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厚生労働省への意見書
平成 15 年 7 月 23 日 厚生労働省 雇用均等・児童家庭局 岩田喜美枝 局長 様 北海道医療大学生命基礎科学講座 教授 西 基 061-0293 北海道当別町金沢 1757 第 3 回神経芽腫マス・スクリーニング検討会(7 月 14 日)に関する拙見のお伝え−− 「鳴かぬなら殺してしまえ」ではなく「鳴かぬなら鳴かしてみよう」で 拝啓 時下ますますご清栄のこととお慶び申し上げます.日頃より当講座には特段のご配慮を 賜り篤くお礼申し上げます. さて,去る 7 月 14 日に開催されました第 3 回「神経芽腫マス・スクリーニングの今後 のありかたに関する検討会」の資料等を,傍聴者の一人の方からいただきましたので,先 月に引き続き,拙見をお伝えしたく,本書状をお送りする次第です. ①フランスとの対比におけるわが国の神経芽腫死亡率の推移 このほど,フランス人研究者を通じて,フランス政府公表の,フランスにおける「副腎 の悪性新生物」の死亡のデータ[194.0(ICD9),C74(ICD10)]および人口のデータを入 手しましたので,わが国のものと比較しました(小児においては「副腎の悪性新生物」の ほとんどすべてが神経芽腫で,かつ神経芽腫の死亡の大部分が副腎原発の例です ). 1-4 歳においては,1980 年代は日本の死亡率はフランスより高かったのですが,1990 年代に 入って逆転しました.1997-99 年の死亡率は,フランスでは 1979-81 年の 7 割程度なのに 対し,日本では 3 分の 1 程度にまで減少しています(表 1). 5-9 歳においては,フランスの死亡率が増加しています.これは,治療の進歩のため, 多少の延命がなされ,1-4 歳で死なずに,5-9 歳で死亡するようになったためと考えられ ます.実際,1 歳から 9 歳を通算すると,フランスでは 1979-99 年の 21 年間全く減少し ておりません.先進国で神経芽腫の治療法に大差はないと考えられる以上,治療の進歩に よる神経芽腫死亡の減少はきわめて小さなものであると考えざるを得ません. これに対し,わが国の変化はフランスとは全く異なっています.5-9 歳での死亡率を増 やすことなく,1-4 歳での死亡が減少しています(表 1).結果として,1 歳から 9 歳通算 の死亡率も約半分まで減少しています.1990 年代の 1-4 歳の死亡率改善は,延命ではな く,治癒することによってもたらされたと考えられ,これをもたらしたものはマス・スク リーニング(MS)以外に考えられません. また,1997-99 年の日本の神経芽腫死亡率は,どの年齢層においても,有意にフランス より低いものでした(表 2). -1- 表 1.各年齢層における日本・フランスの神経芽腫死亡率の推移 ----------------------------------------------------------------------------------日本 死亡率 フランス * 死亡率 * ----------------------------------------------------------------------------------1∼4歳 1979-81 1.04 100.0 % 0.72 100.0 % 1982-84 0.98 94.1 % 0.64 91.0 % 1985-87 0.66 63.2 % 0.66 93.6 % 1988-90 0.72 69.5 % 0.71 100.8 % 1991-93 0.52 49.7 % 0.56 80.1 % 1994-96 0.46 44.4 % 0.52 74.5 % 1997-99 0.38 36.7 % 0.48 68.4 % 5∼9歳 1979-81 0.35 100.0 % 0.16 100.0 % 1982-84 0.38 108.0 % 0.29 180.7 % 1985-87 0.33 93.3 % 0.37 236.0 % 1988-90 0.38 107.2 % 0.30 190.2 % 1991-93 0.34 96.9 % 0.31 198.1 % 1994-96 0.42 119.0 % 0.28 175.7 % 1997-99 0.32 91.6 % 0.44 279.8 % 1∼9歳 1979-81 0.64 100.0 % 0.38 100.0 % 1982-84 0.62 98.1 % 0.44 116.2 % 1985-87 0.47 73.5 % 0.50 131.8 % 1988-90 0.52 82.3 % 0.48 126.1 % 1991-93 0.41 65.2 % 0.42 111.5 % 1994-96 0.44 68.9 % 0.38 101.2 % 1997-99 0.35 55.0 % 0.46 120.8 % ----------------------------------------------------------------------------------* 1979-81 を 100 とした場合の%.死亡率は当該人口 10 万対. -2- 表 2.1997-99 年の日本・フランス間の神経芽腫死亡率の相違 -----------------------------------------------------------------------------------------------------------1-4 5-9 1-9 0-14 -----------------------------------------------------------------------------------------------------------日本・死亡率 0.38 0.32 0.35 0.26 フランス・死亡率 0.48 0.44 0.46 0.32 32377000 56710000 日本・人口 14145000 18232000 日本・期待死亡数 68.0 80.8 148.7 182.8 日本・実測死亡数 54 59 113 146 2.88 5.88 8.57 7.41 P<0.05 P<0.05 P<0.05 2 χ 値 0.05<P<0.10 -----------------------------------------------------------------------------------------------------------(フランスの死亡率を日本の人口にかけると,フランスの死亡率で日本人が死亡した場合, 何人死亡するはずかという「期待死亡数」が出る.これと実測死亡数からχ2値を算出.) この研究は,研究デザインに関する限り,カナダ・ドイツと同じ比較対照研究となりま す.これは日仏とも公表された数字に基づくものなので,誰が計算しても同じ結果となり ます.比較対照研究を行う際,両群の事前の死亡率が問題になりますが,MS 実施以前の 死亡率はフランスが日本より低いので,この点も大丈夫です.本結果はこの 11 月の日本 小児がん学会(抄録送付済)ほか,誌上でも発表の予定です. ②神経芽腫死亡の減少程度 神経芽腫死亡の減少程度を,フランスを基準に推定することもできますが,そうすると, 上述のようにフランスの死亡率が元々低いため,MS の効果が過小評価されます.そこで, わが国の中においてどれだけ減少したかを検証すべく,1979-81 年の死亡率で 1997-99 年 の児が死亡したものとして期待死亡数を算出し,実際の死亡数との差をみました(表 3). 表 3.1997-99 年,0-14 歳の集団における神経芽腫死亡数減少の推定(1979-81 年との比較). -------------------------------------------------------------------97-99 年・死亡率 0.26 79-81 年・死亡率 0.43 97-99 年・人口 56710000 97-99 年・期待死亡数 244 97-99 年・実測死亡数 146 97-99 年 ・減少数 (79-81 年を基準) − 98 97-99 年 ・減少率 (79-81 年を基準) − 40% 参考:1997-99 年の HPLC 受検者の割合 56% -------------------------------------------------------------------- -3- 0-14 歳において,1997-99 年の 3 年間で 100 人近く,1 年あたり 30 人以上の小児の生命 が救われたことになります.前述の日仏の比較からみて,治療の寄与はごく小さいので, そのほとんどは MS により救命されたものでしょう.また,1997-99 年の 0-14 歳の集団に おける HPLC 受検者の割合は 56%で,かつこの割合は今後増えて最終的に(2006 年ころ) 86%以上に達しますから,救命される児の数は今後さらに増加し,50 人程度に達すると 考えられます.表 3 の減少率は− 40%ですが,最終的には− 60%を超えると思われます. (各年齢集団内における HPLC 受検者の割合は付表に詳しく掲げました.ちなみに,割 合が 50%を超えたのは 1-4 歳で 1992 年,5-9 歳で 1997 年で,これらの年は,それぞれの 群において,死亡率の減少が明らかになり始めた時期と一致します.) 確かに,MS による発見例の半分は治療が不要な例でしょう.不必要な手術によって, 腹部に傷がついた児は多数いることになります.しかし,ここで MS を中止すると,50 人の腹の傷は消えるでしょうが,50 人の命も消えることになります.ここでさらに大事 なのは,救われるのは余命 80 年の,かつ将来子孫を残す子供である,という点です.一 人の子供の命が失われると,その子供から生まれてくる子孫の命まで失われてしまいます. 少子化が急激に進行する中,50 人の子供の命を救うことには,将来の数百人・数千人の 子孫の命を救うという大きな意味があります. 現行の MS には改善の余地があると考えています.受検月齢の年長へのシフトもその一 つでしょう.また,情報・経験の集積により,どんな治療を施せばよいかが相当程度わか ってきて,MS 開始直後には多かった治療・手術の副作用・後遺症は,最近は大きく減っ ております.さらに,手術などの治療を要するか否かを完全に判別できるようになれば,MS の不利益はほとんど解消されることになりますが,この判別は,あと少しのデータの蓄積 で,かなり正確にできるようになると思います.この判別法の研究は,是非,厚労省に推 進していただきたいものです. 前回の書状でも書きましたが,資料を見る限りにおいて,検討会では「はじめに中止の 結論ありき」のような議論がなされ,それに都合のよい証拠は無条件で採用され,都合の 悪い証拠は些細な欠点を指摘されて排除されるように見受けられます.これでは対外的な 説得力を欠くと思います.例えば,私の知る限り,日本マス・スクリーニング学会の会員 で,この議論に納得している人は誰もいません. それでもなお中止した場合,死亡例は確実に増えますので,最近は医療行政に関する訴 訟が目立つことから,死亡した児の親たちが,「死亡率が明らかに低下しつつあったのに 中止され,MS を受ける機会を奪われた.受けていれば助かったのではないか.」という 訴訟を集団で起こす事態も視野に入れる必要があると思います.その際,責任の所在が誰 にあるのか,検討会においてあらかじめ明確にしておくべきでしょう. 不利益があるから中止するという単純な発想ではなく,つまり,「鳴かぬなら殺してし まえ」ではなく,MS を継続しつつ,その改善と不利益の減少を目指して建設的な方向へ エネルギーを向ける方が,つまり,「鳴かぬなら鳴かしてみよう」の方が,最終的に全体 の利益をもたらすと考えます. 以上,まことに僭越,かつ言葉が過ぎたかもしれませんが,拙見をお伝えいたしました. 本書状を検討会の俎上に載せていただければ幸いなことと存じますし,またもし必要とご 判断されれば,直接検討会において説明させていただく用意もございます. -4- 敬具 付表.各年齢集団内におけるHPLC受検者数の割合(%) (日マス・スク誌 2001;11:45-50 の方法による) -----------------------------------------------------------------1-4 5-9 10-14 0-14 -----------------------------------------------------------------1979 0 0 0 0 1980 0 0 0 0 1981 0 0 0 0 1982 0 0 0 0 1983 0 0 0 0 1984 0 0 0 0 1985 0.3 0 0 0.5 1986 2.2 0 0 1.3 1987 5.8 0 0 2.5 1988 10.7 0 0 4.2 1989 17.9 0.2 0 7.0 1990 28.2 1.8 0 11.0 1991 41.9 4.6 0 15.8 1992 57.1 8.5 0 21.0 1993 71.2 14.4 0 26.5 1994 80.8 23.9 0.2 32.2 1995 84.8 36.1 1.7 38.0 1996 86.2 49.2 4.6 43.9 1997 86.6 62.5 8.5 49.9 1998 86.3 74.4 14.4 56.1 1999 86.5 81.9 23.9 62.4 -------------------------------------------------------------------- -5-