...

Singing on the Wind 〜息にのせて歌う〜 練習の黄金則

by user

on
Category: Documents
4

views

Report

Comments

Transcript

Singing on the Wind 〜息にのせて歌う〜 練習の黄金則
Singing on the Wind 〜息にのせて歌う〜
練習の黄金則
【著作】ナイジェル・ダウニング Nigel Downing
チュリーッヒ・トーンハレ管弦楽団ホルン奏者
チューリッヒ芸術大学ホルン科教授
【翻訳・監修】バジル・クリッツァー Basil Kritzer
ホルン奏者・BodyChance 教師
訳者より序文
この冊子を手に取ってくださり、ありがとうございます。あなたの練習や音楽作
りに役立つことを願います。 この冊子は、チューリッヒ・トーンハレ管弦楽団ホルン奏者のナイジェル・ダウ
ニング氏の著作 「Singing on the Wind」 の無料公開要約版を、著者の許可を
得て邦訳し、公開しているものです。翻訳のもととなった英語版は、こちらの
URL
か
ら
読
む
こ
と
が
で
き
ま
す
→http://www.hornplaying.ch/en/singingonthewind
著者ダウニング氏と訳者バジル・クリッツァーは、心身教育法「アレクサンダ
ー・テクニーク」を介して知り合いました。私バジルがエッセン・フォルクヴァ
ング芸術大学(ドイツ)に在学しホルンを専攻していた頃、アレクサンダー・テ
クニーク教師で元ハンブルク交響楽団副主席ホルン奏者のウルフリード・トゥー
レ氏にプライベートで師事しておりました。そのトゥーレ氏が学生時代にホルン
を師事したのが、この冊子の著者ダウニング氏だったのです。
英語の原著完全版も要約版も読んだ私は、ダウニング氏に連絡を取って、幸いに
も快く翻訳と公開の許可を頂くことができました。そのやり取りにからつながっ
た縁で、2011 年11月、オーケストラの来日に合わせて東京藝術大学の特別講
座でダウニング氏のマスタークラス「Singing on the Wind」が実現しました。
では著作「Singing on the Wind について、」ダウニング氏本人のコメントです。
〜この著作の目的は、ホルン演奏の精神的&身体的側面のいくつかに関して明確
な説明を提供することにある。解説を通じて、書いてある事と自身の吹き方をぜ
ひ比較してみると良いだろう。そうすることで自分 自身が実際に現実には『何
をしているのか』に関しての気付きが高められる。ここに示されるエクササイズ
を使って、自分が何をする必要があるのか(そして場合に依っては何をしなくて
いいのか)に対してより意識的になり、そうすることで演奏を高められる。全て
は望み通りに演奏するために〜
この冊子がその他多くの教則本やエチュードと大きく異なるところは、「練習の
根底法則」をあぶり出しているところにあります。仕組みを理解すれば、そのと
きからあなたは自分で自分を好きなだけ上達させることができます。解剖学的に
は一部不正確と思われる解説もありますが、いずれにせよ内容は素晴らしいもの
です。
ぜひ、お楽しみ下さい。
2012年初夏 Basil Kritzer
「Singing on the Wind ~息にのせて歌う〜練習の黄金則」
ナイジェル・ダウニング著 バジル・クリッツァー訳
序章「はじめに」
楽器を学んでいる人、そしてそれに限らずどんな技術であれ身につけるべく学ん
でいる人は、大きく分けて2つのタイプに分類できる。
・本能的にできるタイプと
・意識的に学習する必要のあるタイプ。
のふたつである。
当然、その両極の間にたくさんの中間がある。が、その2タイプがあるというこ
とを前提に話を進める。
考えなくても、やりたいことをやりたいようにできる人にはある明快な方法論が
出来上がる。
「顔に楽器をあてて、あとは息を吹き込めばそれでよし!」
というようなものだ。
考えなくてもやりたいことがやれるタイプにはこの方法論はうまくいくかもしれ
ない。
キャリアの晩年までこれだけの考えまでやっていける人は幸運だ。
しかしそれ以外の私たちにとっては、事はそう単純ではない。ちょっとした建設
的な分析が大きな助けになる可能性がある。
「楽器を持ってただ息を入れたらよい」派からは、「分析は心配の始まりだから、
やめておけ!」的な言い方が聞こえてくるかもしれない。
彼らにとってはそうなのかもしれないが、そういうキャッチーなフレーズを思考
停止の正当化に使ってしまわないように要注意だ。
確かに、実際に吹く作業を邪魔してしまくらいまで分析をすると分析は弊害にな
る。
分析は常に目的のための手段であるべきで、分析自体が目的になってはいけない。
上達するためには、分析が必要である。しかしいくら分析しても、目的は常に覚
えておくべきだ。それは「望むような音で音楽を奏でる為に楽器を演奏する」と
いう目的だ。
第1章「練習のやり方」
問題を解決しようとするときはいつでも、オプションが複数あると役立つ。
「プラン A」
「プラン B」
そして
「プラン C」
くらいまであるといいだろう。
この三つを説明することで、建設的な分析が、より「自然な」演奏法につながる
ことを示したい。
・プラン A=「息にのせて歌う」
・プラン B=「筋肉の感覚の記憶と音程を関連させる」
・プラン C=「ひとつひとつの音のイメージを確立する」
がそれだ。。
プラン A が最も自然な演奏法と言えるだろう。プラン B と C は、楽器をどのよ
うに演奏するのかという理解をより深めるための手段であると位置づけられるだ
ろう。ちなみに、B と C は目的のための手段でもあり、プラン A のために使わ
れるものである。
・プラン A=目的
・プラン B&C=手段
ということだ。
第2章「息にのせて歌う」
人間にとって最も自然な音楽の在りざまは、「歌う」ということだ。ホルンの場
合、私たちは「息にのせて歌って」いるのである。
自分自身の自然な音楽性が歌によって具現化され、歌は楽器の音として響く。そ
の楽器の音を支えそして運んでいくのが息。歌は息の流れと組み合わされている
のだ。
歌と同じように息は流れる。そうすると、息の量は正確に必要な量に合致して保
たれる。
音の質は耳によってコントロールされる。
歌うときと同じように、「心の耳」で望む音程が聴こえている。あとは声帯の代
わりにアンブシュアが仕事を行うようにさせてあげるのだ。
訳注:この場合、「心」は「頭の中」という意味でもある。
音程のコントロールもこの「心の耳」によって為される。そうするとアンブシュ
アは、望む音程を得るために本能的にポジションを合わせてくれて、息の流れは
唇の振動を支えてくれる。
また、音を出す直前に「心の耳」に聴こえている演奏したい音を「前もってもう
一度」聴き直しておくのも助けになる。こうしておくと、これから行う事の為に
脳が身体の準備をしやすくなる。
これから演奏しようとするものを観察すると同時に、結果として聴きたいものの
コンセプト形成するのだ。そして、このコンセプトに応じて演奏する。身体がコ
ンセプトを具現化してくれるのを許しながら。
とはいっても、「息にのせて歌う」ためにもやはり演奏技術が必要である。
まず練習の方法を説明しよう。
私たちは誰しも、楽器を口にくっつけて息を吹き込むところから練習を始めがち
だ。例えばエチュードに取り組む際は、最初から始めて、ミスがあるまで続ける。
ミスがあると吹き直して、そこを「直そう」とする。「修正」がうまくいけば、
次のミスが出るまでまた吹き続ける。ということを繰り返している。しかし、こ
れは本当に「ミス」を修正できているのだろうか?それとも偶然うまく吹けただ
けなのだろうか?
第3章「練習の黄金則」
望み通りの音楽を奏でられるようにするため、上達するための練習には、ある決
まった順序と構造が存在する。それは次のようなものだ。
・何を演奏するか決める
・どのように演奏するか決める
・その意図に沿って演奏する
・評価なしに観察して受け入れる
・次にどうしたいか決める
何を演奏するか決める
当たり前に聞こえるだろうが、例えば曲を一曲まるまる吹くのか、それともその
一部またはワンフレーズのみ吹くのかを決めるのは重要である。なぜなら、この
決定が集中力の程度に影響するからだ。
最初のフレーズだけ吹くと決めた場合、あなたの意図は明確であり効率的にその
最初のフレーズの間は集中できるだろう。
一方で、ただの様子見で曲を吹くと、あなたは何か失敗をするまで吹き続ける。
ということは永遠に「失敗の修正」をやり続けることになる。これは何かに取り
組むときの、望ましい始め方とは言えない。
というわけで、何を演奏するか決めるようにするのだ。例えば「最初のフレーズ
を吹く」あるいは「一曲まるまる通してみる」というように。
どのように演奏するか決める
この段階には音楽的なことも技術的な面もどちらも含まれている。
まず第一に音楽的な意図を確立する。これはフレーズを声に出して歌うことで最
もうまく為される。
十分な息の支えを使って、なるべくオープンな音で歌おう。これはホルンを実際
に演奏する際の息の支えとオープンな音を促進する。ホルンを吹くときと同じよ
うに、「Da」という発音で。なによりも、人間として歌うように。ホルン吹きと
してではなくて、である。
余談だが、多くの人が声で楽器を真似ようとする。これは聴いた感じが馬鹿らし
いのみならず、不自然な歌い方でもある。
オペラ歌手みたいに歌わなくてもよいが、フレーズを最大限自然に自由にそして
音楽的に、自分が聴きたいように歌う。
これにより、あなたの音楽的意図が確立され、身体に動きの指令を出す脳細胞に
もフレーズをどのように演奏したいかという設計図が伝達される。
技術的な事を考えるのは、そのあとである。
その意図に沿って演奏する
ここまでの段階で、フレーズを声で歌ったわけだから、音楽をどうしたいかとい
う意図が確立している。なので、それをそのまま演奏してみよう。
評価なし観察して受け入れる
さて、演奏してみたところ、どうだっただろうか?その結果を評価せずに観察す
る。
重要なのは自分のパフォーマンスを「良い」とも「悪い」とも判断しないことだ。
演奏したものはしたものなのだから、そのまま受け入れてあげるのだ。
その後で、そのフレーズをもう一度やってみるかどうか決める。(「何を演奏する
か決め
る」に戻る)
。
次にどうしたいか決める
もう一度やってみることにするなら、そうする。何か異なるものを望むのなら、
それが音楽的なことであれ技術的なことであれ、それを演奏(「どのように演奏
するか決める」)する。
このようにサイクルが循環し繰り返す。
どのように演奏するかを決めるにあたっては、一回前に演奏したときの意図から、
今回変えたいものは何かを考えるようにしよう。それが決まったら、実際に演奏
する前にその新しいものを歌うようにしよう。
例えば、
アーティキュレーションをもっと明瞭にしたいのなら、もっと明瞭に歌ってみる
(「Da」以外でもよい)。
リズムやビートが不安定なら(技術的困難に影響を受けていると頻繁にこうな
る)、メトロノームに合わせてまず歌う。メトロノームに合わせて演奏する前に、
である。
声に出して歌おう。自由にオープンに。歌っていて縮こまっているのに気が付け
ば、開放しよう。後で楽器で演奏するときに良い効果がある。
もし声でどうしても歌えない場合は、美しく歌っているところを想像しよう。
先に述べたように、こうすることで脳細胞に対して行うべき仕事が何かをあらか
じめ伝達するのだ。意図を確立するとはそういうことである。
このような作業を経て、意図したようにフレーズを演奏する。いったん意図が決
まれば、あとは「手放す」ということ意味する。意図した音楽が「起きる」に任
せるのだ。
ひょっとしたら、フレーズを演奏しようとするとき、頭のどこかで「うーん、そ
うなんだけれどもし…ああなったらどうしよう、音が外れたらどうしよう、こう
なってもいけないし、あれもやちゃいけないし…」という声が聞こえるかもしれ
ない。
これは「悪魔のささやき」である。
「手放す」とはつまり意図を確立し、その意図に沿って演奏し、評価なしに観察
し、受け入れるということを意味する。だから、「悪魔の声」に耳を貸してはい
けないのだ。この声は演奏する前から自分を縮こまらせてしまう。
評価せずに観察しよう。
・何を演奏するか決める
・どのように演奏するか決める
・その意図に沿って演奏する
・評価なしに観察して受け入れる
・次にどうしたいか決める
*この作業とその意味についてもっと知りたい場合、ティモシー・ゴールウェイ
著の「インナー・ゲーム」(原題 The Inner Game of Tennis)をぜひ参照すると
よい。
第4章「姿勢」
まず楽器を持たずに座るか立つかしてみる。
何時間か重いリュックを背負って歩き回っていたと想像してみて欲しい。目的地
に着いてリュックを降ろす。肩にかかっていた重さから解放されたときの感じを
想像してみよう。
背中が伸びて、肩がリラックスして、頭が持ち上がる。
ここで、身体との関係での頭の「バランス」を観察してみて欲しい。頭の「位置」
や「保つ場所」ではない。「バランス」とは動きのバランスと自由度を意味する。
そういうわけで「リュック降ろしたあと」の頭のバランスを観察する。
きっと姿勢がリラックスしていると同時に、身体が活性化しているだろう。
ここで両手に楽器を持ち、頭のバランスと活性化された姿勢を観察しながら、楽
器を頭上に掲げてみる。
頭のバランスが自由で、身体が活性化された姿勢を続けながら、アンブシュアの
ところにマウスピースが向かい出会って接触し、腕が開放的にバランスをとって
楽器を持っているようなところへ楽器を下ろしていく。
自動的にいつもの習慣的な演奏のポジションをやってしまわないように、よく気
が付いておこう。
この開放性がどんな感じがするか観察し、「いつも通りに」楽器を構えている場
合とを比較してみよう。比較によって、よりリラックスした効率的な演奏の姿勢
を見つけていくことができる。
楽器はそれなりの重さがあるのだから、休んでいるときは楽器を下ろして置いて
おけばよい。しかしそのあと、演奏をするために楽器を持ち上げる際、私たちは
頭を下に動かしてマウスピースへ接触させる、というような動きになりがちだ。
これをやっていると、頭をと首を前へ押し付ける原因になり、場合によっては胸
を崩してしまう。
対照的に、先ほど説明したような頭が自由なバランスを得て活き活きとしたやり
方で座ると、健康な演奏の姿勢を確立する助けになる。
楽器を自分の方へ動かすようにしよう。自分が楽器の方へ行ってしまうのではな
く。そうすれば、健康な姿勢を続けやすくなる。
身体の不必要な緊張は演奏に害となる。
その際、「姿勢を保つ」という考え方は「固定」になってしまいやすい。固定を
続けることは、固定された位置を保つ為に拮抗する反対の作用の筋肉同を使うこ
とになる。「姿勢のキープ」という発想自体が、身体の不必要な緊張となるのだ。
できれば必要な筋肉だけを使うことを狙いとして、他の筋肉はリラックスしたま
まにさせてあげよう。開放性、バランスそして柔軟性を目標としよう。柔軟であ
り続けて動き続けることは、筋肉が仕事を分配し合って身体がバランスを得るよ
うにしてくれる。
ここで私のお気に入りの言葉を引用したい。
アレクサンダー・テクニーク教師 ドナルド•L・ウィードの著作『What you
think is What you get』より。
〜「身体の関係においての、そして動きの中での人間の頭の「バランス」は、自
由さと動きの容易さの 鍵である」〜
訳注:
ドナルド・ウィードは現在世界でも優れたアレクサンダーテクニーク教師のうち
のひとり。著作は英語。ドイツ語の訳は存在するが日本語訳はなされていない。 第5章「音を奏でる」
音を奏でる、その流れをみてみると、次のような流れが存在する。
呼吸して
↓
フォーカスして
↓
演奏する
では、個別に考察しよう。
呼吸する
ひとが息を吸い、そして息を吐く。どちらのプロセスも楽器を演奏している間に
機能している。(通常、息を吸うのは受動的である。放っておいても、ひとりで
に起きるものなのだ)。
息を吸う。それは肺を空気で満たすことなのだと思い出そう。これは胴体の上部
と下部を伸展させることで起きる。これにより肺に真空が生まれ、そのために気
圧の差で空気が流れ込む。
目指したいのは、リラックスした効率的なやり方でこれをすることにある。
ゆっくり息を吸う事から始めて、胸郭と胴体下部を拡げることで肺に空気を満た
す。このとき、横隔膜は平たくなる。そこで少しの間だけ息を止める。
訳注:胸郭とは肋骨と肋骨で囲まれた空間のことである。
この作業を観察してみよう。不必要な緊張は解放しよう。この作業中に、実際に
は呼吸に必要のない筋肉を使っていたとすれば、弛緩させよう。例えば肩などの
筋肉は間違って力が入りやすい。
空気が入ってきたら、リラックスして、そして息をリリースする。
ではこれを素早く繰り返してみよう。
ひょっとすると、能動的に胸郭を伸展させるとそれが胴体下部の伸展を速めてく
れて、もっと素早く肺に空気が満たされることに気が付くかもしれない。何にせ
よ、効率的でリラックスした息の吸い方を目指そう。
楽器を演奏するとき、アンブシュアを通過する空気の流れはコントロールされる
必要がある。
バグパイプを想像してみて欲しい。バグパイプを鳴らすには、皮製の袋の部分が
空気で満たされる必要がある。空気が満たされていく途中は、リードはひどい雑
音を立てる。リードがちゃんとした音を鳴らすには、「ちゃんとした音」出るの
にちょうど合致した空気の圧力が準備されている必要があるのだ。
袋の中の空気の圧力が正しいときのみ、リードの音は安定する。その正しい圧力
を得るために、袋は空気で満たされていて、リードを通る空気の圧力は演奏者に
よって袋にかけられる外圧によりコントロールされている。
それと似たように、私たちも肺を満たし、そして胴体下部の筋肉と肋間筋(肋骨
同士の間の筋肉)を収縮させることで息の圧力を維持/増大/減少させてコント
ロールしている。
息の圧力は、腹部の筋肉を外側に押すことで安定化させられる。内側にではない。
腹筋の外向きの圧力は、胴体下部の筋肉や肋間筋の内側に向かう圧力をコントロ
ールする助けとなり、これが「息の支え」と呼ばれるものである。
空気の圧力を保つ簡単な方法は、ベルトを使う事である。ベルトを使う場合、息
を吸ったときに、胴体下部からベルトに対して押しているのが感じられるぐらい
のきつさでベルトを締めておく必要がある。
しかし、息を吸う邪魔になってはいけない。このベルトと腹部の「接触」を維持
することで、つまりはベルトに対する腹筋の圧力を保つことで、息の支えが維持
される(そしてベルトはヘルニアの予防してくれるかもしれない!)、
この支え、または「接触」は演奏する一瞬前に確立される必要がある。そのタイ
ミング・一瞬の間こそが「フォーカス」の瞬間である。
肺の中の空気の量が減少するにつれて、肺と胸郭が収縮する。一方でその間、腹
筋の「支え」は出来る限り維持されるべきだ。
バグパイプと違って私たち管楽器奏者の場合、音量や音程によってそれぞれ異な
る息の圧力が必要だ(音程が高いほど、そして音量が大きいほど、息の圧力は大
きい必要がある)。このコントロールは胴体の筋肉によって為される。腹筋は安
定性を供給してくれる。バグパイプがそうであるように、適切な圧力とは小さ過
ぎくも大き過ぎくもなく、アンブシュアを通過する息の流れを安定してコントロ
ールすることを可能にするものだ。
フォーカスする
プロのダーツ選手を観察すると分かる事がある。
【ダーツの選手がダーツを投げる手順】
ボードの前で位置を定め
↓
リラックスし
↓
ボードを見て
↓
ボード上で狙う領域にフォーカスし
↓
そこに注意を集中し
↓
狙いを定め
↓
最後に投げる。
このとき、ダーツ選手のマインドは「いま・ここ」にある。つまり自分の内部
(疑念など)からであろうが外部からであろうが、あらゆる邪魔をを受け入れず、
自分の仕事に一切の干渉を許さない。
私たち管楽器奏者も同じである。
【管楽器奏者が音を出す手順】
奏でる音の音程を思い
↓
リラックスし
↓
その音程に自己の注意をフォーカスし(「心の耳」で望む音を聴く)
↓
息を取り込み
↓
支え
↓
奏でる
非常によく似ているのが分かる。ぜひ参考にして欲しい。
演奏する
演奏は「起る」に任せよう。
「起るに『任せる』ことと『起こす』ことは別物だ」とティモシー・ゴールウェ
イも言っている。息も入って来ていて、フォーカスしたのだから、あとはただ奏
でよう。
それ以上の「でもやっぱりここで…」というような思考は集中を乱すだけであり、
起るに『任せる』ことはできなくなる。そういう「ここでさらに〜して…」とい
うような思考に耳を傾けることは、手放して起るに任せるべき瞬間なのにそれに
背いてまだコントロールしようとさせてしまう。
手放す事は信頼が必要なのだ。信頼は受容から生まれるものである。
何をしたいか決めよう。
それをどのように行うか決めよう。
そしてただ行い、受け入れよう。
再びお勧めしたい:
ティモシー・ゴールウェイ著の「インナー・ゲーム」
(原題 The Inner Game of Tennis)
第6章「プラン A・B・C」
ここで A・B・C の三つの「プラン」をみていこう。
プランA:
演奏する前に「心の耳」で音程をあらかじめ聴く
(「息にのせて歌う」)
プランB:
音程と筋肉記憶をすり合わせる
(音のメンタルイメージとそれに関する本能的な記憶を使う)
プランC:
頭の中のイメージを作る
ホルン奏者にとっては、プランAとBが最も頻繁に使われる。練習(繰り返し)
が、心の耳で聴いている音程または楽譜上に記譜されて見えている音程との関連
で筋感覚的記憶を増強するからだ。
「筋肉記憶」とは、ひとつの音程または音程の組み合わせを繰り返し再現する
(奏でる)ことにより、本能的に特定の動きを再現できる、または動きの組み合
わせを筋肉の動きで再現できる能力のことを指す。この筋肉記憶は、ひとつひと
つの音程あるいは複数の音程の組み合わせがどんな「感じ」かのメンタルイメー
ジと、他の音程と比べてどんな「感じ」がするかを表すメンタルイメージを使う
ことでサポートし増強することができる。
世界的に最も優れたサッカー選手たちが直接 FK を狙う様子を見ていると、彼ら
がいかに注意深くゴールとの距離を測り、どこにボールを狙うか決定し、リラッ
クスするために呼吸し、集中力の焦点を合わせ、そしてボールを蹴る様子が観察
できる。
「蹴り方」の決定は潜在意識的、そして本能的になされる。
それと似たように、私たち管楽器奏者も、ある決められた音程を聴覚的にまたは
視覚的に「狙う」のだ。狙いつつ息をして、フォーカスし、演奏する。
実際に音を出す方法の判断は潜在意識的になされており、私たちの「筋肉記憶」
が必要な息の圧力とアンブシュアの形を再現してくれる。
「練習が完璧を作り上げる」のであり、このやり方でうまくいっている限りは、
何事も大丈夫だ。
第7章「歌うことについて」 いまから説明するエクササイズでは、ホルンで奏でたいサウンドと音程のコンセ
プトを確立するために「声で歌う」ことをやってみよう。
歌われる音程がピッタリで正確であることは必須である。それは、歌の正確さと
質がホルンで演奏される音の質と音程の正確さを決めることになるからだ。
あまり普段歌わず、声的能力が限られている場合、次のエクササイズを試してほ
しい。歌われる音程と演奏される音程の整合を向上する助けとなるだろう。
その1:
歌いやすい音程をひとつ選ぶ。
その音程を大きめの声でハミングし、次に息をする。
「da」という発音で2秒間ほどその音程を維持し歌う。
さて、ハミングした音程と歌った音程は同じだっただろうか?
息の支えは、その音程を歌う前に確立されていただろうか?
音の始まりは明瞭かつ正確だっただろうか?
サウンドを、歌っている間に維持できただろうか?
このエクササイズもう一度やってみるのも良いかもしれない。
その2:
歌いやすい音程をひとつ選ぶ。
今回は、ハミングする前にどのようにその音程を歌いたいか決める。
息の支え、発音の質、そして生み出したいサウンドの質を考える。
音程をハミングし、呼吸し、息を支えて「da」の発音で3秒ほど歌う。
このエクササイズもう一度やってみるのも良いかもしれない。
その3:
歌いやすい音程をひとつ選ぶ。
今回は、「心の耳」の中でどのようにその音程を歌いたいかを決める。これはつ
まり、実際に歌うその前に音程をどのように歌うかイメージ(呼吸、支え、発音、
質など etc...)するということだ。頭の中で自分の音のコンセプトに沿って音程
を聴き、かつ歌っておくのだ。
実際に歌うその瞬間まで「心の耳」の中で音を聴き続けておくように確認しよう。
さあ、歌おう。
自分のコンセプトに比べて、実際に歌った 音はどれほど正確だっただろうか?
このエクササイズもう一度やってみるのも良いかもしれない。
このエクササイズにたっぷり10分はかけてみよう。ホルンで創り出したい音の
コンセプトを形作る作業の中での気付きを高めるだろう。気付きが高く、そして
この作業を正確に能力が高いほど、次に紹介するエクササイズが効果的になる。
第8章「プラン A」
音程と本能的筋肉記憶の相関性を高める効果的な方法は、演奏をする前にその音
程あるいは音型を歌うことである。
方法 a
一音目を、このように演奏しようという意図に合わせてまず歌う。そのあとで、
実際に演奏する、
方法 b
音型を、このように演奏しようという意図に合わせてまず歌う。そのあとで、実
際に演奏する
方法 c
ひとつひとつの音を、まず歌い、その後演奏する。
歌うときには、息を支えてはっきり発音することを思い出そう。演奏のときと同
じように。
このエクササイズを繰り返すわけだが、今度は演奏する前に「心の耳」の中に音
程を鳴らそう。
方法 a
「このように演奏しよう」という意図に沿って、一音目を「心の耳」聴いておく。
その後、実際に演奏する。実際に音を演奏するその瞬間まで、音程を「心の耳」
で鳴らし続けておく。
方法 b
一音目を「心の耳」で聴きとってから、演奏する。
一音目を演奏する間、二音目を演奏する前に二音目を「心の耳」で聴いておく。
その後、二音目を演奏する。
二音目を演奏する間、三音目を演奏する前に三音目を「心の耳」で聴いておく。
その後、三音目を演奏する。
音型全体をこのようなやり方で続けていく。
これは「前もって聴いておく」ことの練習なのだ。意図を確立して、適切な指示
を脳に送り、あなたの意図を脳細胞が実行して筋肉をその通りに動かしてくれる
に任せるのである。
方法 c:
音型の一音一音を個別に演奏する。前もって「心の耳」で聴き、演奏する前にそ
の音の音程を「心の耳」で測っておく。そしてこの音型を、半音上げてやってみ
る。
どんな曲やエチュード、エクササイズでもこのような練習法の題材になる。「前
もって心の耳で聴ける」ようなスピードで演奏してみよう。
望む音程と響きにもっぱら集中していれば、あなたのアンブシュアは本能的に必
要な調整を実行してくれる。
そのためにもまず先立って、演奏する前にしっかり「聴ける」ように十分なゆっ
くりさで演奏する必要がある。
練習を重ねるうちに、この作業はより効率的になってくる。身体に楽器を演奏
「させてあげる」あいだに、心の耳では歌っていられるようになってくるのだ。
長年にわたりシカゴ交響楽団でチューバ奏者を務めたアーノルド・ジェイコブズ
はこのように表現している。
「楽器が鳴らす音は、脳の概念的思考の鏡像である必要がある」
「学ぶ人は、音楽的に考えているように一貫した努力が為される必要がある。自
分の楽器が鳴らした結果聴きたい音を、自分のマインドの中で聴いていられるよ
うな能力を発展させるべきなのだ。この絶大に重要な考え方は、毎日新たに思い
なおすことで発展を促されるべきだ。」
同じくシカゴ交響楽団の首席トランペット奏者、アドルフ・ハーセスはこう言っ
た。
「ある音やフレーズが、細かいところまでどのように聴こえているべきかの緻密
な感覚を持つことが出発点でなければならない。そのうえで、音を作り出すため
に本能的に唇と息と楽器の圧力を操作修正するのだ」
(ブライアン•フレデリス著「Arnold Jacobs-Songs and Wind-」Wind Song
Press Limited 1996 より引用)
訳注:アーノルド・ジェイコブズに関しては、日本語では「アーノルド・ジェイ
コブズはかく語りき」(杉原書店・パイパーズ出版)で詳しくしることができる。
第9章「プランB」
ゴルフをプレーする人はグリーンに向かう際、ホールへの距離と芝の目を観察す
る。その次に、ボールを叩く事無く一度試し振りする。実際にパットを打つ前に
どのようにそのパットを実行するか、メンタルなイメージを作るのだ。
このようなメンタルイメージの使い方は、楽器の演奏にも当てはまる。
メンタルイメージを使うためには、メンタルイメージを作るという「学習」が必
要になる。個々の音程がそれ自体どんな感じがするか、そして他の音との関係に
おいてどんな感じがするか、演奏者がメンタルな像を作り上げる学習だ。
つまり、演奏者は自分自身の音の「地図」を作り上げるのである。
このエクササイズは、「地図」作りをするエクササイズである。それ自体が学習
プロセスになっており、この学習プロセスは演奏者が自身の演奏を向上させよう
とする試みに奉仕するものである。
メンタルイメージが明確になるにつれて演奏能力がとり「意識的」になり、結果
的に自分自身の演奏への信頼が大きくなるのだ。
理想的には、これが「プランA」と組み合わされるべきである。「心の耳で音を
前もって聴く」ことと、身体的な動きを「観察する」ことが同時にできるように
なるからだ。
目を閉じてこのエクササイズを心地よい音量で演奏する。
次のようなことを観察してみよう。
・一音目がどんな感じがするか、観察しよう。アンブシュアの筋肉の張りや、顎
の位置はどうなっているだろうか。
・記譜のファからラまでのスラーがどんな感じがするか観察しよう。アンブシュ
アの張りがスラーの間にどのように移り変わるだろうか。顎の位置はスラーの間
にどのように移り変わるだろうか。
・ラの音のアンブシュアの「新しい」張り具合はどうなっているだろうか。「新
しい」顎の位置はどうなっているだろうか。
・ド〜ラ〜ファ〜ド〜ファとこのエクササイズを続けて、ひとつひとつの音での
アンブシュアの張りと顎の位置の移り変わりを観察する。
次に、エクササイズの中で観察され、知ることとなったた像=メンタルイメ
ージを頭の中でリプレイする。
ここで、エクササイズをもう一度演奏してみる。演奏している間、こんどはメ
ンタルイメージと実際に演奏した感覚を比べる。
再びイメージをリプレイする。そのイメージは、実際のアンブシュアの張りや
顎の位置の感覚とどれぐらい近いだろうか?イメージの方を改善することはでき
そうだろうか?
もう一度繰り返して、イメージを改善してみよう。
観察するという作業。それは演奏中に自分が実際にやっていることに気付かせて
くれるだけでなく、自身の技術の効率性を向上させてくれる。
メンタルイメージによって、一つ一つの音程のポジションを他の音程との相互的
関係の中で「地図化」しているのだ。メンタルイメージの継続的な改善によって、
地図の正確性を向上させる。
メンタルイメージを作り正確にしていくこの作業=プランBは、「息にのせて歌
う」こと=プラン A を実現するサポートとして使われるべきだ。もっと正確性
をもって演奏することを助けるのである。ただし、メンタルイメージをつかって
ゆっくり演奏しないように!
プランBはプランAを補完するためにあり、代替品ではないのである。
プランBに基づいてこの音型エクササイズをやったら、今度は同じ音型エクササ
イズをプランAを使ってやってみよう。
プランBで得られたイメージがプランAを補完してくれているのが実感できる。
その様子を観察しよう。
このエクササイズを半音上げて/下げてやってみて、楽器の全ての音域にわたっ
てイメージ作っていく。
プランBを使って音楽のフレーズを準備するとき、まずはじめに音楽的意図を確
立するのを忘れてはいけない。そのため、最初にそのフレーズを歌ってみよう。
その次に音の筋肉記憶によるメンタルイメージを使ってそのフレーズを読み通し、
「技術的」意図を確立する。
最後にそのフレーズを音楽的意図に沿って、あなたの「音のコンセプト」を「心
の耳で前もって聴いてから」演奏する。
もしそこで技術的に変えたいことがあれば、代わりに何を意図するのか。頭の中
で明確なメンタルイメージを作るようにしよう。その後で、この新しい技術的意
図に沿って実際に演奏してみる。
その次に改めて音楽意図に沿って...というふうに望む通りの音楽を奏でるための
練習作業が循環していくのだ。
第10章「プラン C」
]
楽器演奏を学ぶという事は、少なくとも技術的な観点から見れば、楽器を演奏す
るときに役立つ習慣を作り上げるということを意味する。
何か新しい事を学ぶ時、私たちは「それ」をうまくいかせる方法を探るのだ。そ
うする中でうまくいく方法が見つかると(多くの場合、それは偶然見つかるのだ
が)、以後はそのやり方で「それ」をやる。そこに練習を重ねてそのやり方を習
慣化させるのだ。
問題は、習慣には良いものと悪いものがあるということだ。
悪い習慣を身につけている場合、それが一体何なのかを見出す必要がまず第一に
ある。それが何なのかが発見できたら、今度は新しい習慣を獲得する必要があり、
望ましくは古い習慣を置き換える良い習慣であるとよい。
このプロセスは「意識的」(合理的理由付け)である必要がある。そもそも悪い
習慣を身につけるに至らせた原因があまり意識的でも合理的でもなく「本能的」
(感覚的)なものであるからだ。
あらゆるパフォーマーにとってもはや不可欠である「アレクサンダー・テクニー
ク」。その発見者としいぇ知られる F.M.アレクサンダーは、元々は劇場朗読俳優
というパフォーマーであった。
彼はあるときから、「悪い」習慣のせいで彼は声が出なくなってしまった。
この習慣を「正す」ために、彼はまず最初に、「そもそも声を出なくさせなくし
てしまっている自分のやっていること」は何であるかを発見する必要があった。
次に彼は、新しくより望ましい習慣を意識的に発達させることを自分に教える必
要があった。
「自分の使い方において、自分が望む変化を起こすことに成功できるとしたら、
私は自分の新しい使い方を導くプロセスを新しい経験のために用いる必要がある。
この新しい経験とは、感覚ではなく理由付けに基づいて自分を主導するというも
のだ」
(F.M.アレクサンダー著『自分の使い方』Gollancz,London,1985 より)
このプロセスは、発見の旅であり、一歩踏み出せば決して終らないものだ。
このプロセスを始めるには、アレクサンダーは次のことが必要だと述べた。
1:いま現在の使い方の状況を分析し
2:より望ましい使い方をもたらす手段を選び(理由付して)、
3:これらの手段を実用し効果をもたらすために必要な指示を、意識的に考える。
言い換えると、例えばあるフレーズを演奏する際に、あるいは1音奏でるときも、
いま自分がどのように演奏するか観察するのである。
次に、どうやったらもっと満足のいくようにそのフレーズまたは音を演奏できる
か考える。
そして、音またはフレーズをどのように演奏するか決定し、その意図に沿って実
際に演奏するのだ。
・何を演奏するか決める
・どのように演奏するか決める
・その意図に沿って演奏する
・評価なしに観察して受け入れる
・次にどうしたいか決める
「どのように演奏するか」を決めることで、アレクサンダーが発見したまたもう
一つの原理を実践していることになる。
適切な手順と成功確率の直接的関係、というものだ。
意識的に自分の技術的能力を洗練し改善することで、意識的に自分の演奏を方向
付ける(演奏のやり方の指示を出せる)能力を獲得することになる。これが演奏
の改善につながる。
この実践の成功の可否は、演奏する本人の、現状の演奏のやり方を分析する能力
と、より新しいより良い改善の道筋を見つけ出す能力によって決まる。
だからこそ、演奏者は実験をする心づもりができている必要がある。自分が自分
の教師になることを学ぼう。
自分が先生だと想像して、生徒が目の前でいまあなたがした演奏をしていると思
って欲しい。その生徒に、あなたならどんなアドバイスをしてその生徒の向上を
助けるだろう?
私たちの多くは、音を生み出す本能的な探索をサポートするための技術的なアド
バイスがほとんど無いまま楽器を始めた。
大半の問題は解消するやり方や手段を見つけてこれたが、残りは運任せで放って
おかれてきたのだ。
私たちは自分なりの「手順」を確立し、それがまあなんとか機能はしたから、し
っぺ返しを喰らいながらもぶら下がってきたのだ。
これらの手順は、通常まだ若少年齢時に学ばれており、必ずしも最も効率的では
ない可能性があるのだ。
私たちの演奏技術は筋肉の使い方に依存している。だからこそ次の点を考慮して
欲しい。
知っておきたいことその1
どんな動きでも、
一部の筋肉は、その動きの動力源になるために発動(収縮)される必要がある。
別の一部の筋肉は、その動きの実行に必要な安定性を保つために発動される必要
がある。さらに他の一部の筋肉は、動きの微調整や実行中の修正のために発動さ
れる必要がある。
知っておきたいことその2
ひとつひとつの仕事(動き)において、関係する動きとタスクを実行するために
必要な最低限の仕事量がある。
知っておきたいことその3
この必要最低限の仕事量より大きい努力は何であれ不必要であり無駄である。な
ので「その1」に挙げた3種類の動きは要求に対して必要最小限の仕事量で実行
されるべきである。
知っておきたいことその4
ある仕事で必要とされ仕事をを担当する筋肉より、その他の筋肉の方がはるかに
重要だ。「その1」で述べた3種類の動きに関係しない筋肉はいずれも、この仕
事には必要とされない、別の目的を実行するために使われる筋肉なので、この仕
事実行の際はオフにされるべきである。
(ドナルド・ウィード著 『What You Think Is What You Get.』 ITM
Publications 2004 より)
言い換えると、理想的な演奏のために必要な筋肉だけを使いなさいということだ。
必要でない筋肉は使われなくてよいのである。
(つま先を丸めたり、太ももを硬くさせたり、眉をしかめたり…などが分かり易
い例だ!これらは必要ないのでやらないようにしよう。)
これから紹介するエクササイズは、「比較」を用いて自分の演奏を分析するとい
うことをまずは始めてみれる、そのためのエクササイズだ。
これらのエクササイズのどれを演奏するにしても、眼を閉じておくとよいだろう。
そうすると、息の流れ、顎や筋肉の動きをより観察しやすいだろうし視覚刺激で
気がそらされてしまうことを穏やかに予防できる。
第11章「健康にご注意!」 これから紹介するエクササイズの目的はふたつ。
・観察
・最適化
にある。
ただし要注意!
教条主義的に一回の練習で長い時間をかけて全てのエクササイズを一つ一つ取り
組んでしまうと、「分析神経症」にでもなってしまうかもしれない!
時間制限を設けよう。20分程度にしておいて、各ステップをあくまで比較手段
として使い、自分自身の演奏を分析し向上させるための一助にして欲しい。
このエクササイズは、練習の補完として使おう。覚えておいて欲しい。「What
you think is What you Get. 考えていることが現実となる」なのだ。自分のやっ
ていることに注意を集中してこそ、効果があるのだ。
ステップ1
真ん中のC(記譜のソ)をF管でラクに吹く。あまり小さくなりすぎないように。
そのとき例えば次のことを観察してみる。
・自分の姿勢
・解放できそうな、身体の中のあらゆる不必要な筋肉的緊張
・息の流れ
吹き終えたら、楽器を置いて、リラックスする。
観察したことを頭の中で総ざらいする。
何か変えたいことがあるかどうか決める。
どのように変えたいか決める。
次はどのように演奏するか決める。
そして実際に演奏する。
ステップ1を繰り返す。
ステップ2
「意識的に」息を吸い、息の支えを活性化させて、真ん中のドを吹く。そして観
察する。
・1回目より、息はより深かっただろうか?
・息を吸ったとき、不必要な緊張が少しでも身体の中に発生しただろうか?
吹き終えたら、楽器を置いて、リラックする。
観察したことを頭の中で総ざらいして、ステップ2を繰り返す。
ステップ3
あなたの演奏した音はどうだっただろうか?聴きたい理想の通りに真ん中のソを
声で歌ってみるのもよいかもしれない。
息を吸って、真ん中のソを演奏する。
部屋の中で響く音を聴く。
ベル側だけでなく、ベルより遠く、頭の上、自分の前。
どのように響いているだろう?
吹き終えたら、楽器を置いて、リラックスする。
頭の中で、観察した事を総ざらいする。
ステップ4
息を吸って、真ん中のソを演奏する。自分の数メートル前にある想像上の点に向
かって息が流れるようにさせてあげる。観察してみよう。
・もっと身体的努力を少なくして息を流してあげることができるだろうか?
・もっと「温もりある」音にできるだろうか?
息を吸って真ん中のソを演奏することは、大して身体的努力を必要としない。ア
ンブシュアはそこそこ開いているし、これに必要とされる息の支えは最低限だ。
したがって、
「吹く」ことに使われる力も最低限で済むはずだ。
心の耳も、現実の耳も両方聞き耳を立てて、理想的な音質を聞き取ろう。
ステップ5
息を吸って、身体的に最小限の労力で息が流れるようにしてあげながら真ん中の
ソを演奏する。その間、音質は最大限良いものを目指す。
・顔面の筋肉やアンブシュアがどんな感じがするか、観察しよう。
観察という目的のため、張りを完全に失ってしまわない範囲内でアンブシュアや
顔面の筋肉を可能な限り緩めてみよう。
・音を出せなくなってしまわない範囲内で、どこまでアンブシュアや顔面の筋肉
を緩める事ができるだろうか?
音が揺れたりぼやけてしまっても構わないから、試しに自分をできるだけ緩めて
あげよう。
音程を損なってしまいそうなぐらい、マウスピースを唇から引き離してみよう。
・マウスピースからの圧力が減るにつれて、どれぐらい唇がより振動できてアン
ブシュア周辺の筋肉が活性化するか、観察してみよう。
次に、できればマウスピースからの圧力は減らして、あとはいつも通に真ん中の
ソを演奏してみる。
このエクササイズの目的は、「最適」を見出すためのものであり、最小ではない。
楽器を置いて、リラックスする。
ステップ6
どのようにソの音を演奏したいか決める。
決めた意図に沿って演奏する。
評価判断することなく観察し、結果を受け入れる。
楽器を置いてリラックスする。
観察したことを頭の中で総ざらいする。
そして次にどうしたいか決める。
真ん中のソを上手に演奏するのにさほどの身体的努力は本当に必要ない。むしろ、
過剰な身体的努力は音の質を損なうものである。
身体の不必要な緊張は息の流れを制限してしまい、その埋め合わせをアンブシュ
アが担うことになる。アンブシュアの不必要な緊張は、自然倍音を狭めてしまう
ので音のきつさを生み出す。楽器は最適な振動ができなくなってしまう。
ステップ7
ここでプラン A を採用する。
演奏するその意図のままで音を歌ってみる。
「心の耳」で音程を予め聴き取ってから演奏する。
音を生み出すのにいかに少ない労力で済むか、観察する。
楽器の奏でる音を聴き、楽器がその空間で響き渡るようにさせてあげる。
第12章「まずはスラー」
改めて、集中力と観察を最適化するため、目を閉じてやってみよう。
ステップ1:
真ん中のドを大きすぎず、小さすぎない音でそのひとつ上のミの音にスラーでつ
なげて演奏してみる。
観察してみよう:
・自分の姿勢
・解放できる身体の不必要なあらゆる緊張
楽器を置いてリラックスする。
頭の中で観察した事を総ざらいし、どんな感じがするかの「メンタルイメージ」
を作ろう。
ステップ1を繰り返す。
ステップ2:
「意識的に」息を吸い、息を支え、 息がアンブシュアを通り抜けられるように
してあげながら一つの音から次の音に届けるようなつもりで真ん中のドからミへ
のスラーを演奏する。
観察してみよう:
・息の流れ
・マウスピースの中の唇の動き
・顎の動き
楽器を置いて、リラックスする。
観察したことを頭の中で総ざらいし、ステップ1で作った「メンタルイメージ」
と比べてみよう。
改善されたと感じれば、その改善に応じてメンタルイメージを修正しよう。
ステップ3:
ステップ2で演奏した音はどうだったろうか?
こう聴こえて欲しいと思うままにドからミへのスラーを声に出してまずは歌って
みよう。
次に、聴こえて欲しいと思うままにスラーを演奏してみる。
息の流れを続けて、一つの音から次の音へと動くことに集中しよう。
その部屋に響いている音を聴く。
ベルから離れたところで聴こえる音。
自分の上、自分の前で聴こえている音。
楽器を置いてリラックスする。
頭の中で観察した事を総ざらいする。
観察で得られた情報を用いて、にメンタルイメージをより相応しいものに修正す
る。
ステップ4:
ドからミへのスラーを演奏するのに、さほどの身体的努力は要求されない。
アンブシュアは十分に開いていて、ドとミの息のスピードの差は最低限で済む。
ドとミの間に何かしら抵抗感の「バリア」があることに気が付いたかもしれない。
滑らかで、でこぼこ感のないスラーを遂行するためには、この「バリア」を迂回
するようにして演奏する必要がある。
これはマウスピースの中の唇の最少限の動きで為される。下の音から上へ上がる
時に「W」と発音するような唇の動きだ。この動きは必要最少限であり、上の音
に合わせたアンブシュアの修正を行うのみである。
同時に、基本的な息の流れは一定に保たれているが、実際には、最小限ではある
が確かに上の音のために息の量は増やされる。
と同時に息の圧力を若干減らして「バリア」の抵抗を回避する必要があるのだ。
説明すると複雑になるが、手順自体はシンプルなものである。
しかしながら、一個一個の音が「余分な」息のサポートをもらっていちいち強調
されてしまわないように注意深さが必要だ。
スラーは歌のように聴こえるべきだ。
滑らかで、音と音の間には明瞭なつながりが感じられるように(ただしグリッサ
ンドみたいにはならずに)、そしていずれの音も理想的な音質となるように。
ドからミへ演奏するとき、顎はわずかに上へそして内へ動くはずだ。ドからミへ
スラーで演奏してみて、上記の詳述を自分の観察と比較するために使ってみよう。
常に理想的な音質を目指そう。
ステップ5
息を入れて、スラーを演奏する。
息が最少限の身体的努力で流れるようにしてあげつつ、最大限、最良の音質を目
指す。
アンブシュアや顔の筋肉がどのような感じがするか、観察する。
音質を改善し、スラーの効率性を上げるために次の2種類のエクササイズを試し
てみてほしい。
エクササイズ a
・真ん中のドの音を演奏しながら、マウスピースをアンブシュアから離し始める。
・唇がリムに対してバズする事でマウスピースへの圧力が減り、マウスピースの
周りの筋肉がよりアクティブになってくるまで離し続ける。
・そこでまたもう一度真ん中のドを演奏し、マウスピースからの圧力をより減ら
して演奏できるかどうか、観察してみる。
エクササイズ b
・真ん中のドを演奏するが、今度は音が完全に出なくなってしまわない範囲内で
出来る限り下あごを下げてやってみる。
・これによりアンブシュアのアパチュアが開くはずだ。音程は正しく、しかより
「オープン」な感じで真ん中のドから吹き始めてミにスラーで上がる。よりオー
プンなアンブシュアはミへの上昇をより可能にしてくれるはずだ。
ここで両方を組み合わせて、つまりドの音でよりオープンなアパチュアで吹きつ
つマウスピースからの圧力を減らして、ドからミへのスラーができるか観察して
みる。
ホルンを置いてリラックスしよう。
頭の中で観察したことを総ざらいする。
適切にイメージを修正する。
ステップ6
どうスラーを演奏したいか決める。
その意図に沿って演奏する。
評価判断せず観察して受け入れる。
ホルンを置いてリラックスする。
頭の中で観察した事を総ざらいする。
次にどうしたいか、決める。
次にどうしたいか決めるにあたって、選択肢は複数ある。
・スラーが筋肉においてどんな感じがするか、メンタルなイメージを頭の中で再
生して、技術的観点からそれをどう演奏すればいいか指示を与えることができる
(例えば息の支え、流れ、アンブシュアの張り、マウスピースの圧力 etc..)
・誰か他の人を教えているような観点から、その人の改善を助けるようなつもり
で自分に指示を与える事ができる。
・意図を確立するためにスラーを声に出して歌ってみることもできる。
・身体的感覚のメンタルイメージと組み合わせて音をイメージすることもできる。
どれを選択にするにせよ、常に以下の原則に基づくように。
・何をしたいか決める
・それをどのように行うか決める
・その意図に沿って行う
・評価判断することなく観察して受け入れる。
ステップ7
ここで、プラン A を使う。
・こう演奏しようと思ったことに沿ってスラーを演奏する。
・「心の耳」で音程を聴いてから、その音を演奏する。
・一つ目の音を吹きながら次の音を「心の耳」で聴く(前もって頭の中で聴いて
おく)
・聴きつつ実際に二つ目の音を演奏する。
第13章 「自然倍音を用いたエクササイズ」
ステップ1
・F管ホルンで、真ん中のドを美しい音で演奏する。うるさすぎず、静かすぎず。
・演奏しながら、音程を完全には失ってしまわないで済む程度に、マウスピース
を唇から離して圧力を減らしていく。マウスピースからの圧力を減らし、顎を下
げることがアパチュアをオープンにするのだ。
・初めのドの音をここでまた吹いてみて、どんな感じがするか観察する。
・次に自然倍音上のアルペジオをフルに満ち足りた音で演奏する。「前もって聴
く」ことをしながら。(つまりドを演奏する前にドを「心の耳」で聴き、ドを吹
きながらミを聴き、それからミを演奏し…というように。)
・それをしながら同時に、どんな感じがするか観察する。
・初めのドと最後のドが、アンブシュアの感覚においても音の質においても同じ
になるように目指そう。顎の位置、アンブシュアの張り、音の質がいずれも同じ
になるべきだ。
・頭の中で観察したことを総ざらいする。次にどうしたいか、決める。
ステップ2
・十分な息の支えと響きの満ちた声で歌う。
・次に「心の耳で前もって聴いて」美しい音でアルペジオを演奏する。
・ステップ1ではアルペジオを吹くきにアンブシュアと息がどう働くか観察した。
今度はプラン A を使って、必要な修正を脳が本能的にみずから息やアンブシュ
アに対してやってくれるようにさせてあげる。
・意図する音の質とこれから演奏する音の音程に集中する。そうやって演奏する
時、では音がどんな感じがするか観察してみよう。
第14章 「分散和音のエクササイズ」 ・自然倍音のエクササイズと同じようなやり方で分散和音にもアプローチする。
・今回は、スラーで下降するときに毎回なるべく顎を下ろすようにしてアンブシ
ュアをリラックスするように努力しよう。そうすると、アンブシュアのアパチュ
アがオープンになり、音もオープンになって、息が音を運んでくれるようになる。
・「前もって聴きながら」息の流れを使って上昇スラーを支えてあげよう。
・「前もって聴いて」望み通りの音が実際に出せるように、必要な身体的物理的
適応が起きるための適切な指令を脳が出せるようにしてあげよう。これらの指令
は、出来る限りの範囲内において、本能的であるとよい。
・技術的な観察は、このプロセスをサポートするために使おう。邪魔になるよう
なものにせず。
【!!重要!!】
これらのエクササイズ全てに共通して、終ったらプラン A つまり「Singing on
the Wind = 息に乗せて歌う」に戻って演奏する。
そうすることで新しくそして改善された技術的な理解があなたの音楽性をサポー
トできるようにしてあげよう。
最終章:「結論」
車を運転する時、運転に集中する。それはつまり、運転しながら目の前の道路を
向こうまで見て適切な対応を続ける、ということだ。
そのやり方は、初めは学習して獲得したものだ。その対応は今では準自動的にな
っていることだろう。ギアを変えたり、ハンドブレーキをかけたりすることは分
かってやっていることには変わりないが、意識的に手をグリップの方に持ってい
ってどちらに動かすかなどと考えなくてもよくなっているはずだ。
しかしながら、運転技術をもっと高度なものにまで発達させたければ、あえて自
分のやり方を探求し見直して改善を図る必要があるかもしれない。
またもし車のメンテナンスも自分でやる必要があるとすれば、いつかはエンジン
の仕組みも理解せねばならなくなるだろう。仕組みを知らないままで周りに誰も
いなければ、いつか困ったことになるかもしれない。
楽器を演奏する時、あなたは演奏の「運転」と「メンテナンス」両方に責任を持
つわけだ。
車をメンテナンスせずに運転を続けられれば、それはラッキーなことだ。そして
もし、いつの日か仕組みを理解する必要があると思っているならば、いまから探
求を始めるとよい。
一旦その仕組みが理解できれば、潜在的問題の可能性を把握しながらエンジンを
回し続けていられる。いざ問題が浮上しても、解決法を分かっているわけだし、
直し方も分かっていると自分で思っていられる。
その安心こそが、あなたが心配なく演奏できるようにさせてくれるものだ。
Singing on the Wind 了
Fly UP