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(III)?水素脆性との関わり?

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(III)?水素脆性との関わり?
水素による超多量空孔生成がもたらすもの(Ⅲ )
∼ 水素脆性 との 関わ り∼
(前 項 (I),lIIlか らの続 き,最 終 回)
Niと Pdに つ い て 行 わ れ た 6).中 性 子 小 角 散 乱 に よる と
日次
Niで は脱 水 素 処 理 で生 じるボ イ ドの サ イズ は 50 nmと 約
250 nmに ピー クを もつ分布 を示 し,そ の うちの小 さい ほ う
,
(I)101 は じめ に
1・
2
水素 と空 孔 の相互 作用
が熱処理 に よって次第 に大 き くな る。 ボ イ ドは成長 す る とと
103 超多量空孔 の生成
lIE1 2 0 1
2・
2・
2
3
もに粒界 に偏析 し,や がて粒界割 れ を生 じる.一 方 ,Pdに
つ い て は ,走 査 電 顕 観 察 に よ って ,試 料 内部 で は 20-30
金属―水素―空孔 3元 系 の統計熱力学
拡散促進効果
nm,表 面 で は 1-3 μmの ボ イ ドが ほぼ一 様 に分布 して い る
め っきにおけ る超 多量空孔生成
こ とが知 られた .同 様 のボ イ ド分布 は大 きな塑性 変形 を与 え
た PdHO,78に 熱処理 を施 した場合 に も見 られてい る 60。
(1・
3・
1
水 素 に よ るバ ブ ルの生 成
水素の熱放 出測定 を行 ってみ る と,空 孔 に トラ ップされた
水素 が脱 離 ・放 出 され る温度 (≦ 500℃ )よ りず っ と高温 に大
金属 中に固溶 した水 素 が過飽和 にな る と析 出 してバ ブル を
形成 す るのは ,格 子間水素原子 が分子 にな り金 属格子 を押 し
広 げて気泡 として析 出す るのだ , と,こ の ように考 えてい る
人 が 多 い だ ろ う。実際 は ,水 素分圧 (化 学 ポ テン シ ャル と言
った ほ うが よい)が よほ ど高 くな い 限 り,結 晶中 にバ ブル を
作 るほ ど水 素 が過飽和 にな るこ とはない .バ ブルの形 成 には
水素 と空 孔 の相互 作用 が関わ ってい る こ とが多 い のであ る
.
空孔 の凝 集過 程 に水 素 が 関与 して い る こ とは ,古 く,Al
の急冷実験 か ら知 られていた (1)。 ).そ こで は空 気 中やアル ゴ
ン中の急冷 では見 られないボ イ ド形成 が水 素雰 囲気 中で見 ら
れ るの は ,Vac4Hが 作 られ てボ イ ドの 芽 にな るため と推論
され た .そ の後 の理 論 計算 で Al中 の空孔 ―水素 クラス タ ー
は〈110〉 方 向の 1次 元 の鎖 と (100)面 上 の平 板 を形 成 す る と
予測 され た が 。),電 解 チ ャー ジ試 料 の X線 小角散 乱 で は径
15 nm,厚 さ 7nm程 度 の (111)面 上 集 合体 が観 測 され て い
る。).た だ し,そ の途 中の過程 は分 か らな い。
図 107に 示 した よ うな超 多量空孔生成 後 の脱 水素処理 に よ
るボ イ ド生成 に つい ては ,そ の後 ,初 期過程 を調 べ る実験 が
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2010年 12月 20日 受理
きな水 素放 出が見 られ るこ とが よ くあ る。Fe一 Ni合 金 め っき
10。
膜 の例 を図 3・ 1に 示 す 。・
放 出水素量 は空 孔 トラ ップか ら
の放 出 よ りもむ しろ大 きい 。 同様 の 高温 放 出 ピー クは電 解
・
銅 。10や Niめ っき膜 ),市 販 の Pt“ )で も見 られてい る.こ
“
の 高温放 出 ピー クはバ ブル (ボ イ ドに トラ ップされた水 素 )か
らの放 出 と考 え られ る.Ptで 水素 が空 孔 ―水素 クラス ター お
よび バ ブル に トラ ップ された形 で含 まれていたのは 電解 Cu
や電 解 Niの 場 合 と同様 に ,電 解精錬 の際 に導 入 された もの
だ ろ う.最 近 の精錬 には電解法 を使 う こ とが多 い ので ,こ の
ような形 での残留水素 は多 くの場 合 に存在 す るに違 い な い。
これ らの放 出 ピー ク温度 800-1000℃ か ら (水 素移動 の エ ネル
ギ ー を∼ 0.4eVと して )得 られ る東縛 エ ネルギー は 0。 7∼ 1。 0
eVで あ る
.
この ようにバ ブル形成 は空 孔 ―水素 クラス ター の凝 集 に よ
る こ とが 多 い のだが ,空 孔 一水素 クラス ター がバ ブル に移行
す る初 期過程 は ,ま だほ とん ど理 解 されていない
Wに つ い ての Liuら の計 算 で は ,空 孔 内の水 素 原 子 が 8
.
個 にな る と分子形成 が始 ま って ,そ れが水 素 の バ ブル (ボ イ
ネルギー加速器研究機構 ・物質構造科学研究所協力研究員 ,東 京大学生産技術研究所研究員
(〒 191-0033東 京
茄
霧
藤
湯
I蕩
房
ユ :尤 ∬ ち魔
;り │ち ,茸
〕〕
解
期
説
温度 ,ア /° C
200
400
600
って ,そ の た め ,Heバ ブル として 析 出 して ス ウ ェ リン グ
(膨 張 )や 機 械 的性 質 の変 化 を もた らす .計 算 に よれ ば ,H
800 1ooo
16
は空孔 に トラ ップされ た状態 を介 してのみバ ブル を作 るの に
口ぃ
絆ヨ軽鵬K
V、Ъ TFミさ︶
T
対 して ,He原 子 は安定 な近接対 を作 るので ,空 孔 の助 けを
か りず にバ ブル を形成 で きるのだ とい う(0.W中 での Hと
14
2
Heの 挙動 は熱核 融合炉 ITERの 材料研究 として ,最 近 とみ
0
に関心 を集 めて い る
水素や ヘ リウム に起 因す るボ イ ドの生成 は金属の機械的性
3
ilゝ
8
θ
Ъ
:l
.
6
iLハ 。
質の大 きな影響 を及 ぼすので重要 な問題 であ る.こ れ につい
て は ,少 し古 い が ,COndonと Schoberに よ る 総 説 が あ
り①),そ の後 もしば しば取 り上 げ られて い る.こ こでは次章
.
3
4
8Ъ ヽ
c
.
以下 で ,空 孔 ―水素 クラス ター に よるボ イ ド生成 が鉄 鋼 の応
力腐食割 れ と水素脆化 で決定的 な役割 を果 た して い るこ とを
2
∫
説 明す る
ノ
OL
200
400
600
800
3日
1000 1200 1400
2
.
熱 水 環 境 に お け る ス テ ン レ ス 鋼 と炭 素 鋼 の 応 力
腐食割れ
温 度 】丁ノK
金属材料 が ,お かれた環境 に よって腐 食 や脆化 を起 こす こ
とは実用上 の大問題 であ り,そ の機構 は古 くか ら研究 されて
図 3・ l Ni64Fe36合 金 め っ き膜 の 水 素 熱 放 出 ス ペ ク ト
ル lD.● Aめ っ き後 8h,○ め っ き後 365
h.(2本 の 曲線 は 1目 盛 だ けず らして あ る .)
時間経過 に よって低温側 の ビー クは小 さ くな る
が ,高 温側 の ピー クは変 わ らな い
(2・
い るのだが ,ま だ解 明されな い こ とが数多 く残 されて い る。
しか しなが ら,最 近 ,鉄 鋼 に つい て水 素 に よる超多量空孔生
.
成 が とりわけ重要 な役割 を果 た して い る こ とが認識 され注 目
を集 め つつ あ るので ,こ こで ,そ の こ とを紹介 しよう.た だ
・
ド)の 芽 にな る として い る。3の
.し か し,OhSawaら の計算
では ,水 素原子 が 10-12個 トラ ップ された ところで稀 に分子
が形成 され るが ,そ れ以上 に進 む こ とはな い と報告 されて い
また ,Nbに つい ての八木 らのチ ャンネ リング実験 に よる
と。),(水 素位置検 出用 の )1lB十 ィォン ビーム 打 ち込 みで生
じた空孔 に トラ ップ され た水素 原子 の存在 状 態 には 2種 類
があ って ,そ の うち VacHlク ラ ス ター は常 に安定 に存在 す
るの に対 して ,正 4面 体構造 を とる Vac4Hク ラ ス ター は さ
らに空孔 を吸収 してボ イ ドに成長 す る。
館 山 0大 野 は水 素 雰 囲気 中 で α―Fe中 に生 成 した VacH2
クラス ター 間の相 互作 用 を計算 し,そ れ らが (100),(110)
面 上 に整列す る こ とを見 出 して ,こ の平面状 の集合体 が クラ
3⊃
。・
ック発 生 の芽 にな るの で はな い か と示 唆 して い るが
,
今 の ところ,こ れを支持 す る観測結果 はな い
最後 に付 け加 えてお きた い のは ,空 孔 と水素 の相互作用研
究 の動機 とな った核 融 合炉 では ,D― T混 合 プ ラ ズ マ が使 わ
.
れ るので ,水 素 と言 って も Hで はな くて D,Tの 挙動 が問題
とな る こ とであ る.こ れ らの 同位体 は ,溶 解熱 はほ とん ど同
じで ,拡 散 係 数 は H,D,Tの 順 に多 少 小 さ くな る け れ ど
も,こ れ も大差 な い の で ,炉 壁 中での挙動 は Hに つい て調
べ れば ほぼ 間 に合 う.し か し,一 つ だ け ,大 きな違 い があ
12。
3 yrで 18.6 keVの 電子
を放 出 (ベ ー タ崩壊 )し て 3Heに 変 わ って い くこ とで あ る
.
こ うしてで きたヘ リウム原子 も空孔 に トラ ップされ ,そ の東
縛 エ ネルギ ーはかな り大 きい こ とが知 られて い る.ヘ リウム
が水素 と違 うのは金属 中 へ の溶解度 が著 し く小 さい こ とであ
ま て り あ 第51巻 第 1号 (2012)
Materia Japan
してお く
.
オ ー ス テナ イ ト系 ス テン レス 鋼
る(1'34).
る .そ れ は トリチ ウ ム Tが 寿命
し,こ こでは分 か りやす い こ とを主眼 として ,記 述 は歴史的
な順序 には よ らず ,文 献 も網羅的 ではな い こ とを予 めお断 り
SUS304,SUS316は 沸 騰
水型 お よび加圧 水型 の原子炉 (BWR,PWR)の 配管 に使 われ
て いて ,高 温 ・高圧環 境 (250∼ 350℃ ,∼ 20 MPa)で の応 力
腐食割 れが ときに問題 とな るので ,こ れを防 ぐこ とは原子 力
発電所 の安全運転 のための一 つ の重要 な課題 であ る
一 般 に金属材料 の応力腐食割 れ には多 くの因子 がか らんで
来 るので ,そ の機構 を解 明す るのは難 しい .し か し,こ の場
.
合 には ,環 境 は過酷 であ って も比較的単純 であ るため に,最
近 ,粒 界 に空孔 が凝集す る こ とで割れが進展 す る とい う機構
が見 えて きた .こ こでは ,そ の こ とを示 した有 岡 らの論文 を
紹介す る(1の
.
試 験 環 境 は PWRの 1次 冷 却 水 に合 わせ る こ と とし,ま
た ,酸 化 ・還元電位 へ の依存性 を調 べ るため に冷却水 には酸
素 (8 ppm)ま たは水素 (4 ppm)を 添加 した .10∼ 20%冷 間圧
延材 か ら鈍 い切 り欠 きを もつ試験片 を切 り出 し,僅 かに予 ク
ラ ックを入れた状態 で応 力下 に長時間 (<l yr)保 持 して ,ク
ラ ック進展速度 の連続測定 と回収後 の破面観察 (分 析 )を 行 っ
た .結 果 は ,ほ とん どす べ ての場合 に粒界割 れ を起 こし,割
れ に至 るまでの クラ ック進 展速度 は熱活性化過程 (活 性化 工
ネル ギ ー∼ leV)を 示 した 。①。1).回 収試 料 の断面 を観 察 す
る と,予 クラ ックの先端 に近 い (し か し離 れた ところ)か ら多
くの微小 クラ ックが 9J々 に)発 生 して ,や がて つ なが って い
く様子 が見 られた
同 じ温度 での大気 中 ク リー プ試験 で も同様 の粒界割 れを起
.
図 3・ 2
50%冷 間加 工 した316ス テン レス鋼 の大気 中 ク
リー プ試験 (450℃ ,4002h)後 に見 られたボ イ ド
の列 (10).ボ ィ ド列 は 表 面 に つ な が った ク ラ ッ
クか らは離 れた場所 にで きて ,微 小 クラ ックの
芽 とな る
.
こ し,こ の ときには クラ ックの進展 が遅 い ため に,そ の初期
過程 を観 察 す る こ とがで きた .図 3・ 2は その 1例 であ る .ク
ラ ックは粒界 に集 ま ったボ イ ドが つ なが るこ とで形成 され る
こ とが分 かる.オ ージ ェ分析 に よる と,主 クラ ックにつ なが
っていない ,内 部 に発生 した クラ ックの表面 には顕著 な酸化
物形成 は見 られな い ので ,ボ イ ドを形成 した空 孔 は応 力下 で
周辺 か ら集 まって きた ものであ って ,表 面 の酸化 に伴 って作
られた ものではない こ とが分 か る.ま た ,ク ラ ック先端 では
Ni濃 度 が増 加 し,Feと Crの 濃 度 が減 少 す る とい う偏析 が
観測 された .偏 析 の駆 動 力は明 らかでないが ,そ れが応 力集
図3・ 3
30%冷 間加 工 した炭素鋼 の熱水 中引 っ張 り試 験
(360℃ ,8082h)後 に ,切 り欠 き前方 に見 られた
中部 に集 ま って きた空 子Lに よって促進 されてい る こ とは 間違
い な い .ク ラ ック進 展 の活性化 エ ネルギ ー (∼ leV)は 粒 界
ボ イ ド列 (12).
付近での空子L移 動の活性化 エネルギー として妥当な値 である
.
配管 の材 料研究 としての意味 を持 つ だけでな く,ス テン レス
E
1,000
E
o
Boo
600
0
0
0。 2
0.4
0.6
▲
2OO
■▲ ●
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4oo
■
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ct)
■ ● ▲
f,1f
tLl
■▲ △ ● ロ
素誘起空孔 を形成 した こ とに起 因す るので あろ う.ボ イ ドの
1,2OO
E
▲ 口 一△口 o
っていた (図 3・ 4).こ れは水 の還元 に よって生 じた水 素 が水
;ilt
N
o ロ
り欠 きの前方 の粒界 に多数 のボ イ ドが観測 され ,こ れが粒界
割 れの芽 とな ってい る こ とが明瞭 に観 察 された (図 3・ 3).ボ
イ ドは クラ ックか らかな り(≧ 2mm)離 れた ところにまで分
布 して い て ,空 気 中 よ りも水 中の ほ うが約 2倍 の 密 度 を も
+J 1,400
△
測 した .水 素 添 加 水 (4 ppm)中 の応 力腐 食 割 れ で も,気 体
(空 気 ,Ar+H2)中 での ク リー プ破 壊 で も破 面 は粒 界 割 れ を
示 し,ク ラ ック進 展 速 度 は 前 者 の方 が 約 1桁 速 か った .切
空気中
●
鈍 い切 り欠 きを もつ試験 片 を切 り出 し,270∼ 380℃ の 範 囲
で 約 8000hに 及 が引 っ張 り試 験 を行 って ,割 れの 発 生 を観
水中
。 口 △
3\
● ■ ▲ 一
o
ス テン レス鋼 の場 合 と同様 に ,20∼ 30%冷 間圧 延材 か ら
● ■ ▲
1,ooo
●
の とな った。
1.Boo
■ ▲ 口 ● △ o
鋼 で見 られた空 孔凝集 に よる粒界割 れをさ らに明瞭 に示 す も
2,000
#
EI
S
● ■ ▲ 口a
有 岡 らは ,さ らに高温 水 中での炭 素鋼 (0。 9 at%)の 応 力腐
食 割 れ機 構 の解 明 に取 り組 んだ (12)。 これ は PWRの 2次 系
▲
:HA::・
A蜃
●
■ ::
::::8::::口
0.8
1
1.2
1.4
1.6
1.8
:
2
クラック壁からの距離,X/mm
図304
30%冷 間加 工 した炭素鋼 の 引 っ張 り試 験 (360℃
∼ 8050h)後 に ,ク ラ ック前 方 に 見 られ るボ イ
ド分 布 。の.水 中 と空気 中での試験 後 ,ク ラ ック
,
前方 の 3個 所 に つい てボ イ ド密度 を クラ ック面
か らの距 離 の 関数 として 測定 した .水 中の方 が
空気 中 よ りもボ イ ド密度 が高 い
.
体積 と密 度 か ら見 積 も られ る空 孔 濃 度 は∼ 10-3程 度 で ,こ
れは水 素誘起空孔 の濃度 と考 えて無理 がない。空気 中での粒
る応力分布 とよ く一 致 して い て ,空 孔 が応 力分布 に従 って移
界 ク リープの際 に発生 したボ イ ドでは ,も ととな る空 孔 は塑
性変形 に よって生 じた ものだ ろ う.ボ イ ドの分布 は計算 に よ
動 し,高 応 力部分 に集 まった こ とを示 唆 して いた
この 実験 に よって ,冷 間加工 した炭 素鋼 の応力腐食 や空気
!0
.
解
説
中での ク リー プ割 れ におけ る潜伏期 間 (incubatiOn time)は
,
空孔 が凝 集 してボ イ ドを形成 し,そ れ らが集 まって粒界割 れ
の芽 とな るまでに要 す る時間であ るこ とが明 らかにな ったの
であ る
.
ク ロ過程 とその機構」 と題 す る論文 の 中で書 い て い る。→
.
「 鉄 の水素脆性研究 の長 い歴 史 の 中で ,塑 性変形 の役割 が注
目され るようにな ったのは最近 の こ とであ るが ,鉄 鋼 の水素
脆性 での割れの発生 ・伝播 はかな りの塑性変形 を伴 ってい る
以 上 に 述 べ た こ とを要 約 す る と,純 鉄 とス テ ン レス 鋼
(SUS304,SUS316)の 高温水 中での応 力腐食割 れは ク リー プ
ので ,亀 裂先端 の曲率 は鈍化 し,応 力集 中は著 し く緩和 され
割れ と同 じ機構 を共有 す る破 壊現象 であ って ,そ の機構 は応
脆性破壊 モ デル を とる こ と 自体 が適 当ではな くな る .」 これ
て い る こ とが予想 され る .こ の ような場 合 には (Grilithの )
力下 で空 孔 が粒界 に集 まってボ イ ドを形成 し,そ れが連結 す
が ,塑 性変形 に注 目す るこ とで ,鉄 鋼 の水素脆性 におけ る割
るこ とで内部 に生 じた微小 クラ ックが更 に連結 して クラ ック
が進行 す るものであ る と考 え られ る.ク リー プ割 れ よ りも応
れの発生 ・伝播 の ミク ロな実体解 明に追 ってい く,南 雲 らの
力腐食割れのほ うが速 く起 こるのは ,水 素 との相互 作用 に よ
って空 孔 が多量 に生成 す るため として理解 され る
.
また ,こ の現象 に関連 して ,こ れまで実用鋼 の粒界割 れで
もっぱ ら注 目されて きた不純物偏析 の背景 には ,水 素誘起空
孔 に よる拡散促進効果 が働 いてい る可能性 があ るこ とも指摘
してお きた い
.
3日
3
水素脆化 には ,鉄 鋼 に話 を限 って も,材 料 の組成 と履歴
環境 の違 い な どに よって多様 な形 があ るので ,そ の全貌 を述
,
べ るの は筆者 の任 で はな い .こ れは例 えば南雲 の近著 0に
譲 るこ ととして ,こ こでは本稿 の主題 であ る水素 誘起空孔 と
の関わ りに つい て主 に述 べ る.実 は ,こ れが鉄鋼 の水素脆化
の本質 に関わ るものであ るこ とは ,最 近 ようや く明 らかにな
.
水素脆化 とは ,水 素 の作用 で破 断応 力の低下 が起 こる現象
であ る.そ こで研究対象 が塑性変形 の主役 であ る転位 と水素
との相互作 用 に向け られ ,そ の立場 か ら多 くの実験 が行 わ
れ ,モ デル が提唱 されて きた
.
しか し,転 位 が全 てではな い こ とも,古 くか ら知 られて い
た .例 えば多 くの鉄鋼材料 で見 られ る粒界割 れでは ,少 な く
とも高温領域 での延性破壊 につい ては ,ボ イ ドの集積 と連結
とい う前項 で述 べ たの と同 じ現象 が観測 されて い るので ,そ
の根本 は前項 と同 じ く水素 の存在下 で空孔 がで きやす くな る
ところにあ る と,今 では理 解 す る こ とがで きる
問題 は ,水 素脆化 の本命 ,粒 内割 れの機構 であ る.こ れに
.
つい ては ,以 前 ,固 溶水素 に よって結 晶格子 の凝集 力が低下
す るた め とす る仮 説 (原 子 間凝 集 力低 下 説 )が 提 唱 され た
が 0,如 何 せ ん ,固 溶 度 が低 す ぎる 。応 力集 中 に よる局所
的な増大 を最大限 に取 り入れてみて も原子比 で 10 ppm程 度
に しかな らな いので ,こ れ に よる凝集力低下 は ,あ った とし
て も小 さ くて問題 にな らな いだ ろ う.ま た転位 に つい て も
,
水素 が転位 に強 くトラ ップされ ,転 位 の運動 に よって運 ばれ
るこ と,水 素 が転位 の移動度 を変化 させ る こ と,水 素 が塑性
変形 を局在化 させ る傾 向 があ る こ と等 々,多 くの こ とが分 か
って きたが ,こ れ らは割れ に至 るまでの過程 を記述 す るもの
であ って ,割 れの発生機構 につい ては無 力であ る
.
水素脆化機構 を理解 す るためには ,ま ず凝集力低下や転位
が主 役 とい う固定観念 か ら解放 されな くてはな らな い
1981年 ,南 雲 ・宮 本 は「 鉄 の水素 脆性 におけ る破 壊 の ミ
.
ま
て
り あ 第 51巻 第 1号 (2012)
Materia Japan
.
か ら始 め られた .そ の頃 には ,水 素 を添加 した単結 晶で見 ら
れ るほぼ (110)面 に沿 う破 面 が 微 細 な塑 性 変 形 を伴 って い
て ,近 接 す るす べ り系 が働 くこ とに よってで きるものであ る
0。
こ とが知 られ て いた 。①
一 般 に水 素 脆 性破 面 は へ き開
面 で は な く,延 性 破 壊 の特 徴 で あ るデ ィン プ ル (細 か な 凹
凸 ,さ ざなみ)構 造 で もな くて ,筋 模様 (striation)ま た は フ
レー ク状 の独特 な形 を して い る.そ の破面 に現 れた構造 や変
鉄 鋼 の水 素 脆化
って きた ところなのであ る
研究の始 ま りであ った
南雲 らの割 れ機構 へ のアプ ローチは ,破 面 に注 目す るこ と
形帯 は内部 に つ なが ってお り,そ こには表面構造 を反 映 した
ボ イ ドの配列 があ る こ とが見 出され た (16)(1の .そ れ らの観察
例 を図3・ 5,図 3・ 6に 示 す .の ち に寺崎 らは詳細 な電顕観察 を
行 って ,破 面 に現 れた微細 な構造 が∼20 nmサ イズのボ イ ド
配列 に よって作 られて い る こ とを示 した (19).ま た , トリチ
ウム 0オ ー トラジオグ ラフに よって ,変 形帯 に水素 が集積 し
て い るこ とも観察 されて い た 。0).
南雲 らは ,こ れ らの観察結果 を基 に して ,粒 内割れ もボ イ
ドの形成 と連結 に よって起 こる もので ,そ こに水素 が関わ っ
て い るこ とを示唆 した 。→Cの .し か し,残 念 なが ら,ボ イ ド
の成 因を知 る こ とはで きなか った .ボ イ ドが転位 に よって運
ば れ た水 素 の析 出 に よる とす る彼 らの説 明 には無理 が あ っ
た .転 位 が運 んで くる水素量 は少 な くて ,観 測 され るボ イ ド
体積 には足 りな い .そ もそ も通常 の条件下 では ,水 素 が気 体
として析 出す るほ ど過 飽和 にな るこ とは起 こ り得 な い のだ
.
こ うして ,ボ イ ドの成 因が不 明なまま ,こ の研究 は停滞 を余
儀 な くされて ,世 上 の関心 は転位 と水素 の相互作用 に逆 戻 り
して しま った .南 雲 らの研 究 が 息 を吹 き返 す には 10年 余 り
後 の水素誘起空孔生成 の登場 を待 たな くてはな らなか ったの
だ 。 ここでは ,そ れに到 る歴史 を辿 るのは止 め に して ,直 ち
に本題 に入 るこ とにす る
.
水素脆化 は「 遅 れ破壊」 とも呼ばれ る ように,破 断 まで に
時間遅 れを伴 う とい う特徴 を もつ ので , と くに室温付近 での
水素 の挙動 を知 るこ とが重要 にな る。熱放 出 スペ ク トル測定
の結果 に よる と,Feお よび Fe― C合 金 では空孔 一水素 クラス
ター か らの放 出 ピー クは 100∼ 200℃ にあ り,さ らに強 い ト
ラ ップ (た がん転位 ,粒 界 )か らの放 出 が ∼600℃ で起 こる
格子 間 に固溶 した水素 は極 めて移動 しやす い ので -220℃ 以
・
下 で放 出され て しま う筈 であ る。5Do Bcc構 造 を もつ鋼 中 で
.
トラ ップ された水素の挙動 も これ に近 く,実 際 ,冷 間加 工 し
た共 析 鋼 で は約 130℃ 。⇒,マ ル テン サ イ ト鋼 で は約 100℃
に 。の水素放 出 ピー クが観測 されて い る 。100∼ 200℃ に放 出
ピー クを もつ水素 は ,室 温 で徐 々 に移動 して状態変化 をす る
Vど9 xCRもY ︵
掛 ヨ騒鵬く
T
(c)水 素 添加 しなが ら
塑性 変形
(b)塑 性 変形後 に
水素 添加
(a)焼 鈍試料 に
水素 添加
0
図
3・
5 Fe単 結 晶の ほぼ (100)面 に沿 う破面 の エ ッチ ピ
ッ トに よる観察 (1の .交 叉 す るす べ り帯 に沿 って
エ ッチ ビ ッ トが並 んで い る
50
1oo
温 度 ,7ノ
図
3・
150
°
C
7 Feの 塑 性 変 形 に伴 う水 素 熱 放 出ス ペ ク トル の変
化 Oの 。 (a)焼 鈍 試 料 に電 解 チ ャ ー ジ した とき
(b)大 気 中 で 20%塑 性 変 形 後 に電 解 チ ャ ー ジ し
.
,
た とき,(c)電 解チ ャー ジ しなが ら20%塑 性変
形 した とき
.
剛ヽ
変形
°
ので ,水 素脆化 の分 野 では「拡散性水素」 と呼ばれてい る
2
・
°
・1
か存在 で きな い ため ,鉄 鋼 の水素脆化 の実験 は水 素 を添加 し
なが ら塑性 変形 させ る とい う方法 で行 われ るこ とが多 い .こ
の ときに塑 性変形 で 作 られ る空 孔 も,水 素 の存在 下 では空
0.3
歪, ε
.
この ように室温 での水 素 は欠 陥 に トラ ップ された状態 で し
2
C 形
変
鈍 0
性
焼
カエ
.
∩
っ
F
一
︲
\製
てのボ イ ドの生成 が見 られ る
4 2
Fe単 結 晶の (100)破 面 の観 察 。D.変 形帯 に沿 っ
ぃ
■9 ヽ①L登 =x 嘲鵬 K ヨ軽
図306
水素 添
図308
Feの
塑 性 変 形 に 伴 う トラ ッ プ 水 素 量 の 変
化 。①.電 解 チ ャー ジ しなが らの塑性 変形 では大
気 中での塑性変形 よ りも多量 の水素 が トラ ップ
され るが ,そ の 増 分 は200℃ ,2hの 焼鈍 に よっ
て消滅 す る。
子L― 水素 クラス ター として 多量 に生成 され る もの と予測 され
る .(103章 で述 べ た よ うに,Feで は空 孔 の生成 エ ネルギー
が 2。 OeVで あ るの に対 して ,空 孔 ―水 素 ク ラス タ ー VacH2
の生成 エ ネルギ ー は
1。
6 eVで あ るの で ,室 温 での熱平衡値
は かな り大 き くな る .)こ うして「 遅 れ破 壊」 すなわち拡散
性水素 の作用 の実 体 は ,こ の空孔 ―水素 クラス ターが徐 々 に
れた 。 図中 (a)は 焼鈍試料 に水 素 を電 解 チ ャー ジ した ときの
放 出 ス ペ ク トル ,(b)は 大気 中で20%塑 性変形 後 に電 解 チ ャ
ー ジ した とき,(c)は 電解 チ ャー ジ しなが ら塑性 変形 した と
きの結 果 であ る.放 出水素量 は (a);0.7,(b);1。 5,(c);4。 1
移動 して集 積 し,ボ イ ドを形成 す るこ とであろ う と考 え られ
mass ppmで あ り,水 素 の存在下 での塑性変形 で明 らかに多
るようにな った
量 の水素 が トラ ップされて い る。 これは多量 の空孔 が生成 し
た こ とを示 す結 果 で もあ る†
.
実 際 に水 素 の存 在 下 で Feを 塑 性 変 形 した ときに 点 欠 陥
(空 孔 ,空 孔―水素 クラス ター )が 多量 に生成 され る こ とを
,
トラ ップされ る水 素 の熱放 出測定 に よって示 した 高井 らの結
果 を 図 3・ 7に 示 す 。0。 実験 は市販 の 99.98%Feを 用 い て行 わ
12
.
†前章 まで に述 べ た水 の熱放
素
出測定 では ,試 料 中での拡散 に よ
る遅 れ を避 け るため に試 料 サ イズ を十分 に (∼ 0.lmm)小 さ くと
って い る 。 ところが ,鉄 鋼 の水素脆化 の分 野 での熱 放 出測定 で
解
説
図 3・ 8は 塑性変形 で作 られ る空孔 濃度 の水素 の有無 に よる
違 い を示 す .水 素 に よる格子欠陥濃度 の増加 は歪 とともに大
き くな るが ,10%以 上 で頭 打 ち にな る傾 向 が 見 られ る .ま
って消滅 す るこ とも分 か る
.
これ らの結果 を踏 まえて ,高 井 らは ,水 素脆化 へ の空孔 と
転位 の寄与 の大小 を評価 す る実験 を行 った .そ の結果 を図3・
9に 示 す .実 験 は水素 チ ャー ジの有無 に よって引 っ張 り破 断
試験 の途 中除荷 ・熱処理 の効果 が どの ように変化 す るかを比
OLΣ ヽ
bぃ
択使
た歪 20%で の水素 に よる増 加分 は200℃ ,2hの 熱処理 に よ
(a)水 素添加な し
(b)荷 重 中断前 のみ
水素 添加
較 して い る.(A)は 除荷後 ただち に再負荷 した場合 で ,水 素
に よる大 きな破 断歪 みの低下 が起 こってい る.こ の場合 ,水
ノ
(直
素 をチ ャー ジ しな い とき (a)も ,し た とき (b)も 中断 に よる
変化 はほ とん ど見 られ な い。 (B)は 除荷時 に30℃ ,168hの
荷 重 中断
i子 員
』
格
)
時効 を行 った ときであ る.(b)で は中断後 の水素 チ ャー ジを
止めて い る.こ の とき中断前 に添加 された水素 は室温時効 に
よってな くな る筈 だが ,水 素 を添加 した効果 は中断後 に も残
\
朝
a 一
副
<
は除荷時 に200℃ ,2hの 熱処 理 を行 な った場合 であ る .(b)
では中断後 の水素添加 を止 めて い る.こ の とき中断 まで に水
ヽ
素 は無 くて も水素 と塑性変形 に よって形成 された格子欠陥が
あれば延性低下 は起 こるのだ とい う こ とを示 して い る。 (C)
”LΣ ヽb ^
択使
って いて ,硬 化 と破 断歪 みの低下 が生 じて い る.こ れは ,水
素添加 を した効果 は全 く消滅 して い る.こ の熱処理 では ,空
子L― 水素 クラス ター は分解 して水素 と空孔 は消滅 す るが ,歪
(転 位 )は 除去 されな い筈 であ る.(な お ,(B),(C)で 中断後
に硬化 が 見 られ るの は ,そ の間 にたが ん C原 子 に よる転位
の固着 が起 こったため と考 え られ るが ,こ れは水素脆化 と関
係がな い ので立 ち入 らな い .)
同種 の実験 は Ni合 金 0イ ン コネル 625に つい て も行 われ
て ,ほ ぼ同様 の結果 が得 られて い る(23).
てい る
.
この結論 は ,低 温 の脆性破壊領域 では もちろん成 り立 たな
いが ,多 くの鉄鋼 材料 は通 常 の環 境 で 延性破 壊 を起 こすの
で ,か な リー 般的 に成 り立 つ と言 って よい .す なわち ,多 く
OLΣ ヽb ぃ
択使
これ らの結果 は ,水 素脆化 には水素 その ものではな く,水
素 に よって導入 された空孔 が効 いてい る こ とを明 らかに示 し
(b)荷 重 中断前 のみ水素 添加
の場合 に,固 溶水素 や転位 は水素脆化 の主役 ではな くて ,空
孔 こそが主 役 であ る こ とを ,こ の実験 は簡 明直裁 に示 した も
の と言 えるだ ろ う
.
締 め くくりとして ,空 孔 が凝集 してボ イ ドを形成 す る過程
を,も う一 度考察 してお こ う
o
O.1
ボ イ ド形成の初期過程 に つい ての有 力な情報源 は陽電子消
滅実験 であ る.陽 電子 は空孔型 の欠陥 に トラ ップされてか ら
消滅 す るのだが ,そ の寿命 が空孔集合体のサ イズが大 き くな
は 5∼ 10 mm径 の丸棒 な ど,か な り大 きな寸法 の試料 が使 われ
てい る こ とが多 い の で注意 を要 す る 。拡散 時間 は試料 サ イズの
2乗 に比例 す るの で ,こ の ようなサ イズの試料 か らの放 出 ピー
クは ,昇 温速度 を い くら遅 くして も高温側 にずれて しま い ,放
出 ピー ク温 度 を前章 に述 べ た物理 的意 味 を持 つ もの として扱 う
こ とはで きな くな って しま う。試 料形 状 に つい ての この慣 習 ゆ
えに ,報 告 された数 多 くの熱放 出測定 デー タが十 分 に活用 で き
な い もの にな って い るの は残念 な こ とであ る。 な お ,こ こに引
用 した高井 らの実験 Oの では ,こ の点 に十分 な配慮 がな されて い
る
図 309
ま て り あ,第 51巻 第 1号 (2012)
Materia Japan
0.3
0.4
Feの 引 っ張 り破 断試験 におけ る加重 と水素添加
の 中断効果 Oの 。 (A)加 重 を中断後 ,た だち に再
負 荷 した とき .(a)水 素 チ ャ ー ジ を しな い 場
合 ,(b)水 素 チ ャー ジ を した場 合 .い ず れ も中
断 の効 果 は全 く認 め られな い 。 (B)加 重 中断時
に30℃ ,168hの 時効 を施 した とき。 (a)水 素 チ
ャー ジ を しな い場 合 ,(b)水 素 チ ャー ジは 中断
前 のみ行 い ,中 断後 は止 めて い る .添 加 された
水 素 は室 温 時 効 に よ って な くな って い る筈 だ
が ,脆 化 は起 こ って い る .(C)加 重 中断 時 に
200℃ ,2hの 焼鈍 を施 した とき.(a)水 素 チ ャー
ジ を しな い場 合 ,(b)水 素 チ ャー ジは中断前 の
み行 い ,中 断後 は止 めて い る .水 素脆化 は消失
して い る
.
.
0.2
歪 ,ε
.
命 ∼ 100 ps(l ps=10-12s)は 空孔 15個 の集合体 では∼400 ps
まで長 くな る。Fe中 の単一空 孔 の寿命 の実測 値 は 175 psな
の で 。め,絶 対値 に この程度 の誤差 はあ るにせ よ,大 きな集
図 3・ :1は -196℃ で塑 性変形 した 高純度 Feで の焼 鈍 に伴
う陽電子寿命 の 変化 であ る。①.陽 電子消滅 は -70℃ 以下 で
400
./ ″
200
は単 一 の寿命 τ
l=160 psで 記 述 され るが ,-70℃ 以上 では
長寿命 (砲 ≧280 ps)成 分 が現 れて くる.の は温 度 が 高 くな る
に つ れて長 くな るが ,こ の成 分 は約300℃ で消滅 す る
この結 果 は次 の よ うに理 解 され る .-70℃ 以下 で は大 部
/:
・
300
/
月
/・
合体 での 陽電子寿命 は 400∼ 500 psに な る と考 えて よいだ ろ
う。
500
a ヽぃR
↑ 撫 中肥 螢
るに つ れて長 くな る こ とを利用 す るのであ る.図 3・ 10に 示 す
Alと Feに つい ての 計算結果 ② に よる と,単 一 空孔 での 寿
1005
5
図 10 空孔 クラスターで消滅す る陽電子の寿命 .有
効媒質近似 による計算結果 。→.ク ラスターに
含まれる空孔数が多 くなる (ク ラスターが大 き
くなる)に つれて陽電子寿命は長 くなる
.
ラ ップ され る よ うにな る .ま た ,約 300℃ で長寿命成分 が 消
失 す るの は ,空 孔 集 合体 が 分解 ・消滅 す る こ とを表 して い
る.な お ,短 寿命成分 が緩や かな温度変化 をす るのは ,単 一
‐
200
空 孔 で の 消 滅 (寿 命 ∼ 175 ps),転 位 で の 消 滅 (寿 命 ∼ 140
ps),完 全結 晶での消 滅 (寿 命 ∼ 110 ps)の 割合 が温度 に よっ
‐
100
o
焼鈍温度 ,7ノ OC
loo 200 300 400
500
aヽ
いぃ
侶 腋中 肥 墜
.
15
3・
分 の陽電 子 は塑性 変形 で作 られた単一空 孔 に トラ ップされて
い るが ,-70℃ 以上 で は空 孔 の移 動 で 作 られ た 集合 体 に ト
その後 ,榊 らは塑性 変形前 に水 素 チ ャー ジを した場合 とし
な い場合 に つい て同様 の実験 を行 って ,水 素添加 の効果 を調
べ た 。①.観 測 された寿 命 は400-500 psと かな り長 く,大 き
な空孔 (空 孔 ―水素 クラス ター )集 合体 が形 成 されてい る こ と
を示 して い た
1o
ボイ ド中の空孔数 ノ個
.
て変化 す るため として理 解 され る
・
.
この ボ イ ド形 成過 程 を空孔 の 拡 散 係数 か ら考 察 して み よ
る と,約 7μ m間 隔 で さ しわた し約 100原 子 くらい のボ イ ド
がで きる こ とにな る .空 孔 一水素 クラス ター では ,拡 散 係数
が 約 3桁 小 さ くな るの で ,1分 間 で は平 均 間隔 ∼ 0.3 μmで
さ しわた し∼ 10原 子 ,1時 間 で は平均 間隔 ∼ 3μ mで さ しゎ
た し∼ 100原 子 のボ イ ドがで きる こ とにな る.こ の値 は一 様
な核形成 を仮定 した場 合 であ るが ,実 際 には応力集 中部 に集
ゞ \象 怪 ぼ
う.室 温 での 拡 散 係数 の値 ユF10-5e 0° 55 eVル T∼ 6× 10-14
m2/sか ら,1分 間の拡散距 離 は約 2 μmと な り,塑 性変形 で
作 られ た 濃度 10-7∼ 10-5の 空孔 が 集 ま ってボ イ ドを形 成 す
100
図3011
果 とよ く合 ってい る
.
300
400
500
600
700
800
焼鈍温度 ,Tノ K
60%冷 間圧延 した Fe中 での 陽電子消滅 .等 時
焼鈍 に伴 う陽 電子 寿命 の 変 化 の 。長 寿命 (72)
成分 が空 孔 クラス ター での 消滅 を表 す
まるので ,ボ イ ドの密度 は局所 的 に大 き くな る.い ずれ にせ
よ,空 子Lが 1∼ 60 minの 間 にさ しわた し10∼ loO原 子 のボ イ
ドを形成 す る とい う こ とは ,陽 電子消滅 や透 過電顕観察 の結
200
.
歴史的 に見 れば ,延 性破壊 が クラ ック先端付近 でのボ イ ド
の生成 ・連結 に よって起 こるこ とは古 くか ら知 られていた
.
この 考 察 か ら,第 103章 に述 べ た Fe試 料 の 高水素圧処 理
で見 られた160℃ の水 素放 出 ピー クは単 一 空孔 か らの解放 で
はな くて ,空 孔集合体 (ボ イ ド)か ら解放 された水 素 だ った こ
とが分 か る.高 井 らの 実験 での200℃ 熱処理 に よる水素脆化
の消失 は ,陽 電子 の長 寿命成分 が200-300℃ で 消失 す る こ と
に対 応 して い る .1・ 3章 で述 べ た よ うに ,面 心立 方金属 Ni,
Fe一 Ni合 金 ,Cu,Ptで の ボ イ ドか らの 水 素 放 出 が 8001000℃ とい う高温 で起 こ るの に対 して ,Feの 場 合 にはそれ
が200-300℃ で起 こ るの は ,鉄 中での空孔 と水 素 の拡散 が著
し く速 く起 こるた めであ る。空孔 と水 素の消滅過程 を知 るこ
とは ,今 後 の重要 な研究 課題 として残 されてい る。
当初 ,ボ イ ドは析 出物 な どの異相境界 に生 じる もの とされて
い たが ,純 金属多 結 晶での 同相境界 で も,さ らには単結 晶で
も生 じるこ とが知 られて ,そ の成 因が問題 とされ るようにな
.そ して 1975年 ,Lylesと Wilsdorfは Agの 延 性破
壊 の電顕観察 を もとに して ,ボ イ ドは塑性 変形 で生 じた空 孔
った ②
が 集 ま って で きた もの で あ ろ う と推 論 した (20。 こ の推 論
は ,そ の 後 ,実 験 。②。のと理 論 0に よって 支持 され て 今 日
に至 ってい る
.
南雲 らに よる研究 は ,こ れ らの延性破壊 の研究 と並 行 して
進 め られていて ,鉄 鋼 の水 素脆性 におけ る破 断機構 は本質的
に延性破壊 であ り,水 素脆化 はそのボ イ ド形成過程 に水 素 が
14
解
説
影響 す る こ とで起 こるこ とを明 らかに したのであ る.一 方
有 岡 らの研究 は ,原 子炉 内 とい う特定 の環境 での実用材料 の
,
応力腐食 に つい て ,そ の延性破壊 に及 ぼす熱水の効果 を明 ら
かに した と言 って よい .い ずれ も水素誘起空孔 の凝集 が もた
らした効果 であ る
Doyama,M.Kiritani,eds.,University of Tokyo Press(1982),
712.
(3) D.Tanguy,M.Ⅳ Iareschal:Phys.Rev.B,72(2005),174116.
(4) Ho K.Birnbaum,C.Buckley,F.Zaides,Eo Sirois,Po Rosenak,
S.Spooner:Jo Alloys Compd。 ,253-254(1997),260-264.
(5) Do S.Dos Santos,S.S.M.Tavares,S.NIiraglia,D.Fruchart,
Do R.Dos Santos:J.Alloys Co]mpd。 ,356-357(2003),258-262.
.
3・
4
お ;わ
り
(6) 横 田沙 織 :中 央 大学 修 士 論 文 ,(2005).
(7) E.Yagi,N.Higami,A.Takebayashi,T.Hayashi,Y.Ⅳ
に
[uraka‐
mi,S.Koike,K.Ogiwara:J.Phys.Soc.Jpn。 ,79(2010),
114601.
筆 者 らが水 素 に よる超 多量空 孔 生成 の現 象 を発 見 して か
ら,す で に 4半 世 紀 が 過 ぎた 。 もち ろん ,不 純 物 原 子 との
間 に引力相互作用 が働 くときに空孔 の熱平衡濃度 が増大 す る
こ とは ,点 欠陥の分野 では よ く知 られてお り,そ れ 自体 には
別 に新味 はな い .水 素 が特別 なのは ,金 属 中に比較 的容易 に
出入 りで き,し か も極 めて動 きやす い こ とであ る.そ のため
に,水 素雰 囲気 中では水素 を トラ ップ した空孔 が多量 に生成
され ,こ うして導 入 された空孔 ―水素 クラス ター は金属 中を
(8)K.0.E.Henriksson,K.Nordlund,A.Krasheninnikov,J.
Keinonen:Appl.Phys.Lett.,87(2005),163113.
,207(1993),1-24.
(9)J.Bo COndon,To Schober:Jo Nucl.1/1ater。
(10)Ko Arioka,T.Yamada,T.Terachi,To Miyamoto:Corrosion,
64(2008),691-706.
(11)P.Lo Andresen,To M.Angeliu,W.Ro Catlin,Lo M.Young,R.
M.Horn:CORROSION/2000,paper no.203,Houston TX,
Nace lnternational,(2000).
(12)Ko Arioka,To Miyamoto,T.Yamada,T.Terachi:Corrosion,
66(2010),015008.
(13)南 雲道彦 :水 素脆性 の基礎 ,内 田老鶴 圃 ,(2010).
動 き回 るこ とがで きる.通 常の不純物原子 では ,空 孔 は不 純
物 に トラ ップ されて動 けな くな るの に対 して ,水 素 の場合 に
(14)R.A.Oriani,H.JosephiC:Acta bletall.,22(1974),1065-1074.
はそれを トラ ップ して も空子Lは 動 くこ とがで きるのだ 。
こ うして ,1980年 代 に核 融合炉 でのプ ラズ マー壁 相互作用
(16)M.Nagumo,Ho Morikawa,K.Miyamoto:Hydrogen in Metals,
Suppl.Trans.JIM,21(1980),405-408.
に関連 して始 め られた水素 と欠陥の相互作用の研究 は ,水 素
°
に よる超 多量空孔 生成 の発見 を経 て ,金 属材料 の性質 に大 き
な影響 を及 ぼす もの として次第 に認識 され るようにな った
Trans.JIM,21(1980),409-412.
(18)S.Hinotani,F.Nakasato,F.Terasaki:Hydrogen in Metals,
Suppl.Trans.JIM,21(1980),421-424.
.
そ して今 ,永 年 の懸案 であ った水素脆性 と応力腐食割れ も
その枠組 みの中で理解 され よう として い る
(15)南 雲 道 彦 ,宮 本 勝 良 :日 本 金 属 学 会 誌 ,45(1981),13091317.
(17)T.Takeyama,H.Takahashi:Hydrogen in]Metals,Suppl.
(19)F.Terasaki,T.Kawakami,A.Yoshikawa,N.Takano:Rev.
Mё tall.,(1998),1519-1529.
,
.
水素脆化 の研究 は ,ま だ転位 に及 ぼす水素の効果 に関す る
ものが圧倒 的 に多 くて ,こ こに述 べ た空孔機構 は正 当に評価
されて い る とは言 い難 いが ,南 雲 らに よって推 し進 め られて
きた この研究 は ,い ずれは水素脆性 の分野 にパ ラダイムシフ
トを もた らす に違 い な い と筆者 は信 じて い る.そ れ に よって
水素脆化 や応 力腐食割れ な どの難問 へ の究極的な回答 が得 ら
れ るこ とを願 って い る。
それ に もま して , とくに若 い読者 へ の願 い は ,こ れ らの研
究の活路 が金属学 ・金属物理学 の基礎 的な研究 の蓄積 に よっ
て開 けた こ とを知 って欲 しい のだ .学 問 は 目先 の応用 だけを
目指 す べ きではな い ,こ れが本文 を通 じて老生 が伝 えた い メ
ッセー ジなのであ る
(20)I.Taguchi:Hydrogen in RIetals,Suppl.Trans.JIM,21(1980),
225-228.
(21)高 井健 一 ,山 内五 郎 ,中 村 真理 子 ,南 雲道 彦 :日 本金属学会
誌, 62(1998),267-275。
(22)M.Nagumo,M.Nakamura,K.Takai:Metallo Mater.Trans.,
32A(2001),339-347.
(23)K.Takai,Ho Shoda,H.Suzuki,Mo Nagumo:Acta blater。 ,56
(2008),5158-5167.
(24)M.Jo Puska,Ro Mo Nieminen:Jo Phys.F,13(1983),333.
(25)A.Vehanen,P.Hautoiarvi,J.JOhansson,J.Yli― Kauppila,P.
Moser:Phys.Rev.B,25(1982),762-78o.
(26)Ko Sakaki,T.Kawase,M.Hirato,M.Mizuno,Ho Araki,Y.
Shirai,M.Nagumo:Scripta Mater.,55(2006),1031-1034.
(27)Ro W.Bauer,Ho G.Fo Wilsdorf:Scripta Metall.,7(1973),
1213-1220.
(28)Ro L.Lyles,H.G.Fo Wilsdorf:Acta lttetall。
(29)H.G.Fo Wilsdorf:Acta bletall.,30(1982),1247-1258.
(30)Q.Zo Chen,W.Yo Chu,Y.Bo Wang,C.M.Hsiao:Acta
.
有 岡孝 司 (原 子 力安全 シス テム研究所 ),高 井健 一 (上 智大
理工 )の 両氏 には , と くに302,303章 に つい て有益 な コ メン
(東 大生研 ),松 田
均 (兵 庫県 立大 )の 諸氏 には中央大学退職
後 に引 き続 き研究の便宜 を提供 して いただいた .記 してお礼
を申 し上 げた い
献
Y. Shimomura, S. Yoshida: J. Phys. Soc. Jpn. , 22(L967) , 3L9.
K. Kitagawa, H. Oda: Point
Defects and Defect Interactions in Metals: J. Takamura, M.
Y. Shimomutra, K. Yamakawa,
ま
て
り あ 第 51巻 第 1号 (2012)
★★ ★ ★ ★ ★ ★ ★ ★ ★ ★ ★ ★ ★ ★ ★ ★ ★ ★ ★ ★
1963年 東京大学大学院数物系研究科物理学専攻博
士課程修了 (理 学博士)
1963年 よ り 中央大学理 工 学部物理学科専任講師
助教授 ,教 授をへて
2005年 定年退職 ,名 誉教授 となる
その間,イ リノイ大学 (米 ),グ ルノーブル大学 ,エ コ
ールポ リテクニ ク(仏 ),ロ ーマ大学 (伊 )ほ か,国 内の
多 くの大学 。研究所の客員 を勤めた。
専門分野 :金 属―水素系の物性 ,格 子欠陥 ,拡 散 ,高
圧物性 ,地 球科学
,
(完 )
文
ⅣIetall.
Mater.,43(1995),4371-4376.
(31)A.Mo Cuttinio,M.Ortiz:Acta Mater.,44(1996),427-436.
トを頂 いた .ま た 亀掛 川卓美 (高 エ ネル ギ ー 研 ),岡 野達雄
Materia Japan
,23(1975),269-
277.
深井
有
◎現在 も高エネルギー加速器研究機構 ・物質構造研究所,東 大生産技術研究
所,兵 庫県立大学等 と研究協力を行っている。最近,「 気候変動 とエネルギ
ー問題一C02温 暖化論争を超えて」 (中 公新書)を 著した。
★★★★★★★★★★ ★★★★★★★★★★ ★★★★★★★★★ ★
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