ う と し て い る 。そ れ は 2012年( 平 成 24年 )3月 に 公 表 さ れ た 、金 融 広 報 中 央 委 員会(事務局:日本銀行情報サービス局内)参事の福原敏恭氏による「行動経 済学の金融教育への応用の重要性」という論文である。 福 原 氏 に よ れ ば 、2008 年 9 月 の リ ー マ ン・ブ ラ ザ ー ズ の 経 営 破 綻 に 伴 う 金 融 危機(リーマンショック)の発生以降、海外の金融教育の進展は、量的な拡大 15 のみならず、教育効果の向上など質的な面にも及んでいる。中でも近年著しい 発展を遂げている行動経済学に基づいて消費者の金融行動を分析し、そこから 得られる知見を金融教育にフィードバックすることで、教育効果の向上を図ろ うとする動きが拡大してきていると主張している。 20 3 福原論文の概要 福原論文では、このような最近の海外の動向に着目し、「行動経済学」の金 融教育への応用の重要性を指摘している。 まず、「第1章『金融行動における行動バイアス』では、消費者の金融行動 にみられる不合理行動のパターンを列挙するとともに、そのメカニズムを行動 25 経済学の知見に基づいて説明している。 つぎに、第2章「行動経済学と金融教育の関係」では、金融教育を効率的に 推進していくためには、不合理行動の発生をも念頭においた教育アプローチが 求められていることを示している。その際、金融教育の普及促進や効果改善を 図るために、行動経済学の応用に対する期待が高まりつつあることや、行動経 30 済学で用いられている消費者の意思決定プロセスと金融教育の関係といった観 32 点から検討を行っている。 最後の第3章「海外における行動経済学の金融教育への応用」では、行動経 済学の知見を金融教育に採り入れる動きが海外主要国で広がりつつあることを、 例を挙げて説明している。すなわち、行動経済学の金融教育への応用を国家戦 5 略上の課題と位置付けている国々の動向や、英国が積極的に取組んでいる先進 的な応用例を紹介している。 ま た 、 参 考 に な り う る 事 例 と し て 、 米 国 の 401(k)制 度 改 革 へ の 応 用 例 も 紹 介 し て い る 。 ( 福 原 論 文 「 要 旨 」 よ り 引 用 、 p. 1 ) 」 10 4、金融教育に行動経済学を適用する場合の問題点 以下、金融教育に行動経済学を適用する場合の問題点について、福原氏の論 点 を 述 べ る こ と に し た い (当 該 論 文 、 pp. 12- 14)。 福 原 氏 によれば、金 融 経 済 環 境 の変 化 に伴 う金 融 教 育 ニーズの高 まりに対 して、金 融 教 育 をより効 率 的 かつ効 果 的 に推 進 していくうえで、下 記 のような 3課 題 が意 識 される 15 ようになってきている。とりわけ、欧 米 諸 国 においては、2008年 9月 のリーマンショック)が、 これらの課 題 を一 段 と浮 き彫 りにする結 果 となっている と主 張 する。 第 1の課 題 は、消 費 者 の不 適 切 な金 融 行 動 の影 響 が経 済 ・社 会 全 体 にも及 びうるこ とを踏 まえ、個 人 の金 融 行 動 をより望 ましい方 向 に変 化 させるような金 融 教 育 を実 践 す 20 ることであるとする。 従 来 から、各 国 において、消 費 者 の金 融 行 動 に関 連 する金 融 監 督 ・規 制 体 制 の見 直 しや消 費 者 保 護 政 策 の強 化 などが進 められてきているが、今 般 の金 融 危 機 の発 生 以 降 、そうした動 きが一 段 と強 まっている。ただ、こうした強 制 力 を有 する政 策 による対 応 は、強 力 な効 果 が期 待 できる反 面 、消 費 者 の個 々の金 融 取 引 ニーズや判 断 能 力 などと 25 関 わりなく一 律 に取 引 活 動 を制 約 すること等 により、効 率 的 な金 融 取 引 や健 全 な金 融 サービスの発 展 を阻 害 する恐 れがあると主 張 する。 この点 で、金 融 教 育 による対 応 は、消 費 者 の金 融 取 引 を巡 る政 策 上 のジレンマを回 避 するとともに、消 費 者 自 身 による効 率 的 な金 融 取 引 をサポートする役 割 が期 待 できる と、金 融 教 育 の重 要 性 を指 摘 している。 30 33 第 2の課 題 は、いわゆる無 関 心 層 への対 応 であるとする。無 関 心 層 とは、金 融 経 済 に 関 する知 識 の習 得 に無 関 心 で、金 融 取 引 を行 う際 にも、必 要 な情 報 ・スキルの獲 得 の 重 要 性 を十 分 に認 識 していない消 費 者 のことであり、金 融 教 育 の重 要 性 に対 する認 識 も不 足 している。 5 米 国 サブプライムローン証 券 大 暴 落 問 題 でも明 らかなように、無 関 心 層 が安 易 に複 雑 な金 融 サービスを利 用 すると、詐 欺 的 な行 為 に巻 き込 まれるなど、金 融 トラブルに遭 遇 する危 険 性 が高 まる上 、問 題 の範 囲 が拡 大 した場 合 には、家 計 部 門 の過 剰 債 務 の 積 み上 がり等 を通 じて、経 済 全 体 にも深 刻 なダメージを及 ぼすおそれが生 ずると指 摘 し ている。 10 これに対して、従来の金融教育では、多くの場合、消費者は必要な情報さえ 提供すれば、合理的な意思決定を行い、直ちに行動に移るはずであると考えら れてきた。このため、こうした前提に必ずしも合致しない無関心層に対する効 果には、自ずと限界があり、事態打開のためには、例えば、行動経済学による 不合理行動の解明といった分野への関心を高めざるを得ない状況となってきて 15 いる。 第3の課題は、従来の金融教育手法では、消費者の知識の向上にはつながっ ているものの、その効果が金融行動の改善に及んでいるとは言い切れない側面 があることへの対応であるとする。これは、金融教育参加者に対する行動追跡 20 調査や国民の金融力を調査するベースライン調査などのデータ蓄積によって、 判明してきたと主張する。 福原氏によれば、金融知識と金融行動との間に大きなギャップが存在するこ と は 、米 国 の 連 邦 準 備 制 度 理 事 会( FRB)が 早 く か ら 問 題 提 起 を 行 っ て い る ほ か 、 最 近 で は 、英 国 の 公 的 な 金 融 教 育 機 関( MAS)が 他 国 に 先 駆 け て 、ギ ャ ッ プ 抑 制 25 のための積極的な取組みを開始していることからも明らかであると指摘してい る。そして、こうした取組みを理論面でサポートするのが行動経済学の知見の 応用であると主張している。 行動経済学の金融教育への応用は、海外でも英国の例を除けば、開始された ばかりである。しかし、本論文で議論されたように、行動経済学の知見を活用 30 していくことは、金融教育を一段と効果的かつ効率的に推進していくうえで、 34 有益な方策になる可能性が高いといえる。しかしながら、行動経済学を実際に 金融教育に応用していくためには、消費者の金融行動に関する現状分析の手法 や、消費者保護政策等との連携のあり方も視野に入れながら、具体的な方法論 を検討する必要がある。 5 【参 考 文 献】 <第 1 節> 10 ・日本銀行ホームページ http://www.boj.or.jp/ ・金融広報中央委員会ホームページ http://www.shiruporuto.jp/index.html ・須田義裕・大高久弥『日本版金融経済教育システムの構築へ向けて』 15 東 京 経 済 大 学 経 済 学 部 、 2007 年 . ・ 金 融 経 済 教 育 を 推 進 す る 研 究 会 」『 中 学 校 ・ 高 等 学 校 に お け る 金 融 経 済 教 育 の 実 態 調 査 報 告 書 』、 2014 年 4 月 . <第 2 節> 20 ・『 金 融 イ ノ ベ ー シ ョ ン の 進 展 と 米 国 に お け る 金 融 教 育 の 動 向 』 http://www.shiruporuto.jp/teach/consumer/report2/index.html ・『 英 国 に お け る 金 融 教 育 』 http://www.jsri.or.jp/web/publish/review/pdf/4902/04.pdf ・全国銀行協会 25 http://www.zenginkyo.or.jp/ ・ 山 根 栄 次 『 金 融 教 育 の マ ニ フ ェ ス ト 』、 明 治 図 書 出 版 、 2006 年 . <第 3 節> ・『金融資産の現状』 30 http://www.nochuri.co.jp/report/pdf/f0611fo1.pdf#search = 35 ・『 投 資 教 育 』 http://www.p.u-tokyo.ac.jp/lab/ichikawa/johoka/2004/group4/3b.htm ・『金融経済教育 投資教育』 http://www.ndl.go.jp/jp/data/publication/document/2009/200884/21.pdf#s 5 earch= ・『金融教育の現状と課題』 http://www.nochuri.co.jp/report/pdf/n 0604re4.pdf#search= ・ 『 み ず ほ FG・ 金 融 教 育 』 http://www.mizuho-fg.co.jp/csr/education/index.html 10 ・『厚生労働省―確定拠出年金の施行状況について』 http://www.mhlw.go.jp/topics/bukyoku/nenkin/nenkin/ kyoshutsu/sekou ・金融経済教育推進会議『金融リテラシー・マップ~最低限身に付けるべき 金 融 リ テ ラ シ ー の 項 目 別 ・ 年 齢 層 別 ス タ ン ダ ー ド 』 2014 年 6 月 15 <第 4 節> ・『 金 融 経 済 教 育 に 関 す る 論 点 整 理 』 http://www.fsa.go.jp/news/newsj/16/singi/f -20050630-2/02.pdf#search ・『 日 本 の 教 育 現 場 に お け る 投 資 教 育 の あ り 方 』 http://www.shougakuren.net/seminar/pdf/su/educate,pdf#search 20 ・『 金 融 教 育 の 現 状 と 課 題 』 http://www.nochuri.co.jp/report/pdf/n0604re4.pdf#search ・『 学 校 に お け る 経 済 ・ 金 融 教 育 実 態 調 査 ・ 総 括 』 http://www.jsdaor.jp/html/oshirase/kyouikuchousa.pdf#search ・『 投 資 教 育 の あ り 方 に つ い て 』 25 http://www.fsa.go.jp/singi/singi_kinyu/siryou/kinyu/dail/f -20031017_sir .pdf#search <第 5 節> ・『金融経済教育』 30 http://www.ndl.go.jp/jp/dat a/publication/document/2009/200884/21.pdf 36 ・『金融教育のねらいと基本的性格』 http://www.shiruporuto.jp/teach/school/program/program104.html#img104 ・『幼稚園、小学校、中学校、高等学校及び特別支援学校の学習指導要領な どの改善について』 5 http://www.mext.go.jp/a_menu/shotou/new -cs/news/20080117.pdf ・福 原 敏 恭「 行 動 経 済 学 の 金 融 教 育 へ の 応 用 の 重 要 性 」、金 融 広 報 中 央 委 員 会 、 2012 年 3 月 . ・福原敏恭「行動経済学の金融教育への応用による消費者の学習促進と行動 改 善 」 ,金 融 広 報 中 央 委 員 会 、 2013 年 11 月 . 10 37