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症 例 報 告 ステロイド治療中に敗血症性ショックに陥った患者での

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症 例 報 告 ステロイド治療中に敗血症性ショックに陥った患者での
日本腹部救急医学会雑誌 34(4)
:841〜844,2014
症例報告
ステロイド治療中に敗血症性ショックに陥った患者での
Endotoxin Activity Assay と Endotoxin Scattering Photometry の評価
滋賀医科大学外科学講座 1),同 救急集中治療医学講座 2)
山口 剛 1),清水智治 1),小幡 徹 1),園田寛道 1),赤堀浩也 1),
三宅 亨 1),田畑貴久 2),江口 豊 2),谷 徹 1)
要旨:潰瘍性大腸炎の治療中に敗血症性ショックを合併した症例で新しいエンドトキシン測定法である Endotoxin Activity Assay(以下,EAA)と Endotoxin Scattering Photometry(以下,ESP)の評価を行った。症
例は 65 歳男性,3 週前より潰瘍性大腸炎でステロイド治療などを受けていたが,大腸穿孔をきたし転院となった。
緊急開腹で直腸穿孔を認め,大腸亜全摘を施行した。術前より敗血症性ショックであり,術前 EAA 0.03 であっ
た。術後翌日の重症敗血症の状態でも EAA 0.48 であり,臨床症状と EAA の乖離を認めた。術前 ESP は
306pg/mL と高値を示し,患者の循環動態の改善に伴い低下した。EAA は患者好中球活性酸素産生能を測定原
理とするためステロイド使用患者では,正確にその病態を反映しない可能性がある。一方,ESP はこの様な患
者でも評価できる可能性が示唆された。
【索引用語】敗血症性ショック,エンドトキシン,ステロイド
40mg/ 日を 12 日間,プレドニゾロン 30mg/ 日を 7
はじめに
日間投与された。その間に白血球除去療法が 4 回併
グラム陰性菌の細胞壁成分であるエンドトキシン
施された。排便回数は 6 ~ 8 回 / 日でコントロールさ
(以下,Et)は強い急性炎症反応を引き起こす物質と
れ,出血は少量であったが,7 日前より腹痛増強を認
されており,敗血症性ショックを引き起こす原因物質
めた。非ステロイド性消炎鎮痛剤・ペンタジンの使用
1)
が必要であり,転院前日より塩酸モルヒネを使用する
の一つと考えられている 。
1970 年代よりリムルス試薬を用いて Et 測定が行わ
ほど悪化していた。転院直後の身体所見で意識レベル
れてきた 2)。現在,本邦で用いられている比濁時間分
の 低 下(JCS Ⅰ−3), 体 温 37.8 ℃ , BP 80/62mmHg,
析法は感度が低く,血中 Et 濃度と臨床所見との乖離
HR 140/ 分,腹部は膨満し,全体に圧痛著明であり,
3)
が指摘されている 。Endotoxin Activity Assay(以
筋性防御,反跳痛を認めた。入院時血液検査所見では,
下,EAA)はアメリカ食品医薬品局がヒト Et 診断試
Hb 8.3g/dL,WBC 22,100/mm3,BUN 35.1mg/dL,
薬として承認しており,本邦でも研究用診断試薬とし
CRE 1.88mg/dL,CRP 16.04mg/dL,動脈血液ガス分
4)
て利用が可能である 。EAA は患者本人の好中球の
析では,pH 7.143,PCO2 36.8mmHg,PO2 81.1mmHg,
Et に対する反応性を測定原理としており,ステロイ
HCO3- 12.3mmol/L,BE -15.4mmol/L と著明な代謝
5)
ド使用例では正しく測定できない可能性がある 。
性アシドーシスを認めた。腹部 CT 検査では,大量の
われわれは,リムルス試薬を応用した新しい測定方
腹腔内遊離ガスと門脈ガス像を認めた(図 1)。大腸
法の Endotoxin Scattering Photometory(以下,ESP)
穿孔による腹膜炎・敗血症性ショックと診断し,同日,
法が敗血症診断に使用できる可能性を報告してき
全身麻酔下に緊急開腹術を施行した。腹腔内には大量
た 6)7)。
の茶褐色の混濁した腹水があり,直腸 S 状部に穿孔
今回,われわれは重症型潰瘍性大腸炎のステロイド
を認めた。結腸にも漿膜面に色調変化を認め腸管壁の
投与症例において,大腸穿孔性腹膜炎を合併し敗血症
菲薄化している部分を認めたため,穿孔部を含めて大
性ショックに陥った症例で,EAA と ESP を測定し得
腸亜全摘術を施行した。直腸は腹膜翻転部付近で盲端
たので若干の文献的考察を加えて報告する。
とし,単孔式回腸人工肛門造設,腹腔ドレナージを行っ
た(手術時間 171 分,出血量は腹水を含めて 1,315mL)
。
Ⅰ.症 例
摘出標本では,結腸の粘膜は広範囲に荒廃し,脱落し
症例は 65 歳男性,3 週間前より下血があり,潰瘍
ていた。腹水培養では,Escherichia coli,Staphylococ-
性大腸炎と診断され,内科的治療を他院で施行されて
cus aureus(MSSA),Enterococcus faecalis,Enterococ-
い た。 診 断 確 定 後, 第 5 病 日 よ り プ レ ド ニ ゾ ロ ン
cus raffinosus,Enterococcus faecium,Bacteroides fragi841
日本腹部救急医学会雑誌 Vol. 34(4)2014
Et 47.1pg/mL と再上昇を認めた。カテコールアミン
の 減 量 が 行 え た PMX 開 始 3 時 間 後 で は ESP ─ Et
7.3pg/mL まで低下した。術後 1 日目(PMX 開始 10
時間後)にはショックはほぼ離脱し重症敗血症の状態
であったが,ESP ─ Et 169pg/mL は一過性の上昇を認
めた。この時点で,従来法 Et 0pg/mL,EAA 値 0.48,
PCT 値 86.5ng/mL で あ っ た。PMX 終 了 時 の ESP ─
Et 20.6pg/mL と開始時より低下していた(図 2)
。患
者は,術後 6 日目に集中治療室を退室可能となり,術
後 99 日目に退院となった。現在,術後 1 年半経過し
健存している。
Ⅱ.考 察
本症例では,腹水培養からの検出菌と PMX 治療が
Methylprednisolone
Hydrocortisone
500mg div
100mg div
Traditional
Traditional
Et:0pg/mL
Et:0pg/mL
PCT:86.5ng/mL
PCT:46.5ng/mL
350
PMX
EAA:0.48
300 306
EAA:0.03
250
169
200
150
ESP
47.1
100
5.5
7.3
50
0
20.6
160
20
140
BP max.
120
15
100
10
80
Catecholamine
60
BP max
index
5
40
catecholamine index
20
0
Before
surgery
After
surgery
Before
PMX
PMX 3hr POD1
PMX
(PMX10hr)complition
(20hr)
0
奏功した点などから Et がその病態に関与していた可
能性は非常に高いと考えられる。この様な症例で,新
しい Et 測定法である EAA と ESP 法を評価すること
が可能であった。本症例では,術前 EAA 値 0.03 と
敗血症診断の参考値である 0.4 以下であり,PMX 開
Catecholamine index
BP max.(mmHg)Endotoxin(ESP:pg/mL)
図 1 腹部 CT 所見
大量の遊離ガスと門脈ガス像を認めた。
始 10 時間では EAA 値 0.48 と重症敗血症診断の参考
値(EAA>0.6)以下であり,臨床症状との乖離を認
めた。これは,ステロイド使用症例では EAA の反応
が阻害され,正しい値が示されないことに由来してい
る可能性がある。
図 2 臨床経過
BP max.: 最 大 血 圧,Catecholamine index(μg/
kg/min)=dopamine+dobtamin+(norepinephrine
+epinephrine)* 100,Traditional Et: 比 濁 時 間 分
析法での Et 測定,PCT:プロカルシトニンテスト,
EAA:Endotoxin Activity Assay,ESP:
Endotoxin Scattering Photometry
EAA は,抗 LPS モノクローナル抗体を介して,好
中球の Et に特異的な活性酸素の産生能を検出するこ
とを原理としている。EAA 値は,患者全血中好中球
の Tube3(マックスキャリブレーター)での大量の
Et に対する最大反応量と Tube2(検体)での血中に
存在する Et による反応量の比から算出される(図
3)4)。ハイドロコルチゾンなどのステロイド投与を
lis,Porphyromonas species を検出した。術前より敗血
受けている患者では LPS 抗体複合体の反応が起こら
症性ショックの状態であったが,術後さらにカテコー
ない可能性があり,この場合,Tube1(コントロール)
ルアミンの必要量が増加した。術後 2 時間半よりトレ
と Tube3 の値がオーバーラップするとされている。
Ⓡ
ミキシン による Et 吸着療法(以下,PMX)を施行
松本らは,全身性エリトマトーデスでプレドニゾロ
した。術中にメチルプレドニゾロン 500mg が 1 回投
ン 10 〜 15mg/ 日を長期内服していた患者の尿路感染
与 さ れ,PMX 開 始 後 よ り ハ イ ド ロ コ ロ チ ゾ ン
症による敗血症性ショックにて,血液培養から E coli.
100mg/24 時間で持続投与された。長時間 PMX 治療
を検出しているにも関わらず,EAA 値は 0.37 であっ
(20 時間)によりカテコールアミン(PMX 前の最大
たことを報告し,ステロイドが EAA の反応性を阻害
投与量:ノルエピネフリン 0.12μg/kg/min とドーパ
する可能性について報告している 5)。さらに,in vitro
ミン 5μg/kg/min)の中止と循環動態の安定化が得
でメチルプレドニゾロン添加実験を行い EAA 値が低
られた。術前 ESP 法による血中 Et 値(以下,ESP ─
下することを報告している 9)。
Et)は 306pg/mL と高値であったが,比濁時間分析
一方,Novelii らは,ほとんどすべての症例にステ
法による Et 値(以下,従来法 Et)は 0pg/mL であっ
ロイドが投与されている肝移植と腎移植患者 71 名で,
た。この時点での EAA 値 0.03,プロカルシトニン
EAA を評価し,28 名が EEA>0.6 を呈して PMX 治
(PCT)値 46.5ng/mL であった。術直後には ESP ─ Et
療を受け,ステロイド投与されている移植患者でも
5.5pg/mL と低下したが,PMX 開始直前には ESP ─
EAA により PMX が必要な患者を選別できたことを
842
日本腹部救急医学会雑誌 Vol. 34(4)2014
Tube
Tube 内試薬内容
Tube 1(コントロール)
ルミノール・ ザイモザン ビーズ:1 個
コントロール ビーズ
Tube 2(検体)
:2 個
ルミノール・ザイモザン ビーズ:1 個
:2 個
抗 LPS モノクローナル抗体
Tube 3
ルミノール・ザイモザン ビーズ:1 個
(マックスキャリブレーター) 抗 LPS モノクローナル抗体
Tube 1 コントロール
4,000
発光強度(RLU)
:2 個
Tube 2 検体
Tube 3 マックスキャリブレーター
3,000
2,000
(A)
1,000
0
(B)
0
5
10
15
反応開始からの時間(分)
(B)検体―コントロール
=
(A)マックスキャリブレーター―コントロール
20
EA 値
(n=2 測定の平均)
図 3 Endotoxin Activity Assay(EAA)の測定原理
Tube1:コントロール,Tube2:検体,Tube3:マック
スキャリブレーター。各 Tube の発光強度の比を検出す
る。(東レ・メディカルより提供)
表 1 本症例の EAA 測定での各 Tube の実測値
Before
Surgery
POD1
Tube 1
Tube 2
Tube 3
EA
test1
8,112
23,040
452,591
0.03
test2
6,236
19,833
474,021
0.03
test1
16,170
108,219
201,187
0.50
test2
12,837
99,223
197,245
0.47
average
WBC(Netr.)
0.03
22,300(38.5%)
0.48
18,800(64.5%)
WBC:White blood cell counts, Neutr.:segment of neutorphil
報告している 10)。
的もしくは断続的に流入している可能性が,これまで
本症例の各 Tube の EAA の測定状況を表 1 に示し
の ESP 法の症例報告でも観察されている 8)。ESP 法
た。Tube1 と Tube3 の値はオーバーラップしておら
は敗血症重症度を反映する可能性が報告されてお
ず,Tube3 の反応はほぼ通常どおりであると考えら
り 11), 本 症 例 の よ う な ス ト ロ イ ド 投 与 症 例 で は,
れた。本症例でのステロイド投与状況では,松本らの
EAA より正確に患者状態を評価できる可能性がある。
報告
9)
以上のことから,ステロイド投与患者での EAA の
と同様に,Tube2 の反応のみ抑制された可能
反応性については不明な点が多く,今後の研究成果を
性がある。
待 た ざ る を 得 な い が, 本 症 例 の よ う な 患 者 で は,
一方,ESP はリムルス試薬を応用した測定法であ
り,測定にはステロイドの影響を受けない。リムルス
EAA による病態評価は慎重に行う必要があると考え
試薬が Et と反応するとゲル化するが,比濁時間分析
られた。
法 で は ゲ ル の 濁 度 を 検 出 し て Et 濃 度 を 測 定 す る。
ESP では濁度が生じる前に出現するコアグリンと呼
謝辞:本研究の一部は学術研究助成基金助成金 基盤研究
ばれる粒子を検出することにより Et 濃度を測定す
る
(C)
(一般)課題番号 23591863 による。
6)7)
。理論的に比濁時間分析法に比して迅速かつ微
参考文献
量の Et を測定可能である。本症例で,ESP ─ Et 値は
1)Wiersinga WJ:Current insights in sepsis:from
pathogenesis to new treatment targets. Curr Opin
Crit Care 2011;17:480 ─ 486.
2)
稲田捷也,鈴木美幸,遠藤重厚,ほか:エンドトキシ
PMX 治療中に一過性の上昇を認めたが,おおむね循
環動態と併行して推移した。敗血症での血中への Et
の流入は,発症初期の単発的な流入のみでなく,持続
843
日本腹部救急医学会雑誌 Vol. 34(4)2014
ンの血中濃度測定法. 日細菌誌 1990;45:937 ─ 942.
3)
清水智治,花澤一芳,佐藤浩一,ほか:下部消化管穿
孔術後敗血症に対する PMX 治療の有用性に関する検
討. 日外感染症会誌 2007;4:189.
4)
小路久敬:好中球活性を応用した新たな血中エンドト
キシン評価法 Endotoxin Activity Assay(EAA)法
エ ン ド ト キ シ ン 研 究 12 巻, 東 京, 医 学 図 書 出 版,
2009,101 ─ 105.
5)松本尚也,高橋 学,小鹿雅博,ほか:ステロイド投
与による Endotoxin Activity Assay(EAA)値に関
す る 検 討. エ ン ド ト キ シ ン 血 症 救 命 治 療 研 究 会 誌
2010;14:134 ─ 140.
6)小幡 徹:臨床試料における新しい高感度エンドトキ
シン測定法. 日血栓止血会誌 2009;20:66 ─ 71.
7)清水智治,小幡 徹,園田寛道,ほか:ESP 法(Endotoxin scattering photometory)による血中エンド
トキシン測定. 日外感染症会誌 2012;9:327 ─ 334.
8)
Shimizu T, Obata T, Sonoda H, et al:Alteration in
plasma endotoxin level measured by endotoxin scattering photometry method in two patients with septic shock. J Jpn Coll Surg 2013;38:75 ─ 79.
9)
Matsumoto N, Takahashi G, Kojika M, et al:Interleukin ─ 8 induces an elevation in the endotoxin activity assay(EAA)level:does the EAA truly measure the endotoxin level? J Infect Chemother 2013;
19:825 ─ 832.
10)
Novelli G, Morabito V, Ferretti G, et al:Safety of
polymyxin ─ B ─ based hemoperfusion in kidney and
liver transplant recipients. Transplant Proc 2012;
44:1966 ─ 1972.
11)
Shimizu T, Obata T, Sonoda H, et al:Diagnostic potential of endotoxin scattering photometry for sepsis
and septic shock. Shock 2013;40:504 ─ 511.
論文受付 平成 25 年 10 月 8 日
同 受理 平成 26 年 2 月 4 日
Comparison of an Endotoxin Activity Assay and Endotoxin Scattering Photometry
in a Patient with Septic Shock during Steroid Treatment
Tsuyoshi Yamaguchi1), Tomoharu Shimizu1), Toru Obata1), Hiromichi Sonoda1), Hiroya Akabori1),
Tohru Miyake1), Takahisa Tabata2), Yutaka Eguchi2), Tohru Tani1)
Department of Surgery1) and Department of Emergency and Critical Care Medicine2),
Shiga University of Medical Science
We evaluated two new endotoxin assay methods, an Endotoxin Activity Assay(EAA)and Endotoxin Scattering Photometry(ESP)in a patient with ulcerative colitis who had gone into a state of septic shock. A 65 ─ year ─ old man with
ulcerative colitis had been receiving steroid treatment since 3 weeks previously. The patient was referred and admitted
to our institution because of perforation of the large intestine. An emergency laparotomy revealed perforation of the rectum, and the patient underwent a subtotal rectocolectomy. When the patient went into septic shock before surgery, the
EAA value was 0.03 and was 0.48 on postoperative day 1, when the patient was still in a severe state of sepsis. We observed dissociation between the EAA levels and clinical symptoms. On the other hand, the pre ─ surgical ESP value was
306 pg/mL. This high level of endotoxin gradually lowered, reflecting improvement in the patient’
s circulatory condition.
It is considered probable that the EAA, based on the principle of quantification of neutrophil activity in generating oxygen free radicals, does not precisely reflect the condition of those patients who were maintained on steroids;however,
ESP appeared to be able to evaluate endotoxin levels even in the case described herein.
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