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知の知の知の知 - 社会福祉法人大阪手をつなぐ育成会

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知の知の知の知 - 社会福祉法人大阪手をつなぐ育成会
い~な
あまみ
中 央
しらさぎ
さくら
大阪+知的障害+地域+おもろい=創造
知の知の知の知
社会福祉法人大阪手をつなぐ育成会 社会政策研究所情報誌通算 2054 号 2014.8.14 発行
==============================================================================
福祉新聞
者が講演
2014 年 8 月 4 日号に掲載の「自閉症の遺伝子診断は幻想
前編 中編 後編」をまとめてお届けします。【kobi】
フランス分子生物学
【前編】自閉症の遺伝子診断は幻想 フランス分子生物学者が講演
福祉新聞 2014 年 8 月 4 日
【ベルトラン・ジョルダン・フランス国立科学研究センター名誉研究部長】
分子生物学者。元国立科学研究センター研究部長。遺伝子やゲノムをテー
マとする学術論文を多数発表。フランスなどのバイオテクノロジー企業の
コンサルタントも務める。
フランス国立科学研究センター名誉研究部長であるベルトラ
ン・ジョルダン博士の来日を記念する講演会「自閉症と遺伝」がこのほど都内で開かれた。
在日フランス大使館の主催。
分子生物学者で、最新の自閉症に関する遺伝子診断などにも詳しいジョルダン博士は、
自閉症の要因には複数の遺伝子や環境などが関係している点を強調。その上で、ほとんど
有用性がない自閉症の遺伝子診断を商品化し、利益を上げる企業が出てきている状況に警
鐘を鳴らした。
後半では、山﨑晃資・日本自閉症協会長と、日詰正文・厚生
労働省専門官も議論に参加。会場からは、
「これだけ自閉症のこ
とが知れ渡ると、結婚相手をどうするかなどの話題が出てくる。
また、マスコミも面白がって不安を煽る形で喧伝しかねない」
という意見も出た。
(以下の記事は、在日フランス大使館が5月 30 日に日仏会館で開催した講演会「自閉症と
遺伝」を一部書き起こしたものです)
自閉症遺伝子 – 見つからない遺伝子をめぐって
posted with amazlet at 14.08.04 ベルトラン・ジョルダン
中央公論
新社
自閉症の
原因 誤
った仮説
も
私は分
子生物学
や遺伝学の専門家です。まず
自閉症について簡単に説明し、
次に遺伝子レベルでどのよう
な研究努力が続けられてきた
かを紹介します。最後に今後どのような進展が予想されるのかについて、お話ししたいと
思います。
では自閉症の現状についてです。
自閉症の人の行動スタイルには、社会的な人間関係を築けない、コミュニケーションが
うまくできないなど、さまざまな特徴があります。
このスライドは、ウィキペディアに載っているものです。この子どもは、自分のおもち
ゃを一直線に並べないと眠れません。アヒルを置く位置が気にいらないと、眠れないので
す。これは一つの例ですが、ほかにも言葉が理解できない子どもや、知的障害のある子ど
ももいます。
自閉症の有病率は、ここ数
年で急増しています。しかし、
自閉症の子どもが本当に増え
ているのかは定かではありま
せん。というのも、有病率の
急増は自閉症の定義が拡大し
ているためではないかと言わ
れているからです。
たとえば、知的レベルが高
いのに自閉症の特徴がみられ
るアスペルガー症候群、女児
に多く見られるレット症候群、言語や対人行動などが退行していく小児期崩壊性障害など
も含まれます。自閉症の定義が明確ではないのです。
自閉症の原因についても、さまざまな議論があります。本日は、四つの説を紹介します。
予防接種ワクチン説、母子関係説、神経生物学的要因説、遺伝的要因説です。これらの説
には、科学的に否定されたにもかかわらず、信じている人が多い仮説もあります。
まず、ワクチン接種が原因だとする「予防接種ワクチン説」です。その根拠は、両親が
自閉症の症状に初めて気づくのが、ワクチン接種を行う 2 歳頃と重なるためです。また、
宗教的あるいはイデオロギー的な理由から、ワクチンに何か問題があるのではないかと疑
う人もいます。
ワクチンが無害であることは、科学的にすでに証明されています。ワクチン接種を止め
た場合と接種した場合を比較した日本の調査でも、自閉症児の発症割合に違いはありませ
んでした。
2番目の誤った仮説は、
「母子関係説」です。
自閉症という用語を作ったアメリカの精神科医レオ・カナー氏は、1940 年代の 11 例の
症例報告に、自閉症の子どもを持つ母親の中には子どもに対して冷淡な態度を示す者もい
ると記載しました。
また、フランスの心理学者フランソワーズ・ドルト氏は、自閉症は後天的に作られるも
のであって、子どもがアイデンティティーに関わる試練に順応しようとする過程なのだと
いう説を主張しました。要するに、これは子どもと母親の関係が原因だとする説です。
さらにアメリカの心理学者ブルーノ・ベッテルハイム氏は、両親が無意識のうちに子ど
もを退けようとするために、子どもは自らを守ろうとするのだという「うつろな砦説」を
主張しました。すなわち、子どもが幼児性の精神病になるのは、両親がその子の存在を否
定するからだという理屈です。
これまで、そんな精神分析的な考え方が、世界中で信じられてきました。現在は、その
ような状況は少し変化しつつありますが、治療に当たる臨床関係者の中には、こうした説
をいまだに信じている人もいます。
3番目は、子どもに特定の課題を与えた際に、自閉症児と健常児では、活性化する脳の
部位が違うことを根拠とする「神経生物学的要因説」です。
しかし、これが原因だとは必ずしも断定できません。というのは、自閉症児の脳にその
特徴が見られるのは確かですが、もしかしたら自閉症になったためにその特徴が見られる
のかもしれないからです。
遺伝的影響は強いが
そして、4番目は「遺伝的要因説」です。 これは私の主張する意見でもあります。
これは、一卵性双生児と二卵性双生児を比較した 1985 年の論文の図です。□が男性、〇
が女性を表し、色が塗られているのは自閉症であることを示しています。そして、図の左
側に一卵性双生児、右側に二卵性双生児の家系図です。
この図をみると、一卵性双生児の場合、一方が自閉症だと、ほとんどのケースでもう 1
人も自閉症です。ところが、二卵性双生児の場合、一方が自閉症でも、もう 1 人は自閉症
ではない例がたくさんあるこ
とが分かります。
この一致率は、一卵性双生
児は 85%、二卵性双生児は
10%でした。これは非常に重
要な点です。
一卵性と二卵性どちらも同
じ日に同じ母親から誕生し、
同じ環境で育っています。仮
に、自閉症の原因が幼児期の
生育環境にあるのなら、二卵
性と一卵性の一致率は、ほぼ
同じでなければなりません。ところが実際には、一卵性と二卵性の双生児では、自閉症の
一致率に大きな差があります。よって、遺伝的な影響が強いと言えるでしょう。
しかしながら、遺伝的要因だけが、自閉症の原因ではありません。
自閉症になる遺伝的可能性があっても、実際に自閉症になるかどうかは、環境にも影響
されると思われます。
また、遺伝的要因に限って考えても、その仕組みは複雑です。たとえば、1980 年代から
1990 年代にかけて、遺伝性筋疾患やハンチントン病などの遺伝病の原因遺伝子が解明され
ました。そこで、自閉症についても、同じような研究が行われたのです。
ところが、自閉症の研究では、染色体のいたるところに関係がありそうな遺伝子がある
のに、説得力のある遺伝子はどこにも見つかりませんでした。同じ子どもを調査した場合
でも、研究チームによって異なる調査結果が出たのです。よって、その時代の自閉症遺伝
子の研究は、研究者たちに大いなる幻滅をもたらしました。
遺伝医学により、遺伝的要因が明確に突き止められた疾患もありましたが、自閉症、糖
尿病、高血圧症、統合失調症などについては、大した成果が得られなかったのです。
それはなぜかと言えば、単一遺伝子疾患の場合と、そうでない場合を区別して考える必
要があるからです。
単一遺伝子疾患の場合には、両親から特定の遺伝子が伝わるかどうかが原因になります。
つまり、原因となる遺伝子が壊れて変異していると、間違いなくその疾患にかかります。
非常に明確なメカニズムです。
ところが、自閉症を含む多くの疾患は、単一遺伝子疾患ではありません。
つまり、複数の遺伝子が変異を起こしていると、その疾患にかかる可能性が高くなるの
です。しかし、変異したそれぞれの遺伝子の影響を突き止めるのは困難です。いくつかの
遺伝子が変異していたからといって、ある特定の疾患に必ずなるという確証はないのです。
遺伝子の研究の状況については、まずヒトゲノムの全解読が 2002 年に終了しました。そ
して、遺伝子解析のさまざまなツールが登場しました。さらには、2005 年ごろから、ゲノ
ムワイド関連解析という、多遺伝子性の疾患を分析する新たなツールも開発されました。
さまざまな解析技術が生まれ、自閉症に関係すると思われる複数の遺伝子が発見されま
した。
ここでは詳細には触れませんが、自閉症は数多くの遺伝子が関与する非常に複雑な疾患
であり、個々の遺伝子がおよぼす影響ははっきりしないことが分かったのです。
しかも、自閉症にはさまざまなタイプがあります。同じ自閉症という名前の疾患であっ
ても、症状はそれぞれ異なるため、自閉症遺伝子の特定はさらに難航しています。
ただ、自閉症に関係があるのではないかと思われる遺伝子の大半は、神経回路に関与し
ています。また、自閉症を引き起こす唯一の遺伝子があるのではなく、多くの遺伝子が自
閉症に関わっていることが分かってきました。
つまり、ある種の変異が重複して起こると、自閉症になりやすくなるということです。
そして、先ほど紹介した単一遺
伝子疾患とは違って、特定の遺
伝子を発見するのは非常に難
しいことがはっきりしました。
私の著書のタイトルは、『自
閉症遺伝子~見つからない遺
伝子をめぐって』です。このタ
イトルが意味するのは、自閉症
に関係する遺伝子が見つから
ないのではなく、自閉症になる
決定的な遺伝子が見つからな
いということです。
メディアはどう報道している
か
こうした自閉症の原因はメ
ディアでどのように報じられ
ているのでしょうか。
たとえば、研究者が自閉症の
原因となる遺伝子を発見した
という発表をみてみましょう。
実際には、発表が意味するのは、
自閉症の人に変異遺伝子が見
つかったということであり、自
閉症になる遺伝子が見つかっ
たという意味ではありません。さらに詳しく見ると、ある遺伝子の変異により、特定の情
報伝達物質が損なわれるという論文であることが分かります。
ですから、元の論文は実際には自閉症の原因とはほとんど関係がないということです。
また、世の中には怪しい論文が
かなりあるということを申し
上げておきたいと思います。子
どもに粉を振りかけると自閉
症が治るとか、そういった類の
ものもたくさんあります。
自閉症の研究の継続を
次に、精神分析的アプローチ
や行動療法といった自閉症の
治療についてお話ししましょ
う。
精神分析的アプローチの効果は、いまだに明確に証明されていません。子どもに何か指
示を与えて、上手にできればご褒美をあげるという行動療法に関しては、限界はあるもの
の、現在のところ科学的に効果が証明されている唯一の療法だと言えます。その効果は、
絶大ではないにしても確実にあります。
ただし、この行動療法には、親や関係諸機関の多大な努力が求められます。一方、家畜
に対する調教のようだという批判もあります。
しかし、この行動療法によって、症状が大きく改善したという子どもがかなりいるのは
事実です。たとえば、行動療法により通学できるようになった子どもは大勢います。
要するに、研究を続けることが非常に重要なのです。研究を続けることにより、さまざ
まな症状の自閉症を分類できます。なぜなら、症状ごとに関係する遺伝子を突き止めるこ
とが必要だからです。我々は、こうした研究を基盤にして、薬物療法をはじめとする療法
を見出していかなければならないのです。
もちろん、当事者である子どもやその家族・親の声に耳を傾けることも大切ですし、研
究の財源を確保することも不可欠です。そして、治療の効果を評価する努力も必要です。
自閉症という非常に複雑な疾患について、研究が何の役に立つのかという疑問が生じる
のは当然ですが、こうした研究を続行すれば、いずれ罹患に関与する神経回路が特定され
る日も訪れるのではないでしょうか。
そうなれば、問題のある神経回路や症状ごとに、それぞれのケースに見合った治療法や
対応法が、開発できるようになるでしょう。
これまで、自閉症の原因は、異なるイデオロギーを持つ研究者が個別に研究を進めてき
ました。しかし今後は、研究者たちが一丸となって協力し合うことが重要なのです。
【中編】自閉症の遺伝子診断は幻想
講演
フランス分子生物学者が
ジョルダン博士、山﨑会長、日詰専門官(左から)
フランス国立科学研究センター名誉研究部長であるベルトラ
ン・ジョルダン博士の来日を記念して、在日フランス大使館が
主催した講演会「自閉症と遺伝」
。ジョルダン博士の講演に続き、
山﨑晃資・日本自閉症協会長と、日詰正文・厚生労働省専門官が加わり討論会が行われま
した。
司会:これより討論会に移ります。ジョルダン博士に加えまし
て、児童精神科医でもある山﨑晃資・日本自閉症協会長と、厚
生労働省で自閉症の当事者の支援や啓発活動などを担当してい
る日詰正文専門官です。どうぞよろしくお願い致します。
まずは先ほどのジョルダン博士のご講演からお考えになられ
たことについて、お伺いします。
【山﨑晃資・日本自閉症協会会長】医学博士。北海道大学医学部卒業。同
大学医学部付属病院精神神経科外来医長、目白大学大学院生涯福祉研究科
教授などを経て、現在、臨床児童精神医学研究所所長、世田谷区発達障害
相談・療育センタ―診療所長なども務める。
山﨑会長:本日は、ジョルダン博士から特に遺伝子に関する研
究について、中立的な立場で非常に分かりやすくお話ししてい
ただきました。自閉症の遺伝子に関係する論文は、日本でも非常に多く発表されています
が、さまざまな人々がいろいろなことを言うので、訳が分からない状況です。
本日のジョルダン博士のお話を聞いて、ふと思い出したことがあります。
一つは、1986 年にパリで開かれた第 11 回の国際児童青年精神医学会において自閉症に
関するシンポジウムに参加した時のことです。
アメリカからは、ドナルド・コーエン氏やジェラルド・ヤング氏など、当時大活躍して
いた自閉症の研究者が参加していました。彼らは、ものすごい勢いで自閉症の生物学的研
究や行動療法について論じていました。
これに対して、フランスの児童精神科医のフリップ・ジャメー氏という非常に有名な精
神分析家は、それまでと同様に精神分析的な立場から自閉症研究を論じていました。
フランスの研究者が精神分析的な話をしている間、ストレートに行動するアメリカの研
究者たちは、まったく興味がないように私には見えました。
それからしばらく経った 2008 年、当時のフランス首相夫人が来日しました。フランス大
使館を通じて、ペネロプ・フィヨン夫人が日本の自閉症の子どもたちの療育システムにつ
いて話を聞きたいという連絡があり、お会いしたのです。
フィヨン夫人は、自閉症について非常にお詳しい方でした。その時の会話で非常に印象
に残ったのは、行動療法が一般的でなかったフランスでは、毎年約 2 万人の自閉症の子ど
もたちがベルギーに行って行動療法を受けているという話でした。
私は唖然としました。当時、日本ではすでに心因論的な考え方を支持する人はほとんど
いなく、生物学的な研究が非常に活発になっていたからです。認知行動療法なども導入さ
れた時期だったからです。
その後、2010 年代になると、日本自閉症協会の全国大会では、最新の医療事情に関する
「医療の最前線」という分科会が組織されました。その分科会では、問題のある治療法に
関する検討も行われました。
そういうことを思い出しながら、ジョルダン博士のお話を拝聴していました。
私の意見は、自閉症の発症は先天的な要因が大きいということです。ただ、症状が明ら
かになるには、だいたい長くて 3 年くらいの年月がかかります。
その間に、いろいろな要因が付け加わって、症状が形成されていきます。その過程で、
どの時期にどのような療育のプログラムにのせていくかが重要となります。アスペルガー
症候群のように、ある年齢以上にならないとなかなか症状を発見しにくい場合もあります
が。
おそらく、遺伝的・環境的な要因、両親の健康状態、喫煙の問題など、いろいろな要因
がありますが、現時点ではこれだという決め手はまだありません。
しかし、どう考えても、さまざまな要因が複雑に絡み合って、ある年月をかけて診断が
つくような状態になるとしか考えようがないのです。今後この症状を形成する過程をどう
検討するかが大きな課題です。
スライドの右側にいろいろ療
育プログラムが書かれています。
どの療育指導プログラムも、一
つのプログラムで療育指導が完
結することはありません。関係
者は、協力し合って共同作業し
ていかなければならないのです。
自閉症の人々のライフサイク
ルについて、現在日本で最も問
題になっているのが、当事者ま
たは両親の老齢化です。
本人も段々と歳をとり、身体
的な疾病を合併するようになり
ます。また、両親は、日々かなりのストレスを抱えて生活しているためか、重篤な疾患に
かかってお亡くなりになる方が目立つようになってきました。
老後をどうするのか。また、親亡き後をどうするのかという問題は、非常に喫緊の課題
ではないかと思っています。
以上のようなことを、ジョルダン博士のお話を拝聴しながら考えていました。
【日詰正文・厚生労働省障害保健福祉部障害福祉課障害児・発達障害者支援室発達障害対策専門官】言語
聴覚士。金沢大学教育学部特殊教育特別専攻科卒業。長野県精神保健福祉センター、長野県健康福祉部を
経て現職。
日詰専門官:厚生労働省で発達障害の担当の専門官をしてい
る日詰です。
まず日本の状況をご紹介します。自閉症は、
「発達障害者支
援法」という法律に含まれている障害です。医療だけでなく、
福祉教育についてもサービスが定められています。日本の研
究でも、自閉症になる割合は 1~2%という結果が出ています。
厚労省の責任としては、問題のある治療法が皆さんに届かないようにし、確かな治療法
をきちんと届けるという仕組みをしっかりと作ることだと思います。ジョルダン博士もお
っしゃっていたように、確かな研究者を見つけて応援し、研究を続けていかなければなり
ません。現在、すでに明らかなことについては、国の施策の中に入れ、全国の都道府県で
進めています。
私は 20 年間くらい現場で言語聴覚士として仕事をしてきました。長野県の信州大学で遺
伝子専門の研究者にお話を伺いに行ったときのことです。その研究者は、業務上たくさん
の方に「自閉症の兄弟姉妹がいる自分が結婚したら、自閉症の子どもが生まれるのでしょ
うか?」という悩みを聞かされる機会が多いと語っていました。
その研究者は、
「自閉症は遺伝するということと、単に遺伝子に問題があるということを、
切り分けるように伝えている」と述べていました。相談現場でも、本日の話題に関する正
しい情報発信は非常に重要になっています。
司会:ありがとうございました。日詰専門官も触れましたが、
自閉症の遺伝子診断について伺いたいと思います。ジョルダン博
士いかがでしょうか?
ジョルダン博士:分かりました。特に自閉症の子どもを持つ親か
らの要望が強いのですが、自閉症かどうかを調べる遺伝子診断は
幻想です。
自閉症が単一遺伝子疾患で
あれば、診断は可能です。し
かし、何百個もの遺伝子が関
わっているかもしれないので、
検査によって自閉症なのかど
うかを、はっきりと結論を下
すのは不可能なのです。
分かるとすれば、平均と比
べて、自閉症を発症する確率
が少し高いとか少し低いとか、
そのくらいのことです。もち
ろん、そういう期待があるの
は理解できますが、これまで
に開発された検査キットの性能を見ても、希望が持てるようなものではないんです。
これはアンテグラジャン社が最近発表した検査キットを、臨床試験でチェックしたもの
です。
自閉症の子どもが黒、自閉症でない子どもがグレーで示されています。これを見ますと、
左の方が自閉症の発症リスクが低いのは分かりますが、実際に発症している子どもにも、
リスクが低いという判定が出ています。
グラフの左側から、リスクがやや低い、平均、やや高いという順番になっていますが、
〇で囲った高い部分に注目すると、確かに自閉症を発症する子どものほうが多いことが分
かります。
しかし、○の中には発症していない子どもも、かなり入っています。そして、自閉症の
可能性が低いという結果が出
ていても、実際に自閉症を発
症している子どももかなりい
ます。
つまり、このようなテスト
の有用性は、ほとんどないと
言わざるをえません。そして、
自閉症になる可能性がまった
くない子どもであっても、自
閉症の可能性が高いというレ
ッテルを貼られてしまう場合
もあるのです。
したがって、単一遺伝子疾
患とは違って、自閉症の場合、このようなシンプルなキットを利用して明確な結果が得ら
れるなどと考えないほうがよいのです。
それからもう一つの問題は、この程度の研究成果を商品化してお金を儲けようと考える
人たちもいるということです。
司会:遺伝的要因を知ることで、自閉症の原因となる神経回路に迫るアプローチは有効だ
と思いますが、その方法では関連を指摘することはできても、原因であると言い切れるま
でには至りません。
ある遺伝子によって生じる神経の問題が原因だと証明するためには、人工的に実験動物
の遺伝子を操作し、動物が自閉症になるのかを確認すべきという視点もあると思います。
今後の研究の方向性を教えてください。
ジョルダン博士:マウスでも自閉症の行動様式に類似しているモデルが存在するため、人
間に対してはできない実験が行われています。
遺伝子データや脳神経学的データに基づく動物モデルによる研究の先には、将来的に人
間の治療に結び付くものがあるかもしれません。しかし、それはまだだいぶ先の話でしょ
う。
【後編】自閉症の遺伝子診断は幻想 フランス分子生物学者が講演
フランス国立科学研究センター名誉研究部長であるベルトラ
ン・ジョルダン博士の来日を記念して、在日フランス大使館が
主催した講演会「自閉症と遺伝」
。ジョルダン博士、山﨑晃資・
日本自閉症協会長と、日詰正文・厚生労働省専門官による討論
会では、来場者との質疑応答の時間が設けられました。
司会: ここからは会場の皆様からの話題提供を受け付け、ご
一緒に議論を深めていきたいと思います。
質問者1:茨城県で障害のある幼児の支援をしています。数年
前からよく耳にする自閉症とオキシトシンの問題について、パ
ネリストの皆様のご見解を聞かせてください。
ジョルダン博士:オキシトシンは、母親が出産時に出すホルモ
ンです。それがギャバという神経伝達物質の役割を変えます。
難産の妊婦の出産を誘発する際、人工的にオキシトシンが投与
されることがあります。
それで、オキシトシンが自閉症の発症に関わっているのではないかという仮説があるの
ですが、答えは出ていません。ただ、動物実験でそういう可能性があるという論文がある
のは事実です。
山﨑会長:実は日本でも、東京大学がオキシトシンについての
研究を発表し、これは新聞にも載りました。自閉症の診断を受
けた成人男性に、スプレーで鼻からオキシトシンを投与したと
ころ、脳の活動が有意に上昇して、対人コミュニケーションが
有意に改善したという結論でした。被験者の数は 40 例ほどだっ
たと思いますが。
先ほど動物モデルの話が出ましたが、こういう研究で非常に注意しなければならないの
は、自閉症はあまりにも多彩な症状があるということです。コミュニケーション・レベル
が改善されたといわれるケースなどは、非常に限定して考える必要があります。
東大のこの研究も今後どのように発展していくか、私には分かりません。オキシトシン
を使った動物実験は、今後非常に多く行われるようになるでしょう。ただ、オキシトシン
だけで自閉症の問題が解決されるのかを、慎重に見守っていかなければならないというの
が私の率直な感想です。今後の研究成果を待ちたいと思います。
質問者2:薬学の博士号を持って研究している者です。自閉症は原因が特定できておらず
薬もない一方、うつ病は原因が特定できていないのに薬はたくさんあります。うつ病より
も自閉症の方が薬の開発が難しい原因は何なのでしょうか。
山﨑会長:第 1 の理由は、自閉症の診断基準が未完成であることです。アメリカの診断基
準の DSM-5 にも、
「この診断分類表は、料理のテキスト本ではない。したがって、精神医
学や子どもの発達について詳しく勉強して臨床経験を積んだ人が、これを参考にしながら
診断分類すべきだ」と記されています。
また、治療薬の臨床試験では、多様な症例が選択されてしまうことがあり、最終的な効
果判定の解析を行う場合に、明確な有意差が得られなくなることも考えられます。
自閉症は原因が特定されていないので、いわゆる原因療法としての薬物療法は存在しま
せん。現在行われている薬物療法は、すべて対症療法です。ある症状や行動をどう改善さ
せていくのかを考えるわけですが、発達障害の場合、子どもによって薬の効き方に大きな
差があります。少量でも非常に効果の出る例もあれば、大量の薬でも変化がない場合もあ
ります。
それから特に発達障害のある子どもの場合、行動評価が非常に難しいのです。親や教師
の評価をどう捉えるかなど、複雑な条件をクリアしなければ、なかなか上手くいかないの
です。
それから、当然といえば当然ですが、自閉症の子どもは、その時の状況によって行動が
大きく変わります。端的な例を挙げると、低気圧が来る 2~3 日前ぐらいになると、状態が
不安定になるケースもあります。
このようにさまざまな要因を統一して臨床試験を行うのは、非常に難しいことです。で
すから、子どもに薬物療法を行う場合、学校や親の情報も必要になります。会話ができる
子どもなら、薬を飲んでどうなったのかを聞いて微妙に調整するため、慎重に行わねばな
りません。
ジョルダン博士:一つだけ付け加えますと、より客観的な手法によって治療効果を評価す
ることはできると思います。たとえば、子どもを治療前と 90 日間治療した後とで比較する
のです。第三者が見て、薬の効果か本物かどうかが分かることが重要だと思います。
それは決して簡単なことではありません。外的な要因がいろいろと関わってきて、投薬
の評価を難しくすることがあります。ただ、それは不可能ではなく、希望は持てると思い
ます。
質問者3:障害者団体の代表をしております。親からの遺伝については、当事者も親も薄々
感じていることですが、これはあまり話題にしたがらないテーマです。
ところがこれだけ自閉症のことが世の中に知れ渡ると、結婚相手をどうするかとか、自
分の兄弟姉妹に自閉症がいるのに結婚して子どもを持ってもよいのかという話題が起こっ
てきます。こういう議論はマスコミも面白がって不安を煽る形で喧伝しかねません。
こうした話題を建設的な議論にするには、どうしたらよいのでしょうか。
ジョルダン博士:家族に自閉症児がいる人は、自分もリスクを背負っているのではないか
と疑心暗鬼になってしまうという質問ですね。
自閉症は、関係するさまざまな遺伝子の変異がすべて同じ人の DNA に現われた時になる
ものです。つまり、自閉症の人の兄弟姉妹であっても、関係している遺伝子が全部変異し
ているとは限らないというのが答えです。
ですから、自閉症の人と結婚したとしても、子どもが自閉症になるとは限りません。な
にしろ自閉症に関係している遺伝子の数はたくさんありますし、親の持つ遺伝子の型など
が、受精の際に実際に伝わるのかどうかも、確率的なものであり、定かではありません。
質問者4:生命倫理や医療倫理を勉強している者です。
新型出生前検査では、ダウン症が主なターゲットになっています。妊婦さんへの血液検
査を行えば、胎児がダウン症かどうかかなりの確率で分かるため、日本でも検査が進めら
れています。しかし、遺伝医学に関しては、メディアや一般人のリテラシーが不足してい
ると思います。だからどうしても、自閉症などの多因子性の疾患であっても、単一遺伝子
疾患のイメージで考えられてしまいます。
また、商業的な形で遺伝子検査キットが宣伝されると、すぐに飛びついてしまうという
現象も起きています。だからこそ、社会で遺伝について議論することがタブーというか、
向き合うことが難しい問題になっていると思います。どうすれば一般社会において遺伝医
学的リテラシーを高めることができるのでしょうか。
ジョルダン博士:たとえば、ダウン症の場合、実際に生まれてくると、家族にとって非常
に大きな事件になります。子どもが自立するのは非常に困難ですから、自分たちが亡くな
った後のことを考えて、両親はいろいろ悩みます。
そこでフランスでは、35 歳以上の妊婦にダウン症の出生前診断が無料で提供されていま
す。その結果、陽性の場合には、両親が中絶するかどうかの選択をします。
しかしながら、質問者が指摘された新しく信頼性の高いテスト法もあります。羊水検査
をしなくても、妊婦の血液の採取で、胎児のリスクをある程度、確認できます。
そのような検査方法を、ある程度正常な生活を送れるような疾患を対象に行う場合には、
確かに問題があると考えます。
日詰専門官:厚生労働省を代表してコメントするわけではないことをご承知ください。
技術が発展すると、さまざまな検査ができるようになってい
くわけです。しかし、検査ができることと、検査を受ける選択
をするということは別の話です。選んでやってみるか、それと
も止めるかという選択は、そう簡単ではありません。
したがって、その決断に至るまでの正しい情報の提供や、さ
まざまな選択をした方の事例を紹介しながら、選択を手伝って
くれる人をたくさん育てていかなければいけません。
そのためには、まず正しいデータを科学者に提供してもらうことが大切です。そして、
当事者に正しい情報を伝える作業は、科学者だけでなく、行政や現場など皆で伝えていか
なければいけないと思っています。
私が現場で働いていた時、とてもショックなできごとがありました。
同僚の保健師が「自閉症には遺伝子が関係していることが分かった。私は怖くて子ども
が産めません」と私に相談してきたのです。
私に相談されてもどうしようもないのですが、その時は「自閉症の子どもが生まれても、
かわいがっている親御さんは世の中に大勢います。本人も幸せそうに暮らしている事例が
たくさんあります。将来、あなたがもし困っていたら、私は力になりますよ」と言って励
ました記憶があります。
確かに、多くの人と同じようには暮らしづらいところのある障害ですが、すべてが不幸
せかというと、決してそうではありません。事例をたくさん見てきたからこそ、そう断言
できます。
幸せに生きている自閉症の人を知り、彼らを応援できる人を世の中に増やすのは、行政
の力でやらなければならないことだと思っています。倫理の話なので、私の考えに反感を
持つ方もいらっしゃるかもしれませんが。
自閉症の子が生まれても堂々と生きていける世界になるように、福祉や教育を整えてい
くことが、私の 1 番の仕事かなと思っています。
山﨑会長:こうした生命倫理に関する問題は、非常に重要なテーマです。しかし、そうは
言っても正解はありません。なぜなら結局は、
「人間の命や人間の存在をどう考えるか」と
いう問題に行き着くからです。いろいろな意見や考え方があって当然でしょう。
フランスの事情は分かりませんが、日本には「血」や「家系」という言葉があります。
「あ
の子は嫁の方の血だ」とか「お父さんの方の家系だ」とか、そういうことが語られる文化
があります。
ただ、自閉症と遺伝との関係の文脈で語られる「遺伝」は、どうも単一遺伝子疾患の遺
伝病のことを指しているようです。ところが、自閉症は多くの遺伝子が複雑に絡み合って
起きています。多くの人々は、すべてを単一遺伝子疾患のように考えてしまっているので
はないかと思います。
それから、どの家族にも何代もさかのぼれば、ちょっと変わった人がいるはずです。い
ませんか?「うちは絶対いない」と言う人もいますが、そんなはずはないと思います。
もう一つ。一卵性双生児の自閉症の一致率が高いといっても 100%ではありません。85
~95%くらいです。つまり、5~15%は不一致なのです。ということは、遺伝以外の要因が
かなり絡んでいるはずです。
ですから、いろいろな人がいていいのです。たくさんの人がいる世の中で、どうすれば
一緒に幸せな生活ができるかを、皆で考えてもらいたいのです。
もう一言。こういうテーマでいつも気になっているのが、過剰診断の問題です。
「私はアスペルガー症候群だ」と言って信じてやまない人たちが、たくさん相談に来ま
す。どれだけ違うことを説明しても「いや、そんなはずはない」と言うのです。そうなっ
てくると、一体何が真実なのか、何が誤っているのか、考えてしまいます。
この生命倫理に関する問題は、今後も重要な問題になってきます。科学技術が進めば進
むほど、取り上げていかねばならないでしょう。
日本自閉症協会では、一時期、この問題を取り上げようとしたのですが、あまりにも問
題が複雑すぎて断念しました。よい回答というか、まさに正解が出ないのです。
正解が出ないことを、どこまで発表すればよいのか非常に悩んでいたところでしたので、
今日のような機会は、非常によかったと思っています。
司会:パネリストの方々からも、それから会場からも活発な議論をありがとうございまし
た。それでは大変熱気の上がってきたところで大変恐縮ですが、そろそろお時間となりま
した。本日はありがとうございました。
『自閉症遺伝子 見つからない遺伝子をめぐって』
(ベルトラン・ジョル
ダン著)で、翻訳した林昌宏氏(左)と、解説を担当した坪子理美氏。
講演会では司会を務めた。
月刊情報誌「太陽の子」、隔月本人新聞「青空新聞」、社内誌「つなぐちゃんベクトル」、ネット情報「たまにブログ」も
大阪市天王寺区生玉前町 5-33 社会福祉法人大阪手をつなぐ育成会 社会政策研究所発行
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