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財務報告リスクへの対応

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財務報告リスクへの対応
ビ ジョン 経 営 へ の
扉
No.46
財務報告リスクへの対応
海外企業の買収にかかるPMI(Post Merger Integration)
において買収企業がまずすべきことの一つに、
正確かつ迅速に財務情報を把握するための「決算体制の評価/再構築」
がある。
財務情報の把握は、買収後、早期に財務情報を開示しなくてはならないケースにおいて不可欠であるばかりか、
早期のシナジー効果発揮のための状況の把握や、
被買収企業の経営方針の詳細を方向付ける上で非常に重要である。
逆の言い方をすると、これに失敗すると被買収企業をコントロールできなくなるリスクとなりかねない。
本稿ではそのリスクを解説するとともに、あるべき対応について、事例をもとに解説を行う。
被買収企業の決算体制の評価/再構築
PMIの失敗に起因するリスクとはどのようなものか。
会における決算承認は決算日後 6 ヶ月以内に行えばよく、罰
例えば、決算情報が日常的に把握できない状況に陥ると、
則等がないことから多くの企業が会計監査人による監査を
必要な時に適切な打ち手を指示することができなくなってしま
受けていない。
う。その結果、
どちらからともなく相互に不干渉の状況を作り出
上記のような企業を買収した場合には、買収直後に必要
してしまい、
いつしか被買収企業の状況が見えなくなっていく。
とする財務報告の情報量とタイミングに関して、多くの齟齬
日本企業においてはPMIの失敗を端緒に、このような状
が生じてしまう。それを回避するためには、できるだけ早期に
況に陥っている例が多く見受けられるのが実情である。
被買収企業の財務報告体制を評価し、改善すべきポイント
ではなぜ、多くの企業が同様の失敗を犯してしまうのか。
を明らかにしたうえで、対応策を講じる必要がある。この一
これはある一つの思い込みに起因するところが大きいと筆者
連のプロセスを経て初めて、買収企業は正確な決算数値に
は考える。それは「自立的に経営されている企業を買収する
基づく経営判断が可能になるのである。
以上、当然に適切な決算を組んでいるはずだ」というもので
また被買収企業の規模によっては、内部統制報告制度に
ある。確かに被買収企業は決算体制を有している。しかし、
おいて、買収企業の評価範囲 ( 重要な事業拠点 )に含めなく
それは買収前の企業の身の丈にあったものであり、スピード
てはならなくなる点も、留意しておく必要がある。
感や、情報の量、精度等、様々な面で買収企業が求めるもの
被買収企業が重要な事業拠点となった場合、決算体制
を満たしているケースは少ない。特にアジア地域において、
が実質的に構築、運用されている状況のみならず、これをい
非公開企業を買収する場合には、最低限の情報開示を、日
わゆる3 点セット(フローチャート、業務記述書、リスクコント
本の実務から鑑みると相当ゆっくりしたスピード感で実施し
ロールマトリクス) 等により可視化したうえで、客観的な評価
ていることが多い。
を行うことも求められるため、買収後の業務負荷が更に増大
例えばインドネシアにおける非公開企業の場合、株主総
することになる。
事例に基づく解説
ここからは決算体制の評価 / 再構築にあたっての具体的な
100 億円前後。国内に複数の製造拠点を有し製品を国内
プロセスを、事例に基づいて解説していく。
外に販売。支配的な経営を行っていた現地人創業者が、
●買収企業 (A 社 )の概要:売上高数千億円の日本の製造
事業集約のため当事業の売却を決断、買収企業と独占交
業。業界でも世界有数のシェアを誇り、更なるシェア拡大
を画策。
●被買収企業 (B 社 )の概要:アジア某国の製造業。売上高
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渉を開始。
実際のプロジェクトは右頁図表 1に示すステップに基づき
進められた。
有限責任監査法人 トーマツ アドバイザリー事業本部 グローバルグループ シニアマネージャー 木崎 利郎 氏
日系の総合商社・製造業・小売業及び、外資系企業の日本法人の財務諸表監査を経験後、J-SOX 導入準備及び内部統制監査業務を経
て、IFRS 導入企業の監査主任及び IFRS 導入支援を複数担当。現在は、
グローバル本社のリスクマネジメントやコンプライアンスに関する体
制強化の支援や、海外子会社のPMI、業務改善、決算早期化の支援など、国内外双方の視点から企業を支援する業務に携わっている。
図表 1 「正確かつ迅速な財務情報の収集ルート確保」のための具体的なプロセス
買収会社の
要求水準に基づく
被買収会社の
現状把握
改善点の識別
改善方法決定
4 ヶ月程度
改善の実施
トライアル運用
3 ヶ月程度
6 ヶ月程度
図表 2 - 1 適切なチェック体制に基づく、情報の
適時性、情報量、正確性の確保が重要 タイムリー
な報告
( 適時性)
チェック
体制
Day 1
(買収成立)
必要十分
な情報量
情報の
正確性
図表 2 - 2 適切なチェック体制に基づく、情報の適時性、情報量、正確性の確保が重要
要素
確認事項
B 社の現状
月次決算、四半期決算は組んでいるか
適
時
月次決算、四半期決算は実施していない
性 決算作業の完了はグループの求める日程に整合的か
年次決算はグループの締切より約 10日以上超過
(グループが IFRSを任意適用している場合 ) 決算期がグループと整合しているか
情
報
量
正
確
性
3月決算であり整合
グループが求める財務情報が収集できる体制になっているか
A 社連結パッケージで求める情報には不足が多い
システムが情報収集をサポートしている
収集できない情報が多い。 収集できる情報も大半はエクセル
グループの会計方針や重要な会計処理ルールと整合しているか
大きな差異はない(IFRS)
被買収企業に子会社が存在する場合は連結決算が組めているか
連結決算は実施しているが 会計監査人の監査は受けていない
決算の適時性、正確性及び情報量を確保するためのチェック体制は構築され、適切に
チェック 体 制
運用されているか
処理誤りや不正な処理を防止・発見するに足る経理スタッフの能力が、教育訓練により
確保されているか
会計監査で瑣末な数値誤りや矛盾が多数指摘
教育訓練制度はない
現状把握のために、A 社がプロジェクトチームを組成し、B
前に情報交換し、対応策の協議を進めることは可能なケース
社の現地調査を実施した。ポイントは図表 2 - 1に示したよう
が多い。数ヶ月の違いではあるが、買収後、早期に統合効果
に、適切なチェック体制に基づき、タイムリーな報告、必要十
を発揮できるようにするためには、この数ヶ月を有効に活用す
分な情報量、情報の正確性が確保されているかどうかであり、
ることは非常に重要となってくるため、
ご留意頂きたい。
これに基づいて図表 2 - 2にあるような項目の確認を行ってい
ただし国によっては当局の審査等が完了するまで相互の情
くことになる。実際のチェック項目は百項目以上に上るが、こ
報開示が制限される場合もあるので注意が必要である。
こでは一部のみ紹介する。現状調査は、デューデリジェンスと
B 社への現地調査の結果、以下のような解決すべき課題
は目的が異なり、確認事項は決算体制やその周辺に特化して
が判明した。
いるため、デューデリジェンスの報告書は参考にはなるものの、
●年次決算のみ行っており、月次決算、四半期決算を組んで
それだけでは十分な情報とはなり得ない。
いなかった。年次決算においても決算作業の完了に要する
このケースでは買収交渉において、グループが求める決算
日数が、
グループが求める締切を10日以上超過していた
体制を、Day 1(買収成立)後一定期間内に構築するという内
●会計方針や会計処理ルールに重大な要対応事項は見受
諾に基づき、Day 1前の現状把握作業をA 社が実施すること
けられなかったものの、監査の過程で瑣末な数値の誤りが
ができたことが、非常に大きな成功のポイントであった。
数多く発生していることが指摘されていた
余談になるが PMIに関する相談を受ける際に、企業担当
● A 社グループの連結パッケージに必要な情報について、現
者が買収契約の締結日(いわゆるDay 1 )までは、デューデリ
状では取得できないもの、取得できたとしても情報収集に
ジェンスの報告書を除く被買収企業の詳細情報を取得でき
相当の時間を要するものが多く識別された
ないと誤解しているケースを比較的多く見受ける。しかし友好
これらの課題に対して詳細に現状把握を行い、具体的な
的な買収案件の場合、ある程度の制限はあるものの、Day 1
改善点を洗い出したうえで、改善方法をひとつひとつ決定して
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いった。改善方法の決定まで、この事例では4 ヶ月程度を要
主導的な立場をとることが求められる。彼らが納得感を持っ
した。企業の規模や課題の大きさにもよるが、通常 3 ヶ月から
て改善に当たらない限り、改善が進まない場合が多く、一見
6 ヶ月程度は必要となる。
改善がなされているように見えても実際に運用されないケース
実際の改善にあたっては、具体的に以下のようなことを、現
があるからである。
場で議論しながら数ヶ月かけて導入していった。
そして、人に依存しない「仕組み」
としての決算体制を構築
●予算実績対比を含む月次決算の実施体制の構築
することである。国や地域によっては、離職率が高く従業員が
●各決算項目の担当者の明確化と、締切を共有し守らせるた
居付いてくれないことも多く、某国も一般的に離職率は極めて
めの決算チェックリストの整備
●正確性向上のため実質的なチェックが可能な体制の構
築。帳簿体系の簡素化
●情報を適時に収集する体制の整備及び(必要に応じて)
シ
ステムの一部改修
●人員体制の見直し及び教育訓練の実施
高いとされている。また買収前後のさまざまな変化により離職
者が多く出ることもまれではない。このケースでも買収が公表
された後に数人が退職してしまった。一方で、B 社の業務は
極めて属人的に運用されており、一人が決算作業中に休暇を
とるだけで決算が二日遅れるような有様であった。これを解
決するにあたり、できるだけ複数のメンバーを一つの業務に関
与させつつ分散させるよう工夫を図った。また決算チェックリ
個別の課題に関する説明は限られた紙面では限界がある
スト等を活用した教育により、他のメンバーの業務内容の理
ため、ここではプロジェクトを進めるうえで特に留意すべき点を
解の促進を図るなども進めていった。この点、一点目と矛盾す
数点、解説する。
るようであるが、B 社メンバーに主体的に動いて改善を進めて
まずプロジェクトチームは、A 社とB 社のそれぞれからメン
もらいつつ、属人的な業務を少しずつ仕組み化していくことが
バーを選定して混成チームを組成することが望ましい。現状
ポイントとなる。
把握から改善方法の決定に至るまでのプロセスにおいては、
最後に、改善後には実際の運用をしっかりウォッチすること
A 社メンバーが会計方針や決算スケジュールや決算の精度、
が不可欠である。アジアでの同様の事例では、改善したもの
必要な注記情報など、グループの要求水準に基づく「あるべ
の実際に運用されずに、改善前のやり方に戻ってしまうケース
き姿」
を提示しつつ、現場の実態を知るB 社メンバーと協議し
が非常に多く、最低でも数回、望ましくは半年程度、運用が定
つつ、改善点を浮き彫りにしていく必要がある。
着するまでの間は、しっかりと運用されているかどうかをチェッ
筆者の経験上、現地スタッフだけで議論させると、長い議
クする必要がある。図表 1のトライアル運用がこれに該当する
論を経て本来の目的を見失ってしまうケースや誰が担当者
が、運用しながらいつの間にかA 社の要求から外れて行って
なのか曖昧なまま議論が進んでしまうケースも多く、検討のス
しまうリスクを避ける意味でも、また客観的な立場の人間が
ピードを維持するためにも、ファシリテーターもしくはお目付け
チェックするという意味でも、A 社メンバーがプロジェクト当初
役として、買収企業から参加する関与は重要である。
より関与しておくことが必要となる。
次に改善にあたっては、実際に運用していくB 社メンバーが
まとめ
決算体制の評価 / 再構築には、
コストがかかり、人員も必要
となるため買収企業にかかる負担は小さなものではない。しか
し過去の事例に鑑みると、被買収企業の財務情報をできるだ
け早期にコントロール下に置くことに成功した企業は、経営の
様々な局面でリスクに対してタイムリーな対策を講じることが
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でき、その結果、買収効果を早期に実現することに成功してい
るように思われる。
今後、海外企業の買収を検討される際には、決算体制の
評価 / 再構築に取り組むことをご検討頂きたい。
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