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チョーサーの『カンタベリー物語』管見

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チョーサーの『カンタベリー物語』管見
チョーサーの『カンタベリー物語』管見
田 中 逸 郎
本日のこの会は、尾道大学日本文学会でありますが、英語の話をさせていただきま
す。英語の歴史は長いのですが、本日は敢えて約 600 年前の名詩の 20 行余りを限
られた時間内でお話し致します。「何故そんなに昔の英語の話を」とお思いと思いま
すが、それには私なりの2つの理由があります。それは最後に申しますので、与えら
れた 45 分の間辛抱をお願い致します。
General Prologue
Here bygynneth the Book of the Tales of Caunterbury
Whan that Aprill with his shoures soote
The droghte of March hath perced to the roote
And bathed every veyne in swich licour
Of which vertu engendred is the flour;
Whan Zephirus eek with his sweete breeth
Inspired hath in every holt and heeth
The tendre croppes,and the yonge sonne
Hath in the Ram his halve cours yronne,
And smale foweles maken melodye,
That slepen al the nyght with open ye
(So priketh hem nature in hir corages);
Thanne longen folk to goon on pilgrimages;
And palmers for to seken straunge strondes,
To ferne halwes, kowthe in sondry londes;
And specially from every shires ende
-(1)-
チョーサーの『カンタベリー物語』管見
Of Engelond to Caunterbury they wende,
The hooly blisful martir for to seke,
That hem hath holpen whan that they were seeke.
総序の歌
カンタベリー物語の書ここに始まる
四月がそのやさしきにわか雨を
三月の旱の根にまで滲みとおらせ
樹液の管ひとつひとつをしっとりと
ひたし潤し花もほころびはじめるころ
西風もまたその香ばしきそよ風にて
雑木林や木立の柔らかき新芽に息吹をそそぎ
若き太陽が白羊宮の中へその行路の半ばを急ぎ行き
小鳥たちは美わしき調べをかなで
夜を通して眼をあけたままに眠るころ
かくも自然は小鳥たちの心をゆさぶる
ちょうどそのころ 人々は巡礼に出かけんと願い
しゅろの葉もてる巡礼者は異境を求めて行かんとこい願う
もろもろの国に知られたる
遥か遠くのお参りどころを求めて
とりわけ英国各州の津々浦々から
人々はカンタベリーの大聖堂へ
皆病めるとき 癒し給いし聖なる尊き殉教者に
お参りしようと旅に出る
この詩は強弱五歩格 iambic pentameter で書かれています。この音律は一行に弱音
節が5、強音節が 5 という一行合計 10 音節を原則としております。以下に発音を示
すために敢えて片仮名表記を行いますが、当時の母音の発音が今日とはかなり異なっ
ていたというのが定説です。乱暴な言い方をすれば、ローマ字読みをすれば大きな誤
りはないと思われます。
-(2)-
1行目と2行目を片仮名で表してみますが、ゴシック体が強音です。
ファン ザット アプリル ウイズ ヒズ シューレス ソーテ/ザ ドゥルフト
オブ マルチ ハス ペルセド トー ザ ローテ
このように弱音と強音が交互に規則正しく並べられています(1行目だけは強音で
始まります)。この長編詩のもう一つ重要な点は、2行連句 couplet です。1行目2
行目を例に取りますと、「ソーテ:ローテ」というように行末の語が「オーテ」とい
う同じ音で終わる脚韻 rime を踏んでいることです。3行目4行目以下も同様です。
詩人チョーサー(? 1340-1400)は何故にこのような作詩法を用いたのでしょうか。
チョーサーに限った話ではありません。当時の詩人たちは作詩法に心をくだいていま
した。この時代には英国にはまだ印刷技術が伝わっておらず、詩を文字で読むという
ことはありませんでした。詩人が自作を読み聞かせていたのです。チョーサーはロン
ドンの宮廷で経理の仕事をしていたと伝えられています。詩人は宮廷人を前にして自
作を朗読したのでしょう。そのため朗読者の口調のよさ、聞き手の耳への響きのよさ
が求められたのです。弱強の音律や脚韻を守ろうとすれば、言語上のいろいろな工夫
が必要となります。それは語順の倒置、異形や虚辞の使用などです。また、口調や響
きをよくするための頭韻 alliteration の多用です。原詩を読みながら説明していきま
しょう。(ll. は lines の略記号です。)
ll.1 ー 2. that は弱音を表わす虚辞の接続詞。shoures soote には二つの問題があり、
一つは soote が sweet の異形で脚韻のために用いられています。もう一つは、soote
という形容詞が名詞 shoures のうしろに来ている語順の問題(倒置)です。さらに
The droghte of March という目的語が行頭に来ている語順の問題もあります。以下に
も倒置はたくさん出てきますが、この問題はこれまでにしておきます。
ll.5 ー 6. Zephirus(西風)は英国にとって誠に有難い風なのです。ご存知のよう
に大西洋は南半球から暖流が北上し、西ヨーロッパに温和な気候をもたらします。英
国本島南部に位置する首都ロンドンは北海道よりも北にあるのですが、春から初秋に
かけては寒くありません。18 世紀末の詩人シェリーは「西風によせる歌」という名
詩を作っています。日本には、「東風吹かば匂ひおこせよ梅の花」という名句があり
ますが、英国の東風はバルト三国やロシアからの寒気をもたらします。西風は冒頭の
四月とともに春を告げるものなのです。holt and heeth のように同じ子音で始まる語
の並置を頭韻といいます。
ll.9 ー 10. maken melodye も頭韻現象です。
ll.13 ー 14. straunge strondes も str – と頭韻を踏んでいます。
ll.15―16. Caunterbury(=Canterbury) は英国教会の総本山である大聖堂の所在
-(3)-
チョーサーの『カンタベリー物語』管見
地で、この詩ではいろいろな階層・職業の男女 29 人が一団となって馬に乗ってお
参りに行くという設定です。その 29 人がそれぞれ往路 ・ 復路に体験などいろいろ
な話をする、つまり 58 話が考えられたのですが、残念ながら未完に終わりました。
wende は go と全くの同義語で、今日 go の過去形として用いられる went は、この
wende の過去形だったものです。
さて、初めに申しましたように、本日古い英詩を取り上げた私なりの理由をお話
しします。理由の一つは、古い時代の詩の技巧が後の文学作品に受けつがれている
ということです。あのシェイクスピア(1564-1616)は 30 余りの名作を残しました
が、台詞の相当な部分を韻文で書き、舞台俳優や観客を十分に意識して、本日お話し
しましたような技巧を駆使しております。更に 250 年ほど後の大小説家ディケンズ
(1812-1870)の多くの散文を精読してみますと、やはり随所に詩の香りをかぎ取る
ことができるのです。
もう一つの理由は、英語を現代から古い時代へ歴史的に遡ってみますと、最後には
チョーサーの英語へ辿り着くのです。ロンドン人のチョーサーは、ロンドン方言で作
品を書きました。換言すれば、私たちの接している今日の英語は元々ロンドン方言で
あったということです。時間が迫ってまいりました。管見とは程遠い駆け足の話になっ
てしまいましたが、お許し下さい。
-たなか・としろう 尾道大学名誉教授-
-(4)-
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