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超優良企業”劇団四季”の経営に迫る②
1P 劇団四季 成長の四つの理由 2006・ 10・2 502号 超優良企業”劇団四季”の経営に迫る② 財部誠一今週のひとりごと 安倍首相の訪中、訪韓が決まりました。安倍さんにとってはじ つに美味しい話です。外交関係修復の必要はなにも日本だけの事 情ではなく、中国、韓国サイドにもこれいじょう日本との関係悪 化を放置してはいられない状況がありました。いってみれば誰が 首相になっても、日中、日韓のトップ会談は実現できたでしょう。 その意味では、安倍さんはラッキーです。歴史認識を曖昧にした だけで、首相就任早々、高得点をあげることができるのですから。 まあ、人間、運も実力のうちです。安倍さんは常々、「政治と経 済は別だ」といってきました。しかし世界では「政経一致」が常 識です。フラット化する世界のなかで、グローバル企業の競争は 激しさを増すばかりです。自国企業の海外での成功こそが国益で あり、そのために国は何が出来るか。安倍さんにはぜひともそこ を理解して、中国、韓国を訪ねてほしいものです。(財部誠一) ※HARVEYROADWEEKLYは転載・転送はご遠慮いただいております。 (前回からの続き)最近、劇団四季は新しい稽古場を完成させ た。こんな贅沢で広々とした稽古場は見たことも聞いたことも ない。総工費、数十億円(ちゃんとした数字は教えてもらえな かった)というだけあって、どこを見ても、ほう、と、ため息 がもれてしまう。 至れり尽くせり、というのが、新稽古場「四季芸術センタ ー」を取材したときの感想だ。特に驚くのは舞台が丸ごと入っ てしまうような巨大な稽古場だ。2階まで吹き抜けになってい て、大きなガラス窓から太陽光がふりそそぐ。さらには、俳優 が好きなだけ歌やダンスの稽古ができるようにと、ピアノや鏡 がついている個室の稽古場が多数つくられている。ジムやマッ サージルームは最新の設備。カフェテリアにはテラス席もあっ て緑の中で食事を楽しむこともできる。しかも、美味しくて、 安い。しかし、こんな思い切った投資はどういう思いから実行 されたのか、代表の浅利氏に尋ねた。 「商品を売るための商業棟にあたるのが劇場です。そして工場、 研究開発部門は稽古場。ここが充実していなければいけません。 一般企業でもここがきちんとしている所は伸びていますね。し かし、演劇界というところは商業中心。人材育成の基盤があり ませんので、ここの部分が弱いんです」 ショービジネスが盛んな米国ではオーディションは頻繁に行 なわれる。NYやロスでは街中にトレーニング施設があり、俳 優達にひらかれている。個人で技術を積み上げながらオーディ ションを受けて一流の俳優に育っていくという環境だ。欧州は 芸術施設に伝統があり、例えばパリオペラ座などは、子供のこ ろからきびしい教育がおこなわれている。しかし、アジアには 古典芸能以外はそういった機能はない。浅利氏はこう続ける。 「劇団四季は以前から俳優育成を重視してきました。講師陣も 一流の方を外部から呼んできています。その結果、企業として の成績にもはっきり反映されています。育てた人材たちが生み 出した利益を、この稽古場に大きく再投資したということです ね。この稽古場はキャッシュで買いました」 現在、俳優の数はおよそ700人。レベルは高い。四季をや めた俳優は「もとしき」と呼ばれ、その厳しい訓練を受けてき たキャリアは外の舞台で大変重宝がられ、日本のショービジネ スを支えている。そのマンパワーによって、全国9つの専用劇 場で年間三千回のステージが上演され、営業収益255億円を 生み出す。超優良企業である四季株式会社は、いまだ増収増益 と成長を続けている。 ◆劇団四季俳優の収入例 四季の俳優の収入は、出演回 数に俳優単価を乗じて計算され る。俳優の年収は、50人以上が1 千万円を超える。そのうち2千万 円超は10人近く、3千万円以上も いる。 【演技コース】 ・準主役(51歳 6年目) 310ステージ:年収1023万円 ・準主役(38歳 2年目) 257ステージ: 年収770万円 ・新加入傍役(36歳 1年目) 192ステージ: 年収442万円 ・新加入傍役女性(46歳 1年目) 234ステージ: 年収665万円 【歌手コース】 ・準主役(40歳 6年目) 329ステージ:年収1480万円 ・新人準主役(26歳 3年目) 251ステージ:年収627万円 ・準主役女性(36歳 2年目) 168ステージ:年収638万円 ・新人準主役女性(27歳 3年目) 163ステージ:年収420万円 【ダンサーコース】 ・準主役(26歳 7年目) 268ステージ:年収880万円 ・準主役/傍役女性(25歳 5年目) 297ステージ:年収742万円 ・アンサンブル(25歳 2年目) 312ステージ:年収374万円 2P その成長の理由は①作品力、②人材、③浅利氏 のリーダーシップ、④9つの専用劇場の4つ。 このうちひとつでも抜けていたら、四季の成功 はなかったと思われる。 演劇の拡大再生産への挑戦 そもそも、劇団四季は1953年にフランス の戯曲からスタートした新劇団だ。せりふを朗 朗と聞かせる文学的要素の高い作品を上演して きた。しかし、それは世の中のニーズとかなり 違っていた。こういう状況に陥ると「わかる人 にだけわかればいいんだ」と開き直ってしまう 芸術家が多いが、浅利氏は悩みながらも「これ では食べていけない、みんなが喜ぶものは何か と」考えた。 そして、たどり着いたのがミュージカルだっ た。小難しい台詞劇を喜んで鑑賞する観客はま だ日本には育っていなかったのだ。まずは世の 中が求めることに応え、自分達のやりたいこと は後回しにした。これこそ劇団四季が成長した 大きなポイントだったのだ。文学と娯楽。一見 するとまったく違ったジャンルのように見える。 これは芸術家として葛藤があったに違いないの では、と浅利氏に聞いてみた。 「慶応大学に残って仏文の教授になる道もあっ たし、趣味的にフランスの芝居をやっていても よかった。でも、それを人に見せてご飯を食べ ていくとなると簡単じゃない。そのときに日生 劇場の経営に関わることになった。終戦から 18年経っていましたが、子供たちの心はすさ んでいました。子供を豊かにするための事業を やろういうことで、四季の芝居を見せたんです よ。そしたら退屈して出てっちゃいました」 子供という一番正直な観客に自分の芝居を否 定された浅利氏は、これではだめだと考えたと いう。 「その頃ミュージカルというのがはやりだして 『ウェストサイドストーリー』なんかを僕らも 見ました。これなら子供たちも楽しむだろうと。 新人だった寺山修司くんにたのんで、アンデル センの「裸の王様」を脚色して、僕が演出しま した。日生劇場で80回やりましたが、子供は 非常に喜びました。そこから40何年、ミュー ジカルという手法を使っていろんなものを上演 しましたが、これを大人にも見せようと。でも まだ、ご飯も食べられるというには程遠い状況 でした。何かに投資をするというにはまだまだ でした」 そして劇団四季は「CATS」に出会うこと になる。このミュージカルの上演がなければ今 の劇団四季はなかった運命のミュージカルだ。 浅利氏にそのときを振り返ってもらった。 「劇団が30周年目で、『CATS』に出会っ たんです。すぐにこれだ、と思いました。 『CATS』というのは、20年とか25年に いっぺん出る作品です。これなら今まで一回も 舞台を見たことがないようなお客さんもひきつ けられる、と思いました」 「CATS」は欧米ですでにヒットしており、 上演権はかなり高額だった。その高いロイヤル ティーを支払うにはロングランが絶対条件だ。 しかし、そのころ日本の劇場の契約は1、2ヶ 月が限度。「ロングラン」などという概念がな かったので、長期で貸してくれる劇場はなかっ た。だったら自分で建ててしまえ、と、新宿に 仮設劇場をつくってしまったのだ。当時、前稽 古場への投資もあったので、大型投資を2つか かえることになった。大きな借金をした浅利氏 に対し、まわりは懐疑的だったという。ご自身 は自信があったのですね、と尋ねたら、そうで はなかったと、と笑いながら答えてくれた。 「30年、一生懸命に切符を売って歩いてきま した。日本地図を見ると自分が切符を持って歩 かなかった街はないな、というくらいです。日 本中で切符を売って歩くなんて、刑務所から出 てきた人のゴムひもの押し売りみたいでしょう。 それをやって暮らしてきたわけだから、これが 駄目ならもう倒産して結構と思いました。30 年充分やってきましたから、ここから先は乞食 になってもいいやと」 しかし、浅利氏はこの賭けに勝った。 「CATS」は大ヒットした。その後はご存知 のとおり、子供ミュージカルでどさ回りをしな がらつくった地方有力者とのコネクションや上 演のノウハウを大いに生かしながら、次々と地 方都市へ進出していく。都市再生の波にも乗り、 全国の商業施設から劇場誘致の声がかかるよう になる。客を集める力がある劇団四季を商業施 設によぶことで、シャワー効果が狙えるのだ。 そうして浅利氏は、設計の段階から関わりなが ら、東京、大阪、名古屋、福岡、札幌と9つの 専用劇場を持つことになる。 あとは、海外で評価を得た上質な作品を購入 し、各都市の専用劇場で順番に上演して、最大 限のリターンを追求していけばいいだけだ。長 くやればやるほど、利益は増え続ける。こうし て劇団四季は50年かけて、不可能と思われて いた「演劇の拡大再生産」の仕組みを生み出し た。この手腕は見事としかいいようがない。 独裁者だ、政治的だと非難の声も聞こえてく る浅利氏だが、企業の創業社長というものの多 くはそのようなものであろう。そんなことより も「芝居で食っていきたいんだ」という思いを つらぬき、実際にできあがったこの組織をよく 見ると、芸術とビジネスがいい具合に融合して、 じつによくできたビジネスモデルになっている ことがわかる。日本ではもちろん、他のどの国 にも存在しないオリジナリティのある事例であ るということを是非とも強調したい。 現在、劇団四季の中心となる俳優約50人は 年収1000万円以上もらっている。主役級に なると年収3000万円を超える。端役でも 300万円は堅いという。舞台俳優=貧乏=ア ルバイトという図式はもうここにはないのだ。 2003年、浜松町の四季劇場「春」「秋」の 横に浅利氏は小さな劇場を作った。名前は自由 劇場。正統な新劇を上演する専用劇場だ。劇団 創立50周年を記念して建てられた。杮落とし 公演は「オンディーヌ」。浅利氏が最も好きな フランスの戯曲だ。長い間、後回しにしていた 作品をようやく堂々と上演して見せることがで きるようになったのだ。浅利氏はすでに経営の 一線から退いたが、まだ終わりではない。イン タビューの最後にこれからの夢を語ってもらっ た。 「これまでは三菱商事など商社のように、外国 製品を輸入してきました。これからはトヨタや ソニーになりたい。四季を輸出していきたいで すね。アジアももちろん、ロンドンやニューヨ ーク、ブロードウェイにオリジナルの作品で四 季をつれて行きたいんですよ。中国、韓国での 公演はもうすぐ実現しますが、こっちのほうは まだ夢ですね」 演劇が大好きでたまらない、という、優しい 目が印象的だった。 (内田裕子) ◆四季のファミリーミュージカル 日生劇場の創設者(日本生命の オーナー社長 弘世現氏)が、子 供の頃の観劇体験が情操教育に 効果的であるという信念のもと、 小学生を対象とする無料招待公 演「日生名作劇場」を実施した のが始まり。 四季のファミリーミュージカル は、1964年、日生名作劇場に子 供向けミュージカルを創作する ことから始まり、後にいくつか の企業・団体がチャリティ公演 に資金提供をするようになる。 題名 上演回数 人間になりたがった猫 1073回 はだかの王様 266回 新・はだかの王様 209回 エルリックコスモスの239時間 651回 ふたりのロッテ 582回 王様の耳はロバの耳 198回 王様の秘密 361回 嵐の中の子どもたち 557回 冒険者たち 499回 むかしむかしゾウがきた 237回 ミュージカル九郎衛門 238回 魔女をすてたマジョリン 466回 雪ん子 452回 王子とこじき 445回 桃次郎の冒険 343回 等々 出所:「劇団四季と浅利慶太」 松崎哲久著(文春新庫)