Comments
Description
Transcript
実験医学Vol.28 No.4, 572-576, 2010
回urrent囮opics Koshiba-Takeuchi, K. et al. :IVature, 461 : 95-98, 2009 爬虫類心臓発生と 心室形態進化の分子メカ=ズム 小柴和子,Benoit G. Bruneau,竹内 純 これまで爬虫類の心臓は二心房と不完全な一心室をもつといわれてきたが,有二目,カメ目,ワニ目それ ぞれの心臓を観察した結果進化的な分岐のタイミングと関連して心室形態がより高次なものになることが わかった.さらにマウスを用いた解析から,このような心室形態進化にT-box型転写因子をコードするTbx5 遺伝子Tbx5の発現パターンが重要であることが明らかになった. 脊椎動物は,進化の過程で,生活環境を水棲から陸 類の心室中隔が不完全なのか,鳥類・哺乳類の心臓発 棲へと変化させていき,それに伴い肺循環系を獲得し 生研究から得られた知見をもとに爬虫類の心臓発生メ た.陸上での生活はより多くのエネルギーを必要とし, カニズムについて研究を行った. その結果,静脈血と動脈血が混じり合わないより機能 的な心臓が形成された.魚類では一心房一心室,両生 1爬虫類囎発生 類では二心房一心室,爬虫類では二心房と不完全な一 心室,鳥類と哺乳類では二心房二心室の心臓を有す まず,爬虫類の心臓形態がどのようになっているか, るD2).それではどのようにして,われわれヒトのよ 有丁目,カメ目,ワニ目からそれぞれグリーンアノー うな二心房二心室の心臓が形成されていったのであろ ル(アノールトカゲ:Anolis(;arolinθllsis),アカミミ うか?9。5日胚のマウスの心臓は1本のチューブが折 ガメ(Trachemys scripta elθgans),ミシシッピワニ れ曲がった構造をとっているが,2日も経つと心房心 (A Iliga tor mississi]ppiensis)について調べた.これら 室にそれぞれ中隔が形成され,4つの区画からなる心 の心臓形態を詳細に調べたところ,ワニでは完全な心 臓が形成される.このように二心房二心室の心臓が形 室中隔が形成されているのに対し,アノールでは中隔 成される過程として,心房中隔形成と心室中隔形成の 様構造が全く認められず,カメでは心室溝(ventricle 2つのステップがあるが,われわれは爬虫類の心臓発 groove)が形成されその部分の心室壁の肥厚が認め 生を調べることにより,心室中隔形成メカニズムを明 られた(図1A).この肥厚が心室中隔なのかどうか, らかにできるのではないかと考えた.爬虫類は前に述 心室内腔に網目状に発達する肉柱に発現し,中隔には べたように,不完全な心室中隔を有しており,両生類 発現しないBmp10の発現をカメの心臓で調べたとこ と鳥類・哺乳類の中間の心室形態を示す.なぜ,爬虫 ろ,心室溝部分の心室壁の肥厚にはBmplOが発現しな Repti lian heart development and the molecular basis of cardiac chamber evolution Kazuko Koshiba-Takeuchi i) 2) /Benoit G. Bruneau :i) /Jun K. Takeuchi i) 2} : lnstitute of Molecular and Cellular Biosciences, The University of Tokyo 1)/Graduate School of Bioscience and Biotechnology. Tokyo Institute of Technology 2ワGladstone hnstitute of Cardiovascular Disease, University of California San Francisco 3)(東京大学分子細胞生物学研究所1)/東京工業大学 大学院生命理工学研究科2)/カリフォルニア大学サンフランシスコ校グラッドストーン研究所3り 572 実験医学 Vol. 28 No.4(3月号)2010 Presented by Medical*Online A B la. 1瀞v 欝 ra 纏柑’了麟 ;xk5 rv翻 ’ 蛇粥ぐ カメ Bmp 70 アノール Bmp 10 ra Ia 量顎理、 ワニ 臨 カメ アノール り の態 ノ lv ivs ? 。 カメTbx5 ニワトリTbx5 ニワトリ アノール 7bx5ダ 「:i ㍉喝 へ。い. ㌧ノ 7J ssut>v ,9 鰍 拶鍍 v.譜 st. 6 か函メも講雪甜 @.‘ゼ芝. E 2 1 st. 20 (a la ト 暫 、 藩笠 % 、 ノ が ・ 霧・数 「1 t IV 4 st.30 35 カメ □右心室 □左心室 R0 Q5 Q0 P5 P0 o st. 15 st. 17 T0 咽曝継eく歪∈り×β 癖云e咽暇献 くZ匡E℃壽翼々爬\側々側 D 6 働 20 28 11 16 st. 21 - u ニワトリ アノール 図1爬虫類の心臓形態とTbx5の発現様式 15 17 21 (St.) 一 カメ A)グリーンアノール,アカミミガメ,ミシシッピワニ鰐化後の心臓形態.B)カメ胚とアノール胚におけるBmρ10の発現 矢頭は心室溝および発現境界,[]はBmρ10を発現しない心室壁の厚さを示す, C)カメ,アノール,ニワトリそれぞれ の初期胚と後期胚でτbx5の発現を比較したもの. tは心房中隔,矢頭は発現境界を示す. D)カメ胚右心室左心室における Tbx5の発現量変化.発生ステージ15(st.15)の右心室を基準とする.ρ〈0.005. E)ニワトリ,アノール,カメの右心 室と左心室におけるTbx5の発現量の比を比べたもの, a:心房, as:心房中隔, ra:右心房, la:左心房, v:心室, rv:右 心室tlv:左心室, ivs:心、室中隔, ot:流出路〔A(写真), B, Cは文献7より転載D, Eは文献7より引用〕 実験医学 Vol.28 No.4 (3月号)2010 Presented by Medical*Online 573 いことがわかった(図1B).一方,中隔様構造の認め 形成されていないことが確認できた7). られなかったアノールでは心室内一様にBmplOの発現 マウスやニワトリではTbx5の発現境界は心室中隔 がみられた.このことから,カメには形態的には不完 の中央に位置するが,その発現境界の位置は中隔形成 全であるけれども中隔様構造が形成されることが明ら において重要なのであろうか?その疑問について調べ かとなった.それではなぜこのような心室形態の違い るために,今度はMOf2c-AHF:(]reマウス10)を用いて, が生じたのだろうか? 中隔でのTbx5の発現を欠損させる実験を行った。 そこでわれわれは心臓発生において主要な転写因子 Mef2c-AHF:Creマウスは右心室と中隔にCreを誘導 の1つであるTbx5に着目した。 Tbx5はDNA結合領 することができる.すなわちTbx5の発現境界がより 域としてT-boxを有する転写因子をコードしており, 左側にシフトすることになる.結果として,Mef2c- ニワトリやマウス胚において心臓予定領域に発現しは AHF:Cre;TbxsLDN/LDI>マウスの心臓はNkx2.5:’ じめ,発生が進むとともに,左右心房と左心室特異的 Cre TbxsLDN/LDI>マウスよりも弱い表現型を示した. に発現する(図1C)3)4).興味深いことにTbx5の心 10.5日胚のMef2c-AHF’!Cre;TbxsLDN/LDIV 室での発現境界は心室中隔の中央に位置する.また, (TbxsAHF“deOマウスでは心室溝は形成されたがその ヒトやマウスにおいてTBX5に変異が生じたり, Tbx5 内部での心室壁の肥厚は認められなかった(図2B). が欠損したりすると,心室中隔形成異常が引き起こさ さらに,中隔に強く発現するJrx2やDkk3の発現が れることが報告されている5)6).われわれはアノール Mef2c-AHF:Cre TbxsLDN/LDI>マウスでは消失して とカメからTbx5遺伝子を単離し,その発現を調べた. いることからも,Tbx5の発現境界の移動により,心 発生初期にはアノールにおいてもカメにおいてもTbx5 室中隔が形成されなくなることが確認された7). は心室に一様に発現していたが,発生後期になるとカ この結果は心室中隔形成において単にTbx5の極性 メ心臓の右心室側でTbx5の発現が減少し,その結果, をもった発現が必要なだけでなく,発現境界のつくら 左心室から右心室にかけて勾配をもった発現様式をと れる位置も重要であることを示す.すなわち心室壁側 ることが明らかになった(図1C~E)7).しかしア にTbx5の発現境界を認識する何らかのメカニズムが ノールでは,忌寸直前の心臓(st.16)でもTbx5は心 あり,正しい位置に発現境界が形成されないと受け手 室全体に発現し続けていた(図1C, E).以上の結果 側はそれを認識することができず,中隔を形成できな は,心室形態形成(心室中隔の形成)にTbx5の極性 いことが考えられる. をもった発現が重要であることを示唆する. 1 Tb・sの発現t・i・ii£ t ib室中隔形成能 1 領域特異的Tbx5欠損マウスでは 心室中隔形成が異常になる 心臓領域特異的Tbx5欠損実験から心室中隔形成に 次にわれわれはTbx5の心室中隔形成における役割 Tbx5が必要であることがわかったがそれでは爬虫類 を明らかにするために,心臓領域特異的にTbx5を欠 同様Tbx5が心室全体に発現したときに中隔形成はど 損させる実験を行った.心室特異的にCreを発現する うなるのであろうか?Cre依存的にTbx5を発現させ Nkx2.5:Creマウス8)とTbxsLD1>’マウス9)を掛け合わ ることのできるCA T-Tbx5は, CA Gプロモーター直 せると,心室特異的にTbx5を欠失させることができ 下にCl,4 Tカセットを有しており,その後にTbx5遺伝 る(Nk:x2.5:Cre;Tbx5:乙PM}1刀VまたはTbxsv’de1).こ 子が位置している.通常ではCA Tカセット内にpolyA の心室特異的Tbx5欠損マウスには左右心室の区別の があるためにTbx5遺伝子は発現することはないが, はっきりしない単心室の心臓が形成された(図2A). Cre存在化では(ン1 Tカセットが除去されるため,(ンAG 9.5日胚の野生型マウスでは将来の右室と左室の境界に プロモーター制御下でTbx5が発現することになるll). 心室溝が認められるが,Nkx:2.5:Cre;TbxsLDN/LDN CA T-Tbx5とMef2c-AHF:(]reまたはNkx2.5:(]reを マウス胚の心臓は心室溝が形成されず,NppaやBmplO 掛け合わせると,右心室にTbx5が異所的に発現誘導 の発現領域の拡大が認められたことから,心室中隔が されるため,結果として,心室全体にTbx5が発現す 574 実験医学 Vol.28 No.4(3月号)2010 Presented by Medical*Online A B Tbx5 Mef2c-A HF::Cre TbxsA”Fdei Tbx5LDN Nkx2.5:Cre TbxsV“det 亀+蝕亀 亀+熱傷 WT WT TbxsV-det/Vdet TbxsAHFdel/AHFdel L鑑』・礁ご 孕. 膿漏 嵐 xla,iiif D $亀 CA T一 Tbxs or Nkx2.5:’Cre 異所的発現 亀+蝕亀 WT Mef2c-AHF:”Cre ⑪馬 ト CA T一 Tbx5; 《吻. 亀 c Mef2c-AHF::Cre Tbxs ワニ ニワトリマウス カエル 図2マウスを用いたTbx5の機能解析と爬虫類の心臓形態進化 A)心室領域におけるTbx5の機能阻害実験.矢頭(<)は心室溝の位置,矢印(←)は本来心室中隔の形成される位置を示 す,B)心室中隔特異的にTbx5を機能阻害したときの心臓形態. C)心室特異的にTbx5を異所的に強制発現させたときの心 臓形態.D)脊椎動物の心臓形態進化とTbx5の発現様式.心臓の模式図において,青はTbx5の発現を,赤はCreの発現を示 す〔A~C(写真)は文献7より転載,A~C(模式図), Dは文献7より引用〕 実験医学 Vol. 28 No.4(3月号)2010 Presented by Medical*Online 575 るようになる.この(ンAT-Tbxs Mef2c-AHIF:t(]reマウ 隔に加えて心房中隔形成メカニズムの解明が必要であ スの心臓は中隔が形成されず,爬虫類同様単心室の形 るが,脊椎動物間での比較により得られるこれらの知 態を示した(図2C)。 NppaやBmp10の発現を調べた 見は,将来的にヒトの心臓中隔欠損の病態解明につな ところ,いずれも正常胚では心室中隔部位に発現の がることが期待される. ギャップが存在するのに対し,ミュータント胚ではこ れらの遺伝子が一様に発現していた7).以上の結果か 文献 1) Summers, A. P.:Warm-hearted crocs. Nature, 434:833- ら,アノール胚同様,心室全体にTbx5が発現すると 心室中隔が形成されないことが明らかになった. 爬虫類の進化は,ゲノムを用いた比較から,アノー ルなどの有鱗目がまず分岐し,次いでカメ目とワニ目 に分かれたとされている12).興味深いことに,本研究 834, 2005 2 ) M The Vertebrates Body 6th Ed. 1 (Romer, A. S., Persons, T.S./著:),Saunders,1986 3 ) Bruneau, B. G. et aL : Chamber-specific cardiac expression of Tbx5 and heart defects in Holt-Oram syndrome. Dev. Biol. 211 : 100-108, 1999 4) Takeuchi, J. K. et aL : Tbx5 specifies the left/right ventri- から明らかになった爬虫類の心室形態変化は,この分 cles and ventricular septum position during cardiogenesis. 岐のタイミングと一致している.アノールでは全く中 Development, 130 : 5953-5964, 2003 隔が形成されないのに対し,カメでは不完全ながらも 5) Bruneau, B. G. et al. : A murine model of Holt-Oram syndrome defines roles of the T-box transcription factor 中隔が形成され,ワニではニワトリやマウス同様完全 Tbx5 in cardiogenesis and disease. Cell, 106 : 709-721, な中隔が形成される.それに関連して,アノールでは 1999 心室一様にTbx5が発現し,カメでははじめ一様だっ interactions between Sal14 and Tbx5 pattern the mouse た発現が発生後期に左室に局在するようになり,ニワ limb and heart. Nature Genet. 38 : 175-183, 2006 6 ) Koshiba-Takeuchi, K. et aL : Cooperative and antagonistic トリやマウスでは中隔形成に先立って左室に局在する (図2D).つまり,進化の過程でTbx5の発現様式が 変化するのに伴って心室中隔が獲得されていったこと 7 ) Koshiba-Takeuchi, K. et al : Reptilian heart development and the molecular basis of cardiac chamber evolution. Nature, 461: 95-98, 2009 8) McFadden, D. G. et al.:The Handl and Hand2 transcription factors regulate expansion of the embryonic cardiac ven- が考えられた. tricles in a gene dosage-dependent manner. Development, 132 : 189-201, 2004 1おわりに 9 ) Mori, A. D. et al. : Tbx5-dependent rheostatic control of cardiac gene expression and morphogenesis. Dev. Biol. 297 : 566-586, 2006 爬虫類で得られた結果,およびマウスを用いた実験 10) Verzi, M. P. et aL : The right ventricle, outflow tract, and ventricular septum comprise a restricted expression から,心室中隔形成そのものにTbx5が関与している 他に,Tbx5の発現様式(全体に発現しているか,極 性をもった発現をしているか)が中隔形成に重要であ ることがわかった.さらに,正常な中隔を形成するた めのTbx5の発現は,単に極性をもった発現をしてい domain within the secondary/anterior heart field. Dev. BioL, 287 : 437-449, 2005 11)Georges, R. etal,:Distinct expression and血nction of alternatively spliced Tbx5 isoforms in cell growth and dif- ferentiation. Mol. Cell. BioL, 28 ; 4052-4067, 2008 12) Shedlock, A. M. et aL:Phylogenomics of nonavian reptiles and the structure of the ancestral amniote genome. Proc. ればよいというだけでなく,発現境界の形成される位 NatL Acad. Sci. USA, 104 : 2767-2772, 2007 置がずれると中隔形成が異常になることも明らかになっ た.Tbx5の発現様式は心室中隔形成にかかわる非常 ●筆頭著者プロフィール● に重要な要因であるがどのようなメカニズムでTbx5 の発現が制御されているかはまだ全く明らかにされて 小柴和子:東北大学大学院理学研究科博士課程修了(理学 博士).大学院時代は井出宏之名誉教授のもと両生類四肢の いない、今後,Tbx5の上流解析,またTbx5の発現境 再生を研究し,その後,ボスドク先でニワトリ四肢網膜の 界を認識するメカニズムの解明が必要である.さらに 発生と研究テーマを広げていった.2002年,トロント小児 完全な心室中隔を有するワニ胚でのTbx5の発現様式 病院留学を機にマウスを用いた心臓発生の研究をはじめ る.’07年に帰国し,心臓形態進化の研究を続けているが, がニワトリ,マウスとどれだけ共通性があるかも興味 基本は井出研時代に学んだ「形づくりの面白さ」にあると 深い点である.二心房二心室獲得のためには,心室中 思っている. 576 実験医学 VoL 28 No,4(3月号)2010 Presented by Medical*Online