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コートジボワール内戦における国連平和維持活動

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コートジボワール内戦における国連平和維持活動
Kobe University Repository : Kernel
Title
コートジボワール内戦における国連平和維持活動 :
ECONOMICIからONUCIへ(UN Peacekeeping in Cote
d'Ivoire : From ECOMICI to ONUCI)
Author(s)
酒井, 啓亘
Citation
国際協力論集,12(3):29-64
Issue date
2005-03
Resource Type
Departmental Bulletin Paper / 紀要論文
Resource Version
publisher
DOI
URL
http://www.lib.kobe-u.ac.jp/handle_kernel/00405928
Create Date: 2017-03-30
2
9
コートジボワール内戦
における国連平和維持
活動 -ECOMICIから
ONUCIヘ-
はじめに
2
0
0
2
年 9月に首都アピジャンとその他の街
で始まった暴動は、瞬く聞にコ}トジボワー
ル全土に影響を及ぼして内戦の様相を呈する
こととなり、結果として南部を中心とした政
府側と北部を中心とした反政府側とが対時す
る構図を提供するに至った。その過程では、
井
月
文
仁耳
一旦
酒
後に見るように、フランスや西アフリカ諸国
経済共同体
CECOWAS) が軍事介入を行い、
2
0
0
4
年 4月からは国連も平和維持軍を現地に
はじめに
I 国連平和維持活動展開までの経緯
E 国連コートジボワール活動 (ONUCI)の特徴
おわりに
出動させて事態の収拾にあたっている。
2
0
0
2年に始まったこのコートジボワール内
戦を本稿において取り上げるのは、この国連
の平和維持活動
ワール活動
C
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) 一国連コートジボ
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:ONUCI)ーが、最近の
PKOと同様に、国連憲章第 7章に基づき武
力行使を許可されていることを契機とするこ
とから、憲章第
7章と結合した最近の PKO
ーいわゆる「強化された
C
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b
u
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t
)JPKOの
特徴を検討するための検討対象となりうるた
めである。しかもシエラレオネやリベリアに
おける事例と同じく、西アフリカにおける紛
が密接に関わっていることか
争で ECOWAS
ら、この地域的機関による軍がコートジボワ
ール内戦の収拾に果たした役割、とりわけ国
連 PKOの設置過程に与えた影響を考察する
こともここでの重要な目的となろう。
本稿は、冷戦後の国連PKO
の変容を検討
することを目的に 1、とりわけ憲章第 7章と
結合する形式をとった最近の PKOに注目し
*神戸大学大学院国際協力研究科教授
J
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仰 I
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的I
附 a
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3(
加0
5
.
3
)
て進められた一連の事例研究の一部を構成す
3
0
国 際 協 力 論 集 第1
2
巻 第 3号
るらそのため、ここではコートジボワール
的な影響力を急速に失っていったのは皮肉な
の事例における憲章第 7章の援用の意義と
歴史の展開であった 30
PKOの主要な活動原則との関係を中心とし
コートジボワールの場合、 1
9
6
0年の建国以
た考察を行うにとどめ、これらの一般的な検
降この国を事実上支配してきた「国父」ウフ
討は別の機会に行うことにしたい。以下では、
F
.
H
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) が1
9
9
0
ェ=ボワニ (
コートジボワール内戦の原因と ONUCIが現
年に行われた同国での初めての大統領選挙で
地に展開するに至るまでの背景を検討した
勝利して大統領に当選し、政治過程での民主
後
、 ECOWASの軍やフランス軍との関係を
化への一歩を踏み出した。彼の死後、 9
3年に
軸としながら ONUCIの特徴を描写すること
はベデイエ(H.K.B
e
d
i
e
) が大統領に就任し
で、憲章第 7章援用の意義を考えることにす
て9
5
年に再選されている。しかし、この 9
0
年
る
。
代にカカオやコーヒーの輸出により経済が潤
う一方、同時期に導入された経済自由化政策
I 国連平和維持活動展開までの経緯
コートジボワール内戦の背景
で貧富の差が綿花産業を主とする西部地域と
カカオ・コーヒーのプランテーションを中心
コートジボワールは、東にガーナ、北にブ
とする東部・北部地域との間で拡大するとと
ルキナファソとマリ、西にギニアとリベリア
もに、これら一次産品も 9
0
年代末には輸出伸
とそれぞれ国境を接し、南にギニア湾を臨む
び悩みで対外債務が増加して囲内経済も疲弊
西アフリカのほぼ中央に位置している。 1
8
4
2
9
9
9年 1
2月にゲ
し政情不安となった 4。結局 1
年にフランスの保護領となり、以来、西アフ
イ(R.
G
u
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i
) 元参謀総長がクーデターで実権
リカフランス連邦の一部やフランス共同体の
0
0
0
年1
0月2
2日の大統領選
を握り、その後、 2
自治共和国を経て、第 2次大戦後の植民地独
挙ではパグボ(L.G
b
a
g
b
o
) がゲイを破って
9
6
0
年にフランスからの独立
立の流れの中で 1
大統領の座についている 5。本稿で問題とす
を果たした。従って文化的言語的政治的背景
る2
0
0
2年 9月からのコートジボワール内戦
においてコートジボワールはフランスの影響
は、従ってこのパグボ政権下で起こった出来
を色濃く受けており、その面積・人口・資源
事であった。
などを含めた総合的な国力から、ナイジエリ
2
0
0
2年 9月の暴動に関してはその背景に次
アが西アフリカ地域における英語圏諸国のリ
の点が関係していることに留意しておく必要
ーダーであるとすれば、コートジボワールは
がある。第一に、ウフェ=ボワニ亡き後の後
フランス語圏諸国の盟主とみなされてきたと
継者をめぐる権力抗争の存在である。ウフ
いうことができる。しかしこれら二つの地域
ェ=ボワニと同じ中部パウレ族出身、コート ‘
大国が1
9
9
0
年代後半にいずれも圏内の民族対
ジボワール民主党
立やクーデターなどの圏内的騒乱により対外
るベデイエ、北部出身で国際通貨基金の元副
(
P
D
CI)を支持母体とす
コートジボワール内戦における国連平和維持活動一ECOMICI
から ONUCI
へー
3
1
専務理事、その経済的才覚からウフェ=ボワ
パグボは大統領に就任してから、ワタラと
ニに重用されて 1990
年から 3年間首相を務め
会談を行った後、 2001年 1
0月に国民和解フォ
共 和 連 合 (RDR) を 創 設 し た ワ タ ラ
ーラムを設置し、 2002年 1月にはベデイエと
(
A
.
O
u
a
t
t
a
r
a
)、そして西部地方のペテ族出
ゲイも加えた 4名で会合の機会を持つなど政
身でイボワール人民戦線 (FP
I)を率いる現
局の安定に努めようとした。しかし 2002年 7
大統領のパグボの 3名がライバルであるが、
月の地方選挙においてワタラ率いる RDRが
それぞれの支持母体が武装グループを有して
勝利したことから、これを受けて対立陣営も
いることもあり、政治的な対立はすぐさま軍
含めた政府が発足したのを契機に大統領派の
事的な対立へと移行する危険があった 60
不満が高まり、ついに 9月1
9日にアビジャン
第二に、コートジボワール国民、あるいは
その他の街で暴動が発生して、パグボに忠誠
イボワール人のアイデンテイティーの問題で
を誓う武装グループがゲイをはじめとする対
ある 7。コートジボワールは 26%の住民がブ
立陣営の閣僚や支持者を殺害し、その数は
ルキナファソ、マリ、ガーナ出身の外国人で
400名に達するなど騒然とした状況となっ た
あるといわれる。彼らはコートジボワールで
のである。しかもそれに呼応するかのように
コーヒーやカカオのプランテーションで働
隣国ブルキナファソからは反政府勢力が侵入
き、ウフェ=ボワニは彼らを保護するととも
して北部を席巻した H。このようにして、 9
にその支持を集めて、広い意味でのイボワー
月19日に起こった首都アビジャンでの暴動は
ル人を形成することで政治的基盤を固めるこ
一挙にコートジボワール全土に拡大して、政
とができた。しかしベデイエはこうした移民
府軍が支配する南部と反政府勢力が支配する
労働者を排除するため生粋のイボワール人を
に至った北部の対立という内戦状態に突入し
想定した「イボワール民族」概念を提唱し、
たのである九
A
大統領在職時代にこれに該当しなければ大統
領の資格なしと主張したのである 8。その主
2 和平協定の締結と外国軍の展開
条に反映され
張は現実にも 2000年憲法の第 35
(
1
) 国際社会の対応とリナ=マルクーシ和
ることになり、この改正がその後の和平プロ
平協定の締結
当
コートジボワールにおける暴動の一報にす
初ブルキナファソのパスポートを所持してい
ばやく対応したのは旧宗主国であるフランス
たとされて 2000年の大統領選挙時にイボワー
であった。フランスは、コートジボワール独
ル人ではないとみなされたことから選挙に参
9
6
1年に同国と防衛に関する協定を締
立後の 1
加できなかったワタラは、 2000年選挙の結果
結しており現地に 600名の部隊を駐留させて
の無効を訴え、パグボ大統領と対立すること
いたが 13、2002年 9月22日には自国民とヤム
になったのである 100
スクロ空港にある軍事基地の保護を目的とし
セスにおいて主要な課題となっていく
90
国際協力論集
3
2
第1
2
巻 第 3号
名を追加派兵し、 2
9日には実際
てさらに 200
ボワールを訪問した際に、各当事者と協議し
に米軍と共同でブアケからの西側諸国市民の
てフランスで和平のためのラウンドテ}ブル
救出を行っている九 なおパグボ大統領はフ
が開催されることが本決まりとなった。こう
ランスとの防衛協定を援用してフランスから
して 1月1
5日からパリの郊外リナ=マルクー
の軍事的支援を要請したが、フランスは同協
シにコートジボワールの政治グループが参加
定がコ}トジボワール国外からの脅威に対処
する会合が聞かれて同 23日に和平合意(リ
することを目的としているという理由でこれ
ナ=マルクーシ和平協定)の締結に至ったの
を拒否し、兵端面での援助にとどめる姿勢を
である 180
l
示したという九
このリナ=マルクーシ和平協定は協定本体
ECOWASも 9月29日に緊急サミッ
とそれに付属する国民和解政府プログラムで
トをアクラで開催してコンタクトグループを
構成されており、それぞれの概要は以下のと
設置し仲介に乗り出した。当初政府側は停戦
おりである。
他方、
合意が反政府勢力に正統性を与えることを懸
和平協定本体は全部で 6項からなり、まず
念して協力的で、はなかったとされるが、結局
この和平会議に参加した RDRをはじめとす
この仲介が功を奏して 1
0月1
7日に反政府勢力
る1
0の政治勢力や会議を主催した議長及びそ
と政府側の聞で停戦合意が成立したのであ
の支援者が紹介され(第 1項)、次に、「フラ
る。その際、コートジボワール政府は
ンス軍に支援された ECOWAS
軍の展開によ
ECOWAS軍が現地に展開することに同意す
り可能となり保証された停戦を歓迎」してこ
るとともに、それまでの間フランス軍が展開
れを厳格に遵守するよう要求するとともに、
することを要請し、フランスも 1
0月2
1日まで
すべての当事者に対していかなる強要行為も
に政府と反政府勢力の聞に軍を展開させる軍
直ちに中止して平和に尽力するように求め、
(
1リコルヌ作
すべての政治犯の即時釈放を求めている(第
事活動を行うことを決定した
戦
(
0
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)160 ECOWASも1
2
2項)。協定の実質的な部分を占めるのは続
月1
8日の臨時サミットで正式に ECOWAS
軍
く第 3項であり、コートジボワールの領土保
を2
0
0
3年中に派遣することを決定し、 1
2
6
4
名
全の維持とその国家機関の尊重、さらには同
の部隊が現地に実際に展開したのである 170
国の権威の回復の必要性を強調した上で、権
またそれと平行して和平交渉のための議題
力への民主的アクセスとその民主的行使の原
についても 1
0月下旬から 1
1月上旬には当事者
則にコミットすると明言して、そのために以
間で合意がなされ、
1
1月21日には ECOWAS
下の 9点にラウンドテーブルは合意するとし
より和平計画案が提案されるなど和平の機運
た。すなわち、 a) 国民和解政府の即時設立、
が高まり、明けて 2
0
0
3年 1月初めにド・ヴイ
b) 信頼できる透明性の高い選挙に向けての
(
D
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eV
i
l
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e
p
i
n
) 仏外相がコートジ
タイムテーブルの設定、c)次期大統領選挙
ルパン
コートジボワール内戦における国連平和維持活動 -ECOMICI
から ONUCI
へ
3
3
まで国民和解政府を率いる首相のコンセンサ
取得を促す帰化法案の議会への早期提出と
スによる任命、 d) ラウンドテーブルに参加
ECOWAS諸国出身の外国人に対する一定の
した政治勢力がそれぞれ任命する代表のバラ
居住制限の撤廃等を求め、後者については大
ンスの取れた入閣、 e) 憲法に規定される権
統領候補者の資格として「父親もしくは母親
限の委任に従った執行権の行使、f)特にフ
がイボワール人」という要件を定めている加。
ランスの支援を受けた国防軍の再建、 g) あ
こうした内容に関しては、特にワタタの大統
らゆる武装勢力の再編と武装解除、 h) 土記
領候補資格問題に端を発する同資格条件の緩
、フラン
活動の保証を目的とした ECOWAS
和が2
0
0
0年憲法第 3
5
条と合致するのかといっ
ス及び国連に対する軍隊の手配の要請、
i)
た合憲性の問題のほか、この和平協定全体の
あらゆる軍事要員の解放と恩赦を確保するた
性格等についても問題点が指摘されている九
めの必要な措置、である。従ってここでは、
以上のような和平協定の内容に関連して、
大統領とは別に新たに任命される首相を中心
コートジボワール内戦における国連PKOの
として各政治勢力の代表者を含めた国民和解
役割を検討する本稿の目的から注目されるの
政府が国軍の.再建や武装勢力の武装解除、和
は、以下の点であろう。
平のための恩赦などを実施し、 ECOWASや
第ーに、この和平協定では国連 PKOの役
フランス、国連がこれを支援するという図式
割が明確には定められていないということが
が描かれている。さらに EU
、 ECOWAS
事務
挙げられる。いわゆる「強化された」国連
局長、国連事務総長特別代表、フランスなど
PKOが派遣された最近の紛争においてはそ
の代表で構成されるリナ=マルクーシ協定監
れぞれの紛争をめぐる和平協定の中で PKO
視委員会が設置され、同協定の違反等が囲内
ないし国際軍の設置が予定されその任務が明
外の関係機関に報告されるものとされた
確化されているが担、コートジボワールの場
(
第 4項)190
合、リナ=マルクーシ和平協定の本体の規定
また国民和解政府プログラムと題する文書
では、国連に対しでも武装グループの武装解
は
、 1I
市民権、アイデンテイティー、外国
除作業について関与が求められてはいるもの
選挙システム」、皿「共和国
人の地位」、 I I
の、現実にはすでに部隊の派遣に応ずる用意
土地保有制度」、 V I
メ
大統領の資格」、 N I
を明言していた ECOWASとフランスが主た
V
II
個人の権利と自由」、四「再編、
る任務を担うこととされた。それは、同協定
武装解除及び動員解除」、四「経済回復と社
付属書にある W I
再編、武装解除及び動員解
会的団結の必要性」、 I
XI
実施」等様々な主
除」で IECOWASおよびフランスの軍隊の
題を取り扱っており、とりわけ内戦の原因に
監視の下で国民和解政府が現地の軍隊の再編
も関係する国籍問題と大統領の資格問題では
プロセスに着手し」、「第二フェイズで、ここ
それぞれ、前者については不法滞在者に国籍
でも ECOWASとフランスの軍隊の監視の下
ディァ」、
3
4
国 際 協 力 論 集 第1
2
巻 第 3号
で行われる上記軍隊の武装解除及び動員解除
に 鑑 み れ ば 25、 こ こ で も 安 保 理 に よ り
に関してとるべき措置を策定する」とされて
ECOWAS軍とフランス軍に武力行使権限が
いることからも明らかである。すなわち、こ
授権されることを国家元首会議が望んでいた
の和平協定の実施は、特に軍事活動に関わる
と考えてもあながち不合理ではない。そして
点について ECOWAS軍とフランス軍双方の
この期待は実際にも、後に詳しく検討するよ
支援に依拠することが考えられていたのであ
うに、そのおよそ 1
0日後の 2月 4日に採択さ
る230
れた安保理決議 1
4
6
4で実現を見ることになっ
しかし第二に、このことはコートジボワー
た%もう一つは、これも同様に「国家元首
ルの和平プロセスにおいて国連が全く関与し
会議の結果」文書で同会議が国連事務総長に
ないということを意味しない。むしろ当事者
勧奨していた和平協定の実施監視を支援する
並びに関係者は、和平協定監視委員会への参
文民・軍事オブザーパーの派遣である。しか
加のほか、次の二つの点において国連の役割
しこれを受けた国連事務総長は、後述するよ
を期待していたとさえいえる O それは、一つ
うに、軍事オブザーパーの派遣ではなく、
には ECOWAS軍とフランス軍に対する武力
ECOWAS軍とフランス軍との閣の軍事リエ
行使の許可である。たとえばリナ=マルクー
ゾンの構築を安保理に提案するにとどまり、
シ和平会合終了後に採択された「コートジボ
安保理も限定的な政治ミッションの一部とし
ワールに関する国家元首会議の結論」と題す
てこのリエゾンの設置を許可したに過ぎなか
る文書では、「安保理が、国連憲章に従って、
った九和平会議の関係者が国連に求めたの
ECOWAS軍とこれを支援する軍に対し、そ
は
、 ECOWAS
軍とフランス軍が政府側の南
の要員の安全と移動の自由を確保し、かつ、
部と反政府側の北部との聞の緩衝地帯に展開
国民和解政府の責任に影響を与えずに、当該
すると同時に、コートジボワール全土に国連
軍の活動地域内において目下物理的暴力に脅
のオブザーパーが和平協定遵守の監視のため
かされている文民の保護を、利用可能な手段
展開することであったが、これに対して国連
を使用して確保するために必要な措置をとる
はECOWAS軍とフランス軍の展開をあくま
権利を確認する」であろうという会議の期待
でも補完する役割に限定し、国連 PKOとし
が表明されているへこの「必要な措置 j に
てのオブPザーパー派遣の要請を断ったという
武力行使が含まれると明言されてはいない
ことになろう。国連PKOそのものがコート
が、その直前の「要員の安全と移動の自由」
ジボワールに設置されるには 2004
年 2月まで
および「物理的暴力に脅かされている文民の
待たなければならなかったのである。
保護」という目的は最近の国連 PKOの事例
このようにフランスにおいて和平協定が当
においてもよく見受けられ、それらがこの目
事者間で一応合意され締結されたものの、現
的に限定して武力行使を許可されていること
地における和平の実現は一向に進まなかっ
コートジボワール内戦における国連平和維持活動-ECOMICIから ONUCI
へ
3
5
(
S
.D
i
a
r
r
a
) が国民和解
この任務を現地で引き受けたのは 3月29日の
政府の首相に任命されたものの、パガボ大統
ことである九これまでの事例でしばしば見
領は協定を無視して首相への権限委譲を拒否
られるように、先行する多国籍軍や地域的機
し、大統領支持派も反政府勢力が政権内に入
関の箪の性格がその後に展開する国連 PKO
り特に国防相と内相の地位につくことに反対
に大きな影響を与えることがあることから、
して首都アビジャンでデモを動員するなど、
まずこのミッションの実行を検討した上で、
当初から恐れられていたように和平協定の実
その性格を確認しておくことにしよう。
た。新たにデイアラ
施が締結後まもなく困難となったからであ
もともと ECOWAS
箪は内戦勃発直後に締
る28。このため ECOWASが仲介に入り、あ
0
0
2年 1
0月1
7日の停戦協定監視のた
結された 2
らためて 3月 8日にアクラで、国家安全保障
めに展開したフランス軍を引き継ぐ予定で当
評議会の設置やデイアラ首相による国防相・
2
0
0名程度の兵力が現地に派遣されたへ
初1
内相の候補者の選出などが和平協定当事者の
それがリナ=マルクーシ和平協定の締結と安
問で合意された(アクラ E合意)目。またこれ
保理決議の採択により、同和平協定の履行監
0日にはパグボ大統領が首相に
を受けて同月 1
視をフランス軍とともに担うことになったの
6ヶ月間の権限委譲を表明し、デイアラもよ
である。
うやく首都に入り正式に首相職に就任して 1
3
2003年 2月 4日に採択された安保理決議
日に国民和解政府の会合が行われたのであ
1
4
6
4は
、 ECOWAS
軍事ミッションの権限設
る加。しかし政府の閣議に反政府勢力は出席
定にとって重要と思われる次のような規定を
を拒み 31、しかも停戦違反が両陣営から繰り
本文第 9項においている。
返されるなど国内情勢は決して安定の方向に
向かっているとはいえなかった九
「国連憲章第 7章に基づき、かつコートジ
ボワールに関する国家元首会議の結論第 1
4
項
に含まれる提案に従って行動し、第 8章に従
(
2
) ECOWAS
軍の任務と現地展開の状況
軍に参加する加盟国、ならび
って ECOWAS
すでにリナ=マルクーシ和平協定締結前か
にこれらを支援するフランス軍に対して、そ
らECOWASとフランスの軍隊は現地に展開
の要員の安全と移動の自由を確保し、また国
していたが、同協定による任務の明確化と国
民和解政府の責任に影響を及ぼすことなく、
連安保理による武力行使の許可によりその活
その活動地帯内で物理的暴力に直接脅かされ
動は新たな段階に入った。 ECOWASとフラ
ている市民の保護を確保するために、 6ヶ月
ンスは、停戦協定の監視と同様、緊密な協力
の問、利用可能な手段を用いて必要な措置を
関係を維持しながらともに和平協定の履行監
0
とることを許可する。その後は、以下の第 1
視にあたることになり、 ECOWASコートジ
項に言及された報告に基づき理事会が事態を
ボワールミッション (ECOMICI)が正式に
評価し、この許可を更新するかどうかを決定
3
6
国 際 協 力 論 集 第1
2
巻 第 3号
する」。坦
これによると ECOWAS軍は、憲章第 8章
デートは、 a) リナ=マルクーシ和平協定履
行への貢献、 b) ECOMICI
要員、オブザー
の規定に従って設置された地域的機関の軍と
ノt
ー及び、人道機関の安全と移動の自由を保証
性格づけられるとともに 36、憲章第 7章に基
するために必要な措置をとること、c)国民
づき一定の目的ーそれは先の国家元首会議の
和解政府の責任を害することなく、利用可能
結論で示されたものと同一であるーのために
なあらゆる手段を用いてその活動地帯内で物
「必要な措置をとる」ことが認められている
理的暴力に直接脅かされている市民の保護を
ことがわかる。憲章第 8章による軍事活動を
確保すること、 d)敵対行為中止の監視、 e)
明確にしながらも、同項で憲章第 7章に基づ
人、モノ、サービスの自由な移動の促進、f)
く行動に言及したのは、フランス軍にも同様
あらゆる軍の武装解除、動員解除、社会復帰
の許可を行う必要があったためでもあるが、
(DDR) 計画の履行への貢献の 6つに再定義
同時に第 7章と第 8章との聞の微妙な関係を
され、 ECOMICIの活動は、停戦地帯におけ
推察することも可能で、あろう九いずれにし
るフランス軍と ECOMICIとの聞の権限委譲
てもここでは、憲章第 7章と「国家元首会議
の完了と国民和解政府閣僚への安全提供とい
の結論」に基づく行動として武力の行使が許
うフェイズ I、活動を拡大し、コートジボワ
可されている、すなわち安保理のコントロー
ール全土にそのプレゼンスを明確にして国民
ルの下で武力行使が認められ、それが関係当
の聞の信頼を回復させるフェイズ E、武装解
事者の要請に由来するということが確認でき
除・動員解除・社会復帰 (DDR) プログラ
ればいいであろう。こうして ECOWAS軍は
ムの支援というフェイズ E、そして活動の縮
フランス軍とともに、関係当事者の同意の上
小と撤収にあたるフェイズ Wの 4段階に整理
で安保理により武力行使を許可された軍事活
された 39。以上のようなマンデートの内容や
動に携わることになったのである。
活動のタイムテーブルは、シエラレオネやコ
他方でこれに対応してその後ECOWASの
ンゴ民主共和国、さらにはリベリアに展開し
側にも動きがあった。 2
0
0
3年 3月 5-6日に
たPKO
の事例を努業とさせるものでありベ
アクラで開催された ECOWAS防衛安全保障
別の面から言えば、 ECOMICIは、安保理に
委員会第 5回会合で ECOWAS軍が正式に
より憲章第 7章に基づく行動として認められ
ECOMICIと称されることが決定されるとと
たからこそ、文民の保護や DDRフプ。ログラム
もに、その要員を 1
2
6
4
名から 3
4
1
1名に増員す
の支援といつた危険な活動内容を含むことが
ることが勧告されたが38、そうした名称や人
できたということにもなりそうでで、ある剖
員の面だけでなく、このときに ECOMICIの
さてここでで、の問題は、 ECOMICIに対して
マンデートと活動のコンセプトも新たに定め
上記マンデートに関して憲章第 7章に基づき
られたのである。すなわち ECOMICIのマン
武力行使を許可された軍事活動が執行活動、
コートジボワール内戦における国連平和維持活動-ECOMICIから ONUCI
へ
3
7
いわゆる p
eaceenforcementとみなされうる
はない。それは、後に政治的ミッションとし
のか、あるいは peacekeepingの性格を保持
て派遣される国連コートジボワールミッショ
しているのかということであろう。この点は、
I)の役割について述べた 2
0
0
3年
ン (MINUC
後述するように、国連 PKOによる任務継承
8月の国連事務総長報告でも次のようなかた
とその影響という観点からも重要で、ある。で
ちで示唆されている。
はこうした軍事活動を任務として担うことに
rMINUCIの軍事・文民各要員の展開は引
なった ECOWASはECOMICIをどのように
き続き満足のいくかたちで進展している。こ
性格規定していたのであろうか。 ECOWAS
のミッションは、リコルヌ軍と ECOWAS軍
は、実のところ、これまで自らが関与したシ
の平和維持活動 (
p
e
a
c
e
k
e
e
p
i
n
go
p
e
r
a
t
i
o
n
s
)
エラレオネやリベリアでの事例と同様、
を補完する重要な監視・リエゾン活動に従事
ECOWASの軍隊に和平協定実施のための強
している J
04
3
力な手段が付与されることを望んでいた。そ
つまり、少なくとも国連事務総長によれば、
0
0
3年 4月下旬に安保理に提
れを物語るのは 2
ECOMICIもフランス軍も「平和維持」活動
出された ECOMICI司令官の活動報告書の内
の一環として展開していたと考えられていた
容である。 ECOMICI司令官は、安保理決議
のであり、このことから国連と ECOWASの
1
4
6
4がECOWAS軍とフランス寧に「国連憲
eacekeepingとpeaceenforcementに
聞には p
章 第 7章 の 平 和 執 行 の 役 割 (
a United
ついて認識の違い
H peace enforcement
Nations Chapter V
フランス寧の性格付けの違いーが存在すると
r
o
l
e
) を授権したという認識をその中で示し
推察することも可能で、あろう判。では、その
ているからである。すなわち ECOWAS・フ
国連はこの内戦にどのように関与し、またど
ランス両軍の軍事活動は、和平協定と安保理
のような立場をとってきたのであろうか。
それによる ECOMICIや
決議に従った平和ミッションの活動(the
o
p
e
r
a
t
i
o
n
so
ft
h
ePeaceM
i
s
s
i
o
n
) であり、
3 コートジボワール内戦への国連の関与
それによれば、 p
eaceenforcementの活動が
(
1) 内戦初期の国連の対応
安保理決議で認められたという立場に
2
0
0
2年 9月にコートジボワールで内戦が勃
ECOWASは立っていたと考えられる 420
しかしながら、 ECOMICIやフランス軍を
発した当時、国連のスタンスは、 ECOWAS
の和平活動やフランスの軍事行動を注意深く
安保理による武力行使の許可を受けた peace
見守るというものであった。たとえば同年 1
0
enforcementとみなす見方ばかりだ‘ったわけ
月1
7日に停戦合意が成立した後、国連事務総
ではなく、憲章第 7章による行動として武力
長は同 2
1日に発表した声明において、停戦合
行使を許可した国連自身、これを明確に
意締結の歓迎と対話や国民和解を通じた和平
peaceenforcementに位置づけていたわけで、
実現のための当事者の行動の要請、それに和
3
8
国 際 協 力 論 集 第1
2
巻 第 3号
平努力を続ける ECOWAS
への支持を表明し
の展開までの聞の暫定的なものであることを
ている品。もっとも、国連がこの内戦に局外
それぞれ確認していることである。そのいず
の中立的な立場にとどまったというわけでは
れも停戦合意においてコートジボワール政府
ない。特に ECOWASや AUの主張が明確と
が主張した点であり、その意味では国連によ
なって以後は、それを尊重するかたちで、パ
るこれらの確認は新味を帯びるものとはいえ
グボ大統領が民主的な選挙で選ばれた正統政
a
ないが、フランス軍の現地活動の法的基礎が
府であることを強調するとともに、これを武
正統とされるコートジボワール政府の同意・
力によって転覆させ権力を奪取する試みを強
要請にあること、武力行使を許可する憲章第
く非難している 46。それは公式には 1
2月2
0日
7章の行動は認められていないこと、フラン
に採択された安保理議長声明でも明らかにさ
ス軍から ECOWAS軍への移行が前提となっ
れているが、この議長声明は、その他二つの
ていたことをあらためて安保理が銘記してい
点でも注目すべき内容を有していた。
たことは、当時のフランス軍の活動の性格を
第一に、この声明の直前に行われた
ECOWASサミットの結果を支持して、セネ
考える上でやはり重要といわなければならな
し
、 480
ガルが中心となり指揮権を担っている
2
0
0
3年 1月2
3日のリナ=マルクーシ和平協
ECOMOGのコートジボワール展開を安保理
定締結後になると、国連の関与はさらに積極
が完全に支持したという点である九そして
的となる。それは、同協定の締結歓迎と
そこでは憲章第 7章については全く触れられ
ECOWASの和平努力の賞賛といった単なる
ず、武力行使の許可も行われていない。 1
0月
和平プロセスへの後方からの支援だけでな
1
7日の停戦合意からその後の ECOWASを中
く49、コートジボワール圏内の内戦の要因に
心とした和平交渉において、国連に対し
ついての考察と対処、あるいは内戦によって
ECOWAS寧への武力行使の許可を正式に求
生じた被害の把握とその救済措置の探求にま
めることがなかったこともその一因であろ
で及ぶことになり、結果としてパグボ政権と
う。従ってこの文言からは、少なくとも当時
の摩擦も増大させることになった印。
のECOWASの軍隊による軍事活動が憲章第
しかしこの時期最も重要なのは、 2
0
0
2
年1
0
7章に基づく行動という形式を要しない「平
月の停戦合意とこの和平協定の内容に沿った
和維持」活動としての性格を保有していると
かたちで、先に見たように安保理が決議 1464
の前提があったと考えられる。
でECOWAS軍とフランス軍に武力行使を許
第二に、安保理はこの内戦におけるフラン
可したということであろう。しかもこの決議
スの紛争拡大防止の努力を賞賛しているが、
は単に国連加盟国もしくは地域的機関に武力
その際に、それがコートジボワール政府の要
行使を許可したということだけではなく、そ
請によるものであること、そして ECOMOG
うした軍事活動を安保理のコントロールの下
コートジボワール内戦における国連平和維持活動-ECOMICI
から ONUCI
へ
3
9
においたという点でも強調されなければなら
(
r
o
b
u
s
t
) 介在的役割」が必要だとしている
ない。そこでは、武力行使の目的を要員の安
点から、フランス箪の活動が「強化された」
全と移動の自由や物理的暴力に脅かされてい
PKOに近いものという認識があったことも
る市民の保護に限定するとともに、行使期間
興味深いが、さらに注目すべきことに、この
も 6ヶ月に限定し、さらに ECOWASとフラ
報告書は国連の軍事的な役割に関して 4つの
ンスにそれぞれのマンデートの実施状況を定
選択肢を検討し、結果としてそのうちの 1つ
期的に報告するよう要請してその報告に基づ
を安保理に勧告している。すなわち、 (
a
)
国連
き武力行使の許可を更新するかどうかを決定
事務総長特別代表の軍事的アドバイザーチー
するとしているからである
こうした武力
ムの設置、 (
b
)フランス軍・ ECOWAS
箪の現
行使の目的の限定、行使期間の限定、活動の
地作戦本部並ぴに政府軍及ぴ反政府側軍事勢
報告とそれに基づく安保理の判断権行使は、
力の本部にそれぞれ設置される軍事リエゾン
他の多国籍軍型軍事活動でも確認されるよう
グループの展開、 (
c
)コートジボワール全土へ
な安保理のコントロールの典型的な特徴を表
の軍事オブザーパーの展開、 (
d
)
完全な平和維
しているといえるであろう 520
持活動の立ち上げを選択肢と掲げ、事務総長
だが他方、和平協定における国連へのもう
c
)については和平
は、和平会議で要請された (
1つの要求、すなわち和平協定実施の監視を
協定の実施について実質的な進展が見られて
目的とする軍事・文民オブザーパーの派遣に
から検討対象になるとしてこれを退け、代わ
ついては慎重で、あった。具体的には、すでに
って (
b
)が妥当としたのであるへ
述べたように、政治的ミッションの設置にと
これを受けて安保理は、 5月 3日に包括的
どまったのである。それが国連コートジボワ
停戦協定が紛争当事者間で締結されたことも
M
i
s
s
i
o
nd
e
sN
a
t
i
o
n
sU
n
i
e
s
ールミッション (
3日に決議 1
4
7
9を採択して、和平
あり田、同 1
enC
o
t
ed'
l
v
o
i
r
e
:MINUC
I)であった。
合意の当事者によるその実施促進をマンデー
トとする MINUCIを正式に設置し、政務・法
(
2
) 国連コートジボワールミッション
(MINUC
I)の設置とその影響
務など 7部門について国連事務総長特別代表
を支援するスタッフと当初26名(最大76名)
リナ=マルクーシ和平協定の具体的実施を
からなる軍事リエゾンチームをその下に置く
目的としたいわゆるアクラ H合意が結ぼれて
ことに決定した。安保理は事務総長の勧告に
年 3月26日に、国連事
2週間ほど経った2003
同意し、その選択肢(
b
)を基礎に軍事部門を導
務総長は、コートジボワール内戦の現状報告
軍の活動を
入してフランス軍及びiECOWAS
とこの内戦における国連の役割に関する報告
補完することを目指したのである 56。このよ
書を公表した日。現地の治安状況の評価にお
うな経緯で設置された MINUCIは次のような
いて、「現在フランス軍が演じている強力な
特徴を備えていた。
国際協力論集
4
0
第1
2
巻 第 3号
MINUCIの設置を決定した決議
上の問題があったとされている。すなわち、
1
4
7
9はその前文で、コートジボワールの安定
国 連 PKOと し て 設 置 さ れ る と そ の 予 算 は
に対する挑戦の存在に注目し、「コートジボ
PKO基金から拠出されることになるが、そ
ワールの事態がこの地域における国際の平和
の分担率が比較的高い米国が難色を示し、そ
と安全に対する脅威を構成すること」を認定
れよりも自国にとって負担の少ない国連の通
MINUCIを憲章第 7章とは関
常予算でまかなわれる政治的ミッションとす
係付けていないことが挙げられる。シエラレ
ることに固執したため、安保理では国連
オネやリベリア、ブルキナファソといった隣
PKOの設置が困難だ、ったのである問。
第一に、
していながら、
国との関係からこの内戦の存在自体が憲章第
第三に、このように非第 7章に位置づけら
3
9条の「平和に対する脅威」の認定につなが
INUCIの性
れる政治的ミッションとしての M
ったことは最近の安保理の実行からみて想像
格は、しかしながら固定されたものではなく、
f脅威」認定が
d
)に
事態の推移によっては事務総長の選択肢(
行われながらも憲章第 7章に基づく措置の発
いう「完全な P
KOJ にまで展開する可能性
INUCIのマン
動が意図されなかったことは M
を含んでいた。確かに、事務総長報告の中で
9
条の認定と
デートからも明らかであり、第 3
c
)や(
d
)が再検討さ
も事態の進展につれ選択肢(
憲章第 7章の措置の発動が切り離される最近
d
)
れることについては言及があったが、特に (
の事例の傾向を踏襲しているといえよう九
は軍事要員およそ5500
名を擁する「強化され
ここでは、コートジボワールの事態が「脅威」
r
o
b
u
s
t
)J平和維持活動の展開とみなさ
た C
MINUCIはあくまで非第
軍がコミットす
れ、フランス軍や ECOWAS
7章上の措置としての性格を有しているので
る状況に大きな変化が生じた場合にのみ考慮
ある。
されると指摘されていたように、そうした移
に難くない。また、こうした
と認定される一方、
第 二 に 、 非 第 7章 上 の 措 置 と し て の
行が前提となっていたわけではない印。しか
MINUCIは国連 PKOとして設置されたので
し
、
はなく、政治的ミッションと位置づけられて
ることを確認した安保理議長書簡が、同時に
展開した。この点は提案を行った事務総長報
MINUCI
がそのマンデートの改訂作業の過程
告でも設置決議の中でも明言されてはいない
KOに変わる可能性やコートジボワール
でP
が、その設置後、安保理議長より安保理の意
における国連のプレゼンスの更なる強化につ
INUCIを「特別な政治的ミッショ
向として M
いても示唆していたことは注目に値しよう
ン」と性格づける旨の理解が事務総長に伝え
しベ実際にそうした移行の原因となる「大
。このように安保理が
きな変化」はその後まもなく ECOWASの側
られたという
58
MINUCIをPKOではなく、あくまでも政治
的ミッションとすることにした背景には財政
MINUCI
が特別な政治的ミッションであ
から持ち出されることになる。
コートジボワール内戦における国連平和維持活動一ECOMICIから ONUCI
へ
(
3
) ECOMICI
から国連コートジボワール
活動 (ONUC
I)へ
MINUCIの設置が決定された後、 2
0
0
3
年7
4
1
討議した参加 7カ国は、同国内における
ECOWASミッション強化の可能性を検討し
てこのミッションを国連の平和維持軍に置き
月 4 日には政府側のコートジボワール国軍
換えるよう国連安保理に求めるアピールを採
(FANCl) と、北部を支配する反政府勢力の
択した九そして同 24日には安保理公式会合
集合体「新勢力 (
F
o
r
c
e
sNouve!
le
s
:FN)J
の席で ECOWAS議長国であったガーナと
が戦争を終結する旨の宣言を行い 62、思赦法
ECOWAS事務局長が正式に ECOMICIを国
が 8月 8日には成立するなど和平プロセスの
連PKOに編成しなおすよう要請したのであ
進展が一定程度みられた 63。そしてこれと並
る740 ECOMICIを国連 PKOに組み替えるこ
行して 6月2
3日に MINUCIに参加した 2
6名の
うした要請は 9月の時点でECOWAS防衛安
軍事リエゾンが順次内陸部の拠点に配置され
全保障委員会会合においても検討されていた
ていきへまた 5月末にはコートジボワール
が、その背景に ECOWASの財政的困窮があ
の北部と南部の聞に横たわる「信頼区域」の
ったことはいうまでもない
西部地域にも進駐していた ECOMICIとフラ
ECOWASの財政問題には国連事務総長も強
ンス軍に対しては武力行使の許可をさらに 6
0
0
3年 7月に
い関心を寄せており 76、すでに 2
ヶ月間延長する安保理決議 1
4
9
8が 8月 4日に
は
、 ECOMICIに対する自発的拠出金の提供
採択されている由。しかし他方でこの時期は
がなければ 9月末までにその資金は底をつく
不安定な要素も見られており、 6月末の通信
という指摘さえなされていた九しかも同じ
相暗殺未遂事件同や 8月のクーデタ一計画発
時期、 ECOWASはコートジボワールの隣国
覚事件 67、さらにパグボ大統領による閣僚任
リベリアにも平和維持軍 (ECOMIL)を展
命への FN
側の拒否と国民和解政府からの一
開させており、財政状況の逼迫は誰の目にも
)
曲
、 FNによる MINUCI軍事リ
時 離 脱 (9月
明らかであった。注目されるのはその
1月)曲、大統領を支
エゾン要員の拘束(10・1
ECOMILの場合には国連PKOが後に置き換
持する過激派集団によるフランス系企業への
わることが前提となって展開したことであ
襲撃70、FANCIの支援を受けた大統領支持派
り汽こうした方策の適用がコートジボワー
の武装集団による停戦ラインの越境とこれを
ルの場合にも考えられたとしてもなんら不思
阻止する ECOMICIおよびフランス箪との交
議はないであろう。
戦円などの事件が生じ、和平プロセスの停滞
が懸念される状況でもあった九
。この
75
、
しかし他方で重要なのは、 ECOWASが
コートジボワール国内の安定とリナ=マルク
1月1
1日にアクラで開催され
こうした中、 1
ーシ和平協定の実施のためには「強化された
たECOWASミニサミットにおいて西アフリ
(
r
o
b
u
s
t
)J平和維持軍の展開が不可欠である
カ情勢、とりわけコートジボワールの状況を
と考えていたことでである 79。こうした「平和
42
国 際 協 力 論 集 第1
2
巻 第 3号
維持軍」の強化は、 ECOWAS~こはその兵姑
点である。パガボ政権とフランスの聞には以
面や財政面での不十分さから望むべくもな
前より微妙な緊張関係が存在しており回、コ
く、従って国際社会からの支援、具体的には
ートジボワール政府が、一時的のはずであっ
国連による「強化された JPKO
派遣の要請
たフランス軍の駐留の長期化を恐れ、その影
と接合されることになったことには理由がな
響力から脱するために国連による肩代わりを
いわけではない。しかもすでに確認したよう
求めたという見方も成り立ちうるであろう。
に
、 E
COMICI自体には憲章第 7章に基づく
ただしこの後者の点については、後に国連
行動として一定目的のための武力の行使が許
PKOが新たに展開した後もフランス軍の駐
e
a
c
e
可されていたのであり、その活動を p
留が引き続き認められ曲、いわゆる国連PKO
e
a
c
ee
n
f
o
r
c
e
r
n
e
n
tと
k
e
e
p
i
n
gとみなすか、 p
と外国軍の並列的展開が出現したように、国
考えるかの違いはあったにせよ、こうした憲
際社会に受け容れられるところとはならなか
章第 7章下の行動が認められた活動として
った。
ECOMICIがすでに現地に展開していたこと
こうして国連は ECOWASとコートジボワ
は、同じく第 7章に基づく武力行使が許可さ
ール政府による国連 PKOの新たな展開の要
れる「強化された JPKOとして再展開する
請を受けたわけだが、その後 1
2月1
2日に懸案
素地を提供するものでもあったのである。
であった首相の権限問題に関してパグボ大統
こうした動きは当事者であるコートジボワ
領がデイアラ首相宛の書簡で権限委譲の確認
ール政府の対応にも実際上反映した。それが
を 行 い へ 同 22日にはそれまで国民和解政府
明らかになったのは、 2003年 1
1月10日付安保
から離脱していた FN出身の閣僚が政権への
理宛パガボ大統領書簡においてである回。こ
復帰を宣言したことからコートジボワール情
の書簡でパガボは 2つの注目すべき要請を行
勢の好転も期待され田、内戦当事者もすべて
った。それは第一に、 MINUCI
がECOMICI
ECOWAS軍を包摂するかたちでの国連平和
を含めて国連 PKOに置き換わることを要請
維持軍の展開を求めていたとされることか
しているという点である。つまり、軍事リエ
ら師、安保理は 1
1月 1
3日に決議 1514を採択し
ゾンと国連事務総長特別代表への小規模なア
て
、 M
INUCIの任期を 2004年 2月 4日まで延
ドバイザーで構成されている M
INUCIを発展
長することを決定するとともに、新しい国連
的に解消して、軍事的にも強化された国連
PKO
構想を打ち出すことを期待して 2004年
PKOとして再展開することを望んだのであ
1月1
0日までに報告書を提出するよう国連事
の希望にほぼ沿うかた
り、これは ECOWAS
務総長に要請した 87。もともと 2003年後半以
COMICIと
ちの提案であった 81。第二には、 E
降の腰着状態を解決するためには M
INUCIの
同様に現地に展開しているフランス軍の役割
強化が必要であるとの立場を国連事務総長も
もこの国連 PKO
が継承すべきだとしている
取っていたのであり 88、後に検討するように
コートジ示、ワール内戦における国連平和維持活動-ECOMICI
から ONUCI
へ
4
3
その線に沿った構想、が2
0
0
4
年 1月 6日付事務
得られていないことから、現地に国連平和維
総長報告として公表された円安保理は、 2
持軍を派遣すべきであるという ECOWASの
月 4日に、 MINUCIの任期と ECOWAS軍へ
提案を真撃に受け止め、 ECOMICI部隊をこ
の参加国とフランス軍に付与した許可を 2月
の平和維持軍に割り当てることが不可欠とい
2
7日まで延長することを決定した決議 1
5
2
7を
う結論に達していた。この結論を受けて事務
採択した後 90、その延長期間が切れる 2
7日に
総長が、これまで「信頼区域」において
5
2
8を採択して、 ECOMICIを再編成し
決議 1
ECOMICIにより行われてきた役割を引き継
MINUCIを強化した国連コートジボワール活
ぎ、これをさらに強化することを国連 PKO
I)の設置を正式に決定したので
動 (ONUC
の最優先事項として掲げたことは容易に理解
ある引。
されよう 93。安保理決議 1
5
2
8の本文第 1項で
ECOWAS軍からの権限委譲に言及があるの
E 国連コートジボワール活動 (ONUCJ
)
の特徴
1 安保理決議 1528における ONUCIの概
要
(
1
) 国連事務総長による国連 PKO派遣構
想と安保理決議 1
5
2
8
はその趣旨であるへ
しかし、 ONUCIはECOMICIからだけその
構造・任務を継承することが意図されていた
わけではない。事務総長は、 MINUCI、
ECOMICIおよびフランス軍の当初の展開期
限日であった 2月 4日までに当事者が和平プ
安保理決議 1
5
2
8はONUCIの設置を 2004年
ロセスを進展させることを条件として、安保
4月 4日と定めてまず 1年間の活動を決定し
理がこの和平プロセス支援のため多角的な
たが、その際に前文でいわゆる「平和に対す
(
m
u
l
t
i
d
i
m
e
n
s
i
o
n
a
D 国連PKOの派遣許可を
る脅威」認定と憲章第 7章への言及を行って
2
4
0名 (
2
0
0名の
検討すべきであるとして、 6
おり、 ONUCIが憲章第 7章下での国連PKO
軍事オブザーパーと 1
2
0
名の本部要員を含む)
であったことをうかがわせる目。
、人権、広
の軍事要員のほか、選挙、 DDR
この ONUCI
設置に至る国連PKO強化の提
報、民事、政務、そして文民警察と司法で構
案は 1月 6日付国連事務総長報告で具体的に
成される民生部門を PKOに含めるよう提案
行われているが、その内容は、安保理決議
していたからである 95。その提案の趣旨から
1
5
1
4に従い 2
0
0
3年 1
2月 3日から 1
1日にかけて
して、 MINUCIの要員のうち軍事リエゾンが
現地を訪問 Lたミッションの評価を根拠'とし
200名の軍事オブザーパーに編入されるほか
たものであった。そのミッションは、国連の
は、原則として MINUCIの民生部門の強化で
役割の強化を提案するとともに、特に
あり、形式的には国連 PKOの新たな展開と
ECOMICIに対する兵苅蘭と財政面での支援
みなされるが、実質的には、従来特別な政治
1ヶ月不十分で、あり必要なリソースが
が過去 1
的ミッションとしか位置づけられていなかっ
4
4
国際協力論集
第1
2
巻 第 3号
たMINUCIのPKOへの昇格といってもいい
の撤退を視野に入れたものでもあった。結局、
であろう。安保理決議 1
5
2
8の本文第 1項で、
フランス当局との協議の結果、フランス軍と
ONUCI
への権限委譲がECOWAS軍だ、けで、な
国連平和維持軍との間で責任の分担が行われ
くMINUCIも対象となっていたことはそのこ
ることが了解されて第一の案が選択されたこ
とを裏付けるものである 96。 そ の 意 味 で
とになり、これが安保理決議 1
5
2
8にも反映さ
ONUCIは構造上、 MINUCIとECOMICIの双
れて、フランス軍の現地展開が一年間延長さ
方を発展的に解消させて作り出された
れるとともに、国連平和維持軍の規模も 6
2
4
0
すな
わちその双方を取り込むかたちで設置された
名に限定されることになったのである叩。
ということができる九この点は次節で説明
以上をまとめると、国連事務総長提案と安
するように、任務内容において明確に確認さ
保理決議 1528により、これまで主として
れることになる。またこうした MINUCIから
ECOMICL MINUCI,フランス軍の三者で
ONUCIへの移行は、財政的基盤が国連の通
コートジボワール内戦の管理が行われていた
常予算から PKO予算へ移行することを意味
従来の図式から、 ECOWASの財政問題や平
したことも忘れてはならない目。
和維持軍の強化を理由に、 ECOMICIと
注目されるのは派遣予定の国連PKOとフ
MINUCIの形式的統合・再編による ONUCI
ランス軍との関係についてである。これは、
の設置・強化とフランス軍の展開維持、そし
国連PKOの規模や構成を考える際に、平和
てONUCIとフランス軍というこつの機関相
維持軍に予定される任務の性質、展開可能な
互間の関係強化という方向性へと国連の方針
地理的範囲と並んで考慮されるべき事項とさ
が転換したことが明確となったのである。次
れており、その関係のあり方が国連PKOの
にONUCI自体の性格をそのマンデートの検
規模・構成と連動していたことがうかがえ
討を中心により詳しく見ていくことにしよ
る。事務総長は具体的には二つの選択肢を用
つ
。
意していた。一つはフランス軍との役割分担
を行うことで国連PKOの軍事要員を 6240名
(
2
) ONUCI
の任務内容
に限定することを可能とする一方、フランス
ONUCIのマンデートについては安保理決
軍は即時対応能力を受け持つ寧として国連軍
議 1528の本文第 6項に詳しく記載されてい
司令官の戦術的コマンドの下に置かれるとす
る。それによるとこのマンデートは大きく、
るものであり、評価ミッションが支持する方
「停戦と武装グループの動向の監視JI
武装解
策であった。もう一つはフランス箪との役割
除・動員解除・社会復帰・再結集・再定住
分担を考慮せず、国連平和維持軍自ら即時対
国連要員、施設、文民の保護」
(DDRRR)J I
応能力を有することから約8
9
0
0
名の要員を擁
「和平プロセスの実施支援JI
人権分野での支
するという案で、場合によってはフランス軍
援JI
広報JI
法と秩序」という 7つに区分さ
コートジボワール内戦における国連平和維持活動-ECOMICIから ONUCI
へ
45
れており、それぞれの項目においてより詳細
この武力行使の許可は、理論的には、上記に
な任務が定められている。ここでは国連
掲げた ONUCIのすべての任務遂行について
PKOと憲章第 7章の関係を探る本稿にとっ
妥当することになる。ただ、その具体的任務
て注目されるもののみを取り上げることにし
内容からみて、たとえば「人権分野での支援」
よう。たとえば「停戦と武装グループの動向
や「広報」が憲章第 7章に基づく武力行使の
の監視Jについては (
a
)
2
0
0
3年 5月 3日停戦合
目的になるような状況は考えにくいし、「法
意の実施の監視と停戦違反の調査、 (
b
)
と秩序Jについても (
p
)コートジボワール全土
FANCIおよびFNとのリエゾン、 (
c
)国境監視
における文民警察の回復について政府を支
d
)
に関する政府の支援が、rDDRRRJ では (
q
)コートジ
援;治安サ}ピスの復興に助言、 (
すべての軍の再編成と兵舎割当に関する政府
ボワール全土における司法の権威、法の支配
への支援、 (
e)DDRプログラム実施の際の政
の再確立のため政府を支援するといった程度
府への援助、(f)自発的再定住に関する
であり、これも武力行使の許可事由となるよ
UNAMSILやUNMILとの調整、
(
g
)
(
e
)と
(
f
)
の
うには思われない。従って ONUCIに武力行
プログラム実施における地域的アプローチの
使が認められる可能性のある任務としては、
考慮の必要性の確保、 (
h
)旧戦闘員から引き渡
rDDRRRJ の実施や「国連要員、施設、文
された武器弾薬類の保管と破壊、さらに「国
民の保護」の実現の範囲に実際には限定され
連要員、施設、文民の保護」については(i)国
るであろう。この点は ONUCIの設置経緯か
連要員・施設・装備の保護;国連要員の安全
らECOMICIの任務を継承する結果となった
と移動の自由の確保;政府の責任を害さない
ことからも容易に理解されうることである。
ように、物理的暴力の差し迫った脅威の下に
第二に、特に「停戦と武装グループの動向
ある文民をその能力と展開地域内において保
監視」における (
b
)や、各事項におけるコート
護すること、(j)コートジボワール当局と調整
ジボワール政府への助言等に見られるような
の上、政府閣僚の安全提供を支援、 (
k
)
治安確
マンデートはそれぞれ箪事的もしくは政治的
保を支援することで人・もの・人道的支援の
側面で MINUCIの活動の延長線上に位置づけ
移動を促進することが規定されている I。
曲
られる。すでに確認したように、 ONUCIは
、
ここで留意しなければならないのは以下の
ECOMICIとともに MINUCIからも権限を委
点であろう。第一に、先にも述べたようにこ
譲されて設置されているのであり、こうした
の ONUCI設 置 決 議 は 本 文 第 8項で、
2つの機聞からの継承による二重的性格はそ
iONUCIに、その能力と展開地域の範囲内で、
のマンデートの面でも見て取ることができる
自らの任務を遂行するために必要なあらゆる
のである。
手段を使用することを許可」しているが、こ
第三はフランス軍との任務の住み分けと相
れ以上の限定は明らかにされていないため、
互補完関係の強化である。国連事務総長が確
46
国際協力論集
第1
2
巻 第 3号
認 し て い た よ う に 、 新 し い 国 連 PKOは
部門の任務を引き継ぐとともに人員や任務の
ECOMICIの果たしてきた役割を継承し強化
面でさらに強化されている。従って ONUCI
することを目的としていたのであり、その限
とは、 ECOMICIからは軍事的性格を、
りで展開地域における要員の保護、信頼区域
MINUCIからは民生面での性格をそれぞれ受
での監視、停戦違反の抑止と報告、国連要員
け継ぐ時系列的展開を表しつつ、フランス軍
と人道的機関の移動の自由の促進、展開地域
とは任務の住み分けと関係強化を果たす並列
における自己の能力範囲内での文民の保護な
強化された」
的展開を示した「多角的な JI
どは ONUCIに当然引き継がれるものであっ
PKOであると評し得るであろう。
た 101。逆に言えば、 ECOMICIとフランス軍
の関係においてフランス軍が主に負っていた
任務については ONUCIがこれを負う必要は
2 ONUCI展開後のコートジボワール情
勢と ONUCIの実行
なく、依然としてフランス軍がそうした任務
(
1
) 3月2
5日事件と ONUCIの対応
を担い続けると考えるのが合理的であろう。
この節では ONUCI設置以降のコートジボ
事実、安保理決議 1
5
2
8の本文第 1
6
項には、フ
ワール情勢を簡単に説明するとともに、
ランス軍に IONUCIを支援するために必要
ONUCIの性質決定に資するような実行をい
なあらゆる手段を使用する」ことが許可され、
くつか取り上げて検討することにしたい。
その目的として特に、国際軍の活動地域にお
安保理決議 1
5
2
8で予定されていたように
ける一般的な安全への寄与、 ONUCIの要請
ONUCIの現地展開は 2004年 4月 4日に混乱
により同要員の安全が脅かされた場合の介
もなく開始された。これにより国連は正式に
入、必要な場合には ONUCIが直接コントロ
MINUCIをONUCIに置き換えると同時に、
ールする地域外での交戦行為に対する介入、
ECOMICI
前司令官を引き続き ONUCI司令官
フランス寧の展開地域における文民の保護の
部隊をそのまま ONUCI
に任命して ECOMICI
援助があげられているからであり、これらは
部隊に編入させたのである 1由。しかしながら
いずれも ONUCIの活動範囲外かあるいはそ
他方で現地情勢は混乱しており、その直前の
の能力を超えるものといえるのである ih
3月2
5日にアピジャンで、行われたデモに対し
以上から ONUCIの任務の一般的構造と活
て治安部隊が発砲したことから多数の死傷者
動の基本的性格が明確になったように思われ
が出る事件が起きて、これがその後の和平プ
る。すなわち ONUCIは、基本的に ECOMICI
ロセスを停滞させる原因となっていた。コー
の任務内容を引き継いで、フランス軍と協力
トジボワール情勢は 2
0
0
4
年 2月より急速に悪
しながらその実現のために ECOMICIと同様
化しており、 3月1
0日には大統領派の集団が
に憲章第 7章に基づく武力行使を許可される
司法省や FN出身の閣僚の公邸へ押しかける
からは主として民生
とともに、他方MINUCI
などの事態が生じて ECOMICIとフランス軍
コートジボワール内戦における国連平和維持活動-ECOMICIから ONUCI
へ
4
7
がこの襲撃を阻止するということもあったの
撃を受けてこれに応戦するなど、散発的な小
1日
である。このため国民和解政府の閣議が1
競り合いは各地で散見されたのである円そ
にデモの禁止を決定したところ、反政府勢力
のような場合、 ONUCIがどの程度の武力を
を結集した「マルクーシ連合」が和平プロセ
行使したのかは定かではないものの、状況か
ス停滞の打開とリナ=マルクーシ和平協定の
らすると自衛を超えるような範囲で応戦した
完全実施を求めて 3月2
5日にデモを行うこと
とは考えがたい。 DDRの実施はまだ行われ
を宣言したことがこの事件のきっかけであ
ておらず、また文民の保護という事情もなか
った山。
ったことから、憲章第 7章の援用が想定され
この 3月2
5日事件に関して設置された国際
ていたような事態は生じていなかったからで
調査委員会による調査の結果、 25日から 26日
ある。ただし、特に大統領支持派が有するフ
にかけてコートジボワール政府による人権侵
ランスに対する敵意が高じてフランス軍に対
害行為があったことが明らかとなりこれが政
する攻撃が生じたことは、これと連携した作
治問題化したが l、
田 ONUCIとの関係では現
戦行動をとる ONUCIにとっても重大な影響
地展開早々この騒乱状態をいかに制御するか
を与える可能性があろう。中立・公平を標携
が焦眉の課題となったのであり、具体的には
する国連PKOが、現地住民には公平とはみ
事件当日の犠牲者を追悼する集会が 4月2
4日
なされない外国軍と協力関係を維持する場
に行われることになったためその治安確保が
合、当該 PKO自身も現地住民からその中
当面の任務となった。この追悼集会ではコー
立・公平性を疑問視される危険がないわけで
トジボワール国軍を中心として ONUCIとフ
はないからである 1100
ランス軍がこれを支援する体制がとられるこ
とになり、結果としてデモ隊の囲い込みに成
功したという 1060 こうした治安維持目的の出
(
2
) FN
支配地域における人権侵害問題と
ONUCI
調査チ}ムの派遣
動は ONUCIのマンデートの範囲内ではある
コートジボワール北部を中心に全土の約
が、その性格は警察力の行使とみなしたほう
60%を支配する FNは、国民和解政府から自
が適切であろう 1070
陣営出身の閣僚をひきあげるなどそれ自体不
なおこの事件の処理と並行して、 ONUCI
安定な要素を構成していた 1110 そうした中、
はj
順次コートジボワール内陸部への展開を進
6月初日と 2
1日に FNが支配する北部の街ブ
めていったが、その過程で ONUCI要員に対
アケとコロゴで、 FNを構成する勢力同士の
する嫌がらせなどもあり、安保理が紛争当事
武力衝突があり、あわせて 2
2名の死亡が確認
者に協力を求める状況であった 1問。実際にも、
された。まず20日にはコロゴで、 FNの有力
6月に入ると大統領派と見られる武装勢力に
者クリパリ(I.C
o
u
l
i
b
a
l
y
) を支持すると見ら
よりフランス軍と ONUCIがアピジャンで攻
れる集団が同地に駐屯する FN軍事要員に対
48
国際協力論集
第1
2
巻 第 3号
して攻撃し文民を含め 1
1名以上の死傷者が出
完するように支援していることから、先に見
る事件が起こったほか、続いて同じ集団はコ
5
2
8で想定した両者の関係を投
た安保理決議 1
ロゴからブアケに移動中のソロ (
G
.
S
o
r
o
)
影したものといえよう。しかしこのことは、
FN
事務局長を襲撃したのである。同日 FNは
、
武力行使の観点からすると、 ONUCI軍司令
この襲撃の背後にはパグボ大統領を軍事的に
官自らが懸念を示したように、 ONUCI軍事
支援するブルキナファソのコンテ大統領が存
部門の部隊行動基準 (ROE) では、フラン
在するとしてこれを非難したが、さらに翌2
1
ス軍とは異なり、停戦監視を行う際や信頼区
日にはクリパリとソロを支持する両勢力の間
域における急迫した物理的暴力の下に置かれ
でブアケが戦闘状態となったと伝えられる山。
た文民への保護の提供する際に武力行使が認
この事態に付随して生じたのがコートジボ
められていないということを表すものでもあ
ワール北部地域、特にコロゴ地区における人
り、武力行使を伴う際に果たして両者が実効
権侵害状況の悪化であり、リナ=マルクーシ
的に協力し合えるかは不明確な点も残されて
和平協定監視委員会がいち早くこれを指摘し
いるといわざるを得ない問。
て懸念を表明したほか 1、
日 ONUCIの人権部
門も事実を確認するために現地に調査チーム
を派遣した。この調査チームは ONUCI人権
(
3
)
アクラ E合意の締結と「平和の回廊」
構想
部門のスタッフに文民警察を加えたもので、
2
0
0
3年 1月のリナ=マルクーシ和平協定を
7月 1日から 1
2日と同 2
2日から 26日にかけて
具体的に実施するために同年 3月に締結され
現地調査を行い、射殺されもしくは生き埋め
たアクラ H合意の枠組みが事実上頓挫してい
にされた約 1
0
0名の遺体を葬った墓を発見し
ることを考慮して、現状に即した新たな和平
たという。注目されるのは、 ONUCIの調査
協定の実施枠組みを構築することを目指し、
チームが現地への移動の途中 ONUCIの平和
関係当事者を含めた交渉が再び行われた結
維持軍により安全を確保されていたと同時
果
、 7月3
0日にアクラ E協合意の採択に至っ
に、この ONUCIもフランス軍に援護されて
た川。それによると、大統領候補者資格の改
いたという事実である山。 ONUCIの人権問
革に関する立法の提出、 DDRプロセスの
題への関与はそのマンデートの上からも強調
2
0
0
4
年1
0月1
5日までの開始、首相への権限委
されているが、調査チームの安全確保を
譲といった従来からの懸案事項の実施をタイ
ONUCI軍事部門とフランス軍が共同して行
ムテーブルに載せる作業が定められるととも
っていることも特徴的であり、両者の協働関
に、この実施を監視するためのメカニズムと
係を確認することができる。しかもその関係
して監視グループが設置された 1170
は、国連要員の安全を一義的には ONUCI軍
ONUCIに関していえば、アクラ E合意に
事部門の役割として、フランス軍はこれを補
おいてその正式な位置づけは定められていな
コートジボワール内戦における国連平和維持活動
ECOMICIから ONUCI
へ
4
9
い点が注目に値しよう。リナ=マルク}シ和
総長に報告書を提出することで、当事者によ
平協定やアクラ E合意では国連 PKOの展開
る和平協定の実施を促進しようとしている 1190
が前提となっていなかったためこれに言及が
このフォローアップの過程に ONUCIは直
設置後の
ないのは当然で、あったが、 ONUCI
接・間接に貢献しているということがいえよ
和平プロセスの合意において、その実施に重
つ
。
要な役割を有すると思われる ONUCIに明確
第二に、より実践的な面として、 ONUCI
なマン.デートがみられないということは、こ
が国連開発計画 (UNDP) と立ち上げた「平
れまでの他の事例と異なるところであろう。
和の回廊 (
C
o
r
r
i
d
o
r
sd
el
ap
a
i
x
)Jイニシア
つまりシエラレオネやリベリアでは和平協定
テイブがある。このプログラムは、政府軍及
が安保理による国連 PKO設置決議に先行し
びFNの支配領域にそれぞれ安全な通行帯を
たため当該協定の中で当事者の要請に沿うか
設けて内戦によって離れ離れとなった家族を
たちで国連 PKOのマンデートが明確化され
再会・再統合させるとともに、平和回復のた
たのに対して、コートジボワールにおいては、
め住民相互の信頼醸成を目的としている。内
当初和平協定では国連 PKOの設置が想定さ
戦勃発から 2周年目の記念事業としての性格
れず、その後の情勢の変化でその導入が決定
も持ち、実際に 9月 1
9日には ONUCI平和維
された際に設置決議でマンデートを明確にし
持軍のエスコートで、最初に政府が支配する
たことにより、和平協定の具体的な実施合意
南部地域にいる子供たちが北部の FN支配地
でことさらこれに言及する必要がなかったも
域に移動したという
のと推測される。とはいえ、 ONUCIはこの
対的行為は見られなかったが、仮に襲撃を受
アクラ E合意の枠組みの下でも依然として重
けた場合、まさに自己の勢力下にある文民を
要な役割を演じていることは間違いない。
保護する目的で憲章第 7章に基づく武力行使
。この行動に対して敵
1
2
0
それは第一に、先に述べたアクラ E合意の
が ONUCIに認められたであろう。その意味
実施に関する監視グループに ONUCI代表、
でこの「平和の回廊」イニシアテイブは憲章
具体的には国連事務総長コートジボワール特
第 7章と密接な関連性を有していたと評価す
別代表が、 ECOWASおよびAU代表ととも
ることも可能である。
に参加しているという点である。リナ=マル
このように ONUCIは、その現地展開後も、
クーシ和平協定、さらにはアクラ E合意が現
とりわけアクラ皿合意締結以後は重要な役割
実に実施されることこそが重要であり、その
を演じており、その一部は「平和の回廊」イ
ためにはフォローアップの必要性が強調され
ニシアテイブで見られるように、憲章第 7章
ていたが川、この監視グループは 2週間に 1
に基づく行動を前提とした任務を遂行してい
度、アクラ E合意実施の進捗状況について
ることも確認される。そこで最後にあらため
ECOWAS議長、 AU議長、それに国連事務
てONUCIと憲章第 7章の関係を次節で整理
国際協力論集
5
0
することにしよう。
第1
2
巻 第 3号
があったほか、紛争当事者がすべて参加して
いる国民和解政府の要請に基づくもので、あっ
3 ONUCI設置決議における憲章第 7章
援用の意義
たことが国連事務総長により明らかにされて
いる。ただし、国連PKOの派遣が議論され
国連 PKOの設置決議や任務授権決議にお
ていた当時、特にパグボ大統領による公式の
い て 憲 章 第 7章 が 援 用 さ れ る 場 合 、 常 に
要請が行われた時点において、 FN出身の閣
PKOの基本活動原則との抵触が問題とされ
僚は国民和解政府から一時的に離脱じていた
てきた。それは、 PKOが関係当事者の同意
ことから、この政府の意向が紛争当事者すべ
に基づき派遣・展開し中立・公平な態度でこ
ての同意によるものであったかどうかという
れに接するとともに自衛を超えない程度でし
ことが問題点としては挙げられよう。しかし
か武器は使用できないというように、同意、
これも、その後の ECOMICI
から ONUCI
への
中立・公平、自衛の各原則に従って行動する
転換とその展開が比較的平穏に進んだという
のに対し、憲章第 7章下での行動は、強制措
事実や、特に FN
倶
l
t
から異議が唱えられなか
置を発動するためにその対象となる事態や当
ったことからみて、紛争当事者の同意を否定
事者を特定するとともに、平和の実現のため
してまで PKOが展開したことの証拠とみな
相手方の意思を強制するという目的に向け非
されるものではないと考えられる問。
軍事的・軍事的手段を実施することを主眼と
国連 PKOの特徴としての中立・公平性に
するのであり、それぞれがよって立つ原理が
ついても、 ONUCIでは基本的に維持されて
根本的に相容れないものとしてとらえられて
いる。国連事務総長やアクラ E合意監視グル
いるからである 121。従って、憲章第 7章に基
ープが ONUCI軍事部門を指して、フランス
づく行動が認められている ONUCIについて
軍とともに「公平軍(Im
p
a
r
t
i
a
lF
o
r
c
e
s
)J
も同様の観点からの検討が必要となろう。
と称しているのはその証左であろう山。これ
まず、 ONUCIにおいて同意原則に優位す
は、憲章第 7章がその設置決議等で援用され
るかたちで憲章第 7章が援用されたのかどう
ていようとも、それは当該軍隊の「公平性」
かが問われうるが、関係当事者の意向に反し
に影響を与えないという最近の傾向を確認す
て国連 PKOを現地に展開させるため憲章第
るものでもある問。コートジボワール内戦の
7章を設置決議で援用することは、理論上は
場合、南部と北部とで政府軍と FNそれぞれ
考えられるものの、およそ p
eacekeepingの
の支配領域が確定しているため、両者による
範障におかれる限りこれまでそうした事例は
支配に対する不干渉という意味での中立・公
ほとんどないことを確認しておかなければな
平性もなお維持される余地がないわけではな
らない 1220 ONUCIの場合も、すでに見たよ
いが、それよりもこの「公平性」は和平合意
うに、パグ、ボ大統領の書簡による公式の要請
の実施との関係でこそ重要となろう。いずれ
コートジボワール内戦における国連平和維持活動-ECOMICI
から ONUCI
へ
5
1
か一方の当事者が和平合意を尊重しない場合
はリナ=マルクーシ和平協定の中で言及され
にそれを遵守させようと PKOが行う具体的
ていたように、紛争当事者もその現地展開に
活動は、他方当事者に対して同種の活動を行
ついては同意しており、さらには和平会議全
わなくても当該PKOの「公平性」を損なう
体としては ECOMICIに安保理が武力行使を
ことにはならない。そしてその実施過程で憲
許可することが望まれていたことを想起すれ
章第 7章の行動が用いられたとしてもそのこ
ば、自衡を超える範囲で ECOMICI
が武力を
とには変わりがないで、あろう。公平原則と憲
行使することに対して紛争当事者が同意を与
章第 7章の関係はここで詳述することはでき
えていたと推定することもできる。そしてこ
ないが、実行上は少なくとも両者が相矛盾す
れもまた上述したように、 ECOMICIの実行
るものとしてはとらえられていないことに留
においても国連と ECOWASとの聞ではその
意しておく必要がある四。
性格付けについて認識の差があったのは確か
以上の検討からすると、 ONUCI
設置決議
である。国連は ECOMICIをあくまでも
において憲章第 7章に基づく行動が許可され
peacekeepingとみなす一方、 ECOWASは
たのは、残る自衛原則との関係が理由である
p
e
a
c
ee
n
f
o
r
c
e
r
n
e
n
tとしての活動を念頭にお
ように思われる。実際、これまで何度も繰り
いていたからである。この議論ははっきりと
返しているように、安保理決議 1
5
2
8で憲章第
した結論を得ることなく、結果として、こう
7章が援用されているのは ONUCI平和維持
の性格をめぐる不明確さは憲
した ECOMICI
軍に対して一定の場合に武力行使を許可する
章第 7章を援用した安保理決議1
5
2
8を通じて
ためであったことが確認されている。だとす
ONUCIに流入することになった。従って国
れば、この目的での憲章第 7章の援用は自衛
連がONUCIを「強化された JPKOとみなし
原則に反し、ひいては ONUCIのPKOとして
えたのは、同種の活動であるその前身の
の性格までも奪い取ってしまうものなのであ
ECOMICIがp
e
a
c
e
k
e
e
p
i
n
gの活動の一環であ
ろうか。
ると主張してきたが故であったのである。
すでに確認したように、 ONUCIの軍事部
しかしさらに重要なのは、 PKOの基本的
門は ECOMICIをそのまま引き継ぐものであ
な原別である同意原則が武力行使の許可とい
った。それは部隊要員のみならず、任務、そ
う一般的なレベルでも適用されつつ、その自
して憲章第 7章に基づく行動という手段も継
衛を超える武力行使の可能性が特定の目的に
承していたのである。つまり、 ONUCIがそ
限定されるという実行が、 ONUCIを含め最
の設置決議で憲章第 7章に基づく行動を許可
近の事例で積み重ねられているという事実で
されたのは、 ECOMICIから同様の任務を引
あろう。これらは自衛の範囲を超える武力行
き継ぎその実施を実効的にするためであった
使を認めているという点で伝統的な PKOが
ということができょう。 ECOMICIについて
有する自衛原則と相反するのは明白といわな
5
2
国 際 協 力 論 集 第1
2
巻 第 3号
ければならない。しかしこう Uた活動もなお
うにもみえるからである m 。実際には、先に
「強化された JPKOとして主張されるのは、
述べたように、任務内容に照らせば武力行使
武力行使の程度こそ自衛原則を逸脱して強化
が想定される局面は限定され、その際の具体
されたが、それも部隊の展開と同じく紛争当
的な任務も上記 PKOの場合とほとんど変わ
事者の同意を得ており、しかも現場での任務
りカ宝ないということはできょう。さらにまた
の遂行も公平なかたちで行われているという
MINUCIの任務を承継・拡大したとはいえ、
具体的な活動形態に由来するからである。ま
ONUCIには UNTAETのような領域の暫定統
た強力な ROEを保持した上で依然として
治を行うような権限までは認められていない
PKOの範礁にこれらの活動を含めておくこ
ことも付け加えておく必要がある問。ただし
とは、国連からの財政的支出を予定できるこ
武力行使の限定という観点からすると、国連
とや部隊要員の安全確保といった加盟国によ
PKOであれ多国籍軍型軍事活動であれ、任
る部隊派遣についての政治的心理的抵抗感を
務内容の明確化を前提として、憲章第 7章に
軽減しうることなど実践的な面でも影響が大
基づく行動の範囲を明確化させておくことが
きい問。こうしたことからすると、憲章第 7
望ましいことはいうまでもない。 ONUCIの
章に基づく行動を通じて武力行使の範囲を拡
ような「多角的な JPKOが一般的な武力行
大させた PKOをあえてp
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使の許可を付与されているかのような決議の
いうカテゴリーに入れずに、「強化された」
文言は、できるだけ任務内容との連関を明確
PKOとしてまとめることには理由がないわ
にすることでできる限り回避されるべきであ
けではないのである。
ろう問。
もっとも、安保理決議1
5
2
8のようなかたち
設置決議における憲
このように、 ONUCI
で国連PKOに武力行使を許可することが望
章第 7章の言及は ONUCI軍事部門に特定の
ましいかどうかは別途の検討を要する。同決
任務遂行のために武力行使を許可することを
議は本文第 8項で任務遂行のために必要なあ
目的としたもので、それ自体は国連 PKOの
らゆる手段を使用することを ONUCIに許可
基本活動原別である同意原則や中立・公平原
したが、その限定は「その能力と展開地域の
則
範囲内において」という条件のみであり、
を侵害するものではない。唯一自衛原則との
UNAMSILやMONUCといったこれまでの事
関係が問題となるが、任務実施の実効性を担
例が、憲章第 7章の行動範囲を、国連要員の
保するための武力行使の範囲拡大ととらえる
安全や移動の自由とか、その能力の範囲内で
のであれば、その範囲に限定される限り「強
物理的暴力の差し迫った脅威の下にある文民
化された JPKOとしてカテゴライズするこ
の保護に限定していたことと比較すれば、非
とは全く困難というわけではないで、あろう 1九
常に広範なかたちで武力行使を認めているよ
もちろん、この「強化された JPKOが有す
少なくとも任務実施における「公平性」
コートジボワール内戦における国連平和維持活動-ECOMICIから ONUCI
へー
5
3
るあいまいな性格ゆえに p
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自衛を超える武力行使が許可される特徴が
との異同がなお微妙な問題として浮上してこ
ONUCIにおいても確認できる。確かに、憲
ようがl也、これまでの国連の実行では「強化
章第 7章の行動を許可した該当規定において
された JPKOと性格づけられうる活動が定
そうした特定性を見出すことは ONUCI設置
着しつつあり、 ONUCIもその方向性を確認
決議の場合には困難であるが、具体的な任務
する実行を提供しているものと思われる問。
実施や国連要員
内容を考慮すると、 DDRRR
等の保護、そして文民の保護という目的に限
おわりに
定した武力行使が許可されているのみで、こ
ONUCIは
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0
0
4年 9月3
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6
6
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軍事オブザーパー、 6
2
2
1名の軍事要員、 212
れは実際には他の UNAMSILやUNMILなど
の事例と同一の傾向を有するのである 1。
語
名の文民警察官のほか、 2
20名のスタッフと
第二に、その実施形態において、地域的機
1
5
6名の現地職員を擁して現地に展開してい
関による軍隊との時系列的展開が認められる
る由。コートジボワールの情勢が2
0
0
5年 1
0月
という点がある。コートジボワールでは他の
に予定されている大統領選挙までどのように
紛争にも軍隊を派遣している ECOWAS及び
推移するか推測の域を出るものではないが、
その加盟国の財政問題を解決するために
アクラ E合意が予定通りには実施されず:話、
ECOMICIから ONUCI
への移行が計られるこ
各地でデモ・襲撃、さらには停戦違反が頻発
とになり、その過程で任務と実施手段一憲章
、また
第 7章に基づく行動が認められることになっ
ONUCI軍事要員に対しでも攻撃が行われる
た。多国籍軍や地域的機関の軍が先行して展
ことなどを考慮すると l訂、和平の到達までの
開し、治安維持を含めた展開地域内の安定化
道のりはなお険しいものと評価せざるを得な
を進めた後、これを国連 PKOが引き継いだ
いであろう。従って状況次第では今後
過去の事例のほとんどにおいて、こうした憲
ONUCIの任務や展開形態に変化が生じるも
章第 7章に基づく行動そのものの移行が認め
のと思われるが、さしあたり現時点での
られており、 ONUCIの場合もこれに倣った
ONUCIの特徴をあらためでまとめることで
ということができるであろう。しかもこのこ
本稿の結論に代えることにしたい。
とは、両軍事機関聞の任務と権限の移譲とい
するなど騒然とした状況が続き
136
まず最近の国連 PKOとも共通する特徴と
う観点からみた国連 PKOにおける憲章第 7
して以下の点が挙げられよう。第一に、任務
章の行動の淵源と同時に、多国籍軍ないしは
内容と実施手段の側面で、憲章第 7章に基づ
地域的機関による軍事活動と国連 PKOの活
く行動として武力行使が許可されていること
動内容との近似性をも示しているのである。
がある。これは最近の「強化された JPKO
に特有ともいえるが、一定の目的に限定して
他方で、最近の、特に憲章第 7章が援用さ
れている国連 PKOとは異なる特徴も見られ
54
国際協力論集
第1
2
巻 第 3号
ることに注意しなければならない。それは第
ているという事実である。 ECOMICI
からの
一に、和平合意で国連 PKOの役割が明確に
時系列的展開だけでなく、フランス寧との並
されておらず、その後の事態が推移する中で
列的展開をも維持したことは、 ONUCIとフ
国連 PKOの派遣が決定されたということが
ランス軍との間で任務の住み分けと同時に武
あげられる。もっともリナ=マルクーシ和平
力行使の適用範囲についても整理がなされる
協定の本体規定で国連に軍隊派遣のアレンジ
必要があったことを意味する O 和平協定の実
を求めるところがあることからも紛争当事者
施の実効性確保という点でこの並列的展開が
は国連のそうした関与を望み、国連もまた
果たした役割は大きいが、両者の一体化によ
PKOの展開を当初から目指していたようで
り公平的性格がどれだけ確保されるかは紛争
あるが、主として米国の反対により政治的ミ
当事者の主観的認識に依存せざるをないこと
ッションの派遣にとどまったこと、しかし状
もコートジボワールの事例は如実に物語って
況が許せば国連 PKOへの「昇格」の可能性
いるといえよう。従って、歴史的文化的にも
も国連においては議論されていたことはすで
強いつながりを有するフランスに対するコー
に確認したとおりである。だが、他の PKO
トジボワールの人々の複雑な感情は、ヌラン
と異なり、和平協定において国連 PKOの役
舌
ス軍への対応を通じて ONUCIの現地での j
割があらかじめ定められていなかったという
動にとっても不安定要因を提供することもあ
ことは、国連 PKOの基本的性格に由来する
りうることがなお予想される問。
同意原則を損なうものとなりかねない。ソマ
コートジボワールの和平プロセスにおける
リアやボスニアにおける PKOが紛争当事者
の1
5t割は、
円虫イじされた JPKOとしての ONUCI
による同意を得ないまま任務の拡大を行うこ
その実効性の点で依然未知数の部分を含んで
とで最終的にその遂行に失敗したことはなお
005年 1
0
いる。この活動の最終的な評価は、 2
記憶に新しい。その意味でも、包括的な和平
月に予定されている大統領選挙直後の情勢だ
合意において国連 PKOが当該和平プロセス
けでなく、その後長年にわたると思われるコ
においていかなる役割を演じるのかが明確化
ートジボワールの国民和解プロセスにまで待
されていることが望ましいことはいうまでも
たなければならないであろう。しかしそれで
ないであろう。 ONUCIの場合、当初から紛
も、この ONUCIの 検 討 は 「 強 化 さ れ た J
争当事者が国連による PKOの派遣に期待を
PKOの性質の解明に向けて、上述したよう
寄せていたことは、後に状況が変化してそれ
に、少なからぬ知見を提供しているように思
を送り出すことになった国連にとっても幸い
われる。
なことだ、ったのである。
そして第二に異なる点としては、 ONUCI
と同時期に外国軍であるフランス軍も展開し
へ
ー
コ ー ト ジ ボ ワ ー ル 内 戦 に お け る 国 連 平 和 維 持 活 動 -ECOMICI
から ONUCI
注
1
9
9
0年代の国連 PKOの基本原則の概要につい
ては、拙稿「国連平和維持活動の今日的展開と
原則の動揺J 国際法外交雑誌』第 9
4
巻 5 ・6合
1
9
9
6年) 9
3
1
1
6頁参照。
併号 (
2 これまでの検討としては以下のようなものが
ある。拙稿「国連憲章第七章に基づく暫定統治
機構の展開 -UNTAES・UNMIK.UNTAET
0巻 2号 (
2
0
0
0年) 8
1
J 神戸法学雑誌 J第5
1
4
8頁、「シエラレオネ内戦における「平和維持
活動」の展開(1) (2 ・完) -ECOMOGから
UNAMSILへー J 国際協力論集 J (神戸大学)
2
0
0
1年) 9
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6頁、同 3号 (
2
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2
第 9巻 2号 (
年) 9
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1
2
9頁、「コンゴにおける国連平和維持活
動(I) (2 ・完)一国連コンゴ民主共和国ミッ
ション (MONUC) の実践とその法的意義一J
「国際協力論集 J (神戸大学)第 1
1巻 2号 (
2
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年) 2
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1頁、同 3号 (
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4年) 7
3
9
9頁、「第二
次リベリア内戦における国連平和維持活動の展
開-ECOMILから UNMIL
へ-J r
神戸法学雑誌 J
第5
3巻 4号 (
2
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4
年) 3
6
3
4
1
8頁。なお国連PKO
を軍事的にも強力にすべきということは、 2
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0
年に公表された国連 PKOに関するパネル報告書
(ブラヒミレポート)でも提言されているが
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ではあくまでも非第 7章の PKOが考えられてい
たのであり、その構想の一部は初めて国連エチ
オピア・エリトリアミッション (UNMEE) で
実現したという。 UNMEEについては、拙稿
「国連平和維持活動における部隊提供困の役割一
国連エチオピア・エリトリアミッション
(UNMEE) へのオランダ参加問題を手がかりに
J 外務省調査月報 J2
0
0
2年度NO.3、3
5
7
7頁
参照。
3 以上のコートジボワールに関する歴史的政治
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的経済的背景については、 s
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結されている。これらも含めたフランスとアフ
リカ諸国との間の軍事協定の意義について、
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5 こうしたフランスの対応にコートジボ、ワール
政府は防衛協定の見直しも視野に入れて不満を
国 際 協 力 論 集 第 12巻 第 3号
5
6
表明したという。 A
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0
4
8
. この
ためコートジボワールに駐留して和平プロセス
に関与するフランス軍のことを「リコルヌ軍」
と称することもある。この作戦は当初 2500名
(その後 4
0
0
0名にまで増員)の軍事要員を擁し、
アフリカにおけるフランス箪の作戦としては
1
9
8
0年代のチャド以来最大規模のものとなった。
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7(
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3
),p.
4
4
3
.なおその作戦遂行過程に
2月1
7日には反政府勢力である大西部
おいて、 1
イボワール愛国運動 (MPIGO) より攻撃を受け
たが、フランス軍は「自衛」によりこれに対処
.
R.
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1
2
3
.
したという。 A
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4,p
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.
l5
. このサミットで
バグボは ECOWAS軍の即時展開を要請すると
ともに反政府勢力との協定への署名の用意があ
ることを表明した。これに対して ECOWASは
バグボ大統領の正統性を確認している。 A
.R
.
B
.,
p.
l5
1
2
2
1
5
1
2
3
. なお ECOWASは10月2
6日にセネ
ガル主導で停戦監視のため 2
0
0
0名規模の軍隊派
A
.R
.
B
.,p
.
1
5
0
4
8
.
)、 11月 1
8日には
遣を決定し (
ECOWAS事務局長が米国使節団との会見の席
で、ベナン、ガーナ、ニジエール、セネガル、
2
6
4名からなる ECOWAS軍を
トーゴの 5ヶ国 1
設置してフランス軍を引き継ぐ予定であること
を明らかにしていた。 ECOWASP
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1
8 A
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1
9 なお第 5項では、フランス政府、 ECOWAS
並びに国際社会に対してラウンドテーブル参加
者と国民和解政府の閣僚の安全を確保するよう
、AU、国連及びフラ
求め、第 6項は ECOWAS
ンスに対する謝辞が述べられている。
2
0 以上のリナ=マルクーシ和平協定の全文は、
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2 コンゴ紛争で展開した国連コンゴ民主共和国
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9
9年 7月1
0
ミッション (MONUC) の場合、 1
日に締結されたルサカ停戦協定により
(
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) 国連 PKOの展開
が予定され任務内容が合意された。また第二次
リベリア内戦における国連リベリアミッション
(UNMIL)の場合には 2
0
0
3年 8月1
8日に締結さ
れたアクラ包括和平協定で国際安定化軍の導入
が予定され (
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.
)、こ
れがUNMILのマンデートの基礎となった。なお
シエラレオネにおいては、 1
9
9
9年 7月 7日のロ
メ停戦協定で ECOMOGと団連シエラレオネ監
視団 (UNOMSI
L)を統合した中立的平和維持
U.N.Doc /1999/777,
軍の導入が合意されて (
AnnexJ、これが後の国連シエラレオネミッシ
L)となっている。
ョン (UNAMSI
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.
s
.
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.
.
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2
3 ただしこの和平プロセスに国連 PKOの関与が
考えられていなかったわけではない。実際、
ECOWASの指導者はフランス軍と ECOWAS軍
を国連の枠内の下に置く提案を望んだが、この
提案は米国により拒否されたという。 A
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.
3
.
Con五d
後に見るように米国が国連 PKO
への財政支出に
消極であったこともあろうが、この問題が同じ
時期に生じていたイラク戦争での取引材料に用
frica Confident
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l,
いられた公算も高い。 A
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25 U.N.Doc.S/RES/1270(
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(UNAMSIL
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),
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8(MONUC); U.N.Doc.S/RES/1509
p
.
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2
.
2
8 特に会議を主導したフランスに対する大統領
支持派の不満は強く、アビジャンではフランス
大使館のほかフランス文化センターやフランス
系企業も攻撃の対象となった。 A
.R.
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.彼らにとってリナ=マルク
ーシ和平協定はフランスによるコートジボワー
ルの再植民地化に他ならなかったのである。
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2
9 反政府勢力が新政府で国防相と内相のポスト
を占めることには大統領支持派のほか FANCIも
反対していたことから、大統領、首相、リナ=
マルクーシ和平協定に署名した政治勢力の代表
に加え、 FANCIの代表、国家憲兵隊の代表およ
び国家警察の代表が参加する国家安全保障評議
会の設置が妥協として取り入れられたのである。
3日ま
その他アクラ E合意では、大統領が 5月1
でに首相に政権樹立の権限を付与する大統領令
に署名することも盛り込まれていた。このアク
ラ H合意の成立は、主として反政府勢力には歓
迎されたものの、大統領支持派には受け容れが
たい内容であった。 V
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3
1 3月 1
3日にバグボは閣僚名簿を発表したが、
その中には反政府勢力側のメンバーが含まれて
7日になってようやく反政府勢力
おらず、 4月1
側は 9つの閣僚ポストを獲得した。しかし懸案
の国防相と内相についてはこの時点では未定だ
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.
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4
.
ったのである。 A
32 Comite de S
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i de l'Accord de L
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四
コートジボワール内戦における国連平和維持活動
,Communique(
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)
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3 正式に和平協定の履行監視権限を受けたのは
3月2
9日であるが、それまでにコートジボワー
ル国内に展開していた ECOMICIは 3月1
1日に、
コートジボワール警察及びフランス軍とともに
ヤムスクロで開催される閑議に参加するメンバ
一等の安全確保活動に参加するよう要請されて
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0
3,
いた。 ECOMICIS
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0
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7
2,Annex1
.
34 ECOWAS Press Releases NO.88(1
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2
)
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Nov.
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.N.Doc /RES/1464(
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0
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.
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.
9
.
事務局長によると、このコートジボ
3
6 ECOWAS
ワールの事例は憲章第 8章に基づくサブリーシ
ョナルな軍隊の展開の成功例の 1つということ
になる。 U.
N.Doc /PV.
4746(29April2003),p
.
7
.
3
7 ここには憲章第 8章としての箪であることを
強調して、自らのイニシアテイブと自己の自律
性の強化を図りたい地域的機関の思惑と、特に
武力行使に関するこうした地域的機関の動きに
対してコントロールの維持が要請される安保理
の立場が交錯している。この問題についてはさ
しあたり、 s
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t The Chapter 四
Powerso
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38 ECOWAS Press Release NO.12(
5 March
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)
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2,Annex I,p
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5
6 ただ
しこのマンデートに十分な財政的裏付けがない
ことは ECOWAS関係者も認めていた。 A
.R.B
.
.
p.
l5
2
7
4
. それゆえ国連事務総長は 4月2
9日の安
保理公式会合で ECOWASへの財政的支援を国
際社会に呼びかけたのである。 U.N.Doc
.S/PV.
4
7
4
6
(
2
9A
p
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I
2
0
0
3
)
.p.
3
40 各事例について、 s
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e,U.N.Doc /1999/77
7
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9
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Annex;U.N.Doc /
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0,Annex.
4
1 なお ECOMICIとフランス軍は 5月 3日にコー
トジボワール内陸部にまで展開し、北部と南部
の間およそ 260キロにわたる「信頼ほ域 (une
zoned
ec
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)Jを創設した。これにより両
軍は、北部の反政府勢力と南部の国軍とを分断
するとともに、│百j区域内の住民に安全を提供す
ることになったのである。 V.Gomez“Cote d
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3
),p.
l2
3
3
. この信頼区域は 5
月末にはコートジボワール西部に拡大してリベ
リアとの国境付近まで到達し、およそ 2400平方
キロにわたるものとなった。これは 4月30日に
リベリアとコートジボワールとの聞で和平合意
が成立したことによるものであり、信頼区域の
設置を含めたこうした動きは反政府勢力からも
歓迎されていたという。 A
.R
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.
.pp.
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42 ECOWASMission i
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.N.Doc
.S 003/472,Annex I,p
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3 UN.Doc /
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6
0
44 ちなみにフランスは安保理公式会合で ECOW
AS軍とフランス寧について言及する機会があっ
た際に、これらの軍を「平和維持軍 (
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n del
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)Jと称していた。U.N
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3(
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5J
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0
3
),pヱロシアも同じ会合
S/PV.
の席で同様に、 ECOWASとフランスの「平和
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.
維持の努力」を賞賛している。 I
4
5 UNP
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eSG/SM/8450-AFR/501
.
46 たとえば 1
0月3
1日に公表された安保理議長プ
.
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eAFR/506
・
レス声明を参照。 U
SC/75
5
8
4
7 なおすでに述べたように、この当時 ECOWA
Sの軍はまだ ECOMICIという名称ではなく、安
保理も ECOMOGと呼んでいた。
48 以上の安保理議長声明の内容については、
s
e
e
,U
.N.Doc /PRST 002/
4
2
.
4
9 2
0
0
3年 1月2
8日付安保理議長プレス声明参照。
UNP
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eSCI
7646-AFR/551
.
50 たとえば、安保理の意向を受けて、内戦の原
因の 1つとされる現地の人権状況を 2002年1
2月
2
3日から 2
9日にかけて調査した国連人権高等副
弁務官を中心とした事実調査団は、 2003年 1月
にその結果報告と勧告を含めた報告書を安保理
に提出したが、コートジボワール政府はこれに
反論する詳細なコメントを公表している o
U.N.Doc /
2
0
0
3
/
9
0
. Annex;U.N.Doc.A/57/73
9
0
3
/
3
3
8
.Annex
S 0
5
1 U.N.Doc
.S/RES/1464(
2
0
0
3
)o
p
.
p
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9
1
0
.
5
2 多国籍軍に対する安保理のコントロールを概
観したものとして、 s
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.D.White &O
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“TheS
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Military Option; Constitutionality and
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XLIV(
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)
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3
7
8
4
1
3
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0
3
/
3
7
4 この報告書は、 2
0
0
3年 2
5
3 U.N.Doc 0
月24日から 3月 7日までコートジボワールで現
地調査を行った使節団の評価に基づいている。
5
4 U.N.Doc /
2
0
0
3
/
3
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2
4
.
5
6 U.N.Doc /RES/1479.o
5
7 この点については、拙稿「国連憲章第三九条
の機能と安全保障理事会の役割一「平和に対す
る脅威」概念の拡大とその影響 」山手治之・
香西茂編集代表 r
2
1世紀国際社会における人権
と平和.国際法の新しい発展をめざして下巻
現代国際法における人権と平和の保障 J
(東信堂、
2
0
0
3年) 2
4
9
2
5
0頁参照。
5
8 2003年1
0月1
3日付団連事務総長宛安保理議長
書簡で、当時議長国であった米国のネグロポン
テ国連大使は、 MINUCIが平和維持活動ではな
いことは設置決議の交渉過程からも明らかであ
り、それゆえ予算その他の目的について同活動
を特別な政治的ミッションとして PKO局が管轄
目
/
2
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2
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.
s
/
2
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.
/
2
国 際 協 力 論 集 第 12巻 第 3号
5
8
すべきという安保理の見解を明らかにしている。
D
.N.Doc.A/58/535,Annex I
I
. なお 2
0
0
3年 1
0月
24日付の行政予算問題諮問委員会報告書におい
ても同委員会がその旨確認、している。
U
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8
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3
8,p
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2
.
5
9 しかし他方で米国は、 ECOMICI強化のために
5
0万ドルに加え、さらに 4
0
0万
既に供与済みの 4
ドルの追加支援も行う用意があったという。
A
.R
.
B
.p.
15
3
1
9 このことは、財政的問題のほか、
イラク戦争をめぐるフランスとの不和や米国自
身のアフリカ問題への介入の消極的姿勢から、
ECOWAS自らが問題を処理することを米国が
期待していたことを表すものとも考えられよう
6
0 U.N.Doc
.S/2003/374,p
a
r
a
s
.
7
6
7
8
.
I
.実際にも 2
0
0
3
6
1 U.N.Doc.A/58/535,Annex I
年1
0月末の段階で安保理は、 1
1月に任期が切れ
るMINUCIをPKOとして再編する可能性につい
て再検討することを国連事務総長に通知してい
た
。 D
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Spokeswoman f
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(
3
0O
c
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b
e
r2
0
0
3
)
62 この宣言の中で両当事者は、「国際社会が、
MINUCI、 ECOMICIおよびリコルヌの公平な
(
im
partiaI)な軍隊を派遣することによりコー
トジボワールで示した関心を考慮し」、として現
地に展開中の軍隊の「公平性Jに注目している o
U
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1
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0
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0
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3
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21
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4 U
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6
5 興味深いことにこの決議では、憲章第 39条の
「平和に対する脅威」の認定も、憲章第 7章に基
づく行動への言及もなく、武力行使の許可に関
しては、前文第 1項での安保理決議 1
4
6
4の再確
認と本文第 1項での ECOWAS軍参加国とフラ
t
h
ea
u
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r
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z
a
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i
o
n
)Jの更新
ンス軍への「許可 (
決定という間接的なかたちでしか触れられてい
ない。従って決議文言上から明確に憲章第 7章
に基づく武力行使の許可が行われていないこと
は、これら寧の性格が「平和維持軍」として議
論されていることとも密接に関係しているとも
考えられる。 U.N.Doc.S/RESI
1498(2003),
p
r
e
.
p
a
r
a
,
1
. o
p
.
p
a
r
a.1.なおフランス軍はその後、
9月末から 1
0月にかけて反政府勢力の要請によ
り北部の同勢力支配地域に展開を拡大している。
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6 U.N.Doc
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.
67 “Chronique des f
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s internationaux",
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.,tome 107(2003),p
.
9
5
2
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B
.,
p.
15
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1
6
.
6
8 バグボ大統領は安保理西アフリカ使節団の勧
告も受けて (
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2
0
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8,p
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3
7
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)
、
ょ
うやく 9月 1
3日に国防相と内相を任命したが、
3日にバグボの和平協定に対
反政府勢力側は同 2
吋
0
する非協力的な態度を理由として政権からの離
.R
.
B
.,p
.
1
5
4
4
5
1
5
4
4
6
.
脱を表明したのである o A
Seea
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s
o,UN Press Release SG/SM/8914AFR/715.
69 U.N.Doc 12003/1069,p
a
r
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.
1
4
; MINUCI
9(
Ie2
7novembre
CommuniquedeP
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s
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e,no1
2
0
0
3
)
70 A
.
R.
B
.
.p.
15
4
9
4
.
7
1 この ECOMICIとフランス箪の行動は安保理に
より賞賛されていることから、その任務の範囲
内であったことと武力行使が合法であったこと
カf推定される。 U.N.Doc.S/PRST/2003/25;
U
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2
0
0
4
/
3,p
a
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12
.
72 従って国連は 9月 1
2日付コミュニケで、コー
トジボワールにおける治安状況の程度が低下し
ていると発表しており (MINUCICommunique
Ie1
2septembre2
0
0
3
)
)、和平
d
eP
r
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s
s
e,no7(
協定監視委員会も 9月2
4日のコミュニケで和平
の進展が見られないことに懸念を表明している O
Comite de S
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i de l'Accord de L
inas
Ie2
4septembre
Marcoussis, Communique (
2
0
0
3
)
7
3 このミニサミットへの参加国は、 ペナン、ブ
ルキナファソ、コートジボワール、ガーナ、ニ
ジ、エール、ナイジエリアおよびトーゴであった。
D
.
N
.Doc
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2
0
0
3
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1
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8
2,Annex.
4
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3(
2
4November2
0
0
3
),pp.
4
7
4 U
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6
.
75 ECOWAS Press Releases, NO.99(2
1
September2
0
0
3
)
. この問題は ECOMICIが安保
理により正式に権限を付与されて現地に展開し
た直後の 2
0
0
3
年 4月にはすでに顕在化しており、
国連事務総長並びに ECOWAS議長国ガーナも
懸念を表明していた。 U
.N.Doc /PV.
47
4
6,p
p
.
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5
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7
7 2
0
0
3年 6月26日から 7月 5日にかけて安保理
の西アフリカ使節団が現地を訪問したが、その
際の使節団長である英国代表の言による。
U.N.Doc.
s/PV.4785(9July2003),p.4なお
ECOWAS自身も、国際社会からリソースの追
加的支援がなければ 1
0月末までに現在の資金が
なくなることを a
{
?
'めていた。 U.N.Docs
.
1
2
0
0
3
/
6
8
8,p
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.
28
.
78 アクラ包括和平協定第 4条 2項で ECOWAS
軍が後に展開される国際安定化軍の一部となる
ことが予定されており、これが実際には UNMIL
となったのである。拙稿「第二次リベリア内戦
における国連平和維持活動の展開 J3
7
3
3
7
4頁参
照
。
7
9 U.N.Doc.S/PV.
4
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7
3,p
.
4
.
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0 この書簡の内容については、 s
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/
1
0
81
8
1 なおこの国連 PKOの早期展開を希望するコー
トジボワール政府の要請に対しては、アフリカ
連合 (AU)も支持する旨を 2
004年 1月30日の紛
争予防管理解決メカニズム中央機関通常会期大
コ ー ト ジ ボ ワ ー ル 内 戦 に お け る 国 連 平 和 維 持 活 動-ECOMICI
から ONUCI
へ
使級会合最終コミュニケで公表している。
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.N.Docs
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1
2
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8November
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2
),pp.
8
3 大統領支持派はフランス軍の撤退を強硬に主
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5
張していたが (
(
19December2
0
0
3
),p
.
8.l、フランス政府は
2
0
0
3年 1
2月、バガボ大統領との会談後、約 4
0
0
0
名に上るフランス軍を反政府側との合意がある
北部地域まで展開を拡大させるとともに
(
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.
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.
.p
.
1
5
5
7
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、 2
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5年 1
0月に予定されてい
る大統領選挙後まで駐留させることを決定した。
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3
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1
8(
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7February2
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0
4
),p
8
7 この M1NUC1任期延長決議では憲章第 7章は
援用されてはいないものの、いわゆる「平和に
対する脅威」の認定は前文で行われている O
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.N.Doc /RFSI
15
1
4(
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0
0
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),p
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l
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88 U.N.Doc.S 003/1069, p
a
r
a
.
51.ただし
M1NUC1の強化については、 1
1月から 1
2月初め
にかけてはまだ、特に政務官と人権部門の係官
の補充を念頭に置いた行政上及び財政上の調整
.S/2003/1147
に限定されていた。 U.N.Doc
s
.
/
2
5
9
o
p
.
p
a
r
a
.l.従って ONUCIが 4月 4日に活動を開
始するまでの問、 M1NUC1の任期が延長された
が、その経費はこれまでの M1NUC1の任期更新
の場合と同様に国連の通常予算から支出された。
U.N.Doc.
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2004/100;U.N.Doc
.S/RES/1528
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.
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),p
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ふ4
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2
.なお事務
総長報告では ECOM1C1軍事部門だけでなく、
150名 が 展 開 し て い る ECOM1C1の 憲 兵 隊
(
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) も国連PKOに編入されることが
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r
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.
7
4
)、この報告提
予定されていたが (
出後に現地に派遣された PKO局のテクニカルチ
ームが、この編入は複雑で繊細な任務であるこ
とからなお検討の余地があるとして、憲兵隊を
しばらくそのまま残して兵苅面と財政面での支
援を与えるべきとの意見をまとめている。
U
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97 決議では、事務総長の勧告に従い、 ONU
C1が民事、司法、矯正面のほか、 200名の軍事
オブザーパーと 1
2
0
名の本部要員を含む最大6
2
4
0
名の軍事要員を有することが決定されている。
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.N.Doc
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/RES/1528(
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.ただし ONUCIと
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0
0
4
/
3
.
5
2
7では前文で「平和に対する脅威」
9
0 この決議 1
認定が行われるとともに憲章第 7章に基づく行
動であることが明記されており、 MINUC1と
ECOM1C1の任期延長決定のほか、コートジボワ
フランス軍の関係においては、リベリアやグル
ジアで見られたような国連 PKOによる他の外国
軍の活動の監視とコントロールということは
ONUC1のマンデートの範囲外であった。並列的
展開における国連PKOの外国軍、特に地域的機
関の軍隊に対するコントロールについては、
ールにおける国連プレゼンスの強化に関する安
保理決定までの問に、当該決定後 5週間以内で
のPKOの派遣を準備するよう国連事務総長に要
2
0
0
4
),
旨青している。 U.N.Doc.S/RES/1527(
p
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l2,
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4年 1月半ばまで国連 PKO
9
1 ただし米国は、 2
の設置には依然として反対していたという。
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.
, p.
l5
6
0
4
.実際、 2
0
0
4年 1月2
3日の安保理
公式会合の席でも米国は、国連 PKOの派遣に関
する国連事務総長の勧告とフランス提案を積極
的に討議していると述べるにとどまり、内戦当
事者が和平協定の履行のために必要な措置をと
るべきことを繰り返しているに過ぎない。
U
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9(
2
3J
anuary2
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0
4
),p.
l9
.こ
れはこの討議に参加した多くの国が M1NUC1の
強化や国連 PKOの設置に明示的に賛意を表明し
ていたのとは対照的であった。 I
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eSG/SM/9242-AFR/885.
ONUC1に編入されたのはベナン、ガーナ、ニジ
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(Mexico).pp.29-30(Ghana). p.32(Cote d
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1
8,
9
2 U.N.Doc.S/RESI
エール、セネガル、それにトーゴの部隊で、
2
0
0
4
年 5月 5日には 1
4
5
名の追加部隊を加え、同
月 25日 に は 3004名 を 擁 す る に 至 っ た 。
U
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2
5
2
6
.ただしコート
ジボワールと国連の聞で ONUCI
の地位に関する
0
0
4年 6月2
9日まで待た
協定が締結されるには 2
なければならなかった。 ONUCICommunique
O
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2004/
24,1 Annex; MINUC1
104 U.N.Doc.S/
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.
3
6(
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2 mars
Communiqu己 deP
2
0
0
4
);UN Press Release SG/SM/9219AFR/867.
1
0
5 この事件に関する国際調査委員会は、リナ=
マルクーシ和平協定監視委員会の要請で国連事
務総長が設置を指示し、国際人権高等副弁務官
6
0
国 際 協 力 論 集 第 12巻 第 3号
により設置された。 Comite de S
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Je
2
7mars2
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0
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eSG/SM/9240AFR/881: UN Press Release AFR/896HR/4731.同委員会は 4月2
9日に調査報告書を公
表し、政府側の責任により一般市民約 1
2
0
名が死
亡したと結論付けた o U.N.Doc.S/2004/384,
Annex. これを受けて安保理は 5月 1
4日付議長
プレス声明で、この人権侵害行為を非難してそ
002年 9月
の責任者の処罰を求めるとともに、 2
の内戦勃発時までさかのぼって事件を調査する
国連人権高等副弁務官の意図を歓迎した。 UN
治
、
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8
0
9
4
-AFR/929-HR/
4
7
5
6し
しバグボ大統領は調査委員会の報告書に対する
s/2004/4
11,
疑問を表明している。 U.N.Doc.
Annex.
1
0
6 ONUCICdmmunique deP
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e,no.
42 (
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Linas-Marcoussis,Communique (
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2
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0
4
)
.
1
0
7 もっともこうした措置と enforcementの関係
はなお微妙である。たとえばコソボにおける警
察力の行使と peaceenforcementの関係につい
.
]
.
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2
),pp.
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1
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8 U.N.Doc.
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1
1
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:U.N.Doc.
s/PRST
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0
4
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1
7
109 A
.R
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.
.p.15800. また信頼区域中央部に位置
するゴイタフラでは停戦合意に反してフランス
軍の FANCIの拠点に対する攻撃も行われた O
Comitede S
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Marcoussis. CommuniqueOe 7j
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2
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0
4
)
.
1
1
0 たとえばソマリアでは、米軍主導のソマリ
ア多国籍軍 (UNITAF) とそれを引き継いだ第
二次国連ソマリア活動(UNOSOMI
I
) とが区
別されず、後者の行為が公平性を欠いていると
当事者に評価されるようなこともあったといわ
れる。 U
.N.Doc.
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1
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3,Annex,p
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7
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0
3年1
2月に国民和解政府への復帰を
1
1
1 FNは2
宣言したが (
A
.R.
B
, p.
15
5
71
.
)
、 2
0
0
4
年 3月以降
の政情悪化を理由に政府への参加を中断してい
た (
U
.
N
.
D
o
c.s/20
0
4/241
.Annex
.l。これに対し
てバグボ大統領は 5月1
8日の演説において閣議
に参加しない閣僚に対する制裁の可能性に言及
して反対派閣僚の解任を示唆したため
(
U
.
N
.
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.
S/20
0
4
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4
1
1
.Annex:A
.R.
B
.p.
15
7
4
9
、
l
.
国連事務総長や安保理がこの事態に懸念を表明
す る に 至 っ た ( UN Press Release SG/SM/
9
3
1
7
A
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/
9
3
6
:U.N.Doc.
s/PRST
/2
0
0
4
/
1
7
.
)。そ
の後、国連事務総長特別代表の仲介により 6月
末にようやく大統領側と反政府勢力 (G6) の
関 で 意 見 交 換 の 場 が 持 た れ (ONUCI
CommuniquedeP
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)
: U.N.Doc
.S/2004/525
p
a
r
a
.
1
3
.
)、これが 7月のアクラ E協定締結への
伏線となった。
1
1
2 なおこの抗争は 6月2
5
2
6日にかけて再燃し
.N.Doc.S/2004/697,p
a
r
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.
2
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2
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0
4
年 6月2
0日から 2
9日にかけて現地
1
1
5 これは 2
を訪問した西アフリカ安保理使節団による報告
04/525,
書で明らかにされている。 U.N.Doc.s/20
p
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r
a.
2
0
.
116 ECOWAS Press Release n
O
.
5
8(
3
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2
0
0
4
)
. その直前の 7月 6日にアジスアベバにお
いてコートジボワール問題を討議する
ECOWASミニサミットが開催され(コートジ
ボワール、ベナン、プルキナファソ、ガボン、
ガーナ、マリ、ナイジエリア、 トーゴが参加)、
国民和解政府が実効的に機能するように大統領
と首相が必要な措置をとるよう要請が行われて、
事実上、バガボ大統領による大統領職の資格に
関する立法の提出と、デイアラ首相への権限委
譲 の 実 現 が 求 め ら れ て い た 。 ONUCI
CommuniquedeP
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5
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0
4
)
1
1
7 この協定には、バガボ大統領とデイアラ首相
0の
のほかリナ=マルクーシ協定にも署名した 1
政治勢力が当事者として署名し、証人として
ECOWASの加盟国首脳と ECOWASおよびAU
の代表者がそれぞれ署名している。国連はアク
ラ E合意に署名はしていないが、この会議を
ECOWAS
議長国ガーナとともに主催しており、
国連事務総長が実際に出席して国連による支持
をアピールしている。 U.N.Doc
.S/2004/629,
Annex.
1
1
8 U.N.Doc.S/PRST/2004/29
. 国連事務総長は
アクラ E合意採択後の記者会見で、協定違反が
生じた場合には安保理が必要な措置をとる可能
性を示唆していた。 ONUCICommuniquede
P
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.n
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.
6
5(
Je3
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0
0
4
)
年1
1月1
0日にまで監視グループは 5つの
1
1
9 2
0
0
4
報告書を公表している。 U.N.Doc.S/2004/667,
Annex:U
.N.Doc.S/20
0
4
1
7
1
6
.Annex:U
.
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20041748
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nnex:U.N.Doc.s/20
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0,Annex:
U
.N.Doc.
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2
0
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8
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8,Annex.
1
2
0 ONUCICommuniquedeP
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)
:U.N.Doc.s/20
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1
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,Annex
,
p
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a.
15
:U.N.Doc.s/20
0
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0
0Annex,p
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s.
1
.
10
1
5
.
1
2
1 香西茂「国連による紛争解決機能の変容ー
「平和強制」と「平和維持」の間一」山手治之・
香西茂編集代表『前掲書~ 2
0
7
2
4
0頁参照。
1
2
2 冷戦後の PKOにおける憲章第 7章と同意原
則の関係については、拙稿「国連平和維持活動
コートジボワール内戦における国連平和維持活動
における同意原則の機能←ポスト冷戦期の事例
を中心に 」安藤仁介・中村道・位田隆一編
W21世紀の国際機構.課題と展望.1 (東信堂、
2
0
0
4
年) 2
3
7
2
7
8頁参照。
1
2
3 たとえばFN側がウクライナ人傭兵の政府軍
側への参加を理由に 1
8
0名の ONUCIウクライナ
部隊の現地展開を拒否したことから同部隊の FN
支配領域への展開が見送られたことは、 ONUCI
の現地展開が依然として関係当事者の同意に依
存していることを示しているものと考えられよ
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5no.
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(
2
7August
う
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.
3 もっとも、すでに述べたように、
2004),p
ONUCIの現地展開に際しては様々な勢力から抵
抗があったことは認められる。
1
2
4 U
2004/716
,Annex
,p
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.
1
1
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Annex,p
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.
1
5
:U.N.Doc.SI
2004/800,Annex,
p
a
r
a
.
1
1
2
5 憲章第 7章と「公平性」が相互に排他的で=な
いのは、こうした国連 PKOに限られず、近年の
多国籍軍型軍事活動にも共通する特徴である。
たとえばアルバニアや中央アフリカ共和国に展
開 し た 多 国 籍 軍 は 「 中 立 か つ 公 平 に ( jna
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て安保理に許可されている o U.N.Doc.S/RESI
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1
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)
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a.
4
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.N.Doc /RES/1125(1997)
o
p
.
p
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r
a
.
2
.これらについては、拙稿「アルバニア
多国籍保護軍について J 国際協力論集.1 (神戸
2
0
0
0年) 8
5
1
0
6頁、「中央ア
大学)第 8巻 1号 (
フリカ共和国問題と国際連合一 MISABから
MINURCAへー J 国際協力論集.1 (神戸大学)
第 7巻 2号(19
9
9年) 8
3
1
1
5頁参照。
1
2
6 憲章第 7章と公平原則が両立しないのは、憲
章第 7章により自衛を超えた武力行使を認める
ことで国連は当事者の一方を攻撃しうることに
なり、それが当該当事者の同意の範囲外である
がゆえに公平性の認識を損ねるものとなるから
で あ る と 主 張 さ れ る 。 See, S.Vohra,
“I
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9
6
)p
p
.
8
2
8
3
.た
だ「強化された JPKOにおいては当事者自身が
憲章第 7章に基づく行動を PKOに求めていると
同時に、「公平性」については当事者の主観的認
識のみならず、むしろ和平合意の実施に力点が
移っていることに注目しなければならない。こ
の点に関連して小森光夫は、内戦への国連の対
応で要求される公平性は「軍事的な対立に影響
を与えないように軍事紛争を終息させ、かっそ
の終息状態を政治的な解決の内容に影響させず
に当事者間での政治的な解決に導く場として維
持することによって保たれる」とした上で、「こ
の意味での公平性は紛争当事者にあらゆる措置
を完全に等しく適用することを意味しない」と
指摘する。介入目的の達成にはそれと整合する
ようなかたちで必要となる効果的な措置がとら
れなければならないが、「その過程で当事者の取
り扱いに差が出たとしても、それは目的に即し
.
s
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2
s
.
r
r
ECOMICIから ONUCI
へ
6
1
た任務に属することであって公平の問題に反し
ない」からである。小森光夫「地域紛争への国
連の介入と公平性の問題J 新防衛論集』第 2
5
巻
2号(19
9
7年) 1
1
1
2頁参照。ここでは国連 PKO
ではなく国連が扱われ、検討対象としていずれ
も紛争の政治的合意が欠如している事例が取り
上げられていることについて注意を払う必要は
あるが、小森が明らかにした「公平性」の内実
への公平原則の
そのものは「強化された JPKO
適用の可否とその態様に関してきわめて示唆に
富むものといえよう。
1
2
7 PKO設置の増大は、一方で国連の財政的問
への派遣
題を生じさせるとともに、他方で、 PKO
要員の確保という実際上の問題も生じさせた。
このため安保理は 2
001年から 2002年にかけて
「部隊提供固との関係強化j を強調して、「出口
戦略」などを含む「部隊提供固との協力原則」
の明確化に取り組んだ。ここでは「強化された」
PKOが直接対象となったわけではないが、部隊
派遣の条件をその派遣国の側に立って制度化し
ようとする傾向は確認できるのであり、この点
はPKOの制度設計においても重要な視点を提供
しよう。拙稿「国連平和維持活動 (PKO) にお
6
7
1頁参照。
ける部隊提供問の役割 J6
1
2
8 U.N.Doc /RESI
1270(
I9
9
9
),o
p
.
p
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r
a
.
1
4
;
U.N.Doc.SIRES/1291(
2
0
0
0
),o
p
.
p
a
r
a
.
8
.
1
2
9 U.N.Doc /RES/1272(
19
9
9
),o
p
.
p
a
r
a.4.なお
憲章第 7章がコソボや東チモールのような国連
の暫定統治の場合に特有の理由から援用される
.
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MaxPlanck Yearbooko
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5
(
2
0
0
1
),pp.
l0
5
1
8
3
.
1
3
0 なお同じく「多角的な JPKOである UNMIL
の場合は、憲章第 7章に基づく行動が援用され
たものの、自衛を超える武力行使を許可する明
示の文言は設置決議には含まれなかったが、実
際には自衛を超える武力行使が前提となったマ
ンデートがUNMILに付与されていたのであり、
国際社会における武力行使の制約と安保理によ
るその統制の堅持という見地からは同様に不十
分さを指摘しうるものであった。拙稿「第二次
リベリア内戦における国連平和維持活動の展開」
3
8
7
3
8
8頁参照。
131 た だ し 、 国 連 コ ン ゴ 活 動 ( ONUC) や
UNOSOM1のような PKOが例外的であり、
UNAMSILやUNTAETも含めた最近の PKOで
は伝統的モデルに回帰して自衛原則が維持され
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LXXXIV
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いてはなお検討の余地がある。
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tが、一般的に、和平合意
の実施確保を目的としたものを意味し、公平性
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は相対化しよう。
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3
3 なお ONUCI設置以降も、国連は国連ハイチ
安定化ミッション (MINUSTAH) と国連ブル
ンジ活動 (ONUB) という二つの PKOをそれぞ
れ2
0
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4年 6月 1日から現地に展開させているが、
これらはいずれも憲章第 7章と結合した「強化
された JPKOである。 U.N.Doc /RES/1542
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4年 8月 1
1日に開会した国民議会特別会期で
バグボ大統領が憲法第 3
5条の改正案を提出する
ことが期待されていたが (UNP
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SC/8197-AFR/1036)、同改正案は提出されない
まま 9月2
8日に会期が終了したことに対して国
がフランス軍
攻撃に続いて、同 6日には FANCI
駐屯地に空爆を行い、フランス軍兵士にも死傷
者が出たという。安保理は同日直ちに議長声明
を採択し、この FANCI
の行為が2
0
0
3年 5月 3日
の停戦合意に違反するものであると非難すると
が安保理決議 1
5
2
8
ともに、フランス箪と ONUCI
に従ってそのマンデートの完全な遂行のために
必要なあらゆる手段を使用することを許可され
ていることを確認した。 U.N.Doc.S/PRST/
2
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. 国連事務総長は ONUCIが「信頼区域」
において敵対行為を阻止するために、その能力
と展開地域内で必要なあらゆる手段をとること
を許可されていることを安保理に確認するよう
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)、安保理も
要請じており (
この議長声明でこれを確認しているが、このこ
とはフランス軍と ONUCIの任務遂行上の一体性
を明確に表している o なお 1
1月 9日付および 1
1
日付国連事務総長プレスリリースもそれぞれ参
照のこと。 UNP
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9日にアピジャンでデモが行わ
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3
6 たとえば 9月2
れ、これに対する治安部隊の活動も人権侵害が
あったのではないかとされており、また 1
0月 4
日にはアピジャンにあるワタラの住居が襲われ
て死傷者が出たという。 ONUCICommunique
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.さらに 1
1月 4日には FANCI
がブアケとコロゴの FN施設に対して空爆を行
り、これに関連して一般市民数十名が死傷した
と い わ れ て い る 。 UN Press R
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SG/SM/9578-AFR/10
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7 このため 1
1月 4日に安保理議長は、コ
ートジボワール情勢に深い懸念を表明し、当事
者に停戦尊重を求めるとともに、国連要員と在
留外国人の権利と安全が完全に保証されること
を期待するとのプレス声明を発表した。 UN
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8 おそらくこれには西アフリカ全域に影響を与
えるそれぞれの内戦を解決するには、各紛争で
展開している国連 PKOの横の連携が不可欠であ
ることも関係しよう。実際にも、国連西アフリ
カ事務所 (UNOWA) を通じたこれら PKOの連
携強化が西アフリカ全体の安定にはきわめて重
要であると指摘されており、実行もそうした方
向に動いている。この UNOWAの活動について
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1月 4日の FANCIによる FN施設への
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4年1
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年1
1月1
2日脱稿)
※
本稿は、平成 1
5・1
6年度科学研究費補助金基
盤研究 (C) r
2
1世紀における平和維持活動の展
望とその課題一活動原則の規範的展開と国連憲
章システムへの再定位一」による成果の一部で
ある。
コートジボワール内戦における国連平和維持活動-ECOMICI
から O
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