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左右軸形成におけるポリコーム遺伝子 Ezh1 の機能解析

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左右軸形成におけるポリコーム遺伝子 Ezh1 の機能解析
左右軸形成におけるポリコーム遺伝子
Ezh1 の機能解析
Functional analysis of Polycomb group gene Ezh1
in left-right patterning
2010 年 4 月
早稲田大学大学院 先進理工学研究科
生命理工学専攻 分子生物学研究
新井 大祐
目次
略語一覧
・・・・・・4
遺伝子・タンパク質名表記法
・・・・・・4
第1章 Ezh1 研究の背景
1-1 エピジェネティクス
・・・・・・5
1-2 ポリコーム遺伝子群
・・・・・・8
1-3 Ezh2 と Ezh1
・・・・・・11
第2章 左右軸
2-1 体軸
・・・・・・14
2-2 左右軸と臓器形成
・・・・・・14
2-3 左右軸形成機構
・・・・・・17
第3章 Ezh1 の進化的特性
3-1 序論
・・・・・・22
3-2 結果と考察
・・・・・・24
第4章 メダカ olezh1 の遺伝子ノックダウンによる内臓逆位
4-1 序論
・・・・・・31
4-2 結果と考察
・・・・・・31
2
第5章 Spaw の左右非対称発現に対する OLEZH1 の作用
5-1 序論
・・・・・・37
5-2 結果と考察
・・・・・・37
第6章 外科的手法による OLEZH1 の作用機序の検討
6-1 序論
・・・・・・42
6-2 結果と考察
・・・・・・43
第7章 Ezh1 による Nodal 制御の分子機構
7-1 序論
・・・・・・50
7-2 結果と考察
・・・・・・51
第8章 総括
8-1 本研究の総括と課題
・・・・・・54
8-2 展望
・・・・・・58
材料と方法
・・・・・・64
参考文献
・・・・・・68
謝辞
・・・・・・75
履歴書
・・・・・・76
研究業績
・・・・・・77
3
略語一覧
ASE: Asymmetric enhancer
BSA: Bovine serum albumin(ウシ血清アルブミン)
DAPI: 4',6-diamidino-2-phenylindole
DMSO: dimethyl sulfoxide(ジメチルスルホキシド)
H3K27: Histone H3 lysine 27(ヒストン H3 の 27 番目のリジン残基)
KV: Kupffer's vesicle(クッパー胞)
LPM: Lateral plate mesoderm(側板中胚葉)
MO: Morpholino antisense oligo(モルフォリノアンチセンスオリゴ)
PBS: Phosphate buffered saline(リン酸緩衝生理食塩水)
PcG: Polycomb group(ポリコーム群)
PFA: Paraformaldehyde(パラホルムアルデヒド)
遺伝子・タンパク質名表記法
既報の分子は全て報告されている表記法に従った。以下のメダカの遺伝子は小文字のイ
タリック体で表し、タンパク質は全て大文字で表した。
遺伝子名
タンパク質名
olezh1
OLEZH1
olezh2
OLEZH2
oleed
OLEED
4
第1章 Ezh1 研究の背景
1-1 エピジェネティクス
多細胞生物が単細胞生物と比べて機能的に高等である理由は、多様な種類の細胞で構成
されている点にある。神経による情報伝達は神経細胞が存在するために成立し、筋肉によ
る運動は筋肉細胞なしにはあり得ない。単細胞生物の一種類の細胞でこれらの機能を同等
のレベルで再現することは不可能である。すなわち、多細胞生物は固有の機能に特化した
様々な細胞を作り出し、適材適所に配置することで複雑な機能を獲得したと言える。細胞
はゲノムに記された遺伝情報を設計図として、自身を構成、または機能を制御するための
種々のタンパク質を作り出す。異なる種類の細胞は異なる組み合わせのタンパク質から作
られると言ってよい。だがここで一つの問題が浮上する。多細胞生物の多様な細胞は、単
細胞生物と同じく、基本的に全て共通のゲノムの情報に基づいて作り出されたものである。
従って、ゲノムにはあらゆる種類の細胞を作るための全ての情報が収められており、細胞
はそこから時と場所に応じた必要な情報だけを選んで取り出さなければならない。つまり、
遺伝情報を使い分ける仕組みが必要である。
Conrad H. Waddington は Epigenetic landscape という一枚の概念図においてこの
問題を表した(図 1.1, Waddington, 1957)
。この図は細胞が分化していく様子を、山を転
がり落ちていくボールに喩えたものである。一つの道筋を転がってきた未分化な細胞が異
なる道に入る、すなわち分化する。この時、細胞は分化の方向ごとに読み出す遺伝子の組
み合わせを変化させている。細胞系譜特異的な転写因子やシグナル、また近年の研究によ
れば non-coding RNA も加わって、この分化の過程を制御していると考えられている
(Dinger et al., 2008; Graf and Enver, 2009; Gangaraju and Lin, 2009)
。またこの図に
5
はもう一つ着目すべき点が描かれている。一度別れた道は山で遮られていて隣に移ること
はできず、また坂道であるために山頂方向に戻ることもできない。これは分化転換や脱分
化の起こりにくさを意味している。多細胞生物の多様な細胞はあるべき場所に存在するこ
とで組織化されている。細胞がみだりに別の種類の細胞に変わってしまえば、多細胞生物
というシステムは容易に破綻してしまうであろう。従って、分化によって獲得した性質は
安定に維持されなければならない。このように細胞は、遺伝情報そのものは変化させずに、
分化において使う遺伝子を変え、その使い方を維持していく。このような遺伝子の制御を
主眼に置く生命現象の研究は、遺伝子そのものに着目した従来の genetics(遺伝学)に対
して、epigenetics と名付けられた。
図 1.1 Epigenetic landscape
緑線はある細胞の分化の経路を表す。ボールは奥の未分化な状態から手前の分化状態へと一方向に進行し、
分かれ道においては一方の道を選びまた進んでいく。ボールが山を遡ることや峰を跨ぐことはできない。
すなわち分化の岐路にある時以外には細胞の性質は維持される。Waddington (1957)より改変。
6
原義に従えばエピジェネティクスは大変に広範な研究分野であるが、より狭義には、細
胞分裂を越えて娘細胞に安定に受け継がれていく遺伝情報としての特徴に注目する学問と
見なされている(Goldberg et al., 2007)
。またこの情報は DNA の塩基配列とは異なり、
遺伝子制御のパターン変更と同時に書き換えられるため、ある程度の可塑性を兼ね備えな
ければならない。そのような情報、いわばエピジェネティックコードがクロマチン上に書
き込まれていることが近年の研究により解き明かされてきた(図 1.2A)
。例えば、プロモ
ーター領域の DNA はシトシンの5位がしばしばメチル化の修飾を受けているが、そのよ
うな領域は多くの場合転写が不活性になっており、メチル基が転写抑制を意味するエピジ
ェネティックな遺伝情報であることがわかった(図 1.2, Bird, 2002)
。この情報は共有結
合により DNA 上に直接書き込まれるために、転写因子や non- coding RNA と比べて長期
の安定な情報伝達に適していると解釈できる。真核生物の DNA はヒストンオクタマーに
巻き付いているので、ヒストン分子もエピジェネティックな情報のキャリアとして適当で
あると考えられる。実際にヒストン分子の N 末端側は特定の高次構造をとらずにヌクレオ
ソームの外側に飛び出していて、このヒストンテールと呼ばれる領域が複雑な化学修飾を
受けている(図 1.2C)
。この化学修飾の種類と修飾を受けるアミノ酸残基の位置との組み
合わせがそれぞれ異なる意味を持ち、より高度にゲノムの機能をコントロールしているこ
とが示されている(Kouzarides, 2007)
。多くの場合それらの制御は、それぞれの修飾を特
異的に認識して結合する因子によって達成される。またヒストンのアセチル化のように、
修飾そのものがヌクレオソームと DNA の親和性を変化させる場合や、修飾を介さずにリ
モデリング因子によりクロマチン構造を変化させる場合、ヒストン分子がバリアントに交
換される場合もある(Sarma and Reinberg, 2005; Saha et al., 2006; Kouzarides, 2007)
。
いずれも、塩基配列の情報の上にエピジェネティックな情報が書き込まれ、受け継がれて
7
いくという様態において共通しており、その機構と生物学的意義の解明が現在のエピジェ
ネティクス研究の中心命題となっている。
図 1.2 エピジェネティック制御の分子機構
(A)これまでにわかっているエピジェネティックコード。Schones and Zhao(2008)より改変。
(B)
シトシンのメチル化。Qiu(2006)より改変。
(C)ヒストンテールの中で修飾を受けるアミノ酸残基と
修飾の種類。数字は N 末端から数えたアミノ酸残基の位置。Dr. Arya s lab.(University of California, San
Diego)のホームページより転載。
1-2 ポリコーム遺伝子群
ポリコーム群(Polycomb group, PcG)はショウジョウバエの遺伝学から、ホメオティ
ック変異を引き起こす遺伝子の一群として同定された(Lewis, 1947; Lewis, 1978; Struhl,
8
1981)
。それらの変異体は、ホメオティック遺伝子の前後軸に沿った発現パターンが一旦
正常に確立された後、発現抑制が解除されることでパターンが破綻するという異常を示す。
このため、Waddington の概念における細胞の性質の維持に関わるのではないかとして、
エピジェネティクスとの関連が窺われていた。そして 1999 年と 2002 年に二種類の PcG
タンパク質巨大複合体が精製され、ヒストンの修飾を介したエピジェネティックな転写抑
制機構が明らかとなった(図 1.3)
。まず、E(z)、Esc、Suz(12)などから構成される PRC2
がヒストン H3 の 27 番目のリジン残基(H3K27)をトリメチル化する(Czermin et al.,
2002; Müller et al., 2002)
。このメチル化反応は E(z)が持つ SET ドメインにより触媒され
る(Czermin et al., 2002; Müller et al., 2002)
。そして、Pc、Ph、Psc、dRING などか
ら構成される PRC1 が、Pc のクロモドメインを介してこのトリメチル基(H3K27tri-me)
に特異的に結合し、転写因子のアクセスを妨げるなどして発現を抑制する、または dRING
がヒストン H2A のモノユビキチン化を触媒してこれが別の抑制マークとして機能する、な
どのモデルが考えられている(Shao et al., 1999; Wang et al., 2004; Simon and Kingston,
2009)
。
哺乳類の PcG はホメオティック遺伝子群の抑制以外にも様々な現象に関与しており、機
能の多様さと重要さから多くの研究者の関心を集めている。以下にいくつかの例を挙げる。
PcG は細胞周期抑制因子である Ink4a の発現を抑制することで、
細胞の増殖を導いている。
これにより細胞増殖を介した器官形成や細胞老化の抑制に機能していることが示されてい
る(Jacobs et al., 1999; Bracken et al., 2007)
。細胞の癌化と相関して機能が亢進するこ
とから、癌形成における働きも強く注目されている(Sparmann and van Lohuizen, 2006;
Bracken and Helin, 2009)
。また、胚性幹細胞においては Oct3/4 と協調して細胞系譜特
異的な数百の遺伝子を抑制することで、その幹細胞性の維持に関わっているとされる(Lee
9
et al., 2006; Boyer et al., 2006; Endoh et al., 2008)
。細胞の増殖や未分化性に関連した
報告は他にも多く知られている。また、胚性幹細胞の分化に従い PcG の標的遺伝子がダイ
ナミックな変動を示すことから、細胞分化の方向性の決定における重要な機能の存在が予
期されている(Bracken et al., 2006; Mohn et al., 2008)
。だがこのことは同時に、PcG
の機能が細胞の環境に応じて異なる役割を果たしていることも意味している。従って PcG
の研究においては、扱う生命現象に対して適切なモデル細胞、もしくは個体レベルでの解
析によりその役割を探索、実証していくことが肝要である。
図 1.3 PcG タンパク質複合体によるエピジェネティック制御
ショウジョウバエの PRC2 及び PRC1 の主要な構成因子を示す。両者は段階的にクロマチンに対して作
用して標的遺伝子を抑制し、多様な生命現象を制御している。
10
1-3 Ezh2 と Ezh1
E(z)は PcG の機能においてヒストンのメチル化という特に重要な役割を担っている。シ
ョウジョウバエでは E(z)のパラログが存在しないことがゲノムレベルの調査でわかってお
り、PRC2 の活性中心としての機能を E(z)が一手に引き受けている(Whitcomb et al.,
2007)
。一方で哺乳類においては、E(z)に対する二つの相同遺伝子、Ezh1 と Ezh2 が存在
している(Abel et al., 1996; Laible et al., 1997)
。両者の翻訳産物はアミノ酸配列の全長
に亘って類似しており、特に SET ドメイン領域が高度に保存されていた(Laible et al.,
1997)
。これらとショウジョウバエ E(z)との機能的な対応関係は 2002 年に明らかにされた。
PRC2 が哺乳類においても精製され、Ezh2 のみが含まれていたと報告された(Cao et al.,
2002; Kuzmichev et al., 2002)
。この Ezh2-PRC2 はショウジョウバエ PRC2 と同様に
H3K27 のトリメチル化を触媒し、PRC1 をリクルートする(Sparmann and van Lohuizen,
2006; Simon and Kingston, 2009)
。その後の哺乳類 PRC2 の研究は Ezh2 に焦点が当て
られ、ホメオティック遺伝子の制御をはじめ様々な生命現象において、Ezh2 が Eed や
Suz12 と共に PRC2 として機能していることが示されてきた(Cao and Zhang, 2004;
Sparmann and van Lohuizen, 2006)
。同様の報告はメダカにおいてもなされた(Shindo
et al., 2005)
。従って、生化学的性質及び生物学的役割から、ショウジョウバエ E(z)の脊
椎動物におけるカウンターパートは Ezh2 であると証明されたという状況である。
一方で Ezh1 に関する知見は非常に少ない。Laible らの報告によると、Ezh2 は胚発生を
通して mRNA の発現量が高く、成体においては胸腺以外の器官で発現レベルを大きく落と
している。これに対して Ezh1 は胚発生時の発現が相対的に低く、逆に成体の腎臓、脳、
骨格筋といった Ezh2 の発現量が低い器官において強く発現しており、Ezh2 と相補的な発
現パターンを示している(Laible et al., 1997)
。構造的な相同性も考えると、Ezh1 は Ezh2
11
の低発現組織においてその機能を補完していると推察できる。しかし Ezh1 がエピジェネ
ティックな作用を及ぼすという報告はおろか、Ezh1 の機能に関する追随の報告そのものが
なされなかった。Ezh2 の生物学的役割が立て続けに解明されていたこともあり、Ezh1 の
存在は長らく日陰に甘んじることとなった。
Ezh1 に再び光を当てたのは 2008 年に Molecular Cell 誌に同時に掲載された二報の論
文である(Margueron et al., 2008; Shen et al., 2008)
。Margueron らはマウス奇形腫由
来の F9 細胞及びヒト子宮頸癌由来の Hela 細胞から Ezh1 を含む PRC2 を精製した。さら
に昆虫細胞の発現系を用いて Ezh1-PRC2 を再構成し、クロマチンに対する機能を in vitro
で解析した。結果、Ezh1-PRC2 は H3K27 をメチル化することはできるものの、ヌクレオ
ソームに対する酵素活性が Ezh2-PRC2 より大幅に劣っていた。さらに Ezh1 をノックダウ
ンした NIH3T3 細胞においてグローバルな H3K27 メチル化レベルに変動がないことを示
した。彼らの報告で興味深いのは、Ezh1-PRC2 それ自身がクロマチンを凝縮できること、
そして他の抑制因子が存在しない in vitro の実験系においても転写を抑制できたという点
である。これは Ezh2-PRC2 には見られない機能である。またこの反応に Ezh1 の SET ド
メインは不必要であった。彼らの主張を総合すると、Ezh1-PRC2 は H3K27 のメチル化で
はなくクロマチンの凝縮によって標的遺伝子を抑制するという、Ezh2 とは異なる作用機序
により機能しているということになる。
だが Shen らのデータはこのモデルを支持しない。
彼らはまずマウス胚性幹細胞において Ezh2 ノックアウト細胞を作製し、グローバルな
H3K27 メチル化状態を調べた。すると Eed ノックアウト細胞と比較して、H3K27tri-me
はわずかに残存し、H3K27mono-me はそれほど減少していなかった。この Ezh2 ノック
アウト細胞において Ezh1 をノックダウンしたところ、メチル化レベルは mono-、tri-共に
顕著に減少した。
H3K27mono-me は Ezh2-PRC2 の基質としてトリメチル化されるため、
12
Ezh1-PRC2 はそれ自身が H3K27 をトリメチル化すると同時に、モノメチル化によって
Ezh2-PRC2 のトリメチル化を補助していると予想される。両グループの主張は一見矛盾し
ているが、用いた細胞や実験の条件が異なるため、整合性のある結論には更なる報告を待
たなければならない。
議論の余地はあるものの、彼らの報告はどちらも Ezh1 がエピジェネティックな制御に
関わり、Ezh2 と異なる機序や役割を持つという示唆において共通している。クロマチンに
対する新規の作用から、Ezh1 を中心とした未知のエピジェネティック制御機構の存在が窺
われる(図 1.4)
。だがその生物学的意義に関しては全くわかっていないと言ってよい。従
って、Ezh1 の性質や意義を幅広く理解することは新たなエピジェネティクス研究の開拓に
繋がると期待される。本研究は進化的観点からの理論的考察や、個体レベル及び分子レベ
ルでの実験的アプローチにより Ezh1 の性状を解析し、特に左右軸形成における機能を重
点的に調べたものである。
図 1.4 哺乳類の PRC2
哺乳類では活性中心として Ezh1 を持つ PRC2 と Ezh2 を持つ PRC2 の存在が確認されている。
Ezh1-PRC2 については報告が限られており議論の余地があるものの、Ezh2-PRC2 とは異なる分子機能を
持つと推察される。
13
第2章 左右軸
2-1 体軸
一個の受精卵から複雑な個体を形成するには、分化により多様な細胞を作り出すだけで
なく、それらを正しく配置するための位置情報が不可欠である。配置の戦略には二種類あ
る。一つは分化した細胞を所定の場所に移動させること、もう一つは場所ごとに細胞を異
なる方向に分化誘導することである。そのための位置情報が体軸であり、三次元空間の座
標軸と同様に、前後軸、背腹軸、左右軸の三本から構成される(図 2.1, Beddington and
Robertson, 1999; Schier and Talbot, 2005)
。受精卵は少なくとも外見上は対称構造であ
り、三次元情報という点で多様性を持たない。だがここで、例えば前後軸が形成されるこ
とにより、一様だった細胞集団が前方と後方という二種類の異なる集団に別れることにな
る。体軸の情報はさらに細分化され、位置ごとに細胞を異なる方向へ多様に分化させる。
神経板は前後軸に沿って特異化し、最も前方の集団は終脳、次いで前脳、中脳、後脳、後
方の集団は脊髄となって、中枢神経系の高度な機能分担が成立する(Lumsden and
Krumlauf, 1996)
。神経系に限らず、体軸はその後の全ての形態形成の基盤となっている。
植物とは異なり動物は発生の初期に身体全体の領域化が完了し、その後それぞれの組織が
成長、成熟していくという様式をとるため、体軸形成は個体発生の根本に関わる重要なス
テップである。
2-2 左右軸と臓器形成
脊椎動物の外見的構造は前後・背腹の軸について明らかに非対称であるのに対し、左右
軸方向には一見して対称である。だがその内側には、左右非対称な構造が数多く存在する
14
(図 2.1)
。例えば心臓は身体の中央に位置しているが、下部が左側に片寄った非対称な形
状になっている。また哺乳類の場合、左心室からは大動脈へ、右心室からは肺動脈へと血
液を送り出しており、機能的にも左右非対称である。ヒトの肺は右側が三葉であるのに対
し左側は二葉からなっている。さらに胃と脾臓は左側、肝臓は右側に位置し、大腸は小腸
を囲むように左回りに配置されている。臓器を左右非対称にすることで、脊椎動物は左右
分担による機能の複雑化と巧妙な折り畳みによる内臓の効率的収納という二つの大きな利
点を獲得した。また脳も左右の半球で働きが異なることが古くから示唆されてきた。近年、
脳の左右差をその構造や分子レベルで示す報告がなされつつあるが、どれも部分的なもの
であり、その全容については未だに理解が進んでいないのが現状である(Kawakami et al.,
2008; Bianco and Wilson, 2009)
。
図 2.1 体軸
動物の三次元的形態は前後(A-P)
、背腹(D-V)
、左右(L-R)の三つの軸から構成される。左右軸につい
ては外見上対称だが、内臓には多くの左右非対称な構造が存在する。
15
左右非対称な臓器形成は全て、発生初期に決定される左右軸の情報に厳密に制御される
(Shiratori and Hamada, 2006)
。従って臓器の左右非対称な構造や配置は基本的に個体
差なく一定である。逆に左右軸が正常に決定されない場合、臓器形成が重度の影響を受け
ることになる。ヒトではおよそ一万人に一人の割合で現れる内臓逆位(situs inversus)の
患者は、生存に大きな支障はないものの、内臓の配置が全て鏡像反転している。鏡像対称
になる左側相同(left isomerism)や右側相同(right isomerism)は本来左側に一つだけ
ある脾臓の数が変化することから多脾症や内脾症とも呼ばれる。また部分的な左右の反転
や相同を示す症状を特に錯位(heterotaxy)と呼ぶ(Bisgrove and Yost, 2001; Peeters and
Devriendt, 2006)
。相同や錯位は臓器の構造やそれらを繋ぐ血管の経路を不全なものとす
るが、心臓は複雑な形成過程を左右軸の情報に依存しているために、その異常の影響を最
も受けやすい。左右軸の形成不全に基づく多脾症や無脾症の患者はしばしば、肺動脈など
心臓に直結した血管の転移や狭窄、心房もしくは心室の中隔欠損、より重篤な場合は単心
房や単心室といった先天性心疾患を併発している(図 2.2, Ramsdell, 2005)
。左右軸形成
はこのような疾患の発症機構に密接に関連すると予想され、発生学だけでなく医学的見地
からも全容の解明が待たれている。
16
図 2.2 左右軸形成異常に基づく先天性心疾患
(A)正常な心臓。
(B)心室中隔欠損(ventricular septal defect, VSD)
。
(C)左室性単心室(double-inlet
left ventricle, DILV)
。
(D)両大血管右室起始症(double-outlet right ventricle, DORV)
。
(E)完全大血
管転移症(transposition of the great vessels, TGA)
。
(F)総動脈幹遺残症(persistent truncus arteriosus,
PTA)
。
(G)心房中隔欠損(atrial septal defect, ASD)
。Ramsdell(2005)より改変。
2-3 哺乳類の左右軸形成機構
ここ十年ほどの数々の研究により、哺乳類の左右軸形成機構の大枠が解き明かされつつ
ある。他種では哺乳類ほど研究がなされていないものの、その仕組みは魚類との間に多く
の共通点がある一方、鳥類には相違点が少なからず存在することがわかりつつある(Raya
and Izpisúa Belmonte, 2008)
。以下、最も理解の進んでいる哺乳類の左右軸形成について
概説する。
初期胚の左右対称性は繊毛が生じる水流によって破壊される。左右軸形成に対する繊毛
17
の関与は古くから提唱されていた。例えばカルタゲナー症候群は内臓逆位、気管支拡張症、
副鼻腔炎を特徴とする病気だが、1976 年に複数のカルタゲナー症候群の男性患者において
精子繊毛の不動が報告されている(Afzelius, 1976; Pedersen and Mygind, 1976)
。7.5
日胚のマウスの結節(ノード)からは 9+0 構造の繊毛が腹側に突き出している。この繊毛
が全て時計回りに回転して羊水を動かし、左向き方向の水流を生じていること、そして結
節の繊毛を欠く Kif3B ノックアウトマウスが内臓の左右異常を示すことが報告された
(Nonaka et al., 1998)
。さらに繊毛は存在するが回転運動をしない突然変異系統の iv マ
ウスが 50%の確率で内臓逆位を示すこと、また水流を人工的に右向きにすることで全ての
個体で内臓逆位が誘導されることなどが相次いで報告された(Okada et al., 1999; Nonaka
et al., 2002)
。従って左右軸を最初に決定するのは水流の方向であり、結節の繊毛の回転
がその水流を生じていると結論づけられた(図 2.3A)
。この水流がどのように下流のカス
ケードに伝えられるかという点については、結節の縁に存在し運動性を持たない繊毛が
Ca2+チャンネルである Pkd2 を介して水流刺激を受け取るメカノセンサーモデルや、Shh
やレチノイン酸を含むノード小胞が水流により左側に運搬されるケモセンサーモデルが提
唱されているが、明確な結論は得られていない(McGrath et al., 2003; Tanaka et al.,
2005; Shiratori and Hamada, 2006)
。
水流により決定した左右の情報は Nodal 遺伝子の左側特異的発現という形に変換される
(図 2.3A)
。Nodal は TGFβスーパーファミリーに属する成長因子であり、発生の様々な
イベントにおいて重要な役割を担っているが、左右軸形成では左側の決定因子として機能
している(Shen, 2007)
。Nodal は結節の左右両縁で発現するが、水流の下流側、すなわ
ち左側の発現がわずかに強い(Lowe et al., 1996)
。哺乳類においてはこれが最初の左右非
対称な遺伝子の発現である。結節で分泌された Nodal タンパク質は近傍細胞での Nodal
18
シグナリングを介さず、拡散により直接左側の側板中胚葉(lateral plate mesoderm, LPM)
まで到達する(Oki et al., 2007)
。フォークヘッド型転写因子 FoxH1 は両側の LPM で発
現しているが、Nodal シグナリングによりリン酸化された Smad2 と結合したときのみ転
写活性を示す(Saijoh et al., 2000)
。従って FoxH1 は左側でのみ活性化される。Nodal
の第1イントロン内には FoxH1 の結合モチーフを含むエンハンサー(Asymmetric
enhancer, ASE)が存在し、活性化した FoxH1 が ASE への結合を介して Nodal の発現を
誘導する(Saijoh et al., 2000)
。この Nodal がさらに前方に拡散して連鎖的なポジティブ
フィードバックを引き起こすことで、Nodal は左側の LPM 全体で発現する(Yamamoto et
al., 2003)
。これが LPM における最初の左右非対称な遺伝子発現である。また実質的に臓
器の左右性を決定するのが LPM での Nodal の発現パターンである。Nodal の発現は数時
間のうちに消失するが、Pitx2 などの下流遺伝子を左右非対称に誘導することで、左右非対
称な遺伝子カスケード及び臓器形成を成立させる(Shiratori et al., 2001)
。繊毛による水
流が正常なマウス胚でも、Nodal の発現を人為的に操作すると下流遺伝子もそれに応じた
発現の変化を示す(Yan et al., 1999; Yamamoto et al., 2003; Nakamura et al., 2006)
。
すなわち Nodal は左右軸決定のマスター遺伝子であると言える。
左右軸を確実に維持するためには、
Nodal の発現を左側に限局すること、
つまり右側LPM
での発現抑制が必須である。
分泌タンパク質である Nodal は身体の右側にも拡散していく。
もし右側の LPM に到達すれば、FoxH1 を介して Nodal の発現を誘導してしまうため、こ
れを防ぐ機構が複数存在している。Lefty は TGFβスーパーファミリーに属する分泌因子
であり、Nodal の受容体への結合において競合する、もしくは Nodal に直接結合すること
で Nodal シグナリングを阻害すると考えられている(図 2.3B, Shen, 2007)
。Lefty1 と
Lefty2 はどちらも左側 LPM で発現した Nodal により誘導され、Lefty1 は神経底板の左側
19
で、Lefty2 は Nodal と同じく左側 LPM で発現する(Meno et al., 1997; Yan et al., 1999;
Saijoh et al., 2000; Yamamoto et al., 2003)
。Lefty1、Lefty2 によるネガティブフィード
バックが Nodal の発現の限局に決定的な役割を果たしている
(Meno et al., 1998; Meno et
al., 2001)
。特に Lefty1 は身体のほぼ中軸上に発現して Nodal シグナリングの右側への到
達を防いでいるため、midline barrier と呼ばれている(Meno et al., 1998)
。また同じく
アンタゴニストである Cerl-2 は結節の左右両縁において同様の役割を果たしている(図
2.3B)
。マウスの場合 Cerl-2 の発現は右側でやや強く、結節における Nodal と Cerl-2 それ
ぞれの非対称な局在によって Nodal シグナルが左側 LPM にのみ伝達されるというモデル
が考えられている(Marques et al., 2004)
。
以上が左右軸形成機構の大枠である。留意すべきなのは、他にも様々な因子がこの機構
に関与しているという点である。
例えばNodal が結節からLPM に拡散するためには、
GDF1
とのヘテロダイマー形成と、さらに細胞外基質であるコンドロイチン硫酸が必要であるこ
とが後に判明した(Tanaka et al., 2007; Oki et al., 2007)
。またマウスでは右側 LPM で
の Nodal 抑制に BMP シグナリングとそのアンタゴニストが関わっていることも最近示さ
れた(Furtado et al., 2008; Mine et al., 2008)
。左右軸形成には他にも複数の未知の機構
が存在していると予想される。特に繊毛が左向きの水流を生じた後、いかにして左側 LPM
で Nodal シグナリングが誘導され、同時に右側では抑制されるかという点は重要であり、
現在でも多方面からの研究が続いている。この問題を解決するためには既知の機構の微細
に亘る解明だけでなく、未知の関連因子を同定して既知機構の間隙を埋めていくことが、
全容の完全な理解へ繋がると期待される。
20
図 2.3 哺乳類の左右軸形成機構
(A)Nodal の左側特異的発現の誘導。結節(node)に存在する繊毛が回転して左向き方向の水流を生
み出し、左側 LPM に Nodal を発現させる。Nodal は分泌により前方に拡散していくと同時に FoxH1 を
介して Nodal 自身の発現を誘導するため、結果として左側 LPM 全体で Nodal が誘導される。
(B)Nodal
シグナリングアンタゴニストによる Nodal 発現の左側への限局。Nodal は右側へも拡散していくため、
アンタゴニストが右側 LPM での Nodal シグナリングの活性化を防いでいる。これらは Nodal に結合し
て受容体に結合できないようにする。Lefty は Nodal の受容体に結合して競合的阻害も行う。
21
第3章 Ezh1 の進化的特性
3-1 序論
一般に遺伝子の存在意義を考える上で、その進化的特性から理論的に類推できる情報は
多い。生存に不可欠な役割を果たしている遺伝子はその大半が進化を通して欠失せずに保
存されている。ある遺伝子を持つ種と持たない種の性質を比較することで、その機能を推
定できることもある。タンパク質の一次構造について考察する際にも、多種の配列を比較
することで高度に保存された重要なアミノ酸残基をあぶり出すことが可能である。また多
様な種を実験モデルとした解析を行うためには、各モデル動物がその遺伝子のオルソログ
を持つかどうかだけでなく、着目する機能に関連したドメインやモチーフの保存性につい
ても確認しなければならない。
現在までに Ezh1 遺伝子が単離、解析されたのは哺乳類のみである。Whitcomb らは in
silico において予測された遺伝子の情報を用いて PcG 遺伝子の多様性について考察してお
り、E(z)についても言及している(Whitcomb et al., 2007)
。それによると、まずショウ
ジョウバエ、ウニ、アフリカツメガエル(Xenopus laevis)は E(z)相同遺伝子を一つ、ゼ
ブラフィッシュとニワトリは二つ持ち、この二遺伝子を哺乳類と同様に Ezh1、Ezh2 と呼
称している。一見すると Ezh1 はカエル以外の脊椎動物に共通して存在しているように見
える。しかし進化的に離れた種間の相同遺伝子の関係について議論するには、遺伝子重複
の時期について慎重に検討する必要がある。硬骨魚類はその他の脊椎動物と進化的に別れ
た後に全ゲノムが重複し、多くの遺伝子や遺伝子クラスターが二組存在することが知られ
ている(Furutani-Seiki and Wittbrodt, 2004)
。ゼブラフィッシュが E(z)を二つだけ持つ
ということは、硬骨魚類が種として分岐した際には E(z)は一つしか存在せず、その後の全
22
ゲノム重複により二つ目の E(z)が生じたと解釈することもできる。さらにカエルが E(z)を
一つしか持たないのであれば、独自に遺伝子を倍加させた硬骨魚類は除き、無脊椎動物か
ら両生類までは E(z)を一つしか持たず、その後に重複して生じた Ezh1、Ezh2 が鳥類と哺
乳類にのみ存在しているというモデルが成立する(図 3.1)
。鳥類と哺乳類においても E(z)
の重複が独立に起こっているという可能性もまた否定できない。これについては鳥類と進
化的に近い爬虫類の知見が考察の助けになるはずだが、そのような報告もまだない。従っ
て哺乳類 Ezh1 のオルソログが他種に存在するかどうかは、
未だに不明というべきである。
図 3.1 Ezh1 の起源
Ezh1 が生じた時期について、二つの可能性が挙げられる。
(A)脊椎動物の共通祖先の段階で E(z)が倍加
した可能性。この場合、全ての脊椎動物は二つの E(z)相同遺伝子、Ezh1 と Ezh2 を持つ。
(B)魚類、両
生類が分化した後で E(z)が倍加した可能性。この場合、魚類が持つ二つの E(z)相同遺伝子と鳥類や哺乳類
が持つ Ezh1、Ezh2 はオルソログの関係にはないことになる。図は動物の進化系統樹を示し、青線は二つ
の E(z)相同遺伝子を持つことを表している。
23
そこで本章では Ezh1 の進化的特性について検討した。まずメダカにおいて Ezh1 と予想
された遺伝子をクローニングした。次いで様々な種において E(z)相同遺伝子を in silico で
探索し、それらのアミノ酸配列やシンテニーからオルソログ関係を検討した。さらに Ezh1
及び Ezh2 の SET ドメインの構造を詳細に比較し、機能的差異と関連づけた理論的考察を
行った。
3-2 結果と考察
メダカでは cDNA スクリーニングにより E(z)相同遺伝子が単離され、構造や機能解析の
結果から Ezh2 のオルソログと判断され olezh2(Oryzias latipes ezh2)と名付けられた
(Shindo et al., 2005)
。同様の方法を用いて新規 E(z)相同遺伝子の単離を試み、2989 bp
の cDNA クローンを得た。このクローンは 766 アミノ酸からなるタンパク質をコードする
ORF を含んでいた(図 3.2)
。これが哺乳類 Ezh1 のオルソログであるかどうかこの段階で
はまだ確かではなかったが、便宜的に olezh1 と名付けた。メダカはゲノムが完全に解読さ
れているので、UCSC Genome Browser を用いて E(z)に構造的に類似したタンパク質をコ
ードする遺伝子をゲノム全域に亘って探索したが、
ヒットしたのは OLEZH1 及び OLEZH2
をコードする領域だけであった。従ってメダカはゼブラフィッシュと同様に E(z)相同遺伝
子を二つだけ持っていると予想された。
24
図 3.2 Ezh1 と Ezh2 のアミノ酸配列
ヒト、ニワトリ、アフリカツメガエル、メダカの Ezh1 及び Ezh2 の一次構造を多重整列法により示した。
ヒトの Ezh1 を基準とし、同一のアミノ酸残基は点で表している。下線部は SET ドメインであり、二重
線部はヒストンメチル化活性に必須のモチーフを示す。アスタリスクは Ezh1 に特有のアミノ酸残基を示
している。
25
UCSC Genome Browser を用いて他種における E(z) 相同遺伝子の探索を行った。
Xenopus laevis の近縁種である Xenopus tropicalis のゲノムに E(z)をコードすると予想さ
れる二カ所の領域を発見した。一方は Ensembl により Ezh1 に類似したタンパク質をコー
ドすると予測されていた(Transcript ID: ENSXETT00000043568)
。もう一方は tblastn
プログラムによりヒト EZH2 に類似したタンパク質をコードすることが予測された(図
3.2)
。それぞれの領域では予測エキソンに対応した位置に EST がマッピングされていたた
め、少なくとも転写は行われていることがわかった。Whitcomb らの報告に反して二つの
E(z)相同遺伝子が発見された理由については、彼らが in silico スクリーニングの手法とし
て blastp プログラムを用いたことによる技術的問題や、検索対象とした Xenopus laevis
と Xenopus tropicalis との生物学的差異などが考えられる。UCSC Genome Browser では
Xenopus laevis のゲノム探索が行えないため、この点は検証しなかった。またトカゲの一
種であるグリーンアノール(Anolis carolinensis)のゲノムでも E(z)をコードすると予測
される領域が二カ所同定された(Transcript ID: ENSACAT00000014407, ENSACAT00000014125)
。以上より、両生類と爬虫類も二つの E(z)相同遺伝子を持つ可能性が高い
と考えられた。
各生物種の E(z)相同遺伝子が哺乳類 Ezh1 とオルソログの関係にあるかどうかを調べる
ために、系統樹解析によるアミノ酸配列の比較を行った。ここでは主要な生物種として、
ヒト、ニワトリ、アフリカツメガエル(Xenopus tropicalis)
、メダカを比較対象とした。
まずタンパク質の全長を用いて系統樹を描いたところ、ニワトリ、アフリカツメガエル、
メダカの二つの E(z)相同タンパク質は全て、ヒト EZH1 を含むグループとヒト EZH2 を含
むグループに一つずつ分類された(図 3.3A)
。SET ドメインの配列のみを比較したところ、
各グループ内の進化距離がより近接した(図 3.3B)
。さらにこの中で進化的に最も離れて
26
いるヒトとメダカのシンテニーを調べたところ、ヒト EZH1 とメダカ olezh1、ヒト EZH2
とメダカ olezh2 それぞれの近傍の遺伝子の並びが保存されていた(図 3.3C)
。これらの結
果は全て、各生物種が保有する二つの E(z)相同遺伝子が独立に生じたものではなく、共通
の祖先遺伝子に由来するものであることを示している。つまり、E(z)は魚類とその他の脊椎
動物が進化的に分かれる以前に重複して二つになり、それぞれが現在まで欠失せずに保存
されていたことがわかる。以上より、魚類、両生類、鳥類の二つの E(z)相同遺伝子は哺乳
類 Ezh1、Ezh2 それぞれのオルソログであると結論づけた。また最近、脊索動物であるナ
メクジウオのゲノム解読が完了し、脊椎動物の祖先にあたることが報告された(Putnam et
al., 2008)
。そこで UCSC Genome Browser でナメクジウオのゲノムを探索したところ、
ウニやショウジョウバエと同様に E(z)相同遺伝子は一つしか確認できなかった。ここから、
元々一つだけだった E(z)が、脊索動物から脊椎動物に進化する過程で重複して Ezh1 と
Ezh2 になったと予測された(図 3.4)
。脊索動物が脊椎動物に進化する過程で二回の全ゲ
ノム重複が起こったことがわかっているため、E(z)もこの時に重複した可能性が考えられる
(Putnam et al., 2008)
。
27
図 3.3 Ezh1、Ezh2 の進化的関係
(A, B)ヒト、ニワトリ、アフリカツメガエル、メダカの Ezh1 及び Ezh2 の分子進化系統樹。
(A)タン
パク質全長と(B)SET ドメインでそれぞれ比較した結果を示している。数字は CLUSTAL W により算
出された進化的距離。
(C)ヒトとメダカの Ezh1、Ezh2 近傍領域の遺伝子の配置。それぞれに並びの保
存(シンテニー)が確認される。灰色部分はイントロンを含めた遺伝子領域、棒線部は遺伝子間領域を示
す。
28
図 3.4 脊椎動物で保存された Ezh1
節足動物のショウジョウバエや脊索動物のナメクジウオは E(z)を一つしか持たない。一方、本研究で調べ
た脊椎動物は全て二つの E(z)相同遺伝子を持っており、一方は哺乳類 Ezh1 のオルソログ、もう一方は
Ezh2 のオルソログである。
ここで注目すべきは、今回調べた全ての脊椎動物が、Ezh1 と Ezh2 の両方を保有してい
たという点である。Ezh1 は Ezh2 と構造的に高い相同性を持ち、H3K27 のトリメチル化
活性も共通している(Laible et al., 1997; Shen et al., 2008; Margueron et al., 2008)
。
ショウジョウバエが E(z)を一つしか持たないことを考えると、PcG の機能には E(z)のカウ
ンターパートである Ezh2 だけで十分であるようにも見える。だが実際は、Ezh2 と共に
Ezh1 も数億年に亘って欠失せずに保存されている。ここから、Ezh1 が Ezh2 にはない独
自の機能を獲得し、かつそれが脊椎動物全般に亘って生存に不可欠なものであるという推
測ができる。そこで Ezh1 と Ezh2 の機能的差異とその保存性を考察するために、最も重要
29
な機能ドメインである SET ドメインの一次構造を詳細に比較した(図 3.2)
。ヒト、ニワト
リ、
アフリカツメガエル、
メダカそれぞれの Ezh1 及び Ezh2 の SET ドメインは全長の 87%
が一致していた。E(z)以外の SET ドメインタンパク質にも共通して存在し、メチル化活性
に必須とされるモチーフについては、全て完全に保存されていた(図 3.2, Dillon et al.,
2005)
。ここから哺乳類以外の Ezh1 もメチル化活性を持つことが推察された。また興味深
いことに、Ezh1 と Ezh2 それぞれに特徴的なアミノ酸残基が見出された(図 3.2)
。例えば
SET ドメインの 17 番目のアミノ酸は Ezh1 では全てスレオニンだが、Ezh2 では全てイソ
ロイシンである。四種の Ezh1 に完全に保存されており、かつ Ezh2 には一切見られないア
ミノ酸残基は計五カ所存在した。魚類から哺乳類までの完全な保存性より、これらのアミ
ノ酸残基は重要な意味を持つことが予想される。SET ドメイン内部の配列の差異であるこ
とから、これらが Ezh1 と Ezh2 の酵素活性や基質特異性の違いに寄与している可能性が挙
げられる。またそれが種を越えて保存されていることは、分子機能の違いに基づく Ezh1
独自の役割と、その普遍的な重要性を示唆している。
30
第4章 メダカ olezh1 の遺伝子ノックダウンによる内臓逆位
4-1 序論
Ezh1 の構造的特徴と高度な保存性から、その独自の機能の重要性と普遍性が理論的に示
唆されたので、その具体的な機能を実験的に探索していくことにした。第一段階としてメ
ダカをモデル動物とした遺伝学的アプローチを試みた。メダカは体長3cm ほどの小型魚類
だが、神経系、循環器系、免疫系、内分泌系など哺乳類に存在する系のほとんどを持ち合
わせている。飼育や繁殖の容易さも併せて、脊椎動物の優れた実験モデルとして古くから
研究対象とされてきた(Shima and Mitani, 2004)
。さらにリソースも充実している。近
交系が複数樹立されている他、全ゲノムが解読され、完全長 cDNA クローンの集積も進ん
でいる(Kasahara et al., 2007)。加えてメダカではモルフォリノアンチセンスオリゴ
(Morpholino antisense oligo, MO)を用いたノックダウン実験を容易に行うことができ
る。MO は核酸類似物質であり、成熟 mRNA の翻訳開始点付近に結合すると翻訳を阻害し、
mRNA 前駆体のエキソン・イントロン境界に結合すると正常なスプライシングを妨げる。
MO を2細胞期の胚に注入することで、標的遺伝子は注入量依存的な機能阻害を受ける
(Summerton, 2007)
。胚発生が体外で進行して身体も透明であるために、生じた異常は
初期発生を通して顕微鏡下で生きたまま観察可能である(Shima and Mitani, 2004)
。以
上の特徴は、新規遺伝子の未知機能を探っていく上での大きな利点である。そこで本章で
は MO によりメダカの olezh1 をノックダウンし、その形態学的異常を調べた。
4-2 結果と考察
olezh1 mRNA の翻訳開始点付近に結合するように olezh1 MO1 を設計し、2細胞期の
31
メダカ胚に注入して遺伝子ノックダウンを行った。すると臓器の左右反転や形成不全、単
眼奇形、身体全体の成長不全など、様々な異常が観察された。特に高い頻度で出現したの
が臓器の左右反転であったので、この異常について精査した。メダカでは受精後5日から
8日頃にかけて、肝臓と胆嚢が身体の左側、浮袋と脾臓が右側に確認される(図 4.1A, B)
。
olezh1 MO1 を注入した胚のうち 24%において、これら臓器の配置が左右に反転していた
(図 4.1C, 4.2A)
(n=129)
。正常な配置は 55%で、臓器の形成不全により配置を確認でき
ない胚が 21%を占めた(図 4.2A)
。今回調べた限りでは、野生型において同様の左右反転
は一切確認されなかった(n=129)
。従って olezh1 MO1 注入胚では有意な割合でこれら
内臓の配置が左右に反転していると判断した。さらに心臓の形成にも着目した。心臓は初
期発生において最も早く左右非対称な形態を示す器官である。メダカの場合、9体節期か
ら 12 体節期にかけて後脳の辺りから中軸に沿って前方に向かう心管が形成される。心拍動
を開始した左右対称な心管はその後変形して一定方向のループを形成する(図 4.1D, E)
。
olezh1 MO1 を注入した胚では心管の狭窄が頻繁に見られ、ループの方向を確認できない
胚も多く観察された。だが比較的影響が緩やかで肝臓などの配置が逆転している胚では心
管のループも左右に反転していた(図 4.1F)
。従って olezh1 MO1 の注入は様々な臓器の
左右性の決定に異常を及ぼすことがわかった。
32
図 4.1 olezh1 機能阻害胚における臓器の左右反転
(A-C)胴部付近に位置する内臓の配置。
(B)野生型と(C)olezh1 機能阻害胚を背側から観察した。写
真上部が頭側に当たる。
(D-F)心管のループ構造を前方側から観察した。(E)と(B)
、
(F)と(C)は
同一個体である。
(A)
、
(D)は野生型の臓器の配置、構造を模式的に表している。
この表現型が olezh1 の機能阻害によるものかどうかを確かめるために、MO の特異性を
検証した。MO は塩基配列の相補性により標的 mRNA に特異的に結合するが、しばしば標
的とは無関係の類似配列に結合してオフターゲット効果を引き起こすことも知られている
(Summerton, 2007)
。この問題を解決するために、MO1 の結合部位よりも 5 側の領域に
結合して翻訳阻害を行う MO2 と、第 11 エキソンと第 11 イントロンの境界に結合してス
プライシングを妨害する MO E11 を設計し、それぞれ2細胞期のメダカに注入して臓器の
左右性を調べた。すると MO2 では 17%(n=120)
、MO E11 では 23%(n=53)の胚が臓
器の左右反転を示した(図 4.2A)
。異なる配列を持つ三種類の MO が全て左右の異常を引
33
き起こしたことから、オフターゲット効果の可能性が排除された。MO E11 については、
スプライシング阻害により第 11 エキソンが読み飛ばされてフレームシフトが起こってい
ることを、RT-PCR 及び PCR 産物の塩基配列の決定により確認し、olezh1 のノックダウ
ンが確かに引き起こされていることを証明した(図 4.2B, C)
。さらに別の胚に olezh1 と
無関係な配列の control MO を MO1 と等量注入したところ、左右の異常を示したのは2%
のみであった(図 4.2A, n=99)
。よって、MO の化学的性質や顕微注入の操作による非特
異的な影響によるものでもないことがわかった。以上より観察された臓器の左右反転の表
現型は、olezh1 の機能阻害により引き起こされたと結論した。
olezh1 の機能阻害による副次的影響と左右異常の関係について検討を試みた。複数の異
常が生じているような条件下では間接的な影響の考慮が必要であり、特定の役割のみを評
価するのは困難である。そこで olezh1 MO1 注入胚から左右性以外の形態的異常を示して
いない胚のみを選択して臓器の配置を確かめたところ、20%においてやはり左右の反転が
観察された(n=45)。この結果は左右の異常は他の異常よりも優先的に生じていることを
意味し、OLEZH1 がこの現象に直接的に関与していること、さらにその機構を解明する手
段としてこのノックダウンの実験系が適切であることが示唆された。
34
図 4.2 MO の特異性の検証
(A)MO1、MO2、MO E11、control MO により引き起こされた左右性異常の出現率をグラフに示した。
観察した個体数はグラフ下部に記した。
(B)MO E11 によるスプライシング阻害の模式図。MO E11 を
olezh1 の第 11 エキソンと第 11 イントロンの接続部分に結合するように設計した。これにより 185 bp
の第 11 エキソンが取り除かれてフレームシフトが起こることが期待された。
(C)MO E11 を注入した胚
から mRNA を抽出し、RT-PCR により第 11 エキソンならびにその近傍領域を増幅、検出した。正常な
mRNA に由来する 410 bp の断片の他に、225 bp の断片も検出された。この PCR 産物の塩基配列を決
定し、第 11 エキソンだけが取り除かれていることを確認した。Ef1αは RT-PCR の内部標準として用い
た。
35
以上の結果は、OLEZH1 がメダカにおいて臓器の左右性の決定に関与していることを示
している。この知見はヒトを含めたその他の脊椎動物にも適用できる可能性がある。初期
発生、特に左右軸の形成過程については魚類と哺乳類で多くの部分が共通していることが
わかっている(Raya and Izpisúa Belmonte, 2008)
。実際、メダカ突然変異体の解析を端
緒としてカルタゲナー症候群の原因遺伝子を同定し、生物種を越えて保存されていた繊
毛・鞭毛形成の未知機構を解明した報告もなされている(Omran et al., 2008)
。OLEZH1
の構造的保存性も併せて考えると、本研究は左右軸形成の普遍的な機構における Ezh1 の
役割の解明に繋がることが期待された。
36
第5章 Spaw の左右非対称発現に対する OLEZH1 の作用
5-1 序論
メダカにおいて olezh1 のノックダウンが内臓の左右反転を引き起こすことがわかった。
複数の臓器が同時に反転することから、発生初期に決定される左右軸そのものに異常が生
じている可能性が浮上した。魚類における左右軸の決定因子の役割は、Nodal の相同遺伝
子である Spaw の翻訳産物が担っている(Long et al., 2003; Soroldoni et al., 2007)
。結
節の相同器官であるクッパー胞(Kupffer s vesicle, KV)の内部で繊毛による水流が生じ
ており、左側 LPM での Spaw の発現を誘導している(Essner et al., 2005; Hojo et al.,
2007)
。加えて Nodal シグナリングアンタゴニストとのネガティブフィードバック制御の
機構も共通していると考えられている(Bisgrove et al., 1999; Hashimoto et al., 2004;
Soroldoni et al., 2007; Hojo et al., 2007)
。そこで本章では Spaw の発現解析を中心に、
左右軸の分子レベルでの決定における OLEZH1 の働きについて検討した。
5-2 結果と考察
Whole-mount in situ hybridization 法により Spaw の発現パターンを確認した。野生型
のメダカでは過去の報告の通り、Spaw は6体節期に左側 LPM で広く発現していた(図
5.1A)
。またクッパー胞上皮において、左右対称な発現が確認された(図 5.1A)。一方、
olezh1 機能阻害胚で野生型と同様のパターンを示したのは 48 個体の内の 33%で、58%が
両側の LPM で Spaw の発現を示した(図 5.1B, C)
。8%は左側 LPM で発現せず、右側 LPM
でのみ発現していた。どちらの LPM でも Spaw を発現していない胚は現れなかった。また
クッパー胞での Spaw の発現は全ての胚で正常だった(図 5.1B)
。以上より、olezh1 機能
37
阻害胚では LPM での Spaw の左側特異的発現が乱れており、その結果として臓器の左右性
の異常が生じているとわかった。
図 5.1 Spaw の発現パターン
(A, B)6体節期における Spaw の発現を whole-mount in situ hybridization 法により検出した。背面
から観察し、写真上部が頭側に当たる。矢頭は LPM における Spaw の発現を示している。
(C)olezh1
機能阻害胚における Spaw の各発現パターンの出現率をグラフに示した。
突然変異体や遺伝子ノックダウン胚で見られる Nodal や Spaw の異常な発現パターンは
主にランダム化、両側化、消失の三つに分類される(Bisgrove and Yost, 2001; Ramsdell,
2005)
。ランダム化の場合、LPM での Nodal(Spaw)の発現が左側のみ、右側のみ、両
側共に発現する場合、及びどちらにも発現しないという四つのパターンが全て出現する。
多くの場合、水流の消失や撹乱により引き起こされる。両側化の場合、異常な胚では全て
両方の LPM で Nodal(Spaw)が発現する。これは Nodal(Spaw)の抑制やネガティブ
フィードバック機構の異常が原因であることが多い。もう一つは LPM での発現が起こらな
くなる場合である。今回の場合、左側、右側、両側の三つのパターンが出現していること
から、ランダム化の可能性も考えられる。だが全体の 60%近くが Spaw を両側に発現して
いることや、LPM での発現が起こらない胚が全く現れなかったことを考慮すると、33%は
38
MO によるノックダウンの影響が少なかったために Spaw は正常に左側で発現し、ノック
ダウンが適切になされた 58%の胚では Spaw は両側で発現した、と解釈するのがより妥当
であると考えた。実際、以後の実験でも Spaw の両側化を支持する結果が得られた(本章
及び第六章)
。わずかに現れる右側 LPM での発現を示す胚については、MO の過剰注入に
よる副次的影響などによるものではないかと考えられる。
Spaw が両側の LPM で発現するということから、olezh1 機能阻害胚では Spaw の発現
を左側に限局する機構に異常が生じている可能性が浮上した。そこで Spaw の右側 LPM で
の発現を抑制している既知の機構が正常に機能しているかどうかを検討した。メダカでも
哺乳類と同様に midline barrier が Spaw の右側 LPM への到達を防いでいると考えられて
いる。その主要な役割を担うのは脊索で発現する Nodal シグナリングのアンタゴニスト
Lefty である(Soroldoni et al., 2007)
。この midline barrier が機能するにはまず脊索を
含む中軸構造が正常に形成されなければならない。だが olezh1 機能阻害胚のうち特に重篤
な異常を呈している胚では形態形成に広範な異常が生じており、中軸構造の形成不全も予
想された。そこで whole-mount in situ hybridization 法により Spaw と Lefty を同時に検
出することで、midline barrier と Spaw の関係の正確な評価を試みた。これまでと同様の
条件で olezh1 をノックダウンしたところ、Lefty の中軸上での発現が不完全だった胚は
14%に止まった(n=4/28, 図 5.2A-C)
。残りの 86%では Lefty が野生型と同様に発現して
いたことから、ほとんどの場合 midline barrier に異常はないことが示唆された(n=24/28、
図 5.2A-C)
。Midline barrier の機能に必要とされる中軸マーカー遺伝子の Shh、brachyury
の発現が正常であったこともこの推論を支持した(図 5.2D-G)
。この Lefty を正常に発現
している胚での Spaw の発現をみたところ、50%において Spaw が両側の LPM で発現して
いた(n=24, 図 A-C)
。以上のデータは、olezh1 機能阻害胚では midline barrier が正常で
39
あるにも関わらず Spaw が両側で発現するということを示している。もう一つの主要な
Nodal シグナリングアンタゴニストである Cerl-2 についても検討した。魚類では相同遺伝
子である charon がクッパー胞上皮で発現しており、特にメダカではマウスと同様に右側
にやや強い発現を示す。charon のノックダウンは Spaw の発現の両側化及び臓器の配置の
異常を引き起こすことが知られている(Long et al., 2003; Hojo et al., 2007)
。だが olezh1
機能阻害胚における charon の発現に変化は見られなかった(図 5.2H, I)
。
以上の結果を整理すると、まず olezh1 のノックダウンにより左側決定因子である Spaw
が両側で発現することから、OLEZH1 は Spaw の発現の左側 LPM への限局に関与してい
ることが示された。つまり OLEZH1 は左右軸の分子レベルでの決定という非常に早い段階
に関わっているということになる。だが Spaw の発現抑制を主に担っている midline
barrier と Cerl-2 は、少なくとも転写産物のレベルでは異常は見られなかった。タンパク
質レベルの検討、例えばアンタゴニストとしての活性の評価などは行っていないので断言
はできないが、OLEZH1 はこれらの機構とは独立に Spaw の発現抑制を行っていると予想
された。
40
図 5.2 Nodal シグナリングアンタゴニスト遺伝子の発現
(A, B)
Lefty と Spaw の発現を whole-mount in situ hybridization 法により同時に検出した。
(C)
olezh1
機能阻害胚を Lefty の発現が正常な胚(intact)と不全な胚(def.)に分類し、それぞれにおける Spaw
の各発現パターンの出現数をグラフに示した。縦軸は個体数を示す。
(D-G)中軸マーカー遺伝子 Shh、
brachyury の発現を whole-mount in situ hybridization 法により検出した。
(H, I)charon のクッパー
胞上皮における発現を whole-mount in situ hybridization 法により検出した。
(A, B, H, I)背面から観
察し、写真上部が頭側に当たる。
(D, E)側面から観察し、写真左が頭側に当たる。
(F, G)背面から観察
し、写真左が頭側に当たる。
41
第6章 外科的手法による OLEZH1 の作用機序の検討
6-1 序論
Spaw や関連遺伝子の発現解析の結果から、OLEZH1 が新規の経路で Spaw の抑制及び
左右軸形成に関与する可能性が示された。左右軸は繊毛が生じる水流から始まる一連のカ
スケードによって形成される(図 6.1A)。このカスケードのいずれかの段階において
OLEZH1 は機能していると予想されるが、具体的な作用点を示唆するデータはない。この
ような場合、カスケードの特定の段階を人為的に操作することで作用点の上下関係を決定
する手法がよく用いられている。左右軸形成においてもカスケードを途中で遮断された、
または人為的に操作した例が過去に複数報告されている。例えば繊毛が回転しない iv マウ
スでは Nodal の左右 LPM における発現パターンがランダム化するため、繊毛の回転が
Nodal を制御していることがわかる(Okada et al., 1999)
。さらに iv マウスの初期胚を人
工的な右向きの水流の下に置くと、iv の影響が打ち消され全ての胚で右側発現を示したこ
とから、繊毛の回転が水流を生じ、水流が Nodal を誘導するというカスケードが証明され
ている(Nonaka et al., 2002)
。メダカの場合、水流は尾部腹側から卵黄に突き出したク
ッパー胞の内部で生じている。このクッパー胞を外科的手法により破壊することで水流の
発生が妨害され、左右軸形成のカスケードを遮断できることが知られている(Hojo et al.,
2007)
。本章ではこの手法を応用して、OLEZH1 の左右軸形成における作用点の類推を試
みた。すなわち、olezh1 機能阻害胚のクッパー胞を破壊して Spaw に対する影響を調べる
ことで、OLEZH1 が左右軸形成のカスケードにおいて水流の前後どちらで機能しているか
を検討した(図 6.1B)
。
42
図 6.1 実験の概念図
(A)左右軸形成のカスケードと OLEZH1 の予想される作用点。
(B)期待される実験結果。OLEZH1 が
水流の前後どちらで働いているかにより、クッパー胞を破壊した時の Spaw の発現パターンが決定される
と考えられる。
6-2 結果と考察
本実験の目的は OLEZH1 が水流による対称性の破壊の前後どちらで機能しているかを
明らかにすることである。実験の前提として、繊毛が正常に水流を生じているかどうかを
検討した。抗アセチル化チュブリン抗体を用いた免疫染色法により、クッパー胞上皮に存
43
在する繊毛の分布と構造を調べた。まず腹側から観察したところ、olezh1 機能阻害胚では
野生型と同様に繊毛が存在していることが確かめられた(図 6.2A, B)
。共焦点顕微鏡によ
り得られた画像から三次元画像を再構成して擬似的に側面から観察したところ、繊毛の長
さや腹側方向への突出なども正常であることが確認された
(図 6.2C, D)
。
以上の結果から、
olezh1 機能阻害胚ではクッパー胞上皮の繊毛が正常に形成されており、水流を生じている
ことが示唆された。
図 6.2 クッパー胞の繊毛
(A-D)クッパー胞上皮に存在する繊毛を、抗アセチル化チュブリン抗体を用いた免疫染色により検出し
た。
(A, B)腹側から観察した写真。
(C, D)三次元画像を再構成し、擬似的に側面から観察した写真。青
いシグナルは DAPI による対比染色で、上皮細胞の核を示している。
44
Hojo らの報告によると、クッパー胞の破壊により Spaw の LPM での発現消失や発現領
域の縮小が引き起こされる(Hojo et al., 2007)
。どのような仕組みで Spaw の発現消失を
導くのかという点はまだ判明していないものの、水流の段階で左右軸形成のカスケードが
妨害されているのは確かである。olezh1 機能阻害胚のクッパー胞を破壊することで仮に
Spaw の発現が消失するなら、OLEZH1 は水流よりも前の段階で機能しており、水流の妨
害により olezh1 ノックダウンの影響が打ち消されたと推測できる。逆に Spaw が両側の
LPM で発現するなら、OLEZH1 は水流により Spaw の発現パターンが決定された後で、
それを抑制するように機能していると考えられる(図 6.1B)
。以上の作業仮説に基づき、
クッパー胞破壊実験を行った(図 6.3A)
。まず野生型では 48%で Spaw の LPM での発現
が消失し、35%で発現領域が LPM の後方側に縮小した(n=46, 図 6.3B, C, E)
。発現領域
が縮小した胚では、右側のみや両側の LPM で Spaw を発現したものもあった(図 6.3E)
。
この点は北条らの報告では言及されていなかったが、水流の妨害により iv マウスなどと同
様にランダム化が引き起こされた結果ではないかと考えられる。Spaw の発現領域が発生段
階相応に前方まで広がっていたのは全体の 17%であった(図 6.3E)
。一方、クッパー胞を
破壊した olezh1 機能阻害胚では 59%が両側の LPM の広域で Spaw を発現していた(図
6.3D, E)
。これはクッパー胞を破壊していない olezh1 機能阻害胚とほぼ同じ割合であり、
olezh1 機能阻害胚が水流の妨害とは無関係に両側の LPM で Spaw を発現しているという
ことを意味する。ここから OLEZH1 は水流よりも後の段階で機能していることが示された
(図 6.4A)
。
45
図 6.3 olezh1 機能阻害胚に対するクッパー胞破壊の影響
(A)クッパー胞破壊の様子。クッパー胞(KV、黒矢頭)をガラス針で破壊する。クッパー胞の消失は
実体顕微鏡下で確認できる(白矢頭)
。
(B-D)クッパー胞を破壊した野生型及び olezh1 ノックダウン胚
における Spaw の発現を whole-mount in situ hybridization 法により確認した。棒線は Spaw を発現し
ている LPM、矢頭はクッパー胞の位置を示す。胚は背面から観察し、写真上部が頭側に当たる。
(E)Spaw
の各発現パターンの出現率をグラフに示した。記号の意味は以下の通り。A:Absent、LPM において Spaw
が発現していない。L:Left、左側の LPM でのみ Spaw が発現している。R:Right、右側の LPM でのみ
Spaw が発現している。B:Bilateral、両側の LPM で Spaw が発現している。Narrow:LPM における
Spaw の発現領域が未処理の胚と比較して狭く尾側に限定されている。Broad:LPM における Spaw の発
現領域が未処理の胚と同等に広い。なお、観察した全ての胚でクッパー胞上皮における Spaw の発現は正
常であった(B-D)
。
46
また非破壊胚と異なり、残りの胚の大半は発現が消失するか(27%)
、発現領域が縮小し
ていた(9%)
(図 5.1C, 6.3E)
。クッパー胞非破壊の条件下では片側の LPM でしか Spaw
を発現していなかった集団は、野生型と同様に水流の妨害の影響を受けたと考えられる。
Spaw の両側発現を示した胚のみ影響を受けなかったという結果は、左側で発現したのはノ
ックダウンの効果が不十分な集団で、適切なレベルでノックダウンされた胚は全て両側で
Spaw を発現しているという先の仮説を支持するものである。よってやはり OLEZH1 の役
割は Spaw の抑制で、その機能阻害は Spaw の抑制解除を介した発現の両側化を引き起こ
している可能性が高いと言える。
これまでの個体レベルでの解析結果を総合して、OLEZH1 の役割について考察した(図
6.4B)
。まずクッパー胞を破壊していない野生型のメダカ胚では、水流により左側の LPM
でのみ Spaw の発現が誘導される。
誘導がかからなかった右側の LPM では Lefty や charon
などのアンタゴニストによるネガティブフィードバック制御により Spaw の発現は抑制さ
れる。だが olezh1 のノックダウンにより、抑制されていた右側の LPM でも Spaw の発現
が起こるようになる。一方、クッパー胞を破壊して水流を妨害した野生型の胚の多くは
Spaw をどちら側の LPM にも発現しないが、olezh1 のノックダウンにより両方の LPM で
Spaw の発現が引き起こされる。仮にクッパー胞を破壊した野生型の胚では水流の消失によ
り Spaw の発現がどちらの LPM でも誘導されなかったと考えると、非破壊胚と破壊胚で
olezh1 ノックダウンにより共通に引き起こされた異常は、誘導されなかった側の LPM で
の Spaw の発現であると言える。すなわち OLEZH1 の役割は、水流により誘導されなかっ
た側の LPM で Spaw が誤って発現しないよう、抑制状態を維持することであるというモデ
ルが考えられる。だが OLEZH1 は Lefty や charon の発現には関与していないため、あり
得る作用機序として、OLEZH1 自身が LPM において Spaw の転写を制御しているという
47
可能性が挙げられる。
この場合、
olezh1 は Spaw と重なって発現していなければならない。
また、Spaw の発現の再活性化はクッパー胞破壊胚の左側 LPM でも起こっているため、
OLEZH1 自体は左右対称に発現、機能していると予想できる。これらの点を検討するため
に切片 in situ hybridization 法により olezh1 の発現を調べたところ、Spaw の発現領域を
含む両側 LPM で olezh1 は確かに発現しており、仮説を支持する結果となった(図 6.5)。
図 6.4 ノックダウン実験から推定される OLEZH1 の左右軸形成における役割
(A)本実験により示された左右軸形成における OLEZH1 の作用点。
(B)olezh1 ノックダウンとクッパ
ー胞破壊による Spaw への影響。赤矢印は水流による Spaw の誘導、緑色部分は Spaw が発現している
LPM、点線部分は Spaw が抑制されている LPM を示す。
48
図 6.5 LPM における olezh1 の発現
(A, B)
6体節期の胚において olezh1 mRNA を whole-mount in situ hybridization 法により検出した。
(B)は(A)で用いたプローブの相補鎖によるネガティブコントロール実験。
(C, D)Whole-mount で
染色した胚から作製した凍結切片。
(E)同様の手法で Spaw mRNA を検出した。黄枠は左側 LPM を示
す(C-E)
。
49
第7章 Ezh1 による Nodal 制御の分子機構
7-1 序論
メダカを用いた解析から、OLEZH1 の左右軸形成における役割が Spaw の抑制であるこ
とが示唆された。次に解決すべき課題はその具体的な制御機序である。これまでの結果か
ら、OLEZH1 が Lefty や charon の制御を介して間接的に Spaw を抑制している可能性は
低いと考えられる。Shen ら及び Margueron らは胚性幹細胞や F9 細胞を用いた網羅的解
析により、マウス Ezh1 が多数の発生関連遺伝子の制御領域に直接結合してその転写を制
御している可能性を示している(Shen et al., 2008; Margueron et al., 2008)。Nodal
(Spaw)は発生において特に重要な役割を担う遺伝子の一つであるが、彼らの報告では
Ezh1 が Nodal の遺伝子座に結合しているというデータは示されていない(Shen et al.,
2008; Margueron et al., 2008)
。だが PcG は細胞の分化状態に応じて標的遺伝子を変化さ
せるので、LPM において OLEZH1 が Spaw の転写を直接制御している可能性は十分に考
えられる。olezh1 が LPM で発現しているという事実もこの可能性を支持している。
olezh1 は LPM 以外の細胞でも発現しているが、olezh1 機能阻害胚において Spaw の脱
抑制が起こる組織は LPM だけである。そこで、OLEZH1 が LPM 特有の Spaw 制御機構に
関与している可能性について検討した。哺乳類では Nodal シグナリングにより活性化され
た FoxH1 が Nodal 第1イントロン内部の ASE に結合することで左側 LPM 特異的に転写
を誘導することが証明されている(Saijoh et al., 2000)
。魚類においても、FoxH1 が Nodal
シグナリングを介してオーガナイザーの形成に関与していることや、マウスと同様に両側
の LPM で発現していることが報告されている(Pogoda et al., 2000; Sirotkin et al., 2000)
。
従って、Spaw の左側 LPM での発現誘導は FoxH1 により哺乳類と同様の機構でなされて
50
いる可能性が高いと考えられる。だが本研究ではメダカ Spaw 遺伝子座の内部及び周辺に
哺乳類の ASE に相当するエンハンサーを同定することは出来なかった。そこで本章では、
マウス Ezh1 及び FoxH1 遺伝子を材料とした in vitro の実験により上記仮説の検証を試み
た。
7-2 結果と考察
OLEZH1 が LPM でのみ Spaw を制御するために、FoxH1 と相互作用することで Spaw
遺伝子座にリクルートされているという仮説を立て、その実証を試みた。将来 ASE を中心
とした転写制御の研究を展開することを見込んで、マウスの遺伝子ならびに培養細胞をモ
デルとした実験系を構築した。マウス Ezh1 に FLAG タグを、マウス FoxH1 に 6 myc タ
グをそれぞれ付加した融合遺伝子を発現するコンストラクトを作製した。培養細胞は側板
中胚葉から樹立したものがあれば最適であったが、適当な細胞株がなかったため、実験の
利便性からマウス胎仔由来線維芽細胞株である NIH3T3 を選択した。
作製した FLAG-Ezh1
と myc-FoxH1 を同時に NIH3T3 に一過的に導入して融合タンパク質を共発現させた。こ
こから可溶性核タンパク質を抽出して抗 FLAG 抗体により FLAG-Ezh1 を免疫沈降させた
ところ、沈降物中に myc-FoxH1 が検出された(図 7.1)
。myc-FoxH1 のみを発現させた
細胞から抽出した核タンパク質から抗 FLAG 抗体で免疫沈降した場合には myc-FoxH1 は
検出されなかったことから、myc-FoxH1 は FLAG-Ezh1 に依存して共沈していることが示
された(図 7.1)。どちらの場合でも、マウス精製 IgG を用いたコントロール実験では
FLAG-Ezh1、myc-FoxH1 共に沈降しなかった(図 7.1)
。以上の結果より、FLAG-Ezh1
は myc-FoxH1 と結合していると結論づけた。
51
図 7.1 Ezh1-FoxH1 間の物理的相互作用
免疫共沈した FLAG-Ezh1、Myc-FoxH1 をウェスタンブロッティング法により検出した。TF:一過的に
発現させたタンパク質。IP:免疫沈降に用いた抗体。WB:検出に用いた抗体。Input:核抽出物。沈降サ
ンプルの 1/10 に相当する量を泳動した。
FoxH1 が Ezh1 と相互作用するという事実から、FoxH1 が OLEZH1 を Spaw の制御領
域までリクルートすることでその転写を直接制御するというモデルが浮上した(図 7.2)
。
だが現段階では、OLEZH1 が FoxH1 に結合することでリン酸化 Smad2 や FoxH1 標的配
列への結合を妨害するという可能性も考えられる。OLEZH1 がこのような PcG らしから
ぬ作用機序をとっているのかどうかは、今後検討の必要がある。また以上のデータはマウ
スの遺伝子を用いて得られたものであり、メダカの個体レベルで得られた知見と総合的考
察を行う場合には留意が必要である。だが同時にこのデータはマウスにおいても Ezh1 が
FoxH1 との結合を介して Nodal の転写を抑制している可能性を示唆しており、この点も今
後の検討課題である。
52
図 7.2 Ezh1 の分子制御機構
Ezh1 は FoxH1 により Nodal ASE へリクルートされ、転写を抑制すると考えられる。
53
第8章 総括
8-1 本研究の総括と今後の課題
本研究では PcG タンパク質の中でもほとんど解析が進んでいなかった Ezh1 に着目し、
進化的考察、個体レベルでの機能解析、培養細胞を用いた分子機序の検討を行った。まず
これまでは哺乳類でのみ存在が確認されていた Ezh1 遺伝子が脊椎動物を通して高度に保
存されていることを示した。特にヒストンのメチル化を担う SET ドメインでは、酵素活性
に関わるアミノ酸残基が完全に保存されていた一方で、Ezh1 特有の構造が存在することも
確かめられた。これらの知見は、Ezh2 にはない Ezh1 独自の分子機能とそれに基づく役割
が存在し、かつそれが種を越えた普遍的なものであることを示唆している。次にその具体
的役割を実験的に探索するために、メダカを実験モデルとした遺伝学的解析を行った。
olezh1 を遺伝子ノックダウンしたメダカ胚は内臓の左右反転という表現型を呈し、
OLEZH1 の左右軸形成への関与が予想された。さらにマーカー遺伝子の発現解析や外科的
手法から、OLEZH1 が魚類の左側決定因子である Spaw を右側で抑制していることが示唆
された。既知の Nodal シグナリングのアンタゴニストには影響を与えていないことから、
Spaw を直接に転写制御している可能性が浮上した。それを裏付ける証拠として、哺乳類に
おける Spaw 相同遺伝子である Nodal を左右非対称に直接制御している転写因子 FoxH1
と Ezh1 が物理的に相互作用していることを培養細胞を用いた in vitro の実験系で証明した。
以上の結果を総合して、Ezh1 の左右軸形成における作用機序と存在意義について考察す
る。魚類や哺乳類では繊毛が生じる水流により左側の LPM にのみ Nodal の発現が誘導さ
れ、左側としての性質を獲得する。逆に右側は Nodal が誘導されないことで右側としての
性質を獲得する。水流による最初の誘導が終わった後も、左側 LPM で分泌された Nodal
54
は右側 LPM まで拡散するため、Nodal の発現を積極的に防ぐ機構が不可欠である。Ezh1
は FoxH1 と結合することで直接 Nodal の制御領域までリクルートされ、誘導がなされな
かった右側 LPM での Nodal の抑制状態を保障することで、身体の右側としての性質を分
子レベルで維持しているというモデルが考えられる(図 8.1)
。これは左右軸形成の中核に
関わる新規の制御経路である。この新たな知見を既存の知見に組み入れていくことで、左
右軸の決定機構に対する理解がより深まることが期待される。また Ezh1 の高度な保存性
や in vitro の実験結果から、魚類のみならず哺乳類やその他の脊椎動物にも同様の機構が
存在する可能性がある。
図 8.1 Ezh1 による左右軸制御
Ezh1 は FoxH1 により Nodal 制御領域までリクルートされて、Lefty や Cerl-2 とは独立に、右側 LPM で
Nodal が誤って発現しないよう抑制状態を保障していると考えられる。
55
本研究の成果として意義深い点の一つは、標的遺伝子へのリクルート機構を提案できた
ことである。PcG による組織特異的遺伝子制御は細胞の分化と性質の維持に深く関わって
いる。だがその制御を成立させている標的への選択的結合の機構はほとんどわかっていな
い。哺乳類では PcG の結合領域に共通する特徴が見出されていないことが理由の一つであ
る(Ringrose and Paro, 2007)
。PcG は細胞の状態に応じて標的遺伝子の組み合わせを変
化させることも考えると、全標的に共通したコンセンサス配列が存在するのではなく、時
空間特異的に機能するリクルート機構が存在すると考えるべきであろう。PcG、特に PRC2
を特定の標的までリクルートする因子の候補として組織特異的転写因子と long noncoding RNA が挙げられているが、まだ限られた報告しかなされていない(Bracken and
Helin, 2009)
。FoxH1 は LPM を含む特定の組織でのみ発現する転写因子である。従って
本研究で示した Ezh1 との物理的相互作用は、組織特異的転写因子によるリクルートのモ
デルを支持する重要な知見であると言える。
今後の課題として特に優先すべきなのは、提案した分子機序の検証である。メダカにお
いて olezh1 の機能阻害が Spaw の両側発現を導くのは確かだが、FoxH1 との相互作用か
ら予想された制御が実際に左右軸の形成過程で起こっていると結論づけることはまだでき
ない。既知の PcG の制御機構を考えると Ezh1 も転写抑制因子として標的遺伝子上で機能
していることが予想されるが、FoxH1 とリン酸化 Smad2 や標的 DNA との結合を構造的
に阻害することで転写を抑制している可能性も否定できない。この点はリン酸化 Smad2
を含めた免疫共沈法やクロマチン免疫沈降法などで検証可能である。また Ezh1 が FoxH1
との相互作用とは無関係に Lefty や Cerl-2 などのアンタゴニスト活性を調節している可能
性もある。これらのアンタゴニストは Nodal リガンドの受容体への結合を妨害する(Shen,
2007)
。よって olezh1 機能阻害胚の LPM において Nodal シグナリング経路がどこまで正
56
常に機能しているかを精査していくことで、アンタゴニスト活性を評価できるはずである。
また、細胞移植や条件付きノックアウトなどにより局所的に Ezh1 の機能を阻害する手法
も有効と考えられる。
左右軸形成における Ezh1 と他の PcG メンバーとの関係は、分子機序を考える上で重要
な問題である。Ezh1 は PRC2 の構成要素としてヒストンのメチル化やクロマチンの凝縮を
介した標的遺伝子の転写抑制を行う(Shen et al., 2008; Margueron et al., 2008)。
OLEZH1 が同様の機序で Spaw を抑制しているのかどうかを知るために、メダカ PRC2 の
主要メンバーである OLEZH2、OLEED について遺伝学的手法による検討を行っている。
olezh2 の遺伝子ノックダウンを様々な条件で試みたが、
臓器反転の表現型の出現率は低く、
特に olezh1 のように他の形態異常を伴わずに臓器のみが反転するという状況はほとんど
見られていない(未発表)
。従って左右軸形成に Ezh2 は関与していないと予想され、Ezh1
独自の重要な役割が存在するという仮説を支持する形となっている。一方 Eed は Ezh1PRC2 と Ezh2-PRC2 どちらのメチル化活性にも必要な構成要素である
(Shen et al., 2008)
。
Eed を含まない Ezh2-PRC2 の in vitro におけるクロマチン凝縮能は低下すると報告されて
いる(Margueron et al., 2008)
。oleed の機能阻害胚は顕著な割合で左右逆位の表現型を
呈した。だが oleed のノックダウンは olezh1 とは異なり、繊毛の形成異常を介した Spaw
のランダム化を引き起こすことがわかった(図 8.2A, Arai et al., 2009)
。よって OLEED
は、左右軸形成において少なくとも OLEZH1 とは異なる作用点を持つと推察される。だが
PcG は多機能なタンパク質であるため、表現型として優先的に現れないだけで、OLEED
が OLEZH1 による Spaw 抑制にも参加している可能性は否定されない(図 8.2B)
。この問
題は oleed 単独のノックダウンで解決することが困難であるため、oleed と olezh1 の二重
ノックダウンにより遺伝学的相互作用を調べることで検討を進めている。
57
図 8.2 OLEED の左右軸形成における役割
(A)oleed ノックダウンは逆位、クッパー胞の繊毛の形成不全などを引き起こす。
(B)OLEZH1 は Spaw
の制御、OLEED は繊毛形成に優先的に関わると考えられる。OLEED が OLEZH1 による Spaw の直接制
御に関わっているかどうかは、今のところ不明である。
8-2 今後の展望
本研究の目的は Ezh1 が関わる未知のエピジェネティック制御機構とその生物学的意義
の解明である。そのために Ezh1 に対する多方面からの解析を行った結果、幅広い知見を
得ることができた。それらを下地とした今後の研究展望を以下に述べる。
58
まずクロマチンに着目した遺伝子制御機構の研究が挙げられる。エピジェネティック制
御の基盤はクロマチンであり、クロマチンに対する作用から転写制御、個体レベルの機能
までを結びつけていくことで全容の解明が成し遂げられる。従って今回見出された Ezh1
の標的遺伝子候補である Nodal が、クロマチンを介した制御を受けているのかどうかをま
ず確かめていく必要がある。その上で具体的なヒストン修飾の種類やクロマチンの変化を
精査していくことで、Ezh1 の分子機能に関する正確な知見が得られると期待される。
FoxH1 や Nodal シグナリングが関わる転写制御の実体も、クロマチンを議論に加えること
で理解の進展が望めるだろう。
また左右対称性の破壊を細胞の分化と捉えて、エピジェネティクスの原義に基づいた観
点から考えることもできる。水流により Nodal が誘導される直前まで、左右の LPM は分
子レベルだけでなく胚の中の位置も含め、完全に同一の性質を持った組織である。この厳
密な対称性は、より初期の段階で種々の分泌因子や原腸陥入などによる細胞移動によって
対称性を失う前後軸や背腹軸には見られない左右軸独特の性質であり、分化とエピジェネ
ティクスの関係を個体レベルで解析するための興味深い実験モデルになり得ると考えられ
る。すなわち、Nodal シグナリング及び一部の下流遺伝子にのみ差異を持つ左側 LPM と右
側 LPM という組織をエピジェネティクスの視点で比較していくことで、細胞分化の最初期
におけるエピジェネティック制御の重要性を究明できると期待される(図 8.3)
。具体的な
戦略としては、例えばフローサイトメトリーを用いて左側 LPM 細胞と右側 LPM 細胞を分
離し、Ezh1 の機能に関連するエピジェネティックな違いを同定していくことなどが挙げら
れる。またその知見を個体レベルの解析にフィードバックすることで、同定された差異を
同一個体内で観察することや、左右軸形成という具体的な生命現象との関連を評価するこ
とも可能となる。技術的課題も少なくはないが、エピジェネティクスの深淵な理解のため
59
には目指す価値のある目標であろう。
図 8.3 Ezh1 in the epigenetic landscape
LPM は Nodal シグナルの活性化により左側 LPM に、抑制により右側 LPM へと分化する。右側 LPM の
状態維持に Ezh1 が関わっていると考えられる。両者を隔てるエピジェネティックな差異の実体の解明が
重要な課題である。
Ezh1 の高度な保存性に基づく種を越えた普遍性に関する研究についての展望を述べる。
本研究では遺伝学的検証をメダカでのみ行った。今後の展開として、同様の解析をマウス
で進めていくことが考えられる。FoxH1 による Nodal の制御はマウスにおいて証明されて
おり、
相互作用している Ezh1 が左右軸形成に関わっている可能性は十分にあると言える。
また普遍性だけでなく、今後の研究を進めるためのツールとしてマウスは注目に値する。
左右軸研究に有用な遺伝子組換えマウスの系統が既に多数樹立されており、Ezh1 の条件付
60
きノックアウト実験も比較的容易に行える。メダカは逆遺伝学的手法による機能の探索や
発生学的手法による機構の推定に適する一方、より詳細な解析、今回の場合なら提案した
モデルの個体レベルでの実証は技術的に困難な面もある。今後実験モデルをマウスに切り
替えることで研究の促進が期待される。
Ezh1 の機能ドメインである SET ドメインには Ezh2 とは異なる特徴的構造が存在する
ことを示した。この構造は今回調査した脊椎動物全ての Ezh1 に見られたため、Ezh1 が担
う種を越えて共通の役割の存在が想像される。では、今回見出された Nodal の制御という
機能は脊椎動物に普遍的なものだろうか。水流による Nodal の左右非対称な誘導が詳細に
調べられているのは哺乳類と魚類のみである。ニワトリでは Nodal より先に Shh が左右非
対称な発現を示す(Levin et al., 1995)。アフリカツメガエルでは 4 細胞期の段階で
H+/K+-ATPaseαmRNA が左右非対称に局在することが確かめられている(Levin et al.,
2002)
。これらの報告から、水流による対称性の破壊は種を越えて普遍的な原理ではない、
と論じられている。だが興味深いことに、上流の制御機構が異なるにも拘らず、今挙げた
全ての生物種で Nodal の左側特異的発現は共通して観察される(Levin, 2005)
。クッパー
胞破壊実験の結果から Ezh1 は繊毛が生じる水流よりも後の段階で Nodal の制御を行って
いると考えられるので、鳥類や両生類においても Ezh1 が Nodal 制御に参加している可能
性はある。ニワトリやアフリカツメガエルにおいて Ezh1 の Nodal に対する作用を調べる
ことで、機能的普遍性の議論を脊椎動物全体に拡張することができると考えられる。また
Nodal は脊椎動物と共に後口動物に属するホヤとウニで左右非対称な発現が認められてい
る一方で、
ショウジョウバエや線虫には遺伝子そのものが見つかっていない
(Morokuma et
al., 2002; Duboc et al., 2004)。だが最近、旧口動物に属する軟体動物と環形動物にも
Nodal の相同遺伝子が存在し、巻貝の Nodal が左右非対称に発現することで貝殻の巻き型
61
を制御していると報告された(Grande and Patel, 2009)
。すなわち、Nodal の非対称発
現による左右軸形成の起源は左右相称動物の祖先にまで遡り、普遍的な機構であることが
示された(図 8.4)
。Whitcomb らの報告及び本研究から Ezh1 は脊椎動物だけが有してい
ると考えられる。一方 E(z)相同遺伝子は動物全体だけでなく植物にも存在が確認されてい
る(Whitcomb et al., 2007)
。巻貝をはじめとした脊椎動物以外の種において、E(z)は Nodal
の左右非対称な制御に参加しているのだろうか。それとも脊椎動物が進化的に分岐した後
に Ezh1 が新たに獲得した機能なのだろうか。仮に後者であるならば、Ezh1 の高度な保存
性との関係はあるのだろうか。Ezh1 を持つ脊椎動物と持たないそれ以外の動物を左右軸形
成に注目して比較することで、Ezh1 の進化的起源や存在意義に関する知見が得られるかも
しれない。Ezh1 によるエピジェネティック制御の意義を考えるうえでも重要な検討課題で
ある。
62
図 8.4 E(z)と Nodal の進化的関係
各動物種における E(z)と Nodal の存在を進化系統樹上に表した。赤字は Nodal を有し、左右非対称な発
現を示すことが報告されている種。環形動物(annelids)は Nodal を持つが非対称発現については確認
されていない(*)
。青字は Nodal が同定されておらず、左右軸形成に Nodal シグナリングが関わってい
ないだろうと言及されている種(Grande and Patel, 2009)。Nodal の左右非対称発現は軟体動物
(molluscs)にも見られることから、後口動物(deuterostomes)と旧口動物(protostomes)が分岐す
る以前、つまり左右相称動物(bilateria)の段階には存在していた機構だと考えられる。系統樹は Adoutte
et al.(2000)より改変。
63
材料と方法
メダカ
HO4C 系統のヒメダカ(Oryzias latipes)を用いた。成魚は水温 28℃、14-10 時間の明
暗周期で飼育した。初期胚は水温 28.5℃の暗環境で飼育した。メダカの発生段階は
Iwamatsu(2004)に従い決定した。
olezh1 の単離
マウス及びアフリカツメガエルの E(z)相同タンパク質の配列から縮重プライマー
(5 -GCAAGGCCCAGTGCaayacnaarca-3 , 5 -TCGCGTCCACCACAaartcrttrtt-3 )を設
計した。このプライマーとメダカ卵母細胞から抽出した mRNA を用いて RT-PCR を行い
メダカ E(z)相同遺伝子の cDNA プローブを作製した。このプローブを用いてメダカ卵巣由
来 cDNA ライブラリーから olezh1 の全長を含むクローンを単離した。
In silico 解析
メダカ、アフリカツメガエル、グリーンアノール、ナメクジウオのゲノム探索は UCSC
genome browser (University of California, Santa Cruz, http://genome.ucsc.edu/)を用い
て行った。遺伝子予測は Ensembl(EMBL-EBI and Sanger Centre)によるアノテーショ
ン結果に従った。アミノ酸配列の多重整列及び系統樹解析には CLUSTAL W を用いた。ヒ
トとメダカのシンテニーは UCSC genome browser により Ezh1、Ezh2 両遺伝子の近傍領
域にマッピングされた予測遺伝子を比較することで確認した。比較したタンパク質の
Accession number は以下の通り。human EZH1, NP001982; chick Ezh1, XP418144;
64
medaka OLEZH1, AB532028; human EZH2, CAA64955; chick Ezh2, XP418879;
medaka OLEZH2, NP001098571.
MO
MO は Gene Tools, LLC(Philomath, OR, USA)より購入した。MO は Yamamoto
solution(128 mM NaCl, 5 mM KCl, 1.4 mM CaCl2 and 2.4 mM NaHCO3)と 0.1%
Phenol Red の混合液に溶解し、2細胞期メダカ胚の両方の割球に顕微注入した。各 MO
の一個体あたりの注入量と配列は下表の通り。
olezh1 MO1
1 ng
5 -GGATGTGCTGTTTCCTCCATGACTG-3
olezh1 MO2
1.5 ng
5 -CCACGTCCGATTTTGGTGCAACGCG-3
olezh1 MO E11
15 ng
5 -TGTGTAGTAAGTTCACCTGCTTGCA-3
control MO
1 ng
5 -TTGGGAACAGGCTCCCGGCTGTTCC-3
MO E11 の効果の検証には第 10 エキソン(5 -GCTAAAGAGTTTGTGGATCAG -3 )
、第
12 エキソン(5 -GGCAAAATGCCACCATCTTC-3 )に結合するプライマーを用いた。
MO の注入により死亡した胚(全体の 5∼10%)は統計から除いた。
In situ hybridization
Whole-mount in situ hybridization は Hojo et al.(2007)の方法に従った。olezh1 及
び Spaw mRNA を染色した胚は OCT compound(サクラファインテックジャパン、東京)
に置換した後に液体窒素で凍結し、切片を作製した。olezh1 cDNA は以下のプライマー
65
(5 -AGCCGGGTCACGGGGATCA-3 , 5 -TCTGAAGAATCCTCCATCACG-3 )を用いて
RT-PCR により増幅した。Spaw、Lefty cDNA は Dr. Czerny、charon cDNA は武田先生、
Shh、brachyury cDNA は荒木先生より分与していただいた。
免疫染色
6体節期のメダカ胚を固定液(4% PFA, 1.5x PBS, 0.1% Tween-20)に浸し、4℃で一
晩固定した。固定した胚の卵膜を剥がし、エタノールとメタノールで段階的に脱水した後
-20℃に一晩以上放置した。再水和後、ブロッキング溶液(5% goat serum, 1% DMSO, 1%
BSA, 0.1% Triton X-100, 1x PBS)に浸し 4℃で一晩インキュベートした。一次抗体とし
て抗アセチル化チュブリン抗体(6-11B-1, Sigma, St Louis, MO, USA)
、二次抗体として
Alexa 568 anti-mouse IgG(Invitrogen, Carlsbad, CA, USA)を共にブロッキング溶液で
400 倍に希釈して反応させた。DAPI で対比染色した後、共焦点顕微鏡(ニコン D-Eclipse
C1, Tokyo)により観察した。三次元像は Adobe Photoshop と ImageJ(NIH)を用いて
構築した。
クッパー胞破壊
メダカ胚はアガロース板上の溝に並べ、顕微注入用のガラス針を腹側から刺し入れて身
体を傷つけないようにクッパー胞のみを破壊した。クッパー胞の破壊は Spaw の LPM での
発現が開始する前になされる必要があるため、4体節期までに処理を完了し、6体節期の
時点でクッパー胞が再生していない胚のみを選択して即時固定した。この胚の Spaw の発
現パターンを whole-mount in situ hybridization 法により確認した。
66
免疫共沈
エピトープタグを付加したマウス Ezh1 及び FoxH1 を発現ベクターである pEF-BOS に
組み込んだ。作製したコンストラクトまたは pEF-BOS 空ベクターを Lipofectamine 2000
(Invitrogen)を用いて NIH3T3 細胞に導入した。二日後に細胞を回収して核画分を抽出
し、TNE buffer(10 mM Tris-Cl [pH 8.0], 0.15 M NaCl, 1 mM EDTA, 1% Nonidet P-40,
protease inhibitor cocktail(Sigma)
)で溶解して核タンパク質を抽出した。核タンパク質
は protein G-Agarose(Roche, Mannheim, Germany)で前洗浄した後、M2 FLAG モノ
クローナル抗体(Sigma)または正常マウス IgG(Santa-Cruz, CA, USA)と protein
G-Agarose を加えて一晩インキュベートした。沈降物は TNE buffer で三回洗浄し、SDS
sample buffer で溶出した。ウェスタンブロッティングには一次抗体として M2 FLAG モノ
クローナル抗体(Sigma)と抗 Myc 抗体(9E10, Santa-Cruz)
、二次抗体として西洋ワサ
ビペルオキシダーゼ標識抗体を用い、West Pico Chemiluminescent Substrate Kit(Pierce,
Rockford, IL, USA)で検出した。FoxH1 cDNA 及び pEF-BOS ベクターは濱田先生より
分与していただいた。
67
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74
謝辞
本研究を遂行するにあたり、様々な形でご指導を賜りました早稲田大学教育・総合科学
学術院、東中川徹教授に深く感謝し御礼申し上げます。直接の研究指導もさることながら、
研究者としてどうあるべきか、研究者としての生き方というものについて6年間でたいへ
ん多くのことを学ばせていただき、感謝の念に尽きません。
また貴重なご助言を度々賜りました大山隆教授、加藤尚志教授にもこの場を借りて御礼
申し上げます。
本研究にご助力いただいた桂廣亮氏、進藤軌久博士、松本真悠子氏、ならびに東中川研
究室の諸兄姉にも深く御礼を述べさせていただきます。また研究遂行のために犠牲とせざ
るを得なかった実験動物のメダカとウサギに感謝の意を表するとともに、彼らの安らかな
眠りをお祈り致します。
実験材料を提供していただいた東京大学の武田洋幸教授、大阪大学の濱田博司教授、水
産総合研究センターの荒木和男室長、ウィーン獣医大学の Dr. Thomas Czerny らにも御礼
申し上げます。
75
研究業績
種類別
論文
題名、発表・発行掲載誌名、発表・発行年月、連名者(申請者含む)
1.Polycomb group protein Ezh1represses Nodal and maintains the
left-right axis.
Developmental Biology, in press.
Daisuke Arai, Hiroaki Katsura, Norihisa Shindo, Mayuko Matsumoto,
Toru Higashinakagawa.
2.oleed, a medaka Polycomb group gene, regulates ciliogenesis and
left-right patterning.
Genes to Cells 2009; 14:1359-1367
Daisuke Arai, Atsushi Hatano, Toru Higashinakagawa.
3.A histone H1 variant is required for erythrocyte maturation in
medaka.
The International Journal of Developmental Biology 2008;
52(7):887-892
Osamu Matsuoka, Norihisa Shindo, Daisuke Arai, Toru
Higashinakagawa.
4.The ESC‒E(Z) complex participates in the hedgehog signaling
pathway.
Biochemical and Biophysical Research Communications 2005;
327:1179-1187
Norihisa Shindo, Atsushi Sakai, Daisuke Arai, Osamu Matsuoka,
Yukihiko Yamasaki, Toru Higashinakagawa
講演
1.ポリコーム遺伝子群による左右軸決定の制御機構
第82回日本生化学会大会、神戸、2009年10月
新井 大祐、東中川 徹
2.Polycomb group gene oleed participates in left-right patterning
through regulation of ciliogenesis in medaka.
21st Wilhelm Bernhard Nuclear Workshop, Ustron, Poland, Sep.,
2009
Daisuke Arai, Atsushi Hatano, Toru Higashinakagawa
77
種類別
講演
題名、発表・発行掲載誌名、発表・発行年月、連名者(申請者含む)
3.ポリコーム遺伝子Ezh1による左右軸決定の制御機構
第3回日本エピジェネティクス研究会年会、東京、2009年5月
新井 大祐、桂 廣亮、東中川 徹
4.Role of Polycomb group gene oleed in left-right patterning in
medaka.
BMB2008(第31回日本分子生物学会年会・第81回日本生化学会大会 合
同大会)、神戸、2008年12月
新井 大祐、幡野 敦、清原 憲夫、東中川 徹
5.左右軸決定におけるポリコーム遺伝子群の役割
クロマチン研究会 ‒細胞核・染色体・クロマチンの機能構造構築と動態三島・国立遺伝学研究所 2008年10月
新井 大祐
6.ポリコーム遺伝子群の左右軸形成における役割
第14回小型魚類研究会 岡崎・自然科学研究機構 2008年9月
新井 大祐、東中川 徹
7.Role of Polycomb group gene oleed in left-right patterning in
medaka.
BMB2007(第30回日本分子生物学会年会・第80回日本生化学会大会 合
同大会)、 横浜、2007年12月
新井 大祐、幡野 敦、清原 憲夫、東中川 徹
8.左右軸決定におけるポリコーム遺伝子eedの機能解析
クロマチン研究会 -ゲノム・細胞核から個体発生まで-、三島・国立遺伝
学研究所、2007年10月
新井 大祐
9.Analysis of olyy1α and β, medaka homologues of YY1
20th IUBMB International Congress of Biochemistry and Molecular
Biology and 11th FAOBMB Congress, Kyoto, Japan, June, 2006
Daisuke Arai, Norihisa Shindo, Osamu Matsuoka, Ryo Narita,
Yukihiko Yamasaki, Yuta Komoike, Toru Higashinakagawa
78
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