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片仮名によるフランス語の発音表記について *

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片仮名によるフランス語の発音表記について *
片仮名によるフランス語の発音表記について*
内
田
茂舳
(フランス語研究室)
1.はじめに
日本におけるフランス語教育は、現在そのほとんど大部分が大学での第二外国語の一つとして
行われている。そしてまた、大部分の学生が大学に入学して初めてフランス語を学ぶのであり、
彼等がすでに中学校と高等学校で英語を学習した18歳の青年であるという点に、フランス語に限
らず、一般に第二外国語と呼ばれる諸外国語の教育上の問題点があると思われ孔
一方、大学大衆化に伴って、全国的にフランス語学習者の数は増加したが、フランス語学やフ
ランス文学を専攻する者はごく一部であり、大多数は必修単位の取得と同時にフランス語から離
れて行く。しかし、後者のような学生にも、できるだけ正しい発音、少なくともフランス語とし
ての正しい読み方を修得させたいというのが筆者の願いであり、そのための補助的な道具として、
あえて片仮名を利用することと、その表記上の試案をここに述べたいと思う。
2.学生の実態
多くの日本人学生にとって、フランス語の最も難しい点は、語彙でも文法でもなく、発音に関
する事柄であるらしい。それが習う側の能力や意欲によるのか、あるいは教える側に原因がある
のかは俄かに断じ難いが、1年間学んでもなお、規則的な綴字の語を読み違える学生が少なくな
い現状は、文字と音声に関する部分に彼等の抵抗が大きいことを示すものであろう。
なお、本稿の表題では便宜上「発音」という語を、「正書法の規則」を含めた広い意味で使った
が、個々の音韻の調音法と文字の読み方の規則とは区別すべきであり、「発音」と「綴字の読み方」
を以下使い分けることにする。
フランス語で用いられる36の音韻(母音16、半母音3、子音17)の中には、日本語にないもの
や日本人にとって発音の難しいものも多いが、綴字の読み方は英語よりずっと規則的であり、例
外が少ない。我々にとって外国語である以上、「発音」は完全にフランス人並みには行かないであ
ろうが、「読み方」はその規則を正しく覚えられるはずであり、そうすべきである。大胆な言い方
をするなら、発音が少々不正確でも読み方が正しければ、かなり通じるであろう。しかるに教室
では、発音矯正よりもむしろ、読み誤りを注意してそれを直すことに時間を取られるのが実状で
ある。フランス語の発音は難しいと言う学生は、読み方の規貝I』をよく覚えないでそう言っている
のではないかと思われるが、それならば甚だしい認識不足である。しかも、きわめて規貝1』的な綴
字の読み方が彼等に難しく思えるのは、ただ、英語の場合とかなり違うものがあるという一点に
ホ
On Representing French Pronunciati on by Ko如冶。no.
*‡ @Shigeru
Uchida (Department of French,Nara University of Education,Nara)
一13一
尽きるのではあるまいか。調音法に関してなら、程度の差はあれ外国語はすべて難しいであろう。
ここで、学生が読み違えることの多い具体的な例を挙げよう。
ω 複母音字を二重母音に読む。フランス語に二重母音は存在しないが、Seine[sεn1をセ
イヌ、moi[mW司をモイと誤る。
12〕鼻母音字en,inをそれぞれエン、インと読む。たとえばenfant[百fδ]をエンファンと
言ったり、jardin[5ard§]をシャルディンと誤る。
13〕iやaを二重母音化する。pipe[pip]がバイブ、face[fas]がフェイスとなるなど。
④ 脱落性のe(e caduc)を工と読む。たとえばpetit[pθti]をペティ、grande[gr棚]
をグランデと読む。但し、dema㎞eやregardeの語中のeはイと誤ることが多い。
151子音字qの次のuを発音する。すなわちquel[kε1]がクエル、quand[ka]がクアン
と読まれる。
㈹ 被子音字。h,gh,thの読み誤り。この中でたとえば。haise[∫ε:z]をチェーズと読む
誤りは比較的少ないが、signal[siJlal]をシグナル、th6orie[teori]をセオリーと間違っ
て読む学生はしばしば見られる。
17〕無音の語末子音字を発音する。des[de]をデス、grand[gra]をグランドと誤る。
18〕子音字rを弱くアと読む。たとえばmer[mε;r]をメアとするなど。
19〕母音字省略すなわち61iSiOnの箇所で発音を区切札たとえばj’ai[5e]をシュエと読
む。
ω リエゾンやアンジェヌマンをすべきところを、そうしないで読む。
以上列挙した誤りが学生の発音に現われる度数は一様ではないし、学習が進むにつれて減少し
て行くものもあるが、かなり多数の学生について長期間に及ぶのは14〕とωであろう。そしてもう
一つ重要なことは、英語の習慣を持ちこむことによる誤りが上記の大部分であると思われる点で
ある。特に・制、㈲、18〕は明らかに英語式に読んでいるのであり、14〕のdemandeや㈹のtheorie
などにおける誤りも英語を意識するからであろう。このように、6年あるいはそれ以上に亘って
習って来た英語の言語干渉は強力である。しかしながら、日本人学生である限り調音法は日本語
に干渉されるのも止むを得ないので、フランス語を正しく読めない学生は「発音」を日本語式に、
「読み方」を英語式にやっているということになろう。
読み違いの内で最も重大と見られるものの一つ、上記の141は、基本語中の基本語として頻繁に
用いられる、de,je,neなどをいつまでもデ、ジェ、ネと読むことに常に見られる。しかも、学
級により多少の差はあっても、そのような誤りを犯す学生は決して珍しい存在ではない。これは、
その原因がどこにあるのか筆者が最も理解に苦しむことの一つである。
次にωの誤りは更に広範囲の学生に見られる。リエゾンはフランス語を話す時の最も特徴的な
現象と言えようが、それだけにフランス語独特のものであり・従って学生がこれに日1れるのに困
難を感じるものと思われる。発音されない語末子音字をもつ語の次に、母音字または無音のhで
始まる語が続く時、リエゾンが行われることがあるが、リエゾンは、必ず行なう場合(liaiSOn
obligatoire)、どちらでもよい場合(1iaison facultative)、してはならない場合(liaison inter一
一14一
dite)があり、この複雑性のために一層難しいという印象を学習者に与えるのであろう。リエゾン
に関する誤りは、リエゾンすべき時にしないのと、してはならない時にするのとがあるが、前者
が圧倒的に多い。後者は大抵の場合、接続詞etに見られ、たとえばet une filleを「エテユヌ
フィーユ」と読む誤りである。リエゾンの誤りが多いのは、仏和辞典がこのことについてほとん
ど何も教えてくれないためでもあろうと考えられる。辞典は、その本来の役目から見て当然であ
るが、個々の単語の読み方を発音記号で示してはいても、「文の読み方」を示すことはない。いく
つかの語が集まって一つのまとまった表現となるのが普通であるから、その語群全体の読み方が
実際上重要なのに、学生が万能と思いがちの辞典がそれをほとんど教えないということは、学生
にとって困惑の因であると思われる。
前述の通り、教室では学生の発音よりも綴字を英語式やローマ字式に読む誤りの方を先ず注意
し、読み方の規則を繰返し説明しなければならないのであるが、そこでは片仮名の使用がかなり
有効ではないかと思われ私もっとも、フランス語とは音声の面でも非常に違う日本語の文字を
使うのは多くの無理を伴うわけで、個々の音価を示すことは不可能に近いとも言えようが、度々
述べたような読み違いをする多くの学生にとって身近なものとして覚えさせる手段にはなるであ
ろう。フランス語を専門的に学ぼうとする学生には、初めから発音記号を使って音韻組織を示し
調音法を指導する必要があるが、それ以外の一般学生には片仮名を使う方がかえって効果的な面
があるのではなかろうか。
3.片仮名表記の実感
いくつかの無理が生じることを承知の.上で、フランス語の発音をあえて片仮名で示すことにし
た場合、個々の音韻をどの文字で表わすかを発音記号と並べて挙げてみよう。
母 音:
[i]イ、 [u]ウー、 [y]ユ、
[5]オン、
[e]工、 [0]オ、
[§]ユアン、
[φ】1ウし
[ε]工、 [o]オ、 [θ]ウ、
[a]ア、 [α]ア、
[㏄]1ウ1、
[徒]ユアン、
[δ]アン
半母音:
[j]ユ、 [y]ユ、 [W]ウ
子 音:
[P]プ、 [b]ブ、 [m]ム、 [n]ヌ、 [皿]ニュ、 [k]ク、 [9]グ、
[s]ス、 [z]ズ、 [t]1ト1、 [d]旧、 [∫]シュ、 [5]ジュ、
[f]フ、 [v]ヴ、 [1]レレし [r]川
リをつけたところは、片仮名で示すことは不可能と考えられるが、従来習慣的に用いられて来
た字を一応充てた箇所である。
まず口腔母音8個については、広い母音と狭い母音を区別して表し得ないが、一般の日本人学
生に教えるのにはこれで差支えないであろう。[u]を長音ウーにしたのは、「ウ」は調音器官の
緊張の弱い[〃]なので、長音にすればいくらか[u]に近くなると思われるからである。従っ
て発音記号で長音符がなくても、たとえばtOujourS[tu5u:r]はトゥージュールのように、長
音トゥーで示す方が好ましいであろう。このことは、フランス語の母音の長短が意味の区別にほ
一15一
どんど写らないことからも、差支えないと考えられる。
混声母音は日本語に存在しないものばかりなので、厳密に言えば[y]も表記不可能である。
しかし片仮名を読むことが学習の目的ではなく、発音の方法を説明する時の便宜として、いくら
か似た音を示すという程度でなら「ユ」でいいと思う。[φ]と[㏄]はたとえば「工」とrオ」
をくっつけて書くような新しい表記法を工夫すればいいかもしれないが、そうするとかえって
読む者を迷わせることになろう。片仮名の表記法に煩雑な規則を設けることは無意味である。・
鼻母音では[§llの表記に問題がある。外来語を日本語の中で書く時は一般に[§]を「アン」
としているが、これでは[δ]と区別できないので、ここでは「ユアン」としてみた。[言]は
英語の[肥]に似た母音を鼻音化したものと聞こえるからである。 [企]は現代フランス語で消
滅しつつある母音で[言]がそれに代わろうとしている。
子音の中ではまず[t][d]が問題であ孔ウ列の片仮名の示す音では母音が[u]ではなく
て[θ]に近いので、フランス語の子音だけを示すのに用いられようが、ウ列タ行の字は「ツ」
なので、[t]とは音価が異なる。「ト」は[to]と読まれることになろうし、「トゥ」のように
小さな「ウ」を添えることにも賛成しかねる。これらはtとdの文字をそのまま片仮名表書己の中
にも使うぺきかもしれない。 [v]は[b]と区別するために「ヴ」を用いる。最近の新聞等で
は、外来語や外国の固有名詞の[V]をすべて「ブ」で表しているが、以前用いられていた「ヴ」
を復活させるべきだと筆者は考える。学生がしばしば[v]を[b]ですませるのは、Versal11蘭
を「ベルサイユ」と書くなどして、日本語の中でとはいえ[b]と[v]の区別に無頓着にさせ
てしまっているからではないだろうか。最後に「ル」は[1]でも[r]でもないからこの二つ
も表記不可能だが、どちらかと言えば「ル」は[11に近い。フランス語の[r]は調音点が
[k]や[g]に近いので「ル」とはかなり違った音に聞こえる。
以上が個々の音韻を片仮名で表書己する時の問題点であるが、音韻よりも綴字の読み方あるいは
文としての(リエゾンやアンジェヌマンを含めた)読み方を示すのに利用できるであろうと筆者
は考えているので、次に単語や文の例で片仮名表記を考えてみたい。
「シ」はサ行の他の字とは音価が異なるから、[Si][Zi]はそれぞれ「スイ」「ズィ」と書くべ
きであろう。 「チ」も同じことが言えるので[ti][di]はそれぞれ「ティ」「ディ」とする。
したがって、ici[i−si]は「イスィ」、les id生s[le−zi−de]は「レズィデ」となる。同様に、
petit[Pa−ti]は「プティ」、・samedi[sam■i]は「サムディ」である。
語末に来る半母音[j]は「ユ」を小さく書くことにしたい。たとえばVersai11es[vεr−so:j]
は「ヴェルサーユ」とする。この「ユ」の前に「イ」を書くことは不必要であろう。
[n]がたとえば語末に来る時は「ン」ではなく「ヌ」で表す。したがって、Semaine[Sθ一mεn]
は「スメーヌ」とする。なお、この[ε]は長音符がなくても実際上やや長目に発音されるから
「スメヌ」よりも「スメーヌ」の方が好ましいと思われる。以下の例においても、発音記号に示
されていない長音があるのはそのためである。
以上の方式に基いて若干の例を挙げることにする。
livre[li:vr]リーヴル、 stylo[sti−1o]スティロ、 demiはθ一mO トミ、 mεre[mε:r]
一16一
メール、 table[tabI]ターブル、 eau[o]オー、 voiture[vwa−ty:r]ヴワテエール、
temps[絶]タン、 imPossible[§一Po−sibl]ユアンポスイープル、 travailler[tra斗a−je]
トラヴァイエ・mercredi[晒トkrθ一ai]メルクルディ・jeudi尾かdi]ジュディ・soleil
[so_1εi】ソレーユ、 avion[a−vj5]アヴィヨン、 fmit[frHi]フリュイ、 monsieur
㎞apsj¢1ム7イウ(あるいはムスユー)、voyage[vwa−ja:51ヴワヤージュー
CI・・tm・・・・・…f…g・i駝・[・・一・・?一∫・一・5−f・δ一・ε1・1セテユヌジャンソンフランセーズ・
Nous avosdes amis6trangers.[nu−za−v5−ae−za−mi−e−trか5e]ヌーザヴォンデザミエトランジェ、
Ilesttrさsaimab1e.[i−1ε一trε一zε一mabロイレトレゼマーブル、
Qu’est−ce qu’il y a dans le jardin?映εs−ki■ja−dδ一1θ一5a卜a壱]ケスキリャダンルジャルテアン、
Moi,je prends de l’eau min6r創e.[mw乱,5θ一pr百一dθ一1o−mi−ne−ral]ムワ、ジュプランドローミネラルニ
Il est sorti avec une amie.[i−1ε一sor−ti−a−vε一ky−na−mi]イレンルティアヴェキュナミ、
Elles viennent d’arriver au Japon.国1−vjεn−aa−ri−ve−o−5a−p5]エルヴィエヌダリヴ』オジャポ!、
Quand i−s6taientらParis,la guerre6clata.[kδ一ti」ze−tε一a−pa−Ti,la_gε:r−e−kla_ta]
カンティルゼテアパリ、ラケ■ルエグラタ.
4.おわりに
外国語の発音を片仮名で示すのはいかにも幼稚な方法と見られるのが普通であり、筆者自身も
その点は同じで、発音記号の代わりに片仮名を使うことを主張しているのではない。初めにも述
べたように、フランス語を学令学生のかなり多くが、綴字の読み方、さらに文の読み方に目11れに
くい現状を見て、少しでも読み馴れさせるための補助的な手段とすることを考えているのである。
片仮名を見せると、フランス語を見ないで片仮名ばかり読んでしまうことも懸念されるが、その
ようなことも含めて、片仮名の使用が教育の現場でどんな結果をもたらすか、その功罪は今のと
ころ何とも言えない。片仮名表記の可能性と限界をよく考慮して指導し練習させることが必要で
あろう。
なお、前項の例で〔t]、[d]、[1]、[r]にも止むを得ず片仮名を用いたが、教室では特別
の約東をした上で平仮名を併用するなどの方法も考えられよう。また、発音記号では音節の切れ
目を示したが、片仮名表記では示さなかった。しかし片仮名の方でも、ナことえば「・」でもって
それを示すことができるであろう。むしろ片仮名表記の方にこそそれが必要かもしれない。
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