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No.39 - JCRファーマ株式会社

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No.39 - JCRファーマ株式会社
Original Article: Pediatric Endocrinology Reviews(PER). Volume 10, No. 2
Editor-in-Chief: Zvi Laron, MD, PhD(h.c.)
Associate Editor: Mitchell E. Geffner, MD
Associate Editor for Japan and Pacific Area: Tanaka Toshiaki, MD
(PER published by: Y.S. MEDICAL MEDIA Ltd.)
39
NO.
CONTENTS
1
Small for gestational age(SGA)
児の認知能と
心理社会的発達について
Peter A. Lee, MD, PhD, Christopher P. W. Houk, MD, FAAP
茨城県立こども病院 小笠原 敦子
2
ミューラー管遺残症:南カリフォルニアの
新規 8 症例と文献レビュー
Parisa Salehi, MD, Chester J. Koh, MD, Pisit Pitukcheewanont, MD,
Lein Trinh, MD, Mark Daniels, MD, Mitchell Geffner, MD
国立成育医療研究センター生体防御系内科部 内分泌・代謝科 内木 康博
3
若年発症成人型糖尿病:臨床的特徴と診断および管理
Fotini K. Kavvoura, MD, PhD, Katharine R. Owen, MBChB, MD
国立成育医療研究センター分子内分泌研究部 鈴木 潤一
今号の概要
“
”Volume 10, No. 2より,①最近問題になっている SGA 性低身長症
児の認知能と心理社会的発達,②まれな疾患であるミューラー管遺残症,③
変異遺伝子別のMODYの臨床的特徴と診断および管理,についてのレビュー
を紹介します。
総監修:たなか成長クリニック院長 田中 敏章
1 Small for gestational age(SGA)児の
認知能と心理社会的発達について
Cognitive and Psychosocial Development Concerns in
Children Born Small for Gestational Age
Peter A. Lee, MD, PhD ,Christopher P. W. Houk, MD, FAAP
1
2
小笠原 敦子 茨城県立こども病院
別の平均よりも成長率の高いcatch-up growthが見られ
● はじめに
る。既報によると,SGAの約86%が1歳までに,約92%が
生下時体重・身長だけが将来の認知能の発達を予測す
3歳までに身長がcatch-upする。3歳までにcatch-upしな
る基準となるわけではないが,正期産,早産ともにSGA児
かった場合は,その後も改善が見られず,約8%のSGAは
は認知能が低い傾向にある。本稿では,これまでの報告
成人の標準身長に達しないと考えられる。標準身長に達し
からSGAの発達予後と成長ホルモン(GH)治療が知能や
たSGA児群はそうでなかった群よりも,成人後の身体的,
認知能に及ぼす効果について検討する。
社会的,知的,精神的能力が良好である。一方,重度の
在
SGA の定義,原因:これまでのSGAの定義は,1)
成長障害と合併症のある児では認知障害が報告されてい
胎週数に対し体重または身長が 3,5,10パーセンタイル
る。Appropriate for gestational age
(AGA)
と比較すると
(%tile)
未満,2)
在胎週数 37週以降では体重が 2500g未
SGAでは成長障害に加えて循環器疾患,代謝疾患などの
満,3)
重量指標
(体重[g]
×100÷頭踵長[cm]
)<−2SDなど
疾病罹患率が高い。SGAでは神経学的異常のリスクも高
さまざまであり,SGAの予後を報告した結果を直接比較検
く,短期的,長期的な学習や仕事の達成度に影響する認
討することは困難である。さらに,正期産IUGR
(子宮内発育
知障害も見られる。
不全)
を正期産SGAとしている場合もある。同一児にSGA
● 認知能と心理社会的発達
とIUGRが見られることもあるが,区別すべきであり,出生
時の正確な在胎週数と身体計測は特に重要である。SGA
新生児治療は改善しているにもかかわらず,SGAで生
の定義にはないが,頭囲もまた認知能予後に関係している
まれた児の認知障害は小児期,成人まで続く。早産や
と考えられる。本稿では,SGAを生下時体重,身長の両方
SGAは在胎週数が同じAGAと比較して,非言語的推理
または一方が在胎週数に対し-2SD以下であると定義する。
と視空間認知が劣る。未熟児でSGAである児は,早産だ
胎児発育には,胎内ホルモン,成長因子,十分な栄養
がAGAである児よりも認知能が低い。体重1000g未満の
供給および胎児自身のこれらの効果的利用が必要である
早産SGAはさらに神経行動発達,社会的発達,認知能発
が,SGAの原因は明確でないことが多い。SGAの40%に
達が悪い。正期産SGAとAGAの1歳,5歳時の比較では,
は明確な原因がない。原因が判明したSGAの約50%は母
動作性 IQと言語性 IQが特にSGAで低かった。AGAと
親に原因
(不適切な栄養,低酸素,糖尿病,薬物使用と乱
比較するとSGAは精神神経発達評価5項目の4つで少な
用,血管・血液・腎臓疾患,感染さらに人口学的要因など)
くとも標準平均の−1SD以下であり,5歳時の言語発達が
があり,5%は胎児側の異常
(先天異常,染色体異常,感
明らかに悪かった。
染症,インスリン・レプチン・甲状腺ホルモン・IGF-Ⅰ・
体重2.5%tile未満のSGAで生まれた10歳児はAGAと
IGF-Ⅱなどのホルモン異常)
,5%未満が胎盤側の原因
(機
比較して学習困難があり,胎盤,血管因子によるIUGRが
能不全,梗塞,剝離,血管異常)
である。原因がわかっても,
原因のSGAは記憶力や学習能力,視覚情報処理,注意力
身体精神神経発達に影響する病態生理学的要因は不明で
などの認知障害を伴う神経発達遅延が見られ,9~10歳で
あり,その予後予測は困難であることが多い。SGAの頻
の学業成績もAGAに比べ低かった。脳発達度
(頭囲/体
度は,出生前ケア,人種別体格標準値,社会経済的要因
重×102)
は9~10歳時の認知能とよく相関する。出生体重
などと関係し,社会や政治情勢にも左右されるが,低身長
10%tile未満のSGAも社会経済的要素が同じAGAとの比
をきたす他の疾患と比較し高率であると推定される。
較で9歳時の認知能が劣る。この年齢での認知障害は遂
SGA の身体発育と精神神経発達:SGAの縦断的
行機能,柔軟的創造性,言語理解に見られ,その結果,
スタディでは,乳児期早期より始まる成長で,年齢別・性
学習困難,学業不振,聴覚言語短期記憶障害となる。
1
Department of Pediatrics, Penn State College of Medicine, Milton S. Hershey Medical Center, Hershey, Pennsylvania, 2Department of Pediatrics, Medical College
of Georgia, Augusta, Georgia, USA
2
思春期後期と若年成人の研究では,早産SGAは早産
認知能に障害があることが広く知られている。これまでの
AGAや正期産SGAと比較して12歳での平均IQが低く,
報告は対象集団も小さく社会経済的状況や他の要因にも
視空間認知,運動能力,作文力,算数力が劣る。正期産
差がある。検査の種類,その時期と頻度などの違いもあり,
SGAは,16歳での検査で認知能の低下と学習到達度に遅
SGAにおける認知障害と精神行動的予後についての結論
れが見られ,IQで12.7ポイント低かった。スウェーデンの
には注意が必要である。
スタディではさらにストレス時の心理的行動などを含む知
● SGA の GH 治療
能テストの結果が低かった。出生体重5%tile未満のSGA
で生まれた1064名を成人まで追跡した研究では,学業成
SGAの身体発育や認知能発達の改善に向けて,早期診
績が非 SGAよりもわずかに低かったものの,追跡26年後
断と効果的な治療が必要である。GHと母乳の有用性が
に社会面,精神面,雇用面などに大差はなかったが,専門
報告されたが,それがGHと母乳の直接作用によるものか,
職や管理職についていた者はわずかであった。
より手厚いケアなど親側の要因によるのかについては議論
SGA
(体重10%tile未満)59例を対象にしたスタディで
がある。SGA性低身長児のGH治療は成長障害に対する
は,思春期の精神症状と出生体重,在胎週数,頭囲,AP
治療として既に認可されており,著しい成長障害でcatch-
スコア,脳内出血,呼吸管理日数,NICU滞在日数などの
up growthのない場合は2~4歳で治療導入することが推
周産期事情との関連は見られないが,社会経済的状況に
奨される。GH治療により身長増加,代謝改善などの臨床
よっては思春期に精神症状,精神疾患の頻度が上昇した。
的効果が見られており,それが成長障害の認知能に及ぼ
極小未熟児のメタ解析でも,学業不振,不注意,内向性
(自
す効果についての研究も始まっている。
閉行動,うつ状態)
,行動異常,遂行力低下
(語彙力,ワー
GH 治療と認知能,心理社会的予後:神経認知能
キングメモリ,認知的柔軟性)
など彼らが重要な問題を有す
に関わる脳領域にGH受容体が存在することから,GH治
ることが示された。遂行力の欠如により,心に留め,気分を
療が脳発達を促し,知能や認知能を改善することが期待
切り替え,可能な限りいくつもの解決策で対応することが困
される。SGAの認知能に及ぼすGH効果を検討した二つ
難となる。これらは行動能力と同様に学問的達成に重要な
の研究がある。一方は身長がcatch-upしていないSGA児
能力である。
79名
(平均7.4歳)
を対象に8年間のGH治療
(2用量:1mg/
胎児期に続き生後もcatch-upしないSGAは知的,精神
を行ったところ,全 IQと動作性
m2/日または2mg/m2/日)
的に発達遅延のリスクが高い。9歳までにcatch-up growth
IQが改善し,頭囲の改善も見られた。もう一方は2年間低
が不完全であったSGAの多くに学習困難があり学業成績
用量
(0.066mg/kg/日)
のGH治療を受けた前思春期
(3~8
が悪かった。IUGRとSGAで2歳時と9~10歳時にcatch-
歳)
群には未治療群と差がなかったと報告した。しかしこ
up growthが不十分であった者は,AGAと比べ神経発達
の研究は短期試験であり,奇形症候群を含み,研究期間
スコア,IQ,学習到達度がかなり劣っていた。IQの低下は
内に検査方法が変わるなど,著者らは限界も指摘している。
胎児期,7~9歳時の脳発育が不十分なSGAにも見られた。
GH治療が精神機能に及ぼす効果についても,反対の
正期産SGAであった若年成人の中にはAGAに比べ
結果が報告されている。一つは8年以上のGH治療により
IQ,言語理解力,比喩的表現の学習能力,記憶力の低さ
自己評価,可能性,外面性,全ての問題行動が改善したが,
が見られる者がいるが,学歴や社会適応に大差はないと
他方のスタディでは前思春期
(3~8歳)
のGH治療群と未治
いう報告もある。出生体重が 3%tile未満のSGAは学習困
療群を2年間観察したところ,親による回答はほぼ同じで
難者であることがより多いが,注意力や精神的柔軟性には
あった。さらに,特発性低身長あるいはSGAに,GH
(1.33
重要な差は見られなかったという報告もある。また15%tile
とGnRH
(3.75mg/4週)
で3年間治療した17~
mg/m2/日)
未満のSGAの研究では,視空間認知と視動作認知が
23歳の群と未治療の群では,治療中止から5年後の知覚
AGAよりも低かった。父親の学歴,乳幼児期の発達の遅
能,精神的ストレスに差はなかった。しかしGH治療した
れ,出生順位で補正した場合,SGAとAGAの7歳時の
18名中SGAは7名のみで,11~13歳の思春期早期にGH
IQに明らかな違いはなかったとする研究もある。これらの
治療が開始されているため,結果をSGAのGH治療効果
研究からはcatch-up growthが認知能予後に及ぼす影響
と関連づけるには限界がある。
について結論づけることは難しい。
● 結 語
各研究の予後の差は,SGAの原因の多様性とSGAの
定義である体重のカットオフ値が 2.3~15%tileと広いこと
現時点では,SGA児の知能,認知能,心理社会的発達
に起因し,単純な比較は困難と思われる。SGAの定義を
に対するGHの効果を検討した研究は限られている。SGA
より厳しくした
(2.3%tile未満,2.5%tile未満,あるいは
の原因も多様で,また試験方法も多様である。今後,長期
3%tile未満)
研究ではSGAとAGAのIQに大差が出た。
の大規模二重盲比較試験が可能となるまで,SGAの認知
重要な予測因子は,特に26週以前では,認知能に影響す
能や行動に対するGH効果についての結論の解釈には注
る脳の発達で,生下時とその後の脳発達が不良の場合,
意が必要である。
3
2
ミューラー管遺残症:南カリフォルニアの
新規8症例と文献レビュー
Persistent Müllerian Duct Syndrome: 8 New Cases in
Southern California and a Review of the Literature
Parisa Salehi, MD ,Chester J. Koh, MD ,Pisit Pitukcheewanont, MD ,
3
3
1
Lein Trinh, MD ,Mark Daniels, MD ,Mitchell Geffner, MD
1
2
1
内木 康博 国立成育医療研究センター生体防御系内科部 内分泌・代謝科
● 背 景
● はじめに
性分化疾患における46,XY:性分化疾患
(DSD)
は希
正常発達:正常な性分化では性染色体が引き金となり,
少かつ複雑であるため,その診断や最適な治療には熟練し
泌尿生殖稜から前腎,中腎,後腎を含む原始性腺が発生す
た医療チームが必要である。診断には診察や画像検査と血
る。ウォルフ管とMDは,それぞれ未分化の男性と女性の
液検査が行われるが,染色体検査の結果によってDSDは
内生殖器である。胎生4週に胚細胞が卵黄嚢から泌尿生殖
46, XX DSD,46,XY DSD,性染色体DSDに分けられる。
稜へ移動し,ここで両性いずれにも分化可能な原始性腺を
その中で46,XY DSDのミューラー管遺残症
(PMDS)
は,抗
形成する。Y染色体にはSRY遺伝子が発現しており,精巣
ミューラー管ホルモン
(AMH)
の分泌不全または作用不全に
へと分化を進める。胎生6週頃,精巣の中ではセルトリ細胞
よって生じ,外性器は完全男性型だが片側もしくは両側の停
が分化し,6〜8週にかけてAMHを分泌する。ライディッヒ
留精巣を認め,内性器にはミューラー管
(MD)
由来の構造物
細胞から分泌されるテストステロン
(TS)
分泌は15~18週に
が存在する病態である。本稿ではこの疾患について述べる。
頂値となり,ウォルフ管が輸精管と精巣上体と精嚢を形成
表 . 過去 10 年間に南カリフォルニアで診断されたPMDS 症例
全例が外科手術時に偶然発見され,外性器は正常男性型,染色体は全例 46,XY,2 例でAMH が低値であった。
症例 4と5 のみ hCG 負荷試験を行っており正常反応であった。症例 6 のみ思春期年齢に達しており正常な二次性徴があった。
症例
診断時
年齢(歳)
1
0.7
停留精巣手術時に
正常男性型外性器,
46,XY
ミューラー管組織を発見 両側停留精巣
泌尿器科および内分泌科紹介,腹腔鏡下
187
(上昇) 右精巣固定術,左精巣摘除術,両側卵管
摘徐術
2
1.3
正常男性型外性器,
停留精巣手術時に
左鼠径ヘルニア, 46,XY
ミューラー管組織を発見
異所性右精巣
泌尿器科および内分泌科紹介,左鼠径ヘ
240
(上昇) ルニア修復,腹腔鏡下右精巣固定術,両
側卵管摘徐術,子宮角切除
3
0.8
停留精巣手術時に
正常男性型外性器, 46,XY
ミューラー管組織を発見 両側停留精巣
94
(上昇) 泌尿器科および内分泌科紹介,2 期的腹
腔鏡下両側精巣固定術
4
1.3
停留精巣手術時に
正常男性型外性器, 46,XY
ミューラー管組織を発見 両側停留精巣
2.9
(低下) 泌尿器科および内分泌科紹介,2 期的腹
腔鏡下両側精巣固定術
5
1.5
停留精巣手術時に
正常男性型外性器, 46,XY <0.1
(低下) 泌尿器科および内分泌科紹介,2 期的腹
ミューラー管組織を発見 両側停留精巣
腔鏡下両側精巣固定術
6
10.5
7
2.5
停留精巣手術時に
正常男性型外性器,
泌尿器科および内分泌科紹介,2 期的腹
46,XY 114.8
(正常)
ミューラー管組織を発見 両側停留精巣
腔鏡下両側精巣固定術
8
0.08
右鼠径ヘルニアと水腫手 正常男性型外性器,
泌尿器科および内分泌科紹介,右鼠径ヘ
術時にミューラー管組織 右鼠径ヘルニアと 46,XY >180
(上昇) ルニア修復術,右精巣固定術,腹腔鏡下
を発見
水腫,左停留精巣
左精巣固定術
診断契機
臨床所見
核型
32週出生,正常男
虫垂炎手術時に
性型外性器,両側 46,XY
ミューラー管組織を発見
停留精巣
1
血清AMH値
(ng/mL)
治療
泌尿器科および内分泌科紹介,3歳時に
72
(上昇) 左精巣固定術,11歳時に2期的腹腔鏡下
右精巣固定術,両側精巣石灰化
Division of Endocrinology, Diabetes and Metabolism, Children’s Hospital of Los Angeles, University of Southern California Keck School of Medicine, Los
Angeles, CA 90027, 2Division of Pediatric Urology, Children’s Hospital of Los Angeles, University of Southern California Keck School of Medicine, Los Angeles,
CA 90027, 3CHOC Children’s Endocrine & Diabetes Center, Children’s Hospital of Orange County, Orange, CA 92868
4
する。TSは5α還元酵素によってデヒドロテストステロン
ある場合は,術前に超音波などの画像評価での診断も可能
(DHT)
に変換され,6週頃から外性器の男性化に作用する。
であるが,幼少時にはMRIではMD遺残組織を見つけられ
46,XY DSDを生じる病因は,早期の性腺の発生異常,TS
ないこともある。近年では診断には腹腔鏡が有効である。
とDHTの分泌不全,アンドロゲン不応症とに分類されるが,
一方,染色体は46,XYや47,XXYや46,XY/47,XXYの場合
PMDSはTS産生下でMDが発達し,性腺からそれぞれ性
もある。AMH値は男性の出生時と思春期にのみ上昇する
特異的な性ステロイドが分泌されて性の表現型がアンドロ
が,これが正常から高値の場合,AMH-RII遺伝子異常が
ゲン不応でも生じる特異な病態である。
疑われ,低値ではAMH遺伝子変異が疑われる。
● PMDS の歴史
● 分子学的病因
PMDSは1939年に初めて報告され,その病因の解明は
PMDSはAMH遺伝子とAMH-RII遺伝子のいずれかの
Jostらによるウサギ胚の未分化性腺を用いた実験でTSと
異常によって生じるが,113例のPMDSの解析ではAMH-
AMHの存在を証明したことに始まる。この後,セルトリ細
RII遺伝子異常が 42.5%,AMH遺伝子異常は44.2%,残り
胞からAMHが分泌されていることがわかり,19番染色体
の13.3%は原因不明であった。AMH遺伝子では第1から第
短腕にその遺伝子が同定された。AMHがELISAで測定さ
5エクソンに変異を多く認め,そのうち主な7つの変異の機
れるようになり,現在では思春期前の性腺の機能評価に
能解析ではAMHの分泌が認められなかった。AMH-R遺
AMHが用いられる。PMDSでAMHを測定すると低値の
伝子にはⅠ型とⅡ型があり,Ⅰ型は骨形成に関与し,Ⅱ型は
症例と正常~高値の症例が発見されたことから,1991年に
性腺系に発現している。AMH-RII遺伝子は12q13に存在
AMH遺伝子異常が,1995年にAMH受容体Ⅱ型
(AMH-
し,11のエクソンからなる遺伝子であるが10番目のエクソン
RII)
遺伝子異常の存在が明らかになった。
に高頻度の変異がある。この変異により,受容体の細胞膜へ
の発現とAMHとの結合が障害されるなど機能が失われる。
● PMDS の疫学
● 治 療
1993年までに150例のPMDSが報告されていたが,近年
では約200例の報告がある。人種差も認められ,AMH遺
PMDS患者は停留精巣や鼠径ヘルニアの手術の際にMD
伝子異常は血族婚の多いアラブや地中海沿岸で多く,一方,
遺残組織を偶然発見される場合がほとんどである。このよ
AMH-RII遺伝子異常は北欧や米国に多い。常染色体劣性
うな場合は写真を撮り,生検をするなどして内性器の解剖
遺伝型式であるのでホモ接合や複合ヘテロ接合の遺伝子異
学的診断がつくまで手術を進めず,診断がついた後,精巣
常が認められるが,男性のみに影響が現れ,変異を持つ女
機能や妊孕性を保つための精巣固定術の他に,MD遺残組
児では二次性徴も妊孕性も正常である。
織の摘出を行う。その場合,精巣への血流を確保するため
に輸卵管の遠位組織を残すこともある。
● PMDS の臨床像
● 予 後
症状:PMDSは正常男性型外性器を有する46,XYの男
性にMD構造が遺残している状態である。出生時には男性
PMDSでは,停留精巣固定術の遅れや精巣と付属器の異
として性決定され,停留精巣の手術時に見つかるまで診断
常による妊孕性の低下が報告されている。また癌化につい
がつかないことがほとんどである。PMDSには二つの病型
ては一般的な停留精巣と同等の発生頻度で,さまざまな癌
があり,一つは両側停留精巣でMD遺残構造は骨盤に固定
の発生の報告がある。最近の報告では4~68歳のPMDS患
され,精巣は円靱帯に固定されている。もう一つは片側の停
者11人におけるMD遺残組織由来の腫瘍の報告があるが,
留精巣で反対側に鼠径ヘルニアを合併し,そのヘルニア内
早期にMD由来の組織を切除する必要性については今後の
に精巣とMD遺残構造が認められ,時に反対側の精巣もヘ
検討を要する。
ルニア嚢に認められることがある。この場合,精巣は可動
● 結 語
性に富むため捻転の危険性が増す。そのためPMDSの精巣
は正常なTS分泌能があり胚細胞も正常に認められるが,精
PMDSの多くは停留精巣の手術の際に偶然発見されてい
巣固定術がタイミング良く施行されなければ機能低下に陥
たが,近年では停留精巣に対する早期の外科治療が標準治
る。しかしそれ以外にも精巣上体や輸精管の低形成がある
療となったため,より多く発見されるようになった。早期の
など,接続の不具合からも精巣の機能低下が生じる。
治療によって精巣捻転による精巣の変性を未然に防止でき
れば精巣機能を正常に保てるが,それでもなお妊孕性は低
● 診 断
下し,停留精巣やMD由来の組織から来る発癌性も残って
いる。よってPMDS患者には,内分泌学的診断,遺伝カウ
PMDSの診断は正常の男性外性器と腹腔内にMD遺残
組織の両方が確認された場合になされ,ヘルニアや停留精
ンセリング,外科手術など,総合的な診療チームによる治療
巣の手術時に偶然見つかることが多い。万が一,家族歴が
と長期経過観察が必要である。
5
3 若年発症成人型糖尿病:
臨床的特徴と診断および管理
Maturity Onset Diabetes of the Young: Clinical
Characteristics, Diagnosis and Management
Fotini K. Kavvoura, MD, PhD ,Katharine R. Owen, MBChB, MD
1, 2
1, 2
鈴木 潤一 国立成育医療研究センター分子内分泌研究部
ホモ接合性または複合へテロ接合性GCK 不活性型変
● はじめに
異は永続型新生児糖尿病
(PNDM)
となり重度な表現型と
若年発症成人型糖尿病
(MODY)
は1974年にTatter-
なる。生後 6ヶ月以内に糖尿病性ケトアシドーシス
(DKA)
shallによって報告されたβ細胞機能不全を認める,まれな
で発症し,生涯にわたるINS治療が必要となる。高INS
家族性の糖尿病
(DM)
である。MODYの古典的特徴とし
血性低血糖症の表現型は,ヘテロ接合性のGCK 活性型
て,常染色体優性遺伝での若年発症,膵島関連自己抗体
変異で認められる。
の欠如およびインスリン
(INS)
抵抗性の欠如,内因性 INS
GCK-MODY の管理:GCK-MODYの高血糖は軽度
分泌の保持が挙げられる。
で,細小血管障害がなくINSや経口血糖降下薬治療前後
1990年代以降,MODYの分子遺伝学的基盤が解明さ
におけるHbA1cの変化がなければ治療の必要性がない。
れ,少なくとも10遺伝子の変異が報告され,45歳以前で
例外として児の過体重を予防する目的で妊娠期間中にINS
診断されるDMの約5%がMODYとされている。しかし,
治療が行われる。治療指針は施設によって異なり,INS治
多くはMODYとは診断されておらず,診断までの期間は,
療が行われたり,児の過体重が見られるときのみINS治療
DM診断から約15年とされている。
が行われることもある。
● MODY の分類
● MODY と転写因子群
(HNF1A, HNF4A, HNF1B)
MODYの主な病型は,グルコキナーゼ
(GCK)
,Hepatic
Nuclear Factor 1 alpha
(H N F1A)
,Hepatic Nuclear
HNF1A-MODY:HNF1Aはさまざまな臓器で発現し,
Factor 4 alpha
(HNF4A)
および Hepatic Nuclear Factor
膵β細胞の発生に関連する転写因子である。H N F1A変
1 beta
(HN F1B)
の変異によるものである。GCK-MODY
異は遺伝子検索で見つかる最も多いMODYの原因で,約
200の変異が報告されている。H N F1Aのヘテロ接合性
は糖負荷試験が行われる国々で多くみられる。
変異では進行するβ細胞機能障害を生じ,小児期は耐糖
● GCK-MODY
能異常はなく成人早期にDMとなる。H N F1A変異は浸
GCKは,糖負荷刺激によるINS分泌を調節している重
透率が高く,25歳までに約2/3が,55歳までにほぼ全例
要な酵素であり,600以上の変異が報告されている。ヘテ
がDMを発症する。家族歴を持つ典型的な例のDM発症
ロ接合性不活性型変異は軽度の高血糖をきたす。これは
は14歳前後で,10歳未満ではまれである。
出生時から存在し,年齢とともに耐糖能低下が見られる。
高血糖は重度で経年的に悪化し,細小血管障害や大血
変異によりINS分泌の糖閾値が高まり,空腹時高血糖とな
管障害のリスクは1型
(T1)DMや2型
(T2)DMと同等で,
る。糖負荷試験で負荷2時間後の血糖上昇は軽度で,
厳格な血糖管理が求められ,合併症のフォローが必要で
HbA1cは通常8%未満である。
ある。変異保有者はDM発症前に腎での糖再吸収が減少
GCK-MODYは一般に症状がなく,偶然見つかるか妊
し,尿糖が陽性となる。子宮内でのβ細胞機能は正常で
娠時などDMスクリーニングで発見される。軽度の高血糖
あり出生体重には影響しない。
に生涯曝されるが,細小血管障害に進展しにくいことが示
HNF4A-MODY:H N F4A変異は,全 MODY症例
されており,心血管イベントのリスクは高くないと考えられ
の約10%とされ,報告されている変異は50未満である。
ている。児の出生体重は,児,母親ともに変異がある場合
H N F4Aは主に肝臓で発現する転写因子だが,膵臓や腎
には正常となり,児に変異がない場合は増加する。児が変
臓にも発現しさまざまな経路を通して糖代謝に影響する。
異を有し,母に変異がない場合は減少する。
表現型はH N F1Aと類似し,H N F1A陰性であった患者
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Oxford Centre for Diabetes, Endocrinology & Metabolism, University of Oxford, Churchill Hospital, Oxford UK, 2Oxford National Institute for Health Research
Biomedical Research Centre, Churchill Hospital, Oxford UK
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の10~29%が H N F4A変異を有すると推定される。胎児
NEUROD1,CEL1などがある。まれな病型であり,その
は子宮内のINSの過剰分泌のため有意に過体重となり,
詳細については不明である。また,MODY全体の約10%
続いて一過性または遷延性高INS血性低血糖症きたすが,
は遺伝子が同定されていないと考えられている。
この理由は不明である。また,HN F4A-MODYでは尿糖
● MODY 診断の重要性
の特徴はなく,アポリポ蛋白の減少がみられる。
全 DM患者に占めるMODYの割合は少ないが,分子学
● HNF1A/HNF4A-MODY の管理
的な診断は患者と家族にとって重要な意味を持ち,診断に
スルホニル尿素
(SU)
薬が H N F1A-MODYにおいて良
よって適切な治療および管理が可能となる。また,家族に
い効果を示している。長期間のINS治療からSU薬への変
とってもMODYの家族歴を知ることでDMスクリーニング
更も,安全で効果的であることが示されている。低量SU
の一助となり誤診を防ぐことになる。DM発症のない家族
薬が HNF1A-MODYの第一選択薬であり,これは長期間
については,予測をする目的での検査は可能だが,その前
継続可能である。HNF4A-MODY患者でもSU薬への感
に有用性や診断の意味について十分話し合う遺伝カウン
受性が同様にあり,H N F1A-および H N F4A-MODY患
セリングを行うのが賢明である。
者へのSU薬使用は遺伝薬理学の良い例といえる。
● MODY の診断
HNF1B-MODY:HNF1Bは腎臓と尿生殖路,膵臓,
肝臓,肺,消化管の発生に関連する転写因子である。ヘ
MODY患者の臨床像はしばしば T1DMやT2DMと重
テロ接合性変異はMODYとなり65の変異が報告され,エ
なる。MODYとT1DM患者はやせており若年で診断され
クソンおよび全領域の欠失が約50%である。腎合併症の
る一方,MODYとT2DMはINS 投与がしばしば不要で,
頻度が高く,腎低形成,腎嚢胞,腎尿路奇形および糸球
診断後もINS分泌は保たれ,膵島関連自己抗体は陰性で
体低形成などが報告されている。腎疾患はDM発症前か
ある。MODYの典型的な診断基準
(25歳未満での診断,
ら存在し,45歳までに半数がDM性腎症なしに末期腎不
家族歴,INS非依存)
は高特異度ではあるが感度は低い。
全に陥る。また,胎児の出生体重が有意に減少する。
MODYとT1DMとの鑑別は,診断後 3~5年でCペプチド
HNF1B-MODYでは空腹時高INS血症と,低HDL血症,
が残存することと親の家族歴が,またT2DMとの鑑別は,
高TG血症の脂質異常症を認める。SU薬の感受性はなく
INS抵抗性がなく若年発症
(30歳未満)
であることがポイン
早期にINS治療に進展し,細小血管障害も報告されている。
トとなる。さらに,SU薬の感受性の有無が H N F1A-もし
くはHNF4A-MODY診断の参考となる。
● MODY の希少例
● MODY 診断における新しい知見
新生児DMに関連する遺伝子変異:新生児DMは
30~50万出生に1例の劣性遺伝で,膵および膵外臓器の
HNF1A-MODYとT2DMの鑑別に有用とされるバイオ
発生に関連し発症する。生後12週までに一度DMが改善
マーカーに高感度CRPがある。ゲノムワイド関連解析
し後に再び DMを発症する一過性新生児DMと,生涯に
(GWAS)
の結果から健常人においてH N F1A周囲の変異
わたり治療を要するPNDMがある。
によってCRP値が変化することが認められ,高感度CRP
染色体6q24におけるインプリンティング異常は,一過性
が HN F1A-MODYと若年発症T2DMを良好に識別する
新生児DMの最も多い原因である。約半数の例で小児期
ことが示された。但し,高感度CRP使用の際は感染時の
に再びDMとなる。低出生体重で約20%に巨舌を認める。
上昇に注意する必要がある。
β細胞のK-ATPチャネルを構成するKir6.2および SU受
また2010年にはヒトグリコームのGWASから,HNF1A
容体をそれぞれコードするKCN J11とABCC8のヘテロ接
には複合ポリサッカライドなどの残存グリカンのフコシル
合性活性型変異はPNDMの最も多い原因である。チャネ
化調節機能があることが示された。DG9グリカンインデッ
ルはATP不応となりINS分泌が低下する。90%がDMの
クスの比較では,HNF1A-MODYは他のDMと比べ低値
家族歴のないde novo変異で,精神発達遅延が頻繁にみら
であった。しかし,グリカンプロファイルの高速処理技術
れる。高用量のSU薬によってK-ATPチャネルの機能保持
が確立しておらず,臨床応用はされていない。
が可能な例があり,安全性および有効性が確認されている。
● 結 語
インスリン
(I NS)
遺伝子のヘテロまたはホモ接合性変異
は,PNDMの原因でありINS治療を要す。
MODYは最も多い単一遺伝子DMであるが,希少な疾
古典的なMODY症例の約1%にKCN J11,ABCC8お
患で10以上の遺伝子の変異が病態に関連している。一般
よび INSの変異が認められる。
臨床ではMODY診断の優先度は低く,多くの患者が未確
認のままとなっている。患者のみならず,今後適切なアドバ
● その他の遺伝子
イスを受ける家族にとって,分子学的診断には非常に重要
他の遺伝子異常は散発的で,MODY全体の1%未満と
な意味がある。
推 定 さ れ る。 こ れ ら の 遺 伝 子 に はPDX1/ IPF1,
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Origin
Edito
Assoc
Assoc
(PER
OT 300-1 1401
MM 12 MED
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