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殺オオカミ事件模擬裁判・・・中学生向き

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殺オオカミ事件模擬裁判・・・中学生向き
「オオカミなんか怖くない」殺オオカミ事件
高松地方裁判所 ***支部
平成16年(わ)第1号事件
(俳優役生徒 6名)
裁判長
被告人
検察官
弁護人
被告人
証 人
カーリー・ザ・ピッグ
1名(男子・女子を問わない)
1名(男子・女子を問わない)
1名(男子)
1名(女子1名、被害者オオカミの母親)
1
刑法第199条(殺人罪)
人(この場合はオオカミを含むものとする)を殺した者(この場合は豚を含むも
のとする)は、死刑・無期懲役または3年以上の懲役に処する。
刑法第35条1項(正当防衛)
急で不正な攻撃から自分または他人の権利を防衛するためにやむを得ずにした
行為は罰しない。
刑法35条2項(過剰防衛)
急で不正な攻撃から自分や他人の権利を防衛するためにした行為でも、防衛の程
度を越えた行為(行き過ぎた行為)は罰せられるが、事件の事情により、刑を軽く
したり、免除することができる。
憲法38条1項(不利益供述の強要禁止)
誰でも、自分に不利益なことを話すよう強制されない。
刑事訴訟法311条1項(黙秘権)
被告人は、裁判において、最初から最後まで黙っていたり、個別の質問に対して
答えを拒むこともできる。
刑事訴訟法291条2項(黙秘権の告知等)
裁判長は、起訴状が読み終えられた後、被告人に対して、最初から最後まで黙っ
ていたり、個別の質問に対して答えを拒むこともできるなど、被告人の権利を保護
するため必要な事項を告げた上で、被告人及び弁護人に対して、事件について述べ
る機会を与えなければならない
刑事訴訟法154条(宣誓)
証人には、刑事訴訟法が特に例外を定めている場合を除いて、宣誓をさせなけれ
ばならない。
刑法169条(偽証罪)
法律により宣誓した証人がうそを述べたときは、3月以上10年以下の懲役に処
する。
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裁判長
これより開廷します。被告人は前へ出てください。
被告人、名前はなんと言いますか?
子豚
カーリー・ザ・ピッグです。
裁判長
検察官、起訴状を朗読してください。
検察官
はい。公訴事実(こうそじじつ)を読みあげます。
被告人は、自分の兄2人がオオカミに食べられてしまったと聞き、オオカミに恨み
(うらみ)を持ち、チャンスがあればオオカミを殺してやろうと思って、そのチャ
ンスを狙っていたが、平成15年3月15日、オオカミにお祭りに誘われると、オ
オカミを怒らせればエントツから家の中に入ってくるにちがいないと考え、暖炉
(だんろ)でお湯を沸かす用意をしたうえで、約束の時間より前に自分ひとりでお
祭りに行ってしまい、また、樽(たる)の中に入ってころがり、オオカミをおどろ
かせたうえに、あとで自宅にやってきたオオカミを侮辱(ぶじょく)したため、怒
ったオオカミが、被告人の家のエントツから家の中に入ろうとするのを見て、ねら
いどおりにオオカミを殺してしまおうと決意し、暖炉(だんろ)のナベのフタをと
り、あらかじめナベの中にわかしておいたお湯にオオカミを転落させて、すぐにナ
ベのフタをしめ、オオカミに全身やけどを負わせて死亡させたものであります。
以上の事実は、刑法第199条の殺人罪にあたりますので、正しい処罰をお願い
します。
裁判長
では、最初に被告人に注意しておきます。被告人には、黙秘権(もくひけん)と
いう権利があります。被告人は、この裁判でいろいろな質問をされますが、答えた
くなければ答えなくてもかまいません。黙っていたからといって被告人が不利にな
ることはありません。
もちろん、答えたければ答えてもかまいませんが、被告人が答えたことは、被告人
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に有利な証拠になることも不利な証拠になることもあります。被告人、わかりまし
たか?
子豚
はい、わかりました。
裁判長
では、被告人に質問します。さきほど検察官が読み上げた公訴事実(こうそじじ
つ)は、そのとおり間違いありませんか?
子豚
とんでもありません。全然ちがいます。ぼくがオオカミを殺すチャンスをねらっ
ていたなんてことはありません。おそろしいオオカミをこの僕が殺してやろうなど
と考えるはずがないでしょう。あの日は、晩ごはんに「湯どうふ」を食べようと思
って、煙突の下の暖炉で、お湯をわかしていたのです。ところが、オオカミが「お
前を食べてやる」と言ってエントツから入ってこようとしたので、
「入ってくるな。」
と言って、オオカミに警告するつもりで、ナベのフタをとったんです。そしたら、
鍋から、バーッともの凄い湯気があがってしまったのです。そしたら、そこにオオ
カミが落ちたのです。オオカミは、「お前、殺してやる」と大声を上げて、ぼくに
飛びかかろうとしました。そこで、もう、恐ろしくてオオカミの姿を見ることさえ
もできず、必死でナベのフタをしめました。そしたら、すぐに、オオカミが鍋の中
で動かなくなったんです。
裁判長
弁護人の意見はいかがですか。
弁護人
裁判長。検察官の言い分は、実にばかばかしいものです。オオカミが、子豚にと
って、どれほど恐ろしいものであったかということは、オオカミが被告人の兄弟で
ある2匹の子豚を食べてしまったことからも明らかです。そのオオカミが、「お前
を食べてやる」と言って無理やり被告人の家に入ろうとしてきたのです。オオカミ
こそ、被告人の住居に侵入して、被告人を殺そうとしたのであります。かわいそう
な被告人は、恐ろしいオオカミから自分の命を守ろうとしたのですから、もちろん
正当防衛で無罪です。もし被告人がそうしなかったら、食べられていたのは被告人
のほうだったのです。
裁判長
被告人と弁護人の意見は、被告人がオオカミを殺したことは間違いないけれども、
それは正当防衛であるから無罪であるということですね。それでは、次に、証拠調
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べの手続を行います。検察官、公訴事実について、どのような証拠で証明しますか?
検察官は、証明しようとすることについて、冒頭陳述(ぼうとうちんじゅつ)をし
てください。
検察官
はい、検察官が証明しようとする事実は以下のとおりであります。まず、被告人
は、子豚3兄弟の3男として生まれました。被告人は、あるとき被告人の兄2人が
オオカミに食べられてしまったと聞き、次第にオオカミに恨み(うらみ)を持つよ
うになりました。そして、チャンスがあればオオカミを殺そうと考え、計画を練っ
ておりました。そして、被告人は、平成15年3月15日、オオカミにお祭りに誘
われた際に、オオカミを怒らせれば被告人を殺すためにエントツから家の中に入っ
てくるにちがいないと考えました。被告人は、オオカミと一緒に祭りに行くと約束
をし、すぐに暖炉(だんろ)で大量のお湯を沸かしました。そして、約束の時間よ
り前に自分ひとりでお祭りに行ってしまい、さらに、樽(たる)の中に入ってころ
がり、オオカミをおどろかせました。そして、祭りにこなかった被告人の安否を心
配して自宅にやってきたオオカミを侮辱(ぶじょく)したのです。そして、オオカ
ミを激怒させた上「入って来れるもんなら入ってみろ。」と挑発し、怒ったオオカ
ミが、被告人の家のエントツから家の中に入ろうとするのを見て、ねらいどおりに
オオカミを殺してしまおうと決意し、暖炉(だんろ)のナベのフタをとり、あらか
じめナベの中にわかしておいたお湯にオオカミを転落させて、すぐにナベのフタを
しめ、オオカミに全身やけどを負わせて死亡させたものであります。
この事実を立証するために、殺されたオオカミの母親を、証人として請求します。
裁判長
弁護人。この証人請求に対して、何か意見はありますか?
弁護人
裁判長の判断におまかせします。
裁判長
では、証人を採用します。証人は前に出てください。まず、うそをつかないとい
う宣誓をしていただきます。宣誓書を読み上げてください。
母オオカミ
良心に従って真実を述べ、何事も隠さず、偽りを述べないことを誓います。
裁判長
もし今の宣誓に反してうそをつくと、証人自身が偽証罪で処罰されることがあり
ます。では、証人はイスに腰掛けてください。検察官から質問をどうぞ。
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検察官
被告人に、ナベで煮られて殺されてしまったのは、あなたの息子さんですね?
母オオカミ
そうです。とても優しい息子でした。この憎らしい子豚に殺された日も、友達に
なった子豚と一緒にお祭りにいって、子豚に何か買ってあげると言って家を出て行
ったんです。
検察官
実際には、被告人と一緒にお祭りに行ったようでしたか?
母オオカミ
いいえ。子豚を迎えに行ったけど家にいなかったので、しかたなく、ひとりでお
祭りに行ったら、坂の上から樽(たる)がころがってきて、とてもびっくりしたの
で、買い物もしないで帰って来たと言って、とても悲しそうにしていました。
検察官
それから、息子さんはどうしましたか?
母オオカミ
ひょっとしたら、子豚は病気で寝ていて返事ができなかったのかもしれないから、
もういちど子豚の家に行って様子を見てくる、と言って出て行きました。
検察官
そして、もう帰ってはこなかったわけですね。
母オオカミ
ええ。あんまり帰りが遅いので、心配になって子豚の家へ様子を見に行ったので
す。そうしたら、この子豚が、ナベの中に私の息子をいれて、煮ていたのです。息
子は、ぐったりとしていました。
検察官
お気の毒に。被告人は、そのときに、何をしていましたか?
母オオカミ
はい。オオカミなんか怖くないという歌を歌いながら、嬉しそうに家の中で踊っ
ていました。
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検察官
被告人の近くには、何か置いてありませんでしたか?
母オオカミ
ええ、「オオカミのだまし方」という本が置いてありました。
検察官
あなたは、被告人の家の中に入りましたか?
母オオカミ
いいえ、窓から家の中をのぞいただけです。
検察官
なぜ、家の中に入れてもらわなかったの?
母オオカミ
もちろん、ドアをノックして、入れてくれるように頼みました。ドアをノックす
ると、子豚は、歌をやめて、誰だと聞きました。それで、私が、「オオカミのお母
さんです。中に入れてちょうだい。」と言ったのです。でも、子豚は、「いやだ。」
と言って入れてくれませんでした。そして、私の息子が襲ってきたから、やむを得
なかったんだと言って、必死に弁解をしていました。だけど、それはとっさについ
た嘘に違いありません。
検察官
私からの質問は以上です。
裁判長
弁護人、反対尋問(はんたいじんもん)をどうぞ。
弁護人
では、私からもお尋ねしたいことがあります。まず、あなたの息子さんは、子豚
が好物だったのではありませんか?
母オオカミ
いいえ。オオカミですから豚を食べることもありますが、息子は被告人を友達と
思っていたのです。友達を食べるなんて、とんでもないことです。
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弁護人
あなたの息子さんが被告人の兄弟を2匹も食べたといううわさがあるんです
よ?それも、家を吹き飛ばして食べてしまったらしいじゃありませんか。ほかにも
似たようなことをやっている不良オオカミだったんじゃないですか?
検察官
異議あり。弁護人は想像だけで質問しています。
裁判長
異議を認めます。弁護人は質問のしかたを変えてください。
弁護人
あなたは、息子さんが被告人の兄弟を食べてしまったことを知らないのですか?
母オオカミ
私は、そのことについては何も知りません。それは、村の噂にすぎません。誰か
私の息子が子豚の兄弟を食べたのを見た人がいるんですか。
裁判官
興奮しないでください。証人は、質問されていることにだけ答えてください。
弁護人
息子さんの性格ですが、怒りっぽくないですか。
母オオカミ
少し短気なところがあって、すぐに「殺してやる。食べてやるぞ。」と乱暴なこ
とを言うことがありました。でも、それは口だけで、本当は優しい良い子でした。
弁護人
これまで、息子さんは何かの拍子でついカッとして人の家に入ってしまったこと
がありましたか。
母オオカミ
はい。一度、それで、警察にお世話になったことがあります。でも、それは、息
子をカッとさせるようなことを言うほうが悪いんです。オオカミを怒らせたらどう
なるか、考えたらわかるじゃないですか。それなのに、怒らせるなんて、とんでも
ないでしょう。
弁護人
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ところで、あなたが被告人の家へ様子を見に行ったのは何時ごろでしたか?
母オオカミ
そろそろ晩ごはんだと思って迎えに行ったので、6時近くだったと思います。
弁護人
被告人の家の中には、あかりがついていましたか?
母オオカミ
さあ、どうだったかしら。あかりはついていなかったように思います。
弁護人
夕方6時近くだと、家の中は、かなり暗かったのではありませんか?
母オオカミ
5月ですから、そんなに真っ暗ではありませんが、うす暗かったと思います。
弁護人
「オオカミのだまし方」という本があったと言っていましたが、窓から、うす暗
い家の中をのぞいただけで、そんな細かいところまで見えるものですかね?
母オオカミ
なんとか見えました。
弁護人
あなたは、被告人をもちろん憎んでいるでしょうね?
母オオカミ
(怒って)だいじな息子を殺されたんですから、あたり前です。
弁護人
あなたは、被告人が息子さんを殺したところを目撃したのですか。
母オオカミ
いいえ。
弁護人
そうだとすると、あなたの息子さんと被告人のやり取りがどのようなものであっ
たかはわかりませんね。被告人があなたの息子を挑発して家に誘い込み、殺害を企
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てていたなどとどうして言えるのでしょうか。被告人を憎らしく思うあまり、被告
人が息子さんを殺したと思い込んでしまったのではありませんか?
母オオカミ
(少し答えにつまる)・・・でも、私にはそのように見えたんです。
弁護人
反対尋問(はんたいじんもん)は、これで終わります。
裁判長
証人は自分の席に戻ってください。弁護人は、どのように立証を行いますか?
弁護人
はい、被告人質問をお願いします。
裁判長
では、被告人は前へ。弁護人から質問してください。
弁護人
あなたは、事件の日、オオカミからお祭りに行こうと誘われましたか?
子豚
はい、誘われていました。でも、一緒にはいきませんでした。
弁護人
どうしてですか?
子豚
僕を食べようとして誘っているのが、わかっていたからです。
弁護人
どうして、自分を食べようとしていると考えたのですか?
子豚
オオカミは、うちに来て、「子豚ちゃん、子豚ちゃん、ここを開けておくれ」と
言って、家の中に入ってこようとしたことがあったのです。僕が「めっそうもない」
と言って断ると、「そうかい、それじゃあ、ふうふうのフーで、この家、吹き飛ば
しちまうぞ」と言って、家を吹き飛ばそうとしたのですが、僕の家はレンガで作っ
たもので、吹き飛ばすことができませんでした。オオカミのこのやりかたは、村じ
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ゅうでうわさになっている、オオカミが僕の兄ふたりを食べたやりかたと全く同じ
です。それからは、オオカミは、僕を家の外に誘い出そうとして、一緒にリンゴを
取りにいこうとか、いろいろ誘いをかけてくるようになったのです。
弁護人
なるほど。あなたは、お祭りにはひとりで行ったのですか?
子豚
はい。オオカミと一緒に行くのはいやだったけど、お祭りには行きたかったもの
ですから。樽(たる)を買いたかったんです。
弁護人
オオカミのお母さんの証言だと、あなりは、その樽の中に入って、坂道をころが
って、オオカミを驚かせたそうですね。
子豚
驚かせるつもりでやったんじゃありません。家に帰る途中でオオカミがやってく
るのが見えたので、びっくりして樽の中にかくれたら、樽がころがってしまったん
です。
弁護人
家に帰ってから、またオオカミがやってきたんですね?
子豚
そうです。お祭りに行ったら樽がころがってきてびっくりした、僕に言いました。
僕も、やめておけばよかったのに、家の中にいるという安心感から、ついオオカミ
に「樽の中に入って君を驚かせたのは、この僕さ。樽が転がってきたくらいで、び
っくりするなんて、臆病なオオカミだね。村のみんなに言いふらしてやろうか。」
などと言ってしまったのです。
弁護人
それを聞いたオオカミは、怒ったでしょうね。
子豚
それはもう、カンカンになって怒りました。そして、しばらく「ドアを開けろ」
と言って騒いでいました。でも、ドアを開けたら、殺されてしまうと思ったので、
開けませんでした。僕は、ブロックの家に住んでいるという安心感から、「開けて
やらないよ。悔しかったら、入ってこいよ。」と言いました。オオカミは、しばら
く外で騒いでいたのですが、そのうち、「エントツからおりていって、お前を食べ
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てやる」「殺してやる」と叫ぶと、本当に屋根に登ってきたんです。あのときはも
う、生きた気持ちがしませんでしたね。オオカミが屋根の煙突から入ってくるなん
て、想像もしていませんでしたから。それで、「どうしよう」と思って暖炉(だん
ろ)を見ると、ちょうど、夕食に湯どうふを食べよう思ってお湯をわかしていたも
のですから、とっさにナベのフタをとったんです。オオカミをこの中に落としてや
ろうとか、そんなこと考えている余裕もありませんでした。でも、フタをとったと
たんに、バーッと蒸気が煙突に上がって行き、オオカミがナベの中に落ちてきたの
です。僕は、「大変だ。おこったオオカミが鍋の外に出てきたら殺される。」と思
って、夢中でナベにフタをして、上から必死で押さえつけました。
弁護人
どのくらいのあいだ、そうやってフタを押さえつけていましたか?
子豚
どうでしょう、5分間くらいでしょうか。とにかく、オオカミはナベの中であば
れていましたから、少しでも力をゆるめたらオオカミが飛び出してきて食べられて
しまうと思って、動かなくなるまで押さえていたことはまちがいありません。
弁護人
質問はこれで終わります。
裁判長
検察官も質問しますか?
検察官
はい。いくつか聞きたいことがあります。
まず、あなたは、たまたまお湯をわかしていたと言うんだけど、お湯をわかしは
じめたのは、いったい何時ころなんですか?
子豚
そうですね。夕食のしたくをしようと思った時間だから、5時すぎくらいかな。
検察官
5時すぎですか。オオカミがやってきたのは何時ころ?
子豚
まだ5時半にはなっていなかったと思います。
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検察官
すると、お湯をわかしていた時間は、20分くらいですか? だけど、オオカミ
がすっかり入ってしまうくらいの大きなナベにお湯をわかそうと思ったら、20分
くらいでは熱くならないでしょう。お湯は、ぐらぐらと煮立っていたんでしたよね。
もっと早い時間から、お湯をわかしはじめていたのではありませんか?
子豚
そうですねえ。もう少し早かったかもしれません。5時より前だったかも。
検察官
だけど、そうすると、まだ夕食の用意をする時間には早いでしょう。どうして、
そんな早い時間から、お湯をわかす必要があったんですか?
子豚
いや、それは、いま検事さんが言われたとおり、大きなナベにお湯をわかすのに
は、それなりに時間がかかりますから。
検察官
そうですか。それなら、湯どうふを食べるために、どうして、そんなに大きなナ
ベにお湯をわかす必要があったんですか?いったい、どれだけたくさんのトウフを
入れるつもりだったのかなあ? あなた、ひとりぐらしなんでしょう?
子豚
ええ、そうですけど、湯どうふは、たっぷりのお湯で作ったほうがおいしいです
から。
検察官
そうですか? それで、トウフは買ってあったんでしょうね?
子豚
はい。それもお祭りで買ってきたんですけど。
検察官
お祭りで? そうすると、あなたは、トウフを持ったままで樽に入って坂道をこ
ろがったんですか? よくトウフがくずれませんでしたね。
子豚
いや、まあ、少しはくずれました。
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検察官
「少しはくずれました」ぐらいのことですみますかね。まあ、いいでしょう。そ
れで、そのトウフは食べたんですか? オオカミのお母さんの通報で、警察があな
たの家に行ったときには、トウフはなかったようですけど。
子豚
はい、全部食べてしまいました。
検察官
鍋の中には、オオカミが落ちてしまったんでしょう。オオカミが鍋に落ちたら、
中に入っていたトウフは外に飛び散るんじゃないですか。だけれども、暖炉の周囲
には、トウフが飛び散っていませんでしたよ。本当は、トウフなんか、はじめから
買ってなかったんじゃありませんか?
子豚
そんなことはありません。
検察官
オオカミのお母さんの証言では、あなたの近くには、「オオカミのだまし方」と
いう本まで置いてあったというじゃないですか。「オオカミのだましかた」という
本は、どうしたら、上手にオオカミをだますことができるかについて詳しく解説し
てある本ですよね。あなたは、本当は、オオカミを怒らせて、殺してしまおうと研
究していたんでしょう。
子豚
いいえ、違います。それから、僕が持っている本は、「オオカミのだまし方」で
はなくて、「オリガミの折りかた」です。オオカミのお母さんが見まちがえたんで
すよ。
検察官
確かに、警察の調べでは、あなたの家には「オリガミの折りかた」という本もあ
りましたよ。でも、そんな本は、食事をしながら読む本じゃないでしょう。それに、
警察があなたの家に入ったとき、暖炉(だんろ)には、何か紙のようなものを燃や
した灰があったんです。「オオカミのだまし方」のほうは、オオカミを食べたあと
で、さっさと燃やしてしまったんではありませんか?
弁護人
裁判長、異議があります。検察官は、根拠もないのに想像だけで質問しています。
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裁判長
異議を却下(きゃっか)します。ここは重要な点ですから、被告人は、「オオカ
ミのだまし方」という本を暖炉で燃やしてしまったかどうか、という検察官の質問
に答えてください。
子豚
僕は「オオカミのだまし方」なんていう本を持っていたことはありません。
検察官
では、あなたは、お祭りから帰ったあと、オオカミがまた家にやってくるだろう
と予想していましたか?
子豚
オオカミのことですから、来るかもしれないとは思っていました。
検察官
オオカミの性格について、どう思っていましたか。
子豚
短気で恐ろしいやつだと思っていました。
検察官
それなのに、あなたは、オオカミを怒らせるようなことを言いましたね。
子豚
そんなに怒るとは思っていませんでした。
検察官
あなたは、オオカミが鍋に落ちて動かなくなってから、救急車を呼びましたか。
子豚
いいえ。死んだと思ったものですから、救急車を呼んでも無駄と思いました。
検察官
オオカミを助けようという気持ちはありましたか。
子豚
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ええ、少しは。でも、下手に助けたら、こっちが殺されるのではないかと思って
いました。
検察官
オオカミが鍋に落ちてから、あなたは、オオカミなんか怖くないという歌を歌っ
たことがありますか。
子豚
ええ。でも、それは、オオカミが恐かったから、自分を勇気づけるために、歌っ
たんです。オオカミのお母さんは、僕が、楽しそうに踊っていたと言ってますが、
それは誤解です。僕は、怖くて仕方なかったから、震えていたんです。それが踊っ
ているように見えたんだと思います。
検察官
これで質問を終わります。
裁判長
被告人は後ろに下がってよろしい。これで審理は終わりです。
検察官、論告(ろんこく)をどうぞ。
検察官
裁判官及び裁判員のみなさん。まず、被告人がオオカミを煮て死なせてしまった
こと、このことは被告人も認めています。そして、被告人は、それは正当防衛だっ
たと主張しています。しかし、本当にそうでしょうか。被告人は、いつかオオカミ
を殺してやろうと思い、そのチャンスを待っていたのではないでしょうか。オオカ
ミが被告人の家に侵入しようとしたことは、たしかに正しくないことでした。でも、
それは、被告人のワナにはまったのではなかったでしょうか。
オオカミが被告人の家に侵入しようとしたのは、夕方5時30分より前の時間だ
ったということを、被告人自身が認めています。そんな時間に、オオカミがすっか
り入ってしまうような大きなナベに、ぐらぐらとお湯が煮立っているということが
あるでしょうか。少なくとも、5時より前にお湯をわかしはじめないと、そうはな
らないでしょう。それに、湯ドウフをつくろうとしたのなら、もっと小さなナベで
もよかったはずです。被告人は、お祭りに行こうというオオカミの誘いを断ったた
め、オオカミがやってくるに違いないと予想して、お湯をわかしてオオカミを待ち
受けていたのです。オオカミの侵入は、被告人にとって「思いがけない攻撃」では
ありませんでした。被告人は、オオカミの攻撃を予想していたのです。いや、オオ
カミの攻撃を誘っていたと言ってもよいかもしれません。これでは、被告人には正
当防衛は成立しないのです。正当防衛どころか、過剰防衛(かじょうぼうえい)さ
えも成立しません。
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みなさん、被告人に殺人罪が成立することは明らかです。どうか正義にかなった
判断をして、オオカミのお母さんの悔しさを晴らしてあげてください。
裁判長
弁護人、最終弁論をどうぞ。
弁護人
裁判員のみなさん。いったい、正当防衛という法律は、なんのためにあるのでし
ょう。なぜ、たとえ人を殺しても、正当防衛ならば無罪なのでしょう。考えてみて
ください。
(5秒くらい間をおく)
みなさん。正当防衛が認められているのは、誰でも、自分で自分の身を守る権利
があるからです。もしも、被告人の今回の行動が犯罪ならば、被告人は、いったい
どうすればよかったというのでしょうか。オオカミが被告人を食べるために無理や
り家の中に入ろうとしてきたら、逃げ出すべきだったのでしょうか。そんなことを
しても、すぐにオオカミにつかまってしまったでしょう。オオカミは、すでに被告
人の兄を2匹も食べてしまったというのが、村じゅうのうわさです。そして、今度
は被告人にねらいをつけて、いろいろな理由で被告人を家の外に誘い出そうとして
いました。たとえこの日でなくても、いつかオオカミは、エントツから被告人の家
の中に入るということを思いついたことでしょう。このような立場におかれたら、
被告人にできることは、知恵を使ってオオカミを殺すか、だまってオオカミに食べ
られるか、ふたつにひとつしかなかったのです。被告人は、子豚でありながら、勇
敢にオオカミと戦ったのです。なぜ、被告人が犯罪者にならなければいけないので
しょうか。
みなさん。検察官は、被告人がお湯をわかしてオオカミを待ち受けていたのだと
言いました。真実は、もちろん違います。被告人がお湯をわかしていたのは、偶然
でした。それも、とんでもなく幸運な偶然でした。しかし、もしも検察官の言うよ
うに、被告人がオオカミの侵入を予想して対策をとっていたのだとしても、それで
もやはり、被告人には正当防衛が成立すると弁護人は主張します。そうでなければ、
被告人に対して、「お前は一生、オオカミから逃げ回っていろ。決してオオカミと
は戦うな」と言うことになるのです。みなさん、オオカミにねらわれてしまったか
わいそうな被告人に、そんなことが言えますか?被告人は、前々からオオカミを殺
してやろうと思っていたのではなく、あくまで、家に入り込もうとしたオオカミか
ら身を守るために、今回の行動に及んだのです。つまり、オオカミが被告人の家に
入り込もうとさえしなければ、今回の事件は起こらなかったのです。
たしかに、今回の事件は、オオカミのお母さんにとってお気の毒なことでした。
しかし、こうなったのは、オオカミの自業自得としか言いようがありません。被告
人は、正当防衛で無罪です。私の意見はこれだけです。
17
裁判長
それでは、これからのみなさんに評決に入ってもらいます。本当は全員が一致す
ることが望ましいのですが、時間不足でどうしても意見がまとまらないときには、
多数決で決めてください。
最後に、みなさんは、自分の良心だけに従って意見を述べてください。良心とは、
正義に対する感覚です。それは、みなさんの心の奥深い場所に必ずあります。その
声に耳をすませてください。もちろん、ほかの人の意見はよく聞かなければいけま
せん。それによって、自分の考えが変わることもあるでしょう。しかし、最後は、
「みんながどう言っているか」ではなく、「自分の良心がどう言っているか」によ
って判断するのです。
それでは、はじめてください。
18
(評決への道筋)
□ 誰がどんな証言をしていただろうか。
オオカミのお母さんはどんなことを言っていただろう
子豚はどんなことを言っていただろう。
□
その証言は信用できるだろうか。
オオカミのお母さんの証言は信用できるだろうか。
信用できないところがあるとすれば、それはなぜ?
子豚の弁解は信用できるだろうか。
信用できないところがあるとすれば、それはなぜ?
□
か
子豚がオオカミを煮て殺してしまったことにつき正当防衛は成立するだろう
□ オオカミが子豚の家に侵入したことは急な攻撃といえるか。また、そのよ
うに判断した理由は何か。
□ オオカミが子豚の家に侵入したことは不正な攻撃といえるか。また、その
ように判断した理由は何か。
□ 子豚がしたことは自分を守るための行為といえるか。また、そのように判
断した理由は何か。
□
子豚がしたことはやむを得ない行為といえるか(自分を守るための行為と
して行きすぎはなかったか)。また、そのように判断した理由は何か。
□
子豚がしたことに正当防衛は成立するか。
□
正当防衛が成立しない場合、過剰防衛は成立するか。
結論
子豚は
□無罪
□有罪だが過剰防衛成立 □有罪で過剰防衛も成立しない
19
判決
主文
1、被告人は無罪。
2、被告人を∼∼∼に処する。
理由
(書き方の例)
ある事実を認定する場合の書き方
∼という証言がある。それは、∼という点で、信用できる。したがって、∼という
事実があったと認めることができる。
反対意見についても、反論しよう。
これについて∼という証言がある。しかし、それは∼という点で、信用できない。
したがって、∼という事実があったとは認められない。
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