...

H17年度採択課題 [PDF:5.4MB] - 国立研究開発法人 医薬基盤・健康

by user

on
Category: Documents
25

views

Report

Comments

Transcript

H17年度採択課題 [PDF:5.4MB] - 国立研究開発法人 医薬基盤・健康
独立行政法人
医薬基盤研究所
National Institute of Biomedical Innovation
研究振興部 基礎研究推進課
TEL.072-641-9803 直通 FAX.072-641-9831
〒567-0085 大阪府茨木市彩都あさぎ7丁目6番8号 http://www.nibio.go.jp
保 健 医 療 分 野 に お け る
基礎研究推進事業
平成17年度採択課題レポート
ProjectReport
2009
保 健 医 療 分 野 に お け る
c
o
n
t
e
n
t
s
基礎研究推進事業
平成17年度採択課題
医 薬 基 盤 研 究 所 と は ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 2
保 健 医 療 分 野 に お け る 基 礎 研 究 推 進 事 業 に つ い て・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 3
平成
ProjectReport
ProjectReport
2009
2009
年度採択課題
17
佐古田 三郎
1
高齢社会で増加する神経疾患の運動障害計測・診断支援機器の開発
2
次世代型循環補助装置の開発とその多角的応用による
新しい心疾患治療戦略に関する総合的研究
3
自己細胞移植による神経・筋肉変性疾患の根本的治療法の開発
4
変異チロシンキナーゼを標的とした白血病治療薬の開発
5
サルおよびヒト胚性幹細胞を用いた心筋細胞の再生と移植法の開発
6
PD-1免疫抑制受容体シグナルの阻害による新規ガン治療法の開発
7
免疫グロブリン・スーパーファミリー細胞接着分子群を標的とした癌の浸潤・ 村 上 善 則
・・・・・・・・・・・・・・・・ 16
転移抑制医薬品の開発研究
[東京大学]
8
新規高機能付加型医療機器の開発
9
再生阻害シグナルの制御による中枢神経再生誘導薬の創製
・・・・・・・・・・・・
4
・・・・・・・・・・
6
・・・・・・・・・・・・・・・・
8
[大阪大学]
妙中 義之
[国立循環器病センター]
出沢 真理
[東北大学]
直江 知樹
[名古屋大学]
・・・・・・・・・・・・・・・・ 10
福田 恵一
・・・・・・・・・・・・・・・・ 12
[慶應義塾大学]
本庶 佑
[京都大学]
・・・・・・・・・・・・・・・・・ 14
森下 竜一
[大阪大学]
・・・・・・・・・・・・・・・・ 18
山下 俊英
[大阪大学]
・・・・・・・・・・・・・・・・ 20
10
PI3キナーゼ(ホスファチジルイノシトール3キナーゼ)を標的とする
分子標的薬の創製
11
ゲノム情報を活用した糖尿病の先駆的診断・治療法の開発研究
12
循環器疾患関連タンパク質・ペプチドをターゲットとした創薬による
画期的な予防、治療法の開発
13
ゲノム抗体創薬によるガンと生活習慣病の統合的診断・治療法の開発
14
喘息等アレルギー疾患の診断、治療、予防を目的とした新規医薬品の開発を
目指した研究
15
抗がん剤の薬物応答予測法の開発と診断・創薬への応用
16
アルツハイマー病関連遺伝子解析研究に基づく診断治療法開発
17
老年期認知症の画期的予防・治療法の開発研究
18
循環器疾患・癌の分子ネットワークを標的とする創薬と新規治療法の開発
19
高血圧等循環器疾患のゲノム情報多元的意義付けと
画期的診断・治療法の開発
20
プロテオーム研究を基盤とする新しいがんの診断と治療法の開発
21
ゲノム関連技術によるがんの個性の包括的把握に基づく医薬品開発の起動と、 吉 田 輝 彦
・・・・・・・・・・・・・・ 44
がん診療の革新を目指す研究
[国立がんセンター]
22
アルツハイマー病など神経変性疾患関連遺伝子の機能解析と戦略的創薬・ 和 田 圭 司
・・・・・・・・・ 46
[国立精神・神経センター]
診断技術の開発
23
疾患ゲノムデータベースの構築と創薬基盤研究
矢守 隆夫
・・・・・・・・・・・・・ 22
[財団法人癌研究会]
加藤 規弘
・・・・・・・・・・ 24
[国立国際医療センター]
寒川 賢治
・・・・・・・・・・ 26
[国立循環器病センター]
児玉 龍彦
[東京大学]
・・・・・・・・・・・・・・・・ 28
斎藤 博久
・・・・・・・・・・ 30
[国立成育医療センター]
奥田 晴宏
・・・・・・ 32
[国立医薬品食品衛生研究所]
武田 雅俊
[大阪大学]
・・・・・・・・・・・・・・・ 34
柳澤 勝彦
・・・・・・・・・・ 36
[国立長寿医療センター]
永井 良三
[東京大学]
・・・・・・・・・・・・・・・・ 38
森崎 隆幸
・・・・・・・・・・ 40
[国立循環器病センター]
山田 哲司
・・・・・・・・・・・・・・ 42
[国立がんセンター]
吉田 輝彦
・・・・・・・・・・・・・・ 48
[国立がんセンター]
保 健 医 療 分 野 に お け る 基 礎 研 究 推 進 事 業[ 業 務 の 流 れ ]・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 50
医 薬 基 盤 研 究 所
1
沿 革
国立医薬品食品
衛生研究所
独立行政法人医薬基盤研究所は、
国立医薬品食品衛生研究所大阪支
医薬品・食品等の
試験・検査・研究
所を主な母体に、国立感染症研究所、
細胞バンク
独立行政法人医薬品医療機器総合
これは、平成7年から進められてき
た厚生労働省所管試験研究機関の
再編成の一環として、規制と振興の分
離を図りつつ、創薬支援に関わる組織
を一体化して、医薬品・医療機器の開
発支援をより効果的に進めようとする
国立医薬品食品衛生研究所
大阪支所
医薬品等の基盤研究
※法人の主たる事務所として移管
(独)医薬基盤研究所
1
2 3
国立感染症研究所
医薬品等の
基盤研究
感染症に関する研究
生物学的製剤の
検査、検定、試験的製造
遺伝子バンク、実験動物開発
医学実験用霊長類センター
(独)医薬品医療機器
総合機構
健康被害救済業務
審査関連業務
生物資源の 医薬品等の
研究
研究開発振興
安全対策業務
研究開発振興業務
は、競争的資金制度として、国民の健康の保持
増進に役立つ画期的な医薬品や医療機器の
目 的 と 事 業
などの最新の技術成果を活用した、より有
効で安全な医薬品・医療機器の開発が欠か
せません。また、厳しい国際競争の中で、わ
独立行政法人の柔軟性を生かした連携
いくためには、ゲノム科学、たんぱく質化学
開発につながる可能性の高い基礎的な研究を
(独)医薬基盤研究所
国民の健康を守り、生活の質を改善して
基盤的技術研究
医薬品等の開発に資する
共通的技術の開発
生物資源研究
研究に必要な生物資源の
供給及び研究開発
が国の医薬品・医療機器産業の国際競争力
研究開発振興
を強化することも、産業政策上重要な課題
研究の委託、資金の
提供、成果の普及
となっています。
資源 資金 の
提供による創薬支援
技術
こうした中で、医薬基盤研究所は、創薬
支援に特化した独立行政法人として以下の
公募・採択し、大学や国立試験研究機関など
において研究を実施していただくものです。
企業
産業界の
要請
産学官連携
大学・研究
国民保健の
向上
3
医薬品等の研究開発振興
市販
生物資源研究
審査
2
臨床試験
医薬品等の基盤的技術研究
前臨床試験
1
リード化合物探索・至適化
した研究開発を支援しています。
ターゲット探索・評価
ける新たな医薬品・医療機器の開発を目指
国
行政ニーズ
医学・薬学の
進歩
三つの事業を行い、民間企業、大学等にお
2
基礎研究推進事業
保健医療分野における基礎研究推進事業
ものです。
2
医薬基盤研究所
National Institute of Biomedical Innovation
薬品植物栽培試験場
機構の組織の一部を統合して、平成
17年4月に創設されました。
独立行政法人
とは
国際競争力の
強化
3
平成17年度
[2005年度]
3
高齢社会で増加する神経疾患の
運動障害計測・診断支援機器の開発
1
研究期間 平成17年度∼平成21年度(予定)
赤澤 堅造[大阪工業大学]
研究体制
総括
佐古田 三郎[大阪大学]
奥野 竜平[摂南大学]
平石 貴補[株式会社フィジオン]
※平成21年度における研究体制
神経症候定量機器開発∼診療・在宅医療支援
キーワード
Keyword
Project
1
診療支援・医薬品薬効
評価支援
現在の神経症候評価法は医師の主観に基づく半定量的な手法であり、微細な変化
は評価し難く評価者間差異も大きい。治療効果の定量的評価は、
日常診療の一助
となるだけでなく、治験規模縮小を通じて薬剤開発の促進につながります。
リハビリ効果評価・
在宅医療支援
リハビリテーション施設、神経専門医でない在宅医療従事者、
あるいは在宅療養中
の患者による神経症候定量化は、
リハビリテーション支援、患者の疾患/治療コン
プライアンスの向上につながります。
健康診断支援
現在の健診システムに欠けている神経症候スクリーニング検査を安価に提供する
ことにより、神経疾患の早期発見につながります。
研究の背景・意義
2
研究プロジェクトの目標
神経症候の定量化による社会的効果
神経症候定量化システムの開発
高齢化に伴う脳卒中やパーキンソン病(PD)などの神経疾患の
急増は、寝たきり老人の原因として社会問題になっています。治療
戦略として新規薬剤の開発や外科的治療の進歩など事欠きませ
ん。一方で、
これらシーズとなる治療戦略が実用化される過程(臨
床試験)が長期にわたり莫大な費用を必要とし、大きな足枷となっ
ているのも事実です。
このような現状の中、従来の主観的な神経症
候の評価法は、神経症候の変化に対する感度が低く、評価者間差
異や評価者内差異を生じる原因となるため、実地臨床での客観的
で精度の高い定量化技術のニーズが高まっています。簡便で精度
の高い運動障害計測・診断支援機器の開発、
さらには製品化を行
うことで、①一般神経内科診療の向上、②患者さんへのわかりや
すい説明方法の確立、③機能を捉える動態解析をサイエンスとし
て展開できる可能性、④新規医薬品・治療戦略の開発を活性化
し、治験の空洞化を防ぐ、
といった様々な局面での効果が期待で
き、保健医療への貢献ができると考えています。
本プロジェクトは医工産の連携により最新のセンシング技術を
用い、各種神経症候の質および量を正確に捉えることができる、簡
便でベッドサイドでも使用しやすい新しい計測装置を開発すること
を目的しています。
さらにこれらの要素を統合し、神経症候の新し
い診断支援システムを開発し、PDおよび脳卒中における重症度の
定量化と治療効果評価を行います。
これらの機器の実用化により、
神経症状の詳細な解析に基づくテーラーメイド治療の開発のみな
らず、新規治療の開発を活性化し、国民の健康と福祉の向上、保健
医療や新規産業の発展に貢献できるものと考えます。
神経症候の中でも重要性の高い症候として、①上肢の運動機能
評価について指タップ運動計測装置、②嚥下機能評価について咀
嚼嚥下機能定量解析システム、③四肢の筋トーヌス評価について
筋トーヌス計測装置の開発を行いました。
これらのシステムは簡便
でベッドサイドでも利用しやすい新しい計測装置というコンセプト
をもとに開発を行っています。さらに、
これらの取得したデータを
データベース化し、神経疾患(運動障害)統合的計測・診断支援シ
ステムの確立
を目指してい
ます。
研究プロジェクトの成果
4
▲主な神経症候を各装置で定量化し、最終的には神経疾患
(運動障害)統合的計測・診断支援システムを確立します。
実用化にあたっての
今後の課題及び研究方針
指タップ運動計測装置の開発
マルチセンタースタディに向けて
加速度センサーとタッチセンサーを使用して簡便な装置を作製し、
データの評価方法として指タップのリズム、速度、振幅、指と指が接触す
る際の反力、
周波数解析および時系列データからのゆらぎの解析などを
統計学的手法を用いて統合・スコア化する基本的な評価アルゴリズムを
確立しました。現時点で指タップ運動計測システムのプロトタイプ機作
製が完了し、
ユーザーインターフェイスにかなったソフトも開発できてい
ます。
また、PD患者において薬剤や外科手術(深部脳刺激療法)
などの
治 療 効 果 判 定につい
ても客 観 的に評 価が
可能になり、データの
蓄積を行っているとこ
ろです。
標記の3計測システムについてはすでに特許取得済み(一部申請
中)
です。咀嚼嚥下機能評価システムについてはすでに企業とタイアッ
プしています。他の2システムについては現在タイアップ企業の選定中
です。本機器の利用対象として、病院、
リハビリテーション施設/診療所
/在宅医療従事者、健診施設/一般家庭の3つの市場を想定していま
す。
これらの市場での実用化を達成するためには、①簡便に使える
(機
器のサイズ、使用方法など)/安価である ②神経専門医から患者にいた
るすべての利用者が同じ結果を出しうる
(最小の評価者間差異)の2つ
の条件をクリアする必要があります。
①簡便性・経済性;指タップ運動評価システムおよび咀嚼嚥下機能
評価システムに関しては既に測定機器のサイズダウンを達成しており、
様々な使用現場に対応できる状態となっています。筋トーヌス計測シス
テムについては、
システムの中核となるセンサ部分については既にサイ
ズダウンを達成しており、今後アンプなどの周辺機器の小型化を進める
予定です。使用方法,測定プロトコールについても既に簡易化しており、
検査技師やCRCよる計測においても十分な精度の測定を行うことがで
きています。咀嚼嚥下機能評価システムに関してはセンサを口腔内に貼
付する必要があり、
このステップに医師あるいは歯科医師の操作を要し
ます。経済性については指タップ運動計測システム、咀嚼嚥下機能評価
システムにおいて既にコストダウンの目処がたっており、一般診療所な
どでも購入可能な価格が実現できる状態です。筋トーヌス計測システ
ムに関しては、現在高精度の高価なセンサを用いているため、安価なセ
ンサで一定以上の精度を達成するよう、
センサの選定・解析プログラム
の改良を行っています。
②評価者間差異;我々の研究チーム内においては異なる評価者(計
測者)においても計測結果はほぼ同じであることが確認できており、本
質的な問題はありません。
しかしながら、実用化にあたっては本機器に
馴染みのない数多くの計測者においても同様の結果が得られる必要が
あり、評価者間差異を生み出す問題点がないかを検証する必要があり
ます。
このために複数の医療関連施設でのデータ取得を行う予定です。
咀嚼嚥下機能評価システムでは既に複数の医療機関に機器の貸し出
し、評価を開始しています。他2計測システムにおいても協力医療機関
の選定は終了しており、現在準備中です。
もう一つの理由として、
より多
くの計測結果・疾患プロファイルから、現在の解析アルゴリズムを更に
ブラッシュアップすることが挙げられます。今後、症例の蓄積によりアル
ゴリズムの改良がすすみ、精度が上がることが期待できます。本プロ
ジェクトは実用化にあたり、中核となる問題点は概ね解決しています。
実用化に向けての最終段階に入っており、神経疾患の医療・福祉の向
上の一助を担うであろうと期待しています。
◀加速度センサとタッチ
センサよりなる簡便な装
置を開発し、指の動きの
成分分析が可能となりま
した。
筋トーヌス計測装置の開発
筋トーヌスとは、完全に力を抜いた状態の筋肉における静的な緊張状
態のことで、脳卒中やパーキンソン病などの脳神経疾患では筋トーヌス
に異常が見られます
(筋強剛や痙縮)。我々は、脳神経疾患患者の筋トー
ヌスの異常を質的及び量的に評価し、診断・診療支援、
リハビリテーショ
ン効果や薬効の判定に利用できる簡便な小型医療機器の開発を行って
います。既にプロトタイプ機の開発を終え、パーキンソン病患者のスク
リーニングや重症度評価が可能となる手法を確立しました。現在、脳卒
中患者のデータを蓄
積し、評価手法の確
立をすすめています。
▶3軸力覚センサ、ジャ
イロセンサ、筋電図より
なる簡便な装置で筋肉
トーヌスの計測が可能
となりました。
咀嚼嚥下機能定量解析システムの開発
口腔内に直接貼付できる極薄型センサシートを用いて嚥下時の舌の
接触圧を5点で記録し、接触順序、持続時間、最大値などを指標に、
口腔
期嚥下機能の定量評価が可能となりました。現在までに、健常若年者な
らびに高齢者における正常パターンを明らかにし、
これをもとに嚥下障害
を有する各種疾患(脳卒中、パーキンソン病、筋ジストロフィー、舌癌な
ど)
における異常パターンと臨床症状との関連性について分析を進めて
います。また、臨床検
査用のプロトタイプを
制作し、筋電図、嚥下
音との同時記録が可
能な拡張版も試作し
ています。
◀新規に開発された舌圧
センサを使用した咀嚼・
嚥下機能定量解析シス
テムにより、嚥下の定量
化が可能となりました。
▲神経症候の定量化が可能となることにより保健医療の様々
な局面でのニーズが期待されます。
4
参考文献
▲症例データ蓄積による信頼性・妥当性の検証およびそのフィードバックによるブ
ラッシュアップまでは既に達成しています。
Yokoe M, Okuno R, Hamasaki T, Kurachi Y, Akazawa K, Sakoda S. Opening velocity, a novel parameter, for finger tapping test in patients with Parkinson’s disease,
Parkinsonism & related disorders,15(2009), 440-444
Ono T, Hori K, Tamine K, Shiroshita N, Kondoh J, Maeda Y. Application of tongue pressure measurement to rehabilitation of dysphagic patients with prosthesis.
Prosthodontic Research and Practice,7(2008),240-242
Endo T, Okuno R, Yokoe M, Akazawa K, Sakoda S, A Novel Method for Systematic Analysis of Rigidity in parkinson’s Disease. Movement Disorders,(2009),in press
5
平成17年度
[2005年度]
次世代型循環補助装置の開発とその多角的応用による
新しい心疾患治療戦略に関する総合的研究
2
研究期間 平成17年度∼平成21年度(予定)
研究体制
総括
妙中 義之[国立循環器病センター]
※平成21年度における研究体制
次世代型機器で心疾患治療戦略が進歩
キーワード
Keyword
Project
1
次世代型
呼吸循環補助装置
長期耐久性と抗血栓性に極めて優れた次世代型PCPS(経皮的心肺補助)装置
は、
その改良と一体回路の性能評価を継続して実施中ですが、途中の段階のもの
が21年5月に医療機器として製造承認を取得しました。
埋め込み式拍動流型
補助人工心臓
次世代型体内埋込式拍動型補助人工心臓システムの開発のために血液ポンプ、
生体との結合に用いる送脱血管、約2kgの超小型装着型駆動装置などのin
vitro、慢性動物実験評価、電池による駆動を行ないました。
埋め込み式連続流型
補助人工心臓
羽根車が血液の中で浮上して回転する軸流ポンプ式の連続流型補助人工心臓は
胸腔内埋込式補助人工心臓として3ヶ月の慢性動物実験に複数例成功しました。
研究の背景・意義
2
研究プロジェクトの目標
重症心疾患の新しい治療戦略の必要性
次世代型人工循環装置の開発
現在我が国では心疾患の患者数は増加しつつあり、毎年16万人
以上が死亡し、死因の第2位を占めており、
その治療体系の確立は
我が国の医療戦略上極めて重要な課題です。従来の治療方法では
救命し得ない重症心疾患例の治療成績を向上させるためには、1)
心不全発症後急性期の強力な一次救命手段の整備、2)安全かつ高
QOLの心移植へのブリッジ手法の確立、3)心移植を受けられない
症例を救命し得る新規治療法の確立、
が焦点となります。1)
に関し
ては、発症後24時間以内に死亡する突然死の60∼80%が急性心
不全によると推定され、救命率向上を目指す上で重症例に対する重
要な緊急循環補助手段としての経皮的心肺補助に期待がかかりま
す。
しかしこれまで、耐久性や抗血栓性の問題で、生命維持能力の潜
在的ポテンシャルの高さにも拘わらず適用が躊躇される状況にあり
ました。2)
に関しては、短期使用を前提に開発された補助人工心臓
を移植へのブリッジとして1年以上使用することが常態化しており、
それに伴って血栓症や感染症などの重篤な合併症の発生および大
きな駆動装置に繋がれ続けることによる低いQOLが大きな問題と
なっていました。3)
に関しては、心移植の圧倒的なドナー不足の状
況自体は抜本的に改善される可能性が低いことから、
これを根本的
に解決する全く新たな治療体系を確立する必要がありました。
本研究では、抗凝血薬なしで安全に長期使用できる次世代型
PCPS装置を開発し、急性期の生命維持を行いつつ補助人工心
臓(VAD)への移行、心移植、遺伝子導入などの再生型治療へ繋
ぐことを可能とします。また、長期使用可能な次世代型体内埋込
式VADを開発し、血栓塞栓症と感染症の発生を大幅に低減させ
て安全なブリッジによる心臓移植の効率化を図るとともに、
2年
以 上 の 長 期 耐 久 性と高い Q O Lを実 現してV A D によるf i n a l
destination therapy( 最終的な治療法:心臓移植への繋ぎで
はなく、人工心臓を装着したまま患者を社会復帰させる治療)を
可能とします。さらに、
これら循環補助装置とHGF(肝細胞増殖
因子)遺伝子導入や幹細胞移植などを含む再生型治療を連携・
融合し、自己心機能を最大限に回復させて心臓移植を受けるこ
となく退院を可能とする新しい治療戦略を確立します。
3
研究プロジェクトの成果
4
実用化にあたっての
今後の課題及び研究方針
次世代型PCPS装置の開発
次世代型装置の開発と製品化
成ヤギを用いた長期慢性動物実験を4例施行し、試作したPCPS一体
化回路の長期耐久性について評価した結果、抗凝固療法を施行せずに
一ヶ月以上にわたる心肺補助において連続使用が可能であり、回路
チューブや遠心ポンプには一切の血栓付着を認めず、
中空糸束内部にも
ほぼ血栓の付着が観察されなかったことから、試作PCPS一体回路が優
れた抗血栓性と長期耐久性を備えていることが示されました。我々の研
究が開発に大きく貢献したこのPCPS一体化回路を構成するT-NCVC
コーティング、
コーティング肺
BIOCUBEシリーズおよび遠
心ポンプRotaFlowから成る
回路は、2009年度に医療機
器としての承認を得て平和物
産社から発売が開始され臨床
応用が開始されます。
次世代型呼吸循環補助システムに関しては、人工肺、血液ポンプを
組み込んだコンパクトで迅速充填が可能な高い耐久性と優れた抗血
栓性を有するECMOシステムは、ニプロ社とともに製品化を図ってき
ました。回路全体は東洋紡社と共同で開発したヘパリン修飾表面であ
るT-NCVC Coatingを施したもので、滅菌バリデーション、滅菌後の
ヘパリン活性などを測定し、臨床に使用できるレベルになることを確認
しました。人工肺の更なる改良や新たなPCPS用血液ポンプの開発な
ど、
より高い目標に向かって研究を続行し実用化に向けては、今回経験
したのと同様な過程を経てさらに高性能なシステムを追求し、実用化
して行きます。
次世代型体内埋込式VADシステムの開発に関しては、拍動流式血
液ポンプおよびその周辺の構成部品を標準作業手順書に基づいた製
作し、慢性動物実験を継続します。東洋紡績社によって製造されニプ
ロ社が販売している国立循環器病センター型補助人工心臓の後継医
療機器となるため東洋紡績社、
ニプロ社、
などと連携して開発を継続し
ます。拍動流式ポンプの小型駆動装置に関しては慢性動物実験ができ
る段階まで進歩したがさらに、設計、開発、製作を国立循環器病セン
ターと連携して行なったイワキ社との共同開発、ニプロ社による製品
化のための役割分担により製品化のプロセスを目指します。以前、
アイ
シンコスモス社と小型駆動装置Mobart NCVCを製品化した方法と
同様の方法で、臨床部門の協力として国立循環器病センター心臓外
科、大阪大学医学部心臓外科、東京大学心臓外科、東京女子医大心
臓血圧研究所外科と連携して、現場の現状に基づいた製品スペックの
決定、各種のリスク分析、などを実施し、各企業を連携させて製品化に
向かいます。
三菱重工社との共同研究による軸流式血液ポンプは、心臓移植を
必要とせずに装着したまま患者を社会復帰させるためのシステムに発
展させるべく、研究開発の進行とともに、事業化のスキームの作成を検
討中です。世界最小クラスの小ささである特徴をさらに生かして、
日本
人のような体格の小さい患者や、小児患者への応用が可能なように、
さらに研究開発も続けて行きます。
◀試作PCPS一体化回路
PCPS一体化回路概要(a),人工
肺(b)
および血液ポンプ
(c)
補助人工心臓用ウェアラブル駆動装置の開発
現在、本邦において最も多く使用されている空気駆動式補助人工
心臓用体外駆動装置の大きさは小型冷蔵庫大で、重量は90kg近く、
電池駆動時間も30分程度と患者の日常生活の行動の自由を制限し
生活の質の低下を招いていました。そこで従来駆動装置で使用されて
いるコンプレッサーやバキュームポンプの替わりにシリンダーピストン
を用いた空気圧発生機構を構築し、ウェアラブル装着が可能な駆動
装 置の開 発を行いました。本プロ
ジェクトで構築した空気圧発生機
構部は、大きさ20 20 5.5cm、
重量約1.8kgであり、720gの電池
を用いて約5時間弱の駆動が可能
となりました。
▶シリンダーピストンの往復運動により
空気圧を、非円形歯車機構により収縮期
比を発生させる。制御弁により駆動陽陰
圧を制限する。
体内埋込型補助人工心臓システムの開発研究
体内埋込可能な補助人工心臓システムとして、超小型軸流ポンプを
中心としたシステムの開発を実施しました。血液ポンプは重量150gと
最軽量であり、高い耐久性と抗血栓性を実現するために同種のポンプ
としては初めて動圧軸受を採用し,回転部品の完全非接触支持を実現
しました。本ポンプの生体適合性評価を目的として、
ウシの胸腔内にポ
ンプを設置し心尖脱血・下行大動脈送血の左心バイパスを形成し、最
長3ヶ月の慢性動物実験を実施しました。その結果、ポンプは極めて優
れた抗血栓性を持っていることが示されました。
また、心尖部脱血管挿
入部についても脱血管の最
適なデザインについての知見
を得ることができました。
◀体内埋め込み型連続流式
補助人工心臓の試作
◀動圧軸受けの原理により血液室
内で羽根車が浮上して回転する
軸流式血液ポンプ。世界最小最軽
量クラスを実現。
▲年間死亡数(2003年人口動態統計)総数101.5万人
6
▲次世代型呼吸循環補助システム、長期使用体内埋め込み式補
助人工心臓システムを開発する。
参考文献
Homma A, Taenaka Y, Tatsumi E, Akagawa E, Lee HS, Nishinaka T, Takawa Y, Mizuno T, Tsukiya T, Kakuta Y, Katagiri N, Shimosaki I, Hamada S, Mukaibayashi H, Iwaoka
W.Development of a compact wearable pneumatic drive unit for a ventricular assist device J Artif Organs 11:182-190, 2008
Lee HS, Akagawa E, Tatsumi E, Taenaka Y. Characteristics of cavitation intensity in a mechanical heart valve using a pulsatile device: synchronized analysis between
visual images and pressure signals J Artif Organs 11:60-66, 2008
7
平成17年度
[2005年度]
3
自己細胞移植による神経・筋肉変性疾患の
根本的治療法の開発
3
研究期間 平成17年度∼平成21年度(予定)
研究体制
総括
飯田 秀博[国立循環器病センター]
出沢 真理[東北大学]
鍋島 陽一[京都大学]
※平成21年度における研究体制
神経・筋変性疾患への自己細胞移植に向けて
キーワード
Keyword
Project
1
骨髄間葉系細胞
造血系細胞とは別に間葉系細胞として骨髄内にある細胞で、通常は造血系細胞の
サポートをしています。
同じ間葉系である骨・軟骨・脂肪細胞に分化転換することが
知られています。
シュワン細胞
末梢神経に存在するグリア細胞。跳躍伝動を担うミエリンを形成します。末梢神経
のみならず、脳・脊髄の中枢神経においても神経線維の再伸長を促しミエリンを再
形成するので、神経再生、特に脊髄再生に期待が持たれています。
筋衛星細胞
骨格筋に存在する組織幹細胞で骨格筋再生の鍵を担います。通常は多核の筋線
維とそれを取り巻く基底膜との間に存在し、分裂休止状態にあります。筋が何らか
の原因で変性すると分裂を開始し、筋再生を行います。
研究の背景・意義
研究プロジェクトの目標
骨髄間葉系細胞:自己細胞移植治療への期待
高等哺乳類における安全性・有効性検証
骨髄間葉系細胞は倫理問題無く患者本人から採取可能であ
り、旺盛な増殖力を持ちます。
また骨髄バンクも利用できることか
ら、再生医療の細胞ソースとして最適です。我々はヒト骨髄間葉系
細胞から
(1)脊髄機能再建を担うシュワン細胞、
( 2)
ドーパミン神
経、
( 3)骨格筋細胞、を効率よく誘導する方法を開発しました。本
方法は(1)他の細胞の混在が無く選択的に誘導できる、
( 2)移植
に必要な細胞数が比較的短期間に確保可能、
(3)
自己細胞移植が
可能、
( 4)腫瘍形成の危険性が少ない、
( 5)骨髄バンクが利用可
能、などの利点を有し、臨床応用の可能性の高さが期待できます。
本プロジェクトでは前臨床研究として高等哺乳類への移植による
安全性・有効性の検討と臨床応用に向けたシステム作りを主眼と
し、有効な治療法が切望されている神経・筋変性疾患に対して、倫
理問題や免疫拒絶の制限から開放された「自己細胞移植治療」の
実現を目指します。
本研究では分化転換能を有する骨髄間葉系細胞に着眼し、神
経系細胞や骨格筋幹細胞の誘導方法の開発に取り組みました。骨
髄間葉系細胞は接着性の間葉系細胞であり、数十ccの骨髄穿刺
液から2-3週間で1千万個という大量の細胞が確保でき、免疫拒絶
やAIDS,BSE感染の問題が解決されること、
また骨髄バンクを利用
できるなど、多くの利点を持っています。
これらのことからヒトへの
応用の実現化に最も近い細胞と期待されます。
我々は発生分化を制御するNotch細胞質ドメイン導入やサイト
カイン刺激を順序立てて行うことによって、
( 1)脊髄再生に有用な
シュワン細胞、
( 2)神経細胞(ドーパミン産生細胞)、
( 3)骨格筋細
胞(筋衛星細胞を含む)
らの効率の良い誘導系(90-96%前後)
を
開発しました。
また、
これらの細胞を用いてげっ歯類を中心とした
各種変性モデル
(パーキンソン病、脳虚血、脊髄損傷、筋変性など)
における移植効果と機能回復を確認しています。
本プロジェクトにおいてはサルや犬など高等哺乳類を用いた有
効性と安全性の検証やガン化試験を行います。
また他の利用可能
な間葉系組織として、臍帯バンクがあるので、
この可能性も探りま
す。
さらに細胞移植治療が実際に行われているアメリカでのガイド
ライン の 調 査
などを含め、実
用 化 に 向 けた
活 動 を展 開し
ます。
▲骨髄間葉系細胞を用いた神経・筋変性疾患への自己細胞移植治療
8
2
▲ヒト骨髄間葉系細胞にサイトカイン処理や遺伝子導入を組
み合わせることによってこれらの選択的な誘導が可能です。
4
研究プロジェクトの成果
実用化にあたっての
今後の課題及び研究方針
誘導シュワン細胞の安全性と有効性を確認
細胞移植治療への期待と問題点
カニクイザルの骨髄間葉系細胞からシュワン細胞を誘導し、片側の
正中神経損傷に自己由来の誘導シュワン細胞を移植しました。一年後
における全身のFDG-PETスキャンでは全頭において腫瘍形成がなく、
行動解析、電気生理および組織学的検討において優位な改善が認めら
れました。
さらに、
ヒト臍帯組織の間葉系細胞からも同様の方法でミエ
リン形成能を持つシュワン細胞が誘導可能であることも新たに分かり、
免疫抑制剤投与のラット坐骨神経損傷モデルに移植したところ、電気
生理学的に優位な改
善が認められました。
骨髄だけでなくヒト臍
帯の利用の可 能 性も
期待されます。
サル、犬における各種高等動物モデルでの移植効果、安全性の確
認と共に、
ヒトからの誘導細胞のサルやnude-mouse、nude-ratへ
の移植を通じて誘導シュワン細胞、神経細胞、骨格筋細胞の安全性が
検証され、裏づけが得られれば、脊髄損傷、パーキンソン病、脳梗塞、
筋変性などの疾患における
「自己細胞と自己血清を用いた細胞移植治
療」への大きな前進となります。
これは免疫拒絶、胎児や受精卵使用
に伴う倫理問題、感染症、細胞供給数の問題から解放された理想的
なテーラーメイド医療の実現化につながり、新しい画期的な細胞治療
を世界に先駆けて打ち上げる好機となるとなるのではないかと期待さ
れます。
また、同様の方法を用いて同じHLAサブタイプの細胞からのシュワ
ン細胞、
ドーパミン神経、骨格筋を誘導し、移植治療用細胞バンク設
立を展開することも可能です。
この場合現在稼動している骨髄バンク
の利用が考えられますが、骨髄間葉系細胞を広くドナーから募りス
トックを蓄積し、細胞治療製剤として製品化する事業も期待されま
す。出澤がFounding Scientistを務めるサンバイオ社では、FDAと
折衝を重ねヒト骨髄間葉系細胞から誘導した神経前駆細胞の承認に
向けて活動しており、INDミーティングを行っています。神経前駆細胞
での申請をしている理由としては、誘導がNotch遺伝子導入と浮遊培
養に限られておりステップが 少ないためです。承 認 が 得られれば
University of Pittsburgh脳神経外科Prof. Kondziolka(アメリカ
脳神経外科学会前会長)のもとでphase I-IIaに入ることが計画され
ています。
ここでは脳梗塞患者に定位脳手術で骨髄間葉系細胞から
誘導した神経前駆細胞を移植し、副作用や機能改善、全身状態などを
経過観察する見通しとなっています。
また本プロジェクトでの臍帯由来の間葉系細胞の成果は、汎用性
をさらに高める技術として大いに期待できるので、
この研究項目も推
進すべきと考えています。同時にNICD遺伝子導入を蛋白導入に切り
替える方法の開発、分化転換機構の検証から得られる新規の誘導方
法の開発、他の細胞種の誘導方法への手がかりなどは、
この研究領域
の裾野を広げ、実用化を促進するため、推進すべきと認識しています。
◀カニクイザルの手の正
中神経損傷モデルへの骨
髄間葉系細胞由来シュワ
ン細胞の自己細胞移植
神経・筋変性モデルへの移植
カニクイザルの骨髄間葉系細胞からドーパミン神経を誘導し、片側
性パーキンソンモデルに自己細胞移植を行いました。移植前後において
11C-CFT PET(ドーパミントランスポーターを示す指標)において移
植側での改善が認められています。
さらにNotch導入と浮遊培養によ
り、神経前駆細胞が高い効率で誘導されることも新たに見いだしまし
た。
ビーグル犬の骨髄間葉系細胞から筋衛星細胞を含む骨格筋細胞
が誘導され、核型検査やヌードマウスでのガン化試験で安全性が示唆
されました。ビーグル
犬の声帯筋損傷モデ
ルへの移 植を行い経
過観察中です。
▶カニクイザルにおける
ドーパミン神経自己細胞
移 植 の 前 後 における
11C-CFT PET。矢印は移
植後の改善を示します。
米国FDA承認と臨床応用に向けて
細胞移植治療、
とくにパーキンソン病、脳梗塞、筋ジストロフィーな
どの疾患に対する細胞移植治療を行う際の前臨床試験、
および臨床試
験の体制が出来ている米国FDAのストラテジーは大変参考になるため
調査しました。現在、脳梗塞患者に対して、
ヒト骨髄間葉系細胞から誘
導した神経前駆細胞の移植に対してFDAからの承認を得るために交
渉の最終段階にあります。
さらに厚生労働省医薬食品局審査管理課と
ミーティングを持ち、
日本でのこの研究の臨床応用への可能性を討議
しています。
▲骨髄間葉系細胞では自己細胞移植と骨髄バンクを用いた同種移植の両方が可能
です。
◀FDAにおける細胞
移植治療へのストラ
テジー
参考文献
Dezawa, M, et al.
「Bone marrow stromal cells generate muscle cells and repair muscle degeneration.」、
『Science』309 (2005)、
314-317。
Nagane K, et al.
「Practical induction system for dopamine-producing cells from bone marrow stromal cells by spermine-pullulan-mediated reverse transfection
method」、
『Tissue Eng』
15(7) (2009)、1655-1665。
Hayase M, et al.「Committed neural progenitor cells derived from genetically modified bone marrow stromal cells ameliorate deficits in a rat model of stroke.」、
『J Cereb
Blood Flow Metab』
29(8) (2009)、1409-1420。
9
平成17年度
[2005年度]
3
変異チロシンキナーゼを標的とした
白血病治療薬の開発
4
研究期間 平成17年度∼平成21年度(予定)
研究体制
総括
直江 知樹[名古屋大学]
研究プロジェクトの成果
臨床開発が始まっているKW-2449
スクリーニングの結果、変異FLT3分子に対して高い阻害活性を有
する新規低分子化合FI-700ならびにKW-2449を得た。両者とも酵素
アッセイ系ならびに細胞系において、FLT3キナーゼに対し強い阻害活
性を示すとともに、後者はABLキナーゼやAuroraキナーゼにも阻害
活性を有した。
我々は本剤のFLT3変異白血病治療におけるPOC(proof of concept)
が証明されたと考えている。
これらの結果に基づき、協和発酵キリン株
式会社は米国において第一/二相試験を施行中であり、臨床応用への
展開を進めている。将来、
日本でも臨床試験へと進める予定である。
ま
た、現在は前臨床試験の段階であるが、既存の全ての阻害剤が無効な
T315I変異を含む難治性のフィラデルフィア陽性白血病に対する耐性
克服薬としても期待がもたれる。一方ごく最近、Cephalon社は、FLT3
活性化変異を発現している再発急性骨髄性白血病(AML)患者のピボ
タル試験でlestaurtinib(CEP-701)
の生存ベネフィットを示せなかっ
たと発表したとのニュースがインターネットに流れた。詳細は未発表で
あるが、化学療法に対する上乗せ効果がないとすれば、その理由は、副
作用の増強にあるかもしれなし。学会等を通じて情報の収集を行うと共
に、基礎的にもさらに検討していきたい。
白血病の新薬を開発
キーワード
Keyword
Project
▲FI-700とKW-2449の構造
1
白血病のなかで最も多く、毎年10万人あたり発症は3人程。化学療法での完治率
は30%程度で、新たな治療法が望まれている。最近、FLT3変異の認められるAML
は予後不良であることが明らかになっている。
FLT3
受容体型チロシンキナーゼの一種で、幼若造血細胞の細胞膜上に発現し、血液細
胞の分化・増殖に関与。1996年日本でFLT3遺伝子の変異が発見された。変異
FLT3分子はそのリガンド非依存性に活性化する。
キナーゼ阻害剤
「がん」
には様々なチロシンキナーゼの活性化変異が見出されており、
この変異分
子を標的として開発された代表例が、慢性骨髄性白血病におけるBCR-ABLに対
するキナーゼ阻害剤イマチニブである。
研究の背景・意義
2
実用化にあたっての
今後の課題及び研究方針
FLT3に対する阻害剤二種を発見
※平成21年度における研究体制
急性骨髄性白血病
(AML)
4
ヒト白血病細胞株移植マウスへの治療効果
両者とも、変異FLT3陽性細胞株に対して、優れた増殖抑制効果を
示し、
マウス白血病モデルにおいて、いずれも骨髄抑制をきたすことな
く変異FLT3発現マウス細胞数を減少させ、白血病の治癒が得られ
た。さらに、FLT3変異陽性のヒト急性骨髄性白血病臨床検体に対し
ても選択的な増殖阻害効果を示し、正常造血前駆細胞に対しては、
コ
ロニー形成数は50%以上を維持し、血球分化能も維持された。
▲臨床開発されたFLT3阻害剤を示す。世界的に多くの阻害剤が競合している。
研究プロジェクトの目標
FLT3変異の発見から13年
安全で有効なFLT3キナーゼ阻害剤の開発
受容体型チロシンキナーゼであるFLT3分子は主に幼若造血
細胞の細胞膜上に発現し、血液細胞の分化・増殖と造血幹細胞
の自己複製における重要なシグナル伝達機構に関与している。
1996年京都府立医大グループがFLT3遺伝子の傍膜貫通領域
における部分的重複変異を発見し、2000年に我々名古屋大学
グループがキナーゼ領 域の点 変 異を発 見した。さらに我々は、
FLT3変異は急性骨髄性白血病の約1/3に認められ予後不良因
子となること、変異FLT3は常に活性化し細胞内に増殖や生存の
シグナルを送り続けるという分子メカニズムを報告し、世界の注
目を集めた。FLT3分子は細胞表面に発現し、
リガンド(図では
紫)結合によって二量体を形成し、互いにチロシン残基をリン酸
化する。傍膜領域でのinternal tandem duplication(ITD、矢
印)、あるいは活性化ループ領域での点変異(矢印)は、FLT3の
恒常的リン酸化をもたらし、細胞質内にシグナルを伝達する。
化合物ライブラリーから以下の基準を満たす物質をスクリーニ
ングすることを目的とした。
このため、
1)FLT3に特異性が高いこ
と、
2)
どのような変異FLT3も抑制出来ること、
3)1microM以下
の濃度で有効であること、
4)既存の化学構造とは異なり、有害な
官能基などを持たないこと、
5)経口吸収され血液中で安定かつた
んぱく結合率が低いこと、
6)動物レベルでは臓器障害をもたらさ
ないこと、
6)臨床検体にも有効であることの、
6点を目標とした。
第二点目は、
ヒトに出来るだけ近い条件での治療モデル系を作
成することである。
このためには、
1)
ヒト白血病細胞コロニーアッ
セイでの評価を行うこと、
2)
ヒト白血病細胞移植NOGマウスでの
評価を行うこと、
3)薬物投与患者血清でのバイオプラズマアッセ
イ系を確立すること、
4)患者体内でFLT3キナーゼが抑制されてい
ることをモニター出来るサロゲートマーカー系を確立することの、
4点を目標とした。
▲免疫不全マウス皮下へヒト白血病細胞株MOLM13を移植。KW-2449治療に
よって完全な腫瘍の縮退が得られた。
KW-2449のT315I変異ABLへの効果
KW-2449は、T315I変異BCR-ABL陽性ヒト白血病細胞株に対し
ても、増殖阻害効果を示した。
さらにT315I変異BCR-ABL陽性ヒト白
血病細胞の免疫不全マウスへの移植モデルにおいて、KW-2449はイ
マチニブと比較して有意に骨髄及び末梢血中の白血病細胞を減少させ
た。従って、KW-2449
は第二世代Ablキナー
ゼ阻害剤耐性における
耐性克服薬になる可能
性が示唆された。
◀免疫不全マウスに慢性骨
髄性白血病急転期患者から
の白血 病 細 胞を移 植し
KW-2449で治療。
イマチニ
ブ群に比して有意に減少し
た。
▲FLT3分子のリガンド結合による二量体化、あるいはITD変異や
点変異(矢印)は、FLT3の恒常的リン酸化をもたらす。
▲ヒト白血病細胞を移植したNOGマウスにキナーゼ阻害剤を投与
し、
その有効性・安全性・マウス正常骨髄に対する影響性を解析。
参考文献
Shiotsu Y, Kiyoi H, Ishikawa Y, Tanizaki R, Shimizu M, Umehara H, Ishii K, Mori Y, Ozeki K, Minami Y, Abe A, Maeda H, Akiyama T, Kanda Y, Sato Y, Akinaga S, Naoe T. KW-2449,
a novel multi-kinase inhibitor, suppresses the growth of leukemia cells with FLT3 mutations or T315I-mutated BCR/ABL translocation. Blood. 2009 Jun 18. (on line)
Ishida H, Isami S, Matsumura T, Umehara H, Yamashita Y, Kajita J, Fuse E, Kiyoi H, Naoe T, Akinaga S, Shiotsu Y, Arai H. Novel and orally active 5- (1,3,4-oxadiazol-2-yl)
pyrimidine derivatives as selective FLT3 inhibitors. Bioorg Med Chem Lett. 2008 Oct 15;18(20):5472-7.
10
Kiyoi H, Shiotsu Y, Ozeki K, Yamaji S, Kosugi H, Umehara H, Shimizu M, Arai H, Ishii K, Akinaga S, Naoe T. A novel FLT3 inhibitor FI-700 selectively suppresses the growth of
leukemia cells with FLT3 mutations. Clin Cancer Res. 2007 13 :4575-82.
11
平成17年度
[2005年度]
3
サルおよびヒト胚性幹細胞を用いた
心筋細胞の再生と移植法の開発
5
研究期間 平成17年度∼平成21年度(予定)
研究体制
総括
福田 恵一[慶應義塾大学 ]
赤池 敏宏[東京工業大学]
野村 達次[財団法人実験動物中央研究所]
※平成21年度における研究体制
心筋再生医療の具現化に大きく前進
キーワード
Keyword
Project
1
難治性重症心不全
拡張型心筋症、肥大型心筋症、心筋梗塞等の種々の原因で心筋細胞が障害され、
心臓のポンプ機能が著しく低下した形。薬物、
ペースメーカー等でも治療できない
ものが難治性重症心不全で、現状では心移植・補助人工心臓の適応
再生医療
全身の障害を受けた組織や臓器をさまざまな多能性幹細胞を用いて修復させる医
療。体性幹細胞、ES細胞、iPS細胞などが利用され、皮膚細胞、
角膜、骨芽細胞、心
筋細胞、神経細胞、膵臓β細胞などの再生が進められている
ES細胞
ヒト人工受精余剰卵を利用して早期胚の時期に胚盤胞の内部細胞塊を摘出し、樹
立された細胞。胎盤等の胚外部分を除くすべての細胞に分化する全能性を有する
とされ、再生医療実現のために最も有用な細胞の一つと考えられている
研究の背景・意義
研究プロジェクトの目標
再生心筋細胞移植実現に向けて
効率的な心筋分化誘導法と移植法の開発
生活習慣の欧米化に伴い疾患構造も大きく変化し、心疾患によ
る死亡は現在死因の第2位を占めるに至っている。心筋梗塞等の冠
動脈疾患は心カテーテル治療の改善により急性期死亡を大きく減
少させたが、逆に慢性心不全症例の増加をもたらした。従来からの
拡張型・肥大型心筋症を含めた慢性心不全は増加の一途をたどり、
特に薬物・ペースメーカー治療に反応しない難治性重症心不全例
では、心臓移植しか根本治療がないとされている。
しかし、
ドナー不
足は各国共通の課題であり、海外渡航移植が加速度的に困難に
なっている現状を考えると、新規治療法の開発は急務の問題であ
る。1999年に我々が、骨髄間葉系幹細胞が心筋細胞に分化する能
力を有することを報告して以来、心筋の再生とこれを用いた再生心
筋細胞移植の医療応用が叫ばれている。
しかし、
これを現実の医療
にするには充分量の心筋細胞を確保すること、未分化幹細胞と心筋
細胞を分離する必要のあること、効率的な移植方法を開発すること
など、超えなければならない幾つかの課題がある。本研究では、大量
培養可能なサル及びヒトの胚性幹細胞(ES細胞)
を用いて、
これを
効率的に心筋細胞に分化誘導する方法、心筋細胞と
(未分化幹細
胞と含む)非
心 筋 細 胞の
分 離 法の開
発 、効 率 的
な心 筋 細 胞
移 植 法の開
発 を目 的 と
して 計 画 さ
れ た もの で
ある。
本研究プロジェクトの目標はヒトES細胞を用いて心筋細胞を
再生し、
これを安全かつ効率的に移植するための基盤技術を開発
することである。
このためには3つのステップが必要となる。
また、
ヒ
トES細胞への準備と前臨床試験を行うためのサルES細胞を使
用する必要がある。第一段階の目標はヒトES細胞から効率的に心
筋細胞を分化誘導する方法を開発することである。
このためには受
精後の早期胚の段階で心臓を形成する領域に発現している細胞
増殖因子等を同定し、
これを利用して心筋細胞を分化誘導する方
法を確立することである。
さらには、胎児期の心筋は盛んに細胞分
裂する能力を有していることから、分化誘導早期の心筋細胞に細
胞分裂を惹起する方法あるいは因子を同定し、
これを心筋再生に
応用することである。第二段階の目標は再生心筋細胞とそれ以外
の非心筋細胞(未分化幹細胞を含む)
を完全に分離する技術を開
発することである。
これにより、再生心筋細胞の移植後に奇形腫等
の悪性腫瘍の形成を完全に予防できるものとなる。そして、第3の
目標は再生心筋細胞を効率的に移植する方法を開発することであ
る。
これまで報告されている初代培養心筋細胞あるいは再生心筋
細 胞の移 植では、
移 植した細 胞の1
−3%程 度しか生
着しない。
これを生
着率を出来るだけ
高くする方法を開
発することを目指
す。
▲ヒトES細胞を用いた再生心筋細胞の作出と細胞移植によ
る心不全治療法の戦略
12
2
▲発生シグナルを用いたヒトES細胞からの心筋再生。
図は早期胚に発現するNogginの発現部位を示す。
4
研究プロジェクトの成果
Nogginによる効率的な心筋細胞誘導
大量培養技術の開発により臨床応用実用化
我々はマウス早期胚を用いて心筋予定領域に発現する液性因子を
スクリーニングした結果、胎生7.5日の心臓予定領域にBMP2,
4の
内因性阻害因子のNogginが一過性に強発現する現象を見出した。類
似現象がニワトリ胚、
アフリカツメガエル胚でも観察されることより、心
筋形成に必須な因子と推測した。
マウスES細胞にNogginを作用させ
た結果、効率的に心筋細胞に分化誘導された。
この現象を利用し、
サル
及びヒトES細胞を効率的に心筋細胞に分化誘導させることに成功し
た。同様にサル、
ヒト心筋細胞を細胞増殖させる因子を同定し、効率的
に心 筋 細 胞を増
幅させることに成
功した。
◀細胞分化に係わる
シグナルを利用する
ことにより、効率よく
分 化 誘 導できた 心
筋 細 胞の免 疫 染 色
(緑色の部分が再生
心筋細胞)
ミトコンドリア法による再生心筋細胞の精製
心筋細胞はすべての細胞の中で最もエネルギー消費の激しい細胞
であり、同時にエネルギー産生を必要とする細胞です。
このことは心筋
細胞が他の細胞に比して、著しく多いミトコンドリアを含有しているこ
とになる。我々は心筋細胞のこの性質を利用し、
ミトコンドリアに特異
的に取り込まれる蛍光色素を利用し、サルおよびヒトES細胞由来の
再生心筋細胞と残存多能性幹細胞を含有する非心筋細胞を分離す
ることに成功した。
この方法により分離精製した再生心筋細胞の純度
は99.5%以上を達成する
ことが出来 、移 植により奇
形 腫 等の形 成は認められ
なかった。
▶ミトコンドリア法により精製し
たヒトES細胞由来再生心筋細
胞を示した。純度99.5%以上で
奇形腫の形成は認めない。
再凝集法による効率的な心筋細胞移植
これまで動物実験レベルで行われていた胎仔期・新生仔期心筋細胞
を成体心臓に移植した実験では長期間生着出来る細胞はごく一部であ
ること
(1−3%程度)が知られている。生着率を向上させるため、我々は
移植細胞が失われる機序を解明することから始めた。
その結果、再生心
筋細胞をバラバラに培養液に浮遊させたまま移植することがその原因
であることが判明した。我々は高度
に純化した後の再生心筋細胞を用
いて、再度凝集塊を作製すること
により、効率よく細胞移植できるこ
とを解明し、90%程度の生着率を
誇る非常に効率的な移植方法を
開発することに成功した。
◀再凝集法した再生心筋細胞を免疫不
全マウスに移植した組織像(移植後8
週)。生着率は90%以上の効率的な移
植が可能になった。
参考文献
実用化にあたっての
今後の課題及び研究方針
これまでの技術開発により、再生心筋細胞の作製は実験室レベル
ではほぼ完成レベルに近い状況になってきている。今後の課題として
は、
ES細胞を安定して大量培養出来る方法を確立することが求めら
れる。
ES細胞は培養法が安定しないと未分化性が維持できないこと
が知られている。また、ヒトES細胞では、
(1)マウスES細胞と異な
り、MEF細胞(マウス胎仔線維芽細胞)等のフィーダー細胞がないと
未分化性が喪失する、
(2)未分化性を維持するサイトカインLIFを
用いても、マウスES細胞と異なり分化してしまう等の問題が指摘さ
れている。
また、
(3)
ウシ胎児血清が培養に必須であり、既知物質だけ
混合培養液では未分化性の維持が出来ない等の問題も指摘されてい
る。
しかし、
これらの問題はヒトES細胞共通の問題であり、
(3)に関し
ては優れた代替物が多くの企業により現在開発されつつある。
(1)、
(2)に関しては、我々はフィーダー細胞を用いない新たな方法を開発
中であり、今後更なる研究で解決できる問題であると考えている。
さら
に、人手の係らない培養法を確立し、工業的生産ラインを樹立するた
めには、多くの技術的問題を克服する必要がある。
これらに関しても
今後企業と共同
開発を進め、克
服してゆきたい
と考えている。
▲患者由来線維芽細胞を用いたiPS細胞の作出と、
これを用い
た再生心筋細胞による地位不全治療の概念
iPS細胞技術により拒絶反応回避も可能
我々は京都大学の山中伸弥教授との共同研究により、患者さんの皮
膚線維芽細胞を採取し、
この細胞より誘導性多能性幹細胞(iPS細胞)
を樹立する技術を確立した。iPS細胞はES細胞と共通の性格を持つこ
とより、我々が開発した方法を応用し、
ヒト患者さん由来の心筋細胞を
分化誘導することに成功している。
また、
ヒトiPS細胞由来の再生心筋
細胞もES細胞由来のものと同様に分離精製することが可能になって
いる。
したがって、患者本人の細胞から免疫拒絶反応が全く起こらない
再生心筋細胞を作出する技術のすべてが完成したことになり、臨床応
用が待ち望まれる。今後の課題としては、安全度の高いiPS細胞の樹立
が何より重要となっている。現状のiPS細胞の作製法では線維芽細胞に
4つの遺伝子を、
ウイルスベクターを用いて導入することにより作出さ
れる。
この方法では外来遺伝子挿入部位の遺伝子破壊や外来遺伝子
のマスキングが出来ない場合に腫瘍形成の可能性が考えられる。
この
ため、
ウイルスベクターを使用せずに安全にiPS細胞を作製することが
求められています。この問題
を解決すべく我々は種々の方
法を用いてiPS細胞の作出を
行っており、既にウイルスベク
ターを用いない方法でもiPS
細胞の作出に成功しており、
更なる安全性の確認を進め
て研究を推進している。
▲患者さんの皮膚細胞より樹立したiPS細胞
Yuasa S, Fukuda K, et al. Transient and strong inhibition of BMP signals by Noggin induces cardiomyocyte differentiation in murine embryonic stem cells. Nature Biotech
23: 607-611, 2005
Chen H, Fukuda K, et al. Common marmoset embryonic stem cell can differentiate into Cardiomyocytes. Biophys Biochem Res Comm. 369:801-6, 2008.
Tanaka T, Tohyama S, Fukuda K, et al. In vitro pharmacologic testing using human induced pluripotent stem cell-derived cardiomyocytes. Biochem Biophys Res Commun.
385:497-502, 2009.
13
平成17年度
[2005年度]
PD-1免疫抑制受容体シグナルの阻害による
新規ガン治療法の開発
6
研究期間 平成17年度∼平成21年度(予定)
研究体制
総括
本庶 佑[京都大学]
岡崎 拓[徳島大学]
※平成21年度における研究体制
難冶性がんの克服に向け、免疫治療法を改革
キーワード
Keyword
Project
1
がん免疫
病原体と戦う免疫システムは、体内で生じた腫瘍に対しても常に早期発見し、破壊
する。
また、
がんの局所における、直接の細胞破壊は、
ナチュラルキラー細胞、
および
CD8陽性T細胞が担うことが明らかとなっている。
T細胞の
抑制レセプター
本来、外界の非自己と戦う免疫機構は、
自己を間違って攻撃しないよう、
ブレーキと
なる抑制レセプターを発現する。自己から発生したがん細胞は、
この抑制レセプ
ターを利用して、免疫細胞から逃避することがある。
免疫増強療法
がんに対して、特異的な免疫力を高める治療法は、生体の持つ自然治癒力を利用
する点で魅力的である。同時に、
がんによる免疫逃避との戦いでもある。
研究の背景・意義
2
研究プロジェクトの目標
免疫寛容解除による、
がんの根治に向けて
PD−1阻害による、免疫賦活機構の解明
ガンの克服は人類共通の課題であり、その治療のために多く
の試みがなされている。がん種によっては効果的な治療法が確立
されたが、多くのがんについて効果的な治療法が確立されていな
い。一日に約3000個のガン細胞が人間の体内で発生し、その
ほとんど全てが免疫系の働きにより排除されていると言われるよ
うに、免疫系はガン細胞の識別・除去において極めて効果的に働
いている。従って、生命を脅かす程に成長したガンに対しても、適
切に免 疫 応 答を誘 導できれば効 果 的に治 療できると期 待され
る。
これまでに多くのグループによってガンの免疫療法が試みら
れてきたが、必ずしも成功していない。がんの末期には、がん細胞
に特異的なT細胞が多く誘導されているが、
これらT細胞は、既
に大きく成長したガン組織に対し、免疫寛容を獲得することが失
敗の主な原因と考えられている。我々は、
T細胞に発現され、
これ
に抑制シグナルを伝達するPD−1レセプターを見出した。
PD−
1分子は、生体内では、がんや自己組織に対し、
T細胞に免疫寛
容を起こさせる主要なレセプターであることがわかっている。
PD
−1と、がん細胞に発現されたリガンドとの結合を阻害することに
よって、がんに対する免疫寛容の成立を阻害、または、一度獲得
された免疫寛容を解除することにより、がん細胞の免疫逃避機構
を阻 害する、
画期的な治
療法の確立
を目指してい
る。
我々はマウスを用いた実験から、
PD­1の機能を阻害すること
により免疫寛容が解除され、
ガン細胞が効果的に排除されることを
明らかとしてきた。当研究では、
マウスを用いて、
これまでに得られ
た結果をさらに掘り下げ、
PD−1阻害薬の臨床応用の基礎データ
となる、免疫賦活メカニズムの解明を試みている。
これにより、将来
実際にヒトがん患者に対して、
PD−1阻害剤の投与が行われた際
に、奏功例を初期に見分けるバイオマーカーの開発や、副作用の出
現予測が可能になる。
また、
PD−1経路の阻害治療が有効ながん
腫を特定することによって、治療効果を効果を最大限に期待できる
症例を予測できる。
さらには、特異的抗体以外に、低分子化合物等
により、
PD−1とリガンドの結合を、生体内で効率的に阻害する、
次世代の免疫賦活剤の開発を試みている。
3
研究プロジェクトの成果
14
実用化にあたっての
今後の課題及び研究方針
PD−1阻害治療のターゲットがん腫を選定
PD−1抗体薬に替わる、新規阻害薬の開発
PD−1阻害治療が有効となりうるがん症例を選定するため、京都大
学病院などとの共同研究を行い、
ヒトがん組織におけるPD­1リガンドの
発現、
および生命予後との関係を大規模に追跡調査している。
この過程
で、卵巣ガンや、黒色腫(メラノーマ)組織においては、
PD­L1の発現が
生命予後と負の相関を示すことを見出した。
また、
いくつかのがんにおいて
は、
PD−1の関与は認
められず 、がんによっ
て、
PD−1経路を用い
て免疫逃避しているも
のと、そうでないものが
あることがわかった。
我々の基礎研究とタイアップして、実際にPD−1阻害によるヒトが
ん免疫治療は、企業ベースで開発された、完全ヒト型特異的阻害抗体
を用いて行われる予定である。
しかしながら、培養細胞を用いて製造さ
れる抗体医薬は、従来の低分子医薬に対し、
コストと時間が膨大にかか
るという欠点をもつ。
また、抗体分子は生体内で非常に安定に存在し続
けるため、
がん細胞が駆逐された後に、長期的には自己免疫疾患などの
副作用を起こす可能性がある。当研究開発によって、
PD−1と、
リガン
ドの接触面における情報が得られたことにより、今後は、
この会合様式
をベースにした、新たな阻害薬の開発が可能となった。
また、
これと並行
して、
PD−1の発現を、転写レベルで抑制する阻害薬を開発すべく、
P
D−1の転写制御機構の解析を精力的に行っている。
これらのアプロー
チが成功すれば、がんの発見時、
または外科的切除後に、集中的、かつ
強力に免疫を増強させ、寛解が確認された時点で、治療を停止できる、
いわゆる効きのシャープながん治療薬が開発できると考えている。
◀卵巣がん患者において
は、切除がん組織における
PD−L1およびPD−L2
の発現と、生命予後が逆相
関する
PD-1とそのリガンドの結合様式を解明
PD−1と、そのリガンドを、遺伝子組み換え体として大量発現、精
製し、両者が会合した状態でのタンパク結晶化、および構造解析に成
功した。
この結果、
PD−1/リガンドの結合は、今までに見出された他
のレセプター/リガンド結合にない、ユニークな様式をとることがわか
り、低分子阻害剤などの開発に重要な情報を得た。また、
この大量発
現系を用いて、
PD−1、およびリガンドのテトラマー(4量体)を開発
した。このテト
ラマーは、単量
体の持つ、弱い
親 和 性を克 服
し、
PD−1とリ
ガンド 間 の 結
合を、強く阻害
す ること が わ
かった。
▲PD−1と、
PD−L1の共結晶を構造解析。新たなリガンド-レ
セプター会合様式が明らかになった
PD−1と、
T細胞不応答性の関連を解明
PD−1のノックアウトマウスを用いた実験で、
PD−1とリガンドの
結合により、抗原と出会ったT細胞がその後、同じ抗原に対し、不応答
になること
(アナジー)、
および、そのメカニズムの一端を明らかにした。
この結果、
PD−1阻害治療によって、がんと闘うT細胞のアナジーが
解除され、それによって免疫増強が起こるという仮説に至ることができ
た。
また、
アナジーになったT細胞に発現する、
PD−1の下流にあると
考えられる遺伝子を、
マイクロアレイ法によって同定した。
▲生体内で、
T細胞がPD−1、
およびIL−2依存性に不応答化されることを明ら
かにした。
▲研究プロジェクトの目標
▲PD−1の阻害は、がんに対するT細胞免疫寛容を解除
する、あらたな免疫療法となりえる。
4
参考文献
▲ヒト型抗体に替わる、新たな阻害薬を開発中
治療効果判定に有用なバイオマーカーの探索
これまでの研究で、
PD−1の阻害により、
T細胞のがんに対する免疫
寛容の導入を抑制できることがマウスの実験で明らかになった。
しかしな
がら、遺伝的素因が多岐にわたる、実際のヒト臨床においては、各患者の
PD−1阻害薬に対する反応も、様々であることが予測される。
たとえば、
自己免疫疾患の素因を持つ患者では、
がんに対する免疫増強療法によっ
て、隠れた自己免疫疾患までが顕在化する、
といった危険性も考えられ
る。
その点で、
マウスモデルのマイクロアレイ解析、
および血清サイトカイ
ン解析によって、
300個程度のバイオマーカー候補を同定したことは、
今後の臨床応用にとって非常にプラスである。
つまり、治療効果や、副作
用の発現と強く相関して変動するマーカーを見つけることができれば、早
期に治療に対する反応性や、副作用の出現予測が可能となる。今後は、
より多くのがん治療モデルを用いてこのバイオマーカー候補の、治療前
後での変化を指標に、有用なものを絞り込む予定である。
それと同時に、
まさに始まろうとしている、
ヒト抗体治療の臨床治験よりサンプルを得、
臨床応用可能なものを検討する予定である。
▲マイクロアレイ解析により、
PD−1依存性にT細胞不応答を起こす原因遺伝子
を解析中
Hamanishi J, Mandai M, Iwasaki M, Okazaki T, Tanaka Y, Yamaguchi K, Higuchi T, Yagi H, Takakura K, Minato N, Honjo T, Fujii S. Proc. Natl. Acad. Sci. USA. 104:3360-3365 (2007)
Terawaki S, Tanaka Y, Nagakura T, Hayashi T, Shibayama S, Muroi K, Okazaki T, Mikami B, Garboczi DN, Honjo T, Minato N. Specific and high-affinity binding of tetramerized
PD-L1 extracellular domain to PD-1 expressing cells: possible application to enhance T cell function . Int. Immunol. 19 881-890 (2007)
Chikuma, S., Terawaki, S., Hayashi, T., Nabeshima, R, Yoshida, T, Shibayama, S, Okazaki,T. and Honjo, T. PD-1-mediated suppression of IL-2 production induces CD8+ T-cell
anergy in vivo. J.Immunol Jun 1;182(11):6682-9
15
平成17年度
[2005年度]
免疫グロブリン・スーパーファミリー細胞接着分子群を
標的とした癌の浸潤・転移抑制医薬品の開発研究
7
研究期間 平成17年度∼平成21年度(予定)
研究体制
総括
佐谷 秀行[慶應義塾大学]
村上 善則[東京大学]
神奈木 玲児[愛知県がんセンター]
※平成21年度における研究体制
癌の浸潤、転移抑制薬の開発へ大きく前進
キーワード
Keyword
Project
1
細胞接着分子
TSLC1
免疫グロブリン様細胞接着分子の一つ。成人T細胞性白血病では疾患特異的な発
現、特定の高転移性腫瘍では特異なスプライスバリアントの発現が見られ、癌の浸
潤、転移を促進する。癌浸潤、転移抑制の薬剤標的候補と考えられる。
CD44と
ADAMプロテアーゼ
膜蛋白質CD44は細胞外基質ヒアルロン酸と結合し、
この結合はADAMプロテ
アーゼにより切断される。
この一連の動的過程が細胞のマトリクス内運動に必須で
あることから、癌細胞の浸潤抑制の薬剤標的になると考えられる。
癌選択的糖鎖修飾と
その検出
癌細胞ではしばしば正常では認められない膜蛋白質や修飾糖鎖が発現する。従っ
て、癌細胞の特定蛋白質上の特定糖鎖が検出できれば、癌特異的な診断が可能と
なる。特に患者血清を用いた検出は有用性が高いと考えられる。
研究の背景・意義
研究プロジェクトの目標
浸潤、転移の制御は癌克服の最重要課題
癌の浸潤、転移の診断医薬、抑制医薬の開発
現在までの癌治療薬の大部分は原発巣での癌細胞の増殖の抑制
を期待するものであり、癌の浸潤、転移を直接標的とした医薬品はほ
とんどない。
しかし、言うまでもなく浸潤・転移は癌死の最大の要因で
あり、
その抑制は、癌を制御可能な疾患とするために必須である。癌の
浸潤・転移は細胞間や細胞・基質間接着の異常により生じ、細胞間、並
びに細胞・基質間の接着分子群が重要な役割を果たす。本プロジェク
トの参加研究者らは、免疫グロブリン・スーパーファミリー細胞接着分
子群(IgCAM)
に属するTSLC1やヒアルロン酸結合分子CD44、並び
にその糖鎖修飾が、癌の浸潤・転移に関わることを世界に先駆けて明
らかにしてきた。特に、医薬品開発の直接標的となる限定された分子
内断片や、活性を制御する酵素反応、特定の糖鎖など、学術的に得ら
れた基礎的知見と技術は独創性に富み、標的を絞りこんだ医薬品の
開発が期待される。
また、浸潤・転移はすべての進行癌に共通の終末
像であることから、本研究の結果得られるCD44、TSLC1を対象とし
た診断薬、治療薬
の対象は、肺癌、
胃
癌、大腸癌などほ
ぼ すべての 癌 腫
( 死 亡 数 年 間30
万人以上)
に及び、
また、成 人 T 細 胞
性白血病(ATL)
に
おける HTLV-1 ウ
イルス抗体陽性者
120 万人を含める
と、その保 健 医 療
への貢献は計り知
れない。
本研究では、TSLC1, CD44分子に対象を絞り、
その発現異常、
ス
プライス異常、分子切断、糖鎖修飾、下流シグナルの実態と意義を明
らかにし、
その分子経路を標的として癌の浸潤・転移を抑制する医薬
品(ヒト化抗体、低分子化合物)
の開発を目指す。
また、数年の観察を
要する浸潤、転移抑制医薬品の評価を可能とする血清中サロゲート・
マーカー(抗癌性糖鎖抗体)
とその検出法の開発を目指す。
TSLC1については、ATLや高転移性腫瘍における異常発現と浸
潤、転移促進機能の実態を解明し、
その機能を阻害するヒト化抗体を
作製する。
また、独自の低分子化合物検索系を構築し、TSLC1機能を
阻害するシード化合物の同定を目指す。
CD44については、大腸癌や肺癌で見られるスプライスバリアント
の機能を解明し、癌の診断、治療の標的としての確立を目指す。特に
CD44を切断するADAMプロテアーゼの癌細胞浸潤への関与を明ら
かにし、
その活性を阻害する低分子化合物の検索系を構築し、浸潤・
転移・増殖を抑制するリード化合物の同定を目指す。
さらに、CD44,
TSLC1分子の結
合糖鎖を解析し、
癌選択糖鎖に対す
る特 異 的 診 断 抗
体を作製し、浸潤・
転 移の診 断マー
カーの確立を目指
す。
さらに、質量分
析法を用いた患者
検体中の糖鎖の検
出法を開 発して、
抗体による検出の
補強を目指す。
▲癌は日本人の死因の第一位で、
なお増加傾向にある。
その大部分が浸潤、転移による死亡であり、
その制御は
最重要課題である。
16
2
▲高転移癌に特異的に見られるTSLC1バリアント。CD44
バリアントとともに浸潤・転移抑制の薬剤標的となる。
3
研究プロジェクトの成果
4
実用化にあたっての
今後の課題及び研究方針
癌浸潤を抑制する TSLC1 阻害分子を同定
既存薬の検索による臨床応用にも道を拓く
特定の難治癌の浸潤、転移にTSLC1が重要で、薬剤標的となること
を示し、特許を出願した。
そして、TSLC1機能を阻害する低分子化合物
の、培養細胞を用いた検索系を構築し、既知化合物の検索によりμMの
濃度でTSLC1の浸潤能を強く抑制するシード化合物を得た。
また、企業
と連携してTSLC1の機能を阻害
するヒト化抗体を得た。
ともに癌
の浸潤、転移抑制医薬品開発の
有望な候補分子でありと、抗体に
ついてはマウスを用いた有効性試
験、安全性試験を進めている。
さ
らに特異性の高い抗 TSLC1モノ
クローナル抗体を作成し、診断医
薬品としての評価を進めた。
本研究で同定された、CD44,TSLC1の機能を阻害するシード化合
物については、
その実用化を目指して企業と共同で合成展開を進め、
よ
り高い活性と安全性をもつ化合物の同定に努める。
また、本研究で確立
された CD44, TSLC1の機能阻害剤に対する細胞を用いた検索系は、
新規化合物のみならず、安全性試験が終了している既存の薬剤にも応
用可能である。そこで、今後これらの検索を進め、有効な薬剤が得られ
た場合には、医師主導治験などにより速やかな臨床応用を目指す。
すで
に本研究により、ADAM17の阻害によるCD44切断抑制を介して癌細
胞の浸潤を抑制する既存薬剤と、TSLC1機能を阻害する既存治験薬
剤を複数個見出していることから、今後の展開が期待される。
さらに癌
細胞の浸潤を抑制する抗TSLC1ヒト化抗体を複数得、
また癌特異的
CD44スプライスバリアントに対する抗体もヒト化を進めており、抗体
医薬の実用化も視野に入ってきた。
これらの有効性の評価に当たって
は、本研究で別途構築されたマウスの浸潤、転移モデルが有用となる。
このように、癌の浸潤、転移抑制を目指した本研究は、医薬品候補の同
定のみならず、一連の新規製薬過程に必要なツールの構築についても
大きく貢献しており、今後の発展が期待される。
◀TSLC1阻害剤による癌細胞の浸潤
抑制。細胞形態変化に基づく低分子化
合物の検索によりシード化合物を同
定した。
癌浸潤を抑制するプロテアーゼ阻害剤を同定
癌細胞の浸潤にはCD44のADAM10,17による切断が重要で、薬剤標
的になることを示した。
そこで、ADAM17の活性化によるCD44切断を評
価する細胞を用いた高感度検索系を確立し、特許を出願し、低分子化合
物を検索した。
この結果、
μMオーダーでADAM17活性を特異的に阻害
し、CD44切断を抑制し、腫瘍のマトリクス内への浸潤を抑制する化合物
を得た。そこで、
この化合物の合成展開を行い、
より低濃度で有効な化合
物の取得を目
指している 。
さらに、高 感
度のマウス乳
癌転移モデル
を 構 築し、こ
れを用いてin
vivoでの化合
物の効果を検
定した。
▲ADAM17阻害剤による癌細胞の3次元マトリクス内浸潤の抑
制。1000種以上の化合物の検索によりリード化合物を同定した。
癌と非癌を識別できる血清糖鎖検出系を確立
癌の浸潤、転移抑制医薬品の効果を長期にわたり評価可能とするた
めに、癌選択的糖鎖を標的とする血中マーカーの確立、並びに新規検
出法の開発を試みた。
まずサンドイッチ法により、特定蛋白質上の特定
糖鎖の血清中での測定法を確立した。つぎにCD44,TSLC1の癌性ス
プライスバリアントが、癌特有の糖鎖修飾を受けることを明らかにした。
そこで、CD44バリアントの癌選択的、及び正常細胞特有糖鎖を、患者
血清を用いて測定できる抗体システムを二組開発し、大腸癌の評価に
有効であることを示した。
さら
に、質量分析による血中糖鎖
の化学的検出系を確立し特許
を出願した。
◀患者血清から、癌選択性糖鎖を
鋭敏に検出可能となった。癌患者
では、健常人よりも血清中の癌選
択的糖鎖が高値を示す。
参考文献
▲乳腺に正所移植し100%肺、脳に転移するマウス乳癌転移モデルを構築した。in
vivoでの化合物の効果検定に有用である。
糖鎖を標的とする癌の新規血清診断を実用化
癌選択的糖鎖を検出する抗CD44、抗TSLC1抗体の診断医薬品と
しての実用化を目指して本研究を行い、CD44については癌特有糖鎖、
非癌特有糖鎖各々のサンドイッチ法に基づく測定系が完成し、患者検
体の測定による評価を開始している。TSLC1についても結合糖鎖が判
明し、測定系の構築が進んだ。
これらの抗体を用いた患者血清による癌
の診断は、癌の浸潤、転移抑制医薬品の効果を長期間観察する上で必
須のツールとなると期待される。今後は、臨床検体での測定成績の解析
を重ね、並行してこれらの糖鎖の出現が癌の浸潤・転移とどのように関
連するか、その診断的意義についての研究を進展させ、有用な診断医
薬品としての確立を目指す。
また、血清中の糖鎖を、
サンドイッチ法では
なく、直 接 質 量 分 析 法 に
よって検出するという画期
的な方 法の開 発について
は、単純な構造の糖鎖につ
いては成功したが、複雑な
構造の糖鎖については困難
があり、今後も方法の変更・
改良を加えながら、進めて
いく予定である。
▲MALDI-TOF型質量分析器による血中スルファ
チドの直接検出。画期的な手法であり、
より複雑な
糖鎖の検出が期待される。
Yamada D, Yoshida M, Williams YN, Fukami T, Kikuchi S, Masuda M, Maruyama M, Ohta T, Nakae D, Maekawa A, Kitamura T, Murakami Y. Disruption of spermatogenic cell
adhesion and male infertility in mice lacking TSLC1/IGSF4, an immunoglobulin superfamily cell adhesion molecule. Mol Cell Biol, 26: 3610-3624, 2006
Inumaru J, Nagano O, Takahashi E, Ishimoto T, Nakamura S, Suzuki Y, Niwa SI, Umezawa K, Tanihara H Saya H. Molecular mechanisms regulating dissociation of cell-cell
junction of epithelial cells by oxidative stress. Genes Cells 14: 703-716, 2009
Lim K, Miyazaki K, Kimura N, Izaw M. Kannagi R. Clinical application of functional glycoproteomics - dissection of glycotopes carried by soluble CD44 variants in sera of
patients with cancers. Proteomics, 8: 3263-3273, 2008
17
平成17年度
[2005年度]
3
新規高機能付加型医療機器の開発
8
研究期間 平成17年度∼平成21年度(予定)
赤川 安正[広島大学]
研究体制
総括
森下 竜一[大阪大学]
朝森 千永子[株式会社エム・エム・ティー]
関 誠[アンジェスMG株式会社]
※平成21年度における研究体制
薬剤付与型次世代人工骨の開発
Project
人工骨(ネオボーン)
キーワード
Keyword
1
核酸医薬
NF-κBデコイ
NF-κBデコイ核酸とは、種々の炎症性サイトカインの遺伝子発現を制御する転写
因子NF-κBの活性化を抑制するおとり型核酸医薬。
研究の背景・意義
2
研究プロジェクトの目標
次世代人工骨は破骨細胞の活性化制御が重要
NF-κBデコイを用いた薬剤流出人工骨
ネオボーンは臨床で用いられている優れた人工骨であり、連通
構造が特徴であり2003年より臨床応用されている。良性骨腫瘍
摘出後あるいは骨折などに生じた骨欠損部に対して、現行医療で
は他の部位の骨の自己骨移植などの治療法が行われるが、骨再生
能が低下している高齢者では自己骨の代わりにこの人工骨で代用
し、補填することによって骨形成能を促進させる。
しかし、骨粗鬆
症や関節リウマチなどの疾患を有する患者では、骨形成能が低下
していることから、
このような疾患を有する患者に強い骨を早く作
るためのさらなる課題として、埋め込み周囲に認められる破骨細
胞の活性化制御が極めて重要であることが分かった。
そこで、高齢
化社会に向けてニーズの高い骨粗鬆症や関節リウマチの新規高
機能付加型医療機器として薬剤流出人工骨の開発を目指す。薬
剤としては、二重鎖核酸化合物である転写因子制御剤デコイの高
機能化を進め、世界に通用する新規性の高い医療機器の開発を
目指す。
破骨細胞の活性化制御機能を付加した薬剤流出人工骨の開発
に向けて、二重鎖核酸化合物である転写因子制御剤デコイを用い
た。破骨細胞(osteoclast)
は骨芽細胞(osteoblast)表面に発現
するRANKL(receptor activator for NF-κBligand)
が破骨細
胞に発現するRANK(receptor activator for NF-κB)
に結合
することによって活性化され、
NF-κBの活性化を介して破骨細胞
の活性化に重要な因子であるNFATを活性化させることで骨吸収
活性を獲得し骨粗鬆症を促進することが分かっている。一方、核酸
医薬であるNF-κBデコイは転写因子のNF-κBと結合することに
より、活性化したNF-κBの核内へ移行を阻害して遺伝子の転写活
性化を制御する。
また、
NF-κBは多くの炎症性サイトカインの上
流に位置していることから、
NF-κBデコイは炎症性サイトカイン
の発現制御にも有効であることが分かっている。実際に我々の検討
において、破骨細胞にNF-κBデコイを導入することにより、
その活
性化は強力に阻害された。
実用化にあたっての
今後の課題及び研究方針
人工骨への薬剤吸着法の確立
NF-κBデコイ吸着人工骨の製法の確立
人工骨にNF-κBデコイを吸着させた後、溶出試験において人工骨へ
のNF-κBデコイの吸着量を測定した結果、吸着時におけるNF-κBデコ
イ濃度に比例し吸着量が増加した。
また、人工骨に吸着したNF-κBデコ
イの溶出速度について検討した結果、溶出開始10分後において約70%、
2時間後において約90%のNF-κBデコイが溶出した。
したがって、人工
骨に吸 着したN
F-κBデコイは
短時間で速やか
に放出された後、
徐々に放出され
ると考えられる。
実用化に向けて、製品化を念頭においた人工骨(ネオボーン)への薬
剤コーティング法の最適化およびデコイを吸着させた人工骨に対する
滅菌法を確立、安定性及び医療用具として要求される安全性試験を行
い、臨床研究に向けてプロトコルの作成・患者選定などの準備を進め
る。同時に並行して開発を進めてきたインテリジェント化デコイに関し
ても薬剤流出人工骨(ネオボーン)の薬効試験・比較試験を行い、最適
化されたインテリジェンス化デコイ・ナノデコイに関して、薬剤流出人工
骨として将来的な治験に向けた開発研究を行う。
安全性試験の一環として行った埋植試験では、
NF-κBデコイ吸着
ネオボーン群、対照群である通常ネオボーンいずれの群においても、
ラットの一般状態の変化および死亡例は認められず忍容性は良好で
あった。埋植1ヵ月後に採取されたネオボーンはどちらの群においても
全例で結合組織の浸潤および癒着が生じており、周辺組織はいずれも
顕著な変性像は認められなかった。以上の結果から、
デコイ吸着により
ネオボーンの生体親和性および安全性が変化する可能性は低いと考え
られた。
製品化に向けたさらなる課題として、高効率な滅菌方法の開発が挙
げられる。製品化のステップの中でNF-κBデコイを人工骨に吸着させ
た後に全体を滅菌する必要があるが、吸着操作およびガンマ線照射に
よって、
NF-κBデコイの結合活性能には影響がないことは当プロジェ
クト中に確認できた。
しかし、HPLCを用いて詳細に解析を行ったとこ
ろ、従来の製法ではNF-κBデコイ自体が滅菌工程で分解されてしまう
ため、滅菌工程の工夫を行った。
これまでの滅菌法の検討においてNFκBデコイは原薬単独でガンマ線滅菌に対して非常に強くほとんど分
解されないが,溶液の状態では著しい分解が認められていた。一方、人
工骨への吸着ステップでNF-κBデコイ溶液を乾燥する際、乾燥能力
の優れたスピードバック又は凍結乾燥の手法を用いることで分解が抑
制されたことから,
デコイの分解原因が従来の乾燥方法(真空乾燥)の
みでは水分が十分除去できていない可能性が判明した。今後、乾燥工
程はスピードバック又は凍結乾燥工程を加えた検討を行い,
NF-κB
デコイ吸着人工骨の製法を確立し、
その保管方法などを含めた製品化
に向けた検討を進める。
◀人工骨にNF-κ
Bを吸 着させた後
に、吸着量および溶
出時間の検討、
およ
び滅菌後の活性評
価を行った。
ハイドロキシアパタイトの人工骨(ネオボーン)
は連通構造が特徴ですでに臨床応
用されており良性骨腫瘍、骨折等の症例において骨欠損部に補填することにより良
好な骨形成能を示している。
デコイ核酸、siRNA、
アンチセンス等の核酸医薬品は、標的分子に対して特異性
が強いことから、副作用なしに強い薬理作用を有する医薬品となりうると大きな期
待を集めている。
4
研究プロジェクトの成果
薬剤流出型人工骨の薬効試験
ウサギ大腿骨にNF-κBデコイ吸着人工骨を填入し、
ウサギ大腿骨の
骨形成率及び圧縮実験において填入後における人工骨の最大強度を評
価した結 果 、NF-κBデコイ吸 着 人 工 骨 群( N F -κB )は人 工 骨 群
(control)
と比較して有意な骨形成率の向上を示し、骨形成促進作用が
認められた。
また、cathepsin K免疫染色での評価においてNF-κBデコ
イ吸着人工骨群は有
意な破骨細胞数の減
少を示し、骨吸収抑
制 作 用 が 認 められ
た。
▶ウサギ大腿骨に填入
したNF-kBデコイ流出
型人工骨群では有意な
骨 形 成 促 進 が 認 めら
れ、力学的な強度に関
しても高い傾向にあっ
た。
改良型(インテリジェント)
デコイの開発
デコイの安定性の改良として、体内で分解が進みやすい2本鎖の段端
を繋ぐことで安定な リボン型 デコイ、
さらに部分S化を加えたStapleデ
コイの合成に成功した。
さらにコスト削減のためより短いデコイの作成に
も成功した。
また、二つのデコイを組み合わせて二つの転写因子を同時に
阻害できるキメラ
デコイの 開 発 も
行い、
この両者を
組み合わせたリボ
ン型キメラデコイ
の開発を行った。
◀デコイの安 定 性
▲薬剤流出人工骨(ネオボーン)
の製法の改良を目指した乾燥方法及び保管条件
などの検討
の改良として、
2本
鎖の段端を繋ぐ リ
ボン型 デコイの合
成、さらに部分S化
を加えたStaple型
デコイを開発した。
▲ネオボーン周囲に破骨細胞が活性化されている関節リウマチ患
者などでは骨形成が不十分である。
18
▲NF-κBは破骨細胞の活性化における重要な転写因子であ
り、
この活性化制御にNF-κBデコイが有効である。
参考文献
Shimizu H, Nakagami H, Tsukamoto I, Morita S, Kunugiza Y, Tomita T, Yoshikawa H, Kaneda Y, Ogihara T, Morishita R. NFkappaB decoy oligodeoxynucleotides ameliorates
osteoporosis through inhibition of activation and differentiation of osteoclasts. Gene Ther. 13:933-41, 2006.
Osaka KM, Tomita N, Nakagami H, Kunugiza Y, Yoshino M, Yuyama K, Tomita T, Yoshikawa H, Ogihara T, Morishita R. Increase in Nuclease Resistance and Incorporation of
NF-κB Decoy Oligodeoxynucleotides by Modification of 3’-Terminus. J Gene Med 2007;9(9):812-9.
Miyake T, Aoki M, Masaki H, Kawasaki T, Oishi M, Kataoka K, Ogihara T, Kaneda Y, Morishita R. Regression of abdominal aortic aneurysms by simultaneous inhibition of
nuclear factor kappaB and ets in a rabbit model. Circ Res. 2007;101(11):1175-84
19
平成17年度
[2005年度]
3
再生阻害シグナルの制御による
中枢神経再生誘導薬の創製
9
研究期間 平成17年度∼平成21年度(予定)
研究体制
総括
山下 俊英[大阪大学]
※平成21年度における研究体制
中枢神経再生誘導薬の創製
キーワード
Keyword
Project
1
中枢神経障害
脳血管障害、脳外傷、脊髄損傷などにより、
いったん傷害を受けた中枢神経系機能
は回復せず、有効な治療法はいまだ存在しません。
これは神経機能を司る神経回路
が修復されないためと考えられています。
軸索再生阻害
タンパク質
中枢神経系には損傷した軸索(神経細胞から伸びる突起)
の再生を阻害する機構
が存在しており、
これまでに複数のタンパク質が同定されています。
これらは神経細
胞を取り巻くグリア系細胞に発現しています。
中枢神経回路の再生
軸索再生阻害タンパク質の機能を抑制することにより、損傷した中枢神経回路が
再生し、神経機能の回復がもたらされることが動物実験で示されています。
中枢神
経回路の再生を誘導する薬剤の開発が期待されています。
研究の背景・意義
中枢神経疾患後遺症の克服に向けて
難治神経疾患により四肢麻痺あるいは半側麻痺などの神経症状
が出現すれば、回復は期待できません。
中枢神経の再生を部分的に
でも可能にする有効な治療法はなく、新たな治療法の開発は緊急の
課題であります。脊髄損傷の際に損傷軸索の再生が可能となれば機
能回復への道が開けます。
また細胞死を伴う神経疾患において、
た
とえ神経細胞死の部分的な防御が可能となったとしても、神経回路
網は大きな打撃を受けます。
この重篤な状況を脱するには神経回路
の再建、
すなわち細胞死を免れた神経細胞の軸索から標的ニューロ
ンへの軸索再生が不可欠です。一方神経幹細胞の移植が中枢神経
の損傷あるいは神経難病の治療に想定されています。移植された細
胞が機能を発揮するには、神経回路網の一部として機能しなければ
ならないことを考慮すれば、
中枢神経の機能再建には中枢神経軸索
の再生させることが必須条件となります。
しかしながら、
中枢神経系
には軸索の再生を阻害する機構が存在しているために、軸索の再生
は不能となります。
これ
まで研究代表者らは中
枢神経軸索の再生を阻
害する機序の解明に取
り組み、オリゴデンドロ
サイトのミエリンに発現
する複数の軸索再生阻
害蛋白質とそれらによ
り惹起される細胞内シ
グナルを同定し(図)、
「中枢神経軸索再生阻
害機序」の解明に成功
しました。
▲オリゴデンドロサイトに発現する複数のタンパ
ク質が損傷された神経細胞に働き、軸索(突起)
の
再生を抑制します。
2
研究プロジェクトの目標
中枢神経回路の修復治療法の開発
本研究の目標は、中枢神経系に備わっている代償回路形成能力
を効果的に賦活化させる新たな生体機能分子を開発し臨床応用を
実現することです。研究代表者らはこれまで損傷した神経回路の再
生を正と負に制御する因子を同定し、
その細胞内シグナル伝達を明
らかにしてきました。
その結果、
中枢神経回路の再生を制御する方法
の開発に着手することができました
(図)。本研究プロジェクトでは、
「中枢神経疾患による神経症状を改善させる治療薬」
としてヒト型
抗RGMモノクローナル抗体を開発しています。本研究により、
ヒトの
中枢神経疾患治療に有効な治療薬の開発を果たし、積極的な代償
回路形成のための手法の評価に取り組み、終了時には中枢神経障
害の治療法を確立し、世界に先駆けて実用化の道を開くことを目標
とします。
これは当初、脊髄損傷による神経障害の治療薬として評価
を受けることになります
が、長期的には脳血管障
害など広く中枢神経障害
の治療薬として使われる
ようになることが期待され
ます。本研究により開発さ
れた薬剤は、中枢神経機
能障害をもたらす多くの
疾患をターゲットとする点
で医学的に貢献するのみ
ならず、
「 寝たきり」からの
回復が可能になるという
観点で、医学経済面での
大きな貢献も望めます。
▲損傷した中枢神経軸索は通常再生しませ
んが、再 生 阻 害 因 子を抑 制する薬 剤によっ
て、再生が可能となり、機能回復が望めます。
研究プロジェクトの成果
軸索再生阻害機構の解明
研究代表者らはこれまで損傷した神経回路の再生を正と負に制御
する因子を同定し、
その細胞内シグナル伝達機構を明らかにしてきまし
た。本研究プロジェクトにおいては、RGMが神経細胞に作用することに
よって惹起される再生阻害シグナル伝達の解明を行いました。その結
果、RGMファミリータンパク質であるRGMbもRGMaと同様に再生阻
害タンパク質として働いていることを見いだしました。さらにRGMが
neogenin受容体を介して再生阻害効果をもたらすに至るシグナル伝
達機構の詳細を明らかにしました
(図)。RhoAの活性化(J Cell Biol.,
2009)
およびRasの不活性化(J Neurosci, 2009)
が鍵となるシグナ
ルであることを見いだし、
そのシグナル伝達機構を明らかにしました。
さ
らにRhoA/Rho-kinaseの下流のシグナルを同定し、細胞骨格制御機
構についても明らかにしました。
またBMPがRGM依存性の新規再生阻
害因子であること、そしてその再生阻害機構を明らかにしました。以上
の基礎研究の成果からRGMの再生阻害作用の分子基盤が明らかにな
り、治療薬の研究開発を進めるための有用な情報が得られました。
▲RGMは受容体複合体を介して、Rhoの活性化およびRasの不活性化を惹起し、
軸索の再生を抑制します。
抗体治療薬の開発
軸索再生阻害機構の解明によって、RGMを分子標的とした治療薬が
有望であることが示唆されました。
したがって本研究プロジェクトでは、
脊髄損傷動物モデルで効果を示す抗体治療薬の創製を行っています。
RGMおよびその受容体であるneogeninに対する中和抗体の創製を行
い、in vitroでRGMの効果を完全に抑制するモノクローナル抗RGM
抗体を得ました。
これらの抗体を脊髄(胸髄)損傷させたラットに局所投
与したところ、
コントロール群と比較して有意な運動機能の改善が認め
られました
(図)。特に臨床の病態により近いと考えられる脊髄圧挫モデ
ルにおいて、
当該抗体は大きな機能回復促進効果を有していました。
さら
に軸索再生について検討したところ、運動機能を制御する皮質脊髄路が
再生し
(図)、代償性神経回路を形成することで、新たな神経回路が形成
されていることを明らかにしました。
また開発した抗体のエピトープ解析
を行い、in vivoで効果を有する抗体に共通の結合部位が存在するこ
とを明らかにし
ています。
これら
の動物実験での
効果検証によっ
て、本抗体治療
薬 は 、ヒトの 中
枢神経障害によ
る神経症状を改
善させる効果が
期待されます。
4
実用化にあたっての
今後の課題及び研究方針
ヒト型抗体治療薬の実用化
現時点で、RGMの機能をほぼ完全に抑制し、
ラット脊髄損傷モデ
ルで軸索再生促進効果および機能改善効果を有するモノクローナル
抗体を取得しています。本抗体の作用機序を明らかにし、
またRGMの
軸索再生抑制メカニズムの分子レベルでの解明も進み、基礎研究段
階はほぼ終了することができました。今後、
「中枢神経疾患による神経
症状を改善させる治療薬」
として、
ヒト型抗RGMモノクローナル抗体
を開発し、実用化に向けて研究を進めます(図)。まず取得しているマ
ウスモノクローナル抗体のヒト型化を行います。そしてヒトに外挿可
能なサル脊髄損傷モデルを構築し、当該抗体の効力試験を実施しま
す。サル脊髄損傷モデルでは、運動機能および感覚機能をモニター
し、さらに神経回路の修復について検証します。当該抗体による機能
改善および再生促進効果が認められれば、前臨床試験に向けて準備
を進めます。組換えヒト型(化)抗RGMモノクローナル抗体の製造法
及び製剤化の検討を行い、前臨床用サンプル製造を具体化します。
さ
らに薬物動態及び安全性の予備検討を実施し、用法用量に目途を得
ます。
これらを今後3年半以内に終了させる予定で開発研究を進めま
す。その後、速やかに前臨床試験へ移行し、非臨床安全性試験(GLP)
(単回投与および反復投与、生殖・発生毒性試験、変異原性試験、
ガン
原性試験)、および薬物動態試験を行います。以上の試験で問題のな
いことを確認したうえで臨床治験に進みます。すでにげっ歯類脊髄損
傷動物モデルで効果の高いモノクローナル抗体を創製しており、作用
機序の解明も進んでいるため、薬剤開発に伴う共通の一般的なリスク
要因以外に、本研究におけるリスク要因として、特記すべきことはない
と考えています。
本研究の最終目標は、
ヒトの中枢神経疾患治療に有効な治療薬の
開発を果たし、予定期間を通じて積極的な代償回路形成のための手
法の評価に取り組み、終了時には中枢神経障害の治療法を確立し、世
界に先駆けて実用化の道を開くことです。
これは当初、脊髄損傷によ
る神経障害の治療薬として評価を受けることになりますが、長期的に
は脳血管障害など広く中枢神経障害の治療薬として使われるように
なることが期待されます。本研究プロジェクトで開発した抗体治療薬
は動物実験のレベルで再生誘導効果が高いことが、RGMをターゲッ
トとした本治療法の利点です。本研究により開発された薬剤は、中枢
神経機能障害をもたらす多くの疾患をターゲットとする点で医学的に
貢献するのみならず、
「 寝たきり」からの回復が可能になるという観点
で、医学経済面での貢献も望めます。
▲本プロジェクトで開発する薬剤は、脊髄損傷、脳血管障害などの中枢神経疾患後
遺症の克服に寄与することが期待されます。
▲脊髄損傷させたラットに抗RGM中和抗体を投与すると、運動
機能の改善および損傷した軸索の再生が認められました。
参考文献
Hata, K., Fujitani, M., Yasuda, Y., Doya, H., Saito, T., Yamagishi, S., Mueller, B.K. and Yamashita, T. RGMa inhibition promotes axonal growth and recovery after spinal cord
injury. J. Cell Biol. Vol 173 (2006), 47-58.
Hata, K., Kaibuchi, K., Inagaki, S. and Yamashita, T. Unc5B associates with LARG to mediate the action of repulsive guidance molecule. J. Cell Biol. Vol 184 (2009), 4737-750.
Yamashita, T. and Tohyama, M. The p75 receptor acts as a displacement factor that releases Rho from Rho GDI. Nature Neurosci. Vol 6 (2003), 461-467.
20
21
平成17年度
[2005年度]
PI3キナーゼ(ホスファチジルイノシトール3キナーゼ)を
標的とする分子標的薬の創製
10
研究期間 平成17年度∼平成21年度(予定)
研究体制
総括
矢守 隆夫[財団法人癌研究会]
福井 泰久[星薬科大学]
※平成21年度における研究体制
がん分子標的薬の開発が臨床試験へ向け前進
キーワード
Keyword
Project
1
がん分子標的薬
がん細胞にある特定の分子(分子標的)
に作用しその機能を阻害することによって
がんの増殖、浸潤、転移、
アポトーシス抵抗性などの悪性形質の発現を抑え込む薬。
PI3キナーゼ
膜脂質のPIP2をリン酸化する酵素で、細胞の生存、増殖、蛋白合成、運動など重要
機能を調節する。
がんでは活性化する傾向にあり、
がん治療の標的となる。
橋渡し研究
基礎研究から得られた創薬シーズなどの成果をいち早く臨床へ還元するために
必要な研究で、有効性、安全性の科学的根拠を示すことなどが求められる。
研究の背景・意義
がんのアキレス腱PI3キナーゼ
PI3キナーゼ(PI3K)
は、細胞内シグナル伝達に重要な酵素です
が、がんとも深く関わっています。その役割は多彩で、Aktを介する
生存、増殖、蛋白合成、Racを介する細胞運動、Arfを介する小胞輸
送など重要な機能を調節します(図1)。PI3Kの活性化は、発がん
を促すのみならず、がんの増殖を促進し、がん転移を助長する恐れ
もあります。
よって、PI3Kはがん治療の有力な標的と考えて間違い
なく、
もしPI3Kを攻撃するような分子標的薬があれば、
がん治療に
必ず役立つと考えられます。
しかし、本研究の開始時点で、PI3Kを
阻害する薬物として臨床試験に進んだものは世界で一つもありま
せんでした。
このような背景にあって、われわれは、抗がん活性を有
する新規PI3K阻害物質ZSTK474を全薬工業と共同で見出しま
した。
この化合物は、物性が安定、経口投与で有効、かつ毒性が低
い、
という医薬品候補として優れた長所を持っていました。
そこでわ
れわれは、ZSTK474はPI3Kを標的とする分子標的薬候補として
十分な優位性をもつと判断し、ZSTK474を医薬品として開発した
いと考えました。
これに成功すれば、がんの新しい治療法が誕生す
ることになりま
す。
また、本研究
に伴い P I 3 Kの
生物学がさらに
進 み 、あらたな
創薬に発展する
可能性が期待
されます。
▲PI3Kに依存して生存、増殖、蛋白合成、細胞運動など
が亢進するがんがある。そのようながんではPI3Kは格
好の標的となる。
22
2
研究プロジェクトの目標
PI3Kを標的とする分子標的薬の創製
前述の通りPI3Kは、がんの発生、生存、増殖、転移などを促進
し、がんにおいて重要な機能を担っています。
したがって、PI3Kを
攻撃するような分子標的薬の創製は重要な課題であり、われわれ
は、本研究によってそれを実現したいと考えました。本研究では、以
下の二つの目的を設定しました。第一に、われわれの見出した新規
PI3K阻害剤ZSTK474を医薬品として開発することをめざします。
速やかに臨床開発に向かうには、基礎から臨床への橋わたし研究
(トランスレーショナルリサーチ)が必要です。具体的には橋わたし
研究として、ZSTK474の有効性と安全性の科学的根拠を明らか
にします。
また、通常がんの薬はすべてのがんに効くわけではなく、
がんによって効いたり、効かなかったりします。そこで、ZSTK474
が臨床で使われる場合に、
どのようなタイプのがんに使えば良く効
くかを見分ける方法、
つまり効果を予測する方法を開発します。第
二に、PI3Kはがんの悪性化にも関係するといわれていますが、
その
仕組みはまだ明らかではありません。
そこで、
それを解明することに
よって、がんの悪性化を阻止できるようなPI3Kに関連した新たな
分子標的薬のシーズ探索を行います。
これらの研究の最終目標は、
わが国からのPI3Kを標的とする分子標的薬の創製にあります。
3
研究プロジェクトの成果
実用化にあたっての
今後の課題及び研究方針
種々のがんに対するZSTK474の抗がん効果
競合する開発品との差別化
ZSTK474は、
ヒトがんゼノグラフト24株に対しいずれにも治療効果を
示しました。
ただし、治療効果には24株の間で差がみられ、ZSTK474の
効くがんと効きにくいがんがあることがわかりました。
そこで、
この24株を
モデルに効果予測のバイオマーカーを探索した結果、バイオマーカー候
補を見出すことができました。
さらに、前立腺がん同所移植モデル、脳腫
瘍同所移植モデルにおいてもZSTK474は有効でした。特に後者は、脳血
液関門を通過するという
ZSTK474の長所を生か
した効果であり、脳腫瘍
での治療効果を期待させ
る注目すべき成果です。
本研究を開始した時点では、われわれのPI3K阻害剤研究は世界に
先駆けた形で優位性を保っていましたが、その後4年の間に競合する
PI3K阻害剤が続々と開発され、現在は激しい開発競争が行われてい
ます。
したがって、競合する開発品との差別化を行い、ZSTK474の特
徴を見出すことが今後の課題です。PI3Kは、スーパーファミリーを形
成し、複数のタイプが知られています。通常PI3Kといえば、タイプ1
PI3Kを指しますが、その中にも4種のアイソフォームが存在します。そ
のほかタイプ2のPI3KやmTOR,DNA-PKなどのPIKKファミリーも知
られています。
これらに対する酵素阻害の特異性の違いは重要と考え
られますので、現在PI3Kスーパーファミリーの各メンバーに対する特
異性について、ZSTK474の他の競合する開発品との間で比較検討を
行っています。
◀ZSTK474はヒトがんゼノ
グラフト24株に対し幅広い
治療効果を示しましたが、治
療効果はがんによって差が
みられました。
進行がんに対するZSTK474の効果
ZSTK474は、
ヒト前立腺癌PC-3ゼノグラフトモデルにおいて、治療
開始時期を遅くした場合(進行がんモデル)
でも、がんの増殖を停止さ
せました。
このとき、薬剤投与による体重減少はみられず、進行がん状
態での安全性を期待させる結果でした。
この点は、
タキソールなどの従
来型抗がん剤が同条
件では強い毒性を示
したのと対照的で本
剤の利点と考えられ
ます。また、別の解析
から、個々でみられた
強力な増 殖 阻 害は、
ZSTK474の持つG1
期停止作用によるこ
とが示唆されました。
▲ZSTK474は、ヒト前立腺癌PC-3ゼノグラフトを用いた進行
がんモデルにおいても増殖阻害効果を示し、かつ低毒性でした。
ZSTK474の血管新生阻害効果
腎がんRXF-631Lゼノグラフトモデルにおいて、ZSTK474の投与後
に腫瘍内の血管新生が阻害されることがわかりました
(図の右下)。
そこ
で、ZSTK474の血管新生阻害の分子機序を解析した結果、ZSTK474
はがん細胞からのVEGF分泌を抑え、一方で内皮細胞におけるPI3Kシグ
ナル伝達経路を阻害することによって血管新生を阻害することが明らか
となりました。
した
がって、ZSTK474
は、がん細 胞の増
殖を直接阻害する
と同時にがん組織
内での血管新生を
阻害するという二
重の作用で抗がん
効果を発揮するこ
とが示 唆されまし
た。
▲ZSTK474は、腫瘍内の血管新生を阻害しました。HUVEC
の増殖、遊走、管腔形成を阻害することも確認されました。
▲ZSTK474の橋渡し研究と新しい創薬シーズの開発によっ
てPI3Kを標的とする分子標的薬の創製をめざします。
4
参考文献
▲現在多数のPI3K阻害剤が開発され、ZSTK474と競合しており、
この分野の注目
度の高さがわかります。
今後の課題
ZSTK474を臨床試験に進めるにあたり、安全性の確認はきわめて
重要です。本研究計画では、ZSTK474をマウスに投与しその後肝臓
で起こる遺伝子発現の変化をトキシコゲノミクスの手法により解析す
ることが予定されており、その方針に沿って安全性の研究を進めます。
また、ZSTK474の開発と平行して、ZSTK474に代わるバックアップ
化合物の開発を進める必要があります。そこで、
これまでの研究で確
立したHTRFアッセイ法に基づくPI3K阻害剤のスクリーニング系を用
いてバックアップ化合物として新たなPI3K阻害剤の探索を推進しま
す。一方、PI3Kの上流としてErbB3、PI3K下流としてSWAP-70など
はがん悪性化に関わっていることが本研究で明らかになってきまし
た。
これらに対する阻害剤のスクリーニング系を立ち上げ、阻害剤探
索を行い、PI3K経路に関わるあらたな創薬シードの開発を進めること
も今後の課題です。
▲今後の課題として、ZSTK474のトキシコゲノミクスによる安全性解
析およびバックアップ化合物の開発があげられます。
Yaguchi S, Fukui Y, Koshimizu I, Yoshimi H, Matsuno T, Gouda H, Hirono S, Yamazaki K, Yamori T. Antitumor activity of ZSTK474, a new phosphatidylinositol 3-kinase inhibitor.
J Natl Cancer Inst 2006;98(8):545-56.
Dan S, Yoshimi H, Okamura M, Mukai Y, Yamori T. Inhibition of PI3K by ZSTK474 suppressed tumor growth not via apoptosis but G0/G1 arrest. Biochem Biophys Res
Commun. 2009;379(1):104-9.
Kong D, Okamura M, Yoshimi H, Yamori T. Antiangiogenic effect of ZSTK474, a novel phosphatidylinositol 3-kinase inhibitor. Eur J Cancer 2009;45(5):857-65.
23
平成17年度
[2005年度]
3
ゲノム情報を活用した糖尿病の
先駆的診断・治療法の開発研究
11
研究期間 平成17年度∼平成21年度(予定)
大久保 孝義[東北大学]
研究体制
此下 忠志[福井大学]
総括
加藤 規弘[国立国際医療センター]
中島 英太郎[独立行政法人労働者健康福祉機構]
池上 博司[近畿大学]
白澤 専二[福岡大学]
※平成21年度における研究体制
キーワード
Keyword
Project
1
過去数年のあいだ、糖尿病等の多因子疾患の感受性遺伝子同定に向けた探索的
アプローチとして行なわれている解析法。
同定された遺伝子座は、疾患の発症リス
ク評価のみならず、成因研究にとっても有用な標的分子と考えられる。
個別化医療
個々の患者の病気の状態を正確に捉えて副作用のない 真に有効な 治療を提供す
ることを意味する。特に、個人個人に対する薬の有効性や副作用の発現率をSNP
情報などから判断しようとする薬理ゲノム学が注目されている。
遺伝子改変モデル
未知の遺伝子の機能を明らかとするために、
げっ歯類(マウスなど)
で、
同遺伝子を
欠失(ノックアウト)
したり、遺伝子組み換えを通じて外来的に導入(トランスジェ
ニック)
したりして、作成されたモデル動物。
研究の背景・意義
糖尿病及び関連疾患の診断・治療技術の向上
現在、我が国で糖尿病を患っている人は約740万人、その可能
性が否定できない人を含めた数は約1620万人にのぼると推定さ
れている。糖尿病の罹患率は加齢とともに上昇し、60才以上でみ
ると、糖尿病の可能性が否定できない人は、3人に1人という高率
になる。生まれつきの体質に、不摂生な生活習慣、例えば高脂肪、
高カロリー食品の摂取や運動不足等が加わり、糖尿病は発症する
と考えられている。
この糖尿病に、腹部(内臓)肥満、高血圧、脂質
異常症等の重なり合ったメタボリックシンドロームが、致死的心血
管病の発症リスクという観点から大きな社会的関心を集めている。
これらの、
いわゆる
「生活習慣病」
と呼ばれる一群の代謝性疾患に
ついて、早期診断し、進展リスクの高い人々を選出して一般療法
(食事・運動療法)
をいかに継続的かつ効率的に実践してもらうか、
という点が、高齢化の進む我が国においては、QOL(生活の質)を
損なわず、医療費を抑制するうえで、健康・保健対策の鍵を握る。
また、
メタボリックシンドロームの基盤病態として、インスリン抵抗
性が注目され、糖尿病関連疾患全てにまたがる根本的な臨床課題
となっている。こう
した背景において、
我々は、
「ゲノム」を
切り口に、糖尿病及
び関連疾患に対す
る先 駆 的 な 診 断・
治療技術の向上を
目 指 して 、本 プ ロ
ジェクトを 実 施し
た。
▲体質(遺伝要因)
と環境要因の関わりを理解するこ
とが、糖尿病及び関連疾患に対する先駆的な診断・治
療技術の向上につながる。
24
2
研究プロジェクトの目標
糖尿病等代謝性疾患の診断・治療法開発
新薬が開発され、糖尿病等の代謝性疾患に対する薬物療法の
有効性は改善されてきたものの、未だ十分といえず、個々の患者の
成因や病態の理解に基づいた次世代の薬物療法(新規の機序の
治療薬開発と既存薬の効率的な使い分け)が求められている。全
体としてみた場合、食事・運動療法が糖尿病の治療の基本であり、
その有効性に関しては、経験的事実に依るのでなく、理論的基盤が
求められている。
また糖尿病は動脈硬化性疾患(脳卒中、虚血性心
疾患や下肢閉塞性動脈硬化症)の主要な危険因子であり、その発
症・進展予防のために、適切な血糖制御が望まれる。同時に、糖尿
病に合併する細小血管障害も人々のQOLに甚大な影響をもたらし
ている。疫学調査研究などからは、網膜症・腎症などの糖尿病合併
症が、単に高血糖をきたすという意味での糖尿病と、一部独立した
遺伝要因をもつことも推測されている。本プロジェクトでは、①糖
尿病及び関連疾患の効果的診断法の確立に向けたSNP(single
nucleotide polymorphism)診断用キットおよびバイオマーカー
の開発、②糖尿病の成因や病態をゲノムから理解することによる次
世代の創薬、及び③食事・運動療法の有効性を高めるための理論
的基盤確立と薬物療法の効率化等に資する糖尿病関連のゲノム
情報の体系化、
を主な研究目標とする。
病態に基づく疾患SNPの診断的活用
糖尿病及び関連疾患のゲノムワイド関連解析(GWAS)
を行なった。
2万人余の日本人の集団における多段階解析で、糖尿病について14個、
空腹時血糖について5個、脂質について13個、BMI(肥満指数)
について
6個、脂肪肝・肝酵素について4個、尿酸・痛風について5個、高血圧につ
いて6個の遺伝子座・SNPを同定してきた。
これらのなかには、本プロジェ
クトで新規に見出された糖尿病感受性遺伝子PEPDなど、機能未知のも
のが多く含まれる。
またこれらが、疾患の発症リスクを高める機序を明ら
かとすべく、遺伝子改変モデルの作成を行ないゲノム情報の体系化を進
めた。
糖尿病が基盤を成すメタボリックシンドローム、及び血管合併症に関
して、疾患感受性SNPの同定と臨床的意義の解明を進めた。
たとえば糖
尿病に関して、特にインスリン分泌不全の遺伝素因を有することが学童
期頃に判明していれば、高脂肪食を摂らない食習慣を身につけさせるこ
とで、膵β細胞に対する日常的負担を軽減して、糖尿病の発症を予防す
る
(遅らせる)
ことが可能になる。
しかし、
こうした発症予防効果、予後改
善効果の推定は、SNP診断キットが開発されただけでは不十分である。
モデル動物などを活用した生物学的基盤データに基づいて各SNPの病
態的役割がさらに解明され、高精度の臨床情報に基づいた遺伝疫学的
研究がなされ、
それらの知見が集積して初めて、SNP診断キット活用の
実用化レベルは一段と向上することになる。我々はGWASで同定した機
能未知の遺伝子の欠損マウスを作成中であるが、
同マウスは顕著なイン
スリン感受性の亢進を示す。
この遺伝子は、
ヒト疾患ゲノム解析の成果
に由来し、
その分子レベルの機能を解明することで、新たな機序の抗肥
満薬・糖尿病改善薬の開発が期待される。
こうした機能未知遺伝子を複
数個任意に組み合わせて変異マウスを作成し、
その表現型解析を行うこ
とにより,新たな発症メカニズムの発見にも繋がる。
◀55万SNPを用
いたゲノムワイド
関 連 解 析によっ
て同定された、日
本 人における主
要な糖尿病感受
性遺伝子座の
例。
代謝鍵分子KRAPと抗肥満・抗糖尿病
KRAPは、従来、その分子機能及び生理的意義の不明な遺伝子で
あった。我々は、KRAP遺伝子欠損(KO)
マウスを独自に樹立し、
同KOマ
ウスが特異稀なるエネルギー恒常性維持能を有し、抗肥満・抗糖尿病の
性質を示すことを明らかにした。
これは、KRAP分子と、
そのKOマウスの
探究が、糖尿病及び関連疾患の発症機序解明と治療法開発に繋がるこ
とを示唆する。KOマウスの褐色脂肪組織ではインスリン非依存的な糖代
謝亢進が見られ、
この知見が糖尿病・肥満に対する新規治療法開発の礎
と な り 得 る 。ま た
KRAPが機能的に制
御する分子を調べ、
その分子標的を同定
できた。
▶KRAP欠損(KO)
マウ
スは高脂肪食負荷に対
して抗肥満や抗糖尿病
の性質を示す。
ゲノム機能検証法の開発と活用
2型糖尿病などの多遺伝子性疾患に関して、成因・病態の探究に適切
なモデル動物は未だほとんど整備されていない。
そこで我々は、多数の遺
伝子を組み合わせた解析に有用なモデルシステムを、先ずマウスES細胞
にて開発し、更に多重遺伝子改変マウスの確立を目指して、改良を進め
た。複数の遺伝子を様々な組み合わせでノックダウンし、
その表現型への
相乗作用を解析することにより、個別には マイルドと考えられる疾患感
受性遺伝子の累積効果を直接的かつ定量的に検証し、最終的には、一
定レベルの糖尿病(耐糖能障害)状態を
「模倣・再構成」
することが可能
になると期 待さ
れる。
◀複数のshRNA発
現ユニットを持つ交
換 可 能 なカセット
を、全組織で均一に
発現するRosa26
遺伝子座に導入で
きるシステム。
▲糖尿病及び血管合併症等に対して、ゲノム・SNP情報を活用した次世代
の薬物療法と理論的基盤に基づく療養指導の開発を目指す。
実用化にあたっての
今後の課題及び研究方針
ゲノムワイド関連解析による疾患SNP同定
糖尿病及び関連疾患の先駆的医療の推進
ゲノムワイド関連解析
4
研究プロジェクトの成果
参考文献
▲GWASで同定された、機能未知遺伝子の遺伝子欠損(KO)
マウスを用いて、新た
なインスリン抵抗性改善薬の開発が期待される。
褐色脂肪組織での糖エネルギー代謝の修飾
新規代謝鍵分子KRAPの遺伝子機能の理解に基づいた、糖尿病及
び関連疾患の治療法開発を目標に研究を進め、KRAPの生理的意義と
分子機能の一端を明らかにした。新規代謝鍵分子KRAPまたはその関
連分子を標的として創薬を実用化するためには、代謝改変へと導く、
よ
り詳細な関連経路の同定の他、分子標的に特異的に作用する機能改
変法・導入法の開発等、克服しなければならない課題が残っている。
こ
れまでに、我々は、siRNAレンチウイルスベクターを用いてマウスにおけ
る機能改変を試行してきたが、導入効率や特異性の面で未だ十分な結
果を得ていない。本プロジェクトで同定した、KRAPの制御する分子群
に関する今後の研究は、
これらの問題を解決に導く可能性がある。
すな
わち、KRAP遺伝子自体の発現を改変するのではなく、被制御分子また
は分子間相互作用に作用する化合物の開発等の、研究戦略も考えられ
る。
またKOマウス褐色脂肪組織で見られる糖代謝の状態に模した状態
にすることは、魅力的な代謝改善法の一つである。最近、
ヒト成人におい
ても機能的な褐色脂肪組織の
存 在が報 告されていることか
ら、内在性褐色脂肪組織の機
能改変などは新規の概念に基
づいた治療戦略であり今後の
研究課題である。
◀アニマルPETによりKRAP欠損
(KO)
マウスは、褐色脂肪組織での
糖取込みが亢進していることを明ら
かにした。
Takeuchi F et al. Confirmation of multiple risk loci and genetic impacts by a genome-wide association study of type 2 diabetes in the Japanese population. Diabetes.
2009;58(7):1690-9.
Fujimoto T et al. Altered energy homeostasis and resistance to diet-induced obesity in KRAP-deficient mice. PLoS One. 2009;4(1):e4240.
Konoshita T et al. Genetic variant of the Renin-Angiotensin system and diabetes influences blood pressure response to Angiotensin receptor blockers. Diabetes Care.
2009;32(8):1485-90.
25
平成17年度
[2005年度]
循環器疾患関連タンパク質・ペプチドをターゲットとした
創薬による画期的な予防、治療法の開発
12
研究期間 平成17年度∼平成21年度(予定)
研究体制
総括
寒川 賢治[国立循環器病センター]
※平成21年度における研究体制
循環器疾患の画期的な予防・治療法の開発
キーワード
Keyword
Project
1
循環調節ペプチド
ナトリウム利尿ペプチド
(ANP、BNP、CNP)、
アドレノメデュリン、
グレリンは、代表
者が発見したペプチドで、
これらによる新しい循環調節機序を明らかにしてきまし
た。ANPとBNPは、既に心疾患医薬品として臨床応用されています。
循環器疾患関連
タンパク質
酸化LDL受容体、
ストレッチ感受性カチオンチャネル、
イオン交換輸送体などのタ
ンパク質は、
当センターの研究者が同定したタンパク質で、循環器疾患への関与を
明らかにしてきました。
トランスレーショナル
リサーチ
基礎的な研究成果を臨床に応用することを目的に行う研究であり、今回、難治性
循環器疾患を対象にして、
アドレノメデュリン、
グレリンなどの循環調節ペプチド
を用いた臨床応用を目指した研究を推進します。
研究の背景・意義
難治性循環器疾患の克服に向けて
心筋梗塞、心不全等の循環器疾患は、心臓の血管障害とそれ
に起因した心筋細胞及び心臓の機能不全であると言えます。そ
の病態の発症・進展あるいは細胞の保護・修復には多くの因子が
関与していると考えられますが、機能が解明されている因子の数
はまだ十分とは言えません。本プロジェクトでは、平成13-16年
度の4年間に推進してきましたメディカルフロンティア・プロジェ
クト
(MF-2)での成果を基盤として、ペプチド・タンパク質科学に
立 脚した戦 略により、心 筋 及び血 管 細 胞の機 能 制 御や心 筋 梗
塞、心不全等の循環器疾患の病態発症、保護、修復に関与する新
しい因子を探索、発見し、その機能及び病態における役割の解明
を行います。
さらに、
これらの内因性ペプチドやタンパク質及びそ
れらの機能を制御する因子や薬剤を用いることにより、心筋梗塞
等の循環器疾患に対する、体にやさしいこれまでにない画期的な
予防、治療法の開発を目指します。
▲生体内の因子(タンパク質・ペプチド)を用いた安全性の高い新
しい予防・治療法の開発は、QOLが高い医療への貢献が期待でき
ます。
26
2
研究プロジェクトの目標
ペプチド・タンパク質科学に立脚した戦略
本研究プロジェクトでは新規シーズや治療ターゲットの開発か
ら新たな治療法の確立までを含めて、以下のように3つのサブテー
マを設けて推進します。
(1)循環調節ペプチドの同定と機能解析による新たな創薬シーズ
と治療ターゲットの開発
新たな循環調節因子の同定と共に、当グループで発見したア
ドレノメデュリン、C型ナトリウム利尿ペプチド
(CNP)、
グレリ
ンなどのペプチド性因子の新たな病態生理的意義の解明を行
い、治療応用に繋げます。
(2)循環器疾患関連タンパク質の同定と機能解析による新たな創
薬シーズの開発
循環器疾患関連タンパク質の同定と機能解析による新たな創
薬シーズの開発、及び既存タンパク質の病態生理的意義の解
明により、
これらを制御する因子の同定等の新たな創薬シーズ
を開発します。
(3)内因性ペプチドによるトランスレーショナルリサーチと画期的
な治療法の確立
内因性循環調節ペプチドを用いたトランスレーショナルリサー
チの推進により、
これまでにない画期的な薬剤及び治療法を
開発します。
◀3つのサブテーマを設
けて、新規シーズや治療
ターゲットの開発から新
たな治療法の確立までを
含めて、
プロジェクトを推
進します。
3
研究プロジェクトの成果
新規制御因子の同定と機能解析及び治療応用
心筋及び血管細胞の機能制御や循環器疾患の病態発症、保護、修
復に関与する新しい因子の同定、機能解明と画期的な予防、治療法の
開発を目指した研究により、以下に示す様な主要な成果を得ました。
(1)循環調節ペプチドの同定と機能解析による新たな創薬シーズと治
療ターゲットの開発:
○新規ペプチドの探索においては、①心血管系に発現するオー
ファン受容体の発現細胞を用いたリガンド探索や脂肪細胞機能
を制御する内因性因子の探索法により新規因子候補の精製・構
造解析を進めました。②網羅的ペプチド探索法を用いて、
ラット
心房、心臓構成細胞、下垂体などのペプチドのデータベース化、
精 密 化を進め、水・電 解 質 代 謝を制 御するペプチド、N E R P
(Neuro-Endocrine Regulatory Peptide)
を発見しました。
○機能解析においては、③アドレノメデュリン
(AM)が心血管、骨
髄などに直接作用し、
自己組織の再生保護の促進に働くこと、④
血管内皮細胞の接着増強により血管透過性の抑制作用を有す
ることを示しました。
(2)循環器疾患関連タンパク質の同定と機能解析による新たな創薬
シーズの開発:
○疾患関連タンパク質の同定においては、①プロテオーム解析を
用いて心臓組織、心臓構成細胞の培養上清に分泌されるタンパ
ク質より候補タンパク質の探索を進めました。②シグナルシーク
エンストラップ法に用いるcDNAライブラリーを心筋梗塞マウス
から作製しました。
また、骨髄間葉系細胞に発現する細胞膜貫通
分子のPTK7がP19細胞の心筋への分化過程で発現が増加す
ることを見出しました。
○機能解析においては、③遺伝子改変マウスや薬理実験により、
ス
トレッチ感受性カチオンチャネルやイオン交換輸送体の制御異
常が筋 変 性 疾 患の成 因に関 与すること、④ 酸 化 L D L 受 容 体
(LOX-1)
の動脈硬化、心筋梗塞、
バルーン障害後の血管再狭窄
への関与と、その機能の抑制による改善効果を示しました。
さら
に、⑤Vsm-RhoGEFとephexinのダブルノックアウトマウスを
作製・解析し、同ファミリー分子が血圧調節作用に不可欠である
ことを突き止めました。
(3)内因性ペプチドによるトランスレーショナルリサーチと画期的な治
療法の確立:
①AMによる組織保護や血管再生効果とその機序を急性心筋梗
塞・急性心筋炎・褥瘡・リンパ浮腫などのモデル動物で明らかにし、
パイロット臨床試験として急性心筋梗塞患者・末梢動脈閉塞症患
者への投与により、
ヒトにおける安全性・有効性を示しました。一
方、②グレリン投与のパイロット臨床試験により、慢性閉塞性肺疾
患に対する栄養状態是正と運動耐用能改善効果を示しました。
▲循環器疾患に関連する新たなペプチド・タンパク質の探索、
その機能の解明
により、新しい予防、治療法の開発を進めています。
参考文献
4
実用化にあたっての
今後の課題及び研究方針
循環調節ペプチド,
タンパク質の実用化
(1)
アドレノメデュリン
(AM)及びグレリンを用いた治療の実用化、産
業化への基盤整備
総括研究代表者らが所有する基本特許をもとに、AM及びグレリン
を用いた治療の実用化、産業化への基盤整備を進めています。
○AMについては企業との共同開発により、GMP基準を満たす製
剤が既に作製されており、第1相臨床試験が予定されています。
その結果により、第2相試験が開始される予定です。パイロット
試験における急性心筋梗塞患者へのAM投与の結果、
その有効
性が示されました。
また、重症末梢動脈閉塞症例への自己末梢
血単核球移植及びAM投与の結果からも、AMの治療効果を示
しました。動脈硬化に基づく循環器疾患に対するAMの組織再
生保護薬としての可能性は、企業による臨床試験により更に有
効性が確認され、実用化が期待できます。
○高齢化社会を迎え慢性閉塞性肺疾患(COPD)及び心不全の患
者数は増加しており、新たな治療法の開発が必要です。COPD
や心不全では、低栄養状態(cachexia)の存在が生命予後を悪
化させるとされています。
グレリンはエネルギー代謝改善作用を
有することから、cachexiaへの適応が想定されます。国内におい
て第1相臨床試験が終了し安全性が確認され、現在企業におい
て、神経性食思不振症の治療薬としての開発を行っており、平成
18年度より第2相臨床試験が開始されています。一方、米国に
おいては、COPDの治療薬としての第1、
2相臨床試験が平成
18年より開始されています。
さらにCOPD以外にも心不全、
その
他の疾患による低栄養状態を対象として内外での臨床試験の展
開が予定されています。
グレリンはこれまでにない薬剤作用を持
つ新たな治療薬として実用化が期待できます。
(2)TRPV2阻害剤のハイスループットスクリーニング法を開発
ストレッチ活性化Ca 2+チャネルであるTRPV2は、拡張型心筋症等
の筋変性疾患に関連しており、その阻害剤は筋変性疾患の有力な
治療薬となる可能性があります。既にTRPV2を標的とした阻害剤
のハイスループットスクリーニング法(HTS)の開発に成功してお
り、特異的アッセイ法及びTRPV2特異的薬剤のスクリーニング法
は、阻害薬としての薬剤開発に向けて多検体スクリーニングに有用
であり、実用化に繋がるものと期待できます。
さらに、既知のリード
化合物からインシリコとHTSを組み合わせてより低濃度で阻害す
る化合物を見出し、心筋症ハムスターを用いて病態改善効果を明
らかにしました。
(3)LOX-1を標的とした心血管病に対する新たな治療法の確立
LOX-1は、血管内皮機能障害や動脈硬化の初期病変としての血
管壁脂肪沈着への関与だけでなく、動脈硬化の進展に深く関連し
ています。
さらに、抗LOX-1抗体は虚血心筋における心筋障害や
血管障害後の内膜肥厚を著明に抑制します。LOX-1は動脈硬化の
初期病変から心筋梗塞の発症、血管内治療後の再狭窄に至るま
で、その病 態に深く関わっており、本 研 究で開 発したヒト型 抗
LOX-1抗体の安全性、有効性を明らかにし、臨床応用へ展開する
ことにより、動脈硬化を基盤とした心血管病に対する包括的な治
療に繋がると期 待
できます。
◀AMやグレリンなど
についての基 礎 的 研
究成果を踏まえ、病院
の協力のもとで、実用
化を目指した臨床応用
研究を進めています。
M. Kojima and K. Kangawa:Drug insight: The functions of ghrelin and its potential as a multitherapeutic hormone.Nat. Clin. Pract. Endocrinol. Metab., 2: 80-88, 2006.
H. Yamaguchi, K. Sasaki, Y. Satomi, T. Shimbara, H. Kageyama, M. S. Mondal, K. Toshinai, Y. Date, L.J. Gonzalez, S. Shioda, T. Takao, M, Nakazato and N.
Minamino:Peptidomic identification and biological validation of neuroendocrine regulatory peptide-1 and -2.J. Biol. Chem., 282: 26354-26360, 2007.
Y. Nakaoka, K. Nishida, K. Narimatsu, A. Kamiya, T. Minami, H. Sawa, K. Okawa, Y. Fujio, T. Koyama, M. Maeda, M. Sone, S. Yamasaki, Y. Arai, G. Y. Koh, T. Kodama, H. Hirota,
K. Otsu, T. Hirano and N. Mochizuki:Gab family proteins are essential for postnatal maintenance of cardiac function through transmitting neuregulin-1/ErbB signaling.J.
Clin. Invest., 117: 1771-1181, 2007.
27
平成17年度
[2005年度]
ゲノム抗体創薬によるガンと生活習慣病の
統合的診断・治療法の開発
13
研究期間 平成17年度∼平成21年度(予定)
内藤 眞[新潟大学]
研究体制
総括
土井 健史[大阪大学]
児玉 龍彦[東京大学]
中島 淳[横浜市立大学]
名取 泰博[岩手医科大学]
※平成21年度における研究体制
ゲノム抗体創薬による診断治療薬実現へ前進
キーワード
Keyword
Project
1
グリピカン3(GPC3)
グリピカン3(GPC3)
は、細胞膜表面上に存在する約60kDaの糖タンパク質で、細
胞膜に結合しています。GPC3は肝がん組織に多く発現しており、肝がんの治療標
的として期待されています。
PTX3(Pentraxin3)
PTX3(ペントラキシン3)
は、炎症マーカーとして有名なCRPと類似した構造を持
ち、IL-1やTNFの刺激により、動脈硬化と密接な関連を持つ血管内皮細胞や血管
平滑筋マクロファージなどから直接産生されます。
プレターゲティング
技術
研究の背景・意義
2
研究プロジェクトの目標
がんと生活習慣病の統合的診断・治療法開発
診断と治療を統合した抗体医薬品の開発
現在わが国では少子高齢化が急速に進行しており、50年後には
日本の人口構成比率は高齢者が圧倒的に多くなるといわれていま
す。
この来るべき高齢化社会における死因の多くは、
がんや脳梗塞・
心筋梗塞などの大血管障害です。
そして、
この大血管障害の原因は
高血圧や糖尿病などの生活習慣病です。
このような社会状況におい
て、
がんや生活習慣病を効果的かつ経済的に診断・治療する医療技
術の開発は極めて重要といえます。
ゲノム抗体創薬はゲノム情報から抽出された分子標的タンパク
を系統的に発現して抗体を作製し、
それを用いて新たな診断薬・治
療法を開発する技術体系です。
世界では、2000年のヒトゲノム解読宣言を起点にゲノム抗体創
薬への研究が一斉にスタートしました。東大先端研では、他機関と
比べても比較的早期の1998年から遺伝子発現の系統的解析から
の標的遺伝子の抽出を進め、2002年には振興調整費によりゲノム
創薬拠点、LSBMを発足させました。我々は、
タンパク発現の困難さ
と治療薬開発の複雑さを考慮し、
(A)
ゲノム情報からの標的遺伝子
の抽出、
(B)
トランスクリプトーム解析からの治療標的抽出、
に引き
続き、
(C)系統的タンパク発現と抗体作製を行ってきました。本研究
はこれらの
研 究 進 展を
うけて、
( D)
抗体医薬品
や診 断 薬 な
どの 開 発 を
一 気 に進 め
る こと を 特
徴としていま
す。
ゲノム抗体創薬は、
ゲノム情報から抽出された標的タンパク分子
を系統的に発現し、抗体を作製し、
それを用いて新たな診断、治療法
を開発する技術体系です。本研究では、
ミレニアム計画、Focus21
計画などを中心とする東大先端研および駒場オープンラボにおける
産官学連携研究で作製している分子標的850種への抗体群を用い
て、
がん、生活習慣病、炎症性疾患など各種疾患への新規の診断、治
療法を系統的に開発し、10種の診断治療薬リードと22種の診断系
のリードを同定しています。
これらにつき抗体の新規標識法、血液診
断、体外イメージングでの画期的な高感度診断法の技術開発を進
め、可能なものから臨床での実用化を進めています。特に細胞表面
の膜タンパクへの機能性抗体の技術開発を進め、肝臓がん、膵臓が
ん、大腸がん、肺がん、乳がんなどに対するがん治療抗体の系統的技
術開発を進めています。
白血病やリンパ腫などと比較して腫瘍縮小
効果が得にくい固形腫瘍への抗体医薬品の治療効果を高めるため
に、
あらかじめ腫瘍に結合させた抗体に対してアイソトープや抗がん
剤などをあとから体内で結合させて治療するプレターゲティング技
術の開 発を進めて
います。
先行する肝臓が
ん治療抗体では、研
究期間内(2009年
度まで)にヒト型化
された抗 体 医 薬 品
の治 験 開 始を目標
としています。
▲ゲノム・遺伝子発現情報から創薬の対象となる遺伝子を解明し、
それらのタンパクに対する抗体を作製し、抗体医薬品を作ります。
28
あらかじめ抗体でがん細胞を認識させた上で、
あとから抗体に結合する抗癌剤やア
イソトープなどを投与する治療技術。抗体の持つ細胞障害性のみでは治療効果が
弱い固形がんに対する効果を強化できることが期待されます。
▲疾患標的に対して作製された抗体の中から最適な
ものを選択、改変し、疾患の診断・治療に応用可能な
ものを開発します。
3
4
研究プロジェクトの成果
実用化にあたっての
今後の課題及び研究方針
肝がん治療抗体開発が臨床フェーズへ
プレターゲティング技術の向上を目指して
GPC3は肝臓がんに特異的に多く発現していますが、
これに対するモノ
クローナル抗体は、肝臓がん細胞に対して補体依存性、抗体依存性細胞
障害活性を有すること、
マウスに異種移植したヒト肝癌細胞に対する抗腫
瘍効果を有し治療抗体として有用であることが示されました。
また、
ヒト肝
臓がんにおいて既に治療効果が認められているVEGFキナーゼ阻害薬と
の併用効果も認められ、臨
床現場で行われている肝臓
がんに対する多剤併用にも
有効である可能性が示され
ました。現在GPC3抗体はヒ
ト型化され、提携企業により
米国でヒトを対象とした肝
臓がん治療薬としての臨床
試験が行われています。
本研究では肝臓がん治療抗体GPC3、および急性冠症候群診断薬
PTX3という、新たな治療薬と診断薬の実用化へ向け、大きく前進する
ことができました。
これらの成果に引き続き、現在、抗体医薬品による固形がんの診断・
治療の統合を目指した開発を行っています。抗体医薬品を固形がんの
治療に用いる場合の解決すべき問題として、
白血病やリンパ腫などの血
液がんと比較して、腫瘍縮小効果が限定的である点が上げられます。実
際に世界的に見ても固形がんに対する抗体医薬品の実用化は困難に
直面しており、実用化される抗体医薬品は限られています。
本研究では、
これらの課題に対して、がんを特異的に認識する抗体
の同定・改良を行うとともに、抗がん剤やアイソトープなどの治療効果
を発揮する薬剤を後から投与して、がん細胞を認識している抗体に特
異的に結合させる技術、いわゆるプレターゲティングの実用化技術の
開発を目指しています。
そのための方法として、私たちはビオチン-ストレプトアビジンの系の
応用を進めています。抗体遺伝子を改変し、
ストレプトアビジンを結合
させた融合タンパクを大腸菌で作製・投与し、
これに引き続きアイソ
トープを結合させたビオチンDOTAを投与することで、
マウス個体での
がんのPETイメージングに成功しました。
この治療法を人に応用する際に問題となるのは、異物であるストレプ
トアビジンの免疫原性です。
この問題を解決しなければ、
ストレプトアビ
ジンに対する拒絶反応により治療を繰り返し行うことができません。私
たちはストレプトアビジンの中で人に対して免疫原性を示す可能性の
あるアミノ酸をコンピュータによる解析で特定し、人に対して免疫原性
を示しにくい構造を予想してアミノ酸を変化させたストレプトアビジン
を作製し、実際に免疫原性が低下していることを確認しました。
この改
変ストレプトアビジン、
および体内動態やがん抗原に対する親和性の改
善を目的とした抗体改変を改良しながら、臨床応用可能な治療用抗体
とプレターゲッティング技術の実用化を目指していきます。
また、新たな標的がん抗原に対する抗体作製も順調に進行してお
り、平成20年度には広範な種類の扁平上皮がん細胞に発現するGタン
パク共役型受容体タンパクに対するモノクローナル抗体が完成し、
この
抗体が腫瘍細胞に対する傷害作用を持つことも明らかにできました。
こ
の抗体も、先行する抗体とともに、人のがん治療への適応が可能となる
よう開発を続けていきます。
◀GPC3抗体と既存の抗がん剤
を併用することで、
がんに対する
治療効果が高まることが明らか
になりました。
急性冠症候群診断で期待されるPTX3
血液サンプル中のPTX3濃度を高感度高精度に測定する為のELISA測
定系を確立。
これを用いて各種臨床検査値や臨床情報との相関解析を
行った結果、PTX3は心血管疾患の新たな独立した危険因子であることが
判明しました。
また急性冠症候群の患者群ではPTX3の有意な増加がみら
れる一方、CRPには有意な相関が認
められませんでした。
また不安定狭心
症の患者群のPTX3値は健常群と比
較して有意に高いという結果がでまし
た。
このようにPTX3は不安定狭心症
を判定することで心筋梗塞発症の予
測マーカーとして活用できる可能性
が示されました。
▶血中PTX3濃度は不安定狭心症患者群
で有意に高く、PTX3は急性冠症候群の優
れた診断マーカーになる可能性が示され
ました。
イメージングによるがんの診断と治療の統合
抗体医薬品による固形がん治療のために必要なプレターゲティング関
連の技術開発を行いました。
アイソトープラベルした抗体とPETを用いて
体内の腫瘍画像で得るために、高純度の64Cuの作製を可能にするととも
に、
この64Cuを異なる抗体に結合させるためのDOTA化と呼ばれる技術
の標準化を確立し、様々な抗体で安定して腫瘍のPETイメージングが可
能になりました。肝臓がんに多く発現しているROBO1に対する抗体を用
いて、生体内への抗体およびアイソトープの投与方法の検討を行い、治療
用 抗 体 とア イソ
トープを腫瘍特異
的に集 積させるこ
とに成功しました。
▲2カ所以上のアミノ酸を改変したストレプトアビジン(SA)の抗原性が低下してい
ることがサルを用いた実験で証明されました。
◀肝臓がんに発現し
ているROBO1に対す
る抗 体をマウスに投
与後、時間経過ととも
に腫瘍に集積してい
くことがわかります。
参考文献
Ishiguro T, Sugimoto M, Kinoshita Y, Miyazaki Y, Nakano K,Tsunoda H, Sugo I, Ohizumi I, Aburatani H, Hamakubo T,Kodama T, Tsuchiya M, Yamada-Okabe H., Anti-glypican
3 antibody as a potential antitumor agent for human liver cancer.,Cancer Res.,68(23),9832-8
Kenji Inoue, Akira Sugiyama, Patrick C. Reid, Yukio Ito,Katsumi Miyauchi, Sei Mukai, Mina Sagara, Kyoko Miyamoto,Hirokazu Satoh, Isao Kohno, Takeshi Kurata, Hiroshi
Ota,Alberto Mantovani, Takao Hamakubo, Hiroyuki Daida, Tatsuhiko Kodama, Establishment of a high sensitivity plasma assay for human pentraxin3 as a marker for
unstable angina pectoris., Arterioscler Thromb Vasc Biol.,27(1),161-7
29
平成17年度
[2005年度]
喘息等アレルギー疾患の診断、治療、予防を目的とした
新規医薬品の開発を目指した研究
14
研究期間 平成17年度∼平成21年度(予定)
研究体制
総括
斎藤 博久[国立成育医療センター]
岡山 吉道[日本大学]
※平成21年度における研究体制
3
Project
キーワード
Keyword
1
マスト細胞
アンフィレギュリンの診断薬としての有用性
喘息マウスモデルにおける検討で、AREG欠損の影響は見いだせな
かった。AREGはepidermal growth factor(EGF;他の細胞より産生)
と
受容体を共用することが原因であると解釈された。
そこで、喘息発作で入
院した患者喀痰中のAREGとEGFを定量した。両者とも発作時に増加し
たが、AREGが発作消失後すぐに低下するのに対し、EGFは一週間以上
高値を持続した。EGFは気道平滑筋増殖作用がみられたが、AREGには
認めなかった。両者とも著明な気道上皮杯細胞(粘稠な喀痰産生細胞)
過形成を示した
(J Allergy Clin Immunol, in press 2009)。
我々の発見を契機としてステロイド薬抵抗性喘息治療薬標的として
AREGは大いに注目されていた
(Curr Opin Immunol. 2007;19: 687)。
本プロジェクトにおいて、AREGは粘稠喀痰産生増加を介して喘息病
態に関与することが明らかとなった。
しかし、
あらゆる角度から検討した
結果、少なくとも肺構成細胞、喘息モデルマウスにおいては、一部受容
体と共用するEGFにはみられないユニークな作用は発見できなかった。
以上、創薬という面ではEGFとの作用重複のため、期待した結果は得ら
れなかったが、喘息病態におけるAREGの位置づけを明確にすることが
できた。
発作中の喀痰AREG定量はステロイド薬抵抗性上皮リモデリング
マーカーとして期待される。
また、喀痰中EGF高値の持続は気道リモデ
リングの進行の指標となりうる。以上により、喀痰中のAREG/EGF測定
は喘息病態の把握に有用である。
◀アンフィレギュ
リンAREGは喘
息発作入院後4
日で低下するの
に対し、E G Fは
入 院 後 7日目で
も高値を示すこ
とがあった。
制御性T細胞
平滑筋の肥厚など不可逆的な気道閉塞のことを指す。難治性喘息病態の重要な要
素である。
IgE抗体を介して即時型アレルギー反応や気道リモデリングをひきおこす細胞。
T細胞やマスト細胞の活性化を抑制する細胞。重症アレルギー疾患で著しく低下。
研究の背景・意義
喘息気道リモデリングとマスト細胞
気管支喘息(喘息)はアレルギー反応によって惹起される気道
平滑筋収縮と好酸球などの浸潤による気道炎症によって特徴づ
けられる。近年の治療法の進歩により、年間死亡数は3千人以下
に減少したが、それでも慢性的な炎症を完全に遮断することは困
難で、徐々に気道リモデリングは進行し薬剤を使用し続ける必要
がある。ステロイド薬は気道炎症を抑制するが、気道リモデリン
グはほとんど抑制しない。
アレルギー反応の結果、
マスト細胞から
放出される種々の酵素やサイトカインが気道リモデリングの形成
に最も重要である。従来、使用されていた抗アレルギー薬はラット
のマスト細胞の活性化を抑制するが、
ヒトのマスト細胞には作用
しないこと、および、
ヒトのマスト細胞は手術切除などの手段を用
いない限り入手できないことが問題となっていた。
我々は2004年度までに、
ヒトマスト細胞を培養する方法を開
発し、マスト細胞を含む46種類の細胞の全発現遺伝子を比較解
析することにより、
マスト細胞特異的分子を同定したので、本プロ
ジ ェ クト で
は 、これらを
標 的 とし た
難治性喘息
治療・診断薬
の開 発に着
手した。
▲気道マスト細胞活性化により、喘息発作(A→B)
が出現、
そ
の後、慢性炎症(C)
を経て、気道リモデリング
(D)
がおこる。
2
研究プロジェクトの目標
難治性喘息治療・診断薬の開発
新規マスト細胞特異的遺伝子として同定したものの中で、①ス
テロイド薬前処理によって抑制されず、試験管内アレルギー反応
で増強し、気道リモデリング作用の予測されたアンフィレギュリン
(AREG:図参照)を、②新規なG蛋白質共役型受容体(GPCR)
-MC(仮名)
を、③アレルギー疾患発症関連遺伝子であることを見
いだしたインターロイキン
(IL-)33受容体、以上の3つの分子を標
的として難治性喘息治療・診断薬の可能性を検討した。
①AREGに関しては、
アレルギー性喘息マウスモデルを作成し、
遺伝子欠損マウスをもちいてアンフィレギュリンの喘息における役
割を検討した。
また、喘息発作で入院した患者の喀痰などのAREG
を定量した。
さらに、
ヒト気道上皮細胞などをもちいて、AREGを標
的とした喘息治療薬、診断薬の可能性を検討した。
②GPCR-MCに関しては、文献より特異的リガンドを同定し、培
養ヒトマスト細胞や喘息マウスモデルにおけるGPCR-MCを標的
とした難治性喘息治療薬の可能性について検討した。
③IL-33受容体に関しては培養ヒトマスト細胞や喘息マウスモ
デルにより、IL-33受容体を標的とした難治性喘息治療薬の可能
性を検討した。
マスト細胞特異的GPCRを標的とした治療法
GPCR-MCはβ2アドレナリン受容体と同様Gsαと会合する。
アゴニス
トであるリガンドによる前処理は、
ヒトマスト細胞のIgE依存性の活性化を
抑制した。
この抑制作用はβ2作動薬と同等であった。
しかし、長期間の前
処理によりβ2作動薬の効果は失活するのに対し、GPCR-MCアゴニスト
による効果は失活することはなかった。また、GPCR-MCリガンド前処理
は、副作用症状も生じることなく、喘息マウスモデルにおける炎症反応を
抑制した。以上により、GPCR-MCリガンドは、従来知られていなかったヒ
トマスト細 胞 活 性 化に
対して有効な初めての
抗アレルギー 薬として
期待される。
▶試験管内でマスト細胞
脱 顆 粒 を 抑 制 し た
GPCR-MCリガンドはマウ
スの喘息反応(好酸球炎
症のみ図示)
も抑制した。
新規な機序による制御性T細胞の増殖
マスト細胞をIL-33で刺激すると、単独でIL-13やIL-2などの他のサイトカ
イン産生が誘導されたが、顆粒内のヒスタミンや組織障害性の酵素の放出は
みられないというユニークな作用がみられた。IL-33を吸入したマウスは喘息
病態に近似した著しい好酸球性炎症を示したが、予想に反してマスト細胞欠
損動物ではこの好酸球性炎症は減弱していた。種々の検討により、IL-33で
処理したマスト細胞は制御性T細胞を強く増殖させることがわかった。
この増
殖は従来の知見と異なり、
抗原提示細胞や制御性T
細胞増殖因子であるTGFβに依存しなかった(平成
21年度より厚労科研費に
て研究継続)。
▶正常マウスにIL-33を吸入
させると喘息様の気道炎症と
杯細胞増殖を認めた。マスト
細胞欠損マウスではさらに著
しい反応であった。
▲マスト細胞を活性化した際、
その発現がステロイドで抑制されない遺伝子を
網羅的に探索、組織特異性などによりAREGを選択した。
実用化にあたっての
今後の課題及び研究方針
アンフィレギュリンの診断薬としての有用性
難治性喘息治療・診断薬の開発に大きく前進
気道リモデリング
4
研究プロジェクトの成果
参考文献
▲喀痰中のAREGやEGFが持続的に高値を示す症例では、
その後、
高度の気道リモデリングを生じやすいかどうか検証する必要がある。
GPCR-MCを標的とした抗アレルギー薬
ヒトマスト細胞に選択的に高発現するGPCR-MCに対するリガンド
は、
ヒトマスト細胞活性化に対して有効な初めての抗アレルギー薬として
期待される。
しかし、予備実験の段階で、共同研究先の協和発酵キリン株
式会社により提供されたGPCR-MCに対する選択的アンタゴニストで処
理をした後、GPCR-MCリガンドのマスト細胞活性化抑制作用をみたと
ころ、
この抑制作用は完全に抑制されなかった。
つまり、
このGPCR-MC
リガンドはGPCR-MC以外の標的にも作用し、効果を発揮している可能
性もある。
そこで、今後の研究課題としては、
まず、
より選択的なGPCR-MCリガ
ンド化合物を同定する。
そして、選択的新規化合物をもちいて、喘息マウ
スモデルやヒト培養マスト細胞に対する効果を検討することを計画して
いる。
また、
ゲノム創薬の主旨とはずれるが、GPCR-MC以外の標的につ
いても文献情報などをもとに同定し、
その標的に対する選択的リガンドを
同定することも意義があると思われる。
▶マスト細胞に特異的に
発現するGPCR-MCに
対するリガンドはヒトマ
スト細胞に有効な初めて
の抗アレルギー薬となる
可能性がある。
Saito H, et al. Culture of human mast cells from peripheral blood progenitors. Nat Protoc. 2006; 1(4): 2178-2183.
Okayama Y, Ra C, Saito H. Role of mast cells in airway remodeling. Curr Opin Immunol. 2007;19(6): 687-693.
Enomoto Y, et al. Tissue remodeling induced by hypersecreted epidermal growth factor and amphiregulin in the airway following an acute asthma attack. J Allergy Clin
Immunol. In press.
30
31
平成17年度
[2005年度]
抗がん剤の薬物応答予測法の開発と診断・創薬への応用
15
研究期間 平成17年度∼平成21年度(予定)
研究体制
総括
奥田 晴宏[国立医薬品食品衛生研究所]
松村 保広[国立がんセンター]
※平成21年度における研究体制
抗がん剤の安全な使用に役立つ診断薬の開発
キーワード
Keyword
Project
1
遺伝子多型
ゲノム上に存在する個人差です。
この情報を利用して、各患者における薬の有効性
及び副作用発現の違いを研究する学問をファーマコゲノミクスといいます。各患者
に適する薬を適する量、投薬する方法の開発を目標にしています。
抗がん剤の副作用
抗がん剤は比較的効き目が見られにくく、
かつ副作用の発現率が高いとされていま
す。時には、重い副作用が起こり、生命に関わることもあります。
そこで、本研究の成
果を利用した事前診断による副作用の発現回避が重要です。
体外診断薬
患者の血液や尿などを用いて、病気や医薬品への応答性(効果や副作用)
に関する
診断を目的とし、人の身体に直接使用しない医薬品です。体外診断薬の開発には、
指標となる生体物質(バイオマーカー)
の発見が重要です。
研究の背景・意義
抗がん剤の有効性と副作用発現の個人差
がんは我が国における死因の第一位を占めており、今後も増えて
いくと考えられます。
がん治療は初期の場合は手術による切除、後期
の場合は抗がん剤治療がよく行われていますが、近年は手術前の腫
瘍縮小や、手術後に除去不能の腫瘍消滅を目的に、積極的な抗がん
剤治療が行われています。
しかし、抗がん剤は一般に効き目が見られ
にくく、
かつ副作用の発現頻度も高いとされており、間質性肺炎等の
重篤副作用により生命の危険にさらされる場合もあります。安全か
つ有効に抗がん剤を使用するためには、
あらかじめ有効性が期待で
き、副作用の出にくい方を識別し、
これ以外の方には投薬量の変更
や他の抗がん剤を使用することが重要です。
このためには副作用等
を事前に予測しうる遺伝子多型などのバイオマーカーを発見し、
こ
の情報を用いた体外診断薬の開発が必要です。
また遺伝子多型に
関する研究の進展により、抗がん剤を含む医薬品の解毒代謝に関与
する分子には、有効性や副作用発現に関係する多くの遺伝子多型
が存在することが明らかになってきました。
さらに我々の解析から、
遺伝子多型の影響を受けやすい医薬品の形(即ち、医薬品の構造)
とそうでない医薬品の形があることが判明しています。今後、新薬を
開発する際に
は、遺伝子多
型の影響を
考慮して化合
物 構 造を選
択する必要が
ありますが 、
これらの情報
は非 常に不
足していま
す。
▲同じ抗がん剤を同じ量、投与しても、人によって十分な効果が見
られる人と見られない人、副作用が出る人と出ない人がいます。
2
研究プロジェクトの目標
遺伝子多型による効果・副作用の予測と創薬
よく用いられている抗がん剤であるイリノテカン、
パクリタキセル、
5-フルオロウラシル、ゲムシタビン、オキサリプラチンなどの効き目
や副作用発現の個人差の原因となる生体成分(医薬品を解毒する
酵素や標的分子)
の遺伝子多型及びその発現量などのバイオマー
カーとなる分子を見つけ出し、副作用及び効果の予測が可能な体
外診断薬(応答性診断薬)を開発することを目標としています。
ま
た、医薬品の体内代謝への遺伝子多型による影響が、医薬品の形
(構造)
ごとに異なること
(多型影響の基質依存性)
を詳しく明らか
にし、多型の影響を受けにくい構造を選択する方法を開発すること
を第二の目標としています。本プロジェクトの目標が達成されると、
抗がん剤の有効性及び副作用の発現を投薬前に事前診断するこ
とにより、他の抗がん剤の選択や投薬量の加減などによる有効性
確保と副作用回避、及び多型影響を受けにくい(即ち、ほぼ全ての
人に有効かつ安全な)医薬品の創生につながると期待されます。
3
研究プロジェクトの成果
実用化にあたっての
今後の課題及び研究方針
抗がん剤イリノテカンの副作用予測診断
他の抗がん剤における応答性診断法の開発
イリノテカンは、消化器がんなど、多くのがん治療に用いられている抗
がん剤です。
イリノテカンの重篤副作用である好中球減少症発現に関し
て、欧米人では解毒代謝を担う糖転移酵素の1つの遺伝子多型(*28)
が
大きな影響を有することが知られていました。
しかし日本人の場合は、上
記多型に加えて、同遺伝子のもう一つの多型(*6)
も同様な影響を有する
ことが、本プロジェクトで明らかとなりました。
これらの成果も利用して、
イ
リノテカンの添付文書が改訂され、
さらに上記2遺伝子多型の体外診断
薬も販売されました。遺
伝子多型の事前診断に
よる抗がん剤の副 作用
回避が、既に開始されて
います。
白金系抗がん剤、
オキサリプラチンは、進行性または再発した大腸が
んを対象とする抗がん剤です。主な副作用には、手足が痺れるなどの神
経障害やショックなどのアレルギーがあり、投薬の休止や中止に至る原
因となっています。本プロジェクトでは、
白金系抗がん剤、特にオキサリ
プラチンに関して、現在、重点的に効き目
(奏功率)及び副作用(特に神
経障害とアレルギー)
に関し、相関する遺伝子多型等のバイオマーカー
の探索を行っています。既に数種の有望なバイオマーカーを見いだして
おり、
より症例数を増やして検証を行い、有用なマーカーを絞り込むこ
とが今後の課題です。イリノテカン及びゲムシタビンと同様に、有効性
や副作用発現と相関する遺伝子多型などのバイオマーカーを同定し、
体外診断薬を開発することを目指しています。
◀イリノテカンの添付文書
への、本プロジェクトの成果
の引用(UGT1A1は解毒代
謝を担う糖転移酵素。*6と
*28は有用な遺伝子多型)。
抗がん剤ゲムシタビンの副作用予測診断
ゲムシタビンは、膵臓がんや肺がん治療に用いられている抗がん剤で
す。抗がん剤としては比較的副作用は軽度とされていますが、
まれに生命
を脅かす重篤な骨髄抑制(血液毒性)が認められます。
この重篤な副作用
の発現の大きな要因として、2本の染色体の両方に、ゲムシタビンを解毒
代謝する酵素の遺伝子多型を有していることが、本プロジェクトの解析か
ら日本人で明らかとなりました。また東アジア人の中でも日本人は、比較
的この 多 型の 頻
度 が 高 いことも
明らかとなり、副
作用発 現の事 前
予 測に有用な遺
伝 子 多 型である
と考えられます。
▲ゲムシタビンを解毒代謝する酵素の多型を、2本の染色体の両方
で有すると、薬物血中濃度が高くなり、重篤な副作用が発現します。
副作用を起こさない医薬品の創生への応用
医薬品の代謝酵素の遺伝子多型は、
しばしば酵素活性の変化をもたら
しますが、
この変化の度合いが医薬品の種類によって異なることを詳細に
明らかとしました。例えば抗がん剤パクリタキセルなど、市販医薬品の約半
数の体内代謝に関わる酵素(CYP3A4)のある多型は、酵素タンパク質を
構成するアミノ酸の置換をもたらします。
その活性への影響は、抗てんかん
薬カルバマゼピンで大きく、催眠鎮静剤ミダゾラムでは小さいことが分かり
ました。即ち、遺伝子
多型の影響が大きい
医薬品の構造と小さ
い医薬品の構造があ
り、医薬品の設計段
階でその影響を考慮
すれば、副作用発現
の可 能 性 が 低い創
薬につながります。
▲多くの医薬品の体内代謝を担うCYP3A4酵素における遺伝
子多型影響の基質依存性の例:ミダゾラムとカルバマゼピン
▲本プロジェクトの目標と研究過程の概略をスキームで示しました。
4
参考文献
▲オキサリプラチンの体内動態(青字の過程に関与する遺伝子群の多型影響を解
析している)。
コンピュータ上での遺伝子多型影響の予測
遺伝子多型の影響をインビトロで評価する方法については既に確立
しており、現在、3種の主要な体内代謝酵素に関して、計算機科学に基づ
く
(インシリコ)評価法の開発を鋭意行っています。具体的には、野生型酵
素の立体構造情報を利用して変異型酵素の立体構造の予測を行ってお
り、
さらに、実際の医薬品化合物を用いて得られた変異型酵素における
活性変化の情報に基づいて、予測構造を修正しています。構造が非常に
類似し、同一の病気に用いられる医薬品においても、変異型酵素の医薬
品代謝活性に与える影響は大きく異なることを見いだしており、多型の
影響を受けにくい医薬品を創生するための有用な予測システム構築に、
大きく前進しています。今後の課題としては、1)変異型酵素における活
性影響予測の検証(一般化)、2)対象としている3種の薬物代謝酵素以
外の酵素の遺伝子多型影響に関する評価法の開発、
が挙げられます。
▲インビトロ及び計算機科学に基づく
(インシリコ)多型影響評価法を用いた医薬
品候補化合物の最適化の概念図。
澤田純一「ゲノムからみた医薬品の安全性」
『医学のあゆみ』225巻9号(2008)、913∼918。
杉山永見子、鹿庭なほ子、金秀良、斎藤嘉朗、澤田純一、上野秀樹、奥坂拓志「日本人がん患者におけるゲムシタビンの薬物動態とCDA遺伝子多型」
『血液・腫瘍科』55
巻3号(2007)、327-333。
斎藤嘉朗、佐井君江「イリノテカンの副作用回避に向けたゲノム薬理学的アプローチ」
『医学のあゆみ』
225巻9号(2008)、
936-940。
32
33
平成17年度
[2005年度]
アルツハイマー病関連遺伝子解析研究に基づく
診断治療法開発
16
研究期間 平成17年度∼平成21年度(予定)
研究体制
総括
加藤 晃[塩野義製薬株式会社]
武田 雅俊[大阪大学]
西村 正樹[滋賀医科大学]
※平成21年度における研究体制
アルツハイマー病を早期に診断し治療する
キーワード
Keyword
Project
1
アルツハイマー病
早期診断薬開発
アルツハイマー病は症状が出た時には既に相当進行してしまっています。
よって発
症前に
「健康診断レベル」
で診断することが効果的な治療のために必要です。私達
はそのような性質の画期的な診断薬の開発を進めています。
アルツハイマー病
根本治療薬開発
現在の抗アルツハイマー病薬は
「症状の進行を一時的に遅らせる」
もので
「病気の
仕組みを根本的に止める薬」
の開発が必須です。私達はアルツハイマー脳に蓄積し
ている原因物質の産生を止める安全な薬の開発を進めています。
アミロイドβ様
ペプチド
「アミロイドβ様ペプチド」
とはアミロイドβと同じ仕組みで作られる物質のことで、
われわれが世界に先駆け発見記述したものです。私達は新規「APL1β28」
を発見
し、
これをバイオマーカーとして用いることを提唱しています。
研究の背景・意義
研究プロジェクトの目標
アルツハイマー病診断治療薬開発コンセプト
発症メカニズムに基づくAD診断・治療薬開発
アルツハイマー病(AD)
は認知症の中で最もありふれたもので、
加齢に伴い発症する人の割合が急増します。
このため高齢化が進む
現在、早期診断・根本治療の開発が急務となっています。
AD患者脳
には老人斑とよばれる蓄積物が細胞外に多数認められます。老人斑
の主な構成成分は42アミノ酸からなるアミロイドβ
(Aβ)42で、非
常に凝集しやすい性質を持っています。
この老人斑形成に引き続き、
神経細胞の中に神経原線維変化とよばれる蓄積が生じ、神経細胞
死が引き起こされます。
重要なことは認知症状がでた時にはすでにこれらの変化が不可
逆に進んだ状態にあり効果的な治療するには遅すぎることです。
AD
脳病変の中で早期に出現する老人斑は認知症症状を呈する数年か
ら十数年以上前より出現するとされています。ADでは
「まず何らか
の原因でAβ42の量が脳内で増大し、
それが凝集し始める過程を起
点となり、神経原線維変化が進行して最終的には神経細胞の脱落
に至る」
という改編型 Aβカスケード を我々は提唱しています。
この
ような病気の進行を反映した変化をいち早く捉える方法の開発と、
原因物質であるAβ42の産生を効率よく抑えかつ副作用の少ない
薬の開発がアル
ツハイマー病の
克服を考えたと
き、最も合 理 的
で近道であると
考えています。
我々は弧発性アルツハイマー病においてもAβ42の産生比率の
増大の重要性を主張しており、
そのため
「Aβ42の産生をより特異的
に抑える薬剤の開発」
を進めることが重要だと考えています。
そこで
大阪大学は
「Aβ42産生を止める薬剤(γセクレターゼ修飾薬)」
と
早期診断マーカーの開発を塩野義製薬と協力して進めています。 ADの場合、その効果的な治療のためには病前診断は「車の両
輪」
のように必須のものです。
なぜなら現在開発中のADを根本的に
治そうという薬剤は全て
「病気の起こる仕組みをその途中で止めて
しまおう」
という考えに基づいているからです。
上記のようにAβ42は病原性物質そのものですから
「その量の増
加が病気の発症とも直接的に関連する」
はずで、最高のバイオマー
カー候補です。
しかし残念ながらAβ42そのものが凝集しやすいた
め、病気で上昇するはずのAβ42の量を脳脊髄液や血液で測定して
も脳内の量を反映しないのが現実です。
私達は
「Aβ42と同じ酵素の組み合わせで産生される物質がほか
にも存在する
(Aβ42-likeペプチド)」可能性を世界に先駆けて報告
しました。
この種のペプチドについて探索研究することで、Aβ42の
サロゲートマー
カー を用いた
画 期 的な病 前
診 断 法を開 発
できる」のでは
ないかと考えま
した
(図)。 ▲アルツハイマー病の起こる仕組みとなぜ発症前診断が
開発可能でそれが根本治療薬開発とセットで必要なので
しょうか?
34
2
▲脳内で凝集するAβ42の代わりに凝集しないAβ様ペ
プチドを測定し、ADの早期診断マーカーとなるかどうか
検討する。
3
研究プロジェクトの成果
ADの発症前診断マーカー開発に成功
私達は研究開始時よりADの早期診断マーカー候補としてAβ様ペプ
チドの同定・解析・定量を順次進めてきました。
その結果、APL1β28(β
APPの類縁蛋白であるAPLP1由来のAβ様ペプチド)
がヒト脳内でAβ
42のサロゲートマーカーであることを見出しました。予想通りAPL1β
28はAβ42とは異なりADの脳内に蓄積していませんでした。
非常に重要なことですが、
アルツハイマー病群では対象群に比べて脳
脊髄液中のAPL1β28の比
(APL1β28量/総APL1β量)
が有意に増加
していることを発見しました。
この事実は
「弧発性アルツハイマー病脳内
で、Aβ42の比較的産生が上昇していることを示唆した世界初の重要な
発見」
です。
つまり
「Aβ42を産生する酵素複合体の中心的役割因子であ
るプレセニリンやAβ42の前駆体であるβAPPに病原性変異体を有する
ことで生じる家族性アルツハイマー病脳で起こっているのと同じような
変化(Aβ42の比較的産生の上昇)
が、
アルツハイマー病の90%以上を
占める弧発性アルツハイマー病脳でも起こっている」
ことを示しているの
です。
この 発 見 は 同
時にADの治療薬
において、我々が
行っている「 Aβ
4 2 産 生 をター
ゲットとする治療
薬 開 発 が 最も合
理 的である」こと
を 示 唆 してい ま
す。
4
実用化にあたっての
今後の課題及び研究方針
AD発症前診断マーカーの臨床応用に向けて
脳脊髄液中のAPL1β28がAβ42のサロゲートマーカーであり、
ア
ルツハイマー病患者では発症のずっと以前にその値が上昇しているこ
とを明らかにしました。理論上はこの診断マーカーは「アルツハイマー
病の10年以上かけて徐々に進行する病理過程を直接反映する」から、
「Aβ42レベルの低下」や、
「タウ値の上昇」などの既存の診断マー
カーよりも優れていることになります。実際にAPL1β28の割合値が
最も鋭敏なバイオマーカーであることを示すことために、早期あるい
はMCIやSCIレベルのアルツハイマー病患者髄液を研究協力施設か
ら集め、APL1β28の割合値が最も鋭敏なバイオマーカーであること
を示すことが重要です。また、前向き臨床研究を開始しまだアルツハ
イマー病でもSCIでもMCIでもない研究協力者を募って私達自身が診
察・経過観察しAPL1β28の割合値がいつ頃からどのように変化する
か検討を開始します。
さらに、バイオマーカーとして最も重要なことで
すが、血 液中で
APL1β28など
のAβ様ペプチ
ドの 同 定 を 試
み 、より簡 便 に
採取が可能な
バイオマーカー
の開発を目指し
ます。
▲脳脊髄液中のAβ42様ペプチド(APL1β28)の割合がAD前段階
の患者群(MCI)で既に高いことを発見し、国内外で広く報道された。
▲CSF中のAPL1β28を用いた臨床応用、
ならびに末梢血中で
APL1β28などのAβ様ペプチドの探索を試みバイオマーカー
の臨床応用に着手する。
ADの根本治療薬開発研究について
(1)
ADの根本治療薬開発研究について
(2)
アルツハイマー病Aβを産生するβおよびγセクレターゼという酵素に
よる段階的蛋白分解はβAPPの他にも数多くの蛋白質の細胞膜貫通領
域の分解を担っています。
中でも幹細胞の維持やリンパ球の分化などに
重要な役割を果たすNotchシグナルを担う転写因子を産生しています。
よってより安全な治療薬開発研究として、
「アルツハイマー病Aβの産生
は阻害するがNotchシグナル伝達は阻害しない」薬剤の開発に取り組ん
できました。大阪大学で学術研究のために確立していたいくつかのアッセ
イ系を改良し高感度・ハイスループットアッセイ系へ転用し
「塩野義製薬
のもつ数十万の薬剤ライブラリー」
のスクリーニングを実施しリード化合
物を決定しました。
さらにその過程でヒトへの経口投与が十分考慮でき
る上市薬剤のいくつかに抗アルツハイマー病作用があることを発見しま
した。
また、
これら膨大なデータを基にどのような生体作用や化学構造に
Aβ産生を阻害する作用を持ちうるか検討することで今まで学術研究だ
けではどうしても分からなかった重要な問題を解明しようとしています。
現在、Aβ42産生を特異的に阻害する2つのリード化合物を決定し、
そ
れらの化学構造展
開の結果、現時点の
活 性はリード化 合
物と比 較して数 十
倍改善し数百nMの
レベルであり今後も
大幅な改善が期待
でき、生体での投与
実験を視野に入れ
て開 発を継 続中で
す。
平成21年度は「γセクレターゼ修飾薬」から医薬品候補化合物を
見出し、
これらを対象に非臨床安全試験(非GLP)を実施します。
まず
選抜されている2骨格に対し、溶解度と脳移行性の両立を目指した
後 、体内動 態をより改 善できるような合 成 展 開を目指します。次に
CADDを用いた3次元モデルでの重ね合わせ、
ファーマコフォア情報
収集を並行して行い、効率的な合成展開を実施します。
また先行開発
品を用いて、結合様式の解明を行い修飾作用プロファイルの特徴づけ
を行います。
これら情報を踏まえ、骨格の優先順位付けを行い、更に
合成展開を加速させます。さらに高優先順位の骨格に対して、活性、
体内動態、物性に加え、安全性試験評価も行い、医薬品候補化合物と
しての適正を判断します。有望化合物に関しては、動物モデルを用い
て脳内Aβ42産生抑制作用とともに認知機能障害の評価も行いま
す。そして上記、合成展開により得られた情報を踏襲し、合成展開、及
び各種評価のサイクルを効果的に推し進めます。
このようにしてHTS
により得られた
リード 化 合 物
を最適化し、薬
効 、動 態 、及び
安 全 性 のバラ
ン ス のと れ た
医薬品候補化
合 物 の 創 製を
目指します。
▲2種類のリード化合物を基礎に開発継続中である。両者と
も培養細胞から分泌されるAβ42産生を特異的に阻害する
参考文献
▲Aβ42産生を阻害する2種類のリード化合物開発の全期間(研究
開始H17年−H21年)
タイムラインとH21年以降の展開について
Yanagida K, Okochi M, Tagami S, et al. The 28-amino acid form of an APLP1-derived Aβ-like peptide is a surrogate marker for Aβ42 production in the central nervous
system EMBO molecular medicine, 1; 223-235, 2009
Okochi M, Fukumori A, Jiang J, Itoh N, Kimura R, Steiner H, Haass C, Tagami S, Takeda M Secretion of the Notch-1 Aβ-like peptide during Notch signaling J Biol Chem.
281:7890-7898, 2006
Tagami S, Okochi M, Yanagida K, et al.Regulation of Notch signaling by dynamic changes in the precision of S3 cleavage of Notch-1 Molecular and Cellular Biology,28
(1),165-76,2008
35
平成17年度
[2005年度]
老年期認知症の画期的予防・治療法の開発研究
17
研究期間 平成17年度∼平成21年度(予定)
研究体制
総括
柳澤 勝彦[国立長寿医療センター]
※平成21年度における研究体制
認知症の病態解明と薬剤開発研究で前進
キーワード
Keyword
Project
1
36
認知症
人口の高齢化とともに、認知症の患者数は増加し、医学・医療にとどまらず、大きな
社会問題になっています。高齢者の5%が認知症に罹患しており、
その半数がアル
ツハイマー病で、次いで血管性認知症の順となっています。
アルツハイマー病
アルツハイマー病は認知症の代表的な疾患ですが、
その発症機序には不明の点が
多く残されています。脳にはアミロイドという異常な蛋白質の凝集体が生じており、
これを抑制することが治療上最も確実な方法と考えられています。
血管性認知症
血管性認知症は、高血圧、高脂血症、糖尿病といった生活習慣病がその原因であ
る場合が多く、
これらの早期発見と早期治療が大切です。脳の動脈硬化の起き方
や虚血性神経細胞障害の分子機構の解明が今後の重要な課題です。
研究の背景・意義
2
研究プロジェクトの目標
アミロイドカスケードの病的意義
認知症の発症機序の解明と薬剤開発
アルツハイマー 病の脳のなかでは、アミロイドß 蛋白( 以 下 、
Aß)
と呼ばれる小さな蛋白が、その前駆体蛋白(APPと呼ばれて
います)から生理的な代謝によって切断され、細胞の外側に排出
され、何らかの理由により凝集しアミロイド(老人斑と呼ばれる
200ミクロン程の斑状の構造物)になったり、老人斑よりは小さ
な固まり
(オリゴマーと呼ばれます)になったりして、神経細胞を
直接的あるいは間接的に傷害しています。Aßの産生、凝集、そし
て神経細胞傷害までの一連の過程はアミロイドカスケードと呼
ばれ、その進行を阻止することが、アルツハイマー病の予防と治
療において最も重要であり本質的であると考えられています。Aß
の産生に関しては、それに関わる酵素(セクレターゼ)が解明され
ており、その活性に関わる様々な神経細胞内の要因の解析が進
められています。Aßの凝集に関しても神経細胞膜が作る微小環
境が重要な役割を果たしていることが明らかにされています。一
方、Aßの凝集体の毒性機構については、様々な報告はあるものの
完全には解明されていません。私達の研究プロジェクトでも、
アミ
ロイドカスケードに焦点をあて、
これまで研究を続けてきました。
本プロジェクトは、認知症のなかでも特に患者数が多く、且つ、
現時点で未だ病態機序が不明であり、真に有効な予防薬、治療薬
が開発されていないアルツハイマー病を主要課題に据えています。
本プロジェクトでは、
アルツハイマー病の脳のなかで中心的役割を
果たしていると考えられているアミロイドß蛋白(Aß)に焦点をあて、
その産生、凝集ならびに神経細胞毒性発現の分子機構の解明を目
指しています。
また、
アルツハイマー病の新たな治療法として、脳内
の異常なAß蓄積であるアミロイドの除去を狙ったワクチン療法の
開発研究を進めるとともに、神経細胞の直接的傷害因子として最
近注目されるAßオリゴマーの除去を可能とする抗オリゴマー抗体
の開発研究をも目指します。
さらに、凝集したAßによる神経細胞傷
害の緩和ならびに神経細胞保護を可能とする薬剤の開発を目指し
ます。一方、
アルツハイマー病に次いで患者数の多い血管性認知
症については、その病態解明を進めるとともに、脳虚血に伴う神経
細胞障害における重要性が注目されている炎症性白血球の脳実
質内浸潤の抑制による新たな治療法の開発を目指します。
▲アルツハイマー病の脳内では、アミロイドß蛋白(Aß)が、そ
の前駆体蛋白(APP)から切り出され、凝集し、神経細胞を傷害
しています。
▲Aßに焦点をあて病態研究を進め、
その蓄積を除去し、
毒性を緩和する薬剤と、虚血性神経細胞傷害を抑制す
る薬剤開発を目指します。
3
研究プロジェクトの成果
アルツハイマー病の脂質代謝とHDL療法
脳内コレステロール輸送はアストロサイトが産生するApoEを含む
HDLと、ApoE受容体を介した神経細胞へのコレステロール供給等の
機構によって維持されています。ApoE-HDLによるコレステロール供
給はシナプス形成などに必須とされる一方、ApoE-HDLはAßと結合
し、その分解・除去に重要な役割を担っています。本プロジェクトでは、
ApoEによるHDL産性作用にApoE3>ApoE4の違いがあることを基
に、機 能の劣っている
ApoE4のHDL産生作
用を補い、
またApoE3
によるHDL産生能をさ
らに増強することは、
ア
ルツハイマー病病態進
行を抑 制すると考え、
脳内H D L 産 生 増 加を
標 的と薬 剤 探 索 を開
始し、複数の候補薬剤
を得ました。
▲HDL産生を介したアポリポ蛋白EによるAß除去を制
4
実用化にあたっての
今後の課題及び研究方針
アルツハイマー病早期診断法の開発
本プロジェクトでは、酸化傷害により高次構造が変化したタンパク質
(酸化修飾タンパク質)
に対する特異抗体を複数作製しました。
これらタ
ンパク質は酸化ストレスのマーカーであるだけではなく、神経細胞死の
原因に関わる可能性があります。実際、
アルツハイマー病罹患脳に一部
の酸化修飾タンパク質が蓄積していること、
さらにこれらの異常タンパク
質の細胞毒性が確認されました。一方、
アルツハイマー病脳内に蓄積し
ていたのと同じ異常な酸化修飾タンパク質が脳脊髄液の中でも増加して
いることが示されました。現在、脳脊髄液より採取が簡単な血清でも同様
な酸化修飾タンパク質の増加が認められるかどうか検討しています。血
清には脳脊髄液よりも多くのタンパク質が含まれるため、微量のタンパク
質を正確かつ簡単に測定することは困難であり、特異抗体をスライドグ
ラスに特殊な方法でコーティングした抗体チップを作製中です。現在開
発している抗体チップは従来のELISA法に比べて感度が数十倍高く、一
度に最大百種類のタンパク質を同時測定することができます。
また、測定
値をコンピューターで処理し、多変量解析を行なうことで、
自動診断シス
テムを作成することが可能となります。
アルツハイマー病の発症前リスク
診断や早期診断に役立てたいと考えています。
御する薬剤開発を目指します。
キノリン酸を介したAßの神経細胞傷害
アルツハイマー病では神経毒キノリン酸の産生を伴うトリプトファ
ン代謝異常が生じている可能性が考えられます。本プロジェクトでは
トリプトファン代謝酵素(IDO)阻害活性を示す幾つかの化合物を得
ることに成功し、薬剤開発に向け研究を進めています。一方、
アルツハ
イマー病脳におけるIDO発現増強メカニズムを研究し、Aßと炎症性
サイトカインであるIFN-γで活性化されたミクログリア内でIDO誘導
が生じていることを見出しました。
これらの新知見は、アルツハイマー
病の危 険 因 子
である 老 化 等
の 役 割 をI D O
産 生 異 常との
関 連でを検 討
する 上 で 重 要
であると考えら
れます。
▲キノリン酸による神経細胞傷害を抑止法する薬剤開発を目指します。
虚血性神経細胞傷害機序の解明と抑止法開発
脳血流の低下が原因で発病する血管性認知症は、
アルツハイマー病
に次ぐ患者数があります。脳血流の低下による神経細胞障害には炎症反
応が関与していることが明らかとなりました。
この炎症反応は、脳血流低
下部位の血管内皮細胞に白血球の脳内侵入に必要な細胞接着分子
E-selectinが産生されることから始まります。Sialyl Lewis X修飾リポ
ソームは、
この血管内皮細胞上のE-selectinと結合するため、
白血球の脳
内侵入阻害作用
を持ちます。
その
た め 、S i a l y l
Lewis X修飾リ
ポソームは従来
の治療法にはな
い神経細胞死を
導く炎症反応を
抑制する作用を
持つ治療薬とし
ての応用が期待
できます。
▲血管内皮上のE-selectinへの結合抑止による白血球の脳内
浸潤制御法の開発を目指します。
▲アルツハイマー病罹患者の脳脊髄液をLC-MS/MSで解析後、診断マーカー候
補分子に対し特異抗体を作製し、抗体チップを開発中です。
経口ウイルスベクターの開発
本プロジェクトでは、
アルツハイマー病ワクチンに特化したノロウイルス
を用いた経口用ウイルスベクターの開発を検討中です。
これまでの経口ワク
チン療法の試みでは、通常のウイルスベクターが利用されており、標的の腸
管への導入効率が低く、他の組織・細胞に感染してしまうなどの懸念があり
ます。一方、
ノロウイルスは強力な感染性を持ち、分化した腸管上皮特異的
に感染するといわれています。
また感染後の抗ウイルス抗体の生成は一時
的であるため、
ノロウイルスに感染したことがある方にでもベクターを使用
できるという利点があります。
このようにノロウイルスは経口ワクチン用ベク
ターとして極めて有望ですが、培養細胞に感染せず通常の方法ではベク
ター作製は不可能です。本研究ではCos細胞内でウイルスカプシドタンパク
質VP1やベクターRNAなどのウイルス粒子の各コンポーネントを同時に大
量発現させることで、ベクター様粒子の作製に成功しました。
ノロウイルス
は分化した腸管細胞にのみ結合するという性質をもちますが、
ベクター様粒
子も分化誘導されたヒト腸管細胞(Caco2)
にのみ吸着を観察できました。
今後、
マウスモデルを利用した導入実験により経口ワクチン用ベクターとし
ての有効性を検証する予定です。
▲ノロウイルスを用いたアルツハイマー病治療用の経口ウイルスベクターの開
発を目指します。
37
平成17年度
[2005年度]
循環器疾患・癌の分子ネットワークを標的とする創薬と
新規治療法の開発
18
研究期間 平成17年度∼平成21年度(予定)
奈良 真二[協和発酵キリン株式会社]
研究体制
総括
影近 弘之[東京医科歯科大学]
永井 良三[東京大学]
須藤 浩[二プロ株式会社]
田口 哲志[独立行政法人物質・材料研究機構]
※平成21年度における研究体制
循環器疾患と癌の革新的治療法開発
Project
KLF5
キーワード
Keyword
1
研究プロジェクトの成果
4
実用化にあたっての
今後の課題及び研究方針
転写因子KLF5は生活習慣病と癌の鍵分子
安全性と薬効の評価
転写因子KLF5の機能解析を進め、
この転写因子が心血管病だけでな
く、
メタボリックシンドロームと代謝疾患にも重要であることを見いだしま
した。高脂肪食を与えてもKLF5ノックアウトマウスは太りにくく、
メタボ
リックシンドロームを呈しにくい。
この理由として、KLF5が脂肪細胞分化
に必須であること、
また骨格筋において脂肪燃焼を制御していることを明
らかとしました。骨格筋においては、PPARδという転写因子と結合してお
り、この転写因
子 を活 性 化 す
る薬剤によって
KLF5機能が変
化することを見
いだしました。
この変化は新た
な治 療 標 的に
なると考えられ
ます。
本研究によって、Am80を徐放する冠動脈ステントの技術的フィー
ジビリティーが検討できました。Am80を生体適合性が高く、血管細胞
への障害が少ない方法で、必要な時間徐放することが出来ました。
ブタ
を用いた動物実験による評価も行っています。
また、
ナノ粒子によるsiRNA治療についてもマウスでの有効性が確
認できています。
今後は、
さらに技術を最適化するとともに、臨床現場への導入を目指
して試験品を作製し、有効性についてさらに詳細な検討を行うことが必
要となります。
また、
より重要な試験として、様々な手法による十分な安
全性の評価が必須です。動物実験を含む様々な方法で安全性と有効性
が十分に確認できた後に、臨床試験へ進むことになります。
▲KLF5は多様な転写因子やコファクターと結合し、心血管病・
代謝疾患・癌に重要です。
冠動脈ステント
心筋梗塞や狭心症の原因となる冠動脈(心臓の動脈)
の動脈硬化によって狭くなっ
ている部分を拡げて、血液の流れをよくする筒状の金網のような治療機器。
siRNA
small interfering RNAの略。短い二本鎖RNAで、RNA干渉により、配列特異的に
標的遺伝子の発現を抑制(ノックダウン)
することができます。
研究の背景・意義
2
研究プロジェクトの目標
生活習慣病と癌に共通する慢性炎症
KLF5を標的とする革新的治療法開発
心臓血管病や代謝疾患、慢性腎臓病などの生活習慣病や、癌の
発症・進展に共通して慢性炎症が重要です。慢性炎症では、組織の
三次元的構築が改変(リモデリング)
され不可逆的な臓器機能障害
がもたらされます。従って、慢性炎症による組織リモデリングの治療・
予防法の開発は喫緊の課題です。
我々は、転写因子KLF5が心血管系の組織リモデリングに重要な
ことが明らかとしました。
さらに、KLF5に対して作用する薬剤を探索
し、合成レチノイドであるAm80がKLF5を阻害することを見いだし
ました。
また、一方でKLF5が血管新生に重要であり、癌においてはKLF5
を阻害することにより、腫瘍血管新生の抑制による抗癌作用を得ら
れることを見いだしました。
以上より、KLF5を中心とした転写因子ネットワークの解析によ
り、新たな治療標的・メカニズムを同定できるとともに、同定済み薬
剤及びsiRNAによる治療法を開発することにより、心臓血管病及び
癌への新規治療法へと発展させることができます。特に、KLF5阻害
薬 を用 いた 革 新
的冠動脈ステント
による安全な治療
法や、新しいナノ
粒 子を用いて、
siRNAにより癌の
発症・進展メカニ
ズムを直接的に標
的とする新しい抗
がん 剤 の 開 発 が
期待できます。
生活習慣病や癌における転写因子KLF5を中心とした分子ネッ
トワークの機能を解析し、新たな治療標的を同定するとともに、同
定済みの薬剤の応用と、siRNAによる治療法の開発を進めます。転
写因子KLF5については、心血管病に重要であることを明らかにし
ていますが、
その他の疾患における役割は不明でした。遺伝子改変
動物やゲノム情報などを活用し、生活習慣病と癌における役割を
明確にします。
この情報を基に、新たな治療薬・siRNAの開発を行
います。
同時に、既に同定済みのKLF5阻害薬及び活性化薬の開発を進
めます。KLF5阻害薬Am80については、Am80を徐放する冠動脈
ステントを開発します。
このステントについては、生体適合性の高い
材料を使用することにより、安全性の高い革新的ステントを開発す
ることを目的とします。
また、虚血性疾患への応用も進めます。
siRNAについては、適応疾患を拡大するためには全身投与で目
的臓器に効率よくsiRNAを搬送できるデリバリーシステムの開発
が必須です。その
ため、新規ナノ粒
子 の 応 用を進 め
ます。
▲生活習慣病と癌の発症・進展には共通して炎症のメカ
ニズムが重要な役割を果たしたます。
また、長期に続く炎
症は臓器構築の改変をもたらし臓器機能を障害します。
38
Krüppel-like factor 5の略。心臓病、代謝疾患、癌の発症・進展に重要な機能を持
つ。遺伝子の発現を調節する転写因子の一つです。
3
Am80は再狭窄を抑制する
Am80が転写因子KLF5を阻害するメカニズムの詳細を検討し、
KLF5とレチノイン酸受容体RARが複合体を形成していること、Am80
がこの複合体を解離させてKLF5機能を抑制することを明らかとしまし
たた。
また、Am80に平滑筋細胞分化・増殖抑制作用に加えて、抗動脈
硬化作用があることを見
いだしました。
Am80を冠動脈ステ
ントから徐放する方法に
ついて、生体適合性の高
い方法を開発しました。
▶Am80を経口投与すると
ウサギステント留置モデルに
おいて、再狭窄が抑制されま
す。
ナノ粒子によるsiRNA治療法
siRNAを全身投与で目標臓器(癌)に搬送する方法として新規ナノ
粒子の応用を進めました。
このナノ粒子は、siRNAの血中安定性を飛躍
的に高め、非常に効率よくsiRNAを皮下に植えた癌に集めることができ
ま す 。実 際 に
K L F 5 に対 する
siRNAをこのナ
ノ粒 子で投 与す
ることにより、皮
下に植えた癌に
おけるK L F 5 発
現 を 抑 制し 、癌
の増殖と血管新
生の抑制が得ら
れました。
▲Am80を溶出する冠動脈ステント。生体適合性の高い方法でAm80をステント表
面から徐放します。
さらなるメカニズムの解明と創薬へ
本研究によってKLF5の多彩な機能が明らかとなりました。特に、
メ
タボリックシンドロームに必須の機能を持つことは、新たな治療対象と
して代謝疾患が加わることを意味します。KLF5ノックアウトマウスは過
食にもかかわらず、太りにくいという性質を示します。
これは、骨格筋に
おいて脂肪の燃焼が亢進していることが大きいと考えられます。
その詳
細なメカニズムを解析したところ、骨格筋においては、PPARδアゴニス
トがKLF5のSUMO化と呼ばれる蛋白修飾を制御することが明確に
なっています。KLF5のSUMO化を変化させるような化合物の開発が考
えられます。本研究計画で開発している創薬法などの手法を用いた化
合物の同定や治療法開発への展開が考えられます。KLF5については、
心臓、血管、骨格筋以外でも、生活習慣病や癌で様々な機能を持つこと
が徐々に分かってきています。
その詳細な分子メカニズムを解明するこ
とによって、その機能をピンポイントで調節する薬の開発が可能になる
と考えられます。
▲KLF5のSUMO化は脂肪酸燃焼の分子スイッチです。
▲ナノ粒子はsiRNAを効率よく腫瘍細胞に運びます。
▲転写因子KLF5を中心とした転写ネットワークへの
多方面からの解析による新規治療法の開発。
参考文献
Oishi Y, Manabe I, Tobe K, Ohsugi M, Kubota T, Fujiu K, Maemura K, Kubota N, Kadowaki T, Nagai R. SUMOylation of Kruppel-like transcription factor 5 acts as a molecular
switch in transcriptional programs of lipid metabolism involving PPAR-[delta]. Nat Med 14:656-666, 2008.
Fujiu K, Manabe I, Ishihara A, Oishi Y, Iwata H, Nishimura G, Shindo T, Maemura K, Kagechika H, Shudo K, Nagai R. Synthetic retinoid Am80 suppresses smooth muscle
phenotypic modulation and in-stent neointima formation by inhibiting KLF5. Circ Res 97:1132-1141, 2005.
Yagi N, Manabe I, Tottori T, Ishihara A, Ogata F, Kim JH, Nishimura S, Fujiu K, Oishi Y, Itaka K, Kato Y, Yamauchi M, Nagai R. A Nanoparticle System Specifically Designed to
Deliver Short Interfering RNA Inhibits Tumor Growth In vivo. Cancer Res 69:6531-6538, 2009.
39
平成17年度
[2005年度]
高血圧等循環器疾患のゲノム情報多元的意義付けと
画期的診断・治療法の開発
19
研究期間 平成17年度∼平成21年度(予定)
研究体制
総括
森崎 隆幸[国立循環器病センター]
三木 哲郎[愛媛大学]
※平成21年度における研究体制
診断・治療に向けたゲノム情報解明の進捗
キーワード
Keyword
Project
1
病気に関係する
ゲノム情報の探索
病気には体質(遺伝要因)
が生活習慣など外的要因とともに関係し、病気になりや
すい人となりにくい人がいます。遺伝子全体の情報(ゲノム)
から病気に関係する情
報を探すことは個々人に応じた医療の実現につながります。
薬剤応答性に関係する
遺伝子情報
薬の効き方は病気の性質とともに体内での代謝のされ方の違いにより変わります。
薬の代謝のされ方は対応する遺伝子の個々人の性質の違いに左右されるので、遺
伝子の情報は適切な薬の使い方につながると期待されます。
疾患モデル動物の
開発とその活用
病気の原因解明や新しい治療法の開発には、適切な病気のモデル
(動物)
が欠か
せません。遺伝子の働きを変えた動物の作製はモデル動物として有用で、遺伝子
の働きと病気との関係を知る手がかりになります。
研究の背景・意義
2
研究プロジェクトの目標
ゲノム研究による循環器病の克服にむけて
ゲノム研究を推進して質の高い医療をめざす
高血圧・循環器病は、高齢人口の増加とともに、医療や介護の
最重要課題であり、その予防、患者さんの生活レベルの維持、そ
して、救命救急の側面からも早急な克服が必要です。
この研究プ
ロジェクトは過去に実施したゲノム(遺伝子)研究の成果を引き
継ぎ発展させるものであり、情報の精度を高め、最終的には高血
圧・循環器病の患者一人一人の病気の原因に即した質の高い医
療を実現することを目標とします。病気の発症には、ゲノム(遺伝
子)による遺伝素因が外的要因である環境要因と並んで重要な
因子として関係します。以前の研究成果を生かして「より質の高
い医療を実現する」には、一人一人のゲノム(遺伝子)の違い(多
型情報)を、病気との因果関係や重症度と関連付けして検討しな
ければなりません。同時に、ゲノム(遺伝子)の身体での働きや役
割(機能)を明らかにして、新しい診断法や治療薬の開発につな
げることも重要です。
こうした取り組みにより、個人の遺伝素因に
適切に対応した医療、一人一人の病気の原因に即した質の高い
医療(個別化医療)の実現が可能となります。
この研究プロジェクトでは、
より質の高い医療の実現をめざし
て、必要な基礎研究を行い、応用ができるようにゲノム研究を推進
します。
これまでの研究で高血圧・循環器病に関係する遺伝子の候
補が見つかっていますが、
この研究では、
これまでの研究成果を土
台に、病気との関係が予想される遺伝子の働きを明らかにし、ま
た、
いろいろな遺伝子の互いの関係や、遺伝子と薬物との関係、遺
伝子と生活習慣を含めた環境因子との関係などを調べて、病気の
原因や分類につながるゲノム
(遺伝子)
の情報、
とくに、一人一人の
ゲノム情報の違いの中で病気に関係する情報を明らかにします。
さ
らに、
こうしたゲノム情報を診断や病気の予防に応用できるように
します。
また、ゲノムの情報から治療法につながる特異点を探して
新しい薬の開発につなげます。最終的には、ゲノム情報など新しい
発見を、高血圧・循環器病の一次予防・二次予防、
あるいは根治療
法開発につなげて、
より質の高い医療の実現をめざします。
▲ゲノム研究の推進により、高血圧・循環器病の予防・治療に関してより高い
質の医療の実現をめざす。
▲高血圧・循環器病は医療や介護の最重要課題であり、原因となるゲノム
情報(体質)を明らかにすることによる克服が望まれます。
3
研究プロジェクトの成果
実用化にあたっての
今後の課題及び研究方針
全ゲノム解析から循環器病関連遺伝子を同定
薬の開発などへ応用可能な遺伝子情報の確認
高血圧・循環器病に関係する遺伝子多型を新規に同定するために、従
来より行っている候補遺伝子に関する探索に加えて、
これまでの研究成
果により情報や機器の整備が進み解析基盤が整ったことを受け、全ゲノ
ムを対象に網羅的な探索(ゲノムワイド・スクリーニング)
を実施し、高血
圧・心筋梗塞・肥満・糖尿病などついて、関連が認められる遺伝子(多型)
の探索が推進できました。多数の対象遺伝子について評価を行うので、統
計的な偽陽性が含まれます。
そこで、共同研究機関との連携により、別の
対象集団についても検討を行い、同定した遺伝子候補の確認も行えるよ
うになりま
した。
プロジェクトで明らかにした遺伝子の情報を新しい薬の開発などへ
応用するために、遺伝子の機能を、病気のモデル
(動物・細胞)作製やそ
の詳細な検討を通して推進する必要があります。遺伝子と病気との関
係を明らかにするには、
まず細胞での遺伝子の機能を十分に理解する
ことが必要です。その上で、病気のモデルを作製して検討することが可
能になります。
また、病気の発症に関係する遺伝子の機能を知るために
は、一つの遺伝子の機能だけでなく、他の遺伝子との関係も知り、複数
の遺伝子の相互作用がどのように病気の発症に関係するかについても
理解する必要があります。明らかにした遺伝子機能の情報は、病気の予
防や治療の方策につながるよう、薬剤作用点としての標的分子の解明
などを通して新しい治療薬の開発をめざすことが必要です。
▲ゲノム全体を網羅的にスクリーニングして、循環器病(高血圧・心筋
梗塞・肥満・糖尿病)
に関連する遺伝子を確認同定しました。
高血圧とその合併症に関係する遺伝子の解明
本プロジェクトでは、高血圧のテーラーメイド
(個別化)診療に繋が
る高血圧合併症関連遺伝子の解析を、前向き臨床試験を用いたゲノ
ム網羅的なアプローチと従来の候補遺伝子法にて明らかにして来ま
した。
さらに、
これらの解析で得られた有力な遺伝子については、動物
を用いた機能解析を行うことで機能的な裏付けを確認しました。特に
RGS2遺伝子の多型は、我々が世界で初めて高血圧への関与を報告
した遺伝子であり、人種
を越えた再 現 性が 報 告
されています。本遺伝子
の多型は、動脈硬化にも
関与することが分かりま
した。
▶高血圧は動脈硬化や心臓
肥大,慢性腎臓病などに関
係します。
これらの合併症に
いくつかの遺伝子が関係す
ることが分かりました。
▲遺伝子情報から新しい治療法の開発を目指すためには、遺伝子機能
の解明と新しい病気のモデルの作製と検討が必要です。
予防や良い治療に活用する遺伝子情報の検証
プロジェクトで明らかにしたゲノム情報を高血圧・循環器病の予防や
良い治療に結びつけるためには、病気の発症に関係する因子のなかで遺
伝子機能と生活習慣や環境要因とがどのような関係であるかを再確認
する必要があります。
そのために、明らかにしたゲノム情報(候補遺伝子)
について、生活習慣や環境の異なる別の集団で病気と遺伝子との関係を
検証することが重要です。病気の細胞モデルや動物モデルで、明らかにし
た候補遺伝子の病気との関わりを再確認するとともに、様々な生活習慣
や環境が遺伝子の機能と相まって病気の発症にどのように関係するのか
を知ることにより、個々人の遺伝子情報に対応して、適切に病気を克服す
るための新しい方策につなげてことが可能になり、最終的には、高齢人口
の増加とともに医療や介護の最重要課題となっている高血圧・循環器疾
患の予防や患者さんの生活レベルの維持へつながると考えられます。
小胞体ストレス処理蛋白質の脳梗塞保護効果
立体構造不全タンパク質の小胞体内腔への蓄積は小胞体ストレス
を誘導し、様々な病態に関連することが近年報告され注目されていま
す。立体構造不全タンパク質を小胞体内腔から除去できれば、小胞体
ストレスの減弱に繋がり、
こういった病態の改善が見込まれます。そこ
で、独自に同定した小胞体内腔の立体構造不全タンパク質の除去にか
かわると思われる遺伝子のノックアウトマウスを作製し、脳梗塞への脆
弱化を検討したところ、予想通り、本遺伝子の欠損により脳梗塞巣の増
大が観察されました。本
成果から、小胞体ストレ
ス処 理 蛋白質は、脳 梗
塞の軽減を考える標的
として注目されます。
▲遺伝子情報を薬剤選択や生活指導に応用するためには遺伝子と病気
との関係を再検証することが必要です。
▶小胞体内腔に蓄積する立
体構造不全タンパク質の除
去に関わると思われる遺伝
子は脳梗塞保護効果を示し
ました。
参考文献
40
4
神出計,宮田敏之,河野雄平,友池仁暢:高血圧テーラーメイド治療を目指した薬理遺伝学アプローチ. 循環器専門医17: 62-67, 2009
41
平成17年度
[2005年度]
プロテオーム研究を基盤とする新しいがんの診断と
治療法の開発
20
研究期間 平成17年度∼平成21年度(予定)
研究体制
総括
山田 哲司[国立がんセンター]
※平成21年度における研究体制
がんの新規バイオマーカーと治療標的の発見
キーワード
Keyword
Project
1
プロテオーム、
プロテオミクス
プロテオーム
(proteome)
とは、
ゲノム
(genome)
に制御され細胞、組織、器官な
どに発現するタンパク質全体を指す。
プロテオミクス
(proteomics)
はそれを研究
対象とする技術や学問をさす
バイオマーカー
生理的な状態、疾患の病態の変動や、様々な治療に対する反応などと相関する血
液、尿、組織などの生体試料から得られる何らかの客観的な指標
分子標的治療薬
膜タンパク質・酵素・シグナル伝達分子などの細胞内の特定の分子を狙い撃ちし
てその機能を抑える治療薬。副作用が少なく、高い効果が期待されている
研究の背景・意義
がん克服のためには
我々はがん克服のために「がんの早期発見」
「 治療の個別化」
「新規治療薬の開発」の3点が重要であると考え、
これらの実現を
目標として研究を行った。
がんの早期発見:無症状の段階でがんを発見し、早期に治療
を開始することが望ましいが、実際には進行した段階で診断され
る症例が後をたたない。特に膵がんは初期には症状が乏しく、検
診の方法も確立されておらず、今日でも95%以上の症例が病期
Ⅲ/Ⅳ期に進行するまで診断できていない。そのため膵がんの治
療成績は主要な固形がんの中で最悪である。
治療の個別化:がんは多様な疾患であり、現在の診断技術で
は同一のカテゴリーに分類される悪性腫瘍であっても、治療効果
や生存期間は症例間で大きく異なっている。本来は症例ごとに最
適な治療方法を選択するべきであるが、個別の治療効果や副作
用が事前に予測できないために最大公約数的な治療法の選択を
行っているのが現状である。
新規治療薬の開発:近年、細胞内の特定の分子を狙い撃ちし
てその機能を抑える分子標的治療薬が、副作用が少なく、効果が
高い治療法として様々ながんにおいて開発されているが、急性骨
髄 性白血 病や
大 腸 がんでは
創 薬 の 標 的と
なるような分子
が 今 日におい
ても 発 見 され
ていなかった。
▲国立がんセンター中央病院における様々ながんの5年
生存率の年次推移
42
2
研究プロジェクトの目標
-OMICS解析による診断・治療法の開発
近年、
マイクロアレイ、高感度のタンパク質蛍光標識、質量分析な
どのゲノム・プロテオームの網羅的解析の技術が急速に進歩し、遺
伝子発現、
タンパク質の発現・翻訳後修飾、
シグナル伝達経路など
が従来にない規模とスピードで解析可能になっている。
さらには干
渉RNAのラブラリーを用いたゲノム網羅的な機能解析も試みられ
ている。
これらのテクノロジーの進歩により、がんの発生・進展の分
子機構の解明が進むのみならず、臨床応用が期待されている。
本研究プロジェクトはこれらの所謂「-OMICS」
と総称される解析
技術を用い、
がん患者の症例ごとに異なる治療効果および臨床経過
を反映する遺伝子・タンパク質の発現、翻訳後修飾を見出し、個々の
症例に最適な治療を施す個別化診断法を開発し、
さらに臨床検査と
して実用化することを目標
としている。また血漿タン
パク質の精密質量分析に
よる膵がんの早期診断法
の実用化に取り組んだ。
さらにタンパク質の発
現や、相互作用などの機
能解析を行い、がん細胞
の生存・増殖に必須な膜
タンパク質・酵素・シグナ
ル伝達経路などを同定し、
民間企業と共同でこれら
の分子(分子経路)
の機能
を阻害する医薬品を開発
することをまでを目標とし
た。
▲高感度のタンパク質蛍光標識法により、
レー
ザーマイクロダイゼクションにて得られた微量
検体でも網羅的な発現解析が可能になった
3
研究プロジェクトの成果
4
実用化にあたっての
今後の課題及び研究方針
早期診断、個別化治療の新規バイオマーカー
早期診断、個別化治療の新規バイオマーカー
膵がんの血漿診断法の実用化に関する研究においては、従来より高
分解能の四重極ハイブリッド型質量分析機を用いた血漿タンパク質の
精密質量測定にて、臨床病期I/II期の症例も含めて膵がんが高感度に検
出できることを報告してきたが、
この診断法の実用化のために新たに前
処理用磁気ビーズを開発し、検体の前処理から多重の質量測定までの
全課程をロボット化した。高い定量再現性を確認するとともに、従来の
報告どおり高い正診率をもって膵がん患者を検出できることを明らかに
した。技術的には臨床検査として実用レベルに達したものと思われる。
がんの病態把握と個別化治療実現に関する研究においては、低分
化型肝細胞がんで特有に発現が亢進しているタンパク質としてEB1を
特定し、その発現が肝細胞がん患者の術後再発、予後と高く相関する
ことを見出した。胃原発の消化管間質腫瘍(GIST;gastrointestinal
stromal tumor)
の悪性化のバイオマーカーとしてCD26を同定した。
CD26陰性症例の98.0%は術後無再発だったが、陽性例の半数が再発
し、両者間には統計学的に明らかな差が見られた。
さらに進行膵がん患
者で抗がん剤のgemcitabineによる血液毒性の発生と程度を投与前に
予測できるバイオマー
カーを同定した。
膵がんの血漿診断法の実用化に関する研究では、海外メーカーに
依存せず、独自の国産技術で磁気ビーズを作製し、精密質量測定によ
る膵がん診断が可能になった、国立がんセンター以外の施設でも同様
の精度で測定が可能であり、臨床検査として一般化が可能であるとい
う2点が達成できた。我々が用いた質量分析機は研究用に開発された
非常に高価で高性能な機械であるため、今後操作性に優れ、機械間・
測定日間の再現性が良く、高い分解能と質量精度を持つ臨床プロテ
オームに特化した安価な質量分析機の開発が必要である。今後は個
人検診の膵がんスクリーニング法として普及させることを当面の目標
として、
コストダウンに取り組む。
がんの病態把握と個別化治療実現に関する研究においては、肝細
胞がん切除症例145症例の免疫染色の結果、EB1タンパク質の発現
が術後再発、予後と高く相関することを明らかにしている。実用化を目
的として民 間 企 業との共同研 究で特 異 抗 体の作 成を進めている。
CD26の発現は胃原発のGISTの予後を客観的に判定できるバイオ
マーカーである。臨床検査用のモノクローナル抗体を作成することで
実用化を進める。
◀国立がんセンターで開
発された大規模な定量質
量分析法にてゲムシタビン
の副作用を予測できるバ
イオマーカーを同定した
白血病と大腸がんの新規治療標的分子の発見
急性骨髄性白血病の分子標的治療薬の開発においては、難治性急性
白血病より幹細胞を単離することにより、
白血病発症に必須である分子
を同定し、新たな標的療法を開発することに取り組んだ。融合遺伝子
MOZ-TIF2を導入したマウス骨髄細胞の移植による白血病モデルで、
M-CSF(macrophage-colony stimulating factor)受容体の発現の
高い細胞に白血病誘導活性が強いことを見出した。M-CSF受容体の発
現の高い細胞特異的にアポトーシスを誘導することによりマウスモデル
で白血病が治癒したことから、幹細胞の除去による白血病の治療が期待
できる。M-CSF受容体のチロシンリン酸化阻害剤はこのモデルで白血病
の発症を抑制し、治療薬として有望である。
大腸がんの分子標的治療薬の開発においては、転写因子TCF4
(T-cell factor-4)
のWntシグナルによる恒常的な活性化で、大腸がんが
発生するものと考えられている中、大腸がん細胞から抗TCF4抗体で免
疫沈降するタンパク質を質量分析で網羅的に解析し、TCF4をリン酸化
し、大腸がん細胞の転写
活性化と細胞増殖に係わ
るリン酸化酵素TCF4-K
を見出した。
このリン酸化
酵素の発現抑制で腫瘍
が退縮することを動物モ
デルで明らかにした。大
腸がんの創薬標的の有力
候補と考え、民間企業と
共同で阻 害 化 合 物を同
定した。
▲白血病幹細胞に発現するM-CSF受容体を阻害す
ることで急性白血病の治療が可能である
参考文献
◀C D 2 6 は胃原 発 の
GISTの予後を客観的
に 予 測 で きる バ イ オ
マーカーであり、陽性症
例の約半数が転移・再
発する
白血病と大腸がんの新規治療標的分子の発見
急性骨髄性白血病の分子標的治療薬の開発においては、
白血病幹細
胞特異的に発現するM-CSF受容体を標的とする治療法が動物実験で
は顕著な効果があることを明らかにした。臨床検体でもM4およびM5型
に分類される急性骨髄性白血病の多くでM-CSF受容体の発現が高いこ
とを確認した。既にM-CSF受容体に対し阻害活性のある化合物が見出
されており、実用化の可能性が高いと考えられるが、
さらにM-CSF受容
体を選択的に阻害する化合物を民間企業とともに探索し、治療薬に発展
させる計画である。
大腸がんの分子標的治療薬の開発においては、大腸がんでみられる
TCF4の異常な転写活性化と細胞増殖に係わるリン酸化酵素を新規に
見出した。大腸がんの殆どの症例でみられるc-mycなどのTCF4の標的
遺伝子の発現亢進が大腸がん細胞の異常増殖をもたらす原因と考えら
れており、
このリン酸化酵素は大腸
がんの有望な治療標的分子であ
る。
このリン酸化酵素のATP結合ド
メインに競合阻害し、酵素活性を薬
理学的に抑制する化合物を同定す
ることが可能であれば、大腸がんの
治療薬となる可能性が非常に高い
ため、民間企業と共同研究を行っ
た。現在、現在構造展開を行い、所
謂リード最適化の段階にある。
▶TCF4をリン酸化するTCF4-Kの発現
を抑制することで、
マウスに移植した大
腸がんが退縮した
Katsumoto et al.,MOZ is essential for maintenance of hematopoietic stem cells.Genes Dev.2006 May 15;20(10):1321-30.
Yamaguchi et al.,Distinct gene expression-defined classes of gastrointestinal stromal tumor.J Clin Oncol.2008 Sep 1;26(25):4100-8.
Matsubara et al.,Identification of a predictive biomarker for hematologic toxicities of gemcitabine.J Clin Oncol.2009 May 1;27(13):2261-8.
43
平成17年度
[2005年度]
ゲノム関連技術によるがんの個性の包括的把握に基づく
医薬品開発の起動と、がん診療の革新を目指す研究
21
研究期間 平成17年度∼平成21年度(予定)
研究体制
総括
吉田 輝彦[国立がんセンター]
※平成21年度における研究体制
ゲノム等解析に基づくがん創薬と個別化医療
キーワード
Keyword
Project
1
ゲノム等解析
本研究ではゲノム、
エピゲノム、
トランスクリプトーム解析を指します。
がんの悪性
度等、臨床的に重要な特性の根本的原因はゲノム・エピゲノム異常にあり、
その情
報はまずトランスクリプトームとして発現されます。
がんの分子標的治療・
診断
悪性度等の重要ながんの特性の本態であるゲノム等の異常を人がんで同定できれ
ば、
その異常を標的にした効率的で強力な治療法や、
がんに特異的な鋭敏な診断
法が開発可能であり、分子標的診断・治療法と呼びます。
がんの個別化医療
治療効果や副作用等の重要ながんの特性と相関するゲノム等の分子情報(プロ
ファイル)
を人がんで同定できれば、治療前に個々の症例に最も効果が高く、毒性
が低い治療法の選択が可能になり、個別化医療と呼びます。
研究の背景・意義
2
研究プロジェクトの目標
増加するがん死亡と革新的診療法の必要性
がんの革新的診療法のためのゲノム等解析
がんは1981年以来、我が国の死因の一位となり、
その後も高齢
化により死亡数は急速に増加しています。現在では国民の二人に
一人ががんに罹患し、三人に一人はがんのために死亡しています。
さらに重要なことに、
がんは働き盛りの年齢層における最大の死因
であり、患者さんとその家族を含め、国民の健康不安の最大の原因
となっています。
しかし残念ながら、未だに約半数のがんは治療が
困難であり、死の転帰をとっています。
また、現在の治療法には副
作用が強く、治療が患者さんの心身の大きな負担になっているもの
も少なくありません。
それらの症例の多くを確実に、かつ体に優しく、治せるようにす
るには、現在の技術を超える、新しい診断・治療法の開発が必要で
す。
そのためには、がんの根本的原因を突きとめ、
その特性、
すなわ
ち臨床的悪性度の正体(本態)
を明らかにすることから始めないと
なりません。
さらにがんはたとえば胃がんと肺がんは大きく異なるよ
うに、単一の疾患ではありません。
日本人の主要ながんを複数、対
象にした研究が必要です。本研究の意義は、現在の治療法を効果
と安全性の両面において、大きく改善させるような診断・治療法の
開発に最終的につなげることを目指し、実際のがんの臨床組織を、
生命科学の最新の技術を駆使して解析するところにあります。
ヒトが持つ遺伝子(DNA)全体をまとめてゲノムと言い、
メチル
化など、DNA分子が化学的に変化している
(修飾を受けている)部
分全体をエピゲノムと呼びます。がんは一般に、ゲノムやエピゲノ
ムの複数箇所の異常が、多段階過程を通して蓄積して発生し、
さら
に転移や浸潤等の悪性化が進むと考えられています。
ゲノムやエピ
ゲノム等の情報は、
まずメッセンジャーRNA等の「遺伝子転写産
物」
として伝達されます。遺伝子転写産物の総体をトランスクリプ
トームと呼びますが、がん細胞から、
これらのゲノム・エピゲノム・ト
ランスクリプトーム情報を取り出し、解析することが、①がんの新し
い治療法の標的となる、がん細胞の生死を決めるような重要な分
子の同定と、②個々のがんの悪性度や、特定の治療への反応性を
決定する分子情報を診断することにより、そのがんに最も有効で、
かつ安全性の高い治療法の選択法の開発につながります(これを
がんの個別化医療と呼びます)。
しかしがんは単一の疾患ではない
ため、個々の種類のがんについては、具体的にはまだまだわかって
いないことがたいへん多いのです。そこで本研究プロジェクトでは
日本人の主要ながん複数種について、ゲノム・エピゲノム・トランス
クリプトーム等の解析を行い、最終的に新しい治療と診断法の開
発につなげることを目標としています。
3
研究プロジェクトの成果
44
▲がんの本態はゲノム・エピゲノム異常にあり、
その情報はトランスクリ
プトーム等へと流れ、診断・治療の標的となります。
実用化にあたっての
今後の課題及び研究方針
胃がん術後再発を予測診断するミニチップ
双方向性トランスレーショナルリサーチへ
胃がんは未だに日本で最も多いがんですが、手術により完全治癒が期
待できます。
しかし、十分と思われる手術をしても一部の患者さんでは再
発が起きます。
そのような症例では、術後の補助化学療法が有効と考え
られますが、
どの患者さんにあらかじめ抗がん薬を処方すればよいかを正
確に見極めるために、手術時等に得られる腹腔洗浄水を用いたミニチッ
プ検査法を開発しました。
これは、
胃がんのトランスクリプトーム解析に
基づいて、腹腔洗浄水中に含まれる微量ながん細胞のメッセンジャー
RNAを検出する技術です。
臨床現場での有用性を検
証する研究が進められてい
ます。
本研究プロジェクトでは、
ここに紹介した例以外にも多くの診断・治
療の分子標的候補や、個別化医療に貢献する分子情報が得られていま
す。
これらの基礎的研究の成果が、最終的に標準医療として臨床現場
で広く使われるようになるには、
これから多くの段階が必要です。その
典型的なロードマップの概要を図に示しました。本研究プロジェクトの
今後の課題・研究方針を一言で述べると、
この図の矢印が示す過程を、
全体的に出口に向けて押し進めること、
に尽きます。
しかし実際に、基礎
研究から生み出される「シーズ(種)」がこの後の厳しい淘汰を生き残
り、医薬品や医療機器として実用化に至る確率は決して高くありませ
ん。逆に言えば、現在我々が病院で受けることができている医療は、そ
れだけ多くの、長年のシーズ探索と評価の努力に支えられてきたと言え
ます。その過程の効率を大幅に改善し、限られた研究資源を最大限活
用し、できるだけ早く、優れた医療を国民に届けることが求められてお
り、図の研究開発過程の各段階で、今までの経験に基づき、様々な工夫
や取り組み、見直しが行われています。その中で一つ明らかになってき
たことは、基礎研究から標準医療確立に至る過程が決して一本道の、
一方向だけのstop and go(forward)
ではない、
ということです。
本研究プロジェクトの今後の課題・研究方針の第一は、言うまでもな
く、今までの研究で得られた新しいシーズについて、産業界等の連携を
得て、臨床現場での検証段階に載せていくことです。
しかし本研究プロ
ジェクトの課題名にもなってはいますが、創薬を
「起動」
しただけで、後
は手放してしまうのでは実は不十分です。課題・方針の第二は、臨床開
発を進める中で出てくる様々な問題・疑問、
あるいは新たな可能性に常
に注意をはらい、
うまく行ったときも、
うまく行かなかったときも、必要に
応じてそれを基礎的研究の課題に取り戻して最先端の解析等を行い、
再度臨床開発に還していく循環型・双方向性の体勢を維持し、関与し
続けることと考えています。
さらに第三の課題・方針は、本研究プロジェクトで可能になった本態
解明と、それに基づく診断・治療の分子標的候補(シーズ)探索部分の
研究も並行して継続し、
さらに拡大することです。
冒頭にも書きましたよ
うにがんは単一の疾患ではなく、性質も非常に多彩です。従来は均一の
グループと思われていたがんも、最新のゲノム・エピゲノム・トランスク
リプトーム解析の光を当てると実は複数の亜群に分かれること、
それぞ
れの亜群に特異的な診断・治療の標的がありそうであることもわかって
きました。現在、我が国のがん臨床の現場にも続々と分子標的薬が導
入されています。抗がん薬等への応答性を予知するための分子診断も
少しずつ実用化されています。有効で安全な分子標的薬と、個別化医
療技術を、稀少がんや小児がんなど、市場原理に乗りにくいがん種も含
めて、
より多くの日本人のがんに対して持続的に開発・導入していくた
めに、本研究プロジェクトで培われたノウハウを活かし、有用であること
が示された研究の継続を実現することが課題であり、今後の方針です。
◀従来の細胞診で陰性でも胃
がん腹腔洗浄水の微量がん細
胞を検出するミニチップ検査が
陽性の場合、再発リスクが高く
なります。
肝がんのゲノム異常解析と分子標的候補
日本に多くの保因者がいるC型肝炎等を背景にして発生する肝が
んでは、現在有効な化学療法が確立していません。
アレイCGHと呼ば
れる方法で、肝がんのゲノム異常を網羅的に解析したところ、肝がん
にも実はいくつかのサブタイプが存在することがわかりました。その中
のあるタイプ(図のB2群)では、染色体17番の長腕に特徴的な増幅
領域(遺伝子のコピー数の局地的な増加)があること、そこにはS6キ
ナーゼ遺 伝 子が含ま
れていてがんで 発 現
していること、S 6 キ
ナーゼの分 子 経 路の
阻 害 薬であるラパマ
イシンが 細 胞 増 殖を
抑制できることがわか
り、新 規 治 療 標 的 候
補と考えられます。
▲図左では縦に肝がん症例が並んでおり、B2群で黄色
の丸の部分に特徴的な遺伝子増幅が認められ、分子標
的治療候補となります。
核酸医薬による薬剤耐性乳がんの治療法
乳がんは日本人女性で最も多いがんであり、高齢化の影響を調整し
た死亡率も増加しているがんです。進行乳がんでは化学療法が必要に
なりますが、抗がん薬が効かない(耐性である)がんの治療は難航しま
す。他の抗がん薬の選択肢には制限があり、新しい発想として、抗がん
薬の耐性を克服する治療法の開発に取り組みました。
トランスクリプ
トーム解析を出発点とし、耐性の原因となるRPN2遺伝子を同定、
siRNAと呼ばれる合成核酸と、独自に開発した核酸を生体内で運搬す
るデリバリーシステム
を組み合わせた核酸医
薬を開 発中です。これ
は海外でも大きく取り
上げられた成果です。
◀乳がんにおいて抗がん薬
ドセタキセルに耐性になる
原因となるRPN2遺伝子を
発見し、その抑制法を核酸
医薬として開発中です。
▲がんは高齢化に伴い、急速に死亡数を増やしています。がんには
様々な種類がありますが、平均すると約半数がまだ治せません。
4
参考文献
▲疾患の基礎研究から生み出される革新的な診断・治療法は多くの研究開発要素
を行き来しながら、最終的に標準治療となります。
Mori K, Suzuki T, Uozaki H, Nakanishi H, Ueda T, Matsuno Y, Kodera Y, Sakamoto H, Yamomoto N, Sasako M, Kaminishi M, Sasaki H. Detection of minimal gastric cancer cells in
peritoneal washings by focused microarray analysis with multiple markers: Clinical implications. Ann Surg Oncol. 14:1694-1702, 2007.
Katoh H, Ojima H, Kokubu A, Saito S, Kondo T, Kosuge T, Hosoda F, Imoto I, Inazawa J, Hirohashi S, Shibata T. Genetically distinct and clinically relevant classification of
hepatocellular carcinoma. Gastroenterology. 133:1475-1486, 2007.
Honma K, Iwao-Koizumi K, Takeshita F, Yamamoto Y, Yoshida T, Nishio K, Nagahara S, Kato K, Ochiya T. RPN2 gene confers docetaxel resistance in breast cancer. Nat Med.
14: 939-948, 2008.
45
平成17年度
[2005年度]
アルツハイマー病など神経変性疾患関連遺伝子の
機能解析と戦略的創薬・診断技術の開発
22
研究プロジェクトの成果
実用化にあたっての
今後の課題及び研究方針
治療薬候補を臨床試験、治験へ
私たちはこれまでの研究でUCH-L1作用薬を始めいくつか将来の薬の候
補を見出すことに成功しました。
これらを実用化し、患者様に実際に使用し
ていただけるようになるには、
さらに動物などを使用した非臨床研究を継続
し、有効性確認の他に安全性等も検証し、臨床試験や治験へと歩みを進め
る必要があります。医薬基盤研究の支援による本研究は平成21年度で終
了しますが、来年度以降も自己努力するとともに、特に民間企業との連携も
図りながら治験の実施に向けた開発研究を展開いたします。
また、治療薬開
発においては変性を来す神経細胞だけに限らず、
グリア細胞や血管系に対
する視点も重要です。
どのような投与方法がよいのかというドラッグデリバ
リーに関する研究にももちろん血管やグリア細胞は重要ですが、
それだけで
なく、神経細胞・グリア細胞・血管系の相互作用の協調性の乱れが発症に繋
がると考えられますので、
これらの相互作用を標的にした治療薬開発により
一層力を注ぎ込む予定です。
認知症の代表的疾患。現在認知症患者はおよそ150万人ですが、2025年にはそ
の数は300万人以上になると推計されています。高齢者10人に1人が認知症にな
る割合であり、早急な対策が求められています。
蛋白質分解系であるユビキチンシステムの構成因子の一つ、脱ユビキ
チン化酵素UCH-L1が、
アルツハイマー病にもパーキンソン病にも関わ
る重要な因子であることをモデル動物で見出しました。UCH-L1の発現
がないマウスでは記憶障害が生じます。
また、発症に関わる環境要因の
酸化ストレスが存在しますとUCH-L1は構造変化を来します。構造変化
したUCH-L1は、
もう一つ
の重要な蛋白質分解系で
あるオートファジーに影響
を与え、
その結果パーキン
ソン病原因蛋白質が貯ま
ることを見いだしました。
UCH-L1始め、蛋白質分
解など蛋白質の動態制御
に関わる因子は治療の重
要な標的であることが分
▲UCH-L1はアルツハイマー病にもパーキンソン病
かりました。
にも関わる重要な分子です。発症に到るメカニズム
蛋白質構造変化
神経変性疾患では、蛋白質が構造変化を来たすことで毒性を獲得したり、他の蛋白
質と結合し他の蛋白質の本来の作用を阻害することが発症の要因であると考えら
れています。蛋白質構造の制御は予防・治療法開発に重要です。
治療薬候補の開発が進む
コンフォメーション病
蛋白質など生体内物質の構造変化が原因で発症する神経変性疾患をコンフォ
メーション病と総称します。
この概念に基づき、神経変性疾患を個別でなく全体
として予防・治療する研究が現在精力的に行われています。
研究体制
総括
和田 圭司[国立精神・神経センター]
※平成21年度における研究体制
神経難病の予防・治療法開発で大きな進展
Project
アルツハイマー病
キーワード
Keyword
研究の背景・意義
2
研究プロジェクトの目標
神経難病の克服は社会的急務です
発症要因を解明し治療薬開発をめざします
少子高齢化を迎えた我が国では、加齢に伴う病気の予防と克
服に対して、医学的、社会的に早急な対応を取ることが求められ
ています。加 齢に伴う脳 神 経 系の病 気は近 年 増 加の一 途をた
どっています。脳神経系の病気のなかでも特に神経細胞といわれ
る脳の中の細胞が機能障害に陥り、やがて病的に死んでしまう病
気を神経変性疾患と呼びます。アルツハイマー病、パーキンソン
病などがこれに該当します。
アルツハイマー病は認知症の代表的
な病気ですが、記憶障害が主な症状です。パーキンソン病では手
足が動かしにくくなります。アルツハイマー病、パーキンソン病に
限らず神経変性疾患のいずれの病気も原因が分からないことが
多く、根本的な治療が難しいことから神経難病とも称されていま
す。また、日常生活に支障が出るだけでなく、人間の尊厳にも関
わってくる問題を生じることもあります。厚生労働省の推計では
2025年には高齢者人口は3,500万人に達するとされています。
このような緊迫した状況の中、予防と治療を目指した医学研究が
必要とされています。
神経細胞が病的に死ぬ原因ですが、私たちを含めた最近の研究
から神経細胞に存在する蛋白質が構造変化を起こし水に溶けにく
くなり、
その結果毒性を獲得したり他の蛋白質との結合力が高まっ
て他の蛋白質の本来の機能に障害が与えたりすることが主因と考
えられるようになってきました。
アルツハイマー病でもパーキンソン
病でも、
その他神経変性疾患においても、
これらの機序が共通的に
働いていると考えられています。
したがって、
これら神経変性疾患を
コンフォメーション病と呼ぶことも提唱されています。私たちは、な
ぜ蛋白質が構造変化を来すのかを明らかにするとともに、構造変
化の制御が予防・治療に繋がると考えて、構造変化を制御する方
法の開発を進めています。
また、神経細胞における蛋白質の構造変
化には神経細胞自身の問題だけでなく、脳に存在するもう一つの
重要な細胞であるグリア細胞や血管系も影響を与えます。神経細
胞とグリア細胞、血管系との協調性の乱れが発症を促進すると考
えられています。
したがいまして、発症危険因子としての遺伝的要
因、環境的要因の同定にも務めます。
の解明が進みました。
コンピューターを使用した治療薬探索法でUCH-L1の作用薬を見
出しました。他方、ユビキチンシステムに関わる物質が健忘症に有効
であることを健忘症モデルマウスの記憶学習能の解析から見出しまし
た。
さらに、蛋白質の不溶性亢進、結合性亢進を阻害する薬剤を試験
管内の実験で見出しました。
ショウジョウバエ、
マウスなどの神経変性
疾 患モデルを用いて
その有 効 性を現 在 検
証中です。また、新 規
記 憶 形 成にグルタミ
ン酸 受 容 体が重 要で
あることをマウスで見
出しました。さらにグ
ルタミン酸 受 容 体 作
用 薬のなかから記 憶
形 成を促 進する物 質
を 発 見 することに 成
▲コンピューターや実際の実験から酵素活性を高めたり、蛋白
功しました。
質の構造変化を抑制する薬剤を同定することに成功しました。
早期診断に繋がる発症危険因子を同定
大規模なゲノムスクリーニングにより、
アルツハイマー病の発症に関
わる遺伝子多型を複数見出しました。
これらの遺伝子は神経細胞の生
存や蛋白質分解に関わるものでした。
また、生活習慣と発症の関連性に
ついて研究を進めました。抗酸化ストレス作用のある物質を食事中から
減らすとUCH-L1発現のないマウスの症状が更に悪化することを見出
しました。
また、幼若期の体重増加は記憶学習能に影響を及ぼすことを
マウスで見 出しまし
た。さらに、グリア細
胞が記憶の形成に関
わることもモデルで
見出しました。
◀大規模国際共同研究に
より同定に成功したアルツ
ハイマー病発症危険因子
の1例です。早期診断の確
立に繋がる成果です。
▲2025年には65歳以上の高齢者人口は3500万人に達します。
認知症患者は300万人を越えると推測されます。病気の対策は急
務です。
46
4
発症メカニズムの解明が進む
研究期間 平成17年度∼平成21年度(予定)
1
3
参考文献
▲蛋白質の構造変化が毒性をもたらし神経細胞に悪影響を及ぼすと
考えられています。構造変化の防止が予防と治療に繋がります。
▲実用化を目指した歩みを引き続き進めます。今後は神経・グリア・
血管相互作用や環境要因の関与に着目することも重要です。
発症機序の解明と予防法の確立へ
神経変性疾患では治療法・治療薬開発だけでなく、予防法確立も重要な
課題です。
そのためには、発症機序に関する研究を今後も一層発展させ、早
期診断や予防の標的となり得る生体内分子を見出すことが肝要です。私た
ちはこれまでの研究から発症危険遺伝子多型を複数見出すことに成功して
います。現在、臨床研究を実施しており、臨床情報との対比から同定した発
症危険因子を用いた早期診断法を確立し、実用化する予定です。
また、発症
防止を実現するためには、発症に結びつく蛋白質の構造変化を早期から検
出する技術開発も必要です。私たちはこれまでの研究から得られた成果をも
とに蛋白質の構造変化を数値的に検出する技術を開発中です。
さらに、発症
に関わる環境要因を実証することも重要です。私たちはモデル動物を用いた
研究から生活習慣の重要性を見出してきていますが、今後は人の前方視的
疫学研究を実施していくことも検討中です。
また、治療効果判定の指標とな
る物質(バイオマーカー)
を見つけることも極めて重要な課題です。
これにつ
きましても
臨床研究
の実施を予
定していま
す。
▲患者数減には予防もまた重要です。臨床研究に加え、
モデルを用い
た研究やバイオマーカーの開発、早期診断技術の確立が必須です。
Kabuta, T., Setsuie, R., Mitsui, T., Kinugawa, A., Sakurai, M., Aoki, S., Uchida, K., Wada, K. Aberrant molecular properties shared by familial Parkinson's disease-associated
mutant UCH-L1 and carbonyl-modified UCH-L1. Hum. Mol. Genet., 17, 1482-1496, 2008.
Sakurai, M., Sekiguchi, M., Zushida, K., Yamada, K., Nagamine, S., Kabuta, T. Wada, K. Reduction of memory in passive avoidance l;earning, exploratory behavior and
synaptic plasticity in mice with a spontaneous deletion in the ubiquitin C-terminal hydrolase L1 gene. Eur. J. Neurosci., 27, 691-701, 2008
Fukumoto, N., Fujii, T., Combarros, O., Kamboh, M.I., Tsai, S.J., Matsushita, S., Nacmias, B., Comings, D.E., Arboleda, H., Ingelsson, M., Hyman, B.T., Akatsu, H., Grupe, A.,
Nishimura, A.L., Zatz M., Mattila, K.M., Rinne, J., Goto, Y.I., Asada, T., Nakamura, S., Kunugi, H. Sexually dimorphic effect of the Val66Met polymorphism of BDNF on
susceptibility to Alzheimer's disease: New data and meta-analysis. Am J Med Genet B Neuropsychiatr Genet. 2009 Jun 5. [Epub ahead of print]
47
平成17年度
[2005年度]
疾患ゲノムデータベースの構築と創薬基盤研究
23
研究期間 平成17年度∼平成21年度(予定)
岩井 直温[国立循環器病センター]
研究体制
総括
吉田 輝彦[国立がんセンター]
後藤 雄一[国立精神・神経センター]
安田 和基[国立国際医療センター]
松本 健治[国立成育医療センター]
※平成21年度における研究体制
創薬基盤としての疾患ゲノムデータベース
Project
SNP(一塩基多型)
キーワード
Keyword
1
3
研究プロジェクトの成果
特定の疾患への易罹患性や、薬剤応答性の個人差を規定する遺伝素因を解析す
る際、事前の仮説によらず遺伝子全体(ゲノム全域)
に渡って関連する場所を探索
する方法です。SNPをマーカーにする方法が一般的です。
トランスクリプトーム
遺伝情報は遺伝子(DNA)からメッセンジャーRNA(mRNA)に転写され、次に
mRNAが蛋白質に翻訳されます。
この他、蛋白質に翻訳されないncRNAもあり、
こ
れら遺伝子転写産物全体をトランスクリプトームと呼びます。
研究の背景・意義
2
研究プロジェクトの目標
多因子疾患の発症・進展の共通の構造
創薬等の基盤となる疾患データベース構築
明らかな遺伝性を示さない、普通の認知症等精神神経疾患、が
ん、糖尿病等代謝性疾患、高血圧等循環器疾患、喘息等アレル
ギー疾患などは、
いずれも多因子疾患、
あるいは生活習慣病と呼ば
れます。
これらは国民がかかる病気の大半を占め、
その対策は我が
国の保健行政の最大の課題となっています。多因子疾患は生活習
慣・環境要因、加齢、持って生まれた体質(遺伝子の個人差、多型)
の複雑な相互作用によって発症し、進展します(図のピンクの部
分)。
その病像・病態は、我々の体の中で、遺伝子に書き込まれた情
報が生活習慣等の影響を受けて、
まずmRNA(トランスクリプトー
ム)に転写され、さらに蛋白質(プロテオーム)に翻訳され、体の
様々な代謝系等に変化を及ぼすことで出現します。
この基本的な
構造はどの多因子疾患でも共通です(但し、がんの場合は例外的
に、病変部位での遺伝子・ゲノム異常が加わります)。
これらの疾患
に関わる生命情報の流れを捉えることは、疾患の原因究明や本態
解明において中心となる研究であり、得られた知見は、予防・診断・
治療法の開発の重要な基盤となります。疾患の深い理解無くして
は、真に革新的な予防・診断・治療法は望めないからです。
さらに、
最先端の技術を駆使して、疾患に関連する分子情報が直接得られ
ることは、分子標的予防・診断・治療法の開発につながります。
本研究プロジェクトでは我が国の健康対策の主要課題となって
いる認知症・がん・糖尿病・高血圧・喘息等の多因子疾患について、
画期的な予防・診断・治療法開発(創薬等と総称)
を支える基盤的
研究を行い、成果をデータベースとして広く研究者等に提供するこ
とが目標です。
「 臨床に学び、臨床に還す」
という考え方の下に、研
究の主体となるのは5つの国立高度医療センターを中心に集めら
れる、各疾患の臨床試料等を対象にした最先端のゲノム・トランス
クリプトーム・プロテオーム解析です。
この種の研究の原型はヒト
ゲノム配列解読の「草案」が出た2000年に立ち上げられたミレニ
アム・ゲノム・プロジェクトでした。東京大学医科学研究所等が構
築した日本人標準多型(JSNP)データベースを基に、複数の多因
子疾患の原因を明らかにするゲノム網羅的関連解析が初めて可能
になりました。薬の効果や副作用等の薬剤応答性の個人差に関わ
る多型についても研究が進みました。
このような研究は創薬の基盤
であり、個人情報等に十分な配慮をしつつ、
できるだけ詳細なデー
タを産学官の研究者等に広く提供し、後に続く応用的な、個別の研
究に活用されることが大切です。
ミレニアム・プロジェクトのデータ
発信を継承・発展させるとともに、
トランスクリプトーム・プロテ
オームデー
タを追 加し
て公開して
います。
臨床に学び、臨床に還すために
本研究プロジェクトが構築し、公開している疾患データベースは
GeMDBJ(Genome Medicine Database of Japan)
という名前で、図
に書いてあるアドレスから誰でもアクセスできます。国立精神・神経セン
ター(認知症)、国立がんセンター(がん)、国立国際医療センター(糖尿
病)、国立循環器病センター(高血圧)、国立成育医療センター(喘息)、国
立医薬品食品衛生研究所(薬剤応答性)がそれぞれの疾患等を担当し
て、
ゲノム網羅的関連解析や候補遺伝子のSNP解析情報、遺伝子発現プ
ロファイル(トランスクリプトーム)
データ、
プロテオームデータ等を共同
で解析し、公開してい
ます。
本研究プロジェクトの成果が広義の創薬に実用化される道筋を図に
示しました。各疾患に一つずつ設置されている国立高度医療センター
には、担当疾患の専門家が高度に集積しており、質の高い診療情報と
臨床試料が豊富に存在します。
これらの試料と情報から出発する研究
は、予防・診断・治療法開発の新しい標的候補の探索・スクリーニング
や、既存の候補の臨床的意義の検証、そして医療を個々人に最適化す
る方法の開発等、創薬過程の中で重要な位置を占めます。
また、
これは
基盤的すぎて民間では投資が困難な部分です。
創薬過程は産学官がそれぞれの強味を活かした分担が極めて重要
であり、本研究プロジェクトにおいて、実用化のための最も大きな課題
は、後に続く個別な、
より応用的な研究の要請に十分応えられる種類と
量のデータを、想定される様々な使い方に対してできるだけ利用しやす
い環境でデータを提供することと考えます。
そしてその大前提として何よりも重要なことは、
データベースから提
供するデータの品質管理と信頼性です。進歩を続ける最先端のオミッ
クス解析技術の特長と弱点を知悉し、正確なデータを安定して産出す
る地 道な努力を
継 続できる体 制
の確保が必須で
あり、今 後 の 方
針としても、引き
続き最優先事項
の 一つと考えて
います。
◀GeMDBJは、
5多因子
疾患の臨床試料に関す
るゲノム・トランスクリプ
トーム・プロテオーム情
報を一元的に発信してい
ます。
日本人2型糖尿病の遺伝素因の解明
JSNPを用いたゲノム網羅的関連解析により、
日本人2型糖尿病(最
も多い成人型糖尿病)
の遺伝素因を明らかにしました。新しく見つけた
KCNQ1は、電位依存性カリウムチャンネルを構成する蛋白質の遺伝子
で、
そのSNPがインスリン分泌低下に影響することも突きとめました。
こ
のSNPは、民族を超えて2型糖尿病と関連しましたが、
その頻度の違い
により、過去の白人の研究では見つかりませんでした。多因子疾患の各遺
伝要因が、人種により関与の程度が異なる良い例であり、
日本人・東アジ
ア人を扱った研究の必要
性と、予防・診断・治療法
の国際共同開発を進めて
いく重要性が示されまし
た。
▶日本人2型糖尿病の遺伝
素因をゲノム網羅的に探索
し、
白人では見逃されたが重
要なKCNQ1遺伝子多型の
関与を見出しました。
手術検体等プロテオーム解析データベース
疾患の発生・進展や薬剤応答等の重要な現象を捉えるに当たって、
ゲ
ノム・トランスクリプトームの解析だけではわからないことも多く、蛋白質
を網羅的に、
すなわちプロテオームとして、解析する研究の必要性が急
速に高まっています。
プロテオームは実用的なバイオマーカー探索に直
結するという点でも重要です。蛍光二次元電気泳動システムおよび超高
感度タンパク質同定システム等を確立、詳細なプロトコールとして発表
し、切望されていた、定量情報・蛋白質同定情報の豊富なプロテオーム
データベースを構築し
ました。がんを中心に、
臨床試料等の解析情報
を発信しています。
◀がん等の摘出組織から
適切な部分を顕微鏡下で
レーザーで切り出し、再現
性・定量性を高めたプロテ
オーム解析にかけます。
参考文献
▲多因子疾患(生活習慣病)は遺伝子の個人差(多型)
と生活習慣
等を原因とし、RNAや蛋白質の変化を通して発症・進展します。
48
▲5つの国立高度医療センターが連携し、臨床試料等のゲノム
等解析を拠点で実施し、単一のデータベースとして発信します。
実用化にあたっての
今後の課題及び研究方針
疾患ゲノムデータベースGeMDBJ
ヒトの遺伝子の構造には個人差があり、多型と呼びます。多型の中で最も数が多
く、遺伝子全体(ゲノム全域)
に分布している多型が、一塩基だけの違いであるSNP
(Single Nucleotide Polymorphism)
です。
ゲノム網羅的
関連解析
4
▲本プロジェクトが構築する疾患データベースが基盤情報と
して活用され、創薬に向けての個別研究開発が推進されます。
2種類のデータベース、
2種類の統合
データベースが達成すべき課題・構築方針としては上記の、①最終的
な目的(創薬)
のために有用で、②使いやすいこと、③データの質が高いこ
とに加え、④データベース活用による新しい知識の発見を可能にするこ
と、⑤データベースが安定して維持されること、
があります。
このうち②と
④のためにはデータベース統合が必要です。
しかしここで注意すべきは
第一に、
データ駆動型研究が重要である生命科学領域においてデータ
ベース構築は、研究そのものと密接に関係していること、第二に、文献等
を除く、生命科学の観察対象に関わるデータベースは基本的に2種類あ
り、
それぞれ統合の持つ意味が異なることです。一つは、各種生物のゲノ
ム配列や遺伝子のカタログ等、分子視点のデータベースで、
これらは百
科事典型・レファレンス型であるため、
中央集権型統合が適します。
それ
に対しもう一つは表現型視点のデータベースで、疾患や薬剤応答等に関
心があって作られたGeMDBJはこちらに当てはまります。疾患研究では
表現型の定義・分類そのものが研究であり、臨床情報は分子情報よりも
はるか に 複 雑 です 。
従って表 現 型 視 点の
データベース群の中央
集権型統合は本来の
研究を阻害しかねませ
ん。連邦型の統合を目
指 す べ きと 考 え 、
GeMDBJに関する統
合の基本方針としてい
▲生命科学系データベースの内、表現型視点の医学研 ます。
究系データベースは疾患研究の進化と直結しており、連
邦型統合が必要です。
Yoshida T, Yoshimura K. Outline of disease gene hunting approaches in the Millennium Genome Project of Japan. Proc Japan Acad. 79:34-50, 2003.
Yasuda K, Miyake K, Horikawa Y, Hara K, Osawa H, Furuta H, Hirota Y, Mori H, Jonsson A, Sato Y, Yamagata K, Hinokio Y, Wang HY, Tanahashi T, Nakamura N, Oka Y, Iwasaki
N, Iwamoto Y, Yamada Y, Seino Y, Maegawa H, Kashiwagi A, Takeda J, Maeda E, Shin HD, Cho YM, Park KS, Lee HK, Ng MC, Ma RC, So WY, Chan JC, Lyssenko V, Tuomi T,
Nilsson P, Groop L, Kamatani N, Sekine A, Nakamura Y, Yamamoto K, Yoshida T, Tokunaga K, Itakura M, Makino H, Nanjo K, Kadowaki T, Kasuga M. Variants in KCNQ1 are
associated with susceptibility to type 2 diabetes mellitus. Nat Gen. 40:1092-1097, 2008.
近藤格. GeMDBJ Proteomics. 細胞工学別冊. 秀潤社. pp.46-50, 2009.
49
保健医療分野における
基礎研究推進事業
業務の流れ
国
厚生労働省
❶運営費交付金
❷
❹
医薬基盤研究所
公
募
❸
応
実
施
募
プ
ロ
ジ
ェ
クト
❺
決
定
研
究
契
約
❻
締
研
結
究
費
の
交
付
❼
❽
評
基礎的研究
評価委員会
報
告
価
研究プロジェクト
総括研究代表者
研究代表者
研究者
研究代表者
研究者
研究者
研究機関 A
研究機関 B
発表
主催
50
研究者
成果の普及のための
セミナー・シンポジウム
Fly UP