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要旨集 - 金沢大学十全医学会
Ⅰ.会 長 挨 拶 Ⅱ.庶 務 報 告 平成 24 − 25 年 事業計画および報告 Ⅲ.会 計 報 告 1.平成 24 年 決算報告 2.平成 25 年 予算計画 Ⅳ.編 集 報 告 Ⅴ.そ の 他 十全医学賞受賞式 「テロメア伸長酵素の新たな機能が ヒトの RNA サイレンシングを司る」 金沢大学医薬保健研究域医学系 毎田 佳子 先生 〈第 9 回 十全医学賞授賞〉 (総説:金沢大学十全医学会雑誌 121 巻 4 号 掲載) テロメア伸長酵素の新たな機能が ヒトの RNA サイレンシングを司る Involvement of hTERT in RNA silencing through its RNA-dependent RNA polymerase activity 金沢大学医薬保健研究域医学系 分子情報薬理学 毎 田 佳 子 RNA に関する研究は,近年目を見張る勢いで拡大と 長短 2 本の生成物を確認した.hTERT-RMRP 複合体に 深化を続けている.次世代シークエンサーによるトラ より生成される長い (約 530 塩基) 産物は,assay に用い ンスクリプトーム解析は,我々の細胞内に発現する多 た RMRP センス鎖と新たに合成された RMRP アンチセ 種多様な non-coding RNA の存在を明らかにした.また, ンス鎖から成り,センス鎖とアンチセンス鎖とが対合 Fire, Mello らにより報告された RNA 干渉は,RNA が遺 した約 267 塩基の 2 本鎖 RNA 部分を含むヘアピン型 1) 伝子発現を直接的に制御することを明らかにした . RNA であると推察された.このヘアピン型 RNA の存在 Small interfering RNA (siRNA) は RNA 干渉を引き起こす は,hTERT が RdRP 活性により RMRP 3’端からの back- 小さな non-coding RNA である.siRNA は特定の遺伝子 priming により相補鎖を合成したことを示していた. 発現を抑制するツールとして日常的に用いられている 続いて,細胞内にも同様のヘアピン型 RNA が存在す が,細胞内で合成されるヒト内在性 siRNA の存在は確 るか否かを検討し,hTERT と RMRP をともに発現する 認されていなかった.内在性 siRNA の合成には 1 本鎖 細胞にセンス+アンチセンス型 RMRP の発現を確認し RNA を鋳型に相補鎖 RNA を合成する RNA 依存性 RNA た.RMRP アンチセンス鎖の発現は RNase protection ポリメラーゼ (RNA-dependent RNA polymerase; RdRP) assay でも確認されたが,hTERT の発現のない細胞で が関与する.植物や線虫,分裂酵母などのモデル生物 はセンス+アンチセンス型 RMRP や RMRP アンチセン では RdRP の発現が知られているが,哺乳類では RdRP ス鎖の発現は認められず,細胞内での RMRP アンチセ の存在が立証されておらず,「RdRP を持たない哺乳類 ンス鎖合成は hTERT 依存性であることが示唆された. では,内在性 siRNA の合成は行われていない」ことが 長年の定説であった.我々はこの定説を覆し,ヒト Ⅲ.hTERT を介した内在性 siRNA の発現と RNA サイレ RdRP の存在を立証した 2). ンシング 実験を進める中で,我々は興味深い現象に出会った. RMRP の過剰発現を試みると,hTERT を発現している Ⅰ.ヒト RdRP の候補分子 RdRP は構造的類似性に基づいてウイルス型 RdRP と 細胞株では細胞内 RMRP の総発現量が減少するのであ 細胞型 RdRP とに分類される 3).RNA ウイルスが持つウ る.一方,hTERT を過剰発現させると内在性の RMRP イルス型 RdRP は Right-hand 型ポリメラーゼであり,モ 発現量は減少し,逆に hTERT の発現を抑制すると デル生物が持つ細胞型 RdRP は Double barrel 型ポリメラ RMRP 発現量は増加した.これらの現象は,hTERT 依 3) ーゼである .テロメラーゼの触媒サブユニットである 存性に RMRP の発現量を転写後に抑制する機構の存在 hTERT (human telomerase reverse transcriptase) は,ウ を示唆していた.そこで,「hTERT により合成された イルス型 RdRP と同様に Right-hand 型ポリメラーゼに属 センス+アンチセンス型 RMRP が Dicer による切断を し,系統遺伝学的にも RNA ウイルスの RdRP と近縁に 受けて内在性 siRNA となり,RMRP を標的とした RNA ある 4).我々は,hTERT が RdRP として機能し得るので サイレンシングに関与する」との仮説を立て検討した はないかと考えた. 結果,hTERT を発現する細胞には RMRP に由来する 22 塩基の RNA の存在が確認された.この RNA は Dicer に よる切断端に合致する 5’-monophosphate,2’,3’- Ⅱ.hTERT は RdRP 活性を有する まず,hTERT と結合する新規 RNA として RMRP hydroxyl group の構造を有し,その発現が Dicer に依存 (RNA component of mitochondrial RNA processing していたことから,Dicer が能動的に切断した生成物で endoribonuclease) を同定した.hTERT と RMRP による あると考えられた.また,この RNA の発現量は RMRP RdRP 活性の有無を in vitro UTP incorporation assay によ の発現量とは逆相関の関係にあり,22 塩基の RNA が り検討し,hTERT と RMRP により特異的に合成される RMRP の発現を負に制御していることが示唆された. − 2 − さらに,RMRP に由来するこの 22 塩基の RNA は,外来 ヒト RdRP の発見に続き,哺乳類同様に RdRP はない 性の siRNA と同様に hAGO2 に取り込まれていることが とされていたショウジョウバエでも RdRP の存在が報告 確認された. さ れ た 5). モ デ ル 生 物 で は す で に , R d R P や 内 在 性 我々は以上の結果より,hTERT が RdRP 活性によっ siRNA が遺伝子発現の転写後抑制だけでなくヘテロクロ てヘアピン型の長い 2 本鎖 RNA を合成し,長い 2 本鎖 マチン形成による転写抑制にも働くことが報告されて RNA から Dicer による切断を受けて形成された内在性 いる.ヒト RdRP はヘテロクロマチン形成に関与するの siRNA を介して遺伝子の転写後抑制に関与すると結論づ か,ヒト RdRP や内在性 siRNA が制御する遺伝子群・生 けた (図). 命現象はどのようなものかなど,明らかにすべき課題 は山積している.これらの謎を一つ一つ解明し,今後 は本研究の成果を in vitro, in vivo での RNA 増幅技術や RNA 医薬開発へと発展させていきたい. 参 考 文 献 図 hTERT の新機能を介した遺伝子発現制御 hTERT は hTERC とともにテロメラーゼとして機能する.テロメ ラーゼは染色体末端のテロメアを特異的に伸長する酵素であり, 細胞の不死化やがん化に不可欠である.一方,hTERT は RMRP とともにテロメラーゼとは異なる複合体を形成する.hTERTRMRP 複合体は RNA 依存性 RNA ポリメラーゼ活性を有し,内在 性 siRNA の合成を介して遺伝子発現制御に関与する. 1 ) Fire A, Xu S, Montgomery MK, Kostas SA, Driver SE, Mello CC. Potent and specific genetic interference by doublestranded RNA in Caenorhabditis elegans. Nature 391: 806-811, 1998 2 ) Maida Y, Yasukawa M, Furuuchi M, Lassmann T, Possemato R, Okamoto N, Kasim V, Hayashizaki Y, Hahn WC, Masutomi K. An RNA-dependent RNA polymerase formed by TERT and the RMRP RNA. Nature 461: 230-235, 2009 3 ) Maida Y, Masutomi K. RNA-dependent RNA polymerases in RNA silencing. Biol Chem 392: 299-304, 2011 4 ) Nakamura TM, Morin GB, Chapman KB, Weinrich SL, Andrews WH, Lingner J, Harley CB, Cech TR. Telomerase catalytic subunit homologs from fission yeast and human. Science 277: 955-959, 1997 5 ) Lipardi C, Paterson BM. Identification of an RNAdependent RNA polymerase in Drosophila involved in RNAi and transposon suppression. Proc Natl Acad Sci U S A 106: 1564515650, 2009 Profile 平成 9 年 3 月 平成 15 年 3 月 平成 17 年 12 月 平成 19 年 4 月 平成 22 年 3 月 平成 22 年 9 月 平成 25 年 1 月 金沢大学医学部医学科 卒業 金沢大学大学院医学系研究科博士課程 修了 金沢大学医学部附属病院産婦人科 助手 国立がんセンター研究所がん性幹細胞研究プロジェクト 研究員 金沢大学医薬保健研究域保健学系健康発達看護学 助教 金沢大学医薬保健研究域医学系分子情報薬理学 助教 国立がん研究センター研究所がん幹細胞研究分野 ユニット長 − 3 − 金沢大学十全医学会学術集会「コホート研究と先端医学の融合」を 開催するにあたって 平成 25 年度金沢大学十全医学会学術集会が平成 25 年 6 月 28 日 (金曜日) 金沢大学十全講堂にて開催 されます.本年度の学術集会テーマである「コホート研究と先端医学の融合」は,急速な進歩を遂げ ているゲノム研究ならびにその目覚ましい成果を取り入れた新たな疫学研究分野,ゲノム疫学を意識 したものです. 最近の遺伝子解析技術の急速な発展により,生活習慣病,がんはじめ多因子疾患は多数の環境要因 と遺伝要因が複雑に発症や進展にかかわります.その情報をうまく生かし,疾患発症・進展の新たな 候補遺伝子発見,個人の発症・進展リスクの予測,遺伝リスクに応じたオーダーメイド医療への展開, さらには予防医学への利用などの福音につながることが期待されています.これまで,集団での平均 的な相対危険度を評価していたコホート研究も,特定の遺伝的背景をもつヒトの相対危険度,その 遺伝的背景と環境因子との相互連関を評価するゲノム疫学が急速に発展しています.金沢大学でも, 平成 24 年度国立大学改革強化推進事業に「真の疾患予防を目指したスーパー予防医科学に関する 3 大 学 (千葉・金沢・長崎) 革新予防医科学共同大学院の設置」が採択されました.ゲノム研究とコホー ト研究のインターフェースから新たな医学・医療への展開が期待されています. 今回の学術集会では,世界の最先端で八面六臂の活躍をされている秦淳先生 (九州大学大学院), 久保充明先生 (理化学研究所統合生命医科学研究センター) および油谷浩幸先生 (東京大学先端科学 研究センター) の 3 名の先生にご講演をお願い致しました.ゲノム医学,ゲノム疫学の先駆的な魅力 あるご研究の一端をご紹介いただけるものと期待しています.また,本学からも中村裕之先生 (環境 生態医学),鈴木健之先生 (がん進展制御研究所) ならびに橋本真一先生 (血液情報統御学) から日頃の 研究の一端をお話いただくことになっています.疫学研究やゲノム医学の研究に志を持ち,日頃取り 組んでおられる方にはまさに珠玉の時間となると思います.また,この集会は本学の学生,研究者, 医師にとり,コホート研究,疫学研究とゲノム医学の独創的かつ斬新なアイデアや先進的な研究,また 両者の接点とそのダイナミックな展開にふれる絶好の機会になると思います. 本学術集会は平日の午後に開催され,学生も参加しやすい配慮もされています.是非,多くの方の 参加と活発な討論を希望しています.そして,実り多い学術集会になることを期待しています. 学術集会担当理事 和 田 志 村 松 正 道 多久和 陽 金沢大学十全医学会学術集会 『 』 「久山町研究を基盤とした脳梗塞関連遺伝子研究」 九州大学大学院医学研究院 秦 淳 先生 「スーパー予防医学構想とゲノムコホート研究」 金沢大学医薬保健研究域医学系 中村 裕之 先生 感謝状贈呈,記念写真 コーヒーブレイク 「オーダーメイド医療の実現に向けた疾患関連遺伝子の解明」 理化学研究所 統合生命医科学研究センター 久保 充明 先生 「がんの発症・悪性進展におけるヒストンの脱メチル化酵素の役割」 金沢大学がん進展制御研究所 鈴木 健之 先生 感謝状贈呈,記念写真 「大規模がんゲノム解析がもたらすインパクト」 東京大学先端科学技術研究センター 油谷 浩幸 先生 「免疫記憶 T 細胞のエピジェネティクス」 金沢大学医薬保健研究域医学系 橋本 真一 先生 感謝状贈呈,記念写真 【共催】金沢大学十全医学会 NPO 法人 消化器病支援機構 DDSO 久山町研究を基盤とした 脳梗塞関連遺伝子研究 Genome-wide association study for ischemic stroke based on the Hisayama Study 九州大学大学院医学研究院 環境医学分野 秦 淳, 清 原 裕 脳梗塞などの生活習慣病は,複数の環境要因と遺伝 要因が組み合わさることにより発症する.脳梗塞の危 険因子として高血圧,糖尿病,脂質異常症,肥満など の疾患や,喫煙,多量飲酒などの生活習慣が知られて いる.一方,その遺伝要因については双生児研究や家 族歴研究によってその存在が示唆されているものの, 実際に脳梗塞の発症に影響を与える具体的な遺伝子に ついてはほとんど解明されていない.近年,多因子疾 患 の 遺 伝 要 因 と し て 一 塩 基 多 型 (single nucleotide polymorphism, SNP) などの遺伝子多型が注目されてい る.そこで,九州大学が長年にわたって実施している 生活習慣病の疫学調査 (久山町研究) を基盤として実施 した脳梗塞関連遺伝子研究の成果について概説する. 久山町研究は,福岡県久山町の住民を対象として 1961 年に開始された生活習慣病の疫学研究である , 2002 年には文部科学省のリーディングプロジェクトの 指定を受け,東京大学,理化学研究所との共同による 生活習慣病のゲノム疫学研究が始まった.このプロジ ェクトでは,脳梗塞の関連遺伝子を同定するためにゲ ノムワイド患者対照研究を実施した.九州大学病院を 含む福岡市近郊の 7 つの医療機関を受診した 40 歳以上 の脳梗塞患者 1,112 名を患者群とした.一方.2002 年の 久山町の循環器健診を受診した心血管病の既往歴のな い者から患者群と性と年齢をマッチさせた 1,112 名を選 択し,対照群とした. まず,一部のサンプル (患者群188名,対照群188名) を 対象に,全ゲノムに分布する 52,608 個の SNP のアレル頻 度や遺伝子型を 2 群間で比較した.その結果,P < 0.01 の 関連を示した1,098個のSNPについては,全ての患者と対 照者を用いてアレル頻度・遺伝子型を比較した.この 2 段階のスクリーニングの結果,脳梗塞との関連が疑われ た遺伝子領域について連鎖不平衡解析などの詳細な検討 を行い,これまでにPRKCH 1),AGTRL1 2),ARHGEF10 3) の3つを新規の脳梗塞関連遺伝子として見出した. PRKCH はプロテインキナーゼ C エータ (PKC η) をコ ードする遺伝子で,その SNP rs2230500 は PKC ηの 374 番目のアミノ酸をバリン (Val) からイソロイシン (Ile) に置換させる.PKC ηは自己リン酸化により細胞内伝 達物質としてキナーゼ活性を発揮する.In vitro の実験 で検討すると,Ile 型の PKC ηは Val 型に比べ自己リン 酸化が亢進し,キナーゼ活性が有意に高かった.また, 免疫組織染色によると PKC ηは冠動脈の血管内皮細胞 と動脈硬化巣の泡沫化マクロファージに発現し,動脈 硬化の進展に伴いその量が増加した. AGTRL1 は G 蛋白共役受容体であるアペリン受容体 (APJ) をコードし,血圧や動脈硬化との関連が報告され ている.この遺伝子のプロモーター領域に存在する SNP rs9943582 が G 型の場合には転写因子 Sp1 が結合す るが,A 型の場合にはほとんど結合しないことが,ゲル シフトアッセイにより明らかとなった.また,培養細 胞を用いたルシフェラーゼアッセイの結果,Sp1 の過剰 発現下では G 型は A 型に比べ転写活性が高かった.つま り,AGTRL1 遺伝子は転写因子 Sp1 によって転写制御を 受け,G 型では A 型に比べ APJ が高発現することにより 血圧の変化や動脈硬化の促進が起こりやすくなり,脳 梗塞の発症につながると考えられる. ARHGEF10 は Rho グアニンヌクレオチド交換因子 (GEF) ファミリーに属する RhoGEF10 蛋白をコードし ている.In vitro の実験により,イントロンに存在する SNP rs4376531 の G 型は C 型に比べ転写因子 Sp1 の結合 能が高く,転写活性も高いことが明らかとなった.さ らに,RhoGEF10 は動脈硬化との関与が知られる RhoA を特異的に活性化することを見出した.つまり,G 型で は C 型に比べ RhoGEF10 が高発現し,RhoA の活性化に 伴い脳梗塞の発症リスクが高くなると考えられる. 最後に,1988 年に久山町の環器健診を受診した 1642 名 を 14 年間追跡したコホート研究を用いて,3 つの SNP が 脳梗塞の発症リスクと関係するか検証した.その結果, PRKCH の SNP が AA 型の群では,GG 型の群と比べ有意 に脳梗塞発症のリスクが高かった (ハザード比 2.83, 95 %信頼区間 1.11-7.22,P=0.03).同様に,AGTRL1 の SNP が GG 型の群,ARHGEF10 の SNP が CG 型または GG 型の群では,それぞれ他の群と比べて脳梗塞になりやす いことを確認した (AGTRL1 のハザード比 2.00,95 %信 頼区間 1.22-3.29,P=0.006.ARHGEF10 のハザード比 1.79, 95 %信頼区間 1.05-3.04,P=0.03).以上のことから,ゲノ ムワイド患者対照研究で同定された 3 つの脳梗塞関連遺 伝子の SNP は,それぞれ将来の脳梗塞発症を予測する上 で有用な遺伝マーカーである可能性がある. − 6 − 参 考 文 献 1 ) Kubo M, Hata J, Ninomiya T, Matsuda K, Yonemoto K, Nakano T, Matsushita T, Yamazaki K, Ohnishi Y, Saito S, Kitazono T, Ibayashi S, Sueishi K, Iida M, Nakamura Y, Kiyohara Y. A nonsynonymous SNP in PRKCH (protein kinase C η) increases the risk of cerebral infarction. Nat Genet 2007; 39: 212-217. 2 ) Hata J, Matsuda K, Ninomiya T, Yonemoto K, Matsushita T, Ohnishi Y, Saito S, Kitazono T, Ibayashi S, Iida M, Kiyohara Y, Nakamura Y, Kubo M. Functional SNP in an Sp1-binding site of AGTRL1 gene is associated with susceptibility to brain infarction. Hum Mol Genet 2007; 16: 630-639. 3 ) Matsushita T, Ashikawa K, Yonemoto K, Hirakawa Y, Hata J, Amitani H, Doi Y, Ninomiya T, Kitazono T, Ibayashi S, Iida M, Nakamura Y, Kiyohara Y, Kubo M. Functional SNP of ARHGEF10 confers risk of atherothrombotic stroke. Hum Mol Genet 2010; 19: 1137-1146. Profile 1998 年 九州大学医学部卒業,第二内科 (現・病態機能内科学) 入局 2002 年 九州大学大学院医学系学府・博士課程入学 (以後,久山町における生活習慣病の疫学研究 (久山町研究) に従事) 2003 年 東京大学医科学研究所ヒトゲノム解析センター・特別研究学生 (脳梗塞関連遺伝子研究に従事) 2006 年 九州大学大学院医学系学府・博士課程修了 2006 年 九州大学大学院医学研究院環境医学・学術研究員 2010 年 シドニー大学ジョージ国際保健研究所・客員研究員 2013 年 九州大学大学院医学研究院環境医学・特任助教 現在に至る − 7 − オーダーメイド医療の実現に向けた 疾患関連遺伝子の解明 Genome-wide association study toward the implementation of personalized medicine 理化学研究所 統合生命医科学研究センター 久 保 充 明 一方,これまでに同定された関連遺伝子を用いて, 1.はじめに ヒトゲノムプロジェクトによりヒトゲノムの全塩基 早期の臨床応用へ向けた動きも加速している.疾患の 配列が決定され,引き続く国際ハップマッププロジェ なりやすさに関連する遺伝子多型は,一つ一つの遺伝 クトによりヒトゲノム全体の一塩基多型 (SNP) データ 子多型の影響力は小さいと考えられ,それらを組み合 ベースが構築されたことを足がかりに,多因子疾患の わせても将来の病気の発症を予測することは難しいと ゲノム医学研究という新たな扉が開かれたのはわずか 考えられている.これに対し,薬剤の効果や副作用に 10 年ほど前のことである.この 10 年の間に,ヒトゲノ 関連する遺伝子多型においては,その一部に影響力の ム研究の基盤情報と解析技術は急速な進歩を遂げ,そ 大きい遺伝子多型が存在することが明らかとなってい れに伴って多因子疾患に関する疾患関連遺伝子研究は る.もし,これらの影響力の大きい薬剤関連遺伝子多 めざましい発展を続けている. 型を薬剤を開始する前に調べて,その遺伝子型に基づ いて適切な薬剤を投与することが可能になれば,個人 2.オーダーメイド医療実現化プロジェクトとバイオバ の遺伝情報に応じた適切な薬剤選択が可能になるとと ンク・ジャパン もに,副作用等で苦しむ患者を減らすことができ,ひ オーダーメイド医療実現化プロジェクトは,文部科 いては日本全体の医療の効率化につながるものと期待 学省委託事業として 2003 年に開始されたプロジェクト される.このコンセプトを基に,2011 年 12 月に文部科 であり,個人の持つ遺伝情報の違いと疾患や薬剤反応 学省委託事業として「がん薬物療法の個別適正化プロ 性の関連を明らかにすることにより,個人の遺伝情報 グラム」が開始されることとなった.本プログラムに に応じた医療,すなわちオーダーメイド医療の実現を おいては,3 種類の薬剤 (カルバマゼピン,ワルファリ 目指すプロジェクトである.このプロジェクトでは, ン,タモキシフェン) の効果や副作用に関連する遺伝子 第 1 期 (2003 年 4 月∼ 2008 年 3 月) の 5 年間の間に,全 多型を用いて,薬剤開始前に遺伝子型を測定し,遺伝 国の 12 医療機関,65 病院の協力を得て,約 20 万人, 子型に基づいて薬剤の投与法を決定する臨床介入研究 30 万症例の DNA,血清および臨床情報を有するバイ を実施している.今後,遺伝子型に基づく薬剤投与法 オバンク・ジャパンを構築した.2008 年からの第 2 期 の有用性が検証できれば,オーダーメイド医療実現へ においては,バイオバンク・ジャパンに収集された患 の大きな一歩となるものと考えている. 者サンプルを用いて,種々の疾患のゲノムワイド関連 解析を実施し,多数の新規関連遺伝子を同定し報告し 3.バイオバンクの必要性と役割 このようにわが国は世界に先駆けて「バイオバンク」 てきた. これまでに本プロジェクトを含め,世界中の研究者 を構築し,ゲノム医学研究をリードしてきたわけであ がゲノムワイド関連解析を用いて多数の疾患関連遺伝 るが,そもそもなぜゲノム医学研究に「バイオバンク」 子を同定しているが,これらの疾患関連遺伝子を全て が必要なのか,オーダーメイド医療の実現に向けてど 合わせても,まだ疾患の遺伝要因の一部しか解明され のような役割を担っているのかについて考えてみたい. ていないと考えられており,この未解決の遺伝率は すでに述べたように,近年のゲノム医学研究の急速 missing heritability と呼ばれている.この missing な進歩は,個人ごとの塩基配列の違いが糖尿病,心筋 heritability の原因として,頻度の低い多型 (レアバリア 梗塞やがんなどの一般的な病気のなりやすさや薬剤の ント) やコピー数多型などの SNP 以外の多型の関与,遺 反応性 (効果・副作用) に関連することを明らかにして 伝子・遺伝子間相互作用,遺伝子・環境要因相互作用 きた.しかしながら,これらの遺伝子多型の情報を用 などの可能性が考えられ,世界中で解析が進められて いて,オーダーメイド医療や予防を実際に医療の現場 いるが,いまだに決定打といえるようなものは見つか で実現するためには,以下の 3 つの要素が必要不可欠で っていない. あると考えられる. − 8 − ①病気の発症や進展,薬剤反応性にかかわる関連遺伝 子を見つけること (網羅的な遺伝要因の解明) とともに遺伝リスクを軽減する環境要因を発見して,個 人の遺伝情報に応じた疾患予防を実現することである. ②関連遺伝子の集積が将来へもたらす影響を予測する こと (個人個人の遺伝リスクに基づいた将来予測) 以上のように,患者バンクと住民バンクがオーダーメイ ド医療や予防の実現に果たす役割は大きく異なるが,両 ③個々人の遺伝リスクに応じた治療法・予防法を見つ 者が協力し密に連携していくことが,我が国におけるオ けること (遺伝リスクに応じた介入方法の開発) ーダーメイド医療や予防を実現するために重要である. これまでの SNP を用いたゲノムワイド関連解析によ 5.おわりに り,ほとんどの一般的な疾患のなりやすさには,多数の 1859 年にチャールズ・ダーウィンは,「種の起源」の ゲノム上の文字の違い (遺伝子多型) が関与し,一つ一つ 中で遺伝的多様性が生物の進化・生存に重要であるこ の文字の違いの影響力は小さいことが明らかとなってい とを指摘した.それから 150 年以上が経ち,ゲノム研究 る.これらの影響力の小さい関連遺伝子多型を同定する の急速な進歩とともに,ヒトゲノムの多様性が種々の ためには,特定の患者サンプルを大規模に収集するバイ 疾患の発症に大きく関わっている事が科学的に証明さ オバンク・ジャパンのような患者バンク (患者試料収集 れつつある.現在,海外ではすでに多数の SNP を測定 型バイオバンク) が必要となる.つまり,①の遺伝要因 し,個人の遺伝的リスクを判定する企業も複数存在す の 解 明 の た め に は , 大 規 模 な 患 者 バ ン ク (Disease- る.個人の全ゲノム情報を調べるコストも急激に下が oriented Biobank) が不可欠である.また,患者バンクに っており,一人あたり 10 万円以下で全ゲノムシークエ おいては,詳細な臨床情報や病変組織を収集することに ンス解析ができる 1000 ドルゲノム時代も目の前に来て より,疾患関連遺伝子が病態の違いに与える影響などの いる.このような急速なゲノム解析技術の進歩に比べ, 詳細な解析も可能である.さらに,収集する臨床情報に ゲノム情報を用いた医療への応用には,まだ数多くの よっては,薬剤の反応性 (効果・副作用) に関連する遺伝 課題が残されている.これらの課題を早急に克服し, 子の同定や疾患の予後に関連する遺伝子の同定も可能と 個人のゲノム情報を考慮したオーダーメイド医療の実 なる.一方,患者バンクによって発見された疾患関連遺 現を目指していく必要がある. 伝子を用いて,②遺伝リスクに基づいた将来予測や③遺 参 考 文 献 伝リスクに応じた介入方法を開発するためには,病気を 発症していない集団を長期間追跡し,追跡中に疾患を発 症した人と発症しなかった人について疾患関連遺伝子多 型の影響を比較するとともに,疾患発症者と非発症者に おける環境要因の違いを比べ遺伝リスクを軽減する介入 方法を見出すことが必要となる.従って,②,③の要素 を解明するためには,一般集団を用いた長期の追跡研究, いわゆる住民バンク (Population-based Biobank) が必要で ある.すなわち,住民バンクにおける主目的は,大規模 な一般集団を長期間観察することにより対象とする病気 の発症に関する情報を継続して収集し,個人の持つ遺伝 1 ) Manolio TA, Collins FS, Cox NJ, Goldstein DB, Hindorff LA, Hunter DJ, McCarthy MI, Ramos EM, Cardon LR, Chakravarti A, Cho JH, Guttmacher AE, Kong A, Kruglyak L, Mardis E, Rotimi CN, Slatkin M, Valle D, Whittemore AS, Boehnke M, Clark AG, Eichler EE, Gibson G, Haines JL, Mackay TF, McCarroll SA, Visscher PM: Finding the missing heritability of complex diseases. Nature. 461(7265): 747-53, 2009. 2 ) オーダーメイド医療実現化プロジェクトホームページ: http://biobankjp.org/ 3 ) がん薬物療法の個別適正化プログラムホームページ: http://biobankjp.org/pgx/ リスクが将来の病気の発症に与える影響を明らかにする Profile 1988 年 1988 年 1995 年 2003 年 2006 年 2008 年 3月 6月 6月 7月 4月 4月 2010 年 8 月 2011 年 4 月 2011 年 12月 2013 年 4 月 九州大学医学部医学科卒業 九州大学医学部第二内科入局 九州大学大学院病態機能内科学 (久山町研究室) 研究生 東京大学医科学研究所 (中村祐輔研究室) 客員研究員 理化学研究所 遺伝子多型センター グループディレクター 理化学研究所 ゲノム医科学研究センター グループディレクター (組織再編による名称変更) 理化学研究所 ゲノム医科学研究センター 副センター長 オーダーメイド医療実現化プロジェクト プロジェクトリーダー 理化学研究所 ゲノム医科学研究センター センター長職務代行 理化学研究所 統合生命医科学研究センター 副センター長 (組織再編による名称変更) − 9 − 大規模がんゲノム解析がもたらすインパクト Impact of large-scale cancer genome project 東京大学先端科学技術研究センター 油 谷 浩 幸 次世代シーケンス技術の進歩によってパーソナルゲ など特定遺伝子変異の有無は分子標的治療薬の適応を ノム配列を解析することが可能となり,米国の TCGA 決定するために欠かせない診断情報である.一方, (The Cancer Genome Atlas) および ICGC (International 個々の症例が有する遺伝子変異パターンは症例ごとに i) Cancer Genome Consortium) といった大規模がんゲノ 異なるため,新規薬剤の臨床開発において治験成功率 ム解析プロジェクトが 2008 年頃よりスタートした.両 の向上や治験期間の短縮を実現するには,奏功性の高 者合わせて 50 種類の癌種について 500 症例のゲノム解 い症例を予め特定可能なバイオマーカーを見いだすこ 析を行うことを目指したプロジェクトであり,我が国 とが望まれる. は肝細胞がんを担当している ii).他に米国,フランス, 一方,腫瘍組織の不均一性 (heterogeneity) はがん細 中国も肝細胞がん解析を進めており,人種,地域,食 胞集団が低酸素環境 iv) や化学療法などの選択圧の下で 生活によって遺伝子変異の構成が如何に異なるか興味 新たなゲノム及びエピゲノム変異を蓄積し,多様な進 深い.遺伝子変異に加えて B 型肝炎ウイルスがヒトゲ 化 (evolution) を行っていることを示しており,従来の ノムに挿入される部位も検出でき,好発する挿入領域 リニアな「多段階発癌」モデルを考え直す必要がある. も同定されつつある. 再発あるいは悪性転化などの予測を行うためには,高 多くの癌種における遺伝子変異パターンが明らかに リスク症例の同定,サブ集団を検出出来るような解析 された結果,通常の成人固形腫瘍ではアミノ酸変異を 方法を確立していく必要がある.また,現行の解析は 伴う塩基変異が数十前後存在するのに対して,喫煙や 専らコード領域のみに限定されていることから,今後 紫外線の影響をうける肺がんや黒色腫では平均して 150 調節領域の変異あるいはドライバー遺伝子の遺伝子多 前後の変異が認められている.塩基置換のパターンも 型にも注目していく必要がある. 癌種によって異なることが認められ,成因の違いを反 がん患者のマネジメントにおいて,がんゲノム解析 映すると考えられた.ミスマッチ修復遺伝子に異常を は有効な診断法になることは近い将来確実と思われる. 有する症例では 1000 以上の遺伝子変異が認められ, 生検組織には腫瘍細胞成分が低い検体も多く,腫瘍率 MLH1 遺伝子の片側欠失のみでも indel 変異頻度が増え を考慮した解析パイプラインを開発する必要がある. る haploinsufficiency が膵癌細胞株や腎がんにおいて認 クリニカルシーケンシングを実施するにあたっては, められた iii).また,正常造血幹細胞の単一細胞の解析か 検体前処理からゲノム解析,データ解析,患者への説 ら,加齢に伴い新たな遺伝子変異がゲノム中に蓄積し 明までをシームレスに行う体制の構築が求められる. ていくことが明らかにされた. 参 考 文 献 がんゲノム解析により新たに IDH1/2,ARID1A, TET2,UTX,EZH2 などエピゲノム修飾に関わる因子 i) の変異が多くの腫瘍に存在することが明らかとなり, network of cancer genome projects. Nature. 464(7291): 993-8. 発がんプロセスにおけるエピゲノム異常の重要性が確 認された.これらの変異遺伝子のなかには RET1 融合遺 伝子など新たな actionable な変異も同定されつつあり, International Cancer Genome Consortium. International 2010 ii ) Totoki Y, Tatsuno K, Yamamoto S, Arai Y, Hosoda F, Ishikawa S, Tsutsumi S, Sonoda K, Totsuka H, Shirakihara T, Sakamoto H, Wang L, Ojima H, Shimada K, Kosuge T, 最適の治療法を選択するために個々の腫瘍がどのよう Okusaka T, Kato K, Kusuda J, Yoshida T, Aburatani H, Shibata な変異によって構成されるかを知ることは極めて重要 T. High-resolution characterization of a hepatocellular であり,遺伝子変異のみならず,融合遺伝子検出,エ carcinoma genome. Nat Genet. 43(5): 464-9. 2011 ピゲノム,ゲノムコピー数や非コード RNA の異常など iii) 統合的なゲノム解析を行う必要がある.EGFR や BRAF K, Yamamoto S, Sang F, Sonoda K, Sugawara M, Saiura A, − 10 − Wang L, Tsutsumi S, Kawaguchi T, Nagasaki K, Tatsuno Hirono S, Yamaue H, Miki Y, Isomura M, Totoki Y, Nagae G, iv) Isagawa T, Ueda H, Murayama-Hosokawa S, Shibata T, Wang F, Suehiro JI, Kanki Y, Wada Y, Yuasa Y, Aburatani H, Osawa T, Tsuchida R, Muramatsu M, Shimamura T, Sakamoto H, Kanai Y, Kaneda A, Noda T, Aburatani H. Whole- Miyano S, Minami T, Kodama T, Shibuya M. Inhibition of exome sequencing of human pancreatic cancers and histone demethylase JMJD1A improves anti-angiogenic characterization of genomic instability caused by MLH1 therapy and reduces tumor associated macrophages. Cancer haploinsufficiency and complete deficiency. Genome Res. 2013 Mar 14. [Epub ahead of print] Research 22(2): 208-19. 2012 Profile 1980 年 3 月 1980 年 6 月 1982 年 7 月 1983 年 9 月 1988 年 1 月 1988 年 8 月 1995 年 1 月 1999 年 3 月 2001 年 9 月 東京大学医学部医学科卒業 東京大学医学部附属病院内科研修医 東京都立駒込病院感染症科医員 東京大学医学部第三内科医員 東京大学医学部附属病院第三内科助手 マサチューセッツ工科大学癌研究センター研究員 東京大学医学部附属病院第三内科助手 東京大学先端科学技術研究センター助教授 東京大学先端科学技術研究センター教授 − 11 − スーパー予防医学構想と ゲノムコホート研究 Conception of Innovative Preventive Medicine and Genome Cohort Study 金沢大学医薬保健研究域医学系 環境生態医学・公衆衛生学 中 村 裕 之 従来から,予防には 3 つの次元があり,1 次予防は環 境整備や生活習慣改善,2 次予防は疾病の早期発見,3 次 予防は疾患の再発・悪化予防に分類しておりました. このような予防法をマクロ予防と呼んでおります 1).ご く最近,分子生物学的手法を用いる予防法が提示され るようになりました.それが 0 次予防であり,DNA の 塩基配列を用いて予防する方法を指します 2).スーパー 予防医学とは,この 0 次予防を含めて 0 次から 3 次まで を網羅し,個人の生まれながらの特性にあわせた予防 法を提供するテーラーメイド型の予防法です.この場 合の 0 次予防には,生まれついてのリスク,例えば放射 線汚染地域や HIV 多発地域での出生など,を考慮した 予防法も含め,さらには生まれた後に修飾される,あ るいは発現する遺伝子のモニタリングを疾病の予防 (0 次 予防) や早期発見 (2 次予防,3 次予防) に含める予防法 も含めることから,生来の遺伝情報だけを用いる予防 法を各段に大きく捉えた概念です 3). そのための研究方法は,大きく分けてゲノムコホー ト研究と臨床研究ですが,ゲノムコホート研究では, 特定の住民集団を何年も追跡するために時間も要する ために,疾患ベースの患者を対象とした臨床研究によ る結果を用いて,新しい予防法による介入研究をゲノ ムコホート研究に適用する手法を取るなど,疫学研究 と臨床研究を有機的に循環する仕組みが基本となりま す.その予防法の妥当性は,その介入法によるエピジ ェネティクスを実施し,包括的発現遺伝子,エピゲノ ム解析,糞便中のメタゲノム解析などをモニタリング によって評価します.対象疾患としては,がん,心疾 患,脳血管疾患や糖尿病,高血圧,脂質異常症などの 生活習慣病,アレルギー疾患や感染症,認知症,自閉 症などの広汎性発達障害などです.その概念図を図に 示しますが,臨床疾患はこの場合,糖尿病などを対象 に図にしてあります.環境要因をもモニタリングする ゲノムコホート研究を実施しますと,従来の候補遺伝 子探索研究である「疾患コホート研究におけるゲノム 関連解析 (疾患コホートゲノム研究)」では成しえなか った疾患と環境との相互作用が解明されるばかりか 4), 集団の構造化による問題を克服でき,さらに罹患者− 有病者バイアスを除外できるため,遺伝子が疾患に占 める割合が的確に評価できるようになるという大きな 利点があります.またゲノムコホート研究は,ゲノム ワイド相関解析 (GWAS) での欠点の 1 つである Missing heritability (GWAS でつかめなかった遺伝寄与; 2 型 糖尿病の場合,90 − 95 %といわれている 5))を新たに発 掘する可能性を有しております.このように Common disease に対する新しい候補遺伝子の発見につながり, また新たな予防法の開発の余地が拡大するばかりでな く,その検証の精度も向上すると考えられます. この「スーパー予防医学」構想を実現するためには, 予防の対象とする場の大きさを考えれば,従来の 1 大学 における取組みでは不可能であります.また地域にお ける疫学結果には普遍性が求められることから,数か 所での結果を統合する必要もあります.専門の人材育 成が緊急の課題でもあることから,千葉大学,長崎大 学に働きかけ,共同大学院によって「スーパー予防医 学」を実践しようとした試みがこの度の「真の疾患予 防を目指したスーパー予防医科学に関する 3 大学 (千 葉・金沢・長崎) 革新予防医科学共同大学院の設置」で あり,平成 24 年度国立大学改革強化推進事業に採択さ れました 3). 3 大学の疫学や臨床の場を共用する利点ともに,3 大 学の強み・特色を活かし,連携して取り組むことによ って,診断法・予防法の開発の一層のスピードアップ, データ数の増加によって,検証・評価を多角的に実施 することによる評価・検証精度の飛躍的向上などを可 能にすると期待されております.平成 28 年度の共同大 学院設置を目指し,将来的には,我が国発の革新予防 法を創出し,その国際標準化を目指すとともに,国際 的に革新的予防法を展開できる人材を育成,輩出する ことを目指します. 参 考 文 献 図 スーパー予防医学の概念.研究領域を横断した 0 次から 3 次ま での包括的予防医学の実践 1 ) Faust H.S., Menzel P.T. Prevention vs. Treatment: What’s the Right Balance?. Oxford University Press 1-397, 2012 2 ) 松田文彦. 大規模ゲノム疫学研究の統合情報基盤の構築, http://biosciencedbc.jp/gadget/rdprog_over/matsuda.pdf.2011 3 ) 中村裕之. スーパー予防医学構想による 3 大学 (千葉・金 沢・長崎) 革新予防医科学共同大学院の設置. 十全医学会雑誌 第 122 巻 1 号: 1, 2013 4 ) Collins F.S. The case for a US prospective cohort study of genes and environment. Nature 429: 475-477, 2004 5 ) Imamura M., Maeda S. Genetics of type 2 diabetes: the GWAS era and future perspectives [Review]. Endocr J 58: 723739, 2011 − 12 − がんの発症・悪性進展におけるヒストンの めに,網羅的 cDNA シークエンスデータを情報学的に処 理するデジタル発現プロファイルを確立し,標的遺伝 脱メチル化酵素の役割 子候補のデータベースを作成した.これまでに,がん 遺伝子候補である JMJD2C 脱メチル化酵素が,MDM2 Roles of histone demethylases in development and progression of cancer がん遺伝子の発現上昇を誘導し,細胞内の TP53 がん抑 制遺伝子産物の減少を引き起こすことを明らかにした. 金沢大学がん進展制御研究所 機能ゲノミクス研究分野 一方,がん抑制遺伝子 UTX 脱メチル化酵素は,RB ファ 鈴 木 健 之 ミリーがん抑制遺伝子の発現上昇を誘導し,細胞増殖 を負に調節することを見いだした 3).また JMJD5 脱メチ 感染細胞のゲノムに挿入変異を導入するレトロウイ ル化酵素は,KO マウスの表現型解析から,細胞周期制 ルスは,がんに関係する遺伝子を網羅的に単離し,そ 御因子 p21/CDKN1A の発現調節を介して,細胞増殖, の発症機構を解明するために有用なモバイル因子であ 胚の発生プログラムを制御することを証明した 4). る.私たちは,レトロウイルス感染マウスに発症した さらに,がんの悪性化の重要なステップであるがん 腫瘍から,ウイルスタギングを用いて新しいがん関連 細胞の浸潤に,PLU1 脱メチル化酵素が関与することを 遺伝子群の探索を進めてきた 1).その結果,クロマチン 初めて発見した 5).PLU1 の標的として KAT5/TIP60 ア 構成タンパク質であるヒストンのメチル化修飾に関わ セチル化酵素を同定し,その下流の標的である る酵素の遺伝子が高頻度に同定された (図)2).これらの CD82/KAI1 遺伝子も含めて,PLU1 の制御する遺伝子発 酵素が引き起こすエピジェネティクス制御の異常は, 現カスケードが,細胞浸潤に重要な働きを担っている 可逆的に元に戻すという治療戦略が想定されるため, ことを明らかにした.また最近,PLU1 が細胞の上皮・ 次世代のがん治療の標的として注目されている. 間葉転換 (EMT) を誘導することも見いだした.この際, メチル化制御酵素群のヒトがん組織での発現を調べ EMT 誘導に重要な転写因子である ZEB1, ZEB2 の発現 たところ,酵素の発現異常が高頻度に検出された.ま を抑制する microRNA-200 ファミリーの発現を調節する た,酵素を高発現するがん細胞株では,その発現を抑 ことがわかった.一方,JMJD3 脱メチル化酵素は,そ 制すると細胞増殖が抑制され,ヒストンメチル化がヒ の発現の低下が EMT を促進すること,さらに同じ miR- トの発がんにも密接に関係することが確認された.さ 200 ファミリーの発現を調節することがわかった.すな らに,がん細胞の浸潤能,上皮系・間葉系の特徴,抗 わち,異なるメチル化修飾による microRNA のエピジェ がん剤耐性などの性質と相関性を示す発現様式をもつ ネティックな制御が,EMT の可逆的性質に関係する可 酵素が複数同定され,がんの悪性化や難治性との関連 能性が示された. DNA メチル化やヒストンのアセチル化と発がんとの も示唆された. ヒストンのメチル化修飾は,遺伝子の発現制御に重 関係は,古くから研究がさかんで,既に阻害薬が開発 要な役割を果たす.そこで,酵素によって発現が調節 されているのに対し,ヒストンのメチル化制御は,最 される特異的な標的遺伝子を同定することで,発がん 近開拓され発展している研究分野である.私たちは, を誘導するメカニズムを解明しようと考えた.そのた メチル化制御酵素の標的遺伝子の探索を通して,がん の悪性進展の諸過程 (浸潤,EMT,薬剤耐性獲得) にお けるその役割を解明し,新しいエピジェネティック医 薬の開発にも貢献したいと考える. 参 考 文 献 図 ヒストンの翻訳後修飾を制御する酵素群と発がんとの関係 クロマチンを構成するヒストンタンパク質のひとつ H3 の翻訳後 修飾 (アセチル化,メチル化など) は,転写制御をはじめ様々な 生物学的現象に関与する.ヒストンのメチル化を制御する酵素 の多く (太字斜字で示す) は,ウイルス挿入変異の標的となって おり,がんの発症・悪性化において重要と考えられる. 1 ) Suzuki T. et al. New genes involved in cancer identified by retroviral tagging. Nature Genetics, 32: 166-174, 2002. 2 ) Suzuki T. et al. Tumor suppressor gene identification using retroviral insertional mutagenesis in Blm-deficient mice. EMBO J., 25: 3411-3421, 2006. 3 ) Terashima M. et al. The tumor suppressor Rb and its related Rbl2 genes are regulated by Utx histone demethylase. Biochem Biophys Res Commun., 399: 238-244, 2010. 4 ) Ishimura A. et al. Jmjd5, an H3K36me2 histone demethylase, modulates embryonic cell proliferation through the regulation of Cdkn1a expression. Development, 139: 749-759, 2012. 5 ) Yoshida M. et al. PLU1 histone demethylase decreases the expression of KAT5 and enhances the invasive activity of the cells. Biochemical J, 437: 555-564, 2011. − 13 − Region) はマウスゲノム全体で 1144 箇所存在した.この 免疫記憶 T 細胞のエピジェネティクス DMR のうち半分は遺伝子がないゲノム領域に存在し, Epigenetic changes in antigen-specific memory T cells 遺伝子関連領域では大部分が,イントロンに位置して いた.これらの DMR は,CXCR6,T-bet,Chsy1,Cish などのサイトカイン産生,骨髄へのホーミング,およ 金沢大学医薬保健研究域医学系 血液情報統御学 び免疫応答に関連する重要な遺伝子の領域に位置して 橋 本 真 一 いた.興味深いことに,このイントロンに位置してい た DMR をもつ遺伝子の 5’プロモーター領域はほとんど 免疫システムの解明は,新興・再興性の病原体によ がメチル化を受けていなかった.さらにこの DMR の機 る感染の予防・治療,難治性の自己免疫疾患やアレル 能について調べたところ,エンハンサー活性が観察さ ギー疾患,癌等の克服に重要であり,社会的ニーズも れた.このことから特定の抗原暴露により分化した T 細 高く緊急の対応が求められる.免疫記憶 (メモリー) は 胞は,DNA メチル化によるプロモーター活性の変化よ 免疫システムにおける最も大きな特徴の一つであるが, りむしろエンハンサー活性の変化により免疫関連遺伝 その分子基盤は脆弱である.免疫記憶の本質は一度暴 露されて記憶している抗原に対して迅速に二次応答を 子の発現が調節されていることが示唆された.また, CD8+ T 細胞についても検討したところ,CD4+ T 細胞と 示し個体防御を達成することにある.この免疫現象に 同様の DNA メチル化調節機構が働いていると推察され 特有な免疫記憶や免疫寛容などはまさしく遺伝子配列 た.これらの結果から DNA メチル化が T 細胞のメモリ の変化ではなく DNA のメチル化,ヒストンのアセチル ー化に非常に重要な役割を演じている事が明らかにな 化などのエピジェネティクな作用が,遺伝子の発現量 り,今後,さらに T サブセットの詳細なエピジェネティ に影響を及ぼし免疫担当細胞の質的変化をもたらして ク機構を検討して行きたい. いるものと推定される.免疫記憶の主要な細胞である T 細胞の分化機構において,遺伝子発現と共に DNA メチ ル化の変化が報告されているが,IL-2,IFN-γ,IL-4, IL-13,Foxp3 など数個のサイトカイン関連遺伝子領域 にとどまる.T 細胞の抗原特異的応答における経時的な DNA メチル化の変化と遺伝子発現変動を全ゲノムレベ ルで解析し,抗原特異的 T 細胞のメモリー細胞樹立・維 持に関する分子実態の詳細を明らかにすることは,ワ クチン開発/治療等にとって非常に重要である.そこ で,本研究ではマウス抗原特異的 CD4+ と CD8+T 細胞 を用いメモリー細胞への分化過程における DNA メチル 化機構を明らかにすることを試みた. 材料として OVA をモデル抗原とする TCR 受容体トラ ンスジェニック (TCR Tg) マウス DO11.10 からナイーブ CD4+ T 細胞を精製し,抗原提示細胞と OVA ペプチドで 図 T 細胞分化における DNA メチル化と遺伝子発現の関係 (A) 未 成熟 T 細胞 (B) ナイーブ T 細胞からメモリー T 細胞の分化にお けるエンハンサー活性に関与する DNA メチル化モデル (C) ナ イーブ T 細胞からメモリー T 細胞の分化におけるサイレンサー 活性に関与する DNA メチル化モデル 培養しエフェクター細胞を作製した.それを野生型 BALB/c マウスに投与しメモリー CD4+ T 細胞を作製し た.また,CD8+ T 細胞は OVA をモデル抗原とする TCR Tg OT-I マ ウ ス CD8 + T 細 胞 を 用 い , 抗 原 と し て recombinant vaccinia virus (VV-OVA) を投与してエフェ クターとメモリー細胞を作製しサンプルとした.遺伝 子発現は 5’SAGE 法により,DNA メチル化に関しては メチル化感受性制限酵素,HpaII,MspI を用いた MSCC 法により次世代シークエンサーを用いて測定した. MSCC 法はマウスでゲノム全体の約 120 万箇所の CpG を網羅し,ほとんどの遺伝子領域のメチル化が測定可 能である. 最初に CD4+ T 細胞における DNA メチル化を調べた結 果,ナイーブ T 細胞からメモリー T 細胞の分化に伴い変 参 考 論 文 1 ) Hashimoto, S., et al. Coordinated changes in DNA methylation in antigen-specific memory CD4 T cells. J. Immunol 190: 4076-4091, 2013 2 ) Qu, W., et al. Genome-wide genetic variations are highly correlated with proximal DNA methylation patterns. Genome Res. 22: 1419-1425, 2012 3 ) Ogoshi, K., et al. Genome wide profiling of DNA methylation in human cancer cells. Genomics 98: 280-287, 2011 4 ) Hashimoto, S. et al. High-resolution analysis of the 5’-end transcriptome using a next generation DNA sequencer. PLoS One 4, e4108, 2009 5 ) Hashimoto, S., et al. K. 5’-end SAGE for the analysis of transcriptional start sites. Nat Biotechnol 22: 1146-1149, 2004 化したメチル化領域 (DMR,Differentially Methylated − 14 − MEMO