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Page 1 京都大学 京都大学学術情報リポジトリ 紅
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格助詞「の」の認知プロセス--彼女の飼っている猫は茜
です--
尾谷, 昌則
言語科学論集 = Papers in linguistic science (1998), 4: 11-27
1998-12
https://doi.org/10.14989/66944
Right
Type
Textversion
Departmental Bulletin Paper
publisher
Kyoto University
格助詞 「
の」 の詮知プロセス●
-彼女の飼っている猫は茜です尾谷昌則
京都大学
e・
mai
l
:HZTO5753
@ni
氏y.
nejp
1
. は じめに
人間の言語能力 とい うものは、広 い意味で人間の認知能力の一部である。ゆえに、言語は人間
の酪知能力 と密接な関わ りを持 ってい る。それ を否定 して (も しくは極力排除 して)言語 を分析、
記述す るプログラムは、一見客観的で純粋な科学のよ うに見 えるか も しれ ないが、閉 じたモジュ
ールの中でのみ発展 と進化 を繰 り返す理絵の究極の進化形態は r
絶滅」で しかないO言語 とは、
人間の認知能力の所産であるのだか ら、
言語の本質を研 究す ることはす なわち人間の認知能力 を
研究す ることに他な らないのである。 l 本稿は この言語観 を全面に押 し出 してい る認知言語学
の視点に立ち、とくに 日本語の格助詞 (
連体助詞)である rの」を取 り上げ、辞書 に記載 され て
いるような逐次的な意味ではな く、r
のJの認知的な意味 を探 る。
2.
2.1
.
「
のJ の分類
r
の」の用法
日本語の 「
の」を 『日本文法大辞典』 (
1
971、明治書院)で 引いてみ る と、以下の様 に様々な
用法があるC
詞
助
体
準
2
詞
助
立
並
3
詞
助
終
4
) ヽ
t
′
) 、
ノ)
) ) ) I ) ー 0 1
1(
2
3
4 ′
5
6 t
7 ′
8
9 (
1 ′
1
(
′
■
ヽ(
l
ヽt
l
ヽt
ー
1格助詞
私の本
(
所有 ・所属)
緑の リボン
(
性質 ・状態)
父の帰 り
(
動作の主体)
反乱軍の鎖圧
(
動作の対象)
これは僕のだ
(
∼の もの/ 下の体言 の省略)
駅か ら適いのが難点だね
(
もの、 こと)
よほ どうれ しかったのだろ う (
助動詞 につづ く)
どうの こうの と文句ばか り言 う
これ は田中さんにもらったの
(
断定)
これは田中 さんにもらったの ?
(
疑問
あなたは勉強だけしていれ ばいいの
(
命令 「
の」に強勢)
上昇 させ る)
本稿で扱 う 「
の」は、上の 1の用法だけであるが、それで も様 々な用法が存在す る。 1の格助
' 本稿は 1
9
9
8年 1月に富山大学大学院人文科学研究科に提出した修士L
B文の一部に加筆・
修正を加えた
ものである。本論文中の誤 り・限植などは全て筆者の責任である。
lここでいう r
認知J とは、狭い意味での知覚能力を指すものではない。山梨 (
1
9
9
8
)が指輪 しているよ
うに、人間が周囲の環境と相互作用 (
i
nt
e
r
ac
t) してゆくプロセス全件が広兼の 「
認知」であり、r
環境J
とは概念化主体 (
話者)を取 り巻く物理的状況以外にも.対人関係、社会的関係をも含めたより広い意味
での r
環境Jである
コ
◎亀谷 昌別,佑助粛 r
のJのH知 プロセス.
音譜科学論集 第 4号 (
l
弼 )p
p.l
l
2
7
.
1
2
尾谷 昌則:格助詞 「の」の認知プロセス
詞に関 しては、国語辞射 こよっては、r
同格J r
材料」と記述 してあるなど、その用法は多岐にわ
た り、一義的に 「
の」の意味 を定義できない.
,そ こで本稿では、これ らの r
の」の多様な意味に
対 して Langac
ke
r (
1
993)、中村
(
1
997a) のような r
認知的な意味Jを設定することを提
案す るものであるO
本絹では、「
の」の中で も鰍 こ格助詞に焦点を当てて考察する。そ こでまず 、格助詞の 「
のJ
の用法 とその文法的地位について、先行研究を踏まえた上で検討 してお く。
2.
2
. 格助詞 (
連体助詞)について
格助詞 の用法で一番基本的 と思われ、また複雑な意味を有 しているのが
rNPlの NP2∫
とい う形式であろ う。例えば、西山 (
1991、1
993) によれば.
(
12)
西山 (
1991、1
993)
太郎の屯車
といえば、r
太郎が所有 してい る竜車」 とい う 「
所有Jの意味がす ぐ思い浮かぶであろ うが、別
に文脈 によっては r
太郎が車掌をつ とめている電車」で も、「
太郎が これか ら乗 る予定の電車J
で もよい。さらに r
太郎が設計 ・製造 した電車」
、「
太郎が運転 している電車」、「
太郎が清掃を担
当す る電車」な ど無数に考えられ る。 しか し、rNPlの NP2」とい う純粋 に構造的な場合分
けだけでは、これ らの どの意味を選択するかまでは決定できず、あくまでもコンテクス トが必要
となるC鬼に挙げた様々な意味 も、その可能な解釈 を列挙 しただけにす ぎず、r
のJ の本質を捉
えていない ことになる。
13) では、 r
彼女 」
さらに、「
の」は主格 を表 わす こともできるとされている。以下の例文 (
は 「
飼っている」 とい う述語に対す る主格であるとされている。
(
13)
彼女の飼っているネ コは茜ですO
(
14)
彼女がネコを飼 っている.
(
15) #彼女のネ コを飼 っている
(
13) の文は.主格 を表す格助詞 r
がJを使って (
1
4)のよ うに音き換えることができるので、
r
のJ も主格を表す ことができるのだ と考えるのは理解できる。 しか し (14) の文がそのまま
r
の」を使 って (
15)のよ うに書き換えられ るわけではない。現代籍にお けるこの用法は、「
のJ
を含む節が全体で体言句を構成す る場合に しかできないので、主格の 「
が」と完全に同一視でき
るわけではなく、主格 とは別の意味 を考えなければな らないであろ う。さらに 「
のJには、主格
だけでな く目的格 になる用法 もある上に、コンテクス トを除外すれば、しば しば主格/ 目的格の
解釈が不明瞭になる場合まで もが存在す る。
(
1
6
)
野菜の出荷/ シャツの洗濯/部屋の掃除
(目的格)
(
17)
彼の殺人事件/課長の査定/犬の散歩
(
主格/ 目的格の区別が唾味)
これ ら様々な 「
の」の用法を辞書のように、所有、所属、性質、状態、同格、材質、動作の主体、
動作の対象、な どと分類す るだけでは、rNPlの NP2」の可能な姶理的解釈 を顔度塀に列挙
1
991、1
993) が指摘 しているように.
しているだけにす ぎない。そ してその解釈 とは、西山 (
名詞の特性に左右 されてい ることが多く、コンテクス トなどを考慮せずに意味 を決定することは
できないO辞書 とい うものの実用性 を考えれば、様々な具体用例を挙げるのは仕方のないことで
のJの裁層的な具体事例 (
プロ トタイ
あるが、やは り 「
のJの本質 を捉えよ うとするならば、r
1
3
言語科学論集第 4号 (
1998)
プ)を列挙す るだけでは見えて こないUむ しろ、それ らの奥底 に潜む抽象的な意味 (
スキーマ)
の両方を捉えるのが望ま しい0
2.3. 準体助詞について
準体助詞 とい う分類は、橋本 (
1969) に始まるものであ り、主に以下の 2つの例が挙げられる。
(
18)
そんな事いふのはまちがいだ。
(
1
9)
弟 か らのは大きかったO
1969:67)
橋本 (
奥津 (
1
986) はこれ を松下大三郎 には じまる形式名詞 として扱 うべ きと している9奥津によれ
18)の 「
の」も (
20) の r
方」 と同様に句全体を
ば、橋本は r
方」を形式名詞 としているが、 (
+/-自立) (
+/
-名詞)の観点か ら (
21
)のよ
体言化 しているのだか ら、これに近い として、(
うにまとめている。
(
20)
a. あそ こにい らっ しゃるのが田中 さんですC
も. あそ こにいらっ しゃる方が田中さんです。
+ 自立
+名詞
奥津 (
1986)
-自立
t
f
I
中さん
方、の
では、どうして橋本はこの ように分類 して しまったのだろ うか ? それは、連体助詞の r
の」と
の関連で考えたか らだろ うと考えられ るc r
弟か らの本」の r
のJは連体助詞だが、この r
本」
19) のよ うに省略できる。 しか し r
大 きいのがほ しいJの場合には r
の」の
は文脈があれば (
後ろの名詞が省略 された と考えることはできず .む しろ r
の」が代名詞の ように振 る舞っている。
ゆえに、一見同 じに見えるこの 2つの r
の」を区別す る必要がある。
1993) では、準体助網の r
の」を以下のよ うに分類/命名 している。まず、後続の名
佐治 (
のJ
』 としている。
詞が省略 された 「
のJだが、これを 『下略の 「
(
22)
僕の (
辞 沓 ) は S杜のだo
(
23) のように、実質的に何かを指示す る r
の」は F準代名詞J とされ ているO確かに代名詞
に似ている。また、この r
のJ を被修飾語 と見なす と、<内の関係 >の修飾になっている.
(
23)
私が買ったのはこれだO
(
r
の」は rもの」な どと置き換え可能)
そ して、節全体を件富化す る 「
のJについては、これ を r狭並準体助詞j としているo
(
24)
私が壊 したのを誰に問いたの ?
佐治 (
1
993) は依然 として r嘩l
体助詞」なる用語を使 ってはいるが、 この 3つ を明 白に区別 し
1
986) の議論
ている点だけは認 めざるを得ない。 しか し、それぞれ 3つの命名だけは、奥津 (
罵谷 昌則:格助詞 「の」の認知プロセス
1
4
もあるので.再考す る必要がある。『下略の 「
の」
』に関 しては、格助詞の 「
の」に後続する名詞
が省略 されただけなので、そのまま格助詞 とすべきであろう。
(
25)
僕の (
辞書)は S社のだ。
(
格助詞)
F準代名詞.
=こ関 しては、確かに先行詞を受けて代名詞のように用い られ ることもあ り、rもの]
な どで代用できるので、やは り助詞ではなく、佐治の指摘す る通 り r
準代名詞」 とす るo
(
26)
a. 私が買った (
の/ もの)はこれです。
(
準代名詞)
b
. 手に持っている (
め/ もの) を見せ なさい。
r決裁準体助詞一
日 こ関 しては、節を件言化 して文の a
rg
u皿entとす るのだか ら、本稿では暫定
的に r
補文化辞」 としてお く。
(
2
7
)
父が死んだ (
の/ こと/ とい うの/ とい うこと)は秘密だ。
ここで一つ注意 してお きたいのは、『準代名詞Jと F狭義準体助詞』の区別についてである。 こ
の」の区別は、後続の要素によって初めて決まることがあら (
尾谷 1998)。
の 2つの 「
(
28)
a. 私が買ったのはこれだ。
(
準代名詞)
b
. 私が買ったのは内緒に してほ しい。
C.
私が買ったのは昨 日だO
(
準代名詞/映発準体助詞)
(
狭義準体助詞)
「これだJとい う実質的なモ ノを指す言葉が後に続 けば、「
の」は準代名詞の解釈 しかな くなる。
買った物」が内緒なのか 「
買った とい う事Jが内緒
しか し、「
内緒に してほ しい」とい うのは、「
なのか唾味である。つま り、モノを指すか コ トを指すかで唾昧 となっているのである。ところが
r
昨 日だJと挽 けば、出来事 (コ ト)を指す解釈 しかなくなる。これ こそが r
の」の本質的特徴
の 1つであ り、このよ うな唆味 さは rもの」や rこと」といった形式名詞 を用いた娘合には起 ら
ない。
(
29)
8. 私が買った ものは内緒にしてほ しいC
(
モ ノ解釈のみ)
b. 私が買ったことは内緒にしてほ しい。
(
コ ト解釈のみ)
さて、佐治が分類 している準体助詞の r
の」の 3用法を再検討 した結果、以下のように再分類
され ることが明 らかになった。
(
30)
『下略の r
の」
』
・
一
一
一
>
格助詞
『準代名詞』
一
一
一
一
> 準代名詞
(
形式名詞)
『狭鼓準体助詞1
・
> 補文化辞
(
形式名詞)
」
Iについては、後続の名詞が省略され、格助詞だけが残 った とものであるので、
F下略の r
の」
準体助詞 とは見なさず格助詞 とす るO『準代名詞』については、奥津の分析 に従い形式名詞 とす
るが、節全体を体嘗句 とす る 『狭義準体助詞』も形式名詞であるので、この 2つは敢えて分けて
分類 したい。そ こで 『準代名詞』については、確かに先行す る名詞を受けて代名詞のよ うに振 る
1
5
言語科学論集第 4号 (
1
998)
舞 うので、そのまま 『準代名詞』 とす る。F狭義準体助詞』については、既 存の放念である補文
化辞 とその他能が同 じであ ると考え られ るので.補文化辞 としてお く0
3. 参照点 く
Ref
er
ence
Poi
nt
)
2節では、「
の」が どのよ うな機能 を果たす ものであるかを、伝錠的な文法観か ら見た後で、
さらに施知文法の観点か ら r
の」が担 うとみ られ る参照点機能について見てお く。
3.1
.Gr
ammat
i
caJCat
egor
y の也能
指J とい う概念は内容語 と機能語 とい う2つに分類 されてきた。 これについて、
伝統的に、r
Swe
e
t (
1
891
:
22)は以下のよ うに述べている。
(
31
)
'
'…. Suc
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r
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J
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nf
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y
r (
Swee
t1
891
:22)
1つは具体的/実質的な意味を担 うと考えられ る内容語で、もう 1つはそれほ ど実質的な意味が
なく、む しろ形式的な請 とされ る機能語であ り、研究者達によって様々な呼び方がな されてきた。
しか しどれ も共通 しているのは、何か しらの実質的な概念を指示す る語が内容語で、機能給は具
体的な意味を担っているわけではな く、む しろ形式的なものであるとい う見方である。
しか し,機能訂
削こ全 く意味がない とい うことにはな らない。語 として成立 しているか らには、
何か しらの意味を有 しているはすである.それでは、機能語の持つ意味 とは何であろ うか ? こ
ngac
ke
r (
1997:1
) の以下の引用が参考になるC
の間里
削こ関 しては、La
(
32)
■
■
Ei
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hi
ps
r
(
Langac
ke
r1
997:1
)
名詞が実質的なモ ノを表わ し、それ以外はそれ らモノ同士の様々な関係を表わす とい うものであ
り、多少の誤解 を恐れずに言 えば、内容語に相当するのが前者、機能語に相 当す るのが後者であ
1
9
97a)は さらにその考えを明確に打ち出 している。
ると言ってよいであろ う。 中村 (
(
33)
r
文法的要素
(
本塙でい う捜能語)は、話 し手や聞き手であ る路h]
主体が対象
に 対 して どの よ うな心 的 ア クセ ス を して い るか (
how t
he s
pe
ec
h・
ac
t
pa
rt
i
c
i
pant
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alc
ont
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twi
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ht
hat
i
c
lari
u
ns
t
anc
e,La
ng
ac
ke
r1
990:331
)、その琵知プ ロセ スを表わ している。
par
t
(
中略)すなわち、語免的要素 (
本稿でい う内容話) と文法的要素か ら成 る言
語表現は、(
中略)琵知主体が対象 との相互作用を通 して、その対象をどのよ う
c
onBt
r
ua
l
)をも表現 しているOそ してその際、語典的要素が
に捉えているか (
具 体的意 味 内容 を、文 法要 素 が認 知 主 体 の認 知プ ロセ ス を袈 わす (中村
1
9978.
)
。
』
「
路知主体が対象に対 して どのよ うな心的アクセスを しているか」とい うのは、例 えば下の図の
尾谷 昌則.
・椙助言
司 「のJの認知プロセス
16
よ うな違いである。英語の a
l
l
,any
,e
ve
r
y
,e
ac
h において、al
lはカテ ゴ リー全体を間髪
削こす る
ve
r
yと e
ac
h はカテ ゴ リーの成風それぞ
のに対 して、any は任意の一つを問題 としている。e
ac
h は 1つずつが順番に認知 され る感 じがす るO
れ 1つずつが間舷にされ るが 、e
(
3
4
)
(
a)
Au.
(
b) ANY
(
C)
EVERY
図1
'
l
(
d) EACH
h ngac
ker (
1
988:
8)
ここで指摘 してお きたいのは、助詞の r
の」も文法範噴 く
織能語)であるとい うことである。つ
まり r
の」は内容請のよ うに具体的な意味を有す ると考えるよ りも、それ ら内容清に付随 して.
その内容語に対 して温知主体が どの よ うに心的アクセス してい るのか とい う堤知プ ロセスを表
所属 Jr
性質 Jr
状態」
わ していると考えるべ きなのである。辞書などに記載 されている 「
所有 Jr
r
同格J r
材質J r
動作の主体J r
動作の対象」などの意味は、 この恩知プ ロセ スのほんの一例を
示 しただけに過 ぎないのであるO
3.
2. Ref
er
encePoi
nt
さて、r
の」が 「
対象に対す る心的アクセスの仕方」を示す ものであるのはよいとして、それ
は一体 どのようなものであろ うか ? 本稿では、それが Langac
ke
r (
1
993)のい う Re
f
e
r
e
nc
e
Po
ntabi
i
l
i
t
y(
参照点能力)であると主張す る,つま り
rX
の Y jといえば、xとい う概念
の」の意味なの
に訴えて対象 Y- と心的アクセス しているとい う意味なのであるQこれ こそが r
所有」であった り 「
所属」や r
主格 J
であ り、それ以上の意味はないのである。X とY の関係が 「
r目的格Jr
同格 」であった りす るのは、あくまで もⅩとY の語桑意味や コンテ クス トが決定 し
ているのであって、「
のJに固有の意味ではないのである。
さて、多少結給を先取 りして しまったが、ここでは参照点 とい う概念について見てお きたい。
ker (
1
993:5) は次のように述べている.
これについて Langac
(
35)
I
.
.
.【
r
ef
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r
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8
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gDi
ppe
r
.
● (
これは、元々は空間的な概念である。例えば、ある建物の位置を説明す る際には.我々は 「
∼の
横」r
∼の後ろ」な どと言い、なにか別のものを基準にして、言いたい建物の場所 を相対化 して
表現する.その際に基準 として使 うのが参照点である。このよ うなことは、我 々の綻知活動にお
いては何 ら意汲せずに行われている。そ して、我々にとってこれほ ど基本的なこの隈知能力は、
何 も空間 ドメインに限った ことではないOこの給知の営みは、空間表現以外 にも幅広 く見られ る。
kerが宮 うところの参照点 とは、空間以外のものをも含めて よ り広い、抽象的な
そ して Langac
2
群 しくは、L
mg
a
c
k
e
r(1
98
8:
8) を参照のことD
17
言語科学論集第 4号 (
1
998)
参照点なのである。中村 (
1997a.
)はこれを r
認知的手掛か りJと表現 している。そ して、参照
ke
r(
1
993:6)は次の よ うに述べている。
点が どのように して適択 され るかについては、Langac
(
36)
I
.
Thei
nt
enti
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nd
i
c
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ti
8.
Ofc
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oS
omeki
ndo
fs
li
a
enc
e血ata
n e
nt
i
t
yc
ome
st
poi
nti
力t
hear
s
tpl
ac
e.
" O.
ang
ac
ke
r1
993:6)
参照点に選ばれ る対象は、ある一定の際立ちを有す るものに限 られ るCその際の際だちとは、あ
くまでもターゲッ ト- と心的アクセスす る際に便利なもの程ふ さわ しい。つま り談話の状況など
に応 じて臨機応変に我 々は参照点を選択するのであ り、必ず これが参照点に選ばれ るとい うよう
なモノは存在 しない。参照点の構造を図示す ると、以下のようになる。Rは参照点を表わ し、T
はその参照点を通 じて言及 され るターゲ ッ トであ り、D (ドミニオン)はその参照点によって想
起 され る潜在的な Tの集合である。ゆえに、Tが Dの外側に位置す る図な どはあ りえない。 こ
認知的手掛か り」 として Tに言及す るのが参照点の織能である。
のように、R を r
C : Conc
ept
ua
li
z
e
r
R : Ref
er
e
nc
ePo
i
nt
.
0
・・・・
T : Tar
ge
t
D : Domi
ni
on
->:ment
l pat
a
h
図2
h ngac
ker(
1
993:6
)
La
ng
ac
ker(
1
993)は英語の of句 を r
参照点構文」の 1つ と見な してお り、中村 (
1
997a.
)
も認知的にあるモ ノを同定す る際の 「
艶知的手絡か り」になっているとしている。学習辞典な ど
fの意味 として r
所属」r
起源 」r
分離Jなどが列挙 されているのは、何か を同定す る際の r
認
でo
知的手掛か り」にな りやす いモノのプ ロ トタイプを列挙 しているのである。前節で も述べたが、
f句の本質を捉 えた ことにはな らない。h ng
ac
ke
rも
そのような典型事例を列挙す るだけでは o
主張 しているように、典型事例 とはスキーマが具現化 された ものであるか ら、典型事例を列挙す
るだけの分析は表面的な解釈のバ リエーシ ョンでしかない。そ こで、この 2つの レベル を明確に
f句の意味は以下のよ うになる (
中村 1
997
a.
)
O
区別 して研究す る必要がある。これ に従えば、o
(
37)
a. 艶知プ ロセス (
スキーマ的意味)・・・・・r
認知的手掛 か りj
b. プ ロ トタイプ事例的意味 ・・・・・・・・「
所属」r
起源 」r
分離」など
単純に考えれば、日本語の r
のJもr
認知的手掛か り」を示 しているとす る方が 、(
1
2)
(
1
7)
(
1
8
)
(
1
9)
で見られ る様 々な用法を動機付けるには都合が よいつ しか し、「
のJ は 「
of
」 と全 く同 じ階では
ないのです ぐに決めつけることはできないが、それでもその可能性 は否定できない。そ こで本稿
では、「
の」が r
認知的手掛か りJ としての参照点機能を有 していると仮定 し、次節でその考え
を適用 して様 々な r
の」について考察 してゆくC
1
8
尾谷 畠則:稿EZ
)
詞 「の」の認知プロセス
(
38)
a. 認 知プ ロセ ス (スキ-マ的意味)・・.r
経知的手掛か りJ (
参照点)
も. プ ロ トタイプ事例的意味 ・・・・・・・r所有 J r
主格 」「
同格」など
3.
3.Ac
ti
v
e
Zo
n
e
rの」 の分析 の前 に. ここで参照 点 にか かわ る重要 な枚念 を 1つ 見てお きた いゥ それ は
ac
t
i
vez
one (
活性領域) と呼ばれ る概念であ り、次の よ うに言われ てい るC
(
39)
"
Tho
s
ef
ac
et
sofanent
i
t
yC
a
pa
bl
eo
fi
nt
er
a
c
t
i
ngdi
r
e
c
t
l
vwi
h ag
t
i
ve
ndoma
i
n
o
rr
e
l
at
i
onar
er
ef
e
r
r
e
dt
oast
heac
t
i
ve
2
1
0neOft
heent
i
t
ywi
t
hr
e
s
pe
c
tt
ot
he
do
mai
norr
el
at
i
oni
nque
s
t
i
o
n.Bangac
ker1
987:272)
これは、現象 と直接的に関わってはいるが言語表現には現われていないモ ノを指 しす概念であ り、
c
i
tv
ez
one(
az
.
)
現象の 1つ とされている。
例 えばメ ト二 ミ- と呼ばれ る現象 もこの a
(
40)
a. 犬が者 に噛みついたニ
'0
-
b. Shehear
dat
nn pe
t
.
0
二
図3
(
40.
a.
) においては、プ ロファイル されているのは r
犬」 と r
猫」であるが、実際に噛みつ く
とい う行為に直接的に関与 しているのは犬の 口の部分だ けであ り、
噛まれ ているの も着の体の一
部だけであるこしか しそ こまで厳密 に表現せず とも言語 によるコミュニケーシ ョンには何の支障
も生 じない。ゆえに細かい所 まではプ ロファイルせず に、活性領域 としてある=この活性領域 と
い う概念 は、何 も身体部位 の一部を指す ばか りではないo (
ヰob.
) では、t
umpe
r
tがプ ロファイ
ル されてはいるものの、 トランペ ッ トそのものを 「
聴 く」わけではない。実際 に聴 くのは トラン
ペ ッ トの 「
昔 」である。ゆえに この場合、プ ロファイル されている概忠 (トランペ ッ ト)と実際
の現象に直接的に関わってい るもの (トランペ ッ トの音)が完全には一致 しない。この とき、プ
ロファイル されている「トランペ ッ ト」は参照点の働 きを し、実際に現象 に直接関与 している「
音J
は参照点の活性領域 とい うことになる。
さらに次の例 を見てほ しい。 (
4l
a.
) において、プ ロファイル され てい る参集点は r
hi
z
z
I
Jで
あるが、その活性領域は (
実際 に叩かれたのは)体の一 部であ り、それ を図示す る と図 3のよ う
4l
b.
)では 、(
4l
a.
)で活性額域 となっていた箇所がプ ロファイル され 、言語化 されて
になるe (
c
t
i
ve・
z
one8
Pe
C
i
五c
z
t
i
on (
活性領域の特定) とで も宮 える ものであ り (
中村芳久
いる。 これ は a
s
hodde
r
」にあたる部分がプ ロファイル されているの
先生、私信)、図示す ると図 4の よ うに r
で太線で表 され るっ
1
9
言語科学論集第 4号 (
1998)
(
41)
a. Ihi
th
i
m.
t
r
OA
b. Ihi
th
i
皿O
nt
he8
hou
lde
r
.
'
t
r
O
m
A
図5
n'
図6
3
.
4. 事照点構造の 4バター ン
最後に、考え られ る参照点構造のパ ター ンを提示 してお くっ参照点によって想起 され る ドミニ
オンは潜在的なターゲ ッ トの集合であるか ら D⊇Tである。そ こか ら考 えられ る可能な参照点構
造は以下の 4バ ター ンであ る。
D
′
r
D D
′
刀?
′98 q
t
'
タイプ 1
ⅣD
タイプ 3
タイプ 2
タイプ 4
E
g
]7
まず タイプ 1だが、これ は参照点が ドミニオンにもなっている例であるB具体例 を 1つ挙げる
ならば r
t
hebo
oki
nt
he8
he
l
f
jな どであろ うこ ターゲ ッ トは当然 r
bo
okJであ るが、その ター
ゲ ッ トを同定す る際 に (ターゲ ッ トにメンタルアクセスす る際 に) r
本棚の中」 とい うサーチ ド
8
he
fJを参照点 と して用 い ることで、その中にある r
l
t
he
メインが設定 され てい る。この よ うに r
bo
o
kj- とメンタル アクセ スを達成 しているのであるこ
次にタイプ 2だが、これ は参照点の ドミニオ ン自件が ターゲ ッ トになってい る現象である。<
部分で全体を表わす >とい うメ トニ ミ-は、 この好例を言 えよ う。忙 しい時 に r
手が足 りない」
といえば、この参照点は r
手」であ り、ターゲ ッ トは当然 r
人間 J を指 している。 この とき r
人
間」は 「
全体」で、 「
手Jはその r
部分」であ り、「
人間」の 「
手」の間にはベー ス とプ ロファイ
ルの関係が成立 している。
タイプ 3は参照点 とターゲ ッ トが全 くの別の ものを指す場合であ り、かつ ドミニオンの中に参
照点がある場合であるoその例 としては、 r
家のそばに車が ある」 な どである. この場合 、 [
家」
とい う参照点を介 して ターゲ ッ トである r
車Jにメンタルアクセ ス してい るOこの場合の ドミニ
オンは参照点である r
家」の周辺の空間を指すD さらには (
40b) の よ うな、隣接関係 にあるも
のを間接的に表わす メ トニ ミ-表現の場合 もこれにあた る と考 えられ る。
最後にタイプ 4であ るが、これ は参照点が ターゲ ッ トと同一の場合であるO論理的に考えれ ば、
参照点 とはターゲ ッ トにメンタルア クセスす るために用いるものであるか ら、それ が同一 とい う
のは矛盾なのであるが.対I
.
i
:
す る言語表現が考えられない こともない。例えば r
僕 は僕。J とい
う トー トロジー表現な どがあ るが.この タイプ 4について議論す るのが本稿の趣 旨ではないので、
尾谷 昌則:格助詞 「の」の認知プロセス
20
別 に機会 を設 けることにす る。
4.
r
のJ の参照点機能
4
.
1
. 格助詞の 「の」
前節では、参照点の説明 と予想 され る参照点構造のパ ター ンを具体例 と共に挙げたが、本節で
は格助詞 r
の」の抹々な用法が、以上で見てきた参照点構造の観点か ら包括的に捉 えることがで
きるとい うことを多様な例 を通 じて提示 してゆく。
4.1
.1
. 「
父の本」
まず考 え られ るのが
合、西山
rNPlの NP2」で、これは格助詞の赦型的な使用例であるJ
_ この場
(
1
991
,1
993) が論 じているよ うに、名詞 自体の意味特性が大 きく左右す る。例え
ば r
父の本J となれば、r
父」 と r
本」は全 く別の存在なので タイプ 3の参照点構造になる。
(
42)
a.父の本
b
,父の
D
@
D
@
(
尾谷 1
997a.
ち.
,
1
998)
図8
匡19
(
42a.
)では、ターゲ ッ トの 「
本」にメンタル コンタク トす るために r
父Jが参照点 として用い
1
2) で も見
られ てい る。 この時の 「
の」が必ず しも r
所有」の意味にはな らない とい うのは (
た通 りであるゥ r
所有」を含 めて可能な解釈の敦は、文脈 の致だけ存在す るわけであるが、r
のJ
、r
r
の」の前にある要
のスキーマ的意味 (
辞知プ ロセ ス)はただ 1つ r
参照点」である.つま り
素を参照点 と して用いて、 「
の」の後ろにある要素- とメンタル コンタク トを とる」 とい うもの
である。
さらに (
42b)であるが、 これ は一番重要なターゲ ッ トである 「
本Jが表現 されてない。 しか
42b)が何か具体的なモ ノを指 していることには変わ りない。 これは何故で
し、それ で もなお (
c
ke
r (
1
9
87,1
991) でい う t
hi
ng を表わす ものであ り、
あろ うかc r
父」や r
本」は 、 Langa
図の中ではそれぞれ 円で表わ されているCそ して肝心の r
の」であるが、これ は認知主体の対象
alpat
h を表わす波線の
へのメンタル コンタク トを表わす ものであるから、図の中では、ment
本Jが省略 されて もなお (
42B)が何か具体
矢印 に対応 してい ると考え られ る。 そ うす ると、r
的なモ ノを指す ことができるのは、 r
のJによって参照点を経由 してターゲ ッ トへ とメンタル コ
ンタク トを達成す ることが保証 されているか らと考えられ るOこの 「
の」に よる保証があるか ら
こそ、ター ゲ ッ トの 「
本Jを省略 した表現である r
父のJが何か具体的なモ ノを指示す ることが
できるのであるnこの ことは 、T
の」を省略 した表現 (
43b) が省略 され る前の表現 (
43
a) と
同 じ意味 にな らないことか らもわか る。
(
43)
a. 父のを借 りてきた。
b,
#父を借 りて きた。
(
尾谷 1
997a.
,
ち.
,
1
998)
言語科学論集第 4号 (
1
9
9
8)
21
「
父の」 といえば、 「
父」 を参照点 と して何 らかのターゲ ッ トにメンタル コン タク トをとること
が 「
の」によって保鉦 されてい るので、父に関連する何かを借 りてきた とい う解釈 になる。そ し
て この時のター ゲ ッ トは、文脈 か ら同定 され るQ ところが (
43b) の よ うに参照点 を起す r
のJ
までをも省略 して しま うと、ター ゲ ッ ト-のメンタル コンタク トを保証す る ものがな くなるので、
文字通 り r
父J Lか意味 しな くなる。 このよ うに、 r
の」 は参照点を通 じてターゲ ッ ト-のメン
タル コンタク トを保証 して くれ てお り、これ こそが r
のJの認 知プ ロセ スなのである。
4
.1
.
2. r
長髪 はJ
Eわない」 一 部分か ら全体へー
さて、次はタイプ 2に相 当す る表現である。タイプ 2はターゲ ッ トが ドミニオン (
ベー ス)に
なっている場合であるので、いわゆる r
部分で全件を表わすJとい うメ トニ ミ-などに着用され
る。 ますは r
長安の人は雇わ ない」 とい う例を考えてみ よ う。
(
4
・
i
)
長安の人 (
は雇 わない)
図1
。
軍
「
長髪の人J も、統語L
構造は 「NPlの NP2」であるが、これまで見て きた表現 とはや は り名
詞の特性が異な るC参照点は r
長髪 」とい う身体部位であ り、その ドミニオ ンは r
長 髪 」に して
いる人間その もの となる。そ して ターゲ ッ トも 「
長髪」を持つ人間その ものであるCつま り、r
長
髪」を盟知的手掛か りとして r人」 にメンタル コンタク トを とっているQ
ここで面白い問雌 が生 じる。 (
42) (
43) で見たよ うに、文脈 さえあれば ターゲ ッ ト名詞句を
省略 して も構わないが. しか し 「
のJまで も省略することはできなか ったo これは、「
の」が参
照点を介 してター ゲ ッ ト- とメンタル コンタク トをとることを保証す る働 きがあるので . r
の」
までをも省略 して しまっては字義通 りの意味 しか表せ ないか らである。 ところが、r
長髪の人 j
の場合、ターゲ ッ ト名詞句の r
人」は もちろんのこと、 r
のJ まで も省略可能なのである。
(
45)
長髪 (
は雇 わない。)
○
図 11
参照点を介 して ターゲ ッ ト- とメンタル コンタク トを保証す る 「
の」を省略 して も尚、この文の
論理的意味は変わ らない。省略 して も支障ない とい うことは、この例は r
の Jの参照点擁能-の
反例 とも考えられ るが、一見例外 の よ うに見えるこの現象は名詞の特性 に起因 しているe (
42)
の 「
父の本」とい う表現にお ける名詞句 r
父」 と r
本Jは全 く別個の存在物であるため、メンタ
ルバスを保雄す る 「
の」 を省略 して しま うと、 r
父」か ら r
本」-のメンタル コンタク トが保証
されず、文字油 り r
父」 とい う意味 しか表せ ないC これ は (
43) で も見た泊 りである。 しか し
r
長髪の人」 とい う表現にお いでは 、 r
長髪J は 「
人Jに とつては不可分 とい って もよい身体部
位である。そのため 「
長 安 」が r
雇 わないJとい う述語の意味か ら類推 されて、ターゲ ッ トが r
人1
22
尾谷 昌則:格助喜
司 「の」 の認知プロセス
であるとい うことが容易に理_
解 できるわけであるOつま り r
人」と r
長髪Jの間にはベースとプ
ロファイルの関係が成 り立っているので、身体部位の 「
長髪Jがプ ロファイル されれば、そのベ
ースである 「
人」も必然的に (
もしくは容易に)想起 され得 るので、わ ざわ ざメンタルパスを保
証す る r
の)が無 くとも容易 にターゲ ッ トである r
人」へ とメンタル コンタク トを とることがで
きるのであるCつま り、r
人」 と r
長髪」 とい う名詞句同士の特性 としてすでに参照点構造が保
証 されているので、いちいち参照点 を表す r
の」を使用せず とも問題ないのであるOゆえにこの
例は、「
の」の参照点機能に対す る反例 どころか、む しろサポー ト事例 となっているのである。
4.
1
,
3
. r
父の手」
42) と同 じく 「NPlの NP2 」 と
次に r
父の手」 とい う表現をみてみ よ う。 この表現は (
手」は身体部位であるので、身体そのものが r
手」
い う統語構造であるが、名詞の特性が異なる。 r
に対す るベースになっているので、それがサーチ ドメイ ン (
つま り ドミニオン)として喚起 され
ている。ベースが参照点 となっているために、タイプ 1の参照点構造である。
'
46'
父の手
欝
)
図1
2
ここでは、ターゲッ ト名詞句が r
手」 とい う身体部位であるか ら、その手のベースである r
父J
を参照点 として r
手Jにメンタル コンタク トをとっているCゆえにこの場合の ドミニオンはベー
スである父の身体そのものであるC
4
.
1
.
4
.r
箱の中の手紙 J
さて、これまででタイプ 1か らタイプ 3まで見てきたわけであるが、今度はそれ らの複合形に
ついても見てお こう。例えば 「
箱の中の手紙」とい う表現である。これは 2つの参照点構造の複
合形であるoT
箱の中」 といった場合、参照点は勿論 r
箱」で り、ターゲッ トはその箱の 「
中」
とい う空間であるL
.この蓉合の r
中Jとは当然 r
箱」の内部の空間を指す表現であるか ら、ター
ゲ ッ トは参照点の中に存在す る。この時点でターゲッ トであった r
中Jが、次の段階では参照点
,
兼 ドミニオンになって、ターゲ ッ トである 「
手続 」へ のメンタル コンタク トを助 けている,
h ngac
ke
r(
1
993
)はこのような r
入れ子型」の構造を ne
s
t
i
nge
f
f
e
c
tと呼んでお り、その参
照点構造は図 1
3のようになる。
(
47
)
箱の中の手続
Tl
/
R2
/
D2
Gy
図1
3
この ne
s
t
i
nge
f
f
e
c
tは、様々な言語表現に用い られている。La
ng
ac
ke
r自身 も以下のよ うな例を
23
言語科学論集第 4号 (
1
998)
挙げている。
a. V
oz
uc
o
p
yo
J
Wo
me
n,Fi
r
e,a
nd●
Dange
r
o
usThi
ngsJ
'
sdownst
a
i
t
苫i
t
l
(
48)
也es
t
ud
yi
t
zt
hebo
o
L
c
as
eO
nt
hebot
t
o
ms
Le
uDe
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b. T
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J
,
,
a
Ddot
'
e
rt
heb
z
・
I
d
ge
.
La
n gac
ke
r(
1
993:
26)
G)
O
-
_
_
I
l
l
十か>
<
トー
Mt
ー
一
十かI
I
十〇
R1
Tl
ノ
R2
T2
/
R3
図1
5
T3
La
ngac
ker(
1
993:
28)
このよ うに、最初はターゲ ッ トであった ものが次なる参照点 とな り、さらに別の ターゲ ッ ト- と
メンタル コンタク トを繰 り返す よ うな現象は、何も珍 しい ものではない;む しろ ここで特筆すべ
きは、 日英語の違いであろ うD英語 の場合 (
特に空間関係 を示す場合が顕著である)、ターゲ ッ
トと参照点は前匿詞 を介 して表現 され ている。ゆえに、前置詞が参照点機能 を果 た してい るとい
うことになる。
(
49)
a. al
e
t
t
eri
nt
hebox
b_ 箱の中の手祇
ところが (
49a) を 日本語に翻訳す る と、 「
箱」 と r
手紙」以外 に も う 1つ r
中J とい う名詞 を
使わなければな らない。これ は世界の切 り取 り方が日本語 と英語で異な ってい るとい う証拠であ
'
D は、 日本語の r
の」 とは異な り、ただの参照点マーカーではないこ r
の」
るC英語の前置詞 )
は単なる参照点マーカーであって、参照点 とターゲ ッ トの関係 は様 々に解釈で きるが、英語の前
置詞 i
n は、その解釈が 「
参照点の内部にターゲッ トが位置す る」とい う解釈がプ ロ トタイプで
あ り、「
のJよ りもかな り特定化 され た参照点マーカーなのであるCつ ま り英語の前置詞は全て、
ある種の固有の解釈 を持 った参照点マーカー とい うことである。 ところが 日本語 の場合 、「
のJ
は参照点機能 しか果た さず、ある種の特定の解釈が必要 な場合 は参照点 とターゲ ッ トを直接 r
の」
で結びつ けず、それ らの間に もう 1つ の参照点を挟むのである。例文 (
49
も)の場合 、それが 「
中」
とい う名詞なのであるC日本語は、この よ うな特定の空間を表す名 詞句が発達 している言語であ
nc
or
po
r
at
eされ
るが、英語はその よ うな特定の空間 を示す意味 と参照点機能が 1つ の前置詞 に i
ている謂 なのである。ゆえに英語で問題 とされることが多か った前置詞 句主語構文 も.日本語
では全 く問題 にな らない。
2
4
岸谷 昌則:格助詞 「の」の認知プロセス
(
50)
Be
8
i
det
hef
i
r
ei
swar
mer
.
(
51
)
火の側が暖かい。
h ngac
ker(
1
997
)
日本語の 「
側 J とい う空間名詞 は、何か参照点 となるモ ノの周囲の空r
l
i
J
全体を示す名詞であるが、
英語の be
8i
deは基本的 には名詞ではな く前置詞であ り、参照点 とターゲ ッ トが近い位置に存在
す るとい う意味 を表すだけの ものである。ゆえに、本来は参照点の周凶の空間全体 を意味す る語
ではないのだが、臨時的 に (
52b)の よ うに参照点の周囲の空間その ものをプ ロファイル した も
のが前置詞主語構文なのである。
(
52)
b. bes
i
de (
=N)
a. bes
i
de
s
D
。-
∈
⊃
図1
7
図1
6
Langac
ker(
1
997)
4.1
.
5
. r
母の読雷」
次に、 r
母の読谷」 とい うのを考えてみ よ う。 これは統語的には
rNPlの
NP2」 と全 く同
じであるが、今まで と異な るのは NP2が行為名詞になっていることであるこ基本的 には行為名
詞 も名詞なのだか ら、参照点構造で表わす ことができる。 ただ、NP2の内部構造が違 うだけで
ある。まずは行為名詞 r
読乱
についてであるが、 これ は Langac
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1
987) にあるとうり、
助詞が時間的なプ ロファイル フ7イルがあるプロセスを表わ し、
行 為名詞はそ うした状態の連続
全体を 1つの蘭域 として捉 えた もの、と考えられている。ゆえに、「
誹苔す る」とい う動詞には、
図1
8の よ うに時間軸があ り、そ ういった状態がプ ロセス として続 くとい ことを表わ している.
9の名詞 r
読書」であるC
一方、その時間的プ ロセ スを捨象 した ものが図 1
(
53)
且.読書す る
図1
8
以上の ことか ら、「
母の統脊 J は
(
49) のよ うに 「
母」が参照点にな り、母の行為である r
統
苫」全体が ターゲ ッ トとな りプ ロファイル され る.
25
言語科学論集第 4号 (
1998)
(
54)
母の訴答
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彼女の飼 っている者」
図 20
- ガーノ交替 -
r
の」が参照点披能を有 していることを考慮す ることで、ある 1つの現象が 自然に鋭明できる
ようになる。それは 「
ガ・
ノ交替J と呼ばれている現象である。 これは以下の例のよ うに、主格
や 目的格の r
が」が r
の」で置き換えられ るとい うものであるこ
(
55)
a. 彼女が飼っている猫
b
. 彼女の飼 っている猶
(
56)
a
. 英語が話せ る青年
b. 英語の話せ る青年
しか し、主格や 目的格であれば全ての r
が」を 「
の」で匿き換 えることができるとい うわけでは
ない。 r
が」を含む節が 1つの体育句を形成 していなけれ ば 「
のJで交替す ることができないと
い う制約がある。
(
57)
a. 彼女がネ コを飼 っている。
b.
'
彼女の猫 を飼 っているD
(
5
8
)
a. その青年が英語 を話す c
b.★その青年の英 を語話す。
このような現象に対 して、生成文法による研究では r
ガ とノの交替を任意変形 (
の規則)として
立てる必要がある (
井上 1976:
227)」とするだけで、何故 この よ うな交替が可能であるかを動擁
付けることができないでいる。しか し、節全体が 1つの鮮言句 を構成す る場合のみ交替が可能で
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1
975
)も指摘す るように、r
NPlの NP2」とい う疑
あるとい う制約か ら考えると、Sh
NPlの NP2J とい う構造は、本稿がこ
語構造 との類似性を尊重すべ きであろうOそ してこの r
NPlの NP2」
れまで検討 してきた格助詞 r
の」の参照点構造そのものなのである。逆 を言 えば、r
と解釈できる場合に しか r
ガ・ノ交替Jが起 こらないのであるか ら、r
NPlの NP2J とい う参照
)
点構造になっている場合に しか r
ガー
/交替」が起こらないとい うことで もある。中村 (1997b.
も指摘 しているように、r
の」が旬 レベルの参照点だ とすれば、「
がJは節 レベルの参照点を表 し
ているo よってこの現象は、r
の」が参照点権能を有す ることを考慮すれば 白熱 こ税明がつ く問
題なのであるo
(
59)
a.彼女の飼っている猫
b.英語の話せ る青年
尾谷 昌則:椙助言
司「
の」の認知プロセス
26
図 21
図 22
図 21では、r
僕」が参照点Ot
)
になってお り、それを介 して最終的なターゲ ッ トC
r
)
である r
軌
へ とメンタル コンタク トが達成 されている。
この交替が拝 され るのは、 「
がJが節 レベルの参照点 として棲能 しているか らである。ゆえに、
のJで交替できない。この原
同 じ目的格であって も r
をJ格で しか表現できない 目的格場合は r
因は、やは り 「
を」 に参照点棲能がないか らであると考えられ る。
(
60)
a. 英語 を勉強 している青年
b.★英語の勉強 している青年
5. 最後に
本舗では 日本語の格助詞 r
のJのスキーマ意味 (
認知プロセス)が参照点機能 (
隊知的手掛か
り)であるとい うことを見てきたo これまでの研究では、「
の」の用法を細分化する方向の研究
のlの本
が多かったが、それ らの用法は文脈 によって解釈可能な 「
の」の具体事例であって、 r
の」の本質はターゲ ッ ト- とメンタル コンタク トを達成す る際に用いる参照点を
質ではないo r
マークす るとい う終知的意味を有 してお り、さらにはターゲ ッ トがプロファイル されていない場
合で も、活性領域 とい う形でターゲ ッ トでのメンタル コンタク トを保証す るとい う機能までも有
していることを明 らかになった。また、r
の」の参照点機能を考慮す ることで 「
ガ∼ノ交替」 も
自然に動線付けることができた。今回は格助詞の r
のJに絞って議論 したが、準代名詞/稀文化
辞の r
の」も参照点機能 を有 してい ると考えられ、それ を考慮することで 自然な説明がつ く現象
998)
Oまた、r
の」だけに限 らず参照点構造は他に も様々な音階表現に反映
も多々ある (
尾谷 1
されているのが、それ らの詳細については稿を改めることにする。
聾者文献
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言語科学論集第 4号 (
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