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兆に習う和食の流儀、 その極意

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兆に習う和食の流儀、 その極意
J apanese tex t
2014年 春/夏号 日本語編
食
守り続けながらもたゆまぬ前進を続ける「京都
兆に習う和食の流儀、
その極意
兆」
。その
料理と姿勢にふれることは、和食の極意を知ることになるは
ずだ。
昭和 5 年(1930)
、大阪・新町にカウンターだけの店「
撮影=岡崎良一 文=大和まこ
兆」を創業した湯木氏。生涯傾倒した茶の湯を通して料理
p.068
と向き合い、日本料理を一つの芸術としてその地位を高め
2013 年にユネスコ無形文化遺産に登録され、今や世界が注
た功労者である。後の昭和 23 年(1948)に、個人の別宅
目する日本の食文化、和食。ひとことでは語りつくせない、
を譲り受け開いたのが「嵐山本店」の始まり。以来、湯木氏、
その深遠なる世界の案内人となってくれるのは、日本を代表
2 代目の徳岡孝二氏、そして邦夫さんと 3 代にわたり数寄屋
する料亭「京都
造の建物と庭、茶室を舞台に、最高の料理を提供し続けて
兆」の徳岡邦夫氏。その精神、もてなし
の形から技の基本まで、
兆流・和食の極意を特別に伝授
して頂きます。
きた。どの時代も国内はもとより世界の要人にも愛されてき
たのが「京都
兆」なのだ。
20 歳となり本格的に料理の修業をスタートさせた徳岡さ
(p.069)
ん。「修業するなら世界を知っている人のもとで」と切望し、
桜散る春の水辺を映したもてなし。都鳥の向付の蓋を開ければ、ぐじの
昆布〆と小松菜や利休麩のあしらいが顔をのぞかせる。ぼんぼりの中に
は赤貝のぬた。水引の波、新芽、桜の花びらと華やかさもひときわ。
湯木氏のもとで働くことが叶ったという。すでに料理人とし
て一流であった湯木氏について料理、茶事、そしてもてな
都鳥向付「隅田川都鳥三態 睡・留・進」とぼんぼりはともに白井半
しの姿勢を学んだ。やがて徳岡さんは 35 歳で「京都
兆」
七作。
総料理長として店を任される。「嵐山を引き継いだ当初、僕
は湯木貞一と同じことをしようと考えていました。ところがう
(p.070)
まくいかない。バブルが崩壊して経営も難しくなった。程な
夏の焼き物は鮎。生け簀からあげた、まだ生きた鮎に串を打ち、備長
炭で丹念に焼き上げる。とりわけ塩焼きは丸ごと食べてこそ鮎と、頭や
皮はパリッと、骨はカリッと、身はふんわり仕上げる。清流を模した盛り
くして、求められているのは心根の再現であって、料理の再
現ではないと気づいたのです」
つけで。
では湯木氏の心根とはなにか。季節を映し取った料理は
次のページ:たらの芽やこごみ、春若芋、菜の花、うど、わらび、筍な
もちろん、時期や集まりに合わせた器やしつらい、ひとりひ
ど春の息吹を感じさせる食材は、どれも目から季節を伝えてくれる存在
とりのお客さまを迎える姿勢。茶の湯を通じて学んだもてな
感を持つ。鮮やかさを引き立てるのは、古余呂技窯で作られた染付牡
しの心こそ、湯木氏の心根であり、現在の「京都
丹四方皿。
兆」が
受け継ぐものである。「茶の湯といえば決まりごとの多さば
かりに目がいきがちですが、それはすべて人間関係を深め
1
るためのもの。作法とは人が合理的に人間関係を深めるた
京都吉兆の伝統と革新― 徳岡邦夫が語る
めのマニュアルです。もてなしの気持ちは茶の湯と同じ、茶
p.072
事の懐石をもっと緩やかにして、茶道の本質を日本料理に
京都きっての名勝地・嵐山。渡月橋近くに建つ数寄屋造の
取り入れたのが湯木貞一の料理でした」
料亭が「京都吉兆嵐山本店」、
日本を代表する日本料理店だ。
一代で「
総料理長として切り盛りするのは 3 代目・徳岡邦夫さん。創
木氏。現在を予見するかのように、昭和 38 年(1963)に
業者であり祖父である湯木貞一氏の心意気と味を受け継ぎ、
掲げたのが「世界之名物 日本料理」の言葉だ。その十数
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兆」を日本を代表する料亭へと進化させた湯
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年後に湯木氏が午餐を任された東京サミットでも、生魚の
替える。現状にはこだわらない。固執しないのがこだわりと
使用は禁止されたというから、当時の世界での日本料理の
いえるでしょうか」。試行錯誤を繰り返し、さまざまな条件で
認知度は推して知るべし。そこにこの言葉だ。日本料理は
比べた結果、 水出し 12 時間 に確立された昆布だしの引
単なる料理ではなく、茶の湯の侘び寂びと気品を持ち、ほ
き方。毎年日本各地の新米を取り寄せて、役員や料理人だ
かの国にはないもの。その自負から生まれた言葉は、数十
けでなくスタッフ全員でテイスティングを繰り返した後に、1
年の時を経て現実のものとなった。見た目に美しく、バラン
年間使う米を決める。素材こそ重要と、産地で生産者と直
スもよく健康的な和食は海外でも注目され、ブームが起きて
接会って選ぶ。調味料も素材のひとつとオリジナルを注文す
いる。「京都
兆」をはじめミシュランガイドで 3 つ星を取
る。革新を続けることは伝統でもある。事実、湯木氏もさま
る日本料理店は 25 軒にのぼる。2013 年にはユネスコ無形
ざまなチャレンジを行ってきた。日本料理に使われることの
文化遺産に登録され、関心と評価を集める。和食は、今後
なかったキャビアやフォアグラといった素材も意欲的に取り
ますます注目されるに違いない。
込んだ。田の字形の入れ物からヒントを得て松花堂弁当を
「そんな今だからこそ、守るものと変えるものを意識するこ
考案。名品といわれる器も、倒したまま料理を盛りつけるな
とが大切」と邦夫さん。なによりも、もてなしの気持ちは不
ど大胆にアレンジして使った。独創性の追求は晩年まで衰え
変である。さらにしつらい、器、食材、盛り付けとすべてに
ることなく、その意識は間近で目にしてきた徳岡さんを通じ
季節感を欠かさないこと。茶室や座敷、庭、道具など脈々
て「京都
兆」にも脈々と流れている。
と受け継がれている美意識を伝えること。
「京都
その代表といえるのが、
「 兆」の代名詞でもある八寸だ。
約を受けた瞬間から、もてなしはスタートする。集まりの顔
ポイントとなるのは色、バランス、流れの 3 要素。食材は
ぶれや趣旨によってしつらいや器、料理を組み立て、食材
もちろん、花や器で季節を存分に盛り込み、お客さまの目
を手配する。以前にも来たことがあるお客さまなら、顧客デー
を惹きつけ、五感に訴えかける存在感。「
兆」というフィ
タで好き嫌いや献立を確認する。当日は入念な掃除の後、
ルターを通して切り取られ、デフォルメされた自然が浮かび
しつらいを整える。到着に合わせて水を撒き、香を焚きしめ、
上がる。店の前を流れる大堰川とそこに舞う桜の花びら、
出迎える。
遊ぶ水鳥を描いた春。蓮の葉と花びらを器に見立てた夏。
「茶の湯ではお客さまが料理や菓子を取り回すなど、ホスト
大根で作られたぼんぼりに明かりがともり、座敷の照明を落
とゲストが対等で一緒になってもてなしを作り上げます。予
として供される秋。南天に雪が積もった景色の冬。とりわけ
約してくださったお客さまとの会話から気持ちのやり取りが
「京都
兆」では、ほかの料理店では見ることの少なくなっ
兆」で体感できるのは、その探究心の結晶だ。予
生まれ、そこから生まれてくるのが料理なのだと思います」。
た多人数のための八寸を用意し、料亭ならではのインパク
そして「引き立てのだしを感じてもらい、炭で焼き上げた魚
トある演出を心がけている。日本人の繊細な感性を伝える
を感じてもらい、炊きたてのご飯を感じてもらうこと。日本
器づかいや、盛りつけ。これらは守るべきもの。
文化の感性を具現化した、日本料理の根源を感じてもらうこ
一方の変えるもの。「祖父の時代と比べれば流通は格段に
とこそ『京都
進歩して、多くの食材が鮮度を保ったまま届くようになりま
の差別化を明確にするにも重要なことだと思います」と邦夫
した。その意味でも使う素材は変化しました。もちろん食材
さんはいう。
にしても調理法にしても、今のベストをお客さまには提供し
さらに現在、徳岡さんがもっとも関心を寄せているのが「食
ています。けれど、これしか使わないではなくて、よりよい
の環境」だ。「近頃は海外でも日本料理店が増えています。
ものがないかと常にアンテナを張って探し、見つかれば潔く
けれど、ただレシピだけを真似したのでは日本料理とはい
兆』にしかできないことであり、世界と日本
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えません。日本料理は文化を理解することと同時に、なによ
しは料理人の情熱をはかるものでもあるのです」
。実際に 3
りも素材が大切。つまり 1 次産業あってのものなのです」。
代目として歴史を担う徳岡さんも、常によりよき味を追求し、
徳岡さんが総料理長となってから追求したのは、よりよい料
食材を求め、進化を続けている。60 度で 1 時間加熱するの
理を提供すること。その中で行きついたのが素材だった。
が昆布のグルタミン酸を最大限に引き出すという研究発表
なかでも自ら探し出して足を運び、その情熱で手に入れた
があるが「それだと雑味も出る」と徳岡さんはいう。、
「京都
兆」の料理の味を格段に進歩
兆」ではすっきりした味を目指し、水出しで昆布だしを引
させたという。そうやってひとつひとつの食材をレベルアッ
有機野菜は力強く、「京都
く。かつお節を入れた後は、すぐさま漉してさらっと仕上げ
プさせ、料理のグレードを上げてきた。「日本料理を守るた
る。そのための素材探しにも労を惜しまない。生産者に会い、
めには、農業や漁業といった 1 次産業を活性化させること
自らの舌で確かめ、現地から取り寄せる。じっくり選び抜い
が欠かせません。同時に日本料理の表面だけを見るのでは
た素材づかいと、徳岡流の手法で仕上げるだしは、「京都
なく、文化と共にある根底を知ることが大切です。海外の人
兆」の大胆にして繊細なバランスを体現しているようだ。
と同時に、
日本の次の世代へもどう伝えるか。そのための新た
なアプローチを考えてゆくことが僕の使命だと思うのです」
「京都
兆」では、だしを引くのにアルカリイオン化した浄水を使用する。
まずは水 1ℓあたりに 40 ∼ 50g の昆布を浸し、夏も冬も冷蔵庫に入れ
12 ∼ 13 時間おく。味を確認したら昆布は取り除き、昆布だしのみを火
徳岡邦夫 とくおか・くにお
1960 年京都生まれ。京都
兆嵐山本店総料理長。「
湯木貞一氏の孫にあたる。15 歳での京都
りに、高麗橋
兆、東京
兆」の創業者・
兆嵐山本店での修業を皮切
兆を経て 1995 年から嵐山本店で総料理長と
にかける [ 写真 1]。薄く感じた場合は昆布を加え調整する。沸騰前で火
を止め、だしが落ち着いたところでかつお節を入れてすぐに漉す [ 写真
2、3]。2 種類を組み合わせるかつお節のうち、大丸は 1 つかみ(約
25g)
、丸坂は半つかみ(約 8g)程度で、そのバランスは 3 対 1 を目
して現場を指揮。
安にする。これが一番だし。かつお節は削りたてをたっぷり使用し、素
京都
材は贅沢に使用しつつも、さらりと引くのが「京都
兆 嵐山本店
兆」スタイル。二
番だしは、一番だしで使った昆布を水から炊き、沸いてきたら同じく一
京都市右京区嵯峨天龍寺芒ノ馬場町 58
番だしで使ったかつお節を入れて約 30 分煮る。味をみて足りないよう
Tel. 075-881-1101
なら追いがつおとしてかつお節を加える。
www.kitcho.com/kyoto
昼 11:30 ∼ 15:00(LO 13:00)
●昆布
夜 17:00 ∼ 21:00(LO 19:00)
香深
水曜、年末年始 (12/26 ∼ 31、1/3 ∼ 1/9) 定休
礼文島の香深で獲れる希少な利尻昆布。ミネラルを豊富に含み、すっき
りと澄んだだしに仕上がるため、汗をかく季節の夏にはこちらを使用す
1
る。
引きたてのだし
p.074
和食の味の要、それはだし。素材を引き立て料理を際立た
せるため、使い分けられる幾種類ものだしが名店の味を作
り上げる。もちろん「京都
兆」においても、それは同じ。
「世界の中で和食を位置づける、ほかの料理とは絶対に違う
ものがだしだと思います」
と徳岡さん。また、
こうもいう。「だ
道南
北海道の南部で獲れる真昆布は幅広で厚みがある。上品な甘みと、ぽっ
てり深い味わいを持つため、汁はもちろん冬の鍋にも適している。
●かつお節
大丸
鹿児島県山川産のかつお節。上品でベーシックな味で、「京都
兆」の
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3
だしの基本となる。かつお節はともに本枯節の雄節のみを使用している。
[ 写真 3]。皮はパリッと、中までしっかり火は通っていながら身はふんわ
り焼き上がるのは、炭の力のたまもの。
丸坂
鹿児島県枕崎産のかつお節。独特のクセとコクを持つため、単独では
使用せず、大丸とあわせて使用することで深みのあるだしに仕上げる。
1
炊きたての白いご飯
p.077
1
炭火で焼く焼きもの
徳岡さんの米に関しての追求ぶりは、並々ならぬものがある。
なにしろ、「京都
p.076
「弱い火で焼く薪はほかの国にあっても、炭は日本にしかな
い燃料です。高熱を発して強い火力を持ち、遠赤外線の効
果で表面と同時に芯までしっかり火を通す。さらに香りもま
とわせる。炭で焼くということは、和食を海外に伝えるとき
に現地と差別化しやすい調理法ですし、調理法の新しい展
開にもなるはずです」と徳岡さんは、炭もまた大切な和食
の構成要素だという。海外の名だたる料理人とコラボレート
した食事会でも、炭で焼いた魚や野菜は大きな評価を得る
ことが多いと実感するそうだ。「世界一おいしい焼き物は炭
が生み出してくれますが、その代わり世界の火入れの中で
一番難しい、プロフェッショナルな調理技術でもあります」。
炭床の温度はすぐに上げ下げすることはできず、強火弱火
兆」で使う米は、その年ごとにスタッフ
全員で何度も何度も食べ比べ、一口目の味わいから香り、
のど越しとあらゆる面からジャッジして、一番に選ばれたも
のを使うこだわりぶりなのだ。その米への思いは、20 代前
半まで遡る。「祖父・湯木貞一のもとで茶事の手伝いをする
なかで、煮えばなのご飯のおいしさを知りました。芯がなく
なるかなくならないかの、できたての瑞々しい感じ。いわゆ
るアルデンテの状態で、一粒ずつが立って、ぴかっと光って
いる。なんてうまいんだと思うと同時に、みんなこんなおい
しいご飯を食べたことがないのではと思いました」。以来、
水を替え、米を替え、組み合わせを替えて進化を続ける。「米
料理はほかの国にもあるけれど、白いご飯を深く追求すると
ころはありません。世界に向けて発信するものとして、まだ
まだ可能性を秘めているのです」
の調整も炭の量を調整するか、焼くものの高さを変えること
でしかできない。「なによりも経験が必要ですが、炭での調
まず米をとぐ。「京都
理がブームになりつつあるところもある。和食とともに注目
く間に水を吸収するため、最初の 2 回は水を入れたら軽く混ぜ、すぐに
されているのです」
捨てる。次は少なめに水を入れ、かき混ぜるようにしながらとぐ。現代
兆」では浄水を使用する。乾燥している米は瞬
は精米技術が進歩しているため、昔のようにごしごしととぐ必要はない。
兆」では高い火力を持つ紀州や土佐の備長炭を使用する。火を
水を替えて 3 回ほど繰り返す [ 写真 1]。ざるに上げ、乾きすぎて米が割
熾すには、ガス台に焼き網をのせ、その上に備長炭を並べて強火で炭
れないように濡れ布巾を掛け 30 ∼ 40 分おいて干す [ 写真 2]。釜に入
「京都
に火をつける。 かんてき と呼ばれる炭台に、大きいものは外側に高
れて水をはる。米と水は同量が「京都
く積み、細いもの小さいものは中心に置くようにしながら熾った炭を並
ては水を微調整する。30 分∼ 1 時間ほどおく。
べる [ 写真 1]。「京都
次に炊く[ 写真 3]。蓋をして火にかけ沸いてきたら、米を一粒ずつほ
兆」では強火の かんてき を用意し、焼くも
兆」の基本だが、米の状態によっ
のを置く高さを変えることで強火弱火の調整を行う。魚(写真はぐじ)
ぐすため、また釜の中の温度が一定になるように鍋底からかき混ぜ蓋を
には、均等になるように少し離した上から塩をふる [ 写真 2]。火は強火
する [ 写真 4]。水も熱も圧も、すべて均等に米に与えることが、おいし
の遠火にし、盛りつけたときに上になる面から焼き始める。うちわであ
いご飯を炊く秘訣。弱火で約 13 分炊き上げたら火を止め、蒸らさず、
おぐのは、まんべんなく焼き上げるために火のコントロールをするとと
また混ぜずにアルデンテの状態でまず一膳目をよそう [ 写真 5]。
もに、素材の脂が落ちて燃え上がった煙を焼いている魚につけるため
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4
天塩
1
こだわりの調味
赤穂に伝わる、にがりを戻す塩づくりで作られる塩。野菜や海老などを
湯がく際に使用する。日々の調理の中で大量に使用するため、手頃な
p.078
値段であることもポイントとなる。
「調味料は食材の一つ、つまり素材です」。徳岡さんはそう
いう。「世界中でレシピを大切にしすぎるきらいがあるけれ
粟國の塩
ど、重要なのは調味料を含めた素材をきっちり調整すること。
沖縄・粟国村近海で汲み上げた海水から作られる塩。豊富に含まれる
レシピやタイミング、温度などももちろん大切な要素ですが、
私は素材が一番大事だと考えています」
。「京都
にがりやミネラル分がだしに合い、風味をより一層引き立てるため、椀
物用として使用する。
兆」で使
う素材を選ぶ際には、できるかぎり産地に足を運び、生産
並塩
者と会って決めるという徳岡さん。常にいいものをと探究心
海水を原料とする、もっとも一般的で結晶の大きな塩。塩化ナトリウム
を欠かさず、料理を引き立てる気に入ったものに出会えば
95%以上で、湿った状態の塩。塩釜などに使用する。
すぐさま導入する。味はもちろん、より安全で安心なものを
と生産者やメーカーと共にオリジナルの調味料づくりにも意
欲的だ。
さらに興味深いのは、同じ調味料でも食材や調理法ごと
●醤油
「キッコーマン」特選丸大豆しょうゆ
「京都
兆」の料理の根底にある、安心安全の追求の姿勢からメーカー
と作りあげた醤油は、椀物専用。
に使い分けること。この焼き方にはこの味わいの塩、あの
料理にはこのくらいの粒子のものをといった具合だ。現在
「京都
兆」では塩と醤油は各 6 種類を、味噌は 7 種類を
使い分ける。料理を際立たせる秘訣だ。
自家製 昆布しょうゆ
「矢木醤油」の濃口をベースに、道南の昆布と、大丸のかつお節でつく
る昆布しょうゆは造りに使用。720ml の醤油に昆布とかつお節はそれぞ
れ 20g ずつ。冷蔵庫で半日∼ 1 日ねかせて漉す。
●塩 ぬちまーす
沖縄・宮城島近海の海水を用い、海洋成分のミネラルを豊富に残す常
温瞬間空中製塩法で作られるパウダー状の塩。先代の徳岡孝二氏が選
んだ造里用の塩。
海の精
伊豆大島近海の海水を使い、塩田で海水を濃縮させた後、釜で塩を結
晶にする伝統製法で作られる塩。海水に由来する複雑な味わいがあり、
ぐじなどの魚介、松茸など焼き物に使用。
海の晶
伊豆大島近海の海水を使って作られる、希少な天日塩。ほのかな甘さ
やうまみ、コクのある複雑な味わい。ザラメ状の大きな結晶を持つため、
鮎を塩焼きする際の飾り塩として使用する。
自家製 土佐しょうゆ
こちらも「矢木醤油」の濃口がベース。だし 6、醤油 1、昆布 2、追い
がつおでひと煮立ちさせる。醤油を
ほどの濃さに薄めた加減となる。
豆腐などを食べる際に使用する。
「矢木醤油」淡口
淡口も同じく「京都
兆」用に誂えた「矢木醤油」を使用。甘酒を加え
る昔ながらの製法で作られており、上品な色に仕上げる煮炊きものに使
用する。
「矢木醤油」濃口
深いコクとまろやかな風味を持つ醤油を作る、兵庫県龍野の「矢木醤
油」。濃口は先代の頃より使用し、「京都
兆」用に誂えたもので、煮
炊きものなど、幅広い料理に使う。原料も国産小麦、国産丸大豆を中
心に、できるだけ国産の材料を使用している。
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5
「金沢大地」国産有機醤油こいくち
有機栽培農家が作った国産の原料を使用し、杉桶で熟成させた「金沢
1
盛り付け―視覚で表現するおいしさ
大地」の醤油は、力強い味わい。幽庵焼や肉のたれ焼きなど、しっかり
p.080
した素材の調理に使用する。
大胆にして繊細。そんな「京都
兆」の醍醐味をもっとも
●味噌 強く感じさせてくれるのが八寸だ。旬の食材に加え花で季節
自家製田楽味噌(白)
を強調し、視覚に訴えかける。大根のけんもさりげなく庖丁
「京秀味」の白味噌を使用。砂糖、みりん、酒、卵黄を加え、時間をか
けて風味豊かに練り上げる。豆腐田楽などに合せる。
の技を感じさせる。ほかの料理店では見ることの少なくなっ
た大人数の盛り込みで、より一層迫力は増す。その盛りつ
「石野味噌」特選白味噌
雑煮のために使われるのは、コクがあり、まろやかな白味噌。こちらも
自家製田楽味噌のベースになる。
けの根底には陰陽五行の考え方があると徳岡さんはいう。
「五味は 5 つの味。五色は青・赤・黄・白・黒の 5 色。五
法は煮る・焼くなどでさまざまな食感を感じさせる 5 つの調
理法。五方は東西南北と中央の 5 つの方向。その五行に食
「西京味噌」あさげ
大豆でつくられる軽くクセのない合わせ味噌は、どんな食材にも合わせ
やすいことから、まかない用として使用。
べる側の五感を加えた 5 つが絡み合い、盛り込みは完成す
るのだと思います」
。具体的には、色をコントロールすること、
目線を意識すること、三角形配置を基本とすること。これが
自家製田楽味噌(赤)
徳岡流の演出の要だ。
「まるや八丁味噌」の八丁味噌を使用。砂糖、みりん、酒、卵黄を加え
2 ∼ 3 時間かけて、ぽってりと練り上げる。賀茂茄子などに合せる。
1 色をコントロールする
「五色というのは目安であり、一色ではないし十色でもない。程よいバ
「京みそ」白荒味噌
粒が入った味噌は味噌漬け専用。洗練されすぎない雑味が、魚に負け
ランスということ」と徳岡さん。食材はもちろん、器やしつらいまでも含
めてコントロールすることが重要だ。この八寸の場合、黒い卓の上に朱
ない力強さとなる。みりんと酒を合わせて 3 日漬け込んだ味噌漬けは、
塗りの膳というコントラストがあり、その中で金の貝殻の華やかさをポイ
冷めてもパサつかず、弁当などに向く。
ントにしながらも、染付の青も際立っている。
もろみ味噌
2 目線を意識する
「矢木醤油」のもろみを使用。生姜や数種類の野菜を入れてなじませた
料理を置く場所、シチュエーションなど、常に食べる側の視線を意識し
後、裏漉しして細かな角切りの生姜を加えたもの。湯がいた海老や揚げ
て盛り込みをすることが大切となる。写真はお客さまが 3 人で、全員正
物の上に少量のせて仕上げる。
面から見ると想定しての盛りつけ。まずは右上からの小手毬で流れを作
る。貝の器と大根のけんを、岩とぶつかる波に見立て動きをつける。器
「まるや八丁味噌」八丁味噌
とあしらいで高さを出すことで遠近法も活用し、八寸の世界を広げる。
愛知県岡崎で、昔ながらの杉の桶を使い石積みでじっくりつくり上げる
八丁味噌は、深みのある味わい。赤だしや料理に使用するほか、自家
製田楽味噌のベースとしても使用。
3 三角形がもたらす美しさ
基本は不等辺三角形をつくり、配置すること。三角形は見た目の美しさ
をもたらしてくれる。ただし安定感だけでは面白くないため、あえて外す
部分や、高低をつけることで生まれるバランスが大切になる。
「京都
兆」
では、八寸は前の料理が終る前に座敷へ運ぶことが多い。視覚吉で惹
きつけ、料理への更なる期待感を高める演出も八寸の大切な役割だ。
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