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人間力につながる学力の育成
平成 19 年度大阪府高等学校教育課程研究協議会 市川伸一先生御講義記録 平成 19 年8月 20 日(月) 於:大阪府教育センター 人間力につながる学力の育成 東京大学大学院教授 1 市川伸一 はじめに 私にとって大阪は、とても懐かしい思いがする場所です。私の父は、転勤が多く、ほぼ 二年おきに転勤を経験しました。私は、中学二年の九月に、阿倍野区にある大阪市立阪南 中学校に転校し、その後、府立天王寺高校を卒業しました。余談ですが、天王寺高校は、 同窓会、同期会もよく行っていますし、ついこの前も、東京在住の者で卒業後30年目の 同期会を行ったところです。 その後、私は東京大学に入学しました。入学時は、理系で、天文学をやりたいという希 望をもっていました。しかし、東京大学は二年生で専攻を振り分けるのですが、自分の一 年生のときの成績では天文学を専攻できませんでした。再度、自分のやることを探さなく てはならなくなりましたが、いろいろな学問を調べていくと心理学が面白そうに思えまし た。そこで、教育心理学を専攻しようと思いましたが、またしても、教育心理学は私の成 績では専攻できませんでした。そこで、文学部にある伝統的な実験心理学に進むことにな りました。実験心理学はとても理系的な分野で、知覚や記憶の実験などが多く、理系出身 の自分には他の文系出身の学生よりも有利に思えました。 十数年、記憶などの研究をしてから、もともと教育に関心があったこともありまして、 教育心理学の研究をするようになりました。1989 年(平成元年)、東京工業大学に教員とし て教育心理学を教えるべく赴任し、 「地域の子ども対象の学習相談室」を始めました。教育 心理学を専攻しているとはいっても、大学の教員にはふだんなかなか子どもたちに接する 機会というものはありません。学校に伺ってアンケートなどをとるということはあります が、直接子どもと話をする、ましてや直接学習指導の経験をするということはありません。 私自身、大学では教職関係の授業を持っていますが、小中高の教員免許は持っていません。 だから、直接教壇に立つことはできません。そこで、自分でもできる活動として考えたの が「地域の子ども対象の学習相談」なのです。 授業が分からなくて困っているという児童生徒は昔から7・5・3(シチゴサン)(小学 校3割、中学校5割、高校7割)と言われています。「学習指導要領」の改訂ごとに学習内 容は削減されているのですが、不思議なことに、調査すると、昔からこの7・5・3の比 -1- 率は変わらないのです。とにかく、 「授業が分からない」という子どもたちに対して、カウ ンセリングのような形で「どういうことが分からなくて困っているのか」「どんな教え方を すればいいのか」「家ではどんな学び方をしているのか」などについて、面接を通じて話を 聞く活動を行いました。 東京工業大学は教育工学が盛んな大学でもあったので、私や他の教育心理学者、教育工 学の学生など、十数人で個別教育相談の実践と検討会を行いました。はじめはこの研究会 には小中学校の教員はいなかったのですが、こちらから自分たちの行っている検討会が妥 当なものかどうかをアドバイスしてもらう目的で、学校の教員にも加わってもらうように なりました。そういう活動を通して、私たちも次第に学校現場に伺うことが多くなりまし た。普通、大学の教員から学校にアドバイスを求めるということはなく、逆に大学が学校 に指導助言とかを行っていることがほとんどだと思いますが、この研究会は逆です。この 研究会においては、現在では四十数人の会員がいますが、小中高の教員が約半分であり、 教科もバラバラです。残り半分が研究者や学生です。 学校へ出かけて行くことで、90 年代半ばからは教育行政ともかかわるようになりました。 「総合的な学習の時間」の中身や是非、学力低下論を踏まえた上で、教育改革論争にも中 教審などでかかわるようになりました。そういう前置きを述べた上で、「人間力につながる 学力の育成」というタイトルの私の報告を行いたいと思います。 2 学力をめぐる問題の変遷 戦後のいろいろな教育問題、それから それに応じた教育改革を年表のようにし 教育問題と教育改革の変遷 教育問題 ました(図1)。 改めて言うまでもないかもしれません 教育改革 1960 が、60 年代には「受験戦争」という言葉 受験戦争 1970 1980 ゆとりの時間 校内暴力 2000 受験実績を伸ばすということもありまし 自己教育力 いじめ 1990 がさかんに使われました。中高一貫校が 受験の低年齢化 不登校 学級崩壊 「学力低下」問題 生涯学習 た。大学進学によいということで、中学 新しい学力観 ゆとり教育 生きる力 受験というものが新しい動向として登場 してきました。小学校高学年くらいから 総合的な学習の時間 学力向上 中学受験が注目され、その結果として進 人間力 2005 学競争は低年齢化しました。その結果、 実績を上げた学校がある一方で、授業に 図1 ついていけない層も当然出てきます。社 会全体で学力シフトが起こり、すべて受 験が原因とはいえないにしても、校内暴力やいじめなどが社会問題化しました。 マスコミは、受験圧力がその原因だといい始めました。「もっとゆとりを」ということに -2- なっていきます。「受験だけが勉強ではない」という風潮が高まりました。それ以前から、 すでに大学の「レジャーランド化」が言われ始めており、大学生は勉強せず、学力が剥落 する現象が指摘され出しました。そして、「むしろ、これからは生涯学習であり、生涯にわ たって学習していく姿勢が重要である。」と言われ出しました。これが「自己教育力」とし て登場したわけです。 「新しい学力観」が 1989 年の学習指導要領の改訂のころから言われたのですが、これか らの子どもは知識・技能をたくさんもっていればいいというのではなくて、新しい学力を 身に付けるべきだと言われました。 「ゆとり教育」というものは、文部省が言い出したもの ではなく、マスコミが言い出したものです。その延長に「生きる力」が言われて、1998 年 (平成 10 年)の改訂では総合的な学習の時間が登場しました。「ゆとり教育」は総合的な 学習の時間に結実したと言っていいと思います。 しかし、このころから学力低下が言われるようになりました。分数のできない大学生が 問題になりました。また、日本の中学生がよく勉強できるというのは、もう昔話であって、 ある調査では、中学校2年の 40%(別の調査では 15%)が「家での学習時間ゼロ」です。 大学全入と言われる時代です。有名と言われる大学でさえ、合格ラインはどんどん低下し てきています。苅谷剛彦さんの調査においても、家での過ごし方という点で高校生の学習 時間は明らかに減っています。また、学力の低下の背景には、社会階層との相関、つまり 社会「格差」があるという指摘もあります。 3 学力をどうとらえるか 以上のような論争に私はいわば脇 役のような形でかかわったのですが、 学力をどうとらえるか 測りやすい力 学んだ力 学ぶ力 私はいわゆる「ゆとり推進派」とも 「学力低下論者」とも違う立場をと 測りにくい力 知識 読解力,論述力 (狭義の)技能 討論力,批判的思考力 問題解決力,追究力 学習意欲,知的好奇心 学習計画力,学習方法 集中力,持続力 (教わる,教え合う,学び合うときの) コミュニケーション力 っていました。スライドに「学ぶ力」 と「学んだ力」を示していますが、 スライドには同時に「測りやすい力 (学力)」と「測りにくい力(学力) 」 を示しています(図2) 。「学んだ力」 としては、「測りやすい力」として、 知識、技能があります。ペーパーテ ストを行って調べられるものです。 例えば、分数の問題が解けるなどと 図2 いったものでしょう。一方、「学んだ 力」としての「測りにくい学力」 に は、読解力、論述力、討論力などがあります。また、批判的思考力というものがあり、 -3- これはマスコミなどの言うことを鵜呑みにしないでじっくり考える力のことです。その他、 問題解決力、追究力などがあります。 「学ぶ力」としての学力はどれも「測りにくい力」です。学習意欲や知的好奇心はもち ろん、学習計画を自分で立ててそれを実行することができる力、また、学習レパートリー をいろいろもっていてそれを使い分けることができる力、集中力に持続力も測りにくいも のです。「コミュニケーション力」には「学んだ力としてのコミュニケーション力」もあり ますが、「学ぶ力としてのコミュニケーション力」というものがあると思います。これもあ えて、ここに入れています。私が天王寺高校にいた高校生のころ、物理の問題集には答え しか載っておらず、途中の計算は示されていませんでした。先生に質問することができれ ばよいのですが、そうでないときには友達に聞かないといけません。教えてもらえるよう に質問をする、分かるように友人に説明する、教え合うということは、まさに「コミュニ ケーション力」でしょう。授業だけで学ぶのではない、友達どうしで教え合って学びは深 まるのです。 つまり、論者によって「学力」の定義に違いがあるのです。学力低下論者は、スライド に示した「測りやすい力」を問題にし、「こんな計算もできない」「こんなこともできない」 と言っていました。一方、当時の文部省を中心にした「ゆとり推進派」はスライドの右に 示したような「測りにくい力」を問題にして、狭い意味での知識や技能に偏らないでこの 「測りにくい力」をつけてほしいと言っているのです。私はこの「測りにくい力」は確か に大切である、と同時に、教育改革の意図に反して、この力こそが落ちているという印象 をもっていました。先に述べた私が行った相談においても、実にこの「測りにくい力」に 関する問題が多かったのです。学習意欲という点からしても、20 年ほど前では子ども自ら (小学校3年から高校2年)が相談の申し込みをすることが多かったのですが、その後、 本人はその気がなく、親が子どもに代わって申し込むというケースが増えてきました。 藤沢伸介先生(現跡見学園女子大学教授)は、自ら学習塾を経営して、そこで教えてき た経験から、どんな学習の仕方を子どもがするかをつぶさに見てきました。昔の中高生は、 分厚い参考書を読みこなして勉強しました。それに線を引いたり、まとめをしたりという 学習スタイルでした。今の中高生はそんな面倒なことをしません。活字がびっしりの本は 読む気にならない。今の参考書は大変カラフルで分かりやすくまとまっていますが、それ だけ勉強が受け身になってしまっているともいえます。教材が楽な方楽な方へいくと、学 力は付きにくいのです。極端な例では、テレビを見ながらでもできるような楽にできる教 材すらあります。勉強しているようで学力は付いていないのです。塾においては、「○○中 学の○○先生は、どういう出題傾向か。」というデータベースをもっていて、予想問題をテ スト対策として配るところもあります。そのようにして生徒を集めるということまでして います。これらのような、直近のテストや点数だけにこだわる勉強のことを藤沢伸介先生 は「ごまかし勉強」とおっしゃっています。 ところがこのような「ごまかし勉強」の方法をどこで身に付けたかというと、藤沢先生 -4- によると、学校で教わったという答えが結構多いのです。このような勉強法の悪循環によ って、本来の勉強がおろそかになったのです。このような誤った学習法がはびこったのは 行政の責任だという声もありますが、むしろ、昔ほどうるさく「勉強」と言わなくなった 社会の風潮や、大学受験が少子化によって広き門になったこと、受験生を集めるために大 学も受験に必要な科目数をどんどん減らしていっていることも大きく影響しているでしょ う。ストレスをかけると暴れる・荒れるという子どもの実態があって、大人も勉強しろと 言わなくなりました。さらに、昔にはない娯楽ゲームやビデオ、携帯電話の出現など、勉 強に集中できない社会の変化があると思います。 4 新しい時代の義務教育を創造する このような時代にどのようにして子 どもの学習を活性化していけばよいの 『新しい時代の義務教育を創造する』 (2005,10,26 中教審答申) 学校教育の目的 学校力、教師力の強化により、人間力を育成 でしょうか。2005 年(平成 17 年)10 月 26 日の中教審答申「新しい時代の義 務教育を創造する」の中で、学校教育 の目的は「学校力、教師力の強化によ り、人間力を育成する」と規定される に至っています。ここで「人間力」と 国による基盤整備 インプット (学習指導要領) ・・・ 分権改革 国による結果検証 プロセス アウトカム (人事、学級編成) (全国的学力調査) ・・・ ・・・ いう言葉が中教審答申に初めて登場し ています(図3)。 この答申は義務教育特別部会の審議 をまとめたものです。私は、教育課程 部会の委員であり、義務教育特別部会 図3 の委員ではなかったのですが、義務教 育特別部会で意見を述べる機会があり、そのときの提案のいくつかがその答申の中に取り 入れられています。 「人間力」を育成するために、国は学習指導要領をつくるなど、様々な基盤整備(イン プット)を行います。しかし、地方分権という時代です。人事や学級編成については地方 の教育委員会が行う(プロセス)、という権限の委譲が行われます。ただし、その結果がど うであったかについては、国が検証(アウトカム)を行います。全国的な学力調査などは その例でしょう。 -5- 5 教育課程部会において合意された方向 教育課程部会では、基本的な学力観・ 教育観は堅持する(図4)といっていま 教育課程部会において合意された方向 すが、基本的に同じといいながら、時代、 時代で力点のおき方が違っています。 「ゆ とり教育」がいわれたころには、 「総合的 ・基本的な学力観・教育観 な学習の時間」に力が入れられましたし、 基礎基本の徹底とともに、「自ら学び自ら考える力」 などの「生きる力」を育てる 学力低下がさかんにいわれると、基礎・ 基本の徹底、測りやすい学力の重視とな ・ 「総合的な学習の時間」のいっそうの充実 ってしまいます。 「百ます計算」は確かに ・ 完全週五日制の堅持 大切ですが、そればかりになってしまう と、測りにくい学力はおろそかになりま 図4 す。今度こそ、測りやすい学力と測りに くい学力とのバランスをしっかりとって ほしいと思います。 「総合的な学習の時間」の一層の充実も方向性として出されていますが、「総合的な学習 の時間」が行いにくいという声が多い中学校・高校の先生に、賛同者を増やすなど、趣旨 の理解や、条件整備などを行政が行わなくてはいけないでしょう。中教審の教育課程部会 では、 「総合的な学習の時間」をなくしてしまおうという声はまずありません。しかし、小・ 中・高と進むにつれて、 「総合的な学習の時間」の賛同者がだんだん少なくなってしまうと いう現状があります。 「完全週五日制」は堅持すると、文科省は硬い決意です。授業時間がたりない中、私立 との競争をしている地方の進学校では、学校の自由にしてほしいという声があります。受 験に必要な時間数確保に躍起になり、歪んだ先に未履修の問題があったのです。しかし、 週五日制というというものの社会的意義を考えたとき、週五日でできることはないのかと いうことも考えていく必要があります。 6 「生きる力」の発展としての「人間力」 「人間力」というのは、もともと産業界から出てきた言葉でした(図5)。「経済財政諮 問会議」から、最近の若者の基本的資質が低下してきている、つまり、若者の「人間力」 が低下してきているという声があがってきました。当時の遠山文部科学大臣が「経済財政 諮問会議」に呼ばれて、文部科学省としての考えを説明しています。そのときには「人間 力」という言葉こそ使いませんでしたが、その後、自ら文部科学省の考えを「人間力戦略 ビジョン」としてまとめています。 私自身は、その後、内閣府が立ち上げた「人間力戦略研究会」の座長を務めました。こ の会議は、2002 年(平成 14 年)11 月~2003 年(平成 15 年)3月に集中して開かれました。 -6- 産業界のより具体的・実際的なものを求 めようという考えに、私はあまり違和感 「生きる力」の発展としての「人間力」 はありませんでした。 「人間力」の形成と いうのは、社会においては極めて大きな 内閣府「人間力戦略研究会」(2002年11月~2003年3月) 教育、産業、労働・雇用の分野から「人間力」を考える 「人間力」という言葉に触発されて教育像が広がること 問題です。 しかし、教育界と産業界では、理念や 価値観に大きな隔たりがあるものです。 産業界では、教育がしばしば「人材育成」 健全な生活を営んでいる「一般市民」をモデルに と同義語のように考えられ、企業で有能 教育によって何を育てるのか 「学問=学習=学力=学校」 から 「人間として、社会の中で、自立して力強く生きていく力」へ 知的能力的要素、対人関係力的要素、自己制御的要素 に働く人を育てるということが産業界の ニーズであり、それを人材の供給側の教 育界に期待することになります。 一方、教育界、とりわけ学校教育の分 図5 野では、社会における「自己実現」を基 本的な理念としているものの、現実には 教科学習を中心とするアカデミズムと学校組織という枠の中での社会性の涵養に重きがお かれ、産業界からの要請に直接応えることには抵抗感が強くあります。 しかし、教育界としても、ニート、フリーターなどの問題や子どもの関心・意欲の低下 という現象に直面して、その対策を講じなければならないという必要性がありました。だ から、今回はキャリア教育の必要性など共通の問題意識があったので、産業界と教育界の 議論が比較的かみあったといえます。 7 人間力形成のモデル 今までの文部科学省は、自ら学び自ら 考える力などの「生きる力」を提唱して 文化生活 メディア・リテラシー 投票行動 きました。 「人間力」とは、この理念をさ 学習スキル 批判的思考 らに発展させ、具体化したものととらえ 教科学習 コミュニケーション・スキル 社会政策 社会的スキル 協同的問題解決 人権 福祉 紛争と平和 市民生活 環境 エネルギー 社会参加 悪徳勧誘 職場見学 会に健全に生き、社会を形づくる大人を モデルとし、その資質・能力を「人間力」 職業理解 犯罪・非行 ることができます。すなわち、現実の社 として考えます。 職業生活 「人間力」とは、 「社会を構成し運営す 職業体験 消費者教育 るとともに、自立した一人の人間として 力強く生きていくための総合的な力」と 人間力形成のモデル いうことになります。 図6 -7- ところで、 「人間力」をこのようにとらえるとすると、まず、そのモデルといえる「大人」 はどのように社会の中で生きているのでしょうか。その側面は大きく三つに分けて考える ことができます(図6) 。まず、第一は「職業生活」という側面です。何らかの仕事をもち、 それを遂行することは個人が生きる糧となると同時に、経済社会の維持・発展を基礎から 支えるものとなっています。第二は「市民生活」という側面です。すなわち、民主主義社 会の一員として、社会的問題に関心をもち、直接間接に政治にかかわったり、地域活動や 市民活動に参加したりするということです。そして、第三は「文化生活」という側面です。 学校時代に留まることなく、自ら教養・知識・技能を向上させ、文化活動にかかわる意欲 と能力をもっていることです。これが人間力形成のモデルです。 このように考えると、学習スキルのように今まであまり学校で取り上げなかったものも 問題になってきます。やる気のない人は、やらされているものについてのスキルを工夫し ようとしません。これはだれしもそうでしょう。本当に意欲があれば自分から工夫をする ものです。これは勉強についても同じです。残念ながら、学習スキルを身につけないまま 学校時代を過ごしてしまう生徒は多いのです。社会の中で問題解決をしようとすれば、コ ミュニケーションスキルも大切です。このようなものについては、あまり学校では取り上 げてきませんでした。また、健全に社会生活を営もうとすれば、社会の暗い面についても 知っておくことは大事でしょう、犯罪に巻き込まれないようにすること、賢い消費者にな るための方法についても学ぶ必要があります。社会に生きる人間を考えていくとき、どの ようなことを身に付ければいいのかということに考えが及べばいいと思うのです。 学校もずいぶん射程を広げていろいろなことをするようになりました、しかし、学校で すべてをカバーすることはできません。地域や地域の大人とどのようにかかわっていくの か、その仕組みを作っていくための制度を提案しました。それは、地域で行われているさ まざまなスポーツ・文化的活動等の教育的な活動に参加すれば、あたかもラジオ体操のよ うにスタンプがもらえるスタンプラリーのような地域教育制度です。これは、東京都のい くつかの区において「学びのポイントラリー」として実現しています。具体的な資料につ いては、大阪府教育センターにお渡ししてありますので、興味のある方は参考にしてほし いと思います。この活動は、進学や就職にアピールできる活動です。塾や部活が忙しいと 言って、なかなか出てこない子どもたちですが、テレビゲームの時間はあるわけですから 時間を捻出することができるはずです。中高生が出てくるのが理想ですが、今は主として 小学生が地域のプログラムに出て来ます。 -8- 8 「習得」と「探究」の学習 中教審答申では「習得」と「探究」とい う言葉が使われていますが、学習には「2 「習得」と「探究」の学習 サイクル」があると思います(図7)。スラ イドの図(図8)にあるようなものですが、 学習の2サイクルモデル (市川、2001,2002、2004) 習得サイクル:目標とする知識・技能の獲得 探究サイクル:自らの関心に沿った探究活動 そのバランスが時代によって崩れてしまう ことがあります。この二つがリンクしてバ 基礎から積み上げる学び:習得から探究へ 基礎に降りていく学び :探究から習得へ ランスが取れるようにしたいのです。「探 中教審答申 (『新しい時代の義務教育を創造する』 p.14) 習得型の教育:基礎的な知識・技能の育成 探究型の教育:自ら学び自ら考える力の育成 究」はスポーツで言えば試合を実際にする ことであろうし、 「習得」は基礎的な練習と いうことになります。 図7 この二つは分かちがたく結び付いていま す。私は、いわゆる問題解決型の学習の研 学習の2サイクルのバランスとリンク 予習 疑問 共有 究や実践提案を多く行ってきました。しか し、それは、あくまでも基礎・基本として 表現 の習得的な学習を、堅実に行っていること が前提でした。その前提が実は必ずしも共 授 業 復習 定着 触発 有されていないことがしだいに分かってき ました。学校での学習について言えば「予 追究 習-授業-復習」を通じて既存の知識や技 探究サイクル 習得サイクル 能を身に付けるという「習得サイクルの学 習」と自らテーマに沿って問題を追究する 「探究サイクルの学習」とのバランスをど 図8 のようにとり、どのようにしてそれらを有 機的にかかわらせていくかということこそ が重要なのです。 昔は、部活動などでも、基礎練習(習得 基礎から積み上げる学び 的部分)を終えるまで試合(探究的部分) 学問体系に沿った系統的な学習 「役立つ」 までの時間的隔たり 内発的/外発的な動機づけの導入 その意義 あとから役立つ可能性 「なりたい自己」 「なれる自己」の拡大 体系的知識による経験の整理 ・ 関連づけ 学習のモニタリング はさせてもらえませんでした。しかし、基 礎練習だけでは、面白くなくつらいもので す。「基礎から積み上げる学び」(習得サイ クル)が学校では中心になるのでしょうが、 目的的な行動なら「必要感」をもって子ど 2007/11/8 もたちは基礎を学ぶわけですから、基礎的 な知識・技能(習得)の実用性が分かる「基 図9 礎へ降りてゆく学び」をときには取り入れ -9- ていく必要があります(図9、図 10)。 基礎に降りていく学び 目的的行動の過程で , 「必要感」 をもって基礎を学ぶ 実践性, 実用性の重視 学ぶことの意義の明瞭性 知識が生きてはたらくという実感 機能的学習環境 例 : 語学, コンピュータ, 統計学, ・・・ 図 10 - 10 - 9 三宅ゼミの機能的学習環境 80 年代の半ば、 「機能的学習環境」とい う言葉に出会いました(図 11)。コンピ ュータネットワークを教育にどのように 三宅ゼミの機能的学習環境 活かすかということを考える時に、私が いつもひな型として思い出すのは、三宅 1980年代の半ば、青山学院女子短期大学 自分たちのテーマを追究する「英語の授業」 女性の自立、女性と仕事、子育て、・・・ パソコン通信で、アメリカやイスラエルにアンケート送付、 レポート交換 なほみ先生(現中京大学教授)が青山学 院女子短期大学において行なっていた実 践です。もう 20 年くらい前になりますが、 機能的学習環境 (functional learning environment) 学習者にとって、学んでいることの意義が見えやすい学 習の場の設定 テレビや新聞でも紹介されたことがある ので、覚えていらっしゃる方もいるかも しれません。 図 11 彼女のゼミでは、学生たちが「女性と 仕事」「女性の自立」「子育て」などのよ うなテーマを設定して、アメリカやイスラエルの人たちにネットワークでアンケートを出 したり、研究の交換をしたりするのです。自分たちで話し合っているだけではとても出て こないような回答が返ってきて、問題の立て方を根本的に考えさせられるような経験をし ます。このような活動を通じて、電子メールやエディタの使い方にも自然に慣れ、使える 英語を身に付けていきます。 この活動のようすを私はよく授業で学生に紹介します。そして、「いったい何の授業だと 思うか」ということで、 「心理学/社会学/コンピュータ/英語」の中から選ばせてみると、 心理学、社会学、コンピュータに答えが集中します。実は、これは英語の授業なのです。 三宅さん自身は認知心理学者ですが、たまたま当時英語の時間も担当することになってお り、これは三宅さんの考えるところの「英語教育」なのです。 三宅さんが当時好んで用いた用語に「機能的学習環境」というものがありました。今で はそれほど一般的に使われていませんが、私はとても大事な概念だと思いました。 「機能的」 ということは、「生きてはたらく」ということです。つまり、英語なり、コンピュータの技 能なりが、自分のやりたいことを実現するために機能していることです。このように、学 んだことがどのように役に立つのかが学習者にとって把握できるような学習環境というの が機能的学習環境なのです。 「コンピュータは道具である」とはよくいわれる言葉ですが、道具には「使い方の教育」 と「活用のしかたの教育」とがあると思います。コンピュータを操作する技能だけを教え て「あとは好きなように使ってみましょう」というのでは、生徒たちはそれがどのように 活かされるのかを実感することはできません。むしろ、コンピュータを使うことによって ワクワクするような活動が展開されるような学習状況を設定すれば,操作については意識 しなくても付随的に学んでしまうのです。 - 11 - 10 Think Quest 最近では Think Quest なども面白いと 思います(図 12)。これは国際的な教材 ホームページのコンテストですが、自分 ThinkQuest たちが調べた課題についてチームを作り 共同的な問題解決を図る活動です。自分 国際ホームページ・コンテスト(最近は、国内版も) たちが習得したことを活用することがで 内容は、「教材」であること 12才から18才の学生(中学・高校生) 2~3人のチームをつくって参加 必ずコーチをつける きるとともに、探究・活用することによ って習得にも戻っていける活動だと思い ます。 Advanced Network & Services, Inc. http://www.thinkquest.org/ Think Quest の活動において、インタ ビューをするときにはコミュニケ-ショ 図 12 ン力や国語力も身に付きますし、文章 も書かなくてはいけません。これを英語にするときには、当然、英語力が必要になってき ます。このような実践的な英語力は受験にも役立つでしょう。五年後、十年後を考えると き、何か自分たちが教科の中で身に付けた力を発揮できるような活動を取り入れたらどう でしょう。 「探究型の活動」でありながら、自分の国語力や英語力に疑問や不十分さが生じ れば、基礎へ(「習得」へ)帰っていくこともできます。この活動は、探究学習の中で、基 礎・基本が生かされ、基礎・基本の大切さを体験的に理解することができるものです。国 内版もあり、私はこの数年、審査員として参加しています。 11 基礎学力はどのようにして保障するのか 最後に、 「基礎学力の保障」の問題です が、授業時間は減り、その中で基礎学力 基礎学力はどう保障するのか を落とさない魔法のような方法が果たし てあるのか、という質問をよく受けます。 授業時間数が減っても基礎学力を落とさない方法 教えて考えさせる授業 家庭学習を含めた学習スキルの育成 学力・学習力診断テスト“COMPASS” 学習法講座 予習・復習の習慣と方法 授業外の学習支援システムの充実 学習相談室 自治体による補充・発展学習ゼミナール 私は「ある」と思います。まず、次のよ うなことを地道に行うことです(図 13)。 まず、 「教えて考えさせる授業」を基調 にすることです。特に、習得型の学習の 場合、しっかり教えて考えさせる授業を 実践する必要があります。高校の先生は 図 13 「何を当たり前のことを」と思うかもし れませんが、90 年代には特に小学校で、 習得させるべき内容についても「教えずに考えさせる」授業がかなり広まってしまったの です。 - 12 - 次に、「家庭学習を含めた学習スキルの育成」です。生徒は授業ですべての学力を身に付 けるのではありません。授業は「要」ではあるけれども、すべてではありません。家庭学 習が重要です。どこでつまずいているのかが分からなければ対策は立てられません。だか ら、学力を診断できるテストを活用するのです。「COMPASS(コンパス)」という診断テスト を小学校5年~中学校2年に対して開発しましたが、これなどは高校1年に対しても有効 かもしれません。「COMPASS(コンパス)」もまた、府教育センターにサンプルがありますの で、関心のある方は問い合わせてもらいたいと思います。「COMPASS(コンパス)」を行い、 その上で、学習法講座を行います。 「どのようにして勉強すればいいのかが分からない」生 徒に、予習や復習のやり方(スキル)を教えるのです。 最後に、「授業外の学習相談システムの充実」です。ちょうど保健室が体の不調を訴える 生徒が駆け込むところであるように、授業とは別に、学習に悩む生徒が勉強のことを相談 することができるシステムを学校内につくることです。図書館や児童館などに相談室を置 くのも一案です。学校週五日制でも、土曜日を活用することができます。というのは、場 所は学校であっても、運営は地域などが行い、活動場所だけを行政が保障すればいいので す。中身(講師・予算)は自治体や地域が提供するのです。首都圏では、「土曜スクール」 で、特に中学校が土曜日に補習を行っているところが多くありますが、私は、運営や講師 を学校に押しつけてしまうのは、よくないと思っています。 12 「教えて考えさせる授業」の提案 では、先の三点を詳しく見ていきまし ょう(図 14) 。 「教えて考えさせる授業」の提案 まず、 「教えて考えさせる授業」ですが、 以前「つめ込み」 「教え込み」と言われた 「教えて考えさせる授業」 (市川、2001, 2004) 「詰め込み」「教え込み」:旧タイプのわからない授業 教えずに考えさせる授業:新タイプのわからない授業 教えて考えさせる授業 予備知識の教授により、理解・問題解決・定着を促す 中教審答申 (p.15) 「読み・書き・計算」などの基礎・基本を確実に定着させ、 教えて考えさせる教育を基本として、自ら学び自ら考え 行動する力を育成すること。 「旧タイプの分からない授業」がありま した。教師が一方的に解説をして教え込 んだ授業です。 その反動もあって、90 年代から「教え ずに考えさせる」という新しいタイプの 「分からない授業」が浸透してきました。 図 14 教えずに支援するのがいい授業だと言う 考えが出てきました。「教え込み」とは 逆に「先生が説明をしてくれない授業」です。特に、習得型の学習の場合、学習や発達の 過程には「教えられて理解し、さらにその先を考えていく」ことが不可欠です。高校の先 生方の場合、「何をあたり前のことを」と思うでしょう。これは当然の「学び方」ですし、 結果的に理解や問題解決や定着が促されます。これは習得型の学習の基本であると思いま す。2005 年 10 月の中教審答申でも「教えて考えさせる教育」として書かれています。 - 13 - ところが、 「教えずに考えさせる」授業 では、まず単元の導入時にほとんど知識 を与えないまま、考えたり討論したりし 教えずに考えさせる授業 ます。自己解決力をつける、課題解決を 促すあまり、教えずに「発見」や「討論」 新しい学習事項 授業の流れ などを習得部分でも行おうとするのです。 問題提示 自力(協同)解決 確認(まとめ) ドリルまたは発展 既習内容 例えば、授業中に教科書を使わない、予 習を促さない、 「○○を考えよう」という 呼びかけで始まり、すべてを自力発見さ せようとするような授業です。新しい概 念については、教師からは教えず、生徒 に考えさせ発見させようとし、多様な考 図 15 えが出ることを促すようなことを授業で 行うのです(図 15)。 13 「教えずに考えさせる授業」の問題点 このような授業では、既習内容をもと に考えることを促しても考えあぐねてし 「教えずに考えさせる授業」の問題点 まうのです。また、先取り学習をしてい る子どもにとっては答えがすぐに分かっ 先取り学習をしている子、すぐに解がわかった子 にとっては、非常に退屈 学力の低い子は、自力解決もできず、討論にもつ いていけない 問題解決学習をめざしているのに問題解決学習にならない て非常に退屈なものになるのみならず、 学力に課題がある子どもにとっては「ど こが分からないのかさえ分からない」と いうように自力解決もできず討論にも参 教師がていねいに説明する時間がなくなる 基本的事項すら理解できない子どもを大量に生み出す 加 できな い授 業 に な っ て し ま い ま す 。 さらに、自力解決や討論に多大な時間を 消費するために、教師が丁寧な説明をし 図 16 たりまとめをしたりする時間も失われて しまいます。その結果、基本的事項すら 理解することができない子どもを大量に 生み出すのです(図 16) 。 - 14 - 14 「教えて考えさせる授業」 「教えて考えさせる授業」では、教科 書に書いてあるような知識については、 教えて考えさせる授業 理解深化課題 未習のこともしっかりと教えます(図 17)。 しかし、そのままでは今までの「教え込 新しい学習事項 み」になってしまいます。教師が仮に教 授業の流れ 教師からの説明 理解の確認 理解深化課題 自己評価活動 既習内容 えても、分からない子どもがいる、教科 書を読んでも分からない子どもがいると いうのが前提です。そこで、教科書やノ ートの分からないところに、付箋(小学 校では「ペタリン」といっていますが) を貼るということをさせます。それで、 図 17 どこでつまずいているかが分かります。 しかし、「分かっているか、分かってい ないかも分からない」といった子どもがいます。一つのめやすとして、習ったことを他人 に説明できそうかどうか、例えば、図やグラフが出てきたらその意味を説明できるかどう かで理解しているかいないかを判断するのです。新しい数学用語が出てきたらそれを説明 することができるかどうか、説明することができないと思ったらそこに「ペタリン」を貼 るのです。そして、グループで教え合いをさせて基本の理解を深めるのです。もしグルー プで対処することができなければ、そこには教師が入っていけばよいでしょう。その上で、 「理解深化課題」として今の知識を応用する課題や、誤解をしていないかどうかを確認す る課題を行うのです。授業の最後に、理解を深める上で、自己評価をさせることは欠かせ ない活動です。「今日の授業で分かったことは何か」「新たに理解したことは何か」を書き とめ、理解度を自己確認するための自己評価を行うのです。 15 「教えて考えさせる授業」への誤解 教えて考えさせる授業については、よ く誤解があります。例えば、 「あなたは 問題解決学習を否定するのか」と言わ 「教えて考えさせる授業」への誤解 れることがあります。私は問題解決学 習を否定するどころか、むしろ、推奨 「問題解決学習を否定するのか」 「教え込み、詰め込みを奨励するのか」 「教えて、考えさせればこの授業になるのか」 しているつもりですから、 「多くの子ど もに基礎知識を定着させて、より多く 重要なポイント 「未習だが教科書に出ている内容」 を教えるのが原則 教えたあとには、理解確認課題をていねいに 説明活動、教えあい、小テストなど 問題解決や討論は、基礎知識を共有してから 授業後に、内省、質問を促す工夫 やがて、最初の「教える」の部分を予習活動に移行 図 18 - 15 - の子どもを討論や解決学習に参加させ たい」のです(図 18)。 また、 「あなたは教え込みや詰め込み を奨励するのか」といったことも言われます。詰め込みや教え込みとは、子どもの理解度 を無視して教師がどんどん説明をすすめる授業のことです。理解確認の活動(教えあい・ 自己評価)を丁寧に行えば、単なる教え込みにはなりません。また、私の意見に賛成であ る、という人も誤解している場合があります。 「要するに、教えて考えさせればいいのです ね」というものです。これは高校の先生に多い誤解なのですが、このような先生の実践に おいては、まず「解説」(教え込み)があり、その後で「考える活動」(発展的活動・問題 解決活動)が行われています。確かに、教える場面と考えさせる場面はありますが、前半 では「詰め込み」(古いタイプの「分からない授業」)が展開され、後半では、新しいタイ プの「分からない授業」が展開されたに過ぎないのです。本当に子どもたちに理解が共有 されたのかどうかの確認がないからです。 私のいう「教えて考えさせる授業」は、前半では「教えあい、小テスト」などでしっか りと基本の理解を図り、その後、討論や問題解決、応用を全部の生徒が参加して行うもの です。討論や問題解決の結果は、自己評価・内省によって子どもたちに共有されるもので す。「このようなことが分かった」という達成感・充実感を味わえる授業にするため、教え あい、自己評価などの確認をしっかりと行うのです。 最初の「教える」という部分は、学年がすすむにつれて予習に移行していくことを考え ます。小学校でも4年生くらいから徐々に予習をとりいれることができます。ところが、 予習というと、大変な反発があります。「授業での新鮮味や驚きが失われる」というのが、 その理由です。私は、予習をしてきたからといって授業の新鮮味が失われるということは なく、むしろ、予習で分からなかったことを分かるようにすることや、予習では味わえな い「生の体験」(実験など)をさせることが授業の本来の意義であると考えます。教科書に 出ていることの確認だけでは、実験は確かにつまらないものになるでしょう。教科書で出 ていることだけではなく、出ていることをもとにして、授業ではより深いところ、高いと ころまで考えさせることを「教えて考えさせる授業」ではめざしているのです。 私は小学校の先生には「もっと堂々と教えてください。」といっています。一方、高校の 先生には「もっと自分が教えたことの理解度を確認してください。」といっています。静岡 県では「教えて考えさせる授業」を県教委のテーマとして取り組んでいます、高校では理 解度のモニターを中心に進んでいます。「あれだけ教えたのに分かっていない。」という思 いを先生方は定期テストでしたことがないでしょうか。もっと、授業の中でこまめに理解 度の確認をすることが学力の向上に対して有効なのです。 16 学習法講座 学習法講座の例を紹介したいと思います(図 19)。私の本の『学ぶ意欲とスキルを育てる』 に詳しく書いてありますが、漢字・計算・英単語の暗記などの単純な学習も、何らかの工 - 16 - 夫をそこに織り込まないと長続きしないの 家庭学習の方法をとりあげた授業 です。割り算でも、いつも筆算ですればい 学習法講座:自分の学習方法を見直す いというものではありません。簡単に割り 切れるようなものは暗算で済ますのが大方 対象:中2 (東京大学附属中等教育学校) 実施時期:2003年7月10日(50分授業、3クラス) の大人のやり方でしょう。しかし、つまず K子ちゃんへの学習指導のようすを紹介 く子どもは不得意だという意識からか、何 「20平方メートルは何平方センチメートルか」 K子ちゃんの学習方法の問題点 定義に立ち返って考える習慣がない 手を動かしながら考える習慣がない でも筆算に頼り、結局書き間違いなどをし 「やるっきゃない」と思われがちな御三家:漢字、計算、英単語 工夫計算のテスト 英単語記憶法=苦手単語集中法の体験- て間違ってしまうのです。そこで、ちょっ と工夫をすると正解にたどり着けるという 図 19 経験をさせるのです。2~3秒考える(工 夫する)経験をさせます。うちの研究室で 開発している「COMPASS(コンパス)」とい 課外授業での学習支援の例として 学習法講座:英単語学習法を探る う学力診断テストにはそういう問題を入れ てあります。 英単語の記憶においても、不得意な単語 ほど、めだつように書く、関連するものを 対象:中3~高2 (東京大学附属中等教育学校) 実施時期:2000年8月(1日約90分、4回) 市販の単語集(旺文社「ターゲットシリーズ」の1400/1100) まとめるなどの工夫を経験させます。他に も、英単語の記憶方法にはいろいろなもの 単語の記憶方略(対連合学習 vs 関連づけ方略) 苦手単語集中法の体験 分類作業を通じての記憶法の経験 動詞の活用型による分類/動詞から名詞への派生語 いろいろな英単語記憶法の紹介 関連づけ法/構成要素法/英語交じり日本文/etc. があります。ただ工夫もなく、反復して覚 えようとして挫折していた生徒もやる気が 出てくるのです(図 20) 。 数学用語を自分で説明するなどの活動も 図 20 弱いと思われます。逆数、反比例などもう まく説明することのできない生徒が多くい ます。このような基礎的な概念を問う問題 は、普通のテストにはあまり出ません。 課外授業での学習支援の例として COMPASS においては、そういう基礎を確認 学習法講座: COMPASSの基礎力を伸ばす することができるようにしています。 COMPASS でのとくに弱い生徒が多い課題を、 COMPASSに関連した学力要素の育成 品川区立荏原第三中学校、金沢市立清泉中学校の授業で 試行的に実践 授業外の学習支援として、文京区立第六中学校で課外授業 学習法講座として取り入れるという活動を 文京区立第六中学校の課外授業などで行っ 数学用語に強くなろう 図表をかきながら考える 論理的に考えるには 工夫計算 ています(図 21)。 図 21 - 17 - 17 学習ゼミナール:教えることを通して学ぶ 学習ゼミナールは、夏休みに、大学に 地域の子どもたちを呼んで行っているも 地域の授業外学習支援の例として のです。私や大学院生たちが、授業を行 学習ゼミナール:教えることを通して学ぶ に結びつくような講座をすることがあり 対象:中2 (文京区でDMにより公募) 実施時期:2001年8月(1日約50分、全18時間中4時間) 単元:順列と組合せ ます。たとえば、数学では、 「人に教える つもりで説明する意味を考えさせる」な 「人に教えるつもりで説明する」ことの意味 わかっていない箇所の発見/コミュニケーション力 「テキストや授業の解説がわからない」という状態をつくる 小グループでの教え合い/アシスタントからの指導 小学生にもわかるような表現で説明 応用問題の解説:あとから見てわかるようなメモを残す まとめの問題:組合せの求め方の意味的理解 ど、自分で分かっていない箇所を意識さ せたり、人とコミュニケーションする力 を付けさせたりするのです。学習結果を 作品(ポスターなど)にして発表したり 図 22 18 います。ここでも、普段の学習のしかた することもあります(図 22)。 授業外学習ポイント制度 授業外学習ポイント制度についてです 地域の学習の場を活性化する試み が、これは「人間力」育成にかかわる文 化・スポーツ・市民生活・職業理解そし 授業外学習ポイント制度 て教科という五つのジャンルにかかわる 地域で行う超・選択学習 自治体、市民団体、NPO、民間企業、大学、地域の施設等が 教育プログラムを提供 学校を通じて、児童・生徒に紹介 地域の活動に子どもが参加する活動です。 日本では、子どもが社会人とかかわるこ 分野としては、 教科学習/文化・スポーツ/市民生活/職業理解 とが少ないと思われます。社会、仕事に 具体的な運営・実施形態 学校による運営:寺家小学校、名木野小学校、山谷小学校 市民団体による運営: 学びのポイントラリー 対する理解を深める意味でも、ポイント ラリーに出ることを促す学校が出てきて ●地域の学び推進機構 http://www.chiiki-manabi.org ● 2007/11/8 図 23 います。この授業外学習ポイント制度に 生徒が参加し、その中で「このような大 人になりたい」という思いを深めて、人 間力の形成に役立ててほしいと思います (図 23)。話が、長くなってしまいまし たが、最後までご静聴ありがとうござい ました。 - 18 - 参考図書紹介 これからの教育のあり方 『学ぶ意欲とスキルを育てるーいま求められる学力向上策ー 』(小学館) 『開かれた学びへの出発ー21世紀の学校の役割ー 』(金子書房) 『学力低下論争』 (ちくま新書) 『学力から人間力へ』 (市川編、教育出版) 教えて考えさせる授業 『教えて考えさせる授業』 小学校 (市川・鏑木編、図書文化) 心理学から見た学習のしくみとスキル(中学・高校生向け) 『心理学から学習をみなおす』 (岩波高校生セミナー) 『勉強法が変わる本ー心理学からのアドバイスー 』(岩波ジュニア新書) - 19 -