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Sn2+をAサイトに置換した ATiO3ペロブスカイト型誘電体

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Sn2+をAサイトに置換した ATiO3ペロブスカイト型誘電体
2+
Sn を A サイトに置換した
ATiO3 ペロブスカイト型誘電体
セラミックスの研究
名古屋大学大学院工学研究科結晶材料学専攻
鈴木 祥一郎
目次
第1章
序論…………………………………………………………………….1
1-1
ATiO3 ペロブスカイト型強誘電体の歴史と応用製品…………………………….2
1-2
積層セラミックコンデンサに用いられる ATiO3 系ペロブスカイト型強誘電体
の課題…....................................................................…………………………….3
1-3 ペロブスカイト構造のトレランスファクターと BaTiO3 の強誘電性および結晶
系の変化と Tc…………………….…………………………….…………………….6
1-4
BaTiO3 の Tc の上昇………..……..………………………………………………….8
1-5
PbTiO3 が BaTiO3 より Tc が高い理由…….…………...………………….……….9
1-6 理論計算による強誘電体 SnTiO3 の存在予測と過去の実験報告….……...…...11
1-7 本研究の目的と各章の構成…..………………………………………………...….12
1-8 第 1 章の参考文献……….…………………………………………………..………13
第2章
Sn2+を Ba サイトに置換した(Ba,Ca,Sn)TiO3 セラミックスの合成
と評価…………………………………..……………………..……………….21
2-1 本章の背景……………………………………………………………….………….22
2-2 実験方法………………………………………………………………….………….25
2-3
P(O2)による Sn イオンの価数の制御と Ba サイトへの置換……………………29
2-4 格子サイズの Sn イオンの Ba サイトへの置換への影響………………………33
2-5 バルクサンプルの電気特性評価……………………………………….………….38
2-6
XANES による Sn イオンの価数の評価………………………..…………………42
2-7
Cs-STEM を用いた Sn イオンの置換サイトの分析…………..…………………43
2-8 本章のまとめ………………………………………………………………………….47
2-9 第 2 章の参考文献………………..…………………………………………………..47
第3章
高圧合成を用いた(Ba,Sn)TiO3 の合成と評価………………….49
3-1 本章の背景…………………………………………………………………………..50
3-2 実験方法……………………………………………………………………………..52
3-3
BaTiO3 への Sn2+イオンの固溶エネルギーに対する圧力効果.........................54
3-4
BaTiO3-SnO の高圧合成と合成相の評価……..……………………………….…56
3-5
SnO-BaTiO3 固溶体中の Sn イオンの価数分析………………………………….59
3-6 本章のまとめ……………………………………………………..…………………61
3-7 第 3 章の参考文献………………………………………………………………...…62
第4章
Sn2+を Sr サイトに置換した SrTiO3 セラミックスの合成と Sn2+
による Tc 上昇のメカニズム解明………………………..…………………..63
4-1 本章の背景…………………………………………………………………………..64
4-2 実験方法……………………………………………………………………………..64
4-3 (Sr,Sn)TiO3 の誘電率の温度特性と D-E カーブの評価…………………...…….67
4-4 (Sr,Sn)TiO3 の結晶構造の評価……………..……………………………………..69
4-5 (Sr,Sn)TiO3 の微構造観察………………………………………………………….71
4-6
Sn を含む立方晶ペロブスカイト構造の点のフォノン振動数の計算………..73
4-7 オフセンター位置に変位した Sn イオンの SrTiO3 の強誘電体相転移への影響
…………………………………………….………………………………………….76
4-8 ラマン分光測定による相転移挙動の評価…………………...…………………...79
4-9
SrTiO3 の Tc への Sn イオンと Pb イオンの効果の比較………………………….81
4-10 本章のまとめ………………………………………………………………………83
4-11 本章の参考文献……………………………………………………………………83
第5章
本研究の総括……………………………………..…………………86
5-1 本研究の総括…………….……………………………………………………………..87
5-2 今後の展望……..……….……………………………………………..………………..88
5-3 本章の参考文献….……….…………………………………………………………….89
謝辞………………………….………………………………………………….90
第1章
序論
1
1-1 ATiO3 系ペロブスカイト型強誘電体の歴史と応用製品
本節では,ATiO3 系ペロブスカイト型強誘電体について,発見からの歴史とそ
の応用製品について簡単に示し,この研究分野の重要性を述べる.
誘電体,半導体および圧電体セラミックスの分野で最も重要なセラミックス
は BaTiO3 をはじめとする ATiO3 系ペロブスカイト型強誘電体である 1,2.BaTiO3
が最初に発見されたのは第 2 次世界大戦中で,アメリカの Wainer と Salomon 3,4,
日本の Ogawa ら 5,ソ連の Wul と Goldman 6 らによってほぼ同時期に見出さ
れた.その後,Hippel 7,Ginsburg
8
らによりその強誘電性が見出され,結晶
構造は Megaw9–11 によって明らかにされた.
その当時,強誘電性を持つ材料はロッシェル塩(NaK(C4H4O6)4H2O)12–15,
燐酸二水素カリウム(KH2PO4)16,17 で,水素結合が強誘電性発現の起源となっ
ており,水に溶けやすく応用が難しかった.これらに対して,BaTiO3 は酸化物
であることから水に不溶で熱にも強く,また容易にセラミックスが作製できる
上,1000 を超える誘電率や圧電性を示すことから発見後即座に応用展開が進ん
だ.1942 年にはセラミックコンデンサに早くも応用され
18,1945
年には Erie
社の Gray によってトランスジューサとして動作確認が行われた 19.
1950 年になると,強誘電体の PbTiO3 と反強誘電体の PbZrO3,およびその固
溶体の相図全体が Shirane20–26 と Sawaguchi27,28 らによって見出された.加え
て,Jaffe らが PbTiO3-PbZrO3 系のモホトロピック相境界で巨大な圧電性を示
すことを発見
29–33
したことで,Pb(Zr,Ti)O3 が圧電セラミックスとして最適で
あるとわかった.これらの発見によって,ATiO3 系ペロブスカイト型強誘電体
は数多くのセラミックス電子部品,例えば,セラミックコンデンサ
体サーミスタ
34–50,半導
51–55,圧電トランスジューサ 56–60(Fig.1-1)のスタンダード材料
に今日もなっている.したがって,この ATiO3 系ペロブスカイト型強誘電体の
材料技術の発展は,産業上極めて重要な意味を持つ.
2
(a)
(c)
(b)
Fig. 1-1
ATiO3 系ペロブスカイト型強誘電体を応用した様々なセラミックス電
子部品の応用例.(a)セラミックコンデンサ, (b)半導体サーミスタ, (c)圧電ト
ランスジューサ.
1-2 積層セラミックコンデンサに用いられる ATiO3 系ペロブスカイト型
強誘電体の課題
本節では ATiO3 系ペロブスカイト型強誘電体が応用されているセラミックス
電子部品の中 で , 特 に積層セラミ ックコ ンデンサ ( Multi-Layer Ceramic
Capacitor; MLCC)を取り上げる.MLCC は携帯電話などのエレクトロニクス
の広い分野で利用されているキーコンポーネンツの一つであり
42,44,46,Fig.1-2
に示すようにセラミックスからなる誘電体層と金属からなる内部電極層が層状
に積み重ねられた内部構造を持つ.コンデンサの静電容量は誘電体層の比誘電
3
率に比例する.したがって,高い比誘電率を示す強誘電体を用いることで大き
な静電容量が得られるため,誘電体層は BaTiO3 系セラミックスが広く用いられ
てきた.
Fig. 1-2
典型的な積層セラミックコンデンサの内部構造の模式図.セラミック
スからなる誘電体層と金属からなる内部電極層が交互に積み重ねられた内部構
造を持つ.
近年,エレクトロニクスの導入が進む自動車用のセラミックス電子部品とし
て,多数の MLCC が利用されるようになってきた.特に,車の居住空間の拡大
に伴って,MLCC を含む電子部品を搭載した電子制御装置(Electric Control
Unit; ECU)を自動車のエンジンルーム内に導入する動きが加速している.こ
の結果, 150℃を超える温度まで高い静電容量を示す MLCC が求められている
(Fig.1-3).ところが,誘電体層の BaTiO3 系セラミックスは強誘電相転移温
度 Tc が 125℃にあり,それ以上の温度で比誘電率が低下するため
容量を高温で得ることは難しかった(Fig.1-4).
4
61,高い静電
ECU
エンジンルーム内へ
居住スペース拡大
Fig. 1-3
自動車のエンジンルーム内への搭載が進む ECU の模式図.
Tc =125℃
Fig. 1-4 MLCC 用に調整した BaTiO3 系セラミックスの誘電率温度特性.青枠は
平坦な容量温度特性を得るために許容される比誘電率変化の許容幅のイメージ.
破線は BaTiO3 の Tc を示している.
5
これに対して,BaTiO3 系セラミックスの Tc を上昇させることができれば,
125℃を超えた温度でも高い静電容量を得ることが期待できる.次節からは,
BaTiO3 の Tc と結晶晶構造,結晶系の関係を紹介する.
1-3
ペロブスカイト構造のトレランスファクターと BaTiO3 の強誘電性
および結晶系の変化と Tc
本節ではペロブスカイト構造とそれを構成するイオンの半径との関係を示し,
その上で BaTiO3 の強誘電性と結晶系との関係を述べる.
A イオンと B イオンと酸素 O からなる ABO3 ペロブスカイト構造が生成する
かどうかを構成するイオンの半径から予想する経験式として,トレランスファ
クター(許容係数)が良く知られている 62.これは A と B および O のイオンサ
イズ R で示す以下(1-1)式の関係である.
(1-1)
ここで,RA は A イオンの半径,RB は B イオンの半径,RO は O のイオン半径
である.この関係式の模式図を Fig.1-5 に示す.この直角三角形を形成する前述
の 3 つのイオンの関係が(1-1)式のトレランスファクターにあたる.
理想的なペロブスカイト構造は t = 1 である.ただし,0.75 < t < 1.1 の範囲で
ペロブスカイト構造を形成することが経験的に知られている 62–65.このとき,t =
0.9 ~ 1.1 は立方晶系ペロブスカイト構造,t = 0.75 ~ 0.9 では斜方晶系・単
斜晶系・正方晶系のペロブスカイト構造をとる.なお,イオン半径は Shannon
らが報告したものが用いられている 66,67.また,結晶構造は温度・圧力によって
変化するため,目安の一つであることに注意したい 68–70.
6
(a)
(b)
RB
a
RA
√2a
RO
Fig. 1-5(a) ABO3 ペロブスカイト構造(A;緑,B;青,O;赤)の単位格子と
トレランスファクターの関係を示す直角三角形(赤).(b) A,B,O のそれぞ
れの半径 RA と RB および RO からなる直角三角形で,(a)の拡大図.
これら ABO3 ペロブスカイト構造の中で,A イオンに対して B イオンのサイ
ズが小さく,結果としてひずみが大きい物質で強誘電性がみられる 62,65.代表例
はこれまで述べてきた BaTiO3 である.
A サイトに位置する Ba イオンは 12 配位で,その時のイオン半径は 0.161nm
である.その一方で,B サイトに位置する Ti イオンは 6 配位で,イオン半径は
0.061nm である 66,67.Ba と比較して Ti のイオン半径は半分以下と小さく,
(1,1)
で計算すると t = 1.07 となる.したがって,t = 1 になるペロブスカイト構造の
理想的な位置に元素を配置しようとすると,Ti イオンと O イオンとの結合距離
を長くする必要がある.つまり,BaTiO3 では Ti イオンと O イオンとの結合距
離は,化学的に安定な距離よりも長い方がペロブスカイト構造として好ましい
といえる.その一方で,Ti イオンは O イオンとの化学的安定位置を保つことが
好ましい.両方のバランスの結果,Ti イオンが構造の安定位置でなく化学的に
安定な位置にあるとき,電荷に偏りを生じて分極が発生する.この分極に対応
して,結晶系は分極軸方向である c 軸方向に延びて正方晶系となり強誘電性を
示す.なお,温度が高くなるとイオン間の距離は大きくなる.Ti イオンは化学
的安定位置を保てなくなり,結晶系は立方晶系に構造転移して強誘電性を失う.
7
これが前述の Tc にあたる.Fig.1-6 に BaTiO3 の結晶構造の温度による変化を比
誘電率の変化とともに示す.なお,同様に大きな A イオンと小さな B イオンの
組み合わせで強誘電性を示す例として,A サイトが K イオン(イオン半径;
0.164nm)と B サイトが Nb イオン(イオン半径;0.064nm)から構成される
KNbO3 があり 71,BaTiO3 と同じ構造相転移を示すことがよく知られている.
比誘電率
正方晶系
立方晶系
c/a >1
Tc
温度 (℃)
Fig. 1-6
BaTiO3 のぺロブスカイト構造の 4 つの結晶系(菱面体晶系,斜方晶
系,正方晶系,立方晶系)の温度による変化と誘電率の変化の関係 72.
1-4
BaTiO3 の Tc の上昇
前節から,BaTiO3 の Tc を上昇させるには,正方晶系の結晶構造を高温まで
安定化することが重要なポイントといえる.正方晶系を高温まで安定化させる
手法として, BaTiO3 よりも格子定数が小さいペロブスカイト構造の DyScO3
基板上に BaTiO3 膜をエピタキシャル成長させ,BaTiO3 の格子を異方的に縮小
させることで正方晶系を安定化し,Tc を 500℃に上昇させたとの報告がある 73.
しかし,この手法はエピタキシャル成長にポイントがあり,セラミックスに応
用することは難しい.
8
これに対して,BaTiO3 系セラミックスの Tc を変化させる手法として,Fig.1-7
に示す Ba および Ti の一部を元素置換する方法が良く知られている 74.
(1-x)BaTiO3 +xATiO3
Fig. 1-7
BaTiO3 の Ba サイトを Pb,Ca あるいは Sr で置換した BaTiO3 系セ
ラミックスの Tc の変化 74.置換量は X で示した.
ただし, 元素置換によって BaTiO3 系セラミックスの Tc が明瞭に上昇するの
は,Ba を Pb で置換した時のみである.Pb が Tc の上昇に有効な理由は,PbTiO3
の Tc が BaTiO3 と比較して非常に高いことより説明できる.そこで,PbTiO3 が
BaTiO3 より Tc が高い理由について次節で述べる.
1-5
PbTiO3 が BaTiO3 より Tc が高い理由
9
PbTiO3 は BaTiO3 と比較して高い Tc(≒490℃)を示す 22.しかし,Ba イオ
ンと比較すると Pb イオンはそのイオン半径が 0.149nm と小さい.
したがって,
Ti イオンと Pb イオンとのイオン半径差(1-3 参照)では Tc が高い理由を説明
できない.
PbTiO3 の高い Tc の起源は,Ba イオンと異なり Pb イオンの電気陰性度が大
きく,O イオンと電子を共有して結合を形成するためである.X 線回折プロファ
イルからマキシマムエンタルピー法(Maximum Entropy method; MEM)で正
方晶系の BaTiO3 と PbTiO3 の電子密度分布を算出して比較した Kuroiwa らの
報告結果は,Pb イオンと O イオン間に電子密度が存在すること,この電子密度
の存在による周囲のイオンへの影響を良く説明している 75.Fig.1-8 にそれぞれ
の電子密度分布を示す.
Fig. 1-8
(a)
(b)
(c)
(d)
MEM による電子密度分布の解析結果 75.(a),(b)正方晶 PbTiO3,(c),
(d)は正方晶 BaTiO3 を示している.
10
(c)に示すように Ba-O2 イオン間には電子密度がない.それとは対照的に(a)
の Pb-O2 イオン間には電子密度が存在する.Ti を含む面(b),(d)について PbTiO3
と BaTiO3 を比較すると,PbTiO3 の方が,Ti イオンと O1 イオンが近くに位置
している.これは前述の Pb-O2 イオン間が電子を共有した結果,O2 イオンが
Pb イオン側に近接し,O2 イオンと反対方向に Ti イオンが位置することが安定
になったためである.Ti イオンの位置の違いは PbTiO3 と BaTiO3 の正方晶系の
c 軸長と a 軸長の差に影響し,BaTiO3 の c/a=1.001 に対して,PbTiO3 の c/a=
1.006 を示す.したがって,PbTiO3 の Tc が高いのは高温まで正方晶系が安定な
ためである.また,BaTiO3 の Ba を Pb で置換した時は c/a が上昇する 76.
ここまで述べてきたとおり,BaTiO3 系セラミックスの Tc を上昇させるため
には BaTiO3 の Ba を Pb で置換することが有効である.しかし,2006 年に欧州
で施行された電気・電子機器に含まれる特定有害物質の使用制限に関する欧州
議会及び理事会指令(通称;RoHS 指令)により Pb は環境負荷物質として認定
され,使用量を削減していくことが社会的要請となっている.したがって,Pb
を代替する方法が求められていた.
1-6
理論計算による強誘電体 SnTiO3 の存在予測と過去の実験報告
近年,第一原理を用いた理論計算から SnTiO3 が PbTiO3 と同等以上の強誘電
性を持ちうることが示された 77–79.Sn は Pb と同じ炭素族で,電子配置(Pb;
4f145d106s26p2,Sn;4d105s25p2)も類似している.したがって,Pb イオンと同
様に Sn イオンも O イオンと電子を共有して結合を形成すると期待できる.よっ
て,Ba を Sn で一部置換した(Ba,Sn)TiO3 系セラミックスでも高い Tc を示すこ
とは十分予想され,Sn は Pb を代替する元素の有力候補と考えた.
しかし,この理論計算の予想にもかかわらず,SnTiO3 セラミックスの合成は
報告されていない.SnTiO3 を合成するには,Sn イオンを 2+にする必要がある
が,大気中の合成では Sn イオンは 4+が安定で,そのイオン半径が小さいため
Ti サイトに置換する.したがって,還元雰囲気中で合成する必要があるが,Sn2+
11
の素材となる SnO は還元雰囲気中でも高温で不均化反応を起こし,容易に SnO2
と Sn に分解してしまう 80–82.よって,固相合成は難しいと推測される.これに
対して,非平衡な合成環境を実現できる薄膜合成法を用いて,SnTiO3 を成膜で
きたとの実験結果が報告されている 83.しかし,得られた SnTiO3 薄膜は理論計
算で予想された強誘電性を示さず,疑問の残る結果であった.
また,ソルボサーマル法を用いて,BaTiO3 の Ba を Sn で置換したとの実験
結果が報告されている
84.しかし,合成された
BaTiO3 系セラミックスの Tc の
上昇は観測できていない.したがって,理論計算の予想を実現できた実験報告
例はこれまで無かった.
1-7 本研究の目的と各章の構成
1-6 から Pb を用いず BaTiO3 系セラミックスの Tc を上昇させうる元素として
Sn が有力候補である.
そこで本研究では,BaTiO3 系セラミックスでの Ba サイトを Sn2+が置換する
ための因子を明らかにし,(Ba,Sn)TiO3 系セラミックスの合成に成功することと,
その合成したセラミックスの Tc が 150℃を超えること,加えて,ATiO3 系セラ
ミックスの A サイトに置換した Sn2+により,Tc が高くなるメカニズムを解明す
ることを目的に研究を進めた.過去の実験報告から,Tc を上昇させた成功例は
なく,合成に成功すれば世界初の発見となる.
次に,本論文の構成を示す.第 2 章では,Sn2+ を Ba サイトに置換した
(Ba,Ca,Sn)TiO3 セラミックスの合成を試み,その評価から BaTiO3 系セラミッ
クスで Ba サイトを Sn2+が置換するための因子を明らかにする.第 3 章では,
ダイアモンドアンビルセルによる高圧合成を用いて,BaTiO3 の Ba サイトに
Sn2+を置換した合成物の作製を試みる.第 4 章では,Sn2+を Sr サイトに置換し
た SrTiO3 セラミックスの合成し,Sn2+により Tc が上昇するメカニズムを解明
する.第 5 章では,2 章から 4 章までの研究を総括し,本論文を締めくくる.
12
1-8
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21
第2章
Sn2+を Ba サイトに置換した
(Ba,Ca,Sn)TiO3 セラミックスの合成と
評価
22
2-1 本章の背景
前章で述べたとおり,BaTiO3 の Ba を Sn で置換した実験報告では Tc の上昇
は得られていない.Tc の上昇を得られなかった理由は,単純に Ba を Sn が置換
していないためと考えた.その原因は Ba と比較して Sn の 2+イオンの半径が
小さく,置換を許容しないためと推測した.
Ba サイトと同じ 12 配位の Sn の 2+イオンの半径は 0.135nm で 1,Ba イオ
ンの 12 配位のイオン半径の 0.167nm に対して 20%ほど小さい.したがって,
Sn イオンを Ba サイトに置換するには,BaTiO3 の結晶格子を縮小させることが
必要と考えた.BaTiO3 の結晶格子を縮小する手段として,Ba イオンよりも小
さいイオンで Ba サイトを置換することが知られている.
ここで特に,Ba サイトを Ca イオン(イオン半径;0.134nm)で置換した場
合,BaTiO3 の結晶格子が縮小することに加えて,BaTiO3 の Tc は低下しない 2.
Fig.2-1 に BaTiO3 に対する Ca 置換濃度と格子定数の関係と BaTiO3 の Tc(≒
正方晶と立方晶の相転移温度)の関係を示す.FIG.2-1(a)より Ca 置換濃度が
増えることで BaTiO3 の格子定数が縮小している.加えて,(b)より Tc は低下し
ないことがわかる.したがって,Ba サイトを Sn イオンで置換する実験に Ba
サイトを Ca イオンで一部置換した(Ba,Ca)TiO3 を用いる.これによって, Ba
サイトを Sn イオンで置換することに成功した場合に,BaTiO3 よりも高い Tc
を得ることを期待できる.
これに加えて重要な点として,Sn イオンの価数の制御が挙げられる.Ba サ
イトに Sn イオンを置換させるためには,イオン価数を 4+でなく 2+に制御す
る必要がある.しかし 1-6 で述べたとおり,原料に Sn2+である SnO を用いても,
不均化反応を起こして Sn と SnO2 に分解する可能性がある 3,4.そこで,熱力学
計算から Sn,SnO および SnO2,それぞれの相の酸素分圧 P(O2)と温度に対す
る安定領域を推測し,その推測を基に第一原理計算と実験を組み合わせて,Sn
イオンが 2+に制御され,Ba サイトを置換する P(O2)を明確にする.Fig.2-2 に
は熱力学計算から求めた 1000~1400℃での P(O2)に対する Sn-SnO および
23
SnO-SnO2 相境界を示す.この計算から,Sn と SnO2 との間にある SnO の相安
定領域の P(O2)をある程度推測することができた.
(a)
(b)
Fig. 2-1
(a)Ba サイトを Ca イオンで一部置換した(Ba1-xCax)TiO3 の室温での格
子定数 a,c と格子体積の Ca 置換濃度 x 依存性 2.(b) (Ba1-xCax)TiO3 の Tc の
Ca 置換濃度 x 依存性.
24
SnO2
SnO
Sn
Fig. 2-2
熱力学計算から求めた 1000~1400℃での P(O2)に対する Sn-SnO(赤)
および SnO-SnO2(黒)相境界線.
25
2-2 実験方法
2-2-1 Sn の BaTiO3 への固溶エネルギーの計算
立方晶ペロブスカイト BaTiO3 の Ba サイト,Ti サイトへ Sn が一つ置換す
るのに必要なエネルギーを固溶エネルギーEsol と定義して,第一原理計算で算出
して比較する.まず,後述する酸素の化学ポテンシャル
とこの Esol の関係を
求めた.また,BaTiO3 に正負の応力を印加した状態で同様の計算を行い,格子
定数と Esol の関係を導出した.Ba サイトへ Sn イオンを置換した場合の計算式
を(2-1)で示す.
Esol  E tot [(Ba n1Sn )Ti n O 3n ]  {(n  1) μ Ba  nμTi  3nμO  μSn }
(2-1)
ここで Etot は想定した結晶構造で決定ができるトータルエネルギーである.
この結晶構造最適化の計算には,立方晶ペロブスカイト型結晶構造の BaTiO3
を,a,b,c 軸方向にそれぞれ三倍に拡張した,135 原子からなるスーパーセ
ル(Ba27Ti27O81) を用いた.初期の格子定数は,単結晶 BaTiO3 に対する構造最
適化で得られた値を用いた.Sn が置換した BaTiO3 モデルの構造最適化は,原
子座標のみに対して行い,格子定数は固定した.これは,Sn 置換量が少量であ
るため,BaTiO3 の格子定数に変化を及ぼさないという前提による.Sn イオン
の周りの局所構造緩和は第 2 近接イオンまでを有効とした.
次に
を定義について説明する. の値は各酸化物を還元して O2 分子を取り
だすエネルギーに相当する.各酸化物と金属の境界は Fig.2-3 に示すように
値で定義できる.また,各元素の化学ポテンシャルも
の
の関数として算出でき
ることから,これを Esol の計算に用いた.
計算には密度汎関数法を基にした Vienna Ab-initio Simulation Package
(VASP)を用いた 5.交換相関エネルギーを決定するために一般化密度勾配補
正(GGA)を行った 6.平面波基底はカットオフエネルギーを 500eV に設定し
て用い,原子ポテンシャルの計算のために Projector Augmented Wave(PAW)
法を選択した 7.k 点サンプリングには,逆格子空間を 2 × 2 × 2 で分割した
26
メッシュを用いた.自己無撞着計算による電子状態の収束判定条件は,トータ
ルエネルギー変化が 1.0×10-6eV 以下になるまでとした.
SnO / SnO2
-7.2eV
O2
Fig. 2-3
Ti / TiO2
Sn / SnO
-7.5eV
Ba,Ti / BaTiO3
Ba / BaO
酸素の化学ポテンシャル(
- μO
)の変化に対する各酸化物の相境界.
本研究で重要な Sn/SnO/SnO2 の境界のエネルギーを赤字で示した.
2-2-2 サンプルの作製
原料として高純度(99.9%)の BaCO3,TiO2,CaCO3,および SnO を用い
た.これらを組成式(Ba1-x-yCaxSny)TiO3,x が 0 ~ 0.20,y が 0 ~ 0.10 とな
るように秤量・混合した.これら混合原料は水と 2mmφの安定化ジルコニア
(YSZ)ボールを加えて容器に封入し,ローラー上で回転させるボールミルで
混合粉砕を行った.ボールミル後のスラリーを 120℃のオーブンで蒸発乾燥して,
乾燥原料粉末を得た.
この混合原料を還元雰囲気中にて 1100oC で 2 時間仮焼した.このときの P(O2)
は Fig. 2-2 を参考に,
MPa になるように窒素,水素,
から
水の比率を調整した混合ガスを流して制御した.なお,P(O2)はジルコニア酸素
センサーで評価した.
得られた仮焼後の粉末に 0.1 mol%の MnCO3,ポリビニールアセテートバイン
ダ,エタノールを混合し,有機スラリーを作製した.ドクターブレード法でこ
のスラリーからグリーンシートを形成し,このシートを積層圧着することでセ
ラミックグリーンブロックを作製した.グリーブロックは 4mm 角,厚さ 0.5mm
の単板に分割した.なお,単板に含まれるバインダーは 350oC で 4 時間,窒素
中で焼鈍することで焼き飛ばした.脱脂後の単板は 1250℃で 2 時間,P(O2)を
27
,
および
MPa に制御して焼成した.焼成の後,電気
特性を取得するため Ag 電極をスパッタ法で両面に形成した.Fig. 2-4 にここま
で説明した手順をプロセスフローの形で示す.
秤量
BaCO3、CaCO3、TiO2、SnO
混合・粉砕
水,YSZビーズでボールミル
(99.9%)
仮焼
1100ºC 2 h p(O2) = 10-11 ~10-17MPa
秤量
仮焼粉、MnCO3
混合・粉砕
バインダ、溶剤でボールミル
シート成型
ドクターブレード
積層圧着・カット
脱脂・焼成
1250ºC 2 h p(O2) = 10-2 ~ 10-11MPa
4mm □
t = 0.5mm
Fig. 2-4
サンプル作製のプロセスフロー.
28
2-2-3 結晶構造の同定と格子定数の算出,相転移温度の評価
結晶構造の同定には粉末 X 線回折(X‐ray diffraction; XRD)法を用いた.
測定は室温で行った.得られた結晶構造の回折パターンからリートベルト法を
用いて,格子定数を算出した.
サンプルの結晶系が相転移する温度は,示差走査熱量測定(Differential
scanning calorimetry; DSC)を用いて,サンプルの吸熱温度を同定することで
得た.なお,測定温度範囲は 55 から 180℃とし,10℃/min の速度で昇温した.
2-2-4 電気特性の評価
LCR メーター(HP 4284A: Agilent)を用いて, 55 から 180℃の温度範囲
でサンプルの静電容量 C を測定し,サンプルの電極面積 S とサンプル厚み d を
用いて,
の関係式から比誘電率 を算出した. は真空の誘電率で
8.85 × 10-12 である.なお,測定時の AC 電圧と周波数はそれぞれ 1V,1kHz
とした.
分 極 P の 測 定 は , 強 誘 電 体 テ ス タ ー ( Precision Premier II: Radiant
Technologies)を用いて室温で測定した.測定電圧は 4kV まで,周波数は 100Hz
とした.サンプルから得られた表面電荷量 Q と印加電圧 V をサンプルの電極面
積 S と厚み d でそれぞれに除して P と電界強度 E に変換した.
2-2-5 Sn イオンの価数の同定
Sn-K 端の X 線吸収端近傍構造(X-ray Absorption Near Edge Structure;
XANES)をリファレンスの SnO(=Sn2+)と SnO2(=Sn4+)と比較して解析
することで 8,9,サンプル中の Sn イオンの価数の同定を行った.測定はサンプル
粉末と BN を混合したペレットを用い,透過法で行った.測定ビームラインは
SPring8 の BL14B2 で,28870~31050 eV のレンジでスペクトル計測した.デー
タ処理はソフトウエア Athena & Artemis を用いた.
29
2-2-6 微構造と Sn イオンの置換サイトの観察
球面収差補正機能付走査透過電子顕微鏡 (spherical aberration corrected
Scanning Transmission Electron Microscope; Cs-STEM: JEOL JEMARM200F)を用いて,サンプルの微構造の観察した.電子プローブサイズは
0.2nm とした. Sn イオンの置換サイトを分析するために,Cs-STEM に付属し
た エ ネ ル ギ ー 分 散 型 特 性 X 線 分 光 分 析 装 置 ( Energy dispersive X-ray
spectrometry; EDS: JEOL JED-2300T ) と 電 子 エ ネ ル ギ ー 損 失 分 析 装 置
(Electron Energy-Loss Spectroscopy; EELS: Gatan GIF Quantum)を用いた.
観察用のサンプルは切断,樹脂包埋して研磨した後,Ar イオンミリングにより
薄片化して作製し,数 10 原子層まで薄片化した部分を特に観察した.
2-3 P(O2)による Sn イオンの価数の制御と Ba サイトへの置換
2-3-1 BaTiO3 への Sn イオンの固溶エネルギーの計算(パラメータ
Fig.2-5 は酸素の化学ポテンシャル
)
に対する立方晶の BaTiO3 への Sn イオン
の固溶エネルギーEsol の変化を第一原理計算によって算出した結果である.なお,
固溶する時に,Ba サイトに Sn イオンが置換することを SnBa,Ti サイトに Sn
イオンが置換することを SnTi とした.
の大小は 2.2.1 で述べたとおり,酸素雰囲気と還元雰囲気にそれぞれ対応し
ている.また,Esol が小さいことは,より置換が容易であることを示している.
SnBa の Esol が最も小さい値を示すのは,
7.5 eV のときである.この
は
Sn 金属と酸化物の SnO/SnO2 が共存する P(O2)の条件に対応する.しかしなが
ら,SnBa の Esol は SnTi の Esol より大きいため,
ンは Ba サイトに置換しにくい.その一方で,
7.5 eV では Sn イオ
8 eV の領域では SnBa の
Esol は SnTi の Esol より常に小さいことがわかる.この結果は Sn 金属が安定な領
域でのみ,Sn イオンが Ti サイトより Ba サイトに置換しやすいことを示してい
る.しかし,
8 eV の領域では, が小さくなるほど SnBa と SnTi の両方
の Esol が大きくなる傾向を示していることから,Sn イオンは Ti サイトだけで
30
なく Ba サイトにも置換しにくいといえる.すなわち,Sn イオンが Ba サイト
に最も置換する可能性があるのは,Sn 金属と SnO/SnO2 の共存域(
eV)から僅かに還元(
7.5
8 eV)の P(O2)であると結論する.
Fig. 2-5 第一原理計算によって算出した酸素の化学ポテンシャル
に対する立
方晶 BaTiO3 への Sn イオンの固溶エネルギーEsol の関係.Ba サイトに Sn イオ
ンが置換することを SnBa,Ti サイトに Sn イオンが置換することを SnTi と表記.
2-3-2 異なる P(O2)で仮焼した(Ba,Ca,Sn)TiO3 の c/a と相転移温度
2-4-2 で後述するように,Sn イオンが Ba サイトへ置換する限界濃度である
(Ba0.82Ca0.13Sn0.05)TiO3 を仕込み組成として混合した粉末を実験に用いる.この
混合粉末を 2-2-2 で示した P(O2)と温度で仮焼したサンプルを作製した.サンプ
ルの XRD から得られた格子定数より求めた正方晶性(c/a 比)および DSC の
測定で得られた正方晶系から立方晶系への相転移温度を示した図を Fig.2-6 に
示す.
31
c/a 比と相転移温度の最大値は P(O2)
方で,サンプルの仮焼 P(O2) が
MPa で得られた.その一
MPa より酸化雰囲気の場合,サンプ
ルの c/a 比と相転移温度は低下する.また,サンプルの仮焼 P(O2)が
MPa より還元雰囲気の場合も,c/a 比と相転移温度は同様に低下した.
次に,同じ温度,P(O2)雰囲気で SnO 粉末を熱処理し,得られた結晶相を同
定した結果を Table 2-1 に示す.熱処理後に SnO は,Sn あるいは SnO2 に変化
するとわかる.加えて,P(O2)が
MPa 以下の還元雰囲気では,Sn が得
られた一方で,それより酸化雰囲気では SnO2 が得られた.Fig.2-5 の計算結果
では,Sn イオンが Ba サイトに最も置換する可能性のあるのは,Sn 金属と SnO
の共存領域から僅かに還元雰囲気である.この計算結果と実験結果は定性的に
よく一致している.
そこで,SnBa の Esol が SnTi の Esol よりも小さいことに加え,SnBa の Esol が
最小となる
が実験での P(O2)
MPa であるとして,実験結果を
説明する.この P(O2)では Sn イオンが Ba サイトを置換し,c/a 比と相転移温
度が高くなったと考える.この結果は,Pb イオンで Ba サイトを置換していく
場合に得られる c/a 比と相転移温度の傾向と同じである 10.
次に,サンプルの仮焼 P(O2) が
MPa より酸化雰囲気の場合を考察す
る,計算結果では,SnTi の Esol が SnBa の Esol より低い領域にあたる.したがっ
て,Sn イオンは Ti サイトに置換すると考えられる.Sn イオンが Ti サイトに
置換した場合,相転移温度は下がる 11.このサンプルでは Sn イオンが Ti サイ
トに置換し,c/a 比と相転移温度は下がったと説明できる.
最後に,サンプルの仮焼 P(O2) が
る.計算結果では,
MPa より還元雰囲気の場合を考え
が小さくなるとともに,SnBa と SnTi の両方の Esol が大
きくなる領域にあたる.計算での予想通り,Sn イオンが Ti サイトへも Ba サイ
トへも置換しない場合を仮定すると,c/a 比と相転移温度は上昇も低下もしない.
では,c/a 比と相転移温度は低下する原因として何が考えられるだろうか.
32
(a)
(b)
Fig. 2-6 仕 込 み 組 成 式 (Ba0.82Ca0.13Sn0.05)TiO3 の 混 合 粉 末 を 各 P(O2) に て
1100℃で仮焼した粉末の c/a 比と相転移温度の関係.(a) c/a 比,(b)相転移温
度.挿入図は P(O2)
MPa で仮焼したサンプル粉末から得た XRD
パターン.
33
Table 2-1 SnO を各 P(O2)にて 1100℃で熱処理した後に得られた結晶相一覧.
P (O2) (MPa)
Identified phase
1x10-11
1x10-13
1x10-15
1x10-16
1x10-17
SnO2
Sn
Sn
Sn
Sn
低 P(O2)では,BaTiO3 に酸素欠損が多数導入される.BaTiO3 にとって酸素欠
損の導入はドナーになり,電子が供給される.この電子は原理的に BaTiO3 の強
誘電性,c/a 比を低下させることが報告されている 12.低 P(O2)の強い還元雰囲
気で c/a 比と相転移温度が低下する理由は,酸素欠損の導入が影響していると
考える.なお,Ti サイトを Ca イオンが置換し酸素欠損を電荷補償することは
よく知られている
13.したがって,今回計算で想定していない酸素欠損の生成
によって,Ti サイトへの Sn イオンの固溶エネルギーが低下し,Ti サイトに Sn
が 2+イオンとして置換し電荷補償する可能性も十分考えられる.
ここまでの計算結果と実験結果を比較した考察から,Sn イオンが Ba サイトを
置換するには一定の P(O2)に制御して仮焼する必要があると結論する.この
P(O2)は Fig.2-2 で予想した SnO の安定範囲より狭く,Sn 金属と SnO/SnO2 の
共存領域から僅かに還元雰囲気であると明らかにした.
2-4 格子サイズの Sn イオンの Ba サイトへの置換への影響
2-4-1 BaTiO3 への Sn イオンの固溶エネルギーの計算(パラメータ 格子定数)
Fig. 2-7 は,立方晶の BaTiO3 の格子定数 a を膨張と収縮させた場合の SnBa
および SnTi の Esol を示した図である.SnTi の Esol は格子定数の減少によって
34
単調に増加し,SnBa の Esol は a = 0.395nm で極小を示す.これらの結果から,
a ≦ 0.4nm で SnBa の Esol は SnTi の Esol より低い値を示す.BaTiO3 の格子
定数が小さくなると,Sn イオンは Ti サイトよりも Ba サイトに置換することを
示している.しかしながら,格子サイズが小さすぎると,SnBa の Esol は僅かに
増加する傾向にあることから,Sn イオンは Ti イオンのみならず Ba イオンに置
換することも難しくなると予想できる.
Fig. 2-7
第一原理計算によって決定した BaTiO3 への Sn の固溶エネルギーEsol
と立方晶 BaTiO3 の格子定数の関係.Ba サイトへの置換は SnBa,Ti サイトへの
置換は SnTi で示す.
2-4-2 (Ba,Ca,Sn)TiO3 の c/a の Ca 置換濃度依存性
Sn 無置換サンプル:仕込み組成式(Ba1-xCax)TiO3 と Sn 置換サンプル:仕込
み組成(Ba0.95-xCaxSn0.05)TiO3 の Ca 置換濃度 x を変化させて混合した粉末を
P(O2)
MPa,1100℃の条件で仮焼した.これらサンプルから得られ
35
た格子定数より求めた c/a 比を Fig.2-8 に示す.x が 0 の場合,c/a 比は Sn 置
換サンプルより Sn 無置換サンプルの方が大きい値を示した.x が 0.05 での c/a
比は,Sn 置換サンプルと Sn 無置換サンプルでほぼ同じ値を示す.x≧0.05 で
は,Sn 無置換サンプルより Sn 置換サンプルで高い c/a 比が得られた.
Fig.2-8 仕込み組成式(Ba1-xCax)TiO3 と仕込み組成式(Ba0.95-xCaxSn0.05)TiO3 の
粉末を 1100℃,P(O2)
MPa の条件で仮焼したサンプルの c/a 比の
Ca 置換濃度 x 依存性.
BaTiO3 への Sn イオンの固溶エネルギーと格子定数の関係を計算した Fig.2-7
の結果を用いて,この実験結果を説明する.
36
格子定数が減少することで SnBa の Esol は SnTi の Esol を下回ることから,Sn
イオンの Ba サイトへの置換が期待される.実験結果でも同様に,格子定数の小
さくなる Ca 置換濃度において,Sn 置換サンプルの c/a 比が高い値を示した.
計算の結果および 2-3 での考察から,c/a 比の増加は Sn イオンが Ba サイトを
置換したためとわかる.したがって,格子定数の減少によって Sn イオンが Ba
サイトを置換したと結論する.
これとは対照的に,格子定数が大きい場合,SnBa の Esol は SnTi の Esol と同
じかあるいは大きいことから,Sn イオンは Ti サイトにも置換すると予想され
る.実験結果では,Ca 置換濃度が低い場合には Sn 無置換サンプルより Sn 置
換サンプルの c/a 比は低い値を示している.2-3 で述べたとおり,c/a 比の低
下は Sn イオンが Ti サイトを置換した場合に起こる.したがって,Ca 置換濃度
が低くて格子定数が大きい場合は,Sn イオンの一部が Ti サイトを置換したと
考える.
ここまでの計算結果と実験結果の比較から,(Ba,Ca)TiO3 の Ca 置換濃度に
よって変化し減少した格子定数によって,Sn イオンの置換サイトが Ti サイト
から Ba サイトに変化している.格子定数を小さくすることで Sn イオンが Ba
サイトに置換できたと結論する.
次に,P(O2)
MPa,1100℃で仮焼した(Ba1-x-yCaxSny)TiO3 粉末 (x
= 0.15,0.20)について,c/a 比の Sn 置換濃度 y 依存性を Fig.2-9 に示す.Ca
置換濃度 x が 0.15 において,c/a 比は Sn 置換濃度とともに増加する.しかし,
Sn 置換濃度 y が 0.05 を超えると,c/a 比は低下する傾向を示す.Sn イオンが
Ba サイトを置換した場合に,c/a 比が増加することを考えると,Sn イオンの
Ba サイトへの置換の限界が y = 0.05 にあると推測される.また,Ca 置換濃度 x
を 0.2 まで増加させた場合でも,Sn 置換濃度 y が 0.05 以上では c/a 比は増加
しない.また,Sn を含む異相も検出された.Ca 置換濃度の増加では,Sn イオ
ンの Ba サイトへの置換量は増えないと示唆される.
今回の実験の Ca 置換濃度(x = 0.15,0.20)の格子定数は Fig.2-1(a)より,
0.398nm 前後である.Fig.2-7 の BaTiO3 への Sn イオンの固溶エネルギーと格
子定数の計算結果から,SnBa の Esol が増加する格子定数ではない.加えて,Ca
37
置換濃度 x が 0.15 に対して 0.2 では c/a 比の絶対値も低下していることから,
Sn イオンの置換濃度が増えない理由は格子定数の影響ではなく,Ca 置換濃度
が増えたことが原因の一つと考える. BaTiO3 に対する Ca イオン置換の限界濃
度は x
0.25 であり 2,実験の Ca 置換濃度が限界濃度に比較的近いことが上記
仮説を補助する事実である.ただし,Ca 置換濃度が増えたことの何が Sn イオ
ンの Ba サイトへの置換を制限しているかは不明であり,(Ba,Ca)TiO3 の結晶性
の低下によって,置換した効果の検出が難しくなっただけである可能性も指摘
できる.したがって,Ca を置換することなく,また結晶性を損なうことなく
BaTiO3 の格子定数を変える実験が必要になる.
ここまでの結果から,Ca 置換濃度を増やすことで Sn イオンが Ba サイトへ置
換することができるが, Sn イオンの Ba サイトへの置換濃度の限界は 5at%と
推測できた.
Fig.2-9 仕込み組成式(Ba1-x-yCaxSny)TiO3 (x = 0.15,0.20)の粉末の c/a 比の Sn
置換濃度 y 依存性.
38
2-5 バルクサンプルの電気特性評価
2-3,2-4 で得られた仮焼粉末を原料として,P(O2)
MPa,1250℃
で焼成した.Sn 置換バルクサンプル:仕込み組成式(Ba0.82Ca0.13Sn0.05)TiO3 と
Sn 無置換バルクサンプル:仕込み組成式(Ba0.87Ca0.13)TiO3 の比誘電率 の温度
特性を比較する.結果を Fig.2-10 (a)に示す.Sn 無置換サンプルでは, のピー
クは 135℃で観測される.その一方で,Sn 置換サンプルでは,より高い温度で
ある 155℃でピークを観測した.これは Sn イオンが Ti サイトに固溶した
Ba(Ti,Sn)O3 で観測される,Sn 置換濃度に対する ピークの変化と全く逆の傾
向である 11,14.
正方晶系から立方晶系への相転移温度と考えられる吸熱反応は DSC による測
定で明確に観測できた.これを Fig.2-10 (b)に示す.Sn 置換サンプルの吸熱ピー
クが観測される温度は 155℃で,Fig.2-10 (a)の のピークと同じ温度であった.
誘電率のピークと相転移温度がほぼ一致していることから,155℃付近が強誘電
体相転移温度(Tc)であるといえる.加えて,この温度は 2-3 の仮焼粉と同じ相
転移温度であることから,仮焼粉とバルクで相転移温度に大きな変化がないと
いえる.ここまでの結果から,(Ba,Ca)TiO3 の Ba サイトに Sn を置換すること
で,Tc が 155℃まで上昇することを明らかにできた.これは純粋な BaTiO3 に対
して 30℃上昇している.
次に,同じ仕込み組成である(Ba0.82Ca0.13Sn0.05)TiO3 の仮焼粉末を P(O2)=
,
,
MPa のそれぞれで 1250℃にて焼成した.これらバ
ルクサンプルについて, の温度特性を比較した結果を Fig.2-11 (a)に示す.ま
た,Fig.2-11 の(b)は,室温での分極量 P と印加電界 E のヒステリシスループで
ある.焼成時の P(O2)が高くなると, のピーク(≒Tc)は低温側にシフトする
とわかった.分極値 P も低下する.前述のとおり,Sn イオンが Ti サイトに置
換することで Tc は下がる.また,P も低下する
11.焼成
P(O2)が高くなること
で Tc が下がることは,Sn イオンが Ti サイトを置換したことを示唆する.焼成
時に酸素濃度が高いことで,Ba サイトを置換した Sn イオンがそのイオン価数
を保てず価数変化し,Ba サイトから Ti サイトに置換サイトを変えたと考えら
39
れる.すなわち,Sn イオンが Ba サイトを置換した状態は十分高い温度では安
定でないといえる.したがって,Sn イオンが Ba サイトを置換した状態を維持
するために,高温では P(O2)を常に制御することが重要である.その一方で,こ
の結果はまた,置換した Sn イオンの価数やサイトと電気特性に強い相関関係が
あることを強く示唆しているともいえる.
40
(a)
(b)
(Ba0.87Ca0.13)TiO3
(Ba0.82Ca0.13Sn0.05)TiO3
Fig. 2-10 (a) 仕 込 み 組 成 式 (Ba0.82Ca0.13Sn0.05)TiO3 と 仕 込 み 組 成 式
(Ba0.87Ca0.13)TiO3 のバルクサンプルの比誘電率 の温度特性.(b)同サンプルの
DSC カーブ.相転移による吸熱ピークを線で示した.
41
(a)
(b)
(a)
(b)
(b)
Fig. 2-11 (a)仕込み組成式(Ba0.82Ca0.13Sn0.05)TiO3 の同じ原料粉末から P(O2)
=
,
,
MPa のそれぞれで焼成したバルクサンプルの
比誘電率 の温度特性.(b)同サンプルの分極量 P と印加電界 E のヒステリシス
カーブ.
42
2-6 XANES による Sn イオンの価数の評価
ここまでの節では,計算予想と実験で得られた特性変化から Sn イオンが置換
したサイトを議論してきた.本節以下では,どのサイトに Sn イオンが置換して
いるかを分析によって明らかにする.
まず,XANES を用いて Sn イオンの価数を分析した.2-5 項の電気特性の評
価結果から TC が低く Sn イオンが Ti サイトに置換したと予想した P(O2)
=
にて焼成したサンプル((Ba,Ca)(Ti,Sn)O3 と表記)と,TC が高く Sn
イオンが Ba サイトに置換したと推定した P(O2) =
MPa にて焼成した
サンプル((Ba,Ca,Sn)TiO3 と表記)の Sn K 端の XANES スペクトルを Fig.2-12
に示す.Sn の 2+イオンから構成される SnO と 4+イオンから構成される SnO2
をリファレンスとして示した.(Ba,Ca,Sn)TiO3 と予想したサンプルの Sn K 端
のピークは SnO のピークと良い一致を示す.一方で,(Ba,Ca)(Ti,Sn)O3 と予想
したサンプルは SnO2 のピークと完全に一致を示した.
(Ba,Ca,Sn)TiO3 と予想したサンプル中の Sn イオンの価数は SnO に近い,し
たがって,基本的に Sn2+であることを示唆している.Sn2+のイオン半径を考え
ると,Ba サイトを Sn2+が置換していることを強く示唆する結果である.した
がって,サンプルの Tc が上昇したのは,予想どおり,Ba サイトに Sn2+を置換
したためであると明らかにできた.しかし,この 2 つのスペクトルは完全に一
致していない.この結果から,Sn の 4+イオンがわずかに混合していることが
指摘できる.Sn4+は Ti サイトに置換し,Tc は低下させる.したがって,Sn4+
の混合をなくすことができれば,さらに Tc が上昇することをこの結果は示唆し
ている.これとは対照的に,(Ba,Ca)(Ti,Sn)O3 と予想したサンプルの Sn イオン
の価数は SnO2 と同じ,したがって Sn4+であることは疑いない.前述のとおり,
Ti サイトに置換した Sn4+は BaTiO3 の Tc は低下させる.XANES による Sn 価
数評価結果と電気特性の傾向は矛盾なく一致した.
43
Fig. 2-12 仕込み組成式(Ba0.82Ca0.13Sn0.05)TiO3 の同じ原料粉末から P(O2) =
((Ba,Ca)(Ti,Sn)O3 と予想=▼),
MPa((Ba,Ca,Sn)TiO3 と予想
=▲)のそれぞれで焼成したバルクサンプルの Sn K 端 XANES スペクトル.リ
ファレンスとして SnO (Sn は 2+イオン=■) と SnO2 (Sn は 4+イオン=●)を
示した.
2-7 Cs-STEM を用いた Sn イオンの置換サイトの分析
2-6 では(Ba,Ca)TiO3 に置換した Sn イオンの価数を明らかにし,さらに電気特
性との関係から Sn イオンが置換しているサイトも明示できた.ただし,2-5 で
議論した様に,Sn2+は Ba サイトだけでなく Ti サイトにも置換することを完全
に否定することはできない.そこで本節では,Cs-STEM および EELS と EDS
を用いて,Sn2+が置換したサイトを直接分析する.
44
XANES によって Sn2+イオンが含まれることが明らかになったバルクサンプル
(Ba0.82Ca0.13Sn0.05)TiO3 の STEM 像と EDS による Ba,Ca,Ti,Sn の各分布
マップを Fig.2-13 に示す.サンプルの多結晶体で粒子径は 2 m 程度であるとわ
かる.加えて,主成分の Ba,Ca,Ti に対して,Sn は粒子内にほぼ均一に分布
している.よって,(Ba,Ca)TiO3 の多結晶体内に Sn が均一に分布して存在して
いることを明らかにできた.
Si
Ba
STEM
Ca
2μm
Ti
Sn
Fig.2-13 (Ba0.82Ca0.13Sn0.05)TiO3 の Cs-STEM 像ならびに EDS マッピング像.
EDS は Ba,Ca,Ti,Sn の各元素を示した.
次に,Fig.2-13 と同じサンプルの原子像を(0 0 1)に投射して観察した像を
Fig.2-14(a)に示す.観察で得られる原子列の明るさは,
原子ナンバーZ の二乗
に比例することが知られている 15.本章で扱う原子の一覧を Table 2-2 に示す.
Ba
Sn
Ti
Ca
O 順で明るい.したがって,Ba 原子列のラインは明
るく,Ti と O の原子列のラインは暗く見えるため,挿入図に Ba,Ti,O の配
列を示した.ここで,もし Ba 原子列に Ca イオンや Sn イオンが含まれる場合
45
には,その原子列の明るさは相対的に暗くなる.しかし,明暗のみでは Ba サイ
トに存在する Ca イオンと Sn イオンを分離することは難しい.
Table 2-2 Ba,Ca,Ti,Sn および O 原子の原子ナンバーZ とその 2 乗値一覧.
そこで,Ba と Ti を含む原子列について EELS と EDS の同時測定を行った.
Fig.2-13(b)は(a)に示した緑色のラインに沿って得られた Ba-M,Ti-L 端の EELS
強度と Ca-K,Sn-L 端の EDS 強度を規格化して示した図である.Ba と Ca の
ピークを検出した位置で Sn ピークが観測された.すなわち,Ba イオンと Ca
イオンと同じ原子列に Sn イオンが存在する,言い換えると,Ba サイトに Sn
イオンが置換しているといえる.この結果は,XANES によって Sn イオンの価
数が 2+と同定された結果,第一原理計算の固溶エネルギー計算の結果とも矛盾
はない.
46
(a)
(a)
(b)
:Ba,Ca
:Ti
:O
1 nm
(b)
(b)
B site
B site
A site B site
A site
Ba_M4,5 edge (EELS)
Ti_L2,3 edge (EELS)
:Ba,Ca
:Ti
:O
Ca_K (EDS)
Sn_L (EDS)
Fig.2-13 (a) (Ba0.82Ca0.13Sn0.05)TiO3 の(0 0 1)への投影像.挿入図には Ba,Ti,
O の配列を示した.(b) (a)の緑色のラインに沿って得た EELS (Ba-M と Ti-L) お
よび EDS (Ca-K と Sn-L) の検出強度.
47
A site
2-8 本章のまとめ
本章では BaTiO3 の Ba サイトを Sn2+が置換するために,BaTiO3 の格子定数
を縮小させること,Sn イオンの価数を 2+に制御することが重要であると仮定し,
BaTiO3 の Tc を低下させることなく格子定数を縮小できる(Ba,Ca)TiO3 を用いて,
酸素分圧(P(O2))を精密に制御して実験を行った.また,第一原理計算で BaTiO3
の Ba,Ti 各サイトへの Sn イオンの固溶エネルギーを算出し,実験と比較して
考察した.加えて,XANES や Cs-STEM を用いて Sn イオンの価数と置換サイ
トを明らかにした.その結果,BaTiO3 の Ba サイトに Sn2+ を置換するための
因子は,Sn 金属と SnO/SnO2 の境界から Sn 側に P(O2)を精密に制御し Sn2+と
することと,Ca イオンを置換し BaTiO3 の格子定数を縮小することにあること
を明らかにした.これらを制御することで, Sn2+ で Ba サイトを置換した
(Ba,Ca,Sn)TiO3 セラミックスの合成に世界で初めて成功し,Tc を 155℃まで上
昇させることができた.
2-9
第 2 章の参考文献
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50
第3章
高圧合成を用いた(Ba,Sn)TiO3 の合成と
評価
51
3-1 本章の背景
前章では, Ba サイトを Ca イオンが一部を置換することによって BaTiO3 の
格子定数が縮小し, Sn イオンが Ba サイトを置換することを理論計算と実験の
結果から示した.その一方で,Ba サイトへの Ca イオン置換の限界濃度近傍で
も,Sn イオンが Ba サイトを置換できる量は 5at%が限界であるとわかった.こ
の原因について考察を進めたが,前章の実験では Ca イオンと BaTiO3 の格子定
数の縮小効果を分離することが出来ていない点に課題がある.
そこで,Ca イオンの影響をほとんど除いた BaTiO3 のみで格子定数を縮小させ,
Sn イオンが Ba サイトを置換することを明らかにする.ここでは,Ca イオンを
用いず BaTiO3 の格子定数を収縮する方法として高圧合成に着目した.
圧力により BaTiO3 の格子定数が収縮することはよく知られている 1.Fig.3-1
に圧力と BaTiO3 の格子定数の関係を示す.圧力の増加に伴って BaTiO3 の格
子定数が単調に減少することがわかる.したがって,高圧合成は格子定数を縮
小するために有用な実験方法と考えた.
BaTiO3-SnO の固溶体を高圧で合成するには,レーザー加熱ダイアモンドアン
ビルセル(Laser Heated Diamond Anvil Cell; LH-DAC)を用いる.LH-DAC
で得られるサンプルは少量であるが比較的容易に高温高圧場を作ることができ
ることから選択した 2.加えて,反応中に外界から酸素などの反応物質が混入す
ることがない.従って,Sn の価数制御も Sn2+の素原料を用いれば問題なく行え
ると考えた.
52
3
Fig. 3-1
BaTiO3 の格子定数 a,c および体積
53
の印加圧力 p に対する変化 1.
3-2 実験方法
3-2-1 Sn の BaTiO3 への固溶エネルギーの計算
圧力に対して BaTiO3 の Ba および Ti サイトに Sn イオンが固溶するエネルギー
を第一原理計算で算出した.計算条件は 2-2-1 と同様とし,変化させるパラメー
ターを圧力として算出した.酸素の化学ポテンシャル
は Sn が 2+となる
の条件で固定した.
3-2-2 サンプルの作製
出発原料は Ba0.96TiO3(Ba 欠損の固溶限界)と SnO の粉末とした.Sn 量をなる
べく増やしながら単相を得るために,Ti 欠損の固溶限界の 1mol%を考慮して 3,
Sn が全量 Ba サイトに置換して成り立つ(Ba0.95Sn0.05)Ti0.99O2.98 となるように秤
量し混合した.なお,後述する EELS を用いた Sn-L 端の評価のマーカーとし
て Sn の置換に影響を与えない範囲で Ca を添加した.添加量は Ba に対して
0.25at%とした.この混合粉と水溶媒とをボールミルで混合粉砕して,オーブン
中で 120℃の温度で乾燥し,高圧合成に用いる原料粉末を得た.詳細な条件は
2-2-2 と同様とした.
LH-DAC による合成実験では 450
m のキュレットサイズのサンプルホル
ダーを用いた.混合した原料は h-BN か KCl ペレットで両側から挟んでキュ
レット内に装填した.また,ルビーチップを圧力マーカーとしてサンプルと一
緒に装填した.圧力は室温でのルビーの蛍光スペクトルの変化で決定した 4.サ
ンプルを室温で約 20GPa に圧縮した後,ファイバーレーザーを片側から照射し
た.温度測定は行っていないが,加熱部の熱放射光の輝度から 1500K と予想し
た.5 分間この温度で保った後に,レーザー照射をストップすることで室温まで
急冷した.実験で用いた LH-DAC のサンプル室とレーザー照射システムの模式
図を Fig.3-2 に示す.
54
(a)
Laser
Pressure
medium
Sample
ruby chips
(b)
Power
CCD
Fiber
sorce
Light
Laser
Visible light
Monitor
DAC
Fig. 3-2 (a)ダイアモンドアンビルセルの内部構成(サンプル,圧力媒体,ルビー)
およびレーザー照射時の模式図.(b)レーザーシステム構成の模式図.
55
3-2-3 合成相の評価
光学顕微鏡を用いてレーザー加熱前後のサンプルを観察した.同様にレー
ザー加熱前後の各サンプルについて,除圧後に粉末 XRD 法を用いて生成相を同
定した.また,除圧後のサンプルの組成評価には STEM (JOEL JEM-2200FS)
と EDS(JEOL JED-2300T)を用いた.なお,STEM サンプルの加工は集束イ
オンビーム(Focused Ion Beam;
FIB)を用いたリフトアウト法で行った 5.
3-2-4 Sn イオンの価数の同定
除圧後のサンプルに含まれる Sn イオンの価数評価は,Sn-L 端の EEL スペク
トルを観測することで行った.Sn-L 端は電子線の加速電圧を 1000kV まで印加
できる超高圧 TEM(JEOL JEM-1000K RS)を用いることで測定した.EELS
には,超高圧用に特別に調整された Gatan Energy Filter (Model Quantum 相
等品)を用いた.なお,EELS のエネルギー分解能は 1.5eV 以下である.
3-3 BaTiO3 への Sn2+イオンの固溶エネルギーに対する圧力効果
立方晶 BaTiO3 の Ba サイトと Ti サイトに Sn2+イオンが固溶するエネルギー
Esol と圧力との関係を第一原理計算で計算した.結果を Fig.3-3 に示す.なお,
Sn が Ba サイトを置換することを Sn2+Ba,Sn が Ti サイトを置換することを
Sn2+Ti として示した.
まず,常圧では Sn2+Ba の Esol は Sn2+Ti の Esol より高いことに注意したい.Sn2+Ba
の Esol は圧力の上昇と共に低下する傾向を示す.その一方で,Sn2+Ti の Esol は
単調に増加する.したがって,1GPa 以上の圧力では Sn2+Ba の Esol は Sn2+Ti
の Esol より低下することがわかる.加えて,Sn2+Ba と Sn2+Ti の Esol の差は圧力
が大きいほど大きくなる.この計算結果から,高圧下では Sn2+イオンは Ti サイ
トではなく Ba サイトへ置換することがわかる.特に,20 GPa 近傍では Sn2+Ba
56
の Esol の絶対値が小さいことに加え,Sn2+Ba と Sn2+Ti の Esol の差も比較的大き
い.したがって,20 GPa にて BaTiO3-SnO 固溶体の高圧合成を行うこととし
た.
Fig. 3-3
第一原理計算によって算出した立方晶 BaTiO3 に Sn2+イオンが固溶
するエネルギーEsol の圧力依存性.Ba サイトは Sn2+Ba と Ti サイトは Sn2+Ti と
表記した.挿入図は低圧力側の拡大図.
57
3-4 BaTiO3-SnO の高圧合成と合成相の評価
Fig.3-4 は約 20 GPa におけるサンプルチャンバー内をレーザー加熱前後で顕
微鏡観察した写真である.レーザー加熱前後でサンプルの形状に大きな変化は
ないことがわかる.
Fig. 3-4 室温,20GPa におけるサンプルの顕微鏡像.(a)レーザー加熱前,(b)
レーザー加熱後.
58
Fig.3-5 は合成常圧回収サンプルの XRD パターンを加熱前後で比較した図であ
る.どちらの回折パターンにおいても BaTiO3 のピークが得られた.SnO のピー
クは加熱前には観察されたが,加熱後に観察されなくなっていることがわかる.
また,加熱後に Sn と SnO2 のピークは見られない.この結果は,SnO が高圧合
成後に BaTiO3 と反応していることを示唆している.
Fig. 3-5 BaTiO3-SnO サンプルのレーザー加熱前後の XRD パターン.矢印は
SnO のメインピークを示している. 直線は BaTiO3 の(110),(111)と(200)の
ピーク位置である.
そこで,SnO と BaTiO3 の間の反応を微視的な組成分析により調査した.高
圧合成後の常圧回収サンプルの STEM 像と Ba-L と Sn-L 端の EDS 強度から算
出した分布像を Fig.3-6 に示す.STEM 像に対応した観察範囲全体に Ba が分布
していることがわかる.Fig.3-5 の XRD の解析結果から,Ba が含まれる相は
59
BaTiO3 のみである.したがって,視野内のサンプルは BaTiO3 であることに疑
いない.この Ba に対して Sn の偏析が見られる.しかし,低い濃度で一様に分
布してみえる.
(a)
Fig. 3-6
(b)
(c)
(a)高圧合成後の BaTiO3-SnO の STEM 像.(b)Ba-L,(c)Sn-L の EDS
から得られた分布像.(a)中の赤矢印は表 4-1 の EDS の分析方向を示している.
Table 3-1 Fig. 3-6(a)の赤矢印方向に 15nm 毎の Ti-K と Ba-L および Sn-L から
強度比から換算した組成比.
Distance
nm
14
29
43
57
72
86
100
Ti
at%
55
55
54
54
55
56
56
Sn
at%
4
4
3
3
3
3
3
60
Ba
at%
41
41
43
43
42
41
41
そこで,Fig.3-6(a)の STEM 像に示した赤矢印方向に,15nm 毎に組成比分析
を行った.この結果を Table 3-1 に示す.すべての測定点から Ti,Sn,Ba が検
出されている.測定点での値を比較した結果,Sn は 3~4at%の値が得られ測定
点間に差はほとんど見られない.Ba と Ti についても Sn と同様に測定点間で大
きな差はないことがわかる.ここまでの微視的な組成分析の結果は,BaTiO3 内
に Sn が均一に存在することを強く示している.加えて,この組成分析結果は
Fig.3-5 の試料全体の XRD による結果とも矛盾がない.したがって,高圧合成
を用いて作製したサンプルでは BaTiO3 と反応した Sn が均一に固溶していると
結論する.
3-5 BaTiO3-SnO 固溶体中の Sn イオンの価数分析
サンプル量が少量であるため,ここでは TEM-EELS でサンプルを分析し,得
られる EEL スペクトルを比較することで Sn イオンの価数を決定した.また,
この価数から Sn イオンの置換サイトを議論する.
TEM-EELS を用いて Sn イオンの価数を決定には,Sn-M 端の観測を用いた
報告がある 6.しかし,Sn-M 端は Ti-L 端と Sn-M 端のエネルギーが近接してい
るため,ピークの判別できない.そのため,BaTiO3 内の Sn イオンの価数を決
定するには不適である.そこで,Sn-L 端を同定に用いることとした.Sn-L 端
は M 端と同様に SnO(=Sn2+)と SnO2(=Sn4+)で異なることが XANES の
測定の結果から報告されている 7.Sn-L 端の報告結果を Fig.3-7 に示す.SnO
は SnO2 と比較して,Sn-L 端の 3 つのピークのエネルギーが 5eV ほど小さいこ
とがわかる.よって,ピークのエネルギーから Sn イオンの価数を議論できる.
ただし,Sn-L 端のピークは Fig.3-7 からわかるように高エネルギー領域で観測
される.したがって,実験室用の TEM では観測できない.
そこで,超高圧 TEM を用いて 1000kV で加速した電子線をサンプルに照射し
て EEL スペクトルを得た.その結果を Fig.3-8 に示す.4000eV の領域で 4 つ
のピークを得た.この中でマーカー用の Ca-K 端は 4051 eV に位置する 8.この
Ca-K 端のエネルギー値を基準に,サンプルの Sn-L 端は 3958 eV,4187 eV と
61
4477 eV の 3 つのピークを L1,L2 と L3 と同定した.このエネルギー値と Fig.3-7
との比較から,サンプル中の Sn イオンが 2+という結論が導かれる.
Sn2+のイオン半径(= 0.135nm)は Ti イオン半径(= 0.067nm)の 2 倍に相
当する.そのため,もし Sn2+イオンがわずかでも Ti サイトに置換すれば BaTiO3
の格子定数が大きくなることは避けられない.しかし,Fig.3-5 の加熱前後の
XRD パターンの比較では,BaTiO3 の格子定数の変化を示唆する結果は得られ
ていない.以上より,高圧合成した BaTiO3-SnO 中の Sn2+イオンは Ba サイト
に置換していると結論できる.この結論は Fig.3-3 の理論計算の結果と矛盾しな
い.したがって,(Ba,Sn)TiO3 を合成することが出来た.
この結果から,Ca イオンによる Ba サイトの置換による BaTiO3 の格子定数
の縮小でなく,圧力を用いて BaTiO3 の格子定数を縮小することによっても,Sn
イオンは Ba サイトに置換できると結論する.
Fig. 3-7
Sn-L 端の Sn と SnO および SnO2 の XANES スペクトル 7.
62
Ca 4051eV
Fig.3-8
高圧合成した SnO-BaTiO3 サンプルから得られた Sn-L 端の EEL スペ
クトル.矢印は L1,L2 と L3 のピークおよび Ca- K 端ピーク(=4051eV)を示
した.
3-6
本章のまとめ
第 3 章では,LH-DAC を用いた高圧合成によって,BaTiO3-SnO の混合粉末
から,Ba サイトを Sn2+が置換した(Ba,Sn)TiO3 の合成を試みた.合成したサン
プルを粉末 XRD,STEM ならびに EDS で評価した結果,SnO が BaTiO3 と反
応して,BaTiO3 内に均一に分布していることを明らかにした.加えて,超高圧
TEM を用いた EELS により,サンプル中の Sn イオンの価数が 2+であること
を明らかにした.したがって,Ba サイトに Sn2+が置換した(Ba,Sn)TiO3 を合成
に成功した.前章の結果から,常圧では BaTiO3 の Ba サイトを Sn2+で置換でき
ないことから,高圧による BaTiO3 の格子定数の縮小効果で(Ba,Sn)TiO3 を合成
できたといえる.以上より,BaTiO3 の格子定数を縮小させることが,Ba サイ
トを Sn2+で置換するために重要であることを明らかした..
63
3-7
第 4 章の参考文献
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properties and phase transitions of the ferroelectric perovskites: PbTiO3 and
BaTiO3. Ferroelectrics 2, 277 (1971).
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Environments around Al, Si, and Ca in aluminate and aluminosilicate melts by
X-ray absorption spectroscopy at high temperature. Amer. Minera. 93, 228
(2008).
64
第4章
Sn2+を Sr サイトに置換した SrTiO3 セラ
ミックスの合成と Sn2+による Tc 上昇の
メカニズム解明
65
4-1 本章の背景
第 2,3 章では,(Ba,Sn)TiO3 ならびに(Ba,Ca,Sn)TiO3 を合成することに成功
した.この中で,Sn2+が Ba サイトを置換するには,Sn2+のイオン半径に合わせ
て BaTiO3 の格子定数を縮小すること,Sn イオンの価数を 2+にするために P(O2)
の精密な制御が重要であることを明らかした.
これに対して,本章では同じ ATiO3 ペロブスカイト構造の物質の一つである
SrTiO3 の Sr サイトへの Sn イオンの置換を試みる.BaTiO3 や(Ba,Ca)TiO3 と
比較して,SrTiO3 は格子定数が小さい.前章までの結果から,Sr サイトを多く
の Sn イオンが置換することが期待される.ただし,SrTiO3 は第 1 章の(1-1)式
のトレランスファクターt が 1 になる理想的なペロブスカイト構造で,室温での
結晶系は立方晶であり,常誘電体である.強誘電体の BaTiO3 と比較して,常誘
電体では高い比誘電率は得られないことから,MLCC への応用は難しい.
ただし,SrTiO3 は多くの物性研究がおこなわれており 1–3,それら報告との比
較が容易である.したがって,SrTiO3 の Sr サイトへの Sn イオンの置換を行っ
てその物性の評価することは,Sn2+による ATiO3 ペロブスカイト構造の Tc 上昇
のメカニズムを解明につながり,その知見を今後の応用につなげることができ
ると考えた.
4-2 実験方法
4-2-1 サンプルの作製
SrCO3,TiO2 および SnO(99.9%)を出発原料として用いた.これら原料を組
成式(Sr1-xSnx)TiO3(x = 0 ~ 0.1)となるようにそれぞれ秤量した.その後,
ボールミルを行って混合粉砕した後,乾燥して原料混合粉末を得た.この混合
粉末を 1100℃で 2 時間,P(O2) =
MPa に制御して仮焼を行った.こ
の仮焼粉末をシート成型,積層,圧着して,厚み 0.5mm のグリーンブロックを
66
作製した.このグリーンブロックを 4mm 角に分割した後,350oC で 4 時間脱
脂した.分割した単板は 1250℃で 2 時間,P(O2) =
MPa に制御して焼
成した.焼成の後,電気特性を取得するため Ag 電極をスパッタ法で両面に形成
した.なお,各条件,方法の詳細は 2-2-2 と同様に設定した.
4-2-2 電気特性の評価
インピーダンスアナライザー(HP-4194A,Agilent)を用い,1kHz から 1MHz
の周波数範囲,40K ~ 273K の温度範囲で容量値の実部を測定し,サンプルの
サイズから誘電率の実部に換算した.電束密度 D(D は D = ε0E + P で ε0 は真
空の誘電率)と電界強度 E のカーブは,強誘電体テスター(Precision Premier
II,Radiant Technologies)を用いて,室温と液体窒素温度で 100Hz にて測定
した.また,1kV の電圧を印加して分極したサンプルを 80K まで冷却した後に
短絡させ,各温度で発生した焦電電流を電流計(8252 digital electrometer,
ADCMT)で測定し,電荷量に換算することで,自発分極値 Ps の温度特性を取
得した.なお,最初の分極方向と逆方向に電圧を印加して同様の測定を繰り返
し,分極が反転することを確認した.
4-2-3 結晶構造の評価
誘電率の温度変化と結晶構造の変化を対応させるため,誘電率を測定したバ
ルクサンプルで結晶構造の温度変化を測定した.そのため,4 軸 XRD 装置
(Huber 424+511.1: MXCH-18,Mac Science)にて測定を行った.温度はサン
プルに液体 He を吹付けて制御し,室温から液体 He 温度まで測定した.なお,
格子定数の算出には(0 1 1),(0 0 2),(1 1 2)反射を用いた.次に,サンプルの結
晶構造の変化を詳細に捉えるため,バルクサンプルを乳鉢で粉砕して粉末化し,
放射光線源(= 35keV,BL02B2,SPring-8)にて回折パターンを取得した.な
お,温度はサンプルに液体 N2 ガスを吹き付けて制御し,室温から 100K まで変
化させて測定した.
67
4-2-4 微構造の観察
サンプルの微構造の観察には Cs-STEM (JEM-ARM200F,JEOL)とそれ
に付属した EDS (JED-2300T,JEOL)を用いた.なお,電子線のプローブ径
は 0.2 nm ,それぞれの原子列での X 線のスキャン時間は 500 ms,スキャン間
隔は 0.05 nm とした.観察用のサンプルは切断,樹脂包埋して研磨した後,Ar
イオンミリングにより薄片化して作製し,数 10 原子層まで薄片化した部分を特
に観察した.
4-2-5 フォノン振動数の計算
SrTiO3,SnTiO3,SrSnO3 および SnSnO3 のペロブスカイト構造の立方晶モデ
ルを第一原理計算で作製した.これら構造モデルを構成するイオンを調和振動
子で近似して運動方程式を解き,逆格子空間のプリリアンゾーンの原点(点)
での振動数とエネルギーの関係からエネルギーが最低となる固有振動数を算出
した.この固有振動数を構成する各イオンの固有変位について<001>方向で整
理して,ペロブスカイト構造の点に現れる 3 つのモード(Slater4,Last5,Axe6)
と比較した.なお,第一原理計算で用いた計算方法は 2-2-1 と同様とした.また,
フォノンの計算には特に Phonopy を用いた.
4-2-6 ラマン分光の測定方法
4-2-3 と同様に誘電率を測定したバルクサンプルを測定に用いた.高波数であ
る 200 ~ 700 cm–1 の測定には,シングルモノクロメーター(Spectra Pro275,
Acton Research)と CCD(ICCD-1152MG-E,Princeton Instruments)を用
いた.一方で,低波数である 15 ~ 300 cm–1 の測定には,ダブルモノクロメー
ター(U1000,Jobin-Yvon)と光電子増倍管(R1104,Hamamatsu)を用い
た.それぞれのスペクトルの分解能は 4.0 cm–1 と 3.5 cm–1 にセットした.
68
4-3 (Sr,Sn)TiO3 の誘電率の温度特性と D-E カーブの測定
仕込み組成式(Sr1-xSnx)TiO3 のバルクサンプルの Sn 置換濃度 x を変化させた
ときの,誘電率実部
の測定周波数と温度 T 依存性を Fig.4-1 に示す.
とき の最大値は,測定範囲では観察できなかった.SrTiO3 は誘電率の
発散を示さない量子常誘電体であり 3,
いる.
のサンプルはこれを良く再現して
0.02 では の最大値温度 Tm が x の増加と共に高温にシフトしてい
る.しかしながら,0.1 以上に x を増やしても Tm は増加しなかった.また,測
定周波数が高周波になると,x によらず Tm は僅かに高温側にシフトする.この
周波数依存性は,Ba(Ti,Sn)O3 でも報告されていて,観測系内が不均一で周波数
応答の異なる分極成分が混在していることを意味している 7.
Tm が強誘電相転移温度 Tc であることを調べるため,x = 0.1 のときの D-E カー
ブを Tm の高温側の 293K と低温側の 77K で評価した.結果を Fig.4-1 の挿入図
に示す.T = 293 K では,D-E の関係は線形で常誘電体と考えられる.これとは
対照的に,T = 77 K では強誘電的性質を示すヒステリシスが明瞭に観測される.
したがって,(Sr,Sn)TiO3 は Tm 以下で強誘電性を示し,Tm は Tc であると推測
される.
69
Fig. 4-1 仕込み組成式(Sr1-xSnx)TiO3 のバルクサンプルの Sn 置換濃度 x を変化
させたときの誘電率の実部 の温度特性.測定周波数は 103–106 Hz.挿入図は
100Hz で 77K および 293K で測定した D-E カーブ.
70
4-4 (Sr,Sn)TiO3 の結晶構造の評価
ペロブスカイト構造での強誘電相転移は構造相転移を伴う.なぜなら強誘電
体相で自発分極が発生すると,イオンの変位を生ずるので結晶の対称性が変化
するためである.そこで,(Sr,Sn)TiO3 の Tc 近傍での構造の変化を調べた.
Fig.4-2(a)は x = 0.1 のサンプルから得られたペロブスカイト構造単相の回折パ
ターンから立方晶と仮定して算出した格子定数の温度依存性である.回折ピー
クの形状は温度に対して明確な変化が見られなかったが,格子定数の温度依存
性は 170K で傾きに変化がみられた.これは,170K 近傍の温度で立方晶ではな
く別の結晶系に変化していることを示唆している.
上述の分析では,回折ピークの形状の温度による変化を捉えられなかったこ
とから,サンプルを粉砕した上で,放射光を用いた粉末 X 線回折法で測定を行っ
た.Fig.4-2 (b),(c)は得られた回折パターンから,(4 0 0)と(2 2 2)の回折ピーク
の温度変化を示した図である.(4 0 0)では 100K でピークが明瞭に分裂している.
その一方で,(2 2 2)では変化はない.この方位依存性は,(Sr,Sn)TiO3 の低温相
が菱面体系でなく正方晶系かそれよりも対称性の低い構造であることを示唆し
ている.そこで,(4 0 0)のピークに着目する.450K から 200K までのピーク強
度は増加しているのに対して,200K 以下ではピーク強度が減少している.した
がって,
200K 以下で結晶系の変化していることを示唆している.これは,Fig.4-3
(a)の格子定数の温度依存性が変化した温度(170K)とおおよそ一致しており,
別の測定系で測定を行った 2 つの結果の間で矛盾がないことがわかった.また,
この温度は Fig.4-1 の Tm ともほぼ一致している.したがって,Tm 付近が構造相
転移温度であり, Tc であると明らかにできた.
71
(a)
Fig. 4-2
(b)
(c)
仕込み組成式(Sr0.9Sn0.1)TiO3 のバルクおよび粉末サンプルの結晶構
造の解析結果.(a)バルクサンプルのペロブスカイト構造単相の回折ピークから
立方晶として算出した格子定数の温度依存性.ラインは線形近似を示した.(b)
バルクを粉末にして放射光を用いて測定した(4 0 0)ピークの温度依存性.(c)(2 2
2)ピークの温度依存性.
72
4-5 (Sr,Sn)TiO3 の微構造観察
本項では,Cs-STEM を用いて(Sr,Sn)TiO3 の微構造を観察する.加えて,Sn
イオンの置換サイトも同定する.まず,バルクサンプルの微構造を観察した.
Fig.4-3 (a)に x = 0.1 のサンプルの観察結果を示す.300nm ~ 1µm の粒子径の
粒子が密に詰まった微構造であることが分かる.次に,2-7 と同様に,原子像の
観察を行った.x = 0.1 のサンプルを (1 0 0)方向に観察した結果を Fig.4-3 (b)
に示す.2-7 と同様に,原子の重さ Z の 2 乗に比例して原子像のコントラスが得
られる 8.Sr と Ti の Z2 が大きく異なるため,Sr と Ti が交互に整列しているこ
とがわかる.なお,白枠囲んだ範囲で検出した Sr L,Ti K と Sn L の EDS 強度
を緑,青,赤でそれぞれ Fig.4-3 (b)の挿入図に示した.Sr の緑と Ti の青の両方
の位置で,Sn の赤が得られた.
そこで,Sr L,Ti K と Sn L の規格化した強度を Fig.4-3 (c)に整理して示す.
Sr と Ti の両ピークとほぼ同じ位置に Sn はピークを示した.したがって,分析
範囲では,Sn イオンは Sr サイトと Ti サイト両方を置換している.
また,ピーク位置を詳細に比較すると,Ti に対する Sn のピーク位置は一致し
ている.これとは対照的に,Sr に対する Sn のピーク位置は図中矢印で示した
方向に 0.05 nm ほど異なっている.これは Sr サイトの Sn イオンはおよそ 0.05
nm だけ Sr サイト中央から変位した(オフセンター)位置にあることを意味し
ている.
73
(a)
600nm
(b)
Fig. 4-3
(c)
仕込み組成式(Sr0.9Sn0.1)TiO3 バルクサンプルの Cs-STEM と EDS に
よる観察結果.(a)微構造観察像.(b)(100)方向に記録した原子像.図中白矢印は
結晶方位を示した.挿入図は白枠内の Sr-L,Ti-K,Sn-L の強度分布像.(c)(b)
中黒矢印で示したスキャン方向に沿った Sr-L,Ti-K,Sn-L の EDS 強度のライ
ンプロファイル.Sr のピーク位置に対する Sn のピーク位置の方向を矢印で示
した.
74
4-6
Sn を含む立方晶ペロブスカイト構造の点のフォノン振動数の計算
4-5 から,SrTiO3 の Sr と Ti サイトの両サイトに Sn イオンが置換しており,
特に Sr サイトの Sn イオンはオフセンター位置に変位していることがわかった.
そこで,
SrTiO3 の Sr と Ti サイトに Sn をそれぞれおよび両方に配置した SrTiO3,
SnTiO3,SrSnO3 と SnSnO3 の立方晶ペロブスカイト構造モデルを用いて,各
サイトの Sn イオンの変位が強誘電相転移に及ぼす影響を議論する.
なお,ABO3 ペロブスカイト構造の強誘電相転移は,点の 3 つのモードを合成
したフォノンの周波数が低下し,0 になって凍結し構造相転移することと結び付
けられる 9.この 3 つのモードを Fig.4-4(a)に示す.図中矢印で示した方向に
ABO3 の B と O6 が並進するモードが Slater モード 4,A と BO6 が並進するモー
ドが Last モード 5,O6 の変形するモードが Axe モードになる 6.
SrTiO3,SnTiO3,SrSnO3 と SnSnO3 の点において,調和振動子モデルから
エネルギーの最も低いフォノンの振動数とそのフォノンを構成するイオンの<
001>方向の固有変位を第一原理計算から得た.その結果を Fig. 4-4 (b) に示す.
ここで,フォノンの振動数が虚数になることは,立方晶の構造が不安定である
ことに対応する.SrTiO3,SnTiO3 と SnSnO3 ではフォノンの振動数が虚数と
なった.これら 3 つの組成では,立方晶が不安定で構造相転移し,強誘電体に
なるといえる.
次に,エネルギーの最も低いフォノンの振動数を構成する各イオンの固有変位
について,点の観察される 3 つのモードと比較し議論する.まず,SrTiO3 の
固有変位は,O が正で B(Ti)が負の変位を示して逆位相をとる.A(Sr)は負
の変位だが,O や B と比較すると変位量は小さい.したがって,SrTiO3 では B
と O6 が並進する Slater モードが支配的であるといえる.この理論計算結果は,
過去の実験結果とよく一致しており 9,計算に大きな誤りがないことがわかった.
次に,SnTiO3 の固有変位は,A(Sn)の負の変位量が大きくなり,B(Ti)の
負の変位量が小さくなる.O の正の変位量は SrTiO3 と比較して差はない.
SnTiO3 では,Slater モードに加えて A と BO6 が並進する Last モードの寄与が
高まったと考える.したがって,SrTiO3 の Sr サイトを Sn イオンで置換してい
75
くと Last モードの割合が大きくなる.また, Sr イオンより変位量の大きい Sn
イオンは,構造相転移する時に Sr の中心位置からオフセンター位置に変位する
と推測される.
これらとは対照的に,SrSnO3 と SnSnO3 の固有変位は,B(Sn)の変位が正
となり,負の A(Sr or Sn)と逆位相を示す.したがって,Last モードが支配
的で Slater モードの寄与はほとんどないといえる.加えて,SrTiO3 や SnTiO3
と比較して特徴的なのは Ox ( = Oy )と Oz 間の固有変位量に差が見られることで
ある.これは Ox ( = Oy )と Oz で変位方向が逆位相の Axe モードの寄与があるこ
とを意味している.
以上から SrSnO3 と SnSnO3 の固有変位は類似しているが,前述のとおり
SnSnO3 のみが虚数のフォノンの周波数を示す.したがって,立方晶から構造相
転移して,強誘電性相転移を示すのは SnSnO3 のみである.この構造相転移で
は,A サイトに位置する Sn イオンがオフセンター位置に変位することが,固有
変位の結果から示唆される.
これらの結果から,Sn が A のみを占有する SnTiO3 だけでなく,A,B サイト
両方を占有する SnSnO3 でも,A サイトの Sn イオンがオフセンター位置に変位
することが強誘電相転移を引き起こすことを明らかにした.
76
(a)
Ox
Oy
A
B
Oz
Slater mode
Last mode
Axe mode
(b)
Fig. 4-4 (a) ABO3 の点における 3 つの基本モード(Slater,Last,Axe).矢
印は各モードを構成するイオンの変位方向を示している.(b) SrTiO3,SnTiO3,
SrSnO3 と SnSnO3 の立方晶の 点でのエネルギーの最も低いフォノンの振動
数とそれを構成するそれぞれのイオンの<001>方向への固有変位.
77
4-7
オフセンター位置に変位した Sn イオンの SrTiO3 の強誘電体相転移
への影響
4-5 および 4-6 の結果から,SrTiO3 を置換した Sn イオンは Sr サイトにも Ti
サイトも置換している一方で,Sr サイトの Sn イオンはオフセンター位置に変
位して,強誘電性の発現に大きく寄与していることを明らかにした.そこで本
節では,オフセンター位置に変位した Sn イオンが,どのように SrTiO3 の強誘
電性相転移に影響を与えるかを議論する.
SrTiO3 の単位立方格子中の一つの Sn イオンが 0.05nm 変位したとする.単
純な形式電荷による点電荷モデルで考えると,単位胞あたりの自発分極 Ps の値
は 10µC/cm2 となる.この Ps の値は同様に計算した BaTiO3 の 17µC/ cm2 に匹
敵することから,オフセンター位置に変位した Sn イオンは周りに局所的な分極
ひずみを生成すると考える.この局所的なひずみは隣接する結晶格子にひずみ
を与える.SrTiO3 は前述のとおり,Ti と O6 が逆位相に変位し分極することを
好む性質をもつことから 2,Sn イオンによるひずみで容易に分極する.この結
果,Sn イオン周りに Ps をもつナノ分域(Polar nano region; PNR)が形成され
ると推測する.
推測のとおり PNR が SrTiO3 内に生成していれば,それによる Ps が Tc の 170K
より高温で観測できる.しかし,室温では Ps は得られていない(Fig.4-1 挿入図).
そこで,焦電電流から各温度での Ps を算出した.結果を Fig.4-5 に示す.Ps は
室温以下で現れ,測定温度の低下と共に増加する.なお,逆の電圧を加えると
逆方向にほぼ同じ値の Ps が得られた.反転できることから,分極由来の成分と
わかる.この結果から,Tc 以上で Ps が観測できた.したがって,SrTiO3 内に
PNR が生成していると考えられる.
次に,SrTiO3 に強誘電相転移を引き起こすために PNR が果たす役割を議論
する.Fig.4-5 から,Ps は温度低下と共に増加する.この Ps の増加は PNR の
サイズの変化と相互作用で説明することができる.温度の低下に伴って,SrTiO3
の格子定数は縮まる(Fig.4-2(a)).この結果,ひずみの影響がより遠くの格子
まで広がり易くなり,Sn イオンの周りの PNR のサイズは大きくなる.さらに,
78
Sn イオンを起点とした PNR は,サイズの増加で距離が近くなると相互作用し
内部電界を生成する.内部電界は周りにある格子を分極させて,ひずませる.
これらの連鎖作用によって,系内の分極値が増加したと考えられる.さらに,
分極値が閾値を超えた時,SrTiO3 全体が相転移する方がエネルギー的に有利と
なり,構造相転移と強誘電体相転移を起こしたと推測される.この温度が Fig.4-5
の 170K 近傍と考える.転移の結果,170K 以下の温度では分極を生成する機構
が SrTiO3 全体となるため,Ps の増加量は変化したといえる.
ここまでの考察をまとめると,オフセンター位置に変位した Sn イオンによっ
て常誘電体の SrTiO3 内に PNR が生成され,温度低下で PNR のサイズが成長
して相互作用する.この結果,系内の分極値が増加して閾値を超えることで,
SrTiO3 に構造相転移および強誘電相転移を引き起こしたと理解できる.
Fig. 4-5
仕込み組成式(Sr0.9Sn0.1)TiO3 のバルクサンプルの焦電電流から算出
した自発分極 Ps の温度依存性.正の値と負の値は分極方向を変えて測定してい
る.点線は Ps の傾きが変化する温度を示した.挿入図は点線の前後での系内の
分極についてのイメージ図.
79
この議論は,以下に紹介する Samara の考察とも一致している
10.Samara
は,局所的な分極ひずみがホスト結晶と相互作用し,生成した分域の半径を rc
と定義している.Fig.4-6 に rc とホスト結晶の関係を模式的に示した図を示す.
なお,矢印は分極方向を示し,格子上の線はホストの結晶を示している.rc は温
度の低下に伴って大きくなるのに対し,結晶のソフトモードの周波数
と反比例して減少して 0 になり,強誘電相転移する.挿入図に rc と
がそれ
の温度に
対する関係を示した.よって,前述した PNR のサイズが成長することは,rc が
大きくなることにあたると考えられる.
Fig. 4-6
局所的な分極ひずみがホスト結晶と相互作用することで生成した分
域の半径 rc の模式図
.矢印は分極方向を示し,格子上の線はホストの結晶を
10
示している.挿入図は rc と結晶のソフトモードの周波数
の点は Tc で強誘電相転移温度を示す.
80
の温度依存性.
=0
4-8
ラマン分光測定による相転移挙動の評価
4-7 までの議論から,Sr サイトを置換した Sn イオンがオフセンター位置に変
位することで生成した PNR が,SrTiO3 に強誘電性を発現させる重要な役割を
果たしているとわかった.本節では,仕込み組成式(Sr0.9Sn0.1)TiO3 のバルクサ
ンプルのラマンスペクトルの温度特性を広範囲な波数領域で評価し,4-7 のモデ
ルと比較する.Fig.4-7 に測定結果を示す.
室温付近の 300K のスペクトルでは,540 cm–1 に明瞭なピークが得られた.こ
のピークに加えて,120 cm–1,172 cm–1 と 277 cm–1 のピークが測定温度の低下
とともに現れて,強度を上げていく.純粋な SrTiO3 は 105K 以上の温度では立
方晶であり,
点の 4 つの TO モードはラマン不活性で観測できない 11.しかし,
105K 以下の低温相でラマン活性となった TO モードのピークの波数は,
(Sr,Sn)TiO3 で観測された 4 つのピークの波数と一致した.したがって,120 cm–1,
172 cm–1,277 cm–1 と 540 cm-1 のピークは SrTiO3 の低温相と同じ TO1,TO2,
TO4 と TO3 モードで同定した.これらの TO モードが 300K で観測できたこと
は,(Sr,Sn)TiO3 が室温では立方晶ではなく,局所的には対称性が低下してひず
んでいることを意味する.よって,4-7 の議論とよく一致する.
また,110K 以下で観測される 26 cm–1 と 44 cm–1 と 150K 以下で同様に観測さ
れる 443 cm–1 のピーク波数は,SrTiO3 の低温相のブリリアンゾーンのコーナー
(R 点)にある Eg+Ag1 モードと Eg+Bg1 モードの波数と一致した.したがって,
これらのモードで同定した.なお,SrTiO3 と(Sr,Sn)TiO3 で差がないことから,
Sn の置換によって影響を受けないモードと考える.
以上ですべてのピークのモードを同定した.ここで,強誘電体の Slater モー
ドにあたる TO1 モードに着目する.300K から 170K にかけて TO1 モードの波
数は低下し,その後変化しない.その一方で,170K 以下で TO1 モードの波数付
近から温度に対して波数が増加するピーク(これを Fig.4-7 では TO1*モードと
した)が現れた.この結果は,強誘電体相転移における理想的なフォノン周波
数変化(Fig.4-6 の挿入図)と異なる挙動である.
81
しかしながら,以上のような理想と異なる TO1 モードの挙動は,SrTiO3 のセ
ラミックスや薄膜でも報告されており 1213,14,セラミックに含まれる粒界や電極
との界面による結晶の拘束が原因と考えられている.今回の(Sr,Sn)TiO3 でも,
粒界による拘束の影響が疑われる.また,TO1 モードから TO1*モードの分裂が
観測されたが,このようなモードの分裂は電場印加した SrTiO3 で報告されてい
て 1,15,16,電界によって内部に生じた分極が原因と考えられている.(Sr,Sn)TiO3
では,PNR によって内部電界が発生する.よって,内部電界による分極が TO1*
モード発生の原因と説明することができる.ここまでの考察から,ラマンスペ
Fig. 4-7
Intensity (arb. units)
Intensity (arb. units)
クトルの観測結果は,4-7 のモデルを支持しているとわかった.
20 ~ 300K の範囲で測定した仕込み組成式(Sr0.9Sn0.1)TiO3 のバルク
サンプルのラマンスペクトル.(a)15–300 cm–1.(b)200–700 cm–1.各ピークは
SrTiO3 の低温相のモードから同定した.
82
4-9
SrTiO3 の Tc への Sn イオンと Pb イオンの効果の比較
本項では,(Sr,Sn)TiO3 と Pb イオンで Sr サイトを置換した(Sr,Pb)TiO3 を比較
し,SrTiO3 の Tc に対する効果の差を考察する.
Fig.4-8 に仕込み組成式(Sr1-xSnx)TiO3 のバルクサンプルの Tc の置換濃度 x 依
存 性 を (Sr1-xPbx)TiO3 と 比 較 し て 示 す
17 . (Sr1-xPbx)TiO3
と比較すると,
(Sr1-xSnx)TiO3 は同じ置換濃度で Tc が高くなるとわかった.1-6 で述べたように
Sn は Pb と電子配置は類似しており,電子配置の違いに伴う O との結合状態の
変化が原因ではない.一方で,Sn の 2+イオンの半径は 0.135nm で,Pb の 2+
イオンの半径の 0.149nm と比較して小さい.そこで,イオン半径が原因と考え
た.
ATiO3 ペロブスカイト構造の A サイトは,O イオンを 12 配位する位置にあり
空間が大きい.この A サイトに位置するイオンの半径が小さい場合,オフセン
ター位置に変位することが報告されている.たとえば,イオン半径が上述の Sn
イオンに近い 0.134nm の Ca イオンが Ba サイトを置換した(Ba,Ca)TiO3 では,
Ca イオンが 0.01nm サイトセンターから変位することが報告されている 18.し
たがって,Pb イオンと比較すると Sn イオンのイオン半径が小さいため,オフ
センター位置への変位がより大きいと推測できる.前述のとおり,Sn イオンの
変位が大きいことは,単位格子内で大きな自発分極を生成しうる.4-7 で議論し
た通り,この自発分極は局所的な分極ひずみが引き起こすことで PNR を生成し,
Tc を上昇させる.したがって,Sn2+のイオン半径が小さいことが,Tc を上昇さ
せる効果が大きい理由であると推測できた.
83
Fig.4-8 仕込み組成式(Sr1-xSnx)TiO3 のバルクサンプルの Tc の置換濃度 x 依存性.
(Sr1-x Pb x)TiO3 は文献値 17 で比較して示した.
84
4-10
本章のまとめ
本章では第 2 章で用いた(Ba,Ca)TiO3 より格子サイズが小さい SrTiO3 を用い
て,Sr サイトへの Sn2+の置換を試みた.常誘電体である SrTiO3 が Sn2+によっ
て Tc が 170K の強誘電体となった.このサンプルを Cs-STEM やラマン分光測
定,自発分極の温度特性を評価した結果から,Sn2+により Tc が上昇するメカニ
ズムを以下のように解明した.SrTiO3 の Sr サイトを置換した Sn イオンはイオ
ン半径が小さいため,Sr サイトのオフセンター位置に変位する.この結果生じ
た分極によって,PNR が常誘電体の SrTiO3 内に生成される.PNR が温度低下
と共に周囲の SrTiO3 の格子に作用することで成長し,系内の PNR 間でも相互
作用し,SrTiO3 内の分極値が増加する.この PNR の内在が SrTiO3 に構造相転
移を引き起こし,Tc が上昇した.ここで,Sn は Pb と比較して低い置換濃度で,
SrTiO3 の Tc を上昇できる.これは,Sn2+のイオン半径が小さいため,Sr サイ
トのオフセンター位置への Sn2+の変位が Pb2+と比較して大きいためと結論した.
4-11
1.
本章の参考文献
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87
第5章
本研究の総括
88
5-1
本研究の総括
本研究では,BaTiO3 系セラミックスで Ba サイトを Sn2+が置換するための因
子を明らかにし,(Ba,Sn)TiO3 系セラミックスの合成に成功することと,その合
成したセラミックスの Tc が 150℃を超えること,加えて,ATiO3 系セラミック
スの A サイトに置換した Sn2+により,Tc が高くなるメカニズムを解明すること
を目的に研究を進めた.
第 2 章では BaTiO3 の Ba サイトを Sn2+が置換するために,BaTiO3 の格子定
数を縮小させること,Sn イオンの価数を 2+に制御することが重要であると仮定
し,BaTiO3 の Tc を低下させることなく格子定数を縮小できる(Ba,Ca)TiO3 を用
いて, P(O2)を精密に制御して実験を行った.また,第一原理計算で BaTiO3
の Ba,Ti 各サイトへの Sn イオンの固溶エネルギーを算出し,実験と比較して
考察した.加えて,XANES や Cs-STEM を用いて Sn イオンの価数と置換サイ
トを明らかにした.その結果,BaTiO3 の Ba サイトに Sn2+ を置換するための
因子は,Sn 金属と SnO/SnO2 の境界から Sn 側に P(O2)を精密に制御し Sn2+と
することと,Ca イオンを置換し BaTiO3 の格子定数を縮小することにあること
を明らかにした.これらを制御することで, Ba サイトを Sn2+ で置換した
(Ba,Ca,Sn)TiO3 セラミックスの合成に世界で初めて成功し,Tc を 155℃まで上
昇させることができた.
第 3 章では,LH-DAC を用いた高圧合成によって,BaTiO3-SnO の混合粉末
から,Ba サイトを Sn2+が置換した(Ba,Sn)TiO3 の合成を試みた.合成したサン
プルを粉末 XRD,STEM ならびに EDS で評価した結果,SnO が BaTiO3 と反
応して,BaTiO3 内に均一に分布していることを明らかにした.加えて,超高圧
TEM を用いた EELS により,サンプル中の Sn イオンの価数が 2+であること
を明らかにした.したがって,Ba サイトに Sn2+が置換した(Ba,Sn)TiO3 を合成
に成功した.前章の結果から,常圧では BaTiO3 の Ba サイトを Sn2+で置換でき
ないことから,高圧による BaTiO3 の格子定数の縮小効果で(Ba,Sn)TiO3 を合成
89
できたといえる.以上より,BaTiO3 の格子定数を縮小させることが,Ba サイ
トを Sn2+で置換するために重要であることを明らかした.
第 4 章では第 2 章で用いた(Ba,Ca)TiO3 より格子サイズが小さい SrTiO3 を用
いて,
Sr サイトへの Sn2+の置換を試みた.常誘電体である SrTiO3 が Sn2+によっ
て Tc が 170K の強誘電体となった.このサンプルを Cs-STEM やラマン分光測
定,自発分極の温度特性を評価した結果から,Sn2+により Tc が上昇するメカニ
ズムを以下のように解明した.SrTiO3 の Sr サイトを置換した Sn イオンはイオ
ン半径が小さいため,Sr サイトのオフセンター位置に変位する.この結果生じ
た分極によって,PNR が常誘電体の SrTiO3 内に生成される.PNR が温度低下
と共に周囲の SrTiO3 の格子に作用することで成長し,系内の PNR 間でも相互
作用し,SrTiO3 内の分極値が増加する.この PNR の内在が SrTiO3 に構造相転
移を引き起こし,Tc が上昇した.ここで,Sn は Pb と比較して低い置換濃度で,
SrTiO3 の Tc を上昇できる.これは,Sn2+のイオン半径が小さいため,Sr サイ
トのオフセンター位置への Sn2+の変位が Pb2+と比較して大きいためと結論した.
ここまでから本研究の成果をまとめると,ATiO3 の A サイトに Sn2+が置換す
るための因子は,ATiO3 の格子定数の最適化と Sn イオンの価数制御にあること
を明らかにした.また,目標の 150℃を超える BaTiO3 系セラミックスの作製に
成功した.加えて,A サイトに置換した Sn2+が A サイトのサイトセンターから
変位した位置にあることが,Tc の上昇に寄与していることを明らかにした.こ
れら研究成果は ATiO3 系ペロブスカイト型強誘電体セラミックスが用いられて
いる多くのセラミック電子部品への応用展開が期待される.したがって,産業
上のインパクトは極めて大きいといえる.
5-2
今後の展望
本研究の知見を基礎にして,Sn イオンがより A サイトに置換した ATiO3 系ペ
ロブスカイト型強誘電体セラミックスを創生することが,今後も研究の方向に
90
なる.Sn のイオンサイズから考えた格子サイズの制御のみならず,Sn イオン
の局所構造を考慮して,研究を進めていきたい.本研究で進めてきた元素置換
を駆使したバルクの合成のみならず,1-4 で述べた基板との格子整合を利用で
きる薄膜法も用いることで,可能性を広げていく.また,ATiO3 系以外にも有
用なペロブスカイト型強誘電体セラミックスがあり,例えば,(K,Na)NbO3 の
アルカリサイトに Sn イオンを置換することで圧電定数の d 値が上昇すること
が見出されている 1.ATiO3 系のみならず広くペロブスカイト型強誘電体に調
査範囲を広げていきたい.
5-3
本章の参考文献
1.
Ishii, H. et al. Piezoelectric Properties of Sn-Doped (K,Na)NbO3
Ceramics. Jpn. J. Appl. Phys. 52, 09KD06 (2013).
91
謝辞
本論文をまとめるにあたり,終始暖かい激励とご指導,ご鞭撻を頂いた名古屋大学
長谷川正教授に心より感謝申し上げます.また,同研究 丹羽健助教には実験を進める
上で多大なるご指導を頂きました.心より感謝申し上げます.
学位論文審査において,貴重なご指導とご助言を頂いた名古屋大学
浅野秀文教授,
武藤俊介教授,曽田一雄教授,坂本渉准教授に心より感謝申しあげます.特に武藤俊介
教授には超高圧 TEM 観察で多大なご協力を頂きました.重ねて感謝申し上げます.
本研究において,(株)村田製作所
安藤陽博士の熱心な協力と数多くのご助言なく
しては,研究の実施は不可能であったことを記すとともに,深甚の謝意を表します.
同様に,(株)村田製作所
新見秀明博士,和田信行氏,竹田敏和氏のご指導とご助
言によって本研究が成り立ったことを記すとともに心より感謝申しあげます.
また,(株)村田製作所 坂部行雄博士,鷹木洋博士,田村博博士には多大なご助言
を頂き,研究を進めることが出来ました.心より感謝申し上げます.
研究を実施するにあたり,特に第一原理計算では(株)村田製作所
檜貝信一博士,
本多淳史氏,尾山貴志博士に多大なるご協力頂きました.心より感謝申しあげます.
(株)村田製作所
岩地直樹氏,村木智則氏には TEM 観察で多大なご協力を頂きま
した.ラマン分光測定では(株)村田製作所 秋山健次氏に多大なるご協力を頂きまし
た.XAFS 測定では(株)村田製作所 隼瀬幸浩氏に多大なるご協力を頂きました.心
より感謝いたします.
低温物性の評価では,静岡理工科大学 出口潔教授,構造解析では,静岡理工科大学
笠谷祐史准教授,広島大学
黒岩芳弘教授らにご指導ならびに多大なご協力を頂きまし
た.心より感謝申しあげます.
92
また,低温でのラマン分光測定では電気通信大学 三上悠氏 中野諭人助教 阿部浩二
教授にご指導ならびに多大なご協力を頂きました.心より感謝申しあげます.
仕事との両立の中で,職場の同僚である(株)村田製作所 伴野晃一氏,岡本貴史氏,
横溝聡史氏,品川歩氏には多大なるご迷惑をおかけしました.心より感謝申しあげます.
また,研究を進めるにあたり,ご支援,ご協力を頂きながら,ここにお名前を記すこ
とが出来なかった多くの方々に心より感謝申しあげます.
最後になりますが,休日返上となってしまったこの取り組みを応援してくれた家族,
妻 杏子,長男 桃吾,長女
歌音,次女
93
咲耶に心から感謝します.
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