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ExcelによるRBCモデルの計算

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ExcelによるRBCモデルの計算
福井県立大学経済経営研究 第 34 号 2016 年 3 月
67
〔研究ノート〕
Excel による RBC モデルの計算*
―所得の三面等価は成立するか?―
佐 野 一 雄†
1 はじめに
動学的マクロ均衡理論としての RBC(Real Business Cycle)モデルは,理論系の大学院クラスで学ぶ
知識がなければ理解できないと思われがちである.実際,RBC モデルの最大のメリットであるシ
ミュレーションには,固有値計算を含む線形代数の知識と Matlab などを使ったプログラミング技
術が必要であるために,学部中級クラスでマクロ経済学を教える側も RBC モデルを敬遠しがちで
はなかろうか.他方で,今日のマクロ経済学を理解する上で,RBC モデルは不可欠な要素である.
本稿では,このジレンマを解決するために,Excel による RBC モデルの計算を試みる.とりわけ,
効用と利潤の最大化による合理的期待均衡を通じて,所得における生産・分配・支出の三面等価
Yt = zt K ta L1t-a = rt Kt +wt Lt = Ct +Kt+1 -^1-dh Kt
が成立することを,Excel による数値計算で確認する.
RBC モデルの三面等価は,GDP 統計の利用においても重要な意味を持つが,マクロ経済学の教
科書ではほどんど扱われていないようである.例えば,加藤(2007)は優れた上級テキストであるが,
モデル設定において自明であるためか,RBC モデルにおける三面等価の成立について明示的に解
説してはいない.しかし,実務的にも,GDP ギャップがコブ・ダグラス型の生産関数によって推
定されていること,SNA における統計上の不突合が GDP の三面等価を理論的に前提すること考え
れば,
マクロ経済学の基本ともいえる所得の三面等価とマクロ均衡の性質をより深く理解する上で,
自己完結的な RBC モデルはまさに格好の素材であるといえる.
本稿で提示する計算方法のメリットは,スプレッドシート上にあるパラメーターの値を変更する
だけで,所得の三面等価とマクロ均衡の性質を容易に確認できることにある.具体的な数値計算に
より,学部中級クラスで学ぶ知識でも,RBC モデルの意味を十分に理解できるはずである.
2 RBC モデル
2.1 異時点間の効用最大化
効用関数 U ^Ch = C1-i ^1-ih の二期間モデルから,消費者の効用最大化により,次のオイラー
方程式を導くことができる.
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C i
d C2 n = ^1+r h b, 0 1 i 1 1, 0 E b
1
(1)
(1)式
ただし,r は実質利子率,bは来季の消費 C2 から得られる効用の割引率または割増率である 1).
の導き方については,簡単なので省略するが,後述の内容に含まれる.
例えば,i = 1/2 とすると次式を得る.
C2
= ^1+r h2 b 2
C1
(2)
ここで b が一定であると仮定すると,今期の消費 C1 と来季の消費 C2 の比率は,1 + r の 2 乗に比
例して変化することになる.消費増税前の駆け込み需要の例では,100 万円で買えるものが 105 万
円になったことから,消費者にとっては,増税時に実質利子率が r =− 0.05 になることに等しい.
b = 1 を仮定して,これを(2)式に代入すると
C2
= ^1-0.05h2 = 0.95 2 = 0.9025
C1
(3)
になり,増税後の消費が落ち込む.これは明らかに,消費者の合理的行動の結果である.この二期
間モデルに労働と資本ストックを加え,期間を拡張して一般化すると,生産と消費のプロセスを記
述する動学的マクロ均衡モデルとしての RBC モデルになる.
2.2 消費と労働
RBC モデルでは,代表的な経済主体としての家計が,資本ストックをすべて所有する経済を想
定する.合理的な家計は,現時点 t = 0 に利用可能なあらゆる情報にもとづいて,将来を予測しな
がら,消費量と労働量を調節して,期待効用を最大化する.
max E0
3
/ b U ^C , L h
t
t
t
t=0
s.t. Kt+1 = ^1+rt -dh Kt +wt Lt -Ct
(4)
ただし,b は効用の時間割引率,Ct は消費水準,Lt は労働時間,Kt は資本ストック,d は資本減耗率,
wt は賃金率,rt は実質利子率である.
(4)式の制約条件では,分配所得と支出所得の二面等価が成り立つ.
Yt = rt Kt +wt Lt = Ct +Kt+1 -^1-dh Kt
(5)
具体的な数値を入れて,所得の二面等価を確認しよう.初期値として,生産をするために必要な
資本ストックを K0 = 100,資本減耗率 d = 0.1,賃金率 w0 = 0.8,労働時間 L0 = 100,実質利子率 r0
= 0.05,消費 C0 = 60 とすると,(4)式より,来季の資本ストックを得る.
K1 = ^1+0.05-0.1h#100+0.8#100-60 = 115
したがって,所得の二面等価が成り立つ.
Y1 = 0.05#100+0.8#100 = 60+115-^1-0.1h#100 = 85
次に,消費水準 Ct と労働時間 Lt を変数とする家計の効用関数を設定する.
佐野:Excel による RBC モデルの計算
U ^Ct , Lth =
C t1-i
-n$L1t+c , n 2 0, c 2 0
1-i
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(6)
係数 nは労働の不効用の割引率または割増率である.係数 c>0は労働の不効用が逓増することを意
味し,残業が長引くと,疲れて働くのがますます嫌になることを表現している.したがって,残業代
が割増になるのはc>0による.労働は辛いので働きたくないが,制約条件によって,働かないと資本
ストックを維持できず,
いつか生きていけなくなる,
というモデル設定である.この効用関数を図示する.
期待効用関数 E0 6U ^Ct , Lth@|i = 0.5, n = 1, c = 0.5
効用曲面の等高線が無差別曲線であり,何も消費せずに働けば効用は負,働かずに消費すれば効用
は正であることがわかる.制約条件により,働かないと,いつか生きていけなくなるので,合理的な
(4)式にもとづいて,この効用曲面から期待効用が最大になる点(C t*, L t*)を1 つだけ選ぶ.
家計は,
2.3 消費と労働の配分
効用最大化問題(4)を解くために,ラグランジュの未定乗数法を用いる.ラグランジュ関数を
L ^Ct , Lt , mh = E0 6U ^Ct , Lth@-m "Kt+1 -^1-rt +dh Kt -wt Lt +Ct,
(7)
とおくと,関数 L ^を
で偏微分した値がすべてゼロのとき,U
=E
CtC, tL,L
wt Lt,L
t)
t , mth,m
0 6U ^Ct , Lth@-m " Kt+1 -^1-rt +dh Kt -(C
t +C
t ,が最大化される.
簡単な計算により,次式を得る.
uL
-i
uC = C t -m = 0
t
(8)
uL = n ^1+ch Lct -wt m = 0
uLt
(9)
uL = Kt+1 -^1+rt -dh Kt -wt Lt +Ct -0
um
(10)
(10)式は制約条件であり,(8)式と(9)式より,消費の限界効用と労働の限界不効用が無差別になる
オイラー方程式を得る.
C t-i =
n ^1+ch Lct
wt
(11)
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したがって,供給側の賃金率 wt が決まる.
wt =
n ^1+ch Lct
C t-i
(12)
2.4 異時点間の消費配分
連続する二期間の効用関数を
U ^Ct , Ct+1h =
C t1-i
C 1-i
+b t+1 , 0 E b 1 1, 0 1 i 1 1
1-i
1-i
(13)
とする.ただし,bは来季の消費から得られる効用の割引率であり,割増率(b>1)を用いると(4)式が
発散して,期待効用の最大値が得られない.マクロ均衡式(5)より,t+1 期の消費Ct+1 の予算制約は
Ct+1 = ^1+rt -dh^Yt -Cth+Yt+1 -Kt+2 +^1-dh Kt+1
(14)
であるから,同様の計算により,異時点間の消費配分の効用は,次のオイラー方程式によって最大
化される.
d
Ct+1 i
n = ^1+rt -dh b
Ct
(15)
2.5 利潤最大化
資本ストックはすべて家計が所有しているので,生産する企業のオーナーは家計であるが,企業
の目的はあくまでも利潤最大化である.コブ・ダグラス型の生産関数を仮定すると,生産と分配の
二面等価により
Yt = zt K ta L1t-a = wt Lt +rt Kt , zt 2 0
(16)
が成り立つ.右辺は賃金と利潤である.限界収入と限界費用が等しいときに利潤が最大化されるの
で,(16)式の両辺を労働時間 Lt で微分して,需要側の賃金率が決まる.
K a
wt = zt ^1-ahd L t n
t
(17)
同様に資本ストック Kt で微分して実質利子率が決まる.
rt = zt a d
Kt a-1
n
Lt
(18)
2.6 生産性ショック
最後に,均衡を動かす外生的な生産性ショック Dzt を生産関数の中に導入する.自然災害や生産
技術のイノベーションなど,生産に影響を与える確率的なショックによって,景気変動が生じると
考えるのである.大きな戦争や自然災害,生産技術の画期的なイノベーションなどが生じる確率は
小さいので,予期せぬ生産の誤差として,生産性ショックに正規分布確率を使う.
zt = tzt-1 +Dzt , t 2 0, Dzt ∼ N ^0, v 2h
i.i.d.
(19)
佐野:Excel による RBC モデルの計算
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この式は,生産関数の係数 zt に対するショック Dzt が,平均 0,分散 v 2 の正規分布 N(0, v 2)に互い
に独立に従うという意味である.
2.7 定常均衡
RBC モデルの連立方程式は数学的に解くことができないので,通常,経済が安定している定常
均衡近傍でのモデルの動きを,関数の線形近似によってシミュレーションする方法がとられる.
生産性ショックが消えて zt = z* に収束し,消費が一定の水準 Ct = Ct+1 = C* に収束する定常均
衡を想定すると,(15)式より,定常均衡における実質利子率を得る.
^
h
r) = 1-b 1-d
b
(20)
したがって,(18)式より,定常均衡における資本労働比率を得る.
1
)
)
K) = c r) m a-1
L
z a
(21)
これを(17)式に代入して,定常均衡における賃金率を得る.
a
)
w) = z) ^1-ahc r) m a 1
z a
(22)
また,(4)の予算制約式と所得の二面等価(16)式から
Kt+1 = ^1-dh Kt +zt K ta L1t-a -Ct
(23)
を得るので,定常均衡では
)
)
)
)a )1-a
-C)
K = ^1-dh K +z K L
(24)
が成り立つ.両辺を L* で割り,定常均衡における消費労働比率を得る.
)
)
)
C) = z) c K) m -d K)
L
L
L
a
(25)
(11)式の両辺を L −i
(25)式より,定常均衡における労働時間が決まる.
t で割って整理すれば,
L) = (
1
w) c C) m 2 c+i
n ^1+ch L)
-i
(26)
以上で RBC モデルの定常均衡が記述されたので,定常均衡近傍での線形近似により,具体的なシ
ミュレーションができる.
2.8 合理的期待均衡の本質
RBC モデルにより,マクロ経済の均衡は,労働時間 Lt,消費水準 Ct,資本ストック Kt,生産性
ショック zt によってあらわされる.これをベクトル xt で表示する.
Lt
xt =
fK p
Ct
t
zt
(27)
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RBC モデルの動きを定常均衡の近傍で線形近似する行列を A とすると,合理的期待均衡により,
過去データからパラメーターを推定する外挿モデルとは因果関係が逆転し
xt = Axt+1
(28)
が成り立つので,来季の状態 xt+1 によって今期の状態 xt が決定されることになる.ゆえに,xt+1 や
A を変化させる政策が,合理的期待均衡を通して xt にどう作用するのかをシミュレーションによっ
て調べることができる.このフォワード・ルッキングな性質が RBC モデルの最大のメリットであ
り,同じアプローチから New IS-LM モデルなどが派生した.本稿では,固有値計算によるシミュレー
ションの方法 2)については省略し,RBC モデルにおける所得の三面等価およびパラメーターと変
数の関係について確認するために,Excel による数値計算の例題を示す.
3 Excel による数値計算
3.1 例題 1
エクセルで a = 0.2,b = 0.9,c = 0.2,d = 0.1,i = 0.1,n = 1,z* = 1 とおき,以下の計算式を
入力して各変数の値を求め,所得の三面等価を確認せよ.
(20)式の実質利子率
1.
(21)式の資本労働比率
2.
(22)式の賃金率
3.
(25)式の消費労働比率
4.
(26)式の労働時間
5.
(21)式と(26)式から資本ストック量
6.
(16)式と(24)式から生産所得・分配所得・支出所得の三面等価
7.
3.2 解答例
佐野:Excel による RBC モデルの計算
73
実質利子率 資本労働比率
賃金率 消費労働比率
資本ストック
労働時間 消費水準 生産所得 分配所得 支出所得 3.3 例題 2
例題
例題 と同じパラメーター設定で,資本弾力性
から
まで動かしたとき,そ
a の値をの値を
例題 1 と同じパラメーター設定で,資本弾力性
0 から 0.5
まで動かしたとき,その他の変
の他の変数がどのように動くか図示せよ.
数がどのように動くか図示せよ.
3.4 解答例
解答例
おわりに
4 おわりに
効用最大化によって,異時点間の消費配分を決定する
式と供給側の賃金率を決定す
式,利潤最大化によって,需要側の賃金率を決定する
式と実質利子率を決定す
効用最大化によって,異時点間の消費配分を決定する(15)式と供給側の賃金率を決定する(12)
る
式,利潤最大化によって,需要側の賃金率を決定する(17)式と実質利子率を決定する(18)式,生
産性ショックをあらわす(19)式,これらに(4)式の制約条件を加えた 6 本の連立方程式は,効用最
大化と利潤最大化によるマクロ経済の合理的期待均衡を決定するモデルである.この RBC モデル
を使うと,生産性ショックだけでなく,実質利子率や資本労働比率など,その他のパラメーターの
変化が,所得の三面等価を維持しながら,マクロ経済の合理的期待均衡をどのように動かすのかを
シミュレーションすることができる.
RBC モデルは,合理的な経済主体の期待形成を通して,マクロ経済に対する政策の効果をシミュ
レーションできることにより,「政策がパラメーターを変化させてしまうので,パラメーターの推
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定は無意味だ」というルーカスによる批判から生まれた「新しい古典派」の基本モデルとなった.
所得の三面等価と合理的期待均衡の両立,すなわちフォワード・ルッキングな自己完結性が RBC
る
式,生産性ショックをあらわす
式,これらに
式の制約条件を加えた 本の
連立方程式は,効用最大化と利潤最大化によるマクロ経済の合理的期待均衡を決定するモ
RBC
モデルは抽象的かつ非現実的であるが,所得の三面等価とマクロ均衡の性質について深い
デルである.この
モデルを使うと,生産性ショックだけでなく,実質利子率や資本労
働比率など,その他のパラメーターの変化が,所得の三面等価を維持しながら,マクロ経
理論的洞察を与える格好の素材であり,GDP 統計の利用を考えれば,実務的にも重要な意味を持つ.
済の合理的期待均衡をどのように動かすのかをシミュレーションすることができる.
また,貨幣の性質についての現代的な問題,すなわち大規模な金融緩和政策の有効性を考察する上
モデルは,合理的な経済主体の期待形成を通して,マクロ経済に対する政策の効果
でも,貨幣中立的な
RBC モデルが議論の出発点となる.したがって,本稿で提示した
RBC モデル
をシミュレーションできることにより,
「政策がパラメーターを変化させてしまうので,パ
ラメーターの推定は無意味だ」というルーカスによる批判から生まれた「新しい古典派」
の計算方法は,
学部中級クラスで学ぶべきマクロ経済学の理解にとっても有用であると考えられる.
の基本モデルとなった.所得の三面等価と合理的期待均衡の両立,すなわちフォワード・
積極的な活用を期待したい.
ルッキングな自己完結性が
モデルの画期的な特徴であり,その後,
モデ
ルなどの派生を導いた.
注釈 モデルは抽象的かつ非現実的であるが,所得の三面等価とマクロ均衡の性質につい
て深い理論的洞察を与える格好の素材であり,
統計の利用を考えれば,実務的にも重
* 匿名の査読者から有益なコメントを頂いた.記して謝意を表する.
要な意味を持つ.また,貨幣の性質についての現代的な問題,すなわち大規模な金融緩和
福井県立大学経済学部 [email protected]
政策の有効性を考察する上でも,貨幣中立的な
モデルが議論の出発点となる.した
1)通常,0 ≦ b < 1 が仮定されるが,ここでは特殊なケースを含めている.
がって,本稿で提示した
モデルの計算方法は,学部中級クラスで学ぶべきマクロ経
2)行列 A の導出とシミュレーションの詳細については,加藤(2007)および佐野(2014)を参照.
済学の理解にとっても有用であると考えられる.積極的な活用を期待したい.
モデルの画期的な特徴であり,その後,New IS-LM モデルなどの派生を導いた.
参考文献
参考文献
加藤 涼『現代マクロ経済学講義―動学的一般均衡モデル入門』東洋経済新報社,2007 年.
加藤 涼『現代マクロ経済学講義―動学的一般均衡モデル入門』東洋経済新報社,
年.
佐野一雄「Mathematica による DGE モデル・シミュレーション―加藤(2007)の Matlab コードを変換して―」
『経
済経営研究』第 30 号,2014
年,pp.111-124.
佐野一雄「
による
モデル・シミュレーション―加藤
の
コードを変換して―」『経済経営研究』第
号,
年,
.
追記
追記 (2014)
佐野 のプログラム・コード
のプログラム・コード
にグラフの表記ミスがあったので訂正す
佐野
(p.119)にグラフの表記ミスがあったので訂正する.このコードは加藤
る.このコードは加藤
の図
に対応している,
(2007)の図 1-3(p.39)に対応している,
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