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2004年度前期 民法Ⅰ 教材 山田誠一

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2004年度前期 民法Ⅰ 教材 山田誠一
2004年度前期
民法Ⅰ
教材
山田誠一
2004 年度前期
民法Ⅰ
山田誠一
2
2004 年度前期
民法Ⅰ
山田誠一
構成
第1部 民法概論(
その1)
《
1》 社会と民法
《
2》 民法の基本的な制度とそれに密接に関連する制度―契約、民事訴訟、
強制執行、売買契約
第2部 契約(
法律行為)
の成立と有効要件
《
3》 法律行為(
1)
―契約の成立、意思表示の構造
《
4》 法律行為(
2)
―公序良俗違反
《
5》 法律行為(
3)
―強行規定違反
《
6》 法律行為(
4)
―錯誤
《
7》 法律行為(
5)
―詐欺・
強迫、心裡留保、通謀虚偽表示
《
8》 法律行為(
6)
―無効・
取消、条件・
期限
第3部 契約の当事者
《
9》 人(
1)
―能力の制限
《
10
》人(
2)
―権利能力
《
11
》代理(
1)
―代理の基本構造
《
12
》代理(
2)
―無権代理
《
13
》代理(
3)
―表見代理
第4部 契約の履行とその障碍
《
14
》債権の効力(
1)
―弁済と給付保持力
《
15
》債権の効力(
2)
―履行の強制
《
16
》損害賠償(
1)
《
17
》損害賠償(
2)
《
18
》契約の解除
《
19
》危険負担
《
20
》弁済の提供・
受領遅滞、債権の消滅
第5部 所有権の移転・
取得と物の利用
3
2004 年度前期
民法Ⅰ
山田誠一
《
21
》物・
所有権・
物権的請求権
《
22
》契約にもとづく所有権の移転(
1)
―不動産・
動産に共通の規律
《
23
》契約にもとづく所有権の移転(
2)
―不動産所有権の移転(
1)
《
24
》契約にもとづく所有権の移転(
3)
―不動産所有権の移転(
2)
《
25
》契約にもとづく所有権の移転(
4)
―94条2項の類推適用、取消・
解除
と第三者
《
26
》契約にもとづく所有権の移転(
5)
―動産所有権の移転
《
27
》所有権の取得
《
28
》物の利用
第6部 債務の履行を確保する制度(
物的・
人的担保、責任財産の保全)
《
29
》抵当権(
1)
《
30
》抵当権(
2)
《
31
》抵当権(
3)
《
32
》保証
《
33
》弁済による代位と求償
《
34
》不動産譲渡担保・
仮登記担保
《
35
》動産担保
《
36
》債権担保
《
37
》多数当事者の債権関係
《
38
》相殺とその担保的機能
《
39
》債権者代位権
《
40
》詐害行為取消権
第7部 債権債務の帰属の変更
《
41
》債権譲渡(
1)
《
42
》債権譲渡(
2)
、債務引受、契約上の地位の移転
第8部 民法全体を規律する制度
《
43
》権利濫用・
信義則
《
44
》時効制度(
1)
―消滅時効
4
2004 年度前期
民法Ⅰ
山田誠一
《
45
》時効制度(
2)
―取得時効
《
46
》法人(
1)
《
47
》法人(
2)
第9部 民法概論(
その2)
《
48
》民法の基本的な制度とそれに密接に関連する制度―不法行為
《
49
》民法の基本的な制度とそれに密接に関連する制度―夫婦
《
50
》民法の基本的な制度とそれに密接に関連する制度―親子
《
51
》民法の基本的な制度とそれに密接に関連する制度―相続(
1)
《
52
》民法の基本的な制度とそれに密接に関連する制度―相続(
2)
[
略号]
Ⅰ:
山田卓生ら『
民法Ⅰ総則(
第2版補訂2版)
』
(
有斐閣)
Ⅱ:
淡路剛久ら『
民法Ⅱ物権(
第2版補訂)
』
(
有斐閣)
Ⅲ:
野村豊弘ら『
民法Ⅲ(
第2版補訂2版)
』
(
有斐閣)
Ⅳ:
藤岡康宏ら『
民法Ⅳ(
第2版補訂)
』
(
有斐閣)
百選Ⅰ:
星野英一ら編『
民法判例百選Ⅰ総則・
物権(
第5版)
』
(有斐閣)
百選Ⅱ:
星野英一ら編『
民法判例百選Ⅱ債権(
第5版)
』
(
有斐閣)
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民法Ⅰ
山田誠一
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民法Ⅰ
山田誠一
第1回 社会と民法
[
1.01]
人は日常生活において、どのような場面で、法と出会うか
[
01
]自動車の運転:
①自動車を運転するには、運転免許を受けていなけれ
ばならないというルールが、私たちの社会にある。このルールは、道路交通
法という法律によって定められている(
64条)
。この道路交通法の規定に違
反すると、刑罰が科される(
道路交通法118条1項1号)。②自動車の運転は、
最高速度をこえてはいけないというルールもある。このルールも道路交通法
によって定められている(
22条1項)
。この規定に違反すると、刑罰が科され
る(
同法118条1項2号)
。
[
02]覚醒剤の所持:
覚醒剤を所持したり、使用してはいけないというルール
が、私たちの社会にある。このルールは、覚せい剤取締法という法律によっ
て定められている(
14条1項、19条)
。これらの規定に違反すると刑罰が科さ
れる(
同法41条の2第1項、同41条の3第1項1号)
。
[03]ルールの違反と制裁:
二つのタイプのルールがある。①○○をするに
は、免許や許可を受けていなければならない。免許や許可を受けずに、○
○をすると、刑罰が科される。②○○をしてはならない。○○をすると、刑罰
が科される。これとは、別のタイプのルールもある。
[
1.02]
人は日常生活において、どのような場面で、民法と出会うか
(
01
)交通事故:
見通しのよい道路の横断歩道上の道路を横断している歩行
者に、自動車の運転者が前方不注意のため、自動車を衝突させ、全治3ヶ
月の傷害を負わせた。自動車の運転者が自動車の運転中、過失で、他人に
傷害を負わせた場合、運転者は、傷害を負って生じた損害を賠償しなけれ
ばならないというルールがある。このルールは、民法という法律が定めている
(
709条)。
[
02]土地の利用:
土地が利用されずに空き地になっていたところ、近くに住
む人が、その土地の所有者に無断で、家庭菜園として、ビニールハウスを建
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2004 年度前期
民法Ⅰ
山田誠一
てて、野菜や果物を作り始めた。土地の所有者ではない者が、土地の所有
者に無断で、その土地を利用している場合、所有者は、利用をしている者に
対して利用を止めさせることができ、利用者は、その土地の上に建てたビニ
ールハウスを取り壊して更地にして、所有者に返さなければならないというル
ールがある。このルールは、民法にもとづくルールであると理解されているが、
具体的にそのことを定める規定は民法にはない。
[
03
]相続:
株式とか銀行預金の財産を総額2億円有している人が亡くなった。
その人は、亡くなる前に、すべての財産を、その人が卒業した大学に寄附す
るという遺言を残していた。亡くなった人は、既に妻を亡くしていて、子供が
二人いた場合、二人の子供は、それぞれ、遺産を受け取りたいと意思を明ら
かにすることによって、5000万円づつの遺産を受け取ることができるというル
ールがある。このルールは、民法が定めている(
1028条)
。
[
04
]民法のルールの特色:
民法のルールは、どのような場合に、人は、他の
人に対してどのような権利を有するか、どのような義務を負うかを内容とする。
さらに、2通りのタイプに分けることができ、①ある事実があった場合、人は、
他の人に対してどのような権利を有するか、または、どのような義務を負うかと
いうルールと、②人と人とが、ある取引(
物やサービスを手に入れる代わりに、
代金を支払う)をしようとした場合に、どのような約束をすれば、その約束通り
の取引を実現することができるか、また、約束通 りの取引が実現されない場
合に、互いにどのような権利を有し、義務を負うかというルールとである。
[
1.03]
法律とは何か[
Ⅰ第1章Ⅰ、Ⅱ、Ⅲ]
[
01
]法律とは:
国が定める法規範であり、衆議院と参議院の議決によって成
立する(
憲法59条)
。国が定める法規範には、法律のほか、憲法があり、命
令(
政令、省令)
がある。
[
02]法規範とは:
規範とは、物事の善悪是非を判断する基準のことをいい、
社会規範とは、人と人との関係にかかわる事柄について、ある状況において、
人はどのようなことをすることが要求されているかを示すもののことをいう。法
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2004 年度前期
民法Ⅰ
山田誠一
規範は、社会規範のひとつであり、その内容が強制される仕組みを持つ点で、
道徳などと他の社会規範と区別することができる。法規範の内容を示す最も
重要なものは、法律であるが、法律の適用についての裁判所の安定した見
解を判例といい、判例も法規範の内容を示すものである。
[
03
]民法という法律は、どのような法律か
民法という法律:
1896年(
第1編から第3編)
および 1898年(
第4編と第5編)
に、明治憲法のもとにおける国会によって、成立し、1898年から施行される。
全体で5編からなる。第2次世界大戦後の1947年、憲法改正に伴い、第4編
と第5編は全面的に改正される。第1編から第3編は、一部改正 が行なわれ
ているが、全体としては、100年前の内容が、現在も続いている。第1編から
第3編の内容は、19世紀後半の主としてヨーロッパ大陸諸国の民法を強く参
考したものとなっている。
[
04]民法は何を定めている法律か:
社会生活のなかでの人と人との関係に
ついての規律を、特定の領域に限定せず、社会一般に適用されるものとして、
定めている。具体的には、取引と財産に関する規律(
第1編から第3編)
と、
家族に関する規律(
第4編と第5編)
からなる。前者を財産法 といい、後者を
家族法という。取引・
財産と、家族について、人は、自立的に、他の人との関
係を規律すべきであり、国家の介入は、抑制されるべきであるとの思想に支
えられていると考えられている。
[
05
]取引において、民法は、どのような位置を占めるか
取引とは:
人が生活し、企業が活動している現在の社会においては、財貨、
サービス、金銭、情報、リスクを、人・
企業から、人・
企業に、移転するために、
日々、多数の取引が行なわれている。
[
06]取引の多様性:
取引の内容は多様である。①人が生活のなかで出会う
ものとして、鉄道バスの利用、書籍文房具電気製品食料品衣服の購入、銀
行預金・
銀行振込、食堂喫茶店ファーストフード店での飲食、賃貸マンショ
ン・
レンタルビデオ、映画プロ野球遊園地の入場、ホテル宿泊有料駐車場駐
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2004 年度前期
民法Ⅰ
山田誠一
車、保険、病院・
医院・
歯科医での診療、アルバイト・
家庭教師があり、②企
業間の取引として、メーカーの商社からの原材料購入、メーカから問屋への
製品の売却、問屋から小売店への製品の売却、貸しビル業者からのオフィス
の賃借、企業と顧問弁護士・
公認会計士・
税理士、銀行から企業への融資、
建設業者による工場の建設、建設元請けと下請け、メーカーと部品製造下
請け、共同研究開発、メーカーと代理店、製品や原材料の運送業者による
運送、製品や原材料の倉庫業者による保管がある。
[07]取引を契約と見る見方:
これらの取引を、①人・
企業と人・
企業が約束
をし、②約束の実行として、財貨、サービス、金銭、情報、リスクが、人・
企業
から、人・
企業に移転すると見る見方がある。このような見方からは 、約束を
契約とよぶ。また、取引を契約とよぶ。民法は、取引を、このように見たうえで、
取引に関するルールを、定めている。
[
1.04]
取引に関する民法のルールのおおまかな仕組み
[
01
]取引に関する民法のルール:
民法は、人と人とが、取引をしようとした場
合に、①どのような約束をすれば、その約束通りの取引を実現することができ
るか、②約束通りの取引が実現されない場合に、互いにどのような権利を有
し、義務を負うかというルールを定めている。
[02]民法の取引に関するルールの組み立て方:
民法は、取引に関するル
ールを、大きく、4つに分けている。①契約はどのようにして有効に成立し、
当事者を拘束するか(
おおむね、民法総則(
第1編)
)
、②契約が当事者を拘
束するということはどういうことか(
おおむね、債権総論(
第3編第1章)
・
契約
総論(
第3編第2章第1節)
・
担保物権(
第2編第7章から第10章)
)
、③どのよ
うにすれば、契約にもとづいて財貨が、一方の当事者から他方の当事者に
移転したことを第三者から尊重されるか(
第三者に主張することができるか)
(
物権変動(
176条から178条)、債権譲渡(
466条から473条))。④取引の
類型毎に、①②を問題とする(
おおむね 、契約各論(
第3編第2章第2節第1
4節)
)
。
10
2004 年度前期
民法Ⅰ
山田誠一
[
03
]民法の財産法(
第1編から第3編)
のなかの取引に関するルール以外の
ルール:
①不法行為(
第3編第5章)、②不当利得(
第3編第4章)
、③事務管
理(
第3編第3章)、④物権(
第2編第1章から第6章)
。ただし、これらにも、取
引に密接に関連するルールは、少なからず含まれている(
例:
物権変動に関
するルール)
。
[
04
]民法総則(
第1編)
の問題:
契約はどのようにして有効に成立し、当事者
を拘束するかという問題は、以下の問題を含んでいる。①契約が成立したか
どうか(
具体的なルールは、521条から528条が定めている)
、②契約が有効
かどうか(公序良俗違反(90条)
、強行規定違反(91条)
、錯誤(
95条)、詐
欺・
強迫(
96条)
、行為能力(
未成年など。3条から20条)
)
、③契約が当事者
に帰属しているかどうか(
契約を締結する人と、契約によって拘束される人と
を分ける制度(
代理)
の下で、問題となる)、④契約が誰に帰属しているかを
問題にするのはどのようなねらいがあるのか(
権利能力(
1条の3)、責任財産
の問題)
。
[
05]債権総論(
第3編第1章)
の問題:
契約が当事者を拘束するということは
どういうことかという問題は、以下の問題を含んでいる。①契約の内容通りの
ことを行なうとどうなるか、②契約の内容通りのことを行なわなかったらどうなる
か(
履行の強制(414条)、債務不履行にもとづく損害賠償 (
415条)
、解除
(541条))、③契約の内容通りのことを行なうことができなくなった場合、どう
なるか(
債務不履行にもとづく損害賠償(
415条)
、解除(543条)
、危険負担
(
534条・536条))、④契約の内容通りのことを行なわずに、契約の内容通り
のことを行なわなくてもよくなる場合はないか、どのような場合か。②に関連し
て、⑤履行の強制方法として、契約の当事者以外に対しても権利行使が行
なわれる場合(
債権者代位権(423条)、詐害行為取消権(424条))、⑥履
行の強制を行なうことに関しての他の人(
第三者 )
との間の法律関係 (
どのよ
うにすれば、履行の強制を行なうことを第三者から尊重されるか(
第三者に主
張することができるか)
(
担保物権)
。
[06]主要な取引のタイプ:①財貨(
製品・
商品。物)
が、人・
企業から人・
企
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2004 年度前期
民法Ⅰ
山田誠一
業に移転し、物の移転を受けた人・
企業が、相手方である人・
企業に、金銭
を支払う取引のタイプがある。このような取引を売買契約とよぶ。②サービス
(
労務、仕事、事務処理。役務)
が、人・
企業から人・
企業に移転し、サービス
の移転を受けた人・
企業が、相手である人・
企業に、金銭を支払う取引のタイ
プがある。このような取引は、その取引によって、相互にどのような権利・
義務
を負うかという観点から、委任契約・
請負契約・
雇用契約に分かれる。③物の
所有者である人・
企業が、他の人・
企業に、一定期間物の利用を許し、物の
利用を許された人・
企業が、相手方である人・
企業に金銭を支払うタイプの
取引がある。このような取引を賃貸借契約とよぶ 。④人・
企業が、金銭を、他
の人・
企業に貸し、一定期間後、借りた人・
企業は借りた金銭を返し、利息を
支払うタイプの取引がある。このような取引を消費貸借契約とよぶ。
12
2004 年度前期
民法Ⅰ
山田誠一
第2回 民法の基本的な制度とそれに密接に関連する制度―契約、民事訴
訟、強制執行、売買契約
[
2.01]
契約
[
01
]契約とは:
二人の人の間の約束であって、約束の内容に法的な拘束力
が伴うものを契約という。約束をした人を契約の当事者という。法的な拘束力
があるということは、①約束の内容が実現していないとき、裁判所が、約束の
内容にもとづいて、裁判を行なうことを意味する。最も重要な具体例は、約束
の内容を実行していない当事者に対して、裁判所が、裁判で、約束の内容
を実行するように命ずることである。さらに、裁判に当事者が従わない場合は、
裁判所または執行官の手によって 、裁判の内容、すなわち、約束の内容が
強制的に実現されることも意味する。②いったん約束をしたら、その約束の
内容を、当事者の一方のみでは、変更することができず 、また、当事者の一
方のみでは、①の意味の法的な拘束力を、免れることができないことも、意味
している。
[02
]契約と意思表示:
民法は、契約を分析的にみて、当事者がそれぞれ、
約束をしようという自分の意思を相手方に伝えあうことで、約束が行なわれて
いるとみる。ここで、当事者の一方が、相手方に、約束をしようという自分の意
思を伝えることを、意思表示という。この結果、契約とは、内容が一致する二
つの意思表示の合致により成立するという。
[
03
]契約と法律行為:
民法は、意思にもとづき、その意思の内容通りの法律
上の効果が生ずる人の行為を、法律行為とよぶ 。①契約は、二人の人の契
約をしようという意思の通り、当事者に対して法的な拘束力をもつものであり、
法律行為である。②民法は、定められた要件がみたされた場合に、一人の
人の契約を取り消そうという意思・
契約を解除しようという意思の通りに、契約
を無効とし・
契約を解消することを認めている(
例えば、96条、121条。541
条、545条)
。ここでは、契約を取り消そう
・
契約を解除しようという自分の意思
を相手方に伝えることが、意思表示である。したがって、定められた要件がみ
たされた場合は、一つの意思表示によって、契約の取消し・
契約の解除が成
13
2004 年度前期
民法Ⅰ
山田誠一
立する。この契約の取消し・
契約の解除も、法律行為である。契約の取消し・
契約の解除は、一つの意思表示によって成立する法律行為であり、この点
に着目して、単独行為という。
[04]契約の解釈:
裁判所は、契約が成立し、法的に拘束力 をもつものであ
ると判断すると、その契約の内容通 りのことをするよう
、裁判で、当事者に命
ずる。契約の内容とは、当事者が、互いに相手方に対して伝えた契約しよう
という意思表示の一致した内容である。意思表示とは、例えば、○○を、△
△円で購入したい・
売却したいというものであり、言葉や記号・
動作を用いて
相手方に送るメッセージである。しかし、常に、その意味が一義的であるとは
限らず、また、時間が経過した後も意味が明確であるとは限らない。そこで、
契約の内容がどのようなものであったかを、事後に、確定する作業が必要と
なることがあり、契約の解釈とよぶ。
[
2.02]
民事訴訟(
民事訴訟法)
[
01]どのような場合に、民事訴訟(
民事裁判)
となるか:①契約を締結すると、
当事者は、それぞれ、契約によって拘束されるが、その大多数の場合は、契
約の内容通りのことを実行する。例外的に、契約の内容通りのことが実行さ
れない場合や、一方は契約を締結したと認識しているが、他方は契約を締
結していないと認識している場合がある。そのような場合、当事者の交渉(
話
し合い)
による解決や、第三者が加わっての解決となることがあるが、これで
解決とならなかった場合は、裁判所の判断によって解決することになる。②
交通事故で自動車を運転する他人の不注意で負傷をしたり、他人に無断で
土地を利用されたりした場合、民法のルールは、損害賠償を求めること、土
地の利用を止めるよう求めることを認めている。しかし、自動車を運転してい
た者や、無断で土地を利用していた者が、その求めに応じないとき、第三者
が加わっての解決となることが考えられるが、これで解決とならなかった場合
は、裁判所の判断によって解決することになる。
[
02
]裁判所の判断による解決:
相手方に何かをして欲しい(
金銭を払って欲
しい、物を渡して欲しい、土地から立ち退いて欲しい)
と思う者が、裁判所に
14
2004 年度前期
民法Ⅰ
山田誠一
対して、自分が相手方に対して求める通りの内容を、相手方に命じて欲しい
という行動をとることで 、訴訟(
裁判)
が、始まる。裁判所に行動をとる者を原
告といい、相手方を被告といい、原告の裁判所に対する行動を、訴えの提起
という。訴えの提起には、被告が特定されていなければならず、相手方に命
じて欲しいことの内容(
訴え)
も具体的に特定していなければならない。裁判
所は、原告の言い分が、法律と事実に照らして、その通りであるかどうかを判
断し、①原告の訴えを認めて、被告に「○○をせよ」
と命ずる(
請求認容)
か、
②原告の訴えを認めずにしりぞける(
請求棄却)
かの解決を、判決(
裁判)
に
よって行なう。判決(
裁判)
が下されることで、訴訟(
裁判)
が終了する。
[
03]三審制:
裁判所の判断に不服のある者は、上訴(
控訴、上告)
によって、
合計3回、裁判所の判断を受ける機会をもつ。
[
2.03]
強制執行(
民事執行法)
[01]強制執行 とは:
判決で「
○○をせよ」
と命じられた被告が、そのことをし
なかった場合、原告が、裁判所・
執行官に対して、強制的に相手方に○○を
させて欲しいという
行動をとること(
申立て)
によって、強制執行が行なわれる。
確定した判決が必要となる。
[
02]具体例:①「
被告は○○円を支払え」
という判決の強制執行は、被告の
財産を売却し、その代金を原告に支払う方法で行なわれる。②「
被告は○○
(
建物)
から立ち退け」
という判決の強制執行は、執行官が、場合によっては
警察の協力をえて、カギを壊し、被告の家財道具を運び出し、新しくとりつけ
たカギを原告に渡す方法で行なわれる。
[
2.04]
売買契約
[
01]売買契約の成立:
売買契約の成立により、売主は、商品(
目的物)を買
主に渡す義務を負い、買主は、代金を売主に支払う義務を負う。売主と買主
がそれぞれ負う義務を債務といい、その義務の実行を求めることができる法
律上の地位(
権利)
を債権という。
15
2004 年度前期
民法Ⅰ
山田誠一
[
02]債権・
債務と法律上の原因:
①買主から売主への代金の支払は、買主
にとって損失、売主にとって利益となるが、それらは、買主の債務と売主の債
権という「
法律上の原因」
がある利益と損失であり、不当利得とはならない(
70
3条)。②売主から買主に目的物を渡すことは、売主にとって損失、買主にと
って利益となるが、それらは 、売主の債務と買主の債権という「
法律上の原
因」
がある利益と損失であり、不当利得とはならない。
[
03
]売主の債務(
買主の債権)
:
売主から買主に目的物を渡すということは、
①物理的に物を売主から買主に引き渡すということと、②買主が、目的物の
所有者になり、自由に利用したり処分したりすることができるようにするである。
②とは、買主が目的物の所有権を取得することである。したがって、売主は、
②買主に目的物の所有権を移転する債務と、①買主に目的物を引き渡す債
務とを負うことになる。
[04]売買契約において買主が所有権を取得するための要件:①売主が目
的物の所有者であること、②売主と買主との間で所有権を移転する合意をす
ること(
民法176条。「
意思表示 」
と定められているが、両当事者の合意が必
要であると解されている)
。②の合意は、売買契約であり、売買契約とは別の
合意をする必要はない。その結果、売買契約が成立すると、売主は買主に
所有権を移転する債務を負うが、売主が目的物の所有者であれば、さらに何
かを改めてする必要はなく、売主から買主に所有権が移転する。売買契約
が成立したが、売主が目的物の所有者ではない場合、買主は所有権を取得
しないが、売買契約は有効である。そのため、売主は、目的物の所有権を所
有者から取得して、買主に所有権を移転する債務を負う(
民法560条)
。
[
2.05]
金銭の支払いを求める債権にもとづく差押え
[
01]金銭の支払いを求める債権(
金銭債権)
:
売買契約の売主が買主に対
して有する代金の支払を求める債権、金銭消費貸借契約の貸主が借主に対
して有する貸付金の返還を求める債権など。このとき、債権を有する者を債
権者、債務を負う者を債務者という。
16
2004 年度前期
民法Ⅰ
山田誠一
[02]債権者は債務者に対して何をすることができるか:①債務者が金銭を
支払い、それを受け取った場合、不当利得とならず、金銭(
給付)
を保持する
ことができる。②債務者が金銭を支払わなかった場合、債権者(
原告)
が、裁
判所に、債務者(
被告)
に対して、債権者に○○円の金銭を支払うよう命ずる
ことを求める(
訴えの提起)
と、裁判所は、債務者に対して、債権者に?? 円の
金銭を支払うよう命ずる(
民事訴訟)。さらに、債権者が、確定判決をもって、
裁判所・
執行官に、債務者の財産を売却して(
どの財産を売却するかは債権
者が具体的に特定する)
、金銭に換えてその金銭を債権者に支払うよう求め
る(
強制執行の申立て)
と、裁判所は、財産を強制的に売却し、その買主が
裁判所・
執行官に支払った金銭を、債権者に支払う(
強制執行)。ただし、債
権者に支払われる金銭は、債権者の債権の額が限度であり、裁判所は、残
った金銭を、債務者に支払う。
■例題
(
1) A が所有する物について、AB 間で売買契約を締結した。A とB の法
律関係は、どのようなものか。
(
2) C が所有する物について、AB 間で売買契約を締結した。A とB の法
律関係は、どのようなものか。
17
2004 年度前期
民法Ⅰ
山田誠一
18
2004 年度前期
民法Ⅰ
山田誠一
第3回 法律行為(
1)
―契約の成立、意思表示の構造
[
3.01]
契約の成立[
Ⅰ第4章Ⅰ]
[
01]申込と承諾:
契約は、内容が合致する二つの意思表示が行なわれるこ
とで、成立する。この成立の仕方には、2通りある。①一方が、契約内容とな
ること(
売買契約であれば、商品が何か、代金が何かなど)
を予め決めて、そ
れらを内容とした意思表示 をし、相手方が、その内容で契約することに同意
する意思表示をする。このとき、時間的に先行する意思表示(
提案)
を、申込
という。時間的に遅れる意思表示(
同意)
を承諾という。②契約内容となること
を、両者が相談して決めたう
えで、それらを内容とした意思表示を、両者が同
時にする。このときは、いずれが申込で、いずれが承諾かを、通常特定 しな
い。申込だけでは、契約は成立しない。承諾だけでも、契約は成立しない。
[
02
]意思表示の解釈:
二つの意思表示の内容が合致したかどうかを判断す
るためには、それぞれの意思表示(
申込と承諾)
の内容が、どのようなものか
を明らかにしなければならない。意思表示の内容を明らかにする作業を、意
思表示の解釈とよぶ。意思表示は、多くの場合、言葉や記号を用いる。その
言葉や記号がもつ意味は、一義的でない場合がある。言葉や記号がもつ意
味が一義的でない場合は、次のような方法で、意思表示の内容を定める。①
意思表示をした人とその相手方とが、ある言葉(
発話と文字のいずれも含む)
や記号に、同じ意味を与えていた場合は、法的にも、その意味をもって、意
思表示の内容とする。②意思表示をした人とその相手方とが、ある言葉や記
号に、異なる意味を与えていた場合、法的には、相手方がその言葉や記号
に与えるべき意味(
現実に相手方が理解していた意味ではなく、規範的な判
断として、相手方が理解することができ、かつ、理解すべきであった意味)
を
もって、意思表示の内容とする。②の場合は、意思表示をした人が実際に考
えていたこととは異なる意味を内容とする意思表示が行なわれたことになり
、
そこで、生ずる問題は、錯誤に関する規定(
民法95条)
によって、規律され
る。
[
03
]意思表示の解釈と契約の解釈:
一般に、意思表示の解釈は、契約の成
19
2004 年度前期
民法Ⅰ
山田誠一
立段階の規律において問題となり、契約の解釈は、契約の内容およびその
履行段階の規律において問題となる。ただし、実質的に、問題の一部は共
通する。
[
04
]契約の成立:
契約が成立するには、二つの意思表示の内容が合致して
いなければならない。二つの意思表示で、同じ言葉や記号が用いられてい
ても、意思表示の解釈の結果、二つの意思表示の内容が異なることになれ
ば、それらは合致しておらず、契約は成立しない(
百選Ⅰ15事件参照)
。
[05]意思表示の成立時期と契約の成立時期:意思表示は発せられてから
相手方に届くまで、一定の時間を要し、意思表示が相手方に届いたことを意
思表示をした者が容易に確認できない場合(
手紙、電子メール)
に問題とな
る。このような場合を隔地者間という。①意思表示は、相手方にその意思表
示が届いた時点で成立する。届くことを到達という(
民法97条)。②ただし、
契約は、承諾が発せられた時点で、成立する。発せられることを発信という
(
民法526条1項)
。隔地者間でない場合を対話者間という。
[
3.02]
意思表示の構造
[
01
]人が契約をするときの心理的プロセス:
ある店である商品を購入しようと
する際の意思表示は、次のようなプロセスを経て行なわれる。最初、様々なこ
とを考える。デザインや素材が気に入ったとか、他の店で示していた代金の
額より1割程度安かったとか 、思いがけない収入があったとか 、家族や友人
にプレゼントしようとかがその例である。そのうえで、商品を買おうと決意する。
その後、「
これを下さい」
と言おうと決意し、店の人に「
これを下さい」
という。①
様々なことを考えることを、動機という。②商品を買おうという決意を、効果意
思という
。③「
これを下さい」
と言おうという
決意を、表示意思という。④「
これを
下さい」
と店の人にいうことを、表示行為という。意思表示とは、効果意思、表
示意思、表示行為からなると考えられ、動機に導かれると考えられている。
[
02]効果意思・
表示意思・
表示行為:
効果意思とは、法律効果 を招来しよう
とする意思であり、表示意思とは、特定の効果意思を外部に発表しようとする
20
2004 年度前期
民法Ⅰ
山田誠一
意思であり、表示行為とは、効果意思の表現である。意思表示に用いられる
言葉や記号とは、表示行為で用いられた言葉や記号のことであり、言葉や記
号に意思表示 をした人が与えていた意味とは、効果意思における意味であ
る。
[03
]意思の欠缺(
けんけつ)
:
意思表示の内容に対応する効果意思がない
ことを、意思の欠缺という。商品を購入しようという意思がないにもかかわらず 、
表示行為があり、その結果、商品を購入しようという内容の意思表示があった
とされる場合は、意思表示の内容に対応する効果意思がないことになる。こ
のような場合、錯誤(
民法95
条)
・
心裡留保(
93条)
・
通 謀虚偽表示(
94条)
に関する規定によって規律される。
[
04]動機:
動機とは、効果意思(
決意)
に至るまでの過程における人の様々
な意思的な営為のことをいう。動機には、その人の認識、理解、判断、評価、
予測が含まれる。例えば、売買契約における買主の意思表示の動機とは、な
ぜその商品の入手したいと思ったかという
問いに対する答えであり、なぜそ
の商品を入手するためにはその代金を支払っても良いと思ったかという問い
に対する答えである。民法は、動機において、正しい事実認識が行なわれる
ことと、自由な判断が行なわれることを重視する。動機において、誤った事実
認識や、自由を欠いた環境での判断がある場合の一部は、詐欺・
強迫(
民法
96条)
の規定によって、規律される。このような場合も、意思表示の内容に対
応する効果意思はある。したがって、意思欠缺とは区別され、瑕疵ある意思
表示とよぶ。
[
05
]意思表示の効力の発生
意思表示の分類:①相手方のある意思表示、②相手方のない意思表示とが
ある。相手方のある意思表示には、契約の申込、契約の承諾、意思表示・
契
約の取消、契約の解除があたる。相手方のない意思表示には、遺言があた
る。
[06]相手方のある意思表示の効力の発生:
表意者が意思表示 を行なうこと
21
2004 年度前期
民法Ⅰ
山田誠一
と、相手方がその意思表示 を受領することとを、区別して考えることができ、
隔地者間で行なわれる場合は、この両者には、時間的な間隔が生ずる。隔
地者間で行なわれる相手方のある意思表示については、原則として、相手
方がその意思表示を受領した(
意思表示が到達した)
ときに効力が発生する
(
97条1項)
。したがって、①意思表示を行なったが、その意思表示が相手方
に到達しなかった場合は、意思表示の効力は生じない。②意思表示を行な
い、その意思表示が到達する前(
同時を含む)
に、その意思表示を撤回する
旨の意思表示が相手方に到達すれば、意思表示の効力は生じない。ただし、
③表意者が意思表示 を行なった後、その意思表示が相手方に到達する前
に、表意者が死亡し、または、能力を失った場合は、意思表示の効力は妨げ
られない(
97
条2項)
。
[
07
]意思表示の到達:
相手方の了知しうる状態におかれることで、到達があ
ったと判断される(
百選Ⅰ21事件)
。
■例題
(
1) A(
米国旅行から帰国したばかりの日本人)
が、中古車を5000ドルで
売ると言い、B(
カナダ旅行から帰国したばかりの日本人)
は、5000ド
ルとはカナダドルと考え、その条件で、買おうと言った。A と B の法律
関係はどのようなものか。
(
2) Aは、クラウンの95年型と98年型の2台をもっていた。Aは、95年型の
クラウンを売ると言い、B は A の所有する 98 年型のクラウンを買いた
いと言った。しかし、A もBも、うっかりしていて、相手の意思表示と、自
分の意思表示が合致していないことに気がついていない。A とB の法
律関係はどのようなものか。
22
2004 年度前期
民法Ⅰ
山田誠一
第4回 法律行為(
2)
―公序良俗違反
[
4.01]
公序良俗違反[
Ⅰ第4章Ⅰ5]
[
01]契約自由の原則:①人と人とが、契約を締結するとき、両当事者は、自
由に契約内容を決定することができるという
考え方がある。②人は、契約をす
るかしないかを自由に決定することができ、また、誰と契約をするかを、自由
に決定することができるという
考え方がある。これらを総合して、契約自由の
原則という。社会のなかで、取引が行なわれるかどうか、どのような取引が行
なわれるかは、その当事者の決定に委ねるという考え方(
私的自治)
に基礎
づけられる。私的自治の考え方は、自由主義経済の経済システムに対応す
る。民法は、私的自治の考え方に基本的に基礎づけられ、契約自由の原則
を、原則的に採用している。ただし、①にも、②にも、限界・
例外がある。①の
例外として、締約強制がある(
例、電気・
水道の供給契約)
。
[02]公序良俗違反の契約:民法は、公の秩序または善良の風俗(公序良
俗)
に反する事項を目的とする契約を、無効であるとする(
90条)
。両当事者
が、決定した契約内容が、公序良俗に反する場合、その契約は無効であると
し、契約自由の原則の①の考え方の限界を設けている。
[
03]契約が無効な場合と有効な場合:
両当事者の意思表示が合致すると、
契約は成立する。①その内容が公序良俗に反すると、その契約は無効 とな
る。無効な契約には、拘束力はない。無効な契約(
拘束力のない契約)
にもと
づいて、物を渡し、金銭を支払い、サービスを提供した場合は、それらを受け
取った当事者は、相手方に、その物や金銭を返還し、または物やサービスの
価値を金銭に置き換えて金銭を支払わなければならない。物を渡したり、金
銭を支払ったり、サービスを提供していない場合は、物を渡す義務、金銭を
支払う義務、サービスを提供する義務は、生じていないことになる。②反対に、
契約の内容が公序良俗に反さず、また、その他の無効となる事情がない場
合、契約は有効である。有効な契約にもとづいて、物を渡し、金銭を支払い、
サービスを提供した場合は、それらを受け取った当事者は、相手方に、その
物や金銭を返還する義務はなく、サービスの価値を金銭に置き換えて金銭
23
2004 年度前期
民法Ⅰ
山田誠一
を支払う義務はない。物を渡したり、金銭を支払ったり、サービスを提供して
いない場合は、物を渡さなければならず、金銭を支払わなければならず、サ
ービスを提供しなければならない(
契約の拘束力)
。
[
04]公序良俗とは何か:
一般には、社会的妥当性の有無を判断する基準と
して、理解されている。契約内容が、社会的妥当性を欠くとき、無効とされる。
①その契約が犯罪となるものは、公序良俗に反し、無効となる(
例、賭博の契
約(
刑法185条))。②契約内容が、家族に関する秩序と衝突するものは、無
効となる。ただし、家族に関する秩序であって、それと衝突する契約が無効
になるものとは何かは、必ずしも明らかではない。妻子ある男性が性的関係
のある別の女性に財産の3分の1を包括遺贈する行為(
遺言)
は、公序良俗
に反しないとした判決がある(
最判昭和61年11月20日民集40巻7号1167
頁)
。③著しく不公正な勧誘によって成立した契約を、公序良俗に反し、無
効とした判決がある(
最判昭和61年5月29日判時1195号102頁。非公認
市場における金地金の先物取引)
。④競業を禁止する契約が問題となるが、
競業禁止の期間・
区域などが限定され、営業の自由を過度に制限するもの
でないものは、公序良俗に反しないとするのが、判例の傾向である。⑤男女
別定年制を定める就業規則は、性別のみによる不合理な差別であり、公序
良俗に反し、無効である(
最判昭和 56年3月24日民集35巻2号300頁・
百
選Ⅰ13事件)
。
[
05
]暴利行為:
他人の窮迫・
軽率・
無経験に乗じて、著しく不相当な財産的
給付を約束させる契約は、無効となる。契約内容の不当性とともに、契約当
事者の態様の不当性をもって、暴利行為と判断する。クラブの経営者とその
ホステスとの間の契約で、客の代金債務をホステスが保証するものを、任意
に締結したものであって公序良俗に反しないとした判決がある(
最判昭和61
年11月20日判時1220号61頁・
百選Ⅰ12事件)
。
[
06]不法原因給付:
売買契約が無効の場合、その契約にもとづいて、支払
われた代金は、返還しなければならず、金銭消費貸借契約が無効の場合、
その契約にもとづいて借りた金銭は、すぐに、返還しなければならない(
民法
24
2004 年度前期
民法Ⅰ
山田誠一
703条)
。しかし、不法の原因のため、代金を支払ったり、金銭を貸し付けた
場合は、その金銭の返還を請求することができない(
民法708条)。不法原
因給付となるためには、原因となる行為が、倫理・
道徳を無視した醜悪なもの
であることが必要であると解されるため、公序良俗に違反する契約は、常に、
不法の原因にあたるとは限らない。
[07]芸娼妓契約:
親が置屋から金銭を借りる金銭消費貸借契約を締結し、
その返済方法として、娘を芸娼妓として働かせてその収入から返済する契約
(
稼働契約)
を芸娼妓契約と呼ぶ。稼働契約は、人の自由を不当に拘束し、
また、人格の尊厳を侵す契約であり、公序良俗に反し、無効である。さらに、
最判昭和30年10月7日民集9巻11号1616頁は、稼働契約と金銭消費貸
借契約は、密接に関連して互いに不可分の関係にあり、稼働契約の無効は、
金銭消費貸借契約を含む契約全体の無効をもたらすと判断し、金銭消費貸
借契約にもとづく金銭の交付は、不法原因給付にあたると判断した。
[
08
]動機の違法(
動機の不法)
:
貸与される金銭が賭博の用に供せられるも
のであることを知ってする金銭消費貸借契約は、公序良俗に違反し無効で
ある(
最判昭和61年9月4日判時1215号47頁)
。金銭消費貸借契約自体は、
賭博ではない。契約の動機・
目的に違法な事情(
犯罪)
がある場合を、「
動機
の違法」
と呼ぶ。一方当事者の意思表示の動機に違法があるだけでは、無
効とはならず、少なくとも、相手方が、動機を知っていることが 、契約を無効と
するためには必要である。
■例題
(
1) A とB は、1999年の日本シリーズで、ダイエーが優勝したらA は B に
10万円払い、中日が優勝したらB は A に10万円払う旨の約束をした。
ダイエーが優勝する結果となった。A とB の法律関係はどのようなもの
か。
(
2) Aは Bから10万円を受け取り、1999年の日本シリーズで、ダイエーが
優勝したら、Aは Bに20万円を支払い、中日が優勝したら互いに支払
25
2004 年度前期
民法Ⅰ
山田誠一
いをしない旨の約束をした。ダイエーが優勝する結果となった。A とB
の法律関係はどのようなものか。
(
3) A は Bに金銭を貸し付けた。Bは、その資金で麻薬の密輸入をする目
的で借入れをし、A もその B の目的を知っていた。A とB の法律関係
はどのようなものか。
26
2004 年度前期
民法Ⅰ
山田誠一
第5回 法律行為(
3)
―強行規定違反
[
5.01]
強行規定違反[
Ⅰ第4章Ⅰ5]
[01
]民法とその特別法:
民法は、社会生活 のなかでの人と人との関係につ
いての規律を、特定の領域に限定せず、社会一般に適用されるものとして、
定めている。これに対して、特定の領域に限定して、民法の規律を変更した
内容の規律を定める法律がある。このような法律を、民法の特別法という。例
えば、建物を所有する目的をもった土地の賃貸借契約と建物の賃貸借契約
に領域を限定して、民法の規律と異なる内容の規律を定めたものとして 、借
地借家法があり、金銭消費貸借契約の利息の定めに領域を限定して、民法
の規律と異なる内容の規律を定めたものとして、利息制限法がある。いずれ
も、民法の特別法である。借地借家法や利息制限法に対して、民法を、一般
法という
。
[
02]任意規定:
民法は、売買契約を締結した当事者間の関係を規律するも
のとして、①売主の担保責任、②代金の支払時期、③代金の支払場所 、④
目的物の果実の帰属・
代金の利息についての規定(
560条から575条)を定
めている。また、契約を締結した当事者間一般の関係を規律するものとして、
⑤売主に責任を問えない事情による目的物の滅失毀損、⑥契約当事者が
義務を履行しないか、履行できない場合の契約の解消についての規定(
53
4条、541条、543条)
を定め、義務を負う者(
債務者)とその相手方(
債権
者)
との間一般の関係を規律するものとして、⑦契約当事者が義務を履行し
ないか、履行できない場合の損害賠償についての規定(
415条)を定めてい
る。これらの規定の全体が、売買契約を締結した当事者間の法律関係を規
律する。しかし、当事者が、これらの民法の規定と異なる定めを契約のなか
で行なうと、その定め(
特約ということがある)
が、これらの民法の規定に優先
して、当事者を規律する。民法91条は、公の秩序に関しない規定に、当事
者の意思(
正確には、両当事者の合意。特約がこれにあたる)
が優先すること
を定めていて、売買契約を締結した当事者間の法律関係を規律する民法の
規定は、原則として、公の秩序に関しない規定であると考えられているからで
ある。このような公の秩序に関しない規定を、任意規定という。当事者の意思
27
2004 年度前期
民法Ⅰ
山田誠一
(
両当事者の合意、特約)
は、任意規定に優先するという規律は、両当事者
は、自由に契約内容を決定することができるという
契約自由の原則にもとづ
く。
[
03
]強行規定:
公の秩序に関する規定は、当事者の意思(
両当事者の合意、
特約)
に優先して、法律関係を規律する。このような規定を、強行規定という。
公の秩序に関する規定(
強行規定)
に反する契約(
実際には、契約内容の一
部のことが多い)
は、無効である(民法91条の反対解釈 )
。したがって、その
契約には、拘束力がない。契約・
取引に関連する法律の規定のうち、第三者
の権利義務に直接、関わるようなものは、一般に強行規定である(例えば、
所有権移転の第三者対抗要件に関する民法177条)
。また、両当事者の自
由な合意に全面的に委ねると、実際には、著しい不都合が生ずることとなる
局面での一方当事者を保護する趣旨で設けられた規定は、その趣旨を実現
するために、強行規定である。強行規定は、契約自由の原則に対する例外
である。
[04]強行規定の例:
利息制限法は、当事者間で、金銭消費貸借契約を締
結する際、自由に利息の利率を合意(
契約)
した場合であっても、その利率
が同法が定める利率(
制限利率)を超えた場合は、その合意のうち、制限利
率を超えた部分を無効とする(
1条)
。借地借家法は、当事者間で、建物所有
を目的とする土地の賃貸借契約を締結する際、自由にその期間を合意した
場合であっても、その期間が30年未満の場合は、その合意(
特約)を無効と
し、期間を30年とする(3条、9条)。
[05
]取締規定 :
国の政策にもとづいて、法律が、人がある行為をすることを
禁止することがある。このような法律の規定を、取締規定 という。取締規定に
違反するとどうなるかは、多様であるが、行政上の措置が行なわれることが多
い(
例えば、業務の停止)。取締規定の多くは、それに違反した契約の効力
については、定めていない。
[
06
]取締規定に違反した契約の効力:
判例は、その契約を無効としないと、
28
2004 年度前期
民法Ⅰ
山田誠一
その行為を禁止した法律(
取締規定)
の趣旨(
政策)
が実現しない場合は、
契約を無効とするが、そうでなければ、契約を無効としないという傾向がある。
①独占禁止法に違反する契約(
拘束された預金を条件とする貸付契約 。優
越的地位の濫用類型の不公正な取引方法にあたる)
を無効としなかった判
決がある(
最判昭和52年6月20
日民集 31巻4号449頁)
。②証券取引法に
違反する契約(
有価証券の取引で顧客に損失が生じた場合、その損失を証
券会社が補填する旨を予め約束する損失保証契約)を、無効とした判決が
ある(最判平成 9年9月4日民集51巻8号3619頁。公序良俗に反するとす
る)
。このほかに、判例は、③法律が特別の資格を有する者に限定して、ある
営業を認めている場合に、その営業の名義を貸す契約について、無効とす
る傾向があり、④ある営業を行なうためには、免許を受けることを要するとして
いる場合に、無免許で締結した営業にあたる契約について、有効とする傾向
がある(
そうでないものもある)。なお、取締規定を強行規定であるとして、取
締規定違反の契約を、無効とする考え方と、取締規定違反の契約は公序良
俗に反するとして無効とする考え方がある。
[
5.02]
契約の有効性
[
01
]契約の成立と契約の有効性の関係:
契約が成立したとの判断を論理的
な前提として、その契約が無効か、無効でないか(
有効か)
を判断する。
[02
]無効事由 :
①公序良俗違反、②強行規定違反 、③契約の内容が不確
定であること、④契約の内容が実現不可能であること(
原始的不能という)
。こ
のいずれかの事由があると、契約は無効である。
■例題
(
1) A は B に200万円を貸し付けた(
消費貸借契約)
。1年後に弁済する
約束で、利息を1年分で40万円支払う旨の約束をした。A とB の法律
関係はどのようなものか。
(
2) A は自己が所有する土地を、B に有償で貸した(
賃貸借契約)。Bは、
その土地の上に自分で建物を建てる目的で借り、A もそのことを承知
29
2004 年度前期
民法Ⅰ
山田誠一
していた。契約期間を15年と定めた。AとBの法律関係はどのようなも
のか。
(
3) タクシー営業をするには、営業免許を受けていなければならない旨の
法律で定められている。A はタクシー営業免許を受けずに B との間で、
空港から都心までBを運ぶ契約を締結し、実際に B を都心まで運んだ。
A とB の法律関係はどのようなものか。
30
2004 年度前期
民法Ⅰ
山田誠一
第6回 法律行為(
4)
―錯誤
[
6.01]
錯誤[
Ⅰ第4章Ⅱ4]
[01]民法が本来想定 していた錯誤(
意思欠缺錯誤)
:
意思表示の内容(
表
示行為を解釈することによって明らかになる)
に対応する効果意思がなく(
意
思の欠缺)
、そのことを意思表示をした人(
表意者という)
が知らないことを、
錯誤という。民法95条が本来想定 していた錯誤とは、このような意味である
(
決定的な手がかりはないが、無効という
効果、および、101条が、詐欺強迫
と区別して、意思の欠缺を挙げていることが、このように考える手がかりとな
る)。「
表示行為の錯誤」
と呼ばれるものに対応する。例:
①100ポンドで売る
という効果意思にもとづき、代金額を「
100$」と書いた(
その意思表示の内
容は、「
100ドルで売る」
である)
場合、②100カナダドルで買うという効果意
思にもとづき、代金額を100ドルと言った(
その意思表示の内容は、「
100米
ドルで買う」
である)
場合。
[02
]動機の錯誤(
縁由の錯誤)
:
動機において、誤った事実認識があること
を、動機の錯誤という。民法は、本来、動機の錯誤を、95条の適用外として
いた。しかし、現実の取引で、より重要であるのは、動機において誤った事実
認識があるにもかかわらず 、そのことを知らずに契約を締結することである。
判例は、①動機が相手方に表示され、②法律行為の内容となった場合は、
動機の錯誤は、無効となりえ(
95条の適用は可能である)
、動機の表示は黙
示的であってもよいとの見解を採用している。例:
その馬は、受胎していて、
良馬を産出するだろうと誤認をして、その馬を買う契約をした場合(「
その馬
を買う」
という意思表示 に対応する効果意思はある。大判大正6年2月24日
民録23巻284頁)。判例の見解の①と②の関係については、仮に動機が相
手方に表示されていても(①)
、その動機が専ら表意者側の事情にとどまる場
合は、法律行為の内容とはならない(
②)
と解するべきである(
この点につい
ての判例の見解は、必ずしも明確ではない。百選Ⅰ17事件参照)。例:
AB
間の売買契約におけるA の代金の支払いのため(
動機)
に、A とC 銀行との
間で預金の中途解約の契約を締結したところ、AB 間の売買契約が無効で
あった場合(
たとえ、動機が A からC に表示されていても、その動機は、専ら
31
2004 年度前期
民法Ⅰ
山田誠一
A側の事情にとどまる。最判昭和47年5月19日民集26巻4号723頁参照)
。
[03]契約の要素に錯誤があること:
意思欠缺錯誤であっても、動機の錯誤
であっても、契約の要素に錯誤があるとき、意思表示は無効となる(95条)
。
意思表示の内容の主要な部分についての錯誤であり、もしその錯誤がなけ
れば表意者は意思表示をしなかったであろうこと、および、一般取引の通念
に照らして、もしその錯誤がなければ意思表示をしなかったと考えられること
が、あわせて判断される場合、要素の錯誤となる。
[04]表意者に重過失がないこと:
契約の要素に錯誤があっても、表意者に
重大な過失があるとき、表意者は錯誤を理由として、意思表示の無効を主張
することができない(
95条但書)
。重過失とは、通常人であれば極めて容易
に気づくことができる錯誤に気づかぬまま、意思表示をしたことをいう(
通常
人であれば気づくことができる錯誤に気づかぬまま、意思表示した場合、過
失はあるが、表意者は無効を主張することができる)
。
[05]錯誤がある意思表示 の効力:錯誤がある意思表示は無効である(95
条)
。意思表示が無効の場合、その意思表示と相手方の意思表示との合致
によって成立した契約は無効であり、その契約には、拘束力はない。判例は、
①錯誤による無効の主張は、表意者に限って行なうことができるとし(
最判昭
和40年9月10日民集19巻6号1512頁)、②ただし、表意者が意思表示の
瑕疵(
錯誤があること)を認めていて、債権者の表意者に対する債権の保全
に必要な場合には、債権者は、表意者の意思表示の錯誤を主張することが
できるとする(最判昭和45年3月26日民集24巻3号151頁・百選Ⅰ18事
件)
。
[
06
]共通錯誤:
契約の両当事者が、同じ事柄についての錯誤にもとづき(
同
じ事実について誤った認識にもとづき)
、契約を締結した場合を、共通錯誤と
いう。例:①売主も買主も、贋作(
にせもの)
と思って絵画の売買契約 を締結
したところ、その絵画は、著名な作家の真作(
ほんもの)
であった場合。表意
者が重過失の場合、無効を主張できないとする規律(
95条但書)
は、相手方
32
2004 年度前期
民法Ⅰ
山田誠一
を保護する趣旨であるが、両当事者とも錯誤である場合は、無効の主張を認
めずに相手方を保護する必要はないため、表意者に重過失があっても、無
効を主張することができると解すべきである。なお、②売主が、100ポンドで
売るという効果意思にもとづき、代金額を「100$」
と書き、買主がこれを見て、
100ポンドで買うという効果意思にもとづき、承諾をした場合、両当事者の意
思表示の内容は、100ポンドで売る、100ポンドで買うであり(
意思表示の解
釈)
、いずれの意思表示にも錯誤はない(したがって、共通錯誤とはならな
い)
。
[
07
]属性の錯誤・
同一性の錯誤:
契約の目的物について、①目的物がどの
ような性質・
性能をもつものかに関する誤った事実認識を、属性の錯誤(
性状
の錯誤)
といい、②ある物(
A)を契約の目的物とする意思表示が行なわれた
にもかかわらず、効果意思は別の物(B)
を契約の目的物とするものであった
場合を、同一性の錯誤という。属性の錯誤は、動機の錯誤であり(
また、専ら
表意者側の事情にとどまるものではない)
、同一性の錯誤は、意思欠缺錯誤
であると考えられている。
[
08
]判例と異なる学説の考え方:
判例と異なる学説は、それぞれが、多様な
考え方を主張している。そのなかの代表的なものの内容は、①錯誤とは、錯
誤がなかったならば有したであろう意思(
真意とよぶ)
と表示との間の不一致
があり、そのことを表意者が知らないことであり
、②錯誤には、動機の錯誤(
属
性の錯誤)
と意思欠缺錯誤 (
同一性の錯誤)
が区別なく含まれ、③錯誤があ
る意思表示が無効となるためには、表意者に錯誤があること(
表意者に錯誤
がある事柄が表意者にとって重要であること)
について、相手方が認識可能
でなければならないというものである。
■例題
(
1) A は5000ポンドで、自己の所有する中古車を売るつもりで、「$5000
で売りたい」
という手紙を B に送り、B は承諾をした。A とB の法律関
係はどのようなものか。
33
2004 年度前期
民法Ⅰ
山田誠一
(
2) A は B の牧場で、甲という馬が、5年前のダービー優勝馬で引退した
馬であると思い、その馬を購入した。しかし、B の牧場に引退している5
年前のダービー優勝馬は、乙という馬だった。A とB の法律関係はど
のようなものか。
(
3) A は B の牧場で、3年前のジャパンカップ優勝馬で引退した馬である
丙を購入しようと思い、大きさとか 、毛色が似ている目の前にいる丁と
いう馬を丙であると誤解し、その馬を買いたいと言った。B は承諾し、
売買契約が成立した。A とB の法律関係はどのようなものか。
(
4) 友人が婚約したと誤解して、その友人へのプレゼントとして、A は B 百
貨店で、ワイングラスを購入した。しかし、その友人は、婚約してはいな
かった。A は B 百貨店の店頭で、店員に、婚約をした友人へのプレゼ
ントで購入する旨を話していた。A とB 百貨店の法律関係はどのような
ものか。
(
5) A もB も、贋作(
にせもの)
と思って、代金を5万円とする絵画の売買契
約を締結した。しかし、その絵画は、真作(
ほんもの)
であり、少なくとも
100万円程度はするものであった。A とB の法律関係はどのようなもの
か。
34
2004 年度前期
民法Ⅰ
山田誠一
第7回 法律行為(
5)
―詐欺・
強迫、心裡留保、通謀虚偽表示
[
Ⅰ第4
章Ⅱ]
[
7.01]
詐欺
[01
]詐欺による意思表示とは:
表意者に対して詐欺が行なわれ、表意者の
動機の段階に「
錯誤」
があり、それにもとづいて効果意思が形成され、意思表
示が行なわれたものを、詐欺による意思表示という。表意者の動機の段階の
「
錯誤」
とは、誤った事実認識を意味すると考えられる。意思表示の内容に対
応した効果意思はあり、したがって、意思欠缺ではない。①詐欺という外部か
らの行為(
不当な干渉)
と、②そのために生じた誤った認識にもとづく効果意
思の形成が、意思表示 を取り消すことができることの根拠となる(
誤った認識
にもとづく効果意思の形成だけでは、意思表示を取り消す根拠とはならな
い)
。取り消すことができる意思表示は、③詐欺と意思表示との間に、因果関
係が必要である。なお、詐欺による意思表示は、「
瑕疵ある意思表示」
とよば
れる。
[
02]詐欺とは:
他人をだまして、その者を錯誤に陥れることを詐欺という。だ
ます行為(
欺罔行為という)
の典型例は、嘘をつくことである。事実を告げる義
務を負う者が、相手が誤解していることを知りながら、事実を告げないことも、
欺罔行為となる。事実を告げる義務は、信義則上負うことがあると考えられて
おり、具体的には、職業や交渉の経緯などにもとづいて、判断されるものと考
えられる。詐欺となるためには、欺罔行為は、故意によるものでなければなら
ないと解されている。故意とは、①表意者を錯誤に陥れること、および、②錯
誤にもとづいて効果意思が形成され、意思表示が行なわれること(
表意者が
契約を締結すること)
を意図することである(
「
二重の故意」
を要するという)
。
[
03
]効果:
詐欺による意思表示は、取り消すことができる(
96条)。表意者が
取り消すと、その意思表示は無効となる(
意思表示をした時点まで、遡って無
効となる)
(121条)。その結果、その意思表示によって成立した契約は無効
となる(
契約を締結した時点まで、遡って無効となる)
。
35
2004 年度前期
民法Ⅰ
山田誠一
[04]誰が詐欺をしたか:
①表意者の意思表示の相手方(
契約であれば、相
手方当事者)
が詐欺をした場合は、制限なく、表意者は、意思表示を取り消
すことができる。②相手方以外の第三者が詐欺をした場合は、相手方がその
詐欺の事実を知っていた場合に限って、表意者は、意思表示を取り消すこと
ができる(
96条2項)
(
相手方が詐欺の事実を知らなければ、表意者は、意思
表示を取り消すことができず、契約は有効であり、契約は、表意者を拘束す
る)
。
[05
]詐欺による意思表示と錯誤ある意思表示の関係:①詐欺により動機に
錯誤があり、それにもとづく意思表示が行なわれた場合、その意思表示は、
取り消すことができる。②動機に錯誤があり、それが表示され、契約の内容と
なり、さらに、要素の錯誤にあたる場合、その意思表示は無効である。ある意
思表示が、①と②の要件のいずれをもみたすことがある。このとき、この意思
表示は無効なのか、取り消すことができるのかという
問題があり、「
二重効」
問
題と呼ばれている。表意者が、いずれかを選択して、主張することができると
解すべきである(
判例も、おおむね、この立場であると思われる)
。
[
7.02]
強迫
[01]強迫による意思表示とは:
表意者に対して強迫が行なわれ、意思決定
の自由が妨げられた状態にもとづいて効果意思が形成され、意思表示が行
なわれたものを、強迫(「
脅迫」
ではない)
による意思表示という。意思表示の
内容に対応した効果意思はあり、したがって、意思欠缺ではない。①強迫と
いう外部からの行為(
不当な干渉)
と、②そのために生じた意思決定の自由
が妨げられた状態にもとづく効果意思の形成が、意思表示を取り消すことが
できることの根拠となる(
意思決定の自由が妨げられた状態にもとづく効果意
思の形成だけでは、意思表示を取り消す根拠とはならない。例えば、事故に
あって「
パニック」に陥っている状態での契約締結は、意思決定の自由が妨
げられた状態にあったとしても、強迫という外部からの行為(
不当な干渉)
が
ない)
。取り消すことができる意思表示は、③強迫と意思表示との間に、因果
関係が必要である。なお、強迫による意思表示は、詐欺による意思表示とと
もに、「
瑕疵ある意思表示」
とよばれる(
「
瑕疵ある意思表示」
として、民法が取
36
2004 年度前期
民法Ⅰ
山田誠一
消の効果を認めているものは、詐欺によるものと強迫によるものの2類型であ
る)
。百選Ⅰ20事件参照。
[02]強迫とは:
他人に畏怖を与えて、その者を意思決定の自由が妨げられ
た状態におくことを強迫という。畏怖を与える行為(
強迫行為)
には、一般に、
害悪が及ぶことを告げることがあたる。強迫となるためには、強迫行為は、故
意によるものでなければならないと解されている。故意とは、①表意者を意思
決定の自由が妨げられた状態におくこと、および 、②意思決定の自由が妨
げられた状態にもとづいて効果意思が形成され、意思表示が行なわれること
(
表意者が契約を締結すること)を意図することである。また、害悪が及ぶこと
を告げる行為について、その目的が正当かどうか、手段が許されたものかど
うかを相関的に判断し、違法でないとされる場合は、強迫にはあたらない。
[
03
]効果:
強迫による意思表示は、取り消すことができる(
96条)。表意者が
取り消すと、その意思表示は無効となる(
意思表示をした時点まで、遡って無
効となる)
(121条)。その結果、その意思表示によって成立した契約は無効
となる(
契約を締結した時点まで、遡って無効となる)
。
[04]誰が強迫をしたか:
表意者の意思表示の相手方(
契約であれば、相手
方当事者)
が強迫をした場合に限らず、相手方以外の第三者が強迫をした
場合も、制限なく、表意者は、意思表示を取り消すことができる(
相手方以外
の第三者が強迫をした場合、相手方が強迫の事実を知らなくても、表意者は、
意思表示を取り消すことができる)
。
[
7.03]
心裡留保
[01
]心裡留保にあたる意思表示:
意思表示の内容に対応する効果意思が
なく(
意思欠缺)
、そのことを表意者が知っていて、しかし、そのことについて
相手方と通じていない意思表示を、心裡留保にあたる意思表示という。民法
は、意思表示の内容に対応する効果意思がないことについて、「
真意でない
意思表示」
という言葉を用いている。具体的な例は、ふざけて(
冗談で)
、売る
つもりはないのに、「
売ろう」
と言うことである。意思欠缺ではあるが、表意者を
37
2004 年度前期
民法Ⅰ
山田誠一
保護すべき事情は弱く、そのことを知らない相手方を保護すべき事情が強い
ため、意思表示は有効である(
93条本文)
。
[
02]心裡留保にあたる意思表示が無効となる場合:
相手方が、表意者の真
意を知っている場合、または、真意を知らないが知ることができ、かつ、知るこ
とを期待してよい場合(
民法の規定は、この場合を、「
知ることを得べかりしと
き」
と定めている)は、心裡留保にあたる意思表示は、無効である(93条但
書)
。相手方を保護すべき事情が弱いからである。契約を成立させた一方の
意思表示が、心裡留保にあたるとき、93条但書の適用を受けると、その意思
表示が無効となり、その意思表示によって成立した契約は無効となる。相手
方が、単に、表意者の真意を知っているにとどまらず、表意者と通じている場
合は、通謀虚偽表示となる(
効果は、同じ無効である)
。
[
7.04]
通謀虚偽表示
[01
]通謀虚偽表示にあたる意思表示:
意思表示の内容に対応する効果意
思がなく(
意思欠缺)
、そのことを表意者が知っていて、しかも、そのことにつ
いて相手方と通じている意思表示を、通謀虚偽表示にあたる意思表示という。
民法は、意思表示の内容に対応する効果意思がないことについて、「
虚偽の
意思表示」
という言葉を用いている。具体的な例は、A が自己が所有する不
動産を、B に譲渡する意図がないにもかかわらず、B にその旨を伝えて了解
を得たうえで、B に売るという意思表示をすることである。脱税目的や、A の
債権者からの強制執行を免れる目的で行なわれることが考えられる。意思欠
缺であり、相手方を保護すべき事情はなく、意思表示は無効である(94条1
項)。「
相手方と通じて」
(
通謀があるともいう)
とは、相手方が了解していること
であり、認識では足りない(
相手方が認識にしているにとどまる場合は、心裡
留保で93条但書が適用される)
。
[02]効果:
通謀虚偽表示にあたる意思表示が行なわれて契約が成立した
場合、一般に、他方の意思表示も通謀虚偽表示にあたる。したがって、双方
の意思表示がそれぞれ無効となり(94条1項)、その結果、それらの意思表
示によって成立した契約は無効となる。たとえ、AB によって共同で売買契約
38
2004 年度前期
民法Ⅰ
山田誠一
書を作成されていても、また、不動産の売買の場合に、所有権移転登記が
行なわれていても、AB 間で契約を成立させた意思表示が、通謀虚偽表示
にあたるならば 、その契約は、無効である。
[
03]隠匿行為の成立と効力:
通謀虚偽表示は、①何も契約をする意図がな
いにもかかわらず 、契約の外形をつくるために意思表示をし、契約を成立さ
せる場合のほかに、②ある内容の契約をする意図があるとき、その意図を隠
して、それとは異なる契約の外形をつくるために意思表示をし、契約を成立
させる場合がある。例えば、贈与契約(
無償の財産権の移転)
をする意図が
あるが、その意図を隠して、売買契約(有償の財産権の移転)を成立させる
意思表示を行なうことが考えられる。このとき、売買契約は、通謀虚偽表示に
あたる意思表示によって成立しているため、無効である。したがって、売買契
約は当事者を拘束しない。贈与契約が成立しているかどうかが問題となるが、
このような場合、贈与契約は、成立し、また、有効であると解することができる。
ここでの贈与行為にあたるものを隠匿行為という。
[
7.05]
公序良俗違反・
強行規定違反・
錯誤・
詐欺・
強迫・
心裡留保・
通謀虚
偽表示の関係
[
01
]概念相互の関係:
契約は、二つの意思表示が内容的に合致することで、
成立する。そのう
えで、①契約内容に着目して、契約が無効となる場合と、②
意思表示に着目し、契約が無効となる場合がある。前者には、公序良俗違
反(
民法90条)
と、強行規定違反(
同91条)
があたり、後者には、錯誤・
詐欺・
強迫・
心裡留保・
通謀虚偽表示があたる。
[02]意思表示に着目して契約が無効となる場合:
①意思欠缺の場合と、②
意思欠缺ではないが、意思表示に対して不当な干渉があり、かつ、動機に
おいてトラブルがある場合がある。前者には、錯誤(
95条)、心裡留保(93
条)
と、通謀虚偽表示(94条)
があたる。ただし、錯誤には、「
要素の錯誤」
で
あること、心裡留保には、「
相手方が知りまたは知り得べかりしこと」
という要件
が課されている。後者には、詐欺と強迫(
96条)
があたる(
両者をあわせて、
瑕疵ある意思表示という)
。前者には無効の効果が与えられ、後者には取消
39
2004 年度前期
民法Ⅰ
山田誠一
の効果が与えられている。意思表示に対して不当な干渉があり、かつ、動機
においてトラブルがある場合のすべてを、詐欺・
強迫がカバーしているかとい
う問題がある。畏怖を与える方法でなく、意思決定の自由を妨げる場合や、
動機の段階に誤った事実認識(
錯誤)
はないが、常識からは著しくかけ離れ
た判断が行なわれ、それが外部からの行為によって生じている場合がありえ、
それらは、詐欺・
強迫によって、カバーされていないと考えられる。
[
03]動機の錯誤の位置づけ:
動機の錯誤は、意思欠缺ではないが、無効と
いう効果が与えられている点、および 、不当な干渉を要するものでない点に、
民法が定めるルールとの整合性が欠けていることを指摘することができる。
■例題
(
1) Aが B をだまして、A が所有している価値のない古本を高く買わせた。
A とB の法律関係はどのようなものか。
(
2) C が B をだまし、B が、A が所有している価値のない古本を高く買った。
A とB の法律関係はどのようなものか。
(
3) A が B に畏怖を与えて、A が所有している価値のない壺を高く買わせ
た。A とB の法律関係はどのようなものか。
(
4) C が B に畏怖を与え、B が、A が所有している価値のない壺を高く買
った。A とB の法律関係はどのようなものか。
(
5) A は、売りつもりのない自分のパソコンを、冗談で、B に1万円で、売っ
てもよい 言った。B はそれを買うと承諾した。A とB の法律関係はどの
ようなものか。
(
6) A は、所有する土地を、実際には、売却する意図はないにもかかわら
ず、事情があって、B に売却したこととしたく、B にもその旨を了解して
もらい、AB 間で、売買契約を締結した。A とB の法律関係はどのよう
40
2004 年度前期
民法Ⅰ
山田誠一
なものか。
(
7) A とB は、実際には、A が所有する土地を、B に贈与する合意がある
にもかかわらず、事情があって、B に売却したこととしたく、AB 間で、
売買契約を締結した。A とB の法律関係はどのようなものか。
41
2004 年度前期
民法Ⅰ
山田誠一
42
2004 年度前期
民法Ⅰ
山田誠一
第8回 法律行為(
6)
―無効・
取消、条件・
期限
[
8.01]
無効・
取消[
Ⅰ第4章Ⅲ]
[
01]無効事由・
取消事由:①契約(
法律行為)
の無効事由として、公序良俗
違反(
90条)
、強行規定違反(
91条)
、契約内容の不確定、契約内容の実現
不可能。②意思表示の無効事由として、心裡留保 (
93条)、通謀虚偽表示
(
94条)
、錯誤(
95条)。③意思表示の取消事由として、詐欺・
強迫(
96条)
。
このほかに、④契約(
法律行為)
の取消事由として、能力の制限(
未成年、成
年被後見人(
改正前は、禁治産者 )
、被保佐人 (
改正前は、準禁治産者 )
、
被補助人(
改正によって、新設)
)
(民法3条から20条)
。
[
02]契約が無効である場合の法律関係:
①契約により債権債務は成立しな
い、②売買契約であれば、売主が所有者であっても、買主に所有権は移転
しない。①②については、原則として、誰もが(当事者も、第三者も)
、誰に
(
相手方に、第三者に)
対しても、主張することができる。ただし、錯誤による
無効については、表意者のみが、意思表示の無効(
その意思表示によって
成立した契約の無効)
を主張することができる(
判例)
。
[
03
]民法94条2項による例外的な解決:
通謀虚偽表示にあたる意思表示の
無効(
94条1項)
は、善意の第三者に対して、主張することができない(
民法
は、「
対抗することができない」
と定めている)
。すなわち、善意の第三者は、
契約が無効であることを尊重しなくてよい。その結果、善意の第三者は、①
契約により債権債務が成立した、②売買契約であれば、売主が所有者であ
れば、買主に所有権が移転したことを前提として、自己の法律上の地位を主
張することができる。第三者とは、通謀虚偽表示の当事者以外で、通謀虚偽
表示にあたる意思表示の目的について利害関係を有するに至った者をいい、
善意とは、意思表示が通謀虚偽表示にあたることを知らないことであり(
無過
失は要求されない)
、善意の判断時期は、第三者が利害関係を有するに至
った時点である。
[
04
]94条2項の適用例:
A が所有する不動産を、AB 間で、通謀虚偽表示
43
2004 年度前期
民法Ⅰ
山田誠一
により売買契約を締結し、A からB への所有権の移転の登記を行ない、登記
簿上、B が所有者となる。B が C との間で売買契約を締結する。①94条1項
のみを適用しての解決は、AB 間の売買契約は無効、A は所有者だが A か
ら B には所有権は移転しない、B は所有者ではない、BC 間の契約は有効
だがB からC には所有権は移転しない。②94条2項が適用される場合(
Cが
善意)
、C は、次のように主張することができる。AB 間の売買契約は有効、A
は所有者であり、A からB に所有権は移転する、B は所有者である、BC 間
の契約は有効であり、B からC に所有権は移転する。このとき、C は、A に対
して、所有権移転登記(
第三者対抗要件)
なくして、所有者であることを主張
することができる。
[
05
]取消しとは:
取消事由がある場合、取消権者がする「
意思表示または契
約を無効とする」
意思表示であり、この相手方に対する意思表示のみで、意
思表示・
契約が無効になる。したがって、取消しは、法律行為(
単独行為)
で
ある(
取消しを形成権ともいう)。取消事由が詐欺・
強迫の場合、取消権者は
表意者(
瑕疵ある意思表示 をした者)
などであり、取消事由が能力の制限の
場合、取消権者は制限能力者などである(
120条)
。
[
06
]取消の効果:
意思表示が取り消されると、意思表示をした時点に遡って
意思表示は無効となり、その意思表示によって成立した契約は無効となり、
契約が取り消されると、契約を締結した時点に遡って契約は無効となる(
121
条。遡及効という
)
。その結果、①契約により債権債務は成立しない、②売買
契約であれば、売主が所有者であっても、買主に所有権は移転しない。①
②については、原則として、誰もが(
当事者も、第三者も)
、誰に(
相手方に、
第三者に)
対しても、主張することができる。
[
07]民法96条3項による例外的な解決:
詐欺による意思表示の取消し(96
条1項)
は、善意の第三者に対して、主張することができない(
民法は、「
対抗
することができない」
と定めている)
。すなわち、善意の第三者は、意思表示
が取り消されて契約が無効となったことを尊重しなくてよい。その結果、善意
の第三者は、①契約により債権債務が成立した、②売買契約であれば、売
44
2004 年度前期
民法Ⅰ
山田誠一
主が所有者であれば、買主に所有権が移転したことを前提として、自己の法
律上の地位を主張することができる(
不動産の売買契約の場合、第三者は、
96条3項にもとづいて、自己の法律上の地位を主張するために、所有権移
転登記(
第三者対抗要件)
を要しない(
百選Ⅰ19事件))。第三者とは、詐欺
による意思表示の当事者以外で、詐欺による意思表示の目的について利害
関係を有するに至った者をいい、善意とは、詐欺による意思表示であること
を知らないことであり、善意の判断時期は、第三者が利害関係を有するに至
った時点である。なお、第三者は、表意者が、意思表示 を取り消すまでに利
害関係を有するに至った者に限られ、取消後に利害関係を有するに至った
者には、96条3項は適用されない(
判例)
。
[08
]取消事由のある意思表示 ・
契約の追認:
取消事由のある意思表示 ・
契
約は、取り消されないと有効である。しかし、取消権が消滅しない限り、不安
定な状態にある(
取り消されれば、遡及的に無効になるからである)
。このよう
な事情を前提として、民法は、取消事由のある意思表示・
契約について、追
認を認めている(
120条)。「
取消の原因たる情況」
(
取消事由)
が止んだ後、
取消権者が追認(
相手方に対する意思表示)
をすると、その後、取消権者は、
取消事由のある意思表示・
契約を取り消すことができなくなる(
民法は、「
初よ
り有効なりしものと看做す」
と定めているが、やや不正確である)
。
[09
]法定追認 ・
取消権の消滅:
①追認をすることができるとき以降、取消事
由のある契約(
取消事由のある意思表示によって成立した契約を含む)
にも
とづいて成立した債務の履行や、債権の履行の請求などが取消権者によっ
て行なわれた場合、追認が行なわれたものと看做される(
125条)。②取消権
は、追認をすることができるときから、5年の経過で消滅し、意思表示・
契約の
ときから20年の経過で消滅する。
[
8.02]
条件・
期限[
Ⅰ第4章Ⅳ]
[01]条件:
法律行為の効力の発生または消滅を、発生が不確実な事実に
かからしめる法律行為の付随的な内容(
付款)
のことを条件という。効力の発
生がかからしめられた条件を停止条件、効力の消滅がかからしめられた条件
45
2004 年度前期
民法Ⅰ
山田誠一
を解除条件という。
[02]条件の成就:
条件とされた発生が不確実な事実が発生することを、条
件の成就という。停止条件が成就した場合は、法律行為の効力は、その時
点から生ずる(127条1項)
。解除条件が成就した場合は、法律行為の効力
は、その時点で消滅する(
127条2項)
。
[03]期限:
法律行為の効力の発生・
消滅、または、債務の履行を、将来発
生することが確実な事実の発生にかからしめる法律行為の付随的な内容(
付
款)
のことを期限という。法律行為の効力の発生などがかからしめられた事実
の発生時期が、あらかじめ確定しているものを確定期限、あらかじめ確定して
いないものを不確定期限という。
[04]期限の利益の放棄・
喪失:
期限が未到来である状態によって利益を受
けることを、期限の利益という。債務者に期限の利益があると推定される(13
6条1項)。①期限の利益を受ける者は、自らの意思表示で、期限を到来させ
ることができる(
期限の利益の放棄という)
(136条1項)。②債務者に一定の
事情があると、債務者は、期限の利益を失う(
期限の利益の喪失という)(13
7条)。期限の利益を失うこととなる事情は、民法が定めている(
137条)
が、
予め債権者と債務者とが契約で定めることもできる。
■例題
(
1) A が所有する物について、AB 間で売買契約を締結した。しかし、その
契約は、公序良俗違反で無効だった。A とB の法律関係は、どのよう
なものか。
(
2) A が所有する物について、AB 間で売買契約を締結した。同じ物につ
いて、BC 間で売買契約を締結した。しかし、AB 間の契約は、公序良
俗違反で無効だった。ABC 三者間の法律関係は、どのようなものか。
(
3) A が所有する物について、AB 間で売買契約を締結した。しかし、その
46
2004 年度前期
民法Ⅰ
山田誠一
契約は、通謀虚偽表示で無効だった。A とB の法律関係は、どのよう
なものか。
(
4) A が所有する物について、AB 間で売買契約を締結した。同じ物につ
いて、BC 間で売買契約を締結した。しかし、AB 間の契約は、通謀虚
偽表示で無効だった。ABC 三者間の法律関係は、どのようなものか。
(
5) A が所有する物について、AB 間で売買契約を締結した。A の意思表
示は、B の詐欺によるものであったため、その後、Aが意思表示を取消
した。A とB の法律関係は、どのようなものか。
(
6) A が所有する物について、AB 間で売買契約を締結した。同じ物につ
いて、BC間で売買契約を締結した。Aの意思表示は、Bの詐欺による
ものであったため、その後、A が意思表示を取消した。ABC 三者間の
法律関係は、どのようなものか。
(
7) A が所有する物について、AB 間で売買契約を締結した。A の意思表
示は、B の強迫によるものであったため、その後、Aが意思表示を取消
した。A とB の法律関係は、どのようなものか。
(
8) A が所有する物について、AB 間で売買契約を締結した。同じ物につ
いて、BC間で売買契約を締結した。Aの意思表示は、Bの強迫による
ものであったため、その後、A が意思表示を取消した。ABC 三者間の
法律関係は、どのようなものか。
47
2004 年度前期
民法Ⅰ
山田誠一
48
2004 年度前期
民法Ⅰ
山田誠一
第9回 人(
1)
―能力の制限
[
Ⅰ第2章Ⅲ、Ⅳ、Ⅴ]
[
9.01]
能力の制限
[
01
]能力の制限の趣旨:
民法は、取引をする際に自己の利益を十分に守る
ことができない一定の類型にあたる人について、その人が単独で契約を締結
することに制約を加えている。その趣旨は、①自己の利益を十分に守ること
ができない人を保護することと、②予め一定の類型にあたる人の契約締結に
制約を加え、そのことを取引の相手方が知ることができるようにし、取引の相
手方に不測の損害が生ずることを防ぐ点にある。このような制度を、能力の制
限という。能力を、行為能力ともいう。
[02
]行為能力の制限の類型:①未成年者 、②成年被後見人、③被保佐人、
④被補助人の4
類型である。①未成年者は、年齢のみを要件とする(
実体的
な要件のみ)
。②成年被後見人 、③被保佐人、④被補助人は、精神上の障
害により事理を弁識する能力が欠けるか、十分でないこと(
実体的な要件)
、
および、家庭裁判所の審判が行なわれること(
手続的な要件)
を要件とする。
[03]
能力の制限の登記:
家庭裁判所の審判によって、後見・保佐・
補助が
開始された場合、登記所において、後見・
保佐・
補助の登記を行なう(
後見
登記等に関する法律(
民法の改正と同時に新規に立法された)
4条)
。
[
04
]未成年者:
満20歳をもって成年となる(
3条)
。成年に達していない者が、
未成年者である。ただし、未成年者が結婚(
婚姻)をすると、成年に達したも
のとみなされる(
753条)
。未成年者が法律行為 (
契約)をするには、その法
定代理人の同意を得ることを要する(
4条1項本文)
。同意を得ない未成年者
の法律行為(
契約)
は、取り消すことができる(
4条2項)
。法定代理人とは、一
般には親権者であり(824条)、親権者がいない場合は未成年後見人が選
任されて(
839条)
、未成年後見人(
後見人)
が法定代理人となる(
859条)
。
親権者は、原則として父母である(
818条)。例外として、①未成年者が権利
を取得するのみ、または、義務を免れるのみの場合(
4条1項但書)、②法定
49
2004 年度前期
民法Ⅰ
山田誠一
代理人が未成年者に処分を許した財産を、未成年者が処分する場合(
5条)
、
③法定代理人が未成年者に許した営業に関して法律行為を行なう場合は、
法定代理人の同意を要しない(
6条)
(
法定代理人の同意がなくても、取り消
すことはできない)
。④処分を許した財産には、目的を定めて処分を許したも
のと、目的を定めずに処分を許したものがあり、目的を定めて処分を許したも
のについては 、同意を要しない場合は、その目的の範囲内で処分をする場
合に限られる。
[05]成年被後見人(
改正前の禁治産者に対応する):
精神上の障害により
事理を弁識する能力を欠く常況にあり(
通常、能力を欠く状態にある)
、家庭
裁判所が、後見開始の審判をした者を、成年被後見人という(
7条、8条)。成
年被後見人がした法律行為は、原則として、取り消すことができる(
9条本文)
。
例外として、成年被後見人がした日用品の購入は、取り消すことができない
(
9条但書)
。家庭裁判所は、後見開始の審判をするとき、成年後見人を選任
する(843条)。成年後見人(
後見人)
が、成年被後見人の代理人となる(85
9条)。代理とは、成年後見人(
代理人)
が、成年被後見人(
本人)
のために、
契約を締結することにより、契約の効果が成年被後見人に生ずる制度であ
る。
[06]被保佐人 (
改正前の準禁治産者に対応する)
:
精神上の障害により事
理を弁識する能力が著しく不十分であり、家庭裁判所が、保佐開始の審判を
した者を、被保佐人という(
11条、11条の2)。家庭裁判所は、保佐開始の審
判をするとき、保佐人を選任する(876条の2)。被保佐人が、①民法12条1
項に定められた行為(
金銭や不動産の貸付・
貸し付けた金銭や不動産の返
還の受領、金銭の借入・
保証、不動産の売買など)
または、②家庭裁判所が
民法12条1項に定められている行為以外の行為で、保佐人の同意を得るこ
とを要する旨の審判をした行為をする場合、保佐人の同意を得ることを要す
る(
12条1項2項)。これらの行為を、保佐人の同意を得ないで、しかも、保佐
人の同意に代わる家庭裁判所の許可(12条3項)を得ないでしたとき、その
行為は取り消すことができる(
12条4項)
。
50
2004 年度前期
民法Ⅰ
山田誠一
[
07]被補助人(
改正によって新設)
:
精神上の障害により事理を弁識する能
力が不十分であり、家庭裁判所が、補助開始の審判をした者を、被補助人と
いう(
14条、15条)
。被補助人が、家庭裁判所が民法12条に定められている
行為のうち、補助人の同意を得ることを要する旨の審判をした行為をする場
合、補助人の同意を要する(
16条1項)。この行為を、補助人の同意を得な
いで、しかも、補助人の同意に代わる家庭裁判所の許可(16条2項)
を得な
いでしたとき、その行為は取り消すことができる(
16条4項)
。
[08
]開始の審判:
後見・
保佐・
補助の開始の審判は、本人・
配偶者・
4親等
内の親族・
検察官などの請求によって行なわれる(
7条、11条、14条)
。補助
の開始について、本人以外の者の請求により審判が行なわれる場合は、本
人の同意があることを要する(
14条2項)。また、民法12条に定められている
行為のうち補助人の同意を得ることを要する旨について、本人以外の者の請
求により審判が行なわれる場合は、本人の同意があることを要する(16条2
項)
。
[09]開始の審判の取消:
後見・
保佐・
補助の開始の要件(
原因)
がなくなっ
たときは、本人・
配偶者などの請求によって、家庭裁判所は、後見・
保佐・
補
助の開始の審判を取り消す(
10条、13条、17条)
。被保佐人・
被補助人につ
いて後見開始の審判をするときは、保佐開始・
補助開始の審判を取り消す。
成年被後見人・
被補助人について保佐開始の審判をするときは、後見開始・
補助開始の審判を取り消す。成年被後見人・
被保佐人について補助開始の
審判をするときは、後見開始・
保佐開始の審判を取り消す(
18条)
。
[10
]能力の制限の場合の代理:
代理とは、代理人が、本人のために、契約
を締結する(
代理するという)
ことにより、契約の効果が本人に生ずる制度で
ある。代理をすることができる代理人の地位(
権限)
を、代理権という。制限能
力者は、自分自身で、自由に取引をする可能性が、制限されている(
その制
限の程度は、類型毎・
制限能力者毎に異なる)
。制限能力者は、代理によっ
て、その者の取引をする可能性が補われる。①未成年者については、法律
上、代理人(
法定代理人。親権者・
未成年後見人)
が定められている。②成
51
2004 年度前期
民法Ⅰ
山田誠一
年被後見人については、家庭裁判所が、後見開始の審判をする際に、成年
後見人を選任し、成年後見人は常に代理人となる(
859条)
。③被保佐人に
ついては、家庭裁判所が、保佐開始の審判をする際に、保佐人 を選任する
(
原則として、被保佐人についての代理権は有しない)。家庭裁判所は、審
判によって、被保佐人のために特定の法律行為について保佐人に代理権を
付与することができる(
876条の4)
。④被補助人については、家庭裁判所が、
補助開始の審判をする際に、補助人を選任する(
原則として、被補助人につ
いての代理権を有しない)
。家庭裁判所が、審判によって、被補助人のため
に特定の法律行為について補助人に代理権を付与することができる(876
条の9)
。③と④において、保佐人・
補助人に代理権を付与する審判は、保
佐開始・
補助開始の審判を請求することができる者、保佐人・
補助人などの
請求によって行なわれる(
876条の4第1項、876条の9第1項)
。本人以外の
者の請求によって、代理権 を付与する審判が行なわれる場合は、本人の同
意があることを要する(
876条の4第2項、876条の9第2項)
。
[
11]取消権者:
①制限能力者(
未成年 、成年被後見人、被保佐人、16条1
項の審判を受けた被補助人)、②代理人(親権者、未成年後見人、成年後
見人)
、③同意をすることできる者(
保佐人、16条1項の審判を受けた被補助
人の補助人)
が、取消事由のある行為(
契約)
を、取り消すことができる(120
条)
。
[
12
]制限能力者の行為が取り消された場合:
取り消された行為(
法律行為。
具体的に問題となる多くは、契約)
は、初より無効と看做される(
契約締結時
から、契約は無効であったことになる。取消の遡及効)
(
121条)。取消しによ
る無効は、誰に対しても、主張することができる。①債権債務は成立しなかっ
たことになる。債務が未履行であれば、債務を履行する義務はなくなり、債務
が履行されていた場合には、履行による利益と損失は、法律上の原因のな
いものとなり、履行(
利益)
を受けた者(
受領者)
は、返還する義務を負う(
703
条、704条)
。契約が無効となった場合に、受領者が負う返還義務の具体的
な内容に関する原則的な規律は、受領者が善意(
法律上の原因がないこと
を知らない)
の場合、利益の存する限度で(
返還する時点で、受領者のもとに
52
2004 年度前期
民法Ⅰ
山田誠一
残っている利益。現存利益という)
を、返還すれば足り(
703条)
、受領者が悪
意(
法律上の原因がないことを知っている)
の場合、たとえ現存していなくても
受領した利益の全部を返還しなければならない(
704条)
。しかし、制限能力
者の行為が取り消された場合には、常に、現に利益を受ける限度で、返還す
れば足りる(
121条但書)
。取消原因のある契約によって受領した金銭を、受
領者が負担していた債務の弁済(
支払い)
にあてた場合は、それによって、
負担していた債務が消滅し利益を得ていると解し、金銭自体が受領者のても
とに残っていなくても、現に利益を受けていると判断される(
百選Ⅰ39事件
参照)。②売買契約であれば、所有権は移転しなかったことになる。取消前
の第三者との関係は、第三者(
買主からの転得者)
の善意・
悪意にかかわら
ず、取消を対抗することができる。不動産売買契約の取消後の第三者との関
係については、取消しの効果を「
復帰的物権変動」
と解し、177条の適用が
あると考えられる。
[
13]追認:
取消事由ある行為は、追認によって、取り消すことができなくなる
(
122条)。①制限能力者本人は、取消の原因である情況がなくなった後、追
認することができる(
124条1項)
。成年被後見人が能力者となった場合は、
行為を了知した後、追認をすることができる(124条2項)。②代理人・
保佐
人・
補助人は、取消の原因である情況がなくなるかどうかを問わずに、追認
することができる(
124条3項)
。
[
14]制限能力者の相手方の催告権:
催告とは、追認するかどうか態度決定
(
確答)
を求めるこという。①制限能力者が能力者となった後、相手方が、そ
の本人に催告をし、確答がない場合は、追認されたと看做される(
19条1項)
。
②制限能力者が能力者とならないとき、相手方が、法定代理人・
保佐人・
補
助人に催告をし、確答がない場合は、追認されたと看做される(
19条2項)
。
③相手方が、被保佐人 ・
16条1項の審判を受けた被補助人に、保佐人・
補
助人の追認を得ることを催告し、確答がない場合は、取り消されたと看做され
る(
19条4項)
。
[
15]制限能力者の詐術:
制限能力者が、能力者であると相手方に信じさせ
53
2004 年度前期
民法Ⅰ
山田誠一
るために詐術を用いたとき、その行為を取り消すことができない(
20条)。黙
秘であっても、他の言動とあいまって、相手を誤信させた場合は、詐術にあ
たることがある(
百選Ⅰ5事件)
。
[
9.02]
意思能力
[
01
]趣旨:
自己の行為の法的な結果を認識し判断する能力が欠けている状
態で、契約が締結された場合、その契約の拘束力を及ぼすべきではないと
考えられる。このような能力を意思能力 とよび、意思無能力の状態で締結さ
れた契約は、無効であると解されている(
百選Ⅰ4事件)
。民法には規定がな
い。
[02]基準:
おおむね7歳から10歳程度の判断能力がない状態を、意思無
能力とする。
■例題
(
1) 未成年者 A が、相手方 B との間で、A が所有する不動産を売却する
売買契約を締結した。A とB の法律関係はどう
なるか。
(
2) 未成年者 A が、相手方 B との間で、A が所有する不動産を売却する
売買契約を締結した。その後、B は、C との間で、その不動産の売買
契約を締結した。ABC 三者間の法律関係はどうなるか。
(
3) 未成年者 A が、相手方 B との間で、B からパソコンを購入する売買契
約を締結した。A とB の法律関係はどうなるか。
(
4) 成年被後見人 A が、相手方 Bとの間で、Bから野菜と果物を購入する
売買契約を締結した。A とB の法律関係はどう
なるか。
(
5) 被保佐人 A が、相手方 B との間で、B から100万円の金銭を借り入れ
る消費貸借契約を締結し、100万円を受け取った。A とB の法律関係
はどう
なるか。
54
2004 年度前期
民法Ⅰ
山田誠一
(
6) 被補助人 A が、相手方 B との間で、A が所有する不動産を売却する
売買契約を締結した。A とB の法律関係はどう
なるか。
(
7) 未成年者 A が、身分証明書の生年月日の記載を書き換えて、相手方
B に示し、B から100万円の金銭を借り入れる消費貸借契約を締結し、
100万円を受け取った。A とB の法律関係はどうなるか。
(
8) 未成年者 A が、法定代理人の同意を得ずに、Bとの間で、Aが所有す
る不動産を売却する売買契約を締結した。その後、A は、法定代理人
の同意を得て、C との間で、同じ不動産を売却する売買契約を締結し
た。A は成年になった後、B との間で行なった売買契約を追認した。
ABC 三者間の法律関係はどう
なるか。
55
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民法Ⅰ
山田誠一
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2004 年度前期
民法Ⅰ
山田誠一
第10回 人(2)
―権利能力
[
Ⅰ第2章Ⅰ、Ⅱ]
[
10.01]権利能力
[
01]権利能力とは何か:
権利を有することができ、義務を負うことができる地
位を権利能力という。すべての人は、すべて、権利能力を有する(
民法は、こ
のことを、具体的には定めていないが、民法1条の3は、このことを前提として
いる)
。したがって、すべての人は、権利を有することができ、義務を負うこと
ができる。歴史をさかのぼると、奴隷や農奴に、権利能力を認めなかった時
代がある。そのことと対比して、すべての人が完全かつ平等な権利能力を有
することは、近代法の原則であると理解されている。民法は、「
権利能力」
とい
うことばを用いず、「
私権の享有」
という。
[02
]権利能力の始期と終期:
人は、出生によって、権利能力を取得し(1条
の3)、死亡によって、権利能力を失う(
このことを定める規定はない)
。人は、
生存中は、権利能力が認められるため、具体的な権利(
例えば、所有権、金
銭債権)
を有したり、具体的な義務(
例えば、金銭債務)
を負ったりする。その
人が死亡すると、生存中の権利や義務の帰趨がどうなるかが問題となる。
[
03
]人の死亡と相続:
人が死亡すると、相続が生じ、その人(
被相続人)
から、
相続人に、すべての権利・
義務が法律上当然に移転する(
承継される)(
民
法896条)。誰が相続人になるかは、民法が定めていて、おおむね、第1順
位は子、第2順位は直系尊属(
父母、祖父母。父母のいずれかがいれば、祖
父母は相続人にならない)
、第3順位は兄弟姉妹で、第1順位がいなければ
第2順位が、第1順位・
第2順位がいなければ第3順位が相続人となる(
887
条、889条)
。配偶者がいる場合、配偶者は、子・
直系尊属・
兄弟姉妹ととも
に(
同順位で)、常に、相続人になる(890条)。同順位の相続人が複数いる
ときは、被相続人の権利・
義務の全体(
相続財産)を、複数の相続人が、共
同で、承継する。そのとき、各相続人が、相続財産について有する権利・
義
務の割合を、相続分という。①子と配偶者が相続人の場合、それぞれの相続
分は2分の1、②配偶者と直系尊属が相続人の場合、配偶者の相続分は3
57
2004 年度前期
民法Ⅰ
山田誠一
分の2、直系尊属の相続分は3分の1、③配偶者と兄弟姉妹が相続人の場
合、配偶者の相続分は4分の3、兄弟姉妹の相続分は4分の1であり、さらに、
子・
直系尊属・
兄弟姉妹が複数いるときは、各自の相続分は等しいものとな
る(
例外あり)
(
900条)。
[
04
]幼児の権利能力と胎児の地位:
人は出生によって、権利能力を取得す
る。0歳の生まれたばかりの幼児も、権利能力を有する。そのため、①法定代
理人(
親権者)
が、幼児を代理して、契約を締結すると、契約にもとづく債権・
債務は幼児に生じ、また、契約により幼児は権利を取得する、②幼児の親が
死亡すると、幼児は、死亡した親を法律上当然に相続する、③幼児の親が
第三者(
加害者)
の不法行為によって死亡した場合、幼児は、加害者に対す
る慰謝料請求権を取得する(
711条)
。出生前の胎児は、権利能力を有しな
い。したがって、①誰か(
例えば、母親)
が胎児を代理するということはできな
い(
母親は、胎児の法定代理人ではない)
、②胎児の親が死亡しても、胎児
は、死亡した親を相続しない、③胎児の親が第三者(
加害者)
の不法行為に
よって死亡した場合、胎児は、加害者に対する慰謝料請求権を取得しない。
ただし、②③については、民法は規律を修正し、胎児が生まれた場合には、
(
遡及して)
胎児の時点で、相続したことを認め(
886条)、加害者に対する直
接の慰謝料請求権を取得したことを認める(
721条)
。なお、胎児の段階では、
加害者に対する請求権は取得しておらず、また、法定代理人もいないため、
その請求権を行使することはできない。
[05
]人(
自然人)
以外の存在で、権利能力が認められているもの:
会社や、
私立学校や、私立病院には、権利能力が認められ、それらは、権利を有し義
務を負うことができる(
実際に、様々な権利を有し、義務を負っている)
。これ
らの人以外の存在で、権利能力が認められているものを、「
法人」
という。法
人(
会社であり、会社の役員や従業員ではない)
は、自ら意思表示をすること
ができないため、代理によって(
会社を本人とし、会社の役員や従業員が代
理人となる)
、意思表示 を行ない、契約を締結し、契約の当事者となる。した
がって、権利能力を有し、契約の当事者となり、権利有し義務を負うという点
では、人(
人間)
と法人には、相違はなく、そのため、人(
人間)
と法人とをあわ
58
2004 年度前期
民法Ⅰ
山田誠一
せて民法では、「
人」
ということがある。それにともない、人(
人間)
のことを、法
人と区別するために「
自然人」
という。
[
06
]権利能力・
法人格の意義:
権利能力のことを、法人格ともいう。したがっ
て、自然人は、すべて、法人格 を有し、法人とは、自然人以外の存在で、法
人格が認められているものをいうことになる。他方、「
法人格」
という用語は、
法人格が異なる、法人格が同一であるという使われ方をする。①親と子は、
それぞれ、法人格を有し、すなわち、法人格が異なる。例えば、親と子は、そ
れぞれ、財産(
不動産や銀行預金 )を有していて、それぞれ、債務を負って
いる(
住宅ローンやクレジットカード代金)
とき、親が負っている債務の債権者
は、子が有している財産に強制執行をすることができず、同じく、子が負って
いる債務の債権者は、親が有している財産に強制執行をすることができない。
このような法律関係を、親と子は、法人格が異なるからであるという
。②A 会
社は、神戸工場でパソコンの製造販売をし、東京工場で携帯電話の製造販
売をしているが、法人格は同一である。パソコンの販売不振で、神戸工場の
原材料代金や従業員給料を支払えないとき、それらの債務の債権者は、東
京工場の工場設備・
敷地や、携帯電話の販売代金を預けてある銀行預金な
どに強制執行をすることができる。このような法律関係を、神戸工場と東京工
場は、法人格が同一であるからであるという
。法人格は、債権者が強制執行
することができる財産(
責任財産)
を切り分ける機能をもっている。
59
2004 年度前期
民法Ⅰ
山田誠一
60
2004 年度前期
民法Ⅰ
山田誠一
第11回 代理(
1)
―代理の基本構造
[
Ⅰ第5章Ⅰ、Ⅱ、Ⅲ]
[
11.01]代理とはどのような制度か
[
01]
契約締結の基本型:
A が B に対して意思表示を行ない、B が A に対し
て意思表示を行なう。A の意思表示の内容と、B の意思表示の内容が一致
すると、契約が成立する。その契約の効果は、A とB(
契約締結の当事者)
に
生ずる。具体的には、①契約にもとづく債権債務(
例、代金支払いを求める
債権・
代金支払債務、物の引き渡しを求める債権・
物の引き渡し債務)を、A
と B(
契約当事者)
は取得し、または、負担する、②売買契約であり、A が契
約の目的物の所有者であれば、A からB に目的物の所有権が移転する。
[
02
]代理が必要となる場合(
第1)
:
A の能力が制限されている場合には、①
A が契約を締結する方法では、取消事由のない契約を締結することができな
い場合があり(
成年被後見人。意思無能力もこの場合にあたる)
、A以外の第
三者(C)
が、A にかわって、B との間で、A にその効果が生ずるような契約を
締結することができることが必要である。また、②A が契約を締結し第三者
(
C)
の同意を方法で、取消事由のない契約を締結することができるが、その
第三者(
C)
が、A にかわって、B との間で、A にその効果が生ずるような契約
を締結することができることが、望ましい場合がある(
未成年者、被保佐人の
一部、被補助人の一部)
。これらの場合には、法律で当然に、または、法律
にもとづき家庭裁判所の審判によって、第三者に、A に代わって契約を締結
することができる地位が与えられる。このような制度を、法定代理という。
[03]代理が必要となる場合(
第2):A(
自然人)
が、広く取引をしていて、例
えば、地理的に離れた二つの場所(
例えば、東京と神戸)
で、日常的な活動
を行なおうとした場合、少なくともその一方に、第三者(C)
が、A に代わって、
相手方 B との間で、その契約の効果が A に生ずるような契約を締結すること
ができることが 必要である。また、専門的な知識や交渉の技量があると、自己
に有利な内容の契約を締結することができるような場合、A が、専門的な知
識や交渉の技量をもつ C に頼んで、C が自分(
A)
に代わって、契約締結す
61
2004 年度前期
民法Ⅰ
山田誠一
る相手方(
B)を探し、B との間で、契約を締結することができることが必要に
なる。これらの場合には、A とC との契約によって、A に代わって契約を締結
することができる地位が、C に与えられる。このような制度を任意代理という。
[
04
]代理制度の基本構造:
C が A に代わって、B との間で契約を締結し、
その契約の効果が、A とB に生ずることを可能とする制度が代理である。代
理によって、A は、権利を取得することもあるが、義務を負ったり、権利を失っ
たりする。そのため、代理が可能であるためには、①法律が、CがAに代わっ
て契約を締結することができる定めているか(
法定代理)
、②A とC との間の
契約で、C が A に代わって契約を締結することができる旨を定めるか(
任意
代理)
のいずれかが不可欠である。法定代理と、任意代理に共通して、C が
A に代わって、その効果が A に生ずる契約を締結することができる地位のこ
とを、代理権という。したがって、法定代理においては、法律にもとづき、また
は、法律にもとづいて家庭裁判所の審判によって、代理権が与えられ、任意
代理においては、契約にもとづいて、代理権が与えられる。代理権が与えら
れる者(
C)を代理人といい、代理人が締結した契約の効果が生ずる者を本
人(
ほんにん)
(A)
といい、代理人との間で契約を締結し、かつ、契約の効果
が生ずる者を相手方(B)という(
民法は、相手方のことを、「
第三者」としてい
る)
。本人ではない者(C)
が、相手方(B)
と契約を締結し、本人(A)
に、その
契約の効果が生ずる(「
効果が帰属する」
ともいう)
ことを、代理が成立すると
いう
。
[
05
]代理が成立するための要件:①本人ではない者(
代理人)
が、代理権を
有すること、②代理人と相手方の間で契約を締結すること、③代理人が本人
に契約の効果を帰属させる意思(
代理意思ということがある)をもっていること、
④本人に契約の効果を帰属させる旨を、代理人が相手方に対して表示する
こと(「
本人ノ為メニスルコトヲ示シテ」
。このことを顕名という)、⑤②の契約が、
? の代理権の範囲に含まれていること。
[
06
]代理権の範囲:
法定代理の場合は、代理権の範囲は、法律の規定、ま
たは、家庭裁判所の審判によって定まる。具体的には、未成年の親権者:
子
62
2004 年度前期
民法Ⅰ
山田誠一
(
未成年)
の財産に関する法律行為(824条)、未成年の未成年後見人 ・
成
年被後見人の成年後見人 :
被後見人の財産に関する法律行為 (
859条)
、
被保佐人の保佐人:
家庭裁判所の審判によって定められた特定の法律行為
(
876条の4第1項)
、被補助人の補助人:
家庭裁判所の審判によって定めら
れた特定の法律行為(
876条の9第1項)
。任意代理の場合は、代理権の範
囲は、代理権を与える契約によって定まる。例えば、「
A(
本人)
が所有する建
物の賃貸借契約の締結について、C(
代理人)
に代理権を与える」
という契約
が締結されると、「A(
本人)
が所有する建物の賃貸借契約の締結」
が代理権
の範囲となる。
[
07
]代理人と相手方との間の契約の締結:
民法は、代理人が相手方に対し
てした意思表示が本人(
表意者)
に帰属すること(
99条1項)
と、相手方が代
理人に対してした意思表示が本人(
意思表示を受領する者)
に帰属すること
(
同条2項)
を、分けて定めている。代理人が相手方との間で締結する契約契
約に関して、意思の欠缺、詐欺・
強迫、或る事情を知っていること、または、
知らないことの過失は、代理人について、判断する(
101条)
。なお、代理は、
契約の締結に限らず、取消や解除(
単独行為)
においても用いられる。
[08]代理意思と顕名:代理意思を有すること(③)と、その代理意思を表示
すること(
顕名。④)
とが代理が成立するための要件である。民法99条1項は、
顕名について規定し、代理意思については具体的に触れていないが、当然
の前提であると考えられている。顕名については、原則的には代理成立のた
めの要件であるが、例外があり、代理人(C)
に代理意思があり、かつ、相手
方(
B)
が、代理人に代理意思があることを知り、または、知り得べかりしときは、
顕名がなくても、代理は成立する(
100条)
。
63
2004 年度前期
民法Ⅰ
山田誠一
64
2004 年度前期
民法Ⅰ
山田誠一
第12回 代理(
2)
―無権代理
[
Ⅰ第5
章Ⅳ]
[
12.01]無権代理など
[01]代理の効果:
代理が成立した場合、代理人と相手方との間で締結され
た契約の効果は、本人と相手方に帰属する。代理人には、帰属しない。
[02]顕名がない場合の法律関係:
顕名がなく、しかも、相手方が代理人に
代理意思があることを知らず、知りうべかりしではない場合(
100条但書参
照)
、代理は成立せず、契約の効果は、本人に帰属しない。このとき、100条
本文により、代理人と相手方との間で締結された契約の効果は、代理人と相
手方に帰属する。代理人に代理意思があると、代理人には自分に契約の効
果が帰属する基礎となる効果意思がなく、錯誤の問題となりうるが、100条本
文が、その可能性を否定したものと考えることができる。
[
03
]代理権がない、または、代理人が締結した契約が代理権の範囲に含ま
れていない場合(
このような場合を無権代理という)
の法律関係:
代理意思が
あり、顕名があるか 、相手方が代理人に代理意思があることを知り、または、
知りうべかりし場合であっても、代理人が締結した契約が代理権の範囲に含
まれていないため、代理は成立せず、契約の効果は、本人に帰属しない(
民
法113条)。このとき、民法117条が定める要件がみたされると、代理人とし
て相手方と契約を締結をした者(
無権代理人という)
は、相手方に対して責任
を負う。無権代理人は、かりに過失がなくても(
通常人であれば、自分に代理
権がないことに気がつかないと考えられる場合であっても)
、117条が定める
責任を負うため、無過失責任であると理解されている。
[04
]無権代理人の責任:
要件は、①代理人として相手方と契約を締結した
者(
無権代理人)が、代理権を有すること(
締結した契約が代理権の範囲に
含まれていること)
を証明できないこと(117条1項)
、②相手方が、代理権の
ないことを知らず、かつ、知らないことについて過失がないこと(
善意無過失
であること)
、③無権代理人が、能力(
行為能力)
を有することである(
以上、1
65
2004 年度前期
民法Ⅰ
山田誠一
17条2項)。善意無過失の要件(
②)
については、無過失(
通常人であれば、
代理人として契約を締結した者が、代理権を有していないことに気がつかな
い場合)
でなければならず、重大な過失(
極めて容易に、代理人として契約
を締結した者が、代理権を有していないことに気がつく場合)
がなければ足り
るとは解されない(
百選Ⅰ34事件)
。その場合、効果として、①無権代理人が
締結した契約の内容を履行する責任、または、②相手方に生じた損害を賠
償する責任のいずれかを、相手方の選択にしたがって 、無権代理人は、相
手方に対して負う(
117条1項)
。例、或る者(
C)
が、A の代理権を有していな
いにもかかわらず、A に契約の効果を帰属させる旨を表示し(
顕名)
、相手方
(
B)
との間で契約を締結した場合、上記の要件②③をみたすと、B の選択に
したがって、C は A に対して、履行、または、損害賠償をする責任を負う。
[
05]
無権代理の場合の追認・
取消:
①本人は、無権代理が行なわれた後、
追認をすることができる。追認は、相手方に対して行なうか、無権代理人に
対して行ない、かつ、そのことを相手方が知った場合に、効力が生ずる(
113
条2項)
。追認が行なわれると、無権代理人が相手方と締結した契約の効果
は、本人に帰属する(
113条1項の反対解釈)
。追認が行なわれると、相手方
は、無権代理人の責任(
117条)を追及することはできない(
117条)
。追認
の効果は、遡及し、無権代理人が相手方と契約を締結した時点において、
本人に、契約の効果が帰属したことになる(116条本文)
。②本人が追認を
行なうまでは、相手方は、無権代理人と締結した契約を取り消すことができる
(115条本文)。ただし、相手方が、契約を締結した当時に、代理人として契
約を締結する者が代理権を有していないことを知っていた場合は、取り消す
ことはできない(
116条但書)
。取消が行なわれると、本人は追認をすることが
できず (
本人に効果が帰属しないことに確定)、また、相手方は無権代理人
に対して、民法117条にもとづいて、責任を追及することはできない。③本人
は、追認を拒絶することができる。追認を拒絶すると、本人は、その後、追認
をすることはできない(
本人に効果が帰属しないことに確定)
。
[
06]追認の場合の遡及効の制限:
追認の効果は遡及する(
116条本文)
が、
第三者の権利を害することはできない(
116条但書)
。A の無権代理人 C が、
66
2004 年度前期
民法Ⅰ
山田誠一
A が所有する不動産を B に譲渡し、A が同一の不動産をD に譲渡した後、
A が C の無権代理行為を追認した場合は、116条但書を適用せず、追認の
効果が遡及することを認めたうえで、B とD とは、177条によって規律されると、
一般に解されている。
[07
]代理権の消滅:代理権は、一定の事由によって、消滅する。①法定代
理と任意代理に共通する消滅事由(
111
条1項)
:
本人の死亡、代理人の死
亡・
破産・
後見開始の審判を受けること。②任意代理(
「
委任による代理」)
の
みの消滅事由(
111条2項)
:
委任(
委任契約)
の終了。本人の破産によって、
委任契約は終了する(
653条)
ため、代理権は消滅する。代理権を与える契
約のなかで定めた代理権の消滅事由の発生。
[
08]任意代理における代理権を与える契約とは何か:
民法は、委任契約に
よって、代理人に代理権が与えられる(
代理権授与という)
という考え方を基
礎としている。しかし、委任契約では、必ずしも常に代理権が与えられるとは
限らない。また、雇傭契約、請負契約によっても、代理権が与えられることが
ある。したがって、代理権授与は、代理権を与えられる旨をその内容に含ん
でいる委任契約・
雇傭契約・
請負契約などによって、行なわれると解すること
ができる。その結果、代理権授与を含む委任契約などが、無効(
取消により
遡及的に無効)
となると、代理人がした契約の締結は、無権代理となる。
[09]委任状とは何か:
代理権授与は、契約(
合意)
によって行なわれ、した
がって、委任状は必要ではない。委任状とは、一般には、代理権授与の証
拠として作成され、本人から代理人に交付される。
67
2004 年度前期
民法Ⅰ
山田誠一
68
2004 年度前期
民法Ⅰ
山田誠一
第13回 代理(
3)
―表見代理
[
Ⅰ第5
章Ⅳ]
[
13.01]表見代理など
[01
]無権代理の場合の法律関係:①無権代理人が相手方と締結した契約
の効果は、原則として、本人に帰属しない。②例外的に、民法が定める一定
の要件をみたした場合には、その契約の効果は、本人に帰属する。この例外
にあたる場合は、3類型あり、その全体を表見代理とよぶ。表見代理が成立
する場合であっても、相手方は民法117
条の要件がみたされれば、同条の
効果を主張することができる。
[
02
]表見代理の第一類型:
本人(A)
が、C に対して代理権を与えていない
にもかかわらず、「C に代理権を与えた旨」
を、相手方(B)
に表示し、C が代
理人として、B との間で契約を締結した場合、原則として、その契約の効果は、
A に帰属しない。しかし、B が、C に代理権が与えられていないことについて
善意無過失である場合は、表見代理が成立し、その契約の効果は、A に帰
属する(
109条)
。民法109条の規定は、相手方が善意無過失でなければな
らない旨を定めていないが、判例は、相手方が善意無過失でなければなら
ないとする(
百選Ⅰ24事件参照)
。代理権授与表示による表見代理という。
[
03]表見代理の第二類型:
本人(A)
が、C に対して代理権を与えたが、そ
の代理権の範囲に含まれない契約を、C が代理人として、B との間で締結し
た場合、原則として、その契約の効果は、A に帰属しない。しかし、B が、C
にはその契約をその範囲に含む代理権が与えられていると信じ、そのことに
正当の理由がある場合は、表見代理が成立し、その契約の効果は、A に帰
属する(
110条)。「
信じ、そのことに正当の理由がある」
という要件は、善意無
過失と同等であると解されている(
百選Ⅰ29事件参照)
。この場合の A が C
に実際に与えた代理権のことを基本代理権という。C が代理人として締結し
た契約が、基本代理権の範囲を越えていることに着目し、権限踰越による表
見代理という。この場合、本人が無過失であっても、表見代理は成立する(
百
選Ⅰ27事件)
。
69
2004 年度前期
民法Ⅰ
山田誠一
[04]基本代理権:①事実行為 (
例、庭の鍵を預かって、掃除などの管理を
すること)を委託することは 、110条が適用されるための基本代理権にあたら
ない。②市役所に死亡届を出すこと(
公法上の行為)
を委託することは基本
代理権にあたらないが、登記所に登記申請すること(
公法上の行為ではある
が、登記をすることにより私法上の効果が生ずる)
を委託することは、基本代
理権にあたると解されている(百選Ⅰ26事件)
。
[
05]表見代理の第三類型:
本人(A)
が、C に対して代理権を与えたが、そ
の後、その代理権が消滅した後、消滅した代理権の範囲に含まれる契約を、
もとの代理人 C が、代理人として、B との間で締結した場合、原則として、そ
の契約の効果は、A に帰属しない。しかし、B が善意であり、かつ、そのこと
に過失がない場合は、表見代理が成立し、その契約の効果は、A に帰属す
る(
112条)
。代理権消滅後の表見代理という。
[06
]表見代理の共通性:3つの類型に共通して、表見代理とは、二つの要
素があるときに成立するものであると、一般に理解されている。①本人が代理
権を与えていないにもかかわらず 、代理人が締結した契約の効果が本人に
帰属することをやむを得ないとする事情(
本人の帰責性ということがある)
、②
無権代理人が代理権を有すると、相手方が信頼し、その信頼に合理性があ
ること(
相手方の要保護性ということがある)
である。
[
07]表見代理の規律の重畳適用:
授与表示が行なわれた代理権の範囲に
含まれない契約(
百選Ⅰ25事件)や、かつて存在した代理権の範囲に含ま
れない契約(
百選Ⅰ32事件)
が、無権代理人と相手方との間で締結された
場合に、判例は、契約の効果の本人への帰属を認めている。
[08]法定代理について表見代理が成立するか:
①制限能力者 を本人とす
る法定代理については、表見代理は成立しないと一般に解されている。表見
代理が成立するための要素である本人の帰責性が認められないことを理由
とする。②民法761条にもとづいて、日常家事に関する法律行為につき、夫
婦は、相互に、他方を本人とする代理権を有する(
法定代理)
と、判例は解し
70
2004 年度前期
民法Ⅰ
山田誠一
ている。そのうえで、判例は、その代理権の範囲に含まれない契約を、夫婦
の一方が相手方と締結した場合について、相手方が、その契約が日常家事
に関する法律行為の範囲内に属すると信ずるにつき正当の理由があるとき、
110条の趣旨の類推適用を認める(
百選Ⅰ30事件)
。
[09
]代理人(C)
が代理権の範囲に含まれる契約を、自己(C)
にかわって、
相手方(
B)
と締結する別の者(
D。復代理人という)を選任した場合の法律関
係:
? 任意代理の場合は、本人(
A)
の許諾がある場合、または、やむを得な
い事由があるとき、選任が許される。? 法定代理の場合は、常に、選任が許さ
れる。これらの場合、D がB との間で締結した契約の効果は、その契約が、D
が有する代理権の範囲(
C が有する代理権の範囲を越えるものではない)
に
含まれていれば、A に帰属する(
107
条1項)
。
[
10
]代理権の制限(
108条)
:
①C が、A の代理権を有する場合、C は、本
人をA とし、相手方を自己(
C)とする契約を締結することができない。このよう
な契約を自己契約という。②C が、Aの代理権を有し、かつ、Bの代理権を有
する場合、Cは、A を一方の本人とし、B を他方の本人とする契約を締結する
ことができない。このような代理を、双方代理という。これらの場合には、C が
締結した契約の効果は、本人に帰属しない(
無権代理)。ただし、本人が事
前に同意し、または、事後に追認すると、その契約の効果は、本人に帰属す
ると解されている。
[11]権限濫用 :
代理人が、自己または第三者の利益をはかり、代理権の範
囲に含まれる契約を締結した場合(
このような場合のことを、権限濫用という)
、
判例は、原則として、その契約の効果は有効であるが、相手方が、その事情
を知りまたは知りうべかりしときは、93条但書を類推適用し、無効となるとする
(
百選Ⅰ33事件参照)
。
■例題
(
1) A が、B から、B が所有する不動産の売却をする代理権を与えられ、B
の代理人として顕名し、C との間で、B が有する不動産を C に売却す
71
2004 年度前期
民法Ⅰ
山田誠一
る売買契約を締結した。A とC の間の法律関係、および、B とC の間
の法律関係はどう
なるか。
(
2) A が、B から、なんら代理権を与えられず、しかし、B の代理人であると
顕名し、C との間で、B が有する不動産をC に売却する売買契約を締
結した。A とC の間の法律関係、および、B とC の間の法律関係はど
うなるか。
(
3) A が、B から、なんら代理権を与えられず、しかし、B の代理人であると
顕名し、C との間で、C から100万円を借り入れる消費貸借契約を締
結し、100万円を受け取った。A とC の間の法律関係、および、B とC
の間の法律関係はどう
なるか。
(
4) A が、B の代理人として契約を締結する旨の意思にもとづいて、そのこ
とを顕名せずに、C との間で、A が所有する不動産を C に売却する売
買契約を締結した。A とC の間の法律関係、および、B とC の間の法
律関係はどうなるか。
(
5) A が、B から、なんら代理権を与えられず、しかし、B の代理人であると
顕名し、C との間で、B が所有する不動産をC に売却する売買契約を
締結した。その後、C は、同じ不動産を、D に売却する売買契約を締
結した。BCD 三者間の法律関係はどう
なるか。
(
6) A が、B から、なんら代理権を与えられず、しかし、B の代理人であると
顕名し、C との間で、B が所有する不動産をC に売却する売買契約を
締結した。その後、B は、同じ不動産を、D に売却する売買契約を締
結した。さらにその後、B は、Aが Cとの間で締結した不動産の売買契
約を追認した。BCD 三者間の法律関係はどうなるか。
(
7) A が、B から、B が所有する不動産の賃貸借をする代理権を与えられ、
B の代理人として顕名し、C との間で、B が有する不動産をC に売却
72
2004 年度前期
民法Ⅰ
山田誠一
する売買契約を締結した。A とC の間の法律関係、および、B とC の
間の法律関係はどうなるか。
(
8) A は、B から、B が所有する不動産の売却をする代理権を与えられて
いたが、その代理権は消滅した。その後、A が、B の代理人として顕名
し、C との間で、B が有する不動産をC に売却する売買契約を締結し
た。AとCの間の法律関係、および、BとCの間の法律関係はどうなる
か。
(
9) A は、B から、B が有する不動産の賃貸借をする代理権を与えられて
いたが、その代理権は消滅した。その後、A が、B の代理人として顕名
し、C との間で、B が有する不動産をC に売却する売買契約を締結し
た。AとCの間の法律関係、および、BとCの間の法律関係はどうなる
か。
(
10
)Aは、B に金銭を借り入れる代理権を与え、委任状を作成し、Bに渡し
た。B は、その委任状を C に渡し、C は、A の代理人であると顕名し、
D から100万円を借り入れる消費貸借契約を締結し、D から100万円
を受け取った。C とD の間の法律関係、および、A とD との間の法律
関係は、どうなるか。
(
11
)A は、B に100万円までの金銭を借り入れる代理権を与え、委任状を
作成し、B に渡した。B は、その委任状をC に渡し、C は、A の代理人
であると顕名し、D から500万円を借り入れる消費貸借契約を締結し、
Dから500万円を受け取った。C とD の間の法律関係、および、A とD
との間の法律関係は、どうなるか。
(
12
)Aは、B に金銭を借り入れる代理権を与えた。Bは、A の代理人である
と顕名し、C から100万円を借り入れる消費貸借契約を締結し、C から
100万円を受け取ったが、その100万円を A に渡さずに、自らの債務
の弁済にあてた。ABC 三者間の法律関係はどうなるか。
73
2004 年度前期
民法Ⅰ
山田誠一
74
2004 年度前期
民法Ⅰ
山田誠一
第14回 債権の効力(
1)
―弁済と給付保持力
[
Ⅲ第1章、第2章、第3章Ⅰ、第7章Ⅰ、Ⅱ]
[
14.01]弁済とは何か
[01]弁済とは:
債務者が債務の本旨にしたがって、債権者に対して履行を
行なうことである。債務者の任意の自発的な履行をいう。債務(
債権)
の内容
である一定の行為をすることが履行であり、それが、同時に弁済である。
[
02
]弁済の効果:
債権債務が消滅する【
重要】
。
[03
]債務の本旨とは:
債務が契約によって成立したものであるときは、契約
の解釈による。債務の本旨にしたがうとは、契約の趣旨・
目的に適合している
ということである。
[
14.02]給付保持力
[
01]
給付とは:
物や役務の移転。例:
物の引渡し、金銭の支払、役務を行な
うこと。
[
02]給付保持力:
給付が行なわれ、それが債務の履行である場合は、債権
の存在が給付の法律上の原因となる。そのとき、債権者はその給付を保持
することができる。このことを債権の効力として把握し、「
給付保持力」
という。
[
03
]給付保持力がない場合:
給付が行なわれたが、それが債務の履行でな
い場合は、その給付には法律上の原因がない。したがって、債権者はその
給付を保持することができず、その給付を返還しなければならない(
703条、
704条)
。このとき、保持することができない給付のことを、不当利得という。
[
14.03]債務者以外の第三者による弁済
[01]誰が行なう給付が弁済となるか:
債務者、弁済の権限を有する債務者
の代理人。
75
2004 年度前期
民法Ⅰ
山田誠一
[
02]第三者による債権者に対する給付が弁済となるための要件:
債務の性
質がそれを許さないものでないこと(
474
条1項但書前段)、当事者(
契約に
おいては、両当事者)
が反対の意思を表示していないこと(474条1項但書
後段。契約で第三者の弁済を禁止したとき)。利害関係を有しない第三者は
債務者の意思に反して弁済をすることができない(
474条2項)
。
[03]利害関係を有する第三者:
物上保証人、抵当不動産の第三取得者。
保証人は、自己の債務を弁済する者であるから、第三者にあたらない。
[
04
]第三者による弁済の効果:
債権債務の消滅。
[05]第三者による債権者に対する給付が弁済とならない場合:
その給付に
ついて受領者(
債権者)
が有する債権に給付保持力はなく、その給付は不当
利得となり、受領者はその給付を返還しなければならない。債権債務は消滅
しない。
[
14.04]債権者以外の第三者に対する弁済
[01
]誰に対する給付が弁済となるか:
債権者、受領権限を与えられた債権
者の代理人、債権者代位権を行使する債権者の債権者、債権者の差押債
権者。
[02]債権者以外の第三者に対する債務者による給付:
原則として、弁済と
ならない。したがって、債権債務は消滅しない。受領者(
債権者以外の第三
者)
はその給付について給付保持力ある債権を有しないため、その給付は
不当利得となり、受領者はその給付を返還しなければならない。
[03
]例外:
債権の準占有者に対する給付は、債務者(
弁済者)
が善意の場
合に限り、弁済としての効力を有する(
478条)。受取証書の持参人に対する
給付は、債務者(
弁済者)
が善意無過失の場合、弁済としての効力を有する
(
480条)。いずれの場合も、債権債務は消滅する。
76
2004 年度前期
民法Ⅰ
山田誠一
[
04
]債権の準占有者:
弁済者から見て、社会一般の取引通念に照して真実
債権を有する者と思うに足りる外観を備える者。例:
銀行預金債権について、
預金通帳と印鑑を持参する者。債権者本人と称して債権を行使する者ととも
に、債権者の代理人と称して債権を行使する者(
詐称代理人)
を含む。
[05]債権の準占有者に対する弁済:
弁済者が善意である場合、債権は消
滅する(
478条)
。一般に、債権者は債権の準占有者に対して、不当利得返
還請求をすることができる。
[
06
]弁済者が善意無過失であること:
民法478条は善意と定めているが、判
例は、善意無過失であることを要件としている。
[07]
478条の類推適用:
民法478条が定めているのは、債務者が行なう給
付(
弁済)
である。しかし、判例は、弁済以外について、民法478条の類推適
用を認めている。例:
定期預金の期限前払戻し(
預金契約の解約と弁済とを
含む。最判昭和41・
10・
4民集20巻8号1565頁)
。
[
08]キャッシュカードの不正使用:
真正なキャッシュカードが使用され、正し
い暗証番号が入力されて、銀行預金の払い戻しが行なわれた場合、銀行は
免責されるという約款がある(
百選Ⅱ39事件)
。
[
14.05]弁済に関する問題
[
01
]弁済すべき場所(
484条)
、弁済の費用(
485条)
。
[02]弁済の充当:
債務者が債権者に対して複数の債権を負担していた場
合、債務者が行なった給付が、どの債務の履行として行なわれたかを決定す
る必要がある。原則は、弁済者が指定して決定する(
488条1項)
。弁済者が
指定しない場合(
488条2項、489条ないし491条)
。
■例題
77
2004 年度前期
民法Ⅰ
山田誠一
(
1) A金融機関は、B会社に対して1000万円を融資していたが、弁済期
である2000年4月30日に、B会社は、A金融機関に1000万円に定
められた利息50万円を加えて返済した。しかし、B会社は、急に、資金
が必要になり、返済を取消してA金融機関に返済した元本部分の100
0万円を取り返し、それを必要資金にあてようと考え、A金融機関に10
00万円の支払を求めた。A金融機関とB会社の法律関係を説明せ
よ。
(
2) 電器店Cは、Dとの間で、26型テレビ(
価格10万円)
の売買契約を成
立させた。しかし、電器店Cは、誤って、32型テレビ(
価格20万円)
を
Dの家に届けた。Dは、32型テレビを返さなければならないか、返さな
くてもよいか。
(
3) 債権者Gが債務者Hに対して有している債権について、HがGに弁済
をした。GとHの法律関係はどうなるか。
(
4) 債権者Gが債務者Hに対して有している債権について、第三者J
がG
に対して弁済をした。GとHの法律関係はどうなるか。
(
5) 債権者Gが債務者Hに対して有している債権について、Hが第三者K
に対して、弁済をした。GとHとの法律関係はどうなるか。
78
2004 年度前期
民法Ⅰ
山田誠一
第15回 債権の効力(
2)
―履行の強制
[
Ⅲ第3
章Ⅱ]
[
15.01]履行の強制
[01]債務者が債務を任意に履行しない場合、債権者は何をすることができ
るか:
債権者は、国家機関の手を借りて、債務の内容をそのまま強制的に実
現することができる。このことを、債権者は履行の強制をすることができるとい
い、履行の強制、または、強制履行という
。履行の強制をすることができること
は、債権の効力の一つである。
[02]履行の強制の要件:
①債権の存在、②履行期の到来(
民法135条)
。
債務者に帰責事由があることは 、不要である(この点で、損害賠償と異な
る)
。
[
03]債権者は、国家機関の手を借りずに、自ら、債務の内容を強制的に実
現することができるか:
できない。このことを自力救済の禁止という。
[
04
]国家機関が強制的に債務の内容を実現する手続:
強制執行手続という。
民事執行法によって規律される。強制執行手続を担う国家機関は、裁判所と
執行官である(
民事執行法2条)
。強制執行手続は、債権者の申立てによっ
て行なわれる(
民事執行法2条)
。債権の存在をおよび内容を公的に証明す
る一定の文書がなければ行なわれない(
同22条)
。この文書を債務名義とい
う。債務名義のうち最も重要なものは、確定判決である。
[05]確定判決 を債権者が取得するにはどうしたらよいか(
例):①債権者が
原告となり、債務者 を被告として訴えを提起する。②第一審裁判所が、原告
の主張を認めると、第一審裁判所は、債権の内容の履行を、被告に命ずる
(
「
被告は、原告に、100万円を支払え」、「
被告は、原告に、A社のB型パソ
コン1台を引き渡せ」)。③被告が控訴、上告をしないで、定められた期間が
経過するか、被告が控訴、上告をしたが、最高裁判所も、第一審裁判所の判
決を支持すると、判決は確定する。
79
2004 年度前期
民法Ⅰ
山田誠一
[
15.02]履行の強制の具体的方法
[
01
]金銭債権の履行の強制:
債務者が有する財産を売却し金銭に換え(
換
価という)
、その金銭の引渡しを受ける(
配当という)
。財産を売却し金銭に換
えるのは、裁判所または執行官が行ない、債権者は裁判所または執行官か
ら金銭の引渡しを受ける。財産が不動産(
土地、建物)
であるか 、動産(
パソ
コン、機械、絵画)
であるか、債権(
銀行預金)
であるかによって、換価方法が
異なる。このような履行の強制を、債務者の意思にかかわらず 、行なうことが
できる履行の強制という点に着目して、直接強制という。
[02]物の引渡し債権の履行の強制:
不動産の引渡しは、執行官が債務者
の目的物に対する占有を解いて債権者にその占有を取得させる方法で行な
う(
民事執行法168条1項)。閉鎖した戸を開くこともできる。動産の引渡しは、
執行官が債務者から目的物を取り上げて債権者に引き渡す方法で行なう
(
同169条2項)
。閉鎖した戸、金庫を開くことができる。執行官は、威力を用
いることができ、または、警察上の援助を求めることができる(
同6条)
。これも、
債務者の意思にかかわらず 、行なうことができる履行の強制であり、直接強
制である。
[
03
]作為を目的とする債権の履行の強制:①債務者以外の者によって履行
されても、債務の本旨にしたがったことになる債務については、裁判所が、第
三者が債務の履行を行なってよいという
決定を行ない、その費用を債務者に
負担させる(
民事執行法171条、民法414条2項)
。このような履行の強制を、
代替執行という。②代替執行ができないもの(
債務者本人が履行をしなけれ
ば、債務の本旨にしたがったことにならない債務)
は、裁判所が、債務者に、
遅延の期間に応じ、または、一定の期間内に履行をしないときは直ちに、一
定の額の金銭を債権者に支払うべき旨を命ずる(
民事執行法172条)
。この
ような履行の強制を、間接強制という。③債権者 の申し立てにより、(
代替執
行ができるものであっても)、間接強制をすることもできる(民事執行法173
条)
。債務者の自発的意志によることが債務の内容である場合には、間接強
制は許されない。
80
2004 年度前期
民法Ⅰ
山田誠一
[04
]不作為を目的とする債権の履行の強制:
①不作為義務違反の結果が
残っている場合、裁判所が、第三者に除却してよいとの決定を行ない、その
費用を債務者に負担させる(
民事執行法171条、民法414条3項)。代替執
行である。②①の方法で強制執行ができない場合、裁判所が、債務者に、
遅延の期間に応じ、一定の額の金銭を債権者に支払うべき旨を命ずる(
民
事執行法172条)。間接強制である。③債権者の申し立てにより、(
①の方法
で強制執行ができる場合も)
、間接強制をすることができる(
民事執行法173
条)
。
[05]
意思表示 をする債務:
債務者に対して意思表示を命ずる裁判をもって、
債務者の意思表示にかえることができる(
民法414条2項但書、民事執行法
174条)
。不動産売買契約の売主は、所有権移転登記に協力する義務(
登
記申請をする義務)
を負う。この義務が履行されない場合、買主は原告となり、
売主を被告にして、訴訟を提起し、裁判所が、「
売主は買主に対し、所有権
移転登記手続をせよ」と命じた場合、その裁判が確定すると、売主が登記申
請をしたものとみなされる(
不動産登記法27条も参照)
。
[
06]414条と直接強制・
代替執行・
間接強制の関係:民事執行法が、2003
年に、改正された。その改正を前提とすると、以下のように説明することがで
きる。414条1項は、債権の効力として、直接強制ができる旨を定めたもので
ある。ただし、例外的に、その性質上、直接強制できないものがある。同条2
項・
本文3項は、直接強制ができない場合に、代替執行ができる旨を定める
(
民事執行法171条も参照)
。また、民事執行法172条は、代替執行ができ
ない場合に、間接強制ができる旨を定める。さらに、同法173条(2003年改
正)
は、不動産 の引き渡しの強制執行(168条)、動産の引き渡しの強制執
行(
169条)
、代替執行(
171条)
は、間接強制の方法によっても行なうことが
できるとした。
■例題
(
1) 百貨店Eは、問屋Fから、民芸家具を購入した。問屋Fは、定められた
81
2004 年度前期
民法Ⅰ
山田誠一
納期が過ぎても、百貨店Eに納めず、自己の倉庫に保管している。百
貨店Eは、その民芸家具を、現実に手にいれることができるか 。どのよ
うにして手に入れることができるか。
(
2) G金融機関は、ゲームソフト開発を事業とするH会社に、300万円の
貸付をしたが、H会社は、定められた返済期が過ぎても、G金融機関
に返済をしない。H会社には、現金や銀行預金はわずかしかないが、
中古価格が500万円程度のコンピューター設備がある。G金融機関は、
貸付金を現実に回収することができるか。どのようにして回収すること
ができるか。
(
3) 土地の所有者I
は、住宅街にあり空き地にして利用していなかった土
地300平方メートルを、貸駐車場経営を行なっているJ
に、5年間貸駐
車場としての約束で、賃貸した。5年が過ぎてもJ
はI
に土地を返さない。
I
は、J
に土地を現実に返させることができるか。どのようにして返させる
ことができるか。
(
4) インテリア業者Lは、Kの自宅の応接室と居間の内装・
カーテン・
絨毯
の塗替え取替え工事について見積りを行なったうえ、受注した。しかし、
Lは、他の工事にかかっていて、約束された時期になっても工事が始
らず、完成予定時期 を過ぎてもなお工事が始らなかった 。Kは、現実
に自宅の応接室と居間の内装・
カーテン・
絨毯の塗替え取替え工事を
完成させるためには、どのような法的手段をとることができるか。
(
5) Mは、隣の敷地の所有者であるNとの間で、10年間は、互に境界線
から1メートル以内には高さ5メートルを超える建物を建てないという契
約をした。しかし、3年後に、Nは工事を始め、境界線から0.5メートル
の位置に3階建てで高さ約7メートルの建物を完成させた。Mは、Nに
対して、どのような法的手段を講ずることができるか。
82
2004 年度前期
民法Ⅰ
山田誠一
第16回 損害賠償(
1)
[
Ⅲ第3章Ⅲ、Ⅳ]
[
16.01]損害賠償とは何か
[01
]債務不履行にもとづく損害賠償とは:
債務が履行されなかったことによ
って債権者に生ずる損害を、債務者が賠償する制度のことをいう。民法は、
債務不履行にもとづく損害賠償と、不法行為にもとづく損害賠償(709条な
ど)
とを定めている。ある人(
A)
の作為または不作為が原因で、他の人(B)
に
損害が生じた場合に、一定の要件の下で、原因となった人(
A)
が損害を蒙
った人(
B)
に賠償をする制度のことを、損害賠償という。
[02
]民法が定める債務不履行にもとづく損害賠償 :
民法415条は、二つの
タイプの債務不履行(
それにもとづく損害賠償)
を定めている。
[
16.02]415条前段の債務不履行(
タイプⅠ)
[01]要件:
債務の本旨に従いたる履行を為さざることである。債務が履行さ
れていないときと、債務の本旨に従わずに履行されているときを含む。ただし、
履行が不能で履行されていない場合(
タイプⅡ)
は除かれる。ここでは、「
債
務の本旨に従った履行」
があったかどうかが判断される。債務の本旨とは、時
期、場所、方法などを含み、契約の趣旨・
目的に適合した履行があったかど
うかが判断される。規定には定められていないが、債務者に帰責事由がある
ことが要件とされる。履行期に履行がなされていない履行遅滞が、タイプⅡ
の典型である。
[
02
]履行遅滞の要件:①確定期限の場合、期限の到来によって、履行遅滞
となる(
412条1項)
、②不確定期限の場合、期限の到来ではなく、期限の到
来を債務者が知ったとき、履行遅滞となる(
同条2項)
、③期限がない場合、
債務者が請求を受けたとき、履行遅滞となる(
同条3項)。この場合、債権の
成立と同時に債権者は履行の強制を行なうことができる。履行の強制を行な
うことができる時期と、履行遅滞 となる時期とは必ずしも一致しない【
重要】
。
履行遅滞の要件をみたすと、損害賠償の問題となる。
83
2004 年度前期
民法Ⅰ
山田誠一
[
03]履行遅滞とならない場合(
例外)
:
①債権が双務契約によって成立した
もので、反対債務の履行の提供がなく、債務者が同時履行の抗弁権を有す
る場合(
533
条)
、②弁済の提供をした場合(
492条)
。
[
04
]履行遅滞ではないが415条前段の債務不履行にあたる場合:
履行らし
きことが行なわれたが、不完全な履行であった場合(
不完全履行)、債務者
の履行により債権者の以前から有していた財産を侵害した場合(
積極債権侵
害)
も、タイプⅠに含まれる。例:
①ひよこの売買契約で、病気のひよこが引き
渡され、買主が以前から持っていたひよこに病気が伝染し、死亡してしまっ
た場合。②家屋の窓の修繕契約をした大工が、作業中部屋においてあった
花瓶を壊した場合。これらの場合も、損害賠償の問題となる。
[
16.03]415条後段の債務不履行(
タイプⅡ)
[
01
]要件:
債務者の責に帰すべき事由によりて、履行を為すこと能はざるに
至りたること。「
責に帰すべき事由」を帰責事由といい、「
履行を為すこと能は
ざる」を履行不能という。タイプⅡを、債務者の帰責事由による履行不能とい
う。
[
02
]履行不能の場合の法律関係:
債務が履行不能になると、その債務は消
滅する(
原則)
【
重要】
。ただし、履行不能が債務者の帰責事由による場合は、
本来の債務は消滅するが、それが、損害賠償債務に「
転化」
する。債務者の
帰責事由による履行不能が、債務不履行(タイプⅡ)
であり、損害賠償が問
題になるが、履行不能であるが、債務者の帰責事由によらないものは、債務
不履行ではなく、損害賠償は問題とはならない。
[03]履行遅滞後の履行不能:履行遅滞に債務者の帰責事由があると、履
行遅滞後の履行不能についての債務者の帰責事由がなくとも、415条後段
の要件をみたす。
[
16.04]債務不履行の具体例と類型
84
2004 年度前期
民法Ⅰ
山田誠一
[
01
]金銭債務:
履行不能はありえず、履行遅滞のみが問題となる【
重要】
。
[
02]特定物の引き渡し債務:
個性に着目した物の引き渡し債務のこという。
履行不能と履行遅滞が問題となる。履行不能の場合の債務者の帰責事由の
存否の判断では、債務者の保存義務(
400条。善良なる管理者の注意義務
=善管注意義務)
が基準となる。
[
03]種類物の引渡し債務:
当事者が種類(
品質、規格など)
のみを定め、個
性に着目していない物の引き渡し債務のこという
。履行不能にはならない【
重
要】
。債務の本旨にしたがった履行の判断において、品質について当事者
が定めていればそれにより、当事者が定めをしなければ中等の品質とする
(
401条1項)。ただし、制限種類債権(
ある倉庫にある米100トンのうちの5ト
ンの引き渡し)
においては、履行不能はありうる【
重要】
。種類債権は、①給付
を為すに必要な行為の完了、または、②債権者の同意を得てする債務者に
よる物の指定(
同条2項)
によって、特定する。種類債権が特定した後は、履
行不能が問題となる。
[
04]作為または不作為を目的とする債務:①債務の内容の特定(
債務者は
いかなる内容の債務を負っているか、どの程度の行為をすれば要求された
債務の履行をしたことになるか、債務の内容を実現するためにどのような結
果を回避すべき義務を負っているか)
、②履行のプロセスで現実に債務者が
行なった行為の特定、③①②の食い違いの有無の判断。債務の本旨にした
がった履行の存否と、帰責事由の存否とが、明確には区別されていない。
例:
雇用契約上の使用者が労働者の安全を確保する債務、医師の診療債
務。
[
16.05]債務不履行にもとづく損害賠償の要件と効果
[01]債務不履行による損害賠償の要件:
①債務不履行があることと、②損
害の発生が必要である。③賠償される損害は、債務不履行との間に因果関
係がなければならない。
85
2004 年度前期
民法Ⅰ
山田誠一
[
02
]損害賠償の効果:
損害賠償という効果は、債務者が、金銭を支払うべき
債務を負うことであり、債権者が、金銭の支払を求める債権を取得することで
ある。そのためには、損害を金銭に置き換えなければならない(
損害額の算
定)
。
[
16.06]損害・
事実的因果関係
[
01
]損害:
債権者が有する法的に保護される利益について生ずるすべての
不利益をいう。
[
02]賠償される損害:
債務不履行によって現実に惹起された損害が賠償さ
れる。もし債務不履行がなかったら、その損害は生じなかっただろうという関
係がなければならない(
「
あれなければこれなし」
の公式)
。このことを、賠償さ
れる損害は、債務不履行との間に、事実的因果関係がなければならないと
いう
。
[
03
]損害の例:
履行期に目的物の引き渡しがなかったという事実、そのため
に他から代物を購入するために金銭を支払った事実、転売先に違約金を支
払った事実。怪我をさせられた事実、そのために治療費を支払った事実、治
療中に収入が減少した事実。
[
04]損害(
損害賠償)
の分類:①財産的損害(
既存の利益の喪失・
減少、債
務不履行がなければ得られたはずなのに債務不履行のために得られなかっ
た利益=逸失利益)
と、精神的損害。②填補賠償(
債務が履行されたのに等
しい地位を回復させるに足りるだけの損害賠償)
と、遅延賠償(
履行が遅延し
たことによる損害賠償)
。遅延賠償は、履行の強制に加えて請求することがで
きる(
414条4項)
[
16.07]賠償範囲の限定
[
01
]416条による賠償範囲の限定:
416
条は、債務不履行と事実的因果関
係のある損害のうち、賠償される損害を限定する。
86
2004 年度前期
民法Ⅰ
山田誠一
[02]通常損害 (
416条1項):
通常生ずべき損害は賠償される。例:
物の引
渡し債務の不履行における目的物についての転売利益の喪失。
[03]特別損害 (
416条2項)
:
特別の事情に因りて生じたる損害は、特別の
事情について、当事者が予見しまたは予見することができた場合に、賠償さ
れる。当事者が予見しまたは予見することができたということを、予見可能性
という。予見可能性は、債務者について、履行期を基準として判断される(
百
選Ⅱ6事件)
。特別事情の例:
買主が買受ける価格より著しく高い価格で、短
期間のう
ちに転売する契約の存在。
[
04]相当因果関係:
416条による賠償範囲の限定について、債務不履行と
相当因果関係にある損害を賠償するということがある。しかし、相当因果関係
には、固有の意義はないと考えられる。
[
16.08]賠償額の算定
[01]金銭賠償の原則:
損害賠償は、債務者が債権者に金銭を支払う方法
によって行なう(
417条)
。したがって、損害額の算定(
損害の金銭への置換
え)
が必要となる。
[02
]物の引渡し債務の不履行の場合:
目的物の時価(
市場価格)を基準と
して、損害額を算定する。例:
売買契約(
動産・
不動産)
の不履行による填補
賠償は、売買価格と目的物の時価との差額が損害額となる。
[03]どの時点の目的物の価格を基準とするか(
損害額算定の基準時):
①
原則として、履行不能時の目的物の価格による。②目的物の価格が騰貴し
つつあるという特別の事情があり、かつ、債務者が債務を履行不能とした際、
その特別の事情を知っていたか知り得た場合は、騰貴した現在(
口頭弁論
終結時)
の価格を基準とする(
百選Ⅱ8事件)
。
87
2004 年度前期
民法Ⅰ
山田誠一
88
2004 年度前期
民法Ⅰ
山田誠一
第17回 損害賠償(
2)
[
Ⅲ第3章Ⅲ、Ⅳ]
[
17.01]金銭債権(
金銭債務)
と、金銭債務についての特則
[
01]金銭債権と利息:
金銭債権には、利息が発生するものと、発生しないも
のがある。利息の発生は、原則として、両当事者の合意による。
[02
]元本と利息:
金銭消費貸借契約では、貸主が借主に交付後一定期間
経過後、借主が貸主に返還する金銭(
交付した金銭と同額)を元本といい、
利息は、元本に対して期間を基礎にして一定の比率(
利率)
によって計算さ
れる金銭をいう。例:
元本が100万円で、利率が年8パーセント、期間が6ヵ
月の場合、利息は4万円となる。
[
03
]利息の利率:
別段の意思表示(
契約に、利率の定め)
があれば、それに
よる(
約定利率という)
。ないときは、年5パーセント(
5分)
(
404条)(
法定利率
という)
。ただし、利息制限法によって、約定利率は制限される。
[
04
]金銭債務と債務不履行:
履行不能はありえない【
重要】
。履行遅滞のみ
が生ずる。
[
05]金銭債務の債務不履行についての特則:
履行遅滞における帰責事由
は不要である。不可抗力による履行遅滞においても、損害賠償責任が成立
する(
419条2項)
。損害は、証明する必要がない(
同条同項)
。
[
06
]遅延賠償の額の算定方法:
法定利率による(
419条1項本文。年5パー
セント(
404条)
)
。履行期前の利率が約定されている場合、約定利率が法定
利率より高いときは、約定利率によって賠償額を算定する(
419条1項但
書)
。
[
17.02]損害賠償に関する特約
[
01]特約とは何か:
あらかじめ 、将来起こるかもしれない債務不履行の成立
89
2004 年度前期
民法Ⅰ
山田誠一
要件や、債務不履行の効果を契約で定めることがある。その定めを特約とい
う。
[
02
]成立要件を定める場合:
債務不履行の要件を緩和する特約(
帰責事由
を必要とせずに、債務不履行が成立する)
と、債務不履行の要件を厳格にす
る特約(
一定の場合には、債務不履行が成立しないとする。免責特約という)
がある。
[03
]効果を定める場合:
①債務不履行にもとづく賠償額を定めること:
賠償
額の予定。裁判所は、予定された賠償額を増額・
減額することができない(
4
20条1項)。②債務不履行にもとづく賠償額の上限を定めること:
責任制限
条項。③損害賠償とは別に、債務不履行があった場合に一定金額を債務者
が債権者に支払う旨を定めること:
違約罰。
[
17.03]過失相殺
[
01
]過失相殺(
418条)
とは何か:
債務不履行に関して、債権者に過失があ
った場合には、損害賠償責任の成立・
損害賠償額について、裁判所はそれ
を考慮する。例:
賠償される範囲に含まれる損害の額が100万円であった場
合に、債権者にも4割の過失があるときは、損害賠償額は60万円となる。
[02
]債権者の過失:
損害の発生または拡大についての債権者の不注意で、
公平の見地から、考慮すべきもの。例:
債権の実現に協力する義務や、損害
の拡大を防止する義務を債権者が負う場合のその義務違反。
[
17.04]損益相殺・
請求権代位・
賠償者の代位
[01
]損益相殺 とは何か:
債権者が、損害と同時に、債務不履行と同一の原
因によって、損害と同質性のある利益を受けた場合、利益を損害の額から控
除して、損害賠償額を決定する。例:
損害の額が200万円で、80万円の利
益(
例えば、社会保障給付)
を債権者が受けていた場合、損害賠償額は120
万円となる。
90
2004 年度前期
民法Ⅰ
山田誠一
[
02]請求権代位(
商法662条)
:
債権者が、債務不履行を原因として、第三
者から利益を受けた場合、債権者の債務者に対する損害賠償額は、損害の
額(
200万円)
から利益(
80万円)を控除するが、債権者に利益を与えた第
三者(
例えば、損害保険会社)が、債権者に代って、債務者に対して、利益
相当分=控除額(
80万円)
を請求することができる。
[
03]賠償者の代位(422条)
:
債権者が、或る物について、債務者から損害
賠償を受けた場合、その物の権利は、法律上当然に、債権者から債務者に
移転する。
[
17.05]履行補助者問題
[01
]履行補助者とは何か:
債務の履行のために債務者が使用する者。例:
債務者の被用者(
債務者が会社の場合の従業員。被用的履行補助者 とい
う)、債務者の請負人(
債務者からさらに注文を受けた者。独立的履行補助
者という)
。履行補助者問題とは、履行補助者の行為によって債務不履行が
生じた場合、債務者は、自己の行為により債務に不履行が生じた場合と同
様に、損害賠償責任を負うかという問題である(
百選Ⅱ5事件)
。
[
02]要件と効果:
要件は、①履行補助者の責に帰すべき事由による債務の
本旨に従った履行がないこと、②債権者における損害の発生、③①と損害と
の間の事実的因果関係。効果は、債務者が債権者に対して、債務不履行に
もとづく損害賠償責任を負うことである。
[
17.06]契約準備段階の注意義務違反:
規律の拡張(
その1)
[
01
]原則的な考え方:
債務不履行責任は、契約成立後にはじめて問題とな
る。したがって、契約が不成立・
無効の場合には、債務不履行責任は成立せ
ず、また、契約が有効に成立した場合にも、契約準備段階の事情を理由にし
て、債務不履行責任は成立しない。
[02]
損害賠償責任が認められる場合(
例外):①契約の相手方に対して契
約が成立するであろうという信頼を与えたときの信頼を裏切らない義務の違
91
2004 年度前期
民法Ⅰ
山田誠一
反、②契約成立に向けて誠実に交渉する義務の違反、③契約当事者間の
格差を是正するための説明・
助言・
指示・
警告義務の違反。判例は、契約準
備段階における信義則上の注意義務違反を理由とする損害賠償責任であ
るとする(
百選Ⅱ4事件)
。
[
17.07]安全配慮義務:
規律の拡張(
その2)
(
百選Ⅱ2、3事件)
[
01]安全配慮義務:
二つのタイプに分けることができる。契約関係がある当
事者間で問題となる場合(
タイプⅠ)
と、契約関係がない当事者間で問題とな
る場合(
タイプⅡ)
である。
[02
]タイプⅠ:
契約上の債務の履行にあたり、一方の他方に対する生命身
体健康の支配・
管理が生じ、一方が他方に物的・
人的環境 を用意すべき地
位が生ずる契約においては、一方は、他方の生命身体健康に対する危険か
ら保護すべき義務を負う。この義務を、安全配慮義務という。例:
雇用契約
(
使用者が労働者に対して負う)
。債務者が、契約上の債務の履行によって
生ずる生命身体健康についての危険から、債権者を保護すべき義務は、タ
イプ? と区別されるべきである。例:
旅客運送契約(
安全に運ぶ)。契約の合
意内容に当然に含まれていると解する。
[03]
タイプⅡ:
ある法律関係にもとづいて特別の社会的接触の関係に入っ
た当事者間に生ずる生命身体健康についての危険から相手方を保護すべ
き義務。ある法律関係とは、私法上の契約関係を除く。実際には、雇用契約
類似の関係において問題となる。
■例題
(
1) 自動車販売店Oは、Pとの間で、5月1日、新車の販売契約を締結した
が、Pへの納車が、契約で定めた日である6月10日から3ヵ月遅れた。
Pの代金支払は12月20日に全額と契約で定められていた。PとOとの
法律関係はどのようなものか。
(
2) 自動車販売店Oは、Pとの間で、5月1日、新車の販売契約を締結した
92
2004 年度前期
民法Ⅰ
山田誠一
が、Pへの納車が、契約で定めた日である6月10日から3ヶ月遅れた。
Pの代金支払も6月10日に全額と契約で定められていて、Pの代金支
払も3ヶ月遅れた。PとOとの法律関係はどのようなものか。
(
3) 自動車販売店Oは、Pとの間で、5月1日、新車の販売契約を締結した
が、Pへの納車が、契約で定めた日である6月10日から3ヶ月遅れた。
それは、6月初めから、9月初めまで、Pが海外にでかけていて、Oは、
6月10日に引き渡せるよう準備していたにもかかわらず、引き渡しを行
なうことができなかったという事情による。Pの代金支払は12月20日に
全額と契約で定められていた。PとOとの法律関係はどのようなもの
か。
(
4) Qは自己が所有する建物とその敷地を、4月15日Rに売却した。引き
渡しを、7月10日と定めたが、6月の集中豪雨で建物が全壊した。Qと
Rの法律関係はどのようなものか。
(
5) Qは自己が所有する建物とその敷地を、4月15日Rに売却した。引き
渡しを、7月10日と定めたが、6月にQの失火で建物が全焼した。Qと
Rの法律関係はどのようなものか。
(
6) S石油会社は、T化学会社との間で、石油製品100トンの売買契約を、
5月20日に締結した。引き渡しは、8月1日と定められた。S石油会社
を含む数社による、この石油製品の国内年間生産量は10万トンであ
った。その後、S石油会社は、6月から7月末まで、事故による工場の
操業停止があり、7月末時点での、S石油会社内のこの石油製品の在
庫はなくなっていた。SとTの法律関係はどうか。
(
7) S石油会社は、T化学会社との間で、石油製品100トンの売買契約を、
5月20日に締結した。引き渡しは、8月1日と定められた。S石油会社
を含む数社による、この石油製品の国内年間生産量は10万トンであ
った。その後、S石油会社は、7月30日に、T化学会社に送るため、石
93
2004 年度前期
民法Ⅰ
山田誠一
油製品100トンを輸送船に積み込んだが、輸送中に、船舶事故があり、
この石油製品100トンは流出し、消失した。SとTの法律関係はどうか。
94
2004 年度前期
民法Ⅰ
山田誠一
第18回 契約の解除
[
Ⅳ第2
章Ⅳ]
[
18.01]契約の拘束力
[
01
]契約の拘束力:
契約が有効に成立すると、当事者はその契約に拘束さ
れる。契約が有効に成立すると、当事者は、その契約によって成立した債務
を負う。
[
02
]履行による債務の消滅:
契約によって成立した債務は、債務を負う当事
者が履行すると消滅する。ただし、債権者が給付を保持することができるの
は、債権の効力としての給付保持力により、それは、契約が有効に成立して
いるからである。
[03]契約の拘束力からの離脱:
契約の当事者の一方は、一方的にその拘
束力から免れることはできない。しかし、一旦契約に拘束された後も、両当事
者が、その契約を解消することに合意をすれば、両当事者ともに、契約の拘
束力から免れる。これを、契約の合意解除という。合意(
契約)
によって成立し
た拘束力は、合意によって解消することができる。
[
18.02]解除とは何か
[
01
]解除とは:
契約の当事者の一方は契約の拘束力から一方的に免れるこ
とができないという原則に対する例外である。一定の事由があるとき、一方当
事者が、一方的に契約を解消し、それによって、両当事者が同時に契約の
拘束力から免れることを可能とする制度である。
[02]解除事由:
一定の事由のことを解除事由 という。法律が定める解除事
由と、両当事者が予め契約によって定める解除事由(
約定解除事由)
とがあ
る(
540
条)
。
[
03]解除権:
解除事由が存在する場合、契約を一方的に解消することがで
きる立場を、解除権という。解除権を有する者を、解除権者という。解除権者
95
2004 年度前期
民法Ⅰ
山田誠一
は、契約を解消するかどうかを、自由に決めることができる。
[04]解除事由と解除権の関係:法律・
契約が解除事由を定める場合、法
律・
契約は、同時に、解除権を、契約のいずれの当事者が有するか、または、
両当事者が有するかを定める。通常は、ある解除事由についての解除権は、
契約の一方当事者のみが有する。
[
05
]解除の意思表示:
解除権を与えられた当事者が、契約を一方的に解消
する旨の意思表示をすること。単独行為である。相手方の同意は必要がない。
このことを、「
解除権を行使する」
とも、「
契約を解除する」
ともいう。
[06]債務不履行にもとづく解除:
解除事由の最も重要なものが、相手方の
債務不履行である。民法は、債務不履行にもとづく解除について、541条と
543条を定めている。2つの規定は、二つのタイプの債務不履行を定めてい
る。
[
18.03]541条の債務不履行(
タイプⅠ)
[01]解除事由と解除権者 :
一方が債務を履行しないとき、相手方は解除権
を有する。
[
02
]「
債務を履行せざるとき」
という要件:
債務が履行不能の場合(
タイプⅡ)
を除く。したがって、履行が可能ではあるが、履行されていない場合をいう。
催告と、規定には定められていないが、債務者に帰責事由があることが要件
とされる。履行期に履行がなされていない履行遅滞が、タイプⅠの典型であ
る。
[
03
]履行遅滞の要件:①確定期限(
期限の到来によって、履行遅滞となる。
412条1項)
、②不確定期限(
期限の到来を債務者が知ったとき、履行遅滞と
なる。同条2項)
、③期限がない場合(
債務者が請求を受けたとき、履行遅滞
となる。同条3項)。損害賠償のための債務不履行としての履行遅滞と共通
である。
96
2004 年度前期
民法Ⅰ
山田誠一
[
04]履行遅滞とならない場合(
例外)
:①債権が双務契約によって成立した
もので、反対債務の履行の提供がなく、債務者が同時履行の抗弁権を有す
る場合(
533
条)
、②弁済の提供をした場合(
492条)
。
[05]催告(
手続的要件):
履行を催促すること。履行を行なうための相当の
期間を定めて、催告を行なう。その期間が経過してもなお履行がない(
弁済
の提供もない)
場合、解除権が発生する。その期間中に履行(
弁済の提供で
もよい)
があると、解除権は発生しない。期間が相当でなくとも、また、期間を
定めていなくても、催告から相当の期間が経過し、かつ、弁済の提供がない
場合は、解除権は発生する(
判例)
。
[
06]催告が不要な場合:
定期行為(
542
条。契約をした目的を達成すること
ができない場合)
、無催告解除特約(
両当事者のあらかじめの解除の手続的
要件について合意)
がある場合、一方当事者に著しい不信行為がある場合。
[
07]その他の債務不履行:
賃貸借契約において目的物の使用方法が悪い
こと、借家人が無断で増改築をすること、借地上の増改築禁止特約がある場
合に増改築をすること。
[
18.04]履行不能による解除(
タイプⅡ)
[01]解除事由 と解除権者 :
債務者の帰責事由により履行が不能となったと
き、債権者は解除権を有する。
[02]履行不能の要件:
履行の全部または一部が不可能となったこと。不可
能とは、物理的な不可能だけでなく、取引通念上の不可能を含む。例:
火事
による滅失、二重譲渡。
[
03
]履行不能となった債権債務:
履行不能が債務者の帰責事由によるかど
うかにかかわらず 、履行不能となった債権債務は消滅する。しかし、解除をし
ない限り、契約の拘束力は原則としてある。解除をしてはじめて、当事者は契
97
2004 年度前期
民法Ⅰ
山田誠一
約の拘束力から免れる。ただし、解除権が発生するのは、履行不能 が債務
者の帰責事由による場合に限られる。それ以外の場合の法律関係は、危険
負担制度によって規律される。
[
18.05]その他の解除
[01
]売主の担保責任の効果としての買主の解除権 :
561条、565条、566
条、570条。売主の帰責事由が必要とされていない点に特色がある。催告も
不要。
[
02
]賃借権の無断譲渡転貸:
612条。
[
03
]請負人の瑕疵担保責任の効果としての注文者の解除:
635条。
[04
]請負人の仕事完成前の注文者の解除:
641条。ただし、解除をした注
文者は、損害賠償をしなければならない。
[05
]委任契約の両当事者の無事由解除:651条。契約の拘束力に対する
重要な例外である。解除をした者は、原則として、損害賠償 をする必要がな
い。
[06]事情変更による解除:
百選Ⅱ44事件(
長期に不安定な契約に拘束す
ることが信義則に反する場合)
。
[07
]類似の制度:
解除条件(127条2項)。一定の事実が発生したときに契
約の効力が消滅する旨の特約。解除権の行使を要しない。
[
18.06]解除の効果
[
01]効果:
解除によって、契約の効力が消滅し、両当事者は契約の拘束力
から免れる。当事者のどちらが解除したかを、原則として問わず、共通の効
果が生ずる。双務契約の場合は、債権債務毎に効果が問題となる。
98
2004 年度前期
民法Ⅰ
山田誠一
[
02]効果の2つの局面:
履行が行なわれているかどうかによって、具体的な
効果は異なる。①債務が履行されていないと、債権の給付保持力がなくなり、
履行を強制することもできなくなる。契約によって成立した債権債務 が消滅
すると考えることができる。②債務が履行されていると、履行を受けた者(
債
権者、返還義務者)
は相手方(
債務者、返還請求権者)を原状に復させる義
務を負う(545条1項)。
[
03
]売買契約が解除された場合:
代金の支払については、①未履行であれ
ば支払義務がなくなり、②既履行であれば買主は売主に返還請求をすること
ができる。物の引渡しについては、③未履行であれば引渡す義務がなくなり、
④既履行であれば売主は買主に返還請求をすることができる。
[
04]返還義務の範囲:
金銭を返還する場合は、受領した時からの利息を支
払う(545条2項)
。物を返還する場合は、その物を返還する。使用利益につ
いても返還する。しかし、返還すべき物が滅失毀損した場合は、滅失毀損に
ついて返還義務者に帰責事由があるときは、価額を返還し、返還請求権者
に帰責事由があるときは、価額の返還義務を負わない。行為債務が履行さ
れている場合は、価額を返還する。
[
18.07]売買契約の解除による物の返還と第三者
[
01
]売買目的物の所有権の所在:
解除権の行使によって、当事者間では、
当然に、売買目的物の所有権は、売主に復帰する。解除とは別に、あらため
て、「
所有権を移転するための意思表示」
をする必要はない。
[02
]所有権移転登記 :
不動産が目的物で、所有権移転登記が行なわれて
いた場合は、買主は、所有権移転登記の抹消登記申請に協力する債務を
負う(
545条1項)
。
[03
]売買目的不動産の所有権の売主への復帰は、第三者に対抗すること
ができるか:
所有権移転登記が行なわれていた場合は、その所有権移転登
記の抹消登記をしなければ、第三者に対抗することができない(
177条)(
い
99
2004 年度前期
民法Ⅰ
山田誠一
わゆる「
解除後の第三者」
問題)
。
[
04
]解除前の第三者との関係:
解除による原状回復義務は、第三者が解除
前に取得した権利を害さない(
545条1項但書)
。ただし、第三者は対抗要件
(
不動産であれば、所有権移転登記)
を備えることを要する(
最判昭和33・
6・
14民集12巻9号1449頁)。第三者は、善意悪意を問わない。
[
18.08]解除と損害賠償の関係
[01]解除権の行使は損害賠償の請求を妨げない(
545条3項)
:
解除権を
行使し、原状に回復されても、なお損害がある場合は、解除権を行使したこ
とを理由に、損害賠償が成立しないということにはならない。
[02]損害賠償請求権の成立:415条の要件をみたすことが必要である。ま
た、416条が定める範囲で損害賠償が認められる。このときの損害賠償の性
質は、履行にかわる損害賠償義務(
履行利益の賠償)
であると考えられてい
る(
百選Ⅱ7 事件。解除当時の目的物の時価を標準とする)
。
[03]履行不能の場合:
売主の債務が売主の責めに帰すべき事由により履
行不能となった場合、買主は、? 解除して、代金債務を免れ、さらに損害があ
れば、損害賠償を請求することができ、? 解除せずに、目的物の価額を損害
として損害賠償を請求することができる(
この場合、代金債務からは免れな
い)
。
[
18.09]解除権の消滅
[01]返還すべき物の滅失毀損による解除権の消滅(548条)
:滅失毀損が
解除権者の帰責事由による場合は、解除権は消滅する。
[
02
]その他の解除権の消滅原因:
催告による消滅(
547条)、期間制限(
56
4条、566条)、時効消滅(167条1項。例:
賃料不払いを理由とする賃貸借
契約の解除)
。
100
2004 年度前期
民法Ⅰ
山田誠一
■例題
(
1) AとBは新車の売買契約 を締結し、買主Bは売主Aに代金を支払った。
AはBに車を引き渡さない。Bは、どのようにして代金の返還を実現す
ることができるか。
(
2) AとBは新車の売買契約を締結し、売主Aは買主Bに車を引き渡した。
BはAに代金を支払わない。Aは、どのようにして車を取り返すことがで
きるか。
(
3) CとDは、中古車の売買契約を締結した。代金の支払期日を7月15日
とし、中古車の引き渡しの履行期を7月30日とした。6月20日に、売主
Cが管理を怠ったため、売買目的物である中古車 を破損してしまった。
7月15日に、CがDに代金の支払を求めた。Dは代金の支払を拒むこ
とができるか。
(
4) CとDは、中古車の売買契約を締結した。代金の支払期日を7月15日
とし、中古車の引き渡しの履行期を7月30日とした。6月20日に、売主
Cは万全の管理を行なっていたが、売買目的物である中古車を破損し
てしまった。7月15日に、CがDに代金の支払を求めた。Dは代金の支
払を拒むことができるか。
101
2004 年度前期
民法Ⅰ
山田誠一
102
2004 年度前期
民法Ⅰ
山田誠一
第19回 危険負担
[
Ⅳ第2章Ⅲ3]
[
19
.01]
履行不能・
双務契約(
危険負担制度の前提)
[
01
]履行不能:
債務の履行が、物理的または社会通念上、なしえないことを
履行不能という。後発的履行不能(
①)
と原始的履行不能(②)
とに分けられ
る。
[02]後発的履行不能(①)
:
「債権成立 」
時において履行が可能であったが
後に不能となった場合をいう。履行が不能になったことにより、その債権は消
滅する【
重要】。履行不能が債務者の帰責事由にもとづく場合は、その債権
は損害賠償債権に「
転化」し得る(
債務不履行にもとづく損害賠償の要件を
みたす場合)。履行不能が債務者の帰責事由にもとづかない場合は、その
債権は消滅する(
何か、別の債権に「
転化」
することはない)
。しかし、危険負
担制度がもし存在しなかったとすると、その債権を成立させた契約は存続す
る(
後発的履行不能は、その債権を成立させた契約の無効原因でなく、終了
原因でない)
。
[
03]原始的履行不能(②)
:
「
契約締結」
時において既に履行が不能である
場合をいう。債権は成立しない。そのような債権を成立させようとした契約も
成立しない。
[04
]双務契約 :
ひとつの契約によって、契約の両当事者が、相互に債務を
負う契約。例:
売買契約、請負契約、賃貸借契約、有償の委任契約。双務契
約でない契約を片務契約という。例:
贈与契約、消費貸借契約、無償の委任
契約。
[
05
]反対債権:
双務契約によって成立した一方の債権から見た他方の債権
を、反対債権という。相対的な概念である。売買契約において、代金支払債
権の反対債権は、物の引渡し債権であり、物の引渡し債権の反対債権は、
代金支払債権である。
103
2004 年度前期
民法Ⅰ
山田誠一
[
19.02]危険負担とは何か
[01]危険負担とはどのような制度か:
双務契約によって成立した一方の債
権が後発的履行不能となって、その履行不能が債務者の帰責事由にもとづ
かない場合、反対債権が存続するかどうかを決定する制度である【
重要】
。ふ
たつの可能性がある(
反対債権が存続するか、存続しないかである)
。反対
債権が存続するかどうかは、後発的履行不能による不利益を、契約当事者
のいずれが負担するかを意味する。この後発的履行不能による不利益を、
「
後発的履行不能の危険」
という。したがって、反対債権が存続するかどうか
という問題が、後発的履行不能 の危険を、契約当事者のいずれが負担する
かという問題として理解されている。
[02
]第一の可能性:
反対債権も消滅する。その場合、反対債権の履行 (
反
対給付)
を受けられないか、給付保持力が消滅する。「
後発的履行不能の危
険」
を、履行不能になった債権の債務者が負担することになる。これを、危険
負担における債務者主義という。反対債権が消滅する理由として、双務契約
によって成立した二つの債権の牽連性が指摘されるが、双務契約であれば、
すべて反対債権が消滅するというのではない【
重要】
。
[
03]第二の可能性:
反対債権は存続する。その場合、反対債権の履行(
反
対給付)
を受けられ、給付保持力が存続する。「
後発的履行不能の危険」
を、
履行不能になった債権の債権者が負担することになる。これを、危険負担に
おける債権者主義という。
[
04]民法の解決:
民法は、第一の可能性(
債務者主義)
を危険負担制度の
原則的ルールと、第二の可能性(
債権者主義)を危険負担制度の例外的ル
ールと位置づけたと理解することができる。危険負担制度の原則的ルールは、
双務契約によって成立した二つの債権の牽連性を示す制度のひとつであり、
ほかには、同時履行の抗弁権(
533条)
がある。
[
05]例外:
債権者主義(
危険負担制度の例外的ルール)
が適用される場合
104
2004 年度前期
民法Ⅰ
山田誠一
は二つある。①契約の目的が特定物に関する物権の移転の場合(
534条)
、
②債権者の帰責事由による履行不能の場合(
536条2項)
。
[
06]用語法:
民法534条から536条によって規律される危険負担制度にお
ける「
危険」
を対価危険ということがある。反対債権が存続するかどうかを決定
する制度であるからである。そこでは、反対債権の給付(
反対給付)
を、対価
とみている。
[
19.03]危険負担制度における債務者主義(
原則)
[01]要件:
契約の目的により債権者主義が適用される場合(
例外①。534
条)
を除き、履行不能が債務者および債権者双方の帰責事由によらない場
合(
536条1項)
。履行不能が債務者の帰責事由による場合は、危険負担の
問題ではなく、債務不履行の問題(
その効果は、損害賠償(
415条第2文)
と
解除(
543条)
である)
となる。履行不能が債権者の帰責事由による場合は、
危険負担制度の例外的ルール②(
536条2項)
が適用される。
[
02]効果:
債務者は反対給付(
反対債権にもとづく給付)
を受ける権利を有
しない(
536条1項)
。反対債権は、危険負担制度によって、消滅するというこ
とである。このことは、契約の拘束力が消滅することでもある。
[
03
]例:
賃貸借目的物が官庁の決定により賃借人が使用することができなく
なった場合(
賃貸人の帰責事由による場合でもなく、賃借人の帰責事由によ
る場合でもない)
、賃貸人の賃料支払債権は消滅する(
賃貸人の、賃貸借目
的物を使用させる債務は消滅する)。請負契約の目的物が完成前に天災に
よって滅失した場合(
注文主の帰責事由による場合でもなく、請負人の帰責
事由による場合でもない)
、請負人の代金支払債権は消滅する(
請負人の、
目的物を完成させる債務は消滅する)
。
[
19.04]危険負担制度における債権者主義:
契約の目的による場合(
例外
①)
[
01]要件:
契約の目的が特定物の物権の設定または移転である場合(
534
105
2004 年度前期
民法Ⅰ
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条1項)
。履行不能 (
特定物の滅失または毀損)
が、債務者および債権者双
方の帰責事由によらない場合と、債権者の帰責事由による場合とを含む。特
定物の所有権の移転を契約の目的とする場合が典型例である。賃貸借契約
は、特定物を目的とするものであるが、特定物の物権の設定または移転を目
的とするものではない。
[02]特定物が滅失または毀損した場合(
534条1項)
:
物理的な滅失・
毀損
による履行不能にほかに、法律上の権利の消滅(
例:
収用)による履行不能
を含む。しかし、物理的に存在し、債務者の法律上の権利も消滅していない
が、法律上移転することができないことによる履行不能は含まれない。
[03
]滅失・
毀損の時期:
契約締結時(
債権成立時)から、引渡し時(
債権消
滅時)までに生じた滅失・
毀損が問題となる。引渡した後は、危険負担制度
の対象外であり、所有者(
債権者)
が自己の物の滅失・
毀損の不利益を負担
するという原則に従う。契約締結前も、危険負担制度の対象外であり、所有
者(
債務者)
が自己の物の滅失・
毀損の不利益を負担するという原則に従う。
[
04
]効果:
「
債権者の負担に帰す」
(
534条1項)
。その意味は、後発的履行
不能の危険は、債権者が負担するということである。したがって、反対債権は
存続する。例えば、売買目的物の家屋が引き渡し前に天災で滅失した場合、
買主(
債権者)
の代金支払債務は消滅しない。
[05]危険の移転:534条1項が定めている規律の内容を、契約締結時に、
債務者から債権者に、危険が移転するといい、危険の移転時期が、契約締
結時であるともいう。①契約締結時以前は、所有者が自己の物の滅失・
毀損
の不利益を負担し、②契約締結時以後は、債権者が滅失・
毀損の不利益を
負担する。契約締結時に、滅失・
毀損の不利益を負担する者が、交替してい
るからである。契約締結後は、所有者が誰かを問題としない点に、危険負担
制度の特色がある。
[
06]債権者主義とされる理由:
契約締結後、特定物の価額の増減は、債権
106
2004 年度前期
民法Ⅰ
山田誠一
者に帰属する。また、物理的な変化にもとづく価値の増加(
動植物の成長)
も、
債権者に帰属する。したがって、物理的な価値の減少(
物の滅失、毀損)
は、
債権者に帰属する。
[
07
]民法534条1項に対する批判:
民法534条1項に対しては、学説から強
く批判されている。危険の移転時期を、より遅くすべきであるという批判である。
学説の考え方は、多岐に分れるが、当事者が所有権の移転時期または果実
収取権の移転時期 を定めた場合には、その時点で危険が移転するというも
のが代表的である。
[08
]危険の移転時期に関する特約:
特約により、危険の移転時期を遅くす
ることは可能である。例えば、目的物の引渡し時に危険が移転する旨を定め
ることは可能である。
[
09]不特定物に関する契約の場合(
534条2項)
:
物が確定(
特定ということ
が多い)
した時から、534条1項の規定を適用する。物の確定は、401条2項
による。物の確定時に危険が移転することになる(
すなわち、契約の締結時
に、債務者から債権者に、危険は移転しない)
。物の確定前は、種類債権は
履行不能とならない。
[19.05]危険負担制度における債権者主義:
債権者の帰責事由による履
行不能の場合(
例外②)
[01]要件:
契約の目的により債権者主義が適用される場合(
例外①。534
条)
を除き、履行不能が債権者の帰責事由による場合。
[
02]効果:
債務者は反対給付を受ける権利を失わない(
536条2項)
。反対
債権は存続するということである。例えば、請負契約で、注文者が理由なくそ
の仕事を第三者に行なわせた場合、請負人の報酬支払債権は消滅しない。
[03
]利益の償還:
債務者が自己の債務を免れたことにより利益を得た場合、
債務者は、その利益を債権者に償還(
返還)
しなければならない(
536条2項
107
2004 年度前期
民法Ⅰ
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但書)。二重の利得を認めない趣旨である。例えば、請負契約 で、注文者
(
A)
が理由なくその仕事を第三者(C)
に行なわせた場合、請負人(B)
が、A
のために仕事をすることができなくなったため、他の者(
D)
のために仕事をし
て報酬を得たとき、その報酬をAに償還しなければならない。
[
19.06]代償請求権
[01
]代償請求権が問題となる状況:
契約の目的により債権者主義(
危険負
担制度の例外的ルール①)
がとられる場合に、債務者が自己の債務を免れ
たことにより利益を得ることがある。例えば、売買目的物が家屋で、契約締結
後、火災によって滅失し、債務者(
売主)
が、火災保険契約を締結していて、
損害保険会社から、債務者に火災保険金が支払われた場合、債務者が、債
権者(
買主)
からも代金を受け取った(
534条1項もとづいて)
とき、問題となる。
債務者には、火災保険金と、代金と二重の利得が生じていないかという問題
である。
[
02
]判例のルール:
債務者は、自己の債務を免れたことにより得る利益を債
権者に償還しなければならない。この返還請求権を、「
代償請求権」
という。5
36条2項但書(
危険負担制度の例外的ルール②の場合に、利益が生じたと
きの償還)
と共通の趣旨のルールである。しかし、民法にこのことを定める規
定はない。
■例題
(
1) EとFとの間で、E所有の建物の賃貸借契約を、期間を5年として締結
した。賃貸借が始って、2年経過したところで、目的物である建物が焼
失した。焼失の原因が、Eの帰責事由にもよらず、Fの帰責事由にもよ
らないとき、EとFとの間の法律関係はどうなるか。
(
2) EとFとの間で、E所有の建物の賃貸借契約を、期間を5年として締結
した。賃貸借が始って、2年経過したところで、目的物である建物が焼
失した。焼失の原因が、Eの帰責事由によるとき、EとFとの間の法律関
係はどうなるか。
108
2004 年度前期
民法Ⅰ
山田誠一
(
3) EとFとの間で、E所有の建物の賃貸借契約を、期間を5年として締結
した。賃貸借が始って、2年経過したところで、目的物である建物が焼
失した。焼失の原因が、Fの帰責事由によるとき、EとFとの間の法律関
係はどうなるか。
(
4) GとHとの間で、建物の売買契約が5月10日に、締結された。建物の
引き渡しの履行期を7月10日としたが、6月20日の集中豪雨で、建物
が倒壊した。Gは、I
損害保険会社との間で、建物損害保険契約を締
結していたため、建物の倒壊によって、I
損害保険会社に対して、損害
保険金請求権を取得した。GとHの法律関係はどうなるか。
109
2004 年度前期
民法Ⅰ
山田誠一
110
2004 年度前期
民法Ⅰ
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第20回 弁済の提供・
受領遅滞、債権の消滅
[
Ⅲ第3章Ⅴ、第7章Ⅱ2、3、Ⅳ]
[
20.01]弁済の提供の効果
[
01]債務者による弁済の提供:
弁済がなくても、債務者が一定のことを行な
った場合には、債務者は債務不履行責任を免れる。公平の考慮にもとづく
制度である。ただし、弁済の提供によって、債務は消滅しない。
[02]弁済の提供の効果(492条):①損害賠償責任を免れる。②双務契約
から生じた場合は解除されない。③担保権 を実行されない。強制執行を免
れることはない(
異論もある)
。
[
20.02]弁済の提供の要件
[
01]要件:
債務者としてなすべきことをすべてなしたが、受領その他債権者
の行為が必要なため弁済が完了しない場合。具体的には、2通りの要件があ
る。
[
02]現実の提供(
要件①。493条本文 )
:
債務の本旨にしたがった提供。契
約通りの内容の債務について、定められた時期に、定められた場所で、債権
者の協力がないために履行を完了することができないという
程度に、すべて
のことをなすこと。
[
03]金銭債務の場合:
全部の額の提供を要し、一部の額の提供では足りな
い。個人振出の小切手は提供とならない。
[
04]
物の引渡し債務の場合:
目的物の量に不足がある場合は、現実の提供
とならない。
[05]口頭の提供(
要件②。493条但書):
債権者が予め受領を拒むか、債
務の履行について債権者の行為を要する場合、準備をしたことの通知と受
領の催告で弁済の提供となる。これを口頭の提供という。債務者に要求され
111
2004 年度前期
民法Ⅰ
山田誠一
る行為の程度を公平上軽減したものである。「
債務の履行について債権者の
行為を要する」
とは、弁済に先立って債権者の行為が必要な場合であり、単
に債権者の受領を要することを意味するのではない。
[06
]口頭の提供も要しない場合:
不動産賃貸借契約の賃料支払債務につ
いて、債権者(
賃貸人)
が受領しない意思が明確であると認められる時は、口
頭の提供をせずに、債務者は免責される(
判例)
。
[
20.03]受領遅滞
[
01
]弁済の提供と受領遅滞:
債務者が責任を免れるという効果を生じさせる
制度が、弁済の提供であり、債務者に生じた不利益 を債権者が負担する制
度が、受領遅滞である。両者は相互に独立の制度であり、それぞれ固有の
効果が与えられるべきである。しかし、受領遅滞に関する民法413条は、「
遅
滞の責に任ず」
と規定するにとどまる。
[02
]効果:
①債務者の目的物の保存義務 (
400条)
の軽減。②債務者から
債権者への危険の移転(536条1項にあたる場合。債務者主義が修正され
る)
。③受領遅滞によって増加した費用を債務者は債権者に請求することが
できる。
[
03
]受領義務を認めるかどうか:
以上のほかに、債権者に受領義務を認め、
その義務に違反するとして、債務者から債権者に対する損害賠償請求や、
債務者の行なう解除権を認めるかどうかという
問題がある。判例は、原則とし
て認めない。しかし、継続的な契約関係で、個別具体的な場合に即して、契
約の解釈や信義則により、債権者の受領義務を認めることができる場合はあ
る。その場合は、受領義務違反を理由として、債務者は債権者に対して、損
害賠償請求をすることができる(
百選Ⅱ9事件)。この場合には、債権者の帰
責事由が必要である。
[
04]要件:
2種類のタイプがある。①と②か、①と③をみたすことが必要であ
る。帰責事由は必要がない。①履行の提供があったこと。弁済の提供があっ
112
2004 年度前期
民法Ⅰ
山田誠一
たことであり、493条の規定通りである。②債権者が履行を拒んだこと。弁済
の提供が口頭の提供で足りるための要件である「
受領を拒んだこと」
と共通す
る。③債権者が履行を受けることができないこと。
[
20.04]同時履行の抗弁権【
一部再論】
[
01
]同時履行の抗弁権の効果(
533条)
:
同時履行の抗弁権が成立すると、
債務者は履行を拒むことができる。具体的には、①債務不履行による損害賠
償の不成立、②債務不履行による解除権の不成立のほかに、③債権者の履
行を求める請求に対して、裁判所は、債権者の反対債務の履行と引き換え
に履行することを、債務者に命ずる。この判決を引換給付判決という。例えば、
「
被告は原告に対し、金100万円の支払を受けるのと引き換えに、本件機械
を引き渡せ」
という判決となる。
[
02
]同時履行の抗弁権の要件:
①双務契約であること、②反対債権の履行
期が到来していること、③債権者が反対債務の履行をせず、その履行の提
供もしないこと。したがって、弁済の提供(
履行の提供)
をすると、自己の債務
不履行責任の成立を阻止し、相手方の同時履行の抗弁権の成立を阻止す
ることになる(
相手方の債務不履行責任の成立を可能とする)
。
[
20.05]種類債権の債権の目的の特定(
集中)
【
再論】
[
01
]種類債権の特定:
種類債権の債権の目的が特定すると、債務者は、特
定された物についてのみ、引き渡し債務を負う。したがって、履行不能は生じ
うる。債務者に帰責事由があれば、債務不履行となり(
損害賠償 、解除が問
題となる)
、債務者に帰責事由がなければ、双務契約の場合、危険負担の債
権者主義が適用される(
534条2項)。
[02
]特定の要件:
特定は、当事者の合意により行なわれる。当事者の合意
がない場合、①給付に必要な行為の完了、または、②債権者の同意を得て
する債務者による物の指定により特定する(
401条2項)
。
[
20.06]代物弁済
113
2004 年度前期
民法Ⅰ
山田誠一
[
01]代物弁済とは何か:
債務者が債権者の承諾を得て、その負担した給付
に代えて他の給付をすることを代物弁済という。
[
02
]要件:①債権者と債務者の合意(
債権の内容である甲という給付に、乙
という給付を代えること)
、②乙という給付が行なわれること。①②の両者が必
要である。①だけでは、代物弁済にはならず、したがって、債権は消滅しな
い。②だけでも、代物弁済にならず、債権は消滅しない。②の給付は、弁済
にならないため、債権者は、その給付について、給付保持力を有しない。
[
03]効果:
債権が消滅する。債権者は、代物弁済の給付について、給付保
持力を有する。
[
04
]具体例:
Aが、Bに対して100万円の債務を負っていた。Aが、Bの承諾
を得て、100万円の支払の代わりに、Aが所有する自動車の所有権を、Bに
譲渡した。これによって、100万円の債務は消滅し、Bは、自動車について、
給付保持力を有する。
[
20.08]民法上の供託
[01]民法上の供託とは何か:弁済の目的物を、一定の国家機関等に寄託
することによって、債務者が一方的に債務を消滅させることを、民法上の供
託という。民法は、単に、供託と定める。しかし、他の趣旨にもとづく供託制度
(
例えば、民事執行法上の供託)
もあり、それらと区別する趣旨で、民法上の
供託という。弁済供託とよばれることもある。供託は、多くの場合は、金銭の供
託である。
[
02
]要件:
債権者の受領拒絶(①)
、債権者の受領不能(
②)
、または、債権
者の確知不能 (
③)
のいずれかの場合でなければならない。①債権者の受
領拒絶には、弁済の提供を要する。すなわち、債権者が現実の提供したが、
受領を拒んだ場合、または、債権者が予め受領を拒んだときは、口頭の提供
した場合(
判例)
、債権者の受領拒絶が認められる。ただし、債権者が受領を
しないことが明確なときは、提供をする必要はない(
判例)
。②債権者の受領
114
2004 年度前期
民法Ⅰ
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不能とは、例えば、事実上、受領できない場合である。受領できないことが、
債権者の帰責事由にもとづくことを要しない。③債権者の確知不能 とは、弁
済者(
債務者)
の過失なくして、債権者を確知することができない場合(
債権
者が誰であるか分からない場合)
をいう。
[
03
]供託手続:
債務履行地の供託所(
法務局など)
に、債務者が、供託を行
なう(
495条)
。
[
04]効果:
債権が消滅する(
494条)
。その債権を被担保債権とする抵当権
も消滅する。その結果、供託をすると直ちに、強制執行や抵当権の実行を中
止させることができる。債務の履行について債権者の協力が得られない場合、
弁済の提供、債権者の受領遅滞の要件をみたす場合があるが、それらはい
ずれも、債務の消滅という効果をもたない。
[
05
]債権者の供託物交付請求権:
供託所に対して、債権者は、供託物の交
付を請求することができる。
[
20.09]更改
[01]更改とは何か:
債権者と債務者の合意によって、従来の債務を消滅さ
せ、従来の債務に対して債務の要素が変更された新規の債務を成立させる
ことであり、これにより、従来の債権は消滅する(
513条)。例えば、自動車の
所有権を移転する債務を消滅させ、1年後に100万円を支払う旨の金銭債
務を成立させる合意。
[
02
]債務内容を変更する合意:
例えば、自動車の所有権を移転する債務の
内容を、車体の色をグレー からシルバーに変更する合意は、「
債務の要素」
の変更にあたらず、更改にはあたらないと
解すべきである。
[
20.10]免除
[
01
]免除とは何か:
債権者が債務者に対して債務を免除させる旨の意思表
示(
単独行為)
であり、これにより債権は消滅する(
519条)
。債務者は無償で、
115
2004 年度前期
民法Ⅰ
山田誠一
債務を免れることになる。
[
20.11]【
補論】
相続による権利義務の移転
[01]人の死亡と相続:人が死亡すると、その人が死亡前に有していた権利
や義務は、相続によって、相続人に移転する。所有権が移転し、債権が移転
し、債務も移転する。
[02]相続人:
誰が相続人になるかは、民法が定める(887条(子)、889条
(
親、兄弟姉妹)
、890条(
配偶者)
。ただし、例えば、子がいるときは、親は相
続人にならない。親がいるときは、兄弟姉妹は、相続人にならない。このよう
な相続の順位についても、定めがある)。民法が相続人と定めた者を、法定
相続人という。
[
03
]単独相続と共同相続:
相続人が一人の場合、その一人の相続人に、被
相続人の全財産(
権利も義務も)
は移転する(896条)。相続人が複数の場
合、その複数の相続人に、共同して、被相続人の全財産は移転する(898
条)
。その後、遺産分割手続が行なわれる(
906条)
。
[
20.12]混同
[01]混同とは何か:
或る債権債務の債権者と債務者とが同一人となった場
合、その債権は消滅する(520 条)
。例えば、債権者が債務者を単独相続し
た場合、債務者が債権者を単独相続した場合。
■例題
(
1) MはNに対して売買契約にもとづく300万円の代金支払債務を負って
いた。Mは履行期に現金300万円を用意してNの営業所に出向いた。
しかし、Nが受領をしないため、支払わずに持ち帰った。その後、Nが
Mの債務不履行を理由に、売買契約の解除の意思表示を行なった。
NとMの法律関係はどうなるか。
(
2) MはNに対して売買契約にもとづく300万円の代金支払債務を負って
116
2004 年度前期
民法Ⅰ
山田誠一
いた。Mは履行期に現金300万円を用意してNの営業所に出向いた。
しかし、Nが受領をしないため、支払わずに持ち帰った。その後、Nが
Mに対して、代金と履行期以後の遅延損害金との支払を求めて訴え
を提起した。NとMの法律関係はどうなるか。
(
3) Oは、じゃがいも100キログラムを、種類、品質、等級を定めてPに売
却した。Oの倉庫には、500キログラムのじゃがいもがあり、Pへの履行
のためのじゃがいもも区別されていない状態で含まれていたが、それ
らは、倉庫の倒壊で商品価値を失った。OとPの法律関係はどうなる
か。
(
4) Oは、じゃがいも100キログラムを、種類、品質、等級を定めてPに売
却した。Oの倉庫には、Pへの履行のためのじゃがいも100キログラム
が他と区別されて、Pが受け取りにくれば即時に引渡せる状態となって
いたが、それは、倉庫の倒壊で商品価値 を失った。OとPの法律関係
はどう
なるか。
117
2004 年度前期
民法Ⅰ
山田誠一
118
2004 年度前期
民法Ⅰ
山田誠一
第21回 物・
所有権・
物権的請求権
[
21.01]
物[
Ⅰ第3章Ⅰ、Ⅱ、Ⅲ][
Ⅱ第1章]
[01]
価値のあるもの:
現代社会においては、様々な価値のあるものがある。
人の生命・
身体・
健康、人の労働、名誉・
プライバシー・
評判、土地、建物、
自動車、機械、貴金属、衣服、水、食料品、動物、金銭、株式、社債・
国債、
銀行預金、電気、光、情報、アイデア、ブランド、環境、時間などである。
[02]
物:
民法は、価値のある様々なもののうち、物を、所有権が成立する対
象(
客体)とした。価値のあるもので、物以外のものは、所有権とは異なる方
法で、法的に規律される。
[03]
物とは何か:
有体物である(
固体、液体、気体いずれでもよい)
(
85条)
。
有体物とは、形をもって存在するものである。電気、光、情報、アイデア、ブラ
ンド、環境、時間は、物ではない。また、人の生命・
健康、人の労働、名誉・
プ
ライバシー・
評判も物ではない。株式と社債は、それを発行した会社に対す
る権利であり、国債は、それを発行した国に対する権利であり、銀行預金は、
預金を預けた銀行に対する権利であり、したがって、物ではない。
[
04]
人の身体:
人の身体は、形をもって存在するものである。しかし、人の身
体またはその一部に、その人以外の人が権利を有することは 、個人の尊厳
に反する。したがって、人の身体は、物ではない。
[05]
物の分類:
物は、不動産と動産とに分けることができる。不動産と動産
は、いずれにも所有権が成立する。しかし、不動産と動産は、様々な局面で、
異なる法的規律に服する。
[06]不動産:
土地と、その定著物が不動産である(
86条1項)
。土地の定著
物とは、土地に直接または間接に固定されているものをいう
。建物、土地に
生えている樹木(
立木という)、石垣・
敷石・
庭石などが、土地の定著物であ
る。
119
2004 年度前期
民法Ⅰ
山田誠一
[07]
土地から独立した不動産:
建物は、つねに、土地から独立した不動産
である【
重要】。立木は、原則として、土地から独立した不動産ではないが、
明認方法を伴う譲渡が行なわれた場合、または、立木法の登記が行なわれ
た場合、土地から独立した不動産となる。土地の定著物が、土地から独立し
た不動産である場合、その定著物は、土地とは別に譲渡することができ、抵
当権を設定することができる。土地の定著物が、土地から独立した不動産で
ない場合、その定著物は、土地とは別に譲渡することができず、抵当権を設
定することができない。
[08]
動産:
物であり、不動産でないものが動産である。自動車、機械、貴金
属、衣服、水、食料品、動物、金銭などは、動産である。ただし、自動車と、
機械の一部は、法律上不動産と同様の規律に服することがある。また、金銭
は、動産についての規律とは異なった規律に服する局面がある。
[09]
主物・
従物:
ある物(
甲)とは別個の物(
乙)
が、継続して甲の経済的効
用を助けるものである場合、甲が主物、乙が従物となる(87条1項)。甲につ
いての所有権の移転・抵当権の設定が行なわれたとき、乙についても所有
権の移転・
抵当権の設定が行なわれる(
87条2項)。ただし、所有権移転の
当事者(
売主と買主)、抵当権設定の当事者(抵当権設定者と抵当権者)
と
が、従物を移転・
設定の対象外とした場合は、それにしたがう
。「
抵当権の効
力の及ぶ目的物」
を判断する際に、基準となる。
[10]
元物・
果実:
①物(
元物)
の用法にしたがい収取する産出物(
経済的収
益)
を天然果実といい、収取する時点の元物の所有者(
または、元物の所有
者から元物の使用収益権を与えられている者)
に、その天然果実の所有権
は属する(
88条1項、89条1項)
。みかんの果実の所有権は、その収穫時の
みかん畑(
土地)
の所有者に帰属する。②物(
元物)
の使用の対価として支払
い受ける金銭を法定果実といい、その支払いを受ける権利は、元物の所有
権の譲渡人と譲受人に、所有者である期間の日割りで、帰属する(
88条2項、
89条2項)。ただし、元物の譲渡人と譲受人の間で、法定果実の帰属につい
120
2004 年度前期
民法Ⅰ
山田誠一
て、別の内容を定めていれば、それにしたがう。4月20日に建物が譲渡され、
その建物が賃貸されていた場合、4月分の賃料のうち、20日分が譲渡人に
帰属し、10日分が譲受人に帰属する。
[
21.02]
所有権[
Ⅱ第4章Ⅲ]
[01]所有権とは何か:
物を、全面的に支配することができる権利である。民
法は、所有権を、法令の制限内において、自由にその所有物(所有権の客
体である物)を使用、収益、処分することができる権利と定めている(206
条)
。
[
02]
自由な使用・
収益・
処分:
所有者は、何者かから、使用する物を引渡し・
明渡しを求められても、引渡し・
明渡しをする必要はない。所有者は、何者か
から、使用することの受忍を求められても、受忍をする必要はない。所有者は、
何者かから、物を使用して得た利益の返還を求められても、返還をする必要
はない(
物を使用して得た利益は、法律上の原因のある利益である)
。所有
者は、物を譲渡することができ、譲受人は、所有権を取得する(
所有者でな
い者は、売主として、売買契約 を締結しても、物を譲渡することができず、買
主は、所有権を取得しない)
。所有者は、物を消費し、廃棄することができる
(
何者かから、物の消費や廃棄を理由に、損害賠償 を求められても、損害賠
償をする必要はない)
。
[
03]
法令の制限:
様々な制限がある。例えば、土地の所有権に対する制限
として、①建築基準法にもとづく建物の高さ制限、容積率の制限、②民法の
相隣関係の規定にもとづく隣地所有者の使用の受忍義務などがある。また、
何人も、銃砲を所持できない(
銃砲刀剣類所持等取締法)、何人も、麻薬を
施用できず、所持できない(
麻薬及び向精神薬取締法)
。
[
04]1つの物に複数の所有権が成立するか。①1つの物に、物の全部につ
いて、自由に使用収益処分をすることができる、複数の所有権は成立しない
(成立し得ない)
。なぜならば 、複数の所有権のいずれもが、自由な使用収
益処分を内容とすることは、論理的に成り立たないからである。②1つの物を、
121
2004 年度前期
民法Ⅰ
山田誠一
物理的に区分して、その一部分毎に、自由に使用収益処分をすることができ
る、複数の所有権は成立しない。例えば、1棟の建物の1階に A の所有権が、
2階にBの所有権が、同時に成立することはない。また、300頁の本の前半1
50頁に C の所有権が、後半150頁に D の所有権が、同時に成立することは
ない。このような複数の所有権は、論理的には成り立ちうるが、法律関係を錯
綜させ、その結果、取引の安全を害するため、成立しないこととされる。ただ
し、区分所有建物(
いわゆる分譲マンション)
では、1棟の建物の一部に、所
有権が成立する(
建物区分所有法)
。
[
05]
土地の所有権:
土地については、登記上、人為的に区分された範囲を
「
一筆の土地」
とし、通常、一筆の土地を単位として、取引が行なわれ、一筆
の土地が、所有権の客体となる。しかし、一筆の土地の一部を譲渡すること
は可能であり、その場合、一筆の土地の一部に、所有権が成立する。
[
21.03]
物権的請求権(
その1)
[
Ⅱ第2章]
[01]
物権:
所有権は、物権である。物権には、所有権のほかに、地上権や
抵当権などの権利がある。
[
02]
物権的請求権:
物権を有する者が行使することができる権利として、物
権的請求権がある。物権的請求権とは、物権の行使が妨げられているとき、
物権を有する者が、妨げている者に対して、本来の状態に戻すことを求める
権利である。しかし、その物権が、所有権であるか、地上権であるか、抵当権
であるかによって、物権的請求権の内容は異なる。また、物権であっても、物
権的請求権が認められない権利もある(
留置権など)
。
[03]
所有権にもとづく物権的請求権:
物権的請求権のなかで、最重要のも
のである。所有者は、所有権の行使(
使用、収益)
を妨害する者に対して、妨
害を止めるよう求めることができる。第三者が物を事実上支配しているときは、
その者に対して、物の引渡し・
明渡し・
立ち退きを求めることできる。第三者が
物を使用しているときは、その者に対して使用の停止を求めることができる。
例えば、第三者が、土地を通行する場合は、土地の所有者は、第三者に、
122
2004 年度前期
民法Ⅰ
山田誠一
通行の停止を求めることができる。ただし、所有者と第三者との間で、賃貸借
契約や使用貸借契約が締結され、第三者が使用収益権を有するときは、所
有者は、そのような第三者に対して、所有権にもとづく物権的請求権 を行使
することはできない。所有者が第三者に使用収益させる義務を負うためであ
る。
[
04]
第三者には故意・
過失が必要か:
物を事実上支配し、または、物を使用
する第三者が、所有者の利益を害する意図がなく、また、自らが所有者でな
いことを知らず、さらに、知らないことに過失がない場合、第三者には、故意
または過失がないということができる。しかし、所有者は、第三者に故意また
は過失がなくても、所有権にもとづく権的請求権を行使することができる。
123
2004 年度前期
民法Ⅰ
山田誠一
124
2004 年度前期
民法Ⅰ
山田誠一
第22回 契約にもとづく所有権の移転(
1)
―不動産・動産に共通の規律、
不動産登記制度
[22.01]
契約にもとづく所有権の移転(
不動産と動産に共通)[
Ⅱ第3章Ⅰ、
Ⅱ]
[
01]
所有権の移転原因:
最も重要な所有権の移転原因は、契約である。そ
の具体例は、売買契約、贈与契約、交換契約である。契約以外の所有権の
移転原因としては、相続、遺贈、取得時効などがある。
[02]売買契約と所有権の移転:売買契約が成立すると、売主は、財産権
(
所有権)
を移転する義務を負い、買主は、代金を支払う義務を負う。売買契
約の売主が、目的物の所有権を有していない場合であっても、売主は買主
に、目的物の所有権の移転する義務を負う(560条)
。この場合、売主は、目
的物の所有者の協力が得られないと、買主に所有権を移転することはできな
い。
[
03]
売主から買主に所有権を移転するには、どうすればよいか:
民法は、物
権の移転(
所有権の移転)
は、当事者の意思表示のみで、効力が生ずると定
めている(
176条)
。譲渡人 と譲受人(
売買契約であれば、売主と買主)
の所
有権を移転する旨の意思表示があれば、それだけで、所有権は移転すると
解されている。このことの意義は、所有権を移転するために、手続きや、形式
を必要としないという
点にある。
[04]
所有権を移転する旨の当事者の意思表示とはなにか:
売買契約が成
立するためには(
売主が、目的物の所有権を移転する義務を負うためには)
、
売主と買主の意思表示が必要である。この意思表示と、所有権を移転する
旨の意思表示(
176条にあたる意思表示。この意思表示のことを物権行為と
いう)
の関係が問題となる。現在、一般には、目的物の所有権を移転するた
めに、所有権を移転する旨の意思表示を、売買契約とは別個に、行なう必要
はないと解されている。このような立場を、物権行為の独自性を否定する立
場と呼んでいる。
125
2004 年度前期
民法Ⅰ
山田誠一
[05]
売買契約 (
を成立させるための意思表示)
と所有権を移転する旨の意
思表示の関係:
二通りの考え方がある。①売買契約は、所有権を移転する義
務を売主に負わせ、さらに、その効果として、所有権を移転するとする考え方
と、②売買契約には、所有権を移転する義務を売主に、代金を支払う義務を
買主に負わせる旨の意思表示(
債権行為ともいう)
と、所有権を移転する旨
の意思表示とが同時に行なわれているとする考え方とがある。いずれの考え
方でも、相違はないと思われる。
[06]
所有権移転の時期(
原則)
:売買契約は、所有権を移転する旨の意思
表示でもあるため、売主が、目的物 の所有権を有していれば、原則として、
売買契約が効力を生じた時点で、売主から買主に所有権が移転する。ただ
し、売買契約のなかで、所有権の移転時期について、約定がなされていれ
ば、それにしたがう(
例えば、動産の割賦販売において、代金額の全額を支
払った時点で、所有権が移転する旨の約定がなされることがある)
。
[
07]
不動産所有権の移転時期:
判例は、当事者が所有権の移転時期につ
いて約定を行なっていれば、それにしたがい、特に約定を行なっていなけれ
ば、契約成立時(
効力を生じた時点)
において、所有権が移転するとの立場
である。これに対して、所有権移転時期についての約定がなくとも、登記、引
渡、または、代金支払のいずれかが行なわれた時点で、所有権が移転する
と主張する学説がある。なお、危険負担は、534条によって規律され(
売買
契約時に買主に移転)
、果実収取権は、575条によって規律され(
引渡時に、
買主に移転)
、いずれも、約定によって定めることも可能である。
[08]
他人の物の売買における所有権の移転時期:
売買契約の効力が生じ
ても、売主から買主に所有権は移転しない。売主が、目的物の所有権を有し
ていないからである。目的物の所有者と売主との間で売買契約(
または、贈
与契約などの所有権を移転する契約)
が成立し、目的物の所有者から売主
に所有権が移転した場合、売主と買主が何もしなくても、当然に、売主から
買主に所有権が移転する。
126
2004 年度前期
民法Ⅰ
山田誠一
(
図)
所有者
③所有権 の移転
売主
②売買契約
④所有権の移転
買主
① 売買契約
[09]
不特定物売買における所有権の移転時期:
売買契約の効力が生 じて
も、売主から買主に所有権は移転しない。当事者の合意または401条2項に
もとづいて特定(
集中)が行なわれた場合、その目的物について、売主と買
主が何もしなくても当然に、売主から買主に所有権が移転する。
[10]
最判昭和 33年6月20日民集 12巻10号1585頁[
百選Ⅰ48事件]
:
X
とY の間の不動産の売買契約(
土地と建物)
。X が Y に、代金163万円中1
20万円を支払った。X は、Y に対して、建物の所有権の確認を求めて、訴え
を提起した。判決は、請求を認容した。
[
11]
最判昭和35年3月22日民集14巻4号501頁[
百選Ⅰ49事件]
:
X とY
との間で、人絹ハンカチーフの寄託契約が締結された。X とA との間で、本
件ハンカチーフの売買契約(
契約①)
が成立した。契約①より前に、A とB と
の間で、ハンカチーフの売買契約(
契約②)
が成立していた。契約①は、3月
19日午後4
時までに、A が X に代金を支払わない場合、当然に失効する旨
の約定があった。A は、X に3月19日午後4時までに代金を支払わなかった。
X は、Y に対して、いったん、本件ハンカチーフを、B に引き渡すよう指示を
したが、代金が支払われないため、その指示を取り消し、Y は承諾した。しか
し、Y は、Bに、本件ハンカチーフを引き渡した。X が、Y に対して、損害賠償
を求めて、訴えを提起した。判決は、請求を認容した。
[
22.02]
不動産登記制度・
登記請求権[
Ⅱ第3章Ⅲ]
[
01]
登記簿・
登記用紙:
不動産に関する権利関係と、不動産の物理的な状
況を記載する帳簿を、不動産登記簿という。不動産登記簿 には、土地につ
いての登記簿と、建物についての登記簿とがある。1筆の土地にひとつの登
127
2004 年度前期
民法Ⅰ
山田誠一
記用紙、1個の建物にひとつの登記簿が備えられる。複数の登記用紙をまと
めて1冊の帳簿にしたものが、登記簿である。ただし、登記用紙のことを登記
簿ともいう。ひとつの登記用紙は、表題部、甲区、乙区によって構成される。
表題部には、土地・
建物の物理的な状況に関する事項を記載する。甲区に
は、土地・
建物の所有権に関する事項を記載する。乙区には、土地・
建物の
所有権以外の権利(
例えば、抵当権)
に関する事項を記載する。登記簿は、
登記所に備えられている。登記簿は、物理的には、紙の用紙をまとめて帳簿
にしたものと、磁気ディスク登記簿によって調製されたものとがある。
[02]
不動産登記とは何か:
登記簿 (
登記用紙)に、不動産に関する権利関
係・
不動産の物理的な状況を記載することを登記といい、同時に記載そのも
のを登記という。登記は、記載された内容(
権利関係・
物理的な状況)
を公示
する(
誰もが知ることができる状態にする)
機能をもつ。
[03]
所有権移転登記:
所有権移転登記には、①順位番号 、②登記の目的
(
所有権移転)、③原因(
所有権移転の原因。例えば、○年○月○日売買、
④所有者の氏名と住所が記載される。所有権移転登記は、その登記の直前
の登記における所有者(
譲渡人)から、この登記の所有者(
譲受人)への所
有権の移転を、公示している。
[
04]
所有権移転登記の抹消登記:
所有権移転登記の抹消登記には、①順
位番号、②登記の目的(
○番所有権抹消)
、③原因(
抹消の原因。例えば、
○年○月○日解除、または、錯誤)
。所有権移転登記の抹消登記は、抹消さ
れた所有権移転登記がないことを公示している。
[
05]
共同申請:
登記は、原則として、登記義務者と登記権利者とが、共同し
て申請しなければならない(
不動産登記法26条)
。登記義務者とは、その登
記によって、登記のうえで権利を失う者(
権利の取得を逃す者)
であり、登記
権利者とは、その登記によって、登記のうえで権利を取得する者(
権利を失う
ことを免れる者)
である。具体的には、売買契約にもとづく所有権移転登記は、
売主が登記義務者、買主が登記権利者であり、売買契約の解除にもとづく
128
2004 年度前期
民法Ⅰ
山田誠一
所有権移転登記の抹消登記は、買主が登記義務者であり、売主が登記権
利者である。ただし、相続の場合は、登記権利者(
相続人)
に単独で申請す
る(
同27
条)
。
[
06]
登記の連続の原則:
ある登記は、その登記の直前の登記における所有
者が、登記義務者となるものでなければならない。A からB への所有権移転
登記を行なうためには、その登記の直前の登記における所有者が A でなけ
ればならない。その登記の直前の登記における所有者が Z であるときは、A
からB への所有権移転登記を行なうことはできない。A からB への所有権移
転登記があり、さらに、B からC への所有権移転登記があるとき、A からB へ
の所有権移転登記の抹消登記(
登記義務者は B)
を行なうことはできない
(
直前の登記における所有者は、C)
。このとき、B からC への所有権移転登
記の抹消登記(
登記義務者)
を行なうことはできる。
[
07]
登記請求権:
①契約(
例えば、売買契約)
によって、不動産所有権が移
転した場合、譲渡人(
売主)
は譲受人(
買主)
に対して、所有権移転登記手
続きを(
共同申請で)
行なう義務を負う。すなわち、譲受人は、譲渡人に対し
て、所有権移転登記手続きを求める権利(
登記請求権)を有する。この登記
請求権は、契約にもとづくものと考えられ(
所有権移転の事実そのものに、登
記請求権がもとづくとする考え方もある)
、譲受人がこの登記請求権を有する
ということは、譲受人は、譲渡人に対して、所有権移転の事実の公示を求め
ることができるということを意味する。登記手続きを行なうことは、契約上の債
務であり、登記手続きを行なわないことは、債務者に帰責事由があれば、債
務不履行となり、また、売買契約(
双務契約 )
であれば、登記手続きを行なう
債務は、同時履行の抗弁権の規律に服する。②所有者が関与することなく、
例えば、登記書類等を偽造して、所有権移転登記が行なわれ、無権利者が、
登記上、所有者として登記された場合、所有者は、登記上の所有者に対して、
所有権移転登記の抹消登記手続きを求める権利(
登記請求権)
を有する。こ
の登記請求権は、所有権にもとづくもの(
物権的請求権)
と考えられ、所有者
がこの登記請求権を有するということは、所有者は、登記上の所有者に対し
て、事実と異なる公示の除去を求めることができるということを意味する。
129
2004 年度前期
民法Ⅰ
山田誠一
[
08]
登記を行なう義務の履行の強制:
登記請求権を有する者が原告となり、
登記手続きを行なう義務を負う者を被告として、登記手続きを求める訴訟を
提起すると、裁判所は、被告に対して、登記手続きを行なうよう命ずる。判決
が確定した後、原告は、その判決をもって、登記を申請すると、判決が命じた
内容の登記が行なわれる。この申請は、単独で行なうことができる。共同申
請の原則に対する例外である(
不動産登記法27条)
■例題
(
1)A が所有者不動産について、B とC との間で、不動産の売買契約が成
立した。その後、その不動産について、A とB との間で、贈与契約が成
立した。この不動産の所有者は誰か。
130
2004 年度前期
民法Ⅰ
山田誠一
第23回 契約にもとづく所有権の移転(
2)
―不動産所有権の移転(
1)
[
23.01]
転々譲渡の場合の登記[
Ⅱ第2章Ⅲ]
[
01]
転々譲渡:
転々譲渡とは、A が所有する不動産について、AB 間で売
買契約が締結され、さらに、BC 間で売買契約が締結された場合をいう。
[
02]
転々譲渡の場合、どのようにして、登記が行なわれるか (
登記上、A が
所有者となっているとき)
:
①A とB が共同申請をして、A からB への所有権
移転登記を行ない、その上で、B とC が共同申請をして、B からC への所有
権移転登記を行なう。②B とC が共同申請をして、B からC への所有権移転
登記を行なうことはできない(
登記の連続の原則)
。③A とC が共同申請をし
て(
または、ABC が共同申請をして)
、A からC への所有権移転登記(
このよ
うな登記を中間省略登記という)
を行なうことは、原則として、できない。A から
C への直接の所有権移転の事実がないからである。なお、④A(
登記義務
者)
と、B(
登記権利者)
に代位した C が共同申請をして、A からB への所有
権移転登記を行なうことはできる(
不動産登記法46条ノ2)
。
(
図)
A
所有権移転登記
売主
①AB 共同申請
B
買主
所有権移転登記
①BC 共同申請
C
転得者
④AC(B に代位 )
共同申請
③所有権移転登記 (
中間省略登記)はできない
[
03]
買主の売主に対する登記請求権:
AB 間の売買契約も、BC 間の売買
契約も、所有権の移転時期については、特に約定をせず、所有者は、既に
B ではなくC となっている場合であっても、B は A に対して、所有権移転登
記請求権を有する。
[
04]
転得者の登記請求権:
①転得者 Cは、買主Bに対して、所有権移転登
記請求権を有する。C が B に対して、B からC への所有権移転登記手続き
131
2004 年度前期
民法Ⅰ
山田誠一
を求める訴えを提起すると、裁判所は、その登記手続きを行なうよう
命ずる判
決を下す。しかし、登記上の所有者が A であるとき、C がその判決をもって、
登記を申請しても、BからCへの所有権移転登記は行なわれない(
登記の連
続の原則)
。②転得者 C は、売主 A に対して、原則として、所有権移転登記
請求権(
中間省略登記請求権)
を有しない。C が A に対して、A からC への
所有権移転登記手続きを求める訴えを提起すると、裁判所は、請求を棄却
する。
[
05]
登記請求権の代位行使:
転得者 C は、B が A に対して有する所有権
移転登記請求権を代位行使することができる。C がBに対して有する登記請
求権を実現するためには、B が A に対して有する登記請求権の行使が不可
欠であるからである。債権者代位権 (
423
条)
の転用として理解することがで
きる。したがって、B が無資力でない場合も、C は、行使することができる。C
が原告となり、A を被告として、B に代位して、A からB への所有権移転登記
手続きを求める訴えを提起すると、裁判所は、その登記手続きを命ずる判決
を下す。
[
06]
転得者 C が登記を取得するための方策:
①登記義務者が非協力の場
合は、判決による単独申請 を行なう。②登記権利者が非協力の場合は、債
権者代位により登記権利者の権利を行使し、登記権利者に代位して申請を
行なう。
(
表)
A からB への登記
B からC への登記
AB ともに協力
AB 共同申請
BC 共同申請
A 協力、B 非協力 A とC(
代位申請)
の共同 C が、判決をえて、単独
申請
申請
A 非協力、B 協力 B が、判決をえて、単独申 BC 共同申請
請
AB ともに非協力 C が、債権者代位訴訟で C が、判決をえて、単独
判決を得て、単独(
代位) 申請
申請
132
2004 年度前期
民法Ⅰ
山田誠一
[07]中間省略登記請求権が原則として認められない理由:
①所有権移転
の事実が正確に公示されることが必要であり、中間省略登記(
A から C への
所有権移転)
が行なわれると、所有権移転の事実(A からB、B から C)
が、
正確に公示されないこととなる。②AB 間の売買契約にもとづき、A は B に対
して、同時履行の抗弁権、解除権などを有し、BC 間の売買契約にもとづき、
B は C に対して、同時履行の抗弁権、解除権などを有する。Cに Aに対する
中間省略登記請求権を認めると、A と B のこれらの権利行使の機会が失わ
れる可能性がある。
[
08]
例外的に、中間省略登記請求権が認められる場合:
売主 A(
登記名義
人)
と買主 B(
中間者)
の同意がある場合は、転得者 C の A に対する中間省
略登記請求権は認められると解されている。裁判所が、A からC への所有権
移転登記(
中間省略登記)を命ずる判決を下すと、その判決をもって、C が
単独申請を行なうと、A からC への所有権移転登記が行なわれる(
A とC の
共同申請では、A から C への所有権移転登記が行なわれないことと対照的
である)
。
[
09]
最判昭和40年9月21日民集19巻6号1560頁[
百選Ⅰ50事件]
:
X の
主張は、①A→Y→M→X または、②A→M→X(
A→M の所有権の移転は、
A→Y の所有権の移転に優先する)
であり、X は、Y に対して、Y からX への
所有権移転登記手続きを求めて訴えを提起した。請求棄却。
(
図)
甲 ・登 記
名義人
所有権の移転
乙
中間者
所有権の移転
丙
所有者
中間省略登記請求
[
10]
事実上、中間省略登記が行なわれる場合:
AB 間の売買契約、BC 間
の売買契約があった場合、A とC が、AC 間の売買契約を原因と偽って(
例
133
2004 年度前期
民法Ⅰ
山田誠一
えば、虚偽の売買契約書を作成する)
、登記を申請すると、A からC への所
有権移転登記(
中間省略登記)
が行なわれる。
[
11]
中間省略登記が行なわれた場合の法律関係:
AB 間の売買契約、BC
間の売買契約が締結され、A から C への所有権移転登記(
中間省略登記)
が行なわれた場合、中間者 Bは、A からC への所有権移転登記の抹消登記
を求めることができるか。B の同意なく中間省略登記が行なわれた場合であ
っても、B に中間省略登記を抹消する法律上の利益がないときは 、B は抹消
登記を求めることができないと解されている(
最判昭和35年4月21日民集14
巻6号946頁)
。
[
23.02]
二重譲渡[
Ⅱ第3章Ⅲ]
[
01]
問題の所在:
不動産の所有者が、売主として、その不動産の売買契約
(
第1の売買契約)
を締結した後、もう一度、別の者を買主として、その不動産
の売買契約(
第2の売買契約)
を締結することがある。そのとき、第1の売買契
約の買主(
第1の買主)
と、第2の売買契約の買主(
第2の買主)
のいずれが、
所有権を取得するのかという問題がある。
[
02]
考えられる解決方法:
①第1の売買契約により、第1の買主に所有権が
移転する(
176条)
ため、第2の売買契約は、他人の物の売買契約(
559条)
であり、売主が、第1の買主(または、その者からの譲受人)
から所有権を取
得しない限り、第2の買主に所有権は移転しない。②売買契約を締結して、
売主から買主に所有権が移転しても、第三者対抗要件を備えないと、その所
有権の移転は第三者に対抗できない。したがって、第1の売買契約にもとづ
く第三者対抗要件を備えないと、第1の買主は、所有権の取得を、第三者で
ある第2の買主に対抗することができない。そのため、第2の売買契約は、他
人の物の売買契約ではなく、所有者を売主とする売買契約となる。民法177
条は、②の解決をとり、第三者対抗要件を、不動産登記(
この場合、具体的
には、所有権移転登記)
とした。
[
03]
民法177条の趣旨:
所有権の移転があった場合、そのことが、登記され
134
2004 年度前期
民法Ⅰ
山田誠一
て公示されていれば、売主と売買契約を締結しようとする者が、既に、所有
権が移転していることを知り、不測の不利益を受けることを避けることができ、
登記されず公示されていなければ、売主と売買契約を締結した者は、既に
所有権が移転していることを否定して、自己の権利を主張することができる。
これに対して、売買契約により所有権が移転し、第三者に対抗できるとすると、
所有権が移転していることを知らないまま、売主と売買契約 を締結した買主
は、所有権を取得することができず 、不測の不利益を受けることがある。
[
04]
民法177条の仕組み:
不動産の所有者 A とB とが第1の売買契約を締
結し、所有権が移転し、その後、A が C と第2の売買契約を締結した場合に
ついて。①第1の売買契約にもとづく所有権移転登記が行なわれていると、
A からB への所有権の移転は、第三者 C に対抗することができ、B は C に
対して所有権を主張できる(
さらに、A は所有者ではないため、C は A から所
有権を取得することはできない。また、AからCへの所有権移転登記は、でき
ない)
。その結果、Bは Cに対して、所有権にもとづく
物権的請求権を行使す
ることができる。②第1の売買契約にもとづく所有権移転登記が行なわれて
いない(
登記上の所有者が A である)
と、A からB への所有権の移転は、第
三者 C に対抗することができず、したがって、(C との関係では)
A が所有者
であり、C は、A から所有権を取得することが可能となる。②の1:
第2の売買
契約にもとづく所有権移転登記が行なわれると、AからCへの所有権の移転
は、第三者 B に対抗することができ、C は B に対して所有権を主張できる(
A
は、所有者ではなくなったため、B は A から所有権を取得することができなく
なる。また、A からB への所有権移転登記は、できない)
。その結果、C は B
に対して、所有権にもとづく物権的請求権を行使することができる。②の2:
第2の契約にもとづく所有権移転登記も行なわれないと、A から C への所有
権の移転も、第三者 B に対抗することができず、B とC は、相互に、所有権
を主張することができない。B も C も、相手に対して、所有権にもとづく物権
的請求権を行使することができない。
135
2004 年度前期
民法Ⅰ
山田誠一
(
図)
②の1の場合
A
売主
対抗できない所有権の移転
対 抗できる所有権の移転
所有権移転登記
第 1の売買契約
B・第 1の
第2の売買契約
所有権にもとづく物権的請求権(行使できる)
買主
C・
第2の
買主
所有権にもとづく
物権的請求権(行使できない)
136
2004 年度前期
民法Ⅰ
山田誠一
第24回 契約にもとづく所有権の移転(
4)
―不動産所有権の移転(
3)
[
24.01]
登記がなければ対抗することができない「
第三者」
[
Ⅱ第3章Ⅲ]
[
01]
無権利者に対する所有権移転の対抗:
所有者 AとBとの間で、不動産
の売買契約が締結され、所有権が移転したが、所有権移転登記は行なわれ
ず、無権利者であるC が、その不動産を使用している場合、B は C に対して、
所有権にもとづく物権的請求権を行使することができる。C は無権利者であ
り、AB 間の所有権移転がなかったとしても、C の法律上の地位には何も影
響がないからである。
[02]登記を有する第2の買主(
C)
からの転得者(D)
と第1の買主(B)
の関
係:
D は、登記がなくても、Bに対して、所有権を主張することができる。2通り
の説明が考えられる。①第2の売買契約にもとづく所有権移転登記が行なわ
れたため、C が B に対抗できる所有権を取得した結果、B は無権利者であり、
D は所有権移転登記がなくても、無権利者であるB に対して、所有権を主張
することができる。②C は、B に対して所有権にもとづく物権的請求権を行使
することができ、D は、C に対して、所有権移転にともなう
権利行使(
明渡、引
渡、登記手続き)
をすることができる。D の C に対する権利行使を実現するた
めに、C の B に対する所有権にもとづく物権的請求権の行使が不可欠であ
れば、債権者代位権(
423条)
の転用により、D は、B に対して、所有権にも
とづく物権的請求権を行使することができる。
(
図)
所有権移転登記
A
売主
C・
第2の
第 2の売買契約
買主
D
売買契約
転得者
第1の売買契約
債権者代位権の転用
所有権にもとづく
物権的請求権
B・第1の
買主
137
2004 年度前期
民法Ⅰ
山田誠一
[
03]
第三者にあたらない者:
不動産登記法3条は、詐欺または強迫により登
記の申請を妨げた第三者は、登記の欠缺を主張できないとし、同4条は、他
人のために登記を申請する義務のある者は、登記の欠缺を主張することが
できないとした。これらの者には、登記の欠缺を主張する正当な利益がない
との考え方にもとづくものと理解できる。
[
04]
背信的悪意者:177条は、第三者(
第2の買主)
について、主観的事情
を何も要求していない。したがって、既に(
第1の売買契約にもとづく)
所有権
の移転があったことについて、善意の第三者だけでなく、悪意の第三者に対
しても、その所有権移転登記がなければ、所有権の移転を対抗することがで
きない。しかし、判例は、実体上物権変動があった事実を知る者において右
物権変動についての登記の欠缺を主張することが信義に反するものと認め
られる事情がある場合には、かかる背信的悪意者は、登記の欠缺を主張す
るについて正当な利益を有しない者であって、民法177条にいうところの第
三者に当たらないとする(
最判昭和43年8月2日民集22巻8号1571頁)
。
[05]
最判平成 8年10月29日民集50巻9号2506頁[
百選Ⅰ57事件]:
AX
間の売買契約があり、その後、A から、BCDEFY と順に譲渡が行なわれる。
登記は、A から、CDEFY と順に所有権移転登記が行なわれる。X からY に
対して、所有権にもとづく所有権移転登記手続きを求めて訴えを提起した。
原判決は、Cを背信的悪意者であると判断して、請求を認容した。判決は、C
を背信的悪意者であると判断した上で、原判決を破棄し、差し戻した。
[
06]
背信的悪意者からの転得者:
転得者は、背信的悪意者でなければ、第
1の買主の登記の欠缺を主張することができる。①転得者が登記を有してい
る場合、転得者は所有権を、第1の買主に主張することができる(
57事件)
。
②転得者が登記を有していない場合、転得者は所有権を第1の買主に主張
することができないと
考える。
[
07]
売主の前主:A からB、B からC と順に不動産の売買契約が締結され
138
2004 年度前期
民法Ⅰ
山田誠一
た場合(
転々譲渡の場合)
、C が A に対して、所有権の取得を対抗するため
には、登記が必要かという問題がある。例えば、A が不動産を利用していて、
C が引渡を求める場合、または、C が不動産を利用しているが、それをA が
妨害し、C が妨害の中止を求める場合に、所有権にもとづく物権的請求権の
行使ができるかどうかが問題となる。売主 B から買主 C への所有権移転がな
かったとしても、A(
売主の前主)
の法律上の地位には影響がないため、A に
は C の登記の欠缺を主張するについて、
正当な利益がないと考えられる。し
たがって、A に対して、C は、登記なくして所有権の取得を対抗することがで
きる。
[
08]
最判昭和49年3月19日民集28
巻2号325頁[
百選Ⅰ58事件]:
昭和2
5年4月 Y1とA、昭和29年3月 A とX の間で本件土地の売買契約があり(
登
記は行なわれていない)
、昭和27年7月 A とY2は、本件土地について賃貸
借契約を締結した。Y2は、本件土地上に、登記ある建物を所有している。X
は、Y2が昭和29年7月以降地代を地代を支払わないことを理由として、昭
和46年6月に、賃貸借契約の解除をした。X が Y2に対して、建物収去を求
めて訴えを提起した。原判決は、登記完了と同時の収去を命じた。判決は、
原判決を破棄し、差し戻した。
[
09]
最判昭和25年12月19日民集4巻12号660頁[
百選Ⅰ59事件]
:
本件
建物の所有者 B は、昭和19年、Y1と、本件建物の賃貸借契約を締結した。
Y1とその内縁の夫 Y2が本件建物に、居住した。昭和23年4月、B は、本件
建物売買契約を、X と締結した。X は、賃貸借契約を承継し、昭和23年5月、
Y1との間で、賃貸借契約を合意解除した。X が Y1Y2に対して、建物の明
渡を求めて訴えを提起した。判決は、請求を認容した。
[
10]
差押債権者:
A が所有する不動産について、B との間で、売買契約を
締結した。①A からB への所有権移転登記が行なわれていない場合、A の
債権者 C は、本件不動産について、差押をし、強制執行をすることができる。
B は、本件不動産の所有権を主張して、強制執行を止めさせることはできな
い。Bの所有権取得は、第三者に対抗することができないからである。②Aか
139
2004 年度前期
民法Ⅰ
山田誠一
らB への所有権移転登記が行なわれている場合、A の債権者 C は、本件不
動産について、差押をすることができない。
[
11]
第三者に対して、所有権の移転を対抗するための登記の要否:
基準は、
2つある。①所有権の移転がなかったとして、第三者の法律上の地位に影響
がない場合は、登記がなくても、その第三者に対抗することができる、②第三
者が登記の欠缺を主張することが信義に反する場合、登記がなくても、その
第三者に対抗することができる。
(
表)
登記がないと対抗する
ことができない第三者
登記がなくても対抗す
ることができる第三者
第2の買主、第2の買主からの転得者 、差押債権
者、賃借人
「
背信的悪意者」
、不動産登記法3条・4条にあたる
場合、売主の前主、無権利者(
不法占有者)
[
24.02]
無権利者がする譲渡
[
01]
【
重要】
権利を有しない者は、権利を譲渡することができない:A が、Bと
の間で、不動産の売買契約を締結した。しかし、その不動産を、A は所有し
ていない。A からB に所有権は移転しない。仮に、なんらかの事情で、A が
登記上の所有者であっても、Bは所有権を取得することができない。Bが、登
記をみて、Aが所有者であると誤信した場合でも、B は所有権を取得すること
ができない。このことを、不動産登記には、公信力が与えられていないとい
う。
[02]登記上の所有者が、所有者ではない場合:
例えば、次のような事情が
考えられる。①Z が所有し、登記上 Z が所有者である不動産について、A が、
Z に無断で登記書類を偽造し、Z から A への所有権移転登記を行なう。②
ZA 間の売買契約が締結され、ZA が共同申請をして、Z からA への所有権
移転登記が行なわれたが、売買契約が、錯誤により無効だった。このとき、い
ずれの場合も、Z からA には、所有権は移転しない。Z からA に所有権移転
登記が行なわれていても、所有権が移転しないことを左右しない。Z から A
140
2004 年度前期
民法Ⅰ
山田誠一
への所有権移転登記は、無効である。
[
03]
所有者と登記上の所有者の関係:
Z が所有者で、登記上の所有者が A
の場合、Z は A に対して、所有権を主張することができる。A は無権利者であ
るからである。AB 間で売買契約が締結され、A からB に所有権移転登記が
行なわれ、登記上の所有者が B となった場合も、Z は B に対して、所有権を
主張することができる。A からB への所有権の移転登記は、無効である。
(
図)
所有権移転登記(
無 効)
所有権移転登記(無効 )
Z
A
B
所有者
売主
売買契約
買主
■例題
(
1)AB間で売買契約が行なわれ、BC 間で売買契約が行なわれた。登記上
の所有者は、A である。C は、どのようにして、登記を取得することができ
るか。
(
2)A が所有する不動産について、AB 間で売買契約を締結した。同じ不動
産について、AC 間で売買契約を締結した。その後、A からB への所有
権移転登記を行なった。ABC 三者間の法律関係は、どのようなものか。
(
3)A が所有する不動産について、AB 間で売買契約を締結した。同じ不動
産について、AC 間で売買契約を締結した。その後、A からC への所有
権移転登記を行なった。ABC 三者間の法律関係は、どのようなものか。
(
4)A が所有する不動産について、AB 間で売買契約を締結した。同じ不動
産について、AC間で売買契約を締結した。その後も、登記簿上は、Aが
所有者となっていた。ABC 三者間の法律関係は、どのようなものか。
141
2004 年度前期
民法Ⅰ
山田誠一
(
5)A が所有する不動産について、AB 間で売買契約を締結した。A からB
への所有権移転登記を行なった。その後、同じ不動産について、A に対
して金銭債権(
例えば、貸付金債権、売買代金債権)
を有する債権者 C
が強制執行をしようとした。C は、強制執行をすることができるか。
(
6)A が所有する不動産について、AB 間で売買契約を締結した。その後も、
登記簿上は、A が所有者となっていた。同じ不動産について、A に対し
て金銭債権を有する債権者 C が強制執行をしようとした。C は、強制執
行をすることができるか。
(
7)A が B に、不動産を譲渡した。A が C に同じ不動産を譲渡し、所有権移
転登記を行なった。C が背信的悪意者である場合、BC 間の法律関係は
どのようなものか。
(
8)A が B に、不動産を譲渡した。A が C に同じ不動産を譲渡し、所有権移
転登記を行なった。CがD にその不動産を譲渡した。C が背信的悪意者
である場合、BD 間の法律関係はどのようなものか。
142
2004 年度前期
民法Ⅰ
山田誠一
第25回 契約にもとづく所有権の移転(
4)
―94条2項の類推適用、取消・
解
除と第三者
[
25.01]94条2項の類推適用[
Ⅰ第4章Ⅱ3]
[
01]
虚偽表示:
相手方と通じて行なった真意ではない意思表示を虚偽表示
という。虚偽表示は、無効である(94条1項)
。効果意思がなく、意思表示の
相手方を保護する必要もないからである。不動産の所有者 A が、債権者から
の差押を免れるために、売買を仮装して、不動産の所有権を B に移転する
(
所有権移転登記を行なう)
ことが、例である。この場合、所有権は移転せず、
所有権移転登記は無効である。
[02]
第三者と関係:
虚偽表示が無効であることは 、善意の第三者に、対抗
することができない(
94条2項)。第三者が善意であれば、その第三者との関
係では、虚偽表示は有効となる。第三者とは、虚偽表示によって作出された
法律関係の外形にもとづいて、利害関係を有する者のことをいう
。AB 間で、
虚偽表示による不動産の売買契約が締結され、その後、B との間で、その不
動産について売買契約を締結した Cが、第三者にあたる。善意とは、利害関
係を有した時点で、虚偽表示であることを知らないことである。判例は、無過
失であることを、要しないとする。94条2項の趣旨は、①外形通りの法律関係
があるとの信頼(
誤信)を保護することと、②自ら外形を作出したことが、その
者が外形通りの法律関係があるとして不利益を受けることの根拠(
帰責性)
と
なることである。A は、善意のC に対して、AB間の売買契約の無効を主張で
きず、その結果、C との関係では、A からB に所有権が移転しており、B から
C に所有権が移転する。C は、A に対して、所有権を主張することができる。
このとき、C は、登記がなくても、A に、所有権の取得を対抗することができる
と解されている。A は、C にとっては、売主の前主であるからである。
[
03]
94条2項と二重譲渡の競合:AB 間で虚偽表示による不動産の売買契
約があり、A からB への所有権移転登記が行なわれ、続けて、その不動産に
ついて BC 間で売買契約が締結され、C が善意である場合、さらに、同一不
動産について、AD 間で売買契約が締結されると、どうなるか。①BD 間では、
143
2004 年度前期
民法Ⅰ
山田誠一
D が AB 間の売買契約の無効を主張することができ、その結果、D は、B に
対して、登記なくして、所有権を主張することができる。②CD 間について、
判例は、CD のいずれか先に登記を備えた方が、所有権を主張することがで
きるとする(
最判昭和42年10月31日民集21巻8号2232頁)。登記を有する
買主からの転得者は、買主が有する権利を、債権者代位の転用により、行使
することができるとの考え方から、判例の結論を導くことができる。
[
04]94条2項の類推適用:
登記上の所有者が、所有者ではなく、所有者で
はない者が登記上の所有者であることの作出に、所有者が関わっていた場
合、第三者が、登記上の所有者を所有者であると信頼し(
誤信し)
、その外形
にもとづいて利害関係を有したとき、所有者は、94条2項の類推適用により、
第三者に対して、登記上の所有者が所有者ではないことを主張できないとい
う解決が、判例の準則である。
[05]
最判昭和 45年9月22日民集 24巻10号1424頁[
百選Ⅰ22事件]
:
X
(
所有者)
に無断で、B が、X からB への本件不動産の所有権移転登記を行
なう
。B は、本件不動産を、Y に売却し、所有権移転登記を行なう。X が Y に
対して、所有権移転登記の抹消登記を求める。原判決は請求を認容した。
判決は、原判決を破棄し、差し戻した。
[
95.02]
取消・
解除と第三者[
Ⅱ第3章Ⅲ]
[
01]
売買契約の取消と所有権の移転:
AB 間で不動産の売買契約が締結さ
れた。その売買契約が取り消された。この場合の不動産に関する法律関係
はどうなるか。①売買契約が成立し、A からB に所有権が移転する。②売買
契約が取り消された結果、売買契約は、その成立時点から無効であったこと
になる(
遡及効。121条)。③売買契約が成立した時点で、所有権は移転し
なかったことになる。
[
02]
売買契約の取消と登記:AB 間で不動産の売買契約が締結され、所有
権移転登記が行なわれた。その後、売買契約が取り消された。A からB への
所有権の移転はなく、A からB への所有権移転登記は無効である。B(
登記
144
2004 年度前期
民法Ⅰ
山田誠一
義務者)
と A(
登記権利者)
が共同申請をして、所有権移転登記の抹消登記
をすることができる。また、A から B への所有権移転登記には、法律上の原
因がなく、A は B に対して、所有権移転登記の抹消登記請求権を有する。
[
03]
売買契約の取消と第三者:
AB 間で不動産の売買契約が締結され、A
からB に所有権移転登記が行なわれた。A が AB 間の売買契約の取消をし
た。BC 間で、その不動産の売買契約が締結されていた。この場合の不動産
に関する法律関係はどうなるか。この問題について、判例は、①BC 間の売
買契約が、A の取消前の場合(
このときの C を、取消前の第三者という)
と、
②BC 間の売買契約が、A の取消後の場合(
このときの C を、取消後の第三
者という)
とに分けて、解決を図っている。A は取消をした後、AからB への所
有権移転登記の抹消登記をすることができる(
共同申請によるか、訴訟を提
起し登記請求権を行使する)
が、A は取消をする前は、A からB への所有権
移転登記の抹消登記をすることができない点に、着目をした解決である。
[
04]
取消前の第三者の場合:AB 間の売買契約が締結され、A からB への
所有権移転登記が行なわれ、BC 間の売買契約が締結された後、A が、AB
間の売買を取り消した場合である。この場合、原則として、A の取消の結果、
AB 間の契約は、その成立時点から無効であり、A からB に所有権は移転し
なかったことになる(
遡及効)
。したがって、BC 間の売買契約の時点で、B は
所有者ではなく、B からC に所有権は移転しない。これに対して、96条3項
は、例外的に、詐欺を理由とした取消は、第三者が善意の場合、第三者に
対抗することができないとする。その結果、善意の第三者との関係では、AB
間の売買契約は、取り消されなかったことになり、無効とはならず 、A から B
に所有権は移転する。そうすると、BC 間の売買契約の時点で、B は所有者
であり、B からC に所有権は移転する。96条3項の規律は、詐欺によって意
思表示をした者と比較して、善意で取引を行なった第三者を保護すべきであ
るとの考え方にもとづく。善意とは、AB 間の売買契約が、詐欺によるもので
あることを知らないことである。第三者とは、詐欺により取り消される法律関係
(
ここでは、A からB への所有権の移転)
を、自己の法律上の地位の前提とし
ている者である(
C は、A からB の所有権の移転を前提として、B から所有権
145
2004 年度前期
民法Ⅰ
山田誠一
を取得する)
。原則により解決が行なわれる場合は、①能力の制限を理由と
した取消、②強迫を理由とした取消であり、これらは、第三者が善意であるか
悪意であるかどうかに無関係である。さらに、③詐欺を理由とした取消で、第
三者が悪意の場合である。
(
表)
(
原則の場合)
対象
AB 間の契 AB 間の契 BC 間の契 取消後
約成立前
約成立後
約成立後
BC 間の契 取消前
判断時期
約成立前
AB 間の契約成立前 A が所有者
AB 間の契約成立後 A が所有者 B が所有者
BC 間の契約成立前
BC 間の契約成立後 A が所有者 B が所有者 C が所有者
取消前
取消後
A が所有者 A が所有者 A が所有者 A が所
(
遡及効) (
遡及効) 有者
[05]
最判昭和 49年9月26日民集28巻6号1213頁[
百選Ⅰ19事件]:
XA
間で不動産(
農地)
の売買契約が締結され、X から A への所有権移転の仮
登記が行なわれた。その後、A が本件不動産を、Y に売渡担保とし(
担保目
的で所有権を移転した)
、右仮登記の付記登記が行なわれた。X が A の詐
欺により契約を締結したと主張して、XA 間の売買契約を取り消した。X が、Y
に対して、付記登記の抹消登記を求めて訴えを提起した。判決は、請求を棄
却した。
[
06]
取消後の第三者の場合:AB 間の売買契約が締結され、A からB への
所有権移転登記が行なわれ、A が、AB 間の売買契約を取り消した後、BC
間の売買契約が締結された場合である。この場合、判例は、A の取消によっ
て、所有権は、B からA に復帰し、AB 間の契約時から移転しなかったことと
なるが、この物権変動は、177条により、登記をしないと第三者に対抗できな
いとし、取消後に B と契約を締結した C に対して、A は取消による所有権の
146
2004 年度前期
民法Ⅰ
山田誠一
復帰を対抗することができないとの見解を示している。この見解は、取消原
因を問わないものと考えられる。この見解によれば、AB 間の売買契約の取
消後、①A からB への所有権移転登記の抹消登記が行なわれ、BC 間の売
買契約が締結された場合と、②BC 間の売買契約が締結され、A からB への
所有権移転登記の抹消登記が行なわれた場合は、A は C に所有権を主張
することができる。これに対し、③AB 間の売買契約の取消後、BC 間の売買
契約が締結され、B からC への所有権移転登記が行なわれた場合は、C は
所有権を主張することができる。さらに、④AB 間の売買契約の取消後、BC
間の売買契約が締結され、登記上の所有者が B である場合は、A とC は相
互に、所有権を主張することができない。
[
07]
大判昭和17年9月30日民集21巻911頁[
百選Ⅰ52事件]
:
XY1 間で、
不動産の売買契約が締結され、所有権移転登記が行なわれたが、X が売買
契約を取り消した。Y1Y2 間で、抵当権が設定され、抵当権設定登記が行な
われた。X が Y2 に対して、抵当権設定登記の抹消登記を求めて、訴えを提
起した。判決は、請求を認容した原判決を破棄し、差し戻した。
[
08]
取消後の第三者の場合について、94条2項を類推適用すべきであると
の主張:
判例の見解に対して、①登記を有する第三者は、悪意であっても保
護され、登記を有しない第三者は、善意であっても保護されないこととなるの
は、適切な解決でない、②取消後の第三者との関係では、取消の遡及効を
認めないことは、121条に反するとの批判がある。この批判は、A が取り消し
た後にも、抹消登記をしなかったことについて、所有者でない者(
B)
が登記
上の所有者であることの作出への所有者(A)
の関与があると認め、取消後の
第三者(
C)
について、94条2項を類推適用すべきであると主張する。善意無
過失の第三者は、登記がなくても、保護されるとの解決を導こうとする。
[
09]
売買契約の解除と所有権の移転:
AB 間で不動産の売買契約が締結さ
れた。その売買契約が解除された。この場合の不動産に関する法律関係は
どう
なるか。①売買契約が成立し、A からB に所有権が移転する。②売買契
約が解除されると、解除の効果として、所有権は、遡及的に A に復帰すると
147
2004 年度前期
民法Ⅰ
山田誠一
解することができる。登記上は、所有権移転登記の抹消登記を行なう(
共同
申請によるか、訴訟を提起し登記請求権を行使する)
。
[
10]
売買契約の解除と第三者:
AB 間で不動産の売買契約が締結され、A
からB に所有権移転登記が行なわれた。A が AB 間の売買契約の解除をし
た。BC 間で、その不動産の売買契約が締結されていた。この場合の不動産
に関する法律関係はどう
なるか。①BC 間の売買契約が、A の解除前の場合
(
このときの C を、解除前の第三者という)
、C には、545条1項但書が適用さ
れる。ただし、C は、登記がないと、所有権を主張することができない。この登
記は、177条によって必要とされる第三者対抗要件ではなく、545条1項但
書の適用を受けるための要件(
権利保護要件)
であると解されている。C は、
主観的事情を問われない。②BC 間の売買契約が、A の解除後の場合(
この
ときの C を、解除後の第三者という)
、A への所有権の復帰と、B からC への
所有権の移転は、いずれも、177条にもとづき、第三者に対抗するためには、
登記を要するとする。
■例題
(
1)A が所有する不動産について、Bが登記に必要な書類を偽造し、A の関
与が全くないまま、A からB への所有権移転登記が行なわれた。その後、
この不動産について、BC 間で売買契約を締結した。ABC 三者間の法
律関係は、どのようなものか。
(
2)A が所有する不動産について、AB 間で売買契約を締結し、B の承諾の
もとで、A から C への所有権移転登記が行なわれた。その後、この不動
産について、CD 間で売買契約を締結した。BCD 三者間の法律関係は、
どのようなものか。
(
3)同一の不動産について、AB 間で売買契約が締結され、AC 間でも売買
契約が締結され、さらに、CD間で売買契約が締結された。AC間は虚偽
表示であり、A からCに所有権移転登記が行なわれた。BC、BD 間の法
律関係は、どのようなものか。
148
2004 年度前期
民法Ⅰ
山田誠一
(
4)AB 間で売買契約が締結されたが、B の意向にしたがって、A からC へ
の所有権移転登記が行なわれた。Cからの買主 DとBとの法律関係は、
どのようなものか。
(
5)AB 間で不動産の売買契約が締結され、A からB に所有権移転登記が
行なわれた。A が AB 間の売買契約の取消をした。BC 間で、その不動
産の売買契約が締結されていた。この場合の不動産に関する法律関係
はどうなるか。
(
6)AB 間で不動産の売買契約が締結され、A からB に所有権移転登記が
行なわれた。A が AB 間の売買契約の解除をした。BC 間で、その不動
産の売買契約が締結されていた。この場合の不動産に関する法律関係
はどうなるか。
(
7)A が所有する不動産について、AB 間で売買契約を締結した。A からB
への所有権移転登記を行なった。A の意思表示は、B の詐欺によるもの
であったため、A が意思表示を取消した。その後、同じ物について、BC
間で売買契約 を締結した。ABC 三者間の法律関係は、どのようなもの
か。
(
8)A が所有する不動産について、AB 間で売買契約を締結した。A からB
への所有権移転登記を行なった。A の意思表示は、B の強迫によるもの
であったため、A が意思表示を取消した。その後、同じ物について、BC
間で売買契約 を締結した。ABC 三者間の法律関係は、どのようなもの
か。
149
2004 年度前期
民法Ⅰ
山田誠一
150
2004 年度前期
民法Ⅰ
山田誠一
第26回 契約にもとづく所有権の移転(
5)
―動産所有権の移転
[
Ⅱ第3
章Ⅳ]
[
26.01]
契約にもとづく所有権の移転(
不動産と共通)
[
01]
所有権の移転:
最も重要な所有権の移転原因は、契約である。所有権
の移転は、当事者の意思表示のみで効力が生ずる(
176条)。
[
02]
所有権の移転時期:
売主が所有者であれば、原則として、売買契約が
効力を生じた時点で、売主から買主に所有権は移転する。ただし、所有権移
転についての約定があれば、それにしたがう。
[
26.02]占有(
その1)
(
占有の移転など)
[
01]
占有とは:
①自己のためにする意思と、②所持によって、占有は成立す
る(
180条)。所持とは、物を事実上支配する状態をいい、自己のためにする
意思とは、所持による利益を自己に帰属させる意思をいう。
[02]
占有の例と分類:
占有には、①物理的に直接、物を所持・
支配する場
合だけでなく、②物理的に直接、物を所持・
支配する他人を通して、行なう場
合がある。①は、所有者が自ら物を使用する場合、賃借人が物を使用する場
合であり、②は、賃借人が使用する場合の所有者の占有である。①を自己占
有・
直接占有といい、②を代理人による占有(
代理占有)
・
間接占有という(
1
81条)。また、占有には、所有の意思をもってする占有(
自主占有)
と、所有
の意思をもたずにする占有(
他主占有)
がある。所有の意思の有無は、占有
を取得した原因によって決まる。売買契約・
贈与契約を原因として取得した
占有は、自主占有であり、賃貸借契約を原因として取得した占有は、他主占
有である。
[
03]
占有の移転:
これまでの占有者 A から、別の者 Bに占有を移転すると、
新たに、B が占有者となる。占有を移転する方法は、4通りある。
[
04]
現実の引渡:
占有者が所持していた物を渡し、受け取った者が所持す
151
2004 年度前期
民法Ⅰ
山田誠一
ることで、受け取った者が占有を取得する(
182条1項)。
[
05]
簡易の引渡:
占有代理人が所持している物について、本人と占有代理
人が、占有権を譲渡する旨の意思表示をすることで、代理人の占有は、本人
のための占有ではなくなり、自己のためだけの占有となる(182条2項)。A
(
本人)
が B(
占有代理人)
に、A の所有物を寄託していて、そのまま、AB 間
で売買契約を締結した場合が、例である。
[
06]
占有改定:
占有者が自己のためだけに占有している物について、以後、
他人(
本人)
のために占有する旨の意思表示をすると、本人は占有(
代理人
による占有)
を取得し、占有者は占有代理人となる(
183条)
。例は、A とB が
売買契約を締結し、所有者 B が、引き続き、その物を占有する場合である。
占有改定の結果、B が本人、A が占有代理人となる。
[
07]
指図による占有移転:
占有代理人が所持している物について、①本人
が占有代理人に対して以後第三者のために占有すべき旨を命じ、しかも、②
占有代理人が以後自己のための占有する旨を第三者が承諾すると、第三者
が占有(
代理人による占有)
を取得する(
184条)
。A(
本人)
が B(
占有代理
人)
に、A の所有物を寄託していて、そのまま、AC 間で売買契約を締結した
場合が、例である(
C が第三者)
。
(
図)
②C の承諾(
B が以後 C のために占有する旨 )
第三者
本人
売買契約
A
C
寄託契約
①A の命 令(以後 C のために占有す る旨)
代理人
B
[
08]
最判昭和 32年2月15日民集11巻2号270頁[
百選Ⅰ62事件]
:
X 所
152
2004 年度前期
民法Ⅰ
山田誠一
有の本件土地につき、A は転借人であった。X は転貸借を承諾したが、その
後、賃貸借契約を合意解除し、A の転借権も消滅した。Y は、A の代表取締
役である。X が Y に対して、本件土地の明渡を求めて訴えを提起した。原判
決は、請求を認容した。判決は、原判決を破棄し差し戻した。
[
09]
自己占有の消滅(203条):
①占有意思の放棄、②占有物の所持の喪
失。
[
10]
代理人による占有の消滅(
204条):
①代理人の所持がなくなること、②
本人が代理人をして占有させる意思を放棄すること、③代理人が、以後、自
己または第三者のために所持する意思を本人に対して表示すること。
[
26.03]
二重譲渡
[
01]
問題の所在:
動産の所有者が、売主として、その動産の売買契約(
第1
の売買契約)
を締結した後、もう一度、別の者を買主として、その動産の売買
契約(
第2の売買契約)
を締結することがある。そのとき、第1の売買契約の買
主(
第1の買主)
と、第2の売買契約の買主(
第2の買主)
のいずれが、所有権
を取得するのかという問題がある。
[
02]178条:
動産所有権の移転を第三者に対抗するためには、引渡がなけ
ればならない。第1の売買契約にもとづく所有権の移転について、第2の買
主は、第三者である。したがって、第1の買主に、引渡が行なわれていれば、
第1の買主は、第2の買主に、所有権の移転(
取得)を対抗することができる。
反対に、第1の買主に、引渡が行なわれていなければ、第1の買主は、第2
の買主に、所有権の移転(
取得)
を対抗することができない。その結果、第2
の買主は所有権を取得することが可能となる。
[03]
引渡とは何か:
現実の引渡、簡易の引渡、占有改定、指図による占有
移転のいずれも、178条が定める第三者対抗要件である引渡である。しかし、
占有改定は、所持に変化がなく、しかも、譲渡人が所持しているため、所有
権が移転したことの公示としては脆弱である。
153
2004 年度前期
民法Ⅰ
山田誠一
[
04]
占有改定の場合:
AB 間で動産の売買契約が締結され、所有権が移転
し、占有改定の方法で、引渡が行なわれた。同じ動産について、AC 間で売
買契約が締結され、現実の引渡の方法で、引渡が行なわれた。A から B へ
の所有権の移転は、引渡があるため、第三者 C に対抗することができる。そ
のため、AC 間の売買契約は、他人の物の売買であり、A からC に所有権は
移転しない(
ただし、例外はある)
。したがって、BはCに対して所有権を主張
することができる。
[05]178条の適用範囲:
①動産であること。登録を受けた自動車は除かれ
る。金銭、有価証券については、引渡は、所有権移転の効力発生要件であ
ると解されている(
引渡がなければ、所有権が移転しない)
。②第三者とは、
その所有権の移転がなかったとすると、法律上の地位に影響のある者をいう
(
177条と同じ)。178条は、第三者について、主観的な事情を何も要求して
いない。
[
26.04]
善意取得
[01]【
重要】
無権利者がする譲渡:
権利を有しない者は、権利を譲渡するこ
とができない。動産の売主が所有者でなければ、売買契約が有効に成立し
ても、買主は、所有権を取得しない。
[
02]192条:
一定の場合、動産の売主が所有者でないときであっても、買主
は、所有権を取得すると定めた。原則に対する例外である。売主が所有者で
はないことを知らない買主の信頼を保護しようとする制度である。また、占有
に公信力を認めたものである。
[03]要件:
①平穏公然に、②動産の、③占有を始めること。しかも、④占有
を開始した時点で、善意であり過失がないこと(
前主が所有者であると誤信し、
そのことに過失がないこと)
。このうち、平穏公然善意は、占有から推定され
(
186条)、無過失は、前主の占有から推定される(
188条)。
154
2004 年度前期
民法Ⅰ
山田誠一
[04]占有を始めること:
①取引によって占有を承継する場合に限定される
【重要】
。取引の安全を保護するための制度であるからである。無効な売買
契約により占有を取得した場合には、善意取得は成立しない。②占有の承
継には、現実の引渡、簡易の引渡、指図による占有移転を含むが、占有改
定を含まない(
判例)
。
[
05]
最判昭和35年2月11日民集14巻2号168頁[
百選Ⅰ66事件]:
Y1が
所有する本件動産について、Y1B 間で売買契約を締結したが、その契約は
無効であった。本件動産は、B がそれを保管する倉庫の鍵を所持していた。
BX 間で、本件動産について、売買契約を締結し、占有改定の方法で、引渡
を行なった。その後、倉庫の鍵を、B は Y1(
その代表者 A1)
に渡し、Y1とY
3の間で、本件動産の売買契約が締結され、Y3が引渡を受けた。X が Y3に
対して、本件動産の引渡を求めて訴えを提起した。判決は、請求を棄却した
[06]
盗品の場合:
被害者は、192条の適用を受ける占有者に対して、盗難
の日から2年間、その盗品の回復を請求することができる(
193条)
。判例は、
盗難の時から2年間は、被害者に所有権が帰属するとする。
[
07]
最判平成12年6月27日民集54
巻5号1737頁[
百選Ⅰ67事件]
:X 所
有の本件土木機械をA が盗み、その後、中古機械販売業者 Bが、本件土木
機械を、Y に売却した。X が Y に対して、本件土木機械の引渡を求めて訴え
を提起した。控訴審係属中に、Y は X に本件土木機械を引き渡した。そこで、
X は、Y の使用利益の支払いを求め(
本訴)
、Y は、民法194条にもとづく代
価弁償を求めた(
反訴)
。判決は、X の本訴を棄却し、Y の反訴を認容した。
■例題
(
1)A が所有し占有する動産を、AB間で売買契約を締結し、その後、AC間
で売買契約を締結した。B とC の法律関係はどう
なるか。
(
2)A が所有し、D に預けてある動産を、AB 間で売買契約を締結し、その後、
AC 間で売買契約を締結した。B とC の法律関係はどうなるか。
155
2004 年度前期
民法Ⅰ
山田誠一
(
3)A が所有し、D に預けてある動産を、DB 間で売買契約を締結し、その後、
DC 間で売買契約を締結した。B とC の法律関係はどうなるか。
(
4)A が所有し占有していた動産を、B が盗み、Cに売却した。AC間の法律
関係はどうなるか。
156
2004 年度前期
民法Ⅰ
山田誠一
第27回 所有権の取得
[
Ⅱ第4章Ⅲ4]
[
27.01]
不動産の附合
[
01]
不動産の附合とは:
不動産に他人の物が附合する(
不動産に物が付着
する)
場合に、その物の所有権を不動産の所有者が取得する(
附合した物の
所有者がその所有権を失う)
制度である。実質的には、物の「
不動産への附
合」
である。添付の一制度である。不動産の所有者が、自己が所有する物を
不動産に付着させた場合は、物が不動産の構成部分となれば、一個の不動
産となるが、これは、附合ではない。なぜならば、所有権の取得が生じていな
いからである。
[
02]
不動産の附合の趣旨:
①不動産に物が付着し、分離復旧することが困
難である場合、社会経済上、分離復旧の損失を生じさせる。このことを避ける
ために、物の所有権を、不動産の所有者に取得させ、分離復旧を必要としな
いこととする。②不動産に物が付着し、取引観念上、物が独立性 を失った場
合、取引の安全のために、物の所有権を、不動産の所有者に取得させる。
[
03]
附合の要件(242条本文)
:
①附合される不動産は、建物でも土地でも
かまわない。②附合する物は、多くの場合動産であるが、不動産の場合もあ
りうる。③附合とは、独立の所有権の対象となっていた物が、不動産に付着し
て独立性を失い、分離復旧することが困難な場合をいう。④自然に附合した
か、人が附合させたか、附合させた者が動産の所有者か、不動産の所有者
か、第三者かを問わない。
[
04]
附合しない場合(
242条但書)
:
権原によって物を不動産に附属させた
場合は、その物の所有権を不動産所有者は取得しない。物の所有者が、依
然として所有する。権原とは、地上権・
賃借権などの不動産を使用する権利
をいう。
[05]
附合の効果:
附合した物の所有権を、不動産所有者が取得する(242
157
2004 年度前期
民法Ⅰ
山田誠一
条)
。物の所有権を失った者は、不動産所有者に、償金を請求することがで
きる(248条)。したがって、附合した物については、物の旧所有者は、収去
権がなく、収去義務を負わない。附合しなかった物については、物の所有者
は、収去権があり、物の所有者が不動産を使用する権利がない場合には、
収去義務を負う。
[
06]
附合する例・
附合しない例:
①建物を増築(
改築)
すると、増築部分(
改
築部分)
は、増築前の部分(
改築しなかった部分)
に附合する。建物賃借人
がする増築が問題となる。②土地に播かれた種子・
植付けられた苗木は、土
地に附合する。ただし、土地の賃借人が播いた種子・
植付けた苗木は、土地
に附合しない。③土地に植栽された樹木(
立木)
は、土地に附合する。ただし、
土地の地上権者が植栽した立木は、土地に附合しない。
[
07]
最判昭和54年1月25日民集33巻1号26頁[
百選Ⅰ73事件]:
Y が注
文者、A が請負人となる、本件建物建築の請負契約が締結された。A とX’と
の間で、右請負契約の工事の大部分について、下請契約が締結された。Y
は、A に、代金の一部213万円を支払ったが、A は X’に代金を支払わなかっ
た(
代金の支払いとして渡した小切手は不渡りとなった)
。そこで、X’は、棟上
げをし屋根下地板を張り終え、屋根瓦をふかず荒壁を塗らない段階で、工事
を中止した。Y とA は、請負契約を合意解除し、Y は、B との間で、新たに続
行工事に関する請負契約を締結した(
建物の所有権は、Y に帰属する旨の
約定が行なわれた)
。B は、工事を続け、本件建物を竣工させた。X(
X’の相
続人)
が、Y に対して、所有権にもとづいて、本件建物の明渡を求めて訴え
を提起した。判決は、請求を棄却した。
158
2004 年度前期
民法Ⅰ
山田誠一
(
図)
Y
請負契約
注文主
A
請負人
下請負契約
X’
下請負人
続行工事についての請負契約
B
請負人
[
08]
最判昭和44年7月25日民集23巻8号1627頁[
百選Ⅰ75事件]
:X と
A との間で、X 所有の本件土地について、賃貸借契約が締結された。A は、
本件土地上の建物(
第二建物)
を所有していた。A は、第二建物の一部をB
との間で、賃貸借契約を締結した。B は、第二建物の屋上に、建物(
第三建
物)
を増築した。第三建物については保存登記が行なわれ、B の相続人は、
第三建物をY3 に譲渡し、所有権移転登記を行なった。X は、本件土地の無
断譲渡または転貸を理由として、賃貸借契約を解除した。X が、A の相続人
である Y1 らに対して、第二建物と、第三建物の収去と本件土地の明渡を求
めて訴えを提起した。判決は、請求を棄却した。
[
09]
ふたつの建物の一体化:
所有者が異なり、互に主従の関係にない二棟
の建物が、その間の隔壁を除去するなどの工事により、一棟の建物となった
場合、二棟の建物の所有者による、その建物の価額の割合を共有持分とす
る、共有になると考えられる。
[
10]
最判平成6年1月25日民集48巻1号18頁[
百選Ⅰ74事件]
:A は、縦
割連棟式建物 の相互に隣接する2戸を所有していた。その一方の旧建物
159
2004 年度前期
民法Ⅰ
山田誠一
(
1)
については、債権者 X のために、抵当権を設定した。もう一方の旧建物
(
2)
については、債権者 B のために、抵当権を設定した。その後、A は、旧
建物(
1)
と旧建物(2)との隔壁を一部撤去した(
この状態を、新建物(3)
とす
る)
。A は、新建物(
3
)
について、Y1 との間で賃貸借契約を締結した。Y1 は、
旧建物(
1)
と旧建物(
2)
との隔壁の残りを撤去した(
この状態を、新建物(
3)
’
とする)
。Y1 は、A の承諾を得て、新建物(
3)
’
の一部について、Y2 との間で、
転貸借契約を締結した。B が、強制競売の申立てを行ない、競売手続きが
開始され、X が買い受けた。X が、Y1Y2 に対して、新建物(
3)
’
の明渡を求
めて、訴えを提起した。判決は、請求を認容した。
[
27.02]
動産添附(
附合・
混和・
加工)
[
01]
動産添附(
てんぷ)
:
動産の所有権を取得する原因である。所有権が取
得される動産の所有者が、その動産の所有権を失う原因でもある。
[02]
動産の附合(243条、244条):
ある動産が別の動産に付着し、毀損し
なければ分離できない状態となること。附合する前の段階の2つの動産につ
いて、主従の区別が可能であれば、従たる動産の所有権を、主たる動産の
所有者が取得する。主従の区別が不可能な場合、2つの動産の所有者は、
附合した後の段階の動産を、附合する前の段階の各動産の価格の割合に
応じて、共有する。
[03]
動産の混和(245条):
ある動産が別の動産と混ざり合って両者を識別
できなくなること。効果は、動産の附合と同様である。
[
04]
動産の加工(246条)
:
①ある動産を材料にして、その動産の所有者で
ない者が工作を加え、新しい動産(
加工物)
が作られた場合、原則として、加
工物の所有権は、材料とされた動産の所有者に帰属する。②①の場合であ
って、その工作によって増加した価格が、材料の動産の価格を著しく上回る
ときは、加工物の所有権は、工作を加えた者(
加工者)
に帰属する。③加工
者が、材料を提供した場合には、工作によって増加した価格と加工者が提供
した材料の価格の和が、材料の動産の価格を上回るときは、加工物の所有
160
2004 年度前期
民法Ⅰ
山田誠一
権は、加工者に帰属する。工作によって増加した価格と加工者が提供した材
料の価格の和が、材料の動産の価格を上回らないときは、加工物の所有権
は、材料とされた動産の所有者に帰属する。
[05]
償金請求権:
動産添附の規定により、損失を受けた者は、利益を受け
た者に対して、償金を請求することができる(
248条)。
[
27.03]
その他の所有権の取得原因
[
01]
動産の所有権取得原因:
無主物先占(
239条)
、遺失物拾得(
240条)
、
埋蔵物発見(
241条)
。
[
27.04]
金銭の所有権
[
01]
金銭(
現金)
についての所有権:
金銭は、善意取得の要件をみたさなく
ても、占有を取得した者は、所有権 を取得する(
判例)。善意無過失の要件
が要求されない。
[02]
最判昭和 39年1月24日判時365号26頁:
「
金銭は、特別の場合を除
いては、物としての個性を有せず、単なる価値そのものと考えるべきであり、
価値は金銭の所在に随伴するものであるから、金銭の所有者は、特段の事
情のないかぎり、その占有者と一致すべきと解すべきであり、また金銭を現実
に支配して占有する者は、それをいかなる理由によって取得したか、または、
その占有を正当づける権利を有するか否かに拘わりなく、価値の帰属者即
ち金銭の所有者と見るべきものである」
。
161
2004 年度前期
民法Ⅰ
山田誠一
162
2004 年度前期
民法Ⅰ
山田誠一
第28回 物の利用
[
28.01]
用益物権[
Ⅱ第4章Ⅳ、Ⅴ、Ⅵ]
[01]
用益物権 とは何か:
他人の土地を一定の範囲において使用収益する
権利で、物権としての性格を有するものを、用益物権という。地上権・
永小作
権・
地役権の三種のものがある。用益物権と担保物権とを合わせて、制限物
権(
他物権)
という。
[
02]
地上権とは何か:
工作物や竹木(
植林)
の所有を目的として他人の土地
を使用する権利(
265条)。
[03]
地上権の成立:
①地上権者になろうとする者は、土地所有者との合意
(
意思表示)
によって、地上権を取得する(176条)。②時効取得 。③法律に
よる当然の取得:
法定地上権(
388条)
。地上権者は、土地所有者に対して、
地上権設定登記(
共同申請)
を求めることができる。
[
04]
地上権の移転:
①地上権者(
譲渡人)
と地上権の譲受人との合意(
意思
表示)によって 、譲渡人から譲受人に地上権は移転する(176条)。売買契
約や贈与契約が、移転原因の合意にあたる。譲受人は、譲渡人に対して、
地上権の移転登記(
共同申請)
を求めることができる。②地上権は、相続によ
って、被相続人から相続人に移転する。
[05]
地代:
合意によって地上権が成立した場合には、その合意のなかで、
地代の有無・
額を定める。地上権の移転と共に、地代の支払義務(
移転後の
使用についての地代)
は移転し、地上権の消滅と共に、将来の地代支払義
務も消滅する。
[06]
地上権の消滅:
①存続期間満了、②消滅時効 、③第三者が取得時効
によって所有権の取得すること、④地代不払いによる消滅請求・
地上権者の
破産による消滅請求(
266条1項、276条)
。土地所有者は、地上権者に対し
て、地上権設定登記の抹消登記(
共同申請)
を求めることができる。
163
2004 年度前期
民法Ⅰ
山田誠一
[
07]
所有者の交替:
地上権者は、地上権設定登記をすることにより、地上権
の設定を、土地の譲受人・
もう一人の地上権者などの第三者に対抗すること
ができる(
177条)
(
ただし、借地借家法10条の適用を受ける)
。
[08]永小作権:耕作・
牧畜を目的として他人の土地を使用する権利(270
条)
。合意によって永小作権が成立した場合には、その合意のなかで、小作
料の額を定める。
[
09]
地役権:
土地の所有者が、その土地の便益に、他人の土地を供する権
利(
280条)
。所有者の土地を要役地、他人の土地を承役地という。要役地
の所有者が地役権者であり、承役地に対する権利として地役権が成立する
(承役地の所有権が制約を受ける)。地役権は、①地役権者になろうとする
者と土地(
承役地)
所有者の合意(
意思表示)
、または、②取得時効によって
成立する(
ただし、継続かつ表現のものに限る。283条)。地役権は、要役地
の所有権に随伴して移転する(
281条)
。地役権は、①存続期間の満了、②
消滅時効(
291条参照)
、③第三者が取得時効によって所有権の取得するこ
と(
289条)、によって消滅する。
[10]
混同による消滅:
同一の物についての所有権と制限物権とが、同一人
に帰属する場合、制限物権は混同により消滅する(
179条1項本文)。例:
①
土地の所有者が、相続や売買によって、地上権 を取得した場合、②要役地
の所有者(
地役権者)
が、承役地の所有権を取得した場合。
[
28.02]
相隣関係[
Ⅱ第4章Ⅲ3]
[01]
相隣関係とは何か:
土地の所有権の内容が隣接地の所有者の利益の
ために制約されること。すなわち、土地の所有者が隣接地の使用について一
定の権利を有すること。隣接地を隣地という。
[
02]
隣地使用権:
土地の所有者は、境界線近くにおいて建物を建築・
修理
する場合、そのために必要な範囲で隣地の使用を請求することができる(
20
164
2004 年度前期
民法Ⅰ
山田誠一
9条)
。
[
03]
隣地通行権:
土地が、他の土地に囲まれていて、公路(
公道・
一般の人
が自由に通行することができる私道)
に接していない場合、その土地の所有
者は、通行するために必要で隣地にとって損害が最少な方法と場所で、償
金を支払って、隣地(
囲繞地という)を通行することができる(210条、211
条、
212条)
。
[04]
最判昭和 37年3月15日民集 16巻3号556頁[
百選Ⅰ70事件]
:
甲地
の所有者 X が、乙地の所有者 Y に対して、通行権の確認を求めて訴えを提
起した。判決は、請求を棄却した。
(
図)
道
路
2メートル幅の通路
甲地
乙地
[
05]
袋地が分割によって生じた場合:
公路に接する甲地を、分割(
分筆)
し、
公路に接しない乙地(
袋地)
と公路に接する丙地(残余地)
として、両土地の
所有者が異なる者となった場合、丙地のための通行権は、乙地に成立する
(
213条)。
[06]
最判平成 2年11月20日民集44巻8号1037頁[
百選Ⅰ71事件]:
もと
一筆の土地を、A が甲地(
袋地)
と乙地(
残余地)
に分筆した。A は、甲地をX
に、乙地をC に売却した。B が所有する甲地から公道に至る土地(
丙地)
を、
X は賃借した。B は、丙地を、Y に贈与・
遺贈した。Y は、用法違反を理由に、
丙地の賃貸借契約を解除した。X が、Y に対して、丙地についての通行権の
確認を求めて訴えを提起した。判決は、請求を棄却した。
165
2004 年度前期
民法Ⅰ
山田誠一
[07]
最判昭和 47年4月14日民集 26巻3号483頁[
百選Ⅰ56事件]
:
公路
に面している甲地があり、その奥に乙地、さらにその奥に丙地がある。甲地は、
B が所有していたが、Y が相続によって取得した。乙地と丙地は、Aが所有し
ていたが、A’が相続により取得し、A’とX との間で売買契約が締結された。乙
地は未登記であり、丙地について、A→A’→X の所有権移転登記が行なわ
れた。X が Y に対し、甲地について、通行妨害の差し止めを求めて訴えを提
起した。判決は、請求を認容した。
[08]水に関する法律関係 :
土地の所有者は、隣地から水が流れてくるのを
妨げてはならない(
214条)
。高地の所有者は、余水を排泄するため、下水
道に至るまで、低地に水を通過させることができる(
220条)。
[
09]
境界線近くの建物に関する法律関係:
建物は、境界線より50センチ以
上離して、建てなければならない(
234条)
。境界線より1メートル以内に、建
物の窓があるときは 、目隠しをつけなければならない(
235条1項)。
[
10]
最判平成元年9月19日民集43巻8号955頁[
百選Ⅰ72事件]
:
Y が境
界線から50センチ離さないで外壁が耐火構造の建物を建築した。隣地の所
有者 X が、建物の収去を求めて訴えを提起した。判決は、請求を棄却した。
[
28.03]
物権的請求権(
その2)
[
Ⅱ第2章Ⅲ]
[01]所有権にもとづく返還請求権 :
所有者は、権利にもとづかずに物を占
有する者に対して、その物の引渡し・
明渡しを請求することができる。奪われ
た占有を回復する請求権である。
[02]
要件:
①請求者が物の所有権 を有すること、②物の占有者の占有が、
権利にもとづかないこと。占有者が地上権者・
賃借人である場合は、要件を
みたさない。占有が権利にもとづかないことについて、占有者に故意または
過失があることを要しない。
[03]
効果:
裁判所は、占有者に対し、所有者への、動産であれば、物の引
166
2004 年度前期
民法Ⅰ
山田誠一
渡しを命じ、不動産であれば、物の引渡し・
明渡しを命ずる。すなわち、占有
者から所有者への占有の移転を命ずる。所有権にもとづく返還請求権は、
消滅時効により消滅しない。
[04]
所有権にもとづく妨害排除請求権・
妨害予防請求権:
所有者が、占有
を妨害されている場合、または、占有を妨害されるおそれがある場合に認め
られる。
[05]
物権的請求権:
返還請求権、妨害排除請求権、妨害予防請求権を総
称して、所有権にもとづく物権的請求権という。ただし、民法には規定がな
い。
[
06]
判昭和12年11月19日民集16巻1881頁[
百選Ⅰ46事件]
:
隣接する
宅地と、畑があり、宅地は B が所有し、畑は A が所有していた。A が畑を水
田とするため掘り下げ、境界には70センチ程度の断崖ができた。畑は、A か
らY に売却された。宅地は、B が死亡し、X が相続によって取得した。X が Y
に対して、境界の崩落防止に必要な設備をするよう求めて訴えを提起した。
判決は請求を認容した。
[07]最判平成6年2月8日民集48巻2号373頁[
百選Ⅰ47事件]:
本件建
物は、Aが所有していたが、A が死亡し、Y が相続により取得し、さらに、Bに
売却された。本件建物の敷地である本件土地は、X が競売により取得した。
X が、Y に対して、所有権にもとづく建物収去土地明渡を求めて訴えを提起
した。判決は、請求を認容した。
[
28.04]
占有(
その2)
(
占有者と回復者との関係)
[
Ⅱ第4章Ⅱ]
[
01]
果実を取得する権利(
果実収取権)
:
本来、所有者 ・
地上権者・
賃借人
など(
果実収取権を含む本権を有する者)にあり、本権をもたない占有者に
はない。したがって、占有者が取得した果実(
および使用によって得られた
利益)
は、法律上の原因のない占有者の利益となり、所有者の損失となる(
7
03条参照)
。しかし、①善意の占有者は、果実を取得する権利を有する(18
167
2004 年度前期
民法Ⅰ
山田誠一
9条1項)。したがって、善意の占有者は、果実(
および使用によって得られた
利益)を返還する義務を負わない。②悪意の占有者は、果実を取得する権
利を有しない。善意の占有者が、所有権にもとづく返還訴訟(
本権の訴え)
に
敗訴したときは、訴えを提起されたときから悪意の占有者となる(
189条2項)
。
悪意の占有者は、果実(
および使用によって得られた利益)
を返還する義務
を負う(
190条1項)
。
[02]
物の毀損・
滅失:
本来、他人の物を滅失・
毀損した者は、故意・
過失が
ある場合(
責に帰すべき事由がある場合)
は、その物の所有者に対し、不法
行為にもとづき損害賠償義務を負う(
709条)
。物の消費は、滅失にあたる。
しかし、所有権にもとづく
返還を求める者(
回復者)
に対して、①善意の自主
占有者は、滅失・
毀損によって現に利益の存する限度において賠償をする
義務を負い、②悪意の占有者・
善意の他主占有者は、滅失・
毀損によって生
じた損害の全部を賠償する義務を負う(
191条)。
[
03]
物の保存・
改良費用:
本来、ある者が他人の物を保存・
改良した場合、
所有者には法律上の原因のない利益が生じ、保存のための費用(
必要費)
・
改良のための費用(
有益費)
は保存・
改良した者の損失となる。占有者が占
有物を回復者に返還する場合には、次のように規律される。①必要費につ
いては、回復者は、占有者に償還する義務を負う(196条1項本文)
。②有益
費については、占有物の価格の増加した場合に限り、回復者は、価格の増
加分か有益費のいずれかを選択して、償還する義務を負う(
196条2項)。
[
28.05]
占有(
その3)
(
占有訴権)
[
Ⅱ第4章Ⅱ]
[
01]
占有訴権とは何か:
占有者が、占有を侵害されたことのみを理由に、占
有を侵害した者に対して、侵害の排除・
占有の回復を求めることができる権
利。趣旨は、①自力救済の抑止(
社会の平和維持 )と、②所有権にもとづく
返還請求を行なうための証明の負担の軽減にあると考えられている。民法は、
3種類の占有訴権を定めている。
[
02]
占有訴権 を行使することができる者(197条):
自己占有をしている者、
168
2004 年度前期
民法Ⅰ
山田誠一
代理人による占有をしている者。占有を正当化 する権利(本権)を有しない
占有者も、占有訴権を行使することができる。
[03]
占有訴権 を行使される相手方 :
占有者の意思にもとづかずに、占有者
の占有を侵害している者。占有者の瑕疵ある意思にもとづいて占有を取得し
た者(
無効な売買契約の買主)
、本権にもとづいて占有を取得したがその後
本権を失った者(
終了した賃貸借契約の借主)
に対しては、占有訴権を行使
することはできない。
[
04]
占有回収の訴え(
200条):
占有者が、その意思にもとづかずに物の占
有を奪われた(
侵奪)
場合、占有者は、占有を奪った者(
侵奪者)
に対し、物
の返還を求めることができる。侵奪の例:
動産を盗まれること、土地の上に無
断で建物を建築されること。侵奪者から第三者(
特定承継人)
が占有を取得
した場合、特定承継人が侵奪の事実について、①善意の場合は、占有者は
その者に返還を請求することができず 、②悪意の場合は、占有者はその者
に返還を請求することができる。
[
05]
占有保持の訴え(
198条):
占有者が、その意思にもとづかずに物の占
有を妨害された場合(
侵奪の場合は除かれる)
、占有者は、占有を妨害した
者(
妨害者)
に対し、妨害の停止を求めることができる。妨害の例:
隣接地の
建物・
樹木が土地上に倒れること。
[06]
占有保全の訴え(199条):
物の占有の妨害のおそれ(
危険)
がある場
合、占有者は、妨害の危険がある者に対し、妨害の予防を求めることができ
る。隣接地の建物・
樹木が傾き、土地上に倒れる可能性があること。
[07]
損害賠償・
損害賠償の担保:
占有の侵奪・
妨害が、故意または過失に
よって行なわれた場合は、侵奪者・
妨害者は、占有者に対して、不法行為に
もとづき損害賠償義務を負う。占有の妨害の危険がある場合は、占有者は担
保の提供を求めることができる(
199条)。
169
2004 年度前期
民法Ⅰ
山田誠一
[
08]
占有訴権と本権の訴えとの関係:
①A が所有し占有していた物を、B が
盗んで占有している。A は、B に対して、所有権にもとづく引渡しの訴えを起
こすことができ、また、占有回収の訴えをすることもできる。二つの訴えを同時
に提起しても、一方を提起し、敗訴した後他方を提起してもよい(
202条1項)
。
②A が所有する物を、B が盗んで占有しているとき、A が、B の意思にもとづ
かずに、しかも、強制執行によることなく、B から物の占有を奪った場合どうな
るか。B は、A に対して占有回収の訴えをすることができる。この訴えに対し
て、裁判所は、A に所有権があることを理由とした判断をすることができない
(
202条2項)。ただし、A の所有不動産を、B が占有し、A が B の占有を妨
害する場合において、B が起こした占有保持の訴えに対して、A は所有権に
もとづく明渡しの訴えを反訴として提起することができる。
[
09]
大判大正13年5月22日民集3巻224頁[
百選Ⅰ68事件]
:Y が所有し
ていた本件船(
小廻船)
を、X が占有していたところ、Y が、それを取り戻した。
X はY に対して、本件船の返還を求めたが、訴訟係属中に、本件船は、滅失
した。そこで、X は Y に対して、Y が本件船を取り戻してから滅失するまでの
使用利益にあたる損害賠償を求めて、訴えを提起した。判決は、請求を認容
した。
[
10]
最判昭和40年3月4日民集19巻2号197頁[
百選Ⅰ69事件]
:A が所
有していた本件土地を、A は B に、B は Y に売却した。A からY への中間
省略登記が行なわれた。A は、AB 間の売買契約を合意解除し、X に対して、
本件土地を売却し、引き渡した。X が本件土地上に、建物を移築したところ、
Y が、本件土地に立ち入りX の使用を妨害したため、X が、Y に対して、占
有権にもとづき妨害排除を求めて訴え(
本訴)
を提起した。Y は、所有権にも
とづき、建物収去土地明渡 を求めて反訴を提起した。判決は、本訴・
反訴と
も、請求を認容した。
[
28.06]
立木の所有権[
Ⅱ第3章Ⅴ]
[
01]
前提となる法律関係:
①立木は土地の定着物であり、不動産である。②
土地の所有者が、土地に樹木(
立木)
を植栽した場合には、立木の所有権は、
170
2004 年度前期
民法Ⅰ
山田誠一
土地の所有者に帰属する。③土地の地上権者が、土地に立木を植栽した場
合には、立木の所有権は、地上権者に帰属する(
242条但書)
。④土地を使
用する権利を有しない者(
権原のない者)
が、土地に立木を植栽した場合に
は、立木の所有権は、土地の所有者に帰属する(
242条本文)
。
[02]
土地の所有権の移転と立木の所有権の移転:
土地(
地盤)と立木の所
有権が同一の者に属する場合、①土地と立木を同時に譲渡すること、②土
地は譲渡せず、立木のみを譲渡すること、③土地のみを譲渡し立木は譲渡
しないことのいずれをも、行なうことができる。
[
03]
明認方法:
立木の回りの木の皮を削って、所有者の氏名を書き、または、
林に所有者の氏名を書いた立て札を立て、立木の所有者を人が知ることが
できる状態にすること。明認方法は、地盤と独立した立木の取引において、
第三者対抗要件として、認められている。複数の明認方法が行なわれた場
合には、その先後が問題となる。
[04]
最判昭和 36年5月4日民集15
巻5号1253頁[
百選Ⅰ60事件]
:A が
山林(
本件土地)を所有し、その立木(
本件立木)
も所有していた。A が、本
件立木のみ、B に売却し(
明治40年)
、さらに B が C に売却して明認方法を
行なった。本件立木は、譲渡され、Y が取得した。A は、本件土地と本件立
木を一括して、M に売却し(
昭和12年)
、N、X と順次譲渡された。X が Y に
対して、本件立木が X の所有であることの 確認を求めて、訴えを提起した。
判決は、請求を認容した。
[
05]
土地のみの譲渡:
土地と立木の所有者 A が、土地のみをB に譲渡し、
その後、B が土地と立木を自ら所有する物として C に譲渡した場合、A がす
る明認方法と、B から C への土地の所有権移転登記の先後によって、相互
に対抗することができる。
[
06]
最判昭和35年3月1日民集14巻3号307頁[
百選Ⅰ61事件]
:A が山
林(
本件土地)
を所有していたが、A は、本件土地を、Y に売却した(
大正13
171
2004 年度前期
民法Ⅰ
山田誠一
年)
。Y は本件土地の引渡を受け、本件土地上に杉苗を植栽した。その後、
A は、本件土地をBに売却し、所有権移転登記を行なった。Y が、本件土地
上の立木を伐採した(
昭和25年)
。X が、Y に対して、損害賠償を求めて、訴
えを提起した。判決は、請求を認容した。
[
07]
大判昭和7年5月18日民集11巻1963頁[
百選Ⅰ65事件]
:
A が所有
する山林(
本件土地)
の本件立木を、A が X に売却した。明認方法を行なわ
なかった。Aに対する債権者であるYは、本件土地について仮差押を行なっ
た。その後、X が本件立木を伐採搬出したため、Y は、本件立木について、
強制執行として、差押を行なった。X が、強制執行の排除を求めて訴えを提
起した。判決は、請求を棄却した。
172
2004 年度前期
民法Ⅰ
山田誠一
第29回 抵当権(
1)
[
Ⅱ第2章Ⅳ]
[
29.01]
抵当権とは何か
[01]
金銭債権の強制執行 :
金銭債権の債権者は、債務者に履行の強制を
することができる(
414条)
。履行の強制は、民事執行法が定める強制執行手
続にもとづいて行なわれる。金銭債権の強制執行においては、債権者は、
債務名義(
確定判決)
をもって、強制執行の申立てをする。
[
02]
不動産に対する強制執行:
債権者が、裁判所に対して、具体的な不動
産を特定して、強制競売の申し立てをする。裁判所は、債権者が特定した不
動産を差し押え(
処分を禁止し)
、換価し(
第三者に売却する)
、換価代金を
債権者に配当する。
[03]債権者平等:
複数の債権者が、同一の不動産について、強制執行を
行ない(
差押え・
配当要求)、換価代金が、複数の債権者の債権(
強制執行
を行なう債権)
の額の合計額を下回る場合、各債権者には、債権額 に按分
比例した額が配当される。
[04]
債務者の不動産の第三者への譲渡:
債権者は、差押えをする時点に
おいて、債務者の不動産についてのみ、強制執行をすることができる。債権
が成立した時点において、債務者が所有する不動産であっても、差押えを
する以前に第三者に譲渡され、対抗要件が備わっていると、強制執行をする
ことができない。
[
05]
抵当権とは何か:
他人の不動産の換価代金から、他の債権者に優先し
て、自己の債権の弁済を受けることができる権利。抵当権によって優先して
弁済を受ける債権を、被担保債権(
抵当権によって担保される債権)
という。
①抵当権者(
抵当権を有する債権者)
は、債務名義なく、抵当権の実行を申
し立てることができる。裁判所は、債務者または第三者が所有する不動産を
換価し、換価代金 を、抵当権者 に配当する。②同一の不動産について、抵
173
2004 年度前期
民法Ⅰ
山田誠一
当権者と、一般債権者(
抵当権を有しない債権者)
が抵当権の実行・
強制執
行を行なった場合、換価代金は、抵当権者に優先して配当される。③抵当
権が設定された不動産が、第三者(
第三取得者という)
に譲渡されても、抵当
権者は、抵当権の実行を申し立てることができる。
[
29.02]
抵当権の成立
[01]
抵当権の成立:
抵当権者になろうとする者は、不動産の所有者との合
意(
意思表示)
によって 、抵当権を取得する(
176条)
。抵当権者は、被担保
債権を有していなければならない。不動産の所有者(
抵当権設定者)
は、被
担保債権の債務者であっても、債務者でなくてもかまわない。抵当権設定者
が、被担保債権の債務者でない場合、抵当権設定者を物上保証人という。
不動産の所有者でない者は、抵当権を設定することができない。
[02]
被担保債権の存在:
抵当権が成立するためには、被担保債権が存在
していなければならない。このことを、抵当権の成立における附従性という。
したがって、被担保債権が、弁済により既に消滅していた場合、または、被担
保債権の成立原因である契約が不成立・
無効・
取消の場合は、抵当権は成
立しない。
[
03]
抵当権の目的物:
不動産(
369条1項)
に抵当権は成立し、動産には成
立しない。地上権・
永小作権にも抵当権は成立する(
369条2項)
。
[04]
抵当権の順位:
同一の不動産に、複数の抵当権が成立しうる。その場
合、複数の抵当権相互間に、順位がつけられる。先順位の抵当権者は、後
順位の抵当権者および他の債権者に優先して、自己の債権の弁済を受け
る。
[
05]
抵当権の設定登記:
抵当権設定者と抵当権者は、共同申請によって、
抵当権の設定登記を行なう。抵当権の設定は、抵当権設定登記がなければ、
不動産の譲受人・
他の抵当権者・
他の債権者に対抗することができない(
17
7条)
。複数の抵当権が成立した場合には、抵当権設定登記の先後によって、
174
2004 年度前期
民法Ⅰ
山田誠一
抵当権の順位が決る(
373条1項)
。
[
29.03]
抵当権の実行
[01]
抵当権の実行:
抵当権者は、被担保債権の弁済期の到来後、抵当権
を実行することができる。被担保債権が弁済されると、抵当権が消滅するた
め、抵当権は実行することができない。
[
02]
抵当権実行の申立て:
抵当権者が、裁判所に、抵当権実行の申立てを
すると、裁判所が、民事執行法にもとづき、抵当権を実行する。抵当権者は、
抵当権実行の申立てにおいて、抵当権設定登記の登記簿謄本・
抵当権の
存在を証する確定判決を提出しなければならない(
民事執行法181条1項1
号3号)
。債務名義は不要である【
重要】
。
[
03]
配当を受けることができる地位:
抵当権者は、①自ら抵当権実行を申し
立てた場合だけではなく、抵当不動産について、②他の抵当権者が抵当権
実行を申し立てた場合、③抵当不動産の所有者に対する他の債権者が差
押えをした場合にも、配当を受けることができる。抵当権者は、配当要求をす
る必要はない(
②③の場合)
【
重要】
。
[04]
換価・
配当:
裁判所は、抵当不動産を第三者に売却して換価する。抵
当不動産の所有者は、抵当不動産の所有権を失う。物上保証人は、自己が
債務者ではない債権の弁済のために、所有する不動産が第三者に売却され、
その所有権を失う。換価代金は、①抵当権者、②差押債権者・配当要求債
権者、③抵当不動産の所有者の順に配当される(
優先弁済効)。抵当権者
(
①)
が複数いる場合には、そのなかでは順位にしたがって配当が行なわれ、
債権者(
②)
が複数いる場合には、そのなかでは、債権者平等で債権額に按
分比例して、配当が行なわれる。
[05]
優先して配当を受ける額(
374条):
債権元本。利息・
遅延損害金につ
いては、最後の2年分。2年分を超える利息・
遅延損害金は、抵当権によって
担保されない。
175
2004 年度前期
民法Ⅰ
山田誠一
[
29.04]
抵当権の消滅
[
01]
被担保債権の消滅による抵当権の消滅:
被担保債権は、①債務者によ
る弁済、②相殺、③消滅時効(
物上保証人・
第三取得者も消滅時効 を援用
することができる)、④物上保証人・
第三取得者による弁済(
第三者弁済)
に
より、消滅する。被担保債権の一部弁済、一部消滅では、抵当権は消滅しな
い。被担保債権の消滅により、抵当権が消滅することを、抵当権の消滅にお
ける附従性という。
[
02]
抵当権の実行による抵当権の消滅:
抵当権が実行されると、たとえ、被
担保債権の全部が弁済されなくても、抵当権は消滅する。抵当不動産につ
いて、他の抵当権が実行され、または、他の債権者の差押にもとづいて強制
執行が行なわれると、抵当権の被担保債権が全く弁済されなくても、抵当権
は消滅する。強制執行・
抵当権の実行により売却を受けた第三者は、抵当権
の負担のまったくない所有権を取得する(
消除主義という。民事執行法59条
1項参照)
。
[
03]
抵当権消滅請求(
改正法378条)
:
現行法の滌除の制度に替わるもの。
第三取得者が抵当不動産の代価を、抵当権者 に提供し、抵当権者が承諾
をすると、抵当権が消滅する。抵当権者は、承諾をしない場合は、抵当権の
実行(
競売)
を申し立てなければならない。
[
04]
その他の抵当権の消滅原因:
①消滅時効。抵当権設定者(
債務者・
物
上保証人)
が抵当不動産を所有している場合は、被担保債権が消滅時効に
より消滅しない間は、抵当権は消滅時効により消滅しない(
396条)
。第三取
得者が抵当不動産を所有している場合は、抵当権は、20年間の経過によっ
て、消滅時効により消滅する(
167条2項)
。②第三者が取得時効にもとづい
て抵当不動産の所有権を取得した場合:
第三者は、取得時効により、負担の
ない所有権を取得し、抵当権は消滅する(397条)。③混同:
物上保証人や
第三取得者と抵当権者とが相続などにより同一人となった場合、被担保債権
は消滅しないが、抵当権は混同により消滅する(
179条)
。
176
2004 年度前期
民法Ⅰ
山田誠一
[05]
抵当権設定登記 の抹消登記 :
抵当権が消滅すると、抵当不動産所有
者は、抵当権者に対して、抵当権設定登記の抹消登記(
共同申請)
を求める
ことができる。
[
06]
順位上昇の原則:
第1順位の抵当権が消滅した場合には、第2順位以
下の抵当権の順位が上昇する。第2順位の抵当権が消滅した場合には、第
1順位の抵当権には影響がなく、第3順位以下の抵当権の順位が上昇する
(
以下同じ)
。
[07]無効な登記の流用:
抵当権が消滅すると、抵当権設定登記は無効な
登記となる。無効な登記を抹消登記しないまま、その後、消滅した抵当権の
抵当権者のために、新たな抵当権が成立した場合、その無効な登記によっ
て、新たに成立した抵当権は、第三者に対抗することができるかという
問題
がある。判例によれば、①第1順位抵当権の設定登記が無効な登記であり、
第2順位抵当権が既に存在し、その後、新たに抵当権が成立した場合、新た
に成立した抵当権は、無効な登記によって第1順位として、第2順位抵当権
者に対抗することができず 、②第1順位抵当権の設定登記が無効な登記で
あり、新たに抵当権が成立し、その後、第2順位抵当権が成立した場合、新
たに成立した抵当権は、無効な登記によって第1順位として、第2順位抵当
権者に対抗することができる。
177
2004 年度前期
民法Ⅰ
山田誠一
178
2004 年度前期
民法Ⅰ
山田誠一
第30回 抵当権(
2)
[
Ⅱ第2
章Ⅳ]
[
30.01]
抵当不動産所有者の交替
[01]
抵当権の追及力:
抵当不動産が第三者(
第三取得者)
に譲渡されたと
き、抵当権者は、抵当権設定登記を行なっていれば、抵当権を第三取得者
に対抗することができる(177条)。このことを、抵当権の追及力という。抵当
権が実行されると、第三取得者は、抵当不動産の所有権を失う。第三取得者
が、売買によって抵当不動産を取得した場合は、売買契約を解除することが
できる(
567条1項)
。
[02]
抵当権が実行される前に第三取得者が採りうる方法:
①被担保債権を
弁済して、抵当権を消滅させる。567条2項参照。②抵当権消滅請求を行な
う(
改正法378条)
。
[
30.02]
被担保債権の譲渡
[
01]
被担保債権の移転:
被担保債権が移転(
債権譲渡)
すると、抵当権も移
転する。このことを、抵当権の随伴性という。抵当権の被担保債権が譲渡さ
れた場合、債権譲渡の第三者対抗要件がそなわれば、抵当権の取得を第
三者に対抗することができる。
[
30.03]
抵当権の効力の及ぶ目的物
[
01]
抵当権の効力が及ぶ範囲:
370条は、不動産に附加して不動産と一体
となった物に抵当権の効力が及ぶとする。
[
02]
抵当不動産に附合した物:
①不動産に抵当権が設定された後、附合に
より不動産の所有者が物の所有権を取得した場合、抵当権の効力は、附合
した部分にも及ぶ。②不動産の所有者が所有する物が、不動産に付着して
独立性を失い、分離復旧が困難な場合、それが、抵当権の設定前か設定後
であるかを問わずに、抵当権の効力は、付着した部分にも及ぶ。いずれも、
附加一体物にあたると解されている。
179
2004 年度前期
民法Ⅰ
山田誠一
[03]
抵当不動産の従物:
不動産の所有者が所有する物が、不動産の常用
に供せられ、不動産に附属せしめられているとき、その物は、不動産が処分
されるとき、それにしたがって処分される(
87条)。例:
建物に附属した畳・
建
具、庭の石燈篭・
庭石。①抵当権設定時に抵当不動産の従物であった物に、
抵当権の効力が及ぶかどうか。②抵当権設定後に抵当不動産の従物となっ
た物に、抵当権の効力が及ぶ(
抵当権の効力が設定時よりも拡張される)
か
どうか。判例は、①について、87条2項を根拠にして、抵当権の効力が及ぶ
とし、②について、抵当権の効力が及ぶとの立場に立つ。
[04]
附加一体物:
抵当不動産に附合した物、抵当不動産に付着し独立性
を失い分離復旧が困難な物、抵当不動産の従物のいずれもが、附合し・
付
着し・
従物となった時期が抵当権設定の前後のいずれであるかを問わずに、
附加一体物となり(
学説に異論がある)
、抵当権の効力が及ぶ。ただし、抵当
権設定の合意で、抵当権の効力が附加一体物に及ばない旨を定めた場合
は、附加一体物に抵当権の効力は及ばない(
370条但書)
。
[
05]
大判昭和5年12月18日民集9巻1147頁[
百選Ⅰ85事件]
:
大正14年
10月、A が所有する本件建物に、Y のために抵当権を設定した。同年11月、
本件畳建具が、本件建物に備え付けられた。昭和2年7月、A は、本件畳建
具を、X に担保のために所有権を移転した。Y が抵当権を実行し、本件建物
を Y が買い受けた。X が、Y に対して、本件畳建具の引渡を求めて、訴えを
提起した。判決は、請求を認容した原判決を破棄差し戻し。
[06]
大判大正 2年6月21日民集19輯481頁[
百選Ⅰ86事件]:
AY 間で、
本件土地について、小作契約が締結された。本件土地について、抵当権が
実行され、X が買受人となった。X が、Y に対して、小作料の支払いを求めて、
訴えを提起した。判決は、請求を棄却した。
[
30.04]
物上代位
[
01]
物上代位とは何か:
抵当不動産に物理的・
法律上に変化が生じ、抵当
180
2004 年度前期
民法Ⅰ
山田誠一
不動産の経済的価値が減少・
消滅し、そのことに伴って抵当不動産所有者
が利益を取得した場合、一定の条件の下で、抵当不動産所有者が取得した
利益(
価値代替物)
に、抵当権の効力を及ぼすことを認める制度。
[02]
実体的要件:
①抵当不動産(
目的物)
の賃貸、②抵当不動産の滅失・
毀損があった場合(
372条。304条の準用)
。304条は、目的物の売却を定
めているが 、目的物が第三者に売却されても抵当権の追及力があるため、
抵当権者の利益は害されない。
[03]
価値代替物:
受け取るべき金銭その他の物(304条)。ただし、金銭を
所有者が受け取るべき場合は、その支払いを求める債権(
金銭債権)
に、物
上代位によって、抵当権の効力が及ぶ。例:
①抵当不動産所有者(
賃貸人)
の賃借人に対する賃料債権。②第三者の不法行為によって滅失・
毀損され
た場合には第三者に対する損害賠償請求権、損害保険契約が締結されて
いた場合には損害保険会社に対する保険金請求権。
[04]
手続的要件:
抵当不動産所有者が取得した価値代替物が、抵当不動
産所有者に「
払渡・
引渡」
がなされる前に、抵当権者は、差押えをしなければ
ならない(
304条但書)
。したがって 、差押をする前に、「払渡・引渡」が行な
われた場合には、価値代替物に抵当権の効力は及ばない。
[05]
物上代位によって抵当権の効力が及ぶということの意味:
価値代替物
をもって、抵当権の被担保債権の弁済を受けることができ、しかも、抵当不動
産所有者に対する他の債権者に優先して、弁済を受けることができる。
[
06]
価値代替物の譲渡と物上代位:
抵当不動産所有者が有する金銭債権
で、物上代位によって抵当権の効力が及ぶための実体的要件をみたしたも
のを、抵当不動産所有者が第三者に譲渡し、第三者対抗要件を備えた場合、
その第三者対抗要件の具備より前に、抵当権設定登記が行なわれていれば、
抵当権者は、差押をすることができる。
181
2004 年度前期
民法Ⅰ
山田誠一
[07]他の債権者による差押と物上代位:
抵当不動産所有者が有する金銭
債権で、物上代位によって抵当権の効力が及ぶための実体的要件をみたし
たものに対して、抵当不動産所有者に対する他の債権者が差押えをした場
合、①差押えをした他の債権者が取立をする前または転付命令を受ける前
に、抵当権者が、差押えをしたときは、物上代位により抵当権の効力は及び、
②差押えをした他の債権者が取立をしたとき(「
払渡・
引渡」
にあたる)
や、転
付命令を受けたときは、抵当権者は差押えをすることはできず、抵当権の効
力も及ばない。
[
08]
最判平成 10年3月26日民集52巻2号483頁[
百選Ⅰ88事件]
:
Y 債
権者、A 債務者・
賃貸人、B 賃借人。平成3年6月、Y は、A の B に対する本
件建物の賃料債権を差し押さえた。平成3年7月、本件建物に、X が抵当権
を取得した。その後、X が、本件建物の賃料債権を、差し押さえた。X とY は、
按分比例の割合で、配当を受けた。X が Y に対して不当利得返還を求めて、
訴えを提起した。判決は請求を棄却した。
[
09]
最判平成11年11月30日民集53巻8号1965頁[
百選Ⅰ87事件]:
AB
間で本件不動産について、買い戻し特約つきの売買契約。B に対する債権
者 Y が、同じくX が、順に、本件不動産に、抵当権を設定する。A が買い戻
し権を行使する。B が A に対して有する買い戻し代金請求権を、Y とX が、
差し押さえる。Y は X に優先するとして配当表が作成された。X が、Y に対し
て、配当異議の訴えを提起した。判決は、請求を棄却した。
■例題
(
1)A が所有する建物に抵当権が設定されていたが、その建物について、A
とB が賃貸借契約を締結している。賃借人 B が A に対して負っている
賃料債務について、抵当権者 C は、どのような地位にあるか。
(
2)A が所有する建物に抵当権が設定されていたが、その建物は B の過失
により滅失してしまった。①抵当権者 C とB との関係はどのようなものか。
②A に対して金銭債権を有する者 D とC との関係はどのようなものか。
182
2004 年度前期
民法Ⅰ
山田誠一
第31回 抵当権(3)
[
Ⅱ第2
章Ⅳ]
[
31.01]
共同抵当
[
01]
共同抵当とは何か:
同一の債権を被担保債権として、複数の不動産に
抵当権が設定される場合を共同抵当という(
392条)
。
[
02]
共同抵当の場合に生ずる問題:
抵当不動産に後順位の抵当権が設定
されている場合、共同抵当の被担保債権の弁済に、いずれの抵当不動産の
換価代金 (
代価)をどのようにあてるかよって、後順位抵当権者への配当額
が異なることがある。①共同抵当の複数の抵当不動産の代価を、同時に配
当する場合(
同時配当という)
と、②別々に配当する場合(
異時配当という)
に
問題を分けることができる。具体例:
被担保債権額は3000万円、抵当権者
A のための共同抵当として、不動産甲に第1順位抵当権が、不動産乙に第1
順位抵当権が設定される。甲の価額2400万円、乙の価額1600万円とする。
不動産甲には、B が第2順位抵当権(
被担保債権1000万円)を、不動産乙
には、C が第2順位抵当権を取得(
被担保債権1000万円)
している。
[
03]
同時配当の場合:
甲・
乙の代価を同時に配当するとき、被担保債権30
00万円を、甲の価額(2400万円)
と乙の価額(
1600万円)
の割合に分けて、
甲の代価から1800万円が、乙の代価から1200万円が、A に配当される(
3
92条1項)。その結果、甲の代価の残額600万円は B(
第2順位抵当権者)
に配当され、乙の代価の残額400万円は C(
第2順位抵当権者)
に配当され
る。
[
04]
異時配当の場合:
①甲の代価のみを配当するとき、甲の代価全額240
0万円が A に配当される(
392条2項第1文)
。その後、乙の代価1600万円
を配当するとき、被担保債権の残額600万円が A に配当され、残額は1000
万円である。この残額全額を、乙不動産の第2順位抵当権者 C に配当して
良いか。②乙の代価のみを配当するとき、乙の代価全額1600万円が A に
配当される(
392条2項第1文)。その後、甲の代価2400万円を配当するとき、
183
2004 年度前期
民法Ⅰ
山田誠一
被担保債権の残額1400万円が A に配当され、残額は1000万円である。そ
の残額全額を、甲不動産の第2順位抵当権者 B に配当してよいか。①②い
ずれの場合も、同時配当と場合と同じ配当結果になる(
392条2項第2文)
。
[05]
後順位抵当権者の代位:
①の場合、同時配当であれば乙不動産につ
いて、抵当権者 Aは1200万円の配当を受けることになる。その1200万円か
ら現実に A が配当を受けた600万円を差し引いた額600万円について、甲
不動産の第2順位抵当権者 B は、乙不動産について、第1順位の抵当権を
行使することができる(
後順位抵当権者の代位)。②の場合、同時配当であ
れば甲不動産について、抵当権者 Aは1800万円の配当を受けることになる。
その1800万円から現実に Aが配当を受けた1400万円を差し引いた額400
万円について、乙不動産の第2順位抵当権者 C は、甲不動産について、第
1順位の抵当権を行使することができる(
後順位抵当権者の代位)
。
(
表)
同時配当
異時配当(
①の場合) 異時配当(
②の場合)
甲
乙
甲(
先)
乙(
後)
甲(
後)
乙(
先)
2400
1600
2400
1600
2400
1600
A:
1800 A:
1200 A:
2400 A:
600
A:
1400 A:
1600
B:
600
C:400
B:
600
C:
400
C:
400
B:
600
[
31.02]
抵当不動産の利用
[01]
抵当不動産所有者による抵当不動産の利用:
①抵当権実行前、抵当
不動産所有者は、自由に抵当不動産を利用することができる(369条参照)
。
②抵当権が実行されると、抵当不動産は競売され、第三者(
買受人)
が買い
受け、買受人は、代金を裁判所に納付し、抵当不動産の所有権 を取得する
(
民事執行法79条)
。買受人が所有権を取得した結果、抵当不動産所有者
は所有権を失い、抵当不動産所有者は買受人 に抵当不動産を引き渡さな
ければならない(
同83条参照)
。買受人が所有権を取得した後、抵当不動産
所有者は、抵当不動産を利用することはできない【
重要】
。
184
2004 年度前期
民法Ⅰ
山田誠一
[
02]
果実:
①抵当不動産について抵当権の実行としての差押が行なわれる
まで、果実は、抵当不動産所有者が収取することができる(
371条1項本文)
。
②抵当不動産について抵当権の実行としての差押が行なわれた後、果実に
抵当権の効力が及ぶ(
371条1項但書)
。その結果、抵当不動産所有者は、
所有権を失う前に果実収取権を失う。ここでいう果実は、天然果実に限られ
る。
[03]
抵当権設定登記前に対抗力を備えた地上権・
賃借権:
①抵当権実行
まで、特に問題は生じない。②抵当権が実行され、第三者(
買受人)
が所有
権を取得しても、地上権者・
賃借人は、地上権・
賃借権を買受人に対抗する
ことができる(
605条)。
[
04]
抵当権設定登記前に対抗力を備えなかった地上権・
賃借権:
①抵当権
実行まで、特に問題は生じない。②抵当権が実行され、第三者(
買受人)
が
不動産の所有権を取得すると、地上権者・
賃借人は、地上権・
賃借権を買受
人に対抗することができない。地上権・
賃借権が抵当権設定登記後に対抗
力を備えても、買受人には対抗することができない【
重要】。ただし、例外が
ある(
改正法387条)
。
[
05]
最判平成11年11月24日民集53巻8号1899頁[
百選Ⅰ84事件]:
抵
当建物所有者 A、抵当権者 X、無権限の建物占有者 Y。X が、Y に対して、
建物の明渡を求めて訴えを提起した。判決は、請求を認容した。
[
31.03]
法定地上権
[
01]
土地と建物が同一の所有者の場合:
土地と建物は別個の不動産である
ため、抵当権の成立については、複数通りの可能性がある。①土地と建物が
同一の所有者であり、土地と建物に共同抵当として抵当権が成立している場
合。一般に、特に、問題は生じない。②土地と建物が同一の所有者であり、
土地にのみ抵当権が成立している場合。土地についての抵当権が実行され、
買受人が土地の所有権を取得すると、土地所有者と建物所有者とが異なる
こととなり、建物所有者は土地の利用権を有していない。土地に抵当権が設
185
2004 年度前期
民法Ⅰ
山田誠一
定された時点で、建物が既に建築されていた場合と、建物がまだ建築されて
いなかった 場合(
更地に抵当権が設定された場合)とで、規律が異なる。③
土地と建物が同一の所有者であり、建物にのみ抵当権が成立している場合。
建物についての抵当権が実行され、買受人が建物の所有権を取得すると、
土地所有者と建物所有者 とが異なることになり、建物所有者は土地の利用
権を有していない。
[
02]
法定地上権:
土地または建物の一方のみの抵当権が実行された結果、
建物所有者が建物を収去して土地を明渡さなければならなくなることを避け
るために、抵当権の実行の効果として、法律にもとづいて、地上権が成立す
る(
388
条)
。
[03]法定地上権の要件:
①抵当権設定時に建物が存在し、土地と建物が
同一の所有者 に帰属すること。[
百選Ⅰ89事件]
参照。抵当権の実行時に
は、土地と建物の所有者が異なっていても構わない。抵当権設定時に建物
が存在すれば、その建物が一旦滅失し、新建物が再築された場合にも、新
建物のために法定地上権が成立する。ただし、共同抵当の場合は、原則とし
て、法定地上権は成立しない[
百選Ⅰ90
事件]
。②土地と建物のいずれかに
抵当権が設定されること、または、土地と建物に共同抵当として抵当権が設
定されること。③土地または建物の抵当権の実行により、土地所有者と建物
所有者が異なることになること、または、土地と建物の抵当権の実行が、一括
売却の方法をとらずに行なわれた結果、土地所有者と建物所有者が異なる
ことになること。
[04]
どのような地上権が成立するか:
当事者の合意で存続期間 、地代を定
めれば、それによる。当事者の合意がない場合は、存続期間は借地借家法
3条により30年となり、地代は裁判所が定める(
388条但書)
。
[
05]
土地に抵当権を設定した後、土地上に建物を建築した場合:
抵当権実
行まで、特に問題は生じない。この場合、法定地上権は成立しない。しかし、
土地の抵当権者は、土地について競売を行なうだけでなく、同時に抵当土
186
2004 年度前期
民法Ⅰ
山田誠一
地上の建物についても競売を行なうことができる(389条)
。その結果、第三
者(
買受人)
は、土地と建物の所有権を取得し、土地所有者と建物所有者が
異なることにならずにすむ。ただし、抵当権者には、同時に建物を競売する
義務はないため、抵当権者が土地のみの競売を行なうと、建物所有者が、建
物を収去して土地を明渡さなければならない場合はありうる。なお、抵当土
地上の建物についても競売を行なった場合、建物の代価は建物所有者に支
払われる(
389条但書)
。
[
06]
最判平成2年1月22日民集44巻1号314頁[
百選Ⅰ 89事件]
:
昭和45
年4月、A 所有の本件土地と、本件土地上の B 所有の旧建物に、共同根抵
当権が設定された。同年6月、Aが死亡し、Bが相続により、本件土地の所有
権を取得した。B は、本件土地に、昭和52年から53年にかけて、第2順位、
第3順位、第4順位の抵当権を設定した。旧建物は、昭和50年に取り壊され、
本件土地は、昭和55年に、Y1 に賃貸され、Y1 が、本件土地上に、本件建
物を建築した。本件土地の買受人 X が、Y1 に対して、土地の明渡を求めて
訴えを提起した。判決は、請求を認容した。
[07]
最判平成 9年2月14日民集51巻2号375頁[
百選Ⅰ90事件]:
Y1 所
有の本件土地と本件土地上の旧建物に、債権者 A のために、共同根抵当
権が設定された。その後旧建物は、取り壊され、本件土地は Y2 に賃貸され、
Y2 が本件土地上に、新建物を建築した。A から本件根抵当権と被担保債権
と譲り受けた X が、Y1Y2 間の賃貸借契約の解除を求めて訴えを提起した。
判決は、請求を認容した。
187
2004 年度前期
民法Ⅰ
山田誠一
188
2004 年度前期
民法Ⅰ
山田誠一
第32回 保証
[
Ⅲ第5
章Ⅴ]
[
32.01]
保証債務とは何か
[
01]
債権の効力:
金銭債権の債権者は、債務者の財産を売却換価して、そ
の代価から、債権への弁済を受けることができる(
債権の効力)
。すなわち、
債務者の財産全体が債権を担保している。
[
02]
債権の効力の強化:
債務者の財産全体とともに、第三者の財産全体が
債権を担保するとすると、債権の効力は強化される。そのとき、債権者は、債
務者の財産を売却換価して、その代価から債権への弁済を受けることができ
るとともに、第三者の財産を売却換価して、その代価から債権への弁済を受
けることができる。このような第三者を、保証人という。保証人に対する債権者
の債権・
債務を保証債権・
保証債務という。債務者を保証人と区別するため
に、主たる債務者といい、主たる債務者が負う債務を、主たる債務という。
[
32.02]
保証債務の成立
[01]
保証債務はどのようにして成立するか:
債権者と保証人になろうとする
者との合意(
契約)
によって保証債務は成立する。合意のみによって成立す
る諾成契約である。主たる債務者は、保証債務を成立させるための契約の当
事者ではない【
重要】
。
[
02]
附従性:
保証債務が成立するためには、主たる債務が有効に成立して
いなければならない。このことを、保証債務の成立における附従性という。主
たる債務の原因となるべき契約が、不成立・
無効・
取消の場合は、保証債務
を成立させる旨の契約に無効・
取消の事由がなくても、保証債務は成立しな
い。
[03]
附従性の「
例外」
:
主たる債務を成立させる契約について、主たる債務
者の能力の制限を理由とした取消事由があり、保証人になろうとする者が、
その取消事由 を知っている場合、主たる債務者が主たる債務を成立させる
189
2004 年度前期
民法Ⅰ
山田誠一
べき契約を取り消したとき、保証人は、同一の目的を有する独立の債務を負
担したものと推定される(
449
条)
。
[
32.03]
保証債務の内容
[01]
保証人はどのような債務を負うか:
保証人は、主たる債務者に代って、
主たる債務を履行する債務を負う(
446条)。
[
02]
保証債務と主たる債務の関係:
保証人は、原則として、主たる債務者と
同一の内容の債務を負う。保証人は、主たる債務者より軽減された内容の債
務を負うことができる(
例:
主たる債務1000万円、保証債務800万円)
。しか
し、保証人は、主たる債務より加重された内容の債務を負うことはできない
(
例:
主たる債務1000万円、保証債務1500万円)
。保証債務は主たる債務
の限度に縮減される(
448条)
。このことを保証債務の内容における附従性と
いう
。
[
03]
債権者の権利行使:
主たる債務の弁済期が到来し履行がなされない場
合、債権者は、保証人に対して、保証債務の履行を求めることができる。た
だし、保証人は、2通りの抗弁権を行使することができる。①催告の抗弁権:
債権者が主たる債務者に催告をしていないならば、履行しないという抗弁権
(
452条)
。②検索の抗弁権:
保証人が主たる債務者に弁済資力があることと、
強制執行が容易なことを証明した場合は、債権者が主たる債務者の財産に
強制執行していないならば 、履行しないという
抗弁権(
453条)。①②いずれ
かの抗弁権が行使された場合には、裁判所は、債権者による保証人に対す
る保証債務の履行を求める訴えを棄却する。保証債務の補充性という。
[04]補充性のない保証債務:債権者と保証人 になろうとする者との間で、
「
連帯保証債務」
を成立させる旨の合意が行なわれた場合、保証人は、催告
の抗弁権と検索の抗弁権を有しない(
454条)。このような保証人を、連帯保
証人という。
[
05]
保証人による主たる債務者が有する抗弁権の行使:
①主たる債務者が、
190
2004 年度前期
民法Ⅰ
山田誠一
債権者に対して同時履行の抗弁権を有する場合、保証人もその抗弁権を行
使することができる。②保証人は、主たる債務者が債権者に対して有する債
権(
反対債権)
を有する場合、保証人は、反対債権額の限度で、保証債務の
履行を拒むことができる(
457条2項)
。
[
06]
最判昭和40年6月30日民集19
巻4号1143頁[
百選Ⅱ24事件]
:A 売
主、X 買主、特定物(
畳建具)
の売買契約。Y は、A の債務を保証することを、
X に約した。X は、A に代金を支払った。A の履行遅滞があり、X が、催告の
うえ、売買契約を解除した。X が、Y に対して、解除にもとづく原状回復義務
の履行を求めて、訴えを提起した。判決は、X の請求を棄却した原判決を破
棄差し戻した。
[
32.04]
保証債務の消滅
[01]
主たる債務の消滅:
主たる債務が弁済(
主たる債務者に対する強制執
行を含む)・
相殺・
消滅時効などによって消滅した場合には、保証債務も消
滅する。このことを、保証債務の消滅における附従性という。主たる債務の消
滅時効が完成した場合、①主たる債務者が援用をすれば、主たる債務は消
滅し保証債務も消滅し、②主たる債務者が援用をしなくても、保証人が主た
る債務の消滅時効を援用すると、保証人との関係では主たる債務は消滅し
保証債務は消滅する。
[02]
保証人による弁済(
保証人に対する強制執行 を含む)
:
保証人が保証
債務の履行として弁済すると、保証債務が消滅し、保証債務の性質上、主た
る債務も消滅する。
[
03]
保証人が債権者に対して有する債権と保証債務の相殺:
相殺によって、
保証債務は消滅し、主たる債務も消滅する。①保証人が相殺の意思表示を
する場合。弁済と実質的に共通すると考えることができる。②債権者が相殺
の意思表示をする場合。保証人の催告の抗弁権・
検索の抗弁権を尊重すべ
き限度で、制約される(
連帯保証人については、この制約はない)
。
191
2004 年度前期
民法Ⅰ
山田誠一
[04]
保証債務 の消滅時効:
保証債務の消滅時効が完成した場合、保証人
の援用によって、保証債務が消滅する。主たる債務の消滅時効 が完成して
いなくても構わない(
例えば、主たる債務の消滅時効期間が10年、保証債務
の消滅時効期間が5年の場合)
。ただし、主たる債務の消滅時効の中断事由
(
請求、承認など)
は、同時に、保証債務の消滅時効も中断する(
457条)
。
[
05]
混同:
保証人が債権者を相続し、債権者が保証人を相続した場合には、
保証債務は消滅し、主たる債務のみが残る(
520条)
。
[
06]
最判昭和39年12月18日民集18巻10号2179頁[
百選Ⅱ25事件]
:
X
売主、A 買主、継続的な小麦粉の売買取引。Y が、A の X に対する以後の
代金債務を保証した。Y が、保証契約を解約申し入れした。その後、XA 間
の取引が行なわれた。X が、Y に対して、XA 間の取引代金の支払いを求め
て訴えを提起した。判決は、解約前の代金の支払いのみを命じた。
[
32.05]
債権者の交替
[01]主たる債権の譲渡:
主たる債権が譲渡されると、保証債権も当然に譲
渡される。このことを、保証債権の随伴性という。
[02]
保証債権 の譲渡の対抗要件 :
主たる債権の譲渡の対抗要件が備わる
と、保証債権の譲渡を対抗することができると解されている。
[
32.06]
保証人の求償
[
01]
保証人が弁済をした場合(
保証人に対する強制執行を含む)
、どのよう
な問題が生ずるか:
①主たる債務者は債務を免れ、②保証人は、自己の財
産が減少する結果、主たる債権者と保証人との間では、原則として、清算が
なされなければならない(
例外は、保証人が主たる債務者に贈与するする趣
旨で、弁済をした場合)
。この清算を、求償という。求償に関する法律関係は、
保証人が主たる債務者から委託(保証委託契約という)を受けた場合と、委
託を受けていない場合とで異なる。
192
2004 年度前期
民法Ⅰ
山田誠一
[02]
主たる債務者から委託を受けた保証人(
その1)
:
保証人が弁済など自
己の出捐によって主たる債務を消滅させた場合、保証人は主たる債務者に
対して、①出捐額=免責額(
両者が異なる場合は、いずれか小さい額)
、②
免責された日以降の利息(
保証委託契約に、約定がなければ法定利息、約
定があればそれによる)
、③費用・
損害賠償の支払を求めることができる(45
9条、442条2項)
。この保証人の権利を求償権といい(
事後求償権という)
、
主たる債務者の債務を求償債務という。自己の出捐には、代物弁済や相殺
もあたる。
[03]主たる債務者から委託を受けた保証人(
その2)
:
①保証人が過失なく
して債権者に弁済すべき裁判の言渡しを受けた場合(
459条)、②主たる債
務の弁済期が到来した場合(460条)、保証人が弁済などによって主たる債
務を消滅させていなくても、保証人は主たる債務者に対して、求償することが
できる(
事前求償権という)。ただし、主たる債務者は、保証人に担保の提供
を求めることができる(461条1項)。また、主たる債務者は、保証人に担保を
提供して、求償債務を免れることができる(
461条2項)
。
[04]
主たる債務者と委託を受けた保証人が二重弁済をした場合:
原則は、
第一の弁済によって主たる債務と保証債務は消滅し、第二の弁済は非債弁
済になる。保証人が第一弁済者であれば、求償することができ、保証人が第
二弁済者であれば、求償することができない。①第一弁済者が弁済した旨の
通知をした場合:
原則通り。②第一弁済者が弁済した旨の通知をせず、第二
弁済者が弁済をする旨を通知した場合:
第二弁済者が善意で弁済をしたとき
は、第二の弁済を有効と看做すことができる(463条、443条2項)。保証人
が第一弁済者であれば、求償することができず 、保証人が第二弁済者であ
れば、求償することができる。③第一弁済者が弁済した旨を通知せず、第二
弁済者が弁済をする旨を通知しなかった場合:原則通り(463条、443条1
項)
。
[
05]
主たる債務者から委託を受けていない保証人:
保証人が弁済など自己
の出捐によって主たる債務を消滅させた場合、保証人は主たる債務者に対
193
2004 年度前期
民法Ⅰ
山田誠一
して、主たる債務が消滅した時点で主たる債務者が利益を受けた限度で、求
償することができる。
[
06]
主たる債務者と委託を受けていない保証人が二重弁済をした場合:
原
則は、第一の弁済により主たる債務と保証債務は消滅し、第二の弁済は非
債弁済になる(
委託を受けた保証人の場合と同じ)
。①保証人が第一弁済者
の場合:
保証人が弁済した旨の通知をしたときは、原則通り。保証人が弁済
をした旨の通知をせず、主たる債務者が善意で弁済をしたときは、主たる債
務者の弁済を有効と看做すことができる(463条1項、443条2項)。保証人
は、求償することができない。②保証人が第二弁済者の場合:
保証人が弁済
をする旨の通知をしなかったときは 、原則通り。保証人が弁済をする旨の通
知をしたものの、善意で弁済をした場合は、求償することができると解すべき
である。
[
32.07]
保証人が複数の場合
[01]
連帯保証人ではない保証人が複数いる場合:
各保証人が負う保証債
務は、主たる債務の保証人の人数で割った額となる(
456条)
。このことを、分
別の利益という。例:
主たる債務400万円、保証人が AB 二人。A が負う保証
債務も、B が負う保証債務も200万円。ただし、各保証人が全額を弁済すべ
き特約を定めることができる(
465条参照。この場合を「
保証連帯」
という)
。
[02]連帯保証人が複数いる場合:
各連帯保証人が負う連帯保証債務は、
主たる債務の額となる。分別の利益がない。このことを定める民法の規定は
ない。
[
03]
複数の保証人間(
連帯保証人を含む)
の負担部分:
主たる債務者が求
償債務を履行しなかった場合、複数の保証人の間で、どのような割合で最終
的に負担をするかは、予め定められている。原則は、均等の割合であり、合
意によって異なる割合を定めることができる。
[
04]
複数の保証人(
連帯保証人を含む)
間の求償権:
負担部分 を超えて弁
194
2004 年度前期
民法Ⅰ
山田誠一
済をした保証人は、自己の負担部分を超えた額について、他の保証人に対
して、求償をすることができる。①分別の利益がない場合:
弁済額(=免責
額)
と負担部分の差額、免責された日以降の利息、費用・
損害賠償の支払を
求めることができる(
465条1項、442条2項)
。②分別の利益がある場合:
免
責された時点で、他の保証人が利益を受けた限度で、求償することができ
る。
[
32.08]
物上保証人の求償
[01]物上保証人の地位:物上保証人は、抵当権者に対して債務を負わな
い。抵当不動産の限度で、責任を負う(
債務なき責任)。抵当権者は、物上
保証人に対してなんらの履行を求めることができず、物上保証人の財産につ
いて強制執行をすることはできない。物上保証人は、利害関係を有する第三
者として、被担保債権の第三者弁済をすることができる(
474条)
。
[
02]
物上保証人の求償:
①物上保証人所有不動産の抵当権が実行された
場合、②物上保証人が第三者弁済をした場合(
抵当権を消滅させる目的で
行なわれることがある)
、物上保証人の財産は減少し(
物上保証人の出捐)
、
被担保債権が消滅する(債務者の免責)
。物上保証人は債務者に対して、
求償をすることができる(
372条、351条)
。委託を受けた物上保証人につい
ては、出捐額、利息、費用・
損害賠償の支払を求めることができる(
459条)
。
物上保証人は委託を受けた場合であっても、事前求償権を有しない。委託
を受けていない物上保証人は、免責された時点で、他の保証人が利益を受
けた限度で、求償することができる(
462条)。
[
03]
最判平成2年12月18日民集44巻9号1686頁[
百選Ⅱ42事件]
:
金融
機関とY との間で、借り入れが行なわれた。その借り入れを、A 信用保証協
会が保証した。Y のA に対する債務を被担保債務として、X 所有の不動産に
抵当権が設定された。X は、Y に対して、事前求償権の行使として、訴えを
提起した。判決は、請求を棄却した。
■例題
195
2004 年度前期
民法Ⅰ
山田誠一
(
1)Aが債権者、Bが主たる債務者で、AがCに保証債務の履行を求めた。
①Cが保証人の場合、②Cが連帯保証人の場合、AとCの法律関係はど
うなるか。
(
2)A が債権者、B が主たる債務者で、保証人 C が A に対して保証債務を
履行した。保証債務が100万円のとき、C が A に、①100万円を、②80
万円を支払った場合、ABC の法律関係はどう
なるか。
(
3)A が債権者、B が主たる債務者、主たる債務100万円、連帯保証人 CD
で、C が A に、①70万円を、②40万円を支払った場合、ABCD の法律
関係はどうなるか。
196
2004 年度前期
民法Ⅰ
山田誠一
第33回 弁済による代位と求償
[
Ⅲ第7章Ⅱ1]
[
33.01]
弁済による代位―債務者を中心とした関係
[
01]
前提となる事情:
保証人が弁済をすると、主たる債務は消滅し、保証人
は主たる債務者に対して求償を取得する。主たる債務を被担保債権として、
債務者所有の不動産に抵当権が設定されていた場合、主たる債務者に対
する他の債権者との関係で、保証人の求償権が、右の抵当不動産から優先
的な弁済を受けることができるだろうか。
[02]
法律構成 :
保証人が弁済をすると、保証人は、債権者が有していた債
権(
原債権)
と、原債権を被担保債権とする抵当権を取得する(
随伴性)。原
債権と抵当権を取得することを、弁済による代位と呼ぶ。保証人は弁済をす
ると求償権 を取得するが、求償権と原債権とは、別個の債権であり、原債権
は求償権を担保すると理解されている。
[
03]
要件:
①弁済をするについて正当な利益を有する者は、弁済によって、
当然に、債権者に代位する(500条)
。保証人・
物上保証人・
抵当不動産の
第三取得者が正当な利益を有する者にあたる。弁済には、強制執行による
配当や抵当権の実行による配当が含まれる。②弁済をするについて正当な
利益を有しない者は、弁済と同時に債権者の承諾を得て、債権者に代位す
る(
499
条)
。
[04]
効果:
債権者 が主たる債務者に対して有していた原債権(
弁済された
債権)
・
原債権の担保(
原債権を被担保債権とする抵当権、原債権を主たる
債権とする保証債権)を、弁済者が取得する。ただし、原債権と原債権の担
保は、弁済者が有する求償権の範囲内でのみ行使することができる(
501条
本文)
。
[
05]
保証人が弁済をした場合:
主たる債務者が主たる債権を被担保債権と
して、自己所有の不動産に抵当権を設定しているとき、保証人は、主たる債
197
2004 年度前期
民法Ⅰ
山田誠一
権(
原債権)
と抵当権を弁済による代位によって取得する。保証人の主たる
債務者に対する求償権の範囲内で、原債権と抵当権を行使することができ
る。
[
06]
物上保証人が弁済をした場合:
同一の債権を被担保債権として、物上
保証人所有の不動産(
乙)
についての抵当権と、債務者所有の不動産(
甲)
に抵当権が設定されているとき(
共同抵当である)、物上保証人は、被担保
債権(
原債権)
と債務者所有の不動産についての抵当権を取得する。物上
保証人の債務者に対する求償権の範囲内で、原債権と抵当権を行使するこ
とができる。①物上保証人は、甲不動産についての抵当権を取得する結果、
甲不動産の後順位抵当権者に優先して弁済を受け、②乙不動産の後順位
抵当権者は、物上保証人が取得する抵当権から、甲不動産の後順位抵当
権者に優先して弁済を受ける(
392条の適用とは異なる)
。
[
07]
大判昭和6年4月7日民集10巻535
頁[
百選Ⅱ40事件]
:
債権者・
抵当
権者 B 銀行、債務者・
抵当権設定者 A、保証人 X。X は、B 銀行に保証債
務を一部履行し、抵当権設定登記に代位の附記登記を行なった後、抵当権
実行のため、競売の申し立てをした。執行裁判所は、申立てを却下した。判
決は、X の抗告を棄却した原判決を取消し、差し戻した。
[
33.02]
債務者以外の者相互間の関係
[01]
債務者以外の者相互間では、どのような問題が生ずるか:
同一の債権
を被担保債権とする物上保証人と主たる債務とする連帯保証人がいる場合、
①物上保証人の出捐によって被担保債権=主たる債務が消滅した場合、物
上保証人は連帯保証人に対して何かを求めることができるか、②連帯保証
人の出捐によって主たる債務=被担保債権が消滅した場合、連帯保証人は
物上保証人に対して何かを求めることができるか。
[02]
物上保証人と連帯保証人の関係:
出捐をした者は、弁済による代位に
よって、原債権と担保とを取得する。同一の債権を被担保債権とする物上保
証人と主たる債務とする連帯保証人の間においては、①物上保証人が出捐
198
2004 年度前期
民法Ⅰ
山田誠一
をした場合は、原債権と連帯保証債権を取得する。ただし、連帯保証債権は
2分の1のみを弁済による代位によって取得する(
501条但書5号。1を物上
保証人と連帯保証人の人数で割った割合)
。②連帯保証人が出捐をした場
合は、原債権と抵当権を取得する。ただし、抵当権は2分の1のみを弁済に
よる代位によって取得する(
501条但書5号)
。①②のいずれにおいても、原
債権の行使は求償権の範囲内であり(
501条本文)
、弁済による代位によっ
て取得した抵当権・
連帯保証債権の行使は、原債権(
被担保債権・
主たる債
権)
範囲である(
附従性)
。
[03]
複数の物上保証人の関係:
同一の債権を被担保債権とする二人の物
上保証人の間においては、出捐をした物上保証人は、原債権と抵当権を取
得する。ただし、抵当権は、自己の抵当不動産ともう一人の物上保証人に抵
当不動産の価格の割合に応じてのみ取得する(501条但書 4号)
。例:
自己
の抵当不動産3000万円、もう一人の抵当不動産2000万円、被担保債権4
000万円の場合、4000万円の原債権を取得し、抵当権は4割のみを弁済に
よる代位によって取得する。
[
04]
代位割合を変更する合意:
物上保証人・
連帯保証人相互間では、弁済
による代位によって、割合的に担保を取得する(501条但書 )
。しかし、弁済
による代位よって担保を取得する割合(
代位割合)を、あらかじめ 、物上保証
人・
連帯保証人間で変更することができる。
[05]
最判昭和 59年5月29日民集 38巻7号885頁[
百選Ⅱ41事件]
:
債権
者 A 信用金庫、債務者 B、物上保証人かつ連帯保証人 C、保証人 X 信用
保証協会。X が抵当権設定登記に代位の附記登記を行なった。抵当不動産
の競売が行なわれ、X 信用保証協会には、元本を227万円、損害金を6パ
ーセントとする配当が行なわれた。Xが、後順位抵当権者Y に対して、元本4
54万円、損害金18.25パーセントの配当を行なうよう
訴えを提起した。判決
は、請求を認容した。
[
33.03]
共同抵当における代位との関係
199
2004 年度前期
民法Ⅰ
山田誠一
[
01]
最判昭和 60年5月23日民集39巻4号940頁[
百選Ⅰ91事件]
:
X 債
権者、A 債務者。X のために、A 所有の不動産甲に第1順位、第2順位、第3
順位の根抵当権を設定し、BC 所有の不動産乙に第1順位、第3順位、第4
順位の根抵当権を設定した。Y のために、不動産乙に第2順位の抵当権を
設定した。不動産乙が競売され、その後、不動産甲が競売された。執行裁判
所は、不動産甲について、X が不動産甲に有していた第2順位・
第3順位抵
当権を、Y が不動産乙に有していた第2順位抵当権に劣後させる交付表を
作成した。X が、Y に対して、第2順位・
第3順位抵当権を、Y が不動産乙に
有していた第2順位抵当権に優先させる交付表 の作成を求めて、訴えを提
起した。判決は、請求を棄却した。
[
02]
最判平成 4年11月6日民集46巻8号2625頁[
百選Ⅰ92事件]
:
Y 債
権者、A債務者。B 所有の甲不動産と、乙不動産に、Y のために共同根抵当
権が設定された。甲不動産には、X のために次順位の根抵当権が設定され
た。乙不動産は、B からC に売却された。C は Y に対して、代位弁済を行な
い、Y は、乙不動産に対する根抵当権を放棄した。Y は甲不動産に対する根
抵当権を実行し、X は配当を受けなかった 。そこで、X が、Y が乙不動産に
対する根抵当権を放棄しなければ、乙不動産に対する根抵当権に代位でき
たとして、不当利得返還または不法行為にもとづく損害賠償 を求めて、訴え
を提起した。判決は請求を認容した。
[
33.04]
担保保存義務
[
01]
担保保存義務:
債権者が、担保を故意または懈怠によって喪失または
減少した結果、法定代位者が償還を受けられなくなることを回避すべき義務
が、債権者に課されている。債権者が、この義務に違反した場合、法定代位
者(
保証人、物上保証人、抵当不動産の第三取得者)
は、償還を受けられな
くなった範囲で、債権者に対する責任を免れる。例:
債務者所有の不動産に
抵当権が設定され、また、保証人がいる場合に、債権者が、抵当権を放棄す
る。
■例題
200
2004 年度前期
民法Ⅰ
山田誠一
(
1)Aが債権者、Bが債務者、Cが連帯保証人、Dが物上保証人で、AのBに
対する債権の全額を、①Cが弁済をした場合、②Dが弁済をした場合の、
BCDの法律関係はどうなるか。
201
2004 年度前期
民法Ⅰ
山田誠一
202
2004 年度前期
民法Ⅰ
山田誠一
第34回 不動産譲渡担保・
仮登記担保
[
Ⅱ第3章Ⅰ、Ⅱ、Ⅲ]
[
34.01]
譲渡担保とは何か
[01]譲渡担保とは何か:
債権者が有する債権(
被担保債権)を担保するた
めに、債務者または第三者(
設定者)
が有する権利を、債権者に移転し、①
被担保債権が履行されれば、その権利は設定者に復帰し、②被担保債権が
履行されなければ、権利が債権者に確定的に帰属し、それによって被担保
債権が満足するとする(
代物弁済に類似する)
ものを譲渡担保という。設定者
から債権者に移転する権利(
譲渡担保目的物)
としては、不動産、動産、債
権がある。譲渡担保について民法には規定がない【
重要】
。
[
02]
不動産譲渡担保:
債権者が有する債権を担保するために、債務者また
は第三者が有する不動産所有権を、債権者に移転すること。①被担保債権
が履行されると、譲渡担保によって移転した所有権は復帰する。②被担保債
権が履行されないと、譲渡担保の実行により、債権者に移転していた不動産
所有権は、債権者に確定的に帰属する(
民事執行手続を要しない)
。
[
34.02]
成立
[01]
譲渡担保の設定:
譲渡担保目的不動産の所有者(
債務者 または第三
者)
と、債権者の合意によって、譲渡担保は設定される。被担保債権を担保
する目的で、不動産所有権が、設定者から債権者(譲渡担保権者)に移転
する(176条)。不動産譲渡担保の設定を、第三者(
譲受人、抵当権者、もう
一人の譲渡担保権者、差押債権者)
に対抗するためには、所有権移転登記
をしなければならない(
177条)。通常、譲渡担保を設定した後も、譲渡担保
目的不動産は、設定者が占有する旨が定められる。
[
34.03]
実行
[01]
譲渡担保の実行:
方法は二通りあり、いずれによるかは譲渡担保設定
の合意による。①帰属清算型:
被担保債権が履行されない場合、債権者は、
譲渡担保目的不動産を評価し、評価額が被担保債権額を上回る場合は、そ
203
2004 年度前期
民法Ⅰ
山田誠一
の差額(清算金)
の支払いの提供をし、評価額が被担保債権額 を下回る場
合は、その旨を通知する。②処分清算型:
被担保債権が履行されない場合、
債権者は、譲渡担保目的不動産を第三者に売却し、売却価額 が被担保債
権額を上回る場合は、その差額(
清算金)
の支払いの提供をし、売却価額が
被担保債権額を下回る場合は、その旨を通知する。①帰属清算型では、支
払いの提供または通知によって、譲渡担保目的不動産の所有権は、確定的
に債権者に帰属し、②処分清算型では、第三者への売却によって、譲渡担
保目的不動産の所有権は、確定的に第三者に帰属する。
[
02]
清算義務:
500万円の被担保債権を担保する目的で、3000万円相当
の不動産に譲渡担保を設定した場合、債権者が、譲渡担保目的不動産の
所有権を確定的に取得するためには、2500万円の清算金を支払わなけれ
ばならないことを、債権者の清算義務という。現在では、清算義務の存在を、
確定した判例の見解は認める。
[
03]
最判昭和 46年3月25日民集25巻2号208頁[
百選Ⅰ95事件]
:
X 債
権者、Y 債務者。XY 間で、Y 所有の土地の売買契約を締結し、その代金を、
X がY に対して有している債権と相殺する旨の本件合意が行なわれた(
昭和
35年2月)。さらに、同年12月までに、Y が X に、代金額相当の金員を支払
えば、本件土地は Y に返還され、支払われなければ、本件土地は X に確定
的に帰属する旨が約定された。本件合意成立時の本件土地の時価は349
万円、Y が X に支払うべき代金相当額は、約246万円であった。Y がX に支
払いをしないまま、12月が経過したため、X が Y に対して、本件土地の明渡
を求めて訴えを提起した。判決は、請求を認容した原判決を破棄し、差し戻
した。
[04]
譲渡担保目的不動産 の引渡し:
譲渡担保が実行され、譲渡担保目的
不動産の所有権が確定的に債権者・
第三者に帰属すると、設定者に対して、
所有権にもとづく引渡を求めることができる。ただし、債権者が清算義務を負
う場合は、不動産の引渡しは、清算金の支払いと引換え給付となる。
204
2004 年度前期
民法Ⅰ
山田誠一
[
34.04]
設定者の受戻し
[01]
設定者の受戻権:
被担保債権が履行されない場合、譲渡担保の実行
が行なわれるまでは、譲渡担保目的不動産の所有権は、確定的には債権者
に帰属しない。したがって、設定者は、被担保債権額を提供して、譲渡担保
目的不動産の所有権を復帰させることができる。この設定者の地位を、受戻
権という。受戻権は、①帰属清算型と②処分清算型のいずれにおいても、譲
渡担保の実行によって消滅する。また、①帰属清算型においては、譲渡担
保の実行をしなくても、第三者への処分によって、受戻権は消滅する。
[
02]
最判平成6年2月22日民集48巻2号414頁[
百選Ⅰ97事件]
:A 債権
者、Y 債務者。Y は、その担保のために、自己が所有する本件不動産の所
有権をAに移転し、Y からAへの所有権移転登記を行なった。AY 間の履行
期が到来したが、Y は、弁済をしなかった。A が、本件不動産を、X に贈与し
た。X からY に対して、本件不動産の明渡を求めて訴えを提起した。判決は、
請求を棄却した原判決を破棄し、差し戻した。
[
34.05]
第三者との関係
[01]
債務者に対する他の債権者:
不動産に譲渡担保が成立し、所有権移
転登記が行なわれて、第三者対抗要件が備わると、債務者に対する他の債
権者は、譲渡担保目的不動産に対して、差押をすることができない。
[02]
債権者からの転得者 :
不動産に譲渡担保が成立し、所有権移転登記
が行なわれても、債権者は、弁済期までは、譲渡担保目的不動産について
処分権限を有しない。ただし、94条2項の類推適用により、譲渡担保設定者
は、善意の転得者に対しては、譲渡担保であり、弁済期前であることを、対抗
できない。
[
34.06]
仮登記担保
[01]
登記担保 とは何か:
債権者が有する金銭債権 (
被担保債権)を担保す
るために、債務者または第三者(
設定者)
が有する不動産所有権を債権者に
移転するための代物弁済予約(
仮登記担保契約)をし、①被担保債権が履
205
2004 年度前期
民法Ⅰ
山田誠一
行されれば、予約完結権は消滅し、②被担保債権が履行されなければ、予
約完結権を行使し代物弁済が行なわれ、仮登記担保目的不動産の所有権
が債権者に移転し、それによって被担保債権が消滅するものを仮登記担保
という。仮登記担保契約としては、停止条件付代物弁済でもよい 。
[02]
仮登記担保の設定:
仮登記担保目的不動産の所有者 (
債務者または
第三者)
と、債権者の合意によって、仮登記担保は設定される。仮登記には
順位保全効がある(
不動産登記法7条2項)
ため、所有権移転の仮登記をす
ることによって、仮登記担保の設定を、第三者(
譲受人、抵当権者、もう一人
の仮登記担保権者、差押債権者)
に対抗することができる。通常、仮登記担
保を設定した後も、仮登記担保目的不動産は、設定者が占有する旨が定め
られる。
[03]仮登記担保の実行:
被担保債権が履行されない場合、債権者は代物
弁済の予約完結の意思表示を行なった日以後に、清算金の見積額 を設定
者に通知し、通知から2ヵ月が経過すると、所有権が債権者に移転する(
仮
登記担保法2条1項)。債権者は、所有権にもとづいて、設定者に対して、不
動産の引渡しと所有権移転登記の本登記(仮登記があり場合も、共同で申
請しなければならない)
を求めることができる。債権者は、仮登記担保目的不
動産の価額が被担保債権額を上回る場合、その差額(
清算金)を支払わな
ければならない(
同法3条1項)。不動産の引渡し債務と所有権移転登記の
債務は、清算金支払債務と同時履行の関係にある(
同法3条2項)
。
■例題
(
1)A 債権者、B債務者、債権額2500万円。B が、Aに対して、自己所有の
不動産について、譲渡担保を設定した。Bが債務を履行しなかったとき、
AB 間の法律関係は、どのようなものか。不動産の価額が、2000万円の
ときと、3000万円のときに場合を分けて検討せよ。
206
2004 年度前期
民法Ⅰ
山田誠一
第35回 動産担保
[
35.01]
動産質[
Ⅱ第2章Ⅲ2]
[
01]
質権とは何か:
他人の物(
権利)
の換価代金から、他の債権者に優先し
て自己の債権の弁済を受けることができる権利であり、その物を占有すること
ができる(342条)。動産であっても不動産であっても質権は成立し、債権に
も質権は成立する。
[02]動産質権の成立:
①動産質権者になろうとする者(
債権者)
と、動産の
所有者(
債務者または第三者)
との合意(
意思表示)
(
176条)
、および、②債
権者への動産の引渡しによって、動産質権は成立する(344条)。動産の質
権を成立を第三者に対抗するためには、動産質権者は、質権が成立した動
産(
質物)を継続して占有しなければならない(352条。178条に対する例
外)
。
[03]
動産質権の留置的効力:
動産質権者は、被担保債権が弁済され消滅
するまで、質物を留置(
占有)
することができる(
347条)。
[
04]
動産質権の実行:
動産質権者は、自己が占有している質物を、執行官
に提出して、動産質権実行としての競売手続(
動産競売)
を始めることができ
る(
民事執行法190条)
。執行官は、質物を競売によって売却換価 し、その
換価代金から、動産質権者は、他の債権者に優先して、被担保債権の弁済
を受ける。
[05]
動産質権の消滅:
①被担保債権の消滅:
弁済など(
消滅における附従
性)
、②動産質権の実行。
[
06]
質権者による質物所有権の取得:
質権者が弁済として質物の所有権を
取得する旨を定める契約を、履行期前に予めすることができない(349条。
流質契約の禁止)
。履行期後、正当な理由があるときは、質権者は、裁判所
の許可を得て、鑑定人に評価にしたがって、質物をもって弁済にあてること
207
2004 年度前期
民法Ⅰ
山田誠一
ができる(
354条。簡易な弁済充当)
。
[
35.02]
動産先取特権[
Ⅱ第2章Ⅱ]
[
01]
先取特権とは何か:
法律が定める債権を有する者が、債務者の財産か
ら、他の債権者に優先して、自己の債権の弁済を受けることができる地位を
先取特権という(
303条)
。先取特権には、債務者の財産全体から弁済を受
けることができるもの(
一般先取特権)、特定の動産から弁済を受けることが
できるもの (
動産先取特権)、特定の不動産から弁済を受けることができるも
の(
不動産先取特権)
がある。
[
02]
動産先取特権:
法律が定める特定の動産から、他の債権者に優先して、
法律が定める債権の弁済を受けることができるもの。例:
①不動産賃貸借の
賃料債権について、賃貸目的不動産に備え付けた賃借人所有の動産(
312
条、313条、315条)
。②旅店(
ホテル・
旅館)
が旅客に対して有する宿泊料・
飲食料債権について、旅客の手荷物(
317条)。③動産の売買代金債権に
ついて、売買目的動産(
322条)
。
[
03]
動産売買の先取特権:
売主 A が、買主 B に動産を売却し引渡したもの
の、代金が未払の場合、A は、B が所有する売買目的動産について、先取
特権を取得する。①先取特権者が、先取特権の実行としての競売をすること
はできるが、動産を執行官に提出しなければならず(
民事執行法190条)
、
実際上困難である。②他の債権者が先取特権が成立している動産について
強制執行を行なう場合、先取特権者は、権利を証する文書を提出して、配当
要求をすることができ(
同法133条)、他の債権者に優先して配当を受けるこ
とができる。B が第三者 C に、先取特権が成立している動産を、譲渡し引き
渡すと、A は先取特権を行使することができない(
333条)
。このことを、動産
先取特権には、追及力がないという。
[
04]
動産売買の先取特権の物上代位:
売主 A が買主 B に動産を売却し、
B が第三者 C にその動産を売却した場合、A は、B が C に対して有する売
買代金債権(
転売代金債権)
について、物上代位により先取特権を行使する
208
2004 年度前期
民法Ⅰ
山田誠一
ことができる(
304条)。先取特権者は、先取特権の存在を証する文書を提出
し、先取特権の実行として、転売代金債権の差押えをすることができる(
民事
執行法193条)
。他の債権者が差押えをした後であっても、先取特権者は、
先取特権の行使として差押えをすることができる。
[
05]
最判昭和60年7月19日民集39
巻5号1326頁[
百選Ⅰ82事件]
:X 売
主、A 買主、本件動産の売買契約。A売主、B買主、本件動産の転売契約。
昭和57年3月4日、A の債権者 Y1Y2 は、転売代金債権(
本件債権)
につい
て、仮差押をした。同月10日、X は、本件債権について、動産売買先取特
権の物上代位の行使として差押をし、転付命令を得た。B は、本件債権を供
託した。執行裁判所は、X をY1Y2 に対して優先させずに、配当表を作成し
た。そこで、X が、Y1Y2 に対して、自らを優先させた配当表の作成を求めて、
訴えを提起した。判決は、請求を認めた。
[06]
最判平成 10年12月18日民集52巻9号2024頁[
百選Ⅰ83事件]
:
X
売主、A 買主、動産(
本件機械)
の売買契約。A 請負人、B 注文主、本件機
械の設置の一切の工事の請負契約。A に対して破産宣告が行なわれた。X
が、請負代金債権について、動産売買の先取特権の物上代位の行使として、
仮差押をした。Bが供託をした。X は、A の破産管財人 Y の供託金還付請求
権を差し押さえ、転付命令 を得た。Y が抗告をした。判決は、抗告を棄却し
た。
[
35.03]
所有権留保[
Ⅱ第3章Ⅳ]
[
01]
所有権留保とは何か:
売主が買主に対して有する代金債権を担保する
ために、既に買主に引き渡した売買目的物の所有権を移転させず、①代金
が全額支払われた場合、所有権を買主に確定的に移転し、②代金の支払い
が不履行になった場合、売主が所有権にもとづいて売買目的物を取り戻す
とするもの。売主と買主の合意(
売買契約中の特約)
によって行なわれる。所
有権留保について民法には規定がない【
重要】
。
[
02]
所有権留保の実行:
買主が売買代金債務を履行しない場合、売主は、
209
2004 年度前期
民法Ⅰ
山田誠一
売買契約を解除し、買主の占有を基礎づける権利を失わせて、所有権にも
とづいて引渡しを求めることができる。
[
03]
買主からの転得者:
売主 Aから買主Bに、所有権留保特約付の動産の
売却が行なわれ引き渡され、B から第三者 C に売却が行なわれ引き渡され
た場合、A は B の代金債務の不履行を理由に、C に対して、所有権にもとづ
いて引渡しを求めることができるか。C が、A に所有権が留保されていること
について善意無過失であれば、C は所有権を取得し(
192条)
、A は引渡し
を求めることができない。
[
04]
最判昭和50年2月28日民集29巻2号193頁[
百選Ⅰ99事件]
:
XA 間
で、本件自動車の売買契約、代金分割払い、代金完済までは、所有権を X
に留保する旨の約定があり、登録名義は、X である。AY 間で、本件自動車
の転売契約。Y は、A に代金完済、しかし、A は、X に代金の一部未払い。X
が、売買契約を解除したうえで、Y に対して、本件自動車の引渡を求めて訴
えを提起した。判決は、請求を棄却した。
[
35.04]
動産譲渡担保[
Ⅱ第3章Ⅲ]
[01]
動産譲渡担保とは何か:
当事者の合意によって成立する。通常、譲渡
担保権設定者が、動産を占有する権利を有し、動産質権と対照的である。実
行は、譲渡担保権者が、私的に行なうことができる。
[
02]
最判平成 11年5月17日民集53巻5号863頁[
百選Ⅰ96事件]
:
Y 銀
行、A 輸入業者、YA 間に信用状取引基本約定が締結された。本件商品を、
A が輸入する代金支払いのために、Y が A に貸し付けをし、A は、その担保
として、本件商品をY のために譲渡担保権を設定した。Y は A に、本件商品
の処分権限を与えた。A は、B に本件商品を売却した。A に対して破産宣告
が行なわれた。Y が、A の B に対する売買代金債権を、譲渡担保権にもとづ
く物上代位権の行使として差し押さえた。X は、抗告をした。判決は、抗告を
棄却した。
210
2004 年度前期
民法Ⅰ
山田誠一
[
35.05]
集合動産譲渡担保
[01]
集合動産譲渡担保とは:
構成部分の変動する集合動産を目的として、
譲渡担保権を設定することができる。その第三者対抗要件は、予め之占有
改定の合意によって行なうことができる。
211
2004 年度前期
民法Ⅰ
山田誠一
212
2004 年度前期
民法Ⅰ
山田誠一
第36回 債権担保など
[
36.01]
債権質[
Ⅱ第2章Ⅲ4]
[01]
権利質:
権利の上に成立する質権(
362条)
。そのうち、債権の上に成
立するものを、債権質という。手形や株式の上にも質権は成立する。
[02]
債権質とは何か:
債権者が債務者に対して有する債権(
被担保債権)
を担保するために、債務者または第三者が第三債務者に対して有する債権
(質権の目的たる債権)
に成立する質権。質権の目的たる債権が金銭債権
である場合が、一般的である。
[
03]
債権質の成立:
債権者と、債務者または第三者(
質権設定者)
との合意
によって、債務者または第三者が第三債務者に対して有する債権に、債権
質は成立する。ただし、債権質の目的たる債権を譲渡するために証書の交
付が必要な場合、その証書を債権者に交付しなければ、債権質は成立しな
い(
363条。改正法)
。債権質の目的たる債権が指名債権の場合は、①確定
日付ある証書によって第三債務者に通知し、第三債務者が承諾しなければ、
第三者(
譲受人、差押債権者、もう一人の質権者)
に対して、②第三債務者
に通知し、債務者が承諾しなければ、第三債務者に対して、対抗することが
できない(
364条1項、467条)。
[
04]
債権質の実行:
質権者は、履行期後も被担保債権の履行がない場合、
債権の目的たる債権について、その履行期後、第三債務者から、直接取り
立てることができる(
367条1項)
。質権の目的たる債権が金銭債権である場
合は、被担保債権の額の範囲で、質権の目的たる債権を取り立てて、被担
保債権に充当することができる(
367条2項)
。質権設定者に対する他の債権
者が、質権の目的たる債権を差し押えても、質権者は、取り立てをすることが
できる。
[05]
第三債務者の地位:
第三債務者は、質権設定者に対して弁済しても、
質権者に対抗することができない(
二重に支払わなければならない)
。
213
2004 年度前期
民法Ⅰ
山田誠一
[
06]
債権質の消滅:
①被担保債権の消滅。②債権質の実行。
[
36.02]
債権譲渡担保[
Ⅱ第3章Ⅲ]
[
01]
債権譲渡担保とは何か:
債権者が債務者に対して有する債権(
被担保
債権)
を担保するために、債務者または第三者(
譲渡担保設定者)
が第三債
務者に対して有する債権を譲渡することを、債権譲渡担保という。担保のた
めに譲渡される債権は、金銭債権であり、指名債権であることが多い。
[02]
債権譲渡担保の設定:
債権者と譲渡担保設定者との担保目的で債権
を譲渡する旨の合意によって、債権は譲渡され、債権譲渡担保は設定され
る。担保の目的たる債権が指名債権の場合には、指名債権譲渡の対抗要件
(467条)を備えることで、第三債務者および第三者 (
もう一人の譲受人、差
押債権者)
に対して対抗することができる。
[
03]
債権譲渡担保の実行:
譲渡担保権者は、被担保債権の履行期が到来
した後も、履行がない場合には、債権の目的たる債権について、その履行期
後、第三債務者から、債権者として、直接取り立てることができる。被担保債
権に充当される。
[04]
第三債務者の地位:
第三債務者は、譲渡担保設定者 (
譲渡人)
に対し
て弁済しても、譲渡担保権者(
譲受人)
に対抗することができない。
[05]
債権譲渡担保の消滅:
被担保債権が消滅すると債権譲渡担保 も消滅
する(
附従性)。
[
36.03]
集合債権譲渡担保
[
01]
最判平成12年4月21日民集54
巻4号1562頁[
百選Ⅰ98事件]
:X 債
権者、A 債務者、Y 第三債務者。A が Y に対して現在および将来有する一
切の売掛代金債権を、A が X に対して現在および将来負う一切の債務を担
保するために、譲渡予約(
本件予約)
をした。X が、本件予約完結の意思表
214
2004 年度前期
民法Ⅰ
山田誠一
示をし、X は、債権譲渡通知書を発送し、譲渡通知書は、Y に到達した。しか
し、Y は、A に対して弁済をした。X が、Y に対して、支払いを求めて訴えを
提起した。判決は、請求を認容した。
(
図)
X:債権者
Y:第三
譲受人
債務者
担保のための譲渡予約
融資
売掛代金債権
A:債務者
譲渡人
[
36.04]
一般先取特権、不動産先取特権[
Ⅱ第2章Ⅱ]
[01]一般先取特権:
法律が定める債権を有する者が、債権者の債権全体
から、たの債権者に優先して弁済を受けることができる地位(
306条)
。①債
権者の共同の利益のために債務者の財産の保存をしたときの費用(
307条)
。
②雇用関係にもとづく債務者に対する使用者の債権(
308条。改正法)
。
[
02]
不動産の先取特権:
325条から328条。
[
36.05]
留置権[
Ⅱ第2章Ⅰ]
[01]
留置権:
他人の物の占有者が、その物に関して生じた債権を有すると
き、占有者(
=債権者)
が、債権の弁済を受けるまで、その物を留置すること
ができる権利を留置権という。例:
物の修理を請け負った請負人は、修理代
金の支払いを受けるまで、その物の引渡を拒むことができる。
[
36.06]
不動産質権[
Ⅱ第2章Ⅲ3]
215
2004 年度前期
民法Ⅰ
山田誠一
[
01]
不動産質権:
356条から361条。
[
36.07]
転質・
転抵当[
Ⅱ第2章Ⅳ4]
[01]転質とは何か:
質権者が、自己が占有する質権(
原質権)
の目的物の
上に、さらに質権(
転質権)
を設定すること。例:BC 間の合意によって、C が
有する動産(
債権)
について、B のための原質権が設定されている場合、さら
に、AB 間の合意によって、その動産(
債権)
について、A のために転質権を
設定する。原質権設定者の同意がない場合も、348条の要件をみたす限り
で、転質権は有効に成立する(350条・298条2項参照 )
。いずれの質権の
被担保債権も弁済されない場合、転質権者は、転質権を実行することができ、
換価代金から、転質権者が優先して、原質権の被担保債権の範囲内で、転
質権の被担保債権の弁済を受け(
転質権の被担保債権が弁済されると、そ
の分、原質権の被担保債権も消滅する)
、残額があれば原質権者が弁済を
受ける。
[02]
転抵当とは何か:
抵当権者が、自己が有する抵当権(
原抵当権)
の上
に、さらに抵当権(
転抵当権)を設定すること。例:
BC 間の合意によって、C
が有する不動産について、B のための原抵当権が設定されている場合、さら
に、AB 間の合意によって、その原抵当権について、A のための転抵当権を
設定する。原抵当権設定者の同意がない場合も、転抵当権は有効に成立す
る。いずれの抵当権の被担保債権も弁済されない場合、転抵当権者は、転
抵当権を実行することができ、換価代金から、転抵当権者が優先して、原抵
当権の被担保債権の範囲内で、転抵当権権の被担保債権の弁済を受け
(
転抵当権 の被担保債権が弁済されると、その分、原抵当権権の被担保債
権も消滅する)
、残額があれば原抵当権者が弁済を受ける。
[
36.08]
根抵当・
根保証[
Ⅱ第2章Ⅳ7]
[
01]
根抵当とは何か:
被担保債権を特定せず、一定の範囲に含まれる不特
定の債権を、極度額の限度において担保するための抵当権(
398条の2第1
項)
。
216
2004 年度前期
民法Ⅰ
山田誠一
[
02]
根保証とは何か:
主たる債務を特定せず、一定の範囲に含まれる不特
定の債権を、担保する保証。民法には規定がない。
217
2004 年度前期
民法Ⅰ
山田誠一
218
2004 年度前期
民法Ⅰ
山田誠一
第37回 多数当事者の債権関係
[
Ⅲ第5章Ⅰ、Ⅱ、Ⅲ、Ⅳ]
[
37.01]
債権者の複数―分割される場合と分割されない場合
[
01
]どのような場合に債権者が複数となるか:①債権者が死亡し、複数の相
続人が共同相続した場合、債権者が複数になる。②二人で一台の自動車を
購入した場合、自動車 の引渡しを求める債権の債権者は複数である。その
後、その自動車を売却した場合、代金支払を求める債権の債権者は複数で
ある。
[02]考え方:
ひとつの債権が債権者の数に分割される場合と、分割されな
い場合がある。分割される場合、分割されると、債権が複数になり、各債権の
債権者は一人となる。
[
03
]原則:
債権は分割される(
427条)。法律上当然に分割される。しかし例
外がある。例外にあたらず 、分割される債権を可分債権 (
分割債権)という。
可分債権の例:
金銭債権。相続により債権者複数となる場合、分割の割合は、
相続分による。
[04
]分割された場合の法律関係(
債権者Zの共同相続人AB、債務者Cの
場合):AはCに、Zが有していた債権の全部の履行を請求することができな
い。分割されAが債権者となった債権(
Zが有していた債権の一部)
の履行を
請求することができる。CはAに、Zが有していた債権の全部を履行しても、
分割されBが債権者となった債権(
Zが有していた債権の一部)
については、
免責されない。
[
37.02]不可分債権の要件と効果
[01]要件:
債権の目的が性質上または当事者の意思表示によって不可分
であること(
428条)。例:
自動車の引き渡しを求める債権(
性質上不可分)
。
[
02
]効果(
債権者AB、債務者Cの場合)
:
AはCに全部の履行を請求するこ
219
2004 年度前期
民法Ⅰ
山田誠一
とができる。CはAに全部を履行すると、Bとの関係でも免責される。
[
37.03]債務者の複数―分割される場合と分割されない場合
[
01
]どのような場合に債務者が複数となるか:
①被相続人が銀行から住宅ロ
ーンを借り入れていた場合に、その被相続人が死亡し、複数の相続人が相
続するとき、住宅ローンの債務者は複数になる。②二人で一台の自動車を
購入した場合、代金支払債務の債務者は、複数である。二人で一軒の家を
賃借した場合、賃料支払債務の債務者は、複数である。③二台の自動車が
共に制限速度オーバーで走行中衝突し、その結果、歩行者に負傷させたと
き(
不法行為。709条)、二人の運転者が負傷した歩行者に対して負う損害
賠償債務の債務者は、複数である。
[02]考え方:
ひとつの債務が債務者の数に分割される場合と、分割されな
い場合がある。分割される場合、分割されると、債務が複数になり、各債務の
債務者は一人となる。
[
03
]原則:
債務は分割される(
427条)。法律上当然に分割される。しかし例
外がある。例外にあたらず 、分割される債務を可分債務 (
分割債務)という。
可分債務の例:
金銭債務。相続により債務者複数となる場合、分割の割合は、
相続分による。
[04
]民法が定める類型:
民法は、債務者が複数の場合の法律関係として、
三つの類型を用意している。①可分債務(
分割債務)
、②不可分債務、③連
帯債務である。給付が不可分であれば不可分債務、給付が可分であると原
則として分割債務、ただし、当事者の合意(
連帯の特約という)または法律の
規定に定めがあるときは、合意または法律によって、連帯債務となる。契約に
よって債務者が複数になる場合、金銭債務は、当事者の合意によって、連帯
債務となることが多い。
[05
]分割された場合の法律関係(
債権者A、債務者Zの共同相続人BCの
場合):AはBに、Zが負っていた債務の全部の履行を請求することができな
220
2004 年度前期
民法Ⅰ
山田誠一
い。分割されBが債務者となった債務(
Zが負っていた債務の一部)
の履行を
請求することができる。BはAに、Zが負っていた債務の全部を履行しても、
分割されCが債務者となった債権(
Zが負っていた債務の一部)
については、
免責されない。
[
37.04]不可分債務の要件と効果
[01]要件:
債権の目的物が性質上または当事者の意思表示によって不可
分であること。
[
02]効果:
債権者は、①不可分債務者の全員またはそのうちの数人に対し、
②債務の全部の弁済を、③同時または順次に、請求することができる(430
条、432条)
。弁済を除き、不可分債務者の一人について生じた事由は、他
の不可分債務者に対して効力を生じない(
430条、429条)
。
[
37.05]連帯債務の要件
[
01
]要件:
債権者と複数の債務者との間で、連帯の特約(
合意)
が存在する
こと。
[
02
]例:
二人で一台の自動車を購入した場合、二人の買主が負う代金支払
債務は、当然には、連帯債務にならない。売主と二人の買主が、売買契約に
おいて、連帯の特約をすると、代金支払債務は連帯債務となる。
[03]契約の無効・
取消:
連帯債務者の一人について、契約の無効・
取消の
原因があっても、他の連帯債務者については、契約の効力に影響が及ばな
い(
433
条)
。
[04
]相対的効力の原則:
連帯債務においては、連帯債務者の一人につい
て生じた事由は他の連帯債務者に対して効力を生じないとするのが原則で
ある(
440条)。しかし、例外は多く、また、重要な例外が多い。
[
37.06]債権者はどの連帯債務者に対してどのような権利行使を行なうこと
221
2004 年度前期
民法Ⅰ
山田誠一
ができるか
[
01]民法の規定:
債権者は、①連帯債務者の全員またはそのうちの数人に
対し、②債務の全部または一部の弁済を、③同時または順次に、請求するこ
とができる(
432条)
。最も重要な点は、全員に対して別々に、各人に全部を、
同時に請求することができるということである。債権者A、連帯債務者BCとし、
債権額を100万円とすると、Aは、BとCに対して、同時に、100万円を請求
することができる(
以下、この例を用いる)
。
[
02
]履行の強制:
裁判所はBに対して、Aに100万円支払うべき旨を命ずる。
同時にCに対しても、Aに100万円支払うべき旨を命ずる。Aは確定判決に
もとづいて、Bに対して100万円について強制執行をすることができる。強制
執行によって債権が満足した後、Cに対して強制執行をすることはできない。
同じく、AはCに対する強制執行によって債権が満足した後、Bに対して強制
執行をすることはできない。
[03
]請求の効果:
連帯債務者の一人に対する請求は、他の連帯債務者に
対しても効力が生ずる(
絶対的効力事由。434条)。効果の例:消滅時効の
中断(
149条、153条)、期限の定めのない債務を履行遅滞とする(
412条3
項)
。
[
37.07]弁済があった場合連帯債務者はどのように債務を免れるか
[
01]債務の消滅(
免責)
:
BがAに100万円弁済すれば、BもCも免責される。
BがAに40万円弁済(
一部弁済)
すれば、BもCもなお60万円の債務を負う。
[
02]給付保持力:AはBから100万円支払われた場合、100万円全額を保
持することができる。しかし、その後Cから50万円支払われても、その分の給
付保持力はない。
[
37.08]連帯債務者間の求償
[
01
]負担部分:
連帯債務者には、負担部分がある。連帯債務者の全員の負
担部分を合計すると一になるように、負担部分は決定される。連帯債務者間
222
2004 年度前期
民法Ⅰ
山田誠一
の特約によって決まる。特約がない場合は、均等となる。①負担部分は、求
償についての連帯債務者間の法律関係を規律する。②負担部分は、連帯
債務者の一人について生じた事由が絶対的効力を有する場合の債権者と
他の連帯債務者との法律関係も規律する。②は①を前提にして理解すること
ができる。
[02]
求償の要件:連帯債務者の一人が弁済(
出捐)
をし、その結果共同の
免責を得た場合、弁済をした連帯債務者は、他の連帯債務者に求償をする
ことができる(
442条)。
[
03]求償の範囲:
負担部分に応じて他の連帯債務者に請求することができ
る(
442条)
。例えば、BCの負担部分が、各々二分の一の場合、Bが100万
円弁済をすると、50万円求償することができる。40万円弁済すると、20万円
求償することができる。
[
37.09]弁済以外に連帯債務者はどのような場合に債務を免れるか
[
01]免除:
AがBに対して免除をすると、CはAとの関係で、Bの負担部分に
ついての免除の効果が生ずる(
437条)。Bについては、債務全額が消滅す
る。Bの負担部分を二分の一とする(
以下、この例を用いる)と、Cは50万円
の債務をAに対して負う。
[
02]相殺:
BがAに対して反対債権を有している場合、相殺の効果(
債権の
消滅)
は、Cについても生ずる(
436条1項)。ABいずれも、相殺をすることが
でき、連帯債務の全部についてでも一部についてでも相殺することができる。
BはCに求償する。
[
03
]他の連帯債務者がする相殺:
Bが相殺をしない場合、Cは、Bの負担部
分について、相殺をすることができる(
436条2項)。Cは自働債権の債権者
ではない(
受働債権の債務者ではある。505条の例外)
。
[04
]混同:
AがBを相続した場合(BがAを相続した場合)、A(B)
は全額弁
223
2004 年度前期
民法Ⅰ
山田誠一
済したものとみなされる(
438条)。A(
B)
はCに求償する。
[
05
]消滅時効:
連帯債務の消滅時効の完成が、連帯債務者によって異なる
ことがある。例えば、承認により時効の中断があった場合は、承認をした連帯
債務者についてのみ、消滅時効は中断する。Bについて消滅時効が完成し、
時効を援用した場合、消滅時効の効果(
債権の消滅)
は、Bの負担部分につ
いて、Cについても生ずる(
439条)。Bについては、債務全額が消滅する。C
は50万円の債務をAに対して負う。
[06]絶対的効力事由 :
連帯債務者の一人について生じた事由が、他の連
帯債務者についても効力が生ずるとき、それを、絶対的効力事由という。
[
37.10]いわゆる「
不真正連帯債務」
[01
]不真正連帯債務 :
民法には、不真正連帯債務に関する明文の規定は
ない。しかし、民法が連帯債務または連帯責任と定める場合について、民法
の連帯債務に関する規定をそのまま適用すると不都合(
絶対的効力事由が
認められること。特に、免除について)
が生ずる。例:
共同不法行為者の連帯
責任(
債務)
(
719条)
。
[02]趣旨:
学説は、絶対的効力事由に関する民法の規定の適用がない連
帯債務を認め、それを、不真正連帯債務と呼ぶ。ただし、弁済による債務の
消滅の効力は、他の債務者に及ぶ。判例も、不真正連帯債務を認める(
百
選Ⅱ26事件)
。
[03]求償:
不真正連帯債務者間には、負担部分があり、負担部分にしたが
って、不真正連帯債務者間の求償が行なわれる。
■例題
(
1) QがR銀行に、銀行預金をしていた。Qが死亡し、SとTがQを相続した。
R銀行、S、T三者の法律関係はどうか。
224
2004 年度前期
民法Ⅰ
山田誠一
(
2) QがR銀行から、住宅ローンを借りていた。Qが死亡し、SとTがQを相
続した。R銀行、S、T三者の法律関係はどうか。
(
3) Uが、VとWに対して、VとWは連帯して返済する旨を約束して、200
万円を貸し付けた。履行期が到来して、VがUに200万円を支払った。
UとWとの関係はどうなるか。VとWとの関係はどうなるか。
(
4) Uが、VとWに対して、VとWは連帯して返済する旨を約束して、200
万円を貸し付けた。履行期が到来して、VがUに120万円を支払った。
UとVとの関係はどうなるか。UとWとの関係はどうなるか。VとWとの関
係はどうなるか。
(
5) Uが、VとWに対して、VとWは連帯して返済する旨を約束して、200
万円を貸し付けた。履行期が到来したがVもWもUに返済をしない。U
は誰に対して、どのような訴えを提起することができるか。Uは誰に対し
てどのような強制執行をすることができるか。
225
2004 年度前期
民法Ⅰ
山田誠一
226
2004 年度前期
民法Ⅰ
山田誠一
第38回 相殺とその担保的機能
[
Ⅲ第7
章Ⅲ]
[
38.01]相殺とはどのような制度か
[01]相殺とは:
二つの債権債務を交互に有し負う二当事者間で行なう債権
債務の差引計算で、一方当事者の意思表示によって、二の債権債務が消滅
すること。例:
AがBに対して100万円の金銭債権(
甲債権)を有し、BがAに
対して80万円の金銭債権(
乙債権)
を有している場合、Aが相殺の意思表示
をすると、乙債権(80万円)を免れると同時に、甲債権の一部(
80万円)を失
う。Bの同意は不要である。相殺の意思表示をする当事者が有する債権を自
働債権と呼び、その者が負う債務を受働債権と呼ぶ。
[
02]相殺の意義:
自働債権について、債権者が単独で、弁済された場合と
同一の結果を生じさせることができる。債務者の協力を必要とせず、しかも、
強制執行手続を利用する必要がない(
債務名義が不要である)
。
[
38.02]相殺の要件と効果
[
01
]要件:①同種の目的を有する二つの債権債務が、債権者と債務者が交
互になっていること(
505条1項)
。通常は、二つの金銭債権について、相殺
が行なわれる。②二つの債権債務が弁済期にあること(
505条1項)
。③自働
債権について債務者の抗弁権がないこと(505条1項但書)
。例えば、同時
履行の抗弁権が認められる場合。以上の要件を満たすことを、二つの債権
が相殺適状にあるという。
[
02]相殺の意思表示:
債務が消滅するためには、相殺適状にあるだけでは
足りず、当事者の一方から相手方 に対する意思表示 が必要である(506
条)
。
[
03]効果:
自働債権と受働債権が、対当額について消滅する(
505条1項)
。
対当額とは、同額の意味であり、具体的には、自働債権と受働債権の小さい
方の額である。相殺の効果は、相殺適状となった時点に遡る(
506条2項)
。
227
2004 年度前期
民法Ⅰ
山田誠一
[
38.03]債権差押えの効果
[
01]債権差押えの仕組み(
金銭債権の場合)
:
債務者が第三債務者に対し
て有する金銭債権について、債権者は強制執行をすることができる(
債務名
義が必要である)
。債権者の申立てにもとづいて、裁判所が、債務者が第三
債務者に対して有する金銭債権(
甲債権)を差し押える。その後、差押の効
力として、債権者は、甲債権を、第三債務者から直接、取り立てることができ
る(
民事執行法155条1項)。債権者が取り立てた金銭は、自己が債務者に
対して有する債権(
乙債権 )
の弁済とみなされ(
同条2項)
、同時に、第三債
務者が債権者に金銭を支払うことは、甲債権の弁済とされる。
[02]債権差押の効果:
債権者が、債務者が第三債務者に対して有する債
権(
甲債権)
を差し押さえると、債務者は第三債務者から甲債権を取り立てる
ことを禁止され、第三債務者は債務者に甲債権を弁済することを禁止される
(
民事執行法145条1項)
。その結果、差押え後、第三債務者が債務者に甲
債権を支払った場合、甲債権は消滅せず、債権者は、第三債務者から、さら
に取り立てることができる(
民法481条)
。
[
38.04]差押えと相殺
[
01
]問題となる事例:
債権者A債務者Bの甲債権があり、甲債権はAの債権
者Cによって差押えられた。BはAに対して乙債権を有している場合、差押え
の後に、Bは、乙債権を自働債権として、甲債権を受働債権として相殺する
ことができるか。
[
02]差押前に甲債権と乙債権とが相殺適状となっていた場合:
相殺の遡及
効 (506条2項)
によって、第三債務者Bは差押債権者Cに対して、相殺を
対抗することができる。
[03]差押前にBはAに対して乙債権を有していたが、相殺適状とはなって
いない場合:
BはCに対して、相殺適状となった時点で、相殺を対抗すること
ができる。甲債権と乙債権の弁済期の先後は問わない(
百選Ⅱ43事件)。5
228
2004 年度前期
民法Ⅰ
山田誠一
11条の反対解釈である(
無制限説と呼ばれる)
。学説には異論がある。その
見解は、乙債権の弁済期が甲債権の弁済期より先に到来する場合は、Bは
Cに対して、相殺を対抗することができるが、乙債権の弁済期が甲債権の弁
済期より後に到来する場合は、BはCに対して、相殺を対抗することができな
いという内容である(
制限説と呼ばれる。最判昭和39・12・23民集18巻10
号2217頁がこの見解をとったが、百選Ⅱ43事件によって否定された)
。
[
04]差押後にBがAに対する乙債権を取得した場合:
第三債務者Bは差押
債権者Cに対して相殺を対抗することができない(
511条)
。
[05]期限の利益喪失特約:
債務者に対して差押えの申立てがあった場合
には、自働債権について、期限の利益が喪失する旨の特約がある場合があ
る。この特約を有効であると解するとともに、差押え後に、債権者は受働債権
の期限の利益を放棄することができ、その結果相殺適状になった場合は相
殺をすることができると解すると、期限の利益喪失特約がある場合は、制限
説に立っても、無制限説の結論に近くなる。
[
38.05]預金担保貸付における478条の類推適用
[01]問題となる事例:
債権者Aが債務者Bに対して債権(
甲債権)を有して
いたところ、債権者としての外観を有する第三者Cに対して、Bが甲債権を担
保として貸付(
乙債権)
を行なった。Bは乙債権を自働債権とし甲債権を受働
債権として相殺することができるか。
[02]判例:
478条を類推適用 し、Bは相殺によって、甲債権を免れることが
できる。善意無過失の判断の基準時を、相殺をした時点ではなく、貸付をし
た時点とする。
■例題
(
1) 債権者Oが債務者Pに対して金銭債権300万円(
甲債権)を有してい
た。反対に、PはOに対して金銭債権200万円(
乙債権)を有していた。
Oが甲債権を自働債権とし、乙債権を受働債権として相殺をした。Oと
229
2004 年度前期
民法Ⅰ
山田誠一
Pの法律関係はどうなるか。
(
2) 債権者Oが債務者Pに対して金銭債権300万円(
甲債権)を有してい
た。反対に、PはOに対して金銭債権200万円(
乙債権)を有していた。
Pが乙債権を自働債権とし、甲債権を受働債権として相殺をした。Oと
Pの法律関係はどうなるか。
(
3) 債権者Oが債務者Pに対して有している債権について、Oの債権者R
が差押えをした。RとPの法律関係はどうなるか。
(
4) 債権者Oが債務者Pに対して有している債権について、Oの債権者R
が差押えをした後、PがOに弁済した。RとPの法律関係はどうなるか。
(
5) 債権者Oが債務者Pに対して金銭債権300万円(
甲債権)を有してい
た。反対に、PはOに対して金銭債権200万円(
乙債権)を有していた。
Oの債権者Rが甲債権を差押えた。その後、Oが甲債権を自働債権と
し、乙債権を受働債権として相殺をした。OPR三者の法律関係はどう
なるか。
(
6) 債務者Sが、第三者Tを債権者Uであると誤認して、UがSに対して有
している債権(
甲債権)を担保として、Tに対して貸付(
乙債権)
を行な
った。その後、Tが乙債権の弁済をしないため、Sが乙債権を自働債
権とし甲債権を受働債権として相殺した。SとUとの法律関係は、どうな
るか。
230
2004 年度前期
民法Ⅰ
山田誠一
第39回 債権者代位権
[
Ⅲ第4章Ⅰ、Ⅱ]
[
39.01]債権者代位権とはどのような制度か
[01]前提:
債権者が債務者に対して金銭債権 を有する場合、債権者は債
務者の財産を差押えて強制執行を行ない、換価代金から自己の債権の満
足を受けることができる(
履行の強制)。債務者が自己の権利行使を怠ると、
債権者が行なう履行の強制の実現に支障が生ずることがある。例えば、①債
務者が、第三者と取引をし、その第三者が債務不履行をした場合にも、解除
をせず、または、その第三者が債務者を欺罔して契約を締結した場合にも、
取消をしない。②債務者が、第三者から不動産 を購入したにもかかわらず、
第三者からの所有権移転登記をせずに放置している。
[02
]債権者代位権による解決:
債務者 が行使をすれば債務者が財産を取
得するにもかかわらず 行使を怠っている権利を、債権者が行使し、債務者に
財産を取得させ、債権者がその財産を差し押え、その換価代金から債権の
満足を受けることができるようにする。このことを、債務者の一般財産 を保全
するという。一般に、人は自己が有する権利を行使するか行使しないかは自
由である。これに対して、債権者代位権は、一定の要件をみたす場合、債権
者に、債務者の権利を行使しない自由への干渉を認めたものである。
[
39.02]要件
[01]債権者代位権の要件:①被保全債権の存在、②債権の保全の必要
性。
[
02
]被保全債権:
自己の権利を行使しない者(
債務者)
に対して、債権者代
位権を行使する者(
債権者)
が有する債権(
423条)。本来、被保全債権は金
銭債権であると理解されている。しかし、判例は、金銭債権以外の債権も被
保全債権として認める。債権者代位権を行使するためには、被保全債権の
履行期が到来していなければならない。例外がある(
423条2項)。
231
2004 年度前期
民法Ⅰ
山田誠一
[
03]債権保全の必要性:
①被保全債権が金銭債権の場合、債務者が無資
力であることを要件として、債権者に債権者代位権の行使が認められる(
無
資力要件)。ただし、例外的に、被保全債権が金銭債権のときも、無資力要
件を必要としない場合がある(
百選Ⅱ10事件)。無資力 とは、財産(積極財
産)
の合計額が、債務(
消極財産)
の合計額 を下回ることをいう。②被保全債
権が金銭債権以外の債権である場合、一般に、債務者には無資力要件は
必要とされない(
「
転用事例」
ということがある。ただし、厳密な概念ではない)
。
しかし、代位して行使される権利は、被保全債権と関係のある一定の権利に
限られる。
[
39.03]代位して行使される権利(
被保全債権が金銭債権の場合)
[01]債権者は、どのような債務者の権利を、代位行使 することができるか:
債務者に属する権利であれば、一身専属権を除き、債権者は代位行使する
ことができる。一身専属権とは、相続法上の権利(
遺産分割請求権、相続回
復請求権、遺留分減殺請求権)
、請求の意思表示をする以前の慰謝料請求
権などをいう
。行使することができる権利(
被代位権利)
の具体例:
請求権(
契
約内容の履行の強制、不当利得返還請求、解除にもとづく原状回復請求)
、
錯誤無効の主張、取消権、解除権、相殺、消滅時効の援用。
[02]第三債務者の抗弁:第三債務者 (
被代位権利の債務者)
は、債務者
(
被代位権利の債権者)
に対して有する抗弁を、代位債権者(
債権者代位権
を行使する者)
に対して主張することができる。例:
相殺によって被代位権利
が消滅したとする抗弁、被代位権利についての同時履行の抗弁権。
[
39.04]権利の行使方法(
被代位権利が金銭債権である場合)
[
01]具体例:
AがBに金銭を貸し付け、履行期が来たが、AはBに支払を求
めない。Aの債権者Cが、Aに代わって、Bから金銭の支払を求める。代位債
権者(C)
は、第三債務者(B)
に、直接自己に金銭の支払いを求めることがで
きる。ただし、その額は、被保全債権の額を上限とする。代位債権者は弁済
受領の権限を有する。したがって、第三債務者から代位債権者への弁済に
よって、被代位権利は消滅する。代位債権者は、自ら原告となり、第三債務
232
2004 年度前期
民法Ⅰ
山田誠一
者を被告として、被代位権利である金銭債権の自己への履行を求めて訴え
を提起することができる(
代位訴訟)
。代位債権者は、第三債務者から支払わ
れた金銭を、被保全債権の弁済にあてることができる。その結果、債務者に
対する代位債権者以外の債権者に対して、代位債権者は事実上優先弁済
を受けることになる。
[02]差押債権者による取立との比較:差押債権者は、債務名義にもとづく
差押えの効果として、第三債務者から、直接取り立てることができる(
取立訴
訟を提起することができる)。代位債権者は、債務名義がなくても、債務者の
無資力を要件として、第三債務者から、直接取り立てることができる(
代位訴
訟を提起することができる)
。
[
39.05]権利の行使方法(
被代位権利が所有権移転登記請求権である場
合)
[01]具体例:
AがBから、不動産を購入した。しかし、AはBに、不動産の所
有権移転登記を求めない。Aの債権者Cが、Bに対して、BからAへの(
Bから
Cへのではない)
所有権移転登記を求める。第三債務者(B)
が所有権移転
登記に協力しないときは、代位債権者(
C)
は、自ら原告となり、第三債務者
を被告として、第三債務者から債務者への所有権移転登記への協力を求め
て訴えを提起することができる(
代位訴訟)
。
[
02
]所有権移転登記をした後どうなるか:
登記簿上、債務者が所有者となっ
たう
えで、代位債権者はその不動産について、強制執行を行なう。
[
39.06]【
補論】
転々譲渡の場合の所有権移転登記
[
01
]どのような問題か:
AからBへの売買契約が行なわれ、BからCへの売買
契約が行なわれた場合に、どのように所有権移転登記を行なうかという問題
がある。
[
02
]登記の方法:①AとCが共同で申請して、AからBへの所有権移転登記
と、AからCへの所有権移転登記を行なうことはできない。それぞれの所有権
233
2004 年度前期
民法Ⅰ
山田誠一
移転登記は、その当事者が申請しなければいけない。②AとCが共同で申
請して、AからCへの所有権移転登記を行なうことはできない。AとCとは、実
際に売買契約を締結していないため、実際の所有権移転を反映しない所有
権移転登記をすることはできない。したがって、? AとBが共同で申請して、A
からBへの所有権移転登記を行ない、その後、BとCが共同で申請して、Bか
らCへの所有権移転登記を行なう。
[
39.07]【
補論】
所有権にもとづく妨害排除請求権
[
01
]所有権:
所有者は、法令の制限内において、自由に所有物の使用、収
益、処分をすることができる(
206 条)
。
[
02
]占有:
ある物を事実上、支配し、使用や収益を行なっていることを、その
物を占有するという。所有者が自ら占有する場合がある。所有者以外の第三
者が占有する場合がある。第三者に所有者が占有を許しているとき(
例、所
有者が第三者との間で賃貸借契約を締結した場合)
と、第三者に所有者が
占有を許していないとき(
いわゆる、不法占有、不法占拠と呼ばれる場合)
に
分れる。
[03
]所有権にもとづく妨害排除請求権:
不法占有する第三者に対して、所
有者は、所有権にもとづいて、その占有を止めるよう請求することができる。
具体的には、不動産を占有する第三者に対しては、その不動産からの退去、
その不動産の明渡しを求めることができる。民法には、このような所有権にも
とづく妨害排除請求権を定める規定はない。
[
39.08]いわゆる「
転用事例」
[01
]例(
その1):AからB、BからCへの転々譲渡の場合、登記簿上の所有
者はAであるとき、CがBに対して有する所有権移転登記請求権を被保全債
権とし、BがAに対して有する所有権移転登記請求権(
被代位権利)
を、代位
して行使することができる。このとき、債務者Bの無資力要件は必要とされな
い(
百選Ⅱ11事件)
。
234
2004 年度前期
民法Ⅰ
山田誠一
[02]例(
その2):
不動産について所有者である賃貸人 Aと賃借人Bがいる
場合、第三者Cがその不動産を占有している場合、BがAに対して有する賃
貸借契約にもとづく使用収益を求める権利を被保全債権として、AがCに対
して有する所有権にもとづく妨害排除請求権(
被代位権利)
を、Bは行使する
ことができる。このとき、債務者Aの無資力要件は必要とされない(
百選Ⅱ12
事件)
。
[
03]共通点:
いずれも、被保全債権を実現するには、被代位権利の行使が
不可欠である場合であり、このことが、債権保全の必要性であると考えること
ができる。
■例題
(
1) RはSに対して、5000万円の金銭債権を有している。SはTに対しても、
7000万円の債務を負っている。Sは、唯一の財産として、U銀行に対
する4000万円の預金を有している。Rは、このU銀行の預金の支払を
求めることができるか。
(
2) RはSに対して、5000万円の金銭債権を有している。SはTに対しても、
7000万円の債務を負っている。Sは、唯一の財産として、4000万円
相当の不動産を有していたが、Vに騙されて、2000万円で売却した。
Rは、Vに対して、どのような手段をとりうるか。
(
3) Wは、Xから、Xが所有する不動産を賃借した。ところが、Yがその不動
産の利用を始めた。Wは、Yの利用を妨害であるとして、排除すること
ができるか。WのYに対する妨害排除請求は、どのような場合に、どの
ような法律構成で認められるか。
235
2004 年度前期
民法Ⅰ
山田誠一
236
2004 年度前期
民法Ⅰ
山田誠一
第40回 詐害行為取消権
[
Ⅲ第4
章Ⅲ]
[
40.01]【
補論】
責任財産
[
01
]責任財産(
一般財産)
とは何か:
ある法人格に帰属する権利の全体は、
その法人格が債務者として負う債務の全体の履行の強制の対象となる。この
ことを、或る者が有する財産の全体は、その者が負う債務(
責任)
を担保し、
その債務(
責任)
の「
引当て財産」
になるという
。この意味で、或る者が有する
財産の全体を責任財産(
一般財産 )
と呼ぶ。法人格とは、責任財産(
一般財
産)
を区別するための法技術である。
[
02
]強制執行における債権者平等:
債務者の財産について、債権者Aが強
制執行を行ない、他の債権者Bもその強制執行に配当要求 した場合、その
財産の売却代金が債権者ABの債権の合計額を下回るとき、ABには売却代
金が案分比例されて配当される。ただし、Bは債務名義 を有していなければ
ならない。
[
40.02]詐害行為取消権とはどのような制度か
[01]問題となる例:
債権者が債務者に金銭を貸し付けた時点で、債権者が
強制執行をしてその換価代金から債権の満足を受けることができるような財
産を、債務者が有していた。しかし、履行期が到来した時点において、債権
者が強制執行 をしてその換価代金から債権の満足を受けることができるよう
な財産を、債務者が有していない場合がある。このような 財産の減少は、
様々な理由によって生ずる。
[02]無償の財産処分による財産の減少:
財産の減少が、債務者の第三者
に対する無償の財産処分によって生じた場合に、原則として詐害行為取消
権を行使することができる。
[
03
]詐害行為取消権による解決:
債権者が、債務者による無償の財産処分
を取り消し、債権者がその財産について強制執行をしてその換価代金から
237
2004 年度前期
民法Ⅰ
山田誠一
債権の満足を受けることができるようにする。一般に、人は自己が所有する
財産を自由に処分することができる。このことは、その財産処分が有償である
か無償であるかを問わない。財産が処分された以上、その財産は処分をした
者の一般財産には含まれない。これに対して、一定の要件をみたした場合、
債務者の一般財産から逸出した財産であっても、なお強制執行の対象とす
ることができる点に、詐害行為取消権の特徴があり、その趣旨は債務者の一
般財産の保全にある。
[
40.03]要件
[01]詐害行為取消権の要件:①被保全債権の存在、②詐害行為(
客観的
要件と主観的要件を相関させて判断する)
、③受益者の悪意。
[
02
]被保全債権:
自己の財産を処分した者(
債務者)
に対して、取消権を行
使する者(
債権者)
が有する債権(424条)。詐害行為時に、被保全債権が
存在しなければならない。被保全債権は、金銭債権が通常である。例:
売買
代金債権、金銭消費貸借にもとづく貸付金債権。ただし、特定物債権も被保
全債権となる。特定物債権も履行されないと損害賠償債権(
金銭債権)
に転
化するため、債務者の一般財産により担保されなければならない(
百選Ⅱ14
事件)
。詐害行為時に、特定物債権であってもかまわない。
[
03
]詐害行為の客観的要件:
債務者の法律行為によって、債権者を害する
こと、すなわち、債務者が債権者に完全な弁済ができなくなること。これを、
債務者の一般財産が減少し、債務者が無資力になるという。債務者の一般
財産が減少しても、債務者が無資力にならなければ、詐害行為にはならない。
債務者が無資力であって、債務者の法律行為によって、債務者の一般財産
がいっそう減少する場合を含む。債務者の法律行為の例:
無償の財産処分
(
贈与、債務免除)または不相当に低廉な価格での財産の譲渡が典型であ
る。しかし、一部の債権者に対する抵当権の設定、相当な価額での不動産
の売却も、詐害行為にあたりうる(
判例)
。さらに、厳密には法律行為にあたら
ない弁済(
一部の債権者に対する弁済)
も詐害行為となりうる。しかし、登記
を行なうこと自体は、詐害行為にあたらない。
238
2004 年度前期
民法Ⅰ
山田誠一
[
04]詐害行為の主観的要件:
債務者が「
債権者を害することを知りて」
法律
行為を行なったこと。詐害の意思の存在ともいう。どのような債務者の行為が
詐害行為であるかに応じて、債務者の主観的要件についての裁判所の判断
基準は異なっている。債務者の行為の性格において詐害性が弱い場合は、
主観的要件において強い詐害性が要求される。
[
05
]受益者の主観的要件:
受益者(
債務者の法律行為の相手方)
が詐害行
為の当時、債権者 を害すべき事実を知らないときでないこと(424条1項但
書)
。すなわち、受益者の悪意が要件となる。例:
債務者からの贈与の受贈
者、債務者から弁済を受けた者。
[
06
]問題となる具体例:
①一部の債権者に対する弁済。一般財産は減少せ
ず、弁済は債務者の義務である。しかし、一部の債権者と通謀してこれらに
優先的満足を得させる意図があるときは 詐害行為となる(
判例)
。②相当な代
価による不動産の売却。一般財産は減少しない。不動産を消費しやすい金
銭にかえる点で、詐害行為となる(
判例)
。
[
40.04]裁判(
判決)
による取消
[
01]
裁判による取消:
取消は、裁判によって行なう(
424条1項本文)
。詐欺・
強迫・
能力の制限を理由とした取消と異なる。裁判所に、債権者が、裁判(
判
決)
を求めて訴えることを、詐害行為取消権の行使という。
[
02]取消判決の効力:
取消判決によって、債務者の法律行為が取り消され
るが、取消の効力は、訴訟の相手方にのみ及び(
取消の効力の相対効)
、訴
訟に関与しない者との関係では、債務者の法律行為は有効である(
判例の
考え方)
。
[
03
]当事者:
債権者が原告となり、受益者を被告とする。債務者は被告にな
らない。
239
2004 年度前期
民法Ⅰ
山田誠一
[
04
]訴えと判決の内容:
法律行為の取消。および、場合によっては、原状回
復(
この点をとらえて、詐害行為取消の訴えは、形成の訴えでもなく、給付の
訴えでもなく、折衷的な性格を有する訴えであるという)
。例:
債務者から受益
者への贈与の場合は、贈与の取消と目的物の返還、ただし、受益者のてもと
に既に目的物が存在しない場合は、目的物の返還のかわりに価額賠償。
[
40.05]原状回復の方法
[
01
]原状回復:
受益者に債務者から返還されるのものが、不動産であるか、
金銭であるかによって、原状回復の具体的方法が異なる。
[02]不動産の返還の場合の原状回復 :
取消債権者(
原告)
は、受益者(
被
告)
に対して、登記簿上受益者が所有者として記載されている状態から、債
務者が所有者として記載される状態への回復を求めることができる。債務者
から受益者への所有権移転登記の抹消登記を行なう。債務者が登記簿上
所有者として記載される状態を実現した後、取消債権者は、債務者に対する
債務名義にもとづいて、その不動産について強制執行を行なう。取消債権
者以外の債権者は、強制執行に配当要求することができる。
[03]抵当権が設定されている不動産の譲渡が詐害行為である場合:
詐害
行為の後、抵当権が消滅したときは、受益者には、価額賠償を求めることが
できるが、抵当権が設定されていない不動産の債務者への回復を求めること
ができない(
判例)
[
04]金銭の返還(
価額賠償)
の場合の原状回復:
取消債権者(
原告)
は、受
益者(
被告)
に対して、自己への金銭の支払を求めることができる。受益者に
金銭の支払を命ずる判決を債務名義として、取消債権者は、受益者の財産
について強制執行を行なうことができる。取消債権者は、受益者から受領し
た金銭を自己の債務者に対する債権の弁済にあてることができる。その結果、
他の債権者に対して、取消債権者は事実上優先弁済を受けることになる(
判
例。民法425条の趣旨に反するとの批判がある)
。取消債権者に対して、受
益者(
債権者である)
は、分配請求権を有しない(
百選Ⅱ20事件)
。
240
2004 年度前期
民法Ⅰ
山田誠一
[
40.06]転得者がいる場合
[
01
]問題状況:
債務者から受益者に不動産が贈与された場合、受益者から
さらに、第三者(
転得者)
に、その不動産が譲渡されているとき、詐害行為取
消権はどのようにして行使することができ、どのような効果が生ずるか。
[
02
]転得者を被告とする場合:
被保全債権の存在、詐害行為の要件をみた
し、かつ、転得者が悪意である場合。債権者は詐害行為取消権 を、転得者
を被告として行使することができる。受益者の主観的要件は問わない。取消
債権者(
原告)
は、転得者(被告)に対して、債務者への所有権の移転登記
を求めることができる(
原状回復)
。
[
03
]受益者を被告とする場合:
被保全債権の存在、詐害行為の要件をみた
し、かつ、受益者が悪意である場合。債権者は詐害行為取消権 を、受益者
を被告として行使することができる。転得者の主観的要件は問わない。取消
債権者(
原告)
は、受益者(
被告)
に対して、価額賠償として、自己への金銭
の支払を求めることができる。
■例題
(
1) J
は、Kに対して1000万円の金銭債権を有していた。Kは、Lに対して
も3000万円の借金をしていた。Kは、唯一の財産である2000万円相
当の不動産を、Mに対して、1000万円で売却し、KからMへの所有
権移転登記を行なった。J
が、この不動産から、債権の回収をはかるに
は、どのような手段があり、
どのような結果を得るか。
(
2) J
は、Kに対して1000万円の金銭債権を有していた。Kは、Lに対して
も3000万円の借金をしていた。Kは、唯一の財産である2000万円の
現金を、Mに贈与した。J
が、Mから、債権の回収をはかるには、どのよ
うな手段があり、どのような結果を得るか。
(
3) J
は、Kに対して1000万円の金銭債権を有していた。Kは、Lに対して
241
2004 年度前期
民法Ⅰ
山田誠一
も3000万円の借金をしていた。Kは、唯一の財産である2000万円相
当の不動産を、Mに対して、1000万円で売却し、KからMへの所有
権移転登記を行なった。さらに、Mは、この不動産を、Nに売却した。J
が、債権の回収をはかるには、どのような手段があり、どのような結果を
得るか。
242
2004 年度前期
民法Ⅰ
山田誠一
第41回 債権譲渡(
1)
[
Ⅲ第6章Ⅰ、Ⅱ、Ⅲ]
[
41.01]債権の譲渡可能性と債権譲渡の要件
[
01
]原則:
債権は自由に譲渡することができる(
466条1項本文)
。
[02
]例外:
①債権の性質が譲渡を許さないときは、譲渡できない(
466条1
項但書)
。②譲渡禁止特約がある債権は、譲渡できない(
466条2項本文)
。
②の修正:譲受人が善意の場合は、譲渡は有効である(
466条2項但書 )
。
②の再修正:
第三者が善意であっても、重過失があるときは、有効とならない
(
百選Ⅱ27事件)。転付命令は有効である(
最判昭和45・4・
10民集24・4・
240)。
[03]要件:
両当事者の意思表示のみによって、債権は譲渡される(176条
参照)
。例:
債権の売買、債権譲渡による代物弁済。
[
41.02]第三者に対抗することができるということ
[01]意味:
AからBに債権が譲渡されたことを、Cが否定することができない
ことを、「
債権の譲渡を第三者に対して対抗することができる」
といい、Aから
Bに債権が譲渡されたことを、Cが否定することができることを、「
債権の譲渡
を第三者に対して対抗することができない」
という。
[
02
]第三者とは:
債権の二重譲受人、譲渡人の転付債権者、差押債権者、
破産債権者。
[03
]対抗の例:
AとBが、或る債権の譲渡の合意をした。その後、AとCが、
同一の債権について譲渡の合意をした。AからBへの債権譲渡がCに対して
対抗できる場合は、AからBへの債権譲渡をCは否定することができない。A
からBへの債権譲渡がCに対して対抗することができない場合は、AからBへ
の債権譲渡をCは否定することができる。
243
2004 年度前期
民法Ⅰ
山田誠一
[
04
]指名債権譲渡の第三者に対する対抗要件
[
05]
指名債権とは何か:
証券的債権(
証券と結合した債権。例:
手形、小切
手)
に対する概念であって、債権の発生・
行使・
移転等に証券との結合がなく、
かつ権利者が特定している債権をいう。指名債権は流通を予定した債権で
はないから、その流通の保護は、証券的債権と対照的である。
[
06]指名債権の譲渡を第三者に対抗するためには、何をしなければならな
いか:
確定日付のある証書による譲渡の通知または承諾をしなければならな
い(
467条2項)
。確定日付のある証書による通知または承諾を、第三者に対
する対抗要件という。
[
07
]通知とは何か:
譲渡人から債務者への通知。
[08]承諾とは何か:
債務者から譲渡人への承諾、または、債務者から譲受
人への承諾。
[
09
]確定日付のある証書とは何か:
民法施行法5条。例:
公正証書、内容証
明郵便。
[
41.03]誰が第三者対抗要件を備えたかを判断する基準
[
01
]問題状況:
確定日付ある証書による通知または承諾が複数存在する場
合がある。いずれの通知または承諾が、第三者に対する対抗要件と認めら
れるのか。
[
02]基準:
二重譲渡の場合、確定日付ある証書による譲渡の通知の到達ま
たは承諾の先後により、二重譲受人間の優先劣後が決定される(
最判昭和4
9・3・7民集28・
2・
174)
。確定日付の先後ではない。優先する譲受人の通
知または承諾が、第三者に対する対抗要件と認められ、劣後する譲受人の
通知または承諾が、第三者に対する対抗要件と認められない。
244
2004 年度前期
民法Ⅰ
山田誠一
[
03]例外的な場合:
二重譲渡が行なわれ、確定日付のある証書による通知
の到達が同時である場合、二重譲受人は相互に優先しない。
245
2004 年度前期
民法Ⅰ
山田誠一
246
2004 年度前期
民法Ⅰ
山田誠一
第42回 債権譲渡(
2)
、債務引受、契約上の地位の移転
[
Ⅲ第6章Ⅰ、Ⅱ、Ⅲ、Ⅳ]
[
42.01]債務者に対抗することができるということ
[
01
]意味:
AからBに債権が譲渡されたことを、債務者Cが否定することがで
きないことを、「
債権の譲渡を債務者に対して対抗することができる」
という。こ
のとき、BはCに履行の強制をすることができる。AからBに債権が譲渡された
ことを、債務者Cが否定することができることを、「
債権の譲渡を債務者に対し
て対抗することができない」
という。このとき、BはCに履行の強制をすることが
できない。
[
02
]債務者に対する対抗要件:
譲渡の通知または承諾。確定日付のある証
書による必要はない。
[
42.02]誰が債務者対抗要件を備えたかを判断する基準
[
01
]問題状況:
通知または承諾が複数存在する場合がある。いずれの通知
または承諾が、債務者に対する対抗要件と認められるのか。
[02]第三者に対する対抗要件との関係:
二重譲渡の場合、二重譲受人相
互間で優先する者が、債務者に対して唯一の債権者となる。二重譲受人相
互間で劣後する者は、債務者に対して、債権の譲渡を対抗することができな
い。その結果、確定日付のある証書によらない譲渡の通知または承諾と、確
定日付のある証書による譲渡の通知または承諾がある場合、確定日付のあ
る証書による譲渡が優先する。
[
03
]相互に優先しない二重譲受人の場合:
二重譲受人のいずれに対しても、
債務者は、全額を履行する義務を負う。一方に履行すれば、他方に対しても
免責される。二重譲受人相互間では、譲受債権の額に応じて案分した債権
を取得すると解するべきである(
百選Ⅱ33事件)
。
[
42.03]債務者が譲受人に対抗できる事由
[01]原則:
譲渡の通知前に譲渡人に対して主張することができた事由は、
247
2004 年度前期
民法Ⅰ
山田誠一
譲渡後に譲受人に対して主張することができる(
468条2項)。例:
債権の不
成立、弁済による消滅。
[
02
]例外:
債権の譲渡について、債務者が異議を留めない承諾をした場合、
譲渡の承諾前に譲渡人に対して主張することができた事由も、譲渡後に譲
受人に対して主張することができない(468条1項)。ただし、譲受人が悪意
である場合は、譲受人に対して主張することができる。
[
42.04]債権譲渡と相殺
[01
]例:
債権者A債務者Cの甲債権があり、甲債権はAからBに譲渡され、
譲渡の通知がCに対して行なわれた。CはAに対して乙債権を有している場
合、債権譲渡の後に、Cは、乙債権 を自働債権として、甲債権を受働債権と
して相殺することができるか。
[02
]譲渡の通知前に甲債権と乙債権とが相殺適状となっていた場合:
Cは
相殺適状となっていたことをBに対抗することができ(
468条2項)、Cは相殺
することができる。
[03
]譲渡の通知前にCはAに対して乙債権を有していたが、相殺適状とは
なっていない場合:
CはBに対して、相殺適状となった時点で、相殺を対抗す
ることができる。甲債権と乙債権の弁済期の先後は問わない。差押えと相殺
のと共通の考え方である。
[04]譲渡の通知後にCがAに対する乙債権を取得した場合:
Cは相殺を対
抗することができない。
[
42.05]債務引受とは何か
[
01]債務引受とは何か:
ある人の債務を他の人が引き受けること。民法には
債務引受に関する規定はない。行為債務は原則として、債務引受することは
できない。重畳的債務引受と、免責的債務引受とがある。
248
2004 年度前期
民法Ⅰ
山田誠一
[
02
]重畳的債務引受:
債務者が一人増える。従来の債務者と新たに債務者
となる者とは連帯債務者となる(
百選Ⅱ34事件。異論はある)
。債権者と新た
に債務者となる者の合意によって成立する。従来の債務者と新たに債務者と
なる者の合意によっても成立する。
[03]免責的債務引受 :
債務者が交替する。従来の債務者が債務を免れる
点が特徴的である。債権者と新たに債務者となる者の合意によって 成立す
る。
[
42.06]契約上の地位の譲渡
[
01]性質:
債権譲渡と債務引受を含むが、単に両者が同時に行なわれたも
のではない。取消権、解除権の帰属に変更が生ずる。
[
02
]要件:
譲渡人、譲受人、相手方の三者の合意による。ただし、例外があ
る。
[03]例:
①売買契約の売主の地位の譲渡・
買主の地位の譲渡、②賃貸借
契約の貸主の地位の譲渡。相手方(
借主)
の同意は必要ない(
百選Ⅱ35事
件)
。③賃貸借契約の借主の地位の譲渡。原則は、相手方(
貸主)
の同意が
必要であるが 、無断譲渡であっても解除権が否定される場合は、相手方の
同意は不要。
■例題
(
1) 債権者Aが、債務者Bに対して有している債権を、Cに対して譲渡した。
その譲渡の通知は、確定日付のある証書によって、Bに到達した。しか
し、Bはその債権の弁済をAに対して行なった。BとCとの間の法律関
係を説明せよ。
(
2) 債権者Aが、債務者Bに対して有している債権を、Cに対して譲渡した。
その後、Aに対する債権者Dが、右債権を差押えた。その差押命令の
送達が、Bに到達し、その後で、AからCへの譲渡の通知が、確定日付
249
2004 年度前期
民法Ⅰ
山田誠一
ある証書によって、Bに到達した。BとCとDの三者間の法律関係を説
明せよ。
(
3) 債権者Aが債務者Bに対して有している債権について、債務者Bが弁
済をした。その後、債権者Aが、この債権について、Cとの間で売買契
約を締結し、Aは、その債権の譲渡の通知を行なった。BとCとの間の
法律関係を説明せよ。
(
4) 債権者Aが債務者Bに対して有している債権について、債務者Bが弁
済をした。その後、債権者Aが、この債権について、Cとの間で売買契
約を締結し、Bは異議を留めないで承諾をした。BとCとの間の法律関
係を説明せよ。
(
5) 債権者Oが債務者Pに対して金銭債権300万円(
甲債権)を有してい
た。PはOに対して金銭債権 200万円(
乙債権)を有していた。OがQ
に甲債権を譲渡し、債務者Pに対して、譲渡の通知をした。その後、O
が甲債権を自働債権とし、乙債権 を受働債権として相殺をした。OPQ
三者の法律関係はどうなるか 。Pが乙債権を自働債権とし、甲債権を
受働債権として相殺をした。OPQ三者の法律関係はどう
なるか。
250
2004 年度前期
民法Ⅰ
山田誠一
第43回 権利濫用・
信義則
[
Ⅰ第1章Ⅳ、Ⅴ、Ⅵ]
[
43.01]権利濫用
[
01]権利の行使:
権利の行使は、原則として、他人に不利益・
損失を生じさ
せるものであっても、自由にすることができる。例? :
A が、自己が所有する土
地を、利用せずに、放置していたため、隣の土地の所有者 Bは、Aが所有す
る土地に、自分の車を駐車していた。しかし、A が、その土地に建物を建てる
ための工事を始めたため、B は駐車することができなくなった。A の権利の行
使(
土地の利用)
が、B に不利益を与えている。しかし、A は、自由に権利の
行使をすることができる。例? :
A が、コンビニエンスストアを経営していた。A
のコンビニエンスストアから50メートル離れたところで、地下鉄の駅により近
いところに、B がコンビニエンスストアを開店した。B のコンビニエンスストアの
方が、内装に清潔感があり、品揃えが豊富なため、A のコンビニエンスストア
は、売り上げが大きく減少し、利益が出ず、損失が生ずることになった。B の
権利の行使(
コンビニエンスストアの営業)
が、A に損失を生じさせている。し
かし、B は、自由に権利を行為することができる。
[02
]権利の濫用:
権利の行使であっても、それが、濫用にあたるときは 、許
されないというルールがある(民法1条3項)。ただし、一定の要件のもとで、
一定の効果が生ずるというタイプのルールとは異なる(
一般条項とよばれる)
。
具体的には、①権利を行使する者(
A)
と権利の行使によって不利益・
損失を
受ける者(B)
の利益状況(
客観的要素)
と、②A の加害意思・
加害目的(
主観
的要素)
とを、ともに考慮して判断される。
[
03]権利の濫用にあたる場合の効果:①権利の行使が濫用となる場合は、
権利行使の効果が生じない。所有者は、自己が所有する土地を、無権利で
占有している者(
不法占拠者)
に対して、その土地の明渡し・
土地からの退去
を求めることができる(
所有権にもとづく
妨害排除請求権)
。しかし、この所有
権にもとづく妨害排除請求が、権利の濫用にあたる場合は、裁判所は、土地
の明渡し・
土地からの退去を命じない(
所有者の請求を棄却する)
(
百選Ⅰ1
251
2004 年度前期
民法Ⅰ
山田誠一
事件)
。②権利の行使が濫用となり、他の者に損害が生じた場合、権利者は、
損害が生じた者に対して損害賠償の責任を負う。自己が所有する土地に建
物を建てたところ、北側に隣接する土地上の建物(
その建物に住む者)
への
日照が遮られた場合、原則として、権利の行使にあたる。しかし、日照が遮ら
れる程度が著しく、自己の所有する土地への建物の建築が権利の濫用にあ
たる場合はあり、そのような場合、建物を建築した者は、隣接する土地の所
有者に対して、不法行為(
日照権の侵害)
にもとづく、損害賠償義務を負う。
[
43.02]信義則
[
01
]権利の行使と義務の履行:
権利は行使することができ、義務は履行しな
ければならない。しかし、権利や義務の内容は、あらかじめ、十分に具体的
ではない場合がある。そのような場合に、信義則にもとづいて、権利や義務
の内容が、具体化されることがある。
[
02
]信義則:
互いに相手方の信頼を裏切ることがないよう、誠実に行動する
ことを要請するルールがある(
民法1条2項)。権利濫用のルールと同じく、一
般条項の性格をもつ。①契約にもとづいて成立する権利や義務については、
その内容を具体化する作業は、契約内容の解釈として行なわれる。その結
果、信義則は、契約内容を解釈する指針としての性格を有する。②ある一定
の関係にある当事者間の法律関係を、信義則にもとづいて、規律することが
ある。とりわけ、契約を締結した関係にない当事者の一方が他方に対して、
契約にもとづかない義務を、信義則にもとづいて負うと解されることがある。
[03]信義則にもとづいて負う義務:①契約を締結に至る過程で、さまざまな
交渉が行なわれたとき、最終的には、契約を締結するに至らなかった場合に
も、一方の交渉中の態度にもとづいて、他方が、契約の締結を予め見込んで、
費用をかけて準備することがある。契約が締結されないと、その費用は、損失
となるが、原則的には、その損失は、自ら準備した者が負担することになる。
しかし、信義則にもとづき、自己の態度が、相手方に不測の損失を生じさせ
る原因とならないよう行動する義務(
注意義務。「
契約締結過程における注意
義務」
という)
が課せられる場合があると考えられ、それを承認し、具体的に注
252
2004 年度前期
民法Ⅰ
山田誠一
意義務違反を認めて、損害賠償責任が成立すると判断した最高裁判決があ
る(
最判昭和59年9月18日判例時報1137号51頁)
。②契約を締結した当
事者の関係にはないが、社会的な接触があり、一方が他方の生命身体の安
全について、配慮することで、他方の危険を相当程度減少させることができ
ることがある。そのような場合に、信義則にもとづいて、一方が他方の安全を
配慮する義務(
安全配慮義務)を負い、その義務に違反し、他方に損害(
死
亡とか傷害)
が生じた場合には、安全配慮義務違反を理由として損害賠償
責任を認めることがある。具体的には、元請業者と契約を締結した下請業者
の労働者が、元請業者との間に契約関係はないが、元請業者の管理する設
備、工具を使用し、事実上元請業者の指揮監督を受けて、稼働する場合に
は、元請業者と下請業者の労働者の間には、「
特別な社会的接触の関係」
があるとし、下請業者の労働者の傷害について、元請業者の安全配慮義務
違反を理由とした損害賠償責任を認めた最高裁判決がある(
最判平成3年4
月11日判例時報1391号3頁)
。
[
43.03]公共の福祉
[
01
]私権と公共の福祉の関係:
私権は公共の福祉に遵う(
民法1条1項)
。
[
02]私権:
個人的生活において、個人が私的利益を享受する地位である。
私法上の権利ともいう。所有権 (
不動産や動産を目的とする所有権)
、債権
(
例えば、銀行預金、土地や建物の賃借権)
、無体財産権(
例えば、特許権、
著作権)
が、私権にあたる。
253
2004 年度前期
民法Ⅰ
山田誠一
254
2004 年度前期
民法Ⅰ
山田誠一
第44回 時効制度(
1)
―消滅時効
[
1第7章Ⅰ、Ⅱ、Ⅲ、Ⅳ、Ⅴ、Ⅶ]
[
44.01]時効とはどのような制度か
[
01
]制度の趣旨:
一定の事実状態が続く場合に、それが真実の権利関係と
一致するかどうかを問わずに、事実状態と一致するような権利関係を認めよ
うとする制度である。
[02]取得時効と消滅時効 :
権利者としての事実状態を根拠として、真実の
権利者とみなす場合(
取得時効)と、権利不行使の事実状態を根拠として、
権利の消滅を認める場合(
消滅時効)
とがある。
[03]時効の完成:
その事実状態と一致するような権利関係が認められるた
めに必要な一定の事実状態が継続することを、時効の完成という。時効の完
成のために必要な継続する期間を、時効期間とよぶ。一方では、時効の完
成により、権利の得喪が生ずると定める(
162条、167条)が、他方では、当
事者が援用しなければ、裁判所は、時効によって認められる権利関係を理
由として、裁判をすることができないを定める(
145条)
。
[
44.02]消滅時効とはどのような制度か
[
01]どのような権利が消滅時効の対象となるか:
債権(
167条1項)
、債権で
もなく所有権でもない財産権(
167条2項)。所有権は、消滅時効の対象とな
らない。
[02]消滅時効 が完成するための事実状態:
権利の不行使。債権であれば
請求しないこと。
[03]権利の不行使は、どれほどの期間継続することが必要か(
時効期間):
①債権は、原則10年(167条1項)。例外:
商事債権(
債権者または債務者
のどちらか 一方が、商人である債権)
は5年(
商法521条)
、日常の取引から
生ずる債権で一定のものは3年(
例:
医師の診療報酬債権(170条))、2年
255
2004 年度前期
民法Ⅰ
山田誠一
(
例:
小売商の売買代金債権(173条))、1年(
例:
運送賃(174条))、不法
行為にもとづく損害賠償の債権は3年(724条)
。②債権でもなく所有権でも
ない財産権は20年(167条2項)。ただし、取消権は5年(126条)。解除権
について、判例は、債権に準じて、10
年とする(
民法には規定がない)
。
[
04
]時効期間はいつから始るか(
起算点)
:
債権は、原則として弁済期から、
進行する(
166条)。ただし、期限の定めのない債権は、債権成立時から、進
行する。不法行為にもとづく損害賠償の債権は、被害者が損害および加害
者を知った時から(724条)、取消権は、取消すことができる時から(126条)
、
進行する。解除権は、それが成立し行使しうるときから進行する。
[
44.03]時効による債務の消滅・
時効の援用・
時効の利益の放棄
[
01
]債権の消滅:
消滅時効の完成により、債権は消滅する(
167条1項)。た
だし、当事者が援用しなければ、裁判所は、消滅時効によって債権が消滅し
たということを理由として、裁判をすることができない(
145条)
。
[02]誰が消滅時効を援用することができるか(援用権者):
時効によって直
接に利益を受けるべき者とその承継人(
判例)
。債権の消滅時効では、債務
者。取消権の消滅時効では、取消の相手方。
[
03
]遡及効:
消滅時効 を援用すると、時効の効力は起算点に遡る(
144条)
。
すなわち、債権であれば、弁済期に消滅したことになる。
[
04]消滅時効の完成後の時効の利益の放棄(
146条参照)
:
完成した時効
の効力を消滅させる意思表示であり、その効果として、時効援用権が消滅す
る。したがって、時効の効果がこれによって生じないことに確定する。時効の
利益の放棄は、時効完成についての認識を要するが、時効完成についての
認識を伴わずになされた債務の承認は、時効の利益の放棄に準じて、時効
援用権を消滅させる。
[
05]援用制度と放棄制度の趣旨:
時効による効果を生じさせるかどうかは、
256
2004 年度前期
民法Ⅰ
山田誠一
時効の利益を受ける者の良心に委ねられるべきであるという
考え方にもとづ
いている。
[
44.04]時効の中断
[
01
]時効の中断とは:
時効の進行中に、時効をくつがえすような事情が発生
したことを理由として、それまでの時効の進行を無意味にする制度。
[
02
]請求(
147条1号):
裁判上の請求(
149条参照)
と催告(
153条参照)
を
含む。裁判上の請求(訴えの提起)を時効完成前にすると、時効が中断し、
裁判が確定した時から、時効は新たに進行する(157条2項)。新たに進行
する時効期間は、一律に10年である(
174条の2)
。催告は、時効期間を6ヵ
月延長する効力を有するにとどまる。
[
03]差押(
147条2号)
:
債権者が債務名義にもとづいて債務者に対して強
制執行を行なうことによって、債務名義によって示される債務の消滅時効が
中断する。債権者が配当金を受け取った時から、消滅時効は新たに進行す
る。
[04]
承認(
147条3号)
:
債務者が、債権者に対して、債権の存在を知って
いることを表示すること。いったん承認すると、その時から、消滅時効は新た
に進行する。
[
44.05]除斥期間
[01
]期間制限:
民法上の権利行使の期間制限には、消滅時効 と除斥期間
の2通りがある。
[02]除斥期間:
当事者の援用を必要とせず、中断しない。不法行為にもと
づく損害賠償の債権については、不法行為の時から20年の経過で消滅す
る(
724条)
。取消権については、取消しうべき行為の時から20年の経過で
消滅する(
126条)
。
257
2004 年度前期
民法Ⅰ
山田誠一
258
2004 年度前期
民法Ⅰ
山田誠一
第45回 時効制度(
2)
―取得時効
[
Ⅰ第7
章Ⅵ]
[
45.01]
取得時効制度
[01]
時効とは:
一定の事実状態が続く場合に、それが権利関係と一致する
かどうかを問わずに、事実状態と一致する権利関係 を認めようとする制度で
ある。権利者としての事実状態 を根拠として、権利者と認める場合(取得時
効)
と、権利不行使の事実状態 を根拠として、権利の消滅を認める場合(
消
滅時効)
とがある。
[
02]
取得時効とは:
権利者としての事実状態が続いた場合、①それが権利
関係と一致している場合は、権利関係の存在の立証方法であり、②それが
権利関係と一致していない場合は、権利の取得原因となる。取得時効制度
は、具体的な事案が、①②のいずれであるかを問わない。したがって、立証
方法と取得原因という二面性を、常に持っている。ただし、民法の規定は、②
の側面を前提としている。取得時効の対象は、所有権、質権・
地上権などの
物権、不動産賃借権である。
[
03]
不動産所有権の取得時効(
162条)
:
①所有の意思をもって、②平穏、
③公然に、④物(
不動産と動産)
を20年間占有すること(1項)
、または、不動
産を10年間占有し、占有の開始時点において、善意無過失であること(2
項)
が、不動産所有権の取得時効のための要件である。登記は、取得時効
のための要件ではない。所有の意思、平穏、公然、善意は、占有から推定さ
れる(
186条)
。無過失は推定されない。取得時効の要件がみたされると、時
効が完成する。時効が完成すると、不動産を占有する者は、取得時効を援
用することができ(145条)、援用により、所有権を取得する。ただし、所有権
の取得時期は、占有の開始時点とみなされる(
遡及効。144条)。
[
45.02]
占有【
再論】
[
01]
占有とは:
①自己のためにする意思と、②所持によって、占有は成立す
る(
180条)。所持とは、物を事実上支配する状態をいい、自己のためにする
259
2004 年度前期
民法Ⅰ
山田誠一
意思とは、所持による利益を自己に帰属させる意思をいう。
[02]
占有の例と分類:
占有には、①物理的に直接、物を所持・
支配する場
合だけでなく、②物理的に直接、物を所持・
支配する他人を通して、行なう場
合がある。①は、所有者が自ら物を使用する場合、賃借人が物を使用する場
合であり、②は、賃借人が使用する場合の所有者の占有である。①を自己占
有・
直接占有といい、②を代理人による占有(
代理占有)
・
間接占有という(
1
81条)。また、占有には、所有の意思をもってする占有(
自主占有)
と、所有
の意思をもたずにする占有(
他主占有)
がある。所有の意思の有無は、占有
を取得した原因によって決まる。売買契約・
贈与契約を原因として取得した
占有は、自主占有であり、賃貸借契約を原因として取得した占有は、他主占
有である。
[03]
他主占有から自主占有への変更:
他主占有から自主占有への変更に
は、2つの方法がある(185条)
。①占有者が、自己に占有をさせている者に
対して、所有の意思のあることを表示する(A からの賃借人 B が、A に対して、
所有の意思を表示する)
、②占有者が、新権原により更に所有の意思をもっ
て占有をはじめる(
A からの賃借人 B が、A との間で、売買契約を締結する。
売買契約が新権原にあたる)
。
[
04]
占有者が交替した場合の取得時効の成立:
A が占有する不動産につ
いて、AB 間の売買契約によって、B が占有を取得した場合、B の取得時効
の完成は、どのようにして判断するかという問題がある。B は、①自己の占有
のみを基礎として、取得時効の完成を主張することができ、また、②自己の
占有と、A の占有をともに基礎として、取得時効の完成を主張することができ
る(
187条1項)。②の場合は、A の占有とB の占有を通じて、自主占有、平
穏、公然でなければならず、A の占有開始時に、A は、善意無過失でなけれ
ばならない。その場合、B の占有開始時に、B が善意無過失でなければなら
ないか問題となる。
[05]
最判昭和 53年3月6日民集32巻2号135頁[
百選Ⅰ64事件]:
A→B
260
2004 年度前期
民法Ⅰ
山田誠一
→X と、本件不動産の所有権が、相続によって、移転した。Y1(
国)
は、本件
不動産を買収したが、その買収処分は無効であった。本件不動産は、Y1→
C→Y1→D→Y2 と、売買された。X が、Y2 に対して、所有権の確認を求め
て、訴えを提起した。原判決は、X の請求を認容した。判決は、原判決を破
棄し、差し戻した。
[
06]
占有者が、相続によって交替した場合の取得時効の成立:
A が占有し
ていた不動産について、B が相続した場合、Bは、占有を、相続によって、取
得する。このとき、Bの取得時効の完成は、どのようにして判断するかという問
題がある。B は、①自己の占有のみを基礎として、取得時効の完成を主張す
ることができ(
最判昭和37年5月18日民集16巻5号1073頁)
、また、②自己
の占有と、A の占有をともに基礎として、取得時効の完成を主張することがで
きる(
187条1項)。①の場合、A の占有が他主占有であるとき、B の占有が
自主占有であると主張することが可能かどうかが問題となる。
[07]
最判平成 8年11月12日民集 50巻10号2591頁[百選Ⅰ63事件]:
A
は所有する本件不動産を、第三者との間で賃貸借契約を締結した。A の子
B は、A にかわり、賃貸借契約の管理(
賃料の取り立てなど)
を行なっていた。
B が死亡し、B の妻 X が、賃貸借契約の管理を継続した。A が死亡し、Y ら
が相続した。X が、Y に対して、本件不動産の所有権移転登記手続きを求め
て、訴えを提起した。判決は、請求を認容した。
[
45.03]
取得時効と第三者
[
01]
取得時効における当事者:
B について取得時効が完成した結果、所有
者 Aは、所有権を失う。B は A に対して、登記なくして、取得時効による所有
権の取得を主張することができる(
大判大正7年3月2日民録 24輯423頁)
。
A は当事者であるからである。Bは A に対して、所有権移転登記手続を求め
ることができる。
[
02]
時効完成前の所有者の交替:
B について取得時効が完成する前に、Z
とA との間で売買契約が締結されていた場合、B は A に対して、登記なくし
261
2004 年度前期
民法Ⅰ
山田誠一
て、取得時効による所有権の取得を主張することができる。A は当事者であ
るからである(
取得時効による所有権の取得の遡及効(
144条)
との関係は明
らかでない)
。Z からA への所有権移転登記は、B の取得時効に対する中断
事由とはならない(
※)
。
[
03]
時効完成後の所有者の交替:
B について取得時効が完成した後に、A
とC との間で売買契約を締結した場合は、B は C に対して、登記がないと所
有権の取得を対抗できない(
大判大正14年7月8日民集4巻412頁)
。
[04]
時効期間の起算点:取得時効により所有権を取得する者にとっては、
所有者が第三者と売買契約を締結した場合、時効の完成が売買契約締結
の前になるより、その後になる方が、有利である。しかし、時効期間の起算点
は、占有の開始時点であり、占有を開始した時点以降の時点で、取得時効
により所有権を取得する者にとって有利なところから起算をすることはできな
い(
大判昭和14年7月19日民集18巻856頁、最判昭和35年7月27日民集
14巻10号1871頁)
(
※※)。
[
05]
時効期間の起算点に関する例外:
B について取得時効が完成した後
に、A とC との間で売買契約を締結し、A からC への所有権移転登記をした
場合、所有権移転登記の後も引き続き、Bが占有を続け、10年が経過すると、
B についてもう一度取得時効が完成する。C は当事者であるため、B は登記
なくして、C に対して、取得時効による所有権の取得を主張することができる
(
最判昭和36年7月20日民集15巻7号1903頁)
。
[06]
学説:
①登記を中断事由 とするもの(
※)、②起算点の選択を許すとす
るもの(
常に、登記不要となる)
(
※※)
など、判例に対する多様な批判がある。
また、二重譲渡の場合と、境界紛争の場合とを分けて解決すべきであるとの
主張もある。
[07]
最判昭和 46年11月5日民集25巻8号1087頁[
百選Ⅰ53事件]:
AX
間で、本件不動産の売買契約を締結した。所有権移転登記 を行なわなかっ
262
2004 年度前期
民法Ⅰ
山田誠一
た。A→A’→A’’と相続が行なわれた。A’’B 間で、本件売買契約が行なわれた。
BC 間で、本件不動産による代物弁済が行なわれ、CY 間で、本件不動産の
売買契約が行なわれた。B からY への中間省略登記が行なわれた。X が、Y
に対して所有権の確認を求めて、訴えを提起した。原判決は、X の請求を棄
却した。判決は、原判決を破棄し、差し戻した。
[08]最判昭和 42年7月21日民集 21巻6号1643頁[
百選Ⅰ44事件]:
AY
間で、本件不動産の贈与契約を締結した。所有権移転登記 を行なわなかっ
た。A が本件不動産に抵当権を設定し、抵当権が実行されて、X が競落をし
た。X が Y に対して、本件不動産の明渡を求めた。原判決は、X の請求を認
容した。判決は、原判決を破棄し差し戻した。
263
2004 年度前期
民法Ⅰ
山田誠一
264
2004 年度前期
民法Ⅰ
山田誠一
第46回 法人(
1)
[
1第2章Ⅵ]
[
46.01]
法人格という考え方
[01]債務・
強制執行・
責任財産:
人が債務を負った場合、債権者は、債務
者の財産について強制執行をすることができる。金銭債務であれば、債権者
は、債務者の財産であれば、原則として、どの財産であっても、強制執行を
することができる。金銭債務の強制執行では、債務者の財産を、裁判所また
は執行官が、第三者に売却し、その第三者が支払った代金から、債権者に
対して、債務の履行が行なわれる。このことを、「
債務者が負う債務は、債務
者の全財産を、引き当てとしている」
ということがあり、このような意味で、債務
の引き当てとなっている債務者の財産を、責任財産という。
(
図1)
債権者
⑤配当
裁判所
①強制執行
の申立て
金銭債権
(
執行債権)
または
執行官
②差押え
④代金
債務者の財産
債務者
第三者
③売却
[
02]
責任財産を区別する方法としての法人格:
A が負った債務の責任財産
は、A が有する財産であり、B が有する財産ではない。また、A が有する財産
は、A が負った債務の責任財産であるが、C が負った債務の責任財産では
ない。どの債務と、どの財産とが結びつくかは、原則として一対一に対応して
いて、それを結びつける基準は人である。人が債務と財産とを結びつける基
準となるとき、人は法人格を有するという
。法人格の異同によって、責任財産
265
2004 年度前期
民法Ⅰ
山田誠一
は区別される。例:
①A が東京に所有している財産は、A が神戸で取引をし
て負った債務の責任財産となる。A の法人格は同一である。②A が住んでい
る住宅(
土地建物)
は、その親 Bが所有するものであるため、Aが負った債務
の責任財産にはならない。A とB は法人格が異なる。
(
図2)
Aの
Cの
債権者
強制執行
できない
債権者
強制執行
できる
A の債務
B の財産
B
A
Cの
強制執行 債務
できない
A の財産
C
[
03]
自然人の法人格(
権利能力)
:
人を、法人と区別するために自然人とい
う。自然人は、出生によって法人格を取得し、死亡によって法人格を失う。そ
の間、人は、切れ目なく同一の法人格を有し、かつ単一の法人格を有する。
[04]
法人:
自然人以外で、法人格 を有するものを、法人という。法人格(
権
利能力)を有するという点で、法人も、民法上の「
人」
である。したがって、法
人は、契約を締結することができ、物を所有することができ、債権を有し債務
を負うことができる。
[
46.02]
法人について法制度の概観
[
01]
法人の設立:
原則として、法人は、人がつくる(
一般に、設立するという)
。
ただし、抽象的な「
法人」
を設立することはできず、人が設立することができる
のは、法律で定められた具体的な類型の法人である(
33条)
。人は、法律で
許された法人のみを、法律で定められた手続にしたがってはじめて、つくるこ
とができる(
法人法定主義という)
。
266
2004 年度前期
民法Ⅰ
山田誠一
[
02]
具体的な類型の法人について定めている法律:
多数の法律が、多数の
具体的な類型の法人を定めている。主な例:
民法:
社団法人(
民法上の社団
法人)
、財団法人(
民法上の財団法人)
。特定非営利活動促進法:
特定非営
利活動法人(NPO 法人)
。中間法人法:
中間法人。商法:
株式会社。有限会
社法:
有限会社。保険業法:
相互会社(
生命保険会社の一部)
。消費生活協
同組合法:
消費生活協同組合(
いわゆる生協)
。農業協同組合法:
農業協同
組合。宗教法人法:
宗教法人。私立学校法:
学校法人(
私立学校)
。これらの
法律は、これらの具体的な類型の法人毎に、法人の設立には、どのような手
続をしなければならないかを定めている。
[
46.03]
法人をつくるということはどのようなことを意味するか
[
01]
債権者平等主義【
前提問題】
:
ある人(A)
に対して、複数の債権者(
B、
C)
がいる場合、B の債権額(
3000万円)
と、Cの債権額(
1000万円)
の合計
が、A の財産の総額(
3600万円)を上回る場合、いずれにしても、B、または、
C、または、B とC は、不足額400万円の履行を受けることはできない。二つ
の解決方法がある。①先に支払を受けた方は全額の履行を受け、遅れた方
が不足額の全部に相当する分、履行を受けることができない。②A の財産を
売却し、金銭に換え、B とC の債権額に按分比例し、履行を受ける。A につ
いて破産手続を進める場合には、常に②となり、A が有する個別の財産につ
いて、強制執行手続きを進める場合には、原則として①になるが、BC のい
ずれか一方が開始した手続に、他方が参加すると、②となる。②の解決を、
債権者平等主義という。
[
02]
法人をつくった場合の具体例:
A がパン屋と花屋を営業し、パン屋を営
業するための財産は2400万円相当で、花屋を営業するための財産は1200
万円相当とする。B はパン屋の営業のために生じた債務(
3000万円)
の債
権者であり、C は花屋の営業のために生じた債務(
1000万円)
の債権者で
ある。①A という法人格で、パン屋と花屋の営業をすると、A がパン屋と花屋
の営業のための財産の所有者であり、そのための債務の債務者である。B と
C には、債権者平等主義が適用される。②A が、D という法人をつくり、A と
267
2004 年度前期
民法Ⅰ
山田誠一
いう法人格でパン屋を営業し、Dという法人格で花屋を営業すると、パン屋の
営業のための財産の所有者と、B に対する債務者は、A となり、花屋の営業
のための財産の所有者と、C に対する債務者は、D となる。このとき、D の財
産は、C に対する債務のみの責任財産となり、B に対する債務の責任財産と
はならず、A の財産は、B に対する債務のみの責任財産となり、C に対する
債務の責任財産とはならない。
(
図3)
[
A という法人格で、パン屋と花屋を営業した場合]
B
C
A の財産
3600万円
3000万円
A
1000万円
(
図4)
[
A という法人格でパン屋、D という法人格で花屋を営業した場合]
B
A の財産
2400万円
D の財産
C
1200万円
3000万円
1000万円
A
設立
D
法人
[03]
法人をつくるということの意味:
責任財産を、法人をつくった人(A)と法
人(
D)
とに分け、債権者平等主義の適用を及ばなくする。
268
2004 年度前期
民法Ⅰ
山田誠一
第47回 法人(
2)
[
47.01]
法人の分類
[
01]
法人の分類:
法人は、一般に、公益法人、中間法人、営利法人に分類
される。
(
表1)
公益法人 民法上の社団法人 、民法上の財団法人 、宗教法人 、学校法
人、特定非営利活動法人ほか
中間法人 中間法人法上の中間法人、相互会社、消費生活協同組合、
農業協同組合ほか
営利法人 株式会社、有限会社ほか
[
02]
公益法人:
公益に関し、営利を目的としない法人を、一般に、公益法人
という。「
公益に関し」
とは、不特定多数の利益に関しという意味であり、営利
を目的としないとは、法人の利益を構成員に分配することを目的としないとい
う意味であると理解されている。宗教法人・
学校法人・
特定非営利活動法人
は、その設立に、主務官庁の認可・
認証を要し、その業務は、主務官庁が監
督する。
[03]
営利法人 :
営利を目的とする、すなわち、法人の利益を構成員に分配
することを目的とする法人を、一般に、営利法人という。株式会社・
有限会社
は、主務官庁の許可等を要することなく、設立され(
準則主義)
、主務官庁に
よる監督はない。
[04]
中間法人 :
非営利・
非公益の法人を、一般に中間法人 と呼ぶ。従来は、
相互会社、協同組合のように特定の事業を行なうために設立が認められるも
の以外には、非営利・
非公益の社団・
財団を、法人とすることはできなかった。
中間法人法の施行(
2002年4月)
により、中間法人法上の中間法人は、主
務官庁の許可等を要することなく、設立され(
準則主義)、主務官庁による監
督はない。
269
2004 年度前期
民法Ⅰ
山田誠一
[
47.02]
民法上の社団法人
[01]
設立・
登記・
監督:
公益に関する社団であって、営利を目的としないも
のは、民法の規定にしたがって、法人とすることができる。社団とは、複数の
人の集まりである。複数の人(
設立者)
が定款を作成し(
37条)、社団を法人
とする(
社団に法人格を取得させる)
旨の意思表示を行ない、主務官庁の許
可を得て、社団法人は設立される(
許可主義)
。設立登記(
45条、46条)。業
務は、主務官庁が監督する(
67条1項)。
[
02]
社員・
総会・
理事:
社団法人設立時には、設立者が社員となり、設立後
は、社員の加入脱退は、社員たる資格の得喪に関する定款の規定にしたが
って、行なわれる。社員は、総会に出席し、決議を行なう。社団法人の事務
は、原則として、総会の決議にもとづいて、行なわれる(63条)。理事は、そ
の任免に関する定款の規定にしたがって、一般には、総会が選任する(52
条参照)
。
[
47.03]
民法上の財団法人
[01]
設立・
登記・
監督:
公益に関する財団であって、営利を目的としないも
のは、民法の規定にしたがって、法人とすることができる。財団とは、複数の
財産の集まりである。人(
設立者)
が寄附行為を作成し(39条)、財団を法人
とする(
財団に法人格を取得させる)
旨の意思表示を行ない、主務官庁の許
可を得て、財団法人は設立される(
許可主義)
。設立登記(
45条、46条)。業
務は、主務官庁が監督する(
67条1項)。
[02]
寄附行為 と寄附財産 :
設立者の生存中に財団法人が設立される場合
は(
生前処分をもってする寄附行為)
、設立者から財団法人に寄附財産が移
転する。設立の許可を得た時点で、寄附財産は財団法人に帰属する(
法人
の財産を組成する)
(
42条)
。
[03]
理事:
理事は、その任免に関する寄附行為の規定にしたがって、選任
される。財団法人には、社員・
総会は存在しない。
270
2004 年度前期
民法Ⅰ
山田誠一
[
47.04]
民法上の社団法人・
財団法人の法人格の取得、および、解散
[01]
法人格の取得:民法上の社団法人・
財団法人 (
以下、法人という)
は、
成立によって、法人格を取得する。ただし、法人は、法令の規定にしたがい、
定款によって定められた目的の範囲内において権利を有し、義務を負う(43
条)
。
[
02]
法人の解散:
①総会における解散決議(
社団法人)
、②定款・
寄附行為
に定めた解散事由の発生、③破産などによって、法人は解散する(68条)
。
清算人は、法人の事業を終了させ、法人が有する債権の弁済を受け、必要
であれば、法人が有する財産を売却し、金銭に換え、法人が負う債務を弁済
する。その結果、債務をすべて弁済してなお残余財産があれば、残余財産
は、①定款・
寄附行為で指定した者に帰属し、②総会の決議により、主務官
庁の許可をえて、法人の目的と類似する目的のために処分することができ
(
社団法人)
、③国庫に帰属する(
72条)
。法人は、清算の終了によって法人
格を失い、消滅する。
[
47.05]
民法上の社団法人・
財団法人が権利を取得し、義務を負う方法
[01]
理事:
理事が民法上の社団法人・
財団法人(
以下、法人という)を代表
する(
53条)
。理事は、法人の代理人である。
[
02]
定款・
寄附行為に定められた目的による制限:
定款・
寄附行為に定めら
れた目的の範囲外の契約を、理事が法人を代表して第三者と締結した場合、
その契約は無効(
法人への効果不帰属)
となる。目的の範囲に含まれるかど
うかは、目的遂行のために必要かどうかを基準とする。
[
03]
最判昭和44年7月4日民集23巻8号1347頁【
百選Ⅰ6事件】
:A 労働
金庫・
貸主、X 借主(
労働金庫の会員でない)
、金銭消費貸借契約(
本件貸
付)
。X 所有の不動産に、本件貸付のための根抵当権が設定された。本件貸
付が返済されず、根抵当権が実行され、Y が競落した。X が Y に対して、本
件不動産の所有権移転登記の抹消登記を求めて訴えを提起した。X は労働
金庫の会員ではなく、したがって、本件貸付は無効であり、根抵当権 も無効
271
2004 年度前期
民法Ⅰ
山田誠一
となり、Y は本件不動産の所有権を取得しないと主張した。判決は、貸付は
無効であるが、X は不当利得返還義務をA に対して負っており、したがって、
根抵当権の無効を主張するのは信義則上許されないとの判断を行なった
(
請求棄却)
。
[04]
理事の代理権の範囲:
①原則は、理事は、法人の事務の全体につい
て、代理権 を有する。②定款・
寄附行為の規定、または、総会の決議で、代
理権を制限することができる(
53条)
。その場合、代理権の制限は、その存在
について善意である第三者には対抗することができない(
54条)
。
[05]
最判昭和60年11月29日民集39巻7号1760頁【
百選Ⅰ31事件】
:
X
買主、Y 漁業協同組合・
売主、A(
Y 協同組合の理事長)
、土地の売買契約。
Y の定款には、固定資産の処分には、理事会の承認が必要であるとの定め
があった。A が、理事会の承認を得ずに、Y 所有の土地について、X との間
で売買契約を締結した。X が Y に対して、所有権移転登記手続を求めた。
判決は、漁業協同組合の定款によって、特定の事項に関する理事の代表権
の行使について、理事会の決議を必要とする旨が定められている場合、①
その理事の代表権の制限は、善意の第三者に対して対抗することができず
(
水産業協同組合法が準用する民法53
条、54条)、また、②その制限につ
いて善意であるとはいえない第三者において、理事が、当該具体的行為に
ついて理事会の決議を得たと信じ、かつ、そう信じたことの正当の理由があ
れば、民法110条を類推適用し、漁業協同組合は、その行為について責任
を負うとの見解を示した(
請求棄却)
。
[
06]
理事の代理権の濫用:
理事が、代理権の範囲内において、自己または
第三者の利益を図るために、法人を代表して第三者と契約を締結した場合、
原則は、法人に契約の効果が帰属する。ただし、第三者が理事の意図を知
っているか、または、知らないことに過失がある場合、民法93条但書の類推
適用により、契約は無効(
法人への効果不帰属)
となる(
判例)
。
272
2004 年度前期
民法Ⅰ
山田誠一
第48回 民法の基本的な制度とそれに密接に関連する制度―不法行為
[
48.01]
不法行為の概観
[01]
不法行為とは、どのような制度か:
①人は、怪我をし、病気にかかり、ま
た、死亡する。このとき、人は、怪我や病気により、痛みを覚え、治療費・
入院
費の支払いをし、仕事を休むことによりその間の収入を失う。後遺症があれ
ば、従来(
本来)
従事していた(
すべき)
職業を失い、収入が減り、または、収
入を失う。人の死亡により、近親者は悲しみ、葬式費用の支払いをし、死亡し
た者の収入によって生活をしていた場合、生活の経済的基礎を失う。②人は、
所有する物が壊れ、所有する物を失う。このとき、人は、新たに物を購入し代
金を支払い、または、修理をし修理費用を支払う。新たに物を購入し、または、
修理が終わるまでの間、同様の物を他から借りその賃料を支払う。①②につ
いて、人は、経済的に、または、経済的にではなく、損失をこうむり、不利益
を受けるという
点で、共通する。これらについて、その人自身に原因がある場
合、他の人に原因がある場合、または、気象や地震などの自然力に原因が
ある場合があり、あるいは、それらの組み合わせの場合がある。そして、人に
生じた損失や不利益を、その人自身が、負担するのか、あるいは、他が負担
するのかという問題がある。不法行為とは、人(B)
に生じた損失や不利益を、
一定の場合に、そのことについて原因がある他の人(
A)
に、負担させる制度
である。ある人に生じた損失・
不利益を、他の人が負担することを、損失・
不
利益を転嫁するといい、また、損失・
不利益を損害とよび 、損害を填補すると
いう。原因のある者が、常に、損害賠償義務 を負うものではない(
その場合、
B は損害を受忍することになる)
。
(
図1)
A
損害賠償(
損害の填補)
B
損失・
不利益の転嫁
[
02]
不法行為の類型:
民法が定める不法行為の類型は、複数ある。主要な
ものは、①過失により他人の権利を侵害すること(
709条)
【
最重要の類型】
、
273
2004 年度前期
民法Ⅰ
山田誠一
②故意により他人の権利を侵害すること(
709条)
、③監督義務者にとって、
無能力者が他人に損害を与えること(
714条)
、④使用者にとって、被用者が
第三者に損害を加えること(
715条)
、⑤土地の工作物の占有者にとって、そ
の工作物によって他人に損害が生じること(717条)、⑥土地の工作物の所
有者にとって、その工作物によって他人に損害が生じること(
717条)
、⑦動
物の占有者にとって、その動物が他人に損害を加えること(718条)
である。
①・
②;
自己の行為にもとづく不法行為、③・
④;
他人の行為にもとづく不法
行為、⑤・
⑥・
⑦;
物による不法行為と分類することができる。
(
表1)
何が起こったか
自己の行為にも 過失による
とづく不法行為 故意による
他人の行為にも 無能力者の行為
とづく不法行為 被用者の行為
物にもとづく不法 土地の工作物に
行為
よる損害
動物による損害
誰が責任を負うか
本人
709条
709条
監督義務者
714条
使用者
715条
土地の工作物の占有者 717条
土地の工作物の所有者 717条
動物の占有者
718条
[
03]
過失により他人の権利を侵害する不法行為類型の要件(
709条)
:
①過
失、②権利侵害、③損害の発生、④過失による権利侵害(
①・
②)
と損害の
発生(
③)
との間の因果関係。民法は、過失と権利侵害とを、別個の要件とし
て定めているが、「
権利侵害」
は、独立の要件とする必要性を失っていると考
えてよい。
[
48.02] 過失
[01]
過失とは何か:
過失とは、人が具体的な状況において課せられた行為
義務に反した(
そのときに損害の発生を回避するためにとるべきであった行
為と異なる)
具体的な行為をしたことである。ある具体的な状況において、人
はどのような行為義務 を課せられるかが問題となる(
それは、規範的な判断
である)
。このような行為義務を注意義務とよび、過失のことを注意義務違反
274
2004 年度前期
民法Ⅰ
山田誠一
(
行為義務違反)
という。
[
02]
行為義務が課せられるための前提条件:
①損害の発生を回避するため
の行為義務を課すには、加害行為者が損害発生の危険を予見し得たこと
(
予見可能性)
が必要である。予見が不可能な場合には、回避を期待できな
いからである。②予見可能性が認められる場合、さらに、損害の発生を回避
する義務が生じるかどうかが問題となる。この義務(
結果回避義務)
は、具体
的な状況において課せられる具体的な内容をもった行為義務である。これら
から、過失とは、予見可能性を前提とした結果回避義務違反であると考えら
れている。
[
03]
どのような場合に、どのような行為義務(
結果回避義務)
が課されるかを
判断するための枠組み:
①行為の危険性(
損害が発生する蓋然性)
の大きさ、
②行為によって危険にさらされる利益の大きさ(
被侵害利益の重大性)、危
険性が大きければ大きいほど、被侵害利益が重大であればあるほど、損害
の発生を回避するための行為義務の内容は広範囲になる。これに対して、
③行為義務を課すことにより失われる利益も考慮し、その利益が大きければ
おおきいほど、行為義務の内容は縮減する。
[04]
危険性ある行為としては、どのようなものがあるか、その状況において
は、どのような義務が課されるか(
例)
:
①自動車の運転、横断歩道に歩行者
がいる場合の徐行義務・一時停止義務。②手術・注射等の施術を行なう行
為、注射部位 ・
器具・
手指の消毒を完全にする義務。③危険の発生源を流
通におく行為、危険の発生に対する防止措置を講ずる義務(
安全性 を確保
する義務)・
危険の存在を指示警告する義務(
製造物が食品・
薬品のように
重大な被侵害利益を伴う場合には、この行為義務の内容は一層広範囲とな
る)
。
[
05]
大判大正5年12月22日民録22輯2474頁【
75事件】
:Y 社(
硫酸製造
等を行なう)
、X(
Y 社工場の周辺耕地の地主・
小作人)
。Y 社工場から排出さ
れた亜硫酸ガスで、X の作付け農作物に被害が生じた。X が Y 社に対して、
275
2004 年度前期
民法Ⅰ
山田誠一
農作物の減収分の損害賠償を求めた。判決は、化学工業に従事する会社
は、事業により生ずることがありうる損害を予防するために、その事業の性質
にしたがい相当なる設備を施していれば、不法行為にもとづく損害賠償責任
を負わないとの見解を示した(
請求を認容した原判決を破棄差戻し)
。
[
06]
被侵害利益とは、具体的にどのようなものか(
例)
:
①生命・
身体・
自由、
②所有権その他の物権(
占有権を含む)
。③債権。④日照・
通風・
眺望侵害、
⑤名誉・
プライバシー。
[07]
行為義務 を課すことによって失われる利益とは、具体的にどのようなも
のか:
①社会的有用性;
医療行為・
医療品供給行為が市場の要求に応ずる
行為である場合に認められる、②行為の価値;
同等に危険な行為が競合し
て行なわれる場合(
例えば、自動車の運転)
における危険配分のために定立
された規範を守ってされた行為(
優先通行権がある者の徐行しない運転)
。
[
08]
どのような内容の行為義務が課されるかの判断において、行為者の個
人的特性は、どのように顧慮されるか:
①職業;
行為義務の前提として予見
可能性が必要とされるが、専門的職業に従事している者については、その職
業を考慮して、予見可能性の存否が判断される。②知識・
経験・技能;
例え
ば、医師については、当該医師の知識ではなく、医学の先端的知識でもなく、
診療当時のいわゆる臨床医学の実践における医療水準が基準となる。
[
09]
最判平成7年6月9日民集49巻6号1499頁【
76事件】
:
Y(
B 病院を設
置し、運営している)
、X(
未熟児)
。X は、B 病院で酸素投与などの措置を受
け、退院までの期間1回の眼底検査を受けた。X は、退院後、未熟児網膜症
と診断された。X が、Y に対して、損害賠償を求めた。判決は、Y は、危険防
止のために経験上必要とされる最善の注意を尽くしてX の診療にあたる義務
を負担し、その注意義務の基準となるべきものは、診療当時のいわゆる臨床
医学の実践における医療水準であるとの判断をした(
請求を棄却した原判決
を破棄差戻し)
。
276
2004 年度前期
民法Ⅰ
山田誠一
第49回 民法の基本的な制度とそれに密接に関連する制度―夫婦
[
49.01]
婚姻
[
01]
婚姻・
夫婦・
配偶者:
人と人が婚姻をすると、夫婦となる。夫婦の一方は、
その他方の配偶者である。
[02]
婚姻の成立:
婚姻は、①当事者の婚姻する意思の合致(742条1号参
照)
、②戸籍法の定めるところにしたがった届出により(
739条、742条2号参
照)
、有効に成立する。ただし、一定の場合には、婚姻を取り消すことができ
る(
743条)。婚姻が取り消されると、その婚姻は将来に向かって消滅し(
748
条)
、離婚の効果に関する規定の一部が準用される(
749条)
。婚姻の取消
は、人事訴訟法にもとづき、当事者等の訴えにより、裁判所(
第1審は、家庭
裁判所)
の判決によって、行なわれる。
[
03]
婚姻の効果:
①相互に配偶者として、相続人となる(
890条)。②妻が婚
姻中に懐胎した子は、夫の子と推定される(
772条)。このほか、財産に関係
する効果として、例えば、③婚姻費用(
夫婦の共同生活に必要な一切の費
用のみならず、未成年の子の養育費・
教育費を含む)
の分担(
760条)
、④日
常家事債務の連帯(
761条)
があり、財産に関係しない効果として、例えば、
⑤氏の共通(
750条)
、⑥重婚の禁止(
732条)
がある。法定の夫婦財産制は、
別産制である(
762条参照)
。
[
04]
婚姻の終了:
①夫婦の一方の死亡、②離婚。
[05]離婚の成立:
①協議上の離婚(
公的な機関の手続を要しない)
。当事
者の離婚する意思の合致と戸籍法 の定めるところにしたがった届出により、
有効に成立する(
763条)。②裁判上の離婚。一定の要件をみたす場合に行
なわれる(
770条)
。裁判上の離婚は、人事訴訟法にもとづき、当事者の訴え
により、裁判所(
第1審は、家庭裁判所)
の判決によって、行なわれる。
[06]
離婚の効果:
婚姻の効果が消滅するほか、例えば、①復氏(
例外あり)
277
2004 年度前期
民法Ⅰ
山田誠一
(
767条)、②子の親権者、監護権者の決定(
819条、765条)
、③財産分与
(
768条)
がある。
[
07]
家事調停・
家事審判:
婚姻の取消の訴えや、離婚の訴えなど人事に関
する訴訟事件については、家庭裁判所が、調停を行なう(
家事審判法17条)
。
これらの訴えを提起しようとする者は、まず、家庭裁判所に調停を申し立てな
ければならない(
18条)。これを、調停前置主義という。調停において当事者
に合意が成立し、そのため、調停が成立すると、判決と同一の効力が生ずる。
また、家庭裁判所は、合意に相当する審判(
22条)(
婚姻の取消について)
、
および、調停に代わる審判(
23条)
(
婚姻の取消、離婚について)
をすること
ができる。これらの審判は、一定の手続的な要件のもとで、確定判決と同一
の効力を有する(
25条3項)
。
278
2004 年度前期
民法Ⅰ
山田誠一
第50回 民法の基本的な制度とそれに密接に関連する制度―親子
[
50.01]
親子
[
01]
法律上の親子関係は、どのようにして成立するか:
①法律により成立す
る親子関係(
実親子関係)
と、②縁組みによって成立する親子関係(
養親子
関係)
とがある。
[02]
実親子関係の成立(
その1)
―母子関係:
生んだ母と、生まれた子は、
実親子となる。
[03]
実親子関係の成立(
その2)
―父子関係:①妻が婚姻中に懐胎した子
は、夫の子と推定される(772条)。父子関係が推定される場合であっても、
妻の懐胎が夫との性交渉によるものでないとき、夫は、嫡出子の否認の訴え
を提起し、裁判所(
第1審は、家庭裁判所)
が、嫡出子の否認の判決をするこ
とにより、夫と、妻が懐胎した子の父子関係は、否定される。この訴訟は、人
事訴訟法にもとづく。②妻が婚姻中に生んだ子は、妻が婚姻中に懐胎した
子でなくても、妻の懐胎が夫との性交渉によるものであるとき、夫の子となる。
③母が婚姻していない間に生んだ子は、妻が婚姻中に懐胎した子を除き、
父の認知により、父の子となる(
779条)
。
[04]嫡出子・非嫡出子:
妻が婚姻中に懐胎した子、および、妻が婚姻中に
生んだ子は、妻(
母)
にとっても、夫(
父)
にとっても嫡出子である(
そのほかに、
準正により、嫡出子となる(
789条))。母が婚姻していない間に生んだ子は、
母の婚姻中に懐胎した子を除き、母にとっても、父にとっても非嫡出子である。
親が死亡し、相続がおこなわれるとき、数人の子の相続分は同じであるが、
嫡出子と非嫡出子がいる場合、非嫡出子の相続分は、嫡出子の相続分の2
分の1である(
900条4号)。
[05]
養親子関係の成立:
養子縁組は、①当事者の養子縁組する意思の合
致(
802条1号参照)
、②戸籍法の定めるところにしたがった届出により(
799
条、739条、802条2号参照)
、有効に成立する。ただし、一定の場合には、
279
2004 年度前期
民法Ⅰ
山田誠一
養子縁組を取り消すことができる(
803条)
。養子縁組が取り消されると、その
養親子関係は将来に向かって消滅し(
808条、748条)
、離縁の効果に関す
る規定の一部が準用される(
808条)
。養子縁組の取消は、人事訴訟法にも
とづき、当事者等の訴えにより、裁判所(
第1審は、家庭裁判所)
の判決によ
って、行なわれる。
[06]
養子縁組の効果・
離縁:①養子は、養親の嫡出子 となる(809条)。②
養子は、養親の氏を称する(
810条)
。養子の実親との親子関係は、存続す
る。離縁に関する法律関係は、おおむね、離婚と共通する。
[
07]
親子関係の効果:
①相互に扶養義務を負う(877条1項)
。②相互に相
続人となる(
887条、889条)
。③嫡出子は、父母の氏を称する(
790条1項。
父母が離婚した場合についての定めがある)
。非嫡出子は、母の氏を称する
(
790条2項)
。④成年に達しない子は、父母の親権に服し、子が養子である
場合は、養親の親権に服する(
818条。父母が離婚した場合、および、父が
認知した場合についての定めがある)
。⑤未成年の子が婚姻をするには、父
母の同意がなければならない(
737条1項)
。
[
50.02]
親権・
未成年後見
[
01]
誰が親権者となるか:
成年に達しない子は、父母の親権に服し、子が養
子である場合は、養親の親権に服する(
818条。父母が離婚した場合、およ
び、父が認知した場合についての定めがある)
。
[
02]
親権の内容:
親権は、身上に関する権利義務と、財産上の権利義務を
含む。監護教育、居所指定、懲戒、職業許可が、身上に関するものであり(
8
20条から823条)
、財産管理権と代理権が財産上のものである(
824条)
。
[
03]
未成年後見:
未成年者に対して親権を行なう者がいない場合、後見が
開始する。後見人は、最後に親権を行なう者が指定し、または、家庭裁判所
の選任する(
839条、840条)。家庭裁判所による選任は、家事審判法にもと
づいて行なわれる(
9条1項甲類15号)。後見人は、身上に関する権利義務
280
2004 年度前期
民法Ⅰ
山田誠一
を有し(
857条)
、財産管理権と代理権を有する。
[04]
未成年者の法定代理人(4条)
:
親権者、または、後見人が、未成年者
の法定代理人となる。
281
2004 年度前期
民法Ⅰ
山田誠一
282
2004 年度前期
民法Ⅰ
山田誠一
第51回 民法の基本的な制度とそれに密接に関連する制度―相続(
1)
[
51.01]
法定相続
[01]
人の生死:
人は、出生により、法人格(権利能力)を取得する。人は死
亡により法人格(
権利能力 )を失う。その結果、人は、死亡すると権利義務の
帰属点となることができない。死亡前に有していた権利(
所有権や債権)
、負
っていた義務(
債務)
は、どうなるか。権利義務は消滅するのではなく、他の
者が有し負うことになる。死亡した者が、死亡前に有していた権利、負ってい
た義務を、他の者が有し負うことになる法律関係を、相続という。すなわち、
相続とは、死亡と原因として生ずる権利義務の移転である。
[
02]
失踪宣告:
不在者の生死が7年以上分からない場合、家庭裁判所は、
失踪宣告をすることができる(30条、家事審判法9条1項甲類4号)。失踪宣
告を受けた者は、死亡したとみなされる。その結果、相続が開始し、婚姻が
終了する。
[03]
相続制度の概観:
相続の具体的な内容としては、誰が相続するか(
誰
に権利義務が移転するか)
、複数の者が相続する場合誰がどのような割合で
相続するか(
誰にどのような割合で権利義務が移転するか)
が重要である。こ
れらは、2通りの方法で決定される。①被相続人(
死亡した者)の意思にもと
づいて決定されるか、②法律の規定にしたがって決定される。被相続人の意
思は、遺言としての要件をみたした場合、相続の具体的な内容を決定するこ
とができる(
遺言による相続)
。相続人の意思(
遺言)
がない場合、相続の具
体的な内容は、法律(
民法)
の規定にしたがって決定される(
法定相続)。し
かし、遺言による相続の場合、遺言による相続の具体的な内容は、法律(
民
法)
による制約があり、遺言が自由に相続の具体的な内容を決められない場
合がある。遺留分制度が、その制約である。
[
04]
法定相続:
相続人は、子(
子が相続開始前に死亡したときは、その者の
子。この場合のことを、代襲といい、子の子を代襲者という。代襲者が相続開
始前に死亡したときも、同じである)、直系尊属(
父母、祖父母、曾祖父母ほ
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2004 年度前期
民法Ⅰ
山田誠一
か。親等の異なる者の間では、親等の近い者)、兄弟姉妹、配偶者であり、
子(
代襲者を含む)
が相続人となるときは、直系尊属、兄弟姉妹は相続人とな
らず、直系尊属が相続人となるときは、兄弟姉妹は相続人とならない(
887条、
889条、890条)
。配偶者は常に相続人となる。複数人の相続人がいる場合
の相続分は、900条が定める。
[
05]
共同相続:
複数人の相続人がいる場合、相続財産(
被相続人から相続
人に移転する権利義務)
は、相続人の共有となる(
898条)。所有権、抵当権、
債権、債務などが、原則として、複数人の相続人共同に帰属する(
所有権は、
複数人の相続人の共有となる)
。しかし、金銭債権、金銭債務のように、可分
の債権債務は、複数人の相続人に分割して帰属する。通常、相続財産は分
割され(
遺産分割)
、分割された権利義務を、各相続人が、単独で有し負うこ
とになる。遺産分割は、相続人全員の協議によって行なうことができ、また、
家庭裁判所の審判によっても行なうことができる(
907条、家事審判法9条1
項乙類10号)
。そのまま複数の相続人共同に帰属する状態を続けることも可
能である。
284
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第52回 民法の基本的な制度とそれに密接に関連する制度―相続(
2)
[
52.01]
遺言による相続
[01]
遺言で何ができるか:
遺言は、相続の具体的な内容を、法律の制約の
下でではあるが、決定することができる。そのほかに、遺言によって、認知を
することができ(
781条2項)
、財団法人設立のための寄付行為をすることが
できる(
41条2項)。認知と、寄付行為は、生存中も、単独行為としてすること
ができる。
[
02]
遺言による相続:
①遺言によって、遺贈をすることができる(
964条)
。あ
る財産をある者に遺贈した場合、被相続人に死亡により、その財産は、その
者に移転する(
特定遺贈)。この遺贈を受ける者(
受遺者)
は、相続人でなく
てもよい。また、相続人でない者に対して、相続財産について、遺言によって
定める割合を遺贈することができる(
包括遺贈)
。このとき、受遺者は、相続人
と同一の権利義務を有する(
990条)
。②遺言によって、相続分を指定するこ
とができる(
902条)
。③遺言によって、相続財産の分割方法を指定すること
ができる(908条)。「
ある財産を、ある相続人に相続させる」という遺言(「
相
続させる旨の遺言」
とよばれる)
が、これにあたる。遺贈については、生存中
に贈与(特に死因贈与 )
で、ほぼ同様の効果を得ることができる(
しかし、契
約は贈与者と受贈者との契約であり、単独行為の遺言とは異なる)
。相続分
の指定と、分割方法の指定は、生存中には行なうことができない。
[
03]
遺言はどのようにしてすることができるか:
遺言は単独行為である。また、
その内容が問題になるときには、意思表示をした遺言者は、死亡している。
そのため、厳格な方式が定められていて、その方式をみたさないと、有効な
遺言とならない。要件が異なる複数の方式があり、そのいずれかをみたさな
ければならない。①自筆証書遺言(
968条)、②公正証書遺言(
969条)、③
秘密証書遺言(
970条)
があり、これらが普通方式であり(
967条)
、このほか
に、特別の方式がある(
976条から979条)。
[04]遺言の効力:遺言の効力は、遺言者の死亡によって生ずる(985条1
285
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項)
。遺言者は、何時でも、遺言の方式にしたがって、遺言の一部または全
部を取り消すことができる(
1022条)。複数の遺言があり、その内容が抵触す
る場合、後の遺言が前の遺言を取り消したものとみなす(
1023
条)
。
[
52.02]
遺留分制度
[
01]
遺言による相続に対する制約:
遺言者が行なった相続の具体的な内容
の決定(
遺贈によって行なわれる)
は、相続人を保護する趣旨の一定の制約
に服する。相続人のうち、一定の者(
遺留分権利者)
について、遺留分が定
められ、遺言者が行なった相続の具体的な内容の決定が、その遺留分を侵
害する場合、侵害した程度で、遺言による相続を否定することができるという
制度である。遺贈とともに、被相続人が生存中に行なった贈与も対象となる
(
1030条)
[
02]
遺留分:
遺留分権利者と、その遺留分は、1028
条が定める。遺留分権
利者は、遺留分が侵害された場合、遺贈・
贈与を減殺することができる(
103
1条)
。減殺は、意思表示によって、行なわれる。減殺は、具体的な遺贈・
贈
与について、その受遺者・
受贈者に対して、行なわれる。減殺によって 、遺
贈・
贈与の効力が消滅し、遺贈・
贈与された財産は、減殺を行なった遺留分
権利者に帰属する(
形成権である)
。その結果、受遺者・
受贈者は、減殺を行
なった遺留分権利者に、減殺された遺贈・
贈与の目的物である財産の返還
義務を負う。受遺者・
受贈者は、価額賠償をすることにより、返還義務を免れ
る(
1041条)
。
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2004.4.2.作成
2005.5.9.改訂
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