都市と農村の経済的格差に注目 して

中国における親の教育期待としつけに関する研究
一都市と農村の経済的格差に注目して
専攻 学校教育学
コース 教育コミュニケーション
学籍番号 M09010J
氏 名 陳 秀平
【研究の目的】
が存在していることが指摘されているが、その
本研究の目的は、中国において近年顕著にな
実態は曖昧である。地域間の家庭教育に関する
った都市と農村の経済的格差に注目して、親の
諸研究では、親の子どもへの教育期待や家庭教
教育期待としつけの地域差を考察することに
育に関する意識などにおいて格差が存在して
ある。
いることも明らかにされているが、経済的格差
中国では、「一人っ子」を中心とした家庭教
が家庭教育のどの面に影響を与えているのか、
育研究が蓄積されてきた。その中、親による過
また、経済以外に、歴史的・文化的要素が親の
度の学歴追求や家庭教育における学業偏重と
教育期待やしつけにどう影響しているのかに
いった傾向がしばしば批判されてきた。さらに、
ついては、必ずしも明らかではない。
学歴追求・学業偏重に付随する二次的な問題と
そこで本研究は、都市・農村の家庭教育にお
してr溺愛」、r過保護」、r過干渉」など親のし
ける親の教育期待と子育ての実態を明らかに
つけ方の問題点も指摘されてきた。近年、経済
し、経済的要素以外に親の教育期待と子育てに
成長に伴う農村部出稼ぎ労働者の増加を背景
おける歴史的・文化的要素の影響力も検証する。
に、農村部に取り残された農村留守児童問題が
その際に、相対的に経済的格差が小さい福建省
ホットな社会問題となり、学術研究の重点も
の都市と農村を事例として取り上げてみた。経
「一人っ子」から農村留守児童へとシフトして
済的格差が小さい地域の家庭教育における親
いる。数多くの調査研究では、r親不在」の留
の教育期待としつけの格差が確認できれば、経
守児童の安全・学業・精神面の問題が懸念され、
済的格差が激しい地域でその家庭教育の格差
放任状態にあるという留守児童の家庭教育の
も当然存在していると考えられるからである。
実態が浮かび上がってきた。都市部r一人っ子」
そして、地域間による格差が存在しているかど
家庭のr過保護」r過干渉」とは対極的に、r放
うかあるいはその格差がどのように現れてい
任」状態にあるのは農村部「留守児童」の家庭
るのかを検証していきたい。
教育の現状である。
従来の研究においては、親の学歴追求や学業
1論文構成】
偏重の傾向は地域に関係せず、あまねく存在し
序 章
ていると指摘されてきた。しかも、親の学歴追
第1章 伝統社会における教育期待とじつけ
求や学業偏重の問題の原因を一人っ子政策や
第2章拡大しつつある都市・農村間の格差
親の生活史に求めがちである。しかし、中国で
第3章 社会変動の中における親の教育期待
は、都市・農村の地域間の経済的格差が顕著で
第4章 親の教育期待としっけに関する地間
あり、教育的格差が経済の格差をもたらしてい
の格差一福建省を事例として
るとも指摘されている（蒔2008）。「一人っ子」
終章
とr留守児童」に関する研究を見る限り、都市・
農村の親の教育期待と教育達成において格差
【論文概要】
一18一
第1章では、古代中国の家庭教育の歴史を概
調査とインタビュー調査の結果を通して、親の
観しながら、儒教に強く規制されていた親子関
教育期待としっけの実態を明らかにした。経済
係を確認するとともに、科挙制度と親の教育期
発展が進んでいる福建省においてさえ、都市と
待との関係に注目し、学業重視の原因を明らか
農村の家庭の経済的格差が確認できた。農村・
にした。r教養人」と「忠臣孝子」を養成こと
都市に関係なく、親が子どもに高い教育期待を
に価値を置く儒教においては、勉強することに
かけていながらも、子どもへの教育投資（本の
高い価値が付与されていた。「社会的地位上昇
買い与え、習いごと、家庭外教育サービスの利
の唯一の手段」としての科挙制度の実施によっ
用）、重点校入学志向、家庭内学習指導などに
て、親の教育期待が強化され、社会上層に限ら
おいて格差が存在していることを明らかにし
ず、庶民家族にまで子どもの教育に熱心であっ
た。さらに、都市部においては「自主性尊重」
たことを指摘した。
の傾向があり、農村部では「統制・支配」の傾
第2章では、国家統計データを基に、現代中
向が強いという地域間の親の子育ての特徴も
国における都市・農村地域間の経済的格差を明
見られた。家庭の経済的能力と親の教育レベル
らかにした。地域間経済的格差が国家の諸政策
の格差にこれらの家庭教育の格差をもたらし
に由来することを指摘しながら、経済的格差が
たと考えられる。家庭の経済的能力が教育投資
教育に及ぼす影響を確認した。地域の教育レベ
活動を影響し、親の教育レベルが子どもをしつ
ル、家庭の文化的活動、余暇生活などの面にお
けする際の意識・行動も強く影響していること
いてすべて格差が存在し、文化的再生産は中国
がわかった。
の都市・農村においても働いていることを指摘
本研究では、親の教育期待としつけに影響を
した。
及ぼす経済的・歴史的・文化的要素を明らかに
第3章では、まず、」人っ子政策・自由恋愛
した。家庭教育の地域間の格差の実態も明らか
結婚制度の実施による核家族化・家族の近代化
にした。しかし、親の教育期待に影響を及ぼす
の進行を確認しながら、現代中国家庭における
要因の分析に重点を置いたため、しつけの場面
教育的機能の顕著化を指摘した。続いては、国
の格差をより詳しく分析することができなか
家がコントロールする就業制度から自由競争
った。親子の視点を取り入れながら現地調査を
に委ねる就業制度へとチェンジする過程にお
し、親の学歴の違いによる地域内の家庭教育の
ける学歴の職業的意義が顕著になったことを
格差を検討することを今後の研究の課題とし
明らかにした。さらに、高等教育がエリート教
たい。
育から大衆教育段階に突入するに伴う学歴イ
ンフレ現象と高等教育改革に伴う学費高騰現
象に翻弄される親の教育期待を分析した。最後
に、家庭教育に地域間で格差が存在しているこ
とを理解するため、農村留守児童の家庭教育を
主任指導教員 安部崇慶
ピックアップした。
第4章では、中国福建省におけるアンケート
一19一
指導教員 大関達也