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アニメ『コクリコ坂から』のメッセージ研究

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アニメ『コクリコ坂から』のメッセージ研究
アニメ『コクリコ坂から』のメッセージ研究
土 屋
博
映
1、はじめに
『コクリコ坂から』は2
0
1
1年7月にスタジオジブリが世に送り出したアニメ映画である。興行
収入は4
0億円。評判となったアニメである。僕はチケットが手に入り、半ばは気乗りしないまま
に、観賞した。しかし、何とそのアニメが僕をひきつけた。自分でも驚くほどに感動したのであ
る。それは一体何だったのか。
作品を一言で言ってしまえば、内容は、単なる高校生同士の恋愛にすぎないのだが、分析して
みればその恋愛が単に高校生の恋愛に終わらず、もっと大きなもの、世の中に対しての、強いメ
ッセージがあることに感動を受けたのだった。
ところで、日本の漫画は世界的に見て、すぐれていると考えられる。いわゆる、単なる漫画レ
ベルではなく、そこには文学性を感じさせるものがあるのだ。たとえば同時期の映画に、『神様
のカルテ』(小学館文庫・夏川草介)がある。それは、アニメではないが、小説→漫画→映画と、
経過をたどり、『コクリコ坂から』同様大評判となった。『鉄腕アトム』でもわかるように、漫画
はアニメとして発展し、アニメと漫画の相互作用で人気を高めてきた。そして、漫画もアニメも、
実は、文学小説と同レベルの感動を与えてきたのである。
僕は、本稿で、漫画を支持しようとか、漫画の系譜などをたどろうとかするつもりはない。だ
が、漫画は子供のもの、という従来の考え方は、現代では的を得ていないのではないか、「たか
が漫画」などという認識を改めなくてはいけないのではないか、と強く思う。確かに漫画は少年
漫画として、日本の子供たちのあこがれ・夢・希望として、盛んになったのだが、その漫画で育
った少年たちが成長するにつれ、その年齢に応じたものとして、漫画も成長したのではないかと、
思うのだ。我々のような鉄腕アトム世代が、読者の立場から漫画を大人が読むのにも耐えるよう
に成長させたと、考えたいのである。
漫画が、軽蔑すべきものでないのなら、当然アニメとて、頭から軽蔑すべきではない。問題は、
その内容にある。今回僕がとりあげた『コクリコ坂から』は、小学生や中学生レベルの目で、い
わゆる表面的に見ただけでは、そう感動を受けないかもしれない。しかし、高校生や大学生以上、
とくに我々大人の眼から見れば、そうではないはずだ。ジブリを代表する、宮崎駿の作品にはい
つも世の中への、重要なメッセージが伴われているのであり、本作品も同様だ。売れればいいの
ではない。どういう(よい)メッセージを伝えるか、が根底にあり、その結果が売れたことにつ
ながるだけなのだ。
本稿では、『コクリコ坂から』とはどのような作品なのか、そして、それにはどのようなメッ
セージがあり、それはどうして生まれたかということ等を中心に論じてみたい。
2、『コクリコ坂』とは
『脚本
コクリコ坂から』(宮崎駿・丹羽圭子、角川文庫)の背表紙には、「太平洋戦争が終わ
って1
8年、日本は焼け跡から奇跡の復活を遂げた。人々は古いものをすべて壊し、新しいものだ
―9
8―
けが素晴らしいと信じていた。そんな時代に、横浜のある高校で、明治に建てられた由緒ある建
物をめぐって、小さな紛争が起きていた。取り壊すべきか、保存すべきか。1
6歳の海と1
7歳の俊
の愛と友情を横糸に、建物をめぐる紛争を縦糸に、この物語は、まっすぐに生きる高校生たちの
群像をさわやかに描いてゆく――。
」と記されている。愛と友情、そして建物をめぐる紛争がか
らんで、その時代と、時代を生きる人間像を描いているのである。駿は「高校生たちの群像」と
いうが、それを見守る「大人たちの群像」までも実は鮮やかに描かれているといってよい。
参考までに、「コクリコ」とはフランス語で「ひなげし」のこと。また聞きだが、フランスに
は「コクリコ」の咲き乱れる平原があるという。アニメ中、ヒロイン海が自宅の庭から選び、花
瓶に活けるのが「コクリコ」であろう。それで海の家を「コクリコ荘」
、続く坂を「コクリコ坂」
と呼ぶようだ。ヒロイン「海」があだ名で「メル」と呼ばれるのも、フランス語の「海」を意味
する「ラ・メール」からきている。
実は本作品は、駿の独創ではない。同じ角川文庫に『コクリコ坂から
映画原作コミック』(高
橋千鶴・原作佐山哲郎)としてまとめられているように、原作は既に存在していた。同書の巻末
「過去の中から未来が生まれる」の冒頭で、駿の息子、吾朗が、「僕が『コクリコ坂から』を読
んだのは、今から3
0年前。当時の僕は中学生だったはずだ。小さな頃から毎年夏になると行って
いた祖父の山小屋に、従妹が持ち込んだ『なかよし』に『コクリコ坂から』は掲載されていた。
」
とある。さらに、「
『コクリコ坂から』は『なかよし』の中の他の作品と違っていて、僕にとって
十分に大人っぽい内容だった。高橋千鶴さんの描く女の子たち、とくに憂いを帯びた瞬間の表情
が魅力的だった。おかげで、同時に掲載されていた作品はほとんど忘れてしまったけれど、『コ
クリコ坂から』だけはその後もずっと覚えていた。
」と記されている。息子の吾朗がよいと感じ
た作品を父の駿もよいと感じたのだろう。それについて、吾朗は何も記してはいないが、吾朗が
駿に感動を伝え、駿も同様の感動を受けたという、年齢を超えた仲の良い親子の会話が想像でき
る。
同書の後書には「初出『なかよし』講談社 1
9
8
0年1月号∼8月号」とあるので、確かに吾朗
の言うとおり、原作は3
0年前の作品であり、それが3
0年という年月、ワンジェネレーションを経
て、ジブリにより再生されて、再び世に送り出されたということになる。
『ロマンアルバム
「海を見下ろす
見ている少年が
コクリコ坂から』(徳間書店)冒頭には、次のように記されている。
古い下宿屋の庭で
少女は毎朝、旗を高くあげました。
返事を送っていることも知らずに
つの恋の物語がそっと扉を開きます
暖かい風景に囲まれていた
また、『コクリコ坂から
それを船の上から
日本が高度成長期に入っていく時代
戦争という過去を抱えながら
ひと
未来をみつめて歩く人々
あの時代――」
ビジュアルガイド』(角川書店)冒頭には、「時は1
9
6
3年、横浜。人々
が新しきものという甘美な勢いに酔いしれていた頃、港の見える丘にあるコクリコ荘に毎朝旗を
あげる1
6歳の少女がいました。朝の海の上には、1
7歳の少年がいました。彼は少女の旗を見つめ
ていました。
古きものを守るため立ち上がった若者たちの中で、まもなく訪れるふたりの出会
いは、たくさんの想いを、縁を見つけていきます。
ふたりのあいだに生まれるときめき、帰ら
ぬ者を偲ぶせつなさ、友とともに活動することの熱さ、家族のいたわりとやさしさ、そして、か
つて、自分たちの親たちが大切にした愛と絆……
人が人を想い、つながり、生きること。すべ
ては「人を恋うる」想いのもとにありました。その強さに導かれた少女と少年。ふたりが見いだ
す未来とは――」と記されている。
ところで、高橋(佐山)の原作と駿の脚本には大変な相違いがある。「原作」と「脚本」を比
―9
9―
較すると、ヒロイン海とヒーロー俊の個性が驚くほど異なる(もちろん共通点もある)
。またひ
きおこる様々な事件の相違、全体の構成の中での位置づけも異なる。まさに駿は高橋(佐山)の
原作を活かせる素材は活かし、他は徹底的に「換骨奪胎」したのだと言える。
駿は『脚本
コクリコ坂から』で次のように述べている。「原作は、かけマージャンの後始末
とか、生徒手帳が担保とか、雑誌の枠ギリギリに話を現代っぽくしようとしているが、そんな無
理は映画ですることはない。
」と、原作と異なることを強調する。そして、さらに、
「原作のエピ
ソードを見ると、連載の初回と二回目位が一番生彩がある。その後の展開は、原作者にもマンガ
家にも手にあまったようだ。マンガ的に展開する必要はない。あちこちに散りばめられたコミッ
ク風のオチも切り捨てる。時間の流れ、空間の描写にリアリティーを(クソ丁寧という意味では
ない)
。脇役の人々を、ギャグの為の配置にしてはいけない。少年達にいかにもいそうな存在感
がほしい。二枚目じゃなくていい。原作の生徒会長なんか“ど”がつくマンネリだ。少女の学校
友達にも存在感を、ひきたて訳にしてはいけない。海の祖母も母も、下宿人たちも、それぞれク
セはあるが共感できる人々にしたい。
」と述べる。原作のマイナス面をしっかり分析し、アニメ
ではどのようにデフォルメしていくかを強い信念のもとに述べている。最後に駿はこう結ぶ。
「観
客が、自分にもそんな青春があったような気がして来たり、自分もそう行きたいとひかれるよう
な映画になるといいと思う。
」と。なるほど、まさに僕はここにはまってしまったのだ。
3、科白の展開
『スタジオジブリ絵コンテ全集1
8 コクリコ坂から』(徳間書店
脚本
宮崎駿
監督・絵コンテ
宮崎吾朗
丹羽圭子)をベースに、科白を中心に、『コクリコ坂から』の展開を追う。この
絵コンテがアニメのベースになる。
絵コンテは吾朗の担当である。次の5つのパート、それは1
1
3
7のカットからなる。また、それ
ぞれのパートを簡潔にまとめれば、次のようになる。
A パート(カット1∼3
6
2)海と俊の出会いから、二人の感じるほのかな恋心
B パート(カット3
6
3∼5
5
8)海の家で見た写真による実の兄妹ではないかという俊の疑い
C パート(カット5
5
9∼7
6
5)距離を置く俊に問いただし、その返答に絶望を感じる海
D パート(カット7
6
6∼9
6
4)海は絶望から立ち上がり、兄妹でも好きだと俊に告白
E パート(カット9
6
5∼1
1
3
7)母の話、父の親友の話等から二人は兄妹でないとわかる
以下、パートごとに重要な科白を中心に本作品の展開をおっていく。
★A パート(カット1∼3
6
2)
海(松崎海)の家の朝の風景。朝食用意(当時の台所再現)
。海は「航海安全」の旗 UW 旗を
あげる。海上からそれを見た俊(風間俊)は応答旗を掲げる。が、それは海には見えない。細や
かに働く海、祖母(松崎花)
、妹(松崎空)弟(松崎陸)
、下宿人3名(北斗美樹・広小路幸子・
牧村沙織)とともににぎやかな、暖かい朝食。(1∼7
1)
風間俊、義父風間明雄の船(タグボート)から陸へ。自転車で高校(港南学園)へ向かう(当
時の風景再現)
。海は、片付け後、制服に着替え、徒歩で高校へ向かう。
(7
2∼1
0
2)
高校で、親友の横山信子、加藤悠子が「週刊カルチェラタン№2
7
1 1
9
6
3・5・1
4」(俊が中心
となり作成する週刊新聞)の記事を見せる。
トピックスは「カルチェラタン(正しくは「清涼荘」
、明治時代に建築された高校のクラブハ
ウス)の取り壊し絶対反対」
。その一隅のコラム「風」に次のような詩が載っていた。
「少女よ
君は旗をあげる
なぜ
朝風に想いをたくして
―1
0
0―
よびかける彼方
気まぐれなカラ
スたちを相手に
少女よ
今日も紅と白の
紺に囲まれた色の
旗は翻る」
この詩は俊が海を想い読んだものだ。それが海を含む仲良し3人娘で話題となった。この詩が、
次第に海の心を捉えていく。二人の恋の発端となる。(1
0
3∼1
1
0)
昼食時、3人娘の目の前で事件が起きる。食堂前の清涼荘(3階建て)の時計台から生徒会長
の水沼史郎と俊が屋根の上に現れる。皆騒然とする中、一瞬海と眼が合った俊は微笑み、防火水
槽に向かって飛び降りる。木に引っかかりながらも無事生還。海は助けに駆け寄るが、俊のカメ
ラへのポーズに腹を立て、救助放棄、俊は再び水槽に沈む。
(1
1
1∼1
5
4)
海、帰宅。祖母花と歓談。花、海の平生の労働をねぎらう。
「すてきな人ができて
あなたが旗をあげなくて
すむようになったらいいのにねえ」
航海の安全旗は、海から帰らぬ父の無事帰還を祈ってのものだったのだ。旗を降ろす海の目に
俊が飛び降りてくる姿が重なる。(1
5
5∼1
8
8)
夕食を作る海、その横で、下宿人牧村、広小路と、俊の噂話をする空。夜、寝入っている空の
横で「週刊カルチェラタン」の詩を見つめる海。(1
8
9∼1
9
9)
高校で、空が俊の写真を手に海を待ち伏せ、俊にサインをもらいに同行してほしいという。海
は断るが、結局清涼荘まで二人で行く。建物本来はステキなのだが、とにかく汚い。途中で黒点
観測の天文部に尋ね、哲学研究会部長につかまり、科学研の実験ミスの騒動のすきにのがれ、現
代詩研究会、無線部などの横を通り、やっと目的地に到着。そこは考古学研究部などと同居して
いる週刊カルチェラタンの編集部でもある。水沼が言う。
「ようこそ文芸部へ
いや考古研か?まさかインチキ週刊紙カルチェラタンに用ではあるまい
な」
俊、後ろ向きでガリ版に向かっている。海と空に驚く俊。サインを願う空。水沼と俊の会話に思
わず笑う海。水沼は空を連れ、一緒に外に出る。空の気持ちは一瞬で水沼に傾く。残された二人。
ガリ切を手伝う海、印刷する俊。午後6時、学生集会の声を聞きながら、海は家路につき、夕食
の用意。カレーの肉がないことに気付き、野菜刻みと炊飯を広小路に頼む。空も陸も買物に協力
しないので、私服に着替えて買物に飛び出す海。(2
0
0∼3
2
5)
海、自転車の俊と偶然すれ違う。とまどう海に俊が言う。
「乗れよ」
猛スピードでコクリコ坂を下る二人。あの「詩」のことを聞こうとするが聞けない海。坂を下
り、町中を通る二人(当時の風景再現)
。肉屋で肉を買う海。コロッケを買う俊(当時の風景再
現)
。1つほおばりながら、もう1つを海に差し出す。
「食えよ」「家までもたないんだ」「じゃあな」
立ち去る俊。見送る海。コクリコ坂を登りながらコロッケを一口ほおばる海。
「美味しい」 A パート終了(3
2
6∼3
6
2)
★B パート(カット3
6
3∼5
5
8)
朝、2階の広小路を起こす海。部屋から描いた広小路(美大学生)
の絵に、船の旗。広小路が、
よく通る船で、メルの旗に返事をしているようだと言う。遅刻しそうな海。高校の下駄箱の前で
俊と出会う。俊、刷り立ての「週刊カルチェラタン」を差し出す。
「刷れた。いい字だね」(俊)
「よかった」(海)
詩の件、旗の件、聞こうとする海。始業のベル。走りながら会話する二人。「週刊カルチェラ
タン」のガリ切を手伝うことになる海。討論集会への誘いは断る。下校時、信子、裕子に誘われ
―1
0
1―
る海。お手伝いさんがいないので帰るという海。学生集会開始を横目で見ながら帰宅する海。魚
屋さんで立ち止まり、また学生集会へと戻る海。(3
6
3∼4
1
4)
学生集会は大変な喧騒。壇上の発言者と野次。その中で司会の生徒会長水沼は平然と成り行き
を見つめている。それを見る海と空。俊、突然立ち上がり壇上の発言者に反論する。
「君たちは保守党のオヤジ共のようだ!学生なら堂々と自己の真情をのべよ!」
「古いものを壊すことは、過去の記憶を捨てることじゃないのか"」
「人が生きて死んでいった記憶をないがしろにすることじゃないのか"」
「新しいものばかりに飛びついて、歴史をかえりみない君たちに未来などあるか"」
さらなる喧騒の中、見張りの生徒、教師が来たと水沼に合図。水沼は瞬時に舞台中央に。生徒
たち、静まる。水沼歌う。少し遅れて全員がそろってうたう。大コーラスとなる。
「
(白い花の咲く頃)
」
満足そうな教師二人、黙って戻っていく。(4
1
5∼4
5
6)
校門を出る海と俊。学生集会の余韻。建替え反対派は不利だという俊。海は提案する。
「あのね、お掃除したらどうかしら?」「古いけれど、とってもいい建物だもの」「きれいにし
て、女子を招待したら、みんな素敵な魔窟だと思うわ」
「私がそうだったもの」
「でも、あいつら、ホコリも文化だって言うからなあ…」(俊)
俊、ガリ版を海に渡す。二人別れる。俊は手を振りながら大声で。
「ありがとうメル!」(4
5
7∼4
7
2)
自宅、夕食後、海、ガリ版に向かう。隣で、北斗と空が、学生集会を話題にしている。北斗が、
自分の送別会に水沼と俊など、男性を呼ぶことを提案。パーティ当日。水沼と俊来訪。にぎやか
なパーティ。かいがいしく働く海。合間に海は俊に家の中を案内する。内部の美しさに感動する
俊。曽祖父、祖父は医者で、父が船乗りだったこと、父と母が駆け落ちしたことを告げる。信号
旗を掲げる意味を問う俊。信号旗の由来を詳しく説明する海。
「旗を出しておけばお父さんが迷子にならずに帰ってくると言われて、毎日旗を出していたの」
「でも、朝鮮戦争の時、父の艦が沈んでそれっきり…それでも毎日旗を出してた…」
海、昔祖父の診察室で今母の書斎に俊を案内。古い写真に絶句する俊。海の亡父は、俊の父と同
じ「沢村雄一郎」だった。パーティ終わる。俊、自宅に戻る。義父が迎える。
「おそいな」「母さんに心配かけるな」
俊、戸棚から亡父の写真を取り出し、「沢村雄一郎」を確認。(4
7
3∼5
5
8) B パート終了
★C パート(カット5
5
9∼7
6
5)
女子学生たち、「清涼荘」の大掃除に向かう。迎える階上の水沼と哲研部長。水沼が言う。
「この文化財ともいうべき由緒ある建物の保存のために手を貸していただいて、本当にありが
とう!」「男どもは危険な作業を率先してこなすべし!」
生徒たち、役割に従い大掃除。海と俊が共に仕事をする。が、突然俊は場所を移動。呆然と見
送る海。俊は海を見ようともしない。帰宅後家事をする海。物思いに沈む。
(5
5
9∼62
4)
朝、父(義父風間)のタグボートで通学する俊。操舵中の父に問う。
「この沢村雄一郎って人が俺の本当の親父なんだよね」
「そのことは前に話したろ」「お前は俺の息子だ…」(風間)
「…うん…」(俊)
父は黙って舵を取り続ける。二人の間に沈黙が続く。父が不意に口を開く。
「…あの日は風の強い日だった…」「沢村が赤ん坊のお前と戸籍謄本を持って尋ねてきた…」
―1
0
2―
「母さんが、奪い取るようにお前を抱きかかえて」「乳をふくませた」「沢村はいい船乗りだった。
朝鮮戦争で LST の船長になって機雷にやられちまったが」「ずっとミルク代を送ってくれていた
…」「近頃あいつによく似てきたな…」
再び前を向き言った。
「…お前は俺たちの息子だ」
「うん…。ありがとう」(俊)
タグボートからコクリコ荘と UW 旗が見える。俊、応答旗をあげない。コクリコ荘の2階で
は、海と広小路が応答旗のある船を捜すが見つからない。
(6
2
5∼6
6
4)
自転車で高校に行く俊。印刷開始。海の家では北斗が旅立ちの用意。別れ際に一言。
「風間君とうまくいくといいね」
複雑な顔で頷き、別れる海。見送る北斗。雨を予感させる曇天。校門で俊たちが週刊カルチェ
号外を配布中。海をほとんど無視する俊。大掃除は今日も続く。俊が高い場所のランプに電球を
つけ、大きな拍手、歓声。海は一人ラベル張り。雨の中傘をさして俊を待つ海。俊、自転車から
降りる。黙って並んで歩く二人。意を決したように海が俊に言う。
「嫌いになったのなら、はっきりそう言って」
俊、真剣な表情の海を見つめ、胸ポケットから写真を取り出す。海の父と同じ写真だ。
驚く海。俊を見つめる。俊が言う。
「沢村雄一郎、俺の本当の親父」
「えっ?」(海)
「まるで安っぽいメロドラマだ」(俊)
「どういうこと…?」(海)
「市役所に戸籍を調べに行ったんだ。確認した」(俊)
「じゃあ…」(海)
「俺たちは兄妹ってことだ…。
」(俊)
「…どうすればいいの?」(海)
「どうしようもないさ、知らん顔するしかない」「今までどおり、ただの友だちだ」(俊)
俊、傘を持つ海の手を一瞬握り、自転車で去る。残された海。夕食後、海を牧村と広小路が案じ
る。空が様子を見に行く。寝たまま起きようとしない海。
(6
6
5∼7
3
9)
海は夢で昔の記憶をたどる。泣く海。目覚める。台所にアメリカ留学中の母(良子)がいる。
すると海を呼ぶ父の声がする。父の胸の中に飛び込む。それは夢だった。
(7
4
0∼7
6
5)
C パート終了。
★D パート(カット7
6
6∼9
6
4)
海、朝食用意。花瓶に花。亡き父の写真。残る雨中、旗をあげ、通学する海にはある決意が。先
日パーティに呼んだ先輩が資材の提供を水沼と俊に伝える。水沼は俊に言う。
「彼女は幸運の女神だぜ」
そこに海と信子と悠子の3人娘が明るく挨拶しながら大掃除に向かう。あっけにとられる俊。
大掃除は和気藹々。海も皆に溶け込んでいる。海が部室を来訪。驚く俊。水沼が話しかける。
「遅くまでごくろうさま。お家の方は大丈夫?」
「今日は空に頼みました」(海)「お手伝いすることありますか?」(海の俊への言葉)
「これを頼めるかな?」(俊)
「はい」「明後日まででいいですか?」(海)
―1
0
3―
「うん、とても助かります。ありがとう」(俊)
お互いさよならの挨拶。中で頭をかかえる俊。外でほっと一息つく海。
(7
6
7∼8
0
9)
週刊カルチェラタン、5月2
4日号から6月4日号まで4回連続で画面に。足場が組まれ、本格
的に清涼荘が改装。日増しに協力体制が整う。号外。参加者増加、先輩の差し入、ついに時計台
が直され、時の鐘を刻む。大歓声。見上げる海と俊。そこに、走って来た水沼が大声で叫ぶ。何
と、理事会で清涼荘の取り壊しが決定。清涼荘のホールは緊急集会で大勢の生徒たち。皆の意見
が錯綜する中で、俊が水沼に言う。
「理事長に直談判したらどうかな?」
「理事長って徳丸財団の実業家だぞ。会うのも難しいぜ」(水沼)
「水沼、風間!代表して行ってくれ!」(哲研部長の懇願)
俊も水沼を促す。男女を問わず、生徒たち皆が水沼に注目。成り行きを見守る海。水沼は腕を
組み、なかなか答えない。長い思案。そしてニヤッと笑い口を開く。
「行くか…」「メルも来てくれ!3人で行こう!」(8
1
0∼8
4
9)
翌日海は、桜木町駅で俊、水沼と集合。徳丸書店のある新橋に向かう(当時の風景)
。
「社長はとても忙しいんです。予約をとらないで訪ねて来ても会えないかもしれませんよ」
(秘
書)
「申し訳ありません。あらかじめお願いしては、お会いしていただけないと思って、押しかけ
ました」(水沼)
「社長にはお伝えしてあります。ムダ足になるかもしれませんが、それでもよければ、ここで
待っていてください」(秘書)(8
5
0∼8
9
4)
徳丸社長が不意にドアをあけ、手招きし、ソファの所に来て、座るよう指示する。
「座って、君たち、学校はどうしたのかね」(徳丸)
「エスケープしました。
」(水沼)
「エスケープか」(徳丸)「俺もよくやったなあ」(徳丸)「用は清涼荘の建て直しの件だね」(徳
丸)
「ハイ、理事長にカルチェラタンを一目見ていただきたく直訴にまいりました」
(水沼)
「ぜひ一度いらしてください!」(俊)
。
「君は何年生?」(徳丸が海に)
「2年です。松崎海と申します。週刊カルチェのガリ切りをやっています」
(海)
徳丸、嬉しそうに、清涼荘を残したい理由をたずねる。海、答える。
「大好きだからです。みんなで一生懸命お掃除をしました。是非見にいらしてください」
「お掃除か…」(徳丸)「お父さんのお仕事は?」(徳丸)
「船乗りでした。船長をしていて、朝鮮戦争のときに死にました。
」(海)
船の沈没する様子が浮かぶ。徳丸を見つめる海。徳丸、朝鮮戦争を振り返る様子で、
「お母さんはさぞご苦労してあなたを育てたんでしょう」「いいお嬢さんになりましたね」
海、父母を誇らしく想う笑顔で、
「……ハイ」(8
5
0∼9
1
4)
「判った、行こう」(徳丸、水沼に回答)
「ありがとうございます!」(俊と水沼の感謝)
「よし、明日の午後に行きます。校長さんと話をつけて、正式に見学に行きます」
(徳丸の、3
人への回答)
―1
0
4―
海たち3人肩を並べ、帰る。水沼が言う。
「いい大人っているんだな」
「まだわからないよ」(俊)
「でもよかった……」(海)
それを見てほほえむ俊。駅の入り口。突然、水沼が神田の叔父宅に寄ると行って立ち去る。
帰宅ラッシュの車内。海が押されないよう盾になる俊。港の公園を並んで歩く海と俊。
「風間さん、もう進路は決めたの?」(海)
「ウン。家が貧乏だから、国立ねらいなんだ」(俊)
「週刊カルチェは…」(海)
「カルチェの問題が片付いたら後輩にゆずる」(俊)「メルは?」(俊)
「まだ決めてない…。お医者さんになりたいなあって思っているけど…」
(海)
「あの詩…、あれ、風間さんが書いたの?」(海)
「メルの揚げる旗を、毎朝親父のタグから見ていたんだ」(俊)
「私の庭からは船が見えなかったの…」(海)「だから、応答の旗を揚げているの知らなかった
…」(海)
市電の停車場で、来る市電を見ている二人。
海が、うつむいて、言葉をしぼり出すように、手に力を入れ、俊に告白した。
「私が毎日旗を揚げて、お父さんを呼んでいたから、お父さんが代わりに風間さんを贈ってく
れたんだと思うことにしたの」(海)「私、風間さんが好き」(海)
「メル…」(俊)
「血がつながっていても、たとえ兄妹でもズーッと好き」(海)
市電到着。俊、海の握り合わせた手を握り締め、やさしい笑顔で言う。
「俺もお前が好きだ」
頷く海。市電に乗る。市電遠ざかる。見送る俊。
海、帰宅。母良子、アメリカ留学から戻る。にぎやかな家族。
(9
1
5∼9
6
4) D パート終了。
★E パート(カット9
6
5∼1
1
3
7)
海、夜中、良子の部屋に行く。海は意を決し、母に問う。
「学校の1年上に風間俊という人がいるの」「北斗さんの送別パーティの時に来て、お父さんの
写真を見せたら、風間さんも同じ写真を持っていて、沢村雄一郎は風間さんのお父さんだって」
良子、写真を取り出し、おもむろに口を開く。
「…そうね。ちょっとややこしい話かもしれないわね」
しばらく間をおき。自分の結婚と結婚生活の話をする。そして、ある日雄一郎が赤ん坊を抱え
てきたこと、それが事故で死んだ親友の立花洋(ひろし)の子だということ、洋の妻も死んだこ
と、そこで自分の子として、籍をいれて連れてきたこと、など、淡々と説明。
「雄一郎は、自分の子だと役所に届け出て、無理矢理連れてきちゃったのよ」
「戦争が終わった
ばかりで、そういうことがたくさんあったの」
しかし、海がお腹にいる良子には育てられず、船員仲間の風間の養子にしてもらったことなど、
さらに説明。そして海に尋ねた。
「その子、いい少年になった?」
「…うん」(海)
「よかった…。無鉄砲だけど、あなたのお父さんは、ほんとにいい男だったの」
―1
0
5―
良子、自分が恋した頃のままの照れたような顔で明るく言った。
「わたしが学問を続けられたのも、彼のおかげ」
「…でも、もしも風間さんがお父さんの、本当の子供だったら…」
(海)
良子、「エッ?」という顔になって、
「あの人の子供だったら…」
まるで海の年頃に戻ったような表情で、
「会いたいわ…」「似てる?この(雄一郎の)写真と」
海、予期せぬ良子の答えに、呆然。涙をおとす。良子、海を抱く。海、堰が切れたように泣く。
良子涙の意味に気づく。泣き続ける海。翌朝、割烹着姿の良子。海と空、学校へ。その後良子、
俊の義父風間に電話、喫茶店で再会(当時の風景)(9
6
5∼1
0
1
8)
徳丸理事長、港南学園訪問。校長と事務長が迎え、清涼荘に向かう。徳丸建物に感心。校長忌々
しそうな顔。磨かれた建物に入ると、水沼、俊、海が迎える。
「ようこそ、おいでくださいました」
二人に眼をやり、海の肩をポンポンと叩く(やあ、お嬢さん、来ましたよ)
ホールでは生徒が大拍手で迎える。徳丸は建物に感心。天文部員に問う。
「ハッ!太陽の黒点観測を1
0年続けています!」(部員)
「ホウ1
0年。で、何か判ったかね?」(徳丸)
「太陽の寿命は永く、私たちの時間は短く、まだ何も判りません!」
(部員)
「うん、潔くていい」(徳丸)
その後ろで不快そうな校長と事務長。徳丸、哲研の踊り場に上る。哲研、ピンクの小屋の前に
いる。徳丸、哲研の前で立ち止まる。直立不動の哲。徳丸が問う。
「君は新しい部室が欲しくないかね?」
徳丸、階段にちんまり座っている新入部員2名を見て、笑い、哲研に言う。
「かわいい後輩もいるようじゃないか」
「失礼ながら、閣下は、タルに住んだ哲人をご存知でしょうか!」(哲研)
「ディオゲネスか」「ハハハハハ!」「校長先生、いい生徒たちじゃありませんか」(徳丸)
「それにしても随分かわいいタルだな」(徳丸)
「
(うろたえて)いや、その、こ、これは…」(哲研)
校務員が俊にメモ。俊、校務員室にいく。父風間と電話のやりとり。風間、焦った様子で、
「写真の3人目の小野寺が近くに来ている。彼なら詳しい事を知っているそうだ」
「え…!」(俊)
「船が港にいる」「四時に出港する」「外国航路だから、しばらく戻らん。今から来い!」(風間)
「紺色のうねりが
峰々となり
のみつくす日が来ても
未来から吹く風に頭をあげよ
水平線に君は没するなかれ
紺色のうねりが
われらは
のみつくす日が来ても
山岳の
水平線に
君は没するなかれ」(生徒全員の校歌斉唱)
徳丸、直立して聴き、感動。校長も意外と感動。徳丸、ホール全体にむかって言う。
「諸君、このカルチェラタンの値打ちが今こそ判った。教育者たるもの、文化を守らずして何
をかいわんやだ」「私が責任を持って、別な場所にクラブハウスを建てよう!」
大歓声の生徒たち、抱き合うもの、飛び上がるもの、泣くもの。そして水沼が海に言う。
「ありがとう、メルのおかげだ」
とまどう海に皆が感謝。特に哲研は号泣してメルに大感謝。そこに俊がかけつけ、海と俊、と
―1
0
6―
もに駆け出す。皆が暖かい歓声で送り出す。水沼は徳丸の所にかけつけ、伝える。
「閣下!」「あのふたりに、人生上の重大事件が発生しました。ふたりは駆けつけねばなりませ
ん!」
「エスケープか!」(徳丸)
徳丸、さも楽しそうに、眼を細めて、
「青春だなあ」(1
0
1
9∼1
0
7
2)
港に駆ける、海と俊、知り合いのオート三輪に乗せてもらい、港へ。だが渋滞で二人は車から
降り、駆ける。港で待つ船に乗る。貨物船の下に風間のタグボートが見える。二人はタグボート
へ、さらに足場の悪いタグからタラップに、まず俊が飛び移り、次に海が飛び移る。しっかり海
を受け止める俊。タラップを上がると小野寺義雄が待っていた。小野寺は海たちのために出航を
1
5分延長。
小野寺、商船高校時代の集合写真を俊に渡す。写真をじっと見る二人。俊に小野寺は言う。
「君の父親は立花洋だ」「その写真の前列の右から4人目だ。隣に沢村がいるのが判るだろう」
「私たちは親友だった」
写真館の場面にさかのぼる。沢村、立花、小野寺、が並ぶ。沢村が言う。
「立花、貴様が真ん中だぞ」
「俺がか」(立花)
「俺たちの大将だから当然だ」(小野寺)
「なら遠慮せんぞ」(沢村)
カメラに向く3人。立花が言い、沢村が答える。
「貴様ら、俺より先に死ぬなよ」
「貴様こそ」
写真はそうやって撮られた。今に戻る。小野寺が俊に言う。
「君のご両親が亡くなった時、自分は海に出ていた。でなければ自分も沢村と同じことをした
だろう」「立花と沢村の息子と娘に会えるなんて、うれしい。ありがとう。こんなうれしいこと
はない」
小野寺、涙を浮かべ、海と俊も泣き笑いで頷く。三人握手。その後貨物船出航。タグは UW 旗
をあげる。貨物船遠ざかる。風間のタグ、港に戻る。風間が俊にウインク(いい子だな)
。どぎ
まぎする俊。港に向かうタグからコクリコ坂、コクリコ荘、そして UW 旗が見える。丘を見上
げる二人。二人を待つように旗がなびいている。
翌朝、海、UW 旗をあげる。(応答の)汽笛がなる。船の方向を見つめる海。(1
0
7
3∼1
1
3
7)
4、科白からのメッセージ
本作品は A から D までの5つのパートにわかれるのだが、これを、起承転結にしてみると、
「起
→A、承→B、転→C・D、結→E」となる。具体的には、「起」で、海と俊が出会い、「承」で、
恋心を抱き、「転」で、「兄妹ではないか」という暗雲が立ち込め、「結」で、二人は兄妹ではな
いとわかる、という流れである。「兄妹の恋」は古来問題となるテーマであり、『コクリコ坂から』
は、その古臭いとも言えるテーマにあえて挑戦した、ということになる。原作漫画の『コクリコ
坂から』は、そのテーマに失敗したといえそうだ。しかし、映画アニメの『コクリコ坂から』は
成功と評価してよいだろう。では、それはどうしてか。
根源的な問題を言えば、漫画は8ヶ月連載である。読者の評判を気にして、一貫性がなくなる
―1
0
7―
ことが多々あるだろう。いわゆる焦点がぼやけるということだ。その点映画アニメは、一貫した
構想のもとに、一本「太いしん」を入れることができる。
漫画は「兄妹の問題」を、主に終盤でとりあげ、ばたばたとストーリーが展開し、あっという
間に「めでたしめでたし」
、となっている。いわゆる、「タメ」がないのである。タメとは「余情」
といいかえてもいい。原作漫画は月刊なので月ごとに盛り上げなくてはならない。映画は1本9
0
分程度の中で盛り上げればよい。その相違は大きい。だから漫画を映画と同一レベルで批判する
ことはできないとは思うが、本質的な差はそこにある。
ここで、映画の「しん」は科白によること大であることを強調したい。具体的な会話のつなが
りで、徐々に映画のイメージができあがってゆく。観客の「観賞」が「鑑賞」へと次第にレベル
アップし、のめりこみ、最後は画面と一つに溶けあう、ということである。
「太いしん」とは何か、それを重要な科白から、読み取っていきたい。
★A パート
☆「少女よ
君は旗をあげる
スたちを相手に
少女よ
なぜ
朝風に想いをたくして
今日も紅と白の
よびかける彼方
紺に囲まれた色の
気まぐれなカラ
旗は翻る」
(俊の、海を想う詩)
→俊の、海への、初ラブレターにあたる。二人の恋のきっかけ。上手・下手はともかく、少年の
一途な想いがある。5
0年前の純な初恋を知らせてくれる。
☆「すてきな人ができて
あなたが旗をあげなくて
すむようになったらいいのにねえ」(祖母
花の、亡き父を慕う海への言葉)→父想いで晩熟の海を見守る祖母の愛がある。祖母はこうある
べきだというメッセージが隠れている。
☆「ようこそ文芸部へ。いや考古研か?まさかインチキ週刊紙カルチェラタンに用ではあるまい
な」(水沼の、海と空への言葉)
→水沼の言葉に教養の高さとユーモアが感じられる。学年1の秀才を言葉で示す。
☆「乗れよ」(俊の、海への言葉)
「食えよ」「家までもたないんだ」「じゃあな」(俊の、海への言葉)
「美味しい」(俊に貰ったコロッケを食べながら、海の独り言)
→俊の言葉はそっけないが、優しさ・強さを含む。昔の男子高校生らしさがある。また「コロッ
ケ」がプレゼントという時代。何気ない態度だが、行為に愛情が感じられる。「コロッケの愛」
である。海の「美味しい」は「うれしい、好き」の意味。
★B パート
☆「刷れた。いい字だね」(海のガリ版の文字に、俊の評価)
「よかった」(海の、俊への言葉)
→「いい字」は、海そのものをほめている。「よかった」はうれしいの意。二人とも間接的に愛
情を表現している。現代には少ない婉曲の美が感じられる。
☆「君たちは保守党のオヤジ共のようだ!学生なら堂々と自己の真情をのべよ!」(俊の発言)
「古いものを壊すことは、過去の記憶を捨てることじゃないのか"」(同)
「人が生きて死んでいった記憶をないがしろにすることじゃないのか"」(同)
「新しいものばかりに飛びついて、歴史をかえりみない君たちに未来などあるか"」(同)→こ
の4つの科白に俊の性格と環境・人生がこめられている。これは「大衆に迎合するな、過去の文
化を愛せ、歴史を愛せ、自分の祖国を愛せ」という駿の強いメッセージである。
☆「(白い花のさく頃)
」の全体から、過去の懐かしさを、そして「おさげがみ」は清純な少女を
イメージしている。もちろん、海がおさげであることも関係する。詩情のある、よい歌だ。これ
―1
0
8―
が生徒集会の騒動の最中に歌えるのがいい。当時流行の学生紛争を取り上げているが、決して生
臭くは描かないのが駿の作品の特徴といえよう。
☆「あのね、お掃除したらどうかしら?」(清涼荘について、俊への海の提案)「古いけれど、と
ってもいい建物だもの」(同)「きれいにして、女子を招待したら、みんな素敵な魔窟だと思うわ」
(同)「私がそうだったもの」(同)→「お掃除」が当時の女の子らしさを表現。抽象的な論より
も、具体的な行動、それが一番、というメッセージをよみとりたい。
☆「でも、あいつら、ホコリも文化だって言うからなあ…」
(海の提案への、俊の独り言)
「ありがとうメル!」(別れてから、距離をおいて、俊の、メルへの大声の感謝)
→「ホコリも文化」という表現に港南学園のレベルの高さがうかがわれる。
「ありがとうメル!」
は「大好きだよ、メル!」という意味。
☆「旗を出しておけばお父さんが迷子にならずに帰ってくると言われて、毎日旗を出していたの」
(海の、俊への説明)「でも、朝鮮戦争の時、父の艦が沈んでそれっきり…それでも毎日旗を出
してた…」(同)→海の素直さと「朝鮮戦争」という政治が少し顔をだす。これも当時の社会情
勢を示すもので、しつこく、生臭くはしない。
☆「おそいな」「母さんに心配かけるな」(遅い帰宅の俊に注意する義父風間)→風間の父親とし
ての威厳と愛情。必要なことだけ言い、しつこく繰り返さない当時の父親像。
★C パート
☆「この文化財ともいうべき由緒ある建物の保存のために手を貸していただいて、本当にありが
とう!」(清涼荘の掃除に来た女子生徒への、水沼の感謝)「男どもは危険な作業を率先してこな
すべし!」(男子生徒への、水沼の命令)→生徒会長らしい、礼儀正しさと、リーダーシップ、
これこそ、世の大人へのメッセージ。
☆「この沢村雄一郎って人が俺の本当の親父なんだよね」
(真実を知ろうと、風間に問う俊)
「そのことは前に話したろ」「お前は俺の息子だ…」(風間の、俊への回答)
「…うん…」(俊の、風間への返事)
「…あの日は風の強い日だった…」「沢村が赤ん坊のお前と戸籍謄本を持って尋ねてきた…」
(風間の、俊への説明)「母さんが、奪い取るようにお前を抱きかかえて」(同)「乳をふくませ
た」(同)「沢村はいい船乗りだった。朝鮮戦争で LST の船長になって機雷にやられちまったが」
(同)「ずっとミルク代を送ってくれていた…」(同)「近頃あいつによく似てきたな…」(同)
「…お前は俺たちの息子だ」(説明終わり、俊に言う風間の言葉)
「うん…。ありがとう」(俊の、風間への感謝)
→俊の知りたいのは、海と兄妹か否かなのだが、風間はそう受け取らない。しかし、きちんと説
明はする。無責任な父親ではない。「近頃あいつによく似てきたな」は思いやりにあふれている。
しかし、次に「お前は俺の息子だ」決めるところは、頑固だが、信念を持つ父親像が描かれてい
るといえよう。現代の父親も見習えというメッセージがある。
☆「風間君とうまくいくといいね」(別れに際し、海への北斗の言葉)→北斗は、恋人もなく家
事に専念する生真面目な女子高生の海の味方である。この点、祖母と同じ。
☆「嫌いになったのなら、はっきりそう言って」(意を決した、俊への海の言葉)
「沢村雄一郎、俺の本当の親父」
「えっ?」(海)
「まるで安っぽいメロドラマだ」(俊)
「どういうこと…?」(海)
―1
0
9―
「市役所に戸籍を調べに行ったんだ。確認した」(俊)
「じゃあ…」(海)
「俺たちは兄妹ってことだ…。
」(俊)
「…どうすればいいの?」(海)
「どうしようもないさ、知らん顔するしかない」(俊)
「今までどおり、ただの友だちだ」(俊)
→このやりとりが「転」の重要部分の一つ。初恋を失うことに追い込まれた純情な少女の気持ち
がよく出ている。しかし、苦しんでいるのは俊もおなじだった。「どういうこと」に混乱した少
女の感情がよく出ている。「どうすればいいの」はすがりつくような海の愛らしさが出ている。
恋する時は、このような言葉使いをすべき、というメッセージがある。
★D パート
☆「彼女は幸運の女神だぜ」(俊に、言い聞かせる水沼)→水沼は、俊と海を取り持つ役割。強
い友情がある。友情とはこうあるべき、というメッセージがある。
☆「遅くまでごくろうさま。お家の方は大丈夫?」(水沼の、掃除をねぎらう、海への言葉)
「今日は空に頼みました」(海の水沼への答え)
「お手伝いすることありますか?」(海の俊への言葉)
「これを頼めるかな?」(俊)
「はい」(海)「明後日まででいいですか?」(海)
「うん、とても助かります。ありがとう」(俊)
→気持ちを切り替えたメル、それに対し、水沼の言葉はあくまでもやさしい。「お家の方は大丈
夫?」という言い方に、上品さと優しさがある。水沼は理想的な教養ある高校生。海のふっきれ
た様子に対し、俊はまだとまどいがある。丁寧語にそれが表れている。
☆「理事長に直談判したらどうかな?」(緊急集会で、俊が水沼に提案)
「理事長って徳丸財団の実業家だぞ。会うのも難しいぜ」(水沼の、俊への回答)
「水沼、風間!代表して行ってくれ!」(哲研部長の、懇願)
「行くか…」「メルも来てくれ!3人で行こう!」(水沼の、決断)
→取り壊しに、皆が動揺する中、水沼はあくまでも理性的・知性的。それに対し、俊は直情径行。
皆が水沼を頼りにする、リーダーはこうあるべき、というメッセージがある。
☆「社長はとても忙しいんです。予約をとらないで訪ねて来ても会えないかもしれませんよ」
(秘
書)
「申し訳ありません。あらかじめお願いしては、お会いしていただけないと思って、押しかけ
ました」(水沼)
「社長にはお伝えしてあります。ムダ足になるかもしれませんが、それでもよければ、ここで
待っていてください」(秘書)
→水沼は、理事長に会うのには奇襲しかないと思ったのだろう。皆の懇願に即答しなかったのは
考えをめぐらしていたのだ。その水沼に、秘書はきちんと大人の態度で応じる。
☆「君たち、入りたまえ」(徳丸社長(理事長)の、3人への言葉)
「座って、君たち、学校はどうしたのかね」(徳丸)
「エスケープしました。
」(水沼)
「エスケープか」(徳丸)「俺もよくやったなあ」(徳丸「用は清涼荘の建て直しの件だね」(徳
丸)
―1
1
0―
「ハイ、理事長にカルチェラタンを一目見ていただきたく直訴にまいりました」
(水沼)
「ぜひ一度いらしてください!」(俊)
。
「君は何年生?」(徳丸が海に)
「2年です。松崎海と申します。週刊カルチェのガリ切りをやっています」
(海)
「大好きだからです。みんなで一生懸命お掃除をしました。是非見にいらしてください」
「お掃除か…」(徳丸)「お父さんのお仕事は?」(徳丸)
「船乗りでした。船長をしていて、朝鮮戦争のときに死にました。
」(海)
「お母さんはさぞご苦労してあなたを育てたんでしょう」(徳丸の海への言葉)「いいお嬢さん
になりましたね」(同)
「……ハイ」(海)
「判った、行こう」(徳丸、水沼に回答)
「ありがとうございます!」(俊と水沼の感謝)
「よし、明日の午後に行きます。校長さんと話をつけて、正式に見学に行きます」
(徳丸の、3
人への回答)
→このシーンも重要。徳丸理事長は、いわゆる気難しく、えらぶった、一般的によくある理事長
ではないのである。「エスケープ」に対して、「俺もよくやったなあ」という度量。若者だといっ
て馬鹿にしない、豊かな人間性。こういう大人でありたい、という、メッセージがこめられてい
る。そして「お掃除」がやはりキーワード。海ちゃんは「お掃除少女」なのだ。理事長は海の父
が戦争で死んだことを知ると、「お母さんはさぞご苦労してあなたを育てたんでしょう」という。
本作品でも注目のメッセージである。さらに「いいお嬢さんになりましたね」と、母子家庭の母
も子もほめる。海の言動から、海の人格、家庭までを瞬時によみとり、最高のほめ方をする。こ
んな大人になれ、というメッセージだ。
☆「いい大人っているんだな」(水沼)
「まだわからないよ」(俊)
「でもよかった……」(海)
→3人の短い発言の中に、個性がさりげなく活かされている。
☆「風間さん、もう進路は決めたの?」(海)
「ウン。家が貧乏だから、国立ねらいなんだ」(俊)
「週刊カルチェは…」(海)
「カルチェの問題が片付いたら後輩にゆずる」(俊)「メルは?」(俊)
「まだ決めてない…。お医者さんになりたいなあって思っているけど…」
(海)
「あの詩…、あれ、風間さんが書いたの?」(海)
「メルの揚げる旗を、毎朝親父のタグから見ていたんだ」(俊)
「私の庭からは船が見えなかったの…」(海)「だから、応答の旗を揚げているの知らなかった
…」(海)
「私が毎日旗を揚げて、お父さんを呼んでいたから、お父さんが代わりに風間さんを贈ってく
れたんだと思うことにしたの」(海)「私、風間さんが好き」(海)
「メル…」(俊)
「血がつながっていても、たとえ兄妹でもズーッと好き」(海)
「俺もお前が好きだ」(俊)
→本作品、クライマックスといっていい。海の、俊を想う、純情さ、可憐さ、それが見事に活か
―1
1
1―
されている。彼女が、俊の詩と、旗にどれほど、うれしく、恋心を抱いたか、兄妹かもしれない
と思った時、どれほど苦しんだか。その苦しみの中から、彼女は父と、俊と、相反する要素を見
事に「お父さんが代わりに風間さんを贈ってくれたんだ」(送る、でなくて、贈る、がいい)と
結びつけて、解決した。本作品のベスト1の科白が「血がつながっていても、たとえ兄妹でもズー
ッと好き」である。人を恋い慕う気持ちがどれほど美しいものかを教えてくれる科白である。実
は脚本では、ここでは既に、海は母によって、二人は実の兄弟ではないと、知らされていた。映
画の、知らないことのほうが、もちろん勝る。
★E パート
☆「学校の1年上に風間俊という人がいるの」「北斗さんの送別パーティの時に来て、お父さん
の写真を見せたら、風間さんも同じ写真を持っていて、沢村雄一郎は風間さんのお父さんだって」
(海の、母良子への言葉)
「…そうね。ちょっとややこしい話かもしれないわね」(良子)「雄一郎は、自分の子だと役所
に届け出て、無理矢理連れてきちゃったのよ」(良子)「戦争が終わったばかりで、そういうこと
がたくさんあったの」(良子)「その子、いい少年になった?」(良子の、海への問)
「…うん」(海の返事)
「よかった…。無鉄砲だけど、あなたのお父さんは、ほんとにいい男だったの」
(良子)
「わたしが学問を続けられたのも、彼のおかげ…」(良子)
「…でも、もしも風間さんがお父さんの、本当の子供だったら…」
(海のつぶやき)
「あの人の子供だったら…」(良子)「会いたいわ…」(良子)「似てる?この(雄一郎の)写真
と」(良子)
→これもクライマックスの一つ。「俊とのやりとり」と勝るとも劣らない。母良子の、「その子、
いい少年になった?」からの一連の発言は、俊を大事に思う気持ちと、俊を救った夫を想う気持
ちとが重なっていて、彼女の優しさ、夫への愛情が伝わってくる。安心した海が、「風間さんが
お父さんの、本当の子どもだったら」ととんでもない質問をする。お父さんを責めるより、俊と
の間が心配ゆえの発言なのだが。それに対する良子の回答がすばらしい。
「会いたいわ」「似てる?
この写真と」
は本作品ベスト2のセリフ。良子の人間性の大きさがやはり伝わる。母というより、
人間はこうありたいというメッセージである。
☆「ようこそ、おいでくださいました」(徳丸への、海・俊・メルの出迎えの挨拶)
(やあ、お嬢さん、来ましたよ)(徳丸の、メルへの心中)
「ハッ!太陽の黒点観測を1
0年続けています!」(部員)
「ホウ1
0年。で、何か判ったかね?」(徳丸)
「太陽の寿命は永く、私たちの時間は短く、まだ何も判りません!」
(部員)
「うん、潔くていい」(徳丸)
「君は新しい部室が欲しくないかね?」(徳丸の、哲研への問い)「かわいい後輩もいるようじ
ゃないか」(同)
「失礼ながら、閣下は、タルに住んだ哲人をご存知でしょうか!」(哲研の、徳丸への反論)
「ディオゲネスか」(徳丸)「ハハハハハ!」(徳丸)「校長先生、いい生徒たちじゃありません
か」(徳丸)「それにしても随分かわいいタルだな」(徳丸)「
(うろたえて)いや、その、こ、こ
れは…」(哲研)
→徳丸の度量の大きさ、そして教養の深さが現れている。そして、若者を見る眼のなんとやさし
く、温かくおおらかであることか。こういう大人になれと、若者にはもちろん、大人にもそうメ
―1
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2―
ッセージを送っている。徳丸は海のためにやってきたのだ。静かな、控えめな、お掃除好きの女
の子が学園の理事長を動かしたのだ。若者へのメッセージの一つ。
徳丸の人柄は「うん、潔くていい」「ディオゲネスか」「ハハハハハ!」「いい生徒たちじゃあ
りませんか」にしっかり現れている。人柄は、心中に潜んでいるのだが、ちゃんと言動行動に表
れる、という見本のようなもの。先入観にとらわれず、人間を肯定的にみろ、というメッセージ
である。
☆「写真の3人目の小野寺が近くに来ている。彼なら詳しい事を知っているそうだ」
(風間)
「え…!」(俊)
「船が港にいる」「四時に出港する」「外国航路だから、しばらく戻らん。今から来い!」(風間)
→俊の義父風間がついに沢村、立花の親友である小野寺を探し出した。畳み込んでいう言い方と
「今から来い!」に一本気で真面目で、俊を思う気持ちが集約されている。義父でもこんな父な
ら本当の父と同じ。こうあれ、というメッセージ。「生みの親より育ての親」ということわざが
そのまま活きる。
☆「紺色のうねりが
峰々となり
のみつくす日が来ても
未来から吹く風に頭をあげよ
水平線に君は没するなかれ
紺色のうねりが
われらは
のみつくす日が来ても
山岳の
水平線に
君は没するなかれ」(校歌)
→校歌の内容は、どんなに苦難にあっても希望をもち未来にむかえ、というメッセージ。清涼荘
を残そうという、生徒の気持ちにつながっている。
☆「諸君、このカルチェラタンの値打ちが今こそ判った。教育者たるもの、文化を守らずして何
をかいわんやだ」「私が責任を持って、別な場所にクラブハウスを建てよう!」
(徳丸)
「ありがとう、メルのおかげだ」(水沼)
→、徳丸の発言、とくに「文化を守らずして何をかいわんやだ」に、新しいものにばかりとびつ
き、古いものを捨て去るという現代への痛烈な批判であり、メッセージである。これは集会での
俊の発言と重複する。
☆「閣下!」「あのふたりに、人生上の重大事件が発生しました。ふたりは駆けつけねばなりま
せん!」(水沼)
「エスケープか!」(徳丸)「青春だなあ」(徳丸)
→水沼の発言のなんと古文調であることか。これが水沼の教養と品格をあらわしている。これは、
若者言葉を使いすぎる若者への批判的メッセージともとれる。「青春だなあ」は、徳丸の、港南
学園生徒全体への贈る言葉、そして世の中全体へのメッセージととりたい。
☆「君の父親は立花洋だ」(小野寺)「その写真の前列の右から4人目だ。隣に沢村がいるのが判
るだろう」(同)「私たちは親友だった」(同)
「立花、貴様が真ん中だぞ」(沢村)
「俺がか」(立花)
「俺たちの大将だから当然だ」(小野寺)
「なら遠慮せんぞ」(沢村)
「貴様ら、俺より先に死ぬなよ」(立花)
「貴様こそ」(沢村)
→親友3人が写真館で写真をとった時の会話。「俺たちの大将だから」「なら遠慮せんぞ」「貴様
こそ」
などに親友らしさがひしひしと感じられる。実に海の男らしい会話で、こんな男性になれ、
というメッセージがある。
―1
1
3―
☆『君のご両親が亡くなった時、自分は海に出ていた。でなければ自分も沢村と同じことをした
だろう」(小野寺)「立花と沢村の息子と娘に会えるなんて、うれしい。ありがとう。こんなうれ
しいことはない」(小野寺)
→小野寺と、海、俊の出会いは、親友3人の出会いと同じである。小野寺の「うれしい」は亡く
なった親友へのメッセージかもしれない。
☆(いい子だな)(風間の、俊への、祝福のウインク)
→堅物の義父が精一杯のユーモアで俊にウインクする。こんなのもあっていいのかも、とほほえ
ましい。こんな父親であれ、という、メッセージがある。
5、おわりに
アニメ『コクリコ坂から』は、今から半世紀ほど前の日本(横浜)における高校生の純愛を時
代背景をからめながら、描いたものである。昔を描いて、今を反省させ、未来を見つめさせると
いうのが駿の基本姿勢である。この姿勢は、『風の谷のナウシカ』から変わっていないのであろ
う。ナウシカは「虫めづる姫君」(
『堤中納言物語所収』
に影響を受けたとか耳にしたことがある。
古典(過去)を現代に活かすという姿勢は古典に取り組む際の最重要事項であろう。そういう意
味で、駿の姿勢は正しいし、吾朗も含め、ジブリの、今後には大いに期待したい。
本作品は1に、高校生の純愛があり、2に、学園の問題があり、3に、家庭の問題があって、
それらがからんで成立している。高校生は学園に存在しているわけだから、当然学園の影響を強
く受ける。清涼荘存続問題は、在校生に様々な経験をさせた。また高校生は皆家庭もあるわけで、
海と俊だけでなく、他の生徒も家庭の問題を抱えているわけである。
そんな時、それぞれの場面で、自分を助けてくれる、味方してくれる、成長させてくれるもの
は何なのか、それを本作品は考えさせてくれる。
真面目な「お掃除少女」の初恋を助けたのは、祖母花、下宿人北斗、母良子などである。静か
な目立たない女の子にも強い味方がいるのである。またいなくてはいけないのである。海は、自
分の決断の後、真実を知り、母良子の胸に抱かれ、感涙する。家事に学業に頑張る真面目女子高
生が、やっと手に入れた初恋は、なんと実の兄だったというのはまことに残酷な話であるが、世
の中にはそんな残酷なことはいくらでも転がっているという事実は忘れてはならない。そこから
一人で力強く立ち上がれば、必ず光は見えてくるというメッセージである。駿は恐らく、!若者
よ立ち上がれ、"大人よ、若者を立ち上がらせよ、と伝えたいのだろう。
その大人には、徳間理事長、風間、小野寺、そして亡き沢村、立花、などがあげられる。若者
むけのアニメではあるが、その根底に、大人へのメッセージが強く感じられるのは、脚本作成者
の駿の性格もそうだが、環境もある。
『映画原作コミック
コクリコ坂から』の吾朗の後書には、「明治の末生まれの祖父は芸術家を
志した人だった。戦後は、平和な世界を築くためには子どもたちが心豊かに育たねばならないと、
長く教育版画の仕事に取り組んでいた。未来は子どもたちが作るのだと常々言っていた。
」と描
かれている。まさにここに、本作品、駿、吾朗、ジブリの本質が隠されていると信じる。我々は
未来を作る子どもたちを育てねばならないのだ。本作品の本当に伝えたいメッセージがそれなの
だ。
6、あとがき
本作品のテーマ曲は「さよならの夏」である。これは、本来森山良子氏の持ち歌である。しか
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し、本作品にぴったりあわせたような詩(詞)
は、一体どうしたことなのだろうか。時を超えた、
すばらしいめぐり合いというほかない。
参考文献
★THE ART OF From Up On Poppy Hill コクリコ坂から(スタジオジブリ責任編集・徳間書店) ★スタ
ジオジブリ絵コンテ全集1
8 コクリコ坂から(監督・絵コンテ 宮崎吾朗 脚本 宮崎駿 丹羽圭子・徳
間書店) ★ロマンアルバム コクリコ坂から(徳間書店)
★コクリコ坂から ビジュアルガイド(角川書店) ★コクリコ坂から 公式ストーリーガイドブック(小
学館) ★徳間アニメ絵本 コクリコ坂から(徳間書店) ★FILM
COMIC コクリコ坂から1∼4(徳
間書店) ★CARD COLLECTION PREMIUM コクリコ坂から(日本テレビ) ★脚本 コクリコ坂から
(宮崎駿 丹羽圭子・角川文庫) ★映画原作コミック コクリコ坂から(高橋千鶴 原作 佐山哲郎・
角川文庫)
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