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全文PDF - 感染症学雑誌 ONLINE JOURNAL

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全文PDF - 感染症学雑誌 ONLINE JOURNAL
172
症
例
肺胞洗浄液の RT-PCR 検査により診断しえた重症
新型インフルエンザ A(H1N1)2009 ウイルス肺炎の 1 例
1)
明石医療センター呼吸器内科,2)神戸大学医学部附属病院呼吸器内科,3)同 感染制御部
直子1)
照明1)
桂田
西馬
大西
西村
尚1)
善博2)
山本
荒川
聡美1)
創一3)
木南
佐織1)
(平成 22 年 8 月 4 日受付)
(平成 22 年 10 月 29 日受理)
Key words : 2009 influenza A (H1N1), rapid diagnosis, bronchoalveolar lavage
序
文
後(第 8 病日)に呼吸困難が悪化したため,別の医院
パンデミック(H1N1)2009(以下新型インフルエ
を受診し,3 回目のインフルエンザ迅速検査(クイッ
ンザ)の診断において,季節型インフルエンザに比べ
クチェイサー A.
B(ミズホメディー)
)が施行された
迅速診断キットの陽性率は低いと報告され,さらに re-
が,陰性であった.SpO2 74%(室内気)と低酸素血
verse transcriptase-polymerase chain reaction(RT-
症があり,胸部レントゲン写真で両側肺炎像を指摘さ
PCR)検査においても上気道検体は下気道検体より陽
れたため,精査加療目的で同日当院に紹介入院となっ
性率が低いとの報告があり診断において注意が必要で
た.
ある.今回,複数回行われた鼻咽頭拭い液の迅速診断
キットおよび RT-PCR 検査は陰性であったが,気管
既往歴:アルコール性膵炎,糖尿病(インスリン治
療中)
,高脂血症.
支肺胞洗浄液の RT-PCR 検査で陽性反応が示され確
生活歴:喫煙 40 本!
日×30 年,ビール 2∼3L!
日
定診断に至った新型インフルエンザウイルス肺炎の症
入院時身体所見:身長 173cm,体重 68.5kg,体温
例を経験したので報告する.
症
例
36.4℃,脈 拍 92!
分,血 圧 105!
81mmHg,呼 吸 数 38
回!
分,SpO2 90%(リザーバーマスク 10L 酸素吸入
症例:43 歳,男性.
下)
.意識は清明.結膜に貧血,黄染なし.咽頭は軽
主訴:発熱,呼吸困難.
度発赤を認めた.胸部聴診上両側に crackles を聴取
現病歴:2009 年 10 月下旬第 3 子(6 歳)
,第 1 子(13
した.心雑音はなく,腹部は平坦で,軟であった.
歳)
,第 2 子(8 歳)が数日間空けてインフルエンザ
入院時検査所見(Table 1)
:末梢血では白血球数
症状を示し,鼻咽頭拭い液の迅速診断キットでインフ
6,240!
μL と増加はみられなかったが,CRP 14.1mg!
dL
ルエンザ A 陽性と診断されていた.2009 年 10 月末
と炎症反応亢進が認められた.HbA1c 7.8% と血糖コ
(第 1 病日)に朝から 39℃ の発熱,咳嗽,喀痰,軽い
ントロールは不良であった.リザーバーマスク 10L!
呼吸困難感を自覚した.同日午前中他院を受診し,鼻
分酸素吸入下での動脈血液ガス分析では PaCO2 42.5
咽頭拭い液のインフルエンザ迅速検査(クイックナビ
Torr,PaO2 71.4Torr と著明な低酸素血症を認めた.
Flu(大塚製薬)
)が施行され,陰性と判定された.感
鼻咽頭拭い液のインフルエ ン ザ 簡 易 検 査(ク リ ア
冒と診断され,解熱鎮痛剤が処方された.しかし,症
ビュー Influenza A!
B(富士製薬工業)
)は陰性,尿
状が続くため翌日同院を再受診し,2 回目のインフル
中肺炎球菌抗原およびレジオネラ抗原は陰性であっ
エンザ迅速検査(既述の製品)が行われたが,陰性で
た.喀痰グラム染色は Geckler 分類 3 で有意な菌を認
あった.症状が消長したため,11 月初旬(第 5 病日)
めなかった.
同院でガレノキサシン 400mg!
日が処方された.3 日
別 刷 請 求 先:(〒674―0063)兵 庫 県 明 石 市 大 久 保 町 八 木
743―33
明石医療センター呼吸器内科
桂田 直子
胸部画像所見(Fig. 1)
:胸部レントゲン写真では,
両肺に浸潤影を認めた.胸部 CT では両肺に胸膜直下
および気管支血管束周囲に沿うすりガラス状濃度上昇
を認め,一部 crazy-paving appearance を呈していた.
感染症学雑誌 第85巻 第 2 号
重症新型インフルエンザ A ウイルス肺炎
173
Table 1 Laboratory data on admission
Hematology
WBC
Neu
Blood gas analysis (O2 10L mask)
6,240 /μL
76.5 %
Lym
Aty-Lym
8.5 %
4.5 %
Mono
9.5 %
Met-My
0.5 %
Myel
Hb
0.5 %
15.4 g/dL
Plt
10.3 万/μL
Biochemistry
TP
Alb
AST
ALT
LDH
T-Bil
ALP
BUN
Cre
Na
K
Cl
CRP
BS
HbA1c
6.1 g/dL
2.8 g/dL
105 IU/L
35 IU/L
819 IU/L
0.8 mg/dL
299 IU/L
24.6 mg/dL
0.92 mg/dL
137 mEq/L
4.6 mEq/L
98 mEq/L
14.1 mg/dL
308 mg/dL
7.8 %
pH
7.301
paCO2
paO2
42.5 Torr
71.4 Torr
Urinary antigen
S.pneumoniae (−)
L.pneumophila SG1 (−)
Sputum
Bacteria H. parainfluenzae (3+)
Rapid influenza diagnostic test by
nasopharyngeal swab (−)
BALF (rt. B4b)
Recovery
Cell count
Macrophage
Lymphocyte
Neutrophil
Eosinophil
Culture
Bacteria
Mycobacteria
54/90 mL
3.8×105 /mL
83.6
13.4
2.8
0.0
%
%
%
%
(−)
(−)
Fig. 1 Chest radiography showing infiltrative shadows in both lung fields.
Chest CT showing opacity in predominant subpleural and peribronchovascular distribution.
入院後経過:入院後も低酸素血症が増悪したため,
た.肺胞洗浄液の一般細菌および抗酸菌培養は陰性で
入院当日に気管内挿管を施行し人工呼吸管理を行っ
あった.複数回の鼻咽頭ぬぐい液での迅速診断キット
た.原因検索目的に右 B4b より気管支肺胞洗浄を施
による判定は陰性であったが,インフルエンザ罹患患
行したところ,肺胞洗浄液は淡い血性で,細胞分画で
者との濃厚接触歴,画像所見からインフルエンザウイ
はリンパ球 13.4% とリンパ球比率の軽度増加を認め
ルス肺炎を強く疑い,同日からオセルタミビル 150
平成23年 3 月20日
174
桂田 直子 他
mg!
日,メチルプレドニゾロン 1,000mg!
日を開始し,
本症例では,鼻咽頭拭い液での RT-PCR 検査は陰
非定型肺炎の可能性も否定できなかったためミノサイ
性であったが,肺胞洗浄液検体の検査は陽性であり,
クリン 200mg!
日の投与を行った.入院 2 日目に鼻咽
おもに下気道でウイルスが増殖し,ウイルスによる肺
頭拭い液のインフルエンザウイルス RT-PCR 検査を
胞障害が基本病態であったと考えられる.気管支肺胞
実施したが結果は陰性であった.入院時の喀痰培養で
洗浄液の外観が淡血性であったこともびまん性肺胞障
は,Haemophilus parainfluenzae が同定されたが,画像
害を疑わせる.サルを用いた実験モデルにおいて,新
および臨床所見から細菌性肺炎の合併の可能性は低い
型インフルエンザは季節性 H1 ウイルス感染に比較
と考えた.呼吸管理,投薬を継続したところ,呼吸状
し,下気道でのウイルス量が多く,肺の組織障害も著
態,胸部レントゲン写真上の陰影は徐々に改善した.
明であるとされる7).またヒトの剖検例の検討では,21
入院 7 日目に人工呼吸器から離脱し,ミノサイクリン
症例中 20 症例にびまん性の肺胞障害がみられ,肺組
は 7 日間で終了した.ステロイドはパルス後漸減し 12
織の RT-PCR 検査は 19!
21 症例で陽性であり肺胞上
日間で投与を終了した.インフルエンザウイルス肺炎
皮細胞でのウイルスの増殖が報告された8).
が強く疑われたため,入院 8 日目に−80℃ で凍結保
本症例では感染源と思われる 3 人の子供は鼻咽頭拭
存していた入院時の肺胞洗浄液検体を兵庫県明石健康
い液の迅速検査で診断され,重症化することなく治癒
福祉事務所を介して兵庫県健康生活科学研究所の
している.下気道で増殖しやすいのはウイルスの特性
PCR 検査に提出したところ,real-time RT-PCR 法で
のみでなく宿主の問題の可能性もある.重症化のリス
新型インフルエンザ陽性と判定され,確定診断に至っ
ク因子の一つとして糖尿病が挙げられており9),本症
た.
例においても糖尿病が基礎疾患にあったことも宿主側
考
の一因として挙げられる.迅速キットが陰性であった
察
新型インフルエンザではオーストラリアからの報告
こともあり,初期に受診した医療機関ではノイラミニ
にもあるように季節性インフルエンザに比較して重症
ダーゼ阻害剤が処方されず,発症から 8 日間ノイラミ
肺炎が多いといわれている.報告では,2009 年の新
ニダーゼ阻害剤を使用していなかった.オセルタミビ
型インフルエンザ流行期において A 型インフルエン
ルの投与が遅れることは死亡の予測因子とされてお
ザによるウイルス肺炎の成人 ICU 入院患者数が 387
り10),投与が遅れたことも重症化した一因と考えられ
例に上った.2005 年から 2008 年のウイルス肺炎入院
る.
患者数の 平 均 で あ る 57 例 と 比 較 し て 6.8 倍 と な っ
1)
胸部 CT で病変の強い部分はびまん性肺胞障害を疑
た .当院においても ICU 入室が必要であるウイルス
う広範なすりガラス状濃度上昇がみられたが,それ以
肺炎を本症例を含めて 2 例経験した.
外に両肺の胸膜直下および気管支血管束周囲に沿うす
本症例では鼻咽頭拭い液の迅速検査,RT-PCR 検査
りガラス状濃度上昇が認められた.胸部 CT は重症イ
では陰性であったが,気管支肺胞洗浄液の RT-PCR
ンフルエンザウイルス肺炎の診断に有用であり11),胸
検査で陽性と判定され,新型インフルエンザウイルス
膜直下,気管支血管束周囲に分布するすりガラス状陰
肺炎の確定診断に至った.RT-PCR 検査は,遺伝子検
影および consolidation や円形の斑状のすりガラス状
査であり新型インフルエンザの確定診断を得ることが
陰影が特徴とされている12)13).本症例でも特徴的な画
できるが,現在のところ国の新型インフルエンザに対
像所見を呈しており,胸部 CT 所見からもウイルス肺
する指針によって保健所の指示のもと地方衛生研究所
炎の可能性が高いと考えられた.
などで行う検査である.多数の症例を扱う臨床現場で
複数回に及ぶ迅速検査では陰性であったが,濃厚な
は,感度は RT-PCR 検査より劣るが,迅速性,簡便
接触歴と画像所見からインフルエンザウイルス肺炎を
2)
性という点で迅速検査が期待される .しかし,新型
疑い,オセルタミビルの投与を開始した.日本感染症
インフルエンザに対する迅速診断キットの感度は,
学会は可能な限り全例における発病早期からの抗イン
3)
4)
38%∼53% とされ ,感度は高くはない.また,重
フルエンザ薬による治療開始が重要であると提言して
症インフルエンザウイルス肺炎での RT-PCR 検査を
いる14).臨床現場では RT-PCR 検査が容易に実施でき
用いた報告では,下気道検体での RT-PCR 陽性例は
ないこともあり,病歴,経過からインフルエンザウイ
100% であるが,上気道からの検体の陽性例は 81%,
ルス肺炎を疑った場合には,早期に抗インフルエンザ
迅速検査陽性例は 25% であった5).ウイルス性肺炎で
薬を投与することが必要と考えられた.
気管支吸引痰中のウイルスは咽頭からのものに比べて
6)
鼻咽頭拭い液の迅速検査や RT-PCR 検査では診断
治療開始後も遅くまで検出されるとの報告 があり,イ
がつかず,肺胞洗浄液の RT-PCR 検査で診断しえた
ンフルエンザウイルス肺炎では上気道より下気道から
新型インフルエンザ肺炎の 1 例を経験した.本症例の
の RT-PCR 検査が診断に有用である.
ように上気道検体での迅速検査で診断できない場合で
感染症学雑誌 第85巻 第 2 号
重症新型インフルエンザ A ウイルス肺炎
も,病歴,画像所見で新型インフルエンザを疑えば積
極的に下気道検体を採取し検査を行う必要があると考
える.このような症例が少なからず存在すると思われ,
今後の診断,治療において示唆に富む症例と考え報告
した.
本論文の要旨は第 84 回日本感染症学会総会(2010 年 4
月 6 日,京都)において発表した.
文
献
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2 版 http:!
!
www.kansensho.or.jp!
news!
090914
soiv_teigen2.html.
A Case of 2009 Influenza A (H1N1) Virus-associated Pneumonia Diagnosed
from Bronchoalveolar Lavage Specimen
Naoko KATSURADA1), Hisashi OHNISHI1), Satomi YAMAMOTO1), Saori KINAMI1),
Teruaki NISHIUMA1), Yoshihiro NISHIMURA2) & Soichi ARAKAWA3)
1)
Department of Respiratory Medicine, Akashi Medical Center,
Division of Respiratory Medicine, Department of Internal Medicine
and 3)Department of Infection Control and Prevention, Kobe University Hospital
2)
A 41-year-old man admitted for fever and respiratory failure had visited a local clinic 8 days earlier for
fever and cough. Several days earlier, his 3 children had been diagnosed with influenza A by rapid influenza
diagnostic test (RIDT) by nasopharyngeal swabs. At the clinic, RIDT done by nasopharyngeal swab two
times on two consecutive days had negative results. On admission, chest computed tomography (CT)
showed bilateral subpleural and peribronchovascular opacity, although RIDT by nasopharyngeal swab was
negative. His respiratory distress worsened rapidly over the next several hours, necessitating intubation.
Real-time reverse transcriptase-polymerase chain reaction (RT-PCR) with nasopharyngeal secretion was also
negative. Despite test results, 2009 influenza A (H1N1) was strongly suspected due to chest CT and history.
Oseltamivir was administered and respiratory distress gradually disappeared. He was extubated on hospital
day 7. Bronchoalveolar-lavage collected on admission and sent to the laboratory for RT-PCR on hospital day
8, from which the result was positive for influenza A. He was discharged on hospital day 22.
〔J.J.A. Inf. D. 85:172∼175, 2011〕
平成23年 3 月20日
Fly UP