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箱玉系の研究
A study of the box and ball system
物理学専攻 木村 稜
Physics Ryo Kimura
(1) 研究目的
近年注目を集める箱玉系について、特にリーマン予想とのつながりに興味をもった。本修士論文で
はその歴史的背景をも含めた箱玉系をレビューする為に研究した。
(2) 内容
① ソリトン
ソリトンとはある特徴を持った波の現象。その特徴とは、衝突(相互作用)しても振幅・速度が変
化しない。さらに、衝突の際に位相のずれが生じる。ソリトンを解とする代表的な方程式として、KdV
方程式
u
t
6u
u
x
3
u
x3
0
を挙げる。ソリトン方程式は非線形であるにも関わらず厳密解を求めることが出来るなどの特徴があ
る。現在では、1981 年の佐藤理論によって「ソリトン方程式の解全体の作る空間はグラスマン多様体
である。
」という統一的な理解が得られており、ソリトンという不思議な現象のからくりは数学的には
明らかになっている。
② セルオートマトン
セルを横一列に並べて、各セルに状態変数を設定したモデル。簡単なルールを課してセルの状態の
パターンを表示する。時刻(t+1)の状態は以下の様に時刻 t のセルに依存し定まる。
U tj
1
f U tj 1 , U tj , U tj
1
ルールは簡単であるにも関わらず複雑なパターンを示し、様々な分野でシミュレーションとして利用
されている。
1次元のセルオートマトンの系統的な分析はウルフラムによってその詳細を得ているが、
当時から「ソリトン的パターンをセルオートマトンで再現できるのか」という 1 つの疑問があった。
結論から言うと、エレメンタリーなセルオートマトンのルールでは成功せず、新たなルールの提案を
待つ必要があった。
③ フィルター型セルオートマトン
エレメンタリーセルオートマトンの違いは以下の式で表すように、状態を決めるのに時刻(t+1)
の状態をも使用しており、そのことから必然的にパターンは左から右へ順に決めていくという制限が
課されることになる。
r
r
1 ( U tj
U tj
i 1
1
U tj i が
0でない偶数のとき)
1
i
i 0
r
r
0 ( U tj
i 1
U tj i が0または奇数のとき)
1
i
i 0
この系は、ソリトンのようなパターンは現れるのだが、時には散逸的になってしまったりして完全な
ソリトン系とは言えなかった。
④ 箱玉系
1990 年、完全なソリトンセルオートマトンとして提案されたものが、高橋大輔・薩摩順吉による箱
玉系であった。フィルター型セルオートマトンをルーツとするが、状態のパターンを箱と玉を使って
説明することから「箱玉系」となっている。その時間発展のルールは「玉を左から右へ順に空箱に移
動する。
」という至ってシンプルなものだった。簡単な例を図示すると、
となる。ここでは、
「□」を空き箱、
「■」を箱に玉が入っている状態とする。玉のつながりがソリト
ンに対応している。ソリトンは 1 ステップ当たりつながっている玉の個数分だけ右に移動しており、
左から右へソリトンが伝播しているとみなせる。t=5 で衝突しているが、衝突後もそれぞれのソリト
ンの速度・振幅(玉の個数)は変化せず、バラバラになってもいない。さらには、衝突後それぞれの
ソリトンは本来いるべき位置より左右にずれてから再び伝播を開始している。つまり、位相のずれを
再現している。以上のようなことから、箱玉系は非常にシンプルなモデルではあるが、ソリトン現象
を再現しているモデルと言える。
⑤ 超離散化
箱玉系が数学的のもソリトンとのつながりがあることを示す方法として超離散化を使う。超離散化
とは時間・空間に加えて、変数部分まで離散化する手法である。
微分方程式
差分方程式
(ソリトン方程式)
時間・空間
連続
変数
連続
⇒
(差分ソリトン方程式)
離散
超離散方程式
⇒
(セルオートマトン)
連続
離散
離散
具体的には以下の変数部分に以下の極限操作を行う。
A
lim log e
0
B
e
max( A, B)
この操作は代数的には通常の四則演算を以下のマックス−プラス代数に変形する操作のことである。
a+b=c ⇒ max(A,B)=C, a×b=c ⇒ A+B=C, a÷b=c ⇒ A-B=C
(ただし、引き算に関しては極限が発散する場合があるので必ずしも超離散化できるとは限らない。
)
つまり、超離散系においてはマックスとプラスの演算しかないので、初期値や係数が整数値なら結果
は全て整数値になる。具体的に箱玉系とのつながりが示されたソリトン方程式はロトカ−ボルテラ方
程式で、その流れを以下に示す。
db j
j 1
bj bj
dt
bj
1
B
1
t 1
j
Bit
min 1 B ,
Bit
1
i
【ロトカ−ボルテラ方程式】
【箱玉系の時間発展則】
(変数変換・差分化)
b nj
b
t
j
1
n
j
1
b nj 1
1
n 1
j 1
b
(変数変換×2)
S tj
【差分ロトカ−ボルテラ方程式】
1
B nj
S tj
V jt 11 V jt
(超離散化)
B nj
1
1
min 0,1 S tj
max 0, V jt
1
1
1
S tj
1
max 0, V jt 1 1
(座標変換)
max 0, B nj 1 1
max 0, B nj 11 1
【超離散ロトカ−ボルテラ方程式】
⑥ 結晶化
2 次元正方格子(可解格子模型)を考える。この分野とのつながりは、箱玉系の玉を区別した拡張
型における BBS 散乱則(3 つ以上の相互作用はすべて 2 つの相互作用であらわすことができ、その
順番に寄らないという規則)からくるものである。BBS 散乱則は箱玉系におけるヤン・バクスター関
係式を満たすと表現できる。
格子の辺上に状態変数を設定し、モデルの絶対零度極限を考える。そこで、一様に定まった状態変
数のパターンをセルオートマトンの時間発展パターンだとみなすことを結晶化という。ボゴヤフレン
スキー格子(パラメーターを制限するとロトカーボルテラ方程式を含む)を結晶化することで箱玉系
の時間発展パターンを示すことが報告されている。この分野では、本来数学の量子群による表現が多
用されており、それが箱玉系を理解する上でも大きなツールとなる。
⑦ 周期系
箱玉系の右端と左端をつなげた周期系を考える。周期系での 1 つの問題は初期状態が再び現れるま
での時間―「基本周期」―を求めるということである。基本周期を求める大きな手がかりは箱玉系に
おける「10」というペアが時間発展に対して保存量になっていることから導かれるヤング図形である。
もちろん、
「10」ペアによるヤング図形も保存量である。初期状態に制限があるものの、
(弱い意味で
の)基本周期を求める公式は
T
L.C .M
Ns Ns 1 Ns 1Ns 2
N N
,
,L , 1 0 ,1
l sl 0
l s 1l 0
l 1l 0
で与えられる。一般の基本周期を求める明示的な公式はまだないが、その漸近評価を与える式が存在
し、それはリーマン予想から導かれる。
リーマン予想(ゼータ関数の自明でない零点の実数部は全て 1/2 である)とは素数分布論に関する
未解決問題である。リーマン予想が成り立つと仮定した場合、チェビシェフのΨ関数に関する命題を
元に
log T
2 N
O N 1 / 4 log N
2
(N→∞)
が導かれる。
⑧ 組合せ論
箱玉系のアルゴリズムは組合せ論においても議論が可能であり、超離散化に当たる考えが組合せ論
の分野にも登場する。特に周期系でも力を発揮したヤング図形(ここではその拡張のタブロー)に関
して、RSK 対応から箱玉系の時間発展が表現できる。まだまだ、研究の余地がある分野だが別の角度
から箱玉系を分析するツールとして期待されている。
(3) まとめ
・ 箱玉系はソリトンのパターンを完全に再現したモデルである。
・ 箱玉系は超離散化によってソリトン方程式とつながりがある。
・ 超離散化はセルオートマトンと微分方程式との対応を示す一つの手段である。
・ 可解格子模型の結晶化によって箱玉系の時間発展パターンが表れる。
・ 周期箱玉系の基本周期における命題がリーマン予想と同値である。
(4) 今後のこの分野における展望
・ 他のソリトン方程式の超離散化。
(超離散化の負の問題のなどの解決)
・ 超離散化の他分野への応用。
(カオスの分析ツールとしてなど)
・ 「ソリトン方程式の超離散化」=「可解格子模型の結晶化」の枠組みの理解。
・ 一般の基本周期の明示的な公式を求めること。
(リーマン予想の解決の手がかりの 1 つ)
・ 実用上の応用価値の探求。
(公開鍵暗号など)
(5) 参考文献
・「SOLITON-LIKE BEHAVIOR IN AUTOMATA」 James K. PARK, Kenneth STEIGLITZ,
William P.THURSTON
・
「差分と超離散」 広田 良吾,高橋 大輔 <共立出版>
・「Fundamental Cycle of a Periodic Box-Ball System」Daisuke Yoshihara, Fumitaka Yura,
Tetsuji Tokihiro
<J.Phys A:Math. Gen. 36 99-121>
・ 「FUNDAMENTAL CYCLE OF A PERIOD BOX-BALL SYSTEM: A NUMBER
THEORETICAL ASPECT」 TETSUJI TOKIHIRO and JUN MADA <Glasgow Math. J.
47A (2005) p.199~204>
・ 「素数に憑かれた人たち」 John Derbyshire 著 松浦 俊介 訳 <日経 BP 社>
・ 「量子群とヤン・バクスター方程式(シュプリンガー現代数学シリーズ)
」
神保 道夫 <シュプリンガー・フェアラーク東京>
など。
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