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徳野 陽子,石田 正樹 - 奈良教育大学学術リポジトリ
奈良教育大学自然環境教育センター紀要, 15:35−43(2014) 実践報告 共焦点レーザー顕微鏡を用いた3D 教材の開発 徳野 陽子 1,石田 正樹 1* 1 奈良教育大学理科教育講座生物学教室 Development of 3D Teaching Materials using the Confocal Laser Scanning Microscope Youko TOKUNO1 and Masaki ISHIDA1* 1 Department of Biology, School of Science Education, Nara University of Education 要旨:本研究では、中学校理科の教科書で扱われる「生物」に関連した内容に着目し、3D 教材を 作成した。教科書に登場する生物の写真や模式図は、それ自体美しいものではあるが、写真が提 供する情報は2 次元的なものであり、生物の厚みやそれぞれの詳細な構造のつながりを立体的に 理解することは難しい。生物の構造を理解することは、その機能を理解する上で非常に大切なこ とは疑うべくもないが、このことを授業や実験で示すことは、実際の教育現場で保有する顕微鏡 では非常に難しいといわざるを得ない。そこで本研究では、こうした細胞レベルでの微細な構造 に関して、共焦点レーザー顕微鏡を用いた3D 立体再構築を行い、教科書の内容をより良くサポー トする 3D 教材を開発することを目的とし、微小管を標識する抗体を用いた間接蛍光抗体染色お よび核を標識する DAPI 染色を行うことにより、ラッパウニの受精卵からプリズム胚における発 生の様子と細胞骨格及び核の構造に関する 3D 教材を完成させた。これは、中学校学習指導要領 (2008)に新たに導入された「動物の生活と生物の変遷」や「生命の連続性」の単元において、ま た高校用教科書では「発生」という単元で取り上げられる内容である。この教材は、顕微鏡観察 により得られた数十枚の光学切片像を、AVI ファイルとして連続的に示すことや、コンピューター による立体再構築画像を回転するムービーとして示すことが可能なものとなっている。また、本 研究では、視覚のバリアフリーについても考慮し、共焦点レーザー顕微鏡付属の擬似カラー変換 機能を用いて、出来る限り多くの利用者が識別可能な配色を採用した。 徳野 陽子,石田 正樹 (2014) 共焦点レーザー顕微鏡を用いた 3D 教材の開発.奈良教育大学自然 環境教育センター紀要,15: 35-43 キーワード:ウニの発生、ラッパウニ、ICT 活用、デジタル教材、視覚のバリアフリー はじめに 科学技術基本計画は、平成7 年11 月に公布・施行された科学技術基本法に基づき、科学技術の 振興に関する施策の総合的かつ計画的な推進を図るための基本的な計画であり、平成23 年8 月に *〒 630-8528奈良市高畑町 Department of Biology, School of Science Education, Nara University of Education, Takabatake-cho Nara, 6308528 Japan. Tel/Fax: +81-742-27-9198 Email: [email protected] 2013年 9月 27 日受付、2014 年 2 月 26 日受理 35 奈良教育大学自然環境教育センター紀要, 15:35−43(2014) 文部科学省から発表された(http://www.mext.go.jp/a_menu/kagaku/kihon/main5_a4.htm) 。そ こでは、「我が国では、諸外国と比較して、科学について学ぶことに興味を持ち、理数系の勉強 が楽しいと答える中学生及び高校生の割合が低いとされており、初等中等教育の段階から理数科 目への関心を高め、理数好きの子ども達の裾野を拡大するとともに、優れた素質を持つ児童生徒 を発掘しその才能を伸ばすための一貫した取り組みを推進する。 」とされている。その推進方策 の一つに「デジタル教材の活用」が挙げられている。デジタル教材の中でも 3D 教材は、特に注 目を集めており、アメリカやイギリスでは、企業とタイアップし、3D 教材を使った授業と従来 の教育方法との比較調査・研究が行われており、そのメリットが注目されている現状である。 また、近年、文部科学省が行った学校における教育の情報化等の実態に関する調査(平成24 年 3 月現在)の統計(http://www.e-stat.go.jp/SG1/estat/List.do?bid=000001041083&cycode=0)に よると、公立の小学校,中学校,高等学校,特別支援学校及び中等教育学校を対象とした調査で、 授業中に Information and Communication Technology(ICT)を活用して指導する能力のうち、 『学 習に対する児童の興味・関心を高めるために、コンピューターや提示装置などを活用して資料な どを効果的に提示する』は 69.2% の教師が「わりにできる」もしくは「ややできる」と回答してい る。また、 『わかりやすく説明したり、児童の思考や理解を深めたりするために、コンピューター や提示装置などを活用して資料などを効果的に提示する』については、65.4% の教師が「わりに できる」もしくは「ややできる」と回答している。前年度の同項目ではそれぞれ66.2%、62.5% で あり、授業中に ICT を活用して指導する能力を持つ教員は約 7 割近くにまで増加している。こ の結果は、近年の学校教育の現場で ICT を活用する割合が増加しているということであり、本 研究で開発する 3D 教材はこれからの学校教育の現場で活かされやすく、現場で求められる教材 であると考える。平成 20 年 12 月に、総務省から小中学校の ICT 教育における中長期ビジョンの 一部が出され、総務省の原口総務大臣は、 「緑の分権改革推進プラン」 「ICT 維新ビジョン」の二 つを、原口ビジョンとして発表した。その中の「ICT 維新ビジョン」の「地域の絆の再生」の目 標の中で、「デジタル教科書を全ての小中学校全生徒に配備(2015 年)」という動きがある。した がって、実際の教育現場における ICT を活用する授業の増加に伴い、生徒の理解しやすい 3D 教 材の開発へのニーズは年々増加すると考えられる。 近年、映画館等で鑑賞することが可能となった3D 映像は、1990 年代に開発が始まり、当初は 業務用としての高価なものでしかなかった。しかし、昨今ではゲーム機やテレビのディスプレイ モニターとして比較的低価格での普及が始まり、裸眼3D として注目を集めている。しかしながら、 ゲーム機はともかくとして、テレビに関しては放送局側からの 3D 映像の供給が不十分であるた め、一般に十分に普及したと言える現状ではない。言い換えると、各教育機関が裸眼 3D モニター のユーザーとしてこれを所有・活用し得るには、少なくとも数年以上の期間がかかるものと推測 される。したがって、この過渡期において、3D 教材を一般に紹介するためには、特殊なモニター や新しいタイプの情報源を必要としない、コンピューターにより再構築した画像を回転させる技 術や、立体構造物の断面を連続的に観察するといった既存の技術により立体を把握させる方法が 妥当であると考えられる。1980 年代から研究者の間で普及してきたこの立体把握の技術は、現 代の学校教育の現場でも有効に活用できるものと考える。 また、本研究で開発される教材は不特定多数の生徒を対象とするため、視覚の問題には特に気 を配らねばならない。実際にホームページに掲載する場合には、色覚に問題を抱えたユーザーを 考慮し、岡部・伊藤(2002)の報告を参考に、出来る限り多くの利用者が識別可能な配色を用い る必要がある。 本研究では、中学校理科の教科書で扱われる「生物」に関連した内容に着目し、3D 教材を作成 した。この教材は、教科書の 2 次元的な情報では把握するのが難しい細胞レベルでの微細な構造 36 奈良教育大学自然環境教育センター紀要, 15:35−43(2014) に関して、共焦点レーザー顕微鏡を用いた 3D 立体再構築を行い、教科書の内容をより良くサポー トする3D 映像を提供する。本教材開発は、バリアフリーに Web 上で活用できる教材として、広 く一般に公開することを目的とした。 材料・方法 材料 本研究では、発生の単元で教科書に取り上げられているウニを題材とした。用いたウニは、京 都大学フィールド科学教育研究センター瀬戸臨海実験所の協力により実験所近隣の海で採集した ラッパウニ(Toxopneustes pileolus)とムラサキウニ(Anthocidaris crassispina)である。シャー レ内において、27℃で人工授精させ、発生のステージごとに後述する固定液を用いて固定し、観 察に用いた。ただし、先行実験において双方のウニ卵を、蛍光顕微鏡で観察したところ、ムラサ キウニに関しては、蛍光染色を施さない状態においても卵黄色素の持つ自家蛍光、内部構造が鮮 明に観察できないことから、卵黄が無色透明なラッパウニのみ使用することとした。 ラッパウニ試料の調整 採集されたウニは、1mM 塩化アセチルコリン水溶液を用いて放卵・放精させ、人工受精させた。 未受精卵からプルテウス幼生まで継続的に観察し、各段階において3% ホルムアルデヒドを含む PBS(pH 7.0)で、40 分間室温(24± 1℃)にて化学固定した。さらに、抗体を浸透させる目的で、 予め−20℃ に冷却した 100% アセトンにより冷凍庫内において 30 分間処理し、膜の可溶化処理 を行った。膜の可溶化後、PB(pH 7.0)で一度洗浄した後、PBS(pH 7.0)により 20 分間室温にて 3 回洗浄し、得られた細胞懸濁液を抗体染色に用いた。 間接蛍光抗体染色 抗体染色では、50μl の細胞懸濁液に対して、2μl の一次抗体を加え(最終濃度 8μg/ml) 、室 温で 90 分間放置した。一次抗体には、抗チューブリン抗体(anti-α-tubulin antibody, TAB-2, NeoMarkers)を用いた。抗体反応後 PBS(pH 7.0)により 3 回洗浄し、上澄みを除去した。次 に、二次抗体として、ヤギ抗マウス(GAM-Alexa Fluor 488, Molecular Probes)を 50μl 加え(最 終濃度 40μg/ml)、60 分間室温暗所にて蛍光標識(緑色)した。PBS(pH 7.0)により 2 回洗浄後、 4;6-Diamidino-2-phenylindole, dihydrochloride(DAPI)を加え 10 分間暗室で染色し、その後 PBS (pH 7.0)により 1 回洗浄し、蛍光観察試料とした。 図 1. 実験に使用したプレパラートの模式図。左側には、プレパラートを上から観察した図を、右側には、プレ パラートを横から観察した図を示している。プレパラート上には、2 mm 幅のパラフィルムの短冊でつくっ た 22 mm 四方の枕の枠と、14 mm 四方の枕の枠がしめされている。内枠の中央部には緑色で、2μl の細 胞試料を示している。 37 奈良教育大学自然環境教育センター紀要, 15:35−43(2014) プレパラートの作成 3D 構造観察においては、細胞の立体構造を保持することは必要不可欠である。したがって、 スライドガラスとカバーガラスにより細胞が押しつぶされないよう工夫する必要があった。そ こで、本研究では、プレパラート作成の際、パラフィルムを加工した幅約2 mm の短冊を枕とし て用いた。スライドグラス上に上述のパラフィルムでできた 2 重の枠を設け、内側の枠に一辺 10 mm の窓を作った。封入剤であるネイルエナメルの侵入を外枠で阻止し、内枠内に細胞懸濁 液を配置させ、パラフィルムの厚さでサンプルの押しつぶしを避ける目的である(図 1) 。そこへ 2μl の蛍光退色防止剤と同量の細胞懸濁液をのせ、カバーガラスをかけ、周りをネイルエナメル で封入した。このようにして出来たプレパラートを、共焦点レーザー顕微鏡観察試料とした。 蛍光標識観察 蛍光標識確認作業においては、倒立顕微鏡(IX-70, Olympus)に搭載した落射蛍光装置を用い、 緑色、青色蛍光観察には、それぞれ U-MNIBA、U-MWU フィルターを用いた。さらに、3D 画 像の構築においては、共焦点レーザー顕微鏡(Fluoview FV10i, Olympus)を用い、得られた光学 切片像は、顕微鏡付属の解析ソフトにより 3D 再構築し、3D 画像を作製した。 共焦点レーザー顕微鏡(Fluoview FV10i, Olympus)は、一度に試料全体を照射せず、試料中の ある深度一点に焦点を合わせる。そのため、ピンホールを通過した非常に明るいレーザー光を用 いる。ピンホールからのレーザー光により焦点位置でサンプルの蛍光物質を励起する。焦点位置 からのサンプルの放射蛍光はピンホールを通して光検出器の入り口で結像する。焦点が合ってい る部分からの光だけがピンホールに集まり光検出器へ入るので、レーザー光の反射角度を変える ことで焦点面を走査し、得られた断面像の集積・再構築により立体的画像を作成することが可能 である。 結果と考察 ラッパウニの 3D 教材 図 2 には、抗チューブリン抗体標識および DAPI 染色により、それぞれ細胞骨格及び核を可視化した ラッパウニの共焦点レーザー顕微鏡像を示してい る。この画像は、60 枚の光学切片から得られた情報 をもとに、三次元再構築した回転映像の静止画を示 しているが、実際には AVI ファイルとして記録して いるので、再生することにより回転させることが可 能である。また、60枚の光学切片を連続的にムービー として示す AVI ファイルも作成した。同様な AVI ファイルは、全てのサンプルに対して作成したが、 いずれも約50 枚から 70枚ほどの光学切片を作成して いる。 図2のサンプルにおいては、微小管を GAM- Alexa Fluor 488 により緑色に、核を DAPI により青色に 染め分けているが、共焦点レーザー顕微鏡の擬似カ 図 2. ラッパウニの第一卵割後期の卵細胞を 共焦点レーザー顕微鏡により三次元再 構築した一例。抗チューブリン抗体標 識の緑色蛍光により紡錘糸や中心体が 観察され、疑似カラーにて赤色に示さ れた DAPI 標識により、染色体の位置 が確認される。 ラー変換機能により、DAPI で化学染色された核は赤色蛍光で示している。一方、抗チューブリ ン抗体の緑色蛍光により中心体および紡錘糸などの細胞内骨格が明瞭に確認できる。抗チューブ リン抗体は、細胞の骨格として知られる微小管を標識するが、このため微小管でできた紡錘糸が 38 奈良教育大学自然環境教育センター紀要, 15:35−43(2014) 一本一本はっきりと観察することが出来る。また、図 2 は第一卵割後期の様子を示しているが、 紡錘体形成により赤い染色体が両極へ分かれていく様子が観察できる。教科書では、模式的に約 5 ∼ 6 本の紡錘糸により染色体が両極へと移動している様子が描かれているが、実際には数十本 の紡錘糸により紡錘体が形成され、染色体が両極へと分かれていく様子が分かる。 また、以下の図 3では、受精卵分裂中期からプリズム幼生期までの各段階の画像を示している。 ウニは、8 細胞期の頃まで等割を繰り返すため、それぞれの割球の大きさがほぼ同じ大きさであ ることが分かる(図 3A-E)。受精卵から 2 細胞期の頃には、卵軸(卵の方向性を決定する基本に なる軸)に平行な方向に卵割(経割)が起こり、2 個の割球ができる(図 3C) 。卵割により出来た 割球は、成長しないため卵割を繰り返すごとに割球の大きさが小さくなっていることが分かる。 さらに、再び経割が起こり、4 個の割球となる(図3D) 。4 細胞期から 8 細胞期にかけては、卵軸 に垂直な方向に卵割(緯割)が起こり、8 個の割球となる(図 3E) 。8細胞期から 16 細胞期にかけ ては、不等割が起こり、動物極側では経割により 8個の中割球、植物極側では緯割により 4 個の 大割球と 4 個の小割球ができる。桑実胚の頃になると、一つ一つの割球の大きさが、とても小さ くなっていることが分かる(図 3F)。また、図 3H に示したように、桑実胚の頃になると胚の内 部に卵割腔と呼ばれる空洞ができる。卵割腔は、胞胚期になると胞胚腔と呼ばれるようになり、 割球の表面には活動するための繊毛が生え始める。ウニではこの胞胚期に孵化が起こる。さらに 発生が進み、原腸胚と呼ばれる時期になると図3I、J に示したような形に変化する。 図 3. ラッパウニの各発生段階を共焦点レーザー顕微鏡により三次元再構築した画像。抗チューブリン抗体標識 の緑色蛍光により紡錘糸や中心体などの細胞骨格が観察され、疑似カラーにて赤色に示された DAPI 標識 により、染色体および核の位置が確認される。スケールバーは、各50μm を示す。A:受精卵第一分裂中 期、B:受精卵第一分裂後期、C:2 細胞期、D:4 細胞期、E:8 細胞期、F:16 細胞期、G:桑実胚、H: 桑実胚(断層写真) 、I:原腸胚中期、J:原腸胚中期、K:プリズム幼生期。 39 奈良教育大学自然環境教育センター紀要, 15:35−43(2014) 図 4. 原腸胚中期からプリズム幼生期の蛍光画像。抗チューブリン抗体標識の緑色蛍光により細胞骨格が観察さ れ、疑似カラーにて赤色に示された DAPI 標識により、核の位置が確認される。スケールバーは、各 50 μ m を示す。A:原腸胚中期、B:原腸胚後期、C:プリズム幼生期 図4に原腸胚期を拡大した画像を示した。図4A に示したように、原腸胚の頃には植物極側(写 真下側)から原腸の陥入が起こり将来肛門となる原口ができる。原腸の先端からは、結合組織な どに分化する二次間充織が出来てくる(図 4B) 。二次間充織の出現に先行し、16 細胞期の 4 個の 小割球に由来する細胞群が一次間充織として、胞胚腔内に遊離し、幼生の骨格を形成するものと なる。この骨格は、原腸胚の後期の頃には骨片として観察される(図 4B) 。プリズム幼生期の頃 になると、原腸が表皮に達し口が形成される(図 4C) 。 一方、市販の教科書(ex. 中学校理科 未来 へひろがるサイエンス2,3,啓林館 ; 中学校 理科 理科の世界 2 年,3 年,大日本図書 ; 中 学校理科 新しい科学2年,3 年,高等学校 生 物 , 東京書籍,etc.)や資料集(ex. 視覚でと らえるフォトサイエンス生物図録,数研出 版,etc.)において、ウニ受精卵の発生の様 子は、主に光学顕微鏡写真や模式図を使用し て図示される場合が多い。本研究で撮影した 光学顕微鏡写真を図 5に示す。しかしながら、 図 5 に示したような光学顕微鏡写真では、胚 の微細な内部構造は観察できず、卵割のどの ような時期にあるのか理解することはできな い.また平面であるため、細胞の厚みや個々 の割球の立体的配置を理解することが困難で ある。一方、図 2 − 4 に示したように共焦点 レーザー顕微鏡写真を用いて撮影した画像で は、受精卵の内部構造がはっきりと観察でき、 卵割のどのような時期であるのかを把握する ことが容易であり、体細胞分裂で観察される 紡錘体形成が、卵割でも起きていることを理 図 5. ラッパウニの発生の光学顕微鏡写真。左上から順 に、受精卵分裂中期、同分裂後期、2 細胞期、4 細胞期、8 細胞期、16 細胞期、桑実胚、胞胚、原 腸胚初期、同中期、後期、プリズム幼生期と云っ た具合に、発生の過程ごとに並べてある。 解することが可能である。さらに、これらの 画像を回転させることで、写真や模式図では理解の難しい、割球相互の位置や、一次間充織・骨 片・二次間充織・原口・原腸貫入の立体的な把握が可能である。 40 奈良教育大学自然環境教育センター紀要, 15:35−43(2014) 視覚のバリアフリーを考慮した配色 前述したように、本研究で用いた共焦点レーザー顕微鏡には、擬似カラーを用いて本来の蛍光 色と異なる色合いに変化させる変換機能が付属している。図6 には、一例として、顕微鏡の付属 機能によって作り出した様々な配色パターンを示している。図6 に示したように、この機能を活 かして様々なカラーバリエーションを作ることが可能である。 図 2 や図 3 のラッパウニの共焦点レーザー顕微鏡像では、敢えて緑色蛍光と赤色蛍光を用いて 微小管と核を示しているが、これは緑と赤の蛍光が重なった部分は黄色に観察されることから、 標識されるターゲットの分布が一致していることを確認するために、研究者の間で慣例的に使わ れる配色である。しかしながら、こうした配色は、赤緑色盲の人の場合には、黄色と緑の部分が ほとんど区別できず、また、第 1 色盲の人の場合では、赤の部分でも暗くなるという理由から、 現在では赤の代わりにマゼンタを利用することが推奨されている。岡部・伊藤(2002)によれば、 これらの配色であれば色盲の人であっても、二つの色の分布をよく理解できると報告している。 図 6A は、赤の代わりにマゼンタを利用した場合の例を示しているが、赤の場合と比べても、緑 色とのコントラストに遜色は無い。このように、デジタル教材としてホームページ上に掲載した 画像は、色覚に問題を抱えたユーザーを考慮し、岡部・伊藤(2002)の報告を参考に、出来る限 り多くの利用者が識別可能な配色を準備した。 図 6. ラッパウニ 2 細胞期の卵を用いた疑似カラー表示例。抗チューブリン抗体標識および DAPI 標識を、そ れぞれ緑とマゼンタ(A) 、緑と青(B) 、緑とオレンジ(C)、緑とグレー(D)、シアンと赤(E)、シアン とマゼンタ(F) 、シアンとオレンジ(G) 、黄と青(H) 、黄と赤(I) 、赤と青(J) 、赤とグレー(K)様々 な色の組み合せで表現している。 41 奈良教育大学自然環境教育センター紀要, 15:35−43(2014) 教材化のためのホームページ作成 本研究では多くの教育現場で活用を期待して、作成した断層写真や 3D 画像を AVI ファイル としてまとめ、理数研究センターの協力のもと、2013 年 10 月 1 日に新理数教育サーバー(aesm. nara-edu.ac.jp)上 に 掲 載 し た(http://3d-biol-zukan.nara-edu.ac.jp/3DZukan/ Welcome.html)。 ホームページ(HP)の作成には Macintosh 附属のソフトである iweb を利用した。図7 には、HP の一例を示しているが、HP では世代を問わず利用してもらうことができるように漢字にはふり がなを付け、子どもたちの利用を考えて、説明はなるべく簡単にすることを考慮した。さらに、 発生の各ステージの卵あるいは胚の内部構造の部分名称を示した写真を載せるなど工夫を施し た。また、色覚に問題を抱えたユーザーのことを考慮し、それぞれの段階の卵あるいは胚につき 11種類の配色を用意した。 図7. ホームページの掲載例。使い方のページその1・その2:このページでは、ホームページ内の操作方法に ついて示している。また、使い方のページその2では、各段階の卵あるいは胚のページの説明を示してい る。ここでは、各部分やボタンが何を示すのか示している。ウニの発生の Photo 画面と卵あるいは胚の 各段階の画面の一例:ウニの Photo 画面から見たい卵あるいは胚の写真を選択し、クリックすると各ス テージ段階ごとに右のようなページとリンクしており、さらにリンクし好きな配色で断層写真と立体再 構築画像が見ることが出来るようになっている。 42 奈良教育大学自然環境教育センター紀要, 15:35−43(2014) まとめ 本研究では、生物を学習していく上で最も基本的な『細胞』および動物細胞の『発生』について ラッパウニ(Toxopneustes pileolus)を題材とし教材化した。また、開発にあたっては、視覚バ リアフリーを念頭においた配色パターンを考慮し、出来る限り多くの利用者が識別可能な配色を 採用した。これらの題材は、中学校理科の教科書で扱われる「生物」に関連した内容について、 実際に使われている教科書に基づいて決定したが、中高生が使っている教科書には、この他植物 細胞、動物細胞、筋細胞、卵、精子、神経細胞、赤血球など多くの細胞が掲載されている。本研 究では、共焦点レーザー顕微鏡観察のための適正な資料作成に多くの時間を費やす結果となり、 『ウニ(等黄卵)の発生の様子』のみの教材開発となった。しかし、さらに多くの教材開発が今後 必要であると考えられる。 2 次元的な写真や模式図を使った教科書では、一方向からの情報しか提示できないが、共焦点 レーザー顕微鏡を用いた 3D 画像にすることにより、細胞の厚みや立体構造、細胞内小器官の立 体的位置関係の把握、各細胞相互の関わりなどの幅広い情報を提示することが出来る。それゆ え、3D 画像は、生物の機能を理解する上で大切な生物の構造の理解の手助けとなると考えられる。 また、無色透明な細胞の内部を蛍光試薬により可視化することで、教科書の模式図と対比し、実 際の生物の持つ構造と見比べることが可能であり、どのように同じでどのように違うのか理解す ることが出来る。蛍光色で示した色彩鮮やかな映像は、天然の配色とは異なるため間違った印象 を与えてしまうといったリスクがある反面、色彩鮮やかなため、映像が強調されるので構造の理 解を助け、子ども達の興味・関心を惹きやすいと考えられる。この教材を ICT 教材として利用 して頂くことを切に望むばかりであるが、利用する指導者には、上述したような人工的な色づけ である等の説明の配慮をお願いしたい。興味・関心を抱いた子ども達の自由な発想は、大人の既 成概念に無いものを実物の中に発見するかもしれない。その一助となることを祈っている。 謝辞 本研究を行うにあたって、実験材料となったラッパウニ・ムラサキウニを提供してくださいま した京都大学フィールド科学教育研究センター瀬戸臨海実験所の方々、データ提供にご協力いた だいた奈良教育大学 細胞生物学研究室 福岡万里奈さんに深く感謝いたします。 引用文献 鈴木孝仁(監 )(2006)視覚でとらえるフォトサイエンス生物図録. 数研出版. 啓林館(2012)中学校理科用文部科学省検定済教科書未来へひろがるサイエンス2. 啓林館(2012)中学校理科用文部科学省検定済教科書未来へひろがるサイエンス3. 大日本図書(2012)中学校理科用文部科学省検定済教科書理科の世界 2 年. 大日本図書(2012)中学校理科用文部科学省検定済教科書理科の世界 3 年. 東京書籍(2012)中学校理科用文部科学省検定済教科書新しい科学2 年. 東京書籍(2012)中学校理科用文部科学省検定済教科書新しい科学3 年. 東京書籍(2012)高等学校用文部科学省検定済教科書生物. 岡部 正隆,伊藤 啓(2002)色覚の多様性と色覚バリアフリーなプレゼンテーション.第 3 回す べての人に見やすくするためには、どのように配慮すればよいか.細胞工学,21(9): 10801104. 43