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伝統技法で着色した Cu 20 mass Ag 合金 `四分一

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伝統技法で着色した Cu 20 mass Ag 合金 `四分一
日本金属学会誌 第 71 巻 第 2 号(2007)295
303
伝統技法で着色した Cu20 massAg 合金
(四分一しぶいち)の微細構造と光学的性質
北田正弘
東京芸術大学大学院美術研究科
J. Japan Inst. Metals, Vol. 71, No. 2 (2007), pp. 295 
303
 2007 The Japan Institute of Metals
Microstructures and Optical Properties of Colored Layer of Cu20 massAg Alloy (Shibuichi)
Prepared by Traditional Japanese Technique
Masahiro Kitada
Graduate School of Arts, Tokyo National University of Fine Arts and Music, Tokyo 1108714
The microstructures and optical properties of niiro
colored Cu
20 massAg eutectic alloy (shibuichi in Japanese) have
craft technique. An aqueous solution containing
been investigated. Specimens are fabricated by a traditional Japanese metal
C). A transmission electron microscope,
cupric sulfate, alum and artificial verdigris is used to color the alloy sheet at 373 K (100°
Xray diffractometer, EPMA, XPS, AES and spectrophotometer are used to determine the physical properties of the coloring layer. The aCu areas in the eutectic structure is preferentially strongly colored bluish black. Although the color change of aAg areas
is less, the areas around aAg are a light yellowish orange and brown. The colored layer consists of crystalline and amorphous
Cu2O, and Ag nanograins of various shapes distributed in the Cu2O matrix. The large Ag grains are nonoxidized aAg grains in a
Ag eutectic structure. The Ag nanograins precipitate when the aCu grains are oxidized. The elements Cl and S are detected in
Cu
the colored surface by EPMA and the compounds CuS, CuCl2 and CuSO4 are detected by XPS. Ag2S is detected near Ag grains by
lattice image analysis. The reflectance of the specimen decreases with increasing coloring time. In conclusion, the Cu2O film and
Ag nanograins in Cu2O mainly contribute to the color change.
(Received August 31, 2006; Accepted November 27, 2006)
Keywords: coppersilver alloy, traditional technique, coloring, cuprous oxide, silver nanograin, chlorine, sulfur, reflectance
合金の組成から由来する名称で,重量組成比 CuAg を 4
1.
緒
言
1 にしたものを外(そと)四分一, 3  1 にしたものを内(う
ち)四分一と呼んでいる.組成比によって色に若干の違いが
わが国の伝統的な金属工芸は神社・仏閣の像や宗教用具,
あり, Au や As などを添加する場合もあり,作者の感性に
日本刀の装飾具,家具・調度品の飾金具,装身具,金属鏡な
よって選択されている.Cu Ag 合金は典型的な共晶系であ
どを中心に発達し,その芸術性は世界的に高く評価されてい
り7) , aCu および aAg の固溶限以上の濃度範囲にある組成
る.用いられる金属は金,銀,銅,錫,亜鉛,鉄およびこれ
では, aCu と aAg 結晶粒が共存する.したがって,固溶体
らの合金が主であるが,地金の色以外の色彩を付与するため
である赤銅地金(Cu 数 mass Au 合金)6)とは着色時の化学
に煮色着色法と呼ばれる独自の技法が考案された.その発祥
反応が異なり,着色層の微細構造も異なるものと考えられる.
時期の詳細は不明だが,遺されている飾金具などから判断す
本研究の目的は Cu 20 mass  Ag 合金の着色層の微細組
ると,平安時代後期には技術が確立している.これらは色金
織を明らかにし,四分一合金の発色機構に関する金属学的
(いろがね)とも呼ばれ,朱銅(しゅどう),赤銅(しゃくど
データを得ることである.
う),黒味銅(くろみどう),四分一(しぶいち)などが代表的
なものである.色金の発色は表面に形成された酸化層,硫化
2.
実
験
方
法
層,およびこれらの層中の微細構造に起因するものと考えら
れているが,その詳細については不明な点が多い.これま
本実験には,現代でも比較的多く使われている内四分一
で,著者らはいくつかの色金着色層の微細構造を検討してい
(Cu 20 massAg )を研究対象に選んだ.純度による影響を
る15).赤銅では,着色層中の微細構造と光学的性質および
避けるために,公称純度 99.99 massの Cu および Ag を用
電気的性質などを詳しく調べ,着色の主因が着色層中に分散
いた.これらを不活性雰囲気中で溶解し,厚さ 1 mm に圧延
微粒子であることを明らかにした6).本研究で取り
した後, 20 × 20 mm に切り出した.一部の合金は圧延後に
上げた共晶系の Cu Ag 合金は着色後に四分一(しぶいち)と
500 °
C で 600 s ( 10 min )の真空焼鈍を施した後に用いた.合
呼ばれる色金で,萌黄色がかった青黒色を呈する.四分一は
金板の表面仕上げは表面状態をできるだけ一定にするため
する Au
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日 本 金 属 学 会 誌(2007)
第
71
巻
に,先ず,エメリ紙で研磨した後,アルミナ粉で鏡面研磨し
た.この後,伝統技法に従い桐炭で研磨し,油脂成分を除く
ために重曹水で洗った.さらに,煮色着色直前に大根汁に浸
漬した.大根汁は表面活性剤としての役割を果たしている6).
着色用煮色液は純水 0.001 m3 に対して,硫酸銅(国産化
学,試薬 1 級, CuSO4・5H2O ) 3 g ,明礬(国産化学,試薬 1
級, AlK (SO4)2・12H2O )0.3 g ,人工緑青(元京印,絵画用粉
末) 3 g を溶解したものである.人工緑青の全量は溶解せ
ず,残渣の存在する状態になっている.この着色液を沸騰状
態まで加熱し,試料を 300
3600 s(560 min)浸漬処理した.
着色の状態は光学顕微鏡で観察し,元素の分布状態は電子
線 プロ ー ブ法 ( EPMA )で 分 析 した . 加速 電 圧は 15 kV ,
Fig. 2 X
ray diffraction pattern of colored Cu
25 massAg
alloy surface.
ビーム電流は 50 nA で ある.定量化には Ag2Te, CuFeS2,
NaCl を標準試料として用いた.極く表面の化合物および組
成は X 線電子分光法(XPS )によって求めた.深さ方向の組
ある.着色液には S および Cl が含まれているので,硫化物
成はオージェ電子分光法( AES )を用いた.結晶解析には薄
および塩化物の生成も考えられる4).しかし,X 線回折の範
膜 X 線回折装置を用いた.
着色層の微細組織観察には透過電子顕微鏡(TEM )を用い
た.観察試料は機械研磨により厚さ数 10 mm にし,これを
イオンシニングにより観察可能な厚さにした.着色表面の反
射率および色は分光光度計および色差計で求めた.
囲内では,これらの化合物のピークは検出されなかった.し
たがって,着色層の主構成相は Cu2O である.
3.3
組成の面分析
前述の光学顕微鏡像で共晶相の分布は示されているが,こ
れらと反応している成分の分布を求めるために,EPMA に
結果と考察
3.
3.1
着色後の表面状態
煮色着色した後の試料表面の光学顕微鏡像を Fig. 1 に示
より面分析を行った.Fig. 3 は着色した圧延試料の Cu, Ag,
O および Cl の EPMA 像である.相対濃度が色で表されて
おり,赤が高濃度側,青が低濃度側である.(a )の赤い領域
は帯状 aCu であり,(b )の赤い領域が aAg である. aAg 中
す.(a)は圧延加工した合金板,(b)は 500°
C で 600 s 焼鈍し
の Cu 濃度はほぼ均一であるが,aCu 中の Ag 濃度には場所
た合金板である.圧延加工した試料(a )の黒い線状の部分は
によって若干の差がみられる.これは凝固過程での偏析およ
桐炭による研磨時の条痕(研磨傷)であり,金属組織に由来す
び着色処理による組成の変化のためと考えられる.
るものではない.条痕を除くと,不明瞭だが帯状の明るい領
X 線回折結果で示したように,主な反応生成物は Cu2O で
域と暗い領域に分かれている. EDX 分析によれば,明るい
あり,(c)で示す O の分布領域は(a )で示した aCu 領域によ
領域は aAg 固溶体,暗い領域は aCu 固溶体である.aAg 領
く一致している.(d)で示すように,着色液中に含まれる Cl
域は煮色処理すると,白色から僅かだか薄茶色に変化する.
の分布は aCu 領域に多く,aAg 領域で少ない.知られてい
その周囲には茶色等の着色領域が島状に分布している.これ
る Cu と Cl の 化 合 物 と し ては CuCl , CuCl2 お よ び CuCl2
らは主に Cu が選択的に酸化するためとみられる.一方,焼
( H2O )2 がある.何れも水溶性であり8) ,着色表面に残留す
鈍した試料( b )では再結晶によって aCu および aAg 領域が
る可能性は低いが,水への溶解速度等の程度によっては残留
明瞭に分かれている. aCu とみなされる領域は若干緑色が
することもある.また, Cl は Cu2O 中に固溶している可能
かった暗黒色であり,この領域が選択的に着色液と反応し,
性もある4).AgCl は水に難溶性8)なので表面に残留するが,
着色層を形成している.また, aAg 結晶の周囲に黄橙色あ
aAg 領域で検出される Cl 量は少ない.反応のしやすさを考
るいは茶色がかった領域がみられるが,(a )で示した圧延試
え,室温から 100°
C における CuCl のギブスの自由エネルギ
料より顕著ではない.
変化(DG)を考察すると,AgCl の DG より負の向きに 17
分解能の関係から,肉眼で観察される色は Fig. 1 で示し
25 kJ/mol 大きく9),相対的に CuCl が生じやすい.Cu の他
た領域の混色状態になっている.ただし,Fig. 1 に示した光
の塩化物についてはデータがないので不明だが,生成エネル
学顕微鏡像には,写真の色忠実度,印刷時の色変化等の影響
ギの若干の差が Cl の分布に影響しているものとみられる.
があり,実試料の色と多少異なる.
3.2
X 線回折
着色層の主構成相を同定するために,薄膜 X 線回折を行
った. Fig. 2 に X 線回折像を示す.結晶相としては,地金
上記の元素のほかに少量の S が検出された.しかし,aCu
および aAg 領域との特定の関係はなく,全面に分布してい
る.CuS の DG は Ag2S の DG より負の向きに大きく,相
対的にみると Ag2S は生成しにくい.
試料表面から検出された元素の平均的な組成を Table 1 に
の aCu およ び aAg のほか,亜 酸化銅・ Cu2O が 検出され
示す.Ag は合金組成 0.2 より多く,Cu が表面から着色液中
た.圧延試料および焼鈍試料は同様の回折像を示す.地金を
に優先的に溶解することを示唆している.一般に,溶液中の
除けば,薄膜 X 線回折で得られた着色物質は Cu2O だけで
腐食では合金成分の選択的な溶出が起こることが知られてい
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号
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伝統技法で着色した Cu20 massAg 合金(四分一しぶいち)の微細構造と光学的性質
Fig. 1
Optical micrographs of colored Cu
25 massAg alloy, as
rolled (a) and annealed (b).
Fig. 3 EPMA images of colored Cu
25 massAg annealed alloy, (a) Cu, (b) Ag, (c) O and (d) Cl. Red and blue indicate strong
and weak signal intensity respectively.
る.上述のように,Cu の塩化物は水溶性であり,このよう
な化合物の生成と溶出が Cu 濃度減少の一因である.
3.4
X 線電子分光
着色は試料表面の光の反射によって支配されるので,上述
のような着色層の表面での塩化物などの生成は重要である.
Table 1 Mass concentration of colored Cu
Ag alloy surface obtained by EPMA.
Element
Cu
O
Ag
S
Cl
Mass
67.2
6.0
25.2
~0.2
~1.5
298
第
日 本 金 属 学 会 誌(2007)
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巻
着色層の最表面の状態を知るために,着色液の付着による影
との差があるのは当然である.Ag 濃度は合金濃度よりかな
響がないように,表面を純水で十分に超音波洗浄した試料を
り低いが,Ag は Cu より貴なので,試料の極表面では,Cu
用いて XPS による分析を試みた.得られた結果を Fig. 4 に
の優先酸化により Ag が相対的に内部に拡散している.表面
示す.( a )には Cu および Cu 化合物の結合領域における
に存在する数原子層の化合物層の厚さは,可視光の波長より
Cu2p3 が関係するピークを示す. 935 eV は CuSO4 , CuCl
極めて薄いので着色の効果は小さいが,全反射のように表面
あるいは CuCl2,933 eV は Cu ,Cu2O および CuS の結合エ
で反射される光に対しては無視できない.
ネルギに相当する. 933 eV の Cu ピークが分裂しているの
で,上記の化合物が存在する.このほか, 534 eV では SO4
の明瞭なピークが認められた.さらに, 199 200 eV には
CuCl2 のピークが存在している.
3.5
深さ方向組成
光学顕微鏡像( Fig. 1 )では明るい領域と暗い領域(研磨に
よる条痕を除く)に分かれており,これらが aCu と aAg の
上述のように, Cu 塩化物は水溶性といわれているが,何
領域に相当している.これらの領域の深さ方向濃度分布を
らかの理由で水に難溶性になって残留しているものと推定さ
mAES により分析した結果を Fig. 5 に示す.深さ方向濃度
れる.この試料の表面を 1 keV の Ar+で 15 s スパッタした
分布では,Ag と Cu のピークは交互になっており,これら
後の XPS スペクトルでは,Cu および Cu2O のピーク以外の
の濃度は周期的に変化する.これは aCu + aAg 共晶組織に
化合物によるピークシフトは消えている.したがって,着色
よるものである.(a )は光学顕微鏡像で明るく見える場所の
層の極く表面には Cu2O 以外に CuCl2 および CuSO4 などが
深さ方向濃度分布である. aAg が表面近くに存在するので
存在する.ただし, X 線回折では検出できないので,極く
表面側に Ag のピークがあり, Cu も表面に向かって濃度が
表面だけに存在するか,あるいは Cu2 ( O, Cl ), Cu2 ( O, S ) ,
高くなる分布を示す.O の存在する深さまでが着色反応の影
( Cu, Ag ) Cl 等の複合化合物の可能性もある.一方, Ag の
響を受けている領域である.表面近くの Ag ピークの高さは
3d5 に関係する XPS ピークを(b)に示す.金属 Ag のピーク
O の影響がない深い場所の Ag ピークより高く, aAg 中の
だけで,ピークシフトも殆ど認められない.表面をスパッタ
Cu が優先的に酸化して相対的にピークが高くなる.この優
してもピーク形状は変わらないので,AgCl, AgS 等の量は
先酸化のために,Cu は表面側に向かって濃度が高くなる.
少ないものとみなされる.
O は表面近傍の Ag 濃度分布とほぼ同じ位置に存在するので,
XPS の結果から求めた最表面の元素のモル濃度を Table 2
aAg 中 の Cu の 優 先 酸 化 を 裏 付 けて い る . 共 晶 組 織 中 の
に示す.50100 nm 程度の深さまでの情報である EPMA の
aAg の表面は優先酸化した Cu2O で薄く覆われている.これ
分析結果に比較して, XPS では数原子層までの情報であ
によって,前述のように aAg 領域の色は Cu2O 系の黄色に
る.極く表面では O , S および Cl 濃度が高く,上述の化合
着色してみえる.Fig. 5 には示していないが,スパッタリン
物の結合状態で存在しているものと見られるが,O について
グ時間で数 s までの表面近傍では有効量の Cl および S が検
は大気保存の間に吸着した量が含まれるとみられる.合金成
分では Cu の濃度が相対的に高く, Ag が少ない.Cl および
S 濃度は Cu の 10 分の 1 程度である.この結果は EPMA の
Table 2 Mol concentration of colored CuAg alloy surface obtained by XPS.
結果とは異なるが,上記のように EPMA はサブマイクロ
Element
Cu
O
Ag
S
Cl
メータの深さまでの濃度であり, XPS による最表面の濃度
Mol
27.1
64.8
2.3
2.2
3.6
Fig. 4
XPS spectra of colored Cu25 massAg alloy, (a) Cu and (b) Ag.
第
2
号
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記号 A1, A3, A4 および A6 は明るく見える領域で,これら
の領域を mEDX で分析した結果,主成分は Cu と O で,少
量の Ag と微量の S および Cl が検出された.したがって,
マトリックスが Cu2O からなる着色層である.ただし,場所
によって S と Cl の信号強度には差がみられ,記号 A1 の領
域で濃度が高い.電子線回折では Cu2O と Ag の斑点が得ら
れるので,着色層のマトリックスは Cu2O で,ここに Ag 微
粒子が分散している.コントラストの暗い微小領域がほぼ
Ag 微粒子に相当する.Cu2O 中に観察される Ag 微結晶の寸
法は最大で 0.3 mm ,最小で 0.01 mm 程度である.記号 A3
および A5 で示す共晶成分の aAg 結晶は地金面に平行に並
んでおり,小さな Ag 結晶粒は無秩序に近い分散状態であ
る.これらの Ag 微結晶は共晶成分ではなく, aCu 中の Cu
が優先酸化したときに酸化されなかった Ag である.
一方, A2 および A5 の暗く見える領域からは Ag と少量
の Cu が検出され,これらは aCu + aAg 共晶中の未反応の
aAg 結晶である. A7 で示す下側の像が未反応の Cu Ag 共
晶合金であり,その上の領域まで aCu が優先酸化してい
る.着色層の厚さは約 2 mm である.深さ方向組成分布で示
した Cu および Ag の周期構造は,共晶に由来する多層構造
であり,Fig. 5 と Fig. 6 の結果はよく一致する.
前掲の Fig. 6 中の A1 , A2 および A3 を含む領域の高倍
率像を Fig. 7 に示す.暗いコントラストの上側中央が共晶
成分の aAg で,周囲が酸化物領域である.Cu2O マトリック
スには,前述の Ag 微粒子のほかに,数 nm から数 10 nm の
微細なコントラストを示す像からなっている.特に明るい領
域ではコントラストの変化が見られない場所があり,これら
はアモルファス領域とみなされる.
上述の mEDX 分析の代表的な結果を Fig. 8 に示す.( a )
は Cu2O 領域で,主成分の Cu , Ag および O ,微量の Cl お
よび S が検出された.一方,Fig. 6 の A2 および A5 などの
Fig. 5 Depth
composition profiles of Cu, Ag, and O in colored
25 massAg alloy, (a) bright (bAg) area and (b) dark
Cu
(aCu) area shown in Fig. 1.
結晶粒の代表的な EDX 像が Fig. 8 ( b )で,主成分の Ag の
ほかに固溶している Cu が検出された.したがって,aAg 中
の Cu の大部分は酸化されずに残っている.aAg 領域からも
出される.これは EPMA および XPS の結果と一致する.
Cl および S が検出された.上述のように,Cu2O 領域中には
光学顕微鏡像の暗い領域における深さ方向の濃度分布(b )
コントラストの暗い比較的小さな結晶粒が存在するが,これ
では,表面近くに Cu のピークがあり, O の濃度も(a )の場
らを mEDX 分析した結 果,主成分 は Ag で あった.た だ
合より高い.Cu と Ag は(a)と同様に周期的な分布をしてい
し,共晶成分である大きな aAg 結晶粒に比較して,Cu は検
る.ただし,( a )と( b )での濃度周期の差は共晶組織の寸法
出されない.これらの Ag 微結晶は aCu 結晶が酸化すると
の差によるものである.表面に近い Cu のピークの対称性が
きに,固溶している Ag 原子が aCu から掃きだされて集合
ひずんでいる領域は O の存在領域とほぼ一致し,酸化物の
し,微結晶を形成したものである.ただし,共晶反応で生成
形成によって Cu の対称的分布が崩れる. Cu 酸化物が存在
した Ag 微結晶の存在も考えられるが,通常のるつぼ溶解と
する領域でも Ag が存在し,これは aCu 中の Ag が Cu2O 中
その後の空冷では nm オーダーの aAg 微結晶は得られない
に取り込まれたものである. Ag 分布の肩は, aCu 中の Cu
ので,掃きだされて形成されたとみなされる.この Ag 微結
が優先酸化したときに深さの向きに拡散した Ag による.表
晶の生成機構は,前報6)で述べた Cu 4 mass Au (赤銅し
面近傍では,( a )より多くの Cl および S が検出され,これ
ゃくどう)の Cu2O 中の Au 微結晶と同様である.
は Cl および S との親和力が強い Cu 濃度が高いためである.
透過電子顕微鏡像における Cu2O 領域の微小なコントラス
EPMA および XPS の結果と合わせて考えると,表面には少
トが観察された部分の格子像を Fig. 9 に示す.格子縞が観
量の Cu 塩化物および Cu 硫化物が存在する.
察される領域とアモルファスとみなされる格子像の得られな
3.6
透過電子顕微鏡観察
着色層断面の透過電子顕微鏡像を Fig. 6 に示す.図中の
い領域が存在する.これらの大きさは 5 10 nm 程度で,非
常に微細である.mEDX 分析によれば,格子像領域とアモ
ルファス領域の主成分は両者とも Cu と O である. Cu2O の
300
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Fig. 6 Crosssectional transmission electron micrograph of colored Cu
25 massAg alloy, Marks A1
7 indicates positions analyzed by mEDX.
結晶化あるいはアモルファス化の条件は不明であるが,
Cu2O の化学量論,不純物原子などが原因と推定される.
Cu2O 領域の電子線回折では,Cu2O と微結晶 Ag 以外の斑
点は存在しなかった. S を大量に含む入浴剤で処理した Cu
着色層では,数種の硫化銅が観察されており4) , Cu2O の
DG より若干小さい CuS も形成されている.前述の EPMA
および EDX でも S が検出されているが,格子像の解析で
も,結晶としての CuS は検出できなかった.
前掲の Fig. 6 の記号 Al で示した領域の Cu2O 中に分散し
ている Ag 微結晶粒の格子像(a )と,これからフーリェ変換
して得た回折像を(b ),および(b)から再生した格子像(c)を
Fig. 10 に示す.(a)では全面に格子が観察される.フーリェ
変換して得た回折像には Ag 結晶の{111}(d=2.36)のほかに
面間隔の大きい斑点(d=2.61)があり,これは Ag2S の{121}
に相当する.Ag2S 微結晶は aCu 結晶が酸化するときに掃き
だされた Ag 原子が着色液中から内部に拡散した S と結合
し,生成したものである.( b )の Ag2S 斑点から再生した像
Fig. 7
Higher magnified TEM image of a part of Fig. 5.
( c )では,一部分に格子像が再生されており,ここが Ag2S
結晶の存在する領域である.Ag2S は黒色の化合物であり,
第
2
号
伝統技法で着色した Cu20 massAg 合金(四分一しぶいち)の微細構造と光学的性質
Fig. 8
301
mEDX spectra of marks A1 (a) and A2 area (b) shown in Fig. 6.
反射)の約 60 である.合金の組織は aCu + aAg 組織で,
それぞれは固溶体である.純 Ag の可視光領域の反射率の波
長依存性は非常に小さいので,固溶している Ag は Cu の吸
収端を若干短波長側にシフトする. aAg の反射率は固溶し
ている Cu の濃度が低いため,可視光領域で波長依存性を殆
ど示さない.したがって,合金の分光反射率は純 Cu10) に比
較して吸収端が短波長側にシフトするとともに,表面におけ
る aCu と aAg の占面率に依存し,短波長側の反射率が純
Cu より高くなっている.
着色処理時間が 300 s の場合,(b )で示すように,反射率
は処理前の約 30に低下するが,550 nm 付近の吸収端は現
れており,地金の aCu からの反射光は外部まで放出されて
いる.処理時間が 1800 s になると反射率はさらに低下し,
可視光反射率は処理前の約 5に低下する.吸収端は僅かに
みられるが,波長依存性は弱くなる.さらに,処理時間が
3600 s になると Cu の吸収端は完全に消滅し,長波長から短
波長へ反射率が直線的に減少するスペクトルになる.分光反
射率では長波長の反射率が高いが,肉眼の視感度は 550 nm
Fig. 9
Lattice image of Cu2O nanograin.
付近で最大になるので11),波長 650 nm 以上の反射率は視感
度では非常に低くなり,赤色系は消えて黒化する.以上の処
理時間依存性は着色層である Cu2O の厚さの増大,前述の
着色層の黒色化に寄与する.ただし,微量なので,その役割
は小さい.
aAg 結晶粒中の Cu が優先酸化を受けているか否かを調べ
Ag 微結晶および Ag2S 等の生成によるものである.
着色層のマトリックスである Cu2O はバンドギャップが約
2.2 eV の半導体であり6,8,9),黄色を帯びた半透明状態で,金
るために, Fig. 6 中の記号 A5 で示した共晶成分の aAg 結
属 Cu の赤色を小豆色に変えることは良く知られている.一
晶粒中における Cu 濃度差を mEDX によって測定した.aAg
方,マトリックス中に分散する Ag 微結晶によって入射光の
結晶粒端部での Cu 濃度は約 0.5 massで,中心部の濃度は
反射は大きな影響を受ける.すなわち,Ag 微結晶の配置は
約 5 mass であり, aAg 結晶端部の Cu 濃度は低く aAg 中
無秩序に近いので,入射光は乱反射され,多くの Ag 微結晶
の Cu は煮色処理による優先的な酸化作用を受けている.
3.7
可視光反射率
によって繰り返し反射を受ける.また,Ag 微結晶は光が透
過する程度の厚さであり,透過光の吸収も生ずる.これらの
過程で光は吸収され,試料外部への反射光が減少するので着
圧延試料の着色処理時間を 300 3600 s ( 5 60 min )に変え
色層は相対的に暗くみえ,すなわち,黒くなる.Ag 微結晶
たときの分光反射率を Fig. 11 に示す.(a )で示すように,
は前報6) で述べた Cu2O 中の Au 微粒子と同様な挙動を示す
伝統技法で磨いた試料の可視光領域反射率は表面粗さが大き
と考えられるが,Au と異なり反射率に波長依存性がなく,
正
いため,アルミナ微粉等で鏡面研磨した合金の反射率(5 °
色を微妙に変化させる機能は Au より低い.また,表面近傍
302
日 本 金 属 学 会 誌(2007)
第
71
巻
Fig. 11 Reflectance of as
polished (a) and colored Cu
25
massAg alloy. Coloring time is 300 s for (b), 1800 s for (c)
and 3600 s for (d).
にある aAg 結晶は白色反射に近いので,色を変化させる機
能は低いが,aAg 結晶上に形成された Cu2O の黄色は下地の
aAg が白色反射するので強調されて観測される. Fig. 1 で
示した像では, aAg 結晶の周囲に黄橙色あるいは茶色がか
った領域がみられる.また,可視光領域の全般的な光吸収の
ほかに,表面近傍では前述の Cl および S との化合物の反射
光が存在し,これらの混色によって独特の色を呈する.着色
時間の増大は着色層の厚さの増大と,マトリックス中に分散
する Ag 微結晶等の密度の増大であり,着色層中での入射光
の吸収量の増大に比例する.このように,着色層の厚さの増
大とともに明度が低下して黒色化する.
3.8
色差計による微視的色分布
金属組織に対する色の分布は微小部の光学的性質を調べる
ことで明らかになるが,金属組織に対応する分解能を有する
反射率測定装置がないため,表面の光学顕微鏡像の色分布を
色差計によって測定した.光学顕微鏡像の色忠実度に問題が
あるので,本結果は色分布の傾向を相対的に示すものである.
Fig. 12 に焼鈍試料を煮色着色した試料の代表的色成分であ
る明度(L)と彩度(aおよび b)11)の測定結果を示す.横軸
は相対距離である.(a )は Lと組織との位置関係で,Fig. 1
で示した Cu Ag 系共晶の aCu aAg aCu 組織を横断するよ
うに明度を測定した.したがって,図の中央に aAg が存在
Fig. 10 Lattice image of Ag nanograin in Cu2O (a), its Fourier
transformed diffraction (b), and Ag2S lattice image reproduced
from (b).
し,両側が aCu 領域である.中央の aAg 領域は着色の程度
が低いので反射率が高く,Lは中央でゆるいピークを示す.
第
2
号
伝統技法で着色した Cu20 massAg 合金(四分一しぶいち)の微細構造と光学的性質
303
金である四分一(Cu 20 massAg )の着色層について微細構
造と光学的性質を調べ,以下の結果を得た.


光学顕微鏡像では,共晶成分である aCu 領域が青み
がかった青黒色に着色している. aAg の色変化は少ない
が,その周辺では黄橙色および茶色がかった色が観察される.


X 線回折では,着色層の主な反応生成物として Cu2O
が検出された.


EPMA 分析では,合金成分および O のほかに Cl , S
が検出され, O と Cl は Cu2O 領域, S は全面から微量検出
された.


XPS による表面分析では,着色層の極表面に Cu2O
のほか,CuS,CuCl2 および CuSO4 の存在が認められる.


AES による深さ方向組成分析では,周期的な Cu と
Ag の分布が得られ,これは共晶組織によるものである.
aAg では,Cu の優先酸化が認められる.着色部の表面近傍
では O,Cl および S が検出された.


TEM によれば着色層のマトリックスは結晶質とアモ
ルファスの Cu2O で,未反応 aAg の比較的大きな結晶粒と,
Cu2O 中に分散する Ag 微結晶が観察された.


着色層の成長とともに aCu 地の反射が減少し,明度
が低下する.また,明度および色の微細分布と組織の関係を
求めた.
以上の結果を総合すると,強い着色は主に Cu2O 中に分散
する Ag 微粒子による光吸収であるが,これに Cu2O の色,
aAg の反射光,S 化合物の色等が混じったものである.
本研究の遂行にあたって, XPS 測定を手助け戴いた産業
総合研究所の山本和弘博士,着色実験に手助け戴いた飯野
一朗教授,データ整理に手助け戴いた桐野文良博士に感謝す
る.また,本研究の一部は文部科学省科学研究費によるもの
Fig. 12 Microdistribution of color factors L
, aand bof
25 massAg alloy surface.
colored Cu
で謝意を表する.
文
彩度(a)は赤から緑系の色の強弱を示す指標であり,(b )
で示す aの分布は中央の aAg の領域で低くなっている.こ
れは aAg が白色系金属で,着色の程度が低いことを示す.
彩度( b)は黄から青系の色の強弱を示し,( c )で示すよう
に,中央の aAg 領域でピークを示す.原因は aAg の上に優
先酸化した Cu2O が薄く存在するためとみられる.このほ
か,赤味が強い微小領域,青味が強い微小領域などが点在
し,これらは局部的な組織あるいは組成に依存している.以
上の実験結果は微視的な領域での色変化であり,分解能が低
い肉眼でみえる巨視的な色はこれらが混色したものである.
加工試料と焼鈍試料では微妙に色が異なるが,混色の原因と
なる色分布が組織による影響を受けるためである.
4.
結
言
わが国の伝統金属工芸の中で赤銅とともに代表的な着色合
献
1) M. Kitada, M. Horiguchi, I. Iino and S. Niiyama: Bulletin of the
Faculty of fine Arts, Tokyo National University of Fine Arts and
16.
Music 34(1999) 5
2) M. Kitada, M. Horiguchi, I. Iino and S. Niiyama: Bulletin of the
Faculty of fine Arts, Tokyo National University of Fine Arts and
44.
Music 40(2004) 5
3) M. Kitada, F. Kirino, T, Tsuru and K. Sugimoto: J. Japan Inst.
1361.
Metals 66(2002) 1356
4) M. Kitada, I. Iino, R. Miyata, M. Horiguchi and S. Niiyama:
Bulletin of the Faculty of fine Arts, Tokyo National University
17.
of Fine Arts and Music 41(2004) 5
5) M. Kitada, F. Kirino, T, Tsuru and K. Sugimoto: J. Japan Inst.
231.
Metals 67(2003) 226
1079.
6) M. Kitada: J. Japan Inst. Metals 69(2005) 1069
Hill, 1958)
7) M. Hansen: Constitution Binary Alloys, (McGraw
pp. 18
20.
8) Edited by S. Nagakura et al., Dictionary of Chemistry, (Iwanami,
1998) 535.
9) Free Energy of Binary Compounds, (MIT Press, Cambridge,
1971) pp. 3738.
10) M. Kitada and F. Kirino: Inst. Technology of Heat Treatment
(2006) 31.
11) Edited by Japan Color Society, Handbook of Color Science (1998)
pp. 99
129.
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