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疫学調査による多種化学物質過敏症の有病率把握と発症要因検討の試み
第 22 回 公衆衛生情報研究協議会(2009.1.23 神戸) 疫学調査による多種化学物質過敏症の有病率把握と発症要因検討の試み ○中島孝江、東恵美子、大山正幸 大阪府立公衆衛生研究所 はじめに 近年、低濃度の化学物質で様々な症状が発生する多種化学物質過敏症(MCS)が問題となっている。しか し、発症原因の化学物質は一つではなく、かつ、人によってその原因物質が異なるなど、画一的に MCS を 捉えることは難しい。また、MCS と診断する問診票は確立されておらず、論文毎に MCS の判定法は異なるよ うな状況であり、有病率はまちまちである。 今回、MCS を判定するための自己記入型の質問票を作成し、その判定に基づく MCS 有病率の把握や、MCS の関連要因を調べることを目的とした疫学調査を実施した。また、論文報告されている既存の MCS 判定用 質問も実施し、両判定結果を比較することで今回の判定法の特徴を検討した。 MCS との関連を調べる要因には、すでに論文報告のある項目を中心に選び、既存の MCS 関連要因と今回の 判定法による MCS 群が関連することを調べることで、今回の判定法の妥当性を検討できると考えた。具体 的な関連要因の項目は、種々の疾患歴、大気汚染物質の推定曝露量、疲労度、生活習慣、住環境、ストレ スなどを質問票調査し、客観的指標としてホルムアルデヒドや二酸化窒素の個人濃度と屋外濃度、敷布団 のダニ抗原量、尿中ニコチン代謝物濃度を測定調査した。但し、測定調査は 2 次調査で実施した。 調査方法 1. 第 1 次調査( 質問票調査 ) 対象者:平成 18 年 1 月から平成 19 年 12 月までの岸和田市の 3 歳 6 か月児健診受診対象者とその母親。 調査方法:岸和田市立保健センターが郵送する 3 歳 6 か月児健診の案内状に、調査の協力依頼書、約 150 項目の質問で構成した質問票を同封し、各家庭に郵送した。調査に同意した保護者からの質問票の回収 は 3 歳 6 か月児健診会場で行った。 調査項目:MCS、アレルギー関連症状や疾患歴、疲労度、生活習慣(薬の服用、運動習慣など)、住居環 境(部屋の気密性、暖房器具や調理器具、タバコなどによる室内汚染など)、ストレスに関する質問。 大気汚染曝露指標は、居住地から道路までの距離と道路の交通量を用いて算出した推定曝露量を用いた。 MCS 判定法:MCS の Consensus (Arch Environ Health. 1999 54:147-9.)の「複数の化学物質で起きる」 と「複数の症状が起きる」の基準について質問した。「低濃度で起きる」という基準については、客観 的には低濃度であっても回答者にとっては耐えられない高濃度と感じる場合もあり得るため、質問しな かった。「再現性」「慢性」「離れれば回復」の基準については、症状毎に異なる可能性が考えられた ため、質問しなかった。また、Black らの報告(Arch Intern Med. 2000 160: 1169-76 )を参考に、何 らかの回避行動を取る条件を加えることで、明確な症状が起きていることを客観的に示すことを試みた。 2. 第 2 次調査( 測定調査と質問票調査による症例-対照研究 ) 対象者:第 1 次調査により、MCS、アトピー性皮膚炎、花粉症、気管支喘息に判定された母親をそれぞれ の症例群とし、これらの疾患の判定質問で全く症状がない母親を各症例群共通の対照群とした。 調査方法:調査は 1 年間の調査対象者毎に平成 19 年と 20 年の春に行った。郵送や電話により調査協力 を依頼し、同意を得た人に質問票および測定セットを郵送し、サンプリング後返送してもらった。サン プリング依頼期間は、2 回共 3 月 17 日から 3 月 30 日とした。 調査項目:生活環境状況をみるための約 90 項目の質問。客観的指標としてホルムアルデヒドおよび二酸 化窒素の個人濃度と屋外濃度、敷布団のダニ抗原量、尿中ニコチン代謝物濃度の測定。 測定方法: 【ホルムアルデヒド・二酸化窒素】パッシブサンプラー(柴田科学(HCHO・NO2 用))を用い 24 時間 個人曝露平均濃度(個人濃度)と 24 時間屋外平均濃度(屋外濃度)を測定した。ホルムアルデヒドは 4-アミノ-3-ヒドラジノ-5-メルカプト-1,2,4-トリアゾール(AHMT)試薬、二酸化窒素はザルツマン試 第 22 回 公衆衛生情報研究協議会(2009.1.23 神戸) 薬を用いた吸光光度法により測定した。 【ダニ抗原量】敷き布団から掃除機で採取したゴミ中の Der p1 と Der f1 を ELISA キット(INDOOR biotechnologies)により測定し、ゴミ 1g 当たりの Der p1 と Der f1 の合計(Der 1)を求めた。 【ニコチン代謝物濃度】バルビツール酸との発色反応物を高速液クロで測定し、コチニンのクレアチ ニン(Cr)比を求めた。 実施状況 表 1 有病率 3歳6か月児 母親 1.第 1 次調査 人数 有病率(%) 人数 有病率(%) 3 歳 6 か月児と母親の対象者数は、それぞれ 4360 MCS 10 0.5 118 5.8 10.0 154 7.6 名と4325 名、 質問票回収者数は2087 名 (男1092 名、 アトピー性皮膚炎 208 花粉症 25 1.2 154 7.6 女 984 名)と 2044 名(平均年齢 32.9 歳(18 歳~47 気管支喘息 73 3.5 45 2.2 歳))で、回収率は 47.9%と 47.3%であった。3 歳 回収数 2087 2044 6 か月児と母親の有病率は表 1 に示した。 表 2 測定結果 2.第 2 次調査 ホルムアルデヒド(ppb) 二酸化窒素(ppb) Dre 1 コチニン 対象者 837 名のうち 個人濃度 屋外濃度 個人濃度 屋外濃度 (μg/gゴミ) (ng/ml) 人数 299 301 299 301 299 298 測定協力者は 301 名(平 平均値 24.0 7.7 43.3 19.4 11.55 209.0 均年齢 33.3 歳(20 歳~ 中央値 23.0 7.0 25.3 17.5 4.08 <0.5 最小値 0.0 0.0 0.7 2.7 <0.28 <0.5 44 歳))であった。ホ 最大値 79.0 22.0 432.9 80.3 >85.00 3322.4 ルムアルデヒドおよび 二酸化窒素の個人濃度と屋外濃度、敷き布団のダニ抗原量、尿中コチニン濃度の測定結果を表 2 に示した。 また、各群の測定結果と対照群との有意差検定結果を表 3 に示した。ホルムアルデヒド個人濃度はアトピ ー性皮膚炎で有意に高かった。受動喫煙者は、MCS とアトピー性皮膚炎と花粉症で有意に少なく、喫煙者は 花粉症で有意に少なかった(表 4)。 今後の計画 第 1 次調査および第 2 次調査の 2 年間のデータを統計学的手法により解析を進め、MCS とアトピー性皮膚 炎、花粉症、気管支喘息などのアレルギー疾患との関連や、MCS と関連する要因についての知見を得る。 謝辞:本調査には岸和田市立保健センター、岸和田保健所、並びに大阪府環境衛生課の関係各位に多大 なご協力を頂きました。ここに記して感謝の意を表します。 尚、この研究は日本学術振興会科学研究費補助金の交付を受けて行った。 表 3 各群の中央値と対照群との有意差検定結果 対照 n=124 ホルムア ルデヒド (ppb) 個人濃度 MCS n=58 21.0 アトピー 性皮膚炎 n=57 p値 24.0 0.069 + 24.0 p値 0.035 * 花粉症 n=70 p値 23.0 0.565 気管支 喘息 n=15 p値 21.0 0.601 屋外濃度 7.0 7.0 0.606 7.0 0.398 7.0 0.472 二酸化窒 個人濃度 素(ppb) 屋外濃度 25.5 27.4 0.838 26.7 0.369 22.7 0.120 21.9 0.098 + 16.5 17.5 0.792 16.8 0.882 18.6 0.367 17.8 0.555 4.8 4.0 0.955 4.1 0.405 2.7 0.157 4.0 0.446 Dre 1 (μg/gゴミ) 8.0 0.368 マンホイットニーのU検定、 + : p < 0.1、 * : p < 0.05 表 4 各群の喫煙状況と対照群との有意差検定結果 非喫煙者 受動喫煙なし(%) 受動喫煙あり(%) 喫煙者(%) 対照 n=121 MCS n=57 58.7 77.2 15.7 3.5 25.6 19.3 p値 アトピー 性皮膚炎 n=57 p値 73.7 0.022 * 3.5 22.8 喫煙者 : 喫煙していると回答、あるいはコチニン500ng/ml以上 受動喫煙あり : コチニン5ng/ml以上 花粉症 n=69 p値 88.4 0.041 * 2.9 8.7 気管支 喘息 n=15 p値 66.7 0.000 ** 0.0 0.247 33.3 カイ二乗検定、 * : p<0.05、 ** : p<0.01