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セクロスのできるVRMMO ∼新作ゲームをテストプ

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セクロスのできるVRMMO ∼新作ゲームをテストプ
セクロスのできるVRMMO ∼新作ゲームをテストプ
レイしたが色々とおかしい
curuss
タテ書き小説ネット Byヒナプロジェクト
http://pdfnovels.net/
注意事項
このPDFファイルは﹁小説家になろう﹂で掲載中の小説を﹁タ
テ書き小説ネット﹂のシステムが自動的にPDF化させたものです。
この小説の著作権は小説の作者にあります。そのため、作者また
は﹁小説家になろう﹂および﹁タテ書き小説ネット﹂を運営するヒ
ナプロジェクトに無断でこのPDFファイル及び小説を、引用の範
囲を超える形で転載、改変、再配布、販売することを一切禁止致し
ます。小説の紹介や個人用途での印刷および保存はご自由にどうぞ。
︻小説タイトル︼
セクロスのできるVRMMO ∼新作ゲームをテストプレイした
が色々とおかしい
︻Nコード︼
N4896BU
︻作者名︼
curuss
︻あらすじ︼
新型ベースアバター対応VRMMO開発決定!
この一報は当初、たいして注目を浴びなかった。そう、言葉に隠
された真の意味が理解されるまでは⋮⋮
﹁合体!? それは生殖活動的な意味でか?﹂
﹁できるわけが無い! これは悪質な釣りだ!﹂
﹁⋮⋮いや、調査結果は一つの事実だけを指し示している﹂
1
﹁ああ⋮⋮この運営⋮⋮覚悟完了してやがる﹂
﹁セクロスのできるVRMMO⋮⋮全力でいくぞ!﹂
いま漢たちの熱い戦いがはじまる!
※ R指定は運営さんに怒られたら付けます。
※ 続編はじめました! タイトルの上にある﹃セクロスのでき
るVRMMO﹄をクリックでシリーズのページへいけます。
2
とある掲示板で⋮⋮
001:新型ベースアバター対応VRMMO開発決定! いままで
のVRMMOとは違い、一線を越えられる生身のリアル! R20
で可能となる真の自由! 温もりをわかちあう仲間との出会い! 開発好調! 請うご期待! hppt://www.xxxxxx
xxx.jp
002:このメーカー馬鹿ww ﹁一線を越えられる﹂だってよ!
﹁超えた﹂だろww
003:2get
004:>>2 ﹁越﹂であってる。お前が馬鹿。
005:この場合は﹁画する﹂が正解。よって、お前ら全員馬鹿。
006:もう新しいのいいよ。MMO飽きた。
008:>>6 廃人さんちぃーす。休憩中っすかぁ?ww
011:でも新型だと血がドバドバとかいけるんだろ? 少し興味
ある。
020:>>11 おまわりさんこっちです。
023:>>11 新型なら中身まであるはず。
027:MMOに内臓とか無駄ww
039:>>2 新型だろ? 間違ってないぞ。一線を越えれたは
ず。
046:>>39 kwsk
048:新型は合体できる仕様だぞ?
049:>>48 kwsk
050:>>48 kwsk
051:>>48 kwsk
052:ぐぐってきた。合体ってセクロスかよww ねえよww
054:温もりってそういう意味かよww
3
062:54の中⋮⋮暖かいなりぃ
072:⋮⋮マジで?
074:54なら俺の横で寝てるよ? 起こす?
077:>>74 ちげぇよ! いや、セクロスとかねーだろjk
084:だよな。どこだかの格闘VRゲーが問題になったよな?
091:>>84 問題って?
098:>>91 テスター同士がセクロスしたのがばれたらしい。
105:テスターがセクロスしたのがなんで?
112:>>VRでしたからに決まってんだろ! 半年romれ!
119:⋮⋮なん⋮⋮だと?
・
・
・
4
エントリー ︵旧1∼5︶
セクロスのできるVRMMOの話を知っているか?
何を言っているのか理解できない?
解かった。誰にでも解かるように説明する。
VRというのは⋮⋮誰でも知っているヴァーチャルリアリティ、
仮想現実の略語だ。いまやどこのご家庭にもVRマシーンはあるだ
ろうから、説明不要だと思う。
MMOというのはマッシブリーマルチプレイヤーオンラインの略
語で、日本語にすると大規模多人数同時参加型オンラインなのだが
⋮⋮有名な作品で言えば﹃最終幻想VRオンライン﹄などがMMO
だ。
作品ごとのテーマに沿った世界で、一人の登場人物となって楽し
むゲーム⋮⋮これで説明できていると思う。
例えば﹃最終幻想VRオンライン﹄であれば中世風ファンタジー
世界がテーマで、プレイヤーは戦士や魔法使い、人によっては職人
や商売人などを演じて楽しむ。そして、プレイヤー同士が一緒に冒
険する仲間だったり、お店とお客の関係だったり、何らかの競争相
手だったりするのだ。
﹁そんなことが楽しいのか?﹂なんて聞かれたら困るのだが⋮⋮
俺は楽しいし、人気ジャンルにもなっている。
これで説明はできたと思うので、話を本題に戻そう。
セクロスについて説明していない?
残念だが、俺は十七歳の男子高校生だ。可愛い女の子に﹃セクロ
ス=SEX、性交﹄と説明させるのは楽しいだろうし⋮⋮俺だって、
相手が女の子だったら絶対に説明を要求する。じっくりと説明を要
求する。
だが、俺は男だ。
5
VRマシーンの生みだす仮想世界でセクロスができるか?
答えは可能だ。VRマシーンの基本的な原理を考えれば良い。
恐ろしく簡単に言えば、VRマシーンとは脳に直接情報を与える
装置だ。仮想世界の情報を脳に与えるから、仮想世界を認識できる。
こんな風に言うと難しい理屈に感じるが⋮⋮実はそうでもない。
現実世界と全く同じ仕組みだ。
例えば食事をした場合、身体の受けた刺激︱︱味覚や食感など︱
︱は脳へ伝えられる。これが認識や体験と呼ばれる現象だ。
では、仮想世界で食事をしたとしよう。VRマシーンは脳へ直接
刺激を伝える。この場合は味覚や食感などだ。
脳が受け取る情報が同じなら、同じ体験といえる。
精巧に作られた仮想現実なら完全に同じといえるし、見分けるこ
とは非常に難しい。きちんと運用すれば、仮想現実はもう一つの現
実となる。
ゆえにセクロスも可能だ。
この説明だと単純過ぎるし、脳自体からのフィードバック応用な
ども重要になるが⋮⋮基本的にはこの理解で十分だろう。
それでも仮想世界でのセクロスなんて聞いたことが無い?
それも正しい情報ではある。VRマシーンでセクロスが可能にな
ったのはつい最近になってからだ。
いままではベースになるアバター︱︱仮想世界での身体のことだ
︱︱の方が貧弱だった。無かっただろう? ⋮⋮色々と。
必要な器官全てを具えた新型ベースアバターが、一般向けに売り
出されたのが最近のことだし⋮⋮それを利用したVRサービスも数
える程しか発表されていない。
新型ベースアバター専用のVRMMO⋮⋮通称﹃セクロスのでき
るVRMMO﹄も正式サービスは開始していない。
ようやく、今日からオープンβテストが始まる段階だ。
6
一般的にゲームの開発はαテスト、クローズドβテスト、オープ
ンβテスト、正式サービス開始の手順を採る。
αテストとは開発者によるチェックであり、クローズドβテスト
とは関係者によるテストプレイだ。これらは開発会社に強いコネで
も無ければ、まず参加できない。
オープンβテストからは抽選でプレイヤーを選ぶので、一般人に
も参加が可能ではあるが⋮⋮運の要素が強くなる。﹃セクロスので
きるVRMMO﹄オープンβテスト抽選倍率は、数千倍との下馬評
だった。
そもそも法的にグレーゾーンぎりぎりなVRMMOだ。
正式サービス開始すら危ぶまれ、後発メーカーの参入も疑問視さ
れている状態である。このオープンβテストは最初で最後のチャン
スなのかもしれないのだ。競争倍率がどこまで高くなったのか想像
もつかない。
法的にグレーな理由が解からない?
セクロス可能なVRMMO⋮⋮これが規制されない訳が無い。
セクロス可能なベースアバターの所持とセクロスも可能なVRM
MO運営が違法でないことを建前に、運営はごり押しする気らしい。
しかし、違法じゃなくて当たり前だ。
新型ベースアバターが開発されてまだ半年も経っていない。法整
備が追いついている方がおかしいと言うものだ。
さらには未成年者の遊戯を禁止、NPC︱︱コンピューターが管
理、動かす登場人物のことだ︱︱とのセクロスを不可能として予防
線も張られている。
成人同士がセクロス︱︱それがVRセクロスでも︱︱したとして
も、それは本人同士の問題であり、運営が関与することではないと
言う理屈だ。
NPCとのセクロスを不可能にしたのは⋮⋮ある種の性的サービ
スの供与に見なされる可能性があるかららしい。確かに将来的には
その様な業種も生まれるだろうが、MMOという開かれた場では問
7
題がありすぎる。
もちろん、こんな理屈を世間は認めないだろう。運営もプレイヤ
ーも規制が入るまでが勝負だ。
そして短期決戦でプレイヤーが最も有利になる方法はオープンβ
テストプレイヤーになることである。
俺が﹃セクロスのできるVRMMO﹄のオープンβテストプレイ
ヤーになるまでは、多くの困難があった。
まず年齢が問題だ。まだ俺は十七歳だし、﹃セクロスのできるV
RMMO﹄は未成年者遊戯禁止のゲームである。
これは比較的簡単に⋮⋮と言うより、唯一の方法でクリアするこ
とにした。
名義借りだ。
兄貴の名義を借りることにした。もちろん、無断ではない。
十七年間で積み重なった貸しを帳消しにする条件を皮切りに、脅
迫と取引も併用する。
当選したら兄貴にもアカウント利用を認める条件で、最終的に折
り合いが付いた。
名義借りに脅迫、詐欺⋮⋮完全に犯罪であるが仕方が無い。
MMOは戦争なのだ!
次の問題は新型ベースアバターの購入となる。
学生の俺にとっては高い買い物になるが⋮⋮結局、ベースアバタ
ーというのは単なるデータでしかない。色々と原材料などが必要と
なる物理的な商品に比べれば、値段は高が知れている。貯金を切り
崩せば買えないこともない。
だが、これは別の問題ともリンクしているので後回しにした。
最後の⋮⋮そして最大の問題が推定倍率数千倍という抽選である。
これに有効な対策は無い。唯一の対策は当選確率が高くなるよう
に複数口の応募だが、不正対策はされていた。
8
同名での複数応募は失格とする。
ログインは本人確認および成人認証済みの新型ベースアバターに
限定する。
これが発表された対策だった。
ベースアバターの本人確認および成人認証というのは、ベースア
バター屋で追加してもらうオプションのことだ。間違いなく本人で
あることと、年齢︱︱この場合は成人であるとデータに記載しても
らえばいい。
匿名を禁止していたり、年齢制限のあるVRサービスでは普通に
要求される条件ではある。もちろん、ベースアバター屋では何かし
らの身分証明書の提示をしなくてはならない。
これで名義を借りたり、偽名で応募して当選しても、結局は条件
を満たすベースアバターの用意ができないので無意味だ。
個人でベースアバター作成用のスキャンシステムを持っていたり、
ベースアバター屋に無理を言える人間はごく少数だから、ほぼ完璧
な対策と言えるだろう。
だが、この問題を解決する秘策は思いついていた。
﹁えっーと⋮⋮山田⋮⋮すいません、お客様⋮⋮お名前はなんとお
読みすれば良いので?﹂
繁華街のアバター屋の兄ちゃんが俺に尋ねてくる。
わざわざ繁華街まで出向いたのは、俺と面識の無いベースアバタ
さばずし
ー屋で作りたかったからだ。
﹁三八四四です。山田三八四四﹂
改名したばかりの兄貴の名前を答えた。
ここで俺が閃いた秘策を説明しよう。
まず応募用のマクロ︵単純作業を繰り返すプログラム︶を組む。
一万口分、機械的に0001から9999と名前だけ変更して、自
動的に応募要項を記入してくれる。
9
ここでネックだったのが、アラビア数字の名前を役所は受け付け
てくれないことだ。アラビア数字ではなく漢数字での入力が、マク
ロを作る上で一番苦労した点と言える。
山田零零零一から山田九九九九までの九千九百九十九通りの名前
さばずし
しっくはっく
で応募したのだが、当選したのは山田三八四四と山田四九八九だけ
だった。
自分の兄の名前である。三八四四と四九八九からの二択であれば、
三八四四を選ぶのが兄弟の情だ。
ここで賢明な方は通称﹃キラキラネーム法﹄を思い出しただろう。
成人した者が一回に限り、非常に簡単な審査で改名できるあの法律
だ。
当選メールが届くと同時に、予め用意しておいた書類一式を持っ
て役所へ直行。兄貴本人を装いつつ、名前を三八四四に改名。その
まま新しい名前での身分証明書を発行してもらえば仕込みは終了だ。
全てが終わったら家庭裁判所に赴いて、通常の改名手続きで戻さ
ねばならないが⋮⋮﹁﹃キラキラネーム法﹄でふざけた名前に改名
して死ぬほど後悔しています。元の名前に戻させて下さい﹂という
ゴホン!
理由ならまず通る。最近多い事案らしいし問題ない。
懸かっているのはセクロ⋮⋮MMOのβテスターの座である。
非情にならねばMMOで真の勝者には成れはしないのだ!
10
アバター
ここまでの苦労を振り返ると達成感に浸ってしまいそうになるが
⋮⋮そんな余裕などない。ここまでは前哨戦であり、真の戦いはま
だ始まってすらいないのだ。
オープンβテストが開始されるのは本日の正午ちょうど。
それまでにキャラクターメイキングを済ましておかねばならない
が、正午までそんなに時間は残っていない。
とにかく、まずはキャラクターメイキングだ。
最初にアバターの変更を試みる⋮⋮が、想定外のアクシデントが
発生した。
基本的にベースアバターは生身と全く同じ性能と外見のものだ。
同じでなければ色々な感覚にズレが発生しやすくなり、逆に困って
しまう。
そこで外見の変更などはベースアバターを元にゲーム内で加工し、
ゲーム用として新しく作成する。
現実には存在しないエルフやドワーフだとかの異種族になるのは
もちろん、単純に背を高くしたり、体格を良くしたり⋮⋮顔を変更
したりも可能だ。
しかし、﹃セクロスのできるVRMMO﹄ではアバターの変更可
能範囲が極端に狭い⋮⋮と言うより、ほぼ変更不能だった。
わずかに身長と身体のボリュームの増減が可能なだけ。あとは髪
や瞳、肌の色の変更程度だ。
ファンタジーゲームの魅力の一つである種族も少ない。
﹃人間﹄﹃エルフ﹄﹃獣人﹄の三種族だけだった。
たった二つの異種族もいまいち感が拭えない。
エルフは背を低めに、体格も華奢に調整されるものの微妙な程度
で、一番の特徴である長い耳も控えめだ。
11
はっきり言って、エルフのコスプレをしている人間にしか思えな
い。
獣人はもっとコスプレ感が強い。獣耳が頭についているが、人間
の耳も残ったままだ。外見も獣の要素が追加⋮⋮例えば猫科系獣人
であればツリ目気味に変更などもない。
どう見ても﹁獣耳と尻尾アクセサリーをつけてみました!﹂とい
う感じがする。
アバター変更画面をよく見てみれば、画面の下の方に小さく﹃過
度のアバター変更は不具合が発生した為、控えめになっております﹄
と注意書きがあった。
まだオープンβであるし、新型ベースアバターの運用は初となる。
アバター変更に関しては、これから先のアップデートに期待するし
かないだろう。
ゲフンゲフン
種族選択はすぐに決まった⋮⋮と言うより、選択の余地など無い。
俺は身長こそ平均的なものの、貧じゃ⋮⋮⋮⋮やや、痩せ型のタ
イプだ。小柄に調整されるエルフでは厳しい戦いになる。
獣人はもっとありえない。獣耳と尻尾をつけたコスプレ男⋮⋮そ
んな奇天烈な外見が許されるのは選ばれし者だけだ。
普通のVRMMOであれば野生的な顔つきと体格に変更したり、
少女漫画の登場人物の様な美形男子にすることで折り合いがつけれ
る。だが、今回は見送るしかないだろう。
消去法で人間を選択するしかなかった。
次に限界まで身長を伸ばし、身体のボリュームを増加させる。
身長を伸ばしたのは当然だ。俺は不細工とは思っていないが、可
ゴホン!
愛い系の男子ではない。ターゲットより背が低いのは戦いに影響が
⋮⋮もちろん、戦闘の有利不利についてだ。
身体のボリューム増加することで痩せ気味程度まで修正できた。
理想は平均的体格だが、これで我慢するしかない。なんだかんだ
で女は自分より痩せている男が嫌いらし⋮⋮戦闘においてウェイト
12
の差は絶対的であるから、少しでも重いほうが良いのだ!
最後に髪と瞳、肌の変更だが、大まかに言って二つの作戦がある。
日焼け男作戦と金髪碧眼作戦である。
ゲフンゲフン
少しやり過ぎぐらいに日焼け、気持ち悪くない範囲でマッチョ、
これで眩しいくらいに歯が白ければ、多少不細工でも女に⋮⋮⋮⋮
戦闘での汎用性が高いそうだ。
これが日焼け男作戦であるが⋮⋮今回は断念するしかない。
ゲフンゲフン
金髪碧眼作戦は理解しやすいと思う。なんだかんだで女は王子さ
まが⋮⋮⋮⋮中世ヨーロッパ風の世界観にマッチするからである。
今回はこちらを選択がベターだろう。
残る問題は肌の色だ。白か肌色のどちらか、もしくはその中間が
無難に思える。
赤だの青だのの奇抜な色はマッチしたときの破壊力は期待できる
が⋮⋮失敗した時に取り返しがつかない。
ゴホン!
結局、肌色を僅かに白くした調整に決めた。
完全に日本人顔で白い肌は残念な⋮⋮やや、違和感を覚えたから
だ。
しかし、やはり顔の調整ができないのが痛い。
俺は顔の調整が上手いほうではないが⋮⋮抜け道というか、裏技
がある。
自分のセンスなどに頼らず、整形外科のHPに空見積もりを出せ
ば良いのだ。
プロが綺麗に修正した自分の顔写真が手に入るし、どこをどのよ
ゲフンゲフン
うに変更したのかも懇切丁寧に教えてくれる。それを参考にアバタ
ーを弄ればいい。
どのみち、結局、女はイケ⋮⋮⋮⋮ネット上に自分の素顔を公開
するのは危険なので、多少は変更しておくのが当たり前だからだ。
13
キャラクターメイキング ︱︱クラス
アバターには不満足ではあるが納得することにして、キャラクタ
ーメイキングを続ける。
珍しいことに﹃セクロスのできるVRMMO﹄はクラス制システ
ムをベースに、少しスキル選択を追加したものだった。
最近ではスキル制システムが主流だから、やや古臭いとも言える。
クラスと言うのは言わば職業とでも言うべきもので、戦士だとか
魔法使い、僧侶などの用意されたものを選ぶ方法だ。選ぶだけでそ
のクラスに最低限必要なことは、全部できるようになる。
スキルと言うのはプレイヤーが行動可能な技術とでも言うべきも
ので、剣術や魔法、体術などと個別に分かれている。
スキル制システムではプレイヤーの任意にスキルを選択、獲得す
るのが普通だ。制限の許す範囲でプレイヤーは自由に、自分が思う
ままにキャラクターを作れるので人気がある。自由度が高い分、ゲ
ームについての全般的な知識が必要なのがネックとなるが。
クラス制システムは自由度が低めになるが⋮⋮プレイヤーは最初
にクラスを選択して、ボーナスポイントを能力値に割り振ればキャ
ラメイクが終了なので簡単だ。
ゴホン!
この運営は解かってる。参加するプレイヤーは誰一人として真剣
なゲーム攻略を考えてなど⋮⋮初心者にも解かり易い、間口の広い
システムは好感が持てる。
用意されていたクラスは﹃戦士﹄﹃魔法使い﹄﹃僧侶﹄﹃盗賊﹄
の全部で四種類だった。
﹃戦士﹄は武器を使った接近戦が得意なクラスだろう。
﹃魔法使い﹄は魔法を使えるはずだ。反面、接近戦などは苦手な
ことが多い。ただ、VRMMOでの魔法はリアルで派手なものにな
14
る。現実では絶対に使えないこともあり、人気が高くなりそうなク
ラスだ。
﹃僧侶﹄も魔法を使えるが、主に回復魔法なことが多い。接近戦
も得意ではないだろうが、﹃魔法使い﹄ほど苦手ではないだろう。
﹃盗賊﹄は接近戦は苦手ではない程度か、﹃戦士﹄より軽い武器
や技に頼るスタイルであることが多い。魔法は使えないパターンの
方が多く見受けられる。﹃戦士﹄より不利な分、戦闘能力に直結し
ない特技か何かがあるはずだ。
事前情報が無いのでイメージや一般的なパターンによる想像にな
るが、これで判断するしかない。
先ほどの説明の時に出てきたが、能力値というのはキャラクター
の特徴とか個性とでも言うべきものだ。
﹃セクロスのできるVRMMO﹄で用意されている能力値は﹃腕
力﹄﹃器用度﹄﹃体力﹄﹃知力﹄﹃魔力﹄﹃魅力﹄の六つ。
この六種類の能力値は非常に一般的と言える。そして、一般的な
ゴホン!
種類に絞ったのは評価したいところだ。オリジナリティのある能力
値を導入して、ゲーム性や世界観を高めることなど誰も⋮⋮王道の
踏襲は無策ではなく、賢明な判断だろう。
各能力値は数値化して表現されるのが一般的だ。
﹃腕力﹄を例にとれば、数値が高ければ重たい物でも軽々と持ち
運べ、低ければちょっとした軽い物を持ち上げることすら出来ない
などとなる。
注意しておきたいのが擬似能力値についてだ。
﹃腕力﹄などはゲーム内で実際に動作をするときに反映されるの
で、擬似的ではない。
しかし、﹃知力﹄などは擬似能力値に分類される。
仮に﹃知力﹄を限界ぎりぎりまで低くしても、プレイヤーは馬鹿
になるわけではない。脳に馬鹿になる刺激を与えることは不可能で
はないだろうが、危険すぎる。
15
逆に最高値にしたとしても、プレイヤーは賢くなれない。人を賢
くする刺激なんて、発見されたらノーベル賞ものだ。
つまり﹃知力﹄が高くても、ゲーム内で﹃知力﹄が関係すると設
定されている動作の結果が、変化するだけでしかない。
﹃知力﹄が高いキャラクターがゲーム内で調べる動作をしたから、
結果として情報を得られるなどと処理される。
ようするに権利とでも言うべきもので、能力と言っても擬似的だ。
さらに﹃魔力﹄や﹃魅力﹄なども擬似能力値で、精神系能力値・
スキルとも分類される。
精神系スキルだと﹃威圧﹄などが定番だ。これは文字通り相手を
威圧するスキルだが、実際に相手を威圧するわけではない。
プレイヤーは﹃威圧﹄スキルの使用を宣言するだけだし、相手も
威圧されたかどうかをゲーム的に判定されるだけ。実際に威圧的な
態度や行動をとる必要は無いし、相手が実際に怯えるかどうかも関
係ない。
VRマシーンといえども知能や精神の動きまでは弄くれない以上、
結果の変化で再現するしかないからだ。
ゲフンゲフン
ここまで説明すればピンとくる方も居るだろうが、﹃魅力﹄を高
く設定してもイケメ⋮⋮⋮⋮魅力のある人間にはなれない。
一見、﹃セクロスのできるVRMMO﹄において最も重要な能力
値に思えるが、実際は無益な能力になるだろう。
キャラクターが魅力的だから発生する結果はプレイヤー相手では
再現しづらいし、NPC相手に有利になってもなんの意味もない。
クラス選択は﹃戦士﹄と﹃魔法使い﹄で悩んだが、﹃戦士﹄にす
ることにした。
MMOで遊んだこと無い人には解からないだろうが、戦闘能力の
高さは他のプレイヤーとの交渉に大きく影響する。
なぜなら、ほとんどのMMOでプレイヤーに対する戦闘行為が認
められているからだ。
16
ゲフン
そして、単純な戦闘能力で言えば、﹃戦士﹄か﹃魔法使い﹄が強
いのが一般的である。
ゲフン
相手との交渉で有利に立ちやすく、最後の手段として無理や⋮⋮
⋮⋮MMOでは他のプレイヤーと関わり合うのが本筋だからだ。
﹃魔法使い﹄はかなり魅力的ではあった。
攻撃魔法という武力もさることながら、搦め手の魔法も存在する
ゲフンゲフン
はずだ。特に定番の魔法である﹃魅了﹄﹃催眠﹄﹃麻痺﹄などは絶
対にあるだろう!
この魔法があれば煩わしい交渉を吹っ飛ばしてセクロ⋮⋮⋮⋮搦
め手と言う直接戦闘以外の手札が選べるのは有利だからだ。
しかし、これらは精神系スキル︵魔法︶であるから、字面ほどの
結果にはならない予想ができるし⋮⋮俺の目的に合うものが無かっ
たり、習得が難しい可能性もある。
さらに﹃知力﹄に﹃魔力﹄という擬似能力値を高くしなければな
らないのもネックだ。
仮想空間でも疲れを再現することは可能だ。
聞いた話なのだが、一戦々々でかなり体力を使うらしい。連戦と
もなれば高い体力が無ければ挑むことすら適わないそうだ。どれく
らい﹃体力﹄を高くすれば良いのか解からないが、可能な限り高く
しておきたい。
⋮⋮もちろん、戦闘行為の話だ。
そして﹃器用度﹄も高くしておきたい。
この能力値は文字通り器用さを表すものだが、身体を動かす動作
全般にかかわることが多い。解かり易い言葉で言い換えると、運動
神経が一番しっくり来ると思う。
そして、高い場合にはシステムアシストがつく。
システムアシストと言うのは、運動音痴な奴でも華麗な動きを可
能にしてくれるものだ。しかし、プレイヤー自身に明確なイメージ
がないと上手く機能しないことがある。
それでもゲーム内で反復練習すればいつかはイメージできるから
17
問題は少ないし、俺はイメージトレーニングは毎日練習しているか
ら自信がある。
⋮⋮もちろん、戦闘のイメージトレーニングのことだ。
﹃器用度﹄﹃体力﹄﹃知力﹄﹃魔力﹄の四つ全てを高くすること
はできなかった。
しかし、戦士であれば高いことが望ましい能力は﹃腕力﹄﹃器用
度﹄﹃体力﹄の三つだろう。
三つ全てを高くすることはできないが⋮⋮﹃知力﹄﹃魔力﹄﹃魅
力﹄を最低値にすれば、﹃腕力﹄﹃器用度﹄﹃体力﹄から二つを初
期最高値にして残り一つを及第点とできる。
18
キャラクターメイキング ︱︱スキル
もう一つの決め手になった理由が﹃戦士﹄が初期に選択できるス
キルだ。
スキルはいわゆる生産系スキル︱︱武器製作や防具製作、料理、
裁縫など。MMOではアイテムもプレイヤーが作るのが普通だ︱︱
と定番のスキル︱︱危険感知や暗視など︱︱の全クラスで選べるス
キルが揃っている。
他にクラス専用スキルというのがあった。クラス専用スキルの選
び方で、同じクラスでの差別化を計る狙いだろう。
そして﹃戦士﹄にはMMOでは非常に珍しいスキル、﹃防具破壊﹄
というのが存在したのだ!
これがどれくらい珍しいスキルであるかと言うと、一般的なMM
Oでの有益なアイテムを考えてみれば理解できる。
有益なアイテムのほとんどが数十時間のプレイの果てに入手でき
るものだ。物によっては数百時間のプレイと幸運に恵まれなければ
手に入らないことすらある。
ここで有益な鎧と言うのを想像してみよう。
それは少なくとも二桁のプレイ時間の果てに入手したものだ。そ
の苦労の結晶とでも言うべきものがプレイヤーからの一撃⋮⋮もし
くは数回の攻撃で破壊されてはたまったものではない。
下手したらプレイヤーが引退︱︱MMOではゲームを永久に止め
る事を引退と表現する︱︱してもおかしくないはずだ。
MMOの運営会社は営利企業である。顧客が減りやすい要素は敬
遠するので、プレイヤーの持つアイテムは破壊できない設定が一般
的だ。
このことからも﹃セクロスのできるVRMMO﹄デザイナーの理
解の深さがうかがえる。
19
ゲフンゲフン
防具破壊が可能であると言うことは、プレイヤーはプレイヤーの
服を破くことが⋮⋮⋮⋮新しい試みをする運営を称えておこう。
さらに全クラスが選べるスキルから﹃調薬﹄を選択する。
﹃調薬﹄というのはファンタジーMMOでは非常にメジャーなも
ので、薬草などの材料を集めて回復アイテムなどを調合するスキル
だ。
材料の入手難度や手間、回復アイテム自体の入手難度で必須スキ
ルであったり、死にスキル︱︱役に立たないという意味だ︱︱だっ
たりするのが悩ましい。
しかし、どこまで役に立つか解からないが、少なくとも初級の回
復薬は作れるだろう。⋮⋮クラス選択から﹃僧侶﹄を除外した理由
でもある。
回復魔法で相手を回復しながら、もしくは相手に回復の必要があ
るプレイも存在するらしい。ただ、俺にはマニアック過ぎる気がし
たので、少ししか興味を惹かれなかった。
しかし、高尚な趣味に目覚めた場合に困ると悩んだのだが⋮⋮そ
の場合は回復アイテムに頼れば良い!
⋮⋮もちろん、冒険的なプレイをする場合のことだ。
それにファンタジーMMOなのだから、﹃麻痺﹄﹃毒﹄﹃睡眠﹄
などの状態異常も設定されているだろう。
﹃毒﹄なら徐々に弱っていき、﹃麻痺﹄なら痺れて動けなくなり、
﹃睡眠﹄なら眠りに落ちてしまうというアレだ。
そして、それを治療するアイテム︱︱﹃解毒薬﹄や﹃麻痺解除薬﹄
、﹃きつけ薬﹄などが設定されていることが多い。
それらのアイテムは﹃調薬﹄スキルで調合できることがほとんど
で⋮⋮その過程で﹃毒薬﹄﹃痺れ薬﹄﹃睡眠薬﹄の調合も可能にな
るのが定番だ。
普通は使用したら状態異常になるアイテムなんか使い道が全く無
く、世界観を補完する程度の意味しか無いのだが⋮⋮活用方法があ
20
りそうな気がする!
使えば相手が麻痺するアイテム、寝てしまうアイテム⋮⋮それは
日課のイメージトレーニングでは何度も考えた!
⋮⋮死にアイテムの活用はプレイヤーとして常に考えるべき事柄
である。
﹃戦士﹄は二つしかスキルを選べなかったのでこれで全部だ。
戦士専用スキルにだけ、大雑把な武器種類名のスキルが存在はし
ていた。
これは得意な武器ということで、武器を使った必殺技などに派生
ゲフンゲフン
するのだろうが⋮⋮二つしか選べないなら﹃防具破壊﹄と﹃調薬﹄
しかあり得ない!
どうせ﹃防具破壊﹄スキルは素手で⋮⋮⋮⋮ほんの少しだけ能力
値やスキル構成を定番から外すのが通なプレイヤーだ。
﹃盗賊﹄は初期に選べるスキル数が六つもあり、﹃戦士﹄は不利
であるが⋮⋮それがクラス間の差別化を計っているのだろう。
便利なスキルが多くて有利になれそうだが⋮⋮性能の三分の一か
ら半分はサバイバル能力や逃走能力に寄っている気がする。
やはり、﹃戦士﹄という選択の方が正しいはずだ。
﹃防具破壊﹄を最高に機能させるべく、﹃腕力﹄を初期最高値ま
で上昇させる。
﹃調薬﹄が﹃器用度﹄に依存する可能性があるので、こちらも初
期最高値だ。
それに初陣がまだな俺でも、システムアシストが助けてくれるか
もしれない。初陣は失敗しやすいらしいから安全策をとるべきだ。
﹃体力﹄は及第点になってしまったが⋮⋮連戦を挑む場合は俺の
若さが助けてくれるだろう。
⋮⋮もちろん、戦闘行為についてである。
時計を見てみるとまだ正午までには時間があった。
21
かなり長い時間キャラクターメイキングをしていた気がしたが、
思ったほど時間が掛からなかったようだ。集中していたせいもある
だろうし、アバターの加工にみていた時間が丸々浮いたせいあるだ
ろう。
ちょうど良いので上がりすぎたテンションを落ち着けるべく、イ
メージトレーニングをしておくことにした。新兵は初陣であっと言
う間に果てることが多いらしいから、備えておくのは悪くない考え
だろう。
⋮⋮もちろん、記念すべき初陣にだ。
これが最後のソロで⋮⋮最後のイメージトレーニングだと思うと、
思わず笑みがこぼれてしまった。
22
ログイン
ログインすると、そこは中世ヨーロッパ風ファンタジー世界の街
並みだった。
中世ヨーロッパ風ファンタジー世界であり、中世ヨーロッパ風世
界ではない。中世ヨーロッパ風ファンタジー世界と呼ばれるものは、
色使いがパステルカラー中心で清潔な感じで⋮⋮史実だとか時代考
証などは全く無視してるそうだ。例えるなら中世ヨーロッパをイメ
ージしたショッピングモールが一番近い。
俺個人はもう少し落ち着いた感じが好みだが、こちらの方が正解
に思える。もっと煌びやかに⋮⋮いっそのことアミューズメントパ
ークくらいに非現実的で浮ついた雰囲気の方が捗るかもしれない。
街並みを眺めていたら、控えめなチャイムの様な音と共に薄さの
無いパソコンモニターの様な物が、目の前に出現した。
これは﹃メニューウィンドウ﹄と呼ばれるもので、VRMMOで
は定番のインフォメーションツールだ。これを操作することでプレ
イヤーはゲームの情報を得たり、操作したりできる。
メニューウィンドウには﹃クエスト情報﹄と見出しが付いてあり、
その下に﹃噴水広場へ行ってみよう!﹄とあった。簡単な地図も描
いてあり、現在位置と噴水広場の場所が記されている。
大方、噴水広場とやらにいけばNPCがいて、話しかけるとチュ
ートリアルでも始まるのだろう。
チュートリアルと言うのはゲームの基本的な遊び方を教える目的
のものだ。
慣れてしまうと面倒だが、基本知識をレクチャーしてくれたり、
序盤では役に立つアイテムなどをタダでくれたりが多い。普通なら
受けても損は無いだろう。
ついでにメニューウィンドウを操作してオプションメニューを呼
23
び出す。
定番の設定変更が並ぶなか、目当ての﹃感覚強度設定﹄の表記を
見つけた。すぐさま最強に設定する。
感覚強度とはプレイヤーの感じる刺激の強度のことで、強くする
とリアルな刺激となる。強度を上げることで細かな刺激までも伝わ
るようになるが、痛みなども強くなるので普通は変更しない。苦手
な人は弱くするくらいだ。
しかし、﹃セクロスのできるVRMMO﹄でリアルな刺激にしな
いでどうする!
⋮⋮もちろん、ゲーム難度を上げることで歯ごたえを増すためだ。
いったんメニューウィンドウを閉じて顔をあげると、同じ様にメ
ニューウィンドウを見ているプレイヤーが視界に入った。
⋮⋮それは見覚えのある顔だった。
﹁エビ⋮⋮タク⋮⋮?﹂
思わず声に出してしまった。
エビタクは皆も聞いたことがある名前だと思う。ここ数年﹃抱か
れたい芸能人ランキング一位﹄の海老村拓蔵のことだ。
起こすスキャンダルがほとんど犯罪レベルなのに捕まりもしない
し、女性人気も揺るがないエビタク⋮⋮男なら誰でも一度は殺意を
覚えただろう。
﹁い、いやー⋮⋮よ、よく言われるんだよね! エビタクに似てい
るって!﹂
その男は返事をしてくれたが、内容のわりに声が上ずっているの
が不自然だし⋮⋮なぜか違和感も覚えた。
﹁⋮⋮すいません、いきなり話しかけちゃって﹂
﹁い、いや、良いんだよ! うん! よ、よく言われるから!﹂
落ち着いて良くみれば、エビタクに似ているだけで本人ではない
と思われた。
しかし、変に思えるのだが、何がなのかが解からない。
24
﹁そ、それでは⋮⋮﹂
ばつの悪いのを誤魔化すように話を打ち切って、噴水広場の方へ
と向かうことにする。エビタク似の男もホッとした表情だ。
俺が歩き出すと、少し離れた場所から様子を見ていた男が慌てて
顔を背ける。俺は顔を背けられたことよりも、その男の顔に衝撃を
受けた!
その男もエビタクの顔だったのだ!
慌てて振り向き、最初に話しかけたエビタク似の男を確認する。
そちらのエビタク似の男もビックリした顔をしていたが、慌てて顔
を隠すように背けた。
﹁エビタクが⋮⋮二人?﹂
全く理解できない。たまたまエビタク本人とエビタク似の男がい
て、その二人がβテストに参加しているんだろうか?
そんなことを考えながら呆然としていると⋮⋮三人目のエビタク
を発見した!
あまりに奇妙な出来事にビックリしてしまったが⋮⋮注意深く観
察すればエビタクは三人どころじゃなかった!
俺と同じ様にシンプルで飾り気の無い胴鎧姿のエビタク⋮⋮
﹃魔法使い﹄なのだろう、ローブ姿のエビタク⋮⋮
革鎧のエビタクは﹃盗賊﹄なのだろうか?
もちろん、エルフや獣人のエビタクだっている。
エビタク、エビタク、エビタクだ!
俺が確認できただけで十人以上のエビタクがいたし⋮⋮服装だけ
ではなく、個体差もきちんとあった。
太ったエビタク、背の低いエビタク、金髪のエビタク、黒い肌の
エビタク⋮⋮
はっきりいって不安定になりそうな光景だ。
俺は念のために近くのショーウィンドウ︱︱時代考証的にガラス
が惜しげもなく建材として使われているのは変であるらしい。この
25
辺も中世ヨーロッパ風ファンタジー世界と呼ばれる原因なんだそう
だ︱︱に映った自分の顔を確かめてみる。金髪で碧い瞳に変更され
ているが、見慣れた俺の顔だ。
良かった、エビタクじゃない!
エビタクの群れのインパクトに思わず確かめてしまったが⋮⋮エ
ビタク以外も確認できたのだから、俺の心配は杞憂と言うべきもの
だろう。
そう、実は他にもビックリしなければならないことがある。人類
なのか疑わしい顔も目撃していたのだ!
これは不細工なのを揶揄する悪口ではなく、文字通りの意味で受
け取っていい。人類との共通点は目が二つで鼻が一つ、口が一つ程
度だ。
実は怪物系種族が隠されており、それを選択したのかもしれない
と観察していたら⋮⋮その怪物顔が誰なのか理解できた。
こいつもエビタクだ!
全ての怪物顔プレイヤーがエビタクではないだろうが、少なくと
も何人か⋮⋮何体かは何らかの理由で怪物顔風のエビタクだった。
それに気がつくとエビタク達にも個体差や種族以外に、種類があ
るのが見て取れる。
まず、最初に遭遇した違和感は覚えるがエビタクと間違えたり、
エビタク似であるとはっきり言えるタイプ。
このパターンが持つ違和感がなんだったのかも思い当たった。い
わゆるVR整形顔と呼ばれる違和感だろう。
﹃セクロスのできるVRMMO﹄では全くできないが、ゲーム内
アバターは︱︱才能と時間さえあれば︱︱かなり手を加えることが
可能だ。
それこそ、全とっかえ整形レベル⋮⋮別人の顔にすることも可能
ではある。だが、そこまでやると違和感も生じてしまう。その違和
感はVR整形顔などと呼ばれ、悪口としても使われている。
26
このエビタクのパターンを整形エビタクと呼ぶことにしよう。
このパターンに近いのが⋮⋮なんというか⋮⋮エビタクっぽいと
言うべきか⋮⋮﹁エビタクなんだろうなぁ﹂という印象を受けるタ
イプだ。
エビタクのそっくりさん募集オーデションでは落ちるだろうが、
企画意図を理解していないと怒られるレベルではない感じ。整形エ
ビタクとは違い、ほとんど違和感も覚えない。もしかしたら地顔の
可能性もある。
このパターンは⋮⋮なんちゃってエビタクとでも呼ぶべきか。
そして理由は解からないが⋮⋮エビタクから人類の範疇外へ逸脱
したのか⋮⋮怪物からエビタクを目指したのか⋮⋮人外の顔になっ
ているエビタク。
この人外はエビタクもいるが、エビタク以外のパターン⋮⋮と想
像できる奴もいる。
多分⋮⋮おそらく⋮⋮タレントの何某⋮⋮いや、違うかもしれな
い⋮⋮種族が違うと顔の区別が⋮⋮と言った感じだ。
これは俺の表現が下手なのではない。犬が芸能人を目指して整形
したとして、それが誰なのか言い当てるのは難しいはずだ。
これは人外系統と呼ぶしか無いだろう。
人外系統はそういう生き物だと認識すれば慣れることができそう
だが⋮⋮人外系統より恐ろしい、視界に入れるだけで精神に異常を
きたしそうなエビタクもいた。
そいつは不気味の谷からやってきたエビタクだった。
不気味の谷というのは⋮⋮人間を模した人形やロボットの外見で
起きる怪現象のことだ。
人はロボットや作り物と解かる外見から不快感を感じたりしない。
完全に人間に見える外見でも不快感を感じない。
しかし、その二つの中間点⋮⋮作り物なのに人間らしく、人間な
のに作り物らしい外見を人は受け入れることができない。
27
はっきりと生理的嫌悪感を覚えると言っていいだろう。
リアルなマネキン人形を見て不快感を覚えたことが無いだろうか?
それは軽度の不気味の谷現象だ。
俺は遭遇したのが街中であったことに感謝した。フィールドで会
ったら間違いなくモンスターと断定し攻撃していたはずだ。
不気味の谷のエビタクはエビタクロードであり、眷属である整形
エビタクことエビタクエリートと、なんちゃってエビタクことエビ
タクを率いる。
人外系統エビタクは戦闘奴隷かなにかの扱いだろう。間違いない。
たぶん、魔族の類か異次元からの侵略者という設定だ。
⋮⋮軽く精神的混乱を起こしていたのだが、落ち着くにつれ⋮⋮
ようやく、当然の疑問に思い当たった。
﹃セクロスのできるVRMMO﹄ではゲーム内アバターの変更が
ほとんどできない。顔に至っては全く弄くれないはずだ。
それなのに、なぜ、エビタクの群れは発生したのだろう?
チートプログラム︱︱その名の通り、ズルをする為のプログラム
だ︱︱を使ってゲーム内アバターを変更したのだろうか?
いや、あり得ないだろう。
最近では半分以上はクラウド形式で⋮⋮実際の演算はほとんどネ
ットの向こう側で行われるし、必要なプログラム以外はプレイヤー
には渡されない。
それでも穴をついたチートプログラムは開発されるが⋮⋮プレイ
ヤー用のプログラムも配布されて数日だ。解析するには時間が無さ
過ぎる。
28
戦慄
⋮⋮しばらく考えてたら、からくりが予想ができた。
ゲーム内アバターを変更することはできないのは、ほとんどのプ
レイヤーが今日はじめて知ったはずだ。クローズドβテストからの
情報を得ていたら違うのかもしれないが、この前提で正しいだろう。
しかし、ゲーム内アバターを変更できたしても、狙い通りにでき
るかどうかは⋮⋮素材の問題もある。
だから、このエビタクの群れたちは⋮⋮あらかじめベースアバタ
ーを改造してログインしたのだろう!
前にも言ったとおり、ベースアバターは生身と同じでなければ感
覚にズレが生じたりもする。
そもそも、ベースアバターのデータを参考にして、ゲームは脳に
刺激を与えるのだ。ベースアバターをゲーム内アバター感覚で弄く
ったりしたら⋮⋮下手したら現実の身体に悪影響があったり、長期
的に継続する異常が発生してもおかしくない。
その発想は無かったし⋮⋮この作戦を採ってきた奴らは強敵と考
えるべきだ。
危険を覚悟でベースアバターを変更する。しかも、まだ情報がほ
とんど出回っていない新型ベースアバターをだ!
人外系統たちは発想は良かったが、ベースアバターを改造するに
は技術が足りなかったのだろう。
整形エビタクは技術を持っていたが、やり過ぎたか中の人がエビ
タクからかけ離れていたのではないだろうか。
そして、なんちゃってエビタクは技術が不十分だったか、自重し
た改造に留めた。
⋮⋮不気味の谷のエビタクは大失敗した結果に思われる。
これがエビタク達が眷属のごとく種類に分かれていた理由に違い
29
ない。
そしてエビタク達は全員、MMOで大切なメタゲームに敗れたと
も言える。
エビタクシリーズでベストと思われるのは、整形エビタクをやや
自重⋮⋮目が肥えてなければVR整形顔と見切られないくらいが望
ましいはずだ。
そのベストなエビタクであっても、精神異常を起こしそうなほど
ゲフンゲフン
エビタクが溢れてしまっていては意味がない⋮⋮どころか、エビタ
クであるだけで敬遠されるだろう。
それでも、基本方針は正しい。結局、女はイケメン⋮⋮⋮⋮自分
が有利になるよう万全を尽くすのは当たり前のことだ。
MMOは遊びではない!
真の強敵はエビタクたちと同じ作戦を採用し、自重した最適レベ
ルの改造で、それでいながらモデルが他人と被らない選択をした奴
だろう。
﹁そんな奴がいるのか?﹂と聞かれたのならば⋮⋮確信を持って
﹁いる﹂と答えられる。
人外系統の奴らのうち、何体かは確実にエビタクでは無かった。
何を目指したのか全く想像もつかなかったが⋮⋮エビタク以外を
モデルにした奴が実際に居る証拠だし、エビタク以外もモデルにな
って当たり前だ。
リスクを恐れない勇気、自分の策に溺れない冷静さ、大局を読む
知力⋮⋮それらを兼ね備えたプレイヤーが、自分の持っていない強
力な装備を得ている。
幻覚なのか⋮⋮そこまでリアルなシステムなのか⋮⋮背筋に冷た
い汗が流れた気がした。
唇を噛み締めながら考える。
昔の偉い人が﹁戦いは戦う前から勝負が決まっている﹂と言った
そうだ。戦う前の準備で勝負は決まるという意味らしい。
30
俺はどうだっただろうか?
⋮⋮俺は何もしていないに同じだった!
俺がした準備は⋮⋮いわば戦いの場に出る準備﹃だけ﹄だ。勝つ
ための準備など殆どせずに戦いの場に来てしまった。
俺は甘い!
その証拠にログインしてたった数分程度で打ちのめされてしまっ
た。
目の前を完全に日本人の顔と体系なのに身長の半分近くが足とい
う変な男が、バランスを取るのに苦労しながら噴水広場の方へ歩い
ていくのが目に入る。
﹁そうか⋮⋮そういう手だってアリだった⋮⋮﹂
思わず声が漏れた。
通り過ぎた男は明らかにベースアバター改造組だろうし、やり過
ぎて失敗している。
しかし、足だけを長くする発想は優れていた。
それならリスクが少なく、メリットは大きい。ほんの僅かな変更
で済むだろうから、技術的な負担も少ないはずだ。
いますぐログアウトしベースアバターの改造に取り掛かるべきか?
⋮⋮いや、ダメだ。
そんな技術は無いし、付け焼刃でできるかどうか。失敗して人外
系統となったら目も当てられない。それにどれだけ時間のかかる作
業なのかすら解からない状態だ。
しかし、素質やテクニック、実戦経験もない俺が、武器や作戦も
無く勝利できるだろうか?
⋮⋮わからない。
時間だけが過ぎていく気がするし、いまこの瞬間に流れ行く時間
は黄金よりも貴重なはずだ。
悩みながら街並を眺めていたら⋮⋮またも異常な事態に気がつい
た!
ログインして十分過ぎというところだが、いまだに女プレイヤー
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を見ていない!
視界内でちらほら見える女は⋮⋮姿格好から言って、NPCだろ
う。
急いで事実確認をしなければならない!
噴水広場へ⋮⋮プレイヤーが集まるだろう場所へ俺は走り出した。
32
噴水広場
噴水広場は綺麗にタイルで舗装されていて、かなり広い⋮⋮ちょ
っとした駅のターミナルくらいの広さだった。広場の中央にはもち
ろん噴水︱︱これも時代考証的におかしいらしい。上下水道整備す
ら怪しい時代なのに、噴水なんて意味不明だとか︱︱があり人の背
丈程度の水が噴き出ている。
広場にはプレイヤー達が集まりだしていて、男だけでなく女のプ
レイヤーもいた⋮⋮が、やはり、ここでも異常事態だ。
噴水の向こう側の様子は解からないが⋮⋮視界内の男女比率をざ
っというならば十対一といったところだろうか?
⋮⋮男が十の方である。
VRMMOに限らず、ほとんど全てのゲームで男女比率は男の方
が多い。体感になるが⋮⋮女でも取っ付き易いVRMMOで男女比
率は三対一程度、女受けしにくいもので四対一くらいだろう。
女の方が少ないは予想していたが⋮⋮ここまでとは思っていなか
った。
さらに噴水に集まった人々はあまり活動的ではなく、全体的に場
の空気を必死に読もうとしている雰囲気すら感じられる。たまに会
話らしきものが聞こえるが⋮⋮それなりにプレイヤー同士で会話を
しているのは二つのグループだけだ。
そして場の空気が読めていない奴がキョロキョロと周りをうかが
いながら、チュートリアルを担当していそうなNPCの男に話しか
けた。
﹁あ、あの⋮⋮﹂
﹁なんだ、駆け出しの冒険者か? 何をやれば良いのか解からなく
て困ってんなら、相談に乗ってやろうか﹂
会話が途切れがちの広場に、NPCの声は異常に通った。
33
﹁え? あ⋮⋮じゃ⋮⋮えっと⋮⋮その、お願いします﹂
﹁よし、わかったぜ! ⋮⋮ここじゃなんだな。場所を変えるから
ついて来い!﹂
NPCが大げさなリアクションと共に言うと、プレイヤーの姿だ
けがかき消える。
たぶん、テレポートのような移動方法だ。そしてテレポート先は
練習場か何かで⋮⋮プレイヤーは色々とゲームの動作を確認したり、
練習したりするんじゃないかと思う。
オープンβテストが始まったから、まずチュートリアルを受ける
という考えなんだろうが⋮⋮まるで意味が解からない。
あのプレイヤーは﹃セクロスのできるVRMMO﹄に何をしにき
たのだろう?
チュートリアルは完全に独りで行うものが主流だ。
これはいずれ、新規のプレイヤーの参入がまばらになるのが目に
見えているからであり⋮⋮チュートリアルに他プレイヤーとの交流
の余地を残すと、むしろ新規プレイヤーに寂しい思いをさせてしま
う。
開始直後に疎外感を与えるくらいなら、最初から独りっきりの設
計にすれば良いという考えなのだが⋮⋮逆に言えばチュートリアル
が終わるまで、他プレイヤーとの接触はできないということだ。
まさか、あのプレイヤーはチュートリアルを真っ先にこなせば街
の外へ一番乗りできて、モンスターを倒すレベリングに有利だとか
考えているのか?
俺はチュートリアルなど、手詰まりして何もすることが無くなっ
てしまってからで十分だとおもうのだが︱︱
﹁やめてください! GM呼びますよ!﹂
考察に耽っていた俺を女の声が引き戻した。
声は話をしていた二つのグループの一方からだった。そのグルー
プはよく見てみれば、一人の女プレイヤーを数人の男プレイヤーで
34
取り囲んでいる。
しまった! 完全に出遅れた!
ゲフンゲフン
⋮⋮俺も考えていた作戦だ。隙だらけのターゲッ⋮⋮⋮⋮他のプ
レイヤーに話しかけ、仲良くなろうとしていたのに!
どんな話をすれば良いのか俺には解からないが⋮⋮なに、天気の
話かなんかを適当にすれば良いだろう。最悪、初心者を騙って教え
てもらう体でも良い。
﹁そんな怒らないでよー⋮⋮一緒に遊ぼうといっただけじゃん。俺、
役に立つと思うよ﹂
どうやらキツイ言葉を言われたのはその男のようだ。
ベースアバターは無改造で普通の外見をしている。装備がローブ
と杖だから﹃魔法使い﹄なのだろう。﹃魔法使い﹄を選択とは⋮⋮
見積もりの甘さが伺える。
ゲフンゲフン
﹁知り合いを待っているんで結構です! 本当にGMさんを呼びま
すよ!﹂
そう答えるターゲッ⋮⋮⋮⋮女プレイヤー。
GMとはゲームマスターの略語で、運営の人員のことだ。規約違
反をしたり、公序良俗に反する行いをするプレイヤーを罰する役目
と権限を持っている。
ただ、間違いなくGMは監視しているはずだが、この程度のトラ
ブルではまず介入しない。
﹁て、天気がいいですね!﹂
会話の流れをぶった切るように他の男が話しかける。
そのプレイヤーの外見は強烈なインパクトがあった。
明らかにベースアバターを改造していて、モデルは漫画かアニメ
からと断定できる⋮⋮というか﹁漫画やアニメの登場人物が現実に
侵食したらこうなるんだな﹂としか思えない。血肉の通ったキグル
ミというべきか⋮⋮リアルな肌感の動くマネキン人形と言うべきか
⋮⋮。軽くホラーだ。
話題のチョイスもいただけない。
35
仮想現実の世界は晴れているときばかりだ。晴れ以外の天候には
イベントでしかならない。どうして天気の話題などを⋮⋮頭の中に
おが屑でも詰まっているのだろうか?
女プレイヤーはそいつを視界に入れたくないのか、目を向けるこ
とすらなく曖昧に返事をするが⋮⋮さらに他のプレイヤーが追撃を
かける。
﹁じ、実は俺⋮⋮このゲームはじめたばかりで⋮⋮良かったら教え
てくれません?﹂
﹁⋮⋮私も今日がはじめてなので。すいません、他の人をあたって
下さい﹂
当たり前の返答がされた。オープンβ初日だ。ここにいる全員が
はじめてに決まっている。
⋮⋮初心者を装うなんて、完全なアホだな。
﹁俺⋮⋮﹃最終幻想VRオンライン﹄で転生とカンストして最終職
なんだぜ! 向こうでも﹃疾風☆リルフィー﹄︵しっぷうきらぼし
のりるふぃー︶ってキャラクターネームなんだけど知らない?﹂
そんな自慢だか自己紹介だかをしにいく奴もいた。
⋮⋮知り合いだ。
﹃疾風☆リルフィー﹄こと、リルフィーとは別のゲーム﹃最終幻
想VRオンライン﹄で知り合いと言うか⋮⋮とある揉め事で関わっ
てしまった奴で、絶対に友人ではない。
それにリルフィーの自己紹介は最悪だ。他のゲームでの強さなん
て、このゲームでは何の意味もない。その上、解かる奴には社会復
帰困難レベルの廃人ゲーマーなことも教えてしまう。
⋮⋮奴と知り合いなことは隠しておくべきだし、関わりにならな
いべきだろう。⋮⋮少しドジというか⋮⋮アレだし。
ここは逆張りの作戦で行くべきだ。
ゴホン!
まず、ターゲッ⋮⋮女プレイヤーの頭上に視線の焦点を合わせ、
キャラクターネームを出現させる。
36
⋮⋮キャラクターネームは﹃アリス﹄だった。
微妙な感じだ。﹃不思議の国のアリス﹄から拝借したのかもしれ
ないが⋮⋮自分の名前をアリスと名づけるのはどうだろう? MM
Oにおいてネーミングセンスは相手の内面を窺う大きなヒントだ⋮
⋮そいつが変な奴かどうかの。
ただ、ありふれた名前を確保できるのは開幕参加プレイヤーの特
権でもあるから、そこまで神経質になる必要は無いか?
一般的にMMOでは同じキャラクターネームを使用できない。既
に誰かが使用している名前は使えないのだ。
だが、これには抜け道と言うか、苦肉の策とでも言うべきものが
ある。
どうしても﹃アリス﹄という名前を使いたかったら⋮⋮﹃ありす﹄
としたり﹃アリス。﹄、﹃☆アリス☆﹄、﹃疾風のアリス﹄などと
アレンジをすればいい。
⋮⋮そう考えると開幕直後に﹃疾風☆リルフィー﹄と名付けるよ
うなのは、極め付きの変人だろう。
たぶん、﹃リルフィー﹄と言う名前は使用可能だったはずだ。そ
れなのに敢えて﹃疾風☆リルフィー﹄⋮⋮。もしかして⋮⋮気に入
ってる名前だったのか?
⋮⋮なんにせよ、これからの付き合いは﹃より﹄控えたものにし
た方が良さそうではある。
いまは奴のことよりアリスだ!
アリスのレベルは中の上、もしくは上の下と言ったところか。俺
の見立てではベースアバターの改造はしていないと思う。
いま気がついたが⋮⋮ゲーム内アバターがほとんど加工できない
のは大きなメリットかもしれない!
普通のVRMMOの様に加工が可能だったら、一見、レベルの高
い獲物でも⋮⋮中の人はスライムやゴブリンレベルの可能性がある。
髪と瞳、肌の色は俺と同じく金髪碧眼、やや白めの肌色。髪型は
前髪が眉毛の高さで真っ直ぐに切り揃えられていて、一本に三つ編
37
みした長い髪が肩から前に出てきていた。
全体的な雰囲気が﹃大人しい優等生﹄とでもいった感じがする。
﹁ゲームだから⋮⋮がんばって金髪にしてみたんだ! へ、変かな
?﹂とでも言い出しそうだ。というか、言って欲しい。
何より評価できるのが、仮に話しかけたとしても⋮⋮﹁きもい﹂
だの﹁生理的に無理﹂﹁マジありえない﹂といった返答や、無言の
完全無視などしそうもない雰囲気だ。俺のような初陣前の若武者で
も話しかけ易そうに感じる。
画竜点睛を欠いているのが⋮⋮メガネだろう。
﹁メガネなんて飾り﹂と言う人もいるだろうが⋮⋮アリスはメガ
ネを装着するべきだ。
それだけで上の中、人によっては上の上と査定が上昇すると思う。
もしかしたらリアルではメガネを使用しているかも知れないし、し
ていて欲しいが⋮⋮仮想現実内ではメガネによる視力補正は必要な
い。実に残念だ。
⋮⋮いや、逆に考えるべきか?
ここでのアリスはメガネをかけてないのが通常状態だ。
だが、それなら俺がアリスにメガネをかけてやれば良い!
メガネを外したりする一連のシチュエーションも棄てがたいが、
逆にメガネをかける⋮⋮場合によっては強制的に!
⋮⋮もちろん、リアルと仮想現実との差が少ないほうが、VRゲ
ームでは有利でだからである。いわば、彼女へのアドバイスだ。邪
な考えなどない。
よし、状況開始しよう!
俺の作戦は単純だ。﹁やめろよ、彼女嫌がっているじゃないか!﹂
とでも言いながら割って入り、アリスを助けてやるだけでいい。な
んなら、いきなりリルフィーを殴り飛ばすくらいがちょうど良いか
? リルフィーの中の人はヘタれであるから、今の俺でも簡単に殴
り飛ばせるだろう。
あとは﹁大丈夫だった?﹂とでも言って、アリスと仲良くなれば
38
オーケーだ。
名付けて﹃泣いた赤鬼作戦﹄! ⋮⋮青鬼役の奴らには事後承諾
になるが、俺には関係ないから問題なしだ!
品定めと作戦立案をしながらアリスたちの方へ向かい、あと数歩
⋮⋮という所で、男が俺を阻むように割り込んできた!
39
深淵
﹁ヤメロヨ君タチ! 彼女ガァ嫌ガッテイルジャナイカ!﹂
その男は俺に背中を向けたまま話した。もちろん、俺にではなく
アリスに絡んでいた男達にだ。
しまった! 先を越された!
先を越されて大失態⋮⋮大失態ではあるのだが⋮⋮色々とおかし
い。
まず、その男の声がおかしい。
普通のゲームなら外見を変更できるが⋮⋮もちろん、声質だって
可能だ。
ただ、外見の変更に比べると声質の変更は素人では難しい。既存
のVRゲームでも変更不可能か、変更可能でも僅かであるのがほと
んどだ。
しかし、その男が発生させている音︱︱声と言うよりこちらの方
が適切に感じる︱︱は機械による合成音声の様で⋮⋮人間による機
械音声の形態模写の様で⋮⋮それ以外の何かとしか形容できない。
聞いてるだけで精神が不安定になりそうだし、話すだけで精神攻
撃になっていた。
そして、アリスの反応もおかしい。
⋮⋮いや、色々と考えるとおかしくは無いのか?
﹁ひっぃ⋮⋮﹂
と言ったまま身体は硬直してしまっているし⋮⋮表情は恐怖を⋮
⋮たぶん、恐怖を表していた。
何と言えば伝わるのか、俺には見当もつかないのだが⋮⋮努力し
てみることにする。
アリスの顔は何か⋮⋮人が覗き込んではいけない何かの淵を覗き
込んでしまった者の顔をしていたと思う。そして、人が喪ってはい
40
けない何か︱︱それを何と呼べばいいのか俺には解からない︱︱を
大量に削り取られた顔でもあった。
見てはいけない!
俺の中の誰かが警告した。たぶん、生存本能だとか⋮⋮人が予め
持っている禁忌を避ける能力だとかが言語化して認識されたのだと
思う。
それなのに好奇心に負け、アリスが見たのが何であるのか確認︱
︱俺には背中を向けている人物の正面へ回り込んでしまった。
不気味の谷のエビタクだ!
⋮⋮いや、違う!
こいつは俺が今まで見た何体かのエビタクロードとは格が違う!
たぶん、こいつはオリジナルだ!
他のエビタクロードはこいつを模したか⋮⋮こいつから生まれた
眷族に過ぎないと思えた。真なる祖⋮⋮真祖エビタクとか、オリジ
ナルエビタクとか呼ぶべきナニかだ⋮⋮。
﹁イヤァア⋮⋮怖ガラナイデヨー⋮⋮﹂
そのナニかはそんな音を発しながら、手を模した器官で自分の頭
を模した器官を触る。
⋮⋮もしかしたら⋮⋮もしかしたら、人間が頭をかく仕草を真似
ているのかもしれなかった。いや、俺の思い違い⋮⋮このナニかが
想像力の範疇にあって欲しい故の、思い込みかもしれない。
しかし、ただそれだけの動作で俺達は一歩下がってしまった。
真祖エビタクは美しかった⋮⋮のだと思う。
全てのパーツ、一つひとつは美しいと思えるものと推定できたし、
身体のバランスも部分々々では最適⋮⋮たぶん、黄金比率などに近
いナニかだ。
発する音も一音々々は美しい響き⋮⋮なのだと思う。
それら全てが一体となってナニか人類には理解できない法則で動
き出すと⋮⋮人が決して受け入れられないナニか⋮⋮真祖エビタク
となるのだ。
41
そんな風に観察できたのは人がどんなことにも慣れられる⋮⋮真
祖エビタクを観察できるようになるまで、人として大切なナニかを
喪ったか⋮⋮そのように作り変えられたからかもしれない。
俺より先にそうなったアリスは、一心不乱に中空を五本の指で叩
くようにしていた。たぶん、気が狂ったのではない。俺の位置から
は見えないが、﹃メニューウィンドウ﹄を操作しているのだと思わ
れた。すると︱︱
光に包まれてアリスは消えた。文字通り消えていなくなった。
ログアウトしたのだ!
思わず俺は﹁置いていかないでくれ!﹂と叫びそうになった。
﹁ちょっとお時間良いですか。少しお伺いしたいことがあるのです
が⋮⋮﹂
そんな言葉と共に、何も無い場所から男が現れた。透明な状態で
そこにいた人が見えるように変化した⋮⋮そんな感じであるが、事
実そうだろう。
その男の出現があったから、情けない悲鳴をあげないで済んだし
⋮⋮真祖エビタクから目を離すことに成功もできた。
その男は頭をすっぽり覆う帽子を被り、顔はベールで隠している。
服には大きな前垂れがあり、そこには大きく﹃GM﹄と書いてあっ
た。先ほどの登場の仕方と言い、本物のGMだろう。透明で何もか
もすり抜ける状態で監視しながら、問題があった時には登場する⋮
⋮よくある管理方法だ。
﹁ナ⋮⋮ナンデスカ⋮⋮GMサァン﹂
話しかけられた真祖エビタクが答える。
再び真祖エビタクを見てしまわないよう、俺は努力してGMを見
つめた。⋮⋮GMも真祖エビタクを直視しないように努力している
ようだ。ベールでよく解からないが⋮⋮可能な限り地面の方に視線
をやっているように思える。⋮⋮それしかない。
目を見たらもっていかれる!
42
﹁何ですかも何も⋮⋮貴方のアバター⋮⋮改造品ですよね?﹂
至極当然、当たり前の質問がなされた。むしろ、どうして運営が
対応をはじめてなかったのか不思議ですらある。
﹁イエ! チ、違イマスヨ! 僕ハコレガりあるノ外見デス!﹂
そんな訳が無い!
﹁それは⋮⋮うーん⋮⋮﹂
もしかして、そんな言い訳をGMは通すのか?
﹁我々としても⋮⋮ベースアバターに関する指摘はデリケートに対
応したいのですが⋮⋮流石に貴方はねぇ⋮⋮。えー⋮⋮いま、対応
が決まりました。貴方は利用規約三十二条の六項に抵触していると
判断しました。アカウント凍結の仮処分とさせていただきます﹂
GMは真祖エビタクと話しながらも、上役の人間と連絡をとって
いたのだろう。途中から毅然とした態度へ変わった。
アカウント凍結、それは上から数えて二つ目に重い処分だ。
プレイヤーの管理下にあるゲームデータ全てが利用できなくなり、
そのアカウント自体も使用不許可となる。ゲームプレイヤーとして
は死亡や永久追放に近い。ちなみに一番重い処分は法的に訴えられ
ることである。
﹁横暴ダァ! 僕ノべーすあばたーガ改造サレテイル証拠デモアル
ノカ!﹂
ごねる真祖エビタク。その発言で運営の対応が遅かった訳が解か
った。
疑念を感じるベースアバターであっても⋮⋮中の人が実際にそう
なんだと言い張られたら処分は難しい。下手をしたら人権問題に発
展する可能性すらある。
﹁⋮⋮詳しくは利用規約三十二条六項をお読みください。今回の処
分に関しても特設ページを設けさせていただきました。どちらも公
式HPに記載してございます﹂
そう言うとGMは指を鳴らした。それと同時に消える真祖エビタ
ク⋮⋮アカウント凍結処分をされてしまったのだろう。
43
﹁ベースアバターの改変は利用規約に抵触しています! 決してベ
ースアバターの改変などの不正行為をなされぬよう、プレイヤーの
皆様には強くお願い申し上げます! また、不正行為に対し、我々
運営は厳しく対応をさせていただきます!﹂
GMは大声を張り上げた。自分が注目を浴びているのを理解して
いるのだろう。
噴水広場のあちらこちらでログアウト作業をする者やGMの視線
から隠れようとする者、広場からさり気なく移動しようとする者が
確認できた。
﹁⋮⋮それでは、引き続きお楽しみください﹂
そう締めくくり、GMは透明になり見えなくなってしまった。
﹁初日にアカウント凍結とは⋮⋮運営も思い切ったよな﹂
﹁ああ⋮⋮でも、あの⋮⋮真祖エビタクは視線を合わせるだけで危
険だったからな。放置していたら運営が訴えられても⋮⋮!﹂
隣に当たり前のように俺に話しかけるリルフィーがいた。
俺もつい、いつもの様に受け答えをしてしまっていた。
44
リルフィー
そうだった⋮⋮。リルフィーは何と言うか⋮⋮知らない相手にも
話しかけるタイプだった。知り合うきっかけの揉め事もこれが原因
だったのを思い出す。
﹁⋮⋮それじゃ、俺はこれで﹂
﹁ちょっ! 待てよ! 少しくらい話しようぜ! 情報交換! 情
報交換は大事だぜ﹂
さり気なくフェードアウトしようとした俺をリルフィーは引き止
める。
しかし、奴の主張は単なる思い付きだろう。こいつは上手くいか
ないので飽きてしまったか、どうすれば良いのか解からなくなって
しまったのに違いない。
﹁俺は疾風☆リルフィー⋮⋮リルフィーと呼んでくれ!﹂
﹁⋮⋮それなら最初から﹃リルフィー﹄ってキャラクターネームに
すれば良かっただろ?﹂
思わずツッコミを入れてしまう。ボケには二種類あり、笑わせる
のと笑われるのに分かれるが⋮⋮こいつは典型的な後者だ。
リルフィーは︱︱なぜか満更でもない顔をしながら! ︱︱恥ず
かしそうに答えた。
﹁いや⋮⋮だって⋮⋮﹃最終幻想VRオンライン﹄でと同じキャラ
クターネームにしておけば⋮⋮誰か知り合いが話しかけてくれるか
もしれないだろ?﹂
俺の知る限り、こいつに女との交流は無い。男との旧交を﹃セク
ロスのできるVRMMO﹄で暖めて何のメリットがあるんだろうか?
いや、こいつとそこまで深い話はしなかったから解からないが⋮
⋮もしかしたら、リルフィーは男に興味がある男なのかもしれなか
った! いや⋮⋮まさか⋮⋮でも⋮⋮﹃最終幻想VRオンライン﹄
45
でのリルフィーを考えれば⋮⋮。
﹁あの⋮⋮僕⋮⋮男の人との⋮⋮そういうこと⋮⋮えっと⋮⋮興味
ないんで⋮⋮﹂
思わず﹃僕﹄なんて言う自称を使ってしまう⋮⋮。
俺の発言で女だけで固まっていた集団の一部からの変な注目を向
けられ⋮⋮ベンチに座っていた男からギラギラした視線が向けられ
た。
良く解からないが、なぜかお尻の辺りがむずむずする。
﹁ち、ちげーよ! 俺はただ⋮⋮﹃最終幻想VRオンライン﹄でつ
るんでた奴に⋮⋮お前が似てて⋮⋮それでだよ! ⋮⋮知らないか
? あっちじゃ﹃鑑定士﹄と呼ばれてる奴なんだけど⋮⋮﹂
﹃鑑定士﹄というのは俺に⋮⋮﹃最終幻想VRオンライン﹄での
キャラクターに付けられたあだ名で、とある特技⋮⋮キャラクター
が持つゲームのスキルではなく、俺自身が持っている特技が由来だ。
通り名やあだ名が付けられるのは珍しい⋮⋮リルフィーのように
自分で通り名を⋮⋮それもキャラクターネームの中に組み込んで付
けるのでなければ。なので、通り名を持っていてもリルフィーほど
恥ずかしくないし⋮⋮少し有名な証拠でもある。
事実、﹃最終幻想VRオンライン﹄、﹃鑑定士﹄この二つのフレ
ーズで軽く注目を集めてしまった。内訳はちょっとした有名人を見
た驚きや好意と⋮⋮数は少ないが敵対的な視線だ。
三人組の女キャラクターと取り巻きの男達︱︱こいつらが話をし
ていた二つの集団うち、残りの一つだ。アリスがログアウトしたの
で、賑やかに話をしているのはこの集団だけとなっていた︱︱の方
からもなぜか強い視線を感じた。
﹁⋮⋮俺はその﹃鑑定士﹄とか言う人じゃない﹂
ただでさえ﹃セクロスのできるVRMMO﹄ではリアルと同じ顔
だ。そこからリアルを特定しようとすれば不可能ではない。芋づる
式に﹃最終幻想VRオンライン﹄でのリアル特定までありえる。明
らかにリルフィーはネットマナーに反しているといえるが︱︱
46
﹁ああ、ツッコミの腕は同じくらいだけど⋮⋮お前は﹃鑑定士﹄よ
り面白い顔だしな!﹂
それは当然ではある。﹃最終幻想VRオンライン﹄でのアバター
⋮⋮﹃鑑定士﹄は俺のリアルの顔を、整形外科医の助けを借りて精
魂こめて変更したものだ。
決めた! リルフィーには痛い目にあわせてやる!
﹁リルフィー君は︱︱﹂
﹁リルフィーで良いぜ! お前のことは︱︱﹂
そう良いながら、リルフィーは俺の頭上を凝視した。たぶん、奴
には俺のキャラクターネームが見えているはずだ。
﹁タケルで良いな!﹂
﹁タケルさんで﹂
﹁あっはっはっは⋮⋮タケルは面白いな!﹂
﹁タケル﹃さん﹄で﹂
流石にリルフィーは嫌な顔をした。
ちなみに俺のキャラクターネームはリルフィーと違い考え抜いた
ものだ。
日本人ぽい名前でカタカナ表記が自然、それでいて有名なアニメ
や漫画、芸能人と被らないのが良い。﹁もしかしたら本名から取っ
ているのか?﹂くらいの有りそうなものがベストだ。
軽いジャブで怯ませれたので、一気に片をつけてしまうことにす
る。
﹁リルフィーは未成年だよね?﹂
﹁えっ! ち、違うよ! ば、バリバリの成人だよ! 納税とかし
ちゃってるよ!﹂
リルフィーは﹃最終幻想VRオンライン﹄では十七歳と自称して
いた。俺の見立てでもそれは嘘ではなく⋮⋮というか、リルフィー
は上手に嘘が吐けるほど賢くない。それが証拠に、﹃成人イコール
納税﹄などと訳が解からないことを口走っている。
47
﹁いやいや⋮⋮十七歳のリルフィーでも働けば納税することになる
って﹂
俺は困った奴だという顔で教えてやった。
﹁えっ! そうなの? 知らなかった⋮⋮﹂
どうやらリルフィーはバイトすら経験が無かったようだ。しかし、
問題はそこではなく⋮⋮自分が十七歳であることを認めたも同然な
ことだ。
﹁ジーエムさーん! ここに規約いは︱︱﹂
﹁待って! ちょっと、待って! 待とうよタケルさん!﹂
口に手をあてて大声で叫ぶフリをした俺を、リルフィーは慌てて
止めた。
そもそも、ログインしていること自体が成人認証済みの証拠にで
きる。まだ言い逃れは可能な段階で、全てを言い掛かりだと突っぱ
ねれば良い。⋮⋮リルフィーのちょろさが解かるというものだ。
GMを呼んでも話は進展しないし、俺もなるべくならGMと関り
合いになりたくない。ならば、ここは大人の立場を騙ってリルフィ
ーを諭し、自発的にログアウトさせるのが仕返しとしては適当だろ
う。
どのみち、リルフィーのことだ。数日すれば何食わぬ顔でログイ
ンするだろうし⋮⋮奴の方から俺を避けるようになるだろうから一
石二鳥だ。
﹁いや⋮⋮やっぱり⋮⋮こういうの良くないと思うよ。リルフィー
みたいな若い子が⋮⋮こういう大人の遊び場にいるのって﹂
⋮⋮完璧だ。リルフィーの情操教育なんぞ全く興味が無いし、責
任なんぞ全く持つ気は無いが⋮⋮こんな風に、いかにも大人が青少
年を善意で心配している体であれば反論はできない。
﹁でも⋮⋮タケルさんだって⋮⋮俺ぐらいの歳にはこういうことに
興味があったろうし⋮⋮俺ぐらいの歳で経験したと思うんです﹂
﹁お、おう⋮⋮﹂
ぐっ⋮⋮。リ、リルフィーの癖にかなり上手い返しをしやがった!
48
否定すれば⋮⋮既に成人済みと騙ったタケルは未経験者になる。
いわゆるヤラハタ︱︱初陣を済ませずに二十歳になることだ︱︱の
説教なんて重みがない。
認めれば⋮⋮若者の多少のやんちゃは認めるのが大人の男となる。
﹁ま⋮⋮まあ、ほどほどにな﹂
﹁はい! タケルさん!﹂
⋮⋮例え騙りの身分であっても、見栄をはる必要があると俺は思
う。
49
疑問
痛い目にあわせるのは失敗してしまったが⋮⋮疑問には答えさせ
ることにした。
﹁ところで⋮⋮どうやって成人認証したんだ? ベースアバター自
作したのか?﹂
﹁いや⋮⋮さすがに新型ベースアバターを⋮⋮というか、旧式でも
自作なんて無理っすよ﹂
﹁⋮⋮ベースアバター屋にコネでもあるのか?﹂
それなら新型ベースアバターの入手も可能かもしれない。
﹁いえ⋮⋮コネも無いんで⋮⋮スキャンシステムの方を買ったんっ
すよ﹂
﹁えっ! お前⋮⋮もしかして、とんでもない大金持ちなのか?﹂
ベースアバターの作成用スキャンシステム⋮⋮それも新型ベース
アバター用であれば高級外車や小さなマンション一戸くらいの金額
になる。それを単なるゲームにつぎ込むなんて、大金持ちで頭がお
かしくないと無理なはずだ。
﹁いえ、それも⋮⋮内緒ですよ?﹂
そう言いながら、俺の耳元に口を寄せてくる。内緒話をしたいの
なら個別メッセージの方が万全ではあるが⋮⋮相手が目の前にいる
ならこの方が早い。
リルフィーの説明によれば⋮⋮オープンβ実施とその条件が発表
されてすぐ、未成年者による参加の企てがなされていたらしい。
ベースアバターの本人確認と成人認証の中身は簡単なものだ。確
認しましたとデータに明記されるだけである。
しかし、当たり前だが未成年者には確認作業そのものが鬼門だ。
ベースアバター屋に頼らなければ⋮⋮新型ベースアバターを作成
可能なスキャンシステムを所持していれば問題は解決できる。
50
ただ、高価なものだし、設置する場所も必要となる。当たり前と
言えば当たり前だ。だからベースアバター屋は商売が成り立つ。
そこで企画者たちは考えた。
スキャンシステムを共同購入することにしたのである。
手順は以下の通りだ。
最初に参加者を募る。ここで購入費を人数割りした代金を払えな
い者は参加できない。
次に設置場所の提供者を募る。これは先立って決められる場合も
あったそうだ。
そして参加者達は会場⋮⋮提供された設置場所で新型ベースアバ
ターを作成する。自分達で操作するのだから、本人確認も成人認証
も思いのままだ⋮⋮完全に犯罪ではあるが。
最後に不要となったスキャンシステムを売却する。新型ベースア
バター用であるから需要は確実にあるし、中古としても美品だ。が
んばれば買値の半額くらいで売却できたらしい。
その売却益は会場提供者への謝礼や中心人物の手間賃を抜いたあ
と、参加者に人数割りで返却する。参加人数が多かったり企画の中
心人物が良心的であれば、通常の値段より安く済む場合すらあった
そうだ。⋮⋮もちろん、割高になる場合がほとんどだったらしいが。
それでも、参加者にすれば入手できれば満足だろう。
関東と関西だけでも数グループ、さらに地方でも実施されたそう
だから、少なくとも千人以上の不正規アバター利用者⋮⋮未成年者
が紛れ込んでいる勘定になる。
その説明で二つの︱︱一つはリルフィーのベースアバター入手方
法︱︱謎が解明された。
⋮⋮いや、二つ目の謎は確認を取らねば!
﹁リルフィーは⋮⋮リルフィーはその会場で女を見たか?﹂
﹁えっ?﹂
﹁その会場で女を見たかと聞いている﹂
51
﹁いや⋮⋮それは⋮⋮少ないけど見ましたよ。それが⋮⋮何か?﹂
﹁そうか!﹂
男女を限定せず、明らかに若く見えるプレイヤーが多いのが謎だ
った。
例えば俺やリルフィーは高校生か大学生に見える外見だが、童顔
の成人で通すこともできる。
しかし、明らかに中高生⋮⋮中学生か高校生にしか見えないプレ
イヤーもいた。ごく稀に⋮⋮ごく稀に中学生にしか見えないプレイ
ヤーすらいる!
特に女プレイヤーで未成年に見えるのは要注意に感じていた。
それが﹃どう見ても中高生にしか見えない成人女性﹄というレア
種ならば問題ない。それはそれで良いもので⋮⋮戦意も滾るという
ものだ。
しかし、リルフィーの説明を聞くまでは﹃ベースアバターを過剰
に弄くった女﹄という⋮⋮非常にアレな臭いを感じていた。
だが、その予想は間違っており⋮⋮どう見ても中高生に見える女
は単純に中高生なのだ!
﹁中高生⋮⋮アリだな!﹂
﹁えっ?﹂
リルフィーが驚いた顔で俺を見た。そして、目だけを逸らしなが
ら︱︱
﹁えっと⋮⋮悪くないと思いますよ。⋮⋮紳士っていうんでしたっ
け? 俺は同い年か少し年上の方が良いですけど⋮⋮﹂
などとフォローのつもりか甘い見解を述べる。
ロリコンだ
犯罪者
こいつは俺が成人していると勘違いしているからそう思ったんだ
ろう。
予備軍
確かに二十代で中高生好きはやや際どい。三十代では確実にやば
い人だろう。だが、俺は現役高校生。相手が高校生でも普通だろう
し⋮⋮中学生でも多少は許されるはずだ。
また、ストライクゾーンにボールが来たら全力スイング! それ
52
が新人に求められる姿勢だろう。ボールが高いの低いの⋮⋮そんな
贅沢はベテランプレイヤーになってからで十分だ!
⋮⋮もちろん、MMOの話である。
それに悪い予測も立ってしまった。
予想以上に多く、しかも隠しようもなく未成年者のプレイヤーが
いるなら⋮⋮規制が入るのは思っていたより早まりそうだ。勝負を
急ぐ必要があるかもしれない⋮⋮この楽園は最初から時限式なのだ
から。
53
逡巡
﹁どうします? とりあえずチュートリアルでもしますか?﹂
リルフィーが馬鹿な提案をしてくる。
確かにチュートリアルを終わらせるのはメリットが無くもないが
⋮⋮やるならゲーム開始直後に最速で終わらせなければダメだ。
例えば今この瞬間、チュートリアルを終えて広場に戻ってくれば、
ゴホン!
大きなアドバンテージだろう。こちらから話しかけなくてもターゲ
ッ⋮⋮相手の方から話しかけてくる可能性すらある。
しかし、既に後手を踏んでしまった。もう少しすれば逆に⋮⋮大
きなアドバンテージを得たライバルが戻ってくると見るべきだ。
攻めるなら今しか無いし、リルフィーにかまっている場合じゃな
い。
慎重に広場を観察した。
三人組と取り巻きの男プレイヤー達は相変わらず賑やかに話をし
ている。いまからその輪に加わるのは愚策だろうし⋮⋮そのグルー
プには関りたくない。俺の勘が危険と囁いていた。
女プレイヤーだけで身を寄せ合うように固まっていた集団は、徐
々に緊張が解れてきたのか⋮⋮女同士でポツポツと雑談をはじめて
いる。
アリスのお陰だった。アリスが﹁いざとなったらログアウトで逃
げられる﹂と錯覚させてくれたから、女プレイヤー達の緊張は解け
たのだ。
身を寄せ合って警戒し、緊張している女の集団に話しかける勇気
は流石に無い。もう少しすれば集団がバラけてくるだろうし⋮⋮そ
れまでは放置が正解に思えた。
﹁アリスちゃん⋮⋮惜しかったなぁ⋮⋮もう少しだったのに⋮⋮﹂
リルフィーが妄言︱︱もしかしたら身を削った渾身のボケなのか
54
もしれない︱︱を言い放つ。
ああっ⋮⋮こいつ⋮⋮何も解かってねぇし、考えてねぇ⋮⋮。
ツッコミどころがあり過ぎて悩むレベルだが⋮⋮いまは時間の方
が貴重だ。﹁リルフィーは早めになんとかする﹂と、心の中にメモ
するだけで済ますしかない。
⋮⋮気を取り直して広場の観察に戻る。
最後の観察対象は噴水の前に独りの⋮⋮結界を張っている女エル
フだ。
その女エルフはずっと目立っていた。
⋮⋮目に痛かったと言うのが正解なのかもしれない。
ピンクの髪が⋮⋮真っピンクの髪がメチメチと視神経を刺激して
くる。
もちろん、幻覚だ。
仮想世界では視神経を経由しないで視力を得る。視神経が刺激さ
れることは絶対にない。だから、これは俺の脳からのフィードバッ
クに過ぎないだろう。﹁そういう風になるはずだ﹂という俺の経験
則が、幻の痛覚を発生させているのだ。
フィードバックによるリアリティの向上ではあるが⋮⋮こんなリ
アリティは欲しくなかった。
これは大げさではなく、アニメの⋮⋮それも古い時代のアニメで
しか採用しない真っピンクだ。幻覚も生じよう。
さらに滅多にお目にかかれない⋮⋮小太りのエルフだった。
太ったエルフも普通はお目にかかれない。体型補正などいくらで
も掛けれるのだから、わざわざ太ったエルフなんていうアバターに
する必然性が全く無いのだ。
そして﹃セクロスのできるVRMMO﹄のエルフはコスプレ臭が
するアバターである。
髪が真っピンクで小太りなエルフのコスプレをした女⋮⋮凄いイ
ンパクトがあった。
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決して不美人と言うわけではない。美人とは言えないが十人並み
と言えたし、それなりに豊かな胸は魅力的とも言えた⋮⋮その胸が
更にコスプレ臭を強くしていたが。
そんな⋮⋮やや、近寄りがたい雰囲気なうえに不機嫌な顔をして
いたから⋮⋮彼女の周りには誰も近寄らなかった。
⋮⋮まるで結界を張っているかのように。
真っピンクの髪から刺激をなるべく受けない様、慎重にその女エ
ルフの頭上に視線の焦点を合わせる。
﹃さやタン﹄というキャラクターネームだった。
それだけでダメージを受けた気分だ。許されざるキャラクターネ
ームに思えた。
本名が﹃さや﹄なのかもしれない。日常的に﹃さやタン﹄とニッ
クネームで呼ばれているのかもしれない。何かの作品からあやかっ
たのかもしれない。そもそも、他人のキャラクターネームに対し、
なるべく口を挟まないべきだ。
それでも文句が言いたくなった。
凄いミスマッチで⋮⋮凄い破壊力だ。
更に良くない考えが⋮⋮。種族をエルフにすると小柄に調整され
る。そして僅かではあるが身長と身体のボリュームの調整も可能だ。
もしかして、いま見えているのは︱︱
﹁いきますか? タケルさん?﹂
リルフィーがキメ顔で俺に話しかけてきて、思考の迷宮から脱す
ることができた。
﹁へっ? いくって⋮⋮どこに?﹂
つい、まぬけな受け答えをしてしまった。
﹁決まってるじゃないっすかっ! あのエルフの娘! ﹃さやタン﹄
ですよ!﹂
﹁俺の前でアレをその名前で呼ぶな!﹂
﹁あっ⋮⋮すいません⋮⋮﹂
56
つい、強い口調で返してしまった。⋮⋮リルフィーはヘラヘラし
た態度だが、実は豆腐メンタルだ。少し可哀想なことをしてしまっ
たかもしれない。
﹁あー⋮⋮すまない。気にしないでくれ。でも、行くって⋮⋮二人
でか?﹂
﹁そうすっよ! いま独りだし⋮⋮チャンスじゃないっすか?﹂
﹁うーん⋮⋮﹂
思わず唸ってしまった。
思っていたよりずっと、リルフィーは上級者だったのかもしれな
い。
俺とリルフィー、あの女エルフだと三人になる。つまりパーティ
プレイだ。個人的には初陣はペアプレイが望ましかったのだが⋮⋮
リルフィーは平気なのか?
それにリルフィーのパーティに交ぜてもらうのは吝かでないが⋮
⋮俺のパーティにリルフィーを交ぜてやるつもりは全く無い。そう
いう点で俺は心が狭いのを自覚しているが⋮⋮嫌なんだから仕方が
ないだろう。
さらにこいつは⋮⋮リルフィーは勇者の公案に答えを出している
というのか?
勇者の公案というのは簡単な禅問答だ。
いかに魔王やドラゴンを倒すような勇者であろうとも、未熟なう
ちはスライムやゴブリンを倒して自信や実力を養う。当たり前の話
ではある。
しかし、勇者にならんと欲するものが、例え未熟なうちであって
も、スライムやゴブリンあたりを相手にするのは如何なものか。そ
ういう意見もあるのだ。
それに倒せるから倒したのと、倒したかったから倒したのでは意
味がまるで違ってくる。
そして自分の中でいかなる答えを出したとしても︱︱将来的に魔
王やドラゴンを倒す偉大な戦果を挙げようとも︱︱最初の獲物と倒
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した理由は生涯ついてまわるらしい。
俺的には悩まないで済むよう、最初から魔王かドラゴンクラスを
︱︱
﹁あれ? なんだか乗り気じゃないですね⋮⋮。それじゃ、悪いで
すけど⋮⋮俺独りでいってきますね!﹂
悩んでいたら、リルフィーはそう言って噴水の方に向かっていっ
た。
俺が思うよりリルフィーは凄い奴だったのかもしれない。
58
出撃
﹁俺⋮⋮﹃最終幻想VRオンライン﹄で転生とカンストして最終職
なんだぜ! ﹃疾風☆リルフィー﹄ってキャラクターネームなんだ
けど知らない?﹂
コピペのようにアリスの時と全く同じことを言いやがった。一瞬、
見直して損した! 金を返して欲しい!
同じ失敗を繰り返す奴は馬鹿と言われるが、それは間違っている。
馬鹿だから失敗を失敗と認識できないだけだ!
﹁えー意味わかんなーい。ウケルー﹂
しかし、奇跡が起きた! さやタ⋮⋮⋮⋮⋮⋮女エルフはリルフ
ィーの挨拶をギャグと受け止めたようだ!
全く羨ましくないけど、凄いぞリルフィー! 繋ぐんだ! 何か
繋いで追撃だ!
﹁えっと⋮⋮胸大きいね! あははっ!﹂
⋮⋮最悪だ。守護天使がダース単位で護っていてもフォローは不
可能に違いない。
﹁下ネタ最悪ぅー!﹂
すげえ⋮⋮あれでも会話を続けてくれてる! でも、さやタ⋮⋮
⋮⋮女エルフはお前のことを睨んでもいるぞ。なんとか立て直すん
だ!
﹁ご、ごめんなひゃい!﹂
⋮⋮大事なとこで噛みやがった。
!
信じられねぇ⋮⋮。
さやタ⋮⋮女エルフの奴⋮⋮笑ってやがる!
意味が解からない。
意味不明の挨拶して⋮⋮セクハラして⋮⋮謝るときに噛んだら⋮
59
⋮上手いこと進んでる。
これが﹃モテ期﹄って奴か? ⋮⋮都市伝説だとばかり思ってた。
がんばるんだ、リルフィー! きっと、次の﹃モテ期﹄は七十六
年後だ! 次は無いものと思わなければ!
﹁ちょうウケルー! えっと⋮⋮﹃やかぜほしりるふぃ﹄って呼べ
ばいいの?﹂
睨んでいるように見えたのは、リルフィーのキャラクターネーム
を確認していただけか⋮⋮。
ほんの数十秒前に﹁しっぷうきらぼしのりるふぃ﹂と自己紹介さ
れたのに⋮⋮それに﹃疾﹄を﹃や﹄と読んじゃうか⋮⋮。だいぶア
レだな⋮⋮いいのか、リルフィー?
﹁リ、リルフィーって呼んでくれば良いよ﹂
⋮⋮本当にそれでいいのか、リルフィー?
﹁私は﹃さやタン﹄だお! よろしくね!﹂
ぐっ⋮⋮。思わず怒鳴りつけてしまうところだった⋮⋮。リルフ
ィーが耐えているのに、俺が奴の努力を無駄にするわけには⋮⋮。
﹁よ、よろしくな! さやタ⋮⋮タ⋮⋮⋮⋮。さやターン!﹂
いかにリルフィーでも面と向かっては呼べなかったか。しかし⋮
⋮咄嗟に﹁ターン﹂と長く読むことで危機を乗り越えるとは⋮⋮。
俺が思っているよりずっと、奴は大きな男だ。
﹁アハハッ! さやタンだってば! もう、ちょうウケルー!﹂
﹁あ、あはは⋮⋮⋮⋮﹂
﹁待たせたな、さやタン! ⋮⋮って、誰? そいつ?﹂
﹁ジョニー!﹂
二人に注目していて気がつかなかったが、いつの間にか二人のそ
ばに男がいた。
会話の流れからして⋮⋮そいつがジョニーと思われる。
ジョニーを認めるとすぐにさや⋮⋮⋮⋮⋮⋮女エルフは抱きつい
た。ジョニーもさや⋮⋮⋮⋮女エルフも馴れた風だったから、日常
60
的な行為なんだろう。
﹁もう、ジョニー遅ーい! さやタン待ちくたびれちゃったお! ぷんぷん!﹂
⋮⋮まずい、頭の芯の方が覚めてきた。⋮⋮許容範囲の限界超え
てる。
﹁わりぃ⋮⋮わりぃ⋮⋮。ちょっとアバターが決まらなくてよぉ⋮
⋮﹂
ジョニーが大物ぶった感じで答える。
さや⋮⋮女エルフは男を見た瞬間からジョニーと呼んでいるし⋮
⋮日常的にこいつらは﹃ジョニー﹄﹃さやなんとか﹄と呼び合って
いるのかもしれない!
念のためにジョニーのキャラクターネームを確認してみると⋮⋮
﹃じょにー﹄だった。間違いないだろう。
ちなみにジョニーは獣人⋮⋮虎の獣人だ。普通の日本人の顔︱︱
ニキビ跡が目立つ、やや下膨れ︱︱で虎の耳と尻尾をつけているの
は⋮⋮﹁ふざけているのか?﹂と問い詰めたくなってくる。
﹁もうっ! さやタン、ナンパされちゃったじゃなーい! さやタ
ン可愛いんだから⋮⋮ほっといたら浮気しちゃうゾ!﹂
それで⋮⋮俺にも理解できた。
たぶん、リルフィーはさやなんとかの暇つぶしの相手であり⋮⋮
当て馬であり⋮⋮ちょっとした優越感に浸るための道具だったのだ。
ああ、まずい⋮⋮。短くない付き合いだから多少は解かる。リル
フィーの奴⋮⋮あれは爆発寸前の顔だ。いつもヘラヘラした態度で
はあるが⋮⋮実はやる時はやるタイプでもある。我慢できると良い
のだが⋮⋮。
﹁すまねぇなアンタ⋮⋮﹂
ジョニーは気障ったらしくポーズをつけ、リルフィーを指差しな
がら続けた。
﹁こいつは俺の女神なんだ。さやタンが魅力的なのは解かるけど⋮
⋮色恋は早い者勝ちだからな。悪いが⋮⋮アンタの出番は無いのさ
61
⋮⋮﹂
そう言って、ジョニーは両の掌を上に向け、肩をすくめるジェス
チャーをした。
﹁イ⋮⋮イヒヒヒヒヒ⋮⋮⋮⋮﹂
あっ⋮⋮⋮⋮。もうダメだ。リルフィーの奴、止められないとこ
ろまで⋮⋮限界突破しちまった。俺にはどちらが良いとも悪いとも
思えなかったが⋮⋮ここでリルフィーを見捨てられるほど肝は太く
ない。止められないなら⋮⋮助太刀するしかないだろうなぁ⋮⋮。
急いで奴の方へ向かうが︱︱
﹁きもーい! さっきもセクハラばっかだしぃ! さやタンこわー
い﹂
先ほどのノーガードの緩さはどこにいったのか⋮⋮。さやなんと
かは堂に入った煽りを見せてくれる。やめろ! リルフィーはもう
キレてんだから!
﹁そいつはいけねぇな⋮⋮アンタ⋮⋮女には礼儀正しくするのが男
ってもんだぜ?﹂
そう言いながらジョニーは片手を目の前に突き出し⋮⋮立てた人
差し指を左右に振る。
すげぇなこいつら⋮⋮あり得ないくらいの煽り力だ⋮⋮。
⋮⋮そしてリルフィーは剣を抜いた。
62
衝撃の⋮⋮
リルフィーが剣を抜いた音は綺麗だった。
抜き打ち⋮⋮いわゆる居合い斬りは無理と判断したのか、肩口に
両手持ちした柄を引きつけて剣を真っ直ぐに立てる構え⋮⋮剣術で
言うころの八双や蜻蛉と呼ばれる構えを取った。
その構えを取るまでが滑らかで、無駄が無く、素早かったから⋮
⋮剣と鞘とで起きた音も短く澄んだものになったのだと思う。
自分の動きが完全にイメージできていて⋮⋮システムサポートを
十全に受けれた結果だ。伊達にVRMMO廃人ではない。
だが、そこまでだった。
﹁やろうぉぶ︱︱﹂
何かを叫びながら剣を振り下ろそうした時、リルフィーは何体も
の影︱︱俺の目にはいきなり影が降って来た様に見えた︱︱に取り
囲まれていた。
その影達は手に持った槍を一斉にリルフィーに突き刺す。
影達の正体は⋮⋮衛兵だ!
衛兵全員が滑らかで躊躇いを全く感じさせない動きで、全く同じ
モーションとタイミングだったのがNPCであることを証明してい
た。
リルフィーには避けようが無かった。
もしかしたら、自分が何をされたのか理解できてなかったかもし
れない。
槍が深々とリルフィーに突き刺さる。
それでリルフィーのHPは尽きたんだと思う。
攻撃などを受ければHPが減るし⋮⋮無くなればキャラクターは
死亡する。
つまり、リルフィーは死んだのだ。
63
衛兵達の力は文字通り非人間的に強く、そして四方八方から突き
刺されていたから力も逃げようも無く⋮⋮リルフィーは江戸時代の
火消しが使った纏のように差し上げられてしまう。
人形の如く力なく四肢をぶらつかせるリルフィー。いつのまにか
リルフィーの頭上にはプレイヤーネームが浮き出ていて⋮⋮それは
真っ赤な色だった。
同じ様に真っ赤な液体が衛兵達の槍を伝う⋮⋮リルフィーの血だ。
そして差し上げられたときに裂けたのか、リルフィーの腹の辺りか
ら内臓らしきものがはみ出る。⋮⋮新型ベースアバターの無駄にリ
アルな性能なんだろう。
﹁素敵⋮⋮﹂
異常な言葉に思わず振り向く!
いつの間にか見知らぬ女プレイヤーが俺の真後ろに立っていて、
熱のこもった視線でリルフィーを凝視していた。
あきらかに異常な人物だが⋮⋮それより今はリルフィーの方が心
配だ。ようやく降ろしてもらえたリルフィーに駆け寄る。
衛兵達は無表情に何処かへと三々五々に散っていく。たぶん、所
定の位置に戻るのだろう。
﹁⋮⋮ドジっちゃった。はは⋮⋮かっこわる⋮⋮﹂
リルフィーがまだ喋れることにも驚いたが⋮⋮リルフィーの顔が
涙でくしゃくしゃだったことにも驚いた。もしかしたら、リルフィ
ーも感覚強度設定を最強にしていたのかもしれない。そう思うこと
にした。悔し涙なんて誰も見られたくないはずだからだ。
﹁な、なにが起きたんだ?﹂
﹁なにこれ⋮⋮こわい⋮⋮﹂
ジョニーとさやなんとかが怯えながら口にする。
MMOに慣れた者にならば一目瞭然の出来事だが⋮⋮二人には理
解できないのだろう。
いくら他プレイヤーへの攻撃を容認しているとはいえ⋮⋮街中な
どでの攻撃は許されていない。そのルールを破ったリルフィーはN
64
PCの衛兵に排除された。
これが事の真相だ。
リルフィーが徐々に白い光に包まれていく⋮⋮。
バカップルにブチ切れて攻撃しようとしたら、街中であることを
忘れてて、逆に衛兵に殺された。バカップルの奴らは何が起きてい
るのか理解もしてない。
⋮⋮リルフィーがあまりにも哀れだった。
街中などでは衛兵や警官などに扮したNPCが、問題行動をした
プレイヤーを武力で排除するシステムは珍しくない。
しかし、珍しくないとは言え、俺はかなり驚いていた。
まず、リルフィーの剣が当たってもいないのに排除対象に認定さ
れたことだ。攻撃が当たってから排除対象⋮⋮いわゆる犯罪者にな
るのは解からなくもない。
しかし、﹃セクロスのできるVRMMO﹄では攻撃しようとした
瞬間に、犯罪者認定されるようだった。
﹁こんなにはみ出てしまって⋮⋮大変です⋮⋮いま、回復魔法を!﹂
いままでのMMOでは犯罪者認定を覚悟︱︱その後に排除される
のも︱︱しての他プレイヤーへの攻撃も無くはなかった。衛兵など
に認識されない位置でやるか、排除される前に事を済ませれば良い
からだ。
もちろん、その後、いつかはペナルティーを受けるだろうが目的
は果たせる。
﹁や、やめて⋮⋮詰め⋮⋮込まないで⋮⋮その⋮⋮まだ⋮⋮痛い⋮
⋮﹂
衛兵の認識範囲も広すぎるものだ。先ほどの衛兵の数から考えて、
街中から集まったのではないだろうか?
それに衛兵の移動方法も尋常ではなかった。帰る時は流石に歩い
て行ったが⋮⋮来る時は漫画の忍者の如く跳んできたに違いない。
⋮⋮情報が揃うまで、街中でのプレイヤーへの攻撃は絶対に避け
65
た方が良さそうだ。
﹁い、痛いのですか! 大変⋮⋮いま元に戻します! えい!﹂
先ほどの異常な人物︱︱衛兵に刺し貫かれたリルフィーを凝視し
ていた女プレイヤーだ︱︱の掛け声と共に湿った⋮⋮肉と血が擦れ
合い、何かが千切れる音がした。
⋮⋮明らかに最初にはみ出ていたより多く、リルフィーの中のも
のが出てきている。遠慮せずに言えば⋮⋮引きずり出されていた。
﹁だっ! 出しちゃ⋮⋮出しちゃらめー!﹂
リルフィーの嘆き⋮⋮なんだか嬉しい悲鳴なんだかが続く。⋮⋮
出来たら男の口からは一生聞きたくない台詞だ。
﹁まだ⋮⋮温かい⋮⋮はふぅ⋮⋮﹂
その女プレイヤーの顔は熱で浮かされている様だった。官能的で
すら⋮⋮というか、官能的にしか見えないし、明らかに興奮してい
る。たぶん、性的興奮かそれに近い何か。そして、どう考えても関
り合いにになっちゃいけない人だ!
ケガをしたプレイヤーに回復魔法をかけるという建前を放り投げ
て、リルフィーの中のものに頬ずりとかしちゃってるし!
俺がシステムの考察なんかをしていたのだって、実は単なる現実
逃避だ。すでに仮想世界にいるけどな!
血塗れになってリルフィーの中のものと戯れながら、その持ち主
と平然と話す美女︱︱そう、この女は凄い美貌の持ち主だ︱︱は正
直言って怖い! たぶん、戯れるのと会話の両方が目的な高尚過ぎ
る趣味人だ。
まだ近くにいたジョニーに至っては、魅入られたように美女を凝
視している。
﹁ちょっとジョニー!﹂
流石にさやなんとかもご立腹の様だ。ジョニーの態度に食って掛
かった。
﹁いやっ! ちがうよ! ホントだよ!﹂
どう考えてもアウトに思えるが⋮⋮まあ、どうでも良いことだ。
66
バカップルが喧嘩してもいい気味にしか思えない。
そして、ついにリルフィーが光になって︱︱だいぶ前から身体の
あちこちからは光の粒というか、光の泡のようなものが浮かび上が
っては天に昇っていた︱︱消えて無くなってしまう時間が来たよう
だ。身体はほとんど透明になり︱︱
リルフィーは天に召された。
リルフィーが消えると同時にあちらこちらに飛び散っていた血も
色彩を失っていき、夏場の地面に零した水の跡みたいに消えていっ
た。そして血塗れの美女もただの美女へと戻っていく。
後には俺と美女だけが残され⋮⋮はしてない。相変わらず隣では
ジョニーとさやなんとかが喧嘩を続けている。他所でやって欲しい
し、早く爆発しねぇかな⋮⋮。まあ、こいつらはどうでも良い。問
題はこの美女だ。
⋮⋮行くべきか?
文字通りにリルフィーが命がけで作ってくれたチャンスだ。草葉
の陰で見守っているリルフィーを遠慮なく踏み台にして、一ランク
上の男になるのが奴の遺志に応えると言うものだろう。
美女が俺を見上げながら微笑みかけてくる。
⋮⋮まあ、当たり前だ。彼女はリルフィーが作った血だまりの真
ん中にペタンと座ってたんだし、座っていれば立っている人を見上
げることになる。
彼女に手をさし出しながら、さり気なくキャラクターネームを確
認する⋮⋮名前は﹃ネリウム﹄だった。
由来はなんだか解からないが⋮⋮まあ、普通に思える。たぶん、
適当にカタカナでそれっぽいのを付けたのだろう。変に凝るタイプ
でなければ十分だ。
ネリウムは素直に俺の手を取り立ち上がる。
その時に思いっきり爪を立てられてしまったが⋮⋮慌てて誤って
くれた。こんな親切には慣れていないのかもしれない。よく考えた
67
ら俺も⋮⋮女に手をさし出すなんて生まれて初めてだ。
爪を立てた瞬間、俺を観察している様に感じたが⋮⋮気のせいに
違いない。そうだとしてもお互い様か。俺だって相手を観察してい
たんだし。
よく真の美人は平均顔だと言うが⋮⋮ネリウムを見て初めて理解
できた。全く特徴は無いのに、凄い美人としか言いようが無い。そ
れに神官服姿なせいもあって、凄く清楚な感じにみえる。
﹁お連れの方は⋮⋮残念でした﹂
ネリウムは俺に向かってそう言うが⋮⋮表情が沈痛というより、
本当に残念そうで台無しだ。
リルフィーが哀れで残念に感じたのか⋮⋮リルフィーの中のもの
と戯れられなくなったのが残念なのか確認したくなる。まあ、前者
に違いない。後者の予想は穿ち過ぎというものだ⋮⋮たぶん。
いるとは思っていたが⋮⋮ネリウムは少しあっち系の人なのだろ
う。
当然だが公式HPのどこを探しても、﹃セクロスができる﹄とい
う謳い文句は一切無い。
唯一、Q&Aのページで﹁実際にプレイヤー同士でセクロスでき
ますか? セクロスしたとして罰則規定はありますか?﹂という質
問に玉虫色の回答があるだけだ。普通は出来ないことなのに、出来
る前提での質問および回答と言う時点でアレだが⋮⋮精一杯の情報
提供なんだろう。
公式の謳い文句は﹃新型ベースアバターを運用する、今までに無
い超リアルなVRMMO﹄であり⋮⋮ようするに飛び散る血潮とは
み出る具になっている。
﹃セクロスができる﹄というのは﹃公式から﹄慎重にリークされ
た裏情報だ。
そして表向きの謳い文句に誘われたのが⋮⋮ネリウムのような高
尚な趣味人だろう。
ネリウムのような美人なら多少は常軌を逸していても問題ない⋮
68
⋮はずだ。その高尚な趣味の対象を俺にさえしなければ平気だ⋮⋮
と思う。血塗れで幼女の様に微笑むネリウムは怖かったが⋮⋮おそ
らく大丈夫だ!
﹁⋮⋮ネリウムさんで良いかな? 俺はタケル。あいつはちょっと
ドジなやつで︱︱﹂
﹁ちょっと、ネリー! そんな冴えない奴と何してるの?﹂
69
三人組
その声は三人組と取り巻きの男達の方からで⋮⋮最悪なことに中
心となって騒いでいた赤毛のロングツインテールのものだった。
赤毛は可愛いと褒めても、美人と褒めても男の良心は痛まないレ
ベルで、最終的には可愛い派が勝利をおさめそうな感じか。少しつ
り上がった大きな目は気の強そうな印象を与えるし、人によっては
ワガママそう、意地悪そうとも言うだろうが⋮⋮大きな魅力にもな
っていそうだ。
その赤毛が腕組みをして俺とネリウムの方を不機嫌そうに睨む姿
は⋮⋮﹃幼馴染ご立腹の像﹄とでも名付けたいくらい見事ではある。
秋葉原あたりで売っていてもおかしくない。
﹁ちょっと⋮⋮悪いよ⋮⋮いきなり⋮⋮﹂
そう赤毛の服を引っ張るのは三人組のうち一人だ。
黒髪のフワフワした感じの髪型で⋮⋮大人しそうで女の子っポイ
印象を強く与えてくる。顔は整っている部類だが⋮⋮それよりも優
しそうな雰囲気が好印象といったところだろうか。
そして三人組の三人目が⋮⋮いない。なるほど、ネリーことネリ
ウムは三人組の三人目だったのか。全くそう見えなかったので気が
つかなかった。
﹁すいません⋮⋮悪い子では無さそうなんですが⋮⋮正直と言うか
⋮⋮口が悪いと言うか⋮⋮﹂
ネリウムが俺にすまなそうに謝る。
﹃正直﹄の部分に議論の余地があるが⋮⋮まあいいだろう。発言
から考えるに、あの赤毛とネリウムは知り合ったばかりの様だ。ど
うするべきか⋮⋮。
ここで断っておくが、赤毛とは初対面だ。
少なくとも俺の幼馴染で、隣の家に住んでいて、毎朝悪態をつき
70
ながも起こしに来るなんて間柄ではない。
たまたま倍率数千倍のオープンβテストで幼馴染と鉢合わせるな
んて⋮⋮それはそれで良いと思うが起こらないのだ。
第一、赤毛からは厄介ごとの気配しか感じない。
どうするべきか考えていると、わざとらしく﹃チュートリアル﹄
に強いアクセントを掛けながら話す男プレイヤー達が、噴水広場の
方へ向かってくるが目に入った。
まずい、チュートリアル最速クリア組が戻り始めている。時間が
無いのに赤毛に構っている暇は無い!
﹁ネリウムさん、連れの子が呼んでるみたいだし⋮⋮俺には構わず
⋮⋮﹂
断腸の思いでネリウムを促す。
赤毛との無益なトラブルを抱え込むくらいなら、ネリウム狙いを
諦めた方が良い。⋮⋮それに、たぶん、ネリウムは酸っぱいはずだ。
﹁さっきの奴もきもかったし⋮⋮ネリー、こういうの好きなの? ちょっと趣味悪いんじゃない?﹂
⋮⋮最悪だ。赤毛の方から俺達の方へ近づいてきやがった。
赤毛の態度を端的に表現するならば⋮⋮﹃調子に乗っている﹄だ。
リルフィーを悪く言うのは良い。リルフィーは残念ながらきもい
と言われても仕方が無い。だから、それは良いとしよう。
だが、俺のことを知っているなら⋮⋮自分から近づいてきて、俺
とリルフィーを一緒くたにする侮辱は調子に乗っているとしか言い
あかり
ようが無かった。
﹁ちょっと⋮⋮灯⋮⋮喧嘩とか良くないよ⋮⋮﹂
仕方なしについて来たのか、黒髪の子の方が言う。
俺は二人のキャラクターネームを確かめておくことにした⋮⋮赤
毛の方が﹃灯﹄、黒髪の子が﹃アリサエマ﹄だった。
明らかにアリサエマの方は俺を怖がっている。その方が正しいと
思うし⋮⋮それで何となく色々と解かってしまった。⋮⋮色々な意
71
味で関りたくない。
﹁灯⋮⋮少し失礼ですよ。第一、男性の魅力は中身にあると思いま
す﹂
ネリウムも灯をたしなめる。
⋮⋮全く言葉通りに聞こえない。いや、言葉通りにも聞こえる!
やはりネリウムは恐ろしい人だ⋮⋮ガチの人だ⋮⋮酸っぱいとい
う判断は間違ってない!
﹁⋮⋮ちょー! 灯ちゃーん。そんな冴えない奴に構ってないで⋮
⋮狩りでも行かないか?﹂
焦ったのか取り巻きの男が言う。
男に何と言われても別に構わない。奴らにしてみればいままでの
苦労が水の泡で、鳶に油揚げを盗られるところだが⋮⋮俺が助けて
やる筋合いでもないだろう。
それにしても自分を⋮⋮灯を中心として、美人のネリウムと優し
そうな女の子に見えるアリサエマを揃えるか。パーティハントの概
念は理解している様だ。バランスが良い。それだけは評価できる。
上手く行ってるだけに、灯は調子に乗ってしまったのだろう。
面倒だし、関りになりたくないし、時間もないし、チュートリア
ル最速クリア組が仕掛けだしている⋮⋮ここはネリウムには悪いが
無視させてもらうしかない。
﹁ちょー⋮⋮タケルさんに失礼なこと言わないでくれよー。ここは
みんな仲良くいこうぜ!﹂
いつのまにかリルフィーが﹁流石、タケルさんです!﹂とでも言
い出しそうなキラキラした目で俺を見ていた。懐かれ過ぎて気持ち
が悪い。それに﹁どうです? 俺の援護射撃! けっこう俺って使
えるでしょ!﹂といった感じのドヤ顔でもあるのが不愉快だ。
ああ⋮⋮ダメだ⋮⋮コイツ⋮⋮全く解かってねぇし、使えねぇ⋮
⋮。
﹁リルフィーは急いでなんとかする﹂と心の中のメモを訂正する。
72
﹁というか、いつ戻って来たんだよ!﹂
﹁えっと⋮⋮いまさっきです﹂
﹁どうやって?﹂
﹁えっ? そりゃ⋮⋮歩いてですよ。リスタート地点すぐ近くだっ
たし⋮⋮﹂
思わずツッコミを入れてしまったが︱︱それで嬉しそうなのも不
愉快だ︱︱リルフィーは別に変なことは言っていない。
死亡時に受けるペナルティはゲームによってさまざまだが⋮⋮開
始直後の場合は何も無いことがほとんどだ。精々がリスタート地点
から歩き直さなければならない程度だろう。
しかし、奴の面の皮の厚さは大したものだ⋮⋮俺だったら到底、
ここに戻ってこれない。
なぜなら、俺たちの近くにはジョニーとさやなんとかがまだ居て
︱︱いつの間にか喧嘩は収まり、今度はイチャイチャしてやがる⋮
⋮爆ぜろ! ︱︱ここに戻ってくるのはかなりの精神力が必要だ。
﹁大丈夫なんですか? かなりの大怪我でしたが⋮⋮﹂
﹁平気、平気! ちょっと痛くてビックリしたけど⋮⋮もう傷一つ
無いよ! ほら!﹂
何を思ったのかリルフィーは自分の腹をネリウムに見せつける。
おもいっきりセクハラまがいだと思うのだが、さやなんとかの時と
いい⋮⋮奴はセクハラのライセンスでも持っているのだろうか?
﹁あらあら⋮⋮まあまあ⋮⋮ここにあった傷が︱︱﹂
﹁あ、あのっ! ネリウムさん? す、少し痛いんですが⋮⋮﹂
﹁あっ⋮⋮すいません。触られるの嫌でした?﹂
﹁い、いえ⋮⋮別に良いんですけど⋮⋮その、少し痛かったので⋮
⋮﹂
リルフィーはジョニーたちを全く気にする様子も無くネリウムと
仲良くしている⋮⋮のだろうか?
ネリウムは何かとリルフィーの腹を触るが⋮⋮その度にリルフィ
ーは痛いのかもぞもぞしている。リルフィーも嫌なら腹をしまえば
73
良いと思うのだが⋮⋮。
ネリウムもネリウムで﹁ごめんなさい﹂だの﹁すいません﹂だの
言っているが一向に止める気配が無いし⋮⋮リルフィーが痛みに悶
えるとご満悦に見える。
ちょっと俺にはついていけない高尚な感じだ。
ここはリルフィーを生贄に捧げ、灯たち三人の相手をさせておく
べきだろう。なぜかネリウムに気に入られているし、奴なら必ず下
手を打ってくれるに違いない。
74
強敵
リルフィーと三人組、ジョニーとさやなんとかを意識の隅の方へ
追いやり、戻ってきた男達を観察する。
そいつらは女だけで固まっていた集団のすぐ近くに陣取り、お互
いにチュートリアルの感想を言い合っていた。﹁チュートリアル﹂
の言葉がさり気なく強調されている。
⋮⋮少し構成が不自然すぎる気がした。
内訳は﹃主人公﹄﹃ワル﹄﹃美形﹄﹃お笑い﹄の教科書通りで理
想的なフォーマンセル⋮⋮間違いない、偶然と言うには整いすぎた
構成だ。そして構成に合わせたベースアバターの改造もしているに
違いない。
﹃主人公﹄の外見は敢えて言うなら平均的だ。
ほとんど全ての要素が平均より僅かに良い程度で留められている。
これはたぶん、意図的だ。没個性的になってないのは男性的な印象
が強いからだろう。加算法より減算法で判断する相手に強い感じに
思える。金髪碧眼なのは舞台背景を踏まえた結果か?
﹃ワル﹄の外見は典型的なツボをおさえてある。
黒髪に黒い肌、瞳はなぜか金色で野生的な⋮⋮ベタな表現だが狼
のような感じだ。きつそうで、ワガママそうで⋮⋮多少は乱暴そう
にも見える。ダメな相手には全くダメであろうが⋮⋮弱い相手には
天敵レベルの攻撃力だろう。
﹃美形﹄は男の俺が見ても美しいと思えた。
薄い青で凄く長い髪。透けそうなほど白い肌。長身だが女性と見
間違えるような美形。一人だけ長身にしてあるのは女性的イメージ
を回避するためだろう。これまた弱い相手にはとことん強い感じだ。
表情の動きが少なく、姿勢にもほとんど揺らぎが無いのはわざとだ
ろうか?
75
﹃お笑い﹄の外見は﹃主人公﹄近い。
﹃主人公﹄と異なるのは、全ての要素が平均的程度に留めている
ところだ。なんというか、ありとあらゆる点で﹁惜しい﹂と感じる。
しかし、それでいながら目立つ欠点は全く無い。一番強く感じる印
象は﹁愛嬌がある﹂だろう。
俺の知識では四人のモデルが誰なのか判別がつかないし、﹃美形﹄
以外からはVR整形顔の違和感を覚えさせない。﹃美形﹄にしても、
目の肥えたものがそれと思って見なければ気がつかないはずだ。
﹁あの⋮⋮チュートリアルどうでした?﹂
四人組の撒き餌に獲物がかかる⋮⋮狙い通りなんだろうし、合理
的でもある。
相手から仕掛けさせたほうが有利なのは、ありとあらゆる戦いの
常識だ。しかし、それだと不要な獲物もかかってしまうのだが︱︱
﹁うっぜぇな⋮⋮そんなの自分で調べれば良いだろうが﹂
﹃ワル﹄が獲物を無下に斬り捨てる。
﹁おいおい! そんな言い方すな! ごめんしてや、こいつ人見知
りなんや﹂
﹃お笑い﹄が大げさだが愛嬌のある仕草をしながらフォローした。
﹁せっかくなんだから、みんな仲良くしようぜ﹂
﹃主人公﹄がさり気なく現状を肯定する。
﹁それがいいと思います﹂
﹃美形﹄が締めくくる。
⋮⋮なるほど。好ましくない相手は﹃ワル﹄が排除して、﹃お笑
い﹄が場の空気を取り繕う。﹃主人公﹄は全体の方向性をコントロ
ールといったところか。いまのところ﹃美形﹄の役割は解からない。
四人組に話しかけたプレイヤーは気後れしたのか曖昧な笑いをし
たまま、会話を続けようとはしなかった。目論見通りといったとこ
ろか。たぶん、この後は⋮⋮さり気なく会話の輪から弾かれていく
はずだ。⋮⋮似たような経験が無くもない。
76
しかし、敵ながら見事だ。ログイン前から何度も検討してきたに
違いない。
この四人がβテスト開始直後にたまたま出会い、それがたまたま
見事な戦力バランス、難なくその場で意思統一、役割分担も決定、
チュートリアル最速クリア作戦を立案・合意・実行、有事の際のマ
ニュアルも検討済み⋮⋮そんな訳が無い!
俺も思いついていれば⋮⋮協力する仲間さえいれば似たような戦
術を採っただろう。思わず横にいたリルフィーを見やる⋮⋮奴はキ
ョトンとした顔で俺を見返すが⋮⋮思わず深い溜め息が漏れる。
﹁あの人たちかっこいい⋮⋮﹂
﹁さやタン!﹂
俺の視線に釣られていたのか、さやなんとかも四人組を見ていた
ようだ。というか、こいつらまだ隣にいたのかよ!
またも二人は喧嘩をはじめる。いいかげん、どこか俺の迷惑にな
らない所で不幸になってくれねぇかな⋮⋮。
﹁ちょっと、アンタ! さっきから態度悪いわよ! まるであたし
が無視されているみたいじゃない!﹂
俺の注意が戻ったのを好機とみたか、灯が俺に言い掛かりをつけ
に近寄ってきた。
無視されているみたいではなく本当に、完全に無視していたのだ
が⋮⋮それを説明するのも億劫でしかない。灯のような人間は全く
理解不能だ。俺に恨みでも⋮⋮思い当たる節は数え切れないな。
﹁そこの人たち、喧嘩はよくないぜ?﹂
なぜか俺たちに﹃主人公﹄が話しかけてきた!
77
邂逅
まるで訳が解からない⋮⋮。
なぜ、作戦が大当たりして絶頂にいる奴らが、俺たちに絡んでく
るのだろう?
俺の見立ては邪推も良いところで⋮⋮色々な偶然が重なっただけ
なのだろうか?
そしてこいつらは単純な親切心で喧嘩の仲裁役を買って出た?
﹁せやせや! 喧嘩はいかんでぇー?﹂
おどけた素振りをしながら﹃お笑い﹄が⋮⋮俺と灯の方へやって
きた。
おかしい⋮⋮確かに俺と灯は消極的にだが、喧嘩をしている様に
も見られなくもない。
だが、その隣ではジョニーとさやなんとかがもっと派手に喧嘩を
している。喧嘩を止めるならこの二人が先だろう⋮⋮さやなんとか
も一瞬、自分に話しかけられたのかと勘違いしてぬか喜びしていた。
﹃お笑い﹄に続いて残りの三人も俺たちの方へやって来た。つら
れて、周りにいた女達もこちらにやって来る。
俺には渡りに船の成り行きだが⋮⋮依然として訳が解からない。
﹁今日は折角のβテスト初日なんだし⋮⋮みんなで仲良くやろうぜ
? 俺たちは同じゲームをする仲間なんだしさ﹂
﹃主人公﹄が灯に話しかける。
﹁それがいいと思います﹂
﹃美形﹄も賛同する。
そこで俺はようやく理解できた。
こいつらは灯たちに用がある⋮⋮というか、狙いを定めてきたの
だろう。ルックスは灯たち三人組が文句なしのトップグループだ。
横から奪い取ろうと言う算段に違いない。
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﹁ちょ! さっきから何だよ! お前達は横から!﹂
俺より先に成り行きを理解していたのか、取り巻きの男達が食っ
て掛かる。⋮⋮俺とリルフィーも﹃お前達﹄の中に入ってるかもし
れない。
﹁あん? なんだ? お前達ってオレらのことか?﹂
﹃ワル﹄が剣呑な口調で受けて立つ。
﹁お前らのことに決まってんじゃねぇか! さっきから黙ってれば
︱︱﹂
﹁まあまあ、あんさん達⋮⋮そないな荒っぽい言葉使わんで⋮⋮。
まるでチンピラみたいやで⋮⋮おお、こわっ! 女の子達も怖がっ
とるやないか﹂
﹃お笑い﹄が絶妙な言い回しで場を収める。
場の雰囲気と言うのはある程度までは操作できるものだ。
﹃お笑い﹄は﹃男達がチンピラみたい﹄で﹃女の子が怖がってい
る﹄と周りを誘導した。それに釣られて、周りにいる女達は男達へ
非難の眼差しを送っている。あっと言う間に、悪いのは最初から努
力していた男達で、正しいのはあとから割り込んだ四人組という雰
囲気に変えられた。
恐ろしいほど効率が良い手管だ。
ほんの一瞬で立ち位置を確保した上に邪魔者を排除、本来は不満
に思うはずの女達を仲間にすらしている。
それに関西弁には詳しくないから断定はできないが⋮⋮おそらく
﹃お笑い﹄は関西弁のネイティブではないと思う。関西弁を道具と
して利用しているに違いない。素人が考える面白い人間としてのキ
ャラ付けではなく︱︱もちろん、その意味でも利用していると思わ
れるが︱︱露骨な表現が可能になるキャラ付けとして利用している
ように思えた。
この四人の作戦参謀が誰かは解からないが⋮⋮恐ろしく頭が切れ
る奴だろう。少なくとも、色々なシチュエーションの想像と対応策
に抜かりが無い。
79
俺としてはこいつらと正面から渡り合うのは得策ではない⋮⋮ど
ころか無謀だろう。それに、そういうことなら︱︱
﹁俺もあんた等に賛成だ。みんなで仲良くやろうぜ﹂
と言いながら数歩下がって、俺が立っていた場所を四人組に明け
渡してやった。
飼い主に理不尽な理由で突然叩かれた子犬のような顔で、リルフ
ィーの奴が俺を見た。⋮⋮流石に少し悪いと思わなくもない。
四人組と灯、ネリウム、アリサエマが顔を付き合わせる激戦区に
独り残したからだ。⋮⋮ジョニーとさやなんとかもいるが、この二
人は勘定外でいいだろう。
リルフィーは明らかに排除するべき敵で⋮⋮おそらく、たやすく
排除されるだろう。かといって、俺にはその場所を死守するメリッ
トが全く無いんだから仕方が無い。
奴にとって正念場だが⋮⋮俺よりも隣に目を向けるべきだ。そこ
には情けない顔をしたリルフィーを恍惚と見つめるネリウムが⋮⋮。
この人の酸っぱさ加減は尋常じゃないな⋮⋮。リルフィー、隣! となりー!
俺としては公正なトレードをした訳だから、遠慮なく対価を頂く
ことにする。
四人組は女プレイヤーを引き連れてきてくれたのだし、灯たちの
相手をしてくれるというのだから至れり尽くせりだ。
俺は周りにいる女プレイヤー達を物色した⋮⋮どうやって近づこ
うか悩むところだったのだから、四人組様々と考えるべきか?
そんな俺を﹃お笑い﹄が観察していたが⋮⋮すぐに興味を無くし
た様だ。
容認したくはないが⋮⋮対価を支払った以上は認めるしかない。
そんなニュアンスを感じた。他の三人は俺をノーマークであったか
ら、こいつが真の司令塔の可能性が高そうだ。
周りにいる女プレイヤー達は興味津々で会話に割って入る隙を虎
80
視眈々と窺っているのが半分、成り行きに不快感を感じていたり、
興味を失いつつあるのが残り半分といったところか。
灯たちの取り巻きだった奴らのうち聡い奴が、俺と同じ戦略に切
り替えだしたようだ。本格的な戦争のはじまりと言ったところか。
あまり余裕は無いが、この一歩先んじたアドバンテージを生かし︱︱
ふと、目があった。
その子はニコリと笑ってくれた。
俺は何か喋った。
その子は笑ってくれた。
たぶん、俺は変なことを言ったのだろう。
そこでようやく、俺は理性を取り戻せた!
やばかった!
あと少し惚けていたら、間違いなくプロポーズか⋮⋮もっと露骨
な取り返しのつかないドン引き発言をしていたかもしれない!
﹁どうしたの?﹂
少しボーイッシュなその子が尋ねてくる。
少し屈みこんだ姿勢で首を傾げ⋮⋮口の辺りに握った手を添えて
て⋮⋮その仕草はとても可愛い!
ショートにした栗色の髪型はとても似合っていたし、同じ色の瞳
はとても大きくて、綺麗で⋮⋮吸い込まれそうだ!
﹁い、いやッ! な、名前ッ! 名前きいたっけッ?﹂
﹁あっ⋮⋮ごめーん、自己紹介まだだったね! カエデだよ! よ
ろしくね、タケル!﹂
俺はいつの間にか自分の紹介を済ませていたらしい。でかした、
81
俺!
﹁よろしく⋮⋮カ⋮⋮カエデ⋮⋮さん﹂
それを言うだけでかなりの度胸が必要だったし⋮⋮顔が赤くなる
のも感じた。アバターは顔が赤くなる機能なんて無いはずだから大
丈夫なはずだ!
﹁やだなぁ⋮⋮カエデで良いよ! 顔が赤いけど⋮⋮どうかしたの
?﹂
﹁ど、どうもしないよッ? ほ、ほんとだよッ!﹂
実際に顔が赤くなっていたらしい。また新型ベースアバターの無
駄機能か!
﹁⋮⋮ふにゅ。それより⋮⋮どう思う?﹂
﹃ふにゅ﹄だ!
実際に聞いていない人は﹁ふざけるな﹂と怒り狂うんじゃないか
と思う。
俺だってさやなんとかが相手だったら、思いっきり顔面にコーク
スクリューブローを捩じ込んだ。
だが、これから俺が言うことを信じて欲しい。
俺はその言葉を聞いて⋮⋮腰が抜けそうになった!
本当の可愛さ⋮⋮真の可愛さを前にすると人は腰を抜かす。
嘘だと思うだろうが本当のことだ。腰が落ちるのを必死で堪えて
なければ⋮⋮反射的にカエデを抱きしめていたに違いない。
﹁どうって⋮⋮何が?﹂
﹁その⋮⋮なんだか⋮⋮やな感じだなって⋮⋮﹂
悪事を告白するかのようにカエデは言った。
事実、カエデは良いことと考えてないのだろう。
⋮⋮難しい質問だった。
話の流れ的にやな感じと思われているのは四人組に間違いないだ
ろうが⋮⋮四人組の態度に不愉快なのか、放置されて不愉快なのか
が問題だ。それに拠って答えを変える必要がある。
82
ここで断っておきたいのだが⋮⋮俺が不誠実なのではない。むし
ろ、俺にしては珍しく、最大限に誠実だ。
仮にここでカエデが﹁カラスは白いよね﹂と言ったら、躊躇うこ
となく﹁そうだね﹂と返す自信がある。カラスが実際には黒いこと
なんて⋮⋮カエデと比較すれば全く意味がない事象だ。
﹁ふむ⋮⋮まあ⋮⋮色々な人がいるからなぁ⋮⋮難しいよな﹂
どうとでも取れる返答で探りを入れた。
﹁そうだけどさ⋮⋮なんか⋮⋮こういうの嫌だな﹂
おそらくだが⋮⋮四人組の態度に不快感を持っているんじゃない
だろうか?
しかし、ここで焦ったらダメだ!
絶対に負けられない戦いは、絶対に勝たねばならぬ!
正々堂々だの誠実だのは犬に食わせる価値も無い。いまの俺が不
誠実だとしても⋮⋮それなら秘密にして墓場まで持っていくのが俺
なりの誠実だ。
﹁うん。カエデの言うことは解かるよ。あいつらも色々とあるんだ
ろうけど⋮⋮﹂
﹁うーん⋮⋮でも、ああも露骨だと⋮⋮﹂
間違いない。カエデは四人組の態度を不愉快に感じたのだ。
どちらでも構いやしなかったが⋮⋮四人組の態度が不愉快の方が
俺的にポイントは高い。
﹁まあ、なるべくならあれだ⋮⋮ああいう態度は良くないよな﹂
﹁ボ、ボクだって子供じゃないんだから⋮⋮あの人たちががんばる
のも⋮⋮まあ、解からなくもないよ﹂
ボ、ボクっ子だと!
また腰が抜けそうになる!
カエデは少し恥ずかしかったのか、少し顔が赤い。新型ベースア
バターの素晴らしい性能だ!
そして、少しふくれた顔で目を逸らし⋮⋮胸の前で両手の指を合
わせ、親指をぐるぐる回している。⋮⋮とても可愛い!
83
﹁で、でもさ! そ、そういうのって⋮⋮目的じゃなくて結果だと
ボクは思うの!﹂
軽く怒った表情で真っ直ぐに俺を睨むようにカエデは続けた。拗
ねていると言っても良いかもしれない。両手は握りこぶしに変わっ
ているが⋮⋮可愛い握りこぶしだなぁ!
﹁カエデが正しいと俺も思うよ﹂
そう良いながらカエデの頭をポンポンと軽く叩く。
﹁もー! 子供じゃないって言ったじゃんかぁ!﹂
そう言いながら⋮⋮カエデは両手で俺の手を胸の前まで引っ張り
下ろす。完全にふくれっ面だし、上目遣いで睨んできてる。可愛い
! 抱きしめたくなるし、思わずプロポーズしてしまいそうだ!
﹁悪い悪い⋮⋮まあ、ちょっとあいつらは⋮⋮アレだよな﹂
﹁⋮⋮だよね。でも⋮⋮タケルがボクと同じ考えで良かった!﹂
そう嬉しそうにカエデは言った。
よっぽど嬉しいのか、俺の手をぶんぶんと振りまわす。直後に自
分が子供っぽいと感じたのか慌てて俺の手を離し、恥ずかしさを誤
魔化すように︱︱
﹁へ、変かな? 変じゃないよね?﹂
と照れ隠しなのか、上目遣いで急いで付け足した。
決めた! 俺、こいつと結婚する!
﹁ダゲルさーん﹂
神聖な誓いを胸にする俺に近づくお邪魔虫が⋮⋮リルフィーだ。
84
衝突
おそらくは四人組に無残に⋮⋮それこそシステマチックに排除さ
れたんだろうが⋮⋮。
﹁ダゲルざーん⋮⋮あいづらがー⋮⋮あいづらにイジメられまじだ
ー⋮⋮﹂
そう言いながらリルフィーは俺に泣きついてきた。
一昔前には﹃イジメかっこわるい﹄だのと変なキャッチコピーが
考えらたらしいが⋮⋮俺に言わせれば違う。﹃イジメられたと言う
のかっこわるい﹄だ。
﹃イジメ﹄などと子供用の名称でなく﹃暴行﹄だとか﹃恐喝﹄、
﹃ハラスメント﹄などと呼ぶようにすれば良い。躊躇うことなく被
害を公表できるようになる。
リルフィーはいい歳してイジメられただの⋮⋮恥ずかしくないの
だろうか?
同世代の男に狩場の取り合いで負けて泣いて帰ってくる⋮⋮あま
りの情けなさにこっちが泣きたくなる。
恍惚とした表情でこちらに近寄ってくるネリウムが目に入るんだ
から尚更だ。リルフィーに同情できなくても冷血とは言えないんじ
ゃないだろうか?
リルフィー! 後ろ! うしろー!
﹁お友達?﹂
カエデが心配そうに俺に聞いてくる。
リルフィーに心配してやる価値などない!
ないが⋮⋮しかし⋮⋮カエデの前で友人もどきに冷たくするのは
まずいだろう。ここは表面上だけでも、リルフィーの面倒をみるフ
リぐらいはするべきだ。
﹁⋮⋮どうかしたのか?﹂
85
なるべく優しく声をかけたつもりだが⋮⋮込めた優しさは氷点下
の温度になってしまった。カエデに悟られねばいいのだが⋮⋮。
﹁あ、あいつら⋮⋮あいつら俺のことニートって言うんですよー!﹂
リルフィーは持ち前の厚顔無恥さを遺憾なく発揮した。俺の声音
が冷たかったことなど気がついてもいないに違いない。どうしてコ
レをやつらの前で発揮できないんだろう?
だいたい、リルフィーがニートと呼ばれるのは自業自得だ。
実際に奴がリアルでニートなのか俺は知らない。でも、奴は﹃最
終幻想VRオンライン﹄で﹃最終職﹄と自慢して歩いている。﹃最
終職﹄の俗称は﹃ニート﹄︱︱条件が厳しすぎてニートの廃人ゲー
マーでもなければ転職できない幻の職業なのが由来だ︱︱であるか
ら、四人組は中傷誹謗した訳でもなんでもない。
﹁えっと⋮⋮に、ニート? そんなこと⋮⋮﹂
口ごもりつつもカエデは、リルフィーを慰めようとした。
リルフィーにすら優しいカエデに感動だが⋮⋮言い淀んだのも理
解できる。
実際、ニートの奴がニートと悪口を言われても弁護は難しい。そ
れに本当にニートなのか確認するのも気がひける。
﹁お前の良さは解る人には解るよ。ニートだとか⋮⋮そんなこと気
にするな!﹂
俺もリルフィーを慰めてやった。
嘘じゃないから心苦しいところが全くない。それが証拠にリルフ
ィーの真後ろにはネリウムが到着して⋮⋮ロックオン完了というと
ころだったからだ。
良かったな、リルフィー⋮⋮お前の希望と全く違うだろうが、お
前を新しい世界へ連れて行ってくれる人だぞ。ついでに色んな扉も
開けてくれるだろうが⋮⋮俺の扉じゃないから気にならないしな。
﹁あ、ありがとうございます! ⋮⋮って! それじゃ本当に俺が
ニートみたいじゃないですか!﹂
一瞬、慰められかけて、慌てて否定するリルフィー。
86
﹁そうです! リルフィーさん! ニートかどうかなんて⋮⋮その
人の価値には関係ないんです!﹂
ネリウムがひょいっと会話に入ってきた。
﹁ネリウムさん! ありがとうござ⋮⋮いや、違うですよ? 俺、
本当にニートじゃないですよ?﹂
ネリウムが自分を心配して付いて来てくれたと思ったのか、リル
フィーは一瞬大喜びしたが⋮⋮ネリウムにニートと断じられてショ
ックなようだ。
﹁ニートだからと恥じることはありません! 頼りがいが無さそう
でも! 甲斐性が無さそうでも! それだけが男性の魅力ではない
んです!﹂
目を爛々と輝かせながらリルフィーを慰めるネリウム。
しかし、言葉が重ねられるほどにリルフィーの心には棘が刺さる。
これが高尚なコミュニケーションというやつなんだろう⋮⋮たぶん。
﹁そ、そうそう! あんな人達が言うことなんて気にすることない
よ!﹂
多少、ネリウムの言葉に疑問は持ったのだろうが、カエデはとに
かく励ます方向にしたようだ。
﹁う、うん⋮⋮﹂
リルフィーの返事に元気がないのは⋮⋮結局、ニート認定された
からだ。
みんなに慰めてもらっても、ニートの濡れ衣を着せられたら複雑
な心境に違いない。そんなリルフィーを見て満面の笑みのネリウム
が本当に怖い!
﹁気分転換に⋮⋮狩りでもいこ? せっかくの初日なんだし!﹂
カエデが無邪気に提案してくる。
渡りに船だが⋮⋮ここはネリウムに臨時共闘を提案しておくべき
だ。俺はネリウムにアイコンタクトを試みた。すぐに意思を込めた
視線が返ってくる。向こうも異存は無いようだ。
﹁そうだな⋮⋮﹃軽く﹄街の外へいってみるか﹂
87
﹁そうですね⋮⋮せっかく知り合ったのですし⋮⋮﹃四人﹄で行っ
てみましょう!﹂
俺の言葉に即座に被せてくるネリウム。リルフィーと違って実に
心強い!
リルフィーの奴は﹁流石、タケルさんです!﹂みたいな顔で俺を
見るが⋮⋮目の前で自分が売られたとは全く気がついてない様だっ
た。
たまにはリルフィーも役に立つなぁ。などと考えていると︱︱
﹁ちょっとネリー! 私達おいてどこへ行くのよ!﹂
⋮⋮灯がまた俺たちのところまでやってきた。
しかし、ネリウムに話しかけておきながら、目線は俺から全く動
かない。⋮⋮かなり気に入られたようだ。どこで恨みを買ったのか
未だに思い出せないが⋮⋮灯のようなタイプは本当に理解できない。
何がしたいのか全く意味不明だ。
﹁い、いえっ! こ、この方達と狩りに⋮⋮灯たちも一緒に⋮⋮ど
うですか?﹂
ネリウムは灯とアリサエマに多少は悪いと思ったのか、そんなこ
とを言い出す。
俺に言わせれば臨時共闘破りだが⋮⋮ネリウムには微塵も悪意は
無いだろう。
﹁おっ? 狩りに行くんでっか? いいですなぁ⋮⋮わいらもご一
緒していいですかぁ?﹂
おどけた口調で﹃お笑い﹄が話しかけてくるが⋮⋮目は全く笑っ
ていない。俺とカエデを冷静に値踏みしている。
四人組は灯たちを狩るのに失敗したのだろう。が、まだ諦めては
居ない様子だ。
よく考えれば⋮⋮四人組のシステムでネリウムは絶対に落とせな
い。灯も無理だ。二人とも奴らの想定外にいる。それを予測しなか
ったのは俺の落ち度だ。
88
強気な姿勢が崩れないのは、自分達の戦略に絶対の自信があるか
らだろう。灯、アリサエマ、ネリウム、カエデとこの場にいる最上
の獲物を狩る。確かに悪くない考えだ。しかし︱︱
﹁ま⋮⋮みんな仲良くやろうぜ!﹂
﹃主人公﹄が爽やかに宣言した。
﹁それが良いと思います﹂
それに﹃美形﹄が追随する。
⋮⋮なるほど。ここにきても悪くない戦術だ。
これで争いを臭わす言葉は封じられるし⋮⋮最悪、俺とリルフィ
ー込みで取り込むつもりなんだろう。後で俺たちを弾き出せば問題
ない。
そもそも、俺は奴ら相手に一旦は引いている。ちょっとした示威
行為で再び引く可能性も高い。リルフィーは⋮⋮奴は手も無く捻ら
れている。再び捻るのはわけないと踏んでいるはずだ。
リルフィーは顔面蒼白で僅かに震えていて⋮⋮さり気なく剣に手
をかけている。
うん、ダメだ。まるで学習していないな。ここでは武力なんて役
に立たない。剣を抜いたところで相手の方が多いし、衛兵にやられ
るのがオチだ。
そのリルフィーをご満悦の表情でネリウムは見ている。共闘中で
はあるが⋮⋮大して当てにならなか?
カエデは不機嫌な様子だし︱︱僅かに頬を膨らませいてとても可
愛い! ︱︱四人組への不快感がいまだに尾を引いているのだろう。
カエデがいなかったらもう一度引いていたところだが⋮⋮ここは不
退転の決意で臨まなければならないようだ。
﹃お笑い﹄の顔を睨む。冷静にこちらを値踏みしているのが気に
食わない。それに意外そうにしたのがさらに不愉快だ。
よし、やるか!
89
男の戦い?
と思ったところでアリサエマが視界に入った。
アリサエマもリルフィーのように顔面蒼白で⋮⋮怯えている。灯
の袖を引っ張ってしきりに翻意を促すが⋮⋮灯は意に介さない。
アリサエマのその態度を見て、少しやる気が削げた。
﹁俺はそういう﹃プレイスタイル﹄は好きじゃない。お互いに関り
合わないことにしないか?﹂
最後通告のつもりで灯に言った。
図星だったのかアリサエマの身体が硬直する。しかし、灯は自信
満々の態度を崩さない。そして︱︱
﹁いやいや⋮⋮人さんのスタイルに口出しなんてアカン﹂
自分に言われたと勘違いしたのか、﹃お笑い﹄が先陣を切ってき
た。
相変わらずおどけた口調だが目は全く笑っていない。宣戦布告な
ら受けると言う意思表示なのだろうが⋮⋮ひどい見当外れだ。
﹁雑魚なんだろ⋮⋮許してやれよ﹂
﹃ワル﹄が俺を挑発するが⋮⋮システムを見抜いている俺には効
果が薄い。挑発担当なんぞ対処法は簡単だ。完全無視に限る。
何かを言い出しそうだったカエデの肩を優しく押えた。
優しいカエデは俺への暴言が許せなかったんだろうが⋮⋮カエデ
が心を痛めるようなことじゃない。そんな気持ちを込めてカエデの
目を見つめると、不思議そうな顔をしたが解ってくれたようだ。
肩なんて凄く華奢で力を込めたら折れてしまいそうだし⋮⋮目は
キラキラしているし⋮⋮カエデは良い子だなぁ。改めて思った。絶
対に結婚しよう!
﹁雑魚ってなんだよ! 取り消せ! ⋮⋮それから俺はニートじゃ
ない!﹂
90
安い挑発にまんまとのるリルフィー。
肩なんて折れそうなほど凄く力が込もっているし⋮⋮⋮⋮目はギ
ラギラしているし⋮⋮リルフィーは使えない子だなぁ。改めて思っ
た。絶対に決別しよう!
﹁きゃっ! こわーい! 思い通りにならないから怒鳴るなんてサ
イテー!﹂
灯は言葉とは裏腹にとても楽しそうだったし⋮⋮意地悪そうな目
付きだった。
﹁たぶん、彼は独りが好きなプレイスタイルなんだ。それに灯みた
いな可愛い女の子と話して緊張してるんだよ⋮⋮放っておいてあげ
た方が良い﹂
親切そうにとんでもない事を言い出す﹃主人公﹄。
俺は一言も独りが好きだなんて言ってないし、別に緊張もしてい
ない。善意を装った事実を捻じ曲げる悪意がある。下手に否定した
ら、逆に奴の言葉に説得力が生まれそうなのが厄介だ。そして俺を
弾き出す伏線にもなっている。
それに思いもよらない援護射撃に灯も大喜びだ。
敵ながら、こいつらのシステムは良く練られていて見事と言うし
かない。しかし、穴があるのも事実だ。リルフィーが暴発する前に
そこを突かせてもらう。
﹁それが良いと思います﹂
俺と﹃美形﹄は異口同音に同じ台詞を言った。
その場の雰囲気は奇妙なものに変わる。
当たり前だ。俺は精一杯、﹃美形﹄のイントネーションを真似し
てやったし⋮⋮真似をされた﹃美形﹄も途中で言葉が尻すぼみにな
ったからだ。
﹁いや、すまないな⋮⋮緊張してたもんだから⋮⋮つい⋮⋮台詞を
盗っちゃったよ﹂
俺はニヤニヤと笑いながら﹃美形﹄に謝ってやった。
91
一瞬、﹃お笑い﹄がしまったという顔をしたが、すぐに表情を隠
す。
﹃美形﹄はおどおどした態度だったし、﹃主人公﹄と﹃ワル﹄も
驚きを隠せていない。その場にいる全員が俺の行動を理解している
とは言えないだろうが⋮⋮明らかに﹁何かおかしい﹂とは感じたよ
うだった。
薄っすらとでも理解できてないのはリルフィーくらいだ。⋮⋮キ
ョトンとした顔してやがる。
﹁あんさんがそう思うなら⋮⋮わしらはお暇するかな﹂
すぐさま切り返してくる﹃お笑い﹄。
やはりコイツは頭の回転が速い。四人組の軍師もコイツで間違い
なさそうだ。
会話の流れは﹁俺を独りで放っておく﹂だし、俺も﹁それが良い
と思う﹂と答えたわけだから⋮⋮言葉尻を捕らえつつ、話を本筋へ
戻して奇妙な雰囲気を変えるつもりだろう。
﹁⋮⋮独りが好きな根暗野郎とわざわざつるまなくてもいいだろ﹂
﹃ワル﹄もなんとか援護射撃をする。しかし、やや言葉に精彩を
感じられなかった。
リルフィーがまたも脊髄反射で言い返しそうになるのを︱︱
﹁そういうことなら⋮⋮リルフィー、軽く狩り行こうぜ? カエデ
もネリウムさんもそれで良いよね?﹂
先に俺が言葉を被せて封じた。
システム上、﹃ワル﹄の発言は相手を挑発できなかったら意味が
なくなる。事実、失礼な発言を大人の態度で流した俺となっただろ
う。
俺は話している間、ずっと﹃お笑い﹄を観察していた。
軍師タイプであれば⋮⋮ここで決着も止む無しのはずだ。俺の撤
退を認めれば灯とアリサエマは戦果として手元に残せる。﹃お笑い﹄
は頭の回転が速すぎるから⋮⋮俺では抑えきれない可能性が高い。
コイツ相手に長期戦の選択は愚策だ。
92
﹃お笑い﹄が考えている僅かな間に︱︱
﹁悪かった。緊張してるとか言っちゃってさ⋮⋮そんなに気を悪く
するとは思わなかったんだ。せっかくなんだから仲良くやろう。あ
れだ⋮⋮女の子と話すときはリラックスした方が良いぜ?﹂
﹃主人公﹄が謝罪の体で煽ってくる。
カエデとネリウムに立ち去られたら奴らにとっては負けであるか
ら、判断は間違っていないんだろうが⋮⋮俺も﹃お笑い﹄も手打ち
にするチャンスを失ってしまった。
仕方がない。徹底抗戦だ。
俺は﹃主人公﹄が話を終えたあたりから﹃美形﹄をわざとらしく
観察してやった。それだけで場に奇妙な雰囲気が戻ってくる。
﹃美形﹄はわたわたと﹃お笑い﹄を縋るように見ているし⋮⋮そ
の場にいる全員は﹃美形﹄を窺うように見ている。リルフィー以外
の全員が﹃美形﹄の言動がおかしいことには気がついていた。
それにリルフィーもようやく、みんなが変と感じているのを気が
ついたようだ。
だが、﹃お笑い﹄は﹃美形﹄を無視し、﹃ワル﹄に強い視線を投
げる。
まずい! コイツら⋮⋮こんな状況すら想定したシナリオ持って
いるのか?
軍師の意を汲み﹃ワル﹄が口を開く︱︱
﹁あっ! ﹃それが良いと思います﹄だ!﹂
しかし、こんどはリルフィーが﹃美形﹄の台詞を繰り返した。
93
告発
⋮⋮馬鹿って凄い。
リルフィーは四人組に一矢報いてというより⋮⋮みんなが解って
いることがようやく自分にも理解できてご満悦といった感じだ。
しかし、リルフィーは意図してないだろうが、抜群のタイミング
で奴らのシナリオを台無しにした。
緊急回避用のシナリオは﹃ワル﹄が﹃美形﹄へ悪態を吐いて、﹃
お笑い﹄が取り成し、﹃主人公﹄が方向修正⋮⋮なんて感じじゃな
いかと思う。
そのシナリオもリルフィーに阻まれてしまったし⋮⋮﹃美形﹄の
役割も全員に判明してしまった。
おそらくだが⋮⋮﹃美形﹄は四人組の中では喋りが下手か、アド
リブが全く利かないタイプなんだと思う。しかし、喋らないほうが
マシ程度と仮定しても、丸っきり口を開かないわけにもいかない。
そこで軍師﹃お笑い﹄が命じたのは﹁﹃主人公﹄が何か発言した
ら、常に賛同しろ﹂だったはずだ。常に﹃主人公﹄の賛同をするの
は解り易いし、舵取り役である﹃主人公﹄の意見も通り易くもなる。
全てを理解したのか、カエデがぷくっと頬を膨らませた。⋮⋮と
ても可愛い。指でつついたら怒るだろうか? 理性を総動員させて
衝動をなんとか抑えつつ、俺はカエデの頭をポンと置くだけで我慢
した。素晴らしい役得だ!
カエデは俺を見つめ返してきた。奴らへの憤りが半分、俺への敬
意が半分といったところだろうか?
カエデがあまり好ましく思ってない奴らを、これまたカエデは好
ましく思わないだろう手管をばらすことでやり込め、すこし俺の株
は上昇なんだろうが⋮⋮あまり望ましい展開ではない。
リルフィーはやり過ぎた。これでは四人組に退きどころが全く残
94
っていない。いまは優勢だが﹃お笑い﹄が危険すぎる。
﹁⋮⋮なんなの? とにかく、まだ私の話が途中だったじゃない!
謝んなさいよ!﹂
灯が不審そうに四人組を見やってから、俺に噛み付いてきた。
最悪だ。一番面倒くさいパターン⋮⋮とにかく気に入らない相手
に謝らせることで喜びを見出すタイプか。しかも、道理は全く気に
しないに違いない。
﹁⋮⋮何をしたんかは知らんけど⋮⋮女の人には礼儀正しくするも
んやで?﹂
﹃お笑い﹄がすばやく尻馬に乗ってきた。
とりあえず話題を変えれるし、俺がボロを出したら攻勢に転じれ
る。渡りに船と乗ったのだろうが⋮⋮どんな船か調べてからにする
べきだろう。
﹁謝っちゃえよ! 女の子を怒らすと長いぞ?﹂
馴れ馴れしく﹃主人公﹄が俺の肩を抱いてくだらないことを言っ
てきた。
しかし、目は全く笑っていない。それに、俺とカエデの間に割っ
て入ってきたのは許せそうもない。
﹁タ、タケルさん? な、なんだか解からないですけど⋮⋮謝った
ほうが⋮⋮﹂
青い顔をしてリルフィーが俺に言ってくる。
こいつは何を見てきたのだろうか? ここでは灯に謝るべきこと
など何もしていない。それどころかほとんど話すらしていない。謝
ろうにも謝りようがないのが実際のところだ。
﹁いや⋮⋮ロールプレイ重視も悪くないんだろうけど⋮⋮俺にはち
ょっとな⋮⋮﹂
そう言いながら﹃主人公﹄の手を払いのけてやった。
失礼ともとれる俺の振る舞いと、脈略のない言葉に全員が不審に
感じたようだ。
95
﹁ロールプレイ? なにを変なことを⋮⋮あ、解かったわ! アレ
でしょ! VR脳ってやつね! ゲームのし過ぎで現実とVRの区
別がつかなくなってるんじゃない?﹂
俺の反抗的な態度が気にいらないのか、灯がさらに責め立ててき
た。
VR脳というのは、自称科学者なTVのコメンテーターが言い出
したもので﹁若者はVR空間に入り浸っているからVR脳なんです﹂
という意味不明の理屈だ。
非難の焦点が無いので、反論不可能の便利な悪口といえる。
だが、灯の悪口なんぞどうでもよかった。
俺には﹃お笑い﹄の次の一手だけが気になる。ここで奴が撤退不
可能の位置まで踏み込んでくれば︱︱
﹁ロールプレイとかで誤魔化したらあかん。わしらの目にはあんさ
んの方が誤魔化しているように見えるで? ゲームでもレディファ
ーストの精神は必要なんや。それに灯はんは相当に怒ってはる。こ
れはあんさんが失礼をしたからでっしゃろ?﹂
とうとう﹃お笑い﹄が詰めの一手を指してきた。
言葉とは裏腹に⋮⋮表情からは余裕を隠せていなかったし、奴に
とってはこれが王手のつもりなのだろう。
普通に考えれば俺には﹁訳もわからず灯に謝罪する﹂と﹁VR脳
に対して反論して敗北する﹂しか残されていないが︱︱
﹁失礼ねえ? 見かたを変えれば失礼かもしれないが⋮⋮謝れとい
われてもな﹂
﹃お笑い﹄の目を見据えながら俺は言った。
奴は不思議そうな顔をしている。おそらく、俺が白旗をあげてい
るのか、不毛な反撃を試みているのか量りかねているのだろう。
﹁ロールプレイ的には⋮⋮あんた達の言うようにするのが良いのだ
ろうけど⋮⋮俺にはちょっとなぁ⋮⋮流石に無理だ﹂
そこで俺はジョニーの真似をして、両方の手のひらを空に向け肩
をすくめるポーズをしてやった。
96
そのジェスチャーを見て、﹃お笑い﹄は鼻で笑う。思ったより上
手く真似できなかったのかもしれない。
﹁あんさんには解からんかぁ⋮⋮ロールプレイとかそういうんや無
いのや。わいらが言っているのはマナーの問題や。そりゃ、ゲーム
なんやから競争するときもある。でも、そういうんの以外は礼儀正
しくしようちゅう話や。解からんかなぁ⋮⋮﹂
﹃お笑い﹄は悲しそうに言ったが⋮⋮目は軽蔑の色をしていた。
考えうる最悪の一手を指す凡庸な打ち手と思ったに違いない。
俺の態度はまさしくVR脳としか言いようが無く⋮⋮謝りたくな
いあまり、変な理屈をこねている馬鹿者だ。
﹁タ、タケルさん!?﹂
真っ青な顔でリルフィーが俺の服を掴んで引っ張った。
リルフィーですら俺に分が無いと思っているようだ。
⋮⋮もしかしたら、この様な吊るし上げにトラウマでもあるのか
もしれない。⋮⋮例えば帰りの会での弾劾裁判⋮⋮あれは切ないも
んな。
﹁いや⋮⋮でも⋮⋮向こうで恨みをかったのかもしれんが⋮⋮謝れ
と言われてもなぁ?﹂
﹁へっ? 向こうでって⋮⋮⋮⋮⋮⋮﹃最終幻想VRオンライン﹄
ですか? もしかして?﹂
⋮⋮さすがリルフィーだ。﹁向こう﹂といわれて現実ではなく、
別のVRゲームが出てくるとは。
四人組は薄ら笑いで俺たちを黙って見ている。当たり前だ。奴ら
の考えではこれから、俺たちがボロを出し続けるシーンのはずだろ
う。
﹁ああ。向こうじゃかなり恨みも買っているからな。正直、数え切
れないくらいだ﹂
﹁向こう? 恨み? ⋮⋮タケルさん、いったい何をしたんですか
?﹂
﹁うん? 気がついて無かったのか。こいつ︱︱﹂
97
そこで俺は灯を指差した。
﹁向こうでのリルフィーと同じだ﹂
﹁へ?﹂
しかし、リルフィーには解からなかったようだ。
⋮⋮失敗した。
役に立つかと思ってリルフィーを聞き役にしたが⋮⋮予想以上に
使えない!
ここは何とか自力で方向修正を︱︱
﹁あっ! こいつも﹃最終職﹄なんですか?﹂
明後日の方向に球を投げるリルフィー。
有能な敵より無能な味方の方が厄介とはこういうことなんだなぁ
⋮⋮。
﹁違うわ!﹂
思わず長年に渡って培われたタイミングでツッコミを入れてしま
った。
それで嬉しそうにするリルフィーが二重の意味で腹が立つ!
﹁⋮⋮ようやく白状したわね。さあ、謝りなさい!﹂
﹁なんや⋮⋮あんさんらあちこちで悪さしとんのかいな⋮⋮ちょっ
と見逃せんなぁ﹂
灯と﹃お笑い﹄の二人が最終的な詰めを入れてきた。
素早くやり返さないとまずい! 火計を仕掛けて自分が焼死はか
っこ悪すぎる! と焦っていたところで︱︱
﹁あっ! こいつ、ネカマなんですか?﹂
とリルフィーが大声で叫んだ。
98
鑑定士
リルフィーの言葉で辺りは騒然となった。
何とはなしに聞いていた野次馬たちの注目の度合いも激変する。
﹁ネカマ? ⋮⋮どいつだ?﹂
﹁あそこで揉めてる奴ら⋮⋮ほら、あの赤毛が⋮⋮﹂
﹁ネカマって⋮⋮無理だろ、このゲームじゃ?﹂
﹁いや⋮⋮でも⋮⋮あいつ﹃鑑定士﹄らしいぜ? さっきそんな話
を︱︱﹂
﹁﹃鑑定士﹄って⋮⋮﹃最終幻想VRオンライン﹄の?﹂
そんなざわめきが聞こえた。
それに男プレイヤーの一部はメニューウィンドウを呼び出し、な
にやら書き込むような動作をしている。
おそらくは俺と灯のキャラクターネームをメモしているに違いな
い。
俺の名前はいざというときに頼る専門家として⋮⋮灯の名前は踏
んではならない地雷としてだ。
野次馬根性の強いプレイヤーはハンディカメラのような物を取り
出していた。おそらくはスクリーンムービー︱︱ゲーム内での出来
事を記録として残すものだ︱︱を撮影しているのだろう。
﹁やっぱりタケルさんは﹃鑑定士﹄だったんですね!﹂
⋮⋮リルフィーは嬉しそうに言うが、何で嬉しいのかさっぱり理
解できない。やはり⋮⋮こいつは⋮⋮男に興味がある⋮⋮のか⋮⋮?
﹁こっちでは一般人でいるつもりだったんだが⋮⋮まあ、振りかか
る火の粉は払わないとな﹂
半歩ほどリルフィーから離れながら俺は答えた。
これは嘘でもなんでもない。
﹃ネカマ鑑定士﹄などという形で有名になってしまうと、妙な頼
99
みごとが殺到して面倒くさいのだ。
﹁なんで私がネカマなのよ! 失礼なこと言わないでよ! 証拠で
もあるの!﹂
灯が怒り心頭の様子で食って掛かってきた。
まあ、灯にとっては当然の言い分だし⋮⋮いまのところ俺は自称
﹃鑑定士﹄に過ぎない。
﹁そ、そうや! い、いきなり人様にそんなこと言ったらアカン!
それに⋮⋮有名人の名を騙るなんて良くないことや!﹂
真っ青な顔で﹃お笑い﹄も加勢する。
まあ、解からなくもない。
灯がネカマだとしたら⋮⋮いままでレディファーストだの、女性
には礼儀正しくだの、可愛い女の子だのとチヤホヤしてきたことが
全てひっくり返る。
それに冷静なコイツにしては、かなり動揺しているようだ。奴が
﹃鑑定士﹄を知っていることも、実績を知っていることも教えてし
まっている。
俺が﹁有名人を騙っている﹂方向に舵を切りたいのだろうが⋮⋮
正解は﹁﹃鑑定士﹄なんて知らない。訳の解からないことを言うな﹂
だ。
﹁そ、そうだぜ! いきなり女の子にネカマだなんて⋮⋮失礼だと
思わないのか!﹂
﹁この女をネカマだなんて⋮⋮目が腐ってんじゃないか?﹂
﹃主人公﹄と﹃ワル﹄が精一杯の援護射撃をしてきた。
﹃美形﹄は目を白黒させたままだ。あまりの急展開についてこれ
てないに違いない。
だが、﹃お笑い﹄は苦い顔をしている。
ようやく、自らの失策に気がついたのだろう。
もう、奴らは船から降りれない。灯がネカマかどうかに全てがか
かっている状況になってしまっている。﹁ネカマと確信が持てなか
ったので黙っていた﹂という逃げ道を自分たちで塞いでしまったの
100
だ。
﹁ふふん⋮⋮俺だって﹃鑑定士﹄のツレとして長いんだ。ネカマの
判別法くらい少しは知っているんだせ!﹂
なぜかリルフィーが自信満々でしゃしゃり出てきた。
⋮⋮面白いので少しやらせて見よう。たぶん、とんでもない結論
に向かうはずだ。
﹁いいか? 男と女じゃ骨格からして違うんだ! 女は男より肋骨
が一組少ないし、骨盤だってまるで違う! だからタケルさんくら
いになると、一目でネカマかどうか解かるんだよ!﹂
リルフィーが四人組にたたき付ける様に言った。
⋮⋮よほど、奴らにひねられたのが悔しかったのだろう。自分の
実力じゃないのに、とても嬉しそうだ。小物じみてて悲しくなるが
⋮⋮そんなリルフィーを見てネリウムがご満悦なのだから問題はな
い⋮⋮と思う。
﹁⋮⋮別に良いわよ? 肋骨?を数えれば良いんでしょ? でも、
あたしが女って証明できたら⋮⋮謝るくらいじゃ許さないからね!﹂
灯は自信満々で反撃してきた。
目は爛々としているし、興奮しているのか僅かに顔も赤い。人目
がなければ舌なめずりぐらいはしそうな表情だ。意地の悪さが良く
わかる。
⋮⋮まあ、そうだろう。リルフィーの失敗のおかげで最終的な確
信が持てた。
﹁そら⋮⋮肋骨を数えれば判明するんやろうけど⋮⋮女性やで? ⋮⋮勘違いでした、ごめんなさいではすまんのやで?﹂
すばやく﹃お笑い﹄がフォローに入る。
奴の狙いは見え透いてる。反対の立場をとりつつも、ネリウムに
でも調べさせるつもりなのだろう。⋮⋮もっと露骨な調査方法だっ
てある。
﹁いやいや⋮⋮無駄なことは止そうぜ? リルフィー⋮⋮男と女で
101
肋骨の本数が違うってのはデマだぞ? そりゃ⋮⋮男女差はあるし、
少ない人もいるだろうが⋮⋮絶対確実な違いじゃない﹂
俺の言葉に﹃お笑い﹄が悔しそうな顔をした。やはり、これは知
っていたに違いない。
﹁そ、それじゃあ⋮⋮こ、骨盤をし、調べる⋮⋮んですか?﹂
リルフィーがまたも見当違いのことを言う。⋮⋮なぜか顔が赤い
のが不愉快だ。
抜け目無く﹃お笑い﹄は灯を観察していた。⋮⋮奴は確信を持て
てないのだろう。
しかし、灯の自信に満ちた表情には揺るぎが無かった。まあ、そ
うだろう。
﹁いや、それも無駄だな。俺の目にはこいつは女のアバターに見え
る。それは﹃鑑定士﹄の名に賭けてもいいな﹂
﹁⋮⋮えっ? それじゃあ⋮⋮こいつは⋮⋮ネカマじゃないんです
か?﹂
リルフィーが泣きそうな顔で俺の方を見た。
⋮⋮泣きそうになられても困る。灯のアバターが女なのは事実だ
し、俺がリルフィーを突っ込ませたわけじゃない。⋮⋮突っ込んで
いくのを黙って見てはいたが。
﹁ふふ⋮⋮どうやら負けを認めたようね。どうしようかしら⋮⋮し
ばらくあたしの奴隷にでもなってもらおうかしら?﹂
灯が嵩にかかって言い募ってきた。もはや舌なめずりを我慢すら
していない。
勝ち負けで論じる話ではないし、そのように考えること自体がお
かしいのだが⋮⋮こいつには理解できないのだろう。
あまり遊ぶと思いもよらない﹃お笑い﹄の逆襲があるかもしれな
い。俺はケリをつけてしまうことにした。
﹁いや⋮⋮それでもこいつはネカマだ。こんなに判り易い⋮⋮とい
うより、こんなに下手糞なネカマは久し振りに見たぜ﹂
102
決着
俺の言葉に噴水広場は再び騒然となった。
﹁どういうことだ? 女のアバターなんだろ?﹂
﹁⋮⋮解からん。でも、﹃鑑定士﹄の言うことだし⋮⋮﹂
﹁﹃鑑定士﹄ってのは⋮⋮どんな奴なんだ? そんなに凄いのか?﹂
リルフィーが地獄に仏の表情で俺を見た。⋮⋮やめろ! そのキ
ラキラした目で俺を見るな! なんでか尻がむずむずするんだ!
逆に﹃お笑い﹄は真っ青な顔になっている。⋮⋮俺の示唆するこ
とに真っ先に気がついたに違いない。頭の回転が速いのも場合によ
りけりなのだろうか?
﹁⋮⋮あんさんにしか判らんことを言われても困る! そりゃ⋮⋮
あんさんは特殊なお人なのかもしれん。でも、それを理由にされて
も︱︱﹂
﹁そうよ! 証拠! 証拠をみせなさいよ!﹂
﹃お笑い﹄に被せるように灯がわめいた。
その灯を﹃お笑い﹄は苦々しい表情で見た。そして、話しかけよ
うと口を開きかけた﹃ワル﹄を鋭い視線とかすかに首を振る動きで
制する。
奴は撤退に舵をきりつつあるのだろうか?
⋮⋮油断はできない。
ここは素早く灯を料理して、奴らを撤退させるのが上策のはずだ。
﹁リルフィー⋮⋮肋骨のことはともかく、骨盤を観察するのは⋮⋮
まあ、着眼点は悪くない。でも、みんな視点が逆なんだよ﹂
﹁逆? でも⋮⋮こいつはネカマで⋮⋮だけどアバターは女なんで
すよね?﹂
全く理解できていない顔でリルフィーが聞き返してくる。
それはその場にいる全員の意見を代弁していたに違いない。都合
103
が良いからリルフィーを愚かな聞き役として話を続けることにする
が⋮⋮この船、乗っても大丈夫なのだろうか?
疑念も心配も尽きないが⋮⋮まあ、手に入るものでがんばるしか
ない。
﹁男と女で骨盤はまるで違う。それはつまり⋮⋮大げさに言えば足
の生え方が違うってことだ。だから重心の位置も足の運びも全く違
う﹂
﹁解かった! こいつの骨盤は男のもので⋮⋮それが証拠なんです
ね!﹂
リルフィーにしては良い感じだが⋮⋮本当に大丈夫だろうか? わざと俺の欲しい所に間違えてくれるなら安心なのだが⋮⋮こいつ
は素でコレの可能性がある。
⋮⋮なぜだか一対三の戦いをしている気になってきた。
相手は灯に﹃お笑い﹄、そしてリルフィーだ。
﹁いやいや⋮⋮だから、こいつのアバターは女のだって。骨盤も女
のだ﹂
﹁でもっ! それじゃあっ!﹂
迫真の演技で︱︱演技のはずだ。そう思わないと安心できない︱
︱叫ぶリルフィー。
﹁⋮⋮ああ。女のベースアバターを男が無理やり使ってんだ。リル
フィー、ちゃんと観察してみろ。こいつの動きは変だぞ? 重心だ
けじゃなくて、ありとあらゆる動作が変だぞ?﹂
その言葉で灯の表情は一変した。もはや白状したも同然だと思う
が︱︱
﹁それは無理や! 他人の⋮⋮他人のベースアバターなんて使える
わけが無い!﹂
思わずなんだろうが⋮⋮﹃お笑い﹄が反論してくる。
反射的に言ってしまったのだと思われた。奴らは抜け目なく、灯
から距離を取りはじめていたからだ。本当は灯を切り捨てることに
していたのだろう。
104
﹁色々と方法はあるんだぜ? ⋮⋮ベースアバターを弄くるとか?﹂
そういいながら﹃美形﹄に目線をなげたら、﹃お笑い﹄は沈黙し
た。
このままベースアバター改造にまで話が及んだりしたら、奴らに
すれば薮蛇だろう。
﹁そうだなぁ⋮⋮このアバター⋮⋮出来は良いから⋮⋮きょうだい
! 年の近い女のきょうだいのベースアバターに無理やり乗ってい
るんじゃないか?﹂
わざとらしく顎に手を当てながら、煽るように指摘してやった。
﹁証拠! 証拠はあるの!﹂
灯が見苦しく要求してきた。
諦めの悪い奴が相手だと、いつもこうなるから面倒だ。どうした
ものか⋮⋮。
﹁証拠といわれてもな⋮⋮お前みたいな下手糞なネカマはもう、臭
いがするとしか︱︱﹂
⋮⋮そこで灯は自分の二の腕を嗅ぐ仕草をしやがった!
灯を除く噴水広場にいる全員が唖然とした。
唖然とするしかなかった。
神に誓ってもいいが、俺はチープなトリックで灯を引っ掛けよう
とした訳ではない!
だが、俺の言葉に釣られた灯の動作は、何よりも雄弁に自白とな
っていた。
﹁おい、コレ⋮⋮﹂
﹁ああ⋮⋮アレだ⋮⋮﹂
﹁まさか⋮⋮いまどきアレを⋮⋮﹂
野次馬たちもざわめきだした。あまりの恥ずかしさに顔から火が
出そうだ。
そして空気を全く読まないリルフィーがはしゃぎだした!
﹁流石です、タケルさん! あの漫画っすよね? シブいっすよ!
105
さあ、決めの台詞を言っちゃってください! ﹃だが⋮⋮マヌケ
︱︱﹂
﹁だ、誰が言うかぁ! は、恥ずかしいだろうがぁ!﹂
皆まで言わせなかった。
我ながら見事な右ストレートが決まったと思う。もちろん、リル
フィーにだ。
灯に臭うと言ったのは比喩的表現だが、本当のことでしかない。
武芸の達人が格下の構えを見るだけで力量が判るように、俺は下
手糞なネカマを見れば一目でそれと判る。ただ、それを﹃臭い﹄と
表現しているだけだ。
まさか勝手に⋮⋮それも超有名な漫画のシーンを再現して自滅す
るとは!
そしてリルフィーも臆面もなく喧伝しやがった! やはり泥舟だ
! 一瞬でも頼るんじゃなかった!
⋮⋮そこで意外な事実に気がつく。
思わずリルフィーを殴ってしまったがペナルティがない。
﹁あれ? どういうことだ?﹂
パンチングボールにするようにリルフィーの顔にジャブを連打し
てみた。
やはりペナルティ︱︱衛兵による排除が起こらない。
﹁あの? タケルさん? なんで俺を殴るんです?﹂
﹁これは⋮⋮おそらく⋮⋮素手による攻撃は適用外なのでは?﹂
神妙な顔でネリウムが言った。
いまさらながら⋮⋮揺るがない人だ。灯のことも大して気にして
いないに違いない。それに⋮⋮ゲームシステムの考察をしているの
か、このルールの活用方法を考えているのか。
﹁あの? 割と痛いんで⋮⋮その⋮⋮そろそろ⋮⋮やめて欲しいか
なって⋮⋮﹂
﹁ああ、悪い、悪い⋮⋮HPは減ったか?﹂
﹁あっ! 全く減って無いです!﹂
106
﹁やはり! 素手による接触はHPの減少が無い代わりに、ペナル
ティも無い! そういうことなんでしょう! これを有意義に活用
するには⋮⋮﹂
⋮⋮ネリウムのような高尚な趣味人には重大なことなんだろう。
だが、どのように有意義に活用するかは聞きたくないと思った。
﹁ひ、引っ掛けやがったな!﹂
ようやく立ち直った灯が叫んだ。
なんで、こいつは⋮⋮俺達がバカなことをしている間に逃げてし
まわないのだろうか?
﹁﹃引っ掛けた﹄はまずいんじゃないか? それだと⋮⋮自分がネ
カマと認めたも同然だが? それに⋮⋮お前、男言葉に戻ってるぜ
?﹂
仕方が無いので引導を渡してやった。
もはや場は灯がネカマかどうかを論じる段階ではなくなっている。
もはや何を言っても手遅れ⋮⋮灯はネカマとしてプレイしていくし
かない。
﹁お、覚えていろ!﹂
そう言いながら、もたもたとメニューウィンドウを操作する灯。
⋮⋮正直、間が持たないから捨て台詞や俺を睨むのより、ログア
ウト作業の方を優先して欲しかった。こちらの方が恥ずかしくなっ
てくる。
ようやく灯の操作が終わり⋮⋮灯の姿は消えた。
107
分類
﹁す⋮⋮すごーい! タケル、凄いね!﹂
カエデが手放しの賞賛で俺を褒める。興奮しているのか、俺の腕
をぽふぽふと叩くがまるで痛くは無い。カエデの小さな手のひらの
方が心配になるくらいだ。なんていう名前なんだろう? この小さ
な可愛い生き物は!
損得勘定でいえば明らかにマイナス︱︱俺はこのゲームで﹃鑑定
士﹄として活動する気が無かったからだ︱︱なのだが⋮⋮カエデの
おかげで全てが報われた気がした。
﹁まあ⋮⋮ちょっとな。奴らみたいにロールプレイするなら女扱い
するべきなんだろうが︱︱﹂
そう言いながら四人組を探していたのだが⋮⋮見当たらない。
﹁あっ! あいつら! いつのまに! ⋮⋮追いかけますか、タケ
ルさん?﹂
神妙な顔でズレまくったことを言い出すリルフィー。
あいつらがログアウトしてたらどうやって追いつくつもりなんだ
? まだゲーム内にいたとしても⋮⋮追いついてどうするつもりな
んだ?
おそらく、あいつらは俺達がバカな話をしてた間に撤収したのだ
ろう。敵ながら見事な引き際だ。できれば﹃お笑い﹄とはもう関わ
り合いたくない。あいつは俺より上手すぎる。
﹁でも⋮⋮なんで灯は⋮⋮ネカマなんてしたんですかね?﹂
﹁お前が言うのかよ! こっちが聞きたいわ!﹂
リルフィーの妄言に思わずツッコミを入れてしまった。
こいつは﹃最終幻想VRオンライン﹄では女キャラクターをアバ
ターにしている。つまり、広義の意味でネカマだ。
﹁いや⋮⋮そりゃ⋮⋮﹃最終幻想VRオンライン﹄では女キャラク
108
ターですけど⋮⋮それもネカマになるんですか?﹂
不思議そうな顔で逆に聞き返された。
﹁⋮⋮前々から聞きたかったんだが⋮⋮お前、どうして向こうじゃ
ネカマやってんだ?﹂
﹁へっ? そりゃ当然⋮⋮有利だったからですよ? いまじゃ仕様
変更で男女差ないですけど⋮⋮それに女アバターの方が可愛いじゃ
ないですか!﹂
予想通りの返答が返ってきた。リルフィーは裏表が無さ過ぎると
いうか⋮⋮たまに三次元人なのか疑うときすらある。
リルフィーのようにゲーム的な有利不利︱︱たとえば﹃最終幻想
VRオンライン﹄では、男のアバターより女のアバターの方が十分
の一秒ほど剣を振るのが速かった︱︱や見た目で女のゲーム内アバ
ターを選ぶ奴は、そんなに珍しくない。
俺はこのパターンをファッション・ネカマと分類している。
ファッション・ネカマの奴らは中身が男であると公言しているか、
問われれば答えるから実害はあまり無い。⋮⋮稀に事故にあう男が
いるが、仕方の無いことだろう。
実害があるのが詐欺師・ネカマに分類できる奴らだ。
このタイプは一人美人局というか⋮⋮一人ハニートラップという
か⋮⋮実益を求めてネカマになる。哀れな犠牲者はネカマと知らず、
ゲーム内アイテムなどを騙し取られてしまう。
慣れていない人には理解不能だろうが⋮⋮MMOでは詐欺も方法
論の一つだ。誰もが詐欺と認めるような行為をしても、なに一つペ
ナルティーは科せられない。それどころか、強盗や恐喝、殺人すら
容認されている。
ゴホン!
全てが自己責任という掟を忘れた者を誰も助けてはくれないし、
嘆いても騙し取られた﹃アイスソード﹄は戻って⋮⋮犠牲者は泣き
寝入りするしかないのだ。
しかし、ここまでは分かるといってもいい。詐欺師・ネカマは一
生許すことができそうも無いが⋮⋮理解は可能だ。
109
しかし、全く共感できないネカマもいる。
MMOでよく見られるのだが⋮⋮﹃姫プレイ﹄というスタイルが
ある。
一人の女プレイヤーを中心にして︱︱この人物が﹃姫﹄だ︱︱男
が親衛隊のごとく取り巻きを形成するプレイスタイルだ。
このプレイスタイルでは姫君と家臣、教祖と信者、アイドルとフ
ァンのような集団が構成される。
こんな風に説明すると性悪女と馬鹿な男達に思えるだろうが⋮⋮
本人達が幸せなら外野がとやかく言うことでもないだろう。不思議
なことに集団としては異常な安定性を持っているし、普通は﹃姫﹄
役の一方的な搾取にもならない。
⋮⋮アイドルが一方的にファンから搾取していると考えるのはお
かしいだろう?
問題はそれをみて﹁自分も﹃姫﹄となってチヤホヤされたい!﹂
と安易に考え、ネカマをはじめる奴がいることだ。
それが姫・ネカマである。
賛否両論、色々あるだろうが⋮⋮俺は奴らの行動理念が﹁チヤホ
ヤされたい﹂にあるのが問題だと思う。
チヤホヤされて嬉しいというのがまず理解できない。いや、そこ
までは百歩譲って認めるとする。
しかし、チヤホヤしてくれるのは男なのだ。
かなりの才能を要求されるが﹃王子プレイ﹄︱︱ようするに﹃姫
プレイ﹄の男女逆転版のことだ︱︱だって実在はする。
どのみち姫・ネカマも努力と才能を要求されるのだ。それなら万
難を排して﹃王子﹄を目指したほうが建設的だと思うのだが⋮⋮そ
れでも⋮⋮男にチヤホヤされるために、わざわざネカマにまでなる。
もう、価値観が違うとしか言い様がない。
おそらく、灯は俺が﹃最終幻想VRオンライン﹄で目に付いたネ
カマを片っ端から断罪していた頃︱︱とある事情で荒れていた時期
110
があったのだ︱︱に会った誰かだと思われる。
そう思いたい。動機が復讐なら理解はできるからだ。
もしかしたら縁もゆかりもなく⋮⋮ただ有名人である﹃鑑定士﹄
の鼻を折りにきていただけの可能性はある。
⋮⋮腕自慢のネカマが勝手に、俺へ挑戦してくることも多い。
リルフィーと初めて会ったときもその類の輩かと思い、ちんぷん
かんぷんな会話がなされたのだが⋮⋮まあ、それは別の話だ。
とにかく、灯のような人間は本当に理解に苦しむ。
しかし、灯より遠い⋮⋮違う世界の人としか言い様の無いネカマ
もいる。
それがアリサエマのような人だ。
111
アリサエマ
アリサエマは青い顔で俯いたまま、身じろぎもしていなかった。
まるで裁きを待つ罪人のようだ。
﹁色々ありましたが⋮⋮気を取り直して狩りでもにいきませんか!
良かったらアリサも一緒に︱︱どうかしたのですか、アリサ? 気分でも悪いのですか?﹂
ネリウムがさりげなく話題を修正してくる。
⋮⋮リルフィーと違って頼りがいがあるな! 酸っぱくて怖いの
を差し引いても⋮⋮実にいい! 臨時共闘なのが惜しいくらいだ。
この機にリルフィーとトレードはできないものか⋮⋮。
﹁あれ? VRズレでも起きてます? GM呼びましょうか?﹂
リルフィーが親切そうに言うが⋮⋮﹃GM﹄の言葉に、アリサエ
マは身体をびくっと震わせた。
VRズレというのは、生身の身体とベースアバターが一致してな
いときに起きる不具合のことだ。
まだ成長期にあるユーザーはベースアバターとのズレが生じやす
いし、成長期でなくても新しいVRソフトをはじめたり、新しいベ
ースアバターに変えたりでもVRズレが起きることもある。
軽いもので消えない違和感程度だが⋮⋮重症になると不快感にま
で強くなったり、頭痛などの現実的な現象まで引き起こす。
普通はベースアバター屋での再調整をしたり、ゲームシステム側
に微調整を頼んだりして解決する。⋮⋮普通ならばだ。
灯のように他人のベースアバターに無理やり乗っていたり、エビ
タクシリーズのようにベースアバターの大改造をしていたらVRズ
レが起きて当たり前だろう。
が、そんなケースではGMを呼ばれたくはないはずだ。
さすがリルフィーだ⋮⋮選びうる選択肢の中で、常に最悪を引き
112
当て続ける。
﹁大変! GMさん⋮⋮呼んだら来てくれるかな? GMコール⋮
⋮どこにあるのかな⋮⋮﹂
優しいカエデはリルフィーの言葉を真に受け、メニューウィンド
ウをあちこち弄くってGMコールの方法を探しはじめた。
ここは助け舟をだしてやるべきだろう。カエデのためにも⋮⋮ア
リサエマのためにも。
﹁大丈夫だと思うぞ。たぶん、アリサさんはVRズレじゃない。灯
のことで⋮⋮驚いているんじゃないかな?﹂
アリサエマは俺の言葉に驚いて⋮⋮顔を上げ、恐々と俺を伺うよ
うに見た。
真意が伝わらなかったのだろう。もう少し工夫するべきのようだ。
﹁そっかぁ⋮⋮まあ、驚くよね! 色々な人がいるんだろうけど⋮
⋮ボクも驚いちゃった! あっ⋮⋮ボクはカエデだよ! よろしく
ね、アリサさん!﹂
﹁そうだな。カエデが言うように⋮⋮﹃色々な人﹄がいるよな。で
も、﹃色々な人﹄がいるのを﹃お互い認めつつ﹄⋮⋮﹃それはそれ
で﹄仲良くするのが一番だと俺は思うな。まあ⋮⋮灯のように﹃攻
撃的﹄なのは困るし⋮⋮それは﹃なんとかする﹄しかないけどな。
アリサさんもそう思うだろ? だから⋮⋮﹃良かったら﹄仲良くい
こう﹂
アリサエマの目をまっすぐに見つめながら言った。
俺の言葉を聞いて、最初は不審そうだったが⋮⋮裏に込めたメッ
セージに気がついたのか、徐々にアリサエマの顔は明るくなる。
その優しそうな女の子の顔で開けっぴろげに⋮⋮まるで救い主が
現れたかのような表情をするのは勘弁して欲しかった。不可侵条約
を結んだつもりなのだが⋮⋮きちんと伝わったのだろうか?
まるで理解していないリルフィーがキラキラした目で俺を見るの
が堪らない。だから、それはやめろ! 尻がムズムズする!
慌てて俺はカエデの様子を探るが⋮⋮特になにも感じていないよ
113
うだ。良かったような⋮⋮無関心すぎて寂しいような⋮⋮。
俺以外の誰も気がついていないが⋮⋮アリサエマは本物の人だ。
⋮⋮本物のオカマの人という意味だ。
そっちの世界には詳しくないから判らないが⋮⋮稀に男に生まれ
ながら、自分を女としか考えられず⋮⋮好きになるのも男という人
がいるらしい。
詳しくは性同一性なんちゃらと呼ぶのだとか、男として男が好き
なのとは違うだとかあるらしいのだが⋮⋮俺にはそういう人がいる
ということだけで十分だ。
目に付くネカマを片っ端から断罪していた頃、そういう人に出会
った。
無知で未熟な俺は、自慢げにその人も断罪したのだが⋮⋮後味の
悪い結果となって、後悔だけが残っている。
唯一の救いはその人と恋人が、今では幸せにやっていることだろ
う。⋮⋮どう幸せなのか絶対に知りたくないが、そう思うことにし
ている。
それ以来、俺は頼まれなければ﹃鑑定士﹄として動かなくなった
し⋮⋮微妙な案件には慎重に対処を心がけた。
アリサエマのベースアバターには改造が見受けられるし⋮⋮それ
を細心の注意を払って動かしている︱︱それが逆に、俺には違和感
として感じ取れるのだが︱︱のも判る。
おそらく、アリサエマは強烈なVRズレに耐えながら⋮⋮いまの
ように明るく笑っているはずだ。
彼⋮⋮女⋮⋮?にとってはVR世界は夢の世界で⋮⋮現実では絶
対に果たされない望みのかなう世界で⋮⋮それを俺が土足で踏みに
じることはないだろう。
﹁偶然だけど⋮⋮もしかしたらボクたち、バランス良いんじゃない
かな? ﹃戦士﹄が二人に︱︱﹂
そこでカエデは俺とリルフィーを指差す。
114
﹁﹃僧侶﹄に︱︱﹂
次はネリウムだ。
﹁﹃魔法使い﹄!﹂
最後にカエデはアリサエマを指差した。
アリサエマは恥ずかしそうに笑うことでカエデに答える。なかな
か良い感じにグループができ始めているようだ。
﹁⋮⋮ところでカエデは?﹂
カエデは身体にぴったりとフィットした皮鎧︱︱これを起伏ある
ものに育てるのは俺の仕事なのだろう! ︱︱を着ているのだから、
﹃盗賊﹄に決まっているが⋮⋮なんと答えるのか楽しみだから聞い
ただけだ。
﹁ふふ⋮⋮ボクは﹃盗賊﹄だよ! ボクの華麗なテクニックでモン
スターをやっつけちゃうぞ!﹂
カエデはおどけて短剣を抜いてポーズをとるが⋮⋮かっこいいと
いうより可愛すぎる。
どれくらい可愛いかというと⋮⋮狩りに行く気がうせたぐらいだ
! もう狩りなんてどうでもいいから、ここから見えるあの宿屋に
二人でペアハントにでも︱︱
﹁少し時間を無駄にしてしまいました。そろそろ狩りにいきましょ
う!﹂
頼りになる相棒ネリウムが俺を引き戻してくれた。本当にこの人
は頼りになる!
ネリウムの言うとおりだ。狩りは適当に⋮⋮短時間でサッサッと
切り上げねば! 真の戦いはその後なのだから⋮⋮ここでグズグズ
している暇はない!
よし、すぐ行って、すぐ帰ってこよう! と思っていた俺の肩を
︱︱
﹁少年⋮⋮良い目をしているな。その力⋮⋮わが団で役立てて見な
いか?﹂
と言いながら引き止める手があった。
115
勧誘
その声はひどく良い声だった。
認めたくないが⋮⋮男であればこのような声に生まれたいと思わ
せるものだ。
だが、その声の持ち主は⋮⋮かなり変な人だった。
一見すると渋い⋮⋮とても渋い中年男性だ。彫りの深い顔に鋭い
目つきは⋮⋮その男が潜ってきた修羅場を想像させる。俺と同じく
お仕着せの粗末な胴鎧姿なのに⋮⋮歴戦の勇士とでもいうべき風格
を感じさせた。
だが、背が低い。致命的なまでに背が低かった。
他の全てが完璧なだけに⋮⋮ただそれだけで奇妙なデフォルメと
しか思えない。これならもっと普通の外見の方が生き易いに違いな
いだろう。
﹁突然すまなかったな⋮⋮私はジェネラル。RSS騎士団の団長を
やらせてもらっている﹂
その男は芝居ががった仕草で自己紹介をした。
おそらく、普通に自己紹介をしているだけで⋮⋮醸し出す雰囲気
が芝居のように感じさせているのだろう。
﹁君のその特殊な力を⋮⋮わがRSS騎士団で役に立ててみないか
? いまなら幹部候補生の席を用意しよう。なに、心配することは
ない。わがRSS騎士団は有史以前から綿々と存続してきた最大派
閥で︱︱﹂
ジェネラルと名乗る男がそこまで続けたとき、俺はようやく我を
取り戻した。
電波のようなことを言っているから理解しにくかったが⋮⋮これ
は単なるギルド勧誘なのではあるまいか?
ギルド︱︱名称はゲームによってそれぞれだが︱︱とはMMOで
116
は良くあるシステムで、プレイヤー同士で作る団体のことだ。
MMOを知らない人に説明するのは難しいのだが⋮⋮気の合うプ
レイヤー同士で作るサークルのようなものと考えておけばいい。ギ
ルド単位でしか遊べないイベントもあるし、ギルドに入ることでゲ
ーム的に有利になることもある。
仲良しグループが作ったものから攻略のために集まったギルド、
軍事行動するための軍隊のようなギルド、商業組合のようなギルド
⋮⋮ゲームシステムとその世界に集まった人間によって千差万別だ。
おそらく、ジェネラルと名乗った男はRSS騎士団とかいうギル
ドのマスターで⋮⋮俺たちを勧誘しているだけだろう。
電波のような発言も⋮⋮ロールプレイ派のプレイヤーだからだと
思いたい。
ロールプレイと言うのは⋮⋮日本語訳すると﹃役を演じる﹄とな
る。
例えば俺ならこの世界、中世ヨーロッパ風ファンタジー世界に住
む駆け出しの戦士となるから⋮⋮言動もそれっぽくすることは可能
だ。つまり自己紹介で﹁俺はタケル。まだ駆け出しの戦士だが、い
ずれは英雄になる男だぜ﹂などとしても問題はない。⋮⋮痛いから
絶対にやらないが。
ネカマに対する態度だって⋮⋮相手が女性と設定しているのだか
ら、尊重して女性として扱うべきだという意見も無くもない。
目の前のおっさんは﹁有史以前から続くRSS騎士団﹂という設
定のギルドを運営しているのだろう。⋮⋮なんでそんな設定にした
のか理解に苦しむが。
良く見れば噴水広場には同じようにギルドメンバー募集をはじめ
ている奴らがチラホラいた。
まずい! 暇そうにしているカエデは面白そうにギルドメンバー
募集している奴らを観察しているし⋮⋮とりあえずグループ交際な
どを企む奴らは敵だ! そんな奴らの魔の手にカエデを晒すわけに
は︱︱
117
﹁ギルマスー! メンバーの承認お願いします!﹂
遠くのほうからジェネラルを呼ぶ声がした。
おそらく、RSS騎士団とかいうギルドのメンバーだろう。⋮⋮
しかし、ゲームは開始したばかりだというのに、やけに人数が多い。
もしかして別のゲームからの移住ギルドか?
ギルド移住とは⋮⋮新しいMMOが発表されるたびに起きる現象
の一つだ。
新しいゲームに既存ゲームのギルドごと参加しようという試みで
⋮⋮既存ゲームに不満だったり、負けが込んでたりするギルドがよ
く行う。既存ゲーム側にとってプレイヤーの大量流出であり、新し
いゲーム側にとっては古い人間関係まで︱︱怨恨まで輸入されるの
で迷惑ともいえる。
しかし、ギルドごとの移住者ならば⋮⋮後々に勢力を持った集団
になる可能性があった。加入はともかく、名前だけは覚えておかな
くては⋮⋮。
﹁あの⋮⋮ジェネラル?さん? ギルドの方が呼んでますよ。それ
に⋮⋮俺達はまだギルドとか考えてないので⋮⋮またの機会に﹂
穏便に断りを入れておく。
万が一、RSS騎士団とやらが大ギルドに育ってしまったら、そ
のギルドマスターに悪い印象を持たれるのは不味い。
﹁そうか⋮⋮残念だな。いや⋮⋮まだその時期ではないのか。⋮⋮
断言しよう。君は必ずRSS騎士団に加入する。私はそれを楽しみ
に待つことにするよ。それではまた会おう!﹂
そう言ってジェネラルはギルドメンバー達の方へ戻っていった。
全力で関わりになってはいけない人に思えるが⋮⋮どうして、そ
んな人物がギルドメンバーを多く確保できるのだろう?
⋮⋮俺達はジェネラルから逃げるように街の外へと向かった。
118
出発
城壁から外へ出るとすぐに草原が広がっていた。
これもうるさい人に言わせると変なことらしい。
普通、城壁の周辺には貧しい人達が住みついていて⋮⋮ありてい
に言えば貧民街の様相となるそうだ。
しかし、そんな時代考証をされても困る。街から出入りするたび
に貧民街経由では、楽しく遊びにくくなってしまう。
そんなわけでリアルとは言えないのだろうが、草原を前に俺はか
なりテンションが上がっていた。
目の前に広がるのは⋮⋮前人未踏の冒険の大地なのだ!
MMOにだって嫌なこと、辛いこともあるが⋮⋮この未知の世界
に挑む高揚感が俺を飽きさせない。やはり、俺はMMOプレイヤー
なんだなと呆れてしまった。
ここには遊びに来たわけではないが⋮⋮カエデが満足するまでの
間、少し楽しんでも罰は当たらないだろう。
﹁どうします?﹂
リルフィーが方針を聞いてきた。
こいつと狩りをするのは良くあることだったが⋮⋮相談をするな
んて久し振りな気がする。
俺とリルフィーだとセオリーが解かり過ぎてて、いまさら相談す
ることなど何一つ無い。下手をすると一言も口を聞かず、何時間も
狩りを続けることすらある。
﹁まあ、とりあえずパーティを組むか。システムが良く解からない
し⋮⋮あとはセオリー重視でいくしかないんじゃないか?﹂
そこで俺たちはメニューウィンドウを呼び出し、パーティ編成を
した。
全員がいっせいにメニューウィンドウを操作しだすのは、はたか
119
ら見たら変だろうが⋮⋮MMOでは良くある風景ことでしかない。
﹁あっ! ボク⋮⋮短剣を買うつもりだったんだ! どうしよう⋮
⋮﹂
﹁短剣? 持ってるじゃないか?﹂
カエデの不思議な言葉に思わず聞き直してしまう。
﹁うんと⋮⋮ボク⋮⋮スキルで﹃二刀流﹄を取ったから⋮⋮最初に
お店で買おうと思ってたんだけど⋮⋮﹂
﹁いまから買いに行ったのでは手間です。今回は私の短剣をお使い
ください。どうなるか判りませんが⋮⋮この人数だと私は回復に専
念した方が良さそうですし﹂
そう言いながらネリウムはカエデに自分の短剣を差し出した。
本当にネリウムは頼りになる人だ!
ここで時間をかけるのは愚策だし、街に戻って買い物では面倒く
さい。
それに裏方的役割の回復役に自ら立候補してくれた。
目的はお互いのターゲットに気持ちよく遊ばせることであり、俺
とネリウムの楽しみ追求は二の次でしかない。⋮⋮相方のターゲッ
トがリルフィーなのに疑問を覚えるが⋮⋮俺がとやかく言う筋合い
ではないだろう。
﹁カエデは戦闘系のスキル配分なのか?﹂
﹁うんとね⋮⋮﹃二刀流﹄に﹃急所攻撃﹄﹃体術﹄﹃隠密﹄﹃方向
感覚﹄﹃気配察知﹄だよ!﹂
無邪気にカエデは答えてくれた。
本気でMMOを攻略するのであれば⋮⋮自分の所持スキルや能力
値割り振りは秘密にするべきだ。まあ、﹃セクロスのできるVRM
MO﹄では攻略なんぞ二の次だが。
それより、かなり攻撃的なスキル配分が気になった。もしかした
ら怒らせたら怖いのかもしれない。
いや、その考えは誤りか?
受けか攻めかで区分したら、攻めるのが好きなタイプかもしれな
120
い。
攻め⋮⋮カエデに積極的に攻められる! 悪くない!
⋮⋮もちろん、コンビプレイでのポジションについてだ。
﹁それじゃ、カエデ⋮⋮さんはディラーかな?﹂
リルフィーは慌ててカエデに﹁さん﹂付けする。俺が睨んだから
だ。
ディラーとはモンスターと戦うときにダメージをディールする役
目のことで、パーティの攻撃役を受け持つ。
﹁そうだな。それで俺かリルフィーがタンクだな。リルフィー、ヘ
イト管理系のスキル取ってるか?﹂
﹁へっ? いや⋮⋮ヘイト管理系なんて⋮⋮そんなの取らないっす
よ。まだ一レベルなのに﹂
使えない返事をされたが、リルフィーの言うことは理にかなって
いる。
ヘイト管理系スキルというのはシステムによって色々だが⋮⋮よ
うするにモンスターの注意を引きつけるスキルだ。
仮にこのパーティで五匹のモンスターと戦うとする。
五対五だからと一対一の戦いを五つ作ってはいけない。そんなこ
とをしたら肉弾戦に劣る﹃魔法使い﹄のアリサエマはあっという間
に倒されてしまう。
正しいのは盾役︱︱タンクを一人用意して、そいつ一人で五匹分
の攻撃に耐えることだ。
そうすれば肉弾戦に弱いアリサエマの安全が確保できるし、回復
担当のネリウムの負担もぐっと減る。さらには手の空いてる三人で
集中砲火を加えることで、手早くモンスターを倒すことができるだ
ろう。
その作戦を上手く成立させる︱︱モンスターの注意を引きつける
スキルがヘイト管理系スキルだ。
しかし、当たり前だがヘイト管理系スキルはソロプレイでは全く
121
役に立たない。何もしなくても目の前のモンスターは自分だけを攻
撃してくれる。⋮⋮嬉しくともなんとも無いが。
また、一レベルの﹃戦士﹄がモンスター五匹分の攻撃に耐えれる
かも全く判らない。モンスターの注意を引きつけた瞬間に即死もあ
りえる。
リルフィーの言うように、この段階でヘイト管理スキルなど習得
するのは愚策とも考えられた。
﹁⋮⋮じゃあ、なんのスキルとったんだ?﹂
﹁そりゃ⋮⋮﹃剣﹄と﹃危険感知﹄ですよ。これ以外ありえないす
っよ﹂
リルフィーにしては当たり前⋮⋮いや、廃人ならば当たり前の選
択だった。
﹁武器は剣一択﹂に﹁﹃感知﹄は取れ﹂⋮⋮どちらも鉄則といっ
ても良いぐらいのセオリーだ。
ファンタジーゲームでは剣以外にも武器は多く設定される。斧、
槍、弓、槌⋮⋮とバリエーションは豊かにあるだろう。
しかし、普通に考えて一番人気は剣だ。
そして一番人気である剣を、不遇な武器にするシステムはほとん
ど無い。一番有利な武器とは言えないまでも⋮⋮確実に上位の性能
が約束されている。
それを踏まえれば、剣以外の武器を選択するのは⋮⋮趣味に走っ
ているとしか言いようがない。
﹁﹃感知﹄は取れ﹂は安全策なセオリーだ。
リルフィーの取った﹃危険感知﹄は危険が迫ったら解かる、第六
感のようなスキルなのだろう。しかし、そんな曖昧な現象を再現す
ることはできない。
おそらく、危険が近づいたときに頭の中でアラームでも鳴るのだ
ろうが⋮⋮これが強力な効果なのだ。
現実の第六感は間違えることがある。﹁いやな予感がしたが、そ
んなことは無かったぜ﹂というアレだ。
122
しかし、スキルの場合、アラームが鳴ったら確実に危険が近くに
ある!
もちろん、危険の定義や発動率によって恩恵は左右されるだろう
が⋮⋮場合によっては万能のスキルへと変化してしまう。
万能必須の神スキルだった場合⋮⋮持つものと持たぬものの格差
は酷いものとなる。
たいしたことが無いスキルだったとしても、貴重なスキル枠一つ
分程度の役には立つだろう。それでいながら万が一の保険でもある
のだ。
﹁タケルさんだって⋮⋮同じスキルでしょ?﹂
のほほんとリルフィーが痛いところをついてきた。
﹁俺は⋮⋮﹃剣﹄と﹃調薬﹄だ﹂
﹃防具破壊﹄のスキルは万が一にも知られてはならない。少なく
ともカエデには!
嘘をついたことになるが⋮⋮他人の修得スキルを調べる方法など
無いはずだし、なんとでも帳尻合わせはできるはずだ。
﹁えっ? ﹃調薬﹄って⋮⋮そんな⋮⋮もしかして、何か裏情報つ
かんでいるんですか?﹂
リルフィーが愕然とした後、神妙な顔を近づけ内緒話をしだした
のは⋮⋮﹃調薬﹄という選択がありえないものだからだ。
実は﹃調薬﹄に限らず、全ての生産系スキル修得はありえない。
⋮⋮少なくとも廃人にとっては。
NPCのショップでは必要最低限の物しか手に入らないのが一般
的だ。生産系スキルと関わりにならないのは不可能であるし、そん
なことをすればMMOの楽しみを損なってもいる。
しかし、生産系スキルがあっても、無からアイテムを作り出せる
わけではない。
材料が必要だ。材料の入手方法はゲームによって様々だが、他の
プレイヤーから買い取ったり、自分で獲りに行ったり⋮⋮ようする
123
にプレイヤー自身がやらねばならない。
材料が集まってようやく製作だが、作業に時間がとられたり、失
敗したり、プレイヤー自身の才能が要求されたりと⋮⋮細々とした
制約がついてまわる。
完成してもまだ終わらない。
ほとんどの場合、誰かに売却して資金にして、ようやく終了だ。
これはこれでゲームの世界が社会として成立する要素だし、アイ
テム生産にも楽しみを見い出せる。生産中毒とでもいうしかない極
まったプレイヤーだって珍しくはない。
しかし、生産作業には時間がとられる。それは否定できない事実
だろう。
攻略がテーマのプレイヤーにとって︱︱トップクラスの廃人にと
って生産作業などは煩わしいだけだ。
貴重なスキル枠を一つ使用して、攻略に直接は役に立たないスキ
ルを修得してしまう。それだけで廃人には理解不能だ。
その習得してしまった生産系スキルを有効に活用するには、生産
作業に時間を割く必要まである。効率の面で論じるにも値しないこ
とだ。
そんな発想をしていたらトップクラスの廃人には絶対及ばない。
奴らは大量の資金にものを言わせ、欲しいものを欲しいだけ買い
漁る。値切り交渉の時間すら惜しむ。それが廃人だ。
そうやって確保した物資と時間を使って、最先端の狩場で大きな
利益を得る。その利益で⋮⋮また大量の物資と時間を確保するのだ。
リルフィーはどこに出しても恥ずかしくない︱︱例えば社会病理
学者へのサンプルだ︱︱廃人であるから、この様な発言となったの
だろう。
﹁そんなんじゃない。まだオープンβだぞ? どうせレベル制限か
作り直し強制のどちらかだし⋮⋮正式サービスに持ち込めるアイテ
ムも制限かかるはずだ。この時点では自給自足できるようにスキル
取るのが正解なんだよ。市場には売り手も買い手もいないだろうし
124
な。いまは何よりも情報。満足のいくキャラメイクやスキル構成に
は⋮⋮オープンβ終了直前になってりゃいいんだ﹂
俺の口からでまかせにみんなは納得したようだ。
まあ、攻略の観点で言えば間違いではないだろう。
オープンβはあくまでもテストプレイであるから、プレイヤーた
ちの成果︱︱レベルやアイテムは正式サービス開始時に全ては持ち
越せない。それはテストプレイヤーも承知していることだ。
⋮⋮かなり厳しい制限となるのが予想できる。廃人達がやばすぎ
るからだ。
奴らを野放しにしたら⋮⋮βテスト終了前にゲームが終了してし
まう!
125
打ち合わせ
﹁⋮⋮リルフィーがメインタンクな﹂
﹁えっー⋮⋮似たようなもんでしょうし⋮⋮交代でやりましょうよ﹂
﹁俺は火力型なんだよ。どうせお前は﹃体力﹄型だろ?﹂
﹁うっ⋮⋮それじゃ、俺がタンクするしかないっすね﹂
という会話でリルフィーにタンク役を押し付けることに成功した。
VRMMOではタンク役は不遇というか⋮⋮あまり人気がある役
職ではない。
パーティの護り手、生命線などと言えばかっこよく感じるし、パ
ーティからの支援︱︱回復魔法なども最優先される。
しかし、それは裏を返せばパーティで最も攻撃を受ける役目だ。
VRMMOはVRマシーンを使うからVRMMOなのであって⋮
⋮つまり、攻撃を受ければ痛みも感じる。もちろん、痛みはごく僅
かなものに抑えられているが、それでも気分の良いものではない。
また、俺の予想通り、リルフィーは﹃体力﹄型のキャラクターだ
った。
﹁﹃体力﹄に全部振れ﹂がMMOの大鉄則だ。
設定されているHP︱︱ヒットポイントが無くなってしまうと死
亡する。
死亡したらペナルティーなどが発生するのも難点ではあるが、そ
れよりも行動不能になるのが大問題だ。
どんなに強い武器や凄い魔法でも⋮⋮死亡したプレイヤーには使
えない。
この単純な真理がHPを重視するセオリーを生む。
HPはキャラクターのクラス、﹃体力﹄、レベルから算出される
のだろうから、俺達の中で一番死ににくいのは﹃体力﹄を高くして
いるリルフィーだ。
126
俺のように﹃腕力﹄に振るのは火力型と呼ばれる。これはこれで
別のセオリーに沿っているから不思議ではないのだが⋮⋮まあ、こ
のゲームでは攻略など重要ではないだろう。
﹁ボクが斥候しようか?﹂
カエデは﹃盗賊﹄であるし、﹃隠密﹄と﹃気配察知﹄のスキルも
習得しているからの提案だろう。
確かに先に相手を発見して対処するのと、相手に発見されて奇襲
を受けるとでは天と地の差だ。
また、カエデも自ら﹃盗賊﹄を選ぶのだから、そのような役目に
やりがいを感じるタイプなのだろう。渋々タンクを引き受けたリル
フィーとは大違いだ! それに可愛いし!
しかし、過保護なのは良くないとは思うが、カエデもまだ一レベ
ルだ。ちょっとした事故で死亡すらありえる。
死亡もまたMMOの一部ではあるが⋮⋮楽しいことではない。カ
エデに無理をさせるのは今回の目的︱︱カエデを楽しませるのには
適していないだろう。
﹁いや⋮⋮どんな奴が出てくるかわからんし⋮⋮それより、バック
アタックとサイドアタックを警戒してくれ。それとネリウムさんと
アリサさんの護衛だな﹂
カエデには安全な任務を言い渡しておく。
街を出て⋮⋮それも最初の街を出ていきなり奇襲攻撃などありえ
ない。そんな辛いゲームバランスでは玄人以外は楽しめなくなる。
しかし、セオリー的には前方以外にも注意を払うべきだから、カ
エデは自分の役割に納得してくれたようだ。
少しやる気が出てきた。
俺とリルフィーの前衛ラインをきっちり作ればカエデはもちろん
のこと、ネリウムとアリサエマの安全も確保できる。すこし真面目
にゲームするか!
基本的にはリルフィーを擦り切れるまで使い倒せばいいのだが⋮
⋮ヘイト管理系スキルが無いのが問題だ。
127
﹁リルフィー、FAきっちり入れていくぞ﹂
﹁そうすっね⋮⋮その方が良いですね。しまったなぁ⋮⋮飛び道具
を買っておけば良かった。⋮⋮手頃な飛び道具は実装されているん
ですかね?﹂
FAとはファーストアタックの略語で、MMOの専門用語だ。
当たり前の話ではあるが⋮⋮MMOに登場するモンスターなどの
敵役は理詰めで行動しない。理詰めで行動されたらプレイヤーに全
く勝ち目が無いからだ。
例えば俺たち五人のパーティに、五匹のモンスターが襲い掛かっ
たとする。
その場合、最も効果的なのはネリウムへの集中攻撃だ。
モンスターはNPCであるから、自分達が死のうが悲しくとも悔
しくとも感じない。どれだけの被害が出ようが、躊躇うことなくモ
ンスターは作戦を遂行できる。べつに全滅してもかまわない。
だが、俺たちはネリウムが倒された時点で負けだ。なんとかモン
スターを撃退したとしても、回復役がいなくなっては撤退もままな
らなくなる。
しかし、完全な理詰めがNGだとしても⋮⋮ランダム性の高い行
動基準も困りものだ。
それはそれで面白い要素なのかもしれないが、攻略するという感
覚が薄れてしまう。いかにモンスターがNPCだとしても、それな
りの理屈に沿って行動しなければ興が冷めるというものだ。
そこで程よく合理的、僅かにランダム性のある行動をモンスター
はすることになる。
一般的にモンスターが最初に狙うのは﹃最初に発見されたプレイ
ヤー﹄と決められているが、﹃自分を最初に攻撃した﹄﹃最も近く
にいる﹄﹃脅威がある﹄などの理由でターゲットを変更してくる。
もちろん、全てのモンスターが同じ行動基準ではないし、異なる
行動基準のモンスターと同時に戦うときはさらに複雑だ。慣れなけ
128
ればモンスターの狙いは読めないし、熟練者ですら読み間違えるこ
ともある。
モンスターの狙いをプレイヤー側でコントロールしやすくするの
がヘイト管理系スキルなのだが⋮⋮修得者がいないのだから他の工
夫をするしかない。
俺たちの場合、先頭にリルフィーを立たせることで﹃最初に発見
されたプレイヤー﹄で﹃最も近くにいる﹄とできる。
さらにリルフィーがFAを入れることで﹃自分を最初に攻撃した﹄
と﹃脅威がある﹄の条件もクリアだ。
数が多かったりしたら俺が色々とする必要はあるだろうが、とり
あえずはこの作戦で上手くいくだろう。
﹁飛び道具は⋮⋮なんとかなりそうな気がするぞ?﹂
そう言いながら俺はしゃがみこんで足元の石を拾った。
⋮⋮やけに﹃手頃な﹄石が多く転がっていたのが気になっていた
のだ。
﹁石なんて何に使うんです?﹂
﹁うん? 実験だ。いいか、リルフィー⋮⋮避けるなよ?﹂
﹁はい? ⋮⋮⋮⋮⋮⋮えっ? ふぎゃあ!﹂
至近距離で俺の投石攻撃をくらったリルフィーは猫のような悲鳴
をあげる。
リルフィーの顔面に石が当たった瞬間、やや派手な攻撃命中エフ
ェクトと効果音が発生した。それに﹁FF半減﹂という文字がリル
フィーの頭上に浮かび上がる。
視界の隅に﹁注意! フレンドリーファイヤーです!﹂とアナウ
ンスの文字も見えた。これは俺にしか見えていないんじゃないだろ
うか?
﹁⋮⋮ありゃ?﹂
﹁何するんですか!﹂
さすがにリルフィーが︱︱額から血を流しながら︱︱首を捻る俺
129
に文句を言った。
﹁いや、悪い⋮⋮まさか当たるとは⋮⋮痛かったか? HPは⋮⋮
減ったみたいだな﹂
視界の隅に出現したパーティ全員のHP表示を確認しながら俺が
言うと︱︱
﹁そりゃHP減るに決まってるじゃないですか! 痛みは⋮⋮そん
なにでしたけど。それよりビックリしたじゃないですか!﹂
なおもリルフィーはプリプリと怒り続ける。
まあ、当たり前か。俺だって実は驚いているのだから。
﹁いや⋮⋮少し実験しておこうと思っただけなんだが⋮⋮ほれ、飛
び道具だぞ﹂
そう言いながら石を拾いなおして、リルフィーに手渡した。
﹁へっ?﹂
﹁いや⋮⋮だから⋮⋮この石が手投げ武器に使えるって判ったじゃ
ないか﹂
﹁おー、なるほどー⋮⋮よく石が武器に使えるって判りましたね?﹂
﹁なんだか丁度いい石がやたらと転がってたからな。もう少し数を
拾うことするとして⋮⋮それより、大事なことも判明したぞ!﹂
簡単に誤魔化せたリルフィー︱︱誤魔化せて俺の方が驚きだ︱︱
ではなく、どんびきしているカエデとアリサエマの注意を惹くよう
に言った。
﹁パーティ内でも攻撃が当たっちまうらしい。てっきりバリアみた
いので阻まれると思ったんだが⋮⋮リルフィー、ほんと悪かった。
すまない﹂
﹁いや⋮⋮まあ⋮⋮良く考えたらパーティ内攻撃が当たるって珍し
いですね。それに、そんなに痛くなかったですし﹂
そう言うリルフィーは⋮⋮ホクホク顔のネリウムに回復魔法をか
けてもらっている。⋮⋮本当にぶれない人だなぁ。
﹁タケル! さすがに今のは酷いよ! まあ⋮⋮悪気は無かったん
だろうけど⋮⋮気をつけなきゃ駄目だよ!﹂
130
カエデに怒られてしまった。
﹁いや⋮⋮うん⋮⋮悪いと思ってるよ﹂
﹁反省してるの?﹂
﹁うん、反省している﹂
腰に手を当ててカエデは俺を叱るが⋮⋮なんだろう? カエデに
怒られて嬉しいわけではないのだが⋮⋮悪い気分でもない!
﹁⋮⋮タケルさんも反省しているようですし⋮⋮その辺で⋮⋮﹂
﹁うん⋮⋮まあ、反省しているようだし⋮⋮もうやっちゃダメだか
らね?﹂
アリサエマがカエデを宥めると⋮⋮興奮した自分を恥じるように
照れ笑いをしながら、カエデも許してくれた。
﹁じゃあ、もう少し石を拾いますか!﹂
リルフィーの掛け声をきっかけに、俺たちは石を拾い集めた。
間に合わせの武器であるから、俺とリルフィーに数個ずつで良い
のだが⋮⋮ネリウムが満面の笑みで自分の取り分を要求してくる。
ネリウムは短剣をカエデに貸してるから丸腰だし、手が空くとき
もあるだろうから悪いアイデアでも無いが⋮⋮嫌な予感しかしない。
⋮⋮主にリルフィーにとってだ。
﹁⋮⋮忙しいときは使わない方向で﹂
﹁わかっています。⋮⋮安心してください﹂
念のために釘を刺しておくが、自信ありげな返答で逆に不安にな
った。
131
草原
まずは草原を探索することになった。
隊列はリルフィーを先頭にすぐ後ろが俺、真ん中にネリウムとア
リサエマを入れ、最後尾がカエデだ。最初の街を出たばかりでここ
まですることは無いだろうが⋮⋮遊びは真面目にやるから楽しいの
だと俺は思う。
草原といっても天然な感じではなく、きちんと整備された公園の
ような雰囲気だ。
足元は芝生に近い感じだし、起伏もあるが歩きにくいほどではな
い。殺風景にならない程度にぽつぽつと茂みがあったり、岩があっ
たりしている。僅かに風も吹いていて気持ちが良い。
遥か遠くにかなり大きな木が目立つが⋮⋮あれは何か特別なスポ
ットなのだろうか?
﹁まず⋮⋮あの茂みの反対側を調べない? あの赤い光の柱が気に
なってしょうがないんだ﹂
探索を始めてすぐ、カエデがそんなことを言いだした。
﹁赤い⋮⋮光の柱? どこだ、それ?﹂
カエデの言う光の柱を探して見るが⋮⋮そんなものはどこにも見
当たらない。
リルフィーやネリウム、アリサエマも同様に辺りを見回している
が、やはり何も見つけられないようだった。
﹁えー? ほら⋮⋮あの茂みの⋮⋮ちょうど裏側の辺り。赤い光の
柱が立っているでしょ?﹂
カエデは一番近くの茂みを指して言うが⋮⋮やはり光の柱など見
当たらない。
﹁⋮⋮どういうことですかね?﹂
﹁解からんな⋮⋮﹃盗賊﹄の能力なのかな?﹂
132
俺とリルフィーは首を捻るしかなかった。
﹁あの⋮⋮近いのですし⋮⋮行ってみれば解かるんじゃないかと⋮
⋮﹂
アリサエマが遠慮がちに提案してきた。
もう少し打ち解けても⋮⋮緊張しなくても良いと思うのだが、ま
だ噴水広場でのことを気にしているのか?
だが、すぐにどうこうできることでもないし⋮⋮気を使い過ぎた
ら逆に居心地が悪いかもしれない。もう少し様子を見ることにする
か⋮⋮。
﹁アリサの言う通りです。そこに行ってみれば解かるでしょう﹂
まあ、アリサエマやネリウムの言う通りではある。ここで考えて
いてもはじまらない。
﹁うん、そうしよう。リルフィー、一応、警戒しとけよ﹂
﹁ういっす!﹂
そういって盾と剣を構えなおすリルフィーを先頭に、俺たちは茂
みを回りこむ。
回りこんでみれば直ぐに理由は判明した。
そこにはモンスターがいたのだ!
⋮⋮が、俺たちは理由が判明しても少し唖然としていた。
﹁コレ⋮⋮襲い掛かってこないね﹂
最後尾から俺の隣まで位置を変えながらカエデが言った。
﹁⋮⋮ノンアクなんですかね?﹂
おそらくリルフィーの判断は正しい。
ノンアクとはノンアクティブの略でアクティブでない⋮⋮つまり、
自発的には襲い掛かってこないモンスターのことだ。
﹁でも⋮⋮なんというか⋮⋮その⋮⋮﹂
アリサエマが言いよどんだわけは、全員が理解できたに違いない。
そのモンスターは膝の高さぐらいの体高で横幅はその倍くらい、
全体的には巨大な饅頭の様なシルエットの⋮⋮いわゆるスライムだ
った。
133
そこまでは変とは言えない。ただ、色艶と質感が普通ではなかっ
た。
そいつは全身が黄色で⋮⋮全体的にプルプルした感じで⋮⋮草原
をノロノロと動いているのにとても清潔な感じで⋮⋮。
﹁⋮⋮プリンみたいだな﹂
我慢しきれなくなり、俺は言ってしまった。
巨大なプリンの頭上?辺りに視線の焦点を合わせると﹃きいろス
ライム﹄と名前が浮かび上がる。
攻撃してこないせいもあるが、とてもモンスターには思えなかっ
た。それどころか生き物とすら感じられない。⋮⋮完全に動くプリ
ンだ。
﹁プリンだよ!﹂
﹁はいっ! プリンです!﹂
﹁これは⋮⋮是非とも食b⋮⋮倒さねばなりません!﹂
呆れている俺と違い、女性陣︱︱色々とあるが女性陣で良いだろ
う︱︱の三人は戦意が漲ってきたらしい。
⋮⋮まあ、モンスターが可愛らし過ぎて、攻撃するのが嫌になる
のよりはマシか。
﹁あれっすかね⋮⋮バケツプリンってこんな感じなんですかね?﹂
﹁馬鹿なことを言ってないで⋮⋮やるぞ! リルフィーが攻撃した
ら、他のみんなも攻撃な﹂
俺と同じように呆れていたリルフィーにはっぱをかけた。それで
皆も戦闘態勢を整える。
﹁うん、わかったよ!﹂
﹁はい!﹂
﹁回復の準備は大丈夫です﹂
ピリッとした返事がすぐにあった。
見るからに弱そうな相手とは言え⋮⋮新しいゲームでの最初の戦
闘、それも何一つ情報の無いモンスターが相手だ。緊張もするし、
134
興奮もする。作業などと揶揄する奴もいるが⋮⋮戦闘はMMOの華
だ。
﹁⋮⋮いきます!﹂
リルフィーが宣言して﹃きいろスライム﹄に斬りかかった。
その声に追撃役の俺たち三人は身構え、ネリウムも回復魔法の準
備をする。
リルフィーの攻撃は狙いたがわず命中。すぐさま追撃をしようと
したところで驚くべきことが起きた!
攻撃された﹃きいろスライム﹄は垂直に⋮⋮胸の高さ辺りまで跳
ねはじめたのだ!
﹁痛って⋮⋮﹂
死角になって見えなかったが、リルフィーは何か反撃を受けたよ
うだった。
すぐにHP表示を確認するが⋮⋮減少量そのものは大したことが
ない。リルフィーのHPなら、十発ぐらいは耐え切れそうな気がす
る。
﹁うわっ⋮⋮このぉ!﹂
可愛らしいかけ声と共に、カエデが追撃を狙うが空を斬った。
俺もなんとか動きに合わせ、剣を叩きつける。
その瞬間、跳ね回る﹃きいろスライム﹄から弾丸のように触手が
伸びてきて俺を襲った!
まったく反撃を予想していなかったが、辛うじて盾で受けること
には成功する。それでも僅かに痺れるようなショックがあり、視界
の隅のHP表示が減少したの見えた。
﹁こ、こんなに跳ね回られたら⋮⋮狙いが⋮⋮﹂
アリサエマは何度も杖で狙いを付けようとするが、上手くできな
いようだ。それほど難しくは無いと思うが⋮⋮VRMMOに慣れて
いないのだろう。
﹁リルフィー! タゲ取れてない! 確認先! みんなは待機!﹂
俺の指示にリルフィーはすばやく応じ、盾を前面に構えて守りの
135
体制をとった。
俺も同じように守りの体制で﹃きいろスライム﹄の攻撃を待つ。
⋮⋮が、いくら待っても﹃きいろスライム﹄は垂直に跳ね続ける
だけで何もしてこない。しばらくするとそれすら止めてしまい、ま
た元のようにノロノロと移動をはじめた。
﹁⋮⋮どういうことだ?﹂
﹁⋮⋮カウンター臭くないですか?﹂
リルフィーの推理は当たっていそうだが⋮⋮それだと面倒なこと
になりそうだ。
﹁仕切り直しで良いですね? 回復魔法を使いたいのですが﹂
﹁あ、お願いします。仕切りなおしましょう。ノンアクみたいです
し﹂
ネリウムが俺とリルフィーに回復魔法をかけてくれた。ダメージ
そのものは少なかったので、一回で完全に回復だ。
いままで回復魔法を使わなかったのはオーバーヒール︱︱ダメー
ジが回復魔法の効果より少なすぎるとロスになる︱︱してしまうと
判断したからだろう。
その後、ネリウムはメニューウィンドをあちこちと弄って何かを
調べたかと思うと、胸の前で手を組んだ。まるで祈りを捧げるとき
にやるようなポーズだ。
すると不思議なことにネリウムの頭上に光の球が出現し、光のシ
ャワーのようなものを降らせる。
﹁それは?﹂
﹁これは﹃瞑想﹄のスキルです。このポーズがスイッチになってい
るそうで⋮⋮MP回復が早まるそうなのですが﹂
ネリウムが頭上の光を見ながら言ったのは、﹃瞑想﹄スキルを使
用中に話をしても良いのか解からなかったからだろう。
キャラクターにはMP︱︱マジックポイントというものが設定さ
れている。これは魔法を使うための燃料とでも言うべきもので、一
136
時的に消費して魔法を使う。
普通、消費したMPは自然回復やMP回復アイテムなどで元に戻
る。ネリウムが使っているスキルは自然回復を早めるものなのだろ
う。
﹁回復魔法は何回使えるんです?﹂
良い機会だったので確認をしておくことにした。
﹁連続で四回。少しMPが自然回復すれば、五回目がなんとかです﹂
多くは無いが⋮⋮とりあえず何とかなりそうな回数に思える。
俺たちがその会話をしている横で、アリサエマも﹃瞑想﹄のスキ
ルを使いだした。MP消費はしていないはずだから、おそらくはス
キルの確認をしているのだろう。
﹁あっ⋮⋮アリサさん、ちょうど良いから⋮⋮﹃瞑想﹄したまま歩
いてみて﹂
﹁えっ? こ、こうですか?﹂
言われたとおりにアリサエマが歩き出すと⋮⋮頭上に出現した光
の球は消えてしまった。
﹁ふむ。そのスキルは両手が塞がる上に移動もNG⋮⋮ちょっと戦
闘中には使い難そうだな﹂
少し心配そうな顔をしたのを安心させる為に、できるだけ優しく
説明しておいた。それで安心してくれたようなのだが⋮⋮なんだろ
う? 本当の女の子みたいだ。いや⋮⋮そういうものなんだろうか?
﹁お待たせしました﹂
ネリウムがそう言いながら組んだ手を解いて報告してくる。もし
かしたら、この人はそれなりにMMO熟練者かもしれない。まあ⋮
⋮趣味嗜好から考えて、間違っていないだろう。
﹁どうします? ゴリ押しでも行けそうですけど⋮⋮﹂
﹁ぽよんぽよん跳ねなきゃ簡単そうなんだけどなぁ﹂
カエデとリルフィーが考え込むのも解からなくもない。
普通は単純に攻撃を積み重ねれば倒せるのがほとんどだが、たま
に攻略法を考えさせるタイプのモンスターもいる。それはそれで面
137
白い要素だと思うが、しかし、初っ端からこの系統だと⋮⋮厄介な
ゲームシステムな予感がした。
﹁んー⋮⋮今度はFAをアリサさんでいこう。で、その後に俺たち
が突撃な。⋮⋮リルフィー、向かってきたら身体で止めるぞ﹂
作戦変更はベストではなかったが⋮⋮ノロノロと移動しているだ
けの﹃きいろスライム﹄なら、慣れていないアリサエマでも命中さ
せれるだろう。FAを入れたアリサエマに突進されたら困るが⋮⋮
まあ、それは何とかするしかない。
﹁ういっす! ⋮⋮シールドも武器として使えるかな? ﹃盾﹄の
スキルも欲しいとこだなぁ﹂
﹁うん、了解だよ!﹂
﹁⋮⋮今度は私も投石で参加することにします﹂
﹁は、はい!﹂
みんなも賛成してくれたようだ。なんでか意見が通りやすくて楽
だ。⋮⋮どういうことなんだ?
全員で再び﹃きいろスライム﹄を取り囲み、再戦を挑む︱︱
﹁い、いきます! ファ⋮⋮﹃ファイヤ﹄!﹂
アリサエマが持つ杖の先から握りこぶし大の火の玉が放たれる。
よし、当たる! すぐに追撃を! ⋮⋮と、全員が準備したとこ
ろで︱︱
﹃きいろスライム﹄はポンという大きな音と共に煙たてて消えて
しまった!
跡には金貨らしきものと何かのビンが二つ転がっているだけだ。
おそらく⋮⋮魔法の一撃で倒してしまったのだろう。
なにか根本的な勘違いをしている気がしてきた。
138
ドロップ
﹁⋮⋮魔法が強いシステムなんですかね?﹂
リルフィーがやや深刻そうに言った。
たまに何か一つの要素が突出しすぎて、異常なゲームバランスに
なってしまうことがある。例えば﹃魔法使い﹄とその他大勢、﹃戦
士﹄とお供たちの様な状況になってしまうのだ。
リルフィーにとっては⋮⋮廃人にとっては重要なことだが、まだ
その結論には早すぎる気がした。
﹁タケルたちの攻撃で⋮⋮倒せる目前だったのかな?﹂
カエデはそんな推理をしたが⋮⋮おそらく違う。
モンスターのHPは自然回復する仕様が普通だし、そのスピード
もかなり早い。俺たちが仕切りなおしている間に完全回復していた
はずだ。
﹁いくつか予想はできるが⋮⋮色々とやってみなけりゃ判らんな。
それより、ドロップを回収しよう﹂
ドロップとはモンスターを倒すことで獲得できる報酬のことで、
これがモンスターを狩る目的のうち一つだ。
ドロップはちょうど片手に収まるくらいの大きさのビンが二つ、
いくらかのピカピカに光る金貨︱︱おそらくこのゲームの通貨︱︱
だった。
ビンの方に注意を向けると自動的に文字が浮かび上がる。それに
は﹁基本溶液﹂﹁エッセンスが解ける性質を利用して飲み薬にする﹂
﹁飲食可﹂とある。
金貨は十枚とちょっとだったが⋮⋮全く価値が判らない。もちろ
ん、﹃基本溶液﹄の方もだ。
MMOでたまにあることなのだが⋮⋮ドロップの価値が全く判ら
なくて、喜べないことがある。
139
この﹃基本溶液﹄が世にも貴重な品物なのか、掃いて捨てるほど
集まるものなのか⋮⋮価値としては高いのか低いのか、全く判らな
ければ喜びようもない。
通貨の方も金貨一枚が例えるなら⋮⋮日本円にすれば一万円札な
のか、それとも一円玉なのか判らない状態だ。
まあ、﹃基本溶液﹄については、未踏の場所につきものだから仕
方がない。
通貨価値の方はオープンβでもなければ起きないレアな出来事だ
から、むしろ楽しむべきことだろう。
﹁とりあえずお金は預かるぞ﹂
一応、断りを入れて金貨の小山を掴むと、近くにバケツの様な物
体が自動的に出現した。これに放り込めば俺のアイテムとして回収
することができるはずだ。VRMMOでは一般的なインターフェー
スといえる。
金貨を手首のスナップだけで放り込む。たとえ何万枚の金貨だろ
うと片手で持てるし、重さも全くない。この動作は見なくてもでき
るくらいだ。
リルフィーとカエデもビンを拾ってくれたが⋮⋮回収せずにまじ
まじとビンを観察していた。リルフィーに至ってはビンの臭いを嗅
ぐように顔に近づけてやがる。
﹁⋮⋮何してんだ?﹂
﹁いや⋮⋮その⋮⋮これ、飲めるのかなって⋮⋮﹂
﹁飲めるのかって⋮⋮まあ、飲めるだろ。飲めるって書いてあんだ
から。⋮⋮大したものじゃないだろうが⋮⋮一応はドロップだぞ?
分配するまで我慢しろよ﹂
﹁それはそうなんですが⋮⋮良い感じに冷たいんですよ⋮⋮って、
飲める? そんな説明あります?﹂
リルフィーは不思議な質問をして、まじまじと﹃基本溶液﹄を調
べなおしている。
﹁いや⋮⋮飲み薬の材料で飲めるって書いてあるだろ?﹂
140
﹁ああ! ﹃基本溶液﹄って⋮⋮そういう意味だったんですね。で
も名前しか書いてないですよ?﹂
リルフィーだけでなく全員が、俺を不思議そうな顔で見てくる。
それで食い違いの理由が解かった。
﹁⋮⋮そういうことか。厄介かもしれないな。俺の﹃調薬﹄のスキ
ルで余分に説明があったんだろ﹂
みんなは﹁なるほどー﹂などと納得して肯いているが⋮⋮スキル
によって個々で情報量に差があるのは厄介にしか思えない。
﹁飲めるなら⋮⋮飲んだら⋮⋮ダメ⋮⋮かな?﹂
カエデが恥ずかしそうに⋮⋮そして、上目遣いで俺に聞いてきた!
思わず﹁いくらでも、好きなだけ飲みなさい!﹂と即答しそうに
なったが⋮⋮辛うじて持ちこたえた。
﹁うーん⋮⋮俺は構わないんだが⋮⋮﹂
﹁よろしいのでは? おそらくレアな品物ではないでしょうし⋮⋮﹂
ネリウムが即座に賛成してきた。
さすが頼りになる相棒⋮⋮だからだよな? 若干、自分も飲みた
いからだけにも思えた。
﹁私は⋮⋮みなさんが決めてくれれば⋮⋮それで⋮⋮﹂
アリサエマはそんなことを言うが、チラチラとビンを窺い見てい
る。
﹁じゃあ、飲んで見るか。でも、二つしかないぞ? 誰に飲ませる
か︱︱﹂
﹁やだなぁ⋮⋮みんなでちょっとずつ飲めば良いんだよ! ちゃん
とタケルにも分けてあげるから!﹂
カエデはそう言って手に持ったビンのコルクを抜く。きゅぽんと
気持ちの良い音もした。そのまま躊躇うことなく口にする。⋮⋮意
外と度胸が良いのかもしれない。
全員がカエデに注目して感想を待ったが⋮⋮カエデは微妙な顔を
し、無言でビンを俺の方へ差し出してきた。
141
⋮⋮こんなことで動揺していいのは中学生までだ。
まず、冷静にカエデが口をつけた位置を特定した。何よりもこれ
が重要だ。
けっして動揺を悟られてはならない!
受け取るときに腕が震えそうになるのを無理やり抑える。よし、
さり気なくいけたぞ!
あとは位置を間違えないように口をつけるだけだ!
食べられるドロップはそれなりにあるものだが、俺はドロップを
食べるのが好きな方ではなかった。
稀に毛むくじゃらなモンスターの汗だとかの猟奇的なドロップが、
貴重な飲み薬などの原材料になることがあるのだが⋮⋮個人的には
気持ち悪いので止めて欲しいところだ。
いつもなら遠慮するが⋮⋮今回はそんな勿体無いことはしない。
それに美味そうで清潔そうなスライムから採取だ。全く抵抗は感
じない。いや、例え猟奇的なものだろうと、毒だろうと︱︱
⋮⋮そこで順番が逆なことに気がついた。
あのスライムは食べられるドロップを出すから、美味そうで清潔
そうなイメージを重視したデザインだったのではあるまいか?
﹁どうしたの? ⋮⋮まずくはないよ﹂
思わず考え込んでしまった俺に、きょとんとした顔でカエデが聞
いてくる。
﹁いや! なんでもない! ちょっとシステムのこと考えちまった
だけだ!﹂
どうもMMOプレイヤーの癖が抜けない。
それよりも今は⋮⋮目の前にあるソーマだ!
興奮を隠しつつ口にする。
大感動だ! 実に満足だ!
しかし⋮⋮全く味がしない。
いや、味がしなくはない。程よく冷えた美味しいミネラルウォー
ターの味だ。
142
俺はてっきり、薄いレモンの味がすると思ったのだが⋮⋮あらゆ
る創作で﹁レモンの味がする﹂と表現されるのは嘘なのだろうか?
﹁あっ! まだ感想を言ったらダメだよ、タケル! ほら、次の人
に回して!﹂
悪戯っ子の顔でカエデが楽しそうに言う。
正直、この聖杯を手放すのは惜しかったが⋮⋮まあ、仕方が無い。
指示通りにして何も言わず、隣にいたアリサエマに差し出す。
なぜか少し赤い顔をしたアリサエマはビンを受け取ると⋮⋮これ
またなぜか少しビンを回した。おそらく、俺が口をつけた場所を避
けるのだろう。
まあ、それが普通だから嫌な気分にはならないが⋮⋮それだと避
けるどころか、直撃になってしまう。とはいえ、それを指摘するの
も気が引ける。
踏ん切りがつかないのか、何度か飲もうとするが飲めないようだ。
まあ、気になる人は気になるからなぁ。
そして、またなぜかビンを半周ほど回し、顔を真っ赤にして今度
は勢い良く飲み干した。
そこまで無理して周りに合わせなくともと思うが⋮⋮まあ、余計
な差し出口になるのだろう。
﹁どうやら⋮⋮ただの水のようですね。程よく冷えてて美味しいで
すが﹂
アリサエマが飲むのを待っていたのか、ネリウムがみなの代表し
て感想を述べた。
リルフィーとネリウムとでもう一つの方を飲んでたようだ。
﹁だよね! 絶対おかしいよ! もう、ボクの口はプリンの味だと
思ってたんだよ! ⋮⋮タケル! なにが可笑しいのさ!﹂
他愛もないことに怒るカエデが愛らしくて、思わず笑ってしまっ
たのだが⋮⋮さすがに拙かったらしい。カエデはご立腹だ。⋮⋮そ
れがまた愛らしくて、また笑みがこぼれてしまいそうになるが。
﹁悪い、悪い。まあ、そう怒るなよ。⋮⋮あれだ。飲み薬のベース
143
となる材料なんだろ。何か⋮⋮例えば薬草を混ぜて回復薬になると
かな。それで美味い水に設定してんだろ﹂
﹁あー⋮⋮そういうことか。不味い飲み薬はきついですからね⋮⋮﹂
リルフィーが苦い顔で賛同したのは⋮⋮﹃最終幻想VRオンライ
ン﹄でそういう飲み薬が実装されたことがあったからだ。
144
攻略
﹁それはそうと⋮⋮私の投げた石はどこへいってしまったでしょう
?﹂
﹁あ、こっちです! はずれて、こっちの方へ⋮⋮⋮⋮⋮⋮あった
!﹂
﹁ありがとうございます。どうも⋮⋮飛び道具は苦手なもので⋮⋮﹂
﹁コツがあるんですよ! 上手く当てようとするんじゃなくて⋮⋮
上手く当てるイメージをするというか︱︱﹂
拾った石を手渡しながら、リルフィーは嬉しそうにネリウムに説
明するが⋮⋮ネリウムは狙いをはずしていない。布石としてきちん
と投じられている。
文字通りの一石二鳥に舌を巻く思いだが⋮⋮他人の狩りは邪魔を
しないのがマナーだろう。
﹁よし、次を探してみよう。色々とやりたいことあるしな。カエデ、
また近くに赤い?光の柱?があるんじゃないか?﹂
﹁そうなの? うんと⋮⋮⋮⋮⋮⋮あっ! あっちにあるよ! ど
うして解かったの?﹂
カエデは驚いているが⋮⋮そんなに驚くようなことではない。
﹁たぶん、そこにまたモンスターが⋮⋮﹃きいろスライム﹄がいる
と思うぜ﹂
全員でカエデの案内する方へいくと、やはり﹃きいろスライム﹄
がいた。
﹁すごーい⋮⋮どうして解かったの?﹂
﹁いや、大した推理じゃないさ。カエデの﹃気配探知﹄のスキルじ
ゃないか? そのスキルがあると光の柱が立って、発見しやすくな
るんだろ。たぶん﹂
145
まだ色々な推測があるが、この場では解説しなくても良いだろう。
﹁⋮⋮なんだか捗りそうなスキルですね。﹃気配探知﹄は﹃戦士﹄
でも取れるのかな⋮⋮。こいつはどう料理します?﹂
索敵がてきぱきと出来るかは効率に大きく関わるので、廃人であ
るリルフィーには貴重な情報なのだ。
﹁さっきと同じ作戦でやってみよう﹂
俺の提案に皆は肯き、同じように全員が準備するが⋮⋮やはり、
魔法一発で倒せてしまう。ドロップも同じように﹃基本溶液﹄二つ
に金貨が十数ちょっとだ。
﹁予想通り⋮⋮ですか? 魔法が強いのか⋮⋮こいつが魔法に弱い
のかな?﹂
なぜかリルフィーはメニューウィンドをあちこちと弄りながら予
想を述べる。
﹁次の実験で確定できるな。なにやってんだ?﹂
﹁経験点を調べとこうと⋮⋮あった。四点になってますね。レベル
アップまでに百点必要だから⋮⋮げっ! あと四十八匹倒さないと
ダメっすよ!﹂
リルフィーの言う経験点とは、モンスターを狩るもう一つの目的
だ。
モンスターの強さなどを総合的に評価して、倒したときに得られ
る点数が決まっている。その点数が一定の数値まで貯まればレベル
アップして︱︱キャラクターが強くなっていく。
どう強くなっていくかはゲームによって様々だが、少なくともH
PとMPの増加くらいは期待できるだろう。
それに経験点の方でも、予想の裏づけをしてくれそうだった。
﹁カエデ、次の奴のところに案内してくれ。それで解かると思う﹂
すぐに次の﹃きいろスライム﹄が発見できた。
﹃気配探知﹄があればモンスターを次々と発見できるし、場合に
よっては回避にも役に立つだろうから、凄いスキルなのかもしれな
146
い。⋮⋮真面目に攻略するのであればだが。
﹁次は⋮⋮少し面倒だけど、武器だけで倒すのを狙ってみよう。ネ
リウムさんにHP監視してもらって⋮⋮撤退の指示があったらその
人は下がること。たぶん、近くの奴にしか反撃しないから、それで
良いはずだ。悪いけど⋮⋮アリサさんは見学な﹂
﹁はい﹂
﹁少し早めに撤退を指示することにしますね。MPの申告もします
か?﹂
アリサエマは素直に従ってくれるし、ネリウムも直ぐに意図を理
解してくれるから楽だ。どうしたことだろう? だいたい、いつも
⋮⋮﹁常にリーダーに文句を言う奴﹂的な扱いなのだが⋮⋮。
﹁MPだとあれだから⋮⋮回復魔法の回数でお願いします﹂
﹁了解しました﹂
打ち合わせが終わったので、俺とリルフィー、カエデの三人で対
処してみることになった。
跳ねると最初から判ってれば驚くこともないし、慣れれば攻撃を
当てることも難しくはない。何よりも的が大きい。
それよりも攻撃が命中したら飛んでくる反撃が厄介だった。攻撃
した瞬間を狙われるのは避けにくいし、避けるのに注意を払いすぎ
ると攻撃が疎かになる。
それに異常にタフだ。
三人がかりで二十回以上は攻撃が命中しているのに、まるで動き
に変化がなかった。とても倒せそうには感じない。
﹁み、みんな無理しないで!﹂
﹁回復魔法が尽きました! リルフィーさん、下がって!﹂
後ろで見ている二人もヒヤヒヤしているのだろう。
リルフィーが真っ先に下がる羽目になったのは、奴が最も命中率
が良かったからだ。命中すれば反撃がくるのだから、上手いほうが
被弾が多くなる。
﹁タケルさん! こいつカウンター持ちで確定っすよ! それに物
147
理で落とすのは無理じゃないっすか?﹂
リルフィーが下がりながら叫ぶ。
俺も同じ結論ではあるが、確認のためにやっているだけではある。
﹁そろそろ諦めるか。カエデ、先に下がれ﹂
﹁う、うん。⋮⋮無理しないでね!﹂
そう言いながらカエデも下がる。
俺もこれで最後にと攻撃をしたら⋮⋮それで倒せてしまった。
倒せたのは拙くはないのだが、予想とは違う。
﹁⋮⋮ありゃ?﹂
思わずマヌケな声がでる。
﹃きいろスライム﹄を倒した跡には同じドロップがあり、今回は
さらにドリンク剤サイズのビンがあった。これも数が二つだ。
﹁物理無効じゃなくて⋮⋮耐性なのかな? これは⋮⋮﹃初級回復
薬﹄みたいですね。一応はレアドロップなのかな?﹂
リルフィーがドロップを拾いながら、そんな推理をしていた。
それでもおかしくない気はするが⋮⋮微妙に違う気もする。
﹁んー⋮⋮耐性に関しては結論を先送りにしときたいな。それでも、
いくつか解かった気がする﹂
俺の言葉にみんなが集まってきた。
ネリウムはそのまま﹃瞑想﹄のスキルを使い始める。全員の回復
をする間の暇つぶしにはなりそうだ。
﹁まず、ドロップは二倍になってるな。ドロップ個数だけじゃなく
て、たぶんドロップ確率も。経験点も倍付けじゃないかな﹂
﹁あー⋮⋮βテストですもんね。二倍かぁ⋮⋮少し控えめな気も⋮
⋮でも、経験点もですか? あいつ一匹でたったの二点ですよ?﹂
リルフィーが納得しつつも反論してきた。
MMOのテストプレイする場合、ドロップの確率や量、経験点な
どを本来の仕様より多くし、ゲームの進行を想定より速くしてデー
タをとるのは一般的なことだ。
148
﹁俺たちは五人パーティだから、あれ一匹の経験点は十点⋮⋮正式
サービス開始後なら五点ってとこだろ。βテストでも十匹倒せばレ
ベルアップ、正式サービス開始後でも二十匹だ。それくらいならお
かしくは無いだろ?﹂
﹁でも、それはソロの場合でしょ? ボクたち五人で凄い苦労して
るんだよ?﹂
カエデも納得いかないようだった。
﹁いや、俺たちが間違ってるんだ。ここいら辺はきっとソロ用狩場
⋮⋮それも﹃魔法使い﹄専用のソロ狩場だな﹂
﹁ああ、なるほど。そう考えると⋮⋮確かに﹃魔法使い﹄ソロ向き
ですね﹂
ネリウムは納得したようだが、アリサエマは良く解からないよう
だ。
﹁﹃きいろスライム﹄は魔法で倒せるから、一人でもなんとかなる
だろ? 接近しなければ反撃できないだろうし﹂
﹁それにアクティブモンスターもいないようですから。﹃瞑想﹄の
スキルも使い易いですし、ソロ志向の﹃魔法使い﹄の最初には良い
と思えます。それなりに実入りもありそうですし﹂
俺の説明をネリウムが補足してくれる。
アリサエマは説明を聞いて、感心するばかりのようだ。その姿に
自分が初心者だった頃を思い出させられる。
ドロップや経験点で表されないこんなこと⋮⋮他人との関わりも
MMOの楽しみの一つだ。慣れていくと忘れてしまいがちだが。
しかし、今回はMMOを遊びに来たわけではない。
﹁とりあえずあれだ。回復したら狩場を変えよう。俺は街を中心に
回る感じで調べていくのが良いと思うんだが︱︱﹂
﹁それが良いですね! 下手に遠くに行くと手に余るでしょうし!﹂
素早くネリウムが俺の言葉に被せてくれる。頼りになるなぁ。
遠出を試みるのも手ではあるが、街から離れれば離れるほど戻る
のが大変になる。ここは街周辺を探索の一択だ。
149
全員の回復が済んでから、俺たちは移動することにした。
今度は移動が優先で、たまたま進路上にいた﹃きいろスライム﹄
だけを倒す感じだ。
やはり﹃魔法使い﹄ソロ狩場という予想は正解らしく⋮⋮俺たち
は﹃アリサエマとその他大勢たち﹄といった様相になってきた。
しかし、何匹目かと遭遇したときにちょっとしたアクシデントが
起きた。
アリサエマがこれまでのように魔法で攻撃したのだが、その一撃
で﹃きいろスライム﹄は倒されなかったのだ。俺たちが叩いたとき
と同じように、﹃きいろスライム﹄は垂直に飛び跳ね始める。
﹁わっ! ど、どうすれば⋮⋮これじゃ狙いが⋮⋮﹂
想定外だったらしくアリサエマは軽いパニックに陥った。
﹁アリサさん! イメージっすよ! イメージ!﹂
﹁が、がんばってアリサさん!﹂
リルフィーは無責任なアドバイスを、カエデは心温まる声援を送
るが⋮⋮まあ、それで出来るようになれば誰も苦労はしない。
軽く涙目になっているアリサエマを助けるべく俺は近づいた。
﹁アリサさん、杖は動かさないで⋮⋮まあ、こんな位置で固定しと
くんだ。武器のときはそれなりに動かす必要があるけど、魔法なら
そうしなくても良い。⋮⋮どうかしたの?﹂
後ろから手を添えて正しい位置に修正し、アドバイスをしようと
したら⋮⋮なぜかアリサエマは真っ赤になって俯いていた。
﹁はひっ! いえっ! どうもしませんっ!﹂
⋮⋮なんだか解からない返事だ。
もしかしたら恥ずかしがり屋なのかもしれない。まあ、男でも女
でも恥ずかしがり屋はいるのだから、アリサエマが恥ずかしがり屋
でもおかしくないだろう。
﹁⋮⋮それで杖の先と糸がと言うか、線がと言うか⋮⋮そういうの
がターゲットに⋮⋮あの﹃きいろスライム﹄に繋がっているとイメ
150
ージするんだ。その想像した糸を伝って魔法が飛んでいくイメージ
もね。できた?﹂
﹁は、はいっ!﹂
やけに力が入っているけど⋮⋮大丈夫なんだろうか?
﹁じゃ、やってみて﹂
﹁ファ、﹃ファイヤー﹄!﹂
その掛け声と共に杖の先から火の玉が勢い良く発射された。軽く
弧を描いていたのは、そんな風にアリサエマがイメージしていたか
らだろう。
その追撃で﹃きいろスライム﹄を見事倒すことが出来た。
﹁何度かやれば簡単に出来るようになるし⋮⋮ここにソロでくると
きがあったら、最後の一発⋮⋮MPがぎりぎり残り一発のときは倒
そうとしないで、先にMP回復したほうが良いな。魔法を使うクラ
スは魔法を使うことより、MP管理の方が肝だから﹂
﹁は、はい! あ、ありがとうございます!﹂
アリサエマに凄く感謝されたが⋮⋮なんだかくすぐったい感じだ。
﹁⋮⋮お見事です﹂
なぜかネリウムがそんなことを言った。
別に大したレクチャーはしていない。一般的なコツをアドバイス
しただけだ。
リルフィーは何も言わなかったが、例のキラキラした目で俺を見
ていた。⋮⋮そのうち、反射的に攻撃してしまいそうだ。その時に
剣を抜いてなければいいのだが。
﹁タケル、優しいんだね!﹂
理由は解からないがカエデのポイントが上がったようだ。カエデ
はニコニコと機嫌よく笑っている。
﹁それじゃ、また移動するとするか!﹂
なんとなく気分が良くなったのでそんな掛け声をかけると、みん
なもノリ良く﹁おーっ!﹂と返事をしてきた。
なんでか知らんが良い雰囲気だ。
151
和やかな雰囲気ので進むうちに、草原はまばらな感じに変化して
いき⋮⋮荒野とでも言うべき景色に変わった。
152
荒野
荒野といっても、本物とはぜんぜん違うのだと思う。そもそも短
時間で︱︱短い距離で地相が変わるのも、現実的ではないはずだ。
足元はわざとらしいひび割れが目立つ、硬く平坦でグラウンドの
ような感じがした。全体的にどこまでも平坦な感じで、まばらに立
ち枯れた木や岩ぐらいしかない。
街とは正反対の方角には大きな岩山があるが、あれは何なんだろ
う?
カエデに探してもらうまでもなく、この辺に生息するモンスター
を発見できた。ここにもスライムがいる。しかし、ここのスライム
は黄色ではなく、赤い色をしていた。
﹁⋮⋮赤いな﹂
﹁⋮⋮赤っすね﹂
俺とリルフィーは近づく前から嫌な予感に襲われていた。
﹁どうしたの? こんどは赤色みたいだよ! やっつけにいこうよ
!﹂
﹁赤だと⋮⋮困るんですか?﹂
カエデは無邪気にそんなことを言うし、アリサエマは俺たちの様
子に不審そうだ。
﹁とりあえず⋮⋮あいつがアクティブだったらすぐ戦闘になるから
⋮⋮そのつもりでな。リルフィー、リンクも警戒したほうが良いな﹂
﹁⋮⋮⋮⋮⋮⋮とりあえず、近くにはあいつ一匹だけみたいっす﹂
辺りを見渡しながらリルフィーは答える。
﹁慎重にいきましょう。アリサ、可能な限りアレとの間に前衛のお
二人を挟むように﹂
ネリウムも嫌な予感はあるようだ。
モンスターの色違いでバリエーションを増やすのは良くあること
153
だが⋮⋮その中でも﹃赤﹄と﹃黒﹄のバージョンは要注意だ。
﹃黒﹄は上位種だとか、闇の力だとかの設定で、基本能力が底上
げされていることが多い。
﹃赤﹄も同じように上位種などと設定されていることが多いのだ
が⋮⋮それに加えて火を使って攻撃してきたり、なぜか凄く素早か
ったりすることがある。
赤色だから火を吹くというのは理解できなくもないのだが⋮⋮赤
いから速いというのはどういうことなのだろう?
慎重に近づいていくが、相手はこちらに反応しなかった。シルエ
ットも﹃きいろスライム﹄と全く同じだ。
しかし、相違点もあった。
発見したスライムは﹃きいろスライム﹄とは違って半透明だった。
プリンというより、ゼリーのような感じだ。透けて見える体内では
大きな丸い球︱︱大きさはハンドボールぐらいで、透明ではなく真
紅︱︱がゆらゆらと動いている。
名前を調べて見れば﹃あかスライム﹄と判明した。同じスライム
種なのだろう。
﹁次は﹃あかスライム﹄か⋮⋮まるでワインゼリーだな﹂
﹁苺ゼリー! 苺ゼリーが良い!﹂
俺の軽口を聞いて、真剣な顔でカエデが主張してきた。
﹁えっ? いや⋮⋮苺でも⋮⋮ワインでもどっちでも⋮⋮﹂
﹁なら苺!﹂
まったく妥協を許しそうもない感じで断定された。
別にここで苺に決定されたからといって、苺ゼリーが食べられる
訳ではないと思うのだが⋮⋮その真剣な顔に思わずニヤけ顔になっ
てしまう。
﹁むー⋮⋮文句あるの?﹂
﹁⋮⋮ないぞ。うん、苺ゼリーだな!﹂
まるで情けないイエスマンだが⋮⋮カエデの為なら、その汚名に
甘んじよう!
154
﹁⋮⋮それで、どうします? タケルさん?﹂
やや呆れた顔のリルフィーに脱線から引き戻された。
﹁⋮⋮魔法で攻撃からかな。いくつかのパターンが思いつくから⋮
⋮交戦状態になったら、俺とリルフィーが盾になる形に持ち込める
ようにしよう﹂
﹁うーん⋮⋮まあ、やってみるしか無さそうですもんねぇ﹂
﹁⋮⋮そうですね。全く情報もありませんし﹂
リルフィーとネリウムは消極的だった。
気持ちは解からないでもなかった。
思いつく厄介ごとが多すぎて対応しきれないし、用意できる対応
策もない。しかし、とにかくやってみるだけだ。
新しいモンスターと出会うたびに攻略方法を考えるのは大変だが、
それは先駆者が乗り越えるべき試練だろう。熱心なMMOファンで
もこの手探り感が苦手な人もいるが、俺は嫌いじゃないほうだ。
なんというか⋮⋮この冒険している感じが悪くない。
﹁そ、それじゃあ! い、いきます! ﹃ファイヤー﹄!﹂
アリサエマの掛け声と共に魔法が勢い良く発射され、見事に命中
したが⋮⋮火の玉は﹃あかスライム﹄の表面で広がって消えた。反
応も全くない。まるで何も無かったようにノロノロと移動し続けて
いる。
﹁あれ? ぜんぜん魔法が効いてないよ!﹂
﹁火炎無効⋮⋮っすかね? 無効だと反応もなしかな?﹂
﹁そのようですね。しかし⋮⋮それでは⋮⋮﹂
﹁私⋮⋮なにか⋮⋮間違えちゃいました? ど、どうすれば⋮⋮﹂
みなが思い々々の感想を口にする。
﹁まあ、最悪の予想よりはマシかな。アリサさん、使える魔法は﹃
ファイヤー﹄?だけ?﹂
﹁は、はい⋮⋮。キャラクターを作ったらこの魔法を覚えてて⋮⋮
す、すいません⋮⋮﹂
155
﹁作ったばかりの﹃魔法使い﹄はみんな同じだと思うよ。そんな謝
らなくても⋮⋮﹂
﹁その通りでしょう。﹃僧侶﹄も一つしか使えませんし、魔法の選
択もありませんでしたから﹂
俺の説明にネリウムもフォローをしてくれる。
それでアリサエマはホッとしたようだ。⋮⋮少しは馴染んでくれ
たか?
キャラクターが使える魔法を増やすのも、MMOの楽しみの一つ
だ。
ほとんどのシステムでレベルアップでは増えず、アイテムのよう
に入手する必要がある。それもNPCから購入したり、クエスト︱
︱NPCが頼んでくる無理難題︱︱の報酬で貰ったり、材料を集め
て製作したり、貴重なドロップ品として入手したりと様々な方法で
あることが多い。
その兼ね合いなのか、作ったばかりのキャラクターは魔法を一つ
しか修得していないのが一般的だ。
﹁そうそう! タケルの言うとおりだよ! ここはボクたちがアリ
サの分までがんばっちゃうから!﹂
カエデも元気良くアリサエマを励ます。
カエデの言うように、俺たち前衛の三人ががんばるべきなんだろ
うが⋮⋮それは少し厄介な感じだ。
同じ思いなのか、リルフィーとネリウムも渋い顔をしている。
﹁⋮⋮ノンアクですし、スルーもありじゃないっすか?﹂
﹁それにしたって、一度くらいは試した方が良いだろ? 同じと決
まって無いし﹂
リルフィーが乗り気でないのは⋮⋮﹃きいろスライム﹄の時のよ
うに苦労しそうだからだ。効率の観点でいったら悪すぎるし、時に
はモンスターを避けるのも方法論の一つではある。
﹁えーっ! せっかくなんだからやっつけようよ! ⋮⋮きらきら
光ってるし、こいつは良いものドロップするよ! きっと!﹂
156
すでに﹃あかスライム﹄に武器を構えていたカエデは、振り返っ
てみんなにはっぱをかける。
優しいカエデはまだ気にしているアリサエマのことを考え、そん
なことを言ったのだろうが⋮⋮それよりも発言に気になることがあ
った。
﹁光ってるって⋮⋮﹃あかスライム﹄がか?﹂
﹁うん、ほら、身体の中の真っ赤な球が︱︱あれ? ⋮⋮光ってな
い﹂
良くわからない答えが返ってきた。
カエデの方はというと、納得がいかないのか唸りながら﹃あかス
ライム﹄を睨んでいる。すると︱︱
﹁あっ! ほら! また光りだした! ね、嘘じゃないでしょ?﹂
嬉しそうにカエデは言うが、俺の目には全く光って見えない。
問いかけるようにみんなの方を見るが、一様に首を横に振った。
﹁えーっ! 光ってるんだってば!﹂
疑われていると思ったのか、少し不機嫌そうにカエデは繰り返す。
カエデが嘘をつくなどと微塵も思っていないし、真偽などどうで
も良いことだから賛成してやりたいところだが⋮⋮これはそうする
べきではない気がした。
序盤にしては厄介すぎるモンスター、カエデにしか見えない光、
武器でも倒せた﹃きいろスライム﹄、﹃魔法使い﹄専用の狩場⋮⋮
謎が解けたかもしれない。
﹁光っているって⋮⋮こいつの中に見える⋮⋮うーん⋮⋮コアみた
いなのがか?﹂
﹁うん、その真っ赤な球だよ。⋮⋮ホントに光ってるんだよ!﹂
カエデに確認を取ると、予想通りの答えが返ってきた。
想像通りなら上手くいくはずだが⋮⋮少し自信がない。ここはリ
ルフィーを生贄にして様子を見るべきか?
いや、リターンが惜しい! 俺だってリルフィーほどではないが、
157
多少は上手く動けるはずだ。ここはやってみるべきだろう。
﹁なんとなく判ったかもしれない。おそらくこいつは⋮⋮﹂
そう言いながら﹃あかスライム﹄に近づいて剣を抜いた。
ここからが大事だ。
狙いは﹃あかスライム﹄のコアを斬るつもりで⋮⋮周りの皮の部
分に阻まれたとしても、斬撃のエネルギーが真っ直ぐにコアに届く
ように斬れば良いはず。
VRで大事なのはイメージだ!
頭の中で上手くいったときのイメージをする。イメージの中で俺
はカエデに褒められ、尊敬の眼差しを向けられていた。ばっちりだ
! 想像のカエデもとても可愛い!
﹁こんな風に攻撃すれば︱︱﹂
そこで俺は﹃あかスライム﹄に斬りかかった。
当たれ!
理由は全く判らないが、なぜか俺は的を外した! どういうこと
だ?
攻撃が当たった瞬間、予想通りに﹃あかスライム﹄が跳ね始める!
同時にカウンター攻撃も飛んでくるが⋮⋮奇跡的に顔を捻るだけ
で回避することが出来た!
そのことにびっくりして、叫びそうになるのを全身全霊で押さえ
込む。
﹁︱︱こいつは跳ね始める。でも、コアを狙うように斬れば︱︱﹂
なんとか予定通りの行動であるかのように誤魔化し、話をつなげ
ることに成功した! 成功したはずだ!
とっさの機転で再挑戦のチャンスをつかんだが⋮⋮こんどは飛び
跳ねる﹃あかスライム﹄のコアを斬らねばならない!
イメージだ! 自分の動きをイメージ⋮⋮⋮⋮⋮⋮ダメだ!
二回目も惨めに外し﹁コアを狙うように斬れば︱︱痛てっ! ⋮
⋮いまのなしな。こんな風に斬れば︱︱痛っ! あれぇ? もっぺ
ん! もっぺん!﹂と言いながら、何度も挑戦する自分の姿しかイ
158
メージできない!
神様! 助けてください! やっぱりリルフィーにやらせるんだ
った!
泣きそうになりながら、俺は二撃目を振るう。
偶然なのか、神様の機嫌が良かったのか⋮⋮無事にコアへ衝撃が
伝わるように斬りつけることが出来た!
その一撃で﹃あかスライム﹄は倒れ、煙と共にドロップへと変化
する。
﹁︱︱武器でも倒せる。まあ、慣れれば誰でもできるようになるだ
ろ。これはシステムアシストを使った攻撃の練習みたいなもんだろ
うな﹂
皆へ振り返ながら、なんでもないことのように説明を続けた。
﹁さすがタケルさんです!﹂
﹁いまの凄かったよ、タケル!﹂
﹁お見事でした﹂
﹁タケルさん⋮⋮かっこいい⋮⋮﹂
などと言いながら、みんなは拍手を贈ってくれたが⋮⋮心臓はバ
クバクとしている気がするし、背中には大量の冷や汗が流れている
のを感じた。
なんとか顔色や表情は取り繕うことができた⋮⋮と思う。
159
移動
メニューウィンドを操作する俺に皆が集まってくる。
その場に留まったのは、歩いたら足がガクガクしそうに思えたか
らだ。
⋮⋮指先が震えている気がする。なんとか誤魔化さねば!
﹁うん、経験点も﹃きいろスライム﹄と同じみたいだな﹂
﹁ドロップも﹃基本溶液﹄と金貨が十数枚で⋮⋮似たようなもんで
すね。今のはコア?を狙ったんですよね?﹂
ドロップを回収しながらリルフィーが聞いてきた。
﹁ああ⋮⋮皮?の部分で攻撃が止まらないで、そのまま衝撃が届く
のをイメージと言うか⋮⋮まあ、それでコアにダメージというか⋮
⋮﹂
俺の説明にカエデは不思議そうな顔をしているし、アリサエマも
理解できていないようだ。
﹁⋮⋮ノンアクだし、現物で説明したほうが良いな。移動しながら
次を探すか﹂
﹁移動? 倒し方は判ったんだし、この辺でまた探せば良いんじゃ
ないの?﹂
そう言ったカエデには、アリサエマをチラッと見ることで伝えよ
うとしたのだが︱︱
﹁私は別にここでも⋮⋮みなさんが楽しめるなら⋮⋮﹂
先にアリサエマが視線と意図を察したようだ。
俺たちに気を使ってでは︱︱もちろん、気を使ってもいるだろう
が︱︱なく、本心から言っているようにも思えた。なぜかニコニコ
している。
﹁あっ⋮⋮そうだよね⋮⋮ここじゃアリサは暇になっちゃうよね。
ごめんね、えへへ⋮⋮﹂
160
﹁いえっ! 気を使ってくれなくても!﹂
素直に謝るカエデに、なぜか逆にアリサエマの方が恐縮していた。
ここでは草原のときとは逆に、﹃戦士﹄とお供たちの様になって
しまうだろう。アリサエマは何もすることが無くて、ただ見ている
ことになる。しかし、前衛職の俺たちにしても、一人向きとしか思
えない半端な狩場だ。
﹁まだ街の周りを半周もしていないのですから⋮⋮このまま街周辺
の探索で良いでしょう﹂
﹁まあ、情報なかったっすもんね。仕方ないっすよ、タケルさん!﹂
さり気なくネリウムが取り成してくれるのに、リルフィーは﹁ど
うです、この俺のフォロー!﹂みたいなドヤ顔でそんなことを言う。
⋮⋮まずリルフィーには問いただしたいことがある。
あたかもこの顛末が、俺の責任であるかのようにリルフィーは主
張するが⋮⋮別に連続してソロ狩場に行き当たったのは俺のせいで
はない。少しはネリウムの有能さを見習って欲しいものだ。
リルフィーを上手いこと﹃なんとかする﹄方法は無いものか⋮⋮。
﹁ようし⋮⋮今日は街の周りを全部探索しちゃうぞ!﹂
﹁は⋮⋮はい!﹂
そんなことを考えていた俺をよそに、カエデは元気良く宣言をし
た。つられてアリサエマも目を白黒させながら応じている。
それを合図に俺たちは移動を再開した。
﹁なんでボクにだけコア?が光って見えたんだろ?﹂
カエデがまだ解決されていない疑問を口にする。
﹁おそらくだが⋮⋮﹃急所攻撃﹄のスキルが理由だと思うぞ﹂
とりあえずの推測を答えたが⋮⋮まだ疑問点も多い。
全てのモンスターに急所があるのなら、﹃急所攻撃﹄は死にやす
いスキルと考えられる。急所の情報さえ得てしまえば、スキルが無
くてもよくなるからだ。なので単純に急所が光るだけのスキルとも
思えないのだが⋮⋮まだ情報量が少なすぎて何とも言えない。
161
﹁えっー? でも⋮⋮それじゃあ⋮⋮﹃きいろスライム﹄のときは
?﹂
﹁そりゃ⋮⋮あいつは透き通ってないから、コアと光も見えなかっ
たんだろ﹂
﹁あっ⋮⋮そっか!﹂
俺の答えにカエデは素直に感心している。⋮⋮可愛い!
なぜか﹃きいろスライム﹄が武器で倒せたのも、二十回以上の攻
撃に平然と耐えたのも、これが理由で間違いないだろう。たまたま、
最後の一撃がコアに届くような角度だったのだ。
そんな話をしながら進むうちに、また﹃あかスライム﹄と遭遇し
た。
ノンアクティブモンスターなのを良いことに、全員で触れるくら
いまで近くに寄る。
﹁コアを狙う感じで⋮⋮このコアの位置ならこんな角度か? こん
な感じにスパッと⋮⋮おそらく、あまりに弱い攻撃だと届かないか
ら、きちんと振りぬく感じだな﹂
剣を片手に全員に説明するが⋮⋮なんだか正しいスイカの切り方
を教えているような感じになってきた。
﹁コアを狙う感じでか⋮⋮こいつは俺がやってもいいっすっか?﹂
﹁それじゃあ⋮⋮次はボクね!﹂
リルフィーとカエデが俺に伺うように聞いてきた。
せっかく成功した例を示すことができたのだから、俺はやりたく
ない。⋮⋮万が一、失敗しまくりの体たらくになったら大惨事だ。
リルフィーは空気を読んでカエデに先を譲るべきだと思うが⋮⋮
カエデが謙譲の美徳を示した以上、それを尊重するべきだろう。
無言で肯いて答えておくが⋮⋮いいアイデアを思いついた。
リルフィー以外の全員が﹃あかスライム﹄から離れ、リルフィー
が動き出す直前を狙って声をかける。
﹁⋮⋮リルフィー? 外したらそいつは飛び跳ねるからな﹂
162
﹁あー⋮⋮そうっすね。あんまり身体を入れすぎると跳ね飛ばされ
るかもですね。了解っす!﹂
奴は単なるアドバイスと思ったのか、たいして効果が無かったよ
うだ。
⋮⋮もう一度!
奴が動き出そうとする直前を狙って声をかける。
﹁あっ! そうだ⋮⋮﹃外す﹄とカウンター攻撃来るからな。気を
つけろよ﹂
﹁⋮⋮そういや、そうっすね。まあ、当てれば大丈夫っすよ!﹂
さすがにタイミングを外されて少し嫌な顔をしている。効果アリ
だ!
止めとばかりにもう一度、腰を落とした瞬間を狙って声をかける。
﹁飛び跳ねてからだと難易度が上がるからな! くれぐれも﹃外す﹄
なよ!﹂
﹁タケルさん!﹂
流石に振り返って俺に文句を言ってきた。
﹁悪い、悪い⋮⋮いや、でも⋮⋮先に説明しておこうと思ってな。
まあ、﹃外し﹄さえしなければ大丈夫だ! ﹃外し﹄さえしなけれ
ば!﹂
謝罪の体で駄目押しをしておく。
何をしているかというと⋮⋮まあ、八つ当たりで嫌がらせだ。
俺があれだけ肝を冷やしたというのに、リルフィーだけが悠々と
成功するなんて認められそうもない!
﹁大丈夫っす! 当てますから!﹂
そう言ってリルフィーは﹃あかスライム﹄に向き直り⋮⋮あっさ
りと倒しやがった。⋮⋮ちっ、廃人め。ここは外して笑いをとる場
面だろうに。
カエデとアリサエマは﹁おっー﹂と言いながら拍手をしているが、
ネリウムは少し物足りなそうな顔をしている。⋮⋮まあ、そうだと
思った。
163
リルフィーへの嫌がらせは空振りになるし、思わぬしっぺ返しが
あった。
次の﹃あかスライム﹄に遭遇し、カエデの順番になったのだが︱︱
﹁タケルが色々と言ったから、緊張しちゃうじゃんか!﹂
と、カエデに怒られてしまったのだ。
﹁しかし⋮⋮チュートリアル的というか、アイテム採集というか⋮
⋮そんな感じすっね﹂
何匹目かの﹃あかスライム﹄のときにリルフィーが言った。
リルフィーの言うように﹃基本溶液﹄はかなりの数が集まってい
る。
﹁ずばりそれが狙いだろ。アイテム採集は作業でだれるけど⋮⋮こ
れなら初日から大量に出回るだろうしな。スライムもそれなりに教
育的っつーか⋮⋮基本的なことができないとダメなようにしてある
し﹂
﹁多少、手順がややこしいようにも思えますが?﹂
考え込む様子でネリウムは言うが︱︱
﹁﹃あかスライム﹄の方は面倒ですけど明日には情報が⋮⋮下手し
たら今日中に出回ると思いますよ。⋮⋮情報収集とか対人関係を作
るのもMMOの基本ですし﹂
俺の見解を聞いて、納得したように肯いていた。
俺たち三人の前ではカエデが楽しそうに﹃あかスライム﹄と戦っ
ている。失敗して飛び跳ねてしまっているが、諦めずに倒すつもり
のようだ。その横ではアリサエマが一生懸命に声援を送っている。
その二人の姿に、自分がスレきったMMOプレイヤーになってし
まったなと感じた。
もしかしたら、リルフィーとネリウムも似たようなことを感じて
いたかもしれない。
﹁あっ⋮⋮やったよ! それに何か変なのもでた!﹂
﹁やりましたね、カエデさん!﹂
164
無事に倒せて、二人は大喜びだ。
﹁また新しいアイテムっすか? ⋮⋮﹃初級MP回復薬﹄? 少し
良さそうな感じっすね!﹂
リルフィーはそんなことを言いながらドロップを拾い、ネリウム
はニコニコしながらカエデに回復魔法をかけている。
たまには効率だとか儲けだとか度外視して、こんな風にのんびり
ゲームをするのも悪くない気がした。⋮⋮まあ、ここにはMMOを
しにきたわけではないが。
それにこれで﹃きいろスライム﹄からは﹃初級回復薬﹄が四つ、
﹃あかスライム﹄からは﹃初級MP回復薬﹄が二つだ。
念のために全員に回復薬を持たせておく。
リルフィーに﹃初級回復薬﹄を二つ、俺とカエデには一つずつを。
ネリウムとアリサエマには﹃初級MP回復役﹄を一つずつだ。
﹁⋮⋮分配がどうとか考えずに、必要に思えたらガンガン使うこと。
どのみち、集めるのは大した手間じゃないみたいだしな﹂
そう念を押すと、全員が納得した表情で肯いた。
せっかく楽しい雰囲気なのに、誰かが死んだりしてつまらなくな
るのは惜しい。同じようにみんなも考えてくれたのだろう。
移動を再開すると先の様子が判明してきた。
城壁に隣接するように墓地があり、さらに先、ここからだと街の
裏側には森が広がっているのが見える。
﹁森の方が良さげな感じだが⋮⋮ついでに様子も見ていくか?﹂
﹁通り道ですし⋮⋮それで良いかと﹂
﹁ここまで来たら全部調べちゃいましょう!﹂
ネリウムとリルフィーは賛成してくれたが︱︱
﹁そうだね! 全部調べちゃおう! ⋮⋮って、あれお墓だよ?﹂
﹁⋮⋮ちょっと雰囲気が⋮⋮怖いです﹂
カエデとアリサエマはホラーな雰囲気が苦手なようだ。
ゲームには幽霊だとか骸骨、ゾンビなどが良く出てくるが⋮⋮別
に本物じゃないから怖くはないと思う。それでも、苦手な人は苦手
165
だ。
カエデや⋮⋮アリサエマも嫌がっているなら回避しようかと思っ
た時、素晴らしいアイデアが閃いた!
これはチャンスだ!
あとは如何にして理由をこじつけるかなのだが︱︱
﹁お化けや幽霊が苦手なら⋮⋮無理していかなくても良いかと﹂
そんな風にネリウムがカエデに提案しだした。
どういうことだ? 共闘終了か? などと思っていると︱︱
﹁そ、そんなことないよ! ボクはゆ、幽霊なんて怖くないよ! ⋮⋮ね? アリサ!﹂
﹁えっ? ⋮⋮でも⋮⋮はい﹂
カエデは強がったのか、自分からそんなことを言い出した。アリ
サエマも仲間にそんなことを言われたら同意するしかないだろう。
⋮⋮さすがだ。まだまだ相棒のことを見くびっていた。これは有
段者が使う﹁押して駄目なら引いてみろ﹂という高等技術だろう!
﹁じゃあ、まあ⋮⋮様子だけでも見ておくか﹂
それで墓地の様子も調べておくことに決まった。
166
墓地
墓地は粗末な木の柵で囲われていて、十字架をモチーフにした墓
石がいくつもあった。そのうちのいくつかはところどころ欠けてい
たり、倒れていたり、蔦に絡まれていたりで⋮⋮厳粛な霊園という
より、いかにもな⋮⋮ホラー映画にでも出てきそうな感じだ。なぜ
か薄っすらと黒い霧の様なものが立ち込めている。
﹁あっちが⋮⋮入り口みたいだね。⋮⋮入るの?﹂
﹁ここからでも様子は見えますし⋮⋮入らなくても⋮⋮﹂
カエデとアリサエマはすでに及び腰だ。
その二人を見て、長年の謎が一つ解けた。
心霊スポットなどと呼ばれる場所に集団で遊びに行く奴らや、高
いお金を払ってオバケ屋敷などに行く奴らの気が知れなかったのだ
が⋮⋮これは悪くない!
心細いのかカエデとの距離はグッと近くなっているし、不安そう
に俺の方を見る表情もたまらない。⋮⋮何か新しい扉が開かれてし
まいそうだ。
しかし、何とはなしにネリウムも見てみると、もの凄く興味がな
さそうだ。
⋮⋮まあ、それはそうなんだろう。この人にとってゾンビはとも
かく⋮⋮幽霊や骸骨などは完全に守備範囲外なのだろう。⋮⋮﹃鮮
度﹄の問題で、ゾンビも好みじゃないかもしれない。狩りをする肉
食獣は生餌しか食べないと言うし。
﹁じゃ、いきますか!﹂
リルフィーがまったく空気を読まずに言った。
ナイスだ! これぞ適所適材!
それでカエデとアリサエマに嫌な顔をされているが⋮⋮奴は気に
もしないだろう。
167
﹁まあ⋮⋮ちゃちゃっと調べて⋮⋮すぐに移動することにするか﹂
仕方なくという雰囲気を匂わせたが⋮⋮実はそんなつもりは無い。
流れにもよるが、みっちりと調査のフリをして時間をかけ⋮⋮楽
しそうなハプニングを狙うつもりだ。
だが、すぐにその判断を後悔することとなった。
﹁あれ? 光の柱が⋮⋮白い光の柱が⋮⋮﹂
カエデが入り口の方を指差し、そんなことを言いだす。
全員がつられ、カエデの指差す方向に注目した。
そちらからは黒い霧を掻き分けるように、人影が進み出てきてい
る。
高貴なものが自然と身にまとうオーラとでも言うべきものがあっ
た。
それが俺たち人間には黒い霧として見えたのは⋮⋮邪で邪悪な混
沌の気配を感じさせるものとして顕現していたのは⋮⋮そいつが俺
たちの世界から遠い⋮⋮遥か彼方の場所からやってきた来訪者だか
らだろう。
たぶん、星々より遠くの⋮⋮人類には理解できないほどの深くに
ある⋮⋮異界と呼ばれる世界からだ。
そいつは俺たちを見ると、綺麗に整った顔をおぞましく歪ませる。
⋮⋮なぜかすぐに、それが笑顔であることが解かった。
﹁やあ﹂
そう俺たちに話しかけてくる。
その短い言葉だけで、そいつが俺たちに会えて喜んでいることと
⋮⋮楽しんでいることが理解できた。おそらく、これから起きる﹃
楽しいこと﹄に喜びを隠し切れなかったのだろう。
﹁いやぁっー!﹂
アリサエマが叫んだ。
気配からして、その場にしゃがみ込んでしまったに違いない。助
け起こしてやりたいところだが、そんな恐ろしいことはとてもでき
168
そうもない。一瞬でもそいつから目を離したら⋮⋮それが人生で最
後の光景になるかもしれなかった。
﹁み、みなさん、戦いの準備を! やらなければ︱︱殺られます!﹂
気丈にもネリウムがみんなに奮起をうながす。
ネリウムの言うとおりだ!
いや、逃げるべきか?
﹁タケルさん! 先陣いきます! あとは任せました!﹂
そう言いながらリルフィーは剣を抜く。
それを見て、そいつは意外そうな⋮⋮少し不愉快そうな顔をした
ように思えた。そいつにとって、俺たちは取るに足らない虫けら同
然なのかもしれない。
しかし、それで闘志に火をつけることができた。少しは人類の意
地を見せてやる!
﹁⋮⋮俺とリルフィーが食い止めている間に⋮⋮みんなは逃げろ!﹂
勝つことはできないかもしれないがカエデを⋮⋮カエデや他の二
人を逃がすことができれば俺たちの勝ちだ。
すまない気持ちでリルフィーを横目で見るが⋮⋮奴はいい笑顔で
俺に応えた。
⋮⋮そうだよな。俺たちは男だもんな。男だったら戦って死ぬべ
きだよな。
﹁ボ、ボクも戦うよ!﹂
カエデは勇敢にもそんなことを言うが⋮⋮その声は可哀想なほど
震えていた。
﹁くっ⋮⋮ここはお二人の気持ちを!﹂
ネリウムは決心してくれたようだ。口調からは血を吐くような苦
渋の思いが伝わってくる。やはり頼りになる人だ。
﹁ネリー離して! ボクも一緒に戦うよ!﹂
﹁そ、そうです、少しでもタケルさん達の力に!﹂
﹁なりません! 私たちがするべきは⋮⋮少しでも早くこの場を離
れることです! それがお二人の気持ちに応えると言うことです!﹂
169
むずがるカエデとアリサエマをネリウムが説得しているが⋮⋮ネ
リウムなら必ず説得してくれるだろう。
それなら⋮⋮あとは俺たち二人がどれだけ時間が稼げるかにかか
った。
慎重にそいつを観察する。
人間型だ。人間そっくりに見える。一目で人間ではないと解かる
が⋮⋮人間そっくりで、ただそれだけで恐怖すら覚えそうだ。
たぶん、精神だとか、魂だとか⋮⋮存在のあり方だとかが俺たち
とかけ離れているから⋮⋮こんなに人間そっくりなのに異質に感じ
るのだろう。
俺と同じような粗末な胴鎧で剣を腰にさしている。まるで俺たち
の真似をしているようだが、こいつ︱︱
﹁プレイヤーだ!﹂
⋮⋮俺とそいつは異口同音に叫んだ。
リルフィーが信じられないものを見る表情で俺を見た。
顔には﹁嗚呼、タケルさん、気が狂っちゃったんだ﹂と書いてあ
る。
気持ちは解からないでもないが、俺は狂っていない。⋮⋮リルフ
ィーだって真祖エビタクと接触した経験があるだろうに。
そいつは良く見ればエビタクシリーズのプレイヤーだった。
真祖エビタクほどではないが、かなりの高位のエビタクロードだ。
⋮⋮悪い意味で。
﹁なんなんだよ! どいつもこいつもモンスター扱いしやがって!﹂
エビタクロードはカンカンに怒っていた。
まあ、冷静に考えたら怒るのも無理はない。
他のプレイヤー集団と遭遇したので、友好的に挨拶をしたら⋮⋮
そいつらはいきなり剣を抜くわ、変な小芝居はじめるわで⋮⋮まる
で理解不能だったに違いない。
﹁で、もう用は無いの? 終わった? それじゃ、俺は行くから!
170
⋮⋮ったく、変な霧しかでねぇし、倒せねぇし⋮⋮このゲームど
うなってんだ﹂
そう愚痴を言いながらエビタクロードは街の方へ戻っていく。
俺たちは唖然として見送るしかなかった。
﹁⋮⋮俺たちが悪い⋮⋮のか?﹂
マヌケことを言ってしまったが⋮⋮誰にも答えようが無かった。
﹁あー⋮⋮何から片付けっかな⋮⋮アレについて説明⋮⋮いる?﹂
まだ座り込んでいたアリサエマに手を差し出しつつ、全員に質問
してみた。
みんなは魂の抜けた感じに首を横に振る。
まあ、俺もアレの原因は説明できるが⋮⋮本質的なことには何も
答えられそうにはない。
﹁じゃあ⋮⋮アレは⋮⋮まあ、そういうのが存在するってことで終
わりにしよう﹂
俺の言葉に全員がコクコクと肯く。もしかしたら深く考えたくな
いのかもしれない。
﹁で⋮⋮この霧は⋮⋮モンスターらしい﹂
そう言いながら黒い霧の頭上?に視線の焦点を合わせた。﹃漂う
瘴気﹄という名前が判明する。
俺の動作につられたのか、みんなも名前を調べたようだ。そのあ
と、全員が納得したのかコクコクと肯く。⋮⋮みんな大丈夫だろう
か? まだ正気に戻っていないのだろうか?
﹁リルフィー、剣で斬ってみてくれ。たぶん当たらないと思うが﹂
俺の言葉にリルフィーはまたコクコクと肯き、何度か﹃漂う瘴気﹄
に剣を振るう。しかし、剣はすり抜けるだけだし、なにも反応は起
きなかった。
そしてリルフィーは首を振ることで俺に結果を伝える。
﹁そろそろ喋れ!﹂
いい加減イライラしてきて、ツッコミを入れた。
171
なぜかリルフィーはビックリした顔をするが⋮⋮その顔が可笑し
かったのか、カエデが笑いだす。つられて、みんなも笑いだした。
なんとか空気は常識的なものへ戻り始めたようだ。
本来なら﹃漂う瘴気﹄は禍々しい雰囲気を醸しだすのだろうが⋮
⋮いまの俺たちにはただの色つきの霧でしかなかった。怖い雰囲気
などどこかへ吹き飛んでしまっている。
﹁じゃあ、次は魔法な。⋮⋮アリサさん、いける?﹂
﹁は、はいっ! い、いけます!﹂
なぜかアリサエマは顔を真っ赤にして答えた。そして、まだ握っ
ていた俺の手を慌てた様子で離す。⋮⋮どうかしたんだろうか?
しかし、魔法も﹃漂う瘴気﹄を通り抜けるだけだ。
﹁あれ? こいつ⋮⋮剣でも魔法でも倒せないの? どうすれば⋮
⋮﹂
﹁ま、魔法を外しちゃいました? い、いまもう一度⋮⋮﹂
カエデは驚いているし、アリサエマは慌てている。まだ二人とも
現実に︱︱ここは仮想世界だが、常識的な世界と言う意味でだ︱︱
戻りきれてないのだろうか?
その横ではネリウムが冷静にメニューウィンドウを操作していた。
﹁とょくに⋮⋮⋮⋮⋮⋮特に説明はありませんが、おそらくはアレ
でしょう﹂
⋮⋮ネリウムは噛んだ。やはりネリウムでもすぐに立ち直るのは
無理か。
美人が僅かに頬を染めているのは色っぽかったし、何事も無かっ
たように押し切るつもりらしいが⋮⋮押し通せそうだから美人は凄
い。
﹁あー⋮⋮そういうことか。アレっすね﹂
﹁⋮⋮だろうな。それじゃネリウムさん、お願いします﹂
俺とリルフィーは予想がついたが、カエデとアリサエマはついて
これてない。
﹁それでは⋮⋮﹃ヒール﹄!﹂
172
ネリウムの言葉と共に魔法が発動し、﹃漂う瘴気﹄は神々しい光
に包まれて消えた。その跡に白いコインが二枚出現し地面に落ちる。
﹁また新しいアイテムですね⋮⋮﹃善行貨﹄って名前ですけど⋮⋮
うーん﹂
リルフィーはドロップを拾いながら唸っている。価値が判らない
からだろう。
﹁あれ? いまので⋮⋮モンスターが倒せたの?﹂
﹁すごい⋮⋮回復魔法って攻撃にも使えるんですね﹂
カエデとアリサエマは何が起きたか解からなくて驚いているが⋮
⋮そんなに難しいことは起きていない。
﹁回復魔法でアンデットなどに︱︱スケルトンやゾンビなどに攻撃
できるのは珍しくないのです。まあ、システムによりますが。おそ
らく、この霧はその類なのでしょう﹂
ネリウムの説明の通りだろう。それに﹃魔法使い﹄用ソロ狩場、
前衛用︱︱﹃戦士﹄と﹃盗賊﹄用ソロ狩場ときて、剣でも﹃魔法使
い﹄の魔法でも倒せないのだから⋮⋮この方法しかないのは慣れて
いればすぐに閃くことだ。
﹁情報は得られましたし⋮⋮森へ移動しますか﹂
すぐにネリウムがそんな提案をしてきた。
いまは一刻でも早くここを離れ、エビタクロードによって受けた
ダメージを忘れ去るべきだ。⋮⋮本当に頼りになる。ここは俺が被
せにいくべきだろう。
﹁そうしよう。墓場の中も似たようなもんだろうし﹂
﹁そうっすね⋮⋮今までみたいに道中で倒しながら?﹂
リルフィーが確認を取るが︱︱
﹁いえ⋮⋮パーティの回復役の時にMPを無駄遣いするのは⋮⋮あ
まり好きじゃないので⋮⋮﹂
とネリウムが答えたので、真っ直ぐに森へ向かうこととなった。
﹁でも、なんであの⋮⋮あのプレイヤーさん?は白い光の柱だった
173
んだろ?﹂
カエデが言うのは﹃気配探知﹄のことだろう。
﹁確定じゃないだろうが⋮⋮赤色はモンスター、白色はプレイヤー
とかにしてあるんじゃないか? それより⋮⋮﹃漂う瘴気﹄とかい
うのが﹃気配探知﹄で発見できなかったのが疑問だな﹂
﹁あ、そうだ! うーん⋮⋮どういうことなんだろ﹂
解かり易いところまで、疑問に答えておく。
もう少し複雑な⋮⋮俺にも回答が解からない疑問もあった。
あのエビタクロードはプレイヤーで⋮⋮ようするに偽者だ。
仮に交戦となっていても、俺とリルフィーでわけなく倒せた︱︱
逆に返り討ちになるかもしれないが︱︱だろう。奴が真祖エビタク
であっても同じ、いや、間違いなく交戦に入っただろうが、結果は
予想できる範囲にある。
恥ずかしいことだが、俺はここが仮想現実であることを忘れ⋮⋮
決死の覚悟で戦うことを決めた。しかし、それはよく考えてみれば
間違った判断だ。
エビタクロードに俺たちが皆殺しにあったとしても⋮⋮俺たちは
何らかの死亡ペナルティを受け、リスタート地点に戻されるだけだ
ったろう。
しかし、奴が本物であったら?
奴が本物の⋮⋮なんと呼べばいいのか解からないが⋮⋮名状しが
たいナニかだったら?
そして仮想現実であろうと⋮⋮その人類には理解できないナニか
と遭遇したら?
俺は新しいVR世界の神話誕生⋮⋮いや、発見に立ち会っている
のではないのだろうか?
この考えがくだらない妄想だと⋮⋮誰に立証できる?
心臓は早鐘を打ち、背中には嫌な汗が流れているのを感じる。い
まからでも遅くない! 人類のためにも、この﹃事実﹄を広く世間
に知らしめるべく︱︱
174
﹁そろそろ森に到着だね! こんどはどんなモンスターがいるのか
な?﹂
無邪気なカエデの言葉が、俺を深い淵から引き戻してくれた!
感謝のあまり抱きしめたくなったのを堪え、みなに注意を促す。
﹁そりゃ﹃魔法使い﹄用、前衛用、﹃僧侶﹄用とソロ狩場が出尽く
したんだから⋮⋮残るはパーティ向けの狩場だろ。みんな油断する
なよ? たぶん、難易度が上がるはずだ﹂
俺の言葉に全員が肯いたところで、ちょうど森の入り口に到着し
た。
175
森
森は背の高い真っ直ぐな木々と、人の背の高さ程度の茂みで形作
られていた。足元はまるで整備されているかのようで歩きやすいし、
ところどころで開けた場所すらある。
これも現実には即していないらしい。俺はハイキングや山登りの
趣味がないからよく解からないが、本物の自然と言うのは踏み入る
だけで一苦労するそうだ。
そんなわけで森を進むのには苦労はしないのだが、極端に視界が
悪い方が厄介だろう。気がつかないうちにモンスターと出くわすこ
とだって十分にありえるし、迷子になってもおかしくない。
﹁しまったな⋮⋮意外と大きそうな森だぞ。奥に行ったら街が見え
なくなりそうだ﹂
﹁移動系のアイテムが無いっすもんね。⋮⋮どんなのがあるんです
かね?﹂
リルフィーがそんなことを言ったのは、MMOではプレイヤーの
移動を手助けするアイテムがよくあるからだ。
街から街へテレポートで運んでくれる⋮⋮ちょうど電車やバスの
ようなアイテムやNPCは定番だし、どこからでも街に戻れる便利
なアイテムや魔法、ほとんど制限もなく思うがままにテレポートで
きる魔法まで⋮⋮システムによって色々なものがある。
﹁大丈夫だよ! ⋮⋮⋮⋮⋮⋮街はあっちだよ!﹂
カエデがそう言いながら、みんなに見せるように人差し指で空を
指差した。
その人差し指の先には光る羅針盤の様なものが出現していて、ど
こかを指し示している。
﹁それ⋮⋮﹃方向感覚﹄のスキルですか?﹂
﹁うん! マーキングした場所の方角がいつも判るの! 噴水広場
176
にマーキングしといたんだ。ボク⋮⋮ちょっと方向音痴なんだよね﹂
アリサエマに問われて、照れながらカエデは説明してくれた。⋮
⋮可愛い!
マーキング可能な場所や回数によっては、便利なスキルだろう。
リルフィーの様な廃人はまたいで通るだろうが。⋮⋮他の方法で解
決できるなら、可能な限り貴重なスキル枠を費やさないのが廃人の
基本だ。
﹁⋮⋮帰り道の心配は無くなったし、まあ探索してみるか﹂
﹁そうですね。⋮⋮あまり街から離れない様にということで﹂
しっかりとネリウムに釘を刺された。
判ってはいるが、ぶれない人だ。共闘関係にある今は良いが⋮⋮
くれぐれもリルフィーのとばっちりを受けないように注意をしてお
かねば。
それで俺たちは探索を開始したのだが、なにも発見できない。い
ままでのパターンならすぐにモンスターに遭遇するはずなのだが⋮
⋮どうしたことだろう?
﹁あれ? これ風景じゃなくて⋮⋮アイテムかも?﹂
リルフィーが何か見つけたようだ。ようやく起きた出来事だが⋮
⋮なんだが地味な感じがする。
リルフィーが指し示していたのは、いかにもな感じの植物だ。名
前を調べて見ると﹃みどり草﹄とある。説明に﹁回復薬などを作る
材料になる﹂とあるが、おそらくは俺にしか見えていないだろう。
﹁回復薬の材料みたいだな。こいつと﹃基本溶液﹄をなんとかすれ
ば﹃初級回復薬﹄とかを作れるんじゃないかな?﹂
﹁⋮⋮もしかしたら、この森は⋮⋮薬草とかを探すための場所⋮⋮
なんですかね?﹂
俺の説明にリルフィーが応じるが⋮⋮少し批判的なニュアンスだ。
ここが薬草の採取場所なら、単純な作業をするための場所であり
⋮⋮大勢でゾロゾロとやってくる場所ではないだろう。
不満は解かるが⋮⋮それを俺のせいにされても納得がいかない感
177
じだ。
﹁その⋮⋮これも⋮⋮情報?なんですから⋮⋮悪いことではないん
じゃ⋮⋮﹂
理由は解かってないのだろうが、空気を読んだアリサエマがフォ
ローをしてくれる。少しはリルフィーも見習え!
﹁タケル!﹂
押し殺した声でカエデが俺の名を呼ぶ。
カエデまで俺を批難するのか? いや、優しい子だ⋮⋮アリサエ
マと同じようにフォローしてくれるに違いない! ⋮⋮などど考え
ていたところで、勘違いに気がついた。
カエデは俺の方は見ておらず、真剣な顔︱︱そのきりっとした表
情もとても可愛い! ︱︱で前方の茂みを指差している。
指し示された方には何者かがチラッと見えた。
一部分しか見えなかったが、明らかに人間ではなかった。⋮⋮も
ちろん、エビタクシリーズのどれかでもない。
急いで辺りを見渡す。すぐ近くに良さそうな場所がある。
﹁リルフィー、あそこな﹂
場所を指差しながら言うと、すぐにリルフィーは肯いた。
そして肯きながらも、音を立てないように慎重に剣を抜いている。
普段は馬鹿なことばかり言っているが⋮⋮ゲームに関することなら
信用できるのが、リルフィーの数少ない取り柄だ。
﹁な、なにかあったんですか?﹂
アリサエマは突然のことに理解が追いついていないようだ。
﹁アリサ、声を小さく。声で気づかれるかもしれません。⋮⋮とり
あえず、私と一緒に行動を。あちらの少し開けた場所でやるようで
す。ゆっくりと移動しますよ﹂
ネリウムが後衛の指揮を執ってくれていた。凄く助かる!
﹁カエデ、ガードを﹂
カエデにも指示を出しておく。カエデは一瞬だけ慌てたようだが、
178
すぐに肯いてネリウムたちと合流した。
俺も静かに剣を抜きつつ、リルフィーがいる地点とネリウムたち
いる開けた場所のちょうど中間に移動する。
ネリウムと視線を合わせると、無言で肯いてきた。
それでリルフィーに肯いて合図を送る。
リルフィーも肯いたかと思うと、静かに手に持った剣を地面に突
き立てた。自由になった手で石を取り出し⋮⋮そのまま投擲のモー
ションに入った!
そこから当てるつもりなのか?
内心、少しビックリしたが⋮⋮リルフィーは見事に命中させた!
何者かの悲鳴が上がる。間違いなく人間の声ではない。
すぐに何者かは叫びながらこっちへに向かってくる。
リルフィーは素早く地面に突き立てていた剣を引き抜き、ネリウ
ムたちの方へ走り出した。
俺はそれらを視界の隅に入れながら、他に何か変化が無いかを観
察する。⋮⋮何も無いようだ。相手はあいつだけか?
その何者かは人間型だった。しかし、やはり人間ではない。人間
よりやや小柄で茶色の肌をしている。頭は禿げ上がっていて、奇妙
にとんがった耳と長い鼻が特徴的だ。粗末な腰ミノ姿で、手に持っ
た剣を振り回していた。
急いで名前を確認する。予想通りの名前︱︱﹃ゴブリン﹄だ。
リルフィーが俺のところまで来た時点で、俺も一緒に走って戻る。
﹁ゴブリンだ。一匹だけ。強さがわからない。確実にいこう﹂
俺は全員に向けて報告する。
すぐに三人が真剣な顔で肯き返す。俺の横ではリルフィーが盾を
構えていた。
俺も同じように盾を構えて前へ向き直る。
もうゴブリンが雄たけびをあげながら迫ってきていた。
﹁アリサ、いまです!﹂
﹁は、はい! ﹃ファイヤー﹄﹂
179
その声と共に火の玉と投石がゴブリンに向かって飛んでいく。
どちらも見事に命中した!
飛び道具や魔法の最大の利点は、接近される前に相手にダメージ
を与えられることにある。これで倒せれば楽なのだが⋮⋮。
ゴブリンは苦痛の呻きをもらすが、しかし、勢いを落とすことな
く突撃してくる!
その勢いにのったまま、リルフィーめがけて剣を振り下ろす。し
かし、リルフィーは構えていた盾でしっかりと攻撃を受け止めた。
視界の隅でリルフィーのHP表示が大きく減った。まずい! 盾
で受け止めているのに、二割くらいは減っている! 直撃を受けた
らどうなることか⋮⋮。
﹁まだですよ、アリサ。﹃ヒール﹄﹂
後ろではアリサに指示を出しながら、ネリウムが回復魔法を使っ
ていた。リルフィーのHPが全快に僅かに足りない程度まで回復す
る。
いい感じだ。きちんと安全マージンを見てくれている。
﹁カエデ、いくぞ!﹂
﹁うん!﹂
カエデに声をかけながら俺も攻撃に参加する。
相手はリルフィーに攻撃した直後だから隙だけだ。
俺とカエデの攻撃は容易く命中した。それでゴブリンは再び苦痛
の叫びを上げるが⋮⋮まだ倒れない!
ゴブリンは俺の方を睨んだ。一番の脅威が俺と判断されたようだ。
次は俺を狙いにくるか?
俺は盾を構え、リルフィーが交代とばかりに剣を持ち直す。
﹁いまです!﹂
﹁はい! ﹃ファイヤー﹄!﹂
再び火の玉がゴブリンめがけて飛んでいく。
それが止めとなり、ゴブリンは断末魔の悲鳴をあげながら倒れつ
つ⋮⋮煙になってドロップへと変わった。
180
﹁ふー⋮⋮なかなか強い⋮⋮火力がある感じすっかね。盾越しでも
少し痺れました﹂
﹁そうだな⋮⋮盾の仕様が判らんからあれだが⋮⋮直撃をわざと受
けてのデータ取りは、まだ避けておきたいな﹂
ドロップを拾いながら俺は答えた。ドロップは金貨だけだったが、
スライムの五倍はある。
﹁あのようにモンスターに脅威と判断されるとターゲットに⋮⋮モ
ンスターの攻撃目標になります。このようにパーティで戦うときは
︱︱﹂
俺たちの後ろではネリウムがアリサエマにレクチャーしている。
アリサエマはしきりに感心して何度も肯いているようだし、そのま
まネリウムに任せていても平気だろう。
﹁つ、強かったね! でも⋮⋮ボクたちの方が強いね!﹂
興奮しているのか、少し顔を赤くしてカエデは言うが⋮⋮短剣の
持ち方が変だった。なんだか汚いものでも持っているかのようだ。
﹁⋮⋮その短剣はどうかしたのか?﹂
﹁んっと⋮⋮どうもしないんだけど⋮⋮その血が⋮⋮ちょっと苦手
なんだよね﹂
心苦しそうにカエデは答えるが⋮⋮実に良い!
正直、血みどろ大好きなどと言われたらどん引きだ。⋮⋮若干一
名、その道の大家がいるようだが⋮⋮まあ、それはそれとしてだ。
﹁それならば⋮⋮流血表現の設定を変えればよろしいでしょう﹂
なぜか非常につまらなそうな顔で、ネリウムがそんなアドバイス
をした。
それを聞いてカエデとアリサエマは、メニューウィンドウを呼び
出して操作を始める。
おそらく、その設定変更をすれば出血は光か何かのエフェクトに
変化し、返り血なども見えなくなるのだろう。⋮⋮そんな設定まで
チェックしているのはきっと、ネリウムがその道の大家だからに違
181
いない。
﹁タケルさん! ゴブリンは美味いかもしれないです! 一匹でス
ライムの十倍以上も経験が入ってます! あと一匹倒せばレベルア
ップっすよ!﹂
リルフィーがメニューウィンドウを調べながら報告してきた。
機嫌が良いようだが⋮⋮奴にしてみればようやくMMOらしくな
ってきたところで、やっと楽しくなってきたのだろう。
しかし、俺は少し危ういと感じていた。
ゴブリンは四、五回の攻撃を重ねれば倒せるようだが、こちらも
似たようなものだ。いや、リルフィーは確実に四回は耐えれそうだ
が、俺では四回目の攻撃が耐えれるかは微妙に思える。他の三人は
もっと少ない回数しか耐えれないだろう。
ゴブリンは俺かリルフィーと同じくらいの︱︱新米﹃戦士﹄と同
じくらいの強さじゃないだろうか?
一匹ずつなら確実に狩れるだろうが⋮⋮数匹同時や連戦は厄介そ
うだ。
本来ならスライム相手に修行をして一、二レベルあげてから、パ
ーティを組んでやってくる狩場なのだろう。
それでもあと一匹でレベルアップは魅力的だ。
もしかしたらレベルアップで劇的に強くなって、この狩場でも立
ち回れるようになるかもしれない。
ここはなんとか一匹だけでいるのを探して狙うべきだろう。
HPとMPの回復をはかり、放置状態だった﹃みどり草﹄の回収
もして⋮⋮俺たちは探索を続行することにした。
182
成果
探索を続けているのだが⋮⋮よく考えると俺たちは異常な集団だ。
いまや俺とリルフィーは抜き身のまま剣を持ち歩いている。
⋮⋮臨戦態勢で森をうろつく住所不定無職。ロールプレイ的にい
うのであれば、この世界の俺たちは住所不定無職だ。
なんだろう⋮⋮俺たちは冒険者だとかのかっこうのよい⋮⋮善い
もの側ではなく⋮⋮どちらかというと悪者、それも山賊だとか追い
剥ぎだとかの類に思えてきた。
俺が遭遇する側だったら間違いなく逃げるか、問答無用で攻撃す
る。
⋮⋮なぜモンスターがプレイヤーを見たら襲い掛かってくるのか
理解できた気がした。
俺が馬鹿な考えに浸っていると︱︱
﹁ゴブゴーブ、ゴブゴブ?﹂
﹁ゴーブゴブ!﹂
﹁ホブボブホブ⋮⋮﹂
という、何者かの話し声?がしてきた。
前方のかなり開けた場所に二匹のゴブリンと大型な奴︱︱普通の
ゴブリンを五割増しくらいだ︱︱がいて、そいつらが何かを話し合
っていたのだ!
大型の奴の名前を調べて見れば﹃ホブゴブリン﹄と判明する。予
想通りではあるが⋮⋮俺は面食らっていた。
﹁と、とりあえず隠れろ!﹂
押し殺した声でみんなに指示をする。
それを聞いてみんなも、慌てて茂みを盾にするように隠れた。
なぜかNPCであるモンスターたちが会話をしているが⋮⋮これ
はプレイヤーが先に発見できるようにとの配慮ではないだろうか?
183
全てのNPCは擬似的なAIでそれっぽく動くようにしてあるが、
自発的に話ができるほど賢くはない。NPCの発言は全て決められ
ている台詞だ。
となると、このゴブリンたちの会話?も予め設定されているわけ
なのだが⋮⋮いったい全体、どういうセンスなんだ?
役者かボイスアクターでも雇ったのか﹁ゴブ﹂と﹁ホブ﹂しか言
わないのに、なんらかの会話なのだろうと十分に想像できる。⋮⋮
ユーモラスというより、深夜のコンビニの前でたむろっている柄の
悪い若者のような印象なのも謎だ。
﹁なるほど⋮⋮ゴブリンだから⋮⋮ゴブゴブ言ってんですね!﹂
押し殺した声で︱︱しかも真剣な表情で俺たちの方を振り返りな
がら!︱︱リルフィーが言い放った。
⋮⋮お前の住んでいる世界では猫は﹁ネコネコ﹂、犬は﹁イヌイ
ヌ﹂と鳴くのか?
嗚呼、殴りたい。こんな状況でなければ、大声で﹁んなわけある
かっ!﹂と叫びながら殴りたい。駄目だ⋮⋮右手が勝手に⋮⋮いま
は我慢しないと⋮⋮。
よく見ればカエデとアリサエマはお互いの手を握り締めあいなが
ら、顔を真っ赤にして静かに悶えていた。必死に笑いを堪えている
のだろう。
⋮⋮どうして笑ってはいけない状況だと、笑いの沸点が劇的に下
がるんだ?
ネリウムの方はと見れば⋮⋮なぜかうっとりした表情でリルフィ
ーを見ている。⋮⋮まあ、人の好みにあれこれ言うのはマナー違反
だろう。
﹁⋮⋮馬鹿なことを言ってないで、戻るぞ。⋮⋮ゆっくり、静かに
な。あいつらとやりあったらまず負ける﹂
その言葉でカエデとアリサエマもなんとか持ち直してくれた。
俺たちは静かに、ゆっくりと撤退する。強敵から逃げるのも立派
な戦術だと俺は思う。
184
﹁少し奥の方へ来過ぎたみたいだな。ゴブリンは少なめの配置なの
かな?﹂
もう十分に離れたと思えたので、俺はみんなに話しかけた。
それでカエデとアリサエマが大きな息を吐く。緊張していたのも
あるだろうが、リルフィーの攻撃がまだ残っていたのだろう。
あの三匹組みは、この森の目玉クラスに思える。少なくとも中ボ
スクラスの位置づけだろう。その出現位置まで一匹のゴブリンとし
か遭遇しないのはおかしな感じだ。
﹁どうします? 街の方へ戻ります?﹂
のほほんとリルフィーが話に乗ってくるが⋮⋮嗚呼、殴りたい。
しかし、いま殴ったらただの乱暴者だ。次にボケたら思いっきりツ
ッコミいれてやる!
﹁それより先に⋮⋮まず、あいつの相手をするか﹂
そう言いながら前方の開けた場所を指差した。
その開けた場所に、ちょうどゴブリンがやってくるところだった。
まだこちらに気づいていないようだし、見える範囲では一匹だけだ。
手頃な獲物だろう。
﹁ういっす! ⋮⋮引きつけます?﹂
﹁いや、ここは狭いし、向こうの方が開けている。突撃でいこう﹂
戦闘ではどんな場所で戦うかも重要なことだ。
相手側に取り囲まれるようでは大変だし、動くのも大変なほど狭
くてもダメだ。基本的には自分たちが少なかったら狭い場所、多か
ったから取り囲めるように広い場所が良い。
﹁最初はゆっくりと近づくぞ。合図を出したら突撃な。えっと⋮⋮
魔法のタイミングと周囲の警戒を︱︱﹂
﹁了解しました﹂
ネリウムがすぐに引き受けてくれる。頼りになる人だ。
﹁よし、いこう﹂
そう言うと、全員が真剣な顔で肯く。戦闘開始だ。
185
各々が武器を構えながら静かにゴブリンへ歩み寄る。
まだ相手はこちらに気がついていない。このまま不意を打てれば
理想的なのだが︱︱
しかし、ゴブリンはこちらに気がついた!
一瞬、驚いたような表情になるが⋮⋮すぐに雄たけびをあげなが
ら、手に持った剣を無茶苦茶に振り回した。
もう、静かに移動する意味は無い。
﹁よし、突撃だ!﹂
俺の合図を待たずにリルフィーは走り出している。こんな時は多
少いきちがっても、とにかく行動してしまう方が正解だ。
遅れて他のみんなも走り出す。うまい具合にリルフィーが突出す
る形になって、ちょうど良いくらいだ。
もうすぐリルフィーとゴブリンがお互いの間合い入る⋮⋮いわゆ
る一刀一足の距離になった。このままお互いに斬りあうのでも良い
が、ベストは︱︱
﹁いまです!﹂
﹁は、はい! ﹃ファイヤー﹄!﹂
ネリウムの合図でアリサエマが魔法を放つ。タイミングは最適だ
し、見事に命中だ。
ゴブリンは苦悶の声をあげながらアリサエマを睨む。アリサエマ
がターゲットに決まったのだろう。本来、接近戦に劣る﹃魔法使い﹄
がFAをとる︱︱ターゲットになるのは上手くないのだが⋮⋮目の
前にはすでにリルフィーが到着している。
﹁ナイスアシストっす!﹂
そんなことを言う余裕を見せながら、隙だらけのゴブリンにリル
フィーが斬りかかる。
その攻撃で少しゴブリンはよろけ、リルフィーの方を見たように
思えた。もしかしたらリルフィーへ反撃することに変えたのかもし
れない。
だが、それも隙でしかない。立て続けに俺とカエデが追撃を叩き
186
込む。
誰を狙ったのか判らなかったが、俺たちを追い払うようにゴブリ
ンが剣を大きく振る。しかし、そんな大振りに当たりはしない。
﹁他にゴブリンは見当たりません。こいつだけのようです。アリサ
は隙を狙って追撃を﹂
後ろからネリウムが報告してくれた。
増援がないなら、落ち着いてこいつを倒すだけだ。この流れのま
ま進めればいいだろう。ゴブリンを見ると⋮⋮俺の方を睨んでいる。
俺に狙いを定めたか。
俺のような火力特化型は高い攻撃力が売りとなる訳だが⋮⋮どう
しても防御力が犠牲となりがちだ。高い攻撃力を示せばそれだけ注
目を浴びやすく、それを避けるためには自重するしかないというジ
レンマに悩まされる。
まあ、パーティにヘイト管理系スキルを持った専門のタンクがい
ない。仕方の無いことだろう。渋々といった気分で盾を構えて守り
に入る。
﹁止めはもらいっす! 悪いっすね、タケルさん!﹂
リルフィーからそんな軽口がでた。
パーティで戦っているんだから、誰が止めを刺してもパーティの
戦果だが⋮⋮まあ、気にしてしまう気持ちは解からないでもない。
競争するかのように、リルフィーとカエデがゴブリンへの最後の
一撃を狙う!
﹁アッ、手元ガ滑ッタ!﹂
そんなわざとらしい掛け声と共に、リルフィーの後頭部に石が命
中した。
⋮⋮﹁FF半減﹂と表示が出ているが、それなりにリルフィーの
HPは減っている。
リルフィーもそれなりに痛かったのと、驚いたのだろう。状況を
忘れ、頭を押さえてしゃがみ込んでしまっている。⋮⋮少し、かっ
こわるいぞ。
187
その隙?にカエデがゴブリンに攻撃した。その一撃で見事にゴブ
リンが倒れ、煙と共にドロップへと変化する。
僅かに遅かったのか、その煙にアリサエマの魔法が突き抜ける。
﹁えっと⋮⋮や、やりぃ! ボクが⋮⋮止めだね!﹂
複雑な表情でカエデがガッツポーズをとる。たぶん、何か言わな
きゃと思ったのだろう。
微妙な空気に止めを刺すかのように、ファンファーレのような音
楽が鳴り響いたかと思うと、全員のメニューウィンドウが一斉に出
現した。
さて、どうしたものか⋮⋮確認するまでもなく、リルフィーの後
頭部に石を当てたのはネリウムだ。
俺には理解できないが⋮⋮これは⋮⋮ネリウムからのリルフィー
への愛情表現のひとつ⋮⋮だろう⋮⋮おそらく、たぶん。
さすがにリルフィーは少しむくれた顔で向き直った。
まずいな⋮⋮共闘を結んでいるのだし、俺はフォローに回らなき
ゃいかん⋮⋮よな?
が、ネリウムは俺の予想を超えた行動にでた。
小走りでリルフィーに近づき、そのまま抱きつくように身体を密
着させたのだ!
﹁すいません、リルフィーさん! 手が狂いまして⋮⋮痛かったで
すか? ⋮⋮いま回復魔法を﹂
そう言いながらリルフィーの後頭部に手を伸ばそうとするが⋮⋮
ネリウムの方が背が低いから、かなり密着しなければ手は届かない。
何度かお互いの身体は触れ合っているはずだ。柔らかそうな何かが。
すぐにリルフィーはむくれた顔から、だらしのない表情へと変わ
った。
ネリウムには何度も感心させられたが⋮⋮本当に凄い人だ。
これは高尚なコミュニケーションであり⋮⋮下世話に言ったら飴
と鞭といわれるやつなのだろう。もしかしたら、共同作業の最初の
188
一回を見せつけられているのかもしれない。⋮⋮公開なんとかとい
う類のナニだ。
リルフィーは幸せそうに鼻の下を伸ばしているし、俺が口を挟む
ことではないのだろう。
﹁チッ⋮⋮そんなのただの脂ぼu︱︱﹂
そんな声がして、少し驚いて俺は振り返った。
カエデは顔を真っ赤にして俯いている。少し刺激が強かったのだ
ろう⋮⋮純情な証拠だ。可愛い!
アリサエマは⋮⋮なぜだかわざとらしくそっぽを向いていた。い
まの声はこっちか? でも、なにか不満だったのか?
⋮⋮ここは色々なことを有耶無耶にしておくのが一番だろう。
﹁いまのでレベルアップしたみたいだな﹂
﹁そ、そうだね! ファンファーレみたいなのも鳴ったし!﹂
カエデが渡りに船とばかりに食いついてきた。
﹁そのようですね。どれくらい変化したのでしょう﹂
意外にもネリウムが積極的に話題に入ってきた。
⋮⋮がっかりした顔のリルフィーも視界に入る。なるほど。ご褒
美タイムは終了ということか。ほんと勉強になるなー⋮⋮知りたく
無かったけど。
﹁⋮⋮判る範囲ではHPとMPが増えてるだけみたいっすね。次の
レベルアップに必要な経験点は二百⋮⋮まあ、まだ普通かな﹂
リルフィーがややガッカリした感じ︱︱ご褒美タイムが終了した
から﹃だけ﹄ではなく︱︱で言ったのは、レベルアップに物足りな
かったからだろう。
リルフィーはキャラクターの強さに価値を見出すタイプだから、
レベルアップと共に爆発的に強くなるのが好きなのだ。
俺などは逆に、じわじわと強くなっていくのが好きだから⋮⋮こ
の辺は好きずきとしか言えないだろう。
﹁まあ、まだ二レベルになったばっかりだからな。HPとMPが四、
五割り増加ってのはけっこう強くなってると思うぞ。本格的に強く
189
なるのはこれからだろうし﹂
みんなは俺の言葉になんとなく肯く。
しかし、これからどうしたものか。あと十匹もゴブリンを狩れば
三レベルになるだろう。それで、まあまあ区切りが良いところだと
思うが⋮⋮いまの強さでは同時に二匹までの戦闘がぎりぎりだろう。
このまま森を探索して慎重にゴブリンを狩り続けるか、それとも
他の狩場に期待をかけてみるか⋮⋮悩みどころに思える。
そんな風に考えていたところで︱︱
﹁た、助けてくださーい!﹂
という切迫した声が聞こえてきた。
190
混乱
何事かと声のした方を見て、俺は⋮⋮いや、全員が驚愕したに違
いない。
そちらからは男のプレイヤーが、必死の形相でこちらへ向かって
きているのだが⋮⋮そのすぐ後ろが良くなかった。
そいつのことを大量のゴブリンが追いかけていたのだ!
少なく見積もっても十数匹はいる。下手したら二十匹以上だろう。
なんで助けて欲しいかは説明不要だし、助けられそうがないのも
一目瞭然だ。
すぐに我に返り﹁みんな、逃げるぞ! 巻き込まれる!﹂と言お
うとしたところで、もう間に合わないことに気がついた。
その男とゴブリンの先頭集団が、俺たちのいた場所まで駆け込ん
できていたからだ。
一気に人口密度が上がり、逃げるのも困難なほどになる。
次善の策は茂みを背に、俺とリルフィーで守りの陣形を築くこと
だが⋮⋮レベルと物資が絶望的に足りない。愚策か? 死の確定し
た持久戦になる。いや、それでもやらないよりはマシのはずだ。
その指示を出そうとしたところで、後手を踏んだのが判った。
男が開けた場所の外周部をなぞるように⋮⋮俺たちを周るように
走り方を変えたからだ。そんなことをすれば当然、そいつを追いか
けているゴブリンも俺たちを周るようになるから⋮⋮まるで包囲網
を引かれたかのようになる。
そいつにしてみれば止まるわけにもいかないし、ここから離れて
しまったら助かる望みが無くなるからなのだろうが⋮⋮俺たちにと
っては最悪の選択だ。
﹁え、円陣! 円陣を組むぞ! 俺とリルフィーで円陣を組むから
⋮⋮カエデとアリサさん、ネリウムさんは円陣の中に入れ!﹂
191
﹁タ、タケル? 二人で円陣は無理だよ! ボクも円陣に参加する
よ!﹂
動揺して無茶苦茶な指示を出してしまっていた。
こんな修羅場でカエデを参加させたくなかったのだが⋮⋮二人で
三人を守る円陣はつくれない。カエデの言う通りにするしか無いだ
ろう。
﹁⋮⋮どうします?﹂
リルフィーが聞いてくるが⋮⋮俺だって聞きたいくらいだ。
﹁どうするって⋮⋮このままあいつに引かせて⋮⋮一匹ずつ引き剥
がして処理するしかないだろう﹂
リルフィーはそれで納得したようだが⋮⋮不安のあるプランだ。
確かにMMOのシステムによってはそのような狩り方⋮⋮﹃引き
役﹄だとか﹃釣り役﹄だとか呼ばれる仲間がモンスターを引き回し
ている間、他のメンバーで一匹ずつ倒す作戦はある。
しかし、作業だとかハメだとか呼ばれていて、プレイヤーの間で
も評判の良くないやり方だし⋮⋮運営側も対策用のギミックを仕込
んでくるのが普通だ。
何よりもこの手の作戦ではお互いの連携が大切なのだが︱︱
﹁あんた! そのまま引いてろ! ⋮⋮﹃引き﹄って解かるよな?﹂
﹁ひ、﹃引き﹄? なんですか、それ? と、とにかく助けてくだ
さーい﹂
駄目だ。まるで当てになりそうもない。
思わず﹁責任もって人気の無いところまで引ききって、そこで独
りで死ね!﹂と怒鳴りそうになった。カエデがいなかったら間違い
なくそうしたと思う。
この男と協力して︱︱俺が細かく指示を与えながら、この大量の
ゴブリンを処理するのか? あまりの無茶振りに眩暈がしてきそう
だが⋮⋮ここでへこたれる訳にはいかない。
﹁とりあえず⋮⋮一匹FA入れてみます﹂
緊張した顔のリルフィーは投石用の石を取り出していた。
192
まだ細かな仕様は全く判っていない。FAを入れたらゴブリン全
てが、リルフィーにターゲットを変更する可能性があった。それは
低くはない⋮⋮高いとすら思うが、他に方法も思いつかない。
腹を決めて肯こうとした瞬間、状況はさらに悪化した!
その男を追いかけていたゴブリンのうち、何かの拍子に遅れた奴
らが⋮⋮第二陣のゴブリンが到着したのだ。
そして男は先頭集団と第二陣に挟まれる形にもなっていた。
逃げる間もなく、一瞬のうちに男は倒される。
⋮⋮男が倒れこむときに、なぜか笑みを浮かべていたのが不快だ
った。さすがに見間違いか?
全てのゴブリンがスイッチが切れたようにピタっと動きを止める。
次のターゲットを決定するまでの僅かなタイムラグだ。
⋮⋮そして、おそらく⋮⋮次にターゲットにするのは手近なプレ
イヤーで⋮⋮そうなったらパーティの全員が一対多数の戦いを強い
られる!
そんな戦いとも呼べないものに誰も耐えられない。つまり、全滅
だ。
今しかない!
気分は良くないが⋮⋮誰かを犠牲にしなければ、この局面を切り
抜けることは不可能だ。
リルフィーの持っている石をひったくりつつ、逃走経路を急いで
考える。
⋮⋮駄目だ。俺一人分だけすら、上手く逃げれるルートがまだな
い。多少、ギャンブルを重ねることになるが⋮⋮やるしかないだろ
う。
プランが決まり、俺は円陣から離脱した。悪いが邪魔だ。
僅かに空いていたスペースへ駆け込む。ここならすぐには攻撃さ
れない。かといって、どこへも逃げれない袋小路でもあるが。
振り向きざまにゴフリンに石を投げつける。狙いをつける必要す
193
らない。
⋮⋮文字通りの石を投げたら当たるだ。こんな時なのに、なぜか
俺は面白くなってきた。
ゴブリンにFAを入れると、一斉に俺を睨んでくる。無事、全部
を引きつけれたようだ。まずは一つ目のギャンブルに勝ったという
ところか。
﹁タケルさん? ⋮⋮タケルさんが引くんですか?﹂
ようやく我に返ったリルフィーが聞いてきたが⋮⋮俺のプランは
そうじゃない。
﹃引き役﹄を立てて処理を狙っても息切れするか、どこかで破綻
するだけだろう。全滅までの時間稼ぎにしかならない。
﹁奥の方まで引いて、こいつら捨ててくる﹂
あまり話している余裕はないのだが⋮⋮説明はするべきだろう。
一番近くのゴブリンが攻撃してきた。想定していたので盾で受け
止める。しかし、間髪いれずに攻撃してきた別のゴブリンに直撃を
くらう。けっこう痛いし、予想よりも多くHPが減った。
まずい、あと二、三回は攻撃されるだろうが⋮⋮HPは持つか?
そう思ったところでネリウムが回復魔法をかけてくれた。緊急時
に回復役のMPを無駄にしたくないが⋮⋮俺が上手くできなきゃ全
滅だ。まあ、勘弁してもらうしかない。
通路を塞いでるゴブリンがもう少し俺の方に接近してくれば、通
り抜けるスペースが︱︱
﹁えっ? それで⋮⋮タケルはどうすんのさ!﹂
﹁⋮⋮何とか撒いてくるさ。⋮⋮街で落ち合おう﹂
カエデには適当に濁して答えた。
奥まで引いてからは︱︱パーティのみんなから十分にゴブリンを
引き離してからは、完全にノープランだ。まあ、その後はどうにも
ならないだろう。
それでも迷惑な奴に巻き込まれて全滅するより、犠牲が一人で済
んだ方がほるかに気分が良い。
194
またゴブリンの攻撃を何とか盾で受ける。再びHPが減り、ネリ
ウムが必死に回復魔法で支えてくれるが⋮⋮明らかにジリ貧だ。
だが、ようやく通路への道が見えた。いまなら通路へ通り抜けら
れる、これ以上の時間を稼いだらゴブリンに完全に囲まれてしまう。
時間を稼ぐギャンブルはネリウムの助けもあって切り抜けた。
あとは通路まで逃げ込むだけだ。それに成功すればなんとかなる
だろう!
ゴブリンをかわしながら全力疾走をする。
何度か攻撃がかすってHPがみるみると減っていく⋮⋮ネリウム
も支えていてくれるが⋮⋮それも止まった。MPが切れたのだろう。
あと一歩というところで死角にいたゴブリンが躍り出てきた。
まずい! 道を塞がれるし、そいつの攻撃を耐え切れるか?
諦めかけたところで、そのゴブリンの顔面に石が直撃した。
視界の隅でリルフィーが投げ終わった体勢になっていたのが見え
た。そのゴブリンは怒りの形相でリルフィーの方へ向かっていく。
それで邪魔者はいなくなった!
リルフィーが攻撃したゴブリンはここに残るだろうが、四人で何
とか倒してもらうしかない。ぎりぎりだがナイスアシストだ。
そして俺は通路へ︱︱
﹁タケル、前!﹂
﹁タケルさん? ﹃ファイヤー﹄!﹂
俺の目の前には数匹のゴブリンがいた。最も遅れて男を追いかけ
ていたゴブリンたち、第三陣もいたのだ。
⋮⋮あの男はどれだけゴブリン集めたんだ?
アリサエマは反射的に魔法で援護射撃をしたのだろうが⋮⋮それ
だけではどうにもならない。
そのゴブリンたちに止めを刺され⋮⋮俺は死んだ。
195
帰還
仰向けになって眺める空はとても青かった。
うつ伏せに倒れずに済んだのは、少し運が良かったのかもしれな
い。⋮⋮自分の作った血だまりと地面は、眺めても楽しい気分には
してくれないからだ。
すでに物音はしなくなっている。何とかして様子を見てみたいと
ころだが、あいにく指一本動かせない。諦めるしかないだろう⋮⋮
俺は死んでいるのだから。
視界の真ん中に﹁あなたは死にました。リスタートまで⋮⋮﹂と
アナウンスが浮かび上がっていて、その下で数字がカウントダウン
もしている。
﹁どうなった?﹂
試してみたら声は出た。このシステムでも、死亡中に話ができる
ようだ。
﹁⋮⋮負けちゃったよー﹂
﹁エンドっす﹂
﹁私もですね﹂
﹁わ、私もやられちゃったんですけど⋮⋮その⋮⋮それで⋮⋮身体
が動かないんですけど⋮⋮﹂
みんなから返事があった。俺と同じように倒れているのだろう。
まあ、立て続けに四回の悲鳴があったものな。
ネリウムがアリサエマへ死亡について説明しているのが聞こえる。
それを何とはなしに聞きながら俺は﹁最後にエンド喰らったのい
つだっけかなー﹂だとか﹁あ! 良くみたら鳥が飛んでるな。細か
いところに凝ってんなぁ﹂などと、くだらないことを考えていた。
﹁あの⋮⋮巻き添えにしちゃって⋮⋮その⋮⋮﹂
申し訳無さそうな声が聞こえてきた。
196
声からして、ここへ逃げ込んできた迷惑男だろう。
思えばこいつが大量のゴブリンを引き回していたから、俺たちは
ほとんどゴブリンと遭遇することも無く、ホブゴブリンがいるよう
な奥までこれたのだろう。
﹁ちょっ⋮⋮なんなんだよ、あんた! 迷惑にもほどがあんだろ!﹂
リルフィーの怒鳴り声が聞こえる。
気持ちは解かるし、俺も同じ気持ちだが⋮⋮罵り合う死体たちと
いうシュールな光景を想像したら、なんだかとても可笑しな気分に
なってしまった。⋮⋮さすがに、いま笑いだしたら変な奴だ。我慢
しなくては!
﹁それなんですけど⋮⋮あっ⋮⋮時間が!﹂
﹁おいっ! 何とか言えよ! おいっ!﹂
リルフィーがなおも言い募るが⋮⋮それっきり迷惑男の声は聞こ
えなくなってしまった。リスタートになったのだろう。
﹁⋮⋮リスタートになったんだろ。どうなるか判らんし⋮⋮はぐれ
たら噴水広場な﹂
みんなから了承の声が返った。
そろそろ俺のカウントが零になる。これが無くなったらリスター
トになるのだろう。
﹁じゃ、先にいってるな﹂
カウント零と共に視界は真っ白な光に埋め尽くされ、一瞬だけど
こにいるのか解からなくなり⋮⋮気がついたら俺は街に戻されてい
た。
やや遠くにだが、噴水広場が見える。
ここで待ってれば、みんなもリスタートしてくるはずだ。個々で
違うリスタート場所だったとしても、しばらくしたら噴水広場へ行
けば良いだろう。
MMOで死亡状態になると、手近な安全地帯で復活するのが一般
的だ。ほとんどのシステムで死亡場所での復活はしない。
197
そんな仕様だと詰むことがあるからだ。例えばあの森で復活した
ら⋮⋮その場でゴブリンに殺されるだけだろう。
待つ間が暇なので、メニューウィンドウを呼び出して死亡ペナル
ティの確認をしておく。経験点、アイテム、所持金⋮⋮これらが減
るのはよくあるペナルティだ。
しかし、とくに何も減っていない。所持金は記憶だよりであやふ
やだが⋮⋮大きく減った数字ではなかった。
これはまだ初心者扱いされているレベルで、死亡時のペナルティ
が免除されているのだろう。
MMOはゲームであるし、発生する損害もゲーム内のものだ。今
回は全く被害が無いとも考えれるが、俺はそうは思わない。
人はゲームに⋮⋮MMOの世界に遊びに来るのだ。
ゲームデータが減ったり増えたりよりも⋮⋮愉快か不愉快かの方
が重要なことに思える。
迷惑行為で死亡なんていうのは、凄く不愉快な気分にさせられる
ことだ。
こんな目にあったら怒り心頭になりそうなものだが⋮⋮不思議と
心は穏やかだった。いや、もちろん、カエデやネリウム、アリサエ
マの分は別にしてだ。それは許せそうもない。怒ってもいる。しか
し、それを除けばむしろ、スッキリした気分と言えた。
できる限りの努力はしたからなのか、攻略が目的ではないからな
のか⋮⋮理由は自分でも良く解からない。我ながら謎だ。
そんな俺へ︱︱
﹁くぅ⋮⋮ゴブリンが強くて驚きました!﹂
先ほどの迷惑男が話しかけてきた。
なんだろう? こいつ⋮⋮ちょっとおかしくないか?
ここで待っていれば俺たちを見つけられる。一言あってしかるべ
きだし、こいつが待っていたのは理解できた。
でも、この第一声は⋮⋮どんなもんだろう?
﹁うーん⋮⋮まあ、俺は良いんだけど⋮⋮パーティメンバーがな⋮
198
⋮そっちには謝って︱︱﹂
﹁あっ! タケルさん! リスタ地点近かったんすね。みんなも同
じかな? ⋮⋮あれ? そいつは︱︱おい、お前! なに考えてん
だよ! MPKか!﹂
リスタートしたリルフィーが俺たちを見つけたのか︱︱途中から
怒鳴りながら︱︱近寄ってきた。
リルフィーは凄い剣幕だが⋮⋮迷惑男はへらへらしてやがる。
MPKとはモンスタープレイヤーキルの略語で、モンスターを利
用してプレイヤーを殺す方法のことだ。ほとんどのゲームで重大な
マナー違反、迷惑行為とされている。以後、警告なしで攻撃されて
も文句は言えない。過失であっても、きちんと和解しておかねば報
復されることもある。
﹁ちょっ⋮⋮まっ⋮⋮いきなりMPK呼ばわりなんて止してくださ
いよ! まるでワザとやったみたいじゃないですか!﹂
﹁ワザとかどうかなんて関係ないんだよ! お前のせいで俺たちは
全滅だぞ! どう責任取るんだよ!﹂
リルフィーはなおも迷惑男を責め立てる。
これはリルフィーが怒りっぽいとか、心が狭いとかの︱︱多少、
その通りではあるが︱︱問題ではない。必要なことでもある。
迷惑行為などをされたら必ず抗議をする。これはMMOでは自衛
のために必要なことだ。
いちど舐められてしまったら、評判を取り戻すのは難しい。ここ
では﹁あいつらと揉めると厄介だ﹂くらいに思われるのがベストで
はある。
﹁いやー⋮⋮ゴブリンが一匹いたんですけど⋮⋮斬りかかったら近
くの茂みに何匹か隠れてたんですよ! それでいきなり三匹相手で
すよ? そんなの無理に決まってるじゃないですか。それで逃げ出
したんですけど⋮⋮逃げ切れないし、どんどんゴブリンは増えるし
で⋮⋮。もう、笑っちゃいますよね。あはは⋮⋮﹂
﹁ならっ! その場で死ねば良いだろ! 逃げて何が変わるんだよ
199
!﹂
迷惑男の無責任な発言に怒鳴り返すリルフィー。
MMOに慣れていない人には、リルフィーが怒りのあまり無茶苦
茶なことを言っているように聞こえるだろうが⋮⋮これは全面的に
正しい言い分だ。
自分が助かるために、他人を危険に晒すのは重大なマナー違反と
されている。
下手をすると今回の俺たちの様に、ただ不愉快な目にあう犠牲者
が増えるだけだ。ごちゃごちゃ言い訳するくらいなら、最初から実
力に見合ってない狩場へ行かなければいい。手に負えないピンチで
も、下手に拡大させなければ被害は自分だけで済む。
これはプレイヤー同士の交友だとか、助け合いの精神とは別次元
の基本的なマナーだ。
どうしたものか。迷惑男の言動は不愉快ではあるが⋮⋮それ以上
に不可解な点が多すぎる。
迷惑男の名前を記憶しておくべく、さりげなく調べた。こいつが
要注意の問題プレイヤーなら今後は警戒するべきだし、それなりの
対処をしておかねばならない。
しかし、名前より所属ギルドの方に見覚えがあった。迷惑男の所
属ギルドは﹃RSS騎士団﹄だったのだ。
色々なことがおかしく思えてきた。
結束の強いギルドほど、その所属ギルドメンバー達のマナーは良
くなる。結束の強いギルドは揉め事に一丸となって対応するからだ。
細かなマナー違反でちょくちょく揉め事を抱えてしまっては、ギル
ド全体が身動きが取れなくなってしまう。
ギルド移住を試みるようなギルドだ。結束が悪いわけがない。
また、この迷惑男はなんらかのMMO経験者ということだ。
それなのに基本的なマナーを心得ていなかったり、﹃引き﹄を理
解してなかったり⋮⋮あからさまに怪しい。
ここは事情が判るまで決定的なことはしない方が良いだろう。
200
﹁⋮⋮そこら辺にしとけ。リルフィーが怒るのは解かるが⋮⋮みん
なを待たせてる。先に合流しよう﹂
﹁⋮⋮よろしいので?﹂
リルフィーを宥めようとしたら、いきなり後ろから声をかけられ
た!
⋮⋮誰かと思えばネリウムだ。
ネリウムも近くにリスタートしていて⋮⋮おそらく、リルフィー
が揉めているのを見物していたのだろう。⋮⋮それなりに楽しみな
がら。まだ顔が緩んでたし。
なぜか穏やかな気分だったから俺は冷静だったが⋮⋮俺もリルフ
ィーのように怒鳴り散らしていた可能性はある。⋮⋮下手したらカ
エデの目の前でだ。助かった⋮⋮のか?
慌てて周りを見渡すが、カエデとアリサエマの姿は見当たらない。
﹁カエデさんとアリサはこの辺では無かったようですね。噴水広場
にいきますか﹂
﹁そうっすね! こんな奴を相手にしてもしょうがないし⋮⋮二人
と合流しますか!﹂
ネリウムに気がつくと、リルフィーはとたんに機嫌が良くなりや
がった。
⋮⋮それなりに相棒の狩りは順調⋮⋮なのか?
﹁⋮⋮あとで説明します﹂
小声でネリウムに伝えた後︱︱
﹁じゃ、合流しよう。今回は見逃すけど⋮⋮名前は控えさせてもら
ったから﹂
軽く迷惑男に釘を刺しておく。
なおも何か言いたそうなのを振り払うように、俺たちは噴水広場
へ向かった。
﹁遅いよ! 三人ともー!﹂
噴水広場に到着した俺たちの顔を見るなり、カエデは文句を言っ
201
た。ふくれっ面だが⋮⋮とても可愛い!
それになぜかアリサエマは安堵のため息を吐いた。
﹁⋮⋮何かあったのか?﹂
﹁うんとね⋮⋮ボクたちは同じリスタート?の場所だったんだけど
⋮⋮﹂
﹁そこで男の人たちが喧嘩になってまして⋮⋮﹂
俺の問いに二人が答える。
﹁凄かったんだよ。連れの女の子は泣いちゃってるし⋮⋮﹂
﹁それで⋮⋮みんなのことが心配になって⋮⋮さっきの男の人と会
いました?﹂
そこで二人は俺たちを窺うように見た。
まあ、オープンβ初日だ。廃人達が必死に攻略中だろうから⋮⋮
多少の揉め事が起きてもおかしくない。二人はそれに鉢合わせたの
だろう。
﹁大丈夫です! 喧嘩になんてなりませんでしたよ! 俺がばしっ
と言ってやりましたからね! ばしっと!﹂
リルフィーは自慢げに報告するが⋮⋮むしろ不安的中、ぐだぐだ
の口喧嘩に⋮⋮それも劣勢だったはずだが⋮⋮それは言わないのが
武士の情けか。そんなリルフィーをホクホク顔で鑑賞するネリウム
もいることだし。
﹁まあ、不愉快なことは忘れて⋮⋮とりあえず分配でもするか!﹂
﹁そうですね! まずは狩りの成果を喜ぶということで!﹂
空気を変えようとした俺の言葉に、すぐにネリウムが被せてくる。
選択肢として再開もあるが⋮⋮ちょうど街に戻ってきたのだ。い
よいよ本命の狩りに着手するべきだろう。
さくさく終わらすべく、てきぱきと仕切ってドロップを集める。
内訳は金貨が四百枚強、﹃基本溶液﹄が五十個強、﹃善行貨﹄二
枚、﹃みどり草﹄が一つだ。
これを均等に分けるのだが⋮⋮価値が判らないと分配が難しい。
これも未踏の地での狩りで困ることの一つだ。
202
だいたい、こんなに細かい数字のドロップなんて久し振りすぎて
⋮⋮逆に新鮮ですらある。
﹁まあ、適当にやるぞ。回復薬系統はさっき配ったのをそのまんま
で良いだろうしな﹂
﹁そうですね。おそらく貴重なものは無いでしょうし﹂
すかさずネリウムのフォローが入る。
こんな雑事にかける時間が惜しい! 可能な限りサクッと終わら
せねば!
﹁あの⋮⋮私⋮⋮そんなに役に立ってないし⋮⋮分配は無しでも⋮
⋮﹂
しかし、遠慮がちにアリサエマがそんなことを言い出す。
﹁いや、そういうのは良くない。きちんと平等に分けよう。それに
アリサさんは活躍してた﹂
﹁そうっすよ! 今日はみんなでワイワイ楽しくできたんですから
⋮⋮それで良いんっすよ!﹂
リルフィーが柄でもないことを言いだす。
しかし、内心照れてしまうが⋮⋮奴の言い分は俺にも理解できた。
効率とか儲けとかで考えたら、今日の狩りは散々だろう。
でも⋮⋮まあ⋮⋮こういう遊び方も悪くないと思ったのは事実だ。
初めてMMOをした時の楽しさがあった。⋮⋮こんな恥ずかしいこ
とは絶対に口にしないが。
﹁そうだよ! ボクたちは仲間なんだから⋮⋮細かいことは言いっ
こなしだよ! ボクも下手っぴいだったし!﹂
そんな風にとりなすカエデも楽しかったようだ。
﹁そうですね⋮⋮また、このメンバーで狩りに行きたいものです﹂
ネリウムもフォローを入れてくれるが⋮⋮なんだかフォローとい
うより、素直な感想にも思える。
和やかな空気のまま分配は終わった。
⋮⋮こんなのも悪くない。
203
街
ネリウムに小声で﹃RSS騎士団﹄について伝えておく。
この手の情報は地味に重要だ。噂レベルの段階で知るのと、出来
事が発覚してからとでは大きく変わる。
リルフィーも神妙な顔つきで聞いてはいるが⋮⋮あまり理解して
いないと思う。いつものことだ。こんなに適当なのに、なぜか重大
な揉め事に巻き込まれない。
まあ、まだ何か対処しなくてはならないわけでもないし、こんな
噂話がある程度で良いだろう。
気がつけば、カエデが微妙な顔をしている。
﹁どうかしたのか?﹂
﹁うん⋮⋮金貨八十枚をボクの分で貰ったけど⋮⋮どれくらい凄い
のか判らなくて。それに、この﹃基本溶液﹄も﹂
カエデの疑問はもっともだ。
俺も適当に分配したものの、正確に分けれたか自信はない。
﹁そりゃ⋮⋮何を買えるかで判断するしかないぞ。﹃基本溶液﹄の
方はいくらで売れるかだな﹂
俺の答えにカエデとアリサエマは納得して肯いている。ここです
かさず畳み込めれば︱︱
﹁どこかにNPCの店があるでしょうから、いってみませんか?﹂
きちんとネリウムがゴールを決めてくれた。ちゃんとパスを出せ
ばシュートしてくれる相棒は貴重だ。
リルフィーの方はと見れば⋮⋮例のキラキラした目で俺の方を見
てやがった。⋮⋮本来ならシュートするのはお前の役割なんだぞ?
﹁それじゃあ⋮⋮次は街の探検だね!﹂
元気の良いカエデの言葉に皆が肯いた。
204
街を移動するなら、まずは地図を確認したいのだが⋮⋮メニュー
ウィンドウを探しても地図が見当たらない。となると、このシステ
ムはもう一つの方法を選択したのか。
カエデは近くにいたNPCに話しかけていた。
﹁あの⋮⋮お店へ行きたいんですけど⋮⋮場所は判ります?﹂
﹁困ったわ⋮⋮最近、草原にいる﹃きいろスライム﹄が増えている
みたいなのよ⋮⋮﹂
しかし、NPCの女はとんちんかんな返事をする。
全てのNPCは擬似的なAIで動いているだけだし、簡単な会話
の受け答えすらできない。近寄って視線を合わせると決められた台
詞を喋るだけだ。
あまりに効率が悪いので試しもしなかったが⋮⋮街にいるNPC
から情報収集をすれば、狩場の情報や﹃あかスライム﹄の倒し方な
ども入手できただろう。しかし、MMOではその方法より、プレイ
ヤー間での情報交換の方が主流だ。
﹁うーん⋮⋮やっぱり駄目みたい。この辺はオフラインゲームと変
わらないんだね﹂
さほど期待してなかったのか、カエデはあっさりと諦めた。
どうやらカエデはオフラインでVRRPGに馴染んでいたようだ。
オフラインのゲームはMMOとは違いドラマチックなシナリオが楽
しめる。根強い人気があるジャンルだ。
その隣ではアリサエマが驚いた顔をしていた。もしかしたらNP
Cと会話する発想すら無かったのかもしれない。
﹁まあ、その辺はな⋮⋮NPCを動かすAIは似たようなもんだし
︱︱﹂
カエデに答えながら、目当てのものを探す⋮⋮⋮⋮⋮⋮あった!
軽く人ごみができている。
﹁︱︱あっちだな。あそこに地図がある﹂
俺が指し示した方には案内地図の掲示板︱︱よく駅前なんかに設
置してあるあれだ︱︱があった。
205
これは歴史などに詳しい者に言わせると、噴飯ものの論じるにも
値しないことらしいのだが⋮⋮便利なんだから良いじゃないかと、
俺なんかは思う。
案内地図の周りには俺たちの様に地図を調べる者もいたが、集ま
ってくる人たちを目当てにしている奴らもいた。
そいつらは一様にクリップボードのようなものを胸の前で持って
いた。そこには﹁ペア希望。当方﹃戦士﹄﹂だとか﹁ペア希望。当
方﹃僧侶﹄﹂、﹁﹃基本溶液﹄﹃みどり草﹄買ってください。値段
相応﹂だとか書いてある。
ペア希望の﹃戦士﹄と﹃僧侶﹄は隣同士に並んでいるのだし、そ
の二人で組めば良いとは思うが⋮⋮それは普通のMMOでの話だろ
う。このゲームで野郎同士のペアなんて意味不明だ。
負け組の奴らに構っている場合じゃない。俺は素早く案内地図を
確認する。
そこには﹃教会﹄だとか﹃騎士団本部﹄、﹃魔術学院﹄﹃シーフ
ギルド﹄などの各施設が表記されていた。⋮⋮案内地図に載ってい
る﹃シーフギルド﹄ってなんだよと思わなくも無いが。
目当ての﹃道具屋﹄と﹃武器屋﹄の場所も判った。
﹁よし、それじゃ行くか!﹂
と全員に言ったところで、なぜかカエデが近寄ってくる。そのま
ま服の腕辺りをつかまれた。別に嫌じゃない︱︱むしろ距離が近く
なるから大歓迎だ︱︱のだが⋮⋮なんでそんなことをするのか謎だ。
﹁ま、迷子になったら⋮⋮こ、困るから!﹂
不思議そうな顔をしていたであろう俺へ、恥ずかしそうに⋮⋮少
し怒ったように答えてくるが⋮⋮実に可愛い!
なぜかネリウムとアリサエマが変な顔をしていた。敢えて言うな
ら、カエデを見て感心している風だが⋮⋮なんでだ? なににだ?
まず、俺の希望が通って﹃道具屋﹄へ移動した。先に﹃基本溶液﹄
の売却値段を知りたかったからだ。
206
道具屋までの道中でもクリップボードに何か書き込んだプレイヤ
ーが目立つ。その中でも﹃基本溶液﹄と﹃みどり草﹄の売却希望が
やけに目に入った。⋮⋮雲行きがあやしいかもしれない。
﹃道具屋﹄の店内には色んなものが置いてあった。半分も使い道
がわからないが⋮⋮おそらくは中世ヨーロッパで日常的に使われて
いた道具なのだろう。全て雰囲気だしの小道具なのだろうが、こう
いう物があるかないかで大きく印象は変わる。
そんな雰囲気も﹃雑貨﹄や﹃製作道具類﹄、﹃買取﹄と大きく書
かれた看板が吊り下げられていて台無しだ。それぞれ看板の下には
カウンターがあって、NPCが待機している。
⋮⋮まあ、わかり易くていいか。
まず﹃雑貨﹄の近くへ行ってみると、ファーストフードのメニュ
ーのようにでかでかと品物と値段が張り出されている。これもまあ
⋮⋮厳密に言えばありえないのだろうが⋮⋮便利なので俺には気に
ならない。
しかし、その取り扱い品目が﹃初級回復薬﹄と﹃初級MP回復薬﹄
の二つしかないのには困った。値段もそれぞれ金貨二十五枚に金貨
五十枚だ。
﹁⋮⋮金貨八十枚じゃあんまり買えないみたいだね﹂
しょんぼりとカエデが言った。
まずい。予想の範囲内だが⋮⋮こんな展開では楽しくない。
﹁ま、まあ! ﹃基本溶液﹄が高く売れるかもしれないだろ!﹂
元気づけるように俺が言うが︱︱
﹁うーん⋮⋮それでも﹃初級回復薬﹄の半分以下じゃないっすかね﹂
台無しなことをリルフィーに被せられた。
その推測に異論はないが⋮⋮このタイミングで言うべきじゃない
だろ! 本当に戦闘以外では全く頼りにならない奴だ!
﹁ま、まあ! 数はありますから!﹂
ネリウムがなんとか立て直そうとするが⋮⋮買取の方もいい感じ
ではなかった。
207
﹃基本溶液﹄も﹃みどり草﹄も買い取り対象では無かったのだ。
最後の方にはやけになって、片っ端から手持ちのアイテムを調べ
たが⋮⋮売却できるのは﹃初級回復薬﹄と﹃初級MP回復薬﹄だけ
だった。売値はそれぞれ金貨二十枚に四十枚とまあまあだが⋮⋮こ
れを売るほどの局面でもない。
﹃基本溶液﹄と﹃みどり草﹄がNPCに売れないのなら、市場が
売り一色なのも納得できた。売りばかり目立つわけだ。
﹁あれだよ! これから頑張ってお金を稼げばいいんだよ! あっ
! まだあっちの﹃製作道具類﹄見てないよ! なにが売っている
のかな?﹂
逆にカエデに励まされる始末だ。
気を取り直して﹃製作道具類﹄の方を調べてみるが⋮⋮取り扱い
品目には﹃簡易裁縫道具﹄だとか﹃簡易鍛冶道具﹄などと、﹃簡易﹄
シリーズの道具がずらっと並んでいるだけだった。おそらく、生産
系スキルの種類と同じだけあるのだろう。もちろん、﹃簡易調薬道
具﹄もある。値段はどれも一律で金貨百枚だ。
まだ生産志向のプレイヤーが金貨百枚稼げていないのだろう。い
ま街をぶらついているようなプレイヤーには無理だし、稼げるよう
な奴ならまだ狩場のはずだ。買い取ってもらえなければ素材アイテ
ムなどゴミ同然でしかない。
⋮⋮まてよ?
まだ誰もやっていないのなら⋮⋮これはチャンスか?
こんなことにかまけている暇は無いが⋮⋮少しの手間で大きく稼
げる!
そんな暇は無い。暇は無いが⋮⋮見過ごすにはあまりに惜しかっ
た! せめて情報を得るだけでも⋮⋮。
﹁おい、リルフィー。金をだせ﹂
﹁えっ? なんすか? 突然?﹂
さすがにリルフィーは驚いたが⋮⋮それでもすぐにメニューウィ
ンドウを開いた。日頃の行いの賜物だ。
208
﹁金貨百枚だから⋮⋮二十枚弱足りない。出してくれ﹂
﹁マジっすかぁ? まだ開始直後だからなぁ﹂
などとリルフィーは渋りながらも、大人しく金貨二十枚を俺に渡
す。⋮⋮信頼関係ゆえのことだ。
なんとか﹃簡易調薬道具﹄を買い付けるが⋮⋮使い方が解からな
い! まさかリアルにこの乳鉢みたいのですり潰したりしなくちゃ
いけないのか? ギャンブル失敗か?
﹁タケルさん! あの隅の方に﹃初級回復薬のレシピ﹄というアイ
テムが!﹂
悩んでしまった俺にネリウムがアドバイスしてきた。
見れば﹃初級回復薬のレシピ﹄というもの売っている。それも必
要だったのか! 値段は金貨五十枚だが、ここまで来て引き下がる
わけには︱︱
﹁リルフィー、あと五十枚だ﹂
﹁えっ? それじゃ残りほとんどじゃないっすか!﹂
⋮⋮さすがにそれは嫌か。仕方が無い。あまり褒められた手段で
はないが﹃最終幻想VRオンライン﹄の資産で取引を︱︱
考えていたところにアリサエマが金貨五十枚を差し出してきた。
﹁使ってください﹂
﹁⋮⋮いいの?﹂
﹁はい。あげるだと気になるでしょうから⋮⋮余裕ができたときに
返してくれれば⋮⋮﹂
﹁任せといてくれ。必ず返すし⋮⋮勝ったら倍にして返す!﹂
﹁タケル! それ駄目な人がいう台詞だよ!﹂
カエデが心配そうに言うが⋮⋮俺は安心させるように笑顔で返す。
⋮⋮いまここで止めたら、金貨百枚の投資が無駄になるんだ! ここでの追加投資は仕方の無いことなんだ!
アリサエマからの借金で﹃初級回復薬のレシピ﹄を買う。
それには﹁材料・﹃みどり草﹄が一個、﹃基本溶液﹄が十個。生
産物・﹃初級回復薬﹄十本﹂と書いてあった!
209
これは勝てる! 下手したら大勝ちできる!
﹁借りといてなんだが、アリサさん⋮⋮さっきの借りは無しにしよ
う。リルフィーの分もな。⋮⋮ここじゃなんだな。ちょっと人気の
無いところで話そう。みんなも来てくれ﹂
俺の提案に皆が不思議そうな顔をしたが、素直について来てくれ
た。⋮⋮説得に時間がかかると思っていたので拍子抜けだ。
﹁まず、これを見てくれ﹂
そう言いながら﹃初級回復薬のレシピ﹄を全員に見せた。
カエデとアリサエマは書いてあることは理解できたようだが、い
まいちピンときてない様だ。
﹁タケルさん、これ⋮⋮すぐに﹃みどり草﹄を買ってきましょう!
えーと⋮⋮みんなの分で﹃基本溶液﹄が全部で五十以上あったか
ら⋮⋮五つで⋮⋮一つあるから⋮⋮あと四つで︱︱﹂
リルフィーは理解したようだが、まだ考えが甘い。
﹁ああ、初手の動きはそれで良いが⋮⋮それで﹃初級回復薬﹄を作
って資金に換えて⋮⋮そこからは市場にある﹃基本溶液﹄と﹃みど
り草﹄を根こそぎ掻っ攫うんだ﹂
﹁なるほど。すこし資金稼ぎができますね。手分けして?﹂
ネリウムは話が早くて助かる。
﹁ええ、俺はここで﹃初級回復薬﹄を製作します。リルフィーはま
ず﹃みどり草﹄の買い付け。そうだな⋮⋮一つ金貨百枚までは買い
だな。まあ、ほとんどの奴が金貨十枚程度で売却希望だから、わけ
なく集めれるだろう。ポイントは目立たないことだ。値切らずに買
うくらいで良い。値切ったら悪評につながるかもしれないしな﹂
﹁それでは⋮⋮私はアリサと﹃初級回復薬﹄を市場に溶かしてきま
しょう。金貨二十一枚以上でよろしいですね?﹂
ネリウムが先読みしたことを言ってくれる。
﹁初回に作る分といまの手持ち分だけでいいでしょう。その資金で
回転し始めたらNPCに売却の方が早いはずです。その後はリルフ
210
ィーと合流して材料の買い付けに﹂
すぐに理解して肯いてくれた。
﹁ボ、ボクは?﹂
カエデが慌てて聞いてくる。
﹁カエデはみんなとの連絡役だ。在庫を受け取ったり、足りなくな
った資金を渡したり、NPCに売却したり、俺へ材料を渡したりだ。
できるか?﹂
俺の説明に、真面目な顔でカエデが肯く。
﹁まず、全員の金貨をカエデに。リルフィーはカエデから買い付け
用の資金を貰え。﹃初級回復薬﹄はネリウムさんへ。細かい収支は
後にしよう。最後に全員で山分けで良いよな?﹂
全員が肯いた。ミッションの開始だ。
211
商機
まず﹃初級回復薬﹄を生産しなければならない。
やり方が判らないので、適当にメニューウインドウを操作してみ
る⋮⋮レシピをダブルクリックしたら生産用の画面に切り替わった。
このゲームでもありきたりな方法で良いようだ。実際に道具を使
っての作業を要求してくるシステムもあるが、あまりプレイヤーか
らの評判は良くない。
システムが﹁簡易アレンジをしますか?﹂と聞いてくるが、大し
たことはできないはずだ。規定内で形状を変えたり、色を変更した
りできるだけだろう。
その工程はスキップして生産を開始する。メニューウィンドウが
光り輝く演出があり、その光の中で数字がカウントダウンされてい
る。この数字が零になれば生産終了だろう。
一分ほどでカウントダウンは終わり、アイテムイベントリに﹃初
級回復薬﹄十本が出現していた。
そのままメニューウィンドウに手を突っ込むようにして作った﹃
初級回復薬﹄を次々に取り出してネリウムに渡していく。受け取る
ネリウムもメニューウィンドウを開いていて、そこに直接放り込ん
でいく。
アイテムの取り出し方はいくつか方法があるが、戦闘中でもなけ
ればこの方が簡単だ。
﹁それでは捌いてきます。なるべくすぐに戻りますから﹂
そう言ってネリウムとアリサエマが路地裏から出て行く。
入れ替わりにリルフィーが戻ってきた。
﹁とりあえず二つ手に入れました。二つで金貨三十枚ですけど⋮⋮
ほんとに良いんですか? 言い値で買っちゃって?﹂
リルフィーは不満そうに聞いてくる。
212
﹃みどり草﹄を受け取りつつ答えた。
﹁その方が良いんだ。安く売っているのをそのまま買うなら、そい
つの責任だが⋮⋮値切ったら意味が変わるからな。どうせ短時間し
かできないんだ。無駄に評判を下げることは無いだろう﹂
俺の説明にリルフィーは軽く肩をすくめ、再び買い付けに戻った。
多少、納得がいかないというか⋮⋮物足りない方法に思えたのだ
ろう。
俺とリルフィーだけでやるなら多少の悪評など屁でもないが⋮⋮
カエデやネリウム、アリサエマも噛んでいる。本人が気がつかない
うちに悪評まみれというのは少し気が引けた。
だいたい、本気でやるなら初動は今と同じだが⋮⋮資金が確保で
きてからはまるで違う。
全力で﹃みどり草﹄だけを買い占めるほうが成功しやすい。
仮に﹃みどり草﹄の買占めに成功した場合、もうひとつの材料で
ある﹃基本溶液﹄は完全なゴミとなる。使い道が無いからだ。そう
なれば二束三文で買い叩けるが⋮⋮評判は確実に悪くなるだろう。
ただ、入手経路から考えて買占めしきれそうもないこと、﹃みど
り草﹄以外での組み合わせもありそうなこと、同じ戦略を取るため
の必要条件︱︱この場合、金貨百五十枚と初期資金、﹃調薬﹄のス
キルだ︱︱が低すぎるのがネックだ。
ここは実行可能な﹃調薬﹄スキル持ちが俺一人の現状が崩される
までの、ちょっとした小遣い稼ぎと割り切ったほうが良いだろう。
原始的でも市場経済の原理が働く以上、MMOでも手仕舞いや損
きりの考えは重要だ。
もう少しで勝てる。勝てばいままでの投資分が取り返せる。いま
まで儲かったから、これからも儲かる。⋮⋮こんな考えは破滅しや
すい。
俺も初心者の頃は失敗が多かったが、いまでは冷静に行動するこ
とができる。最後に欲に負けたのなんて、思い出せないくらい昔の
ことだ。
213
そんな話をカエデ相手にしていたのだが⋮⋮なぜか深いため息を
吐かれた。どういうことだ? ここは﹁クールなタケルかっこいい
!﹂と尊敬のまなざしで見つめられるシーンのはずなのに?
﹁あのさぁ⋮⋮タケル⋮⋮いや、うん⋮⋮あれだよ! タケルは結
婚したら⋮⋮絶対に奥さんに家計を握ってもらうんだよ?﹂
なぜか突拍子も無いことを言われた。
⋮⋮あれか? さり気なく将来の希望を教えてくれているのか?
うん、カエデは家を守るタイプの⋮⋮いわゆる専業主婦が希望な
んだな。解かったよ。覚えておくし、その夢は必ず俺が叶えるさ!
﹁でも⋮⋮タケルさんみたいに⋮⋮夢が大きいというか⋮⋮勝負に
出るタイプの男の人⋮⋮素敵だと思います﹂
たまたま戻ってきていたアリサエマが会話に入ってきた。
﹁でもさ⋮⋮タケルの場合⋮⋮大きく勝つか、大きく負けるかのど
っちかだと思うよ?﹂
﹁失敗することはあるかもしれませけど⋮⋮その時は⋮⋮そばにい
る人が支えてあげれば⋮⋮﹂
なぜかアリサエマは頬を染めながら答える。いまの発言のどこに
顔を赤らめる要素があるんだ?
その隣では考え深げにネリウムがアリサエマを観察していた。
俺と目が合うとニンマリと笑いかけてきたが⋮⋮この人の笑顔は
どうして怖いんだろうな。見た目は凄い美人なのに⋮⋮。
しかし、俺たちの作戦は最初こそ順調に進んでいたのだが、なぜ
かすぐに上手くいかなくなった。
﹃みどり草﹄の買い付けが思うようにいかないのだ。
急遽、全員で相談をすることになった。
﹁どういうことだ? 他にも買い占めに回っている奴がいるのか?
そろそろ他の﹃調薬﹄スキル持ちが活動開始してもおかしくない
が⋮⋮﹂
俺たちが買い付けした結果、プレイヤー間に流通する金貨の量も
214
増えることになる。そうなれば必要条件を満たすプレイヤーがでて
きてもおかしくない。
﹁にしては⋮⋮﹃みどり草﹄を買いに回っている奴は見当たらない
んですよ﹂
リルフィーも不思議そうだ。
﹁値段は? そろそろ値上がりしそうなもんだが?﹂
﹁それも⋮⋮吹っかけてくる人で金貨五十枚程度ですね。それも私
たちが買ってしまったので⋮⋮市場そのものに無い状態なのです﹂
ネリウムも奇妙に感じているようだ。
色々と考えられることはある。
まず、商売をする場所が確立していないのも痛いところだ。
現状はで各々のプレイヤーが好き勝手な場所で商売をしているか
ら、市場をチェックする側も一苦労だ。俺たちが確認できていない
場所もあるかもしれない。
売り控えも考えられる。
なにも急いで資金に換えることは無い。この段階で売りに出して
いるのは初心者か熟練者︱︱熟練者は序盤での資金確保の重要性を
理解している︱︱だけだ。中間層は売りに回っていないだろう。
さらに薬草の採取場所も問題がある。
森に出現するゴブリンは手強い。いずれは多くのプレイヤーが森
へソロでいけるようにはなるだろうが⋮⋮初日の今日には無理だろ
う。パーティでも危険があるはずだ。
しかし、それらを考えてみても⋮⋮この事態はおかしい。なにか
厄介ごとが起きているのか?
いや⋮⋮これは⋮⋮むしろチャンスだろう!
理由は判らないが市場の﹃みどり草﹄は買い占めれたも同然だ。
ならばこの状況に乗って、俺たちでさらに買い占めれば︱︱
﹁はい、ということで、そろそろ手仕舞いにしよう!﹂
俺の考えが纏まりだしたところで、なぜかカエデがそんなことを
言いだした。
215
﹁えっ? いや⋮⋮でも⋮⋮これはチャンスなんだぜ? ここでも
う少し頑張れば大きく勝つことができて︱︱﹂
﹁うん。手仕舞いにしよう!﹂
しかし、俺の反論に、なおもニコニコとカエデは主張した。
﹁ここまできたのですから⋮⋮ここはタケルさんの勝負したいよう
に⋮⋮﹂
アリサエマは賛成してくれたが︱︱
﹁ダメ! ダメ! ボク、なんとなく判っちゃったんだ。タケルは
賢いし、頼りになるけど︱︱﹂
なんだと? 知らないうちにカエデのポイントを稼ぎまくってい
たようだ! この分ならレベルアップする日も近い! もちろん、
二人の関係がだ!
﹁大きく勝とうとして失敗するタイプだよ!﹂
⋮⋮上げて落とすテクニックか。
見事に嵌ってしまった。カエデは小悪魔的魅力も備えているのか
? ⋮⋮悪くない!
﹁⋮⋮鋭いっすね!﹂
黙っていたらリルフィーがとんでもないことを言いだした。
お前がそんなことをいったら、まるで事実みたいじゃないか!
﹁まあまあ⋮⋮そのことについては置いておくとして⋮⋮この手の
ことは﹃短い時間﹄で利益を得るから楽しいのだと思いますよ﹂
とうてい捨てておける事柄ではなかったが⋮⋮ネリウムが言葉の
裏にこめたメッセージは理解できた。
そうだ! つい熱中してしまったが⋮⋮このゲームでの資金など、
困らない程度にあれば良かったはずだ。ここで手仕舞いするべきだ
ろう。
﹁じゃ⋮⋮ここで手仕舞いでいいよね?﹂
カエデがちょっと怖い顔を作って俺に念を押してくるが⋮⋮まる
で怖くない! 思わず抱きしめてしまいそうだが、ぐっと堪える。
なんとかにやけない様に努力しながら肯いておいた。
216
﹁じゃあ、いま﹃みどり草﹄が十三個あるけど、﹃基本溶液﹄がぜ
んぜん足りないんだ。あと七十個は要るから、これからは﹃基本溶
液﹄を︱︱﹂
率先してカエデが仕切り始めたが⋮⋮まあ良いだろう。カエデは
それなりに楽しそうだし、カエデの意外な一面も知ることができて
良かった。
結局、三十分ほどで俺たちはミッションを終えた。
分配は一人につき金貨五百枚に少し足りない程度だったので、最
初から考えれば資産が二、三倍になったと言える。
手仕舞いを主張したカエデだってホクホク顔だ。この笑顔が見れ
ただけでミッションをした価値がある。
﹁凄いね! オンラインゲームだとこんなこともできるんだね!﹂
カエデはそんなことを言うが⋮⋮まあ、そりゃそうだ。オフライ
ンゲームでこんな風に儲けることができたら、そのゲームは直ちに
糞ゲー認定されることだろう。
生産中毒のプレイヤーがいるように、この手のマネーゲームとで
も言うべきものに熱中するプレイヤーもいる。MMOでは資産も力
であるから間違っていないし⋮⋮どんなことでも楽しんだ者の勝ち
だ。
﹁じゃ、ひとり一本ね⋮⋮﹂
そんなことを言いながらカエデが﹃初級回復薬﹄をみんなに配り
はじめた。
﹁売れ残りか? 面倒ならNPCに売るでも︱︱﹂
﹁違うよ! みんなの分だけ取っておいたの! 乾杯しよ! 乾杯
! ⋮⋮それにこっちは絶対にプリンの味だと思うんだよね! ず
っと気になってたんだけど⋮⋮数が無かったから⋮⋮﹂
カエデはちょっと悪戯そうな⋮⋮共犯者めいた顔をしているが、
まあ、悪いアイデアじゃないだろう。貴重品というわけでもないし。
﹁じゃ、乾杯するか!﹂
217
俺の音頭で全員が︱︱ネリウムとアリサエマは照れくさそうにし
ながら︱︱﹃初級回復薬﹄を飲み物代わりに乾杯をした。
﹃初級回復薬﹄の味は残念ながらプリンの味ではなかった。薄荷
のようにスッとする感じの⋮⋮甘さを控えた微炭酸といったところ
か。量も非常に少ない。大量に消費することもあるから、使い勝手
を配慮した結果だろう。
﹁プリンじゃなーい!﹂
期待が外れてカエデは文句を言うが、それでも俺たちは笑顔のま
までいられた。
俺たちは楽しめたのだ。十分に勝者といえるだろう。
﹁プリンっすか⋮⋮そういや、﹃武器屋﹄の方に﹃食品店﹄があり
ましたよ﹂
リルフィーは買い付けしている間に街を観察する機会があったの
だろう。そんな情報を教えてきた。しかし、﹃食品店﹄といっても
VRゲームでの話だ。上手い具合にプリンがあるとは思えない。
﹁﹃食品店﹄ってお前⋮⋮まだダメじゃないか? 誰も登録してな
い︱︱﹂
﹁ホント? 行こう! いますぐ行こう!﹂
リルフィーにダメだししようとしたら、カエデが凄い勢いで食い
ついてくる。
ガッカリするだろうから、﹃食品店﹄はお勧めではないのだが︱︱
﹁よろしいのでは? 私も武器を買いたいですし、通り道ですから﹂
意外にもネリウムは賛成した。
まあ、通り道なら隠しきれる事ではないし、﹃武器屋﹄も覗いて
はおきたい。
﹁ホント? ボクも短剣を買わなきゃだったんだ! それじゃ⋮⋮
次は﹃食品店﹄に行って、その後は﹃武器屋﹄だね!﹂
カエデは楽しそうだし、みんなも異存がないようだし⋮⋮それで
良いとするか。
218
取引成立
﹃食品店﹄は遠目からでも、すぐにそれと判った。慣れていれば
見間違えようがない。
﹁えっと⋮⋮これが﹃食品店﹄⋮⋮なの?﹂
﹁そう⋮⋮みたい⋮⋮ですね?﹂
しかし、慣れていないカエデとアリサエマは驚いている。無理も
ないと思う。あらゆるNPCの運営する施設で、最も違和感がある
はずだ。
﹃食品店﹄は路地に向かってカウンター越しに対応する造りで⋮
⋮スペースの狭いファーストフード店やサービスカウンターのよう
な感じだ。
内側にはメイド服姿のNPCが穏やかに微笑んでいる。カウンタ
ーの上に﹃各種申請受付﹄と﹃食品販売﹄という案内表示もあった。
﹁あー⋮⋮何から説明すりゃいいんだ? ⋮⋮とりあえず、現在の
品揃えでも見てみるか﹂
みんなを引き連れて﹃食品販売﹄の方へ向かう。近寄るとすぐに
メイド服姿のNPCが話しかけてきた。
﹁いらっしゃいませ。ご注文はカウンターメニューでお願いします﹂
言われた通りにカウンター見れば、ディスプレイ状になっている
部分があった。これを操作して注文をするんだろう。どうせ品数は
まだないだろうから、全品目を表示するように操作する。
予想通り飲み物が十種類ほどあり⋮⋮なぜか牛丼が数種類ほどあ
った。⋮⋮気になったので牛丼を詳しく調べてみる。
ネタ元がばれないように﹃よし悪しでいうとよしの屋﹄とか﹃松
竹梅でいうと松の屋﹄などと名称がつけられているが⋮⋮有名チェ
ーンであるのがモロ判りだ。なんでこんなのをわざわざ作ったんだ?
みんなと一緒にディスプレイを覗き込んでいたリルフィーが、誰
219
ともなしに聞いた。
﹁⋮⋮ジョーク⋮⋮なんですかね?﹂
﹁運営の奴が洒落で作ったんだろ。⋮⋮自信を持って発表できるの
が牛丼ってのが⋮⋮なんだか悲しくなってくるな﹂
悲しい気分のまま表示を飲み物に変更した。ありきたりの飲み物
︱︱コーヒーや紅茶、お茶、コーラ、ジュースなどが表示される。
﹁まあ、こんなもんだろうな。これが現時点で入手できる食品だな﹂
俺の説明に︱︱
﹁えっ? これしかないの? 噂では凄い数の⋮⋮それこそ、どん
な食べ物でもあるって聞いたよ?﹂
カエデがびっくりして聞き返してくる。
﹁いや⋮⋮それは間違いないんだが⋮⋮基本的に食品系統は登録制
なんだ。VR空間で料理はできないからな﹂
﹁そうなの? そんなの普通に⋮⋮材料を出してもらって、調理道
具かなんかでやればいいのに⋮⋮仮想世界なんだから﹂
カエデはよくある勘違いをしているようだった。
﹁あー⋮⋮基本的にVRの中で料理はできないんだ。仮にここにマ
ヨネーズとケチャップがあるとするだろ? でも、その二つを混ぜ
合わせてもオーロラソースにはならないんだ。良くできているVR
で斑に混ざるだけ。省略してあると混ぜることもできない。食べら
れる仕様でも、マヨネーズとケチャップの味が別々にするだけなん
だ﹂
カエデもアリサエマもきょとんとした顔をしている。説明が悪か
ったか。ここは実例でなんとかやってみるか。
﹁あー⋮⋮例えばコーヒーを頼むとするだろ?﹂
そう言いながらディスプレイを操作した。ディスプレイはすぐに
詳細設定の項目に変化する。
﹁コーヒーを頼むと⋮⋮砂糖やミルクの量、温度変化をさせるかの
設定を聞いてくる。俺の場合、砂糖一にミルク一、温度変化はゆっ
くり、最初の温度は熱めだな﹂
220
二人に見せながら操作をした。すると︱︱
﹁かしこまりました。ただいまお持ちしますね﹂
ずっと無言だったメイド服のNPCが反応し、奥の方へ引っ込ん
でいく。別に目の前で出現させても良いのだろうが、それでは味気
ないと考えた演出だろう。
﹁こんな風に注文することになる。普通の⋮⋮現実のお店でコーヒ
ーを注文したときのように、砂糖やミルクは付いてこない。付いて
いても混ぜられないからな﹂
まだ理解できてないようだ。どうしたものか︱︱
﹁⋮⋮別にやろうと思えば、コーヒーにミルクを混ぜたらミルクコ
ーヒーになる仕様にもできるのです。ただ、その場合は混ぜたらミ
ルクコーヒーになるように設定しなくてはなりません。細かくは混
ぜた量、かき混ぜ具合なども段階的に反映する必要がありますし⋮
⋮最終的にはコーヒーの分子一つにいたるまで計算、コントロール
することになります﹂
ネリウムもフォローしてくれた。これで解かるかな?
﹁結局はどこに重点を置くかなんだよ。そこまで細かい再現をする
より︱︱﹂
そこで俺はメイドが持ってきたコーヒーを受け取り、一口すすっ
た。少し熱すぎる。
﹁︱︱こんな風に飲んだらコーヒーの味がする熱い液体。この程度
の再現で楽しむことはできるだろ? これはこれで便利なんだぜ?﹂
そこでメニューウィンドウを呼び出して、まだ中身のあるコーヒ
ーカップをメニューウィンドウの中へ仕舞った。
﹁こんな風にしても大丈夫だし⋮⋮次に取り出すまで熱いコーヒー
のままだ﹂
カエデとアリサエマはあんぐりと口を開けたままだ。
﹁ネリウムさんが言ったような細かい設定は⋮⋮普通はVR演算室
でしかやらないな。高級な演算室だと、普通に料理するだけで望ん
だ味にできるらしい。VR演算室やもっとベタにPC上で製作した
221
料理が⋮⋮まあ、さっきの牛丼みたいにこちらでも再現されるわけ
だ﹂
﹁この手のことが好きなプレイヤーがゲーム外でデータを作り、登
録するのです。ここで買えるようにするか、自分で売るかはそれぞ
れですが。安めのVR演算室でもけっこう良いものが作れます⋮⋮
作れるそうです。毎年、チョコレートを作るのですが、これが中々
思うように⋮⋮﹂
ネリウムが恥ずかしそうにしているのは、そんなに料理が⋮⋮V
R料理の製作が上手くないからだろう。チョコーレートについて言
っているのは、毎年繰り返される忌むべき悪習のことだと︱︱
まてよ? 今年からは違うのか? 今年からは祝福された日にな
るのか?
万歳、バレンタイン!
﹁うーん⋮⋮なんだか思ってたのと違うなぁ⋮⋮。それに、結局、
プリンは無いんだね⋮⋮﹂
カエデはがっくりした感じだ。説明が良くなかったか?
なぜかアリサエマは興味津々でVR演算室についてネリウムに質
問している。
﹁現実では絶対に再現できない料理とかあるから、VR料理も侮れ
ないんだけどな﹂
﹁定番の﹃まんが肉﹄とか面白いっすよね。あと例の蕩けたチーズ
とトーストも﹂
珍しくリルフィーがフォローしてきた。どうしたことだ? 雨で
も降るのか? ということはイベントでも始まるのか?
﹁えっ? なにそれ!﹂
それでも、カエデは食いついてきた。少しは期待してくれるよう
なら、それで良しとするか。
VR演算室は時間貸しのレンタルであるとか、運営への申請が有
料であるとか、万が一の事故を警戒しての審査があるだとか色々と
細かいこともあるが⋮⋮まあ、この場で説明しなくてもいいだろう。
222
しかし、カエデはやけにプリンに執心しているが⋮⋮これは大き
なビジネスチャンスか?
プリン程度のありふれたデータならネット上に転がっている。V
R演算室を使うまでも無い。正式オープン開始に間に合うように申
請すれば、飛ぶように売れるのではないだろうか?
あとはその資産で﹃みどり草﹄の買い占めでも画策すれば一大財
産が︱︱
﹁まあ、残念ですがプリンはどなたかの登録待ちです。ひとまずは
この辺にして、﹃武器屋﹄へ行きましょう!﹂
考え込んでいた俺をネリウムが引き戻してくれた。
助かるなぁ。どうもMMOプレイヤーの癖が抜けない。ちょっと
したアイデアが大金に換わると思うと、どうしても夢中になってし
まう⋮⋮。
しかし、ここにはMMOを遊びにきたのではない。気を引き締め
ねば!
﹃武器屋﹄は商店というより、鍛冶屋とショールームが合体した
ような感じだった。
見てるだけで暑くなりそうな鍛冶場が設置されており、そこでは
NPCの鍛冶職人が赤く灼熱した鉄を叩いて何かを作っている。壁
には雰囲気だしなのだろう、年代物ぽい剣や斧が飾られていた。
中央のカウンターにはいかにもな外見のNPC︱︱太ったひげ面
の大男︱︱が待機している。
しかし、カウンターの上には板が吊り下げられていて、そこに取
り扱いの武器がずらずらと表示されていたり⋮⋮ショールームのよ
うに各種武器がディスプレイされているのはご愛嬌だろう。
他にも﹁﹃簡易演算室﹄はこちら﹂だとか、﹁﹃演習場﹄はこち
ら﹂などの案内表示もある。
しばらく吊り下げられた板を調べていたカエデが、困ったように
聞いてきた。
223
﹁あれ? なんて言えばいいのかな⋮⋮色んな武器があるけど⋮⋮
一種類ずつしか売ってないよ? 短剣は短剣だけしかないのかな?﹂
しかし、聞かれた俺も軽く驚いていた。
少なくとも一種類くらいは、初期装備より良さそうなものが売っ
ていると思っていたのだ。俺が思っているより、このゲームのデザ
イナーは徹底していた。
﹁⋮⋮あれだろうな。初期装備より良いものはプレイヤーに作らせ
るか、モンスターのドロップで獲得させるつもりなんだろうな﹂
となると﹃武器屋﹄は序盤から複数の武器が欲しいカエデのよう
なプレイヤーか、剣以外の武器に拘りを持つプレイヤーぐらいにし
か意味が無い。
﹁うーん⋮⋮それじゃあ⋮⋮仕方ないなぁ⋮⋮金貨五十枚だし⋮⋮
短剣だけ買っておこうかなぁ⋮⋮﹂
NPCが販売する武器はどれでも一律金貨五十枚のようだが、改
めて購入するとなると損をした気分になるだろう。カエデが渋るの
も無理はない。
そこでネリウムがカエデに提案してきた。
﹁それは少し勿体無いですね。どうです? 私の短剣を⋮⋮そうで
すね、半額の金貨二十五枚でお譲りしますが?﹂
﹁いいの? でも、ネリーはどうするの?﹂
﹁私はもう少し向いてる武器に⋮⋮後衛向きの槍だとか、弓などの
飛び道具だとかに変えようと思っています﹂
﹁そうなんだ! それじゃ、短剣は買い取らせてもらうね。ありが
とう、助かるよ!﹂
﹁いえいえ⋮⋮私も予算が助かりますから﹂
と、そんな会話がなされ、めでたくカエデの用件は終わった。
その後、ネリウムの武器選びに付き合おうという流れになる。
﹁タンクやるなら俺も手投げ武器とか欲しいなぁ。いつも使ってい
る千本とかないかなぁ⋮⋮﹂
ショールームの方を歩きながらリルフィーが恥ずかしいことを言
224
いだす。
千本とはリルフィーが﹃最終幻想VRオンライン﹄で愛用してい
るサブ武器で⋮⋮ようするに投げる針だ。針といっても二十センチ
くらいあり、立派な凶器ではある。
元々は隠し持つための武器で、リルフィーも自分の装備で隠せる
ように改造までしていたが⋮⋮隣でそんなものを、得意げに使われ
る身にもなって欲しい。いっそのこと、トランプでも投げられたほ
うがマシだ。⋮⋮それならギャグだと言い逃れができる。
﹁あっ⋮⋮﹃スローイングダガー﹄がありますね。とりあえずコレ
にしとくかなぁ。もう少し細くとかアレンジできないのかな?﹂
香ばしい発言をしながら﹃スローイングダガー﹄を手に持ってバ
ランスを調べるリルフィー。
﹃スローイングダガー﹄とは日本語訳すると手裏剣となるが、た
だ単に手投げ用の短剣のことだ。手裏剣というよりクナイの方が形
状は近い。さすがに消耗品と考えられているらしく、一本で金貨二
枚と値段も安くなっている。
﹁ネリウムさんもどうです? 石よりは良いっすよ﹂
﹁⋮⋮しかし、それでは⋮⋮刺さりますよ?﹂
ネリウムは不思議な返事をした。
﹁それが良いんじゃないですか! 力がなくても良いわけですし⋮
⋮形状がアレンジできるなら、もっと長く、太くして普通のダガー
ぽくして手持ちでも使えるはずですよ﹂
﹁刺さるのが良いのですね! それは⋮⋮思いもよりませんでした。
それにもっと長く? 太くが良いのですね? そして時には手で持
って⋮⋮刺すのですね?﹂
⋮⋮なんだろう。二人の会話が微妙にずれている気がしてきた。
﹁槍とかも⋮⋮アレンジできるなら太いほうが、実はいいんです。
ユニバーサルデザインだとかは太いっすよね? あれはしっかりと
持てるようになんですよ﹂
リルフィーが武器の細かいデザインに言及しているのは、そんな
225
に的外れではない。使いやすいとイメージできるほうが、上手く使
うイメージをしやすいからだ。まあ、最終的にはイメージできるよ
うに慣れれば良いだけのことだが。
﹁鞭とかもそんなには悪くないですよ。意外と鞭は受けるのに使え
るんです。ロープ代わりに縛ったりにも使えますしね﹂
﹁太い槍が良い? ⋮⋮槍ですよ? それも太いのが? それに⋮
⋮鞭を受けるのも良いのですね! さらに縛ったりも⋮⋮私、すこ
し侮っていたようです﹂
⋮⋮なぜかネリウムの顔は赤くなっているし、鼻息も荒くなって
いる気がする。たぶん、俺の勘違いだ。この二人の会話におかしな
ところは無いはずだ。
﹁﹃演習場﹄で実際に使えるはずですから⋮⋮どれが良いのか試せ
るはずっす﹂
﹁⋮⋮実際に⋮⋮試す?﹂
明らかにネリウムは興奮しているように見えるが⋮⋮たぶん、光
の加減だとか、現像時のミスだとか、プラズマだとかが原因に違い
ない! 何も厄介ごとは起きていない⋮⋮はずだ。
そして恥じらようにネリウムは続けた。
﹁あの⋮⋮リルフィーさん⋮⋮できたら⋮⋮﹃演習場﹄に付き合っ
て欲しいのですが⋮⋮。できたらアレンジの相談も⋮⋮やはり⋮⋮
二人でするのが⋮⋮﹂
﹁へっ? 別に⋮⋮それくらい⋮⋮お安い御用ですけど⋮⋮﹂
⋮⋮おめでとう、リルフィー。お前は自分で自分の⋮⋮なにかの
用紙に署名をしたんだ。それが何なのか考えたくもないし、羨まし
くもないが⋮⋮とにかく、おめでとう。
そんなことを考えていたら、突然、真面目な顔に戻ってネリウム
が俺に向き直ってきた。⋮⋮すんません! 俺は勘弁してください
! 色々な扉はできたら開けたくないんです!
﹁というわけですので⋮⋮少し、時間がかかると思います。それで
︱︱﹂
226
ああ、共闘中でしたね。解かっています。俺にターゲッティング
しないなら、どんな要請でもオッケーです! いまなら赤べこばり
に首を縦に振る用意があります!
﹁アリサが﹃魔術学院﹄に興味があるようです。案内をお願いでき
ませんか?﹂
⋮⋮なるほど。そういうことか。最後まで頼りになる人だ。貴女
との臨時共闘はじつに実りがあるものでした。
﹁解かりました。そっちは俺に任せてください﹂
アイコンタクトを試みながら答えるが⋮⋮なぜかネリウムは俺の
方を見てなかった。アリサエマの方に注目している。
まさか?
ネリウムはアリサエマに根回しをしてくれていたのか?
アリサエマの方はこれから戦いに赴く者のような⋮⋮何かの決意
を窺わせる表情で静かに肯いているが⋮⋮そんなに気負わなくても
平気だ。この先、アシストがなくても⋮⋮あとは俺一人で何とかし
てみせる。これだけのお膳立てで失敗するのは愚か者だ。
﹁それでは!﹂
ネリウムはそう言って⋮⋮リルフィーを半ば引きずるようにして
﹃演習場﹄の方へ去っていく。
﹁あ、タケルさん、はぐれたら噴水広場でいいっすか?﹂
ネリウムに引きずられるようにしながら、リルフィーはとんちん
かんなことを言うが⋮⋮少なくとも今日、再び会うことは無いだろ
う。いや、もうリルフィーと会うことは無いかもしれない。さよう
なら、古いリルフィー。こんど会うときは新しい⋮⋮俺の知らない
リルフィーだな。
なぜか俺の脳内で古い曲が⋮⋮晴れた日に子牛を売りにいく、あ
の曲が流れた。
227
道中
俺たちは無言のまま﹃武器屋﹄を後にした。
⋮⋮なにか一言でも喋ったら、それで決定的に評価を変えられて
しまいそうだ。カエデやアリサエマも同じ気持ちだろう。
青空に⋮⋮VRの架空の青空にリルフィーの笑顔が幻視できた。
⋮⋮いい顔で笑ってやがる。すこしリルフィーに嫉妬した。
男なら誰でも憧れるシチュエーション⋮⋮﹁ここは俺に任せて先
へ進め﹂と仲間に言い放つ⋮⋮奴はそれをやってのけたも同然だ。
ありがとう、リルフィー。俺だけでも、お前のことを忘れないよ。
⋮⋮お前が変わってしまっても。
無言のままに、案内地図へ近寄った。二人もついてきて、同じよ
うに地図を眺める。
﹃魔術学院﹄の位置は記憶どおりだった。だが、俺が調べにきた
のはそっちではない。今後を磐石にするべく、調べておくことが⋮
⋮⋮⋮⋮⋮あった!
最重要施設﹃宿屋﹄の位置が判明した!
一軒はこれから行く﹃魔術学院﹄までの通りすがり。もう一軒は
噴水広場の近くにあった。
﹃宿屋﹄などと言われると奇妙に感じるかもしれないが、MMO
では定番になっている。用途はオフラインRPGと同じでHPやM
Pの回復だ。
しかし、もっぱらそちらの用途より、簡単に確保できるプライベ
ートスペースとして利用される。
借りた部屋に許可のない者は絶対に入ることができないし、あら
ゆるスキルやアイテムを使っても内部は窺えない。会議や密談をす
るのにもってこいだし、単純に休憩所としても使える。
⋮⋮このゲームでは二つの意味で﹃休憩﹄に使えるだろう。ベッ
228
ドなどの必要な設備も用意されているはずだ。
ファイトプランとしてはアリサエマを﹃魔術学院﹄まで案内した
後、上手い具合にゴールまで持ち込めば良いだろう。
問題はシュートの方法だが⋮⋮なに、ムードをだして無言で肩で
も抱いて⋮⋮そのまま﹃宿屋﹄に入れば良いらしい。それで全てが
伝わるはずだ! 幸い、俺はカエデにかなりの好印象を与えている
! 考えるべきはもう、ゴール後のことだけだろう!
だいたい、カエデと二人っきりになるところまでは約束されたも
同然だ。
アリサエマはやはり、少し変わった⋮⋮俺には理解できない価値
基準の持ち主のようだが⋮⋮信用はできる気がする。必要な場面で
きちんとアシストを決めてくれるはずだ。
それに、なぜか俺に恩義を感じているように思える。
なんというか⋮⋮弱みにつけこむようで正しくないと思うが⋮⋮
俺も一世一代の大勝負の最中だ。いまは勝利だけを追い求めるべき
だろう。
ふと気がつくとカエデは俺の袖を掴んでいた。俺も慣れてしまっ
ていたが、カエデもそうするのが当たり前となっていたのだろう。
ここはゴールの前に一歩前進しておくべきか?
もはや勝ったも同然の勝負と言えど、慢心は良くないだろう。シ
ュートはゴールまでの距離が近いほど成功しやすい。いわば勝利の
ためのドリブルだ。
ゴールとの距離を近づける⋮⋮つまり、ここで︱︱
カ、カ、カエデの⋮⋮手、手、手を握るのだ!
俺に見られていることに気がついたのか、カエデは小首を傾げて
不思議そうな顔をしている。⋮⋮とても可愛い。いまここで抱きし
めてしまいそうだ。
よし、勇気だ! 勇気を出そう! 最初の一歩は男の役目と︱︱
しかし、俺が覚悟を完了するほんの僅かに直前、視界の隅にパー
ティ全員のHPとMP表示が出現した!
229
パーティメンバーのHPに戦闘などでの減少があると、自動的に
全員分のHPとMPが表示されるのが一般的だ。
つまり、パーティメンバーの誰かがHPを減少させたと言うこと
になる。
そして見ればリルフィーのHPが減少していた。
減少分は⋮⋮投石を食らったときより少し多い。
俺たちはしばし呆然としていた。⋮⋮色々と想像する時間を強制
されたからだ。
何とも言えずにぽかんとしてたら、今度はネリウムのMPが減っ
た。入れ替わりにリルフィーのHPが回復する。
カエデとアリサエマの二人を見てみると、真っ赤になって俯いて
いた。
⋮⋮まあ、二人も気がついてはいるよな。なんとなくだろうが。
誰も﹁事件が起きている﹂だとか﹁助けに行かなきゃ﹂だとかは
言い出さなかった。⋮⋮それは野暮⋮⋮馬に蹴られて死ぬべき類の
野暮だろう⋮⋮たぶん。
二人を助ける︱︱もちろん、カエデとアリサエマのことだ︱︱た
めにも、俺がこの状況から脱出するためにも⋮⋮何か言わなきゃな
らない。なんと言うべきか?
ふと閃いた言葉は﹁刺さったのかな﹂だったが⋮⋮それはダメだ
ろう!
そんなことを言われたら、なんて返せばいいんだ?
まごまごしている間に、再びリルフィーのHPが減った。
こんどは三連続に減ったが、減少量そのものは少ない。おそらく、
素早く連続で何回も攻撃できるが、ダメージそのものは低い武器で
⋮⋮誰かに⋮⋮攻撃されたのだろう。
しばらくすると⋮⋮最初の時より長く⋮⋮意味深な間が長く取ら
れると⋮⋮ネリウムのMPがまた減った。最初と同じように、入れ
替わりでリルフィーのHPも回復する。
230
ああ、次はたぶん⋮⋮太くすると待ちやすい⋮⋮ぶっとい何かだ
な。
心の中の⋮⋮どんな時でも冷静な部分が⋮⋮淡々と説明してくれ
た。
その冷静な意見に異議はない。
そしてメニューウィンドウを呼び出し、俺はそっと⋮⋮パーティ
から離脱した。
視界に﹁パーティから離脱しました﹂というアナウンスが表示さ
れる。
同時にカエデとアリサエマが顔をあげ、平坦な声で︱︱
﹁それ、どうやってやるの?﹂
﹁私も⋮⋮﹂
と聞いてきた。おそらく、二人には俺がパーティを抜けたことが
アナウンスされたんだろう。
俺も淡々と﹁メニューウィンドウ開いて︱︱そこの﹃パーティ﹄
のとこクリックして︱︱﹂と教える。
黙ったまま二人はメニューウィンドウを操作した。
操作中、二人が同時にビクッとした。⋮⋮二人が驚くことなど起
きるわけがない。⋮⋮誰かのHPが大幅に減少なんてするわけがな
い。⋮⋮なにも異常はない。
﹁⋮⋮⋮⋮⋮⋮よし! ﹃魔術学院﹄へ行くか!﹂
﹁そ、そうですね!﹂
﹁う、うん! そ、そうしよう!﹂
俺の宣言に︱︱少し声が掠れたが平気なはずだ︱︱素早く二人が
反応する。
﹁色々な人が⋮⋮形があるって言うもんな。それを俺たちがとやか
く︱︱﹂
﹁タケル!﹂
﹁タケルさん!﹂
軽くフォローを入れようとしたら、二人から同時に怒られた。失
231
言だったか。
名前を呼ぶところが綺麗にハモっていて見事だ。二人して俺を軽
く睨んでいるが、また頬を染めていて⋮⋮なんだか二人共に色っぽ
い。不思議とゾクゾクした。
⋮⋮なるほど。高尚な趣味人の一派は︱︱ネリウムとはまた違う
流派だ︱︱異性に蔑視されることに悦びを見いだすというが⋮⋮こ
ういうことか。
特にアリサエマは大人しそうな可愛い見た目だし⋮⋮その苛めら
れて困っているかのような仕草や⋮⋮羞恥心などが複雑に混ざった
表情を⋮⋮鑑賞するのは悪い気分ではない。
そこで正気に戻り、慌てて頭をしゃっきりさせた。
なんだか今日は色々な扉の前に立ちすぎている!
俺たちは意識して︱︱お互いにわざとらしさは感じただろうが︱
︱取るに足らないこと言い合いながら﹃魔術学院﹄へ向かった。
あの建物は綺麗だとか⋮⋮あの遠くにある塔はなんだろうとか⋮
⋮本質的にはどうでもいい、他愛もないことをだ。
努力の甲斐あって、徐々に日常が戻ってきている感じがする。衝
撃的な出来事に遭遇したら⋮⋮見なかったことにするのも大切な処
世術だ。
何とか持ち直したところで、ちょうど﹃宿屋﹄らしき建物が見え
はじめた。
いまシュートするのは無茶だろう。それに、いくらアリサエマが
サポートに回ってくれるとはいえ⋮⋮ここでお別れというのは人情
にも欠ける。せめて﹃魔術学院﹄までは案内してやりたい。
ここはゴール地点の観察程度に留めておくべきだ。
﹃宿屋﹄の外観は普通で︱︱良くある石造りの建物だった。扉の
ところに﹁宿﹂とシンプルな看板があるくらいで、飾り気は少ない。
伝え聞いたところによると、専門的に﹃休憩﹄に利用される建物
は⋮⋮なんと言うべきか⋮⋮﹃魅惑のワンダーランド﹄とでも言う
232
べきものがあるそうだ。
普通の外見にホッと胸を撫で下ろしたいところだが、扉の辺りで
二人組の男と一組のカップルがなにやら言い争いをしていた。
﹁⋮⋮喧嘩⋮⋮かな?﹂
カエデが眉をしかめる。
やや距離があって言い争いの内容は聞き取れなかったが、見ただ
けで何が起きているのか理解できた。これは喧嘩などではない。
十中八九、二人組の男たちが﹃宿屋﹄の封鎖をしている。
封鎖とは施設などに入れなくする嫌がらせのことだ。
例えば目の前の﹃宿屋﹄であれば、入り口を塞いでいる二人組を
何とかしないと中に入れない。
もちろん、対応策はある。
最も簡単なのはGMになんとかしてもらうことだ。実力は要求さ
れるだろうが、単純に自分で排除してもいい。
しかし、よく考えるべきだ。
意気揚々とゴールにシュートする直前に絡まれる。
そこでGMに⋮⋮いわば公的権力に頼ることができるだろうか?
それとも実力行使で⋮⋮血生臭くゴールへの最後の扉をこじ開け
る?
実力行使を選んだ時点でムードもへったくれもないと思うが⋮⋮
目論見通りに勝てればまだいい。万が一にでも、負けてしまったら?
無防備に封鎖へ飛び込んだ時点で、失策でしかない。
あの二人組はすでに現時点で負け組に確定、そこから這い上がる
気力も無くなってしまっているのだろう。
そこで八つ当たりと憂さ晴らしに、自発的にゴールキーパーを買
って出たに違いない。正直、暇な奴らだと思うし、そんなんだから
負け組なんだとも思うが⋮⋮奴らの心に燻る暗い炎は、俺にだって
あった。気持ちは解からなくもない。
万が一の対策は立てておくべきだろう。
気を緩めてはいけない。まだ戦いは終わっていないのだから!
233
学院
﹃魔術学院﹄は典型的なイメージの建物で⋮⋮ようするに塔だっ
た。
なんで魔法使い関係の建物だと塔になるのだろう? 良く考える
と不思議ではあるが、まあ、解かり易くて良いかもしれない。⋮⋮
変に作りこまれるよりずっとマシだ。
建物の内部は、丸い外壁に沿った螺旋階段が印象的だった。
しかし、その階段の手前では衛兵風のNPCが槍を交差して通せ
んぼをしている。まだ二階は実装されていないか、なにか条件を満
たさないと上れないだとかだろう。
部屋の中央には丸くテーブルが配置されていて、その中にはロー
ブ姿のNPCが待機していた。なんだか受付カウンターみたいな感
じがするが⋮⋮まあ、その通りなのだろう。
天井からは他の施設と同じように板がぶら下げられていて、取り
扱っているアイテムと値段が表記されていた。ますます商店じみた
印象が強くなる。
板に書かれた案内には魔法書というカテゴリーがあり、いくつか
の種類が売られていた。これらの魔法書を使う⋮⋮おそらく消費す
ることで﹃魔法使い﹄の魔法のレパートリーが増えるのだろう。
﹁魔法書を買えば⋮⋮魔法が使えるようになるかな?﹂
﹁⋮⋮でも⋮⋮少し高すぎるような⋮⋮﹂
同じように板を眺めていたカエデとアリサエマが感想をもらした。
アリサエマが高いと思ったのは解からないでもない。一番安い魔
法書ですら金貨千枚と高額だったからだ。
﹁細かくは判らんけど⋮⋮この魔法書で魔法のレパートリーが増え
るんだろうな。金貨千枚は確かに高いと思うが、救済措置の一環だ
と思うぞ﹂
234
﹁救済措置? 高いのが助けになるの?﹂
俺の言葉が足りなかったようだ。カエデは不思議そうな顔をして
いる。
﹁魔法書には販売価格もあるけど、買取価格も書いてあるだろ? それはつまり⋮⋮ここ以外の場所でも⋮⋮おそらくモンスターから
のドロップでも入手できるんだ﹂
これはそんなに難しい予想ではない。ここでしか買えないのなら、
売れるように設定しなくても良い。少なくとも、わざわざ板に書い
ておく必要がない。
﹁一番安い魔法書で買取価格が金貨五百枚だから⋮⋮市場価格は金
貨五百一枚から九百九十九枚の間だな。これ以上安くだったら、こ
こに売りに来たほうが得だし⋮⋮高かったら、ここに買いに来たほ
うがマシだ﹂
俺の説明に二人は感心した顔をしているが、MMOでは適正価格
を知るのは大切なことだ。知らないと損をするなどではなく、身を
守るために必要と言ってよい。
この例でいえば、金貨五百枚以下で魔法書を売りに出しても馬鹿
な奴だと判断され、損をするだけで済む。しかし、逆に金貨千枚以
上で売りに出したら⋮⋮まかり間違ってでも、それで売却できてし
まったら⋮⋮トラブルの種になりうる。
下手したら詐欺師の類と判断されるし、被害者が血の気の多い奴
だったら確実に揉め事へと発展だ。
細かくはNPCが販売していることで、価格が天井知らずになら
ないで済むだとか、買い占めでの高騰を狙われないだとかあるのだ
が⋮⋮この二人にそこまでMMOの暗い部分を教えなくても良いだ
ろう。
二人にはもっと明るい⋮⋮楽しいゲームの部分を教えておけばい
いはずだ。
﹁とりあえず、この品揃えを見るだけで⋮⋮色々な情報が手に入る
235
んだぜ? 例えば﹃フリーズシュート﹄とかいう魔法が金貨千枚だ
が⋮⋮これで﹃魔法使い﹄序盤の正しい攻略法が解かるな﹂
﹁そうなの? 値段から考えて⋮⋮アリサが使っている﹃ファイヤ
ー﹄の魔法と似たようなものじゃないの?﹂
カエデは興味がでてきたようだ。アリサエマも真面目な顔で聞い
ている。二人とも初心者らしくて素直だなぁ。
﹁いや、これで予測がいくつも立つんだ。魔法使いソロを考えるな
ら、最初に狙うのは﹃きいろスライム﹄だろ?﹂
﹁そうですね⋮⋮あそこだったら⋮⋮私一人でもなんとか⋮⋮﹂
アリサエマが納得して相槌を入れる。
﹁でも、できることなら﹃あかスライム﹄狩りの方が良い。﹃きい
ろスライム﹄のドロップは﹃初級回復薬﹄だけど、﹃あかスライム﹄
の方は﹃初級MP回復薬﹄だからな。﹃魔法使い﹄にはそっちの方
が有用だ﹂
﹁アリサの魔法じゃ﹃あかスライム﹄は倒せなかったじゃない﹂
カエデが欲しいところに反論をくれた。聞き役として全く当てに
ならないリルフィーと大違いだ! 可愛いし!
﹁それはそれで⋮⋮実は重要な情報だったんだぞ? あれで魔法と
かのスキルに属性の概念があるって判るんだ。﹃あかスライム﹄は
火属性だから火が効かないって感じだな﹂
細かくはもう少し違うだろうが、まあ、この程度の認識でいまは
十分だろう。
﹁あっ⋮⋮そういうことか。この﹃フリーズシュート﹄は⋮⋮たぶ
ん、氷かなんかで攻撃するんだろうし⋮⋮﹂
オフラインゲームでも良くある理屈だし、カエデは無理なく理解
できたようだ。アリサエマの方は⋮⋮なんとかついてこれてる⋮⋮
かな?
﹁でも⋮⋮それなら、なんで﹃きいろスライム﹄で﹃初級回復薬﹄
しかもらえないんでしょう?﹂
﹁それもそうだね! ⋮⋮すこしゲームデザイナーさんはいじわる
236
?﹂
アリサエマは素朴な疑問を、カエデは可愛らしいことを言う。
﹁いや⋮⋮いじわるではないと思うぞ。前衛系に﹃初級MP回復薬﹄
を﹃魔法使い﹄に﹃初級回復薬﹄が手に入るようにしたのはワザと
だろうけどな。そうしておけば序盤から商売が活性化されるし⋮⋮
プレイヤー間の交流も促進されるだろ?﹂
しかし、カエデとアリサエマは不思議そうな顔だ。
﹁そうだなぁ⋮⋮例えばアリサさんと俺が約束をするんだ。俺が﹃
初級MP回復薬﹄一本、アリサさんが﹃初級回復薬﹄を二本で交換
するとかな。そんな風に日頃から付き合いがあれば、一緒にパーテ
ィを組もうだとかなりやすいだろ?﹂
この説明にカエデは無邪気に感心しているが⋮⋮アリサエマの様
子が少しおかしい。そしてこんなことを言いだした。
﹁あ、あのっ! そ、その約束っ! お、お願いできますか! え
っと⋮⋮その⋮⋮た、助かりますしっ!﹂
なんだか凄い熱意と意気込みを感じるが⋮⋮どうしちゃったんだ?
まてよ?
⋮⋮そういうことか。アシストのための布石だな。それなら俺も
⋮⋮アシストのためのアシストをするべきだろう。
﹁ああ、それくらいお安い御用だよ。こっちからお願いしたいくら
いだな﹂
﹁⋮⋮本当ですか? あ、ありがとうございます!﹂
大げさにアリサエマは喜んでいるが⋮⋮もしかしたら、アシスト
に不安を感じていたのかな? そこまで緊張しなくても良いのに。
心配になったので﹁大丈夫だよ﹂という意思をを込めてアイコン
タクトをしたら⋮⋮なぜか赤くなって俯いてしまった。逆に緊張を
自覚させちゃったか?
ここは先に、俺からのアシストを完了しておこう。
﹁まあ、あれだな。﹃魔法使い﹄がソロで三レベルになるくらいま
で﹃きいろスライム﹄を狩り続けたら⋮⋮そこそこの資金とドロッ
237
プが貯まるだろ。金貨五百枚から千枚あれば、ちょうど次の魔法入
手が狙えるわけだ﹂
﹁それで﹃フリーズシュート﹄を覚えて⋮⋮﹃あかスライム﹄狩り
に変更するんだね!﹂
飲み込みよくカエデは答えたが⋮⋮実はそれだけだと五十点だ。
﹁いや、それでも良いし、間違っていないが⋮⋮それだと完全にソ
ロ志向のプレイヤー向きだな。ここで﹃魔法使い﹄のプレイヤーは
どんな風にゲームを遊ぶか選ぶ必要がある﹂
﹁⋮⋮どういうことです?﹂
真剣な顔でアリサエマが聞き返してきた。
アシストのこともあるが⋮⋮どう考えても完全な初心者だ。多少
は説明してあげないとかわいそうだろう。
﹁同じ価格帯の魔法に﹃エンチャント・ウェポン﹄だとか﹃エンチ
ャント・シールド﹄だとかあるだろ? こういうのを覚えてパーテ
ィで役に立つスタイルを選ぶのが一つ。もう一つがあの表の下の方
にある﹃サモン・スケルトン﹄を覚えて一人で冒険するスタイルだ
ろうな﹂
﹁スケルトン? スケルトンなんかどうするの? MMOだと強か
ったりするの?﹂
カエデは魔法の名前で効果が予想できたのだろう。しかし、予想
できた分だけ、逆に疑問を覚えたようだ。
﹁断言はできないが⋮⋮まあ、強くはないだろうな。召喚したスケ
ルトンを前衛に立たせて肉壁︱︱この場合は骨壁か︱︱にして、ス
ケルトンがやられちゃわない内に魔法でモンスターを倒すんだ﹂
﹁そ、そうなの? なんだろうな⋮⋮ボク、﹃魔法使い﹄一人旅っ
ていうと⋮⋮押し寄せるモンスター達をものともしないで⋮⋮派手
な攻撃魔法でどっかんどっかん倒すのだと思ってた﹂
カエデが言うのは漫画やアニメによくある⋮⋮それも主人公が魔
術師だとかのイメージだろう。だが、MMOではよっぽど優遇され
なければそこまでは無理だ。
238
﹁まあ⋮⋮そう言うのも無理じゃないんだが⋮⋮相当にレベル高く
しないと難しいと思うな。モンスター召喚もゲームによってはドラ
ゴンとかで強くてかっこいいしな﹂
ソロという観点では﹃魔法使い﹄的なキャラクターが不利になり
がちだが⋮⋮俺も細かい仕様を知っているわけじゃないし、カエデ
の夢を壊すことも無いだろう。やんわりと答えておくことにした。
﹁あ、あのっ! パーティを組む魔法使いだと⋮⋮どの魔法が良い
んでしょう?﹂
どうやらアリサエマはパーティ志向のようだ。まあ、そちらの方
が無難で良いだろう。
﹁いくつか効果が判らないのがあるけど⋮⋮安いのだとさっき言っ
た﹃エンチャント・ウェポン﹄か﹃エンチャント・シールド﹄かな。
よくパーティを組む相手にもよるだろうけど⋮⋮リルフィーみたい
なタンク型には﹃エンチャント・シールド﹄で⋮⋮俺みたいな火力
型には﹃エンチャント・ウェポン﹄が良いと思う。仕様が判らない
ときは長所を伸ばすのがセオリーだし。まあ、この品揃えなら⋮⋮
ここにある魔法は全部覚えるべきだろうけど﹂
﹁そ、それじゃあ⋮⋮﹃エンチャント・ウェポン﹄にします!﹂
なぜか凄い勢いで答えられてビックリしたが⋮⋮まあ、どれから
覚えても問題ないだろう。
﹁でも金貨千枚だよ? ⋮⋮足りない分は出そうか?﹂
﹁んー⋮⋮どのモンスターがドロップするか判らんが⋮⋮もう、一
人や二人はドロップしていると思うぞ? そいつから買った方が安
いだろ﹂
優しいカエデの申し出をさり気なく却下しておく。⋮⋮仕込みは
完成しつつある。
﹁⋮⋮でも、その人を探すのは大変じゃないですか?﹂
﹁いや、わけないと思うぞ。そいつは出来るだけ高く売りたいと思
うだろうから、人が沢山いる場所で売ろうとするはずだ﹂
﹁なるほどね。でも、人が沢山いる場所って?﹂
239
﹁そりゃ、噴水広場だろ﹂
俺の答えに二人とも納得して肯いている。
しかし、売ってようが、売ってなかろうが⋮⋮どっちでも構いや
しない。
どのみちアリサエマは資金が少し足りないのだ。俺達から借金し
て買うことになっても、残念なことに売りがなくても⋮⋮資金繰り
の必要がある。
そこで﹁軽く﹃きいろスライム﹄狩りしてきますね。今日のとこ
ろはここで⋮⋮﹂とでも言えば、実に自然にフェードアウトできる
はずだ。
俺とカエデは噴水広場に残されることになるが⋮⋮もう一軒の﹃
宿屋﹄はすぐ近くにある。ここから近いのはさっき通りがかった方
の﹃宿屋﹄だが、あの二人組がまだ居たら面倒だ。ここは噴水広場
の近くにある方を選択が正解だろう。
見えた!
ゴールまでの道筋が見えた!
もう、走り出してしまいたい気分で、歌いだしたくなるほどだ。
通りすがりに例の二人組が﹃宿屋﹄の封鎖を続けているのが見え
ても、別に何とも思わなかった。予想通りでしかないし、むしろ哀
れみの情すら覚える。
ああ、そういうことか⋮⋮。
俺は今まで、いわゆるリア充︱︱リアル生活が充実している奴の
意味だ︱︱からの、特にリア充の男からの視線が不愉快で仕方がな
かったのだが⋮⋮こんな気分で見られていたのか。
そりゃ、視線を感じるだけで殺意を覚えるのも無理はない。
悪いな⋮⋮そこで不毛な戦いを続ける君たち⋮⋮俺はもう君たち
とは違う人種になってしまったんだ。昔なら応援の言葉くらいは掛
けたけど⋮⋮もう、君たちは俺の言葉を素直に聞いてはくれないだ
ろう? そういうことなんだ。
240
﹁どうかしたの? なにか良いことでもあったの?﹂
隣のカエデが不思議そうな顔で聞いてくる。
カエデがいるから⋮⋮カエデと会えたからだよ。
だけど、そんなことを突然に言うわけにはいかない。でも、いつ
の日かカエデに伝える日が来るだろう。それまでのお楽しみだ。
ああ、本当に歌いたい。高らかに歌い上げたい。それも勝利の歌
をだ!
身体の底から湧きあがる衝動を抑えきれず、俺はへんに大声で叫
んでしまった。
﹁よし、もうすぐ噴水広場だ!﹂
それを聞いてカエデもアリサエマもびっくりした顔をしたが⋮⋮
すぐに楽しそうに笑いだした。俺の仕草が偶然、面白い感じになっ
ていたんだろう。
しかし、笑われても、嫌な気持ちにはならなかった。
なぜかそれで⋮⋮不思議なことに⋮⋮もっと楽しくなったのだ。
241
交渉
噴水広場は大勢の人であふれていた。
といっても、雰囲気は様変わりしている。開始直後はお互いの様
子を窺いながら、身を寄せ合うようにしていたのに⋮⋮今では各々
で好き勝手な活動をしている。
パーティを集めて狩りへ行こうとしているプレイヤー、ギルドメ
ンバー募集の声を掛け続ける集団、何か作ってもらいたいのか生産
系スキル持ちを探している奴⋮⋮。
俺には馴染み深い、MMOの日常の風景とでもいうものだ。
もちろん、狙い通りに、様々なアイテムを売るプレイヤーの姿も
ある。
﹁うわぁー⋮⋮すごい活気だね!﹂
﹁なんだか⋮⋮本当の街みたいですね﹂
カエデやアリサエマは目を白黒させて驚いている。
目の前に広がる光景こそが⋮⋮大勢のプレイヤーがいて、その一
人ひとりが好き勝手にすることそのものが⋮⋮MMOが他のゲーム
と一線を画す最大の要因だと思う。
﹁⋮⋮ようこそ、MMOの世界へ﹂
多少、かっこうつけて言ったのだが︱︱
﹁もう! いきなりかっこつけないの!﹂
とカエデにツッコミを入れられる。
まあ、失敗でもないか。怒っているわけじゃないみたいだし⋮⋮
むしろ楽しそうですらある。こんな風にじゃれあうのが俺とカエデ
の形なのかもしれない。
色んな形があるなんて知らなかった。カエデが教えてくれたこと
だ。⋮⋮一応、ネリウムもか。
アリサエマもニコニコと笑っているし、楽しんでくれているのだ
242
ろう。
商売をしているプレイヤーたちは一箇所に集まっていた。自然と
住み分けというか⋮⋮目的別に決まった場所ができつつあるのだろ
う。
これなら売る方も楽だし、買う方も楽だ。
売り買いされているほとんどは俺たちも知っていたアイテム︱︱
﹃基本溶液﹄や﹃みどり草﹄、二種類の回復薬︱︱だったが、予想
通りに魔法書の売りもあった。
﹁タケルの予想通りだったね!﹂
﹁でも⋮⋮もの凄く値段の差が激しいような⋮⋮﹂
ざっとみただけで﹃フリーズシュート﹄に﹃エンチャント・ウェ
ポン﹄、﹃エンチャント・シールド﹄の三種類が確認できたが、そ
の値段はバラバラだ。
一番人気は﹃フリーズシュート﹄らしく金貨九百枚前後、﹃エン
チャント・シールド﹄は不人気で金貨七百枚前後というところだ。
﹁まあ、用途で欲しがる人も変わるからな。それに値札はあてにな
らんぞ。金貨百枚分くらいは軽く値切れるはずだ﹂
最初に重要なことを二人に伝えておく。
あまり歓迎されることではないが、値切るのはマナー違反とはさ
れていない。
ほとんど全てのプレイヤーが売り手であり、買い手でもあるから、
あまり露骨だったりしつこかったりはNGだが、挨拶程度に値切る
のは良くある話だ。
﹁それに今はなんというか⋮⋮いわゆるデフレ状態だからな。金貨
九百枚も持っているプレイヤーは一人もいないんじゃないか? そ
れにパーティでドロップしたレアアイテムは早めに売りたくなるも
んなんだ﹂
﹁へ? どうして?﹂
二人とも不思議そうな顔をしている。
243
﹁そりゃ、簡単な理屈だ。俺たちのパーティで魔法書をドロップし
たとするだろ? そしたらどうする?﹂
﹁アリサにあげる?﹂
カエデはそんなことを即答するが、逆にアリサエマは困ってしま
っている。
﹁さすがに⋮⋮そんな高いものを貰うのは⋮⋮﹂
﹁まあ、全員がカエデと同じ気持ちだったらそれでも良いけど⋮⋮
普通は売却して金貨をメンバーに分けるんだ﹂
カエデは納得していないようだが、話を続けるしかない。
﹁それで誰かが立て替えとかできりゃ楽だが⋮⋮金額によっては難
しい。だから、売れてしまえば分けやすくて良いんだ。だからそう
いう売り物は急いでいるのさ﹂
俺の説明にカエデはしぶしぶ、アリサエマは納得して肯いた。
﹁それじゃ⋮⋮あの﹃エンチャント・シールド﹄を値切って⋮⋮金
貨六百枚くらいで買えるのかな?﹂
カエデはそう言うが⋮⋮なぜか羨ましそうにアリサエマの方を見
ている。どうしたんだろう?
逆にアリサエマはなんだか気に入らない様子だ。そして俺の様子
を窺うように言った。
﹁できたら⋮⋮その⋮⋮﹃エンチャント・ウェポン﹄の方がいいん
ですけど⋮⋮﹂
細かく考えると﹃エンチャント・ウェポン﹄と﹃エンチャント・
シールド﹄なら、優先するべきは﹃エンチャント・ウェポン﹄では
ある。理由はごく単純だ。アリサエマは盾をもっていないから、﹃
エンチャント・シールド﹄では一人のときに全く役に立たない。
どちらも魔法書としては安い部類のようだし、覚えるべきものよ
うだから、順番などどっちでも良いはずではあるが⋮⋮。
﹁﹃エンチャント・シールド﹄が先でも︱︱﹂
そこまで言いかけて先を続けられなくなってしまった。
なぜかアリサエマが少し悲しそうな顔をしたからだ。
244
二人にとって俺は⋮⋮雛鳥が最初に見た相手も同然で⋮⋮MMO
の案内人として、すこしは誠意のある態度であるべきだろう。
アシストのお礼の先払いの意味もある。多少面倒くさいし、上手
くいかない気がするが⋮⋮ここは﹃エンチャント・ウェポン﹄の方
を値切るべきか。
やるだけやればアリサエマも納得して、すぐにアシストを開始し
てくれるだろう。
﹁⋮⋮じゃ、まあ⋮⋮﹃エンチャント・ウェポン﹄を売りに出して
いる奴のところへ交渉に行ってみる?﹂
﹁はい!﹂
ただ交渉に行くだけなのに、アリサエマは大喜びをしている。ま
あ、悪くない判断だったか。⋮⋮情けは人の為ならずとも言うし。
﹁でも⋮⋮なんであの人⋮⋮金貨千二百枚で売っているんだろ?﹂
そう、それが厄介に思えて仕方がなかった。
交渉に行くと決まったのに、なかなかアリサエマは動きださなか
った。
その気持ちは解からなくもない。
俺などはすでにMMOで慣れてしまっているが、普通は値切りの
経験豊富という人は少ないはずだ。俺だってゲームならともかく、
リアルでは考えたことすらない。
﹁アリサ⋮⋮もしかしてこういうの苦手? 良かったら変わってあ
げようか?﹂
気をつかってカエデが申し出るが⋮⋮どうも善意だけでなく、好
奇心も多分にあるようだった。羨ましそうにしていたのはこれが理
由かもしれない。
﹁でも⋮⋮私の用事ですし⋮⋮﹂
アリサエマは遠慮するが︱︱
﹁いいの、いいの! ⋮⋮実はボク、値切りってやってみたかった
んだよね。それにタケル! なにぼやっと見てるのさ! こういう
245
のは男の役目なんだよ!﹂
と言って押し切ってしまう。
そして俺の背後に回り、背中を押して交渉相手の方に促す。⋮⋮
小さな手だなぁ!
正直、相手は男だし、交渉するならカエデかアリサエマの女性︱
︱アリサエマは見た目は完全に可愛い女の子だから大丈夫だろう︱
︱の方がスムーズだと思うが⋮⋮まあ、ここは模範演技と割り切る
ことにしよう。⋮⋮厄介な相手かもしれないし。
俺たちが近寄ると、交渉相手の男はすぐに気がついた。
不景気な顔をしているが、それもそうだろう。初日にレアドロッ
プを当てる幸運に恵まれたにもかかわらず、肝心の売却が上手くい
ってないのだ。内心、不満と不安でいっぱいのことだろう。
﹁﹃エンチャント・ウェポン﹄の魔法書あるよ! いまなら﹃初級
MP回復薬﹄をオマケけに付けてもいいぜ。買わないか?﹂
案の定、向こうの方から話しかけてきた。
売る気はあるようだし、少し焦れているようだが⋮⋮演技の可能
性もある。
この男が付けた値段は明らかに間違っていた。
だが、NPCから金貨千枚で買えるアイテムを、金貨千二百枚で
売っても無駄⋮⋮そう考えられるのは、俺たちがその情報を持って
いるからだ。
きちんと情報収集をしていないプレイヤーの場合、どんな魔法が
入手できるのか、それがいくらなのか、どこで入手できるのか全く
知らないだろう。
おそらく、この男は周りの魔法書の値段をざっと調べ、そこから
適当に値段を付けてみたのだ。⋮⋮それもコンセプトは﹃絶対に自
分が損しない値段﹄に違いない。
MMOのプレイヤーで最も多い考え方ではあるが⋮⋮最も交渉相
手として向かない相手でもある。負けないことを最優先に考える相
手は、迷う場面で勝負そのものを回避しがちだ。この場合は﹁損を
246
するくらいなら売れなくても良い﹂という決定をするだろう。
⋮⋮しかし、そんな人物像を偽装した詐欺師の可能性まである。
俺たちが騙されることはないが、詐欺師を相手に値切り交渉は時
間の無駄だ。
どう切り出そうかと考えていたところで︱︱
﹁金貨七百枚⋮⋮ちがうや⋮⋮金貨六百枚なら買う!﹂
自信満々にカエデが口火を切った。
いきなりなはじめ方に、俺と男は呆気にとられた。
俺がこんなことを言い出したら、全く相手にされないはずだ。
やはり、男相手の交渉ごとは女の子にさせるに限る。⋮⋮俺も﹃
最終幻想VRオンライン﹄ではリルフィーに交渉をやらせたものだ。
中身が男かもしれないと感じても、相手は自然と甘くなってしまう。
﹁なっ! いきなり何を言い出すんだよ! 金貨六百枚とか⋮⋮そ
れじゃ半額じゃねえか! 値切りの相場は一割程度だろ? そんな
の交渉にもならねえよ!﹂
さすがに男は文句を言うが⋮⋮交渉の余地があること、理詰めで
考えるタイプなのが判明した。
値切られたことに不快感も感じているようだから⋮⋮それなりに
上品なプレイスタイルの可能性が高い。詐欺師の線は捨てても大丈
夫か?
﹁でも、その魔法書の相場は金貨六百枚くらいだよ! そっちの値
段の方が変だよ!﹂
カエデの反論はあらかた正論ではあるが⋮⋮どさくさに紛れて﹁
相場は金貨六百枚﹂というのを押し付けている。やり方はてんでな
っちゃいないが、押しの強さは評価したいところだ。
﹁相場? 今日は初日だぞ? そんなのまだ、ある訳ないだろ﹂
男は反論するが⋮⋮周りで商売をしている奴らを見回してもいる。
実際は自分の付けた値段に自信がないのだろう。
この手のタイプは商売として成立するかどうか⋮⋮最大限の利益
を叩きだせるかどうかより、適切な値段を付けたかどうかを気にす
247
るタイプだ。もう一押しだが⋮⋮このままでは上手くない。
さり気なくカエデの肩に手を置いて、会話の主導権を握っておく。
﹁いや、多少の変動はあるかもしれないが、価格帯としてはそんな
もんだぜ? むしろ、そっちの値段の方が⋮⋮少しやばくないか?
マナー的に?﹂
最後の方で少し声を落とし、相手を心配するような声音を作って
おく。
﹁⋮⋮マナー的にって⋮⋮なにか情報あるのか?﹂
マナーに神経質になりすぎることも無いのだが、こんな風に言わ
れれば嫌でも気にしてしまうものだ。上手いこと釣り込めたか?
﹁﹃魔術学院﹄でその魔法書が売っているんだけど、価格が金貨千
枚なんだよ。それを金貨千二百枚で売るのは⋮⋮少しまずくないか
?﹂
﹁⋮⋮マジで? どうりで売れない訳だ⋮⋮それに⋮⋮ちょっとま
ずいな﹂
親切を装って教えてやったら、男は心配そうに答える。
慌ててクリップボードをしまいこんでいるし、俺の読みはほとん
ど外れていないだろう。⋮⋮これが詐欺師の演技でなければ。
﹁ね? ボクの方が正しかったでしょ?﹂
カエデが得意満面の顔で男に言うが⋮⋮どちらかというと失策だ。
だが、別にそれで怒る気にはならなかった。⋮⋮リルフィーが相
手だったら後で説教しているところだが。得意満面のカエデがとて
も可愛かったのだから、仕方がない。誰だって俺と同じ結論になる
はずだ。
男の方は渋い顔をしながら︱︱
﹁情報ありがとう。助かったぜ。悪いが俺は⋮⋮ちょっと、その﹃
魔術学院﹄へ行ってみることにするよ﹂
と言い出した。⋮⋮想定内ではある。
俺が相手を詐欺師かと警戒するように、相手だって警戒するだろ
う。いきなり話しかけてきた奴の言葉を鵜呑みにしてたら、なんど
248
騙されるか判ったものではない。
どうやら交渉は流れてしまいそうだ。
カエデは信じてもらえなかったと思ったのか、何か言いたそうに
したが⋮⋮頭をポンポンと優しく叩いて止めた。実りの少ない交渉
だったのだから、これくらいの役得がなければ⋮⋮。
しかし、男は去り際に︱︱
﹁情報が間違ってなかったら⋮⋮そうだな、金貨六百五十枚で魔法
書は売るよ! それなら買うだろ? またそこで売りに出すつもり
だから、買う気があるならそこで待っててくれ。それとお嬢ちゃん
! あんまり押し一点張りだと上手くいかないぜ!﹂
と言い残していく。
⋮⋮それは想定外だったし、少し困る展開だった。
249
衝撃
素早くアリサエマに目配せをするが⋮⋮こちらに気がついてない。
展開に驚いてしまっているようだ。
カエデは男の捨て台詞に面食らったようだが、なぜか頬を膨らま
せて怒っていた。⋮⋮人間の顔ってこんなにまん丸になるんだなぁ!
しかし、言い返したいことなどがあっても、すでに男は雑踏に紛
れている。俺やカエデはタイミングを失ってしまったのだ。
素直に結果を受け取るならば、まあまあの値段で取引が成立した
と考えられる。あとは男の言葉を信じて、ここで戻ってくるのを待
っていればいい。
⋮⋮信じるならばだ。
あの男が詐欺師の類だったとしたら、もう戻ってはこない。悪意
ある者じゃなくても、途中で気が変わることだってあるだろう。
たかが取引にずいぶん慎重すぎると思う人もいるかもしれない。
しかし、これは俺が人間不信だからではなく、ある程度は必要な用
心だ。
良くも悪くもこの世界はゲームだし、この世界にはプレイヤーし
かいない。
冒険、交友、商売、生産、戦争⋮⋮MMOでは数多くの楽しみ方
があり、何を求めるかは人それぞれ異なる。
しかし、人それぞれのうちでも⋮⋮﹃悪﹄や﹃制限のない自由﹄
を楽しもうとする者は要注意だ。
誰しも物語に登場する悪役に魅力を感じたことはあるだろう。そ
の憧れのままに⋮⋮いわばアンチヒーロー、ダークヒーローとでも
いうべきスタイルを志すものはいる。
その手のプレイヤーは常に善意やマナーに則った行動をするとは
言い難いし⋮⋮極まった奴は行動規範が﹃悪﹄かどうかだけになっ
250
てしまう。
だが、それもMMOでは許されることだ。
﹃悪﹄や﹃制限のない自由﹄を貫くのは相応の力が要求されるが
⋮⋮ゲームとしてはやり甲斐のあることだろう。
しかし、他のプレイヤーにとってはそいつは⋮⋮ただの地雷で困
った奴でしかないし、可能な限り関わりにならないようにするべき
だ。
そのためにも要注意プレイヤーの情報は重要なのだが⋮⋮今回の
ように全プレイヤーが一斉に新規で始める場合は手探りで⋮⋮それ
こそ出会う奴全員を警戒するくらいしか手がない。
だから俺の用心は過剰ではない。過剰ではないはずなのだが⋮⋮
それよりも⋮⋮なんだろう? ⋮⋮原因は解からないが、物事が正
しいレールから外れ始めている気がする。
ここまで最高に⋮⋮誰が見ても完璧な手順で物事を進めてきてい
たのに⋮⋮ここにきて停滞だ。
⋮⋮いや、考えすぎか?
しばらく待っていればあの男は帰ってくるはずだ。そうそうノー
マナーのプレイヤーに出くわすなんて起きない。このまま意味不明
に待ちぼうけになんて⋮⋮ならないはずだ。
そんな漠然とした不安に襲われていたら、アリサエマがおずおず
と話しかけてきた。
そうだ! 俺にはアシストがいる! ここでナイスなサポート能
力を発揮してくれるはずだ!
﹁あの⋮⋮ありがとうございます。おかげで助かりました。でも⋮
⋮その⋮⋮このままだと⋮⋮戻ってきてくれても⋮⋮お金が⋮⋮﹂
恥ずかしそうに言うが⋮⋮それはお互いに了解していることだ。
⋮⋮なるほど。
ここで俺がアリサエマに足りない分を貸し、アリサエマは﹁あり
がとうございます。三人で待つこともないですし⋮⋮その後は﹃き
いろスライム﹄狩りでもして稼ぐことにしますから⋮⋮お二人はお
251
好きなように⋮⋮﹂とでも言えばいい。
俺の期待以上にハイスペックなサポーターだったみたいだ!
﹁ああ⋮⋮遠慮しないでくれ。俺たちは﹃仲間﹄だろ? ﹃困った
とき﹄は﹃助け合おう﹄よ。そうだな⋮⋮金貨二百五十枚を俺から
貸すよ。また今度⋮⋮﹃資金ができたとき﹄にでも返してくれれば
良いし﹂
裏にメッセージを込めながら⋮⋮アイコンタクトをしながら金貨
二百五十枚を差し出す。
﹁あ、ありがとうございます! そ、そうですよね⋮⋮﹃仲間﹄な
んですよね! このお金は必ず⋮⋮﹃また今度﹄会うときにお返し
します!﹂
なぜか顔を赤らめながら返事をしてくるが⋮⋮どうかしたのか?
現時点で金貨二百五十枚程度は痛くも痒くもない。まだ金貨二百
枚以上は手元に残るし、それで今日の作戦行動には足りるはずだ。
なんなら謝礼でもかまわない。どうやらソロで一、二時間かければ
稼げる金額でしかないし。
さあ、アリサエマ! 遠慮なく続きを言うんだ! 心配するな!
あとのフォローは俺がする!
と思って続きの言葉を待つが⋮⋮一向にアリサエマは口を開かな
い。なんでかニコニコと機嫌よく笑うだけだ。念のためにもう一度
アイコンタクトをしてみるが⋮⋮なぜか恥らって俯いてしまう。
あ、あれあれ?
お、おかしいですよ、アリサエマさん?
先ほど感じた漠然とした不安は⋮⋮これが原因か?
いや⋮⋮まだその結論は早い。この展開でも⋮⋮じきに⋮⋮さっ
きの男が戻ってくれば⋮⋮何事も無く進み始めるはずだ。
しかし⋮⋮なんだろう? この拭い去れない⋮⋮上手くいってい
ない感じは⋮⋮。
おかしい⋮⋮俺が参考にした文献では⋮⋮このステップで苦戦す
252
るなんて記されて無い!
多くの文献ではターゲットが空から落ちてきたり、新学期の朝に
食パン咥えて曲がり角からぶつかってきて﹃出会い﹄が果たされて
いた。
しかし、もう俺も夢見る子供じゃない。そんな﹃出会い﹄は選ば
れしリア充にしか起きないのは理解している。
だが、俺は俺なりに理解し、俺にも﹃出会い﹄が起きるように考
慮した。だから俺はカエデと出会ったのだし、研究の成果というべ
きだ。
文献では﹃出会い﹄のあとは⋮⋮なんだか羨ましくなる﹃楽しい
こと﹄がたくさん起きて⋮⋮﹃お互いの気持ちを確かめる﹄﹃告白﹄
﹃ゴール後にストライカーが歓喜の踊りをする﹄とステップが進む
はずだ。
どの文献でも﹃告白﹄と﹃ゴール後にストライカーが歓喜の踊り
をする﹄の間に起きること⋮⋮﹃シュート体勢に持ち込む﹄、﹃シ
ュート﹄そのもの、﹃ゴールネットにボールが突き刺さる瞬間﹄は
記されていない。
そりゃ俺だってもう大人だ。﹃シュート﹄や﹃ゴールネットにボ
ールが突き刺さる瞬間﹄は大人の事情で一般の文献に記せないのは
知っている。
しかし、そちらも抜かりなく別種の文献で調査済みだ。むしろ、
そちらの調査には最も重点を置いた。
だが⋮⋮どちらの種類の文献でも﹃シュート体勢に持ち込む﹄は
重視されていない!
だから、それは⋮⋮取り上げるまでも無い、取るに足らないこと
なんだろう。
なぜ今の段階で思うように物事が進まないんだ?
﹃出会い﹄はした。﹃楽しいこと﹄もたくさん起きた。
﹃お互いの気持ちを確かめる﹄はどうだった?
俺はカエデのことが好きだ。カエデの方も俺のことを悪からず思
253
っているに違いない。
だから、このステップは省略しても問題ないだろう。むしろ、気
がつかないうちにクリアしていた可能性すらある。
﹃告白﹄はどうだ?
俺は全身全霊で、常に気持ちを表現している。うん、これで十分
のはずだ。むしろ、少しやり過ぎのきらいすらある。これ以上は不
要だろう。
では、なぜ⋮⋮﹃シュート体勢に持ち込む﹄で苦戦するんだ?
まさか⋮⋮これまでの研究に齟齬があったというのか?
天啓のように答えに思い当たった。
ムードだ!
ムードが足りない!
敵性文献としてリア充用のも調べておいて良かった!
奴ら用の文献ではお題目のように﹁ムード﹂、﹁ムードが大切﹂
などと連呼されているが⋮⋮あれは俺たちの目を誤魔化すプロパガ
ンダではなく、真実だったのではあるまいか?
そうと決まればやる事は決まった。
なぜかカエデはもの凄く不機嫌そうだし⋮⋮その気分を変えてあ
げるのも、決して無駄ではないだろう。
﹁⋮⋮なあ、カエデ? どうかしたのか?﹂
﹁どうもしないよ!﹂
相変わらず顔をまん丸にして怒っているし⋮⋮取り付く島も無い。
まあ、これは単なる会話の潤滑油だ。
どう見てもカエデは怒っているし、俺だって解からないから聞い
たわけではない。カエデだって隠せているとは思っていないだろう。
﹁何が気になっているのか解からんが⋮⋮上手く値切れたと思うぞ
? 初日だからもあるけど⋮⋮明日や明後日には少し値上がりする
だろうしな。初めてにしては上出来だ﹂
チラッとアリサエマの方に視線を投げながら⋮⋮カエデにも判る
254
ように投げながら言った。
それでカエデもアリサエマの方に注意が向いて、少しばつが悪そ
うな顔になる。
その時に俺も気がついたのだが、アリサエマも心配そうな顔をし
ていた。
ああ、そういうことか。カエデがもの凄く不機嫌だったから、そ
れが心配でアシストを開始するわけにもいかないと判断したんだな。
こんな簡単なことに気がつかないなんて⋮⋮どうやら、俺は少し⋮
⋮いつのまにか焦れていたようだ。
﹁心配しなくても大丈夫だ。あいつはちゃんと、ここに戻ってくる
って﹂
﹁えっ? ⋮⋮そっか、戻ってこない可能性もあるんだ! もっー
!﹂
安心させようと希望的観測を言ったのだが⋮⋮逆に、それでカエ
デは再び顔をまん丸にして唸りだした。
﹁え? ⋮⋮待ちぼうけに? ⋮⋮あの⋮⋮待つのは私だけでもで
きますし⋮⋮お二人は⋮⋮なんでしたら﹂
しかも、アリサエマも想定外だったのか、そんなことを言いだし
た。
その発言は注文通りだけど、いまはダメだ! なんでこのタイミ
ングで?
いや⋮⋮このタイミングだからこそ、乗るべきなのか?
﹁アリサさんもこう言ってるし⋮⋮待つのは一人でもできる。なん
だったら交代で待てば良いし⋮⋮その間にその辺で商売している奴
らでも⋮⋮冷やかしに行かないか?﹂
そして申し訳無さそうな顔を作ってアリサエマの方を見る。
アリサエマの方はカクカクと首を縦に振っている。上手い演技だ!
凄いアシストだ。まさに逆転の発想!
これなら不機嫌なカエデを宥めるのに、俺がエスコートとなるだ
ろうから⋮⋮自然なフェードアウトが可能になる!
255
二人きりになれば勝ったも同然だ。あとは俺がムードを高めるだ
けで﹃シュート体勢に持ち込む﹄へ移行できるだろう。
問題はそのムードを高める方法だが⋮⋮なに、適当に﹁君の下着
を洗いたい﹂とでも言えば良いらしい。⋮⋮逆だったかな? まあ、
どちらでも意味は変わらないはずだ。
だが︱︱
﹁やだ! ボクはここであいつを待ってる! 絶対、一言いい返し
てやるんだ! それに、アリサ一人で待たせるなんてかわいそうだ
よ!﹂
カエデは譲らない。テコでも動きそうも無い雰囲気だ。
なにをこんなに怒っているんだろう?
﹁⋮⋮なにをそんなに⋮⋮気にしているんだ? そりゃ、そんなに
丁寧な奴じゃなかったが⋮⋮失礼でもなかったろ?﹂
これはあまり良い言い回しではない。
怒っている人に理由を問うのはナンセンスだ。ましてや怒るほど
の事でも無いと諭すのはさらに拙い。人は理由があるから怒るのだ
し、見過ごせないことだから許せないのだ。
﹁もう! タケルはなんで解からないの? ボクは怒ってるんだよ
!﹂
案の定、矛先は俺に向いたが⋮⋮まあ、構いやしない。むしろ俺
を相手に少しは発散できるなら安いものだ。
﹁まあ⋮⋮そうかな、とは思っていたが⋮⋮いまいち理由が解から
なくてな⋮⋮﹂
﹁もーっ! なんで解からないの? だって﹃お嬢ちゃん﹄だよ?
ボク、そういう風に呼ばれるの大嫌いなの!﹂
そう言ってカエデは腕組みの姿勢で睨んでくるが⋮⋮まるで怖く
ない。むしろ、とても愛らしくて抱きしめたくなるほどだ!
それに怒っている理由が判明した。⋮⋮それがまた、微笑ましい
気持ちで一杯にしてくれる!
アリサエマもホッとしたような、それでいて微笑むような⋮⋮さ
256
らには笑うのを堪えているような複雑な表情をしていた。
あの男がカエデを﹁お嬢ちゃん﹂と呼んだのはわからないでもな
い。もう少し上品に呼ぶなら﹁お嬢さん﹂だろうが、それでは気取
りすぎている。
だが、カエデはちょうど、そういう呼びかけに過剰反応してしま
う時期なのだろう。
俺にも覚えはある。﹁坊主﹂だの﹁坊や﹂、﹁少年﹂⋮⋮その手
の未熟さの意味もある呼ばれ方が、嫌で嫌で仕方ない時期があった。
しかし、ここで微かにでも笑ってはいけない。それが好感をもっ
たが故の微笑みでもだ。この時期にはそれですら心に刺さってしま
う。
﹁あっ! いま笑ったでしょ? いまタケル笑ったでしょ?﹂
カエデが悔しそうに地団太を踏んだ。
⋮⋮あまりの微笑ましさに顔がニヤけちゃったか?
﹁いや、笑うなんて⋮⋮そんな⋮⋮笑ってないよな、アリサさん?﹂
﹁そ、そうですよ。仲間を笑うなんてありえません!﹂
辛うじてアリサエマは真面目な顔でフォローしてくれた。なかな
か上手く取り繕ってくれたと思ったが⋮⋮なおも不審そうな目でカ
エデは俺たちを窺っている。
﹁あれだ⋮⋮カエデの育ちが良さそうだったから⋮⋮あいつはそん
なこと言ったんだろ﹂
﹁そ、そうですよ! カエデさん、上品そうだから!﹂
正直、カエデは良家のお嬢というより⋮⋮お転婆で元気が良すぎ
るくらいの感じだが⋮⋮まあ、ここが切り抜けられれば問題ないだ
ろう。俺とアリサエマで結託して誤魔化そうとしたが︱︱
﹁もうっ! 二人してそんな風にからかうんだね! ホントに怒る
からね!﹂
疑心暗鬼に駆られているのか、ますます意固地になってしまった。
仕方が無い。この話題での最終兵器を投入することにしよう。
﹁⋮⋮まあ、良いじゃないか。女の子は若く見られるほうが得だっ
257
ていうぞ?﹂
これで決まりだ。男相手には使えないが、女性相手には絶対の効
果がある。隣ではうんうんとアリサエマも肯いている。
だが、カエデはますます怒りだし、そして突拍子もないことを言
った!
﹁そんなこと言われても、ちっとも嬉しくないよ! ボクは男の子
なんだし!﹂
258
論争
男の子、おとこのこ、オトコノコ⋮⋮⋮⋮⋮⋮なにをカエデは言
っているんだろう?
カエデの言葉は俺の耳には届いた。でも、心には響かなかった。
だから、俺には意味がワカラナイ。
困ったな⋮⋮これじゃ会話にならないじゃないか⋮⋮聞きなおさ
なくっちゃ⋮⋮。
﹁⋮⋮なんて?﹂
﹁えっ? だから、そんなこと言われても嬉しくないって︱︱﹂
﹁いや、そっちじゃなくて⋮⋮その後﹂
﹁へっ? ボクがおとこの︱︱﹂
﹁あ゛あ゛あ゛あ゛ぁ゛ぁ゛ーっ!﹂
俺はなぜか⋮⋮両手で耳を塞ぎ、奇声をあげてしまった。
なんで、俺はこんなことを?
見ろ⋮⋮カエデがビックリしているじゃないか⋮⋮。
﹁タケルさん? しっかりしてください!﹂
アリサエマが心配そうに近寄ってきて、俺が倒れないように支え
てくれた。
ありがとう。⋮⋮なぜか倒れてしまいそうになったんだ。
俺はいったい⋮⋮どうしちまったんだ?
﹁すまない。いや⋮⋮なんでか解からないけど⋮⋮突然⋮⋮カエデ
が自分のことをオトコノコだって言いだしそうな気がしたんだ。は、
はは⋮⋮どうしちゃったんだろうな? そんなことある訳ないのに
⋮⋮疲れてんのかな⋮⋮﹂
だが、俺の言葉にアリサエマは辛そうに顔を背けた。
待ってくれ! そこは馬鹿な奴と笑うところだろ? なんでそん
な⋮⋮深刻そうな顔をするんだ? そんななんじゃ⋮⋮まるで︱︱
259
﹁大丈夫、タケル? 気分でも悪いの? ボクが男の子なのがどう
かしたの?﹂
カエデも心配そうな顔をして⋮⋮だが、突然に変なことを言いだ
した。
どうしてだろう? 前にこんな会話をしたことがあるような気が
する。これがデジャヴというやつか?
男の子、おとこのこ、オトコノコ⋮⋮⋮⋮⋮⋮なんだ、そういう
ことか。早とちりしてしまった。
﹁ああ、心配しなくても平気だ。ちょっと勘違いしただけだ。カエ
デのお母さんは﹃おとこ﹄さんって言うんだ? 大丈夫だよ、きち
んとご両親には挨拶を︱︱﹂
﹁なんでいきなり、ボクのお母さんの話になるの? タケル、大丈
夫? なんか変だよ?﹂
カエデは不審そうに俺を窺う。
まずい! カエデを不安にさせるなんて、万死に値する!
⋮⋮でも、なんだろう? さっきから会話が噛み合っていない。
どうしたことだ?
⋮⋮そういうことか! ここは年上として正すところは正してい
かないと!
﹁はは⋮⋮ダメだぞ、カエデ。際どい冗談は時と場合を選ばないと。
周りの人がビックリするだろう?﹂
よし! これで世界はあるべき姿へと戻るはずだ。
だが、カエデはそれを認めようとしない!
﹁冗談? ボク⋮⋮冗談なんて言ってないよ? タケル⋮⋮ほんと
にどうし︱︱あっ! ⋮⋮タ、タケルもっ! ⋮⋮タケルもボクの
こと⋮⋮女の子みたいだってからかうの?﹂
⋮⋮それは違うぞ、カエデ。女の子には﹁女の子みたい﹂とは言
わないんだぞ。だが、細かな言い間違いを指摘している場合じゃな
い。
どう伝えれば良いんだろう?
260
言葉に悩む俺の沈黙を肯定と受け取ったのか、なおもカエデは続
けた。
﹁その冗談、面白くないよ! だいたい、ボクのどこが女の子みた
いだって言うのさ!﹂
カエデは本気で怒っているらしく、腰に手を当てて仁王立ちにな
っているが⋮⋮それがまた⋮⋮とても可愛い!
俺は感じたままに、正直に答えた。
﹁えっ? だって⋮⋮女の子だろ?﹂
﹁まだ言うの? ほら! 胸だって無いでしょ!﹂
そう言ってカエデは自分の胸を指し示す。
確かにカエデの胸はささやかだ。⋮⋮そういうことか。
﹁⋮⋮悪かった。カエデがそのことを気にしているとは思わなくて
な﹂
﹁解かってくれた? ⋮⋮というか、変な冗談を言うタケルが悪い
んだからね!﹂
俺の言葉にようやく、カエデは落ち着いたようだ。
⋮⋮そんな気にするようなことじゃないのに。あまりにも色んな
奴に心無い言葉を言われ、意固地になってしまったのだろう。かわ
いそうに⋮⋮。
﹁男の子みたいという奴には言わせておけ。そいつらは価値の判ら
ない馬鹿なんだよ。それに⋮⋮心配しなくても⋮⋮時が来れば大き
くなるらしいぞ? お、俺はこだわらない方だし!﹂
﹁そ、そうです! あんなもの⋮⋮ようするにただの脂肪です! お、女の値打ちはそこじゃ⋮⋮無いはずです!﹂
俺とアリサエマは口々にカエデを励ました。
若干、引っかからなくもない。⋮⋮事情を知っている俺はともか
く、アリサエマのそれなりある胸には説得力がないだろう。
それに、なぜかカエデはとても驚いてる。どうしたんだろう?
﹁⋮⋮もしかして⋮⋮二人とも⋮⋮ボクのこと⋮⋮本気で女の子っ
て思ってるの?﹂
261
そう問いかけるカエデの顔は真剣そのものだ。
俺も真剣に向き合わねばならない。それが男の誠実さと言うもの
だ。
﹁⋮⋮女の子だよな?﹂
﹁⋮⋮ですよね?﹂
俺とアリサエマは同じ結論に達した。
これが多数決なら過半数超えだ。実にめでたい。万歳三唱して終
わりたいところだが、カエデは納得いかないようだ。
﹁どこをどう見るとそうなるの? だいたい、このアバター作ると
きに⋮⋮背を高くしたり、ボリュームを増やしたりもしてるんだよ
! ほら! 逞しい男の子でしょ!﹂
そう言ってカエデは力瘤を作るようにして腕を見せつけるが⋮⋮
もの凄く細くて華奢だ。世の女性達が悩むという、二の腕の弛みな
んて全く無い。
﹁えっと⋮⋮それで⋮⋮増やしているの?﹂
﹁なんて⋮⋮羨ましい⋮⋮﹂
俺とアリサエマは思わず感想を口にした。
﹁た、多少っ! 貧弱かもだけどっ! ボクは本当に男の子なんだ
ってば!﹂
自分でも舵きりを間違えたと思ったのか、慌ててカエデは主張し
なおした。
﹁でも⋮⋮カエデからは⋮⋮嘘の臭いがしない。だから、そんなこ
とを言われても⋮⋮﹂
﹁嘘の臭いってなんなのさ﹂
﹁嘘﹂という言葉に自分が非難されていると感じたのか、カエデ
の表情は険悪だ。ここは誤解されないように、きちんと説明しなけ
ればならないだろう。
﹁あー⋮⋮﹃鑑定士﹄としてそれなりのキャリアを積んでいるから
なんだが⋮⋮男が女のフリをすると⋮⋮どうしても違和感だとか無
理がな⋮⋮それを俺は臭いと呼んでるんだが⋮⋮カエデからはその
262
嘘の臭いがしない﹂
俺はこの﹃眼﹄で何人ものネカマを見破ってきた。いまやネカマ
を見破るなんて造作も無いことだ。
なぜカエデが自分を男の子だと主張するのかは解からない。それ
を理解もしないうちにカエデを追い詰めることになって、申し訳な
い気持ちで一杯になった。
﹁タケルは⋮⋮男の子なのに女の子のフリをしている人を見抜くの
が得意なんだよね? ボクは⋮⋮男の子で⋮⋮男の子なんだよ? 女の子のフリはしてないよ?﹂
俺の説明が解かりづらかったのだろう。必死に考えながらカエデ
は反論した。
心苦しいものだ。好きな子を追い詰めなければならないとは。真
実を曲げることになるが、カエデを追い詰めるくらいなら︱︱
⋮⋮うん?
あれ? カエデの言うことは⋮⋮全く破綻してないぞ?
とりあえず、カエデの性別の問題は脇に置く。そしてカエデが普
段通りに⋮⋮全く自然体で振舞っているとする。
カエデは普通にしているんだから、違和感や無理が生まれるわけ
がない。
違和感や無理がないのだから⋮⋮俺も嘘の臭いを感じない。
急いで今日一日の記憶を掘りかえす。
カエデはいままでに⋮⋮一度でも⋮⋮性別が特定できるような言
動をしただろうか?
⋮⋮全く思い当たらない!
それに男の子かもしれないと疑ってすらいない。最初から女の子
だと思っていた。だから、カエデがどっちなのかなんて⋮⋮調べよ
うとすらしていない!
慌ててカエデを⋮⋮鑑定士の﹃眼﹄でカエデを確認する。併せて、
思い出せる限りの判断材料を探す。
骨格を想像し⋮⋮動作から逆算し⋮⋮ありとあらゆる項目を調べ
263
る。
男⋮⋮の子⋮⋮か? その可能性は生まれた。
いや⋮⋮女⋮⋮の子⋮⋮か? その可能性も依然としてある。
全ての確認項目が男でも女でもあり得る範囲だ。
まさか⋮⋮両性具有か?
いや、その可能性は捨てるべきだ。そこまで考慮したら絶対に正
解へ辿りつけない。困ったとき、都合の良い結果に心が傾いていた
ら⋮⋮すでに失敗しつつあるのだ!
だが⋮⋮しかし⋮⋮これでは⋮⋮俺の﹃眼﹄でも判別がつかない!
心の奥深くでガチャガチャと⋮⋮ピッキングでもするような⋮⋮
騒がしい音が聞こえた気がした。
264
抗う者
まずは落ち着こう。
冷静になるんだ。冴えた状態でなければ、頭は正しく働かない。
客観的に⋮⋮客観的にカエデが男の子なのか、女の子なのかを考
えてみよう。
⋮⋮いまのところ五分五分だ。
うん、冷静に考えれてるぞ。大事なことや大切な人のことを考え
るとき、つい、希望的観測が混じってしまうものだが⋮⋮それは排
除できている。
それではなぜ⋮⋮カエデは自分が男の子だと主張するのだろう?
判断材料は﹃眼﹄による判別、カエデの不可解な主張、そして目
の前のカエデ自身しかない。
思わずカエデを見つめてしまう。
俺の視線が気になるのか、カエデは恥ずかしそうにもじもじして
いる。⋮⋮とても可愛い。高尚な趣味に目覚めてしまいそうだ。可
愛い子が恥ずかしさに身悶えするのを愛でる⋮⋮悪くないかもしれ
ない。それに︱︱
こんな可愛い子が⋮⋮男の子だというのか?
そんなはずがない! 全く以ってナンセンスだった。恥ずかしいことだが、どうやら俺
の﹃眼﹄は曇っていたようだ。
五分五分どころか六対四、いや⋮⋮希望も込めて七対三でカエデ
は女の子だ!
となると問題はカエデの不可解な主張だけになる。
アリサエマとは正反対の事情⋮⋮男に生まれ、女として男を愛す
る人がいるように⋮⋮女に生まれ、男として女を愛する人もいる。
だが、それでは色々と理屈に合わない。
265
そちら側の鑑定は経験が少ないが⋮⋮俺の﹃眼﹄なら見抜けるは
ずだ。
それにカエデは俺を悪からず思っている。好かれていると言って
もいいはずだ。そして俺は男である。つまり、カエデは男を愛する
のだ。
全ての事実をつなぎ合わせれば、真実が浮かび上がってくる。
カエデは女に生まれながら、男として男が好きなのだ!
なんという業の深い心の闇を抱えているのだろう!
だが、もう大丈夫だ。これからはその十字架を、俺も一緒に持と
う。どんな重い十字架だろうと、二人で持てば半分で済む。それが
二人になるってことなんだろう。
だいたい、俺もどうかしていた。カエデが男の子だとか、女の子
だとか⋮⋮つまらない小さなことに拘りすぎてる。
俺が好きなのは女の子なのか?
確かに俺は女の子が好きだ。好きだった。でも、もう違う。
俺が好きなのはカエデだ。
ならばカエデが男の子だとか、女の子だとか⋮⋮そんなことはど
うでもいい、些細なことじゃないか?
男の子だとか、女の子だとかを超越して⋮⋮ただ相手を愛する。
光を感じた気がした。
暗い部屋を彷徨っていたら、偶然に扉へ手がかり⋮⋮その扉を開
けたら暖かい光が差し込んできたかのようなイメージ。
これがアガペーというやつなんだな! 俺は悟ったぞ!
﹁えっと⋮⋮タケル? ど、どうかしたの?﹂
なぜか不安そうな顔をしてカエデが聞いてきた。
少し放心していたようだ。見ればアリサエマも心配そうに俺を見
ている。
﹁いや⋮⋮すまないな。少し考え事をしていた。⋮⋮なんの話をし
ていたんだっけ?﹂
266
まだ二人に⋮⋮カエデに俺が到達した境地は早いだろう。それは
ゆっくりと伝え、育んでいくもののはずだ。
﹁もうっ! まだからかうの? ボクが男の子だって話でしょ!﹂
モード
⋮⋮ふう。カエデはまだそんな些細なことに拘っているのか。だ
が許そう。そう、いわば聖者の気持ちになるのだ。
﹁もう、いいじゃないか。男の子だとか⋮⋮女の子だとか⋮⋮。大
切なのは相手︱︱その人自身だろ?﹂
微笑みながら、優しくカエデを諭した。
そう、時間は必要なだけある。これからいくらでも、正しい調べ
を教える機会に恵まれるだろう。
しかし、カエデは不思議な顔をしていた。何かを言いたそうに何
度も口を開くが、そのたびに口を閉ざしてしまう。納得するべきな
のか、否定するべきなのか判断がつかないのかもしれない。
﹁す⋮⋮素晴らしい考えです! タケルさん! その考えは素敵で
す! そうですよね! 男だとか⋮⋮女だとか⋮⋮そんなことより、
その人自身が大切なことですよね!﹂
なぜか 身悶えせんばかりにアリサエマが賛同してきた。
いや、実際に軽く悶えた。こ、こんな近くでそんな風に身をよじ
られると⋮⋮一次的接触が⋮⋮や、柔らかい? なんで? なんで
こんなに柔らかいの?
だが、ナイスだ! ⋮⋮発言の方もだ。いや、﹁方が﹂だ。ナイ
スアシストだ!
﹁そ、そうなの? また、からかわれているのかって思っちゃって
⋮⋮。それに⋮⋮もしかしたら⋮⋮また変な人と会っちゃったのか
って⋮⋮そう思ったらカッとなっちゃって⋮⋮﹂
アリサエマも賛同したのをみて、どうやらカエデは自分の不明に
気がついたようだった。もごもごと事情を説明してくる。
﹁たまにいるんだ。その⋮⋮ボクのこと、本気で女の子だって勘違
いする人! ⋮⋮タケルはボクが男の子だって判るよね?﹂
そして晴々とした顔で⋮⋮開けっぴろげに信頼を隠そうともしな
267
いで⋮⋮それでいながら、最後の念を押してきた。
これで事態の収拾はつく。
俺が﹁カエデは男の子だ﹂と言えば⋮⋮問題は解決する。
まずは相手の全面肯定。これが理解への第一歩のはずだ。
嘘も方便とお釈迦様は言った。ひとまず認めることにしても、誰
も嘘吐きと非難はしないだろう。
仮初にでも⋮⋮カエデを﹃男の子﹄と認めれば⋮⋮そうすれば⋮
⋮。
だが、言葉は全てを定める。人も、物も、出来事も⋮⋮そして心
もだ。
人は﹃聖なるもの﹄の為に⋮⋮﹃聖なるもの﹄を裏切れるのか?
俺の葛藤を見て取ったカエデが⋮⋮カエデが裏切られた者の表情
に変わる。
﹁タ、タケルも⋮⋮タケルも変態⋮⋮さん⋮⋮だったの?﹂
カエデはまるで⋮⋮害虫でも見るかのようだったし⋮⋮怯えても
いた。
怯えられて、変な目で見られる︱︱それはそれで色々と思うこと
はあったが︱︱のは気になるが、突拍子もない質問には答えておく。
﹁変態? そんなわけないだろ﹂
むすめ
こ
俺はカエデが好きなのであって、﹃男の子﹄が好きなのではない。
こ
だから変態ではありえない。
こ
﹁ホント? 男の娘⋮⋮男の娘と書いて男の娘だ!とか言いださな
い?﹂
しまった!
言葉は全てを定める。そう、カエデを﹃男の娘﹄と呼んでいれば
⋮⋮そうすれば事態は全て丸く収まっていた! 俺が先人の叡智を
見落とすなんて!
カエデは身を守るように自らをかき抱きながら続けた。
﹁調べるとか言って⋮⋮エ、エッチなことしょうとしたりしない?﹂
268
もう、カエデは涙目になっている。
泣かないでくれ! 泣かせたくはない!
それに⋮⋮その心配はしなくても平気だ。俺にはまだカエデを調
べるだけの勇気がない。
観測さえしなければカエデは未来永劫、七対三で女の子だ。
いつかはその試練を乗り越えなくてはならない。
七割で正しさは証明される。だが、残り三割で⋮⋮もし⋮⋮万が
一にでも︱︱
﹁な、舐めてみなけりゃ判らないなぁとか⋮⋮き、気持ち悪いこと
言いださない?﹂
なんだと?
俺はカエデの言葉に⋮⋮先駆者達の卓越した発想に度肝を抜かれ
た。
舐める!
その方法ならば決して間違った答えは導かれない! 成功だけが
約束された完璧な調査方法だ!
﹁その発想があったか!﹂
思わず漏れた感想に、カエデが一歩後ずさった。
﹁お兄ちゃんみたいだって⋮⋮タケルのこと⋮⋮頼りになるお兄ち
ゃんみたいだって思ってたのに⋮⋮﹂
そう言ったカエデの目には⋮⋮溢れんばかりの涙をたたえていた。
泣かないでくれ! カエデのことを泣かしたくないんだ!
﹁お、お兄ちゃんと⋮⋮よ、呼んでも⋮⋮い、いいんだぞ?﹂
カエデからの信頼にこたえるべく、精一杯の笑顔で応じる。
しかし、それは届かず︱︱
﹁なんか意味が変わったよ! や、やっぱりタケルは⋮⋮へ、変態
さんなんだ! タケルのバカぁ! あほぉ! おたんちん!﹂
カエデはそう叫びながら⋮⋮そして泣きながら⋮⋮駆け出した。
269
限界
カエデは泣いてた!
好きな相手を泣かしてしまうなんて⋮⋮俺は最低のゴミ屑野郎じ
ゃないか⋮⋮。
なにが良くなかったのか⋮⋮なんでカエデが泣いたのか解からな
い。
でも、相手を泣かせてしまったら駄目だ!
⋮⋮謝らなくっちゃ! そして誤解も解くんだ! カエデを追い
かけるんだ!
そこまで考えられたとき⋮⋮ようやく、俺は⋮⋮時間を無駄にし
ていたことに気がついた。
カエデを見失ってしまっている! すぐに追いかけなきゃいけな
かったんだ!
視界がぐるぐる回りだした気がする。眩暈がしそうなほどだ。頭
の中が真っ白になって、何も考えられない。
⋮⋮⋮⋮⋮⋮そうだ!
個別メッセージだ!
個別メッセージなら、相手がどこにいたって言葉が届く!
なんですぐに⋮⋮こんな基本的なことを思い出さないんだ!
このゲームにだって個別メッセージのシステムは搭載している。
慌ててメニューウィンドウを呼び出し、個別メッセージのスイッ
チを探す。くそっ! なんで手が震えてるんだ? 操作がしにくい!
だが、俺の手は誰かにそっと、そして優しく抑えられる。
驚いてその持ち主を見れば︱︱アリサエマだった。
そして悲しそうに⋮⋮なぜか悲しそうにしながら、ゆっくりと首
を横に振ってから話しかけてくる。
﹁いまは駄目です。それは電話か⋮⋮手紙?ですよね?﹂
270
個別メッセージなんてMMOでは定番過ぎるシステムだ。手紙な
どよりは携帯電話が最も近いものだが、アリサエマは知らないのだ
ろう。
﹁個別メッセージを使おうと⋮⋮これなら遠くにいる相手とも話せ
る。カエデに伝えなきゃいけないんだ! すぐに! だから止めな
いで︱︱﹂
だが、アリサエマは俺の手を離してくれないし、再び首を横に振
る。
﹁確かに⋮⋮とにかくすぐに話さなきゃいけないときもあります。
その方が良い人もいます﹂
﹁ならっ! すぐにカエデにっ!﹂
もう一度、アリサエマは首を横に振った。
﹁お互いに向かい合ってなら、たとえ喧嘩になっても⋮⋮その方が
良くなることもあります。でも、電話や手紙は⋮⋮。それにタケル
さんは何をカエデさんに⋮⋮カエデさんに何を伝えるつもりなんで
すか?﹂
﹁えっ? そりゃ⋮⋮カエデに謝って⋮⋮それから⋮⋮それから⋮
⋮﹂
それから俺はカエデに何を伝えればいいんだ?
﹁カエデさんを⋮⋮カエデさんが好きなんですよね?﹂
優しく、そして悲しそうにアリサエマが聞いてくる。なんでそん
なに悲しそうな顔をするんだ?
そして人に聞かれて初めて覚悟が決まった。
ただ、肯くことで答える。
﹁⋮⋮どんな時でも⋮⋮人が人を好きになるのは素敵なことだと思
います。それに⋮⋮諦めないことも。でも、いまは⋮⋮まず⋮⋮タ
ケルさんは冷静になるべきです﹂
そう言って、アリサエマは微笑む。ただ優しく微笑んでいるだけ
なのに、なぜか強さと⋮⋮悲しさを感じた。
俺のことなのに、自分のことのように感じて⋮⋮悲しんだり、心
271
配したり、考えてくれているのだろう。
いい奴だ。アリサエマはいい奴だ。素直にそう思った。
今日はサポートしてもらうことにばかり気がいってたが⋮⋮アリ
サエマが困ったときには全力で俺がサポートすることにしよう。
なに、問題となるのはただ一つの事情だけだ。これだけいい奴で
⋮⋮見た目はかなり可愛い女の子なんだ。どんなターゲットでも一
撃必殺だろう。
場合によっては俺が﹃鑑定士﹄として太鼓判を押してしまっても
いい。
正しさだとか、﹃鑑定士﹄としての評判だとかに関わるだろうが
⋮⋮それぐらいの借りができた気がする。
﹁ありがとう。アリサさんのお陰で落ち着けたみたいだ。それに︱
︱確かにどうすればいいのか、自分でも解かってなかった。少し冷
静に考えてからにするよ﹂
﹁いえ、もしかしたら⋮⋮いますぐに⋮⋮とにかく連絡を取るのが
正解かもしれません。どちらが良いのかは⋮⋮﹂
こんどは俺が首を横に振る番だった。
カエデには泣かれた。逃げ出されてしまった。誤解もされた。謝
罪もしなければならない。次にいつ連絡できるかも解からない。も
う一度、会ってもらえるかもだ。
だが、全て⋮⋮もう受けてしまった傷でしかない。
諦めないと決めたのであれば、落ち着いて冷静に行動するべきだ
ろう。少なくともいまの⋮⋮ぐちゃぐちゃになった頭で動くよりは
マシだ。
そんな開き直りとでもいうべき心境の俺に、男が話しかけてきた。
﹁えっと⋮⋮そろそろ⋮⋮というか⋮⋮いま大丈夫かい?﹂
見てみれば、先ほどの魔法書を売りに出していた男だった。約束
どおり戻ってきてくれたらしい。だが、様子が少し変だ。
﹁いや⋮⋮悪いと思ったんだが⋮⋮まあ、聞いちゃってというか⋮
272
⋮話しかけるタイミングが⋮⋮無くてな?﹂
聞かれても困るが⋮⋮少しは事情が読めた。
そりゃ、俺とカエデが揉めていたのだ。無関係のこいつにしてみ
れば、話しかけにくくなるだろう。
それにしたって⋮⋮この様子のおかしさはなんだろう?
まるでそこいらじゅうから注目を浴びているかのような︱︱
⋮⋮周囲をよく見れば、俺たちはもの凄く注目を浴びていた。
﹁おい⋮⋮登場人物が増えたぜ? ⋮⋮また男だけど﹂
﹁マジか? マジでガチでアレなのか?﹂
﹁ふんはっ! さ、三角関係なのね! さっきの子と比べたらだい
ぶ落ちるけど⋮⋮これもこれで⋮⋮﹂
﹁情熱的な青年と⋮⋮痛みに怯える少年⋮⋮でも、惹かれあう二人
はやがて⋮⋮痛みを与えることと⋮⋮受けることを乗り越えて⋮⋮
はふぅ!﹂
野次馬たちの無責任な感想が聞こえる。
よく見ればスクリーンムービーを撮影してる奴までいやがった!
そんなに人の不幸が楽しいのか? 悪趣味な奴らだ!
これなら話しかけるのは勇気が必要だったろう。約束とはいえ律
儀な奴だ。
﹁⋮⋮わざわざ悪いな。それで⋮⋮魔法書を売ってくれる気になっ
たのか?﹂
そう男に話しかけたら⋮⋮凄い勢いで後ずさられた!
それに、なぜか両手で尻を押さえている!
なんなんだ、そりゃ? 痔でも患っているのか?
﹁わ、悪い⋮⋮で、でも⋮⋮できたら近づかないでくれ。俺は平凡
な男なんだ。魔法書は金貨六百五十枚で売る。約束だしな。いや、
金貨六百枚でいい。⋮⋮少し可哀想だとは感じてるんだぜ?﹂
意味不明なことを交えながら男が答えた。
どういうことだ?
そして、なぜかアリサエマは不快そうに男を見ている。事情が理
273
解できているのだろうか? それならば、後で説明してもらえば︱︱
﹁後からきたのは⋮⋮ただの商売相手じゃないか? 恋人だとか⋮
⋮恋敵って雰囲気じゃなさそうだぞ?﹂
﹁⋮⋮そうだな。やっぱり、さっきの子は見た目通りに女の子で⋮
⋮ゲイだとかじゃ︱︱﹂
﹁まさかの野獣! て、手当たり次第なんだわ⋮⋮。で、でも⋮⋮
そ、それはそれで⋮⋮﹂
そんな無責任な野次馬たちの声が耳に入る!
ま、まて! お前ら⋮⋮いったい⋮⋮どういうつもりで見物して
たんだ?
﹁ア、アリサさん! せ、せっかく安くしてくれるって言うんだ。
う、売ってもらえば?﹂
まずい、思いっきり声が裏返った! それに目の前で取引をして
いる二人より、野次馬たちの方が気になる!
﹁事情がわからん。誰か三行で説明!﹂
﹁うん? ガチホモ、男の子に告白。ガチホモ、見事に玉砕。別の
恋人登場。で、いま修羅場。⋮⋮かな?﹂
﹁⋮⋮す、すげえな!﹂
か、か、か、﹁かな?﹂じゃねえ! どういう風に観察してたら
その結論になるんだ?
だが、しかし、野次馬たちが何のつもりで注目しているのか、ど
のように受け取っているのかが良く理解できた!
よく考えれば俺は⋮⋮よりにもよって⋮⋮最も人が集まる噴水広
場でやらかしている!
衆人環視の元で好きな子に振られる︱︱余人には振られたかのよ
うに見えただろう︱︱だけで致命傷だ。
だが、その相手が男の子だったら致命傷では済まされない! 完
全にオーバーキルだ!
この場にカエデが居てくれれば一目瞭然、すぐに根も葉もない噂、
悪意ある中傷誹謗と解かってもらえるだろう。しかし!
274
顔中から嫌な汗が⋮⋮それも大量に流れ出す。
ど、ど、ど、どうしよう?
なにか! なにか手を打たねば!
﹁でも、あいつ⋮⋮﹃鑑定士﹄なんだろ? それがホモって⋮⋮流
石にないだろ﹂
﹁⋮⋮そうだな。振った子の方も⋮⋮普通に可愛い女の子だったし
な⋮⋮﹂
﹁攻め⋮⋮やっぱり攻めなのかしら? いえ⋮⋮ここはまさかの野
獣なのに襲い受け!﹂
野次馬たちの間では、俺がカエデに振られたと確定している。野
次馬しているだけの奴らには細かな機微が判らなかったのだろう。
大いに異論はあるが、そこは我慢しておく。
それよりも好意的な⋮⋮至極当然、当たり前の結論に落ち着くよ
うだ。これならむしろ、何もしない方がいいだろう。
それに今日はもう、十分すぎるほどに大変な目に遭った。これ以
上は耐えられそうもない。
疲れた⋮⋮もう今日は休もう。アリサエマの取引が終わったら︱︱
﹁あっちの世界の人は同類を見分けれるって言いますしなぁ!﹂
成り行きに妥協した俺を嘲笑うように、ワザとらしい関西弁が噴
水広場に投げかけられた!
その声はぎりぎり限界の大きさだった。もっと大きければ場を弁
えない大声となっていただろうし、小さかったら噴水広場にいる全
員に聞こえはしなかっただろう。
驚いて声のした方を見れば︱︱
﹃お笑い﹄だ! ﹃お笑い﹄の奴が笑いを堪えるようにして、俺
を見ていた!
しまった!
この手のタイプ⋮⋮俺より賢い奴に隙を見せるなんて!
﹁なるほどな。ホモだからネカマが見破れんのか﹂
唖然としている俺をよそに、こんどは別の方角から声がした!
275
慌ててそちらを見れば⋮⋮﹃主人公﹄の奴だ!
まずい、すでに囲まれている! これは⋮⋮詰められてるのか?
﹁﹃鑑定士﹄タケルはホモだったんですね﹂
別の方角から棒読みの声がした。
見ないでも判る。﹃美形﹄の奴だろう。
﹃鑑定士﹄と俺のキャラクターネームをきちんと言う辺り、念が
入っている。
これは⋮⋮俺の甘さが招いたミスだ。
敵対者には止めを刺す。止めまでは無理でも、きちんとけりをつ
けておく。これはあらゆる戦いの鉄則だ。
その鉄則を格上相手に⋮⋮﹃お笑い﹄相手に怠るとは⋮⋮因果応
報としか言いようがない。
﹃お笑い﹄の誘導で噴水広場にいる群衆は、なるほどと納得して
しまっている。
無念さを噛み締める俺に、止めの言葉が﹃ワル﹄から放たれた。
酷い結果だ。
このダメージを癒すには長くかかるだろう。いくつかは回復しき
れないことも残るはずだ。
﹁だ、大丈夫ですか?﹂
取引を終えたアリサエマが心配そうに近寄ってくる。
﹁⋮⋮はは。俺、ホモなんだって﹂
もう、乾いた笑いしか出ない。許容量を遥かに超えてる。
﹁タ、タケルさん! な、情けないですよ! 元気を出してくださ
い!﹂
アリサエマは強い言葉で俺を叱るが⋮⋮叱っている方が辛そうだ。
そして泣きそうになりながらも続ける。
﹁男だとか⋮⋮女だとか⋮⋮そういうことじゃなくて⋮⋮相手を大
切にするんですよね? そ、それにカ、カエデさんのこと⋮⋮あ、
諦めるんですか?﹂
276
⋮⋮いい奴だ。もしかしたら、こういうのが﹃いい女﹄って言う
のかもしれない。アリサエマが勝負をするときは、必ず助けに駆け
つけよう。
それにお陰で良い事にも気がつけた。
確かに今日は散々だ。もう何もしたくないほど疲れきった。それ
でも︱︱
カエデと出会うことができた。
アリサエマと出会うこともできた。
ネリウムだって怖い人だけど⋮⋮得難い出会いには違いない。
﹁そうだよな。がんばらなくっちゃな!﹂
最後に残った元気を搾り出すようにして、無理に笑って答える。
ただそれだけでアリサエマに笑顔が戻った。無理をした甲斐があ
るというものだ。
﹁そうです! がんばらなくっちゃ! ⋮⋮私もがんばることに決
めたんです!﹂
いつの間にやらターゲットを狙い定めていたようだ。誰なんだろ
うな? 意外と隅に置けないのかもしれない。
俺が不思議そうな顔でみると、恥ずかしそうな顔をして身をよじ
る。
﹁もうっ! タケルさんは意地悪なんですね! バレちゃってるだ
ろうし⋮⋮い、言っちゃいますね!﹂
そう言いながらアリサエマは顔を真っ赤にしているが⋮⋮誰のこ
となんだろう? 俺と同じくらいしかプレイヤーとは会ってないは
ずだが⋮⋮。
﹁わ、私! タケルさんのこと⋮⋮わ、悪くないっていうか⋮⋮す、
好きだなって! さ、最初はタケルさん⋮⋮ノーマルだと思ったか
ら⋮⋮我慢しようと⋮⋮でも、そうじゃないみたいだし⋮⋮﹂
俺はこの時、どんな顔をしていたんだろう?
そして何を読み取ったのかアリサエマは続けた。
﹁カエデさんのことは応援! ⋮⋮は無理ですけど⋮⋮邪魔はしま
277
せん! た、ただ⋮⋮私の気持ちだけ⋮⋮知っていて欲しくて⋮⋮﹂
心細そうで⋮⋮泣きそうで⋮⋮嘆願するような顔をアリサエマは
していた。
客観的に見ていじらしくて、可愛くて⋮⋮男ならグッとくる表情
で仕草だと思う。正直、俺もグッときた。
同時に⋮⋮心の中では何かが⋮⋮数え切れないくらいの沢山の何
かで溢れかえり⋮⋮オーバーフローを引き起こしていた。
あとで振り返っても⋮⋮どんな返事であろうと⋮⋮誠意のある言
葉を返せなくて申し訳ない思いはある。
ただ、もう、この時には機能不全とでも言うべきものを起こして
いた。
俺の沈黙を不吉なものに感じたのか、急いでアリサエマは続ける。
﹁そ、その⋮⋮タケルさんが⋮⋮つ、ついてる方がお好きでしたら
⋮⋮どうしてもって仰るなら⋮⋮そうしても︱︱﹂
礼儀正しく聞いていられたのはそこまでだった。
なぜか地面が急に近づいてきたかと思ったら⋮⋮いつの間にか俺
は地面に両手をついて項垂れていた。
アリサエマが俺の名前を何度も呼んだ気がするが⋮⋮この日、俺
が確実に覚えているのはここまでだ。
278
エピローグ、もしくはプロローグ
﹃セクロスのできるVRMMO﹄の話を知っているか?
ああ、ここのようなVRチャットルームやインターネット掲示板
で、最近話題になっているゲームのことだ。
もうすぐ正式サービス開始であるというのに、情報は錯綜してし
まっている。君たちも本当のところが知りたいはずだ。
手っ取り早く、君たちが最も知りたいことについて答えておこう。
本当にセクロスができるのか? それが知りたいんだろう?
ズバリ答えよう。
﹃セクロスのできるVRMMO﹄でセクロスはできない!
ああ、もっともだ。君たちが疑うのも解かる。俺を信用できない
のも無理もない。疑問には一つひとつ答えていくつもりだ。まずは
安心して話を聞いてくれ。
なに? 多くの成功談や自慢話を聞いた?
⋮⋮認めよう。それは事実と認めよう。
君がどんな噂話を耳にしたのか判らないが⋮⋮おそらく、それは
本当のことだ。
半分は嘘やでっちあげと断定できる。しかし、残念ながら半分は
事実だ。
ああ、根強く支持されている説︱︱運営会社のステマじゃない。
それならセクロスはできるはず?
理論的に可能であることと、実現可能かどうかは⋮⋮大きな隔た
りがあるだろう?
確かに君が言う通りだ。﹃セクロスができるVRMMO﹄では依
然として︱︱理論的にはセクロスが可能だ。これは正式サービス開
279
始後も変わらないと聞いている。
しかし、それでもセクロスはできない!
事実としてセクロスは実現不可能だからだ!
自分がいて、相手がいて、システムで可能だからといって、実現
するはずだと言うのは⋮⋮少し論理が飛躍しすぎだろう?
意味が解からない? それなら誰だってできるだろう?
誰だってと言ったか? 誰だって⋮⋮ふふ⋮⋮誰だってか。
⋮⋮貴様、さてはリア充だな?
すまないがリア充にはお引取り願おう。ここは貴様のようなリア
充がいていい場所じゃないんだ。
⋮⋮ああ、最後に一つだけ聞いても良いか?
貴様は﹃セクロスができるVRMMO﹄を始めるつもりなのか?
そうか。解かった。答えてくれたことには感謝する。そして次は
向こうの世界で⋮⋮戦場でお会いしよう。⋮⋮楽しみにしておくよ。
すまないな、話が中断してしまった。
リア充はどこにでも現れる⋮⋮嘆かわしいことだ⋮⋮そして憎む
べきことだ。
そういえば自己紹介がまだだったな?
俺は﹃セクロスのできるVRMMO﹄で設立されたギルド﹃RS
S騎士団﹄に所属しているタケルというものだ。
我が﹃RSS騎士団﹄は有史以前から綿々と存続してきた最大派
閥で︱︱
あー⋮⋮違う! そんなんじゃない。これは宗教勧誘でも詐欺商
法の類でもない!
すまないが落ち着いて⋮⋮席を立たない! 静かに話を︱︱
⋮⋮ふう。
諸君! ﹁リア充爆ぜろ﹂と思ったことはないか?
どうしたんだ? もう、大声で喚いたり、机を叩いたりをしなく
280
てもいいのか? ⋮⋮だったら話を続けさせてもらおう。
あるんだろう?
﹁リア充爆ぜろ﹂と念じたことが⋮⋮﹁リア充死ね﹂と呪ったこ
とが⋮⋮力を欲したことが!
あるはずだ! 諸君の中にも正当なる怒りの炎が!
我々が与えよう。我々が用意しよう。
R
S
S
力も! 術も! 必要な全てのものをだ!
我が﹃リア充死ね死ね騎士団﹄が全てを諸君に用意しよう!
この場は栄光ある我が騎士団の崇高なる目的と存在意義を︱︱
すまない、諸君。大事な話の最中だが雑事が起きた。
そこのお前! そう、笑っているお前だ!
⋮⋮貴様、さてはリア充だな?
軍曹! 敵性分子だ! つまみ出せ!
全く⋮⋮リア充の輩はどこにでもいる。本当に申し訳ない。それ
では話を続けさせてもらおう。
我が﹃RSS騎士団﹄の目的はただ一つ! それは︱︱
リア充の撲滅だ!
そして我が騎士団は名誉ある諸君の力を必要としている!
⋮⋮すまない。また中断だ。
そこの君⋮⋮いま何と? もう一度言ってくれないか?
﹁何を言っているのか理解できない?﹂だと? 君が何を言って
いるのか、俺の方こそ理解できんよ!
君の周りにいる誇りある者たちの顔を見たまえ! この単純にし
て気高い使命を理解していないの君だけ︱︱
⋮⋮貴様、さてはリア充だな?
軍曹! ⋮⋮処理しろ。
ふう⋮⋮我々がいかに正しく、不屈の覚悟で挑もうと⋮⋮奴らは
蝗のごとく数が多い⋮⋮嘆かわしいことだと思わないか?
281
だが我々は負けるわけにはいかない! そうだろう? 同士諸君
よ!
まずは﹃セクロスのできるVRMMO﹄からだ。数ある兄弟騎士
団の中から我が﹃RSS騎士団﹄は、この邪悪なゲームの浄化を任
じられた。
まずはゲームを⋮⋮そして次は世界を浄化するのだ!
なに? どうすれば良いのか教えてくれ?
落ち着くんだ。まずは冷静になるんだ、頼もしき同士よ!
セクロスだ! セクロスを封じるんだ!
リア充の奴らはセクロスができなくなると死ぬ。それは諸君も知
っての通りのことだ!
だから我々は徹底的に奴らの活動を阻害すればいい。都合の良い
ことに⋮⋮実力行使の許された世界だからな。
ああ、同士の言う通りだ。必要な行動は多岐にわたる。少し待っ
てくれ。テキストを用意している。
アリサ。同士諸君にテキストを配ってくれ。
このテキストにあるように⋮⋮PKやMPKによる直接的な排除。
﹃宿屋﹄などの最重要施設の封鎖。これが軸となる活動だが⋮⋮も
ちろん、これだけでは完璧とは言い難い。
ああ、その通りだ。諸君が聞いたリア充どもの成功談や自慢話は、
初期にMPK部隊の配備とPK部隊の編成が遅れたことが敗因だ。
だが、安心してくれ。現在は水も漏らさぬ監視体制が構築できて
いる。
しかし、このテキストを見ての通り⋮⋮実働部隊もそうなんだが
⋮⋮兵站にあたる生産職の数が足りない。他にも資金調達、攻略研
究、攻略実施、情報収集⋮⋮ありとあらゆる部門で人手不足なのが
現状だ。
うん? ああ、そこにある入団条件は事実だ。
我が騎士団は女人禁制の掟がある。だから女性の入団を受け付け
ていない。母体団体が有史以前から受け継いできた最古の掟なんだ。
282
この掟は絶対に変更できない。
アリサのことか?
アリサは⋮⋮彼女は厳密には我が騎士団の団員ではないんだ。下
部組織というか⋮⋮﹃特殊﹄部隊というか⋮⋮すまない、これ以上
は部外者には教えることができない。機密事項なんだ。
友好条約を結んだギルドに﹃聖喪女修道院﹄というのがある。そ
ちらに紹介状を書こうか?
うん? いや﹃聖喪﹄は特に過激な活動はしていない。穏やかに
女性だけで集まって、ただゲームを楽しむだけだ。
え? 活動的な団体を紹介して欲しい?
うん⋮⋮﹃不落の砦﹄という女性だけの活動的なギルドもあるん
だが⋮⋮。少し過激すぎるというか⋮⋮。
ああ、男にも紹介状が書けるギルドはある。
俺が紹介できるのは﹃象牙の塔﹄と﹃妖精郷﹄だ。どちらも﹃魔
法使い﹄か﹃妖精﹄であることが入団条件だが⋮⋮うん? いや違
う。ゲームキャラクターがじゃない。リアルの方でが条件だ。
たまにイライラするときもあるけど、基本的に気のいい人たちば
かりだ。まあ、向こうは仙人みたいもんだからな。俺たち若造とは
違うのは仕方がない。
おや?
残念だがこのルームの退出時間が近づいてきた。
すまない、最後にもう一度だけ話をさせてくれ。
我々﹃RSS騎士団﹄は諸君らの助けを必要としている!
志を同じくするものはそのテキストのアドレスに連絡をしてくれ!
ゲーム内で直接コンタクトを取ってくれてもいい!
正しき戦士達の参戦を心から待っている!
最後に一緒に叫ぼう!
﹁リア充爆ぜろ! リア充死ね!﹂と!
ありがとう! ありがとう! こんなに一体感を感じたのは初め
てだ!
283
それでは同士諸君! ﹃セクロスのできるVRMMO﹄でまた会
おう!
︻﹃セクロスのできるVRMMO ∼正式サービス開始編﹄へつづ
く︼
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あとがき
ここまでお付き合いくださり、ありがとうございます!
一応、双子の処女小説の片割れになるのかな? 二作同時に書い
てた場合はどうなるんですかね?
大テーマは単純に︱︱
・完結させる
・何も考えずに書く
の二つだけです。
そりゃ、さすがに⋮⋮
・誤字脱字やねじれ文などを起こさないようにする
・基礎的な文章作法には配慮する
にはできる限り注意はしてます。ミスがあれば、それは作者の未
熟さです。
でも、他のことはあまり考えずに書きました。
﹁小説ってこうだよね?﹂というのをそのまま投げてみたのです
が、どんなもんだったでしょう?
前半部分のVRについての説明やMMOについての分析は⋮⋮作
者もだれているとは思います。多すぎですよね?
なろうにアップする目的だけなら、九割くらい不要かな?
でも、﹁VRってなに?﹂とか﹁MMOって何なの?﹂という読
者さんも想定すると、説明は必要のはず。ホーム効果に甘えるのは
良くないと思い書きました。
説明パートについては今後の課題かな? 今作でいうなら半分く
らいにするのが目標になりそうです。
作中のMMOゲームそのものは、思いつく限り平凡なものを考え
285
ました。
表現的には﹁ステータス表記しない﹂がテーマです。
どんなゲームなのか伝わってますかね?
下手にがんばるより、解かり易くステータス書くのも手かな?
プロットはここまでなので、続きは全く考えていませんでした。
書くとも、書かないともという意味です。
でも、このぐちゃぐちゃな人間関係のまま、正式サービス開始!
そして⋮⋮!
なんて考えると楽しくて仕方がありません!
続き書くなら⋮⋮アリス再登場のエピソードだとか、全面カット
のもう一人のヒロイン登場だとかやっとけば良かったなぁ。
ただ、プロットも書き溜めも無しだともの凄くきついので⋮⋮続
きを書くとしても期間は空きます。
気の長い人だけお待ちください。
とりあえずは終わりということで!
量的にもラノベ一冊分くらいでちょうど良いと思いますし。
それでは、また! 作者の作品で!
286
PDF小説ネット発足にあたって
http://ncode.syosetu.com/n4896bu/
セクロスのできるVRMMO ∼新作ゲームをテストプ
レイしたが色々とおかしい
2016年7月6日13時57分発行
ット発の縦書き小説を思う存分、堪能してください。
たんのう
公開できるようにしたのがこのPDF小説ネットです。インターネ
うとしています。そんな中、誰もが簡単にPDF形式の小説を作成、
など一部を除きインターネット関連=横書きという考えが定着しよ
行し、最近では横書きの書籍も誕生しており、既存書籍の電子出版
小説家になろうの子サイトとして誕生しました。ケータイ小説が流
ビ対応の縦書き小説をインターネット上で配布するという目的の基、
PDF小説ネット︵現、タテ書き小説ネット︶は2007年、ル
この小説の詳細については以下のURLをご覧ください。
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