Comments
Description
Transcript
撥水砂技術の開発と応用
技術 論文 Panasonic Technical Journal Vol. 58 No. 2 Jul. 2012 撥水砂技術の開発と応用 Novel Hydrophobic Sand and Its Applications 美 濃 規 央 Norihisa Mino 山 田 Osamu Yamada 修 長 光 左千男 Sachio Nagamitsu 田尾本 Akira Taomoto 昭 脇 田 由 実 Yumi Wakita ジョン ステファン Stephen John 特 集 1 要 旨 砂粒子の表面に撥水コーティングすることにより撥水性を有する砂(撥水砂)を製造する技術を確立し,撥水 砂を有効活用するための種々のアプリケーションを検討した.撥水砂は世界規模で進んでいる乾燥地化を防ぐた めに土壌への保水性付与効果に加えて,塩分を含んだ地下水の上昇による塩害を防止する効果が確認された.さ らに,最近のヒートアイランド現象に対応した打ち水システムを考案して,その表面冷却効果の実証実験を行い, 従来のシステムと比較して10 ℃~ 15 ℃低い表面温度を実現できることも確認した. Abstract 1. はじめに 地球温暖化などの気候変動や過剰開墾などの人為的要 特 集 2 By coating the surface of common silica sand particles with a thin water-repellent material, it is possible to render the sand hydrophobic. In this paper, we present a process for manufacturing hydrophobic sand and the results of our investigations into the future applications of this material. We demonstrate that a layer of hydrophobic sand is useful for protecting plants from damage due to rising underground salt water. Furthermore, for reducing urban heat island effects, the hydrophobic sand is effective as part of a water-retentive paving system, with results showing a decrease in surface temperature of 10 to 15 °C as compared to conventional systems. 2. 撥水技術 2.1 撥水材料と単分子膜技術 因により,陸地の4分の1で乾燥地化が進んでいると言わ 表面を撥水にする行為は基材表面を撥水にする要素で れており,中長期的な食糧問題として顕在化してきてい 覆えばよく,その手法には真空蒸着のような物理的方法 る.この乾燥地の土壌回復を狙いとして,従来は吸水性 やCVD(Chemical Vapor Deposition)のような化学的手 の材料にて乾燥地対策が行われていたが,地中から上昇 法が準備され,それぞれに長所短所がある[2].化学吸 する塩水により塩害を防止することができなかった.そ 着法に用いるクロロシランは非常に反応性に富む官能基 こで,撥水処理を行った撥水砂を使用して,塩分を含ん で基材表面水酸基と室温常圧の条件でシロキサン結合を だ地下水の上昇による塩害の防止とともに,保水可能な 形成する.基材表面とクロロシラン官能基は反応を始め, 土壌を実現することで,植物の育成が行える環境を提供 表面水酸基が無くなれば反応を停止する.以上で単分子 することを検討した. 膜が形成され,単分子膜形成分子のクロロシラン官能基 当社は有機超薄膜技術の1つである化学吸着単分子膜 の反対側に撥水性官能基を設けておけば自発的に撥水性 を開発し[1],撥水性や撥油性の表面改質機能を備えた 官能基が表面に露出し始め,最後には撥水性官能基で表 同単分子膜を調理家電商品に適用してきた.本稿では, 面が埋め尽くされる.基本的な化学吸着単分子法とその この単分子膜の形成技術を応用して現地の砂を効率的に 評価法は,引用文献[3]に記載した. 撥水コーティングする撥水砂製造技術とともに,塩害を 撥水は接触角(第2図参照)が90°を超える状態を指し, 防止する機能について,実際の植物を用いた実験結果に 接触角は固体の表面張力,液体の表面張力,固液の界面 加えて,環境保全に貢献するために撥水砂を応用した打 張力の関係式の中に位置づけられ,T. Youngの式で示さ ち水効果などのアプリケーションについて報告する. れる.表面官能基の表面張力(γ c(mN/m))がすでにま とめられている[4].フッ化炭素基が作る表面張力はそ の中でも小さな値である.(ヘプタデカフルオロ-1,1,2,2(CH テトラヒドロデシル)トリクロロシラン,CF(CF 3 2) 7 2) 2SiCl3(以下,FAS-17とする)を用いてシリコン板上に 化学吸着法で形成した単分子膜の表面張力は8 mN/mで あり,わずか2 nm厚の表面改質でありながら,フッ素樹 27 Panasonic Technical Journal Vol. 58 No. 2 Jul. 2012 110 脂皮膜同等以上の数値を示す.表面張力については引用 文献[5][6][7]が参考になる. 2.2 砂の撥水化 基材となる砂は「1/16 mmから2 mmまでの直径を有す るもの」と粒径で定義されており,粒度組成の分類のみ であり鉱物組成による分類ではない.砂の撥水化に化学 吸着法を適用する場合,砂の表面水酸基の有無が大事な 鍵となる.砂の代表的な鉱物であるケイ砂,長石,輝石, 雲母などはいずれもケイ酸塩で,表面水酸基を有すると (a) (b) 第1図 撥水砂上の水滴((a)撥水砂,(b)未処理砂) Fig. 1 Water droplet on (a) hydrophobic sand, (b) untreated sand surface 考えられるが,結晶構造を考慮する必要がある.産地に よっては砂の大部分がサンゴや有機物である場合もあ 3.2 見かけの接触角 る.砂の撥水の処理は3.1節に示す方法を適用すればよ 撥水性の評価は,平らで滑らかな固体表面に液滴がで い. きる場合に,固-液界面から気-液界面に向かう接触角 が指標となる.しかしながら,撥水砂からなる平面は平 3. 撥水砂製造技術 3.1 撥水砂の製造 らでないため,平らな板の表面に砂を平面的に並べ,そ の表面に形成した水滴についての,見かけの接触角によ り評価を行った. 2.1節に示すように化学吸着法は基材表面の水酸基と 撥水処理を行う砂として,豊浦標準砂を使用した.豊 クロロシラン官能基との接触を促すことで成立する.そ 浦標準砂とは,セメントの物理的性質を調べるために用 のため,接触を妨げる水分の排除が唯一の条件となる. いる指定された砂をさす.粒径は,0.1 mm ~ 0.3 mmの 液相吸着法の例示として上記のFAS-17を材料とした 範囲に調整された天然ケイ砂で,山口県豊浦郡豊浦町黒 場合,その溶媒はフッ化炭素系材料が溶解可能である必 井産である. 要がある.その代表例はフッ素系溶媒である.この種の 豊浦標準砂を撥水処理した撥水砂を,スライドガラス 溶媒は含有水分も少なくて使いやすい.従来の炭化水素 上にはった両面テープ上に散布して平らに固着した後, 系溶媒とハロゲン溶媒の混合系も使用可能であるが, 固定されていない余分な砂を落として,評価用試料を作 フッ素系溶媒以上の水分管理の注意が必要である.溶媒 製した.接触角計を使用して,水滴量を3 µLとして測定 の水分管理が不十分な場合には,クロロシラン官能基が を行った.代表的な測定結果は第2図に示すとおりであ 基材の接触する前に溶液内でクロロシラン官能基同士の り,この場合の見かけの接触角は133.1°であった. 反応が進行し,撥水材料が浪費され,撥水処理の効率が 低下する. T 基材の水分管理ももちろん重要である.これまで化学 吸着法で使用した基材はガラス板,ステンレス板,シリ 133.1° コン板などで,その表面乾燥は乾燥気流にさらすなどで 十分であった.しかし対象物が砂の場合,比表面積が大 L きいので,水分除去には100 ℃以上の加熱や大気圧以下 R での長時間放置など板状の基材より長時間の前処理が必 要となった. 以上の操作を経て液相法からなる撥水砂を形成した. 海砂を基材として,FAS-17をハイドロフルオロエーテ 第2図 撥水砂の接触角測定結果 Fig. 2 Water droplet on sand surface showing contact-angle measurement ルで希釈した溶液に浸漬し,洗浄液で処理した撥水砂の 写真を,第1図に示す.撥水砂(左方)は水滴を保持し, 未処理砂(右方)は水の浸透が観測された. 3.3 水浸入圧 本節では撥水砂の水浸入圧の測定結果を示す.水浸入 圧とは撥水砂の層の上に水を張った場合に水が撥水砂層 に浸入するときの水圧をさす. 撥水砂の応用を考えるうえで,水浸入圧を推測するこ 28 環境技術特集:撥水砂技術の開発と応用 111 とは重要であり,本測定では,水浸入圧と撥水砂の粒径 の関係を検証した. 粒子には,粒径の異なる(30 µm ~ 1 mm)ソーダガ ラスの球形粒子を用いた.撥水処理はFAS-17をハイド ロフルオロエーテルで希釈した1 %溶液に浸漬させる液 相処理で実施した. 測定結果を第3図に示した.水浸入圧は粒径が100 µm 前後での約30 cmを境に,粒子径の減少に伴い急激に上 面張力の関係より,撥水砂への水浸入圧は,撥水砂の粒 径の逆数に比例する特性であると推測される. 第4図 撥水砂層による塩分上昇防止効果(a)4日目,(b)45日目 Fig. 4 Salt water damage prevention by hydrophobic sand after (a) 4 days, (b) 45 days 4.2 打ち水効果への応用 100 近年,ヒートアイランド現象の対策として,さまざま 80 な冷却舗装構造が提案実証されている[8].3.3節に示し 60 た結果より,本撥水砂が水浸入を防ぐことを確認した. 40 この性質を利用し,土壌中に撥水砂による貯水槽を設け 20 ることで適度な量の貯水を可能とし,その水により長時 0 0 200 400 600 800 1000 中心粒径 [µm] 間にわたって舗装表面を湿潤に保つ打ち水システムを提 案した.また,夏場の気候を利用して,提案した打ち水 第3図 水浸入圧と撥水砂の粒子径の関係 システムの舗装表面冷却効果を確認した. Fig. 3 Water entry pressure vs. sand diameter 本システムは,5 m四方のエリアに5 cmの厚さの撥水 砂層を遮水層として設置し,その上部に6 cmの撥水して いない砂層を保水層として設置し,その上に揚水力のあ 4. 撥水砂応用アプリケーション るブロックを敷いた簡易な構造である(第5図).日射量, 4.1 塩害防止への応用 気温,湿度,風速,雨量などの気候条件とともに,ブロッ 塩分を含んだ地下水の上昇による塩害の防止効果を確 ク表面温度,反射日射量などを測定し,冷却対策を行っ 認するために,簡単な実験を行った. ていない通常の舗装表面,および撥水砂を用いずに市販 2つの植木鉢に植物(日々草)を植え,片方の植木鉢 の保水ブロックを敷いた舗装表面と測定結果を比較し のみ底に3 cmの厚みの撥水砂層を設定する.2つの植木 た.夕方の降水による給水を想定し,前日夕方におのお 鉢を底が4 %の塩水に浸るように設置し,土壌の塩分濃 のの表面に同量の水をまき,夜間放置した後,翌日が晴 度の経時変化と,植物の生育状況を観察した. 天日のときの測定結果を比較した.撥水砂を用いたシス その結果,第1表に塩分濃度の経時変化を,第4図に, 4日目,45日目の植物の生育状況写真を示す.撥水砂の テムは一日中気温と同程度の温度を保ち,ほかのシステ ムの表面温度と比べて10 ℃~ 15 ℃低い値を示した.さ ない左の植木の土壌は,塩分濃度が徐々に上昇し,植物 らに反射日射量も,ほかのシステムと比較して30 % ~ は6日後には枯死し始め,45日目にはすっかり枯死した 40 %に抑える効果があり,本システムの表面冷却効果 が,撥水砂層を設置した右の植木は,2週間後も塩分濃 が確認できた(第6図). 度に変化が見られず,45日目も植物育成状況は良好で あった. 本結果は,撥水砂層が地下水の上昇に伴う塩害の防止 に効果があることが実証できた. セメントブロック 保水層(通常砂) 遮水層(撥水砂) 第1表 土壌の塩分濃度の経時変化 Table 1 Time-dependence of salt-concentration in soil 実験条件 撥水砂層あり 撥水砂層なし 1日目 0.56 % 1.99 % 6日目 0.39 % 2.54 % 14日目 0.45 % 3.27 % 第5図 撥水砂を用いた打ち水システムの断面図 Fig. 5 Structure of cooling pavement using hydrophobic sand 29 特 集 2 水浸入圧 [cm] (b) 特 集 1 昇する傾向を示した.この測定結果および毛管現象と表 (a) Panasonic Technical Journal Vol. 58 No. 2 Jul. 2012 112 [a] 表面温度 [℃] 50 保水ブロック 冷却対策なし による冷却対策 40 冷却対策なし 保水ブロックによる冷却対策 撥水砂による 貯水型冷却対策 30 気温 20 反射日射量 [W/m2] [b] 冷却対策なし 保水ブロックによる冷却対策 250 保水ブロック による冷却対策 冷却対策なし 200 150 100 50 撥水砂による 貯水型冷却対策 0 08/31 00:00 08/31 06:00 08/31 12:00 08/31 18:00 [3] 美濃規央 他,“分子協調材料の基礎と応用,”市村國宏監 修, シーエムシー出版, 2004. [4] A. Ulman, “An introduction to ultrathin organic films: from langmuir-blodgett to self-assembly,” Academic Press, 1991. [5] 井本稔,“表面張力の理解のために,”高分子刊行会, 1993. [6] J. N. Israelachvili, “Intermolecular and surface forces,” Academic Press, 1985. [7] ドゥジェンヌ, ブロシャール-ヴィアール, ケレ,“表面張力 の物理,”奥村剛 訳, 吉岡書店, 2003. [8] 赤川宏幸 他,“表面を連続的に湿潤できる舗装体に関する 実験的研究,”日本建築学会計画系論文集, no.530, pp.79-85, 2000.4. 09/01 00:00 執筆者紹介 第6図 (a)各システムにおける表面温度の時間変化 (b)各システムにおける反射日射量の時間変化 (散水の翌日の晴天日の測定結果) Fig. 6 (a) Surface temperature one day after rain for hydrophobic sand system, system using only standard paving blocks, and special water retentive blocks 美濃 規央 Norihisa Mino 先端技術研究所 Advanced Technology Research Labs. 博士(工学) (b) Reflective insolation for same systems (Experiments performed on fine day using previous day's supplied water) 長光 左千男 Sachio Nagamitsu 先端技術研究所 4.3 そのほか(海水淡水化,汚染防止など) Advanced Technology Research Labs. 博士(情報学) 撥水砂では遮水性に加え,遮水性を呈しているときも 砂粒子間には空間が形成されており,水蒸気は通過する 脇田 由実 Yumi Wakita 特徴がある.この性質を利用すると海水を淡水化するこ 先端技術研究所 とが可能となる.この効果はビニールシートには実現で Advanced Technology Research Labs. 博士(工学) きない.また本論文で示す撥水砂はフッ化炭素基からな り,水だけでなく有機溶液もはじく性質を有するので, 有機廃液などの地中拡散防止にも利用可能性がある.こ 山田 修 のように撥水砂はまだまだ応用展開可能性を有する資材 先端技術研究所 として期待が大きい. 5. まとめ Advanced Technology Research Labs. 田尾本 昭 撥水砂の製造技術,および撥水砂を応用したアプリ ケーションに関して検討を行った.撥水砂は,塩分を含 Osamu Yamada Akira Taomoto 先端技術研究所 Advanced Technology Research Labs. んだ地下水の上昇による塩害の防止や,打ち水システム への応用展開ができる可能性を有することを示した. 今後は,実用化に向けて大量製造が可能な技術の開発, およびほかのアプリケーションへの適用と実証評価も継 続して,事業化に向けた取り組みを行う. 参考文献 [1] 美濃規央,“学位論文 化学吸着法による単分子膜の製法と 物性評価およびその応用に関する研究,”東京大学, 1993. [2] 矢部明,“有機超薄膜入門,”培風館, p.123, 1988. 30 ジョン ステファン Stephen John 先端技術研究所 Advanced Technology Research Labs. 博士(メカトロニクス)