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85歳超高齢者のメンタルヘルスの確保に必要な70歳代の 10年間の日常

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85歳超高齢者のメンタルヘルスの確保に必要な70歳代の 10年間の日常
第 31 回若手研究者のための健康科学研究助成成果報告書
(6)
2014 年度 pp.6∼10(2016.4)
85歳超高齢者のメンタルヘルスの確保に必要な70歳代の
10年間の日常身体活動に関する研究
―加速度計を用いた日常身体活動のタイミングの
客観的評価に基づいた後ろ向き調査―
綾 部 誠 也 *
吉 武 裕 **
田 中 宏 暁 ***
宮 崎 秀 夫 ****
HABITUAL PHYSICAL ACTIVITY DURING SEVENTH DECADE OF
LIFE AND MENTAL HEALTH AGED OVER 85 - RETROSPECTIVE
STUDY BASED ON THE OBJECTIVE MEASUREMENT OF
HOUR-BY-HOUR PHYSICAL ACTIVITY USING
AN ACCELEROMETER Makoto Ayabe, Yutaka Yoshitake, Hiroaki Tanaka,
and Hideo Miyazaki
Key words: physical activity, aging, frail, elderly.
緒 言
知症などの介護が必要な状態にならずに、自立し
て健やかな生活を送れる期間(健康寿命)をでき
日常生活のなかの身体活動水準を高めること
るかぎり延ばすような仕組みづくりが必要とされ
は、体力の維持向上や各種疾病の予防治療などの
ている。これまで、多くの研究者により高齢者が
さまざまな健康づくりへの好ましい効果を示す研
自立して生活するためには、身体的要因、社会的
究成果が集積されている。更に、運動の影響は年
要因、環境的要因などのさまざまな要因が関係す
齢や運動開始年齢と無関係であり、高齢者におい
ることが明らかにされている6)。なかでも、体力
ても若年者と同等の効果が明らかになっている。
や運動器の機能を維持することは、自立した生活
我が国においては、高齢者を対象とした運動のガ
に密接に関係することが明らかになっている3)。
イドラインが新たに策定され、日本人高齢者を対
このような背景から、高齢者が維持するべき体
象とした更なるエビデンスが求められている。
力水準、また、そのために必要な身体活動につい
我が国は、他に類をみないスピードで高齢化が
ては、応用健康科学分野として取り組むべき課題
進んでおり、医療費増大などの高齢者人口の増大
である。第二次健康日本21でもライフステージに
に伴う諸問題が喫緊の課題である。寝たきりや認
応じた健康づくりが重視されており、「健康づく
*
**
***
****
岡山県立大学
鹿屋体育大学
福岡大学
新潟大学
Okayama Prefectural University, Okayama, Japan.
National Institute of Fitness and Sports in Kanoya, Kagoshima, Japan.
Fukuoka University, Fukuoka, Japan.
Niigata University, Niigata, Japan.
(7)
りのための身体活動基準2013」においても、新た
すべての対象者は、医師により研究に参加可能
に基準値が策定されている 。しかしながら、こ
と判断された。対象者には、研究参加前に内容を
れらの基準策定に引用された 4 編の研究論文は、
十分に説明し、同意を得た。なお、本研究は、岡
いずれも欧米の研究成果である。日本人のロコモ
山県立大学倫理委員会の承認を得て実施した(承
ティブシンドロームや認知症をはじめとする高齢
認番号:394)。
4)
期で深刻となる諸疾患の発症リスクを軽減し、自
B.生活習慣メンタルヘルス調査
立した生活のための身体活動については、更なる
本研究は、平成 9 年に実施したコホート研究参
研究成果が必要である。平均寿命が90歳に届こう
加者600名について、平成27年の時点における現
としている我が国においては、90歳でも自立して
状(住まい,生存,在宅・入院,など)を調査し
活力のある生活を過ごすための支援方法が求めら
た。平成27年 5 月より、対象者の選定作業を行い、
れる。
死亡者、転居者、要介護・支援の者、その他、質
これまで、身体活動と心身の健康を検討した研
問の回答に支援が必要な者は、対象者から除外し
究においては、身体活動を 1 日の総量として、歩
た。調査は同年 6 月中に自記式質問紙を郵送した。
行量(歩数)、消費カロリー、強度別活動時間と
調査項目は生活習慣(起床就寝時刻,食事状況,
して評価することが一般的であった 。近年の科
身体活動の状況)
、健康状態(身長,体重,疾病
学技術の進歩により、加速度計から得られる情報
の有無,服薬の有無)、既往(治療済みの重篤な
量は増加し、その扱いも容易になった。加速度計
疾病など)、健康関連 QOL(身体機能,日常役割
の時系列データを分析することにより、いつ、ど
機能(身体),体の痛み,全体的健康感,活力,
のような運動をしたのかが推定できる。ヒトを対
社会生活機能,日常役割機能(精神),心の健康)、
象とした実験研究においては、運動の量や強度の
自己効力感、睡眠尺度、ストレス度などであった。
重要性が明らかにされており、更に、運動のタイ
健康関連 QOL は、信頼性と妥当性が証明され
ミングなどの理解も進んでいる。早朝と夕刻の運
た尺度 SF-36によって評価した。本研究において
動では、その効果や安全性が異なることが明らか
は、オリジナルの SF-36(日本語版は version1.2)
になっている。
を改良した SF-36v 2 を用いた。前述の健康関連
本研究は、85歳超高齢者のメンタルヘルスの確
QOL スコアに加えて、「身体的側面の QOL サマ
保に必要な70歳代の10年間の日常身体活動を明ら
リ ー ス コ ア(physical component summary score;
かにすることを目的とした。本研究の特徴は、第
PCS)」、「精 神 的 側 面 の QOL サ マ リ ー ス コ ア
一に、85歳超の高齢者に着目した点である。すべ
(mental component summary score; MCS)」、「役割/
ての対象者は、同じ年齢で同一地域に在住する男
社 会 的 側 面 の QOL サ マ リ ー ス コ ア(role/social
女である。第二に、加速度計を用いた客観的な日
component summary score; RCS)」を算出した。
2)
常生活の身体活動の量と質の10年間にわたる調査
C.身体活動測定
済みの連続的データについて、身体活動のタイミ
日常身体活動は、多メモリ加速度計付歩数計
ングを再分析しメンタルヘルスとの関連性を検討
5)
(Lifecorder,スズケン)
を用いて測定した。対
した点である。
象者は、14日間にわたり、起床から就寝まで、
方 法
A.研究対象者
Lifecorder を腰部に装着した。Lifecorder は、歩数
や身体活動強度の評価法としての妥当性が明らか
にされている 1,5)。身体活動のデータは Lifecorder
本研究の対象者は、新潟県新潟市に在住する昭
に蓄積後、PC にダウンロードした。すべての
和 2 年生まれ(平成27年時点で88歳)の高齢者で
対象者は、装着期間中の Lifecorder 着脱時刻を記
あった。対象者は、平成 9 年コホート研究に参加
録した。 4 秒ごとの身体活動強度データと着脱記
した男女600名のうち、平成27年 5 月時点で新潟
録に基づき、装着時間が10時間/日以上を有効デー
市内およびその近郊に在住している者であった。
タとした。本研究で用いた Lifecorder は、 2 分ご
(8)
とに 9 段階の活動強度を得ることができる。Life-
表 1 .対象者特性
Table 1.Characteristics of subjects.
corder のデータは、先行研究に基づき、活動強度
を低強度、中強度、高強度に分類した。更に、24
強度、強度別活動時間、 1 日の総量のうちの各強
度が占める割合を算出した。本研究では、これら
の強度について、 1 時間ごとにその合計値を算出
し、便宜上、 6 ∼10時、10∼14時、14∼16時、16
∼20時に分類し、それぞれ朝、昼、夕方、夜と定
義した。
D.データ分析
本研究の対象者は、平成 9 年から平成18年(70
歳から79歳)に身体活動測定を完了していた。88
歳時点でのメンタルヘルスの実態に基づいて対象
者を分割し、身体活動の素指標の比較を行った。
本文中の数値は、平均値±標準偏差にて示した。
SF-36のスコア別の身体活動の比較は、二元配置
分散分析(年齢× SF-36スコア)を行い、交互作
用が得られた場合に、同一年齢にて 2 群間の比較
は対応のない t-test を行った。P < 0.05を有意差あ
りとした。
結 果
n
Men
Women
253
119
134
Height(cm)
153.9±9.2 160.5±5.8 146.4±6.2
Body weight(kg)
50.7±9.3
55.4±9.2
45.3±6.1
BMI(kg/m )
21.3±2.9
21.5±3.1
21.1±2.6
2
BMI; body mass index.
Physical activity at morning (%, 0600-1000)*
時間の時系列データを分析し、 1 時間ごとの活動
All
30
28
26
24
22
20
18
16
MCS Low
14
MCS High
12
10
70
72
74
76
78
80
Age (yr.)
図 1 .高齢女性における88歳時点でのメンタルヘルス
と70歳代の朝の時間帯の身体活動の縦断的変化
Fig.1.Longitudinal changes in physical activity at morning
from 70 to 80 yr. by mental health at 88 yr. in older
women.
MCS; mental component summary score.
*Time spent distribution of physical activity from 0600 to
1000 of total physical activity for 24-hour.
70歳でのコホート開始時点で600名のコホート
のうち、本調査の88歳時点にて253名から回答が
方、時間帯別の身体活動( 6 ∼10時,10∼14時,
得られた。対象者の身体特性を表 1 に示した。回
14∼16時,16∼20時の各時間帯別の身体活動が 1
答が得られなかった理由は、死亡、移動、回答不
日の身体活動に占める割合)に関して、朝( 6 ∼
可(要介護,認知機能低下)などであった。
10時)の身体活動量は、女性では、MCS 群分け
有効回答が得られた253名の健康関連 QOL(SF-
と年齢の交互作用が認められ、MCS スコアの高
36)は、次のとおりであった。身体機能:男性65
い群は、MCS スコアの低い群に比して、78歳か
20(以下同順)、日常役割機能(身
ら80歳までの朝の身体活動の割合が有意に大き
24、女性70
体)
:70
19、68
18、体の痛み:60
18、全体的健康感:68
18、75
20、70
26、活力:65
19、 社 会 生 活 機 能:80
17、PCS:37
22、RCS:42
19、39
16、45
19、62
19、MCS:55
19、75
19、60
19であった。すべて
かった(P = 0.002)。一方、昼(10∼14時)、夕方
(14∼16時)、夜(16∼20時)の身体活動について
は、有意な差は認められなかった。
考 察
の項目で男女間に有意な差は認められなかった。
本研究の目的は、85歳超高齢者のメンタルヘル
対象者をメンタルヘルスの指標の 1 つである
スの確保に必要な70歳代の10年間の日常身体活動
MCS にて、男女それぞれ、スコアの大小によっ
を明らかにすることであった。その結果、女性で
て 2 群に分類した。二元配置分散分析の結果、歩
は88歳時点で精神的 QOL スコアの高い者は、 1
数、強度別活動時間、消費カロリーには、MCS
日のすべての身体活動のうち、午前中に行う身体
群分けと年齢の交互作用は認められなかった。一
活動の割合が高いことを明らかにした。本研究は、
(9)
我々が知る限り、後ろ向き研究において、客観的
あることを鑑みれば、より詳細なデータ分析が望
に評価した身体活動とメンタルヘルスの関連性を
ましい。最後に、本研究で用いた Lifecorder は、1.7
示した初めての知見である。これらの結果は、高
METs 未満の低強度活動の測定感度が低いことが
齢者は、超高齢期のメンタルヘルスの確保に際し
明らかになっている。他の方法により評価された
ては、午前中の身体活動が推奨される可能性を示
身体活動が本結果と異なる可能性を否定できない。
す。
健やかに年齢を重ねるための高齢期の生活習慣
本研究においては、高齢女性において、朝方の
のあり方に着目した本研究の成果は、我が国にお
積極的な身体活動がその後の良好なメンタルヘル
いて今後も一層深刻になると予測される高齢者問
スの確保に有効であることを示した。これまでに
題の解決に役立つと思われる。平均寿命が伸び続
も、早朝の身体活動が心身の健康に有効であるこ
けている我が国において、更なる延伸も期待し、
とは示されている 。朝方の運動は、日照時間の
“人生90年時代”にも耐えうるエビデンスとして、
確保に有効であることから、メンタルヘルスの確
85歳以降を生き生きと過ごすために必要な70歳代
保に関係することが明らかになっている。また、
の生活習慣のあり方を提案した。また、本研究で
我が国においては、ラジオ体操や犬の散歩など、
は、メンタルヘルスを維持するための身体活動の
早朝の運動がコミュニケーションや運動習慣形成
タイミングを明らかにした。これまでの研究では、
に関与することが推測される。これらのことから、
健康づくりのための身体活動の量や強度の基準値
本研究の結果は、高齢者の独特の生活習慣に起因
が明示され、疾病の罹患率や体力などとの関連性
すると考えらえる。ただし、早朝の身体活動と精
が示されている。一方で、身体活動のタイミング
神的 QOL の関連の生理的背景は不明なままであ
(時間帯)は、身体活動の量や質から独立した効
8)
る。先行研究においては、早朝の運動については、
果がある。好ましい運動時間を選択することによ
血液粘性の高まりや血圧上昇の観点から危険性が
り、日照時間の延長、体温上昇、食欲増進、睡眠
指摘され、また、夕刻の運動に伴う体温の上昇が
の質の向上などが期待でき、これらは、メンタル
快眠を導くとの知見もある
ヘルスの保持に貢献できる。
。メンタルヘルス確
2,7)
保のための好ましい身体活動のタイミングについ
ては、引き続きの検討が必要である。
総 括
本研究のストロングポイントは、身体活動を加
本研究は、85歳超高齢者のメンタルヘルスの確
速度計により客観的に評価し、それを70歳から79
保に必要な70歳代の10年間の日常身体活動を明ら
歳まで継続した点である。更に、本研究の対象者
かにするために、88歳時点での健康関連 QOL を
は、すべてが昭和 2 年に生まれ、同一地域に在住
質問紙にて調査し、調査済みであった加速度計よ
していた。したがって、本研究の結果は、特に身
り評価した日常身体活動との関連性を検討した。
体活動の測定精度とコホートに有意性がある。
そ の 結 果、 女 性 に お い て、88 歳 時 点 で 精 神 的
本研究には、いくつかの限界がある。第一に、
QOL スコアの高い者は、 1 日のすべての身体活
本研究は70歳代の身体活動と88歳時点での精神的
動のうち、早朝に行う身体活動の割合が高いこと
QOL の関係を示したが、70歳代の精神的 QOL ス
を明らかにした。これらの結果は、高齢者は、超
コアを測定していない。したがって、本研究にて
高齢期のメンタルヘルスの確保に際しては、午前
群分けした 2 群について、精神的 QOL と身体活
中の身体活動が推奨される可能性を示す。早朝の
動パターンの因果関係を説明するまでには至らな
身体活動のタイミングとメンタルヘルスの関係に
い。第二に、本研究において、身体活動の時間帯
ついては、その因果関係が不明であり、男性での
分析は、Lifecorder の 2 分ごとのデータを用いて
追試験も必要である。
行ったが、このデータは 4 秒ごとのデータの最頻
謝 辞
値を採用しているという難点がある。日常生活の
本研究は、公益財団法人明治安田厚生事業団(若手研
身体活動の多くが断続的で短時間(30秒以内)で
究者のための健康科学研究助成)
の支援によって行われた。
(10)
参 考 文 献
1)Ayabe M, et al.(2008): Pedometer accuracy during stair
climbing and bench stepping exercises. J Sports Sci &
Med, 7, 249-254.
5)Kumahara H, et al.(2004)
: The use of uniaxial accelerometry for the assessment of physical-activity-related energy
expenditure: a validation study against whole-body indirect
calorimetry. Br J Nutr, 91, 235-243.
6)Nelson ME, et al.(2007)
: Physical activity and public
2)Di Blasio A, et al.(2010): Effects of the time of day of
health in older adults: recommendation from the American
walking on dietary behaviour, body composition and aero-
College of Sports Medicine and the American Heart
bic fitness in post-menopausal women. J Sports Med Phys
Association. Med Sci Sports Exerc, 39, 1435-1445.
Fitness, 50, 196-201.
3)Kaminsky LA, et al.(2013): The importance of cardiorespiratory fitness in the United States: the need for a
national registry: a policy statement from the American
Heart Association. Circulation, 127, 652-662.
4)厚生労働省
(2013): 健康づくりのための身体活動基準
2013.
7)Trine MR, et al.(1995)
: Influence of time of day on psychological responses to exercise. A review. Sports Med,
20, 328-337.
8)Veasey RC, et al.(2015)
: The effect of breakfast prior to
morning exercise on cognitive performance, mood and
appetite later in the day in habitually active women.
Nutrients, 7, 5712-5732.
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