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49 第7章 ヒアリング調査及び考察 7
第7章 ヒアリング調査及び考察 7-1 ヒアリング対象の検査会社について ヒアリング調査は臨床検査会社である「株式会社エスアールエル」(以下エスアールエ ル)との「イデニクス・カンパニー」の 2 社に行った. 「イデニクス・カンパニー」は母 体血清マーカー検査をはじめたときは「ジェンザイム・ジャパン株式会社」という名称の 会社であったが,その後「株式会社 BML」と提携し,出生前診断のみを扱う「イデニク ス・カンパニー」を共同で作った.ヒアリングを行った 2 社のうち 1 社がこの「イデニク ス・カンパニー」である. ヒアリング対象を日本にある約 561)の臨床検査会社のうち,エスアールエルとイデニク ス・カンパニーの 2 社にしぼった理由は, 「母体血清マーカー検査」あるいは「出生前診 断」をキーワードとしてインターネットの検索サイト goo,yahoo!,LYCOS,Excite,infoseek の 5 つで検索したところ,名前の出てきた臨床検査会社がエスアールエルとイデニクス・ カンパニーの 2 社であったことと,坂井律子著の「出生前診断」2)に名前が記載されてい る臨床検査会社がこの 2 社であったことからである.しかし,同「出生前診断」に記載が あった「その他の検査会社」の名前は調べたものの,特定することができなかった. 参考文献 1)臨床検査医会:http://www.jaclap.org/ 2)坂井律子:出生前診断,pp. 60∼72,NHK 出版(1999) 7-2 エスアールエルへのヒアリング エスアールエルに対しては 2000 年 11 月 24 日,東京都立川市にある本社で,同社の『社 会的法的問題検討委員会』のメンバーである 2 人に話を伺った.以下がそのヒアリングの 内容である.「」内はヒアリング対象者の発言そのままである. 7-2-1 ヒアリング内容 1)会社について 1995 年に羊水検査の受託を開始,1996 年にトリプルマーカー検査の受託を開始した. 1997 年 4 月に社内に『社会的法的問題検討委員会』 (ELSI:ethics legal social issues 49 から名づけた)を設置した.メンバーは 20 人くらい.目的は,会社の扱っている検査に 関わる諸問題や,各検査そのものの意義などを考えていく事である.トリプルマーカー検 査については,検査を扱うかどうかということから,トリプルマーカー検査の社会におけ る役割まで幅広く考えている.特徴は独立した組織であること.メンバーはいろいろな部 署から集められており,委員会の決定によって会社の経営方針を左右できる. エスアールエルが扱っている検査は約 4000 種類あり,そのうち,会社が出している検 査案内に載っている検査が約 1500 種類,載せていないものが約 2500 種類である.トリプ ルマーカー検査は検査案内に載せていない検査の一つである.同社がトリプルマーカー検 査を検査案内に載せていない理由は,「検査案内をみただけの医療機関が,軽い気持ちで 契約しようと思ってはいけないと考えているから.出生前診断はよく考えた上で,本当に 必要な場合にのみ扱われるべきである」との判断からである. 2)被験者と提携医療機関の数 同社でトリプルマーカー検査を受けた人は 1999 年の一年間で 3,332 人,2000 年の 1 月 から 10 月までで 2,073 人,そして今までに検査を受けた人の合計は 17,694 人である.ピ ーク時には月に 500 件,年間 5,000 件を超すようなときもあったが,厚生省から 1999 年 の 6 月に「母体血清マーカー検査に関する見解」(「医師が妊婦に対して本検査の情報を積 極的に知らせる必要はない」 )が出てから,検査数は大幅に減少した. 「みんなが厚生省の通達をきっかけに出生前診断や先天性異常などの障害について考え 始めてくれたということの現れなのではないかと期待している. 」 表 7-1 トリプルマーカー検査受託一覧(報告テスト数) 1996年 1997年 1998年 1999年 2000年 株式会社エスアールエル 1月 2月 3月 4月 5月 6月 7月 8月 9月 10月 11月 12月 31 30 88 130 165 217 259 278 304 390 312 300 373 301 341 328 343 371 398 458 421 455 350 488 506 471 527 454 418 369 444 437 353 419 362 398 392 342 369 299 317 277 270 248 243 221 179 175 188 193 229 217 210 227 218 197 196 198 年計 2504 4627 5158 3332 2073 表 7-1 はエスアールエルにインタビューに行った際に,エスアールエルから提供を受け た資料から作成したものである.インタビューは 11 月に行ったので,2000 年 10 月まで のデータしかない. ヒアリングの中の発言にもあったように,厚生省の見解が出された 1999 年 6 月(網掛 けの部分)頃から検査の受託数が減っていることを,この表から読み取ることができる. 50 3)トリプルマーカー検査に対する考え方について 「エスアールエルはトリプルマーカー検査を積極的に医療機関に知らせたり,勧めたり しないという立場をとっている.検査会社としては,技術があればそれを提供することが 当然であるし,営利企業としては利益を上げなければならない.それなのに,なぜこのよ うな立場を取るのか,表向きの立場なのではないか,という質問も時々受ける.しかし, この立場は表向きのものではなく,実際のものである. 」 「トリプルマーカー検査に積極的に取り組まないという立場をとっているのには 2 つ理 由がある.ひとつめは会社の経営的な立場からの考え方である.エスアールエルの検査全 体の売り上げは年間 800 億円ほどあり,そのうちトリプルマーカー検査の売り上げは 5000 万円ほどにすぎない.言い方は悪いが,わずかな利益のために危険を冒すより,世論など を尊重した立場をとり,トリプルマーカー検査に対して慎重な姿勢で臨んだほうが会社の ためになる.ふたつめは会社の倫理的な方針から出た考え方である.エスアールエルとし ては,トリプルマーカー検査を廃止してもいっこうに構わない.しかしエスアールエルが やめても,他社が行っている限り意味はない.それならば,積極的でない立場を取りなが らも続けていくことが,人々にトリプルマーカー検査のことをよく考えてもらえるきっか けになるのではないか,と考えている.」 「NHK 総合テレビの ETV 特集『共に生きる明日』では,『飯のタネ』発言で物議をよ んだが,これが今まで以上にトリプルマーカー検査について自分たちが考えるきっかけと なった. 『飯のタネ』発言とは,1996 年 4 月 25 日に NHK 教育テレビで放送された ETV 特集『共に生きる明日』で,エスアールエルの社員が『トリプルマーカー検査は高額な費 用がかかるため,産婦人科の先生にとっては手っ取り早い飯のタネになるという期待があ る』と発言したことである.この発言により,視聴者からも医療関係者からも抗議を受け 『飯のタネ』発言が物議とよんだときは,様々なインタビューや問い合わせにもいっ た 1). さい答えない立場を取っていた.しかしその後考えてみた結果,会社の考えや会社の持っ ている情報は誰にでも公開されるべきである,そうしないと誤解も起こるであろうし,隠 す必要もないということに気がついた.だから今はどのようなインタビューや情報公開の 要求にも応じ,出生前診断について共に考えていく仲間を増やしていきたいと考えている. また,エスアールエルのなかで出生前診断に関わっている人たちは数十人程度いるが,い ろんな考え方の人がいるにせよ『障害者排除』の考え方を持っている人はいない. 」 「例えは悪いかもしれないが,包丁は使い方によっては凶器にもなる.しかし,だから といって包丁を作っているメーカーや小売店が悪いので裁かれなくてはならないというこ とではない.みんなが使用法や特性を理解し,正しい方法が分かっていればよい使い方が できるはずである.トリプルマーカーテストにも同じことがいえると思う.実現するかど うかわからないが,社会全体がそういう状況になれば,トリプルマーカー検査を他のさま ざまな他の検査と同じようにあつかえるようになるのかもしれない. 」 「トリプルマーカー検査のように倫理的にデリケートな問題は,全く禁止してしまうよ 51 りも抑制的な立場で進めていったほうがいいのではないだろうか.あとあと全面禁止にな ったとしても,人々が出生前診断や胎児の命,障害のある人のことなどについて考えるよ い機会となりうると考えるからである.」 「インフォームド・コンセントやカウンセリングというものは医療のうちのひとつであ るから,医療機関で行われるべきである. 」 「トリプルマーカー検査について(受診希望者に)説明するときは『受けるか受けない かということも考えてください.受けなくてもいいのです』ということを主張するべきで ある.なぜなら,妊婦(患者)というものは,医師にいわれたことは絶対で,逆らうこと はできないと考えがちだからである. 」 4)トリプルマーカー検査について 「1999 年 6 月に厚生省から『トリプルマーカー検査を妊婦に勧めることはすべきでは ない』という通達が出たことを境に依頼数がぐっと減った. 」 「トリプルマーカー検査を日本で最初に始めたのはジェンザイム・ジャパンである.そ の後,ジェンザイム・ジャパンは,BML という検査会社と提携してイデニクス・カンパ ニーをつくった.提携した理由は,アメリカの会社であるジェンザイムは日本での全国ネ ットの営業網が欲しかった.BML 側はトリプルマーカー検査の技術が欲しかったのであ る. 」 「トリプルマーカー検査が普及し始めた頃は,妊婦さんの受ける検査のセットに自動的 に組み込まれていたこともあった.」 「将来は母体血から胎児の細胞を取り出すことができるようになるので,簡単で確実な 検査ができるようになる(いまもできるが,研究室などで時間をかけてできるくらいで, 検査会社が扱える検査ではない)2)」 「日母会報の『アメリカではトリプルマーカー検査について説明しなかったから訴えら れ敗訴した例もある』という記事を見せて,訴えられると困るでしょう,だからトリプル マーカー検査を実施しましょうというようなことを言った医師がいる.これはとんでもな いことだ.訴えられるから検査を行うということには絶対に賛成できない.」 「イデニクス・カンパニーは,トリプルマーカー検査で問題とされる,カウンセリング 不足を飯沼医師で補おうとしている.飯沼和三医師 3) とはトリプルマーカー検査を普及す る考えの人の間では教祖的な存在の人である.今のところ検査を受けている人も少ないし, 質問の電話などもあまりないからよいが,これから検査を広めていって4),もっとたくさ んの妊婦が検査を受けるようになったら,ケア体制はどうなるのか.一人では行き届かな くなるのが目に見えていると思うが,その点をどうするのかが気になるところである. 」 「トリプルマーカー検査で使う 3 つの蛋白質は同検査だけでなくほかの検査でも使用す る.トリプルマーカー検査のためだけの検体ではない. 」 「検査結果は陽性や陰性といった誤解を受けるような表現は避け,確率を数字で示すよ 52 う依頼している.」 5)病院との契約などについて 「現在トリプルマーカー検査と関係なくエスアールエルが契約を結んでいる医療機関が 3000 施設ある.これらの医療機関とは 1 年単位の契約で,自動更新である.しかしトリ プルマーカーテストは普通に 1 年契約を結んでいる医療機関でも,それとは別に契約を結 ばないといけないシステムになっている.さらにトリプルマーカーテスト用の契約書は他 のものとは少し違っていて, 『契約書の条件を満たさないと契約しません』というもので, 契約書としては異例の医療機関に対して強気なものとなっている.また,各々の検査を依 頼するときに書く検査申込書も他の検査と違い,医師直筆のサインがないと受け取らない ことになっている. 」 6)トリプルマーカー検査の資料について 「厚生省の指示により『検査会社が患者(妊婦に)トリプルマーカー検査を宣伝するよ うなものを作ってはならない』とされているので,妊婦に向けた資料というものは基本的 には作っていない.しかし,医療機関側から希望があるので,医師が妊婦に説明する際の 資料となるものは作っており,希望があれば医師に渡している.それには会社名などは入 っていないし,直接妊婦に見せてもよいが,参考資料としてくださいと頼んである.だか らその資料を見て妊婦がエスアールエルという会社を知ることはない.」 7)現在の日本の状況について 「日本以外のアジア諸国ではトリプルマーカー検査を受ける人はかなりのパーセントに なる.特に韓国は絶対といっていいほど受ける.それは少子化かつ高学歴志向が高まって いるので障害のある子どもを産むなんてもってのほかという考え方が強いからである.こ のことを考えると,障害のある人やその親の会からは『甘い』という意見をもらいそうだ が,日本は障害のある人のことを考えてこれほど議論になっているのだから,ある意味, ゆとりのある国といえるのではないだろうか. 」 「トリプルマーカー検査(および羊水検査)の結果,胎児に障害があるとわかった場合, 中絶する妊婦が多いのはなぜかというと,それは障害者を支援するシステムが整っていな いからである.システムが整っていて,育てること自体や,経済的なことなどへの心配が 少なくなったら,産む選択をする人がもう少し増えるかもしれない. 」 「一人目に障害のある子どもを産んだ親は,自分の死後,面倒をみてくれる健常な兄弟・ 姉妹を求める傾向にある.よってそのような親は出生前診断を受けることが多いようであ る. 」 「多くの人は,障害を持っている人のことを社会的な存在としては認識しているけれど, 自分の家族や子どもに障害があるということは受け入れることが難しいようである.」 53 8)会社の考えるトリプルマーカー検査の長所 「たとえこの先,トリプルマーカー検査が禁止されることになったとしても,出生前診 断や胎児,障害のある人のことなどについてたくさんの人が関心を持つきっかけになり得 るのではないだろうか,と考えている.」 9)妊婦について 「トリプルマーカー検査を受けたいといってくる妊婦は『胎児に障害はありませんよ』 といってもらいたいから来るという人が多い.そのような人は障害のある確率が高いとい う結果が出た場合,必要以上にうろたえてしまうことがある.トリプルマーカー検査を受 ける際には,あらゆる可能性を知り,自分にあてはめて考えてからにして欲しい. 」 「妊婦は自己決定をするためにも,もっといろいろなことを知ろうとして欲しい. 」 「妊婦からの直接の質問に答えるシステムは作っていない.年に 3 回くらい検査結果に 関しての質問が来る 5)がその時は,その電話を倫理委員会のメンバーにまわしてもらって, メンバーが『主治医に聞いてください』と説明することになっている.なぜ妊婦からの質 問に答えないのかといえば,理由は 2 つある.ひとつは病院と検査会社の契約として,守 秘義務があるからで,もう一つは『医療』に対する配慮からである.検査会社が妊婦から の質問に答えてしまうと一番大切な『医師と妊婦との信頼関係』が崩れてしまう.検査会 社はあくまで検査をする会社であって,質問に答えたとしてもその後のフォローをしてい けるわけではないし,してもいけないと考えている.フォローをしていくのは医者なので, そのために信頼関係を壊すような事があってはいけない.だから妊婦からの質問に直接答 えることはしない. 」 「検査全般に対しての質問部署は設けてあるので,医師にわからないことがあったら何 でもお答えする.」 「妊婦の信頼を得るということは大切なことである.そのために,検査について説明す る際には,この説明を受けた先にはどのような選択肢があるのか,また提示する選択肢の 中に『検査を受けない』という選択肢もはじめからいれてあるか,などに留意することが 必要であると思う. 」 トリプルマーカー検査を受けた妊婦は,検査について理解してから検査を受けたと思っ ていますかという質問に対して「医師が会社の頼む通りに説明していてくれたら,妊婦さ んはトリプルマーカー検査についてよく理解しているはずである」との答えであった. 「妊婦にどの程度情報を与えるかは難しい問題である.すべてをきちんと間違えなく伝 えたからといって,どんな情報でも伝えていいものだろうか? それはわからない. 」 「京都で妊婦がトリプルマーカー検査を医師に教えてもらわなかったとして裁判を起こ した.医師が負けるという判決にはならなかったが,訴えられたということ自体が衝撃的 だった. 」 54 10) 母体血清マーカー検査の問題点について 「トリプルマーカー検査は確定的な答えのでないテストであることと,血液を取るだけ なので医師にも妊婦にも心理的ハードルが低い検査であることが問題である.」 「障害のある人の親の会などは『いいかげんな検査だから』母体血清マーカー検査に反 対であるとはけっして言わない.それではいい加減な検査じゃなければいいのか,という ことになってしまうからである. 」 11) 情報の開示と守秘義務について 「データはかってに移動できない.例えば妊婦が『A 医師は頼んでも何も説明してくれ ないし,信頼できないので B 医師に変わろうと思っている.だから私の検査結果を B 医師 に送ってください』と言ってきても B 医師に送ることはできない.A 医師の承諾を得ない とだめなのである.それはエスアールエルと検査の契約を交わしたのは A 医師であって, A 医師との間に守秘義務があるからである.時々医師の名前をかたって検査結果を聞こう とする人もいるが,折り返し電話をすることによって防いでいる.また電話のオペレータ ーは,医師でない人はすぐに分かる. 」 「病院から預かった検体をどうあつかうのかについて.ガイドラインで『速やかに廃棄 すること』となっているが,医師のほうから同じ検体で他の検査をしてくれという依頼が 来ることがよくあるので,検体は最低 3 週間ほど保存して,その後焼却処分する.担当医 師から返却の要請があれば返却する. 」 「いま社会的法的問題検討委員会を中心として,抑制的な立場を進めていっているが, その考えを会社が採用せず,トリプルマーカー検査をどんどん進めていこうとなったら, それは誰が止めるのかといった不安がある.そこでエスアールエルでは,会社が暴走して しまうのを防ぐために,作ったガイドラインや文書などをどんどん公開して社会的に会社 の立場を拘束していこうとしている.一度公開すると,簡単には立場を変えることができ ないからである.」 12) わかりやすい言葉について 「一般の人(医療に対しての素人)に分かる言葉に関しては,体系的な『診療科別・分 かりにくい言葉と説明の対比表』というようなものはない.しかし医療に従事する者とし て,素人でも分かる言葉を使うということは,個人レベルでの最低限の心得であるとおも う. 」 「資料を作るにあたっては,非常に長い時間をかけて協議し『分かりやすい表現』に努 めたが,そうした議論の中で『妊婦がどう理解するのかが問題なのだから子どものいる女 性に議論に参加してもらわなければならない』ということに気づいた.女子社員にも参加 してもらい,案の段階で複数の女子社員から意見を求めるようにしている.しかし,それ でも当社社員と一般の妊婦の間ではギャップはあるかもしれないと思っている. 」 55 13) その他 「検査会社に頼まなくても病院内でできる検査もある(一般検査).それに対して検査 会社に依頼するようなものは,特別な施設や設備が必要,施設・設備・機械・試薬などの 費用が高い,行う頻度が少ないといったような検査である.トリプルマーカー検査もその ような検査だということである. 」 「検査会社の検査は病院から検体を預かって行うということは信頼関係がすべてである. その信頼を壊さないよう,精度や会社自身を向上していかなくてはならない.」 「社会的法的問題検討委員会で,トリプルマーカー検査を担当しているメンバーの考え としては,あなた(著者)のように話を聞きに来る人などに対して,トリプルマーカー検 査について誤解のないよう理解して欲しいというよりも,トリプルマーカー検査(出生前 診断)について一緒考えていく仲間になって欲しいという気持ちでいる.そのため,どの ような人からでも,取材の要請があればすべて答えていきたい.また実験の施設(ラボ) も希望があれば見学してもらうようにしている.」 7-2-2 資料について 同社から提供を受けた資料は,「会社概要」,「検査案内」,「出生前診断にかかわる検査 に関するガイドライン」, 「トリプルマーカー検査についての妊婦向けの資料(平成8年3 月4日から平成10年2月26日まで使用分,平成10年2月27日から平成12年1月 19日まで使用分,平成12年1月19日から現在まで使用分の 3 種類) 」, 「トリプルマ ーカー検査についての資料(医師向け)」 , 「トリプルマーカー検査の結果報告書(医師用)」, 「トリプルマーカー検査と羊水染色体検査の受託契約書」,「臨床検査センター売上高上位 7位のグラフ」 , 「トリプルマーカー検査と羊水染色体検査の受託数一覧」 , 「出生前診断と 医事紛争(日母会報4月号の記事抜粋)」,「風疹中絶ちょっと待って(朝日新聞,平成 9 年 6 月 22 日の朝刊記事の抜粋) 」 , 「いのちの海図(信濃毎日,平成 10 年 1 月 1 日から 1 月 27 日までの記事の抜粋) 」 , 「いのち生まれる時に(埼玉新聞,平成 10 年 9 月 7 日から 平成 11 年 1 月 11 日までの記事の抜粋)」 , 「ビデオ(NHK 教育テレビ:ETV 特集『共に 生きる明日』1996 年 4 月 25 日, 『生命誕生の現場』1998 年 2 月 2,3,4 日の録画分)」の 17 種類である. 参考文献,注釈 1)坂井律子:出生前診断,pp. 67∼69,NHK 出版(1999) 2)母体血による胎児 DNA 検査のことである.(5-4-6 参照) 3)愛児クリニックの院長であり,イデニクス・カンパニーと業務提携を結んでトリプル 56 マーカー検査に関するカウンセリングを担当している医師である. 4)イデニクス・カンパニーはトリプルマーカー検査を普及させようとしているので,こ のような心配がある. 5)本来,エスアールエルはトリプルマーカー検査を受ける妊婦に会社名を知らせること はしていないのだが,エスアールエルから医療機関に対しての検査結果報告書(妊婦 に見せないことになっている)を,時々妊婦に渡してしまう医師がいて,そこに書か れてあるエスアールエルの名前と電話番号をみて電話してくることがある. 7-3 イデニクス・カンパニーへのヒアリング イデニクス・カンパニーに対しては 2000 年 1 月 22 日,東京都新宿区にある本社にて, イデニクス・カンパニーの常務取締役とイデニクス・カンパニーが業務提携をしている愛 児クリニックの院長である飯沼和三医師に話を伺った. 7-3-1 ヒアリング内容 最初にイデニクス・カンパニーのトリプルマーカー検査の名称について説明を加える. イデニクス・カンパニーは,エスアールエルが「トリプルマーカー」という名前を使う ことに対して,商標差し止めの訴訟を起こした.その理由は,同社の検査サービスの内容 がインフォームド・コンセントを徹底していること,カウンセリング等のアフターケアサ ポートサービスが存在すること,リスクの算出方法の信頼性があること,追跡調査の実施 がなされていることなどの特徴があり,検査の内容や水準でエスアールエルのものとは同 一ではないのに,同一名称であるために同一の検査であるという誤解が生じているという ことである 1). そのため同社では,現在商標登録を申請中であると言う意味の「TM」と言う添え字を付 け, 「トリプルマーカー TM 検査」と表記することとしている. しかし,特許庁は「トリプルマーカー」は一般名詞に近いとして許可をしていない. 本論文では混乱を避けるためどちらも「トリプルマーカー検査」と表記することとする. 参考文献 1)http://biotech.biztech.co.jp/NEWS/CASDATA/NO21/SPC9704111058.html 57 1) 会社について ジェンザイム・ジャパン株式会社は,アメリカに本社をおくジェンザイム社の日本拠点 である. 1982 年頃羊水検査の受託を開始し,1992 年頃にトリプルマーカー検査を導入した.そ の後,1994 年,一般に向けてトリプルマーカー検査を開始,妊婦に対してのカウンセリン グのサポートと,医者に対してのチーム医療という形でのサポートを提供しはじめた. 「トリプルマーカー検査を始めたとき,日本には検査の技術とソフト(インフォームド・ コンセントの概念など)がなかった. 」 2) 被験者と提携医療機関の数 トリプルマーカー検査を同社で受けた人は 1 年に約 11,000 人,今までに検査を受けた 人の合計は約 57,000 人である.また提携している医療機関は 1,300 件である. 3) トリプルマーカー検査に対する考え方について 「『出生前診断は中絶につながるものである.なのに,なぜダウン症の専門医である飯 沼医師がダウン症の子どもを産まれる前に中絶してしまう可能性のある検査に関わるの か』ということをよく聞かれる.なぜ関わっているのかというと,トリプルマーカー検査 は妊婦の根拠のない不安を解決する検査であると思っているからである. 」 「日本の障害のある人の会やその親の会は羊水検査は認めているが,トリプルマーカー 検査は認めていない.しかしそれはエゴイズムじゃないだろうか.なぜなら日本の親の会 のメンバーに,出生前診断を受けるかと聞いたところ,7 割の人が『羊水検査』を受けた いと答え,『トリプルマーカー検査』を受けたいと答えた人はいなかった.それは,検査 を受けようと考える人は確率が知りたいのではなく,確実にわかりたいからである.3割 のひとは羊水検査も受けないと答えた.これは障害があろうとなかろうと産むと決めてい るから必要ないのである.また,親の会などの代表の立場で,強固な態度でトリプルマー カー検査に反対しているのは,もともと子どもを産むことのできない男性や,閉経後で, 子どもを産めなくなった女性が多い.このような考えを持っている人や,子どもを産まな い人が,自分には必要ないからという理由からトリプルマーカー検査にあたまから反対し てもいいのだろうか.」 「母体血清マーカー検査の目的はスクリーニングすることではなく,生まれてくる子ど もの状態を知るための検査である.」 4) トリプルマーカー検査について 「日本において EBM (evidence based medicine)1)という考え方はまだ始まったばか りで,珍しいもの,恐ろしいもの,関わりたくないものといったような考えがある.そし ていま問題となっている,トリプルマーカー検査はこの EBM なのである.ここでなぜト 58 リプルマーカー検査は EBM なのかというと理由が 2 つある.ひとつはインフォームド・ コンセントを行うことを前提として検査を実施するから,そしてもうひとつは追跡調査 2) を行うからである. 」 「カリフォルニアのある地域では現在,トリプルマーカー検査を受けて胎児が障害を持 つ可能性が高いとされた妊婦が羊水検査を受けて,その結果,胎児がダウン症とわかった 場合に,そのまま妊娠を継続する人が 40%いる. (アメリカでは 10%,イギリスでは 9%, オ−ストアリアでは 2%. )なぜそんなにたくさんのひとが産む選択をするのかを考えてみ たところ,こうであろうと言うことができる.それは,トリプルマーカー検査の説明を全 員にして,そのうち 7 割が検査を受ける.それが 10 年間続いたいま,ダウン症のことを 知るチャンスが増え,身近なものになってきた.ダウン症のことをよく知り,ダウン症で あっても成長し,普通に生活している姿を見て,産んでも大丈夫という考えが広まり,産 む人が増えたということである.10 年かかったが,トリプルマーカー検査が正しく社会に 受け入れられると,こうなるであろうという見本であると思う. 」 「アメリカでは医師が妊婦にトリプルマーカー検査についての説明をしなければ,罪と なり,刑務所に入ることもありえる. 」 「日本も含めて,たいていの国で,高齢出産といわれる年齢のアンダーラインを 35 歳 にしている.35 歳を過ぎるとハイリスク妊婦と言われ,35 歳以下はローリスク妊婦と言 われる. 」 「検査結果は高齢出産であるといわれる 35 歳の妊婦の胎児がダウン症である確率 (1/299)より高い場合をスクリーン陽性,低い場合をスクリーン陰性として示している.」 5) 病院との契約などについて 「きちんとしたインフォームド・コンセントを行うことを約束した上で,医療機関と契 約をしている. 」 6) トリプルマーカー検査の資料について 該当する話は聞けなかった. 7) 現在の日本の状況について 「いまだに『遺伝子決定主義』や『遺伝子信仰』という考え方が存在する」 「日本の未来を妊婦さんにかけている.妊婦さんが賢く正しい判断をすることにより, トリプルマーカー検査も正しく理想的な広がり方をするだろう.女性が賢くなることは 国家の再生につながる.自分のもっとも切実な問題である妊娠という問題をうまく解決 するために,男性をうまく使うことができるようになれば,その結果として国全体とし ても賢くなるだろうと考えているからである. 」これは飯沼医師の意見である. 「日本は情報を出すということは差別につながるという考え方がある.例えば,ダウ 59 ン症についてでも,正しいことを伝えることはあまりせず,補償などばかりを求めてい る.欧米ではどちらかというと逆の考え方をしていて,情報を積極的に公開することに よって,たくさんの人々に知ってもらい,知ることによって,そのことを考えていく第 一歩とする,といったような考え方が強い.」 「産婦人科の先生の大半はダウン症のことをほとんど知らない.それはダウン症の子 どもを産んだ親は,産まれたときはショックを受けているが,その後,一緒に生きてい く上で,喜びや生きがいなどを感じていくからで,生まれたときしか知らない産婦人科 の先生は『ダウン症=ショック(暗い)』というイメージしかないためである. 」 「アメリカやイギリスではなぜこんなに出生前診断が広まっているのかというと,そ の理由の一つとして次のような事が考えられる.欧米諸国では,子どものころから授業 の一環として『ディスカッション』をすることが多いので,考えること,自己決定を行 うことに慣れている.だから出生前診断が広まってきても,それを受け,考えたうえで 自己決定をすることができる傾向にあるのではないだろうか.」 8) 会社の考えるトリプルマーカー検査の長所 「トリプルマーカー検査でよいと思われる点は,配偶者も妊娠に関わってくれるきっか けとなるということである.一般に,胎児が障害を持っているかもしれないとわかった場 合,妊婦は配偶者の両親や親戚から責められがちである.その場合守ってくれるのは配偶 者しかいないのであるが,配偶者が検査や障害について分かっていないと,守ることも難 しいのである. 」 9) 妊婦について 「出生前診断で子どもがダウン症であるとわかった人が,ダウン症であってもその子ど もを産むという決断をした場合は,最高のサポートをしてあげるし,どこでもそうされる べきである.自分はダウン症の専門医であるから,そのサポートをすることができる. 」 「妊娠や出産,出生前診断に関しては,どんなに(夫婦間で)相談をしていようとも, 最終的に中絶や妊娠継続などを決めるのは女性である.男性の意見はあくまで参考意見に 過ぎない. 」 「自己決定権というものは誰もが持っているもので,尊重しなければならないものであ る.しかし今の状況では,妊婦は周りからのプレッシャーがおおきすぎて,正しい自己決 定ができない,という考え方があるが,周りからのプレッシャーのない状況というのは考 えられない.何らかのプレッシャーがあった上で,どのプレッシャーと近い意見を出すか ということを決定するのも妊婦の自己決定であって,そのような自己決定ができる状況を 作りたいと思っている.」 「自己決定できない人の例としては,精神分裂病やうつ病の妊婦などがある.そのよう な人には自己決定する能力がない.精神分裂病やうつ病の妊婦は,自分で決定しても,そ 60 の決定が正しかったのかどうかについて大変に悩み,追いつめられていく.少しでも,う つ病などの可能性を感じた場合は,夫など身近な人に尋ねて対応策を取るようにしてい る. 」 「自分の体は自分のもの.自分の体のことは自分で決める事ができる.このことは当然 の権利である. 」 「自己決定は練習しておかなくてはなかなかできるものではない.日本ではこの練習が されていないので, 『自分のことを自分で決める』という考えも浸透していない.」 「組織化された自己決定の代表例が『国政選挙』である.国政選挙は自己決定の方法を 組織的に練習しているようなものである. 」 妊婦からの質問については「検査を受けたらどのようになるのかというような質問が前 は多かったが,インフォームド・コンセントの資料を作り直すたびに,質問内容の傾向も 変わっている.逆に言えば,電話の質問内容を参考にして資料を作り替えている」という ことである. 10) 母体血清マーカー検査の問題点について 該当する話は聞けなかった. 11) 情報の開示と守秘義務について 「国家社会主義的思想というのは国家が国民の考えを統率することも含まれている.こ のことをふまえて考えると,国に対して,『母体血清マーカーテストを法律で禁止しろ』 というのは国に『知る権利』や『自己決定権』を禁止してくれといっていることと同じで ある.母体血清マーカー検査を優生思想で,ナチスと同じだと言う人がいるが,検査の禁 止を法律で規制することもナチスと同じであると考える.」 12) わかりやすい言葉について 「簡単で,妊婦に分かりやすい言葉で説明することは難しく,そして時間がかかる.医 者はたいてい忙しいので,なにかそれを埋め合わせるものが必要となる.外国では専任の カウンセラーがいるところが多い.」飯沼医師は日本において,カウンセラーの役割をす るにふさわしい人は助産婦だと考え,年 1 回の講習を行っている. 「患者の情報は誰のものなのだろうかと考えたとき,ひとつは患者自身のもの,そして もう一つは医療スタッフのものであると言えるだろう.ではどこまでが医療スタッフとい えるのだろうか.違う職業の人に情報を伝えるということは意味がない.しかし,医療に 携わるものの中での情報交換は医療処理の一つにつながる.むしろ,自分が関わるかもし れないもの・ことには常にアクセスフリーの状態であるべきである.医療スタッフの間で のみの情報交換はよいことにつながる場合が多い.例えば,伝染病にかかった人がいる. そのことを内緒にしていたままでは伝染病は広がる一方だろうが,知らせることによって, 61 広がることを食い止めることができるかもしれない,というような場合である. 」 「世界中の医療は一つ.多くの人の健康管理に役立つ情報を滞らせてはいけない. 」 13) その他 「生命倫理の考え方というのは現場でどう行動するかが問題なのであって,言い合って いるだけでは意味はない. 」 「医者ももちろんだが,妊婦さんと接する機会のより多い助産婦さんたちに出生前診断 をよりよく知ってもらいたい.年に一回,助産婦さんのための講習会を開いている.」 「裁判を起こすということは物事をよい方向に向かわせる可能性がある. 」 「『自分は正しい,自分は自分である』という考えをもつことが本来の人間らしさであ る.障害のある人も,この障害も自分の一部,自分の個性であると考えるのが望ましい. 障害は個性のひとつであると思えるように,さまざまな情報をみんなに伝えなくてはなら ない.そして伝えていくことをする立場として,最もふさわしい人が障害を持つ人の会や その親の会の人々である.しかし日本の障害を持つ人の会やその親の会は,情報を伝える というよりも,泣き言をいう会に近いものがある.問題を正面から論じないで,弱いとこ ろばかりをついて,政府やその他機関を責めているだけのように思える. 」 「マス・スクリーニングとは『ふるいわけ』ではなく『精密検査への入り口』であると 考える.危険であったり,お金がかかったりする検査を誰もが受けられるわけではないか ら,その手助けのような形で,行われるのがスクリーニング検査である.このことが全く 否定されるなら,小学校での健康診断もやめるべきである. 」 「またスクリーニングにより,ダウン症児や神経管形成異常などの子どもを中絶するこ とがいけないのなら,いまは欲しくないから,2 人いるので 3 人目は欲しくないから,と いった考えの中絶はいいのか? これも差別の一つといえるのではないだろうか.」 1)EBM とは証拠に基づいた医療のことである.EBM の話をするとき飯沼医師は「日本 では風邪をひいたら熱い風呂に入れて暖めなさいというが,北欧の国では冷たい風呂 に入れて冷やしなさいという.どちらも治療法であるが,証拠はないのでどちらが正 しいのかはわからない.この治療はどちらも EBM ではない」と説明した. 2)追跡調査の結果,相関係数は 0.98 であり,50 分の 1 の確率でダウン症児が生まれると いわれた妊婦の 50 人のうち1人からダウン症児の子どもが産まれていた. 62 7-3-2 資料について 同社から提供を受けた資料は「会社プロフィール」,「検査項目」 , 「常染色体と性染色体 についての資料(英語)」,「トリプルマーカーテストについての資料(医師向け,妊婦向 け・同意書付き,妊婦向けリーフレット,検査結果報告書の 4 種類) 」, 「クアトロマーカ ーテストについての資料(医師向け,妊婦向け・同意書付き,妊婦向けリーフレット,検 査結果報告書の 4 種類) 」 , 「イデニクスニュース 4・7月号」, 「クアトロテストに関する 資料(英語)」 , 「第3回 厚生科学審議会先端医療技術評価部会出生前診断に関する専門委 員会議事録」,「母体血清マーカー検査に関する見解(厚生省)」,「マタニティ(婦人生活 社)1997 年4月号掲載記事」, 「日本女性におけるトリプルマーカーテスト」, 「参考文献・ 資料・図書リスト」,「先天異常に関する裁判とその判例」,「『日経バイオテク』の記事の 抜粋」 , 「愛児クリニックプロフィール」, 「出生前診断のインフォームド・コンセント用資 料」, 「助産婦対象の勉強会の資料」,「電話相談の記録」 ,「特集:小児科医の倫理6∼遺伝 子治療・出生前診断と医の倫理(本からの抜粋)」,「特集:小児の臨床検査・最近の進歩 ∼トリプルマーカーテスト(小児科臨床別刷からの抜粋)」,「産婦人科の実際∼双胎妊娠 におけるトリプルマーカースクリーニングの有効性(金原出版株式会社)」,「産科外来診 療∼染色体異常のスクリーニング(医学書院)」,「愛児クリニックのホームページ開設の ご案内」,「トリプルマーカーテスト(周産期医学,vol.26,1996 年増刊号)」 ,「ダウン症 児の写真の載ったカレンダー:3 部」 , 「スターリング・ M ・パック他:パパとママのため の遺伝相談,日本評論社,1994 年」の 32 種類である. 7-4 ヒアリングのまとめ ヒアリングを行った 2 社は,トリプルマーカー検査に対してまったく反対の立場をとる 会社であった. エスアールエルはトリプルマーカー検査の普及にはどちらかというと反対で,「将来普 及することがあるとしても,いまは普及させるべきではない.また,将来に普及させる場 合でも,たくさんの時間をかけ,偏見や誤解,不必要な不安,知識不足などの諸問題が解 決されたときに行うべきだ」という考え方を持っている. これに対してイデニクス・カンパニーは反対に,トリプルマーカー検査を積極的に普及 させようとしていて,「情報は広く公開するべきである.トリプルマーカー検査という検 査が存在しているのにそれを教えないことはおかしい.これは妊婦が考えて結果を出すべ き問題で,妊婦にはそうする権利がある.その権利を侵害することはしてはならない」と いう考え方を持っている. まったく反対の立場の 2 社にヒアリングを行って,同じ話題に対して違う話を聞くこと 63 ができたので,大変参考になった.ヒアリング内容は大まかな内容で 13 項目に分けた以 外はあえてまとめたり,編集したりすることはせず,できる限り聞いたままの言葉で記述 した.それは普段知ることのできない,「臨床検査会社の本音」というものをニュアンス も含めて知ってもらいたいという意図からである.また,まとめや編集をいれてしまうと 著者の偏見や思い込みが加わって本来の意味と異なるものとなることがあるのではないか と考えたためである. 7-5 資料のまとめ エスアールエルとイデニクス・カンパニーから提供を受けた資料は 7-3-2 と 7-4-2 で紹 介した.以下,そのうちで「リスクメッセージ」に関係のあるものとして,妊婦が母体血 清マーカー検査のことを知る機会となるであろうと考えられる,会社が出している母体血 清マーカー検査に関するパンフレットについて考察を加える. エスアールエルの資料のうち,母体血清マーカー検査に関するパンフレットは「トリプ ルマーカー検査についての妊婦向け資料(3 種類)」であった.第 1 版が出されてから 2 回 改訂されているため 3 種類ある.3 種類とも同じ目的で使用されてきたパンフレットであ る. イデニクス・カンパニーの資料のうち,母体血清マーカー検査に関するパンフレットは 「トリプルマーカーテストについての資料(妊婦向け・同意書付き)」と「クアトロマー カーテストについての資料(妊婦向け・同意書付き) 」と「出生前診断のインフォームド・ コンセント用資料」の 3 種類であった. これらの資料はどれもが「Q&A」の形で書かれている.これは両社とも,実際に妊婦な どからの質問に答えたものではなく,読む人に分かりやすくするために「Q&A」の形とと っているということであった.パンフレットのすべてを記載することは紙面の関係上無理 なため,質問の部分と重要な変更個所のみを以下に示す. 64 7-5-1 エスアールエルの資料 エスアールエルの資料① 「お母さんの血液を用いた出生前の検査∼トリプルマーカー検査について」 有効(使用)期間:1996 年 3 月 4 日から 1998 年 2 月 26 日まで 特に資料②では削除された個所を二重下線で示した. 表紙:子どもに母乳を与えている母親のイラスト Q1 トリプルマーカー検査とはどんな検査ですか? Q2 ダウン症候群について教えてください Q3 ダウン症候群の子どもはどのような障害を持って産まれてくるのですか? A1) ダウン症候群の赤ちゃんは,生後に発達遅延などの障害や様々な合併症が あります A2) 今のところダウン症候群の治療法は見つかっておりません Q4 ダウン症候群を産みやすい体質はあるのですか? Q5 脳や脊髄の形成異常について教えてください A1) 原因ははっきりと分かっていないが,遺伝的な要因と環境的な要因による ものではないかと言われています A2) 超音波検査によって,妊娠 5 ヶ月終わり頃までにほとんどがわかります Q6 妊娠のいつごろに血液をとるのですか? 65 Q7 検査はどのようにすすめられるのですか? Q8 推定に年齢を用いるのはなぜですか? Q9 この検査の信頼性について教えてください A1) お母さんの年齢による確率だけでみた場合に比べて信頼性は高いと言えま す Q10 検査の結果はどのくらいで分かりますか? Q11 検査の結果はどのように報告されるのですか? Q12 検査の結果をどのように判断するのですか? Q13 トリプルマーカー検査で確率が高く出た場合はどうすればよいのですか? Q14 羊水検査について教えてください Q15 トリプルマーカー検査で確率が高く出た場合,続けて羊水検査を受けなければなら ないのですか? A1) 羊水検査はトリプルマーカー検査とはまた別の検査です A2) ご自身でよく考えたうえで,検査を受けるか受けないかを選択してくださ い Q16 35 歳以上であれば直接羊水検査を受けたほうがよいのではないでしょうか? Q17 羊水検査で赤ちゃんの障害がわかった場合,どうすればいいのですか? A1)担当の先生とよく話し合ったうえ,ご自身で判断してください Q18 トリプルマーカー検査はだれもが受けたほうがよい検査なのですか? A1)必ずしもそうとは限りません.トリプルマーカー検査を受ける意味は人によ って異なります Q19 何か参考になるような本はありませんか? Q20 トリプルマーカー検査の検査料金はいくらですか? 付録:トリプルマーカー検査の進め方のフロー図 注) 「検査を受けない」などの検査に対して否定的な選択肢は弱く示されているか, あるいは示されていない(著者) 66 エスアールエルの資料② 「お母さんの血液を用いた出生前の検査∼トリプルマーカー検査について」 有効(使用)期間:1998 年 2 月 27 日から 2000 年 1 月 19 日まで 特に資料①からの変更箇所を下線で示した. 表紙:文字のみ.イラストはない Q1 トリプルマーカー検査とはどんな検査ですか? Q2 ダウン症について教えてください Q3 ダウン症の赤ちゃんはどのような障害を持って産まれてくるのですか? A1) 発達遅延などの障害や様々な合併症などが現れる場合もあります Q4 ダウン症を産みやすい体質はあるのですか? Q5 脳や脊髄の形成異常について教えてください A1)まだ原因ははっきりと分かっていません Q6 妊娠のいつごろに血液をとるのですか? Q7 検査はどのようにすすめられるのですか? Q8 検査の結果はどのくらいで分かりますか? Q9 検査の結果はどのように報告されるのですか? Q10 ダウン症の推定に年齢を用いるのはなぜですか? Q11 トリプルマーカー検査の信頼性について教えてください 67 Q12 トリプルマーカー検査で確率が高く出た場合はどうすればよいのですか? Q13 羊水染色体検査について教えてください Q14 トリプルマーカー検査で確率が高く出た場合,続けて羊水染色体検査を受けなけれ ばならないのですか? A1)羊水染色体検査を受けなければならないわけではりません A2)検査を受けるか受けないかは,ご夫婦で相談のうえご自身で判断してくださ い Q15 直接羊水染色体検査を受けた方がよいのではないでしょうか? Q16 羊水染色体検査で赤ちゃんの染色体異常がわかった場合,どうすればいいのですか? A1)その染色体異常をもっていることが,どのようなことなのかを知る必要があ ります Q17 トリプルマーカー検査はだれもが受けたほうがよい検査なのですか? A1)知りたくない人や知る必要のない人は,検査を受ける必要はありません Q18 何か参考になるような本はありませんか? Q19 トリプルマーカー検査の検査料金はいくらですか? 付録:トリプルマーカー検査の進め方のフロー図 注) 「検査を受けない」という選択肢は矢印だけではあるが示されている(著者) エスアールエルの資料③ 「お母さんの血液を用いた出生前の検査∼トリプルマーカー検査について」 有効(使用)期間:2000 年 1 月 20 日から現在まで 特に資料②からの変更箇所を下線で示した. 表紙:文字のみ.イラストはない Q1 トリプルマーカー検査はどのような検査ですか? Q2 ダウン症の赤ちゃんはどのような症状を持って生まれてくるのですか? Q3 脳や脊髄などの形成異常(神経管形成異常)についておしえてください A1)妊娠 5 ヶ月の終わりごろまでに超音波検査によりほとんどがわかります Q4 おなかの中の赤ちゃんの状態をどのように推定するのですか?(ダウン症の場合と 脳や脊髄などに形成異常がある場合) Q5 ダウン症はどうして起こるのですか? Q6 ダウン症がある確率はどのように考えればいいのですか? Q7 トリプルマーカー検査で確率が高く出た場合,どうすればよいのですか? Q8 羊水染色体検査とはどのような検査ですか? Q9 どのようなときに羊水染色体検査を受けるのですか? 68 Q10 羊水染色体検査で赤ちゃんの染色体異常が分かった場合,どうすればいいのですか? Q11 ダウン症や,脳や脊髄などの形成異常を持った子どもたちのことについて知るには どうすればよいのですか? Q12 参考になる本はありますか? Q13 トリプルマーカー検査はいつごろするのですか? Q14 検査の結果はどのくらいでわかりますか? Q15 トリプルマーカー検査の検査料金はいくらですか? 付録:妊娠とトリプルマーカー検査のフロー図 注)「検査を受けない」という選択肢が矢印と「希望しない」という説明の二つで 示されている(著者) トリプルマーカー検査に関するパンフレットの改訂作業は,障害のある人やその親の会 や医療関係者,社員などからの質問などを参考に行っている.その改訂の内容から,母体 血清マーカー検査に関する資料を作る際に問題となってくることは,次の 3 つが中心であ ると考えられる.以下,改訂内容を例にあげながら述べる. (1) 障害のある人への配慮 母体血清マーカー検査が,ダウン症や神経管形成異常などの先天性異常を見つけること のできる検査である以上,先天性異常を持って産まれ,いま現在生活している人への配慮 をおろそかにしてはならない.しかし,気づかない間におろそかにしてしまう場合が多い. エスアールエルの資料①の表紙には子どもに母乳を与える母親のイラストが載っていた. 出生前診断から母子を連想して載せただけであったが,障害者の親の会から抗議を受けた. その理由は「母体血清マーカー検査のパンフレットに幸せそうな母子のイラストが載って いるということは,母体血清マーカー検査を受けたらイラストのように幸せになるという イメージを与える」というものだった.エスアールエル側は「本当に気がつかなかったが, いわれてみると納得できる理由である.時間をかけ熟考して作ったつもりだが,まだまだ 足りないところがたくさんあるようだ」と語った.その後,資料②からは表紙のイラスト はなくなった.このことから,リスクメッセージを作成する際には,より広くの関係者の 意見を取りいれることが大切だとわかる. (2) 誤解を招くことのない,正しい言葉遣い 倫理的な問題は,言葉遣いのちいさな間違いによっても誤解や偏見を生みだす可能性が ある. 例えば,資料①の 17) 「羊水検査で赤ちゃんの障害がわかった場合,どうすればいいの ですか?」の「障害」と言う言葉が,資料②では「染色体異常」と変わっている.これは 69 「染色体異常」を持って産まれたことで様々な障害はあるが,「染色体異常」イコール「障 害」ではないということから改訂されたようである. (3) 「検査を受けない」ということを含めた全ての選択肢の提示 母体血清マーカー検査の被験者(妊婦)は一般的に医療に関して素人である.医師に検 査を勧められると,たとえ受けたくないと思っていても拒否できないことが多い.このこ とを十分考慮に入れて,リスクメッセージを作る際は,受け手が取りたくても一番取りづ らいと思われる選択肢をはじめからいれておくことが大切である. 70 7-5-2 イデニクス・カンパニーの資料 次にイデニクス・カンパニーの資料について見ていく.ここでは質問項目のみを列記し ている. イデニクス・カンパニーの資料① イデニクス・カンパニーの資料① 「インフォームド・コンセント再改訂版(簡略版)」 Q1 Q2 Q3 Q4 Q5 Q6 Q7 Q8 Q9 Q10 Q11 Q12 Q13 Q14 Q15 Q16 Q17 Q18 Q19 Q20 Q21 Q22 トリプルマーカースクリーニング検査とはどんな検査ですか. 妊娠のいつごろにこの検査は行われるのですか. 採血して結果が報告書として返ってくるまでにどれくらいかかりますか. ダウン症候群というのはどんな先天性異常ですか. 18 トリソミーというのはどんな先天性異常ですか. 神経管奇形(開放型)というのはどんな先天性異常ですか. 確率を出す検査と言えば何か特別なものなのでしょうか. この検査はどのような項目を調べて確率を出すのですか. それらを調べるとどうして確率が出るのですか. 出生前スクリーニング検査と呼ばれるのはどうしてですか. 一定の確率の値が設けられていると説明がありましたが,具体的には? ダウン症候群のスクリーニングを「年齢」ですると聞いていますが,それと違うの ですか? ダウン症候群の場合,確率が 1/295 以上であれば「スクリーン陽性」 ,それよりも小 さい数値では「スクリーン陰性」と区分されていることと説明されますが,その数 字はどこから由来したものなのですか. 「スクリーン陽性」とわかったグループは,「出生前診断検査」を受けるべきですか そのような判断をするにしても予備的な知識が欲しいのですが. 超音波検査による妊娠週数は大切ですか. この検査を繰り返し受けてもいいですか. 羊水穿刺はどんな検査ですか. 羊水穿刺はどんな場合に行われるのですか. ダウン症候群児が生まれる前または生まれた直後にわかった場合はどうすれば良い ですか. この検査の信頼性はどうやって確保されていますか. トリプルマーカースクリーニング検査の説明を受けて,いちおう分かりました.さ らに後から質問が出てきたらどうしたらいいですか. イデニクス・カンパニーの資料② イデニクス・カンパニーの資料② 「出生前診断スクリーニング検査 ―妊娠 15∼18 週の時期に採血.ダウン症候群と神経 管奇形があるかどうかを推定する検査です.」 71 Q1 Q2 Q3 Q4 Q5 Q6 Q7 Q8 Q9 Q10 Q11 Q12 Q13 Q14 Q15 Q16 Q17 Q18 Q19 Q20 Q21 Q22 Q23 トリプルマーカースクリーニングテストとは,何のことですか? 妊娠のいつごろに検査するのですか? 検査を受けた場合,結果はどのくらいでわかりますか? どんな異常を見つけようとしているのですか? ダウン症候群とは? そのダウン症候群の障害の程度は,常に共通しているのですか? ダウン症候群を治療する方法はありませんか? どんな人がダウン症の赤ちゃんを産みやすいのですか? どのような方法で,胎児がダウン症候群である確率を算出しているのですか? 検査結果は 100%確実ですか? (100%確実でないと)すると,心配ばかり増えてしまうことになりませんか? 最初から羊水検査を受ければいいと思いますが? ダウン症候群の胎児は全て中絶する対象と考えて,この検査が用いられているので はありませんか? でもトリプルマーカースクリーニングテストの結果,胎児がダウン症候群である確 率が高いと言われたら,だれもが自動的に羊水検査を受けなければならないのでし ょうか? 神経管奇形というのはどんな奇形ですか? 神経管奇形の場合,このテストでどのような結果が出るのですか? それで決定ですか? その結果,異常の疑いが出されたら,すべて中絶することになりますか? トリプルマーカースクリーニングテストでダウン症候群や神経管奇形を見つけ出す 確率は,どれくらいあるのですか? 妊婦さんの年齢によって,陽性といわれる率が違うように聞きましたが? そんな精度では受けないほうがよいという考え方もありますよね. 自分で決めてよいのですね. もっとトリプルマーカースクリーニングテストについて知りたい場合は,どうすれ ばよいのですか? イデニクス・カンパニーの資料③ イデニクス・カンパニーの資料③ 「お母さんの血液でできる出生前検査 ∼クアトロテストのご案内」 Q1 Q2 Q3 Q4 Q5 Q6 Q7 Q8 Q9 クアトロテストとは何ですか? 検査はどのように実施するのですか? この検査がスクリーニング検査と呼ばれるのはなぜですか? 検査で“Screen Positive” (スクリーン陽性)とは何を意味するのですか? 検査の結果が“Screen Positive” (スクリーン陽性)と出た場合,次にどのような確 定診断のための検査があるのですか? クアトロテストについて他に知っておくべきことは何ですか? 開放性神経管奇形 18 トリソミー ダウン症候群 72 イデニクス・カンパニーの資料は改訂前のものを提供されなかったので改訂の前後につ いて比較することはできなかった. イデニクス・カンパニーの資料の特徴としては提携している愛児クリニック(飯沼医師) の住所や電話番号などが書かれてあることと,母体血清マーカー検査を勧めている会社の 資料であるだけに,「受けなくてもよい」という選択肢が提示されているにも関わらず, 母体血清マーカー検査に対して肯定的なイメージを受けやすい資料であったことだ.その 理由は文章全体の書きぶりによるものであると考えられる.一つわかりやすいと思われる 例をあげてこれを説明する. エスアールエルの資料①の 15) 「トリプルマーカー検査で確率が高く出た場合,続けて 羊水検査を受けなければならないのですか?」と,イデニクス・カンパニーの資料①の 14) 「『スクリーン陽性』とわかったグループは, 『出生前診断検査』を受けるべきですか」と は同じ内容の質問である.が,「受けなければならないのですか」と「受けるべきですか」 では受ける印象がずいぶん違う.もちろん後者のほうが検査に対してより肯定的である. このようにわずかではあるが,検査に対して肯定的な表現が文章の中にちりばめられてい たとしたら,読んだ人は自然と母体血清マーカー検査に肯定のイメージを持つこととなる だろう. イデニクス・カンパニーの資料で一番気にかかったことは,検査の結果に「陽性」や「陰 性」という言葉を使っていることである.これら陽性や陰性という言葉は,厚生省から出 された母体血清マーカー検査に関する見解では禁止1)されている.妊婦に誤解を与えやす い表現なので,使わないほうがよいと思われる. 7-5-3 エスアールエルとイデニクス・カンパニーの資料の比較 エスアールエルとイデニクス・カンパニーの資料がリスクメッセージに関するどの要件 を満たしているかを整理してまとめたものが表 7-2 である. 表 7-2 から言えることは,エスアールエルの資料のほうが,イデニクス・カンパニーの 資料よりも満たしている要件が多いということである.イデニクス・カンパニーは自社の カウンセリングシステムを持っており,それによって補うことができるという考えがある ので資料があまり詳しくできていないとも考えられる.しかし,医師に,それも自分の主 治医ではない医師に質問をするということは勇気を必要とする.パンフレットを読んだだ けでもすべてが分かる,という配慮が必要ではないだろうか. またトリプルマーカー検査を受ける決意をするとき,受けるとき,受けた後,結果を聞 いた後など様々な場合において,これからとるべき選択肢を提示する場面が考えられるが, 提供をうけた資料の多くで,妊娠の継続と中絶を示す選択肢は見られなかった. ここからリスクメッセージに関して言えることは,「資料」と口頭の「説明」がたとえ 73 同じ内容になったとしても,資料には詳細で,偏りのない情報がすべて含まれていなくて はならないということである. 表 7-2 エスアールエルとイデニクス・カンパニーの資料に含まれていた情報 1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 11 12 13 14 15 16 17 18 19 20 21 A B C 検査の仕組みなどに関する情報 検査でわかる疾患・障害 検査結果が確率で示されること ダウン症候群についての情報 ダウン症候群の治療方法 ダウン症児を産みやすい条件 脳や脊髄の形成異常についての情報 検査の進行状況に関する情報 検査の信頼性 検査の推定(算出)方法 検査結果の報告方法 検査結果の(妊婦の)判断方法 ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ 検査の推定に年齢を用いること 検査の結果,確率が高い場合の説明 検査の結果,確率が高い場合の選択肢 妊娠の継続を示す選択肢 中絶の可能性を示す情報 検査後の選択肢についての情報 羊水検査についての情報 羊水検査の必要性 胎児の障害がわかった場合の選択肢 トリプルマーカー検査は誰もが 22 受ける検査ではないという説明 23 検査にまつわる危険性 24 選択時の自己決定の重要性 A:エスアールエルの資料 ① B:エスアールエルの資料 ② C:エスアールエルの資料 ③ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ D E F ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ D:イデニクス・カンパニーの資料 ① E:イデニクス・カンパニーの資料 ② F:イデニクス・カンパニーの資料 ③ 74 ○ ○ ○ 表 7-3 資料に含まれる情報とリスクメッセージの要件 資料に含まれる情報 1 検査の仕組みなどに関する情報 2 検査でわかる疾患・障害 3 結果が確率で示されること 4 ダウン症候群についての情報 5 ダウン症候群の治療方法 6 ダウン症児を産みやすい条件 7 脳や脊髄の形成異常についての情報 8 検査の進行に関する情報 9 検査の信頼性 10 検査の推定(算出)方法 11 検査結果の報告方法 12 検査結果の(妊婦の)判断方法 13 検査の推定に年齢を用いること 14 検査の結果,確率が高い場合の説明 15 検査の結果確率が高い場合の選択肢 16 妊娠の継続を示す選択肢 17 中絶の可能性を示す情報 18 検査後の選択肢についての情報 19 羊水検査についての情報 20 羊水検査を受ける必要性 21 胎児の障害がわかった場合の選択肢 ① ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ トリプルマーカー検査は誰もが受け ○ る検査ではないという説明 23 検査にまつわる危険性 24 選択時の自己決定の重要性 22 ② リスクメッセージの要件 ③ ④ ⑤ ⑥ ⑦ ⑧ ⑨ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ⑩ ⑪ ○ ○ ○ ○ ○ ○ 表 7-3 は資料に含まれていた情報とリスクメッセージの要件とを比較したものである. 資料に含まれていた情報には,かなり偏りが見られた.また,ここでは,⑦の「リスクの 性格」の中には「検査の性格」(検査にともなうリスク)も含めて考えている. リスクメッセージに関する要件にもとづいて資料に含まれていた情報をみていくと,と り得る選択肢の情報や,受け手を尊重するような内容,リスクの性格などについての要件 は満たされていたが,②の「わかりやすい表現」や④の「感化技法の禁止」,⑤の「リス クメッセージの情報の不確実性」,⑩の「リスクの不確実性」などの要件は満たされてい なかった. 75 7-6 考察 ∼トリプルマーカー検査の資料 トリプルマーカー検査の資料に含まれていた情報は,リスクメッセージの要件に照らし 合わせるとかなりの不足が見られた. ②の「わかりやすい表現」と④の「感化技法の禁止」が含まれていなかったが,表現に 関するものは文章を見て感じ取るものなので,当然である. ⑤の「リスクメッセージの情報の不確実性」と⑩の「リスクの不確実性」は伝えにくい 内容であるが,そのぶん,口頭だけでなく文章でも伝えておかなくてはならないものだろ う.会社が言うように医療機関が丁寧に説明を行っていたらよいが,そうできていないか らカウンセリング不足の問題が起こっているので,資料にもすべての情報を掲載するべき である.また⑧の「失う便益」や⑨の「代替案」などについても,同様のことが言える. これらのことから,2社の資料につけ加えるべき情報は次のようなものだと考えた. 2 社に共通にして追加されるべき情報 ・ トリプルマーカー検査によって得られた結果は確実なものではないので,確率がたか い結果になっても,子どもに障害があると決まったわけではない ・ トリプルマーカー検査や羊水検査によってわかる疾患や障害は,胎児がもつ可能性の ある疾患や障害のほんの一部にすぎない ・ トリプルマーカー検査によって,胎児のことを知りたいという欲求は満たされるかも しれないが,場合によっては,妊娠中の不安が増すかもしれない ・ トリプルマーカー検査の結果,確率が高くても,そのまま妊娠を継続することもでき るし,そのような例もたくさんある ・ どのような結果になったときにも,妊娠を継続する,あるいは中絶するといった選択 肢がつねにあること エスアールエルの資料に対して追加されるべき情報 ・ 検査の結果の「○分の○」という数字はどの程度信用できるものか,そして信頼性の 根拠となる情報を加える イデニクス・カンパニーに対して ・ 検査の進め方,推定方法,仕組みなどに関する情報を加える ・ 結果はどのような形で報告されて,それをどのように解釈すればよいかについての情 報を加える ・ 検査を受けることによって発生する危険性(リスク)についての説明 76 7-7 考察 ∼出生前診断のリスクメッセージのあり方 第 6 章と第 7 章の結果から,出生前診断に関するリスクメッセージを作成する際に考慮 しなければならない主な要件として,次表 7-4 のようなものが考えられる. 表 7-4 トリプルマーカー検査のリスクメッセージに関して考慮されるべき要件 ガイドライン ヒアリング 見解 資料 考慮されるべき要件 1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 11 12 13 14 15 16 17 18 先天性異常などの障害に対する考え方(単なる「障害に関す る知識」ではない)を伝える 対象疾患に関する詳しい情報を伝える カウンセリングなどの際に感化技法を用いない 障害のある人への配慮を常に意識する 誤解の起こらないような言葉使いに気をつける 検査の実施前に予想される結果とその後の選択肢を伝える 結果は確定的なものではないことを伝える 検査でわかる障害はほんの一部であることを伝える 検査の精度,仕組み,危険性,結果の報告方法と解釈の仕方 を教える 検査前後のカウンセリングを充実させる 被験者の自己決定を一番に考える 検査に関するいかなる決定も,よく説明を行った上で同意を 得ることが必要である 臨床検査会社や医療機関など,検査を実施する施設は常に検 査の精度向上に努める 被験者やその家族に対する説明は,わかりやすい表現で行う 検査を勧めない 検査に関わる情報はすべて公開する 専門の知識を常に提供できるようにする 検査や前後のカウンセリングによって得られた被験者やその 家族の情報をもらさない ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ 見解やガイドラインの考察結果に,ヒアリングや資料で得た考察結果をくわえたことに よって上記のような 18 項目が考えられた. しかし上記の要件はあくまで主なものであり,リスクメッセージを伝える際には,より 細かな点に配慮していく必要がある.この 18 要件はそのなかでも決して忘れてはならな い点という意味である. 77 1) 母体血清マーカー検査に関する見解,1999 年 6 月 23 日,厚生科学審議会先端医療技 術 評価部会 『(注2)算出された確率は理解されやすいように説明する必要がある.21 トリソ ミーである確率は例えば 300 人のうち1人(1/300)であるとか,逆の言い方で 300 人中 299 人は 21 トリソミーではない等の表現で説明する.危険率,陽性か陰性, リスクが高いか低いなどの表現は,胎児の状態が危険であるとか,好ましくない などと誤解されることを避けるため,被検査者に対する説明には使用しない.』 78