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生徒が目的意識をもって観察、実験に取り組む高等学校化学の指導の工夫

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生徒が目的意識をもって観察、実験に取り組む高等学校化学の指導の工夫
生徒が目的意識をもって観察、実験に取り組む高等学校化学の指導の工夫
−ICTを用いた事物・現象のモデル化を通して−
山口県立小野田工業高等学校
1
教諭
岡田
省吾
研究の意図
(1) 観察、実験における目的意識
近年、科学的な思考力、表現力の育成を図る観点から、予想や仮説を設定して観察、実験を
行い、結果を考察する学習活動が重要視されている。生徒がこのような学習を行うためには、
単に指示されたとおりに操作を行うのではなく、自らが考え、見通しをもって主体的に観察、
実験に取り組むことが必要である。そのため、高等学校学習指導要領(平成21年)において、
理科の目標に「目的意識をもって観察、実験などを行い」 *1 と示された。
(2) 事物・現象のモデル化
化学の学習では、直接目で見ることのできない粒子(原子、分子、イオン等)のふるまいを
通して化学的な事物・現象を理解していく。しかしながら、粒子の概念の理解が不十分な生徒
にとっては、観察、実験の結果を予想することが難しく、目的意識をもって観察、実験を行う
ことは困難である。そこで、これから行う観察、実験で起こる現象と粒子のふるまいを結び付
けるため、既習事項を基に化学反応にかかわる物質を、粒子で表したモデルで示すこととし
た(図1)。
目的意識をもって観察、実験へ取り組む
(3) ICTの利用
板書等による図示では、連続的に起こる化学
反応を表現することが難しい。連続的な変化を
結び付ける
具体的に表現することができれば、生徒に実感
を伴った理解をさせることができると考える。
化学反応における
粒子のふるまい
観察、実験で起こる
現 象
化学反応にかかわる物質を、粒子で表したモデルで示す
そこで、ICTを効果的に利用して、化学反応
で起こる変化をモデルで示し、生徒の理解を深
めることを考えた(図1)。
ICTの効果的な利用
図1
(4) 研究の仮説
生徒に目的意識をもって観察、実験に取
り組ませるためのICTの利用
以上のことから、本研究では、研究の仮説を「教師がICTを効果的に利用して、既習事項
を基に事物・現象のモデル化を行うことにより、生徒は目的意識をもって観察、実験に取り組
むことができる」とし、授業実践を通して検証することとした。
2
研究の内容
(1) 生徒が目的意識をもって観察、実験に取り組むための手だて
高等学校学習指導要領解説理科編(平成21年)には、目的意識をもって観察、実験等を行う
ことについて、
「 観察や実験の目的を一人一人の生徒が明確に把握し、見通しをもって観察、実験
などを主体的に行うよう指導する」*2 と記載されている。生徒が目的を明確に把握するために
は、主体的に仮説を設定することにより、観察、実験の見通しをもつことが必要である。しか
し、観察、実験で起こる化学反応を十分理解していない生徒にとっては、観察、実験の仮説を
設定することが難しい。そこで、観察、実験の見通しをもたせる前に、化学反応を十分理解さ
- 99 -
せる手だてを講じることとした。よって、本研究では、生徒に目的意識をもって観察、実験に
取り組ませるため、
「化学反応を理解させ、結果を確認させる観察、実験」と「理解を基に仮説
を設定させ、検証させる観察、実験」の2つのステップに分けて指導することを考えた。しか
し、2つのステップによる指導だけでは、生徒が主体的に問題解決を行う探究的な活動を十分
に体験させることができない。そこで、発展的な観察、実験を設定し、探究的な活動にも取り
組ませることとした。
ア
ステップ1
−化学反応を理解させ、結果を確認させる観察、実験−
ステップ1は、物質を粒子で表したモデルを用いて、生徒に化学的な事物・現象を十分に
理解させ、観察、実験の結果を確認させる段階である(図2)。ここでは、生徒にこれから取
り組ませる観察、実験で起こる化学反応を具体的に理解させるため、反応前、反応中、反応
後の3つの場面に分け、粒子のふるまいを連続的に表した。その後、観察、実験に取り組ま
せ、結果を確認させた。図3は、金属のイオン化傾向の授業(実践3)で用いたモデルであ
る。
教師の手だて
化学反応を
モデルで示す。
Mg が 電 子 を 失 い
Mg2+に変化する。
Zn
2+
生徒の学習活動
観察、実験にかかわる物質を
粒子で表したモデルを見て、
化学反応を理解
イ
ステップ1の流れ
ステップ2
2-
反応前
図3
Zn
e-
Mg
観察、実験の結果を確認
図2
SO 4
2+
SO 4
Mg
2+
2-
Zn2+ が 電 子 を 受 け
取りZnに変化する。
Zn
SO 4
e-
反応中
Mg
2-
2+
反応後
授業(実践3:金属のイオン化傾向)のステップ1で用いたモデル
−理解を基に仮説を設定させ、検証させる観察、実験−
ステップ2は、生徒自身に観察、実験の仮説を設定させ、観察、実験を通して仮説を検証
させる段階である(図4)。ここでは、生徒自身に観察、実験の仮説を設定させるため、モデ
ルは反応前の1場面のみ示した。生徒にステップ1の学習を基にこの後どのような化学反応
が起こるか予想させ、主体的に観察、実験の仮説を設定させた。その後、観察、実験に取り
組ませ、仮説と結果を比較させた。ステップ2の観察、実験は、ステップ1と同様の原理・
法則に基づいた化学反応で、用いる物質を他の物質に置き換えたものである。授業(実践3)
で使用したモデルでは、ステップ1で用いた硫酸亜鉛(図3)を、硫酸銅(Ⅱ)
(図5)に置
き換えている。
教師の手だて
化学反応の
反応前のモデルのみ示す。
反応前の状態のみ示し、ステップ1を
参考にして、主体的に仮説を設定させる。
Cu
2+
SO 4
生徒の学習活動
主体的に観察、実験の
仮説を設定
観察、実験の仮説を検証
図4
ステップ2の流れ
2-
Mg
示さない
示さない
反応前
反応中
反応後
図5 授業(実践3:金属のイオン化傾向)のステップ2で用いたモデル
- 100 -
ウ
発展的な観察、実験
発展的な観察、実験は、生徒に探究的な活動を体験させる段階である。ここでは、観察、
実験の目的を伝えた後、モデルを全く提示せずに取り組ませた。生徒は変化のようすを観察
し、起こった現象についてステップ1やステップ2の学習内容を活用して主体的に考察した。
例えば、授業(実践3)では、ステップ1やステップ2において、金属のイオン化傾向の大小
関係を基に金属イオンと金属の単体の反応について仮説を設定させ、観察、実験で仮説を検
証させた。この学習内容を活用した探究的な活動に取り組ませるため、発展的な観察、実験
で、金属イオンと金属の単体の反応を観察させ、実験結果から金属のイオン化傾向の大小関
係を導き出させる観察、実験を設定した。
(2) ICTを利用したモデル化
化学反応を理解させ、結果を確認させるステップ1では、観察、実験で扱う化学的な事物・
現象を、物質を構成する粒子のふるまいから生徒に理解させる必要がある。また、化学反応は、
水溶液中での物質の電離や電子の授受等のように連続的に起こるため、動きを伴うモデルで示
すことが適切である。そこで、モデルの提示においては、アニメーション機能を備えたMicrosoft
社PowerPointを利用した。
(3) 授業実践を行った単元
「中和反応」や「酸化還元反応」は、化学において初期段階で学習する化学反応である。こ
れらの単元において、生徒が粒子概念を意識して学習することにより、
「無機物質」や「有機化
合物」の単元で扱う化学反応をより深く理解することができる。そこで、本研究では、高等学
校学習指導要領(平成11年)の化学Ⅰから「酸・塩基と中和反応」、「酸化と還元」の単元を選
び、授業実践を3回行った(表1)。実践1は、ICTを利用して提示するモデルが有効である
か確かめるための授業実践である。この授業実践を基にモデルを検討し、実践2、実践3では、
ステップ1、ステップ2及び発展的な観察、実験の3段階による指導を行った。
表1
単元
学習内容
ステップ
酸・塩基と中和反応
実践1
酸・塩基の強弱
1
実践2
塩を溶かした水溶液
の液性
2
酸化と還元
1
実践3
金属のイオン化傾向
授業実践を行った単元と観察、実験の内容
2
観察、実験の内容
同濃度の塩酸及び酢酸それぞれについてpHを調べる。
同濃度の塩酸及び酢酸それぞれにMgを加え、変化の違いを調べる。
酢酸ナトリウム水溶液の液性を調べる。
塩化ナトリウム及び塩化アンモニウムそれぞれについて水溶液の液性を
調べる。
[発展的な観察、実験]塩を溶かした水溶液の液性を調べ、溶けている
塩を決定する。
硫酸亜鉛水溶液に、Mg及びCuそれぞれを加え変化を調べる。
硫酸銅(Ⅱ)水溶液に、Mg及びZnそれぞれを加え変化を調べる。
[発展的な観察、実験]硝酸鉛(Ⅱ)水溶液に、Zn及びCuそれぞれを加え
たときの変化を調べ、イオン化傾向を比較する。
(4) 授業の実際
ア
実践1
酸・塩基の強弱
実践1は、ICTを利用して提示するモデルが有効であるか確かめるための授業実践であ
る。モデルの提示により、生徒が化学反応について理解を深め、主体的に仮説を設定できる
ようになると予想し、授業実践に取り組んだ。
(ア) 主眼
同濃度の塩酸及び酢酸それぞれについてpHを調べることにより、水溶液中での電離度が
- 101 -
異なることを理解させる。そして、同濃度の塩酸及び酢酸それぞれがMgと反応するときの
変化を観察させ、その変化に違いが表れるのは、酸の電離度が異なるためであることを理
解させる。
(イ) 授業の流れ
表2に、本時案を示す。
表2
学習活動
実践1 酸・塩基の強弱の本時案
予想される生徒の姿
(一部抜粋)
教師の支援
酸 の 強 弱 を 予 想 し よ う 。( 仮 説 の 設 定 )
①水溶液中に存在
するイオンを把
握し、pHの大小
について仮説を
設定する。
・モデルを見て、塩酸と酢酸それぞ
れが電離したときのようすを知
る。
・塩酸、酢酸ともに、水溶液中で同
様に電離しH+ を生じていることか
ら、pHは同じであるという仮説を
設定する。
展 開1
図7
②酸とMgの反応を
把握し、反応で
起こる変化につ
いて仮説を設定
する。
図8
・同濃度の塩酸と酢酸のpHの大小に
ついて仮説を設定させるため、塩
酸と酢酸それぞれが水溶液中で電
離しH+ を生じるようすをモデルで
提示する(図7)。なお、電離度を
学習していないため、塩酸、酢酸
ともに電離度を1としたモデルを
提示し、説明する。
酸のpHについて仮説を設定させるためのモデル
・モデルを見て、塩酸や酢酸それぞ
れがMgと反応するときに起こる変
化を知る。
・塩酸、酢酸ともに、水溶液中で同
様にMgと反応していることから、
反応の激しさは同じであるという
仮説を設定する。
・同濃度の塩酸と酢酸では、どちら
がMgと激しく反応するかについて
仮説を設定させるため、塩酸や酢
酸それぞれがMgと反応するときに
起こる変化をモデルで提示す
る(図8)。なお、図7と同様に、
塩酸、酢酸ともに電離度を1とし
たモデルを提示し、説明する。
酸とMgの反応の激しさについて仮説を設定させるためのモデル
酸 の 強 弱 を 調 べ よ う 。( 観 察 、 実 験 )
展 開2
③塩酸、酢酸のpH
を調べる。
④塩酸、酢酸とMg
の反応を観察す
る。
・塩酸と酢酸それぞれについてpHを
調べ、結果をワークシートに記入
する。
・塩酸と酢酸それぞれにMgを加え、
水素が発生するようすを比較し
ワークシートに記入する。
- 102 -
・観察、実験の操作を理解させるた
め、ワークシートを用いて、観察、
実験の方法を説明する。
観 察 、 実 験 の 結 果 を ま と め よ う 。( 考 察 )
⑤観察、実験の結
果を考察する。
・水溶液のpHを測定した結果から、
酢酸の水素イオン濃度が低いこと
に気付く。そのため、Mgと激しく
反応しなかったと考える。
⑥塩酸と酢酸の電
離度の違いを知
る。
・塩酸はすべての分子が電離してい
るのに対して、酢酸は、一部の分
子が電離していることを知る。
展 開3
図9
・塩酸と酢酸では水溶液中の水素イ
オン濃度が異なることに気付かせ
るため、pHと水素イオン濃度の関
係を説明する。そして、水素イオ
ン濃度が異なるため、水素を発生
するようすに違いが表れたことを
理解させる。
・塩酸と酢酸の水素イオン濃度の違
いは、電離度の違いによるもので
あることを理解させるため、水溶
液中の塩酸と酢酸の電離度の違い
をモデルで提示する(図9)。なお、
電離度の違いを明確にするため、
特徴が表れている部分を拡大して
提示する。
塩酸と酢酸の電離度の違いを説明するモデル
(ウ) 化学反応を表したモデルについて
図7は、塩酸と酢酸それぞれ1分子が、水溶液中で電離しH+を1個生成するようすを表し
たモデルである。このモデルを利用して、塩酸と酢酸はともに1価の酸であり、電離した
際に生じるH+の数は同じであることを確認させる。
図8は、塩酸と酢酸それぞれ2分子とMgが反応し、H2が発生する反応について粒子のふ
るまいを連続的に表したモデルである。このモデルを利用して、塩酸と酢酸それぞれにMg
を加えると、MgがMg2+ に変化するのにともなって2個のH+ がH2 に変化することを理解させ
た。
図9は、観察、実験の考察で利用したモデルである。このモデルには、水溶液中で塩化
水素分子がすべて電離していることと、酢酸分子が一部しか電離していないことを表した。
このモデルを利用して、酢酸は塩酸に比べpHが大きく、Mgとおだやかに反応するという観
察、実験の結果を説明し、電離度の大小を基に酸の強弱を理解させた。
(エ) 授業実践の考察
a
生徒が仮説を設定するときの思考の流れ
本授業実践においては、生徒にモデ
ル(図7、図8)を提示し仮説を設定さ
表3
生徒が設定した仮説の集計結果
同じ 異なる その他 無回答
せた。生徒は、水溶液中の溶質の電離度
観察、実験の内容
をまだ学習していないため、モデルから
同濃度の塩酸や酢酸のpHを
比較する。
同濃度の塩酸や酢酸にMgを
加えた場合の水素発生のよ
うすを比較する。
忠実に仮説を設定すれば、塩酸と酢酸の
pHやMgと 反 応 す る と き の よ うす は 同 じ
で あ ると い う 仮 説 を 設 定 す るは ず で あ
- 103 -
(人)
生徒が設定した仮説
16
19
2
1
11
25
0
2
る。しかし、表3に示すように25人(約70%)の生徒が、塩酸と酢酸ではMgと反応する
ときのようすが異なるという仮説を設定していた。これは、塩酸の方が金属とよく反応
することを経験的に知っていたためである。実践1で提示したモデルは、生徒が酸とMg
の反応について仮説を設定するとき、適切に活用されたとはいえない。そこで、生徒が
モデルを適切に活用して仮説を設定できるように、次に示すようなステップに分けた指
導を考えた。
b
モデルを利用して、思考させるための授業展開
実践1の学習内容を、表4に示すステップ1、ステップ2及び発展的な観察、実験に
分け、段階に応じてモデルを提示する指導を考えた。
表4
実践1 酸・塩基の強弱の学習内容をステップ1、ステップ2及び発展的な観察、実験に分けた
指導の例
指 導 内 容
ステップ
化学反応を理解させ、結果を確認させる観察、実験
・塩酸は酢酸に比べ金属とより激しく反応することを、塩酸と酢酸の電離度の違いを表現
したモデルで説明する。
・同濃度の塩酸と酢酸の電離度の大小を比較するためには、同濃度の塩酸と酢酸のpHの大
1
小を調べればよいことを説明する。
・同濃度の塩酸と酢酸のpHを調べさせ、電離度の大小を基に酸の強弱を考えることができ
ることを確認させる。
理解を基に仮説を設定させ、検証させる観察、実験
・同濃度の硫酸と炭酸が電離する前のようすをモデルで提示し、酸の強弱を踏まえて電離
2
後のようすを考えさせ、pHの大小について仮説を設定させる。
・同濃度の硫酸と炭酸のpHを調べさせ、仮説を検証させる。
[発展的な観察、実験]
・同濃度の水酸化ナトリウム水溶液、アンモニア水溶液のpHを調べさせ、電離度の大小か
ら塩基の強弱を比較させる。モデルは、観察、実験の考察を行うときに提示する。
このような、よりきめ細やかな指導を行うことにより、生徒は提示されたモデルを基
に仮説を設定し、目的意識をもって観察、実験に取り組むことができると考えた。実践2、
実践3は、この指導の例に沿った授業実践である。
イ
実践2
塩を溶かした水溶液の液性
(ア) 主眼
塩の加水分解によって生じる酸・塩基の強弱を基に電離度の大小を考えれば、塩を溶か
した水溶液の液性が予想できることを理解させる。
(イ) ステップ1、ステップ2及び発展的な観察、実験について
表5に、ステップ1、ステップ2及び発展的な観察、実験を取り入れた授業実践につい
て、その具体的な手だてを示す。
表5
実践2
塩を溶かした水溶液の液性の授業実践における手だて
ス テッ プ 1
学習活動
予想される生徒の姿
教師の支援
①酢酸ナトリウム
が、加水分解し
たときの水溶液
の液性を考え
る。
・酢酸ナトリウムが加水分解反応に
よって酢酸と水酸化ナトリウムを
生じることを理解する。
・酢酸ナトリウムが水溶液中で電離
し、加水分解反応によって酸と塩
基が生じることを理解させるた
め、粒子のふるまいを連続的に
表したモデルを提示する(図10)。
・酢酸ナトリウム水溶液が、塩基性
を示すことを理解させるため、
酸・塩基の強弱を基に電離度の大
小から説明する。
・強塩基である水酸化ナトリウムの
電離度が大きいため、OH -が多く存
在することから、酢酸ナトリウム
水溶液の液性が塩基性になるとい
う仮説を理解する。
- 104 -
・塩を溶かした水溶液の液性を、リ
トマス紙で調べることにより、設
定した仮説を確認できることを理
解する。
図10
・塩を溶かした水溶液の液性につい
て設定した仮説を確認するため、
観察、実験を行うことを説明す
る。
酢酸ナトリウム水溶液の液性を説明するため、粒子のふるまいを連続的に表したモデル
②塩化ナトリウム
や塩化アンモニ
ウムを溶かした
水溶液の液性に
ついて仮説を設
定する。
・水溶液中に存在するイオンを把握
する。
・水溶液中に生じた酸・塩基の強弱
を基に電離度の大小を考え、水溶
液の液性について仮説を設定す
る。
・ステップ1の学習を基に、塩を溶
かした水溶液の液性について仮説
を設定させるため、塩化ナトリウ
ム、塩化アンモニウム及び水が電
離しているようすをモデルで提示
する(図11)。
ス テッ プ 2
発展的な観察、実験
図11
塩化ナトリウム、塩化アンモニウム水溶液の液性について仮説を設定させるためのモデル
③塩を溶かした水
溶液の液性を調
べ、溶けている
塩を同定する。
・塩を溶かした水溶液の液性を比較 ・炭酸ナトリウム、硝酸アンモニウ
することにより、塩を同定する観
ム、硫酸ナトリウムの内、どの塩
察、実験であることを把握する。
を溶かした水溶液であるか調べ
・ステップ1、ステップ2と同様に、
るために、塩を溶かした水溶液の
塩が加水分解したときのようすか
液性を調べることを説明する。
ら、水溶液の液性を予想すればよ
いことに気付く。
(ウ) 化学反応を表したモデルについて
図10は、水溶液中で酢酸ナトリウムが加水分解することによって酢酸と水酸化ナトリウ
ムが生成する反応について、粒子のふるまいを連続的に表したモデルである。このモデル
を利用して、水溶液中には酢酸ナトリウムが電離して生じたCH COO-やNa+だけでなく水が
3
電離して生じたH+やOH-が存在し、加水分解反応の結果、酢酸と水酸化ナトリウムが生成す
ることを確認させることとした。また、生じた酸と塩基の強弱を基に電離度の大小を考え
ることにより、酢酸ナトリウム水溶液が塩基性を示すことを理解させた。
図11は、塩化ナトリウム、塩化アンモニウム、水、それぞれが電離したようすを表した
モデルである。このモデルを利用して、塩化ナトリウムや塩化アンモニウムが水溶液中で
加水分解して生じる酸・塩基の強弱を基に電離度の大小を考えさせ、塩を溶かした水溶液
の液性について主体的に仮説を設定させることとした。
(エ) 授業実践における生徒の様子
図12は、実践2のステップ2で使用したワークシートの記入例である。生徒は、ステップ
1を参考にして、塩を加水分解することによって生じる酸・塩基の強弱を基に電離度の大
小を考え、塩を溶かした水溶液の液性について主体的に仮説を設定した。塩化ナトリウム
- 105 -
が加水分解反応し、強酸である塩
化水素と強塩基である水酸化ナト
リウムを生成することから、水溶
液は中性を示すという仮説を多
図12
くの生徒が設定していた(表6)。
また、塩化アンモニウムが加水
表6
生成することから、水溶液は酸
性を示すという仮説を多くの生
ステップ2で生徒が設定した仮説の集計結果(人)
生徒が設定した仮説
分解反応し、強酸である塩化水
素と弱塩基であるアンモニアを
ステップ2のワークシートの記入例
酸性
中性
塩基性 無回答
1
31
3
0
32
0
1
2
観察、実験の内容
塩化ナトリウム水溶液の
液性を調べる。
塩化 ア ン モニ ウ ム 水溶 液 の
液性を調べる。
徒が設定していた(表6)。
発展的な観察、実験においては、塩を溶かした水溶液の液性をリトマス紙で調べ、加水
分解のようすから予想した水溶液の液性と比較することにより、多くの生徒が水溶液に溶
けている塩の物質名を適切に導き出していた。
一方で、提示されたモデルや説明をワークシートに記入することに気を取られ、モデル
に注目していない場面が見られた。観察、実験で起こる化学反応を理解させるためには、
提示したモデルにしっかり注目させる必要があり、指導方法の改善が必要と考えた。
ウ
実践3
金属のイオン化傾向
(ア) 主眼
金属イオンを含む水溶液に金属の単体を加えたときに起こる反応を理解させるとともに、
金属のイオン化傾向の大小関係を基に、金属イオンと金属の単体の反応を予想することが
できる。
(イ) ステップ1、ステップ2及び発展的な観察、実験について
表7に、ステップ1、ステップ2及び発展的な観察、実験を取り入れた授業実践につい
て、その具体的な手だてを示す。
表7
学習活動
①硫酸亜鉛水溶液
にMgやCuを加え
たときの反応
を、金属のイオ
ン化傾向の大小
関係を基に考え
る。
実践3
金属のイオン化傾向の授業実践における手だて
予想される生徒の姿
教師の支援
・MgはZnよりもイオン化傾向が大き ・金属のイオン化傾向の大小関係を
いので、硫酸亜鉛水溶液にMgを加
基に、Zn2+ とMgの反応を理解させ
2+
えた場合は、Mgが電子を失いMg
るため、硫酸亜鉛水溶液にMgを加
に、Zn2+ がその電子を受け取りZn
えたときに起こる変化を、粒子の
に変化することを理解する。
ふるまいを連続的に表したモデル
で提示する(図13)。
・金属イオンを含む水溶液に、金属 ・金属イオンと金属の単体の反応に
の単体を加えたときの反応を観察
ついて設定した仮説を確認するた
することにより、設定した仮説を
め、観察、実験を行うことを説明
確認できることを理解する。
する。
図13 硫酸亜鉛水溶液にMgを加えたときの反応を説明するため、粒子のふるまいを連続的に表したモデル
- 106 -
・金属のイオン化傾向の大小関係を
基に、Zn 2+ とCuの反応を理解させ
るため、硫酸亜鉛水溶液にCuを加
えたときのようすをモデルで提
示する。
・水溶液中に存在する金属の単体や
金属イオンを把握する。
・金属イオンと金属の単体の反応に
ついて、金属のイオン化傾向の大
小関係を基に仮説を設定する。
・ステップ1の学習を基に、金属イ
オンと金属の単体の反応につい
て仮説を設定させるため、硫酸
銅(Ⅱ)水溶液にMgやZnを加えた
反応前のようすをモデルで提示
する(図14)。
ス テッ プ 1
・ZnはCuよりもイオン化傾向が大き
いので、硫酸亜鉛水溶液にCuを加
えた場合は、変化が起こらないこ
とを理解する。
②硫酸銅(Ⅱ)水
溶液にMgやZnを
加えたときの反
応について仮説
を設定する。
ス テッ プ 2
図14
硫酸銅(Ⅱ)水溶液にMgやZnを加えたときの反応について仮説を設定させるためのモデル
発 展的 な 観 察、 実 験
③酢酸鉛(Ⅱ)水
溶液にZnやCuを
加えたときの変
化を調べ、Pb、
Zn、Cuのイオン
化傾向を比較す
る。
・金属のイオン化傾向を比較するた
め、金属が反応するときの変化を
観察することを把握する。
・ステップ1、ステップ2の観察、
実験と同様に、金属の表面の変化
を観察し、観察した結果から、金
属のイオン化傾向を比較できるこ
とに気付く。
・Pb、Zn、Cuのイオン化傾向を比較
するため、硝酸鉛(Ⅱ)水溶液に
Znと Cu そ れ ぞ れ を 加 え る 観 察 、
実験を行うことを説明する。
(ウ) 化学反応を表したモデルについて
図13は、硫酸亜鉛水溶液にMgを加えたとき、Znが生成する反応について粒子のふるまい
を連続的に表したモデルである。このモデルを利用して、反応前の水溶液中にZn2+、SO42-、
Mgの粒子が存在していることを確認させることとした。また、金属のイオン化傾向の大小
関係を基に、Mgが電子を失いMg2+ に、Zn2+ がその電子を受け取りZnに変化することを理解
させた。
図14は、硫酸銅(Ⅱ)が電離し、Cu2+とSO42-が存在している水溶液に、MgやZnを加えた
ときのようすを表したモデルである。このモデルを利用して、硫酸銅(Ⅱ)水溶液にMgや
Znを加えたときの反応について、Mg、Zn、Cuのイオン化傾向の大小関係を基に、主体的に
- 107 -
仮説を設定させることとした。
(エ) 授業実践における生徒の様子
図15は、実践3のステップ2で
使用したワークシートの記入例で
ある。生徒はステップ1を参考に
して金属のイオン化傾向の大小関
係を基に、金属イオンと金属の単
図15
体の反応について主体的に仮説を
ステップ2のワークシートの記入例
設定することができていた。硫酸銅(Ⅱ)水溶液にMgやZnを加えた場合、MgやZnが電子を
失 い Mg2+ 、 Zn2+
に変化し、Cu2+
がその電子を受
け取ってCuに変
化するという仮
説を多くの
生徒が設定し
表8
ステップ2で生徒が設定した仮説の集計結果
(人)
生徒が設定した仮説 加えた金属の単体が金属イオンに変化し、
水溶液中のCu 2+ が、Cuとして析出する。
その他 無回答
観察、実験の内容
(内、電子の授受を正しく表現できた生徒)
硫酸銅(Ⅱ)水溶液にMgを加え
たときに起こる変化を調べる。
硫酸銅(Ⅱ)水溶液にZnを加え
たときに起こる変化を調べる。
35
(24)
35
(25)
0
0
0
0
ていた(表8)。
発展的な観察、実験については、Mg片の表面にPbが析出し、Cu片には変化が起こらなかっ
たことを多くの生徒が確認し、Pbのイオン化傾向がMgより小さくCuより大きいことを導き
出していた。
(5) 研究の考察
各授業実践後に生徒による自己評価を行った。評価はA「十分そう思う」、B「ややそう思
う」、C「あまりそう思わない」、D「全くそう思わない」の4段階で行った。
ア
ステップ1の手だてについて
質問①では、実践2、実践3のス
質問①
ステップ1の粒子のふるまいを連続的に示したモ
デルを見て、化学反応を理解することができたか。
テップ1について、粒子のふるまい
を連続的に表したモデルを見て、化
A
【実践2】
B
C
学反応を理解することができたか尋
ねた(図16)。A「十分そう思う」、
【実践3】
B「ややそう思う」と答えた生徒の
D
0
割合が、実践2では、あわせて84%
20
40
60
80
(%)
100
図16 生徒による自己評価①
以上、実践3では、あわせて97%以上であった。このことから、生徒はステップ1の手だて
によって、これから取り組む観察、実験にかかわる化学反応について十分理解できたといえ
る。
イ
ステップ2の手だてについて
質問②では、実践2、実践3のス
質問②
ステップ2において、理解を基に仮説を設定する
ことがきたか。
テップ2について、理解を基に仮説
を設定することができたか尋ね
A
B
C
D
【実践2】
た(図17)。A「十分そう思う」、B
「ややそう思う」と答えた生徒の割
【実践3】
- 108 -
0
20
40
60
80
図17 生徒による自己評価②
100
(%)
合が、実践2では、あわせて82%以上、実践3では、あわせて97%以上であった。このこと
から、生徒はステップ2の手だてにより、観察、実験からどのような結果が予想されるか、
主体的に仮説を設定することができたといえる。
ウ
目的意識をもって観察、実験に取り組むことについて
質問③では、実践2、実践3につ
質問③
仮説を確かめるという意識をもって、観察、実験の
結果を自ら確認することができたか。
いて、仮説を確かめるという意識を
もって、観察、実験の結果を自ら確
A
B
C
D
【実践2】
認することができたか尋ねた(図18)。
A「十分そう思う」、B「ややそう思
【実践3】
う」と答えた生徒の割合が、実践2
0
ではあわせて94%以上、実践3では
20
40
60
80
100
(%)
図18 生徒による自己評価③
あわせて97%以上であった。生徒が、観察、実験の結果を自ら確認したことから、ステップ
1、ステップ2の手だてにより、生徒は目的意識をもって観察、実験に取り組むことができ
たといえる。
エ
発展的な観察、実験について
質問④では、実践2、実践3につ
質問④
今後、発展的な観察、実験で用いた物質を他の物質
に置き換えた場合、同様に課題を解決することがで
きると思うか。
いて、今後、発展的な観察、実験で
用いた物質を他の物質に置き換えた
場合も、同様に課題を解決すること
ができると思うか尋ねた(図19)。A
「十分そう思う」、B「ややそう思う」
【実践2】
A
B
【実践3】
C
D
0
と答えた生徒の割合が、実践2では
20
40
60
80
100
(%)
図19 生徒による自己評価④
あわせて85%以上、実践3ではあわ
せて94%以上であった。生徒は、発展的な観察、実験で扱った化学的な原理・法則の理解を
基に、これを活用することができると認識していることから、探究的に観察、実験に取り組
めたといえる。
オ
授業の工夫による効果について
質問①、質問②について、実践2と
実践3の自己評価を比較すると、
実践3の結果が向上していた。これは、
実践3においてワークシートを改善し
図20
たことが関係していると考えられる。
実践3のステップ1のワークシート
この改善とは、実践2に比べてワークシートにモデルや説明等を書き写す作業を少なくした
ことであり(図20)、このことにより生徒はモデルに十分注目できたようである。その結果、
肯定的な評価が増えたと考えられる。
3
まとめと今後の課題
(1) 研究のまとめ
本研究では、ステップ1(化学反応を理解させ、結果を確認させる観察、実験)、ステップ2(理
解を基に仮説を設定させ、検証させる観察、実験)の2段階の指導を、化学反応を表したモデ
- 109 -
ルを利用して行うことにより、生徒は目的意識をもって観察、実験に取り組めることが明らか
になった。よって、このようなモデルを利用した取組は、観察、実験で扱う化学的な事物・現
象について理解させ、科学的な見方や考え方を育成することに効果が高いと考えられる。
授業実践ではICTを利用し、水溶液中での電離のようすや電子の移動等、粒子のふるまい
をモデルで示した(本研究で作成したモデルは、やまぐち総合教育支援センターのWebサイ
ト上に公開する予定である)。モデルでは、目で見ることができない粒子のふるまいを、アニメー
ションを用いて表すことにより、化学反応のようすを実感をもって理解させることができた。
このように化学反応のようすを動的にとらえさせ、事物・現象を理解させることに、ICTの
有効性を感じた。
(2) 今後の課題
本研究では、生徒の思考を中断させないようにするため、粒子のふるまいを連続的に表した
モデルに集中させることを重視した。このため、ワークシートを工夫し、モデルで見た化学反
応を文章で説明する活動をあまり行わせていない。しかし、化学反応を文章で説明することは、
言語活動の充実という視点からも重視する必要がある。今後は、生徒がモデルに集中し化学反
応を十分理解した上で、文章化して説明できるようにするための指導方法について研究を継続
したい。
また、本研究ではステップ1とステップ2で行う観察、実験が同じ原理・法則に基づいてい
るため、ステップ1、ステップ2だけでは、生徒が探究的な活動を十分行うことができない。
よって、発展的な観察、実験を追加することにより、探究的な活動を体験させた。本来ならば、
主体的に仮説を設定させる段階(ステップ2)で探究的な活動を体験させることが望ましい。
そこで、ステップ1の手だてを工夫し、ステップ2で、生徒がより主体的に観察、実験に見通
しをもち、興味・関心をもって探究的に取り組める支援の方法について、今後とも研究を継続
したい。
【引用文献】
*1:文部科学省、『高等学校学習指導要領』、2009、p64
*2:文部科学省、『高等学校学習指導要領解説
理科編』、http://www.mext.go.jp/a_menu/shotou/new-cs/
youryou/1282000.htm、2009、p12
【参考文献】
文部科学省、『中学校学習指導要領解説
理科編』、大日本図書、2008
文部科学省、『高等学校学習指導要領解説
理科編
国立教育政策研究所、『生きるための知識と技能3
理数編
平成17年1月
一部補訂』、大日本図書、1999
OECD生徒の学習到達度調査(PISA)2006年調査国際結果
報告書』、ぎょうせい、2007
濱田嘉昭、『科学的な見方・考え方』、放送大学教育振興会、2007
山口県高等学校教育研究会理化部会化学研究委員会編、『化学Ⅰ実験書(実験書記入例・指導上の留意点)』、
山口県高等学校教育研究会理化部会、2007
独立行政法人メディア教育開発センター、『教育の情報化の推進に資する研究』、http://spa.nime.ac.jp/
report_2006.php、2006
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国立教育政策研究所教育課程研究センター、『特定の課題に関する調査(理科)』、http://www.nier.go.jp/
kaihatsu/tokutei_rika/index.htm、2007
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