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河川堤防の浸透による崩壊形態と安全性評価

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河川堤防の浸透による崩壊形態と安全性評価
土木技術資料 53-11(2011)
報文
河川堤防の浸透による崩壊形態と安全性評価
齋藤由紀子 * 佐々木哲也 * * 森
啓年 ***
りに対して厳しい条件へと移行させて実施した。
1.はじめに 1
各段階では、裏のり面に大きな変状が見られる、
現在の河川堤防(以下、「堤防」という)の多くは、
堤防延長・断面については相当の整備がなされて
もしくは堤体内水位に変化が見られなくなるまで
一定の外水位を保持した。
きている。しかしながら、近年の豪雨においても
3m
す べりや漏 水が生 じており 1) 、安全 性が不足 する
箇所は少なからず存在す る。平成20年 3月までに
実 施された 堤防詳 細点検 2) に よると 、直轄管 理堤
1:2
3m 2.3m
1:2
3m 2.7m
・のり面勾配 1:2
・外水位 2.7m
・のり面勾配 1:2
・外水位 2.3m
防 の う ち 、 3割 か ら 4割 程 度 の 区 間 が 洪 水 時 の 浸
段階2
段階1(基本条件)
透に対し必要な安全性を確保しないことが予想さ
水位を下げて
のり面を掘削
3m
れており、そうした弱点箇所を適切に評価し強化
することが求められている。
3m
3m
このため本研究では、効率的・効果的な堤防強
1:1.5
2.3m
3m
1:1.5
3m 2.7m
・のり面勾配 1:1.5
・外水位 2.7m
・のり面勾配 1:1.5
・外水位 2.3m
化を今後実施するため、現行の浸透安全性評価手
段階4
段階3
法 の精度向 上を目 的に検討 を実施し てきた 3) 。本
報文では、堤防の模型実験に基づいて、浸透によ
図-2
る崩壊形態と崩壊時のすべり面で発揮される土質
2.2 堤防模型の条件
定数について考察した結果を報告する。
実験方法
堤防模型は、土質と締固め度の組み合わせを変
え て 、 表 -1の と お り 5ケ ー ス 築 造 し た 。 使 用 し た
2.堤防の大型模型実験
模型土質材料の物理特性を表-2に、模型築造時の
2.1 実験方法
含水比等の条件を表-3にそれぞれ示す。
堤防模型の概要図を図-1に示す。実験施設内に
表-1
高 さ 3m、 天 端 幅 3m、 の り 面 勾 配 1:2、 延 長 方 向
堤防模型の条件
締固め度
85%
Case1
Case3
-
の長さ6.2mの堤防を、仕上がり層厚15cmで20層
に分けて密度管理をしながら締め固めて築造した。
実際の堤防とは異なり、堤防天端と裏のり面のみ
土
質
の模型である。実験は、図-2に示すように外水位
土質1 ( Fc ※ =10%)
土質2 ( Fc =30%)
土質3 ( Fc =50%)
実験ピット(幅 20m×長さ 20m×高さ 5m)
3m
礫 (%)
砂 (%)
シルト (%)
粘土 (%)
最大粒径 (mm)
50%粒径 D 50 (mm)
3m
土留壁
9m
6.2m
土の工学的分類
堤防延長方向
図-1
堤防模型土質材料の物理特性
粒
度
構
成
給水槽
土粒子の密度 (g/cm 3 )
堤防模型の概要図
────────────────────────
Study on the criteria and failure modes for seepage about the
river levees.
- 22 -
90%
Case2
Case4
Case5
※ Fc :土の細粒分含有率
2.3m、 の り面勾配 1:2を 基本 とし、段 階的にす べ
表-2
Dc
土質1
土質2
土質3
1.3
89.2
7.0
2.5
4.75
0.173
S-F (細 粒
4.1
62.4
26.5
7.0
9.50
0.125
SF (細 粒 分
0.4
45.5
42.1
12.0
4.75
0.063
ML
2.689
2.698
2.664
分まじり砂)
質砂)
(シ ル ト )
土木技術資料 53-11(2011)
表-3
Case1
使用土質
(表-1参照)
最大乾燥密度
Case2
土質1
( Fc =10%)
(g/cm 3 )
最適含水比 (%)
作 製 時 含 水 比 (%)
締固め度 Dc (%)
透水係数 k (m/s)
が集中し、小さな表層土塊がのり尻方向に繰り返
堤防模型の築造条件
Case3
Case4
Case5
土質2
し倒壊した。変状は時間とともにのり面上部に拡
土質3
( Fc =30%)
( Fc =50%)
大し、写真-1の最も右に示す実験最終時点では、
1.685
1.640
1.467
のり面の約半分が泥状に変化してのり尻方向へ移
18.6
14.9
15.1
84.6
90.7
2.34
1.42
E-5
E-5
20.2
23.6
21.5
84.6
89.0
3.28
3.89
E-5
E-6
26.6
32.4
91.7
2.33
E-7
動した。深度方向の変状は、図-3に示すとおりの
り面の表面から0.5m程度と浅い範囲であった。
3
1:2
0.5m程度
変状範囲
変状後の形状
2
2.3 堤防模型の変状形態とメカニズム
実験の結果、いずれのケースも最終的には堤防
1
ののり面に変状が見られた。その形態は、つぎの
0
3つに分類された。
底面の圧力水頭
(72hr)
0
1
2
3
色砂
4
5
6
7
8
9
( 単 位 : m)
(1)内部侵食
図-3
内部侵食の発生範囲
(2)内部侵食とすべりの複合
(3)すべり
ここで、内部侵食とは、堤防のり尻部の比較的
浅い範囲で崩壊が発生し、それがのり面上部に
徐々に進行していく現象、すべりとは、堤防のり
面の比較的深い位置にすべり面が発生し崩壊する
現象、と区別した。
Case3において、内部侵食とすべりが複合して
生 じ た 。 Case3 の 実 験 状 況 を 写 真 -2 に 示 す 。
Case3で は 、 図 -2に 示 す 段 階 1( 外 水 位 2.3m、 の
り 面 勾 配 1:2) に お い て 、 内 部 侵 食 が ま ず 発 生 し
た。しかしながら、のり尻部のみの部分的な発生
以下、変状の形態毎に実験結果を述べる。
に 留 ま り 、 段 階 3 ( 外 水 位 2.3m 、 の り 面 勾 配
2.3.1 内部侵食
内 部 侵 食 は 、 Case1,2,4 で 発 生 し た 。 Case2の
実 験 状 況を 写真 -1に 示 す。 Case2で は 、 図 -2に 示
す 段 階 1( 外 水 位 2.3m、 の り 面 勾 配 1:2) に お い
て 、 36時 間 経 過 し た 時 点 か ら の り 尻 部 に 浸 透 水
1:1.5) ま で 、 の り 面 上 部 へ の 拡 が り は み ら れ な
かった。つづいて、段階4(外水位2.7m、のり面
勾 配 1:1.5) ま で 進 め た 時 点 で 、 変 状 が 進 行 し の
り面の約半分が泥状に変化してのり尻方向へ移動
のり尻の内部侵食
実験開始時
写真-1
実験開始時
2.3.2 内部侵食とすべりの複合
内部侵食の進行
内部侵食の発生状況( Case2, Fc =10%, Dc =90%)
部分的な内部侵食
内部侵食とすべりの発生
写真-2 内部侵食とすべりの発生状況(Case3, Fc =30%, Dc =85%)
- 23 -
土木技術資料 53-11(2011)
した。その後、天端にクラックが入り、すべりに
土 質 と 締 固 め 度 に 応 じ て 表 -4に 示 す 。「 す べ り 」
よる崩壊が発生した。図-4に示すとおり、変状は
に着目すると、細粒分含有率が高い堤体材料、緩
堤防の底面付近まで深く達していた。底面の圧力
い締固め度の場合については、すべりが発生しや
水頭はのり面の高さを超過しており、間隙水圧の
すい傾向が確認できる。細粒分含有率が30%程度
増加によるせん断抵抗の減少により、堤体と基礎
のいわゆる中間土の場合は内部侵食を伴ってのす
地盤の境界付近で滑動するような挙動を示したと
べり、細粒分含有率が50%程度の土についてはす
考えられる。
べりのみという違いがみられた。
表-4
3
1:1.5
変状発生時の実験条件
締固め度 Dc
■ :のり肩の位置
85%
90%
土質1 Fc =10%
内部侵食
内部侵食
(段階1)
(段階1)
土質2 Fc =30%
内部侵食と
すべりの複合
2
底面の
1 圧力水頭
(216hr)
変状後の形状
推定すべり面
色砂
0
0
1
2
3
4
5
6
7
8
土
9
質
( 単 位 : m)
図-4
(段階4)
すべり
-
土質3 Fc =50%
内部侵食とすべりの発生範囲
内部侵食
(段階4)
(段階4)
2.3.3 すべり
す べ り は 、 Case5で 発 生 し た 。 Case5の 実 験 状
3.模型実験におけるすべりの発生条件
況 を 写 真-3に 示 す 。 Case5で は 、 図 -2に 示す 段 階
1か ら 3ま で は 、 の り 面 に 変 状 は み ら れ な か っ た 。
つ づ い て 、 段 階 4 ( 外 水 位 2.7m 、 の り 面 勾 配
1:1.5) ま で 進 め た 時 点 で 、 の り 面 に ク ラ ッ ク が
3.1 検討方法
今回の実験では、前項で述べた「内部侵食」
「 内 部侵食 とす べり の複合 」「すべ り」 の 3種 類の
破壊形態がみられた。すべりに対する現行の評価
発生し、すべりが発生した。深度方向の変状は、
手 法 3) であ る円弧す べり計 算により 、実験 ですべ
図-5に示すとおりのり面の表面から深いところで
り が 発 生 し た ケ ー ス ( Case3と Case5) の 抽 出 を
1m程度であった。
試みた。模型実験で使用した土質材料・密度の条
件について、圧密非排水条件の三軸圧縮試験を実
施した結果を表-5に示す。試験結果より、浸透崩
壊時のすべり面で発揮される土質定数について、
つぎの2つを設定した。
(1)非排水状態ですべりが発生
実験開始時
(土質定数:粘着力c cu 、内部摩擦角φ cu )
すべりの発生
(2)排水状態ですべりが発生
写真-3 すべりの発生状況
(Case5, Fc =50%, Dc =90%)
3
(土質定数:粘着力c’、内部摩擦角φ’)
1:1.5
表-5
推定すべり面
2
Case1
1m程度
底面の圧力水頭
(1004hr)
1
色砂
非排水強度
0
0
1
2
3
図-5
圧密非排水条件( CUB)の三軸圧縮試験
4
5
6
7
すべりの発生範囲
8
9
2
( 単 位 : m)
排水強度
c ' (kN/m )
φ ' (°)
試験条件
模型実験において変状が発生した時点の条件を
- 24 -
Case4
Case5
Fc =30%
Dc =90%
Fc =50%
Dc =90%
10.9
57.0
14.6
15.2
0.0
36.3
13.8
0.0
37.1
19.0
0.0
38.4
Fc =30%
Dc =85%
1.8
28.2
12.1
1.6
26.1
16.1
0.0
35.2
背圧: 200 kN/m2
2.3.4 実験における変状形態のまとめ
Case3
Fc =10%
Dc =90%
c cu (kN/m2)
φ cu (°)
Case2
Fc =10%
Dc =85%
圧密応力: Case1,2 50, 100, 150 kN/m2
Case3,5 40, 80, 160 kN/m2, Case4 60, 120, 240 kN/m2
ひずみ速度: 0.1%/min.
土木技術資料 53-11(2011)
3.2 検討結果
み擁壁や小規模なドレーン工の設置も必要であり、
前項で設定した土質定数を用いて円弧すべり計
あわせて検討が必要である。
算を実施した結果を表-6に示す。非排水状態の土
4.おわりに
質定数を用いて計算した場合、 Case1を除いて、
円 弧 す べ り 安 全 率 は 1.8程 度 以 上 で 安 全 と い う 評
本報文では、堤防の洪水時の浸透崩壊に関する
価となった。これは、非排水強度の設定にあたり
模型実験を実施し、崩壊時にすべり面で発揮され
低拘束圧下において過度の粘着力を見込んだ結果
る土質定数について考察を行った。堤防を構成す
であると考えられる。
る土質は多種多様であり、たとえ同じ土質であっ
一方、排水強度の土質定数を用いて計算した場
ても締まり具合によって発揮される土質強度は異
合 、 表 -6の と お り 比 較 的 透 水 性 が 高 い 土 質 材 料
なる。土質強度は、堤防の浸透安全性評価の結果
( Fc =30%)を用いたCase3について、円弧すべり
に大きく影響を与えることから、その設定におい
安全率とすべりの発生状況が一致した。これは、
て現場技術者の工学的判断が求められる。土質定
透水性が高い土質材料を用いた均質な堤防のすべ
数の設定における工学的判断の精度向上のため、
りが、排水条件で発生する可能性を示唆している。
実験の実施や被災事例の分析などを通じて、今後
3.3 今後の課題
さらなる検討が必要である。
今後、堤防詳細点検等で抽出された要対策区間
に浸透対策を選定・設計する場合、大規模なド
参考文献
レーン工など過度な対策を回避するため、すべり
1) 森 啓 年 、 荒 金聡 、 齋 藤由 紀子 、 佐 々 木 哲也 、 服 部
敦 :堤 防被 災原 因調 査に つい て、 河川 、 2010-2月
号、pp.71~77、2010.2.
2) 国 土 交 通 省 河 川 局 治 水 課:河 川 堤 防 設 計 指 針 、 国
河治第87号、2002.7.
3) 齋 藤 由 紀 子 、 森 啓 年 、 佐々木 哲 也 : 砂 質 土 堤 防 の
浸 透 に よ る 破 壊 形 態 と 土質定 数 に 関 す る 大 型 模 型
実 験 、 河 川 技 術 論 文 集 、 第 17巻 、 pp.281~ 286、
2011.7.
4) 財 団 法 人 国 土 技 術 研 究 セ ン タ ー : 河 川 堤 防 の 構 造
検討の手引き、2002.7.
の安全性評価において適切な土質定数を設定する
ことが重要である。具体的には、比較的透水性が
高い堤防について、堤体構造などを考慮の上、工
学的判断により排水条件の土質強度を設定するこ
とが適切である場合も存在することが、本実験に
より示唆された。一方、土質定数を見直す場合、
のり尻部の内部侵食の発生を抑制するため、堤体
内浸潤線をのり尻に到達させない対策である腰積
表-6
Case1 Case2
段階1
模型実験での変状形態
非排水強度
円弧すべり (c cu、φcu)
安全率 F s 非排水強度
(c'、φ')
段階1
円弧すべり計算結果
Case3
段階1
段階2
段階3
Case4
段階4
段階1
内部侵食
小規模な 小規模な 小規模な
内部侵食 内部侵食
変状無し
↓
内部侵食 内部侵食 内部侵食
すべり
段階2
Case5
段階4
段階1
小規模な 小規模な
変状無し
内部侵食 内部侵食
段階3
段階4
変状無し
すべり
0.69
4.82
2.24
2.16
1.94
1.81
8.95
8.71
7.52
3.00
2.63
2.53
1.01
1.34
1.38
1.26
1.11
0.85
1.46
1.34
1.09
1.65
1.43
1.25
齋藤由紀子 *
独立行政法人土木研究所つくば
中央研究所地質・地盤研究グ
ループ土質・振動チーム 主任
研究員
Yukiko SAITO
佐々木哲也 **
独立行政法人土木研究所つくば
中央研究所地質・地盤研究グ
ループ土質・振動チーム 上席
研究員
Tetsuya SASAKI
- 25 -
森
啓年***
国土交通省総合政策局海外プロ
ジェクト推進課国際協力官、博
士(工学)(前独立行政法人土木
研究所つくば中央研究所地質・
地盤研究グループ土質・振動
チーム主任研究員)
Dr. Hirotoshi MORI
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