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テーマ:私立大学のガバナンスに関する論点整理
私立大学等の振興に関する検討会議 第 2 回 テーマ:私立大学のガバナンスに関する論点整理 2016 年 5 月 24 日 両角亜希子(東京大学) 1.ガバナンスとは何か マネジメント:組織のミッションを遂行するために諸資源の活用方法 ガバナンス:マネジメントの遂行を統治するための意思決定や合意形成システム ただし、日本では両者の区別は曖昧。マネジメントの意味でガバナンスの言葉を用い るなど、混同した言葉の使い方をする人が多い。 機関内のガバナンスに議論が偏りがちだが、本来は、政府(社会)と大学の関係など も含む広い概念 図1 大学ガバナンスの概念図 2.大学集合ガバナンス 日本と韓国の私立学校法の比較(両角 2013)からみた、日本の私立大学制度の特徴。 表1 日韓の私立学校法の比較表(結果の概要のみ) 自主性の担保 公共性の担保 自 主 的 相 変更・ 解散 同 族 経 営 教 職 員 の 経 法 人 ・ 教 学 外 者 の 監督機能 互統制 命令 禁止 営参画 学関係 経営参画 あり 曖昧さ 曖昧さ 日本 制限あり あり 禁止せず 強化 (弱化) (→修正) あり 韓国 制限なし なし 強化 あり (強化) 1 直接参加は 禁止、間接 参加を強化 明確 長の兼任 禁止 特になし 透明性 強化 強化 <自主性の担保に関して> ①政府からの統制や支援が間接的(韓国は直接的) 例:設置のプロセス(私立学校審議会) 、補助金の交付(日本私立学校振興・共済事業団) 韓国では不正汚職以外に、構造改革で「退出」させている ②その結果、私立大学に高い自主性が与えられている 個々の私学の自主性というよりも、 「総体としての私学」を信頼し、そこで、自主的相互 統制機能が働くことを期待しているから、高い自主性を与えられているのではないか。 ただし、2004 年私学法改正で、大きな議論もないままに、私立学校審議会の構成に関す る規定(私学関係者 3/4 以上)がなくなる。 →論点① 市場拡大期には一定の機能を果たしたが、市場が縮小する時に本当に機能するのか。 かつては規模に関する統制がなされていた。 (高等教育計画の終焉、工業(場)等制限法 2002 年終了) 。しかし、マーケット縮小期に規制緩和が行われ(2003 年届出制等)、ほぼ 何の統制もなかった。 近年、大規模私大が地方私大の経営を圧迫しているという議論から、大規模私大への定 員充足率への一定の統制が加えられた。しかし、実際は実員に定員を近づける私学も多 く( 「平成 29 年度からの私立大学等の入用定員の増加に係る学則変更認可申請一覧」に よると、4 年制大学 44 大学申請 計 7354 名の入学定員増)、この政策の効果には疑問。 個々の私学にとって規模は経営の最重要課題だが、そこにどこまで、どのように政策は 関与すべきなのか、その場合の論点はどのようなものになるのか。 (ただし、いうまでもなく、規模等の問題は、国公立大学も含めて議論する必要がある。 ) 日本での経営困難校への基本対応方針は、2007 年『私立学校の経営革新と経営困難への 対応―最終報告―』にまとめられている。困難状態に至る前のチェックや指導・相談の 充実をはかることが重視され、一定の効果を上げている。その一方で、経営困難のプロ セスは当時、想定されたシナリオで進んでいるのか。そうでないのであれば、何らかの 対応を検討する必要があるのか。 日本では、長年、所轄庁は、解散命令は出せるが、そこまで至る手段(経営面に関する 変更命令)がなく、堀越学園の問題が出てきた。それをうけて、2014 年に私立学校法が 改正された。自主性を担保した仕組みで、基本的にほとんどの私学は健全な運営をして いる。異例な事態にどのように対応するかの手段は十分なのか。私学全体に統制を加え るというわけではなく、そうした事例へ適切に対処しないと私学総体への社会からの信 頼が低下する懸念がある。 2 <公共性の担保に関して> ③教職員の経営直接参画が日本の特徴 韓国では現職の教職員が理事になること排除している。 (アメリカも同様)(利益相反) 韓国では理事長と学長の兼務も禁止(アメリカも同様) ④公共性を高めるための内部組織の工夫(理事長の専断を防ぐための工夫)は韓国私立学 校法でも多くなされているが、私学の不正が社会問題となっているのは韓国。 日本は経常費補助のプロセスで、一定の統制が機能している面があるのではないか。 様々な形での教職員の経営参加によるチェック機能が機能している面があるのか。 ⑤どのように公共性をさらに高めようとしているのか。 日本 2004 年私学法改正、韓国 2005 年私学法改正 共通点:透明化(情報公開) 、学外者の経営参加 差異点:韓国で構成員の経営参加の促進(大学評議員会を審議機関として置く) 論点② →韓国で公共性を高めるために、構成員の経営参加を促している点は興味深い。 日本における教職員の経営直接参加という特徴のリスクを減らしつつ、メリットを増や すために何が必要か。 情報公開や学外者の経営参画の推進は、公共性を高めるうえで、十分に機能しているの か。 3 3.大学単位ガバナンス 論点③ 政策的には学長のリーダーシップを強化するために、法律改正(教授会の制約、副学長 規定等)、補助金による支援(学長裁量経費)が重要な政策手段になっている。 全学的な大学改革を進めるうえで、学長を中心とした経営体制を構築していくことは重 要ではあるが、そのための方法を政策的に一律に強制するのはどうなのか。学長への権限 を強化・集中で問題は解決するのか。 ・日本の私大ガバナンスの多様性の理解。 (理事長・学長の関係性、評議員会の位置づけ、学長の選任方法等) 図2 私立大学のガバナンス類型の一例 出典:両角(2012) その違いは、大学の事情や歴史による影響が大きく(下表) 、どのガバナンス形態が、 経営状態(定員充足率、帰属収支差額比率)がよい、悪いということは一概に言え ない。オーナー系か否かについても同様。 (あえて言えば、分散型のほうが経営状態がよいという関係がみられるが(両角・小方 2012) 、因 果関係はおそらく逆。経営困難になった場合は、「皆の意見を聞いて」ではどうにもならず、権限 を集中して、トップダウン型マネジメントでやらざるを得ないということではないか。 ) 表2 ガバナンス類型と大学特性の関係 大学の収容定員 オーナー 1000~ 2000~ 系の割合 ~999人 1999人 2999人 大学設置年 3000~ 6000人 ~1960 1961~ 1976~ 1991~ 2006 5999人 以上 年 75年 90年 2005年 年~ A.理事長・学長兼任型 65% 35% 27% 22% 11% B.学長付託型 52% 29% 22% 21% 19% C.経営・教学分離型 20% 19% 28% 13% 25% (注)オーナー系は、理事長が創設者またはその親族、という定義で算出。 5% 9% 15% 16% 12% 31% 35% 32% 37% 11% 12% 8% 32% 34% 24% 5% 11% - →単一の望ましいガバナンス像があるというのは幻想ではないかと思われるし、そも そも日本の私立学校法が多様なガバナンスの在り方を許容している。 4 詳細は時間の関係で省略するが、これまでの実証研究によって明らかになっているのは、 以下の点である。 それぞれの大学のガバナンス形態によって、効果的なマネジメントの在り方は同じ とは限らない。 個々の大学のマネジメント改革を推進していく上で、ガバナンス改革は非常に重要 だが、その効果的なタイミング、方向性や具体的な方法はそれぞれに異なっている。 準備不足で、ガバナンス改革を無理に導入しようとしても、学内の反発などがあり、 期待された効果につながりにくい。 ・どのような要因がマネジメント改革に効果をあげているのか、についての理解。 一例としての中長期計画。 私学高等教育研究所の調査によると、中長期計画の策定率は 2006 年に 24.8%、2011 年 に何らかの形で将来計画を持っている大学は 76.2%と急増した。しかし、効果的に活用で きている大学は限られているし(図3) 、策定した計画を学内に浸透できていない大学も多 い(図4) 。 図3 将来計画策定の効果 5 図4 将来計画の浸透状況 c.経営陣の中での浸透度合い 53.5 d.管理的な立場の教職員の浸透度合い 36.3 47.1 b.職員の間での浸透度合い 13.4 a.教員の間での浸透度合い 8.3 e.学内の全構成員の浸透度合い 7.6 5.7 0.6 44.6 4.5 0 63.7 17.2 59.9 57.3 1.9 25.5 2.5 29.3 1.3 0% 10% 20% 30% 40% 50% 60% 70% 80% 90% 100% 十分に浸透している ある程度浸透している あまり浸透していない 浸透していない 将来計画を構成員に浸透させている大学の方が、同じように将来計画を策定していても、 その効果を強く感じている(表 3)。また、経営者の感触という主観的な効果のみならず、 定員充足率や中退率の改善にも効果的なことが明らかになっている(表 4) 。 表3 将来計画の浸透度別にみた将来計画の効果 学生確保がうまくいくようになった 経費削減に成功した 目指す目標が教職員に浸透し、大学運営に対する共通理解が 進んだ 中長期計画に明記された改革が実現しやすくなった 法人と大学が共通の目標に向けて活動できるようになった 大学の個性化や特色化が推進されるようになった PDCAサイクルがうまく機能するようになった 学生満足度の向上などの教育面での改善が進んだ 各部門で中長期計画を意識した改革がおこなわれるようになっ てきた 十分に 浸透している 42% 67% ある程度 浸透している 52% 64% 浸透して いない 34% 56% 100% 89% 42% 92% 100% 92% 67% 73% 94% 92% 77% 63% 71% 55% 65% 47% 25% 48% 92% 83% 40% 表4 定員充足率、中退率の改善に対する将来計画浸透の効果 定員充足率 中退率 標準化係数 有意確率 標準化係数 有意確率 (定数) *** *** 全構成員の浸透度合い 0.150 * -0.248 *** 大学の収容定員 0.404 *** 0.047 調整済み R2 乗 0.160 0.050 F値 12.259 *** 4.082 ** (注)***は1%水準、**は5%水準、*は10%水準で有意 6 構成員が課題共有をするためには、そのため仕組みづくり(たとえば、事業の財源や予 算の明確化、計画と予算の連動、将来計画を基本とした自己点検評価等)が有効であるこ となども明らかになっている。ただし、それぞれの大学の実情に応じた仕組みに落としこ み、導入・運用していくことが必要である。必ずしも他大学の例をそのまま真似できるわ けではなく、判断・実行力の上で経営能力が重要である。 また、将来計画を策定する上で、各大学は、大きく分ければ、具体性の確保、内容の適 切さ、評価の反映、財政との関連の4つのポイントを重視しており、それが効果を上げる ことも分かっている(表5)。とくに、 「内容の適切さ」 「評価の反映」がとくに大きな効果 を持っているが、それにも関らず、現在の実施率はそれほど高くないこともわかっている (結果省略)。その大学にとって、適切な内容の将来計画は、まさにトップのビジョンを描 き、構成員を巻き込むうえできわめて重要だが(皆で議論して出てくるものではない)、そ れはトップの権限の問題ではなく、経営者としての能力そのものの問題である。 表5 将来計画策定で重視するポイントの効果 出典:両角(2012) ・経営能力の向上の必要性 むしろ、個々の大学の状況に応じた、ガバナンス改革・マネジメント改革をそれぞれの 大学が行っていけるかが重要で、そのためには、そのタイミング、方向性を見定め、実行 できる経営陣の経営能力がきわめて重要である。しかし、現状では、大学経営の担い手で ある管理職は、その専門的なトレーニングを受けていないケースが多く(図5) 、将来の管 理職が育っていないことにも危機感を募らせている(図6) 。 学長の権限と責任を強化するだけでなく、そのための広い意味での支援(人材育成)も 同時に充実させていく必要があるのではないか。このままでは経営者の成り手がいなくな るのではないかとの危機感さえも感じている。ただし、これはガバナンスというより、む しろマネジメントの課題である。 7 図5 上級管理職の教育・研修経験 図6 上級管理職の大学経営人材養成の現状評価 100.0 80.0 教育・研修の経験なしの割合 70 60 58.5 60.0 40.0 56.6 62.0 45.2 50 10 0 学長・総長以外 理事長 理事長以外 *** 経営管理職 36.3 27.3 学術管理職 経営管理職 人材が学内教員の中で育って いる *** 20 38.3 36.9 人材が学内職員の中で育って いる * 30 学術管理職 53.6 現在上級の活動に満足 30.7 0.0 大学経営専門家が必要であ る 40 学長・総長 92.8 91.9 20.0 出典:王・両角(2016) 引用文献 両角亜希子「シリーズ・大学経営論第 4 回:中長期計画を策定する上で重視する点」 『文部 科学教育通信』No.299(2012 年 9 月 10 日号) 、15-17 頁 両角亜希子「私大のガバナンス-私大協調査より-」 『IDE 現代の高等教育』No.545(大学 ガバナンス再考)、2012 年 11 月、35-41 頁 両角亜希子・小方直幸「大学の経営と事務組織―ガバナンス、人事制度、組織風土の影響」 『東京大学大学院教育学研究科紀要』2012 年 3 月、第 51 巻、159-174 頁 両角亜希子「私立大学の自主性と公共性-日韓の私立学校法の比較から-」 『大学論集』2013 年 3 月、第 44 集、179-197 頁 王帥・両角亜希子「大学上級管理職の経営能力養成の現状と将来展望-上級管理職調査か ら」 『大学経営政策研究』第 6 号、2016 年 3 月、17-32 頁 8